世界お遍路 千夜一夜旅日記

2009年05月31日(日) 春風院釈功薫・・初七日

昼前の読経,お寺さんを交えて内輪だけの会食。
初七日が終わった。
はやいものだが,まだなんだか帰ってきそうな気がする。
母方の従姉が,最後まで残っていろいろと話してくれた。

見えた若住職が,会食しつつ、正月にお寺へ年始にうかがった弟に「生きるとはどういうことか」と質問された,と話してくださった。
「まっすぐに目を見て,しっかりと質問されて,少し話したのですが,何しろ年始の方が次々に見えてじっくりお話できなかった,この次にゆっくりと,とお約束していたのですが・・」
そうか・・・・考えていたんだね,生と死。
そう言うタイプではなかった弟だったけど,ガン,それも末期、さまざま思っていたんだ。
家族にはそんな「弱み」のようなものはぜんぜん見せなかったけど。

弟の法名(浄土真宗ではこう言う)
春風院釈功薫(しゅんぷういんしゃくこうくん)
春風のように、人を温かにしてスーッと吹きすぎていった(短い人生)でも、それなりの功績を残してそれを薫らせて・・・・(何しろ現役バリバリだった、さまざまな人と交流していた)
そういう意味だと思う。
すばらしい、弟にぴったりの法名だと思う。
そうして美しい。
従兄のお嫁さんがお参りにきてくれて、昨12月の末にネギを持ってきてくれて、昨日の三日月見ましたか、そばに金星が出ていて美しかった、きれいだったネエ、などという話を弟としたそう。
へえ・・弟と星の話・・こんなお話を聞くなんて思わなかった。
弟、やっぱり、お星さんになったのかあ・・・
とにかく、弔問客から聞く弟の姿はなんだか好ましい。
その彼に、法名が似合っている。
若住職さんに「美しい法名をいただきました、ありがとうございました、とお伝えください」(つけて下さったのは、若住職さんのお父さん)と礼を言った。

なごりは尽きない。
寂しい、悲しい・・気力がわかない。
何にもしたくなし。
元の生活に戻るのはなかなか大変だ。



2009年05月30日(土) どう生きるか

弟の死で,改めてどう生きるか,をつき付けられている。
ここまで,若いときの延長でやってきた。
多分,弟もそうだったのだろう・・・そこに陥穽があったのだろう。
まだ,少しばかりの無理はきくもんね。
この一年の私のテーマ。

昨日も実家の母の隣に寝た。
今晩もそうするつもり。
朝方になると起き出して愚痴を言う。
いっしょに愚痴をいっている。
それにしても,ああすればよかったか,こうすればよかった・・・考えてもしょうがないことを考えていうばかり。
私のこのうちも,引っ越すと気,弟がいろいろと尽力してくれた。
これ,運んでくれた,とか,これ買う時にいっしょにいったと切ない。




2009年05月29日(金) 終わった

お骨になって、実家の床の間に鎮座している弟。
すべてが終わった。
お骨がたくさんあって、さらにしっかりとして太く見事だった。
どこがガンだった?というくらい。
骨箱に入りきれずに、小さいところはあきらめた。
ガンになった骨は、色が変わったり、もろくなっていると聞いた事があるのでこれは意外だった。
直感的に健康な骨であったから。
やはり食事療法や、いろいろと服用していたものが聞いていたのではないかと思うけれど。
もはや確かめようがない。
抗がん剤のやり過ぎがほんとうに無念残念。
弟は死の前日「今日は吐き気でご飯が入らない。夕べも苦しくて眠れなかった。」と書きつつ「近所の○○さんが入院しているので病室に見舞いにいった」とも手帳日記に書いていた、と今朝義妹に聞いた。
いかにも弟らしい。
かなり苦しかったのに見舞いにまで行って。
泣けてしまった。
ぎゃくにいうと、そこまでまだできていたのに、やはり間違って、息と心臓が止まったとしかいいようがない。
「天寿」でしょうか・・・・
お葬式にきてくださった方も100人を超えて多かった。
彼は、人付き合いで寿命を縮めた?
ノウをいわない人、いい人を最後までやったんだね・・・・
でも親を残していったんじゃしょうがないよね。





2009年05月28日(木) 納棺の後の雷鳴

葬祭場がうちから歩いて五分なのでまた早朝帰ってきた。
昨日のふしぎ。
実家で納棺が終わったのが午後3時。
そうしたら、4時過ぎに、すごい雷とバケツをおしまけたよな雨が突然来た。
あ、いさお雨・・・(いさおは弟の名前です)
受付に座っていてくれたいとこが、たいへんだ、窓があちこちあいている、洗濯物も出ているし、と車で5分ほどうちに帰っていった。
で、義妹の義姉さんが一人受け付けにいらしたので「きっと、ろくに降っていなかった、」とか行って帰ってくるよ、といっていたら、その通り。
いとこは、そりゃふっているけど、濡れるほどではなかったし、うちへの吹きこみなんてなし。ふしぎ、帰ってくるときに見たら、このあたりだけ雲がかかっていた。
やっぱり。
いさお雨確定。
だいたい、五月に雷鳴はこの地では考えられない。
彼、ホントにいままで気持ちよく寝ているつもりだったんだろう、だから、息はしていなかったけど顔がニコがおになった・・でも、納棺がすんであれ?と目を覚ました、それで、大慌てで雷で反応したけど、時すでに遅し。
だって、孫が九月に生まれるまで何がなんでも生きるつもりだったはずだし。

通夜に、思いがけず、破磐神社の宮司さんがおいでになった。
で「いいことをした方が天に上るとき、魂が動くときは、そういう現象、雷とか雨は必ずありますよ、それは自分がたくさん経験していますよ。」
といわれた。
ああ・・・・宮司さんはこれをおっしゃるためにわざわざ遠路を悔やみにきてくださったんだと納得した。
ありがとうございました。

わたしの高校時代の友人たちもきてくれた、ありがとう。
お悔やみを下さった方々ありがとうございました。

何しろ現役バリバリだったので、通夜にきてくださった方も200人以上みたいだ。
母がこれだけ大勢の人と付き合って、田んぼも人一倍欲をかいてやって、体を壊すわけだ、自分だけさっさといって。
とおこっていたけど・・・弟はにぎやか大好きだったし喜んでいるだろうな。
ま、自分で仕切りたいと天から思っていたかもだけど・・そういうの好きだった。
さあ、6時半になる、また式場に帰らなくては。
終わると一気に寂しくなるなあ。
塾をする、という日常にもどれるだろうか・・・・というくらいに心に穴があいた。
弟の命を守ってやれなかったという思いの穴、無念。
ああ・・・寂しい・・・



2009年05月27日(水) 思い出の走馬灯

4時半に起きて、うちに帰ってきている。
弟の死に顔は、顔まわりにあった、テープを解いたら、ドンドン笑顔になって(ゆるんだ?)「みんな泣いているのに、おまえだけニコ顔になってさ」と私はにくまれを叩いている。
スーといってしまったので苦しみのない顔になっているのだ。
ニタとわらって起きあがりそうな顔だ。
友引が入るので一日うちに長くいた。
よかったと思う。
亡くなる日、わたしはリアルに、弟が退院してきて祝いの膳をみんなと囲んでいるイメージを見た。(母は当日「功は、死ぬや・・・」という夢を見たというが、私のイメージが逆さまだったのがくやしい・・・・。)
いずれにしても、退院にはしてきたが、こういうかたちとは思わなかった。
町内に葬式の日取りのふれまわりをすると、見舞いに行ってくださった方が、エー五月の末には退院したいとか言っていたのに、とか、ホントに世話になったとか、涙ながらにいう人とか、弟は生まれた地に深く根をおろして生きていたのが実感できる。
私とは対照的な生きかたをしたやつだったなあ。
まあ、時々その辺のことでけんかを激しくしたけどね。

小さいころ、一緒に入院したこととか、山の畑に行って、大根を五本づつ背負って母や父と帰ってきたこととか・・・・まあここに書ききれないほどの思い出が私のうちにあふれかえっている。
直近では、こちらに帰ってきた年に弟の友人の講で、御嶽山登拝をしたことだ。
あのときの弟は強かったよな。
で「おまえ、この旅で、俺、弱ったなあ、と感じたら年だな」なんてにくまれをいっていたけど。そんなことを感じるまえにいっちまったよ。

じきに、6時になる。
また実家に帰らないと。
今日は本通夜だ。
明日はお葬式。
弟の肉体まで天へ登る。
まだ実感がないけれど。

悔やみのメールを下さった方々ありがとうございました。





2009年05月26日(火) 25日、弟は天へ

昨日容態急変。
あっという間に天へ上っていった。
とても苦しんだのは、死の直前数時間のみかな・・・多分。
とっいっても、午前10時過ぎに来た見舞い客と苦しい息の下から話していたというし。
その当人の叔父がびっくりして夕方に来た。

私が昼過ぎにって、これは尋常でない、だめかと思って、塾の休みの連絡でうちに走っている間に、義妹と姪がいるときにスーと、それこそなにも言い残さずに亡くなったらしい。
母も甥も間に合わなかった。
直前まで意識があったのに・・・
医師はガンの全身転移といったらしいが、もっと直接には胸水と極度の貧血による全身衰弱で輸血を受け入れる力がもうなかった、ということではないだろうか、と思う。

まだ信じられない。
この時間弟の食べられそうなものとジュースを運ぶためにせっせと準備してたのに。
ジュースも後半は、少々の人参りんごジュースと野菜スープになったが。
土曜の朝まで、ほんの少しだったが、拒否せずに飲んでくれた。
ありがとう、弟の優しさに感謝。
ただつらい、信じられない、気持ちが茫洋と大海をさまよっている。
うちの中をすこし整理してまた実家へ行く。
弟のためにいのって下さっていた方々ありがとうございました。
感謝。
早朝記。



2009年05月24日(日) 血あたり?

輸血続きの弟は、どうやら血あたりをしたらしい。
えらく調子悪し。
輸血副作用がみんなでている。
悪い血にあたったのかね・・・・
発熱(ただし今日は熱も出なくなった、汗のみで衰弱のしるし)、全身痛、悪心、嘔吐、胸痛、咳と肺の苦しさ・・・夜は酸素をつけてもらうようにした。
しかしまあなんと、吐き気止めを飲んで、それをはいているのだから話にならない。食べられないせいもあって、ずいぶんと衰弱した。
メロンとゼリー、少量のジュースのみ。
しかし、輸血がないといまんところ命が危ないし、抗がん剤のように止めるわけには行かぬ。
今日は朝昼板と足マッサージを三回して、夕方の三回目10分ほどだったが、イビキをかいて寝た。ややほっとした。
どうなるだろうか。
この峠を越えてほしいと祈るばかりなり。

弟のことばかりかまけていて、依頼の原稿の締め切りを忘れていておお慌て。
一日かけて、なんとか仕上げた。
明日読みなおして送信だ。



2009年05月22日(金) いちばんすきな季節なのに・・・・

新潟平野が、大きな水鏡になるこの時期、私がいちばんすきな季節なのに・・・なんの感動もないままに過ぎていく.
もう5月も下旬だ.
心にゆとりがないってこういうことを言うんだろう.
こんなに「心」が動かないって・・私にとっては初体験にちかい.
だって、自然感動系、しみじみ好き系での年まで来たから.

とりあえずは、筆不精になってしまったので、必要なところにお便りは書きたいあ。
久しぶりの雨.



2009年05月20日(水) あつい

ピーカンである.
ついに半そでに昼からになってきがえた.
先日はストーブ、きょうは夏日.
病人の体にはよくないわ.



2009年05月19日(火) 広がりましたなあ・・・

弱毒性らしいが、感染力が強いらしい.
弟はあちらの先生と相談して延期した.
こちらの主治医は「行ってかえってきたら、危険人物になる」といったらしい.
はあ?
言葉の使いかたを知らんやつだ.
じゃ、関西圏にいった人が帰宅したら、みんな「危険人物」かい。
病院に来る人にだって、いるでしょうさ、昨日まで、大阪や神戸に行っていた人って.
でもって、感染者はみんな「危険」なのかい。
これが医者のいうせりふかい。
どっかに投書してやりたいくらいだ.
これ、あきらかに問題発言だ。
マジ、やなやつと再三いうワタクシであった・・・・・
やれやれ。

きょうはいい天気で気温も上がった.
で、関係ないが、「イキイキ酵素くん」という高いジューサーを買ってしまった.
ほぼ3万円なり。
ふつうの家電店に売っているジューサーだと、酵素、ファイトケミカルが壊れるらしい.
きょうはじめて使ったら、カスがぎっちり絞れていて、もったいないっていわなくてすむのがうれしい.
マクロビ通販のやつはなんと8万円してさすがに止めてネットで妥当(といっても十分に高い、今まで使っていたやつは5000円でおつりが来たやつだから)なものを求めた.
玄米用のおかまも4万近くしたけど、これも高いね.
もう1つ、やれやれ.
フコイダンの多いがごめ昆布、医療関係者の使っている除菌スプレー・・などなどネットで購入。ガン関連、食事療法関連の書籍もどれだけアマゾンで購入したか.
弟たち関連の散財多し.
もう1つやれやれのやれ.
自分のもの、買っていない.
もっとも、私の場合、ほしいものって本くらいだよね.

まあ、しばらく私のミッションは弟たちをケアするなんだろう.
そのために帰ってきた・・・「運命」だったのだろうと思う。
ミッション遂行に全力であたるべし.
いつか、今回のことで学んだり身につけたことをもっとたくさんの人に返していきたい。





2009年05月18日(月) 新型インフル・・

今週、水曜また弟が癌ワクチンをしに行くというのに.なんで関西?
彼のような免疫力では、感染したら、一気に悪化するだろうし・・どうなるんだろうか?
ワクチンをする病院からはまだ延期の知らせはないらしいが。
今の病院で、婦長様じきじきに心配してきたらしい.
まあ、病原菌を持ってこられたら、困るってこともあるだろうが。
なんだか、運がもう1つですなあ.
やはり、祈るしかない・・なあ。

いい天気だ.
でも、気持ちは晴れない.
うちのちっこい塾も、新型インフルが流行したら、休みますってチラシを作ってわたさねば。



2009年05月17日(日) たんぱく質が足りない?

弟いわく「血液中のタンパクがたりないんで、いれるらしい.」
は?
今まで、アルブミン数値がおかしいことはなかったはず.
味噌先生も、電話で首を傾げていた.
シプラチンをするために一日入院していたころは、腎臓肝臓も含めて詳細数値がきちんと出てきた.
だから、いろいろなことがその検査値で読めた.
もちろん、ネット上より持ってきた資料と首っ引きだが.
しかし、今の主治医になってからというもの、ごく簡単な血液数値のみ、詳細なものは見たことがない.
ちなみに弟は、遠慮がちだが、数値を、といっているらしい.
しかし出てこないのだわ.
おふざけじゃないよ、だ.
一日入院の数値のように出ているはずなのに、わざと出さないとかんぐられてもしかたあるまい.
またこれはけんか?かね.
困った主治医様だ.
いまどきは、患者本人の情報を要請に応じて出すのは当たり前でしょうが.
地元では腰が低い、愛想がいいと評判らしい主治医様だが、ひと皮むけば、困った医師だと思う.
大体、医師としての力と愛想だの腰の引くさって関係ないよね.
腕が立たないから、そういうもんんごまかしていると考えるのが妥当.
天気悪し、寒し、気分落ち込み気味なり.



2009年05月15日(金) 寒い、ストーブ

ここ数日寒い。
夜はストーブだ。
弟は、がんワクチンのところが赤くはれて痛いそう。
右足そけい部、来週は左足.次は、右わきの下、次は左というのが一ヶ月の動きらしい.
全部行けますように、と祈りたい.



2009年05月13日(水) 1回目のワクチン投与、終了

今朝6時半出発。
大阪へ。
なんとか無事に1回目の投与が終わった。
本人は、昨日、主治医から、5.6万の血小板でまたどっかから出血している・・・うんたらかんたらと脅された?らしく。
今朝は、胃からじゃないかと思う・・血小板が下がるときにいつもいから出るし。
と結構暗い顔であったが。
しかし、大学病院での検査では、6・2万。
減ってないじゃん。
何が、血小板が減ると出血だ?
とりあえずは増えているじゃん。
主治医の言葉の呪縛がすごいなあ。
それもマイナスの。
早く、この負の連関から出てほしいが。
甥が付き添ったが、大阪味噌先生も同行。
逐一報告もしてくださり、心強かった。
感謝。
祈ってくださった方々に感謝。
この先も行けますように、さらによき結果が出ますように。
人間、欲は深くなるもんだ。



2009年05月12日(火) 大阪いけそう

またまた輸血、輸血で数値は5万台に載った。
借り物数値だけど、とりあえずは受診の最低条件はクリアできた。
行くことになった。
1カ月半ぶりに病院から出て、大阪へ。
1日だけの退院だ。(保険診療の関係で)
無事に明日がすごせるといいが。

お祈りしてくださった方々に感謝、ありがとうございました。



2009年05月11日(月) 心配だ・・・・

がんワクチンをするためには、血小板数値が5万にならないといけない。
で、また輸血をはじめたら、また発熱だ。
それも38度台。
まさか感染症??じゃないとは思うが、38度というのがいやな感じだ。
ミソ先生は、異物反応やろ、と軽く言われたが、そうだといいが・・・
この日記をを読んでくださった方々、どうか弟が13日にがんワクチン接種ができるようにお祈りください。
お願いします。
わたしももちろん、今晩は塾が終わったら、祈ります。



2009年05月09日(土) 休息日

ミエコが帰る。
だから、あと2人の高校時代からの友人に声をかけて、うちでお昼ご飯とおしゃべり。
楽しかったわ。
久々に息抜きをした。
もちろん、生ジュースは運びましたが。

きょうはすごい満月だ。
お願い事をしよう。



2009年05月08日(金) 末弟も体重減

末弟の尿糖値を下げるためが主目的のマクロビ食であったが、目的は果たしつつある。
はじめたとき(1ヶ月半前)より約二キロ減った。
やれやれ。
きょうもお風呂に入ったあとに体重をはかったって400グラム減ったよ、といったら、本人は大喜びしていた。

本日のマクロビ
*竹の子とホタテと車ぶの優しい味の煮つけ
*ニンニクと生姜とえのきだけのチャーハン(のこり玄米ごはんで)
*キュウリの1夜麹漬けとかぶの酢漬けの和え物
(麹漬けの味が濃くなったので、酢で緩和)
*めかぶと納豆あえ(生姜添え)



2009年05月07日(木) 体重七キロ減

マクロビ食をはじめて、ほぼ3ヶ月。
約7キロやせた。
もちろん、弟のことがあってのストレスやつかれもあるが。
体が軽くなった。
名残惜しくて捨てなかった服がみんな入る。

今朝のマクロビ食
*ホタルイカと海藻サラダのユズポンがけ
*まいたけとえのきとしいたけとかま上げひじきの昆布だし煮こみ、生姜と黒ごま入り(明らかに弟の抗がん食なり)
昆布出しは、水出しでとっている。
がごめ昆布がすごいフコイダンだ。
*かぶの梅酢づけ
青菜の生姜酢漬け
もちろん、これに玄米です。



2009年05月05日(火) 感謝・・

母は、腰を曲げて、弟が食べられるものを、と台所に立つ。
かわいそうで涙が出る。
しかし・・・弟は、それを食べつつ、自分の母の悪口?をいう。
そう、私がつくったジュースを飲みつつ、のむとおしっこが近くなる・・・。
持ってくるから飲んでやっているんだみたいな。
「ありがとう」といってほしいとは思わないが、優しくないなあ。
体が弱くなるとは、そういうことなんだよね。
想像力がなくなって、本性が出る。
感謝が増す人と、だんだんやな面が出る人と。
弟は、残念ながら、いまのところ後者。
まあ浅い地獄に落ちているな、状態だねえ。
ありがとうはいわないもん!だわ。
これが悲しい。
ただ悲しい。
御仏から、くもの糸が垂れますようにと祈ろう。



2009年05月04日(月) たけのこご飯

季節が移り変わっていた。
末弟とちび犬を連れて宮路様のカフェに行って、思った。
すっかり新緑じゃんよ、更に母が作ったたけのこご飯。
そうだね、そんな季節だったんだ。
たけのこご飯とニシンとのたき合わせをもらってきて食べた。
おいしかったけど、久しぶりの白米ご飯、食べ過ぎで胃が重たい。
母は、弟が食べるから、と作っている。
そう、うちからもっていくもの、私が朝にジュースと共にささやかなおかず(例えば、アサリの水蒸しレモンがけとか大根の梅酢など)持っていくもの、きちんと食べる。
食べているうちはなんとか大丈夫、と思いたい。
生ジュースはほぼ1ヶ月運んだ。
総量にして、1日1リットルとして30リットル以上。
人参は、1回2本使う(ってことは1日4本、徳島産が甘いというんでそればっかり)小松菜1日1袋。野菜塚で、野菜供養をしないといけないほど絞った。
これが体の力にならないわけがない、と信じたい。



2009年05月03日(日) 祈り 

弟の血小板がまた下がった。発熱も続いている。
担当医の予想するDICなのか、それとも重篤な副作用なのか。
がんワクチンの治験の話を詰めに2日に渡って大阪へ。
可・・となったが、血小板が5万以上にならないと動けない。
弟もやる気でいる。
連休明けを目指して。
多大な期待はできない。
しかし、とにもかくにも主治医は抗がん剤を控えている。
でも、私にわめいた
「あんたたちは、治療をして欲しくないようだから、治療(抗がん剤のこと)はしないよ!」
DICだったら、それを招く基礎疾患(癌)を叩くことで、軽快するというのは専門HPにあるが・・・しかし・・・ここまで体のレベルが落ちると、その前に「死んで」しまう。
主治医がDICの予想にもとずいて、タキソールで対処しようとしたのは、セオリーどおりということだが、副作用と弱った体を考慮に入れていない。
主治医は叫ぶ必要などなかった、だって、数値に厳密になれば、できないんだから・・それをあえて私にかずけたのは今後のもしもの時に「治療」しないで悪化したのは「姉」のせいといいうための下ごしらえと思っている。
更にだ・・・私が不在の時に・・・
すべての調子が悪いのは「2週間前にしたタキソールが切れた、TS1も休薬していて、抗がん剤で抑えていたのに癌が動き出した、抗がん剤を延期したのが悪いんだ」と弟に「話したとか。
はあ?
昨11月の1番最初の説明で、TS1は2週間休薬しても、薬の効果は継続しています、とそのときの担当医は話していたはず。
いっていること違うじゃん!
2週間でタキソールが切れる??だって、タキソールの副作用は、添付書によれば2週間は最低値とあって、それ以降中央値七日で回復していくとあったはず、それは、切れてないってことでしょ?
いっていること、おかしい。でも弟はだまされた。「先生のいうとおりだ」だって。
でも、私も「それは最初の話と違うね」といってやったけど、おまえのいうことなんていいよ、またまた反逆された。
どこまで、胡散臭い主治医を信じるんだろうかね。
ま、私はすでに嫌われているみたいだけど、対立してもしかたないし、笑って頭下げてよけていくしかないわ。
更に、口コミでこういう情報を静かに流す。
静かな静かな、あの病院と医師に対するカウンターパンチ。
これだって、世のため人のためだわ。
やっぱり、この地域では日赤がベストかもだねえ。

ミエコが帰国していて、今日あった。
で、前日数値で抗がん剤をするんだよ、それで、その数値が添付書に記載されているものにはるかに届かないのに、するんだよ、抗議したら、命を助けるとかって言われたわ。
てな話をしたら
おかしいね、はやり抗がん剤は数値は大事だよ、わたしも数値が悪くて、できないときが2回ほどあった、という話。
やっぱりそうだよね・・・
ジュースを持っていくときにいっしょに病院に行って、ミエコがさりげなくその話を弟にしてくれた。
体験だけに説得力がある、ありがとね。

何とか回復してほしい。
そして、癌ワクチンのために、大阪へいけるような状況ができるといい。
癌ワクチンにもそうは期待していない。
ただ、増大・悪化が抑えられる効果があればいいと思っている。
今の私の祈りだ。


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