momoparco
  蜻蛉
2007年08月30日(木)  

 昨日は久しぶりの雨降りで地球の温度が下がったみたいだった。涼しいと感じる朝は、ひっきりなしに雨粒が落ちて、花も葉も土も根も、地上にあるものをみんな濡らしていた。

 すると土の中ではいろんな生き物がうごめいているのだろうと、二日前の満月の夜に、四角く切りとられた窓の向こうで、月明かりに照らされた薄墨色の雲が解けてもろけて一粒一粒落ちているようで、空と土が絡まり合う音が聞こえるような気がした。

 一昨日の朝、緑の羽の蜻蛉が黄色いお腹の蜻蛉の頭を飲み込んだまま飛んだり止まったりするのを見た。よく見かける小さな赤蜻蛉くらいの大きさだった。

 蜻蛉に噛まれるととても痛いそうだ。蝉みたいに樹液を吸って生きているような見かけとは違い、決して大人しい生き物ではないらしい。

 小さめの真珠しかない頭の大きさで、同じくらいの頭を飲み込んだまま、口から更に腹部をはみ出させたまま飛んでしまうのだから、見かけによらない獰猛な生き物なのだろう。

 そう言えばこどもの頃、キリギリスに噛まれてひどく痛かった覚えがある。予想外の痛みは一瞬全身を硬直させたしわずかにだか指先には傷がついて以来キリギリスは私にとって怖い昆虫になった。

 蟷螂は交尾の後でメスがオスを食べるのだとか。見かけも威圧的だが生あるものはその事に疑問など持たずに生をまっとうする。蝉が繁殖の為だけに鳴くだけ鳴いて役目を終えると死んでいくように。

 生き物の本能はきちんとその生命体にインプットされて繰り返されているのだから、獰猛だなどと捉えるのは人間の勝手なのだ。

 自然の営みってすごい。見えない気づかないだけで今もあちこちで色々な生が繰り返されていて、それは大きな目で見ればとても規則正しい生だ。人間は大きいのか小さいのか、最もあやふやで不規則であぶない気がする。

 地に足が着くって何だろう、大地に足を踏みしめて生きているはずの羽もない人間が一番流れる風に靡いている。ちょっとつまんない生き方してるな私と蝉時雨の代わりの雨音を聴きながら二回ほど瞬きする間に思った。



 ♪越えて行けそこを
  越えて行けそれを
  今はまだ人生を
  人生を語らず
    (人生を語らず・吉田拓郎)


そ!今は助走前。(笑)




  横浜の隅っこで哀を叫ぶ
2007年08月29日(水)  

 昨日横浜駅周辺でたまたま通りかかったビッグカメラの1Fにずらりと並ぶ携帯電話機を見て目が点に。

 私の携帯はまだ発売から1年経っていないのに、ご新規ですと1円ですって!
いや〜ん!脱力…。

 どんな物でも今日新しい物は明日は古いのだから仕方ないと言えば言えますが、よりによって1円とは…。

 今に携帯がこれ以上進化出来ないくらいに開発されると、
「昔って携帯電話機も高かったんだってね!」
なんて時代が来るんでしょうね。かつての家電がそうであったように。たぶんそう遠くない未来に。

 いやはや、まいりました。

    ↑
ギャル語で言うと
    ↓

まじ ムカつく!
(フォント最大級)




  ガード下
2007年08月26日(日)  

 久しぶりに桜木町のJR架線下に行ったので壁の絵を見たら、ずいぶんと雰囲気が変わっていて、以前のようなファンキーな物がなくてちょっとがっかり。時代が変わっているんですね〜。今はこのような絵が100m以上並んでいます。

 それにしても上手に描けていますよね。この辺りはよく夜中に車で通った事もあるのだけど描いているのを見た事がないのですよね。昼間はひと通りも多いし、一体誰がいつ描いているのかしら?と思います。



 今日はお仕事に行ってまいります。
皆さま素敵なお休みを!




  ピンク色の長靴と光と影と
2007年08月25日(土)  

 通勤途中の道に幼稚園の園バスが停まるバス停がある。

 このところ夏休みでバス停に集まる母親と子供の姿を見かけなかったのだけど、今朝雨の中を歩いていたら、幼稚園の制服を着た小さな女の子がお母さんに手を引かれながら、目の前の角から出て来て私の少し前を歩いていた。

 小さな傘、小さなスカート、小さな長靴の足は母親の歩調に合わせるようにして歩くととても早足になる。

 少しだけ走っているように小刻みに動く小さな足と、そのたびに開いたり閉じたりするスカートのプリーツと小さく小さく揺れる肩から下げたかばん。

 片手に傘を持ち、もう一つの小さな手で母親の手を握って、女の子は体中で雨の中を歩いていた。

 女の子の回りで動く何もかもが女の子と繋がっていて、ピンクの長靴はもつれそうに踊っていて、まるでそよ吹く風に揺れるチューリップのようだ。濡れ羽色に光るアスファルトの上で、傘と長靴の影が大きく赤く滲んで女の子の鼓動を映している。

 誰にでもそんな時があって、そしていつか大きくなる。あんなに一生懸命歩いているのを母親はきっと知らない。子育て中の親は前を見て歩き、お互いの後ろ姿を思い起こす余裕もない。

 でも本当は大切な大切な愛しい時間はそこにあって、何気ない日々の一つ一つがかけがえのない時間だったと、ずっとずっと後になって思うのだ。

 小さな子は何だって一生懸命だ。女の子の後ろ姿を眺めているうち、私は涙ぐみそうになる。可愛いらしさのせいかも知れないし、後ろ姿を想い出したからかも知れない。

 やがてバス停に着き親子は足を止める。その脇を私は黙って通り過ぎる。私が眺めていた事など親子は知らない。今度は私が後ろ姿を見せて歩いて行く。振り返らない。振り返っても決して後ろ姿は見えないから。




  お寿司とアイスクリーム
2007年08月24日(金)  

が大好き!


 と言ったらものすごーく共感を得るのはわかっているのだけど、実は苦手。世の中からなくなっても困らないくらい苦手。この二つはみんなが好きな物って誰もが思っているからもの凄く困る。

 私の職場は月に一度休日出勤の日には、お昼ご飯にボスがお寿司を取ってくれるので、出勤率が非常に高いという実に賢いひとの使い方の職場なのだけど(それに釣られて皆様出て来る)、私にはとても苦痛な昼食で、毎月毎月何年もやっているうちにますます寿司嫌いになってしまった。

 つい最近、やっと私はお寿司は苦手だとカミングアウトしたばかりだ。が、案の定誰の事も共震しなかった。

 お寿司の場合は寿司飯が熱々ではないのがダメだ。どんなにネタがよかろうとってもダメなのだ。ご飯は熱々に限る。と言いながら冷蔵庫で冷たく冷やしたご飯にこれまた冷蔵庫で冷たく冷やした麦茶をかけてさらさら食べると実に んまいのだけど。(笑)

 更にアイスクリーム。あの溶けて行く様はまったく美しくなくて嫌だ。

 待ち合わせの某所に行く途中、先に行っていた友人から、暑いから注文しておいてあげるなんてメールが入ったので、アイスコーヒーを頼んでおいたら「奢るわよ♪」なんてコーヒーフロートが出て来た時の悲しさ。

 透明なアイスコーヒーの上に照り焼きみたいに光る溶け始めたアイスクリーム。その向こうでアイスクリームはみんなが好きだと信じて疑わない友の得意満面な笑み。ああ、澄んだ美しい液体の中が泥のように濁って行く。なんて罪だ。飲めねえ、という言葉を飲み込んでついでに泥水のような液体も飲み込んで艱難辛苦ここにあり。

 夏になるとアイスクリームの差し入れをいただく事が多いので化粧室にこもって人知れず涙を拭うことの多い私なのである。(嘘)

ついでに言うと私は全くビールが飲めない。
ね?
もー呆れるっしょ?

 ビールをコップ一杯でも飲もうものなら30分もしないうちに後頭部の太い血管が切れそうになる。早鐘のように上がった心拍数と全く同じに脈打つ第二の心臓が頭の中に出来上がったたみたいにぐわんぐわん鳴ってしまう。その痛いの何の!絶対に危ない状態だと思う。救いは全く同じ事を言う友人が二人いる事だ。

 だから食事の会や飲み会に出向く時は、おでこに「お寿司とアイスクリームとビールはいただけません」とテロップを流したいくらいである。



 画像は横浜某所の「あぶり冷やしゃぶ」。バーナーで焼いた焦げ目がなんとも香ばしくて んまいの。病みつきになってやめられません。横浜にいらしたら是非ご案内いたしますわ。

 こんな私で良かったら。(憮)




  いつかまた南の島へ
2007年08月18日(土)  

 12日の日曜日、長いネットのお友達で、南の島をはじめ素敵な写真を沢山アッブされていたSHIGEOさんのいる埼玉県へ。

 SHIGEOさんは今、国立のリハビリセンターに入所され社会復帰を目指して様々な勉強や訓練をされている。


 3年前のあるとき、それまでコンスタントに更新されていたSHIGEOさんのページの動きがピタリと止まり、またどこか海外へお出かけなのだろうと初めのうちは思っていた。

 ひと月経ちふた月経ち、当時ガイアックスの仲間と掲示板でSHIGEOさんはどうしているのかと話題になり、皆も同じように心配していた。突然前触れもなくページを放置されるとは誰も考え難かった。

 大阪のMITURUさんがメールを送るがページに載せられていたアドレスは既になくメールが戻って来てしまったと書き込みをいただく。

 私は以前、画像をいただいた時のメールアドレスがまだ繋がるとは思えなかったが、ダメで元々の思いでどうしていらっしゃるかと短いメールを送った。

 2〜3日して、いつものようにメーラーを開くと、そこには「SHIGEOです」という件名が他のメールの件名よりも一段と太く濃い色をして飛び込んできた。繋がったと喜んだのもつかの間、「○月○日事故により重傷を負い入院しています」。私からのメールは携帯に転送された様子でまた連絡をしますとの短い文面だった。

 それから数日して今度は少し長いメールが届く。事件の被害者となり大量の出血により四肢が麻痺をするという後遺症により、まだしばらくは入院されるとの事。○月○日からは3ヶ月近く経っていた。

 その時私は何も知らず些細な事で泣いたり笑ったりしていたそれまでの日々を恥じた。一体どれほどの想いをされていたのか、また出来事のあまりの理不尽さに怒り憤り悔しくて悲しくて、忘れもしないSHIGEOさんの「今は命があって本当によかったと思っています」との言葉には、文字に表す事の出来ない思いが溢れて涙が止まらなくなった。

 食事は左手でスプーン、何とか携帯は打てるものの歩行はまだ…。そんなメールにただただ衝撃を覚えてあらゆる感情に震えるしかないのだった。

 心配する仲間に消息がわかった事を知らせたいが、事柄をセンセーショナルな響きで伝えたくはなかった。丸二日間考えSHIGEOさんの許可を得て、大阪のMITURUさんと東京のHIGHWAYSTAR+さん(現まさやん)にメールを書いた。

 それからSHIGEOさんは別な病院に二度転院され、トータル一年の入院生活を経て退院されご実家に帰られた。在宅でリハビリに通われ、blogを始められた。初めは短い文章だったが、次第に以前のSHIGEOさんそのままのダイアリーが更新されるようになると、そうと言われなければ誰もリハビリ中の方とは思えないほどになった。

 私は初めのうちこそ、おこがましくも励まし応援したいなどと思っていたが、どんな時にも決して愚痴も弱音も吐かず常に前向きで不屈のファイト精神で挑戦するSHIGEOさんの姿を見るにつけ、元気をいただいているのはむしろ私の方だと気付くようになった。

 立ち上がり歩き座る、という事が、読み、書くという事が、どれほどの事か。

 最初に救急車で運ばれ入院していた病院の医師は、一年以上経ってSHIGEOさんがそれまでに回復されるとは想像していなかったらしいが、昨年の夏にはお世話になったもう一つの病院へご家族と共に再開ツアーを果たされた。

 その時に作られた今までの写真集をお土産に。画像はその時の写真集と、後から作られた今年のカレンダー。(カレンダーは紅一点の特権で、私めがいただきました)送っていただいた写真の一つ一つを眺めると、初めてお邪魔したページの、美しい写真を目にした時の感動と、その時に流れていた曲が蘇ってくる。写真集のタイトルは「いつか また 南の島へ」。

 いつか面会へ、そんな話しは随分前からあったがなかなか叶わなかった。いずれ社会復帰をされればますますチャンスは遠のくような気がして、この夏センターにいらっしゃるうちに、との思いで計画を立てた。
その名も「乾杯ツアー」。リハビリセンターにいらっしゃるSHIGEOさんを居酒屋に連れ出すというのは考えてみれば?なようでもあったが、センター内禁酒の生活をされるSHIGEOさんに美味しいビールを!との思いで入念に計画を立て、まさやんと二人出かけた。MITURUさんからは、声のメッセージと二回分のMITURUラジオの録音されたCDを言づかり。(このCDには笑いの落ちがつくのだけど)。

 当日、センターの前にタクシーで乗りつけた私たちをSHIGEOさんは笑顔で迎えてくださり、そのまま居酒屋へ。

 初めて会うようには思えないほどの気心知れた仲間との時間は楽しくてお話はつきず、あっという間に過ぎて行く。要所要所でおそらく車椅子を押すのは初めてのまさやんと安心して任せるSHIGEOさんの姿を見て「人」という文字を思った。

 SHIGEOさんはさる試験に合格していよいよ来週は職業リハに入所される。車椅子用の自動車免許も取られ、一段一段しっかりとした足どりで階段を上っている。

 勇気とか元気とかガッツとか、SHIGEOさんからは無言でそんな言葉ばかりを戴いている。

 大好きな永ちゃんのライヴも、そして南の島への夢も、きっといつか叶えてしまうのだろう。私は人が存在する事の意味や自分が今生かされている事の意味を思い、「前向きに」の言葉を体の中にしっかりと吸収させていただいて感謝感謝なのである。


 今日の日記を最後まで読んでくださったとしたら、あなたも私も、きっと同じ思いなのだと思います。





  RAPID FIRE
2007年08月17日(金)  

 結局パソのメンテが気になって日記は下の二つしか書けませんでした。
後はまたの機会に挑戦します。

 では〜皆さま夏バテなさいませぬように!



  怪談
2007年08月16日(木)  

 某日、珍しく邦画を観ました。黒木瞳、尾上菊之助主演で今劇場でやっているあれです。

 怪談というタイトルから充分お察しいただけると思いますが、世に因縁のある二人が出逢い更に因縁が深まり、いよいよこあ〜い場面が登場するという非常にオーソドックスなお話でした。

 私はこういうものはほとんど観たことがなかったので何となく新鮮な気持ち半分持っていったわけですが、内容の方は特にこれといって特筆する事もみあたらなかったかなという感じ。

 ですが役者さんに関して言えばまず、まぁ画面に登場した菊之助を見てびーーーっくり!先代の菊之助、元菊五郎が若返って登場したのかと思われるほど、若かりし頃の菊五郎にそっくりなんです。現代では色々な方法で若返りなんて出来てしまうわけですから、あらゆるテクニックを駆使して先菊之助を登場させたのかと思ったほどでした。

 黒木瞳はどうしてもああいう感じになるのだろうというそのままで、幽霊になって登場するもこあ〜いという所に至らないのですね。可愛いからなのかしら?体を張って頑張ったであろうと思うのに黒木瞳ならではの内面に必ずあるはずの意地悪さや執着心が見えて来なくていまいち物足りないというか…でした。

 菊之助は色気がまだ足りないんです。男の持つ色やら業やらが滲み出て来ず変に爽やかなままだったのがどうにもこうにも、やはり色の道も修行なんですよ。(笑)

 ただ、クライマックスの立ち回りのシーン、ああいう場面はさすが!歌舞伎役者と唸れるものがありました。同じシーンを同年齢の歌舞伎役者さんでない方がされてもああは行かなかろうというような、それは見事!ってな所が見所でしょうか。

 ただ、瀬戸朝香がとっても良かったです。相当な演技指導があったのだろうと思われるような存在感と色気と凄み。出番がそれほどなかたのだけど、場合によっては黒木瞳も喰えそうでしたね。

 私、怪談話とか普段あまり気にしたこともありませんでしたが、例えば稲川淳二の世界みたいな、あんな感じの方がずっと怖いと思うし、そうしたものを越える怖さは味わえませんでした。

 役者といい大道具小道具初めシーン造りといい、とても綺麗な映画でした。
 



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