離任式。とうとうこの日がきたかという感じ。壇上からみた子供たちが本当に可愛かった。今担任の5年生の子供たちの中でも涙を浮かべている子も。本当にお別れなのだ。地域の挨拶のあと、すぐに横浜へ。
気持ちの切り替え。9時すぎに到着。中華街を通り、山下公園前のホテルへ。部屋に入ると目の前に海。そしてライトアップされた氷川丸。遠くにはベイブリッジ、みなとみらいのビル群。まさに豪華な眺め!テラスもあり思わず見とれてしまった。夜景に向かって乾杯。これも考えてみたら今日お別れした子供たちのおかげなんだなあ。
午前中に学期末の仕事を片付け、午後はアパートの片付け。ほぼ終わる。
夜、職員の送別会。職員の皆様には本当にお世話になった。高浜小だからできたこと、認めてもらったことがたくさんだった。その意味ではまさに「大人の集団」であった。感謝以外の何物もない。
| 2002年03月24日(日) |
休みを必要としている? |
諸帳簿を終え、横浜用のビデオ編集、向山型社会の原稿構想をする。
今日も午後、昼寝。体が休息を必要としているのか?明日から大移動の一週間だ。いい休息だ。
| 2002年03月23日(土) |
すべきことをしなくては |
転任前にすべきことを急ぐ。朝、NHKの報告書を送る。午後からは諸帳簿の残りに取り組む。体調不良で日中はゴロゴロ。
3月22日、転勤が発表になりました。 宮古市立高浜小学校から、水沢市立水沢小学校に転勤となりました。
初任校の江刺市立愛宕小学校、二校目の江刺市立岩谷堂小学校。大好きな学校でした。子供たちとも、親御さんとも、教職員の皆様とお別れするのが名残惜しかったです。
今回の高浜小学校の子供たち、親御さん、教職員の皆様とのお別れはまた格別です。4年間は短すぎました。 小規模校、そして実践の自由度が高いという点が自分にとっては幸いでした。その年、その年で思い出に残る充実した実践ができました。市指定の学校公開に責任者として携わったこと、県家庭科教育研究会の授業者、NHK教育のテレビ放送、数多くの原稿。本当にありがたいことでした。
子供たちとは本当に楽しい日々を過ごしました。その素直さに何度も心が洗われる思いでした。親御さん、教職員の皆様は本当にいい方ばかりでした。宮古の地はよき思い出ばかりです。改めて感謝したいと思います。
そんな居心地のよい学校でも、最後の年の単身赴任はこたえました。日曜日の夜、「もう行っちゃうの!」と子供たちに言われた時には、「水沢の隣に宮古があったらいいのに・・・」と本当に思いました。家庭で父親の代わりはいません。
転勤先の水沢小学校は、我が家からすぐの学校です。上の娘が小5、下の娘が小1と、偶然ながら同じ学校となりました。児童数は高浜小学校の10倍の大規模校です。
新しい環境で自分にできることに挑戦していくつもりです。そして、このホームページでよき報告ができるように努力したいと思っております。
27日の横浜研修会のためにレポートを帳合。聞くところによれば、定員をオーバーし会場を変更するとか。しかも多くが関東以外で、岩手からも参加者数名ということであった。これは、メールマガジンも一役買っていたかな。夜、NHK「体験!メディアのABC」のレポート作成に取り掛かる。
4年、5年と連続で受け持った子供たちの巣立ちの日である。皆、美しい顔をしていた。しっとりとした卒業式。言うことなし。現担任と二人で、卒業を祝う会に参加。親御さんと話していると、いろいろなエピソードが思い出される。子供の数の分だけドラマがあるのだ。
合間を見て、横浜の研修会のレポートを印刷。
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