Kenyu日記
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| 2006年03月26日(日) |
プレイバックシアターin 六本木 |
プレイバックシアターin 六本木 本??文 昨日は六本木DOZで定期のプレイバックシアターがありました。 ツアーにいった4人(僕、ガンダーリ、さなえちゃん、モーちゃん)以外にもTPC(東京プレイバックカンパニー)のメンバーなども来てくれてすばらしく充実した内容でした。 こうやって毎月プレイバックを公演できることはほんとうにありがたいことだと、つくづく思います。 1時からのプレイバックワークショップから引続き参加してくれた方も何人かいらして、内容はとても深かったです。 心の中にたまった澱のような思いをプレイバックで見ることにより、それを完了してゆく。ほんとうに素晴らしいセッションでした。
おもしろかったのはお酒あんまり飲まないモーちゃんが、お酒を飲む役を何度もやったことでした。でもとても上手でした。(^^)
それから昨日は、水の結晶で有名な江本さんの秘書のネモッチと内科医のトシちゃんが初参加でした。ふたりともなかなかの名演技でした。
| 2006年03月23日(木) |
広島と名古屋のライブ&ワークショップが完了 |
3月20日〜21日の広島と名古屋のライブ&ワークショップが完了しました。 2泊5日(車中2泊!)の厳しいツアーでした(^^; 特に広島は大盛況で感謝でした。 ぼくらの星プロジェクトも100人近い小学生に集まってもらい、素晴らしい録音となりました。 小学生の歌声はほんとうに天使のようです。前で聞いているとほんとうに涙が出て来ます。 ほんとうにたくさんの人たちにサポートされてすばらしいツアーになりました。 感謝! 詳細は後日。
2006/3/17 なんとも目まぐるしい一日でした。 午前中、天上のシンフォニーの作者伯宮さんとお会いしました。素晴らしいプロジェクトになりそうです。 そして、午後はサイコドラマの研修。今日は主役をやり素晴らしい体験をしました。 いろいろあったけど、僕は過去から現在そして未来に向けて一直線に最短距離を進んできたんだということがわかりました。 ほんとうに恵まれた人生です。感謝(^ ^)
そして、さらにすごいメッセージが待ってました。 いつもと違う町田駅に自転車を止めてあったのですが、駅に着き自転車のところで鍵を出して…。あれ?ない。ジャケットもジーンズもバッグもありとあらゆるところ、15分くらい探したけどない。やばい落とした(ToT) 明日の朝7時広島へ出発なので急いで準備しなきゃいけないのに。(ToT)(ToT)(ToT) しかたないので駅まで鍵探しながら戻り…、ない。(^ ^; 近くの交番に一縷の望をかけてゆこうと思い歩いてゆく…。いやまずチケット売り場までゆこうと駅にもどり、やっぱりない。まあ無理だよなあ…。 家に帰って車で回収に来て、後日自転車屋でロックチェーン切ってもらって…。時間ないのに参ったなあ…(^ ^;
念のため駅の落とし物窓口に行って、聞いてみた。 「何時頃ですか?」、「九時半頃です」、「特徴は?」、「革の黒いキーホルダーがついてます」、 係員はパソコンで検索してる。 あるかなあ…(^ ^; 「キーホルダーに何か字書いてありますか?」、「いや、何も書いてなかったような…」、「m.a.k.iとか書いてないですか?」、「全然違う、だいたいイニシャル入れた覚えないし…。m.a.k.i…マキ…」。 「あっ!待って!『Making a difference!』僕のキーホルダーだ!」 こんなことがあるのでしょうか! 奇跡がここにありました。 そして、23年前のメッセージが届きました。 『Making a difference!』違いを創る…。違いを創りなさい! 23年前に参加したセミナーでもらったキーホルダーです。僕のスピリチュアルな道のスタートとなったセミナーでした。 あなたの人生に、あなたの家族に、あなたの友人に、そしてこの地球に違いを創りなさい。 23年の時を超え届いたメッセージ。 涙がこぼれました。駅のホームで人目もあるのに、涙があふれて止まりません。 そう、ここからスタートしたのでした。 その時、真実の自己から生きることを決め、サラリーマンをやめて音楽の道を歩きはじめたのでした。 ああ、そして今また、このメッセージ。 今この時に、なんとありがたいメッセージ。感謝! 僕の音楽を、存在を、力の限り分かち合い、この地球に違いを創ってゆくこと…それが存在理由。 いま思いを新たに歩き始めます。
明日からの、広島で名古屋で僕の存在理由を精一杯分かち合ってゆきます。 感謝!
| 2006年03月15日(水) |
ビンゴは教えてくれた |
昨日、ぼくが心理学を教えている医療系の学校の謝恩会に参加してきました。 その中で、お大臣様というジャンケンゲームがありました。カードを10枚もっていろんな人たちとジャンケンし、一番多く集めた人が勝ちというゲームです。賞品は貯金箱中には会費の一部から集めた金1万円! そして一番早くカードが無くなった、つまりめちゃくちゃジャンケンの弱い人にも賞品があるということでした。ぼくは、もちろんそれを狙って頑張りました。 もともとジャンケン弱いので自身ありましたが、やっぱり一番最初になくなりました!やったー! それで、一番勝った人と最後に大逆転をかけて三回勝負ということになりました。なんと人生なにが起るか分からない。 結果は、なんとストレート負け(ToT)。ううううむ…、やっぱり…。
そのあと恒例のビンゴゲーム、これはなんと一番最初にリーチ!しかしなかなかビンゴが来ない。ヒットはするので、ついに4箇所リーチ、そのうちに何人かリーチがでて、あ〜一等賞品もってかれた…。とほほ。 そしてさらに、なんとリーチ5箇所待! しか〜し2等賞品もってかれた。(T_T) そしてさすがに3等は当たりました。スタバの500円カード!ありがたや、感謝! ここで発見したことは、まさにビンゴは人生そのもの。あと一歩の、最後の仕上げがなかなか結果に結びつかない人生を見ました。 ガンガン,リーチしてもビンゴしなきゃ意味ないのよ!
リーチばかりの人生完了しないと! そして3等あたったこと、感謝!
| 2006年03月08日(水) |
メイちゃんありがとう |
メイちゃんありがとう。 家族のように大切に暮らしていた我家のボーダーコリーのメイちゃんが3月5日の朝に亡くなりました。 誕生日は4月5日なのでちょうど4歳11ケ月でした。 前日吐いて、まったく御飯を食べなくなったのですが、それほど苦しい様子もないので、一日様子を見てと思っていました。普段は庭にいるのですが、その夜だけは玄関のケージに入れて様子を見ていました。 翌朝息子が「メイが変だよ、冷たくなってる」というので慌てて見に行くともう既に冷たくなって亡くなっていました。
一緒に旅行に行ったり、川遊びをしたり、フリスビーも大好きな、賢い美しい犬でした。 段ボールで棺を作ってあげて、息子と次女と家内と4人で市の施設に持って行きました。 首輪は想い出にととっておこうと思っていましたが、息子が悲しすぎるからと言うので、首輪と、そしてケージ、リード、お皿なども全部いっしょに持って行き処分しました。 お別れはあまりにつらくて見ていられませんでした。 最後に次女がメイちゃんをなでてさよならをすると、「たくさん遊んでくれてありがとうねって」と僕がうながして、息子もやっとの思いで棺を覗き込んでさよならをしました。 子供達の悲しみが伝わってきてほんとうにつらかったです。
子供達はショックと悲しみで、ほとんど口をききませんでしたが、二日経ってやっと少しずつ落ち着いてきました。
動物好きの次女が喘息で、犬を飼いたいっていうのをずっとがまんして、やっと六年生になって飼った犬でした。みんなでどんな犬がいいかって、沢山本買って一か月以上も相談しました。ボーダーコリーがやっぱりかわいいということになり、ペットショップをみんなで片っ端から回って、でも見つからなく、結局ネットの掲示板にボーダーコリー探してますって出して、四国の人から譲ってもらうことになりました。 生まれたばかりだった8匹の子犬の写真やビデオを見て4番目の一番可愛い子犬に決めました。他の人からもオファーがあって一番人気があったけど最初にオファーを出したうちに来ることになりました。それがメイちゃんでした。(^ ^) 母犬から離すのに50日くらい待たなきゃいけなかったので、次女は待切れなくて送ってもらったビデオ何度も見てました。 そして待ちに待ったメイちゃんが来た日、息子と次女と3人で羽田まで迎えに行きました。カウンターの向こうのカゴの中から出てきた子犬のメイちゃんは心細そうにキュンキュン鳴いました。ものすご可愛かった(^ ^) 。息子と次女と車の中でどっちが先に抱っこするか、喧嘩しながら帰って来ました。 想い出がいっぱいあって書き切れません。 ほんとうに大切な家族でした。
みんな愛していました。 きっとまた会う時がくると思っています。 たくさんのことを教えてくれた犬でした。 子どもたちに「愛」を教えてくれました。命には限りがあること、明日ではなく今が大切だということ、悲しみも尊く美しい感情だということ、ほんとうにたくさん教えてくれた美しい犬でした。
メイちゃん安らかに。おやすみなさい(^ ^)
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