Kenyu日記
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先日いつも参加している「なもけもの読書会」仕事で欠席してしまいました。2ヶ月連続の欠席はほとんどないことです。 で出席者は22人だったそうです。 22というのはスピリチュアルな意味のある数字だそうです。 第1回も22人でしたが、僕は第2回からの参加なので、22人にはなかなか入れないようです。 何か意味があるのでしょうか。 「神との対話」という本にはすべての日が祝福されていて特別な日、いい日悪い日はないと書いてあります。ということは数字もいいとか悪いとかないということだと思います。 だから究極はどんな数字でもよいということなのでしょうが、今のところはある程度そんな力添えもあったほうがよいと言う意味に解釈してます。
イラクで人質になっていた日本人が全員解放されました。 先に開放された3人に続きジャーナリストも2人んも解放されてほんとうによかったと思います。 開放に大きな力となったのは、イスラムの聖職者でした。また日本に留学経験のあるイラク人通訳のディア・キデルさんも日本への恩返しと危険を顧みず東奔西走してくれたことはほんとうにありがたいことだったと思います。 聖職者が日本政府と日本人とを区別し、日本人には危害を加えてはいけないという姿勢をとってくれたのでこのようなよい結果になったのだと思います。しかし、これはうらを返せば、自衛隊が行っていなかったら民間人が拉致されるというような事件は起きなかったかもしれないということです。ある意味、日本人のボランティアやジャーナリストを危険にさらしたのは自衛隊を派遣した日本政府だということが言えるのではないでしょうか。 もちろん、現地でイラクのために汗を流している自衛隊のひとたちは一生懸命やっているわけですし、そのことに対してはご苦労様言いたいです。 しかし、日本政府が何と言おうと自衛隊は現地で100%の支持を受けているわけではないということを認識しなければなりません。 今危険だからといって宿営地に引きこもっている自衛隊は民間のボランティアと同じ程度の危機対応能力しかないようです。(もちろん当然ですが)ならば莫大な血税を使って自衛隊を派遣するよりは、NPO主導で地元の人たちを雇用して活動したほうが予算は何分の一かで済みまた、地元の人々に感謝され、さらに軍隊が行って反感を買いボランティアが危険にさらられることもないわけで一石三鳥ではないでしょうか。宿営地でずらっと並んだエアコンをみるたびに本当に疑問に思います。 また、人質無事救出の報を受けるや、政府関係者や評論家たちがしたりがおで、「イラクなど危険地域へ行くのは自粛してもらいたい」、「たくさんの人たちに迷惑がかかっている」、「自己責任」などと正論を言うのは少し違うのではと思います。 もちろん、言っていることは全くその通りですし、慎重に行動しなければならないことも当然のことです。 しかし、高遠さんなどは危険は百も承知で、自分が行けば、尊い命が一人でも二人でも救えるからこそまた行くと言っているのです。本当は日本政府がやらなけらばいけない真の人道支援を、たったひとりでやってきたのです。安全になってからまた行ったのでは、何人かの救える命が失われてしまうことが分っているからこそ、またすぐイラクに戻りたいと言っているのではないのでしょうか。 政治家、評論家は、イラクで起っているそんなぎりぎりのことが分っていないのでしょう。 正論を唱える政治家、評論家は、現地に行ったこともなければ、実情も知らないわけで、もう少し現地で起っていることにイメージを働かせ、とおり一辺倒でない、思慮深い表現をしてくれればと思います。
僕は北海道出身(苫小牧)なのでラーメンに関してはかなりうるさいです。北海道は何でも食べるものはおいしいですが、ラーメンに関して、特にみんなの評価は厳しいです。 新しいラーメン屋さんができたら必ずみんなで食べに行きます。そしてまずかったら、あっという間に噂が広がり3ヶ月で店はつぶれてしまいます。他でも聞いたことがありますが、北海道でラーメン屋さんが出来て3ヶ月以上もったらまあまあ合格ということのようです。 こちらに出てきたとき、最初は良くラーメン屋さんに行きましたが、あまりに期待を裏切られるので、東京でラーメンをたべるのはしばらくやめていたことがあります。今でも、評判の良いお店でしかラーメンは食べません。(しかも醤油だけ) この前、家族で近所にあるラーメン屋さんに行きました。車で5分位のところにあるのですが、全国第2位と看板が出ています。テレビに取り上げられていたのをたまたま見たこともあり、いつか行ってみようと思っていました。普段はいつもお店の外に行列ができていて、きっとおいしいんだろうなあと期待していました。 カウンターしかない小さなお店です。少し待って期待の「ネギみそラーメン」を注文しました。僕が東京でみそラーメンを注文するのは渋谷の「満龍」(北海道の実家の町に本店がある)だけなので、その期待の程がおわかりかと思います。 まずスープ「うううん」まずまず悪くない!麺をすすると、あれ?お湯が切れてない!おまけに、少したごまっている。え!信じられないこんなのが全国2位などとは。 ちょっとショックでした。 家族でご飯を食べに行って文句を言うと雰囲気をこわしてしまうので、だまってましたが、次女が麺が固まってた、というとこっちも、僕もと全員のラーメンが手抜きで作られたことが判明しました。 きっと以前はおいしいラーメン屋さんだったのでしょう。しかし人気に乗って心を込めることを忘れてしまったのでしょう。 以前実家のそばにも、おばさんがやっている、まあまあおいしいラーメン屋さんがありました。 大学進学でしばらく行ってなかったのですが、ある夏休みに久しぶりに食べに行ったら、おばさんの態度のでかいこと、でかいこと。味はすっかり落ちていて、それから二度と行来ませんでした。何でも新聞や雑誌でとりあげられて、ずいぶん人気があがり札幌あたりから食べに来る人もいたらしく大盛況だったということ。すっかり調子に乗って味を落として結局はつぶれてしまったみたいです。もともと騒ぐほどのお店でなかったのに実力以上の評価に自分を見失ってしまったということなのでしょう。イソップ童話みたいなお話です。 音楽でも同じようなことがあります。要は実力をしっかり蓄え、人気があろうがなかろうが自分の味、いや自分の音を誠実に創り続けるということでしょうか。第一線で何十年も生き残っている人たちはみんなそこを貫いています。 ラーメンにも音楽にも宇宙の原則が働いているのです。
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