diary/column “mayuge の視点
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類似

 一流の人たちというのは、一流の「顔」をしていると思う。

 別に男前だとか、いい女だとかいうのではない。僕のいう「顔」とは、「面構え」というのがより近いかもしれない。

 その一流の「顔」を見ていて気づくことがある。各界の一流の人のなかには、活躍するフィールドこそ違えど、似た顔の人がいるのだ。

 よくいわれるのは、竹中平蔵・内閣府特命担当相と女子柔道・谷亮子(旧姓田村)。この二人は顔だけではなくて、ずんぐりむっくりした小柄な体型も似ている。

 このペアに負けていないのが、西武ライオンズ松坂大輔と女子卓球・福原愛の二人である。松坂投手がインタビューを受けているのを見ていて、そのうち泣き出すんじゃないかという錯覚にとらわれるときがある。ちがうちがう。それは愛ちゃんのほうだろ。何度そう思ったことか。

 そんな「一流フェイスの類似」リストに、最近また一組が加わった。その一方は、サッカー23歳以下日本代表の田中達也選手である。今回の最終予選では、小さい体で縦横無尽にフィールドを走り回り、アテネ五輪の出場権獲得に大きく貢献した。彼はこれで一流の仲間入りをしたといっていいだろう。

 その相方は誰か。ここで長江健次だと予想した人は甘い。確かに目元あたりは似ているといえなくはない。ただ残念ながら長江さんは、相対的に一流ではないのである。もちろん素敵な人ではあるけれど。

 じゃあ誰なんだよ。

 先日遅ればせながら、『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』を観てきた。ホビット族という小人たちが、小さなからだでスクリーン狭しと活躍していた。

 栄えある田中達也の相方は、主役のフロドを演じた、イライジャ・ウッドなのである。顔はクリソツ。彼もまた一流。そして小さい。文句なし。

2004年03月21日(日)

相似

 駅へ向かった。

 飼い主にリードを引かれたミニチュアダックスが、服を着ていた。

 駅に着いた。

 羽織袴姿の女の子が、親と卒業式へ向かっていた。

2004年03月12日(金)

お話ジャンキーにビーナスを

 今夜は映画『ホテルビーナス』を観て帰ってきた。

 チョナン・カンの映画といえば、「ああ」という人も多いんじゃないだろうか。先週末の公開なので、いま強力にプロモーションしている。

 この映画の脚本を、麻生が書いている。しかも麻生はそれをノベライズして『ビーナスブレンド』という本も出した。火曜日に買って、映画を観る前に一気に読んだ。

 こういう、「お話」を世に送り出す人は、必ずいてもらわないと困る。僕らはいつも、「お話」に触れたいと思って生きている。自分の内側を震わせてくれる「お話」に、いつも巡り合いたいと願っているのだ。

 僕はそれを与えてくれる人に感謝する。麻生に限らず、そういう「お話」をしてくれる人を見つけたとき、僕はうれしい気分になる。本でも映画でもいい。その前では自分の内側の服を一枚脱いで、肌で風を感じることができるから。

 「お話」は言葉でできている。ひとつひとつの言葉が紡ぎ合わされて、「お話」となるのだ。だから言葉を大切にしている人の「お話」は、随所で、響く。

 『ビーナスブレンド』には「麻生節」ともいえる言葉がたくさん出てくる。ノートにメモしておきたくなるような、素敵な言葉たちだ。数行抜き出しただけでも、一つの作品として成立するようなものも多い。これは別の機会にでも紹介したいと思う。

 映画『ホテルビーナス』は本を読んでから観に行ったわけで、ストーリーはだいたい分かっていた。それでも、泣けた。この「お話」の賞味期限は、一回だけではないのだろう。

 とまあベタ褒めしてきたが、この映画で気になってしまったところが一つだけあった。全編韓国語のセリフなので、作品自体には邦画っぽさがない。だから海外の作品のように見入っていたわけなのだけれど、それが災いしてしまったところがあったのだ。さすがの麻生も、これは計算外だったんじゃないだろうか。

 気になる人は、映画館へ(笑)。

2004年03月11日(木)

「本当」ってホント?

 今日の朝刊で、ちょっと気になる言葉を目にした。それは全面広告のキャッチコピー。大きな文字で踊っていた。

 「誇大広告みたいな本当の話」

 英語教材の広告だ。その教材は「くり返し聴かずにはいられない面白さ」らしく、これで勉強すると「三万語がいつの間にかインプット」されるそうだ。それはすごい。その自信マンマンな言いっぷりに敬意を表し、ここでその根拠となる部分を引用してみたい。

 「何と! 十二章完結の物語の中に、大切な単語や熟語、言い回しをバッチリちりばめてくれた」

 それはそれは。そこまでしていただいて。

 「その量およそ三万語の長文。BUT、長文だからと後ずさりすることなかれ」

 うーん、「BUT」って言っちゃうセンスってどうなの?なんて考えてはいけない。せっかくなので、「後ずさりしないで」、身を乗り出してもう少し読んでみよう。

 「これを楽しいCDにのせて聴き流していれば、いつの間にか好きな歌を口ずさむように、英語が自然と口をついて出るようになるのだ」

 ホントかよ。黙って聞いてりゃヌケヌケと。ついそんな野暮なツッコミを入れそうになってしまうが、ここもグッと我慢。なんといっても「本当の話」なんだから。日本人が一億二千万人もいれば、きっと「いつの間にか英語が自然と口をつく」人もいるのかもしれない。

 さらに広告では「先輩たち」の声が紹介されている。彼らは「TOEICテストで120点上がりました」と喜んでいる。ちなみに八人の先輩たちは、みな匿名である。

 ここでふと思う。

 「この広告を誇大広告だと思わずに読む人っているの?」

 いや、いるんだろう。先輩たちのコメントを、一人が書き分けていないことを祈る。

2004年03月07日(日)

我が座右の書

『ローマ人の物語検.罐螢Ε后Εエサル』
塩野七生著(新潮社刊)


 その時、僕は迷っていた。

 目の前にある安全な道をそのまま進むべきか、リスクを冒して「川」を渡り、夢に向かって荒地へ踏み出すべきか――。

「ルビコン川の岸に立ったカエサルは、それをすぐには渡ろうとしなかった。しばらくの間、無言で川岸に立ちつくしていた」

 かのカエサルも迷ったという。あれだけの偉業を成し遂げた「決断と実行の男」がだ。少しだけ安心した。だったらちっぽけな僕が悩むのも当然のことじゃないか。

 カエサルを動かしたのは、「パクス・ロマーナ」という壮大な夢だった。男は、この夢ってやつに弱い。僕の中にもその時、生まれて初めて夢というものが頭をもたげはじめていた。

 カエサルは川岸で、迷いを振り切るかのように大声で叫ぶ。

「賽は投げられた!」

 本を持つ手が震えるようなシーン。馬を駆ってルビコンに突入していくカエサルの後姿が、僕の脳裏にありありと浮かんだ。

 そしてその二千四十九年後、僕は「川」を渡った。

2004年03月03日(水)

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