大学教員の日記

2011年05月04日(水)  何とかゴール

 1月から取り掛かった原稿がようやくゴール。ただし一次原稿。今までも何回かチェックしてきたが、最終チェックをして何とか明日には送れそうだ。自分の中の予定日より1カ月以上も遅れてしまったが、これはしかたがない。一時は「原稿を書ける日が来るのか?」と感じることもあったことを思うと感慨深い。

 休みの日はあまり動くこともなかったので、体重がずいぶん増えた。明日からは健康的な生活をしないと。



2011年05月03日(火)  最後までは辿りつかず

 今日でフィニッシュと行きたかった原稿ではあるが、そんなに簡単には行かず。最後の関門だからしかたがないが。昨日よりも前進したことでよしとしよう。明日には終わる見通しはたったし。もっともあくまでも一次原稿ではあるが。

 テレビを見ると被災地の子たちにGWを楽しんでほしいという企画のニュースがあれこれ。県内各地で様々な方が「自分たちにできること」をしていると実感。自分も今までと違ったことでできることがある。長い取り組みを考えていこう。



2011年05月02日(月)  風の強い一日

 連休の合間の一日。学校によっては、29日を参観日としてきょうを代休にして6連休としているところもあると聞く。本校は暦通り。出勤時はいつもより車が少なく、工業団地はスイスイだった。

 それにしても今日は風の強い一日。晴れてはいても寒かった。途中で校庭のコーンが吹っ飛んで下の田んぼまで落ちていく始末。仕事では事務仕事がメイン。いつものことだけど・・・。なかなか減らないなあ・・・というのが実感。連休が明けたら違っているだろうけど。19時過ぎに帰宅。

 明日からまた3連休。原稿については今後こそ決めないと・・・という思い。



2011年05月01日(日)  原稿に苦しむ

 午前は雨だったが、午後にはあがる。ただ、まだ寒いので我が家のコタツは必要だ。

 さて、今日もメインの仕事は原稿。最後の難関なだけに、なかなか進まず。「苦しむ」という表現がぴったり。何とか1本仕上げる。残りも苦しみそうだなあ・・・。商業ベースの本だから当たり前だけど。

 3連休はあっという間だった。明日出勤して、再度3連休。早く仕上げて一息つきたいところ。



2011年04月30日(土)  一日家で

 GW2日目。真夜中の2時にケータイの地震速報が流れ目を覚ます。何も起こらずホッとして寝たら、寝過ごす。といっても5:30には起きたが。

 天気が悪いということもあり、今日は一日家で原稿を中心に。それだけでは行き詰まるので、その他あれこれ。明日まで何とかなりそうか?

 テレビで震災関係の番組やニュースを見るのも休日の日課になっている。今日は不来方高校の合唱部(音楽部?)が被災地で「上を向いて歩こう」を歌っているニュースが流れていた。2年前に聞いた歌声を思い出す。被災者の心に入っていっただろう。歌の力、子どもたちの力は大きい。



2011年04月29日(金)  お祭りもなく・・・

 昭和の日。例年であれば、日高火防祭が行われ賑やかな日であるが、今年は震災のために早々と中止が決まっていた。江刺区の5月連休の甚句祭りも同じである。長期間をかけて準備をしてきた方々にとっては本当に無念であろう。

 さて今日から3連休ということで、目的としていた仕事をがんばる日が続く。といっても午前中は疲労回復。勤務時間自体は前任校と変わらないのだが、慣れるまではまだ時間が必要か?
 連載原稿の仕事、新聞の原稿、そして社会本のラストスパートに向けての段取り等々。「もう少し」という思いもあるが、明日に期待。



2011年04月28日(木)  かなり挽回

 勤務地へはかつて勤務した江刺の中心街を通り、工業団地を抜けるルート。工業団地の両側には桜が並ぶ。今日はずいぶん咲いていた。そんな中、軽米の前任校では「サクラはまだまだ」という情報。同じ岩手県内でもずいぶん違うなあ・・・と感じる。200kmだからなあ・・・。

 さて、今日は事務仕事を進める日。自分の担当にも月末の仕事がある。それだけではなく、運動会関係の段取り、会計関係等々、何度も校長室に行き決裁を受けた。かなり挽回した。
 夕方からは、5月の開校記念日に講師をしてくださる学校の近くのご自宅を訪問。玄関先で・・・と思っていたが、中に入らせていただき、しばしお話を聞く。地元を調べ、冊子にする方がいることに感銘。18:30退庁。

 今朝が雨だったので、高校に娘を迎えに行く。4年前の水沢小最後の年、高1で同じ部活だった長女と同じパターン。あのころを思い出す。


 < 過去  INDEX  未来 >


SATOMASA