大学教員の日記

2004年03月24日(水)  プレゼン本校正

 朝、すぐにプレゼン本校正。全体の3分の2まで終える。
 学校で事務仕事を進めようとするものの、提出物だけではなく他の仕事も同時にしなければならない。教育委員会への情報教育に関わる報告、送別会に関わること等であっという間に時間が過ぎる。そして26日は同僚の赴任先に同行することになった。時間的に厳しいが集中して仕事をする他なし。
 帰宅後、残りのプレゼン本の校正。何とか終え、すぐに発送。今日の夜は送別会はなし。今週では今日のみ。



2004年03月23日(火)  新年度に向けて

 朝、プレゼン本の校正。じっくり見る時間が必要。それでも急ぎの校正なので、明日まで見終わる予定。
 今日も事務仕事を進める。それでありながら重要な連絡が入る。まずは職員会議で来年度の校務分掌。自分が「こうなればいい」と思っていた配置。さっそく来年度の構想。海外研の事務局依頼の電話もあり。これは昨年の総会の折りに言われていたことでもあり、快く引き受ける。
 NHKから重要な連絡が2件。いずれ来年度は社会科に力を入れようと思っていただけに、これは有難いプロジェクト。春休み中にその準備をしていこう。
 夜NP会。忌憚なく言える場がこの会のよさだ。おいしい料理を食べ10時に帰宅。



2004年03月22日(月)  人事異動発表

 朝、小学メールマガジンを3分の2ほど執筆。どうもエンジンがかからないなあ。やはり春休み気分。
 学校でも事務仕事。3学期にたまっていたことからスタート。ピッチを上げていかなくては。夕刊で人事異動の発表あり。
 夜、分会の送別会。18人の分会員のうち5人が異動。大規模だ。かつての分会員が少なかった時代の話を聞き、それぞれのご努力を思う。愛すべき職場なら実践にも力が入るであろう。それは子どもたちに還元される。そのような職場作りをしていく必要があると感じた。
 理由あり中座、帰宅。



2004年03月21日(日)  文科省教育用コンテンツ普及プロジェクト研修会

 朝、延ばしていただいていた小学校メールマガジン教材開発の原稿に着手。今月行った「えりもに緑を呼べ」がテーマ。テレビを見ていたら、高野長英の番組が入った。本校6年対象の特別授業も紹介。今年は生誕200年でイベントがある。これは今年の教材開発の大きな可能性がある。その後、授業本の三校版が来たのですぐに校正。発送。2週間後には見本の本も来る予定。

 墓参の後、仙台に出発。文部科学省教育用コンテンツ普及プロジェクト研修会に参加。いつもは新幹線だが、会場が駅から遠いということと何よりもすばらしい晴天なので車で行くことに。予定よりいく分か早く到着。

 1時から研修会。2005年の会とは違った形の研修会。デジタルコンテンツの活用は自分の授業の中では比重がまだまだ少ない。最初の実際の活用事例の紹介では、「目の前に使える財産があるのに今まで使おうとしていなかった・・・」と痛感。来年度はサイト集を作って活用していこうと思う。(学校中に広めるためには、他の学年のサイト集も必要だなあ・・・)
 その後、グループで校内研4回分のプランを作るワークショップ。ワークショップ形式は何回か経験をしているので慣れてきたが、このようなプラン作りの時に大切な視点についての学習が必要と感じた。
 永野先生のお話(OHPが逆に新鮮だった)で参加者MLが続くことがわかった。本校でデジタルコンテンツ活用を広めるチャンスである。何らかのアクションを起こそう。スタートが肝心である。情報ネットワーク教育活用研究協議会(JNK4)にも準会員で登録。

 研修会の終了後、阿部さん@福島と近くのファミレスで1時間ほど雑談。福島と岩手で離れているが、年2、3回は様々な研修会でお会いしている。いつものことながら刺激をいただく。感謝。



2004年03月20日(土)  休養

 遅く寝たわけでもないが、今日は疲れがたまっていて、午前中からウトウト状態。体調が戻るまでは仕事にならず。ということで、子どもたちとお出かけ。北上でショッピング。
 帰ってから読書。「プロジェクトX リーダーたちの言葉」(文春文庫)が心に入ってくる。バチスタ手術の須磨医師の言葉が特に印象的。「医者というのは、患者のためにいるわけで、医者としての地位や名誉などどうでもいいことです」。そのまま教師と子どもに置き換えても同じことが言える。リーダーたちに共通していることは、その会社だけでの仕事と考えていない点だ。もっと広く、「社会のため」「日本のため」と考えている。自分の仕事についても考える。
 夜、今日締め切りのひまわり社ホームページ原稿を作成。この原稿は4月から実際の実践が掲載となる。その点では実践と連動したものになる点で有難い。



2004年03月19日(金)  卒業式

 昨日録画しておいたNHK教育「わくわく授業」を朝起きてすぐに視聴。「やはり有田先生だなあ」と思うところがいくつも出てきた。「応用のきく知識」を身につけることの大切さ、一人一人の発言への対応力・その発言からの授業構成力の大切さを痛感する。そしてネタ帳の分厚さ。自分のしている教材開発など、まさに初歩的な段階だ。有田先生の飛び込み授業を参観したくなった。年一回は有田先生の研修会に出ているが、すべて講演が中心。
3年前の山形が飛び込み授業参観の最後だった。チャンスがあればぜひと思った。
 
 さて今日は卒業式。5年担任としての責務もあるが、一保護者として長女の卒業式を迎えるという立場もある。朝、長女への手紙を書く。誕生してから12年。今までの思い出と思いを手紙に託す。通う小学校に父親がいて過ごしにくい面もあったことだろう。それも今日まで。

 卒業式では5年生の子どもたちのこともあり、保護者気分ではなかったものの、間近で娘のことを見られたのは何よりだった。5年生の子どもたちは立派だった。卒業式の長時間(待ち時間を含めると2時間半近く)、よく集中したと思う。その後はプラザイン水沢で卒業を祝う会。学年全体で行うのでやはり盛大だ。卒業式も祝う会もいくつか思うことあり。

 帰宅後、長女のリクエストで焼肉でお祝い。書かなければいけない原稿はあるものの、疲れからかできず、雑誌の4月号を斜め読み。



2004年03月18日(木)  修了式そして先生への手紙

 朝、最後の学級通信を気合いを入れて作成。子どもたち一人一人のメッセージを考えているうちに、出勤前ぎりぎりとなってしまう。B4でぎっしり3枚。この一年間の子どもたちとのあれこれを思い出す。
 修了式、卒業式練習、そして準備があるので1時間のみが学級の時間。通知表を別室でメッセージと一緒に渡す。その間、子どもたちには「先生への手紙」を書かせる。子どもたちが私をどう見ていたのか、どう思っていたのか知る年に一回のチャンス。今年も「教師冥利」とつくづく思った。

★正寿先生の印象は「おもしろい先生」です。楽しい授業で、好きになった科目もいっぱいあります。
★正寿先生がいなかったら、読書ノートを146枚なんて書けなかったと思います。先生は読書ノートを出すたびに「すごいね」とか「おっ!」と声をかけてくれたのでたくさんかけました。それに4年生のころより本がもっと好きになりました。
★悪いことをしたら、きちんとおこり、良いことをすればほめてくれるという理想的な先生でした。
★先生が担任になってからは、今までとは違う楽しいことがたくさんありました。パソコンでキーボー島をやったり、おみやげ等をたくさんくれたり、ハムスターを飼ってくれたり、みんなと冗談を言い合ったりして、毎日がとても楽しい日々でした。
★5年生の一年は私が一番変わることができた一年でした。そして、その私にチャンスを与えてくれた正寿先生にとても感謝しています。
★一緒にいるうちにおこられる事には意味があることが分かりました。おこられるのは期待しているから。おこられなくなったら終わり・・・。この事を言われて少し気が楽になりました。
★先生は、子どものことを考えてくれるし、相談にのってくれて私にとって最高の先生でした。
★ぼくはあまり発表をしなかったけど、担任が正寿先生になったらいっぱい発表をするようになりました。先生が作った学級目標の「力をつける」の通りになったので、すごい先生と思いました。
★時にはきびしく、いつもはやさしい正寿先生でした。研究授業もたくさんあって、最初は「え〜!」と思ったけど、その学習を通して理解がさらに深まり、本当にいい機会になりました。
★本当に授業が15倍楽しくなりました。
★教科の中で一番苦手なのは算数でした。わからないときに先生に教えてもらってすごくわかりやすくできて、好きになりました。

 学年末という時期もあるから、子どもたちが書いたのには明らかに誇張がある。それは自分自身がよく分かっているし、毎日が反省の連続だ。それでもあえて記したのは、これらの手紙を自分の糧としたいからだ。
 子どもたちにとって理想の教師とはどのような教師か。一人一人が変わる機会を全員に働きかけたか。子どもたちのことを深く考えたか。子どもたちに響くように叱ったか。楽しく力のつく授業をしたか・・・。全て自戒としたい。
 それにしても子どもたちは教師をよく見ている。私の学級づくりの目指すところをずばり指摘している。5−1のみんな、楽しい一年間をありがとう。すてきな一年だったよ。
 帰ってからサッカーU23の対UAE戦に釘付け。快勝に大喜び。


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SATOMASA