大学教員の日記

2011年04月10日(日)  アクティブに

 昨日、地震対応で終わってしまったので、今日はアクティブに。午前中に平藤氏に会い情報交換。その後、いつも土曜日に行っている家のあれこれ。灯油は高くなったなあ・・・。溜まっていたリサイクルにも今日は出すことができた。

 午後から学校へ。本来であれば金曜日に出来ていた仕事であるが、地震及び停電でできなかった。昨日もできず・・・ということで何とかハイペースで最低限のものを仕上げる。
 それにしてもPCでファイルを探すのに時間がかかる。教師のファイル術はどのようにすれば一番いいのか。自分は副校長職は月ごとがいいと思うのだが・・・。

 昨日取材があった地元紙を見ると、本校の記事が掲載されていた。地震で大幅にずれた外の石段の写真。被害がこのように掲載されることはどのような影響があるのか。初めてのことなので、これからが気になる。

 日中は暖かかったがさすがに夕方になると寒くなってきたので、17時過ぎに退庁。明日はいよいよ子どもたちと会える。楽しみ、楽しみ。



2011年04月09日(土)  復旧対応

 昨日よほど疲れていたのか、朝も眠い。土曜日だが、朝から学校へ。体育館の応急工事をお願いしていたので、その対応。電気が復旧したので、その点検もある。
 ところが、簡単にはあれこれの点検は終わらなかった。給水ポンプ、漏電関係等、多くの業者さんのお世話になった。自分が修繕できるわけではないので、本当に感謝の気持ちでいっぱい。自分の事務仕事は進まなかったが、学校の施設関係での不安が少なくなったのが何よりも嬉しい。自分の仕事はいざとなれば、時間をかければできることだ。

 現状視察も昨日に続き、何件かあった。市長さんも来校し見てくださった。水沢小の元PTA会長ということで、お世話になった方である。温かい励ましもいただき、「がんばらなければ」と思った。マスコミも1社。昨日対応した岩手日報紙には、自分のコメントが掲載されていた。

 16時には退庁。軽米からの引っ越しがバタバタだったので、今週は御礼をすべきところにきちんとする時間をとろうと思っていた。しかし、この地震で限られてしまう。まずは職場関係でいくつか。夜は連載メンバーの原稿チェック。



2011年04月08日(金)  震度6の「余震」

 昨夜は22:30に床に入ってから、1時間ほどで激しい地震に襲われた。2階にいて、余りにの揺れに驚いた。階段を下りる途中で電気も切れた。「ああ、またか・・・」という悔しさ。そして、「学校に行かねば」とすぐに準備をして家を出る。街中は停電で交差点は危険な状態。そんな中、車を走らせ、24時ちょうどに学校に着いた。校長先生とはほぼ同時だった。

 懐中電灯とローソクで校舎点検。職員室がメチャメチャ。体育館のガラスは何枚も割れていた。他の教室も多くの落下物があったが、この暗さでは手の施しようがない。3月の地震でも相当の被害を受けていたはずの本校であったが、自分自身はそれを経験していない。今回は実際に経験し、絶望的な気持ちになった。間もなく、避難希望の方も来たが、体育館のこのような状態では避難も難しく、別の場所に移動された。
 さらに教育委員会や市役所の方も来て、状況を把握してもらった。全てが終わって、学校を出たのが2時前。2:30に帰宅。

 3時間ほど眠って、いつも通りに学校へ。改めて被害状況を把握。始業式に向けてかなり準備をしていたが振り出しに。でも、一生懸命に片付けで午前中にはもとに戻った。家庭訪問で児童の安否確認もできた。本当に先生方に感謝だ。
 自分は施設設備復旧の対応。次々と視察に来てくださった。市、教育委員会、マスコミ・・・。初めての経験だった。
 停電なので、必要書類等はできず。ただでさえ遅れていた事務仕事が大きく遅れてしまった。睡眠不足もあり、早めに退庁。家に帰ってからは、夕食後あっという間に寝てしまう。



2011年04月07日(木)  ようやく・・・

 ようやく仕事道具が使えるようになり、先延ばししていた事務仕事等にとりかかる。しかしながら、チェックしているうちにあれこれ発見し、時間ばかりが過ぎてしまう。昨日、今日と仕事に追われる状態。早いうちに脱しないと。

 午前中は研究会。いい話し合いができた。今後の活動が楽しみ。
 お昼に職場の歓迎会。例年と違う形であるが、沿岸地方のことを考慮してである。転任して5日目ということで、あれこれ慣れてきた感じがする。午後に挨拶回り。学校周辺にいろいろな施設が集中していることがよくわかった。

 18時過ぎからPTA三役引き継ぎ会。副校長が事務局だが、当然今までの活動も人もわからず。あれこれ話し合いをして、これまたいい活動になりそうだと感じた。20:30帰宅。



2011年04月06日(水)  動き回る

 朝早く、東京に帰る娘を送る。新幹線がないので、電車・中距離バス・長距離バスでの移動。かなりの長旅だが、それもまた新鮮かもしれない。

 転勤4日目。教師の世界にも「黄金の3日間」があるのかもしれない。今日はかなりのペースで仕事を進めた。年度初めということで、相変わらず来客も続く。その中で、初任の時から江刺でずっとお世話になった書店の方が来校。お会いするのは十数年ぶり。「懐かしいです〜」と思わず言葉に出てしまう。こういう時はやはり、「江刺に戻ったんだ・・・」という感じ。きっとこれから飲み会等で岩谷堂の店に入るたびに同じことを思うのだろう。

 今日は19時帰宅。原稿関係の仕事もしないと・・・。



2011年04月05日(火)  3日目

 寒い朝。まだまだ氷点下が続いている。学校の職員室でもヒーターを消すと寒いくらいだ。

 転勤3日目。震災の爪跡を少しずつ元に戻すために、設備関係であれこれ連絡。すぐに対応してくれるところが有難い。いくつかの文章の起案とチェック。来客対応。特に今日は業者さんが多く来校。十数年前に岩谷堂小学校時代にお世話になったスポーツ店の担当者さんとご挨拶。あの頃は二十代半ばぐらいだったが聞けば四十とのこと。自分もそれだけ年をとったということか。

 新聞で人事異動を発表。同時に笹渡小の子から学校宛に手紙が届いた。離任式の日にも何通かもらっていた。担任でもないのに。一人一人の子を思い出した。



2011年04月04日(月)  2日目

 転任2日目。当たり前だが、まだまだ学校のシステムが分からず、皆さんに聞くことが多い。丁寧に対応してくださるのが有難い。学校の事情をお聞きして、あれこれ相談。転任者特有の提出文書が多いが、それは一気に終える。

 ネットで二戸の酒造会社社長さんが「花見をして」という呼びかけを行っていることを知る。昨年度、町の学校保健会で研修先の一つにもなった会社だ。たまたま副校長会懇親会会場とその会社の新酒発表会があった時に会場が隣になった。圧倒的な賑やかさを羨ましく思ったものだった。
 二戸は被災をほとんどしていない。その中での自粛は耐え難いものがあるだろう。しかも「自粛しないで」というのは県内で言うのも勇気がいったと思う。岩手を元気にするためには、普通の経済活動も大切。この面でも1カ月と区切りとしてもいいのではないかと思う。


 < 過去  INDEX  未来 >


SATOMASA