大学教員の日記

2011年04月03日(日)  宮古へ

 東京から帰ってきている娘と一緒に出掛けるられる日。ということで、宮古へ。被災地として津波の大きな被害を受けた地である。
 ボランティアではない。避難所に行くわけでもない。しかし、かつて自分たちが楽しく過ごした地がどのようになっているか、一度見ておきたかった。また、数年前から子どもたちも「行きたい」と言っていたが、なかなか実現していなかった。

 実際に行った宮古はテレビで見るのとはやはり違っていた。住んでいたアパートのすぐに近くまで津波の爪跡があり、二女が通っていた保育園は柱しか残っていなかった。長女の通っていた小学校校庭は自衛隊の待機場所。かつての勤務校の学区は瓦礫だらけだった・・・・。いろいろな情報から予想はしていたものの、やはり言葉にならなかった。

 それでも、この景色は目に焼き付けておくべきものだった。学区では何人もの人が復興に向けて動き出していた。立ち上がって歩き始めていた。自分も復興のために貢献しようと決意を固めた日でもあった。子どもたちも何かしら感じたことと思う。



2011年04月02日(土)  年度末の疲れがとれた?

 朝起きたが、長距離移動をしていないのに、疲れ気味。テレビ、原稿読み、あれこれ連絡をしているうちにお昼に。食後に急な眠気が遅い、2時間も昼寝。きっと年度末の疲れがあったのだろう。睡眠不足に加えて1週間中に200kmドライブが5度。時間感覚もわからなくなる感じの濃密な日々だった。でも、この昼寝で疲れもとれただろう。

 起きてから、本屋、ホームセンター、郵便局、ガソリンスタンドで用事。タイヤが古くなっていると指摘され、「これだけ走れば確かに・・・」と感じた。新品タイヤにすぐに交換。

 夜は教育技術誌原稿にコメント。皆さん、しっかりと期日まで原稿を書いてくださることに感謝。



2011年04月01日(金)  赴任初日

 本日から奥州市立広瀬小学校に赴任。自宅からは計測すると15kmあまり。朝早いので20分ほどで到着。笹渡の時の同じ通勤ペースである。

 初日ということで慣れないことばかりである。物探し、ファイル探し・・・等同僚に聞くことが多々。これは仕方のないところ。3日間ぐらい勤務すれば、いくらか慣れるであろう。

 転勤ということで元同僚から有難い電話。前任校の校長先生からもお花。そして、災害見舞ということで有難いハガキもいただいた。今までの縁に感謝。

 帰りに外勤代わりに市役所に立ち寄る。家に帰ってきて、「ああ、金曜日の夜の大移動が無くなったんだ・・・」と実感がこみあげてきた。



2011年03月31日(木)  最終日

 今日も時間が限られている。昨日はアパートを引き払っていたので、町内の旅館泊。朝食が美味しかった。

 7時に学校。自分が作成して決裁が必要なものが残っている。さらに、次の方がスムーズに仕事ができるための段取りも。そして、IBCラジオ収録。予定日は16日だったのだが、震災の影響で今日まで延びた。自分がいる間に無事終了してホッとしている。

 多くのICT機器を積み込み、そうじをして13時に退庁。自分にとっては宝のような3年間であった。関わった皆さんに感謝の気持ちでいっぱいである。
 帰りにアパートの大家さんにもご挨拶。これで軽米ともお別れである。

 長女も今日帰省。新幹線が通じていないので苦労したようだ。限られた時間で原稿に取り組む。明日から新しい1年がまた始まる。



2011年03月30日(水)  お別れの会

 早く出勤。とにかく時間がない。ダッシュであれこれ。
 8:35から子どもたちとのお別れの会。移動中の車の中で考えていたことを話す。3年前に赴任してきた時に「砂糖」を出して「佐藤です」と言ったので、お約束ごとで今回も。学年ごとのメッセージを伝えた。子どもたちの顔は美しかった。

 終了後、挨拶へ。学校に戻ってきてからすべきことをどんどん進める。14時から引き継ぎ。2時間以上かかる。終了後も次々と業務をするが、終わりが見えてこない。そのうち時間切れ。

 19:30からPTAの三役さんとの会。感謝してもしきれない、すばらしいPTAだった。ありがとうございました。



2011年03月29日(火)  新年度業務

 今日は新年度の重要な業務。あれこれ情報を聞くことができて何よりだった。暖かい一日で天気も春らしかった。ようやくではあるが、春が来た感じである。

 ガソリンスタンドは相変わらず行列ができている。しかし、その行列があるということは開いているところが増えてきた・・・ということだろう。先週の日曜日に感じて今日が火曜日。これからは大丈夫かな?今日は灯油も2缶購入できてホッとした。



2011年03月28日(月)  遅くまで・・・

 年度末業務。時間が限られている。大きな仕事が二つ。入学式に関わる業務と学校経営計画作り。それぞれ例年であれば今ごろは終わっているべきもの。しかし、震災の影響で今までずれ込んでいる。もちろん、これらの業務に専念できるわけではなく、会議が二つに午後からは副校長会関係で外勤。もろもろの問い合わせ。

 外勤後、学校に戻ったのは6時近くであった。さすがにこの時間になると、残っている先生も少なく、ここからは集中して学校経営計画作りに集中。びっちり2時間行って、何とか今日の最低限のノルマまで。
 もっと遅くなることを覚悟していただけにホッとする。それにしても、「集中できる環境」というのは大切だなあ・・・。今の立場では、それは無理なことだし、電話・来客・問い合わせも大切な業務だけど。


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