Kuragegawa Riv.
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某小学校教師@11年目の日記。


2004年12月24日(金) 一番名誉な事と一番起こしてはならない事(前編)


21日、3時間目休み。授業は短縮4時間となり、怒涛のテストラッシュも終わり、の〜〜〜〜んびりした雰囲気。



そんな中、クラスの中でもしっかり者のMちゃんが「先生、頭痛い。」と言ってきました。検温36度5分。だから私が「保健室に行って休んできな。」と言ったのは、本当に軽く、言い方は悪いですが「たまたま」という要素があったのです。たまたま、テストが全部終わってて。たまたま、4時間目はお別れ会(転出者がまた出るのです、我がクラス)の事を決めるってだけだからいいだろう、と。事実私はその直前にMちゃんが椅子から転げ落ちて頭を打ったことも(同じ教室に居ながらにして)気付かないほど、のんびりしてたのです。



はてさて、4時間目終了10分前。お別れ会の事も決まりクラスでゲームを楽しんでいた最中。教頭先生が我がクラスの扉を叩いて言うには、「Mさんの容態が急変して、今救急車が来てます。とにかくすぐ行ってください!」との事。そう言われても全く現実感がなく、玄関へと急げば既に救急車の中でMちゃんに付き添っている養護教諭の先生と、救急隊員に囲まれてひたすら戻している真っ白な顔のMちゃん。私はただ馬鹿みたいに右往左往するだけで、結局ただ救急車を見送る。・・・そう、私には、まだ私の仕事が残っているから。短縮4時間、給食有り。まだ、給食と清掃をして残り29名を家に帰さなきゃならない。ついでに、子どもたちが言うにはMちゃんが頭を打っていたという。学年を始め色々な先生達と状況を確認し、病院への報告をお願いする。




他の先生が怒っても「全然静かにならなかった」我がクラスが、私が入ってからいつのまにか静まり返る。いつもだったら給食中、賑やかなおしゃべり声が聞こえてくるのに。清掃は子どもたちに任せて、状況を報告される。救急病院に搬送された後、点滴の処置を受けているとの事。点滴という軽い処置に戸惑うが、大丈夫なのかと希望の光が見えてくる。




<続く>
















2004年12月21日(火) 責任

本日私のクラスの子どもが授業時間中救急車で運ばれるという事態に際しました。幸いにして本日中に自宅へ帰る事が出来ましたが、それまでは本当に生きた心地がしないまま給食食べたり病院行ったりと怒濤の一日でした。



改めて自分の甘さや弱さ、この仕事の責任を認識し初心へとかえる契機になりました。大切な三十人を預かっているということを来るべき新年に肝に命じたいと思います。

2004年12月17日(金) ストレスから目を背ける方法


現在めっちゃブルー故にめっちゃ仕事がはかどっております。どういう事かというと、




ブルーな出来事は弟が引き起こした→おうちに帰りたくない→学校居るしかないじゃん→あ〜、何にも考えたくない!仕事しよう!




という、仕事的には好循環なものの精神的に悪循環な日々。お陰様でこのままいけば多分月曜日に通知表が終わるってぐらいです。あー、その後は教室の片付けで、その後の仕事は・・・・。




甘いものより仕事を欲しがるあたり、今回の事は自分の事でもないのに結構重症かのかもしれない。



私が考えたって、どうにもなりはしないのに。

2004年12月15日(水) うわーん


なせばなる、なさねばならぬ、何事も。


つーワケで現在右手ひとさしゆびが腱鞘炎っぽく、書き物がほぼ出来ない状態に。しかたないので赤ペンを人差し指と中指ではさんで丸つけをしたり、この日記も人差し指のかわりに中指使って打ってます。うわーん。



書きたいネタはいっぱいあるんです。テストの時期だと先日書きましたが、ということは珍回答・迷回答の季節でもあるのです。・・・と書いておけば、多分忘れないでしょう。



とりあえず、今日はこんなに寒いのに理科の氷の実験を二時間ぶっつづけ(勿論ストーブなんてつかえません)でやったせいか、さっきから悪寒が止まりません。・・・成せばなる、思い込め私・・・終業式まであと・・・10日、切りました・・・。

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