大学教員の日記

2003年11月05日(水)  見本原稿

 見本原稿を執筆。朝2ページ分、夜1ページ分。学級びらきのことなので、定番を書くほかないのだが、「詰めすぎてわかりにくくなる」のが自分の欠点。まずは第一稿を書いて、削っていこう。

 組合からも30日の家本先生の講座の案内が届く。水沢での講座。実に楽しみである。できる協力はどんどん行う予定である。

 夕方から組合で詩集「いさわ・えさしの子」編集委員会。初めての経験。百数十点の詩を審査する宿題が出る。

 学校ではようやく「ハッピーボランティア大作戦」の中間発表会。12月上旬まで次のプロジェクト(実際のボランティア実践)を行いまとめる計画。おこめ学習や交流学習も11月は同時進行だ。



2003年11月04日(火)  教育テレビから

 今日は子どもたちと約束していたハムスターを持っていく日。学級では2匹目だ。ところが車に積み込む時に飼育ケースの底がとれるというハプニング。幸い無事。学校でさっそく女子の人気者になっていた。名前付け、ルール決め、ミニイベントとまた楽しい活動ができそうだ。

 夜の教育テレビで「メディアがひらく教育の未来」を視聴。今日はフィンランドのメディアリテラシー教育であった。カナダの先進的な例は本で知っていたがフィンランドの例は初めて知った。

 日本ではまだまだ「メディアリテラシー教育」という言葉が普及しない。2年前の「体験!メディアのABC」の協力員の頃とそれほど変わっていない気がする。ただ、(パソコンを含めて)メディアを読み解く教育実践は幅広く行われつつあるのは事実である。総合はもちろん、社会や国語の実践も雑誌に登場している。自分の実践の柱の一つであるが、今年は実践不足。これから挽回である。

 フィンランドの教育システムとしておもしろいと感じたのは、先進的な実践者(公立教師)が各地を巡回授業するシステム。日本では学校に勤務して他地区で飛び込み授業をする機会は当然限られている。本気で新しい教育を国の政策として行うのなら、このようなシステム作りが大切と感じた。



2003年11月03日(月)  だらだらと

 文化の日。子どもたちが午後からそれぞれ友達と遊ぶということで自分の時間ができた。学級の事務仕事、締め切り日を過ぎてしまったネットワークの連載、総合MMの編集をだらだらと行う。

 同時に昨日の生島さんのお話に刺激されて、これからの目標(人生上も含めて)も漠然と考える。自分に足りないのは猛勉強の「猛」の字だと改めて思う。家本先生から依頼された共著の見本原稿は構想のみ。明日回し。



2003年11月02日(日)  県教研&生島ヒロシ講演会

 三連休の中日に県教研。もっとも県教研自体は昨日からだったが。「もっと地図帳を活用した指導を」というテーマで社会科分科会で発表。レポート自体にはいろいろと反応があっておもしろかった。「問題本」も2冊売れ、HPに興味を示してくださる方もいた。

 それにしてもレポート数は今年は少なかった。参加者もだ。初めて県教研に参加したのが16年前。その頃の雰囲気とは違ってきているのは仕方のないことか。それにしても秋晴れの中の紅葉はお見事だった。

 午後からは生島ヒロシ講演会へ。これは市青少年健全育成推進大会・市PTA教育講演会の動員。単身赴任時代、生島さんの朝のラジオを聞きながら運転していただけに、このような動員は嬉しい。その講演会、実に勇気が出るものであった。苦労しながら過ごした学生時代の話、キャスターをしながら猛勉強をして資格をとった話。「どのような環境でも勉強しなくては!」と感じた。真似る力・段取り力・コミュニュケーション能力・あきらめない力・・・教師の仕事にも言えることだ。

 それにしてもさすがキャスターだ。お話のつかみ、ユーモアはばっちり、流れるような話し方で1時間が本当にあっという間であった。これこそプロである。キャスターのようなプレゼンができるようになりたいと本当に思った。



2003年11月01日(土)  たまにはゆっくりと

 3連休ということで今日は少し息抜き。体も休養を必要としているようである。といっても8時から子ども会の廃品回収。2時間ほど運んでいるうちに汗も出てきた。

 その後、二女と北上のパソコン工房・トイザラスへ(長女は今日、明日と金管練習)。心地よい秋晴れで高速道路のドライブは気持ちよかった。パソコンも教室でどんどん役立つ状態になった。来週からの授業が楽しみだ。

 昼寝のあと11月号雑誌を読む。市毛氏・庭野氏の「指導案は個人で」という主張に同感。他にネットワーク誌の連載構想を少々。昨日の依頼された算数のアンケートで子どもたちの回答がなぜか印象に残っている。教師と子どもの意識の違い。時には子どもたちに歩み寄って授業を考えることも必要だ。



2003年10月31日(金)  研究会報告書

 朝、出張報告書(A4で2枚)・復命書を作成。記憶の新しいうちに行うことが大切と考えてである。報告書は学級通信にも活用。さらにセンター研修主事にもメールで送る。子どもたちに「教室で一人一人がノートパソコン」という話をしたら、「エー、いいなあ!」。それはそうだ。パソコンをしたくても制約があって触れる時間は本当に少ないのだから。

 この2週間は原稿がなくて少しゆったりとしていたが、明日からの3連休に2つある。教研(+PTAの動員)もある。疲れをとって明日からに臨もう。それにしても密度の濃い月であった。いろいろな意味で。



2003年10月30日(木)  インターネット発表会@三鷹

 夕べは就寝が遅くなったのにも関わらず5時半に起床。すぐにプレゼンの一部修正と練習。8:30には会場の三鷹産業プラザに到着。TAO主催のインターネット発表会。いくつかの分科会場に分かれているので、発表者は午前2人、午後は自分のみ。聞き手も20〜30名とゆったりと少人数の発表会である。打ち合わせ後PC動作確認。

 午前の二つの発表は筑波の中学校と柏市の教育センターということで立場が違えばアプローチも違うものだと感じる。さて、昼食後の自分のプレゼン。随分難しいものだと感じた。おこめ学習のメディアミックスが主張点でそのことは事前にレポートにも書いていた。しかし、それを聞き手の心に食い込むようにはプレゼンできなかった。反応を見ていても何か素通りした感じである。これはプレゼンの工夫が不足している。課題である。

 プレゼン終了後、高橋研修主事@岩手県総合教育センターに声をかけられた。今回の発表を推薦してくださった方である。30分ほど近くの喫茶店で歓談。岩手県の情報教育事情についてちょっと知る。

 その後、三鷹市立第三小学校の公開授業へ。高学年は無線高速インターネットにつながれたノートパソコンを全員が使っていた。多くの教室ではプロジェクターを使っていた。本校との環境の違いを思っても仕方ないが。むしろこのような環境ではない学校が圧倒的なはず。だったら、十分ではない環境でもこのように工夫しているという実践をこれから提起していくべきであろう。それが自分の役割だ。帰りの新幹線では疲れが出て爆睡。

 母の命日。3年前を思い出す。


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