ロケチームが学級に入って、簡単な「出会いの会」。子供たちから自己紹介、そして「学級の様子がわかるものだから」ということで、学級紹介ビデオを見てい ただいた。
ロケチームは5人。ディレクター、カメラマン、音声担当者、照明担当者、そして車両担当者とロケをするのでも、実に多くの方々が携わるんだと私自身が感心。
さて、ロケチームと出会った子供たち。次のような感想を持った。
・今日はNHKの4人が高小の5年にいらっしゃいました。その4人の人たちの話を聞きながら、いろいろな体験ができると思うと、むねがわくわくしてきました。明日から3週間、たくさん勉強できればいいなあと思いました。
・あしたから、3週間カメラでとられるのでちょっと心配です。だけど、この短い時間でいいテレビ番組になればいいなと思います。
期待が大きいけど、不安も少しあるといった感じである。
記録のために掲載。
単元 「宮古の自慢CMを作ろう」 授業計画
■1時間目 宮古の自慢CMを作ろう
★宮古は全国的には有名ではないことを知る。 →みんなの力で有名にしよう →「自慢CM作りがいい!」 □調べる動機付けを工夫する。 ★宮古の自慢について知っていることを発表する。 →それほど知らない。 →さっそく調べよう ★どんな方法で行うか話し合う→今回は街角インタビュー ★インタビューの練習をする
■2〜4時間目 街角インタビューをしよう
★街角インタビューをする □自分たちがあまりしらないことについてはくわしく聞くように指導する。 □班ごとに集計をして、どんなものが多かったか、なぜそれが多いのか 考えさせたい。
■5・6時間目 報告会・テーマ決め・取材計画をしよう
★調べたことの報告会をする →・サケ ・浄土ヶ浜・宮古海戦 ・海洋深層水のサンマ ・イワガキ 等 ★感想を発表する ★グループごとにCMの対象を決める 例)ウニ染め サンマ イワガキ 宮古市長さん(福祉) □選ぶ理由を子供たちに考えさせてから決めさせる。 ★「体験!メディアのABC」の「キャッチコピー」を見て、取材の方法や視点について学ぶ。 ★取材先に連絡をとる。 ★取材計画を立てる・質問内容・役割分担・練習
■7・8時間目 取材をしよう
★自分たちが選んだ場所で取材をする。 □この取材で、CM作りの基礎となる情報を収集することを事前に確認する。 (すぐにCM作りに入るのではない。) □次時につながるように、取材の感想を交流するように働きかける。
■9〜11時間目 キャッチコピーを作ろう・撮影計画を立てよう
★キャッチコピーを何にするか考える。 □班ごとに取材写真・プリント・付箋紙等を活用する。 □必要に応じて「キャッチコピー」を再度視聴させ、その視点や方法について学ぶ。 付箋紙の活用等番組の方法に基づいて取り組む。 ★班ごとに発表する。(理由付き) ★4コマ画コンテ作りをする。 □4コマ画については、初めてなので具体例を示す。(シーン・ナレーション・セリフ等を入れる) □原則として1ヶ所で撮影が可能なものとする。 ★「アップとルーズ」を視聴する。 □「アップとルーズ」を視聴させ、ビデオ撮影のための基本的なスキルについて理論を覚えさせたい。場合によっては、NHKカメラマンによる実技教室を行う。 ★撮影のための練習をする。(セリフ、カメラワーク等、実演をする。) □「アップとルーズ」をどう使うか考えさせる。 (★課外でCM撮りの対象機関にアポイントメントをとる。)
■12・13時間目 CM撮りをしよう
★自分たちの計画に基づいて、CM撮りをする。 □いろいろとお願いをする場面では、うまくいかないこともあると思われる。ぎこちない部分があっても子供たちに任せる。(次への布石)
■14・15時間目 視聴・相互批評をしよう
★撮影したCMについて話し合う □内容だけではなく、カメラワークといった技術面についても指摘しあいたい。 ★NHK宮古報道室記者をゲストティチャ―に迎え、自分たちのCMを見てもらう。 □技術的なものと、撮影の臨み方のコツを理解させたい。 <技術>アングルと近さ <臨み方>観察、仲良くなる、動き回って現場に溶け込む →メディアリテラシーの視点の深化
■16・17時間目 もう一度CMを計画しよう
★反省に基づき、再度CMの計画を立てる。 □場合によっては鈴木記者にも協 力していただく。 ★くわしい4コマ字コンテを作る □字コンテが深化するように支援 をする。 ★計画を発表する。 ★練習をする。 □改善点を認め、意欲づけにつなげる
■18・19時間目 再度取材先で学ぼう
★取材先を再度訪れ、深く観察したり、実際に手伝いをしてみる。 □新しい発見ができるように支援をする。
■20・21時間目 さあ、2回目のCM撮り
★計画にもとづいてCMロケを行う。 □技術面、臨み方について留意させる。 □編集は大人が可能な限り支援をする。
■22時間目 CM鑑賞をしよう、振り返ろう
★できたCMを鑑賞し、意見を交流する。 □それぞれのCMのよさを認め合うようにしたい。 ★今回の学習を振り返る。 □メディアリテラシーの視点を深めた振り返りとなるようにする
NHKの番組制作会議に参加。Mプロデューサー、Iデスク、Sディレクター、助教授F氏、そして私の5名。学校社会で言えば、プロデュ―サーは管理職、デスクは教務主任といった立場である。
19時から4時間半、延々と自由な意見交換。Sディレクターと私が提案をしたたたき台の資料はあったものの、それはあくまでも「たたき台」で方向性がいろいろと変わった。
学校の研究授業とは違い、番組の方向性がいろいろと変わる…それが通常のようだ。結論といっても大枠のみ。番組に関わる実践はこれから再考しなければいけない。
■確認されたこと
★番組は「日本のメディアリテラシー教育はこうなっている」という感じの内容。教育番組「体験!メディアのABC」を活用する。
★放送は11月17日(土)…登校日です。民放と共同で放送をするので、フジテレビ系でものちほど放映。全国ネット。
★ロケは10月3日(水)スタート。半月程度の予定。ロケチーム(4人程度)はずっと宮古滞在の予定。(1回ぐらいは帰るかもしれない)
★佐藤の実践内容は「宮古再発見」といったCMビデオを作る。随時宮古市内各地の調べ活動あり。ただし実践内容が変わる予定は大いにある。
★実践へのNHKの支援は全面的に行われる。ビデオカメラ、マイク、編集機といった一切の機材のレンタル、ロケでの子供たちの保険加入、地元調べ学習での交通費等、すべて支援をしてくれるとのことであった。
| 2001年02月15日(木) |
筑波大学附属小で発表 |
早起きして、いくらかポイントを確認。 筑波大学附属小に早めに行き、M先生に挨拶。発表で使うデジカメの操作を確認。 間もなくM先生の授業が始まる。「なべ料理」の教材化だった。身近なものなのに、今まで教材化した例は知らない。「なべは心の栄養になる(家族と触れ合う)」という子供の発言にうれしく思う。
授業が終わり午前中に自分の発表である。参観者は、およそ80名ぐらい。人数は少ないものの一流の聞き手というのは、十分に感じた。力を入れて話すたびに、うなずく反応やメモをとる姿が視野に入ってくる。
1月の社会と同じように発表では「具体的なエピソード」を描写するように心がけた。しかしながら、提案1は何か話が空回り。提言3は自分の思い入れが強すぎ。結局時間オーバー。適度に笑いもあり、主張もあったとは思うもののまだまだ発表修業は不足である。 ただ、午前中で終ったので午後はゆったりした気分で、U先生とT先生のお話を聞くことができた。
会終了後、近くのフランス料理店で懇親会。4人だけである。 私以外は家庭科教育の一流の実践者と研究者である。学習指導要領解説編の執筆者、教科書の執筆者、文部省の資料の執筆者。むろん、出版者の原稿は多数の先生方である。 そのような先生方から直接の話を伺える・・・自分にとってはまさに「価値ある出会い」であった。 学習指導要領解説編作成のお話、職場でのお話、家庭科教育にかける思い・・・等。先生方の家庭科教育に対する熱き思いに、ただただ聞き入った。そしてその志に感銘を受けた。 当初、自分としては、「家庭科はこの発表で一区切り」という思いであった。来年度、家庭科の授業ができるとは限らない。社会や特別活動、総合を深めなければ・・・と考えていた。 しかしながら、お三人のお話を聞き、「もっと家庭科教育に携わりたい。ずっと研究をしたい。」という思いに変わった。それぐらい感動的な出会いであった。
この一年間のことを考えると、本当に縁に恵まれていたと思う。 学校公開からの家庭科教育の縁。 地区で家庭科専門の先生方との縁。 家庭科教育でM先生から学ばせてもらった縁。 発表によって新たにできた縁。 全てが、家庭科については何も財産がなかった自分を、太らせてくれた。本当にありがたいことだと思う。 この縁については、自分は本当に恵まれていると思う。今までもいろいろな縁があり、今回もこのような縁である。教師生活万歳!有難い教師人生である。
| 2001年02月14日(水) |
筑波大学附属小のため東京へ |
6校時まで授業をして東京へ。インターネットで予約した上野のホテルについた のは夜11時すぎであった。新幹線で発表のリハーサルをする予定だったが、車で3時間以上の移動になり、熟睡してしまった。
1年前、家庭科とは縁もゆかりもなかった。 いや、高学年の担任だった時には当然指導をしていたが、特段工夫する教科ではなかった。それどころか、ミシンが苦手でやたら指導に時間がかかる・・・そんな苦手な教科だった。 私の勤務する小学校に「県の家庭科教育大会の授業者をお一人出してください」という依頼があった。なぜ本校か。国語の公開での好印象がその理由らしい。結果的に、授業者となった。 ところが家庭科の指導案を書いた経験はない。それどころか研究授業だって見たこともなかった。(多くの教師はそうなのではないか。)
ちょうど2月の筑波大学附属小学校の公開に参加することになっていた。自分としては一つの教科に絞らずにあちこち見ようと考えていた。だが、家庭科分科会に参加することにした。その時に授業をされたM先生。M先生との出会いが今回の発表のきっかけであった。
家庭科を本格的に研究するにあたって、いろいろな文献を調べた。しかしながら、なかなか単著を出されている方はおられない。 そんな中でもM先生はいろいろな雑誌に論文を書かれていた。そのアイデアは読みごたえのあるものばかりだった。当然私の家庭科教育でのキーマンとなった。 自分なりに筑波での授業等の感想を送ったり、研究授業でのレポートを送ったりした。 お忙しい身でありながら、M先生からは、いつも返信をいただいた。 そして、運命の電話。「初等教育研修会で発表してみませんか」。 その時はまだ県家庭科教育研究大会前であった。「県の大会で失敗でもしたら・・・」という不安があったものの、もともと新しいもの好きの私は、すぐに「力不足ですが、勉強させてください。」と快諾の答えを発していた。
家庭科のレポートは研究論文ではない。 むしろ、ある程度の新しい主張が必要と考えた。しかし悲しいかな、「長年の研究」といった蓄積が自分にはない。むろん、県の大会でしたことは書くことができるが。 ここで発想を変えた。しょせん、家庭科をずっと専門にやってきたわけではない。家庭科に今まで自分が関わってきたものの負荷価値をつけることはできないかと。家庭科に異質の発想を取り込む作戦である。 筑波大学附属小の紀要の締切は12月19日。通信表と並行しながらどうにか次の4つの提案ができた。
1 「発見」「広げよう」をキーワードに 2 「総合」で家庭科を強くする 3 「家庭・地域・日本のよさ」を伝える 4 家庭科情報リテラシーを高める
2から4は自分では得意とする領域である。学習指導要領にも関わる文言が出ている。実践もしているし、これからでもできる・・・・。そんな感じでとりあえず原稿を送った。 すぐにM先生から「(参加者にとって)刺激になると思います」という有難いコメントをいただいた。 実質的なレポート作成は2月上旬から1週間。A4判20ページとなった。いざ東京である。
宮古に帰宅。志をいただいた方々へのお礼等、すべきことはまだまだある。
しかし自分にとって長い長い3ヶ月はひとまず終焉を迎えた。母の死に関わる事実は記録したが、母に対する自分の思い、そんなことはもちろん書くことはできない。
父母の住んでいた山梨の家に行き、遺品の整理。数多くの遺品。とっておけるものはすべてとっておくという母の生活ぶりが伺える。
中には、自分が父母あてにあてた手紙、孫にあたる我が家の娘達の小さい頃の絵もあった。この家で、この絵をみながら、父母で孫の成長を話していたに違いない。
しかし、そのような生活はもう戻ってこないのである。寂寥感に襲われる。
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