大学教員の日記

2011年03月30日(水)  お別れの会

 早く出勤。とにかく時間がない。ダッシュであれこれ。
 8:35から子どもたちとのお別れの会。移動中の車の中で考えていたことを話す。3年前に赴任してきた時に「砂糖」を出して「佐藤です」と言ったので、お約束ごとで今回も。学年ごとのメッセージを伝えた。子どもたちの顔は美しかった。

 終了後、挨拶へ。学校に戻ってきてからすべきことをどんどん進める。14時から引き継ぎ。2時間以上かかる。終了後も次々と業務をするが、終わりが見えてこない。そのうち時間切れ。

 19:30からPTAの三役さんとの会。感謝してもしきれない、すばらしいPTAだった。ありがとうございました。



2011年03月29日(火)  新年度業務

 今日は新年度の重要な業務。あれこれ情報を聞くことができて何よりだった。暖かい一日で天気も春らしかった。ようやくではあるが、春が来た感じである。

 ガソリンスタンドは相変わらず行列ができている。しかし、その行列があるということは開いているところが増えてきた・・・ということだろう。先週の日曜日に感じて今日が火曜日。これからは大丈夫かな?今日は灯油も2缶購入できてホッとした。



2011年03月28日(月)  遅くまで・・・

 年度末業務。時間が限られている。大きな仕事が二つ。入学式に関わる業務と学校経営計画作り。それぞれ例年であれば今ごろは終わっているべきもの。しかし、震災の影響で今までずれ込んでいる。もちろん、これらの業務に専念できるわけではなく、会議が二つに午後からは副校長会関係で外勤。もろもろの問い合わせ。

 外勤後、学校に戻ったのは6時近くであった。さすがにこの時間になると、残っている先生も少なく、ここからは集中して学校経営計画作りに集中。びっちり2時間行って、何とか今日の最低限のノルマまで。
 もっと遅くなることを覚悟していただけにホッとする。それにしても、「集中できる環境」というのは大切だなあ・・・。今の立場では、それは無理なことだし、電話・来客・問い合わせも大切な業務だけど。



2011年03月27日(日)  今年度最後の休日

 寒い朝。被災地の寒さを想像する。なかなか来ない春。自然は容赦ない。

 学期末ということで、今日は在宅で仕事。あまりないのであるが、今回の震災により様々な面で公務にも影響が出ている。仕方がないあ。

 今日は日中に軽米へ移動。途中いくつものガソリンスタンドでの長い行列にあう。今までは開くことすらなかったスタンドが多かったので、ようやく回ってきたのかなと思う。自分は確実に給油できそうな高速のパーキングのスタンドで。1時間半待って給油。何とか次の見通しが立つ。

 今年度もあと勤務日が4日。いよいよまとめである。



2011年03月26日(土)  4時間で2千円分

 今週末ぐらいはガソリン事情がよくなっているかと思っていたが、ダメなようなので、昨日偶然自動車が連なっていた(道路脇に置きっぱなし!)ガソリンスタンドに朝の5:30から並ぶ。すでに500メートルぐらいの列。8時に整理券をもらって、給油は9時半。4時間待って2000円。軽米に帰る分にも満たないが、今週給油しないことには来週出勤できないので、仕方がない。

 寒い一日。午前中はこの給油で疲れてしまい、帰ってから休息。午後になって事務仕事やあちこちを回る。娘の高校入学関係の書類書き。案内を読むと、高校の授業料の徴収はしていないと書いている。高校無償化というニュースはもちろん見ていたが、今日改めて実感した。

 大震災から2週間が経つ。まだ2週間しか経っていない。重くショックを受ける日々だったのでかなり経った感じだ。昨日、かつての同僚のお子さんが津波に流されたことを知る。無念でならない。



2011年03月25日(金)  PTA・教育振興会総会

 朝早く学校へ。道路はツルツルで校庭も駐車場も一面の雪。もっとも日中には晴れて融けたが。

 午前中は総会のための準備、入学式、学校経営計画の段取り等。先週と比べて残り日数が少ない分、だんだんと時間に追われてきた感じ。午後にPTA総会と教育振興会総会。時間をかけて入念に準備したからか、無事終了。その後も新しく出てきた事務仕事に取り組むも、タイムアウト。

 18:30、水沢に向けて帰宅。「ガソリンがようやく出回るようになった」と言われているものの、実際には相変わらず長蛇の列。特に高速道路のガソリンスタンドは、「ガソリンを入れるためだけに高速に乗った」という人もけっこういるようだ。
 自分も寄りたかったが、そうなると日を越えてしまう可能性があったので諦める。明朝早く並ぼう。



2011年03月24日(木)  資料準備

 昨晩は余震がなく、夜中に起きることなく眠ることができた。ただし、日中の余震は何度も。今日は職場に最後に一人残った時に一番大きな余震で少し焦った。被災地の人たちは余震のたびに恐い思いをしているのだろう。

 さて、今年度は町副校長会の事務局、そして町学校保健会の広報部長を務めさせていただいた。広報部長は3年連続である。どちらも今年度で任を降りるので、そのための資料やファイルを整理。
 いかに次の人に分かりやすく引き継ぐかも仕事のうち。少なくても自分がバトンを受けた状態以上にしなければいけない。午前中いっぱい時間をかける。
 午後は別業務。明日の教育振興会総会の準備もあれこれ。余裕をもって迎えられそうだ。

 今日も17時過ぎに退庁。外は雪が降りしきる。3月下旬なのにこの雪。被災地にとってはまさに無情の雪である。


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