堀井On-Line



7503,閑話小題 〜YouTubeの日々のなかで… 〜2

2021年08月31日(火)


   * 毎日、ショートの刺激的な映像が…
 今回は、何処かの国家元首の外出で、迫力ある映像が印象に残っている!
最終になって判明したのが、総選挙家族単位で出かける一連の場面…
それもあって、警備がオーバー気味で派手な筋立てのような。国家権力を
握るとは、ゴッドファザーとはこんなものかと考えさせられる場面が続く… 

 いま一つ、海岸に軍隊が大挙して押し寄せて、浜辺の数百人を若者を逮捕する映像。
数十年前だが、南米ツアーに参加したおりに、チリの軍事政権が、革新系学生を闇で
殺処分をしたという闇噂の当時の映像と思われたが… 本当かどうかは、如何だろう…? 
権力は、人の感覚を狂わせるというが… 御蔵になっていたのが、奥底から
浮び上ったと思わせるモノだが!

 あとは大自然の秘境景色もの。これも何処から突然、現れ出るのが特徴。
日中に独り隔絶された寝室で、世界中の自然を跳ね回るのも悪くない。
何やらネットが、世界の飛躍的広さと、深さを知らしめてくれる。
<私たちは何のために、いま、此処にいるのかなど、如何でも良くなる>
ほど刺激的映像が…「これが世界の名残り景色」と‘魂’を奮い立たせる。
これが21世紀の原風景ということ! 少々苦しくても、これまで生きてきた
のだから、多く見ておかないと! 

・・・・・・
2020年08月31日(月)
7109,閑話小題 〜
   * 首相職が過酷と聞いていたが…
 職業の中で、政治家が一番過酷とは聞いていた。
私が過ごした学生時代の寮について、この20年で…幾つかテーマにしてきた。
今でいうシェア・ハウスである。そこには、全国から政治家を目指す玉石混合の
学生が寄宿していた。先日亡くなった渡部恒三氏も寮生だったという。
御上りが、社会を知るには理想的環境で、なかなか刺激的! その風情は江戸;
明治時代の長屋世界。人間性が丸出しに曝される。それが面白い! 卒業した
ものの社会に馴染めず、毎日のように会社帰りに何処かの部屋に立寄る。
それ姿勢だけで底が割れているが、自分が見えなくなっている。
 <何ごとも変化を受入れて、己を変えるべし!>と、そこで学ぶこと屡々。
手弁当で政治家の私設秘書をしていると、「凌ぎ」が大問題。未亡人のヒモや、
実家からの仕送りで何とか生活をしている。 隙さえあれば、ネクタイとか、
ワイシャツ、小物が消えている。年に数回の合コン・バスツアーで、知りあった
女性との下ネタとか、初めて入ったキャバレーの体験談とかなど、耳年増になる。
学校に行けば、ミッション系の御品の良い連中。その格差が何とも面白い!
  
  …話題を本筋に戻す! 
 地方に住んでいたら、絶対に知ることが出来ない各地の住人が、生々しい
共同生活をしている。 まず知ったのは<政治家は、3つの看板、基盤が柱!>
その理想像を虚像として自らを演出していく。それ以前に、それが可能な教養を
ベースに持つこと! 本屋に、下校時に立寄り彷徨うこと! 友人の選定に気を
つけること。自分の核たる格言を持つこと! 学生時代に与えられた自由時間を
無駄にしない事! 要するに人生の砂場で… それまで縛られてきた因縁から
自らを解き放つことを独学で実行すること! 都会出身の友人や、地方出身の
アパート暮らしの人たちには、この生活が奇異に映り、羨ましいようだった。
幼児の頃から大家族の末っ子で、放っておかれた生活環境にあった空気を読む
ことが、この生活に慣れると生きてくる。…首相職の一端を垣間聞いたのが、
私の知人の娘が日航のチーフアテンダントで、小泉首相の専門世話焼き。 
座っている3〜4席の後部座席で待機して、雑用をする。ところが10数時間、
死んだように身動きもせず眠りこけていたとか!
世界から預かった国家を守ることが、まず求められる。

 元大阪市長で弁護士の橋下徹氏が19日、「ゴゴスマ〜GoGo Smile」
に生出演し、大阪府知事時代の激務の思い出を語った。
【大阪府知事、大阪市長を務めたが「知事・市長の時ですら、全身じんましん。
シャツの上から無意識にかきむしってたら、シャツが真っ赤っかになったりとか、
血でね。家に帰れば全身がこわばって、ダンゴムシみたいになって伸びないんです」
とあまりの激務に体調に異変をきたしていたことを告白。「知事・市長ですらそう
なんですから、首相ともなれば、とんでもない精神的・身体的負担があるわけでね。
そこを分かった上で批判しないと」と分別を持って声を上げることを勧めた。】  
 生臭い利権の中で、蠢く政治家が、全職業で一番過酷と…。

・・・・・・
2015年08月31日(水)
5647,「家、ついて行っていいですか」
   * ぬいぐるみに話かける男
 ときどき見る番組、「家、ついて行ってイイですか?」だが、必ずという
より偶然、見るほうが多い。 そこで人生の多様性を見ることが出来る。
先日見た中で印象に残ったのが、「ぬいぐるみ」に話しかける青年。
ネット検索で、「家、ついて行ってイイですか?」「ぬいぐるみ」と検索した
ところ、本人?が直接ネット上で、「自分は変か?」の問いかけがあった。
「なりすまし」? それともTVに出た人とは関係ないかどうかは不明。
都会には、地方出の孤独な群集がいる。誰もが過去を引きずり、面白い
人生劇場を生きている。哀しく、ほろ苦く、温かく、複雑な人生が・・

≪ 20代後半の男。
 家に3歳くらいのときに買ってもらった手の平サイズの子猫のぬいぐるみが
あります。名前もあります。小さい頃は肌身離さず持っていて、さすがに年齢を
重ねるにつれて肌身離さず持つことはなくなりましたが、捨てることは出来ずに
今も大事においてあります。さすがに20数年持ってるとボロボロになって背中
とか綿が丸見え状態で全身の毛も半分くらい抜けています。汚くなってるので
洗濯したいけど洗濯したら多分頭と体ちぎれる可能性あるので、もう出来ない。
そんな子猫のぬいぐるみですが、学生時代はあまり置いてある場所から出したり
することもなかったんですが、社会人になってからたまに出してきて撫でたり、
話しかけたりしています。ただ、毎日じゃなくて3日に1回のこともあれば、
1週間に1回、1カ月に数回の時もあるし、忙しいときは1ヶ月全く触らない
こともあります。 でも、ここ最近触ったり撫でたりしていると癒されるし、
昔と違った感じでまたものすごくかわいいと思うようになっています。
他の「ぬいぐるみ」は別に欲しくもなんともないんですが、この「ぬいぐるみ」
だけは特別というか愛着がすごくあるんです。小さいころに持ってたぬいぐるみ
もこれだけです。他人から見たらただの汚いボロボロのぬいぐるみですが、僕に
とっては小さいころから一緒に暮らしてきたので家族みたいな感じです。
捨てろと言われても絶対に捨てることは出来ません。
 将来的に一人暮らしもしたいと思っていてその時には連れていくと思います。
ただ、客観的に見るといくら家の中でプライベートな空間とはいえ、かわいいと
思いつつ20後半にもなってぬいぐるみ撫でたりしているのはちょっとまずいん
じゃ・・て考えたりもしてしまいます。いい年した男がぬいぐるみを可愛がって
いるて、精神的に子供というか・・ でも、止められません。 いい年して
ぬいぐるみを持っている、可愛がっている男性をどう思いますか?
キモイというかドン引きて感じですか?男女問わずよろしくお願い致します。≫
 ―
▼ よく読むと違う青年のようだが。 青年がぬいぐるみに語りかけるのを見て、
「大の男が気持ちが悪い!」とも思わず、自然に受入れることが出来たのは、
この随想日記が、ヌイグルミに近い存在と思えたため? 親元を離れ、都会の
中で暮らす孤独は、慣れるまで本当に辛く侘しい。が、青年期には親元から
自立する必要条件になる。だから、地元から上京した時は、同郷の友人より、
都会の新たな友人を見つけるチャンス。 ブログ内検索をすると、以下のように
書いていた。 「いま、ここ、わたし」は、垂直に立ち、現在と、過去と、未来に
ループして、多くの時空を飛びまわることが出来る。だから止められない。 
何度も経験することが、過去の文章に、「あんた誰?」と見知らぬ誰かを実感する 。

・・・・・・
6742,読書日記 〜『科学者が解く「老人」のウソ』 ―1
2019年08月31日(土)
   * 娑婆は、生きていてナンボのもんじゃ! 
           <「科学者が解く「老人」のウソ」武田邦彦(著) >

 昨今、100歳まで生きるとすると、2000万とか、6000万が必要とか、真面目
くさった議論が出ている。 少し考えれば大した意味の無い議論を、何とまあ。
「死んでしまえば、ハイそれまで」、一円もかかりはしない。足りなかったら、
市営アパートに入って、生活保護で生活をすればよい。
 数十年、家系を含めると100年スパンの家計体質の計画が必要なこと。
目先で何とかなるものでなし。老人社会は、それこそ社会主義のよう。
「皆で弱れば、怖くない」 死を前にして、万人平等の原則が強力に作用する。
 ここで、著者は、老後という言葉に惑わされている社会風潮を批判する。
著者は、<50歳までを生命としての人生、それ以降は人間としての自らの価値
をいかす人生と割切るべし>とする。50過ぎで中途半端に区切った我が人生。
50歳代の10年で30年分を圧縮をした生き方をした。 確かに手ごたえは充分
あったような。 還暦以降、13年以上も生きてきたが、あまりに情報化による
時代の進化が刺激的で面白い。 その実感とは…
 『娑婆は、生きて味わってナンボのもんじゃ!』 そう思うしか?

《  〜Amazonの内容紹介〜
「人生が100年になる」という人類が今まで経験したことのない時代を迎えた今、
50歳からをどう生きるべきか、科学的に考えてみようという本です。
「老化」の不安や「お金」の不安、「いつまで働くのか」「いつまで働けるのか」
という不安を抱えるすべての人に読んでほしい本です。
 人生100年時代
 いつからが老人なのか?
老化も寿命も定年も病も錯覚です。
武田先生が50歳からの人生のウソと矛盾を整理します。》

 ――
▼ 確かに、老後なんてありはしない。身近な(男)の場合、還暦で、4分の1は、
 鬼籍に入った。ということは、彼らには老後はなかった? 67歳で癌で倒れ、
1年後に亡くなった父親。死期を悟り、呻いた言葉が、「あと3年、生きたい!」。
その真意は、「小さな世界で、思い込みで、何も知らずに生きてきた。それが
何だったのか。それから離れて、より深く、広く、世界を味わってみたい。」。
 父には、その3年が、この妄想としての「老後」だった。 その意味で、
26,27歳の時節に、父の死に様から、多くのことを学ぶことが出来た。その父親
の死亡年齢より5年、生き長らえている。確かに、この5年は、人生の豊穣な収穫
が間違いなくあった。生活習慣と、行蔵の御宝のためだろう。
 ここで、「子狐」とか、「御世間様」とかに捉われ、現実社会に、ドップリと
浸かった人たちを批判しているのは、「それら老人(無知の人)が、あまりに
??… 生き方に対して語らずにいられないため。分厚い我が固定観念を彼ら
から見えてくるため。 この著書の内容とは、そういう人に向けた、説法。
「老人」=「病人」である。死にゆく老化は避けることはできない。 
「全てが死に逝く過程にある老化」は、生まれてきたが故に避けられない宿命。
安易に目を叛けるから不安になり、迷い、慌てる。
 …次回は、フォロアーなどの意見や、詳細の内容など…

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2018年08月31日(金)
6379,閑話小題 〜怒りの静め方
   * まあお暇なことで…
 創業となるとトラブルの連続。そこに嫉妬、妬みが加わる。
バブル華やかな頃、経営の神様と言われた故・邱永漢が、
『地元で事業を興すな。烏合の衆の中で革新(創業)をすること自体、
大きな無理がある。それぞれ代々の因縁で雁字搦め、絶対に避けるべし!』と。
 5年近く、実家の本店を引継いでみたビジネスを通してみた地元社会が、
邱永漢そのままの現実に、驚くやら、飽きれるやら。地元は私にとって限界。
で、邱永漢の論に従い、新潟駅で起業を始めることにしたが、これが正解。
長岡とは風土が全く違う開放された社会。長岡では、日本地図そのまま見るが、
新潟では180度ひっくりかえし日本海を背景に見る。これは、金沢でも同じ。

 新潟市の本質は天領文化が故に、外海と表日本に向けて開かれている。
血筋、因縁など、アナザーワン。その事業を清算して住み心地良い?御屋敷で、
7年半前から御隠居暮し。そこで生じるのが城下町住人との感覚の違い? 
気持ちは地元を去った100%が外モノ。その一部の軋轢も一通り終わりつつ…?。
 長岡というより、地方は納豆のようなベタベタの人間関係。
地元は、小・中・高校の人間関係で済ませ、距離が置いていたのが幸い?。 
それでも平均、3〜6ヶ月に一度は、何やらの「サイコパス」が一瞬の隙を
ついてくる。今では手慣れたもの、全身全霊でイメージで 打砕く。
これがストレス解消にうってつけ。‘その1〜2年後に何かの巡り合わせで
因果?が現れるという物語にして…。あとは自然の成りゆき…。 これで
怒りが冷まる期間が二週間、1年後に完全忘却。ところが、その辺りに対象に
マイナーが具体的に現われ出る。それも罪悪感と後味の悪さが残らない範囲で。
これを「内的処理」として丁寧に実践。それが来年3月〜8月に、めじろ押し。
どうなるのでしょうか? 私自身のカエリ矢の可能性も。
ところで、図書館で、『怒り〜心の静め方』という本を借りてきた。
まあ、可愛らしい内容である。

・・・・・・
2017年08月31日(木)
6012.閑話小題 〜現実の長生きは苦しい
          ー新潮45 6月号・特集:私の寿命と人生
               『実際の長生きは苦しい』久坂部羊―
   * 老衰は、そんな生やさしいものじゃない
 身につまされるテーマである。確かに、この年齢まで生きることが出来て
有難いと思っている。特に、20年来の本格的情報化社会への激変は、刺激的、
かつ劇的であった。ネット社会が現実社会の上を覆って別世界をつくったが、
これを目の当たりに出来たのは人類の一員として無上の喜びである。。
 逆に、医療効果で、寿命も延びてきたが、その影も浮び上がっている。
姉、兄、その連れあい、いとこ、など身内が70、80歳半ばに到達した。
痴呆症を含めた老々介護などの問題が直面している。長寿がめでたいのは過去
の話。他人事と思っていたが、古希を過ぎた現在、自分の問題にもなってきた。
― 
≪ 医師で作家の久坂部羊氏による「実際の長生きは苦しい」は高齢者医療に
 携わる氏の本音であり腑に落ちる内容である。元気のままで長生きできると
思っている人が多いがそれは夢想であり、実際は体が弱り機能が衰え、生き物
としてダメになっていくのを実感するのが長生きだという。
がんにせよ心臓・脳血管障害にせよ老化によるものなので自然の寿命なのである。
それをなまじ病院などに行けば無理やり死を遠ざけられ想定外の苦しみを味わう
ことになる。病院に1,2か月通っても良くならなければ医療は無力とあきらめた
ほうがいいという。≫

≪ メディアでは盛んに健康、アンチエイジングを謳っているけれど、高齢者
 医療の現場は大変なことになっている。「老衰」で死にたいと、多くの人は
思っているのではないだろうか。実際、私もそう思ってた。でも、久坂部さん
いわく、「老衰はそんな生やさしいものではない」と。確かに眠るように、と
言っても、よく最後は肺炎でとか聞くけれど、実際は息苦しいだろうし…。
どんなに死を恐れ、拒絶し、悲しんでいる人も死に顔は無表情だったという。
死はそんなに悪くないということ。≫

≪ … 死をどう考えていますか?
・久坂部: 私は死を全面否定しない。死は悲しいし、つらいし、苦しい。
 しかしそんな死にも良いところはある。そう考えることでバランスが取れる。
  … 高齢者の大半が病院にかかっていますが
・久坂部: 老人の病院通いは害が大きい。時間と労力、お金をかけて検査を
 重ねた結果、分かったのが治らないということだけだったりする。それなら
 何もしない方が有意義だ。老化が原因の病気に対し、医療は限界がある。
 病院に行けば治るというのは幻想です。≫


▼ いざ、自分に「余命半年」と告げられると、動転するようだ。長生きの
 リアルを知らない人が、長寿に憧れ、メルヘンの世界をイメージするが、
それは綺麗ごとに終始するメディアと、健康関連業者だけ。死ぬに死ねないで、
「健康法で、長年、散歩をしてきたが、あれが悪かった!」とさえ… 
「で、どうすればよいか?」というと、「自然な寿命を受入れること」。
現実問題としては、「病院に行かないこと」。
 医師として多くの看取りをしてきた著者が、<「死を受け入れることは
難しくない。いつも、死のことを考えていれば慣れるし「あきらめ」もつく。
ヤケクソではなく、「明らかに観る」という意味の「あきらめ」が必要>と。


7502、閑話小題 〜YouTubeの日々のなかで…

2021年08月30日(月)

   * 外出自粛の中で
 何度も取上げるのが、自主投稿のYouTubeの世界の映像である。
外出自粛の中で、手軽で刺激的な世界各地の映像が人気順に見られる面白さに
供給は増すばかり。そこには、未だかって観たことも無い刺激的世界が展開
されている。 …最近あったのが、
・村が全体が焼かれていた映像。それは、虐殺を連想させる生々しい映像。
そして次には、鬼のような軍人が、家捜しをして犯人を問い詰める。結果が、
村ごと殺傷し、焼き払う結果の映像である。
・テロモノも…テロ直後の街中現場の映像。警察関係者が、犯人を血眼で捜査
する現場。自分は関係ないと抵抗する男たちを次々と逮捕し車に放りこむ警官。
遺体は、放置されたままの映像が迫力を増す。こんなのは全国放送では間違っ
ても流せない。数日中には抹消されるのだろうが… 何やら殺伐な心持に支配
されるが、家内といえば、居間で、様々な音楽家の演奏をビデオで観ている。
 成るほど、芸術そのものは、 哲学者が曰く…
<音楽だって今は一人コンピュータで作るようになってしまったけれど、
アランが考えている音楽の基本は民謡みたいなもの。何かみんなで仕事をして
いて誰かが「オ〜」と唄いだすと、あっちから誰かが「ア〜」と声を重ねる、
そこでハーモニーが生まれたりリズムが刻まれたりする。アランが考えている
音楽はそういうものです。 ダンスも同様で、普通の暮らしの娯楽として、あの人
とこの人が踊りだすと気持いいという、一種「共同作業」として捉えている…>
 ―
▼ ぼんやり時間の渦中に有ればこそが前提だが。ぼんやり…ですか!


・・・・・・
7108,閑話小題 〜阿部首相の辞意を受止めてみれば…
2020年08月30日(日)
   * 阿部首相の辞意表明から二日経って…
 辞意表明から2日経ってみれば、逆に遅きに失した感さえ思えるから不思議!
数年前から、官邸周辺が何やら異常感が強くなっていた。それ以上に、野党も
野党呆けが正比例した下降角度が鋭くなっていたことが、それを隠してきた。
一番の政治的成果は、白人第一主義のトランプ大統領の御守りを熟したこと。
まあ、良くぞ乗越えていた。 …このパンデミックの中で、あとはアメリカの
次期大統領に無事、日米関係を引継ぐこと。その殆どを安倍首相が無事平穏に
乗越えたのは褒めるに充分、値できる! 伊達で7年8ヶ月も政権維持は無理!
実に総理大臣職は激務である。次の総理大臣は、繫ぎとしても大変だ。
大腸は脳そのもの! 変にならない方が変だ! バタンギューの可能性も…。
繋ぎの流れからして、官房長の「管」だが、政治の世界は魑魅妙霊! 
   ―
   * 異常の暑さ!
 ある意味で、世界も、日本も土壇場! パンデミックの最中、アメリカは
大統領選にむかい、不安定に! 欧州も、今は落ち着いている? 難民問題と、
経済問題が大きく覆い被さてくる。経済恐慌の可能性も日ごと大きく浮上する。
100年前の第一次+第二次世界戦争と、スペイン風邪、世界恐慌が重なってくる。
そして、異常な暑さが、このパンデミックと重なるというから… 今後、この
事態の波がウネリとなるなら… 悲観過ぎることもないが、として楽観視も、
していられない。世界各地の全域で、マスク姿が一般化!異常事態を象徴する。
 そうこう考えると、10年近く前の事業清算が正解かも? このところ特集
されるパンデミックに関する特集… 知れば知る程、その深刻度の深さに驚く。
 <「直にワクチンが出回り、終息に向かうさ!>の声が聞えてきそうだが、
そうはいかないのは、オゾン層の破壊を容認してしまった問題が背景にある。
丁度、一週間前になるが、信濃川の大手大橋の真中辺りで、投身自殺未遂の
場面に出くわした。中年夫妻に気転で未遂になったが、これらも一連と思える。

・・・・・・
6741,閑話小題 〜カラスと遊ぶ 
2019年08月30日(
    * 隼型の人形を括りつけ3日目に
 一週間程前に、カラスの死骸に模した人形をベランダに括り付けた。
去年の‘カボチャの張りぼて’ほどの効果がないのではと考えて、ネットで
百均の「ダイソー」に「隼」の姿を模したのを見つけ、念押しに付け加えた。 
そのため静粛の日が続いた数日間後、1羽のカラスが斥候で?庭先に来て
鳴いていた。まずは様子見、で、その数時間後、3羽のカラスが庭先の松の木
から激しい威嚇の鳴き声。 野生動物は、テリトリーへの天敵の侵入に敏感。
怖れる風もないため、もう一羽、「隼」の人形を購入し応援に加えた。
今のところ近所にきてない。それでも数日に、再び威嚇してくる? カラスと
戯れるのも面白い。次は、新たにハロウィンのカボチャを加える予定…。
 ―
    * トランプも酷いが、何も酷い
 韓国の大統領が交代する度に、75年前の日本による朝鮮統治時代の問題を
新たなカード持ちだして反日運動を喚起して国民の目を向けることで、国家
体制維持の政策をとってきた。今回は徴用工問題。 国家間で解決済み問題を、
「個々の問題は解決してない」と強引に理屈づけてきた。さすがのアメリカも、
呆れ果ててしまった。韓国の歴代の大統領は、逮捕か、自殺の運命が間違い
なく待つ御国。その上に、側近の汚職問題を国民から目を逸らすため、軍事の
秘密事項の共通開示の協約を破棄。これではクーデターさえ起きかねない事態。
いまだに朝鮮戦争の終結がされてない臨戦状態で、権力が大統領に集中する国。
貧すれば鈍するそのもの。諸外国からみれば「近親憎悪」と思って然るべき事態。
戦勝国家たる朝鮮が、未だに分断され、日本との格差は歴然となれば、嫌日感情
も仕方がないと、上から目線が彼らのプライドを傷つけるのだろう。

・・・・・・
6378,閑話小題 〜同月、同日分を先に読んでみて
2018年08月30日(木)
   * 過去文からテーマを考えた
 テーマを考えあぐねて、同月、同日の17年余のテーマの幾つかを読みをして、
その感想を書いてみることにした。何時も、当日分を書いた後に読返していた。
当日の文章から、「過去」をふり返っていたのが、過去の文章内容からテーマを
起案するのは初めての経験。新たな気持ちで読返すと、思いの外に重く真面目
くさったテーマばかり。この程度でもテーマ探しを入れると3時間のエネルギー
が入っている。それが重苦しさ?を生み出している。本来、生真面目?なのか。
 毎日、過去の文章をコピペする過程で読返しているが、真っさらな気持ちで
ジックリと読返すのは初めて。毎日、一期一会で選び出してきたテーマと内容。
ネット上に連日ともなると、極度の緊張と、集中が必要となる。尤も、それが
狙いだが。としても、我ながらシリアスである。それも毎日毎日。
 そうともしてないと、精神のバランスが保たれないため? こんなことを
誰に頼まれた訳でなし。ただ面白いため。秘異郷の大自然の光景との邂逅で、
日々、生きている価値が認識出来るようになったためだろう。極限を超えて、
広く、深く、明るく、経験と知識を重ねる必要性を、改めて感じた。
重くても、軽くても、暗くても、シリアスでも良し。広げ、掘下げた知識、
経験しか、世界は感知出来ない。 で、このテーマは何? 過去の文章は、
今の私に何を語りかけてくる? <肩に羽根を付けて、もっと、舞え>と!
これが隠れテーマ! 死んで三日もすれば、元もと存在してないのと同じこと。

・・・・・・
4916,一度、死んでみましたが
2014年08月30日(土)
             『一度、死んでみましたが』神足 裕司著
   * 重介護5のスーパー闘病記
 平々凡々の日々を当たり前のように過ごしているが、実は、これが最上で
あることに気づくのは、失ってから! あと一年余りで、平均すると同年齢
の男の過半数は介護生活、5年後には寝たきりに、10年は死んでしまう。 
TVや、西原の漫画に度たび出ていた神足裕司を、この数年見かけなかった。
実は三年前にくも膜下出血で倒れ、重介護度5でリハビリ生活の中、
去年12月に、不自由なベッドで書いた『一度、死んでみましたが』という
スーパー闘病エッセーを出していた。コラムニスト復帰の第一弾の本を、
偶然、図書館で見つけ、借りてきた。脳の大手術で、現在も殆ど動くことが
できず、寝たきり。ここで、介護、寝たきりとか、言っているが、この書を
読むと、さほど遠くない未来に似たような事態になる可能性が十分にある。
50歳半ばから還暦辺りにかけて、友人、知人が次々と、半身不随になったり、
癌で死んでいるが、どれもこれも、最期は壮絶な状態。これは、その実況
中継のような闘病エッセーで、ベッドの中の苦闘が、そのまま伝わってくる。 
本の題名が『スーパー闘病エッセー! 一度、死んで見ましたが』 
HONZ http://honz.jp/36901 の書評が、要点の7〜8割は押さえている。
「その時から、それまで生きてきた一生分を生きることになる」と言うが、
そう信じさせられる内容。 ーアマゾンのレビューの、息子のレビューより
≪ はじめに、家族という立場にあるものからのレビューであることをお許し
 いただきたい。本が手元に届いてからも、私はなかなか本を開く気に
なれなかった。怖かったのだ。父の、つまりはこの本の筆者の状態はもちろん
百%ではない。ページを繰っていけば、彼がこれまで積み上げてきたものが、
私の前に立ちはだかる者としての彼が、崩れ去ってしまうのではないか、
そんな恐れを抱いていた。杞憂だった。そこにあったのは、私にはとても
紡ぎ出せない「凄み」のある言葉の数々。いや、もしかしたらこれは、
以前の筆者にも書けなかったのかもしれない。薀蓄をちりばめ、変幻自在の
修飾語を用いながら、ページを埋め尽くすのが豊穣な表現だとするならば、
この本はそれには当たらないかもしれない。むしろ、そのような表現は
全てが余白へと沈み、筆者にとっての瞬間の全てがこめられている。
少なくとも筆者の生きる「世界」において、その瞬間、それ以外の表現は
あり得なかったのだろう。切り詰められた音の数。他の人が弾いたら、
ミスタッチだと思われかねないフレーズ。彼の憧れたジャズピアニストを
思い出す、なんていったら笑われるだろうか。
・・ 病気は誰にでも訪れうることだ。「病気」とはなんなのか、「家族」
とは「友人」とは、そして「生きること」とは何か。誰しも考えたことのある
テーマについて、文章を書いているその瞬間の筆者にとっての虚飾のない、
研ぎ澄まされた言葉が胸に迫ってくる。深刻なテーマに思われながら、
どこかにおかしみを含んでいるのは筆者のコラムニスト魂だろうか。
くも膜下出血、高次脳機能障害の患者・家族の方はもちろん、今立ち
止まって「これから」について考えたい方には、ぜひお勧めしたい一冊です。≫
▼ こうなるか、癌で壮絶死をむかえるか、今の私に出来ることは、日々を
 味わうしかない。どのみち、少し早いか遅いだけ。それでも奥さんが優しい
人のようだが・・ 本人は、このスーパー闘病記を、自分の愛読者に読んで
もらうことが、慰めのようだ。私のエッセイ『事業人生を決心して・・』
の続編として「その後、脳溢血で倒れてと、この事態になった」と
吾が身に例えて読むと、他人事でない内容である。

・・・・・・
6011,『超一極集中社会アメリカの暴走』
2017年08月30日(水)
   * アメリカ分断の大元は
 図書館から『新潮45・6月号』を借りてきたが、面白いリポートがあった。
【世界を呑込む「超一極集中」社会〜アメリカの暴走」を著者が解き明かす―
 上位0.1%の超富裕層がすべての富を牛耳り、ますます金持ちに
 (小林由美)】のレポートがあった。
 〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった〜
  〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった…
【 アメリカ“強欲資本主義”の現実
 <池上彰が『超一極集中社会アメリカの暴走』(小林由美・著)を読む>
      
・アメリカのトランプ大統領による予算教書が五月に提出されました。
アメリカの大統領には予算編成権がありません。予算を編成するのは議会。
そこで大統領は、「こういう予算を組んで欲い」という要望を予算教書として
提出するのです。 トランプ政権は所得税や法人税の大幅減税を打ち出して
います。金持ちほど大幅に税金が戻ってきますが、庶民には恩恵がありません。
その一方で、貧しい家庭に食料を支援したり、低所得者が医療を受けられる
ようにしたりする施策は予算が大幅にカットされます。去年の大統領選挙で
トランプに投票した支持層が打撃を受ける予算案です。金持ちは一段と金持ちに、
低所得者はさらに生活が困窮していく。アメリカの現状を象徴する予算案。
金持ちの一極集中が進むアメリカ。書名通りの事態が進行しています。
・アメリカの所得格差が大きいことは日本でも知れ渡っています。国民のわずか
1%の人が富の大半を所有している。そういう認識を持っている人が多いと思い
ますが、もはやそんな状態ではないと著者の小林由美さんは指摘します。
上位0・01%の2014年の平均年間所得は2009百万ドル(約32億円)という驚く
べき数字です。上位0.1%で見ると平均所得は6百万ドル(約6億6千万円)ですが、
上位1%で見ると、126万ドル(約1億4千万円)に下がります。 過去の歴史を
見ると、1980年代以降、上位0・1%の所得は増え続けているのに、それより
下位はほとんど増えていないという現実があります。
・こんな格差社会で我が子を「勝ち組」にするには、質の高い教育を受けさせる
必要があります。そのためには幼稚園から私立に入れる。ところが私立の幼稚園
の学費は日本円で年間300万円。私立大学の四年間の学費は計3300万円。
いったい誰が払えるというのか。もちろん奨学金制度はありますし、学費ローン
を借る手もありますが、大学卒業と同時に多額のローンの負債を抱えることに
なる若者も少なくありません。「大学を卒業して社会人として第一歩を踏み出す
時には、多くの人が既に多額の借金を負っている。これがアメリカの現実です」
・こんなアメリカで繁栄を謳歌しているのが金融業です。資金を集めて投資する
ファンド。その周辺には、アナリストやトレーダー、ブローカー、投資顧問、
コンサルタントなど数多くの人が群がります。「こうした介在者の増大が金融
サービス従事者を増やし、その人件費と利益が金融サービス業の付加価値として
国内総生産(GDP)に現れ、不動産金融も含めると、金融サービスはGDPの12%
近くを占める主要産業になっています」
・強欲資本主義の支え手である富裕層は、自らの利益のため政治家に接近する。
「民主党は都市の進歩派富裕層やハイテク産業から政治資金を得て、都市部に
集中しているマイノリティを取り込み、共和党は重厚長大産業やエネルギー、
金融界から政治資金を得て、中西部や南部に集中している貧しい白人を取り込んだ」
アメリカという国が分断されるわけです。アメリカという国を分析する著者の筆法
は鋭く、ときにアメリカに対して絶望的な気分になりますが、他方でアメリカの
強さも知ることができるのです。(池上 彰)

▼ トランプ大統領になって以来のアメリカの分断は、この本を読むと、理解
 出来るようだ。10年前に、同じタイトルの本を出している。出だしからして、
<アメリカ人は4種類しかない。超金持ちと、仕事のプロと、貧乏人と、社会的
 落ちこぼれだ--。>である。この現実が社会問題にならないのは、誰もが、
アメリカンドリーム、「いつか私も大成功し… 」の妄想があるため。現在の
日本も、同じ傾向になっている。 情報機器も含め4割が情報関連を占めている
現在、若い人は、何はともあれ上質な情報と知識に対し、敏感であらねば。 


7501、閑話小題 〜シナリオとして、さて如何なる…?

2021年08月29日(日)

   * 朝日新聞が、去年の今時には翌月9月がピークと…
 まあ朝日新聞が、去年9月がピーク…?と、報じていた。その辺りが限界かも
しれないが、現実は新たに、より強力なデルタ株が置き換わっただけで、拡大
基調は変わない。問題はワクチン効果だが、これも、どうも期待過剰の感がある。 
実は独裁者にとって、パンデミックは権力補強になるため、有利に働く。
 あの2009年の豚インフルエンザが如何なったか調べたら、イメージが「豚」
が悪いため新型インフルエンザと変わっただけと、つい最近知った。 現在は、
この流感が並行して拡大していることになる。新型インフルエンザ、これまでの
インフルエンザの新型とイメージが先にたつのを政治利用しただけ…? 
 世界は異常に反応しているだけ…? 

  〜Amazonの投稿より〜
≪ 100年前にパンデミックが起きた。新型コロナウイルスに対する、今の
 私たち1人ひとりの受け止め方や、指導者を含む社会の混乱は、100年前と
ほとんど変わっていないことがわかる。100年前に起きたことで、なぜ世界で
2,000〜5,000万人もの人が亡くなったのか、まだ人類は全貌をつかんでいない。
そこに今度現れたウイルスに対して私たちが出来ることは、この100年間に
たいへん様々な進歩があったのに、ほとんど変わらないのだ。
 未知の病原体であり、どれだけ伝染しやすいか、どうして重症化するか、どう
変異するか、まだよくわからない。しかも感染に気づく前に次の感染者を生む
性質があり、拡大抑制がきわめて難しい。すぐに使える確かな治療薬はない。
多大な労力と設備を要する対症療法しかなく、たちまち逼迫の危機に直面する。
「予防できるワクチンは、まだない。」 いたずらに開発を急げば、一生残る
副作用という別の災厄を生む。だから、100年前と同じで、まずは隔離しか
方法がない。100年前はどうだったか。実はうまくいった例があった。
だが、多くは手遅れか的外れで、甚だしく悲惨な結果だった。
 著者の歴史学者は、このパンデミックのさなか第一次世界大戦の戦時パレード
が各地で行われ、市民が多数集まって感染が拡がったことや、大戦を終結させる
ベルサイユ条約の締結交渉中に、感染への配慮がされなかったため、主要国首脳
らが相次いで罹患し、正常な政策決定を阻害したことを指摘している。
これらの経験が、あのパンデミックの後、市井の人を含む社会に教訓として共有
されていない。それを著者は、原題の「Forgotten Pandemic」に込めた。
このまま私たち1人ひとりが感染を防ぐように行動を変えなければ、程度の差は
あれ、同じことが起こる。「現在一時的に在庫切れ」は非常に残念。いや、
読むべき人たちが買い求め、いままさに読み込んでいるのだと祈りたい。 ≫
 ―
▼ 何だか訳が分らないことになってきた。異常反応しているだけという
 ブラジル大統領の言い分も、なる程と一考の余地が有りそうだが… 中国の
反応が全く消えてしまったのは、大災害時の、国家による情報管制の可能性すら
有りうるということ。毎日、毎日、被災者数の発表も、大げさといえば大げさ
過ぎると考えてよいのでは…? 医療崩壊と、恰も、救急医療自体が崩壊した
ような騒ぎぶり! 何かがおかしい? と言いだせない島国の特性もある。

・・・・・・
7107,閑話小題 〜タイミングが良すぎ、安倍退陣
2020年08月29日(土)
    * ドラマ仕立てのような…
 無責任体質の日本の政治家たちの結末は、これだったのか! 安倍首相の7年
8ヶ月の数々の汚職疑惑と、アベノミクスの失政、東京アリンピック誘致の判断
ミスの責任等々と、パンデミック拡大の激務を、大腸炎の悪化で仕方なく退陣!
の物語、見事としか言いようがない。さすが長年に亘って政権を維持してきた
歴史ある保守本流。黒子が表に出てきて白子?を後ろに隠すとは…(笑))
 …阿部の背中に全てを乗せて御隠れとはドラマ仕立てのように出来過ぎ! 
黒子として、菅官房長官が最適か? 短期として、副首相が繋ぎに徹した体制か。
副首相と官房長官は、同体として見做されるため、石破が適当か? 私が陰の
力を持つなら、後者だが、政治は感情で動くから、これは難しい! アメリカの
意向もあるし、喜劇の寸劇とみると、これは面白いと冷笑してはいられない。
俯瞰してみるに…現在は地球規模の大災害の最中で、この一週間が勝負になる! 
地球規模からみると、第三波を加えた三次世界大戦の可能性も出てきた。
 ―
   * 政治家を引退したが、橋下も面白そうだが…
 この時節、20c的な体質を潰す滅多にないチャンス!政治家を引退したが、
橋下も面白い! 野党と自民党の革新派が組めば、出来ないことはない。しかし、
政治家の手順能力は未知数が問題。それ以前に、現実問題から、ほど遠い話!

・・・・・・
6740,閑話小題 〜映像社会、そのすえ恐ろしい時代
2019年08月29日(木)
   * 怖ろしいかな映像社会、…気の毒?としか
 昨日の朝のこと。 朝方の3時半に、目が覚め、ブログを書上げた後、雨の
ため、信濃川への早朝チャリは休止に… そこで民放のニュースをみたところ、
4人の駅員と、4人の高校生と、止めに入った小母さんとの入乱れたトラブルの
映像が流れていた。ネット上で拡散された映像ネタである。 ところが最後に、
それが地元・長岡駅での出来事と初めて知った。 
 さっそくユーチュブで、「長岡駅 キセル少年」で検索すると、あるある。
何と36万回のフォローというから、他のサイトを加えると数百万に拡大? 
としても、少年たちは、あまりに悪質、かつ安易で、運が悪い。キセルで全国区
ニュースで放映とは。とはいえ、10人近くの現場の迫力ある映像は見応えが…
 それを逆に食ってかかるとは… ユーチュブの映像は顔が丸見え。地元の
?業高校生で、飲酒をしていたとか。 名前も直に拡散するのだろうが… 
スポーツジムでは、誰もが知っていたようだ。映像や写真で撮られてなければ、
些細な地方駅でのキッセルトラブル。問題は、スマフォで撮影され、全国区の
民放で流され、拡散されたこと。その上に、名前も、在籍している高校名も、
ネット上に載せられてしまったこと。更に悪いのは、ここは閉鎖的城下町で、
退学に至る可能性もある。 チンピラも、ヤクザも、フマフォや、隠しカメラ
の中で、恐喝、強請りがますます難しく、日陰に追いやられてしまう。 
 考えてみれば、厚労政務官 上野宏史衆議院議員が 口利きの要求を秘書と話し
あっている現場の録音をされて公開され失脚した。これも逮捕に至るだろうが… 
これでは、利権?による集金も、おちおち出来やしない。暴力団事務所には、
下ネタを含めたすっ飛ぶような、危ないネタが数多くあるのだろうが… 。
 特に酔っ払いの皆さま、ご注意を! ある意味で、世間体も必要ですか?

・・・・・・
6377,閑話小題 〜人間たる由縁は「想像するちから」 〜2
2018年08月29日(水)
      <チンパンジーと人間との違いは想像するちから
               |松沢哲郎・動物心理学者、霊長類学者>
   * 持ち運べる言語(情報・経験を)を獲得

・・・・・・
5645,不幸な国の幸福論 〜
2016年08月29日(月)
         <不幸な国の幸福論  2009/12/16 加賀乙彦 (著)>
   * 幸福を阻む考え方・生き方
 著者が東京発大阪行きの新幹線に乗車したところ、典型的な上流と
思ぼしき上品な奥様方3人のグループがすぐ後ろの席に場所を取った。
ご婦人たちは京都に着くまでの時間、大きな声で“会話”の話が著者の
耳に飛び込んできた話題を紹介している。  〜要約すると〜
《・「ご主人、部長になられたんですって? さすがねぇ」
・「さすがどころか、やっとなのよ。○○さんはもう役職待遇なのに」
・「でも同期の中では二番目に早いご出世だって聞いているわよ。羨ましいわよ。
 息子さんは○×大学だし、お嬢さんもご結婚が決まったそうで」
・「主人の母校の△△大に行かせたかったのに落ちちゃって。○×大も悪くは
 ないけど、義姉のところの子供たちが△△大出て外務省だから肩身が狭いのよ。
 それに娘の相手がねえ。ウェブデザイナーとかいう仕事なんだけど専門学校
 しか出てないの。フリーランスだから不安定だし、ご実家も借家住まいで・・」
京都駅で降りていく三人組は、それぞれブランドのバッグを持ち、ブランド
らしき服やアクセサリーで着飾っていた。 夫は難関大学出身で、日本有数の
大企業で働いているらしい。 住んでいるのは東京・世田谷の高級住宅街。。
 著者は「快楽の踏み車」の言葉を用いている。 カゴの中で踏み車に乗って
ぐるぐる回転するハツカネズミ。そう自分で自分の欲望を果てしなく肥大化させ、
疲れ切ってしまう人間たちを重ね合わせている。
 与えられた理想形「これこれの条件を満たせば幸せになっる」を疑うことの
ない人は、そのレールの上は走れても、レールから一歩はずれたら、自分が
どのように考えて進んでいけばいいのかわからなくなる。外的価値に拘れば、
束の間の満足と引き換えに、永遠の二十日鼠の、快楽のふみ車をまわし続ける
ことになる。》
▼ 面白い内容である。私が5年前の会社整理をした時に、外的価値に縛られ
 一生を終えるハツカネズミと、ドブネズミに罵声を浴びせられた。しかし、
ネズミはネズミと分かっているから平然としていられる。新潟駅前のチンピラ
に何度も暴言罵声を浴びせられてきたが、これ以下の連中と確信できるので
超然としていられる。
 家内が某女子大の県内の地元OB会で、大小規模の経営者婦人たちとの会話は
大同小異で、こんなもの? オーナー会社の御婦人が中心もあり、少し違うが、
亭主の力関係が、そのまま当人に跳ね返ってくる。それを何とも思わないのが
家内の特性。幼少期の幾かの習い事のベースと、受験高校に在籍、地方の子女に
人気の女子大(短期)を卒業。実家の仕入先のメーカの茶汲みを丸の内でして、
その直後、私と見合い結婚。 割引新幹線で年に10回は東京名所巡りが趣味。 
40回近い秘境・異郷の修羅場をくぐってきた経験がある。そこで、遥かに違った
人種とのやり取りの経験も多々ある。 「あなたの状況がどうして? 私には
関係ないこと!」の開き直りがある。 開き直りは私にも無いではないが、
遥かにドライときている。 元もとサラリーマン系ハツカネズミの単一思考
など何もない。5年前に「もしか、原信のレジをしなければならないの?」と、
する訳が無いのに、至って超然。この程度は、彼女にとって、幸せを阻止する
要因でない。単一の理想系すらない。生まれ、楽しみ、その時が来たら、死ぬ。 
こういうのを幸福形(系)の人という。 それにつけても、私は何をしてきた?
 以下の「うさぎちゃん」みたいのも、存在しているのに。
・・・・・・
5280,「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー
2015年08月29日(土)
      ーその時、言葉は私の「神」となるー  中村うさぎ
         〜心肺停止になって考えたこと! (新潮45/6月号)
   * 二種類の私と、純粋な自我
 死に際を経験すると、傍目に縛られすぎてきた自分に気づかされる。
そして、裸の己を直視し、それを言語化し、それに従うことが、自分の真実を
生きることと、著者は悟る。 死線を漂うと、虚無の彼方から、宇宙の向こう
側から、小さな世界に縛られている自分を客体化する視線を持つ。
 その実体験から得た、重層の心の構造を、醒めたタッチで解体する。
≪ 心肺停止の数日前に私は別人格になっていたらしい、という話を以前に
 書いたと思う。 ・・誇大妄想的な発言を真顔でしてみたり、「魂が抜けて
言葉だけ残った空っぽの中村」になっていた。あの時の私はいったい何者だった
のだろう、と今でも時々考える。あの頃の私は別人になっていたわけではなく、
自意識とかいうものを一切失い、純粋な「自我」のみになっていたのでは。
私が「私」と言う時、そこには二種類の「私」が混在しているように思う。
・ひとつは「他者から視られている私」という「客体としての私」で、
・もうひとつはデカルト言うところの「我思う、ゆえに我あり」的な
「主体としての私」である。
「客体としての私」は「自意識」に支配されており、
「主体としての私」は「自我」そのものだ。たとえぼ「世界を救う」などと
いった壮大にして荒唐無稽な使命感を私が意識の底に抱えていたとしても、
それが他者の目にどんなに愚しく狂気じみて映るかを知っている「自意識の私」
は決して人前でそのような発言をしないし、何とか己の意識下に無理やり、
その人格を封印してしまうだろう。だが当時の私は、そのような他者の視点で
己を視るというスキルが崩壊していて、頭に浮かんだことを自意識の検閲なしに
ぺらぺらと喋っていたのだった。まさに「我思う、ゆえに我あり」だ。
私が思考し、私が語るから、私は「私」の存在を実感する、という感覚。
そこに他者は介在しない。他者を通して自己確認することもない。
私という主体を中心に世界は存在し、自分の存在価値など問う必要もない。
「価値」などという相対的な概念が最初からないのだ。なんと単純明快な
世界だろう。アダムとイヴが他者の目を気にして己を恥じたり隠し立てしたり
することもなく、素っ裸で歩いていた「エデンの園」そのものではないか。
「自我の私」のみで生きるということは「エデンの園」に戻るということである。
他者の評価に怯えることもなく、己の存在価値だのに悩まされることもなく、
獣のように天衣無縫に生きられる楽園の生活。が、その代わり、社会性は著しく
失われる。自意識が高度に発達した現代社会で、このような人間は生ていけない。
生きていくことを許されない。 ≫
▼ 先日、一番上の義兄の葬式に参列した。地元の名士?の中で、精一杯、
 背伸びをして生きた人だった。表面的な人付き合いに生きるのも、それは
それで、一つの生き方である。それぞれにとって、中味は別として、それが
全世界である。ただ、自意識に支配されている、「客体として私」を、
「主体としての私」が、見つめ、「自意識過剰」を「自我」がコントロール
する基盤が必要となる。それが教養である。「独り」を「独り」で楽しめる
素養は、家系を含めた長年の蓄積が必要となる。城下町は、それは有り余って
いる筈だが、変化を嫌う体質が、「独り」の世界を小さく変質させてしまう。
・・・・・・
4915,閑話小題  ー宝塚歌劇団「ブスの25か条」
2014年08月29日(金)
  宝塚歌劇団には「ブスの25か条」なる教訓が舞台裏に貼ってあるという。
 右側の⇒は、私が真逆にした「美人の25か条」。
  これはスターの内的要素の骨格である。
 「ブスの25か条」           「美人の25か条」
1.笑顔がない            ⇒ 常に笑顔で
2.お礼を言わない          ⇒ 前回のお礼の挨拶から
3.美味しいと言わない   ⇒ 美味しい、嬉しい、楽しい、幸せを口癖に
4.精気がない            ⇒ 精気を満たす
5.自信がない            ⇒ 自信を持てる何かを持つ
6.愚痴をこぼす           ⇒ 愚痴は言わない
7.希望や信念がない         ⇒ 希望と信念を持つ
8.いつも周囲が悪いと思っている   ⇒ 周囲のお陰様に気づく
9.自分がブスであることを知らない  ⇒ 自分の程度をわきまえる
10.声が小さくイジケている     ⇒ 声が大きく溌剌としている
11.なんでもないことに傷つく    ⇒ 何ごともケセラセラと楽天に
12.他人に嫉妬する         ⇒ 他人の美点を凝視する
13.目が輝いていない        ⇒ 何ごとにも興味をもつ
14.いつも口がへの字の形をしている ⇒ 笑顔を心がけて、口元を上げる
15.責任転嫁がうまい        ⇒ 元は此方、そのまま結構の心がけ
16.他人をうらやむ         ⇒ 人を賛美する
17.悲観的に物事を考える      ⇒ 楽観的に、そのためには教養を
18.問題意識を持っていない     ⇒ 常に問題意識を持つことを心掛ける
19.他人に尽くさない        ⇒ 人の役にたつ生き方を
20.他人を信じない         ⇒ 信じられるだけの知識を持つ
21.人生においても仕事においても意欲がない ⇒ 積極一貫の心かけ
22.謙虚さがなく傲慢である         ⇒ 謙虚に、注意を常にもつ
23.アドバイスや忠告を受け入れない⇒アドバイス、忠告を聞き、受け入れる
24.自分が最も正しいと信じ込んでいる   ⇒ 唯我独尊の人から学ぶこと
25.存在自体が周囲を暗くする  ⇒ 光り輝くよう、自分を磨き続けること
▼ 老いるとは、人間としてブスになっていくプロセス? 無知で我ままなら、
 誰もがブスの要素が多くなる。とすると、これは戒老録にもなる。タカラ
ジェンヌが光り輝いて見えるのは、内側からの輝きを心掛けるため。物理的
貧困と精神的貧困は「貧すれば鈍す」で、『ブス』になりがちになる。 
それと無知!これを常に自覚していないと、左側の要素が増えていく。
タカラジェンヌのミニスターを、まず彼女たちは演じることから始まる。
そして大スターの道をめざし、日々、努力をする。 
幸せへの道しるべ!である。


7500,シネマ観賞 〜『鳩の撃退法』

2021年08月28日(土)

   * なかなか味わい深い内容 …『鳩の撃退法』
 他の映画と、これを迷った上に、こちらを選択してみたが、これが正解。
息をつく暇もないほど惹きつけさせる何かが貫いていた。最近はYouTubeを
中心にみているので、ショートの一発モノになる。映画とは、そもそも、様々
な構造が重ねてあるのを一とずつ、解き解いていくもの。 これだけ丁寧に、
一枚一枚、剥いでいく展開も有りである。何やら、人生の最終コーナーでか、
生き急いでいる我姿を意識せざるをえないのが実感。このパンデミックは、
多くの要素が加味されて、人生に何を求め、何を信じて良いものかと我われの
目先に展開させてくれている。

  〜まずは…ネットHP解説より〜
≪ 直木賞作家・佐藤正午の同名ベストセラーを藤原竜也主演で映画化。
 都内のバー。かつて直木賞を受賞した天才小説家・津田伸一は、担当編集者の
鳥飼なほみに執筆中の新作小説を読ませていた。その内容に心を踊らせる鳥飼
だったが、津田の話を聞けば聞くほど小説の中だけの話とは思えない。
 この小説が本当にフィクションなのか検証を始めた鳥飼は、やがて驚きの
真実にたどり着く。
 謎めいた小説家・津田を藤原、津田に翻弄される担当編集者・鳥飼を土屋太鳳、
津田とコーヒーショップで出会った日に失踪したバーのマスター、幸地秀吉を
風間俊介、津田の行きつけのコーヒーショップ店員・沼本を西野七瀬、彼らが
暮らす街の裏社会を仕切る倉田健次郎を豊川悦司が演じる。
監督は「ホテル ビーナス」のタカハタ秀太。
 ――
●クズな“だけ”じゃない! “巻き込み型”の藤原竜也
 「カイジ」シリーズにより“日本一クズな役が似合う俳優”という地位も手に
入れた藤原竜也。本作でも冒頭からチンピラにボコられ、金欠で困窮し……と、
期待にたがわぬ堕落っぷりを見せてくれるが、そこにとどまらないのが本作の
藤原竜也の魅力である。
謎の偽札事件に巻き込まれたクズ男に見えて、実は事件のコントローラーを
握っているのは彼自身! 緻密な計画で周囲を自らの“ゲーム“に巻き込んでいく
という「デスノート」の夜神月役や、「22年目の告白 私が殺人犯です」の殺人犯・
曾根崎にも通じるトリッキーな天才タイプの役柄であり、いわば“これまでの
藤原竜也のハマり役をいいとこ取り”した「そうそう!こんな姿が見たかった!」
といえる唯一無二の魅力的な役となっている… ≫
 ―
▼ 実際は、さほど哲学的な内容でもないが、それぞれの個性が見事に浮き
 出てる。 自らも含めた人間の一生とは、この程度のモノでしかない!
ということ。

・・・・・・
7106,閑話小題 〜7月末が、ピークだった?
2020年08月28日(金)
    * なに〜、呆けたか朝日新聞?
 数日前の朝日新聞・一面に、『国内のコロナが7月末がピーク』とあった。
【 ―8月21日-政府の分科会は21日、
 おもに7月以降の新型コロナウイルスの感染拡大について「全国的に見れば、
ピークに達したものと考えられる」との見解を示した。新規感染者の発症日は
7月27〜29日ごろをピークに緩やかに下降…】
 もし、そうなら、この騒ぎは何だった?と、思いつつ読返すと…
「第二波が…」の話。これでは、誰もが誤解する見出し! 
そんな甘いものではないのに… 大部分の人は事実や、真実を自分が望んだ
情報に書きかえる強固なバイアスを持っている。この秋口には、間違いなく
大きな第三波が到達するのが間違いないのに… この記事の見出しはない!
国からの援助を貰えるまで貰って廃業時期を探る日々だろう。厳しいのは、
これが地球規模にわたっていて、長期にわたること。理想的な特効薬が仮に
出来たとして、普及するには数年は必要になる。この7〜8ヶ月で、世界中で
惨劇が続いてきたが、それが、まだ序盤!経済困窮や、戦争問題で、権力者は
実権を得て方向を見間違えていく。 白人対有色人種の対立軸を持ちだし…
 朝日新聞の見出しには、明るいニュースで、少しは希望を持たせようとする
上から目線が見え隠れする。
  ―
 こうなると、リタイアをした身には、現在の日常が、そのまま、現役世代に
一般化したに過ぎない。今さら、海外旅行も行けないし、免許証の返済を
云々しているので、新しい車も欲しいとも思わない。美人を見ても、トキメキ
もなし! 晩酌に黒ビールを飲んで、美味いツマミがあれば充分! 
一万年前の「農業革命」で、人間は群れと、知恵を使って、地球を身勝手に使い
放題。そして本格的にオゾン層を破壊してきた咎が、ここで一挙に出てきた!
 こうなって、初めて、これまでの生活の好い加減さに気づくことになる。
3密が持て囃されていたのが、何とことはない、その行きついた先が、これ!
  ―
 世界中の人たちがマスク着用を始めて、マスクが服装の一部過化すると、
口と鼻が性器に思えてきた。マスクはパンツの役割… 下を隠せば、上も当然… 
ここを隠すと、見えてくるのは目と、全身のバランスのみ。帽子を被ると、
化粧の必要もない。イスラム教徒と、身を覆う服装。マスクはイスラム教徒の
顔版になる。このパンデミックは、当然、世界恐慌をもたらす。
 〜で、例のごとく、一年前の文章に丁度良く、つながる!

・・・・・・
6376,閑話小題 〜人間たる由縁は「想像するちから」 〜1
2018年08月28日(火)
        <チンパンジーと人間との違いは想像するちから
                |松沢哲郎 ・動物心理学者、霊長類学者>
   * 想像力は感激、感動から
 今さらだが、人間たる由縁は「想像するちから』である。霊長類学者が
語る論は説得力がある。想像の力は、異質との出会いと邂逅から生まれ出る。
それが発達、発展して人間は万物の霊長と言われるようになった。 人間は
一万時間を一つに集中すると、専門能力が形成されるという。そこで、毎日、
一テーマを自らに課して17年。二万時間をブログに投入し、蓄積をしてきた。
「馬鹿の考え休むに似たり!」の休息にいなっていた? 何かを得たか?の
問題ではない。休まるのである。 得た一つが、集中の継続から得た想像力。
夜半の半睡眠かgら起床し、書きかけのテーマの内容を考える。
ふと【検索】で、「チンパンジーと人間」を入力すると、面白いのがあった。

≪ もっと簡単な方法は外国に行くこと。外国に行き、外から日本を見れば、
どういう国かすぐわかる。これと同じように「人間とはなにか?」という問いを
立てられたとき、人間に近いチンパンジーという「アウトグループ(よそもの)」
を知れば、人間がより深く理解できます。
 地球に住む数千万種類の生命のなかで、いちばん人間に近いのがチンパンジー
であるというのが、21世紀の人類が到達した理解です。ヒトゲノムが2003年に、
チンパンジーゲノムも2005年に解読されました。これによって両者のゲノム
塩基配列が98.8%同じだとわかった。新しい人間観が生まれるなかで、いちばん
重要なアウトグループがチンパンジーなんですね。
 人間とあまり変わらないチンパンジーと、私たちはどこが違うのか。
人間の特徴は「想像する」ということです。チンパンジーは未来を想像しない
から絶望はしませんが、人間は容易に絶望する。でも、絶望するのと同じ能力の
「未来を想像するちから」があるから、人間は希望をもてる。私たちは必ず
死にます。だけど、自暴自棄にはならない。「毎日をよりよく生きよう」と
思うのが人間で、そう思い、希望をもつように進化してきたのです。≫

▼ 過って霊長類学者にして京都大学総長だった山極 壽一(1952年〜)が同じ
 ようなことをいっていた…。 松沢氏は、人間が有している「想像力」に注目。
ところで米国合理主義に、プラス思考を発展しイメージを豊かにすることで、
自己育成をするプログラムがある。 またヨガを最初に持込んだ中村天風も。
その理念『積極一貫』の中から「想像力」を育成する効果を説いている。
『想像する能力』は、感動、感激する心から生まれ出る。大自然でもよい、
世界的芸術作品との邂逅でもよし。感激、感動は、その瞬間、対象と同化する。

・・・・・・
4172, 木を見る西洋人 森を見る東洋人
2012年08月28日(火)
 * 認知科学者は間違っていた? 
       「木を見る西洋人 森を見る東洋人」ニスベッド著
 最近になり「自分が理解していることは、言葉で説明すれば相手は理解して
くれているはず!」が、私の思い込みに気づいた。人間は知りうる範囲で理解
しているだけだが、自分が理解している範囲とは違うのである。 
「自分が真実と思っていることと、真実は違う」のである。真実と思っても、
思い込みのことがあまりに多い。今まで国や文化や肌の色や宗教によって世界観
が変わっても、人間がものを考えるために用いる道具は同じと誰も疑わなかった。
「ものごとを知覚したり、推論するために用いている道具は同じである。
論理的に正しい文章は、日本語も英語も中国語であれ、正しいことに
変わりはない。だが、もし、それら全てが間違っていたとしたら、認知科学の
大前提を覆ることになる。」と、いう。
緑の原野で、何を見て、何を信じてきたのだろう。 
 ー以下の部分は、その部分ー
≪ ヨーロッパ人の思考は「対象の動きは(それが物体であれ、動物であれ、
 人間であれ)単純な規則によって理解可能である」との前提で成り立っている。
西洋人は物事をカテゴリーに分類することに強い関心をもっている。なぜなら、
分類することによって、今問題となっている対象にどの規則を適用すればよいか
がわかるからである。また、問題解決に当たっては形式的な論理規則を適用する
ことが有効だと信じている。これに対して、東アジア人は対象を広い文脈のなか
で捉える。アジア人にとって、世界は西洋人が思うよりも複雑であり、出来事を
理解するためには常に複雑に絡み合った多くの要因に思いを馳せる必要がある。
形式論理学はほとんど問題解決の役には立たない。実際、論理にこだわりすぎる
人間は未熟だとみなされることもある。私は心理学者として、これらの主張が
革命的な意味をもっていると感じた。もし彼らが正しければ認知科学者は
間違っていたことになる。つまり「人間の認知はどこでもみな同じ、ではない」。
人文・社会科学諸分野の研究者たちは、明確にそれと言わなかったが、実は
思考の本質について非常に重要な主張を行っていた。
 第一に異なる文化の人々は、世界の本質についてそれぞれの根本的
  メタフィジックスな信念、彼らなりの「形而上学」を有している。
 第二に、それぞれの人々に特徴的思考のプロセスには大きな違いがあること。
 第三に、そうした思考プロセスは、世界の本質についての信念に合致したもの
  であること。言い換えれば、人は自らの世界観に合致した方法で世界を
  認知するということである。 
注目すべきことに、社会の構造や人間観というものは、それぞれの社会に生きる
人々がもつ信念体系や認知プロセスと非常によく合致しているように思われる。
アジア社会は、集団や周囲の他者との協調を重んじる傾向があると言われる。
こうした特質は、アジア人が文脈を重視して広い視野で世界を眺める傾向を
もっていることや「出来事は極めて複雑なもので、その生起には多くの要因が
関係している」と信じていることと合致。これに対して西洋社会は、個人主義的
でお互いの独立性を重んじる傾向があるとされる。こうした西洋人が特定の事物
を周囲の文脈から切擁して観察する傾向をもっている。≫
▼「アジア人が文脈を重視して広い視野で世界を眺める傾向をもっている
 ことに対して、西洋社会は、個人主義的でお互いの独立性を重んじる傾向が
あるとされ、西洋人が特定の事物を周囲の文脈から切り離して観察する傾向を
もっている。」ことより、「気を見る西洋人、森を見る東洋人」という本の題名
になっている。同じ森林を見ても、これだけ思考の仕方が違ってくる。
また一神教の欧米と多神教の東洋人とは、同じ現象でも受け止め方が違って当然。
それと、好き嫌いという感情で違ってくる。「世界についての考え方は根本的に
ひとつである」 大前提が違うとすると、文明の相克はあって当然。
争いは永遠に続くことになる。

・・・・・・
5279,「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー
2015年08月28日(金)
         <その時、言葉は私の「神」となるー中村うさぎ著>
       〜心肺停止になって考えたこと!(新潮45/6月号)
   * ナルシシズムと自己愛と、自尊心
 下の文章の初めの10行は、この数年の私の状況と気持ちそのもの。
状況からみて、人間の弱さを知っているためもあって、うつ病に陥らないため、
毎日の生活習慣を良好に保たなければ、自己愛も、自尊心も地に落ち、粉々に
なってしまう。全身全霊で日々を過ごさないと、あのゾンビのような魂の抜け
殻になってしまう事態は、むしろ、ベストである。 なるほど、
女無頼漢作家の言葉だからこそ、説得力がある。〜その辺りから〜
≪ 読者諸氏は私の文章を読んで「最近の中村は躍起になって自己肯定しようと
しているな」と思っていることだろう。そのとおりである。私は今、崩壊した
ブライドを必死になって立て直し、なんとか生き続けている。
何しろ「おまえなんかいらない。おまえになんか価値はない」と言い渡されて
しまったのだから、私の自己評価は地に堕ち、生きる意味も理由も見失ったのだ。
 それでも今後行き続けるためには、なんとか自分の人生の価値を再確認し、
生きる理由を見つけ出さなくてはならない。「私は生きてていいのだ」と自分
を納得させなくてはならない、そうでなければ私は死の誘惑に負けてしまう。
人はナルシシズムゆえに己を見失うものであるが、自己愛や自尊心といったもの
を失っては生きていけない。この「ナルシシズム」「自己愛」「自尊心」の違い
については私なりの定義がある。
・まず「ナルシシズム」の語源は、ご存じのように、ギリシャ神話の美少年
ナルキッソスで、彼は水に映った自分の美しさに恋い焦がれて死んでしまう。
そう、これは「愛」ではなく「恋」なのだ。我と我が身に陶然と惚れ込んで、
正しく自分を見られなくなってしまう。我々が恋人に自分の幻想を投影し、
相手の本当の姿を正しく見られなくなるのとまったく同じ構造である。
 ゆえに「ナルシシズム」とは「自分に恋すること」だ、と私は定義ずる。
・では、「自己愛」とは何か。「ナルシシズム」が「自分に恋する」ことなら、
「自己愛」とは文字どおり「自分を愛する」ことであろう。となると「恋」と
「愛」、の違いが、そのまま「ナルシシズム」と「自己愛」の違いになる。
「恋」が己の幻想に目を眩まされて盲目となる状態であるのに対して、「愛」
はより客観的な視点を持つ。相手の欠点も、きちんと見えていて、そこも含めて
愛するのだ。それは寛大さや公正さを含んでいる。したがって、「愛」は「恋」
よりも利己的ではなく独占支配的でもない。この「恋」と「愛」は非常に混同
されやすい感情である。たとえば「母性愛」の言葉で表現されている感情は、
私に言わせれば必ずしも「愛」ではない。盲目的で排他的な母性愛はもはや
「愛」ではなく「恋」に限りなく近いものであり、「ナルシシズム」の延長
線上に位置するものだと感じる。このように紛らわしく似て非なる存在である
「ナルシシズム」と「自己愛」をきっちりと分けて考えると、おのずと我々に
とって必要なものは何であるかが明確になってこよう。
 我々はナルシシズムから極力脱却しようと試みる一方で、正当な自己愛を
失わないよう気をつけなくてはならない。自分をしっかりと見つめ、その弱さも
醜さも受け容れて愛すること…それが自己愛のあるべき形であろうと私は思う。
己の弱さや醜さを受け容れられずに目を背けたり美化したり、逆に激しく憎悪
したりするのは、すぺて「自己愛」ではなく「ナルシシズム」の仕業だ。
 自分嫌いは自分好きの裏返し、と、私は以前、子ども向けの自著で書いたが、
自分を憎んだり嫌悪したりする気持ちはじつはナルシシズム過多の証なのだ。
理想の自分、幻想の自分に恋するあまり、現実の自分を受け容れられない。
このようなナルシスティックな自分嫌いは、己の価埴を貶める行為であり、
いつまでたっても正当な自己評価には至らな仏のである。
・次は自尊心について考えてみたい。自尊心とほ、これまた文字どおり、
目分を尊重する気持ち」である。誰かに不当に賠められたりした時に傷つく
のは、この「自尊心」だ。「不当に」と言った、のは、それが正当な批判で
あれば、自尊心は傷つかないからである。自尊心はナルシシズムではなく、
公正なる自己愛によって裏付けられる。他人「批判されてカーッとなるのは
ナルシシズムだ。自己愛は、それが正当な批判でなければ謙虚に受け容れ、
的外れだと感じれば冷静に反論する。ただ、批判ですら根も葉もない誹謗中傷
に関して、それがたいてい陰口という形をとるために反論する機会すら与え
られず、自尊心が深く傷つく羽目になる。私はずっとナルシシズムによって
盲目⊂なることを恐れ、その一方で正当な愛を培おうと努力してきた。
それが成切したとはいわないが、少くともその切口の区別は常に意識していた
し、拙いながらも己の弱さや醜さと対時し、受け容れようと心がけてきた。≫
▼ 「ナルシシズム」が、異常に強い女性を身近で見かけるが、それが、
その人を。そして傍の人を、傷をつけていることに気づかない。
「ナルシシズム」は、「自己愛」「自尊心」と似ているため、混合してしまう。
その危険性に、無頓着過ぎることが、大きな悲劇を呼びよせることになる。
・・・・・・
6009,閑話小題 〜駐車場事故は3割!
2017年08月28日(月)
   * 大手大橋をヒキチャリをして…
・先日、スポーツジムに、ヨガ予約・チップを取りに行った帰りの駐車場内で、
80歳半ばの老女が自転車に乗ったまま、突然、飛び出してきた。「危ない!」と、
思わず叫びながら急ブレーキを踏み、1m手前で辛うじて停止、事なきを得た。
その横道は一時停車の文字が書いてあるが、痴呆症が入った風で… 今まで、
無かった経験。雨だったら間違いなく事故っていた。
「交通事故の3割は駐車場事故」と聞いていたため、特に注意をしていた。
老女をひけば、ほぼ運転手側の責任になる。しかし、これでは避けようがない。
自動車運転の経験もなく、痴呆症が入った老女の自転車運転は、恐ろしい限り。
・半年ぐらい前に、同じSC内のスーパーで買物をした後、駐車スペースから
バックで出ようとした際に、80歳半ば過ぎの老人が運転席の前を横切った。
「ならば相方がいるはず」とバックを一瞬控えて、後ろを見ると、その連れ
合いらしき老婆が飛び出してきた。その直後、「もう、運転を止めよう。
前期高齢者が、後期高齢者を轢いてしまうケースになるところ!」」と、
真剣に考えてしまった。
――
   * 世の中、喜びや悲しみで満ち溢れている
 雨のため、早朝のポタリングを休んでいたが。昨日は大丈夫だった。
早朝の自転車散歩は、心身にとって、非常に良い。昨日の朝、大手大橋を
ヒキ・チャリをしながら、「この辺りから… 不明だった少年が飛び降りた
のでは?」と思うと…。 人生の深淵を垣間見る思いであった。
 来春は高校に入学、その3年後に大学で上京し、色いろな人と出会い、
酒を飲んで、人生を語り、殴り合い、旅行に出て、恋愛をし、失恋をし、
就職をし、結婚をして家庭をつくり、挫折を重ね、泣いて笑って、数限り
なく感動し… などの全て失ったのである。 もし自分の子供だったら、
両親の気持ちは如何ばかりか。人は、ただ生きているだけでも充分だが、
それは、生抜いてきた人の言葉。


7499,閑話小題 〜この数年分のテーマ日記を読返してみて…

2021年08月27日(金)

   * 9年前の‘地軸様’を読返して見て…
 過って書いた文章を読み返すと、書くという行為の意味深さを思い知る。
因が当日の自分で、縁が読返している自分。そこに新しい視点を得ることで、
因縁が生じることになる。以下の去年分を読返すと、そのまた8年前の己と
対面する。その時点時点に、自己完結しているため、内なる当日の自分が、
当日の何人もの自分と出会う面白さ。票集めと、政治資金集めに忙殺されて
いる政治家などは、感慨深いはず。際どいバランスの上で、日々、過ごす中で、
後になって気づく権謀術策など複雑だろうに!
 ――
   * これを書くにあたり、過っての随想分を読返してみて…
 2012年8月27日に… <4224, 閑話小題 ー地軸様>を書いていた。
そして、昨年の同月同日に、その大橋の歩道で自殺未遂の生現場に出会った
経験を記録風に記していた。毎日、出歩いていると、色いろな小さな出来事
に遭遇する。それが今ではYouTubeに変っている。出歩く先は、それぞれ各地
の自然だったり、ミニ事件。面白くないわけがない。だが、1人の生死を分かつ
問題なら別物。
 ――
   * 衝撃的なヤツレはてた姿に…
 モーニングショーの常連キャスター役で、度々、見かけていたタレントが、
衝撃的なヤツレはてた姿に変りはてTV画面に現われた。このコロナ禍は、後あと
残るため、若者がかかると大ごと。 それが周知されてないのが大問題。
人間として呼吸が出来ないことが一番辛い。あの姿が、その全てを伝えている。

≪ タレントの野々村真さんが8月25日、YouTubeで退院を報告。
 7月31日に新型コロナウイルスへの感染が発表され、症状が悪化した
ため8月5日から入院していました。
 退院したとはいえまだ本調子からは程遠いようで、すっかりやつれ、
声もかすれたままながら自分の言葉で退院を報告した野々村さん。
「入院中は精神的にも肉体的にも苦しい日々が続きましたが」と入院生活を
振り返り、“命を救ってくれた”医療従事者の献身に感謝しています。
 野々村さんは関係者やファンへ向け「本当にご心配おかけして申し訳ござい
ませんでした」と謝罪。今後も芸能界で頑張っていきたいと復帰へ向け意欲を
示した。
 野々村さんの姿に
・「まだ喋るの辛そうなので無理はしないで」「痩せたしまだ全然本調子では
 なさそう」とファンからは心配の声が殺到。 SNSでは
「やつれ具合見てコロナがより怖くなった」
「ガリガリで衝撃を受けたわ」とショックを訴える投稿も見られました。
「無理せずお身体大切にしてください」「ご自身のお身体を第一に考えて
ゆっくり社会復帰して下さい」とあたたかいメッセージが寄せられています。≫

・・・・・・
7105,閑話小題 〜自殺未遂の生現場にて−4(そこは、エネルギースポット)
2020年08月27日(木)
    * 偶然にしては、奇遇!
 翌日、その場所に、引きチャリで歩いていると、大手大橋を運動も含めて
深呼吸しながらヒキチャリをして歩く私の「エネルギー・スポット」の時空に
気づいた。ブログ内検索をすると、8年前にテーマとして書いていた。
擬人化した地球の芯を『地軸様』と命名した一番の心休まる友人! 傍から
見れば変だろうが… その後、ある映画で、「地球の芯にエネルギーを発電
するマシーンが出てくる場面があった…」 幼稚だが、地軸様と同じ発想で、
瞑想そのもの! 般若心経を唱えている時と同じ心持ちである。
 飛び降りようとしていた女性が坐っていた場所が、そこと翌日、その場に
立って初めて気づいた次第! 水面の流れを見ながら、地軸様との対話。
そこには、水鳥が群れをなして、羽根を休めたり、雲雀、カッコウなどの
鳴き声が聞えてくる。水面の流れは、生臭い私に関係なく、この先も変わらず
続く! あるのは、「いま、ここ、わたし」の永遠の、この瞬間だけ!
浮び、消え去る想念は、泡沫の妄想! 
『徒然草』は『 枕草子』とならぶ「古典日本三大随筆」に数えられる。
<… よどみに浮かぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまり
たるためしなし> の書き出しで移り行くもののはかなさを語った随想記。
 ――――
4224, 閑話小題 ー地軸様 
2012年10月19日(金)
   * 地軸様
 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の
上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら
シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。
そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって
気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた
ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」
「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、
「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも
よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と「即自」
の掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な道路拡張
工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、電動
アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋を
一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。
それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。
ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを
しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。
「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時
 は360度のパノラマを味わえよ!」、
「もっと深い呼吸をしな!」
「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、
「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、
 感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。 

スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら
運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した
地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。
知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、
私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」
でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。
問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、
このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。

・・・・・・
6738,閑話小題 〜「老いの可笑しさ」ですか!
2019年08月27日(火)
   * 過って70歳過ぎの老人を、冷ややかに見ていたが…
 老いていく日々は、何やら時代の隅に追いやられていくようになる。
それでも毎日、自分でたてた少し過密ぎみのスケジュールを熟して8年半も経過。
厳しめでないと、良からぬ過去を想いだし、捉われ、行きつく先は、老人性鬱に
なる危険がある。行き先に夢があるでなし、逆に遣り残し感などの壁も想い出て
こない。とはいえ、茫然と立ちつくす事態が何時くるか分らないが、その不安感
がほぼ無いことが我ながら不思議。どのみち、何れは誰もかも死ぬのである。
考えても如何なることもなし! なら考えないで、TVに、ネット・サーフィンに、
スポーツに精を出すしかない。平凡の日々の中でも、けっこう、起伏が存在する。
最後は自問自答で、内省の自己対話で納得する。

 けっこう、このテーマ日記の、習慣と、蓄積が杖かわりになっている。
背後に広がる膨大な世界の直感が、人間には必要と日々、痛感する。 毎日、
真面目くさっている割に、大した内容でないのは、解ってはいるが、この程度の
習慣をしてなかったら、どうか?と思うと、決して無駄ではないはず。好き放題
してきた割に、致命的失敗に至らなかったのは、その都度、知識と情報を得るか、
知っていた御蔭で、助かったことが多々あった。萎びた老人の頭には、豊穣の
感情と経験が果てしなく存在している。その老人になってしまったが、心は、
全く受け付けない。時どき、腰の曲がった老人をみて、腰痛で辛うじて歩く姿が、
自分に重なる。

 面白いのが、40歳、50,60、70歳の峠から眺望する下界が、違って見えること。
それも、過っての自他の心情も、後になって初めて気づくことが多い。それと、
新鮮な感覚が、内なる魂から吹きあがってくる経験。これほど内的、外的に
世界を経験できるとは、思っていなかったことも事実。しかし、その背後には、
底知れぬ膨大の世界と宇宙が直感できる。

 この時節、何といっても生命誕生以来40億年来の『情報革命』に、遭遇して、
経験していること。10年100倍、20年で100×100=1万倍、30年で1万×1万=1億
の情報量の増加の恩恵を現に受けているのである。これは現実社会の岩盤を
日々刻々、壊し続けている。そして、AIたるものが、人間社会を支配するとも
言われ出してきた。AIが、逆に人間を利用し、世界を統治する可能性が、2045年
問題としていわれている。これから10年先は想像を絶する世界が待っている
のだろう。 10年、20年、30年前を振返ると、これから先が、思いやられる。
面白く、刺激的だが、その中で生抜くことは、何ともスリリングである。
そうこう考えると、ひと回り年上の「従兄」の切実な願望… 
「あと10年、生きて、1億×1億= ? の世界を見てみたい。いや、如何か?

 ……で以下に、また偶然、脈絡として丁度良い内容が、控えていた。
それにしても、不思議! 行ってみたいのは2045年。いや、まず2029年である。
寝たきりの可能性もあるため… バーチャルリアリティもあるから、それでも?

・・・・・・
6375,閑話小題 〜行ってみたい時代
2018年08月27日(月)
  * いまないものに憧れて
 朝日新聞‘beランキング’に『行ってみたい時代』のテーマの記事があった。
私の生きた時代が太平洋戦争の敗戦半年後から現在までの72年に至っているが、
人生のメインを、この時代に乗れただけでも非常に幸運である。右上がり経済と、
バブルの高揚。おまけに「第二の敗戦(バブル敗戦とデフレ)を味えたのだから…  
  〜私の行ってみたい時代?
『現在の年齢のままだったら 20年後! 加齢するなら 10年後!』
『過去限定なら… 5〜9歳と、20歳代、50歳代後半! それと大正時代。』

  〜記事の一部より〜
< あのころはよかったなあ。最近そんな言葉をつぶやいてばかりいるあなた、
 タイムスリップができ、過去に戻れたら、いいと思いませんか?
「歴史はくり返す」と言います。過去へ行けば、歴史の謎が解けるかも。
で、日本のどの時代へ行ってみたいですか?
「どんな時代へ行っても、命の危険はなく、無事に現在に戻ってこれるものと
します…」 遠くの平安、江戸など遠い過去の中で、ここで1、2位を占めた
のが「近い過去」。
・第一が高度経済成長期(1955〜73年)。50代以上の世代、特に男性が多い。
・次が「バブル期」1989〜92年)。こちらは、女性が多かった。
「遊びも、恋愛も、仕事も楽しかった。もう一度、無茶してみたい。」
・3位が、「平安時代」(794〜1185)。何と平安時代が300年もあった。
 ここまでが300票前後で、
・4〜5位が幕末(1853〜68年)と、江戸後期18C初頭〜1853年)、両者とも
 200票半ば。>

▼ 自分が終戦の半年後に生れて、廃墟の中から、経済成長期に。
 そしてバブルとバブル崩壊で経済敗戦で、デフレ経済を20数年経験した。
世界は1992年のソ連・東欧の崩壊、2001年の9.11テロから、イスラム教と、
キリスト教国の本格的戦争が始まり、現在に至る。 日本経済未だに経済敗戦
のショックから抜出せない。団塊世代の鏡い蓮⊃討鮓て育ったが、その下の
世代は、それを知らない為に、憧れるのだろう。比較的恵まれた?家庭環境に
あったことも含めて、ベストに近い人生環境であった。一つ間違えると、朝鮮、
ベトナムのように、国を二分され… もう二度とこない国家繁栄のピーク時代に、
生きてこられたのである。今では、日常的に、地震、台風、火山とたて続きに
発生している。それは国家としての財政基盤を大きく削ぐことなるが、何故か
誰も直視しようとしない。 で、親の代の「竜宮城」のおとぎ話の名残りに、
憧れるしかない。味わい尽くした私たちは、沈黙するしかない。
 しかし、よく出来たもの。科学技術の進化が、情報化という時代をもたら
してくれた。そこに情報格差という大問題が、生れている。未来、現在だけで
なく、過去の情報も鮮明に映し出し、次世代に提示する。我々の世代に少ない
のは、近未来の情報化がもたらす恩恵。羨ましい限りだが、未来は少ない。
「いま無いのが、見えてきた近未来の情報社会」 その狭間に私たち世代が
立たされ、消え去ろうとしている。近未来の一端を毎日、味わっているが、
羨ましい限りである。
 「上を見れば限がない、横をみれば情けない、下を見れば底がない」 
まさに周囲の情報がリアルタイムに知りざるを得ない哀しみと喜びを
味合えるのも余裕があればこそ。何も知らないのも生き方のひとつかも!
時代の変遷も、情報環境も、人生も、驚きの連続。 夢見ているよ

うである。
 「辛うじて楽しんでいる」というのが実感。
両親、特に父親が、戦中、戦後の混乱の中で、倫理的に厳しく過ぎた? 
反動を、私に向けてくれた感があった。その上に、この時代である。
・・・・・・
4546,閑話小題 ー小学、中学校の同級会で、どうしてるの?
2013年08月27日(火)
  * 小学、中学校の同級会で、どうしてる?
・・・・・・
5278,「読書の腕前」 ー
2015年08月27日(木)
          〜「読書の腕前」岡崎武志著 ー読書日記 〜
   * 独りの楽しさと、読書
 半世紀近く、早朝と午前中の読書の時間は、私にとって至福の時間である。
これに30年まえからウォーキング(7年前から自転車散策に変更)が、15年
前からネットが加わった。これと秘境ツアーの蓄積が、人生の財産である。
 読書に関しては10歳までの習慣化が必要と言われるが、その割りに、
底が浅いのは、20歳辺りで、ようやく面白みを知ったため。〜その辺りから〜
≪ 「いまの日本には楽しみがあふれているのに、楽しみ方が下手だ」
 谷川俊太郎の『「ん」まであるく』というエッセイ集のなかにある言葉だ。
たしかに、余暇というと多くの人が、ゴルフへ行く、家族でディズニーランド
へ出かける、ショッピングセンターへ買物に行き、ついでに食事もする、
というかたちで時を過ごす。それが悪い、と言うのではない。しかし、
あらかじめ用意された場所や装置がないと、時間がつぶせないというのでは、
「楽しみ方が下手」と言われても仕方がないだろう。このことを、もう少し、
谷川の文章に添って考えてみたい。 ー続けて、こんなふうに言う。
「文学、芸術に関する限り、私たちは楽しさよりも先ず、何かしら
〈ためになること〉を追うようだ。楽しむための文学を、たとえば中間小説、
大衆小説などと呼んで区別するところにも、自らの手で楽しむことを卑小化
する傾向が見られはしまいか。感覚の楽しみが精神の豊かさにつながって
いないから、楽しさを究極の評価とし得ないのだ」と。
 ここ数年のベストセラーリストを眺めていると、自己啓発本がつねに上位を
占めている傾向に気づく。多くの人がいまの自分に満足できず、なにかを変えた
がっているようだ。スキルアップを図り、それを仕事に結びつけて出世したい。
本もそのため「役立つ」なら読む。そういう気持ちがリストから透けて見える。
出世を願う気持ちを否定することはできない。しかし、本一冊を読み、いきなり
自己を変革しようというのはあまりに安易だ。そして、なにか「ためになる」
ことがないと、本に手を出さない姿勢もいびつだ。それもこれも、「本を読む」
ことのほんとうの楽しさを知らないから、いつまでたっても即効性を願う本
ばかりに手を出してしまうのである。 本は栄養ドリンクではない。
「つつしむことのできぬ精神はひよわだ。楽しむことを許さない文化は未熟だ。
詩や文学を楽しめぬところに、今の私たちの現実生活の楽しみかたの低の浅さも
表れていると思う」と、谷川は言う。また楽しみはもっと孤独なものであろう、
とも。恋人と、あるいは大勢の仲間といっしょに音楽を聴いたり、映画を観たり
するのは楽しい。しかし、その瞬間だって、その楽しさを腹の底から感じる
のはいつだってひとりの自分なのだ。
 いつも誰かといっしょでないと不安で仕方がない、ひとりでいるのはみじめ。
だからケータイやメールで他人とつながって生きている。こうして孤独、という
言葉を恐れるあまり、自分ひとりで感じることのできる力をないがしろにしたら
どうなるか。「ひとりじゃいられない病」にかかってしまい、いつの間にか、
伸び切ったゴムのように魂は弛緩してしまうだろう。
『教養とはつまるところ自分ひとりでも時間をつぶせる』ということだ。
それは一朝一夕にできることではない。「働き蜂たちの最後の闘いは、膨大な
時間との孤独な闘い」 そう書いたのは中島らも(『固いおとうふ』双葉文庫)。
「教養」という、うさんくさく実体のない言葉を、なんとうまく表現している。
「自分ひとりでもうまく時間をつぶせる」人のことを「孤独な人」とは言わない。
なぜなら、その人の時間はきわめて充実しているからだ。私はつまるところ、
「孤独」を克服し、たったひとりで自分の内面を深めるのは「読書」以外にない、
と考えている。 また谷川は前掲書のなかで、自分だけが感じる「楽しさ」を
ちゃんと見つめることが「成熟」だと言っている。≫
▼ 今では、ネットサーフィンという遊び方もある。逆に、誰とでも気楽に、
「ツイッター」や「リンク」で結びつくことが可能だ。それと、自己啓発本に
偏っていたこともある。『教養とは自分ひとりでも時間をつぶせる』という点
では、充分、教養があるはずだが、それが浅いと実感するのは、10歳までの
ベースがないため。その割切りをしておけば、読書の楽しみは増えるはず。
 それよりも、現実社会があまりにも面白い!ということか。


7498,閑話小題 〜スペイン風邪のオサライ! ー

2021年08月26日(木)


   * 伏兵のデルタ株の置換えが…
 このコロナ禍は、100年前のスペイン風邪と酷似していて、これまで多くが
語られている。改めて、ここでテーマにして見ると…
デルタ株の置換えが無ければピークアウトに至っていたが、+二年=合計5年と
考えるのが妥当! …とすると、あと3年は、このコロナ禍が続くことになる。
で、あの、4人組が考える事といえば… 「せ・ん・そ・う」になる。
 ―
≪ ◉ 時は流れて現代、コロナコロナと騒がれて一年以上が経ちました。
 現在わかっていることとして、コロナウィルスが原因であるということ。
半年たっても未だ感染者がいるということ。そして世界での感染者が3550万人、
死亡者が104万人。日本では感染者が8.6万人で死亡者が1600人であるということ。
死亡率で言えば世界が3%で、日本が1.9%であること。世界、日本ともに感染率
は10%には満たないこと。型が変わりつつあるということがわかってきた。
スペイン風邪と似ているところがあると思いますが、違うところもあります。
それは感染者数と致死率。圧倒的にスペイン風邪よりもコロナの方が低いのはまだ
「半年」しかたっていないからともいえます。今後、武漢型からヨーロッパ型、
東京型と呼ばれ方もされていますが、ウィルスは形を変えていきます。
もしもスペイン風邪と同じ道をたどるのであれば、年明けに来る一年後あたりに
第二波がやってくるのでしょう。そして感染者は低いでしょうが、致死率は高く
なる可能性があります。
もちろん、これはスペイン風邪の話です。同じことが起きるかなんて誰にも絶対に
分りません。今現在収束に向かいつつあると取りざたされていますが、第二波
第三波があるかもしれない。収束するには三年くらいかかるかもしれない。
昔よりも、技術は発展していますが、昔よりも人の往来が多くなっています。≫
 ―
▼ この文章が投稿されて一年が経過しているが、当時の筆者の予測より、
 流行は深刻になっている。デルタ株が、まだ発生以前であり、ことは深刻。
二回目の接種もおわり、万歳と思いきや、そう甘い事態ではないようだ。

・・・・・・
7104,閑話小題 〜ついに来た『認知機能検査通知書』
2020年08月26日(水)
    * 認知症ですか…
 75歳誕生日の半年前に、この検査義務があるのは知っていた。これも通過儀礼? 
…70歳時にも各種の機能検査があった。75歳の峠はキツイというが… 腰痛など、
彼方此方の機能障害が深刻になってきた。 本来は免許証の返済も考えべき時節!
同級会などで、疑わしいのが三分の一は居る。痴呆も、神が死の恐怖を軽減する
為に与えた自然現象と言われる。 …車道を『らしき人が』が、信号無視をして
歩いていくのを時どき見かける… 物忘れは多くなり、何かしらの捜し物は日常
行為に… 近辺の80歳越えを見ると、81歳が鬼門。自らが気づかないのが問題。 
口から出るのが愚痴と中傷誹謗が大部分! 老いにはプラス面もある。
自分の人生も、社会を俯瞰する視点が強くなるが、肉体的、精神的歪みが浸透
してくる。
 ―
    * トランプ劇場の結末… 如何なる?
 対立候補バイデンが発した言葉!‘アメリカの闇’って、実に的を得た言葉!
これだけ、アメリカだけに止まらず、世界を混乱に落しこんだ大統領が存在した
ことがない。アメリカが国家的脳梗塞に陥っているのが現状。
【 米民主党全国大会は最終日の20日、バイデン前副大統領(77)が大統領候補
 としての指名受諾演説を行った。バイデン氏は<現在の大統領はあまりにも長く
米国を暗闇で覆い、多くの怒りと恐怖と分断を生み出した>とトランプ米大統領 
を批判し、「光は闇より強い。後世、米国の闇の終わりが今夜ここから始まった
と言えることを願う」と訴えた。】
 ◉ この9,10月が極めて危ない。
ブッシュ同様に、イラン、中国に戦争を 仕掛ける可能性がある。株価の暴落
に加え、このコロナ禍をイランか中国の陰謀を暴く手法も考えられる。
「アメリカとは、所詮は、こんな国!」をシリアスに知らしめたのもトランプ
なるが故の効果。 3〜5年で終わるか、20〜30年モノのコロナ禍で終るか?
「中国の力を今のうちに削いでしまえ」の必定論もある!
テロリストに、細菌テロの絶大な効果を知らしめたのが最大の汚点!
‘私にとっての終末の景色は、これですか’…

・・・・・・
6737,閑話小題 〜ランチ考
2019年08月26日(月)
    * ランチ考
 8月に入って、家内に連れられて、郊外の新規の店に三軒、入ってみた。
・まず一軒目が「ゆず庵」。信濃川の川西の新興のSC内の「しゃぶしゃぶ」の
食べ放題の店。そのランチが、セットで980円で、種類が多くて美味しいと
ジム仲間から聞きつけてのこと。食べ放題もあるが、歳が歳。腹いっぱいの食べ
放題に気が向かず… 取り放題の多くの種類を小鉢に並べて組みたててあるため、
値段の割に豪華。 店内は広くて、高級感がただよう。千円コースでは、合格。
・二軒目が、お盆に、立寄った、家内の実家のある柏崎郊外のイタ飯屋の
「ARCI-GOLA」。売りの言葉が、イタリアが県内でトップと認めた店。なるほど、
炭火焼の釜土で焼き上げただけのことはある。 この数年で、三度、ツアーで、
イタリアに行っているが、決して自画自賛の味ではない。 スパゲッティと、
ピザと、コヒー二杯で、2800円。来年のお盆も、ここにと満足して店を後にした。
・三軒目が、長岡の東バイパス沿いの新しいSC近くのウエストカフェ。
【 ウェストカフェ 長岡店/WEST CAFE (長岡/カフェ)の店舗情報は食べログで
 チェック! 口コミや評価、写真など... ウェストカフェ - アンガス牛はらみ
ステーキランチセットなど.... 新潟県長岡市花園南1-71 OUTDOOR LIFE STORE
WEST長岡 2F. ウェストカフェ 長岡 ... 】
なかなか面白い店だが、経営的に果たして? しかし、噂のステーキは値段の
割には美味しい。自宅から車で10分の至近距離?が、よい。
この話を、そのまま、酒友に話すと、『夫婦でランチを三度も行くなんぞ…
仲の良いことで…』と、冷やかされてしまった。たまたまとしても、言われて
みれば至極、ごもっとも。週一のシネマ館通いの前後に単独で入る、回転寿司、
牛丼、カツ丼、以外、同伴は家内位。 他の何でないだけ、良しとしなければ。
 
 シンプル、シングル、スペシャル、スピード、スタンダードが、まず基本。
ベースはチープもあるが、それでは、冷食を自宅で食べればよいが、それでは
面白味が加わらない。それでも、夜の御付き合いからみれば、数分の一。
年金暮らしを考えると、当然のことですか? それはそれなりに!
 としても、ソフト・ランディングで何とか終えて良かったが、何かドラマ
仕立てが薄れたことが良いのか悪いのか? 良いに決まっているが!
で、‘ランチ考’を書いてます。まあ、ペラペラですか! じゃあ「へらへら」
を書いてみたら。ヒラヒラで、空を舞うことに… 気分は良いはず…。
「ばかばかし!」と、一番思っているのはこの私め。 ブログは慈愛と、
自愛と、自嘲と、他嘲で成立っていると言って過言でない。書いている過程で
思いもしない心の影が、表立つこと屡々。 欧紅の刑事ドラマの定期的視聴者
たる由来が、底から出てくる? それが「分人」ですか。 同月同日の過去文を
読み返すと、得体のしれない自分が、そこに控えているのが納得。 

・・・・・・
6374,閑話小題 〜長岡弁に魅せられて ー4
2018年08月26日(日)
   * 一度抜いた方便を今さら
 ネット上にあった「長岡弁」を紹介してきたが、忘却の彼方の言葉が次々と
出てくるには驚いたが、私自身が気づかない長岡弁を使っている可能性がある。
県外に住んだ経験がないと、標準語を使う機会がないため、方便しか使えない。
前回の続きになるが、まだまだ面白いのがある…

なじら(ね)   : [慣用語]相手の調子やある物事に対する評価を求める。
         「〜はどうですか」に当たる。
なんぎい     :[形容詞]具合が悪い、の意。
ねーなる     :[ラ五動詞]無くなる、の意。
「亡くなる」は  :「のーなる」ないし「なくなる("な"を高く発音)」と
          言い分ける場合が多い。
のめしこき    :面倒くさがり、の意。
馬鹿〜      :[助詞]強調表現。すごく、の意。
          馬鹿はえー  = すごく速い。
冷やかす     :[サ五動詞]食器(ご飯茶碗など)を水に浸す、の意。
ぶちゃる     : [ラ五動詞]捨てる、の意。不要なものを破棄する、
          放置するという意。
ぼっこす     : [サ五動詞]壊す、の意。
もぐす      :[サ五動詞]沈める、の意。燃す[サ五動詞]燃やす、の意も。
やっこい     : [形容詞]柔らかい、軟らかい、の意。物理的なやわらかさ
          を表し、穏やかや融通が利くといった意味では用いない。
よした      :子供に対して、よくやったと言う時に用いる。必ずよした
          よしたと2回言う。 

▼ TVの普及で、若者の標準語に触れる機会が増え、様変わりのようだが。
 まずは言葉が重い。中学校の同期会があるが、確かに長岡弁が多く行うが、
年に3〜4回ともなれば、違和感が全くない。一度、抜いた方言。元に戻ることは
ないようだ。地方が閉鎖的になるのは、言葉の問題が大きく関わっている。
これは日本という国にも言えること。長岡弁の最大の特徴が「〜が」を語尾に
多用すること。 
  これが金沢では、「〜け?」が付く。
「いーけ?」→「いいですか?」
「そーけ?」→「そうですか?」
「かーけ?」→「蚊ですか?」
「きーけ?」→「木ですか?」
「くーけ?」→「食べますか?」
「けーけ?」→「毛ですか?」
「こーけ?」→「こうですか?」
  三重弁では
「〜わや」「〜なん」「〜なんさ」など「そうなの」と相手に確認する表現。
「そうや二〜」「そうなん」→と若い女性が話すと、それは色っぽくなる。
 これらと比べると、長岡弁は、ふくよかさが足りない。(人による?)
土壌が御国言葉をつくるようだ。 … 『シャッコイ雪に数ヶ月もモグサレ、
雪ホゲで身体をぼっこし、ズルのが難ぎいて、のめしこいて、せつねいって』

・・・・・・
5642,閑話小題 〜幸・不幸の実相
2016年08月26日(金)
  * 幸・不幸の実相
 10年位までは、青少年向きのテーマとして、その話題は一般的に避けられて
いた、幸福論、不幸論が表舞台に出てきた。世界的に政治・経済の停滞が、
起因している。 同じ人生で、これほど違うかと思うほど、孝・不幸の差がある。
よくみると、その差は親の愛情と、教養の差にあるようだ。
 人生の甘味、辛さも一通り味わったつもりだが、孝・不幸は、自己責任と、
痛感する。要するに、幸・不幸は起こってしまった現実の解釈と、受容の人生
への姿勢にある。それは長年かけた心のベースから派生する。それが稀弱な人は、
目先に動転、その責任を外に求めてしまう。自分の足で、地べたを踏み込むことが、
出来ないため、同類合い哀れむ群れで屯するしかない。こういうのを蓄群というが、
群れることで、己の思考を放棄するため、 何が問題かを知ることができない。
そして「残念な人生」をおくる。その自覚さえないから、それは「残念な人生」
ではないのだろう。 という論も、羊の群れを馬鹿にする山羊? でしかないが。
――
   * オリンピックも終わって
 リオのオリンピックが、先日、終了した。 メダルの数からして、今回の
オリンピックは、丁度良い塩梅の数。何はともあれ、テロが起きなかっただけ
でも、良かった。 次は2020年の「東京オリンピック」に向けて動き出す。
 目安は金メダルが25個辺りか。オリンピック委員会も、開催国に金をもたらす
追加種目を宛がうのは周知のこと。 4年後は、世界はテロや戦争で、混乱が
激しくなっているはず。 テロの効率からみて、ISに狙われて不思議でない。
 私の寿命は、その辺りと設定しているので、健康状態で迎えられるかどうか。
冬季(12月〜3月)を除いて一日、3時間は運動をしているが、問題は酒量。

・・・・・・
4912,世界の美しいさを一つでも多く見つけたい ー4
2014年08月26日(火)
   * 現場の壮絶! 
 内容は 題名とは程遠く、映画や小説でさえ描写できない現実の凄みがある。
デジタル機器の進化で、生首を刎ねる写真や映像などがネットで流される。
臨検など今では無理。それにしても、このルポは、凄惨で、これが現実である。 
 ーその辺りからー
≪ 話を聞いてわかったのは、LRAの兵士たちのあまりに残忍な行動でした。
 彼らはまず戦力を増やすために村を襲い、食糧や金品を略奪します。
そして村人の中から子供を選び出し、彼らに銃を突きつけて自分の親や兄弟を
殺害させる。「この場で親の首を切れ。そうしなければ、おまえを殺すぞ」
そう脅して無理やりやらせるのです。家族を殺した子供は、村で生きていく
ことができません。兵士はそんな子供たちを連れ去り、部隊の兵士にする。
家族を殺させるのは、子供を村と決別させ、殺人マシーンにするべき通過儀礼
のようなものなのです。子供たちは部隊に入った後、全員が従順に兵士として
生きるわけでありません。途中で逃げ出したり、命令に従わなかったりする
こともあります。そんな時、ゲリラ兵は見せしめのために裏切った子供たちの
鼻や耳、それに唇を切り取ったりします。人間には見えないような容貌にする
ことで恐怖心を植え付けるのです。おそらくこうした事実だけ見れば、私は
LRAのゲリラ兵を「鬼南のような兵士」として描き、彼らにつかまって兵に
させられた子たちを「悲劇の被害者」として描いたはずです。でも、さらに
調べていくにつれ、違う側面があることもわかってきました。
LRAの子供兵の中には、誘拐されて兵士になった子以外に、自分の意思で自ら
兵士になった子もいるのです。貧しい農村で一生暮らすことが嫌になり、銃を
持って略奪をして暮らしをしたいと思っている子供、銃で人を殺して出世する
ことがカッコイイと思って参加する子、もともと反社会的な人格を持っていて、
それがエスカレートして、兵士になることを望んだ子供がいるのです。・・≫
▼ これに匹敵する残虐行為に、ドイツのナチと、カンボジアのポルポトに
 よる数百万単位の大量殺戮がある。北朝鮮も一歩内部に入れば、このような
弾圧が現在進行で行われている。中国文化大革命では1千万〜5千万人が虐殺
されたが、詳細は隠されている。25年前に桂林に行った時の現地添乗員が
『文化大革命時には、この辺りは死体の山だった。それが全国の各村で同じ
ように・・・』と、何気なく話すのを聞き耳を疑った。当時は、日本国内では
タブーで、現地であればこそ聞けた話。 島国で、海で外界から守られ、
平和ボケの日本。グローバル化は、その平和を儚くも砕いてしまう。 
憲法を変えるのは当然のことだが・・ この国では無理?  
〜 また偶然だが、以下の二年前の随想日記に続く! 〜

・・・・・・
5277,「うさぎちゃん」が、心肺停止になって考えたこと! ー
2015年08月26日(水)
       ーその時、言葉は私の「神」となる (新潮45/6月号)
               〜心肺停止になって考えたこと! 
   * 人生の価値とは何か
 生死の境目で、彼女(中村うさぎ)は大きく変わった?
『何を成し遂げたかでなく、如何に生きたか』というが、実は人生は、
『何を成し遂げようとして如何に生きたか』である。ただノンベンダラリ
という生き方も、あるとしても。同じ人生なら、何かを目指し、問題解決を
し尽くし、燃焼した生きかたを私は選ぶ。女無頼派作家が心肺停止で見えた
ことは・・ 挫折、問題こそ価値の源ということ。 〜その辺りから〜
≪ 我々はそれぞれが自分なりの方法で己を表現しながら生きている。
 そもそも「生きる」こと自体が表現なのである。どう生きたかを見れば、
その人物の価値観や世界観がわかる。生きていく過程でどんな選択をしたか、
何を大切にし、何を捨てたか。その選択や行為によって形作られていく人生
こそが、その人の作品なのだ。
むろん、本人が作りたいと望んだ作品と出来上った作品は、似ても似つかぬ
ものになっていることもあるだろう。さまざまな要因によって人生はその形を
変え、思いも寄らない方向に転がっていったりするからだ。
それゆえ多くの者は、人生の後半において「こんなはずじゃなかった」と
臍を噛む想いに打ちのめされる。だが、それでもその人生は、「私の作品」だ。
不可抗力的な外的要因で捻じ曲げられても、そこで我々が下した判断や選択は、
まぎれもなく我々自身のものだからだ。ままならないことも含めて、「人生」
である。そして、その「人生」は、よくも悪くも、我々自身を見事に反映して
いるのだ。 私の人生は、私そのものである。
 このように考えると、「いかに生きるか」という問題が我々にとってどれだけ
重要であるか気づかされる。組織内や世間の評価を得ることに血道をあげようが、
世間に背を向けて自分だけの世界を作り上げようが、それは各人の自由であるが、
その目標のためにどんなことをしたのか、己の中のどの欲望を優先したのか、
その欲望を自分自身がどこまで明確に把握していたのか、そこが問われることに
なるのだと思う。 己の人生を「いかに生きるか」に、我々は責任を取らねば
ならないのだ。・・(略) どんな人生であろうとその人にとってはかけがえ
のないものであるし、何の業績も残さずとも本人か精一杯生きれぱ、そこに必ず
価値が生ずる。問題はその人が何も考えずにだらだらと生きたか、己や他者や
いろいろなものと格闘しながら悩み苦しみ葛藤を繰り返して生きてきたか、だ。
たとえ挫折や失敗ばかりの人生であったとしても、その挫折や失敗は絶対に
無駄ではないのだ。そう、そこには必ず意味も価値もある。
「何を為し遂げたか」という結果ばかりに目を奪われて「どう生きたか」という
過程を見落とすと、この世の多くの人の人生は無価値という結論になる。
何事かを為し得る人間など、ほんのひと握りだからだ。そのような価値観で生き
ていたら、「結果を出さなきゃ自分には価値がない」という強迫観念の虜となり、
己の人生を正当に評価できなくなるのではないか。若い人の悩みを聞いていると、
多くがこの強迫観念に取り葱かれていて、「何者かにならなくちゃ」
「何事かを為さなくちゃ」と焦っている。まあ、若いうちはそういう悩むのも
ひとつの過程と思うが、彼ら彼女らにいずれは気づいて欲しい。
何者にもなれない人生、何事も為し遂げられない人生にだって価値はある、と。
人生は結果ではなく、そうやって答を探して長い長い旅をする、あなたのその
足取りこそが貴重なのであり、その過程の積み重ねがあなたにしか生きられない
この世で唯一無二の人生を形作っていくのだ、と。≫
▼『ご覧のとおり、そのまま、結構!』を、4年前の事業断念時に自分自身に
 対して言い聞かせていた。バブル崩壊が、どれだけ大きな経済敗戦だったかを
見抜けなかったことが、ある。 盤石と信じていた事業が根こそぎ崩壊するのも、
一瞬の出来事。更に同時進行の情報革命も、大きな要素に加わる。
これに9・11テロ、リーマンショック、3・15大地震なら、仕方ない。
面白かったから、まあいい、と思えるのは、何とか避難が出来たから。
『総括として、面白かった!』という実感は、何ものにも代えがたい。


7497,閑話小題 〜スペイン風邪のオサライ −

2021年08月25日(水)

 100年前のスペイン風邪の実情からみて、この世界的パンデミックは非常に
厳しい流行り病である。道半ばというより、三割?の道のりに至ったばかり!
日本のような東洋の孤島なればこそ、危険な部分がある。その中にある世界も
前途多難で、目先に何が起きるか…? まずは、ワクチン接種を普及させて、
拡大を防ぐ、そして普段の生活を、テレワークの普及などパンデミック用に
生活習慣を変えるしか手立てがないのか… 
 そこにデルタ株に進化?した新たなコロナ禍がお目見えし、治まる気配さえ
見えてない。100年前は第一次世界大戦の終戦の切っ掛けになったが、今度は
第三次世界大戦の勃発の可能性がある。そして、関東大震災など自然災害、
経済恐慌など等、ドデカイ黒鳥の鳴声さえ聞こえてきた、
 ―
  〜ネットで『スペイン風邪』で検索すると…
≪ ◉ スペイン風邪は1918年から1920年に流行したA型インフルエンザの感染に
よるもの。 1918年とは第一次世界大戦直後です。非常に昔に感じられますが、
まだ100年経ってないと思うと… 日本が平和であることが尊いと感じます。
◉ またもう一つのキーポイント1918年から1920年に流行したというおよそ
「三年間」続いたと。そしてA型インフルエンザ。今となってはインフルエンザ
を誰でも知っていますし、今年はA型?B型?なんて話も耳にしたことはあるかも
しれませんが、もともとはA型とは鳥を中心に広がっていたウィルスで、人には
関係ありませんでした。それが突然変異して人にも感染するようになり、大流行
してしまったというわけです。少し前に鳥インフルエンザや、豚コレラなど聞いた
ことはあるかもしれませんが、人間も立派な動物です。突然変異したら人にも
感染するリスクがあるので騒がれていた。
◉ 当時の感染者数は世界で6億人、死亡者数は2000万人〜4000万人と…
日本では感染者数が2380万人、当時の日本人口が5473万人なのでおよそ人口の
半数以上が感染、死亡者が22万人から38万人と言われている。 このことから
言えるのは、世界の致死率は3〜7%に対し、日本は1〜2%と低い致死率である。
しかし人口のおよそ半数が感染したという事実もあると。
また先ほど挙げた三年間で、およそ三回の波がきたといわれており、
第一波の感染者数が2117万人、第二波は241万人、第三波は22万人と10分の1ずつ
感染者は減っている。しかしながら、致死率に関しては第一波が1.22%、第二波
が5.29%、第三波が1.65%となっており、第二波は感染者数は減っているものの、
致死率は群を抜いて高くなっており、これはウィルスの型が変わったことが原因
ではないか?とされています。以上がスペイン風邪についてのお話でした。
                          〜つづく〜  ≫
 ―
▼ 己の立場の目線でしか理解できないことは事実だが、あまりに甘いのが日本人。
 この時節にオリンピック開催など、もっての外。開催せざるを得ないから、
猛進しただけのこと。菅総理も、政治的に終了したのは誰の目にも明らか。背後に
アメリカも、トランプの御蔭で昔の栄光は地に落ちてしまった。こんなアメリカを
見るとは、思いもしなかった。

・・・・・・
7103, 閑話小題 〜自殺未遂の生現場にて −3
2020年08月25日(火)
   * 書き足りないので… 昨日の続き
 9年前の会社清算時に精神の危機が無くもなかったが、そこが創業の強み。
失敗した時の計算を入れてある。「身内を会社に入れない」「『個人と会社』を
混同しない」「家内の受けハンをしない」「営業の甘言に注意」「手持ち資金を
持ちだしが半年続いたら、即自、事業撤退」などを公言し、徹底していた。
清算時から、これに「自分の死に時を75歳として、これも公言。実は、これが、
精神の崩壊の特効薬。<どうせ、直に死ぬんだから…>が、殆どの怒り、後悔、
哀しみの毒消しになっていた。
 般若心経の『 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 』とは
<「行こう、行こう、真実の世界に行こう、 みんなで共に行き、仏の悟りを
 成就しよう」という意味 >
<真理を悟った者、ほとけの境地を体現したもの、という意味 …なる程、
『捻りがあればこそ、メビウスの輪として完成する』 死は生の完成の実感とは、
こういう子とか!… と!>

 この12年間、駅東から、川西の信濃川の二つの長岡大橋と大手大橋を一時間
かけ一周しているが、一番のミソが、川西から駅に向かう大手大橋のヒキチャリ。
そのピークが真中の辺り。そこで、地球の軸の一点をエネルギー源の対話相手
として、対峙する私の「ホット・スポット」。そこで、アワヤ、自殺に迷った
女性が飛び降りようとした。これも何かの奇遇か。それに全く気づけないで
通り過ごした私も私! 地軸様に『ほらみろ、御前はこんなものさ!』と…
『何のために生かされているか』…『自問自答が足りないことを自覚すべし!』

・・・・・・
6736,閑話小題 〜映画観賞 ―『ロケットマン』
2019年08月25日(日)
    * ロケットマンの映画評論・批評。
 昨年、大ヒットを記録した「ボヘミアン・ラプソディ」を陰の監督として
完成に導いたデクスター・フレッチャーが続いてメガホンを取ったのは、
英国のロックスター、エルトン・ジョンの伝記映画。「ボヘミアン・ラプソディ」
同様、私にそぐわないホモセクシャルの世界。それが、前作よりリアルに映像化
されていた。としても、ステージは感動もの。アルコール、薬物漬なればこそ、
湧き出てくる? 物語の出だしは、薬物依存症のグループでの、そこまで至る
経緯を暴露するカタチで進行していく。夫婦間の亀裂が、いかに子供にとって、
痛手になるか… そうこう振返ると大家族の末っ子の立ち位置が、いかに恵まれた
幸運に思いがめぐる。 「ボヘミアン・ラプソディ」が、95点なら、これと、
レディーガガ初主演の「アリー・スター誕生」は… 90点。
  
  〜先ずはネット上の幾つかの映画評から〜
《 物語は、エルトンが抱える「誰からも愛されない」という孤独に
 ヒューチャーしている印象。非常に素晴らしい音楽の才能があるのに、
と一般人は安易に思うけど、一人の人間なのです。傷ついて育って、音楽に
身を委ねて、その音楽を通じて知り合った人たちとの出会い別れを経て...
『キングスマン ゴールデンサークル』でそんな思いを、きっとそこまで
言葉にせずともエルトンはタロンに伝えてたのかなぁ、と。
伝説のミュージシャンってほんと人間臭いよね。
だからこそ素晴らしい音楽を生み出してくれるんだろうなぁ。
いやぁもうこうなったら、次はジョージ・マイケル待ちです。
Sir、あなたの曲たちは素晴らしい贈り物です。》
  〜他にも〜
《 本作『ロケットマン』。ロンドン郊外の住宅地で生まれ育った学童期から
 世界的なミュージシャンにのし上がり、やがて沈静化していく50代半ばに至る
エルトン・ジョンの足跡が描かれています。時代でいえば、1950年代から1996年
まで。つまり自伝的な映画です。昨年、引退したとはいえ、まだ健在なのに、
自分の人生が赤裸々に暴かれるなんて……。
 英国人ミュージシャンの伝記映画といえば、やはり大ヒットした
『ボヘミアン・ラプソディー』(2018年)と比較したくなりますよね。それに、
「二匹目のドジョウ」を狙っていると思いますよね。おそらく、そうでしょう。
でも、映画の作りが異なっています。ヒット曲を散りばめているのは同じですが、
ミュージカル仕立てになっているのです。ごく自然に歌と踊りの世界へと移行
していくところが妙で、どことなくファンタジーみたい。そこが本作の売り。》

▼ ここで、やはり「孤独」の問題を扱っている。最たる孤独なればこそ、
 それが人の心に感動を呼寄せる。この年齢まで至ると、それぞえが抱えていた
問題を、語りだす。それぞれの立ち位置の家族の問題が非常に多い。その対処が、
その人生を支配し、時には破壊もし、反対に、起爆剤になる。
 お盆で次男の家族が帰省してきた折のこと。孫娘が大好きなグループダンスを
YouTubeの映像に合わせて踊りだした。それと、同時に息子夫婦も、何時のまに、
踊りだした。そして家内も仲間入り。さすがに私は入れなかったが… これが
家族の原型かと見惚れていた。 家族には満ち足りた愛情が必要ということ。
その温みこそ、互いを温めてくれる優しさ。幼児期に、音楽による情操教育を
如何に取入れてやるか。ともあれ、恵まれた人生で良かったといえる幸運に感謝。 
 <良かった好かった、これで良かった!> が、私の辞世の言葉。
   お目出度いことで… 
 
・・・・・・
6373,閑話小題 〜長岡弁に魅せられて ー3
2018年08月25日(土)
 ネットに、数多の長岡弁があるある。こうして真正面に向合うのは
初めてだが、首都圏の法事などででる話題が「長岡弁」。姉三人が車で20分
以内に住んでいるため、長岡弁から抜出せないようだ。元もと、駅前の繁華街
に住んでいて標準語に慣れていたと思いきや、どうも、そうではないという。
 私の場合、上京をして標準語を使えるまで2年近い時間を要した。それでも
寮生活で日常生活で多くの人との接点が多かった利点があった。 改めて当時
を思いだすと、無意識で標準語を外国語として組込んでいたようだ。それまで
話してきたほゞ全てが癖の強い長岡弁なればこそ。全てが標準語に置換え可能
であった。 福島、秋田など東北各地の地方出は、もっともっと癖があった。
 
 〜ネットにあった長岡弁を二回に分けて、幾つかを紹介してみる〜
あっちゃい、あっちぇー : [形容詞]熱い、暑い、の意。(対:しゃっこい)
あんにゃ、あねさ   :兄、姉の意。
一緒くた       :混ざっている、の意。
いっぺこと      :沢山、の意。
おじ、おば      :弟、妹の意。いずれも"お"を高く発音する。
おっかかる      :寄りかかる、の意。
おっぱなす      :放っておく、放置する、の意
おめさん       :貴方、の意。
おめった       :お前たち、の意。
かしがる       :傾く、の意。
がすごみ、      :屑の意。専ら廃棄物のことなど罵倒語。
かんじん、くゎんじん :卑しい、卑しい人、の意。
きーもむ       :心配する、の意。
げっぽ        :ビリ、最下位、の意。
けつまづく      :勢いよくつまづく。「け」は蹴るの意。
けむ、けぶ      :煙、の意。
豪儀(ごうぎ)     :大変、すごい、(人が)堅牢な、気が強い。
こすい        :ずるい、の意。
こって        :すごく
しゃぐ /しゃつける  :なぐる、たたく、の意。
しゃっこい、ひゃっこい :冷たい、の意。(対:あっちゃい)。
しょーしい      :恥ずかしい、の意。
しょったれ      :だらしがない、の意。
…らすけ、すけに   : [接続詞]「〜から」「〜だから」の意。理由を表す。
ずる         :[ラ五動詞]動く、の意。「電車がずる」は、電車が
           (普通に)動く・進むことであり、脱線の意味はない。
せつない       :悲しい,辛い,苦しい,参った,困ったなど不愉快系感情。
せぼんこ       :猫背
そ(ー)いが     :「そうなのだ」、の意。
そろっと       : [副詞]そろそろ、の意。静かにゆっくり、慎重に、の意。
だまかす       :[サ五動詞] 騙す、の意。
たまげる       :[ラ五動詞] 驚く、の意。
ちっと、ちっとばか(し) :[副詞] 少し、の意。
…らて        :…だよ、の意。
とぶ         :[バ五動詞]走る、の意。
(ん)な        :お前、の意。


▼ 「げっぽ」「こすい」「しゃぐ」「ずる」「ためげる」「とぶ」など、
 数十年ぶりに目にする言葉。特に「げっぽ」は、旧知の友に再会したような気分。
年に数回ある同期会で、ほぼ誰とも会話がない。昔とった杵柄で、「ふんふん」
と聞役になるしかない。御品よくしてるのではなく、恥ずかしくて(しょうしくて)
言葉が出てこない。「こって」「…らすけ」も使えない。よくよくみると、昔ながら
の城下町言葉が脈々と続いているのだ。新潟に通っていた30年で、新潟では多弁に、
地元では無口になったのは、言葉の問題も大きい。使い分ける必然性もなかった。
柏崎出身の家内は、ほぼ標準語。私と家内の両親も、方言は皆無に近かった。
7年半通っているSJの会員の言葉つかいは長岡弁が多いが、気になるほどでない。

・・・・・・
6006,閑話小題 〜随想日記、6000回超え、
2017年08月25日(金)
   * 随想日記も、6千回超え
 千回単位を超えた度に、その時々の実感を書いてきた。この16年と数ヶ月の間、
‘テーマ探し’が、遊びの柱になっている。 凡庸な者が書上げるには、膨大の
時間とエネルギーを使うしかないのが逆に利点になるが、時おり何も浮かばず、
茫然とする。 この下地が20歳半ばにあった。卒業の直後に感じたことは、
「長い人生で、多くの経験をするのだろうが、それを高めるため、現場体験や、
情報をコンパクトに纏める能力( =経験を言葉に変換し、起承転結に完結する
物語化する技能)こそが重要と… そこで会社を辞め、産能大に籍を置き、KJ
法や、創造工学の書を独学で学んで、辿りついたのが、ハガキ大のカード二枚を
ホチキスでとめファイルにし、カードに感想文などを書き、その間に新聞やメモ
を挟み、カードボックスに分類して放りこむ、システムである。それそのままが、
個人HPであり、ブログになっている 16年前に、ネット上のブログとして公開、
外部脳として、活用している。 情報収集に検索と、ネットサーフィンが非常に
有効に働いている。まだ、ブログが出揃う前後で、パソコン教室で「個人のHP」
の共同制作を通して、ネットに別世界をつくり始めていた。現在でも、細菌対策
のバックアップの役割として続いている。これは、ブログ閲覧の10分の1以下
だが、当初からの閲覧者が根強く存在している。6千回も続くのは、それなりの
軌跡があってのこと。批判・批評なら誰も出来るが… 好きにならなきゃ無理。
 2つの合計、350人前後の閲覧者が、今年に入って500人近くに増えた。
少しでも力を抜くと、即、減るため… 抜くに抜けないのが実情。結果、馬鹿
丸出しになる。自覚をしているため、平気だが… 
 要するに、「ライフワークになってしまった」ということ。
――
2014/11/22
閑話小題 ー今日で5000回!
   * この随想日記も5千回
 気持ちを入れた文章は足跡として残る上に、過去の同月同日に、再び、
その時の自分と出会える。5千回は、以前より大きな目安としていたので、
やはり感慨が深い。とにかく続けることだが・・
 この随想日記と、50回の海外ツアー(来年達成)と、新潟駅前事業が、
この30年の大きな行蔵だが、これ、何の価値(意味)があるの?と、改めて
問いなおせば、何もない。ただ、ひたすら生きてきた中で、これがあっただけ。
面白く、厳しい場面が多くあったが、悔いは無い。いや、そう思うしかない。
 読み返すと千回までが大変だったのが見てとれる。 5分遅れでアップできな
かったことが一回あったが、我ながら五千回もよく続いたもの! 
 学生時代に日記と、卒論を書いた以外は、社内報に二月に一度、書く以外は、
殆ど書くことはなかった。それまで本を読みっぱなしで、ダイアリーにメモ書き
で残す以外、感想も、要約も書き残すこともなく、一番大切なことをしてなかった
ことに気づいていた。そこでHPの存在を知り、記憶の雑記帳としてネット上に
公開すればと、思い立った。そこに、通勤途中に開業したばかりのパソコン教室
を見つけて本格的にのめりこんで行った。当時は、まだブログの出だしの頃で、
手作りのHPだった。それが、今でも、エンピツの「随想日記」と、「分類」
として続いている。 そして7年前に、この二つのフォロー用に始めた「はてな」
のブログに、読み手の殆どが移動してしまった。そのことに気づいたのが一月前。 
13年の日時もあって、「ヤフー」のブログを加えると、300人の閲覧。
もっとも、最大のファンは、同月・同日の自分と、未来の自分だが。
アップをした瞬間、その全てを忘れるため、読み返すと奇妙な気持ちになる。
なるほど、言葉は言霊! 「その瞬間の自分は、集中すればしただけ残るんだ!」
を、読み返すと分かる。ーまずは初回からー
――
4000, 4000回の随想日記
2012年03月08日(木)
 
――
3000、3000回か〜
2009年06月22日(月)
 この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。
書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、ただ習慣
だから続けているだけ。確かに、続けているとプラスにはなる。考えざるを得ない
からである。それと、常に何か書く材料がないか注意を周囲に向けるようになった。 
その現場で、キーワード探しと、その組み合わせをするようになっている。書く
ことを職業にしている人は、考えることを職にしていることになるが、紺屋の
白袴で…? ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 
なるほど、今回も同じような気持ちである。ふと、気づいたが、自分とは時間の
経過と同時に広がっているということ。それと、心の底の変わらない‘X’が
魂ということになる。
ーー
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
2003年12月30日(火)
 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。
更に旅行をしていて休んだ一回分の日にちを加えると約35〜40が合わない。
調べてみると206〜222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて
一千回の到着日とすることにした。あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」の
つもりで書いてきた(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。
父親や、祖父がこのような文章を残していたら、実際のところ面白いだろう。
いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が間違いなく
変った。一日一日が本当に充実したのだ。50人位の人に毎日読まれていると思う
と、誰かに見守られているような感覚になる。作家などの物書きが必死になって
書くのも解るような気がする。

 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。


7496,閑話小題 〜小市民的なってきた私めが…

2021年08月24日(火)

   * 週に二回ほどのランチセット…
◉ 年齢による購買意欲、性欲などが減退し、残っているのが食欲と知識欲。
 この二年近くは、コロナ禍で、大好きだった夜遊びも全く皆無になっている。
行かなくても、それはそれで、昼時間と空間の面白さが倍増すれば…
 週・2のランチのうち、一回は家内同伴だが、外食をレジャーと捉える感覚
は家内も同じ。何ごとも楽しめば目出度し目出度しになる。大たいの客単価は、
昼食なればこそ500〜千数百円辺りで済む。夕食が冷蔵庫内の惣菜になるため、
散財感が残らない。このコロナ禍で居酒屋・小料理屋の刺身、肉などが余剰の
ためかお得感が残る。 主に回転寿司、ステーキランチ、牛丼、ラーメン、
カツ丼など。ときには持ち帰りのピザパイを、相方と二食に分けて食する。
 
◉ 地元新潟名物といえば、日本酒に、柿の種、鮭の味噌漬け、枝豆、 芋茎の
 蒸かし、鮭の卵黄の味噌漬け…などが加わる。酒の肴といえば、各国の珍味を
数多く食してきた。 …リタイア前は、万一の備えのため、4分の1はまわす
生活習慣だったが、今では、その必要もない。で、5百…千円の単価習は変え
ようがない。御得ランチが楽しみになるとは、これも老化現象で仕方がないか!

◉ 今年中は国内外の、特に国内の政局混迷が楽めそう。 自民党による顔の
 すげ替はお手のものだが… 政治家は権力、資金を持って何ぼ。両方とも
欲しくなるのは… 分らないでもないが… 
…やはりオリンピックは中止にすべきであった。パラリンピックも強行する
らしい!何でしょうか? 一年前にフランスが強行再開していたら、如何で
しょうか? 有得ない話であるのは自明のこと。結果、政権は倒壊するはめに。

 ――
   * 去年の今頃に‘自殺未遂の現場にて’を書いていた。
 その一週間後に、同じ時間に、自転車で通過すると蜜柑茶のツナギを着た
数人が、川中の茂みを調べていらが… もしか、当人が行方不明でも…
コロナ禍で加えて何か疾患でもあって、勤め先もなくて、一人生活ならば死に
たくもなる。皿洗いなど雑用仕事そのものが皆無状態。まあ、厳しさは今も
昔も変わらない。
 
・・・・・・
7102,閑話小題 〜自殺未遂の生現場にて −2
2020年08月24日(月)
   * 自殺者の9割が間接殺人!
「何でまた、自殺を?」と安直に考えるが、そこに至るまでには、それなりの
理由が構造的に沈殿している! 病は7割はストレスが原因だが、そのことを
多くが知らない。両親の不和が多く、子供には重荷。自殺者の9割が<誰かに
助けて欲しい>と無意識的に望んでいると… 日本も、一時期、年間3万人代が
自殺に至った時期があった。東北大震災で、<2万人の死者>で大問題になって
いるのに、3万数千の自殺が、10年も続いている現実に、何も手立てをしない
のが問題になり、その対策に入った翌年から、劇的に少なくなっている。
「自殺」の過去の推移をネットでみると!

◉【2018年の全国の自殺者数は、17年より723人(3.4%)減って2万598人となり、
 9年連続で前年を下回った。自殺者が2万1000人を下回ったのは37年ぶり。
男性は前年比701人減の1万4125人、女性は同22人減の6473人で、男性が女性の
2倍以上となっている… 
…国内の年間の自殺者は97年までは長年2万人台で推移したが、98年から14年連続
で3万人を超え、03年には最多の3万4427人になった。景気回復や、相談体制の拡充
をはじめとする地域の取り組み強化を背景に、12年以降は3万人を下回っている。
その後、景気回復や、相談体制の拡充をはじめとする地域の取り組み強化を背景に、
2012年に3万人を割って以降は10年連続で前年より減少している。
ただ、世界的に見ると日本の自殺率は決して低くはない。OECDの公表データに
よれば、不名誉にも、98年以降、G7(先進7カ国)のトップを走り続けている。】

◉ 監察医によると< 自殺といわれているものは直接手を下さなくても死に追い
込むという意味では他殺であるということを訴えている。いじめ、家族阻害、
パワハラなど理由は様々だが加害者の方は実感がなく平気で人を殺していると!>
 ―
▼ 2011年の一連でトドメをさされて、実質廃業?に至ったが、そこには、
 当然、誹謗中傷の石ブツケがあった。それらを逆手にとって、禅坊主のような
生活習慣への転用でプラスにして、要は「気の持ち方次第」と…何とか落ち込む
ことが少なかった! どのみち、直に死ぬのだからと問題へ「正・中心・一点無」
にして気だけは強化されいったようだ! その為には、疾しいことをしない事と。
最後の最後に直面するのは、自らの真心だけ! 

・・・・・・
6735,閑話小題 〜10年前には
2019年08月24日(土)
    * 人生を振返って俯瞰すると…
 あまり嬉しい話ではないが、義務教育前に、幼稚園、保育院通いしていたか、
それも名だたる大学の幼稚舎からエスカレーターで、既に大きな差がついている
のが現実。 公立の分別前には、苛めっ子などの問題児が、存在する。
その絶対数の少ないコースを登ってきたかがある。 本当に実力がある人は、
公立の小・中・高校を上りつめた人が多いが、全体として、間違いなく、付属校
のコースの人には、伸び伸びとして、明るく、素直な人が多い。 実は、それが
人生を決めている。 …16〜18歳の多感な青年期に、受験地獄で過ごしたか、
学園生活を謳歌できたかで、一生が違うのは、至極当然のこと。
「条件=原因」というが、成るほど俯瞰すると納得せざるを得ない。
この30年で、中国の一人っ子政策と、自由経済の導入を相まって飛躍的に国家
成長を成し遂げた。共産党員などの一部の特権階級以外の階層の人が、よじ登る
には子供の受験能力を高めるしかなかった、そのことが、結果として短時間で、
あれだけの変容を遂げた。人口の長期低減に加え、骨抜きされた日本。
グローバル化の中で、さて如何なることに! 
地頭という意味での『インテリジェンス』が向上したとは思えないが… 
 またまただが、
<上をみればキリがない。下をみれば底がない。横をみれば情けない。>
できることは、比べないこと! どのみち、死んでしまえば、そこまで!
 … 死ななくとも、「ここ」まで。 好きなこと、好きな人、好きな場所を
早々に見つけて、熱中することしか、ないでしょう。群れていては、腐るだけ。
でも、群れているのが好きなのは、如何すれば? 時どき、群れれば良いが…
 ―
   * 10年前には地元の文理高校が決勝に進出していた
 
・・・・・・
3063,閑話小題 
2009年08月24日(月)
  * 日本文理高校が決勝だと 
日本文理高校が、あれよあれよという間に決勝戦まできた。
国体開催の一月前ということもあり是非とも優勝をしてほしいもの。
今日は県内は大きな盛り上がりになるはず。昨日は県岐阜には勝てないと
踏んでいたが、まさか勝つとは。過去に準々決勝が最高だったから、新潟県
にとっては大快挙である。地元の予選では対戦相手とは段違いの力だったが、
ここまで来るとは思ってもいなかった。彼らナインも監督も同じだろう。 
新潟県は、このところ二度の大地震が続き、景気も最悪の事態の上に、
この天候で稲作も期待できない。優勝でもしたら国体までのつなぎになる。
たまたま今日は飲み会が入っているので、酒の味が美味くなる。
 
・・・・・・
6372,閑話小題 〜 コミック版・トランプ劇場
2018年08月24日(金)
   * お笑いで済まされない危機!
 少し収まりかけていたトランプ劇場、何やら火の手が本格的に上がりだした。
たびたび閲覧する<豊島逸夫の手帖>の『 トランプ大統領、女性スキャンダル  
(2018年8月22日)が、アメリカ国内の緊迫度を紹介している。

《 今米国はこの話題で持ちきり。日本のモリカケみたいな騒ぎで。トランプ氏
 の個人弁護士マイケル・コーエン氏が、選挙資金法違反などを認め司法取引に
応じたのです。トランプ氏のお相手女性に13万ドルの口止め料を払ったと
されています。いよいよ女性スキャンダルからお尻に火がついてきましたね。
当のストーミー・ダニエルズ嬢は今や米国で最も話題の女性でしょう。
60minutes という人気テレビ番組で60分にわたる生インタビュー
が放映された時は、6千万人の米国人が見たほどです。翌日職場はこの話題で
持ちきりでした。かなり際どく生々しい話でしたから。
 この問題がロシアゲート疑惑にも飛び火してます。口止め料についてロシア人
富豪も関わったとされるからです。ロシアゲートを捜査中のモラー特別検察官
率いる精鋭弁護士チームもマイケル・コーエン氏を聴取するようです。
トランプ氏にとってはこれから中間選挙を控える段階で極めて「やばい」ね。
国民の関心をそらすために保護主義などをこれまで以上に激しく展開する可能性
もあるので要注意です。昨晩米国のテレビを見ていたら、NYの裁判所ビルの前
にカメラが並び、コーエン氏が有罪を認めると同時に脱兎の如く記者たちが走り
出てきたので「日本と同じだな」と思いました。これから詳細が明らかになり
事態が急展開する可能性もあるので要注意です。》

▼・寅:出ては消えを繰返してきた、トランプのスキャンダル。くすんだ火の手
  が、本格的上がってきたね。元もと、アメリカ建国の理念を全面否定した泡沫、
  ロシアのスパイ網に助けられ当選したことが衆人が知るところ。
・大家:よくぞ、ここまで持ったことが、アメリカの不健全? ということ。 
  こんなのが大統領に選出されるのが変ですよ。北朝鮮というより、中国とロシア
  がトランプが弾劾される前に、アメリカに痛手を負わせようと打合せた茶番劇が、
  米朝首脳会談。困ったもんだね。
・熊:与野党も、中間選挙の大敗を待っている節があるのは、俺でも分かるよ。
  「これで、自分は相応しくない人材と少しも思ってないから始末が悪い」と、
  ある側近が言ったとか言わんとか。でも、これがアメリカの中核の本音さ。
・八:この男だったら、北が隠密に核開発をしていると決め込んで保身のための
  戦争を仕掛ける可能性が出てきたね。あってはならないことだが、日本が
  丁度良い標的になる。いざとなると誰も助けてくれないのが国際政治。
・寅:だいたい北朝鮮が核廃棄するなんて有得ないこと。国家としての脳梗塞状態
  ですか。いや、このままじゃ脳溢血? ベストの筋書きは、本人が、その病で
  倒れること? 
・大家:「プーチンよ、何てことをしてくれのさ」である。バカなポピリズムを
  最大限に利用してくれたね。年末は何が起きても不思議じゃない状況ですか。
・八:あの肥満度からして、体力的限界も含め、何かあるよ! 

・・・・・・
6005,幸せの確率   −4
2017年08月24日(木)
         ー幸せの確率 あなたにもできる!  
               アーリーリタイアのすすめ ―内山直(著)
  * 地位財・非地位財
     〜幸せになる近道は「非地位財」の追求
 会社清算の結果、「地位財」を無くしたが、「非地位財」が行蔵として残った。 
この感覚は、解りやすくいうと、充実感、達成感の手ごたえで、第三者からは
窺い知れないこと。趣味で手造りのヨットを完成し、世界一周をすれば、目的は
プロセスと満足感。 最後に遭難をして全て失ったも、悔いがないのと同じ。
  〜その辺りの、簡潔な洞察が面白い〜
≪ 幸福について、「持続性」という観点からもう少し考えてみましょう。
 経済学者のロバート・フランクは
・周囲との比較で満足を得るものを「地位財」、
・他人との相対比較とは関係なく幸せが得られるものを「非地位財」と整理。

「地位財」の具体例は、所得や貯蓄、役職などの社会的地位、家やクルマなどの
物的財。一方の「非地位財」は、健康、自由、愛情などです。この2つの違いに
ついて、心理学者のダニエル・ネトルは著書『目からウロコの幸福学』で、
「幸福の持続性が異なる」と論じています。図では「結婚」が両者の間にある。
 これは「結婚」が、「他人に自慢できる配偶者」「家庭を持っているという
社会的ステータス」という意味では地位財であり、「パートナーとの絆」
「家族への無償の愛、つながり」という意味では非地位財だからです。

重要なのは、地位財による幸福は長続きしないのに対し、非地位財による幸福
は長続きする、という点です。「少しでも年収を上げたい」は地位財の獲得を
目指す志向ですが、それでは幸福が持続しません。

それなのに、なぜ人はついつい地位財の獲得に走ってしまう。〔目の前に
ぶらさがった具体的な餌に飛びついてしまう〕のでしょうか。フランクは、
人間は自然淘汰に勝ち残って進化してきた生物だから、と説明しました。
子孫を残すために重要なのは「競争に打ち勝つこと」。だから人間は、競争に
勝つと嬉しくなるようにできている。そのため、他人との比較優位に立てる
「地位財の獲得」を目指してしまう。

しかし現代社会では、生存競争にそこまで躍起になる必要はありません。
平均年収を超える程度までは「地位財」を目指し、それ以降は幸福の持続性が
高い「非地位財」を追求するのが、幸福をつかむ近道かもしれません。 ≫


▼ とすると、本来は、地位財を非地位財に交換するのが目的だったため、
 結果は何であれ非地位財以上?の何かを手に入れたため、サバサバできている。
5年半にかけ、アルツハイマーの母親を看送った51歳から、還暦まで、好きなこと
を遣り尽くすと決心、10年近く捨身で生きた。その時が、非地位財を、さらに
昇華させ消しさっていたことになる。その後、10年少し経ったが、地球の生活が
ますます面白くなっている。いい歳をして、意固地になり、肩肘を張り、比較地獄に
汲々としている「世間人」が可愛らしくもある。その最たる者が内なる化物だが… 

〜ところで、8年前に日本文理が、決勝戦に進出していた〜 
さらに、5年前にはトランプの本を読み書評までしていた。ったく!
 以下、参照… 

・・・・・・
4168, あなたが大金持ちではない10の理由
2012年08月24日(金)
     「あなたが大金持ちではない10の理由」ドナルド・トランプ著 
 アマゾン内のネットサーフィンで見つけた不動産王ドナルド・トランプの著
「あなたが大金持ちではない10の理由」が面白い。
耳が痛いが・・ まず基本的な考えは「お金持ちになりたいなら、
お金を持つ前からお金持ちのように思考しなくてはならない」である。
まず金持ちであるかのように考え振舞うことから始めよ、である。
そう振舞ってもダメなのはダメだが・・・
  ー「あなたが大金持ちではない10の理由」ーとは
 ゝ戮澆鬚箸蕕覆ちゃいけない・・・と思っている
 「休みをとりたいなぁ」と思ったらその仕事はあなたに合っていない。 
  まず自分が好きになる仕事を選ばなくては!
◆/臾欧箸蕕覆ちゃ・・・と思っている
 著者は一日4時間しか寝ない(午前1時〜午前5時)。
 寝る間を惜しむほど仕事に打ち込むことが基本。
 集中力に欠けている
 「私は相手が二、三語話しただけで次に何を話すかがわかる。
  それが出来れば会話をリードできる」 相手に集中する能力。
ぁ.謄ノロジーに頼り過ぎ
 メールでは感情を伝えられない。電話したり、直接相手に会うこと。
ァ〜蠎蠅隆待値を考慮していない賞賛や驚きは相手の期待値により変わる。 
  相手の期待を知って初めて効果があがる。
Α|膣屬僕蠅蠅垢ている
 最後は一人。「どんなことでも自分でできる!」と思い、自分でやるべきこと
 をやらなくては何も進まない。人に頼りすぎると仕事の遂行が遅くなってしまう。
А\功グセをつけていない
 一つの成功は次の成功を呼び込む。まず実際に行動を起こし何かを成し遂げる。
 著者は「彼の触ったものは黄金に変わる」評判がある。
─^媚弖萃蠅いいかげん
 「意思決定は恋人を決めるときと同じように」。 多くの人が意思決定を
 「一目ぼれ」のように扱っていることを嘆く。会議で他人の意見を聞くのは
 「あの子のことをどう思う?」と聞いているのと同じ。意見を聞きつつ、
  注意深く意思決定を進めること。
 家族とうまくいっていない。
 家族はもっとも重要。 家族と良い関係が、基本中の基本。
 好奇心をもっていない
 成功者は何にでも興味を持つ。興味はイノベーションにつながり、
成功の鍵。起きていることすべてに興味を持つこと。
 ▼ 今さら金持ち云々など、関係ないが、それでも道理は面白い。
上手くいっている人は上記はクリアーしている。会社を創業し軌道に乗せるに、
ほぼ上記をカバーしないと不可能だが、それも震災ひとつで、パーである。
  お金は、お金を意識しないで済む程度が一番よいという。年齢にもよるが、
一般的に100万ドルか、一億円が目安。
・・・・・・
3803, 哲学人 ー
2011年08月24日(水)
 ここでもテーマにした吉本隆明の「共同幻想」という言葉がある。

なかった。 とはいえ、この見解は、ある重大な事実を痛感させてくれた。
私は自分でも気づかぬうちに、ー存在しているものは基本的に私たちの考えて
いることに「似ている」、すなわち多種多様なものが存在していると想定して
いたーのだが、この想定には根拠がないことが明らかになった。考えてみれば
確かに、現実の本当の姿はどういうものかをめぐるいかなる意見にも根拠が
ないように思われる。】
▼ 過去を振り返ると、実際あの時の経験は記憶とていて残っている。
 その対象も物理的に残っているものもある。しかし時間は、記憶も、物理的
残存しているものも、容赦なく変えてしまう。そうすると、残っているのは
イメージである。そうこう考えると、ブラフマンの存在こそ、そこから発生し、
そこに戻っていくという考えに、ついつい・・・夢幻でしか!と。
恋愛など、性欲がつくりあげたイメージのダンスでしかない。
ダンスが終わったら・・・ 類推は、いくらでも出てくる。


7495,閑話小題 〜横浜市長選の結果に驚いた

2021年08月23日(月)

   * 昨夜半の大雨は
 成るほど、この数日来の日本各地の雷雨は‘かくあらん‘という程のもの。
背後に崖が迫っている住宅地の住民は、眠れない夜を過ごしたのだろう。
現在のスマフォは、高性能のデジタル機能が付いているため、そのリアルさが
イメージにあるため、恐怖心が倍増する。そこに「平常バイアス」が働くため、
迷いが避難の決断を遅らせる。オゾン層の破壊が、太平洋の海水を吸い上げ、
日本に豪雨をもたらす。
 ―
   * 地方選挙に関心薄い私でも…!
 菅総理のオリンピック開催とコロナ禍対策に疑問を持つ一人として、
この選挙結果に興味をもっていた。そして、案の定、保守系が推薦する候補が
惨敗の結果と、あいなったのは当然といえば当然。 候補の顔ぶれをみて、
これほど有力候補が揃った中で、よくぞ、大差をつけて勝ったもの。横浜市民
の円熟した政治感覚は御見事と言わざるをえない。これで菅総理の二期目が、
ほぼ消えたといってよい! 断定できないのが政治の世界! 野党も、前回の
政権奪取で見事に、その無能ぶりを曝け出してしまった。<自民より、まし!>
と、既に隠れ代名詞になってしまった野党に、誰が任せられましょうか。
このコロナ禍の中で、国際公約を守った手腕は、菅総理なればこそは確かだが… 
    〜朝日新聞… デジタル版より〜
≪ 横浜市長選は22日投開票され、新顔で元横浜市立大教授の山中竹春氏(48)
 =立憲民主推薦=が、新顔で元国家公安委員長の小此木八郎氏(56)や現職の
 林文子氏(75)らを破り、初当選を決めた。
菅義偉首相が全面支援した小此木八郎元国家公安委員長の敗北により、政局は
一気に流動化しかねない情勢となった。 現下のコロナ感染の収束が見通せず、
衆院議員の任期満了まで2カ月を切る中、首相が思惑通りに解散権を行使できない
可能性もある。
 横浜は首相のおひざ元でありながら、自民党をまとめきれずに分裂選挙に
至ったほか、あえて支援した小此木氏を押し上げられなかったことは、求心力
低下に直結する。
 首相の自民党総裁任期は9月30日に迫り、総裁選は9月17日告示、29日投開票
の日程を軸に調整が進む。首相はすでに再選への意欲を示し、二階俊博幹事長や
安倍晋三前首相らが再選支持を表明している。
 しかし「全敗」した4月の衆参3選挙や、過去2番目に少ない議席に低迷した7月
の東京都議選に続く地元での敗北で、次期衆院選を控える党内からは「選挙の顔」
として疑問視する声が高まっている。
 首相が当初描いたとされる総裁選前の衆院解散や、総裁選での無投票再選には
反対論が根強く、首相交代や執行部刷新を求める声に押され、衆院選前の総裁選
実施と対立候補を擁立する動きが本格化しそうだ。情勢次第では事実上の任期
満了選挙に追い込まれる可能性もある。
 一方、「菅政権が問われる選挙」と位置づけた野党側は、4月の衆参3選挙に
続く「野党共闘」での勝利となったことを受け、次期衆院選に向けた共闘戦略の
構築を急ぐ構えだ。(岡村夏樹、北見英城)≫
 ―
▼ 混迷する政治は一歩先は真っ暗闇というが、次は小池都知事を担ぎ出すのか? 
 見る方は面白い、とは言ってはいられない。粒が小さいのが幾らも存在するが! 

・・・・・・
7101,閑話小題 〜自殺未遂の生現場にて
2020年08月23日(日)
   * 大手大橋の真中辺で…
 今朝方の6時過ぎの頃、長岡大手大橋をイオン方面からヒキチャリをして
歩いていると、若い女性が自転車で追い越していった。 その若い女性が、
橋の真中で、一度、自転車をおりて、歩いて20mのところまで行き、欄干に
腰を掛けて下を見ている。大胆なことをしているが、注意をする程でもない
ので、行過ごすと、後ろから誰かが駆け足でやってきて、『何をしているの?
危ないよ!」と話しかけたと同時に腕を握った。そこで、一言二言を話すと、
女性の二の腕を両腕に握り返した。そこに、男の連れが追いつき…
「危ないよ!」と、反対の腕を掴み、欄干から強引に引きづり下した。

 10mほど先で、茫然と見ていたが、その時になって初めて自殺直前だった
ことに気づいた次第。若い女性を挟む形で、両側に寄添い、自転車の置いた
方に逆戻り。私の出る場面も無いので、そのまま、ヒキチャリをして帰って
きたが、やはり、自分も参加すべきだったか、自問自答して帰路についた。
瞬時に、私が声をかけるのが筋だったのでは?が、今でも続いている。
恐らく、警察に保護を要請したのだろうが、そう考えると、私も参加すべき
だったのでは。としても、その男性の語り方が優しく、丁寧で、適切だった!
 まさかね〜目前で、自殺を決行する直前とは! それに比して、何とも
茫然として対応しえなかった自分の自問自答が、数日は続くのだろう!

 女性は、後姿しか見てなかったが、20歳前半から半ば、着ている服装は、
失礼ながら「貧困女子」風。頭への手入れはゼロ。 声は、小さな掠れ声。
家内が曰く… 「二人が居なかったら、助けることは出来なかったのでは?」
そう言う瞬時の判断は出来ている筈だったが、やはり、老いの成せるワザ!
 ところで、飛込んだら、50mの高さゆえに、助かることはない。
<「40m」が、水面での限界>という。このコロナ禍で、何があったのか?
 2人が駆けつけなかったら、飛込んでいた可能性が大! 偉そうな大言を
言っている割に、このあり様。 一生の後悔が残ったはず。
<事実は小説より奇なり>というが… 何がなん時に起るか!

・・・・・・
  ≪ ゴールデンブリッジからの身投げ ≫

先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに、「今なら、シニアなら
無料でDVDが借りられます」と。そこで、借りてきたたのが、『ブリッジ』である。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルに ひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。
 次次とサンフランシスコのゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが
映し出され、遺族や友人が、インタビューに答えている。 このところ、
『大往生したけりゃ医療とかかわるな』や『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の
読書録や、その下書きを書いているので、死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。
 橋の手前で、死のうか迷って考え込み、決断する悲痛な姿が痛ましく映し
出されている。そしてバンジージャンプのように飛び込んでいく。身近の人の証言
では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。生きていることが辛く、死にたいので
ある。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが迷いを生み出す。その中で、一人、
助かった人がいた。背広がうまく風で落下スピードを和らげ、衝撃を小さくした上に、
水中でサメかイルカの背中のようなものが踏み台になり、押し上げられたという。
普通は40Mの落差の衝撃で亡くなるが、このブリッジは66M。 内容は暗く
恐しいが、人間の心の闇が、 身投げを通して浮かび上がってくる。  
   ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。  社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所として知られるゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の
様子をカメラに収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の
様子を映しだそうとしている。映画の中では24人が、橋から66Mの高さから海面に
向かって飛び降りる。 監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、映画の
宣伝効果で自殺者が増加しないように極秘に行った。また、橋の柵に足をかけたら
管理局に通報することをルールとして定めていた。映画は主に橋とその周囲の日常を
撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、遺族や友人、目撃者へのインタビュー、
遺書などから構成されている。 中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報は
インタビューの中の情報でしか語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブル
を抱えていることが分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇している
うちに警官や近くの人に取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、
それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチックな
気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。 県内なら新潟の万代橋か
阿賀野川河口が海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず消えている人がいる
のだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、シリアスすぎて、
実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!

・・・・・・
6734,閑話小題 〜暇人の遊び…
2019年08月23日(金)
   * 庭からカラスを追払う…
 この時節に「カラス」の話題が多いのは、自宅周辺で若いカラスのテリトリー
争いで騒ぐため。 去年の8月22日に、カラスをテーマにした掲載文があった。
一昨年、百円ショップで、ハロウィンの売れ残りの「カボチャのボンボリ」を
玄関先に掲げたところ、暫く、姿を見せなくなったことは、ここで書いていた。
最近、玄関先の電柱の下に、大量のカラスのフン。その上に、2Fへの階段と、
玄関先に数ヶ所も。 …これまでは雨が流しさってくれるが、さてと掃除?と
迷っている内に、お盆が過ぎた先日、大雨が流しさってくれた。 これでは、
カラスの御不浄になってしまう。 そこで再び、古いハロウィンのカボチャの
ボンボリを玄関横に吊るしたところ、逆側の庭に来て騒ぎ出した。 そこで、
使い古しの靴下をペットボトルに被せて、カラスの死体に似せた人形をつくり、
エジプト土産の魔除けの7〜8僂留澤舛量楸棉のガラスを一緒に括りつけ、
ベランダに吊るして様子をみた。 それに加えて、黒いビニール袋を空缶に被せ、
紐を括りつけた首吊カラスに似せて、やはり庭側ベランダに吊るして二日、経過
するが、今のところ近寄ってこない。 まあ、暇人の遊び…
 ―
    * 本命の履正社が優勝
 飛びぬけていた優勝候補の『履正社』が優勝をした。 14時の開始時間、15時
過ぎにイソイソと車載のTVをみると、やはり… 「3対1」。 帰宅後、家内に、
『3対1なら、互角に近い試合になってるじゃないか!』と聞くと、『そうじゃ
ないの!一方的で見てはいられない試合なの。見ていれば分る!』と。
ところが、3対3と、同点に追いついた。しかし、その直後、直ぐに履正社が2点、
勝越し5対3に。『そうでしょ。力が全く違うのは私でも分かるわ』の、展開。
身体つき、顔つき、動作が全くの違いが、そのまま、画面に現われていた。
監督への勝利インタビューが、試合内容と同じで考え抜かれた内容。
『このチームは星稜の奥川投手に育てられたようなもの。奥川か、同レベルの
投手を打込めるレベルまで、負けて以来、練習に打ち込んできた!』と。
これでは、奥川も勝てはしない。 
 今度、大学の優勝チームと、対抗試合をしたみたら? 少なくとも東大は?

・・・・・・
3802, 哲学人 ー�
2011年08月23日(火)
   * 驚きを忘れた人々  (P/29より)
【 あらゆる意味とあらゆる目的がこの世界のなかにあリ、価値と道徳は人間に
よってつくられる、つまり、価値と道徳は社会的・歴史的に形成されるのである。
真実はミステリアスであるとの意見を『彼ら』は理解できず、それゆえ人間の
経験の意味するところは私たちの理解を超えているのかもしれなといった意見を、
まわりくどい戯れ言(その正体はやはり宗教的なもの)とみなした。
私にとってこの態度のどこがいちばんなじみにくく、理解しがたかったというと、
それは私たちが存在していることに、というより、なんらかのものが存在して
いることに驚異(あらゆるものが奇跡にほかならないということ)を感じる
感覚が欠けているという点である。 結局のところ、深く考えなくても、
子どもくらいの思考力さえあれば、私たちの経験のきわめて一般的かつ基本的な
特徴すら私たちは自分では気づいて当然なのに、私がいま述べているような人々は
その点を見抜けなかったらしい。ある種の常識的なものの見方がほぼ正しいという
ことを自明だととらえているようだが、私にとって自明だったのは
「常識は正しくない」ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の
泥沼に嵌ってしまうからである。さらに正直に言うと、「『彼ら』は常識的な
世界観を否定することをばかげているとみなしたけれども、私からすれば、
それを容認することこそばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みない
あいだしかもちこたえ代物だった。はなはだ浅薄であったばかりか、支えとなる
ものはなく、ぽっかりと宙に浮いていたのである。『彼ら』の見解の根本を
問いただしても、そうした疑問はことごとく退屈で的はずれなものとして
退けられた。世界や経験のさまざまな基本的特徴は、人間の推理力ではとうてい
理解できそうにないという事実に注意を向けようとすると、彼らはこの事実を
逆手にとって、問題を提起することを封じこめた。彼らの望みは、理解できる
事物の領域に自分の人生を閉じこめることだった。最初に挙げたクルーブと比べ
ると、わずかながら深遠で批判的でもあったが、結局、両者の態度には多くの
共通点があったのである。大人になるにつれて、世界にまつわる驚異の念にひたり、
世界が差し出す解決できそうにない問題(とくに、時間、空間、物体の知覚、
物体の本質などに関する問題)にのめりこんでいったおかげで、私はまわりの
人たちからやや孤立することになった。こうした問題を語りあえる相手が
見つからなかっただけではない。そんな問題をもち出せば変人扱いされかねない
ことを思い知らされたのである。人づきあいをしなかったわけではなく、
人生のほかの局面ではとても社交的な人間だった。昔から友人はいたし、
17歳になって恋愛もした。 パーティが大好きで、熱烈な音楽愛好家にして、
芝居通でもあった。それでも、経験のきわめて形而上学的な次元に心を奪われて
いることは、たとえ日々そうした問題に取リ岨んでいたとしても伏せておくべきだ
と知った。そんなふうに孤独感を覚えながらも、この問題に取り組んだのは、
なんといってもこの問題が圧倒的に重要であったからだ。私たちの本質や、
私たちが暮らしている世界の本質にとって根本的であるのに、こうした問題に
何故誰も魅了されないのか理解できなかった。頭の良い人なのに、何よりも
重大な問題に暗黙のうちに禁じられているには、何とも奇妙に思われた。 】
▼ ここで、マギーは「 私にとって自明だったのは、常識は正しくない
ということだった。あっという間に不可解さと自己矛盾の泥沼に嵌ってしまう
からである。さらに正直に言うと、彼らは常識的な世界観を否定することを
ばかげているとみなしたけれども、私からすれば、それを容認することこそ
ばかげていた。彼らの見解は、その基盤を顧みないあいだしかもちこたえ
代物だった。」と、述べている。常識は、殆ど正しくないことは、今さらだが、
あえて事を荒立てることもない。私も常識とやらは、ほぼ間違えていると、
この年齢で実感する。考えてみれば「あの人は常識人」ほど侮蔑の言葉はない。
大部分である常識人のいうことを、まともに聞いてきた人生、何だったのだろう。
 
・・・・・・・
3437, 64歳の現時点で、感じること! ー2
2010年08月23日(月)
 * あと5ヶ月で65歳になるが
 65年の人生を振り返ると、月並みだが長いような短いような感じだが、
決して長くはない。アッという間である。家庭に恵まれていたし、時代背景にも
恵まれていた。 満足度は70、いや80点である。明日の金が無くて呆然とした
ことも無かったし、人間関係で悩むことも比較的少なかった。また事業を四十年
近く、やれたことが良かった。また装置産業を選択したため、自由時間に恵まれた
のが良かった。好きな秘境ツアーも、私の環境=条件内では最大限に楽しむことが
できた。 好きな本も充分に読むことができた。 好きな箱物(ビル)造りも、
小規模だが増築を含めると8棟を立ち上げることができた。もっと事業を大きく
できたチャンスがあったが、恐慌になった現在、それが良かったかどうか。
 第二次世界大戦の終了から、米ソの対立、朝鮮戦争、ベトナム戦争、中国の
文化革命、そして、ソ連と東欧の崩壊、日本の高度成長、バブルと、崩壊、
そして失われた20年という長期停滞。ニューヨークの9・11テロと、
アフガン・イラク戦争。そして、極めつけがアメリカ発の大恐慌である。
それが今後、10〜20年と色いろなカタチで、20世紀的なものや、文化の
破壊がすすむ。65年の人生で、半分以上は成長期の時代を味わってきた。
特に20代、30歳代は、高度成長期にあたっていた。もう日本が、これだけの
右上がりに成長を謳歌する時代は二度とこない。そうこう考えると本当に良い
時代背景だった。情報化社会の到来で、劇的変化を始めた時代の入口を生きている。
その変化は想像を遥かに超えている。毎日が驚きと、感動と、おののきの日々。
それにしても知らないことが多すぎる。

・・・・・・
6004,幸せの確率   −3
2017年08月23日(水)
         ー幸せの確率 あなたにもできる!  
              アーリーリタイアのすすめ ―内山直 (著)
   * 高い貯蓄率、ただその一言につきる
 『アーリーリタイアにとって必要なのは、高い貯蓄率、ただその一言につきる』
早期のリタイアだけでなく、誰にとっても、幸せの確率を高めるには、貯蓄率が
高いほど良いはず。ここで、著者は、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』を引き
合いに出して、「富める者はますます富み、そうでない人たちとの格差が開いて
いく一方であろう」というのを‘r>g’という不等式で表している。夢も希望
もなく、恐ろしい限りである。 私が何とか、会社清算を軟着陸で終えることが
出来たのは、家内への給与と、厚生年金積立てがあればこそ。40年近くになれば、
チリも積もれば小さな山になる。それは両親の方針で、中小企業の知恵でもある。
 (Amazonの内容紹介)
 2021/カット!
・・・・・・
5639,女はギャップ  〜
2016年08月23日(火)
           <「女はギャップ」名越康文 (著)>
   * 男の鎧とは
 


7494,閑話小題 〜コロナ禍から一年と半年が経過

2021年08月22日(日)

   * コロナ禍の回復基調が見当たらない…
◉ 去年の今時分にジムの様子を書いていた。そして現在は… 確か、当時の
サービス業、三次産業の客数が2〜3割まで縮小、先が見えないことが重なり、
虚無的な空気が世界を覆って、国家間、都市間の都市閉鎖が連日、報じられ、
また病院内の悲惨な情報が飛び交っていた。特に、南フランス、北イタリアが
酷い事態だったが、今度は、日本国内が医療崩壊の瀬戸際。SJや駅界隈の人出は、
一年前が、2割。現在は3割程か。実際のところ、SJも休会し、巣籠も考えないと… 
まだまだ『正常性バイアス』が強くヘバリついている。
 
◉ 年初辺りから一そうタチ(質)の悪いデルタ株のコロナ禍が置き換わり、
今では8〜9割がたになる。中国は…これ幸い国家非常事態を利用し、全体主義を
露出し、香港を実質併合? あとは日本の尖閣列島の機会待ちの状態?としても、
ワクチン接種に関わらず、コロナ禍の治まりが見られない。平静であるのが、
不思議なぐらい。際モノ商売は大変だろう!
 7〜8年前に、『…中南米は手を付けない換わりに、東南アジアを中国圏に!』
と、公然と提案してきた』と、ブラックの話を聞いていたが、あのトラなら、
乘ってくる可能性も有りうる。まずは一年前の、テーマ日記より…  
 ―――
【 7095,閑話小題 〜中国に何やら異変が?
 2020年08月17日(月)
   * コロナ禍以降、中国が変!
◉ トランプがアメリカ大統領になって変なのは、今さらだが、中国も右倣え。
 緩和地帯の香港の実質併合である。これで、世界を敵にまわしたようなもの。
トラの再選の画策を図ったことと、コロナ禍の責任から目を逸らす画策もある!
コロナ禍など様ざまな憶測があるが、それに耐えうる国力が有ろうはずがない!
武漢の市場から発生源した事実。怪しいといえばイラン。ナンバー2を殺され、
その直後に、ウクライナ航空がイランに撃ち落とされた。 イスラムには、
≪目には目を…>の相討ち思想が基礎にある。世界の闇に魑魅妙霊が多く住む。
◉ このコロナ禍も、30年モノの初期段階の一つか…? とすると、デンデバラ
バラで、何もかもをウチ捨てて、小高い山に逃げないと! とにかく人間には、
『正常性バイアス』が強くヘバリついている。 大災害など未経験の事態に
遭遇した場合、この働きが過剰反応し、脳が処理できなくなること。 
今回のコロナ禍の責任は、中国共産党の解体が妥当か! でも香港併合は中国
への信頼を粉々にした。その上に、東シナ海に、人工島をつくり、軍事基地に。
もっとも、欧州各国は、アフリカ、中近東、南北アメリカで、細菌を持ちこみ、
数千万単位で虐殺をした。それに比れば、可愛いもの… その中で戦後75年を
かけて、日本が骨抜きにされた! このコロナ禍がスポットで終わればよいが!

・・・・・・
7100,閑話小題 〜何が何して何とやら
2020年08月22日(土)
   * これでは地上波は消滅へ!
‘ピーターラビット&不思議の国のアリス’の童話だけでは美化したイギリスの
一面しか見ていないかもしれません。 NHKスペ・世界一愛されたウサギ。
イギリスには狩の文化がある。そこには、狩人犬と、イタチのようなフェレット
がペットとして改良されている。その狩りがYouTubeで映像が流されていた。
 最初は、その残虐性に直視に堪えられなかったが、30分もしない内に、
その面白さに嵌ってしまった。 …原野にウサギの住む穴が一群としてある。
そこに次々とフェレットを押しこみ、ウサギが飛び出すのを猟犬が数匹待つ。
穴はトンネルで繋がっていて、幾つかの出入り口になっていて、その一つから
追詰められたウサギが飛び出すタイミングの緊張感が直に映像から伝わる。
数分に(一羽)が狩られる。(…ウサギの数え方は、一匹、二匹ではなく、一羽、
二羽のように「羽」で数えられる。その理由は、犬公方で知られる徳川五代将軍
の綱吉が「生類憐みの令」で動物を殺すことが禁じたことに由来するといわる。
「四足を狩る…と罰せられる」と当時、鳥と歪めれたのが、現在まで続いている。
イギリスではウサギの肉は、一般食として普通に食される。あの可愛いウサギが、
次々と、穴から脱兎のごとく飛び出し逃げるのを、猟犬が追いかけ、噛み殺す。 
そこには、悲鳴が聞こえてくるが、何とも残酷!… それが嵌ると数時間が、
アッと言う間に過ぎ去ってしまう。刺激が少ない日常には丁度良い…?
YouTubeは、面白いのが多い。選択し、加工前の原石の映像が多く、思いも
よらぬライブ的な映像が見られるため。これでは、これでは地上波は消滅する
のは時間の問題。ラジオ番組が残っているから、それなりに生きる道がある筈!

・・・・・・
6733,閑話小題 〜煽り運転暴行事件
2019年08月22日(木)

・・・・・・
6370,閑話小題 〜カラスの話題は尽きない
2018年08月22日(水)
   * 今度、生まれたい動物は?
 先日の早朝、大手大橋で、ヒキチャリをして歩いていると、30僂曚斌椶隆屬法
白いものが落ちてきた。カラスのフンである。電灯の上を見ると、カラスが一羽。
‘さて、これは狙ったものか、偶然か?’ 20年前の駅前でやはり、カラスの
フンがもろに… その時、思ったのは「ウンがついたので宝籤でも買うか?」
 その直前にも自転車を乗っている時に鼻先に落された。
数ヶ月後の新聞で、カラスのフン攻撃?が意図的か否かのテーマの記事があった。
そこで、学者のコメントが、「カラスは頻繁に糞をするので、機会が増える為で、
意図的でない」と。私は「カラスの遊び心」と… 鳥は滑空する生きもの。
地上では見えないモノが見えているのだろう。他の生物に生まれるなら、鳥類。
墜落死も出来る。HP内の検索をすると、何とまあ、多くのテーマがあった。

――
2017/08/22
閑話小題 〜カラスの話
   * カラスの話
 これまで、何度かカラスについて話題にしてきた。早朝のポタリングで、
2つの大橋の手摺や、道すがら、電柱のカラスと毎日、御対面をしている。
一ヶ月前、自宅の2F玄関前にいたカラスを強く追い払ったところ、その場所と、
1Fの門の横にある電柱から、毎日のように大量のフン攻撃が続いている。
意図的か偶然か、判明できないが、掃除をしても、直ぐに汚してくる。
 10数年前になるが、近所を自転車で走っていた時、前方から低空で前車輪
にフンをかけていった。 その直後、新聞とラジオで、「カラスのフンかけは、
意図的かどうかを専門家が答える内容を報じていた。専門家は、「あくまで偶然。
とにかく、小出しで、回数が多いための偶然」と否定的。 散歩とポタリング
を含めて40年近く出歩いているため、一番、接触が多いのがカラス。
得体のしれないカラス社会のごく一部は垣間見れるが、鳥類は「空飛ぶ恐竜」
そのままの原型が一番多く残っている。
 〜以下がネット内検索の内容。日頃、余程、閑(時間持ち)のようだ!〜
――――
2014/07/24
閑話小題 ー最近、またカラスが・・
   * 最近、またカラスが・・
 このところ、若いカラス数羽が自宅の庭周辺のテリトリー争いで、威嚇の鳴声が
鳴響いている。 一年ほど前に以下の文章を書いていたが、現在も、その延長戦が
続いている。ポタリングを毎日2時間していて見かける動物は、ほとんどが鳥。
その中でカラスが目立って多い。その上、庭に雀の群れ、小さな地鳥、渡り鳥が
次々とやってくる。  ー去年に書いた内容といえばー
≪ 4440, 閑話小題 ーカラスの糞かけ <2013年05月13日(月)>
 数年前になるが、自宅近くを自転車で走っていると、カラスが低空できて、二m先に
糞を落としていった。「これは果たして私を狙ったか、偶然か?毎朝近くを通る度に
考えていた。 ところが一昨日の朝日新聞のコラムで、四コマ漫画「ののチャン」が、
専門家に質問する形式で、「カラスの糞かけは、意図したかどうか」を取り扱っていた。
よくあるので、取り上げたのだろう。 答え手は「あくまで偶然で、カラスにとって何ら
利益にならない」と、ゲーム説、カラカイ説には否定的。専門家とはいえ、
私のように30年以上、毎朝、散歩やミニサイクリングでカラス観察をしていた訳でない。
で、私はゲーム説。 (中略)そういえば、散歩中の小型犬を、カラスが至近距離で
威嚇し遊んでいるのを見たことがある。犬の飼主も、そのやり取りを面白がって
見ていたが、明らかにカラスが小犬をバカにし遊んでいた。 
 ところで昨日の午後、帰宅をすると、隣の空地で4羽のカラスが入り乱れての空中戦。
よく見かけることだが昨日は違っていた。二組の激しい乱闘。初めは車内で見ていたが、
決着がつかないので、一度、車庫に車を入れて門の陰からみたが、その間7〜8分。
 鳴声を聞きつけた他のカラス数羽が駆けつけ、騒然とした中の乱闘は、見もの。
上下に体勢を入替わり互いの身体をワシヅカミの突つきあい。
4羽が無事に飛びたったのが不思議なほど。 最近、来ているのが、その一羽? ≫
▼ 今回は、他の小さな渡り鳥や、モズも入乱れて、カラスと牽制しあっていたが、
どうも、我家のインコが 野鳥の興味を惹くようだ。で、「カラス除けグッズ」をネット?
と思ったが、他の野鳥も来なくなる上、無粋。 
そういえば近所の土手も、信濃川河川敷も、野鳥の絶対数が年々減っているのが
気がかり。 至近距離の田畑20反も住宅地に変わってしまったがこれも小さな緑地の
我家の庭のテリトリー争いの激化の理由?仕事から離れ、自然と向合う機会が
多くなると、今まで見ても見えなかった自然に触れあうことが多くなる。地方の良さは、
軽井沢、那須などに行かなくとも触れ合える! ますます御隠居生活に慣れてきている。
――――
2013/03/27
閑話小題 −つれづれに
 * 一昨日、カラスの交尾をみた。
ポタリングの何時ものコースの通りの脇の花壇にいたカラスに、小さなカラスが
舞い降りてきて尾っぽを向けて羽根をそば立てて小さくうずくまった。そこに
オスが・・ メスからの求愛である。これで春の訪れを知るとは… 
――――
2011/11/11
閑話小題 〜〜
   * カラスの怒り
 一月ほど前の話になるが、信濃川の大橋を自転車で走っていると、橋の下から
飛んできて欄干にとまろうとしたカラスと50センチ位の間近かの鉢合わせをした。
カラスは不意をつかれヒックリ返って橋の下の方に落ちていったが、体制を立て直した
のだろう、30Mも行かないうちに自転車の数m先の欄干に止まって羽をいからせ威嚇
してきた。それを4度も繰返したことから、怒り心頭で怒っているのが分った。
カラスにも人間のような意地があるようだ。散歩などで時おり威嚇してくる。
黒色系の服装が刺激するのだろう。鳥は、人間が思っているより遥かに頭がよい。
それもカラスは、地元密着で多くの知識の蓄積がなされている。人間社会との微妙
な距離を守り、共存している。土鳩・カラス・雀は世界の街の何処にでもいる鳥
――――
2007/11/04
2406, カラスの話 −2
 「カラスの話」でもテーマにしようかと思いたった。
ところが、そういえば一年ほど前に書いたような気がしたので調べたら
(Hp内の検索)やはりあった! 一年近くに書いてあった。

先月の10月23日のこと、中越地震三周年の花火が通勤の帰路に
(亡くなった人の数?)打ち上げられて、その音と地響きが聞こえてきた。 
その時、彼方此方からカラスの鳴き声が聞こえてきたが、
「恐怖の叫びと、互いに安全の確認」と推測できた。

「カラス語」で検索してみたところ、仏の鳥類学者デュポンのカラスの研究
があった。彼の長年の研究の結果、カラス語が幾つか解るようになった。
・カラス語は25の語数からなっていて、ほぼ全ての意思を伝えることでき、
・「クラ、クララ、クラオ、クラオ、クロア、クロネ・・・」とある。
 フランス人は日本のように「カ〜カ〜」の音ではなく、「ク〜ク」の
「ク」の音階で聞こえるという。それぞれ ーここ、そこ、前、うしろ、
人間、寒い、暖かい、というようなことを話しているという。

この数日のウォーキングの道すがらカラスの鳴き声に耳を澄ませているが、
成る程、意思交換をしている。 カ〜カ〜カ〜という長い声と、カッカッカッ
という短い声、音程の上下、回数、などが微妙に違っている。それと、朝晩
の集会での意思交換をしている。

話は少し変わるが、先日のこと、カラスが宅上犬をからかっている場面に
出くわした。宅上犬の歩いている先の橋の欄干にとまって挑発をしていた。
その可愛いい犬が吠えても逃げようとしないでカ〜カ〜と鳴きかえしていた。
飼い主は面白がって、その犬とカラスの攻防をなすがままに任せていた。
それをまた、私も見ていたのだから・・・
カラスが子犬を馬鹿にし、からかっているのが何とも人間的であった。
 数分のやり取りの後に、電線に飛んでいった。
最近のカラスは、一番身近な野生?の動物である。

――――
2007/06/18
2267, 「遊び」
                (゜∇^*)オハヨ♪
 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から
「働き」と「学び」と同じくらい位置づけてきた。
その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、
年、月、週の計画に組み込んでいた。
人生で最後残るのは、特に「遊び」の中の充実感である。               
「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。
人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることを目ざすことだ。
そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。
何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。私の場合、ゲーム化
が楽しみへ持ち上げるポイントであった。
ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。
到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながらプロセスを楽しめば、
遊びへ転換する。ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として
一般的に認められているが、日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、漠然
とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」という印象を与える。
 学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。
遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。
一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。同じ人生、楽しまなくては!
何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。
 … (略)
 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー
カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、動物学者の研究観察
から認められている。その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。
・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて始めた
 “遊び”といわれる。
 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽(もうきん)類に
襲われた場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、
それを遊びにすることが、高度な知的行為である。
 ーー 
イルカや、サルなど知的レベルの高い動物ほど日常の中に遊びが入っている
ところが、注目に値する。   d=(^_^)=b
 競争、偶然、模倣、めまい、か〜〜〜!
何かの偶然の重なりで娑婆に生まれ、ママゴトのような人生の中で、
ワッペン取りや、かけっこ競争や、ブランコ遊びをして、
ふと、気づくと孫に囲まれ、遊びの手助け!、 これが人生。
――――
2006/10/24
2030, カラスの話
           (*^○^*) ハ〜 ヨウ
20年間にわたり散歩の途上、色いろの鳥を観察してきたが、特にカラスが面白い。
低空で飛んできて糞を落とされることがあったが、あれは狙ったのではないか?と、
今でも思っている。時々からからかったりしていたからだ。

散歩の時は黒ずくめのためカラスは敵と見るらしく、近くを通るとき威嚇される。
雀や、セキレイや、百舌鳥などを襲っているのを何回か見かけたことがある。
日本のカラスは生きた成鳥は襲わないと言われているが、時には襲うようだ。

ある日、思いもつかない不思議な場面に出会うことがあった。
小雨の中、近くの高校のグランドの地べたに数百羽のカラスが舞い降りて、
ただならぬ雰囲気で情報交換しているような場景があった。
また電線に千羽以上もとまっていることもあった。
あれは何かの集会ではないだろうか?

カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、
動物学者の研究観察から認められている。
その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。

・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で
 仲間と遊んだり、
・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて
 始めた“遊び”といわれる。
 そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽類に襲われた
場合に備えてのチームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びに
することが、高度な知的行為である。

遊びのほかにも、驚くべき観察がされている。
取ってきた木の実を土に埋めて隠しても、その場所を正確に記憶している。
驚くべきことは「百箇所以上に埋めた場所と、それぞれの賞味期限も知って
いて丁度良い時期に掘り出して食べていた」という観察もある。
その瞬時に記憶する能力は人間以上とさえいわれている。

イギリスの動物学者のエメリーの研究によると、
一度隠した木の実を、別の場所に移し替えたので観察をしていたところ、
過去に自分が隠した木の実を盗られたカラスに見られたときだった、
というから人間並みの知能といえよう。ハイエナが自分の巣穴を覚られ
そうになった時に、子を違う巣穴に移すのに似ている。

他にも、銭箱から小銭を盗ってきて、鳩の餌を売っている自動販売機に
その盗んだコインをくちばしで投入、餌を得たり、
また胡桃を空高くから落として割る行為もよく知られている。
街中で生きる内に知恵がついたのだろうが・・・

「羽の生えた類人猿」とは、言いえて妙である。逆のカラスの立場から見れば、
人間は「羽の無いカラス」といえる。弱っている動物をみると、それだけで攻撃
する習性など、そっくりである。
  
 自然世界には、面白く不思議なことが満ちている。
ただ、見てないだけである。いや、見ても観えてないのだろう!
 


7493,読書日記 〜『できすぎた話』 〜5

2021年08月21日(土)


   * そりゃ、欧米は焦るは! 
 豊かさの恩恵は、知識、情報の質量の格差に端的に現われる。
このコロナ禍も中国にとっては、頃合いからして、できすぎた話になる。
農耕が行われ出し1万2千年経過した現在、その結果として村、町、都市が
発生した。それが効率良しとした大都会に発展。その結果、地域社会の特性の
ある都市生活が各地に出来てきた。日本では7大都市が、それぞれの地区の代表
として特色が出来ている。このコロナ禍は、その根本を覆す疫病の流行になった。
これは忌々しきこと。効率よい3密空間こそ、善だったのが、それは駄目と…、
 
 今さらだが… 殆どの人たちは、解決するのは時間の問題で、元に戻ると信じて
疑わない。このパンデミックは、逆視点からして、いくら何でも出来すぎた話。
 それも、各人にパソコンのネット社会が普及を始めた現在、テレワークが可能
な時節に、この事態である。 一人っ子政策が出わたった中国にとっては、
これは非常に有効に働く。 流砂の民といわれる程、個人の意思は強固。そこに
スマートフォンとくれば、流砂の意思統一が可能になる。中国、インドにとって、
世界のネットワークは、長年かけて構築済である。

 その中で、群れを特性として成長をしてきた日本にとって、群れを良しとする
利点が失われ始めてきた。ネット社会は、同一が決して利点にならない。むしろ
害悪になる。徳性がないと、選択されないのである。

・・・・・・
7099,閑話小題 〜ジムも、徐々に客足が戻りつつあるが…
2020年08月21日(金)
    * 閑散としていたSJも
 コロナ禍の中で、閑散としていたジムも客足が戻りつつある。
元もと「平日10〜17時コース」で、主婦と、水商売らしき女性と、老人が
主のため、コロナ禍の影響が少なそうだが、かなり危険なことは否めない。
事態が事態だけに、コロナ禍以前と比較すると3割程度か。ジム経営も、あと
数ヶ月も続くと資金持ち出しが多大になり、リストラの事態も必定か。
何が起こるか分らない時代の長期装置産業の難しさを垣間見た思いである。
 …9年余り、顧客の一員としてSJを見つめてきたが、次々とカテゴリーキラー
のライバル店が近隣に出店する中でのコロナ禍。そうそう順調な右上りは難しい。
お盆明けから、全員がマスク着用したエアロも、少し無理がある。
熱暑のマスクは、むさ苦しく厳しいが、パンデミックなら致し方ない。
 ―
   * 1〜2月に誰が、予測しただろうか?
◉ 30歳代後半の男女2人が、コロナ禍の中で、仕事を失いホームレス一歩手前で
 彷徨う姿をNHKで放映していた。ミュージシャンの夢を諦めきれない男に寄添う
女性が何ともうら哀しい。上野公園の住人(ホームレス)と… 自暴自棄気味に
語る。最後の最後に、女性は仕事の最中に骨折して、NPOに飛込む。財布の中には
2千円のみ… 勧めもあって生活保護に! 生活保護は、治療費がゼロ。
女性の呟き、「ここが人生のどん底ね!」 たしか、武田鉄矢が、売れなくなり、
金を使い果たして渋谷の坂を歩いている時に、出てきた呟きと同じ。
◉ 何とか10万円の生活給付金と100万の事業継続給付金で食い繋いでいた困窮者。
 それも、そろそろ限界に達して、9、10月の秋口から、大きな社会問題になる。
年があけた来年は、弱者の者にとって想像すら出来ない事態の可能性が大。
◉ アメリカの新型コロナ死者、劇的な対策なければ9月に20万人に…
 3ヵ月前に10万だから、2倍のペースに加速。
世界に目をやれば、2200万人が感染、78万人が死亡。
これが倍倍でいくと… 1億人の感染と、500〜1000万の死者も!
医療崩壊も生じる可能性もある。 劇的感冒薬が出てきて、1年もしない
うちに世界は元通りに… は難しい?

・・・・・
2020/01/04
閑話小題 〜去年の同月同日の『どん底』を読返して
・・・・・・
6732,閑話小題 〜「分人」という言葉
2019年08月21日(水)
    * 自分の生成
 平野啓一郎の『私とは何か―「個人」から「分人」へ』に分人主義。
  〜ネット検索によると〜
《 ◉ 人間が、相手によって、あるいは置かれた状況によって、言動が変わる
 のは普通のことではない。例えば、会社員が上司にはペコペコするが部下には
威張るといったように。「分人」と言われると、多重人格者や、統合失調症の人
を連想してしまう。 いろいろな自由に対応できる人生に、「分人主義」という
考え方を提唱。個々の関係性のなかの、それぞれの自分を、個人に対して分人と
呼んでいる。
「分人主義」。なにか仏教的な印象を受けます。その場その場で対応する自分
がいて、その場その場で使い分けをしている総体的な自分がいる。多様な切り札
をもっている、あるいは、いろいろな引出しを持っている自分である。
分ける。時間を分ける。それを無限に分ける。1/nでn>∞にする。
そうすると無になる。すべては空。時間を無限に切り分けた多次元世界に、
見えない世界、見えない自分がいるかもしれません。見えない自分を生かす自由
(というのがあるとしたならば、それ)を行使できれば、息苦しさをかなり軽く
できそうな気がします。仏教でいうところの「無我」に通底するような気がした。》

▼ 役者、政治家、役人などは、それぞれの役割を演じ、成りきる人をいう。
 人、生物、モノも役割があるため、彼らだけでなく、一般にいえること。
毎日、ブログを書いていて、過去の同月同日の文章を読み返す度に、誰だ、
この人?と思うことが多い。自分は毎日、生まれ変わっている実感がするから
続く。時代が目まぐるしく変化している中で、私たちも日々刻々変わっている。
としても、そこに見える「分人」たちの幼稚で、卑小な見識に、驚かされる。
成るほど、「内省」とは、このことかと。これをしている御蔭で、他者の、
軽さ、重さを計ることも出来るが… 先日のテーマ、『サードプレス』も、
様々な分人から、一歩離れて、真実の自己に出あう場所ということか。

・・・・・・
5272,「エリック・ホッファー自伝」〜А 愆望より勇気を』
2015年08月21日(金)
            「エリック・ホッファー自伝」中本義彦訳
   * ホッファーが生きた時代背景と、弱者
 ホッファーは、自分の生きた時代背景と、そこに適応出来ない人々の
精神状態が、いかなるものか?を、自身をそこに置くことで詳細に観察した。
当時は、現在の断絶の時代に酷似しているようだ。情報機器を使いこなせない
中高年たちは、情報段差に呆然とするしかない。それでも、タブレット、
スマホの普及がフォローをしてはいるが。物理的な金銭に加え、現在は
情報格差の問題が加わっている。  
≪ ホッファーが分析の対象としたのは、何よりも同時代の「気質」であり、
 そこに生きる人々の「精神状態」であった。近代人は、長きにわたって拘束
された神から逃れ、ようやく自由を手に入れたものの、今度は、
「かれ自身の魂の救済を、しかも四六時中、行なわねばならなくなった」。
自らに対して、そして社会に対して、自らの価値を日々証明し、自らの存在を
理由づけなければならなくなった。 これは容易ではないし、絶え間なく変化
する社会に生きる一個の人間にとっては途轍もない重荷である。
われわれは、往々にして、自分自身に満足できず、「自己自身と異なったもの」
になりたいと熱望する。そして、「真に欲していて、それを持つことができない
ものの代用品」を追求して多忙をきわめる。好ましからざる自己から自分を
引ぎ離し、文字通り「心を亡くそう」と試みる。かくて、「人生のあらゆる
部門に熱狂の噴出がある」のであり、「社会組織そのものが、一般に、心の病
に冒されやすい、すぐ燃えやすい体質になってしまった」とホッファーは洞察。
本書に鮮やかに描かれているように、この簡潔で力強い分析の源泉は、
彼自身の浮浪者としての原初的な生活の中にあった。
「金がつきたらまた仕事に戻らなければならない」生活に自殺未遂をするほど
うんざりしながらも、それを克服して「旅としての人生」を生き抜いていく
ホッファー、その彼は、季節労働者キャンプでのささいな出来事から、
自分も他ならぬその一員の「社会に適応しえぬ者たち」に興味を抱き始める。
そして、彼ら固有の自己嫌悪が放出する「生存競争よりもはるかに強い
エネルギー」こそが、人間の運命を形作るうえで支配的な役割を果たしている
のであり、「弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する」ことが、
人間の独自性であるという洞察に到達するのである。
 ここで本書の歴史的な背景に少し目を転じてみると、ホッファーは
路上にあった1930年のカリフォルニアには、浮浪者がかなりたくさんいた。
F・L・アレンの『ジンス・イエズタディ』(1939年)が記している、その原因
のひとつは、テキサス州からカナダ国境から大平原地帯で起きた異常気象。
1933年から二年余りにもわたって無数の嵐が起こり、過度の放牧で荒廃した
広大な地域で大量の砂が吹き上げられた。大恐慌ですでに苦境にあった。
この「黒い大吹雪」と大洪水によって、決定的な打撃を受ける。
 農業の崩壊は、町を衰退させ、住民は、「約束の地」西部へと逃れる。
そして、ホッファーと同年生まれのスタインベックが『怒りのぶどう』
(1939年)で鮮烈に描いたあの苦難を経験したのである。
「普通の安定した地位に留まることができず、社会の下水路へ押し流された人々」、
「居心地のよい家を捨てて荒野に向かった者たち」こうした人々の内面に欝屈する
「こんなはずではない」という不満と「別の人間になりたい」という変身願望を、
ホッファーは折に触れて感じていたのかもしれない。そして、自分の内面を
厳しく見つめ、自分が存在する歴史的世界を認識することによってこそ、
あの近代人の「情熱的な精神状態」を見抜くことができたのであろう。
 人間の抱く"情熱"の現実を見ようとしたホッファーは、常にその両面性を
指摘した思索者でもあった。われわれは、まずもって、情熱的な精神を
「創造の新秩序の発生」として見なければならない。情熱のない人間など、
その独自性を放棄した存在に等しい。しかし、同時に、それが「退行化」
そして死をも辞さない狂信になることに絶えず警戒を怠ってはならない。
 この世の悪を絶滅しようとする宗教的、民族的・イデオロギー的な熱狂の
罠に陥ってはならない。そもそも「山を動かす技術があるところでは、
山を動かす信仰は要らない」のである。
 情熱を飼いならし、加工し、創造的なカへと変容させること ーそれは、
きわめて困難な作業である。「抵抗しがたい渇望」は突然襲ってくるもの。
 しかし、われわれは、「希望」より「勇気」をもって、それをやり抜かねば
ならないのだとホッファーは訴える。自己欺隔なくして希望はないが、勇気は
理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は
長い。希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それを
やり遂げるには勇気がいる。闘いに勝ち、大陸を耕し、国を建設するには、
勇気が必要だ。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の
存在になるのである。≫
▼ 考えさせられる内容である。時代に合わせ、自分を変えてるリスクと勇気
 こそが激動の世に求められる。それは常に不安定が伴うが、それを観察し、
楽しめる精神の強さが求められる。現在は、「情報革命による断絶の時代」。
『勇気』こそが、時代を切開くキーワード。人生を創造していく勇気!である。

・・・・・・
4907,ホントに大事なお金の話 −5
2014年08月21日(木)
  * 真のお金持ちは紙袋を持つ
 元ネタは、プレジデントオンラインー2010年8月頃の記事
              『なぜお金持ちは紙袋を持つのか?』
  ー面白いと思った部分の要約をするとー
◎ お金持ちはなぜ紙袋を好むのか? 彼らは紙袋で移動してもOKだからだ。
 運転手付きの車、タクシー移動とドアtoドアで雨にも濡れない。
 だから紙袋でも平気。必要なくなれば折りたたむことも、処分することも
 できる紙袋が、一番使い勝手がいい。
◎「海外ではいい時計や靴がセレブの証だ」というが、本当のお金持ちに
 とって、それも無意味。なぜなら予約の際すでに彼らの身分は割れている。
 お金持ちは決して粗雑に扱われないルートで予約するし、定宿は決まっている。
 一流ホテルとなれば、常連の顧客の顔を覚えていないわけがない。安い時計に
 スーパーで買ったシャツでも、彼が歓待されるのはそういうわけがある。
◎ ブランドショップにもいない。ものを買うなら知り合いから少しでも
 安いものを買うのが基本。
◎ さらにお金持ちは「ブラックカード」や「プラチナカード」も持たない。
「ゴールド」ですら必要ない。「年会費がバカ高くてもったいない、普通の
 カードで十分」。必要な局面ではコネがあるので優遇されるし、不必要な
 場所で自分がお金持ちであることを、ことさら触れまわるのはリスクが大きい。
◎ また彼らは絶対に見栄を張らない。元もと、「お金持ち」であることを人に
 知らせる必要がない。ランチは1円まで割り勘。でも慈善事業に多額の寄付を
 している。使い切れないお金を持てる人は、それに振りまわされない独自の
 価値観をしっかり持っている。見栄を張ると無駄な出費も多くなります。
 本当のお金持ちは絶対に見栄を張らない
▼ ここで著者がいう本当の金持ちは、上の上の人たち。百億以上の資産を
持つ人たち。上の中といえば、純資産が10億以上。上の下が1〜2億。 
上の下から上の中ギリギリが、その嫌らしさが現れ出てくる。知識同様、
その辺りの「似非」が金持ちを演じたがる!金持ちのラインは10億の現金か、
純資産である。 47年前の学生時代に、一ヶ月間の大名旅行をした時、
ここでいう大金持ち?の子弟が多くいた。 身なりからして違う人種。しかし
お金には、非常に敏感で細かい。何気ないオシャレでブランド品をさり気なく
着こなしていた。見栄を張るのは一部の人たちのみで、開放的でフレンドリー。
漂う空気からして、それまでの友人とは違っていた。周囲の思惑など気にしない
で、紙袋などを平気で、何処にでも持って行く。その紙袋が実にセンスが良いが。
こういう存在を身近で見る初めての機会だった。 当時、その段差を、さほど
意識はしなかったが、現在、考えると、上記の通り。
時おり海外ツアーで、それらしき人を見かけるが、まずユニクロを着ている
ことを隠さない。アンダーとして割切っている。元もと隠す必要がない。
ブランド品を着ること自体、自分のセンスに自信がないため、ブランドで、
それを覆い隠すしかない。 TVドラマで、セレブ世界のドロドロした社会が
出てくるが、その世界を知らない人が演出したものとしか思えない。実際は、
あんなものではない。それぞれ独自の価値観を持って振り回されない人が殆ど。
この一連の経験から見えたのは、それぞれ独自の価値観の質の格差。 
その視点の質は、隠せないようだ。 

・・・・・・
6002,「死ぬまでは苦しまなくちゃ」の覚悟
2017年08月21日(月)
         ー 「世間の捨て方」ひろさちや著 ―
   *  死ぬまでは苦しまなくちゃ
 「身内の最期の悶絶を見て、早々の安楽死を望むが、それは現象の問題と
いうことを忘れているのかも」という問いが、内から浮かび上がってきた。
悶絶の末、「もう、いいや」という諦念へのプロセスも最期の最期には…
考えさせられる。還暦、古希を過ぎた人には、その覚悟は出来ている?

≪ 森鴎外の次女の小堀杏奴が、こんなことを書いてました。
 鴎外の長女莉莉と次男不律が同時に百日咳にかかったときのことです。
生後半年の次男が死んで、長女も危篤になり高熱が出て、あまりに可哀そうで
見ていられないと言って、医者は「モルヒネを打ちましょうか」と提案をし、
安楽死をさせようとした。すると、医者であった鴎外は「自分もそう思う」と
同意し、奥さんも賛成、まさに注射を打とうとする時、奥さんの御父さんが
やってきて、その場面をみて、こう怒鳴ったという。
「馬鹿もの!何をやってんだ。人間はそんなに苦しかって、死ぬまで苦しまな
ければいけないのだ」 その一言で長女の命が助かりました。
鴎外はお義父さんに完璧なまでにやられました。でも、「俺も医者として
言いたい」と思ったのでしょう。その数年後に、安楽死の問題を取扱った
『高瀬舟』を書いてます。…≫

▼ ハッとする問題の提示である。私は常日頃から、
<駄目だとしたら、早々に「モルヒネ」を打って安楽死をして欲しい>
 と家内に言っている。子供のケースとは、前提が全く違う。しかし、
「余命3ヶ月・半年」と宣言され、死ぬまでの間、これまで生きてきた
エネルギーを使って悶絶する?のだろうが、鴎外の義父の言った「人間は
どんなに苦したって、死ぬまでは苦しまなければいけないのだ」の言葉が
杖になる? 人生経験を味わい尽くした老人なればこその言葉である。
「どんなに苦しくとも生きろ」という人の基本である。宗教心を持つ人間に
とって当り前のことだが。神様に頂いた命。苦しいときは苦しいまま生きる
ものだという真理を忘れ、どうしたら楽になれるかを追求しがちなのが人間。
しかし、「せっかく頂いた命を面白おかしく生きる」のことも大事である。
死んだ瞬間、元もと無かったのと同じことになるのだから。


7492、閑話小題 〜千葉真一がコロナ禍で死去

2021年08月20日(金)

   * 治まる気配のないコロナ禍
 ワクチン接種拒否をしていた千葉真一の死去のニュースが入ってきた。
野際陽子と結婚、離婚をして名をはせてが、野際は既に鬼籍のひと。何が幸せか
を考えさせらる結婚でもあった。 …治まる気配のないコロナ禍、当然、人流の
多い有名人にも襲いかかってくる。彼の年齢なら基礎欠陥を抱て、羅漢すれば
抵抗力が少ない。

< 俳優の千葉真一さんが19日、午後5時26分、入院していた木更津市の
 病院で死去したことが明らかになった。82歳。新型コロナウイルス感染に
よる肺炎が死因。感染後の8日に、肺炎の症状が悪化したため入院。酸素吸入
を続けていた。18日に危篤となり、帰らぬ人となった。所属事務所によれば
千葉さんは、ワクチンを接種していなかったという。>
 ―
▼ これも我々基礎欠陥持ち世代からみて、ショック。さらにデルタ株の脅威。
 居酒屋、スナックなど、日銭事業者は、日々の暮らしに支障をもたらす。
来月辺りから、持ちこたえられない店じまいが、たて続くことになる。
 ――
   * 酷いも、あまりある!
 ベトナム戦争末期の飛行場に殺到した群衆を想いだされる事態に酷似している。
としても、無惨な映像。現実は、蔭で政府系人たちへの虐殺が行われているのだ
ろうが… イスラム教徒は残忍なるが故に、それは酷いのだろう。米軍も、戦闘
意欲が全くないアフガン兵に、嫌気を示していたというが… とはいえ米国内に
入れても、危険極まりない人たちと見做されて… 
< アフガニスタンの反政府武装勢力タリバンが制圧した首都カブールで、空港
に国外に逃れようとした市民が殺到。しがみついた飛行機から落るなどして少なく
とも7人が死亡したと報じられた。 滑走路を走るアメリカ軍の飛行機。
大勢の市民がついていき、しがみついている人もいます。16日、カブールの
空港は国外に逃れようと市民が殺到し大混乱に陥りました。
AP通信はアメリカ軍の当局者の話としてしがみついた飛行機から落ちるなど
して少なくとも7人が死亡したと報道。アメリカ国防総省の報道官が軍が武器
を持った2人を殺害したと明らかにしたとも伝えています。>
 ―
▼ 今や誰の手にもスマホが握られ、悲惨の現場が拡散されるため、情報操作も
 前ほど簡単にはいかない。YouTubeには、ここにきて、生々しい映像と、写真が
多数、掲載されている。情報化とはいえ、これが…





・・・・・・
2020年08月19日(水)
7492,閑話小題 〜歌舞伎町界隈

 去年の夏に、NHKで<ラストトーキョー “はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町>
のドキュメントを放送していた(後に、コピペ)。これを切っ掛けにYouTubeで、
多くの歌舞伎町に屯する人たちのインタビューを覗いていた。
 新潟駅前で4棟のビジネスホテルなどを経営したこともあり、抵抗なく、その
実態を受入れられたが、一般社会とは様変わりの世界。オカマから、前科者など
が共生する。幼児頃からの家庭環境が劣悪で、魔界の世界に迷い込み、身動きが
出来ない人たちが多く登場する。

 華やかに見える世界の裏には数多の『訳あり』の人生が隠れている。
沸騰する釜戸の上で、何とか生きている若い女性を助けたいとボランディアを
する40歳絡みの女… 話のつまりが、両親の不和からくる家庭崩壊。そのシワ
寄せが、子供に来る。夫婦関係だけでなく、舅・小姑関係も絡み、それは複雑。
拗れた家の子供の言い分など誰も聞いてくれない。
性欲を抱えた人間同士が、その中で、生抜くことは、それは大変!

 その中で、昨夜、みたのが、ボッタクリ・バーの生現場の中継。撮る方も、
危なそうなのが、御上り風に変装し、一人😳きり3千円のキャッチにつられて…
僅か40分で二人で12万円。ママの「私も一ぱい」も、一杯ではなくて、
「一ぱい(多く)」と! …その後に店長とおぼしき男が登場し、凄む!
一人一万で何とか切りぬけたが… …映像の世界は、脅す方も危険が潜む!

 その手の女性の過去も… 売春、薬物禍、暴力一家と、その背景は似ている。
買春で食繋ぎ、薬に溺れる。そこに絡むのがヤクザ!まず魔界には近づかない!

・・・・・・
6731,読書日記 〜『サードプレス』 ー3  あぶねえ
2019年08月20日(火)
           <『サードプレイス』―― 大都会の魔界>
   * 東京ディープといえば、歌舞伎町でしょう
 日本の猥雑な『サードプレス』といえば、歌舞伎町でしょう。
学生時代に数度、路面電車で30分のところに住んでいたこともあり、年二回ほど、
踏み込んだことがあったが、当時の純朴な学生には、デープなサードプレイス。
そのドキュメントがNHKで放送していた。それは、母娘二代の目を通したディープ
な切口の歌舞伎町の物語が展開されていた。 吹き溜まりの街、歌舞伎町。
ファーストでなく、セカンドでなく、サードプレイスの街。恵まれない故に、
傷つき汚れた人たちの、行場のない人たちの集いの場所が故の味わいがある。
   〜ネットより〜

< 歌舞伎町で生きる人はどんな人たちなのか?
 ラストトーキョー “はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町
7月28日(日)[BS1] 第一部 後9:00〜9:50 / 第二部 後10:00〜10:49
 アジア最大級の歓楽街、新宿・歌舞伎町。東京オリンピック・パラリンピック
を前に再開発が進むこの街に、NHKのディレクターが潜入しました。
「ラストトーキョー “はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町」は、歌舞伎町のほど
近くで45年、新宿で一番古い麻雀店を営むディレクターの母親の姿を中心に、
この街で出会った人々の人生や、変化の波にさらされる様子を約2年にわたって
記録したセルフドキュメンタリー
  “いま”を生きている人々
──実際に歌舞伎町に足を踏み入れ、感じたことは?
母が歌舞伎町を語るとき、「毒の持つ美しさ」という言葉がよく出てきます。
悲喜こもごも合わせ、良いも悪いもごった煮ゆえの美しさ。確かに、狭くて
古くて汚い部分もたくさん見ました。でもなぜか、それがなくなるかもしれない
思うと、何とも言えない気分になりましたね。その言語化できないモヤモヤは
一体なんなのか。比較的貧困層が暮らす地域が、再開発によって高級化し、しば
しばもともといた人々を追いやってしまう現象をジェントリフィケーションと
いうそうです。番組では、その言葉を入り口にしつつ、母との会話や出会った
人々との出会い、変わりゆく街の姿を通じて、そこを探っていきます。

 「歌舞伎町には絶対に入るな」
──この番組を企画した経緯と自身のお母様を取材した理由を教えてください。
私は新宿の近くで生まれ育ちました。母は新宿で45年間麻雀店を営んでいるので、
私にとっての新宿・歌舞伎町は“母が生きてきた場所”です。同時に幼いころから
「歌舞伎町には絶対入るな」と母からキツく言われ、遠ざけられてきたところでも
ありました。ただ、NHKのディレクターとして働きはじめたころから、実は母の
店って題材としておもしろいんじゃないかなと思うところはありました。
母は、新宿・歌舞伎町が再開発で変わりつつあることを嘆き、平成が終わる
2019年4月末で店を閉めると言い出したのです。それで、“これはいまこそ
歌舞伎町に入るべきでは?”と思ったんです。

──どれぐらいの期間、撮影をされたのでしょうか?
2017年冬からスタートし、今年の7月上旬までです。スマートフォンを使って自宅
でも撮影していました。だからテレビに映せないような格好をしていたり…(笑)。
でも、娘の私だから聞けること、撮れたものもあったと思います。 〜つづく ≫

 ―
▼ 昭和40年代は、学生時代の華やかなりし頃、政治家志望が多い割には、
 学生運動には冷静な学生が多かった。25人のシェアハウス的な寮生活は、人間
観察にはもってこいの環境。全国から多種な学生が存在していた。学問に熱中する
もの。女遊ぶに狂うもの。ほぼ生活費を稼ぐに一杯いっぱいのもの。バランスの
とれたもの。など、田舎と親の臭いが、個々に違っていた。誰か、部屋に来ては、
コーヒーを飲み、議論をするのが生業のような。月に一度は酒を持ち込み、コンパ。
3月に一度は、合ハイ。バスを使うことはなく、電車移動が主。 可愛い女子大生と
胸を躍らせ… ただ、深入りには注意。何やら、変な立志を立ててしまったのが、
壁になっていた? 決めていたら、その後の女性の職場の面白さが半減していた?
 当時の日記を読返すと、第一の居場所が、実家と寮、第二が大学生活… 
クラスと、クラブと、ゼミと、軽井沢のアルバイトの…  その世界が、年々、
広がっていく面白さ、楽しさ。それは、サードプレイスの触媒が多かった。
 リタイアをした結果、自由の不自由が、まず壁になる。未来の照度が暗くなった?
ためか、エネルギーが年々、減っていく。

・・・・・・
6368,閑話小題 〜長岡弁に魅せられて ー2
2018年08月20日(月)
  * 「が」と「〜すけ」の多用が特徴
「長岡弁」のキーワードでネットサーフィンをして、驚くのが多さ。
次々と限りなく出てくる。街中で育ったこともあって、比較的訛りは少ないが、
それでもあるある。必死に消し去るのに苦労した「長岡弁」を改めて凝視するのも
恥ずかしいような気がする。とはいえ、それらの言葉が、心、魂の故郷のような。
違和感もないが、親しみも何も感じない「長岡弁」。言霊は訛りの中に染みつく。
  〜以下はネット検索による〜
≪ ex: 
「そういうことでしょ?」=「そいがろ?」、
「その物体を取って」=「そのがン取って」、
「赤いのが良い」=「赤いがァが良い」、
「何をしているのだ」=「なぁしてが」、
「どういう事なのだ」=「どいがいや」
・理由を表す「〜だから」が、「〜だすけ」または「〜すけ」と使われるが
 これは関西弁の「〜さかい」、北陸弁の「〜さけ」と同じ物。
前回の他の特徴は 仝貳が濁る、上がる(がぁ〜、やぁ〜)
      語尾を強めに発音
  【初級編】
捨てる→ ぶちゃる
 投げる→ ほんなげる(ほげる)
甘いもの→ あ〜めぇ〜がん
おしゃべり→ しゃべくっちょ
あのひと→ あのしょ
だいすき→ でぇ〜すきら
おかね→ ぜん
だから→ だぁ〜すけん
そうですか?→ そいがぁ〜けぇ〜
 そうなのです→ そいがぁいやぁ〜
 やだけどさ→ やらすけさ
 めちゃめちゃ→ だいこっぱい
 【中級編】
おかねをなげるな →ぜん ほんなげんなんやぁ〜
あの人は甘いものが好きなんですよ →あのしょ あ〜めぇ〜がん 
                  でぇ〜すきらっけん
 【上級編】
あなたは何をしているんですか? →なぁ〜なぁ してるがぃやぁ〜
あの人はおしゃべりで困っています →あのしょ しゃべくっちょらすけんに 
                  やらいやぁ〜        ≫

▼ 都会でも、郷土の人を仲間にしていると、どうしても抜けきらない。
 言葉は生きていく上で重要な役割をしめるため、都会暮らしでは一度、抜く
必要がある。地方訛りとチッと違うが、社会人として、『俺』から、『私』が、
一歩目。出来たら、『わたくし』。女性の『わたくし』は、人生をアップ
スケールをしてくれる。次の言葉が丁寧になるから。  〜つづく

・・・・・・
4164, 老年行動学 ー2
2012年08月20日(月)           
 * 自伝的記憶       
     「ご老人は謎だらけ 老年行動学が解き明かす 」佐藤眞一(著)
 最近、思い出す頻度が高いのは20〜25歳の頃のことが多い。当時の日記が
残っているためと思っていたが、その年頃は強い感情が満ち、自由で未来への
旅たちの時節。少しの決断が、人生を大きく左右に分けてしまい後悔も大きい。
多くの自伝的記憶は、この頃がピークになる。あの極度の緊迫感のあった日々は
過酷だが懐かしさが残る。  ー次の部分は、理解しやすいー
≪ 日常のできごとの記憶である「エピソード記憶」のうち、自分の人生に
 関する「自伝的記憶」だけは、20代をピークに、10歳後半から30代前半まで
の青春時代のできごとを、たくさん思い出すのです。なぜか青春時代よりも
今に近い、30代後半以降のことは、青春時代ほどには思い出しません。
この、青春時代の記憶を突出してたくさん思い出す現象を、
「レミニッセンス・バンプ」と呼びます。レミニッセンス・バンプは、老人に
限ったことではありません。中年以降の人ならば、誰にでも起こります。 
では、いったいなぜ、青春時代の記憶だけが突出しているのでしょうか? 
その理由の一つは、「強い感情を伴うできごとは、記憶しやすく思い出しやすい」
という、記憶の特徴が挙げられます。10代後半から30代前半にかけては、進学
したり就職したり、親元を離れたり、友と出会って友情を育んだり、けんかを
したり、恋愛をしたり結婚をしたりと、強い感情を伴うできごとが多くあります。
そのため、それらのできごとが、ことごとく心にしっかりと刻み込まれるのです。
また、親の監視下から離れ、なおかつ重要な仕事を任されることも、養うべき
家族もないといった、社会的責任のない青春時代は、人生でいちばん自由かつ
可能性に満ちたた時代です。親や地域の抑圧から解放され、社会からの抑圧は
まだない。ほんのひととき。その、今は失ってしまった自由と可能性に満ちた
時代に、人はノスタルジアという感情を喚起され、好んで思い出すのです。≫
▼ 自伝的記憶は、その時どきで再編成される。あらゆる可能性に満ちた青春
時代は、老いるほど懐かしいものとなる。俗世の縛りから解放され、そこはか
となく楽しい気分でいられる時間がある老人は、楽しいことを思い出しやすい。
人間は楽しい気分の時は楽しいことを、悲しい気分の時は悲しいことを思い出す
傾向にあるためである。人生のピークは、青春の真っ只中にあるため、その辺
の記憶が鮮明に戻ってくる。 老年は、自分の人生という物語の記憶を校正
している。過去の日々を思い出し、「日々是好日」というより、過去の
「日々是口実」を都合良

・・・・・・
5636,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー最悪の想定
2016年08月20日(土)
   * 最悪の想定
 新しい分野へ一歩踏みこむ場合、そこに不安と、苛立ちが立ちふさがる。
不安状態から、行動にうつるためにはどのようなステップを踏めばよいか。
カーネギーの『道は開ける』では、非常に簡潔な下記の3つのステップを
紹介している。
一、「起こりうる最悪の事態とは何か」と自問すること。
二、やむをえない場合には、最悪の事態を受け入れる覚悟をすること。
三、それから落ち着いて最悪状態を好転させるよう努力すること。
『道は開ける』 〜悩みを解決するための魔術的公式 P.53〜

この道理を、学生時代に読んでいたお陰で、どれくらい難関で、助け
られたことか。特に、最悪を想定し、そこから、計画を設定していく。
創業では、事業失敗からくる自己崩壊の回避である。
 賭け事で、一番確率が良いのが『創業』という。それでも5〜6%の確率。
失敗の94〜95%の想定をして事前に手を打っておかなければ、踏み出せない。
事業整理を、まだ止めときでない時節に、決断を出来たのは、創業計画段階で、
最悪の想定をしていたため。そこが出発点のベースになる。その辺りを「畜群」
には知りようがない。長年かけた人生設計、事業設計など分かりはしない。
 事業の失敗を想定して
・息子も含めて、親戚縁者は会社に入れない
・15%は家内名義の給与を与え、別通帳にしておく
 当然、連帯保証に妻子はしない
・当月の20日締め、月末払い(実質的現金払い)を守る
・手形決済は、問題外
・合法的裏金を長年かけて準備する。例として(会社が私に掛けた生命保険の
 掛金7〜8割が、契約解除と同時に戻ってくる契約で、その期ごとの経費で
 落ちて、その存在は、帳簿上から消える。しかし現在は禁止されている。)
(妻子への無税相続の贈与)などなど。これも長年かけなければ効果は少ない。
 だからこそ、畜群の視線の幼稚さが浮上がって見えてくる。まさかの最悪が
 起るのは事業であり、人生である。 当然、畜群に、その後、次々と酷い最悪
 が襲っているが、本人は、そのことに気づかないから始末が悪い。
『それにしても、まさか自分がネ!』は、同世代なら、全て人の問題である。


7491,読書日記 〜『できすぎた話』 〜4

2021年08月19日(木)

   * 出来過ぎた話を想い反すと、あるある…
 ここで何度か取上げてきたが、出来過ぎた話は、我がことにも、
あるある… …まあ、今さら何をまた…

◉ 関係会社の事務担当女性の名前が、名刺を見て吃驚仰天をした。
 私の名前が八郎。家内が恵子…その二つを重ねた「堀井八恵子」と。
 …嘘のような本当の話。
◉ 兄の名前が三郎。 私の名が八郎で、二人の仲人! 仲人の名が‘与三八’。
 これも出来過ぎた話のような…本当の話。 名前は世界最小の物語とはいえ。
なるほど!兄の連れの名前が恵美子… 不思議の因縁を感じる。
家内と、義理の姉が姉妹のように仲が良いが、良いか悪いかは別の話だが、
明るさと純粋面が共通点。

「縁」とは「因」が重なると「縁」になる! 「何事も準備が重要」という
ことになる。与えるとは仏教用語で、英語のエンド(…と)というが、
好きモノ同士のプレゼントは、与え与え与え切った結果に因縁が出来ていく。
 シリアス過ぎた創業を立志にした人生が良かったかどうかだが… 
充実感だけは残っている。「因」が立志として多くの「縁」が生まれてきた。
常に目先が真っ暗闇なればこそ、光と温みと、冷風、情報・知識に敏感に。
常に集団の空気を読み取り、そこから距離を置くことが常になる。
そうすると、『できすぎた事象』と多く出あう機会が増えてくる。『因』は
『縁』を引寄せる。そして、『縁』が『因』を吸引する。
「できすぎた話」は向うからはやってはこない。自らが近づいているだけ。

・・・・・・
7097,閑話小題 〜歌舞伎町界隈
2020年08月19日(水)
 去年の夏に、NHKで<ラストトーキョー “はぐれ者”たちの新宿・歌舞伎町>
のドキュメントを放送していた(後に、コピペ)。これを切っ掛けにYouTubeで、
多くの歌舞伎町に屯する人たちのインタビューを覗いていた。
 新潟駅前で4棟のビジネスホテルなどを経営したこともあり、抵抗なく、その
実態を受入れられたが、一般社会とは様変わりの世界。オカマから、前科者など
が共生する。幼児頃からの家庭環境が劣悪で、魔界の世界に迷い込み、身動きが
出来ない人たちが多く登場する。

 華やかに見える世界の裏には数多の『訳あり』の人生が隠れている。
沸騰する釜戸の上で、何とか生きている若い女性を助けたいとボランディアを
する40歳絡みの女… 話のつまりが、両親の不和からくる家庭崩壊。そのシワ
寄せが、子供に来る。夫婦関係だけでなく、舅・小姑関係も絡み、それは複雑。
拗れた家の子供の言い分など誰も聞いてくれない。
性欲を抱えた人間同士が、その中で、生抜くことは、それは大変!

 その中で、昨夜、みたのが、ボッタクリ・バーの生現場の中継。撮る方も、
危なそうなのが、御上り風に変装し、一人😳きり3千円のキャッチにつられて…
僅か40分で二人で12万円。ママの「私も一ぱい」も、一杯ではなくて、
「一ぱい(多く)」と! …その後に店長とおぼしき男が登場し、凄む!
一人一万で何とか切りぬけたが… …映像の世界は、脅す方も危険が潜む!

 その手の女性の過去も… 売春、薬物禍、暴力一家と、その背景は似ている。
買春で食繋ぎ、薬に溺れる。そこに絡むのがヤクザ!まず魔界には近づかない!

・・・・・・
6367,閑話小題 〜何やってんのか!
2018年08月19日(日)
   * 3日間×160人に対し、老人一人×20分
 160人の捜策隊が3日間かけて、発見されなかったのが、他県の78歳の
ボランティアに、20分で発見された…のニュースに何か違和感が残った。
それも発見地点が不明地点から500mというから、捜策隊が何をしていた?
<親に日頃から見知らぬ人と話さないよう注意を受けて隠れていた云々…>
とかが考えられるが、警察犬や、ドローンも使っていただろうに… 
ところが何故か、捜策隊に対する非難が聞こえてこない。ボランティアの
老人に特殊能力があったのか、捜査隊が甘かったのか。
  〜ネット記事によるアラマシとは〜
《 山口県の周防大島で行方不明となったのが、藤本理稀(よしき)君2歳。
 12日の午前10時ごろ、祖父とお兄ちゃん(3歳)と400m離れた海岸で海水浴を
楽しんでいた。すると、理稀君は一人で「帰る」と述べた。100mは大した
距離ではないから、祖父は一緒に寄り添わなくていいと思った。その結果、
行方不明に。3日間×160人の捜索に対し、老人一人が何と20分で発見。
 藤本理稀ちゃんの発見時に一緒にいた老人は、14日から現地に来ていた
78歳の捜索ボランティア。誘拐の線も考えられたが、発見直後に撮影した
エックス線写真に、胃の内容物が写っていなかったため誘拐の線が消えた。》

▼ 至近の誰か?曰く、『大部分の高給?の人たちが、3日もかけて発見され
 ないのは、どういうこと? …それも部外者に20分で発見されるなんて大恥!』
 この問いかけへの私の答え、『飢えた野良猫一匹に対し、訓練された犬の
群れが遥かに劣っていた証明? 餌(捜査対象者)への嗅覚が効かなくなって
しまった上に、見ているのが仲間と、内なる事情(盆休の心配)のみ。娑婆って
のは、えてしてこんなもの!』。マスコミも、現場の大変さ分かっているため、
下手に非難が出来ないのが実情。
 
〜ネットサーフィンの中で、なかなか味な教訓があった。恐らくアメリカ発?
  「子育て四訓」
 乳飲み子は肌を離すな
 幼児は肌を離して 手を離すな
 少年は手を離して 目を離すな
 青年は目を離して 心を離すな

基本中の基本である。中学校の担任の退職時に私に問いかけてきた、その時も、
矍鑠としていた両親への深刻な「怒り」。この逆をやられて、振りかえ見れば、
「自分の人生は無かった!」。
これに成年になったら、目も心も離せ! を加えたくなる。

成るほど… 世界の金持ちに子弟は、以下のような理想的?教育をしている。
<朱に交われば赤くなる> 世間にドップリ浸かった家庭より遥かに良い!
 問題は金のストックと、フローになりますか? 資本主義だよオッカサン!

――――
2018/07/09
閑話小題 〜今年も半期の終了 −7
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 検 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 様々な授業を紹介していたが、「地理」が、非常に面白い。
マダガスカルの貧困問題の扱いの切口が良い。同じような年代の真逆の立場の
少女の悲鳴に似た訴えを紹介し、キーワードを幾つか提示して、考えさせる。
ある生徒の一日の使用水道量が、マダガルカルの少女の運ぶ数十、数百倍の量と
知らしめる。

≪ 地理ではリーダーシップというテーマをもとに、アフリカのマダガスカルの
 水問題についてケーススタディをします。水を得るために一時間かける女性。
安全とはいえない水を19L頭に抱えて女性は水を運びます。それを一日に3〜4回。
マダガスカルは貧困を抱えています。先生は女性が持っていたのと同じ19Lの水を
用意し生徒に運んでもらいます。生徒たちと同じ年代のある女の子(ララ)は
最貧の地域に住んでいます。ララは靴もなくはだしで泥道を水くみに出かけます。
ララは次のような詩を詠みました。
< 私の一日もあなたの一日と同じだったらいいのに
  学校に行って勉強して公園で遊ぶの
  頭に浮かぶのは蛇口をひねるだけで出てくるきれいな水
  歯磨きしてシャワーを浴びるのもいいわ >
地理の先生は生徒たちに問いを投げかけます。生徒の一人が自分たちは水を
無駄遣いしていると言いました。またある生徒はどんな気持ちか想像します。
ある生徒はその水はどんな用途に使うのか質問しました。先生はララのお母さんは
子どもたちの面倒を見なければならないので水を運ぶことができないと言いました。

地理の先生は貧しい地域の人々についていくつかのカードを示しました。
 •公衆衛生
 •子どもの健康のケア
 •教育
 •栄養
 •疫病の予防
 •食の安全確保
 •妊婦の健康ケア
 •住宅環境
 •女性の社会進出

自分がリーダーならどのキーワードから優先して取り組むか生徒たちは考え
三人一組で話し合いカードを優先順に並べます。女生徒のグループは妊婦の健康
ケアが一番大事だと答えました。多くの生徒が女性の社会進出は優先度が低いと
考えました。先生は女性の社会進出が進まず地位が低いままで職にも就けなければ
一番大事だと言った妊婦の健康ケアは改善されるのか?子どもを産む機械として
利用され続けるだけではないかと問題を投げかけます。女生徒はまず力を持つ
男性とともに解決し… …わからないと答えました。地理の先生エリオット・
グリーン氏は裕福な家庭の子供たちが旅の経験や両親の仕事、授業から学んだ
ことを議論してもらい、将来持つであろう財力と影響力で世界が直面する問題に
取り組んでもらいたいと語ります。

生徒たちは年十三カ国を旅して自分の目で世界を知ります。
キリマンジャロへの登頂に挑戦することもできます。   ≫


▼ 半世紀近く、早朝と、午前中に数時間の読書習慣を持って、それまでの基礎
 知識不足をホローしてきた。受験システムに縛られ、自らも格付けをしていた
愚かさに気づくことが、第一歩であった。英会話能力や、対話力、文章化能力は、
付け焼刃では、直に欠けてしまう。このような指導と、長年かけたベースの知識が
必要となる。その理想形の教育システムが、これ。 このスイスの寄宿舎が素晴
らしいのは、スイスが長年、中立国家で、権力者の手前勝手な価値観から、解放
されていることが重要である。「何が英国王室だ、日本の天皇だ。」を、スイス
の山麓で気づくこと、それが、教養ということ。そう、それぞれの内側から
見えている世界としての世間だけでなく、その真逆の視点に気づくこと、多様な
世界を知ることの必要性に気づくこと。特に、ネット社会こそ、理想形の、知識
獲得が必要になる。「クールヘッド、ウオームハート」こそ、情報化社会の絶対
条件といえる。 でないと、世間人の典型の、「ウォームヘッド、クールハート」
で、近所の500mを、徘徊するだけで… あれらは小池のホワイト・ナイトですか。
薄汚れて、愛嬌を振りまいて生きる姿も良し、外の世界で汚れたダーク・ナイトの
生き方もある。どのみち、同じでしかないが… 地球外生命の眼で、宇宙の彼方
からの生命体の視線で見る世界は、何と、綺麗で、明るく、刺激に満ちている。
早朝の自転車散歩で、大手大橋上をイオンよりから、ヒキチャリをしながら、
見える信濃川と、旧市内と、その向こうに見えてくるパノラマは、正しく、宇宙舟
からの視線のようである。スイスと、ロッキーの山並みに近い絶景とさえ思える
光景である。世界の絶景を知ればこそ、これに気づかされたこと。足元の世間の
素晴らしこそ、気づかないと… 52回目のチャレンジで、スイスアルプスの
向う側のイタリア・アルプスに行ってみたくなってきた。 
問題は、腰痛など体力と、固くなった頭と、気合。
 で、これまた偶然、丁度よい脈絡として、以下につづく。

・・・・・・
5959,閑話小題 ―帰りの宇宙船内で 〜5 人生の元をとったかい
2017年07月09日(日)
   * 人生の元をとったかい
 ふと気づくと、学生時代の友人だったAが、隣に座っていた。30年前に
脳梗塞で亡くなった男だが、突然の死で、当分の間、成仏できなかったようだ。
 開口一番『人生の元を取ったかい?』と問うてきた。
 A君が言うには、
『人生の最も美味しい時節の前に、突然終えたのは残念。成仏出来ないまま、
見えていた情報化時代と、ソ連と東欧の共産圏の崩壊の時代に立ちあえた君ら
が、羨ましい限り。あと、老いた父親から強引に実権を取ったことも。』と。
ここでは故人の愚痴の聞き役になっていた。幸せを絵にしたような男だったが…
『堀井な〜。生きている内だよ人生は。それも日常の平凡と、それとは別の
非日常でトリップする経験の組合せを、楽しむことを心掛けることだよ。
それと、孤立でも、孤独でも何でもいい。自分を閉じ籠めて、暗闇の漆黒を
味わうことだよ。そうした分、外の世界の輝きが違って見えてくる。地球は、
広く、深いと、つくづく思うよ。地球は極上の観光名所であり、そこには、
地球自身がつくり上げた大自然と、人間のつくり上げた文明・文化もある。
 それらと可能な限り、触媒し、直感し、味わうことだよ。自分は現実に
溺れ過ぎて、一番大事なこと、平凡の日々と、トリップして現実から離れた
時空を味わうことが、あまりに少なかったよ。』 といって、消えていった。
フッと気付くと、宇宙船が消え、宇宙の漆黒の中、魂だけが独り漂っていた。
30年前に、新潟駅前で事業をしていた時の不動産屋社長で、町内会長だった
酒友で古町を月に一度、10数年、飲み歩いた人と、私の母親の二人への質問
と同じだった。二人とも、「よくぞ聞いてくれた」と?、急に顔色が輝き
だしていた。 老いるに従い、「人生、これ果たして良かったか、悪かった
のか」の自問自答が深くなる。良し悪しとは別に、充実した人生かは、本人
の心の問題になる。2人とも、『とったとった充分とった!』であった。
2人とも、当時70歳後半だった二人の共通点が、何れの時点でも人生を
楽しんでいた。太平洋戦争の最中、何とか家庭を支えて生き抜いてきた。 
その質問を、学生時代の友人が、私に質問をしたのには驚いた。そして、
私の答えも同じ『充分とった!』。

★ 後記= で、偶然だが、以下に続いていく。あの世だけでなく、
 娑婆も漆黒の闇である。 偶然にしても、少し気味が悪い… 

・・・・・・
6000,「心を震わすことが、考える出発点」
2017年08月19日(土)
           ー「ひとり達人のススメ」山折哲雄著―
   * 「まずは、心を震わすこと」
 学生時代の卒論『流通革命論』を書くため、1ヶ月ほど大阪・船場の衣料問屋
に住込んだことがあった。最終の夜、慶応出の社長に、北新地のクラブで、
「若いうちに、感動、感激する能力を養うこと」と教わった。その後の生き方
に大きな教訓になっていた。 前年の21歳時の『30日間の欧州一周旅行』の
感激・感動経験が何ものにも替えがたいことを改めて知った。 次々と息を
つかせない衝撃的感動が、その後の人生を大きく変えることに…。
そのためには、まず己の感覚が研ぎ済まされていること。
そして、自分の意思で、そこまで辿り着かなければならない。
(今ではTV・ネットで、比較的楽に様ざまな場面に立ちあえるが…生体験は違う)
  〜その辺りから〜
≪「ヤイコシラムスイェ」。直訳すると「自分自身に対して自分の心を揺らす」
 ということから「考える」というアイヌ語。「ヤイ」が「自分自身」のこと、
「コ」は「に対し」、「シ」は「自分の」、「ラム」は「心」、「スイェ」が
「を揺らす」になる。 考えるということは、単に頭で考えるのではなく、心を
揺らすほど感動することであり、魂を振動させることだと、アイヌ語は教える。
現代の私たちは、考えることを、論理を立てて、合理的に、言葉で思考を構築
していくことだと思っている。それは大切だが、もっと重要なことがあると、
このアイヌ語が教えている。… … 戦後教育は、知識を教えるだけ、詰め込む
だけだった。その前に「考えること」を教えることが必要で、それは要するに、
感動することを学ばせるということだったはず。≫

▼ 振りかえ見れば、人生の大きな境目が、この旅行。その後、数限りない感激、
 感動体験をしてきたが、この感動体験があればこそ。 20歳・21歳の立志と
感動体験と、幼児期の家族単位の創業体験が、私のアイデンティティ。それらが、
好奇心を補強しているような。 その頃から、絶対的読書量の少なさを実感し、
早朝読書を始めていた。現在、TVのYouTubeで、過去に感動した旅先や、絵画を
観て、感激・感動の追加経験をしている。これが現場の再体験の感覚となり、
綺麗な画面と雰囲気が、視聴するというより、追体験を現実にしているような
感覚になっている。今ではVr(バーチャル・リアリティ)で、より深い追体験が
可能の実体験をしているような。〜で、以下の同月同日の文章に続く…
 好奇心は、何故か、今でも衰えがないが、「馬鹿は死ななきゃ、直らない」
今でも遅くない。図鑑でも、買いますか。「…ったく、頭の悪いのだけは!」
――
5635,「賢い子」に育てる究極のコツ
2016年08月19日(金)
          <「賢い子」に育てる究極のコツ:瀧 靖之 (著)>
   〜まずは、内容紹介より
《 本書は、16万人の脳のMRI画像を解析・研究してきた瀧靖之先生による、
 脳の力を最大限に伸ばす子育ての本です。 世界最先端の脳研究から、
「ぐんぐん伸びる子」と「そうでない子」の差が見えてきました。
「頭のいい子」「能力の高い子」は皆、好奇心のレベルが他の子どもより高い。
  好奇心を伸ばすコツは、たったの3つ。
「秘密道具1ー図鑑」
「秘密道具2ー虫とり網」
「秘密道具3ーピアノなどの楽器」を子供の成長に合わせて取り入れていく
ことで、その子は学ぶことや知ることがもっと大好きになり、脳はみるみる
賢く育っていきます。さらに脳の発達に合わせた習い事で、芸術的センスや
運動能力・語学力も伸びやすくなります。 》
▼ 結論からいうと、賢い子に育てるには、「好奇心」の強い子に育てること。
 そのために、まず身の周りの自然などが分かりやすく掲載されている図鑑を
与えるのは道理。 また、昆虫採取などの実体験は必要。音楽の演奏もいい。
「人生最初の習い事は?ピアノと英語なら、ピアノが勝ち!」という。
「賢い子」と「成績の良い子」はもちろん違う。本当の意味で「賢い」とは
「自ら進んで学習する能力がある」ということ。子どもの脳は、学校の勉強
だけでなく、人間関係や社会についてもさまざまなことを日々「学習」
しながら成長する。『二人の息子の部屋に、百貨図鑑を置いていた。暇だと
何時も見ていた』と家内は言う。 下の子にはピアノ与えた。 二人とも、
ゲーム好きで、少し嵌りすぎたきらいがあった。
 7〜8歳の頃、近くの大学生だった従兄弟にバイオリンを勧められ、
『教えてやるから、バイオリンを買ってもらいなさい』と・・ 
で、父親に頼むと、即刻、『駄目!』と拒否をされた。あの時に父に、
『何があっても、止めない』ことを条件にバイオリンを始めていたら、
人生が変わっただろうにと、40歳を過ぎた頃から思い返してきた。
両親の素養も必要ということ。尤も、バイオリンは私には向いていないが。
幼児期に、真に受けて始めていたら、人生は変わっていたはず。
 レコードと本の購入は、フリーで、何も言わなかった。

・・・・・・・
5270,閑話小題 〜久々の大物が出現
2015年08月19日(水)
   * 久々の大物スターアスリートが出現


7490,読書日記 〜『できすぎた話』 〜3

2021年08月18日(水)

   * 娑婆には出来過ぎた話が満ちている
 この世には、「あと講釈」がある。 評論家の講釈をよく聞くと、これ。
その道の権威とかを持つ人が、言うからこそ、口車に?のってしまう。
しかし、知らない人には、それでも裏話があればこそ…が、多いということ。
 このパンデミックも然り。ロシアがアメリカ大統領選挙で、白人第一主義者の
トランプを援護し、当選させ。中国が、何やら怪しげなコロナ禍… これ以上は、
書かない方が… その間の政治的空白に、シナ海に人工島を創り、領有を宣言。
出来過ぎた話で、香港を完全領有化を勧めるため法律を変え…?? 
 落日のアメリカの物語に、右上がり中国! というシナリオ。
ロシアも、元KGB上りの大統領が権力を掌握し、暗殺と弾圧で独裁化に成功。
これまた出来過ぎた話になる。国内では、薩長が明治以来の権力を維持して、
それを乗越えることが出来ない状態がすすむ。
 出来過ぎた話といえば、終戦時代の我々の世代。 …「できすぎた話」。
嘘のような本当の話で、バブルにのり、めでたく定年を向かえて現在に至る。
気の毒なのは、そのツケを払わせられる次世代の人たち。何があっても、勝組に
踏ん張らないと、それは高くつく。
 
・・・・・・
7096,閑話小題 〜パンデミックがもたらす経済的打撃!
2020年08月18日(火)
   * GDP ▼27・8%の衝撃! 
◉ <内閣府が17日発表した4─6月期国民所得統計1次速報によると、
(GDP)は前期比▼7.8%、年率換算で▼27.8%となった。
民間最終消費支出は前期比▼8.2%、民間設備投資は同▼1.5%。>
◉ <日本百貨店協会が21日発表した6月の全国百貨店売上高は、既存店ベース
で前年同月比19.1%減だった。 緊急事態宣言の全面解除を受けて、5月の
65 .6%減から大きく回復…> とのニュースに、然もありなんと驚きも
しなかった。
◉ アメリカのGDPは▼33%、欧州連合は▼40%と更に深刻!
 
 インフルエンザよりもはるかに弱毒で重症化リスクの低いウイルスでここまで
経済が崩壊したのは、煽ったマスコミのせいも少しあるが、やはり、ことは重大
事態。 このパンデミックが国内だけでなく、世界の問題であるため、歯止めの
目途がたたないこと。
 表立ってはないが、社会的安全距離も小型故にとり様がない駅周辺の居酒屋、
スナックなどの店舗。今さら転業も無理。数年前から、息切れをしていた店舗が、
この8月超えから一挙に閉鎖が表立ってくる。 世界観光地の店に同様の現象が
生じることになり、世界中が、この話題に一喜一憂をする。
 これまで、何の疑いなく世界をツアーを使い、駆け巡ってきたが、
これも当分は無理になる。70歳代半ばになるのだから諦めもつくが…
若い人たちは、その直撃を経験する。
 :追:以下のサードプレスが、このパンデミックで全滅! 欧州では、
バール。日本では居酒屋文化が直撃! 何ともうら哀しい時代の到来! 
特に群れを根底に持つ日本文化は、居酒屋文化無しの一匹狼もカタナシ。

・・・・・・
6729,読書日記 〜『サードプレス』 ー2
2019年08月18日(日)
       <『サードプレイス』―― コミュニティの核になる>
 サードプレスといえば、スペインのバール文化。都市の繁華街、田舎の
街の中心地には必ずと言ってよいほどある。昼時、夕暮れ時に自然と人が
集う場所。日本の居酒屋と違うところは、家族連れや、若者、女性が、加わる
ところ。それと値段が格安。それぞれの店の多様性と奥行きの深さは、濃厚な
空気を漂わせている。何やら世間話で花を咲かせている。料理は、日本人好み。
それにワインか、ビール。とにかく楽しそうだ。家、職場、そしてバールの世界。
まず思うことは、金が続くこと。それが可能なだけ安いとしても。
 ――
  〜Amazonのトップレビューより〜
≪"サードプレイスというのは、‘家庭と仕事の領域を越えた個々人の、定期的で
自発的でインフォーマルな、お楽しみの集いのために場を提供する、様々な公共
の場の総称である’1989年に発刊された本書は、都市生活における孤立への警鐘、
そして人間中心の社交場の復活を提唱していて興味深い。‬
 個人的には、ここ数年はいわゆる【場づくり】のイベントへの登壇やコミュニ
ティスペースの相談を受ける事が多くなってきた中で、本書は【だったら!ちゃん
と読んでおかなければ!】と以前から内心思いつつも【値段とページの分厚さ】
に正直、敬遠気味であった中、今回、ようやく覚悟を決めて(笑)手にとりました。

さて、本書ではジェイコブズが【アメリカ大都市の死と生】(こちらも"まちづくり"
関係者の間ではバイブル的な本ですね)で指摘した都市開発の問題点の後に続くかの
様に、家庭や職場以外の楽しさを大切にした【誰にでも開かれた平等な場所】
としての『第三の場所』の必要性をドイツのビアガーデンやイギリスのパブ、
フランスのカフェ文化の変遷を紹介しながら"ややノスタルジックに"指摘して
いるのですが。随分と昔ですが。ドイツ、イギリス、フランスのそれぞれの
場所を実際に私自身も訪れたことがある為、記憶に懐かしくも、あらためて
新鮮な学びとなりました。  ≫
 ――
▼ 勤務先、仕入れ先、観光地で、まず探すのが現地の居酒屋。
‘店頭が 醸し出す空気は嘘をつかない’は8〜9割正しい!人間は集う動物。
他人の下ネタ、失敗話、死に話が主な話題に。 とどのつまり、
<俺たちは大したことないが、あれ程に酷くはない。他人の何は蜜の味。万歳!>
てなところ。臨時裁判所が、即席で出来上がり、検事役、弁護役、判事役が、
その都度、変わっていく。そこは、娑婆の憂さの捨てどころ。そう、第三の
無責任の溝沼の温みがある。 鬼は外、福は内、目出度し目出度し! 
そして、ある日、死神に曳かれていく。『まさか、自分が!』の絶叫を残し。

・・・・・・
6366,映画評 〜若者向きのゾンビ映画ですか
2018年08月18日(土)
   * 映画評: 『カメラ止めるな』
「他におもしろそうなのもないし」と妥協して見た映画。驚いたのが客の多さ。
120人はいただろう。女・子供が主だが、年代はバラバラ。 それが面白い。
B級映画で、B級映画館で上映されていたのが、圧倒的若者の人気に格上げされ
全国版になったユニークな映画。
 
 〜まず、映画解説から〜
< 映画専門学校「ENBUゼミナール」のワークショップ「シネマプロジェクト」
 の第7弾として製作された作品。 前半と後半で大きく赴きが異なる異色の
構成や緻密な脚本、30分以上に及ぶ長回しなど、さまざまな挑戦に満ちた野心作。
「37分ワンシーンワンカットのゾンビサバイバル映画」を撮った人々の姿を描く。
監督はオムニバス映画「4/猫 ねこぶんのよん」などに参加してきた上田慎一郎。
 とある自主映画の撮影隊が山奥の廃墟でゾンビ映画の撮影をしていたが、
そこへ本物のゾンビが襲来。ディレクターの日暮は大喜びで撮影を続けるが、
撮影隊の面々は次々とゾンビ化していき…。
 2017年11月に「シネマプロジェクト」第7弾作品の「きみはなにも悪くないよ」
とともに劇場で上映されて好評を博し、18年6月に単独で劇場公開。当初は
都内2館の上映だったが口コミで評判が広まり、同年8月からアスミック・エース
が共同配給につき全国で拡大公開。>
―ネット時代の口コミ効果―ということ? 
  〜レビューより〜
<「つまり、監督やスタッフはわざと下手な風に撮っている。
そして、ところどころ謎なシーンが出てくるけれど…それも伏線だということが
想像できてしまう。 このあたりは何も知らずに見に行った方がいいよね。
『あ〜…また変な映画か』と思いきや…という意外性が楽しめるからさ。
そして本作はコメディということは、だいたいこの手のパターンで言えばこう
くるのかなぁ……というのが想像できる
しかも、劇場内ではリピーターの客がシリアスなシーンでもゲラゲラ笑っていて…
ということは、このシーンは何らかのコメディが裏で発生しているということ」

▼ ハリウッド映画が主のため、時どき邦画にするが、何かしら新鮮味がある。
 若者向きのエログロ映画が、前半。一度、終わり、キャストの名が流れた後、
暗幕に、そしてしばらくして「その一月前」の字幕が。 後半が始まる。
制作者、監督サイドの目線の物語に入っていく。前半が過激だった分、観客
サイドは、ホッとした気持ちになる。前半の異様な世界が、出たとこ勝負の内側
の事情と絡ませて、観客を引きこんでいく。期待しなかった分、甘くみて90点。
毎日が面白くてたまらない。特に金曜・土曜日は、たまらなく楽しい。

・・・・・・
5999,閑話小題 〜トランプ劇場
2017年08月18日(金)
   * 事実は小説より奇なり
 国際政治が、ブラックコミックの様相を現してきた。私流に言わせると、
< ソ連崩壊前のKGBの一員が、スパイの手法を活用してロシア大統領に上り
 つめた。政敵を闇のうちに葬るのはお手のもの。それを国政政治でも通用
することを知り尽くしていれば、彼の思惑どおりに世界を操ることが出来る。
そのひとつが、アメリカ大統領選で泡沫候補の白人ファースト主義のトランプ
を国家単位で勝たせること。黒人の大統領と、女の国務長官に長年、不満を持つ
白人主義者は、こぞってトランプを支持した。それを国家単位のスパイ総動員で
後方援助をして思惑どおりに大統領に祭り上げ、国家分断を目論んだ。それが、
アメリカ建国以来の最低、最悪の大統領の下で、ハリウッド映画並みの分断が、
連日のデモ。 ロシアのスパイ上がりプーチンが、北朝鮮に、ミサイルと核の
技術を与えて、米韓日と北朝鮮の戦争をあおっている。 >

 面白いと笑ってはいられない重大な局面であるが… 世界大戦を狙う、
武器商人のシンジケートにとって、これ以上の機会はない。「世界は理性より、
感情で動く」を地でいくフリをしたトランプにとって、北朝鮮戦争は神風か?
中国も然り。北朝鮮は、疲弊した中国経済と、世界進出の隠れ蓑になっている。
 で、私の結論は、「戦争か暗殺」は必然。
クリントン女史の大統領より、トランプが遥かに面白いことは確かだが… 
――――
2017/08/14
閑話小題 〜第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
   * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。
第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に
優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。
まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、
次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位
の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。
戦争は、そういうもの。 但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、
直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う?
「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦
直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。
 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。

――――
2017/05/20
『しあわせ仮説』 −8「純粋な悪」を、トランプ大統領にみる
            『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著
   * 諸悪の根源は「純粋な悪」
 哲学的に表現すれば「素朴な実在主義者」の心のありよう、有りていに言えば、
「大人、子供に見られる表層の現象で決め付ける幼稚な精神と知能の持ち主」。 
幼稚な心は、自分たちの世界を破壊されることが「純粋な悪」。誰の心にもあ
「純真な心」でもある。それ故に猛毒を含む。 このフィルターで、世界を単純
に切り取ると、これが面白い。
 ー今回は、アメリカの白人の本音、「白人至上主義」ー
黒人のオバマに対して、2期・8年間、不満を持っていた比較的恵まれない白人層
にターゲットを絞り、ロシアの間接的?援助も加え、まさかの泡沫が当選した。
そ素朴な白人優位主義と、有色人種への偏見を前面にうち立てたトランプ。
全くの政治に素人である。純朴に、白人の優位性を脅かすことを「純粋な悪」
とする彼らの偏見は、グローバリズムに逆行する側面がある。これは、他民族を
受け入れてきたアメリカの理念と逆行する上に、ナチスの思想にあい通じる。
そろそろ、これに気づきだした国民に弾劾され処分されるのは時間の問題… 
 世界は白色、赤色、黄色、黒色の順の人種差別が歴然としている。その露骨に
現われ出ているのがインドのカースト制度。4層が、さらに細かく500層になって
いて、その網目から逃れることが出来ない。何せ3千年かけてつくり上げた階級。
交通事故で、最下層の被害者に対し、日常的に轢逃げが罷り通っているという。
 ISは赤色人種のイスラム原理主義を忠実に守り、それを守らないのは、
「純粋な悪」として殺害か奴隷というから恐ろしい。対する欧米は白色人種を
中心に国力に比例した序列がある。日本は地政学的に、白色(米国)側の、黄色
のポチ。ドス黄色の中国には、島国のため、独自のウス黄色だったため、ポチ
として、庭先の犬小屋に番犬?として、敷地内に飼われている? 白人至上者
から見れば、こんなもの。で、逆オバマ効果で、こんな人物を大統領にした。
 としても、日本は飼主がどうであれ、忠実な犬を装ってないと、エサの配分
が減らされる。門から外に出ようものなら、直ぐにドス黄色・中国の攻撃対象
になる。ふ抜けた日本の「純粋な悪」は、他国からの「侵略と、戦争」。
「平和憲法の改憲」である。何せ72年前に三百万人が亡くなっている。
ポチでも何でも、目立たないように犬小屋で大人しくするしかない。
バナナ(外が黄色で、中が白色)とか、イエローモンキーと言われようが、
ただ大人しく、忠犬を装うしかない。何?としても、大統領の一存で、
「沖縄は中国に、北朝鮮はアメリカに」の取引で、中国に売り飛ばされない
とは限らない。取引を業とするトランプなら、ありえない話ではない。
――――
2017/05/04
『しあわせ仮説』 −3 〜素朴実在論と、純粋悪
           『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 
   * 純粋悪
《「純粋悪は、素朴実在論の究極形態である。これが、大半の長期的な
 暴力形態の循環の究極的原因である。無差別殺人など、その犯行動機で
よく言われる、
 貧困のせい、虐待のせい、格差のせい、環境のせい、etc...
そんな外的要因(不純物)が存在しない「悪」。そんなものが無くても
成り立つ「悪」。 純粋悪=完全悪を「純粋悪」という。》
《 哲学で、私はよく世界が幻想であるという考え方に遭遇した。それは
 深い意味がある。20年間道徳心理学を学んだ末に、理解できたように思う。
人類学者のクリフォード・ギアツは、
 <人は、自分が紡いだ意味の網目に吊るされている動物である>と書いた。
つまり、私たちの住む世界は実際には、岩や木、物理的な物体から構成されて
いるのではなく、侮辱や機会、地位の象徴、裏切り、成人や罪人で構成されて
いるのである。これらはみな、人類の創造ぶつであり、それなりに存在するが、
岩や木が実在するという意味では実在しない。 これらはバリーの
『ピーターパン』の妖精のようなもの。あなたが信じるときにのみ存在する。》

▼ 個人も、集団も、その純粋悪に気づかない。北朝鮮が、この現状。
 素朴実在論は、この毒である「純粋悪」の汚染の自覚も持たない。
トランプ大統領も、金主席も、自分が素朴実存主義者という自覚がない。
世界を、日米韓を純粋悪のバイアスで見ている。 (逆も言えるが)
目的は手段を正当化するが、そこからも「純粋悪」が派生する。
カント倫理学における 根本的な原理であり、無条件に「〜せよ」と命じる
絶対的命法に似ている。私は、我々は絶対正しく、「外の人」は、所詮は
旅人、時間が経てば消えていく。しかし、消えるのは? そう呟く人たち。
 9・11事件のテロリストの行為の理由を「私たちの自由への憎悪」と述べて、
驚くべき心理洞察の低さを露呈した。アラブ諸国の長年にわたる屈辱と怒りの
歴史から出ていることを、一概にした市民を大量殺戮にするに至った。
知識も知恵も経験も少ない私たちは、素朴実在論を述べ、「純粋悪」の毒を
吐くしかないが、そのことを少しでも自覚できるかどうか。そのためは、
独学でいいから自分の世界を広げるための知識と、新たな経験を必要とする。
・「純粋悪」もピーターパンの妖精のように、「素朴実在論者が、純粋に
悪と思っているなら、存在している」ことになる。 それで自分を縛り付けて
牢獄の罪人に押し込んでしまう。しかし、牢獄が全世界なら、知らないまま
消え去るなら、それはそれで人生の完結になる。全て、自分自身に言えること。
――――
2017/04/18
世界がもし100人の村だったら お金篇 〜1
     『世界がもし100人の村だったら お金篇
         〜たった1人の大金持ちと50人の貧しい村人たち 』
             池田 香代子 (著), C.ダグラス・ラミス (著)
    〜まずはAmazon(内容紹介)より〜
≪ 「お金」を糸口にすると、世界の仕組みがよりリアルにわかる!
   累計160万部のシリーズ最新
 世界のGDPは2000年からの15年で2倍以上になりましたが、
貧しさはなくなりません。
 世界がもし100人の村だったら
1人の大金持ちの富と 99人の富はだいたい同じです。
なぜ、そうなったのでしょう?

 イギリスのEU離脱、トランプ大統領就任……
新しい時代に生きるわたしたちが知っておくべき世界の実態を
わかりやすい数字と解説で紹介する 新『100村』の「お金篇」、緊急出版! ≫
 ―― 主な個所を抜粋 ――
▼ 出版以来、15年経過するが、
・ その後の世界はネットが飛躍的に普及し、
 世界の半数近くがネット環境を持つようになった。
・ 人口は60億人から73億人と20%増加。
・世界のGDPは2倍以上になりましたが、貧しさはなくならない。
・100人のうち、
 26人が子供で
 74人が大人で、
 8人がお年寄り
・60人がアジア人で、
 16人がアフリカ人で、
 13人が南北アメリカ人で、
 10人がヨーロッパ人で、
 あとは南太平洋地域の人です。
・54人が都市に、46人が農村や砂漠や草原に住んでいる。
 その都市に住む54人のうち12人がスラムの住人です。
・33人がキリスト教
 23人がイスラム教
 13人がヒンドゥー教
 7人が仏教を信じている
 18人が、ほかのさまざまな宗教を信じているか、
 あるいは何も信じていません
――
▼ 僅か15年で、世界の人口が2割も増えているとは驚き。
 このままいけば20年数年後に100億人になる。地球にとっては
異常な人口過剰状態になる。そこで起こるのが何らかの自然淘汰。
そして現在起きている一強多弱の世界。そこには当然、争いが多発する。
「お金は、剥き出しの真実」とすると、この<お金篇>は、
シリアスの世界を、そのまま写しだすことになる。 〜つづく


7489,閑話小題 〜娑婆娑婆…

2021年08月17日(火)

   * ロシアのスターリンも、ナチのヒットラーも最初は…
 そろそろ最期の総括に入る時節で想うことは、最初は、あれほど残酷無比で
なかったのが、戦局が厳しくなるにつれて疑い深くなり、粛清を繰返す中で、
凡庸な独裁者に変っていった。現在のロシア、中国の独裁者も、似た道を歩もう
としている。身内の敵を一括りにして、収容所に隔離をして、奴隷化をして、
無料の奴隷を確保して、財源にする。こういう決断が可能になるため、政治を
握るものとして、断行可能な利点がある。最近、表向きは変われど、7割方は
実質的奴隷層が存在している。イギリスの労働階級である。 ここに一度、
陥ると回復が難しい。中国は、猛勉強をして共産党員になる道が開かれている。
 日本は、東大、京大、早慶に好成績で卒業し、有名会社を卒業するか、高級
公務員などのコースが容易されているが、これも確率が低い。
 
 権力者は、独裁が夢! インドなどは、いや欧米もか、肌の色そのままが
社会的階級を決めている。もっとも、日本でも、そう。住む場所が上の手、
下町があり、江戸時代から、階級が決定づけられている。
 初対面で、まずは住む街を聞き、両親の職業と、その階層を聞きだす。 
それが面倒ならば、ブランド品を身に付け、言葉使い方に注意する。
 私などの地方出身者が上京して、実際に住んでみて、驚かされるのが、
日本的カースト制度がリアルなこと。天皇様は皇居にお住まいになり、外出は
パトカーで優先されて… そして、その周辺は、皇室利権を少しでも肖ろうと… 
僧侶からして純粋に、この時代にそぐわないと体制を変えようにも、千、二千年かけて
造られた奴隷層ほど頭が固いため、何ら不思議と思わない。
江戸時代までは戸籍かわりの人別帳を握り、仏の名を利用して好き放題!
 …狙いは人の好い、檀家の財産。そして残香の後家狙い。
功徳とは、よく言ったもの。

・・・・・・
7095,閑話小題 〜中国に何やら異変が?
2020年08月17日(月)
   * コロナ禍以降、中国が変!
 アメリカのトランプが大統領になって変なのは、今さらだが、中国も右倣え。
緩和地帯の香港の実質併合である。これで、世界を敵にまわしたようなもの。
トラの再選の画策を図ったことと、コロナ禍の責任から目を逸らす画策もある!
コロナ禍など様ざまな憶測があるが、それに耐えうる国力が有ろうはずがない!
武漢の市場から発生源した事実。怪しいといえばイラン。ナンバー2を殺され、
その直後に、ウクライナ航空がイランに撃ち落とされた。 イスラムには、
≪目には目を…>の相討ち思想が基礎にある。世界の闇に魑魅妙霊が多く住む。

 このコロナ禍も、30年モノの初期段階の一つか…? とすると、デンデバラ
バラで、何もかもをウチ捨てて、小高い山に逃げないと! とにかく人間には、
『正常性バイアス』が強くヘバリついている。 大災害など未経験の事態に
遭遇した場合、この働きが過剰反応し、脳が処理できなくなること。 今回の
コロナ禍の責任は、中国共産党の解体が妥当か! でも、香港併合は中国への
信頼を粉々にした。その上に、東シナ海に、人工島をつくり、軍事基地にした。
もっとも、欧州各国は、アフリカ、中近東、南北アメリカで、細菌を持ちこみ、
虐殺をした。それに比れば、可愛いものだが… 
 その中で、戦後75年をかけて、日本が骨抜きにされた!
このコロナ禍、単なるスポットであればよいが!

・・・・・・
6728,読書日記 〜『サードプレス』 ー1
2019年08月17日(土)
      <『サードプレイス』―― コミュニティの核になる
           「とびきり居心地よい場所」レイ・オルデンバーグ著>
   * そこは、竜宮城のような解放区
 何故に、この本を知らなかったのか、読まなかったのか? 
誰もが持っている行きつけの店と、お気に入りの疑似家族世界。東京、金沢、
新潟、地元の長岡でも、まず出来るのが酒友。そして行き付けの店。30〜60歳
までは、週に一度は居酒屋通い。その先が「サードプレス」という心の憂さの
捨てどころ。家と会社が第1、第2の居場所なら、そこはサードプレス。
そこは主のオヤジかママが存在する平等な解放区。この手の話題は尽きること
なく底なしに… 酒に飲まれた半アル中が集う魔界でもある。その最たるのが
新宿歌舞伎町。ママもパパも、客の8〜9割はガンか糖尿の壮絶死が待つ世界。 
これはタブーに立入ったテーマ。敢えて書くのは男の沽券にかかわる。 が、
呑み助からしたら、一番興味をそそる魔界。恐ろしくも、哀しい話題が、巷に
転がっている。欧米のリッチ層に、バカンスの習慣がある。日常から離れて、
ひたすらボーッとする。 そこは現象世界から離れた真実の世界。
その一連は、パックとして区切られる。それぞれ、その世界を持つことで、
ストレスの解消を持つことに。

  〜Amazonの内容紹介より〜
≪居酒屋、カフェ、本屋、図書館 …情報・意見交換の場、地域活動の拠点と
 して機能する〈サードプレイス〉の概念を社会学の知見から多角的に論じた書。

第一の家、第二の職場とともに、個人の生活を支える場所として都市社会学が
着目する〈サードプレイス〉。そこでは人は家庭や職場での役割から解放され、
一個人としてくつろげる。
著者オルデンバーグが、産業化‐効率化‐合理化を進めてきたアメリカ社会と、
そのもとに展開されてきた都市計画が生んだ人々の孤独の問題を批判しつつ、
地域社会を再び活気づけるための〈サードプレイス〉として注目するのが、
地域に根ざし、長く人々に愛されつづけている地元の飲食店だ。
「見知らぬ者どうしの気楽で面白い混交」を創り出し、情報交換・意見交換の
場所、地域の活動拠点としても機能する、地元の飲食店や個人商店ならではの
特質が社会学の知見をもとに照らし出される。

第I部では、〈サードプイレス〉の機能、特徴、物理的な条件が詳細に解説され、
第II部では、イギリスのパブやフランスのカフェなどの具体例から、文化や
国民性が生み出す〈サードプレイス〉のヴァリエーションが紹介される。
第III部では、社会・政治面での〈サードプレイス〉の課題とその解決策が論じ
 られる。
全編を通じ、オルデンバーグが〈サードプレイス〉に向ける期待は揺るぎない。
そこには長年「とびきり居心地よい場所」に親しみ観察してきた者の実感と、
「コミュニティの問題は住民の力で解決できる」という市民魂がみなぎっている。
店舗設計、都市計画、マーケティング、地域社会づくりの分野に刺激を与え
つづけてきた書の待望の邦訳。 ≫
 ―
▼ 人間の営みには、「遊び、働き、学び」がある。その日常の循環に、
 第四の居場所が必要となることは、今さら言うことではない。般若心経を
暗記して、ことあるごとに唱えていれば、それは、「サードプレイス」の
精神状態になる。暗記は無理なら、『南無法蓮華経』でも、『南無阿弥陀仏』
でもよい。没入すれば、そこはサードプレスの世界。 ところで、リタイアを
した現在の私め。第一の場が、我が家。第二が、日常の習慣範囲の地元の市内。
第三が、その外?   息苦しくもあり、快適でもあり。
                           〜つづく
・・・・・・
6365,閑話小題 〜長岡弁に魅せられて ー1
2018年08月17日(金)
    * 「なじらね?」
 お盆の13日、市内に住む兄夫婦と、新たに加わった(兄がいう宇宙人の)
姪と、自宅の居間で定例のお盆の飲み会。 様々な話題が矢継ぎ早に出るが、
兄嫁が、<最近、凝っているのが「長岡弁。『それが面白いのなんの!』>と。
 学生生活のため上京をして、まず突き当たったのが地方訛り。当初は
一言一言、話す前に、一度、言葉を呑込んだ後、標準語を選んで話すしかない。 
25室のシェアハウスのような寮生全てが地方出身者の割に、方言は少ない。
が、少々の訛りは隠せない。それも、二年も経過するうちに、修正される。
福島、名古屋、滋賀、石川など癖の強い訛りがある出身者たち。 
私が先ず、顰蹙を買ったのが、同級生の友人に対して、『御前さ〜!』。
一瞬で、顔色が変わっていた。「御前」は首都圏では目下、それもバカにした
言い方に使用。コマーシャルで漫才家が、相方に『貴様は?』と言って顰蹙を
かう場面がある。金沢で、親しみを込めて使う場合が多いが、それと同じ。
地方出身者の言葉が重くなるのは、一度、標準語かどうか、精査するため。
 さっそくネットで『長岡弁』で検索すると、限りなく長岡弁が多いのに吃驚。
改めて集中して長岡弁を精査してみたが、ほぼ全部カバーをしてあった。
当時、よほど注意し、苦労したかが窺える。 しかし、配転先の三重、神戸、
金沢の訛りと方言が、若い女性の職場もあって、何とも魅力的に聞こえていた。
それに対して、長岡弁は東北弁に近くて泥臭くて、色気が感じられない。
意外と当人は気づかず使っている若い女性の『俺』。司馬遼太郎の『峠』の
中で河井継之助の口を通して語られる、「おめしゃん」(お前さん)。
 〜成るほど、ネットサーフィンでも、調べると面白い!
――
≪  【言語学的特徴】
◉ 長岡弁は新潟県中越地方で使われる方言の総称ですが、新潟県は上・中・下越
 +佐渡に大きく分けられ、言語的にも上越は北陸(関西)系の要素が多く含まれ、
下越は東北系の要素が多く含まれます。中越においても魚沼は関東系の要素が
含まれてくるため、長岡弁は越後弁の中核を為すもの。とも言われます。
アクセントは中輪型東京式に準じますが、一部東京式とは異なるアクセント
を持つ物があります。
◉ もう一つの特徴として、古語や文語的な表現に起源を見ることが出来る物が
多いと言うことがあげられます。
発音の特徴として気候・風土条件からか、はっきりとした発音よりこもった発音
が多くまた、短縮したりリエゾンしていると思われる表現も多々見受けられる。

・イとエが曖昧、もしくは逆転する場合もある。
 ex:「色鉛筆」=「えろいんぴつ」
・ダ行、ザ行の音がラ行に変ずる。
 ex:「そうだ」=「そうら」、「したけども」=「したがろも」
・〜〜の物、〜〜と言うような事、その行為と言った話題の対象物を「が」
 もしくは「んが」と表現することにより会話中に「がぁ、ンが、が」が多く
 含まれ、結果として「ガーガー語」と表現される。≫

▼  SNSが、これまた面白いのがある。
じじ「おい、町長自殺したてや!」
ばば「なにね〜?おおっこの〜、またどうしたこんだてや?」

じじ「わからねぇ、今テレビ見てたまげたこてや」
ばば「ほんね、ば〜かたまげたて〜」

じじ「おれも死んだら楽になるろか・・・」
ばば「おめさん、死むあんは勝手らろも人に迷惑かけるのだけはやめてくれね」

じじ「・・・」
うちのばーちゃんは「何やらせてもダメな人」のことを
「あれは“ずくなし”で」と言っている感じでした。
--
この前、新潟一番でフリーズドライ食品の特集しているときに、堀さんが
「こういうのは、よく「ノメシこき」といいますけど・・・。」といってた。

・・・・・・
4161, 節目時に何をしていたか ー1
2012年08月17日(金)
 ここで人生を5年スパンに区切り、振り返ってみる。ミニ自分史である。
自分の姿が浮き上がってくるようで、面白い。何度も書くが両親と時代に恵まれ
ていたことが見て取れる。歴史的にみて、終戦後40年間ほど豊かだった時期は
ないという。その中で、その豊かさを充分味わった実感は、何ものにも
代え難い財産である。   
  ー まずは前半から ー
・60年前=6歳、長岡市立阪之上小学校一年生だった。担任は女性の茨城先生。
 20歳後半のヒステリックの先生で、優しい反面、厳しい先生だった。 当時の
 住まいは長岡一番の繁華街の4階建てのビルの3Fに住んでいた。家は、そこで
 衣料店を経営していて、まさに小説のような異様な家庭環境にあった。  
 成績は普通で、とにかく毎日が面白く刺激的だった。
・55年前=11歳、阪之上小学校6年。勉強に少し目覚め、虐めの要素も
 あったが級長にされた。街中もあり、生徒の質は決して悪くはなかったが、
 異様な緊張した雰囲気が漂っていた。この辺で、その人の素質が決まって
 しまうという。
・50年前=長岡高校二年生で、試験試験の日々。何時もギリギリの成績だった
 が追試は受けたことがなかった。勉強をすれど、どうしたら成績が上るかの
 術が分からない辛く暗い日々。受験校のため成績で人間が区分される。
・45年前=21歳、立教大學三年。欧州の30日間旅行で、それまでの自分が
 粉々に壊れてしまった時期。人生で一番、光っていた。見るもの触るもの
 全てが新鮮で、明るく光ってみえていた。時代は1967年、頂上に近づいていた。
・40年前=金沢の‘いとはん’(衣料スーパーのチェーン)を辞めて実家に
 帰ってきて、千葉の千城台ビルの計画に入っていた。父は末期ガンで
 東京女子医大で手術後、退院した父親と、計画を進めていた。 父は、医者の
 宣言通りに手術の一年後に亡くなった。死期が分かっている父と事業経験の
 伝達を一年がかりで始めて二ヶ月目に入っていた。将来に向けた明るさと、
 死に直面した父親の苦悩の狭間で、真近で人生と事業の原点を学んでいた。
 翌年、石油ショックが起き、最悪の出だしになった。
・35年前=長岡の大手通の四角にある実家の衣料量販店の店長で、4歳の頃の
 できた古ビルの建て替え工事の計画に没頭していた。引継いだ店も順調に推移、
 商売が面白く、身体が浮いているように動いていた。 一種の躁状態で、怖い
 ものなし、目は血走り、何かに取り付かれているようだった。 衣料は
 一シーズンごとに完結する博打的要素が強い。そのコツを掴むと、面白い。
 30年前は次回にするが、振り返ると刺激的で、恵まれていた背景があった。           

・・・・・・
5998,「考えるとは、まずは、ひとりになること」
2017年08月17日(木)
       「ひとり達人のススメ」山折哲雄(著)
       ―ひとり」には、覚悟から生まれた強さがある― 
  * 「考えるとは、まずは、ひとりになること」
≪ ・現代の若者は、見事なほどモノゴトを考えようとしないように見える。
 そして、ひとりになることを極端に嫌がる、人嫌いになっている。… 
・「ひとり=不安な状態」というのは、社会が作り出した雰囲気と思ってます。…
・戦後教育に原因があるという「ひとりで考える」ことを忘れた日本人。
姿勢を正して、呼吸を整え、瞑想する、それがひとりになる出発点だ。
この教育は、戦後の家庭でも学校でも地域でもしなかった。これは重大な
問題です。日本が平等主義の時代になると、人間関係が横並びになり、仲間内
で簡単に群れるようになりました。群れは寄りかかる相手がいるため安心の
ため、ひとりを避けるようになる。行動する時も、何かを考える時も、群れた
状態の中でそれをしている。…
・人間関係には縦の軸がある。師と弟子、上司と部下。親と子。その関係の中で、
上のものが下のものに、自分の経験や知恵を教えていく。そこには強制的な力が
働くが、それをしっかり受け止めて、ひとりで考える。この緊張感を抜きにして、
人は成長しながら生きていくことはできない。しかし、戦後の横並び平等主義は、
この上からの強制的な力を避けようとする傾向を生み、ひとりでいることが
耐えがたくなってしまった。これは見逃せない大きな社会的問題です。
私たちは縦の軸を蔑ろにしてしまった。≫

▼ 考えるとは、判断すること、決断すること。 正しい判断、決断に、己の
 甘さが土台を弱くする。「馬鹿の考え、休むに似たり」も確かにある。しかし、
決断の結果の成否が、考えを深めることも確か。 20時過ぎに就寝するため、
0時には目覚める。そこから4時までの起床まで、様ざまな想いや、不安が錯乱し、
意識と無意識の世界を交差する。それを面白い!と考えるかどうかは、訓練次第。
「要するに考えていることになる」と思えば、これは最高のカオス。大海をヨット
で漂うと同じ? 死ぬときは、こんなものかと。そして起床、これを成書している。

・・・・・・
4903,閑話小題 ー自転車乗りは危険に満ちている!
2014年08月17日(日)
   * ポタリングは、危険! だから面白いのだが
 電動アシスト自転車を乗り始めて5年、一万数千キロは走ったことになる。
急なドシャ降利の中、赤信号になる前に強引にかけ抜けた直後、スリップをし
転倒、自転車共々、数メートルも投げ出された。心臓が固まり、息が止まり
そうになったが、何とか骨折も無く、立ち上がることが出来た。
それ以来、雨と、スピードには充分に注意をするようになった。
乗り続ければ、大事故の可能性が自転車にはある。 近くに住む従兄は、
ポタリングを数年間続けたが、電信柱に衝突して、その危険なことを察知して、
一切、乗らなくなった。特に交差点での左折車の出会いがしらの接触事故には
注意をし、数回は右後ろを振り返っている。
 半月ほど前に、ある交差点で右後ろを二度振り返ったとき、50歳絡みの
農家風の夫婦が話に夢中になっているのが見えたので、車道に入る直前に念の
ため、一度、急ブレーキをかけたところ、旦那らしき運転手が、左を見ない
まま、左折をした。 その瞬間、私に気づいて慌てて急ブレーキ、臨席の
奥さんらしき人はフロントに激しく突っ込んでいた。 常日頃から十二分に
注意してなかったら大事故! 恐ろしい限りである。毎日の1〜2回の
ポタリングでは、危険を最小にするため、車の少ない土手とバイパスの沿道が
95%のコースにしている。 それでも長年の間には人身事故の可能性は大。
土手とバイパス沿道は、加害者のになる可能性がある! 
それにしても、乗っている開放感は格別である。
   * 晩酌に、毎晩、5本以上の缶ビールでは
 私の中学校の同級生が急逝をして2ヶ月が経つが、ショックが今でも大きく
残っている。故人は7〜8年前に転んで腰骨を骨折したが、何とか半身不随に
ならずに、少しだが足をひいて歩いていた。去年の同級会の三次会に二人で
スナックで飲んだ時に、『晩酌が楽しみで一日、缶ビールを5本は飲んでいる』
という話を聞いて、驚いた。その上、運動不足なら! 発見された時には、
末期の膵臓ガンで、苦しみ抜いた末に亡くなったという。 
ツアーの旅先や周囲で、缶ビール5本以上を毎晩、晩酌をする話を、何人からも
聞いていたが・・ 私は缶ビール一本に、ノンアルコール一本を目指しているが、
どうしても、ウィスキーのオンザロックか、焼酎のお湯割りが加わる。
これでも、何か危ない領域の感がする。


7488,閑話小題 〜まあ… 娑婆は面白い!

2021年08月16日(月)

   * 北朝鮮の核攻撃恫喝も…
 このコロナ禍で、北朝鮮の核弾頭の恫喝の脅しの効果も、半減した。
肉親を殺戮された人の中には、一万円もあれば可能のコロナ菌をドローンに装着、
??に攻撃を仕掛けるテロも考えて当然。非常に厳しい対策をとっているだろう
が、これだけは防ぎようがない。これは、中国にも可能になるため、こういう
文章化も注意しないと… 自らの墓穴を掘る可能性がある。
 
 この事態を鑑みると、10年前の事業撤退もラストチャンス?だった後講釈が
成り立つ。このブラックスワンは、あまりに大きいず体を持つ。
100年前のスペイン風邪、第一次、第二次世界大戦、東京大地震、世界恐慌、
世界的株式相場の大暴落など、40〜50年スパンの大黒鳥が次々と飛来していた。
「19世紀の近代世界の崩壊」であり、「欧州中心主義の崩壊」である。そして、
米ソの台頭を促す一連の事件になった。
こののコロナ禍は、20世紀の欧米主義だけでなく…「群れ文化の崩壊」の序曲。
20世紀の真只中の1946・01・15日に生をうけた幸運に感謝しなくてはなるまい。
地政学的にみて… アジアの極東が、幸運だったかも。その背景には情報革命の
本格化がある。

 私の人生は、ものは考えようで… 最後は落ちまで付いたが、
<豊かな土壌の日本列島に20世紀半ばに生をうけて、奇跡的経済成長の中で
比較的順調に右上りに生きてこれらた出来過ぎた人生で、あったような!

・・・・・・
7094,閑話小題 〜ガイアの夜明け
2020年08月16日(日)
   * 以前に、2020年のこの事態を予測!
<2020>の言葉は、雑誌の名前になる程に知られていたキーワード!
 ネットで、それに関する記事を検索すると…

【 英人科学者のジェームズ・ラブロックは、60年代に「ガイア理論」を提唱、
一躍その名を世に知らしめた。 同理論によれば、地球は自己調節機能を持つ
ひとつの巨大なシステムで、その内部では種々の生命体が周囲の環境と相互に
作用し合っているという。彼は学術機関に所属するのを避ける自主独立の
研究者で、「一匹狼」「不吉なことばかり予言する人」と呼ばれていた。
2020年7月26日に101歳になったが、その知的生産活動はいまだ衰えない… 

(記者) あなたは14年前、「2020年には災害が増え、異常気象が普通になる」
と予言。たしかに今年の前半だけでも新型コロナウイルス感染症のパンデミック
があり、北極圏では気温が史上初めて38度を超え、オーストラリアやシベリア
では大規模な森林火災が起き、アフリカと南米でバッタの大群が襲来する蝗害
が発生しました。 科学者として、自説の正しさが証明されたと感じていますか? 
それとも、自分の不吉な予言が的中してしまったことに失意を覚えているので
しょうか。

(ラブロック) 自明のことを言っただけだと思っています。ただ、自分の説が
正しかったかどうかは、時間がかなり経ってからでないとわかりません。予想外
のことが起きたりしますからね。それに私は科学者ではありません。
私は発明家であり、機械工なのです。そこは混同しないでください。
ガイア理論は、言ってみれば、壮大な規模での「エンジニアリングの話」です。
回転している理想的な球体が宇宙にあって、ちょうどよい恒星からの光が
その球体に当たっているという話なのです。これまでは、地球のシステムに
よって温度が上がらずにすんでいたので、生命に適した環境が整っていました。
大雑把にいえば、それが「ガイア理論」です。 】

 ――
▼ 「人間はウィルスの餌」とは、時節が時節だけに刺激的。人間にとっては、
 仰仰しいが、生命全体からしたら、最も危険な所属。オゾン層の破壊は、
いけません。数千万、数億人の間引きも有りうること!

・・・・・・
6727,閑話小題 〜東京オリンピックまで1年
2019年08月16日(金)
   * 東京オリンピックまで、一年をきった
 地球温暖化で天変地異が日常化し、ネット社会の到来による世界的動乱に
入った時節に、自国でオリンピック開催とは? これ如何に? 開催までは、
政治的な安定が続くが、その後は、深刻な反動が起こるのは避けられない。
そのため、先進国では、国威発揚なぞと言っていられないのが現在の事情。
何はともあれ、テロの心配が出てくる。 それにトランプ・リスクが加わった。
オリンピック開催の名の下で、過剰な公共投資が行われ、そのツケは次世代に
送られる。 そろそろ先に何やら大きなブラックスワンの気配がする。
イランか、香港か、朝鮮半島か… その時節に、何を今さら!と、誰も声を
上げられない。オリンピック後のギリシャ、ブラジルの惨状は、それはそれは! 
中国は巧妙に隠されているだけだが、目が離せない。
ところで、東北大震災から立ち直れた? 解決途上に本当にあるの?
 ――
   * 閑話小題 〜回転寿司、栄枯盛衰
 自宅から200m程先の『かっぱ寿司長岡店』が、この7月15日に閉店した。
近くにあるにも関らず、10数年で数度しか入店しなかったが… 開店当初から、
明らかに外れの店。数年前に川西の郊外に別に新規オープンした店は当たりの
店という。回転寿司は、後発の最新のシステムの店が、先発の店を食い散らす
シリアスの闘いが繰り広げられている。店舗規模がより大きく、握りたてが、
パネルで注文した後に、高速で送られてくる「廻らない回転寿司」が主流に
入りつつある。 平日の割引券を使って500円が顧客のニーズの中心値。
これに競争相手が、コンビニと冷凍食品が加わる。それに加えて、慢性人手不足。
利用者側からすれば、シリアスにプラスになる。その大元は、スマ―フォンに
よる情報化。B級グルメでも、その評価は直ぐに拡散される。… 
 まあ可愛いもの、御隠居生活にも楽しみ方一つで味わいが出てきた。

追: 地震や、台風騒ぎが続いているが、去年の以下の内容を読返すと、
  延長上の事象でしかない。20年、30年前は、これ程でなかった。 
 異常気象の日常化でしかない。怖ろしいことだ!

・・・・・・
6364,閑話小題 〜まだまだ続く、豪雨、台風、地震、そして熱暑
2018年08月16日(木)
   * ますます災害の頻度が増していく
 オウム教の教祖と側近の幹部の大量の死刑の一週間後に、
・中国、四国地区で豪雨が発生、(以下にコピー…)
・その一週間後に、関東から上陸、左折して東海に向かう不自然な台風。
・その一週間後に、関東をかすって、右旋回をして東北の海岸沖に向かった。

 コジツケだが、オウム死刑囚の刑場を三回に分けて周ったことになる?
何かしら不思議な因縁の現象と思えないでもない。としても、形而上、表現しては
ならない仮説だが。恐らく信者の何割かは、この仮説をたてて当然。台風の季節
到来としても、毎週欠かさない到来。「バカバカしい」で終わる話だが。
まだまだ物語が、続いていくのだろうか… 
 
 こういう世界的異常気象などが頻繁に起きている時節に、何故か、トランプ、
プーチン、金主席、中国の習主席の顔ぶれが並ぶ。そして矢継ぎ早に、愚策が
公然と実施され、世界が息を飲む図式。世界的異常気象、本格的ネット社会の
到来、そして情報機器の果てることない進歩が、20世紀的社会構造を破壊する。
で、オウム教のようなカルト教団の勃興と衰退。

 NHKBSプレミアムで5年前から【幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー】
の科学ドキュメンタリー番組がある。先日、この番組で、アメリカでは屡々、
社会現象としてUFO騒ぎが起きているが、これは第二次大戦以降から始まった。 
国家には、神話が存在しており、そこにはミステリーな物語が存在している。
しかし、歴史の浅いアメリカでは、それに替わる物語として「UFO、宇宙人との
遭遇騒ぎが代行している」と… オウム教と、この豪雨、台風を関係づけるのも、
カルトに手助けになるため、この辺りで打ち止めにする。

寅:7月末に、俺がさ、何か変?と、取上げただろう。その後さ、その変が、
 延長して続いていないかい?
熊:最後の、東北の海岸線への台風も仙台の刑場と、辻褄があってるね。
八:それがカルトの教祖の手軽の手法さ。でも、大本教祖の出口王仁三郎が、
 <空から火の玉が降ってくるぞ>と予言していたが、そのとおり、東京空襲、
 広島、長崎への原爆投下で、現実になってしまった。
寅:変な予言めいたことを言う前に、上手く隠したね。これもコジツケ?
大家:そう見れば、少しは面白いが、何か八つぁん、変じゃないか。
 前回の文章で、<魂で、対象の魂を屠る!> って話。あれ、やられた方は
 堪らないよ。でも、私も、あんまり腹が立ったんで、やってみたよ。
 10回でも、スッキリしたね。但し、アンタにね。

――――
2018年07月30日
6347、閑話小題 〜変といえば変だが?
   * オウム教の大量死刑で
 麻原はじめ、7人のオウム教徒が処刑された時には、中国地区で大雨が。
そして今回の6人の死刑で、この不自然な台風発生と、東京拘置所のある関東を
カスって名古屋拘置所のある近畿地区に逆走し中国地区を抜けていった。
東から西への逆風は気象庁初待って以来、初めて。前の大雨の土砂崩れの地区を
狙いすましたようなコースを吹いている。 これは「意味ある偶然の一致?」。
 この2つの災害と、オウムの死刑執行を結びつけるべきでないだろうが… 
それにしても、出来過ぎ? こじ付けといえば、それまで。
 
≪ オウム真理教は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の
 松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、
合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭った。
平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、首謀者とされた
松本元死刑囚など13人の死刑が確定した。
一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化したが、ことし1月に
地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで
終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなった。
 その後、一部の死刑囚は東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ
移送され、今月6日、元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚ら7人に
刑が執行された。
ほかの6人は、東京拘置所、名古屋拘置所、仙台拘置支所に収容されていたが、
法務省によると、26日午前、刑を執行したという。教団に対する強制捜査
から23年余りがたち、教団の死刑囚全員に刑が執行された。≫

ー―
寅:八つぁんに聞くけどさ、こんなことを、言うと「変じゃないか?」と
 言われるけど、偶然の一致にしても出来過ぎじゃない。「意味ある偶然に一致」
 の手の話なら、得意分野でしょう。 実際のところ、如何?
八:東京拘置所のある関東まで一度行って、そこから逆コースを辿るんじゃ、
 何かのサインと仮説をたてやすいね。でも、集団によるヒステリックで、自然
 現象を発生させることは非科学的だね。それより、そのタイミングに自然に
 合致した刑の執行とすると、何にも不思議ではない。「意味ある偶然の一致」
 とは、本来、そういうもの。
寅:それにしても、宗教団体がさ、サリンテロはないよ!誇大妄想もいいところ。
熊:寅が言われるまで、全く関連して考えてなかったね。言われれば、やはり
 何かを感じるけどね。ネット上だから、あまり深い問答をしない方がいいよ。
寅:カルトだし、公安もピリピリしているからね。20年以上経過した現在、
 早々に、消し去る必要は、あったね。
八:最近、何か変な力が自分の内部で動き出したので、今回の件に気づいたの。
 半年に一度は、クラス会とか、ジムで、露骨な嫌がらせに合うの。そこで、
 二日かけて、100回、全身全霊で首を削ぎ落すイメージを持つ。そうすると、
 怒りの繰返しから解放されるの。でも、1〜2年後に、対象者の身辺に異変が
 起こる。元もと異変を抱えているから、わざわざ私に仕掛けてきた返り矢だが。
熊:ほぼ、8〜9割方は、そうだよな。でも、コジツケもあるね。これを自分も
 真似をして遣りだしたが、良いね、これ! スッキリするしね。
寅:どうも、最近、俺が変なのは、熊のせいかい? 嫌味を言うと、数日、
 変な目つきをしてさ、その後、スッキリした顔をしていたな。
熊:御前の場合、その都度、念を入れて200回はしているよ…。 冗談、冗談!
八:問題はさ、無心で怒りをこめて、打ち落とすことさ。それで、解決すればね。
 ここで言いたいのは、オウムの死刑囚が13人も、全身全霊で日本という国家に、
 怒り心頭で呪ったら、この程度のことは可能ではないか?ということ。
 私の場合、信濃川の大橋の上で、地球の芯に向かってエネルギーの補充をして
 いるイメージを持って… これ凄いエネルギー。でも現象化が二年後だからね。
大家:御前の良くないのは、この一連を楽しんでいることさ。でも、合理的だね。
 八つぁんの心象風景も貧しいね。もっと、豊かなイメージを持てないのかね。
八:リタイアまでの20数年は、秘・異郷ツアーで、バッサと、削ぎ落とせたが、
 今ではね… それでも、TVでYouTubeなどの行き先の映像を見て楽しめるしね。
寅:寝室に連日、籠って、TVを嬉しそうな声を出してさ… 楽しそうじゃないか。 
 でも、俺なら変になるな… 
八:『3:10:60:27の法則』のさ、「3」だけを取り出して、紡いだスケジュール
 がね、非常に効果的に動いているね。あと僅か?の残された人生なら、「3」
 を最優先して毎日を過ごさないとね。もったいないじゃないか。

・・・・・・
5997,視覚と聴覚、どちらが大切
2017年08月16日(水)
         ー「ひとり達人のススメ」山折哲雄著―
   * 視覚と聴覚、どちらが大切
 著者による学生たちへの質問、「視覚と聴覚、どちらが大切か」に対し、
半々に分かれたという。私に問われたら「視覚」と答える。その生徒たちに、
「聴覚を選んだ人は神に近い。視覚を選んだ人は悪魔に近い。」と語ったとか。
近代人は、その点、悪魔に近いことになる。何も考えず静かに目を瞑っている
状態は、神に近いのか。 逆にいえば、静かに目を瞑ると8割の情報が遮断さる
ことになる。 ところで、味覚が無くなった当人から直接、聞いた話だが、
これが、「厳しい」という。 〜その辺りから〜
≪・<ひとり目をつぶり、聴覚だけで何かを感じ取ろうとすると、その先に
 自分の姿や形が見えてきて、いつの間にか、自分の心に直面させられる。
芸術芸能の伝統に、盲目のアーティストの系譜がある。… 彼らがあれだけ
の喚起力を持つのは、視覚を遮断して聴覚のみに自分を預けたからである。>
・<戦後の変化といえば、TV文化の普及もそのひとつ。家庭内の娯楽の主役は
 ラジオからTVに移り変わった結果、現代人は視覚を過剰に重要視し、それに
振り回されるようになった。>
・<視覚は人間を比較の世界に誘います。この人は(自分より)良い服を着て
いる、容姿が整っている。…自由だ平等と教えられている中、現実は、何から
何まで違う。そして、「比較地獄」に陥ってしまう。その恨みがつのって、
「嫉妬地獄」に移行する。> ≫

▼ 人間が情報を得る8割は視覚からであるならば、やはり視覚を取るのが
自然である。 群れの、「比較地獄」「嫉妬地獄」から逃れるために、
「ひとりの時間」が必要になる。世間とは、「比較・嫉妬地獄」の人をいう。
その毒ガスで、大方が脳をやられるのが現実社会だが、彼らにその自覚はない。
「孤独と、孤立に慄いて、互いの顔色を窺い過ぎている」 面白いといえば、
それまでだが… もう少しクラシック音楽を聴かないと! 確かにTVのドラマ、
映画の見過ぎ。車中のラジオの人生相談からは、悩みが直に伝わってくる。
音楽、歌舞伎、演劇、ピアノ・リサイタルなど、多彩な趣味を持ち、羽根の
はいた天使の様に飛び回る「連れ」の感受性に、違いを感じることがある。
67年間、思いのまま、ひたすら、面白いことだけに集中した結果。
 その点、負けてはいないと思っていたが、感受性には… 「ったく!」
長女への幼児期の「習い事」の‘渡り’と、8人兄弟の末っ子では、感受性が
違うのは当然… 人間、誰しも「未発達」のところを多く持って差引ゼロ。
失敗すると必ず言われる、「あの男、実は出来が悪い!」は、自分の秘密を
指摘しているに過ぎない。 特に「比較地獄」の住人の常套の言葉である。 
最後は、いつも「世間」に対する非難になるが、それも「比較地獄」の産物。

・・・・・・
5632,お金に強くなる生き方 〜
2016年08月16日(火)
            【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】
   * 幸福のパラドックス
 ここで紹介している、イースタリンの「幸福のパラドックス」には、
考えさせられる。  〜ネット検索によると〜
・《『貧しい人は、お金により幸福感が増すが、中流に達すると、それ以上
の金が増えても、幸福感はあまり変わらない。ある研究によれば、年収が
7万5千ドルを超えると、お金が増えても幸福感はほとんど増えない。』
という、お金の増大が必ずしも幸福と比例しないパラドックスを表した言葉。
これはリチャード・イースタリンという経済学者が考えた説である。》
・《逆に、「幸せはお金で買える。しかもお金が多いほど多くの幸せが手に入る」
と、米ミシガン大学の2人の経済学者が結論づけ、逆説で挙げられるような、
飽和点(7万5000ドル)を示す証拠はなく、「一国の中では、平均幸福度と
平均所得との間に明らかに相関関係が見られた」という説。
 彼らの研究で、国が豊かになると所得から得られる満足度は低下していくが、
(イースタリンの逆説で挙げられているような)幸福度の上昇がほぼなくなる、
と主張。「イースタリンの逆説」を否定している。》
・《今では所得が幸福に与える影響に関するデータは世界中ほぼどこにでもある。
一部の国(たとえば南アフリカやロシア)は、他の国(日本やイギリス)に比べ
相関が強いものの、それでもどこでも成立している。 人生満足度は国ごとに
すさましくちがう。トップの諸国(ほとんどが先進国)は満足度が十点満点の
8点をたたき出す。底辺の諸国(ほとんどはアフリカ諸国だが、ハイチとイラク
はたった3点。金持ち諸国は明らかに幸せだが、相関は完璧でない。
これは他の、おそらくは文化的な要因も作用していることを示唆するもの。
 アジア人は、所得が示唆するよりはちょっと幸福度が低いようだし、
スカンジナビア人は所得相応よりもちょっと幸せだ。たとえば香港とデンマーク
は、一人当たりPPP所得は似たようなものだけれど、香港の平均人生満足度は10点
満点の5.5、デンマークは8だ。南米諸国はえらく陽気だし、旧ソ連諸国は
とんでもなく惨めだ。そして一人当たり所得から見て地上で幸福度最低なのは、
ブルガリアだ。》
▼ イースタリンの説が正しいとすれば、750万を目安に必死になって稼ぎ、
 その辺りで、人生を楽しむような人生設計をすれば良いことになる。
小・中学校の同級生を振りかえると、貧富などの家庭環境と成績が正比例。
還暦、古希の会でも、それそのまま、拡大して現在まで続いていた。
 20歳代は、激しい浮沈みの環境にあったため、生活の幅があった。
やはり、「興産あって恒心」で、リッチであるほど、幸せ度は高い。
2倍の1500万円が、私の実感である。 いや、今と大して変わりはしないか!
「好きなことに散財をしてきたかどうか」が、分岐だが、その点、
「面白かった、楽しかった、充実していた!」と、心底いえる。
何処かから、<お金は、あればあるほど、良いに決まってるじゃないか>
<余裕があるからこそ言える言説!> という声が聞こえてきそうである。
「で、如何した?」「どうもしません!」 自問自答が趣味と誰かが言っていた。


7487,閑話小題 〜後期高齢者に至って、何やら世界観が

2021年08月15日(日)

  * 数年前辺りから、世界観が変化した
 75歳を超えて7ヶ月が経過したが、日々、足腰が弱り、気持ちも身体も、
老化を実感する度に、自分の人生を客観的に省みる時間が多くなっている。
頑なに毎日を笑う余裕が少しは出来たような。自信が無かったのか あまりに
一杯一ぱい生きてきたのか… 真面目くさっていた生き方に、もう少し早めに
気づくべきだったのか。最後は会社清算に至ったのも悪くはなかったような… 
 <残るのは充実感>だけを自覚しておかないと… 自己認証だけが宇宙の
彼方に漂い流離う方舟になるしかない。美しく老いるなど所詮は無理!
 あとは一日一日を楽しみ尽くして最小の迷惑で消え去るしかない。
   ――
  * 「遠くに行きたい」のジェリー藤尾が鬼籍に…
『人生の一曲は何か?』と問われれば、迷わず、これになる。傷付き、汚れを
自らを感じつつ歌うと、自らが娑婆からトリップする感覚になる曲である。
今朝、何気なくYaHooのニュースを見ると以下の内容が…
< ヒット曲「遠くへ行きたい」で知られ、俳優としても活躍した歌手の
ジェリー藤尾(本名・藤尾薫紀)さんが14日午前4時52分、急性肺炎の
ため、横浜市内の親族宅で死去した。81歳だった。いまなお歌い継がれる
名曲を生み出し、今年元日に放送された歌番組に出演するなど生涯現役を貫いた。
1986年に離婚した元妻で歌手、渡辺友子(76)は本紙の取材に今年3月に
仲直りしたことを明かし、「『友子、愛してるよ』って言ってくれた言葉が
忘れられない」と涙した。>
 ―
▼ 書き終えて、昨年のテーマ日記を読むと『今年のお盆は!』があった
 本来なら、昨日は家内の実家の墓参りだが、前日、川沿いの花壇のブロック
に前輪をぶつけてパンクをして、修理の業者から、遠出は控えるようにと
忠告を受けて、今年は断念。 今年は、明日、次男家族が帰省予定。
例年ならば、和風レストランで食事だが、自宅でデリバリーの会食の予定。
 ところで、車のパンクなど、何十年ぶりだろうか!この20年間は、遠出は
皆無に近いこともある。

・・・・・・
7093,閑話小題 〜今年のお盆は!
2020年08月15日(土)
    * お盆に、つれづれに想う!
 コロナ禍のお盆は何やら奇妙な雰囲気。2人の息子と、兄夫婦の甥姪は
誰も帰省せず。例年のお盆の国家的大移動も全く見当たらず… 冷静に
振れば何とことはない。一昨日の13日は、三つの寺にまわり献花して、昼からは
兄夫婦と、あ酒を飲み… 昨日は家内の実家の墓参り。柏崎への行き帰りの車道
には例年どおりの車の量。県外者ナンバーは、ほゞ無し。 
 母親の実家のある宮内の寺に行く道すがら、助手席に母親が坐ったような奇妙な
感覚。『有難うね!』は、自分で勝手に脚色しているだけと、内面で打消す冷静
さはあった。毎日が日曜日のような日々が常のため、今さら盆もないが… 
共同幻想も、年に2回も悪くないのか。

 墓とは何か? 焼いた骨の灰の納めどころ。共同墓地ならば、縁者が勝手に
来て、手を合わせることも可能。これがあればこそ、永遠の彼方に生臭い行蔵を
背負って彷徨う感覚を最小にすることが可能!
母が参っていた千住にある寺の無縁仏も、今年も花一輪をあげてきた。
平原という姓で、私独りだけ結ばれていると思うと、侘しい感がする。
石に生きた証を刻むのは家の血筋を記録として残したいこともあるが、今では
写真、映像で残せる。

 知人曰く、「事業に失敗して底辺から上目つかいをしている我姿はヒラメ!」
ならば、私の現在の姿は、<ヒラメの背泳!> 妙に合点がいき、そんなもの。

・・・・・・
6726、閑話小題 〜嘘だろう
2019年08月15日(木)
   * 今日はお盆、墓の話題でもしようか!
 昨日は例年どおり、連れの実家の墓参り。聞くところ、墓に、先祖が、
それぞれの家に帰っているため、墓は留守宅。 実家の仏壇と、墓の両方
を参いるのが自然の姿と。 成るほど… 残っているのは、何代前の行場
のない祖先たち。彼らも生臭い永遠の彼方に消えまいと、墓の底で踏ん
張っておられる。その前に、墓は生きている人の、魂の拠りどころ。
 ところで、遺跡といえば古代の大王の巨大な墓が多い。特にエジプトの
ナイル川の沿岸には世界の墓の遺跡の7割が存在していると… まだまだ
埋もれている遺跡が、数知れずあるという。マヤの遺跡、インカ帝国の遺跡、
エジプトの遺跡など、世界には遺跡が数知れずある。石の文化は、あとあと、
リアルに残るため、時代を乗越えて様ざまな当時の生活を垣間見れる。
カイロのフス王のピラミッドを始めナイル川沿岸の遺跡が素晴らしいが、
中東のメソポタミア文明の遺跡が良い。ぺトラの遺跡、アレッポの遺跡は、
何とも強く印象に残っている。 2千数百年前のパルミアの遺跡に、
墓のマンションが造くられ分譲していたという。それらを目にして驚いた
のを今だ記憶している。そのほとんどが、ISに破壊されつくしたという。
 ――
   * 実際にあるんだ!
 人生の中で、嘘だろうと思ってしまうようなことが、しばしば起こっている。
望んだことが、いや、それ以上のことが現実化してきた。その真逆もあったが、
比率は6対1の割合でプラスが多い。 最近は、マイナーの対処で、内的な
デドックス(毒)を消す自己暗示の習性がついてしまった。 そこでプラスの
具体的にイメージをすると、次つぎと、現実に出てくる。老いのため、淡々と
した日常で、さしずめ何もないのは何も望まなかったため。具体的には底が
浅いため、言葉にするのを憚るが、例えば… 噂を聞いて入ったイタ飯屋とか、
思いもしない新知識とか、ランチの店とか…。ランチは、ほぼ家内が見つける。
リア充を心がけていれば、何があって何ら不思議でない。 リア充では、まず、
 1、‘現在の満足度は何点ぐらいですか?’ 次の質問、
 2、‘これまでの人生の満足度は?’ に対して、
…我が垣根の内側は、1=80点、2=85点になる。 客観性では、自己欺瞞
だろうが、自分の心の内は、これが現実。気に入った要素を組み込んだ日程を
たて、淡々と熟している為もある。毎日が遊び疲れ、面白いこともある。 
 これも何時まで続くやら! そろそろ…?

・・・・・・
6363,閑話小題 〜つれづれに、煮豆と納豆
2018年08月15日(水)
   * 煮豆も、また良し! 
 30歳直前に、Uターンで地元に戻ってきた時に直感した「城下町の煮豆」
に同化してしまう恐怖感がリアルに心の片隅に残っている。当時は、煮上がり
具合の比較が楽しみで… 外界が激しく揺れ動いていく中、この町の人たちは、
「変化、転身、戦いは悪」と信じて疑わない人が多い? 閉鎖社会なら当然か。
リタイアの身から見える世界は、あまりに脆い。 安倍首相は日々実感している
のだろう。政権トップ以外は、そのリアル感がないため、その意味が実感できず。
「日本総煮豆論」も、言葉を替えて存在するはず。「煮豆」は、学生時代に
母から聞いていた。当時、昔の人は面白い例えを使うものと驚いた。
「煮豆」の類推した言葉は何か? そうそう、「納豆」がある。 
藁の中で醗酵、互いに絡みあう。 こうなると、活きた豆より、少しはマシか。
とすると「日本総納豆論」が自ずと出てくる。これが腐ると、如何なることに?

   * お盆は例年のごとく!
 今日でお盆は終わる。これが終わると、今年を折返した感覚になる。
お盆の初日の13日は、3時半に起床し、随想日記を早々書き上げ、信濃川への
ポタリング後に、3つの寺の墓に花を上げる予定だった。ところが急に雨が
降ってポタリングを中止し、例年とおり3ヵ所を周って、帰ったのが7時過ぎ。
空をみると、まだ雲行きが怪しいので、再度のチャレンジのポタリングを中止。
 夕方には市内の兄夫婦と、姪っ子が来訪。飲み会に。宇宙人のような孫がいる
と兄から聞いていた。なるほどと… 宇宙人ならまだいいが、他宇宙からの
訪問者も出てきそう。お盆なら、宇宙の話が思いつく。 〜ネットでに
《 宇宙の果ては桁数でいうと、10の27乗mの世界。その逆、極小世界は、
10のマイナス35乗の世界。物質は原子(元素)の集まりで出来ている。
極微世界である10マイナス35乗の世界は… 素粒子(クオーク)の世界。
原子の中心は、原子核。原子核にも陽子や中間子といった内部構造があり、
その周りを電子が回っている。またその陽子や中間子もいくつかの粒子により
形成されております。(中間子理論では湯川秀樹氏が有名)
その粒子がクオークと呼ばれ、クオークこそが「素粒子」なのです。》
 年に一度の霊魂の帰還話が形無しになるので、話は終わる。

・・・・・・
5996、あんた達(人間)、変じゃないかい!
2017年08月15日(火)
       「脳がよろぶ話 ー幸せを見つける5つの対話」茂木健一郎著
  * 人間より、動物の方がよっぽど悟りに近いと思う
                     〜小菅正夫:対談
 分かったようなことを書いているが、とどのつまりは、
「人間、生きていることが一番に価値がある。死んでしまえば、それまで」
「生きていればこそ人生。世界を少しでも知り、経験を広め深めてナンボ!
そのために、何ごとも極限までいき、その先を何歩、超えられるか」である。
 野生動物は無理な生き方はしないが、常に生存の極限に立たされている。
だから、悟りに近い意識が出来ている。 〜その辺りから〜
≪ 茂木: アメリカでフクロウの研究で分かったのが、ある種のフクロウの
   繁殖が難しい、なかなか子供をつくらない。でも、その研究室のフクロウ
  は繁殖をする。何故か聞いても教えてくれなかったのが、ある時に分かった。
 毎回食べきれる程度を与えていたのを、食べても食べきれないほど、与えた
 ところ、繁殖行動を始めるという。
小菅: たぶん動物というのは、自分が命をかけて育てる子どもが、ちゃんと
 育ってひとり立ちできるという「見極め」があって初めて子育てをスタート
 すると思う。自分だけでなく、もう数羽いても生きていける環境があると
 わかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分がどこかある。
茂木: 最近の日本の少子化は、安心できないということですか。
小菅: 誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」とかね。
茂木: 人間は自分が動物だということを忘れて不幸になっている。
小菅: 基本は、まず、しっかり生きて、しっかり子供を育てて、それが軸で、
    それ以外はプラスα―なんだから…
茂木: 生きているということが、一番価値があるということ、それが当り前。≫

▼ 還暦を過ぎた頃から、年々、老化をしていくのを実感する。年末、一年を
 振り返り、無事、過ごせた幸運にホッとする。そして、己の存在の不思議の念
が強くなるばかり。「長岡空襲」で焼き出された商家が、新たな出発を模索する
環境が、三つ子の魂に刻印され、不安定な気持ちが、心の芯にあった。それが、
エネルギーの源にもなっていたようだ。団塊世代の心には、これがエネルギー源
にあった。そして次の激動の不気味な風が漂い出してきた。家族が生き抜くには、
少子化は必然である。

・・・・・・
5631, お金に強くなる生き方 〜
2016年08月15日(月)
            【お金に強くなる生き方 〜佐藤 優 (著)】
   * 貯蓄率からみる日本の貧困
 バブル崩壊後の長年のデフレを含めた不景気で、日本国家の体力が大きく
後退した結果、貯蓄好きだった日本人の貯蓄率も激減した。他人ごとではない。
崩壊のプロセスで不動産を主とした事業も、デフレのため資産が目減りをし、
清算に至った。
 3人に1人が貯蓄ゼロ、単身者の平均貯蓄額は774万円、中央値は75万円。
これからすると、単身世帯の8〜9割は貯蓄ゼロになる。ということは、病気に
なっても、自己負担の1〜2割のお金さえ無いため、病院にも行けない人が
多く存在する。 そういえば、久しぶりに会った倒産した知人の歯が抜け落ち、
全身が剥れた異様な相をしていた・・  〜その辺りから〜
≪  〜国家体制の違いで貯蓄率が変わる〜
 少し前まで、日本人は貯蓄好きな国民とされてきました。
ところが、今や貯蓄率で見ると日本は先進国の中で最低ランクです。
2013年のOECDによる調査では、消費大国と言われる米国の2・4%を大きく
下回る0・9%になってます。ちなみに1970年代は20%台、1980年代は10%台。
バブル崩壊後の経済の低迷、非正規社員の拡大、少子高齢化などの影響が
重なっているのでしょうが、これほど短期間にお金に対する向き合い方が
変わった国というのも珍しいかも。
 お金に対する考え方や向き合い方というと、ラテン系の国は貯蓄率が低い、
アングロサクソンは投資好きなどと、国民性や民族性に左右されるものと
考えられがちです。しかし、その国がどういう体制なのか、どういう国家を
目指しているかということの影響のほうが大きいのです。
 なかでも一番影響を与えるのは社会保障と税金です。
米国などは政府を極力小さくして税金を少なくし、その分自由な経済活動を
することに最大の価値を置いています。そういう社会では競争と自己責任が
前提で、社会保障や福祉にはそれほど頼れません。そうなると当然自分頼み、
お金頼みになります。米国人のマインドは、自立して成功しお金を稼ぐこと、
それを投資で増やすことを最も重視しています。
 これとは逆に、社会保障を徹底的に充実させる代わりに税金が高いのが北欧
の国々です。たとえば、スウェーデンでは一定以上の年収の人は所得税率50%、
消費税率25%です。それでも、手厚い社会保障があるため国民が文句を言うこと
はありません。教育費は、誰がどんな大学や大学院に行こうが一切かからず、
医療にかかる費用も原則無料。失業しても1年間は高額な失業保険が下ります。
高福祉社会では貧富の差が小さく、将来の不安が少ないので貯蓄性向は低く、
家族との関係やコミュニティのつながりを重視するため出生率は高くなります。
面白いのは、スウェーデンの企業でもよく労働者を解雇しますが、高額な失業
保険が下りるため、クビになった当の本人はそれほど気にしません。
その間にじっくり別の会社を探すのです。 ≫
▼ ギリシャの経済危機の最中、アテネの歯医者が廃業して、失業している
 人のインタビューで、「歯医者の治療の資金的余裕のない人が殆どで、開店
休業状態で、廃業に追い込まれた」と、語っていた。終戦後からの右上がり
経済と、バブルと、その崩壊を経験しているため、貯蓄率の推移が実感として
わかる。欧米に比べ、日本経済は底が浅いのである。アベノミクスの崩壊が、
さらに日本経済にトドメを指すことになる。

・・・・・・
5266,人生に必要な洞察と困難 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月15日(土)
              〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
    * 人生に必要な洞察と困難
 創造とは、脳のイメージを具体的なカタチに仕上げること。同じく創業も、
計画段階で洞察が必要となる。そして、一つずつ、目先に出てくる困難を
処理していくプロセスそのものが仕事になる。だから、困難がたち現れると、
それが、解決の塊になる。人生とは困難の解決をするプロセスをいう。
困難の中心点を問題から洞察して、心を無にして、答えを探す。
毎回、問題は違うからこそ、面白い。ことに当たっていると、問題そのものに、
解決の答えが隠れていることが分かる。それを、遊びにするのがゲーム化。
 人生は、真剣に生きるほど過酷になっていく。 〜その辺りから ーp127
≪ 人生において必要なのは知識ではなくて、洞察だろう。
 確かに、知識は知恵を生む母胎になるものだ。しかし、おおかたの人は
処世の知恵で満足してしまう傾向にある。また、処世の知恵がいつもその時代
その場所で有効だとは限らない。 一方、洞察は正体を見破る力を持っている。
誰によって何がそこに隠されているのかを透視する。考えることなく、中身を
あてることができる。人生の中で決断しなければならないとき、洞察が役立つ。
知識だけでは足りない。洞察がいつも正しいとは限らない。それはニーチェの
洞察の哲学が証明している。しかし、まちがった部分があろうとも、ニーチェ
の洞察の仕方はわたしたちに新しい見方、新しいおもしろがり方を教える。
 ふつうの生活では、自分の洞察は秘密にしていたほうがいい。他の人には
とうてい理解しがたい.からだ。また、他の人はどうしてそう思うのかと根拠や
理由やデータを知りたがるものだ。洞察にそういうわかりやすいものはない。
洞察と勘は、似てはいるが、ちがう。勘は観察を土台としたもので、対象に
広く大きく網をかけるようなものだ。洞察のほうは鋭く切り込む。
すぱっと切って断面を見る。洞察は視線の一種の名人芸みたいなものだ。
洞察力が自分に備わると、何事をするにもコツを掴みやすい。
また、既存のものから離れた独特なものを生む契機に触れやすくなる。
そういう洞察力を養うには、どうしても感受性が必要だ。情感を豊かにし、
やさしい配慮の心を持っているほうがいい。さらには、耐え、くじけず、
幾度も立ち直り、絶対にあきらめない強靭な精神も必要になる。
そして、自分に対しても容赦のない視線が必要になる。
そんな洞察力を持つのは困難なように思えるだろう。 
しかし、この人生においては困難なことのほうが安易なことよりも多くの
喜びを与えてくれるものだ。克服していくこと、それは難しいのだが、
そういうものほど生の充実と自己の力を実感させてくれるものはないだろう。
洞察も、二者択一のときは困難を選べと教えている。困難から逃げ続ける
ならば、いつまでたっても本物の人生が始まらないからだ。老いて気力が
とぼしくなって、自分の人生はなかったのではないかと疑うほどの苦痛はない。
 単純で安っぽい価値観を土台にした一方的な観点から、二ーチェの人生は
悲惨だったという主旨の生涯をまとめた書物やメディアがあるようだが、
ニーチェ自身はまったくそうは感じていなかったろう。多くの困難に耐え、
それなりに克服してきた生涯でもあるからだ。彼の内なる喜びは他の人には
見えないのだ。それは山の高みにいる人を裾野からはっきり見ることが
できないのと同じなのだ。  二ーチェはこう述べる。
「何度も自問した。私の人生でもっとも困難な年月に対し、私はいっそう
深く感謝すべきではないだろうか、と。必然的に起きた困難。それは苦しい
ものではあるが、高い場所から眺めてみれば、また、人生の差し引き勘定から
すれば、そういう困難こそ私にとって有益なものだったからだ」 いくたの
困難危険。それらがなけれほ、人間はいつまでもそれにはなれない。
単純な価値観からは不必要にさえ思える人生のしんどさこそが、わたしたち
の生命力強め。より高い喜びを与えてくれるのだ。 ≫
▼ 感受性を高めるための情感を豊かに、鋭くするために、感動・感激の
 経験の質量を高める必要がある。大自然の美しさ、芸術作品、人生経験など
から、長年かけた蓄積が、それを高めてくれる。困難、苦難と、その解決過程
こそ、人生にとって有益になる。幸せの最上階の4Fに、解決できないほどの
不幸を設定してあるのが、このことから理解できる。


7486,閑話小題 〜つれづれに・お盆

2021年08月14日(土)



   * 御盆の二日目
 ビックリしたのが、まわった3つのお寺のお墓掃除の人が皆無なこと。
例年だと20〜30人が墓掃除に来ているのに… 盆暮れの墓参りは人流の典型。 
「墓は別物ではなかった」ということか。坊様の懐も、この流れに逆らえない。
で、最後の本尊の寺で、川沿いに寄せた左前車輪をブロックにブツケてパンク
させてしまい。 保険屋に電話をして、救急の援助を依頼して、無事、タイヤ
交換をして、何とか、事なきをえた。…御盆・二日目の14日の行事の家内の柏崎
の墓参りは中止とあい成った。1年に1〜2度の保険契約の車トラブル援助は、非常
に有難い。昼過ぎには恒例の兄夫婦の来訪で酒宴も盛り上ったが、年齢が年齢だけ
に一期一会の趣が強くなっていく。
 ・クラスター1カ月で3倍以上、職場や学校で感染拡大 
 ・国内コロナ感染、新たに2万365人 累計110万9848人
 ・東京では5千人超え 
 ・制御、不能  これって、ピークということではない。
あくまで、初期現象なるが故に深刻! 患者数も、把握できる範囲。思いの外
に、一線に立つ人の危機感が強いのは至極当然である。バブル崩壊から30年
経過して、こっかとしての基礎体力が失われているが故に深刻だ。
問題は、自分だけの問題で終わらないで、連合い、子供、そして親戚に連なる。

・・・・・・
7092,閑話小題 〜バカは幸せではない
2020年08月14日(金)
   * ‘バカでも幸せなら良いじゃない…’それは違います!
 佐藤愛子のエッセイ― ‘そもそも、この世を生きるとは’の1節
‘エッセイ’それも「箴言」。箴言とは、「格言、教訓」を言う。
人生を振返って、つくづく思うことは、今さらだが、実にバカげた人間だった
ということ。 人生は長生きしてこそ苦しみ、楽しみを通して理解できることが
実に多い! <‘バカでも幸せなら良いじゃない…’それは違います!>が、
直に響いてくるのは、自分を含めて如何にバカが多いのを知ったこと。バカの上に
無知なればこそ、それが実感できない。人生は因果応報そのままが直接、間接的
に跳ね返ってくる。若い頃、この映画をみた時、その毒に良い印象が残ってない!
現在なら違った見方が出来たのだろうが…

 50歳を過ぎた頃から、「自分の人生は75歳まで!」と公言を始めた。
それを聞いた人の反応が面白く、だんだんと本気になっていた。
それも、あと5ヶ月に迫ってが、大病で寝たきりとか、老化現象が日々、激しく
なってきた実感が、殆どない。70歳を過ぎた頃に同級会で、その宣言をした
時の反応が…  私の後、半数の女性が各自のレクチャーで曰く。
 「私の亭主が80歳です!」と… えらく心に傷をつけてしまった。
<「バカ」は、他人を知らずに傷つけ、不孝にしている>そのままを実践した。
 ☆ このブログで多くの人を傷つけているのだろうが… それも、ほぼ
気づかないから、始末が悪い! 

・・・・・・  
6725,読書日記 和式/洋式トイレの謎を探る
2019年08月14日(水)
           <『世界のしゃがみ方』ヨコタ村上孝之著>
  * 旅先の最も切実の問題
 ツアーで世界の秘・異郷を中心に訪れてきたが、問題は窃盗と、トイレ問題。
強硬なスケジュールに身体がついていけない。 旅行代理店がツアーを組む時、
最低限のトイレ施設があるところを組むが、それでも、無理の場合が多々ある。 
例えば中国の新羅ウィグル地区の道路沿いのトイレなど、卒倒しそうな不潔な
ところに行き当たることがある。また女性の場合、砂漠の真中で予め予定して
持ってきた傘を立てて用を足すケースなど序の口。ことトイレに関しては注意に
注意を重ねても、突然、襲ってくる難物。そのためか、多くの書籍が出ている。
「入れたものは出さねばならない!」のは、出産と一緒?
   〜まずはAmazonの「説明」より〜
《 和式/洋式という二項対立的な呼び方のせいで、西洋のトイレはすべて洋式と
 日本人は思いがちだ。しかし、ロシア(旧ソ連)各地や東欧圏では和式(しゃがみ式)
トイレが主流であり、西欧においても農村などでは同様のトイレが散見される。
つまり、和式/洋式という図式で考える見方は誤りなのだ。「和式トイレ」の観察・
分析を柱に、世界各地のトイレの背景にある社会的・文化的事情を読む。 》
 ―  
   〜ネットでみつけた概要より〜
▼ どうしても我慢ならないのが、仕切の無い中国のトイレ。あと飛行機内の
 トイレ。男女の別なく… まあ、そこから始まる非日常の苦行の一つ。
旅先でお腹の問題は、男は下痢系、女は便秘系になる傾向が強い。失禁、一歩
手前は4〜5回のツアーで一度は経験する。特に着陸直後が、気圧の関係で… 
ツアーは日程が強行軍のため、慣れる2日間は苦行になる。留置場、刑務所内や、
軍隊のトイレ事情が… それは家畜並み。 何故か、お城、牢獄を周ると、底冷
もあるが、突如くることが多い。 何かしら怨霊が? と思われるフシがある。
ある作家は、神社仏閣では何故か100%下痢になるという。

・・・・・・
6362,閑話小題 〜問題はバカの扱い方
2018年08月14日(火)
            『問題は右でも左でもなく下である』適菜収 (著)
   * B層のバカこそ大敵!
 俗にいう世間様を「下」と切り捨てている文章。 何も考えない27%と、
考えても何も行動に移せない60%、合計87%の人たちを『下』と。
トランプは、アメリカ白人の右翼的レベル25%に狙いを定め、ロシアのスパイ網
と組んで政権をとった疑惑の痕跡がいろ深く残っている。社会には、考えられ
ない人たちが存在する。まだ流動する社会ならよいが、固定社会の舟底には
牡蠣がへばりつく。こういう人を一言、『問題は右でも左でもなく下である』と!
常に自分も知らずに同化しているのではと… TVの人気バラエティ番組の視聴者
の多くは、こういう人が狙い目。 で、その層に心地よい評論家がお出まし。
バカがバカを裁く模擬公開裁判らしき討論が、まことしやかに進行する。
他人様に思考と、決断材料の収集を任せ、演劇側のステージに上がろうとしない、
「ウォームヘッド、クールハート」の87%の人たちが、これに動かされる。

   〜ネットで、著者を検索すると〜
《適菜収を一言で表すならばバカの敵である。既得権益が叫ぶ改革に乗せられる
バカ(いわゆるB層)を敵視しており、バカに知識をつけさせて(C層)がまともに
なることで住みよい世の中になることをニーチェ等の哲学者を参考に紐解いている。
 特に現在詐欺師筆頭である安倍晋三、小池百合子、橋下徹を敵視しており
そいつらを支持する輩をバカと断罪、詐欺師の現実を突きつけることにより
バカに対する継承を鳴らしている。》
   〜 Amazonー内容紹介
財界のケツを舐めて密かに移民導入を進める政権。
グローバリズムによる社会の疲弊を推進する政権。
クソが付いていても米国のケツを舐めたがる政権。
共産党でさえ口にしない「〜革命」を標榜する政権
クズの忖度はしても陛下の意向を忖度しない政権。
それが「保守政権」を名乗る「美しい日本」ぶり。
本書で日本は終わっていることに納得した僕は、
仲間と家族を大切にして子孫に託することにした。
「近代の終わりと知の崩壊」を適菜収が警告した最新の書。
 〜 著者の内容紹介
◉ 私はファッション右翼やコスプレ右翼、街宣右翼は大嫌いだが、
質の高い右翼思想には常に敬意を払ってきた。また、花畑左翼、
市民活動家は大嫌いだが、質の高い左翼思想には大きな影響を受けた。
私は性格的にも学問的にも保守思想(すなわち近代的理念・理想・理性・
合理主義に対する懐疑的な姿勢)に馴染んできたので、右翼や左翼、
要するに理想主義者とは相容れないところがある。
未来にせよ過去にせよ、理想郷を設定するのが不可能な時代に生きて
いることを自覚できない時点で、やはりそれは弱者の思想だと思う。
その前提の上で、半ば自嘲気味に、あるいは戦略的に右や左を演じて
いる人々は面白いし、場合によっては知的な刺激を受けることもある。
本書で扱うのは彼らではない。「下」である。
右翼の底辺「右下」もあれば、左翼の下層「左下」もある。
いわゆる「B層」も多いし、橋下という政治家もいた。
◉ 今の政治は、マーケティングにより「下」の気分を探り、
プロパガンダで「下」を動かすことで成り立っている。
この手の政治家は、「風が吹く」のを待ち、問題が発覚したら
「嵐が過ぎ去る」まで口をつぐむ。
議論を軽視するのは、それが世の中を動かさないどころか、
墓穴を掘ることを熟知しているからだ。
大衆の熱狂だけが 政治を動かすことができるという深い確信
バカがバカを支持する今の世の中を見れば、それは正しいのだろう。
(「はじめに」より一部抜粋)
さあ、読者であるあなたは、この狂気の時代をいかに生き抜くか。
ないのか?
合理主義者が世界を破壊する


▼ 『下』は、ネット社会の産物と言うより、社会構造が本来、この層を
 生み出す現象。現在、嵐が吹きすさんでいる体育会系社会の変質した体質。
何も今さらの話ばかりで、殊更騒ぐ内容でない。
朝鮮社会の体質に、事大主義がある。小国が礼をもって大国につかえること、
また転じて「勢力の強いものにつき従う行動様式」をさす。中国近隣にあり、
常に侵略対象にされた中では、弱者の戦法として必要な知恵だろうが…
社会においては、これが固定されて人間価値まで判断される。それに目を瞑り
馴化するしかないのが実情。で、こういう社会哲学者が、87%を冷たく切捨てる。
問題は、27%でなく、一応、考えるが深堀ができない60%。それも上位10%との
際の人たち。10%の次善の人に加えた10%、合計20%が社会を静かに動かす。
この質を上げるには、長年かけた地道な教育システムを必要とする。政治家は、
その育成より、目先の権力維持のために大部分のエネルギーを消耗するしか
ないのが実情。20数年かけて現実社会をネット社会が世界を覆ってしまい、
社会の基盤が根こそぎ崩壊しだした世界で、右も左もない、必要なのは、
個々人の地頭(インテリジェンス)になってくる。非常に生きにくい時代である。

・・・・・・
5995,閑話小題 〜「楽しみに金のかからない人は、最も幸福」
2017年08月14日(月)

   * 楽しみに金のかからない人は、最も幸福
 ソローが、「楽しみに金のかからない人が最も幸福である」というが、
「楽しみに無条件で金をかけられる人は、更に幸せである」とも、いえる。
楽しいと思うかは心の素養の問題でもある。書籍の購入と同じで、命の次に
大切な金を、割切って使うことは難しい。仕事を楽しみまで昇華すれば良いが、
仕事バカも面白味がない。実際のところ、そこそこの「お金」は「遊び」に必要。
「一万を持って千円を使うのと、二千円を持って使うのと、気持ちが違う。」 
現在、一番効率良く遊べるのはネットである。次は「読書」だろうが、
これも素養が必要となる。

   * 本家消滅
 「本家、分家」の言葉も、自営業が激減している中、「死語」になってきた。
私が事業整理をしたことで、我が堀井家の「本家」筋も、消滅したことになる。
『堀井』の実家は太平洋戦争前までは、老舗の古美術商で、父親は二代目。
父が引き継いだ時点でも、徹底した節約の家で、結構の資産があったという。
祖母が『吉岡』の家から婿養子をもらって分家として商売を始めたのが出発点。
 その本家は、長岡駅裏から5分のところにあり、商売を止めていた。
母親が生きている間は、行き来があったが… 法事で、その一人息子と一度、
言葉を交わしたことがあったが、影の薄い人だった。ところが、昨日知ったが、
息子が独身で、先日亡くなり、家が実質、消滅したという。 享年64歳。

   * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。
第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に
優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。
まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、
次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位
の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。
戦争とは、そういうもの。但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、
直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う?
「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦
直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。
 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。

――――
5630,閑話小題 〜オリンピックも中盤に
2016年08月14日(日)
  * リオのオリンピックも中盤に
 オリンピックも、中盤に差し掛かった。ブログ内検索をして分かったが、
12年前のアテネ・オリンピックで16個の金メダルを取っていた。そのうち、
柔道で8個の金メダルを取っていた。今のところ、メダル獲得ラッシュとは
いえ、アテネ並みでしかない。それとロシアの選手の金メダリストが、
例年に比べて異常に少ない。
 日本にとってのハイライトは体操の個人総合で内村選手が、2位選手の
最後の着地の乱れで奇跡的逆転をした場面だろう。ドラマとして、これ以上の
シーンは作ろうとして作れるものではない。
 以前、内村選手が面白い話しをしていた。<自分の脳に、小さな自分がいて、
それが、自分に指示をしている。>と。小さな自分が、この奇跡を生みだした
のだろうが、これは練習と、これまでの試合経験の中から生まれた存在?である。

 ここで、オリンピックについて、何か書いてないかと検索したところ、
以下の内容が出てきた。書き残こしておく価値を、改めて思い知る。そこには、
垂直に立った(永遠)、その時の、「いま、ここ、私」が存在している。
 ブラジルの財政悪化も含めて、緊縮の設備投資で、日本が目論んでいる
数分の一、いや数十分の一で済んでいる。この辺りをマスコミは徹底的に報道
すべきである。「小投資、省エネルギーで済む」と、いう当初のアピールが、
何時の間に消えてしまった。 それぞれのドラマが生まれ出るオリンピック。
 これまで、大規模のテロは起こってないが、どうなることか?
以下を読み返すと、オリンピックに、あまり興味がないみたいである。
日本の時期開催もあって、その空気に流されている自分が面白い。
 目標は、心身とも元気で、2020をむかえる事だが・・ 

――――
2004/08/18
1233, アテネ・オリンピック

時差の為、夜半に行われることが多かったこともあって、オリンピックは
あまり興味がなかった。柔道の金メダルか、女子マラソン位か優勝に絡む
試合しかみた記憶がない。日本があまりにも弱いこともあったが。
ところが今年の日本はイヤに盛り上がっている。
不況ということもあり、国策として力を入れていたのだろう。

柔道の女子の谷選手と、野村選手の決勝も目覚まし時計で起きて見たが、
これは過去には無いこと。 この勢いでは、金を15個以上取る可能性も?
体操と柔道とレスリングと水泳など過去に強い種目に、絞って強化した。
他には、野球とマラソンかもメダルの可能性も高い。

TVで見ているかぎり、観客が少ないのが気になる。
欧州人にとってオリンピックなど、あまり興味が無いのか。
それにしても、東京オリンピック以来のメダル・ラッシュには驚いている。
歳をとったせいか、その人の人生まで重ねて見るようになってきた。
・私の記憶は、小学生の時のメルボルンの時からである。
 体操の小野選手の演技をラジオで聞いていた記憶がある。
・次は、中学生時のローマ・オリンピックで、白黒TVで見ていた。
・そして、東京オリンピックは、カラーTV。
・前々回のアトランタはブラウン管のハイビジョンTV
・今回はプラズマTVである。
情報媒体の機器で、時代の変遷が見えてくる。それと、自分史も。

――――
2004/08/30
1245, オリンピックが終了
 アテネオリンピックは、2004年8月13日から29日まで行われ、
昨夜(日本時間では今朝方)終わった。 結局、金メダルが16個。
前回の三倍、東京オリンピックと同数だから大成功だった。
復興委員会が数年前に打ち立てた戦略の結果であった。
 〜印象の強い順に書くと
・金メダルを16個取ったこと
・女子マラソンで野口が優勝したこと (丁度ツアーで、ウィーンの
 ホテルでチェックインをした直後にゴールを見た)
・柔道が8個の金メダルを取ったこと
 ー野村が三試合連続金メダル、谷亮子が女子でニ連勝、
 優勝最有力視されていた井上康生が一回戦で破れたことなど
・水泳では、男子の岡島が金を二個、女子ではあまり目立たなかった
 選手が優勝をしたこと
・体操の団体優勝の緊迫した内容と優勝
・優勝選手のドーピングで、銀であったハンマー投げの室伏選手の逆転優勝
・優勝をめざしていた野球が銅に終わったこと
 −日本のプロ野球の威信をかけたが、この程度の実力ということが判明
 したこと。 これで、一リーグ制に加速がつくだろう
以上、誰もが同じ印象であろう。
大不況の中、一服の飲料水の代わりになった。
ところで、過去に日本が強かった卓球、体操、レスリングなどを、中国と
北朝鮮が冷戦時代に戦略的に集中して強化して狙いうちをしていた。いつの間
にか彼らの得意競技になっていた。それを一部とりかえしたといってよい。
いずれにしても、日本復興委員会をつくって本気になって金メダルを
狙いにいった結果だった。まあ素晴らしいことだ!


7485,閑話小題 〜雨音が聞える盆の早朝も珍しい

2021年08月13日(金)

    * 盆の朝参りのため、一時間ほど前に起きて…
 一昨年の秋口の腰痛から3時半起床を5時にしてから二年程、経過した。
 朝のポタリング(ミニチャリ)の習慣を取り止めたためである。
20年以上も、真面目に、材料探しを含めて2〜3時間は集中して取り組んでいる。
それで、このレベル。一度、書込んだエネルギーは、パックとして残るため、
充実感が確かに残るため、止めるに止められない。後年の自分の視線が、自らを
鼓舞させてくれる。逆に甘さも付きまとう。毎日、自分と向き合うのは、剥き
あうがごとし!の面白さがある。そして今朝は例年のごとくに、親戚などの3ッ
の寺の墓参り! 私にとって、これも非日常になる。いや、これも日常である。
 ――
   * お盆の朝に、コロナ禍を考える…
◉ 考え方として、この未曽有な災害では、目安を5年ベースとすればよい。
 デルタ株が現在の感染拡大を加速させており、終息のあては全くみえない。
これは地球規模の大災害であり、政治的思惑を除外すべき案件。原因は温暖化
問題であり、数十年前から解っていたはず。解決には、やはり手付かずに
放置していた期間が必要になる。とはいえ、目先の感染拡大対策。
 百年前のスペイン風邪と、第一次、第二次世界大戦、世界恐慌、大震災などの
要因を乗越えていかなければ、ならない断層になる。その辺りを、凝視して判断
しないと、一瞬で現在の日常が消え去っていく。その圧力はまずは弱者に向う。
◉ 実のところ、二度のワクチン接種で、このコロナ禍を乗越えたとした判断が
 甘かった。来年には三度目のワクチン接種が必要らしい。 感染者が当初は、
基礎疾患を抱える老人が主流だったが、デルタ株は、青少年も呑込んでしまう。
ワクチン接種の普及さえすれば… の甘い期待が損なわれてしまった。 
これは後遺症が残るため、問題は深刻であり、理想的終焉が期待できない。

・・・・・・
7091,閑話小題 〜お盆ですか
2020年08月13日(木)
    * 毎年、欠かさず盆の墓参り
 例年のごとく、長岡の大手通り(元・丸大前)に、2日間だけ盆花の特売が出る。
価値からいって、通り相場の半額のため、この10数年は、そこで必ず購入する。
売れているのだろう、行く先ざきで、「ここもか!」と見かける。
まず宮内の母方の2つの墓参後に、近くの本尊の墓に献花し、参るのが慣わし。
 昼か夕方は兄夫婦と、酒を飲む。今年は昼間…  
数年前までは、近くの父方の従兄が仏前に参りに来ていたが、近年に亡くなり、
兄夫婦以外に誰も来なくなっている。
 大宮に住む次男一家も、会社から…「今年は県境を超えないように」と達し、
里帰りは取止め。寺も例外なく不況が直撃。法事も時代の趨勢で取止めの上に
コロナ禍が直撃。 寺の御布施は半減か3分の1辺りか。存続の問題もでてきた。
 ―
   * 寝ても醒めても、「世の中」
 当然のことだが、…TVも話題も「世の中、マッコロ闇!」 コロナ疲れが
出ても、これだけはパンデミック。嫌が応にも目を叛けることが出来ない。
最大の問題は、その規模。3〜5年の一過性か、30〜50年規模か。ある科学者は
「リーマンショック」以上、「スペイン風邪+第一次・第二次世界大戦」未満と!
私は10年前に「リーマンショック+東北大地震」で倒産したので、その破壊力
を直撃した経験から、このコロナ禍は、スペイン風邪+αと直感じているが、
如何だろう? その直感を信じて思い切った決断を計るべきか…、いま暫く、
趨勢をみるか? それ以前に、事前の一策を打っていたかの問題もある。
 ―
    * 中国… チョッと変? いや非常に変!
 このコロナ禍で、一番、拙かったのは中国の初動。武漢閉鎖が遅すぎである。
アメリカのトランプも、当初は軽く見ていたのは明確。その責任を互いに擦り
つけようとする様は滑稽とさえいえる。今回の日本的大移動の「盆」の催事。
流石に、国民的巣篭りが徹底されようとしている。これだけ脅かされれば、
お盆催事も、消滅! 行くところも限られるが、巣籠も堂々とするば、これも
悦なもの! 300本のブルーレイの録り溜も、かなり減ってはきてる。

 ・・・・・・
6724,閑話小題 〜今日のひと言… 引き籠りの意味
2019年08月13日(火)
   * 「べきオバケ」と、「べきエンジェル」
 「オタク」の原因は、両親の、「普通であるべき」「世間常識であるべき」
や、仲間内からの「差異」に対する無理解からの虐めが起因することが多い。
「子供は親に従うべき」「良い学校に入り、良い会社に入るべき」「バランス
のとれた相手と結婚すべき」等々。これで動きが取れなくなる。
人間は、自惚れがあり、自らを冷静に判断できない。これに「べきオバケ」が、
絡みつく。 しかし、それがエンジェルの役割をする要素もある。
「べきエンジェル」の外装が、「べきオバケ」であることが多い。それに気づく
のに数十年も要することが多い。 私の兄姉たちは、太平洋戦争を跨いだ青春
時代を生きていたが、そこに、大きな価値観の変容があった。その時代の大家族
が生き抜くには、父親の絶対的存在が必要であった。戦前、戦中、戦後の時代の
変遷の中で、その都度、「…であるべき」という縛りの変化は、仕方がなかった。
家族主義は、国家体制の変動の何れの時代の前提条件になっていた。上の七人の
兄、姉たちを末っ子の立場で見て、「べきオバケ」にガンジガラメで縛られた
彼らは、自分の数年先の道標であり、先行の姿が、リアルに見えていた。
それは、家風として必要だった半面、お飾りの商品とした枠が大きく、それぞれ
を縛りつけていたようだった。その鬱憤が、他者に向けられているうちは良いが… 
 20歳の頃、「創業を目指す!」と、夏休みの宿題を真面目に受け止めたレポート
を提出した。「兄・姉たちは、反発したが、私は、父親のように生きたい!」と。
これが、「べきエンジェル」への転換だった?  しかし、私にとっては、
立派な「べきオバケ」ということ?は、数羽のブラック・スワンの出現で、
アッサリと化けの皮が取れてしまった。「べきエンジェル」の縫いぐるみも、
なかなか着心地が良かった。 自分自身も魂の上に肉体という縫いぐるみを
着ている存在でしかないことを意識せざるを得ないから…。 大方の人は、
その縫いぐるみに、リタイア後に初めて気づく?。いや、それさえ気づかない?
『天皇』という御職業。縫いぐるみもいいところ。国家の象徴という縫いぐるみ。
誰かが着なければならない代物。 国家の祀りごとの重要な役割になる。
 さしずめ「べきオバケ」が政府なら、皇室は「べきエンジェル」ですか。

・・・・・・
6361,閑話小題 〜つれづれに、お盆の朝
2018年08月13日(月)
  
◉ 昨日の朝、例年、恒例のとおり長岡駅近くの大手通りアーケードの、
 臨時売場の「お盆花」を買ってくる。これは早朝のポタリングの帰りに偶然
見つけた穴場? スーパーで、1000円以上はするのが、600円×4束で2400円。 
ここで買い始めて10年は経つ。さて、三か所のお寺廻りに出発だ。
 ところで、本家筋の家が昨年、「絶えた」と… 発達障害の息子が独り身で…、
5年ほど前に一度だけ法要の席で同席したことがあった。葬式の知らせがあれば
出席したのだろうが。 寺廻もあって3時半に起床して、これを書いているが、
4時45分、何故か、雨が降ってきた。直に止みそうだが… 涙雨ですか、これ。
まず仏壇に参って、ポタリングは急遽中止、寺廻りだ。このアップは、この後!

◉ お腹が少し出てきて気にしていたが、ここ数ヶ月で体重が2キロ近く増えた。
 週5日、通っていたSJ通いを週4日にして運動量を減らしたことと、暑さで、
水分を倍近く?摂取したため。早朝のポタリングは、雨の降らない限り欠かさず
続けているので、太らないと油断したこともある。また暑さで食欲低下より、
何故か食欲増加もある。 特に、モナカのアイスクリームに美味しいのが多い。
物欲、性欲、自己顕示欲などで、満たされるのは食欲のみ? それも牛丼、
カツ丼、回転寿司でお茶を無制限に飲めば、然もありなん。ここで自動的に
コントロールするのが、これまでの習慣。猛暑の一事例が、これ!

◉ 先週末、川西の牛丼屋で昼飯。1000円札を出すと、「レジに何故か札が入ら
 ないので「他の札にして貰えますか」と。その瞬間、客が一斉に偽札か?と、
注視された。新札と入替えるとスンナリと入った。その後の映画館の自動発券機
では入金することが出来た。何だろう、あれ!

・・・・・・
5264,徹底した自分主義  〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月13日(木)
               〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
    * 徹底した自分主義 
 人間の遺伝子の基本は「エゴ」である。イエスでさえ「自分を愛する
ように、隣人を愛しなさい」と。他人を愛する前に、まずは自分を愛せよと。
18歳までに、家庭や学校などから洗脳された固定観念を、壊し始めるのが、
大人への第一歩。そのためには、「徹底した自分主義」に徹しないと、あれらの
ように、同一化された従順の羊になってしまう。 まあ、何も考えずに、世間様
におさまって、何も気づかず一生を終えるのも一つだが。何故なら、その範囲し
か知りえないのだから。その外は、知らないのだから! 〜その辺りから抜粋〜
≪ 処世術や、倫理や道徳、これは、してはならない、人には優しく、親切に、
 等々、これをさらに細分化されて実践的なものになったのが、ノウハウとか
ハウツーというものだ。それだけではあきたらず、特定の現場でもっとも有効な
ハウツーすら出てくる。それがマニュアルだ。生き方、商売、セックスさえまで
マニュアルが用意されている。何をどうやるのか。なぜ、自分で考えて自分なり
に実行しないのか。世間の目がそんなに怖いのか。あるいは罪悪心を持つのを
恐れているのか。それとも、自分で考えることすらできないのか。
 たぶん、教えられた通りにやればうまくいくという迷信が蔓延したあげく、
真理のように信じられている? 教えられた通りに勉強しておけば、テストで
いい点数がとれる。それをくり返してきたあげく、考え方が固ってしまっている。
だから、学校の成績のよかった人はもろい。挫折すると立ち直りにくい。
 人生は固定観念を習う時間ではない。自分が生きていく時間であり、自分が
生きていく場だ。頭と行動を固定観念で染めてしまうと、自分はいなくなる。
自分の中に古い他人がたくさん詰まっているだけだ。そんな人に個性などないの
も当然だ。定年を迎えた人が「第二の人生」と称して、俳句、絵画だのエッセイ
だのを始める。誰もプロになれない。下手な俳句、下手な絵画、下手なエッセイ。
なぜ自分が下手なのか理由さえ知らない。その理由はシンプルだ。固定観念で
物事にあたっているからプロになれないのだ。俳句とはこういうものだ、絵画
とはこう描くものだ、という固定観念しか頭の中にないのだから仕方がない。
 人が何かクリエイティブなことをして成功したいのなら、必ず概念、固定観念、
常識といったものを超越しなければならない。名人や芸術家というのはそれを
果敢にやってきた人々のことなのだ。固定観念の再現とか人の真似事がクリエイ
ティブであるわけがない。誰もの固定観念にある何か、ではなく、自分の中に
ある何かを表現することがクリエイティブというものだ。
 多くの人が忘れがちになるが、この世に、生きていくこともクリエイティブ
なことだ。つまり、多くの人は自分を生きずに世間の人々を生きている。
だから、こういうことをすれば隣近所はどう思うだろう、親戚から白い眼で見ら
れないだろうかと危惧するのだ。自分の中に道徳も価値も基準もタブーもない。
そういった精神を支えるものすら、世間に依存する。これでは、自分を生きて
いる、といえない。したがって、この一回限りの人生を本当に生ききりたい
のなら、自分主義でいかなければならない。自分が自分のルールを決め、
自分がその責任をとるのだ。人にいわれたことをするのではなく、自分の意志と
計画で行動するのだ。そういう生き方は他人から見たら、わがままで自己中心
主義に見えるかもしれない。自由奔放で、掟破りで、アウトローに見えるかも
しれない。けれど、そういうふうにしてこそ、自分というものが掴めるのだし、
自分の能力を発揮できるものなのだ。それが他人にはわからないかもしれない。
いや、わかる人はまだ少ない。誰も理解してくれないどころか、世に認められ
ないかもしれない。しかし、いつか必ず、それが斬新なことだと認め称賛して
くれる人が現れる。でも、立ち止まってはならない。さらに自分主義で行く。
突っ走るのだ。これこそ、新しい時代を運んでくる人間の生き方なのだ。≫
▼ 20歳時に、「創業の人生」を生きると決めたと同時に、自動的に「自分主義」
 が、確定した。その一点が、価値判断になった。当時、ある人に詰られたことが
あった。「ガチガチの個人主義者!」と。純朴な当時の心の奥の決心が、それが
見える人からしたら、そのまま‘その言葉’になっていた。 今からすれば、
それはそれで良かった? それほど、創業の決心は重く暗く、圧し掛かっていた。
4年前に、それらから解放された時の、心の軽さは、想像を遥かに超えていた。
 そして現在、違った意味の人生からの解放への「自分主義」に向けて歩みだした。

・・・・・・
4899,ホントに大事なお金の話 〜4
2014年08月13日(水)
  * 金の持つ力ー魅力・魔力・暴力とは
 世の中の8割は?金の力で自由になる。だから魅力と魔力と暴力性を備えた
金を持つ人間に惹かれるのである。今の世界は資本主義社会であり、資本=金
が価値基準の元になっている。金とは、自由であり、力そのもの。金さえあれば、
世の中の8〜9割が自由に出来る。逆に、金を失うと、不自由この上なくなる。
そして、裸の自分と向きあう事になる。 それが、逆に効用になるのは、
皮肉といえば皮肉。 
  ーお金の持つ力について、以下で、ずばり指摘している!
≪ お金とは何か、を考える際のキーワードは、金の持つ「力」である。
 お金は、3つの力(魅力、魔力、暴力)を、兼ねそなえている。
1、お金は、価値がコンパクトに保存されていて、
  必要なときに必要なものと交換できる(お金の魅力)
2、お金は、人々の欲をどんどん大きくする (お金の魔力)
3、お金は、そのカで人々を操ったり傷つけたりももできる 
 (お金の暴力)≫
▼ この3つの力は、人生を生きていく上で大きな働きをする。
100万なら100万の、1億なら1億の、10億なら10億の、100億
 なら100億の力を発揮するし、それを動かすだけで世界も、視野も開ける。
・小学、中学と、高校、大学の友人を見ていると、学力だけでなく、
 家系からくる貧富格差が明らかに見て取れる。
・お金の魅力については、その交換価値にある。 世界旅行に出たければ、
旅行代理店の旅行パックを選び、金を振り込めば、世界各国に気楽に行ける。
こんな便利で、都合の良いものはないが、これを稼ぐとなると、それなりの知恵
と努力が必要になる。 剥き出しの真実の塊は、そう簡単に得ることは出来ない。
・その金には、魔力が潜んでいる。金の魅力に対し、欲が無制限に広がっていく。
それが逆に命取りにもなる。
・お金は、その力ゆえに、人を支配した上に傷つける「暴力」性が出る。
お金で何事も解決できる
という錯誤を持ってしまう。しかし、解決のための一番の力でもある。
人間の持つ自由への無限の願望の、手段そのものになる。
・お金は、知識、情報に非常に似ている。知識、情報は、自由と力をもたらす
点である。持った分、使った分、自由を得ることが可能になる。 全てが、
終わってしまえば夢幻! それを金で買えるのか?買えるのである!
だから、魅力と、魔力があり、暴力性が伴うのである。恐ろしいかな幻覚。 
で、饅頭欲しい!  で、いやに去年の同月同日の文章が微妙に響いてくる。

・・・・・・
5994,幸せの確率  −2 ~ベスト・メモリーの作り方
2017年08月13日(日)
         ー幸せの確率 あなたにもできる!  
             アーリーリタイアのすすめ ―内山直 (著)
   * ベスト・メモリーの作り方
 人生も先が見えてくると、目先の快楽追及より、過ってのベスト・メモリー
の世界に舞い戻ることが楽しみになる。
 ・秘異郷を中心にした51回のツアーでの至高体験や、
 ・創業をテーマにしていた生き方も、その機会を多く得ている。
 ・節目節目の何気ない人たちとのクロスのベスト・メモリーかある。
それらを凝視すると、何れも深い闇が背景があればこそ、光を濃くしていた。
それをコンパクトにしたのが秘異郷ツアー。その場に置かれた状況からくる
ストレスが窒息しそうな闇。ツアーでの至高体験が「光輝く」のは濃厚の闇が
あればこそ。現地まで3、4日かけ飛行機、車を乗り継いで辿り着いた先の観光。
 これは人生と同じ。20,30,40,50歳代の何れの時代にも、至高体験がベスト
・メモリーとして残っている。 魂レベルの御宝である。事業を立ち上げて、
ホッとした直後に、押し寄せる喜び。また、思いもよらない大自然との邂逅。
 この積み重ねが、求心力になって、幸福感の機会を呼び寄せる。
数千までとはいわないが、数百は軽く経験してきた。
 


7484、読書日記 〜『できすぎた話』―◆

2021年08月12日(木)



   * 『できすぎた話』―◆
 後期高齢者の仲間入りをして7ヶ月が経つ。聞いてはいたが、これほど、
老化による心境と肉体的変化があるとは驚きである。現在、この事態そのままを
表現出来るため、同世代に少しは伝わるが… としても、決してオーバーでは
ないが、ネットで、画像、映像が世界中に一瞬で伝わる。このコロナ禍が発生し
一年と半年になるが、ネット環境の需給が爆発的に拡大した。

≪ 2021年08月11日(水) 7474、読書日記 〜『できすぎた話』―◆
 何気なく図書館で借りてきた著書だが、プロとしても、なかなかのもの。
Amazonのレビューを幾つか読んでみたが、どの内容も良い為か評論を書く気が
失せてしまった。 …『できすぎた話』は、誰の人生にも多々ある…?
 4人の姉たちを見ていて、長女は姉御肌で声楽家。次女は潔癖肌で生真面目。
三女は大人しい反面、内側にエネルギーが満ちているタイプ。 4番目は、父親
に溺愛されていたが故に、真面目、潔癖の型に押しこまれていて、不燃焼の人生
を生きていたが、何やら憎めないタイプ。一番、薫陶を受けたのが3番目の姉。
<何でも好いから…長期的夢を持続しなさい」であった。両親の次ぐらいに、
感謝すべき身内。…数年前の連合いを亡くしたが、本人が一番期待していた人生
を生きていた。学生時代にパールバック『大地』を読むことを勧めてくれていた。≫
 ―
 ▼ これだけの売れっこ作家でも、書き続けるには、一家総がかりになるようだ。
 書き続けていると、数年後の自分自身の視線が、文章そのものを自己管理する。
ネタ不足の苦しみと、カラカラの底から湧き出る思いもよらぬ着想との出会い。
同じような話題を、少し切口を変えることで、全く違ったテーマに変化していく
面白さ。己の魂の底の浅さに呆れること暫し。知れば知るほど、知らないことが
多い自分に唖然とする日々。ただ、そのことを知ればこそ、他者の底の浅さも
知らされる。だから、雑魚に惑わされることも少なくなる。

・・・・・・
7090、閑話小題 〜短いようで長い75年
2020年08月12日(水)
   * まだ実感がわかない75年の人生
 どうも、世界が大きく変わろうとしているのは分る。 これを機会に益々、
ネット世界が強くなり、現実社会が、その枠組みに支配される傾向が顕著になる。
去年のテーマが、<少し早く生まれ過ぎ?>だったが、このコロナ禍に遭遇した
現在、生きるには計ったようなベストタイミング。
<短くもなし長くもなし!>と同時に≪短くもあり、長くもあり> 地元の
「長岡空襲の戦災禍の5ヶ月後に、生を受けて、人生の大方が奇跡的に恵まれた
時代に生きられのが幸いであった!
『太平洋戦争の敗戦直後の日本に生れて75年。東西冷戦を経て、経済バブルと、
その崩壊を経験し、幾つかの災害とパンデミックが時代背景にあったとしても、
比較的に恵まれた環境にあった!> ということ。
同年代に人たちは、それに気づいていない…?のでは!としても、あの右上がり
の経済成長期の高揚感が懐かしい。奇跡の時代に生きていたのである。
あまりに良かったことが多かった!
【良いこと7! 悪いこと3】と、常々思って過ごしたかどうかか。 
早々から思えたかどうか!そう思える生活習慣を組みたてた実感は8対2。 
 まあ、お目出度いことで… 

・・・・・・
6723,閑話小題 〜少し早く生まれ過ぎ?
2019年08月12日(月)
              〜 『堀江貴文の言葉』より 
   * 懐かしき「堀江貴文の言葉」
 バブル王子の堀江の言葉も、デフレの時節が続くと懐かしく思える。時どき
 TVのバラエティで見かけるが、前科者の暗さは全く感じさせないのはさすが。
 〜まず、その幾つかをネット上から抜粋〜   註:【…】内は私の感想
「できない理由を先に考えるな」
   【入口を、間違えるとしないと、出来ないが判別できなくなる】
「皮膚感覚で嫌なものは、絶対に断れ」
「ネガティブな事を考える人は、ヒマなのだ」
「満足したら思考が止まる」
「お金から自由になるために働こう」
   【満たされないから、執着するしかない人が娑婆に満ちている…】
「仕事はみな娯楽である」 …【仕事だけじゃない】
「未来を恐れず、過去に執着せず、今を生きろ」
「物事を出来ない理由から考えるのか、それとも出来る理由から考えるのか」
「悩むとは物事を複雑にしていく行為。考えるとは物事をシンプルにしていく行為」
「人生を変えるのは簡単。現状に縛られず、一歩踏み出す。それだけのことなのに、
 多くの人は行動を起こそうとはしない。古い価値観に縛られ、変化することは
 危険で、現状維持が安定につながると思い込んでいる。」
   【変化の先のイメージが出来ないから困ったもの】
「バンジージャンプをするのに、特別な能力など何一つ必要ない。ロープを巻いて、
 ただ飛び降りるだけだ。それなのに、恐怖で泣き出してしまう。過去のトラウマ
 だかプライドだか知らないが、せっかくのチャンスを前に尻込みするなんて…。」
  【43mと100mから飛び降りてみたが、その恐ろしいこと… 死の恐怖の仮想体験】
 ―
 Amazonの内容紹介より
古い価値観の呪縛から解き放たれ、動きまわる楽しさの様々な言葉で伝える
 既刊『堀江貴文の言葉』に、新時代の名言を70以上加えた決定版が本書。
「走る」「貫く」「生きる」「思考する」「稼ぐ」「つながる」「学ぶ」「見通す」。
堀江を象徴する8つのキーワードごとに、人生の指針となる力強い言葉を紹介。

 ――
▼ 圧倒的に面白い人生だっただろに。ホリエモン自身がyoutubeチャンネルで
 紹介していたが、2018年6月に会員数が2万人を突破したようだ。これに800円を
掛け合わすと、月に1600万。年に二億近くですか。これに印税が入るし、何とも…
その分、濃厚な嫌なこともあるのだろうが… 
  ネットで堀江貴文の会員数と検索すると…
<月額980円のホリエモンメルマガの人数はどれくらいかは分からないが、
2013年時点では15000人以上はいると…。ちなみにホリエモンの月額1万円の
オンラインサロンの会員数は2018年時点では1500人はいる>と、あった。
そりゃ、娑婆の小童は、バカばかりと、思うわけだ! 

・・・・・・
6360,読書日記 〜喜びのツボ
2018年08月12日(日)
             <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より
  * 随想日記の楽しみのツボ
 「好き!」と実感できるには、1万時間、10年は要しただろうか。
それでも素直に好きと言えないところがある。毎日毎日、底の浅い自分と向き
合うのも… しかし底を見つめ直す機会になっている。出たとこ勝負のテーマと
素材探しも、全神経をはったり、緩めたの中で可能になる。書き終えて、信濃川
へ向け解放されるポタリングの早朝の霊気は心地よい。 その前に、テーマに
ついて、まず自分が「わかった」「おもしろい」の瞬間がないと、数年後の私に
伝わらない。だから、浅い理解、小さい感動としても、己の振動が必要である。
「だから何になる?」など論外。面白いから、好きだから以外の何ものもない。
その後のポタリングを含めた早朝の3時間セットの他は、「おまけ」という感覚。
(「おまけ」あればこそだが、その達成感で元をとっている。)

   〜その辺りから〜
≪◉ 楠木: 常日頃見たり聞いたりするなかで自分の興味関心に引っかかったり
 する出来事や現象からロジックを思いついていくのが好きなんですね。データ
ベースとか体系的に収集したデータセットではなく、偶然出会った素材や事例が
自分の考え事のタネになり肥料になる。自分のアタマにある好き嫌いフィルター
を通じて自分の思考に入ってきた現象をじっくり考え、そこにどういうロジック
があるかを考える。これが僕の仕事の基本動作です。 〜米倉誠一郎先生との対談で、
喜びのツボの話が出ました。青島先生の喜びは源泉に近い川上にあり、米倉先生
は河口。楠木先生は中間という比喩でした。〜

◉ 楠木: 学者ごとに喜びのツボは違っていて、どんな時が楽しいのか、青島君
 に聞いたことがある。そうしたら、「わかった!」という瞬間が一番楽しいと。
これは僕の推測ですが、彼にとっては「わかった!」という感動がというか、
精神の高揚さえあれば、あとは全部「おまけ」なんじゃないかと。誰かに認め
られるかどうかはオマケ、付け足しのようなもの。自分が面白いと思ってる
ことを届けて、相手が面白がってくれれば最高です。僕が好きなのは定量的な
実証研究ではなく、事例の断片から自分の論理を組み上げていくような定性的
な研究ということです。30歳半ばで開き直って、「掲載されなくても結構、好き
なように書こう」となりました。これが、「定性復古の大号令」。発令された
ことは僕以外の誰も知らないことですが。

◉ 楠木: …芸風は一つしかない。自分の好き嫌いのツボと心中する覚悟で
 やらないと、努力の娯楽化という好循環は生まれないし、良い仕事が出来ない
じゃないか。つまり、自分の芸風を知るとか、自分の土俵が分かてくることは、
土俵の外にアルモノを捨てるということ。何かを得るということは、常に何かを
捨てているわけです。考えてみれば、これは実は、すごく人間にとって自然な話
になる。≫


▼ 上記は、17年間、一日一テーマで6千数百を書きつづけられた有り体その
 ままが、表現してある。ここの小項目に「読み、書き、推敲」が好き。」と
ある。何のためでなく、この面白さが、教養ベースの蓄積の実感があるため。
これを続けていると、過去文と、書上げた文章との偶然の出会いがシバシバある。
他にも多々、「意味ある偶然の一致」の機会がある。偶然と必然の境目が何とも
考えさせられる。 それと自分とは、そもそも何とは何ぞや? 何者でもない
多重性格者? 単純でいて、小難しくて、いい加減で、怠け者で… 

・・・・・・
5993,幸せの確率 ー1
2017年08月12日(土)
          ー幸せの確率 あなたにもできる!  内山直 (著)
   * アーリーリタイアのすすめ ―
 新潟の医師が開業12年後の40歳後半でリタイア。医院は後輩医師に任せ、
悠々自適の第二の人生を始めて1年余り経って、この本を出版した。内容は
さすがにシリアスで、長期的天引き預金と、硬い投資を勧めている。
私の場合、引き足が遅く、母親を見送った51歳時に、還暦にラインをひいて、
1年1年を全エネルギーを投入し生きた経験がある。大よそ80歳までの30年で、
し残したこと、やりたいことを、9年間に圧縮した生き方をした。
それもあってか、この内容に興味を魅かれ、読むことが出来た。
   〜内容紹介〜
 アーリーリタイア(早期リタイア)そのものや、自由度の高い生き方に興味を
持つ人に対し、幸福学や心理学の学術データを用いて、真の幸せとは何かと問い
かけると共に、ファイナンシャル理論や行動経済学の観点から、そのために必要
な蓄財・運用術を、わかりやすく紹介しています。
生存率・貯蓄率・満足率・リスクリターン率という4つの「率」から、生涯を
通してみた「幸せの確率」がどうすれば上がるのかを考察し、アーリーリタイア
にひとつの答えがあるのではないか、とのアイディアを提起しています。
停滞を始めた現代の資本主義社会で生きる我々が、真に幸せに生きるには
どうすべきなのかを問う、新しい生き方の指南書^p1
   〜出版社からのコメント〜
 生活のためにあくせく働くのはもうたくさん!
 もっと家族や友だちとのんびり過ごしたい!
そんな人にぜひ読んでいただきたいのが本書です。まだ40代の著者は、現在、
無職。幼い3人の子供を育てながら、執筆、イベント企画、ヨガ・瞑想など、
興味あることに次々と挑戦しています。この「隠居生活」を支えているのは、
行動経済学や現代ポートフォリオ理論に基づいた蓄財法や運用法。もともと
金融のプロでもなんでもない著者は、アーリーリタイアを夢見て独学し、
独自の資産形成術を編み出しました。 そのノウハウを本書で余すところなく
お伝えします。 稼がなくちゃ! という縛りから解放されて、自由で幸せな
生き方を求めるすべての人に、本書を送ります。
   
   〜カスタマー・レビュー〜
この本で真に書かれていることは何か? それは、社会的に成功して、まだ
まだ現役として活躍できる医師がセミリタイアするまでの記録、そこに至る
までの考えです。
成人男性の生存確率は
60歳で約92%
65歳で約88%
70歳で約82%となっています。
定年と言われる60歳までに12人に一人。
更に6人に1人(!!!!!)は70歳まで生きられないことを統計は示しています。
人は、なんとなく平均寿命の80歳まで生きられると考えてしまいますが、
そんなことは決してありません。
著者はそのことをある日の夢(悪夢)で自覚しています。そして、人生の残り
時間を真剣に考え、残った時間で何がやりたいのかを真剣に考え、アーリー
リタイアを目指しています。資産形成、過剰な欲望のコントロール、質素な
生活を実践して、アーリーリタイアを実現させています。
著者にとって、セミリタイアは目的ではなく、自身がやりたいことの実現手段
として書かれています。普段は意識していませんが、人間はいつか必ず死にます。
明日生きているという保証もどこにもありません。

人生の残り時間を意識し、その残り時間でなにをやりたいのか?
それを自覚することの大切さを、この著書は教えてくれます。
そして、著者の辿ったアーリーリタイアへの過程は、間違いなくアーリー
リタイアを目指す人にとっては道標になるでしょう。
リタイアのための資産形成について書かれた本は多数ありますが、アーリー
リタイアする際の精神面での問題に書かれた本はあまりありません。
アーリーリタイアは、大多数の人とは異なる生き方を選ぶことになるので、
そこで様々な精神的な葛藤や迷いが生じるのは必然です。
その必然の葛藤や迷いの解決に、著者の考えは大いに役立つはずです。

▼ 百歳を超えても医師を続けた日野原重明の生き方もあるが、さっさと
 現役をひく生き方もある。あとは、その人の人生観である。世界の秘境を
見て歩きたいため、医師になり、冒険家と掛持ちの星野道夫の人生もある。
最期は熊に襲われ喰いちぎられて亡くなったが、はや、21年も経った。
生き方、死に方には、考えさせられる。
 恵まれた才能があればこそだが、そこには長年の計画がある。
で、何時ものような偶然で、以下の文章が文脈として現れ出てくる。

・・・・・・
5263,ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り 
            〜地球大進化46億年 ー
2015年08月12日(水)
     ー「NHK 地球大進化 知られざる“生命の星”の秘密」ー
   * ホモ・サピエンスの誕生と、生き残り
 最後まで残ったネアンデルタール人と、私たちホモ・サピエンスの差が、
複雑な言語を操る能力の差であった。 これは、現代社会の人間の能力にも
当てはめることが可能である。人間にとって最も重要な能力は、これである。
とすると、現代では情報端末を使いこなし、欲しい知識を得て、知恵に変える
能力=インテリジェンスになる。それが、そのまま、能力格差につながる。
 今では、ネット社会が、現実社会の上を覆ってしまい、それが現実を左右
する時代になってきた。IS(イスラム国)などは、その典型事例といえよう。
 ネアンデルタール人として、死滅するか。ホモ・サピエンスの次世代の人間
として生きるか?それぞれが大きな分岐点に立たされている。〜その辺りから〜
≪ ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの間に横たわっていた大きな溝、
 それは複雑な言葉を操る能力の差。もしネアンデルタール人が現在に生きて
いたらいつも会話をしている私たちの姿はとっても奇妙に見えたことでしょう。
言葉を獲得したホモ・サピエンスは、その能力を最大限に役立てました。
狩猟民族は言葉によって緊密な連携プレイを取り効率よく狩りを行っている。
そして狩りが終わった時、改めて言葉の果たす大切な役割が分かります。
その日の狩りを皆で振り返る時、言葉がさらに交わされます。
大人同士は狩りが失敗した理由を考え、新しい工夫を話し合います。
大人の会話を聞いた子供たちは狩りの技術を学んでいきます。
私たちは自らの経験を言葉で仲間や子供に伝えています。言葉を持って初めて
私たちは世代を超えてそれぞれの知識を共有できるようになったのです。
 言葉を持ったホモ・サピエンスとうまく操れなかったネアンデルタール人。
二つの氏族の運命を分ける時代がやってきた。4万年前、ヨーロッパーは
200万年間続いていた氷河期の最後のピークを迎えていきました。
寒さは厳しさを増し北半球ではぶ厚い氷河が欧州の北側を覆い尽くしていた。
この過酷な世界で生きるために言葉はホモ・サピエンスにとって大きな助けとなる。
寒冷地に住む動物たちは季節の移り変わりとともに大きな群れをつくって移動。
その時、ホモ・サピエンスは言葉によって獲物が移動してくる時期や場所の
情報を交換しそれに備えて狩りの計画を練ることができたのです。
言葉が未来を予測する力になったのです。 ≫
▼ 現在では、情報機器とネットが、日々進化して、現代人は、それに翻弄
 されている。しかし、時間とともに、それらを使いこなすことになるが、
その能力格差が果てしなく大きくなり、制御不能になるのでは? と思われる。
 言語能力だけでなく、洞窟画も、ネアンデルタール人には無かったという。
そこにも人間の能力の意味を知ることが出来る。より広く、深い知識を得て、
様々の世界を知り、音楽、絵画、演劇など多くの芸術に感動し、それを満たし、
新しい何かを創造することが人生であることを示している。
 


7483、読書日記 〜『できすぎた話』 

2021年08月11日(水)

 何気なく図書館で借りてきた著書だが、プロとしても、なかなかのもの。
Amazonのレビューを幾つか読んでみたが、どの内容も良い為か評論を書く気が
失せてしまった。 …『できすぎた話』は、誰の人生にも多々ある…?
 4人の姉たちを見ていて、長女は姉御肌で声楽家。次女は潔癖肌で生真面目。
三女は大人しい反面、内側にエネルギーが満ちているタイプ。 4番目は、父親
に溺愛されていたが故に、真面目、潔癖の型に押しこまれていて、不燃焼の人生
を生きていたが、何やら憎めないタイプ。一番、薫陶を受けたのが3番目の姉。
<何でも好いから…長期的夢を持続しなさい」であった。両親の次ぐらいに、
感謝すべき身内。…数年前の連合いを亡くしたが、本人が一番期待していた人生
を生きていた。学生時代にパールバック『大地』を読むことを勧めてくれていた。
 
  〜Amazonのレビューより〜
≪ ◉ 今回の管見妄語も面白く読ませて貰いた。今までと違ってかなり苦労
されてゐる様子がよく伝はって来ました。はじめにで冗談めかしく藤原家の総力
を挙げて出来た旨が書いてありましたが、毎週毎週の名作を書くのは確かに至難
の技でありませう。今回、私が呵々大笑した作品は少し控目だったと思ひましたが、
いつもの名調子は健在であり、爆笑した箇所も幾つかありました。
 特によかった作品に二重丸、よかった作品に丸、それに準じる作品に圏点を
つけてみましたが、二重丸が一つ、丸が六つ、圏点が四つになりました。
言ってみれば、五つに一つは傑作だといふ私の見立てであります。
国家の品格以来のいつもの卓論の定番と言へるものは除いてゐますので、やや
少なくなってゐます。欧米に対して抱く虚像の払拭、現在の日本が持ってゐる
価値の顕彰、英語教育必要論への痛論等、どれも隠された正論を明らかにする
名品が様々な角度から述べられる本作は本当に味はひが深いです。 ≫
 ―
▼ これだけの売れっこ作家でも、書き続けるには、一家総がかりになる。
 書き続けていると、数年後の自分自身の視線が、文章を自己管理する。
ネタ不足の苦しみと、カラカラの底から湧き出る思いもよらぬ着霜との出会い。
同じような話題を、少し切口を変えることで、全く違ったテーマに変化していく
面白さ。己の魂の底の浅さに呆れること暫し。知れば知るほど、知らないことが
多い自分に唖然とする日々。ただ、そのことを知ればこそ、他者の底の浅さも
知らされる。だから、雑魚に惑わされることも少なくなる。

・・・・・・
7089,閑話小題 〜つれづれに ーいくら何でも
2020年08月11日(火)
   * こりゃ、何だ!
 数時間前の0時半に、何時もように目が覚めた。 その時、気づいたのが、
快適温度と顔に当たる微風! 暑からず寒からず、何とも心地がよい。
ベッドの下地も、枕も低反発マットで快適この上ない。エアロ・ヨガの最後の
仕上げの「死者のポーズ」で両手・両足を大の字にしたポーズ。鼻風邪の詰りも
なく、快適そのもの。秘・異郷ツアーの最後の機内で一眠りをして目が覚めた
時の状態に似ている。週に数回、この状態にいるのだろうが、自覚するか、
しないか… そこで、ゴーグルを付け、その向こう側の人形に入りこんだ
ダメージを持って宇宙遊泳をしたが、そう上手くはいかないが、遊泳の感覚が
強くなってはいた。TVのYouTubeで様ざまな世界を漂ったり、夜半の覚醒を利用
した世界を遊泳したり、何やらオカシナ世界に立ち入ってきた。それとも呆けか!
 ―
   * 帰省列車の予約は昨対比5〜20%
 毎日毎日、湧くように出てくるコロナ禍の問題。
昨夜の新潟駅構内のニュース映像に驚いた!改札口に、コロナ禍で、ほぼ誰の
姿がない。 次男夫婦が、16日の帰省予定を中止との電話が入ったが、なる程!
とき悪く、「帰省した家に嫌がらせの手紙が投げ込まれた」と大々的な報道。
中国の旧正月(春節)は1月下旬。のべ30億人の大移動。そこで、中国が、思い
きった規制をしなかったのが、パンデミックに繋がった。日本は自主規制? 
その位、このパンデミックは大ごと! 問題は、まだ初期段階? ここで経済
恐慌の可能性の兆候が出てきている。 30年間、新潟駅前ビジネス・ホテルを
4棟を経営してきた経験からして、想像を絶する何でもありの事態!

・・・・・・
6722,閑話小題 〜職業は、その人を現す
2019年08月11日(日)
    * 「ああ、司会者か」… ね!
 その人の外郭を知ろうとすると、まずは職業、そして家柄、出身校、人柄、
センス… 等が続く。それだけ職業が、その人物を大きく体現する要素になる。
ところが、本人は意識していない。クリステルは、それを聞いた時、「ムッ」
とした表情だったような。 それぞれのキャリアといえば職業である。
そのため、男には名刺がある。とすると、名刺は、「釣書」「吊り書」の役割
を示す。ネットで、小泉元首相が、息子の相手を知った時のことが紹介された
時のひと言が注目に値する。
《 小泉進次郎衆院議員と滝川クリステルが結婚することを父親の純一郎元首相
が知ったのは、今年6月(2019年)のことだったという。元首相は「よかった。
一度はした方がいい」と喜んだが、相手の名前を聞こうとしない。
兄で俳優の幸太郎さんが同席していて、「相手が誰なのか、気にならないのか」
と聞いて、進次郎氏がスマホで写真を見せると、「ああ、司会者か」とひとこと。
初対面の席でも「クリスタルさん」名前間違えてる! 》
 ―
▼ 熟年同士の有名同士のカップル。クリステルあれだけの美貌で、華やかな
職業からして、あんのじょう浮名も多かったようだが。
…10年前の2009年に熱愛が報じられたのが中田英寿。
その直後から小澤征悦(2009年末〜2015年)。
最近では外国人の新恋人のデートの画像がマスコミを賑わせていた。
芸能世界は、特殊とみれば、進次郎など、赤子を捻るようなもの。その経歴が
災いになり、親父と同じ道を歩むことに? 数年の新婚生活は、それは楽しい
だろうが、骨抜きに? お二人の心の内までは解らないが、それも人生には必要に。
特に、離婚経験は、この政治家にとって必要条件とすれば、最適な御相手。年寄り
の冷や水の一歩手前で。成るようになるのが、娑婆世界。でもまばゆいばかりの
絵に描いたようなカップル。何をや言わん! 幸せな人には幸せの人が集まる! 
問題は危機管理。 糸の切れた凧のように… そこまで心配することもなし。

・・・・・・
6359,読書日記 〜嫌なことはやらない
2018年08月11日(土)
            <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より
   * まずは「嫌いなことをしない」
 「好きな事をやる」より、まず「嫌いな事をしない」が、第一歩。
戦略とは「何に焦点を合わせ、集中することより、何を絶対にしないかを
決めることを優先すること」といいうが、人生でも、ビジネスでも同じ。
黒柳徹子の「仕事も、遊びも、好きなことしかしない」からこそ、現在でも現役
でいられるコツ」の言葉は有名だが、それ以前に「嫌いなことはやらない!」が
優先するとは… 20歳の頃、「キリスト教倫理」の課題に『人生の将来設計図』
が夏休みの宿題にあった。 考えあぐねた結果、『創業人生を生きる』で、両親
の戦後の転職の苦労話を書き連ね、自分も、同じ人生を生きたいと、書上げ提出。
その時に、驚いたことに、丁寧な長文の返事が返ってきた。
 『素晴らしい、その人生を生きるべきです!』
この遣り取りで、自分の性格が一変してしまった。丁度、都会生活と、寮の先輩
夫婦がペアレントをしていた軽井沢山荘のヘルパーに駆り出されて、単調な学生
生活から抜け出し始めた頃であった。何か世界が明るく輝き出したような… 
 世界は「自由、平等、博愛」を理想としているが、世界は真逆。それらは一つ
ずつ自分で獲得するものと。人生は自分の意思で選択するものと。考えるとは、
何が好きで、何が嫌いかから出発する。
 
  〜著者の、以下の部分が、一番の要点…
≪ テレビの創成期の日本テレビのプロジューサーだった井原高忠さんが
 書いた『元祖テレビ屋大奮戦』という本に、ガツンとやられた。…
<自分の好き嫌いで仕事をしている!これこそ理想だ>と思いました。
漠然とした自分の方向感覚が出来ました。以来、井原さんが僕のモデルです。
会ったことがないが、勝手に心酔しています。彼の本の素晴らしいところは、
<「好きなことをしろ」より「嫌いなことをするな」である>というメッセージ
が前面に出てくるところです。 フツーの人はそもそも自分が好きなことが何か
わからない。それで困っているのに「好きなことをやれ!」って言っても…。
好きなことはわからなくても、まず嫌いなことをやらないと決めたのです。≫

▼ 兄姉たちは、両親から距離を置いていたが、末っ子の私は、常日頃、
 親元にまとわりついて育ってきた。 面白いのが、商売のコツの話。
情報と知識の重要性、特に読書と新聞購読がベースと… それと知恵の捻り
出しの具体的ケースの数々。何ごとも好きになるまで努力をすること。
それと師と仰ぐ人の存在。父は津上製作所社長の「津上退助」「野本恭八郎」。
努力の量も、質に変化していくこと。ここでいう、『努力の趣味化』。
まずは「嫌いなことをしない」こと。好きなことをすれば、当然「嫌いなこと」
は薄れていく… ただし、これも慣れ、コインの裏表と同じく、そこに素晴ら
しい何かが隠れていることがえてして多い。時と、場合次第である。 
 誰がすき好んで、17年も連日、頼まれたわけでなし、小難しいテーマを
取上げ、書きつづけますか。嫌が応でも意地で続けてきたため。 
人生で一番良かったことは、嫌なことでも、嫌と思わなくなれたこと。
良し、悪いの比率が6対1のため。好きを増やすか、嫌いを減らすかは人による。
<500mで安住してきた人、大好き。> お前自身のことかい? 皮肉かい?

・・・・・・
5262,贅沢を敵にしない 〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月11日(火)
              〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 贅沢を敵にしない        
 ここで何度も書いているが、小・中・高・大学の同級会に毎年、出席して
いるが、進学するほど当然、空気が違ってくる。その大学でも、進級するに
つれ、属したグループの人の質(知識、家柄、人柄,etc)もアップしていく。
 4年前から、世界が住居の長岡だけに狭まったが、この小さな世界の段差が
嫌でも見えてくる。この城下町は未だ『贅沢は敵』の精神が付いてまわる。
 稼いだだけ、堂々と使えば良いだけだが。で、30年間、堂々と使ってみて、
どうだったか? いや、良かった。本当に!使った分は、あの世とやらに、
持っていける。ということで、両親にも教わっていたが、以下の論に納得! 
≪ やせた土地には作物が育たない。これと同じことが人間にもいえる。
 貧しい状況から豊かなものは生まれてこない。しかし、経済的に豊かな
状況からのみ何かが生産されるということではない。心が豊かであれば、
あるいは豊かな感受性を持っていれば、そこから生まれてくるものが必ずある。
豊かな知識、豊かな経験、豊かな能力、豊かな力、豊かな度量、そういった
ものから必ず生まれるものがある。
 しかしまた、いくら莫大な資産を持っていようとも、それを使わなければ
何かが生まれてくるということはない。当然のことながら、贅沢から生まれる
ものは多い。贅沢を好む気持ちからでさえ、蕩尽からでさえ生れるものがある。
ケチ、節約、出し惜しみ、死蔵、衰弱、弱気、過度の貯蓄などから豊かなもの
は生まれない。それでは、豊かなに生きられない、人生を十全に生きられない、
いきいきと生きられない、ということを意味する。
 たとえば、返済に数十年もかかるローンを組んだために好きな本も買えずに
図書館から借りては返し、質の悪い衣服をまとい、質素な物を食べなければ
ならない生活というのは、それ自体が豊かなことではないし、豊かなものを
生むのがとても難しくなる。実際に、そのために子供すら育てられない家庭が
あるのだ。粗食だの節約だの質素だのというのは、早々に人生を見切った老人
にまかせておけばいい。わたしたちは人生を見切るという愚をおかさないため
にも、豊かさを好み、贅沢を味方にしておかなければならない。
 そうでないと、ただ生きるだけになるからだ。税金をはじめとした支払いの
ためだけに生きることが人生といえるのだろうか。それはそもそも人生と呼べ
るのか。 豊かに、多彩に、悲喜こもごも、味わい尽くすのが人生である。
 あのイエスさえ、粗末な衣服をまとってはいなかった。ニーチェもまた
質素な生活はしていなかった。昼はいつもホテルのレストランでステーキと
オムレツを食べていた。ニーチェは、人間はもともと贅沢を好むものと述べる。
 人は豊かさを好むものだ。禁欲よりも放縦になびく。誰が好んで広い空より
も狭い空をあおぎたがるだろうか。誰が好んで、多くの可能性よりもわずかな
手だてを選択するだろうか。人間の本性の顔は贅沢に向いているのだ。
 たしたちは、机上の計算をするだけで金銭を得ることが当然だと思っている
ような経理的な人間にだまされてはいけない。これだけの金しかないのだから
この程度しかできないと彼らはいうのだ。彼らは金こそ可能性と力だと思い込ん
でいる。数字の計算が重要だと思っているような彼らより、本当に生産に
たずさわっている人たちは知っているはず。狭さよりも広さ、制限よりも解放、
圧迫よりも自由、計算上の明日よりも望みを含んだ今、貧弱よりも豊満、臆病
よりも大胆、反撥よりも限りない抱擁。そういったものこそ、人間をもっとも
人間らしい自由に導き、そこから新たなものを生むことを。かがんで身構えて
いては何も掴めない。踏み出し、進み、手を伸ばし、欲望をあらわにし、
求めなければならない。賛沢は何かを捨てることではない。何か新しいことを
得ることだ。贅沢は人間の能力を解放することなのだ。〜p109〜111  ≫
▼ 上記の意味すら理解できない人が、地方には多い。周辺の思惑に左右され、
「かがんで身構えて何も掴もうとしない!」 そう、ただ彷徨っているゾンビ
のような人が、身近な顔色を伺っているだけ。近づかなければ良いだけだが、
それが、また・・ 21歳時に、一ヶ月で、現在の300万以上の大学の欧州一周
ツアーに参加してみて、それまでの、小さな先入観が粉々に粉砕された。
そこで知ったのが、上記のこと。可能な限り力を発揮し、その力で、最大限、
豊かさを得て、この世を楽しむことこそ人生。 だからこそ創業を目指した。
 創業45年の人生、一応、豊満で、面白おかしい経験が行蔵に残っている。
贅沢は敵でなく、素敵である。どの道、直ぐに死ぬのだから!で、以下に続く!

・・・・・・
4897,閑話小題 ーシャバシャバ
2014年08月11日(月)
   * 娑婆とは
 「娑婆」の定義を知りたいとネットで検索したところ、次の内容があった。
≪ 娑婆とは仏法では人が生きる世界を指し、世界四苦八苦に耐える自由の
 ない世界としている。しかし、俗語的に娑婆は刑務所に入っている人にとって
の外の自由な世界を意味する。これは江戸時代、遊郭を娑婆に対する極楽安堵の
地と例えていたが、遊郭で働く女郎からは「娑婆(外の世界)こそ自由の世界」
になるためで、意味は逆だがどちらも人が普通に暮らす世界をさす意味では
変わっていない。俗語的意味で娑婆がよく聞かれるのはドラマの出所シーンで
「シャバの空気はうめえ」というセリフ。また、日常生活でも合宿中の生徒や
新入社員、人里離れた地で勤務する人など自由のきかない生活をしている人が
「早くシャバに戻りたい」といった形で使用する。≫ 
≪「彼岸」は「此岸」に対する言葉で、ともに仏教から出た言葉。「此岸」
(こちらの岸)とは、私たちの住む世界のことで、仏教では娑婆(しゃば)世界
ともいいます。「娑婆」とは昔のインドの言葉で、堪忍土とも訳され、耐え忍ぶ
世界という意味です。≫ とあった。
▼ 父の口癖が娑婆。日常的に世間を娑婆と言換えて使っていたため、たびたび
 聞いていた言葉。商家は、日常が戦場の真只中で四苦八苦世界の側面があった。 
終戦直前に、空襲の焼夷弾で街が焼かれた直後に物心がつき、一家は転業を
しながら日々を過ごす娑婆世界の環境であった。若者言葉に「やばい」と
「シャバ」をかけ「シャバイ」があるとか。今の私の日々は、シャバイになる?
この言葉から「ショバイ」が連想される。ショバイ日々、商売に熱中する日々。
ショバショバである。現在の私は「ショボショボ」になるのか!

・・・・・・
5992,閑話小題 〜最後の講義・12 ー石黒浩:対談
2017年08月11日(金)
   * 人の感情を推し量ることからの開放
 大人数の家族の末っ子として育ったこともあり、周囲に気を使い過ぎる
きらいがある。 SJでも、軽い会釈か、挨拶さえしないで独り、無言で、
イージーライン、ヨガ、ウォーキングマシン、マッサージのコースを大よそ、
2時間、熟している。メンバーをみると、3分の2が独行で、残りが2〜3人で
談笑しながら過ごす。対話の話題には、こと欠かないが、日常会話は苦手。
どうしても口が重くなってしまう。 まずは、何気なく褒めれば良いのは
分かってはいるが… 表情を最小にしたロボットが、思いの外、重宝して
いるようだ。無表情な部分を人は、想像でカバーしているようだ。無口で、
無表情の人に何やら魅かれるのは、そのせいである。
――
<石黒>



7482,閑話小題 〜幸せそうな女の、実相とは!

2021年08月10日(火)


   * 不可解だが… 犯人には、この傾向が…
 引籠りに多いのだろうが、物事を、マイナスマイナスに考える傾向が強いのが、
何処の世界に一定数存在していた。 この事件を省みて、
<一つ間違えると自分も同じような境遇に陥ってしまっていたかもと…> と
思った人は居ただろに…
 アメリカの有名大学で、一定数の「明るく、素直で、何にでも挑戦し、上手く
熟す学生群を調査した研究がある。この人物の真逆の性格を持っており、日本
では、終戦直後から日本ヨガの創始者・中村天風の何冊か著書がある。
現代版では大リーガーの大谷翔平が具現化した人物である。具体的には書くと誰
もが抱える問題になるため指摘は控えるが、小狐と一言で割切れるる一群の群れ。
同世代でも、死ぬまでは一度、その世間から捨身で離れることを推奨する。
 何でまた… 『幸せそうな女性』を見ると殺意を抱くのか理解不能だが、
『幸せな男』を演じれば良いのに! 普段は大人しくしているが、こと周辺の人
がマイナスに陥ると、そのネタ探しが業となる。 他人の幸せに腹が立つのは、
自分が不幸成るが故。こういう人物は、親がかりでマイナス思考。親の行蔵に、
それぞれの要素が隠されている。それにしても、魂の芯が歪むほどの人生が
垣間見れる。 

≪◉ 東京都世田谷区を走行中の小田急線の電車内で、乗客が刃物で切られる
 などして重軽傷を負った事件で、警視庁は7日、川崎市多摩区西生田、職業
不詳、対馬悠介容疑者(36)を殺人未遂容疑で逮捕した。けが人は20〜
50歳代の乗客の男女10人。 対馬容疑者は調べに容疑を認め、
「誰でもよかった」と供述している。
発表によると、対馬容疑者は6日午後8時半頃、小田急線成城学園前―祖師ヶ谷〜
大蔵駅間を走行中の上り快速急行電車7号車で、座席に座っていた都内在住の女子
大学生(20)の胸や背中など7か所を刃渡り約20センチの包丁で切りつけ、
殺害しようとした疑い。女子大学生は重傷だが、命に別条はないという。
 
◉ 対馬容疑者はその後、包丁を振り回すなどし、逃げる際に転倒した人も
 含め、いずれも7号車に乗っていた男性5人と女性4人もけがを負った。
対馬容疑者は9号車まで移動し、非常用ドアから逃走したが、約1時間半後、
約4キロ離れた杉並区のコンビニ店に「犯人です」と名乗り出て身柄を確保された。
対馬容疑者は「6年前から、幸せそうな女性を見ると殺したいと思っていた。
電車なら乗客が逃げ回れないので、大量に人を殺せると思った」と供述しており、
警視庁が詳しい動機を調べる。≫
 ―
▼ 『幸せそうな女性』は、その内実は「超我まま」。それを知らずに近づき
 大火傷をした経験があるのだろう。その辺りは、よく解からないでもないが!
  それよりも、コロナ禍で生じ始めた貧困問題ですか!
・・・・・・
7088,閑話小題 〜右上がり角度が一番に高かった頃は
2020年08月10日(月)
    * この年齢で想うこととは、
 あと数ヶ月で後期高齢者へ仲間入り。行蔵を省みると、まあ、こんなもの。
・成長角度といえば… 右上がり角度が一番高かった年代は20歳代。
 低かったのが、10歳代後半頃は縮み、40歳頃は伸びきっていたようだ。
・面白かったのが、30歳代。ここも前半と後半に分けられる。…ただ只管
 立向かっていた。(これは私だけでないか?)
・キツカッタのが40歳後半と、60歳後半。因果応報… バブルのツケが
 利子付きの返り矢で…。 それでも、生活習慣が助けてくれた。

つれづれに振返ると、自分の頭の悪さと、滑稽さに自嘲するが… 
他者の‘それ’に負けるとみると、そんなもの。孤独、孤立好きが+に働いた。
10歳代の10年間が−(マイナス)だったのが残念だが、それが、それ以降の
土壌になっていたような。

恵まれてない人に対して、それを許容できない性格が、私の弱点。
最近なって気づくことは、他者への冷たい視線と、仕打ち。性格が攻撃的で
あるのも、あったが… 私の能力の限界が、上記の中に垣間見ることが出来る。
飽きもせず、毎日、このブログを書き続けていると、何だったのだろう?と、
思う日々。でも、ここまで生きれるとは思いもしなかった。

・・・・・・
6721,閑話小題 〜今日のひと言… ―引き籠りもキャリアになる
2019年08月10日(土)
   * 何とも… 驚かされた言葉
       〜引き籠りもキャリヤ成りうる〜
 御隠居生活は、どうしても引籠り傾向になるが、それでもスポーツジムや、
シネマ館通い、自転車散歩、このブログなどで、鬱憤晴らし?が出来るので、
むしろ御隠居生活が有難くもある。ここで何度も書いている『世間』の批判。 
 NHKのクローズアップ現代の夏季特集の再放送で、「キャリアの引き籠り」
の問題。10年、20年の長期引き籠りの人たちを集めて、その深刻な胸の内を
披露していた。 問題は、世間に対する親の妄信。私が知る限り8割が重症。 
特に都会から放れるほど理解の低さ?が強くなる。彼らは、まず親の無理解を
指摘する。
 「引き籠りは世間体が悪い」「常識じゃ考えられない」「普通であれ」と。
何も考えようとせず、押し付ける。これじゃあ、堪ったものではない。その
序の口が、小中高校時代の虐め。特に両親の不仲なるが故の苛めっ子の虐め。 
彼らの狙い目の対象が、まず変わった普通でない子供。子供は加減を知らない
ため、それは残酷極まりない。実社会にはパワハラの残酷さが待っているが、
幼児・少年時の虐め体験で必要でもある。しかし弱い子供が、ここでやられる。 
500m圏社会の常識、噂に怯える人びとへの気配りで神経を擦り減らす。
その子供版が、クラスの仲間内での虐め。「世間並みに」「社会常識」
「普通であること」。 これらは、一見、正しいようだが… いや正しいが、
それを鳥瞰できる視線があればの前提がつく。引き籠りの本人にも問題がある。
引き籠りを、当の本人が自己否定する。 そして親からして無知とくれば!
 それでも親・兄弟がいればよいが… 存在しないと、ホームレス、そして
孤独死が待っている。当人にとって、それに抵抗感がないとしても…
欧米の一神教に対して、日本は『御世間教』が厳然と存在している。
この酷く感化された低俗の?両親の子供が、親と、幼友達から遣られてしまう。

・・・・・・
2018/03/07
閑話小題 〜大変な人のでき方

   * 旅は根こそぎ人生観を変えた
 何度も書いてきたが、51年前の21歳の「30日間・欧州旅行」が人生を変えた。
国内さえ殆ど旅行したことがない私が、年間20万人しか渡航してなかった当時に、
ツアーに大金持ちの子女・子息たちと豪遊旅行に参加したのだから…、当時の
日常との段差が如何ばかりか。それまでの人生と、その後の人生というほどの
段差によるカルチャーショックが、そこにあった。 
 良かったのが、事前情報が皆無に近かったこと。名所名跡に出あいがしらの
感銘がより大きくなっていた。その衝撃は、その後の秘異郷旅行のライフワーク
に繫がっていた。 
 
 当時よく聞いた話が「カルチャーショックで気が変になる人が多々ある」。
今では情報化で現地の事前情報があるため少ないようだ。私も帰国後の数ヶ月は
自失茫然状態であった。それまでは、私なりの世界観、価値観を保って秩序を
守ってきたが、そのベースが根本から揺れ、それが新たな再生になっていた。
 老いる度に、私たちは小さな世界に閉じこめられ、その世界しか知らなかった
ことに気づき、慌てる。その後、数知れない衝撃を受ける度に、生き方、人生観
が根こそぎ変化していった。成るほど、「大変な人」と言われるのは至極当然。
私の限界の中の衝撃で、破壊と再生の「変化」を経験すれば、「変」が大きく
なる筈である。 とはいえ、その道のプロ、例えば、秘境の地への赴任とか、
添乗員から見たら、何をバカなことと笑われる半端なド素人でしかない
。 
 一歩、旅行に向け踏出すと、非日常の世界になる。 新幹線から成田線に
乗継いで、機内に入ると、非日常が、日常になり、これまでの普段生活の日常が
非日常に逆転する。黄色のミニ集団の一員として、こちらの正しいことは、旅先
では正しいとは限らない世界になる。世界は多様であり、それぞれが特殊であり、
また自分の世界も特殊であることに、気づかされる。それぞれの地域で、それ
ぞれの言葉を話し、様々な考え方をし、地産地消をしており、それぞれの文化
の中で生活をしている。その実体験が旅行の醍醐味になる。一回の旅行で、
ホテルや、観光先や、乗り物内で、様々な文化文明に触れ、感動や感激をする。
変わっていく旅先に順応しながら、自分も変わっていく。感動、感激の経験は自分
の感情を豊かにする。旅に出て、感動し、感激し、感涙する度に、違った自分に
変化していることに気づく。

一年前に入れた4KTVが内なる世界を変えた。『アクティブ・カウチポテト族』
と言うが、世界の秘異郷先を、実際の人間の視力より、遥かに鮮明に映し出す。
今では、YouTubeで4kの映像を見ることが可能になっている。数十年経っても、
これで追体験が可能になる。更にブログで、旅先からライブの生々しい写真と
映像と実感の言葉を見ることが出来る。 21世紀は、楽しみ方を知ってるものに
とって面白い時代だ。 これは何事でも言えることが…

・・・・・・
6358,閑話小題 〜年寄りの不幸感覚
2018年08月10日(金)
   * 老いの自覚を…
 年齢と共に、年々、肉体的、精神的の老いの新感覚に唖然とする。
ボクシング協会の老醜丸出しの78歳の会長。ここまで唯我独尊となると、
漫画の世界。 引き際を間違えた典型。勝手に立場を悪用して「終身会長」
とは、何をか言わん。 …ハーフの朝鮮人で、元暴力団・準構成員上がり。
前科が無かったのが幸いし、過去の身体検査から漏れたようだ…
論理は、ヤクザの脅しと同じ手法。脅し口調に、ナダメと涙を駆使して、
自分のペースにまきこんでいく。演劇的で面白いといえば面白いが… 
よくみればハッタリかましのオジイチャン。肉体系駆使の格闘技の世界は、
こういうのが多く生き残っているようだ。

  * 再び、長岡花火の話題に
 一昨夜、TVで長岡花火のハイライトを放映していた。今日も同じ内容かどうか
定かでないが… 放映される。それを見ていたところ、家内がYouTubeの4k録画
を『綺麗だから見たら!』という。昨年、熱の冷めやらぬ8月末に「大曲の花火」
を見ながら、YouTubeの長岡花火を見ていたが、今年は、その前に、見ることに。
この数年、寝室で独りで見ていたことを家内は知らなかったようだ。
 今年も家内は二日間とも、駅まで自転車で行き、あとは駅か信濃川に向かう
群れに加わり二キロ程先の大手大橋近くまで行くという。数年前まで同行して
いたが、家内も自由気ままの単独行動に慣れてしまった。
 二日目のこと、家内の後ろの男の人がフェニックスに感極まって、
<『凄い、凄い!』の感動そのままの言葉が伝わってきた… けれど、もう私
には、それほど感動は無い…。>と宣わく。 花火文化の中で、毎年、繰返し
見れば、初回の格差は大きくて当然。これは悠久山、福島江の桜にも言えるが。 
 
 夜空の比較の話なら、北極圏のオーロラと段違いのスケールの差がある。
比較すること自体、オカシイ自慢話の領域になる。
――――
2003/10/13
922, アイスランド旅行記−2
              ー 2003年10月13日(月)
   ーアイスランドを印象順に書いてみる
・何といっても、『オーロラ』である。
 オーロラは二度目だが、前回のノルウエーのトロムソは外れであった。
 今回は一回だけだが大当たり!しっかり目に焼き付けてきた。
 ー明日オーロラについて書く。
・海に突き出た雄大な断崖のディルホゥラエイのパノラマが素晴らしい。
 高さ100mの断崖がどこまでも続く絶景と、断崖から見えた果てしない
 海岸線が何とも美しい。
 北の果てという感じが一番でている場所であった。
・クレーバルバトン湖の背景に広がる景観は、 正しく月の景色に一番似て
 るといわれている。スターウォーズの映画の場面を思わせる茶色のパノラマ
 が別の惑星にいるようだ。アームストロングがここで訓練をしたという。
・氷河から流れ出た滝が、それぞれ素晴らしい。
 何といっても迫力のあったグトルフォスの滝が印象的であった。
 イグアスの滝に似ており、北極のイグアスとう感じだ。
 またスコォガフォスの滝の美しさも忘れることができない。
・霙の中で見た3〜4分ごとに吹き上げるストロックルの間欠泉も
 アイスランドならではのものだ。
・溶岩でできている大地がほとんど国を覆っている。
 土がまだ殆どできていないのだ。大地の上を数百年かけてできた20cm
 ほどの苔が土の役割をはたして、その上を草が生えているのだ。
 我々は何げない土の上に住んでいるが、数億年かけて有機物の新陳代謝を
 繰りかえして土になっていったのが、このアイスランドに来てよく解った。
 岩山も緑の苔が覆っていて、景色としはアイスランドならではの異様な景色だ。
・少し場所を移動しただけで、景色がドンドン変わっていくのが印象的である。
 テーブルマウンテンや溶岩で出来た岩山、氷河に荒涼とした荒野などなどだ。
 そこに羊と馬が放牧されている。
 その中で目立ったのが、アイスランドポニーという小型の馬である。
 冬でも極北の寒さに耐え、そのまま放牧をしておいても大丈夫だという。
 性格が穏やかで欧米で人気があり輸出用だという。
 
 見た感じとして似ている国としては、ニュージーランドとパタゴニアである。
 氷河とどこまでも続く荒涼とした大地と、吹き付ける冷たい風は北も南も一緒だ。

「一生に一度に行きたいアイスランド」という言葉が一番にあっている国である。
    本当に世界は広い!

――――
2003/10/14
923, アイスランド旅行記ー3
          ー 2003年10月14日(火)
ーオーロラハントー
 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。
その時は「何だこんなものか」という程度で、期待とは全く違うものであった。
薄い雲がスジ状に光っているだけであった。だだ行きの飛行機から見たオーロラが
カーテン状に広く光っていたが。今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。
夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。
感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。
 そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。
天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。
写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。
これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。

 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の
波がこの世のものと思えない、神秘的なものであった。。
あとは「 ・・・・・  」である。
 取材できていた共同通信社のカメラマンが、
「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」と話しかけてきた。
「実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。
その時、涙が出そうになっていた。
 以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。
「もういつ死んでもよいと思った!」
「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」
それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。
しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。
 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうのだろう!


7481,閑話小題 〜東京オリンピックの総括

2021年08月09日(月)

   * 蒟蒻長屋の談議
 まずはニヶ月前の6・08日のテーマ日記から…
< ◉ 本当にやるの… ならば
 東京オリンピック、本当にやるの… 実行するなら、TV視聴観客が地峡上に
数知れず。TV視聴者が現場感覚で注目しやすい面白い内容に総力をあげて編集
すれば良い。 あれだけ、会場造りに資金を入れたのであれば、参加選手の
過去の演技、競技を紹介した 日本の得意の分野… 時代はリモートの時代。
ネタはスポーツの最高の得意技を…ドローンなどリモートを駆使した技術を
披露すれば良い。まだ、間に合うか…其の位のことは当然、し尽している筈か?>
 ――
▼  …長屋の‘トラ、熊、八、大家さん’の茶飲み話から…
 熊: おいおい、絶対無理だと思ってけど、ヤッチャッタよ。
トラ: あそこまで、施設に投資して、やらないじゃ済まされねえよ。
  政治ってのは凄いね。それも国際的決定事項は、それはそれは!
八: 金メダルを取れそうな種目を前半に集中して、気をコロナ禍から
  逸らせるなぞ、シタタカだが、それはそれで良いんじゃないかな。
大家: 開会式と閉会式を、それぞれ一時間ほど睡魔の中で見たけど、
  開会式が酷かったね!カミさん、あれはあれで、悪くはなかったと
  宣っていたが、翌日、タレントの‘たけし’が、金返せと言いたくなる
  ほど何だありゃだったと、堂々と話していたけど…
トラ: 普通じゃ言えないよ。即座にマスコミ界から締め出しを喰らうよ!
八: とにかく、それぞれの業界にはドン様がおられて、間接、直接の言論
  チェックをしているからね。それにチャットなど、誰もが言いたい放題!
八: で、何を言いたいの…?
大家: 地政学的にみて、離れ小島の日本だから出来たのさ。それも真面目な
  性格もあるね! でも、成功とはかぎらないがね。
  私の評価は、コロナ禍の下で甘くみて70 点というところさ。
八: 私は大甘で80点!
熊: 85点。
トラ: 80点。
大家: 問題は、コロナ禍で強行実施した評価になるが、これは難しい!
 
 ――
6272,閑話小題 〜情報の階層化について −3
2018年05月16日(水)
      〜NHK:BS1【三和:人材市場〜中国・日給1500円の若者たち〜】
   * 弾け出された中国の若者
 あるのは小さなカバンと、着たきりのTシャツと、ズボンと小銭。
月給制の職場に堪えられず日雇い仕事で日々を暮らす若者。寝ぐらは、
ゲーセン。その実態は、現代社会の蔭を象徴している。日本のホームレスの
中国・深セン・バージョンというところか。大陸なればこそ、深刻度は深い。
これなら犯罪を犯しかねない状況である。
   〜NHK・HPより〜
《 中国・深センにある職業斡旋場・三和人材市場。
 工場労働からはじき出され、1日働いて3日遊んで暮らす「三和ゴッド」
と呼ばれる中国の若者を、何が追い詰めているのか。
 総資産が1億7000万円以上の富裕層が7万人に達する深セン。
格差社会の底辺から脱出できずもがく若者たちの間に不満が高まっている。
豊かになる夢を持ってやって来た出稼ぎ労働者の希望は、失望と不満に変わる。
三和市場で日雇いの暮らしを3か月送った男性は、深センを離れることを決めた。
中国の繁栄を謳歌する最先端都市・深セン。その発展を支えてきた人々。
しかし急成長がもたらした貧富の格差と負の連鎖によって、若者たちの夢は
更に手の届かないところに行こうとしている 。》

▼ 月給制は縛られ窮屈と、日給の働きを求め、ゲーセンで過ごす若者達。
情報化がもたらした原子化した流砂の民の象徴。誰が悪いのではない…
思わず魅入ってしまったのは、彼らの姿の中に、何やら、老い先短い?
我が身の姿「俺たちには明日がない」に重なる部分があったからか。
ネットサーフィン、TVドラマ、TV]映画、シネマ館の仮想の世界に日々、
逃避しているような? としても、それで充実するから不思議だが。
 ――
熊: カミさんとガキがいる以外、俺と大して変わりはしないよ。 
寅: 俺もだがね。原子化さえしてない俺たちは、良い悪いかは別として
 少しましかい。でも、砂粒がネットで強固に繋がるのも問題だね。
 それとゲーセンでネット仮想世界の逃避ね。八つぁんと大して変わりはしない。
熊: インドの人力車の車夫と似ているね。俺たちの寝泊りは、人力車のかわり
  に長屋の部屋だけど。でも、老い先短くなれば、何もかも同じよ。
大家: 私に対する嫌味かい。確かに死んで三日もすれば3百年前と同じさ。
 情報社会のグローバル化ってのは、誰もが一瞬で底なしになる可能性があるね。
寅: 豊かさで恩恵を受けるのは衣食住を除けば、情報の質量の差だろう。
 それが両親の質と、本人の才覚で変わる。確かに出発点で殆どが決まるね。
熊: 俺なんて、貧しさしか知らないだろう。豊かさの恩恵を一度でもよいから
 受けてみたいね。良いことなかったもの。バブルで阿波踊りしたかったね。
 大家さんは経験したというじゃないですか。
大家: ああしたよ。20年、いや40年は、そりゃ天国さ。良い時代に良い思い
 をさせてもらいましたよ。それがあったから、老いても心だけは豊かさね。
寅: 行蔵内の御宝が無いと、人間、老いてからの歪みが大きくなるの。
 それが顔に出るから、恐ろしいね。他人事じゃないがね。
熊: 何で今、俺の顔を見るんだよ。貧乏も馴染むと、けっこう面白いんだ。
寅: でも、傍で見ていて、「天気晴朗なれど波高し」がピッタシだね。
 舟は大揺れでさ。特に月末は、ウドンばかりじゃないか。
熊: 御前も同じようなモノじゃないか。御前のように宝籤など俺、買わない。
大家: 御前らが話すと、折角の社会問題も卑しい話になってしまう。
 
――
 ▼ 

・・・・・・
7087,閑話小題 〜コロナ禍を金価格から見る
2020年08月09日(日)

   * 10数年ぶりに金価格の推移をみる
 湾岸戦争などの国際的軍事危機となれば、金価格である。今回の危機ともなれば、
湾岸危機と比べようがないほど高い。なれば、暴騰かと興味でみたら、案の定! 
国際価格が1200ドル辺りだったのが、2000ドルを超えていた。国内価格は半年前に
5666円が、今では7769円で37%アップ。 長期投資が基本のため、乱高下の幅は
小さいが、これは異常値である。専門家に言うには、1万も有りうるとか!
来年になって、この流感の拡大が止まらないとしたら、有りえること!
 ―
   * この9,10月から始まるのか?
 夏場の帰省も終わり、ホッとする間もなく、中小を中心に統廃合が始まり、予想
とおりに世相が一変するのか… 銀座を中心にした有名繁華街の有名店の売り物件
が多く出てくる時節。それと、失業率が大幅に跳ね上がる。現実に売上が5〜7割減が、
相場だろう。劇的なコロナ菌を克服できる薬が出来たとしても、世界が落ち着くまで、
数年はかかる。それまで、事業継続可能かどうか? その判断が、この9,10月に
下される。現在、多くの経営者は、七転八倒をしながら… そこで、問題が、その
設定があるかどうか? 最後まで踏ん張る!と、啖呵を切っていた居酒屋の社長が
いたが、この判断一つで、人生が決定的に違ってくる。…凄い事例は捨てる程ある。
 ―
   * あれは夢か、如何だろう?
 数日前になるが、近未来の補助ロボットなど、これまで無かったマシーンを
紹介する番組があった。その辺りに眠気が襲ってきたため、寝入ったが、私の創作
かどうか?今でも判定不能。 進化したゴーグルで、被って、作動すると、そこに
人型をした人形があって、横には選択するシステムがあって… YouTubeで探して
みればと思いつつその場面で完全に寝入った。で、翌日、録画を探したが、そんな
場面はない… 例えばドローンの操縦席に、人形を被って坐り、スイスアルプスを
上空から散策するとか、ドローンレースに参加するとか… 世界一怖ろしいジェット
コースタに最前列に座った体験をするとか… 面白そうだ! 
歌舞伎座の一席を借りた設定で、ゴーグルを装着したのも面白そうだ。何か暗いか?
今では、居酒屋の席で、リモート飲み会もあるのだから、何ら不思議のことでない。

・・・・・・
6720,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか?  −3
2019年08月09日(金)
    * 具体的な美女の共通点とは…
 
・・・・・・
6357,閑話小題 〜つれづれに哲学=言語ゲーム
2018年08月09日(木)
   * 日常生活の中で言語を考える!
1日1テーマで、文章を書上げ、ここに提示しているが、これはテーマ探しから、
起承転結の文を書上げ、推敲し、完成に至るゲームでもある。毎日、何か黒い影
に追いたてられている感覚になるが、これも慣れ。気ままに、ゲーム感覚で、思い
のままにテーマを決めて、論理を組みたてる遊び。どうしても、過去の話に捉われ
がちになるが、前向きな創造的内容も多くある。 5年、10年、17年間、読み続けて
いる読者(自分も含め)に向け書いている点でゲームに近い。
 ウィトゲンシュタインとは少し意味合いが違う。彼は日常用語に注目し、
諸活動に織り込まれた言語に注目し、分析する。 〜その幾つかを紹介する〜

≪ 言語ゲームとは、言語哲学者ウィトゲンシュタインの用語。
 彼は言語を、「命令する」「演劇をする」「ジョークを作って話す」などの、
諸々の活動に織り合わされたものとして考察した。
このような言語を伴った諸活動が、言語ゲームと呼ばれる(『哲学探究』1953年〉)。
 そこには「言語に先立って個人の内的感覚や客観的事実があらかじめ存在しており、
言語はそれを写し取る道具である」とする古典的言語観を解体しようとする意図がある。
・言語が客観的事実を描写するとしても、それは単に事態を写すのではなく、例えば
 火事を知らせる場合のように、「自己や他者に対するなんらかの活動」なのである。
・第2に、言語による表現は、人々の間に共有されたルールにもとづくものとされる。
 個人の内的感覚でさえも、そうしたルールに基いてはじめて表現され理解されうる。
・第3に、ルールはたまたま成立している慣習的なものにすぎず、絶対のルールなど
 存在しないとされる。 例えば真偽を判断する際も、なんらかの慣習的なルールに
 基いて行われる以外になく、絶対的な判断基準などは存在しない。
こうして言語ゲームの考え方は、相対主義的ニュアンスを強く帯びることになった。
現在では言語ゲームは、社会学上の用語としても広く用いられている。例えば、学校
や家庭やもろもろの宗教などを、それぞれ異なったルールをもつ言語ゲームと見なし、
それぞれの特質を分析することができるからである。≫

≪ 言語の本質はなにか、というのを考えて行き着いた概念。
例として挙ているのは、石置き場におけるやりとり。親方が「柱石」と叫ぶとする。
すると、弟子が柱石を持ってきてそれを親方に渡す。この場合、別にその「柱石」
という語の意味を把握して何かの行為をしているわけではない。この台詞を聞けば
このように行為せよ、というのを既に習得していて、それに従って行為したという
だけだ。だから、たとえばこの「柱石」という言葉は、別のところに行けばまた
別の意味を持ってくるわけである。個々の状況から独立した言葉の意味というものは
存在しない。すべての語の意味は、状況に規定されるものだ、ということになるわけ。
このことを、ゲーム(互いに理解しているルールに基づいてやりとりするもの)と
似ているという理由で言語ゲームと呼んでいる。≫


▼ <諸活動に織り込まれた言語活動という点で、このブログ活動は言語ゲーム。>
 新たな読者が読みはじめて半年、一年では、脈絡が理解しにくいだろうが、
慣れてしまえば、こんなものか?と。ウィトゲンシュタインの後期には、日常言語
に立ちもどって日常会話に注意を向け分析をしている。哲学者たちは神、魂などの
語りえないものについて語ろうとしているわけになるが、彼は哲学から、こういう
形而学を排除し、語りえないことには沈黙を守るべし!と主張した。それは、この
ブログを読めば、生半可な知識、情報を、未消化で提示している愚かを気づくはず。
それでも、私にとってプラスと思えるから続けている。毎日、同月同日分の
文章を読み直しているが、書き、提示する目的が自分自身向けのためか、状況説明
が甘い欠点と、それ故の誤解も多くなる。大相撲協会の怪しげな体質を代表とする
諸々のスポーツ協会の問題。現在は、レスリング協会、日大アメフト問題、そして
ボクシング協会へと問題が移動しているが、彼らの言語活動から垣間見る異常な
世界が、言語ゲーム感覚で何とも面白い。格闘技など、言語の代わりに「暴力」を
入替えた「暴力ゲーム」でしかないため、そこには、『言葉足らず』の活動が
独り歩きし、独特の世界を形成する。「力」とは「知空」とゲーム感覚で当て
はめるのも言語ゲームですか。スマートフォンの進化の御蔭で、言語ゲームから、
インスタバハエの『映像ゲーム』に世の中は変化をしている。これも、添えて書き
こまれた言語次第だが、それさえ必要としない映像が溢れている。
豊かさって何でしょう? その根本が、世界で問われている。「意味の意味?」…
 さて、エネギー補充のため、信濃川土手に向けて出発だ! 
・・・・・・
5260,永劫回帰  〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月09日(日)
             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 永劫回帰 〜人生の肯定
 ニーチェといえば、「超人思想」の他に「永劫回帰」があるが、この本
では、大きく取り扱われてない。しかし、これを避けてニーチェは語れない。
『哲学で自分をつくる』瀧本往人著の中に、以下のような文章があった。ーp141
≪ 二ーチェは「奴」のいない「主」を超人とした。超人は誰にも何にも依存
しない。確かにこれは人間を超えている、人間はもとより社会的な生き物で
あるがゆえに、誰にも何にも依存しないということはほぼ考えられない。
考えられないことを創出したからニーチェの思考は飛びぬけているが、
同時に危険でもある。それはまた自分の生き方にも適用される。
「いやもう一度、いや何度でも、まったく同じ自分の人生を」といった、
自分の生を絶対的に肯定する。これがニーチェの言う「永劫回帰」である。 
人は誰もが死に至る。しかしこの「私」とは、生まれてきた以上、永遠である。
生まれ変ったら別の人生を歩もうとか、前世は立派な人間だったはずだ、とか、
そういう考えはたわごとにすぎない。永遠にくりかえし、足し引きがなく、
まったく変わらず、そのままの人生に戻ってくる、と二ーチェは述べる。
永劫回帰は、どうみても当時ヨーロッパにおいて流行した仏教の輪廻思想との
近似性を感じるが、ただし輪廻においては全く同じ人生に戻ることはない。
世界のあらゆる事象が有機的に結びつき、死もまた新たな生と結びついている
ということを輪廻は教える。また、輪廻思想では、自分が死んだあとには
別の何者かに生まれ変わるが、ニーチェは生まれ変わってもまた、全く同じ
自分が「生きる」だけなのだ。これは、一般的には好まれない考え方だろう。
人はみな、生まれ変わったら、別の自分でありたい、と思う場合が多いからだ。
 つまり何かしら後悔をしており、やり直したい、別の人生を歩みたい、
あのときもし、ああしていれば、そういった後悔の修復・訂正を求めている。
 しかしニーチェはそういった考えをやめよ、と強く主張しているのである。
つまり死んだらおしまい、である。永劫回帰とは、絶対的な虚無主義を基盤と
しつつも、だから人生は虚しい、と考えるのではなく、人間は本来、この一度
きりの生を十分に楽しみ自己を肯定して生きるべきである、という人生観を
現している。そこにニーチェの強烈な、魂の咆哮を感じずにはおれない。
二ーチェの嫌ったソクラテスが自らの運命として毒杯をあおったように、
ニーチェは自らの「表現」に稲妻を落とすのであった。しかし、ニーチェは、
このように並なみならぬ強さ、超人的な生き方を強調するが、実際の彼は
きわめて病弱だった。そんな彼が異常なまでに健康や生の強度(内的な充実性
に溢れた自己経験)にこだわった文章を遺していることこそ、実は、彼の生の
弱さを物語っているとも言える。そして同時に(だからこそ)彼がここで「超人」
に至っているのは、それでもなお、自分の生を肯定的に受けとめ、しかも
それを永遠にくりかえしてもかまわない、と言い切ってしまったところである。
ここに他の哲学者にはない迫力と緊張を私たちは見ることになる。・・ ≫
▼ 『再び、生まれ変わったても同じ人生を!』と言えるかどうかが、晩年の
 私たちに 突きつけられる大問題。自分の人生が肯定できるか、否かは、
本人にとっての一大問題。しかし、肯定できたとしても、死んで三日もすれば!
ならばこそ、「一度限りの人生を楽しみ、自分を肯定して生きるべき」になる。

・・・・・・
5625,人生を幸福で満たす20の方法 〜
2016年08月09日(火)
         <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)
    * 空虚な日々を楽しむ方法  
  5.海を渡って心をリセット
≪ あなたは、あなたという船の船長です。乗組員がいてもいなくても、海に
乗り出した以上、あなたは航海しなければなりません。漕ぎ手や修理係りは
来てくれるでしょう、でも舵取りはあなたの役目です。・・(略)
  川では小さすぎる。隔てるものもあるが、文化を結びつける働きもする。
 しかし、海は「文化を隔てる」ものである。だから、海を渡ると、実に
 多くのことが見えてきて、心も経験も豊かになる気がする。海を渡ることは、
 リセットの極意である。 ・・海を渡るということは、自然の境界を越える
 ということである。自然や文化を大きな変化を体験できるということ。
 これは、一つの冒険であり、リセットの極意でもある。 ≫
▼ 21歳の「欧州30日間の旅行」は、人生にとっての大きな分岐点(リセット)
 になった。アラスカ経由でデンマークのコペンハーゲンに下り立った時の、
あの空気と、宿舎への道すがらのバスからみた光り輝く緑の中にある街並み。
その時から行く先々の光景のどれもが、異界を見ているようであった。
この経験は、それからの人生の浮沈みの中で大きな支えになっていた。
 その時の経験が私にとって、いかに衝撃だったかである。それから10数年は、
仕事、家庭に専念、十数年間は出ることが出来なかった。 40歳前半辺りから、
年に二回は出るようになっていた。年に二度のリセットで、何とか人生の峠を
のり超えてきた。これも絶対量が蓄積すると、強力な磁力なる。


7480,閑話小題 〜アッという間の二週間

2021年08月08日(日)

   * オリンピック期間は、非日常の日々
 俄愛国心に煽られ日本人選手を応援したオリンピック期間の非日常の日々が
終ろうとしている。明らかに保守政権の選挙対策は見てのとおりだが、それも
必要かと思わせるのがスポーツの祭典の成せる業! これからはコロナ過対策に
追われる日々になる。伏兵のデルタ株の置き換わりの速さに、手が付けられない
のが現実。医療崩壊が日本にも現実化している。 批判はあれど、大きなテロ
などが無く終わりそうな事だけでも目出度しとしなくては!
 ――
   * オリンピック後は、さて如何なる…?
 とにかくオリンピックは終わったが、あとは大問題のコロナ禍である。
南北朝鮮、中国や、陰に隠れた中東問題など問題は山積み。 栄華を極めた
アメリカもトランプが残した白人優位主義と、観光大国だった欧州経済も難問が
山積み。この落としどころもある。それとデジタル化による、AI化による人材
過剰問題もある。その受け皿のサービス業など三次産業が壊滅状態ともなれば、
如何ともなし難い。ギリシャ問題そのもの。
 ――
   * ヒントは「五つの条件」に…
 一月ほど前にテーマにした16世紀のスペインの詩に下重暁子著の
『人生にとって挫折とは何か』。
元・NHKのアナウンサーで、多くの著書を出している中で、 

孤独な鳥は、高く飛ぶ
孤独な鳥は、仲間を求めない、同類でさえ求めない
孤独な鳥は、嘴(くちばし)を天空に向ける
孤独な鳥は、決まった色を持たない
孤独な鳥はしずかに歌う
       (サン・ファン・デ・ラ・クルス)
 
  〜 丁度良く、去年分に続く 〜
・・・・・・
7086,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―3
2020年08月08日(土)
   * 「ピュシス」と「ロゴス」
 人間は大自然の一部分。 その自然を「ピュシス」といい、
言葉、論理を「ロゴス」という。人間は生めよ増やせよの自然の要求から一歩、
踏出せた唯一の存在。そのロゴスが過剰に働き、止めどなく拡大した。
細胞の塊りの人間に対抗し、細菌が定期的に大掛りに攻撃するのがパンデミック。 
 このコロナ禍が、それ。ロゴスを持ったが故に、人類は、生物の最先端に立つ
ことが出来た。 しかし、これも限界…? 
 人類は,農耕を始めてから、プラスとして文明を築いてきた。しかし、ここで
マイナスへの転換が必要となる。 集団は強くて多い方が、他民族、国家に有効
に働く。ところが、細菌という生命が介在すると、話が違ってくる。プラスなら
良いが、マイナスに働くと、対象を抹殺する力を持つ。
「ロゴス」は、「ピュシス」が有ればこその存在。長年、様ざまの経験する中で、
不平屋の存在に出あう。気分次第で、粗探しをして、不信の嵐になっている。
とにかく面白くないのは他者のせいである。
 ――
   *日本のコロナ死亡率、欧米より大幅に低い7・5% 
      持病の少なさ影響か
≪◉ 新型コロナウイルスに感染した国内の入院患者の死亡率は7・5%で、
20%台の欧米などと比べ非常に低いことが国立国際医療研究センターの
大規模調査で6日、分かった。原因は不明だが、欧米と比べ糖尿病や肥満の
割合が少ないことが影響している可能性があるといい、今後詳しく解析して
重症化の予防などに役立てる。
◉ 海外の死亡率と比較した結果、中国が28%、英国が26%、米ニューヨーク州
は21〜24%で、日本は桁違いに低かった。日本の死亡率の低さはこれまでも
知られていたが、学術的な調査で裏付けた形だ。
◉ 一方、患者が別の病気にかかっている割合を調べたところ、糖尿病は
日本が16・7%なのに対し、英国は30・2%、米国は28〜35%に達する。
肥満と診断された割合も日本が5・5%に対し、英国は9%、米国は40%で、
いずれも日本の低さが目立った。
 ―
▼ 韓国、台湾、香港、 ヴェトナムはいずれも、日本より死亡率が低い。
主に高齢者の命を奪うこと、 人ごみや長時間の濃厚接触で感染リスクが大幅に
上がることなど。アジアには肥満体の人は確かに少ない。主食が穀類もあるのか。
私が認識していた数値が2〜3%と、違うのは何故か…。

・・・・・・
6719,閑話小題 〜今日のひと言… 
2019年08月08日(木)
    * 人間には「勇気」は一つしかない
 昨日は、暑さを言い訳にスポーツジムを休んだ。そこで何気なく、警察内部の
暗部を背景にした弁護士モノの録画をみることに。それを昼時に、寝室で独りで
見ている御隠居生活に笑そみ… その中で強烈に残った上司の、
若い女弁護士に語ったひと言があった。  …大まか、こんな内容。

『告発された刑事の弁護を御前を担当させたのは若いから。人には一つだけ
勇気が与えられている。これは、一度、失うと二度と戻ってこない。わしは
権力に叩き潰されて、それを失った。告発された刑事は、その勇気を持っている。
そして正義を貫いている。この「正義」ってのを権力を持ったものは弱いのだ。
その勇気を彼は失おうとしている。救ってやれるのは若いアンタだよ。』
この言葉に、俄然、駆け出しの女弁護士に火が燃え上る。
 ―
 事業撤退を決意した時節に思ったことは、この結果も想定内。準備の
シェルターは、ほぼ完ぺき。20歳の創業の決意と、34歳からの実践の
結果には、自ら決意でのこと。後悔は絶対にしないと決めていた。
何故か、平然としていられるのは、「勇気」だけは残してあったため。

 最期はフランクルの【態度価値】になる。 これは、
<人間が運命を受け止める態度によって実現される価値のこと。 たとえ病や
貧困やその他さまざまな苦痛の前で活動の自由(創造価値)を奪われ、楽しみ
(体験価値)が奪われたとしても、その運命を受け止める態度を決める自由が
人間にはまだ残されている、ということ。>
 ―
▼ 最近、よく目にする、死んだ弟を背負った、「焼き場の少年」の写真。
 何故か、少年と弟の想定が次々と浮ぶ。もし、それを口に出したら…
当事者の一生の傷になる可能性がある。今回は、背負われた弟が、『勇気』。
何処の家庭内にも、この構図が当てはまる事象がある? 
『神ありか?』ではなくて… 『神はあらねば!』である。 最近、思うことは、
このこと! 特に因縁という言葉。因は直接原因。縁は間接原因。その結びつき。
<孤立する、孤独する勇気> 何ごとにも立向かう勇気こそ、今・ここ・わたし
にとって、まず必要ということ。 さて、まだ5時前だが、信濃川の何時もの
コースの一周に出かけますか。

・・・・・・
6356,読書日記 〜努力の趣味化
2018年08月08日(水)
            <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より
   * 好きこそものの上手けれ!
 両親が常日頃、言っていた言葉が、『仕事も何でも、取組んだら好きになるまで
集中し努力すること。そうすると努力が遊びになる。それと質の良いライバル。』 
そのわりに、この程度とは、これ如何に? 人生、最大の謎? いや楽しみ過ぎ!
 
・この随想日記も趣味、遊びの領域に入るのに10年近く要した。で、己の限界が
この程度と我ながら内省するしかないが、この程度の文に、テーマ探しと選定を
入れると、2〜3時間のエネルギーが入っているため、どれもこれも愛着を感じ
取ることが出来る。ここで編者は、『努力の娯楽化』とは言いえて妙である。
17年数ヵ月続いたのだから、ライフワークである。
・いま一つのライフワークの『秘・異郷を中心にしたツアー・ゲーム』 
地球儀を五目目版に見たてゲーム感覚で埋めていく、これは『娯楽の長期継続化』。
所要期間、30〜40年。夫婦と子供を含めて4000万、年150〜200万が高いか安いか? 
は…別問題。『一点豪華主義』と、国内旅行は中断、普段の生活は合理主義に
徹していたため、家計の収入内で収まっていた。
・あとは、早朝散歩とポタリング(自転車散歩)。早朝散歩が30年、チャリが
10年近くになる。駅裏にある自宅から、長岡大橋と大手大橋を一時間かけ一周
するが、この間が、公園として整備されている上に、左右50キロの展望が抜群。
パリのセーヌ川、ドナウ川の展望に遜色ない景色。これを4〜11月の8ヶ月間も
毎朝、味わえる… 毎朝、ほぼ誰も、歩行者も、チャリダ―も居ないのは、
実際のところ知らないため? さすがに、土日は少し居るとしても少ない。
・それと毎日、数本はみているドラマと映画、これも… 
・更に読書習慣!
話は、尽きなくなるので、この辺で止め…

  好きと嫌いと どれほど違う 命ただやる ほど違う

残照の中で、好きなことをスケジュールで紡いで楽しんでいるが、
天気晴朗なれど、大した遠くない先に、うねりが近づいているような。
――――
Amazon 説明:
《 何をやるにしても「好きこそものの上手なれ」が最強の原理原則だと信じて
 いる楠木建が、さまざまな分野で余人を以て代え難い仕事をしている19人との
対談を通じて、それぞれの才能の起点にある「好き嫌い」を探る対談集。
〜レビュより〜
【「客観的に見れば大変な努力投入を続けている。しかし、当の本人はそれが理屈
 抜きに好きなので、主観的にはまったく努力だとは思っていない。むしろ楽しん
でいる。すなわち『努力の娯楽化』、これが仕事における最強の論理だというのが
筆者の考えだ」】
【「自分のほうを向いた趣味と違って、自分以外の誰かの役に立っての仕事。
人に価値を提供しなければ話にならない。人の役に立てるということは、そのこと
についてよっぽど上手だということ。じゃあ、なぜそれほど上手なのか。有り体に
言って努力投入してきたから。しかも、長い間やり続けているということですね。
結局のところ、努力量の積分値が大切に決まっている。ここから先がポイントだが、
『努力の長期継続』といっても、実際のところフツーの人にとってはなかなか難しい。
僕にしてもそうです。娯楽なら何の苦もなく続けられるのに、努力は続かない。
で、ある時に脳内革命が起きた。『努力』をしようと思うから続かない。
『努力が努力じゃない状態』になればいい。すなわち『努力の娯楽化』が仕事の
カギだという発想です。客観的には努力であることがその人にとっては娯楽に
等しくなる。その理由は、要するに『好きだから』。以上の一連のロジックの最初
と最後を取ると、『好きこそものの上手なれ』になる」。
自分の一番好きなことは何か、よし、その好きなことをこれからも続けていこうと、
心に誓った私。】

▼ 普通の人でも、「努力の長期継続」で普通でなくなる。で、努力を遊びに
 すれば良い。遊びはゲーム化。ゲーム化とは、ルールを何気なく決めていくこと。
それが出来るかが境目のポイント。そこで目につくのが、何も考えない、しよう
しない世間様の存在。 だから、繰返し、しつこく、取上げている。何でそんな者
というが、舟底に知らずにヘバリツク牡蠣のように舟を沈めてしまう力を持つ。
好きこそモノの上手けれを見いだせないで、それを他者に向けるヘドロ。
他者の中のそれは、自分の姿だから。半径500m、直径1000mの世界では、常に
舟底の牡蠣が… それも良いのだろうが、半世紀もかけて殺ぎ落としてきたのだ
から、今さらとなる。だから、好きなことを見つけ『努力の娯楽化』をしないと!
「あいつら、何やってんだ。それも夕飯時の残照の中で。」が、自分に言えること
だから? 美味い酒飲んで、涼しい部屋で、面白いTVの映画をみて、グッスリ寝て、
朝早くから、これ書いて、チャリで、信濃川で新鮮な空気と霊気を浴びて、朝風呂
入って、インコに餌やって、ジュースを飲んで、ネットサーフィンをして、それも
【努力の趣味化』の御蔭ですか。 …というより、痴呆化の入り口ですか?
他人のは分かるけど、自分だけは。合せ鏡で同年代を見ていると、それはもう… 
殆どが自己否定を他者否定への振替作業が主となり、身体同様の硬直化が日々進行。
――――
4152, 「B層」の害毒
2012年08月08日(水)
   【ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒】ー適菜収著 より
 哲学者の適菜収のー日本を蝕む「B層」の害毒ー論が面白い。B層といえば
(何度か取り上げたが)、小泉元総理が「ワンフレーズ」で、「マスコミに扇動
されやすい大衆に名付けた層」をいう。2005年の郵政選挙の際に選挙戦略として
国民をIQと構造改革への姿勢からA層、B層、C層、D層に分類、B層を選挙の
ターゲットとしたことに由来する。これで当時の自民党に圧倒的大勝利を収めた。
この層について、著者は以下のように分析している。
≪ 「B層」とは何かというと、
◎〈マスコミ報道に流されやすい『比較的』IQ(知能指数)が低い人たち〉
 とあり、〈B層は絶対に反省することがありません。無制限に拡大した
 権利意識と被害者意識がB層の行動を規定します。郵政選挙で騙され憤慨し、
 再び民主党のマニフェスト詐欺に騙され失望し、将来にわたり「騙された!」
 と喚き続ける存在がB層です。〉とある。
◎〈今の世の中が肌に合わない人。今の世の中のどこかおかしいと感じている人。
 今の世の中を深く軽蔑している人。そういう人はニーチェの言葉に耳を傾けて
 みるべきでしょう〉という
◎〈B層の問題とは、すなわちキリスト教の問題なのです。〉 
〈B層が無知を自慢し、偉大な人物が死んでも「アタシ知らなーい」「誰それ?」
 などとわざわざネットに書き込むのは、彼らがキリスト教の影響下にあるから。〉 
◎〈まともな哲学者・思想家は、例外なく民主主義を否定しています。人類の知性
 は、民主主義と戦い続けてきたのです。 民主主義は、十八世紀に発生した
 キリスト教カルトです。〉(わが国にも「民主主義には寛容の精神がある」
「民主主義は少数意見を尊重する」などと言う人がいます。バカなんでしょうか?
 民主主義に一番たりないのは寛容の精神と少数意見の尊重です。) ≫
▼ 問題は、B層が悪いのではなく、彼らは、どの様にも操作されやすいという
 ことである。これまで、マスコミは、大衆として、彼らを捉えて、その操作を
駆使しトップダウンを役割にしてきた。 ところが、そのB層に超小型パソコン=
モバイル携帯が普及して、これが情報のコンテンツになってしまった。B層には、
自分がB層の自覚がないため、そのレベルの判断が体勢を占めてしまう。
これが「B層の害悪」になるのである。B層はA層にコントロールされてこそ、
社会は保たれるのに、B層が主導権をとったら、そこには混乱があるだけである。
現在の民主党の混乱は、これである。A層を自認してきた自民党も、あのざまで、
C層化している自覚が全くない。この超小型パソコンが、今後もたらす影響は
モンスターのように、世界を混乱に陥れることになる。タブレットPCも含めた
端末情報機器が、プラスにもマイナスにも社会を激変させている。

・・・・・・
5624,人生を幸福で満たす20の方法 〜
2016年08月08日(月)
          <人生を幸福で満たす20の方法>三宮 麻由子(著)
   * 空虚な日々を楽しむ方法 〜
3.手触り感のある生活
<迷ったら、天に、地に、命に触れよう。それがあなたのこころを
 すませ原点にかえしてくれるから。>
<何故、ではなく、どうすれば、と問いなさい>
▼ カーライルという詩人が、一人の女性か. ら身の上の悩みを相談された時、
「帰って、あなたの針箱の 中を整理しなさい。そうすればあなたの悩みは
やがてなくなります」と答えたというが、まさに、これ。無心で何かに集中
すると、無心の彼方から問題解決のヒントが、沸いてくる。そういえば、
朝ドラで、編集長役が、ヒントを考えるときに、「知恵の輪」に集中する
手法を使っていた。
 ――
4.幸福に働くために
 働けることは幸福なことである。 果たすべきことをやる。
 仕事に楽しみを見出し、感謝することである。
「働き、遊び、学び」は、人間が生きていく上で必要な要素である。
「恒産あって、恒心あり」である。
「いま、ここでしか出来ないことを、自分から見つけてすること」である。
▼ 外海なら、一つの判断ミスで、致命傷になる。 だからこそ面白いが、
視界は、その人の能力範囲しか見えない。孝不幸など、考えていられる
ほど自然現象は甘くない。万一の場合の、準備が常日頃から必要になる。
空虚な日々など、経営にあろう筈はない。
 
・・・・・・
4527, 生きる悪知恵  ー6
2013年08月08日(木)
  「生きる悪知恵 ー正しくないけど役に立つ60のヒント」西原 理恵子(著)
 * 娘が、漫画家になりたいと言い出しました
Q: 高2の娘が、漫画家になりたいから、大学に行かずマンガを描くと言い
 出しました。昔からお絵かきが好きな子でマンカもよく読んでいましたが、
 まさかそんなことを考えているとは思わず、驚いています。特に成績がいい
 わけでもなく、この就職難の時代に中途半端な大学に行くより、なれるなら
 なってくれたほうがいいという気もします。でも、プロの漫画家になる
 なんて簡単なことではないでしょうし、娘の描きかけのマンガを見ましたが
 才能があるかどうかわかりません。娘に才能があるかどうか、どうやって
 判断すればいいのでしょう? 今は大学もマンガ学科があるようですし、
 そういうところやマンガ専門学校に行かせたほうがいいのでしょうか? 
 アドバイスいただればと思います。 
A:私が美術予備校に行って勉強になったのは、自分の作品と他者の作品を
 冷静に見比べることができるようになったこと。300人の絵を並べて、その中
 で最下位だということがわからなかったの、最初は。「なぜ、自分が最下位で、
 この人が一番?」なのか自分が見えてなかったの。 ・・すごい不細工なのに
 自分のことを可愛いと思い込んでるコがいるでしょ。あれと同じ。でも、
 予備校で本当に上手な人の絵を見て、大学に行ったらもっとみんな上手かった。 
 で、「ダメだ、こりゃ」って、自分の実力がいかにないかとわかって、
 「じゃあどうするのか」って、そこからですよね。そういう意味で、専門学校
 みたいに人が集まっているところに行くのも自分の位置を知るにいいかも。
 ・・才能があるかどうかなんてやってみないとわからんし、親が判断すること
 でなく、それは世間様が判断すること。・・まあ、別に漫画家じゃなくても、
 高校生にもなった娘が進路について「これをやりたい」というのに反対する
 ことはない。ひとつだけアドバイスするなら、「アルバイトはさせたほうが
 いい」ってことかなあ。お金をもらって、他人に怒ってもらえるという経験は
 貴重です。私もアルバイトでいろんな経験させてもらったのが財産になってる。 
 いるだけで「可愛いね」って言われる時代から、いるだけで「邪魔、パパア!」
 って言われる時代まで、女の人の方が描くことの引き出しが多いんですよ。
 だから、やっばりいろんな場所でいろんな経験してほしいですね。
▼ 早期退職のサラリーマンの蕎麦屋をしたいという話と同じ。遊びや趣味で
 やるのと、それで生活していくのは別問題。17〜8年前になるが、甥っ子が
京セラに勤めて10年、何かで社長賞を貰ったのを契機に漫画家に転身と聞いた。
当初は、そこそこ売れっ子だったと聞いていたが・・ 漫画家の名は、自分の
名前を逆読みにした「きもと○○」という。次々と若い漫画家が出てくる中で
若い人の感覚を取り入れ続けて生き抜くのは大変のはず。この娘の場合は、
専門学校に入れるのがベスト。その世界で仕事が出来るだけでも、本人に
馴染むからである。


7479,閑話小題〜 そう大事です!

2021年08月07日(土)

   * 金メダルが、そんなに大事か!
 名古屋市長が、即興で金メダルを齧ったパフォーマンスが問題になっているが、
怒れたマスコミがつくり上げたレベルでしかない。そんなに、金メダルが大事?
スポーツがそんなに神聖なものか…? 現在の日本も世界も明かに変である。
そう宣う自分が一番、変なのは解っては?いるが… 
オリンピックが終われば、次が甲子園野球と秋の総選挙へと、話題が移っていく。
 ――
   * コロナ禍の中、オリンピック運営と、日本好調は好調に
 欧州とアメリカと比較しても、オリンピック運営と、コロナ禍とワクチン接種
は静かに比較的順調に推移している。コロナ禍の現場は、こんなものではない筈。
野党の現政権批判は、立場があるが故に仕方がないとしても節操がない。
 毎日、寝室と仏間の、このパソコン前で、YouTubeとネット三昧も、慣れると
悪くない。小人、閑居すると、如何もフラッシュが魂の底から湧き出でてくる。
老いるとは、こんな心情になるということ。エネルギーが、押しこまれると、
こういう状態になるということ。
 ――
   * つれづれに…
 人生のベースとして後味の悪い行為を最大限に少なくしてきた。取りとめなく、
毎日、書き続けると、それ自身が癒しなっている。 ネタ切れ程、心の奥底から
何かが浮き出てくるようで… 最近、過去の失敗の湧出る内容に驚いている。
 年取るほど、考えが老成化していくためか、何を遣らかしてきたのか、己の
誤りに、深く魂の傷に独り紋々とする。教養が少ないのがベースにある。
大家族の中で、沈思黙考する時間が少なすぎたのか。 他者の心の内を慮る
習性が少なかったようだ。
 ――
   * 昨日は太平洋戦争から76年の記念日!
 幼児の頃からの記憶が鮮明に始まったのは、終戦直後に生れたことにある。
慮る余裕が無かったのか。一日一日が家族にとって試練が心底に残ってるのは、
怪しげな悪魔と、天使が同居していた空気感が、そこにあったからである。
大家族が日々を辛く重くしていた。家族の他に、男女従業員が存在していた。
兄姉からの虐めの避難場所は親父の懐… 親父の笠を着る嫌なガキでもある。
 …毎日が、ドラマのような事件があり、それは刺激的であった。 兄、姉が
何処から手が出てきて殴られる可能性がある緊張の日々。上京して大学で友人が
出来て、初めて一人っ子の存在を実感してみて、家族環境が、それぞれに立場
を作っている意味を知る。これはこれで… 人間関係のベースがゼロに近い甘さ
が付きまとう。

・・・・・・
7085,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―2
2020年08月07日(金)
   * 生命現象の核心を解くキーワード、
                それは<動的平衡>
  <動的均衡>で思いつくのが政治。猿山のボスの座も然り。
また、生老病死のプロセスも動的均衡の上である。そのバランスが壊れたのが、
コロナ禍であると… コロナ菌を成敗出来ないのなら、共生のウィズコロナで
いくしかない。「物質とは淀みの緩やかな回復過程」というが… 
 人生を振返ると感じとることが、これ! 

   〜以下はAmazon読者の投書の要約である〜
≪ 私たちは、自分は自分だ、自分の身体は自分のものだ、という風に、確固
たる自己の存在を信じているけれど、それは実は、思うほど確実なものではない。
私たちの身体は、タンパク質、炭水化物、脂質、核酸などの分子で構成される。
しかし、それら分子はそこにずっととどまっているのでもなければ、固定された
ものでもない。分子は絶え間なく動いて、間断なく分解と合成を繰り返している。
休みなく出入りしている。実体としての物質はそこにはない。
一年前の私と今日の私は分子的にいうと全くの別物である。そして現在もなお
入れ替わり続けている。

つまり、私たちの身体は分子の「淀み」でしかない。それも、ほんの一瞬の。
私たちの生命は、分子の流れの中にこそある。とまることなく流れつつ、
あやういバランスの上にある。それが生命であり、そのあり方を言い表す言葉が、
本書のタイトル、<動的平衡>である。本書は、最初から最後まで、<動的平衡>
とは一体何なのか、どのように成り立ち、いかにふるまうかを考えた本である。

爪や皮膚、髪の毛であれば、絶えず置き換わっていることが実感できる。
しかし私たちの全身の細胞のそのすべてで置き換わりが起きている。固い骨や
歯のような部位でもその内部は動的平衡状態である。お腹の回りの脂肪も、
たえず運び出され、たえず蓄えられている。分裂しないはずの脳細胞でも
その中身やDNAは作り替えられる。

なぜそれほどまでに、あてどがない自転車操業のような営みを繰り返さねば
ならないのか。それは、絶え間なく壊すことしか、損なわれないようにする方法
がないからである。生命は、そのようなありかたとふるまいかたを選びとった。
それが動的平衡である。

生命は、必死に自転車をこいでいる。追手から逃れるために。追手は生命を
とらえて、その秩序を壊そうとたくらむ。温かな血潮を冷まそうとする。
循環を止めようとする。追手の名は、エントロピー増大の法則。輝けるものは
いつか錆び、支柱や梁はいずれ朽ち果てる。いかなる情熱もやがては消え、
整理整頓された机の上もすぐに本や書類が積みあがる。乱雑さ(エントロピー)
が増える方向に時間は流れ、時間の流れは乱雑さが増える方向に進む。
生命も、この宇宙の大原則から免れることはできない。しかし、エントロピー
増大の法則に先回りして自らをあえて壊し、そして作り変えるという自転車操業
を続ける限りにおいて、生物はその生命を維持することができる。私たちの身体
において、たゆまず、けなげに自転車をこぎつづけているもの、それが動的平衡。

あなたは本書を読み終わった後、季節の移ろいを感じ、高い空を見上げ、
いろんな思いを巡らせることだろう。あるいは、たくさんの友達と会話すること
だろう。その時々に、こう言ってほしい。「ああそれはね、動的平衡だよ」と。≫

 ――
▼ コロナ禍が、細菌をとおした細胞の塊りの長たる人間への挑戦とすると、
 そう簡単に済まされる問題ではない。 …著者は、TVインタビューで、
<ロゴス(言語)と、ピュシス(自然)の問題を取上げている。これは次回の
テーマになる! 進化?し過ぎたロゴスへの自然界からの逆襲になる。
ネット上で地球上の人間の脳が繋がり、それが現実社会を支配を始めた。
その上に遺伝子まで加工を始めたと、くれば神が怒らないわけがない。
自然界の動物の食肉市場が、コロナ禍の発生源というのも、出来過ぎ!
 4年前にアメリカは白人優越主義の怒れるトランプを大統領に選出して、
現実に実行を始めた。それが本音なるが故に、当然、建前を破壊するしかない。

・・・・・・
6718,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか?  −2
2019年08月07日(水)
   * 特に女性は外見で損得が大きく変わる
 そうこう考えると、私も男が故の分厚い美人優位に気づかなかったのかも。
美人は力のある男に優先され狩られる。その積み重ねの遺伝子が残るため、
遺伝格差の背景がある。とはいえ、アインシュタインと、モンローの組合せの
問題が…逆も考えられるから。また、特徴に一つが、『計上が上手』がある。
たんなるブリッコとの違いが、ここにある。相手が如何思うかを、読んで、
好い加減な落としどころを経験で熟知している。初な男には、その辺りが
弱点と知り尽くしている。クレオパトラが、この計上のうまさで知られている。
 ―
≪  〜前回のつづき
 ◉ 1972年に発表された社会心理学の古典的論文「美しいものがいいものだ」
と、それに続く数多くの研究が、外見がいい人は、そうでない人より <知的で、
有能で、信頼出来そうに見える>という説を確立している。振返ると、やはり、
部下の判断に美人に甘くなるのは否めない。
◉ これに加え、仕事において、「女性は美しくなければならない」という
「美の神話」が作用することで、本来労働者としての能力で評価が行われるべき
職場において、美しい女性が贔屓され、美しくない女性は差別されるという指摘が
されている。現代では女性の雇用や昇進の条件としてPBQ が広く慣行化されつつ
あり、ファッションモデルや女優などのセックス・ワーカーのように、人に見て
もらう職業ではない職種や仕事でもPBQ(美の職業資格、女性は美しくあることが
職業の資格であるかのように重視されること)は求められるという。そうした
強制力の中で、働く女性は働きながらも、美しさを気づかわなくてはならず、
疲れ切ってしまうという。
◉ このような、Wolf(ibid.)が美の神話に関して女性同士の関係や仕事について
指摘した事柄は女子力にも共通するのだろうか。検討したい。また、先ほどの
上野千鶴子や碓井真の指摘からは、女子力が仕事上の能力・活躍をも意味する
概念となったことが強調されているが、果たして女子力はフェミニズムにとって
それほど望ましい概念となりうるのだろうか。≫
 ―
▼ 映画、ドラマの主人公は、当然、美男美女だけ。それが逆に、美男美女
 なればこそ、有能で、善人で、自分を助けてくれるヒーローと思い込んで
しまう。 …誠実そうな人と、誠実な人とは全く違うことに、気づかない。
特に女性に関しては、美しいことが存在意義になっている。 それも美しさが
高いほど、その重要度が比例して増していく。それに加えて、美人度に加えて、
振る舞いが加味される。 数日前に、全英ゴルフで、1年前までアマチュア
だった20歳の日本女性が40数年ぶりに優勝をした。姿見は悪くないが、発する
言動が何とも… 半年もすれば、変身、するのだろうが! 10年ほど以前の
話になるが慶応高校が甲子園に出場した時、その父兄を含めた応援団の姿が
地方出身校と、全く違っていた。
 
・・・・・・
6355,閑話小題 〜つれづれに夏
2018年08月07日(火)

◉ ボクシング協会の会長。同年代に近い?が、時代掛かった昭和残存の唯我独尊
の姿が、自分に被さって見えて気恥ずかしくなった。…そういえば、偉そうな肩書
『何々協会会長』になって、急にふんぞり返って… とかくあるケース。 
▼ 戦前戦中の時代に、破竹の勢いで信者を増やしていった大本教が、軍部や
 政治家から目をつけられ、大弾圧にあった。その過程の裁判での、この虎穴
問答は人生に色々な示唆を与えている。虎を、生老病死としての四苦八苦と
例えることができる。それぞれの苦に、自ら受け入れ苦しむことこそ解決の最短
の道になる、と考えることができる。 事業断念も決意も、虎を3つの断層=
9・11テロ、9・15のリーマンショック、3・11大災害の三つの震災と
みなし、その重なりから、虎穴に落ち込んでしまったと想定。逃げ回るより、
先んじて喰われてしまおうという最後に思い出したのが、この問答。
 その時に、当時の大本教を題材にしたー『邪宗門』高橋和巳著ーを
読んだが、これが面白い。

・・・・・・
4893,「事業人生を決心して45年」の語り直し ー45
2014年08月07日(木)
   * 面白かったという手応えが残った有難さ! 
 改めて45年を振返ると、これは人生そのものの総括であり、自分の限界の
再認識にもなる。経済雑誌『財界』を発行する財界研究所の創設者・三鬼陽之助
の弁『経営者たるものは、その行蔵を表立てないこと、秘しておくこと』がある。 
経営者失格の私が、こんな行蔵を書くべきでないのが、本当だが、今さらである。
先日、ここで取上げた『意味としての心』の中で
《「意味」の『意』は「気持」。『味』は、ミ。満るのミ、記号で言う、身、
実、につながる。その時々の節目で、何が満ち、何が実として、あったか? 
逆に、何が足りなかったか、の棚卸は、ある意味、内省になる。》と書いた。
 生きてきた中で、その時々に空虚な心を少しでも満たそうと、エネルギーを
ひたすら注ぎ込んできた。それが、そのまま自分の姿であり、その凝視が内省に
なっている。 逆境時にも、ひたすら読書三昧を重ね、1日、2〜4時間の読書
を続けてきた。 最近ではネットサーフィンを含め、現在も続いている。
それでも、一番肝心なところを理解し得なかった。知らないこと、知らない知識
へのチャレンジが少なかったことになる。 「得意淡然/失意泰然」は勝海舟
のことばだが、私には、逆の「得意泰然/失意沈然」が悲しいかな、見て取れる。
最期に、この結果が当然である。逆の結果としても、私には大して変わらない? 
ご覧のとおりの結果を、現実に経験をしてみて、事前で考えていたことと、
大きく違う! 事前の見方をしていた自分が薄っぺらに見えている。 
まず<倒産が悪い!という一連の思い込みの間違い>がある。
<倒産には、悪い倒産と、良い倒産があり、良い倒産は、むしろ勧めるべき
決断であって、ワーストでなく、ベターでもなく、ベスト>という経験から
得た実感である。もちろん、ケースによるが。激動の時代ほど、事業サイクルが
短くなる。だから、見極めをつけたら、銀行などに植付けられた<倒産は悪い>
という先入観をかなぐり捨て、見切りをつけるのが「良い倒産」に繋がる。
『倒産に良いも悪いもあるものか!』が間違い。<従業員の生活を破綻させる>
<取引先を連鎖倒産させる><家庭が破綻する><生活の目処が立たない>等々、
多くの問題があるが、決断しなければならない時節には、決断しなければなら
ないことがある! 結果からすれば、戦争などで大家族が生き抜くなどの事情が
ない限り、起業家などすべきでない! しかし、後悔が少ないのは、日本の
歴史上に過って無かった高度成長期で、良い思い味わったり、起業の面白さを
充分経験できたことがある。『面白かった!』という実感が、間違いなく残って
いるのは、有難いことである。意味のミが満(ミ)ちていたため。装置産業の
プラス面の「時間持ち」と、マイナスのブラックスワンとの遭遇の経験も、
振り返ってみれば、光の中での夢幻でしかない。

・・・・・・・
3786, ユング −17
2011年08月07日(日)
  * ユングについての総括
・ 父親の死の時の不思議な体験をキッカケに奇妙な感覚が10年余りの間、
 身についておたこともあり、ユングの理論には非常に興味をひかれた。
ユング本人に元もと通常以上のシックス・センスがあったため、それを、
そのまま発達すればよかった。大本教の出口なお、天理教教祖の中山みきは、
そのセンスが強力だった。また日蓮には身体全体にオーラが包み込んでいたと
いう記述が残っている。 27歳時の父の死亡時での実体験が無ければ、
シックス・センスに対して信じることはなかっただろう。現に幽体離脱の
ような体験をしたのだから、これは信じるしかない。ユングがフロイトと
対立・離別をしてまで、この方面の研究を続けた内容は侮れない。
・ ユングが取上げた中で、「共時性」と「布置」に、まず興味をひかされる。 
 奇妙な偶然の一致の不思議さ。これは多くの人が経験しているはずだが、
 それを話すと、何か軽薄と誤解されるのを恐れてか、あまり口外をしない。
 子供の頃に親戚の人が、その類の話しをするのを聞いて、「いい大人が、他
 愛無い話をしている」と心底で感じていた。しかし人生経験を積み重ねる
 うちに、親戚の人たちの言っていることは、決して他愛無い話でなかった
 ことを知った。幽霊の話しも、その一つになるが、これも、あり得ること。
 共時性、布置とは少しズレルが・・
・ またオカルト現象も、ユングを読んで、実際のところ驚いてしまった。
 これも個人が持っている、ある能力が何かに感応した働きだろう。そうこう
 考えれば、哲学の存在論に関わってくる。現在、自分が、現に此処にいる
 不思議からみれば、オカルトなど、他愛にないもの。エスキモーで5キロ先
 にいる白兎を見つけることが出来る人がいるとか、犬が数千キロ先の親の
 鳴声に反応するとかを疑問に思うこと自体が、小さな限界の範囲内で決めて
 いるからである。脳には20億年の生物進化の記憶がある。
・ 最近、特に感じるのが、それぞれが持っている経験と能力の深さと広がり
 である。特に、ブログなどで、それが比較的簡単に覗き見ることが可能に
 なったこともある。デジタル化で人間の五感を遥かにしのぐ機器が不朽を
 はじめると、逆に人間の持つ不思議さが一つずつ解明されることになる。
 ブログ、ツイッターなどの普及はユングの世界を超える可能性がある。
 ネット世界の出現こそカルト?

・・・・・・
5988,閑話小題 〜最後の講義・8 ー石黒浩:対談
2017年08月07日(月)
   * 意識の場所を指し示すことは難しい
       ―他人を見る以外自分の姿は見えない―
 彼は、小型の人型ロボットを幾つか並べて、色いろな相談の質問に対応する
効用を示している。専門分野が違ったフレンドリーの人型ロボットなら、対話
も進むことになる。初めて知った時は、仰け反るほどの驚きであった。
 ――
<石黒> 「嫌なことはやらない」というのを貫いています。やりたいことを
 やるのは小学校の時から同じです。だから、つらいと思った記憶はありません。

<本荘>  普通、これはやるけど、これはやらない。と決めてしまうと、
 可能性が限定されそうですが、石黒さんは興味のあるものだけをやるという
 考えを持ちつつ、他分野・異業種の人と関わり、フィールドを広げていますね。
<石黒> 他人を見る以外に自分の姿は見えてこないじゃないですか。
 自己意識を持つには、人と関わるしかないわけです。異業種の人でも、意外に
 自分との共通点を見つけると面白くなって、一緒に何かをしたくなります。
 要するに、すべて自分を知るためです。自分自身や人間という存在に興味を
 持っているので、大抵何でもできるし嫌なことはないわけです。

<本荘>  一般の人は、自分の録音した声を聞いたり、録画したものを見たり
 するのは違和感があると思いますが、石黒さんはそういう感覚はないのですか。
<石黒> 自分自身の感覚がよくわからないフワフワしたものだから、それを
 確かめたい思いがあるので全く抵抗がありません。もしかすると、リアリティ
 がないのかもしれませんね。「意識の場所」は、このあたり(場所)にあると、
 ピンポイントで指し示すことは難しいですよね。
――
▼ 秘異郷ツアーには全国から「面白い人、大変な人」を選りすぐったと信じ
 ざるをえないこと屡々。その旅仲間の中に、それぞれが合せ鏡で自己を見つめる
研修をしていることになる。行先は、異世界が次々と現れ出てくるから面白いこと、
この上ない。違った異世界を目指し、感動するのが目的。どれもこれも、生涯、
忘れえぬ人生体験になる。<他人だけでなく、他所を見る以外、自分の居場所は
見えてこない。> ということ。魂を大自然に開放するため、私たちは旅に出る。


7478,閑話小題 〜オリンピック・ゴルフのホールインワン…

2021年08月06日(金)

   * 見ようとして見えるものでない
 昨日、暑さもあり、寝室のTVを見ていたところ、モロッコ女子・ゴルファーの
ホールインワンを見てしまった。 これは、見ようとして見えるものでない! 
別段に誇れるものではないが… 本人にとって歴史に残る金メダル以上の光栄に。
恐らく、何度か、こういう経験があるのだろう。 世の中には、こういう人が、
意外に多い。ある意味で意志が、導くのだろう!生物が、ここまで進化してきた
のは幸運の要素がある為、それが様々な場面でヒョッコリと、現われ出てくる。
『私は幸運だ!』を固く信じている人は、その逆の人とは一生を通して段違いの
差が出るのは当然といえば当然。としてもTVの画面越しに見れた幸運?に感謝する。
人生を振返りみて何ごとなく、ここまで生きていられたのは、幸運以外に何もない… 
≪ 5日 東京五輪 ゴルフ女子第2ラウンド(埼玉・霞ケ関CC)
 モロッコ代表のハディウイ・マハ(33)が7番(パー3)で今大会初のホール
インワンを達成した。マハは初日を3バーディー、4ボギーの72でラウンド。
この日は7番を終えて1ボギー、1イーグルで暫定32タイで回っている。≫
 ―
▼ 逆に、真逆の人も、世の中に存在する。小学校と、高校の同級生に、
 実家の事務員にも、考えてみると不幸系の2割は、その傾向に。かく言う、
私も… 気がつかないだけで、そうかもしれない。土着で、500m内の世界が
全世界。 内幕情報雑誌だけが情報圏。見るも無残な生涯に甘んじている。
 
・・・・・・
7084,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―1
2020年08月06日(木)
    * 制圧ではなく、共存に 
 自動車の事故リスクを考えると、この答えがある。最小にすることが出来ても、
 事故ゼロは無理な話。事故にあうのは仕方がないと割切るしかないのが現状。
< 青学教授・生物学者の福岡伸一
<ウイルスとは電子顕微鏡でしか見ることのできない極小の粒子であり、
生物と ...それは生命を、絶えず自らを壊しつつ、常に作り替えて、あやうい
一回性のバランスの上にたつ動的なシステムである、と定義する見方――
つまり、動的平衡の生命観に立て... 今、世界中を混乱に陥れている新型
コロナウイルスは、目に見えないテロリストのように恐れられているが、
一方的に嫌い、敵対するのではなく... これからも共存するしかない!>と。

 動的均衡といえば歯医者。この数年、歯垢をとるため、月一回、通っためか、
最近、口内がすっきりしている。国民の7割が口内炎というが、これも、一種の
共生! …一日、数回は、コロナ禍にならないように、ウガイもあるか。
考えてみれば、自動車事故も一年で、数千人亡くなる。半年で千人なら、共生
と思えばいい!インフルエンザは年間1万人に死者。徹底した対策もあろうが、
年間、二千人なら、5分の1なら… 失敗すればアメリカ並みとすると、百万?
そんな甘い敵ではない。楽観視は出来ようがない! 

・・・・・・
6717,閑話小題 〜美しいことは、どう、良いのか?
2019年08月06日(火)
   * 美の神話に支配される社会
 ある意味で、世界中で最もタブーが、「美の神話」。風貌は、先祖代々、
受継がれたがゆえに、本人の責任でないが、そうともいっていられない大問題。
 アメリカの大学教授ダニエル・S・ハマーメッシュ氏は、著書
『美貌格差−生まれつき不平等の経済学』において「美人はそうでもない人より
も生涯約3000万円得をする」と… シリアスな論がある。女性は二人でつるんで
行動することが多い。その二人の風貌は、同レベルが多い。まず友達からして、
選び選ばれている。 そこで、ネット検索をかけると、それはシビアな…
 ―
≪ Wolf(ibid.)によれば、現代社会においては美の神話が存在しているという。
◉ 美の神話とは、
「女は美しくなければならない」、
「男性から愛されるためには美しくなければならない」、
「職場で成功するためには美しくなければならない」という神話のことである。
「妻であれ」、「母であれ」、「女らしくあれ」という「女らしさの神話」が
女性解放運動の中で崩壊していくにつれ、美の神話は、雑誌と広告主(アパレル
業界や化粧品業界など)の生き残りのために生み出され、拡大膨張し、現代女性
を支配する新たなイデオロギーとなっている。 そして、女性解放を目指した
フェミニズムの遺産を挫折に追い込んでいるというのだ。
◉ 美の神話の下では、女性たちは「恋人の目に自分がどう映るかなどは無視し、
『美の神』の目にどう映るかを必死に探らなくてはならない」(ibid., 296)
という。美の神話に生きる女性たちは、美しくないのに男性に愛されるという
ことを信じることができず、男性ではなく「美しさ」こそが至上の価値だと
思っているという。
このような美の神話は、男性のためだけではなく自分のために美しくなろうと
する女子力と共通するものがあるように思われるが、どうだろうか。雑誌分析
において検討したい。
◉ また、女性同士の関係においては、美の神話は女性たちを世代ごとに分断
するだけではなく、容姿を通して女同士の警戒心を助長するという。 女性は
「美」をめぐって「他の女性」と敵対するのだ。女性は他の女性を見る時、
まずは外見を見て、自分よりも良いと「良すぎる」と憤慨し、自分よりも悪いと
無視する。女性たちは美をめぐるライバルであるため、男性のように結束する
ことが出来ないのだという。そして、同じ性別同士で連帯できないことが男性
に比べて女性が社会変革の手段を持たないことにつながると指摘がされている。≫
 ―
▼ まだまだ続くので、あとは次回につづく。幼児の頃から、7人の兄姉のもと、
 特に4人の姉の重圧のもとで、全神経を使って我が身を守る知恵がついていた。
女の特殊な自己に対する目線が、知らずに理解できたのが、ある意味で、人生を
豊かにさせていたことに、老年期になって気づくことになった。三次産業に身を
置いていたこともあり、何処も女性の職場が多いが、直にNO1の女性に無意識に
近づいていくコツがあった。人畜無害で、自然体で警戒されなかったことも?
そこには女社会の残酷な『美の神』の格差社会がある。若い時分は、一いち面倒
なため、NO1に、とにかく三度、自然に褒めてしまう。まず褒め殺しをボスから…
それで女社会は、円満に過ごすことが可能に。 付いている機能は同じなのに、
何なんでしょうか? 世の中の7不思議の最も不可解なところ!  〜つづく
 
・・・・・・
6354,読書日記 〜修羅場を愉しむ
2018年08月06日(月)
          <「好き嫌い」と才能 楠木建 編著>より
    * 修羅場は人を純化させる!
  ヤマトホールディングスの社長の木川眞の言葉〜
『修羅場では人間はものすごく純化する!』が目に入った。20歳、30歳代は、
修羅場の連続。 有能の人からすれば、能力不足が招いた事態でしかないが、
私にとって、初めての経験。 ひたすら、真正面に無心で全身で立ち向かい、
知恵を出しながら「貫き抜けること」しか頭にない一種、無心の気違い状態。
 それは純化した心持であればこそ可能になる。20歳代後半、30、40、60歳代
の半ばに、修羅場がやってきた。 失敗は許されない。そこで自分を道具に
化して、無心の何かに憑りつかれた純心の魔物のような存在が感じ取れた。
それが後々、返り矢として問われるが、当然、覚悟の上。甘んじるしかない。
 挫折、崩壊の節目時の修羅場に到達した中の純粋性から知恵が湧出てくる。
節目に、チャンスを見出すのは、その内なる純粋性の知恵からであり、普段の
自分から昇華したエネルギーである。人生に大から少なかれ誰も経験すること。

 ロマン・ローランの『ベートーベンの生涯』にある手紙の一節、
『苦悩をとおり抜けて歓喜に!』の言葉を代表に様々な言葉がある。
他にも、
『純粋な心だけが美味しいスープを作る!』
『不死の心を持つ我々人間は、苦悩と歓喜の為だけに生まれる。その中で
 最も優れた者は、苦悩を突き抜けて、歓喜を勝ち得ると言える。』
『友よ拍手を! 喜劇は終わった。』
『墓の下にいても、あなた達の役に立てる。これほど嬉しいことがあるだろうか。』
『音楽とは精神と感覚の世界を結ぶ媒介のようなものである。』
『困難な何事かを克服するたびごとに、私はいつも幸福を感じます。』
これらの言葉の中に、彼の辿ってきた修羅場の激しさを感じ取ることが出来る。

交響曲第9番「合唱付き」ピアノ協奏曲第5番「皇帝」。
ヴァイオリン・ ソナタ第5番「春」。ピアノ・ソナタ第8番「悲愴」の代表曲に、
その純化した魂を感じ取ることが出来る。特に難聴の病になった時の絶望感その
ままの、交響曲第5番「運命」が魂をうつ。『苦悩を付き抜けて歓喜に至る』、
そのままが伝わってくる。余命数ヵ月を直感したときに、誰もが陥る絶望感。
その後の『歓喜』はあるのだろうか? いや、乾いた『ピーッ、プツン!』か。
 
・・・・・・
5257,二度の地球規模の大爆発 〜地球大進化46億年 ー
2015年08月06日(木)
      ー「地球大進化 第3回 知られざる“生命の星”の秘密」ー
   * 爬虫類から哺乳類への主役交代
 地球環境により、その都度、新しい生命が生まれ出てきた。 そして、
環境の激変で、それらが絶滅。違う環境に適した生命が生まれ出てきた。
知的生命たる人間が、それ故に、自滅するのに百年はかからないというが、
何か時代の様相からみて、考えられないことがない。 〜その辺りから〜
≪ 2億5千万年前、突然生命に襲いかかった地上最大の火山噴火、それが
 当時生きていた生物の実に95%を絶滅させるしまうことになった。
さらにその後訪れた巨大恐竜の全盛時代、私たちの祖先はその影に怯えながら
暮らすことを余儀なくされていきます。しかしこの暗黒の時代を乗り越えた時、
私たちの祖先は爬虫類から哺乳類へと一気に進化し、大きな飛躍を成し遂げる
ことになる。おなかの中で子供を育て哺乳で養うという哺乳類独特のLife style
の誕生。それは全ての生命を絶滅の危機に追いやるような地球の途轍もない
大変動とその後の恐竜の支配がなければ生まれなかったことが分かってきた。
地球生命史上、最も劇的といわれる哺乳類誕生のドラマとは・・・
 ○ 大量絶滅:地球が95%死んだとき
 私たち哺乳類を語る前に、まず2億5千年前に起きた史上最大の生物絶滅事件
の実態を探る旅からスタートする。実はこの事件こそ私たちの哺乳類の誕生の
ためになくてはならないものだと考えられているからです。それは恐竜が登場
するはるか昔の出来事でした。案内してくれたのは南アフリカ博物館、ミジャー
スミス博士です。20年に渡ってここカルー盆地で動植物化石を調査してきた。
乾燥した大地に絶滅が起こる直前の地層がむき出しになっていた。
ここに童子の陸上を闊歩していた動物の足跡が残っているという。
この動物の体長は3m、しかし恐竜ではありません。最初の恐竜が地上に現れる
のはこの足跡よりさらに2000万年も後のこと。足跡をつけたのは一体どんな
動物だったのか。実はこの時代に繁栄していたのは現在の哺乳類と非常によく
似た動物、ディクトドンと呼ばれる草食動物の化石(南アフリカ蔵)。
体長は50僉穴熊のように地面を掘った巣で暮らしたと考えられています。
またゴルゴノプスと呼ばれる肉食動物、体長3m。鋭いきばが特徴です。
この時代の百獣の王、いわばライオンのような存在だったと考えられている。
これらは皆、爬虫類のように卵によって繁殖したと考えられています。
しかし骨格や歯に私たちの哺乳類と共通の特徴が数多く見られるため、哺乳類型
爬虫類と呼ばれています。この仲間の中からやがて哺乳類へと進化的動物が現れる
ことになります。「哺乳類型爬虫類は一般にはあまり知られていない存在です。
しかし実に多様で当時の環境に非常にうまく適応していた動物であること知ると
皆さん驚くことでしょう。しかも私たち人類の祖先にあたる動物なのです。
彼らは恐竜が現れる数千万年も前に繁栄しました。いわば地球を初めて
支配していた動物たちだったのです。」≫
▼ 上記のプロセスを経て、哺乳類が、そして類人猿が地上に現れ、主役の
 座を占め、人間へと進化?してきた。乗越えることが出来ないような、
大きな壁が、逆に進化をもたらすのは「人生」と同じ。成長後、挫折と崩壊、
そして灰の中からの再生から、その都度、新たな自分が生まれ出てくる。

・・・・・・
5987,閑話小題 〜最後の講義・7 ー石黒浩:対談
2017年08月06日(日)
    ―所属する集団で意識が左右される―
 20歳代を振りかえ考えると、意識、価値観が、その時々に所属した集団で
大きく変わっていった。その中で、自分の志(天に輝く星)を目安にして判断
していったが、若さが故のエネルギーがあってこそ。大きな判断ミスは比較的
少なかった? それぞれの節目時での自問自答を、少ない経験と知識の範囲で、
するしかなかった。 何事にも自由に触媒し、実戦出来ることが、若さの特権
であった。20歳で「創業」を志して、21歳で「欧州+東南アジア・ツアー」に
参加をし、アッパーの人種を知り、22歳で「武澤ゼミ」に参加。そして、
「ジャスコの合併」に立ち合い、その後、産能大に編入。その後、金沢に
一年半、修行の身を経験。 26歳で千葉市郊外の新興住宅地・千城台で、
「千城ビル」の一年の準備。27歳で最大の協力者の父親の死に立ち合う。
その半年後に結婚と同時に、ビル内で飲食ビルを立上げ、焼きたての、
パン屋のFC店をオープン。数ヶ月後に実家で「御家騒動」が生じて、急遽、
二つの店は知人の紹介で経営委託をして、Uターン。振返ると、濃厚な10年間
だった。尤も、30歳代は、さらに濃度が増していったが。「所属する集団で
意識が左右される」というが、その中で、それに流されない強力な意志が必要
となる。それは「発狂」状態。狂う時には、狂わないと、出来ないことがある。
学者の生き方と自ずから違って当然。他人のことなど、所詮は理解しようが
ないし、出来るわけがない。 〜その辺りから〜
 ――
≪ <本荘>
皆さんの中で、小学生のときに、人の「気持ち」や「考える」ということに
対して、疑問を持ったことのある方はいますか。
<石黒>
みんな問いは持っていると思います。その問いを大人に投げかけると、
「うるさい」と言われ、「そういうことは、大人になったら分かるよ」と、
うそをつかれるのです。僕自身は、人の話を聞かない子どもでした。授業参観
とかで、先生の言ったことを全部無視して、1人だけ絵を描いていたら、それを
見た母親が泣いていました。自分は、「人とは違うのだ」と思いました。
<本荘>
アインシュタインみたいですね。 以前、中学生に対して「若いのだから、
何でもトライすればいい」と言ったところ、「初めてそういうことを言われた」
と返されたことがありました。 周りの大人は、日常的に「(○○を)やっては
いけない」、「オマエにはできない」などと言ってしまっているのです。
<石黒>
もっと不思議なのが、PTAなどの場において、「こういった親はダメだ。」
と説いて周囲からは賛同されている大人が、家に帰ると、自分自身がダメな大人
になってしまうことです。つまり、所属する組織や群れに適応するように振る
舞うことができても、別の集団に属した瞬間に意識が変わってしまう。
自分の中で、何が疑問で何を解決しないといけないかを考えていないと、集団の
意識に簡単に振り回されてしまう。だから人の話を聞いてはいけないのです。≫
――
▼ 6年前に長岡・新潟間の31年間の通勤生活を終えて、自宅周辺の生活圏に
収まった。高校を卒業をして30歳近くまでの県外生活を含め、合計43年間を、
曖昧な二重生活をしていたため、現在、息苦しい生活を強いられているが…
 とはいえ、割切ってしまえば、それはそれで… 問題は受け止め方。
<共同体には、それぞれの長年かけた価値観や道徳感があり、それを前提に生活
している中で、何やら得体のしれない妙なことを、ここで書いている。>が現状。
 最近、泡沫候補上がりのトランプが大統領になって失態を重ねているが、
根底に、「コミュニタリアニズム」がある。「自分の生れた場所や、仲間が第一」
の考え方。地域社会は、外の世界に対する無知のヴェールで覆われているため、
本来、強固である。グローバリズムの弊害が顕著になっている現在、原点回帰も、
当然かもしれない。EUの問題と同じ。「悪貨は良貨を駆逐する」ではないが、
唯我独尊の姿勢も、情報化故に必要となる。 ロボットはロボットでしかない。
されどロボットでもあるが。 所詮、人間の心など、泡沫でしかない。

・・・・・・
5622,人生を幸福で満たす20の方法 〜
2016年08月06日(土)
          <人生を幸福で満たす20の方法> 三宮 麻由子(著)
   * 空虚な日々を楽しむ方法 〜好奇心が世界を開かせる
 好奇心が幸福を満たすための第一歩という切口は新鮮である。
老いるとは好奇心が萎んでしまうことだろう。特に知的好奇心から萎む。
教養とは知的好奇心のベースを言うのだろうが、その枯渇したのが「おばさん」。
現象を、そのまま現実として受け止める蓄群である。やはり、知的好奇心が、
萎んだ心を開放させてくれる。
≪  1、好奇心で心を満たそう
  情報の八○パーセントを受け持つといわれる視覚を失うのは、正直なところ
 かなりしんどいことである。しかし、その特色を生かして音を味わい、音で
できた風景を心のなかに再構築することは実に楽しい。これによって、私は
scenelessからscenefulへ止と生まれ変わることができた。そして、ここまでの
道程を楽しくリードしてくれたのは、他ならぬ好奇心だったのである。
  好奇心は、幸福の真空を埋めるばかりか、このように人生に新しい世界を開き、
人を生まれ変わらせる可能性を秘めた宝物だと思う。それを豊かに養い、年齢に
関係なく育てていくポイントはただひとつ。少しでも印象に残ったことがあったら、
それを迫いかけて一歩を踏み出すことである。
 素朴な疑問を素直に追いかけ、何か新しいこと、面白いことはないかと目を
キラキラ輝かせ、耳をピンと澄ませて受信アンテナの感度を上げていくのである。
もちろん、野次馬はいけないけれど、よい好奇心、特に知的好奇心は、必ずや
私たちにワクワクする世界を開いてくれることだろう。

 きょうからできること
興味の向かなかった分野を覗いてみよう
きょう発見したことをメモしてみよう
明日は何をチェックしようか、と考えてみよう  ≫
――
【とにかく、やってみましょう!やれたらそれだけ豊な1日になるのです】
子供の頃の好奇心は、何処に行ったのだろうか。何もかもが面白く、世界は
光り輝いていた。そして、学生時代にみた世界の、あの輝き。高度経済成長期
に青春を過ごせた幸運。 好奇心は感性である。磨くほど、それは光り輝く。


7477,読書日記 〜「ガブリエル哲学」とは ー

2021年08月05日(木)

 コロナ禍のパンデミック以来、空前の非日常が続いている。
世界的疫病の危険の中で、怯える日々。若くして感染をすれば、人生が根底から
脅かされる危険な病気。 自分か、身近の感染者の呼吸困難の姿を見ない限り、
何か他人事! 特に若者には抵抗力があり、重症化し易いため、どうしても
甘くみる。しかし、インド株で、その常識で通じなくなっても、対処は同じ。
ワクチン接種で、その危険度が5分の1になっても、さらなる危険な疫病が後続
している。細菌からしたら、これほど軟弱な対象はない。目次の内容を見るに
つけ、恐ろしさは増す。北朝鮮の核弾頭の恐喝の価値も激減した。身内を殺害
された平民でも、核弾頭の代わりにコロナ株をドローンに載せて平城の空から
ぶち撒ければ同じようなもの。これは西欧諸国のトップにも同じこと!
 核爆発保持の価値は、これで激減。
 ――
 目次 :
第1章 人とウイルスのつながり(同期化した世界/ 2019年以前の
 秩序は終焉した ほか)/
第2章 国と国のつながり(トランプの敗北/ なぜ人々は陰謀説を信じるのか)/
第3章 他者とのつながり(自己を押し付けるソーシャルメディア/ 日本人特有
 のコミュニケーションほか)/
第4章 新たな経済活動のつながり―倫理資本主義の未来(浸透する倫理資本主義/
 なぜ今、倫理資本主義なのか)/
第5章 個人の生のあり方(新実存主義の人間観/「神聖さ」が生じるとき ほか)
 ――

 ガブリエル…曰く、≪「客観的事実」というのは非常に重要であるが、
今の時代はその客観的事実を否定する「ポスト真実」の時代であると。 
「ポスト真実」の時代とは「相対主義」の時代である。「相対主義」とは、
世界のどこでも通用する普遍的な意義ある概念なんてものは存在しない、存在
するのは、土地ごと、文化ごとのローカルな決定だけだ、という考え方。
 要するに、「真実」は幾つもあるという考え方である。
「ポストモダン」の論理はまさにこの相対主義の論理であった。「相対主義者」
たちは、私たちが自明と考える価値=普遍的な価値が、時代や場所が異なる状況化
では妥当性を失い、普遍的価値を信じている人は、他の集団を支配したいだけ、
と考える。相対主義者たちの、この「普遍性」を拒絶する態度は、他者から自分
たちを分離する新たな境界線を築き、違う場所の違う文化的条件のもとで生きて
いる人の事を、自分とはまったく異なった「他者」としてみなす。
 そして、究極的にはその他者の事を人間ではない存在と考えるようになり、
この「非人間化」の考えは、ただちに暴力の正当化を生み出すことになる。
なぜなら相手は鳥や豚のようなものだからである。その非人間化の行きつくと
これまで行きついたのがナチスの強制収容所であり、現代の非人間化の典型が
パレスチナのガザ地区である。≫
 ――
▼ 科学の進展の行きつくところが、‘相対主義の世界共通の真実は幾つもある’
 になる。そこに人間的要素が、消し去られてしまう。ナチスの強制収容所になる。

・・・・・・
7083,閑話小題 〜自分も救えと縋る犬
2020年08月05日(水)
    * 映像は全てを語る
 災害地のニュース映像で、ヘリコプターで救出される家人の周りを、
必死に「自分も!」と駆け巡る犬の姿が映しだされていた。その時には置いて
いかれたが、後日、救出されたと報じていた。動物も、生死の際が分るようだ。
犬の必死の気持ちは、人間と何も変わらない。もし、助けられなかったら、
非難の嵐だろうが! いや、その映像はボツになっていた?
 ―  
    * 今年の夏は暑くなりそう
 梅雨があけたと同時に連日の熱波。これも必要のこと。冬の時節に生れた
こともあって、夏場に弱い。コロナ禍の中のマスクは厳しいが、これだけは!
甲子園野球は中止になったが、地区単位の試合が無観客で行われている。
 ―
   * 第二波の到来…
 100年前は、第二波が強烈だった。さて、今回は如何に!
流行過程で、自己変容を続けていくため、油断がならないのが細菌過。
9〜10月と予測されていた第二波、もう始まってしまったのか? 夏物商売も、
これでは、たまったものでない。マイナス連環の拡大が止まらない!
 ―
   * コロナ禍の中、PCR検査を避ける訳
 何れの世界にも隠れ潜んでいる、かの『内幕情報屋』の、陰口、噂に怯え、
多くは、コロナ検査を受けたがらないことが問題になっている。腐ったような
中年女なら、まだマシだが、これが男ともなれば、救いようがない。スポーツ
ジムでも水商売らしきのが、小声で話すが、会話が商売のためか、話し声が、
よく通るため、始末が悪い。銀行筋など金融機関の客が主なため、どうしても
雑ネタが主となり、それに下ネタが加わるため、品性まで…。

・・・・・・
6716,閑話小題 〜AI卓球ロボットの驚き
2019年08月05日(月)
    * AIロボットに驚かされる日々
《 サイエンスZERO「進化する超絶技巧!スーパーロボットアーム大集結」>
 餃子を包んでくれる!卓球の練習相手になってくれる!
日本が世界シェアトップを誇る「ロボットアーム」の進化が止まらない。これまで
ロボットは、安全制御の観点から活躍の場が限られ、工場の生産ラインの“柵の中”
や、人間から隔離された場所で働くのが一般的だった。ところが、今やトレンドは
「協働」。安全性の向上で人間を助けてくれるありがたい存在となっている!
ユニークでかわいいロボットが大集結!》
 ―
《 卓球未経験の記者が体験したロボットとのラリーでは、打ちやすいコースに
 配球してくれたほか、「完璧なサーブですね!」などとプレーを褒めてくれ、
まるで友人と卓球を楽しんでいるような感覚を味わうことができた。
 しかし、オムロンはこのロボットを商品化する予定はないという。
コーポレートコミュニケーション部の大西栄樹氏は「昨今は『ロボットが人の仕事
を奪う』などとマイナス面が取り上げられる傾向にある。 しかし当社では
『ロボットは人のためになる』『人ができることを増やしてくれる』と考えており、
人とロボットの適切な関係性を示すためにフォルフェウスを開発した」と話す。》
 ―
▼ 卓球AIアームロボには、驚いた。卓球を上達するには、1〜2ランク上の実力
 を、持った対戦相手と練習するのがベスト。当事者の実力を読みこみ、練習相手
と対戦するソフトが現にある。その他に、相手を撃破するソフトも別にあり、それを
相手に普段の練習に取入れる。将棋、囲碁の世界は、幼児の頃から、そのソフトで
実力を磨かれ叩き上げられた若手が、それぞれの世界を席巻をしている。これでは、
AIロボットに勝てないのは、至極当然。株、為替の相場も、AIロボット同士の競争に
入っているようだ。こういう情報機能を駆使した器械をフルに利用可能な階級と、
出来ない層との格差は広がる一方。何かしら20世紀が、どんどん遠くなっていく。

 ――
    * ISの消滅の蔭に、住民諸共の虐殺が…
 ネット・サーフィンで、行き当たった一枚の写真。恐怖に泣き叫ぶ男と、
冷淡に縛りつける兵士の顔と、汚職?キャンペーンを掲げる背後の無表情な顔
の人たち。 日本では有りえない公開銃殺が日常生活に存在する国が、現に隣国
に存在している。ISが一時期、中東を席巻していた頃、檻に入れられた男を油で
焼き殺す録画があった。ISが、占領地域の住民を盾にする戦術。ロシアも含めて、
ISの抹殺を決定した後に、中東の戦闘のニュースが全く途絶えた時期があった。
住民諸共、虐殺されていた。アメリカ本土で、白人対有色人種、とりわけ近隣の
ヒスパニック系の対立からくる、内乱を思わせる事件が続いている。
ときの大統領が極右の白人第一主義者とくれば、この亀裂は、更に拡大。
日韓の問題の本質も、格差と差別の問題を含む文明の相剋。大変な時代に入って
しまった。娑婆とは本来、不自由で、常在戦場で、差別の世界を端的に現す言葉。

・・・・・・
5986,閑話小題 〜最後の講義・6 ー石黒浩:対談
2017年08月05日(土)
 ロボット学者ゆえに、切口が新鮮である。自分のロボットをつくり、常日頃、
対峙すると、無機物のロボットの、サルトルのいう、「対自」「対他」「即自」
が、クッキリと浮かび上がってくるのだろう。 ヨガの仕上げの5分間の
「死者のポーズ」として、宇宙の彼方から魂の抜けた己の姿を逆照射する
イメージと同じような。「定年までの自分」と、「それ以降の自分」の対峙も
似たような? これらは、一般的には「余命半年、3ヶ月」と宣言された時に、
初めて、自分に突きつけられるのだろう。落語の米朝のロボットが、生身の
米朝と高座に上がっている写真があるが、文化遺産として残すには最適だろう。
――
   ―人の気持ちの正体とは―
<本荘> 石黒先生は小さいころから「テーマ(問い)」を持たれましたよね。
<石黒> 僕は、小さいころ夢がなくてぼんやりしていたのですが、小学5年の時、
「人の気持ちを考えなさい」と大人に言われて衝撃を受けました。
その気持ちを考えることは大事なことなのに、考え方自体を一度も教わって
いないし、大事にしろというその「気持ち」を見たことがないわけです。
皆さんは「気持ち」が何か知っていますか。

<本荘> 「気持ち」を100字以内で説明せよ、というやつですね。
<石黒> そうです。「気持ち」でも「考える」ということでもどちらでもよい
ですが、それを定義した瞬間にコンピューターが勝ってしまいます。 だから、
小学校5年生のときには、「自分の考えている次元とは違う世界に行けるなんて、
大人はすごい」と思っていました。ようやく高校生ぐらいになって、全員うそを
ついていると分かったので卒業しないままずっと学校の中にいるのです。
▼ 石黒は、「気持」について、逆照射して考えるため、曖昧な定義を
 戒めているのでは? 

そこで、<「気持ち」を100字以内で説明せよ>の私の答を即興で書くと…
【「気持ち」で浮かぶ言葉は、感情である。感情といえば「喜怒哀楽」と、
「感動、感激、感謝」になる。「クールヘッド、ウォームハート」と分けると、
温かい心。逆に、冷たい心とは、生物の本能の「エゴ」を優先すること。】
 たまたま、考えを進めるに、去年の以下の文章が参考になる。ロボットには
無い真逆の問題だから。幸・不幸など、感情でしかないことが浮かびあがる。

・・・・・・
6353,閑話小題 〜二年続けて「長岡花火は行かずしまい!
2018年08月05日(日)
    * 猛暑の朝、やはりTVの話題ですか!
 
・・・・・・
4891,定年後の4年目のリアル −1
2014年08月05日(火)
             「定年後のリアル」勢古 浩爾 (著)
 朝日新聞の新刊広告に『定年後の7年目のリアル』があった。3年間、私が、
ここで書いてきた内容と同じような見出しにあった。 そこで、アマゾンで
内容紹介を見たところ、前著の『定年後のリアル』があり、『・・7年目のリアル』
の内容は続刊。 内容紹介だけだが、生々しいだけ私の内容の方がシリアスの筈・・  
 ーまずは、内容紹介よりー
《 ◇お金、仕事、健康、生きがい……退職したら、どんな毎日が待っている?
不況のいま、いかにして生きていくかという問題がクローズアップされている。
特に定年退職が迫った人に対してメディアは、定年後は「6,000万円の貯えが必要」
「孤独死にご用心」を語る。著者は、さまざまな定年本、定年者たちの生き方を
引き合いに出しながら、メディアが煽る「不安」など、実際にはそれほど思い
わずらう必要もないことがほとんどという。いまの日本人は、過剰な情報に振り
回され、不必要なほど不安になってしまっているというのだ。たとえば貯蓄や
健康状態の「平均」がどの程度かといった話が盛んに語られ、自らを引き比べて
不全感を増している人も多いが、現実には「平均」は自分の生き方とはあまり
関係のない情報であり、気にしすぎる意味はない。またアンチエイジングや若さ
を保つ方法が日々声高に喧伝されているが、本来、人は年を取ったら取ったなり
の自分を認めていくのが自然であり、若さを過度に持ち上げる価値観自体がいびつ
だともいえる。 ・・人は死ぬ、年を取ったら衰えるのが当たり前であり、
そうした事実を正面から受け入れて、初めて本当の人生に出会える。そのうえで
一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていくのが、定年後の理想的な
生き方だという。さまざまな不安の正体を解き明かし、心をほっとしてくれる。》
▼ 私の喩えで、「森の生活からサバンナへ!」がある。 森の中でイメージを
していたサバンナの生活は、そこはそこで面白く、生きがいもあり充実をしている。
森の住人には、それが理解できない。そのことを、森の住人に問いかけている
内容のようである。しかし、これは森の生活で、準備をしてきたかで大きく違う。
私の場合は、ハードランディングだったとしても、万一の備えを長年にかけして
いた為、何とか着陸をした。そして、リアルな毎日が待っていた。そして
4年目に入って、そんなことより、老いそのものの方が現実として迫ってくる。
この紹介の中で「老いの一日一日から得られる人生の喜びを享受して生きていく
のが、定年後の理想的な生き方だ」というが、享受するのは、喜びと楽しみだけ
でなく、怒り、哀しみが伴なう。老いは確実に精神も肉体も衰えさせている。
哀しみに覆われた日を何とか過ごすのもリアルの一日になる。逆に有余る時間で、
思いのままに一日を過ごす楽しみもある。
夕暮れの残照の中での、最後の宴も良いもの!

・・・・・・
5256,蓄群本能  〜ニーチェ「超」入門〜
2015年08月05日(水)
             〜ニーチェ「超」入門〜白取春彦著
   * 蓄群本能 
 誰も持っている『群蓄本能』。城下町では、その小さな世界で群蓄本能が、
互いの足の引張りあいになり、その個性を内に押しとどめるしかなくなる。
違うということが、マイナスの世界。割切るしかないとしても。〜その辺りから〜
≪ わたしたち現代人はただなんとなく、道徳とは個人の行為に関する規範だと
 思い込んでいる。あるいは、人間性が生んだ規範、社会を健全に生きるための
知恵のようなものだと思っている。 ところがニーチェは、「道徳とは、共同体
のために個々人の内部で作用する一種の畜群本能から生まれたものなのだ」
(『悦ばしき知識』116)という。 この畜群本能というのは、「共同体が個人より
も価値が高いのだから、個人の利益より共同体の利益を優先すべきということと、
「一時的な利益よりも永続的な利益を優先させる」という、国家や社会の全体を
益するための考え方を因習とし継承してきたあげく生まれた。
 たとえば、盗んではならないという身近な一つの道徳律を考えても、ニーチェ
の説はあてはまっているように見える。実際に、空腹ゆえにパンを盗んでも、
社会に損失を与えたとして罰せられる。そして、「個人よりも全体を優先する
という因習が覆う社会で人間は教育され、生活してきた」。よって、「人の心に
ある道徳性とは、これらさまざまな因習の全体に向かう感情にすぎないのだ」
になる。一般的な道徳が自然な心情や宗教の神の配慮から生まれてきたのでは
なく、利益の重さをどこにおくか、つまり功利がその出発点になる。
そう考えた二ーチェは、もちろん道徳の発生を理性に見るカントに反対する立場
にいるわけだ。二ーチェのこういう考え方は、現代哲学で使われている用語で
いえば明らかに構築主義的だということはもうわかるだろう。
 だから、ニーチェはこうもいう。
・「道徳的、倫理的であるというのは、古くからあった掟、古くからの因習に
 従順であることを意味しているのだ」・・
・「良心の中身とは何か。幼少時代のわれわれが尊敬し、かつ恐れた人々が、
 理由もなく規則的にわれわれに要求してきたものすべてが良心の中身だ。
 …そういうさまざまな古い権威に対する信仰が良心の源泉なのだ。したがって、
 良心は人の胸の中にある神の声などではない。その人の心の内にいる幾人かの
 人間の声である」(「人間的」)
 つまり、良心は群れとして生きる人間がみずから生み出したものだということ。
だから、本当に個性的であることはいやがられるし、個性的ゆえに良心の痛みを
覚えやすい。しかし、そこを越えなければ、新しいものは出てこないのだ。
けれども、自分の中に巣くっている古い群れの声にしたがわない行為、考え、
発見はどれも社会からは悪だとみなされる。過去をふりかえれば、みなそう。
新しい思想、新しい知識、新しい方法は、それぞれの時代で弾圧され、
狂気だとみなされ、犯罪扱いされてきた。≫
▼ 一匹狼的か、群れる羊の一匹として生きるか。論語も蓄群の精神マナー?
 確かにマナーは必要だが、古くからある因習に従順過ぎると、世界を自分
から小さくするし、個性的人生からは遠ざかることになる。「個性、個性と
いうが、所詮は砂利の一つの石ころじゃないか」ともいうが、その石ころの
デザインを自分でしてきたか、してなかったか? それも同じことか?

・・・・・
4149, 強迫性障害
2012年08月05日(日)
 オリンピック開会式で久しぶりにサッカーのベッカム選手の姿があったが、
彼は強迫性障害であることを最近、告白した。「何でもまっすぐに並んでいない
と気が済まないし、何でもペアになってないと気が済まない」という。自宅の
冷蔵庫や、宿泊先の部屋でもすべてを「左右対象でまっすぐ」に並べ直す作業に
長時間を費やす。 ディカプリオ主演、『アビエイター』のモデルになった
大富豪のハワード・ヒューズも、この病。この映画をみたが、
「すべてのものが汚染されている」という考えにとりつかれ、人との接触を
避けるようになり、自分が買い取ったホテルで20年間も暮らして、最後は
孤独死を遂げた。 ーそこで、ネット辞書で検索してみるとー
≪ 強迫性障害とは、簡単にいうと「わかっちゃいるけどやめられない症候群」。
自分でも不合理だと思いながら何回も繰り返すので、本人には大変つらい病。
よくみられるものは、トイレに入った後何回も手を洗う、ドアのカギをかけたか
どうか、ガス栓をしめたかどうか何回も確認するというもの。本来これらの行為
は安全を確保するために誰でも行うが、それが何回も何十回も確認しないと
気がすまない状態になると社会的に支障をきたすことになり、何らかの治療が
必要となります≫ とあった。 これは、心の病と、脳の病の原因があり、
それぞれの治療がおこなわれているという。心の病の場合、過去の「喪失と悲しみ
が、原因になっていることが多い。病気に至るのは、喪失の悲しみを乗り越え
られないため。人生は、考えてみれば喪失と悲しみがつきもの。
そんなことをいったら現在の私は、重症の強迫性障害に陥っていて当然である。
定年も転職も失業も同じ。「喪失と悲しみ」の中で、最も辛い一つは、連れ合い
との死別。傷が癒えるに最低二年は要するという。 亡くなった姉が晩年、
合唱の先生をしていたが、未亡人だけのグループをつくって(歌で互いに癒しを
隠れテーマにして)いた。その姉が私に「誰も平静を装っているが、死別の傷の
ためか尋常でない何かを感じる!」という。躁鬱症も、分裂症も、この強迫障害
も、誰もが多かれ少なかれ持っている。それをコントロールしようとしてできる
ものでない。私も当然、それに思い当たる強迫障害に近い症状が幾つかある。
多人数の兄姉の末っ子で、両親が終戦直後で、家業の再創業期にあり、異常な
生活環境にあった影響が、心の奧底に大きく存在していた。人生を通して、
その脱皮が人生のテーマだった。それぞれが、それを抱え生涯を生きている。
私の場合、心の底から笑える性格があったのと、両親の温もりが地熱として
あったのとが、症状を軽くしてくれた。分裂、躁鬱、強迫障害症の三つを
束ねるのが自己になる。


7476,読書日記 〜「ガブリエル哲学」とは ー

2021年08月04日(水)



   * 天地が引っくり返る様な御時世の哲学… 「新実存論」とは
 世界は一つに結ばれ、運命共同体になろうとしている反面、手段としての
技術が飛躍的にのびて、取り止めが効かないのが現状。ヒットラー、スターリン
などの二級、三級クラスの野蛮人が、世界を蹂躙し、集団殺害を、し尽したのが、
100年前。それが再び繰り返されようとしている。『和して同ぜず』が理想だが、
現実は逆。和して痴呆集団に成り下がる。問題は常識が通じるか否かになる。
人間は、悲しい存在で、悪しき流れるのが常。

≪  …Amazon、内容説明より… 
 とうとう岩波書店までもがマルクス・ガブリエルの本をだしてしまった。
カンタン・メイヤスー、グレアム・ハーマンらの思弁的実在論や、マルクス・
ガブリエル、マウリツィオ・フェラーリス、シモーネ・マエステローネらの提唱
する「新しい実在論」の流行は続いているようだ。なかでもガブリエルの人気は
群を抜く。なぜだろうか。恐らく本書の新実存主義という部分にあるのだろう。 
近代哲学のベースを持ちながら、それを批判して、認識論に対する存在論の優位
を訴えるガブリエル哲学は、いわれてみれば常識的で理解しやすい。
 ―
・構成主義批判
 人間は自らの自己決定における自由な精神をもつ生物なのです。
ここで以前の実存主義なら、「実存は本質に先立つ」とサルトルのように叫ぶ
でしょうが、このスローガンは使われません。 …自分が何よりも優先されると
叫んだところで、人種問題や環境問題などを抱える人類には受け入れがたい発想。
 この発想は、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」から派生したものですが、
これがさらに、人々の信念、表象、理論など「心の中にあるもの」から独立して
存在するものなどないという一種の非存在論につながると、構成主義などと呼ばれ
ますが、ガブリエルはこれを拒否します。ガブリエルは我々の日常的な信念を、
表象できれば何でもありの構築主義から守ろうとしているのです。
 ―
・自然主義批判
 自然主義とは、科学的な法則のみがすべてを支配するという思想です。
今後とも人とテクノロジーの共生は不可避ですが、その中で、自然主義の法則だけ
で人類を進化させるのは危険です。人はしっかり哲学を持たなければならないのです。
実験や観察だけではニヒリズムや相対主義を招く危険があります。客観的なものでも、
絶対に間違えないということはないのです。常に誤りはあるのです。
 ―
・ヒューマニズム
 思いあがった主観は否定しますが、自由な自己は肯定します。科学法則による
決定論が力を持つ現代にあっても、人は自由なのです。構築主義やニヒリズムに抗して、
意味ある領域があると訴えます。人間が生きることへの意味を取り戻そうとします。
 以上、私が理解するガブリエル哲学の基本です。これに「新実存主義」と
ネーミングすることは適切に思えます。


7475,閑話小題 〜コロナ禍の拡大が…

2021年08月03日(火)



   * 世界は苛立っている
 日曜日のスポーツ・コーナーを担当する眼鏡をかけた女キャスターも、
陽性が判明し、前回から休みに入った。人と接する機会が多いこともある…
地方の片田舎もあってか、身近な具体的事例はほゞ聞かないが、安心はできない。
専門家も、まさかデジタル株が蔓延するとは思っていなかったようだ。これでは、
先の見通しがたてようがない。変異前のコロナ菌に対して、5〜10倍の感染力が
あるという。 それ以上は、感染するということ。 スティホームもあり、
一般大衆はTVとネットに釘付けもあって、YouTubeが、この数ヶ月で圧倒的に
面白くなっている。 〜YouTube・サーフィンが、これまたシリアスである。
 インドか、パキスタンで、泥棒が縛られ、リンチにあっているのを警官が
止めに入ったのを逆に激怒した小父さん、小母さんが襲いかかり、ホウホウの
態で逃げ帰る録画が、何と殺伐な現地の空気そのままを写し出していた。
 話題といえば、オリンピックと、コロナ禍だけ。他に無いのかよだが、
無いモノはない。それが面白いから、何とか持ってはいるが!

≪ ◉ 変異株とは新型コロナウイルスの遺伝情報の一部が書き換わったもので、
 約2週間に1カ所ほど書き換わりが起きていると考えられている。 デルタ株は、
数多くある変異株のうち、国立感染症研究所が「懸念される変異株」に分類して
警戒を強めている4種類の1つだ。2020年10月にインドで発見された。
英国で20年9月に発見された「アルファ株」も4種類に含まれるが、デルタ株が
感染しやすい可能性があるという。また、ワクチンの効き目を弱くするかどうか
では、アルファ株の場合、ワクチン効果に「影響がある証拠なし」とされているが、
デルタ株は「効果を弱める可能性」が指摘されている。
◉ 米疾病対策センター(CDC)が7月30日に公表した報告書によると、
東部マサチューセッツ州で7月に起きた集団感染で、感染者の74%がワクチン
接種を完了しており、ほとんどがデルタ株に感染していた。未接種者と同じ量の
ウイルスが確認されたといい、デルタ株の感染力の強さが示されている。
 ―
◉ 7月末の東京都の発表によると、変異株のスクリーニング検査では半数以上
 からデルタ株にある変異「L452R」が確認され、デルタ株への置き換わりが
進んでいるとみられるが、60代以上の感染者数の急増は起きていない。
都などは、ワクチン接種の効果で感染が抑えられていると判断している。
 ―
◉ 内閣官房の「感染拡大防止特設サイト」では、クラスター(集団感染)を
分析して分かってきた「感染リスクが高まる『5つの場面』」を紹介し、注意を
促している。
「飲酒を伴う懇親会等」「大人数や長時間におよぶ飲食」「マスクなしでの会話」
「狭い空間での共同生活」「居場所の切り替わり」の5つ。
「居場所の切り替わり」とは、仕事で休憩時間に入るなどして、休憩室や喫煙所、
更衣室に居場所を移した際に気の緩みなどで感染リスクが高まることがあると。≫

 ――
▼ 何やらワクチン効果も、あまり期待できない様相。 さて、これから数年、
 如何に乗越えていくのか! 世界大戦しかないのだろうか…?

・・・・・・
2002年08月02日(金)
475, ある老女の遺書−1

 この文は「心に残るとっておきの話」第五集に載っていた話で、そのまま
写し書きしてみる。ー老人ホームで孤独に死んでいったある老女のロッカーの
中から見つかった詩、書き置きです。
≪「何がわかっているのです! 看護婦さん、あなたは何をわかっているの? 
 さほど賢くもない年老いた気難しい女、ぼんやりとした目付きをして行動力も
緩慢で、食ものをボロボロこぼしても返事をしない。(努力して、やってみて
欲しいの!}とあなたが大声でいっても、そんな事少しも気にかけない様子で、
靴下や靴はいつもなくしたまま、何も逆らわず、何をしようというわけでなく、
長い一日を入浴と食事で埋めている。そんなふうにあなたには思え、そんな
ふうにあなたは私のことを考えているの? もしそうなら、看護婦さん、目を
開いて、私を見つめてごらん。あなたのいうままに、あなたにしたがって食事
をし、私がじっと静かにここに座っている間に、私のことを話しましょう。
・私が十歳の子供の時、父と母が一緒に暮らし、兄弟姉妹は互いに愛し合い、
・十六の若い少女のときはウキウキし、すぐに愛する人に巡り会えることを夢み、
・やがて二十歳になろうとする時、花嫁になり心は踊り、永遠に守ると
約束した誓いの言葉。                 ー続く
――――
476,ある老女の遺書ー2
2002年08月03日(土)

・25歳で子供が生まれ、子供のために安全で幸福な家庭をきずき、
・30歳の女性になり、子供の成長も早く、永遠に続く絆で互いに結ばれ、
・40歳の時若い息子たちは成長し、巣立つ日も近く、
・50歳の時、再び、私のヒザの上で幼子が遊びたわむれ、
 もう一度私を愛する子供達と私は理解しあう。
・夫が死に暗い日が続き、未来を見つめ、恐怖に身震いする。
若い者達はみな子育てに忙しく、私は昔を、愛し合った日々を思う。

私は年老いた女。自然は残酷だ。
老年が私をおろかにみせる。
私の体から優雅さは打ち砕かれた。
活気はなくなり、かって熱く燃えた心も今は石のよう!
しかしこの古い身体の中に、若い少女は住み続けている。

そして今も再び心がときめく喜びの日々を、また苦しかった日々を思い出し、
私の人生を愛し続け、過ぎ去った日々を再びたどる。
永遠に続くものは何もないという厳しい事実だけを残し、
あまりにも短い、あまりにも早く過ぎ去った年月の事を思う。

さあ看護婦さん、あなたの目を開きなさい。
目を開いて私を見つめて、もっとそばによって、
気難しい老女でない、‘私を知って!’
… …
この文は6年前に読んで非常に感動した本だ。
一人の人間の心の叫びがそのまま伝わってくる。
これを何時か書こうと思っていたが、その時がきたようだ。
いや久々に検査の為、病院に行ったのがきっかけでしかないが。


▼ < この古い身体の中に、若い少女は住み続けている。そして今も
  再び心がときめく喜びの日々を、また苦しかった日々を思い出し、
 私の人生を愛し続け、過ぎ去った日々を再びたどる。
永遠に続くものは何もないという厳しい事実だけを残し、あまりにも短い、
あまりにも早く過ぎ去った年月の事を思う。>
 老人の深い悲しみ、怒り、心の悲鳴が聞こえてくるようだ。

442  子供叱るな、来た道じゃ
    年寄り笑うな 往く道じゃ

    来た道、往く道、一人道
    みんな来た道、往く道じゃ

    これから通る、今日の道
    通り直しのきかぬ道
    いまやらねば、いつ出来る
    わしがやらねば、誰がやる (平櫛田中)
443  八笑七敗(負けても笑える心を持つ事)
444  腹たたば 鏡を出して
    顔をみよ、鬼の姿が
    ただでみられる
445  僕は(+)(−)をはずして生きるという事を、
   若い時よりやっていたと思います。
   常識でいえば(−)と考えられる事も、
   体験の大きさでは(+)(−)も同じ。
  (+)3と(−)300なら、マイナスが損と思うが
  (+)(−)の符号をとれば…(日野啓三)  
                 〜『事業百訓』より〜


7474,閑話小題 〜オリンピックの裏の新型コロナ第5波 

2021年08月02日(月)



    * 「医療崩壊」は起こるのか
 オリンピック競技が佳境に入り、世界の注目がコロナ禍から目を叛けて
いる間にも、パンデミックの拡大が治まらない。関係者は、一日一日を千秋の
思いで過ごしているのだろう。まだまだ、当然のことながら治まる気配はない。
連日、書いているが…あらゆる商売の前線にたっている責任者の気の重さは
想像を絶する。問題は寒くなる秋口! 資金枯渇は、生活にも直撃する。

≪ * 8月1日 21時16分 新型コロナ 国内感染者数
 東京都内では1日、新たに3058人が新型コロナウイルスに感染していることが
確認され、日曜日としては初めて3000人を超えました。1日時点の重症の患者は、
ことし2月以来、100人を超え、この1か月でおよそ2倍に増えています。
都の担当者は「高齢者の多くがワクチンを接種していても、感染が急拡大して
いるため、中高年を中心とした重症者の増加につながっている」と話し、医療
提供体制がひっ迫し始めている厳しい状況に危機感を示しています。
 過去最多の4058人だった31日より1000人少なくなりましたが、1週間前の日曜日
と比べると1295人増えています。日曜日としては初めて3000人を超えました。
1日の感染確認が3000人を超えるのはこれで5日連続です。≫
 ―
▼ この一年の間に何度も書いてきたが、地球地軸が真逆に逆転したような日々。
 経済がまわらない分には… YouTubeで、何度も放映されているのが、インドと
思われる地方の田舎で、現地人が、村の道路を閉鎖して、出歩いている人たちを
こん棒で、殴りつけている映像。 1年前ほどからニュースで流されていたが、
この生々しいのが数多く流されている。カースト制が下位の貧民層に、動物虐待
のように思えてくる。今のところは、数百万単位の死亡だが、数千万の死者も
有りうること。それがパンデミックの恐ろしいところ。
 国民も、オリンピックそのものが20世紀の残物と気づかせたのが、今回の
パンデミック。

・・・・・・
7080,閑話小題 〜梅雨明けですか
2020年08月02日(日)
   * 梅雨明け
 昨日で地元長岡も梅雨明けのようだ。早朝のポタリング(ミニ・チャリ)を、
日課にして12年になるが、12〜3月の4ヶ月は、冬期の休暇になる。それに梅雨も
然りだが、それでも昼間の合間に何とか一時間は信濃川沿岸を一周する。
平日、朝でも、昼間でも、毎日ともなれば、誰も日程にする者は見かけない。
 人は誰かもが、ストレスの重圧が掛かってくる。これが出来ない翌日には、
何やら精神的に重い毒素が全身に淀んでくるのが自覚できる。
病の7割はストレスというが、とにかく蓄積させないこと! それぞれの工夫が
必要である。
 ――
   * 駄目か、何とかなるのか?
 何とまあシリアスなコロナ禍の事例!のドキュメント! 1〜2年で、コロナ禍
が修復するなら別だが、最低でも5〜10年スパンの問題。根本からの戦略の転換が
必要。それを、戦術で乗り切るのは所詮は無理。これは街中の商店に絞った信金
成ればこそ、見えてくる深刻な問題。先週の金曜日に放映されて一週間になるが、
どうもこうも、悲哀そのままが直に伝わってくる!
 
 =BS1スペシャル「“コロナ倒産”を防げ〜下町信用金庫の二か月〜」=
<東京・台東区の信用金庫営業係。緊急事態宣言の解除後も資金繰りに苦しむ
 中小企業の悲鳴が殺到している。
客が激減した中華料理店は家賃や従業員への給与も滞り、コロナ危機支援の
融資に望みをつなぐ。
 信金営業マンは「スピードが命」と融資手続きを急ぐが、間に合うのか?
創業70年のビジネスホテル社長は、外国人観光客が姿を消すなか
「絶対にホテルを守る」と前を向く。未曾有の危機に立ち向かう人々を見つめる
ドキュメント!>

 ―
▼ 何が起こってしまったか、実感がわかないのだろう。私の知る限り、
 早々に、廃業してゼロから出発すべきである。とてつもない事態が起こって
しまったのである。10数年前に、似た状況を経験すればこそ、分るのである。

・・・・・・
6713,閑話小題 〜見れど果て無い映像世界
2019年08月02日(金)
   * 内容の深化(進化)が止まらないYouTube
◉ 数年前に寝室に大型TVを入替てから、週末は主にYouTubeを見ることに…。
カウチポテトを主とした日常について、何度も書いてきた。(後に、コピー)
今では、ロッキングチェアが仲間入りして、快適なTV/パソコン生活。
 最近のキーワードが… 
『大自然の光景』 『ドローンから見える世界の美』 『ボクシングKOシーン』
『街中の闘牛』 『アメリカハイウェーのカーチェイス』 『オーロラ百選』
『ハリケーン直後の空』 『大津波』 『街中の乱闘』 『大事故』など、
シリーズを選んで集中して見る。問題は検索に如何に適切なキーワードを選ぶ
センス。 映像が圧倒的に鮮明になり、世界中から数限りなく投稿されている。 
当然、面白いものに人気が集中し、当たると、それ相応の報酬も得られる。
◉ 4K,8kのYouTubeの映像に、驚きと興奮の連続。 TV各局が、傑作の人気映像
を積極的に流す。ところが、ブルーレイの録画300本と、YouTubeや、WoWoWの
存在が、逆に現実世界を不自由にしている。今夜も、「長岡花火」を、去年に
続いて自宅でNHKの生放送を見ることに? 映像だけではない。画像も強烈なが
ネット上で流れている。銃殺の直前に、泣き叫ぶ囚人を軍人が柱に括り付ける
場面や、銃殺する画像は圧倒的。 それだけでない。 ドラマ、映画も然り。
◉ 成功者、勝組と、その他の格差は、情報の質のカタチで端的に現われてくる、
と聞いていたが、今では、脳の中枢の感覚で決まってくる。旧KJB上りの、
プーチンと、トランプじゃあ、それは世界の裏社会の情報コントロールが全く
違って当然。まして、安倍首相など、赤子の手を捻るようなもの。
名残惜しい、この娑婆、如何なっていくのでしょうか!

 その時々に、実感で書いてある言葉が、そのまま伝わってくる。
そうか、魂とは生の顔をして言葉と映像、画像に現れ出てくる! 
――――
2019/06/20
閑話小題 〜先週のYouTube!
   * YouTubeでみる大波の襲来
 週末は、TVはYouTubeを中心にして見ることにしている。そこで自然と、
「アフリカの野生動物」「KOシーン」「逃走車の追跡劇」「ドローン・レース」
「バンジージャンプ」「ムササビ・スーツの滑空」‥などに、テーマが絞られる。
 先週は、津波などの大波による事故現場を映像を中心に見た。大波に飲まれて
いく人を、近くから高みの見物している人たち。ところが、自分たちも、更なる
大波の襲来を知らずに… そして次の瞬間、飲みこまれる。
 それを見ているうち、1990年のバブル崩壊から、2001年の9・11テロ、2008年
のリーマンショック、東北大震災で廃業に至った我姿が重なってみえてきた。
『まさかの坂』『ブラックスワン』が突然に現われ、襲いくる恐ろしさ。自分
だけは絶対大丈夫という慢心が知らない内に、身に付いてしまっている。
 私の年齢になれば、『死』と『高齢による病』の問題。 で、…

――――
2018/10/02
閑話小題 〜久々のYouTube! ー2

 YouTubeの映像も一年もしない内に、ほぼ新たな内容に入れ替わる。
直接投稿の人気順もあって、迫力のある画面に出合う機会が多い。
「事実は小説より奇なり」を実写で見られることになる。
準備無しでも、強烈な印象の映像が次々と想い浮かぶ。
新聞、TV、雑誌などのマスコミを通したら必ずカットされた内容ばかり。
最近、それらの動画集を紹介する番組も多く見られるようになった。

…ISが、捕虜を生きたまま焼き殺す場面や、
 斬り落とした異教徒の幾つかの生首を串刺にして柵に並べたものとか、 
…街中の闘牛で、突刺された場面だけを特集したTVバラエティとか、
…鳴き叫ぶ水牛を、ライオンの群れが生きたまま食す場面とか、
…水牛とライオンのドックファイトとか、1対1の血みどろの死闘や、
…重量級ボクシング、異種格闘技、大相撲の迫力が圧倒的に増した。
…世界各地の絶景をドローンで空撮したドキュメントや、ドローンの
 空中レースを、ゲーマーのゴーグル・カメラ目線で撮影したもの、
…ムササビ・スーツの滑空に失敗し、地面に叩きつけられた場面集や、
…数m四方の30?の水深の水たまりに、10mの高さから飛込む場面とか、
…高度7600mの飛行機上から、パラシュート無しで地上に設置された
 30m四方のスペースのネット上に着地するとか、
…パンツ一枚の裸で機上から飛び降りた人を、モモンガ・スーツの滑空した
 人が、空中で拾って密着、最後はパラシュートで無事着地する場面とか、
…白頭鷲が赤ちゃんの入った手提籠ごと、連れ去ろうとし失敗した場面、
…大鷹が、崖の中腹にいる家族?の少年を落下させようと襲った場面とか、
  等々、過って見る機会がなかった迫力ある映像に出くわす。

 今では、ドローンが加わったため、多種多彩な場面を垣間見れる。
例えば、プール付きの豪邸の中を、鮮明な小型ドローンで撮影した映像や、
ライブの築地市場で、マグロを解体しているライブとか… 
買ってきたゴーグルの箱を開き、実際に装着し、その映像そのままを
ドラマ風に仕上げたリアルものも、面白い。大型4k・TVもあった。
 若者は、YouTubeに限らず、ゲーム、SNSなどを駆使して楽しんでいるが、
羨ましい限り。嫌なこともあるのだろうが。
 今日の午前中は、『タイソンKO特集』『異種格闘技』でも見ようか!
――――

2018/10/01
閑話小題 〜久々のYouTube! ー1
   * TVのYouTube三昧
・Youtubeといえば、2年程前に寝室のTVを買い替えた時をキッカケに本格的に
見るようになった。それまでPCで見ていたが、4k・8kを記録するビデオ撮影と、
一桁以上、画面が鮮明になった大型TVとでは、面白さ、迫力が全く違う。
 映画を自宅のTVとPCでは、シネマ館の差と同じ位の差のようだ。当初から、
その生々しさに嵌ってしまったが、今では月に1〜2度になっている。
次々に放映さる映画、ドラマ、大自然の景観ドキュメントと、数年の間を
かけた録画にエネルギーをとられているためもある。

・まずは街中の闘牛祭りが面白い。放たれた闘牛に命をかけて立ち向う男たち
と共に街中のギャラリーが楽しむ祭りが圧巻。幾つかの国々で行われているが、
これが見ていてハラハラの連続。プロたちが招待され参加しているのもある。
年々、ビデオ撮影機が良くなったためか、迫力が増している。今までは聞こえ
なかった興奮した闘牛のうめき声と息遣いを拾いだすのが最近の特徴。
ギャラリー受けを狙った生死の際(きわ)を愉しむ遊びが故に面白い…

・映画、ドラマの合間の気分転換や、気分が塞いだ時に丁度良い。TVも考えて
みたら、情報機器の最たるもの。スマートフォン、タブレットPCと共に、進化の
速度は止まらない。 年内に、4k・8k専門チャネルが開局するが、これを境に
映像世界は大きく変化する。 暇な人間なればこそ、激しく面白い時代である。
                     
後記) YoutubeとHP内検索をすると、何やしら如何でもよいことを真剣に
 書いている自分がいる。これだけの画面の鮮明さと、思いもよらない場面と
毎日のように、遭遇すれば、興奮するのは仕方がないと、日々口実?になる。
しかし、今さら気どっても致し方がない。面白いものは面白いのである。
他人様の感性は分からないが、信じられるのは、自分の感性だけ。何ごとも、
決めつけないで、純真に、映像としても向き合うことしかと思うが…          
 黄昏の時節、もっともっと、「馬鹿の壁」を乗越えたかった!
< 上を見れば、キリがない。下を見れば、底(其処)がない。
 横をみれば情けない。 > 
その「情けない!さえ、自覚できない奴ばかり? 無知なるが故に、
人は生きていける! まあ、他人様のことじゃなくて、私自身のこと! 

――――
2018/07/04
閑話小題 〜今年も半期の終了 −3
   ★ YouTubeで印象に残った映像
・今年のYouTubeの映像で驚いたのが、ドバイの「ドローンのレース」。
ゴーグルを被って運転席に座ったゲーマーが参加する。画像は隼のように
倉庫のような空間に、780メートルのレース場の空中を10数周も突進する。
私はゴーグルを持ってないが、ゴーグルを被った映像なら迫力が違うのだろう。
36チームが参戦し、最後に勝ち残った4チームが決勝戦を争う。総額100万ドルの
賞金という。 そこで、15歳の少年が優勝をしたが… 独り部屋で異空間に引き
こまれ、不安さえ感じていた。ドローンとゴーグルの組合せの妙を、そのレース
で見ることになった。
・いま一つが、アルプスの頂上の現場で、ゴーグルを被り、ドローンを飛ばし、
頂上の自分たちを撮影した映像が、何とも不思議な感覚にさせる。 現実と、
バーチャルの融合。天使の目線で、自分の姿をみる。何とも奇妙な感覚。
・この7月中旬に、ドバイでドローンタクシーが、実際に営業開始をするという。
ニュースの映像を見る限り、まだまだ初期段階のようだが、面白い!

――――
2018/06/06
閑話小題 〜ブラックYouTubeの楽しみ
   * YouTubeに再び ―ブラックYouTubeの楽しみ
 一昨年暮れ、寝室に大型TVを入替えた時に嵌ったのがYouTube。
今年に入ってからは、全く見ることがなかったが、先月末から再び嵌っている。
ブルーレイ3百本の録り溜の存在は大きい。その中で一日一本、最も面白そうな
のを選ぶ、その上に、連日、Wowowで面白い映画放映されるため、YouTubeなど
のネット配信の映像を見る時間がない。
 TVだったら、カットされる残酷シーンが、YouTubeでは検閲なくみれる。 
中南米やポルトガル、スペインなどの何処かの国の祭りの余興で、闘牛を街中に
放ち、街の通りで牛を揶揄う。それは身体を盾にした死をかけた遊び。以前から
あったが、今では撮影機能が年々とアップしたため、迫力がアップ。傘や、布きれ
一枚で、突進してくる牛をかわす。それが滑って転んで、牛にグチャグチャに
されたのが、そのまま、放映される。当地のTV番組だろうが、ボコボコにされた
場面を、次々と出し、スタジオ全員で笑い飛ばすのもありだが!


7473,閑話小題 〜去年の今時分に… 何をテーマにしていたか?

2021年08月01日(日)

   * フッと思いたったことは…
 昨年は暗中模索だったが、今では予防薬のワクチン接種がすすみ、何かしら
楽観論が出てきている中で、コロナ禍拡大が止まらない! 
三度目の接種の可能性も言及が始まった。二度では安心できないということか?
この疫病、後あと、後遺症が残るのが問題。 去年の今時分を振返ると
「コロナ禍」の話題ばかり! それが現在まで続いている。少し鼻風邪気味で、
医者に行って検査をして陽性ともなれば、人生終ったも同様。若い人にとって
重大案件だが、周囲に具体例の存在が少ないこともあり、楽観的である。
  …そこで去年の今時分のテーマを省みると…
【2020年08月09日(日)  7087,閑話小題 〜コロナ禍を金価格から見る
 2020年08月08日(土)  7086,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―3
2020年08月07日(金)  7085,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―2
2020年08月06日(木)  7084,閑話小題 〜コロナ禍と共存の時代! ―1
2020年08月05日(水)  7083,閑話小題 〜自分も救えと縋る犬
2020年08月04日(火)  7082,閑話小題 〜ここにきて価値観が真逆に?
2020年08月01日(土)  7079,閑話小題 〜リーマン直後上回る最悪の落ち込み】
 ――
▼ 今年よりリアルである。段々に危機感が薄れているのが解るが、何時までも
 危機感の保持も難しい。自分にとって、ワクチン接種が無事、終了したことが
安心材料になっている。陽性になって酸素供給を受けて苦しむ危険は、減っても、
完全に無くなったとは言えない。現実社会の生活困窮がニュースにならないのが、
手厚い資金供給があるのだろうが、これも、この9月辺りから、現実が炙り出さ
れるのだろうが… 毎日の現実生活は、年齢だけに、慎みやかである。とにかく、
購買意欲がわかない。 現在、新たに購入すべき腕時計やスマートフォンなど、
後あとにしてしまう。 我慢可能だから…である。これでは不景気になる筈だ。

・・・・・・
2020年08月01日(土)
7079,閑話小題 〜リーマン直後上回る最悪の落ち込み
   * 米国4〜6月期GDP、32・9%減        
 休業真っ盛りの4半期としても、100年前の恐慌時に匹敵する酷いマイナス数値。
アメリカの世界の人口比は5%。しかし、このパンデミックの被災の死者数は15万。
総数が50万人だから、3割になる。これが世界の最先進国のアメリカだから問題。
アメリカも、世界もギリシャ時代の支配層3%、市民層30%、奴隷層67%の法則が
そのまま社会構造として残っている。コロナ菌は相手を選ばないが、上位33%に、
近づけない。何でまた、世界平均の6倍の致死率になるのか…? 
‘アメリカ社会は、奴隷層に、特に有色人種に対する差別が陰に支配している。
これが、もろに「死ぬのは、有色人種、取り分け黒人に多い。NHK/TVで、…黒人
とのハーフの日本女子が、その実態を自撮りでレポートしていたのがあった。
世界は残酷である。様々の血が混ざっているが故に、その虐めは残酷である。
虐めは、近くの差異に敏感で、それは残酷の実態を映し出していた。その最中に、
白人警官による黒人被疑者の絞殺が発生、その画面が全世界に一瞬で流れた。
 その背後には、あの怒れたトランプの白人第一主義が見え隠れする。
そして半年後に、歯止めないパンデミックと、経済不況が本格的に現われ出きた。
 ―
【(GDP)速報値(季節調整済み)は、年率換算で前期比32・9%減。
新型コロナウイルスの感染拡大で経済活動が急激に縮小した影響から、
マイナス幅はリーマン・ショック直後の08年10〜12月期(8・4%減)
などを大幅に上回り、比較可能な1947年以降で最悪の落ち込みとなった。】

【コロナ禍の軽重の違いは文化人類学的に説明できます。重度の国には個人主義
とリベラルの文化的伝統がある。軽度の国は権威主義か規律重視の伝統です。
中国もそうです。概して権威主義・規律重視の伝統の国が疫病の制御に成功して
います。 欧米、つまりアングロサクソン圏は近代以降、世界を主導してきた。
私は国際秩序を考える時、英米をひとくくりにします。ただ、コロナ被害では
事情が違う。英国はスペイン、イタリアに近い。
 コロナ禍の特徴は高齢者の犠牲者の多さです。フランスの場合、死者の8割は
75歳以上。エイズの犠牲者の多くが20歳前後だったのと対照的です。】
 
 ―
▼ 日本の人口は、アメリカの半数。とすると、アメリカ並みなら、7万5千人の
 死者数になる。現在の死者は1000人を少し超えた程で済んでいるから、良しと
しなくては! 健康保険の充実と、マスク着用と手洗い文化と、医療体制が行き
届いているため。

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6712,読書日記 〜『自由のこれから』
2019年08月01日(木)

    * 再び、分人主義とは?
 「分人」たる言葉、聞いたことがあるのでHP内検索をかけると、5年前に、
<平野啓一郎「私とは何か ―個人から分人へ」久垣啓一の書評で取上げていた。
 分人主義をオサライすると… 【人間を「個人」という「分けられない」一つの
単位としてでなく、複数の人格――「分人」――の集合体としてとらえる考え方だ。
 図書館から先日、借りてきた<『自由のこれから』平野啓一郎著>がある。
その前に、おさらいをすると、
 〜まずは、『分人主義』の意味を掘下げた個所の引用から(ネット検索)
≪ ◉ 人間には、いくつもの顔がある。 〜私たちは、このことをまず肯定しよう。
 相手次第で、自然とさまざまな自分になる。それは少しも後ろめたいことでない。
どこに行ってもオレはオレでは、面倒くさがられるだけで、コミュニケーション
は成立しない。だからこそ、人間は決して唯一無二の「(分割不可能な)個人
individual」ではない。複数の「(分割可能な)dividual」である。
たとえば、「クライアントとの打ち合わせをしているイケダ」と
「娘と遊んでいるイケダ」では、表面的に見るとまったくキャラが違うわけ。
前者では「うーん、そうですね。○○だから、やっぱり○○だと思いますよ。
どうですか?」とか言ってる一方、後者では「あぶあぶあぶー!おとうちゃん
やどー!」とあぶあぶやっています。
◉ 全然違う人格なわけですが、これは両方嘘偽りのない「自分」であることは
間違いありません。「キャラを使い分ける」というより、自然にスイッチが切り
替わるという感じです。
人間は誰しもこうした「自然と切り替わる様々な自分」を持っているものです。
分人主義とは、ひとりの人間のなかに詳細な「分人」が存在する、と捉える新しい
世界観といえるでしょう。≫
 ―
▼ これを書き続け、過去の忘却の彼方の文を読む返すたびに、全く違う?
 人格者たる未知、いや無知の自分に直面する。成るほど、「分人」である。
日々刻々、体質も、環境も、知識も、行蔵も変化するため。 リタイア後の、
一日のスカジュールのユニットは、節目ごとに、分人が違っている。だから、
一日一日が新鮮に思えて、飽きることがない。あとは、5年前のとおり。

・・・・・・
2014年08月31日(日)
4917,「個人から分人へ」 ですか!
   * 永遠の問い、「私とは何か」
  平野啓一郎「私とは何か ―個人から分人へ」の久垣啓一の書評が解りやすい!
≪ この本の主張は、人間の単位を考え直すことだ。個人という意味で使っている
individualは、これ以上分けられないという意味であるが、本当にそうか。
そして本当の自分なるものがあるという
考え方が間違いのもとではないか、というのがこの本の問題意識である。平野は、
人間は分けることが可能な存在であり、人間は対人関係ごとに複数の顔を持っており、
一人の人間は複数の分人のネットワークによって成り立っているという。そして
個性とは、その複数の分人の構成比率によって決定されるというのだ。
・誰とどうつきあっているかで、分人の構成比率は変化する。その総体が個性。
・自己の変化とは、分人の構成比率を変えるしかない。それはつきあう人間を
 変えることだ。
・自分という人間は、複数の分人の同時進行のプロジェクトと考えよう。
・自分探しの旅とは、欠落している新しい分人を手に入れて、新たな個性を
 創出しようとする行為だ。
・私たちは、複数の分人を生きているからこそ、精神のバランスを保っている。
・自分が気に入る分人を少しづつ増やしていくことができれば、自分に肯定的に
 なっていける。
・片思いとは、お互いの分人の構成比率が、非対称な状態である。それが許せず
 に自分向けの分人を大きくしようと、異常な行動にでるのがストーカーだ。
・分人主義は、人間を個々に分断させず、単位を小さくすることで、きめ細かな
 つながりを発見させる思想である。
・帰属するコミュニティが一つであることがアイデンティティであったが、
 今後重要なのは複数の分人を使って複数のコミュニティに参加することだ。
 むしろ矛盾する複数のコミュイティに参加することが大事なのだ。個人を複数
 の分人のネットワークとしてとらえると新しい視界が開けてくる気もする。
 分けるというより複数のレイヤー(層)によって重層的に個人が形成されて
 いると考えることもできる。ヨコに分けられているのではなく、タテに
 つながっているのではないか。≫
▼ 「わたし」は、わ(我)の最小単位が、たし(足し)で加わって私になって
 いる。だから、人生を振り返ると、その時々の出会いとか、経験で、分人を
増やしている自分が存在する。創業には、その分人たる主体たる自分が、厳然と、
そこに存在している。 秘境旅行で、各地に旅をしている自分も、旅行先に溶け
込んでいる分人である。旅行を続けることは、旅先に溶け込んでいる分人を
増やす行為である。個性とは、過去の経験の総体の構成比率とは、言いえて妙。
自己の変化とは、付き合う人間を入替えることだ。それも、森の生活のうち。

 ――――
2007年08月31日(金)
2341, 「私」とは何か?        〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)
  「狂人三歩手前」−中島 義道 (著)       −読書日記
   ー「私」とは何か?ー
「私」について、その構造について、過ってこの読書日記で書いたことがある。
成る程と合点がいったが・・ 常に考える時、「私」は何々・・と一日、数百回も
自問自答しているのに、その「私」とは何ぞや?と考えたことがない。それを知って
いると、いないとでは、思考の根本が違ってくる。
 ー「私」が無になることーのコーナーの「私」についての説明が解りやすい。
  ある哲学書で「私」についての説明があった。
{「いま・ここ」の主観を私とは言わない。 土手を歩いていて振り返った時、
さっきの橋を歩いていた主観が「私」として飛び出してくる。云々}と。
成る程と思いつつ、解ったようで理解できないモヤモヤが残っていた。
過去を振り返った時に「私」が初めて発生するということ?垂直に縦にある
「いま・ここ」の主観は、まだ私になってないということ? ところが彼は、
この本の中で、その「私」をみ砕いて解りやすく説明をしている。
  −p.86
「いま・ここ」に存在するものを「私」だと思い込んでいるのだ。
だが、そうであろうか? いま両肩から下に頭部を欠いた独特の身体が広がって
いるが、なぜこれが「私の」身体なのだろうか? そこに独特の感じがするから? 
だが、なぜその独特の感じが「私の」感じなのだろうか? こう問いつめていくと、
この方向に答えは見いだせないことがわかる。「私」とは知覚とは別の独特の作用
によって端的にとらえられるものではないか? いや、そんな独特の作用など見い
だせない。「私」とは知覚しているときに、同時にそこに感じられるものではないか? 
いや、胃がきりきり痛い時にそれと並んで独特の「私」という感じなどない。
そもそも「私」とは作用の対象ではなく、作用の絶対的主体なのではないのか?
多くの哲学者はそう考えた。そして、それを「純粋自我」とか「超越論的統覚」
とか名付けた。だが人間としての「私」がそんな抽象的な発光点のようなもので
あるはずがない。あれもこれも否定して、振り出しに戻ったわけである。
ここで、別の視点から反省してみるに、「私」とははじめから異なった時間における
同一なものと了解されている。「私」とは過去のあの時も同一の「私であった」もの。
しかも、その同一性は二つの対象を見比べて判定するのではなく、現在の側から
一方的に過去のあの者を「私であった」者と判定するのである。「私」は、過去と
現在との関係において登場してくるのだから、現在の世界を隈なく探しても見い
だせないのは当然。過去自体はすでに消えている。過去の記憶だけが残っている。
現在の知覚される世界ではなく、過去の想起される世界を探究することによって
はじめて「私」は身を現わす。ここにきわめて重要なことは、過去のあの時に私が
不在であっても「私」の同一性は保たれるということだ。夢の場合で考えてみよう。
夢を見ているあいだ「私」は自覚されていない。「私」は、夢から覚め
「私は夢を見た」と過去形で語る時にはじめて自覚される。まさにその時、あれが
「私の」夢であったことが忽然と了解され、遡ってあの時「私が」夢を見ていた
ことになるのである。夢ばかりではない。この構造は広く普遍化できる。
「私」は仕事に没頭している時や、夢中でボールを追いかけている時や、ぼんやり
もの思いに耽っている時など、いわば消えている。 しかし、あとから
「私は〜していた」と語れる限り、その時「私」は存在していたことになるのだ。
夢中で小説を読んでいた。ふと気がつくとあたりが薄暗く、電気をつけてみるともう
三時間も経っている。私は小説の内容を細部に至るまでありありと覚えている。
一体誰が読んでいたのか?ほかならぬこの「私」である。
ーーー
夢を例にした説明が、理解しやすい。夢見ているうちは「私」は成立してない。
じゃあ、夢の中で私は何々、云々といっているのは何だろうか?ただ夢の中で
過去のことを考えただけで何の問題は無いか!まだ夢の中で成立してない純粋
何とかいう未成立の?が、夢の中で成立した「私」として過去からの流れの何か
を考えていた! ということになる、ただそれだけだ。 そういえば、
また夜半にリアルな夢をみた  

・・・・・・
6349,秘・異郷の旅、よもやま話・・8
2018年08月01日(水)
   * 8年ぶりの「秘・異郷の旅、よもやま話」
 ふと、ツアーについて書いてみようかと、HP内検索をかけると、数多の
テーマで書いてあった。地球をキャンパスにし、私の立ち位置からして外側
からゲーム的に埋めていくことをライフワークにして30年になる。一回行く度に、
同行したツアー仲間を情報源にして、次回のツアー先を構成するゲームでもある。
10回を超えた頃、同行した旅行仲間から、「旅行道として、まず、文明の外側、
秘境を埋めた後、60歳過ぎからは内側、例えば、アジア、アメリカ、太平洋を
埋めていくのをライフワークにしている…」の話に納得。南米、アフリカ大陸、
中近東、北欧、シルクロードを主に周ってきた…。  
 私の経験からみて、『ツアー道』という言葉があるなら、インド、イスラエル、
エジプト、ケニアと、ギアナ高地、シルクロードは外せない。
書いたことすら忘れていた、ツアーのよもやま話。 実感そのままを素直に
書いてある。旅行好きなら面白いはずだ。 日常、起こりうる
トラブル全てが圧縮して次々と被さってくる「非日常の世界」。それが面白い
と思えないと、楽しむことが出来ない。その境地になるには量を熟すしかない。
私の場合、家内同伴が8割のため、更に複雑になる。非日常に夫婦間の日常を
持込むからだ。これも量を熟すしかノウハウは出来上がらない。それさえ確立
すれば、「楽しさ二倍、苦しさ半分」に…。それより、安上がりなリッチ気分
が手軽に出来上がる。更に帰っても、その余韻が暫く愉しむことが良い。
 ツアーは、殆ど、現地ツアー会社の企画パックの相乗り。だから、下手な
旅行プロより、穴場に熟知した内容が多い。 面白い現実がある。
飛行機のエコノミークラス。 ビジネス、ファーストクラスの数分の1、
季節によっては、数十分1。 飛行機を飛ばすに、後方の重量が必要とする荷
かわりに、ディスカウントでパック用に売り出される。狭いのを我慢すれば…
 何事も慣れ。人生と同じ! エコノミー・パックツアーとしても、行先の
観光そのものの『光』(景)は、全く変わらない。もっともっと行っていたら、
とは、全く思わない。これが精一杯のようだ。 この御蔭で、様ざまのライフ
ワークを見ても、『ああ、この人は、これですか』と余裕を持てるところが良い。
 
追記: 8年ぶりと書いたが、何々…、何度も何度も他に書いてある。
   好きでもない人から見たら、ツマラナイ自慢話だろうが… 地で書くしか
  ないのだから… でも、カナダのロッキーのパノラマ! 他宇宙に、瞬間
 移動したような錯覚! フィジー、いやハワイ島の、大らかな世界! 

* ところで、明日、NHK総合で、長岡花火の光景を全国放送をするらしい! 
 予定変更をして、明日、全国民とTVを観て、翌日、生を見ることにした。
今までは、NHK/BSで、大曲の花火を観てきたが、長岡は地上波の全国版ですか!
 < よく見れば薺(ナズナ) 花咲く垣根かな  芭蕉 > 。

・・・・・・
3444・秘・異郷の旅、よもやま話・・1
2010年08月30日(月)
  * 海外旅行に魅せられて
 これまで47回の海外旅行で、フラッシュ的に記憶から飛び出したことを
思いのまま書いてみる。その方がむしろ、これまで書けなかった生の体験を
リアルに表現できそうだ。 痕跡として残るのは、現場で撮った写真と言葉。
人生を旅に喩えることがあるが、素晴らしい経験と同時にトラブルを如何に
少なくし有意義な旅に仕上げるかがポイント。そのために、行き先の選定、
日々の過ごし方、対処の仕方などのコツが大切になる。また日本の遥か彼方
から、逆照射してみた自分の人生の卑小さが何とも滑稽に感じることがある。 
それが気持ちに余裕を持てるのが収穫になっている。
まずは、思いもよらない経済恐慌に出くわした為に、人生の仕上げに入った
計画に狂いが生じてきた。それも、なるがままの人生。旅先で、絶対に行きた
かったが行けなかったところはない。ガラパゴス諸島ぐらいだが、それほど
行きたいと思わない。
秘・異郷旅行での最大の収穫は、想像を遥かに超えた自然が与えてくれる感動。 
自然そのものが何か波動を発している。その波動に飲み込まれにいくのである。 
この感動は、山好きの人が国内の色いろな名山で経験しているものと同じだろう。 
 世界の異郷の地で、違う形で経験をするのである。 学生時代の多感な頃に
北海道、九州、そして紀州と一人旅をしたことがあるが、あの時の下地と、
21歳時の一ヶ月の欧州旅行でのカルチャーショックが下地にあったから、ここ
までノメリ込んだのだろう。その結果、ほぼ毎晩、BS/衛生TVの何処かの
チャンネルで、これまで行った先を放送しているが、見ていると旅の延長の
ようになる。「一回の旅は、帰ってきても、そのまま続いていく」が、
そこで実現してくる。一点豪華主義?としても、贅沢である。

・・・・・・
2010年08月31日(火)
3445・秘・異郷の旅、よもやま話・・2
  *初めての21歳の欧州旅行 ー1

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