| 2003年05月31日(土) |
教え子の結婚式 in 明治記念館 |
朝、今日締め切りの「ネットワーク」誌総合連載を執筆。発送。一回レポート化したものは当然のことながら書きやすい。
8時の新幹線で東京へ。教え子の結婚式のためである。ご家族・ご親族と一。Kさん。賢く何事にもチャレンジする学級のリーダー。学業優秀と同時にスポーツも秀でていた。今まで、男の子二人に招かれていたが、女の子は初めてである。
まず宿泊先の京王プラザホテル着。披露宴までの時間に授業本のことで編集者と打ち合わせ。半分まで書いた原稿についてあれこれご指摘をいただく。自分の原稿を真剣に読んでくださる方がいることは有難い。「具体的」がキーワードだ。凝縮すぎると分からなくなる、ホッとする部分も必要というのも改めて感じた。「すごい」と思われるよりも「やってみたい」と思うような内容にする・・・読者からすれば確かにそうである。
2時間半ほどして披露宴会場の明治記念館へ。Kさんと会うには中学生の時以来である。長身になっていて驚いたがケタケタ笑う姿は、十数年前に教室で笑う彼女と同じであった。明治記念館は由緒ある式場で、披露宴会場は明治時代に天皇陛下や伊藤博文らが憲法や教育勅語の御前会議に使ったとか。その名残りのある会場であった。
Kさんの中学校以降の進路は知っていたが、大学での活躍ぶり、今のお仕事について知る。ずいぶん頑張っているのだな・・・と感じる。教え子の近況についてはいつも励まされているのであるが、今回も同様であった。自分の専門を生かした仕事ぶり。彼女自身の小さい頃からの積極性を思うとうなずける。
途中で私もスピーチさせてもらった。小学校時代のミニバスのこと、出会いに日にトイレ掃除に率先して立候補し、日記にその理由をびっしりと書いてきたこと等を話させてもらった。スピーチはなかなか決まらず行きの新幹線で絞ったものだ。思いは伝えることができたと思う。スライド上映では市内の水泳大会に引率した写真が紹介。15年前の彼女と友達、そして自分。タイムスリップだ。教師なりたててで未熟そのものだった当時のことをあれこれ思い出し、宴を終えた。
会場を出るとサッカー日韓戦のサポーターが沢山。ユニフォームの青でうめつくさらた人の波の中で電車へ。
| 2003年05月30日(金) |
久しぶりに掲示板書き込み |
事務仕事が終わらず朝も。ネットワーク連載原稿に取り組む。今回は「ふるさとの自慢CMを作ろう」。一昨年の「コマーシャル制作に挑戦」がベース。時間のない中で書く原稿なので助かる。
学校では久々、掲示板に書き込み。4校交流の会議室の自己紹介の返事。なかなか上達はしないものの、必死に子どもたちは書き込みをしていた。あとは練習時間の問題だ。自宅での書き込みでのスキルアップもやはり必要だ。
3回目の情報委員会。学校のHPに自分たちが書いた文章を見て「ある、ある」と喜んでいた。他の小学校のHPを研究して、今度の書き込みのアイデアを考えていた。情報委員会は今年のヒット。
砂嵐の中での体育、そして日番で必死に歩いて疲れる。明日は東京行きである。
朝、今日の校内研の資料作り。合わせて来週の研究授業のために文献研究。校内研の場合には文部科学省発行の「初等教育資料」が役立つ。ここ数年分の社会を読む。結局は、高浜小時代の指導案のスタイルを基本に行うことにする。そのサンプルをもとに校内研でもいい話し合いができた。今日は国語と理科のテストを返却。「テストの答え方」を指導する必要性を感じる。学校の事務文書がたまっており、必死に処理。今日だけで通信3枚(学年通信1枚、学級通信2枚)。
昨日の新聞掲載は校内の先生方や子どもたちから反応あり。京都の糸井先生は運営されている掲示板に書いてくださった。感謝。
朝、メディアリテラシー学習の授業プランの素案を作成。これはメディアリテラシー教育研究会に提出をするもの。学生さんとペアで取り組む。「問題をもつ子」の本のゲラを校正。研究授業の構想。授業をするところを変更。
学校で朝に保護者の方が「朝日小学生新聞」を持ってきてくださった。例の地図指導が掲載。しかも一面。写真も大きい。さらに文章はさすが記者である。メルマガと電話のみの取材でこのような記事ができるのだから。中休み後には新聞社からどっと届く。今日の新聞が東京から宅配便で届くのだからこれまた驚き。学級の子どもたちにも配布。
市のチャレンジデー。ロープジャンピングで即席チームで参加。わずかの練習でも子どもたちは一生懸命。成果も出る。放課後、県南青少年の家に林間学校の打ち合わせ。運動会と同様に大きな行事。来週からさっそく話し合って、取り組んでいくことである。
昨日は気づかなかったが、今日学校に行くと改めてあちこちにひび割れ等があることに気づく。朝はそのチェック、子どもたちにも被害状況を聞く。危険な場所に行かない指導も含めて地震の余波は大きい。子どもたちも学校に来るなり「昨日はどうだった?」という会話からスタートしていた。もちろん、授業は通常通り進行。
ネット上ではMLで地震情報が飛び交っていた。また、数名の方からもお見舞いメールが届く。その心遣いに感謝。何度も余震があったことと、仕事が遅れてしまったため睡眠不足。学年経営案・学級通信等の仕事をした後、早々と就寝。
昨日の疲れ(飲み疲れもある?)でいつもより遅めの起床。しかも体がだるく調子も今一つ。「これは仕事は無理」ということでたまっていた家の仕事、娘の眼科行き、一緒に公園等をして過ごす。
家本芳郎先生の教育実践大百科事典を申し込む。さっそく見てみる。まさに教育実践の宝ばかり。これからずっと、はまってしまいだ。6月5日の社会科研究授業で何をするかを決める。
夕方からいくつかの林間学校の計画書や学年経営案を書こうと思っていたら、突然の震度6弱の地震。あんなに揺れたのは、1983年大学4年の時の日本海中部地震以来であった。学校に行くと壁のタイルがはがれたり、物が散乱していたりと地震の激しさを物語っていた。電話は通じない状態。今日は代休だったから、たまたま我が家の子どもと一緒にいたからよかったものの、ふだんであれば子どもたちだけでいたかもしれない時間である。危機管理は我が家にも必要だ。仕事はパー。明日早朝にすることにしよう。
朝6時から運動会準備のため学校へ。席をとるためにすでに並んでいる方々がたくさん。熱心だ。今年の運動会は種目を削減した分、余裕のある指導ができた。
熱心に教えていただいた「エイサー」はやはり今日が一番最高のでき。6年生の騎馬戦は一騎打ちが見ごたえあり大いに盛り上がった。紅白リレーでは転倒した子がいたチームが逆転するドラマも。運動会ならではである。
かんじんなのは、子どもたちにどんな力がついたかであるが、これはあさってじっくりと考えよう。夜は反省会。
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