Kenyu日記
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| 2005年04月27日(水) |
ゴスペルのコーラス隊 |
050527 後楽園の野外ステージででゴスペルのコーラス隊が歌っているのを見ました。 ずいぶんと今日的な歌ばかりで感動しました。 ゴスペルというと古いタイプの歌を想像しますが、最近のゴスペルはミュージカルかと思うほど、メロディアスで技巧的です。ブルースの臭いなどほとんどしないものも多く新選でした。 バラードっぽい曲ではジーンときて涙が出そうになりました。 終了後、代表のかたとお話しました。ニューヨークで勉強したということです。(本格的!) サークルでやっているのではなく、音楽教室でゴスペルをやっているのだそうです。 そんな教室があるんですね。 僕の弾き語り教室も珍しいと思いますが。(^^)
| 2005年04月24日(日) |
古田選手2000本安打〜人の可能性 |
日記2005/4/25 古田選手2000本安打達成! ヤクルトの古田選手が2000本安打を達成しました。実業団から入った選手では初めてのことだということです。高校から入った選手とは6年もハンディがあるわけです。しかもキャッチャーというポジションではケガが多いので野村監督についで史上二人目だそうです。ほんとにすごいことだと思います。
彼は甲子園でも活躍したのにドラフトで指名されず、大学に行って結果を残し、また指名されず、実業団で結果を残しやっとプロになったということです。 ドラフトに示されなかった理由は「眼鏡をかけていたから」だそうです。キャッチャーは眼鏡をかけていてはプロでは使いものにならないという迷信があったのです。ひどいことです。
彼が2000本安打を達成するなんて、だれも思っていなかったようです。野村監督でさえ全然思っていなかったとコメントしていました。 誰にもその才能を気づかれず、評価されず、期待もされず、ただこつこつと、技を鍛え結果を積み重ねてきた彼の人生にすごく共感してしまいます。
実は、ぼくが作曲家になるなんてだれも思ってなかったみたいです。つまりその才能にだ〜れも気がつかなかったところがちょっとだけ似てるなと思いました。 うちの母親でさえ僕が作曲家になるなんて夢にも思っていなかったと言っています。 僕は小学生のころから音楽は得意でしたが、中学生時代にかなり明確に自分の力に気がつきました。でも他の人よりも音楽の能力が優れていることは、表現しませんでした。 ピアノを習っていることも隠していたほどです。 他人にすれば、表現されていないものは無いのと同じです。 誰にも気づかれずに音楽の道に進もうと漠然と思っていたのは実は小学校高学年の頃です。 世界中のだれもその才能に気づかなくても、たった一人、自分自身だけはそれを信じていました。
そんな僕に小学校の鼓笛隊の先生が与えたパートはその他大勢のリコーダーでした。(^^; これは、当時の僕には大変な屈辱でした。 しかし、学校の先生に僕の能力が分かるはずもなく、しおしおとリコーダーを吹いていたのを思いだします。
親にも学校の先生にも、見えているのほんの少しだけです。ほとんどその子の可能性は誰にも分からないのだと思います。世界でたった一人だけその力を信じてあげられる自分がいるならそれがその人の可能性だと実体験から思います。
2005/4/20 新法皇誕生 ヨハネ・パウロ2世が亡くなられて、次の法皇がベネデェクト16世に決まりました。 ドイツ出身ということも驚きです。 ヨハネ・パウロ2世が二次大戦で悲劇の舞台となったポーランドの出身であるということと対比して考えると、加害者側のドイツ人というのも偶然ではないような気がします。 許しと融和の新しい時代の象徴ともいえるのではないでしょうか。
僕の中では法皇といえばパウロ6世です。 家がカトリックだったこともあり、小学校のころは従者といって神父様のアシスタントをしたり、日曜学校に参加したり、週2〜3回は教会に行っていました。 お祈りもラテン語で覚えました。従者の服装は平日の朝は黒のロングコートのようなシャツ?の上にすっぽりかぶる白いエプロン(主婦が使うエプロンではなく、フランス人形が身に付けているような感じのもの)です。日曜日の礼拝はそれが赤のロングコートに白いエプロンです。まったく天使の格好です。(*^^*) いまなら、天使みたいでで可愛い!と思えますが、当時は恰好悪くて、恥ずかしくてほんとうにいやでした。 もちろんそんなことをやっているのは、学校のみんなには絶対内緒です。男のくせにピアノを習っていることと、教会で女の子みたいな格好で従者をしていること、この二つは僕の超秘密事項でした。 しかし、小学4年生のある日恐ろしいことが起りました。 いつものように日曜日の朝、礼拝の準備をして、礼拝堂の脇にある準備室からオルガンの音とともにでてゆきます。女の子のような、良くいえば天使のような格好をして、手には銀の杯か神父様が使う大きな聖書かなにかもってゆっくりと歩きながら、信者の後ろの辺りを通った時です。 1番後ろで小学生の女の子二人が両手を合わせながら、こっちを見ているのです。なんと同級生の女の子2人が礼拝に来ているのです。なんで信者でもないのに教会にいたのでしょう?ビックリです。二人でなにやらこそこそ話したり、くすくす笑ったりしています。 なんでお前らがここにいるんじゃ〜!と心のなかで叫びました。 次の日、その模様をクラスで言いふらされ恥ずかしかったです。彼女達は、女のような格好をしていたとばかにしていたのではなく、もう少し好意的ない表現をしていたような気もしますが、しかしひた隠しにしていたことを暴露されたのは同じ。とほほ。 まあ普通じゃない恥ずかしい人生はすでに始まっていたということでしょうか。(^^;
| 2005年04月09日(土) |
新月ライブ完了!満員感謝! |
昨日、アスマラの新月ライブ完了しました。 見に来てくれたみなさん、来れなかったけど応援してくれたみなさんありがとう。 ほとんど満員でみなさんの暖かい視線の中で演奏できる喜びを感じました。ほんとうに感謝でした。
この日のメニューは、時間を考えて曲目を厳選したのですが、時間の都合で数曲とばしてしまいました。 新曲が少しづつ増えると、昔の曲はやはり割愛せざるを得なくなります。残念!お客さんごめんなさい!
リハーサルでは、花粉症の影響があったのですが、本番は鼻詰まりもなくなんとか終了することが、できました。
昨日は新曲「ぼくらの星」を演奏しました。 「神々のうた」、「地球に乾杯」などのディレクター中村監督が企画している、アマゾンの子供たちのドキュメンタリー映画用に作曲したきょくです。 この曲はリコーダーと簡単な歌で構成されていて、日本のこどもたちに演奏してもらい映画の中で使おうと思っています。
ライブ後の交流会も大変盛上りました。ビオダンスのインストラクター、絵を描いている人、整体やレイキなどをやっている人など、ヒーリング系の人たちが多かったです。
近くの目黒川は桜で満開です。素晴らしいエネルギーの高まりを感じました。
この日は、もう一つ素敵なことがありました。 会場のアスマラに到着したとき、前のセッションで来日していた、アランコーエンと奥さんにお会いすることができました。これもご縁と僕のCD「SEED」をプレゼントしたところ大変喜んでくれました。 お返しに翌日のセミナーに御招待していただきました。
〜つづく
種を粘土の中にいれた粘土団子というものを考案し、砂漠や荒野に蒔いて緑化を実践している福岡正信さんという方がいます。 今度、横浜アートプロジェクトが中心となって、アフリカの砂漠で粘土団子を使いアートとして緑化を実現するアースボイスプロジェクトが進行しています。 砂漠でも10Km四方を緑で囲うと雨が降るそうです。 これが広がれば世界は変わると思います。 http://livinova.cocolog-nifty.com/yap/2005/03/post_1.html
僕も微力ながら協力してゆきます。 4/8のライブでアースボイスプロジェクトの方がお話をしてくれます。
あれ?と気がついたらカウンターが2万ヒットを越えました!凄い!!! アクセスしてくれたみなさんありがとう。 3年と数ヶ月なのでもっとすごいアクセスのページと比べると大したことないと言われるかも知れないですね。でも、こんな地味なサイトにアクセスしてくれた皆さんには感謝です。 ほんとうにありがとうございます。 掲示板も考えたことあるのですが、大変になるので、ちょっと難しいかなと思っていました。リンクもあえて作らずそのつどリンクということにしてます。 とはいえ、これからは、ブログもつくりリンクしてネットもがんばろうと思ってはいます。 4/8のライブが終わったら一段落なので少しがんばろうかな。
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