大学教員の日記

2003年01月01日(水)  さあ!2003年

 新しい年があけた。氷点下10度の寒さでぐっすり眠れず、午前中は体調不良(何というスタート!!)。午後、初詣。親戚の家でゆっくり。年賀状の返信(メールでのご挨拶も増えたなあ・・・)であっという間に過ぎる。頂いた年賀状で一番嬉しかったのは、9年前に教育実習を担当した先生が採用試験を合格していたということ。難関のこの時代。苦労が実った。しかも講師時代は「いい勉強をした」とのこと。子どもにとって価値のある先生になるだろう。

 さあ、2003年が明けた。今年は「勝負の年」である。いくつかある自分の夢に向かって邁進したい。そのためには一日一日が勝負であることに変わりはない。具体的にはこれから少しずつ紹介していきたい・・・・。



2002年12月31日(火)  回顧2002

 大晦日。一年も今日限り。一言で言うなら反省が多い年であった。2001年が自分にとってステップアップした年であっただけに、停滞と思われるのかもしれない。発信という意味では月に数本の原稿を書き、いくつかの共著発刊(ただし前年に執筆)もあった。編集者としての総合MMも何とか一年間継続できた。レポート発表・講師の活動も数回あった。その点で例年であれば満足の年。しかし、新任校での実践不足、昨年の諸活動のような充足感が感じられなかったのが2002年であった。

 自分に足りないものは、実践家としての当事者意識である。もっともっと実践にこだわっていかねば。来年は自分の教員生活の中で一区切りの年である。教員生活の折り返し。自分の中では「勝負の年」と位置づけており、プランもある。明日からさっそく実行である。

 ただ、家族が皆健康で過ごすことができたことは何よりであった。この日記も一年間継続できた。ゆっくりと紅白歌合戦(白組司会者の阿部渉アナは勤務校水沢小OB。かつての上司のご子息)を見ることができる幸せな環境をかみしめたい。 



2002年12月30日(月)  のんびりと

 家のことや仕事が一段落をしたので、今日は何もする気が起きずのんびり過ごす。このような日もあるだろう。ただ、来年の自分の仕事の仕方について考える。大きな柱は7つ。キーマンや発信の場を確認。子どもたちは雪遊びで庭でギャーギャー。



2002年12月29日(日)  メディアの日

 今日はメディアの日。録画しておいた【メディアとこども】「湯けむり事件の謎〜取材体験ゲームに挑戦!〜」を視聴。大掛かりな実験的実践。発想は小学校でも生かせそうな感じ。また、総務省のメディアリテラシーのビデオ教材も一気に視聴。「意見」にまとめるまで自分も勉強しなくちゃいけないと感じる。その他に冬休みですべきことを確認。年末ということもあり買い物と家の仕事に時間を割く。



2002年12月28日(土)  年末恒例

 朝残っていた年賀状を書いて発送。すぐに親戚の家で恒例の餅つき。臼と杵を使って行うので、日ごろ使っていない筋肉も使う。少し疲れるがつきたての餅を食べるのは最高である。午後予想通り疲れて寝る。

 教育雑誌1月号を改めて斜め読み。届いてから数冊読んだきりであった「社会科教育」のジェンダーの視点がおもしろかった。本の提出原稿、OKのようである。10本分をクリアー。発刊が楽しみ。(半年後だけど)



2002年12月27日(金)  大雪&年賀状

 前日からの雪が積もり、朝から雪かき。そして年次ではあるが、学校に出て雪かき。学校が近い者の宿命。午前中に取り組む予定だった年賀状はこの雪かきで挫折。午後から取り組むも30名ほどは終わらず明日回し。これで一日が終わってしまった。夜、友人と恒例の忘年会。



2002年12月26日(木)  年内の仕事を終える

 学校の諸帳簿を今日提出。思いのほか簡単に終えた。原稿で苦しんだあとだけにそう思えたのかもしれない。校外巡回指導を同学年の先生と。雪のために全く子どもたちと会わなかった。これで今年の学校の仕事は一切終了。研究の提出物や例の評価基準はあるものの来年回し。

 子どもたちの年賀状、自分の年賀状を作成・印刷。パソコン印刷は実に楽。明日まで発送できそう。


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