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■ It still wishes.
踏みしめる土地には一面に草花が生え、土が剥き出しの部分はなかった。空を仰げはきっと碧空が広がっているだろう。そう思いながら、彼は俯いたままだった。隣に、後ろに幾つも伸び上がる墨色の影は、彼の心情をそのまま表しているように感じられた。長く横たわる草原でも、その影だけは相容れないと浮いている。俯いた彼の表情は逆光で見えなかった。暫く歩いた後に彼は止まった。彼が歩いていた先が崖だったからだ。急激に割れた地面の先は一面の海で、垂直に近く土が削れている。だが、彼が止まったのはそれの所為ではなかった。彼の止まった直ぐ先で少し土が盛り上っていた。その隣に植えられた太い木。 「久しぶりです…」 彼が呟いた言葉に覇気はなく、泣き声さえ混じっていた。喉が濡れて上手く声が出ず、続いた言葉は上ずった泣き声と化した。そのまま彼はその場所にとどまり、静かに泣いていた。彼がこうしてこの場所を訪れる時は、何か罪悪感に見舞われたときだった。普段は極めて静穏で優しい彼が、こうして泣いているのを誰が知っているだろうか。一本だけ植えられた木はまるで墓標のようで、彼はそれに縋るように泣いていた。顎から零れた涙が土を十分に湿らしても泣き止むことはなかった。とめどなく溢れるものに、息が詰る。こんなに苦しむ事はなく、生きる術を彼は知らない。彼が普段静穏なのは、そうでいられるのではなく、いられなければならなかったからだった。この土地に眠る彼は、強靭ではなかった。でも弱くはなかった。少なくともそれなりに強く生きていける人だった。もう自分は幼くはないけれど、この人に比べれば自分は幼くまだ小さい子どもなのだろう。死んではならなかったのだ、自分を完全に育てなければ逝ってはいけない。そんな仕方のない理不尽な考えが消えるまで、彼はその場で泣くしかなかった。 豊が、海に面した崖の上で彼を見つけたのは日が落ちようとする寸前だった。彼の友人は普段はとても穏やかで素直な人間だった。だが、たまに何かに憑かれるようにこうしてこの場所へ来る。何が彼をそうさせているのかは、豊には分かっていた。ここに埋まっているのは、彼の父だった。両親が殉教し兄弟が夭折し、孤独になった彼を引き取ったのは、豊の父だったからだ。だから少年時代から一緒に育った。父は彼を本当の子どものように家庭に迎え、そしてその子どもと家族に看取られて召された。血が繋がっていなくとも、父は彼を愛し育てた。少年期という微妙な時に孤独になった彼には、父は必要だった。そしてまた息子の豊も彼を親愛し共に育ってきた。 こうしてお互い、少年という時期を離れようとする歳になった。だが彼がまだ父を必要としこの場にくるのはそういった経緯があったからだった。豊には彼がそこまでして父を必要としているのは分からない。彼が涙を流し、木に縋って泣いている姿を父が見ていたならば、どうしただろう。傍で見守っているだけの彼と同じようにしていただろうか。それとも肩に手を伸ばし慰めただろうか。きっと父はどちらもしないだろう、そして――。 彼が目を覚ましたのは随分時間が経ってからだった。乾いた涙が頬に張り付き、瞼が重かった。彼が目を覚ましたのは、近くの人の気配に気が付いたからだった。痺れた腕を伸ばし振り返ると、そこには思ったとおりの人物が居た。豊だ。豊は彼に声をかえるでもなく、端然とこちらを見ているでもなく、座って隣で眠っていた。幼馴染であり兄弟である豊は、いつもこうだった。自分を見つけても、起さない。こうして眠って自分が起きるのを待っているだけだった。慰めてもいないから、理由も尋ねない。それで良かった。彼は豊に声を掛ける。体を揺すると直ぐに起きるだろう、そして何もなかったように一緒にこの丘を下るのだ。 下っている途中で彼は空を仰いだ。足を止めた彼にならって豊も顔を上げる。月はなく星だけが広がる。星屑夜。
なんだこれは…。普通の日記は?!!
[ 日々落書き ]
2002年05月09日(木)
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