今週はあき時間が一日1時間程度。今日は授業が4時間に参観1時間。参観授業はレポート作成のための貴重な授業だった。安定感のあるいい授業だった。終了後、授業者と協議。個別の研究会なので、少ししゃべりすぎてしまった。授業となるとついいっぱい話してしまう。
事務仕事も順調。今のところ仕事に追いかけられてはいない。空いている時間で先日の学校保健会の講演を記録化している。同僚の先生が写してくれたスライドと章立てが参考になる。講演内容である「カロリーの高い食事を控え、適度な運動を」というお話が身に染みる。
帰ってからは今日は一息。明日からすべき仕事も確認。
ここ2週間ぐらいずっと取り組んできた原稿の締切日。5巻シリーズの7項目なのだが、1項目が8ページ。56ページのボリュームはなかなかだった。まだラスト1割が終わっていないということで朝から戦略的に過ごす。
気合いが入ると学校でも活発な行動ぶりになる。授業は3時間。他に1時間はスキーの付き添い。自分も少しチャレンジ。午後は事務仕事。月曜日は決裁が多いので、どんどんと進める。18:30退庁。
帰ってからも原稿を進める。完全な締切効果でいつもよりは効率的に原稿も書けた。23時過ぎにようや送付。何とか終わることができた。明日だけは一息をつけそうだ。
朝からいい天気。天気予報は雪の確率も高かったが、全くそういう心配はなし。もっとも県北はどうなのかはわからないが。
今日は平藤氏と会い情報交換。胆江地区吹奏楽祭ということで、Zホールに聴きにいく。これが今年度最後であろう。昨年よく授業した前任校の3年や5年の成長した姿も見ることができた。家のこともあれこれ。原稿も時間を見つけて行い、何とか締切に間に合いそうだ。
いつもの如く夜に軽米へ。やはり県北はツルツル。4時間かかって11時に到着。寒さも厳しいなあ。
200km離れた場所を往復しているとその状況の違いに驚く。今日は実に穏やかな日。明日が吹奏楽祭のため長女の高校から練習会場の前任校へ。校庭はむろん雪もなく、サッカーができる状態だった。ついでに「最新刊をほしい」という先生方に希望数分を届ける。本校にお世話になった学校だったし、自分自身の著書や編著の6冊はこの学校在任中のものだ。ついでに言えば、最新刊も一稿は粗いながらも前任校時代に書き上げていた。
午前中は休養。昨日は道路状況はよかったが、懇親会後の移動ということでいつもの如くラスト1時間がきつかった。そもそも到着時刻はいつもは熟睡している時間だからな・・・。こういう時の移動は今後無理をしない方がいいと判断。
午後からシリーズ原稿のラストスパート。残り2割である。
今日は午後から久しぶりの出張(ただしくは職専免)。学校レク大会の出張を除いては1カ月半ぶりである。
午前中は授業が2時間。5年理科は久々。3学期になって国語や社会が行うことができないのが少し淋しいが。限られた時間で事務処理を行う。早めに給食を食べて役場へ。
大会では他校の発表が2本と病院長さんの講演。今まで保健関係の業務は少なかったので、いい機会だった。講演の記録係として、キーを打ちまくったが、やはり難しいものだと実感。17:30から自分も関わりがあるということで、懇親会に参加。終了後に水沢へ。23:20着。
昨日は疲れ気味で早めに就寝。睡眠時間はいつも通りだったが、熟睡できたのでいい目覚めだった。
今日もいつものパターンで算数授業が2時間。その他は事務仕事で、予定していた文書作りを進める。3時間目のあき時間に学校裏の牧場での「特設スキー場」でのスキー学習の様子を見にいく。1年生の子どもたちもスイスイ滑っていた。「すごい!」と思わずつぶやく。今までは県南と沿岸が勤務地ということもあり、スキー学習とは縁がなかった。自分自身も経験なし。でも、本格的なスキー場での全校スキー教室があるので、何とかしなければいけないと思っているが・・・。 午後は職員会議。夜にPTA会議。20:20帰宅。いつもの如く原稿。
家に帰ってもよく頭を使っているためか、今日はすっきりとした寝起きではなかった。それでも気合いが入っていると、それなりに対応ができ、朝も1ページ分。
学校も3学期開始4日目。子どもたちもすっかりといつものペース。児童朝会での並び方・待ち方が大変よく感心。 授業はまた2時間。先生方が出張や年休が全くないので、自分の授業だけである。いつも平均3〜4時間しているので、授業がちょっと少ない感覚。その分、どんどんと文書作りや決裁、その他の対応ができる。午後は行事の文書を地域に配布。下校した後の低学年の子どもたちが雪で思う存分遊んでいた。これでこそ雪国の子どもたちだ(前任校は雪国という感じはしなかったが、本校はまさに雪国)。18:30退庁。帰ってからいつものごとく原稿。
テレビではオバマ大統領の就任式の様子を伝えている。自分の誕生日である1月20日はそういう日。さらにオバマ大統領は同い年。社会的に自分たち世代の占める位置を考えさせられた。
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