大学教員の日記

2003年06月28日(土)  事務仕事をしながら

 朝HP内の「教え子の結婚式」のサイトを編集。更新は明日。同時にテーマパーク本の原稿を構想たり、そのヒントをネットで探したりするもののうまくいかず。そこで今日は事務仕事を進めることに決める。

 林間学校関係の仕事を一気に行う。反省の集約・データ処理・絵付けマグカップの運送に青少年の家〜学校を行き来等。今回は特に昨年度のデータがあったので助かった。来年度の5年担任のためにデータ全てをしっかりと引き継ごう。こういうことは「ITによる仕事の効率化」が進んでいる学校ならば当然のことであろうが本校は発展途上。子どもたちのパソコン活用と同時に職場のパソコン活用の実践例も知りたいものである。特に「パソコンでもできること」ではなく、「パソコンでしかできないこと」が知りたい。他にも週録と胆沢図工研会計。意外と時間がかかる。

 同時に、事務仕事をしながら原稿のヒントを考える。ポツポツと点のようなものが出てきて、何とか線のようなものになる。明日一気に執筆しよう。

 梅雨時の天気で一日中雨。子どもたちとも外で遊べず。本屋で「怪談レストラン」シリーズの本を購入。我が家の子どもたちの「マイブーム」。夢中で読んでいた。



2003年06月27日(金)  巻き返し

 事務的な仕事に時間をさく。遅れ気味の仕事をどんどんと片付けていく。追い込まれた気分が少し和らぐ。仕事に追いかけられている状態を、まずは追いかける状態にすることが先決だ。精神的なゆとりが違うし、何よりも授業の準備に余裕ができる。これから巻き返し。NHK4校交流もだ。

 校内研で道徳の授業研究会。副読本を使った道徳授業についていろいろと考える。同時に新しい流れも学ぶ必要もあると感じる。(受信不足だ・・)



2003年06月26日(木)  今日もあれこれ

 昨日までの疲れで熟睡して起床。それもやや遅め。学級通信と学年通信半分を書くのみにとどまる。今日は航空写真。これは130周年ということで。我が家は3人が写真に写ることとなった。
 
 午後は子ども美術館の会議。こわれていたビデオカメラもようやく修理から直ってきた。考えてみたら、授業でパソコンもビデオも活用から遠ざかっている。事務的な仕事も遅れ気味。悪い連鎖が少しずつ積み重なっている気がする。対策を考えたい。

 ふだんより早い帰宅も学級事務であっという間。



2003年06月25日(水)  昨日に続き

 飲み会の翌日ではあるが早起きして教育アンケートの続き。学校でも同様。時間を惜しんで何とか6:40に終了。この2日間大変な労力であった。子どもたちのためになるものであれば、時間がかかっても「多忙」とは感じない。しかし今回のようなものはつくづく「時間が惜しい」と感じた。終了後、ダッシュで地区懇談会へ。地区によって心配することは違うものだと感じた。

 朝授業本改訂版1本。ここで小休止。



2003年06月24日(火)  あれこれ

 いろいろな活動があった日。まずはスポーツ集会。子どもたちは本当に長縄が上手と感心。クラブでは水沢国際交流協会(アスピア)に行き、テキサス州立大学助教授のお話を聞く。おみやげまでいただき、貴重な体験。合間をみて教育アンケートを必死にまとめる。夜、地区懇談会。9時近くから林間学校ご苦労さん会に合流。朝から夜遅くまであっという間。

 朝に授業本改訂版2本。これで6月のノルマはほぼ終わり。次の原稿等に取り掛かろう。



2003年06月23日(月)  授業本原稿

 朝授業本改訂原稿を3本。調子のいい時に一気に進みたいという思いである。夜も1本。あと3本が今月のノルマ。また、一昨日依頼されていた「アメリカ研修記」一回分、編集して発送。

 学校では林間学校のまとめをする。「学んだこと」では「協力することの大切さ」「来たときよりも美しくの意味」といったことの他に、「友達の新しい面を発見できた」ということも。これは嬉しいこと。よく「学んだことをこれからの生活に生かしてほしい」と言うが、今回は本当に生かしていけそうである。



2003年06月22日(日)  教え子の結婚式

 朝から午後4時ころまで授業本の原稿。集中して・・・ではなく、「だらだらと」という感じであったが何とか改訂版を8本。トータルで38本。半分を越えた。

 さて、今日は教え子の結婚披露宴。初任の時に担任した子である。この2年あまりで4人目。全部スピーチ。有難いことである。力のない時の担任なのに・・・と本当に思う。新郎Y君。一番のノッポだった子だ。ミニバスの練習を共に3年間がんばったことが思い出される。6年生の時にスポーツ面で頭角を表し、走り高跳びは市内1位、200mも入賞。弟たちもミニバスで活躍。お父さん、お母さんにはPTAバレーの時にいろいろとお世話になった。

 スピーチは今回はわりとざわざわした中で。笑いを入れた時点でシーンとなって聞いてくれたのが嬉しかった。披露宴には細かな演出や仕掛けがたくさん。二人の思いが詰め込まれたものになっていた。

 参加された方の中には愛宕小時代の保護者がわりと多く、当時の話を懐かしんでする。子どもたちの近況を聞いて嬉しくなった。結婚してすでに2児の母になった子、ミニバスの指導者になって今母校の子どもたちを教えている子・・・担任していた当時の姿が浮かんできた。初任で担任した子たちは、今26か27歳。自分が6年生を担任していたときの年齢である。十分な大人であるがどうしても「〇〇くん」「〇〇ちゃん」と言ってしまう。私の中ではやはり小学校時代の印象のままなのだ。

 Y君を始めとして教え子たちの活躍ぶりから自分も元気をいただいた。やはり今までと同様に教師冥利。有難き機会であった。


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