大学教員の日記

2002年03月23日(土)  すべきことをしなくては

 転任前にすべきことを急ぐ。朝、NHKの報告書を送る。午後からは諸帳簿の残りに取り組む。体調不良で日中はゴロゴロ。



2002年03月22日(金)  転勤発表

 3月22日、転勤が発表になりました。
 宮古市立高浜小学校から、水沢市立水沢小学校に転勤となりました。

 初任校の江刺市立愛宕小学校、二校目の江刺市立岩谷堂小学校。大好きな学校でした。子供たちとも、親御さんとも、教職員の皆様とお別れするのが名残惜しかったです。

 今回の高浜小学校の子供たち、親御さん、教職員の皆様とのお別れはまた格別です。4年間は短すぎました。
 小規模校、そして実践の自由度が高いという点が自分にとっては幸いでした。その年、その年で思い出に残る充実した実践ができました。市指定の学校公開に責任者として携わったこと、県家庭科教育研究会の授業者、NHK教育のテレビ放送、数多くの原稿。本当にありがたいことでした。

 子供たちとは本当に楽しい日々を過ごしました。その素直さに何度も心が洗われる思いでした。親御さん、教職員の皆様は本当にいい方ばかりでした。宮古の地はよき思い出ばかりです。改めて感謝したいと思います。

 そんな居心地のよい学校でも、最後の年の単身赴任はこたえました。日曜日の夜、「もう行っちゃうの!」と子供たちに言われた時には、「水沢の隣に宮古があったらいいのに・・・」と本当に思いました。家庭で父親の代わりはいません。

 転勤先の水沢小学校は、我が家からすぐの学校です。上の娘が小5、下の娘が小1と、偶然ながら同じ学校となりました。児童数は高浜小学校の10倍の大規模校です。

 新しい環境で自分にできることに挑戦していくつもりです。そして、このホームページでよき報告ができるように努力したいと思っております。



2002年03月21日(木)  横浜研修会

 27日の横浜研修会のためにレポートを帳合。聞くところによれば、定員をオーバーし会場を変更するとか。しかも多くが関東以外で、岩手からも参加者数名ということであった。これは、メールマガジンも一役買っていたかな。夜、NHK「体験!メディアのABC」のレポート作成に取り掛かる。



2002年03月20日(水)  巣立ち

 4年、5年と連続で受け持った子供たちの巣立ちの日である。皆、美しい顔をしていた。しっとりとした卒業式。言うことなし。現担任と二人で、卒業を祝う会に参加。親御さんと話していると、いろいろなエピソードが思い出される。子供の数の分だけドラマがあるのだ。

 合間を見て、横浜の研修会のレポートを印刷。



2002年03月19日(火)  修了式

 修了式。5年生担任としての一年が終わった。今年ほど印象に残る実践を行った年は今までなかった。しかもそれらが、テレビ番組、児童用図書、共著、雑誌原稿等で形に残るのであるから、ありがたい一年であった。神様と子供たちに感謝するのみ。明日の卒業式は、2年間担任した子供たち。

 この子たちも公開や県家研等、多くの思い出深い実践をさせてもらった。いい天気で送ってあげたいなあ。



2002年03月18日(月)  共著「5分間でできる学級遊び90」

 共著「5分間でできる学級遊び90」(家本芳郎編著・たんぽぽ出版)が送られてきた。昨年の夏休みに執筆したものである。私の担当は7つ。ふだん教室で行っているものである。それにしても遊びの本らしく、とても見やすい。私が書いた下手なイラストもプロの手にかかり見やすくなっている。

 これは家本先生の呼びかけに立候補したものであった。我が父と同じ年生まれの家本先生がHPを作られ、メールマガジンも発行されている。そのパワーには敬服する。



2002年03月17日(日)  定期発行

 午前中、総合メールマガジンの編集。これが今年度最終号。臨時増刊号を除けば月2回ずつ定期発行ができた。新年度からどんなスタイルにするか、発行しながら考えていくことにしよう。


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