堀井On-Line



6925,閑話小題 〜新型コロナの現状と、行方は? 〜5

2020年02月29日(土)



    * 止まらない感染拡大
 生々しい現象がたて続く。何故か、県内の感染者の報告は、まだないが、
時間の問題。遅きにきしても、小・中・高の休校とは驚き …これは英断である。
これは平時ではない。非日常の国家非常事態(ブラック・スワンの到来)。
現役なら、如何する? どうもこうも、激流に身を任せるしか手だてがない。
特に日本にとって、オリンピック開催が5ヶ月後に迫っている。今さら中止とも
言えないが、IOCが、中止か、延期勧告をすれば、純朴な国民性ゆえに… 
・スポーツジムは、私の見たてで、火曜日、水曜日と会員が2割ずつ減り、
 木曜日には三分一。ヨガは常に定員50人で10人位が入れないのが、このあり様。
 心配で<休会ってあるの?>と… ノンビリしたもので、K一度、退会して、
 再び入会して下さい> 正しい答えは、< 緊急事態ですので、別の制度で、
 3か月間は気楽に休会してください。> トップも何が起こっているか…
 ??が通っているジムでは、地元で感染者が出たら、即座に?ヶ月閉鎖とか。
・長岡で10のシアターを持つ、大型映画館を併殺したショッピング・モールの
 主通路も人影が疎ら。映画の終了後、モールでハンバーグを食べていると、
 長岡駅前で小さな商店を出している知人に出会ったが、悲鳴に似た感じで、
<昼まで1人の来店もなく、不安で映画を見ようとやってきた。一人でも感染者
 が出て、このあり様なら諦めもつくが、その前から、これじゃあ!どうなる?
 色いろ修羅場があったが、あまりに酷い…>

◉ その時に思いだしたのが「これが3ヶ月続くと、中国の零細・中小企業の9割が、
持たない」というニュース。日本では9割とまででないとして、7割、5割としても、
タダならぬ事態。団塊世代の高齢化も含めて苦境にある居酒屋などの夜の世界。
目安の5月連休まで、如何に延命するか。
◉ この中で、オリンピック開催などあろう筈がないが、どうした落としどころに
なるのか? 大相撲、高校野球、プロ野球、サッカーなどスポーツ界や、競馬、
歌舞伎、演芸など、その判断一つで、大波乱を含むが故に、苦心惨憺。
かって一度も、これまで見たことも、聞いたことがない現象。
◉ 何が困るかといえば、何処かの独裁国家。核ミサイルより恐ろしい細菌テロが、
ドローン一つの破格のコストで、お手軽に可能と知られてしまった。恐喝の効果
が激減。 別に、かの国だけでなく、大国の首都圏なら可能。 …これが現実。
 駄目なら、サッサと見切ること。出来ないのなら、逃げ先の選定を!
潮目が変わったと判断したら… 薄笑いしている周りを気にせず逃げろ逃げろ!
とにかく逃げろ。 こういう時に、自然災害が重なることが多い。
やはり、今年は、危ない! 
◉ 20世紀末も刺激的だったが、21世紀も、劣らず激動の波は激しい。
世紀末のバブルの阿波踊りもあったが、21世紀も、これまた現実離れの感もあり、
息をつかさない展開が夢幻のよう。連休までが、ここが勝負。他人事としても!

 …
♦ ≪ 【ベルリン時事】 2020年2月28日
 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は28日にジュネーブで記者会見し、
世界全体での新型コロナウイルスのリスク評価について、これまでの「高い」
から「非常に高い」に引き上げたと発表した。
 これまでは中国のみ「非常に高い」とされていた。
WHOはまた、中国に派遣した専門家チームによる報告書を公表。この中で、
中国以外で感染者が出ている国に対して、
▽各国で最高レベルの緊急対応態勢の即時発動
▽非定型肺炎の症状を示すすべての患者の検査▽複数のセクターにまたがる
感染拡大防止策の策定―などを勧告した。≫
 
・・・・・・
5463,『中村ウサギー他者という病』ー1
2016年02月29日(月)

〜『他者という病』中村うさぎ著
   * 「私が私でなくなっていく」恐怖
 去年、月刊誌『新潮45』で、彼女の手記にのめり込んでしまった。
シリーズとして後半に入っていたが、読んでいて何故か支障はなかった。
それが、一冊の本になったのを、先日、図書館で見つけたが、初めから
シリアスである。 <「私が私でなくなっていく」などという体験は、
そうそうできるものではない。ならば、それを書いていったらどうだろう>
と、筆先は力強く?進んでいく。 〜文章の出だしからして驚かされる〜
≪ 2012年の8月中旬、私は突然の病に倒れて入院し、約3ヶ月半の入院の間に
 一度の心肺停止と二度の呼吸停止状態を経験した。病名はいまだにわからない。
主治医は「スティッフパーソン症候群の可能性あり」と診断したが、あくまで
可能性であって確定にはいたらず(というのも、その後の検査の結果、いくつか
当てはまらない項目があったからだそうだ)、とりあえず対症療法として
「ステロイド」や「ホリゾン」といった薬が投与された。
「スティッフパーソン症候群」とは、「スティッフー=硬直する」
「パーソン=人」という意味で、要するに「硬直する人」という病名である。
 その名のとおり、入院してから私は日に日に身体が硬直してねじ曲がり、
激しく痙攣して全身に痛みが走るようになった。ついには立つことも歩くことも
できなくなって車椅子でしか移動できない身体になり、寝間着を着替えるために
看護師さんたちに触られるたびに激痛で大騒ぎするようになった挙句、ある時、
着替えの最中に突然死んでしまった。
 「ホリゾン」という薬が投与されるようになったのは、この心肺停止と呼吸
停止の二週間後からである。この薬のおかげで突っ張り痙攣といった症状は軽減
したのだが、相変わらず歩くことは叶わず、退院後もしばらくは車椅子生活を
余儀なくされた。 しかし「ホリゾン」が効いたおかげで、その後、私が心肺
停止や呼吸停止に陥ることはなくなり、手が震えて食事ができないような事態も
徐々に改善されていった。
 まあ、「めでたし、めでたし」と言いたいところではあったが、
じつはそう楽観的な事態でもなかったのである。
この「ホリゾン」という薬の副作用が、私にとっては大問題であった。
この薬は脳に作用して人格を変えてしまう、というのだ。
人格が変わったら、私は私でなくなってしまうのか?
「私」という自我は保ったままでも、周囲から見ると別人となってしまうのか?
想像するだに恐ろしいことであった。
「私とは何か」という問題をずっと追い続けてきた私が「私」でなくなったら、
私は何者を追えばいいのか、いや、それよりも、「ホリゾン」の副作用で
論理的思考力を失ってしまったら、私はもう思索のできない人間になるのか。
今までだってたいした思索はして来なかったじゃないかと言われればそれまで
だが、たとえ稚拙であろうとも、「考えること」は私の生き甲斐でありアイデン
ティティでもあったのだ。それを失うことは、ある意味、命を失うことより
恐ろしい。
 だが、「私が私でなくなっていく」などという体験は、そうそうできるもの
ではない。ならば、それを書いていったらどうだろう。
「死の体験」と並んで、それは貴重なルポルタージュとなるのではないか?
と、そのように考え直してみた頃、「新潮45」という雑誌に、今回の話を書く
こととなった。私が「死」によって何を感じたか、薬の副作用で「自分が自分で
なくなっていく」ことをどのように実感したか… そのようなことを書ければ
本望だと思った。が、あいにく、薬の副作用による人格変容に関しては、本人に
自覚がないため、客観的にレボートすることはできなかった。ただ、今回の
単行本化にあたって読み返してみると、「ああ、この時の私は明らかに
おかしいな」と気づくことができる。読んでいて赤面することもしばしぱ。≫
▼ 青年期の落ち込んだ時、何もかもが虚無のような、得体の知れない心理に
 陥ったことがある。自分の土台が消滅し、手がかりが全くない感覚である。
あの感覚の得体の知れない恐怖は何だったのだろう。
・・・・・・
3992, ビジネスマン退職後の誇りある生き方
2012年02月29日(水)
   ービジネスマン退職後の誇りある生き方ー キングスレイ・ウォード著
 * ある二十日鼠の研究
 この著書は10年前に買って飛ばし読みをし、書棚にあった本だが、
リタイア後に改めて読でみた。実際に、その年齢に達しないと理解できない
ことばかりである。以前読んだ時に記憶に残っている言葉に、「私にとって
年寄りは自分より15歳年上をいう」である。老後に失うものは記憶力と体力
というが、著者は、「物忘れは、記憶装置の取り出し機構が、いわばクシャミ
をしただけ」という。ここで、
≪ ある二十日鼠の研究がある。実験者に、一方のグループは愚鈍な鼠で、
 一方のグループは賢い鼠であることを告げられた。実験結果もその通りで、
賢いグループの方が愚鈍のグループよりも速く迷路からの出口を見出すことを
証明した。実験者たちは遺伝子の研究に関わっていると思っていたので、
実験はこの二つのグループの知能が同程度であり、この実験は予測が結果に
及ぼす影響のテストであることを知らなかった・・・≫とあった。
老齢は頭脳も肉体も衰退するというが、思い込みが老化を推し進める。
実際に、この随想日記を11年続けていて、それ以前より遥かに知能がアップ
し続けている実感がある。 スポーツジムに通いだして一年足らずになるが、
足腰の重さと腰痛が8割以上も良くなった。ただ習慣からくる慢性症状と老い
を勘違いしていることが多い。老いは失うものも多いが、得るものの方も
多いと、この年齢に達して思うこと。 若いときには傷つくことも多いし
不安定だったが、人生を精一杯生きている実感が溢れていた。どちらも同じ。
二十日鼠と対自としての自分は同じ。「努力すれば何とかなる」と、自分を
信じて努力を続けるのと、「自分はダメだ」と諦めて、その繰り返しを呟き
努力しないのとは数十年で雲泥の差ができる。 親にも責任がある。
「この子は親に似て頭が悪い」と言い続けるのと、「この子には凄い才能が
ある」と、褒め続けるのとでは、これまた本人にとって大きな環境の違い。
「死ぬまでは生きている、精々、前向きに楽しむこと」が誇りある生き方になる。
愚鈍な方たち、何故か自分をワザワザ愚鈍たらしめている。
何故なら愚鈍なことをしてきたからである。 他人事でないか・・ったく。

・・・・・・
2522, ジム・ロジャーズ講演 −2
2008年02月29日(金)        +.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォ
 ジム・ロジャーズはジョージ・ソロスとクォンタム・ファンドを立ち上げ、
わずか10年で4200%という驚異的なリターンをあげた大投資家としての顔と、
ギネス記録になるような世界一周の旅を2回果たすという冒険家としての顔を
持つ人物。投資家としての知識と冒険家としての体験をもとにした彼の国際社会
経済の分析の鋭さから個人投資家となった現在でも彼の発言は注目を集めている。

その彼の語録がネット上にあった。  ー「(観)は私の感想」ー
 ージム・ロジャーズ冒険語録ー

・リュウ、人生は短い、遠くまで行って世界を見よう
(ジム・ロジャーズが村上龍に送ったサインに書いてあった言葉)
 −(観)秘境旅行を趣味にしてきたのは、このためである)

・インドは旅行者にとっては最も素晴らしい国だろう。
もし人生で一度だけ他の国に行くとしたら、インドをお勧めするだろう。
インドには、世界のどの国にもない文化の深さ多様性がある。
(『ダイワの投信フォーラム2007』(2007年2月12日)要約より)
 ー(観) そこには3000年のアーリア人が作り上げたカースト制度の社会がある。

・私はこれらの国々の食べ物は何でも大好きですが、中でも、中国のニンニク味
の緑豆、ブラジルの黒豆とライスの料理、インドのタンドリーチキンです。
(ファイナンシャルマガジン創刊号対談で中国、ブラジル、インドで好きな
食べ物を質問されて)
・私の選ぶ上位三都市はニューヨーク、ブエノスアイレス、東京で、
シドニー、バンコク、ローマがそれに続く。
         (『ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行』p312より)
・もしオーストラリアとニュージーランドの両方を走る時間がとれない場合、
選ぶべきはこじんまりとして美しいニュージーランドである。
スポーツカーやバイクを利用しない一般の旅行者にとっても、
息をのむような風景への憧れがあるなら、多少間延びのするオーストラリアに
比べ小さくまとまったニュージーランドの方が確実に勝っている。
ニュージーランドの道路は刺激的なほど次々と変わる景色の中を縫うように
走っている。(『冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行』p313より)
ー(観) ニュージーランドに行ったとき、
 「ここにくればオーストラリアは見ることはない」といわれた。

・私のみたところ、観光はタンザニアがアフリカで一番だ。アフリカの他の
六カ国を合わせても、タンザニアほど完璧なアフリカ体験をさせてくれない。
(『冒険投資家ジム・ロジャーズ世界大発見』)
ー(観) 間違いない。観光化されてない危なさがよい。

・風景には地球規模のものとローカルなものとがある。私は世界を再度一週して
きたわけだが、グランド・キャニオンは地球規模だと断言しよう。
(『冒険投資家ジム・ロジャーズ世界大発見』p360より)
ー(観) 数年以内に行きたいと思っているが

・共産主義であろうが、高貴であろうが、有史以来の最大の帝国であろうが、
需要と供給の原理が国家の決定によって覆されることなどありはしない。
(冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行P128)
ー(観)社会主義国に近かった日本にとって、考えなければならない言葉である。

・世界は変わり続ける。これを疑う者がいれば、頭が悪いとしか思えない。
(冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行P192)
ー(観)変わらないのが自分の頭の殻だけ!? それが解らないから苦労するのだ。

・年収7万5千ドルが保証されている役人が、自らの資本・名声・チャンスを
賭している企業家よりも経済的により有効な判断を下せるとは思えない。
(冒険投資家ジム・ロジャーズ 世界バイク紀行P298)
ー(解) 全く!

・指導者が狂人のような行動をとるはずないなどと、絶対に信じていはいけない。
(冒険投資家ジム・ロジャーズ世界大発見P336)
ー(解)狂人に見えるのと、狂人そのものとは違うが。
                   ホナ! ヾ(^ω^*) 
・・・・・・
1061, ロード・オブ・ザ・リング
2004年02月29日(日)

この映画の三部「ロード・オブ・ザ・リングー王の帰還」を見てきた。
一つの魔力を秘めた指輪の争奪の物語だが、ストーリーより、感想を書くことで
何かを感じ取ってもらえばよい。
一部を初めて見たときは、その特撮の迫力や、背景の田園や広大な自然の美しさと、
物語の内容の面白さに圧倒された。そして二部に続き三部も迷わず見てきた。
私のような年配が見ても、全然違和感のない面白い内容である。

特に特撮が素晴らしい。一部二部三部と段々と迫力が増している。
二部もそうだが、数十万の兵隊が激突する戦闘シーンの迫力はハイテクをフルに
使ったものだが、これを見るだけでも十分価値がある!
スターウォーズなど見てきた中でも、迫力は今までの映画で一番であった。
映画館の音響効果も含めて、進化し続けているのが解る。
要するに日ごとに面白くなっている。
10年前の映画と、現在とでは隔世の感がある。

3時間20分、一瞬も目をそらせなかった。
三部作で340億円の制作費と、15ヶ月かけて製作されたというが、
なるほどアカデミー賞のトップにノミネートされるわけである。

次は「ラストサムライ」を見てこなくては。
気持ちは若い?いやガキなだけか!

・・・・・・・
・・・・・・・
お笑い 
 「水上を歩く」

キリストとモーゼがガリヤラ湖で魚釣りをしていたがさっぱり釣れない。
二人は退屈になり「なんか面白い遊びはないか」ということになった。

それでミラクル遊びになった。
モーゼがまず「4000年前の奇跡をおこしてみよう」
という事になり「水よ裂けよ」と声をかけた。
すると水が二つに裂けふねが湖の底に落ちた。

そこで(底で)キリストがわしの番と水の上を歩き出すと、
ドボドバと水の上にもぐってしまった。
「足に穴があくと、やっぱし水の上をあるけないか!」


6924,読書日記 ~余命宣告されたら何を読みますか?

2020年02月28日(金)

         <生きることばへ 余命宣告されたら何を読みますか?> 
                          金子 直史 (著)
 ガンで余命宣告された記者が、渾身をこめて書いた記事なればこそ、
ここで紹介した短文に魂のシリアスな息吹きが感じとれる。
誰かに縋る思いで発する言葉が、<余命宣告されたら何を読みますか?>。
その自問自答なればこそ、読者を惹きつける。
  〜Amazonの読書案内〜〜
≪ 病を得て余命宣告された硬派のジャーナリストの最後の仕事は、
 死に直面した文化人たちの格闘を読み解き、伝える連載だった。
絶筆となった渾身の連載稿に、並行して書かれた詳細な日記を付す。
【 人は普段、いつもの平穏な日常が続くことを疑わない。だから思いも
寄らない病や命の危険に突然直面すると、未来への不安、死への恐怖が避け
ようもなく広がる。そこで人の生、そして死は、どう見えてくるだろう。
その問いに正面から向き合った文化人らの作品を読み解きながら、生きるため
の希望を探りたい。本文より… 】 特別寄稿:窪島誠一郎  解説:黒川創
●目次
  まえがき──共同通信社 文化部長 加藤義久
「生きることばへ」
 「命の叫び」を画布に──戦没画学生慰霊美術館「無言館」
 病を楽しむという境地──俳人・正岡子規「小さな世界」の輝き
 豊かな感受性と闘う意志─スーザン・ソンタグ 生の美しさ、揺るがない軸
 恐れに屈しない快活さ──中江兆民「一年半は悠久なり」
 祈りを収める小さな函──高見順「なまの感慨」
 無数の死の悲しみを受けて──原民喜 生と死の記憶を胸にたたえ
 日常の奥底、止まる時間──被爆者にとっての記憶とは
 特攻というあまりに特殊な死の形態──戦争による生死の意味
 原爆から水俣へ──「なぶりもの」にされた人々の現実
 「海と陸の精霊」が交歓する世界─悲しみを引き受け希望を胸に 石牟礼道子
 水俣で見えた近代の闇─鶴見和子 「魂」を地域で再生させる「アニミズム」
 病を受け入れ世界へまなざしを開く──鶴見和子 人生の最後を彩る病と歌
 未来と関係しない時間の豊かさ──見田宗介 近代のむなしさを超える契機
 世界の奥底の兆し見つめる──宮沢賢治の「天空の地質学」
 悲しみを通じて見えてくる輝き──自分という存在の「解放への通路」
 生者と死者の共生感覚──奥野修司 東日本大震災遺族への聞き取り
 死者の実在を身近に感じる思い──若松英輔、柳田国男「日本人の死生観」
 ありふれた日常的な生活用品だからこそ─生々しい石内都『ひろしま』の面影
 生の極限で保つ人間の尊厳──フランクル『夜と霧』の問いかけ
 濃厚に立ちこめる戦争の記憶─目取真俊 忘れ去ることのできない死者の存在
 基地の存在のリアリティー──大城立裕と目取真俊の作品から
 戦争とは一人一人の悲惨の記憶──大田昌秀「生き方の原点」
 今を問い直す沖縄の現実──他人の苦しみを自らのものと感じる心
 ベラボーなものを核に──岡本太郎の「殺すな」
 歴史を生きる一人一人への洞察と共感─その一方で、吉村昭の衝撃的な選択
 揺るぎない生命の姿──西部邁の自死いざなう徳義の思想について
 「美しい死」「ロマン的な死」─過剰な意味付けを超える「生そのもの」
日記(金子康代編)
 2016 2017 2018
特別掲載 ある記者との糸電話──窪島誠一郎
解説 金子直史さんのこと──黒川創
あとがき──金子康代
 ――
▼ そう遠くない、今日、明日でもあるかもしれない『余命宣告』。
 還暦過ぎれば…、特に男は、何時なんどき宣言されても不思議でない。
私の代わりに?、誰かに順番がまわった話は聞くが、恐れは意外と少ない。
こういった本を数多く読んできたこともある。‘魂という名のエネルギーは、
何らかのカタチで残ることを直感できている’こともある。 一回限りの、
その人の人生は決して消えはしない。いや消えたで消えたで、それも良し。
一生とは、その道標そのもの。それはそれで… 私たちの周囲には。多くの
死者の存在に囲まれている。 毎日、4〜5時間パソコン前に座っているが、
そこに仏壇が3m先にある。何かガッチリと抑え込まれている感覚がある。
最期には、祖先の元(絶対無)に還っていく実感がある。
 次回から、その幾つかを紹介するが、これが深くて、なま温かくて…
魂のオーラがあり… まだ生かされていることの意味は何でしょう。
ただ、まだ死ぬ気が全くしないのは… 
なる程、この心境が〈前期高齢の最終年〉ですか。    
                        〜つづく
・・・・・・
2019年02月28日(木)
6559,閑話小題 〜
     <『考えるとはどういうことか
             〜知のトレッキング』外山 滋比古 (著)
 思考とは「知識と経験とを結合して新知識を創造する際の『触媒』である、
とする内容。とすると、このブログは、その役割を担っていることになる。
触媒とは言い得て妙。触媒の対象によって、結合がマイナスに働き、知識、
経験を劣化させる可能性を含んでいる。『考えるとは〜知のトレッキング』。
ウォーキングであり、ランニングであり、トレーニングでもある。
6550のテーマと、内容。これに毎日、新たな知識と経験を書き加えいく日々。
細やかな思考と、内省。これも慣れてくると面白い。右手の人差し指の触媒と、
自分に向けた中指、薬指、小指と、上に向いた親指で融合する。
左手は受けてたつ役割。 空の手か、宝を持つ仏の姿。 考える姿そのもの。 
  〜Amazonの読者レビューの要約から〜
≪本書において,既存の「知識」と組み合わせるべき自己の「経験」を重視し,
他人の作った知識よりも,自分自身の経験の場である生活を重視すべきだとする
考え方,すなわち,思考とは,「知識」と「経験」とを結合する「触媒」であり,
自己の経験を従来の知識と関係させることなしには,新知識を創造すること
できないとする考え方は,最後まで一貫しています。
・著者が第1章で「球面思考」(筆者はこれをを四次元の世界にたとえています)
を強調しているのは,考えるという触媒作用にとっては,他人の「知識」は
もちろん,自分の「経験」とも適切な距離を置き,「岡目八目」的な場に身を
置く必要があるからでしょう。
・第2章で,「考える」とは,他人から得た「知識」を素材として,それに自分の
「経験」を加味して,二次的な知識を創造するための「触媒」(作用)である
(50-51頁)と述べて,読者の最大の疑問(考えるとはどういうことか)に答えて
います。
・第3章で,人生における大切な選択のためには,冷静に「考える」ことが重要
であり,他人の意見ばかりでなく,自分の直感を鵜呑みにすることの危険性を
強調しているのも,同じ発想に基づくものと思われます。
・第4章と第5章は,日本人が良く陥る,自己の文化を低く評価することに対する
反省を促すものであり,球面思考の応用となっています。
・第6章(最終章)は,触媒作用としての「考えること」がいかに価値があるか
を示すために,他人による一次的創作よりも,自分の経験を加味して創作した
二次的創作の方が価値がある例を挙げて論証しています。

 このように,本書は,日本文化をはじめ,二次的著作等について再評価しよう
とする主旨は一貫しているのですが,記憶の整理・消去に関する記述において,
ノンレム睡眠とレム睡眠を間違えて記述したり(7頁),著者の経験談が繰り
返されたり(54頁と153頁)ということで,本書の説得力が弱められているのが
惜しまれます。そうとはいえ,「思考」を新たな知識を生み出す際の「触媒」
と捉えたことは卓見であり,思考を「知識」や「経験」と同等のものとして
扱ってきた従来の発想を転換するものとして,高く評価されるべきだと思います。
 私自身,読書をして感銘を受けた場合であっても,それを「自分の頭で考え直す」
作業を経ないと,理解できたはずの知識を自分のものにすることができないことを
実感していましたが,本書の「触媒」理論を通じて,はじめて,その意味を理解
できたように思います。「自分の頭で考える」という触媒作用によって,
「他人の知識」とこれまでの「自分の知識」とが融合し,自由自在に使うことが
できる「新しい自分の知識」が生み出されていると感じることができたからです
 (なお,「自分の頭で考える」ということの意味については,
稲垣佳世子=波多野誼余夫『人はいかに学ぶか―日常的認知の世界 』中公新書
(1989)46-63頁。 山鳥重『「わかる」とはどういうことか−認識の脳科学』
(2002)77-78,110頁が認知科学の視点から考察を行っており,参考になります)。
本書には,普通の読み物としても,面白い箇所(全寮制教育がジェントルマンを
生み出す,ことわざ・川柳・日本語の再評価,民主主義の盲点,料理は高度な
知的活動であるなど)がたくさんあるので,「自分の頭で考えること」が好きな
すべての人に本書を薦めたいと思います。≫

▼ ため息が出るほどの識見。「(全寮制教育がジェントルマンを生み出す),
 には納得。学生時代の「青雲寮」は人生の砂場そのもの。 その割には、
ジェントルマンの真逆とは、是、如何に? だって、面倒とはいえ、
フリでもしなければならないのが、これ! やっておけば良かった?
世間の常識から身を守るには、ジェントルマンじゃあね。
 いや、御品が悪いだけ! ところで、「みられているよ」の婉曲の非難。
『何を、何処をみているの? 自分の三本指を親指に向けた創作でしょう。』
  今日のオチは、こんなところで、‘おちつき’ました。
 
追文: 書き残しておく意義は、私にとって充分ある。書いてなければ、
永遠の彼方の忘却で消え去っていた行蔵。 時どき、うす笑いの蔑視の視線を
受けるが、覚悟のうえで晒しているので、仕方がないと受入れている。

・・・・・・
2018/07/08
閑話小題 〜今年も半期の終了 −6
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 掘 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 まだまだ書き足りない感が残ったため、録画の三度目の見直しをした。
以前、『3・10・60・27の法則』の法則をテーマに取上げた。ここの教育方針は
『帝王学』で、まずインテリジェンス(知性)のベースを構築を図っている。
インフォメーションが「生の情報」であるのに対して、インテリジェンスは
「加工された情報」という意味で、インフォメーションをもとに分析された情報
などのことをいう。加工された情報を鵜呑みにしないで、ベースに自らの知性で、
生の情報として考えられる能力を生徒に身に付けることを目指している。
そのためには、「何故、何故、何故」と、常に自己問答する習慣が必要と教える
のである。洗練された自由人である。この情報・知識を元に、知恵に変えて、
モノゴトを判断し、プラスに導くことが、インテリジェンスになる。
  〜この紹介文より〜
≪ アルプス山中のヴィラールにあるボー・ソレイユ校は1910年の設立で、由緒
ある著名なプライベートスクールです。英語で学ぶ国際部とフランス語部があり、
卒業時にそれぞれIB、FBを取得することを目指して学習します。進学率はほぼ
100%で、ヨーロッパ、北米の大学を中心に進学します。
「バランスを大事に」をモットーに勉強だけではなく、スポーツや色々な活動
に全面的に参加し、一つに偏らないバランスの取れた人間形成を目指します。
スポーツだけではなく、演劇や音楽などバラエティに富んだ課外活動が用意
されており、週末には屋外探検活動や近郊都市への遠足に出かけることも多く
あります。修学旅行や休暇期間には、ヨーロッパだけでなく、南米、アフリカ、
アジアなど世界中の様々な場所への旅行に参加することができます。

11歳から13歳が学ぶ科学の授業では教科書を使いません。低学年のカリキュラム
には五つのテーマがあり、これらのテーマに基づいてあらゆる授業が行われます。

1.Adaption(適応力):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
2.Discoery(発見):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
3.Risk(リスク):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
4.Respect(敬意):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育
5.Traditions(伝統):語学、数学、科学、地歴、芸術、体育

――
課外活動のイアン・レイ氏はリーダーシップは生徒たちの人生において重要で、
すべてに影響を与える存在であるリーダーに役に立つスキルを身に着けてもらう
と言いました。責任感があり向上心を持っていること、それがリーダーの条件
だと言います。学校では世界に広く目を向けるだけでなくそれぞれの国の言葉や
文化も大切にしています。


▼ 11歳といえば、日本では小学校五年である。この頃から、年に1200万の教育費
 をかけてベースを教え込む。それも8年も。まあ、能力格差がつくのは自然の理。
選ばれた教師が、その全てを注いで、生徒に教え込む。それも、俗世を遮断した、
浮世離れしたスイスの山麓で… それも、世界中の国から集まった異色の人種と、
寄宿するのだから… こうなると、問題は血筋・血統まで行きつく。成るほど、
自分とは、自らの分、分際ですか。私の分際から見えてくるのは、当然こうですか。
 
――――
2018/07/09
閑話小題 〜今年も半期の終了 −7
   * 〜スイス 名門寄宿学校〜 検 悒棔次Ε愁譽ぅ罅
 様々な授業を紹介していたが、「地理」が、非常に面白い。
マダガスカルの貧困問題の扱いの切口が良い。同じような年代の真逆の立場の
少女の悲鳴に似た訴えを紹介し、キーワードを幾つか提示して、考えさせる。
ある生徒の一日の使用水道量が、マダガルカルの少女の運ぶ数十、数百倍の量と
知らしめる。

≪ 地理ではリーダーシップというテーマをもとに、アフリカのマダガスカルの
 水問題についてケーススタディをします。水を得るために一時間かける女性。
安全とはいえない水を19L頭に抱えて女性は水を運びます。それを一日に3〜4回。
マダガスカルは貧困を抱えています。先生は女性が持っていたのと同じ19Lの水を
用意し生徒に運んでもらいます。生徒たちと同じ年代のある女の子(ララ)は
最貧の地域に住んでいます。ララは靴もなくはだしで泥道を水くみに出かけます。
ララは次のような詩を詠みました。
< 私の一日もあなたの一日と同じだったらいいのに
  学校に行って勉強して公園で遊ぶの
  頭に浮かぶのは蛇口をひねるだけで出てくるきれいな水
  歯磨きしてシャワーを浴びるのもいいわ >
地理の先生は生徒たちに問いを投げかけます。生徒の一人が自分たちは水を
無駄遣いしていると言いました。またある生徒はどんな気持ちか想像します。
ある生徒はその水はどんな用途に使うのか質問しました。先生はララのお母さんは
子どもたちの面倒を見なければならないので水を運ぶことができないと言いました。

地理の先生は貧しい地域の人々についていくつかのカードを示しました。
 •公衆衛生
 •子どもの健康のケア
 •教育
 •栄養
 •疫病の予防
 •食の安全確保
 •妊婦の健康ケア
 •住宅環境
 •女性の社会進出

自分がリーダーならどのキーワードから優先して取り組むか生徒たちは考え
三人一組で話し合いカードを優先順に並べます。女生徒のグループは妊婦の健康
ケアが一番大事だと答えました。多くの生徒が女性の社会進出は優先度が低いと
考えました。先生は女性の社会進出が進まず地位が低いままで職にも就けなければ
一番大事だと言った妊婦の健康ケアは改善されるのか?子どもを産む機械として
利用され続けるだけではないかと問題を投げかけます。女生徒はまず力を持つ
男性とともに解決し… …わからないと答えました。地理の先生エリオット・
グリーン氏は裕福な家庭の子供たちが旅の経験や両親の仕事、授業から学んだ
ことを議論してもらい、将来持つであろう財力と影響力で世界が直面する問題に
取り組んでもらいたいと語ります。

生徒たちは年十三カ国を旅して自分の目で世界を知ります。
キリマンジャロへの登頂に挑戦することもできます。   ≫


▼ 半世紀近く、早朝と、午前中に数時間の読書習慣を持って、それまでの基礎
 知識不足をホローしてきた。受験システムに縛られ、自らも格付けをしていた
愚かさに気づくことが、第一歩であった。英会話能力や、対話力、文章化能力は、
付け焼刃では、直に欠けてしまう。このような指導と、長年かけたベースの知識が
必要となる。その理想形の教育システムが、これである。このスイスの寄宿舎が
素晴らしいのは、スイスが長年、中立国家で、権力者の手前勝手な価値観から、
解放されていることが重要である。「何が英国王室だ、日本の天皇だ。」を、
スイスの山麓で気づくこと、それが、教養ということ。そう、それぞれの内側から
見えている世界としての世間だけでなく、その真逆の視点に気づくこと、多様な
世界を知ることの必要性に気づくこと。特に、ネット社会こそ、理想形の、知識
獲得が必要になる。「クールヘッド、ウオームハート」こそ、情報化社会の絶対
条件といえる。 でないと、世間人の典型の、「ウォームヘッド、クールハート」
で、近所の500mを、徘徊するだけで… あれらは小池のホワイト・ナイトですか。
薄汚れて、愛嬌を振りまいて生きる姿も良し、外の世界で汚れたダーク・ナイトの
生き方もある。どのみち、同じでしかないが… 地球外生命の眼で、宇宙の彼方
からの生命体の視線で見る世界は、何と、綺麗で、明るく、刺激に満ちている。
早朝の自転車散歩で、大手大橋上をイオンよりから、ヒキチャリをしながら、
見える信濃川と、旧市内と、その向こうに見えてくるパノラマは、正しく、宇宙舟
からの視線のようである。スイスと、ロッキーの山並みに近い絶景とさえ思える
光景である。世界の絶景を知ればこそ、これに気づかされたこと。足元の世間の
素晴らしこそ、気づかないと… 52回目のチャレンジで、スイスアルプスの
向う側のイタリア・アルプスに行ってみたくなってきた。 
問題は、腰痛など体力と、固くなった頭と、気合。

 で、これまた偶然、丁度よい脈絡として、以下につづく。


6923,読書日記 〜快活こそ悟り! −6

2020年02月27日(木)

             <『老年を愉しむ10の発見』>

 9章 「そのとき」を迎える心構え
 10章 「生きる意味」について
  ――

    * 9章 「そのとき」を迎える心構え
        ―宝石のような人生、小石のような人生―
    * 誰もが通る、避けようがない道標
< 時間に限りがあることを認識できるからこそ、できるかぎり、自分の人生を
 「肯定する価値があるもの」にしようとする動機がうまれる。>
◇ < 『いい人生だった』―― この一言を口にするために >
  < 死ぬ日は、「特別の日」ではなく「いつもと変わらない一日」
   もしも、今日が最後の日としたら、この一日は、いつもと同じにしたい。
   私が愛しているのは、これまで過ごしてきた毎日なのだから。何時もと違う
  のは、この日は、仕事をしないことだけだ。朝はいつものように、ベッドに
  横になったまま、少しばかり瞑想をする。これは、私なりの宗教だ。
  時間をかけて、シャワーを浴びた後で、自分でミックスした特性のシリアル
  食品を食べ、新聞を隅々まで目を通す。それから、行きつけのカファに一軒
  に行き、好きな種類のコーヒーを飲む。 そして、コーヒーとともに普段は、
  注文しないチェリーケーキを味わう。 まだ、時間があるので、私が属して
  いる種族にもっとも近い親戚と最後に一度会っておこう。そう、動物園の猿の
  いるところだ。そして、今さらだが、私たち人間が彼らに似ているかに驚く。
  最初は僅かな差異だったが進化の過程でしだいに大きくなり、やがてはっきり
  目立つほどになった。人間が猿と違うのは、たとえば、つねに異なるものに
  対して憧れを抱くことであり、それに駆り立てられて、人間は、この世の中へ
  と出てきたということ。>
 ―
▼ 15年程前、ある病院に知人が入院した時、何か理由を付けて最期まで見舞った。
 その病室は最上階にあり、上の病室ほど病が深刻。サラ金ビルの階層と同じ。
知人は、その一番、危なそうな看護受付の前。 そこに通う度に、その部屋の病人
数が減ったり、病人の顔ぶれが変わる。そこでも、普通の生活が淡々と続いていた。
 カウンターの奥に無菌室が10数質あり、近くの病室の住人の近々の移動先。
その中に知人が移動をした後、そこに入室したが、ビジネスホテルのような小部屋が
両側に並んでいた。苦痛で7転八倒する断末魔の喚き声が、聞えないように防音完備。

 ――

   * 10章 生きる意味について
 泰然とした落ち着きとは、「自分は無限性の中に抱かれている」と感じることで
あり、そう考えることにある。大切なのは「終わり」が近づきあるときに、自分と
いう存在が有限であることと折合いをつけることである。 …「死」とは、世俗的、
宗教的のどちらの意味でも、「超越を経験する問い」だ。重要なことは、人がそれ
ぞれ〔「死」というものを自分自身にどう言い聞かせるか〕ということだ。
それこそが泰然とした落ち着き」へ至るための10のステップだ。 
『有限の生』向うに広がっている『無限の次元』に向けて、人生を開放することで
あり、少なくとも、無限の次元に心を描くことだ。
 たとえば、死が近づいたときのように、極度に弱った瞬間にこそ、人間はある
「意味」に包まれていると感じることができる。その意味は、『有限の生』が、
そこで途切れるのでななく、無限の生に繋がっているものと教えてくれる。
 そのような『意味』が存在しうると教えてくれるのは、
・熱狂的経験をする時 
・熱狂的な官能な経験をする時 
・感情的に強く揺さぶられた時、
・実りぶかき思考の旅をする時、
・奥深い会話や、読書を楽しむ時などである。
あるいは、遊びや仕事に没頭する時に、あらゆる種類の「フロー」を経験したり、
夢のような時間を味わったりする時などもそうだ。
 ―
▼ 夜半に目が醒め、一種のフロー状態になり、これ幸いと「白い雲」に乗った
 イメージで過去を遊泳をする。…これが面白い。 他宇宙から細い管を通って、
この地球に舞い戻ってくるイメージも、これに近い。人生の最後で明らかになる
のは、「エネルギーこそが、生きている体を死んでいる体と、区別するものであり、
エネルギーは今まさに、死んでいく自分から出ていこうとしている」ということ。
 この経験を父親が亡くなった数日後に経験をした。
《以前、書いたが、父親の死への恐怖心が自分に乗りうつり、父親の魂が、私の
魂に同化したような感覚。10年近く、続いただろうか。 私だけでなく、全ての
人は、知らないままで、娑婆から御退出をしていく。それはそれで、良いが。
 人生は、老年は、一ぱい一ぱい生きたものにとって、充実したエネルギーその
まま、自身に、周囲にも、温かい風、オーラとして充実感を残す。
 これは両親の後ろ姿から学んだこと…  

・・・・・・
2013/06/17
宝くじが当たる確率(何倍?)はどのくらい?
 宝くじには全く興味がなかった。一度、一枚だけ話の種に買ったことがある。
SCなどの店先の宝くじ売場で買っている人を見かける度、
「夢を買っているんだ!」と思っていた。 ー教えて!Goo、によるとー
【 問い=  例えば、以下のような宝くじは当選確率はどのくらい。
  1等 1億円  20名  2等 1千万円 20名
  3等 百万円 200名  4等 5万円 30000名  
  例えば、1億円当たる確立は百万人に一人とか…
【 答え=
 ○ あなたが、宝くじの1等に当る確率は、1等の当選番号が、
          「11組111111番」になるのと同じです
 ○ 一般的な宝くじは、100kgの米の中からある1粒の米粒を探し出すのと
   同じくらいの確率。
 ○ 売り上げ枚数を調べれば簡単に分かりますよ 7億6千万枚ほど売れて
   いるようですから、完全ランダムで3800万枚に1枚ほど入っているかと
 ○ 年末ジャンボの場合、1ユニットで1000万枚発売されている。
  1等は1ユニットあたり1本ですから、単純に1000万分の1となります。
 ○ 当選番号が 123456番だとした場合 最初のくらいの1番はどのくじにも
  ついているわけで,あとは1の位から万の位までの5つの数字の組合わせは 
  10×10×10×10×10で10万分の1となりますよね。ただし,これは一枚 
  買った場合で 連番で10枚買ってると 確率は その10分の1で 1万分の1。
  一等は宝くじでは この組の数が二桁あるので、その10×10の100倍 
  つまり、一枚 買って一等に当たるのは千万分の1となりますよね
 ○ ちなみに東京ドームの敷地に新聞紙を敷き詰め、天井から針を落として
  新聞の一番小さい1文字に当たる確率と同じくらいとか聞きました。
 ▼ 一等、二等で合計500万分1の確率で、当たる分けがない。買う当人に
  とっては千分一の気持ち。アメリカなどで数十億円が当たるケースがあるが、
 それが元で不幸のどん底に落ちるケースが殆どという。悪銭身につかずである。
それなら毎日、何とか5百円預金をすれば一年で18万円、10年で180万円、30年で
金利を含め1千万になり、遥かに効率が良い。 が、そうはいかないのが人間。
生を受け、今、存在していること自体が奇跡なのに、それを生き切らなくて何が
宝くじ。せめて、当たった夢をみたいのは分かるが。1億当たったところで、
したいこと、買いたい物など、何も無いのも面白くないが。
――――
2015/06/21
宝くじを当てた95%が、5年以内に
      『世界の大富豪2000人が教えてくれたこと』トニー野中(著)
  * 宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金を失う
 日本では『悪銭、身につかづ』という諺がある。入る器の方を育て上げないと、
その殆どが溢れ流れていく。私も事業投資の当初の10年で5倍まで純資産を
増やしたが、2001年の9・11と、リーマンショックと、2011年の3・11の10年で
壊滅! 辛うじて保険代りに家内名義で積みたててきた給与の預金と、
二人厚生年金で、これまでの生活を維持している。 その辺りから 〜p40
≪ アメリカやイギリスでは、「宝くじを当てた人が、その後どうなったか?」と
いう追跡調査が、よく行なわれます。 それによると、「宝くじの一等が当たった
人の95パーセントが、5年以内に手にした当選金の全てを失っている」という。
「器のできていない人がお金を持っても身につかないこと」を、データは如実に
証明しているわけです。 いえ、当選金を失うどころか、それ以上のマイナスを
被るとがあります。たとえばアメリカでは、宝くじに当選すると、宝くじ売り場
まで乗ったタクシーの運転手まで「分け前を寄こせ」と主張してくるそうですし、
100万ドルを当てたーカ月後に毒殺されるという事件まで起こっています。
『となりの億万長者』というベストセラーで知られるトマス・J・スタンリーは、
その著書で「宝くじを買う頻度と、その人の資産レベルの間には非常に顕著な
反比例関係がある」(『なぜ、この入たちは金持ちになったのか』日本経済新聞社)
ということを証明しています。それは、「お金があるから、宝くじなんて買わない」
という理由だけではないのです。宝くじの当選確率など、計算すれば、ビジネスで
成功する確率よりはるかに低いとすぐにわかります。大富豪になるような人で
あれば、そんな確率の低いことよりも、もっと確実に稼げることに、時間とお金
を投資しようと考えるのが当然でし欲う。それでも多くの人が宝くじをほしがり、
"当たる"と評判の宝くじ売り場に朝一から並んでいるのは、
「楽して莫大な富が手に入る」という誘惑に逆らえないからです。≫
▼ 宝くじは夢を買うもので、それ自体に矛盾がある。夢は長年かけて地道に
 積み上げ実現するもの。そのプロセスにこそ価値(意味)がある。数羽の
ブラックスワンで、私の事業は終わったが、プロセスで元をとっていたので、
後悔は意外に少ない。宝くじの当選金を5年で失っても、持ったままより、
遥かに良い!とも考えられる。「失う」と思うのは傍目で、実際に使えば、
その価値を味わい尽くすことが出来る。 5年で数億など使ってみたいもの。
いや実際に使ってみた。一棟、ホテルを建てると土地代を入れると3〜10億。
そのプロセスを遊びに昇華すれば、遊びとして、それだけ使ったことになる。
遊びとしてみても、実際に面白かった。当事者の実感は、「失った」というより
「使った」である。本人が言うから間違いない! ということは、著者は浅い?
ボロボロになって涙した方が、その数倍増やしニヤニヤしているより味は濃い。
「大恋愛の成就より、失恋をした方が遥かに良い」ことを考えれば解るだろう。
『宝くじを当てた95%が、5年以内に当選金の全て使う!』 …良いでないか。

・・・・・・
6194,閑話小題 〜銃と犯罪 −5
2018年02月27日(火)
           『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * 銃社会のアメリカから見え隠れすること
 連日のように、アメリカの銃による大量殺戮のニュースが報じられていれ、
その都度、銃規制強化が叫ばれるが、建国以来の個人主義国家のアメリカは、
弾の込めた銃で身を守る文化は非常に強固のようだ。日本の文化には秀吉に
よる「刀狩」以来、侍の帯刀以外、特別の事情が無い限り、各家庭内も含め、
武器を持たない文化がある。ここで紹介している2015年の調査によると、
アメリカ国民の半数以上が、銃購入の規制より、所有の権利を守ることが重要
だと考えている。 これも数年前のギャラップ調査だが、
<1993年〜2010年の間に、アメリカの凶悪犯罪率が急激に下がった。銃器に
よる殺人がほぼ半数に(10万人につき7・0から3・6人に低下)。その一方で、
非致死性の犯罪が、これまでの4分の1に減っている。>
 が、その事実はあまり知られてない。
にも拘らず、56%の人は、犯罪は上昇したと答え、26%が横ばいと答えた。
減ったというのを知っていたのは、12%だけだという。
 TV画面に流れるイメージと現実の趨勢があまりに大きいことに、驚いたが、
原因は凶悪犯罪の主役が若者。1990年代にはベビーブーマー世代は、年齢
コーホート群から既に抜けていたため。さほど、統計とは当てにならないもの。
 統計の背景にある現実?を前に、どうすればクラウド時代に、賢明な判断を
するか? この日記で、流されてくる情報そのままを鵜呑みにして… 
真面目風に、解りきったように意見をする自分を合わせ鏡で、見えてくるのを
凝視する? のも厳しいもの。こうも、私たちは、いや私が軽いか。
「下手の考え休むに似たり」そのもの。 休むには丁度良いと思って… 
 〜以下の文脈を読むにつけ、<そうだね!>そのもの。 しょうがない!

・・・・・・
2018/01/28
閑話小題 〜キツネとハリネズミ −2
          『クラウド時代の思考術』パンウドストーン著
   * キツネとハリネズミタイプの事例
 まあ、シェークスピアとダンテを対極におくとは、解りやすい分析である。
 その二つを兼ね備えているのがトルストイとバーリンはいう。トルストイ
 自らはハリネズミ族に属していると信じていたようだ。 
  〜その辺りから抜粋〜
≪ 政治哲学者アイザイア・バーリンは自身の著書『ハリネズミと狐』で、
 トルストイの超大作『戦争と平和』の歴史哲学を真っ向から論じた。
バーリンは、ダンテは“ハリネズミ”であり、
 シェイクスピアは“狐”と分析
 ─では、トルストイは? ロシア文学者で東京大学名誉教授の川端香男里に
『ハリネズミと狐』で語られるトルストイの姿を聞いた。
【『戦争と平和』を真っ向から論じた本は日本では数少ないですが、外国では
たくさんあります。あまたの文献の中で傑出しているのが、『戦争と平和』の
歴史哲学を論じた、ラトヴィア出身の政治哲学者アイザイア・バーリンの著書
『ハリネズミと狐』でしょう。
 バーリンは、人間類型を二つに分け、
第一に、一つの基本的ヴィジョン・体系を中心にして、自分の作品を求心的に
 構築して行く「一元的」タイプを置きます。
第二に、遠心的に拡散した「多様な」対象を、自分固有な心理的・生理的脈絡
 の中にとらえようとするタイプを置きました。
そしてギリシアの詩人アルキロコスの詩の断片「狐はたくさんのことを知って
いるが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を、バーリンは上記の
二つのタイプにあてはめ、第一部類をハリネズミ族、第二部類を狐族と名付けた。
 第一類の代表選手はダンテで、第二類の方はシェイクスピアです。
・プラトン、パスカル、ヘーゲル、ドストエフスキイ、ニーチェ、イプセン、
 プルーストはハリネズミであり、
・ヘロドトス、アリストテレス、モンテーニュ、エラスムス、モリエール、
 ゲーテ、プーシキン、バルザック、ジョイスは狐です。
ロシア文学はバーリンによれば、プーシキンとドストエフスキイという二つの
極の間で成り立っています。ところでトルストイはこの二つの部類のいずれに
属しているといえるのでしょうか。 バーリンの仮説では、
トルストイは本来は狐族であるのに、自分はハリネズミ族であると信じていた、
とされます。トルストイほど世界の多様性ともろもろの状況の多面性を明確に
把握していた作家はいません。しかもトルストイはこの多様な世界を普遍的に
説明してくれる統一原理を終生求めて止みませんでした。狐とハリネズミの共存
です。対象の多様性を明敏に知覚することのできたトルストイは、既存の統一的
原理のまやかしに反発し、それをロシア化され単純化された合理的教説で破壊
して行きました。このような破壊の背後には必ず、本物の統一的原理があるはず
という「ハリネズミ」の信念がありました。
ですからトルストイの破壊・否定は、真理の探究と表裏一体だったのです。≫

▼【 熊さん: 俺なんて、針ネズミじゃなくて、ドブネズミだね。
  寅さん: じゃあ、俺はモグラですか。せめてリスかモモンガ?
    こうシリアスにタイプに選り分けられると嫌になるよ。ったく。
 大家さん: とするとワシはムジナ辺りですか。
八つぁん: 一応、役割はキツネですがね… じゃあ私は何でしょうか。
  ハリネズミに近いハツカネズミ? 私が、‘世間人’を子キツネというが、
  他人様の家族の内情の覗き込みのネタを餌に渡り歩くのを性にする人たち。
  とすると、子ネズミの方が適切な言葉になるね。
大家さん: 世間様の話は、御品が悪くなるから止めておきましょうや!
  誰もが持っている悪い癖だもん… 
寅さん: 八つぁんが「世間」の話をすると、俺のことかと冷や冷やだよ。
  俺はね、裏話に花を、いやゴミを添えて楽しむしかないのさ。悩がないから。
  熊さんは、素朴だが、俺は少しマシな役割のようですか。
熊さん: 呆け役なんだろう。それも天然呆け役。でも、純粋な疑問ほど道理
  を突くって言うじゃないか。しかし寅さんは、少し捻った性格なんだろう。
寅さん: 低俗の中の、上が俺、下が御前だよ。
八つぁん: 呆け役の切口に彩をつけるには二人の呆けが必要だからさ。
  何かさ、自分の言えないことを二人が代弁してくれいて便利だね。
  しかし、品格が下がったね。
大家さん: ワシの役割は、八っあんの中の知性というか、冷静さを持った
  役割だろう。それにしては、自分で、それが全く感じられませんね。
熊さん: だいたい、これを書いている奴の程度が低いからね! 
八つぁん: 『 … 』  
寅さん: ここまで話を引っぱって、落ちがこれ? 俺らを呼び出すのも、
  そろそろ止めたら。 …いや、大相撲の総括で言いたいことがあるか。】


6922,読書日記 〜快活こそ悟り! −5

2020年02月26日(水)

             <『老年を愉しむ10の発見』>
  
  * 第8章 深い思慮がもたらすもの
      〜最高裁判所の判断を自らにすべきである〜

 ―『自分の人生をどう解釈するか』が自分の人生の意味に最終決着を下す―
 
 老年時になると、自分の人生に対して… 「その意味(価値)に対して、
最終決定を下す「最高裁判所」の役割を果たし、弁明をしなければならない。
そして、迷いながら、生臭い風と共に永遠の彼方に消え去る。
 老い先が短くなると、過去の失敗に対する論告が心の底から湧きいづる。
何でまた、あのような判断をしたのか、何ゆえ失敗したか。逆に何故成功したか。
こういう人生をおくったのは偶然だったか、必然だったか。 私は誰から恩恵
を受けてきたのか。誰を追落したか。追落されたか。あの節目の判断は果たして
正しかったか。 これまた、『日々 是 好日』じゃなくて、『日々 是 口実』
をしているにすぎないのか… その意味では、この19年間の早朝の、このテーマ
日記には多いに助けられた。これでも一応、思慮の畑をこね回していたことに…
 生きてきた全てが有効に働いているようであり、無駄だったようでもある。
 ―
   * 快活に、朗らかに
 〜同じ人生なら、快活に、朗らかに活きたいもの〜
 ラッセルは「幸福論」(1930)で、<幸福の反対は不幸ではなく、退屈である
としている>。ケインズも、<退屈は経済的豊かさを克服した後に人類が直面
する最大の危機であるとしている>。 多くの識者が指摘するのは、幸福の反対
概念は不幸ではなく、退屈や無力感であるということ。 だから、習慣の力を
借りて積極一貫に、活きることを勧める。
 デモクリストは、自らの朗らかさを、外的な財産や感覚的満足感に依存しない、
最高な「内的財産」とみなした。彼は極めて明く快活な人間で、「笑う哲学者」
とも言われている。快活になるきっかけは、人生の様ざまな瞬間家局面に結び
ついている。快活な人間にとっての幸福は、人生の意味などが見えたときにある
【満たされた幸福感】であり、そこには人生のどの瞬間よりも、はるかに多くの
ものが含まれている。それは子供が感じる幸福に似ている。 つまり、
子供が抱くような充実感や、特定の考え方にとらわれない心は、年をとってから
でも取り戻せる。年をとって手に入れた快活さは、これまであったこと全てに
対する感謝の念や、人生全体を見渡せる視線と結びついている。こうした視線は、
豊かな経験を積重ねることで、はじめて成立つ。困難を乗り越えながら長い道
のりを後にしてこそ得ることができる。特に回り道、困難を乗り越えた時に、
細かいこと全部でなくとも、心の底から幸福感を得ることができる。
 『人生という作品を完成することが出来る』という明るい喜びで、
『人生に別れを告げなければならない』という暗い悲しみを埋め合わせなければ
ならない時がきたら、私は如何バランスをとればよいのだろうか」と…
 ―
▼ 難しいなら、まずは<快活に、朗らかなフリから> せめて言葉から。
「生きてきたように、老いて、病い、死んでいく」。生きている間は、書物も、
相手も選ぶべき。それ以前に、絶対量の選別が必要となる。
 ――
 幸福のキーワードでネットサーフィンをしていたら、次なるレポートが、
なかなか説得力がある。
《 アメリカのジョージ・メイソン大学のリチャード・フロリダ教授はこのような
ライフスタイルを持つ人々をクリエイティブ・クラス(クリエイティブ階級)と
呼んでいる。彼らの特徴は、
【 自立心が強く、多様性を好み、半匿名性のある社を望む。他人から支配
 されることを嫌い、時間の支配権を 自分で持ちたいと思う人々である。
いつも仕事のことを考えている状態であるが、それは苦痛ではない。
遊びたいときにはメリハリをつけて思い切り楽しむ。所得は結果として高い
ものの、収入の高い仕事よりも、自分にとってやりがいのある仕事を選ぶ。
 しかし所得は自分の能力に対する評価だと考えているので、所得に無関心な
わけではない、というものである。 】 
 何かの刺激によって幸福が高まるという発想で幸福感を高めるための要因探しを
するよりは、自分の望むライフスタイルが「持続可能」に発展できる状況があるか
という視点が、今後の幸福感の鍵となるだろう。そのためにも、経済が成長して
社会にダイナミズムがあり、様々な新しいチャンスが開けるような社会が求めら
れている。》
  
・・・・・・
6557,読書日記 〜バーチャル資本主義の行方
2019年02月26日(火)
   スペシャル「欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を越えて〜」

   * バーチャル資本主義の行方
"欲望の資本主義"は2016年の第1弾放送以来、3回シリーズの
NHK異色経済ドキュメント。同番組は、国民国家や市場原理などすべてを
超越して巨大化する"GAFA"への懸念や、仮想通貨への期待と不安といった
議論を交え、資本主義の行きつく先や、その原点にあった誤りを問い掛ける。
第一弾は、「欲望の資本主義2017」
第二弾、「欲望の資本主義2018 〜闇の力が目覚める時・ルールが変わる時」
第三弾、「欲望の資本主義2019 〜偽りの個人主義を越えて〜」
 今回は、録画をしていた第3弾!
BS1スペシャル「欲望の資本主義2019〜偽りの個人主義を越えて〜」
  〜番組内容〜
≪「ネット界の四天王」と呼ばれるGAFAを巡る議論が熱い。強大な力に
 国家の枠組み前提の市場経済が揺れている。仮想通貨をめぐる議論も沸騰、
バーチャル経済時代の資本主義はどこへ行く?2017年富を生むルールの
変化を捉え2018年社会構造に地殻変動が起きている現実に迫ってきた
番組は次のステージへ。テクノロジーが社会を変える今、格差、分断を越え
自由への道は? 切迫感ある今問う、自由の形と資本主義の行く末は?

 資本主義という怪物が世界で暴れる
 GAFA、仮想通貨…野望がめぐる
 いま 怪物の正体を突きとめるには?

第3弾はハイエクを軸に構成されている。内容的に盛り込み過ぎの印象もあるが、
「資本主義」やそのなかの「市場」や「自由」そして「貨幣」のあり方を考え
させる深いテーマが貫く。そして「人間」という根源的なテーマ。
ケインズ対ハイエクという構図は単純だが、結局のところ、これからの経済学は
この構図をあらためて再考し、超えていくことが求められている。
人間の幸福は自己決定権を持つこと。それはまさしく、自由に最大限の価値を
置く考え方で、資本主義の根本であると思います。それはそうと、ノーベル賞
受賞者など高名な学者の方々においても、考え方が全く違うことを認識して、
改めてこの社会に正解はないことを思い知らせれました。
 ――
 ☆ 第一弾は、<やめられない、止まらない、欲望が欲望を生む世界。>
わたしたちはいつからこんな社会を生きているんだろう――。そんな問題意識
から、気鋭の若手経済学者・安田洋祐大阪大学准教授が世界のトップランナー
との対話を通じて、資本主義の本質に迫った番組が、NHK「欲望の資本主義」だ。
番組はカルト的な人気で話題を呼び、番組の未放送インタビューも多数収録した
書籍『欲望の資本主義』も刊行された。この異色の経済教養ドキュメントの
プロデューサーは、「英語でしゃべらナイト」「爆問学問」をはじめ、柔らかな
演出で、経済、仕事を解きほぐす異色エンタメ「ソクラテスの人事」
「仕事ハッケン伝」など、多数のヒット番組を手掛けてきた丸山俊一氏。
記憶に残る異色の番組を次々と生み出せるのはなぜなのか? 
番組作りの核となる発想の原点を紹介する。
 ――
 ☆ 第2弾は、
より速く、より多く、より遠くへ...。
私たちはいつからこんな世界に生きているんだろう?やめられない、止まらない、
欲望が欲望を生む、欲望の資本主義…。昨年その本質に迫り、話題を呼んだ異色
ドキュメントの第2弾。世界経済のフロンランナーたちは、この不確実性に満ちた
世界状況の中、どう資本主義をコントロールすべきと考えるのか?安田洋祐阪大
准教授はパリへと飛び、フランスの知性ダニエル・コーエンから資本主義の未来像
を引き出し、チェコの異端の奇才トーマス・セドラチェクと気鋭の哲学者マルクス・
ガブリエルは、ボンで激論。経済学の巨人、ケインズ、マルクス、シュンペーター
らが残したビジョンは、今どこまで有効か?
「闇の力」が目覚め始めた、「分断の時代」を生き延びる術を世界の知性
たちと共に考え、経済の最前線に迫る。

▼ ここで、<資本主義の暴走は「お金の本質は本来は契約であるのに、
「物質」と解釈したことから始まった」という言葉が、印象に残った。
その契約額の大小で、物事を判断するするため、欲望が肥大化する。
リタイアをして、一種、煉獄の住人の立場から、社会を、娑婆を、世界を
見つめ直すと、今さら大金を欲しいとも思わないし、成るほど、手持ちの資金は
預金通帳額としての契約事項の額でしかない。お金は「自由の塊り」と思うのは、
それがモノと信じるから。契約の大小で、価値を決めつけるのは、これ如何に?
とはいえ、手元の資金がゼロでは食事もありつけない。
まとまった資金といえば、今では3億円。 その現実を前に、解ったようなことは
口に出せない。といって、「それが如何した?」に、確固たる答えは出来ない。
『いやいや、その額だけ、欲望が満たせる!』 
『で、満たして如何なる!』
『そこには、愛と、満足感と、逸楽感と、逆に虚無感が少し残る。』 
『そんなの、3日もすれば、彼方に消え去ってしまうし、酒、薬物で、直ぐに、 
 その感覚を得ることが可能』 
『現に味わってみないで何をオッシャル、ウサギさん』と、延々とつづく。
 この正しい答えなど、あろう筈はないが… グローバル化は、冷酷に、私たち
を、手持ち資金の大小で、価値選択をされる。 先日、見た映画で、
「上の世界」と「下の世界」があって、下の世界の人は、上に行こうと必死に
なるという現代社会そのままを、風刺したものだが… なかなか、シリアス。
 大相撲の幕下上位と、十両の幕尻力士の千秋楽前の取組。負けると関取の後で、
御世話係で、召使い扱い。そのシリアスの取り組みが、何とも哀愁が漂っている。 
これが資本主義社会では、3・30,67%で、区分される。それが端的に現われる
のが、小・中・高校の同期会。それが何ともコミック的シリアスで面白い! 
これに死際も加わり何とも? 死にかけた人ほど、それはそれは! で… 
定番の物語がリアルに、「まさかの筋書き」で展開していく。その前にチャクラ
の揺らぎが、漂い、彷徨いを誘発する。他者に対する攻撃は、自己のデドックス
でしかないため、毒は自分に、そのまま猛毒として帰ってくるのが見てとれる。


6921,読書日記 〜快活こそ悟り! −4

2020年02月25日(火)

読書日記 〜快活こそ悟り! −4
             <『老年を愉しむ10の発見』>
    ― 今回は、第7章のみ ―
  ♦  ☆ 7章 人生を豊かにする「つながり」
   * 家族という小さな物語
 親より、子供の方が、新しい生活環境では、慣れ親しんでいる。
これが、現代の切実な問題になっている。これが、親子だけでなく、祖父母も
加わってくるため、「一人の人生」が「大きな物語」へ、変わっていった。
クロマニョンが滅び、ホモ・サピエンスが生き残ったのは、祖父母、特に祖母
の存在が、それまでの経験を子孫に伝える役割を果たしたため。祖父母との、
「思いやり」と「落ち着き」に満ちた牧歌的生活が、子供の成長に決定的な
影響を及ぼす。世間に出る前に、家庭生活で、「生」の繋がりを通じて、他者と
供に暮らす知恵を学ぶ。自分に子供や、孫がいない時にどうすべきか?
その機会を自ら求めればよい。
1人の人生という小さな物語から、「大きな物語」と自ら求めていくべきである。
 ―
   * 「老いない心」を持つために『友情』が必要
 家族以外にも、人生を、あるいは少なくとも人生の一部を過ごす相手への
愛情が必要。どれほど評価してもしきれないのが、『友情』である。これには、
「望まない、求めない」距離感が必要となる。4人の姉を含めて8人兄姉の家族の
末っ子のため、互いに自然と身につくのが「距離感」。女子を中心にした職場で
これが最も役に立った。美形の女性は、常に、その間合いを置いておかないと、
心を開かない。コツは、心持ち開くこと。 褒めること。 気を抜かないこと。
年を重ねる度に、友人の数が減少し、逆に新たな友人をつくる機会がなくなる。
 男女の友情が成り立つか? 様々なケースがあるが、少し間合いをおいた
友情は、むしろ良好ではないか? 逆のケースが、私の場合、多く生じる。
「歌を忘れたカナリア」ではないが、「女の慎みを忘れた小母さん」。
互いの間合いも何もあったものではない。それも中年期の小母さんの群れ。 
大阪の小母ちゃんの生々しい「それ」。 間合いも、心遣いも、品位を捨てた、
あれら! まずは傍に寄らないがよい。若さが老いに支配された鬼婆化した姿。
世の中の中年以降の大部分が陥っているため、これ以上は止めておくが… 
 友情にも、その辺りにラインを引く必要がある。
 年齢を重ねるということは、「友であれ敵であれ、よく知っている顔に満ちた
世界は、いつか見知らぬ顔ばかりの砂漠のようなものに変わってしまう。
必要なのは、それら腐った葉っぱを落とすこと、木そのものの伐採」となる。
自分が世の中から去るのではなく「世の中の方が失われてしまう」という訳だ。
 <「老いない心」を持つために『友情』が必要> ということだ。

ここに当人にとって… 敵対関係の「好きになれない、あれら」が必要となる。
あれら?の御蔭で長年続いてきた『友情』の価値が浮び上ってくる。それが
「老いない心」を育んでくれる。それも、維持すればこそ、逆用効果が上がる。

・・・・・・
5095,悪夢の21世紀 ー3
2015年02月25日(水)
   * 「ニヒリズムに落ち込む世界」〜  佐伯啓思著
(7・A)
≪ 端的に言えば、近代文明はヨーロッパという独自の「文化」の中で
成育し発展してきた。それが完成すると、普遍的な<文明> として世界化。
しかし、この文明化は、その< 文明> を生み出す「文化」のエネルギーを
枯渇させる。たとえば、ヨーロッパがキリスト教の神学的教養との闘争を経て
生み出した近代科学は20世紀に入ると実証科学としていかにも形式化された。
主権国家や国民国家も、ローマ教会とのプロセスで世俗的権力の自立を目指す
ヨーロッパの歴史から出てきたが、20Cに入ると、アジア、アラブ、アフリカ
など、あらゆる地域が国民国家へと編成された。中東など、地図を広げれば
分かるが、砂漠の真中に見事に一本の直線で、人工的に国民国家が作り出された
ことが分かる。民主主義も、王権との闘争の中から、古代ギリシャやローマを
参照しながら作り出された。だから、ヨーロッパでは民主主義への警戒感も
強かったが、20Cに入ると民主主義こそは理想的で普遍的な政治体制となった。
アメリカのウイルソン大統領は、第一次大戦への参戦にあたり、アメリカは
「世界の民主主義を守る」と言った。ヨーロッパが生み出した近代は普遍化され、
世界化され、普遍文明とみなされ、これを代表するのはアメリカであった。
2 0Cになるとアメリカは急に移民国家の様相を呈した。ロシア革命を逃れて
ロシアや東欧から流れ込み、ナチズムを逃れてユダヤ人が流れ込み、職を求めて
アジア人が流れ込んだ。→ アメリカは多様な民族や人種からなる「世界の縮図」
となり、アメリカこそは、「世界的な普遍文明」を代表することになった。
アメリカこそが、「民主主義」を代表するだけでなく、それを「世界化する使命」
を帯びるようになった。かくして、実証主義、科学技術、市場経済、民主主義、
自由な個人、基本的人権といった観念は、『グローバル・スタンダード』と
見なされていった。これが近代主義というもの。 アメリカなる国が、この
近代主義を理想としグローバル化を推し進めた。特に20世紀の二つの戦争後、
アメリカ的な近代文明が世界へと拡散する時代。それが一気に爆発するのが
1990年代以降、ソ連社会が崩壊し、冷戦が収束してからだった。
▼ イスラム国が、欧米がつくり上げたアラブ国家の枠組みを否定し、
 マホメットがイスラム経をつくった原点に立ち返り、新たなイスラム国家を
つくろうという理念は、発生して然るべきだが、、奴隷制度の復活とか、首切り
処刑や、その写真公開は容認できようはずがない。欧米が、近代になって
各地域の部族の首長を巻きこみ、勝手に線を引いて都合の良い国家をつくって、
そのまま現在に至っている厳然たる事実がある。9・11テロも、アメリカが
国家的陰謀で、テロを見逃していたという説もある。そして、アフガンと、
イラクの利権を狙った?とか。世界の隅々まで高性能の情報機器が普及し、
ネット社会が覆ってしまったことが、ニヒリズムに落ち込む結果となった。
偶然だが、以下の文章につながる! 

・・・・・・
5825,閑話小題 〜しまった! ー夢のカルフォルニアー 12
2017年02月25日(土)
   * 夢のカルフォルニア 
 スポーツジムに通い始めて6年になるが、月に20日以上は通っている。
月会費が6000円のため、日割りにして1日につき300円でしかない。ゴルフも、
スポーツジム、スナックのボトルキープも、見通しの甘い人たちの存在がある。
この本を読みこむにつれ、過去の‘しまった!’が次々と思い出されてくる。
 金が有り余っていれば、それもありだが… 無いのに限って甘いのが常。
【 全米で最も住みたい州の夢のカルフォルニアに、年間220万人が引越して
 きて、150万人が出ていく。これが現実である。これは人生と同じで、遠く
から眺めるのと近くで見るのとは違って見える。例えば、医師や健康な人を
対象に、「三ヶ月の延命のための治療を受けますか」の質問に、「受ける」
と答えた人は僅か。ガン専門医で6%、化学療法士が0%、健康な人で10%。
それが、現に命の危険にさらされている人たちに尋ねると、42%が「化学療法」
を受けると、答えた。別の研究で、重病患者の58%までが、死が近づいてきたら、
たとえ一週間でも延命治療を受けるだろうと答えた。アメリカでは発行された
割引クーポンの4割が未使用で終わる。ギフト券も同様の結果になった。…】 
 ▼ その瞬間がくるまで、実態が理解できないのが人間。
 「その時は、その時」と、煙草を喫い続けた肺ガン患者が、その典型。
カルフォルニアで、良かった思っている人も多いだろう。とにかく、脱皮が
出来たのだから! しない後悔より、した失敗の方が、プラスの方が多い?
「若いうちの失敗は買ってでもしろ」というが。夢のカルフォルニアでも、
ハワイでも、一度は住んでみればよい。何処も変わりばえはしないことが、
分かるだけでも充分。その経験が無いと…  あとは次回。
・・・・・・
6192,閑話小題 〜映画鑑賞 ―ギフテッド
2018年02月25日(日)
   * 本当の幸せは何かを問いかけ
 ギフテッドの意味とは、<先天的に、平均よりも、顕著に高度な知的能力を
持っている人のこと。 半面、大きなマイナーを抱える人もいる。将棋や、囲碁、
チェスのチャンピオンに多く見かけられる。天から非凡な才能を与えられた少女の
育て方をめぐって対立する祖母と叔父を通して、幸せは何かを問いかける筋立て。
≪ 制作HPの解説: フロリダに暮らす、ちょっと変わった2人と1匹の家族。
 7歳の生意気ざかりのメアリーと、彼女の叔父でシングルのフランク、そして
“歴史上一番すごい猫”のフレッドだ。 互いがいるだけで、毎日が記念日の
ように楽しい時間は、メアリーが学校へ行くことになり揺らぎ始める。
彼女には、生まれながらにして数学の天才的な才能があった。「普通に育てたい」
というメアリーの母である亡き姉の遺志に従って、フランクはメアリーの英才
教育を頑なに拒む。しかし、そこへ縁を切ったはずのフランクの母親が現れ、
彼からメアリーを奪おうとする。歴史を変える才能の開花か、愛する者と生きる
人生か ─果たして、メアリーにとってどちらが幸せなのか?さらに悩める
フランクには、姉から託された“ある秘密”があった─。≫

▼ モンスターの祖母に反発し、母親が自殺したが、同じことを孫にまで強要
 しようとする。ところが天才だった母親が、数学の世界的難問を解いていた。
しかし、その解答を弟に託して自殺をしていた。そのことを祖母が知らなかった
という落ちがある。最後は、最高学府で大人と授業を受ける天才教育の道を
歩むことになるが… この7歳の少女が私たちに教えてくれた本当の幸せって
なに? の問題。 
 この映画の中で、祖母がいうところの凡庸な地方の小学校一年生の宿題が、
キッズによる「箱庭の動物園」つくりには驚いた。砂場の遊びと同じく、
あらゆる教育の原点が、そこに詰まっている。 
 そこで今、彼方60数年ぶりに想いだしたのが、小学2年の図工時間のこと。
グループの共同作業で動物の絵を切取って、糊代を下にして立体的に貼りつけ、
動物園つくりをしていたが、間違えて麒麟の首が切れてしまった。そこで、
必死の思いで、二つを重ねてノリを貼りつけて無事に立ち上げた。ところが、
それを見つけた女性の先生が、大声で、これは誰ですか? 部屋全体に鳴り
響く声を張上げた。てっきり叱られたと思ったが、実は、その知恵を褒めて
くれたのである。ということは、その頃から「箱庭づくり」に似た?教育が
行われていたようだ。7歳でも遅すぎる天才教育。その間に、叔父によるベース
の教育環境があればこそ。 数百万人に一人の天賦の才能、強引だとせよ、
そのコースに導こうとする祖母の考えも、理解できるし間違えてない。
それを引出す指導は、周囲の大人の責任である。 祖母の存在が無ければ、
自殺した実母の思惑どおりに凡庸の子供で終わっていた可能性があった。
 どちらが幸せか? 人類最大の課題だが… 様ざまな問題が垣間見られた
映画であった。
『いちばん大切なのは、<愛する>才能』ですね。それと、『感謝する能力』。
その上に、『感動…』と、『感激…』。 これも育て上げれば才能になる。
 せっかく頂いた地球旅行の人生だもの。愛し、感謝し、感動し、感激し、
深く広く、人生を味わわなければ、生きている甲斐がないじゃないですか。
天才は天才として、凡庸は凡庸でも、地球という世界を感知しないとね…。
どのみち直にプッツンだもの。元もとこのブログ、墓場のつもり。遺言かいな。

・・・・
4363, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー7
2013年02月25日(月)
    「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤勝重 (著)
 * 情景描写の効果 ー鱒寿司の話
 伝える効果の「人プラス物」の他に情景がある。その中でとりわけ生活情景の
ワンシーンは抜群。その幾つかが紹介されているが、むしろ私の子供時代の
思い出になっている「鱒寿司の話」を書いてみた。
≪ 子供の頃、父が店の仕入れの御土産に、北陸まわりの車内販売で、鱒寿司を
 買ってきてくれた。笹の葉に包まれた鱒寿司は、当時の家族にとって最上の
食べ物だった。それを家族が集まり八等分の一切れが分配される。
その大きさが微妙に違っているのを固唾をのんでみているが、末っ子のため、
最後の一切れが私に配られる。それに醤油を一タリつけて食べると、それが
美味いのである。ケーキを切って食べるのと似ている。それから何年後に、
義兄が、車内で思いついて土産に買ってきた。その時の話が印象に残っている。
隣席の人が、車内販売の鱒寿司を幾つか買う義兄に連られて買い求めて、早速、
食べた。ところが期待したほど美味いと思わなかったのか、不思議そうに、
「それほど美味くないが、どうして、こんなに買うのですか?」と尋ねたので、
義兄は、「これは家族が集まり、幾つか切った一切れを団欒しながら食べるから
美味しいので、一人で列車内で食べるものでないですよ!」と教えたところ、
その人も納得していたという。≫
▼ これを書いていて、鱒寿司を兄姉と分かちあって食べた当時の情景が、
 鮮明に思い出てくるから不思議。 ウィキペデアによると、
【鱒寿司は、富山県の郷土料理。駅弁としても知られ、鱒(サクラマス)を
用いて発酵させずに酢で味付けした押し寿司の一種。】とある。今では、
スーパーなどで催事で時々、見かけるが買う気になれない。小学校の5年から
高校を卒業するまで、長岡駅裏に8年住んでいた。そのため、そこの生活が、
いやに懐かしい。母親が極度の「うつ病」になり、心筋梗塞を誘発し、あわや
死にそうになったり、近隣の遊び友達と遊んだり、十姉妹や文鳥、カナリヤを
飼ったり・・ あの受験勉強さえなければ、良いことずくめ。 
読書を薦めてくれる人はいなかった。
・・・・・・
3623, 日本人発明の食べ物
2011年02月25日(金)
 カレーはインドのものだが、ライスの上に乗せてカレーライスたるものを
作ったのが日本人である。日本人は西欧の香りのするカレーを、ハイカラ、肉食、
手軽というカレーライスに仕上げた。明治の頃に明治政府が肉食を勧めるために
天皇が肉を食べてみせた。そして仮名垣魯文がカレーレシピを作ったのが始まり。
カレーといえば新宿の中村屋の純印度式カリーは有名で、香りが何ともいえない。
これは、東京帝大前のパン屋のハイカラ文化の経由。そして、極めつけが、
インスタントカレールー。 これで誰もが手軽に夕飯にカレーをつくれる
ようになった。これは、同じ頃に「すき焼き」が日本特有のものとして大衆に
浸透していった。 更に、『きむらや』は明治七年に銀座に進出し、やがてパンに
アンを入れたものを売り出したのが始まり。これもカレー、すき焼きと共に
日本文化の一つになっている。これは饅頭の皮をパンに思いついたのだろう。
 そして戦後になって、『チキンラーメン』と『カップラーメン』である。
日本というより世界屈指の発明である。これは日清食品の、創業者の安藤百福が
つくりあげたもので、今や年間一千億食も食べられている。世界の一人当たり、
15食以上も食べられていることになる。 宇宙食として、災害や紛争の救援食
として、世界中の津々浦々まで浸透している。最近では、回転寿司である。
酢飯と魚が丁度、健康ブームとあいまって、爆発的に進出をしている。
古来からあるもの食文化を、外来のものとアレンジをして新たに日本人好みに
変えてしまったもの。最近は米粉を材料としたパンや麺なるものが出てきている。
 ところで、話しは違うが、日本の夜の世界のクラブ。着飾った女性が客に
サービス(踊ったり、歌ったり、話し相手になったり)する業種は日本だけ。
外国は、何?の前段階の品定めならあるが、ただ、接客や、雰囲気を楽しむのは
日本だけ。これは昔からある芸者遊びを現代版にしてものだが、何か、
上記の日本特有の食べ物と、進化過程が似ている。


6920,読書日記 〜快活こそ悟り! −3

2020年02月24日(月)

              <『老年を愉しむ10の発見』>
  今回は、4,5,6章より
 4章 「受け入れ、愛せる」人
 5章 アクシデントとどう向き合うか
 6章 「触れ合う」ことで満たされていく
 ―
   
    ♦ 4章 「受け入れ、愛せる」人
  ☆ 「人生のブルーアワー」にできること
 日が暮れる直前の夕方の空になぞらえるなら、これは「人生のブルーアワー」。
この時間になると、部屋の片隅に座って、その日に起った出来事や考えたことを
話したくなる。ただ、重要なのは、自分だけでなく、相手に話をさせること。
 … 人生で大切なことは、余暇を楽しむ気持ちを育むことであり、「決まった
目的のない行動をしたり、何もしないでいたりする時間を持つ」ことだ。
「あらゆることを楽しむ気持ち」を持たなくてもよいことこそ、年をとることの
特徴だといえる。「楽しみを必要としないことこそが、様ざまな楽しみに取って
代わる」…年をとっていく人生を落ち着いて過ごすために、二つの選択肢がある。 
・一つは、様ざまな活動をしようという姿勢を持ち続けること、体調を良好に保つ
 こと、学び続けること。社会的活動に参加すること。つまり、積極的であること。
・二つ目は受動的に振る舞うこと。身を引くことlせいぜい控えめに活動すること。
 自分一人で、あるいは家族や、友人とだけ過ごすことだ。
 ―
    
   ♦ * 5章 アクシデントとどう向き合うか
 ☆ 「起ったこと」は、何かに役立つのか
何ゆえに、痛みに堪えなくてはならないか?「人生の奥底まで知る尽くすため」。
次つぎと襲ってくるアクシデントに対して、これは人生が私に課したものなのだ。
偶然か、意図あるものかもしれない。とにかく、私はこの課題を受け入れ、
何らかの答えを導きだそう。それは何かの役に立つだろうから」
 … 人間にはメランコリーな状態に陥ることがある。「克服しなければならない」
と考えるのは問題外。それよりも、「人間という存在は、そのようなマイナス的側面
があるからこそ、人生の豊かさをあますことなく経験できる」と考えるがよい。
 人生とは、次々と襲いくるアクシデントが織成す糸をほどすプロセス。
メランコリーなど、一瞬の感情。 現実は解決されるべき案件でしかない。
 ―
   ♦ * 6章 「触れ合う」ことで満たされていく
 この随想日記を習慣の力を借りて書き続け、公開しているのは、精神的な触れ
合いを求めて自身を曝け出すため。触れあわれることは、触れあうことでもある。
<言葉を介した触れあいには多くの意味がある。「読書」もまた、触れあいになる。
 数千年前の人と、言葉を通して精神的に結ばれる。これらの通して、精神的な
広がりには、時間や空間を超えた「無限の可能性」がある。これは、「泰然とした
落ち着き」にいたるのに、充分な理由になる。>
 ―
 ―
 …「泰然とした落ち着き」とは、「不安を感じることが少ない穏やかな精神状態」
を意味している。 それは、無関心や無感動とはまったく異なるものなのだ。
触れあいで大事なことは「感情」だ。この程度の内容なればこそ、行間に「感情」
を可能な限り入れる。感情は、<感動、感激、感謝> の念の積重ねから培われる。
 これは、意識して行蔵に保管しなければならない。 快活は無感情からは決して
生まれない。特に老年期こそ、その行蔵の御宝が問題になる。貧相な小屋しかない
人は、他者の御宝を貶すしか手段を持たない。で、マイナス循環に陥り、悶絶する。
表立っては同類と連合い快活を装う。とって付けた理屈で、同類相憐れんで老醜を
曝す…『世人』をいう。これらは、政治家からしたら美味しい票になる。それが、
アメリカのブルーカラーの白人層。 その中には、快活そうな、現象と事実の見境
さえつかない、人の好い白人層が多く存在する。考えられないのは、やはり罪悪。
 
・・・・・・
6555,閑話小題 〜今のうち、元気のうちだよ…
2019年02月24日(日)
 * 毎日、何の負目を持たずに楽しめる人!
       (…諸事情のため、削除しました)
後記: 削除は何の事情でしょうか、忘れました。調べたが、完全削除。
   よほど、身近の人をシリアスに書上げたため? と推測される。
                      2020年02月24日記
 ・・・・・・
5094,タガメ女の正体  ー
2015年02月24日(火)
       ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * タガメ女度チェック
 カエル男に続いて、タガメ女度のチェック。
まあ、世の亭主、良いように飼い馴らされたもの。他人事ではないか!
  ☆ タガメ女度チェックシート
1.規則正しい生活を送っており、周囲から「ちゃんとしているね」と言われる
2.パートナーには「0時には帰る」という“カエルコール”を義務づける
3.相手が失敗をすると、「ほら、だから言ったでしょ」と言う 
4.いかに自分が日々の家事(仕事)を頑張っているかを周囲にアピール
5.習い事に夢中になっている
6.休日は友人と会ったり、イベントが目白押しだったりで忙しい
7.マンションの階層にこだわりをもっている(戸建ての場合は家の立地)
8.近所からどう見られるかにはかなり敏感だ
9.スマホではなくガラケー(ガラパゴス・ケータイの略。
日本国内では便利だが世界標準ではない)でドコモユーザーだ
10.住宅ローンを組み、「郊外のベッドタウン」で暮らしている
11.結婚願望は強かった(強い) 
12.まとまったお金は投資型の運用よりも郵貯や積立保険にまわす
13.アルバムが充実している
14.誕生目やクリスマスパーティなどのイベントを企画するのが好きだ
15.ディズニーランドが大好き
16.女子会では“意味のない会詰”を延々と続けられる
17.身近に独身のオタク男性などがいると不安になる
18.「主人は〜」(カレは〜、)というのが口癖だ
19.PTA活動(行事)では積極的に「役職」につき、懸命にこなす
20.働きながら子育てをする女性や独身女性とはあまり親しくしない
 ・0〜4:タガメ女度20%
 ・5〜10:タガメ女度50%
 ・11〜15:タガメ女度80%
 ・16〜20:タガメ女度100%
▼ 家内は問題なので、姉の一人を想定すると何と80%? 
 傍目でみても、それは大変? 専業主婦を持ったサラリーマンなら、
タガメ度80%は仕方がないか。婿取り娘なら100%?
「このオレに あったかいのは インコだけ」
「領土権 妻はリビング 俺仏間」というところか。

・・・・・
3987, 宇宙論のコペルニクス以上の大転換 (宇宙は本当にひとつなのか)
2012年02月24日(金)
           宇宙は本当にひとつなのか ー1
  * 我々の宇宙は10の500乗分の1個でしかない!
2003年を境に宇宙論は、コペルニクス的大転換に匹敵するほど大きく変った。
コペルニクスが地球が宇宙の中心と思っていたところに、実は太陽が中心で、
その周りを地球が周っているに過ぎないと主張した以上の衝撃的進展という。 
それは、観測の結果から宇宙全体のエネルギーの内訳が明らかになった。
星や銀河、それを形作るすべての元素のエネルギーは宇宙全体の4・4%で、
目に見える星や銀河は、宇宙の中のほんの一部分でしかないものだった。 
ここで、残る96%は何か?というと23%が暗黒物質で、約73%が暗黒
エネルギー。それを合わせると、残りの96%になり、元素のエネルギーを
合わせると100%。しかし、その正体は殆ど分かってなかった。
つまり、宇宙の殆どが分かっていなかった。ところが、その暗黒物質が分かる
一歩手前まで来たのである。この暗黒物質の研究から出てきた考えが、宇宙は
もっと沢山、もしかしたら10の500乗個もあるかもしれないという宇宙多元論。
たくさんある宇宙の「たまたま」真空のエネルギーが十分小さかったものが
わずかあり、私たちの宇宙は、その一つだったという説。殆んど宇宙のことが
分かってなかった事実と、我々の宇宙は、気の遠くなるような多くの宇宙の一つ
でしかない裏ずけがで始めてきた。
 学生時代にビッグバンとブラックホールの理論を知ったときの新鮮な驚きを
今でも憶えている。その後の科学の飛躍的進展で、宇宙のことが格段に知られる
ようになった。その一つにブラックホールの先が違う宇宙への入り口ではないか
という説。それが2003年を境にコペルニクス的大転換以上に変わったという
のを最近、知ることになった。哲学が宇宙の外があるかどうかを論じているが、
科学は、宇宙はもっと多くあり、10の500乗もある可能性を論じている。 
科学が哲学を遥かに超えたことになる。 永遠の中の有限の存在を知った人間が、
その苦しみを緩和するためつくり上げた神も、多元宇宙論を知ると、所詮は、
そこまでということが分かる。 私にとっても、衝撃的大転換である。
137億年前のビッグバンで我々の(今度から、我々の、を付ける)宇宙が
出現し、その広がりには千から2千億の星からなる銀河が、100億もある。
そこには星の消滅の時に生じる空間の歪みが、ブラックホールになり、周辺の
星を吸い込んでいる。それは、どうも他の宇宙に通じる通路と思われる。
これが、私の知っていた宇宙である。それが、気の遠くなる数の多くの
宇宙の一つというと、根本が変わってくる。
・・・・・・
6191,閑話小題 〜映画鑑賞 ー創業物語
2018年02月24日(土)
  * 映画鑑賞 ーグレイテスト・ショーマン
    ‘あらすじ’を要約すると、
 19世紀アメリカの実在の興行師、パーナムの半生を描いたミュージカル!
創業と挫折と再生を、家族愛を絡めたアメリカンドリームもの。
あらゆる困難を前向きに解決する筋立てが良い。しかし、そこに非難が集中する。 
古い博物館を買取り、再生をしたが思惑を外れ、失敗の様相の中で、どうすれば
客寄せが出来るかの瀬戸際で、二人の子供の何気ない言葉が…
『実際に生きている奇人を集めた見世物にすれば…』の何気ない言葉にヒント
を得て、奇人達のミュージカルショーに仕立て、大成功に導く。色々な個性を
持ちながら目立たないよう生きてきた人々を集めた、誰も見たことのない様ざま
なショーの企画である。しかし、それも焼討などで破たんしかけるが… 
 ――
  :解説:
「レ・ミゼラブル」でも華麗な歌声を披露したヒュー・ジャックマンの主演で、
「地上でもっとも偉大なショーマン」と呼ばれた19世紀アメリカの実在の興行師
P・T・バーナムの半生を描いたミュージカル。劇中で歌われるミュージカル
ナンバーを、「ラ・ラ・ランド」も手がけたベンジ・パセック&ジャスティン・
ポールが担当した。貧しい家に生まれ育ち、幼なじみの名家の令嬢チャリティと
結婚したフィニアス。妻子を幸せにするため努力と挑戦を重ねるフィニアスは
やがて、さまざまな個性をもちながらも日陰に生きてきた人々を集めた誰も見た
ことがないショーを作り上げ、大きな成功をつかむ。しかし、そんな彼の進む先
には大きな波乱が待ち受けていた。

▼ 創業のサクセスストーリー …幼児の頃に、両親の敗戦直後から再生の後ろ
 姿をみて育ったこともあり、興行主の二人の子供の不安心理が手に取るように
読取ることが出来た。創業当初で、まず問題になるのが目先の繁盛。日銭だけが、
生きていく上の灯になる。「恒産あって、恒心あり」で、お金と、健康と、精神
(気の強さと明るさ)と、家庭の安定がベースにしてこそ大波を乗越えられる。
それがチョッとした切掛けで脆くも壊れかかる。 ソルジェニーツィンの
『イワンデニソヴィッツの一日』の中で、獄中の主人公への励ましの手紙の一節
を、今でも、鮮明に憶えている。
<人生、小説じゃないと思います。あくまで勝者が善、負者は悪です。
 その為には強くならねばなりません。強くあって下さい> 
の言葉が20歳代後半の一時期の私を支えてくれた。そのパーナムの苦労話も、
ミュージカルで演出されており、明るい気持ちでみることが出来た。乗越えれ
られたからこそ、面白かったと言えるが、舟板一枚下は、地獄が待っている。
松下幸之助が、創業当初、必死に紙に書いていた内容が、「金、金、金、金…」
だという。当然といえば当然の話。だから地元で、創業などするな!である。
創業は、既存の仕組みを根こそぎ否定することが第一歩。そこで露わな姿を
曝すのが‘生地’では…「あそこのバカ息子」と、絶対否定の対象になる。
だから遠く離れたところが条件となるか、生地ではアウトサイダーの覚悟が
必要となる。他人と同じ横並びなら生存価値がなくなるのが事業の宿命。
起承転結でなくて起承転々というが、失敗に終われば、『起承点滅』の後、
『起承転落』というより、『起床消滅』? 
これも『日々、是、口実(好日)』の自嘲の一つですか。
・・・・・・
4729,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー3
2014年02月24日(月)
 * クラインの壺と、パラノ型、スキゾ型人間 〜�   
          ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
 自分の節目を書いているような? 男女の組み合わせも、このようなペア
が多い? 私が?パラノで、家内が? 「パラノ」と「スキゾ」について、
浅田氏は『逃走論』で、次のように解説しています。
《・「パラノ型というのは偏執型(パラノイァ)の略で、過去のすべてを微分
  統合化して背負いこみ、それにしがみついているようなのを言う。パラノ
  人間は《追いつき追いこせ》競走の熱心なランナーであり、一歩でも先に
  進もう、少しでも多く蓄積しようと、目を血走らせて頑張り続ける」
 (『逃走論』)、それを読んでわかるとおり、これは前項で説明した
 「脱コード化」(近代資本制)社会における典型的な人間の姿を言い表わす。
・それに対し、「スキゾ型というのは分裂症(スキゾフレニー)の略で、そのつど
  時点ゼロにおいて微分ー差異化しているようなのを言う。スキゾ人間は、
 「追いつき追いこせ競走に追いこまれたとしても、すぐにキョロキョロ
  あたりを見回して、とんでもない方向に走り去ってしまうだろう」
  要するに、お金を求めてクラインの壺をぐるぐる回り続けるパラノ人間
  に対し、その行為を全く拒絶して、自分の思うままに生きるのがスキゾ人間
  であるということです。浅田氏は『逃走論』のなかで、パラノ人間は成長
  社会においてのみ肯定されるという本質を見事に探り当てています。
  頑張れば、それなりに結果(地位、報酬など)が得られる社会だからこそ、
 《追いつき追いこせ》の運動が活発化するのであり、それを否定するスキゾ
  人間は社会から異常者としてつまはじきにされます。いわゆる「おちこぼれ」。
  しかし、高度成長期ならいざ知らず、このデフレの時代には、パラノ的
  価値観の方が、むしろ異常と捉えられる。》
   ーネットで、この説明を解りやすい例えの内容があったー
【 1980年代、浅田彰氏を中心に、人間はパラノ型とスキゾ型の二つがある、
  と説く。・パラノは偏執型(パラノイア)のことで、十億円もってる
  吝嗇家が、あと十万、あと五万、と血眼になってるみたいな。
 ・スキゾってのは、つねに《今》の状況を鋭敏に探りながら一瞬一瞬に
  すべてを賭けるギャンブラーなんかが、その典型だ。もっとも基本的な
  パラノ型の行動といえば、《住む》ってこと。一家をかまえ、そこを
  センターとしてテリトリーの拡大を図ると同時に、家財をうずたかく蓄積。
  妻を性的に独占し、産ませた子供の尻をたたいて、一家の発展をめざす。
  このゲームは途中でおりたら負け。《やめられない、とまらない》で、
  パラノ型になってしまう。これビョーキだが、近代文明はまさしくこうした
  パラノ・ドライヴによってここまで成長してきた。成長が続いている限りは、
  それなりに安定していられるが、事態が急変したりすると、パラノ型は弱い。
  砦にたてこもって奮戦したあげく玉砕になりかねない。ここで《住むヒト》
  にかわって登場するのが《逃げるヒト》。何かあったら逃げる。
  ふみとどまらず、とにかく逃げる。そのため身軽じゃないといけない。
  家というセンターをもたず、たえずボーダーに身をおく。家財をためたり、
  家長として妻子に君臨したりはしないから、そのつどありあわせのもので
  用を足し、子種も適当にバラまいておいてあとは運まかせ。
  頼れるのは、事態の変化をとらえるセンス、偶然に対する勘、それだけだ。】
▼ 家庭内をみれば、旦那がパラノ型で、妻がスキゾ型。定年前の男なら、定年
 までは、パラノ型で、その後は、スギゾ型。私自身は、50歳まではパラノ型で、
 それ以降は、スキゾ型に比重が移動。そして65歳からは、完全移行になった。 
 こう振り返ると、15年間の準備期間があったことになる。
 クラインの壺の渦中だと、自分自身が見えなくなっていた? 
・・・・・・
4362, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ー4
2013年02月24日(日)           
 * 親しい友人は何もしてくれない理由   
        「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」橘玲 著
 生きてきて感じることに、「親しい友人は何もしてくれない」という厳然たる
事実がある。当たり前のことだが、友人に物事を頼ること自体が間違っている。 
が、全く違う理由がある。 ーその辺を著者は次にように述べている
≪ 親しい友人同士は、長い付き合いのうちに、頼りあった友人関係は責任が
 伴うため淘汰されることを経験上知っている。強い親しい友人は似たような
仕事か環境であるため、助け合うに不向きである。知人の方が弱い絆で責任も
伴わないし、違う分野の世界だけ広い世界を持っている。そのため貨幣世界の
人の方が割り切って紹介しやすい。 貨幣空間の成功者は、人と人を結ぶことに
喜びを見出している。優秀な人材を紹介することで人間関係の貸借対照表に
資産を加えることが出来ることを経験上、彼らは知っている。 紹介された方は
心理的負債は負うが、これは金銭と違って返済義務はない。世界中のすべての人
と6次以内でつながるスモールワールドの貨幣空間では、たくさんの弱い絆の
向こう側に大きな鉱脈が眠っている。グローバル時代のビジネスでは、その
‘真理’を本能的に知っている人が、成功を確実に手に入れることが出来る・・≫
▼ ビジネス社会をみると、有能の人は、人間関係の貸借対照表の資産が多い。
 私など人間関係論を専門にしてきた割に全くというほど資産も、負債もない。
独りの世界も良いが、それにしてもである。ビジネスの世界を離れれば、
その資産もアテにならない。そこでネットで検索すると
《 友情は、共感や信頼の情をもって互いを肯定し合う人間関係、もしくは
そういった感情のこと。友達同士の間に生まれる情愛のこと。しかし、それは
すべての友達にあるものではなく、自己犠牲ができるほどの友達関係の中に
存在する。》とあった。 基本は「人は人 我は我 されど親しく」である。
群れた老人ほど(若者もか)、不釣合いのものはない。最近、暴力団にかわって
「半グレ」が話題になっているが、自立できない半ガキの群れそのもの。
半子供だから群れるしかないのも分かる・・ やはり法律で締め上げるしかない。
何かしてもらう目的で、セッセと人と人を結びつけ、人間関係の資産を増やす
貨幣空間も、これまた面白いようだ。逆に、それとは全く違った資産勘定も
必要だが、歴史上の偉人とか小説上の人物でも親しい人は作ることができる。
 


6919,読書日記 〜快活こそ悟り! −2

2020年02月23日(日)

       <『老年を愉しむ10の発見』:
          〜ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学:ヴィルヘルム著>
 今回は
1章 人生には「さまざまな段階」がある
2章 自分に起こる「変化」と折り合いをつける
3章 「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの 
 ―
  
   第1章 人生には「さまざまな段階」がある
◉ 第一段階: 25歳まで
  早朝にあたる。無数の可能性がある。『したいと思いさえすれば、できるかも
 知れない』ということを意味している。逆に、試練の時でもある。挫折である。
 そこで何でも挑戦できる。その時の経験は、その後の人生の大きな糧となる。
◉ 第二段階: 20歳代後半から30歳前半には、クォーターライフ・クライシス」
 を迎えるかもしれない。30歳前半ともなれば、将来への展望が開かれていると
 思っていたことが、何時までも続くわけがないことを、おぼろげながら理解する
 ようになる。「いつか何かしなければならないと思うなら、そろそろ決断しな
 ければならない」という、自分から自分へのプレッシャーである。人生の半ばに
 さし向っていることを強く意識をし、ストレスがたまったとしても、何ものにも
 打ち負かされない力が満ち溢れていれば、年を取ることなど簡単に忘れてしまう。
◉ 第三段階: 40歳半ばから50歳辺り…
 現代人は、80,90,100歳まで生きることも珍しくない。とすると、人生の半分は
 40〜50歳の間になる。この時点を境に、そこから訪れる年数は、過ぎ去った年数
 より短くなっていく。年をとることは、まるでストーカーのように私たちにつき
 まとう。体、心、精神を、そうした「人生の新しい段階」に自然に合わせようと
 すると、一方で混乱が生じる。それは「青春のいらだたしさ」を思いだたせ、
 それと同じように何年も続く可能性がある。
  人生この段階で、「泰然とした落ち着き」を持つことができるのは、おそらく、
 新し段階へと移りゆく人生の流れに逆らわず、それに身を委ねる心構えが充分に
 できているときだろう。 ミッドナイト・クライシス〈老化を自覚して無気力に
 なること】や、更年期を迎えると、人生に対する考え方が根本的に変化する。
 それまでは、ズ〜ッと前向きだったのが、「私の人生は如何なるのだろう?
 私は何を達成したいのだろう。そのために何が出来るのだろう?」という視線が、
 強くなり、ここからは、後ろ向きな生活になり、人生の道は先細っていき、過去
 に目を向ける。人は自分の物の見方に束縛され、自分の生活状況と仕事環境、
 経験と人間関係に影響されていくのだ。
 ―
 
    第2章:自分に起る「変化」と、折り合いをつける
 現在の私が、この最期の変化の局面に立たされているが故に、周囲の同年代が、
このような知識が皆無なるが故に、動転しているだけでなく、他者攻撃に明け暮れる
姿が痛ましい。人生の最終局面まで生き、経験を重ねればこそ、この財産を生かす
ことが、その人の後半、そして晩年に+にはたらくもの 。 毎日を、面白くて、
充実していくには、経験の熟成が成せる業? それなくして、余生は考えられない。
 晩年、右往左往する、あの「世人」の方たち… 自身と折合いが付けられなく
なって、周囲の血の臭いを探すしかない彼らには、何の自覚がない!
 ―

    第3章: 「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの 
  ☆ 「生きやすさは」はどこから生まれるか
 何度も書いてきたが、51歳時に、5年半、軽い痴呆症だった母親を看送り、さて、
今度は自分自身の老いの問題が突きつけられた。余生は平均30年。そこを、どう
活きるべきか。まずは、還暦まで9年で、30年分を圧縮して生きる。好きな秘・異郷
ツアーを可能な限り参加。個人のHPを立上げ、ネット世界に重心を移動する。
50歳半ばから、1日1テーマの『随想日記』を掲載する。今までの事業一筋の考え方を
改める。明日、死んでも悔いを残さないように、世人と一線を隔す。
 母親を看送ったのは、2001年のは9月であった。9年前の事業清算と、19年前に、
毎日の生活習慣が激減していった。習慣の効用は、実に大きい。 ハッと気づくと、
後期高齢まで、あと1年である。快活で暇というのはない。有効な生活習慣こそが、
生きる術である。習慣といえば、『我家』である。ここを『こころ穏やかに生きる』
砦にして、そこの生活習慣を良質にすることこそ、最も重要になる。良質の生活習慣
こそが、心穏やかにする。
  ☆ 1日1日を味わいつくして生きる
◇ コーヒーの「一滴一滴」がよりおいしくなる境地
 夕刻の酒が美味いと、つくづく思えるだけで充分。早朝の一杯のコーヒーも然り。
好きな旅行も行きつくした感がある。それぞれの年代のメルクマールに秘・異郷旅行
の行先が鮮明に残っている。 最後に残るのは…『行蔵』の中にある熱い想い出と、
書き残してきた『文章』。そして、<いま、ここ、わたし> 。

・・・・・・
5457,閑話小題 〜政治を哲学する
2016年02月23日(火)
           「世界の哲学思想」小須田健著」より
   * 政治に対して哲学ができることは?
 政治には、烏合の衆をまとめて理想の世界に導く役割がある。そのためには
哲学が背景になければならないが、目先の力学も必要になる。政(まつりごと)
を治めるのが、まず第一になる。ここで「政治とは様々な意見の対立がある
ことを前提とした上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指す」と、
明示している。 高度成長期には、成長を。低成長期には、低成長の政策を
とるのが政治。哲学は、それらを鳥瞰した視点を持たなければならない。
だから哲学からは安易な答えは出してはならない。 ここで、政治についての
本質をズバリついている。 〜その辺りから〜
≪ プラトンたち古代哲学者が活躍した時代から現代にいたるまで、哲学の扱う
 問題はあきれるくらい変わっていません。もともと哲学とは、千年単位で思考
する営みであるため、一年や二年といった短期的な問題に答えていくのには、
あまり向いていないところがあります。つまり哲学とは、政治や社会や、急務な
課題に答えるものではないのです。
 では哲学が、政治や社会問題に対してまったく無力かといえばそうでもない。
哲学は、どんな問題に対しても安易に答えを出してしまう私たちを戒め、
自制を促す力をもっています。数学の問題のように、ただひとつの明確な答え
が領域が確かにあります。しかし、現代の、政治・社会問題には簡単に割り
切ることのできない問題が山積しています。また、どんな問題にも正解がある
はずだと考えることは、危険な一面も併せもちます。このような人は、正解だ
と思えるものを見出したとき、それを錦の御旗のように振りまわして、自分以外
のすべての立場を否定する態度にでかねないものです。確信をもって他人を批判
する人々は、もはやその自分の確信そのものが誤っているかもしれないという
可能性をすっかり失念してしまいます。ある時点で正解と思われたものが、
いつまでも正解であり続ける保証など、どこにもありません。ですから、
「もうこれは正解でなくなったのではないか」と、絶えず自己吟味をして、
自分対して批判的な目をもち続けることが大事なのではないでしょうか。
これはけっして日和見の勧めではありません。わかることはわかり、解決できる
ことは解決していくべきなのはいうまでもありません。「今の自分にはわから
ないことがありうる」という観点を保ち続けることが大切なのです。
 哲学は、けっして万能の解決策を教えてくれる学問ではありません。
むしろ、適切なかたちで問題を提起してくれるのです。適切なかたちで問題を
提起することができれば、そのときに解決もある程度見えていることでしょう。
なんにでもわかったような顔をするのではなく、わからないことはわからない
と素直に認める潔さもときには必要なのです。
 民主主義の基本は、自分と遅う意見の持ち主の存在を認めることにあります。
ですから野党が存在しない一党独裁の国には、どういいつくろってみても本来の
意味での自由はないので。政治とは様々な意見の対立があることを前提とした
上で、おたがいに共有できる土台を作れるかを目指すのです。フランスの哲学者
スポンヴィルの言葉を借りるなら、「みんな一緒でエゴイストになれる」道を
模索するのが政治です。哲学的思考は、常に他の答え(正解)も在り得るのだ
ということを認識させてくれるものなのです。・・・≫
▼ 世界はキリスト教とイスラム徒の原理主義戦争の様相を呈しているが、
 これは、中東と、欧米の風土の違いからくる宗教観の違いがある。砂漠では
家長が絶対的権力をもって、家族を導かなければならない。過酷な環境では、
民主主義や個人の自由の主張はマイナスになる。イスラム原理主義を強引に
推し進めようとするISが、猛威をふるっているが、これを欧米に持ち込もうと
しても、土台無理がある。とはいえ、欧米の世界支配で、中東などの世界から
資源を奪略してきた現実と格差が、ネットで公然となってしまった。それは
民族間の相克であり根が深い! 21世紀の世界大戦は、既に始まっている?
世界恐慌、格差問題の露呈、世界大戦の図式が不気味に現実になろうとする。
・・・・・・
6554,閑話小題 〜映画評 「アリータ バトルエンジェル」
2019年02月23日(土)
   * 昨日のシネマは
 これが思いの外、面白い。首を刎ねたり、胴体を真っ二つにするシーンの連続。
ロボットの胴体と、人間の胸部から上が生身のサイボーグのド派手なサイボーク
同士の戦いで残酷さが半減。ロボット同士では、無人飛行機の空中戦のようで、
味気ない。中途半端な人間臭いサイボーグがミソで、目を瞑らず正視できる。
月に4回、1100円×4=4400円を高いと思うかどうか。楽しみ半分、あとは閉じこめ
られたエネルギーの解放のセラピーの治療費と思えば安いもの。感覚的には3分1!
 ―
≪ :解説: 木城ゆきとによる日本のSF漫画「銃夢(ガンム)」を、同作の
 映画化を長年にわたり熱望していたジェームズ・キャメロンの脚本・製作で、
ハリウッドで実写映画化したアクション大作。 
 主人公アリータ役は「メイズ・ランナー」シリーズのローサ・サラザールが
務め、いずれもオスカー俳優クリストフ・ワルツ、ジェニファー・コネリー、
マハーシャラ・アリが共演。数百年後の未来。スクラップの山の中から奇跡的に
脳だけが無傷の状態で発見されたサイボーグの少女アリータは、サイバー医師の
イド博士によって新たな体を与えられ、目を覚ます。しかし彼女は、自分の過去や
今いる世界についてなど、一切の記憶が失われていた。 やがてアリータは、
自分が300年前に失われたはずの最終兵器として作られたことを知り、そんな兵器
としての彼女を破壊するため、次々と凶悪な殺人サイボーグが送り込まれてくる。
アリータは、あどけない少女の外見とは裏腹の驚異的な格闘スキルをもって、
迫り来る敵たちを圧倒していくが……。
  :映画レビュー:
 2563年、没落戦争から300年後の人とアンドロイドが混在する世界で鉄クズの
山から発見された記憶喪失の少女型アンドロイドの話。
この時代には残っていない技術で没落戦争前に兵器としてつくられた心臓や脳に、
この時代の普通の女の子の身体を貰い再生した主人公。設定的にも映像的にも
ゲームの様な世界観。記憶はないながら備わっていたバーサーカーの血や機甲術
という戦闘スキルと、女の子としての心情とをミックスしながら成長し闘う様子
が切なく温かい。≫
 ―
▼ こういう特撮物の進化による面白さは止まるところがない。残忍なシーンの
 割には、後味の悪さが残らない。漫画を映画化したのも新鮮さを際立てていた。 
これでは週一、通っても飽きることはない。ところが、帰って直に韓国モノの
映画の録画をみたが、これが90点。こんなに毎日が面白く過ごしていて果たして
よいものか?と。 セネカの言葉、
<人生は短いのではない 我々がそれを短くしているのだ>
 確かに楽しむ者にとって、人生は短すぎる。また無為の人も。 
楽しまない者には、退屈な長い人生になる。 
何かしら快楽主義の臭いがする。快楽主義をネット検索すると…
 【快楽主義 hedonism】
快楽(ギリシア語hēdonē)こそ善の最終的な判断の基準であると考える倫理的立場。
一般には肉体的快楽,とくに性的快楽を追求する立場をいうが,哲学史的には,
何を快楽とするかは,各体系によって異なる。ソクラテスの弟子アリスティッポス
は,人生の目的を快楽の追求とした。ただしこの快楽とは肉体的放縦の所産では
なく,逆に魂による肉体的欲望の統御から生まれると考えた。この態度は次代の
エピクロス学派に続く。エピクロスとその学派は魂の平静を重んじ,健康で質素
な共同生活を通して得られる精神的快楽を重んじた。
 ――
記憶に残っているのは、心底笑っていたり、感動し、感激したことばかり。
それも、時節ごとに大波の上での一ときに… 快楽が最上というのではなく、
それはオマケ。そのオマケを求めて命さえ晒すのが人間。面白く、可笑しく、
哀しくて、平凡で、時にスリルがあって、虚無の深淵の際に立たされ、一瞬に
永遠をみたり、そして、そう遠くない近未来にプッツンと。それが人生ですか。
 
 〜以下の文章が、シリアスなるが故に面白い永遠のテーマ!
「恒産あって、恒心あり」でしょう、娑婆は。 その基準は、その人による!

・・・・・・
6190,閑話小題 〜夫婦で目安の預金が…
2018年02月23日(金)
  * 夫婦で目安の預金が3000万円
 何か論理に飛躍があるが… 朝日新聞にシリアスなテーマがあった。
< 65歳の夫婦の場合、90歳まで生きるとすると、3000万が必要! >
ドキッとする内容だが、これだけ持ってないと枕を高く寝てられないという内容。
「だから、どうした」の話は欠落している。あくまでも、計算上の三段論法。
「65歳の無職夫婦の平均年金が255万で、支出が321万で。90歳−65歳の25年で、
66万の赤字で、年70万のマイナスとして合計1700万と、その他の車の修理、
家の修繕、など特別経費で1000万として合計3000万という論理。概ね長生きする
妻の立場からすると、考えておくべき深刻な話。 とはいえ、金欠で餓死する
という話でもない。
▼ 一世帯平均の預金が1700万というが、均したボリュームゾーンの真中は、
 400万で、3割は預金ゼロという。400万なら、毎年、マイナスが66万なら6年で
底をつくことになる。一週間前に、近所に救急車が一日、4回も来たのが不思議
だったが、数日後に、この記事を読んで、「金欠のため搬送後に、逃げるように
帰ったのでは?」という考えが頭によぎったが、これは一方的な妄想?だが。
私が預金ゼロなら… 健康で、そこそこの準備は必要だが、死んでしまえば、
経費ゼロ。
 アテネの時代から現在の欧米社会に至るまで、3%の特権階級、30%の市民
階級と、67%の奴隷階級が存在してきた。三分の一の人達には2〜3千万の
預金が、未満の人達には概ね400万ぐらい、0〜100万が、三分の一を占める。
グローバル化、情報化社会で、今まで、表に出なかった階級社会が、面前に
つき付けられてきた。これで朝鮮戦争などの有事があれば、更なる厳しい
現実に直面することになる。
・・・・・・
4361, 嘘と真実 −2
2013年02月23日(土)          
    「うそつきーうそと自己欺瞞の心理学」チャールズ・V・フォード著
  * うそつき 
 この本は、「嘘と真実−1」を書いた後で、図書館で見つけた本である。
この年齢になり人生を振り返ると、鮮明に己の行蔵がみえてくる。そこには、
自分に対する都合の良い言い訳や、無意識の浅ましい自分の嘘が浮かび上がる。
特に青少年期にまず身につくのは自分を騙すこと。自分の未熟さを認めたく
ないため、ウソで自身に対する「日々是口実」になる。身勝手の本性に小理屈
をつけ、まず自分に対する言い訳を考え、それを信じてしまう。
だから生きていられることもある。
ー以下は、この本の訳者の‘あとがき’中で語られている至言と
 いわれるフレーズ。 これだけで、要約になる。
「人は自分にうそをつくために他人にうそをつく」 
          《まず人は自負心を保つために自分にうそをつく》
「人間は、自分のいうことを自分で『信じている』とき、より効果的うそをつく」
          《犯罪者の起点は、ここから始まる》
「うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実をわい曲する」
          《基本的技法は相手の聞きたがっているウソを語ること》
「うそのつき手あるいは聞き手のいずれか一方が主犯というわけではない。
           うそは双方向通行の人間関係による力学的作用である」 
          《 落ち目の会社にある不信の構造に見られる? 》
「優秀なセールスマン同様に政治家もまた、選挙民を相手に、選挙民の聞き
 たがっていることを語る。この関係は双方的なもので、政治家が有権者の
 自己欺まんを代弁することもある」
 《権力を求める政治家に自己愛的な人が多く、その特性がうそを助長する。
これ、恋愛もいえる。人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ」
 《集団内で相互に強化される自己欺瞞が、恐ろしい問題をひきおこす。 
                 現在の国内政治にも心当たりあり! 》
「正真正銘の真実を聞かされてがまんのできる人間はそうはいないものである」
          《逆にゴマすりも、熟練にまで高まると・・》
「幸福は、その希少性からして一つの精神障害として分類されるべきもの」
          《病的嘘つきは、脳機能不全と関連が多い》
「男が女に、また女が男に自分を見せる際には、隠れた本能的な力が
          ある種のうそを助長する」《だから恋愛が成り立つ》
「うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しえない」
「人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、もっともらしい
 ように思われるものであっても、その人の過去の歴史的事実とはあまり関係
 のないものだ…」《過去は、書き直され再編成され全く違ったものになる》
「…自分の人生に首尾一貫したものや意味を見いだそうというときには、
          正確な歴史的事実など重要ではないということもある」
「真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも非道徳的なもの
 でもなく、単なるコミュニケーションの形態にすぎない。その道徳的価値が判断
 されるのは、他者との関係においてそれがいかに用いられるかによってである」
         《リアルのウソが効果ある》
「自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい」とあるが、
 人間は自分の真実の実像を見ていたら耐えられないのは自明である。そして、
「人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い」という欠点がある。
「うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、個人として
 栄えるために不可欠の要素」がある。自分が「不完全である」という事実を
 受け入れられないために、他者を批判し、他者を犠牲にすることにより、
 自分への批判をまぬがれようとしている(自己愛)人間が存在する。
▼ 性悪説の上で、性善説を説けば良いのか? それは他者だけでなく、
 自分を見つめれば分かること。本当のことってあるのだろうか? 
本当と思っているだけではないか? 時間の経過で、うそも本当になり、
本当もうそになる。利口者の自己欺瞞、馬鹿の正直者、その間に揺れるのが心。
利口者の正直者もあるし、馬鹿の自己欺瞞もある。


6918、読書日記 〜快活こそ悟り! −1

2020年02月22日(土)

       <『老年を愉しむ10の発見』:
          〜ドイツ流「穏やかに生き抜く」哲学:ヴィルヘルム著>
   * 何やら変な知人たち  
 この10年来、75歳を人生の大きな区切りとして生きてきた。本気度を示すため
「75歳で死ぬ」と公言してきたため、あと一年で肩身が狭くなる。 この10数年、
歯医者以外は、医者に行ってない。 そこで、早朝散歩や、ポタリング
(ミニサイクリング)、運動ジムで運動確保を対策にしてきた。 御蔭で、まだ
先と思っていた年齢まで早一年。 あとは、御隠居で生きるしかない。
この変なのが、変な視点で娑婆を眺めると、いるいる。 アンチ・エイジングを
妄信じて日々を過ごす「変な?のが」。 老いは抗うことは出来ない。如何に、
それに合わせ適応するしかない。

   〜Amazonの内容説明より〜
< 私は「アンチ・エイジング」より「アート・オブ・エイジング(年をとる術)」
 を身につけることが大切だと思う。 これは、老化というプロセスを拒否する
ものではなく、それとともに生きるための術である。
                   ―ヴィルヘルム・シュミット >
・これから得られる「豊かな実り」とは
・自分に起こる「変化」と折り合いをつける
・「それまでの積み重ね」が花開くとき
・「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの

古代ギリシャの哲学者
デモクリトスが「朗らかさ」を、外的な財産や感覚的な満足感に依存しない
最高の「内面的な財産」とみなした、というエピソードが心に残った。

快活さ=平安に満ちた心地よさを持つための土台が「生」についてなどの
スケールの大きい思慮から得られた朗らかさだと。
彼自身、「笑う哲学者」と呼ばれていたほど明るく快活だったという。
快活こそ悟り。
■目次
1章 人生には「さまざまな段階」がある
2章 自分に起こる「変化」と折り合いをつける
3章 「心穏やかに生きる」のに欠かせないもの
4章 「受け入れ、愛せる」人
5章 アクシデントとどう向き合うか
6章 「触れ合う」ことで満たされていく
7章 人生を豊かにする「つながり」
8章 深い思慮がもたらすもの
9章 「そのとき」を迎える心構え
10章 「生きる意味」について
 ―
   〜Amazonのレビューより〜
     ☆ 見物人
  ◉ 老いをマイナスと捉え過ぎ 
 欧米人にも、あるがままを受け入れることを良しとする人がいたのは意外。
「アンチエイジング」が主流だと思っていたから。しかし、老いと死をマイナス
と捉え、いかに癒すかに主眼が置かれていたのは、どうかと思った。老いること
による円熟や達観など、プラス面もあるのに、そういう捉え方はされていない。
― 
▼ 8人姉兄の末っ子で生れ、育ったため、両親の気持ちの半分は孫に対する
 ように扱われて育った。そして、何故か、何時も両親の傍で何不自由なく、
思い通りに生きてきたような。その温もりこそが、最大の財産だったような。
朗らかさ、快活さこそ、人生に一番、必要な要素。進学するにつれ、同期には、
暗い人が少なくなっていた。年齢もあるが、明るく、清潔感が高くなっていく。
 盆地で閉鎖的もあるが、新潟と長岡の市民性の違いは、明るさ。 もっとも、
首都圏と新潟の違いも、そのまま、比例するが。 明るさには、朗らかと、
快活さがある。それは、適度に肉食魚が混ざっているためだが… 緊張し、身の
周りに常に気配りをしないと、食肉の対象になる。食べる方は、ますます、太り、
食べられる方は、その瞬間、全てが消え去る。 老年を愉しむといえば、父方の
従兄に、存在している。86歳になっても、朗らか、快活そのもの。カメラ撮影と、
カメラそのものが趣味だが、万年青年。大家族で、多くの叔父伯母が存在すると、
様々な人生を垣間見れる。 あれだけ、明るく、清潔感があり、面白かった人が、
老いるとともに、暗く、内向けに変身する。 活きてこなかったため。
 活きる、生きないの半分は自己責任! 他人事ではない! 
 
  …次回から3章単位で、各項目単位で、テーマにする。
 昨日の一日は、シネマ館の映画が、この上なく。面白くて愉しかった?   
特に、YouTubeと、録画してみた映画と、ドキュメンは! また、それですか! 
面白いのは面白い! 「やくざ風の男の美人局の脅しの一部始終」が…
百万回ヒットすれば、10万。一千万回なら百万になる。 
「やらせ」としても、これもドキュメント風のドラマ。 …面白い時代だ。
毎日が全く飽きないから、不思議。

・・・・・・
6553,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜4
2019年02月22日(金)
            【…】内私の内語
《  * 感情には隠された目的がある
 ・最も重要な問いかけは『どこから?』でなく『どこに向かって?』である。
 【ケニアのツアーに参加した時、震えて…そんなことを思う余地がなかった。
・悲しいから涙を流すのではない。相手を責め、同情や注目を引くために
 泣いているのだ。【そんなのは悲しみではない。涙など出てこない。】
・かっときて自分を失って怒鳴ったのではない。相手を「支配」するために
 「怒り」という感情を創りだして利用したのだ。
 感情はクルマを動かすガソリンのようなもの。
 感情に「支配」されるのではなく「利用」すればよい。
 【それを利用したのがヒットラーの演説手法。カッとしたエネルギーが
  人生の活力を生む。】
・不安だから、外出できないのではない。外出したくないから、不安を作り
 出しているに過ぎない。【腰痛は、まさに是。不安感が腰痛を増長する】
・子供は「感情」でしか大人を支配できない。大人になってからも感情を
 使って人を動かそうとするのは幼稚である。【危なそうで行くのを躊躇した
 旅先ほど感動が大きい。それは、その感動の予感が磁石になり引寄せられる】
・彼氏には甘えた声で。配達員に対してはキツイ声で。他人は相手と状況に
 応じて行動を使い分ける。あらゆる行動に目的があるからだ。 
 【行動の「行」には目的の意味が入っている。犬でさえしているのに今さら】
 ―
▼ ・感情といえば〔情念〕という言葉が浮かぶ。人は情念で動く。
 赤塚行雄<『ヒトラーの魔力』 情念の話術 大衆は女である>が、
深い示唆を示している。 ヒトラーはドイツ人の心に深く根ざしている何か、、
「情念の泉」を解き放ったのではないのかと。敵はユダヤ資本、ユダヤ人と
決めつけ、彼はスピーチや文章によって、人種的「純度」と「ゲルマン民族」
(「支配民族」アーリア人)の優位性という信念をドイツ国民に広めていく。
冷静な理路整然とした言葉より、計算されつくした剥き出しの情念による言葉
を大衆は望んでいる。大衆は女どもと何ら変わりない、煽動し、熱狂し、時代
の変化への不安感を、麻痺させてほしいだけと…
 人間も社会も、内なる情念の業火に悩まされている。ことに群衆は盲目の
群れになる。左手を胸に、右手を上に向けた「ハイル・ヒトラー」と情念を
込めて発散させておけば、思考力が無くなってしまう。そこに、先の敵・味方の
色分けを塗りこんでしまう。当人が途中から、麻薬づけになって正常な判断が
出来なくなったが… それ以上に、大衆の情動は偉大な力を発揮する。
・ところで説教に『節談説教』がある。 この手法は、難解な教えを文字の
 読めない人々に判りやすく説くために、語るがごとく歌うがごとく、聴衆の
情念に訴えかける真宗の布教法。何かヒトラーの大衆誘導の説教に酷似している。
「怒りを歌うがごときに変えて大衆向きにアレンジした」ような。
理性も感情も裏腹。理性というやつも、考えてみれば怪しげでもある。
情動を理路整然と理屈づけしたのが理性? いや違いますか? 最近、NHKで、
ヒトラーの話術をテーマに放送していたが、見落としてしまったが、是、如何に? 
・個人レベルに、これらを活用すれば生き方が全く変わってしまう。
『何か、あの人、別人のよう。喜怒哀楽が激しくて、内容が支離滅裂だけど、
 何か面白い。でも、一皮むけたよう…』と… 実は、学生時代に、この猛毒の
ような本に脳をやられて、実践していた時節があった。その結果は、狂人と、
変人の塀の上の住人に? それを鳥瞰している第三の自分が、冷笑をして見て
いるのも変。鳥瞰ですか、鳥瞰。その為に、秘・異郷ツアーに嵌り込んだ向き
もある。 彼方から此方を改めて見つめると、これまた現世の日常が面白い。
「歪んだ自分」と「社会」と「身近な世間」の世界。 そうとでも想わないと… 
面白いわけだ。 自嘲で笑い飛ばすしかない、コミックそのもの。理路整然と
間違っている? のを自嘲してみるのも。

・・・・・・
6189,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −2
2018年02月22日(木)
   * 私自身は運が有る方か
 「運」のつくり方や、幸福論、精神論などを40年、いや50年も学んできた
割には、さほど運があったように思わない。かといって、高度経済成長期の
時代に、20、30歳代を過ごせただけでも、いや人間として生を受けただけでも
幸運であった。特に、終戦直後の廃墟に、この日本に生を得ただけで、いや、
人間として生を受けただけでも奇跡的幸運に巡りあえたことになる。哲学的で
いえば、「存在論」の『存在の不思議』の問題につながる。
 朝日新聞のテーマの質問、「自分は運がいいほうだと思う?」に対して、
7割の人が、「運がいい」と答えには、実は驚いている。7割が、この幸運に
気づいているからである。
 人生を振返ってみると、何度も危機があったが、必死に取り組んでいる内に、
何時の間にか乗越えていた。改めて、危機だった事象を振返ると、実に危ない
難関があったが、幸運にも、咄嗟の判断で乗越えていた。
<一つの事故の背景に、30倍の似た危機がある。> の通りである。
「間がさした」の真逆の幸運で、運が良かったとしか思えない危険の連続。
母親の口癖が『私には、3歳の頃、亡くなった父親の守護霊がついている』。
それに対して、「そう信じることで、何か内から幸運に向かう力が働いて、
幸運に導いている」と考えていた。 
 はや7年になるが、会社清算とはいえ、倒産は倒産。 資本主義社会では、
経済的前科者にあいなった。 その時の反応が何とも皮肉で面白かった!
マイナー?な人ほど、掌を返してきた。 実は、そこに、その人の不幸のタネ
が明確に現れ出ている。人を妬めば穴二つ」の別バージョンが、そこある。 
カラスと同じで、弱ったから、攻撃する。相手の傷口に、自分の傷の血を塗り
たくり、己の不遇の鬱憤晴らしの本性が透けて見えてくる。不幸系、不遇系
のマイナス度が深いだけ、辛辣になる。批判、非難で、神様になったり、
判事や、検事だったり。弁護士役など、誰も見当たらない。そこで、自分だけ
でもと、ここで『日々、是、口実』として自己弁護しているが、それは笑い
タネになる。自虐、露悪の私にとって、憐み、あいみたがいになる。
 
 〜そこで、熊、寅、八つぁん、大家さんに再び、出演してもらいます。
――
大家: 八つぁん、あんた、運がいいと思ってるかい。
八つぁん: 決まってるじゃないか。幸運というのは、幸福につながる。
  私が幸福でなくちゃ、誰が幸福というんですか。過去を振り返って、
  2割方は不幸を抱えていたね。
大家: その位の割合で、不幸を抱えていた方が良いんだよ。私もその位さ。
  で、 熊さんは、どうだね。
熊: 俺って怠け者だろう。働きは悪いし、カミさんと共働きで、陽気だから
  助かっているんだ。両親とも、教育が無かったのを、そのまま、引継いで。
  寅は、その点、少しでもと、耳学問で知識を得ようしているね。
寅: 子供の頃に、勉強してこなかったのは駄目だね。この歳になって、
  小、中学校の教科内容って生きる上の最低の知識だったんだと反省しきり。
八つぁん: 時代背景の良し悪しもあるけど、家系と、姉弟構成の立ち位置も
  大きいね。条件、状況そのままが原因というけど、本当だね。
  「運」というけど、「運命」以前に、「宿命」の問題があるね。
熊: その違いって何?
八つぁん: 宿命って、本人の努力では克服できないこと。遺伝的な…
  運命は、努力で克服出来ることさ。
寅: そう思って、努力をしたけどね。あの親の子供じゃ無理だよ。
  でも、何か運だけは良いんだ。賭け事には運があるよ。
熊: 何んだ。勝った時だけ吹聴し、負けた時は、フテ寝じゃないか。
  差引ゼロと言ったじゃないか。
大家: あれだけ楽しんで、タダなら、それで充分さ。でも、そのエネルギー
  を、教養に向けていれば、後悔も少なかったさ。御前は、遊び5割に、
  働き3、学びが2割。 熊は、遊び7割、働き2割、学びが1割りさね。
  それも、この長屋住まいの御蔭で、道を外れないでいられるんだよ。
八つぁんは、どうだろう。遊びが5で、学びが3で、働き2。
  働きは、バブリ過ぎがあったしね。4・3・3だったのにな。
  甘いか、しょうがない、八つぁんの親指人形だからさ。ったく。
八つぁん: 有難いことです。この長屋の住人になれて幸運です。

・・・・・・
5092,閑話小題 〜『悼む人』が良かった! ー�
2015年02月22日(日)
   *  『悼む人』が良かった ー�
『 誰に愛され、誰を愛していたか。何を感謝されたか。
  確かに貴方が生きていたことを私は憶えています。 』
 8人兄姉の末っ子に生まれ、両親に溺愛され?育ったことが、
私の人生の最大の恩恵である。それにも+−の両面がある。
小中学校の同級生を思い出すと、既に亡くなったが、義母に憎まれ
育った子や、戦災孤児で寺男のような生活環境で育った子もいた。
5〜6坪の居酒屋の2Fの4畳半の屋根裏に母と二人住んでいた子も。
家庭環境の格差は大きな問題。人生は不条理で覆われている。
 家内も私も両親に溺愛されて育ったが、愛情を受けることには慣れては
いるが、逆に愛することが苦手。これも大問題で、最大の欠点になる。 
 創業を志したことで、感情を抑えてきたことが、果たして正しかったか。
それが現在の私の中(自己対話)での最大のテーマになっている。
 45年、無我夢中で取組んできたことが果たして正しいことだったか? 
後悔は少ない?が、無我夢中で生きていたことは確かに憶えている!
『 誰に愛され、誰を愛したか。何を感謝されたか。』の問いが、突き刺さる。
 高度成長期の20歳で創業を決意したとき、
 ‘結果はどうであれ、やらない後悔より、やってみた後悔’の道を選んだ。
撤収を決意した時、何の躊躇いもなく行動に移せたのは、出始めに、
失敗への受容の覚悟をしていたことがある。 創業とは、
『 誰かに恨まれ、誰を憎んだか。 そこで何を失ってきたか。 しかし、
  確かに、全身全霊で生きていたことだけは私が憶えています。』になる。
その結果、「ご覧のとおり、そのまま結構!」と受け止めるだけ。
 中原中也‘帰郷’の一節
「 ああ おまえはなにをして来たのだと… 吹き来る風が私に云う」
が、心の底から私に語りかけてくる。 その答えは、「面白かった! 
ただ面白かった ひたすら面白かった」
 何か辞世の言葉のような、自分への悼みの言葉になるが。
・・・・・・
5456,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ ー2
2016年02月22日(月)
   * 逃げるから怖ろしいのだ ー2
 このテーマ、面白いので続ける。「悲しいから泣く」の、
<悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>である。
「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しい}
「うまくいったから幸福なのでなく、幸福だからうまくいく」
「成功したから面白いのではなく、努力が面白いから成功する」
このような論理で、逆照射を立てると、面白い道理が多くたつ。
「内的自由度は外的自由度と、ほぼ同じなら、まずは内的自由から
始めよ」というが、まずは、知識の蓄積から始めるのがよい。
 内的自由度のコントロールで、「うれしい」「たのしい」「しあわせ」
「ありがとう」を、日常的の口癖にすればよいと勧めた小林正観がいた。
彼の言葉に、『人はいつも<正しい>ことを受け入れるのではなくて、
<温かいもの> を受け入れる。』とか、
『友人も 全てがあなたにちょうどいい』を思いだす。人の心は普段使っている
内語で大きく左右される。この「う・た・し・あ」を暇を見つけて唱えていれば、
その感情が強い磁力になって、情動になっていく。だから、感情のコントロール
は非常に重要になる。怖ろしいので、問題から目を逸らすと、自滅するのは、
感情が、情動にマイナスに働くため。『その時は、その時、取りあえず戦い
続ける。そのうち、何か手がかりが出てくる!』でもよい。
好き嫌いの感情は、すぐに相手に伝わる。「う・た・し・あ」に、好きを
加えればよいことになる。愚痴をいうから、毎日が、つまらなくなる。
「かなしい」「つまらない」「不しあわせだ」「のろってやる」「きらい」
の言葉は、その事象を自らへの磁力になる。現実に溺れた世間原理主義者が、
巧妙に、この言葉を駆使する。言葉は言霊で、相手への毒は、自分への毒に
なる。だから、世間原理主義者を、悪し様にいうのは最悪と解ってはいても?
 で、以下の内容が丁度よく繋がっていく。世間とは、そういうものである。
脱兎のように逃げるべき時もある。逃げ、負けは、前向き、勝利の裏表。


6917,閑話小題 〜新型コロナの現状と、行方は? 〜4

2020年02月21日(金)

  * この状況が続けば、中国の9割の中小企業は3か月もたない
 一昨日のNHKスペシャル、クローズアップ現代は、驚くべき内容だった。
嘘だろうと、昨日、2度、録画を見なおしたが、間違いない。 特に、
< この状況が続けば、中国の9割の中小企業は3か月もたない!>で、
久々に「有事の金!」と金相場を検索すると、何と僅か数ヶ月で数百円、
2割も暴騰していた。 危ない!と反応したのだろう。 やはり、有事?

【 新型ウイルス 景気の行方は? 〜広がる経済への影響〜 
  〜広がる経済への影響〜 クローズアップ現代 2020年2月19日(水)  
       https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/4386/ 】
   =番組説明より=
《 新型コロナウイルスの感染拡大が続いている。中国では死者が1367人に
 のぼり、中国以外の27の国と地域では567人の感染が確認されている(13日夕)。
中国にある自動車工場の生産再開を延期する日本メーカーが相次いでいる他、
食品メーカーなどでも工場の操業再開を延期する動きが続いている。
世界経済への影響はどうなるのか?国内外の最前線からのリポートで迫る。

  ☆ 「手洗いをして入ることになっています。」
◉ 先週金曜日、自動車などに使われる電子基板の製造を半月遅れで再開しました。
ところが、この会社では思わぬ事態が起きていました。
「今週始まって、通常の2〜3割の物流量しかない。」「2〜3割しかないの?」
上海からほかの地域に通じる道路。ドライバーなどの健康状態を確認する
ための検問所が至る所に設けられ、大渋滞が起きていたのです。
◉ 上海工場の責任者
「ふだんは2時間でかかる距離が、10時間はかかる。
 そういったことも起こっているようです。」
電子基板メーカー「シークス」 柳瀬晃治執行役員
「ものを運べないと何もできないので、そういう意味では初めてのケースかも」
◉ 韓国の部品メーカーの工場です。
「部品でいっぱいになっているはずの棚が、今は全部からっぽです。」
 ―
◉ ゲスト 柯隆さん(東京財団政策研究所 主席研究員)
柯さん:2019年の中国のGDPが経済に占める割合が18%。
 この大きさがすべて物語ってはいるんですけれども、ただ今回実感させられた
のが、このコロナウイルスによって中国経済がこんなに大きくなっている、
依存しているというのは初めて分かったということです
 武田:ここまで日本国内への暮らしへの影響を見てきたわけですけれども、
柯さん、中国国内の中小企業などの影響はどうなんでしょう。
柯さん:こういう危機には大企業も影響を受けるわけですけれども、一番危機に
 弱いのは中小企業。とりわけ中国の場合は、中小企業信用保証制度がないわけ、
このまま行くと、ある調査では9割の中小企業は3か月もたない。3か月以上
続いた場合は、倒れる可能性があるわけです。
 武田:9割?
柯さん:家計に直撃していくわけですから、ものすごい影響を受けると思います。
 武田:中国国内の消費や雇用も大きな影響を受けると。
柯さん:家計のバランスシートが壊れるわけですから、そこにきちんと備えて
 いかなければいけないと思います。

 ―
▼ 昨夜のショックが、一晩、明けた現在でも残っている。これではリーマン・
 ショック来の非常事態? 中長期的にみて、所詮はコロナウィルス騒ぎと、
軽く見ていたが、交通の要所で、感染力の強い、コロナウィルス菌。それも
厄介な潜伏期間が2週間もあるとしたら、これは難物。こともあろうに春節で
世界中にバラまかれてしまったとくれば、何ともならない。その結果、これから
映画ドラマのように世界的イベントとして、本格的に展開するのか。天皇誕生日の
顔見せは当然、中国の主席の来日も中止。来月から始まる、スポーツ試合も延期か、
無観客試合か、中止。 何ゆえに、14日間の隔離期間を、2・5日にしたか?
病室確保が困難のため。とすると、細菌は、深く広くばら撒かれることになる。
怖ろしいが誇張でない、これが現実。 この週末越えで日本中が震撼とし、一変。
 このレポートを3度もみたせいで、少しオーバーであればいいが!
税収が激減するだろうから、消費税アップは正解! 

・・・・・・
6552,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜3
2019年02月21日(木)
         『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   * 魂を浄化するには、そのままの自分を認めよ 
 人間と、他の霊長類の違いは、イメージを持てるか否か。そのイメージは、
言葉と文字化の能力がなせる技。だから読書習慣の必要性がある。
それを育てるには、遊び(ゲーム化)が必要となる。格安の「秘・異郷ツアー」
で‘地球の何でも見てやろう’を世界を碁盤目に見たて、当初は外側(僻地?)
から埋めることをゲーム感覚にしてきた。 
・旅先で情報を仕入れて行先を決めると、
・家内が予測通り、猛然と反対する。そりゃケニアのサファリといえば当然。
しかし、何故か必ず『家にいるより良い』と、付いてくる。危ないところほど、
素晴らしい物語が待っている。誰に頼まれて、アフリカに行くのか。ツアー仲間
は、私のような変人?ばかり。しかし、その先は、マイナス(トラブルなど…)
1に対し、プラス3の夢のような至高体験が必ず待っている。それは、アドラー
の言葉そのもので、この上ない体験がある。旅先のベストの楽園と魂が融合する。
 劣等感、優越感は「対比」の結果。 しかし旅先にあるのは絶対の世界。
現生の世界からループを通って楽園?にスリップするゲーム。 それは向うから
はやってこない。自ら飛込んでいく!からこそ、出会える経験。 旅のプロから
すれば貧弱だが、私にとっては宝物。
 まず、現在の自分を乗越えなくては…
《 ・あなたが劣っているから劣等感があるのではない。どんなに優秀にみえる
 人にも劣等感が存在する。目標がある限り、劣等感があるのは当然なのだ。
・劣等感を抱くこと自体は不健全でない。劣等感をどう扱うかが問われているのだ。
・強がりはコンプレックスの裏返し。「強く見せる」努力をやめて、「強くなる」
 努力をすることだ。
・人は注目されないと、悪さをしてでも注目を集めようとする。
 それに失敗すると、今度は自分の無能さを見せつけるようになる。
・「みんなが私を嫌っている」「今回ダメだったから次もダメだ」という思い
 こみは冷静に立証を試みれば消えていく。 》
―   
▼ これらから学べることは、魂の中心部分の浄化の質の問題。それは高めるに、
 アリキタリになるが、感動、感激、感謝などから魂の浄化の蓄積が必要になる。
映画でも、旅行でも、芸術との触媒でも、可能な限り自ら求めて… これは、
老いがすすむにつれて表だってくる… 人生の夕暮れ時が60歳の還暦とすると、
75歳からは、日没時?  
 …そういえば‘なかにし礼‘がテレビ朝日で、4年前に食道がんが再発し、
「1日単位で大事に生きてください」と医者から告げられるほど酷い状況だった。
しかし、抗がん剤治療で何とか… 。 そこで印象的だったのが、
<80歳の風景は70歳と全く違う。あちら側って感じ>という言葉が残った。 
 その前に前期高齢者と後期高齢者の区切りの75歳がある。これも厳しい。
それまで魂の浄化を、自ら課してきたか否か。 人生は濃度だけではない。
その質の純度による?  今さら慌てても致し方がないが。
 ☆ これまた、過去の文章が、脈絡にピッタリとあっている。
としても、我ながら真面目に書いていたもの… 
 ありのまま、過去は嘘をつかない? で、何で、このザマなの!
だから、このザマなのさ! 「ご覧のとおり、そのまま結構」ってなわけ。

・・・・・・
6188,閑話小題 〜「自分は運がいいほうだと思う?」 −1
2018年02月21日(水)
  * 自分は運がいいほうだと思うか?
先週末の朝日新聞で「自分は運がいいほうだと思う?」をテーマにしていた。
  〜要旨といえば〜
< 有名な話では、松下幸之助さんが社員の採用面接のとき、よく
「あなたは運が良い方だと思いますか?」と聞かれたといいます。自身でも、
「自分は運がいい」と一日に何度も言うという。 その理由の一つは、
そう自分に言い聞かせ思い込むと、自信が持てるようになり自分から積極的に
行動できるようになるということ、もう一つは「自分は運がいい」と思う人は、
今を肯定的に捉えて、悪いことが起こっても他人のせいにしないと… 
 そして「自分は運がいいほうだと思う?」に、7割が運が良いと、3割が悪い
と答えるという。
 運が良かったと答えた一番の理由が、良い人間関係に恵まれていること、
良い環境と、良い両親のもとに生まれたため、そして成功が失敗を上回って
いるためという。
 運が悪かった人では、「思い通りの人生ではない」ことと、努力が報われない、
努力が報われない、人間関係が恵まれてなかった、などをあげている。>

☆ 〜運について幾つかネット検索からひろってみると、
・人生の岐路で迷った時に、困難な方を選んだ方が運はついてくる。
・楽観主義の方が運がよく成功しやすい。
・夢や目標がかなった状態をいつも頭のどこかで思い描いていると、幸運が
 目の前に現れたときにキャッチできる。ーなどがありました

☆ 「運がいいと思っている人ほど運が良い」ということです。確かに成功して
 いると見られる人ほど「自分は運がいい」という。
正反対の「自分は運が悪い」と言い続けている人がいます。会社の愚痴、仕事
の愚痴が多いですが、思い通りの仕事はなかなか担当させてもらえず…

▼ 運については、30数年前の経営セミナーで、『運の作り方』という
 テーマで聞いたことがあった。創造工学研究所所長の中山正和氏で、川喜田
 二郎のKJ法に対し自身の方法をNM法と名づけた。 〜その要旨といえば、
<何かをする前に、判断をするが、結果が良ければ運が良かったという。逆に
 悪ければ運が悪いという。それには、心が澄んでいるほど正しい判断が出来る。
 そこでまず、般若心経を暗記し、唱え続けることで、心を空にして、現象を
 捉えて判断し、ことに当るに、般若心経は、プラスに働く。> …と。
 そこで3週間かけ暗記することに相成った。暗記してしまえばしめたもの。
 何時どこでも、夜半、眠れない時とか、通勤の車内とか、チョッとした合間に
 唱えることで、悟りに近い状態になれる。私の因縁のある有識者?の多くが、
 例えば二人の息子や、兄夫婦、直ぐ上の、姉、会社の正社員などの人たちが、
 暗記することに相成っていた。100人は下らないない?。
  …で、この有様? 茹でガエルになってしまったからじゃないですか。
                           〜つづく
・・・・・・
H0605
般若心経のすすめ

 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。
当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)
直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、
 その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない。
 
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、
少しでも近づける様な気がする。

・・・・・・
2016/09/25
閑話小題 〜幸運の人と、不運な人
   * 人は、すべからく幸運である
 以前、書いたことばかりだが、思いのまま、「幸不幸」について書いてみる。
・人間は、「いま、ここに、私」として存在するだけで、幸運である。
 「神様の御導きびき」といえば、それまでだが、幸運な偶然の一致の重層で、
 存在している。他者と比較が、この幸運を見えなくしている。
・自らを幸運なタイプと自認する人と、不幸と自認する人との、一生の間の
 運命の差は膨大になる。不運な人は、チェンスがあっても、自分が駄目と
 思っているため、目前にあっても気づかない。どうせ、駄目だからが無意識
 のうちに働き、そのチャンスに気づかない。
・幸運な人は、チャンス到来に、そら来た!と敏感である。何せ、幸運だから。
 幸運であるには、何があっても上位に自らを置かなくては。まずは20%に、
 そして、6%、3%、1%にと。 
・幸運な人は、幸運のある同類を呼ぶ、というより集合する。幸せ本には、
 まず、「幸運の人に近づけ」と。彼らには、幸運を自ら引き寄せる力がある。
・以前、<幸運を呼寄せる力を得るためには、『般若心教』を暗記をして、
 ことあるごとに唱えなさい>と、創造工学の先生の講義を聞いて、早速、
 二週間かけて暗記をした。「色即是空 空即是色」と、心を澄ませておけば、
 情報選択と決断も間違わない。運とは、判断し、その行為が、正しい場合を、
 「幸運」といい、間違った場合を不運という。だから、情報に対する純粋な
 視線が必要となる。特に、情報過多の現在こそ、重要である。
・生活習慣は、第二の天性である。 二ランク上の生活習慣を立て実践すれば、
 二ランク上の人になれる。その差は、時間とともに莫大になる。
・「恒産あって、恒心あり」、長年かけた蓄えが必要となる。なぜ?といえば、
 人の心を自由にも不自由にする力が、金銭の有無に厳然としてある。お金の
 心配からの解放が純粋な心を生み、それが幸運を呼ぶ。(真逆もあるが)

・・・・・・
5044,生と死をめぐる断想  ー1
2015年01月05日(月)
    『生と死をめぐる断想 』岸本 葉子(著)
 * 死をそばに感じて生きる 〜団十郎の辞世
   ー 色は空 空は色との 時なき世へ ー
 以下は、序文の冒頭の内容。日本人の2人に1人の割合でガンになり、
3人に1人の割合で亡くなるという。高齢化で、ガンになるまで、死ななく
なった結果、死を意識する時間が長くなったこともある。今では死に関する
知識を、一般の人が、ネットなどから死生観を収集したり、表現できる機会が
増えている。 ー まずは序文の冒頭からー
≪ 2013年2月に亡くなった歌舞伎俳優の市川團十郎の辞世の句だ。
 葬儀の場で長男の團十郎のパソコンに残されていたという。
詠まれたのは前年の十二月、亡くなる数ヶ月前である。
 色は空(そら)、空は色(いろ)との 時なき世へ、と海老蔵は読んでいた。
この句に接し、『般若心経』の中のあの一節を思い浮かべる方は多いだろう。
色即是空 空即是色。それに寄せて読むならば、冒頭の句は、
 色は色(しき)空  空(くう)色(しき) との時なき世へ、となる。 
色はかたちあるものと、ひらたくは言われる。空は空っぽ、何もない、という
ことか。空しい、ということか。かたちあるものは実は何もない、空しい、と
教えているのか。そうではない。(略)・・ このことは追々深めたい。
時なき世とは。時間のない世。時間を超えた世。超時間性は永遠と言換えられる。
それは、この世に対するあの世なのか。この「時なき世」が團十郎の句では
「色は空空は色」と「との」でつながる。「との」は、と言われる、とか、と
聞いている、の意だ。色即是空、空即是色とかねてより聞いている時なき世。
「へ」は方向を示す助詞である。色即是空、空即是色とかねてより聞いている
ところの 時なき世へ、自分はこれから行くのである。團十郎の死生観を
表す句と言える。(略)・・ 團十郎が、死を前に遺した五七五が、芸についての
教えでなく死生観の表出だったのは、私には少し意外、けれどもすぐに理解できた。
團汁郎は長く血液のがんを患っている。治療の副作用による絶え間ないめまいと
吐き気を無間地獄と、あるインタビューでは曝えていた。何度も再発入院し、
骨髄移植をしていた。・・・≫
▼ 色を「しき」と「いろ」、空を「くう」と「そら」と、息子が間違えて
 言ってしまった可能性もあるが、真偽はわからない。栄華を極めたあと、
とたんの苦しみの死際の言葉であればこそ、心に響く。 即興の辞世!
 《 色即是空 死んでしまえば それまでよ 空即是色 》 
・自分の世界をつくって、門を開放し、取捨選択をして浄化、続けること。
▽ 過去を振り返ると、冷汗が出るほど、多くの危険が多かった。が、何故か、
 間一髪、すり抜けていた。親から引継いだ倫理観とか、学んできた知識、
情報からくる判断が、運の悪さを最小にしていた。特に、自問自答の「自答」
が大事ということ。良い本を選択、読み続けろ、そして楽しめ、ということ。




6916,閑話小題 〜新型コロナの現状と、行方は? 〜3

2020年02月20日(木)


  
◆ 新型コロナウイルスは生物兵器なのか?
                 幸福実現党外務局長 及川幸久
 この収録をしているのは2月4日ですが、台湾の新聞「自由時報」が
次のような刺激的な報道しています。
【 中国人民解放軍の生物兵器から防衛する部門トップが武漢に派遣された際、
 『最悪の事態に備える』とコメントしました。中国のツイッターの中では
『我々は今、生物兵器の攻撃を受けている最中なのか』という話が広まっている。
一つ重要な情報として、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」が3年前の2017年に
中国の病原体研究所の実験室について「中国武漢の病原体の研究所からウイルス
が流出する可能性が将来あるかもしれない」と報じています。 その中で
「2004年にSARSウイルスが北京で流出した事故があった」と言っている。
さらには「中国には生物兵器を研究する研究所があるが、その管理に問題がある」
と指摘。また新型コロナウイルスについて、今年1月にイギリスの新聞「デイリー
メール」が、これは武漢の研究所から流出したウイルスであると報じた。
 当初、中国政府の発表では武漢の市場で野生動物から自然発生したウイルスが
原因と言っていますが、ウイルスはこの研究所から流出したものだと報じたのです。
今度は「ワシントン・タイムズ」も、この病原体は生物兵器だと報じた。
その後逆の報道が出ました。1月29日、「ワシントン・ポスト」がコロナウイルス
は生物兵器だという説が出回っているが、専門家は否定しており単なる陰謀論で
あると報じました。
この「ワシントン・ポスト」の記事の中には二人の専門家の意見が出ています。
アメリカのラトガース大学のリチャード・エルブライト氏が次のように言っている。
「今回の新型コロナウイルスの遺伝子情報と特徴によると、このウイルスが人工
のものである証拠はない」
さらに、生物兵器専門家のティム・トレバン氏は「ほとんどの国は長年の生物兵器
開発で結果が出ないので、すでに生物兵器開発を放棄している」と言っています。
ただ、このお二人の専門家は、2017年にイギリスの「ネイチャー」の記事の中で、
「中国の管理体制はあやふやなので、いずれ中国の実験室からウイルスが流出する
事故が起きるだろう」と懸念している側だったのです。
なので、「ワシントンポスト」の記事はあまり信頼性がないように思えます。】》

 ―
▼ 〜コンニャク長屋の面々から〜
 寅: 最近、全然、お声がかからないね。でも、言わせろよ。
八: 後で読返すと、何かバラバラで言葉が軽すぎるからさ。
大家: まあ、それはそれ。この新型コロナ騒ぎを話したいのだろ!
 とんでもない、伏兵が出てきたね。とてつもなく大きいブラックスワンさ。
 こうして4人が出揃うのも、避けた方がいいね。
熊: 初めは俺をボイコットしようとしたんじゃないかい。
寅: あとあと、しつこく絡まれると、俺が言ったんだ。一番、危なそうなのは
 解っちゃいるけでね。でも、俺でも分かるよ。
大家* これってソ連崩壊のキッカケに なったチェルノブイユ原発事故に匹敵
 する大事件? 独裁を目指すロシア、中国、アメリカにとって、根こそぎ、その
 可否を問われ、体制批判にもなるしね。
熊: オリンピック開催って可能なの? 
八: 誰もアベノミックスの良否を言わなくなったけで。このオリンピックが
 隠れ蓑になっていたね。私は、元もと絶対反対だったけどね。
大家: リスクが大きすぎるし、出来っこないよ。
八:  現状は、こういうことでしょ! 
   対応する手立てな今のところなし!
   外来に来る前に電話連絡をして、どうすべきか、問い合わせてください。
   まずは、人混みの中に行かないこと! 手を徹底して洗うこと。
   これからは、過って経験したことがない異常事態が日常になる。
 これじゃ、サービス業など三次、四次産業が壊滅的だげきになるね。
熊: 宵越しの金を持たねえって、生きてきたけど、弱いね〜、こうなると。
 直に、その波を食らうのは、俺たち弱者だもんね。
大家: こんなニュースが、堂々と出回るんだから… 健全といえば健全だが、
 やはり、問題はあるね。
寅: あれだけミサイルで脅しをかけていた北朝鮮も、ドローンによる… 
 ミサイルより、はるかに、こっちの方が恐ろしい。
大家: そこで止めておいた方がいい! 
八: こういう映画、多く見てきたのを思いだした。 汚染された町もろ共、
 ミサイル攻撃で消滅させようとする云々とか、大都会の川上から猛毒の細菌を
 噴霧しよとする云々とか… 
熊: 22世紀が来る以前に、人類滅亡という論があると聞いたことがあるけど…
大家: 年寄り、病弱にとって、間引きに丁度良いって、私に聞えよがしに言って
 のがいたけど。私や、八さんなどは、ピンコロで悪くはないがね。
寅: としても、春節の直前に、武漢という交通要所で、死者 確率が低いが、
 感染率が異常に高い、この特質… 
大家: 今年は、3人以上の会合には出ない方がいい! 
八: これじゃあ、外食もオチオチしていられない。後は、スポーツジムを
 続けるかどうか。シネマ館には手袋と、マスク着用で… 無防備でピンコロも
 理想的になるが… この死際も肺炎なるが故に、キツイらしい! 
 やれる防御をして、ダメなら、これまた丁度良い按配? 

・・・・・・
6551,読書日記 〜すべての悩みは対人関係 〜2
2019年02月20日(水)
        『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   
 アドラーは読めば読むほど、その奥行きの深さに驚かされる。
前向きで明るい健康的であるのが特徴。『日々是好日』こそ人生と…
その業績が多大で無料の採石場のように盗用されている割に、誰もが、それを
隠す。シンプルで当り前のことばかり。 そのあたりま」こそが真実であり、
答えである。それは現代の個人主義の背骨のようであり、何時の間にか我々の
根幹に沈殿している。
≪  ☆ すべてはアナタが決めたこと
・重要なことは人が何を持っているかではなく、与えられたものをどう使い
 こなすかである。」
・人生が困難なのではない。あなたが人生を困難にしているのだ。
 人生は、きわめてシンプルである。
・たとえ不治の病の床にあっても、天を恨み泣き暮らすか、周囲に感謝し、
 余生を充実させるか、それは自分で決めることができる。
・遺伝や育った環境は単なる『材料』でしかない。その材料を使って、
 住みやすい家を建てるかは、あなた自身が決めればいい。
・人は過去に縛られているのでない。あなたの描く未来があなたを規定して
 いるのだ。過去の原因は「解説」にはなっても「解決」にはならない。
・敗北を避けるために、時に人は病気になる。
 そう言い訳をして安全地帯に逃げ込み、ラクをするのだ。
・「やる気がなくなった」のではない。
 「やる気をなくす」という決断を自分でしただけ。
 「変われない」のではない。
 「変わらない」という決断を自分でしているだけだ。
・遺伝もトラウマもあなたを支配していない。どんな過去であれ、
 未来は「今ここにいるあなた」が作るのだ。 ≫
 ―
▼ バナナ(内側が白で、皮が黄色)を標榜しているため、個人主義の
 傾向が強いこともあり、どれも当り前のことばかり。立上げ屋(創業)を
目指した人生なるが故に、既存システム、常識の破壊から入る。そのため、
ことの本質をシンプル、スペシャル、スタンダードにして、集中して対象に
取組むしかない。行動の『行』は、仏教用語。判断、決断の意味がある。
決断したら、手持ちの自己能力を設定をして足りない材料を集めなくては
ならない。要するに「夢ツリー」の作成である。5w1Hで、ツリーを装飾で
満たしていく。カレーを作ろうとしたら、冷蔵庫の材料を調べて足りない
材料を買い出しにいくのと同じ。「カレーライスを食べたい、つくろうか!」
は「その人が決めたこと」。 外は、大嵐なら、翌日にすればよい。
 
 ★ 偶然、以下の3年前の内容が、この内容に丁度よく対応している。

・・・・・・
5454,閑話小題 〜逃げるから怖ろしいのだ
2016年02月20日(土)
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。
  怖いから逃げるのではない。逃げるから怖くなるのだ。』
と、100年ほど前に、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズと、
オランダの心理学者カール・ランゲが提唱した、ジェームズ=ランゲ説で、
「身体反応は情動経験に先立つものだと」言う見解で、骨格筋や内臓の
変化が情動を引き起こすと考えた。
 <悲しいは「感情」で、泣くは「情動の表出(身体反応)」>
情動反応(身体反応)が先立って→感情(情動:感情の感知)をうむ。
 事業清算の直後、身の置き所がなくて、弁護士に、『気分を切り換える
ため、東京でも一週間位、行きたいが・・』と切出したところ、即座に、
『絶対に後ろを向いたら駄目です。ジッとして問題を見据える今が一番肝心
な時です!』と。何度か起業を経験し、難問を乗越えてきた経験から、その
意味が直ぐに理解できた。 その時々の難問に、『正 中心 一点 無』を、
唱え、ただ無心に一つずつ正論(正道)を考えてこなしてきた。だから、
『 悲しいから泣くのではない、泣くから悲しくなる。怖いから 逃げる
 のではない。逃げるから怖くなるのだ。』は、実感として理解できた。
『うまくいったから、幸せになるのでなく、幸せだからこそ、良いことが
集まってくる』の道理もある。他者の実情は知らないが、私には三桁の
至高体験がある。事業の立上げの直後や、秘境ツアー先で出会った
大自然との邂逅や、名画を観て感動したとか、上げればきりがない。
それらは、みずからが、足を運んで求めたからこそ味わえた感動である。
 昔から、信じられないほど多くの、おっとり型の長女系美人と出会った。
末っ子のためか、何故か気があう? ただ、それだけだが、いつも、情動なく
終わってしまうが、後悔が全くないのも、変といえば変。私には感情反応と
情動反応の線上が一番面白いところ。女性はその境に敏感、その辺りは
気ままな4人の姉の観察から学び過ぎるほど? で、最後は(。_ _)シュン 
学生時代、「人に好かれたいと思ったら、先に好きになること。」と
教わった。好かれるのは難しいが、好きになるのは御手のものと・・
 で、 〜また丁度よく以下につづく(一昨年も) ゥゎ━。゚(゚´Д`*゚)
字をとったGNP営業の典型。
 バブル崩壊後に、その営業職員の膨大の経費を維持するため、収益の高い
死亡保険を大型にした保険会社に有利な、複雑化した、顧客無視の営業をする
ようになった。 その頃、保険会社は、それまでの顧客にとって有利の商品を
解約させ、セールスを使い利回りの悪い商品に切り替えさせていった。
その辺(01〜05年)から保険会社は悪質な営業説明で本来加入できない
病歴のある顧客に加入させ、その後、契約不備を理由に保険金拒否をして社会的
大問題になった。 何と37社で130万件に至ったという。
 早くいえば、セールスレディーというオバサンを集めて、GNPで、
その人脈を食い尽くす。それは巧妙なテクニック、何も知らない素人を、
ほぼ騙しで契約をさせる悪質集団という側面を持つ。フレンドリーに長年
かけ知人・親戚に入り込む。合理的の欧米人の二倍の加入率は、組織的意図
がないと無理。 生保で、まともなのは学資保険ぐらいのもの。
22歳まで死んだときに子供の学資を保証するのは、一応、理に合っている。 
それ以外の商品の多くは、客単価を上げるための巧妙な商品。読みも理解も
できない契約書に巧妙に生保にとって有利な条文が入れてある。 
見方によれば合法的組織犯罪に近い集団。それなら預金の方が良いが、
相手はフレンドリーのプロ。その辺の理屈が理解できない人たちの不安に
付け込むのが営業センス。

・・・・・・
6187,閑話小題 〜恋と愛の違い −3
2018年02月20日(火)
   * 『男はつらいよ』〜寅の恋愛談義
『男はつらいよ』のシリーズ48作全てをみてきた。それに加えTVの放映で、
それぞれ2〜3回はみている。マニアックほどでもないが、同年代からしたら
多いはず。アウトサイダーの生き方に同調するが、何か許されてしまう甘えも
自分をみているようである。
  〜ネット検索で調べると、
《 テキ屋稼業を生業とする「フーテンの寅」こと車寅次郎が、何かの拍子
 に故郷の葛飾柴又に戻ってきては、何かと大騒動を起こす人情喜劇シリーズ。
 毎回、旅先で出会った「マドンナ」に惚れつつも、失恋するか身を引くかして
 成就しない寅次郎の恋愛模様を、日本各地の美しい風景を背景に描く。
 主人公の名前から、作品自体も「寅さん」と呼ばれることがある。》
《 松竹によって1969年(昭和44年)から1995年(平成7年)までに全48作が、
 1997年(平成9年)に特別編1本が製作された。渥美の死去により、1995年に
 公開された第48作『寅次郎紅の花』をもって幕を閉じた。 》
《 参道の中ほどに一軒のだんご屋がある。「とらや」を名乗っている。
 当初は「柴又屋」といった。のれん、売り台、立看板などを持ち込んで店の
 中から表の参道向きのカットを撮った。年に二回も撮影があるんだからと
 気安く、大きく重い売り台を小道具係が置いてきた。店でも便利なので
 そのまま使っていた。売り台の正面に「とらや」と出ているので、通りすがり
 の参詣客が「あら、ここが映画の『とらや』よ」。そこで、店では、だんごの
 売り台を中央に据え、屋根看板も「柴又屋」から「とらや」に変えてしまった。
 宣伝部が抗議を申し入れたが、店側は柳に風。とうとう我々が我慢できず、
 次の作品から「とらや」から「くるまや」に屋号を変えた。》

――
大家: 八つぁんが、<寅のマドンナ役への想いが「恋」の典型だ>という
  言説が単純明快で解りやすいんで、改めて話を聞かせて貰うよ。 、
八つぁん: 前回、ふと思いついたが、言われてみりゃあ、いい着眼点だね。
  思春期そのままの寅さんのマドンナへの憧れが「恋」。「トラ屋」の親族
  の面々の互いの思いやりが「愛」で、その織りなす絵柄が物語とね。
大家: よくよく見ていると、物語の奥には仏教思想が流れている。
  『空即是色』だよ。俗世の欲やシガラミから解き放されて自由気ままに
  旅する姿に、男のロマンの物語。 私の好きな寅さんの口上に、
 【"ああ生まれてきて良かった、そう思うことが何べんかあるだろう。
   そのために生きてんじゃねえか。" 】がある。
八つぁん: 高度成長時代で地方から都会に移り住み、日常に忙殺され、ふと
  田舎の家族を懐かしむ人たちへの温もりを提供した映画。 私が大学を
  卒業をして6〜7年、地方都市(四日市、神戸、千葉、金沢)を転々として
  いた時に、上映すると、必ず見に行っていた映画。 思い出深いのが、
  卒業の翌年、四日市で、みた第3作 (昭和45年1月) …
 <オジちゃん、おばさん夫婦が、三重県の湯の山温泉へ旅行に行くと、なんと
  旅館で寅さんが番頭をしていた。旅館の美人女将・志津(新珠三千代)に
  一目惚れして、居着いてしまったという物語。>
  湯の山温泉は、寄宿していた四日市近郊もあり、生々しい感覚があった。
大家: 御前さんも、色いろあったんだ。
八つぁん: キツカッタ時節だった。よく潰れなかったのが不思議なくらい。
  でもさ、20,30歳代は、誰も多かれ少なかれ一杯いっぱいだろう。その頃、
  寅さんと自分の不安定な日々が重ねってね。涙して見ていましたよ。
  一番辛い時こそ、一番、良いことが足下に埋まっていたね。とにかく、
  自分で事業のネタを探し、独りで、コツコツ固めていくのは、それは大変。
  事業構想の絵図を何も手掛かりも曖昧の中で模索するのは、簡単ではない。
  「マドンナ」への思いを横にスライドして、「事業構想」を求めるのはね。
  朧げな絵柄をイメージし、構想するし、単独で実践する行為は、孤独業
  そのもの。五円玉の真中に穴が開いている。その、ど真中の穴を凝視して、
  その先に何やしらのヒントを探す日々。そこに得体のしれないエネルギが
  沸き起こる。
寅: 面白そうだね。初めて聞く話だよ。
八つぁん: 自然と出てきた例えだよ。「正・中心・一点・無」を5円玉に
  見たのだろう。真中の穴は、円玉があればこそ存在する空間である。
  その空白こそ、エネルギーの元になるんだ? 
寅: 何か分かるんだ、それ。棒だけ望んで、ハリだけ叶うだね。
大家: 話が、逸れたね。
八つぁん: 恋と愛の違いだろう。「恋は妄想に始まり、実行で実を結び、愛と
  なる」で、逸れてもいないよ。で、フーテンの寅が何か言わせろという…
                         〜つづく
・・・・・・
4725,近代化が進むほど、幸福感が少なくなるのは何故? ー1
2014年02月20日(木)
  * 王様の代わりに貨幣が君臨するのが近代資本主義?   
         ー「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介著
事業の結果が、この有様だったが、何かさばさばして心身とも空を浮いた
ようで、「ほどほどで、後継者に引継ぐより、これがベスト?の感覚は、
何だろう?」と考えていたが、そのヒントが、この本にあった。 
森林でこそ事業経営も面白いが、そこを出てしまえば、充実していたか
の満足感の違いだけ。問題は、その後の準備をしていたかどうか。 
ライフワークがあったかどうか。 脱コード化の次への準備こそが、必要
だったことになる。王様の支配から資本支配にかわった体制が近代資本主義
であり、金の力が、国も、個人の価値基準になっている。しかし、この近代
資本主義も、一部に力が集中する弊害があって矛盾が出始めてきた。 
  ーその辺りを抜粋ー
《 ドォルーズとガタリは、人間の欲動が制御され、文化が形成されていく
  過程を次のように発展段階的に説明する。
 �コード化(原始共同体)=個個人の平面的ぶつかり合いで秩序形成が出来る
 �超コード化(古代専制国家)  =王様が秩序形成
 �脱コード化(近代資本制)   =王様に代わり貨幣が君臨する
・「コード化」とは、拡散する人間の欲動を一定方向に導くこと、つまり
 「秩序形成」と考えればいいでしょう。『構造と力』では、「コード化」
 から「超コード化」までの過程が描き出されています。
・「個人対個人」を原点とする平面的なぶつかり合いによって「秩序形成」
  (コード化)が進行し、やがて王を頂点とする「垂直的な秩序形成」
  (超コード化)に発展するという流れです。
・「超コード化」に続く流れとして、いままさにわれわれが生きている
 「近代資本制」(脱コード化)社会の構造と、それを乗り越えた先にある、
 新たな世界の姿を描き出そうとしています。そしてこの部分が、
 「現代人が幸福になれない理由」と、その突破口を示しているのです。
・「超コード化」(古代専制国家)された社会では、王を頂点とする秩序に
 よって社会の安定が保たれます。この「安定化の仕組み」こそが、
 ドゥルーズとガタリらの構造主義者が説く「構造」にほかなりません。

   〜文字数の関係Dカット 2020年02月20日


6915,閑話小題 〜新型コロナの現状と、行方は? −2

2020年02月19日(水)


 
   * ことは深刻 〜問題は伝染力が非常に強いこと
 この新型コロナ騒ぎで、‘ウィルステロ?…’ と頭をかすめるが、口には
出せない言葉。ところが、先日、ネット上で幾つかの記事が堂々と載っていた。
某国?の可能性が尤もらしいが、これも… 
 ところで、東京オリンピック開催可否の問題以前に、春の大相撲、プロ野球、
甲子園野球、サッカーなどの開催の可否の問題が次々と出てくる。 死亡率は
3%と低いが、伝染力が非常に強い特性が問題。それと特効薬が無いこともある。
 中国、米国、朝鮮、日本のトップにとって、理想的に終焉すれば、これほど
の神風はないが、これは、まだ『始まりの始まり』 情報をおさえ込めば問題に
なるし、庶民の手には絶大な機能の情報端末が握られ、YouTubeなどで生々しく
発信される。以前のパンデミック騒ぎと違うところが、この情報パンデミック? 
絶大な独裁の弱点が、モロに露呈された。としても、こんな記事が堂々と発表
されているだけ、まだ健全? ですか。第一線の経営者の心境は如何ばかりか!
 9年来の家内の口癖。『本当に止めてよかった!』 の言葉が、多くなった。
??でリゾート・ホテルを経営している級友が、この言葉にムッとして…
『止められないんだよ、家内は長期療養中で、嫁は東欧人で虎視眈々と!』
まあ、色いろある。
 ≪            幸福実現党外務局長 及川幸久
   ◆ミサイルではなくウイルスが大惨事を招く時代
 今年に入ってから世界の最大の問題は、中国発「新型コロナウイルス」です。
今回は、この新型コロナウイルスと生物兵器の関係について、皆さんと一緒に
考えたいと思います。今から5年前、アメリカで有名なスピーチ番組「TED Talks」
でマイクロソフト創業者のビル・ゲイツが次のようなスピーチをしました。
《・「私が子供の頃に、もし世界で大惨事が起きるとしたらその恐れるものの
景色というものはこういうものだ」と語り、原爆の「きのこ雲」を見せました。
しかし今、世界的な大惨事が起きるとしたら、恐れるべきものは、原爆の
きのこ雲ではなく、ウイルスである。
・「今後数十年の間に1000万人以上の人が
なくなるような大災害が起きるとしたら、それは戦争ではなく感染性の高い
ウイルスである。」 このスピーチを行った5年前、西アフリカでエボラ熱で
多くが亡くなった。今の時代に世界的な大惨事が起きるとしたらミサイルでなく、
自然発生的な伝染病か人工的な生物兵器だと指摘したのです。それから5年後
の今、中国発の新型コロナウイルスで、世界中がパニックになっています。
 ―
▼ 何はともあれ春節前のタイミングが、事の真相を雄弁に語っている? 
 それも中国の交通の要で… <北朝鮮の独裁者にとって致命的…>と 朝鮮
ウオッチャは論陣をはっている。これで核ミサイルより手軽な報復手段が衆知
されてしまった。高性能ドローンもあるため、お手軽。その防御や医療制度は
皆無となれば…。 学校も、春休に入ったところも多く、問題は表出してないが、
半年、一年間の休校か、ネット配信の自宅授業も考えられる。それだけ大きな
問題が我々を覆ってしまった。
 参考: https://news.yahoo.co.jp/byline/kohyoungki/20200218-00163520/

・・・・・・
6186,閑話小題 〜恋と愛の違い −2
2018年02月19日(月)
  * 熊と寅の恋愛談義
寅: おい熊や。最近、八つぁんのブログに、チャクラとか、愛・恋とか
  小難しいことを書いているが、分かるのかい。
熊: 愛なら分かるけどね。手前のカカアに感じる愛おしさだろう。俺だって
  あるよ。しかし、恋となるとね。この歳でも、美しい若い女がすれ違う時に
  ドキドキする奴だろう。俺なんぞは、常日頃、恋していることになるよ。
寅: 御前と歩いていると、俺の方がこっ恥ずかしくなるよ。
熊: 御前だって、年増が来ると、そわそわするじゃないか。桜か、梅かの
  趣味の違いだよ。
寅: 御前のような男が若い女を変な目で見つめられたら、気味悪るがるよ。
熊: カカアは、若い時分は良かったけどね。今じゃ、跡形がないけどね。
  それでも何か馴染んだら、違う良さが出てきたね。
寅: え、あんなババアのどこが良いの? いや、うちも同じようなものか。
大家: 二人とも真剣な顔をして恋愛談義ですか? 何だかんだ言うけれど、
  欧米も、日本も大昔から、歳とか身分など関係なしに最大の関心ごとさ。
熊: とすると大家さんも、まだ関心があるんだ。
大家: 勿論さ。今でも、カミさんに黙って、昔の女の墓参りに行ってるよ。
  心の中では更に艶っぽくなって生きているよ。
寅: そういえば、公園で艶っぽい変な顔をして座っているのは、想い出に
  浸っているためですか。
熊: 今度、虐めたら、御かみさん云い付けてやるよ。ったく、この色爺め。
大家: 冗談で言っただけだよ。冗談さ。でも、半分は本当さ。
  でも、いい女って、年齢に関係ないね。傍にいるだけでワクワクするね。
寅: それって分かるね。熊みたいに若いのしか興味ないのは、可愛そうだね。
   俺はね、兄弟ばかりで、女っ気がないから、母親のような大らかな年増
  に魅かれるの。
大家: 後悔、後で立たずだよ。いや、先にだった。
熊: 年増を梅に例えれば、梅の花が恋で、実が愛になるね。
寅: 熊も、いいこと言うじゃないか!
熊: 「恋とは自分本位なもの、愛とは相手本位なもの」というじゃないか。
  花が恋なら、見るだけで満足できるが、梅の実は梅干しにして食べられる。
大家: 御前も哲学的になったじゃないか。
  「恋は幻想だが、愛は動詞」ですよ。行為の結果が愛になる。
  恋の幻想から始まり、愛の行為の結果、子供が授かる。
熊: だから俺のガキは、バカでも可愛いんだ。夫婦とも幻滅しているけど、
  我家は温か家族だよ。
寅: それにしても、若くて綺麗な女がくると、目つきが変わるな。
  あっ、俺もそうかい。もうじき、梅と桜が開花するな!
大家: で、結論は、如何なの?
八つぁん: 今回の出演は無しと思っていたけどね。フッと「男はつらいよ」
  の寅さんを思いだしたの。マドンナに恋焦がれて、最後は、失恋するけど、
  相手を思って身を引くだろう。恋心が、愛に至るからだよ。そこまで純粋
  で深い恋心と愛を監督は言いたいんだよ。 熊、寅には解りはしないよ。
大家: 実家の🍡団子屋の親仁が、ワシのようで、妹の旦那役が八つぁんで。、
  隣の印刷屋のタコ社長が熊。で、寅が、そのまま寅役になる。熊は若い
  マドンナ役の時の特別出演の時になるがね。
寅: あの中の「リリー」役の浅丘ルリ子が良いねえ!恋心よりも愛を感じるね。
  それと「ぼたん」という名の芸者(太地喜和子)と、大阪の美人芸者役の
  松坂慶子が絶品だったな。
熊: おれ、吉永小百合と、タコの娘が好きだね。
八つぁん: 本当に暇だね。でもマドンナ役は永遠に残るから女冥利に尽きるよ。
大家: 暇だから、自由気ままにに書けるんじゃないか。金も大事だが、時間も
  大事なんだよ。こんど暇をみて『男はつらいよ』の映画評をしましょうよ。
――
八つぁん: 二年前に、トラさんや、あんた方のような人たちが書いてあったよ!
  《豊かな貧困者》 とね! 
寅: あんた、さしずめ《豊かな時間持》じゃないですか。
大家: 問題は、その使い方だよ。使い方!生きた時間でこそ、
  豊かな時間持と言えるんですよ。 ところでワシな如何だろう?

・・・・・・
5453,人生で最も大切な技術 ー23 豊かな貧困者
2016年02月19日(金)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * ハッピープアー(豊かな貧困者)の存在
「豊かな貧困者」の言葉が意味深長。 仏教用語の「無一物中無尽蔵」の意味、
「人間は無一物が本来の姿だから 、それに徹したとき、逆に一切が無限に出現
する自在の境地が開ける」と似ている。最貧の状態が、最も豊かになることも
ある。 その具体的なケースとすれば解りやすい。 〜その辺りから
≪ 心理学者グループの研究にハッピープアー(幸福な貧困者)と呼ばれる層
 に関するテーマだが、ストレスに苛まれている富裕層が羨むような、陽気で
苦労知らずの人たちをこう呼んでいる。ディエナーによって実施された研究も
その一つ。カルカッタの路上生活者とスラム居住者を対象にした調査から、
彼らの家庭生活、友情、道徳、食事、喜びを含む各種の分野における満足度が、
大学生レベルとほとんど変わらないことが判明した。
 一方、社会的、感情的な愛着をほとんど断ち切っているサンフランシスコの
路上や保護施設生活者の場合は「非常に不幸」と答えている。社会学者たちは、
このハッピー・プア現象の説明に、以下の事実を根拠にしている。
 カルカッタの貧困層の多くは、社会的、経済的な立場が向上する希望を
まったく放棄している結果、この点で不安を感じない。しかも彼らは、食品
などの極めてささやかな物質を手に入れることで容易に満足感を得ている。
 ハッピー・プアが単純極まりない楽観論者だ、とは言い切れない。
チベット語の教材を印刷するために、デリーの貧困地区に暮らしていた
ことがある。ボロボロの三輪車の後ろに客を乗せて人力車のペダルを一日中
踏み続ける、リキシャ仲間がたくさんできた。冬の夜は、道端の空箱や
ダンボールをくべて焚き火をして集まるのが常だった。大声で会話しては、
大笑いをし、あたりを騒がせていた。中には流行歌を歌う者もいた。
焚き火が消える頃には、それぞれの三輪車の中で眠る、という日常。
彼らの生活は楽とは程遠い、非常に辛いものだろう。だが、その善良性と
無頓着こそが彼らを幸福にしているのである。ストレスを溜めこんでいるパリ
の広告代理店や証券市場の連中よりはるかに幸福だ、と考えざるを得ない。
 年老いたブータンの小作人のことも忘れることができない。私のいた僧院
の若い僧院長が、新品のシャツと1000ルピーを差し出すと、小作人は、
「300ルピー(約7ドル)以上を手にしたことは一度もありません」と、
おどおどしながら話した。僧院長が「心配事はないか」と聞くと、
しばらく考え込んでこう答えたのである。
「はい、雨の季節に森を歩くとき吸いつく蛭です」
「他には何かないか」「それ以外ありません」
かの有名な樽に暮らすディオゲネスがアレキサンダー大王に向かって告げた。
「王よ、私はあなたより偉大です。なぜなら、王が所有したよりはるかに多く
を捨て去ったのだから」。ブータンの小作農の単純さには、偉大な哲学者の
言葉と同じ重さがあるとは言えないだろうが、幸福と満足度が富に正比例
しないことをはっきり示している。驚いたことに、米国人の80%が幸福である、
と答えている。ただ、表面に現れている数字と現状には大きな落差がある。
物質的な状況は改善されているのに、若い世代のうつ病は、1960年代の10倍
に膨れ上がり、それが低年齢層に蔓延しつつある。40年前、うつ病に初めて
罹患する年齢は平均29歳だった。それが今日では14歳に低下。
世界の年間死亡者の2%が自殺で死亡し、戦争や殺人を上回る。米国では、
躁うつ病の患者の自殺が十代男女の死因の2位に上昇している。
スウェーデンでは、学生の自殺が1950年以降260%という驚異的上昇を記録。≫
▼ 準備を含めた45年間の事業人生を終えて、丸裸? で、現在は家内名義の
 自宅で、家内リッチで、私はプアー。しかし、何故か心はハッピ?ープアー
そのもの。だから、卑しい?目線に快感すら感じることがある。実際に、
今日明日の生活に貧する路頭に迷ったら、その余裕はないのだろうが。
デリーのリキシャの明るさの一端が、少しは解る? それが、最大の収穫。
今さら現象としてのコスプレの衣装が、汚れ、擦切れたとして、着たきり雀
のコスプレを羨ましいとは思えないし、逆に、暑苦しくない? と、書くと、
逆だろうと勘違いされるか。 これだけは経験しないと分からないこと。
 話題の川柳〜 我が家では イエスかハイの 二択制   (/へ\*)")ウゥ
で、これも偶然だが、以下の内容に丁度よく繋がっていく。 (_ _。)
・・・・・・
4357, 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 −2
2013年02月19日(火)
    「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」 橘玲 著
  * 愛情空間、友情空間、貨幣空間
 私たちは、まず家族、そして友人を第一に考える。そして職場の仲間、
定年になれば趣味仲間になる。しかし貨幣を媒体とする買い物やサービスを
受ける付合いもある。それらの空間を、愛情空間、友情空間、貨幣空間という。
家庭、職場、お店という空間である。その中で、いざとなると金である。
その魔力に、その隠された本性が現れ出る。貨幣で世の中の9割以上を
買うことが出来る実感がする。その本質は交換手段だが欲望を満たす手段。
金は自由そのもの。勤め人が我慢して働くのは、自分の自由を労働という
不自由と交換するため。しかし得た賃金は、自由そのものになる。
その交換の場を貨幣空間という絶妙な表現が良い。お金ほどグローバル価値
のものはない。空気と同じで、それが無くなれば今日の食事もままならない。 
 ーその辺りの要約すると
≪ 私たちにとって、一番大事なのは、家族や恋人などの関係である。
 これが八割ほどとみてよい。そして残りの19%が友人関係。ここには
 会社などの人間関係も含めて「政治空間」という。そして残りが貨幣関係。
 この関係は商品などを通して世界中ともつながる。中国製のユニクロの
 シャツなどは、その典型である。その関係は空間にある。
・愛情空間は2〜10人ぐらいの小さな人間関係で、半径10Mぐらい。
 ところが、この小さな世界が、人生の大半を占める。人間は太古より、
 愛情空間の出来事の中で、愛情を作ってきた。人間社会は親族のネット
 ワークで構成されていて、それを最優先をしても、誰も咎めをしない。
 愛の至上主義は、生命の進化の過程で人類の遺伝子に組み込まれてきた。 
 だから、愛が無くなるなどありえない。
・友情空間は、最大でも20〜30人ぐらい(普通は10人前後)、
 半径100Mほどの人間関係。政治空間まで広げても100人ぐらいでしかない。
 友情空間が大事なのも、人間が社会的動物だからだ。狩猟採集の時代、
 過酷な自然環境のなかで人類の祖先は群れをつくって身を守ってきた。
 群れから追放されることは死を意味していた。
・貨幣空間は、人間関係においては、わずかに1%だが、実際の範囲は、
 90%、いや99%を占めているといってよい。貨幣空間は、農耕と取引
 によって成立してから僅かに一万数千年しかない。ここに私たちが、貨幣空間
 に極めて少ない価値しか認めない理由がある。進化の歴史の重さによって、
 愛情や友情という人間関係に比べ、貨幣を介するつながりの重要性を正しく
 理解できないのだ。≫
▼ その貨幣価値は、一歩、愛情空間と友情空間を出ると、ほぼ全てが
 貨幣空間になる。新幹線に乗り、東京で同級会に出席してみれば分かる。
 その会も、友情空間と貨幣空間のミックス。家を出て、帰るまで、全てが
 貨幣空間になる。現実のシビアさと、家庭の温度はあまりに大きい。
 とはいえ、愛情空間と友情空間も、残酷で残忍の一面がある。
 愛憎空間というか。 ところが、これにネット空間が別に出来て、
 現実社会を覆ってきたのだから・・・  ーつづく
・・・・・・
5089,タガメ女の正体  ー�
2015年02月19日(木)
      ー日本の男を喰い尽くすタガメ女の正体〜深尾 葉子(著)
  * 魂の脱占領化
 この著書で紹介されていた、「魂の脱植民地化」とは、言いえて妙。
この随想日記で、言い続けてきたことが、たった一言で言い表している・・
「終戦の半年後に生まれ、アメリカの占領下、魂まで植民地化された自分に
学生時代から気づいてはいたつもりさった?が・・ しかし、私もダカメ妻?
に絡めとられて40年、何時の間に前期高齢カエルになっていた、? いや、!
  〜ネット検索をすると、以下の内容があった!
≪「魂の植民地化」とは、自由なはずの魂の活動が、人間社会によって呪縛され、
 本来の自分を発揮できない状態のこと。国家による植民地化だけでなく、
親や学校、共同体、社会の空気・思想などが個人の魂を呪縛し植民地化する。
それによって偽装された自分によって、本来の情動や感情が、いかに抑えられ
ているかを、まず自覚しないと。≫
≪「不幸の均霑(キンテン)」という言葉は、第二次世界大戦下に、
 「不幸が平等であるべきだ」という日本国民を縛付けた恐ろしい概念。
それが69年経っていまだに、日本人の心の中に生き続ける。これを作動させて
いるのは個人個人の『蓋』と『箱』という人間の魂と言動を分断する装置だ。
『意図的に自らの言説空間にとって都合の悪いことを「認識しないことにする」
ことで、場の論理を維持する。』「和を以て貴しとなす」と云われるように
日本人独特の価値観がこれに拍車をかける。社会に対し不平不満や誹謗中傷
をぶつける前に、自らの感情の源泉はどこにあるのか考えることが
「不幸の均霑」という呪縛から抜け出す唯一の方法に思う。 ≫
▼ 諸悪の根源である『世間』という幻想。それに縛られた状況が作り上る
 窒息状態が人間を小さな岩穴に閉じ込め、歪んだ結果、病になる。その箍を
極力、意識し、そぎ落としてきたつもりだったが・・ それは具体的にいうと、
世間という妄想。この力が働くのは誹謗中傷で現れる。 これこそ、不幸な
人たち、何も出来ない魂の膿である。彼らの情報は、世間的価値の妄想で
作り上げた「裁き」という誹謗中傷。それが対象だけでなく、自分を毒殺
していることが自覚できない。これが世間の「魂の占領化」である。
毒殺された植民地現人が、ゾンビ化し彷徨って、不幸の均霑をしているのが、
娑婆。だから、自分の周りに柵を巡らし、ひと時でも宙遊の時を持たなければ
ならない。その為、教養(魂の脱占領化)が必要となる。


6914,映画観賞 〜『京町ロワイヤル』

2020年02月18日(火)



   * 贋作づくり
 戦前までの実家の商売が骨董店だった。 終戦後から衣料量販店に鞍替え後は、
骨董収集を趣味にしていたため、幼児の頃から父親に連れられ、昔・仲の骨董店に、
茶道具や仏像などを見せられながら育った。 本物を見続けると、贋物の真偽の
見極めが培われるのは確かだが、それでも、御宝鑑定で、時どき外れる。
 骨董の世界は、「贋物を掴まされる方が悪い」というのが罷り通る世界。
そこに贋作づくりの土壌が出てくる。面白そうなのがないので、これを見ること
にしたが、やはり素人向け!だが面白かった。     評価:80点
   
  =サイトの内容紹介より=
【◉ 犯罪映画の中でも軽めのケイパー・フィルム、また巧みな話術や贋物を使い
 金品を騙し取るコンゲームものは、欧米で根強い人気を保つサブジャンルだが、
日本ではさほどコンスタントに作られているわけではない。 
 今回で2作目の「嘘八百」シリーズは、そうした洋画のサブジャンルの型を借り
つつも、茶器を中心とする骨董趣味を加え、鼠小僧に代表される義賊の伝統も
受け継ぎ、日本ならではの“コンゲーム・コメディ”を確立しつつある。
 ◉「スティング」や「オーシャンズ」シリーズなどの賊たちはたいてい伊達者
で洗練されているのに対し、中井貴一と佐々木蔵之介の垢抜けない、やぼったい
 感じが邦画の喜劇に似合い、親近感がわく。1作目の成功を受けてか広末涼子を
筆頭に新顔の俳優陣も多彩に。主役2人と広末の恋のさや当てで娯楽色が増した。
居酒屋「土竜」に集う贋作師3人組(坂田利夫、木下ほうか、宇野祥平)が 
今回もいい味を添えている。】
 ―
【 ◉ 茶番劇: 前回もだけど、今回も何もかもが中途半端に終わり、
 悪人達の悪事を白日の下にさらす事に至らず、結局茶番劇でしたね。
中井・佐々木達が悪人達の悪事を暴くテレビの生放送も実際のところ、
お茶の間に届けていないんでしょう。せっかくいいキャストが一堂に会し、
ベストを尽くして頑張ったのに、いろいろ残念】

 ―
▼ 海外ツアーに参加すると、主要都市では、美術館、考古博物館がコースの
 入っている。これも回数を重ねると、何時の間にか目が肥えてくる。
欧米は、国家や財閥系の資産家は、御宝を惜しみなく積極的に公開する。 
国宝モノは、人類の遺産という概念が刷り込まれていることもある。
それらを見続けていると、贋作や、二流品が、直感的に解ること。としても、
一流の作り手の模写は、当人の味が加わり、それなりの作品になる。
一流画家は、まずは模写から、その基礎能力を築いていく。趣向にも買取り、
それを楽しむタイプと、見るだけで充分の人がいる。としても、贋作づくりの
世界も深いようだ。一番、恐ろしいのは素人の自信。相手は手練手管。
ドッコイショと持上げて、次はヒネリ倒してくる。

・・・・・・
6549,読書日記 〜すべての悩みは対人関係
2019年02月18日(月)
        『アドラー 人生に革命が起きる100の言葉』小倉広・著
   * 一つ皮剥きゃホンダラホイホイ!
 またまたアドラーである。19・20世紀が、フロイト、ユングが潮流なら、
21世紀の混沌とした時代はアドラーである。これまでアドラーについて幾つか
書いてきた。彼は、フロイト、ユングに並ぶ心理学者で、<過去に縛られること
なく、未来を変えることができる>の未来志向がベースにある。
  〜 面白い個所を抜粋すると
≪ アドラーは、言いました。
<たった一人で住んでいる世捨て人のような人さえも、実は他人の目を気にする>
ある村に世俗的な欲望を捨てた仙人のような人がいた。彼は村に住むことを拒否。
山の中に掘っ建て小屋を造って自給自足で住んでいた。村人と交流することに
意味を感じなかった。
 ある日、その村が大火事になり、村は荒れ果て、人々はその土地を捨てて、
他の土地に移住することになり、大移住をしたのです。すると驚いたことに、
その仙人のような男までもが移住して、新しい村を見渡せる新たな山に引越した。
実は世捨て人のような人は、人間関係を捨てたのではなく、「世俗の欲望」を
捨てた仙人のように『清らか』で『優れた』であると村人から思われたかった
だけだった。「観客」がいない場所で生きることに堪えられないかったのです。
『最近ウツっぽい』『忙しくて休みが取れない』など、内面の悩みに思え
言葉も、すべて対人関係の問題に起因している。
――
・人間であるということは、劣等感を持つということ
           ・・・劣等感と優越性追求について
・「強く見せる」努力をするな。「強くなる」努力をせよ
           ・・・優越コンプレックスについて
・「弱さ」を武器にしても人生は変わらない
           ・・・劣等コンプレックスについて
・勇気がない人は「特別」であろうとする。
 勇気がある人は「普通」であろうとする
           ・・・勇気について
・あらゆる過ちは「共同体感覚の欠如」に起因する
           ・・・共同体感覚について
・激しい感情を使う人は強い劣等感がある
           ・・・感情について
・あなたには貢献する能力があり価値がある
           ・・・勇気づけについて
・ひとつのことができれば他のこともできる
           ・・・自己変革について   ≫
――
▼ アドラーについての読書録を書いていた筈とHP内検索をかけると、
あるある。真面目に、真剣に取上げている。暗く、混沌の時代であればこそ
未来志向のベースが必要になる。すべての悩みは
対人関係にあり、それは3つの課題にありと… 
 1つ目が「仕事の課題」
 2つ目が「交友の課題」
 3つ目が「愛の課題」
フランクル心理学の3つ価値に似ている。
 1つ目が、「創造価値」
 2つ目が、「体験価値」
 3つ目が、「態度価値」 
<良く働き、良く遊び、良く学ぶ> の3つの切口。
 フランクも、少しアドラーをパクった? 
より納得できるのは、フランクだが… 

――――
2018/11/14
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −3                
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * 「価値低減傾向」と虐め
 本書で、虚栄心に満ちた人に見られる「価値低減傾向」について取上げている。
誰でも持っている内幕情報など覗き込み願望も、これ。‘子ぎつね’‘腹グロ’
と敬遠され、その場の空気が汚れる為、名前を出すことすらしない。自分に甘く、
他人に厳しくが、もっとも端的に現れるから始末が悪い。特に、これを営業ネタ
と活用をしているコテコテの小悪党。その毒は、対象の人間を自殺に追いやる程、
効果がある。当人が、どれ程、怨まれているか、全く気づかない。
人は短所の特徴で他人を呼ぶ傾向がある。 子供の頃から『アダナ』など、
自然と「価値低減傾向」をしているのである。
  〜この言葉をネット辞書で検索すると
≪ 優越感を持とうとするあまり、他人の価値を貶める発言や行為をする… 
 …いわゆるマウンティング。相手をケナすことで自分の価値を上げようとする
ものの、実際には相手をケナしたところでその人本人の価値が上がるわけでない。
ところが本人はそのことに気づいていないため、必死にそれを繰り返す。
優越感を持ちたい人は、家族や知人間で価値ある人間だと思われたい。
そして自分に価値が無ければ家族や仲間が離れてしまう恐怖を抱えている。
そのため家族や仲間が離れていかないよう、自分にそれだけの価値があると
思わせたい。しかし自分にそれほどの価値があると証明できないなら、家族や
仲間の価値を下げればいい…というNot-Self(自分らしくない状態)に陥る。≫
 ―
▼ 娑婆には、このコテコテの小キツネが面白いほど存在する。
 他人の不幸は蜜の味と、蜜を振りまいている輩たち。
『メシウマ』=「他人の不幸で今日も飯がうまい!」。
『メシマズ』=「人の不幸でメシが不味い!」と、粗探しを酒のツマミにする。
それが、「生きづらさを自ら生産していることに自ら気づかない。
アドラーは、この性を「価値低減傾向」と名づけ戒める。 
 ところで、私たち、これを自分の過去に対してしるのでは? 
青少年期頃の若気の至りのフラッシュからウジウジして… 酷いのになると、
痴呆症の悪例として、身近な人に、遥か昔の脚色をつけた窃盗などの妄想を
ぶつける。「価値低減傾向』より性質が悪い話を聞く。日本社会の特徴の一つ
に「同調圧力」の強さと「自尊意識の低さ」がある。自尊心が無いため、他者に
対する異質を取上げ、攻撃にまわる。その人のそれは、歪んだ自虐でもある。
 
――――
2018/11/12
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ −2 感動を使う!             
             <「生きづらさからの脱却」岸見一郎著>
   * アリストテレスの「原因論」
      〜「質料因」「形相因」と、「起動因」
 社会や、物事の原因を簡明の読み解くに、解りやすい事例である。
≪ アリストテレスは、彫刻を例に原因を、次の4つに分類している。
・まず、青銅、大理石、粘土などがなければ兆候は出来ない。この場合、
 これらは、彫刻の「質料因」(何からできているか)である。
・次に、「形相因」(何であるか)。彫刻が何を現しているかということ。
 彫刻家は像を刻むに時に、何をつくろうかというイメージを持っている。
・原因の三つめは「起動因」(動がそこから始まる始現)である。
 父親が子供の始原であるように、彫刻家が彫刻の起動因である。
・さらにアリストテレスは、これらの他に、「目的因」(何のために成立
 したか)を考える。彫刻家が、彫刻を望まない限り、彫刻は存在しない。≫
 ―
   * アドラーの「原因」論
 〜 感情も脳も、感動さえ使う、極意とは 〜
≪ アドラーも、行動について「なぜ」と問う時、「原因」という言葉を使う。
アドラーは「なぜ」という問いによって、行動の「目的」を答えとして期待して
いる。「どこから」でなく、「どこへ」を問うのである。アドラーの「原因」は、
プラトン、アリストテレスのいう4つの原因のうちの「目的因」である。…
アドラーは、他の原因は目的に従属していると考えた。
  ―使用の心理学―
 …またアドラー心理学は「所有(何が与えられているか)の心理学」でなく、
「所有(与えられたものをどう使うか)の心理学」である。人が置かれている
状況がそのまま人のありかたを決定するのではない。
『大切なのは、何が与えられているかでなく、与えられたものを如何使うか』
 … アドラーは、アリストテレスの原因論にプラスして「目的」を加えた。
目的論とは、「善」を目指し、それを目的にしているという観点から行動や
症状などを理解することである。 脳を例えると、私と脳は別物であり、私が
脳を使うのであって、脳が私を使うのではない。脳は大事ではあるが、人が行動
する時、それによって目標を決める起源ではなく、脳が心を支配するわけでない。
【善を実現する目的のため、脳を使う。】のである。
  ―感情を使う―
感情もまた、我々を支配するのではなく、感情をある目的のため使うのである。
感情は意志の力によって左右する。交通事故で車をぶつけられた時に、男は
美人と意地悪そうな相手では全く対応が違ってくる。感情なぞ使い方で如何様に
良くも悪くもなる。ヒトラーは大衆煽動に怒りの力を利用した。怒りは、隠れた
エネルギーとして直接的になる。

▼「感情を使う」の論を考えていると、「感動をつかう」の言葉が類推された。
秘・異郷ツアーの旅先で、何度も何度も感動体験をする。その結果、脳に蓄積
された精神面でのデ・トックス(体内に溜まった有害な毒物を排出させること)
で、心というより、魂の解放を実感する。「感動を使う」こと、そのものになる。
早朝の一時間のミニ・チャリも、小さな感動の旅になる。目的は、デ・トックス
の「善」の自己実現。このブログの書き込みも一種のデ・トックスになっている。

――――
2018/11/07
つれづれに哲学 〜アドラーから学ぶ               
          「生きづらさからの脱却」岸見一郎著
 * 今でもバカやってんだ!
  人生を10年スパンで振返りってみて、
・10歳までは明るい性格だったが、
・小5の頃からの十代は母親が重度の欝病と、直ぐ上の兄や同級生からの虐めや、
 受験勉強もあって、アドラーのいう‘嘆きの谷’暗い10年間に迷い込んでいた。
・20代の‘嘆きの谷’から外に向け一歩踏み出せたキッカケは、20歳の夏休みの
「キリスト教倫理」の教授の夏休みの課題、【人生設計のレポートの提出】。
 まだ学生時代に馴染めず茫洋としていた私に、『将来設計、どうで生きる?』
 と、ナイフの切っ先を喉に突きつけられたようであった。 
その夏、学生寮のOBが夫婦でペアレント(管理人)をしている軽井沢の山荘で、
若い宿泊者や、ヘルパー仲間と夕食後に談笑し、様々な立ち位置や、生活環境を
話したり、聞きながら、ひと夏、自分の人生の方向を考えてみた。 いまから
考えると、最善の環境に引き付けられていた。様々な生き様が、学生仲間だけで
なく、一般社会の人たちの生の具体例の全てがヒントになっていた。
そこで得たのは、「自由に生きる!」「アイデンティティ(何もの?)」の問い。
 自由の第一歩が、「親からの自由」「血筋があればこそ、その人が存在する」。
都会生活に疲れ、癒しを求めてくる人の最初の質問は、『学生?社会人?』
『で、何処の学校、会社?』『どこの生まれで、実家は何している?』『趣味って
何?、クラブは何処に入ってるの?』が柱で、8割のレントゲン写真が出来上がる。
そこで、合せ鏡で自分の将来設計を考えた。あまりに丁度良いオープンハウスの
ような寮生活の上に、今度は、その垣根を超えた山荘で、様々な人種、それも
自由闊達な明るい未来を信じて笑っている人達。20歳は、孵化しようとする時節。
高度成長期の真只中、明るい未来が広がっていた。せっかく頂いた恵まれた立場
を活かすには、皮肉なことに両親の創業を間近で体験した修羅場の追体験の設計。
「創業を目指す」の柱が思い浮んだ。 その時、暗い神経質な性格の‘嘆きの谷’
から次の谷に踏み出した一歩であった。それぞれ人生の修羅場の時節でもある。
 その頃、母親に訪ねた、『どうして、こんなにしてまで働くの?』に、
『10人の家族が生きるに、人の何倍か稼ぐ必要があっただけ。それと、仕事の
拡大と同時に、人は成長するのよ!』 成るほどと実感した。
 家の事情で、急遽、Uターンで帰ってきた時に心に決めたのは、「嘆きの谷」
の人のこと。(当時は、この簡明な言葉を知らなかった) せっかく落とした、
重荷を、そのまま背負った、不吉な神に憑りつかれた悲観的過ぎる人たち。
他者の噂話、失敗に異常に反応し、その攻撃で無為の人生の鬱憤を晴らす。
 温暖化の影響もあり、以前ほどの積雪はないが、それでも一年の4分の1は
雪に閉ざされる。そのハンデを理由に何もしない不運を嘆く。その鬱憤たるや… 
問題は、鬱憤を他者に振り向け互いにヘドロに陥ってしまう悪循環に嵌りこむ人。 
 峠道には、‘嘆きの谷’だけでなく、‘喜びの池’もある。そこは森に覆い
隠された奥にあるため、一見、目立たない。それも、森に立ち入らない人には、
その存在に気づかない。隠れた池の近くに、「嘆きの谷」の道とは全く違う
ルートが存在する。その翌年、その道に初めて立入ってみた。 そこは
光り輝く別世界。それを哲学的に説いたのが、アドラー。
‘嘆きの谷’の患者治療から、心理学を発展させたのが、フロイド、ユング。 
聞くところによると、そこにも抜け道があるそうな。ただし煉獄か地獄への小道。 
時に天国? それも、これも娑婆世界。 踊るか、踊らないか? 決めるのは、
おのれ独りで。





6913,読書日記 〜『不幸論』といえば、中島義道である。

2020年02月17日(月)

読書日記 〜『不幸論』といえば、中島義道。
  
             『不幸論』 中島義道著
   * <どんな人生も不幸である>という結論
 全ての人の最期は「惨憺たる死」が誰へだてなく待ち受けている。
死ぬことは、一人称の『自分』が0人称になるのだから、一人称の自分は死な
ないというのは分る。‘死んでしまえば、それまでよ’である。最後の30分は、
地獄の苦しみタイムになるが、それも娑婆への未練の立切に必要欠くこと出来
ない事になる。 アルコール依存症とか、薬中の人には、楽しんだ分、苦痛が
上乗せされる。身近な二人称の人の死を凝視すると、やはり、『不幸論』って
いう論も分る。恵まれた人生ほど、最後の最後に、失う苦痛と苦悩は大きく圧し
掛かってくる。それも生きていればこそ。
 ―
  〜Amazon 内容紹介より〜
≪ 「幸せになろうね」「私はほんとうに幸せ者です」……。
 世に蔓延する「幸福でありたい症候群」。だがその幸福感は、他人の不幸や
「死」の存在を「知らないこと」「見ないこと」で支えられている。
本書では、古今東西溢れる「幸福論」とその信者たちの自己欺瞞を鋭く指摘。
さらに「他人(自分)を傷つけないために真実より嘘を語ること」を優先する
特殊日本的幸福論者の傲慢さ、怠惰さを赤裸々にする。
 著者は、長年の哲学的考察の果てに―どんな人生も不幸である―という結論に
辿りつく。この恐ろしく理不尽な「真実」をトコトン見すえて不幸に留まって
はどうか。そのほうが「よく生きる」ことができるのではないか、と提案。

 <目次>
第1章・幸福のための条件 
第2章・さまざまな幸福論 
第3章・幸福がもたらす害悪 
第4章・相対的不幸の諸相 
第5章・「死」という絶対的不幸 
第6章・自分自身の不幸を生きる

 著者の人生哲学が凝縮した、世界初の「不幸論」。
 ――――
▼ 私は如何だったか? 幸福・不幸感というのは、その時々に変わるもの。
 私は、3割が不幸感、7割が幸福である。それらは、現時点の躁鬱状態や、
体調に左右される。老化は病い、それも炎症。なる程、その実感がする

――――
2016年08月26日
堀井の居間 
   * 幸・不幸の実相
 10年位までは、青少年向きのテーマとして、その話題は一般的に避けられて
いた、幸福論、不幸論が表舞台に出てきた。世界的に政治・経済の停滞が、
起因している。 同じ人生で、これほど違うかと思うほど、孝・不幸の差がある。
よくみると、その差は親の愛情と、教養の差にあるようだ。
 人生の甘味、辛さも一通り味わったつもりだが、孝・不幸は、自己責任と、
痛感する。要するに、幸・不幸は起こってしまった現実の解釈と、受容の人生
への姿勢にある。それは長年かけた心のベースから派生する。それが稀弱な人は、
目先に動転、その責任を外に求めてしまう。自分の足で、地べたを踏み込むことが、
出来ないため、同類合い哀れむ群れで屯するしかない。こういうのを蓄群というが、
群れることで、己の思考を放棄するため、 何が問題かを知ることができない。
そして「残念な人生」をおくる。その自覚さえないから、それは「残念な人生」
ではないのだろう。 という論も、羊の群れを馬鹿にする山羊? でしかないが。

・・・・・・
4912,世界の美しいさを一つでも多く見つけたい ー4
2014年08月26日(火)
   * 現場の壮絶! 
 内容は 題名とは程遠く、映画や小説でさえ描写できない現実の凄みがある。
デジタル機器の進化で、生首を刎ねる写真や映像などがネットで流される。
臨検など今では無理。それにしても、このルポは、凄惨で、これが現実である。 
 ーその辺りからー
≪ 話を聞いてわかったのは、LRAの兵士たちのあまりに残忍な行動でした。
 彼らはまず戦力を増やすために村を襲い、食糧や金品を略奪します。
そして村人の中から子供を選び出し、彼らに銃を突きつけて自分の親や兄弟を
殺害させる。「この場で親の首を切れ。そうしなければ、おまえを殺すぞ」
そう脅して無理やりやらせるのです。家族を殺した子供は、村で生きていく
ことができません。兵士はそんな子供たちを連れ去り、部隊の兵士にする。
家族を殺させるのは、子供を村と決別させ、殺人マシーンにするべき通過儀礼
のようなものなのです。子供たちは部隊に入った後、全員が従順に兵士として
生きるわけでありません。途中で逃げ出したり、命令に従わなかったりする
こともあります。そんな時、ゲリラ兵は見せしめのために裏切った子供たちの
鼻や耳、それに唇を切り取ったりします。人間には見えないような容貌にする
ことで恐怖心を植え付けるのです。おそらくこうした事実だけ見れば、私は
LRAのゲリラ兵を「鬼南のような兵士」として描き、彼らにつかまって兵に
させられた子たちを「悲劇の被害者」として描いたはずです。でも、さらに
調べていくにつれ、違う側面があることもわかってきました。
LRAの子供兵の中には、誘拐されて兵士になった子以外に、自分の意思で自ら
兵士になった子もいるのです。貧しい農村で一生暮らすことが嫌になり、銃を
持って略奪をして暮らしをしたいと思っている子供、銃で人を殺して出世する
ことがカッコイイと思って参加する子、もともと反社会的な人格を持っていて、
それがエスカレートして、兵士になることを望んだ子供がいるのです。・・≫
▼ これに匹敵する残虐行為に、ドイツのナチと、カンボジアのポルポトに
 よる数百万単位の大量殺戮がある。北朝鮮も一歩内部に入れば、このような
弾圧が現在進行で行われている。中国文化大革命では1千万〜5千万人が虐殺
されたが、詳細は隠されている。25年前に桂林に行った時の現地添乗員が
『文化大革命時には、この辺りは死体の山だった。それが全国の各村で同じ
ように・・・』と、何気なく話すのを聞き耳を疑った。当時は、日本国内では
タブーで、現地であればこそ聞けた話。 島国で、海で外界から守られ、
平和ボケの日本。グローバル化は、その平和を儚くも砕いてしまう。 
憲法を変えるのは当然のことだが・・ この国では無理?  
〜 また偶然だが、以下の二年前の随想日記に続く! 〜
・・・・・・・・・・・
4170, 金正日の料理人
2012年08月26日(日)
  * 若きドン様の親の敵討ちは残酷!
 何気なくTVをみていたら、北朝鮮の金正日の元料理人が出ていた。これが
漫画的ドラマ仕立。その男が、「金正恩に招待され北朝鮮に行ってきた内容」
で、金正恩や、そののファミリーと食事をした写真があった。 父・金正日を
裏切り逃げ帰った過去全てを水に流してくれた温情深い現在のドン様に感激
している、という筋書き。その日本人は現地に妻と二人の子供を残してきたが、
正恩の計らいで残留家族と対面した。ところが、「料理人の長男が、再会した
二週間前の夜半に苦しみだし、両手を三回突上げ絶叫し、亡くなった」という。
心臓発作だった。
『呼び出しに応じたのを確認したと同時に、長男を毒殺し、家族に会わせて、
その事実を知らしめ、今度は長女を殺す、という脅しをかけ、北朝鮮の
メッセンジャーを暗に強要している』のは誰の目にも明らか。その後、妻と娘
を残して帰国し、TVに出演したのだが、その筋書きをキャスターに指摘されると、
「そうであっても、それでよいと思っている」という返事。北朝鮮に愚弄されて
いる姿が、そのまま出ていたが、陰湿で残酷な仕打ちのドラマ仕立。 
リアルで現在進行中のため、料理人が翻弄されている姿が痛々しい。 
独裁国家のドン様を裏切り愚弄すると、このザマになるという残酷ショー。
これは北朝鮮が茶の間に直接日本愚弄のメッセージをしてきたことになる。
逆にみれば、この程度の連中でしかない。マスコミが、料理人を抹殺するか、
パンダとして利用するか、パンダ利用になるのだろう。現地の家族が本当に
存在していたのか、そう持ちかけられたのか、本人の作り上げた物語なのか、
色いろの仮説がたつ。コミック漫画の悲劇、喜劇? くさい話だけは確かだが。
・・・・・
4545, 閑話小題 ー夏対策
2013年08月26日(月)
   * 暑さ対策!
 居間、寝室では扇風機で冷をとるのが基本。しかし30度を超えるとクーラー
を付けるが、今年は、その頻度が多い。扇風機の場合は、補助として保冷剤の
入った首巻きを三つ冷凍庫で冷やし一時間ごとに入れ替える。これが効果がある。
更に先日、寝室用に保冷枕を購入し使い始めたが、これも良い。
冬生まれもあって夏の暑さには特に弱いが、それでも、いざとなればクーラー
があるという余裕があるから出来るのだろう。
   * 業種店が、新規出店?
 車で二分ほどの三沢のSCの運動ジムに週五日通っているが、道路一つ隔てた
敷地に2Fの建物の鉄骨が立ち上がってきた。3〜4ヶ月前に「地元のスポーツ店
が、東バイパス出口に出店!」という新聞記事を見ていたので、着工と同時に、
これでは?、と思っていたが、先日に家内から、それが地元スポーツ店と
知らされた。地元のスポーツ店も典型的な業種店。自然消滅は時間の問題と
見ていたが、それが新規の出店とは意外! 家内が言うには、「近くに高校や
中学が多いので、運動着やスポーツ用品が学校単位の需要があるのでは?」。 
家内の方が、よほど世情に詳しい。全国チェーン店が捨てた(地元しか手に
入らない)インサイダー営業が存在している、ということ? としても、
私には疑問が残るのは、私がアウトサイダーのため? それとも、幾つかの
SCの重なっている郊外の一等地で、大手のスポーツチェーンに囲まれ苦戦。
その原因が業種店の限界と知らず、スポーツ店の無店地帯の東バイパス地区に
移転で起死回生を図るためなのか?としたら・・ 最悪のケース。 
常識的にみれば破滅行為!しかし、街中から移転して20年?近く、ブランド物に
的を絞り、営業では学校関係に地道な営業努力の結果、二店目の出店に至った?
と、考えるしかない。立地センスは最適だが、黒鳥の舞降りる中で、どうなる? 
毎日のように、窓から見えているので書いたが・・ 更に最悪のケースは、
順調な数字を上げていて、移転でなく拡大としての二店目の場合。
恐ろしいのは二店目の甘い計画。
・・・・・・
3805, 哲学人 ー�
2011年08月26日(金)
 * 学生時代の恩恵 
 学生時代の恩恵は、現在でも大いに実感している。もしも学生時代に一度、
頭を粉々にしてなかったらと思うと・・ マギーは、ここでイギリスのエリート
学生の内面を正直に書いている。哲学と芸術の長い歴史が大学にあり、そこの
プログラムを学生はこなしているのである。都市には、美術館があって歴史的
名画を身近に見ることができる上に、コンサートも子供時代から親から連れて
行ってもらっている。 教養のベースが、風土の中に染み付いているのである。
  ー「哲学人」ブライアン・マギー著よりー
【 結局、大学が知性という面で私にしてくれたことの中で一番肝心なことは、
 知的価値が芸術的価値とは独立して存在しているということ、そして、知的
価値に関心を持つように仕向けてくれたことである。 一年目には、理知的で
気の合う仲間の中に、他にもまして知的な価値に傾倒している人がいることを
知ってカルチャーショックをうけたことである。彼らとの交流のかなで、
そうした価値を自分なりに受け入れられるようになるに三年目まで待たなければ
ならなかった。そのおかげで、知的価値は私にとって欠かせないものとなり、
私の人生と考え方に色褪せることのない彩を添えてくれた。
 ちなみに、私はこのような経験をしたおかげで、一部の聡明な人々に対する
理解を深めることができたのではないかと思っている。それは、さまざまな
理由から大学教育を受けたことがなく、そのためにこういだ経験をしていない
人々についてである。そういった人々がどんなものの見方をするか私はわかる
つもりだし、彼らの身になってみることもできる。 ひょっとしたら自分も
同じ立場になっていたかもしれないからだ。 正式な教育は、世界というものが
個人の見解や意識や関心や想定の単なる拡張ではないという考えを育むよう
仕向けてくれる。これは正式な教育が授けてくれる最大の恩恵である。
当然のことながら、こうした教育は他者の助けなしにできない。他者は私たち
個人をしばっている拘束をまぬがれているからである。けれども、ここから
導かれるのは、独学の者は生半可な教育を受けた程度にしかなりえないという、
残念だが逃れようのない事実である。 オックスフ・オード入学当時の私の
考え方にはっきりいって欠けていたもののうち、最も重要だったのは、その後の
経過を考えると、哲学ということになる。 人間の関心事の中で最も価値が
あって大切なものとして、哲学は確かに偉大な芸術に近い水準に達しているし、
その理由も似通っているように思う。どちらも、人間が到達しうる最も高い
レペルで真理を探究する活動である。どちらも物事の本質を、つまり存在の
根源的な神秘を探ろうとしている。それを果たせないとしても、人間の理解
に限界があるせいにすぎない。ショーペンハウアーが述ベているように
「芸術家が具体的に行なっていることを、哲学者は抽象的に行なっている。」
哲学者は自分の意見を概念で表現するよりほかなく、そして概念というものには
どうしても一般性がつきまとうため、哲学は芸術ほどの深みには到達できない
かもしれない。だがその一方で、哲学にはできても芸術にできないことがある。 
アイリス・マーギックは「よきにつけ悪しきにつけ、芸術は哲学より深い
ところに達する」と語ったが、哲学には芸術よりすぐれた面がいくらかはある
という意味ではそのとおりであるし、全体としては芸術に及ばないという
意味でもそのとおりである。】
▼ 芸術と哲学が教養のベースであるのは今さらだが、マギーの、このような
 文章を読むと、より芸術に触れておくべきだったと実感する。 芸術作品は、
作者の魂そのもの。それぞれの時代が生み出した人物が全霊を捧げて、作品の
中に魂を入れ込んだ名作である。それに直接触れ、感動するのが一番、人間の
魂を高めることになる。そのためには時間をかけて対象と向き合うしかない。
・・・・・・・
3440, 再び、死について考えてみる ー4
2010年08月26日(木)
  * 死を喩えると
 死を喩えると、旅と、眠り、とされる。 「死ぬ」が旅と、眠り、に
喩えとされることは、プラトン『ソクラテスの弁明』の一節にある。
ー「つまり死ぬということは、次の二つのうちの一つなのです。あるいは
全く何もない.無」といったようなもので、死んでしまえば何も少しも感じない
といったものなのか、あるいはまた言い伝えにあるように、それはたましいに
とって、ここの場所から他の場所へと、ちょうど場所をとりかえて、住居を移す
ようなことになるかなのです。そしてもしそれが、何の感覚もなくなることで
あって、ひとが寝て、夢ひとつ見ないような場所の、眠りのごときものである
としたならば、死とは、びっくりするほどの儲けものであるということになる。
・・・・また他方、死というものが、ここから他の場所へ、旅に出るようなもの
であって、人が死ねば、誰でもかしこへ行くという、あの言伝えがが本当とする
と、これより大きい、どんな善いことがあるのでしょうか、裁判長諸君。」ー
 葬式で、「故人は旅立たれました」というが、夢なら醒め、旅なら帰って
くるのが前提にある。永遠の眠りというと、そこで夢を見る可能性がある。
無に帰した者が夢の見ようがない。あくまで心象風景でしかないのが、これで
わかる。 最近、ブラックホールに喩えることがある。その人の全てが、
その中に吸い込まれ、再び戻ってくることはない、という意味で、喩えとして
科学的風である。 ブラックホールは生命を終えた星が爆発をして、その重圧で
空間の歪が生まれ、穴が開いて異次元?の時空に周辺のものを吸い込んでいく。
これを死に喩えることは、これはこれで、説得力がある。最近、ホワイトホール
も、存在も云われるようになってきた。何処かの歪から何が噴出している空間の
存在。それは生命ということになる。 面白いのが、死の喩えを、生そのものに
している説がある。 これまでの死の喩えのは、生のうちで経験される現象=旅、
眠る、去る、失う、等々である。それらは再び我われの元に帰ってくる可能性
がある。死は絶対性であるから、「死ぬ」に永遠性が現われてくる。そうすると、
永遠に眠る存在になる。こんなそんなで、結局、死は喩えると分かりやすそう
だが、生きている人間の論理というのが露出するだけ。同じ動物の牛に喩えると、
先ほどの喩えは不自然である。死も、生きていることも、幻想でしかないなら
喩えでイメージするのも良いではないか。 少し、眠たくなってきた。
  (字数制限のためカット2011年8月26日)


6912,閑話小題 〜過去19年分の、このブログ

2020年02月16日(日)


   * 20年分+α…の道標 (19年+当日1年=20年分)
 19年近く、こつこつ書き続けてきたブログ。毎日、書くためのテーマ探しや、
内容の文章化に気をとられてジックリと読返す余裕などなかった。しかし最近、
YaHooがブログを一方的に廃止をした。そのサイトには、日常の軽い話題を紹介
するツブヤキのツイッター代りにした気ばらしに丁度良かった… で、無情に
オジャンに。 と同時期に、【分類コーナー】サイトも中止になった。
YaHooのブログの全てを『はてな』のブログに統合、改めて、機能をみ直すと、
そこには、『分類』と『ブログ内検索』の機能があった。それに私が気付か
なかっただけ。そこで改めて過去文を読返すと、19年のエネルギーが道標とし、
残ってるようで新鮮に受け止められる。 それまでは、当日分を書く際に、
「過って書いたかどうか」を、『分類サイト』で内部検索して書いていた。 
iPadを家庭内でWI-FIで使っているが、家庭内の何処ても、何時でも、自分自身
と繋がることが可能になっている。間違えて入力した単語があるが、そこには
一日、2〜3時間かけた文章が残っている。
 5月になると、19年分+当日1年分=20年分になる。それは、土台になるが、
縛りにもなる上に、知り得た限界の察知になる。 『事業百訓』も含めると、
道標は更に増える。 …で、黒鳥数匹で、このあり様。 何やってんねん!の
御宅そのもの。 気持ちが沈んだ時、自信喪失の時、突如の叱責で動揺した時、
己を取囲んだ小さな塀に入りこみ、しばし行蔵の世界で、黙考すると少しは自分
を取り戻せる。書き続ける秘儀は、私にとっても絶大。想定する相手は、今日の
私以外の私と、明日と私である。 …何やら変な感覚になってきた。
 
〜以下の去年のテーマを読返すと、今年と同じく暖冬と不景気感が書いてある。
そのまま、今年にも使える内容。 今年は、これに加えて<新型コロナ>が
加わっている。サービス産業などの一線は、深刻で夜も眠れないだろう…   

・・・・・・
6546,閑話小題 〜地元長岡は、底知れぬ不景気感が…
2019年02月15日(金)
   * つれづれなるままに
☆ 先の3連休はYouTube観賞。今ではユーチューバ―で稼いでいるプロの一群が
 存在して、その内容は日々向上している。 1万のフォロアーで千円が相場。
 土日・祭日など週末にはテーマを絞って集中して見ている。 先週末は、
「ドローンレース」。先々週は「街中闘牛」。その前は「世界の景観」。これが、
 数カ月単位で大幅に内容が更新される。これでは地上波の番組は廃れて当然。
 今まではパソコンで見ていたのを大型TVに移行しただけで面白さが倍増する。
 刺激的動画を検索で探して見ていると、受動的に見ていたTVを、能動的にみて
 いるような感覚が奇妙。 その上に、Wowowで次々と映画や、新シリーズの
 ドラマが放映されるのを録画をするが、限られた時間の中で、300本の録画分
 を見ないまま消去することが多くなる。その繰返しが在庫の質を上げるため、
 面白いのが残る。映しださる世界は竜宮城の世界。 御宅とはかくあらん。 
 確かにバカになるが否かは内容による。10〜15日もかけて辿り着いたベスト
 ポイント絶景が現地の視覚より鮮明に映し出されるため、連日、感動、感激
 の連続。20年前に買って目の前の書棚に鎮座してある『世界のプピリチュアル・
 スポット』という大型写真集。 何これ?である。尤も、YouTubeの目録と
 割切れば良いだけだが。<何時も、TVのことばかり書いている… それだけ、
 撮影機種や、ドローンなどや、受信機能が向上。一般人が様々な視点から
 新鮮な画面を投稿するようになった。

☆ 積雪が、この時節まできて30〜40僂箸肋ない。そこで各店が慌てて冬物の
 逃げ切りバーゲンに入って暫くになる。恒例の冬物衣料の半額セールを目指し、
 イオンの紳士服売場を覗いたが、そこは売れ残りの山。 他山の石でも… 
 地元もスキー場も小雪で苦戦。
☆ ヨーカ堂が昨日、閉店をした、この半年で長岡、柏崎、上越店が閉店。
 家内が週に2回、川西のイオンのSJに行く。 数日前に駅でバスを下りて、
 ヨーカ堂を振返ってみると閉鎖…。 帰路、駅内専門街の「こころ」は、幾つ
 かの店が廃店。北銀は第四に吸収。そして、近くの地元スーパーに立寄ると、
 食品の値上げ。何やら底知れない恐怖を覚えたという。
☆ 女子大生の殺人事件。図書館で週刊誌の立読みで、援助交際の金銭トラブル?。 
 約束の金額の支払いで揉めた結果の殺人? 15〜30万につられて… 
 真面目な身持ちが固そうなお嬢さん風で! 一行にすると
〔女子大生、無銭援交・居直り殺人事件〕何やら薄気味悪い時代になった。

・・・・・・
6182,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー5
2018年02月15日(木)            
         『坐禅は心の安楽死〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * ピラミッド・パワー
著者の横尾は、家で座戦をする時は、瞑想用のピラミッド・テントを使う。
アメリカから取り寄せたもので、瞑想用につくられたもの。 これはエジプトの
ギゼーと同じ精密な比率を持ったもので、人体に実際に反映し、エネルギー場を
反射し、生成、蓄積することがあるということから、開発されたもの。私が
20歳代半ばの頃だったが、世界的大ブームになって、カーター大統領の出身地の
ジョージア州では60%の家庭が、ピラミッドを所有しており、テキサスのラレド
の病院でもピラミッド・テントが病室に置かれているという。ファラオの墓と
して建てられたとした説が、『人間成長の器械』として建てられた説が有力に
なっている。 ピラミッドによって発生するエネルギー場が人間の意識を上昇
させる目的という説である。 〜そこで、ウィキペディアで検索すると〜

・ピラミッドパワーとは、ピラミッド形の物体に宿っているとされる
 不思議な力のこと。
・1930年、エジプトのギザにあるクフ王のピラミッドを見学していた
 アントワーヌ・ボビーが、ピラミッド内に残された死骸が脱水状態である
 ことに不審を抱いて、再現実験を行ったのが最初と言われる。
・腐敗を防いだり、精神を集中させて悟りを開いたり大幅に頭の回転が速く
 なったりさせるといった効果があるとされているが、科学的根拠が無いため
 疑似科学の一つと考えられることが多い。日本では1970年代から1980年代
 にかけブームとなった。
目次
1 語られている効果
2 ピラミッド(形)の条件など
3 ピラミッドパワーに関する諸説 
  3.1 「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説
 3.2 「中のものを乾燥させる」説
 3.3 「精神集中を助ける」説
 3.4 学者の見解

1 語られている効果
腐敗(細菌繁殖)の抑制
剃刀の刃の寿命が延びる
静電気の発生
瞑想、ヒーリング(癒し)効果
植物の成長促進効果
食品の味が(マイルドに)変わる

2 ピラミッド(形)の条件など
正四角錐であること。
方角を南北合わせること。
パイプ等で稜線を構成するのみでも可
形状が大きい程、効果が大きいといわれる。

3 ピラミッドパワーに関する諸説
1、「生命力を活性化させ、腐敗を防ぐ」説
ピラミッドの形そのものが宇宙エネルギーなどを受けて、その内部に
おかれたものの生命力を活性化させる効果があるため、人間は元気になり、
食品などの腐敗を防ぐ効果があるという説。
2、「中のものを乾燥させる」説
ピラミッドはその内部におかれたものの水分を
奪い去る力を発揮するという説。
3、「精神集中を助ける」説
ピラミッド型の施設の中で瞑想をすると悟りにいたる道が開かれるという説。
4、学者の見解
エジプト研究の学者である早稲田大学(現在客員教授)の吉村作治は、
ピラミッドの中で物が腐敗しないなどいわゆる「ピラミッドパワー」が
起こるのはピラミッドに使用されている石材の石質が磁性体であるために
ピラミッド内部に磁場が生じて起こるレナード効果現象であって、ピラミッド
の形(正四角錐)によって起こるという説はまったくのでたらめである、と
述べている。
――
▼ 半世紀前の世界的ブームで、ピラミッド・パワーについての知識はあり、
 以来、TV番組で取上げられたのを見てきたが、半信半疑の域を出なかった。
人生を振返ると<見て見えず、知ったつもりで何も知らなかった>に、尽きる。
年齢もあってか、バカの壁が低くなったのか、受入れ能力が出てきたようだ。
横尾のテントの中での効果についての記述が、面白い!  〜つづく

――――
5815,緩和小題 〜しまった! ー見れど見えずー 3
2017年02月15日(水)     
        < しまった! 「失敗の心理」を科学する
       ジョゼフ・T・ハリナン (著) >
   * 見ていても見えているとは限らない
「人生の幸せは金ではなくその人に与えられた時間の過ごし方にある」が良い。
 古希も過ぎ、70歳代に入り一年。残された時間は、5〜10年在るか無しか。
その間の過ごし方は、やり残したことを遣り、好きなことを好きなようにして
過ごすこと。 その点、現状は満足できるといってよい。
 6年前のリタイア時に、精神のバランスを崩さないためにと、少し厳しめの
一日、一週単位のスケジュールをたて、実行し、現在に至っている。
「習慣は第二の自己」というが、その点、我ながら充実している。16年続けて
いる、この「随想日記」の掲載が『核』になる。与えられた時間を好きなこと
に徹せるなら、これほどの幸せはない。で、書きながら思うことは、これまで
気づかなかった、「しまった!」ことばかり。 人生すべからく「ったく!」
と、「あ〜良かった!」で、「まっ、いいか」の諦念で成立っている。そこで、 
美空ひばりの<悲しい酒>の台詞が落ちになる。 この本には、面白い逸話が
次々と出てくる。上手くいった背後には、失敗が数限りあるが、人はそれを
敢えて表立てないだけ。「失敗したって良いじゃないか」は、結果オオライ
なればこそ言えること。その上に、「手ごわい、あと知恵バイアス」がある。
その上に、「見ていても見えているとは限らない」ときている。真に見える
のが、目の前にたてた一本の指の幅2cmだけ。人間とはそんなもの。
 その一つが、「不思議なドアの実験」
<仕掛け人の「よそ者」に、大学を歩いている学生に道を尋ねるように指示。
 この実験にはヒネリがはいっていて、よそ者と学生の間を、ドアを運ぶ二人
 の学生が割って入る。その時、ドアを運ぶ1人が「よそ者」と入れ替わる。
 ドアを通り過ぎた時には別人の男は素知らぬ顔で話しを続けるが、歩行者は、
 そのことに気づいたか?という実験。 実は気づかない方が多かった。
 気づいたのは15人にうち7人だけだった。>
信じられない結果だが、気付いた7人は、ほぼ同年代の人だったという。
TVのお笑いで、SC内のモールで、同じ設定で違う人と入れ替わり、その驚きの
反応をみて笑いをとるの場面を見たことがある。 それだめでない、
<厳しいはずの運輸安全局の潜入調査によると、飛行機に乗客の拳銃検査で、
 4丁に1丁の割で、手荷物に隠した爆弾と、材料の60%が見落とされた。>
彼らエキスパートですら見落とすのだから、私たちは何おかいわんや。>
初回にみる映画より、二度目の方が、画面を冷静にみるため、新鮮に思える
経験が誰にでもある。映画館を出たと同時に、全てが忘却の彼方。
本も新聞も雑誌なら、尚のこと。で、こうして書き残し、毎年、読み返す。
「見てなくとも、見ている気になっているのが、凡庸な我々、問題は自覚が
出来ているかどうか。少ないほどゾンビ人間に陥っていく。要するに世間様!
・・・・・・
5085,真の友人 ー楽しく生きる一日一話 〜�
2015年02月15日(日)
    * 真の友人   【本日「いいかげん」日和 】ひろさちや (著)
 私に真の友人がいただろうか? 学生時代からの友人が存在するし、
仕事での付合いから、気心が知れた人が何人かいる。そういう人は、年に
一度か、数年に一度しか会わないが、それで十分。この随想日記は、一方的
に、友人にトッテオキの情報を知らせる感覚で書いている。 その意味で、
ビュアーは私と会っていると同じ? しかし残念ながら、知人で同じ感覚で
ブログを書いている人はいない。今ではソーシャル・ネットワークもあるが、
何か参加する気になれない。 ー以下のドイツ人の友人観に同感するー
≪  ある日本人がドイツ人に尋ねられた。
 「あなたに友人はどれくらいいますか」
 日本人は、『さあ、百人か二百人くらい……」と答えたが、
 それを聞いてドイツ人は驚いたという。 
  ドイツでは、その人のために自分を犠牲にできる人 
 ――自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人――
 この二つの条件が満たされて、はじめて「友人」と言えるそうだ。
 だとすれば、百人も二百人も友人がいるわけがない。
  ドイツ人が驚くのも無理はない。
 わたしたち日本人は、いささか「友人」を安売りしているのではないか…。
 簡単に友人ができる、友人をつくれる、と思い込んでいる。
 だから、自分に友人がいないとさびしくなる。
  しかし、真の「友人」というものは、一生に一人得られるか否か、
 といった存在なのだ。そう考えると、いま自分に「友人」がいなくても
 悲しむ必要はない。これから死ぬまでのあいだに、真の「友人」に
 めぐりあえぱいいからである。きっとチャンスはあるであろう。 ≫
▼ 以前、トーク番組で、『私には友人がいません!』といってのけ、
 周囲が一瞬、静寂になった、のが印象的だった。これを公然と言放つには
強さが必要である。20歳時に、両親の後姿から、創業を決意した時から、
自ら友情を求めない孤独業、一種の自閉症になっていた。といえ、友人は
存在していたが。 創業を決意して見えるのは、自分の卑小、無能だけ。
しかし、今さら後には退けない袋小路で、その都度、友人ができていった。
・・・・・
3613, 旅ばなし 小題
2011年02月15日(火)
  * マッターホルンの登山ツアー
 先日、BS/TVでマッターホルン山頂の登山ツアーを放映していた。
それもNHKの女性ディレクターが、それにチャレンジをする内容。
ここはアルプスの中で最後まで登山を許さなかった標高は4478メールの魔の山。
140年前に初めて英国の7人の登山家によって征服された。しかし下山の途中に
4人が足を滑らせて死んでしまった。その山頂へ地元のプロ登山家のガイドが
先導して登る内容を克明に記録した内容。もちろんクライマーは経験者で、
登山前に近くの山頂へのロッククライミングで、その人の能力がガイドによって
試され、合格者のみが登山が許される。コースは決まっているので何組も同じ
コース登っていたことには驚いてしまった。もちろん、一つ間違えば滑落して
死んでしまう。頂上には、登って休んでいる先着者が何組かいて、パラダイス
を眺めていた。そのガイドは70回以上登っているという。 その頂上から見る
パノラマの素晴らしいこと、この上ない。スイスには何回か行っているが、
学生時代の車窓からみた景色の美しさは今でも忘れることが出来ない。
スイスツアーにトレッキングのコースもあるが、山は、その時の天候で大きく
左右される。外れたら、山頂からの景色は霧一色で覆われて何も見えない
リスクが伴なう。近くの丘のビューポイントからのマッターホルンは絶品。
天候に恵まれた場合になるが、スイス山岳ツアーはお勧めである。
ここと、カナダのロッキー、ヒマラヤ、北スペインのピレーネの絶景は、
深く心に刻みついている。一度行ったところは、TV放送で再び楽しめてよい。


6911,映画観賞 +6910,『1917 ―命をかけた伝令』

2020年02月15日(土)

     
    +6910、『正体をみせ始めた新型コロナ』
           <昨日、アップミスだったような…>
   * 正体をみせ始めた新型コロナ
 さて、伝染病は如何に?と、ネットニュースをみると、刺激的なニュースが.…。
この数日来、楽観論とは裏腹の感染者と死亡者数のニュースが流されている。
問題は、対応する薬品が皆無なこと。まだ感染者の死亡率が低いので、パニック
にならないが… としても、やはり非常事態だろう。義妹が、数日前に銀座に
行ったところ、普段の半分ぐらいで閑散としており、あれだけいた中国人の姿が
皆無だったとか。中国以外の国で、静かに浸透しているコロナ菌が、本格的に
表だってくるのが来週あたりか。これでは、誰も人混みの中に行けるわけがない。
株の暴落が起きてないのが、摩訶不思議。
   ―YaHoo ニュースより―
≪ 〜新型肺炎 1日で感染者1万5000人増の衝撃〜
封じ込め作戦は破綻したのか 湖北省・武漢市トップを更迭
13日、死者1300人、感染者6万人を突破。1日の感染者数(日計)は
約1万5100人とこれまでの最高だった約4000人を大幅に上回りました。
死者の数も日計で12日に255人を記録。10日の108人を上回りました。
1月23日以降、武漢市とその周辺の5600万人を“集団隔離”した封じ
込めは功を奏していないのでしょうか。
◉ これまでに確認された感染者6万332人のうち4万8206人が湖北省に集中
(約80%)しています。インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターも中国
の感染者数が重症化した患者に限られているのに対し、中国国外の感染者には
症状が現れていないマイルドなケースも含まれていると指摘していました。
◉ 一方、横浜港で隔離されているイギリス船籍のクルーズ船「ダイヤモンド・
プリンセス」で新たに44人の感染が確認され、感染が確認された乗員乗客は
計218人となりました。中国国外では最大の感染者数です。
クルーズ船は感染症に脆弱で、「海に浮かぶ培養皿」と呼ばれているほど。

  〜1879年の「海港虎列刺病伝染予防規則」〜
感染症が大きなニュースになると必ずと言って良いほど新聞のコラムに登場
するのが「コレラ船」の話です。幕末の開国で外国との交易が盛んになり、
感染症を水際で防ぐため1879年「海港虎列刺(コレラ)病伝染予防規則」が
公布されました。 その年、コレラが流行していた清からやって来たドイツ船
ヘスペリア号が検疫を拒否し、横浜に入港しました。当時、列強ドイツには
治外法権が認められており、日本は手出しできなかった。因果関係ははっきり
しませんが、その後、日本ではコレラが大流行し、死者10万人を数えました。≫


▼ これでは、オリンピック開催云々の話どころでなくなった。
 経済恐慌レベルのブラックスワンの飛来云々の可能性が? 
これにタクシー運転手の感染と、義母の死亡も不特定多数への感染の可能性も。
 ところで、トヨタの中古のコロナの相場が暴落しており、近く『新型コロナ』
が売り出されるが、この流感と同名でいいんでしょうか? 
これでは大相撲観戦、プロ野球観戦、春の甲子園、そしてデズニ―ランドなども、
その対策が出てきた。これってタイミング的にみて、大問題になって然るべき。

 ――――
 6911,映画観賞 〜『1917―命をかけた伝令』
  * 迷った挙句…
 恐そうだったが、邦モノの喜劇と、ドチラかと迷った挙句、これにした。
ところが、正解、面白かった。戦場に二人が伝令に出たところから、小さな
不安をかきたてる背景音が鳴り響く。そして、途中で、二人のうちの1人が
死んでしまう。それからは、完全に当人になったような臨場感が強くなる。
                         評価:90点
■押井守(映画監督)
『延々と続く塹壕を果てしなき長廻しでワンショット。凄いアクションもない
けど何より映画のスケールそのものを堪能できました。泥だらけなのに映像の
美しさは特筆もの。戦争映画なのに抒情的。いろんな意味で注目の一作です。』

■浅野美奈弥(モデル/料理家)
『途中、何度もやめたくなるけど諦めずに走り続けるというまさにフルマラソン
のような映画。主人公の気持ちと自分がマラソンの大会を走る時の気持ちが
リンクしてとても感動しました。さらにワンカットという点もみどころで、終始
ドキドキする緊張感を味わって観てもらえると思います。』
■神山健治(アニメーション監督)
『見始めて3分で嫌な予感がひろがる。主人公が置かれる状況も全編ワンカット
で撮影する技法も。シンプルだが困難なワンカット撮影に挑戦する映画は何年か
ごとに現れる。だがこの作品のワンカット撮影は物語が描き出さんとするテーマ
を補完して余りあるものだ。気がつけばワンカットで撮影されていることを忘れ、
主人公とともに戦場を駆けていた。素晴らしい、これぞ映画だ。』
■和田竜(作家)
『セリフも少ないし、兵士たちの背景も特に説明していない。にもかかわらず、
否応なく私たちは本作に没入し、劇的な場面ではかつてない衝撃を体験する。
最後にホッと希望も得られる。これもひとえに全編ワンカット映像だからこそ。』

 ―
▼ 映画の世界は、大画面と大音響が加わり、その臨場感は一段と高まった!
 私の場合、一週間のピークポイントをシネマ館での映画観賞。それだけの
ことは充分ある! 毎日の中でも、寝室内の閉ざされた空間でのドラマ観賞も
異世界に導いてくれる。また、このネットサーフィンも然り。
 ―
 ところで、新型コロナのその後、ますます、事態は深刻になってきた。
《国内の「市中感染」連鎖を警戒  経路不明、重症化対応が急務
                 2/14(金) 22:15配信  産経新聞
【 新型コロナウイルスをめぐり、日本国内で感染経路が「不明」の感染者が
 相次いで見つかり、日常生活の中で広がる「市中感染」が現実味を帯びている。
専門家は「新しい局面に入った」と警戒感を強め、重症者の早期発見と適切な
治療の必要性を呼びかける。いまだに3千人超の乗客乗員を抱え、感染者が後を
絶たないクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」への対応も続く中、国内の
検査・医療態勢は十分といえるのか。】


6909,閑話小題 〜新型コロナの現状と、行方は?

2020年02月13日(木)

   * 甘くはない『ブラックスワンの飛来』の行方は?
 中国にとって、世界にとっても、思いもよらぬ『ブラックスワンの飛来』。
何が起こるか分らないのが現実世界。日本にも、オリンピック開催問題がある。
中止ともなれば、選挙で大敗の可能性もある。舞上がった自民党も冷や冷や?
  〜まずはネットニュースによると〜
【  [広州(中国): 11日 ロイター]
 感染症研究の第一人者で中国政府の専門家チームを率いる鐘南山氏がロイター
のインタビューに応じ、中国国内における新型コロナウイルスの流行が2月に
ピークを迎え、4月ごろに終息する可能性があると予想した。
 同氏は、発生源である湖北省武漢市における封じ込め策が必要だと指摘。
中国は恒久的に野生生物の売買を禁止すべきだとも述べた。
また、中国政府が過去のSARS危機で情報の共有に消極的だったことが危機
の長期化につながったと指摘した上で、新型ウイルスの対応では世界保健機関
(WHO)と連携するなど、より良い措置が講じられたと評価した。 同時に、
中国は疾病対策を改善し、国際的な感染症の早期警報システムの立ち上げで
役割を果たす必要があるとしている。】
 ―
▼ これは、一学者の意見。これで終われば目出度しだが、仮に終焉しても、
 後は、春節で世界に里帰りをした中国人の潜在的保菌者の発症問題が出る。
国家の枠組みを超えているため、コントロール不能ではないか。これも3月、
4月になってから現象として出てくる。パンデミックである。その可能性は
如何だろう? いま現在、特効薬が存在してないのが大問題。死亡率は、少な目
だが、感染力は強い特性が問題。現在、中国では1日、100人が死亡している。
これでは、4月に予定している中国の習国家主席の国賓来日が延期さて当然。
<新型コロナウイルスの感染封じ込めが中国の最優先課題となり、日中間の
事前の準備会合の日程が決まらないため…>
マスコミもタブーだが、東京オリンピック開催有無が問題として出てくる。
理想的に終息したとしても、盛上りに水をさされた上に、心配が残る。

・・・・・・
6544,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −4
2019年02月13日(水)
   * 時代の変化は全てを飲みこんでいく
 駅で北越銀行出身の知人とすれ違った時に、『如何なんだ?』と聞くと、
誰からも同じ質問をされ?でウンザリした顔で『新聞発表以外は何も知らないが、
吸収合併さ!私には、もう関係ないが…』と…。 聞く方も聞く方だが。現役
だけでなくOBまで肩身が狭くなる典型? 目立たない生活をすれば、それなりに
良い思いをしていた団塊の世代。 娑婆という言葉がピッタリの社会で、吸収
されるサイド、特にリストラ対象の管理職は厳しい。 元もと、行員は実家が
豊かな人を優先して採用するから、さほど深刻ではない? のが実情…。
 <サラリーマンには二種類ある。実家が裕福か、貧乏か>という。
そこに自ずから資金力の格差がある。 学生時代の友人によると〜
< 都会のリタイア組にも二種類の階層があって、連れに拘束されない資金が
 1000万あるか無しかが階層ライン! > まあ、面白いもの。
切れた首輪の紐を付けたまま彷徨う一群。社会は変われど地銀だけは守られて
きたが、一度、堰が切れれば世界が一変。 営業悪化の資金難など地域社会の
粗探しが職業故に、心底、嫌悪される職業なればこそ‘返り矢’が集中する!
看板が地に落ちれば、如何に自分の能力が看板との融合で生かされてきたかが
実感させられることになる。‘同じ雪には変わらねど、融けてしまえば皆同じ!’ 
元武士の家系程度しか誇るものがない、ここは窒息しそうな城下町の閉鎖社会! 
高みの見物の、それが無くなれば…。 問題はライフワークが有り無し?
 OB同士のゴルフで寂しさを紛らわす生活も、ここまで? せっかく職業の縛り
から解放されて、余白を埋める時節に、切れた紐付きの首輪のままでは、蛇の
ような目つきの老人になり下がる? 『どうしたら、なる?』と自問自答の末、
『節目に節目を打たず、そのまま生きていると、ああなる!』…
人の世は、あくまでクオリティの純度である。 

 ところで古希過ぎた辺りから独り遊びが益々、面白くなって、死にたくなく
なってきたから困ったもの。成るほど、人生プラスが3〜6、マイナス1だが、
両者とも年齢を重ねていくと、濃度が飛躍的に濃くなっていく。特に老いの
実感は何とも面白い心的映像、それも人生全体の、底に沈んでいた心象風景が
突然、湧き上がってきて、自己否定と、肯定感が根こそぎ動揺をする。
伊勢丹が三越を、大丸が松坂屋を、西武百貨店をヨーカ堂が傘下に置く時代。
第四が、北越を吸収合併も何ら不思議でない時代。

――――
2017/03/17
閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合
  * 北越と第四銀行の経営統合、の号砲一発
 昨日の夕方、TVのニュースで「地元NO・1と、NO・2の地銀の統合合併の
ニュースが報じられた。 6年前に一線を離れた身としても、驚きは大きい。
実際にあるとすれば、元・第二地銀の大光銀行と北越銀行と思って当然。
まさか殿様?の北越と第四銀行とは鳩に鉄砲の組合せ。
「合併に対等はなし」の通例からして第四の吸収になるが、目的は人員と
関連会社の整理。機械化と、ネット化などの合理化で、人員の三分の?が
不要になるという。ニュースであまり取上げられてないが、2年前の
北陸新幹線開通のマイナス効果。それと、二つの地元の大地震の損害と
原発停止による経済の弱体化も大きな要素。 
 〜ネット記事から
≪・新潟県の地方銀行で最大手の第四銀行(新潟)と二番手の北越銀行
(長岡)が経営統合する方向で最終調整に入ったことが、16日分かった。
4月にも基本合意を交わした上で、2018年春をめどに統合を目指す。
統合の形態は共同持ち株会社を設立して、2行が傘下にぶら下がる方式を検討。
将来的な2行の合併も視野に入れる。2行は統合による規模の利益の追及など
によって経営効率を高め、今後の生き残りを図る。
2016年9月末時点での2行の連結総資産額を単純合算すると、8.2兆円。
統合が実現すれば、全国の地銀約100行・グループの中で10位台に浮上
する、大規模な地銀グループが誕生することになる。
・2行を経営統合へと突き動かした要因は大きく二つ。
一つは、ここ数年で相次いでいる他の地銀再編と同じく、地元地域の人口減少と
超低金利環境だ。 国立社会保障・人口問題研究所によると、2行が地盤を持つ
新潟県における25年時点での15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少
するという推計結果(13年3月推計)が出ている。
2つめは、足元の経営環境も16年2月の日本銀行によるマイナス金利政策の導入
以降、一層厳しさを増している。超低金利の状況において、預金と貸出金の
金利差である利ざやの縮小が進んでいるためだ。
対前年同期比で見た、2行の16年4〜12月期決算における業績がそれを示唆する。
一般事業会社の営業利益に当たる実質業務純益では、第四が26.7%減の117億円、
北越銀行が18.9%減の65億円。さらに、連結経常利益では2行共に3割以上の
減少という苦境に陥っている。この状況が長く続けば、将来的に地元である
新潟県の地域金融を支えられなくなるかもしれない。そんな危機感が2行を
統合交渉のテーブルに着かせた。≫
――
▼「15〜64歳人口は、10年時点と比べて約2割も減少」は、この記事で知ったが、
 これは深刻な事態。常識的にみれば、中越地区は3割減?。これからして、
この合併は、当然といえば当然。第四にとって第二地銀との合併は避けて当然。
その結果が第四+北越銀行の組合せ。「地方経済の弱体化モデル地区の象徴」
として、越後長岡は取上げられる。全体エネルギーが、3分の2に落ちている
感はあったが… それでも合併で何とかなる?から、よいのか。
 今後10年で第四の3分の1、北越の2分1の人員と店舗の整理があって然るべき。
目的は時代に即した合理化。 地銀の整理淘汰の号砲一発。
今夜と明日の殿町の巷は如何なることに? 金融関係者は青い顔、中小・零細
経営者は赤い顔で。今さらだが、「毒喰えば皿まで」。県知事は建設省出身者
の選択しかなかった? 床柱だった北海道拓殖銀行の倒産は、地元道民が乾杯
をあげたという。地元は、如何なることに? 倒産でもないし… 
越後新潟も、新潟市一極化は、ますます顕著になる。ここというより、地方の
常識は非常識。負け犬の遠吠えでしかないが…  ワオ〜ン。いや、キャン!
――――
2017/04/08
閑話小題 〜北越と第四銀行の経営統合 −2
   * 大蔵直轄統治の大光は
・数日前になるが、地銀の第四と北越銀行頭取の合併に関する 記者会見が
TVニュースで流れていた。気のせいか、第四頭取は明るく、北越の頭取は
下向き加減の暗い顔をしていたような? しかし、健全な経営体質なら、
前向きの統合策として評価されて然るべき決断。で、残る大光は、地勢上から
他県の有力な地銀との連合が筋道なるが…  考えてみれば、今まで動きが
無かったのが不思議。デフレと、首都圏一極化と、情報化による地方経済の
疲弊は、直接、金融機関の劣化に正比例する。20数行あった都市銀行は三行
まで激減した中で、地銀以下の集約は無かった方が不自然であった。
銀行の本質は職業柄、高利貸しの悪質の特性をも持つ。力の有る者に媚り、
弱者から利益を毟り取る。世界最大規模を誇る柏崎・刈羽原発の再開が見込め
ない現在、地元経済の劣化は進む中で、締め付けは厳しくなる一方。それが
銀行憎しのガスを充満をしている。その最中のリストラの号砲一発。その弱肉
強食の現実が、世間とかいう人食いネズミ群の絶好の餌食?になっていく。
立場が一転、弱者の「こんなはずではなかった」へ、文字通りに立つ。
・バブル崩壊後、大手地銀自ら格下げをした「リソナ銀行」?が、バランス
からしてよい?…云々が、連想創作の「天の声」として1人歩きをしそうな。
しかし、天領と、大波で削ぎ落とされた体質の銀行では、体質が違い過ぎる。
ちなみに次男の嫁さんと、両親がリソナ母体?の一つの旧埼玉銀行の出身。
また兄嫁が大手銀行出身。更に家内の妹が、一度退社後の子育てを終えた頃、
元上司に請われ、地銀のパートを20年続けている。
・大蔵官僚として、天領の天下り先の地銀の『頭取』の座は残したいが、
問題は単独のリストラ能力の有無。直轄統治でも無理、と思うのは官僚役人
の力を知らないから? このようなコンニャク政経談議。 今後、材料は
絶えることはない… 状況は条件の意味に近い。城下町小唄の世界にドップリ
浸かってしまった私。「先手の一策は、事後の百策に勝る」という。 
この時節が、先手かどうか。以下の「一切は、君の自由だ」に、無理があるが、
文脈としてつながる。 「未来の健全のために、ご自由に、どうぞ!」 

・・・・・・
6181,閑話小題 〜相撲談義(トーナメント戦) −2
2018年02月14日(水)
   * 貴ちゃん登場
 寅ちゃんが貴ちゃんに憑依して登場する… 思わぬ展開になりそう…
――
大家さん: こうなったら貴ちゃん本人に登場願うが、本人は拒否。しかし、
  寅ちゃんが、本人に憑依して答えるというから… 実際に憑依しているか
  どうかは私は責任取らないよ。で、貴ちゃん、何か一言!
貴ちゃん: 大相撲は、江戸時代から続いてきた興業の一つで、大名、大金持
  のタニマチへの集り‘ごっあん’の奢られ体質と、利権で部屋の維持を
  してきた。その調整を相撲協会がしてきたの。だから古い体質が染みついて。
大家: 相撲取りも潰しが効かないため引退後も、生活を面倒見なくてはね。
  貴ちゃんのようにタレント性がある力士はいいけど、大部分は、やめて
  しまえば只の大男。翌日から生活が困窮するんだ。だから、御前さんの
  綺麗ごとに怒りさえ感じるんだ。
八つぁん: でも、この騒動は正解よ。モンゴル人の協同組合的仕組は、露骨。
  警察への直訴の判断は、当然じゃないですか。
熊ちゃん: あの親方たち、俺と大して変わらないとは思いもしなかったけど。
大家: あれだけ厳しい縦社会で、生きているんだから、御前とは違うさ。
八つぁん: 頭に丁髷を付けて、神官の衣装をつけた行司が仕切るんだもの。
  神前の厳かさ価値があるのに。彼ら出稼ぎ気分はいけないけど、異国の地で
  捨身で生きているから、生半可の根性じゃないよ。とは言え、横暴過ぎはね。
貴ちゃん: それが言いたかったの。いくら何でも、「横綱アドバンテージ」の
  洗脳はいけません。 誰かが理解してくれると思っていたが… 
大家: 誰かに解って貰いたいなんて思わない方がいい。生温い相撲界を掻き
  混ぜるだけで充分価値があったさ。 喧嘩の本質ってさ、相討ちなの。
  「身を切らして骨を切る!」では覚悟が甘い。「骨を切らして、肉を切る」
  ぐらいの捨身でないと、勝てないの。 目先、負けでも、長い目でみて
  正しいなら、その恩いを込めた精神は永遠に残るさ。世の中、捨てたもん
  じゃないよ。
八つぁん: 話を元に戻すね。 稀勢の里と、鶴竜、このトーナメン大相撲を
  欠場したね。三人とも現役として限界なら、如何なるかだ?
熊ちゃん: あんたが心配するすることでもないよ。
貴ちゃん: うちのカミさん上智大出で、アナウンサー出身だもの。母親とは、
  ソリが少し合わないけどね。マスコミの裏表と群衆操作を知っているもの。
  協会も、横審も、利益と名誉の塊で、このザマさ。
大家: この大相撲協会の構造体質を知って、観戦するのとしないでは、面白味
  が格段と違うさ。当面、今までの白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、玉鷲の
  横綱、大関、関脇のトライアングルの崩壊プロセスが、年内続く。
八つぁん: その代り、東欧の栃の心と、モンゴルの逸ノ城が繋ぎで入る可能性
  が強いが、これも甘い。
貴ちゃん: うちの部屋に若い双子の力士が育ってきた。それにしても、横審
  とかいうの、権威づけのためのお人形だろう。何じゃあれは、ですよ。
八つぁん: せめて理事長の選定だけは、横審にさせたら良い。選定基準の
  要素採点化をして、公表すればね。何が選挙ですか。変ですよ。
大家: それか、税金免除など、以ての外。特殊法人で無くなれば、部屋ごとに
  企業単位や、国家単位のスポンサーがついてさ、あれは三菱、これはトヨタ
  とかね。四股名も貸せば、多彩で面白くなる。例えば、『朝の山』ではなく、
  醸造の『朝日山』とか、『麒麟山』とかね。 面白いだろう、それ。 
熊ちゃん: 野球場、スポーツドームの名前も、売却する時代だよ。
大家さん: そういえば、八つぁんも、以前、30年間、経営していたホテル名。
  変形か、ファッション学生服のメーカー名にしたね。あれって、時代の
  先取りだったよな。
八つぁん: 『ベンクガーホテル』とかね。10年で変えたけどね。当初の10年は
  かなり儲かったけどね… 後半は、資産デフレと、価格デフレで食潰して、
  黄色の点滅で、早々に断念をし、自宅で年金生活が出来る身分で収まって
  いるけどね。自分で起こした会社は、割切りが早いの!面白かったしね。
貴ちゃん: 部屋の経営も大変。転身していった弟が羨ましいぐらいよ。
大家: 私も、弟の生き方が正しかったと思うよ。
貴ちゃん: でも、二代続いた血筋。この選択しかないでしょう。
大家: 今の状態が一番理想的だと思えるけどね。また、このままじゃ、
  不祥事が間違いなく起こるよ。あまりに深い汚点だね、この横暴は。
八つぁん: それも取返しのつかない大問題がね。この落選が生きて来るよ。
  良かったじゃないですか、この結末は。最後に残るのは、精神ですよ。
熊ちゃん: 大家さんは如何だろうと、俺は、この一連の貴ちゃんの態度、惚れ
  直したよ。 あのメンバーの一員にしておくには、面構えがが違い過ぎるよ。
寅ちゃん: 仮面は厳しいね。 ボケ役の方が遥かに楽だよ。でも、貴ちゃん、
  好きになれないよ。
大家: チャランポランの御前じゃ体質が違い過ぎですよ。それが逆に融合して
  いたんですよ。
大家: 丁度、お時間のようで… 寅ちゃん、ご・く・ろ・う・さ・ん。


6908,閑話小題 〜野村元監督が逝去

2020年02月12日(水)


   * 克也と沙知代
   〜まずは、ネットニュースより〜
 野村監督が亡くなった。夫人が亡くなられて、急に老け込んだ姿をTV画面で
見ることが多くなった。
【 南海、ヤクルト、阪神、楽天で監督を務めたが、11日午前3時30分に
 死去した。84歳だった。家政婦が浴槽の中でぐったりしている野村さんを
見つけ、病院に搬送され、その後、死亡が確認されたという。
1954年にテスト生として南海に入団し、3年目からレギュラーに定着すると、
現役27年間にわたって球界を代表する捕手として活躍しました。歴代2位の通算
657本塁打、戦後初の三冠王などの強打で数々の記録を打ち立て、不動の正捕手
として南海の黄金時代を支えました。平成2年にヤクルトの監督に就任し、
「ID野球」などデータを駆使した戦術を用いてチームを3回の日本一に導くなど
手腕を発揮しました。】

 ―
 野村克也といえば、猛妻の野村沙知絵女子。その彼女とわたりあった女剣劇の
浅香光代。消えかけていた浅香のパフォーマンスの面もあったが、面白かった。
【 © 週刊女性PRIME:  当時の騒動を振返る浅香光代。91歳になる現在も役者・
 指導者として活動する70歳近い熟女同士が憎まれ口を叩き、舌戦を繰り広げる─。
ワイドショーにとって、こんなに“おいしいネタ”はなかった。
「浅香光代さんは女剣劇のスターで、歯に衣着せぬ物言いで昔から有名人。
一方の野村沙知代さんも野球界の大物・野村克也さんの奥さんで、不遜な態度が
ウケて当時はメディアに引っ張りだこ。そんな個性の強い2人が言いたい放題の
口ゲンカをするんですから、面白くないわけがない」(ワイドショー関係者)
 長きにわたった“ミッチー・サッチー騒動”だが、20年近くがたった今、
当事者はどう思うのか。浅香本人にあの騒動を振り返ってもらった。
「あたし、元気でしょ! 声も大きいから、声を落としてって言われちゃうの」
91歳を迎える今もハキハキとした口調は健在! そんな彼女がサッチーと出会った
のは’97年。とあるパーティーだったそうだ。
「もともと、あたしと事実婚状態にある世志凡太さんと野村克也さんは若いころ
からの友人でね。その2人から“仲よくしてほしい”って紹介されたのがきっかけ
だったの」… 「あたしはお客様はおもてなしするのが当然だと思ってるの。
でもサッチーは毎日のようにウチに来て、寿司とか高いのをお願いするのよ(笑)」
 サッチーはおねだり上手なだけでなく、想像を超えた“厚かましさ”も持ち
合わせていた。…  …世間をにぎわせた熟女バトルは’01年12月にサッチーが
脱税容疑で逮捕されたことで収束。踏んだり蹴ったりだったはずの浅香だが、
彼女の口調はなぜか当時を懐かしんでいるようにも聞こえる。】
 
 ―
▼ 「王と長嶋は向日葵、俺は月見草」が口癖だった野村克也。大選手、名監督
 に訳ありの猛妻が控えていた。蔭でないところが、野村夫妻たるところ。そこに
目を付けた検察の強引な捜査も、なかなかなもの。さて、次は長嶋?王?張本? 
彼らも、イチロウの出現で、片隅に。 …それでも、その果たした一時代の功績は、
褒め称えることが出来る。 我々は、「巨人、大鵬、卵焼き」の時代に生きた。
その影の一人が亡くなった。 ご冥福を!

・・・・・・
6543,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −3
2019年02月12日(火)
   * 釈迦に説法ですか… 
 この発表で、新年度の4月から、現場の具体的リストラの手順に入る。
普通、内部的には、廃店予定の店は、残る店の「何々付け店」になる。
敵対してきた新潟の主が長岡の主を呑み込むため、プライド高き銀行マンの
悲喜こもごもの「帰り矢」風ドラマが生まれんとしている。都銀21行が3行に
集約された時の経緯と同じドラマが…、弱者にまわると現実社会は実に厳しい
ことは周知している? 
・街全体が弱体化しているため受皿が少ないのが大問題。
・それと職業柄、マイナス思考が強いため、潰しがきかない。 
・また中長期の準備があったかどうか? 
・最後は、最も銀行員の得意問題?の黒鳥の到来時の「資金準備」に行きつく。
・もう一つ、ライフワークを持ってるか… これしか危機は乗りきれない。
 即席ライフワークなら、週一のシネマ通いか、大型TVでWowow加入をしての
 映画三昧がある。
・あとは、野良犬、猫へのギアの切替。そう『態度価値』を切替えること。
 そう割切ると世界が俄然と面白くなる。これには、一度、孤立をして、
 孤独を噛みしめて、仲間たちとの「断捨離」から始めないと。
 野良猫、野良犬への切替は難しい必要条件! 今まで真白の五目の目が、
 振返ると、真っ黒にみえる爽快感? 面白さ! 実は、そこには空風しか
 吹いてなかった認識。比較脳しか持ち得なかった人生。
今さら孤立をいて独り考えろ!という方が土台無理。舟底には固定観念が、
ビッシリヘバリツイテ、重く動き辛い舟を、操縦しろと迫れれても、エンジン
そのものも錆がついて… こんなイメージが、先に立つ。人生を殺伐とするか
オアシスにするかは当人次第。文化都市長岡市民のエリートなら、準備万端? 
 
 ところで、先週、北越銀行OBの知人と駅で擦れ違いざまに… 
ああ、これは次回のテーマに。 この手の話題。小池に嵌った世空言。
他者に厳しく、吾が身に甘い世間話ですか。 一番嫌っているのに…
                          〜つづく
・・・・・・
5082,閑話小題 〜地方の現場では
2015年02月12日(木)
   * 佐渡経済からみえてくる地方経済の惨状
 ネットサーフィンをしていたら、ウェブ版産経新聞に以下の記事が載っていた。
内容は、去年4月のものだが、3月14日の北陸新幹線の開通で、更に追い詰め
られることになるが、止めるに止められないのが実情。 固定資産と、水道料金
の滞納の金額からみて、かなり重症。これは一部であって、地方経済全体が死に体
状態である。地方再生というが、土台無理。 その大都会も、行き着く先は、
ブラックホール化現象になる。周囲を吸い込んでいくが、最後は自滅状態。
≪ 〜【島が危ない】第2部 佐渡に迫る影 産経ウエブ 〜
 ◎ 一時、年間120万人の観光客で溢れていたが、長年にわたり減少が続き
 昨年は53万人にまで減った。島の主力産業だった観光業界は縮み続けている。
元県議の清野正男(64)によると、景気がよかったころの上客は全国の農協。
東京オリンピックと新潟国体以降、観光バスを連ね、百人規模の団体で訪れた島
には、大型ホテルができ、木造の小さな旅館も大きなホテルに変わっていった。
◎ 観光業の深刻さを表す数字は多い。平成24年度末現在で佐渡の固定資産税
 滞納者をみると、滞納額の1位から9位までがホテル、旅館業者。1位は
1億2255万円、2位は7307万円、3位は4102万円…と8位までが
1000万円以上だ。水道料金滞納者も、滞納額の1位から5位までがホテル、
旅館業者。1位は3397万円で2位は965万円。いずれも100万円以上を
滞納している。 ホテルや旅館の関係者からは悲鳴ともいえる声が聞かれる。
「道の駅がタダ同然だったように、値段うんぬんというより、どこでもいいから、
 うちのホテルを買ってほしい。このままやっていても赤字が膨らむだけだ」
「中国でもどこでもいいから買ってくれるところがあれば喜んで売りたい」
「佐渡にはアベノミクスという言葉はない」
◎ 観光客激減にもがく佐渡。「トキや佐渡金山で話題を呼ぼうとしているが、
 なかなか難しい」と市議会の祝(ほうり)優雄議長は苦悩の表情をみせる。
甲斐市長は中国による観光施設の買収にも言及した。
「中国が山林をあさっているという形跡はないし、ホテルを買い占められている
こともない。むしろ、反対に高く買って経営でもしてくれればありがたい」
 そこには、経済疲弊から脱却するため、韓国に近づいていった長崎県・
対馬と同じ構図が見えてくる。(宮本雅史) ≫
▼ 佐渡経済の惨状は、以前から聞いていたが、こんなもの。4年前、決断が
 出来なかったら、佐渡の同業者と同じ事態に至っていたのが実感できるため、
悲鳴が直接伝わる。 地方再生の名のもとに、地方経済の惨状は覆い隠される。
 これがアベノミクスの実態。政権は、任期さえ乗切れば好いだけ!
・・・・・・
4717,閑話小題 ー45年前の自分
2014年02月12日(水)
  * ゴーストライターの報酬は?
 一般的にゴーストライターの報酬の相場は幾らほどか?書籍、音楽の印税は
その一割が作家や作曲家の取り分になる。だから、ミリオンセーラーには、億
以上の報酬になる。「現代のベートーベン」のゴーストライターの場合、20曲で
700万。一曲35万円は決して安くはなく、CMソングで、40〜50万。
フォークとかは100万が相場。 時と場合で、ゴーストに印税10%のうち、
2〜3%が支払われることもある。物書きの場合、200Pで100万前後(50
〜130万)で、雑誌のコラムの場合は2〜3万。有名作家や作曲家は、ゴースト
ライターから出版社や、レコード会社に認められ世に出てきた人が多いようだ。
で今回、本当か嘘か、男同士の愛情関係の縺れ?と誰かタレントが話していたが、
話題としては面白い! ゴーストライターの存在は、この世界においては暗黙の
了解事項。前提の絶対の秘密事項の約束事からみて、何故、この時期に、発表
するのか疑問であり、愛憎関係?と考えると、成るほど? 笑点の「大喜利」
の巧妙な落語どうしの遣り取りも、放送作家のつくったもの。 
子供のゴーストライターは、両親?父、母?それとも先生?
   * 45年前の自分と向き合って
 毎年、この時節になると、学生時代の社会に飛び出す直前の日記を読み返えす
ことになる。当時の逼迫した不安と期待が相まった緊迫感が懐かしい。それも
年々、リアルに記憶が鮮明に蘇る。「遠き日は年とるごとに近くなり」であり、
書き残す重要さを改めて思い知る。書いてない期間の記憶は、空白に近く、
具体的記憶は蘇えらない。書いたそこには、息づいている当時の私が存在する。
当時の友人と何十年ぶりに会ったところ、『堀井は、用心深かったからな。
今回の件を聞いても、手立ては必ずうっていると思っていた! 汗かきも、
顔色がツヤツヤしているのも変わってない』という。当時から心配性で、何事
にも用心深く逃げ口を用意をしていた。それを40数年ぶりに会った友人に
指摘されると、本質は何にも変わってないことになる。「真面目な路線上を、
面白可笑しく」は、当時も今も同じ? しかし45年間の激動は、思いのほか。
それと、情報化社会も想像を絶するSF世界。毎日が、刺激的で、面白く、
夢のようでもある。当時の自分に言いたい! 『その気持ちを忘れずに、
学び続けなさい! 相手と自分を思いやる気持ちを忘れずに!』 
・・・・・
4350, 書くことが思いつかない人のための文章教室  ー2
2013年02月12日(火)
 *「思う」と「思い出す」の違いは?    
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
ー この違いを具体的に述べている箇所を抜粋してみる。
≪  ◎ まず「思う」を列記してみると
 ・さびしい  ・孤独感  ・人間の幸、不幸  ・忙しいとか慌ただしさ
 ・一年の反省 ・街のあかり ・年末行事のこと
   ◎ 次に「思い出す」の列挙である
 ・暮れも押し詰まったころの祖父の卦報
 ・船上でのメリークリスマス体験。遠く見えるみなとみらいの夜景
 ・祖父母の家に帰省する時の父の革ジャン ・パーの匂い  
 ・親戚一同でやる暮れのそば打ち
 ・ラグビー早明戦前の一週間に、一年生みんなで夜通しでやった
  グラウンドの落ち葉拾い
 ・所属していた吹奏楽部の厳しい練習の日々。
 ・野球部恩師の死(もうすぐ一周忌  ・センター試験に向けての勉強 
 など「思う」ことと「思い出す」ことではこんなにも違うのです。
原稿用紙に向かって何も浮かんでこないとき、いかに乗り切るか。その手立て
としては具体的に描写しやすく、かつ書き進めやすい題材が並んでいる。それ
には「思う」ことより「思い出す」こと。 これはぜひ覚えておいてください。
「師走」というテーマで「さびしい」「孤独感」といったことをいくら
文章にしようと思っても、それらは心の中のことですから目に定かでない。
五感も働かないから描写もできない。 最悪、一行すら書けないということに
なりかねません。ちなみに司馬遼太郎の『関ヶ原』は、こう書き出されています。
「いま、憶いだしている」 作品は大小、長短を問わず、「思い出す」ことを
おいては始まらないのです。・・ たとえば「つらい」というのは心に抱く思い。
皆さんは「つらい」はつらいと表現すればいいのでは、と言うかもしれませんが、
「つらい」というだけの言葉なら、A君の「つらい」もB君の「つらい」も
みな一緒だということになります。でも、同じつらい体験と言っても、人が
違えば体験そのものも異なるはず。心に抱く感情も人それぞれでしょう。
それをみんな同じ「つらい」という形容詞で表現していいものかどうか。
つまりどうつらいのかが具体的に書かれていないと、自分の心にある思いを
ちゃんと表現したことにはならないのです。そうだとすると、自分がつらいと
思った出来事(体験)を細かく描写して、読んだ人に追体験してもらい、
そのときの胸中を察してもらう表現法を心がけるべきなんですね。
▼「思い出す」は、状況の具体的再現ということになる。果たして詳細に
 記憶が残っているかどうか? を、自分の幼稚園時代を具体的に思い出すと、
意外と記憶が戻ってくる。更に小学、中学、高校、大学時代に焦点をあてると、
記憶が戻ってくる。その機会は同級会か同窓会でしか焦点を合わせることがない。 
ガンなどの病気で、「あと半年」と宣言されると、急に過去の記憶が溢れかえり
出てくる。あと僅かと思うと、自分の人生を具体的に思い出し、味わい懐かしみ、
物語として編成する。これを訓練するに、日記や随想を書く習慣が必要になる。
・・・・・・・
3975, iPad購入半年、経過報告
2012年02月12日(日)
 再びiPad購入半年の途中経過報告である。居間と書斎の二台の卓上型パソコン
のiMacに、iPadが新たに加わり、生活パターンが変わったことは何度か書いた。 
先日、新たに書籍を70冊を電子化のため業者に送ったが、愛蔵書の電子化は
合計120冊。蔵書の電子化は一応終了だが、これで何処にいても書斎にいる
気持ちになれる。それにネットで購入した電子本が入っている。
 タブレット一枚を持ち歩けば、何処にいても自分の居場所にいるような
不思議な感覚になれる。タブレットの読書は抵抗がないか?と問われれば、
まったくない。 三台のパソコンの画面のファイルに入れておき、ことある
ごとに開けるのがよい。 タブレットPCの柱として、
◎読書◎ゲーム◎お気に入りブログの閲覧◎電子新聞、雑誌の閲覧◎メモ。 
便利なのは、常に手元におき、気楽に立ち上げ、直ぐ目的のウィンドウにたどり
付けること。そのためチョットした隙間時間を有効に面白く使うことができる。 
卓上パソコンは、電源を入れ、スタートボタンをクリック・・の時間がかかる。
それに対しタブレットは極めて短時間で済む。 それと自分の気に入った蔵書
を入れたのが良かった。 一度読んだ本は自分の一部のように感じるもの。 
読書の効用に何ども繰り返し読むことがある。繰り返す間に、知識が熟成される。
それがタブレットに入れると気楽に繰り返しが可能になる。ノートパソコンを
自分の鞄、書斎とみたて使っている人がいるが、タブレットPCで、その感覚に
なってきた。 購入時に半年を導入期としてきたが、一応、及第。iPhon
より私には相性が良い。「事業も終え5ヶ月後、気持ちが落ち着いた頃に
iPadを購入、気持ちを紛らわせてきた。 そして、半年を経過した現在、
それに同化を始めてきた」ということ。 現在、タブレットPCが、スマート
フォンの陰に隠れているようだが、そろそろ、タブレットPCにエネルギーが
向かい始めた。 ところで有機Elの画面がタブレットに向いているようだ。
画面の鮮度と薄さと軽さが次のメーカーの争いのポイントになる。 
これに居間の大型液晶TVとの連動もポイント。
 
 ・・・・・・・・
3245, アメリカ一極は終了したのか?
2010年02月12日(金)
 欧州のユーロが、ここにきてジワリ下げてきて、1ユーロ120円割れ
直前で数年前の三分の二である。PIIGS(ポルトガル、イングランド、
イタリア、ギリシャ、スペイン)といわれている国も破綻懸念。
その上に、中東欧のルーマニア、ハンガリーなどの危機もある。ドバイの
バブル破裂の今後も、どうなるか先が見えてない。日本も異常な財政赤字で、
国家も経済も疲弊しきっており、いつ経済の底割れが起こるか分からない事態。
 今年は欧州か日本が発火点になる可能性がある。ところが発火点のアメリカは
大きな変動がみられないのもおかしな話。彼等は不良債権を発行し世界中から
過剰輸入をしたが、その見返りはドル札とアメリカ国債、それと怪しげな債権を
発行しただけ。発行残高の数字が増えただけで、いざとなれば踏み倒せばよい。
支払ったドルも、行き場が無いのでアメリカに戻ってくる仕組み。
 リーマンショックからの金融恐慌で「アメリカの一極体制が終焉した」
と思っていたが、経済雑誌に欧米の数人の学者が、
≪ 経済の寡占化には、歴史的にみても必ず軍事的な圧倒的な優位が必要で、
 アメリカが、いまや圧倒的な軍事力を有している。特に海軍の戦力の影響が
大きく、地勢的に見てアメリカは大西洋と、太平洋に面しており、その海軍力は
世界で圧倒的に強い。中国はもちろん、ロシア、欧州も、どこも、その力は無い。 
その力を背景に、今後ともアメリカは世界一極の中心でありつつける」≫ という。
大英帝国をつくった英国も、当時は大艦隊で世界を圧していた。スペインも同様。
世界が不安定になるほど海軍力がものをいう。 海軍力の上に、さらに圧倒的な
空軍も、核弾頭もある。中国と2G体制など、おこがましいというのがアメリカ
の本音。 日本など、隷属国でしかないのは自明のこと。その暗黙の上で、世界が
成り立ってきた。ところが、この世界恐慌でアメリカ一極体制が本当に終わって
しまったのだろうか。それとも圧倒的な軍事力と情報産業で、その主導権を
持っている強者の立場が、これから続くかどうかの見極めである。
残念ながら、続くのではという論に一理あるようだ。アメリカ一極支配は、
まだ始ったばかりか?それとも飛躍的情報革命の進行は、それさえ呑み込んで
いくか?その辺が面白いところ。この数年が見ものなど、いっていられないか。


6907、閑話小題 〜アカデミー賞の作品賞に『パラサイト』が受賞

2020年02月11日(火)

 1〜2年に一度は、さてと掲載する直前に、完成した文章の全てを、チョッとした
はずみで、消去をするミスをする。それが今朝のこと。何やらブログが不調で
内容も、いま一つ良くはなかったが、苦心惨憺の挙句が、全ての内容がパーと
なれば、気力が湧いてこない。そこでアカデミー賞の『パラサイト』を
テーマに何とか…。 で、遅れたしだい。 なる程、気を強くしてないと!

   * あの『パラサイト』が入賞
 さほど、私の評価は高くなかった(85〜90点)。それでもアカデミー賞を
匂わせてはいた。まさかであるが、いざ受賞ともなれば、感想は違ってくる。
当時、映画観賞を書いてあったから何か光るところがあったのだろう。
韓国も貧富問題は大きい。
  〜まずは、ネットニュースより〜
【 一月ほど前に上映された韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が、
「第92回アカデミー賞」で脚本賞、国際長編映画賞、監督賞、作品賞の4冠達成。
本命とはされていたが、まさか脚本賞、監督賞、作品賞まで受賞するとは驚きだ。
92年の歴史を誇るアカデミー賞において、英語圏以外の映画が作品賞に輝く
のは初めてのこと。韓国映画がアカデミー賞を受賞するのも初めてのことだ。
それだけに韓国でも大盛り上がりなのは言うまでもない。】
 ―

《 映画観賞 〜『パラサイト』  〜2020年1月15日記
        〜シネマ 『パラサイト/半地下の家族」―01・10(金)ー
   * 凝縮された貧富の格差
 極貧家族と富豪家族の社会問題の表裏を凝縮してみせる味わいある?映画。
学生時代の苦学生の寮と、ミッション系の学園の二重生活の経験があればこそ、
その対比が実感として理解出来た。失業中の親子4人が富豪の家庭に、身分を
偽って入りこむプロセスや、パラサイトの実態が、韓国的で何とも。
 ー
≪2019年・第72回カンヌ国際映画祭で韓国映画初のパルムドールの受賞作品。
キム一家は家族全員が失業中で、その日暮らしの貧しい生活を送っていた。
そんなある日、長男ギウがIT企業のCEOであるパク氏の豪邸へ家庭教師の面接を
受けに行くことに。そして妹ギジョンも、兄に続いて豪邸に足を踏み入れる。
正反対の2つの家族の出会いは、想像を超える悲喜劇へと猛スピードで加速して… 
思いもよらぬ事態が起こる。≫
 ―
▼ 世界共通の直視できない“貧富の格差”の問題。資本主義の価値基準が
 現実は一度お金に換算して身分の優劣をつける社会背景が厳然と存在する。
それが情報化で辛辣に表て立ち、様ざまな問題が発生する。グローバル化は
弱肉強食を、更に押しすすめる。
 最近YouTubeでみたのがシリアスな場面の実写。 警官2人に、法務局員が、
家の差し押さのため、老夫婦と中年夫婦を立ち退かせる一連の映像。数人の
撮影者が、記録のためか、その一部始終を撮影する。筋肉隆々の男と妻が最後
に警官2人に捻じ伏せられ、後ろ手に手錠をかけられパトカーに押しこまれる。 
その前に麻酔銃を撃たれた男が狼狽える姿も。 何度も聞こえてくるのは、
『マイ・ハウス』の中年夫婦の声と、行場のない中高年の一家の極限の姿が。
一つ間違えれば、私も陥っていたかもしれないため、尚のこと同情目線になる。
あとは、浮浪者になるしかない厳しい近未来が待ち受けている。考えてみれば、
私もパラサイト? 奥のPC前と、寝室に追いやられ、家庭内格差そのもの。
 『男はつらいよ』そのもの? 酒と肴を求め独りスーパーを流離うしかない。
面白いさは、この上無いが… でも可哀いそう? 何ごとも慣れてしまえば
 生活満足度が90点?なら、まあ良いか。 》


6906,閑話小題 〜また新潟駅周辺で

2020年02月10日(月)

   * 新潟県は殺人事件が多い?
 この数年、新潟駅周辺で次つぎと起こる殺人事件のニュースを聞いて、
‘また!’と思うのは、あの辺りの土地勘があるため。首都圏から2時間
 の時間距離もあるのか。 そこは食いつめた得体の知れない流しが実に多い。
  〜その幾つかを上げると…
◉ この4日、<新潟市の住宅が焼け男性の遺体で見つかった火事で、死亡した
 のは、この家に住む49歳の男性と確認された。男性の死因は首を絞められた
 ことによる窒息死で、警察は殺人事件として捜査を開始。>
◉ 昨年の暮れの11月末、<新潟駅近くにある繁華街のビルで、飲食店店員の20歳
 の女性が男に刃物のようなもので刺され、その後、死亡しました。刺した男は
 顔見知り。…キャバ嬢との痴情のもつれ?>
◉ 裁判で係争中の生々しい事件では… <2018年5月7日に新潟市西区で小学2年
 の女児が殺害され、線路に遺棄された。>
◉ 10年前の、<新潟市タクシー運転手強盗殺人事件は、2009年11月1日に新潟市
 で発生した事件。> …被疑者は未だに逮捕されていない。
◉ これは殺人事件と違うが、<前知事が、出会系アプリ『ハッピーメール』で
 知り合った慶応女子大生を買春 していたことが判明。> 

東京から至近距離にあり、空、海、陸路交通の要にあるため、地方にしては、
全国区ニュースとして、様々な事件が起こる。

 ――
   * 各々方、油断めされるな!
 何やら終息に向かってきた空気だが、何か不思議な感が…。
思い当たるのは、政治利用のための大騒ぎでないのか…?など、下衆の勘繰りも
出てくる。アメリカ本土はインフルエンザが猛威をふるい、2000万人が感染し、
12000人が死亡した。それからみれば、まだまだ? 一つ間違えるとパンデミック
の可能性が充分あるから、騒ぎ過ぎも当然。まだ何が事実か見定めねばならない。 
 …で、北朝鮮も、この最中、ミサイルや、核実験の脅しも、やり辛い。
潜伏期間がある故に、<拡散は当分の間、続く? 各々方、油断めされるな!>
逆に国内では、手洗いと、ウガイと、マスク装着のため、インフレが例年に比べ、
少ないという。 ところで今日の歯医者の定期検診、行こうか生きまいか、咥内
ゆえに、さて如何しよう? この10年来、喉対策に、常時、一日、2粒のビタミンC
入り飴をなめている。 東京オリンピックの開催、大丈夫か… 見定めは5月連休
辺りというが。 一方的にIOCが不用意な中止発言を、しなければいいが!
 中止で誰が喜ぶ? 国家単位の枠組みに必要性を考えると、英国のEU離脱も、
分るような気がしてきた。

・・・・・・
6541,閑話小題 〜北越と第四銀行の統合 −1
2019年02月10日(日)
   * 具体的店舗の統廃合が発表された
 北越と第四銀行の具体的店舗の統廃合が発表されたが、予測通りの
厳しいリストラ。200店舗のうち50店舗少ないが、主要都市の駅周辺ばかり、
取扱い金額からすると、軽く半数以上? 問題は長年かけた関連会社の統廃合。
情報化による首都圏一極化が進行する中で、地方経済の減退は加速するばかり。
県会議員の汚職疑惑も、その一連の事件になる。
 日経新聞のネット記事によると
≪ 第四北越フィナンシャルグループは8日、2021年1月に傘下の2銀行を
合併後、同年4月から3年がかりで実施する営業店統合の計画を発表した。
第四と北越の合計で約200ある店舗のうち50店が現在の建物での営業を終え、
近隣店に移転する。合併の準備作業として今年5月から10月にかけて順次、
56店舗の名称と店番号の変更に着手することも決めた。近隣にある店舗の
移転・統合準備を本格化する 営業店の統合は原則として「店舗内店舗」
と呼ぶ手法を採用する。ある営業店に別の店舗が移り、1つの建物内に複数
の営業店が併存する。顧客の中に店舗を混同する人が出る懸念はあるが、
口座番号の変更手続きなどが不要で利便性の低下を抑えられる利点がある。
 移転する50店舗の内訳は、第四銀が20店、北越銀が30店。
新潟県内の店舗が49を占め、県外では両行の東京支店が統合する。
詳細な統合の時期は未定で、具体的なコスト削減の効果も明示しなかった。
県内の統合対象のうち、移転する店と移転先の店の距離は500メートル以内が
40例と約8割を占める。最長で第四銀の小針南支店と平島支店の約1.2キロm。
過疎部など地域に1つしかない店舗は当初方針通り維持する。
50店舗のうち43店舗では、支店名に「中央」を加えるなどして名称を変える。
例えば、第四銀と北越銀両方の店舗がある村上支店では、北越銀の支店が
「村上中央支店」と名前を変え、将来的に第四銀の村上支店の建物に移転して
2つの支店が営業を続ける。一方、21年1月の両行の合併とシステム統合を控え、
今年5月から5回に分けて56店舗の店名と店番号の変更を始める。現在は店舗の
名前や番号が重複する例が多いためで、北越銀の39店と第四銀の17店で変える。≫

▼ これからすると、半数に近い?行員のリストラ? これだけ、銀行業務の
セルフ、AI化が進んでいれば、既存業務が激減して当然。 逆にいえば、まだ
リストラ可能の体質の証明でもある。新潟県は、何といっても柏崎・刈羽原発
の操業停止の影響は大きい。何が再開! その地下層には二つの地震帯の存在
があることを知りながら… 何処の誰が首を縦に振りますか。
答えはノー! 当り前でしょう。普通なら。老い先少ない人工層が主流を占める
なら、如何でも良いと頭を縦に振るかも? いや、振らないでしょう!
年1万の危険給付金を、月に1万にすれば、こっくんこっくんと… その辺り? 
でも、それが全国の原発地区に知れると、無理!    〜つづく

・・・・・・
6177,映画鑑賞 −羊の木
2018年02月10日(土)
 保守的な田舎町に6人の異物の元殺人者が住むという、不気味で異様な緊張感
が漂う物語。それぞれが深い傷を持ち、生きている。そして、それぞれの事情が
自ずと湧き上がってくる。ある意味、哲学的内容である。人殺しの過去の深い
傷口から見える、「人生、如何に生きるか、何を成すべきか、何を知るべきか、
どこまで臨むべきか」を失ってしまった絶望の底に、湧き上がってくる眼差し。
生きていれば、例えば、不注意で子供を死なせたり、大怪我をさせてしまうこと
もある。人生は不条理である。 <ご覧通り、そのまま結構> の諦念の中で、
日々、暮らすのが老年の心境である。手負い獅子であればこそ、魂が脈々と、
波打っている。
   〜あらすじ
≪ さびれた港町・魚深(うおぶか)に移住してきた互いに見知らぬ6人の男女。
 市役所職員の月末(つきすえ)は、彼らの受け入れを命じられた。
一見普通にみえる彼らは、何かがおかしい。やがて月末は驚愕の事実を知る。
「彼らは全員、元殺人犯」。 それは、受刑者を仮釈放させ過疎化が進む町で
受け入れる、国家の極秘プロジェクトだった。ある日、港で発生した死亡事故
をきっかけに、月末の同級生・文をも巻き込み、小さな町の日常の歯車は、
少しずつ狂い始める・・・。
  ー内容ー
日本海に面した富山県の寂れた港町、魚深市。
ここで、政府の極秘プロジェクトが実行されようとしていた。人口減少が著しい
地方都市へ、仮釈放された受刑囚を仕事・住居付きで移住させることで、刑務所
のコスト削減と過疎対策を実施しようという政策だ。

市役所に務める月末一は、そんな元受刑囚の新規転入者達の受け入れ担当係を
命じられた。個性的でどことなく危険な香りのする6人の元受刑囚の転入と定住
手続きを進める月末だったが、あとで調べてみると、6人ともが元殺人犯だった
ことを知り、愕然とするのだった。

ある日、月末は、市役所内でかつてのバンド仲間で、同級生だった石田文に
出会う。都会の生活に疲れて田舎へと出戻ってくるため、転入手続きをしていた
ところだった。昔から文に片思い中だった月末は、同級生の須藤も誘い、文と
再びバンド活動を始めることにした。

6人の元受刑囚のうち、月末と年が近く、一番気が合いそうだったのが、魚深市で
宅配業者として働き始めた宮越一郎だった。宮腰は、勤務中、月末や文のバンド
練習中に偶然通りかかったことで、彼らのバンド練習に加わることになった。
しかし新たに加わった宮越と急速に仲良くなっていく文を横目に、月末は複雑な
心境だった。

受刑者達が、魚深市でそれぞれの生活に馴染んで来た頃、町では「のろろ祭」
という、地元に伝わる半魚人の神様をお祭りする奇祭の準備が始まっていた。
その祭りのクライマックスは、白装束に篝火を持った男たちが、のろろ様を先頭
に練り歩く行事だが、そこへの参加者として、元受刑者が選ばれたのだった。
元受刑者同士、一触即発の場面もあったが、無事に祭りはスタートするのだった。

しかし、翌日の全国紙の紙面にて、宮腰一郎が映った写真が掲載されたことを
きっかけに、過去に宮腰と因縁があった男性が魚深市で宮腰の動向を探り始めた。
一方、宮腰は、月末の知らない間に文と恋仲になっていた。動揺した月末は、
ついうっかり文に、宮腰が過去に殺人事件を起こした重罪犯であることを告げて
しまう。一方、のろろ祭りで宮腰のことを知った別の元受刑者、杉山勝志は、
宮腰に犯罪計画をもちかけるのだった。こうして、宮腰や月末の周辺は、一気に
不穏な空気に包まれていくのだったーーー。 


▼ ある元受刑者の女性が語る心の内の告白が心にしみる。
 『監房内にトイレがある。その臭いがキツイが、それよりも、身内や恋人を
思ってか、何処かで誰かがシクシク泣くと、それに共鳴してアチコチからすすり
泣きが聞こえてくるのが哀しかった。人殺しの私が人を愛していけませんか…』
の言葉が、重く響いた。波乱万丈と一言でいうが…。人生を振返ると、よく無事
で、ここまでこれれたことに感謝の日々である。 何が悪いかといえば、無知と、
その自覚の無さ。知ってる事は知ってるが、知らないことは知らない、無知の
自覚無さ。 親鸞の『歎異鈔』に「善人なほもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」
と、この思想が言及されている。阿弥陀仏の本願は、善人よりは,悪人こそ本願
により往生しうるとする考え方。この思想は,親鸞の師である法然から出ている。
 作者の意図が、そこまであったかは知らないが、彼らのためにこそ、
『南無阿弥陀仏』が必要に思えた。それは心が乾いて空から。 『空即是色』

・・・・・・
4715,閑話小題 ー時どき、10年前から現在を振り返えり
2014年02月10日(月)
  * 時どき、10年前から現在を振り返えって 見えてくるのは!
 株式のチャート見るように、その時どきから、5、10年間を振り返えると
 思いもよらない事件に遭遇していることが分る。では2004年の2月から2014年
 2月まで、何が起きたか?を調べると想像を絶することばかり。先の10年間は、
 これより遥かに大きな自然災害と経済震災に間違いなく遭遇することになるが、
 これだけは起きてから分かること。 時系列であげると!
・2004年に、中越地震とスマトラ沖地震、
・2007年に、中越沖地震、
・2008年には、ミャンマーでサイクロンで死者・行方不明は13万4千人以上。
 5月12日- 中国で四川大地震発生。M8.0、累計で4千万人以上が被災し、
 6万9千人が死亡。米国でリーマンショックが発生。
・2009年1月20日 - バラク・オバマがアメリカ合衆国建国以来、初の黒人
 大統領とし第44代米国合衆国大統領に就任。
・2010年には、チリとハイチで大地震。ハイチでは30万以上が死亡。
・2011年に、東北大地震で2万人近くが亡くなり、福島第二原子炉が破壊された。
 チュニジアのジャスミン革命が各国に波及し、アラブ各国で独裁政権に対する
 デモに発展。エジプトでムバーラク政権が崩壊、リビアでNATOが軍事介入し
 半年間の内戦の末にカダフィ政権が崩壊した。(アラブの春)アルカーイダ
 の最高指導者とされるウサーマ・ビン・ラーディンが、パキスタン・
 アボッターバードにて米国の特殊部隊との銃撃戦の末に殺害される。
▽ 東北大地震の直後、私の事業もあっけなく消滅。 時系列でみると、
 10年前に、こんな予測は誰も信じない。が、現実には次々に起きている。 
 とすると、2014/02〜2024/02年は、より大きな自然、経済災害があるはず。
 それを前提に対策を立てておく必要がある。まさか地元の中越地区に二度も、
 大地震があるなど思いもよらなかった。考えられるのは、首都直下型地震、
 南海トラフ地震、富士山の噴火の可能性が高い。また静かな世界恐慌?が
 表立ってくるのも自然の成りゆき。その中で、情報革命が劇的に進んでいる。 
 パソコンがスマートフォンや、タブレット型に収まるとは、当時は考えられ
 ないこと。次の10年は、メガネ型、腕時計、ジャケットなどの身体の一部
 になる装着式。危険な大震災の可能性と、反面、面白い時代になる。
 ブラックスワンがいるが、大部分はホワイトスワン。私個人としての
 ブラックスワンは、「死」。5分5分、いや6分が到来?で、その日のため
 の予習を楽しんでいる。一応、やりたいことは、やり終えた実感は、
 小さい範囲としても、気が楽である。 それも吹っ飛ぶのだろうが。
・・・・・・
4348, 書くことが思いつかない人のための文章教室
2013年02月10日(日)
      「書くことが思いつかない人のための文章教室」近藤 勝重 (著)
 *「思い出」を簡素に書き出せば、それで立派な文になる!
    まずは ー内容よりー
≪「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出し描写することだ。
 自分にはそんな特別な経験はないと考える人でも、
・うまい引き出し方さえわかれば書ける。また、伝わる文章にしたいなら、
 くどくど説明してはいけない。とにかく描写せよ。
・細部に目をこらして書けば、真に迫る。たとえばさびしい気持ちなら、
 「さびしい」と書くな。さびしさを表わす「物」を描写してそれを伝えよ 
 ―ベテラン記者で名コラムニストが、ありきたりにならない表現法から、
 書く前の構成メモ術まで使えるコツをやさしく伝授。≫
▼《「文章を書く」とは、長い間の記憶から体験を引き出して描写すること。》
 この本の要点は、この一文に要約されている。12年近く、一日に2時間以上
かけて、この随想日記を書き続けているが、膨大なエネルギーを入れ続けても、
この程度。今の私にとって、これがベストの習慣。そこで一番の難しいのが
テーマの設定。そうそう毎日、ネタは出ては来ない。全く浮かんで来ないときは、
気まま、思いのまま書いた些細なテーマの「閑話小題」が逆に面白いと言われる。
その日常のことは、もう一つのブログ「バードウォッチ」に書いているので、
更に見つからない。数度に一度は、そこの文章をカットし、閑話小題として
随想日記に書き直している。兎にも角にもテーマのネタ切れに毎日のように直面
している。そこに図書館でこの本を発見した。そこで、たまたま手元にあった
随筆集を目を通したら、全てが体験の思い出。フッと浮かんだ体験を意識し
書き出せば良かった。これまではキーワード探しに気持ちが向っていたが、
「思い出」でよかったのである。随想は、その人特有の「思い」を書くものだが、
「思い」を書こうとするとテーマなかなか出てこない。「思い出」なら、誰に
でも生きてきただけある。それを気楽に書けばよい。体験談は、自分にとって
当り前の記憶でも、第三者からみれば、これほど面白いものはない。 
著者は、「良い文章とは?」に対し、「内容があること、そして、それが的確に
表現されていること。この二つが借ものでなく、その人自身のものであること」
という。そのため、思い出を素直に具体的に書けばよい。
 経験を書くことを「ひけらかす」と思い、躊躇していたら良い文章は書けない。 
たったこれだけの事を、12年間も書き続けてきて、殆ど意識しなかった。
それぞれの人生は、唯一無二の体験の蓄積。それをそのまま表現すれば、
これほど面白く、興味深いものはない。だから、ツイッターなどの何気ない
呟きの公開が爆発的に世界中に受け入れられた。 ということは、これは、
メモ的雑記帳を総称して「随想日記」と言っているにすぎないことになる。 
随想と、他と分ければよいのである。それも12年も書き続けると、お分かりの
とおり、同じ事を、見方を変えて繰り返することになる。 続けることは大変!
・・・・・・
5810,閑話小題 〜毎日が面白い!〜このブログの書きあげ
2017年02月10日(金)
   * ブログのテーマ探しと書きあげ
 何を血迷ったか、16年前に個人HPを立上げ、毎日、公開の随想日記を始めた。
一日の主軸が書上げの完成にあるといって過言ではない。頭の中が常に、この
テーマ探しにある。それまで数十年来、読んできた書籍の内容も、毎日の行動
刻印のダイアリーにあるメモ欄とか、会社の社内報に、書いたりしていたが、
大学ノートなどに定型の記録として時系列に残してはいなかった。 
 そのメモを何とか刻印できないかと思っていた矢先に思いついたのが、個人
HPを立上げ、ネット上に公開し、第三者に晒して管理をすれば、否が応でも
持続するだろうと始めたのがこれである。21世紀に入った頃から『ブログ』
たるものが、世に出て一般的に普及を始めていた。これで万人が個人HP=ブログ
を持てるようになった。
 6千近いテーマを16年近く書き続けているが、好きでなければ到底、無理。 
続けるうちに要領も得たが、それでも「愚直に、純粋に、誠意を込め、全力を
込めて、集中しなければ、この程度の内容でも書き続けることはできない。
何度も何度も読返して修正を繰返すしかない。 書きあげて、公開をすれば、
後は一人歩きをする。問題は、数年後、読む自分の視線。 数年後に読むと、
得体の知らない当時の自分と出会うこともある。時間を置いて知る己とは、
かくあるのか?と、感慨すること屡々。 問題はネタ探し。月に一・二度は、
ネタ切れで、しばし茫然。 その緊張感が重要。その都度、何とかなることを
経験から知っている。その時、日常行動の刻印の呟き用の『バードウォッチ』
に、リアルに日常の些細なことを思いのまま書き込む。そこに何かしらヒント
が出てくる。逆に、ツアーの出発前に、10日分のテーマを考え、書上げるのは、
さほど苦にならない。「10日分を必ず書き上げる」という覚悟がなせるわざ。
テーマが見つからないのは、覚悟が薄れているとき。気力が萎えたとき。
 だから自然と、本音そのままを書いてしまう。それで、他者をキヅつける。
内なる得体のしれない心の闇を感じることが時々ある。持ち越してきた、情念
の蓄積されたヘドロからのガス?を書き出すことで、何とか落込みを最小に
している。心の闇の中を、あっちフラフラ、こっちフラフラが我ながら面白い!


6905、閑話小題〜 レビンソンの発達理論とは ―2

2020年02月09日(日)

         <レビンソンの発達期(発達段階)と発達課題>
   * 発達段階の特徴を、更に詳しく
 発達理論(節目理論)として卓越である。特に過渡期が重なるところが良い。
小学、中学、高校、大学は、さらに細かく考えられてある。とりわけ高校と、
大学が、大きな分岐点になる。その期間は母親の胎内に譬えることができる。
 そこで人生が決定づけられる。秀才は、教育プログラムに沿って、天災は、
それを直感的に熟す優秀な人をいう。成人期は、節目が次々とやってくる。
それを乗越えないと、そこで終わり。その山あり、谷ありを乗越えるプロセス
を人生という。学生時代から、その辺りに興味を持っていたので、その都度の
判断材料に事欠かなかった。ほとんどの人は、ことあたり主義で、彷徨う。
 ―          
≪  【特徴】
人生:約25年間継続する発達期(安定期)が繰り返され、
 各発達期は約5年間の過渡期が重なりつながっている
・過渡期:生活構造の修正が行われる時期
・生活構造:ある時期における個人の生活の基本パターンや設計

乳児期(0~1歳)には母子統合、
幼児期(前期、1~3歳)には第1次反抗期と母子分離、
幼児期(後期、3~6歳)には一人でいること、
学童期(6~12歳)には友人関係、
思春期(12~15歳)には反抗期、
青年期(15~17歳)にはアイデンティティの危機などの課題が存在します。
中年期 自分の人生を肯定的に受け止めることができず悩む状態

◉ 過渡期1(17~22歳)
児童期・青年期から成人期(成人前期)への橋渡しとなる時期。
親に保護・養育される世界から、成人の世界へと踏み込む時期であり、
レビンソンは、この時期の発達課題を「アパシー」と「離人感
(自分が自分ではないという感覚)」としています。
それまでの自分を見直して修正するとともに、成人の世界の可能性を模索し、
成人としてとりあえずアイデンティティを確立して、成人として生活する
ための暫定的選択と試行錯誤がなされることになります。
◉ 成人前期(17~45歳)
成人前期は、成人として社会の中に入り、自分の力で生きていく時期です。
22〜28歳頃が大人の世界へ入る時期(安定期)、
28〜33歳頃が30歳の過渡期(成人としての生活がより現実的になる時期)、
33〜40歳頃からが一家を構える時期(安定期)とされます。
◉ 過渡期2(40~45歳)
成人前期と中年期をつなぐ、人生半ばの過渡期です。
この時期の発達課題は、「らしさ(男らしさ、女らしさ」、
「愛着と分離」、「若さと老い」、「破壊と創造」です。
成人前期では目を向けてこなかった「自分」に目を向ける時期であり、
生活構造の変化に柔軟に対応して新しい生活構造を構築することが求められる。
肉体や生活環境が変化したり、それまで価値観が崩壊したりする時期であり、
この時期に新しい生活構造を構築できず中年期(成人中期)へ入ると、
中年の危機(後述)に陥るおそれがあります。
◉ 中年期(成人中期、40~65歳)
中年期は、自分らしさを模索し、葛藤しながら「真の自分」として生きる
ことを決める時期です。 レビンソンは、中年期の発達課題として
「真の自分と折り合いをつけること」を挙げています。
◉ 45〜50歳は充実した時期(安定期)、50〜55歳は人生半ばの過渡期
で設定した課題を実行する時期、55〜60歳は中年の最盛期とされています。
中年の最盛期とは、中年期の生活構造を構築・充実させ、愛情や共感性など
がより分化したり、知恵や思慮分別に長けてきたりする時期です。
◉ 過渡期3(60~65歳)
中年期と老年期をつなぐ過渡期です。死の恐怖や役割の喪失、孤立化などの
課題を抱え、それらと折り合いをつけていくことになります。
◉ 老年期(60歳〜)
老年期は、自らの死を受け入れながら、新しい生への希望を獲得する時期。
死への恐怖や役割喪失から抜け出せないままだと、孤立化が進みます。≫

 ―
▼ 過渡期2(40~45歳)が…<「らしさ(男らしさ、女らしさ」「愛着と分離」、
 「若さと老い」「破壊と創造」>になる。この辺りで足元がフラツクと、
過渡期3(60~65歳)に大きな皺寄せがくる。経験者故に肌身に沁みる。私だけ
なく、誰も多かれ少なかれ経験をしてきたこと。 …それもこれも、後講釈。
虫として地面に這い蹲ってきた人生を空や、樹上からみる鳥瞰も、また面白い!

・・・・・・
5443,小学校担任の西澤先生への手紙
2016年02月09日(火)
 小学校の担任だった先生から『自分史』が送られてきて、一ヶ月、何とか、
『自己を見つめる』渡邊二郎(著) と一緒に、礼状を送る段取りができた。
達筆な先生に、悪筆の手紙を出すのは気が重いため、何とか故障していた
プリンターを直し、パソコンで書き上げた。 
 職業軍人の父を持つ、戦中派の典型で、恐ろしい先生だった。
何度か頭を殴られたが、先生から殴られたのは、西澤先生を含め二人だけ。 
去年9月に米寿をむかえ満87歳。奥さんに十数年前に先立たれ、現在は
私の自宅から10分ほどの川崎に一人住まいで、目の前の川崎小学校の
校長に息子様がなられており、やはり御近所に住まわれている。
 
 長岡出身の父親は職業軍人で、昭和9年に姫路高等学校の教官になられ、
先生の幼少期の11年を、姫路で過ごす。姫路中学校、陸軍経理学校、
新潟師範学校を卒業、教師、校長を多く歴任の後、見附市の教育長に。
 父親が、産業界に転進した関係で、請われて、産業界に転進し、その後、
再び、教師に舞い戻ったユニークの経歴を持つ。私の母校の阪之上小学校に
三度も勤められた。校長として幾つかの小学校の建物の建て替えに従事
してきたようだ。定年後は、見附市の教育長など歴任した。

 半世紀以上たった現在、人生の卒論としての報告書を書いているような
気持ちである。 以下の文章と、随想日記の幾つかをコピーして同封する
予定だが、何か見透かされているようで、一人赤面している。
この卒論は、私にとって大事な通過儀礼になるが、毎日書き続けてきた、
この随想日記が少しは有効に働くことになる。読んでいて、合わせ鏡
として見えてくる卑小な自分が、そのまま、露呈した思いである。
 ――――
  : 西澤正元先生へ

「出会いの軌跡」、シッカリと読みました。
教師人生と、校長人生、教育長人生の、長い道のりの軌跡が自然体で、
そのまま小説のように淡々と書かれており、人間・西澤正元先生の
世界が鮮明に現れでており、清清しい気持ちになりました。
親子鷹の御父様との道ずれも、そのまま、家系として息子様へ
受け継がれていく壮大な物語を読む思いです。

 今回、同封した『自己を見つめる』は、5年前の会社整理のさい、
「節目を打つ」ため、足元が揺らがせないために読んだ本です。
ブログの読書感想として、何回に分けて書き込んだもので、当時の
私にとって、この本が気持ちのシェルターになっていました。 
 内容は、先生の御年からしたら物足りないかもしれませんが・・ 
これが当時の私の支え棒の内容と、軽く読んでもらえればと、
同封させてもらいました。

 15年前から現在に至るまで、一日一文をブログに掲載しています。
レポート用紙1〜2枚分位で、大体2〜3時間かけています。
読み手は、家族、知人を中心に一日300人位で、時に千人だったり、
二百人を割ったりします。 これまで5400のテーマになっています。
休んだのが一回だけ。ツアーの参加の際は、ネットにアップした文章を
知人や息子に頼んで掲載しています。 内面生活の公開は気を強く保た
ないと、続けることは不可能のため、生活の張り合いになってます。
 
 人生、老いて?こそ解ることが多いですね。それも、己の無能が・・
先生の言われた、「話すより書け!」が、私にとってのブログの掲載。
親しい人の何人かに向かい、話しかけるように書いてます。
 私が面白いと思ったテーマを幾つか選んで、コピーしました。
暇のおりでも、読んでいただけたらと思っています。 御自愛のほど!
                      : 堀井八郎
・・・・・・
6540,読書日記 〜人生における読書の効能 〜3
2019年02月09日(土)
           『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
  * 読書とは「他人の脳のかけら」を自らの脳につなげること
 他人の脳のかけらをつなげることで、脳は拡張する。一人の人生では、
自分が見て経験するには限界がある。だから他人が獲得した脳のかけらを
自分の脳に沢山くっつけることが出来れば、より拡張することが出来る。
この随想日記は18年分、6500テーマがある。 それを毎日、年に一回、同月
同日分を読返すことで、新たな自分が過去の自分と対話する役割を果たしている。
この自己対話の積重ねが内面生活を充実させてくれる。 HP内検索の機能が、
過去に書いた文章を時系列に検索させてくれる。それは自分の脳を受容体だけで
なく能動的にする。脳の活性化である。過ぎ去った読書の記憶が、毎朝、よみ
帰ってくる不思議な感覚は何とも奇妙。この繰返しは、脳をつなげる感覚という
よりも、脳に溶かすという方が正しい。読書百遍から得る感覚が、これか。
 とすると、ブログの継続は、些細な脳の拡張作業でもある。わざわざ、毎朝、
2〜3時間もかけてする程でもないが、ただ無念無想に近づける瞑想代わりと
思えるためである。この時に、セレンディピティー(求めずして思わぬ発見を
する能力)が多々起こる。 瞑想に近い状態なればこそ生じるが、早朝に、この
拙い脳内で、奇妙な内的世界で生じる不思議な感覚。当日分の随想日記を書き
上げて、過去の同月同日分を見直した時、不思議なセレンディピティ―が
生じることが多々ある。 それも2〜3年前の文章とすり合わせると… 第三者
なら、これを念頭に、いま書上げたテーマと内容を考えたと思われるが、そう
ではなく、思いもしない偶然の一致が、何かを示してくれる脳内作用である。
瞑想と酷似した状態の「18年効果」である。
さて、面白そうなので「ライブ」で、過去文の添付作業に入ってみる… 
 何が出てくるか?
 ――
追文: …2017年分である。理屈づけになるが。かくも私たちは「頭が悪い」。
 だから、たった、この程度の文章を,小学生のように、何度も何度も書換え、
書き加え完成させている。そのエネルギーを知っているから、誤字、当て字を
見出しても、諦めもつくもの。 かくも、こんなに頭が悪いのである。
☆ ところで、さっきから、カタカタカタという小さな音が、窓の外から聞えて
きた。ところが次に背後の廊下辺りに移動して聞こえる。 そして次は再び、
窓の外から… 何だ、これは? 事実である。よりによって、これをライブで
書いている時に… 20年以上、無かったことだが。こういうことが、あるんだ!
 そう思いだした。一月前辺りから、奇妙な音が寝室の周囲から聞こえていた。
蝙蝠だろうと思っていた。いま聴こえたのは、それと少し違う? 如何だろう。
で、どうした? 「セレンディピティ―」を改めて堀下げろ!のサインである。

・・・・・・
5809,どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
2017年02月09日(木)
                『困難な成熟』内田樹 著
   * どうして私たちは、こんなに頭が悪いのか
 人生を振返って、私は何故に、かくも頭が悪いのかと実感する。
そのことを知っているは、むしろ他者。しかし、その他者も、第三者から
見れば全く同じことがいえる。 現状とは過去の頭の悪さの集積の結果。
そう思うと諦めもつくが、問題は、その自覚を万人が持っているかというと、
そうではない。 だから他者の失敗をあげ諂い、「あの男、あまり頭が
良くない」と平気で宣う。 〜その辺りを抜粋〜
・《 現代日本社会の制度的瑕疵のほとんどは「想像力がないので、
 先のことは何も考えずに来た」ことの帰結だろうと僕は思います。…(略)  
 この社会に格差はあります。資源の分配についてのアンフェアはあります。 
 さまざまな理不尽がある。でも、それは誰かが自己利益のために工作してそう
 なっているわけではない。それは無数の「頭の悪さ」の集積なのです。…(略)
 むしろあまり深く考えなかったせいで起きたことが無数に集積して、
 「こんな事態」になっている。僕はそう思います。》(179〜183p)
さらに、
・《自分が選択したこと、自分がやっていること、自分が考えていることの適切
 さについて第三者的、価値中立的な視点から吟味できないことを僕たちは
 「頭が悪い」と言います。そして、第三者的、価値中立的な視点から自分自身
 の推論や判断を吟味するというのは、言い換えると「自分の頭の悪さを点検する」
 ということなのです。…(略)》(184p)
《「あ、オレ間違ったわ」とすぐにフィードバック」しなさいということ…(略)
 「自分は頭が悪いんじゃないか?」という疑問に捉えられて、…(略)
 常日頃から考える習慣をつけていると、「大きな間違い」を犯すリスクが
 軽減される。それだけのことです。》(185ページ)
――
▼ 私たちの頭の悪さを、想像力の無さが起因すると著者はいう。意外と、
 この事実を多くの人は理解してない。小説を読むことは、文字を通して作者の
物語の世界を想像すること。本を読むことは、想像力を培うため、必要になる。
ここで、〖20世紀、アジアアフリカで、欧米の帝国主義諸国を武力で放逐して独立
を勝ち取った革命政権のうち、奪還した資源を公平に分配することに成功したもの
は殆どいなかった。さらに植民地官僚より激しい収奪と独占を許した。』という
厳正な事実がある。20世紀の大殺戮が21世紀に繰返される可能性が無いものと、
思いこんでいるが、これもイメージ不足。人間は虚空の中の、小さな小さなチリ
の存在でしかないを頭では知っている。しかし、そのイメージが出来ないその
ことが人生を貧弱にしている。 それが、<どうして私たちは、こんなに頭が
悪いのか>の答。あの大統領が、その全てを表出している。無知は罪である。
それも重罪である。そして、自然によって間接拷問の後に、死刑に処せられる。
その前に、治療いう名目の毒薬を長年かけ盛られ、薬漬けされたのも知らず…

・・・・・・
6176,閑話小題 〜雪道トラブル
2018年02月09日(金)
   * まさかの雪道トラブル
 スポーツジムの帰りすがらスーパーに寄って酒とツマミを買って、大通りを
駅方面に走らせて、セブンイレブンのある小さな道路に右折しかけたところ、
中央に出来た雪壁に車輪が入り込み、空回りのカメさん状態になってしまった。
車にシャベルがあるでなし、さて如何いうものかと茫然としていると、10m先で
女子高生が、私の様子を立ち止まって見ていた。カード会社の車両事故トラブル・
サービスセンターへの電話と思ったが、携帯電話は不所持。そこで、その人に
声を掛けて、カードにある番号に電話をして貰った。 
 問題は、片側3車線の大道路での16時頃。二つある高校の帰宅時間。
サービス・センターによると、雪道トラブルは実費で数万はかかり、その場の、
実費払という。(帰ってから家内から聞いたが、ゴールドカードは無料と知った)
 が、それが幸いした。ならば、通行人から助けを呼ぶ覚悟が出来た。 ます、
その女子校生に礼を言い、帰って貰い、後は出たとこ勝負。その直後、二人
連れの若い女性が声を掛けてきて、「高校生の帰宅時間だから、とにかく声を
かけなさいよ」と教えてくれた。 至近距離にある高校の教師のような? 
そこで直、通りすがりの男子高生の声をかけて、二人の女性と後方から押して
くれたが、ビクともしない。やおら高校生が仲間を連れてくると、その場に鞄を
おいて長岡高校の方に走っていった。もう少しで車の渋滞だったが、バス一台が
通れる位置が良かった悪かったか? 渋滞なら直に運転手数人が押してくれた筈。
そうこうしている内に、7〜8人の野球部の部員と顧問の先生らしき人を連れて
戻ってきて、その人の指示で除雪をして、総出でバックギアで脱出し、無事、
車が出発したが、一時、車を止めていたため、渋滞になっていて停車が出来ずに、
大声で運転席から礼を言っただけで、そのまま帰ってきた。今日の午前中に
御礼にいくつもりだが… ダンプの運転手が、縄で引っ張ろうとしてくれたり、
次々と声をかけてくれたり。成るほど、これが仏心というものかと…
 雪道の中、スポーツジムに来る人が激減するはずだ。雪国の人は、雪道の
恐ろしさを長年の経験から知り尽くしている。 このような大道の真中での
トラブル、初めての経験だったが、動揺している私の姿。よほど気の毒そう
だったようだ。実際のところ、そうだった。北陸の大雪の困難民に自分が
なろうとは! 人生、教えられることが、まだまだ多くある。 特に私は! 

・・・・・・
3972, 閑話小題
2012年02月09日(木)
  * 大地震が夜半に起きないのは何故
 関東大震災、神戸淡路大震災、中越地震、柏崎刈羽地震、この東北大震災、
そして海外ではスマトラ沖大地震、四川大地震、ペルー地震と、小さいのは
別として、最近の大地震は何故か殆どが日が明るいうちに起こっている。
太陽系の引力にも関係しているのだろうか?もし東北大震災が夜半だったら、
数倍の死者が出ていたはず。日の入りの時間は約半分として、上記の最近の
地震全てが日が明るいうち、というのも偶然にしては?台風も、不思議に
週末に集中する。
  * 単身女性の3割がワーキングプアー?
 先日、TVで単身女性の3割がワーキングプアーと報じていた。
個々人の事例を紹介していたが、男性のような暗さがない。その生活も決して
不満でなく、それなりに満足している? 心のどこかに「白馬の騎士が迎えに
来てくれるかも?」の願望があるのだろうか? 女が一人で生きていくのは
甘くないが、今さら元に戻れない。まだ社会に余裕があるから明るくいられる?
時代が、さらに厳しくなった時に、その明るさはなくなる。母子家庭の過半数
以上がワーキングプアーというが、単身女性も加え、女性の時代という掛け声と
現実の違いはあまりに大きい。 国民の平均所得の半額以下の収入の人をプアー
というが、その規定を見直すことも必要の時期にきている。
プアーの言葉が世に出てきたため、意識をするようになっただけか?
右上がりの時代から右下がりの時代の対比からみて、明らかにプアーの時代
になったことは確かである。この言葉の規定からすると、国民年金生活者は
全員プアーになってしまう。プアーだが、情報だけはリッチの時代。



6904,閑話小題  レビンソンの発達理論とは ―1

2020年02月08日(土)

閑話小題  レビンソンの発達理論とは ―1

       レビンソンの発達期(発達段階)と発達課題
   * 人生の四季
 人生の節目時について、これまで多くのテーマにしてきた。
今さらの感もあるが、多く知るほど、興味が増していく。
 このレビンソンの発達理論も面白い。人生を重ねると、その辺りが
節目になっている。 魔物に襲われて窮地に立たされていた。
精神的、肉体的、社会的に体質の変り目のため、人生の選択が迫られる
面白味があった。 この節目を打たないと、脱皮の出来ない蛇になる。
 
 この理論の目新しいのは、過渡期を重なること。
   〜 その概要とは… 〜
≪ レビンソンは以下のように人生を4つに分けました。
1.児童期と青年期(0〜22歳)
2.成人前期(17〜45歳)
   ・成人への過渡期     (17〜22歳)
   ・おとなの世界へ入る時期 (22〜28歳)
   ・30歳の過渡期      (28〜33歳)
   ・一家を構える時期    (33〜40歳)
3.中年期(40〜65歳)
   ・人生半ばの過渡期    (40〜45歳)
   ・中年に入る時期     (45〜50歳)
   ・50歳の過渡期      (50〜55歳)
   ・中年の最盛期      (55〜60歳)
4.老年期(60歳〜)
 ――
 レビンソンのライフサイクルは、
成人前期〜中年期の人生後半に重点が置かれていることがポイント。
4〜5年ごとに転換期が存在しそれはそれぞれの個人が、その時期に生活の
パターンや人生設計が変わることと関連します。
この生活のパターンや人生設計は【生活構造】と表現されていますが
この生活構造を変える時が、危機的な時期になります。
レビンソンによると、同じ生活構造は7年以上続かないとされています。
☆ 7年・・・どこかで出てきた区切りの年数と重なります。
 この危機的な時期の中でも【人生半ばの過渡期(40〜45歳)】は男性に
とって急激な変化といわれています。
これに対してゲイル シーヒィ(Gail Sheehy)は、女性はもう少し早い35歳
ごろから中年期の危機が始まるとしています。
 ―
▼ こうしてみると、人生は『やるべき時節に、やるべきことを、すべき』
 ことが理解できる。特に男には、それが必要ということ。他者の生き方を
云々することなど、もってのほか。まずは己の節目を打つしかないことが分る。
 ひと事で、ないが。大学にもよるが、「成人への過渡期」に社会に入る前の
過渡期に<猶予期間>があった方がいい。遊び、働き、学びの世界を俯瞰する
ためにも。人生は思いのほかの広く、深く、味があることを知るにも。
                            〜つづく                      
・・・・・・
6539,読書日記 〜人生における読書の効能 〜2
2019年02月08日(金)
             『本を読む人だけが手にするもの』藤原和博(著)
   * 第1章の『本を読むと、何が得か?』
 育った実家が商売屋だったことも含めて本を読む環境になかった。
それでも、その気になれば市営図書館とか、校内図書館で読書もあったが、
遊び優先で、思いもよらぬこと。中学に入ったと同時にTVが家庭生活に入り、
野球や、アメリカものドラマに釘付け。高校時代に読んだのは、小田実の
『何でも見てやろう』と『愛と誠を見つめて』。そして大学受験に失敗した
どん底の中で読んだ、『新約聖書』。少なければこそ、心の底まで響く感動
を覚えていた。そして、25人の今でいう、シェアハウスのような寮生活。
 直に知ることになったのが、読書量の絶対的格差。それと大学の同期生との
知識とセンスの格差。ただ、黙って聞き役になるしかない現実に茫然と…
まずは日本文学の森鴎外、夏目漱石、志賀直哉、川端康成などの文豪の全集を
集中して読むことと、世界のポピュラーを聴く生活。そこに寮生活の醍醐味の
小宴会で、先輩諸氏の薫陶とか… そのどれもかもが、新鮮で衝撃の強いもの
ばかり、中学、高校時代の受験生活が、あまりに自分の世界を小さくしていた
かを思い知ることに。 それが都会暮らしの学生の最も重要なことだろうが、
寮生活の、学園生活が、それを効率よい触媒になっていた。これに1〜2年が
「合気道」と、夏、春には軽井沢山荘のヘルパーのアルバイト。 3年は、
「欧州周遊1ヶ月のツアー」への参加。4年は、週2回、2時間の「武澤ゼミ」
の参加。そして卒論と… 田舎の純朴の受験校上がりなればこそ、余白が
大きいほど、ドップリと浸かることが出来た。それと、余りある閑の中での
喫茶店での、底の浅い議論も、自分の底を知るうえで、この上ない環境。
誰もかもが、これまで会ったことがない人種。その経験話の多彩なこと。
『俺の親父、不動産屋をしてるんだけど、いま刑務所に入ってるんだ』とか、
『この夏休みに、地元の知り合いと出来てしまって… それが初体験だった』
『大学を卒業と同時に、カナダに留学して、一度、外から自分を見てから、
 人生を考えるつもり。このまま平凡なまま終えたくない』
『県会議員になりたいが、秘書のアルバイトをしてみて、自信が無くなった。
 そりゃ、酷い世界。 選挙で勝つためには「地盤」「看板」「鞄」の3バン
 が必要。そのどの一つも無いのが、如何すりゃいいか分からない。』
とか、成るほど、これが娑婆世界と知らされる日々。何が「本を読む人だけが
手にすもの」かであるが、それを言っちゃあ、後が続かない。
――
  〜 一章の概要から 〜
≪ ・ここで、パチンコをしない2人のうちの1人に、次に携帯ゲームもしない
 4人に1人に、そして、それを読書に向けると8人に1人の人材に成れると! 
 4年前のデータだが、学生の47・5%が一ヶ月に一冊も本を読まないという。
 なら成人なら、さらに低い?
・読書は、著書を通して「個人的リアル体験」が味わえる手段と
 ラジオなどの受動的インプットと違い、「アクティブ・ラーニング」。
 言葉を頼りに想像力をかきたてる効果がある。
・その上に、読書によって、「集中力」と「バランス感覚」が身に付く。
・また読書は世界観を広げる役割がある。世界観の広がりは、様々な視点で
 物事や他者を見ることが出来るようになる。読書を続けておかないと、
 私たちは、何も考えず、平々凡々に過ごすと、自ずと、視野狭窄に陥る。
・読書は、人生のステージを上げてくれる。
・人間たるゆえんの3つの触媒は、『読書』『遊び』『芸術』である。
 これらを経験し、沈殿させることで脳内に回路が強化され、それら
 が繋がり、脳の電磁波がより強力になっていく。
・著書は作家の「脳のかけら」。読者は、そのカケラを自分の脳につなげる
 ことが出来る。 ≫

▼ 50数年にわたり、一日、2〜3時間は読書をつづけてきた。その割には大した
 実績を上げることが出来なかったが、それも内面的は大きん収穫を得てきた
充実感はある。自分の信念と、直感と、それを自動的に論理構成出来るベース
は出来たが? TVで訳の分からないコメントを瞬時に判別可能になっていると
思ってきたが、それも現在は思いこみでしかなかったのでは?と足元がぐらつき、
孤独感が強くなる。 ここで、人間たるゆえんの3つの触媒が、『読書』『遊び』
『芸術』という。 そこから生まれる『感動』『至高体験』『永遠との邂逅』。
同じ人生、可能な限り豊かな経験を引寄せて、充実させたいもの。 もう充分? 
いや、まだまだ! 内的余白は真っ白。 今までの経験、知識は、染み、汚れ!
  
・・・・・・
5808,閑話小題 〜毎日が面白い! (後編)
2017年02月08日(水)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(後編)
 6年前に始めたが、何故か数度で止めてしまった。そして翌年、まず5回、
そして10回と意を決して再挑戦をして現在に至っている。平日・昼間コースの
ヨガの枠が5回ある。当初の週二の枠が、5回に増えたが、参加者も8割だったのが、
現在は、50人の定員が殆ぼ満タン状態。火・水は事前に予約チップを数時間前に
取りに行かなければならない。ヨガは、60〜90分で、1200〜1500円。
45分のため、700〜800円とすると、私の場合、月に18回として、12000円になる。
 慣れるほど、自分以外の人たちが気にならなくなる。5年になるので、
600〜700回は参加したことになる。ヨガは、心にも毒が溜まるのが自覚できる。
それを一刻の間に、少しでも吐出すことが出来る。最近、5年前とは体質が変化
した感がする。老いるとは、長年の心の毒が一人歩きをし、そのまま生老病死
の4苦として重く圧し掛かる。
 ポーズで、例えば『ガス抜きのポーズ』がある。仰向けになって曲げた両足
を両手で抱えるポーズとか。『ゴキブリのポーズ』で、仰向けで両手両足を
ゴキブリにように、ばたつかせるポーズとか。『立木(リツギ)のポース』で、
立ち木のように両手を頭の上に合わせて、ギリギリ上に伸ばすポーズとか、
顔をしかめたり、縦に伸ばしたり。犬や猫が背中を伸ばしたりするポーズが、
結構、面白い。これらを50人のポーズを一番後方から見ると、それは壮観。
――
2013/05/25
早朝座禅 
        「早朝座禅ー 凛とした生活のすすめ」山折哲雄著
  * 座禅とヨガの呼吸法
 雲頓庵で座禅を組んだのは六日町にある雲頓庵と、金沢時代の新人研修での
永平寺。近くでは悠久山の曹洞宗・堅正寺で、禅室で独り座禅を組んだことも
あった。そうこう考えると、延べ30回は座禅を組んでいた。禅僧からみれば
ド素人の野狐禅だが、青年期の私には新鮮で面白い経験であった。今から考える
と、自ら‘ひとり’の状態に追い込んで、心の整理を自然に任せ整理をしていた
ことになる。 進路が定まらない20歳代、迷いと混乱の中、禅寺心をゼロにし
行き先を考えていた。雲頓庵では新井石龍禅師から直接、姿勢の正し方、呼吸
の仕方、心のあり方を指導してもらったが、教えられるのはカタチだけ、
禅定に近づくには、只管、座禅を組しかない。 
 このところスポーツジムのヨガ教室で、瞑想のための呼吸法を教えているが。 
基本は鼻から1、2、3と10秒数えて吸い、5秒間止め、10秒かけて吐き出す。
そして5秒止め… を繰り返す。 実際にやれば分かるが、この息が続かない。
これに対し著者の丹田呼吸法は、2秒で吸い、4秒かけ吐き、2秒間息を止める。
それを繰り返す。
  ーネット検索の「座禅の呼吸法」ではー
【 息を吸うことよりも、吐くことに主眼を置いて下さい。上記の気海丹田まで、
 体の中の空気を全部吐きだす感じで、吐ききってください。吐ききれば、自然に
吸えます。数息観というのは、呼吸を整えていくための方法で、一〜十まで数える。
 ヒト〜で静かに長く深き吐き、ツで吸います。フタ〜で長く深く吐き、ツで
吸います。これを、何回も繰り返すのです。呼く息は、自分の気海丹田に吐き
かけるように、そして数えるのも気海丹田で数えるという観念でやることが大切。】
腹式呼吸で、吐きに意識を集中して長めに、そして少し息を止め、短めに吸い込み、
少し息を止め、吐きを長めに、を繰り返す。
  ー禅は腹式呼吸に対し、ヨガの呼吸法は腹式と胸式呼吸法のミックスー
【*腹式呼吸のやり方は、へそに意識を集中させ、鼻からゆっくり吸い込み、
 腹に空気を溜めて膨らませます。そして腹から空気を押しだすように、鼻から
 ゆっくりと息を吐いてお腹をへこませます。息を吐いた時は、お腹がぺたんこに
 なるようにします。呼吸のリズムは、3秒で息を吸って、6秒かけてゆっくりと吐く
 イメージ。胸式呼吸のやり方は、胸式呼吸とは肋骨を大きく広げて息を吸う呼吸法。
 ラジオ体操の深呼吸などが胸式呼吸になる。】
基本的には、座禅もヨガも同じだが、ヨガでは胸式呼吸を含むところが違う。
30年前からの早朝の散歩とミニサイクリングで、深呼吸は身にはついているが、
新鮮な空気は本当にうまい。新鮮な場所で、深呼吸をする習慣をすれば、
その必要もないが。
――
2013/05/16
ヨガと座禅の違い
 毎週二回、スポーツジムの「ヨガ」に参加して14ヶ月、百回は超えているが、
回数を重ねるたび、身体も、気持ちも解れていく。学生時代に野狐禅だが、六日町
の雲頓庵で持ち込んだ卒論の種本を読みながら、合間に広い禅室で独り座禅を
組んだことがあった。ただシーンとした中、「直ぐにでも止めようか」という気持
と戦いながらのたった独りの座禅は、永平寺での一瞬気持ちを緩めれば、禅僧に
叩かれる状況より辛い。誰もいないため、直ぐ止めたい誘惑との闘いになる。
 ヨガで仰向けになり全身を弛緩する「死者のポーズ」があるが、これは座禅の
禅定に似ている。飛行機内の座席で、耳栓をして姿勢を正し、次々出てくる思い
を泡のように流していると、何かのゾーンに入ってしまい、10時間以上の時間が
アッという間に過ぎてしまう。ヨガは、瞑想で心を解すのが目的で、禅は、その
状況から仏の悟りに近づくことにある。
ーヨガと座禅の違いをネットで調た中で、納得にいった3つをコピーしてみるー
《人は疲れたときに目をつぶる事がある。そこで何かを思い浮かべながら瞑想に
ふける。この繰返しがヨガという。 このヨガはもともと「軛(くびき)」という
ことで、牛に車を曳かせる腕木を指した。これが次第に神の力に人間を結びつける
ことを意味するようになり、その修行法として智慧、愛、行、瞑想が重視された。
一般にヨガと呼んでいるのは、このうちの瞑想による神人合一の方法である。
このヨガは紀元5世紀ごろには「ヨーガ・スートラ」を根本経典としたヨーガ派
が独立してさかえ、完全性をそなえたひとつの霊魂を最高神としてあがめた。
このヨガの修行法が仏教にも広く取り入れられてきた。それが坐禅につながる。》
《 ヨガと坐禅は、まず姿勢を正して、呼吸や五感(眼、耳、鼻、舌、身)を
 整え、誘惑をさけ、精神統一するのはどちらも同じ。ヨガは、これによって
初めて超自然的な力が得られ、対し禅は「禅定」に深くかかわり、静けさを求める。
禅とは(ジャーナ、禅那)という梵語の音写で、釈尊の悟りを追体験して
”身心脱落”し仏の境地になりきり坐禅をすること。禅は「無」を標誘し功徳や
利益を求めない。ひたすら足を組んで坐禅をすること。ヨガは神人合一して
身心の健康を増進させる。》
《ヨガは、インドに古くからあり、ウパニシャッドと言われる古代インドの哲学書
にも出てくるもので、瞑想や呼吸法、座法などによって心身を鍛える事で、心の
動きを抑制する方法として古くから用いられた。 後に、ヨーガ学派という哲学
集団によって、解脱への実践方法として体系化されていったと言われています。
そして仏教においても、このヨガは悟りへの実践方法として用いられ、釈尊も、
瞑想によって真理を悟ったと言われますし、「瑜伽行」という修行法として
確立されました。現代のヨガも、もともとはそのインド独特の修行法をアレンジ
したものですから、仏教の修行とヨガとは、出発点は同じであると言える。
違いと言えば、仏教における修行は、さとりを目指す為の方法であり、現代の
ヨガは、心身の健康維持のためのもの、という点でしょうか。座禅とヨガとの
関係についてですが、ヨガは、座法や呼吸法を盛り込んだ、精神統一の方法で
ありますし、「禅」といいますのは、「禅定」つまり精神統一をし、真理を観察
することであって、「座禅」は座法や呼吸法を用いた「禅定」一つの方法ですから、
根本的な部分で同じ要素を持つものと言える。》
▼ ヨガは座禅と出発点が同じ「座法」「呼吸」を盛り込んだ精神統一の方法
 に対し、座禅は精神統一を通して真理を観察するもので、少し意味合いが違う。
腰痛持ちの私にとって、週二回のヨガは腰痛緩和の自己マッサージ治療。
私の腰痛は完治はないが、仲良くするのは可能。その方法がヨガの中に多くある。
手軽なベストの場が見つかったもの。たまたまー「早朝座禅」山折哲雄著ーを
見つけ読んでいるが、数日前から、30分早く起き、早朝座禅を取り始めたが、
これが良い。4時から7時までは、正にゴールデンタイム。
60年以上溜まった毒出し、矯正の時間でもある。


6903,閑話小題 〜人生花尽くし

2020年02月07日(金)

   * 人生花尽くし

 元旦に帰省してきた息子2人と家内を含めた恒例の新年会を
駅裏の居酒屋で飲む。 そこのコースターにあったのが、これ! 
 読返すほどに味が出てくる
 
 〜「人生花づくし」〜

 親の教えは  きくのはな  
悪に染まれば  くずのはな
 人の悪くち  くちなしで  
愚痴とまやかし なしのはな
 頭は垂れて  ふじのはな  
笑顔あかるく  ひまわりで
 愛をはぐくむ  ばらのはな  
心清らか    しらゆりで
 香りも高き  うめのはな  
迷いの綱は   きりしまで
 罪と障りは  けしのはな  
失意の胸は   なでしこで
 世は移ろいて あじさいの  
翳り背負いて  ゆうすげで
 月日は早く  たちばなで  
年もつもれば  こけのはな
 恍惚きざせば ぼけのはな  
露よりもろき  あさがおで
 行者の照明  つげのはな  
散り際さやか  さくらばな
 先は浄土の  はすのはな

こんな「花づくし」の人生を送れると、いいが!

 ―
▼ 目出度し目出度し(愛でたし)だが、これでは世人そのものの、
 面白くない人生をおくる羽目に。  そこで…
「人生、生きもの尽くし」を思いたったが、即興で思いつく能もなし。
イメージは、以前、テーマにした、林に住む、昆虫と、モグラ、コウモリ、
鳥と、近くの海と川に住む魚。それぞれの生物にも種類がある。時間を
かければ面白いのだろうが… 「世人 迷いづくし」の私めには無理。
そこで、組合せを変えてみると、なかなかの捻りになる。

親の教えは  呆けの花
人の悪くち  くずのはな
恍惚きざせば はすのはな
年もつもれば くちなしで
露よりもろき さくらばな
頭は垂れて  こけのはな

・・・・・・
6538,閑話小題 〜映画評『マスカレードホテル』
2019年02月07日(木)
   * ホテル業の影の部分
 「喉元過ぎれば熱さ忘れる」じゃないが、『新潟駅前の暴力団事務所が二つ
ある中で、4棟を30年間も、よくぞ経営してきた』と…。 昨日も、地元で
暴力団が「メカジメ料」を要求して逮捕された。 脅し、自殺、窃盗、ヤクザ
の恐喝など、現在から考えても怖いもの知らずで、解っていたら出来なかったが、
知らぬが仏も、必要なことは人生と同じ!チンピラ、ヤクザ、渡りの売春婦など、
得体のしれない顧客が常時7〜8人は常住していた。そして、警察が常時、
彼らの動きを探っていた。何かあったら、寸時に、交番、警察に電話する規定
にしていた。それに暴対法で恐喝すれすれの行為を封じてしまった。
執行以来、彼らのエネルギーが激減した。植木鉢リースなど一度、妥協すると、
それが最低の利権、楔になって、業者の入替えは無理になる。 世の中には、
悪党という特別な人種が存在する。流動の激しい主要都市の駅前が隠れ蓑になる。
際どい人は、その日の宿泊費と食費を払うのが精一杯。
・夕暮れ時に出かけて朝に帰ってくる。
・映画もどきに、刑事に踏み込まれる直前に察知して逃げ去ったり、
・ロシア人が、ロビーに椅子をバリケードにして、たて籠ったり。
・訳ありの幼児?を抱えて、一週間分の宿泊代を前払いをして隠れるように
 ロビーに住む母子。
・赤いポロシャツのチンピラ風の男が、素人娘を騙し?売春や、ピンクサロン
 で稼いで… など、得体の知らない、それぞれの人生が垣間見れる。
兎にも角にも金が無いのが人生を狂わせる。『金が無い』という目安の金は、
「4万円」。 それを最後の拠りどころに、日々を過ごす人が… 
金も尽きて、駅前でホームレスなっている姿も。 誰も知らない遠くの街で、
独り茫然とすれば、それは死にたくなるのは当然のこと。その点、この高級
ホテルとは客層が違うが… 本質は何ら変わりはない。 
 ―
   ☆ 『マスカレードホテル』の解説
≪ 東野圭吾のベストセラー小説「マスカレード」シリーズの第1作
「マスカレード・ホテル」を映画化し、木村拓哉が初の刑事役に挑んだミステリー
ドラマ。都内で3件の殺人事件が発生した。現場にはいずれも不可解な数字の羅列が
残されていたことから、連続殺人事件として捜査が開始される。警視庁捜査一課の
エリート刑事・新田浩介は、その数字が次の犯行場所を予告していること、そして
ホテル・コルテシア東京が4件目の犯行場所になることを突き止める。犯人を見つ
けるためホテルのフロントクラークに成りすまして潜入捜査に乗り出した新田は、
教育係である優秀なフロントクラーク・山岸尚美と衝突を繰り返しながら、
事件の真相に近づいていく。ヒロインとなるホテルマンの尚美役に長澤まさみ。
「HERO」シリーズの鈴木雅之がメガホンをとる。≫    評価:85点

▼ 国内の宿泊は、ほぼ駅前のビジネスホテル。物音さえ気にしなければ、
 拘りは全くない。 格安の「秘・異郷のパックツアーハンター」を自認して
いるが、何故か8割のツアーの最終日には高級ホテルが組まれている。空けておく
より、日本人客はマナーが良いためか格安で販売する。良いものは良いが、
家内は、それが自尊心を刺激するようで… バイキングの料理を、底なしに…
40回も家内と同伴を重ねると、ホテルの朝食が日常生活のような錯覚になる。
非日常に、家内との日常が、何とも奇妙な感覚になる。それも欧州の主要都市の
高級ホテルでは… この積み重ねが、日常の粗食?に、何の抵抗感が無くなる
から不思議といえば不思議。それが日常生活にも及んでくるから、不思議。
アフリカの土人の酋長の一族が、こぞってブランド品を身につけても、漫画的
風貌でしかない。あれは、国際都市のホテルや、街角でヒケラカスもの。
貧乏人が憧れるなら、一品をさり気無く身につければよいものを… 
品性が身に付いてないのが… 漫画の世界になってしまう。サザエさんに
ブランドでは、顔とスタリルが、ミスマッチになるのと同じ。これだけは、
『馬子にも衣裳』とは違う。で、この商売を30年。そして、トリップを求めた
秘・異郷ツアー、そしてブログを18年も書き続けて、そのまま、公開するのだ
から、それは露悪。それが「売り」?でも、ドッチが? 大同小異? 同じ?

・・・・・・
5807,閑話小題 〜毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
2017年02月07日(火)
  * 毎日が面白い! ―まずは、ヨガ(前編)
 5年前から本気?で始めたヨガが日常生活に定着している。
ヨガというと、修行という感があるが、これはジム内のエアロヨガ。
慣れてしまえしめたもの。私にとって、これは集団のセルフマッサージ。
 年金生活に入り、娑婆とは間を置いた現実離れをした浮世を漂う日々。
ヨガについて何度か書いていたので、HP内検索をすると、次々と出てくる。
(下記の他に、「初心者のためのヨガ」の著書の読書日記があるが、字数
制限のため除外した) 毎日書き続けているとネタ切れで、身近な日常を書く
しかない。ヨガの切口で日常を垣間見ると、書くことの妙義の一端がみえてくる。
何事も継続、継続は力でもある。未来が残されてない感が強くなったこの頃、
どうしても過去に目がゆく。そこには、様々な行蔵があるが、封印したままの
マイナーな事が沈殿している。それがフラッシュとして、思い出されてくる。
無念無想というが、その心境になるのは所詮無理。
 ヨガは瞑想が目的。その上位目的が脳をクリアーにすること。歪んだ過去から
のフラッシュに捉われない心の管理が必要となる。脳をクリアーにするのは
何のためか? 万人、それぞれ違う。私は、「地球上に生まれ、80年の命を
与えられたからには、その広さと、深さを知り、体感すること。」である。
で、今でも毎日、読書やネットやツアーを駆使して、少しでも自分の世界を
広めている。最近、アンドロイドTVが加わった。どの道、直ぐに死ぬ運命。
それに味わいを加えたい。両親の老後に一緒に住んで学んだのが、これ!
・・・・・・
2016/10/03
瞑想とは 〜1
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・・
2016/09/10
閑話小題 〜SJの現場で!ー
   * 週、5回のヨガにチャレンジ
 先々週は週に5回、先週は4回、続けて参加したが土曜日の5回目の予約チップ
を2時間半前に取りに行ったところ、既になく、目標達成はならずなかった。。
今週は、4回続けてきたが、今日は如何に?と思いきや、先週同様、昨日から
腰痛が出ている。 過ぎたるは及ばざるがごとくで、週4で十分が実感。
 先日、ヨガの待合の行列の前の同世代の人に、知りあいが声をかけてきた。
『週に5回、出席しているが、欠かさず参加して何が良くなったか、今のところ
分からない』と。私の実感と同じような疑問。先週の土曜には、少し、腰痛気味
だったため、予約チップが無かったのが良かったと思っていた。
そこで、行列の間、同じ状況の私が答えは何だろう?と、暇にまかせて考えた。
『効果云々は、その人によるが、週5回は、毎日になる。好きで、調子が良く
なければ、出来ないこと。思うに、<大好きになるため>ではないか。
大好きになれば、参加する理由はなくなる。理由は<好きだから>になる。』
 大好きとしても、週5がキツイなら、週4に減らせばよい。週3回、予約チップ
を取りに行くのもキツイなら、それだけ好きになれないとことになる。
 連日、続けることが出来るのは、集団でこそ可能。意思薄弱な私に、独りは
どだい無理。 蓄群と、群れる人たちの弱点を突きながら、自分は、群れヨガに
参加している。何をか言わんやである。 添乗員の付く、ツアーに参加して
世界の僻地に行けないのに、こと日常生活で、群れたがる人たちを冷ややかな
目線で見ている私が、ここにいる。 「集団セルフマッサージ」として費用
効果としては、最善だが。腰痛からして、今日は止めにする。 お暇なことで!
・・・・・・
2016/09/04
閑話小題 〜SJの現場で!
  * チャレンジ5! 二回目の最終日に
・週に3〜4回だったSJでのヨガ・エアロ、試みに二週前から週に5回に挑戦、
SJに行く日は欠かさず参加、昨日で二週間連続10回目になる予定だった。
 「昼間の割引コース」の枠内5日間で、月、火、木、土曜日が一回、水曜日
は12時半と15時の二回のプログラムが組まれている。週5回は少々キツイが、
SJの5年半の運動効果と、ヨガの4年半の鍛錬効果で、足腰の重さが半減から
三分の一に減っている。他にも、4ヶ月前から飲みはじめたサプリ効果もある。 
先週、5日続けた効果で足腰がより軽くなった為、今週も、「チャレンジ5!」
の標語を内語で呟き、続けてきたが、一昨日のシネマをみた後、腰が変に痛く
なってきた。で、昨日は迷ったが、とにかく、10日目、あと一日続けることに
した。 その土曜日は、平日コースと、土日・祭日コースが重なるため、人気
のヨガは、午前中に予約チップを取っておかないと満席になる。経験則で、
11時過ぎに、取りにいったところ、既に満席である。顔見知りが、その場に
いて、「11時前にきたが既になかった。二時間半前にきて満席とは、ちょっと
ね〜」と愚痴。で、「チャレンジ5」の二週連続は最終日で未達成になった。
・・・・・・
2016/03/26
人生で最も大切な技術 ー34 瞑想の実践        
        『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 瞑想の実践 ー
 スポーツジムのヨガに参加して、まる4年になる。ヨガは瞑想の合間にする、
足腰の鍛錬や呼吸法で、その目的は瞑想。当初の二年間は週2回、後半の2年間
は週4回、所要時間は45分。その最後の5分の「死者のポーズ」。大の字になり、
全身の力を抜いて、宇宙と一体化したイメージで横たわる。
 自宅で横になった半睡眠の状態との違いは、瞑想は、それらの一環で、
集団の一人として参加すること。夜半寝ている時に、この状況を頭に描くと、
似た感覚に簡単になれる。 ヨガは、生気を溢れさせてくれる。 
≪ * 瞑想を始めてみよう!
 自分を取り巻く環境がどうであれ、生気溢れた状態にさせる可能性は誰の
心の中にも必ず存在する。それは、愛情豊かな親切心、思いやり、心の平安
を体得する可能性のことで、あらゆる人の心に秘められたものである。
天然に転がる金塊と同じで、掘り当てられ、磨かれ、現実のものにされない
限り、価値が高まらない。こうした可能性を引き出し、強化育成することに
より、精神的な健全状態が一段と定着化するだろう。可能性を放りっぱなしに
していても強まることは期待できない。それは一種の技術とし習得しなければ
ならない。手始めとして、自分の心に習熟することから始めること。それこそ
が瞑想修行の第一歩なのである。まず、バランスのとれた無理のない姿勢で
静かに座ろう。座布団の上で足を交差させた蓮華座が無理なら、椅子に座って
も構わない。どちらの場合も、常に緊張のない程度に自然に背筋を伸ばした
姿勢をとることが大切である。手は膝または腿の上に置き、目は自然に前方に
置き、呼吸は自然にまかせる。心の中に、思考が浮かんでは消えるのを見つめ
ていよう。最初は、思考が消えるどころか、滝のように心の中に乱入してくる
かもしれない。その場合は、思考を停止させたり、逆に、焚きつけたりせずに、
浮かんでは消えていく様子をただ眺めているだけでいい。作業の終わりには、
次第に静寂になった心によってもたらされる温かみと喜びをしばらく味おう。≫
▼ 学生時代に座禅を知り、野狐禅としても、静かに座り、心の底から湧出る
 雑念を見つめる、もう一人の自分の影を見ていた。それが魂なのか、自分を
見つめる第二、第三の自分なのか? それは、誰も持っているはずだが・・ 
フッと思いたち、般若心経を呟いて没我の状態を瞑想と、どこが違うのか?


6901、読書日記〜『自由への旅』−4 +6902,閑話小題〜パンデミック −4

2020年02月06日(木)

2020年02月05日
6902、読書日記 −4
          <自由への旅「マインドフルネス瞑想」実践講義>
   * 第3章 ウィパッサナー瞑想への道
 般若心経の「色即是空 空即是色」を直感することが瞑想である。その為には
ひたすら唱えるしかない。唱えて、唱えて、唱えて、その唱えている自分を忘れる
程に唱えるしかない。だから暗記をし、隙間時間を埋めが有効になる。 以前、
NM式発想法の中山正和氏の「運のツケカタ」という講演を聞いたことがある。
<『般若心経』を暗記し、ことあるごとに唱えなさい。判断に迷った時に、
 一度、無に立ち戻って純心に現象を見つめることに繋がるからです!> 
なる程と合点がいき、直に暗記をしたが…  
  〜Amazonの内容説明より〜
<仏教瞑想への関心が高まっている。しかも、それが宗教的文脈でというより、
 セラピーやビジネスといった世俗的な文脈での臨床的応用という観点から論じ
られている。そのキーワードになっているのが「マインドフルネス(気づきを
保っておくこと)」である。
仏教に淵源を持つマインドフルネスが多くの人々に受け入れられ、日常生活の
中で活かされようとしていることは、非常に望ましいことだ。しかし、それが
あまりにも手軽な対症療法的メソッドとしてのみ理解されると、仏教瞑想が
本来持っている深く豊かな内容がごっそりと見落とされてしまいかねない。
仏教瞑想は涅槃という本当の自由を目指す長い旅である。
 マインドフルネスが注目されている昨今、まことにタイムリーなことに、
そのような長い旅を始めるにあたって最適のガイドブックが登場した。
ミャンマーのテーラワーダ仏教指導者ウ・ジョーティカ師の、この
『自由への旅―「マインドフルネス瞑想」実践講義―』である。>
 ―
   〜Amazonの投稿より〜
<「物質的プロセス(ルーパ)と精神的プロセス(ナーマ)が動いているので
あって『私』という存在者が動いているのではない」という第一の洞察
(名色分離智)から始まって、最終的には精神的・物質的プロセスの停止、
つまり涅槃へと至る「自由への旅」の道行きが懇切丁寧にしかもわかりやすく、
仏教の深い伝統的英知に裏付けられながら、解説されている。
 肝心の前提を取り外すといくら熱心に実践しても「われわれは経験は手に
入れたがその意味を取り逃がした」(T・S・エリオット『四つの四重奏』)と
いうことになってしまう。この部分は、瞑想に取組む者がしばしば陥りがちな
誤りからわれわれを守ってくれる。 特に興味深かったのは心を留めておく
のはパンニャッティ(概念)ではなくパラマッタ(真実)でなければならない
という重要な指摘。瞑想行にはそのような厳密性が要求されるのである。>
 ―
▼ ツアーの行き帰りの、特に帰りの機内席で、強行軍のスケジュールから
 解放され、秘異郷の感動体験に浸る時間帯の感覚が… これである。
<正しく恐れよ!>が、一連の新型コロナ騒ぎのキーワードになっている。
これを瞑想にして捩ると…  <正しくドロップしろ!> になる。
『涅槃』が、これ? 亡くなった同期の性格の共通点が、ドロップ出来ない
男たち。現実に溺れて、その泥をタップリ飲みこみ… それさえ気づかず
生臭い彼方の消えていく。それで良いんじゃないかとはいうが… 仕方ない。 
 …ドロップですか、ドロップ。いずれにしろ、『死』というドロップが
涅槃?と共に足元に控えている。

・・・・・・
2020年02月06日
閑話小題 〜パンデミック −4
   * カミュの「ペスト」
         : 不条理が集団(都市)を襲った物語
 パンデミックの恐ろしさは、伝染過程で変化すること。その対応に何れの
国も対応が遅れ、伝染を爆発的に拡大する恐れがあることだ。グローバル化
の逆効果である。ネット検索をすると、カミュの小説『ペスト』についての
解説があった。

≪ ◉ 筆者は、新型コロナウイルスの感染拡大の様を見ていると、
 アルベール・カミュが書いた小説『ペスト』を思い出す。奇しくも出版は
筆者の誕生の年の1947年だ。
カミュは、中世ヨーロッパで人口の3割以上が死亡したペストを、不条理が人間
を襲う代表例と考え「ペスト」で、不条理が集団(都市)を襲う様子を描いた。
 物語(フィクション)は、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市を
ペストが襲うという設定だ。ペストが蔓延する中、人々が何もコントロール
できない無慈悲な運命を非情な語り口で描いている。
◉ 新型コロナウイルスが発生し、感染が拡大している武漢市あるいは中国全土は
「ペスト」の舞台となったのオラン市(面積は64平方キロで2006年時点の人口は
68万人)とは面積・人口とも比べ物にならないが、相似性はある。
■ 新型コロナウイルスの感染拡大が継続
 2月2日現在、感染拡大が継続。中国本土での患者は1万4300人を超え、死者は
304人に達した。なお、香港大の研究チームは、武漢市の感染者が最大7万5800人
に上っている可能性があるとの推計値を1月31日付の英医学誌ランセットに発表。
余談になるが、北朝鮮の金正恩氏はこの事態に臨み、習近平国家主席にお見舞い
の書簡を送り「苦痛分かち合い、助けたい」と述べたという。それを見た習近平氏
は金正恩氏が置かれた苦境を察知し、苦笑しているに違いない。 ≫
 ―
▼ 横丁長屋の≪御隠居、八ちゃん、寅さん、熊さん問答方式で…
 熊: 何やら突然、湧いた恐ろしい大事件じゃないですか!
大家: 御前でも心配になるほど、背景が広く深いからね。まだパンデミック
   宣言が出てないが、時間の問題。中国人は国民性からして、好い加減!
八: あと3ヶ月後が、如何なっているか、誰も知るところではないね。
   ホテルでも営業していた分には…  問い合わせに、
  <中国人が泊まってますか?>になるが、棟が分れているから「大丈夫」。   
 寅: タブーのようだが、東京オリンピック開催の問題も出てくるだろうし。
大家: IOCの決断次第で中止と決まったら、何も抵抗できないしね。
  そりゃ世界中から人びとが集まってくるから… そこでウィルステロでも
  やられたら、と誰も考えるからね。
八: 穿った見方をすると、中国にとって、香港の暴動、台湾では親米派の
  総統の大勝利。アメリカ大統領は弾劾裁判から目を叛けさせてくれて…
  阿部首相は、桜見の会の汚職疑惑もアヤフヤになってしまい。
  医薬業界は特需デ、良いコトづくめ。
大家: こういう有事には、権力の集中の必要性が必要だからね。とすると…
  まあ、下衆の勘繰りになるから、ここで止めておいた方がいい。
 熊: イラン問題も、北朝鮮問題もあるし… 
八: 株価と為替相場が、目先、比較的に安定しているが、これも突然、
  どうなるか、神のみぞ知る!ですか。
 
・・・・・・
6537,閑話小題 〜世界は知らないことばかり…
2019年02月06日(水)
   * 山椒魚の生態から見えたこと
 ★ アマゾンの人が入ってない地区の動物の生態研究が生々しい
 そのレポートの一つの『山椒魚』の生存実態の内容に驚かされた。
雨季だけの湖のような水溜りの中で、山椒魚が小魚を襲って食べていた。
ところが水が減少すると共に小魚がいなくなり、仲間同士の共喰いが始まる。
そして、最後に一匹だけ大きな山椒魚が残った。そこでエラが退化をして、
肺機能が出来上がり、陸に上がって生延びる。 動物の起源は海にあり、
それらが陸上に進出してきた、そのままを一匹で体現した山椒魚には驚き… 
 象の先祖はクジラと言われる。これは、海上で肺機能をつくり上げた上で
陸上に進出し、象に進化したもの。その原型が、この山椒魚。エラから肺呼吸
を進化させて上陸したのが一般的。ガラパゴス諸島の海イグアナのように、
戻ってきて海藻を餌にするのもいる。 世界は広くて深い。
 人間様の小池(半径500m)だけが世界ではない。スーダラ節じゃないが、
<解っちゃいるけど縛られる?>  淡水や海水を飲み分けられれば、海辺の
岩場に閉じ籠って生きるのも案外、良い? 多かれ少なかれ、人間の触媒は
限られている。
 ★ この年齢になってみて、好奇心、知識欲の減退が全くないだけでなく、
 無尽蔵に増えていることに驚いている。リタイアで、空の領域が広がったため? 
それより、世界に対する‘視野狭窄’が現実ですか。まだ、このブログ習慣と、
 老年であと先が少なくなったため? 新鮮な知識が流れ込んでくるようで、
とにかく毎日が面白い! 「今の内!」感が現実のためだろうか。 いや、
50歳代に入って20数年、ズ〜ッとそうだ。 …今さらか。
丁度、個人HP、ブログ開設の準備とネットを始めた頃。 現実社会を水中に、
ネット社会を陸地に例えると、ネット世界の肺機能が出来上がり、陸地に
這い上がってきたことになる。ところで、この山椒魚のようなタクマシイのが
人間社会にもいる?。いや、人生とは、こんなもの? 全てを食べ尽し、独り
陸地生存用の肺の機能をつくり陸地に旅立っていくのが。誰の中にも、いや、
全ての生物の中に、生存競争の結果、環境の変化に対する原始的適応能力の
遺伝子がある筈。そのためには、極限に自らを晒さないと! 極限にこそ、
生きる術が、こみ上げてくる。野良猫と、山椒魚の共通点は、遺伝子レベル
の生命生存の能力。 …底の浅い人には理解不能? そりゃ、無理無理!
 ★ 『予定挫折』って言葉と、経験。 これを自らに課すのが、キャリア。
 官僚は、それぞれの省庁のノウハウで、これを計画的に行う。
創業者は、計画的自己配転で、転業で、身につける。そのため、少しパーの
要素を必要とする。 これを知識で体得できるのが地頭。イチロウ、大谷の
ような論理構築の出来るのが、叩き上げの高卒超一流選手。プロ野球から
メジャーリーグへの変身が、上陸に。その為には、二代、三代の親がかりの
必要悪が… 最後は親を食い潰して、一匹、上陸していく物語が必要となる。
出来なかったのが自分で、この様。 誰もが通る挫折への一本道。それが
結果としてベストとなるから、皮肉なもの。それが、人生でもある。
この山椒魚から自然の持つ多くの摂理を学ぶことになった。
世界は、全てが繋がっている。
 
・・・・・・
6173,閑話小題 〜映画観賞 ー『スリービルボード』
2018年02月06日(火)
   * シネマ『スリービリボード』
 前回みた邦画が面白かったが、今回はハリウッド映画。
何処にもありそうな東部の田舎町の、化粧気のない普通の中年のオバさん
がヒロインの物語が奇抜で良い。西部劇のガンマンのごとく、怒りをエネルギー
にして、立向かっていく姿に引込まれていく。フィクションなればこその物語。
  〜HPの紹介から
<米ミズーリ州の片田舎の町で、何者かに娘を殺された主婦のミルドレッドが、
犯人を逮捕できない警察に業を煮やし、解決しない事件への抗議のために町
はずれに巨大な広告看板を設置する。 それを快く思わない警察や住民と
ミルドレッドの間には埋まらない溝が生まれ、いさかいが絶えなくなる。
そして事態は思わぬ方向へと転がっていく。娘のために孤独に奮闘する母親
ミルドレッドをフランシス・マクドーマンドが熱演し、ウッディ・ハレルソン、
サム・ロックウェルら演技派が共演。「セブン・サイコパス」「ヒットマンズ・
レクイエム」のマーティン・マクドナー監督がメガホンをとった。>
  〜評価・レビューより
≪ カールした髪を少しだけ後ろで束ねて、そこにバンダナを締め、ツナギで
武装した怒り心頭の母親、ミルドレッドが、ギターの爪弾きに乗って、レイプ
され、焼き殺された娘の敵を討ちに行く。さながら現代のミズーリにカウボーイ
がワープしてきたかのようではないか! ジョン・フォードと同じくアイルランド
に故郷を持つ監督&脚本のマーティン・マクドナーは、偉大な先人に敬意を表し、
西部劇の再構築を果敢に試みている。 しかし当然、ここでは善対悪の構図は
かつてのように単純ではなく、悪人に見えた人間には情状酌量の余地が大いに
あり、さも善人面して登場する人物が巨大悪の手先だったりする。そんな時代に、
ひたすらいがみ合い、傷つけ合うことなど無意味なのだ。互いに思いやりを持ち、
理解する努力を怠らないことこそ、人としての知恵ではないのか?想定外に次ぐ
想定外で観客をとことん混乱させる物語は、最後に心和む着地点を用意して、
そこはかとない余韻を残して幕を閉じる。その余韻はしばらく消えることはない。
オスカー云々に関係なく、今年まず観るべき1作だ。≫

≪激しい怒りや悲しみ、笑いといった様々な感情という糸が絡み合い、最後は
 スッと解ける映画。主人公のミルドレッド母ちゃん、娘が何者かによって
殺され、一向に解決しない警察に対して、警察への非難のメッセージが記された
広告看板を建てて、それに携わった人々の人生が変わってしまう物語。
 ミルドレッド母ちゃん、町の人々から尊敬されている警察署長、そして、
マザコンのクズ警官の主要三人のそれぞれの関係者があの広告看板によって、
人生がだんだん変わる様の描き方が非常に上手い。監督が天才過ぎ。 あと、
キャストそれぞれ良かったが、一番印象的なのが、ディクソン。マザコンで
クズ保安官でだが、最初はサイコ野郎と思っていたら中盤〜終盤辺りから
印象が変わる。逆にミルドレッドは、最初は同情してたが、彼女の怒り、暴言、
暴力といった行為がかなりエスカレートしていき、町の人々は同情が失せます。≫

▼ アウトサイダーの生き方を標榜している私と重なる部分があってか、過剰に
 同調して見ていた? 保守的な田舎町で、三枚の大看板に、抗議メッセージを
掲げて波紋を呼ぶ、それを物語にするアイデアは面白い。
【 熊さん: 何か八つぁんに似ているね。
 八つぁん: 私は、接触を最小にしているだけ。しかし、声高々に、ここで
      書いているけどね。ここまで書けば嫌われるのは分かっているよ。
 寅さん: いや解ってないんじゃないか。「良いこと3つ、悪いこと1つ」と、
      常に言ってるじゃないか。その三倍はあるよ。何を怖れているんだ。
八つぁん: 毎日、ない頭を絞って書いていると、どうしても本音が出るの。
      怖れるといえば、もう亡くなった一番上の姉夫婦が、地元豪族的
      肩書信仰の妄信を見ていて、反面教師になっているの。
大家さん: 可愛いもんじゃないですか。フリをしていれば済む話。
八つぁん: 今さら、フリもありゃしない。かなり変人と思われてしまったね。
熊さん:  そりゃ、酷い言われようだよ。少し外れても遠からじだよ。
寅さん:  俺など、面白くてさ。フーテンの寅が、知恵足らずの男に、
      「おい、相変わらずバカか」といった返事、「御母ちゃんが、バカに 
      バカというのが一番バカだよと言っていたよ!」の台詞を思いだすんだ。
八つぁん: 実は自分もさ。本当に奴らバカなのさ。そういう私が一番バカだね。 
      この随想日記が、この映画のビルボード代り? まあ、怒るは…。
大家さん: フウテンの寅の実家の叔父さんが、寅に、「本当に馬鹿だね!」
      と言うけど、「御前も本当にバカだね。」
八つぁん: 本当にバカだもの。熊、寅が小バカなら、俺は大バカさ。
      いや、バカ違うんねん、パーなんねん、ですか。
大家さん: とすると、さしずめワシはグウですか… 何かコンだね。
      グウはパーに勝てませんってね。 グウは、愚うだもの。  
寅さん:  大家さんまで、フザケチャいけません。 それは熊と俺の役割。
熊さん:  ツマラナイというよりクダラナイ。 で、テーマって何だっけ? 
八つぁん: 風変わりなハリウッドものシネマの評論よ。 評価は85点。 
      自ら進んで映画の世界に入り込むか観劇のコツになるが… 
大家さん: 毎週、よくも飽きずに通ってるけど、そんなに面白いの?
八つぁん: そりゃ面白いよ! 一時的に「あっちの世界」に飛ぶんだもの。
      シネマ館で見るのは違うよ。1100円も出すんだよ。2000円だと、
      月に一回になるけどね… 

・・・・・・
5440,人生で最も大切な技術 ー心の自由
2016年02月06日(土)
      『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 自由への大いなる飛躍
 ここで、エゴから開放されることが、心の自由という。御隠居生活は、
今さら、老いさき短いのに、エゴもなにもないだろうという諦観が、拘りから
自らを解放させる。森の生活から、サバンナの生活の移行が、「心の自由」を
実感させる。森は森で面白いが、サバンナにはサバンナの面白さがある。
 心を自由にするにエゴからの解放を勧める。遺伝子科学は、遺伝子の進化
の本質はエゴにあると解明したが、そこは知的生物?たる人間様。せめて
心の自由を、「私の・・」からの解放が必要である。 〜その辺りから〜
≪ 自由になる、ということは、自分の運命の支配者になることである。
 ただ、自由と聞くと、行為、動作、意見等の自由、自分が決めた目標達成
の機会を獲得する自由、等というふうにとかと解釈されがちである。
そのように自由を納得することは、自分の外側に自由を置いて、思考の横暴な
振る舞いを看過することになる。実際、西欧では、自分のしたいことをして、
衝動おもむの赴くままに行動するのが自由、という解釈が一般的である。
しかし、そうした考え方はおかおとししい。したい放題とは、心を混乱させる
思考の慰み者として、自分自身を決めるのも同然である。それは、山頂で吹き
まくる風によって、あらゆる方向にへし曲げられる草と同じ状態である。
「私にとって幸福は、したいことを誰にも一切ロを挟まれないですること」
とBBCのインタビューに答えていた英国の若い女性がいた。無秩序な自由の唯一
の目標は、欲望を即座に達成することである。だが、果たしてそれが幸福を
もたらすだろうか、という疑問が生じる。その疑問には十分な根拠がある。
 自然で自発的な行動は、精神的な混乱がない限り、長所となる。しかし、
心の中で渇望、嫉妬、傲慢、恨みなどの狂犬を荒れ狂うままにさせておくなら、
間もなく、心はそれらの狂犬に占拠される。一方、自由な心は、膨大で、
明確で、静寂な空間で、そこに痛みはなく平安だけが強化される。・・(略)
心の自由は、とりわけ、「私に」と「私の」という独裁者エゴからの解放で
ある。エゴは自分が嫌うあらゆるものと衝突し、自分が欲するあらゆるものを
自分のものにしようと必死になる。それ故、自由になることは、心を支配し、
曇らせる苦痛の絆を断ち切る作業と言える。それは、自分の人生を、習慣と
心の混乱によって作りだされる性癖や性質に明け渡す代わりに、自分の手中に
収めることである。水夫が船の舵柄を緩めて帆が風にはためくままにして、
潮の流れに漂わせている場面を想像すれば、それが自由な航行とは呼ばれずに
漂流した状態だとわかるだろう。自由な航行とは、舵をしっかり握って
自分の選んだ目的地に向けて航行することである。
 日常生活でこうした自由が体得できたなら、他者に対して心が開かれる上、
忍耐力が備わることになり、自分の選んだ人生の方向からまったく外れずに、
断固として突き進む覚悟ができるだろう。実際、方向感覚を持つことは
生きる上で不可欠である。ヒマラヤをトレッキングする際には、何日でも
何週間でも歩く覚悟をしなければならない。・・≫ 
▼ 英国の若い女性が言った、「「私にとって幸福は、したいことを誰にも
 一切ロを挟まれないで・・」の「したいこと」を、「幸福になるために」
に替えれば良いこと。そのために、少々自由を犠牲にしなければならない。




6900,閑話小題 〜ゲルクッション、その後

2020年02月04日(火)


   * 今回のYouTubeシリーズは
 何度も、YouTubeについて書いているが、ますます面白さが増している。
日曜日を挟んだ辺りに集中的に見ているが、様ざまな現場のトラブルが生なま
しく放映しているため、その非日常の多彩さと、迫力は刺激の少ない日常の身に
とって、新鮮で、刺激的で面白い。 昨夜と、一昨日のは、路上の違法駐車。
投書の苦情から、TV局が仕掛けた?もの。警察官を立合いに、陸軍関係の
事務所前の歩道上の違法駐車。警察対陸軍の対立の現場版になる。陸軍の男が、
撮影者を小突いたり、自動車をぶつける。それが生々しく撮影される。
他の場面では、学校通りの広い歩道を高級車が堂々と走るのを、学生を中心に
した数人の人たちが阻止をする。運転者の『自分たちは、特別の存在で、何を
してもよいという特権意識』が露わに出ている。そして、車をブツケテくるが、
それも撮影されているため、段々と弱気になり、次々と車線に戻っていく。
ロシアは、いまだに社会主義国の価値観が支配されたままなのが、画面から
リアルに感じとられる。取り締る警官が路上駐車をしており、平然としている。
倫理観、社会意識が、そのまま露呈している。…ツアーで世界中を見て周って
きたが、倫理観不足は、何れの国でも見受けられる。特にロシア、中国が酷い。
とはいえ、ここでいう倫理は欧米目線の言葉。
 ―
   * ゲルクッションの効果
 元旦にメモ日記用の「DIARY」を購入した折に、棚エンドで山積みしてあった
のがゲルクッション。その直後、非常に良いと、ここで書いていた。 
寒くて冷たい仏間の「書斎コーナー」の3〜4時間と、寝室でのTV視聴用の
ロッキング・チェアで合計6時間は座った生活をしているが 冬場の寒さで腰痛
には厳しい。そこで数日前に二枚目を購入し、重ねて使いだしたが、1枚とでは、
だいぶ違う。二枚を重ねることで、いかに椅子座りが腰に重圧かを再確認をして
いる。柔らかく弾力が増すため、自由に腰への重圧の位置を動かすことできる。
長時間の椅子座りは腰骨に大きな負担が分る。…低反発クッションからゲル
クッションに進化した!ということ。低反発が70点とすると、ゲルが85点! 
 ―
  * 〜パンデミック 〜3
 潜伏期間もあり、今週は一応、刺激的なニュースは抑えこみが効いているが、
それでも数字は連日、1・25倍の確率で増え続けている。そのピークが3カ月後
のゴールデンウィーク辺り?と専門家の御言葉! 公共意識が低い中国なるが故
にタチが悪い。死亡率が比較的に低いのが、その中でも好材料とはいえ、油断が
出来ない。

 ―――
3237, 白川義員
2010年02月04日(木)
*「われわれが住んでいる世界っていうのは、何億光年という悠久無限の
 宇宙の中にあって、たかが知れた粟粒ですよ。その粟粒が、鮮烈荘厳で
神秘に満ちて、こんなに素晴らしい粟粒ってことを知っている人間が、
この世界に何人いるだろうか、と思い始めたわけです。それならば、
このスゴイ風景を自分が撮影して、それを知らない全世界の人間に知らしめて
やったらどうだろうと。そしてこの粟粒が全人類を乗せた運命共同体で
1点の命と知ったら、人間いかに生きるべきか、生きる方向も限られ連帯感も
生まれるだろうと、そう考えた。それが私の写真のメッセージ」
*「要するにフィルムであろうと印刷であろうと、つまらない写真を一発で
  凄い写真にするウルトラCなどないということ。小手先の技術だけで
  凄い写真が出来るわけがない。」
*「世界は『使われなかった人生』であふれている」
*「ネパールの人にとっての山が信仰の対象になるのは当たり前。
  神々しいご来光が有るかと思えば地獄のような天候に日々出会うから
  祈るしかないのだ…… 」
*「神々しい山を見ると自分が清められ透明になって行きます。」
〜 白川義員はヒマラヤや南極など世界の大自然を撮りつけている写真家。
「世界の100名山」のDVDを持っているが、素晴らしい映像が次から
次へと映し出される。20数年前、ある雑誌で彼がプロとしての写真家になる
切っ掛けになったスイスの幻影的な光景の出会いの文章を読んだ。
天国とは、このことをいうのかと写真を撮るのを忘れ見とれていたという。
その場面が、言葉の中から浮かび出てくるようであった。 私が世界中の
秘境・異郷ツアーに行くのも、スゴイ景色との出会いをするからだ。
「こんな世界が地球にあったんだ、知らなかった!」という瞬間に百回以上は
出会っている。それは、別に海外の秘境まで行かなくても、日本の名山など
でも経験可能だろう。大自然は、我われを通して自分の姿を見る。 
その経験をしてきたから、何ごとがあっても、自分の中の不安が
最小に押しとどめてくれている。

・・・・・・
6535,閑話小題 〜『動的均衡』とは
2019年02月04日(月)
   * " 動的平衡 " とは…
 分子生物学者・福岡伸一の最後の講義『生命は機械ではない』の、
‘動的平衡’が面白い! 生きるということは「動的均衡」だもの。
< 排便は、人間の食べる食品の残りカスの排出と思いきや、その半分が、
新しいインプットの交代に排出するデトックス>という。たったこれだけの
ことすら知らなかった。食べる行為が「動的均衡」。神経質になり過ぎること
もないが、大事な基礎知識。自然と世界も、この肉体も入れ替わっている。
  〜その概要は…
《 生命体の中の細胞や分子は 流動的に常に 入れ替わり続けていて
 分子レベルでいうと「1年前の自分」と「現在の自分」は全くの別人であるが、
外見的にも 内面的にも同じ " 個体 " として保たれている。そのような生命体
のバランスを ハカセは " 動的平衡 " と考えた。
〔 あるタンパク質分子のメカニズムを研究していた時、そのタンパク質分子の
 役割と重要性を 確かめるために、そのタンパク質分子の元を取り除いて発生
させたマウスにどんな変化(=不都合)が起こるのかを莫大な研究費をかけて実験。
しかし 結果は…" 何も起こらなかった "
何を意味するかというと「生命体は 機械ではない。部品の一部が 損なわれても
生物は 動的平衡を保つことができる。ということは…私達の身体の中で何か
不都合が起こったとしてもなんとかなる。細胞や遺伝子が 協力しあって生命が
維持されるようにやりくりして 働き続けてくれる…と 》

▼ ネット検索でみると、要約として
< 絶え間なく動き、入れ替わりながらも全体として恒常性が保たれていること。
 人間の社会でいえば、会社組織とか学校とか、人が常に入れ替わっているのに
ブランドが保たれている、そういうものをイメージしてもらってもいい。
近代科学は、生物や自然もミクロな目で見れば、部品が集まって機械じかけに
なっていると読み解いてきた。そこで大きく見失ってきたのが、生物や自然は
時間の関数として常に動いていること。絶え間なくこちらと思えばまたあちらと
動きながらバランスをとっている。>とある。
 人生一般にもいえること。自然体で生きていれば、自ずから知恵が湧出てて
バランスを保ってくれる。考えてみれば、このブログの連載のためのテーマと
内容が「動的均衡」そのもの。その背景に、18年分の蓄積がある。 そして、
それらが繋がっている。その背後には掲載出来ず、消え去った内容もある。
不安に対して、経験則、『何とかなる、その時は、その時』がある。
『何とかならないのも経験の一つ』でしかなかった。この論を人生論の
『幸福』に当てはめてみる。私は、これまでも、現在も幸せであった。
<良くない良い>の比率が「1対6」辺り。一般的には2対1。「1対1」が妥当と
思いがちだが、人間は頭脳を持っていて、「動的均衡」が働き「2対1」に。
そこに、少し意識を集中すれば「3対1」幸福感を維持できる。その確固の為の
習慣で、何とか「1対6」にしている。これが「動的均衡」にすれば、より良い
日々を過ごすことが可能に。群れるも良し、孤独も良し。その人、それぞれ。
<「生きている」とは「動的均衡」によって「エントロピー増大の法則」
 と折り合いをつけているということ、らしい > の教授の言葉が、これを
続けている動機である。 もし続けてこなかったら、静的不均衡?に… 
いや、現在の私が、その穴に陥っている? いや、不均衡じゃないし、
内面は間違いなく流れ動いている! と、これまた、日々、是、口実ですか。

・・・・・・
6171,閑話小題 〜座禅は心の安楽死 ー4
2018年02月04日(日)         
        『坐禅は心の安楽死 〜ぼくの坐禅修行記』横尾忠則 (著)
   * あっちに行った者たち
< 悟りの境地とは、雪担さんは、悟った者のことを、あっちに行った者、
 という呼び方をするが、雪坦さんはまさに、このあっちに行った人である。… 
あっちの世界には観念が存在しないのだろう。あっちの世界は、こっちの世界と
何ひとつ変わっているわけではなく、このままであるという。雪坦さんのいう
現象界とあたり前の世界よりクリアーに知覚することが俗にいう悟りの世界と
呼んでいるものかもしれない。当たり前の世界は地球ができた時からずーっと
当り前で存在していているのだろう。われわれが生まれた時にはこのあたり前の
世界がちゃんと把握していたはずだ。それがいつの間にか、この感覚を忘れて
しまったようだ。>
< 現在から数えると17年ほど前に、ニューヨークで初めてドラッグを体験した。
 目の前のグラスを掴もうとして手を伸ばした。この時、不思議な感覚を僕を
捉えた。本来ならぼくの手がグラスに近づくにしたがってその距離が縮まって
いくはずが、この時は全くそんな風には考えられなかった。僕の手が、たとえ
グラスと1センチのところにあっても、グラスに手が触れない限り手とグラス
の間の距離は月と地球の距離に等しいということを感じた。つまり、1センチも
何十万キロも距離に関しては変わりないということだった。距離の長短を決めた
のは人間で、神の世界では距離など無いはずだ。それと同じように、時間も
もともとないのかも知れない。この経験を雪坦さんに話したところ、あっちの
世界に似ているという。ドラッグの世界と根本的に違うところは、一度その
世界を経験してしまうと、泳ぎのコツを覚えると同じように、常にその状態
にあるという。その状態はきっと、カスタネダのいう分離したリアリティであり、
われわれが存在と呼ぶところのものというのだろう。いってしまった世界が実は
すでにあり――いやもしかしたらわれわれさえ‘いって’しまっているのかも
しれない―― しかし、誰もそんな風に思わないから、どこかきっと素晴らしい
世界があると思って、観念の世界を駆け巡っているのである。観念の世界は
あくまで観念で、観念の中なんぞに真理などあるはずはない。

▼「悟ったことがあるか?」と問われれば、「ある筈がないだろう!」だが、
 それでは、「何かしら近い状態を思い浮かばないか?」と問われれば、
(「あとはオボロ―」の話は別として…) 至高体験なら数多くある。
主に大自然の景観に圧倒され魂を揺さぶられる瞬間の歓喜。 こっちから、
あっちの世界に同化した瞬間である。
 前の会社で、取引先の営業やトップを含めた宴会で、一、ニの三で、盛上り、
集団による至高体験宴会を100数十回は開いていた。 その面白かったこと、
この上ない思い出だ。 他を加えると、どうだろう? 数知れず。
それらが、沈殿した砂金のように数メートルもあるだろうか? 時々、
『私の人生に良いことは殆ど無かった』とか、
『自分の人生を生きてこなかった』などの愚痴を聞き耳を疑うことがある。
 過去に幾つかの創業と、それに伴うビルを立ち上げる度に、心の底で、
至高体験を経験してきた。事業を失っても、この悟りに近い行蔵は、魂の
作品として心底に残っている。上野界隈の美術館や、世界の主要都市の美術館
で、世界の御宝に魂を吸取られた瞬間も然り。
 何度か経験を重ねると、それらが磁石の働きをし、自ずと、対象の魂に吸い
寄せられていく。至高体験の度に磁気が増し、様ざまな出会いを生むことに。 
 秘境ツアーは、大自然の景観に手順を踏んで、当たるも八卦、当たらぬも
八卦と踏み込んで、「あっちら側の世界」を味わう感動的遊び。副作用はなし。
 坊様は座禅を、修行者は、ヨガを通して、「あっちに行く者」たち。
プロセスは違えど、大自然の景観から受ける感動を通した至高体験で、
「あっちにトリップ」する。 今では、4k・TVでも、その一部の経験可能?
副作用が少ないが、バーチャルはバーチャル、体感が無いのが玉に傷だが。
蓄積された至高体験の感覚が、画面の触媒からボコボコと湧き上がってくる
から不思議。 
ーー
 熊: 何だ最後は、また自慢かよ、ったく。それと、悟ったこともないのに、
    よく言うよ。バカじゃないか。
 寅: 愚痴るなよ。独りの世界に浸っているだけだよ。それも小さなね。
 八: 「至高体験」と「悟り」、直感的に酷似していると言いたかっただけ。
大家: 他人からみれば、熊の言う通りだよ。経験だけは本人の体感だから、
    本人じゃない人は理解は出来ないさ、誰も至高体験とやらを経験を
    しているから、言いたいことの少しは通っているよ。
 熊: 俺もあるよ。酒を飲んで、可愛い女房とイチャイチャしている時の
    「ああ、いいな〜!」と思う心持だろう。その膨らんだのだろう。
 寅: 週に一度、早朝にさ、独りで近くの川辺を散歩するが、草の匂いや、
    鳥の鳴き声や、河のセセラギを聞いて歩くと、嫌なことを忘れるよ。
    それと同じだろう。何か、こっちから、あっちに行っている感覚が
    好きなんだ。この習慣で大いに助かっているよ。
大家: 私は少し高尚で、読書を兼ねた魚釣りの時間さ。だから、憂さの
    溜まりようがない。自然に一体となった感覚が好きだよ。
 八: 私は、4月〜11月まで、自転車で、一時間のチャリダ―になってるの。
    もう8年になるけど。信濃川の大河と、近くの栖吉川の土手が、これ 
    また最高の環境よ。 クラシックやポップをiPodで音楽を聴いたり、
    無心になってね。
 熊: そうそう、最近、シリーズモノの夢をみるんだ。それが面白いの。
 寅: 俺たちの話は、この辺にして… 限がないもんね。

・・・・・・
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
   * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
 たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 

・・・・・・
5438,人生で最も大切な技術 ー押
2016年02月04日(木)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * 厄介な感情と、その治療法、        
 ネガティブな感情に対してのアプローチに、「解毒剤」「解放」「活用」
の三原則をあげる。問題を直視し、根本問題レベルに下がって解決しようと
するもの。私が取入れてきた問題に対する「正中心一点無」である。
何事もネガティブのまま放っておけば、ポジティブの感情まで歪む。
  〜以下の瞑想の解釈が分かりやすい。
≪ 瞑想は、退屈な日課を小休止して、木陰に静かに座ってリラックスする
 こととは違う。物事の新しい見方に慣れ親しみ、心に生じる思考を正しく
管理し、人々に対する見方と世の中での経験の仕方を体得する新たな道である。
 仏教は、以上を「習熟」するために、様々なアプローチを提供している。
とりわけ、「解毒剤」と「解放」と「活用」を三原則とする方法が最も主要と
なっている。「解毒剤」の方法とは、各種のネガティブな感情に対して
処方された特別の解毒剤で対応するというものである。
・一番目の「解毒剤」とは、生じてくる感情を即座に直視し、
それが自然に溶け去るままにする方法である。毒を中和させるやり方。
二番目の「活用」法とは、感情に自然に備わった力を、心の変革の触媒として
利用すること。どの手段を選ぶかは、使おうとする瞬間、状況、能力によって
決まる。これらの方法には、対立する厄介な感情の犠牲になるのを防止する
のに役立たせる、という共通の側面と目的がある。
・二番目の「解放、解脱」。この方法は、苦痛をもたらす感情に適した、
個々の解毒剤を処方することで、感情を抑えようとするのではなく、根本的
レベルに下がって、すべての心の苦しみを一つの解毒剤で退治するという方法。
心の自然の活動を抑え込むことは、不可能であると同時に望ましいことはない。
また、思考を遮断するのは無駄であると同時に不健康である。感情をつぶさに
調べれば、それがダイナミックに流れていて、それ自体には本来備わった
固有の実体がない、ということに気がつくだろう。こうした現象の非実在性
を仏教では「空性」という言葉で表現している。厄介な感情を正反対の感情
(例えば、怒りに対する忍耐)で相殺しないで、単純に感情そのものの性質を
熟考するだけにとどまった場合、何か起こる感情を解き放つ術。
・苦痛を伴う感情を無効化する三番目の「活用」の方法は、最も繊細で
神秘的、その上、罠に嵌りやすい。感情を熱心に調べると、楽譜のように、
無数の要素とハーモニーで成り立っているのがわかるだろう。例えば怒りは、
時に人を奮起させ、行動に導くし、障害を克服させる力ともなる。その上、
それ自体が有害とならずに、明快で焦点が合って、効率がよい側面もある。≫
▼ この4年間、前半は週二回、後半の二年間は週三回、ヨガに参加。
 そこはポジティブの空気が満ちており、ヨガマット内の独りの世界が良い。
ヨガは静かな運動と、深く長い呼吸が主の瞑想世界だが、浮世からの
トリップは、慣れるほど深くなる。やはり、般若心経は暗記した方がよい。


6899,閑話小題 〜人生の出口戦略

2020年02月03日(月)

   * 出口戦略
 ネットサーフィンで、<出口戦略(exit strategy)>の言葉が引っ掛った。
あと一年で、私も後期高齢者の仲間入り、同期の男たちの3割は鬼籍に入った。
それぞれの死に様があるが、彼らに人生の出口戦略が有ったか、否か。
  〜ネット検索によると〜
【 軍事用語で戦場から兵を引き揚げる際、人命や物資の損失を最小限に抑える
 ための撤退作戦。 ベトナム戦争時にアメリカ国防総省内で使用されたのが
この語の始まりとされている。転じて、金融緩和や財政支出によって景気が浮揚
したと判断し、金融引締め、財政支出削減に転換することをさす経済政策用語と
して頻繁に使用されている。市場に大きなショックを与えず、持続的な経済成長
へ導くよう軟着陸させることが優れた出口戦略であるとされ、誤ると景気は後退、
ふたたび金融緩和、財政支出拡大に舵(かじ)を取らざるを得なくなる。
2000年代の日本は出口戦略につまずくことが多く、そのことがデフレ経済の
長期化を招いたとされている… 】
 ―
▼ 出口戦略といえば、51歳で88歳の母親を見送ったあと、還暦までの9年間で
 30年分を前倒し、圧縮して生きる決めて、このブログを開設し、秘異郷旅行を
一段、ギアアップして生きたのが、私の『出口戦略』になっていた。還暦には、
独りで、心の中で『万歳』と叫んでいた。次は、事業清算になるが、きれい
サッパリ過ぎてフワフワした気分。これも出口戦略の一環? 太平洋戦争から
バブルと、その崩壊以降、何とか破綻に至らず、インフレ経済からの出口戦略で、
軟着陸出来そう? それともパンデミックで、オリンピックの中止で、日本経済
が大混乱…も無きにもあらず。 この一週間が見もの!
 
・・・・・・
6534閑話小論 〜映画評・『否定と肯定』
2019年02月03日(日)
   * ある映画批評
 映画といえば、昨日、録画をしていた映画『否定と肯定』が面白い。
<「ホローコースト」が元もと無かったと主張する学者が、それを批判をした
学者を訴えた裁判の物語。> 戦勝国とユダヤが、ホローコーストを
デッチあげと堂々と論陣をはる学者。日本の保守系?の政治評論家も、一時期、
同調?し非難を浴びていたが。ナチ肯定論学者の偏見?が、あまりに極論過ぎ… 
収容所の生残りの証人に対する罵倒も酷い。 腕の収容者ナンバーに対し、
「それで、どの位、稼いだ?」「収容所など、後で偽造したもの。勝者側の
でっち上げ」と論をたてる。裁判所前には、ネオナチ党のグループと、被害者
などの反ナチのグループが裁判関係者に罵声を投げかける。訴えられた弁護側は
ヒロインに、「相手にすれば同じ目線に引きずり降ろされる」と無言を要求する。
  〜Amazon 評論〜
【 ホロコーストの“真実"をめぐって、女性歴史学者はどう闘ったのか
 インタビュールームにリップシュタットが入ると一瞬で空気が明るくなった。
「通訳が間に入ると、私のユーモアがうまく発揮できないわ」と笑う歴史学者は、
17年前、世界中が注目する世紀の裁判に出廷した。 彼女は著書
『ホロコーストの真実』の中で、イギリス人歴史学者D・アーヴィングを
「ホロコースト否定論者であり、極右派である」と書き、名誉毀損で訴えられた。
裁判で勝つには、「ホロコーストは事実だ」と法廷で証明するしかない。
かくして、ポーランドでもドイツでもなく、イギリスにおいて「ナチスによる
大量虐殺はあったのか」を判断する裁判が行われることになる。
 その経緯を認(したた)めたのが本書『否定と肯定』である。ユダヤ人としての
出自、弁護士選びでの逡巡、狂騒するマスコミ、著名映画監督からの金銭的援助の
オファー、さらには法廷に立つアーヴィングが着たストライプのスーツ、ランチで
弁護士が食べたまずいサンドウィッチの話まで。記述はこれでもかというほど詳細だ。
「解説するのではなく、一連のすべてを書いて、読者に判断して欲しかった」
詳細な記述が臨場感をもたらし、情景が目に見えるようで、読物として面白い。
近年、ホロコースト否定に限らず、「歴史修正」や「オルタナティブファクト
(事実に対するもうひとつの事実)」を奉じる動きが世界中で見られるようになった。
「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方があります。
例えば、第二次世界大戦があったことは『事実』。そこで大量殺人は起きていない
というのがホロコースト否定論者の『意見』。個人的な意見を持つことは自由ですが、
事実と混同すると、それは『嘘』になるのです。昨今の歴史修正論者はカギ十字
付きの制服を着ません。あたかも羊の皮を着た狼のように。白人優越主義者は
おしゃれなプレッピー風ファッションで、『白人のアイデンティティを祝福させて
ください』などといいます。これを私はエスノナショナリズムだと思い、危険に
感じています。今後、白人優越主義者が行進するとき、彼らはわかりやすい旗など
振らないでしょう」
『否定と肯定』は執筆中からすでに映画化のオファーがあったが、いよいよ
現実のものとなった。リップシュタット役を演じたのはイギリス人実力派女優
レイチェル・ワイズ。 映画は、原作の詳細な記述が、よく生かされており、
非常にリアルな作品となった。
      評者:「週刊文春」編集部(週刊文春 2017.11.30 号掲載) 】
――
▼ ここで、<「物事を捉えるには『事実』『意見』そして『嘘』の3つの見方
 がある>と。世間話という御伽話の幻想の中で生きている人たちの問題点が、
『嘘』が、伝播の過程で下ぶれを起こすこと、尾ひれはひれが数知れずつく。
それが『事実』を変容され、『意見』に大きく左右する。『事実』と下系の
『意見』が一致して、『嘘』に比重が移動する傾向になる。フェイクが、恰も
『事実』と混同し、『真実』に変容していく。 500mの神様に取り込まれ、
一生を、その溝沼のヘドロに沈んでしまう。これは、別に地元だけでなく、世界
一般にいえること。「何も知らないということが、何をモタラスか理解できない。
人生の晩年に差掛り「知らなかった恐ろしさ」に愕然とする。何はともあれ、
読書をつづけて、自分の頭で判断する努力は、自分自身しか出来ない! 
ヘドロの沼のボウフラ。まず、その自覚が第一歩。 それってのは私のこと?
「人間も、人生も流体。固体ではない」というが、この激変の時代にあって。
時々刻々と、変化せざるを得ない。ヘドロ化とは、新たな潮流から取残された
半端な濃厚な部分。19年分の過去文を流し読みをすると、それが見えてくる。
恐ろしいかなである。『真理』『真実』『事実』『現実』『嘘』。何でしょう、
これらの言葉は? これらを銜えたハイエナ、いや古狐が、今日も走り回る!

・・・・・・
6170,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −3
2018年02月03日(土)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * フィルターバブルとは
<インターネットで、利用者が好ましいと思う情報ばかりが選択的に提示されて
しまう現象。サーチエンジンなどの学習機能によって、利用者の望む情報が優先
され、望まない情報から遠ざけられることにより、自身の作り出したフィルター
で泡(バブル)のように包まれて、思想的に社会から孤立するさまを表す。
米国の活動家イーライ=パリサーが自著で用いた造語。>
 Yahoo!で商品を検索すると、検索した商品と、関連商品が次々と表示される。
便利は便利だが、Yahoo!のブログにも同様なことが起きるため、閲覧する第三者
にまで知られることになる。これを購買戦略に個々に応召したのが‘パーソナライ
ゼーション’。 〜ネット辞書によると
<パーソナライゼーションとは、顧客が望む時間、場所、方法で直接顧客に訴え
かけるコンテンツとエクスペリエンスを提供するための戦略と戦術のこと。
消費者が購入プロセスの主導権を握るようになるにつれ、パーソナライゼーション
は成功への要件となりました。>

 40数年前に、11年ぶりに地元にUターンをしてきた時に直感したのが、この
「フィルターバブル」の臭気である。多かれ少なかれUターン時に受ける故郷の
味だが。閉鎖的社会の城下町の長岡藩という分厚い文化の壁に囲まれて、思想的
にも社会的にも孤立した世界を構成している。 江戸時代から営々と続いた閉鎖
社会自らが生み出したフィルターで生じた泡で囲まれた大いなる?藩社会。
大いなる田舎といえば名古屋が、それに近いというが… 
 逆に商売上のリサーチからすれば、簡単に入りこめる世界でもある。
老舗とかいう地方豪族が営々と築いてきた人間関係を探ればよい。そこには、
うって付の文化の世界がある。茶道、華道、そして地域社会ある、ロータリー、
ライオンズや、出身校の集まりに下っ端から入り込めみ、臭気を身に付ける。
10年、いや5年もすれば立派なインサイダーに一員に成長すれば快適な社会だ。
 私の選択はアウトサイダーだが、リタイア後からして、性格からして、正解と
確信している。幸い、Uターンから42年経過するが、30年間は新潟通いのため、
泡の臭気は、最小で済んだ?が。地元の親戚の葬祭冠婚の集いに参加する度に… 
 アウトサイダーは、常に身を正しておかなければならないが、実際は逆。
で、こうしたツマラナイ文章を書いている。‘金儲けの神様’の異名をとった
直木賞作家の邱永漢が、『出身地で事業を興すな、やむを得ない時は、一切の
付き合いを断て』と宣っていた。「地元の常識は、一歩出れば非常識である」と、
言いたかった。 
 人間は、誰でも「自身で作り出したフィルターで泡のように包まれて、思想的
に社会から孤立する傾向」にある。まず気の弱い者が、虐めで自滅。群れをなす。
その大人版の群れが、世間。その構成員が世間人。問題は、眼に見えない縛り。
 ここで、数十回も述べているが。 しかし地元密着の、例えば電器屋の生き方
もある。 セブンイレブンを30年近く経営している学生時代の友人が、
「最近、近所の見守りまでしている」という。それはそれで、生きがいになって
重荷でないという。インサイダーも、止まらず進化していれば、決して泡は発生
しない。逆に、独りで泡に囲まれているのはアウトサイダーもある。 孤高を
気どって、綺麗ごとを求めている貴乃花親方?。いや、私もか。
寂しく、独りで彷徨っています。

・熊さん: ったく、如何でもいいだろう。俺なんぞ、泡踊りの熊さんって、
  言われてるよ。その何が悪いんだ。いらぬお世話さ。知らない強さもあるよ。
・寅: ただ黙ってりゃいいことを、グダグダと。娑婆では、それぞれ、知って
  いることしか、知らないんだから… そうだろう。八つぁんよ!
・大家さん: 八つぁんは、自分がバカだから、他人までバカと思いたいんだよ。
・八つぁん: そうじゃないよ。バカに耐えられないから、自虐的に書いてるの。
  それにしても、急に熊さんが登場してくるとはね?
・熊さん: 見ちゃいられないよ。俺より遥かにバカをみると! 
・寅さん: 熊さんほど、バカじゃないよ。熊さんは純朴バカ、俺はヒネタバカ。
  八つぁんは、バカぶっているバカ。
・大家さん: 寅さんも良いこというね。
・八つぁん: 瘋癲の寅じゃないけど、バカにバカというのが本当のバカだよ。


6898,映画観賞 〜『AI崩壊』

2020年02月02日(日)

映画観賞 〜『AI崩壊』

   * 『AI崩壊』 
 この10数年、コンピューターが人間を支配する映画を数多くみてきた。それが
25年後の2045年に現実化する可能性が… 云々が問題になってきた。この映画は、
AI社会を映像化してみせる内容でなくで、それに携わる人間社会の問題。やはり、
日本は、その分野は二番、三番手を思わせるストーリー。驚いたのが、月末の
平日に関わらず100人近い観客の入り。人はAIの未来像には惹かれるということ。
≪  【解説】
◉ 「22年目の告白 私が殺人犯です」の入江悠監督が自身のオリジナル脚本で、
AIを題材に描いた近未来サスペンス。2030年、天才科学者の桐生浩介が亡き妻
のために開発した医療AI「のぞみ」は、年齢、年収、家族構成、病歴、犯罪歴
といった全国民の個人情報と健康を管理していた。いまや社会インフラとして
欠かせない存在となった「のぞみ」だったが、ある時突然、暴走を開始。
AIが生きる価値のない人間を選別して殺戮するという恐るべき事態が巻き起こる。
警察庁の天才捜査官・桜庭は、AIを暴走させたのは開発者である桐生と断定。
身に覚えのない桐生は逃亡を開始する。桐生は「のぞみ」を管理するHOPE社の
代表で、義弟でもある西村悟とひそかに連絡を取りながら、なんとか事態の収拾
を目指すが…。 ≫  :評価85点。 
 ―
▽ 昨夜、近未来を暗示する映画『トランセンデンス』が放映された。
 偶然にしては出来すぎだが、これも今さら語ることでもない。
 ―   
  〜検索すると〜
≪ ◉ 世界初の人工知能PINN(ピン)を研究開発する量子コンピュータ科学者
ウィル・キャスター(ジョニー・デップ)とその妻エヴリンは、コンピューター
が人間の能力を超えた世界を構築する為に、技術的特異点(Singularity)への到達
を目標に、感知コンピューティングを開発していた。
 しかしそのさなか、ウィルは反テクノロジーを唱える過激派テロ組織RIFT
(リフト)の凶弾に倒れてしまう。エヴリンは夫を救うべく、死の際にあった
ウィルの意識をPINNにアップロードする。彼女の手により人工知能としてよみが
えったウィルは、軍事機密から金融、経済、果ては個人情報にいたるまで、あり
とあらゆる情報を取り込み、驚異の進化を始める。 ウィルとエヴリンは荒野の
小さな町に巨大な地下施設を建造し、身を潜めながら様々な研究を続けた。
◉ 2年後、ウィルは自らの思い通りに動き、瞬時に人間を治療するナノマシンを
完成させ、施設には多くの人が救いを求めて訪れるようになった。 しかし、
このナノマシンを投与された人間は肉体を強化され、またウィルの意識とリンク
して意のままに操られてしまう。この人間をRIFTは「ハイブリッド」と呼んで敵視、
FBIからも私設軍隊として脅威と認識されはじめる。ナノマシンを使って人造人間
をも作りはじめたウィルに、エヴリンもまた疑念を抱き始めるのだった。 ≫
 ―
▽ 比べようがないほど、この洋物の方が面白い!   :評価90点。
 いい歳をした大人が、毎日、YouTubeをみたり、録画した300本のブルーレイ
の映像世界を彷徨い、それにも飽き足らず、週一のシネマ館通い。そして、この
ブログの作成に熱中! そのどれもこれもが、面白いとくれば、その日常に疑問を
持ちようがない。 いや、やはりオカシイか… 御宅そのものじゃないか。 
 先日も、YouTubeに「タンザニア」のドローンの空撮映像があった。
その時、20年以上以前の既視感が湧きあがり、その空撮の映像が、三カメ映像の
ように思われた不思議な感覚。こうなると病気? 今年は是非ともゴーグルで
アフリカのサバンナを散策してみたいが… 数年前に、親戚の葬式で、10歳、
年上の従兄が、いみじくも語っていた… <10年は長生きをしたい>といっていた
のが、これですか。

・・・・・・
6533,閑話小題 〜確かに便利になっている
2019年02月02日(土)
   * 冷凍食品の商品開発が止まらない
 競争で面白いのが最近の冷凍食品。 競争相手はファミレス、コンビニ、
スーパーの惣菜。 昼時に家内の外出が多いため、総菜売場の「冷蔵」の
ラーメンパックか、「冷凍」食品を買置きをしておく。その冷凍食品の進化が
止まらない。スパゲッティ、ピザ、焼き飯。最近、頻繁に買うのが、焼肉ライス
バーガ。これにフリーズの具入り味噌汁。手間は5分で目安が150〜200円。成る程、
これは便利。スーパーの野菜売り場には、「洗わずに、そのまま食べられる切り
刻んだ野菜パック」が並んでいる。考えてみれば、規格外れで売れない葉物を
カットすれば仕入れ値が半値以下で済む筈。若い人は結婚をしなくなるわけだ。
面白いのが家内の対応。二人の時には、絶対に自分が主導し完成形にする。
それで、あたかも自分が全てを作った錯覚になり、こんな、拙いモノを…と愚痴
を加える。モスバーガのメニューにあったようだが「焼肉ライスバーガ」の冷凍
には驚いた。ならばマクドナルドもと、<マクドナルド ライスバーガー>と、
検索すると、あるある。おまけにカツ丼も出てきた。面白い時代である。
年金生活も面白い!と思えば幾らでも楽しめる。 一番良いのは‘昼飯抜き!’
 追: そういえば、スキ焼もあった! ネット上だがステーキも… 
    居酒屋の美味いステーキも、もしかしたら…
いま現在、頭の浮かぶ新製品? 焼きサンドイッチ、焼き芋、寿司(ある?)
すっぽん雑炊(ある?) フグ刺し(ある?) 問題は価格ですか。
 ところで、この随想日記、この瞬間の冷凍パック?と想うと… 
『永遠の今』。 いや、『永遠の居間』ですか、ここは。

・・・・・・
6169,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −2
2018年02月02日(金)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
 強い知能とは、「精神を持つ」知能である。だから、精神論を馬鹿にする
なかれである。問題は、純粋で、崇高で気高く、力強いかどうか。20代、30代
の自分が今さら懐かしい。若さゆえの清濁のそれは、それとしてもだが… 
「人工頭脳」の本質を哲学をすることから人間の頭脳、生物のづ頭脳を問う
ことになる。だから説得力があり、理解しやすいのである。
   △ 人間に出来て、機械に出来ないこと
≪・「弱い人工知能」にとって、まず「何が出来ないか」を知ることが重要だ。
 それは「自ら意味を作り出す」ことと考えられる。…私たちの脳は「生存脳」
と「社会脳」が関わる中で、豊かな社会性を作り出している。社会性は、他者の
「行為の意味」に対して「共鳴」し、「他者理解」を行う中で形成されていくと
考えられる。…私たちが世界を認識できるのは、私たちが「身体」を持つからだ。
機械にとっての「意味」は、こうした「身体」を中心に置いた考察が必要だ。
私たちにとっての「意味」とは、「行為の意味」であり、「行為」を行うには
「身体」が不可欠になる。「身体」にとっての「意味」は、「身体」と「環境
(状況)」との関係において、即興的に作り出される。そのために、強い知能が
必要になる。それが人間たる由縁である。
 ―
   △ 意味を持つとは「物語」を見出すこと
・「椅子」を認識するに、「椅子に座って考え事をする」「椅子に座って休む」
といった「物語」を見出している。自身の物語の中に、椅子という存在を見つける
ことで、関係性を見出す。これは、まさに「意味を見出す」ことである。≫
 ―
▼ 学生時代のゼミ友との様々な議論が忘れられない。その一人の、自由課題が、
 <人生の年代ごとの価値観の変遷>という、思いもよらないテーマに驚いた。
奇抜な言動が面白い人物だった。結局、テーマが実力に伴わない?ことも
あってノイローゼ気味になって卒業の直前、ゼミをやめるはめになった。
 価値観といえば、太平洋戦争と敗戦は、明治維新、戦国時代、二度にわたる
蒙古襲来と撃退、を超えた日本の歴史上、最大の事件だった。その廃墟の中で
アメリカ主導の民主主義に国民は戸惑った。父が死際に、「太平洋戦争を境に
した二つの人生を生きた気がした。」と語っていたが、価値観の劇的変化が、
そう言わせたのだろう。「天皇」中心の軍閥主導の思想を妄信するのが善で、
個人の考えを口に出すの悪だったのが、根本から、否定され、自由、民主主義と
言われても、何が何やら? と、戸惑うのも当然のこと。全体主義の中の市民の
「弱い知能」から、アメリカ的個人主義の、個々人の「強い知能」が求められた
動揺は大きかった。生きる意味が、「国家天皇への御奉仕」から、個々人の
人生を全うする生き方への変更である。そして器用な日本人は素朴な性格も加え、
即座に適応。地政学的の関係で、共産圏からのアメリカの防御盾と位置づけされ
現在に至っている。怖ろしいかな、今では、北朝鮮からのアメリカの盾に? 
 韓国、日本、台湾は、中国、北朝鮮、ロシア人からみれば、「バナナ」。
中は白で皮が黄色。イエローモンキーと揶揄されるのも理解できる。そして、
それなりの「強い知能」を持った白人第一主義のトランプ大統領の登場となる。
彼らにとって、日・韓・台湾は、地勢上の盾でしかない。必要になれば、当然
戦場にすると考えるべきである。とにかく、「弱い知能」の人達からなる、
盾でしかない。ならば今の内と… 熊さん、寅さんの政治談議的になったか。
 ――
熊さん: 石ころも少し離れて見りゃ砂利じゃないかい。
寅: せっかく寝ていたのに起こすなよ。砂利じゃなくて、砂だろ。
大家さん: せっかく、八つぁんが真面目くさってきたのに台無しじゃないか。
八つぁん: いいんだよ、こんなもんだよ。金サマと、トラちゃんの掛合いを
  みていると、情けないというより、神様の思し召しと思えるよ。この二人
  から、根こそぎ、人生の砂場を鳥観し、考え直せとね。 
  釈迦の説教、屁、一つとしてね。いや二つか。選ぶ方も選ぶ方だがね。
大家さん: 民主主義と、独裁主義の限界を、そのまま、提示させているだけ。
  これが現実としてね。
神様: これからビッグ・ブラックスワンが、次々と到来しますよ。大量に!
熊: 有り金持って、酒を買ってくるよ。酒で気を紛らわすしかないよ。
大家さん: 我が家にはシェルターが、あるの。
神様: さっき、全部、焼いておいたよ。どのみち、同じことだもの。
寅さん: 八つぁんよ、何で俺たちを呼び起こすんだよ。ハチャ滅茶じゃ。
八つぁん: 「弱い知能」が気になって、最後に掻き混ぜたくなったの。
熊さん: チョッとストーブの温度が高いからじゃ? 
 
追)偶然だが、以下の通り、「弱い知能」は、世間と寝て、隣家の火事に
 鈍感になって、もらい火で全焼か焼死ですか。ノウタリンとは私ですか。
 それとも? 
――――――
5802,なぜ日本人は世間と寝たがるのか ―読書日記 1
2017年02月02日(木)
      <なぜ日本人は世間と寝たがるのか: 空気を読む家族
                         佐藤 直樹 (著) >
   * 世間とは何か?
 私の好きな?「世間学」の本。 しかし何故か私は世間が大嫌い。
「私」という個人に目覚めた為である。逆に、世間には、「私」という個人に
目覚めてない人が、殆ど。 何処かしこにも存在する、18歳までに擦り込まれた
常識に縛られていることすら気づかず一生を終える人たち。 日本人には欧米の
‘社会’が根付かなかったという。
ホンネが「世間」、タテマエが「社会」の二重構造が日本社会の特徴。小さな
島国では致し方がない。「世間」=「自分(の周囲)」、「社会」=「他人」
の切口がある。それもこれも、脳内の妄想のなせる業でしかないが。それでも
情報化の進展で、その圧力は減っても、まだまだ根が深く、こびり付いている。
いま流行りの「おもてなし」も、世間が織りなす特徴。
   〜まずは、内容(Amazon)より〜
≪ なぜ、妻を「ママ」とよぶのか。母子心中は、どうしてなくならないのか。
 事件の加害者家族がメディアで謝る理由は。 よく考えたら奇妙なことが、
あふれている。“「私」なき国”の家族のありようを徹底解剖。
 「世間学」で読み解く日本の実像。≫
  〜あるレビューより〜   <解りやすく要約してある>
《 著者は、日本は、西欧に倣って近代化せざるを得なかった、どの「発展
 途上国」の中でも、人間の尊厳と一体の「個人」の輸入に失敗した唯一の国。
そのため底部に「世間」(ホンネ)という人間関係が存在し、その上に社会
(タテマエ)という人的関係が存在する2重構造になっている。
日本の家族は、「世間」の侵食に対して、個人が存在しない為に「愛情原理」
をもって社会に対抗・対立できる西欧の近代家族と異なり対抗できない。
98年、アーカンソーの学校乱射事件では、メディアによる犯人少年の実名
報道に対して、実名を知った人々から、その家族には手紙が殺到したのだが、
その内容のほとんどが、犯人少年の家族を激励する内容であった。
 戦前の天皇制ファシズム体制の中では、国という「公」に対して、「私」
としての国民が滅私奉公を強いられた。戦後、国に取って代わったのは企業や
会社であり、世間もそれに準じるので、「公」である企業に対して「私」で
あるその構成員が滅私奉公を強いられている。「家族思いの良い夫」=
「公としての家族に滅私奉公してくれた良い夫」と。
 80年代以降の高度資本主義=高度消費社会の成立の中で、家族や学校を巻き
込む形で外部の経済原理=市場原理が席巻する。それによって「愛情原理」を
もつ家族が「解体」され、子どもも商品経済に巻き込まれる。
 お金さえ持っていれば市場経済は大人と子どもを区別しないので、子どもは
小さな大人」となる。この風景は、どことなく欧州の「中世」に似ている。
こうして日本では近代家族が成立しないまま、個人を単位とする社会が進む。
 こうした状況を背景として、96年には選択的夫婦別姓法を盛り込んだ民法
改正案が国会に提出される。
 フランスでは、婚外子出生率の上昇などで60年代以降、その問題は表面化し、
99年のPACS法の成立で、事実婚をしているカップルに法律上、結婚している
カップルと同じ保護を与えた。フランスの52%、スウェーデンの55%と比べて
日本の婚外子は2%、と依然として低い。 これは「できちゃった婚」のように
世間体を考えて、子どもができたら結婚しなけばならないと、「いえ」が完全に
内面化されているから。 夫姓も96%あり、妻が夫の「いえ」に入るという
「世間」における「身分制」が貫徹していると考えるしかない。
 結婚後の姓についての考え方は、83年の47%から10年ないし15年間は03年に
29%と伝統的な意見が減少したが、最近の5年間では4%増え、98年と同じ数字に
なり、世の中全体が保守化している。
 日本の夫婦間では、互いにその名を呼ぶことは稀で、子どものいる場合、
互いに「お父さん」「お母さん」と読んで、何の違和感も感じない。
 これは自分たち夫婦が男と女の関係としては既に終わっているということを、
堂々と宣言していることに他ならないが、子どもを中心としたタテの関係の
親族名称を使うことは、家族の呼び方として極めて安定したものであるだけで
なく、日本の家族においては子どもの存在が必須条件であることを暗黙の内に
示している。男自体も大人の男性ではなく「成人した幼児」で、妻に対しては
まるで「母親」に対するような態度で接するマザコンでしかなく、「支配ー服従」
か「包むー包まれる」関係になりやすい日本の「母子関係」もあいまって、
はじめは恋愛関係であった夫婦も時間が経てば母子関係として安定的になる
ので、「ママ」や「お母さん」という呼び方は、その関係を象徴している。
 先進工業国のうちでも日本で犯罪発生率が極めて低く抑えられているのは、
「世間を離れては生きて行けない」との思いが存在しているからである。
それは、幼児期に子どもたちが両親の権威を受け入れ、両親からの期待に無理
やり答えさせられると同時に、両親に依存することを許され「存在論的安心」を
得られることを学ぶからで、西欧の独り寝などの独立した存在としての扱いで
なく、沢山の身体的接触によって「小さな大人」でなく「大きな子ども」と
して扱われ、過剰に両親に依存するようになる。この依存と支配の受容の関係は、
ウチ集団への依存とその社会集団による社会統制の受容の関係となる。
 悪いことをした時、米の親が家に閉じ込め、日本の親が家から締め出すと脅す
ことに象徴されるように、日本では罰がウチ世界からの排除であることを学ぶ。≫
 ――
▼ ホンネ=世間、タテマエ=社会の図式の日本社会でも、現実社会の上に
 別個に出来たネット社会の潮流の中で、大きく変化をしている。否が応でも、
それぞれがスマートフォンを持てば、「家」より各個人の結びつきが優先される。
とはいえ、その「私」が貧弱のままのため、「世間」とかいう魔物に執りつかれ、
身動きが出来ない。サラサラの砂のように、それぞれがバラバラで、まとまりが
つかない中国人の特質のように… 
 次回は、<「世間」の4つのルール>をテーマにする。世間は世界中に
あるが、ここでは、「一神教的欧米世間」に対し、「日本的世間」である。
・・・・・・
5072,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー7
2015年02月02日(月)
        『読書脳 ーぼくの深読み300冊の記録 』立花 隆(著)
* 進化は必然か偶然か 〜ブライアン・スウィーテク著『移行化石の発見』
 地球の大気圏が一度、消滅をして、再び同じ状況下で、同じようなプロセス
を経たとしたら、同じような生命と類人猿が生まれるだろうか?という素朴な
疑問があるが、それに対して「存在は偶然の積み重ねでしかない!」と!  
と断言している。 〜その辺りから
≪ 昔から、ダーウィンの進化論を信じない主要な論拠の一つが、種が進化
するときの中間形態の化石が発見されていないということにあった。
しかし、近年、見つからないがゆえに‘ミッシング・リンク’と呼ばれてきた
中間形態の化石が続々と見つかりはじめている。ブライアン・スウィーテク
『移行化石の発見』は、そのような驚くべき化石の発見史の物語。
 たとえば、クジラは陸にあがった哺乳類が再び海に戻った種だが、陸上を
四本足で歩いていた時代の化石が見つかっているし、鳥は恐竜から進化した
という説が長らく本当のこととされなかったが、移行期の羽毛におおわれた
恐竜の化石が発見されて本当だと信じられるようになった。
 面白いのは最終章「進化は必然か偶然か」。ある環境が与えられたら、
ある進化が起こるのは必然なのか。別のいい方をするなら、この地球環境が
人間を産み出したのは必然なのか。ある進化が起きたとき、やり直したら同じ
進化が起きるのか。一九八八年ミシガン大学で大腸菌を使って壮大な実験が
行なわれた。全く同じ大腸菌群を育て、五百世代ごとに冷凍保存していった。
 三万千五百世代で重大な進化が起きた。世代をずっとさかのぼって、サンプル
解凍で多数のやり直し実験をしたところ、また三万世代で大きな進化が起きたが、
進化の方向は違っていた。さらに実験を続け四万世代まで来ているが、結論は、
進化は偶然の上に偶然が積み重なって起きるのだから、同じ進化は二度と
起こらないというもの。人間も同じで、この進化は偶然の積み重なりで起きた。
地球環境がさらに数億年続いても同じ進化は起こらない。我々人間が滅んだら、
人間が再生することはない。・・・ ≫
▼ これは、個々の人生でも同じ。偶然の積み重ねが現在の自分であって、
 何事も一期一会である。だから、志や、信条を明確にして、日々、生きな
ければならない。志、信念を強く持って、偶然を機会として、将来を切り開いた
結果が必然のように錯覚してしまう。それにしても存在は、不思議である。


6897,閑話小題 〜パンデミック −2

2020年02月01日(土)

   * タイミングが絶妙ゆえに…
◉ 中国の権力者にとって、これで香港のデモ騒ぎが当分の間、沈静化する上に、
台湾独立派の圧倒的勝利の問題からも目を逸らすこともできた。しかし、これも
両刃の危険がある。 
 アメリカ大統領の弾劾裁判も然り。 
国内では安倍首相の花見問題なども政治的に一呼吸が出来た。
 これからは 細菌テロの心配がクローズアップする? 
医療システムが崩壊している北朝鮮も、パンデミックは冷や冷やもの。独裁国家
にとっては、戦略的にみて医療崩壊は最大の弱点。細菌テロは弱者に犠牲が多く
出る為、恐ろしい。 犠牲者は三分の二の平民階級。
◉ ネット上では、これ故に、デマが溢れている。その一例とは、
《 新型コロナウイルスは生物兵器だとの説がネット上に飛び交っているのか。
 この"疑惑"を早い段階で発信したメディアは、英タブロイド紙デイリー・メール。
タイトルがも長いが、中国は武漢にSARSやエボラの研究施設を建設。アメリカの
バイオセーフティ専門家は2017年、同施設からのウイルス流出の可能性を警告。
新型コロナの感染拡大との戦いのカギはそれだという記事(1月23日付)。
 デイリー・メールはいわゆる飛ばし(=根拠の薄弱な記事)が多いことで
知られる。しかし筆者が読んだところでは、この記事は飛ばしが比較的少ない
健康面の担当記者が書いており、よく調べられている。 》
◉ <おすすめ感染パニック(パンデミック)映画10選>がある程、様ざまある。
 その中で、『アウトブレイク』が、思いだされるが、名前は失念したが、
医薬品メーカーによるテロの生々しいのがあった。
としても、オリンピック開催にパンデミック騒ぎが収まるか微妙。
リスクが大と延期、中止ともなれば日本経済は如何なることに。
私の見るところ、5割の確率とは恐ろしい。それも10日も経てば判断できる。
◉ イランNO2の男… 死んで40日目に喪が明ける、2月の10、11、12 日が危ない。
2月11日がイラン革命部隊の「革命記念日」とぶつかる! とすると、
陰に籠った??テロもありうる。何やら、新年早々から… 
何処かの独裁者の原爆ミサイルパフォーマンスの演劇効果が一段と低くなった。
その結果の暴発も心配の種。 何でまた、この時節に東京オリンピック? 

・・・・・・
6532,閑話小題 〜創業の面白い男たち! 〜1
2019年02月01日(金)
   * 嫌がる仕事の代行の請負
・30年前になろうか、従兄(故人)の嫁さんの弟に、人の嫌がる仕事代行を
 始めた面白い男がいた。ラブホテルの掃除、フロント業務一切を請け負う。
リスクは少ない上に、数を熟せば、稼ぎは大きくなる。 ただ一言、
<人の嫌がる仕事に徹する!> ‘これ!って気づいたな’と感心していたが…
こういう分野は探すと幾らでもある。最近、風の便りに地元の業者間では、知ら
ない人がいない程という。経営サイドは、それぞれの経営者に任して、自らは
泥を被ることに徹すれば、大きな利益を得ることが可能。資本もリスクもないが、
それは野良猫商法で面白くない筈… しかし商売の基本中の基本。 
それを横に広げていったのだろう。
・同級生に小さなペンキ屋の息子が、地元名士様の世界で顔を売り、塗装の
 ディスカウントに徹して、財を成した男がいる。知性の無いことを逆手にとり、
「露悪、偽悪に徹し、請負は価格破壊」を業とする。一つに絞り、拡大し過ぎ、
失敗したのが何処かにいる? 事業は、一代で終えて良かったと、今でも嘯いて
いるから始末が悪い。
・宅配の『クロネコヤマト』が、そう。細かい宅配は運送業者が最も嫌がる業務。 
 その成功事例をアメリカの業界で見つけて、ベンチマークをして拡大をした。
飛ぶ鳥落とす勢いだった『三越』の強引の値下げ要求が直接の原因だった。
その三越も伊勢丹の傘下。 野良猫でも、クロネコ?
・学生時代のゼミの後輩に、新宿で呉服業をしていたが限界を知って、一念発起、
 『不動産鑑定士』の資格を取って開業。そこで考えたのが業界の常識の破壊。
顧客の鑑定依頼から3〜6ヶ月の納期を二週間に短縮すること。これが受けて、
面白いように次つぎと受注が続き… これも呉服業界の商法を応用したという。
・現在のアメリカと中国の関係もしかり。「ネズミと中国人は世界中、何処にも
 いる」と揶揄されてきたが、グローバル化と、情報化で、分散化された力が、
ネットで結ばれ、世界を蹂躙を始めた。これこそが「底力」である。
                              〜つづく
・・・・・・
6168,読書日記 〜生命にとっての知と、人工頭脳 −1
2018年02月01日(木)
              <『人工知能の哲学』松田雄馬著>
   * 「知」とは何か?
 面白い本である。人工知能を考える時に、まず浮かぶのがドローンである。
自撮り無人ヘリである。数m、10m、100mの距離を設定すると、本人を空中
から自撮りするロボットである。 自然空間などでの空撮にとって、革命的
ロボットで、AIなど最新科学がフルに活用されている。しかし、あくまで、
道具であるが、テロとして使用されると危険な代物になる。
 〜印象に残った部分をランダムに抜粋してみる〜
≪ ・私たち人間を含む生物が生きる空間は、時じ刻々と変化する予測できない
 「予測できない「実空間」である。こうした「実空間」においては、得られる
 情報は不完全であり、その不完全な情報に基づいて、環境に適応して生きて
いかなければならない。すなわち、不完全な情報で、環境との「調和関係」を
作り出していくことが、生命にとって必要な「知」と考えられる。
 ・人工知能は、「強い人工知能」と、「弱い人工知能」があるが、今のところ、
「強い人工知能」は存在しない。「弱い人工知能」は、あくまで、人間が使う
道具である。そのため、人間が行っているどんな仕事でも、「弱い人工知能」
であっても、それだけで仕事を行うことは不可能である。
 哲学者ジョン・サールの考え方によると、次の2つに分類される。
強い人工知能:知能を持つ機械 (精神を宿す)
弱い人工知能:人間の知能の代わりの一部を行う機械
 重要なのは、現在、私たちが用いている「人工知能」は、あくまで、
「人間の知能の代わりの一部を行う機械」である「弱い人工知能」に過ぎない。
この軸を持っておくと、様ざまな論調を冷静にみることができる。
<ある校長の話で、「ある木を切っている大工に「何をしているのですか?」
 と尋ねると、「私はただ木を切っているのではなく、皆さんが快適な暮らしが
出来る家を作っているんです。」と答えたというんです。「木を切る」職業は、
作業効率化で失われていくかもしれないが「素敵な暮らしを作る」という観点で
仕事をしていれば、仕事が減るばかりどころか、いくらでも作り出せるのです。>
――
▼ このブログに毎日、6千回以上も書き続けられたのは、ネットと、情報機器
 の活用無くしては絶対に無理。それと職業柄もあって、自由時間が充分あった
こともある。自らの価値(意味)を元に、その時々に、パックに出来るのは、
身体を持つ私だけである。といっても、問題は私の「軽い脳」、いや「弱い知能」。
1万5千時間も投入した行蔵の中身も、所詮は、哀しいかな貧乏人の蔵の我楽多。

・・・・・・
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見た映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。
・・・・・・
4339, 自己とつきあうということ −5
2013年02月01日(金)
      「自己の探究―自己とつきあうということ」和田 渡 (著)
ー 人間が壊れやすく、制御が容易でないことについて、ヘラクレスと
 同じ頃にブッダは以下のように述べている。まずは、その辺りを抜粋。
  * ブッダが説く「自己制御」の必要性!
▽「自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?  
 自己をよくよくととのえたならば、得難き主を得る。」おそらく、ブッダ
 ほどに自己の危険性、脆さ、悪への傾向を意識していた人はいない。
 彼は、自分が自分の主になることのむずかしさ、自分をよく整えることの困難
 さを知りぬいていたがために、ことあるたびに自己制御の必要性を説いた。 
▽「善からぬこと、己れのためにならぬことは、なし易い。ためになること、
 善いことは、実に極めてなし難い。」 ブッダは、不要なことに心傾けて、
 必要なことをしない人間、自分を制御することから遠い人間の現実を直感。
  ブッダはまた、ヘラクレイトスの強調する「思慮を健全にたもつこと」から、
 人間がいかに遠い存在であるかを繰返して述べた。 
▽「避けねばならぬことを避けなくてもよいと思い、避けてはならぬ
 (=必らず為さねばならぬ)ことを避けてもよいと考える人々は、
  邪な見解をいだいて、悪いところ(地獄)におもむく。」ブッダによれば、
 真に必寝なことを考えることよりも、邪悪な思いにかられ、嘘をつき、
 愚かしいことをたくらむことに忙しく、汚れ、滅びていくのが人間であると。
▽ 「人間が生れたときには、実に口の中に斧が生じている。ひとは悪口を
 言って、その斧によって自分自身を斬るのである。」ブッダは、自分のことは
 棚にあげて、他人のことをけなじたり、悪く言わずにいられない人間の傾向を
 巧みな比喩でいいう。
  * 自己を乱す力!
▽「この身体は水瓶のように脆いものだと知って、この心を城郭のように堅固に
 安立してー知恵の武器をもって、悪魔と戦え。克ち得たものを守れ。――しかも
 それに執着することなく。」ブッダは、身体が愛欲や欲情、妄執の源泉であり、
 心を汚れたものにする不浄なものであると見なし、身体の誘惑から身を守ること
 の必要性を強調した。心は不断に身体によって汚染される危険にさらされており、
 制御されなければならないものであった。
▽「心は、捉え難く、軽々とざわめき、欲するがままにおもむく。その心を
 おさめることは善いことである。心をおさめたならば、安楽をもたらす」
 へラクレイトスと同様に、ブッダも欲情や危険を身体の内に見ていたことは
 否定できない。ブッダは、先にも述べたように、自己を、自己の主となるべき
 ものであると見なしていたが、それはまた、自分の心に一定の方向を与え、
 乱れやすい自分の心を制御するという課題を担うことを意味しでいた。
 ブッダにとっての自己とは、自己によって注意深く配慮し、支配、制御すべき
 ものだったのである。ブッダが身体をネガティブに捉える観点には賛同しかねる
 としても、注意を促している点は共感できる。
▼ 釈迦は弟子たちに向かい「修行僧たちよ、 すべては移ろいゆく。
 怠りなく努め励めよ」 と言い残され入滅された。世の変化に対し、己も変化する。
そのために己の中の動物性をコントロールし、心を整えることが目指すところである。
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5435,人生で最も大切な技術 ー
2016年02月01日(月)
       『幸福の探求―人生で最も大切な技術』マチウ リカール著
   * セルフの分解
 セルフをネット辞書でみると、
☆ 「自己・自我・自身」「自身で」と、
☆ ユング心理学で,無意識を含む心全体の中心であり,かつ心の外
 にもあって意識と無意識の調和を図る超越的な存在。
ここでは、「私」+「人格」=「セルフ」の分解 が明快。〜その辺りから〜
≪ この問題をより深く理解するために、詳細な分析に再挑戦してみよう。
個人的アイデンティアイの概念には「私」「人格」「セルフ」の三つの側面が
ある。これらの側面は基本的にはたいした違いはないが、自分は自分である、
というアイデンティティへの執着の仕方が違うことを反映している。
・「私」は現在に存在する。「空腹だ」とか「存在する」と考えるのは「私」
 であり、 意識、思考、判断、意思の発信源である。要するに、現在の状態
 を経験するのが「私」である。
・精神神経学者、デビツド・ガーリンは、「人格」の観念はより広範囲である
 として、 次のように結論づけている。「人間の肉体的、精神的、社会的な
 存在の多様な側面が組み込まれた過去、現在、未来を通じ、ダイナミックに
 流れる流動体であり、その境界線は流動的である。
『人格』は以下のように広い範囲に該当する「肉体(健康状態などの)、
 個人的な考え(極めて個人的な感情などの)、性格(良い人などの)、社会的
 関係(個人的生活と職業生活を分離するなどの)、一般的な意味での人間
 (人格を尊重するなどの)」。このように時間を越えた連続体は、過去の
 自分のイメージにも未来の投影にもつながり、個々の人間が他と異なって
 いて、独自の質を備えていることを明示する。・・・(略)
 今この瞬間を経験する「私」を、存在の連続体である「人格」に結びつけると、
「セルフ」が出現する。デビッド・ガーリンの説明にあるとおり、人間には、
複雑なグループ分けを、「実体」という一つのグループにまとめることで単純化
を図り、次に、その実体は恒常的特性を持つ、と結論づけようとする傾向がある。
環境が刻一刻変化することがなく、ほとんどの現象が永続するという考え方を
受け入れたほうが、世の中で楽に機能できる。・・・ ≫
▼この「セルフの狭い世界を、コップ一杯の水に喩え、一握りの塩を入れれば、
飲料水に相応しくなくなり、セルフの壁を突破すれば、同じ一握りの塩を入れ
ても、味が変わらない巨大の湖のように心が広がる。」と例える。
 老いていく利点が、この湖のように広がることだが、一つ間違えると、溝沼
のように淀んでいく。大方の人にとって、老いるとは無念である。〜纏めると、
「私」+「人格」=「セルフ」。現在の状態を経験するのが「私」。
「人格」は存在の連続体。「存在の連続体」を「習慣の集合体」にすると、
そこに天性が現れ出る。5400のテーマの、その日分の内容が「私」。
その全ての内容に、私の「人格」が現れ出ている。「そのまま結構」だが、
どぶ沼のボウフラや、逆に湖の大魚と自己錯覚した比較社会の小魚には? 

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