大学教員の日記

2002年01月26日(土)  絶対評価の文献を読む

 先週は学期初めや重要な会議で、学校の仕事が遅れ気味。その分を行う。原稿のために絶対評価の文献を読む。気にしていたテーマであったが、今までは改めて文献を読む機会がなかった。改めて重要なテーマと感じた。



2002年01月25日(金) 下閉伊地区社研立ち上げ会議

 15年度の県社研に向けての地区の立ち上げ会議をする。提案内容は冬休み中に作成。2月中に授業研究会(自分が授業、今年も社会科研究授業ができる!)&総会をセットで本校で行うことに決定。何とか今年度中に組織化ができそうである。

 それにしても今日は皆さんから「知恵」をいただいた。会議での会場作りや接待で本校の先生方の助けも受ける。いろいろな方の援助で成り立つことをつくづく感じた。

 昨日、今日と自分にとって重要な会議が連続。ホッと一息。



2002年01月24日(木)  副読本編集会議

 社会科副読本編集会議。この会議も5回目だ。今回は原稿の校正を出し合う。修正がけっこう出てきた。自分の気づかない視点もけっこう出てきて、「社会科教師の知恵の結集」である副読本ができそうだ。編集キャップとしての作業はまだあり、もう一がんばり。

 今回の副読本作業で感心したのは、教育委員会の積極的な支援である。地区によってこの対応は違うのであろうが、「宮古の子供たちのためによりよいものを作る」という意気込みを担当の指導主事の先生から感じた。



2002年01月23日(水)  ビデオメッセージ

 河南中にビデオを届ける。高浜小に赴任して最初に受け持った6年生が現在中3の受験真っ只中。その子たちの卒業を祝う会で「小学校の担任の先生から」ということでメッセージビデオを送るのである。「からくりビデオレター風」に録画。それにしても、早いものだ。あの子たちも高校生になるのか。転任したてで思い通りいかなかったことが多かったが、そのことが今の自分のエネルギーになっている。

 その子たちと、卒業式で2006・8・15に校庭で会う約束をした。20歳の夏にタイムカプセルを開けるのだ。今回のビデオでもそのことをPR。



2002年01月22日(火)  通常通りのペース

 2日目。すぐに通常通りのペースで授業をする。しかしながら、子供たちはまだエンジン全開という感じではない。かくいう、自分も仕事にダッシュがかからない。

 教育センターのレポート、社会科の副読本の手引き、完成。あとはチェックのみ。



2002年01月21日(月)  3学期始業式

 子供が来る学校。いいものである。朝元気な声が玄関から聞こえてくるだけでうれしくなってしまう。5年生15名、全員元気に登校。冬休みのあれこれを話す。

 スピーチ、始業式、作品発表。さらに「体験!メディアのABC」を見せ、アンケート(レポート用)をとって今日は終了の予定だったが、早めに進み漢字スキルに取り組む。子供たちも集中。明日から通常通りの授業がスタートできる。

 仕事を終えてダッシュで歯医者へ。1時間半の格闘。神経を取ってもらい、痛みから解放。やれやれ。7年ぶりの歯医者さん。機器が進歩しており興味を持つ。



2002年01月20日(日)  冬休み最後&40代突入

 朝、家本芳郎先生から依頼されていたメールマガジンの原稿を仕上げる。テーマは学級開きである。一昨年家本先生のメールマガジンを取り出した時に、自分のことを記憶していただいていたことに驚いた。10年も前に家本先生編集の全集に寄稿したことがあり、その内容を覚えてくださっていたのである。もうこれだけで、家本先生からの依頼は常に引き受けなければ!と思っている。

 さて、冬休みは今日で終了。「これだけ冬休みにできればすごい」という期待量に比べたら6割程度の出来。ふだん家族と一緒にいれない分、そちらを優先してしまうのは仕方ないなあ。しなければいけない原稿とレポートは順調。3学期の教材研究と読書は不足。野口悠紀雄氏「ホームページにオフィスを作る」はこれからのホームページ作りの大いなるヒントとなった。この日記もその一つ。

 今日が40歳の誕生日。30歳の時を思い出す。この10年で本当にいろいろな経験ができた。充実した10年。これからの10年、さらに充実した年月にしたい。


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