Kenyu日記
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先日NHKでパレスチナの現状をドキュメンタリーでやっていました。 悲しいことに、第二次大戦後パレスチナの地にイスラエルが建国されてから戦火がやんだことはないのです。 夏ごろ休戦状態だったのですが、また戦闘状態に入ってしまいました。
ヨルダン川西岸と、ガザ地区は一応パレスチナの統治になっているようですが、実際はイスラエル軍が勝手放題をしています。 ガザ地区の1/4程は「入植地」と称して公然とイスラエルが占領しています。 普通、入植というのは未開のジャングルなどに分け入って人が開墾などをしながら生活してゆくことだと思います。 しかし、イスラエルのやっていることは、パレスチナ人が住んでいるところに戦車で乗り込んでいって、銃で脅し立ち退かせ、勝手に鉄条網で囲い、イスラエル人の住居を建てて住みはじめるというものです。 これは「入植」ではなく、普通の日本語では「侵略」とか「占領」というものです。 日本政府やマスコミがイスラエルと強いつながりのあるアメリカに気を使ってこのような間違った表現をしているのは残念なことです。
また、占領地(入植地)と外のイスラエルをつなぐために作られたイスラエル専用道路はガザ地区を細かく分断しています。 当然パレスチナの人々はその道路を使うことも、自由に横断することも許されていません。 しかし生活のためには許可をもらい検問を通って横断しなければいけないのです。時に何日も検問でまたされるのです。 なんということでしょう。 このようなイスラエルの横暴が続くかぎりパレスチナ人の不満と怒りは収まるはずはありません。 自爆テロなど過激な活動をしている「ハマス」は自爆テロの家族はもちろん、戦争で犠牲になった人や家族を経済的に援助し、学校まで運営しています。生活のために、しかたなくハマスの世話になっている人たちもかなりいるようです。 海外の援助ではこのようなきめ細かなサポートは難しいのです。
テロと報復の繰り返しがなんの結果ももたらさないことは、戦後数十年の歴史が証明しています。そして実はみんな判っているはずなのです。 イスラエルの中にもパレスチナの中にもなんとか平和的に解決しようという人々がいますが、戦いの嵐の中そのような声はすぐにかすんでしまいます。 パレスチナは人類が繰り返してきた愚かさの象徴のような気がします。
| 2003年09月18日(木) |
グレングールドドキュメンタリー映画 |
昨日深夜ピアニストのグレングールドのドキュメンタリー映画をやっていました。 バッハのレコーディングをたくさん残しているアーティストですが、彼のレコーディング風景を映画にしたものでした。 1959年の映画ですが、あえて白黒で脚色もなく、彼のアーティストとしての姿勢がうまく描かれていて大変面白かったです。
レコーディングのコントロールルームでディレクターやエンジニアが作業しているシーンはほんとにそのままでした。 アーティストが一生懸命演奏しているときも冗談をいったり、肩をマッサージしたり…。 そうなんですよね。 僕はディレクターもミュージシャンも両方やっているのでよくわかるんですが、最後の責任をとるのはアーティストなんですよね。 だから、アーティストはレコーディングの最中は一瞬たりとも気が抜けないのです。 でもディレクターは役割が違うので一歩引いたところで、少し気を抜いたところもあっていいわけなんです。
しかし、バッハのイタリア組曲を十数テイクも録音しては聴き、「今のはテンポがゆれている」、「ここはめりはりがなかった」、etc全く妥協せず最高のものを求める姿は求道者のようです。 3日かけてやっと最高のものができたときは、スタッフみんなすばらしい達成感にあふれているようでした。
天才もやっぱり苦しんでいたんだなあ。 とても力づけられました。
阪神がついに優勝しました。 18年ぶりということです。 今朝までに道頓堀に5000人以上が飛び込んだそうです。 道頓堀はかなりきたない川のようですが、病気にならないのでしょうか。
大阪のエネルギーはほんとうにすごいですね。 そしてサービス精神。 飛び込みも半分はサービス精神みたいです。
ぼくは大阪のノリのよさは結構好きです。 北海道出身なので少し似たところもあるのかもしれません。
家の家族はみんなノリが悪くひとり浮いています。とほほ
今日電車に乗っていたら、精神遅滞の青年とその母親らしき人が乗ってきました。その青年は落ち着きなく何か独り言を言い続けています。少し障害のある人なんだなとすぐに気がつきました。 急に大声を発したり、分けの判らないことを言ったりしています。 他の乗客もまあしかたないという様子でした。
ところが突然、「うるせい!でかい声だすじゃね!静かにしろ!」ととんでもない大声でどなる中年の男性の声。 あんたのほうがずっとうるさい! そう思ってみんながそっちの方を振り返りました。 青年と母親はドアの前にたっていて、その中年はすぐ横にすわっていました。 ヤクザとまではいかないが、それに近い風ぼうの人でした。 「すいません。もうしわけありません!」 と母親はなんども頭をさげ、僕の座っていた近くの別のドアに逃げてきました。 青年と母親はつぎの駅で降りてゆきました。迷惑がかかったのでとりあえずおりてしまったのでしょうか。
向かいにすわっていたサラリーマン風の男性は、そのヤクザ風の男の方を責めるような視線で見ています。
そう、そんなにでかい声だして怒ることないのに。 「不寛容」ということばが頭に浮かびました。
ああゆう人は、街中でも、車を運転しても自分中心の行動をするのでしょう。追越されたら追越しかえしたり、道を絶対に譲らなかったり、やたらクラクションを鳴らしたり。 困ったものです。
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