Kuragegawa Riv.
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某小学校教師@11年目の日記。


2005年01月29日(土) 彷徨

おはようございます。朝から飲み会大嫌いを公言したい海月さんです。もし昨日隣に居た先生がフォローしてくれなかったら、その場で泣きはじめた事間違いなしです。




言ってる事の半分は当たっているので言い返せませんが、もう半分は…。やっぱり私教員向いてないんじゃないかと通帳からカチャカチャ引き算をはじめる始末です。でもって食欲もわかない。…弱すぎるのはわかっていますが、じゃあどういう事が強いって事なのか。ぐるぐるぐるぐる巡ります。





救いは、私の中で形が固まった事やもしれません。算数は大好きです。数学の免許ももっています。でも、来年論文を出す教科は、これから持っていく武器にしたい教科は、私は国語なのだろうと。





私は本当に言いたい事はいつも誰に言うでなく書くことで解決してきて。もどかしさも嬉しさも悲しさもあらゆる感情の一部を言葉で浮かべる事でやっとやっと生きている。





私と同じような生き難さを感じている人に贈りたい気持ちもあっての本づくりのように。未来の大人たちに、その術を少しでも身につけてもらえたのなら。そうならば。

2005年01月24日(月) 誤解

「先生って、ごくせんに似てるよね。」




「えっ?!」(あらいやだそんな、仲間由紀恵に似てるだなんてー!←注:心の中の声)





「うん。いかにも『一緒に心の汗を流そうじゃないか!』とか言いそうだもん。」






…性格の話かい!

2005年01月23日(日) 安心安寧24のキモチ

昨日ライトアップされた国会議事堂を横目に編集者さんとの打ち合わせに行った海月さん。つーか国会議事堂って青山にあったのか…(駄目教師)



さて、打ち合わせですが眠さを堪えて考えた短歌の順番がまっさらの状態になったり、表紙の案を具体的に!とか中扉どーします?後書きは??などと、行く前より宿題てんこもり状態で帰ってくる事となりました。うーんうーん。もっとお勉強せねば…。





さて、そんな昨日の打ち合わせの前、「六年間付き合った男が自分の友達に浮気をした挙げ句別れを告げられ、茫然自失状態で電車に乗ったらふとしたきっかけでたまたま乗り合わせただけの隣の男と寝てしまう女」というピンク映画のシナリオのお話を少しする機会がありました。で、ほとんどの女子の反応が大なり小なり拒絶反応を起こした訳ですが、私ってばあんまり拒絶反応が起きなかったのです。大学生の頃は、同じような事を繰り返していた友人と話があわなくなり、やがて疎遠になっていったのに…。




「私には奥に絶対に溶けない真四角のガラスのブロックをもっている」と日記に書いたのは何時の事だったか。そう、私は考える事が多い。こんなに世の中に人は溢れているのに私の不安や葛藤を何一つ漏らす事なく受け止めてくれる人なんていないって事。私もまた、どんなに愛しても決してそうはなれないこと。その事実があまりに寂しく辛いこと。「お前なんか必要ない」って言葉が何時でもつきまとう事。そんな時必ず、主人公が行きずりの関係に身を任せたように私は死にたくなってくること…。



「この絶望から例え錯覚でもいいから、今この瞬間救い出して欲しい」…私は死にたい時にいつでもそう考えるって事。適当な人もいなけりゃ場所も時間もないからこそ私は一夜限りの関係と縁はないけど、実は同種の人間だってこと。だから私はますますシナリオの女と同化して、理解できてしまえるようになる。





でも、私はシナリオの彼女より勇気も度胸も前向きさもない。勘違いできない、したくない他人への不信感がある。





きっと内面的には彼女の方が正常。私の方が末期なんだ。

2005年01月22日(土) わすれんぼう

私はこの日記でちょくちょく仕事の進行状況の話をしますが、それって実は仕事が遅いからなのです。だからこそ早め早めにとっかかって、何とか帳尻を合わせているのです。ちなみに私は今、指導要録(法律的にも持って帰ってはいけない大切な書類。学校に保管される通知票と考えて下さい)に線をひきはじめるという人知れぬすばしこさを発揮してたりします。



…で、何の話かというと、仕事は確かに手をつけるのが早くなったんですが、ついつい他のものも早くなったつもりでしばしば窮地に陥るって話なんです。現に昨日日記が書けなかったのは、今日納める本の原稿にやっと手をつけたからという恐ろしい理由だったりするのです。予定は一週間前からじっくり考える筈だったのですが…おかしいな。



つー訳で泣いても笑っても今私の手元にある61首が本の元になります。正直、全部いい気も全部駄目な気も、やっぱりあそこがーとかプレッシャーとか希望とかやっぱこんなんで…とか思いますが、とりあえず私の、高校時代に短歌という表現を得た日から今日という日までに感じたことを悪戦苦闘ながらもたまごの形にできたかなあという感じです。




人はきっと一人で生きていけて。死ぬこと愛に殉じること泣くことぶつかること他人を信じるということ、全て心の動きなんて無駄の一言で片づけられる。なのに人はすべからくそうはできなくて。今日も手首を切ったり誰かを愛したり殺してやりたいと願ったりするんだ。




私の短歌はきっと、全ての…それでも自分や相手を、時に吐き気を催しながらも愛する人へ。



だって私もそんな一員なのですもの。

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