大きな行事が終わったので、新たな気持ちで出勤。夏休みは夏休みですべきことがあれこれある。今日は月末の仕事と提出物のチェックがメイン。午後になって遠くから来客あり。縁は大切だとつくづく。
途中で前任校の同僚のご家族の告別式に参列。近くで夏季休業中だからこそできた参列。告別式等に参列して、自分の家族のこともあれこれ考える。
それにしても7月もあっという間だった。明日とあさっては大事な仕事を仕上げなくては。疲れも溜まっておらずがんばれそうだ。
区内水泳記録会。7時前に学校へ。子どもたちも早くから続々と集まってきた。7時半に会場へ。駐車場係。すぐに始める。前任校でも2年続けて駐車場係だったが、今回も同様。水泳記録会自体を見られないが、誰かがしなければいけない仕事。しかも、今回は毎年続けている人は少なかったので、重要ポイントで他の先生方と協力しながら行った。 予想外だったのは天気である。朝のうちは曇りで「今日は苦労しないな」と思っていたら、どんどん日差しが強くなりすっかりと腕が赤く焼けてしまった。事務局から渡される冷たいおしぼりが有難かった。しかも、駐車した後に「お疲れ様です」と声をかけてくださる皆さんにも励まされ、何とか務めを終了。クレームやトラブルもなくホッとした。
肝心の水泳記録会は最後のリレーのみ見ることができた。子どもたちは大健闘。限られた水泳学習の中でよくぞここまでがんばったという結果だった。応援も立派。夜の反省会@佐吉で、記録会でのいろいろな話を聞いて先生方の努力あってこそのこの結果だと改めて感じた。1学期の終業式も一区切りであるが、実質的な指導の区切りということでは、今日は水泳記録会かもしれない。明日から夏休みの仕事となる。
朝、1日の研修会の資料を送付。話すないようは決まったので、あとはプレゼン作り。
夏休み初日。いつも以上にバタバタした日だった。朝のうちに即対応が必要な回答。あれこれ調整しているうちに、水泳の出発時刻。今日も市民プールへ。明日の水泳記録会に向けて、子どもたちもペースを上げてきた。
学校に戻ってあれこれ。昼に再度市民プールに行き、テント運び。戻ってすぐに来客対応。ICT機器が進化していることを実感。ようやく椅子に座って事務仕事を始めてからは、一気にいくつもの文書作成や決裁。気づくとあっという間に5時過ぎだった。早めに退庁し、高校に迎えに。家に戻ってから朝の仕事の続き。
震災後、例年より数日遅れで始まった1学期が終了。終業式は各学年の呼びかけ形式の発表があり、初めてで新鮮だった。転勤しての学校はそのペースをつかむまで時間がかかるのが今までの自分のパターンだったが、副校長職ということでそれほど関係なし。何とか仕事は全うできたと思う。
ただ、「工夫していく」「学校や先生方を変えていく」という点では、まだまだ。今日の午後の学校経営反省会で道筋をつけることができたので、2学期に実践していこう。
帰ってから少し準備をしていた1日の研修会のレジュメ作り。自分の実践を振り返る。
朝の4時前に緊急地震速報。震度3だったが、一時おさまっていた余震がこのごろまた多い。この夜も一度。近々大きいのが来なければいいが。
1学期も今日と明日のみ。午前中は2時間水泳で他校へ。計画した全ての水泳が中止することがなく1学期は終了した。他校やスクールバス等、多くの方のおかげで本校のプール工事の間、子どもたちがちゃんと水泳ができた。感謝あるのみである。 午後は明日の学校経営反省会の準備。2学期からの学校改善を進める重要な会だけにあれこれ考える。担任時代は会議の重要性はそれほど意識しなかったが、学校を動かすという視点となると別である。19時過ぎ帰宅。
それにしても体の節々が痛い。昨日、日ごろ使っていない筋肉を使ったからか。今日も早寝しよう。
6時前に盛岡に向けて出発。テントを運ぶという重要な役目もあるので早めに会場へ。駐車場から会場までの10分がきつかった。腰が悪くなるぞ・・・と思ったが無事運ぶことができた。
大会では本校児童が実力発揮。まさに応援のしがいのある大会になった。今まで縁があったいろいろな皆さんに会う。会わせてくれた大会に感謝である。帰りは盛岡インターから乗ろうとするが、大渋滞。被災地証明書もない自分がこの渋滞を待つのも納得がいかないので、隣のインターまで行くことに。こちらはETCレーンはすぐに乗れた。18時前に帰宅。
夜は軽く仕事。2日間、充実した休日だった。
久しぶりに7時間近く寝る。これだけ寝るとやはり気持ちいい。休日恒例の昼寝も今日はなし。疲れが溜まっている金曜日は早寝がいいということか。
今日はインプットもアウトプットもたくさん。校正も終了したので、発送。あとは9月を待つだけ。 そんな中、昼過ぎに震度4の地震。まだまだ余震が起こっている。学校にすぐに行き点検。何事もないことを確認。いつまで続くのかと思うが、逆に言えばずっと地震と付き合う覚悟でいなければいけないのかと思う。
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