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■ 7 Minutes.
僕には分からないよ、君が如何して欲しいのか。君が何を求めているのか。 この広い空の下で、共に同じ路を歩いているわけだけど、となりで君は何を見てるの? 空を仰いでいるその姿、けどきっと同じモノを見ているわけじゃないって分かってるから。
「何見てるの?」
と聞かぬわけにはいかなくて。
「空」
そんな答えは期待していたわけじゃなくて、君が見ている「空」を通して君は
何を見ているの。
それが知りたくて知りたくて今日も僕等はこの空の下果て無く続く路を歩く。
隣を歩くこの人は何を思って歩いているんだろうか、先程いきなり 何を見てるの、なんて聞くからとっさに、そら、なんて答えたけど。 貴方にそれを聞きたいのは私の方だって、先に訊かれたらどうしたらいいんだろう。 黙って歩きつづけてる。 時々振り返ってては止った私を見ている、その虚ろな瞳。硝子球みたいよ。 分かってないと思うけど。 その硝子球に移る軽薄な色の空。 私は空を通してきっと貴方の眼の色をみているんだわ。
ねぇ、何を思っているの貴方は。
それが知りたくて今日も私達はこの空の下果てなく続く路を歩く。
この世の中の概念を全て取り払って、この薄色を眺めたら、ああ、きっとこれはきれいだなぁと思うに違いないよ。君が何を思うかは、知らなくていいんだと思う。上の文はいつだったか(今年の内は確かなんですが)打ったらしく残ってました。珍しく題名が付いているこれは「ひらひら」。いつのものかは忘れたんですが、スンゴイスピードで書き上げたのは覚えてます。これまた珍しくノーマルでの掛け合いですが、今思うとマグナとトリスっぽいなぁ…なんて思わなくも無い。うーんマグナとトリス一緒に出るってのは無いものかっ、といつも思ってしまいます。私の中ではマグナとトリスは普通にふたり、一緒の世界で生きていて欲しいような(よくわからない文章でごめんなさい;;)
日記題は天国の扉(ビバップ)のサントラから。ビバップのあの赤のジャケット(スパイクの顔)のサントラが欲しいです、高い〜!Ask DNAのも欲しいです、フェイがラジオで聞いてる曲とかちゃんと聴きたいー。なーんて言い出したらきりが無いのですが、お金も無いし。。ショボン。とりあえずお金は10月の陰陽師と11月のマトリックスにちょっとは残しておかないとひぃひぃなのです。万年金欠ってつらいの(働けー)
今日から実質始まった学校では、1年生しか来てなくてまぁがらんとした学校ですが(構造上そんな感じがするんです)もっとがらんとした感じ。高校と随分違う雰囲気だからなぁ〜と。高校といえば、体育のたびに通った機械科と機械科の間の小路の渡り廊下がとても好きでした。古い机と椅子が用意されていて、古い使われなくなった機械が覗く部屋とか秋には草木が朱や黄色に染まる小さな庭とかがとても。そこに漂う空気までが暖色に感じられたりしてすきでした。あそこは本当にいつまで経っても忘れられないんだろうなぁ〜と思う。脱線した話を元に戻してー、救急員の資格を目指しているわけですが、眠い。講義がとても眠い。飽きるうー。まぁ色々な体位とか載っていて看病マグネスとか色々たのしいこと想像するのですが(くされめ)それでも眠い。あと実技がうっとおしい。三角巾を使って応急手当の仕方とか遣ってるわけですが、そんなのーわからんー(あたまわるいので;;)あと本結びが出来たり出来なかったりと、本当に困ってます。私はきつく縛りすぎてるのかなぁ。。シュルリとなんか解けないよー(解けるときもあるのですが、それは緩く縛った場合なのです 練習するけどもう眠いんだ。。一日は案外早く過ぎますが、こりゃぁもういやだよー、となるわけです。
早速11月と2月の実習の行き先を振り分けに入ったり、色々めんどうくさいです。面倒事は大嫌いだよ!(モノグサ)2月はとりあえず、知的障害児施設とか自動養護施設やら実習に入りたいとおもっているのですが、二週間泊りがけだ。うーん。うーん、泊りがけとなるとちょっと厄介です、私の場合。あははー授業の一環だから仕方無い。ちょー歓喜の歌を読みました(遅)買ったきり読んでなかったのです。クラスター王子がどうしてもあんまり。。今日電車の中で往復で読んだらあっという間に終わってしまってすっきり読み応えがいい感じ。葬送曲を買わないと、と思います。図書券が幸いあるので使ってしまおうー(ちょっと勿体無い)
最近絵が下手になったなぁと、とても痛感します。それは描きたい構図を昔のようにすんなり描けなくなった事から真っ先に感じました。本当に描けない、これでも昔は絵を描くのが本当に早くて有名だったのですよー(笑)今じゃ絵描き仲間の前でもロクにかけません。それはどこかで線を引いちゃってる所為だと思うのですが。それから絵に満足がいかないというか、描いたものに素直にこれは好きだ、というものがないことから。限界を決め付けてしまっているのは多分"今の"私だと思うのですが、"今"の私はあの頃(中学)が一番充実していて絵をかくのが食べるより寝るより大好きで起きたら絵、起きている時間は絵に費やしていたように思えます、楽しかったと記憶してます。真白の紙を前にして今は構図が浮んでも自分の描きやすいように変えてしまっていたり、素に描けないのが(描かない)のが厭でも分かる。上達とか下手とか関係なしに、顔付きが違う、満足度がその絵に入ってない。今までスランプだ、と思っていたけど今回のこれはちょっと違う。例えば最近思うのは、"私"は絵を描ける時期が終わったのではないかというもの。そんなあほな話はあるのか、というかもしれないけど、もしかしたらふとそう思う時があります。絵を一番良くかけたあの時期が終わって、その時期の余波をまだ受けていた時期がこのサイトを開いた時期でそれが段々弱くなってきていて、とうとう途切れかけてるのが"今"なのかもしれない、とか。それが"私"の中での"第一期"でこれから"第二期"があるのかもしれないし、ないのかもしれない。"イラスト"から"絵"に移るかもしれない。下手とか嫌いとか取り除いて好きなものに、移行してきて思うものがそこにはあるの。――こんなことをかいていてもフッとそのウチ本当に描きたいものが見つかって絵を描くのね。"今"はでもそう思う。
ちょっと暫く間を置いて、(私生活のほうで絵を描ける状態になれない部分もあるのですが)みたいと思います。せめて自分の好きなものにぐらい、厭な感情とかぶつけたくない。世の中には厭な事が多すぎるから、そうだね、きっとそうじゃなきゃ"潰れる"色の無いものに"呑まれる"から、分かる。
◎Short Trip ◎ココロはいつでもNHK。
2003年08月25日(月)
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