午後に宮古に戻る。久々である。通常は快適な道も、冬になると雪で長距離運転は怖い以外の何物でもない。でも今日は暖かく、雪も融けてホッとした。
たまった年賀状に目を通す。教え子からのものには申し訳ない気持ちである。単身赴任の不便さ。急いで書き、すぐに本局へ。 それにしても宮古は暖かい。同じ岩手県とは思われない。
最低気温が氷点下10度の日。外に出るのもいやになる。 今日まで実家でのんびりとできるので、子供たちと一緒に遊びながら教育センターレポートに取り組む。およそ7割ほど完成。ここまでやっておけばあとは、3学期になってから行っても大丈夫である。
| 2002年01月06日(日) |
教育センター発表レポート |
今日から県教育センターの発表レポートに取り掛かる。実践部分はすでに原稿やHPで文書化ができているので、それを編集するだけでよい。主題設定の理由・仮説・考察といった実践の前段と後段を主として書くものである。 「メディアリテラシーは21世紀の基礎基本の一つとなる」ことを主張できればと思う。
| 2002年01月05日(土) |
有田和正先生の研修会 |
有田和正先生の講座に参加をする。場所は山形市。ここ数年は、正月の有田先生の講座から一年がスタートする。だからか、その一年はいつも好調。縁起がいいのである。 今回は「講座」「模擬授業」「QA」の3本立て。「講座」では、教材開発の楽しさを改めて感じる。有田先生のライフワークなのであるが、その開発裏話をする時の表情は本当に楽しそうだった。「模擬授業」では、「教師の出番」について考えさせられた。考えてみれば自分は突っ込みがいつの間にか少なくなっていたのではないか。
「QA」では私も質問をした。「有田先生は、40歳の時に何に夢中になっていましたか」。自分がまもなく40になるのを意識しての質問である。聞くと激変の年」であったということ。筑波大附小に転勤し、今までの授業観では通用しなくなり授業をどんどん変えていったとのこと。しかも、その時の授業について子供たちが追究したことを詳しく記憶している。そうなのだ。すごい実践というのはいつまでも教師の記憶に残るのだ。果たして自分にそのような記憶がある実践がいくつあるか。
そうそう、「お山の大将」の話もされた。「38歳が一番危ない」とのこと。確かに有田先生でさえ、50代半ばでも授業者としてまだまだと話されていたのだ!峰は高い。
満足感を持って、今回も帰ってきた。今年も縁起のよいスタートだ。有田先生に感謝である。
雑誌「ネットワーク」3月号、楽しい実践の原稿に取り組む。「宮古自慢CM」 の実践である。 二十数時間の実践を3ページにまとめるのは難しい。思いきった取捨選択をしなければいけないのであるが、それがなかなかできない。一応書いたが再考である。
午前中、子供たちの宿題につきあう。何ということはない風景なのであるが、単身赴任の身にとってこのような何げないことはささやかな幸せである。つきあいながら来年度の総合の提案をまとめたり、原稿の構想を練ったりする。
午後は家内の親戚で集まり宴会。「大きくなったね」と何人にも子供たちは言われる。
子供たちと一日中ゆったりと過ごす。 合間を見て総合メールマガジンの企画を練る。並行して、学校の総合の来年度の方向性を考える。企画を考えるだけで、わくわくしてくる。(ちなみに我が校の総合的な学習の時間は「ワクワクタイム」) 総合は新しい教育の起爆剤。昨年は本当にそうだった。
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