大学教員の日記

2002年01月06日(日)  教育センター発表レポート

 今日から県教育センターの発表レポートに取り掛かる。実践部分はすでに原稿やHPで文書化ができているので、それを編集するだけでよい。主題設定の理由・仮説・考察といった実践の前段と後段を主として書くものである。
 「メディアリテラシーは21世紀の基礎基本の一つとなる」ことを主張できればと思う。



2002年01月05日(土)  有田和正先生の研修会

 有田和正先生の講座に参加をする。場所は山形市。ここ数年は、正月の有田先生の講座から一年がスタートする。だからか、その一年はいつも好調。縁起がいいのである。
 
 今回は「講座」「模擬授業」「QA」の3本立て。「講座」では、教材開発の楽しさを改めて感じる。有田先生のライフワークなのであるが、その開発裏話をする時の表情は本当に楽しそうだった。「模擬授業」では、「教師の出番」について考えさせられた。考えてみれば自分は突っ込みがいつの間にか少なくなっていたのではないか。

 「QA」では私も質問をした。「有田先生は、40歳の時に何に夢中になっていましたか」。自分がまもなく40になるのを意識しての質問である。聞くと激変の年」であったということ。筑波大附小に転勤し、今までの授業観では通用しなくなり授業をどんどん変えていったとのこと。しかも、その時の授業について子供たちが追究したことを詳しく記憶している。そうなのだ。すごい実践というのはいつまでも教師の記憶に残るのだ。果たして自分にそのような記憶がある実践がいくつあるか。

 そうそう、「お山の大将」の話もされた。「38歳が一番危ない」とのこと。確かに有田先生でさえ、50代半ばでも授業者としてまだまだと話されていたのだ!峰は高い。

 満足感を持って、今回も帰ってきた。今年も縁起のよいスタートだ。有田先生に感謝である。



2002年01月04日(金)  短くするのは難しい

 雑誌「ネットワーク」3月号、楽しい実践の原稿に取り組む。「宮古自慢CM」
の実践である。
二十数時間の実践を3ページにまとめるのは難しい。思いきった取捨選択をしなければいけないのであるが、それがなかなかできない。一応書いたが再考である。



2002年01月03日(木)  ささやかな幸せ

 午前中、子供たちの宿題につきあう。何ということはない風景なのであるが、単身赴任の身にとってこのような何げないことはささやかな幸せである。つきあいながら来年度の総合の提案をまとめたり、原稿の構想を練ったりする。

 午後は家内の親戚で集まり宴会。「大きくなったね」と何人にも子供たちは言われる。



2002年01月02日(水)  ゆったりと過ごす

 子供たちと一日中ゆったりと過ごす。
 合間を見て総合メールマガジンの企画を練る。並行して、学校の総合の来年度の方向性を考える。企画を考えるだけで、わくわくしてくる。(ちなみに我が校の総合的な学習の時間は「ワクワクタイム」)
 総合は新しい教育の起爆剤。昨年は本当にそうだった。



2002年01月01日(火)  元日

 年始。気分も引き締まる。

 総合メールマガジンの企画のため、総合雑誌を斜め読み。つくづく編集者という仕事の眼力の鋭さに感心する。よくぞこれだけ現場の者の実感を知っているものである。
 年賀状他をとるために水沢と宮古を往復。夜、年賀状のみのやりとりだった高校時代の親友からメールがあった。年賀状に記されていたURLを見てのこと。交流復活である。インターネットのすごい点である。



2001年11月20日(火)  有難い手紙

 NHK番組の感想は、引き続き届いています。
 大部分は私の知人、あるいは教職関係者からです。ところが、一通、市内の方
ら頂いたものがありました。Mさんという74歳の女性です。読んでいるうちにグッとこみ上げるものがありました。

 突然此の手紙を出します事をお許し下さいませ。
 私はA小学校の地区に住む74才のおばあちゃんです。
 この度みやこ広報の中に、「コマーシャル制作」に挑戦したと云うことに、アッ全国放送だと思い、どんな出来栄えなのだろうと凄く興味を持ちました。

※宮古の広報は2万世帯に配布されるとのこと。しかも放送直前だったのでその効果が大きかったようです。(岩手日報の番組紹介も同様でした。)

 8チャンネルの45分間、目を凝らして見ました。
 ・浄土ヶ浜チーム、一回目の雨の中、大変な挑戦でしたね。
 ・鮭チーム、魚菜市場のお客さんがインタビューに無視で残念
 ・うに染めチーム、段取りがうまくいかず、同じ色だけで大丈夫かな?
 3チーム共、良い出来にするために2度も挑戦して、2回目は最高の出来でした。テレビにむかい、心から大拍手をしました。

※おうちで一生懸命にテレビをご覧になっている姿を想像しました。いつの間にか、子供たちの応援団になってくださっていたのですね。

 先生の熱心な指導に生徒さんたちが皆頑張りましたね。先生も子供さんたちも、とても目が輝いて、最後まで頑張り、感動いたしました。
 又、田川さん、太田さん、その他諸々の方々の優しさ、親身に協力して下さったことに感謝出来る人間になってほしいと思います。勿論、それが出来る人ばかりだと信じています。

※ここの部分に、とても共感をしました。今回の番組の主役は子供たちです。しかし、もちろん自分たちだけで番組ができたわけではありません。いや、それどころか、学習する段階でたくさんの方々の協力を本当に頂いておりました。
 たとえば、ウニ染めの田川さんは、1年で最も忙しい時期でした。あちこちに出品する時期が重なっていたからです。そんな中、「宮古の子供たちのためだから」と時間を割いてくださったのです。ロケ中から、子供たちにそのことは何回も話していました。そして、今回の番組の放送直後にも、私は「今回の番組で、君たちにわかってほしいこと……それは、多くの人たちの力でできたということです。NHKの皆さん、田川さん、太田さん、高浜小の他の先生方、その他宮古にいろいろな人にお世話になりました。その人たちに感謝の気持ちを持ってほしい。」と話しました。 今回のお手紙は、全く私の考えと同じです。そこに共感したのです。

 私達の子供の頃は戦争の渦の中で生活し、18才の時、強制的に学徒動員で戦争に使う部品を作る工場で働きました。本当に悲しい思い出だけです。皆さんの様にあんなにきれいな輝いた目をしたことが私達にあっただろうか?この度、つくづく感じました。皆さんが良い経験をされたことに平和で良かったと思いました。

※確かに平和だからこそ、子供たちも十分に今回のような学習ができる。改めて平和の有り難さを噛み締めました。同時に私事ながら、私自身の親の姿とダブらせて手紙を読んでいました。Mさんよりは年下ですが、同じ昭和一ケタ生まれの私の父母からも大変だった子供時代の話を聞いておりました。

 本当に良い出来栄えを見せて頂き、心より感謝申し上げます。
 今後も健康で何事にも頑張って下さいませ。
                                     かしこ
 佐藤先生と5年生の皆様江

 Mさんのお便りは、本当に丁重で心のこもったものでした。私は感激してしまい、何度も何度も繰り返しでお手紙を読みました。

 そして、「すぐにお礼の言葉を言わなければ…」と思いました。いてもたってもいられない……そんな気持ちでした。住所を頼りに電話番号を探しました。
 ありました。
 気持ちを落ちつけて電話をしました。
 幸い、ご本人が電話に出られました。

「佐藤先生ですか。本当に今回は、いい番組を見せてもらいました。」
「子供たちの番組での頑張りぶりが嬉しくて、初めてテレビを見て投稿してみました。」

 「テレビ番組を見てのお手紙は初めて」……この事実に驚きました。つまり、今までにないくらい、感銘を受けたというのです。
 一つのテレビ番組が、今まで全く縁がなかった人と人を結びつける。それも「共感」という心を持って。改めてメディアの力の大きさを感じました。
 Mさんからは、大変だった子供時代のお話、お孫さんのお話、宮古が大好きだったといったお話をお聞きしました。
 終わりに私から、お願いをしました。
「本当に、お手紙をありがとうございました。子供たちには、もちろん紹介いたしますが、その他にお願いがあります。この手紙を、学級通信で紹介させてほしいのです。」
「どうぞ、どうぞ。私のでよければ……」
 改めて、感謝の気持ちを述べて電話を切りました。

 子供たちにさっそく手紙を読んで聞かせました。
 子供たちも「感謝することの大切さ」を改めて感じました。
 私にとっても、子供たちにとっても本当に有り難い手紙でした。


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