diary/column “mayuge の視点
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【ことば】「褒めない」という教育

――あなたの勝利への意欲は、どこからきているのでしょう。

「これは父親譲り。(中略)向上心やもっともっと上手くなりたいという気持ちを僕に植え付けてくれたのは、父なんだ。小さい頃、父は僕をほとんど褒めることがなく、僕は『ここがダメだった、あそこがダメだった』と指摘されてばかりだった。
 今の僕はその頃の父と同じで、物事に決して満足しなくなっている。試合が終わっても自分のプレーに完璧に納得がいくことは本当にまれなんだよ。家に戻ったら、自分ができなかったことばかり考えているんだ。2点ゲットできても3点目に失敗したら、その失敗のことばかりね。そこまでして自分をいじめなくても、そこまでまじめに考えなくても、と思うことはあるよ。だけど、そうした姿勢があるからこそ向上できるとも思うんだ」

ティエリー・アンリ

(KADOKAWA 『SPORTS Yeah!』 5/21>6/3号より)


ティエリー・アンリ(26歳)
サッカー・フランス代表FW。英国プレミアリーグ、アーセナル所属。今季(03-04シーズン)は37試合に出場し30得点、自身二度目の得点王に輝く(2位はシアラーの22得点)。



2004年05月24日(月)

【ことば】苦痛

 新聞の投書欄で、こんな話を読んだ。今どきの「アリとキリギリス」のお話は、いささか趣が変わってしまっているというのだ。

 汗水たらして働くアリたちを横目に、夏を謳歌して遊びほうけたキリギリス。冬になり、食うに困ってアリのもとを訪ねると、アリさんは過労で寝込んでいましたとさ。遊び過ぎも働き過ぎも、ほどほどにしましょうね。

 なるほど、いかにも今風だ。

「勉強に何の意味があるの? 勉強していい大学行っていい会社入ったって、今どきは一流企業が倒産する時代。リストラだってあるし。だから俺は勉強なんてしないんだ」

 そんな能書きをたれる子供に、また一つ言い訳を与えてしまった気分になる。


「人生の意味を考えることはそう簡単なことではないかもしれません。なかなか答えが出るわけでなない。正解が用意されているわけではない。『人生は無意味だ』と割り切った方が、当世風で楽に思えます。

 しかしそれを真面目に考えないことが、共同体はもちろんのこと、結局のところ自分自身の不幸を招いている。

 (中略)ニヒリズムに走るのは簡単です。しかし、これは非常に乱暴かつ安易な結論です。

 病気の苦しみには何か意味があるのか。医師のなかには、そんなものには何の意味も無いとして、取り去ることを至上のこととする人もいるでしょう。しかし、実際にはそんな苦痛にも何か意味がある、と考えるべきなのです。苦痛を悪だと考えてはいけない。

 (中略)意味を見い出せない閉塞感が、自殺を始めとした様々な問題の原因になっています。かつて脚本家の山田太一さんと対談した際、彼は『日本のサラリーマンの大半が天変地異を期待している』と言っていました。もはや自分の力だけでは閉塞感から脱することが出来ない、という無意識の表れでしょう。実際には意味について考える続けること自体が大切な作業なのです」
養老孟司 『バカの壁』(新潮新書)より


 割り切る、死にたがる、というのは楽をしようとしているということ、ね。なるほど。今は毎日が苦痛。でも苦痛は悪じゃない。それはそう思う。むしろ必要だと思っている。ここで苦痛から逃げ出したら、子供と一緒だ。

 生きる意味について考えてみるか。

2004年05月23日(日)

【ことば】「おでん女」ヲ馬鹿ニスル莫レ

 以前、「養われたい女たち」という企画を立てことがあった。ヒントになったのは、週刊朝日誌上で行われていた、心理学者・小倉千加子さんとエッセイスト・酒井順子さんの対談だった。

 そう、二人は当時話題になっていた『結婚の条件』と『負け犬の遠吠え』、それぞれの著者である。週刊誌上を賑せた、あの「負け犬論争」の仕掛け人といっていいだろう。典型的な「負け犬」である僕の彼女などは、酒井さんの本を読んで「救われた」と感銘を受けていた。そこで僕は、もう一方の『結婚の条件』を改めて読んでみることにした。

 すると、とにかくすごい。現代の若い女性たちの心理を実に明快に言い当て、ズバズバと斬り込んでいくのである。男の側から「女ってこうだよなあ」と漠然と思っていたことが、ものの見事に言語化されていく。もう読んでいて気持ちがいいくらいだ。心理学者というのは、こうも心を見抜くものなのか。そしてこうも的確に言葉で表現できるものなのか。今度は僕の方が感銘を受けてしまった。

 感銘ついでに、そのいくつかの文章を紹介してみたい。

「男性が組織の中で『負け組』になりたくないように、女性もまた結婚で『負け組』になりたくないのだ。『負け組』とは、みすみす苦労を買いにいくような結婚をすることだ」

「女子学生の結婚相手に求める条件は、打算を隠蔽したものである。無私無欲でイノセントな部分を印象づけないと女性のジェンダーは評価されないから、打算はなんとしても隠しておかなねばならない。そこで状況はややこしくなってくる。モノ欲しそうにしないで、すべては『偶然の出会い』によって起こったようにしなければならない。合コンは友人に誘われて初めて来ましたとか、結婚情報サービス会社に登録するのは土壇場の選択肢で、そこまでして結婚したくないとかは、多くの女性が口にする」

「しかし男性もまたしたたかな値踏みを女性に対してしているのである。結婚とは、女性と男性が持つ資源の交換であり、自らの資源を棚に上げて、相手にばかり要求水準を高くしても、永遠に『適当な相手』は見つからない。自分の資源価値(市場価格)を、直視することは苦しい。大学生を対象にアンケートを取ると、女性が男性に求める最大の条件は『経済力』であり、男性が、容易には口にしないが本音のところで固執しているのは『美人』であることである。結婚とは『カネ』と『カオ』の交換であり、女性は自分の『カオ』を棚に上げて『カネ』を求め、男性は自分の『カネ』を棚に上げて『カオ』を求めている。誰かが本当のことを教えてやらねばならない」

(短大卒未婚女性にインタビュー。彼女たちの結婚観を聞いて……)

「そもそも短大の英文科や国文科に進学する女性は、入学時には明確な入学目的もキャリア計画も持たない。自分が在学する間に、同じような階層の友人たちと同調競争し、職業も一時就労型で、友人たちが退職すると同じように退職し、友人たちと同じような結婚を志向する。が、その結婚相手には自分が扶養されるのは当然で、専業主婦として友人に恥じない相手を見つけ、やさしい夫と可愛い赤ちゃんに囲まれた幸せな家庭を夢見ている」

「彼女たちが求める結婚相手の条件とは3Cと呼ばれる。まずcomfortable 直訳すれば『快適な』だが、意訳すると『十分な給料』である。二番目にcommunicative これも直訳すれば『理解しあえる』だが、真意は『階層が同じかちょっと上』というものである。(中略)最後はcooperative『協調的な』だが、本当は『家事をすすんでやってくれる』であった。専業主婦でありながら夫に家事の協力を当然のように要求する根拠は『自分は育児で大変だから』というものであった」

「高収入と家事への参加という要求に応えられる男性は実際いくらいるだろうか? 女性学の研究の結果では、男性で家事の分担をすすんでできるのは、非競争部門――公務員・教員――の男性でないと無理となっている」

「この『短大生パーソナリティ』は、現在短大の減少とともに、四大の中堅以下の大学の女子大生のパーソナリティにそのまま移行している」


(ドラマ『東京ラブストーリー』で有森也実が演じた関口さとみは、肝心なときにカンチ<織田裕二>におでんを作ってもっていく。しかし赤名リカ<鈴木保奈美>に自分を同一化していた世の女性たちは、「おでん女は女の敵だ」と思ってこのドラマを観ていたという。それに対して……)

「女の子は、一生に一度はおでんを作らない限り、男の子に選ばれない。肉じゃがでもいい。おでんか肉じゃがを作らなければ、社長夫人への道はない。女の子は自ら社長になれないのなら、関口さとみと同じことをするしか生きていく道はないのだ。なのに、おでんを作って上手に男に媚びる関口さとみの『女性性』が嫌いなのだ」

小倉千加子著 『結婚の条件』(朝日新聞社刊)より


 男性陣はうなずき、女性陣は憤っていることと思う(笑)。まだこの本を読んでいない人で、ここで興味をもった人がいたら、ぜひ本屋へ。

2004年05月22日(土)

リスペクト

 今夜TFMを聞いていたら、久し振りに「ダンス☆マン」が登場。

 言わずと知れた、あの「ダンス☆マン」だ。
 …………。
 万が一知らない人がいたときのために、簡単に説明しよう。

 彼は「ミラーボール星」という惑星からやってきたミラーボール星人で、巨大なアフロ頭にサングラス、もみあげは「逆三」、当然シャツの胸元からは縮れた胸毛が覗いている。

 地球では主に音楽活動を行っている。アメリカのダンス・クラシックス音楽を日本語でコピーするバンドを率いているのだ(ちなみにCDはavexから出ている)。

 その「翻訳」は特種で、聞いたまんまの英語を日本語風に言語化するのを得意としている。直訳や意訳といった翻訳法ではなく、主に「音訳」というスタイルをとっているのだ。例えばこうだ。

 Get down on it. (寝たのね)

 Just the two of us. (じゃあ明日にすれば?)

 Some right, some wrong (将来 その……)
 Sweet nights, sweet songs (作りたい 子孫)
 It's so weak, but so long (実際に 相当)
 It's too tight and too strong (超タイプ 超理想)

 Ba de ya - say do you remember
 (愛には 取説より現場)
 Ba de ya - dancing in September
 (愛には 大事ね接吻は)
 Ba de ya - golden dreams were shiny days
 (愛には 誰でもシャイなんです)

 とまあ、とにかくそのセンスが秀逸なのである。音に合わせるだけでなく、日本語としてもしっかりとストーリー建てされているのだ。

 「君とヤリたい」とか「結婚しよう」などと直接的な物言いをせずに、「将来、その……、作りたい、子孫(照)」というところには、男の哀愁がそこはかとなく漂っているし、「取説より現場」という叫びにはコミュニケーションの極意が見え隠れする。

 四、五年前、僕はその面白さの虜になり、ヴェルファーレでのライブにも数回足を運んだりしていた。これは絶対に流行る。当時そう確信していたのだが、世の中はそうはならなかった。時代が着いてこられなかったのだと言っておこう。というか言わしてくれ。

 そのダンス☆マンの声が、久し振りにラジオから聞こえたきたわけである。それにしてもこの男、相変わらず面白い。インタビュアに質問されてこんな風に答えるのだ。

「ええ、やっぱりダンスクラシックスのアーティストたちを『リスペクト』してるっていうか、これは人によっては『パクッてる』という人もいるんですけど、でも僕らは今回の作品でも存分に『リスペクト』してるわけなんですよね、ええ」

 なるほど。そういえば日本のミュージシャンは、この『リスペクト』とか『影響を受ける』という言葉をよく使う。そうか、『パクる』って意味だったのか。音訳、つまりパクることこそがレゾンデートルともいえるダンス☆マンは、冗談めかしてこの『リスペクト』という言葉を使っていた。でも僕はこれを、涼しい顔して『リスペクト』している他のミュージシャンたちへの揶揄なのだと受け止めた。

 ダンス☆マン、やるじゃん。

2004年05月21日(金)

【ことば】「個性」なんていらない・パート

 「若い人には個性的であれなんていうふうに言わないで、人の気持ちが分かるようになれというべきだというのです。

 むしろ、放っておいたって個性的なんだということが大事なのです。みんなと画一化することを気にしなくてもいい。

 『あんたと隣の人と間違えるやつ、誰もいないよ』と言ってあげればいい。顔が全然違うのだから、一卵性の双生児や、きんさん、ぎんさんじゃない限り、分かるに決まっている。『自分の個性は何だろう』なんて、何を無駄な心配してるんだよと、若い人に言ってやるべきです。

 それより、親の気持ちがわからない、友達の気持ちがわからない、そういうことのほうが、日常的にはより重要な問題です。(中略)その問題を放置したまま個性と言ってみたって、その世の中で個性を発揮して生きることができるのか。

 他人のことがわからなくて、生きられるわけがない。社会というのは共通性の上に成り立っている。人がいろんなことをして、自分だけ違うことをして、通るわけがない。当たり前の話です」

養老孟司 『バカの壁』(新潮新書)より


2004年05月19日(水)

心の通うお付き合い

 「妻は俺の気持ちなんて分かっちゃいない。そもそも分かろうなんて気もない。それに俺、日本まで来て、なんでこんなくだらない仕事やってんだ?」
 (50代・男・俳優)

 「旦那が私のことを気にしてくれない。仕事で忙しいって。だからといって、一人で何をして生きていきたいかのかも、分からない。私、心が渇いてる」
 (20代・女・主婦)

 そんな二人のアメリカ人。お互い赤の他人だ。二人は今、短期滞在で東京にいる。同時期に同じ新宿パークハイアットに宿泊しているのは、ただの偶然でしかない。

 二人とも日本語は話せない。はるばるやってきた日本だが、雰囲気に馴染めない。それぞれの部屋で、眠れない夜を過ごす二人。同じような寂しさを胸に抱いているのも、偶然?

 二人は出会う。同じ言語で、Translation(通訳)なしで話せる相手。それでもお互い、多くを語ることはしない。とりとめもない話で、笑い合うだけで十分なのだ。

 あなたと話していると、とても落ち着くわ。
 ただ君とこうして、肩を寄せ合っていたい。

 そんな思いも、言葉にはしない。そこにあるのは、シンパシー? それとも……? 微妙な感情は、本人たちにも分からない。ただ、心を通わせる相手として互いが求め合ったということ。

 これはきっと、必然。

               ◇

 今日観た映画『Lost In Translation』の話だ。笑えて、切なくなれる話だった。東京にいる日本語を話せないアメリカ人、という設定が、「通じ合えない違和感」と「通じ合えることの安らぎ感」を際立たせていた。

 そこでふと思った。
 「でも、東京にいる日本人どうしだって、みんながみんな通じ合えるわけじゃない」

 シネマライズを出てスペイン坂を下り、センター街をかすめて駅前のスクランブルへ。すれ違う人は当然みな日本人。自分たちが世界の中心であることを疑わない若い男女や、必要以上に不機嫌なスーツ姿の男たち。彼らと話をしようと思ったら通訳はいらない。それでも、この全員と通じ合える自信はない。

 そう考えると、「通じ合えるって、すごく貴重」。
 仲間、家族、彼女――。大切な人の「心の声」が聞けるようになりたい。

 We don't need any translation between us. That's wonderful thing, isn't it?

2004年05月11日(火)

渇き

 郊外のとあるアウトレットモール。大型連休中とあって、けっこうな人出だ。特にフードコートは、午後二時を過ぎてもひどい混みよう。連れと役割分担して、席取りと注文に分かれる。

 注文のレジには長蛇の列。待つ。ひたすら待つ。しばらくして順番がくる。練りぬいたオーダーを披露する。
 「オムレツカレーと石焼きビビンパください」
 すると「癸械機廚箸いΕ櫂吋奪肇戰襪鯏呂気譴襦再び待つ。ジリジリと待つ。十分ほどして、ポケベルがブルブルする。耳に近づけると、「♪ミッキマウス、ミッキマウス、ミッキミッキマーウス〜」のメロディ。喜び勇んで受け取りカウンターへ。

 カウンターには石焼きビビンパがズラリと並んでいる。が、どれも冷め切っている様子。石焼きあれど、店員はいず……。やっと現れた店員のお姉さんに「癸械機廚琉籠をかざす。彼女はトレーの上の伝票と照合する。
 「こちらですね」
 指差されたのは、「最も石焼きでない」石焼きビビンパ。でも混んでるから仕方ない。そう思って今度はオムレツカレーを待つ。イライラと待つ。ポケベルは断続的に鳴り続けている。それでも店員は雲隠れのまま。ポケベルを持った客がカウンター周辺に群がりだす。
 時折通る店員の逃げ足は速い。「癸械機廚判颪れた部分を見えるように持ってみたりするが、効果は薄い。

 やっと隣のカウンターにオムレツカレーが出てくる。お姉さんがこっちを見る。ええーいこれが目に入らぬか。
 「さんじゅうご、ですけど」
 どうやら違うらしい。さすがに遅すぎる。確認してみよう。
 「あの、オムレツカレーをたの……」
 「ただいま混雑しておりますので、お待ちください」
 語尾にかぶせてくる。
 「それと、このポケベルさっきから鳴りまくっているん……」
 「ですからお待ちください!」
 目が怒っている。声が怒っている。

 きっとお姉さんはこう思っているんだろう。
 「あんたらが来たせいでアタシはこんなに忙しいのよ」

 俺に今、アルコールをくれ。

2004年05月05日(水)

気後れ

 今日、多国籍パーティーに行った。
 カナダ、アメリカ、オーストラリア、日本。各国出身の総勢五十名近くが、都内某所に集まった。

 そこで何人かとアドレス交換をした。日本滞在期間の長短にかかわらず、ガイジンのみんなは上手にケータイを操る。あるオーストラリア人の男が、器用に親指を動かして僕の名前を入力していく。

 入力に手こずる僕を尻目に彼は尋ねる。
日本語でだ。
 「この字でいいの?」
差し出されたケータイの画面を覗き込むと、見慣れた漢字が並んでいる。
 「阿部、安部、安倍、阿倍……」
彼は、さも慣れた様子で一番上の変換候補を指差す。

 僕は答えた。
 「イ、イエス」

 彼は満足そうに確定のボタンを押し、つぶやく。
 「オッケー♪」
それもやはり日本語だった。

2004年05月02日(日)

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