大学教員の日記

2003年09月12日(金)  続々と

 指導案をしようと思ったがどうしても気乗りせず、メルマガ原稿に切り替える。昨日行った音楽の滝廉太郎の授業が好感触だったので、それをヒントに執筆。(というよりHPを編集。)

 家本先生から授業本のイラストについてのコメント。イラストの「思想」を学ぶ。この「思想」を持っているか、いないかがプロとアマの分かれ目なのだと痛感。

 いわて連携研究会が水沢で開かれるということで話題提供の依頼。日本教育工学会全国大会の日であるが、「水沢での人のつながり」という点を考えて引き受けることにする。大会への半日参加になってしまうが、発表の方が学ぶ点が大きいであろう。



2003年09月11日(木)  都道府県名

 社会の時間に都道府県名をテスト。5年生になりたての時のテストから5ヶ月。かなり力は伸びていた。しかしながら、「最低20は覚える」という目標に届かない子の方が多い。学習には暗記という要素も当然必要。都道府県はその最たる例であろう。全問正解者が出たのが救い。よく努力したと思う。説明文の指導案に着手をするもののうまく進まず。



2003年09月10日(水)  久しぶりに書き込み

 朝、説明文指導の文献研究。4年前の高浜小公開の資料を見て、「自分のしたい方向はやはりこれ」と感じる。

 今日の総合で久々におこめの掲示板に書き込み。山形・平野小の子どもたちのポストカードの感想である。それにしてもなかなか打ち込みが上達しない。キーボード操作の時間確保をしていないから仕方ないが。陸上、金管、合唱のメインの大会が終わってからの取り組みになる。高学年の前半半年は子どもたちも多忙。学級の様々な取り組みも焦らず後半に期待。

 それにしても蒸し暑い。疲労も重なる。



2003年09月09日(火)  短い原稿も難しい

 朝から学校運営研究の原稿。わずか3分の1ページなのであるが、短い原稿だからといって簡単なわけではない。言葉を削る分、難しいものだ。夜修正して発送。

 TKFよりメディアリテラシー転載のメール。さっそく掲載。

 社会でバーチャル工場見学のサイトで学習。ただ見るだけでは学習にならないのでキーワードを抜き書きさせる。これが結構難しい。ただサイトを目的意識を持って見るには有効な手段と確認をした。

 5:30まで全く休みなく動いた後、支部教研の案内発送。レポートは今までの実践を気軽に書くつもり。



2003年09月08日(月)  落ち着いた日

 すっかり涼しくなり学習には最適の日。子どもたちの集中度も高い。総合では今度の調べる分野、その方向性を決める。国語、算数も着々と前進。合間に子どもたちが盛り上がるゲームをいくつか。「はい・いいえゲーム」では希望者続出。「もう一回コール」が教室に何度も響いた。落ち着いた学習日であった。気持ちよく、いつもより早く帰宅。

 10月上旬までの家での仕事をリストアップ。自分の力を試されているようなハードな日が続きそう。原稿・レポートでは何を書くか検討する。その他説明文の文献読み。kyositu.comニュースの「アメリカ小学校研修記」2号掲載。



2003年09月07日(日)  ネクタイを変え告別式

 朝、コンビニで授業本のコピー、そして2部分発送。分量が分量なだけに時間がかかる。前回の原稿で家本先生から有難いメール。少しホッとする。

 さて今日も礼服。ただし告別式だ。岩小時代の校長故朝倉薫氏。つくづく偉大な業績を教育界に残された方と改めて感じた。そもそも私自身も、岩手に来る前から知っていた。三好京三著「いい先生みつけた」の中で紹介されていたからである。その本にあるエピソードで、川の教材発掘のためにヘリコプターに自費で乗ってしまうという話に感心したものであった。

 その先生に自分自身が教師7年目に同じ職場に勤めさせていただくことになったというのは、有難い縁であった。個性的な学校経営。現場上がりの校長先生らしく、保護者や子どもたちに限りない愛情を注いでいた。

 ご退職10年後であったが今日の告別式には当時の高学年の子どもたちや保護者の方々が何人か見えられていた。もちろん、当時の職場の先生方も20名ほど集まった。今考えると実に活気のある職場であった。

 式後、場所を変えて雑談。近況を報告しあう。10年近く前のメンバーだが皆元気で変わらず。帰宅後、一息ついてから次の仕事、「学校運営研究」の原稿と授業改善研究会の指導案に取り組み始める。今週前半はこれに集中。



2003年09月06日(土)  幸せを分けていただく

 ダッシュで授業本イラストを終わらせる。午前は朝ボーリングをはさんでその前後、そして夕方からも取り組み写真等が不足の5本を除き、一通り終える。取り組み始めてから9日目。リズムにのり続けることの大切さを感じる。イラスト本が終えたら、取り組んでいなかった原稿・指導案・レポートの仕事がドーンと控えている。リズムを狂わせぬようにしていこう。

 さて、今日は水沢グランドホテルで教え子の結婚式。今年3回目である。Mさん。初任で担任して4年連続受け持った子だ。人なつっこく、よく自分のことを話していた。背泳ぎが抜群で市内で3位になった時にプールサイドを走ってテントにきたことを覚えている。高校卒業後宮城にずっといて、そこでフィアンセと知り合ったとのこと。

 いい結婚式であった。自分たちの結婚式なのだが、親への感謝の気持ち、お客様への思いやりがあふれているものになっていた。私自身は乾杯前のスピーチ。教え子だけで言えば5回目なので、型も決まってきて、落ち着いて行うことができた。最後にMさん作の詩でまとめる。つくづく学級通信をひんぱんに発行してよかったと思う。司会者もプロで機転のきいた進行にハッとした。

 Mさんの同級生4人も招かれていた。全て担任した子どもたちである。すでに二人の親になっている子、東京で5年働いてUターンした子などそれぞれの人生を送っていた。親御さんの話も伺い、懐かしい初任校時代思い出す。「元気と体力」でがんばっていた時代。子どもとよく遊んだり、話をしたりしたので一人一人印象深い。親御さんとの関係も密であった。

 いつものことながら、お酒を飲みながら当時のことが頭をグルグル。思い出しながら「幸せな教師人生」としみじみ感じた。


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SATOMASA