堀井On-Line



6440,読書日記 〜やさしさね〜 −1

2018年10月31日(水)

           「やさしさ」という技術 2015/12/3
                   ステファン・アインホルン (著),
   * やさしさは、気づかいから… 
 10年前に、人生の終止符の目安にしてきた75歳まで、あと2年3ヵ月。
この年齢で、ガンで余命2〜3年か、脳梗塞で寝たきり状態のはずだが、腰痛が
少し辛いぐらいでいたって元気。事業の新潟駅前シリーズで縁あった営業関係者
たちが、この10年で次々と亡くなっている。そろそろ順番が来そうだが…
全く、その兆候がない。 75歳が男にとって大きな節目。そこで心の底から
〔 いや面白かった! やり残し、言い残しはないし、後悔は多々あっても、
 抱えて逝くに丁度良い質量。『自分の人生、これで結構気にいっている!』 〕
と、言えるかどうか。自分への「やさしさ」は、実に良かったといえる行蔵を
蓄積してきたかどうか。この本の副題が「賢い利己主義者になるための7講」。
<賢い利己主義者> 利己主義には、何やら賢くないの意味が含まれるが、
少なくとも集団第一主義より遥かに良い。賢いに「考えている」の意味が
含まれるため。
 
 <20歳で起業を目指す>と決心した時から、利己主義、個人主義の傾向が強く
なったが、当然といえば当然。当時の時代の趨勢からしたら、個人主義に
なるということ。 これは我が道を行く孤独業でもある。自分の周囲に垣根を
つくり門を構えて、出入りを制限。そして家の奥間で、自問自答。
それが慣れるほど社会が面白く見えるが、嫌な奴と誤解される。嫌な奴そのもの
になる。常に森の上から、自分と、環境を観る視線があるからである。それが
現在まで続き、このブログの17年半の継続に繋がっている。 
 それは、まず自分の立ち位置をはっきりさせる、まず自分に優しくなることに
他ならない。自分への優しさは、他人へ直につながる。
「内が白で、外側が黄色の日系ハワイ?、?をバナナと」いうが、大都会なら受け
入れられても、個人主義は、まだまだ拒否反応が強い。
それが現在ではスマートフォンなどの情報化で、内側は白基調の混濁色に… 
 面白くなってきている。

―― 
内容紹介(Amazon)
 北欧で社会現象となった世界初の「やさしさ学」講義。

なぜ、見返りを求めない行為があなたの得になるのか?
なぜ、「高い収入」や「名声」を求める人ほど幸福度がダウンするのか?
なぜ、多くの動物が「思いやり」や「やさしさ」を持っているのか?
ノーベル賞の選考委員会を擁する世界トップ医大・カロリンスカ医科大学で
「学生が選ぶ最優秀教授」に輝やいた名医が、わかりやすく、感動的に語る!
「死ぬ前に後悔しない人生」を確実に手に入れるための名講義、日本上陸。

◎やさしさは誰でも身につけることができる「技術」である
◎「高収入」「名声」を求める人ほど幸福度が低い
◎銀メダル選手より銅メダル選手のほうが満足度が高い
◎他人に目をかけられることは心身の健康に不可欠
◎他人を褒める人ほど出世する
◎衝突は百害あって一利なし
◎やさしさは個人にとっても社会にとっても大きな「得」をもたらす


▼ 先日、学生時代からの酒友と10数年ぶりに地元の長岡駅周辺で酒席を共に
 した。73歳になろうとした現在でも、1年2ヶ月ぶりに、社長交代で現場に
呼戻されて今も現役という。社長直属のコントローラ役の便利屋的存在か。
20〜50歳代が占める中で大変だろうと思うが…。声は小さく、掠れ気味だが、
絶対肯定的なオーラが出ていた。 一軒目の居酒屋では、出てくる料理に
箸をつけると、次々と「美味い!」と。特別サービスセットもあり、値段から
みて好感が持てた、そのまま、「良い店を紹介して貰ってありがとうと…」と。
そして二軒目のスナックでは、隣の客と、直ぐに馴染んで… そして、何気なく
褒めたおす。地元の否定的空気に慣らされて馴化してしまった自分と比べ?
早々のリタイア肯定派の見方が、ここで軽く躱されてしまった。
 群れるのも、人によって、必要条件、絶対条件も、あるのでは! 
家のスペースが小さい為、居心地が悪いこともあるというが。
卓上の大型犬が、再度、働き出た直後、夫婦して働きに出て散歩時間が
激変をしたためかストレスで亡くなってしまったというから、犬が逝くか、
当人かだったと、ブラックジョークも忘れない。
 
 やさしさ〜 人生で一番足りなかったのかも。
末っ子はやさしさを受けて当然と思いがちで、与え方が苦手。
何やら褒めることが第一歩は分かってはいるが…

・・・・・・
5318, そもそも教養とは何だろう
2015年10月06日(火)
            〜『世界の哲学・思想』小須賀健著より
  * もっともっと本を読んでおけば良かった
 学生時代の卒業まじかに、「もっと読書量をこなしておくべきだった!」と
気づいたが時が既に遅し、ノイローゼ気味になり留年さえ考えた。しかし、
まず一度社会に出てから考えることにし、その代わり、一日2〜3時間の読書を
自分に課すと決心、それが現在まで40数年続いている。それが学生時代の一番
の収穫だった。 今から振返って、学生時代の砂場には数知れない経験が
詰まっていた。 〜哲学入門的な本の冒頭に以下の内容があった〜
≪ なぜ私たちは、一人前の大人になってから「もう少しまじめに学校の勉強
 をやっておけばよかった…」と反省したりするのでしょうか。 じっさいに
学校にいたときには、「こんな勉強がなんの役に立つのかさっぱりわからず、
まじめにやる気になどなれなかった」という人が(私も含め)ほとんどでしょう。
 では、大人になってから、もう少しまじめにやっておけばと反省するのは、
社会に出て勉強の必要性が身にしみてわかったからなのでしょうか。
どうもそのようには思えません。どんな職業であれ、「自分の仕事に学校の
勉強が役立った」と確信した、などという話はあまり聞いたことがありません。
義務教育で学ぶ勉強が実社会で役に立つはずだ、という思いこみがまったく
幻想であることは、みんな分かっています。社会で要求されるのは、効率よく
仕事をこなすこと、あるいは無駄なく目の前の課題を片づけていくこと。
こうした日々を送っていると、逆に学校時代における学習という行為が、
そのような効率や目的から自由であったことが理解できるはずです。
 古代ギリシアの人々は、人口の二倍にもおよぶ奴隷に基本的な生産労働を
行なわせることで、少なからぬ時間的余裕を謳歌していました。
ただ、彼らはこの余暇の時間を、漫然と過ごしていたわけではありません。
こうした時間を使って、自分を磨く、あるいは教養を高めるといった活動に
励んでいたのです。この「余暇」をギリシア語で「スコレー」といいますが、
この語が英語のスクールの語源であることはなかなか示唆的です。
 おそらく、もともと学ぶという行為は、生産性とか利便性といった功利目的
からは隔絶されたものだったのです。今私たちが、学校時代を振りかえって
ちゃんとやっておけばよかったのにと後悔を覚えるとき、そこでイメージされて
いる勉強もおそらくそのようなもの、つまり功利性とは無縁に過ごせた時間
への郷愁なのではないでしょうか。
 しかし、じつさいの学校における教育はどうでしょう。学校は、社会とは
区別される領域でありながらも、社会への通路でもあるために、社会一般の
価値観がその中に侵入してしまいます。そのため勉強するのはいい大学に入る
ため、あるいは楽な人生を送るためといった功利的な発想がすでに蔓延して
います。私たちが外から夢想するほど、学校での勉強はうらやましいものでは
ありません。たぶん学生のころにもっとちゃんとしていればよかったと振り
かえって後悔する人は、仮に今それが可能になったとしても、同じことを
繰りかえして漫然とときを過ごすだけでしょう。そのときにできなかった人は
今もできないままなのです。それなら振りかえるのはやめて、今からしたい
ように勉強すればいいのです。逆に後悔しても、そのときは勉強できるような
余裕も環境ももてなかったという人もおられるでしょう。そういった人たちも
含めて、何かの役に立つとか、なにかのためにやるとかといった一切の功利性
から離れて、学問(ここでは哲学に限定ざれますが)と向きあってみたいと
思われる方に、すこしでも参考になればと思って書いたのが、この本です。≫
▼ リタイア後から、私レベルだが、読書の質が少しだがアップした感がする。
 学生時代に読んだ本で、社会に出てから自分を支えてくれたのは、効率とか、
創造工学とかいう内容のものより、何かに迷い、吹っ切るために、孫子や、
諸子百家、聖書、仏教書、漱石、鴎外、川端全集などが、面白く没頭して
読んだ本だった。 確かに、ドラッガーの『集中、得手に帆を張れ、内部より
市場に焦点を!』などの知識も、役にたったが・・ で、このザマ。 
 何にも社会経験のない純真なまっさらな時節に、何も捉われることなく
読んだ本こそ、独り彷徨う中で、強い指標になっていた。「逆境に根を、
順境に枝を張れ」というが、その栄養分の元は実体験と培った知識である。
人生の晩秋に枝の葉は枯れても、枝として残る。この年齢で、たわわな
葉っぱを求め、枝を張ることしか知らない人を無知の人という。 
要するに、あのケモノの臭いの強い『世間人』。

・・・・・・
2017年10月31日(火)
6075,閑話小題 〜珍獣と珍ころ ―1
   * 珍獣と珍ころ
 珍獣とは姉の一人が私につけた嫌みの名称。もう30年になる。数ヶ月前に亡く
なった連合いが元専売公社の事務方だったこともあり、転職、転業のキャリア?
を繰返してきた私を揶揄したあだ名。まあ、面白いと感心し、納得したが、軽蔑
のニュアンスが含まれていた。ジャングルの獣の餌は自前。そこには、命をかけた
スリルとサスペンスが日常になる。考えてみれば人間の本質は、「獣」と「神」
のロープ上を右に左に揺られながら渡るようなもの。そこで「珍獣」の言葉を
逆照射した言葉と、思い浮んだのが「珍ころ」。「コロ」は犬とすると、適当。
 そこに、「珍獣」と「珍ころ」の対話が自然と生じる。
珍ころ: あんたよ、「変わってるな」と皆が言ってるよ。
珍獣: あんたは、家畜の群れと何ら変わらない! 温むには良いだろけど。
珍ころ: 何時も、がつがつ餌探し。それもこれも、群れに適応できないため。
    少し尻尾の振り方を身につければ良いだけなのに。
珍獣: 餌が暫く穫れずに、久しぶりに穫れた時の喜びと味を知らないだろう。
珍ころ: あんたが、何で珍獣と言われるか、知っとるか。雑食だからさ。
珍獣: 雑食も何も、ありゃしない。とにかく群れたくないと心に決めて、直接、
    自然界に触れて、活きた感覚を得たいと、20歳頃に決心したためさ。
    尤も、父親に誘導されたところもあったがね。
珍ころ: お前のような奴が、庭先や、近所でウロウロするのが目障りそのもの。
    見ていると、潮流に流され、成行きでしか生きていないんじゃないか。
珍獣: 何を言いなさる。それだから面白いんじゃないか。だから、あんた達が、
    仲間内に気を使っている分、外界に全神経を使うしかない自分を楽しめる
    じゃないか。
珍ころ: 右上がりでは、その好きなことが出来るのが羨ましかったが、右下がり
    で、時代変化の激しい時代に、己だけの感覚で生きるは長い目でみて、
    リスクが大きすぎるのではないか、それで、弾け出されたじゃないか。
珍獣: だから、長年かけてリスクヘッジを人知れず、したきたんだ。そんなのは、
    幼児の頃から両親に教えらた当然の知恵と体質。とはいえ、脇が甘いのも
    自覚している? 
珍ころ: これ、志村けんと加藤茶のコント「ぼけ老人」のような内容じゃないか。
珍獣: そう、コントだよ。要するに理解しようがない2人が、ひたすら聞いている
    ふうをして、自分の話を垂流しているだけのこと。それが娑婆じゃないか。
珍ころ: なるほど、「馬鹿ちがうねん。アホやんねん」ですか、二人とも。
    ところで、珍獣にみえたオマエさん、行方不明だった、あの珍ころ?

・・・・・・
2016年10月31日(月)
5708,閑話小題 〜今どきの冷凍食品
   * 今どきの冷凍食品
 何度か取上げたテーマだが、最近の冷凍食品が‘妙に’生々しく、美味しい
ので、再び取り上げる。不景気もあるが、ファミレスやサイゼリアなどに卸して
きた冷食メーカーが、コンビニやスーパーに販路を求めた図式である。
これが、今ではメーカーがネット直販が本格化を始めている。
当然、本格的味であり、それが進化している。TVのワイドショーも、最近、
その幾つかを紹介を始めている。このところ、外食の機会が少なくなったのは、
冷蔵庫に買貯めの冷凍食品のため。
 スぺゲッティ、ピラフ、ドリア、ラーメン、ヤキソバ、炒飯、惣菜など、
そのままレンジにかければよい。問題は、完成品がそのまま冷凍してあること。
特にスぺゲッティとピラフの種類が多く、味はイタ飯<サエゼリア>と遜色ない?
最近、目につくのがジャンボサイズ。これが夫婦二人で丁度よい量になる。
これまで、食品売場の片隅に追いやられていたコーナーが、今では大スペースに
なって多くの種類を置くようになっている。共働き家庭の家事の削減に、レンジ
に入れるだけで済むのも良いのだろう。思い立って、「やき上げたステーキ」が
ないか調べたが、ローストビーフはあれど、焼きあげステーキは見当たらなかった。 
 瞬間冷凍の技術とマシーンの小型化がすすめば、料理屋が手作り料理を冷凍
をした直接販売が可能になる。面白いところではリンガーハットのメイン料理の
「長崎チャンポン麺」が店頭に並んでいるし、ネット上で直販されている。
これがけっこう美味い。新聞広告で、一週間分の冷凍宅配弁当をみて、何か不味
そうなイメージだが、これなら大丈夫。『冷凍食品など、不味いに決まってる』
の思い込みを捨てて、頭を軽くしておかないと・・ 何か面白い時代である。
 苦節10年の料理の修行が、むしろ必要としない時代でもある。それは、どんな
に積上げても、次善の味でしかないためである。恐らく、ある料理のタレを、
スマフォのアプリで、その場で、一番近いか、それ以上の、メーカーの供給先に
辿りつける時代が、来ているのかもしれない。それより、『これ不味い!』と?
情報化の時代、『与太郎』を決め込む生き方もある。怠け者はは寝ていた方が?

・・・・・・
2015年10月31日(土)
5343,閑話小題 〜電動アシスト自転車を乗り始めて6年

  * 電動アシスト自転車を乗り始めて6年
 6年前の、この31日分の文章をみると電動自転車のことが書いてあった。
まる6年間乗ったことになる。年間200日×6年=1200日。さらに一回15キロ
として1万8千キロ走ったことになる。地球半周近くになる。2年前に、4年間
乗ったマウンテンバイクから、現在のクロスバイクの乗り換えたが、今では
早朝の日常生活の一部になっている。それまで、殆ど、自転車に乗ることは
なかった。しかし、これを乗りつけると便利な代物。 しかし、何故か街中で
見かけることが思ったより少ない。買換えの時期に来ているママチャリに
電動アシストを家内に勧めても、「近くだから必要ない!」の一言!
試乗を1〜2度しても、いま一つピンとこないようだ。あくまで、スーパー
の買い物の手段としてしか見てないため。乗っていること自体を楽しむ、
着想が持てないため。こうした感動を書き残していると、当時の光景が、
そのまま伝わってくるからよい。
――――


6439,閑話小題 〜群れるのは、そもそも何のため? −2

2018年10月30日(火)

   * 群れたがる本能とは
・今まで通り考えないで済むから、同類が群れるのである。
どの方向に行くべきかを常に考えるべき時に、「群れ犬」は考えないで、
大勢の方向についていく。これがフラフラ、フワフワしている群れ犬の実態。
駄犬の群れの中では、地頭で考えることが異質になる。 …こうもいえる。
<我うちに、何匹かの一匹オオカミを持ちなさい。彼らの内なる野生の隠れた
直感を聞き、従うのです。その声は、駄犬の群れの真逆の習性にある。>
次男が外資系コンサルタント会社勤務。非常に厳しい話の中で、「年々、
入社してくる人たちが、優秀なのが多く、そのプレッシャーは大きい。」
と聞いた家内が、そんな優秀な人って、どんな人か具体的に教えて?」と、
聞いたところ、少し考えて曰く… 「お母さんと正反対の人!」  家内、
その一言で妙に納得したとか。 そこで考えたのは、「判断、決断は
後回しか、人任せ。 失敗したら、必ず誰かのせいにし、そのため、知恵が
浮かばない。変化を嫌い…」になる。群れ犬は、これらを承知して、カバー
するため群れる。
 ―
・逆もある。ホモ・サピエンスが、生延びたのはクロマニョンが20人、30人
の家族単位の集団しか形成できなかったが、サピエンスは、100,200人の集団
生活をしていた。その方が、激変していく地球環境から吾が身を助ける情報と、
知恵の産物を共有できたため。その拡大が都市化である。 孤立、孤独は、
人間たる特性を否定することに繋がるのではないか?と。報伝達の言葉と、
絵画・言語と、その記録能力と、道具の開発能力、そして大きく群れる習性が
拡大したのが村、町、そして都市へ拡大してきた。 問題は、そこで本来
持っていた生物の利己主義本能が希薄化すること。そのことを実は誰も教えて
はくれない。それを自覚するには、孤独、孤立の状況でしか知りえない。 
特に死に直面した時に知る場合が多い。逆に利他に目覚める場合もあるが…
付和雷同の第一歩は、両親など家族の教えを頑なに守ることから始まる。
これに学校、会社の価値観が加わり、損得の計算が加わり立派な世間様の
完成と相成る。これに法律が加わって社会人とかいう構造が取り囲む。
これが、その時々の権力者達が吾が身のために長年かけて作ってきた
枠組みでしかない。突然、余命宣言を受け、驚愕し、絶望し、孤独地獄の底で、
初めて「自分とは何か、死ぬとは、幸福とは何か、自分とは、そもそも何か?」
の問題をつき尽きられ慌てふためく。群れて考えなかった群れ犬に、こういう
傾向が強い犬コロが多い。群れ犬は、仲間の弱者に極端に冷たい! 弱者は
外敵から身を守るために身を寄せ合っているだけで、瀕死の弱者には、強者に
変身する。群れていれば、より弱者がいるため当面は身を守れる。
『 …でも割切ると群れって良いこともあるんだよ。群れに加わればこそ、
出来ないことも出来ることがあるんだよ世界には。いくら部屋で4kTVで、
その世界を見ても、所詮は映像の世界。汗かき、よれよれになって、大自然
の真っ只中で、驚愕してみると、世界観が変わる。群れた仲間から、一人、
離れた別口の自我が内側から新鮮に、鋭く、喜びが湧き上がる体験をする。
写真家は、それを画像を通して伝えてくる。 一言で、群れ云々は語り尽く
せない。目的を持って集まるのは群れとはいわない? いや群れは群れか。

  〜これまた偶然、4年前の内容が、脈絡として最適な内容〜
・・・・・・
4977,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜
2014年10月30日(木)
  * 人生も旅行もゲームも、難問の解決過程を味わうこと!
 ゲームとは、仮に障害を幾つかつくり、条件と、約束事を決め、
目標達成をすること。ツアーの行先を地区ごとに埋めることをゲーム感覚にし
30年近く、様々な出来事があった。トラベル(旅)の語源がトラブルの難問を
乗り越えるプロセス自体が楽しみになっていく。 創業で、幾つかの難題を障害
と見立て、乗越えてきたことが、旅行にも生かされていた。
ツアーの49回の内わけとして、欧州15回。中東、アフリカ10回。
インド・パキスタンを含めたアジア7回。ハワイなど南太平洋6回。
南北アメリカ11回になるが、それぞれの地域の空白を埋めるのもゲーム感覚。
 一回のツアーには、普段のトラブルの殆どが全て出てきて、楽ではないが、
ゲームで、それを楽しまないと二度と行きたくなってしまう。最近は、家内の
意向で欧州が多い。南米、南アフリカ、パキスタンのシルクロードなどの最果て
の地から日本を見ると、日本は最果ての地。すべからく行先に辿りつくのが
目的でなく、途中に起こる様々の経験全てを味わうことが目的になる。
特に飛行機の行き帰りと、目的先の移動中のバスの車中を楽しめるかがポイント。
アランの幸福論に、「憂鬱の人に言いたいことはただ一つ。
『遠くをごらんなさい』」がある。憂鬱な人が殆どみんな、読みすぎ!人の目
(心)はこんな近距離を長く見ていられるようには出来ていない。広々とした
空間に目(心)を向けてこそ、人間は安らぐのである。夜空の星や水平線を
眺めている時、目(心)は、まったく、くつろいを得ている」がある。
この言葉が遠く旅する目的を言い表している。 贅沢なライフワークだが、
それ一つに絞り、何とか続けられたことが、人生の様々な難問を乗越える支えに
なってきた。人生ゲームというキッズがあるが、難問が高いほど面白いのは、
深淵の意味が含まれている。死んでしまえば、それまでよ!死んで花実が咲く
ものか!である。 大部分を占める世間様という人たちと一線を画すこと、
それには、良い芸術作品、大自然の神秘、良書を浴びなくてはならない。
その前に立ちはだかる難問を乗り越えるゲーム化が、人生のゲーム化である。

・・・・・・
5342,性欲が強すぎて困ります 〜身の下相談
2015年10月30日(金)
      ー身の下相談にお答えします =上野千鶴子
  * 社会学者の人生相談 ー性欲が強すぎて困ります
 男女も、この年頃は大問題。特に、受験勉強は、頭に血が集中するが、
はけ口がないため、そのまま身の下にエネルギーが集中してしまうため、
 悩みは深刻! 情報化で下ネタが幾らでも出回っている現在、大変だろう。
≪ ● 質問: ー性欲が強すぎて困ります相談者中学生男子15歳ー
 15歳の男子中学生です。ぼくの悩みは性欲が強すぎて、今年受験だというのに、
エッチなことばかり考えて勉強が手に付かないことです。単にそれだけであれば、
自分が困るだけなのですが、ぼくの場合は、学校の女子や通りがかりの女性を
襲ってしまいそうなほど、性欲を抑えきれないのです。小学生時代から異性に
興味はありましたが、性欲の対象というよりは、単純に仲良くしたい程度の
気持ちしかありませんでした。しかし、ここ1年ほどで急に仲良くしたいという
興味の対象から、性の対象として意識し始めてしまい、授業中もいてもたっても
いられません。学校内で好きな女の子はいるのですが、その子だけでなく、
ちょっとでもかわいい女の子がいればすぐにムラムラとしてしまい、治まりが
つきません。毎日、自分で処理はしているのですが、どうしても本物の女の子の
体に触れてみたくてたまりません。このままいくと、欲望に負けてしまい、夜道
などで衝動的に女性を襲ってしまわないかと怖いです。こうした行為が犯罪で
あることは自覚しているのですが、自分の処理だけでは満足できません。
どうしたら、この欲望を抑えることができるのでしょうか? 教えてください。 
  ● 回答: 異性と付き合うのはめんどくさいこと
中学生ですか。朝日新聞を読んでいるんですか、しかも「悩みのるつぼ」の
読者ですか、末頼もしいですね。中学生って、アタマのなかがこの方面のこと
でいっぱいの時期ですねえ。むらむら、もやもや、勉強も手につかないって
気持ち、よくわかります。いえ、それがわかるようになったのは大人になって
から、元男の子たちに思春期の性欲について話を聞いたからです。
後になって同じ年代の男の子たちはあんなにはんもん煩悶していたのかと
初めて理解し、そして男って性欲にふりまわされる生きものなんだねえ…と
同情に堪えませんでした。男って謎じゃ。女にはわからないことだらけです。≫
▼ あの頃の性欲は、万人が?尋常ではない。特に試験勉強は、頭の血が、
 そのまま、下半身に直結するらしく? 禁欲は一種、拷問のようだった。
 とはいえ、これだけは、どうもこうも! 
・・・・・・
3870, 品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らねぇ!
2011年10月30日(日)
 映画監督の山本晋也の、ある雑誌の手記にあった言葉だが、
言い得て妙である。 〜まずは、その概略を書いてみる。
≪ 小学校1、2年生の頃、友達と「鞍馬天狗」のかかっていた映画が
 見たくて、トイレの窓から友達4人と侵入したが、支配人に捕まった。
「先に入った友達がいるはずと、教えれば許す」という条件を出されたが、
「友達はいません、僕一人です」と言い通した。そのため警察に突き出され、
父親が引き取りにきた帰り道に、引っ叩かれた後に「ろくでもねえことを
しやがって、でも、お前さん、友達を売らなかったてぇのは、偉い。
品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らなぇっていうからな。
覚えてけ!」「品行」という言葉の意味は、大人が使っていたので何となく
分かったが、「品性」という言葉の意味は暫くわからなかった。ただ、
その中で、親父が友達を売らなかったことを褒めてくれた雰囲気は伝わった。
自分は成人映画を撮り続けて250本になる。その上に、深夜番組で風俗
レポーターを21年もやったが、一度として歌舞伎町で浮遊したことはない。
それもこれも、親父の、この江戸弁がきいている。 ≫ 
▼ 事業を40年近く携わってきて最後は、この結果に終わった。
 色いろあったが、法律はスピード違反なら10キロオーバーまで。
綺麗ごとだけでは済まされないのが事業だが、その辺のことは守ってきた。
何事も契約は遵守。心にとってやましいことは、やらない信念は持ってきた。
この倒産劇で多く非難をされたと思うが、自分では結果に対し納得している
ので冷静でいられた。確かに品行は良いとはいえないが、品性が悪いとは
思ったことはない。いや、酒癖が悪いから、第三者からみたら最低の品性か。
「国家の品格」、「女性の品格」とかいう類の本では、品性の部分では、ほぼ
カバーをしていた。そこでは自己確立が出来ているかどうかが、問われている。 
人を悪し様に言っている人たち、陰口しか言えない人たちの、劣性などが羅列
してある。もっとも立場変われば、見方が全く違う。誰も自分にはあると
思っているが、実はないのが品性。大たい2ランク上の自己評価をするから、
お笑い。自嘲?それもこれも比較の問題になる・・今さら品性と言われても!

・・・・・・
4610, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー2
2013年10月30日(水)
   「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー (著)
 * 雨がもたらす感動 《その時々の感情に合わせて》
    〜私がいったところはどこも一人の詩人が私より先に立ち寄っていた。
                      (シグムンド・フロイト)〜
 この本には俳句が多く引用してある。イメージを簡潔に、生き生きと彷彿
させるに俳句がピッタリだからという。成るほど、雨の日に一人、部屋で読んで
いると、どの俳句も身に染みてくる。冒頭に、「その時の、感情に合わせて」
と、以下の俳句などの一節が書かれていた。
  ー慈悲
 慈悲は強いられ 行なうものではない。慈悲は天から降りそそぐ 
恋みの雨のように大地を閏すもの。 シェークスピア(ヴェニスの商人)
  ー融和する愛
 こんなふうに、夏の雨ぱ私たちの 心にしっかと棲みつく。
だれかの心と鼓動を合わせ打つ生まれ変わった心のように。
             ミュリエル・バリュベル「優雅なハリネズミ」
  ー孤独ー  
秋雨や夕餉の箸の手くらがり      永井荷風
  ー情熱
情熱とは感情的には朝露にとっての雨 水蒸気にとっては水のようなもの  
                  ジョセフ・ジュベール
  ー別れ
白露や 死んでゆく日も帯締めて    三橋鷹女
  ー再会
夕立もやみたる頃の迎へ傘       高橋淡路女
  ー辛さ
五月雨や上野の山も見飽きたり     正岡子規
  ー優しさ
初時雨猿も小蓑をほしげなり      松尾芭蕉
  ー存在の驚き
はるさめの暮れなんとしてけふも有   与謝野蕪村
  ー喜び
タ立が洗っていった茄子をもぐ     種田山頭火  
  ー哀愁
タ時雨蚕ひそみ音に愁う哉       与謝野蕪村
▼ 雨は、どちらかといえば陰鬱的な気持ちに私たちをさそう。
しかし、雨がもたさす憂鬱、退屈、孤独感の中から何にもにも代え難い
感情が湧き出てくる。そして静かにエネルギーが満ちてくる。
童謡《 あめあめふれふれ母さんが ジャノメでお迎えうれしいな、
ピッチピッチ チャップチャップ ラン ランラン。》が、
心の奥から聞こえてきた。
・・・・・・
6074,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜5
2017年10月30日(月)
   * 恐ろしい身近な現実
 米軍の3つの空母艦隊が太平洋地域に実戦配備され、原爆搭載の爆撃機が常時、
空で投下可能状態で待機する実戦配備につくが、これは冷戦下での配置で、中断
していたのが元に戻っただけと米軍の発表。 3つの空母が日本海に集結するのは、
中東配備の交代が朝鮮半島で交差するためというが… 何故か北は大人しい!  
 もし北が太平洋で水爆実験をしたら、如何なる事態に? その可能性を5割と
すると、朝鮮戦争の勃発が5割あり?ということは、緊急を要する事態である。
 平和ボケした日本。 Jアラート、少し過敏過ぎたのでは?と思っていたが、
訓練も含め考え合せると、丁度よかったのか? 朝鮮戦争勃発ならば、東北震災
と比較できないほどの深刻な事態が起きようとしている? 北の狂った男の判断
一つで生じる可能性がある。米軍・元司令官の勃発の可能性が20〜25%も肯ける。
日々、緊張が高まり危ない事態だが、マスコミも総選挙の結果が出た直後から、
シリアスに、この危機を取上げだし、70%という専門家も。 
 ネットでは、以前から、際どい記事が並ぶ。ソウルには、シェルターや防空壕
の万一の備えが数十年にわたり作られてきた。としても、戦争の事態ともなれば、
非常に危険な事態になる。それに対し日本は、核攻撃に対する備えが全くない。
  
   * 『この馬鹿が!』が、辞世の言葉?
 父が時どき独りつぶやいていた言葉が、「この馬鹿が!」。 私にとって、
この言葉は、重い響きがあった。私には、他者だけでなく自分にも浴びせかける
独り言に多い。限界状況の自問自答で投げかけ、投げかけらる言葉が、これ。
先日みたドラマで、思いもよらない純粋行為に走った男に、ある男が内語で投げ
かけた言葉が、「この馬鹿が!」。 実に重く響いていた。 人間の死は、
「緩慢なる自殺」というが、死際の刹那に、自身に対し投掛ける辞世?の言葉が、
『この馬鹿が、ったく!』あたりですか? 「この馬鹿‘ども’が…」なら、
他者に向けた言葉になる。「他者1、自己3」辺りが丁度良い按配? 馬鹿に
馬鹿というのが本当の馬鹿。 ということは、私は本当の馬鹿なら、充分に納得。 
 実に「くっだらん」早朝の呟き! 外は台風が吹き荒れている。

・・・・・・
5707,閑話小題ー 今週のシネマ 〜『インフェルノ』
2016年10月30日(日)
  * 今週のシネマ〜『インフェルノ』
「今、世界の人口を半分にしないと人類は百年後には滅びると」信じる
悪役のアメリカ資産家と信望者たちと、大学教授との対決の物語。」 
20世紀は、戦争による数百万、数千万単位の大量殺戮が行われたが、
現代では不可能? それなら、細菌兵器で、半分、殺処分してしまえ、
という、随分、粗い理屈をダンテの神曲の中に見立て、信望するとは・・
 フィレンツェの美術館、イズタンブールのアヤソフィアなどを舞台に、
息つかせぬ立まわりが面白い。美術館の天井裏や、抜け道をフンダンに
駆け回るアクションに息をのむ思いで見入った。 〜映画紹介より〜
≪解説: ダン・ブラウン原作の世界的ヒット作『ダ・ヴィンチ・コード』
『天使と悪魔』に続き、トム・ハンクスが三度、ハーバード大学教授の
 ロバート・ラングドンに扮したシリーズ第3弾。
ハーバード大学の宗教象徴学者ラングドン教授は、数日分の記憶を失った
状態で、フィレンツェの病院で目を覚ます。謎の襲撃者に狙われたラングドン
は、美しい女医シエナ・ブルックスに助けられて病院を脱出。何者かから
追われる身となったラングドンとシエナは、生物学者ゾブリストが人類増加
問題の解決策として恐ろしい伝染病を世界に広めようとしていることを知る。
そしてゾブリストが詩人ダンテの叙事詩「神曲」の「地獄篇」になぞらえて
計画を実行していることに気づき、阻止するべく奔走するが……。

 〖今、このスイッチを押せば人類の半分が死ぬ。
  しかし、押さなければ人類は100年後に滅びる。
  全てはお前次第だ−』

▼「このまま科学が進歩を続けていくと、制御不能になり、人類が自滅する」
 という説がある。人工的にブラックホールや、人類を消滅可能な細菌兵器や、
原子炉をつくったり・・等々。急増する人口問題と、温暖化と、科学の飛躍的
進歩に、対応が遅れている。そのことが、現在の世界の混乱を招いている。
面白いが、考えさせる映画でもある。      評価 90点。

・・・・・・
4235, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー8
2012年10月30日(火)                       
           ー「ルーツ大全」インフォペディア編より
● グレルの語源
<グレルの語源は平安時代の「貝合わせ」という遊びからきている。
ハマグリの貝殻を二つに分け、ピッタリ合うものを探す遊びである。
これが意外と難しくてナカナカあわない。ここから、しっくりこないことを
ハマグリの倒語、ハマ・グリ ー>グリ・ハマとなり、そのうちグレだけ残って
動詞化し「グレル」になった。この言葉、江戸時代には一般に使われていた>
▼ 最近、あまりグレルという言葉を聞かなくなった。ここで知るまで、
 愚連隊のグレからきていると思っていたが、愚連隊の愚連が、グレの当て語
だった。青少年期にグレタの者に、全うな?人生を過ごしたのは少ない。 
人生の基本が出来てないのは、その後で立て直すのは難しい。
10歳で人生の限界が決まってしまう説がある。
     〜〜
● へべれけの語源はギリシャ神話から
 べろんべろんに酔った状態を「へべれけになる」というが、飲みすぎて
正体を無くした状態にピッタシである。一説によるが、ゼウスの娘にちなんだ
へーべ・エリュケーションからきている。エリュケーションは、お酌をする
という意味になっている。オリンポスでは、へーベがお酌をするのが習わしで、
若くて美しい美人。しかも、ゼウスの娘なら、つい杯を重ねてしまう。
神々は前後の境なく酔いつぶれてしまう。「へーべ」「レリュケーション」
すなわち「へべれけ」という言葉が生まれた。他にも、「へ」と「べ」の
区別がつかなくなり、へべれけが生まれたという説がある。
▼「へ」と「べ」の見境がつかない説もよいが、女神へーべの酌で神々が
 泥酔した説も面白い。飲み屋のネタに丁度良い。スナックに行くのは、
へーべを求めて酔いたいためだ。へーべはいないが、へーべ風はいる。
居酒屋で酔った後に行くのは、幻想を求めるため。 


6438,閑話小題 〜群れとは、そもそも何? −1

2018年10月29日(月)

    * 群れとは何匹・何人から言うかって?
 『群れとは?』と検索すると…
   Yahoo!知恵袋に
<一匹オオカミ以外は「群れ」だよ。>の答えが実に明快で良い。 他にも、
<二匹は「番(つがい)」だから、三匹以上かな?>
<「群れ」を英語に直すと「group」だから…、 人間の場合も3人以上>
 二人=コンビ、三人=トリオ、四人=カルテット、五人以上=グループ>
 ―
  ☆「みんな」って何人以上の事? の問いに…
<一般的には3人以上です。2人のときは「どちらも」「2人とも」などト言います。
「2」と「3以上」を分ける傾向があり、複数の中から一つを選ぶときも、選択肢
 が二つの時は「どちらにする」と言うが、三つ以上のときは「どれにする」
 となります。「AとBのどれにしますか」とは言いません。>
 「2」と「3以上」を分けるのは「2」が「1」よりも1だけ大きい特別な数だから。
 同じ複数でも、「2」と「3以上」を分けて考えるのは自然なことだと思います。>
<3人以上。 2人は「両方」「両名」、またはこれらに「-とも」をつけます。
 たとえば英語でも2人はboth、3人はallですね。このように他言語でも同じ
 ような感覚が生まれるのは、3人は2人対1人に分かれることができる「集団」
 であるから、だと思われます。「集団のすべて」、イコール「みんな」です。>
 ―
▼・学生の頃、7歳年上の3番目の姉が、『もっと収入があったら、あと一人を
 欲しかったけどね。親子連れを見て、3人の子連れで、はじめて群れの感じで、
家族的空気になるが、今の家計では…』と言っていた。とすると、5人になる。
メンバーにもよるが、飲み会で3人は、2対1になり、1人が浮くケースが往々に
してある。浮き役の立場として割切っていれば、それはそれ。
・「群れ」の言葉のニュアンスは、一匹オオカミに対し、野犬の群れの「群れ」。
一匹に成りきれず大勢に従う生き方。「人」と「人間」の違いは、社会集団の
一員の意味合いが加えられて人の間に生きるため「人間」。
「離れ猿」がいる。集団から追い出されて、距離をおいて生きる離れ猿。
ライオンは、成長すると、集団から追出された若いオス同士が、ペアを組んで、
助け合って敵と対処し、生抜くケースが多くある。二匹のペアが襲われるケース
は少ないため。8人兄姉の末っ子で、父親っ子のため、少し距離を置いて、独り
遊びが常。今でも、その延長にあり、唯我独尊を地にいっている。これも家族
の長男、末娘、末息子、一人息子など、様々な立ち位置で、性格が決まる。
・相方は自然と、長女で、家庭的温みのある、自然体の人に魅かれる。
長女、次女は母猿のアシスタントの役割で、末っ子の相手になってくれる。
だから、自然に魅かれる。 とすると、アシスタント代わりのメス猿連れの
「離れ猿」?が我姿? いや、過って小さなテリトリーを持っていた元ボス猿。
成るほど、地元高校の校訓、「和して同ぜず」。「同じて、和せず」が群れの
特性になりがちだが。
<何があっても、強くあらねばなりません! 誰一人助けてくれません。
生きている間は闘い続けなければ!それが人生だから。諦め、無関心になり、
流されてはならない。傷を抱えて生きるしかないと悟ること。同行二人の一人
は親鸞。南無阿弥陀仏の念仏で、孤独から救われる>と親鸞が教える。
群れるなら、確かな宗教。人間は本来、弱者。長年かけて構築された教えが
必要となる。それが凡夫なら尚更のこと。とどのつまり、宗教ですか!

・・・・・・
6073,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜5
2017年10月29日(日)
   ● 誕生日のパラドックス(の法則)
 一堂に会した23人で50%、41人で90%の確率で、同じ誕生日の人が存在すると
いう法則。これは一見、「40人いれば自分と同じ誕生日がいる」と思いがちだが、
この数値は「40人のうち、誰かしら同じ誕生日の組が存在する確率」のこと。
◎ 50人位のセミナーで講師が、「今月の誕生日の人は手を上げてください!」
 というと。7〜8人の人が手を上げた。12分の1で4人と思いがちだが、2倍になる。
「講師は因縁とは、こういうもの」と、説明していたが、この向きの科学的研究
もあるような。因縁の「因」は直接原因、「縁」は間接原因、この二つがあって
因縁が生まれる。哲学の大命題に「存在論」がある。いま、ここに、存在する
不思議の問題に繋がっていく。 
 ―
   ● 90:9:1の法則
 OSやブラウザ、検索エンジンなどのITサービスにおいて、市場に参入する企業の
シェアが90:9:1の比率になるという「90:9:1の法則」がささやかれています。
・最も人気を獲得し多くの人の支持を得たサービスが市場の9割を独占し、
・2番手が9%を、
・3番手は、1%を確保するのがやっとで、他のサービスは数字上は存在しない
 に等しいという、弱肉強食の世界を指す。
◎「20対80の法則」より、一強に力が集中する現象を示す比率。これは進化速度
 の早いIT産業なればの法則だが、社会的格差にも適応する。優勝劣敗の徹底の中
こそ、進歩が生れるが、残り1%しか99%に行き届かない社会問題に行き当たる。
日本の先をいくアメリカ社会を知るにつけ、日本も同じ道を歩むことになる。
 〜以下の文章は、2ヶ月前のテーマ〜 これが現実。
――
『超一極集中社会アメリカの暴走』 
 2017年8月30日

 図書館から『新潮45・6月号』を借りてきた面白いリポートがあった。
【 世界を呑込む「超一極集中」社会〜アメリカの暴走」を著者が解き明かす―
 上位0.1%の超富裕層がすべての富を牛耳り、ますます金持ちに
 (小林由美)】のレポートがあった。
 〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった〜
  〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった…
【 アメリカ“強欲資本主義”の現実
 <池上彰が『超一極集中社会アメリカの暴走』(小林由美・著)を読む>    
・アメリカのトランプ大統領による予算教書が五月に提出されました。
アメリカの大統領には予算編成権がありません。予算を編成するのは議会。
そこで大統領は、「こういう予算を組んで欲い」という要望を予算教書として
提出するのです。 トランプ政権は所得税や法人税の大幅減税を打ち出して
います。金持ちほど大幅に税金が戻ってきますが、庶民には恩恵がありません。
その一方で、貧しい家庭に食料を支援したり、低所得者が医療を受けられる
ようにしたりする施策は予算が大幅にカットされます。去年の大統領選挙で
トランプに投票した支持層が打撃を受ける予算案です。金持ちは一段と金持ちに、
低所得者はさらに生活が困窮していく。アメリカの現状を象徴する予算案。
金持ちの一極集中が進むアメリカ。書名通りの事態が進行しています。
・アメリカの所得格差が大きいことは日本でも知れ渡っています。国民のわずか
1%の人が富の大半を所有している。そういう認識を持っている人が多いと思い
ますが、もはやそんな状態ではないと著者の小林由美さんは指摘します。
上位0・01%の2014年の平均年間所得は2009百万ドル(約32億円)という驚く
べき数字です。上位0.1%で見ると平均所得は6百万ドル(約6億6千万円)ですが、
上位1%で見ると、126万ドル(約1億4千万円)に下がります。 過去の歴史を
見ると、1980年代以降、上位0・1%の所得は増え続けているのに、それより
下位はほとんど増えていないという現実があります。
・こんな格差社会で我が子を「勝ち組」にするには、質の高い教育を受けさせる
必要があります。そのためには幼稚園から私立に入れる。ところが私立の幼稚園
の学費は日本円で年間300万円。私立大学の四年間の学費は計3300万円。
いったい誰が払えるというのか。もちろん奨学金制度はありますし、学費ローン
を借る手もありますが、大学卒業と同時に多額のローンの負債を抱えることに
なる若者も少なくありません。「大学を卒業して社会人として第一歩を踏み出す
時には、多くの人が既に多額の借金を負っている。これがアメリカの現実です」
・こんなアメリカで繁栄を謳歌しているのが金融業です。資金を集めて投資する
ファンド。その周辺には、アナリストやトレーダー、ブローカー、投資顧問、
コンサルタントなど数多くの人が群がります。「こうした介在者の増大が金融
サービス従事者を増やし、その人件費と利益が金融サービス業の付加価値として
国内総生産(GDP)に現れ、不動産金融も含めると、金融サービスはGDPの12%
近くを占める主要産業になっています」
・強欲資本主義の支え手である富裕層は、自らの利益のため政治家に接近する。
「民主党は都市の進歩派富裕層やハイテク産業から政治資金を得て、都市部に
集中しているマイノリティを取り込み、共和党は重厚長大産業やエネルギー、
金融界から政治資金を得て、中西部や南部に集中している貧しい白人を取り込んだ」
アメリカという国が分断されるわけです。アメリカという国を分析する著者の筆法
は鋭く、ときにアメリカに対して絶望的な気分になりますが、他方でアメリカの
強さも知ることができるのです。(池上 彰)

▼ トランプ大統領になって以来のアメリカの分断は、この本を読むと、理解
 出来るようだ。10年前に、同じタイトルの本を出している。出だしからして、
<アメリカ人は4種類しかない。超金持ちと、仕事のプロと、貧乏人と、社会的
 落ちこぼれだ--。>である。この現実が社会問題にならないのは、誰もが、
アメリカンドリーム、「いつか私も大成功し… 」の妄想があるため。現在の
日本も、同じ傾向になっている。 情報機器も含め4割が情報関連を占めている
現在、若い人は、何はともあれ上質な情報と知識に対し、敏感であらねば。

・・・・・・ 
5706,マネー・ワールド � 〜資本主義の未来
2016年10月29日(土)

 第3週の「巨大格差のその先に」が、現在の世界を端的に示している。
社会主義圏が消滅してしまった結果、資本主義の弱肉強食の一強総取りが、
ますます強くなり、貧困層が露出し始めている。日本の宗主国のアメリカが
弱体化を始めた現在、日本は、その影響をもろに受けている。
特に地方経済が惨憺たるもの。 〜その辺りより〜
  ☆ 世界的に巨大格差が広がっている
≪・日本では6人に1人が貧困層で、先進国 30ヶ国中、メキシコ、トルコ、
 アメリカに次いで世界四位に、平均は7人に1人になっている。 超富裕層
 に富が集まり続け、もっとも裕福な62人と下位36億人の資産が同じ。
 現在の世界の人口が約70億人なので、世界の人口の半数の人と62人の
 資産が同じという驚愕な内容。36億人の平均年収が5万円、62人の平均が
 3兆円という膨大な差。世界各国で、この巨大格差で資本主義に対して、
 デモが起こっている。
・その中で、「共有型経済」なるシステムが出来上がりつつある。
 日本でも中古の販売が伸びていて、無料で物をやり取りできるスマホ
 アプリなどが人気。当人にとって不用でもほしい人が案外いるので、
 これを推し進めた経済がどのようになっていくか。
・巨大な格差の実例として、米シアトルでは、テントシティーと呼ばれる
 テント村が市内に8か所あり、公的に認められている。ここ数年、不動産
 が高騰し、仕事があるが住むところがない人が多くいる。シアトルに
 テントシティーなどがあるとは。働いていて、家が借りられないのは、
 日本の地方では考えられない。これに対して、富裕層は、“ビリオネアが
 アメリカには500人いる。
・右上がり社会では、‘シャンパンタワーのグラスからしたたり落ちるよう
 に富が下に分配されるが、低成長になると、そのシャンパンタワーの一番
 上のグラスが大きくなり、下には流れない。「シャンパンタワーのように
 上が満たされれば、下が潤ってくる可能性は高いので格差も必要なことだ」
 という主張があるが、シャンパンタワーの一番上のグラスが大きくなると
 富を全部飲み込んでしまうのが現状」との解説は、わかりやすい。
・日本でも一人親の貧困率が50.8%と世界最高レベル。最近は貧困問題が
 話題に出るが、まだ極貧は少ないが、貧困で子供の進路が選択できない話題
 が、最近多く聞くようになった。
・アメリカで新たな動きが始まっている。モリス・パール(元資産運用会社)
 がパトリオティック・ミリオネアという団体を設立して、「富裕層への増税」
 「最低賃金の引き上げ」を掲げて、貧困層を中間層へ引き上げるための活動
 を始めている。
   ☆ 資本主義経済から「共有型経済」
・アダムスミスが唱えた資本主義の感情で重要なものを「利己心」と「共感」
 を上げていて、共感は相手の不利益にも考えを及ぼすことだと言う。
 この時代、この共感が薄れてきているので、格差が広がっているのでは
 ないかということでした。≫
▼ Amazonで購入する本の多くが新中古本。一度、店頭に並んで返品された本
 だが、新品と何らかわらない。電化製品は、ネット上から買えば、2割以上は
 安い。知恵さえ使えば、現座の日本では何とか生きていけるが、今後は如何
 なることやら。資本主義社会では、社会格差が勤労意欲となり、必要悪と
 されるが、一強多弱が過ぎると社会の停滞を引き起こす。

・・・・・・
5341,女はムズムズ、男はムラムラ 〜身の下相談
2015年10月29日(木)
          ー身の下相談にお答えしますー 上野千鶴子
  * 社会学者の人生相談 
       〜性欲が強くて勉強できません
                   相談者浪人生 女子18歳
 生涯独身の社会学者が、身の下相談とはいかに?である。
まず、目に付いた若い女性の性欲に対する答えが軽妙でよい。 
  〜その相談と返答〜
≪ 18歳の女子浪人生です。私は性欲が強いんじゃないかと悩んでいます。
小さい頃から性に関して関心があり、自分でも不思議でした。自慰行為を
しては嫌悪感にさい悩まされました。今は自分の行為を、自分で理解できる
ようになりましたが、情けなくなってしまいます。何より今困るのは、性欲
が強いために勉強ができないということです。自習室にいるときは別ですが、
家にいるとそういう行為に逃げている気がします。 性に関してはこれから大人
になれば、いくらでもそういう機会はあるでしょうが、勉強は一番やらなければ
いけないことですし、私自身も一番やらければいけないことですし、私自身も
勉強が好ぎなので、そのようなことばかり考える時間を持ちたくありません。
 女性も男性のように性に関心を持ったり、性欲が強かったりするのは当り前
だとは思いますが、私はまだ子どもなのにそんなことばかり考えるのは少し
不謹慎だと思ってしまいます。私はまだ性交渉を持ったことはありません。
いたずらに性交渉を持つべきじゃないという思いが性欲が強いこととつながって
いるのでしょうか? 今は時期的に性欲が強いんだろうと思うのですが、どう
うまく自分と付き合っていけばいいのか、同じ女性として上野千鶴子さんに
ご意見、アドバイスいただければと思います。
  ● 回答〜むずむずしたら自分でほぐしましょう
 回答者のご指名を受けて、光栄です。下ネタに強い、と思われたんですね、
アタリです。あなたは性欲が強いとか。どうしてそう思ったんですか?だれか
と比べてみたんですか? だれでも小さいときから性に関心を持っていますし、
その関心はだんだん強くなります。18歳はとうてい「子ども」とは言えません。
他人とくらべてどうかはわかりませんが、おそらく人生のなかでいちばん体力
とともに性欲の強い盛りじゃないでしょうか。男性に聞くと、20歳くらいが
ピークでそれから性欲は衰えるいっぽうだそうですよ。性欲と性交欲とは
ちがいます。性欲は相手がいなくても満たすことができます。
性交欲は対人関係を求める欲望だから、こちらはすこしやっかいですね。
相手が同意しないと成りたちませんから。でもあなたにあるのは性交欲では
なく性欲でしょう?それなら話はかんたんです。むずむずしてきた時は、肩の
こりをほぐすように自分で緊張を解いてあげましょう。 江戸時代には
「自行安味」とも呼ばれていたくらいですから。
 マスターベーションを「自涜」と呼んで撲滅しようとしたのは明治人、
それを「自慰」というやさしいことばに呼びかえたのは大正期の性科学者たち。
青柳有美はマスタベーションを「人工遂情」と訳して「気がはきはきして頭が
すっきりする」と書いています。セックスのよいところは必ずフィニッシュが
あること。それにマスタベーションは妊娠の心配もないし、だれにも迷惑が
かからないため、すっきりしてから勉強に向かうほうが集中できるでしょう。
セックスには2種類あって、マスタベーションは自分の身体とのエロス的な
関係・性交は他人の身体とのエロス的な関係のことです。どちらかがどちらか
の代用をすることはできません。自分の身体のエロス的な使用のしかたを
知らない人が、他人の身体とエロス的な関係を結ぼうなんて、無免許運転みたい
なものでふらちです。自分のエロスのツボをよお〜く学んでおくと、実際に
相手のあるセックスをしたときに、そのセックスのクオリティのよしあしが
よくわかりますからね。己を知り、敵を知らば百戦あやうからず。
あれ?性交は闘いじゃありませんでした。セックスを他人を支配したり
侮辱したりするためにやから使う輩もいるけど、これもふらちですね。≫
▼ シングルを生涯貫いてきた、若いときから著名な社会学者の上野千鶴子が、
 若い女性の性欲の悩みをズバリ回答するのも、面白いもの。


6437,閑話小題 〜友、遠方よりくる

2018年10月28日(日)

   * バブル期に
 10数年ぶりに学生時代の友人と飲む。38年前になるが、新潟シリーズの創業の
半年前に大手中堅商社の新潟支社に転勤で赴任してきたばかり。引継ぎの幾つか
の案件に私の名前をみつけ電話をしてきた。新潟で知人が皆無の中で、ゼネコン
関係の資材を扱う部門で、情報を得るにうってつけ。 学生時代のクラブで親友
というほどでもなかったが、比較的親しい合気道演武の相方だった。 その後、
開業を経て16年、2〜3ヶ月の割合で新潟駅前と古町に飲み歩いていた。その後、
本社の方に戻っていたが、新潟滞在中に県外の女性と結婚、二子が生まれていた。
彼にとって新潟は第二の故郷、その息子にとって生まれ故郷になる。
 勤めた商社が、4回も吸収合併を受け、そのハンデの環境で生抜いてくるには
並大抵でない苦労話を、飲む度に聞かされていた。 晩婚だったこともあり、
その関連会社に現在も勤務。その仕事の関連で新潟、北長岡に出張にきた帰りに
長岡駅周辺で一軒ハシゴをして、最終の新幹線で帰っていった。しかも翌日は、
9時出社というからリタイアから8年近くの私には…? 数年前、一度、退社
したが、社長交代で、新社長に呼び返され現在に至っているとか。社長直属の
便利屋的存在? お互い、あと3ヶ月で73歳。老いは隠せないが、気持は元気。
現役の良さは、気持ちの張りと、エネルギーを貰えこと…という。この年齢、
何処も家庭内で邪魔者扱い。<…老いは厳し〜野辺の花よ〜>で
 バブル期の絶頂期を古町の夜を飲み歩いた行蔵の味は、何ものにも変えがたい。
高校の後輩の広告代理店の支社長、ゼネコンの所長、不動産屋社長、某雑誌の
愛読者の会と、週末、週初めに、誰かしらと飲み歩いていた時期が懐かしい。
新潟シリーズの実業30年の、当初10年は上昇期間、中間10年は横ばい、後半
10年は後退期だった。その前半15〜6年が一緒だったため、面白い思いでばかり。
後半にかけた20年は年2回の秘・異郷ツアー。バブルで膨れ、その崩壊で萎んだ
人生そのもの。 過去を懐かしみ浸ることは問題だが、どう振返ってみても、
<そう考えたい>要素もあるとしても面白さは、プラマイ3対1、いや6対1。 
良かったことが有りすぎ。何故なら自分から、そこに近づいたため。運は
自らを、そこに「運ぶ」。因縁の因は、直接原因。縁は、それに誘発された
間接原因。縁から因を探す方策もある。
 世界史上最も恵まれた時代背景に生きただけでも有難い。人生は一度、好転
すると、そのまま転がる傾向にある。 問題は、如何に軟着陸するか? 死ん
でしまえば、それさえ如何でもよいこと。 宇宙のチリでさえなくなる。
ただそれだけ! なら美味い酒を飲んで、【僕は幸せ!】と、ひと時を過ごす
しかない。ただし、充実した日の名残りに! 空虚が一番悪い。その怒りを
他者に向けるしかないのが最も悪い。 それも老いてなお群れて! 
 ところで、群れは何人以上をいうのでしょうか? これは、次回のテーマ。 

・・・・・・
2014年10月28日(火)
4975,閑話小題 〜好きなこと、非日常
   * 嫌いなこと、無感動
 酒席での、ある人の一言が気に入った。
『私の好きなことは非日常!嫌いなことは無感動、無反応!』
私の趣味の秘境ツアーは、非日常と感動を求めて海外に出ることにある。
毎日1〜2つはみるTVドラマも、週1度は、通っているシネマも非日常世界の
仮想体験をするため。人生を振り返ってみて、思い出されるのは非日常的のこと
ばかり。しかし本当に大事なのは、その時節の日常。背景があればこその非日常。
したがって、この二つの組合せを知恵で生かせば良い。老いるということは、
日常に埋没し無感動になること。子供の頃の、青春時代の、あのキラキラ
した気持ちは、どこにいったのやら。
  * 塩の話
 サラダは、だいたいが塩をかける。このサラダは塩の意味から派生した言葉。
ラテン語で塩のことをサルsalと呼ぶ。このsalから様々な言葉が派生した。
例えばサラーリーマン(salary man)がそれ。サラリーマンは和製英語だが、
そのサラリーsalary(給料)は塩sal。古代ローマでは、兵士の塩代のことを
ラテン語でサルsal(塩)にちなんでsalariumといい、これがsalaryサラリー
(給料)となった。 塩と同じくらい貴重なものという意味で、給料salarium
が使われていた。他にも、例えばsauce(ソース)、sausage(ソーセージ)、
salami(サラミ)、soldier(ソルジャー:兵士:塩をもらう人)がある。
 塩は空気や水とともに、人や動物が生きていく上で欠かせない。
これは生命が海から誕生したことと関係がある。世界で生産される塩の三分の二
が、岩塩を材料としている。岩塩は5億〜2千万年前に地球の地殻変動で海が
陸地に閉じ込められ、水が蒸発後に土砂が堆積してできたもの。
人類は魚介類や獣肉を食べて自然に有機塩を摂取する以外に、塩を意識
しだしたのは5千年前からと推定される。食物の味を高め腐らせない塩は、
古くから霊力を秘めていると崇められ、お清めや、相撲などで土俵にまくなど、
清浄の力で穢れを払う目的がある。「しおらしい」は、「塩を欲しがる」女性の
仕草が由来のようだ。 「塩梅がよい」「塩加減がよい」「敵に塩を送る」
「青菜に塩」「ナメクジに塩」「傷口に塩」など、諺にも多く使われている。

・・・・・・
5340,もし上野さんが美人だったら? 〜身の下相談
2015年10月28日(水)
               〜社会学者の身の下相談
  * もし上野さんが美人だったら?
         ー身の下相談にお答えしますー 上野千鶴子 
「私は美人故に読書量が少なかった。そうでない貴女は読書量が多く、知名な
学者になっておられる。その私は、どうしたら、その深みに到達できるのか?」
という辛らつな質問。 何かやらせ?のようだが、それはないという。
  ● 質問: もし上野さんが美人だったら? 相談者主婦60歳
≪ 60歳の主婦です。 愚息たちが独立し、ひとりの時は本ばかり読んで
 過ごしています。が、読んでも読んでも足りないくらい読みたい本が次々と
出てきます。若い時代に「きれい」と言われるような部類に入っていたため、
ちやほやされながら過こしたことが悔やまれます。
 そこで上野千鶴子さんにぜひ質問したいことがあります。
もし上野さんが絶世の美女に生まれついたとしたなら、現在のように、社会
の底辺にまで目をやる社会学の道に進んでいたでしょうか? フエミニズムや
ジエンダーの問題、引きこもり、おひとりさまの考察も、ミソジニー
(女性に対する憎しみや軽侮)のあの深さに到達したのでしょうか。≫
  ● 回答 人生がそんなに単純ならねえ…
≪ アメリカにこんなジョークがあります。
 キャンパスをメークの似合うきれいな女性がパンプスで歩いていたら、
教授秘書。すっびんで、さえない、若くない女性なら、教授、なぜかというと
花のハイスクール時代に、きれいな女の子は男の子にもててデートに忙しく、
勉強どころではないのに、きれいでない女性はこつこつとお勉強して名門大学
へ入り、成果を上げるから、と。かのボーヴォワールも、妹と何かにつけ比較
され、親に「あなたはかわいくないから、お勉強をいっしょうけんめいしなさい」
と言われ続けてきたとカそれならフェミニズムは「ブスの女のルサンチマン」
だという(今か40年も前にオヤジメディアが唱えた説は正しいのでしょうか。
娩曲な言い方ながら、あなたは全く同じことを言っていることになりますね。
あなたの説は容貌人生決定説です。人生がそんなに単純なら、どんなにいいで
しょう。証言しておきますが、ウーマンリブに参加した女たちにはきれいな
女性がたくさんいました。きれいな女性は男にセクハラされ、ストーカーされ、
利用されていましたし、ブスの女性は男に無視され、黙殺され、からかいの対象
になっていました。きれいでもブスでもない、その中間の大多数の女性は男に
つけこまれ、ふりまわされ、あなどられていました。残念ながらそれが40年前
の女性の現実でした。察するにあなたはそこそこ幸福な人生を送ってこられた
ようですね。それを容貌のせい、とお考えでしょうか。「若い時代」と限定が
あるので、女の容貌の価値が賞味期限付きだとは知っておられるのですね。
ということは「若い時代」が幸福のピークで、それからずっと下降線をたどって
きたということでしょうか。察しのとおりわたしは「顔の不自由な」ひとですが
(笑)、これまで生きてきた上で男女を問わず他人と関係をつくるのに、
そのせいで不都合があったことは、一度もありません。弱者に想像力を持つ
ためには、自分自身が弱者でなければならない理由もありません。
この年齢になって読みたい本が次々に出てきたんですって! なんてすてき。
本と読者は出会いもの。若いときに本を読まなかったことを容貌のせいに
してはいけません。容貌は容貌、幸幅は幸幅、知織欲はそれとはまた別、
その間に何の相関もない、っていうことぐらい、本を続めばわかりますよ。≫
▼ 美人カースト制で恵まれた人だった質問者が、それ故に読書の絶対量が
少ない自分を責めている見識そのものが低い。容貌には賞味期限があり、
知識は絶対量が増すほど質に転化する。女性は容貌で大きく人生を左右する。
しかし、そこに品性と教養が伴なって、光の色が変わってくる。 
人生に、「もし」や「たら」は無い。一期一会の積重ねが、その人となり。
「女性のセックスの質量は、容貌に大きく左右される」、統計があるとか。
容貌が崩れる前に、『やりたい時が、やれる時』と知るべし(笑い)。
・・・・・・
4608, 孤立無業
2013年10月28日(月)
 朝日新聞の書評に、『孤立無業(SNEP)』 玄田有史〈著〉があった。
ネット検索で調べると、多くのレビューが出てきた。そこで、その幾つかを
まとめてみた。孤立無業から独居老人に、そして孤立死を迎えることになる。
死ぬ時は、誰もが孤立死だが。
《  * 孤立が就労意欲を奪う
 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた東大社会科学研究所の
玄田有史が、新たな分析視角を提唱。ニートが15歳から34歳の無業者を
指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業」は、20歳以上59歳以下の未婚で
無業者のうち(在学中を除く)、ふだんずっと一人でいるか、一緒にいる人が
家族以外にいない人々を指す言葉。孤立無業者は、家族と一緒にいる時間が
ふだんある「家族型孤立無業」と、ずっと一人の「一人型孤立無業」に分類。
 その春、ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版ウェブサイト
『JAPANREALTIME』が「孤立無業者『SNEP』が急増中」という記事を掲載した
ことで、ネット上で「SNEP」に注目が集まることとなった。玄田教授によると、
「SNEP」のインターネット利用率は41.3%にとどまり、孤立していない無業者
に比べると20ポイントも少ない(2006年のデータ)。 
 〜玄田教授への質問〜 
 ―孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。  
玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を
 取ってSNEP。Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」
「孤独な」「寂しい」といった意味があるように、無業者の中でもふだん
ずっと 一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々のことを指します。
   ―ニートや引きこもりとどう違うのですか。
玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15〜34歳の若年無業者を指す一方、
 孤立無業は20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない
点ではニートと同じですが、ニートは仕事を探す活動や準備をしていない無業者、
SNEPは友人や知人との交流のない無業者、約9割が6か月以上働いていません。
外出をめったにしない人もいますので、その意味では引きこもりはSNEPに
含まれていると考えていい。 また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティア
などの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。
  ――孤立無業者はどのくらいいるのですか。
玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に
112万人いた孤立無業が2000年代に急増し、2011年時点で162万人に達している
ことが分かりました。これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています 》
▼ 老後にも「孤立無業」が待っている。特に男の場合、縦社会に慣らされて
きたため、横社会では、孤立しやすい。それでも160万以上は驚き。 何とか
60歳に辿りついたが、それまでに一つ間違えれば『孤立無業』があった。
倒産は、ほぼ、孤立無業が待っている。事業は船底一枚下が地獄。だから必死に
考え、力と知恵が湧き出る。 最後は挫折で、孤立無業である。特に大都会での
「孤立無業」は厳しい。「独りは良い」というのは、独りでないからこそ 
言えること。人の間にあってこそ、人は人間になる。先日、初老の独り暮らしの
人が、アルバイトで何とか生活している状況をリポートしていたが、鬼気(危機)
迫る深刻なもの。あの時、何もかも放り出し、独り東京の郊外に身を隠し、
年金暮しか、生活保護の道もあった。大部分が、それに近い。そこで寂しさと、
心の傷を癒すため、酒に溺れアル中、そして孤立死・・ としても、一歩も、
かたい岩場の穴に閉じこもった人生より遥かにまともに、思うのだが、
当人は、凍りつく日々。緩んだ方々より凍死? 何か最近、緩んできた?
・・・・・・
6072,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜4
2017年10月28日(土)
  ● メラビアンの法則
≪ アメリカの心理学者/アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念。
 人物の第一印象は初めて会った時の3〜5秒で決まり、またその情報のほとんど
を「視覚情報」から得ていると言う概念。メラビアンが提唱する概念において、
初対面の人物を認識する割合は、
「見た目/しぐさ/視線等」の視覚情報が55% 、
「声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等」の聴覚情報が38%、
「言葉そのものの意味/話の内容等。」の言語情報が7%と言われている。  ≫
◎‘外観、印象などの非言語情報はメッセージの受け手に大きな影響を与える’
 ということ。異性に対する判断も、飾りたてた外面と性欲に惑わされて大方
(9割)が失敗し人生を終わる。そのことに気づくか否かだが。ベルギー、
スペインなど、それに気付き7割方が離婚に至る。気づかないか、気づかない
ふりをする手もあるが… しかし結婚はしなければ後悔が待つ。すればしたで、
桃色吐息、青色吐息より、『濁色吐息』が待っている。女性がファッションと
化粧にエネルギーを注ぐかが、このことから理解できる。 言語情報が7%とは、
これ如何に。私たちは、上っ面が罷り通る社会に生きている。それが現実世界
と思っている人を「世人」、その集まりを「世間」という。彼らは自然と沈殿、
ヘドロ化する。しかし半径500mの生活範囲なら、これが自然となる。
清水より、ドブ川の方が面白いのが多いのも事実! ナマズ、雷魚、ダガメ、
ボウフラ、フナなど、それぞれ荷物を背負った、共喰いなどの雑食世界。複雑
怪奇な娑婆の味である。少し先には小川が流れているが、水が合わない上に急流
のため適当なエサがない。時に紛込んだ外魚に、そ知らぬふりをし針を刺す。
 また日本的世間様社会の話になってしまった。街を歩けば、それしか見えない
なら、この法則に従いTPOSに合わせればよい。日常生活を省りみるに、TV
とネット情報が、この位の比率だろう。とすれば、発信も、視覚情報を増やして
然るべきではと、思うが。
・・・・・・
5705,マネー・ワールド  � 〜資本主義の未来
2016年10月28日(金)
  今さら経済の話題でもないが、NHKスペシャルの
『マネー・ワールド資本主義の未来』の三回シリーズの録画をみた。
 今世紀に入ってから世界の政治・経済の異常さは、ただならぬものがある。 
 冷戦の終結、1995年のウィンドウズ95の発売、スマートフォンの普及と、
 電子機器の飛躍的進化で、現実社会の上を覆うような別世界が出来上がり、
 フラットになってしまった。その結果、国家、民族、宗教の垣根が低くなり、
 一部の人たちの総取り傾向が、中間層の没落を招いている。それが、マネー
 ・ワールドを変え、人々の生活を激変させている。
  2500年前のギリシャの社会構造が、「3%のトップ、30パーセントの中間層、
 67%の隷属層」。それが、現在でも、言葉を変えて、そのまま続いている。
 3%に従い、社会を主導してきた30%が、ネットや、電子機器の進化で、いま
 まさに隷属層に落ちようとしている。それがマネー世界で端的に表れてきた。 
  何ともシリアスな現象だが、情報化社会の功罪そのものである。
   〜NHKのHPの番組紹介より
◇ 第一回、マネー・ワールド<資本主義の未来(1)世界の成長は続くのか>
≪ 米大統領選挙を左右する大富豪とホームレスの「巨大格差」。
 2500億円の詐欺事件の首謀者が語る「大企業の不正」の内幕…。
 世界中で相次ぐ“お金”をめぐる大異変に、爆笑問題の二人が分かりやすく
 切り込む! いま「マイナス金利」「モノを買わない若者」など、日本でも
 異変が。それは250年続いてきた経済成長の終わりではないか?今後も世界
 は成長を続けられるのか?資本主義のスケールで現代を読み解く新シリーズ。≫
◇ 第二回、マネー・ワールド (2)国家VS.超巨大企業
≪ 私たちの暮らしやお金、格差問題まで、すべてに関わる資本主義。
 シリーズ2回目は、経済を誰がコントロールすればいいのかを考える。
 国境を越えてグローバルに活動する巨大企業が次々と誕生。なかにはビジネス
 に支障が出たとして国家を訴える裁判が多発。財政に深刻な影響の出た国まで
 現れている。国家が企業をコントロールしてきた資本主義。それが今、企業が
 国家を飲み込む事態が起きている。この先に一体何があるのか、考える。≫
◇ 第三回 マネー・ワールド 第3週〜巨大格差のその先に
≪ 近代資本主義250年の歴史の中で、現在は格差が最も広がっていると言われる。
 巨大格差の先には何が待っているか。元米国労働長官のロバート・ライシュ氏や、
“世界一貧しい大統領”と呼ばれたホセ・ムヒカ氏ら知の巨人たちに話を聞く。
 また、自らへの増税を求める米国の富裕層グループの活動や、経営者の報酬を
 10分の1に削って従業員の最低賃金を7万ドルにした企業の社会実験などを通じて、
 格差是正の可能性を探る。≫
▼ まさか事業整理に至るとは、その時に至るまで思ってもいなかった。
 アッという間である。情報化による社会の変化に対応できなかった結果である。
第三回の<巨大格差問題>の特集がシリアス。これは後で取り上げる。現実の
生活で、セブンイレブンで弁当を買い、トヨタの自動車に乗り、ユニクロの
ジャケットとズボンを着て、マイクロ・ソフトのウィンドウズを使い、iPad
とiMacのパソコンを使い日々を過ごす。それぞれが巨大企業の製品である。
更にAIとロボットが、中間層の仕事を奪う事態が進むことになる。 〜続く


6436,今年のドラフト会議の総論は?

2018年10月27日(土)

 ドラフト会議の結果は籤運だけでなく、トップの能力そのままが現れ出ていた。
問題は二巡目、三巡目。Sが日本ハムより、根尾を引当てた中日… しかし吉田
を二巡目で競争無しで獲得した日本ハムは流石。下位Dが阪神、巨人は間違いない。
何でまた?巨人の二巡目、早実の野村か、吉田だろうが、原の出身大学の選手とは。
データーがあるのだろうが、私には首を傾げざるを得ない選定。
高卒5人に隠れた逸材がいるのか?は神のみぞ知る。
 
  Yahoo!のネットニュースに以下の通り…
 ≪ 元スカウト・得津氏のドラフト診断
  「阪神、巨人は低く評価せざるを得ない」
【得津氏ドラフト診断】
 S=日本ハム
 A=中日、西武
 B=ロッテ、DeNA
 C=広島、ソフトバンク、ヤクルト、オリックス、楽天
 D=阪神、巨人
 今年のドラフトで指名に成功した球団はどこか。そしてうまくいかなかった
球団は…。元スカウトで本紙評論家の得津高宏氏が、本紙恒例「ドラフト診断」
で今年もズバリ採点した。

 ♢ ・真っ先に名前を挙げたのは日本ハム。「一番いい指名をした日本ハム
で異論はないのでは。1位指名こそ外したが、夢のある選手が揃いました。
外れ1位で吉田輝星君の単独指名に成功したのはラッキーでしたね。有望な
素質型の高校選手をずらりと揃え、1位級の社会人投手を3位で確保できた。
知名度のある選手ばかりという見方もできますが、そういう選手をしっかり
育成してきた実績もある。見事なドラフトだったと思います」と絶賛した。
 ♢ 次いで中日、西武の2球団がいいという。
「・中日は根尾昂君を引き当てたのはもちろんですが、2位でも即戦力1位級
投手の指名に成功。地元の選手も押さえながら、有望な高校捕手を4位で指名。
・西武は1位で日体大の松本の単独指名に成功。2位で地元の1位級高校投手も
残っていたし、当初の思い通りに指名できたのでは。この2球団は、ほぼ完璧」
 ♢ これに続くのはロッテ、DeNAの順。
「・ロッテは1位の抽選に勝ち、即戦力投手も押さえることができた。投手中心
になったのはチーム事情的に仕方がないのかな。
・DeNAは2位の伊藤(立正大)がいい。柔らかい打撃で低めを打つ。
すぐに試合で使えるのでは。この2球団はまずまずでしょう」
 ♢「可もなく不可もなく」は広島、ソフトバンク、ヤクルト、楽天、オリックス。
「広島はインパクトはそれほどありませんが、例年通りの育成中心といった感じ。
逆にソフトバンクは今年は珍しく即戦力にかじを切った印象で、ちょっと余裕が
なくなったのかなと。ヤクルトは外れの外れで清水(国学院大)を獲れたのは
良かったですが、2位以下は無難にまとめたといった感じ。オリックスは外れ
1位でもうちょっと攻めてもよかったのでは。他球団が『やられた』と思う指名
ではなかったように思います。楽天は2位のウエーバーをもうちょっとうまく
使えなかったのかな。太田(大商大)の指名はちょっと早い。あせりを感じた」
♢ 最後に残ったのは阪神と巨人。この2球団には厳しい言葉が並んだ。
・「阪神は上位で野手を並べましたが、かなり異質。ここは例年、野手指名
優先の傾向があるのですが、それが球団の方針なら仕方がないのかな…。
斎藤(ホンダ)を4位で獲れたので少しは救われましたが…
・「巨人は1位で2度外しましたが、高橋(東海大菅生?八戸学院大)の指名
には東海大のからみもあるようで、残念。抜けた実力があるのならともかく、
監督の大学関連を1位でやるのはどうなのかな…と。個人的には外れ1位で吉田
に行ってほしかった。大阪桐蔭の柿木(日本ハム5位)より先に同校のチーム
メートで控えの横川を4位で指名したのも、左腕とはいえ違和感を覚えましたし、
日本ハムとは逆に『夢のある指名』ではなかったように思います」

最後に得津氏は「あくまで現時点での私の個人的な感想で、結果はすぐに出る
ものではありません。5年先、10年先に日本を代表する選手がこのメンバー
から出てくるよう、がんばってほしい」とエールを送った。 … ≫


▼ シリアスな評価だが、こんなものか。何か浮付いてる原監督。三度目の監督
は無理がある。巨人も折角の改革チャンスを原の就任で潰えた予兆が現われ出た
リアルな物語の始まりが、これ。 話題の中心にするだけ昔の名残りですか。
それより、やはりDH(指名打者)をセ・リーグに導入すべきである。
調べるとパリーグは、1975年に人気低迷にあえいだ時に出来た制度。
本場アメリカもアメリカン・リーグが1973年からDH制度を取入れているが、
ナ・リーグも導入と議論されてきたが、現時点では現状維持のまま。
攻撃面で様々な戦術が可能になり、投手の替わりに強打者を据えることが可能に
なり段違いに強化することが出来る。これは、セ・パの戦いの結果をみると、
歴然と現れ出ている。片方を指名打者制度に、もう片方を、今までの制度で
戦わえば、当然、指名打者制度のチームが勝つ可能性が強くなる。ついでに、
キャッチャーも、指名打者にしても良いのでは。それほど、過酷なポジション。
 これだけスピードが求められる時代。 決して極論ではない案である。
それも、セリーグよりパリーグで… さらにリーグ間の力の差が開く?

追文:去年、以下のような文章を書いていた。日ハムは、高卒ルーキーは、
 二軍でジックリ基礎を叩き直すため活躍の機会が少なく表立ってはいない。
吉田輝光にとってはベストのチームに当った。

・・・・・・
6071,閑話小題 〜プロ野球ドラフト会議
2017年10月27日(金)
   * ドラフト会議
  〜まずはネットニュースより〜
《ドラフトの目玉だった早実・清宮幸太郎は、高校生では史上最多タイの7球団
1位競合の末、日本ハムが交渉権を獲得。高校通算111本塁打の大砲は、プロ
の世界の入り口に立ち「ここからが勝負」と具体的な目標は明言せず。
「清宮なくして今のチームはない、と言っていただける貢献の仕方ができれば」
と決意表明した。》

▼ 昨日のドラフト会議、今年は高校生の有望の選手が何人かみられたが、抜群
 選手は、やはり「清宮幸太郎」選手。器の大きさが違う。10分の1に野球熱が
冷めた私でも、巨人・清宮を姿を見てみたかった。最近の巨人は、籤運が悪く、
一巡目は、この数年来ほぼ外れ。今回も、有力選手獲得に失敗した。
 清宮本人にとって、将来のメジャー・デビューの基礎固めにはベストのチーム。
やはり強運の持ち主である。投打の大谷選手と、中田選手が抜けそうな日本ハム
にとっても、このスター選手の入団は北海道中が沸き返ったことだろう。 
大谷、ダルビッシュ、中田、斎藤裕と、引当ててきた日本ハムが、今度は清宮を
ひきあてた。逸材を花開かせた球団の指導方針もあるのだろうが… 
 ドラフト会議で若い候補の若さと将来性をみるにつけ、いつの世にも、彗星の
ごとく新しい逸材が飛び出してくる。二代、三代にわたる、親がかりの指導が
天才教育の必要条件。最近の大相撲の日本人の有望力士は、ほぼ全部、親子鷹の
「腕白相撲」あがり。「三つ子の魂」から、育てないと大成しないのが現実!
一度しかない人生、何やしら挑戦し続け大成するも良し、挫折するも良し、一切
の夢を当初から諦め、日々、楽しむも良し。どの道、一瞬の泡。夢幻の刹那。
 最後は、こんな文脈になるが… それにつけ、娑婆は見ているだけで面白い!
何故か、唱歌が脳の奥から聞こえてきた。
< 線路はつづくよ どこまでも野をこえ 山こえ 谷こえてはるかな町まで
 ぼくたちのたのしい 旅の夢 つないでる 線路はうたうよ いつまでも列車の
ひびきを 追いかけてリズムに あわせて ぼくたちもたのしい旅の歌 うたおうよ
ランラ ランラ ランラランラ ランラ ランラランラ >
 アメリカの原曲の歌詞が、「辛い仕事でも必ず終わりが来る、終わりの合図で
仕事を終えて力尽きて死ぬ」の歌。それで、良いんじゃないか。そうじゃない
生き方もある。根赤でなくては生きてはいけないも、思い込み。さてと…

・・・・・・
5704,自分のための人生 〜
2016年10月27日(木)
   ◆これが人生だ!
 幸福であるためには、充実した時間の積み重ねが必要である。
停滞した社会の中で、人生は、日常を暖かく明るく営むことことだ。
 〜以下の一節が良い。
≪ 何よりも大切なことは、彼ら人生の達人が自分自身を愛しているということ。
「成長したい」という願望に促されて彼らは行動する。どちらかを選択せよと
 言わたら、必ず彼らは自分を大切にするほうを選ぶ。自己憐憫や自己否定や
 自己嫌悪に陥る隙を、自分に与えない。彼らは幸福を追い求めたりはしない。
 生きることがすなわち、彼らにとっての幸福である。
  次に引用するのは、これまで述べた<充実した生き方>の要約である。
< 幸福を見つけようとすることが、何よりも幸福から遠ざかってしまうこと
 なのである。 歴史家のウィル・デュラントは、知識の中に幸福を見いだ
 そうとしたが、見つけたものは幻想だったと書いている。
 彼は次に旅行の中に幸福を求めたが、退屈しか見いだせなかった。
 さらに、富の中に求めたが、仲たがいと心配しかなかった。
 著述の中に幸福はないかと探したが、疲労しかなかった。
 ある日彼は、眠っている赤ん坊を抱いた女性がクルマの中で夫を待って
 いるのを見かけた。しばらくすると、夫が列車から降りて近づいた。
 そして、その女性にやさしくキスをし、次に、その赤ん坊にも眠っている
 のを起こさないようにそっとキスをした。
 それから、その家族はクルマで去っていってしまったのだが、後に
 残されたデュラントは、そのとき、はたと幸福の実体に思い当たった。
 むきになって幸福を追求するのをやめてみたら、
「日常生活のすべての営みが幸福を含んでいる」ことに気がついた。
 現在という時を最高に充実させることによって、あなたも、幸福の傍観者
 ではなく、幸福な人間のひとりになれるのである。> ≫
▼「いま、ここ、わたし」の垂直が永遠につながっている。その垂直を大事に
 して生きればよい。そのためには、日常が充実してなくてはならない。
メーテルリンクの夢幻劇。 <貧しいきこりの子の兄妹チルチルとミチルが、
クリスマス・イブの夜、仙女の訪問を受け、その言い付けで「青い鳥」を探し
に出かける。「思い出の国」「夜の宮殿」「未来の王国」などを探しまわるが、
どこにも「青い鳥」は見つからない。ようやく自分たちの家に帰ってきたとき、
すべては夢だったことがわかる。そして「青い鳥」(幸福)は家で飼っていた
キジバトだったことを知る…> 人生も、気持ちの持ちようの日常にある。
・・・・・・
4607, そして、人生はつづく ー7
2013年10月27日(日)
   * そして、『私』の人生はつづく
「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」
と、想定するだろう。私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生の
やりたいことを燃焼する」と、決心した。到達時に心の底で「万歳!」。
そして、人生がつづいて8年近くになる。二年半前に会社整理せざるを得なり、
本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。既に燃焼した人生が
あったこともある。20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの
事業人生。その物語の終わりのピリオドが会社整理。誰にでも、何事にも挫折が
必ず待っている。私にとって還暦が区切り。還暦から新たなステージが始まって
第一の区切が65歳時の事業精算。次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、
寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの前日から数秒前辺り。その時、
全てが夢幻と気づく・・ ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、
50代後半の運転手が、身の上話を始めた。「両親の仲が悪く、離婚。母親に
引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、直ぐに働かざるをえなく、
結局、水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが客と浮気、
離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、母親ともに育て上げた。
子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことは
なかった・・」と、数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、
よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、恥も何もない・・
実は、お客さんを乗せたことがあり、身の上話をしたことがあったんで」と。 
タクシーで、必ず景気とか、収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。
以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。人生は一度、歯車が
狂うと、孫子何代、その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に
備え(シェルター)をつくっておくべきは、身をもって言えること。
助けてくれるのは自分だけ! 「自分だけは、自分の会社だけは、大丈夫!」と、
つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変
させている中、各人の「そして、人生がつづく」。 情報化、グローバル化、
まさかの事態(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。
特に、グローバル化は、島国の日本にとっては大きなマイナスをもたらす。
それぞれの『私』も、思い込みでしかないが・・
・・・・・・
5339,構造主義とポスト構造主義 〜
2015年10月27日(火)
  * ポスト構造主義とは   〜『世界の哲学・思想』小須田健著
 ポスト構造主義とは、現状を追認する保守的思想形態に陥りがちな構造主義を
批判、多様性を認める必要性を説いた。米ソ対立、自民党対社会党の二項対立
から、ソ連崩壊と中国の資本主義化などを経て、現在の、混沌とした社会を
語るに「ポスト構造主義」は、正にうってつけ。 〜その辺りから〜
≪「ポスト」とは、「の後に」という意味です。ですから、ポスト構造主義とは
構造主義の後に登場した思想のことを指します。ただし、「ポスト」構造主義と
いう呼称から想像できるように、実存主義における「実存」や構造主義における
「構造」にあたる明確なキーワードがそこには欠けています。
 これは、もはや現代が一つのキーワードで包括的に語れる時代ではなくなって
しまったことを反映しているのかもしれません。この名称そのものは、八○年代
にデリダを中心としたフランス現代思想を積極的に受容したアメリカで生まれた。
当初は主に文芸批評の領域で用いられていましたが、やがてフランスにも逆輸入
され定着していったようです。
 構造主義は、私たちをとりまく諸制度の中に潜んでいる諸構造の分析に
主眼を置いていました。ただそのために、ややもすると現状を追認する
保守的思想形態に陥りかねない危険性がそこには内在していたのです。
 このような構造主義のあり方に不満を覚えたデリダ、ドゥルーズ、リオタール
らは、西洋の文化形成を根本から疑問視したニーチェやハイデガーといった
思想家の考えを受け継ぐ形で、思索を展開します。この考えの中心は、哲学に
つきものの「同一性の思考」の批判にあります。「それはなんであるか」という
問いのスタイルを特徴とする形而上学は、本質という観点からすべてのものを
一様にとらえる営みです。ここでは本質からはずれたものは、すべて不純物と
して排除されるより他にありません。つまり、本質(A)か本質でないか(非A)と
いう基準だけですべてが選別される。ここに多様性や変化の余地がありません。
 ポスト構造主義は、そうした決めつけが哲学形而上学の常套句だと批判した。
ただし彼らは、対象への正面からの批判や否定を避けました。なぜなら、
このような態度は結局否定すべき対象と同じ土俵にとりこまれてしまうからです。
肝心なのは、Aか非Aかという二項対立的な価値付けにもとづく土俵そのものを
揺さぶることなのです。このため、〇リオタールは、相手の流れに乗りながら
その方向をずらしていく「漂流」というスタイルを、〇デリダは、対象の中に
住み込むことで内側から亀裂をもたらす「脱構築」という方法を、〇ドゥルーズ
は、一カ所への定住を嫌う「ノマド(遊牧民)」的運動という戦略を採ることに
なったのです。また実践面において、後期のフーコーや晩年のサルトルのように、
知と権力の共犯関係を暴くことや、フェミニズムや少数民族の自立運動への
積極的な支援が行なわれました。構造主義からポスト構造主義への移行点を
なした出来事に、1968年にフランスで起こった五月革命(パリを中心に起こった
学生、労働者、市民による反政府運動)があります。この事件は、後に日本にも
飛び火して学生主導で進行する学園紛争を巻き起こしました。この事件は、
もはや学問が大学という隔離された制度の内部では安住できなくなったことを
象徴する出来事でした。今必要なのは、学問を完成したものとして受けとる
のではなく、知が生まれつつある現場に身を置き続けることなのです。
だからポスト構造主義では、生成や出来事がより重要視されるのです。≫
▼ これからすると、現代の世界情勢は、この思想に沿っている。
 世界は「漂流」をし、内側からの亀裂をもたらす「脱構築」になり、 
民族の大移動といわれるシリア難民などの欧州への移動が始まった。
その根は情報化がある。それは生成や出来事が一瞬にして地球の隅々まで
周知される世界である。個々人がスマホという情報機器を持ってしまった。
これは、ポスト構造主義も「新しい?主義」に取って変わる起因になるのか。


6435,定期的に、魂と心の話を… 〜2

2018年10月26日(金)

 
 魂と霊は深いところで関係がある。魂といえば、全身全霊を対象に打込んだ
時に『魂を込める』という。意識・無意識の無意識の分野に夢の世界がある。
眠りの世界に永遠の眠りがある。我々は数限りない死者(霊)、永遠の眠りに
入った霊魂に囲まれて生きている。その上に、生霊も… 
【魂】のキーワードでHP内検索をすると、これまで多く書いていた。
これは知れば知るほど面白くて深い世界。世界は計りしれない、広く深い。
私たちは、その一端をなぞっているだけ。
 霊・魂から、外界(世界認識)の話になるが、
<『哲学人』ブライアン・マギー著>に…
《 果てしない時間と果てしない空間は、それゆえに所与のものではなく、
 経験される現実でもない。では、この二つはどんなものか? この疑問に
対して、カントーショーペンハウアーの考えでは、<私たちが経験する時間と
経験は私たちの感性の形式であり、時間と空間が経験の次元として現れるのは、
感性という能力の内においてである。経験がなければ、時間と空間には手がかり
になる、特徴づける対象になるものは何もない。これが、どれほど直感に反して
いるか私は承知している。… 》
 とすると、たびたび、事例に出す洞窟、外界は、私の感性の世界であり、
これが、私の範囲でしかないことが自覚できる。
心理の話から、急に哲学の話になってしまったが、ソクラテスの「無知の知」と、
「魂」に通じるためである。 通り過ぎた時間の中の、文章の中に、様々な心理
状態がべられている。私たちは、世界の一端さえも見ていないことを知るべきだ。
ほぼ何にも知らないで、何にもしないで死んでいく。所詮、限界がある!
 
・・・・
2711, 臨死体験を経験できるヘルメット
2008年09月06日(土)
 何の知識無しで初めて幽体離脱を経験したときの驚きをリアルに憶えている。
それを契機に、キュープラ・ロス、立花隆の臨死体験などの本を読み、その経験
の意味を知った。ところが最近になり、アメリカでパーシンガー博士の開発した
ゴッドヘルメットと呼ばれるものがあり、これ装着すると万人が体外離脱できる
という。博士はてんかんの治療で、脳を電極で刺激する手術を400例以上やって
いて、その手術の際に側頭葉のシルビウス溝と呼ばれる、右耳の上を電極で刺激
すると、体外離脱がおこることを発見した。これで体外離脱した意識が、遠くの
ものを見てきて、現実と一致したり、霊が他人の体をジャックしたイメージも
起こるという。これまでのように脳を開いて直接電極を押しあてたりせず、電磁気
で脳を刺激して、反応を見る研究が盛んのようだ。体外離脱とは、脳の中の幻覚
ではなく、アストラル体のような意識が、抜け出している状態ともいわれる。
実際に体外離脱の経験者に装着したところ、同じような経験をしたという。それまで
一部霊能者とか、そういう体質を持った人だけしか経験できなかったことを、科学者
は誰にでも体験できるようにする。何年もしないうちに、家電店頭で並ぶかも。 
これを被って気が向いたら幽体離脱をするのも面白いだろう。そういえばアルファー
波を発生させる器械を買ったことがあった。またマリファナを吸ったと同じ気分に
なるCDのセットも買ったことがあったが、少し酔ったような気分の状態になる。
私は酒に酔いの方が好きだが。他のTPOSが面白いだけであるが・・・恐らく、これを
被っても、私の経験した幽体離脱の緊迫した感覚とは違うだろう。色いろな状況の
中で独りで、誰にも言えない奇妙な体験だから神秘的なのであって、ヘッドギアの
器械で幽体離脱をしても、味も素っ気もないだろう。しかし、面白そうである。
前に書いたことがあるが、欧州の帰りの飛行機の中での夢。「自分の身体が突然に
フワフワ空に向かって上昇して、電信柱が下に見えてきた辺りで恐怖心が出てくる。
夢から早く覚めて布団に身体を戻さないと、我に返った。ところが、そこは飛行機
の中で、身体が地上に在るはずなのに逆に、その遥か上を猛スピードで移動している。 
そこには、飛行機も、シートも、周囲の人たち消えて、独り宙を移動している」
身体が凍りつくとは、このことだろう。 恐らく、死ぬ瞬間とは、あの感覚になる
のでは? 絶叫をしそうになったが、ギリギリ抑えることができた。
人間は大地の上で生きているのである。 死ぬと、大地から離れるのである。
幽体離脱で元の身体に戻ってこれないで、狂ってしまうケースもあるというし、
自分が外に出ている間に、動物か彷徨っている霊が入り込む場合が往々にあるという。 
オウム教が騒がれていた頃、ニュースなどの映像で、ヘッドギアをしている信者の
姿を見かけたが、あれがゴッドヘッドだったのか? 集団維持の手法や典型的カルト
の教え否定されるべきだが、宇宙からの視点とか、こういう幽体離脱の手法は、
なるほどと感心する。脳はまだまだ未知の世界である。脳は3?しか使われておらず、
10?も使えば天才になれるという。神様(自然)は何を脳にさせよとしたのだろう。
我われ凡人は、パソコンなど、道具を有効に使ってせめて5〜6?を使えるように
すればよい筈だが?

・・・・・・
2018/04/24
閑話小題 〜死のむこうには?
     <魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く
                         奥野 修司 (著)>
   * 霊的なものは身体や脳という物質を介さなければ…
 霊的な世界を簡潔に説明している個所である。霊感に関しては体質の問題で、
全く霊体験をしたり、持ったことのない人には、解りようがない。何度か経験
してきたが、現在は薄れている。私は父親の霊?が、10年近く体質化して心底に
あり、不思議な現象を度々、経験をしていた。孫のようにように幼児の頃から、
愛され育ったこともあり、元もと、脳内などに染み込んでいたことも…
それにしても、死ぬまでの、生への渇望のエネルギーには、驚いてしまった。
 丁度、27歳、起業へのジャンプ台から飛び出すに、このエネルギーが、その
まま原動力になっていた。 
以下は佐伯啓恩の『反・幸福論』のー死後の世界と生命についてーの一節。
≪ 実際、この宇宙にはまだとらえられてない、不可思議なエネルギーが存在
 するようで、それどころか、宇宙を構成している物質の殆は未知のエネルギー
とか、物質だか、正体を知りえないものだという。そこで仮にそうした霊的
エネルギーが存在するとしましょう。それでもそれが人間の精神を形つくると
するには、やはり人間の身体や脳という物質がなければなりません。そうで
なければ、この不定形で停泊場所をもたない宇宙的なエネルギーが我々の
意識や精神になるとは思えません。仮に人間のうちに霊的なもの、つまり、
「精神」と呼ぶようなものがあるとしても、それは、物的な身体性と不可視
の霊的エネルギーの結合というほかないでしょう。とすれば、身体が消えれば
意識も精神も消えてしまう。それは宇宙に拡散して存在するかも知れません。
しかし、それは「私の霊」ではないでしょう。「私」がないのだから「私の霊」
などというのはありません。
 …確かに死ねば何もなくなるかもしれないが、『魂でもいいから、そばにいて
─3・11後の霊体験を聞く』奥野 修司 (著)という本がある。東日本大震災に
後に、多くの霊的現象や体験が報告されている。その聞き込み取材を行った
著者によって、多くの事例が紹介されている。… これらの全てが錯覚だと
いう勇気がないが、少なくとも、地震や津波で身内を失った多くの人達が、
何か説明のつかない体験をしたと信じていることは事実であり、しかも、
多くの場合、その霊的体験によって、残された家族が多分に安らかになった
という事例を読めば、そのことに疑いをさしはさむ必要もありません。≫

▼ 具体的な霊的現象の記述を、ここで数限りなく書いてきた。霊体質とか、
 霊的経験のない人からみれば、『いい歳をして、馬鹿か?』でしかない。
脳内現象では割切れないことは、世界には現にある。
 兎にも角にも、以下の内容を… 

・・・・・・
[204] 霊体質ー3
 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。
シンクロニシテー(意味ある、考えられない遇然の一致)と重なっている。

1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができ
  その下を通った。100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。
  かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。

2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」を
  したときの事。丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。
  それで天侯を憶えていたが、午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。
  
  3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。
  終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを
  趣味としていた。その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。
  彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。

3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。
  涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。
  
4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が
  待っている時、急に気分が悪くなった。ハッとした、今叔母が私の処にきている
  のが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った。」

  ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。
 また以前の文をコピ−しておく。

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S6201霊的体験
私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと
十日町の彼の家へおまいりにいきました。その途中の車中で“B”さんと
般若心経の話になりました。 そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。
その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。何げなく“B”さん
の顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。やはり車中で“C子”さん
の話をしていたのです。
“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。
そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。
そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確率で
彼女の家の前に車がとまったのです。十日町に出店をした時、彼女の家の前を
“B”さんが通って知っていたのです。私がそこに“偶然”(?)車をとめて
しまったのです。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられ
ないという風でした。私自身またかというのが実感でした。 

ーーーー
霊的体験‐                 
平成4年7月
 20年近く前になるが、父の四九日の終わるまで何度か不思議な体験をした。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が
自身実感できたのだと思う。父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’
という内的実感。
夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからない。
また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが
“おやじ助けて!”と言ってしまった。と同時に廊下の向こうにある仏間より
本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

・・・・・・
2003/04/25
不思議-シンクロニシテー
 以前にもシンクロニシティーについて書いたが、再び書く。
親戚の葬式で不思議なことがおこることが多い。
不思議な現象で特に多いのが虹だ。5~6回はある。
先日も葬式から帰ってきて散歩にでると、過去15年以上を散歩
をしているコースで初めて大きな虹を見た。
ああまた出たという感覚である。

 その中で一番凄かったのは、7~8年前に義父が亡くなった時である。
葬式が終わり柏崎から車で帰ってくる曾地峠で虹が7回も次々に出て、
その下を通ってきたのだ。曾地峠は過去に数百回は車で通っているが
虹が出たのは勿論はじめてである。
 
 以前にも書いたが、ゾクッとしたのは8年前に近くの分家にあたる
従兄が自死した時のある現象。 納棺の時に、突風が自宅に吹き込み桜の
花吹雪が舞い込んだのだ。写真を撮っていたが、汗びっしょりになった。
そして納棺が終わると同時に、その突風が止んでしまった。
天気予報で午後の三時過ぎに突風が吹くといっていたが、納棺の時間が
偶然に一致したのだが。死ぬ前日に桜の花をいっぱい撮っていた。
こういうのをユングが「意味ある偶然の一致」といっている。

 涙雨というのは昔からある。晴天でも葬式の時だけ雨が降る現象だ。
それなら大都会では毎日降っていなくてはならない。
地方におきやすいのだろう。
人知のはかれない何かがあることは間違いない!

・・・・・・
H0511妙な夢―(機  
ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団
に入る。ところが、ところが、自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢(?)
である。これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずい
と思い下にもどろうとするがもどれない。かなりうなされていたと思うが?
何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
 こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と
音がする。はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数回してみたが、
しかし夢ではなかった。ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象が
あるそうです。
・・・・・・
H0511妙な夢―(供  
秋葉原のワシントンホテルに泊まった時の事、夜半、何かのケハイに横を見ると
女の人の顔が浮いている。夢だろうと腕をつねったが痛い、これは面白いと、
メガネをかけじっくりとみた。全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、
のっぺら美人であった。別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと
憶えている。ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、
“それってみんな同じ顔をしているんだよね!“といわれた時、はじめて
ゾーッとした。
 またこんな夢もある。夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえて、
ウトウトした頃、急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと
中断した。あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという、これも
乗ったら危険と直観し去けた夢である。あれに乗ったらどんな景色がみえた
のだろうか?単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。


6434,定期的に、魂と心の話を… 〜1

2018年10月25日(木)

   * 見え隠れする魂のイメージ
 一昨日、8年前の10月23日分のテーマ、『魂とは』が、考えさせられた。
幽体離脱の経験が難度かあるので、高橋信次の娘・佳子の『魂』の説明が、受け
入れやすい。深いところで、亡き両親と繋がっている感覚が現にある。 
誰にもあるのだろうが、その感覚を、
< 私たちの心・想いは、平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、
あらゆる世界に通じています。その魂の抱いている内宇宙とは、それにとどまらない。 
魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。魂とは、この人生
だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生の記憶と限りない智慧を
湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源
という次元に繋がっています。> 
 とすると… 両親から受継いだ愛情に繋がっているような感覚が納得できる。
心とは、岩から流れ込んだ淡水と海水が混濁した洞窟内に。魂は外海に例えると
理解しやすい。自他の自が洞窟、他が外海。心・魂の説明の簡潔な解釈は、他に
多くある。他と繋がっている感覚は、両親の愛情の温もりと同じ感覚。
『魂を込める』といえば、「いま ここ わたし」に心を集中した状態である。
それが永遠の世界にコンタクトした垂直の時間になり、刻印される。

――――
3498, 高橋信次の娘・佳子のいう〈魂〉とは
2010年10月23日(土)
  先日の読売新聞の一面に高橋信次の娘の高橋佳子の著書広告があった。
 高橋信次といえばGLAの教祖で、何冊かを20歳代に読んだ記憶がある。
  ーまずはウキィペディアによると
≪ 10歳頃(1937年頃)から現在で言う「幽体離脱」現象のような霊現象を体験
 するようになり、その肉体の自分とは違う霊体の自分を「もう一人の自分」と
呼び、その現象に幼心に疑問を持ち、以来約32年間、電子工学や物理学等の自然
科学を修めつつ、探求を続けた。しかし、従来の宗教書を読もうとはせずに、
独自の探求を続けた ・・・≫
 ウキィペディアには、彼とGLAの詳細がこと細かく書かれている。
それより、彼女の魂の解釈が分かりやすい。
  ー概要と印象的な部分を私の主観でマトメテみたー
*敗北の時代 ー現在の日本は、困難な時代である。高度成長以降バブル崩壊
 から嘘のように元気を失っている。財政赤字は900兆以上にもなり、収入は
 日ごと目減りを、老後を支えるはずの年金は崩壊の危機に直面している。
 自殺者は3万人を10年以上続けており、明るい話題は陰を潜めている。
*最大の危機は「冒険」の喪失ー 何より問題は、未来に希望が持てなくなり、
 新しい挑戦が出来なくなっているからだ。
*人間には外界に左右されない内なる可能性があるーそのためには、今までに
 ない生き方に挑戦するとき、前向きな挑戦は本当に想像を絶するほどの違い
 が出てくる。人間の中には、未知の可能性がある。
*「人間は魂の存在」が出発点 ―「人間は魂の存在として受けとめること」
 −>「人間は肉体と魂から成り立つ」こと。
 まず人間の肉体は、地球上の生命進化の究極の姿を現す叡智に満ちたもの。
 この世界の物質をつくる元素は星の中で生成され、星が終焉を迎えるとき、
 超新星爆発で宇宙に散らばったものから出来ていて。その延長が肉体である。
 その魂の方はどうかというと、魂は心とつながり、 さらにその深奥に広がる
 存在である。肉体の基である外宇宙が百億光年以上のとてつもない広がりを
 抱いているものならば、 これに劣らない広大の内宇宙をもたらしている。
 仏教の一念三千という言葉は、その広がりを示している。私たちの心・想いは、
 平和で満ち足りた天上界から苦しみばかりの地獄界まで、あらゆる世界に
 通じています。その魂の抱いている。 内宇宙とは、それにとどまらない。 
 魂の次元は過去・現在・未来が一つになり、自他を超えるもの。
 魂とは、この人生だけでなく、永遠の生命として経験してきた幾度もの人生
 の記憶と限りない智慧を湛えた存在であり、私たちを超えた無意識の膨大な
 経験と記憶の貯蔵庫、宇宙の源という次元に繋がっています。あらゆる生命
 と存在を一つに結びつける、つながりと絆が張り巡らされたどの宇宙を、
 ≪ユニバース≫と呼ぶ。その≪ユニバース≫こそ、計り知れない広がりと深さ
 を抱いている私たちの母胎であり、だからこそ、私たち人間は、宇宙=
 ユニバースに通じるゆたかな智慧によって 自らが進化するだけでなく、
 世界と光の共鳴を果たせる存在となる。
*魂が引き出す宇宙=ユニバースの世界 ―我われは偶然が支配する科学的
 世界観の下では、自分が意味もなく生まれ、世界とは特別なつながりはない
 と思っているかもしれない。しかし、そうではなく魂の次元に気づいた
 時、みな「つながり」によって生かされる「絆」の塊となる。その絆の基、
 宇宙の源には、私たちが拠るべき、全ての解答と青写真が湛えられている。
〜〜
解)魂について、これだけ明快に説明している文章も珍しい。「魂とは、生前、
死後に自他を超えて広がる広大なる内宇宙の基につながっている」は、神秘的、
宗教的である。

H0403事業百訓
 385 、否定は結論であって、探究を中止する事だ。
  正しい結論は自ら体験をして、あらゆる角度から探究をして、
  疑問を解明してこそ出るものだ。
  根拠のない否定は自らを否定する事になる。(高橋信次)

・・・・・・
2004/07/11
1195, 授かった不思議な力
 ー鈴木秀子の本を何冊か読んだことがある。先日図書館で借りてきた対談集
を読んで、その中の臨死体験の話に興味を引かれた。何かこの世には窺い知れ
ない何かがあるような気がする。何回か書いたことがあるが、私にも何回か
幽体離脱?の経験がある。 歳を重ねれば重ねるほど、「不思議」という言葉
の奥行きの深さを感じるようになってきている。
私は「自分の接した人の運勢が良くなる」話しは、かって聞いたことがない。
神憑りである、いや今風にいうと「上げまん」だが、これは結婚した場合である。
有能な右上がりの人は、周囲に似た現象が生じるだろうが、全ての人の運勢を良く
はしない。やはり、何かの特殊能力が臨死体験以降身についたのだ。人間には、
本来持っているが退化して隠れてしまった能力が多くあるような気がする。
 あるキッカケでそれが飛び出してくるのだ。

 以下は、ある対談集を書き写した。 
ーー
…臨死体験後、不思議なことがありました。
結婚式に招かれて待機をしていたら、背広を着た人が男性がいらして、
「あなたのような人にようやくお会いできました」っておっしゃるんです。
自分は高野山系統の住職で、生まれたときからひとを見ぬく特別の能力がある。
そして、あなたの授かったような能力を自分も欲しかったけれどもらえなかった。
どういう能力ですかと聞くと、大きな大宇宙の力が私を通って出会う人に伝わって、
どんどんその人の運勢が良くなる能力だというんです。

私も最初はその能力をまじめには信じませんでしたが、それだけ色いろなことが
重なると信じざるを得なくなりました。今では人に会うのが楽しみになりました。
そのたびに、その方の運勢がこれから良くなると思うと、人に会うのがうれしい。
だから生きていくことが、とても楽しくなったのです。…

…人間は地球上にみんなバラバラに住んでいるような気でいて、実は根っこで
繋がっているということです。自分の手にたとえると良くわかりますが、
人は指の部分、見える部分だけを見てこの人の学歴がいい、お金があるって
お互い比較するんです。でも手のひらの部分、根っこの見えない部分では
平等で,全部繋がっているんです。
何が平等かというと,命をもらって生かされている存在であるということ。
誰もいつか死ぬということ。大宇宙の大きな慈しみに満たされて生かされている
大切な存在という三つにおいて平等だと思うんです。

…だから臨死体験をしてつくづく、あの至福の世界が本物で、この世は
経ていく世界だっていう感覚があるんです。やはり人間の本分、ビーイングと、
現実社会での自分の役割、ドゥーイングのつながりに意識を向けていかないと
虚しくなっていくのではないかと。
人生のテーマを考える時、ビーイングの世界にまなざしを据えてこそ、
充実したものになるのではないでしょうか。
 
 ーその臨死体験の講演をまとめてみるー

奈良での学会に出席するため、友人のいる修道院に泊めてもらっていた。
その修道院は、宮家の立派な屋敷を改造した建物で、二階の客間から下に降りる
階段は高く急であった。

その夜、寝つかれなかった彼女は、何となく夜中に起き出し、暗がりの廊下を
壁づたいにそっと歩いた。曲がり角らしきところで一歩足を踏み出したが、
実はそこは廊下ではなく、その急な階段だったのである。
 踏み出した瞬間、足は空をつかみ、体はバランスを失った。

恐怖を感じる暇もなく、一気に下まで落ち、床に叩きつけられて、そのまま気を
失ってしまう。 ふと気づくと、私のからだは宙に浮かんでいます。
そして、空中にまっすぐ浮いている私を、高いところから、もう一人の私が
見つめているのです。

空中に浮かんだ私 の足の周りを、なぜかたくさんの筍の皮のようなものが
覆っていました。 それが蓮の花びらだとわかったのは、ずっとあとのことです。
台湾のさる有名なお寺を訪れたとき、仏像の足の周りを筍の皮のようなものが
包んでいるのを見て、あ、これだったんだと思いました。

それは蓮の花びらでできた台座でした。
その筍の皮のような花びらが足もとから一枚一枚散っていくのです。
高いところからそれを見ているもう一人の私は、花びらが散るごとに、自分が
一つひとつの苦しみから解放されて、自由になっていくのがわかりました。
 
一枚落ちると、
「ああ、これでもう人の言うことに煩わされなくてすむ、私は自由になった」  
 と思い、さらにもう一枚落ちると、
「もう人に気を遣い、不安に脅かされなくてもすむ、私は自由になった」   
 とつぶやいているのです。 限りない解放感と喜びが胸に溢れてきました。  

花びらが最後の一枚になり、これが落ちたら完全な自由になれると思ったとき、
最 後の一枚の花びらは落ちることなく、からだがすっと飛翔しました。
そのとき、見ている自分と見られている自分が一つになりました。   

一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に
包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、いちめん光の世界にいたのです。
まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。  
 
それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、
交流している生きた光なのでした。
これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていました。
不思議なくらい、五感も思考もすべてが生き生きと冴えわたっています。
オリンピック選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間とは、
こんな状態のときなのでしようか。

からだの全機能が最高の状態に保たれ、調和し、研ぎ澄まされているのです。
その冴えわたった意識の中で、私ははっきりと理解したのでした。
 「この命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、
受けいれられ、許され、完全に愛しぬかれている」 これが愛の極致なのだと。

もし愛の究極の状態というものがあるのなら、こういう感情に貫かれること
ではないかしらとも思いました。真に満たされた状態とは、こういうことを
言うのでしよう。しかもその満たされた光の世界には、時がないのです。

 あっ、これが永遠なんだと私 は思いました。
心は愛に満たされ、知性は冴え、能力のすべてが最高の状態で調和しています。
 そんな至福感に包まれていたとき、どこからか声が聞こえてきました。
「癒してください、癒してください」  
 その声には、少しつたない感じの独特のアクセントがありました。  
その声が聞こえてきたとき、光であり命そのものの主が「現世に帰りなさい」
と言いました。
それは言葉ではなかったのですが、そう伝えられたのがわかりました。
そしてさらに、「現世に戻ったとき、いちばん大切なのは、知ることと愛する
こと、その二つだけが大切なのだ」というメッセージを私は受け取ったのです。  
 
真夜中に突然、大きな音がして叩き起こされたシスターたちが見たのは、
寝巻き姿で階段の下にうずくまっている見知らぬ女性だった。 鈴木氏は、
それでも「大丈夫」と言いながらよろよろと立ち上がり、支えられながら
二階の部屋にあがったという。が、また気を失った。そして、上に述べられた
ような不思議な体験が彼女に起こったのは、救急車が到着するまで修道院の
二階のベッドで意識を失っていたあいだのことだったようだ。
至福感のただ中にいたときに聞こえた、少しつたない感じの「癒してください」
という声は、そのときベッドの周囲を囲んでいたなかにいた外国人シスターの
祈りの声だったらしいという。

幸い肋骨のひび程度で大怪我をまぬかれた鈴木氏は、事故後の静養中にさらに
次のような体験をしている。
階段から落ちた翌日は、運動会の次の日のように全身がズキズキ痛んでいました。
全体が大きな瞳れ物と化したようで、ベッドの上で寝返りを打つのも、つらい 
状態でした。けれども、そんな肉体の痛みとは裏腹に、精神は高揚していて、
とても 気持ちがいいのです。

階段から落ちた前後の自分の行動の記憶はまったくないのに、あの不思議な
光に包まれた記憶は鮮やかに脳裏に焼きついていました。あのまばゆい光の余韻
や、悟りの境地にも似た研ぎ澄まされた感覚は、忘れようとしても忘れられない
ものでした。私は限りない至福感に満たされ、恍惚とした気分でベッドに横た
わっていました。 ようやく歩けるようにたった次の日、外の空気が吸いたく
なった私は、痛いからだをひきずって窓のところへ行きました。
窓を開けると、そこには秋の田園風景が広がっていました。
刈り入れを終えたあとの田圃がどこまでも続き、稲が束になって下がっています。
のどかな景色を眺めながら、自分が今、奈良郊外にいることをふと思い出しました。  

すがすがしい稲の香りが胸の中に広がったとき、突然、大きな感動がからだを
貫きました。 稲や土、光や風、自然界のありとあらゆるもの、大宇宙のさまざま
なものがすベて、素晴らしい秩序の中にあって、それぞれが一つひとつの役割を
果たして調和している、そうして燃えている―─。  

それは閃きに似た強烈な感動でした。大宇宙との一体感を、頭ではなく、
からだ全体で、魂の深みで悟ったような感じでした。目から鱗が落ちるどころ
ではありません。そのような至福の状態が三日間くらい続いたでしようか。
からだが治っていくにつれ、その高揚感も薄れ、やがて徐々に日常の平静な状態
に戻っていきました。

けれども、あの光に包まれる体験をしてから、まるで別次元の境地に達したよう
に、私の中ですべてが変 化していました。それまで悩んでいたいろんなことが、
とても小さく見え、いっせいに霧が晴れたように、私の人生はすがすがしく晴れ
渡っていました。そして、私の心の中には、ある言葉が、美しい鐘の音のように
響きわたっていました。
 「大切なのは、知ることと愛すること。それだけが大切なのだ」

鈴木氏は、その後に彼女の身に起きた数々の不思議な出来事によって、あの光
との出会いの体験が、たんなる夢や幻覚ではなかったという確信を深めていく。
その第一は、この事故の5〜6年前から患っていた膠原病が、事故のあと完全に
治ってしまったということだ。
膠原病は原因不明の難病だ。彼女の症状は、急に寒さにあうと、からだ中が硬直
してしまうというものだった。血管の流れは滞り、手は死人のように真青になって、
ときにはからだに鉄の輪をはめられたような痛みで息もできないほどだったという。
長年苦しめられていたそんな膠原病が、すっかり治ってしまった。
検査の結果、血管が詰まっているところはどこにも発見されず、本人も医者も
びっくりしたという。病気はその後二度と再発することもなく、それどころか、
あの臨死体験以来、病気ひとつせぬ丈夫なからだになったという。

 彼女が自分の体験を幻覚でないと確信した別の理由は、
レイモンド・A・ムーディー・Jrが書いた臨死体験についての本を読んだこと
であった。事故のあと、まだ入院をしていたあの日、見舞いに来たイギリス人の
シスターが、いま面白い本を読んでいるといって紹介してくれたのがムーディーの
『 LIFE AFTER LIFE』(日本語版『かいまみた死後の世界』評論社)であった。
そのなかには、臨死体験をした多くの人々のエピソードが集められている。
友人が、「臨死体験をした人たちの中には、光に出会う人々もいるらしい」と語り
始めたとき、鈴木氏ははっとする。
「その光は生きた光で、まばゆいけれど、まぶしすぎるという感じではなくて‥」 
だとすれば、それは彼女が出会った光とまるで同じだ。
鈴木氏は、そのとき初めて自分のあの体験が「臨死体験」だったことを知ったという。
こうしてムーディーの本に出会い、それを読み終えた頃に、担当の医者から膠原病
がすっかり治っていることを告げられたのだ。


6433,死について考える 〜『樹海考』書評を読んで…

2018年10月24日(水)

 数年前に青木ヶ原の樹海を舞台にした日米映画をTVで見た。そういえばと、
HP内検索をすると、4年近く前に、書いていた。二本とも暗く地味だが、『死』
に直結するシリアスの内容だが、TVの興味を引くだけのレポートとは一線を
隔している。死を求めて彷徨う姿を通して、自分の死の問題を考えさせる。
 まず、アメリカ映画
《 樹海へ赴いたアメリカ人と、そこで遭遇した日本人との出会いを描いたもの。
 自殺の名所として知られる日本の青木ヶ原樹海を舞台に、マシュー・マコノヒー
&渡辺謙共演で描いたドラマ。 人生に絶望して自殺を決意したアーサーは、
富士山麓に広がる青木ヶ原樹海を訪れる。磁石が狂い携帯電話も通じない森の
中で、出口を求めてさまよう日本人タクミと遭遇したアーサーは、怪我を負って
いるタクミを放っておけず一緒に出口を探すことに。過酷な状況に立たされる中、
アーサーは運命共同体となったタクミに次第に心を開く。やがてアーサーは、
自分が死を決意するきっかけとなったある出来事について語りはじめる。》
  
  一方、邦画の『樹海のふたり』は、
《 お笑いコンビ「インパルス」の板倉俊之、堤下敦を主演に、自殺志願者を
 取材したテレビディレクターたちの体験談をもとに、悩みや苦しみを抱き
ながらも生きていくことへの希望を見出していく人々の姿を描いたヒューマン
ドラマ。フリーの落ちこぼれテレビディレクターの竹内と阿部は、なんとしても
視聴率のとれる番組を作ろうと、富士山麓の樹海で自殺志願者を追う。
しかし、彼らの人生に触れるうちに良心の呵責を感じた2人は、自分たちの行動
に疑問を抱きはじめ、それぞれが抱えていた問題に向き合っていくことになる。》

 あまりにシリアス過ぎた記事で休刊に追込まれた『新潮45』10月号の書評に
<『樹海考』村田らむ著>があった。書評としても、なかなか的をついている。

≪・青木ヶ原樹海のイメージというと、多くの人は『自殺の名所』と答える。
 実際に樹海を擁する山梨県では自殺対策事業を続けており、自殺防止として、
ボランティア監視員を多数、配置している。私などは、人工的な都会生活に
疲れた人が樹海に死に来ると思っていた。死までが管理されている都会ではなく、
野生動物がそっと消えるように自分の意思で自然に還りたいと考えると…。
・これまで20年にわたり、100回以上樹海に入ったという著者自身も、樹海を
歩くと自然の大きさを感じ、自分が大事にしているモノ、仕事や家族や、
お金や、命などどうでも良いモノなんだと思えてくるという。大自然である
樹海を前にしたら、人間などひれ伏すしかないと。
・だが本書で著者はいきなり、樹海はコンパスがグルグル回って利かなくなる
人外魔境ではなく、洞窟やキャンプ、名物料理まで楽しめる観光地という。
自殺スポットとして脚光を浴びたのは自動車文化で気楽に樹海に訪れるように
なったためだが、それは外周部の話。その内部はディープの内容で満ちていた。
 風光明媚な観光地であり、同時に死と隣り合わせた異界でもある。美しさと
怖さの陰陽を兼ね備えた場所、それが青木ヶ原樹海だ。本書はガイドブックと
ノンフィクションを兼ね備えた‘樹海’のような一冊といえよう… 
・864年の貞観大噴火の溶岩が湖を埋めてできた樹海。たかが1200年しか
歴史がない。地面は溶岩のため、木々は値をはれず、成長すると倒れて
しまうため、生命の種類が少ないという。それが異界の不気味さを増す。≫

写真をみると、ヤクザの死体の捨て場という噂が、然もありなんと思わせる…
自然に還りたいという本能が、樹海で野垂れ死の願望になるのか… 

――――
5060,閑話小題 ー樹海のふたり
2015年01月21日(水)
   * 映画「樹海のふたり」
 録画をしていた映画の「樹海のふたり」を先日観たが、何とも味わい深い。
富士山麓の樹海で、自殺者のTVレポート番組を何回かみていたこともあり、
WoWoWを録画をしていたもの。 重い内容を軽いタッチで飽きさせない内容。
 〜ネット検索の内容より〜
≪フリーのテレビディレクターとして活躍する竹内と阿部。二人は富士の樹海の
 近辺をさまよう自殺志願者たちにインタビューしては、その経緯や心情を聞き
出しつつ、自殺を思いとどまらせるドキュメンタリー番組を制作する。番組は
高視聴率をたたき出し、テレビ局や彼らが所属する制作会社は続編の撮影を持ち
掛けてくる。しかし、自殺志願者たちのさまざまな人生に触れてきた二人は、
そうした番組の制作で生計を立ることに良心の呵責を覚えるようになっていく≫
▼ 自殺のため樹海に足を踏み入れようとする人々の姿を追うドキュメンタリー
 番組のディレクターの二人が、おのおのの事情を抱えた自殺願望の人たちと
接する中で、二人の問題を抱えた人生を見つめ直していく筋たてがよい。 
 この中で、「何故、富士山麓の樹海を死に場所にするか?」の疑問に対し、
「自殺は、自宅内の首吊り、ガス自殺、服毒死、そして自宅近くが殆ど・・」
ところが、自殺を決意できないため、「樹海に行けば人知れず決行できる」と、
思いたって来るという。そういえば、以前、ここで、『実録・ゴールデン・
ブリッジからの身投げ』を取り上げたが、こんな映画は国内の製作は無理!
 私のブログのビュアーに、『最近、いやに死を扱った読書録が多いですね。
(陰の声として、何か危ないのですか)』と、怪訝な顔で言われた。
そこで、『その時になってからでは予習効果は少なく、死の問題は、まだ先
と高をくくっていられるうち、これは長年の蓄積が必要。』と答えていたが。
「正中心・一点・無」の最たる難問が死の問題。これも、突き詰め、凝視を
続けると、慣れが出てくる。ところで方法の三分の二が首吊り自殺で、
9割の人が、その瞬間、止めておけばと後悔する、という。世間様とやらと、
妄想に充分に気をつけ、何があっても苦海を面白おかしく生きなければ!
――――
503, 実録・ゴールデン・ブリッジからの身投げ
2013年07月15日(月)
 先日、蔦屋で本を一冊買ったところ、レジの人がいうに「今なら、シニア様
なら無料でDVDが借りられます」という。そこで借りてきたのが、『ブリッジ』。
軽い気持ちで、身投げ自殺のドキュメントのタイトルにひかれ借りてきたが、
初めから終わりまでシリアスで見入ってしまった。次次とサンフランシスコの
ゴールデン・ブリッジから身投げをしていくのが映し出され、遺族や友人が、
インタビューに答えている。このところ『大往生したけりゃ医療とかかわるな』
や『どうせ死ぬなら「がん」がいい』の読書録と、その下書を書いているので、
死にゆく者の心模様がシリアスに伝わる。橋の手前で、死のうか迷って考え込み、
決断する悲痛な姿が痛ましくバンジージャンプのように飛び込んでいく姿が
痛ましい。その後の身近の人の証言では、ほぼウツ病で、それが高じ自殺に到る。
生きているのが辛く、死にたいのである。 反面、誰かに助けて欲しい気持ちが
迷いを生み出す。その中で、一人、助かった人がいた。足から落ち、上手く靴が
水面に突き刺さって衝撃を和らげた上に、水中でサメかアザラシ?が踏み台に
なり、押し上げられたという。普段なら40Mの落差の衝撃で亡くなるが、
このブリッジは66M。内容は暗く恐しいが、心の闇が、身投げを通して
浮かび上がってくる。  ーウィキペディアによるとー
≪『ブリッジ』(原題:The Bridge)は、2006年に公開されたアメリカの
ドキュメンタリー映画。社会の禁忌としている『自殺』をテーマにしている。
観光の名所のゴールデンブリッジに1年間カメラを設置し、自殺者の様子を
カメラに収めた。後に遺族にインタビューをし、そこから自殺を図る人々の
様子を映しだそうとしている。映画では24人が、橋から66Mの高さから海面に
向かって飛び降りている。監督のエリック・スティールはこの映画を取る際、
映画の宣伝効果で自殺者が増加しないように極秘に行っていた。また、
橋の柵に足をかけたら管理局に通報することをルールとして定めていた。
 映画は主に橋とその周囲の日常を撮影した風景、自殺者の飛び降りるシーン、
遺族や友人、目撃者へのインタビュー、遺書などから構成されている。
中でもインタビューの映像が多く、自殺者の情報はインタビューの情報でしか
語られない。自殺者の多くが精神的な病やトラブルを抱えていることが
その中で分かる。≫
▼ 2006年の時点で、この橋からの自殺者は年に24人もいるというから、
 全員撮ったことになる。次から次へとブリッジから飛び降りるが、躊躇している
うちに警官や近くの人に、取り押さえられた人が数人いた。 生死の問題もあり、
それぞれの人生が浮かび上がる。ゴールデンブリッジという名所が、ロマンチック
な気持ちを駆り立て、志願者が国内から集まってくる。県内なら新潟の万代橋が
河口に近いため海に流され、死体が上がりにくいとか。人知れず消えている人
がいるのだろう?テーマがテーマだが、決して後味が悪くないのは、
シリアスすぎて、実感がわかない為? 死ぬには死ぬ理由があるはず!

・・・・・・
5701,自分のための人生 〜
2016年10月24日(月)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
   * 幸福の人ほど「知的」になるのはなぜか?
 幸福の人は概して「知的」である。「知的」だからこそ、幸福と言える。
知識とお金の使い方を熟知すれば、身をたすけるが、問題は使い方になる。
 分類される前の中学の同級生の上位2割と、下位2割の成績の人たちの、
その後の幸福度を比較すると、その後の人生で、現象的にみてだが、比例して
拡大している。著者は、「人は自分の望むとおりに頭をよくすることができる。
才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに負うところが大きい。」と、
看破する。  〜その辺りから 〜p74             
≪・自分自身の基準に当てはめて考えれば、自分を知的だと思うこともできる。 
 事実、幸福になればなるほど人は知的になるものだ。例えば代数や書き取り
などの分野が苦手なのは、今までに行ってきた選択の当然の結果として、
そうなったにすぎない。こういう課題のうちどれでもいい、練習に十分な時間
をかけようと決めさえしたら、まちがいなくうまくなる。自分を過小評価して
いるとしたら、それはそういう考えを受け入れてしまったからだ。学校の成績
のように常に変化するものを基準にして自分と他人を比較するからである。
・こんなことを言うとびっくりするかもしれないが、人は自分の望むとおりに
頭をよくすることができる。才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに
負うところが大きい。
・標準学力検査の成績基準を見てみよう。この基準が示すところによれば、
1年生レベルで優秀な生徒がとる得点を、高学年レベルでは大多数の生徒が
とっている。また、なかに他の生徒よりもかなり早く習得する生徒もいるが、
最終的にはほとんどの生徒が各学習課題を習得する。ところが、ある技能を
完全に習得するには、他人より時間がかかる生徒には、ただそれだけのことで
「不可」というレッテルが貼られてしまう。
・この点に関して、ジョン・キャロルは「学校における学習形態」の一モデル」
という論文の中で次のように述べている。
< 適性とは、学習すべき課題を習得するのに要した時間の総和である。
  この公式的記述が暗に示しているのは、十分な時間が与えられれば、
  どんな生徒でも課題を習得できるという仮説である。 >
十分に時間をかけ、かつ努力すれば、決心次第でほとんどどんな学問上の
技術も習得できるだろう。≫
▼ 一つのことを成すには一万時間の集中した継続が目安になる。その為には、
 好きでなければ続かない。継続は進歩につながっていく。知識の蓄積から
湧き出る知恵が、自然と幸福に導いていく。 
<「えっ!そんな知恵がなくても、充分幸せですよ!」に、
 「両親からいただいた性格だからですよ。他人と比較しないからですよ。
  知らずと幸せな仲間を選んでいるからですよ  それは。」>  
 〜で、以下の内容に脈絡が続く。

・・・・・・
5336,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月24日(土)
   一1人の時間を持て余す者は、二人の時間も持て余すー
 老いの大きな問題に『孤独』がある。特に独身の場合は大きな穴が
心の中にスッポリと開いているのだろう。そのためには、自分の世界を
つくり、ダンデゥズムに徹し、孤高に生きるのも人生の一つ。
≪ ◎ 質問 =このまま一人孤独に人生を終えたくはないのです…
 私はこの年になってもまだ結婚をしたことがない50歳の独身です。
仕事を離れるとほとんど人とおしゃべりする機会もありません。
飲みに行ってもほかの客とはあまりしゃべりません。
自分から心を開かなければ相手も私の心を分かってくれないということは
承知しています。会社もあと十年弱で定年ですし、その後の人生はこのまま
孤独に過ぎて、ある日部屋の中でひっそりと終わるのかと思うと不安です。
心を割った話ができる相手、できれば女性を見つけたいと思っています。
でもいままでにそのような出会いはありませんでした。
今後出会いはあるものでしょうか?、(五十歳男性) ≫
≪ ◎ 答え=孤独を孤高にまで高める生き方を目指せ
・シマジ: この前のように三十代の男性からの相談なら「書を捨てて
 女を口説け」、というところだが、五十代となるとそうともいえないな。
仕事以外ではほとんど人とおしゃべりをしない。飲みに行ってもほかの客とは
距離を保つ。おそらく、相談者はずっとそういう生き方をしてきたのだろうし、
他人に自分の領域を侵されるのが苦手で、一定の距離を保つほうが楽だった
のだろうだとしたら、この齢になっていきなり社交的になれといっても、
それは無理な相談。女性に対しても尻込みしてしまうタイプだろうな。
こういう人が人生の晩年を一緒にすごす女性を見つけようと焦ると、下手を
すると結婚詐欺に引っかかりかねない。だから、無理はしないほうがいいね
・シマジ: だからこそ、孤独を恐れる凡人を脱して、相談者には孤高を目指
してほしい。肌のぬくもりやおしゃべりの相手が欲しいなら、猫を飼えばいいん
じゃないか。猫はいいぞ、しみじみと会話ができるからな。俺の知合いの作家
の話だと、飼い猫をあんまり可愛がりすぎるものだから、結婚したばかりの妻が
怒ってね。、「猫と私とどっちが大事なの?」うていう言葉に「そりゃ猫だ」
と答えたものだから、新妻に家を出て行かれたそうだ。人間の女より、猫の
ほうが一緒に暮らしていて心穏やかでいられるというのは否定しがたいね。
・シマジ: 金と時間と情熱を注ぎこんだ一人の時間を豊かにするには、膨大
の情熱と知恵が必要だ。一人で孤独だと思うのではなく、誰にも邪魔されない
自由な時間をどれだけ豊かにしようかと真剣に考えるところから、人生の愉しみ
が広がっていくんだ。まさに人類のステキな時間。心の中に星が降る時間だね。
だから、相談者が仮に本やお酒に興味がないなら、別の手段でもいい。
自分が興味を持っているものをもっと深く探っていく気持ちを持てば一人の時間
を貴重に思えるんじやないかな。それにね一人の時間を愉しめる人でなければ、
二人の時間も愉しめないと思うんだよ。一人をエンジョイできる人間は、二人
になればますます相手と自分を愉しませられる。一人を持て余す人間は二人に
なってもやはり相手と自分を持て余して、退屈な時間を過ごすんじゃないかな。≫
▼ 家にオウム科最小のインコがいる。居間のガラス戸を隔てた先の籠に一匹、
 鎮座しているが、人恋しいため常にピーピーと呼びかけている。時どき、
餌を与えたり、頭を撫ぜてやるが、何か心が癒される。猫を飼うと、異性にも
関心が無くなり、ますます縁遠くなるというが・・ 

・・・・・・
4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造
2014年10月24日(金)
   * 人生を憎めば、人生は憎しみを返す
「あなたが人生を憎めば、人生は憎しみを返す」。
これを「人生を愛せば、人生はあなたを愛し返す」と言い直すことが出来る。
現在の私の状況は、まさに、この二つの間で揺れ動いていい筈だが、しかし・・
この状況を肯定することで何とか平静を保っている。不幸系の人は、まず憎しみ
を持った受止め方をする。何でマイナーな考えを持つか? よく観察すると、
育った環境が大きく左右している。 まず、親を憎むことが、そのまま自分の
人生を憎むことなる。「相方には、両親に愛され育った上に、運がある人かを
第一にして見分けなさい」という。幼児から20歳代までに、プラス・マイナス
の両極端の世界を垣間見てきた。やはり金持ち喧嘩せず。異性に惹かれるのは、
自分と違った要素を持つ人。しかし、それは短期間だけで、長い目で見れば、
その違いが性格の不一致になる。そこから憎しみが湧き出て、争いが子供に
大きく影響し、その結果、子供は両親を憎むことになる。90%の夫婦間が
実質破綻をしている?というが、子供はたまったものでない! そこで、
「されど、妻(夫)を愛す。人生を愛す!」が、人生を生抜く要諦になる。
   
   * 飛行機の座席に垣間見える社会構造
 飛行機は、集約された社会構造が、そのまま露出する場所。
見てみないふりしかない。飛行機の座席のランクには、一般的にファースト
クラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある。
  ーその料金体系といえばー  (欧州の場合)
・エコノミー: 12万〜50万(12万は格安、50万は割引の無い
        正規運賃で、サーチャージ込み)
・プレミアムエコノミー: 20万〜50万(本来はエコノミーの正規料金
             を支払っている人に対するサービス)
・ビジネスクラス:   36万〜90万(90万は割引の無い正規料金)
・ファーストクラス: 150万前後(割引料金は基本的にありません)
▼ 私のような格安パックツアーは、大型機の後部座席が主で、旅行代理店が
 年間契約で3万5千〜7万円の格安で仕入れ契約をする。だから少々、窮屈を
我慢をすれば格安旅行が可能になる。ちなみにホテルも、観光シーズンのピーク
を除けば、三分の一、五分の一の仕入れが可能。 だから、パックツアーに慣れ、
使いこなせば、結構、価値ある旅行が可能になっている。私は格安パックツアー
もあって、エコノミーだが、たまたま満席で、ビジネスクラスを5〜6回、
一度だけラッキーなことにファーストクラスに乗ったことがある。4分1の
確率で、窓側3人席に家内と2人になるが、ほぼビジネスと同じ環境?になる。
露骨な格差を目前で見せつけられても、そこは非日常世界、瞑想には最適時空。


6432,閑話小題 〜安ければこそ!

2018年10月23日(火)

   * 眼鏡業界も様変わり
 去年の今時分に、iPadを購入して一年が経過する。7年前のは、ほぼ使う
こともなく居間の片隅にある。チラシに一代前のミニ・iPad(7・9インチ)
の中古品が出ていたので現物を見に行くと、セールステクニックで最新機種を
勧められ、買うところだったが、冷静に?当初の中古品を購入した。
PCの中古は?と思ったが、使ってみれば、これで充分。安さは多くを解決する。
 廉さといえば、眼鏡。地元の眼鏡店から、眼鏡スーパー、眼鏡市場、現在は
ジーンズと、格安店に移動している。 安い御蔭で、寝室TV前用、居間用、
パソコン用、外出用と、4つの眼鏡を、それぞれの場所に置いて、使い分けて
いる。 家内が‘ジーンズ’で度付きサングラスを2つ購入。値段の割には、
ファッショナブル。 そこで免許証書換の検査を機会に買うことに… 。
安さもあってか、ガラスも、柄体も薄いが、その軽さと値段に驚いた。
これまで7〜8万以上したものが、7〜8千と10分1の価格。で、これで充分に
満足できる… 。 眼鏡業界も様変わりをしていた。

   * プロ野球も日本シリーズへ
 セリーグが広島、パリーグがソフトバンクが日本シリーズ進出に決定。
終わってみればパリーグ?… 次に控えるストーブリーグが面白そう。
ドラフト会議が明後日に行われるが、何故かパリーグが圧倒的に籤運が強い
のは何故? 巨人の次期監督が三度目の原辰則というが、新鮮味が全くない。
球団トップに長期的展望が出来ないのなら、外部委託で決めるべき。
原監督は改善。 いま必要なのは思い切った改革! とすると球団社長が
落合? 監督が松井、桑田辺りで? 2人とも花があり過ぎ?
 いまの巨人じゃ、絶対に無理。ガチガチだもの。
それより、まず指名打者制の導入ですか! これも巨人で駄目?
 
・・・・・・
5700,「現代に求められる知性とは何か」
2016年10月23日(日)
                『知の読書術』佐藤優著  
   *「現代に求められる知性とは何か」
 過去からのフラッシュで人生を振返り、独り赤面することしばしばの日々。
そこに現れるのが己の知性の限界と、品性の問題に行き当たる。良心に反する
ことは、極力しないよう心がけてきたが、一つの判断には+−の様々な要素が
含まれる。その時には気づいてないマイナス面が、重く思い出されてくる。
 戦場の極限で、矛盾が積み重なり、心の底に沈殿、それが心の病として、
何時までも付きまとうという。戦場では知性も、理性も、問題の外になる。
イラクとアフガニスタンに派遣された米兵は200万人。そのうち50万人が帰還後
も心の 病を抱えているという。目前で仲間を失い、敵を殺すという戦闘経験が
心的 外傷後ストレス障害を発症させ、多くが自殺まで至る。その縮小版が、
老いとともに生じてくる。そこに、長年培われた教養が必要とされる。
 グローバル化の中、世界がフラットになり、今までの常識が通じない中で、
「教養の再生」が大きなテーマになる。 これからは、「教養共同体」を再生
が重要と、以下のように、著者は述べる。
≪・「教養共同体とは、自分たちの教養や思想を社会に還元していく
 ような教養人のネットワークのことを言う。資本主義や国家の暴走は、
『給料を上げろ!』『戦争反対!』と声をあげるだけではブレーキをかけられ
ません。 なぜか ―それは戦争を推進するような運動や排外主義的な運動も、
その背後にはどんなに稚拙であれ必ず思想の組立てがあるからです」
・また、「知識人や教養人が思想の組み立てや教養の構築を怠ると、
その空白を縫うように、粗雑な反知性主義者が物語を語り始めます。
そして現代の日本には、政治家やビジネスエリート、運動家に至るまで、
論理の体をなしていない気合主義や自己啓発のような物語が溢れています」
・そして、このように訴える。
「こうした乱暴な思想はやがて人々を動員し、物理的な暴力性となって
秩序を破壊します。排外主義的なヘイトスピーチの登場はその兆候です。
反知性主義的な思想の暴力性に対抗するには、知識人や教養人が連帯して、
別の思想・物語を語らねばなりません。だからこそ知識人・教養人の共同体や
ネットワークが、今の時代にはたいへんな重要性を持っているのです」
 反知性主義がはびこる国家に未来などない。そのためにも、「教養共同体」
が重要になってくる。≫
▼「教養共同体」は、ネット世界で『ネット教養共同体』として容易になる。
 ネットの端末機器の進化は留まることなく進化しているが、情報を教養と
して効果的に身につけるには、基礎教養が必要になる。が、子供の頃からの
ベースがないと、教養共同体の理解と共用は難しい基礎教育格差の問題がある。
米国のトランプ、フィリピン大統領のような反知性的思想の持ち主が、同類の
人たちを扇動し、国家を危機に向かわせる。集団心理は本来、反知性的である。
・・・・・・
4970,野心のすすめ
2014年10月23日(木)
   * 野心という山登り    〜「野心のすすめ」林真理子著
 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが何故か後悔はない。
野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 
自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。
 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくて
は針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期の絶好の環境があった。
それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。
野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。
何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。
そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、
後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 
 ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。  
≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。
 本を読み始めると、自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らない
のはまずいなあとか、この先また別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人
にはいろいろなページが開いてくるんです。反対に、本をまったく読まない人は、
何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら意識下に入ってこない。 
自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも
頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が
どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を
覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに
群れている。でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。
自分はこの先、あの高いところまで登れるのかという不安を常に抱えながら、
ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いを
してまで山登りを続けられるのでしょうか。それは、必死で登って来た場所から
見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう
満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、
もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、
と、さらに上へ上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない
美しい景色、野心を持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。
もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、野心という山を登ろう
とする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたから
こそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。
人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出して
くださる方が、増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫
▼「やってしまった後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの
 後悔は日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、
つくづく思ったことは、山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。
特に、城下町の体質が、人間関係にられ一生を棒にふった人の割合が多い。
それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふったという傷口を洗おうとして
いる姿そのもの」に私には見えていた。しかし、実際に、人生の夕暮れ近くに
なって、それも有り!ということに気づいた。 山登りの景色も、麓の景色も、
大して変わりはしない、ということ。しかし、麓でも何かにチャレンジして
ないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。 ともあれ、何かに挑み、闘い、
変化する中で、人生は面白くなるようだ。せっかく、地球に知的生物として
80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと!
・・・・・・
5335,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月23日(金)
    ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー
 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する
状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに!
 ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい
〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される
 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が
「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」
と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を
して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと
思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は
すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の
ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう
自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な
ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉
  ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること
・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張
を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ
ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日
で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。
何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が
できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない
一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。
・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。
・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ
「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。
つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、
まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。
・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・
・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は
昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功
するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って
仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理
をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。
というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。
じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。
いま、その男たちの写真を持ってくるよ。
・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。
・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙
 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、
相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。
人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿
なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が
あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。
そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら
無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫
▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、
 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。
女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。
人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。
で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。
・・・・・・
6067,閑話小題 〜選挙結果について
2017年10月23日(月)
   * 次は、戦時体制に?
 選挙結果は、安倍首相の目論見とおりに終わった。民進党の解党の結果、
左派の立憲民主党が実質的に残存したことになった。解党がなかった場合、
立憲民主党の当選数にも及ばなかったはず。これで「憲法改正」が本格的になる。
 隣国に軍事独裁国家が存在する限り、現状の憲法では対処出来ないことは自明。
私は憲法改正賛成、アベノミックスは反対、原子炉現状維持派のため、賛同より、
バランスを考えた上で、それに近い「希望の党」に、家内は「立憲民主党」に?
地方区は野党議員に入れた。一年以内には、朝鮮戦争の可能性が高まる中で、
国民は強固の保守体制を選択したことになる。Jアラートを日常的に鳴らした
効果は大きい。小池のミスジャッジなしで、みごと希望の党の勝利だとしたら、
問題が残るから、この選択は、正しいのだろう。
そして時局は「戦時体制」に入っていく。
 既に、北工作員のテロ対策、難民収容所基地の準備、負傷者用の緊急病院など
が具体的に作成されているのだろうが…。 恐ろしいが、これが現実。ロシアの
プーチンの思惑どおりに事態が進んでいく。 弱者の戦法で、北朝鮮は長期戦に
持込みたいのだろう。日・米・韓国にはスパイによるテロ戦術になる。そこで、
「何が冬季・平昌オリンピックか、東京オリンピックか」の空気が強くなる。
恐ろしい身近な現実の具現化が始まる。この不安、そのままが、自民党の大勝利
の原因になった。米韓日が勝利するとは限らない。北には30〜40年かけた準備が
あり、そう侮れない国家である。恐ろしいのが、北の国家ぐるみの自暴自棄。
・・・・・・
4603, 閑話小題 ー呆けも大変だけど・・
2013年10月23日(水)
   * 呆けも大変だけど、しっかりしているのも?
 幼馴染と酒を飲んでいた時、何気ない話から、相方には90歳を過ぎた
義母と三人暮らしという。「ボケはあるの?」と聞くと、「全くない!」と。
その時、自然と昔の記憶が湧き出てきた。
{ 私の母親が痴呆症になって5年半で亡くなったが、それは大変だった。
亡くなる半年ぐらい前のこと、元旅館の女将をしていた母の最も親しかった
92歳の友人が、実娘に付き添われて数十年ぶりに訪ねてきた。最期のお別れ
という空気が、そこに漂っていたが、呆けは全くなく元気そのもの。
家内が台所で、こっそりと、「呆けもなく、元気で良いですね」とこぼすと、
さん、「なに言っているのよ、元気は元気で、そりゃ大変! むしろ・・}
 その時の一期一会の二人の姿が、現在でも頭に焼きついている。看護十年は、
される方も、するほうも、大変である。「呆けは老いの苦痛を和らげるため
神が与えし精神状態」という。呆けないで余生を楽しむのも芸のうち、
ということ。
   * 米国のデフォルト危機
 米国のデフォルト、何とか乗り越えたが、その信用失墜は大きい。
計画的世界恐慌、このタイミングがベストに思えたが? まずシリア爆撃に
目先を向け、のドサクサにデフォルトだったのでは?国家戦略からして、
オバマ二期目の二年目。やるべき仕事はデフォルト? 来年の2月7日まで
先延ばしたが、まだまだチャンスは続く。日本と同じく国債増発しか予算が
組めないため、増発をするしかない。がん末期のリンゲル投入と同じで、
死ぬまで続けるか、恐慌を起こし精算しかない。そのプロセスを踏まない限り、
米国債を出し続けるしかない。 水面下では静かなる経済恐慌が既に起きている。
更に深刻なのが日本。特に地方の惨状は、ここで何度も書いている。その上、
世界恐慌が表立ってきたら、どうなるのか。まずハイパーインフレとすると、
年金生活者は?今や何が起きても不思議でない。我が身は自分でしか守れない。
「まさか!」は起こってからでは遅いが備えは可能。「まさか!」が、危ない。
私の「まさか!」は、リーマン。備えてはいたが、現実に起こると「まさか」
が、「まさか」でなくなる。その典型が、「まさか!東京電力が」・・
一万円前後していた株価が、今では500円、これも国家管理になればゼロの
可能性がある。安定株の筆頭だったのに。
・・・・・・
4228,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー3
2012年10月23日(火)
  * 餃子の形の由来
 餃子も、清の銀貨の「馬蹄銀」の形からきているという。まあ、面白いもの。
≪ 中国では、日常のお惣菜としてだけでなく、お正月の三が日にも縁起もの
 として餃子を食べるしきたりがある。 その理由は、あの独特の形にある。
鮫子の形は、清の時代まで中国で流通していた銀貨である「馬蹄銀」の形から
きている。そのため鮫子は「富貴」「多子」の縁起をかついだおめでたい食べも
と考えられてきた。中国では、年の初めに鮫子を食べると一年間お金に困らずに
暮らせ、財をなすことにも通じるといわれている。中国における鮫子は、
まさに日本の「おせち料理」のような存在であるといえるのだ。
それでは鮫子の発祥地はいったい中国のどの辺りなのだろう。じつは比較的
最近の一九六八年、新彊ウイグル自治区のトルファンにあるアスタナ遺跡で、
なんと唐の時代の鮫子の化石らしきものが発見された。この発見により、
このトルファンの地が餃子の起源と考えられている。
この化石は、トルファンに展示されている≫
  * 瓶詰めはナポレオンのアイデア募集から生まれた
≪ 瓶詰めはナポレオンがアイデアを募集し、多くの応募の中から入選した
 のが食品加工業者アぺールの発案した瓶詰めという方法だった。その作り方は、
瓶に調理した食料を詰めて、これをコルク栓と針金で完全密閉する。そのあと
湯せん鍋で沸騰加熱して殺菌するという方法だ。これなら食材を新鮮なまま
持ち運ぶことができる。この瓶詰めは画期的な保存方法として注目され、アペール
は莫大な賞金を手にした。ナポレオンの快進撃を支えた瓶詰めは、ほぼ同時期に
イギリスで発明された缶話めとともに、今でも人々の食卓を支え続けている。≫
▼ 要は、食品のパッケージ化を考えたということ。樽詰めを更に小さく
 個人用パッケーかに詰替えたことになる。最近、コンビニが勢いづいているが、
これも、スーパーの家族用の品ぞろいから、個人用のパッケージ化商品を
中心にしたことが、消費者の支持を受けたことになる。


6431,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜2

2018年10月22日(月)

 
   * 露骨な中間選挙用映画
 先週末のシネマは、『デス・ウィッシュ』。年金後の土曜日で、同年代の
人たちで40人はいただろうか。 〜内容といえば…
《 警察すら手に負えない無法地帯となったシカゴで救急患者を診る外科医
 カージー。ある日、彼の家族が何者かに襲われ、妻は死に、娘はこん睡状態
になってしまう。警察の捜査は一向に進まず、怒りが頂点に達し、復讐の鬼と
なった医師は自ら銃を取り、犯人抹殺のために街へと繰り出す。》
「デス・ウィッシュ」とは<死を祈る、死の願い> 御前ら悪党よ、俺様
の手で死んでくれという意味。チャールズ・ブロンソン主演「狼よさらば」の
リメイク。白人の外科医が、ラテン系や、黒人のギャングを容赦なく殺して
いく姿は痛快だが、有色人種を虫けら扱い。助ける医師の立場から、ギャング
狩りの殺人に… 最後は、殺したギャングに罪を擦り付け目出度しめでたし。
現在のアメリカ(白人)第一主義を地でいった筋立て。世論は、痛快にギャング
を殺戮する処刑人に好意的。 … これって、中間選挙目当て?
 
 朝鮮半島情勢、今のところ安定しているが、ここだけは何が起きるか? 
これもアメリカの中間選挙次第。中間という意味は大統領選挙を挟んだ中間
という意味。4年に一度の本格的な議会総選挙。トランプといえば、その正体が
露呈しスキャンダルが連発。側近は、次から次へと辞任。国家自体の自己否定
とさえ思える大統領。 専門家の見立ても、世論も共和党に悲観的。 
< 予測専門サイトの一つが3つのモデルで選挙結果を予想、下院における
 多数党交代の確率は、9月下旬時点で70%台後半から80%。また、バージニア
大学政治センターが紹介する4人の専門家の予測モデルは、下院における民主党の
議席増を27〜44議席とはじき出す。多数党交代に必要なのは23議席の変動であり、
モデルどおりなら、共和党は「青い波」に屈する。共和党とすれば、想定以上の
苦戦だろう。「強い経済」と「トランプ大統領の熱狂的な支持者」という2つの
強靭な防波堤が、多数党の座を守ってくれるはずだった。だが今回の選挙では
これらの防波堤は十分に機能してないどころか、共和党の弱さとなっている
気配すら感じられる。> 
 しかし、そこはトランプ。起死回生の奇策を狙う可能性も。
ロシアのプーチン。トランプを大統領にした策略だけでも、その任を果たした。

・・・・・・
5334,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月22日(木)
  元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の
人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から
紹介していく。
   ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー
〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。
有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち
抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、
ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。
ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを
したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。
そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー
経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で
出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ
で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々
かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉
  ーお答えー
〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、
出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世
する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る
のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での
競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶
として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは
薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。
・アソシエ:辛口ですね。
・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の
大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や
上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。
あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと
食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、
女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。
だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。
課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が
できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に
お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。
こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。
そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、
高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分
所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては
ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉
▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に
 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似
しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい?
  〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜

・・・・・・
6066,閑話小題 〜 少し考えてみたら
2017年10月22日(日)
   * 少し考えてみたら
 日本人は第二次朝鮮戦争が起こるとは、よもや思っていないようだが、
少し考えてみれば、充分に起こりうること。アメリカのいうレッドラインを
遥かにこえた「水爆実験」と「ミサイル実験」を平然と行い、隣りの大国の
中国やロシア首脳と会談すらしようとしない。直接会談を避けるのは、底の
浅さが読み取られてしまうため。
 肉親や幹部の粛清が、あの方にとっての錯乱原因で、自らの破滅の道を
ひたすらまっしぐら。これでは数百、一千万規模の犠牲者が出る可能性がある。
「米国は核保有のイランの事例からして攻撃してこない」という甘さが見て
取れる。黄色人種の元首から、これだけ罵詈雑言と挑発を続ければ、欧米の
極右が見逃すわけがない。人生の夕暮れ時に、一つ海を越えた朝鮮半島で生々
しい戦争が突発するのか? 
   * つれづれなるままに!
 会社清算に至った現在、後悔が殆どないのが不思議なぐらい。創業に向けて
一歩、踏み出した時から、万一の場合、「われ後悔せず」と決心をしていた
こともある。その上に、思いの外、楽しみが、「差引きゼロ」というより、
80点以上の実感がある。何もしなかった10億、100億より、経験を楽しんだ現状
の方が良かった手ごたえがあるからこそいえること。
『納得出来る行蔵は、何ものにもかえ難い』とでも自己説得でもしないと… 
 どの道、全てが夢幻でしかない。
   * 政治ものコンニャク談義
・ 昨夜、グランド・ホテルで、先ほど行われた中学の同期会の「反省会」
 が、行われた。出席者が15名。余剰資金があったようで、会費は3千円。
二次会は欠席し、21時に帰宅。一次会の後半は、衆院選挙の話題で盛上った
が、意外にも、自民の候補より、野党の女性議員の支持が圧倒的だった。
自宅にも、大平事務所から『前知事に負けそうで、助けてください』と、
悲鳴に近い泣き落とし?の電話が4度もあった。
「新潟市在住?の前知事が、今さら長岡で原発容認の自民党から出馬など、
もってのほか」と言われれば、成るほど肯ける。一般市民に「稼働してない原発
は空箱と同じ、ミサイルを撃ちこまれても、全く問題なし」の情報が意外と
知られてないこともある。で、私は、全国区で「希望の党」、地方区は「泉田」
に投票予定。それとも、国家危機の視点から、全国区が「自民党」、地方区は
「大平」。泉田は「長岡の女たち」を知らなすぎのため大敗の可能性がある。
「無所属で、新潟市地区で立候補すれば、当選の可能性もあったのに…」だが、
比例区で拾われる?今回の選挙結果が楽しみだが、『憲法改正』は必要とする
と、自民党は圧勝して然るべきである。とすると「希望の党」でも良いが…。
二転三転後に、「全国区」が「希望の党」で、地方区は「大平」が結論。

・・・・・・
5699,老老介護の現実
2016年10月22日(土)
  * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に
 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。
総武線沿線の葛飾と千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。
そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。
そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護は
日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、
近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ
でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の
モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、
義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。
<死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。>
と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」
 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。
  実にシリアスの内容である。
――
2011/09/14
閑話小題 〜老老介護
  * 老老介護
 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、
案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。
少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店
した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を
飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題
ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで
入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら
よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら
ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。
連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分
入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する
ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・
長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた
だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、
一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった?
のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 
――
2015/05/17
人生相談という気晴らし! 〜
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。
介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、
せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない?
≪ Q:  〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜
 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、
質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。
昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの
でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。
世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を
考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、
死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか
と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について
何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ
入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。
  A:  〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜
これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を
受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を
言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、
あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか
ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、
時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、
幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは
不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ
開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは
なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、
相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が
分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」
ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを
教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ
ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、
直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という
ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。
まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは
何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ
ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫
▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して
 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、
「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること
が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は
向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して
納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。


6430,閑話小題 〜アメリカ上院、下院総選挙 〜1

2018年10月21日(日)

   * アメリカ中間選挙
 アメリカ議会選挙、アメリカのみならず、世界にとっても重要な選挙。
ソ連時代のKJB上りのプーチン大統領の息のかかった泡沫候補が、その力を
借りて大統領になってしまい、泡沫ゆえの政治的素人が、アメリカ第一主義と
称して白人第一主義を打ち出し、露骨な貿易保護主義を世界に押付け始めた。
これがアメリカ白人の本音。 しかし移民の国アメリカの建国精神とはチト
違う。 本音は建て前を自己否定するもの。 それを表に押出すと、建前の
世界の警察が、実は強盗に他ならぬ本性を丸出しになる。この二年、トランプ
の政治手法を目の当りにしたアメリカ国民が、どう判断を下すのか、非常に
興味のある選挙になる。 いくら何でも〈トランプがそこそこ善戦〉は無い
と思うが… そこで、ネット検索で、改めて議会選挙の状況を検索してみると…

≪ アメリカの中間選挙は4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施されます。
 ことしの中間選挙は11月6日に行われ、
・100ある上院の議席のうち35の議席、
・435議席ある下院のすべての議席、
・そして50の州のうち30の州で知事選が行われます。

☆ 中間選挙は、大統領の任期のちょうど中間に行われることから、大統領選挙
 からの2年間の実績や、大統領を支える与党の評価を問う「国民からの審判」
とも言える選挙です。中間選挙が終わると、次の大統領選挙の候補者選びに向けた
駆け引きが表面化することが多く、11月の中間選挙は2年後の2020年の大統領選挙
に向けた前哨戦とも位置づけられています。
☆ 議会上院は100議席のうち、現在、与党・共和党が51議席、野党・民主党は
 同じ会派に所属する無所属の議員2人を含めると49議席で、与党と野党の差は
2議席となっています。 今回の中間選挙では、このうちの35議席が改選され、
非改選の議席と合わせて過半数を確保した党が多数派となります。
☆ 一方、435議席すべてが改選される議会下院は、現在、共和党が236議席、
 民主党が193議席、空席が6議席。過半数は218議席のため、野党・民主党が
多数派となるためには、25議席以上の議席の上積みが必要となる。

中間選挙は歴史的に、政権与党に厳しい審判が下ることが多く、過去30年間に
行われた中間選挙の結果を平均すると、政権与党は上院で4議席、下院では
およそ22議席を失っています。

こうした中、共和党が上下両院のどちらかでも過半数を維持できなければ、
トランプ大統領は難しい政権運営を迫られます。そのうえ議会で、いわゆる
「ロシア疑惑」などをめぐってトランプ大統領の弾劾を目指す動きが勢いづく
ことも予想され、2年後の大統領選挙にも大きく影響することになります。

逆に、共和党が上下両院で過半数の議席を維持すれば、トランプ大統領は
「信任を得られた」として政権運営に大きな弾みがつくうえ、共和党内からの
支持もより取付けやすくなるため、安定した政権のかじ取りで、次の大統領
選挙での再選も視野に入ってきます。中間選挙の結果、与党・共和党が引き続き
上下両院の過半数を維持できるのか、それとも野党・民主党が両院のどちらかで
多数派を奪還し、政権与党と議会の多数派が「ねじれ」の状態となるのか。
トランプ大統領は、任期の折り返し地点でアメリカ国民からどのような審判を
受けるのかが焦点となります。

しかしトランプ大統領の人気は根強く、共和党支持者の間のトランプ大統領の
支持率はこの1か月の世論調査でも8割を超えています。この人気にあやかって、
不法移民対策や貿易問題でトランプ大統領と同じ主張をする「ミニトランプ」
ともいえる候補者も増えています。こうした状況に伝統的な保守派の間では、
共和党の「トランプ化」が進み、長年の伝統が失われるという懸念の声も
上がっています。 ≫


▼ 数日前にみた映画は、ブルース・ウィリアム『デス・ウィッシュ』。
 これが明らかに白人第一主義者のトランプを擁護するような露骨な内容。
流れからして、共和党の惨敗になるのだろうが… 黒人大統領の後に、
クリントンの女大統領選出を拒否したのは分からないでもないが…これでは? 
頭も尻尾も、その上にハラワタ(白人下層)も腐ってしまったアメリカ。
ロシアも、中国も、北朝鮮も、共和党惨敗を先読みしていたとしたら…
アメリカ保守層からしたら、頼りなさそうな民主党より、少々、頭が軽く
とも、頼りに有りそなトランプの選択も…  でも惨敗だろう!
                      ーつづく
・・・・・・
4968,閑話小題 ー女のカースト制度
2014年10月21日(火)
   * 美人カースト制度
 先日のTVのトークショーで、ある女性タレントが、女世界の
「美人カースト制」の存在を話していた。言われてみれば成るほど! 
『女社会には、美しさの三角形をなしたカースト制があり、美人ほど、
その階層が高く、歴然とした序列が決まっている。美人は同レベルの人
だけで仲間をつくり、それ以外は仲間に入れない。入れると、僻み妬みが
入りバランスが崩れるため。』とか。女という生きものは、自分を引き立たす
ため、少し劣っている人を仲間にすると思っていたが・・ 女性職場の経験
からみて、思い当たる節がある話。特にギャルまでは、美しさが大きな価値
判断になる。それまで育ってきた過程で、彼女らには値踏みが付いてきたし、
自覚がある。美人かどうかは、両親からの問題(親の因果が子に報い)だが、
これは本人には、どうにもならない運命の問題。私の姉4人は美人系だったが、
顔と身体の均整が取れているだけで、それが何?でしかない。が、独身時には
うら若い女性となると、全く違って見えてくる。 初対面の女性同士はまず、
相手の年齢や服装や住所やバッグなどの持ち物から「相手のレベル」を察知、
自分に近いかどうかを判断してから付合い方を決めてくる。  
 女カーストには、他にマンションカースト、ママカースト、
 ヒルズカースト、キャリアカースト制度がある。
◎マンションカーストは、住んでいるマンションと、住んでいる階層で、
◎ママカーストは、旦那の社会的格付けで、
◎ヒルズカーストは、そのヒルズ(丘の上の住民)のレベルで、
◎キャリアカーストは、職場などの、キャリアで格付けされる。
面白いといえば面白いが・・ 逆に超越さえしてしまえば、本当に楽なだが・・
それにしても、美人カーストの存在とは、面白い! で、往年の美女? 
その後、どうなった? 年齢でバランスを崩してしまえば、ただの?? 
だから、コンプレックス広告に引っかかる。バランス修正で世界が一変する
なら、韓国みたいに、どんどん整形すればよい! 即席で、化粧があるが、
見慣れてしまえば、皆、同じ。いや、そうでもないか? 
まあ、娑婆は面白い! 石も集まりゃ、砂利だが。

・・・・・・
4601, 読書という体験  ー3
2013年10月21日(月)
          「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
  * 読書欲のすすめ ――「本をものにする、これは快感だ!」齋藤孝著
 前回の藤原正彦の授業内容がアップダウン方式に対し、斎藤孝は、読む本を
受講者自らが選び、直接、受講生同士が、情報を交換させる方式。一長一短が
あるが、融合も可能。 読書の質量を増やすに非常に効果的である。ーその辺りー
《 私は今、「読書しない人間撲滅運動」を展開している。といっても、
 明大の教職課程の授業での話だが、これがなかなかいい線まで来ている。
読書をしないのは、受講生約四百人中残り五人ほどになってきた。この場合の
読書しない基準は、一週間何も読まなかったというケースだ。一週間ごとに
何冊読んだかをチェックする。週二、三冊読む者も30%を超えるほどになった。
やり方は簡単だ。一週間に読んだ本をコメント付きのリストにして書いてきて
もらい、それを持って教室内を自由に動き回り、学生同士で情報交換をして
もらう。これは効く。教師が本をすすめるだけでなく、学生同士の方がむしろ
刺激が強い場合もある。大いに本を読んでいる人間と出会って話を聞くと、
自然に読書欲がかき立てられる。おすすめ本の情報交換は読書のきっかけづくり
にはもってこいだ。「本を読む読まないは個人の自由だ」と言う学生がいる。
私は、「本を読まない人間には教師になる資格はない」と言い切ることにして
いる。本を読み、勉強し続け、知識を得る喜びを常に味わい続けている者からは、
知識に対する「あこがれ」の熱気が発散される。それが生徒たちの向学心に
火をつけるのだ。私自身が、そうした読書好きの先生たちから多くのいい影響
を受けてきた。授業のはじめに、そのとき読んでいる本の内容を楽しそうに
紹介する先生がいた。本を律疏むことがどれほど楽しいことであるかが、
その話しぶりや表情から伝わってきた。本は買って、線を引きながら読むもの。
本は自分のものにすることが大事。全部読み切れなくても気にすることはない。
途中で倒れても、読んだことにしてしまう。とりあえず読書の目安は文庫百冊。
並行的に何冊も読みすすめる。スポーツと同じ。量が大事だ。人から借りた本
は本気で読めない。本が自分のものにならないと身を入れて読むことができない。
本を自分のものにしてしまうのだ。読んでいるときには微妙な判断力を働かせ
ながら読んでいるものだ。...》
▼ 一週間に読んだ本の学生同士の情報交換方式は、素晴らしい。ネットで、
 この直の方法を兼用すれば、更に良い。その点、私たちの時代より、現在の
方が遥かに知的レベルが上がっているはず? 各自に読書日記専用のブログを
持たせ、イントラバックさせれば良いが、教室内で、手書きで、自由に、直接、
交換するところがミソ。知人のブログは読みやすい、のと同じ。一二年間、
このブログが続いているのは、久々に会う知人が、思いのほか親しげに、評論し、
励ましてくれる要素が大きい。読んだ感想を文章化する効用は非常に大きい。
それも同級生同士はライバル心がある為、本の選定から、読み方、受け止め方、
すべてが変わってくるはず。少ないブログの愛読者の中で、誰かブログを公開
して欲しいが。何とか千回、続ければ病みつきになる。 底の浅さの公開は
勇気がいるが、所詮は、こんなもの、と開き直ればよいだけ。

・・・・・・
6065,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜1
2017年10月21日(土)

 法則ではないが、『世界がもし100人の村だったら』がヒットしたのは、
100という数字は、比率として、簡潔に世界の実態を示してくれる。

世界には63億人の人がいますが
もしそれを100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。
100人のうち

52人が女性です
48人が男性です

30人が子どもで
70人が大人です
そのうち7人が
お年寄りです

90人が異性愛者で
10人が同性愛者です

70人が有色人種で
30人が白人です

61人がアジア人です
13人がアフリカ人
13人が南北アメリカ人
12人がヨーロッパ人
あとは南太平洋地域の人です


 ここで、まず思いつくのが、パレートの80:20の法則。 その20を更に、
20:80の4対96に絞り込む「96:4の法則」。「仕事の成果の8割は、費やした
時間全体の2割の時間で生み出している」で考えてみよう。成果の8割は費やした
時間全体の2割の時間で生み出しているかもしれないが、成果へのきっかけ
(コツや、的確なアドバイスなど)になったのは、その2割の時間のなかの
さらに2割。つまり全体を100としたときの4にすぎない。

   * パレートの法則(80対20の法則)
 簡単に言うと、全体の20%の要素が、大きく影響を与えているというもの。
•売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している。
•離婚件数の80%を離婚経験者20%が占めている。
•蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%。
例えば、あるサービスを利用する「全体の上位20%が利益の8割を占めている」
ということになり、顧客全員の満足度を増やそうと努力するよりも、上位20%
の顧客満足度を上げるよう努力したほうが賢明であるということもできます。
▼ まず受験校に入る。で、20%に。そして早慶、国立一期校で4%が目安に。
 そして一流企業に入り、1%の仲間入り。 逆に下位はヤクザ者か犯罪者に。
義務教育最終年の人達も、この数字のとおりになっている。ノンフィクション
の読書に、これを適応すると、「目次、はじめに、終わりに、一章の冒頭と、
最終章の1ページと、図示・統計ページ」で、8割がた理解できる。

   * 10000時間の法則
 マルコム・グラドウェルが提唱した法則で、偉大な成功を収めた起業家や
世界的に有名なスポーツ選手など、何かの分野で天才と呼ばれるようになる
人達に共通しているのは、10,000時間というこれまでに打ち込んできた時間が
関係しているというもの。では今から新しいことに挑戦したとして、どれくらい
で天才や一流になれるのでしょう。 例えば、マジックをこれから始めて、1日
3時間練習するとしたら、約9年後には一流ということなります(あれ、意外と早い)
▼ この随想日記のエネルギー投入。 6050のバックナンバー×2〜3時間=
 12000〜18000時間になるが、一流など、ほど遠い。せいぜい、珍獣の戯言で
しかないのは、基礎工事が軟弱のため。珍獣でも‘獣は獣の考え方がある’程度。

・・・・・・
5698,閑話小題 〜県知事選の結果に ~
2016年10月21日(金)
   * ドラフト会議
 昨夜、ドラフト会議があった。指名枠にある選手にとって、人生を左右
する運命がクジ引きで選択される場面は、みる者には、たまらなく面白い。
幸運?にもとれた選手が当りか外れは、数年経ってしか判明しない。
翌年から、中軸として活躍するのもいれば、プロ向きでなく、そのまま消えて
いく選手も多い。 大相撲は、本当に強いのは、そのまま、幕内まで、駆け
上がっていくのが通例。何故か怪我が少ない。最近、こういう大物は、白鵬と、
朝青龍以外、存在しない。十両と、幕下に、個性的な力士が数人いるが、大物
というと、どうだろう。 有望力士が多くが怪我で消えていくケースが多い。
高校野球と高校相撲と柔道に数名、超大物がいるが、これらがプロとして
表だってくるには、あと3~4年は要する。
   * 県知事選の結果に ~
 県知事選に、原発再開慎重派の県知事が生まれた。この結果は、地元経済に
とって大打撃になる。柏崎刈羽原発は、世界最大の規模である。その近くで、
二度の大地震が現実に起きている。一つ間違えると、福島原発事故のように、
溶解の可能性もあった。再開に異議をとなえた泉田は、明らかに策略?と、
おぼしき手段で、再選を断念した。三期で充分だが、原発に対する現地民の
危機感を、森元長岡市長は読み違えた。選挙運動の彼の態度には、既に県知事
の風格が滲み出ていた。
 もう一つ、東京都知事選挙に続いての新潟県知事選の自民党の敗退の意味
するところは、利権の塊のような風貌の幹事長の傲慢な態度と、本性を露骨に
表してきた自民党の体質。これが、そのまま、TVや、ネットで流れている。
豊洲市場の談合疑惑や、盛り土の変更問題、明らかに汚職の痕跡が露わである。
更に、富山市の市議の不正受給の問題もある。北方領土の返還交渉成立直後、
アベノミックスの失敗が表立つ前の衆院の解散を目論んでいるが、前回のような
二匹目のドジョウがいるかどうか。改憲には賛成の私には複雑な感がするが。

・・・・・・
5333,ノンセンス辞典 ー
2015年10月21日(水)
       〜BRUTUSの「谷川俊太郎」ーノンセンス辞典〜
≪ ・【思想】= 思いつきの別名。その思いつきが新奇であればなおいい。
  たとえばひとりの子どもが、〈空は青くないよ、空は茶いろだ〉と言えば、
 あの子には思想がある、というふうに用いる。思想を体系化しようと試みたり
 思想に生命を賭けたりすることは、今日では邪道とみなされている。
 ▽ 思想を思いつきとは言い得て妙で、本来、そんな大げさなものでもない。
 カントの〈コペルニクス的大転換の『対象に認識が従うのではなく、
 認識が対象を従える〉も、初めは思いつきだったのだろうか? 
 過去、現在、未来の時間軸を入れると、直感でわかることだが。
・【文化】= 蝿が一匹もいないこと、または蝿が適度にいること、
 または蝿が無数にいてもちっとも気にならぬこと。
 ▽ 蝿がいるのは、それが発生する環境があるから、気にならないのは、
  慣れてしまうこと。それも文化?
・【前むき】=頭部を前方にむかって固定した状態。人によってその頭部が
 やや左へ、或はやや右へ傾くことがあるが、後さえふり返らなければ、
 三六〇度どの方向をとっても、前だと言える利点がある。
 ▽ 「前向き」の人とは、人生を振り返っても、慙愧の念に捉われない人。
  振返ると、そこには後悔することばかり、「今、ここ、私」の垂直の
 瞬間には前向き方が、遥かに楽である。
・【ミクロ・デス】= メガ.デスの反意語。メガ.デスは、他人が大量に死ぬ
 ことを意味するが、ミクロ・デスは、自分がたったひとりで死ぬことを意味する。
 ごく最近の新造語らしく、用例はまだ見当らない。
 ▽ 誰もが最期は独り、ミクロ・デスで終わる。孤独死は万人のもの。
・【わいせつ】= 写真、絵画等に描写された陰毛を、黒インク等によって
 抹消することにより、消滅すると考えられている人間の基本的属性。
 常に快感を伴っているが、快感を不快感とする事実誤認の例も少くない。
 ――
『狂気なしでは、何事も成し遂げられない』ーエヴァ・ペロン
 (アルゼンチンの政治家1919〜52年)の言葉がある。
 ここで思いついたのが、以下のノンセンスな言葉!
【創造】=創造をなす新しい着想は、既存からみたら狂気であり、
それを全身全霊で成す行為は己を凶器にする覚悟がなければ進まない。
〈創造は、狂気の着想を凶器になって体現すること〉というノンセンス
の言葉が成り立つ。その結果、<お前は一体、何をしてきたというのか!>
の後悔の念が苛むこと。一番の苦悩は「何も手ごたえがなかったこと!」


6429,読書日記 〜魔法の器

2018年10月20日(土)

           『バーカウンターは人生の勉強机である』島地勝彦著
   * 騙されと思って、この器で飲んでみてくれ
 もう10数年も経とうか、ラジウム岩盤浴が持て囃された時期があった。
知人の2人が実際に<ラジウム岩盤施設をオープンしたが、一人は倒産、他の
一人は?… 成功したという話は入っていない。一時期、ホテル内にと考えた
ときもあったが、止めてよかった。 結局はブームと共に殆ど話題にならなく
なっていった。 しかし、玉川温泉は定期的にマスコミに取上げられている。
末期ガンの最期の聖地? 同病相憐れむ癒しも兼ねている。 
著者が『騙されと思って、この器で飲んでみてくれ』とは… 。

≪ …さて今宵は何を持ってきてくれるかわくわくしていると、冷い風と同時に
 山岡さんが現われた。
・「マスターの好きなボート・エレンを持ってきましたよ。魔法の器とね。」… 
「この陶器は、名古屋の陶芸家、中村公之さんとのコラボで制作したウィスキー
専用の器。地球を思い起こらせるやや球形のフォルムと、ビートなどの土の
ニュアンスに絡めて『アース』と命名したんだ。これだけ薄く繊細に焼くのは
至難の業で、このボート・エレンに、まずいいつものグラスで飲み、その後
この器に入れ替えて飲んでみてください」
・「たしかにまろやかになった気する。ビートの香りも立ってくるね」
・「この器はお茶を飲む茶碗と一緒で土でできている。常滑焼で有名な愛知県の
常滑の土でしてね。土の性質、焼成の仕方で化学変化を起こしているかもしれ
ないし、とにかく肉眼ではみえないけれど、底が網の目のようになっていて、
そこで濾過されているようです」
・「マイケル・ジャクソンが考案したので飲んだことがあるが、こんな変化は
はじめてだ。」 … ≫

▼ 一時期、ラジウム岩石でつくられた「コーヒーカップ」と「盃」を使用
 していたが、破損などで消失した。確かに味は一ランク美味しくなっていた。 
現在も毎夜、ピンポン球の大きさのラジウム石を左手薬指に括り付け寝ている。
(数年ごとに始めたり、止めたりを繰返し)現在は左手薬指輪ゴム巻き健康法
を実施したのを切っ掛けに再び開始している。枕元のベッドボードに吊るして、
深夜に目が覚めた時に握ると、その後の寝入りが早くなる。 著者の器も
ラジウムを含んだ上位のものか… 。

・・・・・・
6064,閑話小題 〜負と、正のエネルギー
2017年10月20日(金)
  * 負のエネルギーと、正のエネルギー
 何処の社会にも、より「負のエネルギー」を背負った人と、「正のエネルギ―」
を背負った人が存在する。「負のエネルギー」を背負った人は、負に呼応して
近づいてくる。己の負を他の負にチューニングをする技術は高度? 人生一般に
恵まれなかったダークなればこそ…。逆に「正のエネルギー」の強い人が存在する。
 NHKTV「グローズアップ現代」で、3人の高校野球のスラッガーを特集していた。
彼らに見てとれたのが、強力な「正のエネルギー」。〜NHKのブログによると…
【・清原和博の大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵高校の中村奨成選手。
・甲子園出場は逃したものの、高校通算最多とされる本塁打数を更新した
 早稲田実業の清宮幸太郎選手と、
・通算65号で清原の記録を超えた履正社・安田尚憲内野手。
3人の超高校級スラッガーたちに見えてきたのは、親がかりの、たぐいまれなる
素質と努力がある。現代高校野球の劇的な「進化」。他に、両親や監督
の連携もあるが、「正のエネルギー」に満ちている。】
 素直で、前向きで、明るく、健康的な心身。「正のアドバンテージ」がベース
にある。 (幸福優位7つの法則ショーン・エイカー著)によると、
【 ハーバード大の優秀な一群への調査で、「ハピネス・アドバンテージ
(幸福優位性)は、「成功が幸せの周りを回るのであって、幸せの周りを成功が
回るのではないことを示すという「ロサダライン」の法則がある。
<心理学者であり、ビジネスコンサルタントであるマルシャル・ロサダが発見した
重要な数字。「2・90対1」。「メンバー間のポジティブな相互作用とネガティブ
な相互作用の比率」が最低でも「約3対1」の割合が必要。このライン以下だと、
チームの仕事ぶりは一気に落ち込む。調査では「6対1」が理想。ポジティブな
フィードバックとやり取りが、職場の生産性を上げ、業績を上げてくれる。】

▼ この生活習慣や行動パターンが、豊かな人生への道になる。通ってるジムで、
 3月に一度は不快な事象で休みたくなる。 その時、内語で「少なくとも3倍は
プラス要素があるはず」と思い考えると、全く、その通り。何か判断を迫られ
たとき、この「3対1の法則」を当てはめると良い。とにかく、決断は先延ばし
にしたくなるが、後になるほど、数倍のエネルギーを要する。
 動物は狩るもの、狩られるものの両面がある。前者は失敗しても、次の機会が
あるが、後者は、そこで終わる。だから負の最悪事態にとらわれる。しかし、
何事も、より正のエネルギーを増やそうとすれば、より多くの負の危険を乗越え
なければ。 歪んだ老人や病的後ろ向きの人の歪んだヘドロのような視線。
その人自身と先祖が積重ねてきた「負の遺産」そのもの。 老いるにつれ、
この負の遺産である毒が溜まってくる。 このドブ掃除には、知らないこと、
面白そうなこと、好きなことをみつけ、自分に注ぎ込み続ける必要がある。
老いるとは無念だが避けて通れない独り道。だが宵の独り宴会?も、工夫で、
楽しくなるもの。 今の私は、スケジュールの御蔭で何とか、「6対1」を維持。
時々、3月に一度は大揺れ? になるが、せいぜい全治3日間。 この程度は、
平凡な日々のストレスに、丁度良い按配。
 〜追い書き〜
これも偶然だが、面白いことに、文脈として去年の文章に丁度よく続く。
かくいう私も愚痴をつぶやく哀れな老人。
 
<恋はやさしい 野辺の花よ>から、<老いは悲し 野辺の愚痴よ>ですか。
――――
5697,閑話小題 〜愚痴言う老人
2016年10月20日(木)
  
   * 愚痴言う老人
 とある法事に出席する度に、いつも聞こえてくるのが、✖の愚痴と小言。
 不快だったこともあり、その幾つかを 記憶している。
・「後期高齢者の名前が気にくわない。」
 「免許証の返納も、私たちには嫌味としか聞こえない。」
  私も、あと4年になると解らないでもないが。
・「最近の若者はなってない。」 
 この言葉、数千年前のエジプトのピラミッドに書いてあった
 人類永遠のテーマの事実を知らないためか、平気で人前で言う。
 永遠のテーマといえば、旧約聖書の「カインとアベル」の、長男カインと
 父アダムとの親子対立。 最近、飲み会で、「長男と二世帯同居をしたが、
 これが大きな誤りだった。」と愚痴るから、「それ、旧約聖書にも出てくる、
 人類永遠のテーマで、タブーは元もと分かっていたこと。」と諭すと、
 「全く知らなかった!」と宣う。
・「昔は、本当に良かった。それにしても、生きづらい世の中だ。」
 この言葉は、老化状況をはかる物差の言葉、これを言いだしたら、
 認知症の初期?現象。
・今回の通夜では、「あの人、リタイアをして威張れなくなったので、
 その怒りを周囲にぶつけている。」これは、一線から退いた万人にいえる
 ため、誰も良い気持ちがしない。 特に私には?
そうこう、書きだしてみると、さほど酷い愚痴でもない? しかし70〜80歳を
超えた愚痴は、毒を含んで生なましく語るため、聞こえた人の心に黒く残る。
 読書習慣なしで、「世間話」に明け暮れしてきた人生がうかがえる。
もしかして、ここで書いてきた怒りの籠った内容、こんなものでない?
老化は日々進んでいく。 問題は、その自覚と対策。今さら遅いか?
つくづく老いて思うことは、長年かけた教養の程度。下は見えても、上から
視線は見えないから始末が悪い。「・・ったく」と思うことが、あまりに多い。
こうして他者を批判するのは、所詮は、内なる己を、自分の仮身を語っている
に過ぎない。 4年前に、「老いの鬱屈」についての書評があった。
故人の家の法事で、この人の愚痴を聞いたことや、多くの半ボケ老人を
目の当たりにして、以下の本を図書館で見つけて、テーマにしたようだ。
―ー―
2012/06/04
老いの見本帳ーダークサイト −8
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)
  * 老いと鬱屈
 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と
視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、
そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生
何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 
その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。
老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。
だから、熟年になったら群れてはならない。 
 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。
≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」
人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり
面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような
ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、
避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、
とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの
喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 
 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々
の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも
馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属
のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 
だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら
難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、
鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても
鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、
この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫
▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する
 のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」
は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は
体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、
ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。
これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。
本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め
から割り切って孤立していた方が良い?

・・・・・・
5332,閑話小題 〜人生のリハビリ
2015年10月20日(火)
   * 人生のリハビリ
 会社清算から4年半になるが、現時点の実感は、その結果のリハビリより、
「創業の準備を含めた事業人生45年間で歪んでしまった異型の自分を一度
リセット、本来の人間性に戻すべく、再出発の日々を過ごしている」という
ところか。 資本主義という拝金主義から、一度離れて、地球上の大自然、
身近な自然、文化・文明を見直し、せっかく訪れた地球を改めて見直し、
人生を振り返り、味わうために、現在の自由な時間を与えられていることに
気づくことだ。リセットは、こういうものか。 ある意味、人生で一番、
落ち着いた時である。異型があるから、今がある。
   * ぬるい幸福は人を駄目にする
 「ぬるい幸福は作家を駄目にする」という作家の言葉があるが、これは万人
にも言えること。そのぬるい幸福を私たち凡人が目指しているのだから・・
「そのどこが悪い!」といえば、それまでだが、その人は、そこまで。
人の一生は、常に変化する社会と、時代の中で、「変化、闘い、挑戦」が
間断なく押し寄せてくる。考えてみれば、ぬくい幸福などは束の間の幻想。
今が、その「ぬるい幸福」の時かも。しかし、その一瞬の味わいが、
人生の味になる。 今さら駄目でも何でもよい!ぬるさが一番である。

・・・・・・
4967,閑話小題 ー夜半、4時間の熟睡の後
2014年10月20日(月)
  * 4時間の熟睡後に
 以前から20時半に就寝するようになったが、熟睡後、目が覚めるのが
0時前後。一度トイレに行き、水を飲んで床に就くが、その辺りに家内も就寝。
ところが起床の4時まで、半睡と覚醒が交差するが、この時間を楽しめないかと
長年かけ工夫している。臨床心理士によると、「布団の中の考え事は、たいてい
考えすぎ。とりあえず起きて、トイレや、水を飲んだりして体を動かすと良い」
という。私は既にトイレも、水も飲んでしまっているので、その時間を苦痛と
思わないようにコントロールしている。その一つに、この随想日記のテーマや、
内容を考えたりしているが、マイナーの考えを厳禁にしている。それでも時に
不快いに思うと、煉獄につながれた状態?になる。「このボ〜ッとして状態こそ、
最高!」と、心に言い聞かせていると、そう思えてくるから不思議。週2〜3回
のヨガで、最後の5分間の「死者のポーズ」で、大の字になり全身を脱力をして
横たわるが、その感覚を思い出し、宇宙の一点に独り漂っているイメージを
持つようにする。これを楽しめるかどうかが、問題でもある。
で、このところ一種の瞑想状態になっている。
 もう一つの問題は寝返り。一晩に大体20〜30回、寝返りをうつというが、
寝返りは、その日の身体の動きから生じた歪みを取り除く無意識の体操でもある
という。成るほど、寝返りの多い日は、終日、机やテレビの前でジッとしている。 
仰向けの姿勢が良いとされているが、仏様の入滅の時の右側向きを子供の頃から
とっている。胎児が子宮内にいる時が、この姿勢という。数年前から低反発の
クッションと枕を使い出してから、眠りが深くなったが、これはお勧めである。
・・・・・・
4600, 読書という体験  ー2
2013年10月20日(日)
         「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
  * 教養を培う〜◆  住笋痢崙表颯璽漾廖‘8鏡吃А
 週に一冊、著者の指名の文庫本を読ませ批評文を提出、そして討議する
授業が良い。大学一年時に、このようなゼミを受けたと受けなかったでは、
学生時代、いや人生が大きく変わってくる。これからして、良い大学に入って、
良い教授、良い友人に触れる必要がとってとれる。人生、良い書物を通じて、
時空を超えた人物の魂から学び続けることだ。
  ーその辺りを抜粋する
≪ この危機感で、私は大学で八年前に読書ゼミを始めた。
 主に一年生を対象に週90分、半年間のゼミは、以後毎年開いている。 
学生向けの開講科目便覧にはいつも次のように書く。
【主に明治時代に書かれたものを読む。毎週、一冊の文庫本を読み、それに
関する感想、印象、批評を書き、授業時に提出する。授業時には、その本の
内容について討論を行なう。提出された文章は、添削され、コメントを付され、
翌週の授業時に返却される。ゼミの目的は、読書に親しみ、作文能力を鍛え、
論理的思考力を高めることである。受講条件は、文庫本を週一冊読むだけの
根性、および文庫本を週一冊買うだけの財力。】
 これだけで毎年、定員二十名をはるかに超す受講希望者があり、
コンピューターによる抽選が行なわれる。読書好きの学生が四分の一くらいで、
残りは、これまでほとんど本を読まなかったからこの機会に、という学生。
読書好きはもちろん、読書不足を反省し一念発起した学生も、見込みある学生
といえる。読書などどうでもよいと考えている大半の学生に比べ、かなりレベルは高い。
 学生に読ませる本は私が独断で決める。初期の頃は、私自身の読みたい本を何冊か
入れたが、よく知られた本でもがっかりするようなことがあり、今ではすでに読んで
感銘を受けたものから選ぶ。 ここ数年の定番は、新渡戸稲造『武士道』、
内村鑑三『余は如何にしてキリスト教徒となりし乎』、福沢諭吉『学問のすすめ』
および『福翁自伝』、山川菊栄『武家の女性』、宮本常一『忘れられた日本人』、
無着成恭編『山びこ学校』、日本戦没学生記念会編『きけおだつみのこえ』など。
 定番がどれも岩波文庫であるのは少々不公平で少々シャクでもあるが、
それらがそこにあるのだから仕方ない。良書を集める伝統をつくった、故郷の
大先輩、岩波書店の創業者岩波茂雄の卓見なのだろう。定番の一番バッターは、
決まって『武土道』である。外国人に「日本で宗教教育はしていない」と言った
新渡戸は、「それでは道徳教育はどうしているのですか」と反問され、答えに
窮した。キリスト教を中心に道徳教育を与えられる欧米人に比べ、日本人の
道徳水準はまったく劣っていない。熟考の末に外国人のために英語で著したのが
本書である。 テレビと受験勉強に追われ、コクのある本をほとんど手にした
ことのない学生達は、覚悟の上とはいえ、かなりの苦痛を感ずるようである。》
▼ 人生を振り返り、多くの本と、色いろな体験をしてきたが、つくづく頭の
 硬さを感じ取っている。万人が、馬鹿の壁に囲まれているが、特に自分は硬い
壁に囲まれていると思うと、それが見えてくる。私は、ノートを纏めるのが苦手。
で、やっとたどり着いたのが、これらブログと、10年日記と、ダイアリー。 
それも55歳になってから。学業としての頭が良いかどうかは、ノートの記録と、
活用にあったようだ。その意味で、他人からみたら御苦労なことだと思われる
かもしれないが、私にとって黄金の習慣になっている。 これさえ書けば、
一日ヘラヘラした何事も、それぞれ楽しめる。『私という墓場』は、
そのまま外に出るから恐ろしい!  


6428,閑話小題 〜過去の同月同日と再会して

2018年10月19日(金)

   * 誰だろう、過去の不思議な自分は
 現在乗っている二代目の電動アシスト自転車。既に5年も乗っていたことに
驚いている。3月末から11月末まで8ヶ月間、雨が降らない限り、連日、一時間、
信濃川の二つの大橋を一周して帰ってくる。前の自転車は5年。これが5年になる
から、10年になる。前のは、5年でボロボロ。しかし現在のは、ブレーキ修理と、
パンクが一度。タイヤ交換の時期に来ているが、あと数年は持ちそうだ。
以前のは、小型の『マウンテンバイク』。現在のはクロスバイク。マウンテンと、
シティバイクがクロスした中間。シティバイクを、通称『ママチャリ』という
のに対し、『パパチャリ』という。道路で見かける本格的アマチュアが乗ってる
のが、『ロードバイク』。競技用のバイクが『トラックレーサー』という。
 ロードバイクに乗っていた男が、猛スピードで道路の真中を、電動アシストを
乗っていた男を怒鳴りつけたくなるのも分からないでもないが… 
自転車は、確かに危険な乗り物。その対策として、コースを土手と、バイパスの
側道を9割以上にして、原則7時までに限定。一度だけ、雨道で転倒した以外は、
ほぼない。自転車とはいえ、乗ってしまうと、危険に対するギアが切り替わる。
一つ間違えれば死の危険が伴う。だから、面白いのだが。
 毎朝、一テーマで、一文章を書上げ、過去の文章を書上げていると、
<何だろう、誰だろう。この過去の不思議な自分は?>と思うことしきり。
この文章も、書上げた後に、過去文を読返して、5年前の同日の内容を読んで、
急遽、変更して書いたテーマ。

・・・・・・
4599, 閑話小題 ー二代目・電動アシスト自転車
2013年10月19日(土)
   * 二代目・電動アシスト自転車
 ブレーキが前後とも壊れ、来春予定していた電動アシスト自転車を購入して
から、一ヶ月足らずになる。これまではマウンテンバイク(MTB)だったが、
今度ものはクロスバイク。値段は4年間で電動アシストの普及もあり、全体的
にみて3〜4割は値下がりをした。MTBはスポーツチェーン店の通販で買った
中国製。やはり故障続きであった。しかし、電動アシストの楽しさは十二分に
味わうことができ、既に1万キロは走った。冬期を除いた毎朝、一時間、年間
200日は乗るので、一回百円とすると、償却は済んだことになる。
実感としての価値は、300円〜500円はある。で、新しいクロスバイクは、
値段が二倍、一日200円になるが、価値は充分にある。雨の日にスリップして、
転倒したが、車さえ気をつけ注意をすれば、それほど危険でない。毎朝、
10キロ以上は乗って5日に一回の充電で済んでいる。クラッチを最大の重さ
にして、電力を使うパワーにして乗っているが、ロードレーサー並みの速さ。
少しオーバーに表現すると、地上を走る車輪付きのグライダーか、水上を走る
ミニエンジン付きヨットという感覚である。で、兼用して乗るつもりだったが、
一度MTBに乗ったが、もう乗る気がなくなり、昨日、知人に引取って貰った。
 
・・・・・・
5696,‘我慢内燃説’
2016年10月19日(水)
           <20歳からの人生の考え方ー外山滋比古著>
  * 我慢の善用活用、‘我慢内燃説’
 他の著書の中に、「キズをのり越える努力が、人を大きくする」がある。
<青森で朝市に寄ってリンゴを買った。私が、「キズのあるリンゴの方が甘いん
 ですよね」と言うと、おばあさんが「東京の人のようだけど、よく御存じで。
みんなに 嫌われているキズのついたリンゴ。傷をかばおうとして、力を出す
のであろう。無キズのリンゴよりうまくなる。キズのないリンゴがなまけて
いるわけではないが、少しいたんだ方が、おいしい。>
 人間も似ている。秀才は、傷なしの特上のリンゴ。天才は傷だらけだが、
特質の能力がある。このリンゴから例えると、よく理解が出来る。 
 ここで、「我慢の善用活用、‘我慢内燃説’」を述べる。 〜p-139
≪ 我慢を通せば、病気になるし、我慢をしないと無作法で反社会的になる。
どうしたら、悪玉我慢を善玉我慢に転化できるか考えどこ。長い間、考えた末、
ひとつの解決法を得た。 それを‘我慢内燃説’と勝手に命名した。
我慢のストレスは、ガソリンのようなもの。そのままで不用意に火を近づければ、
引火する恐れがある。我慢をガソリンとすると、そのまま発散すれば、その場限り
になる。じっと我慢すれば、内圧が高まって、ストレス化する。その内圧を燃焼
すれば、恐ろしいほどの力が生まれる。いつまでもストレスをためておくのは
愚かなこと。充分に高まったら、目的のため噴出させる。発噴とは、その内燃
を元に大きなことをうごかせる心的活動だと考えることが出来る。 ≫
▼ リンゴの自然治癒力と、我慢の善用活用、の作用は似ている。
 人生の節目時は、破壊から創造への変化への我慢時。それまでのプラス、
マイナスが、同時に覆い被さってくる『真実の時』。 その時、溜まった
エネルギーが新たな変化を生む。創造にはなくてはならない条件である。
既存の自分を一度、ゼロにして、新たな目標にむかう節目時である。
<順境には枝を、逆境には根を張れ!>という諺がある。リタイア時期を
過ぎても、枝にしがみついて人、例えば森元首相や、石原慎太郎のような人を
みるにつけ、人生の不条理を見る思いになる。人生も見切り万両である。
 でないと、人生にとっての「死に損ない」になる。

・・・・・・
4966,閑話小題 〜ある男の動揺
2014年10月19日(日)
   * 80までは生きれると思っていたけど!
 ある飲み会で一年ぶりに出会った男が出会いがしらに、
「最近、切腹をした。もう長生き出来そうもない。片足、いや両足を
棺おけに入った。80歳までは生きると思っていたけど!」と悲鳴。やり手?
だが、人の弱点を見ると見境なく攻撃をする性格で、三年半前の私の倒産劇
以来、三度の会で、続けて露骨な嫌味を言っていた。三度目の会で、目前の座席。
早速、私への攻撃が始まった。「俺は学が無いので、哲学などは分からないが〜」
と、薄笑い。その言葉には(その様は何だ)との皮肉が込められていた。
それまでの二度は、聞き流していたが、この言葉にはカチッときた。 
 5年程前の話になるが、本人の趣味の茶器づくりが認められ、銀行のロビー
に飾られ本人が有頂天だった頃、その人と親しい知人から、「あの男、私生活も、
茶器づくりりも、仕事もスランプらしい」と聞いていた。たまたまポタリング
をしていると、車が停まり、当人が話しかけてきた。それが偶然、本人の会社前。
「まあ、お茶でも飲んでいけや!」と誘われるまま、事務所に行ったところ、
応接室に茶器が並んでいて、素人としてはナカナカの出来栄え。
「何でもよいから一つくれないか」というと、快諾。その数日後、自慢の豪邸?
に家内と行くことになった。その時の茶器の御礼に何かと考えた時思い出した
のが彼のスランプ。 初心者用に噛み砕いた哲学を説く池田昌子の
「14歳からの哲学ー考えるための教科書」を持っていった。それを逆手に
とって、皮肉を言ってきたのである。酒の勢いもあって「茶器は、作者の魂の
顕現そのもの。 あなたが茶器づくりなどでスランプというから、ヒントにと
本をあげたのだ!スランプ解消には『魂そのものが何か』が分からなくては
ならないはず・・ 『魂を叩き込むとは、自分の持っている全てを作品に
叩きつけることだろう。』」と、怒鳴りつけていた。 其処にいた、
ほかの何人かも、私の言葉に同調。その直後、幹事が会の予算が足りないと
当人に資金補助を頼みに来たところ、内ポケットの数万を私の前に投げつけた。
もし金に貧していたら深く傷ついただろうが・・ あまり経験出来ない面白い
遣り取り。それから一年ぶりの再会で、これ。 余命数ヶ月?に感じられた
深刻な様相だったが、それは恐ろしいだろう! 哲学の最大の問題は「死」。 
 余命を突然告げられ、まず考えるのが、 
☆死ぬとは、如何いうこと?
☆自分が本当に消え去るなど有得ない!
☆自分の生き様は、これで良かった? 等々、心は七転八倒。 
 最後の最後は当人の心奥の問題だが。 去年の5月の随想日記、
4429,ー「死ぬのが怖い」とはどういうことか?ー前野 隆司著の
「死の恐怖を克服する七つの登山道とは」を読めば、少し気が休まるだろうに。 
 こういう類は予習しておくしかない。他人事でないのが、この内なるブラック
スワンの死の問題。 先日、ある30人位のツアーでのデナーの席で、三年前に
旦那を亡くした還暦過ぎの女性と、70歳過ぎのアマチュアカメラマンと、家内と
同席をした時の話。 還暦過ぎの女性が旦那を見送った具体的話題をして、
本人もガン持ちと告白した。その女性が私に「変な話をして御免なさいね!」
というから、「別に全く問題はないです。この年齢になら言葉として表現するか、
しないかですよ」と、答えた。 70過ぎのカメラマンも奥さんを最近見送り、
自分も何時、再発するか分からない、と達観?した様子だったが、内面は
穏やかではなさそう。 即興になるが、「男は黙って、サッ、コロ、キエル」。 
そして誰も居なくなる。 死の問題、一に準備、二に準備!である。
こういう話は、語りだせばキリがない!

・・・・・・
4224, 閑話小題 ー地軸様 
2012年10月19日(金)
   * 地軸様
 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の
上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら
シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。
そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって
気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた
ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」
「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、
「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも
よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と「即自」
の掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な道路拡張
工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、電動
アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋を
一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。
それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。
ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを
しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。
「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時
 は360度のパノラマを味わえよ!」、
「もっと深い呼吸をしな!」
「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、
「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、
 感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。 

スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら
運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した
地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。
知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、
私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」
でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。
問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、
このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。

・・・・・・
6063,閑話小題 〜「真理とは何?」
2017年10月19日(木)
   * 「真理」? 所詮は「?理」だろうに
「真理とは、事実の中の真実と瞬時に思う言葉」という冗談とも思える言葉が
印象に残っている。 〜ネット検索によると
【真理とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤り
 なく認識されたことのあり方。真実とも。
真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語として
おり、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、
あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には
本質主義や同一性とも関わりが深い。
西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。
 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの
見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。
このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・
反抗が懐疑主義を生んだ。 そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを
求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、
「事物」等のいずれであるか、について議論がなされてきた。
・現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値
 という。
・論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、
 ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、
 これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。
・このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるとき
 は「実体的真理」という。
・判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、
・存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という。
現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。】

▼ ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』
 現象、事実、真実、真理と掘下げていっても、いずれも解釈だけでしかない。
とはいえ、事実、現象の世界だけにとどまれば、その世界だけの住人になり、
現象に右往左往するしかない。ステップをして右往左往する手もあるか?
哲学の命題の一つの「真理」なんぞ、ここで語り尽くせるものでない。 
 脳の奥から、< お前らのは、「珍理」だろうに! >の声。

・・・・・・
5331,ノンセンス辞典 ー
2015年10月19日(月)

 BRUTUSの「谷川俊太郎」の中の、ノンセンス辞典〜
 の、言葉の解説が面白い。 (▼は、私の意見)
≪ 【生ぎざま】= <生きかた>の商品名。
 <生きかた>を販売する場合には、この商標をつける方がよく売れる。
 但し、最近は投げ売りする者が多いので、先行き不安。 
 ▼「生きざま」というと、「生きかた」を少し生くさくしたもので、
  経験が加味された響きを持つ。
・【偽善】= 二十世紀後半においては、誠実の同意語とみなされているが、
  次のような古典的定義に固執する学者もいる。
  すなわち、偽善ーうそをついていると気づかずにうそをつくこと。
 【誠実】=うそをついていると知っていてうそをつくこと。
 ▼「誠実な人」という言葉に何やら欺瞞が隠されている。
  「偽悪」という私の好きな言葉もある。「露悪と偽悪」の区別も
  つかない連中に、目くらましにするにうってつけ。 
・【土着 】= 自分で自分を鉢植えにしている状態。肥料として人糞を
  用いることは稀。民族的肥料、文化人類学肥料を混用することが多い。
 ▼ 地元から一歩も出ないで、その社会を全世界と信じて疑いを持たず、
  鉢の中で良しとしている人。島国の日本も、鉢とすると、土着国家の
  住民が日本人ということになる。大陸の中国人からしたら日本は
 「小国民」と蔑視をしたくなる。その鉢が城下町となると?
・【知識人】= 知識についてはあらゆる知識をもっているが、知識でない
 ものについては、なんの知識ももっていない人。
 ▼ 境目は、その自覚が出来ているかどうか。知識でないものの一つに、
  「未経験」がある。それに対する姿勢、考え方が大きく、左右する。
・【情報】= 人間が本心をかくすために、まわりに煙幕の如くはりめぐらす
 膨大な量の知識。その量が余りに大きいので、当の人間すらその奥に
 かくされている本心を見失ってしまう。ほんとうの〈知〉と異り、しばしば
 売買や盗難の対象となるところから、商品の一種と推定される。
 ▼ 奥に隠されている本心すら、自分自身が知らないから始末が
  悪い上に、情報を知識化出来ないため始末が悪い。
 ―――
 今度、皮肉たっぷりの「私のノンセンス辞典」でも作ろうか。

 当日分を書き終えて、過去文を流し読みをしたところ、5年前の
<二代目・電動アシスト自転車>に出くわした。


6427,閑話小題 〜近くのSCは

2018年10月18日(木)

    * SCのテナントの変遷
 自宅から150mほど先に、原信とドラッグストアを核にした7店舗の小型のSC
がある。18年前に東亜マッチ工場敷地跡にオープン。 それと、9年前には、駅裏
から東バイパスに向かう主幹道路を50年以上かけて拡張、今では見違えるほどの
様変わり。新潟駅南も同時進行で開発された。長岡駅裏から600mほど先の一角に
大型SCも10年近く前に完成。 そこのSCのSJには、毎日のように通っている。
 家内は運転免許がないため、自転車で長岡駅内SCと、近隣のSCと、川西の
イオンのSCがテレトリー。 日曜を除くと、連日、ウィンドウショッピングか、
日用品の買い出しに。 テナントの出入りの激しさから、景気が良くないことを
肌で感じてるようで、月に一度は、<スッパリ、事業を止めて良かった!>と
宣っている。私が早朝から寝るまで目一杯、淡々と日程を熟していることもある。
暗い顔をし、ため息をついていたら、こうは言わない。
 ところで至近距離のSC内にあったチャンコ料理店が、数ヵ月前から営業を
停止したが、何が入るか楽しみしていたが、一月前から工事が始まり、
<国産牛肉、食べ放題>の看板が出ていた。 来週オープン予定だが、
<焼肉のサカイ系列の店>。同SCでは、数年前にユニクロが移転の後に、同系列
の「GU」が入っていたが、これも新しくオープンしたSCに移転。 その後、
<百均>の店舗が入ったが、一年もしない内に撤退し。現在は空き店舗。
毎日のように通っている500m先のSC内のSJに隣接した飲食店。初めは「お好み
鉄板焼き店」から、幾つか店が変わって、今はインド料理店。(川西にも数年前
から営業をしている…) 地元の学生向けのファーストフードの店も、今では
コインランドリーに。この程度なら当然か?
しばらく前の話になるが、家内が毎日のように顔を出すため顔見知りのレジの人に、
『どちらからですか?』と問われ、『100mか、150m先かしら!』と答えると、
しみじみと、『近くの人と顔を合わせ宅ないこともあって宮内から通っている。
この辺りに住んでいれば、4つ、いや川崎と愛宕SCを入れると6つのSCに
囲まれていて、自転車で5〜10分ですよね。夢みたい!』と言われ、
『エエ〜!』と恵まれた買物環境に初めて気づいたという。確かに、この20年
で様変わりをしてしまった。気づかないのは住人だけか。チラシの特売をみて、
スッと20分、姿が見えないと近隣のSCに。1時間だと、駅前のヨーカ堂に買物に。 
 確かに便利のようだ。 
『大して金もないはずが、週2回はイオンのSJに、月1度は新潟に、年に10日は
格安チケットで東京にお上り。その人が知ったら殺意?を持たれる?』と宣うと、
『何を言ってるの、計画以内で納めている上に、1円、2円の節約をするところは
している。あなたに注意されるいわれはない。今では‘宿無し’を僅かな年金で
住まわせているのよ! 常日頃、言ってるじゃない。あの世に持って逝けないと。
死んでしまえば1円もかからないの。老後資金など、銀行と保険屋の
間接勧誘の貧乏ビジネスの洗脳でしょ。 老いたらどうする?って、
この家を抵当に入れるか。売ればいいんでしょ。』と、いたってシリアス。
どうも、あと20年以上は生きそう。私が逝くと、そうは言っていられないが。
その辺りは、何とかなりそう? 上手くいく人は、何があっても、上手くいく
ように出来ている。人生、楽しんだもの勝ち。問題は資金だが、敵はさるもの。
   
・・・・・・
3858, 幽霊を哲学してみる
2011年10月18日(火)
 先日、ある人と食事をしていた時の話題。
《 最近、自分には学校とか病院の前に屯をしている霊が見えることがある。
貴方のブログに、そういう感覚があると書いているが、このことを如何思うか? 
最近、気晴らしにパワースポットに行くのが趣味になっている。長岡には、
そういうスポットは何処にあるのか?》という内容。〜それに対し私の返事は〜
《 ブログに書いてあるとおり、38年前に父親が亡くなった時から10数年、
 シックス・センスが身についた時期があった。実際に経験してみて、こういう
ものかと思い知った。 子供の頃から両親や姉などが、幽霊の話を真剣な顔を
しているのを聞いて、他愛無い話と子供心に思っていた。ところが、父が亡く
なった直後に「父親の死にたくない不安の気持ちが夢の中で乗り移り、我に
返った時に、父親の魂が自分に乗り移ったような奇妙な経験」をした直後から、
幽体離脱や、奇妙な偶然の一致などが多く続くようになった。 これだけは、
実際に経験してみないと分からないこと。 しかし10数年前から哲学に興味
を持ち読み続けてから、その感覚が薄れてしまった。特にカントを知り、
何度も読み込むうち、霊の正体が理屈で分かりかけてきた。私はカレーを食べる
と汗が人一倍出る。そのためカレーをイメージしただけで汗が出たり、カレーの
臭いさえしてくる。これは、嗅覚がカレーの言葉に刺激されるからである。 
それと、あなたが見える幽霊に似ている。そこに幽霊がいるのではなく、
貴方の中にある幽霊の刷り込みの感覚が働くためである。 それが分かると、
シックス・センスは、その入り口で遮断される。人間の脳は、生物が20億年
かけた生命の歴史が刻まれている。 霊も、その類である。》であった。
霊に関しては、そんな簡単に言い切れるものではない。過去を振り返ると
分かることだが、我々は共同幻想の中にある。人生は幻想の中で浮遊していて
いるだけ。見える人には見えて、見えない人には見えない。そう見えるも
脳の悪戯? ふと考えついたのが「目覚めた状態で見える夢」という言葉。
そうすると、やはり幻覚、幻想になる。 カラオケスナックは、酒で脳を麻痺
させ、映像と歌謡曲で幻想の世界を作り上げる場所。 映画館も、小説も同じ。
 たまたま、二年前の同月同日に「生きる幻想 死ぬ幻想−2」を書いていた。 

・・・・・・
4223, 神は妄想である ー4
2012年10月18日(木)
 神は妄想である ー4                        
  * パスカルの賭け  ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著
 学生時代に読んだパンセの「パスカルの賭け」を読んだとき、いやに納得した
ことを憶えている。と同時に「裸の王様の真の姿に目をつぶって黙っていた方
が得」という、いかがわしさも感じとった。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教
の文明の対立が激しくなる中、無神論も、堂々と主張すべき時期に来ている。
パスカルの賭けも、あまり語られてないが、当然。 ーその辺を抜粋ー
≪ 仏の偉大な数学者ブレーズ・パスカルは、神が存在するという確率がどんな
に小さくとも、神の有無について間違った推測をしたときの報いには、かなり
大きな非対称性が存在すると考えた。< あなたは神を信じた方がいい、
なぜなら、もしあなたが正しければ永遠の幸福という利益を得るが、間違って
いたとしても、いずれにせよ失うものはないだろう。それに対して、もし
あなたが神を信じないとして、それがまちがっていることが判明すれば、
あなたは永遠の苦しみを得ることになるが、正しかったとしても、何の利得
もない。悩む必要がないのは明らかだ。神を信じなさい。 >である。
 けれども、この論証には、はっきりとおかしいところがある。信じるという
のは政治問題とは違って、あなたがどうするか決定できるものではない。
少なくともそれは、自分の意志で決定できるようなものでも、自分の意志で決定
できるようなものではない。私は教会へ行くかどうかを決定できる。
私はニカイア信条を唱えるかどうかを決定できるし、聖書に手を載せて、そこに
書かれているすべての言葉を信じると宣誓するという決定をすることができる。
しかし、これらの行為のどれ一つとして、私が信じていないものを実際に信じ
させることはできない。‘パスカルの賭けは、神を信じているふりをするための
論証でしかありえない’。そして、あなたが信じると主張する神は全知という類
の存在ではない方がいいだろう。さもなければ、神はその偽装を見抜いてしまう
だろうから。「何を信じるか」ということが自分で決定できるものだという馬鹿
げた考えは、ダグラス・アダムズの『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』
において、みごとにからかわれている。そこにロボットの電子僧侶が登場するが、
それは「あなたにかわって物事を信じてくれる」、労働節約型の装置である。 
 宣伝によれば、デラックス型は、「ソルトレイク・シティ[モルモン教の本拠地」
では信じないようなことを信じさせることができる」というふれ込みの商品だ。
しかしいずれにしてもなぜ私たちは、「神を喜ばせたいならば、しなければ
ならないのは彼を信じることだ」という考えを、そんなに簡単に受け入れて
しまうのだろう? 信じることの何がそれほど特別なのだろう? 神が親切、
寛容、あるいは謙遜、あるいは誠意という報償をくれるだろうというだけのこと
ではないだろうか。≫
▼ 「信じることで、神から親切、寛容、謙遜、誠意という報償を与えられる
 だけで、十分過ぎる」ことも確かである。信仰は自分で自分の首を縛るだけか、
長年の歴史に耐えた教えに『良心』を育て導く道理が入っているため信じるに
足りるか。キリスト教圏だった、自分の子供には無神論より有神論者を
選ばせるのは頷ける。亀井勝一郎の「愛の無情」でも読み返すか。

・・・・・・
4965,閑話小題 ー誇りを持つのはいい、誇ってはいけない
2014年10月18日(土)
   * 誇りを持つのはいい、誇ってはいけない
 誇りの持てない人こそ誇りたがる?それ以前に、誇りとは、どういう意味か。
ネット辞書によると、「その者自身の具体的な長所や美点に対する心理」
「名誉に思えること」 自信がないと、虚勢でそれを現出させがちになる。
隠せばこそ誇りとして、熟成されるが、ついつい、見せて誇ってしまうのが、
人間の性である。他人を見ていると、それが分かるが、自分のことになると!
誇りの逆が卑屈だが、これを、この言葉に当てはめると、
「落ち込むのは仕方がない、卑屈になるな」になる。 
ほおっておけば、老いるほど卑屈になるは!
   * 人と違う生き方は孤独のようだが、実りは大きい
 意識するしないにかかわらず、それぞれが人と違う生き方をしている。
ただ、人を意識しなければの話。スポーツジムのヨガに週2〜3回、二年半、
参加してきたが、少し暗がりの中で毎回のように言われるのが、
「各々のマットは、各々の全世界です。周囲の人を意識しないで、自分だけの
世界に入って下さい!」である。実際に参加していると、殆どの人が、忠実に
自分の世界に入りきっているのが分かる。人と違う生き方は、人を最小に
意識した生き方ということになる。その第一歩が、人と比較しないこと! 
その為には、まずは、自分の好きなことを長年かけて続けること。
それには孤独の世界を大事にしなくては。

・・・・・・
4598, 読書という体験  ー1
2013年10月18日(金)
      「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
 読書を体験として捉えるところが面白い。
それも色いろな分野の識者の体験談?だから惹きつけられる。
   ーアマゾンの内容 よりー 
【熱い気持ちで読んだ本で経験したことの方が、実際に経験したことより
 今日の私にとっては何倍も大切な思い出になっているのだ ―香山リカ
 「読書だって“人生経験”」(学者、作家、)ー ジャーナリスト、
 俳優など、三四人の多彩な筆者による、さまざまな読書という体験。】
 まずは、読んだことのある著者から取り上げていくが、
 特に藤原正彦の内容が良い!
   * 教養を培う  ―私の「読書ゼミ」 藤原正彦 
《NHKによる最近の読書調査を見ると、中学生.高校生がいかに本を読まないか、
 あらためて愕然とする。平均読書時間は一日に数分である。一方、テレビに
費やす時間は、平日が約二時間、休日が約四時間である。高校生三人に二人は、
一ヵ月に一冊も読まないという。読書以外に、文学、歴史、思想といった教養を
身につける方法はほとんどないから、このままでは早晩、日本は無教養な人々で
埋めつくされることになる。 教養がなくとも、日常生活をつつがなく送り、
幸せな人生をまっとうすることはできる。その意味で教養とは個人的なもの。 
教養がどうしても必要なのは、長期的視野や大局観を得たいと思う時である。
「長期的視野や大局観を持つとは、時流に流されず、いったん自分を高みに置き、
現象や物事を俯瞰しつつ考察するということ」である。このためには若いうち
から、「現状」を離れ大きな枠の中で人間や社会の本質に迫ることに慣れねば
ならない。そこで、時空を超える唯一の方法、すなわち読書により、古今東西
の偉人賢人の声に耳を傾け、庶民の哀歓に心を震わせる、ということが必要。
このような読書の累積が教養である。長期的視野や大局観は、リーダーとなる人
の絶対条件である。我が国の政治や経済政策がいつまでたってもうまく機能せず、
社会や教育が少しずつ荒廃していくのは、リーダー達の大局観の欠如による。
大局観がないと、常に時流に流され、右顧左眄し、対症療法に走ることになる。
大局観欠如の背景には、かつてあった教養主義の衰退、読書離れがある。
 リーダーだけが教養を積んでいれば、国民一般はどうでもよいかというと、
そうはならない。我が国が民主主義をとっているからである。国民の総意に
基づいて物事を決めるのだから、その国民に判断力がないと大変なことになる。
民主政治は衆愚政治になりはてる。 読書離れは、民主主義を最低の政治
形態にまでおとしめ、日本を滅ぼす。... 》
▼ この危機感から筆者は、大学で八年前に読書ゼミを始めた。主に一年生を
 対象とした週90分、半年間のこのゼミは、以後毎年開いているという。
この内容について次回に取り上げる。 武澤ゼミの武澤教授の指導に似ている。
事例の現象に隠されている本質は、かなりの読書量がなければ、理解不能の
ものばかり。基礎教養が、人格をつくり、それが問題を解決する。
私のゼミの事例研究の前の一年は徹底的に指定された本を読まされるが、私は
二年目からの参加。ひと月もしないうちに、己の絶対量の読書不足を自覚する。
二年目の彼らに全くついていけない。それが時間が経つたびジワジワ効いてくる。
それまでの読書の絶対量の不足。この自覚が武澤ゼミ、学生時代の最大の収穫。
 卒業時には、ノイローゼ気味でコンプレックスの塊になっていた。
特に都会生まれの学生は、読書の必要性を知っていて、絶対量を読んでいる。 
卒業の越年を真剣に悩んだ結果、社会生活に入ってから、毎日、二時間の読書を
 続けることを心に決め、それが現在まで続いている。そのことで、心の個室
を持つことができた。足の踏み場もないが・・ 

・・・・・・
5330,閑話小題 〜メガネ店に隣接したコンタクト専門店
2015年10月18日(日)
   * メガネ店に隣接したコンタクト店
 あと三ヶ月で自動車免許の書き換え。毎回、問題は眼の検査がギリギリ線上。
その都度、何とか合格してきた。70歳誕生日の免許書換えの法定講習会に
行ってきたが、その検査では今回は無理。レンズの入替えか、コンタクトか、
白内障手術かの判断。で、「メガネスーパー長岡店」に、問い合わせの電話を
入れると、一度、コールセンターにつながり、眼医者が、(週3日だけ待機)
する隣接するコンタクト専門店を紹介された。こうしないと、店単位の判断
のため、コンタクト隣接店の紹介をさせないための対策だろう。
 で、昨日、早速、紹介された店に行ったところ、強度から、メガネでも何とか
合格ラインのレンズにすれば、クリアするという。そこで、コンタクトのコストと、
レンズの値段を聞いたところ、コンタクトなら3分の1という。コンタクトの選択肢
は考えてなかったので 判断は二日後に延ばすことにした。 ちなみに値段は、
一日使い捨ての30個入りのソフトコンタクト(乱視用)で、7千〜8千円。
コンタクトは20歳代に10年間近く使ったことがあるたって抵抗感はないが、
一つ位、クリアするレンズも必要?レンズの入替えか、コンタクトか迷うところ。
現時点ではコンタクトだが? コンタクト専門店で判断予定!
   * やはり原監督が辞意
 昨日のヤクルト対巨人戦は、20分位で他のチャネルに変えてしまった。
巨人の対戦相手を原監督の来年の姿を見たくないため、応援するのも複雑
な気持ち。原の監督年齢が、既に過ぎてしまっていたのは誰の目にも明らか。
今朝のヤフーのニュースに、<負けて決勝に進めなかった結果、辞意を表明>
と載っていたのを今朝になって知った。これで良いのだろう。ドラフトがある
ため、早々、監督の人選になるが、一時的に江川か、正当なら桑田か、巨人の
コーチ陣の中からか、この数日は面白くなった。原監督は、総括として、
歴代の上の部類に入る名監督である! 巨人のGMに留まるか、一度、
すべてを脱ぎ捨て、数年、休むか? やはり、一度、休むがよい!


6426,読書日記 〜冴えたジョークは人生における立派な教養である

2018年10月17日(水)

           『バーカウンターは人生の勉強机である』島地勝彦著 
   * 下ネタ・ジョークならシマジ
 あとに、開高とのジョーク対談の幾つかを
< 靴のジョークを一つ。
 ・ピカピカの革靴を買ったアントニオは、まるで魔法の革靴を履いたように
女にもてた。今夜はローザを誘って深夜のドライブに出かけた。Hな気分になった
彼は、ローザに素っ裸になるように促し、ことを始めたため、天にも昇る気分に
なり、運転を誤り、道端の木に衝突。ローザは外に放り出されたが、無傷。
アントニオは無事だったが、運転席に閉じこめられた。その先には丁度、ガソリン
スタンドがあった。彼はピカピカな片方の靴をかろうじて脱いで、ローザの大事
なところを隠して助けをもとめてくれと頼んだ。 ローザは片方の靴で股間を隠し
ガソリンスタンドに走った。『すみません。彼が出てこれなくなったのです』と
恥ずかしそうに言うと、店員のオッサンは驚きながら、股間の靴をみて言った。
『そこまで入ったら、俺には無理だな… 』 

・海で遭難して10年、無人島にいた男。ある日、彼は水平線の彼方に小さな点を
見つけた。その救命イカダの乗っていたのはウェットスーツの金髪美女。
『あなた、この島で何年も煙草を吸っていないの?』
『10年だよ』と男。女はポケットから煙草を取りだして与えた。
次に彼女は『シングルモルツを飲まないで何年経つの?』。『10年だよ』
男は「美味い!」と叫んだ。
今度はジッパーに手をかけ、妖艶な微笑みを浮かべて問いかけた。
『男の本当の愉しみを忘れて何年経つの?』 男は歓喜の表情を浮かべて叫んだ。
『まさか… 、そこにゴルフクラブを入れてきたのか?』

・女が行きづりの男と一夜明かすことになった。
コトが終わったあと、女が男をバカにする口調で言った。
『あなたのセックスはお粗末だわ』 男は憤慨して言った。
『なんだと! 20秒でおれのことが分かるわけがないだろう」

▼ ジョークだけは、通じない人には「茹でてない乾麺に醤油をかけて、
 そのまま差し出された」ようなもの。会話の楽しみには、ジョークの舞台と、
登場人物のイメージを、互いに差し出し、受け取る感性が必要となる。
内的素養は、長年かけておかないとカラカラの萎びた感性になってしまう。

<人生相談こそ、ジョークの最たるもの。 そう思いません!>
――――
2666, 結論で読む人生論 ー2
2008年07月23日(水)       
 「結論で読む人生論 ―トルストイから江原啓之まで」勢古 浩爾 (著)
                            
  * ー三十年ぶりの、今東光の毒舌ー
 順不順でなるが
{第6章 人生の価値、人生の意味ーなにはなくともこの糞坊主ー今東光}
が面白い。 久しぶりに今東光の毒舌にお目にかかった。亡くなって30年
近くも経つだろう。
  ーまず、その部分ー
【 人生なんて、そんなにむずかしいものか。じつにさまざまな考えがあって少々、
食傷気味である。もしかしたら、人生論が人生をむずかしくしているのではないか。
たしかに人生には山があり谷がある。悲喜こもごもである。
だが結局、生まれて、生きて、ただ死ぬだけのことではないか。どう生きるかは、
それぞれの計らいでいいではないか。ここまで見てきたさまざまな人生論はあまり
にも近寄りがたいし、荒唐無稽すぎるし、立派すぎる。もっとスカッとしたものは
ないのか、とお嘆きのあなた、これがあるのだ。その男が生存中は、なんだ
この濁声の坊主は、と多少の反感を持っていた。が、わたしはいまでは今東光を
尊敬している。そう、今東光和尚である。聞いていただこう。
 *「正しい人生」とか「何とかの人生」なんてものはないよ。本人にとっての
人生しかないんでね。自分にとっての人生しかないんだ。おめえが十八なら、
「十八の人生」というものしかないよ。それしか、オレは言いようがないね。
(略)だから、自分にとっての人生で、自分が、これが正しいと思って闘って、
勝つか負けるか、これだけだよ、人生なんて。──『毒舌身の上相談』集英社文庫
 *「バカ正直だと損をする。もっとずるく悪賢く立ち回れ」なんてよく人が言う
けど、その言っている野郎が、ずるく悪賢く立ち回って成功しているかっていうと、
絶対にそうじゃねえんだな。 そんなのはダメなんで、真実火の玉になって人生を
渡っていって、社会にぶつかっていくんじゃなけりゃあダメだよ。人がよすぎて
結構じゃねえか。そんなタワ言ぬかすような野郎なんぞ相手にするな!─同書
 *「人生始めたばかりでスランプに落ちたら、死ぬまでスランプだぜ、馬鹿野郎!」
「おめえみてえな野郎は一生、女を本当に愛することができねえよ。女を捨てて
自慢してるような野郎は、人間の屑もいいところだ」
「そんな夢みたいなこと考えてねえで、てめえのキンタマのフクロのシワでも
のばしてた方がよっぽどましだぜ、この野郎!」。 ──『極道辻説法』集英社
 *二十三歳の学生が近所の中三の女学生の家に半年間、毎日毎日いたずら電話
をかけた。どうしても彼女に自分が好きだということを知ってもらいたい。
おれはどうしたらいい? 自首すべきだろうか、という質問に対する傑作回答
「自首するより死んだ方がいい。悪いことは言わん。死にな。23歳にもなって
そんな電話かけたりするバカなら自首するより死んだ方がいい。自首すりゃあ、
恥をかくからね。恥かくより死んだ方がいいよ。切に自殺をお勧めいたします。
                      ──『毒舌身の上相談』 】

後記)「死にな」がいい。「悪いことは言わん」「お勧めいたします」がいい。
 現在、これだけのことを言ったら「馬鹿たち」に袋叩きにあう。だから誰も、
こういうことはいえない。だから懐かしいのである。今東光が現在の若者、特に
負け組みといっている連中。
◎ 私が今東光に変わって言ったとしたら、こうなるだろう。
「この馬鹿野郎が!何が負け組みだ。そうしたのは御前自身だろう。
何が格差社会じゃい笑わすな。 手前に能がないのさえ自覚しないから、
   能がないままにしてきたのだろう。 知恵を使え知恵を。その程度のことは
幼児でも使っているじゃねえか、馬鹿野郎。知恵が無いとぬかすなら、足と手を
倍以上使え。御前に覚悟も知恵も無いことを自覚もしてねえで何が格差だよ。
いいじゃねか、格差も。もし、格差をつけられたと思っている連中、あんなもの
ゴミみたいなものじゃ。御前よりはマシぐらいだよ。そんなことより、知恵を
使え知恵を、この馬鹿が・・・」 てな具合になるか。    ーつづく

――――
2667, 結論で読む人生論 ー3
2008年07月24日(木)
 今東光の毒舌が、この本に次から次へと出てくる。今度、図書館に行って
この本を借りてくるつもりだが、これを読んでおけば充分? とにかく、面白い。
何で面白いか? 悩みなど言っていられるのは可愛いいだけ。自分を、くそ坊主
と割り切れば、「所詮は悩みなど欲と嘘の織り成す妄想」と割り切って、好き放題
いえる。自分を、くそ坊主と自覚できるかどうかが分かれ目になるが。
  −ー
≪ 「眠れないんだったら、眠らなけりゃあいいじゃねえか」
 「別のブスを探しな、おめえの顔に合ったよ」
「手のつけられねえほど愚鈍であるよ、てめえという男は!」
「てめえがみじめそのものなんだよ」
「生意気なこと言いやがって。親のスネ齧りのくせして、チンポだけ発達してやがる」
「バーカ。そんなこと、医者に聞けばいいじゃねえか。オレがわかるわけねえだろう」
「ぶっ殺してやりたいよ」
「何とぼけてんだよ、こん畜生は!? 何のために兄貴に生まれたんだ!?」
「けったくそ悪いガキだぜ、てめえも」
「バカか、てめえは」「張り倒すぞ、この野郎!」
「人生で一番大事なものは、あくまでも正直であり、誠実であり愛情であるんだ」
「愛のないような人間は人間のクズでな」「ひとりの女を不幸にするよりは、
 てめえが不幸になる方がいい」。

極めつけは、これ。
「おめえは一人のいい女を見つけたら、それにひれ伏すような謙虚な気持ちに
 なれ!そこから出発するんだ。恋だの愛だの言う前に、まず己を空しゅうして、
 謙虚になってひれ伏す。愛する人の前にひれ伏すという気持ちにならなければ、
 女を愛することもできないし、女にも愛されない」。 
「自分(人間)はどうして生きなければならないのだろうか?」の21歳学生の質問。
・利いた風なことをいう者には東光は容赦ない。
「バカとちがうか、こん畜生は? 生きているのに“生きる義務”もねえもんだ。 
 いやならとっとと死にゃあいいだろう。そんなこっていっぱし物を考えていると
 思ってるのはバカだよ。生きるのは何も義務でもないし、運命でもない。
 オレたちは命のあるだけ生きるだけのことだ。努力によって生きてるわけでも
 ありゃあしねえ。それでどうせ死ぬんだとか、あとには何も残らねえとか、
 そんなくだらねえことを若い身空で考えてよう。たしかに残らねえよ、おめえ
 みたいなバカ者は!その生きる義務とやらをさっさと放棄して死んじまえ! 
                          ──『極道辻説法』
・おなじように、「人生ってちっとも面白いと感じたことがない」に、
「つまらなかったらさっさと自殺していいんだと思う」十九歳の学生に。
「自殺より、最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、『おまえの
 人生、つまってるか?』って。みんな「つまらねえよ」って言うよ。そのつまら
 ない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出していく発見だ、
 この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。どこへ行ってても
 つまるものを発見するという能力をまず養う。能力というより、そういう努力
 をするということだ。(略)それでもつまらなかったら、さっさと死んじまえ。
 オレは別にとめやせん。生きてる意味を放棄したんだから、勝手に死にゃあ
 いいさ。」 ──同書
最後に、「死んだらどこへ行くのか?」という十八歳の学生へ。 
「そんなことわかるかい!」。  ≫
 ーーー
これを読んでいると、悩むのが馬鹿馬鹿しくなる。言葉は何時までも残るという
のが解る。本当に言葉は大切だ。その中に感情と理性が入るからである。 
最後は人間性ということだ。

・・・・・・
3558, 「プレイボーイの人生相談 1966-2006」
2010年12月22日(水)
         「プレイボーイの人生相談 1966-2008)
 まずアマゾンの内容紹介から :真の教養人による人生相談の最高傑作!
古くは柴田錬三郎、今東光、開高健、最近では松本人志、リリー・フランキー
など錚々たるメンバーによる、時代は変わっても決して色あせない珠玉の人生訓
や哲学を集めた記念碑的1冊!
ーー
いや、面白い本を図書館で見つけた。どのページをランダムに開いて読んでも、
ニヤリとさせられる。やはり、まず見るのは今東光である。べランメイ調で
甘っちょろい若者の悩みを切って捨てている。
  * つまるものを探せばいい
● 質問:
≪厭世主義つていうのか、オレは人生っててちっとも面白いと感じた
ことがないんだ。よく「自殺は敗北だ」なんていうけど、つまらない映画
だったらさっさと途中で出ていっても敗北でもなんでもないと同じで、人生
だってつまらなかったらさっさと自殺していいんだと思うけど、これでも
やっぱり「人生に負けた」ことになるんですかね。
 ー死ぬのは平気なんだけど負けるのは大嫌いな男より。≫
● 解答:
≪自殺より最初に人生についていうと、全部の人間に聞いてみな、
「おまえの人生、つまってるか?」って。みんな「つまらねえよ」って言うよ。
 そのつまらない中で、どうしたらつまるか、つまり、つまるものを見出して
 いく発見だ、この能力を養わなかったらどうにもならねえんだよ、人生は。
 どこへ行ってもつまるものを発見するという能力をまず養う。
 能力というより、そういう努力をするということだ。織田信長がある日、
 手をたたいて人を呼んだ。おそばの小姓が「ハイッ」と入ってきて、おじぎ
 して「ご用は?」「なんにもない。帰れ」。またポンポン……。
「ご用はっ?」、何人来てもみんな「帰れ」そして「帰れ」。そうしたら最後、
 森蘭丸が入ってきた。信長がじっと見てたら、すっと来て、おじぎをする前に、
 小さな糸くずが落ちているのに気づいた。それを指でつまんでから
「何のご用でございますか?」。「呼んだのは、その糸くずを拾わせるためじゃ」
 これで信長は、「蘭丸というやつは注意深い、偉いやつじゃ」というんで
 登用した。他のやつはみんな落第よ。信長ばかりじゃない。会社だって、
 学校だって上役、先輩も全部、やはりそういう人間を要求してるんだ。
 それ考えりゃあ、つまらない人生もつまるようにできる。オレも「坊主の世界
 はつまらん、つまらん」とも言ってるけど、つまるようにいつでもやってる
 から、忙しくて面白くてな、愉快でたまらんのだ。それでもつまらなかったら、
 さっさと死んでしまえばいい。オレは別にとめやせん。生きてる意味を自分で
 放棄したんだから、勝手に死にゃあいいさ。 ≫

▼ 独り遊びが出来れば、人生は面白いはず。その代表的なのが読書。 
 最近はTV、パソコン、屋外スポーツがある。


6425,閑話小題 〜わたしにとってドモリは武器である

2018年10月16日(火)

          『バーカウンターは人生の勉強机である』島地勝彦著
   * 『意識が稲妻、舌は蝸牛』なら持てるは!
 『プレーボーイ』元編集長で100万分雑誌に育てあげ、集英社の社長を最後に、
10年前にリタイア、現在は新宿伊勢丹に2014年に『サロン・ド・シマジ』という
店を開いて現在に至っている。連載していた架空の雑誌の立ち飲みバーを現実に
開店させたもの。週末には本人が現にシェーカーを振っているというから幸せな
ことだ。 で、先日、図書館で、この本を見つけて借りてきたが面白い。
島地といえば、開高健とのジョークバトルが繰り広げられた名対談集、
『水の上を歩く? 酒場でジョーク十番勝負』が面白かった。それをキッカケに
ブラック・ジョークを探し求めた時期があった。 …20年になろうか。

≪ マスターの流暢な説明を聞きながら、90歳の瀬戸内寂聴は20代の秘書に
 負けず杯を重ねた。すらすらウイスキーの蘊蓄を披露している最中に、突然、
瀬戸内さんが言った。「マスター、今夜はつまらないわよ。どうしてドモッテ
くれないの。あんたの吃音には色気があるんだから」
 そう、マスターは生来のドモリである。カ行とタ行に弱く、素敵なレトリック
が浮かんでも舌の上で音にならないで死んでいく。
その昔、同期の現作家がドモリで、初任給を懐にすし屋に行ったときのことだ。
2人ともトロが食べたいときに、「ト」が口から出てこない。
「おまえ頼んでくれと…」というと、「ええと、ええと…」と口ごもる。
「海老ですか?」と板前に言われ、海老を6匹も食べることになったそうだ。
マスターは、ドモリをカバーするため、幼いころからたくさんの言葉を学んだ。
「ためらう」を「逡巡」という言葉に置換えて話した。自然と語彙が増えたこと
からこそ、編集者としての仕事がこなせたのかもしれない。そんなマスターに
開高健さんが、『意識が稲妻、舌は蝸牛」という言葉を贈ってくれた。
「そういえば、瀬戸内さんが90歳で書き下ろした『月の輪草紙』を読返し、
驚いたことに清少納言の最初の夫がドモリだった。
「あれは私の創作です。どうしてもドモリにしたかったのです。明治生まれの
アナキスト大杉栄は女にもてました。それはドモリだった。『き、君のことが、
好きなんだ』なんて言われたら、女性の母性本能に直に火が付く。昭和初期の
‘編集の神様’と呼ばれた斎藤十一も、そしてあなたもドモルところが魅力的
なんです。男がペラペラ喋るのは軽薄にみえてなりません」 
聞いたか全国のドモリで悩んでいる紳士成年諸君、そういうことだ。今日から
自信を持って生きるんだ。コンプレックスを武器にした時こそ、人間が大人に
なった瞬間である。 ≫

▼ 「弱点を強みにかえる」というと、思い当たる節が幾つかある。
 ・話下手を逆手にとって、聞き役になる。そして褒める。複数の美人に何気
 なく三回褒め、後は距離をおく。意外なことに、美形を直接、褒められない
のが現実。その後は無関心に。中の上から上の女性は心の内で殆ど、絶世の美人
と確信している。逆にいえば、飢えた男どもの目線に敏感。だから、意識した
距離感が必要になる。何か何時の間にか、美人扱い管理の話になった。 
 で、この本も、下ネタを含めて、なかなかな。 次回か、次々回に…

・・・・・・
2015/11/06
浅田次郎の人生相談 ーうつ病で、死ぬことばかり考えています
          ー『世の中、それほど平等でない』浅田次郎著
 このところ、中島義道、西原理恵子、島地勝彦、上野千鶴子など、
各分野の人たちの人生相談を取り上げているが、それぞれの個性が面白い。
今度は図書館で、浅田次郎の‘最初で最後の人生相談’のタイトルに惹かれ
借りてきた。雑誌『プレーボーイ』の今東光などの人生相談の一連の作家の後
を引き継いだ相談、肩を並べるには?〜ランダムに目に付いたところから〜
  ● 質問: うつ病で、死ぬことばかり考えています
≪「先日、ヘルニアになり入院して、その後、自宅に戻って安静に過ごし、
心身の状態が回復してから今の職に復る予定でした。しかし、その間に、
好きだった草野球や水泳ができなくなり、鬱屈したものがたまっていくなかで
妻とも些細なことでもめるようなってしまいました。精神不安定になり、
病院で『うつ病』の診断を下される事態はさらに悪くなり、最近では死とか
自殺とか、『どうしたら周囲に迷惑をかけずに死ねるか、などということ
ばかり考えています。現在は自宅療養中なので、経済的にも厳しくなってます。
今の職に復帰することは可能ですが、どうしてもそのような気持ちが起こり
ません。しかし一方で、こうして自宅で療養できるのも今の仕事で稼いだ
貯えがあるからなので、普通に考えれば辞めないで復帰したほうがいいと
いうこともわかっています≫
  ● 回答: まずは妻と仲良く! 
次郎: ひとつ思うのは、あなた、病気のせいにしてないか? もともと今の
 仕事に対して嫌なことがあって、病気がきっかけでそういうネガティブな
 気持ちが表層に出てきてしまった。それをすべでヘルニアのせいにして
 しまっている。それは‘ジョーカー’なんだよ。
「健康上の都合で」という力ードは、やたらめったら切るべきじゃないんだ。
 うつ病だって働かない理由にはならない。
太郎: お言葉ですが先生、うつ病というのは正しい治療の必要な、
 れっきとした病気ですよね。
次郎: もちろんそうだ。そうなんだけど、薬を飲めばそれで治るという
 ものでもないだろう。最後には、自分を奮い立たせる心の強さが要る。
 それがなければどんな良薬を使っても根本的な解決には導けない。
 そんなあなたに、特効薬になるであろう助言をひとつ。何よりもまず、
 奥さんと上手く、やりなさい。夫婦仲が上手くいってないなら、それが一番
 ダメージになる。だって会社に行って、どんなに嫌なヤツと顔を合わせて
 仕事をしなければならないとしてもせいぜい8時間、9時間くらいだろう?
 ところが残りの15、16時間というのはほとんど女房が隣にいるわけだ。
 週末の休みを入れればもっとだよ。ある人とふたりきりの時間が一日の
 三分の二あるのに、その人と上手くいっていないというのは、これは精神的
 にこたえるよ。会社でどんなに嫌なことがあっても「お帰りなさい」と
 言って飯の支度をしてくれて、愚痴も聞いてくれる女房がそこにいるから
 こそ、明日またがんばって働こうって気になるのよ。それなの女房と
 上手くいってなかったら24時間嫌なことだらけじゃないか。まずは女房と
 セックスをし、どうせ仕事を休んでいるんだったら割り切って旅行でもし、
 夫婦関係を取り戻しなさい。ヘルニアを治すよりよほど効果があるよ。
 自分に近い人から大切にしていくというのが、良い人生を歩むための鉄則。
 男ならまずは女房、子供。ぞれができたらひとつ先、親や兄弟を大切に
 するんだ。≫
▼ 各分野の先生?の、人生相談の相談を読んで、まず私なら、どう答えるか、
 一度、自問自答するのが面白く読むコツ。一歩間違えれば、離婚、家族離散、
など、最悪な事態が口をあけて待っている。 私なら、
<徹底して、その最悪の事態を徹底的に想定する。そのうちに、凍り付き、
その解凍と同じに、会社にいくとか、ステップを踏み出す。隠れた野性は、
その究極の中から顔を出す。> 『出てこない?』なら、保険を充分かけ?
サッサと死んでしまうがよい。それも出来ない? まずは、死に場所を探し、
彷徨ってみれば?いざ死ぬとなると、ゾッとする。しなかったら、そのまま
逝けば!死ぬ覚悟のない奴に、生きる覚悟があろうはずはない!>
 その前に図書館か、大型書店を彷徨ってみなさいよ!
苦しさに合わせ、妖精が、その本の場所に導いてくれるはず。                

・・・・・・
2015/10/22
島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
  元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の
人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から
紹介していく。
   ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー
〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。
有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち
抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、
ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。
ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを
したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。
そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー
経営者なんていうのは、倒産の危険と背中合わせで不安定だからイヤ。大企業で
出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ
で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々
かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉
  ーお答えー
〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、
出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世
するす男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに
語るのは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での
競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶
として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは
薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。
・アソシエ:辛口ですね。
・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の
大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や
上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。
あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと
食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、
女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。
だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。
課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が
できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に
お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。
こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。
そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、
高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分
所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては
ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉
▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に
 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似
しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい?
  〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜

・・・・・・
2015/10/23
島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
    ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー
 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する
状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに!
 ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい
〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される
 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が
「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」
と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を
して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと
思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は
すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の
ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう
自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な
ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉
  ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること
・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張
を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ
ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日
で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。
何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が
できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない
一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。
・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。
・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ
「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。
つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、
まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。
・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・
・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は
昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功
するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って
仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理
をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。
というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。
じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。
いま、その男たちの写真を持ってくるよ。
・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。
・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙
 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、
相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。
人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿
なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が
あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。
そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら
無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫
▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、
 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。
女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。
人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。
で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。


・・・・・・
4660, 知る悲しみ ー『極道辻説法』は、シマゲジがゴーストライター
2013年12月19日(木)
  * 今東光の『極道辻説法』は、シマゲジ作 
                ー『知る悲しみ』島地勝彦著
 図書館でみつけた島地勝彦著「知る悲しみ」。
例の『水の上を歩く? 酒場でジョーク』島地 勝彦・開高 健 (著)の、
元プレーボーイ編集長の島地の著書。「知らない悲しみより知る悲しみ
のほうが上質である」とは、言い得て妙だが、何と『極道辻説法』
の「和尚前白」は島地が東光に憑依して書いたと告白。生臭坊主の
名回答も、シマゲジの創作とは・・ ーその一節を書き出してみるー
・矢野「いまインターネットなどで『今東光語録』が箴言集のように
 扱われています。ところが私などから見ますと、どう考えても大僧正の
 興味のテリトリー外のテーマなどが書かれてありまして、ずばり
 訊きますが『和尚前白』は大憎正が書いたもの?
・島地「今日はすべて告白しよう。あれは全部オレが書いたものだよ。
 しかしよく分かったね。読み込んでいるなあ、矢野は」
・矢野「ただ『速記録』で実際に大僧正が語った回想や時評をうまく
 リライトされているのもあります。ですから島地さんの全くの創作ばかり
 とは言い切れない。今日は漢幸雄さんが収集した『和尚前白』を持参して
 きましたので、どれが完全に島地さんの創作なのか教えてくれませんか」
・島地「いいとも。(『和尚前白』を読み進めながら)第一回からオレの文章。
 確かに。うまいなあオレは。(国連総会演説を取上げた回を示し)これもオレ。
 高校野球の話、これもオレだ。この回は大僧正の話をまとめたもの。これも
 オレじゃないかな。ほんとに大僧正が愚依してるね。いま読んでも面白い!」
・矢野「スポーツや外国小説がテーマのものやアル・カポネの話もみんな
 島地さんの創作なんですね」
・島地「もちろん、そうだよ」
・矢野「このインタビューを読んでひっくり返る人、いっぱいいますよ。
 いま島地さんは『乗り移り人生相談』という連載をされていますが、
 まさに当時から大僧正に乗り移ってたことになりますから」
▼ 私もひっくり返った一人である。島地が今東光に憑依しないと、
 あれだけの名回答は出てこない。そうすると、この本の題名「知る悲しみ」
に通じてくる。「知らない悲しみより、知る悲しみの方が上質」としても、
読者の一人として、知らない方が良かったと思うのが人情。ここで紹介されて
いる「エロ・アーカイブ」は興奮した。飼犬の秋田犬と夫婦の3P?を生々しく
書いてあるが・・ 今度ここで紹介しようか?ー【スカトロ・マニア】犬の
ロッキーを恋人にした私の妻ーと検索すると出てくるが、お勧めはできない。
成るほど、「知る悲しみ」そのもの・・ 上質かどうかは別!


6424,旅行の話 〜パックツアーの構造 ―5

2018年10月15日(月)

     * 事例で見ると…
・『エジプト・トルコ10日の旅』が、その最たる事例。 
 ローマで乗り継ぎ、カイロから、ナイル川沿岸にある3千数百年前の遺跡群を
周り、カイロに戻り、ピラミッドをみた後、トルコのイスタンプールへ。そして
アンカラからカッパドキアの地下都市を早朝から深夜までの過酷なコース。
 その過酷の日程を何とも思わせないのが、遺跡が物語る歴史の広がりと、深み。
エジプトといえば、ナポレオンのエジプト遠征で「兵士諸君4000年の歴史が
見下ろしている」の演説。1798年、ナポレオンが行ったエジプト遠征の翌年八月、
ナイル河口のロゼッタという町の近くで塹壕を掘っていた工兵が黒石の断片、
ロゼッタ・ストーンを発見。 この断片には、BC196年に発布された
プトレマイオス五世を讃える諸行事の規定が、二種の書体のエジプト文字と
ギリシア文字の三書体で繰り返し記されており、これを手掛かりに、フランスの
シャンポリオン(1790〜1832)が、エジプト文字の解読を成功させた。
ナポレオンの戦略は失敗に終わったが、石の発見は大きな功績となった。
・エジプトから息をつかさず、トルコのイスタンプールへ。世界で最も美しい
モスクと評され、トルコを代表するブルームスク寺院は、オスマン帝国時代1616年
に建造されたもの。そして、アンカラから、カッパドキアの地下都市群へ。異教徒
の侵略から逃れるためにキリスト教徒が、奇岩群に隠れるように造られた地下都市。
この旅行で初めて、その存在を知ったが、宗教間の争いの過酷さが垣間見えた
信じ難い光景。ピラミッドに、ラムセス?のミイラ、アスワンからルクソール
までのナイル川沿岸に点在する古代遺跡、そしてトルコの遺跡。 僅か10日で、
背中に重い歴史を背負いこんだ感覚になってしまった。ツアーなればこそ可能
にしてくれた事例。世界は広い上に、深い歴史が、地下深く埋ずもれている。

 ネットサーフィンの、このコースのコピー。
私はエジプトからトルコの逆の10日間のコース。観光内容は全く同じ。

 ――――
≪ 阪急交通社(トラピックス)の「エジプト・トルコ 周遊11日間」、
 まずはエジプト編です。

(1日目)
21:25 中部国際空港よりエティハド航空でアブダビへ。(所要時間約12時間30分)
 ※北京で約1時間駐機  (機内泊)

(2日目)
06:20 アブダビ到着。
09:30 乗り継ぎ空路、イスタンブールへ。(所要時間約4時間45分)
13:15 イスタンブール到着後、バスでチャナッカレへ。(320km6時間)
 ダーダネルス海峡は、フェリーで移動。
20:30 ホテル到着。   (チャナッカレで宿泊)

(3日目)
07:30 古代都市トロイへバス移動。(約20km1時間)トロイ遺跡観光(1時間) 
 観光後、ベルガマへ。(約230km約4時間) アスクレピオン観光 トルコ石の店
 で監禁 クシャダスへバス移動。(約205km3時間)
19:30 ホテル到着。 (クシャダス宿泊)

4日目
7:30 ホテルを出発、エフェソスへ。(約20km/約1時間)エフェソス遺跡観光 
 革製品のお店で監禁 その後、パムッカレへ。(約185km約3時間)
 ヒエラポリス遺跡、石灰棚観光後、アフィヨンへバス移動。(225km3時間30分)
20:30 ホテル到着。 (アフィヨン宿泊)

5日目
07:30 ホテルを出発し、コンヤへ。(約223km約3時間30分)
 メブラーナ博物館観光  ※入場観光 インジェミナーレ神学校観光後、
 カッパドキアへバス移動。(約230km約3時間)
 途中☆陶器のお店で監禁。18:30 ホテル到着。 (カッパドキア宿泊)

6日目
05:30 バルーンツアー又は4WDサファリ カイマクル地下都市観光 
 ギョレメ野外博物館観光 ※入場観光
 ウチヒサール パシャパー デヴレント エセンテペ トルコ絨毯の店
 観光後、アンカラへ。(約280km約3時間30分)
19:30 ホテル到着。(アンカラ宿泊)

7日目
07:30 ホテルを出発し、イスタンブールへ。(約450km約6時間30分)
 トプカプ宮殿 ※入場観光 アヤソフィア ※外観のみ グランドバザール
20:00 ホテル到着。(イスタンブール宿泊)

8日目 08:00 ホテル出発。ボスポラス海峡クルーズ ブルーモスク※入場観光
 アヤソフィア ※ 外 観 の み !!!!!
14:00頃 イスタンブールより空路、カイロへ。(所要時間約2時間)
14:30  機内食が本日の 夕 食 ! :
 ここまでトルコ編
http://4travel.jp/traveler/masa00394/album/10764996/
---------------------
 ↓ここから エジプト編

16:00 到着後、ホテルへ。途中、パピルスのお店で監禁
17:00 ホテル到着。(カイロ宿泊)

9日目
08:30 ホテル出発。
 クフ王のピラミッド ※入場観光
 スフィンクス カフラー王のピラミッド メンカフラー王のピラミッド
 金製品のお店 メンフィス遺跡 ※入場観光 サッカラの階段ピラミッド
 ダハシュールの屈折ピラミッド 赤のピラミッド
 観光後、カイロへ。(約80km約1時間30分)
21:00 ホテル到着。(カイロ宿泊)

10日目 08:00 ホテル出発。エジプト考古学博物館観光 ※入場観光 
 観光後、空港へ。
13:50 カイロより空路、アブダビへ。(所要時間約3時間10分)
19:00 アブダビ到着。
21:30 乗り継ぎ空路、エティハド航空にて帰国の途へ。
 (所要時間約10時間25分)※北京経由。(機中泊)

11日目
13:55 中部国際空港到着後、解散

――――
エリア: カイロ(エジプト)
同行者 一人旅 一人あたり費用 25万円 - 30万円 交通手段 観光バス
利用旅行会社 ツアー(添乗員同行あり) 旅行の満足度 4.0
 観光 4.0 ホテル 3.0 グルメ 3.5 ショッピング 2.5 交通 3.0 ≫

ーー
▼ これを見ているだけで多くの刺激的逸話が次々と想いだされる。
 字面からすれば何とことはないが、現実は早朝から目覚まし時計換わりに
聞えてくる奇妙な祈りの声。それに、レストランでは食器を投げるように差し
出すボーイ。西欧・キリスト教圏と、イスラム圏の常識は全く違っていた。
 深夜、カイロに到着した時、現地ガイドになりたての若い女性が、興奮した
口調で、『恐らく、イスラム圏に入るのは初めてと思いますが、今までの常識
の全てを横においてください。一度、ホテル外に出たら、釣り銭は、シツコク、
間違いを言わない限りマトモに戻ってきません。親切にされたらタカリの類です。
交通事故も、轢くより轢かれる方が悪いのです。サービスの観念は、ここには
ありません。有るモノが、ないモノに施すのは当然のことで、感謝も何もない
のがイスラムの考えです。怒るだけエネルギーの損失です。ここは異国です!』

追記: 異国体験といえば、日々、経験する城下町異界が面白くなってきた。
   異界を異界として認知すれば、良いだけ。何処も凝視すれば異界だが… 
  たった10日間で、これだけ重厚な世界を知ることが出来る! 知らないのも
 悪くないが、知ることも良い。異様が実は、異様でも何でもない。異様なのは
己の頭の内側。問題は、そのことを早々に気づくこと。 〜北アフリカ・中近東
の三点は、ここと、『イスラエル』と『ヨルダン、シリア、レバノン』にした。

―――
1996年2月
エジプト・トルコ感激の旅  
ーエジプト編ー 
 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのが「カルナック神殿」であった。 “まさしく驚愕!”
直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。
 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。
そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、現地のまだ若い日本人女性ガイドの
熱心な説明も手伝って古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
そらに天を指すオペリスクとラムセス�鵺世などの王や神の像の数々。
今まで何度か海外旅行をしていながら、
何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。
 
 次に行った「王家の谷」。ここは何代の王様の墓が、かくれるように数々
掘られている集団墓地だ。この中で英国の考古学者カーターの執念で
つきとめられたツタンカーメンの墓室にも入ってみた。
また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と
そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像の神秘的な
光景も印象的であった。
その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス�鵺等の巨大な立像。
実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
 またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という
小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、一瞬の中に永遠を
感じる事ができるようだった。

 旅の後半になってカイロに入ったが、
ナポレオンが言ったという“四千年が諸君を見下ろしている!”
というまさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。
丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが、
逆に対比する事ができた。
早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。
我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげた
「クス王のピラミッド」も本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。
まだ今にも起きあがりそうな「ラムネス�」をはじめとする数々のミイラも
数千年をこえて不死への激しい希求を魂にかたりかけてくるようであった。

・・・・・・
   ーH0805 エジプト・トルコ感激の旅  −トルコ編 ー
 トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れカッパドキアが有名である。
トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。
中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、奇岩を
くり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地。まさにSF映画やアニメ漫画に
出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。“本当にここは地球上?”と
息をのんでしまうほど。
 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の
秘密地下都市群。あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下の
マンションと形容できた。一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、
信仰の深淵さをみた思いであった。そして、その帰りのバスの中より夕景の
“大きな 丸い真赤の月光”も生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。
 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている地下水道の貯水池“イエレバタン
・サライ”も非常に印象的なものであった。十二列×八mの列柱が336本
整然と並んでおり、その一本の柱の下に神話に出てくる女神、メンドーサの
石首が土台になっているのが神秘的。バック・グランド・ミュージックに
ベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、その場の雰囲気にぴったり。
 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、何世紀にわたって世界中
より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。リンゴ大の四十数カラットの
ダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、
四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。
 また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、その荘厳な内部も
圧倒された。私自身、気功をやっている為か、右手がいたくなるほど、しびれ
たのには驚いた。 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか
触れる事はできなかったが、この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。 
 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。五千の貴金属、みやげ物を
売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。そういう目でみると
逆に面白いものばかりであった。殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、
中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。(1996年.1月30日〜2月8日)

・・・・・・
2016/04/28
ピラミッドという衝撃を体験しろ
             〜『人生の教科書』 なかにし礼著
 図書館で、青少年向けだが、なかにし礼の『人生の教科書』が、面白そうな
ので借りた。まず目についたのが、この<ピラミッドという衝撃を体験しろ>。
それぞれの秘・異郷旅行で魅せられるのは、想像を絶した衝撃を体験するため。
 その度に、大自然の神秘、世界の広さと深さ、人間の神秘、「超」能力など、
旅行のたびに衝撃を受ける。それが、自分の広がり、深さに繋がる感覚が
次の旅行を誘う。その上、ツアーの同行者は旅行情報の宝庫でもある。
エジプトには世界の遺跡の7割があると言われるが、危険をおかしてまで
行く価値は十分にある。世界は驚異に満ちている。何故に、ここまで旅行
したかが端的の書かれている。 正に、以下の感動があるからだ。 
   * ピラミッドという衝撃を体験しろ
≪ 海外に旅へ出る。まずどこを目指せばいいのか?
 迷うことなしにエジプトのピラミッドだ。時間が許すのならすぐにでも
行ったほうがいい。脳天をぶち破られるほどの衝撃を受けるはずだ。
 エジプトのピラミッドほど人知を超えた代物はない。ピラミッドを見て何も
感じないということはあり得ない。ピラミッドを見たあとにローマへ行ったら、
絢燗な建築物も、しょせんは人間業でしかないと感じる。
ギリシャのパルテノンも、円形劇場もどれもこれもが、理解の範疇のものに
思えてしまう。でもピラミッドだけは、人間の想像もつかない神品なのだ。
 ごく普通の会議室のような部屋が、大きな数枚の石によって作られている。
天井も床も一つの巨大な石。壁には斜めに切れ目のある石が組み合わされている
のだが、この石の隙間がカミソリも入らないくらいピタリと合わさっている。
それだけで、世界の広さ、人間の神秘、人間の持つ「超」能力を肌で感じること
ができる。
 エジプトやピラミッドについてあまり知らないのであれば、本を持っていけば
いい。勉強しながら目的地へ近づく。徐々に気持ちが盛り上がり、そして現地で
実物を目の当たりにして感激する。その興奮の醒めぬままにまた本を読んで確認
をする。ガイドブックではなく、歴史が記してある少し専門的なものを持って
いくといい。
 今、エジプトには簡単に行くことができる。もちろん治安状態など事前に
チェックしておくべきだけど、基本的にはツアーならばほぼ安全に行ける。
 ピラミッドを見て、ルクソールに行って、王家の谷に行く。その3箇所は絶対
見たほうがいい。ナポレオンがエジプトを見て、「俺たちはいったい何をやって
いたんだろう」と深刻に考えたそうだ。その気持ちは実際にエジプトに行って
みるとよくわかる。≫
▼ 当時の衝撃を文章に書き残してあるが、何れの遺跡の前でも、ただ呆然と
 立ち竦みしかなかった。石の文明は、数千年の世界を、そのまま、保存する。
もう20年も経ったが、感動した行蔵は、魂に刻まれ、そのまま残っている。

・・・・・・
2016/04/29
若者よ、外に出よ! ー◆.肇襯格
            〜『人生の教科書』 なかにし礼著
 トルコは日本人にとって何か懐かしいような馴染深い感じがする。
東西の境目の地勢的位置がトルコという国を特徴付けている。それと、
極東アジアの小国が、敵国・ロシアのバルチック艦隊を撃破したことも、
彼らにとって大きな衝撃として今でも残っている。
  * トルコで自分の中の神秘を知る
≪ トルコのイスタンブールという街は紀元前からずっと途絶えることなく
 現在も生き続けている街だ。そんな街はイスタンブール以外にない。
パリなんて街として始まったのは12世紀からだ。ニューヨーク、ロンドン、
東京、みんなまだ新しい街と言っていい。 紀元前から栄えていまだに続く
大きな街はイスタンブールだけなのだ。ボスポラス海峡を挟んで2キロ先に
アジアがあり、手前がヨーロッパという風景の素晴らしさ、東洋と西洋の文化
が交差し、融合し、新たなものを生み出してきた街。人類の歴史が濃縮された
街が今もなお残って生きている。そこに飛び込んでいくことは計り知れない
刺激を与えてくれるはずだ。コンヤという街がある、「スーフィー」という
イスラムの愛の神秘主義者たちの街だ。高い帽子をかぶり、白いスカート状の
服を身につけてクルクルと無限に回って踊る。セマー(旋回舞踏)という
踊りだ。これが素晴らしい。彼らは踊ることによって自分の中の奥底にある
愛に達する。その恍惚によって踊っている人は皆笑っている。すべての
雑念を捨て去った美しい舞踏は、スーフィーという愛の哲学者たちによる
人類の神秘の領域を垣間見せてくれる。イスタンブールとコンヤを旅したら、
もう「夢がない」なんて言っていられない。 ≫
▼ 「今までの旅行で、何処が一番よかった?」と、ツアー仲間から、度々、
 聞かれることがある。しかし、その都度、答えに窮し、「3分の2は優劣を
つけがたい」と答えるが、「それでは3つ挙げて」と、決まったような質問。
そこで、その都度、相手をみて変えるが、文化的カルチャーショックの
大きいのは、「エジプト・トルコの旅」と、初回の「欧州30日間の旅」である。
イスラム圏のエゴ丸出しの文化も想像の域を遥かに超えたもの。至極当然だが、
世界は広く、深い。そして濃厚。 現在、欧州では「トルコに近づくな!」
が合言葉だそうだ。テロだが、今ではパリと、ベルギーが、次の要注意国。
こうして過去の文章を読んでみて、憑かれて行ったものと我ながら感心する。
行蔵として、残るから良い。「行きたいうち、行けるうち、元気なうち」だ。
若者だけでなく、壮年も同じ。 壮年のうちだったからこそ、行けたからだ。
老年は? 高めなら、いくらでもある。少々の勇気と、金と、元気があれば。


6423,旅行の話 〜パックツアーの構造 ―4

2018年10月14日(日)


   * 人生も旅も、遊びですよ!
 要するにツアーは、旅ゲーム。地球を遊び場とした遊び。ただし少々危険な!
『パックツアー』のHP内検索で、6年前の「文章」が出てきた。人生そのものを、
"観光" "旅" "旅行""ツアー"から類推すると、考えさせられるヒントが垣間見え
てくる。長い人生もまた、それぞれの要素が絡み合い、様々な問題が解けて見える
ような感覚になる。
 パックツアーなればこそ行ける旅先に、ゲーム感覚で、旅の「道中」の予期せぬ
トラブルを愉しみに替え、目的地の光と影に感動し、束の間の旅路を愉しむことが
人生の旅路と重ねる。

 「物語」は、ヒーロー、ヒロインが様々な難関を解決し、乗り越えていく過程
を味わう筋立て。義務教育からは、高校、大学は、実社会へのモラトリアム期間
(猶予期間)。子宮内で、生命の進化過程を経験するという。 
高校、大学時代は人生の旅立ち前に、サークル、バイトに、恋に、遊びに… 
広く交友を持って一生のデザインを考える予習の時節。リタイア後は、目先に
迫った死を前にして社会的束縛から一度、解放され第一の人生の復習と、第二、
第三の人生を歩き出す節目時。
 様ざまな人間の生き様、考え方も、ツアー最終段階と、帰路の飛行機内の思い
に耽る黙想に酷似している。人生は、旅を類推し、同定することからヒントを
得ることが出来る。 短かそうで長い人生にはトラブルが付きものだが、問題は
解決のための事前準備。困難は出たとこ勝負でも、その多くは、経験知として、
知識として事前に知ることが可能である。『それさえ知っていたら!』の無知の
涙を流すことになる。 その経験知が集約されたのがパックツアー。

 まだまだプッツン前に、見たいところだらけ… 観光ツアーでも充分、魂に
歴史を刻印をしてくれる。秘・異郷ツアーは、日常の100倍の価値を感じとれる。
ライフワークとなると、話しても話しても、話尽きることはない。 
 52回×10日×100倍=52000÷365日=142年。
少なめで10倍の濃度で、14年分は長生きした充実感はある。
とすると+14歳=86歳? いや、実感はマイナスで、58歳。
実感は2倍、70年! とすると、日常の50倍の濃度。 
 …丁度、話半分ですか。

・・・・・・
4205, 異郷日記 ー日本人の人生は、ツアーに似ている
2012年09月30日(日)
               「異郷日記」西江雅之著
  * 現代の日本人の人生は、ツアーに似ている   
 数年前に、この人の書いた旅行記を何冊か読んだことがあった。
早大の教授で、世界の言語の研究のため、アフリカなど世界の僻地で直接、
原住民と触れ合う機会が多く、その体験談は非常に奥行が深い。この本は
4年前に出版されたものだが、既に早大を退職し、気ままに国内外を講演で
まわっているという。その著者の体験談の一言一言はツアーでしか、秘境に
行く機会のない者にとって、参考になることばかり。
 まず、「観光、旅、旅行、ツアー」の言葉の定義から…

≪"観光" "旅" "旅行""ツアー"などの類の語には、幾つかの側面で"異郷〃との
 重なり合いが見出される。目的地の異文化度が高ければ、当然、その重り合いは
 大きくなる。
◎‘観光’とは、現代の用法では、「わずかばかりの異郷感を、一時的に味わう
 ために金を支払う行為」と言えそうだ。一般的には、その行為は多かれ少なかれ、
地理上の身体移動が伴う。観光は、貨幣経済の中に身を置き、余暇という時間を
持つ社会に属す人々にのみ許された行為である。目的地で一時的な異郷感を味わ
させてくれる事物は、土地の人々から見て、必ずしも本物である必要はない。
それどころか、もし訪問地で見るものが全くの本物であったならば、訪れる人々
にとっては受け入れ難い事物の方が多くなり、観光は成り立たなくなるだろう。
それは、観光地で売られている土産品や観光ショーを思い浮かべれば明らかだ。 
 観光には"…らしさ"が重要なのである。観光に参加する側と、それを主催する
側とを含めた、全体としての観光というものを話題の対象とすれば、そこには、
企画、経営などという側面が大きな役割を果たすことは言うまでもない。
しかし、その場合でも‘・・・らしさ’は見過ごせない要素となる。

◎‘旅’は何より「道中」が主役。古典文学を見ても、旅の話を支えているのは、
 目的地に至るまで の道中で出くわすことになる数々の予期せぬ出来事だ。
道中で何が起こるか分からない。それを乗り越えて到着した目的地で、
一段落となる。道中にいる間、旅人は異郷の人である。人生は常に旅路にあると
自覚する者は、本物の異郷の人である。

◎‘旅行’の場合は目的地までの行程は保証されている。旅行者は目的地までは
 交通手段を利用して安全に運ばれる。目的地に到着してから、旅行者は思い
思いの活動を各自の興味に応じて開始する。結果として手に入れたいと望むのは、
個人的な楽しみであり、良き思い出である。

◎‘ツアー’では、出発点と目的地との往復が予め保証されている。それのみか、
 道中、宿泊地、目的地での行動内容の一つひとつが、あらかじめ他人によって
計画に組み込まれていて、それなりの効果を狙った演出も準備されている。
参加客は、それらの催し物を次々にこなしてゆくことで移動を終える。多くの場合、
自分の気に入った場所でも時間的な制約を受ける。物足りなさも残される。
しかし、全行程が保証されていて、何を見て、何をすべきかを考えなくても安心
できるという利点もある。昔、「人生は旅である」と言った。しかし、現代の
日本人の人生は、ツアーに似ているとも思えてくる。≫
▼ あと三回で世界旅行(主にツアー)50回に達成する。一応、来年中と
 考えていたが、年金生活者、家内の鞄持ちとして年一度が限界か、それも無理? 
しかし30年近くかけて小刻みに安いパックを探して行っていたので充分満足
しており悔いはない。 著者の「現代の日本人の人生は、ツアーに似ている」
は、言いえて妙である。 ツアーより、むしろ観光に思える。 そこでは"…
らしさ"が重要と,信じられているからだ。それらは受け止め方の違い。
やはり実感は旅である。
 
・・・・・・
4594, そして、人生はつづく ー5
2013年10月14日(月)
 * 生き直すために ー2        
         ー朝日新聞の「耕論」『生き直すために』小田嶋隆
  ー 前回の『生き直すために』の続きから        
《・・生き直すといっても「やめる」こと以外に何もしていない。
 サッカー観戦、自転車、イグアナも、時間を潰すため。酒をやめることで
仕事は上手くいくようになったが、それは結果であって、目標ではない。 
AAで、最初に「私は、自分では何もできない人間であることを認めます」
と言わされる。これは一理あった。自分で人生を立て直せる」と思い込んで
いると、依存症から逃れられない。
 ・・「自分で自分を律する」というのは大きな勘違いで、その意識がある
限り、人生のやり直しはできない。就職のやり直しにしても、結局は運です。
「夢に向かって努力する」では、こだわりでがんじがらめになるだけ。
自分がどの仕事に向いているかは、実際にやってみないと分からない。
人生を途中からやり直そうとするなら、何かを捨てること。捨てた結果、
その空白に強制的に何かが入ってくる。その何かが良いか悪いかは別ですが。
会社を辞めたことも、酒と一緒にそれまでの生活を捨てたことで多くを失い
ましたが、その代わりに膨大な時間を手に入れたものも明らかにある。
あそこでやめてなかったら、今のような人生を歩んでなかった。
どちらが良い人生かわかりませんが。 30歳を過ぎた人間が、自己を改革
するなんて不可能。ただ、何かをやめることはできる。人生をやり直すには、
何かを「目指す」のではなく、「やめる」ことからです。》
▼ 私が嵌ってしまった異境・秘境のツアー参加者に、多く見かけられるのが、
ガンなどで余命が見えて、その克服や人生を改めて見つめ直すために来ている
人が多い。晩年になれば、今さら生き直すことは出来ないが、考えるために、
極限の秘境ツアーは悪くない。被災地視察という名の「ダークツアー」に
似ている。「やめ時」を悟ったら、あとは「前向きに目をつぶって倒れこむ」
しかない。そうすれば、自動的に現象は生き直しになってしまう。
これも一期一会。捨て身でやれば「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」になる。
といって、覚悟が必要で、そのための周到な準備が必要。
最期は、「そして、人生は終わり」!「プツン!」。

・・・・・・
5691,自分のための人生 〜
2016年10月14日(金)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
   * 「幸福は才能なり」
 『幸福』について、この数年来かけて考えてきた。
以前なら、幼稚な話題として避けていた。当然、会話で話題にすること自体が、
憚れた。それが、老い先短くなればこそ興味が湧いてきた。「私の人生、幸せ
だったのか。」と、冷静に人生を振返るテーマになる。 私自身、幸福系と
思いこんでいる。家内は、私より遥かに幸福系である。両親の愛情を一身に
受け育ったことがある。不幸の事態に多々あってもも、何かの力で、一瞬、
助けられてきた。判断と決断にあたって、純粋な視線と、集中力を持ちえた
ためだろう。傍からみれば、「不幸な大変な人」だろうが、そうでもない。
                    〜p/29〜       
≪・学業が優秀な人、ある種の学問分野にひいでた人が「知的」であると
 思われているが、しかし精神病院には優秀な成績証明書を持っている人も、
持っていない人と同じようにあふれるほどいる。 ・・・(中略)
いわゆる知能を測定するためのよりいっそう確かなバロメーターは、一日一日
を、更に一日のうちの一瞬一瞬を、効果的に幸せに送っているかということ。
その瞬間を費やす価値のあることのため一瞬一瞬を生きているなら、そういう
人こそ知的だといえる。たとえある特殊な問題を解決する能力はなくとも、
幸福な生き方を「選ぶ」ことはできる。最低限、不幸を選ばないということを
わきまえている人は知的である。 ・・・(中略)
・問題を解決する能力によって知能を測定するのではなく、むしろ、問題
そのものは解決しようがしまいが、自分自身は幸せで価値ある人間で要られる
才能を持っているこかどうかで、知能は測定できる。 ・・・(中略)
・金銭、老齢化、病気、死、天災、事故などはすべて、どんな人間にとっても
問題になる事柄であるが、そのようなことが起こったとき、うまく切り抜け失意
や不幸にとらわれない人もいれば、衰弱し、不活発になり、神経衰弱に陥って
しまう人もいる。人間である以上、問題の一つや二つあって当たり前と受け止め、
問題の有無を幸福の基準としない人こそ、我々が知る限り最も知的な人々である。
そしてまた、最もまれな人々でもある。
・「NHK 白熱教室 /考福学(ディーナー博士)」によると、
「幸せは、人を介したネットワークによって伝播していく」
「人とのつながりが、生涯の幸福度を決める」とのこと。幸福な人のもとには、
 幸福な人が集まり、さらに伝播していく性質を持っている。≫
▼「幸福は才能なり」とは、いいえて妙。幸福の人には、不幸の人を近寄せ
ないバリアがある。才能とは、持って生まれた性分と、長年かけてつくられた
能力がある。幸福論によると、<幸せの状況は、マイナス1に対し、プラス
3〜6以上割合で、それらの要素を身につけているかにある>という。
仏教系は、苦を滅することを教え、西欧系は、楽しみを増やすことを勧める。
楽しみは、求めれば幾らでも得ることが出来る。その為には才能が必要になる。
 どちらを選ぶかは、その人の特性で選べばよい。どっちつかずが一番悪い。
5年前の節目時に、少しキツメな一日、一週間の日程を自分に課した。そうでも
しないと、自滅する危険があった。その日程で、充実した日々を過ごしている。
・・・・・・
4961,閑話小題 ー齢は68になって
2014年10月14日(火)
   * 齢は68になって
 何度も何度も書いているが、ふと気づくと、あと三ヶ月で古希である。
まさか自分がである。周りを見渡すと、誰も彼もが年下に見えてくる。
4人に3人以上が年下なら、こんなものだろう。中、高、大学の男たちの
4人に1人の割りで亡くなっている。私も父が亡くなった歳まで、あと二年。
私が20代半ばで、父親が老衰していくのが悲しかったことを憶えている。
あと、せいぜい7〜8年だろうが、やはり身体の衰えは隠せない反面、
世界への関心は、ますます強くなっている。 このところ歩いていて、
20分もすると、腰が痛くて据わりたくなる始末。 何事も面倒になるし、
頭の切替えが以前ほどきかない。人生の多くを、し尽した感があるので、
さほど、老いに対してマイナスの気持ちは少ない。その時々に、やるべき
ことをしてきた実感があるからだ。人生のトータルとして、面白かったし、
楽しかった。嫌のこと一つに、良いこと三つの割合である。そう割り切ると、
老いもまた乗り越えていける。まあ、何事にも興味を持って、感動と感激と
感謝の出来る心の新鮮さを失わないように
したいもの。
   * インコのピーコ
 我家のペットは、30数年来、インコである。私はペット好きだが、
家内が生きものが大嫌い。そこで、何とか小型の小桜インコに妥協し
飼ってきた。 大体が2〜3年で亡くなったり死んだりした6代目の後、
5年前に中型のコガネ・メキシコインコに切替たが、風邪と下痢で一年
余りで死んでしまった。これが、鳥というより犬に近い感覚で、人に懐いて、
その利口さに驚かされた。小桜インコとは格段上に、人の気持ちを読み取り、
言葉を理解でき、クシャミや、鼻水を出し、頭を撫ぜてもらうのが大好き。
しかし、熱暑の最中に、下痢をおこし衰弱をして亡くなってしまった。
そして、現在の、オオム科最小の大きさの「マメ・ルリハインコ」。
コガネインコに比べ、反応は低いが人恋しいため、ベランダのサッシ越しに
常に呼びかけてくる。席を立とうとすると、鳴いて振り返させ、枝を回転
して、「行くな」と自己表現をする。多いときは、50数回も回転する。
必死の呼びかけの「美味しそうな?鳴き声」に、近くのカラスや、スズメ、
渡り鳥などの野鳥が反応し、庭や、ベランダに集まって来ている。
夕暮れ頃に、野鳥が一匹、挨拶に来ているが、そろそろ渡りの時期である。
・・・・・・
6058,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −3
2017年10月14日(土)
            ―「不平等社会日本」佐藤俊樹著―
   * 金持ちサラリーマンと、貧乏サラリーマン
・あるサラリーマンの知人の数人から、次のような話を聞いて驚いたことがある。
『サラリーマン社会には役職以外にも格差がある。長男で持ち家などの資産と、
学歴の優劣と、連れあいの優劣と相性。共働きか否か。 これが長年かかって
甚大の格差を作り上げていく。学歴も両親の学力などの資質が大きく左右する。
代々の上司は、これらが揃っていた。情けないが、これは遺憾ともしがたい!>。
 知人に、長男で、土地持ちで、連れあいも正社員で、定年まで共働きで無事に
リタイアをして年金暮らしの人がいる。親会社の役員の何割かよりも収入も預金
が遥かに多い。人生、それだけではないとしても、愚痴の一つも言いたくなる
のも理解できる。 更に家系からくる文化度合も人生を大きく左右している。
・数年前になるが、中学の同期の男と卒業以来、初めて同席をした時、「エッ」
と、思ってしまう話を聞いた。 要約すると… 
『家に余裕がなく、中卒後、地元の大手メーカーに「金の卵」として集団就職。
その殆どの同期が夜間高校に通い、卒業と同時に公務員試験を受けるのが慣わし。
人気の一つが手当が多い消防士。何とか無事勤め上げ年金暮らし。火事場とか、
救急搬送が主なる仕事で、様ざまな家庭の人生模様を多く垣間見ることが出来た。
本当に恵まれていた!』と。「成るほど!」と地に足のついた人生に感じ入った。
  〜Amazonの読者レビューより〜
《…1955年から定期的に行われてきたSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)を
 主な資料として本書が明かすのは、「実力でのし上がってきたが故に実力主義
社会を理想としているエリート層こそ、実は親から受け継いだ目には見えない
「財産」によって、しごく当たり前の階層に落ち着いていた」という悲喜劇だ。
そして、高度経済成長期に努力してのし上がっていたと思われがちな団塊世代の
時点において、すでに階層を決定する選抜システムは飽和し、閉鎖性が高まり
だしたと論じている。こうした階層化と階層の閉鎖性を是正させるために著者が
必要性を説くのが、選抜機会の多元化(学歴以外の選抜方法を増やす)と、世代
間での不平等感の緩和である。その例として「カリスマ美容師」を使って著者が
説明している箇所は、今となっては少し時代遅れだがユニークな発想で、詳しく
は本書を手に取ってみてもらいたい。
 そんな中、著者が論ずるのは「機会の平等」をいかに創出するかである。
しかし、議論していくうちに著者は「機会の平等」が、構造的に「後から」に
なってからしかわからない、という事実に気づく。 なぜなら、原因となる
「今の階層分布」と、結果として生まれる「未来の階層分布」の比較衡量が必要
なわけで、哲学的な命題のようだが、今は永遠に「未来」にはならないのだ。
そこで踏みとどまり「わからない」と言い切ったところに、著者の知性を感じる。》

▼ 「三つ子の魂」ではないが、そこで人生のベースが形成されているようだ。
 「この人には適わない人」と何人かクロスしてきたが、当時は何だろうとまで
考えるに至らなかった。「年間数百万かかる慶応幼稚舎からの一貫教育してきた
人と、公立のコースを歩んできた人とは格差が出るのは当然。鼻持ちならないと
しても… ベースの差だけはいかんともし難い現実。 この中で、
《ホワイトカラー上層部分(大企業や官庁の管理職)が団塊世代以降、受験と学歴
を通して閉鎖されるようになった。また「腕に覚えのある」ブルーカラー層の
開業率の低下により学校を経由しない補助的選択ルートが無くなったことも、
大きな変化と指摘している。学校選択ルートの」」・成功者たちは、平等という
競争という外観のために、階級意識なしに階級を構成するようになった。しかも、
これらの成功者たちは選択ゲームの敗者の意欲を削がないために偏差値批判や
学歴批判を行って成功について自己否定をして、同時にエリートの責任解除を
自ら行い続けている。… ⦆
 この結果、ぎらつくエリート意識も権力欲もない社会的上層部分がつくられ、
「一億総中流」の終わりと、経済的弾力性が失われることになる。その結果が、
現在の日本経済と失落原因になっている。3人の義兄が、その典型だったが… 
残る兄と、義兄と、私を含めた三人は、時代の変化についていけず、この結果。
 何れの人生も、<恐ろしい身近な現実>の様相を示すが、それも雷光の一瞬!
【上を見ればきりがない、下を見れば底がない、横を見れば情けない】ですか。


6422,野良猫と飼猫、どちらが幸せ? 〜2

2018年10月13日(土)

   * 野良対飼い猫の対話
 今日の分を書上げ、さてと過去の同月同日分を流し読みをすると、
<野良猫と、飼猫、どちらが幸せ?>の3年前の文章があった。(以下にコピペ)
野良猫については、1月前にも個人HPの過去の文章を検索で拾いあげていた。
野良猫がゆえに辛辣、シリアスの内容で、自分に置換えると、傷つく辛辣な内容。 
更に深耕すると、どうなるかと考えていたら、『野良猫対飼猫の対話』のテーマ
が浮び上ってきた。どうなるか、面白そうなので即興で争わせてみた。

飼猫:2Fの窓から野良ちゃんをみているが、序列とテレトリーと、雀、鳩を
  捕ったり、ゴミ箱をあさったり。羨ましくもあり、気の毒だね。
野良猫:俺たちは選ばれなかっただけ。あなた達はペットの血筋からして違う。
  比べること自体が上から目線さ。 何処かのノータリンがさ、野良猫の方が
 野性的で、本来の生き方と分かったようなことを言うけど、寒空に、誰にも相手
 にされず、小さなテリトリーで餌探しに明け暮れて… 生きるだけで精一杯。
飼猫:民家の2Fで見える風景と現実は違うんだ。でも人間様のペットも大変。
  飼主にも当たりと、外れがあるんだ。俺様のは完全外れ。俺を拾った親父は
 気分が向けば可愛がってはくれるが、逆に、機嫌が悪い時はウサ晴らしで八つ
 当たりをしてくるし。奥方はさ、冷たいもので、冷えたエサしかくれないし。
 レンジで温めて出してくれよと言いたいけど話せないし、時どき、亭主が居ない
 時に、家の外の出されるの。そうすると、近くの野良猫が虐めにくるんだ。
野良猫:同じ猫でも、これだけ差別されれば、鬱憤はたまるよ。野良猫にも事情が
  色いろあってさ。 虐待で家出をした野良と、半端野良と、飼主が死んだり、
 引越したりしたのとか、色いろのがいる。人間世界と同じさ。
飼犬:御前らは、まだいいよ。猫は野良で生きていけるもの。俺たち犬は野良は
  直に駆逐されるしね。飼犬にも、屋外犬と、宅上犬とあってさ、俺は屋外犬。
 寒くてさ、暖房は無いし、冬でも毛布一枚が増えるだけ。せめて夜だけでも、
 玄関に小さい囲いでもして置いてくれればいいけど。一日、一回、散歩に
 連れ出してくれるから、何とかストレス解消になってるけど。
野良猫:あんたのところ、飼猫がいたじゃない? どうしたの。
飼犬:とっくに家出をして行方不明さ。愛嬌と要領の良い奴だったから、何処か
  の玄関でないて、上がりこんでいるよ。子供たちがいる頃は、それでも
 気づかってくれたけど、今は二人とも上京してさ。帰ってきても、全く興味が
 ないみたい。犬だって腹が減るし、感情は持っているし、遊びたいのがわから
 ない。野良も大変だが屋外犬も日々、是、堪忍だよ。
野良猫:何時も屋根の上から気の毒にと思っていたけど… 餌と自由、どっち
  をとる?と言われれば、自由をとるね。餌はさ、猫仲間から、生きていく
 だけの狩場は教えて貰えるしね。今度、生まれてくるときは、人間が良いね。

・・・・・・
5325,野良猫と、飼い猫、どちらが幸せ? 〜1
2015年10月13日(火)
 飼い猫と野良猫、どちらが幸せだろうかを考えるとき、野生ライオンと、
動物園のライオンの、どちらが幸せかを考えれば直ぐ答えが出るだろう。
初めてケニアのサファリ・ツアーで、野生ライオンを見たときの驚きを今でも
鮮明に憶えている。動物園のライオンと全く違ったサバンナの野生ライオンは、
全身張詰めた緊張でオーラが漂ったような空気を張巡らせていた。
動物園のそれは、緊張感のない、虚脱した飼犬のような動物。猫は数千年かけ
野生の猫を、飼い猫に人工的につくられた。そのため、飼い猫と野良猫を比べ、
飼い猫の方が遥かに、長生きするし、適応しやすい。飼い放しの外猫と、
卓上の猫と、どちらが「猫らしい」のか考えると、難しい問題になる。
このことは犬にも言えるが、話が長くなるから止めておく。

 で、人間の生き方を、飼い猫か、野良猫の生き方から考えると面白い。
人間が人間たらしめているのが、「言葉」という情報手段の獲得である。
そして、それを記録する「文字」の発明。これで間接情報を子孫代々に
書き送ることが可能になった。そして、今ではネット時代である。
それが、プラス面だけでなく、マイナス面でも働くため、問題は大きい。
人間は元々野生猿が進化した生き物。野生猿と、文化的側面を持つ人間の
両側面を持つ存在である。結果として、文明・文化を身に付け、本性は野生味
を持って人生を全うする生き方が人間らしい生き方になる。 人+間で人間。
人の間で生きていくしかない。野良猫の世界では、猫間の自然ルールがある。
飼い猫のように御主人様の顔色を窺がっていればよい世界とは違う。まずは餌!
 新たに会社を立ち上げる創業は、一見、面白そうだが、実は野良猫的要素が
絶対必要条件になる。新規事業や、独立の相談を何度か受けたことがある。
サラリーマン人生の人なら、大方、「飼い犬が野良犬になる覚悟があるかどうか
を何度も自分に問いかけて、その覚悟がありなら、24時間、寝ても覚めても、
目標に邁進すればよいですよ」と進言する。大部分が、野良猫、野良犬の言葉で、
心中、怒ったり、迷いが出る。覚悟がない限り、創業など、大小にかかわらず、
するべきでない。他人の失敗のあげ足取りをしていた方が飼い猫的で無難。
 ある某フラのOB会らしき飲み会の隣席で、その話題の質の低さに、唖然とし
聞いた。 何もしない、できなかった老壮年達の傷の舐めあいも、飼殺しされた
?系の恨み節となると、哀愁を超えた煉獄の地響きそのものになる。

・・・・・・
5690,自分のための人生 〜
2016年10月13日(木)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  ★ 自分を愛せない「不幸」  〜2章より
 何処の世界にもいるのが、「不平家」。不平家は、不平家ゆえに不幸に
なっている事実に気づかない。それが、自分に向いているうちは、まだ害が
ないが、周囲の人たちに向くと‘うわさ、陰口になる。曽野綾子のいう、
「泥棒並みの犯罪」を犯していることに気づかない。この内容も、その類の
人種に対する悪口になるから、同類でしかないか。まず、自分を愛せない。
その元を辿ると、両親の不和がある。それが、子供の心を閉ざしてしまう。
 逆にシャワーのように両親から愛された子供は、生涯にわたり幸福である。
自分を愛するには、夢・志を持って、温めること。そして、内語をプラスの
言葉を習慣として持つこと。不平の一つに愚痴がある。これは、自ら注意を
払ってないと、内語で繰返すことになる。 〜その辺りから〜
≪ まず“幸福を得たいと思うのなら自分を愛することを学ばなければならない”
 自分を愛すること、つまり「自己愛」とは、自分を価値ある人間として受け
入れること。 受け入れるということは、不満がないということです。
 “不平は自分に自信のない人の慰め。自分で自分の嫌いな部分について他人に
話したところで、聞かされたほうにしてみれば、たいていはお手上げだ。
せいぜい「そんなことはないでしょう」と否定してあげるのが関の山。
ところが否定してもらってもこちらは信用しない。それで不満な状態が
ずっと続くことになる。このように、他人にグチを言っても何にもならない。
それと同様に、グチを言いに来る人にグチを言わせておいても仕方がない。
 一つ単純な質問をしてやると、たいがい、この無益で不愉快な態度は消える。
「なぜ私にそんな話をするのですか」とか、
「何か、私でお役に立てるようなことがありますか」と尋ねるのだ。
 同じ質問を自分自身に対してしてみると、不平を言うのは最低の愚行だと
いうことがわかってくる。それは時間のムダ遣いである。そんな暇があるならば、
心の中で自分をほめてやるとか、誰かに手を貸して人の役に立つとかするほうが、
よほど自分を大切にすることになる。
「疲れた」「気分がすぐれない」 ―この二つは不平の中ででも最低である。
疲れているなら、それに応じた対処がいくつかあるはずなのに、気の毒にも
グチを聞かされている相手に対して、ひどく失礼なもの言いである。
そうやってグチをこぼしてみたところで疲れが軽くなるわけではない。
「気分がすぐれない」場合でも同じだ。 自分の気持ちを伝えれば、相手に
少しでも力になってもらえそうな場合についてはそうすればよい。今、問題と
しているのは、グチられたところで、ただがまんして聞く以外は何もできない
相手に向かって不平を言うことである。
さらに言えば、本当に自分を愛する気持ちに立ったうえで何らかの苦痛や
不快を感じているなら、誰かに寄りかかって自分の重荷をともに担ってもらう
のではなく、むしろ自分の力で何とかしたいと思うはずである。
自分自身のことで不平を言うのは無益な行為であり、そのおかげで効果的な
生き方ができなくなってしまう。 自分を憐れむだけで、気持ちが凝り固まり、
愛を与えたり受け入れたりする努力ができなくなる。愛情で結ばれたよりよい
関係が生まれる機会も、人間関係が広がる機会も減ってしまう。
不平を言えば人の注意を引くことができるかもしれないが、そうやって
注がれた人の視線という光は、自分自身の幸福の上にくっきりと黒い影を
落とすものなのである。≫
―――
▼ 不快な不平家は、10人に1人は存在する。歳を重ねるにつれ、それが
 内幕情報屋に変形し、自らの不平を他者に投影するようになる。その毒で、
お互いを縛ばり、ヘドロ化したのが、ゾンビのような「世間人」という。
自分を愛するには、自分の趣味を持ち、その世界を持続すること。
 で、これも文脈として偶然だが、以下につづく。
・・・・・・
閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −4
2014年10月13日(月)
   * 国宝指定は、不利!
 家宝などが国宝に指定されると殆どが不利という。寺などは客寄せになるが、
売買は規制されるし、大した保管料でもないのに盗難や火災などから厳重に保管
しなくてはならない。そのため、よいものほど指定前に深くもぐってしまい
表には出てこない。 相続税も、税務署に把握されているので節税しにくい。
もし美術館が買いにくれば、予算が少ないため大きく買い叩かれる。 
 高校の頃、柏崎の旧家の「蔵出し」に父に連れられていった記憶がある。
蔵出しとは、旧家が金繰りのため蔵の骨董品を放出すること。
10人位の骨董商が、蔵の中で、その家の代々続いた骨董品をセリで落とす。
父も何点か買求めたが、シリアスな空気に驚かされた。骨董品の立場からすれば、
蔵から蔵への住処の移動。それが、部屋に飾られ日の目を見ることは少ない。
美術館で展示されることが、美術品にとって、作者にとっても良いことになる。
保有欲、購買欲は人間の性が分かるが、そのエネルギーを美術館まわりに
向ければ良いと思うのだが・・
 ところで、別番組に、骨董品の競売そのものを、面白おかしくショー化した
番組が、出来てよいのでは? あくまで、バラエティーの範疇だが、やはり
企画が難しい? それぞれの価値観があるのだろう。
 先日も、世界のお宝を見てきたが、その素晴らしさは当然のこと。
ところで、「秘境ツアー」は、「世界の大自然観光お宝鑑定団」の一時参加
ツアーということになる。 その付録の各国を代表する美術館の国宝クラスの
お宝が、どれもこれも感動もの。特に、ロンドン、パリ、マドリッドの美術館は、
往年、世界各国から奪略してきたお宝の宝庫である。最近、見たのがパリの、
ルーブル、オルセイ、オランジュリーなどの美術館。
 これらを決して、欲しいとは思わない。そこに見れば充分である。
所有さえ放棄してしまえば、素晴らしいことに、その数十倍、数百倍、
多くの満足を得ることができる。
・・・・・・
3853, シリアスでストイック
2011年10月13日(木)
 最近、目に付くのが「シリアス」と「ストイック」という言葉。
シリアスはコミックなどで度々、目にする。「リアルに近い意味」と
捉えていたが、「本格的なさま、極めて深刻」と辞書にある。コミックでは、
「急に真面目になる」という意味。「真剣になる」というのが一般的である。
ストイックは、「禁欲的な」という意味で、「あの人はストイックだ」という
場合は自分に厳しい人という意味。「今回のヒロインはシリアスでストイック
なキャラなので、アクションも静かな怒りを感じる」というと、
「ヒロインは極めて真剣で、原稿などの締め切りに追われている作家などは、
シリアスで、ストイックの日々を過ごしている事になる。漫画でいえば、
「ゴルゴ13」の主人公が、シリアスでストイックなキャラになる。
そうすると現在の私は、「この変わり目の時節は、シリアスの日々をストイック
に過ごさなければならない」。まさに毎日の生活習慣は、この言葉どおりである。
いや、「ファニー」の一日かもしれない。その対義語ではないが、正反対の
キャラのニュアンスが、「ファニー」である。「おかしな。奇妙な。一風
変わった。」という意味。お笑いタレント、デブタレントが、これに当たる。
サンマ、タモリなどが、このキャラ。
 その目線で人を見ると、また違って見えてくる。すると、私はシリアスで
ストイックというより、ファニーの日々を過ごしている? 誰もが、少し視線を
変えれば、違って見えて当然だが。人生を振り返ると、この3つが混在している。 
私の場合、「リアル」で、かつ「コミック」も加わる。 まともに生きれば
シリアスで、ストイックで、リアルで、コミックの人生になる? 
問題は品性か? 品性というと、シリアス、ストイックには品性が含まれて
いなくては、とすると?・・ 絶句。 誰かはファニーで、コミックだけ?


6421,閑話小題 〜落合と関口の問答から

2018年10月12日(金)

    * 問題は、充実していたか! 
 〜まずは、この日曜の2人のトークから〜  (ネット検索)
≪ 7日放送の『サンデーモーニング』で、関口宏が西武ライオンズの優勝に
 ついて失言を行い、物議を醸した。元ロッテオリオンズで3回3冠王を獲得した
落合博満氏が登場。 冒頭から早速プロ野球の話題となり、関口が
「西武なんだけど、胴上げのシーンがありますか?ちょっと見せてください。
優勝決めたシーンが情けなかった。負け試合ですよねえこれ。負け試合で胴上げ
しなきゃなんないから、もうひとつ盛り上がりに欠けたのかなと私は感じました」
と西武優勝を貶めるような発言。 これに対し、コメンテーターの落合氏が、
「いや、関口さんねそういうけども、勝とうが負けようが胴上げはいいんですよ」
と制す。そして、自分は「負け、雨でゲームがない、引き分けで優勝が決まった
ことがある」と諭す。関口は落合氏に対し、「気分は変わらないものですか?」
と質問すると、「1年間戦ってきてそこで優勝ってのは恥ずかしいような気も
しますが、頭から外れます」と断言。これには関口も黙ってしまう。≫

▼ その時、会社清算をして少し経って気持ちが落ちついてきたと同時に、
『これは、私の人生にとってベストの結果では!』の考えになっていった。
家訓の一つ、『何ごとも万一に備えろ』を前提に、創業の設計図にシェルターを
仕込んでいたこともある。 最後の数ヵ月は如何であれ、20歳で創業を決意して、
準備15年、実業30年、合計45年の人生を振返りみれば、この上なく面白く充実。
こんなことで、否定されるものではない。 そのことを落合が、ずばり
『勝とうが負けようが胴上げはいいもの!』と…  土砂降りの胴上げも?
 私の場合、結果は如何であれ、仕込んであったシェルターで助かったが、
これだけスリルとサスペンスに満ちた45年の人生。溝沼の蚊が飛び交っていても、
蚊よけスプレーをかけておけば何とことはない。としてもシツコク、痒いが…。
 この充実感と、装置産業の利点、時間リッチの御蔭で、幾つかのライフワーク
を満喫できた。最後の最後まで冷や汗の連続だったが、全てをかけた充実感の味
は格別。 小さな物語でも、起業の面白さ、自分を抵当にした博打は、想像を
絶した醍醐味がある。 長嶋、野村、イチロウ、松井の人生、想像を絶する程
に面白味があっただろう。甘じょっぱいというより、激辛の味?喉がカラカラ?
 本人しか分からないが!

・・・・・・
5689,自分のための人生 〜
2016年10月12日(水)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  両親の人生訓を要約すると、
『人生を、仕事を、道として楽しみなさい。仕事を楽しんだカスが、資産と余裕。
取組んだ何ごとも、楽しみになるまで追求する』になる。 人生の王道といえば、
「よく学び、よく働き、よく遊べ」がある。他に加えるなら、「よく楽しめ」
を加えたいが、「よく」の中に、楽しみが入っている? 
とすると、「よく休め」が考えられるが。 
   ★ 自分の人生を存分に楽しめ!  〜p−26より
≪ < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 私たちに、いつも決まってついてきて、影のように離れない“お供”がいる。
 それは「自分自身の死」。“この客人を恐れることも、あるいは 自分の
 利益のために利用することもできる。どちらを選ぶかはあなたしだい”と。
“ 死は永遠であり、生は息つく間もないほど短い。そこで自問してみよう。
・「本当にやりたいと思うことをしないでよいのだろうか」
・「自分の人生を他人の望むとおりに送ってよいものだろうか」
・「ものは貯めるに値するほど大切だろうか」
・「やりたいことを先延ばすのが賢明な生き方といえるのだろうか」
 おそらく、その答えはほんの数語にまとめることができよう。
  < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 自分の死を恐れてもかまわないが、それは無益なことだ。
 一方、死を効果的に生きるための助けとすることもできる。
  ロシアの文豪トルストイによって描かれたイワン・イリイチの言葉
  (『イワン・イリイチの死』)に耳を傾けてみよう。
 彼は、ことごとく他人中心に過ごし、体制に適合するために自分の人生を
 自由に生きることを放棄してきた一生に思いをはせながら、万人を平等に
 する死神を待っている。
【 もし私の一生がすべて誤りだったとしたら・・・・」
 以前には到底考えられなかったことが、つまり人生を過ごすべくして
 過ごしてこなかったということが結局のところ真実なのかもしれないと、
 ふと思った。これまで、ほとんど感じとれない程度の衝動は即座に抑え
 つけてきたが、そういう衝動のほうが本物で、それ以外は偽物だった
 のではないか。職責も、生活や家庭の切り盛りも、社会的あるいは職務上
 の関心も、みんな偽物だったのかもしれない。こういうものを一切合財
 しっかり守ろうとした私は、突然自分が守っているもののもろさを感じた。
 守るべきものなど何もなかったのだ。
 自分の人生に積極的に働きかけるべきか、自分自身で選択すべきか
 などと思案し、考えあぐねたときは、こう自問してみることだ。
 「私はいつまで死んだような人生を送るつもりなのだろうか」】 ≫
――
▼ ハイデッガーが、「世間人」が、あまりに『死』から、目を背けて
 いることを指摘。「死の哲学」を真正面から取り上げた。ガンで死の
恐怖を平気で口に出している男に、「死」について薀蓄の話をすると、
近くの世間人が、いわく有り気に、『暗い!』と宣う。 受けを狙った
のだが、顔色からみて、重症病気もちのようだ。だから、聞く耳持たない、
いや、持ちたくないのである。   
「本当に人生でやりたいことがあったのか?」
「他人の顔色を窺い、その価値観に従った生き方を良しとして」
「ものを貯めることに汲々するのが生きる値すると信じ」
「やりたいことを先延ばしをする」を良しとする生き方だろう、お前さんは! 
舟底に牡蠣の貝殻(常識)を一杯つけて身動きが出来ない人たちの一員。 
誰でもない、私自身ではないか! もっと酷いのは、気付いてない貴方か?

・・・・・・
閑話小題 ー美人の黄金比
2014年10月12日(日)
   * 美人の黄金比
 誰もがその人を美しいと感じる、“美人の法則”が存在するという。
1:目を中心にして、「頭の頂点まで」の長さと「アゴの先まで」
 の長さが同じであること。
2:「目と目の間」の長さと「鼻の幅」が同じであること。
3:「目と目の間」の長さと「目の幅」が同じであること。
4:「口の幅」が「鼻の幅」の1.5倍であること。
5:「顔の横幅」が「鼻の幅」の4倍であること。
 上記5種類の「顔の黄金比」に対して、誤差が「0」に近ければ近いほど良いと
されています。ちなみに、一般的な人の顔の誤差数値は「1.1」〜「1.3」とか。
どうでもよい話? 要は、傍目でみたバランスが上記だと美人ということ? 
それにしても綺麗で優しく温かみがあり、清潔感がある人が、一般的に美人
というのだろう。それに、教養が、まずベースにあることが前提である。
 美人は、顔と全身のバランスでしかない。そのバランスの均整も一時のもの。
身近で、姉達や、同僚などを見てきて、その時期は、わずか5年間でしかない。
だから、それが良いのである。

・・・・・・
4217, 開国という強迫観念 ー4
2012年10月12日(金)                      
  * 「開国」とは何だろう     
       ー反・幸福論『開国という強迫』ー 京大教授・佐伯啓思 
 「世界標準」とはアメリカの示したルールであり、常に自国に有利に作り
変えることが可能なアメリカに世界は振り回されてきた。TPP(環太平洋戦略的
経済連携協定)も、有利なのはアメリカ。しかし入らないと、競争力が明らかに
不利になるため、従うしかない。属国から離脱など出来ないように囲い込まれて
しまっているのが日本である。  ーその辺りからー
≪ ・・ところで「開国」とは何でしょう。先ほどから、「開国」とは、
「世界の潮流に乗ること」であり、「世界の普遍性に乗ること」だといって
きました。いや、近代以降、日本ではそう考えられていました。しかし、
本当はそうではないでしょう。世界は実は多様です。「開国」とは異質なものに
出会い、世界は多様であることを知ることなのではないでしょうか。
「開国」とは、何よりまず、異質な文化、社会、宗教などに出会うことです。
そして、己の独自性を改めて知ることなのです。特異性ではありません。
独自性です。自国の、自文化の独自性を認識することなのです。もちろん、他
国もまたそれぞれの独自性を持っています。その世界の多様性に触れることが
「開国」ではないでしょうか。決して「普遍的世界」と「特異な日本」ということ
ではない。世界には、西洋もあれば、中国も、インドもイスラム諸国もあるのです。
しかしわれわれは「普遍的な世界」や「グローバル・スタンダード」といった時に、
決してイスラムやインドやアフリカなどを思い浮かべません。「普遍的」や
「標準的」ということで、常に西洋先進国を思い浮かべるのです。
いやもっと端的にいってしまいましょう。少なくとも戦後、我々が「世界」と
いった時に「何か」というと、実は「アメリカ」なのです。「世界標準」とは
アメリカの示したルールなのです。「普遍的な世界」とはアメリカのことです。
「世界に乗り遅れる」というのは実は「アメリカに見捨てられる」という
ことなのでした。 ≫
▼ 軍事的用途で作られたインターネットをアメリカが公開した。
 そしてネット社会が、それまでの世界に張り巡らされ、現実世界を覆って
しまった。そして、タブレットPCとスマートフォンで、世界隅々の個人が
ポケットに持ち歩けるようになった。それで、個人情報の受発信が気楽に、
しかも安価に可能になった。この流れは世界のグローバル化を、より推し
進めることになる。それは、情報をコントロールでき利用できるものと、
出来ない人の格差を大きくする。その最も利益を得ることが可能なのが
アメリカの一部の人たち。日本の中流は、世界から見れば上流の部類に入る。
垣根が低くなれば、世界の中流、そう、現在の日本の水準から見れば下流。
総下流社会である。しかし、大部分がそれなら、言葉として、それが中流と
いうことになる。預金がゼロが三割、借金と相殺すればゼロになる世帯を
入れると、既に国民の過半数を超えているという。失われた20年で、
日本社会は大きき体力を失った。「敗戦で朝鮮のように分割され、
歪にならないで済んでよし」とすべきか? 難しいところ。   
・・・・・・
2013年10月12日(土)
4592, そして、人生はつづく ー3
  * 「アバウト・シュミット」の『そして人生はつづく』
 5月の連休明けにシネマでみた「アバウト・シュミット」が、まさに
「そして、人生はつづく」をテーマにしている。
   ーその概略をHPでみるとー
《 仕事一筋の平凡な男が、定年退職を機に第2の人生を歩む姿をユーモアと
 ペーソスを織り交ぜて描くヒューマン・ドラマ。人生の終盤を迎えて大きな
転機に直面し孤独と戸惑いを見せる主人公の悲哀を名優ジャック・ニコルソンが
見事に表現。監督は「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」の新鋭
アレクサンダー・ペイン。アメリカ中西部オマハ。この日、勤め先の保険会社で
定年退職の日を迎える66歳のウォーレン・シュミット。彼はこれまで妻ヘレンと
今は離れて暮らす娘ジーニーと共に、平凡だが特に不満のない人生を送ってきた。
そして次の日から新たな人生を歩むことになる。しかし、翌朝目覚めてみると、
シュミットは会社中心の生活リズムが染みついていたせいか手持ち無沙汰になる
日々が続いた。そんなある日、妻ヘレンが急死。そして葬儀の準備に追われる
シュミットのもとへ、愛娘ジーニーが婚約者ランドールを伴い戻ってくる
のだった…。》
▼ 一流保険会社で働き、良き同僚や妻と一人娘に恵まれて、自分でも
 それなりの人生を送っていると思っていたが、定年をむかえた直後、妻が
急死、その葬儀も終えたところで、何をしてよいか分からなくなり、離れて住む
娘を車で訪ねるが、何か来て欲しくない様子。ラテン系娘婿の家族は、これまで
接したことのない世界の人たち。その旅で、これまでと違った様々な経験をする。
それが何か無様で、ホロ寂しい姿で、哀愁が漂う。職場と連れ添いの喪失で、
なす術のない男の悲喜劇が、人生の終末期の有り様を浮き上がらせている。
妻に先立たれた寡夫ほど大変なものはない。5月の連休明けに、この映画を
見たが、会社を整理をして二年。主人公の姿に自分が二重写しの部分がある。
また、「そして、人生はつづく」の著者に似ている部分がある。
 10年近く前の話になるが、幼馴染が倒産と同時に離婚。一人アパートで
自閉症になって半年、お金も尽き、辛うじて知人に拾われ、働き出し、営業
で私のところに訪ねてきた。が、風貌は歯が数本抜け、やせ細り、20歳は
老けていた。数年後、年金生活に入ったが、重症のアル中になって県外の
娘夫婦の住宅近くのアパートへ引越した。現在も「そして、人生は続いている」
のだろう。豊かな老後には、十年以上かけたライフワークがあるかどうか・・
・・・・・・
6056,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −2
2017年10月12日(木)
   * 一億総中流の終わりと言われて暫くたつ
 バブル崩壊から10年程経過した2001年の9・11辺りから総中流時代が終わり、
一強多弱になっていた。その結果、豊かだった中流層が総貧困層になった。
そこでネットで「中流の崩壊」で検索をすると、簡潔な内容があった。
≪ 世界の歴史を見れば、「一部の人間に富が集中する社会の成立」と
「その崩壊」が繰り返されているとわかります。ある社会学者はこのように言う。
「世の中には軍人・政治家・富豪・庶民の4種類がいる。
・軍人が過激な政策で国民から人気を集めると国民は圧政で苦しめられ、それを
 解放するために政治家が革命を起こす。
・政治家が人気を集めると国民は豊かになるが、富豪が現れて政治家と癒着し、
 国民は格差で苦しめられる。
・すると富豪を排除するために軍人が過激な政策を言い始めて人気を集め、
 革命が起こる。」この繰り返しだと。

近年で見ると、「金融ユダヤ」として一部の庶民から嫌われたユダヤ人は、
ナチスの過激な政策で虐殺されました。それを反省した西側諸国は、戦後に
「庶民を豊かにする政策」を政治家が行い続け、「共産党が富を独占する国家」
を打ち破ります。
実際にアメリカの所得格差(ジニ係数)は、アメリカが統計を開始した1947年から
1968年まで減少、1970年代も横ばいで推移しましたが、1980年代から格差拡大が
続くようになりました。「日本が一億総中流を目指せたのは、戦後復興のおかげ」
ではなく、「第2次世界大戦(ユダヤ虐殺)という強烈なインパクトが、先進国に
おける格差是正をもたらしたから」です。

繰り返しますが、このような「富の独占と崩壊」は何度も起こっていて、
恐らく今の「富豪の時代」が続けば、また何らかの社会的混乱が起こるでしょう。
実際に欧州では極右政党が出てきていて、移民に対する過激な批判を行って
いますし、日本では中韓に対するヘイトスピーチ問題が見られます。 庶民生活
が困窮していくと、このような誰かを攻撃する過激な政策が人気を集めます。
誰かのせいにしないと自分達の苦しみが緩和されないからです。 現実を見れば
みるほど「なるべく平和的に格差を是正しなければならない」と思います。≫

▼ 自由を重んじた公平を良しとする資本主義社会より、平等を重んじる社会
 主義圏が存在していたため、日本は総平等社会を一時的としても実現する
ことが出来た。それもバブル崩壊で、消滅しつつある。今では情報化社会。
格差の矛盾を大多数の貧者に、その実態を露呈してみせる。アメリカと、北朝鮮
の摩擦も、国家間格差の問題。貧困の最たる軍事独裁国家と、金融ユダヤ国家の
欧米国家の摩擦である。北朝鮮の背後には、イラク、イラン、シリアなど、貧困
に苦しむ国家が存在している。日本も、アメリカの実質は非占領国家でしかない。
そのアメリカもピークを過ぎた焦りで、ロシアのプーチンの謀略もあって、得体
のしれない泡沫候補を大統領に選んでしまった。その結果、第二次朝鮮戦争とも
なれば、国家としての力が落ち、中国、ロシアに重点移動が早まることになる。
とすると、この戦争危機は、差し迫った憂いの強い事態とみるのが妥当。
色いろあった結果、アメリカの前線が韓国だけでなく、日本も… 有り得ること。
「さて、第二次朝鮮戦争の始まり!」と、ならなければいいが。可能性が高いから
始末が悪い。私がプーチンなら、北を装った偽装攻撃をすることに… そこまで
しなくとも、あの二人のオツムを見越し自然発火を待つ。…本当のところ危ない!
総貧困の時代も、国内基準でなく、世界レベルの貧困国家に陥る可能性もある。


6420, 閑話小題 〜民主主義か、それとも

2018年10月11日(木)

   * アリストテレスが2500年以前に
 世界を大きく分けると、日本、米国、韓国、西欧諸国の民主国家に対し、
ロシア、中国、北朝鮮、中東の独裁国家の色分けをすることが出来る。
数ヶ月前になるが、ラジオで、独裁国家か、民主国家の政治体制について
2500年前のギリシャの哲学者アリストテレスが、言及していた内容を解説して
いたが、妙に納得。  〜大筋といえば〜
<・優秀な独裁者の指導の場合、効率的だが、判断を間違えた場合や、本人や、
 周辺が独善化した場合に自浄作用が効かなくなる。 更に、独裁維持のため、
画一化を図るが、これも時間と共に飽きがくる。 それらを料理に例えて、
年中、同じ食事より、それぞれ持ち寄った料理を食べた方が人間的であると…。 
・民主主義は、政策決定に対して、あまりにロスが多いが、その中で、新たに
知恵が生まれ出てくると… アリストテレスは、奴隷制を容認しているという。
かれは共和制の政治形態を提唱する。>

 そこで、「アリストテレスの政治形態」で検索すると
〔 * アリストテレスの共和制
 哲学者アリストテレスはポリスの市民が参加する政治制度(共和政治)で、
君主制や貴族制に比べ、もっとも安定性が高いとした政治形態。ある程度の
資産と教養を持ち、ポリスの中で比較的多数を占める市民が参加する制度のため、
ひとりの君主が独裁政治をとる君主制や少数者支配の貴族制よりも安定度が高い
とした。ただし市民が私利私欲に走ると、衆愚政治に堕落する。アリストテレス
は政治形態を一人の支配、少数の支配、多数の支配の三つに分類し、それぞれの
公正な形態を王政(君主政治)、貴族政治、共和政治と呼び、私利私欲のために
堕落した不正な形態を独裁政治(潛主政治)、寡頭政治、衆愚政治と非難した。〕


▼ ・「人間が歴史を学んで分かることは、人間は歴史から何も学ばないという
 ことだけだ」 ドイツの哲学者ヘーゲルの言葉である。2500年前も、現在も、
『3%の指導者層、30%の市民層、そして67%の奴隷層?で、成り立っている。』
奴隷層は、言葉が装飾されてはいるが、下位被支配層の厳然たる事実がある。
 ・考える、考えない、努力をする、しない人を分類した、
『3%、10%、60%、27%』の分類の法則もある…
3%は、考えなくとも何ごとも上手くいく層。
10%は、それを知って努力をする層。
60%は、知っていても、しない、出来ない層。
27%が、何も知らないが故に、何も出来ない層。
 独裁者は、市民層の、下位を狙い、その接触面の多い奴隷層と共に、民主主義を
煽り立て、実権力を狙う。それが現在も、厳然と続いている。 欧州、アメリカ、
日本も然り。住居からして、山の手、下町、ドヤ街と、色分けされている。
残酷といえば残酷なのが娑婆世界。
 ・それを3000年かけてつくり上げたのがインドのカースト制度。白、赤、黄、黒色
で、身分が違ってくる。その色に即した衣装が、更に、身分制を露呈している。
何故かインドでオリンピック開催を口にしない。世界各国の肌の色が違った人が、
競技のうえでも、同じ土俵に上がれない厳然たる社会が、開催を難しくする。
民主主義を建前に、隠れ独裁者の3%一群が、10%と共に、60+27=87%の群れを、
誘導しているのが、現実世界。 マクドナルドのハンバーグに、コカ・コーラを
口にして、ユニクロの服を何気なく着て、トヨタの自動車か、ススキの軽に乗って、
コンビニか、スーパーでお買い物。 まあ、幸せなことである。
 

・・・・・・
6055,閑話小題 〜スポーツジムに1500回
2017年10月11日(水)
   * 6年半で、スポーツジムに1500回
 先日、SJのフロントで、「1500回記念」と「日・祭日用の無料券」を貰った。
これまで、500、1100、1300回記念で貰っていた。私の契約は「平日会員コース」。
定休の金曜日を除いた、月〜木曜と土曜日の10〜17時まで5日間利用できる。
 盆正月などの特別休暇を含めて120日の休館。旅行、冠婚葬祭などで半月ほど
私用で休むとして、6・5年×230日≒1500回は肯ける。雰囲気が明るく健康的で、
魂が安らぐ。誰とも話さず、目を合わさず、独りの世界を楽しんでいる。運動
マシーンとステップ台が12台、円環状に並ぶ真ん中で、ポップスのBGの中、
スタッフの掛声で2周する「イージーライン」(30分)と、「エアロ・ヨガ」
(45分)をベースに、ランニング・マシーンとかマッサージを含めて2時間ほど
時間を過ごす。これで1日300円は価値がある。地方都市・長岡の駅裏から10分
ほどの所が住居のため、人混みはスーパーとジムぐらい。平日会員の10〜17時
には、様ざまの人達が集う。 
 私のHP内検索に「スポつジム」と入れたところ、50以上の文章があったのに
驚いた。よほど、ネタが少なかったようだが、人間観察には、この上ない。
――――
2011/10/21
スポーツジムの景色 −4
   *スポーツジムから見えてくること
 スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチング。自分も、その一人
だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、何気なく見ているだけで面白い。 
肥満・血糖値・40肩対策など、それぞれ事情を抱えている人から、私のように
健康を兼ねたレジャー目的など様々である。少し痴呆が入っている80過ぎもいる。 
私は午前中の開店直後の10時〜正午までの二時間、滞在している。時間帯から
して過半数が主婦。 明らかに水商売仲間内のグループもいる。 スポーツクラブ
は女性がメインで、男は60歳以上のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や
御握り持参で、ロビーで食事をとる女性仲間の社交界の場的要素もある。
といって、男の私が肩身が狭いことは全くない。自分で選択したメニューを
独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。大方の会員の平均滞在時間は、
二時間だろうか。このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし
実情を知っていたら、新潟駅前のジムに10年前から入っていただろう。
パソコン教室も、スポーツジムも、サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話
することもなく、自分のコースを人的気づかいなしに済ますことも出来る。
通勤列車内と思えばよい。私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時
ー金・日、休みー)。中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。 
エアロビでは、プロのインストラクターが指導するプログラムが多く、若い男の
インストラクターの追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。
 男の場合、色々の場数を仕事などでこなしているため、こういう場では、多くは
一会員として群れることなく運動をしている人が多い。高年齢になるほど、自分の
社会を背負って、それに拘っている姿が、(本人には分からないが)異様に見える。 
 要は、田舎ということ。 とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。
3・11の影響が、大きいのは何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンター
のインストラクターの仕事は、一見華やかに見えるが、給料は安いわりに希望者
が多いため、ワーキングプアの要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見て
いると、また違って見えてくる。一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している
姿は、光ってみえてくる。半年少したって、効果はといえば、大有り。足腰が、
この数年来衰えたと感じていたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を
続けると続けないとでは違う。まずは半年である。
――――
2011/08/14
スポーツジムの景色 −3
 4ヶ月でのジムの運動効果はどうか? 体重は元もと早朝のウォーキングと、
サイクリングの効果で、適正体重を20年以上は保っていた。そのため、減増は
ないが、頬の弛みは無くなり体調は非常によい。二年前に3〜4年に一度の重い
腰痛になってから、色々の腰痛対策の工夫をしたプラス効果は出ていた。しかし
4月からの午前中のサイクリングを含めた三時間の運動は、これまでの足腰の
関節を鍛えなおすに効果的。この数年来、足腰の関節が固まった感じが、この
ジム通いで半分はとれたようだ。 あと4ヶ月後の年内には、さらに一絞りした
身体が出来ているはず。
 ジムでは、常に各種エアロビックと、イージーライン(インストラクターの
指導下、6つの器械とステップ台で運動を繰りかえし一周する)などプログラム
が開かれている。 別にマッサージルームか、ランニングマシーンか、筋トレ
マシーンで独自に過ごせる。時に昼をマタイダときは、外出も可能。謹慎の身?
にとって、昼間に息抜きできる場所が存在しているのが有難い。
喫茶店替わりである。 これはアメリカで出来上がったサービス業態だろう。 
ースポーツクラブをウィキペディアで検索すると
【 スポーツクラブは、各種の運動施設と専門の指導員を有する施設。
 フィットネスクラブとも呼ばれる。 定義は明確ではないが、たとえば日本
の経済産業省の特定サービス産業実態調査におけるフィットネスクラブの定義は、
「室内プール、トレーニングジム、 スタジオなど室内の運動施設を有し、
インストラクター、トレーナーなどの指導員を配置し、会員にスポーツ、体力
向上などのトレーニング方法などを教授する事業所」とされ、室内プールの他に
室内運動施設を有しない事業所は除外するとされている。】
▼ 私の通っている「ホリデイ」は、これにサウナ、風呂、マッサージルームが
 加わっている。またランニングマシーンはTVつきである。ポイントは施設に
多くの種類の施設を備え会員数を集めること。今月から極端に会員数が減った
ため?、値段を平均一割程度下げてきた。この施設も半年以上もかけて完成した。
しかし完成して僅かで東北大震災の直撃である。大型設備投資の難しさを他山の
石として見ていることになる。 漫画喫茶はモバイル携帯電話と、iPadなどの
タブレット型パソコンが直撃している。いずれにしても恐慌である。
――――
2011/07/26
スポーツジムの景色 −1
 スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、
あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、平均40歳半ばというところか。 
65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。夫婦は
数組である。男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の10〜17時
までコースで、主婦が中心ということもある。スタッフに客の集中する時間帯を
聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている午前中でも
満杯だった会員が、5月の連休明けから、急減した。ここでも東北大震災が直撃
しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に出る)
そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。場所は自宅から車で
1〜2分(500メートル先)のところにあり、オープンして半年も経ってない。 
ここのオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通った実感は違う。
一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。
これは是非、勧め。私の場合、オープンの10時に行って、イージーラインの
予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。そして10時半から
25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン(腰、肩、脚など)
で、バランス良く配置され、一人のインストラクターが指導するシステムに
なる。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、ランニング・マシーンで
30分過ごす。その後、エアロビックスか、再びイージーラインに参加し、
大よそ二時間で終了する。週に一度は外出をして、近くで昼飯をとって午後の
エアロビに一部に参加する。 早朝の、この随想日記の書き上げ、信濃川の土手
のサイクリング、そして、このジムが、昼までの生活習慣の三本柱になっている。
午後からは、本を読んだり、録画を見たり、昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 
頭も身体もフル回転で健康そのもの。昼飯が非常に美味いこと、このうえない。
成るほど、この日々は、平凡で、刺激が少ないが、それでも良い。ギアチェンジ
をしてみて、リタイアをした人は、実際に何をして過ごすのか不思議だったが、
成るほど合点した。殆ど口をきかないとしても、その場にいるだけで孤独感は
少なくなる。レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、居る
だけで充電になる。
――――
2017/03/08
閑話小題 〜エキサイティング・ジム
  * エキサイティング・ジム
 ジムに通いだして6年、平日の昼会員の枠一杯の月20日も通っているので、
日割りにすると300円の価値は充分にある。インストラクターの指導のもと、
12人のメンバーが交互に置かれたマシーンとステップ台を25分かけて二周する
イージーラインを毎回のベース。それに週4回のヨガエアロと、
ベルト式マッサージと、ランニングマシーンとの組合せで、
大よそ2時間半が平均滞在時間が日課になる。
健康的な明るさと、多くが他者に我関せずのところが良い。
 ところで昨日のモーニングショーで、最近の変り種のジムを紹介していた。
・サンドバックが数十台並んだスタジオで、インストラクターの大きな掛声で、
 グローブで殴りつけるのを主にしたジム。
・取っ手の付いたトランポリンが数十台、その上を合同で跳んだり跳ねたり
 する エクササイズ。
・クラブとエアロを融合したようなジムで、暗闇に光るミラーボールの下、
 踊るエクササイズ。
どもれもこれもスポーツジムのイメージを超えた内容だが、全身運動で、
トリップする仕組み。よく考えたものだ。 ハリウッド映画で、酒や薬物を
飲んで高級クラブでエキサイトをして踊りまくるエキスをエアロに取り入れ、
集団でトリップさせるとは。 メガネ型動画プレイヤーのアプリで、その場面
をつくればよい。独り部屋の中での踊り? 考えただけで気持ちが悪いが、
当人にとっては大して変わりはしない? いや、違うか。
 地元のエアロも、競争が激化しているようで、その対策として、様々な
エアロビックスを用意してあり、内容が日々、進化している。私は参加して
ないが、80人が参加する人気エアロもあるようだ。これを続けているといない
とでは、大きく違ってくると実感する。加老とは、毒素が沈殿が底知れずに
増すこと。運動を如何に遊びに昇華して楽しめるかが、ポイントか。


6419.閑話小題 〜真向法

2018年10月10日(水)

   * スポーツジムでヨガを始めて6年半
 真向法といえば、鈴木元都知事が健康法に取入れていることで、一般的に
知られるようになった。それもヨガブームで、隅に追いやられたようだが…
座って、足裏を合わせたり、伸ばしたり、両足を開いて前屈したり、割り座で
背を後ろに倒す4つが基本。これを複式呼吸を合わせる。 
スポーツジムのヨガ・エアロの中にも組込まれている。コーナーに10人ほど
のマットが敷いてあって、ヨガのポーズ写真が貼ってあるが、ほぼ万ぱい状態。
夜半に目が覚めると、両足裏を合わせたり、片足の裏を曲げて逆脚の膝に付け
たり、立膝の片足に逆脚を組んだまま、腰を捩じったり… 。
   
  〜ネットで真向法を検索すると〜
≪ 真向法は長井津が創始した健康法の一種。
 四つの動作を行うことで姿勢のゆがみを調整し、身体をやわらかくして心
と身体の健康を保つ。 起床時か就床前に行う。1日3分程度から、
一畳程度のスペースで簡単に行えるのが特徴。
   * 四つの動作
 呼吸に合せて以下の動作を行う。呼吸のリズムは2秒で吐き、1秒で吸うのが基本。
   ★ 第:第一体操
 足裏を合わせて座り、前屈と起き上がりを繰り返す。 尻から足にかけた外側の
 筋肉を伸ばすのが目的
  ポイント 1.腰を立てるポイント 2.両膝を下げるポイント
       3.足の裏を上に向ける 4.かかとを体に引き寄せる
   ★ 第二体操
 両足を伸ばして座り、前屈と起き上がりを繰り返す。
 太ももの後ろからふくらはぎの筋肉を伸ばすのが目的
  ポイント1.股関節から曲げる 2.足首を手前に返す(70度程度は立てる)
      3.膝をできるだけ伸ばす
   ★ 第三体操
 脚を左右に開脚して座り、前屈と起き上がりを繰り返す。 脚の内側の筋肉を
 伸ばすことを目的とする
  ポイント1.脚を150度程度に開く 2.足首を手前に返す 3.股関節から曲げる
   ★ 第四体操
 割り座で座って背を後ろに倒し、ゆっくりと腹式呼吸を行う。 足首と膝の関節
 を柔らかくすることを目的とする
  ポイント1.両脚の間に尻を落とす 2.両脚の股の内側をつける
      3.すねを床につける

▼ パソコン前の椅子に4時間、ベッドと、居間のTV前に4時間も座る生活。
 それに一時間のチャリも腰に重圧がかかる。海老反りマシーンに、叩き専用の
モノもある。『年中、腰痛を口にしていたが、最近、あまり口にしなくなった』
と、家内に言われたが、半減しただけで重さは残る。この生活では致し方がない。
 左手薬指の輪ゴム縛りも、現在も続いている。

・・・・・・
6054,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実
2017年10月10日(火)
  * ますますうキナ臭い状況に…
 何やしら米朝戦争が現実味を帯びてきた。始まれば、100万以上の死者と、
数百万の戦傷者が出ると言われているが… 北朝鮮は、アメリカのいうレッド
ラインを遥かに超えてしまった。もし、大陸間弾道弾を太平洋に打ち込めば、
開戦の可能性が大きくなる。日本にも当然、都心とか、原発基地にミサイルが
打込まれる?と同時に、東海道新幹線の破壊工作を当然してくるのが妥当。
その日本は選挙で仮死状態なら… 私たちも今日からギアが変え、情勢に敏感
になった方が良い。このままで済むわけがないが、どうも実感が沸いてこない。
 早朝のポタリングコースの土手際にある日赤病院の裏側(土手寄り)に、
何時の間に、ヘリポートと格納庫が出来ていた。 開戦ともなれば、朝鮮半島
が現在のイラク、シリア状態になり、日本にも難民が殺到、ゲリラも紛れ込む。
柏崎刈羽原発基地にでも撃ちこまれると、風下40キロの地元も危険地域に。
その「まさか、ここまで」が、あの二人の御決断で! その時はその時と
楽観視できないのが、この現実。ロシア、中国、アメリカの武器商人にとって、
これほど有難いことはない。まずは、中国の国境閉鎖と、アメリカを主とした
間接海上閉鎖が現実的だが… 
 〜以下は、これまでの北朝鮮危機についてのネット内検索の内容だが、
  ますます事態が悪化していくの読み取れる。
 
・・・・・・
4170, 金正日の料理人
2012年08月26日(日)
  * 若きドン様の親の敵討ちは残酷!

・・・・・・
2017/09/08
閑話小題 〜何時の間にか準戦争事態に…
   * 北朝鮮の迷走で…
・尖閣列島の所属問題や、北朝鮮の迷走で、何時の間にか準戦争状態の状況に。
・・・・・・
2017/08/27
閑話小題 〜北のミサイル発射
   * 北のミサイルについて
 昨日、モーニング・ショーで、北朝鮮によるアメリカへの挑発の特集をみて
いたら、日本海にミサイル打ち上げのテロップが流れてきた。番組構成として
ベストタイミングで、‘まさか?’の緊張が走ったが、直ぐに短距離ミサイル
と判明をした。 金王朝の体制維持には、戦争を煽る瀬戸際外交で、近距離の
人質?の生命の交換条件の脅しでしか体制を維出来ないことは、韓国民が熟知。
 韓国の人口が4700万人、ソウルが1000万人で全国民の21%がソウルに集中、
首都圏には2000万人前後。韓国国民の4割がソウル周辺に集中する、まさに
「最重要拠点」である。そこから軍事境界線まで、直線距離で約37K。
大宮から東京駅までの距離でしかない。 韓国民の7割が海外移住を望んで
いるというのも理解できる。潜入したプーチンのスパイが、境界線からソウル
近郊にミサイルを撃ち込んだら、(逆もある)どうなるのでしょう。
 核ミサイルの脅しほど有効な手段はない。その親指人形が、パペット本体の
中国まで、脅し始めたのだから、何をかいわん。儒教の影響の強い国で、叔父
と実兄を殺すのだから、当人は疑心暗鬼で怯え慄いて当然。そ反動が、いつか
核戦争になり、比較的安定していた東アジア(朝鮮、日本、台湾)が、現在の
中東状況になり、難民が大挙して、押し寄せる可能性が強い。悪いことに、
アメリカはトランプで、分断を始めた。「国家統一の手段として、戦争を!」
と、意固地の頭で考えないでもない。側近は次々と辞め、残っているのは
軍人上がりの老人だけ。「数百万の死者としても、やるなら、今のうち!」
で… 恐ろしい限りだが、意外と早い両者の体制崩壊も感じとれる。

・・・・・・
2017/08/18
閑話小題 〜トランプ劇場
   * 事実は小説より奇なり
 国際政治が、ブラックコミックの様相を現してきた。私流に言わせると、
< ソ連崩壊前のKGBの一員が、スパイの手法を活用してロシア大統領に上り
 つめた。政敵を闇のうちに葬るのはお手のもの。それを国政政治でも通用
することを知り尽くしていれば、彼の思惑どおりに世界を操ることが出来る。
そのひとつが、アメリカ大統領選で泡沫候補の白人ファースト主義のトランプ
を国家単位で勝たせること。黒人の大統領と、女の国務長官に長年、不満を持つ
白人主義者は、こぞってトランプを支持した。それを国家単位のスパイ総動員で
後方援助をして思惑どおりに大統領に祭り上げ、国家分断を目論んだ。それが、
アメリカ建国以来の最低、最悪の大統領の下で、ハリウッド映画並みの分断が、
連日のデモ。 ロシアのスパイ上がりプーチンが、北朝鮮に、ミサイルと核の
技術を与えて、米韓日と北朝鮮の戦争をあおっている。 >

 面白いと笑ってはいられない重大な局面であるが… 世界大戦を狙う、
武器商人のシンジケートにとって、これ以上の機会はない。「世界は理性より、
感情で動く」を地でいくフリをしたトランプにとって、北朝鮮戦争は神風か?
中国も然り。北朝鮮は、疲弊した中国経済と、世界進出の隠れ蓑になっている。
 で、私の結論は、「戦争か暗殺」は必然。
クリントン女史の大統領より、トランプが遥かに面白いことは確かだが… 

――――
2017/08/14
閑話小題 〜第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
   * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。
第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に
優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。
まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、
次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位
の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。
戦争は、そういうもの。 但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、
直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う?
「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦
直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。
 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。

――――
2017/05/20
『しあわせ仮説』 −8「純粋な悪」を、トランプ大統領にみる
            『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著
   * 諸悪の根源は「純粋な悪」
 哲学的に表現すれば「素朴な実在主義者」の心のありよう、有りていに言えば、
「大人、子供に見られる表層の現象で決め付ける幼稚な精神と知能の持ち主」。 
幼稚な心は、自分たちの世界を破壊されることが「純粋な悪」。誰の心にも
ある「純真な心」でもある。それ故に猛毒を含む。 このフィルターで、
世界を単純に切り取ると、これが面白い。
 ー今回は、アメリカの白人の本音、「白人至上主義」ー
黒人のオバマに対して、2期・8年間、不満を持っていた比較的恵まれない白人層
にターゲットを絞り、ロシアの間接的?援助も加え、まさかの泡沫が当選した。
そ素朴な白人優位主義と、有色人種への偏見を前面にうち立てたトランプ。
全くの政治に素人である。純朴に、白人の優位性を脅かすことを「純粋な悪」
とする彼らの偏見は、グローバリズムに逆行する側面がある。これは、他民族を
受け入れてきたアメリカの理念と逆行する上に、ナチスの思想にあい通じる。
そろそろ、これに気づきだした国民に弾劾され処分されるのは時間の問題… 
 世界は白色、赤色、黄色、黒色の順の人種差別が歴然としている。その露骨に
現われ出ているのがインドのカースト制度。4層が、さらに細かく500層になって
いて、その網目から逃れることが出来ない。何せ3千年かけてつくり上げた階級。
交通事故で、最下層の被害者に対し、日常的に轢逃げが罷り通っているという。
 ISは赤色人種のイスラム原理主義を忠実に守り、それを守らないのは、
「純粋な悪」として殺害か奴隷というから恐ろしい。対する欧米は白色人種を
中心に国力に比例した序列がある。日本は地政学的に、白色(米国)側の、黄色
のポチ。ドス黄色の中国には、島国のため、独自のウス黄色だったため、ポチ
として、庭先の犬小屋に番犬?として、敷地内に飼われている? 白人至上者
から見れば、こんなもの。で、逆オバマ効果で、こんな人物を大統領にした。
 としても、日本は飼主がどうであれ、忠実な犬を装ってないと、エサの配分
が減らされる。門から外に出ようものなら、直ぐにドス黄色・中国の攻撃対象
になる。ふ抜けた日本の「純粋な悪」は、他国からの「侵略と、戦争」。
「平和憲法の改憲」である。何せ72年前に三百万人が亡くなっている。
ポチでも何でも、目立たないように犬小屋で大人しくするしかない。
バナナ(外が黄色で、中が白色)とか、イエローモンキーと言われようが、
ただ大人しく、忠犬を装うしかない。何?としても、大統領の一存で、
「沖縄は中国に、北朝鮮はアメリカに」の取引で、中国に売り飛ばされない
とは限らない。取引を業とするトランプなら、ありえない話ではない。



6418,読書日記 〜 記憶こそが人生そのもの

2018年10月09日(火)

             『60歳からの人生を楽しむ技術』渡部昇一著   
      * 人生はたくさん憶えているほど豊かになる
 55歳から、ネット上に、この『テーマ日記』を欠かすことなく書き続けている。 
1000,3000、6000と書き続け、その日書いたミニ物語を含めて18年分を流し読み
ていると、人生の行蔵を含めた記憶がフラッシュのように現れ出てくる。
この蓄積の内容が、自分そのものであり、これ以上でも、以下でもない?
 20歳代の学生時代などの日記に、リアルな日常の細部が、数十年後も読返す
と、その時の自分に一時、立ち返ったような錯覚になる。それも記録として
細部を書いていた為である。人生は多く憶えているほど豊かになる。思いだした
時どきに、小まめに記録すれば良いが、それがなかなか。
17年数ヶ月、書き続け、蓄積すればするほど、心豊かになっているはずだが。
そして毎朝、自分のアイデンディティと向き合った時間は、ある意味、瞑想を
しているような異次元世界に居るような…。記憶こそが我が人生そのものになる。 
 〜そうか、記憶が人生ですか。とすると、小さいながらも過剰リッチになるのか。

【 …記憶とは何なのだろうとよくよく考えると、その人のアイデンティティ
 そのものであるという結論に至ります。記憶こそが、自分自身というもので
あり、今の自分の行動を規定しているもっとも大きな要因だと気付いてハッと
します。たとえば、私の妻と他の女性を画然と区別するのは、この51年間、
2人の記憶が共通していることです。 同じ事柄に対する2人の見方や印象や
解釈が異なることはおおいにあっても、2人に起こった毎日毎日の小事件に
ついては記憶を共有しているのです。夫婦というものが特別な関係なのは
セックスだけではありません。老夫婦ともなればセックスに関係なくても、
数十年の記憶を共有しているのです】
 『遺留分放棄』について…
【 私の遺産をどうするかと考えた時、その対象は妻子になります。それは、
 私と共有した記憶の量によって決まっていることに気付きます。おそらく私は
全財産を妻に残すべく、子どもたちに遺留分の放棄を求めるでしょう。これは、
私と共有する記憶の量がずば抜けて多いのが妻だからです。もし妻が私より先に
死んだら、私は子どもたち3人がほぼ均等に遺産を分けるようにという遺言状を
書くと思います 】
 『記憶』に関して、
【 突き詰めて言えば、人生とは記憶です。もしすべての記憶が失われたら、
 肉体はその人であっても、人格はその人ではなくなります。晩年を生きるに
あたって、もっとも大切なことは記憶力を鍛え、多くの記憶を持ち続けること
ではないでしょうか 】
 『記憶維持には、脳を使い続けるしかない』で、
【 記憶の働きというのは本当に不思議です。『人は二度死ぬ』と言います。
 一度目は息を引き取った時、二度目はその人のことを記憶する者がなくなった
時だ。 … 細胞という水を流していた川に相当する記憶が失われる。
川がなくなって、行き場を失った水だけが淀んでいるようなものです。
これは長寿者に起こり得るもっとも大きな悲劇でしょう。『ボケてしまえば
何もわからないから本人は幸せ』と言う人もいますが、記憶を失った自分は
自分ではありません。自分でなくなった自分の肉体が、生きて徘徊する姿を
想像して、怖ろしくない人はいないでしょう。それに家族も大変です。】

ーー
▼ 「記憶は、記録!」の要素は大。記録として残してない期間は、残して
 ある期間と比べると薄弱になる。忘却も人生には必要だが、書き残すとは、
記憶の痕跡を残すことになる。 もっとも、半径500m、5kだけでは…
誰でも自分が知っている以外、知らないのですから!

 追: 何か去年の同月同日分の内容と、丁度よく繋がる…
・・・・・・
6053,「ナミヤ雑貨店の奇蹟」ー2 
2017年10月09日(月)
   * 「大変な人」たち
 一昨日、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の感想文を書いていて、何か奇妙な感覚に
なっていた。この随想日記を書き続けて16年半年になるが、40年以上前の学生
時代の日記を書き写しながら当時を回顧したり、その時々の読書や映画の感想文
や、旅行紀行や、還暦、古希の節目とか、会社整理とかに、ありのままの気持ち
を正直に書いていた。 早朝、書上げた後に、それまでの同月同日の文章を流し
読みも楽しみの一つ。 映画で、ナミヤ雑貨店の主人が悩み相談を受けた翌日、
牛乳ポストに、その返事を書いて入れておくのと、私のほぼ忘却した過っての
時空を超えた文章との自己対話が何かしら奇妙に似ている。真剣にテーマに
立向かっている瞬間は、垂直にたつ永遠の一点。「ナミヤ雑貨店」のシャッター
の新聞の入口から投げ込まれる相談の手紙が、過って書いた同月同日の文章。
 今は空家の雑貨店に侵入した3人組の青年の一人が勝手口から出て、外側の
シャッターから白紙の便箋を投げ込むが、時空を超えて、その店内の主人に届く。
その白紙に、主人が返答を書き込むが、それは白紙からの再生を促す内容。
早朝、新たな文章を書上げ、過去文を読返し、過っての自分を見つめなおす
のに酷似する。確かに、あの時、私は生きていた。その瞬間は永遠であった。
それを読んでいる時間も永遠だった。この雑記帳のようなテーマ日記は、私に
とっての生れ変りの役割りになってきた。その結果が、この「大変な人」か!
「城下町コスプレの大変な人たち」を31年間、新潟〜長岡間を通い続けたから
こそ確信を持って「ドッチも変」と言える。 「大変な人」が、如何した?
<「大変な人」など、あなたの心象風景。心の歪みじゃないかい! 
 成るほど、変になるわ!>と、内なる声! 

・・・・・・
脳がよろこぶ話 ー2
2014年10月09日(木)
      対談ー小菅正夫『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談
  *「平気で生きている」ことの強さ
 三年前に、めったに出来ない経験をしてみたが、いざとなると意外と平気。
よほど、事業立ち上げの準備期間の15年間の方が厳しい状況であった。
足元が、固まってない不安と、虚無感は、何とも厳しいものがあった。
開き直りもあるが、全力で、し終えた実感があるが、まだ見ぬ計画段階を
独りで、ひたすら具体化をするのは非常に厳しい。あった物を失うことより、
無いものを形にするほうが、何倍、何十倍のエネルギーを要する。
   ーその辺りよりー
≪ ・茂木:共通の幸福の条件ってあるんですかね。
・小菅:先ほど申し上げた通り、まず食べ物を発見したとき、ちゃんと食べ
られたとき。それと繁殖。交尾がちゃんとできた、出産がちゃんとできた、
育児ができた。これだけです。彼らはホントにそぎ落とした生き方しているから。
・茂木:ムダがない。
・小菅:ムダがないというより、余裕がない。生きていくだけで精一杯。
・茂木:もともと野生環境は厳しい。
・小菅:人も日本人を基準に考えたらダメ。僕もこの前ケニアに行っていた
んだけど、ホントにね、痩せた子ども。ハエがたかった子どもが街にいる。
それを抱えているお母さんが物乞いをしている。人ですらそうでしょう。
ましてやチンバン�も死んだ子ども抱えて、ライオンだってごく一部の幸運
な子どもしか育たない。彼らがそういう環募なかで生きているということは、
われわれとちょっと次元が違うと思う。それで満足というよりも、本当に
それしかできない。余裕がない、僕らは食べ物を取ったらその後、何か
楽しみが待っているけど、彼らはそこから、せっかく自分の身体の中に入れた
エネルギーをなるべく長持ちさせるようにゆっくり休んでいる。(中略)・・
・小菅:百何歳の曹洞宗の禅師のインタビューで、「悟りとは何ですか」
という、質問者がたずねた。「平気で死ぬことですか」と。そしたら禅師は、
「平気で生きていることですよ」― あれ、動物と同じだと思った。
動物って平気で生きている。たとえばうちにアサコていうゾウがいました。
六十歳超えていて、最後の臼歯が半分欠けて落ちた。それであまり食べられ
なくなっちゃったんだけど、それでも平気で生きている。気にしない。
 文句言わない。今までとまったく変わらない生き方をしている。
そしてパタッと倒れて死もんでいく。 あの平気さっていうのはね。
宮崎さんという方が「平気で生きていることが悟り」と言うんだったら、
動物はみんな悟っているなと。
・茂木:不思議ですね、そうすると修行を積まれた高僧の方がたどりついた
境地というのは、もっとわれわれの祖先が動物だった時代に持ぞいたもの
かもしれない。われおれは忘れちゃっているだけなんですかね。
そういう蓄があるんだと思う。≫
▼ でも、「平気で死ぬこと」も、動物の大きな特性である。
 人間の最大の問題は、肉体的苦痛と、苦悩への恐れの解決である。
 確かに、底知れぬ苦痛と、苦悩の中、消滅していくのだろうが・・ 
  
・・・・・・
5686,閑話小題 〜父の金銭教育
2016年10月09日(日)
   * 金銭教育と知識管理
 ここで何度か書いてきたが、父親から、姉・兄たちともに、幼児の頃から
<金銭教育>=「質素倹約、贅沢は身を滅ぼす。小銭は、大きくして使え」と
仕込まれていた。その一つが、幼児期から個々の通帳に大晦日に貰った御年玉
を翌日、回収されて、預金をされる。その時だけ通帳の残高を見せられる。
しかし、何時の間に、その残高が年々、増えていくのを見るのが楽しみになる。
溜める楽しみを教えたかったようだ。そして、姉たちには結婚時に、それを元金
にし、『家つき娘』としての新居を建て与えていた。 別立の積立の習慣が、
金銭管理の第一歩の実践と・・ 
 会社整理で、最小の傷で済んだのも、父親の金銭管理の実践あればこそ。 
進学するにつれ、同期の友人の実家がリッチになっていく。ところが、友人
たちの金銭感覚が、細かく、シリアスになっていく共通項があった。
大金は平気に使うが無駄金は一切使わない。お金は命と同様に大事という
教えが入っていた。 
 サラリーマン家庭は、手取りの2割の天引き積立が基本というが、結婚来、
総額の15%の家内名義の給与を支払ってきた。その事業者版が、このシステム。
税務署も、その辺りは難しくいわない。 ところで、家計力の評価として、
・家計安全度(負債が少ないほど高評価)、
・貯蓄パワー(貯蓄割合が高いほど高評価)、
・スケールパワー(純資産が多いほど高評価)、
・コストダウン努力(支出が少ないほど高評価)、
・リスク耐久力(家族1人当たりの資産額が多いほど高評価)
の5項目があるが、最も重視するのは貯蓄パワー。「世帯手取り収入に対し
貯蓄率が21%を超える家庭は、貯金体質にある」という。当時の男子社員に、
父は天引き預金を勧め、それを手堅い『北陸ガス』株の購入をさせていた。
そして姉たち同様、結婚時に値上がりした株式を元に、一部ローンを組ませて、
住宅を購入させていた。 
 プロのトレイダーは、別建ての地道な預金を人知れずしているという。
金銭管理と知識管理、共通点がある。 こつこつと、時にムダ金も必要である。
 知識管理は? どうだろう? 教訓は多く聞いていたが。

・・・・・・
5321,寺院経営の惨状とは
2015年10月09日(金)
  * 貧困は寺院経営に顕著に現れ出る
 寺院の年間収入50万円以下が2割、100万円以下が3割の数字に目を疑った。
その3割の大方(9割)が生活困窮状態?という。 一年ほど前に親戚の
法事に参列したが、その宴席の隣席が午前様。 何気ない会話の中で、
『由緒ありそうなお寺のようですが、墓は幾つあるのですか?』と若い跡継ぎ
の午前様に聞くと、顔色がサッと変わり、『それは、言えません!』と答えた。
後で、「寺院経営の窮状を悟られたくないためか」と、気づいた・・ 
葬式や法事で聞く法話も、情報化の中で、『成るほど!』と心に残る内容は
今では皆無。 ネットで調べた内容は、衝撃的でさえある。
≪ 今年4月、『生活困窮者自立支援法』が施行。生活保護に至る前の自立
 支援が狙いだ。背景には、深刻な生活困窮者の増加がある。6月、厚生労働省
は「今年3月時点での生活保護受給者が217万4331人と過去最高を更新」と発表。
受給世帯数も、前月比3773世帯増の162万2458世帯と、こちらも過去最高。
増加に転じた平成7年時の受給者数は88万2229人。この20年で約2.4倍増えた。
増加の要因は、就労に依る自立困難な高齢者世帯の増加、更にリーマン
ショックや経済低迷の影響となれば、今後も増加傾向は容易に変わらない。
日本の高齢化は進む一方であり、6月19日に衆譲院を通過した労慟者派遣法
改正案は、労働者側からすれば生活を一層不安定にすると懸念されているから。
 ところで、この生活保護を受けられる最低ラインの生活扶助基準とは、
どれくらいか? 世帯数や地域でも変わるが、両親と就学前児童1人の3人家族
の場合では、最も高い東京23区で凡そ月16万円という。年収約200万円だ。
これに住宅扶助等の諸々が加えられる。
 では、この額に比してお寺の現状はどうなのか? 曹洞宗が10年に1度
おこなっている宗勢総合調査(平成17年)の寺院の年間収入は如何だろう? 
 先ず、年間収入50万円以下が何と2割を占め、100万円以下が3割。
確実に最低生活水準を満たしていない寺院が3割もあるのだ。平成21年に
浄土真宗本願寺派が行った宗勢調査の結果だが、こちらも2割近くが年収
100万円未満なのだ。当然、この年収では、いや、全体の半数を占める
300万円未満でも生活は厳しい。現に、本願寺派では300万円未満の寺院の
9割が「全く生活できない」「かなり切り詰めないと生活が成り立たない」
と回答。一般家庭と異なり、寺院には様々な維持管理費が必要。
布教の為の教化費もいる。収入の全てを生活費に充てる訳にはいかない。
実際、同派で300万円未満の寺院の7割が「兼業収入を寺院護持に使っている」
と答えている。 (略)・・・
 過疎や高齢化・家制度の揺らぎ・仏事に対する意識の薄れ等、お寺を取り巻く
環境の変化に依る今後の見通しは極めて厳しい。どの地域にあっても他人事では
ないことは明らかだ。そんな中、檀家の少ないお寺を継ぐことは極論すれば、
将来に“負債”を抱えるようなものという見方もあろう。現に、過疎地寺院の
後継者難が、どの宗派においても深刻な問題になっている。しかし、それでも
実は寺院数が激減していないのは、檀家は勿論、住職や寺族が物心両面で
お寺を支えているからに違いない。・・・ ≫
▼ お寺でも、その規模などによる経営格差がしている。
 大都市一極化、少子化、家制度の激変の中で、仏事に対する考えも変化。
それに伴い収入も激減し、寺院経営は大きな岐路に立たされている。
「長い歴史で、情報基地の役割を果たしてきた寺院のシステムが、情報化
社会の変化に立ち遅れた結果」ということになる。特に過疎地は酷いようだ。

・・・・・・
4589, 2050年の世界 ー17
2013年10月09日(水)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
         〜英『エコノミスト』編集部 (著)
    第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたからである。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって激減
 できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、それは誤って
 いたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする既成
 の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が持ち
 運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を搭載
 できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算を
 回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間、核戦争が起きない方が不思議で、必ず
 起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、再び億単位の
人たちの犠牲も有りうる。今のところ国家間の核攻撃の問題だが、他の科学兵器
を含めた個人の意思による攻撃も充分あり得る。 狂った猿の兵器が、ますます
強大になった結果、人類そのものの存在さえ危くなる。細菌テロなどの科学
兵器が、一国を滅亡させる可能性さえある。追い詰められた弱者の暴動を押さえ
込むシリアの科学兵器攻撃でオバマが激怒したのではなく、それ自体が国家に
よる反乱への弾圧の手段として使用したことに対する歴史的行為であるからだ。
その意味で、中国と、ロシアも、米国の攻撃を阻止した行為は、歴史に残る
愚行として間違いなく残る。そう、細菌などの化学兵器がテロで日常的に使用
される時代が、近い将来の姿である。 


6417,読書日記 〜『60歳からの人生を楽しむ技術』 ー1

2018年10月08日(月)

             『60歳からの人生を楽しむ技術』渡部昇一著 
   * 人生を楽しむコツとは…
 
 51歳で、痴呆症だった母親を5年半の介護の後、看おくり、さて私の人生を
如何に生きようか自問自答したとき、<30年分の余生を、還暦まで圧縮する、
3倍濃厚に生きるべし>との内なる声が聞こえてきた。何回も書いてきたが、
それまで続けてきた
<秘・異郷ツアー>の行先の難度を1ランク上げ、回数も2年に3回のペースを、
 年2回に!> …他には
<個人用HPを開設し(当時はブログの出だし)、乱雑にしてきた情報管理
 をネット上に移行すること> にした。
これで60歳からの人生を‘気楽’に愉しむことが出来るようになった。
とすると、それまで楽しみを味わい尽くしておかなければならないことになる。
これを言っては身もふたもないが、とはいえ人生をそう気楽に楽しめる訳がない。
何事も準備、60歳までに30年分を凝縮出来たのは、それまでの30年以上の読書
の集積などの準備があったため。更に21歳時に、1ヶ月の欧州旅行の楽しみの
極致の味を経験したこともある。それと両親の晩年の人生への取組を後ろ姿から
学んでいたことも。 楽しみは、自ら創造するしかない。その為には内的に、
外的な準備が必要となる。人それぞれだが、こと楽しみ方では、無知に近い人が
まりに多い?… それでも知らないより知っておくべき遊び方が提唱されている。
 〜本書のエキスは、巻末にまとめられている。
次回からランダムに幾つかの各章を取上げてみるが… 
楽しみ方は、質の高い至高体験の味を経験すること。ある程度蓄積の質量が
高まると、「楽しみ自ら」が、知らずと擦り寄ってくる。最後に残るのは、
『楽しかった!』という実感だけ。そう思ったら、心の中で繰返すこと。

【  まとめれば ― 25のアドバイス

[基本的心がまえ]
  ◎晩年は「賢明さ」より「楽しさ」が大切
  ◎時間はたっぷりあるので焦らなくていい 
  ◎文科系の世界に生きがいを見つけるのが賢明
  ◎「自分もああなりたい」という存在を思い出そう
  ◎平凡な人の平凡な教訓が役に立つ

[自分のテーマを発見するには]
  ◎自分の能力が生かされることは何か
  ◎若い頃にやり残したことは何か
  ◎何をしている時が楽しいだろうか
  ◎願望は紙に書いて貼っておこう
  ◎実現の手段は考えなくていい

[不安から脱出するには]
  ◎心配性の人は水泳を習いなさい
  ◎15歳に戻ったつもりでスタートしよう
  ◎本当のあなたとは「あなたの意志」のことです
  ◎自分の自由にならないことは諦めよう
  ◎将来のことを考えて今日を生きなさい
  ◎恍惚となる時間を増やそう

[さあ、トレーニングを!]
  ◎カラオケで記憶力を鍛えなさい
  ◎毎日、音読する習慣を付けよう
  ◎脳の活性化のために舌の運動をしよう
  ◎「職務」を作って忙しく生きよう
  ◎「歩行禅」で脳と足腰を同時に鍛えよう
  ◎腹を減らして身体を刺激しよう
  ◎真向法で身体を柔らかくしよう
  ◎毎日、30分昼寝をしよう
  ◎寝室を分けて1人で寝よう

「あとがき」で、
<95歳まで生きれば、たいていの人は苦しまずに死ぬ。生への執着、未練も
 なくなるし、死への恐怖もなくなる。正に聖人、高僧の心境で、そうなればお経も
バイブルもコーランも不要になる。こんな観察にもとづいて、60で定年になった
人も、95歳をめざしてもう35年頑張ろう、ということを主張したかった> …

<若い時にお寺に入ったり、修道院に入れば、精神的・肉体的煩悩が多く、修行も
 辛いであろう。正にそれが功徳にもなるのであろう。しかし凡人が俗世で生きて
いくことにも、寺や修道院とは違った苦労が多い。お寺の中と世間の中と、どっち
の苦労が多いかわからないと昔の日本人は考えた。だから俗世間で苦労しながら
生計を立て、子どもを育てたような人が死んだ時、戒名を与えて、お寺の中の修行者
だった人なみに待遇して、あの世に送ってやるということを発明した
(戒名の起源はこのようなもので、日本独特の風習だという)>…

<老人は肉体的には成長できない。むしろ身長などは縮まる。しかし祈りや、
 黙想や、読経などにより、精神的には最後まで成長できるのである>

・・・・・・
6052,「老人の壁」 〜読書日記 −3
2017年10月08日(日)
            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 健康診断
 健康診断を国民的行事で行っているのは日本だけのようだが。このお陰で?
世界で1,2番の長寿国になったことも確か。健康保険制度の拡充もあるが…
還暦を過ぎたら、逆に「早いもの勝ち!」の考え方もある。私も、平均健康
年齢をこえつつある。75歳を私の健康寿命とみたてると、あと3年少しになる。
 まだ気持ちだけは若いつもりだが、75歳の後期高齢年齢を超えると、急激
の気も心も衰えるという。 〜その辺りの2人の対話から〜
≪(南)先生は健康診断に行かないんですよね。
(養老)生きません。これはもうはっきりと言ってます。健康診断を受けても
  受けなくとも、平均寿命は変わりないという調査結果がきちんと出ています。
  検査で寿命が分かると言ってますが、神様じゃあるまいし。特に悪いのは
  ガン検診の結果、余命を言う。あと何ヶ月、今、これが段々と下がっている。
  一年と言ったのに、10ヶ月で死なれたら困るので短く言う。
(南)最近はだいたい、ガンじゃなくても「ガンだ」っていう。
  言っておいた方が勝ちなわけ。そうじゃなかったら、「じゃあ、よかった
  じゃないですか」って言える。
(養老)律儀にその通り死ぬ人が多いからね。
(南)日本人は、宣言されたとおりに死んでしまう。
(養老)それを避けるには検診に行かない、病院に行かない、これが一番。≫

▼ ジムなどで、「血圧や血糖値がどうだの…」聞えてくるが、第三者の世間話
 に、「それがどうした?」とも言えず…。 「どの道、助かるのは助かるし、
死ぬのは死ぬ」と、10年程前から、長年続けてきた年一回の検診を止めた。
検診では、ガンモドキの腫瘍を「ガン」など未病まで探られて、「とりあえず
薬を出しておきます」の言葉に惑わされてされて、一服盛られてしまう。
薬は続けて飲んでいると毒薬になる代物。 何種類の毒を定期的に何も疑わずに
飲んでいる姿は、何かしら哀れ? 確かに目先は効くのだろうが。その代表例が
抗鬱剤と称した麻薬。短期的には効果があるが、中長期的には薬漬けに… 
WHOのいう健康寿命は、「平均寿命から”日常的・継続的な医療・介護に依存して
生きる期間”を除いた期間」をいう。平均寿命より男性は約9年、女性は約12年
も短い。とすると、男性が70歳、女性が75歳になるが、身近を知る限り、それぞれ
10年は長い。 寝たきりなど介護を受け10年も生きるなら、健康診断を受けず、
手遅れで、サッサと逝くのも良い。が、いざとなると後悔するのが常のようだ。
週に5日、スポーツジムに通い、4日はエアロ・ヨガに参加しているためか、健康
そのものだが、なだらかな衰えは隠せない。あと3年、楽しめるだけ、遊べるだけ、
食べれるだけ、夕映えを味わうしかない。成るほど、人生は一瞬の稲妻と同じ。

・・・・・・
5685,閑話小題 〜高校生に超大物が
2016年10月08日(土)
   * 女子アマチュアに超大物が
 先日、国内で一番メジャーな女子ゴルフ大会をNHKTVで見た。
アマチュアが優勝することは未だかってなかったが、それも17歳のあどけなさ
残る少女が、最後の一打で優勝をした。ゴルフの試合を見ること少ないが、
「もしかしてアマチュアの少女が奇跡的に優勝か?」と、見入ってしまった。
世界ジュニアで二年連続優勝をしており、往年の名選手・中島が指導してきた
というから、決してフロックではない。
 高校野球では2年生の清武が逸材で知られている。柔道、大相撲も、この世代
に将来性ある逸材が揃っている。 早実の清武の1年後輩にも逸材がいる。
その点では、『東京オリンピック』に向けて頼もしい若者が揃っている。
 共通点は親子鷹。幼児からの特殊別教育が絶対必要条件になる。
盲目の天才ピアニストの辻井伸行がピアノを始めたきっかけは、家族が買い
与えたおもちゃのピアノ。1歳〜3歳 の頃、既に曲を弾いているビデオを見た
ことがある。「3つ子の魂」で、その頃から教え込まないと天才にはなれない。 
盲目となると、聴覚と触覚だけで、あれだけの難曲を数知れず記憶するという
のだから驚きである。 「条件=原因」というが、両親の能力と、理解が
あればこそ。
   * ストレス予防のためのトリップ
 昨日は、週一のシネマの日。スパイモノの『ジェイソン・ボーン』を観た。
シリーズものだが、それが面白い。評価は90点。 毎週のため、内容は、場外
を出たと同時に忘れるが、1100円で気楽に別世界に?トリップ出来るのが良い。
前列三分の一辺りの人の少ない席に、独り座り、意識して、映画の世界に入る
ように努めるのがコツ。 何はあれ、その世界にドップリ浸かり楽しむこと。
 31年間、新潟〜長岡間を通勤し、客商売の事業だったこともあり、リタイア
後に何か強力な刺激を入れないと、穴倉の奥に吸込まれそうな恐怖感がある。
<城下町コスプレ世界の「大変な人」に、自ら甘んじてしまう恐怖>である。
その払しょくのために、「毎朝一時間のサイクリングの信濃川・川辺一周」、
「週一のシネマ観劇」、「年一回の旅行」は、私の必要条件でもある。
何がストレス回避? いや、ストレス予防の方が当たっていますか。

・・・・・・
5320,閑話小題 ー曲線コースと直線コース
2015年10月08日(木)
   * TPPが合意されたが
 リタイアの身だが、TPP合意のニュースをみて、日本が今までと全く違った
領域に一歩、踏み込んだ妙な感覚になった。保護されてきた産業にとって
大打撃だろう。 日米を中心にした環太平洋経済圏の世界に入ったということ。
敗者はペルーやチリの貧民と同格の生活に入り、勝者は、アメリカの大金持ち
と同格になる。TPP成立は、さらに競争激化を我々に強いてくる。私たちの
世代の時代背景が、奇跡的に恵まれていたのである。貧富の差も、さらに
拡大し、一部勝組の総取りになる。65対35の総中流から10対90、1対99の
総下流時代が、近未来に待っている。
   * 曲線コースと直線コース
 2日続きのノーベル賞が日本人に決定したが、 
一昨日の朝日新聞の「天声人語」が考えさせられる内容だった。
≪「自然は曲線を創り人間は直線を創る」と書き出す随筆が湯川秀樹博士にある。
 丘陵の輪郭から草木まで自然には直線はない。しかし田の区画や人家の屋根や
壁などは、すべて直線を基調としている。人間はなぜ直線を選ぶのか。
日本初のノーベル賞学者の考察は奥深い。 今年のノーベル医学生理学賞に
決まった大村智さん(80)の来し方に、その短文が浮かんだ。
直線コースを歩んだわけではない。定時制で教え、大学院で学び直し、
微生物を探して土にまみれ――いわば曲線の歩みで大輪の花を咲かせた。
「成功した人は、人より倍も3倍も失敗している」はご自身の体験だろう。
とかく誰もが効率のいい直線を歩きたがるが、曲がったり折れたりの
道端にこそ宝がある。教えられるような受賞の笑顔だった。
 冒頭の湯川博士の随筆は「極微の世界」という著書にあって、人間は
曲線的な自然の外貌にひそむ直線的な法則を発見してきたと続く。そして、
さらに奥へと進めば、いっそう深い自然の神髄に触れるのではないかと語る。
その極微の世界の研究で、昨夜は梶田隆章さん(56)の物理学賞が伝えられた。
素粒子のニュートリノに質量があることを証明した業績は、宇宙の成り立ちを
探る分野での重要な一歩だとされる。
 宇宙間の万物を表して「天地人」などという。ビッグバンから138億年、
大宇宙では微の極みの「人」が自然の神髄を求める知的ロマンに、素人ながら
興味と感動は尽きない。さて、3日続きの興奮はあるか。(10月07日 朝刊)≫
▼ 宇宙の果てから降注ぐトリノ(素粒子)は1僂烹僑毅芦個。それは、
 地球をも通り抜けていくという。 その発見に世界の科学者は必死だが、
それに質量があることを証明したというから、ノーベル賞に値する。
その素粒子は、我々に住む宇宙からではなく、他宇宙?からのモノなら、
話は、当時のコペルニクスの天動説など比べようがない驚愕に値する説。
質量を持った素粒子とは何かは、私でも時間をかければ理解できるのだろうか。
・・・・・・
2050年の世界 ー17
2014年10月08日(水)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたから。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって
 劇減できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、
 それは誤っていたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする
 既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が
 持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を
 搭載できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算
 を回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間で、核戦争が起きない方が不思議で、必ず、
何度か起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、一桁上
の人たちの犠牲も有りうること。まだ、国家単位の核攻撃の内容だが、他の
科学兵器を含めた使用もある。狂った猿の兵器が、ますます強大になっていく。


6416,読書日記 神さまって、そもそも何? 〜2

2018年10月07日(日)

   * 神を信じる方に賭ける(パスカルの賭け)
 学生時代、愛読書だった『パンセ』の<パスカルの賭け>に、嫌に納得した
ことを思いだした。都会暮らしに慣れず、孤独感にさい悩まされていた時に
手にした新約聖書に救われていた時があった。子供の頃、二年ほど、教戒師が
家に来て、家族と説教を聞き、賛美歌を歌っていた時期があったから、抵抗感
なく聖書の世界に入ることが出来た。 学生時代の後半、同級生に、その話を
すると、「何で?」と不思議そうな目で見つめられた。 教養課程に、
『キリスト教倫理』の科目があったが、他の学生はツマラナソウだったが、
一言一言が、心底に突き刺さるようであった。
・一日二時間の読書時間の確保と、
・心底に濁らせてはならない純真・純白たる領域の確保!
 これが学生時代の一番の収穫である。

≪ ‘パスカルの賭け’とは、
 「神を信じて、本当に神が存在すれば天国に行き、
 もし存在しなければ天国も地獄もない。
神を信じないで、もし神が存在すれば地獄へ行き、存在しなければ
天国も地獄もない。ゆえに、 神の存否が分からない時は、神を信じた
ほうがよい。(パンセ)≫

 パンセといえば、第一節
< 人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。
 だが、それは考える葦である>
があるが、その先の文章がよい。
< これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。
ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。>

  今さらだが、‘パスカルの賭け’ネット検索をすると…
≪・パスカルの賭けは、フランスの哲学者ブレーズ・パスカルが提案したもので、
理性によって神の実在を決定できないとしても、神が実在することに賭けても
失うものは何もないし、むしろ生きることの意味が増す、という考え方である。
・パスカルは、神の本質は「限りなく不可知である」として、神の実在/非実在は
人間の理性では証明不能だという前提を出発点とした。理性がその問題に答え
られなくとも、人は憶測や盲信で「賭け」をすることになる。実際には我々は
既に(信仰の)選択を行って生活しており、パスカルの観点から言えばこの点に
関しての不可知論はあり得ない。我々は「理性」と「幸福」という2つのことだけ
を秤にかける。パスカルは、神の存在についての問題は理性では解けないため、
コイントスのような「損失と利益の等しいリスク」があると見なした。そういう
わけで我々は、神の存在を信じたときの損失と利益を考慮して、自らの幸福に
したがって判断しなければならない。パスカルは「得るときは全てを得、失う
ときは何も失わない」として神が存在する方に賭けるという判断が賢いと主張。
すなわち、神が存在するなら永遠の命が約束され、存在しない場合でも死に際
して信仰を持たない場合より悪くなることは何もない。
・パスカルの賭けで定義される可能性は、以下のような意思決定マトリックスを
使い不確かな状況での選択として考えることができる。なお、パスカルは地獄
については何も言っていないし、神が存在してそれを信じない場合に得るものに
ついて何も言っていない。彼の観点からは神を信じることで無限の利益が得られる

▼ 中原中也の 『汚れちまった悲しみに』が、ふと思い立った!

「汚れちまった悲しみに・・・」

 汚れちまった悲しみに
 今日も小雪の降りかかる
 汚れちまった悲しみに
 今日も風さえ吹きすぎる

汚れちまった悲しみに
たとえば狐の皮衣
汚れちまった悲しみは
小雪のかかってちぢこまる

 汚れちまった悲しみは
 なにのぞむなくねがうなく
 汚れちまった悲しみは
 倦怠のうちに死を夢む

汚れちまった悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れちまった悲しみに
なすところもなく日は暮れる
              【中原中也】


後記: 個人HP内検索に【パンセ】を入れると、2004、2005年に
 テーマにして書いていた。本来は、これを書上げる前に気づくべきだった。
〔 行蔵、嘘つかない! 〕 我ながら真面目。メルクマールそのもの…  
それにしても詩人は凄いこと、お書きになる!

――――
2005/07/31
1580, パンセについて

昨日の随想日記の昨年の同日分に、パスカルについて書いてあった。
その中の格言を読み返してみて、現時点の考えを書きたくなった。
学生時代に感じたこととは自ずから違ってくる。

・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。
 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、
 それを示すものである。
 ーー
 二つの極端とは、善と悪・神と野獣・観念と実践、等々あるが、
 中庸こそ偉大さがあるということか。
 偉大さも所詮は人間の価値観の判断でしかない。

・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 
  自分自身においても、また他人に対しても
 ーー
 偽装・虚偽・偽善と気づくかどうかだ。

・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。
 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。
 −ー
 恋愛の原因と結果とを眺めてみて、男とは他愛のないものである。
 それだけ若き性欲は昇華して恋愛を促進する。
 その障壁が高ければ高いほど燃え上がり、お互いが見えなくなるから困ったものだ。
 
・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。
 −−
 それが、親から・環境からの植えつけられた強固な先入観であれば、
 養老猛のいうバカの壁になってしまう。
 
・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。というのは、
 全ての人間が支配者になりたがるが、みながそれになるわけにはいかないし、
 種種の階級が存在せねばならないのだから。
 ーー
 お互いの尊敬か〜 

・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。
 知識の木は生命の木ではない。
 ーー
 軽く、いや生命の木でもある!といえないところが、この格言の深いところである。
 不条理が何事にもついてまわるし、無知の涙と同じくらい知識は涙をともなう。 

・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。
 たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。
 −−
 実をいうと、これがあるから、この「随想日記」が続いている。
 これが無かったら、これだけ毎日本や雑誌などこれほど読まない。
 といって、その時点時点の好奇心を書き残すのは、
 自分のためのメルクマールである。
 パスカルもそうだったのだろう。
 
・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。
 −−
 このHPを閉鎖して方がよいと、忠告されてはいるが。
 人に良く思われたいと全く思わないから自分のことを並べ立てることができるのだが。。

・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。
 
・人間は考えるために生まれている。
 ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。
 −−
 一日、6〜7万位のことを考えるというが。
 人は本当に考えるために生まれてきたのかどうか?

・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを 
 知るほうが、ずっとよい。

・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、
 それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするに過ぎない。
 現在は決して我々の目的ではない。
 過去と現在は我々の手段であって、未来のみが目的である。
 −−
 若いうちは、そうだとしても未来がだんだん少なくなってくると、
 現在と過去に光を与えようと必死になる。
 それも必要ではないのか?
 
・習慣は第二の自然だといわれているが、
 人は、自然が第一の習慣だということを知らない。
 ーー
 自然体を基礎においた習慣を意識してないと、習慣そのものが続かない。
 
・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。
 法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、
 自分の想像する正義に服従しているのであって、
 法律の本質に服従しているのではない

・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、
 足のほうが我々と同じくらい低いところにある
 ーー
 足の位置が同じとみて、同じ気になってしまうから困ったものだ。
 しかし、少し頭の位置が高く出るということは大変なことである。

・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。
 絵とはなんとむなしいものだろう。
 ーー
  実物も移り変わるものだから。
 関心をもつチャンスになることも確かだ。
 画家の意図を見てくれる人が必ずいるものだが。

――――
2004/07/30
1214,パスカル(3)−哲学についてー24

ー「賭けの断章」

「賭けの断章」は『パンセ』の中でも最も有名な断章の一つである。
神の存在と信じる方に賭けることの有利さを確率的議論から
説得しようとするものである。

「神は存在するか、しないか。どちらに賭ける? 」
すでにこの世に生きている以上、この勝負を降りることはできない。
賭けないということ自体が、結果的に一つの選択になる。
賭ける対象は、「自分の人生そのもの」であるから大きな命題だ。
 
・神が存在するという方に賭けて、
 勝てば永遠の生命と無限に続く喜びを得て、人生は意味あるものとなるが、
 賭けに負けても、失うのものは何もない。
・反対に、神は存在しないという方に賭た場合、たとえ賭けに勝っても、
 儲けは現世の幸福だけである。
 死後は虚無とみなことになるから、得るものは何もない。
 
 逆に負けたとき、損失はあまりに大きい。
 来世の幸福をすべて失うことになるからである。
 如何みても神の存在を認めるほうが有利であると言いたかったのだ。

 37年前、『パンセ』のこの断章を読んだとき、ナルホドと納得をした。
といって、今さらキリスト教関係のクラブに入るには遅かった?
せっかくミッション系の大学だったのに惜しいことをしたと悔いが残った。
理性で納得し、心情が同意するためには時間がかかる。
そのためには人との出会いと時間が必要であった。

しかし、今から考えてみて、自分は仏教の方が向いているが。
 
ー以下はパンセの中の断片集の抜粋である。

・人間は一つの極端にあるからといって、その偉大さを示しはしない。
 むしろ同時に二つの極端に達し、その中間を全て満たすことによって、
 それを示すものである。 

・人間は偽装と虚偽と偽善にほかならない。 
  自分自身においても、また他人に対しても

・もしクレオパトラの鼻がもっと低かったなら、世界の歴史は変わっていただろう。
 人間のむなしさを知ろうとするなら、恋愛の原因と結果とをよく眺めるがよい。

・人間はつねに、自分に理解できない事柄はなんでも否定したがるものである。

・人間相互の尊敬を結ぶ綱は、一般的に必要から生じたものである。
 というのは、全ての人間が支配者になりたがるが、
 みながそれになるわけにはいかないし、種種の階級が存在せねばならないのだから。

・悲しみは知識である。多く知る者は恐ろしき真実を深く嘆かざるをえない。
 知識の木は生命の木ではない。 

・好奇心というものは、実は虚栄心にすぎない。
 たいていの場合、何かを知ろうとする人は、ただそれについて他人に語りたいからだ。

・人からよく言われたいと思ったら、自分のよいところをあまり並べ立てないことである。

・この無限の空間の永遠の沈黙は私に恐怖を起こさせる。

・人間は考えるために生まれている。ゆえに人間は、ひとときも考えないではいられない。

・ひとつの事柄についてすべてを知るより、すべての事柄について何らかのことを 
 知るほうが、ずっとよい。

・我々は現在についてほとんど考えない。たまに考えることがあっても、
 それはただ未来を処理するために、そこから光をえようとするに過ぎない。
 現在は決して我々の目的ではない。
 過去と現在は我々の手段であって、未来のみが目的である。

・習慣は第二の自然だといわれているが、
 人は、自然が第一の習慣だということを知らない。

・誤った法律を改正する法律くらい誤ったものはない。
 法律は正義であるがゆえに従うといって服従している者は、
 自分の想像する正義に服従しているのであって、
 法律の本質に服従しているのではない

・偉人が我々より偉いのは頭が少しばかり高くでているだけのことで、
 足のほうが我々と同じくらい低いところにある

・実物には一向に感心しないくせに、それが絵になると、似ていると言って感心する。
 絵とはなんとむなしいものだろう。
 
――――
2004/07/28
1212, パスカル(1) −哲学についてー22
 学生時代には、パンセが常に傍らにおいてあった。
当時の不安な気持をいつも和らげてくれた愛読書であった。
現在、読み返してみて当時の哲学書の幾つかが、心の底の根幹をなしていた
ことに気がついた。
特に人間観は、大きくパンセに影響を受けていた。
生き方はニーチェとロマン・ローランである。
当時のささやかな読書が、人生を大きく左右しているとは。

「人間は一本の葦にすぎない。自然の中で一番弱いものだ。
だが、それは考える葦である」パンセの第一節である。
彼は物理学、数学などで成果をあげたが、哲学者としても名を成した。

あまり知られてないが、慢性的な病による苦痛の中で
人間とは何か、生きるとは何かを問い詰めた。
彼の20年の慢性病が哲学を深めていった。

「考える」という一事において、
「自分が苦しんでいる」という一事において、
パスカルの「尊厳」のすべてがある。
パンセの中の所々に「病の善用を、神に願い祈る」部分が見られる。

ーパスカルが31歳の時、神秘的な体験した。
1654年11月23日22時30分〜24時30分の間に、
パスカルの生涯を一変させる出来事であった。
「火」の夜の出来事である。
(恐らく)ヨハネの福音書17,18章を読んでいた時に、
白光色の「光」が見えた。
彼の死後に、上着の裏に縫い込んだ『覚書き』が発見された。
その一節が次の文章である。
 ーー
アブラハムの神、イサクの神、ヤコプの神よ。
あなたは哲学者や学者の神にあらず。
感動、歓喜、平安!
ああ、イエス・キリストの父なる神よ。
あなたが私の神となってくださったとは!
キリストの神がわたしの神。
わたしは、あなたを除くこの世と、その一切のものを忘却します。
福音書に示された神こそ実在の神です。
わたしの心は大きく広がります。
裁しき父よ、世はあなたを知りませんでした。
しかし、私はあなたを知ります。
歓喜、歓喜、歓喜、歓喜の涙!
私はあなたから離れ、命の水の源を捨てていましたが、
わが神よ、あなたは私を捨てたりなさいませんでした。
どうか私が、これより後、永久にあなたから離れませんように。
永遠の命とは 、まことに、唯一の真の神であるあなたと、
あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることにあります。
イエス・キリスト。イエス・キリスト。
わたしは彼から離れ、彼を避け、捨てて、彼を十字架につけました。
しかしこれよりのち、私が彼から離れることが永久にありませんように。
福音書に記されたあなたこそ、実在の神です。
ああ、全き心。快い自己放棄。
イエス・キリストよ。
私はあなたとあなたのしもべたちに全く従います。
わたしの地上の試練の一日は永遠の歓喜となりました。
わたしはあなたの御言葉を、とわに忘れません。アーメン。
 ーーー
以上が、その時の文章である。
心の奥で深い痛苦を抱え、社会のひずみ、欺瞞に満ちた人間関係の幻滅等が、
この一夜で一挙に溶け去った。
そして歓喜にいたった。

キリスト教徒でない私が読んでも感動する言葉である。
                        
――――
2004/07/29
1213, パスカル(2) −哲学についてー23

 キリスト教の秘義とは、キリストが十字架にかけられ、苦痛の悲鳴の中で
悶え死んでいった不条理を解くことであろう。パスカルの信仰は、その苦痛で、
底深く沈んでいったのだ。
「私を救ってください、助けてください、お願いします、お願いします、
お願いします」
この祈りが、キリストの苦痛と一緒になった時、秘義となるのだ。

先ほど書いたパンセの第一節「人間は一本の葦にすぎない。
自然の中で一番弱いものだ。だが、それは考える葦である」があるが、
その先の文章がよい。<
「これを押しつぶすには、全宇宙は何も武装する必要はない。
ひと吹きの蒸気、一滴の水でも、これを殺すに十分である。
しかし、宇宙が人間を押しつぶしても、人間はなお、殺すものより
尊いであろう。人間は、自分で死ぬこと、宇宙が自分が勝っていることを
知っているからである。宇宙はそんなことを何も知らない。
だから、わたしたちの尊厳のすべては、考えることのうちにある。

まさにここから、私たちは立ち上がらなくてはならないのであって、
空間や時間からではない。わたしたちには、それを満たすことができない
のだから。だから、正しく考えるように勤めようでないか。
如何に生きるかの根底はそこになるのだから」

パンセは学生時代、一言一言断片だが、心の奥に突き刺さるように響いた。
 ーパスカルの概略ー
フランスの思想家、数学者、物理学者。
数学的確実性を信じ、懐疑論に反対。
のち宗教的回心を経てヤンセニズムに共鳴し、イエズス会による異端審問を批判。
思想的には現代実存主義の先駆とみなされる。
数学では、円錐曲線論・確率論を発表、物理学では、流体(液体・気体)
の圧力に関する法則「パスカルの原理」を発見。  
 (一六二三〜六二)                
                        つづく


6415,読書日記 〜神さまって、そもそも何?

2018年10月06日(土)

          『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦』山折哲雄:五味太郎・対談
   * 神様はなぜ必要か
< 五味: 神様はなぜ必要なんでしょうか?
 山折: 対話者が必要なんだな。人間同士ではちょっとレベルを超えた対話者。 
    そういう上位のパートナーを人間は本質的に必要としている。
 山折: 母親と子供、父親と子供の関係で一番大事なのは、やはり聞くこと。
    それで解放されていく。仏教は、最終の重大問題にしたのではないかと。
 五味: 「人というのは罪を犯すものだ」という形で、それをどう救済して
    いくかという感覚で立ち向かうビジョンと、初めから殺すな、盗むな、
    何するなって止めていくタイプと、あります。
 山折: そう、殺すな、嘘いうな、盗むなという黄金律を守る流れと、
    聞いて聞いて聞くことに徹する流れと、二つあります。
 山折: 五味さんの胸をすくうような次の一言、
    「神さまは無神論者だと思いますよ」 これは本当に驚きました。…
    無神論者の神であるなら、宇宙の秘密を読み解くなど朝飯前のこと、
    ビッグバンに火を点けた張本人もまた無神論の神だったかもしれない。
 ―
▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。
 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を
神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、
エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、
その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、
その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。
 
 ―
 山折: 砂漠の民は、考え抜いて手段を発見しないと死滅してしまう。
    風土に圧倒されてしまう。我々は何も考えなくとも、豊かに生活
    しているわけです。森と川、森の幸と、川の幸、これだけ恵まれて
    いるのは世界でも日本だけ。ものを考える必要が無い。
 五味: 翻って、生き抜くための精神力みたいな意味での宗教と、ぼんやり
    している時に出てくる宗教とは、似て非なるものですか。
 山折: 一神教というのは「信じる宗教」、天上の彼方に永遠の絶対神が
    存在するかしないか、それを信じるか信じないかが決定的な問題。
    だけど、我々の豊かな自然界が存在する世界では、そこに身をひたし、
    自然に共感していけば、充分に救われる。僕は、「感ズル宗教」と
    言っている。
 五味: そんなことを言っていたら、砂漠では死んでしまう。
 山折: ものを考える必要がない。だから感じていればいいわけ。
 ー
▼ アラブ人用に、AC/610年にモハメッドがイスラム教を立ち上げた。
 その源流は旧約聖書があり、モーセの律法を行動規律とする。ユダヤ人を
神が選んだ民として考え、終末論とメシアの到来を信じる宗教。奴隷として、
エジプトに従属していたユダヤの民が脱出してイスラエルの地に帰国した、
その時からアラブの民と摩擦が生じ現在まで至っている。キリスト教は、
その亜流で、新約聖書の教えがある。仏教はインドの風土が生んだ宗教。
人間は、何はともあれ孤独の存在。最期は死に直面し、絶望の中で死ぬ存在
である。死だけではない、何かを決断する時、孤独の際に立つしかない。
内なる世界で自己対話で決断するが、その時に、内なる対話の相手に、
過去の人たちの苦悩と、解決策の集約した答えを神が導いてくれるか、
どうかでは雲泥の差がある。神の代わりが、愛してくれた両親でもよいが、
熟練してる、神様が相手なら、最善に導いてくれるはず。神の魂と同化し、
その知恵なら間違いは最小で済む。私の現在の対話相手は、毎日読返す、
このブログの同月同日の、かって書いた文章。
  
・・・・・・
3846,‘よい写真を撮る’コツは ?
2011年10月06日(木)
 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。
それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心
に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった
のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで
済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。
 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、
自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、
その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」
と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、
その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、
その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場
の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から
構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 
その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。
だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。
それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の
女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、
その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること
自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。 
電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。
人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、
撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。今まで、デジカメは
少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、
構えて良い写真を撮ろうと、構図の選択に構えが出てしまうからである。 
対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想。
その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。
何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。

・・・・・・
3847, 創造的破壊
2011年10月07日(金)
「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、
古いものの破壊が、そこにある。新しく創造されたものも、時間と共に古くなり
破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、創造のベース
として捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれ
かわるための破壊になる。但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 
社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから
こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。
しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。竹の節は、これがあるから
大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。
予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 
半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、人生の前半に、多くの節目が
あったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を
充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。  
創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、
【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって
 唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐
されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスを
そう呼んだ。不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げる
ものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いもの
を打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。
 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、
組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。「脱皮できない蛇 は死ぬ」
も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、
そこまでいくと、退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなして
いるといってよい。・・・ 】
▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。
 情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、
創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが
生き残るシステムも決して否定できない。現在の世界の政治、経済の大混乱も、
ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている
創造的破壊。この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、
合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を
創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ)
が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ?     

・・・・・・
4211, 異郷日記 ーアフリカの不思議の力
2012年10月06日(土)
  * ライオンの魂       「異郷日記」西江雅之著
 アフリカ、アメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく
惹きつけられるものばかり。アフリカでは、今でも魔術が信じられている
ところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つー
≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカで
 生活をしていた頃のこと。村人の話によると、雄のライオンのなかには、
死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の
姿勢を保っている状態では、ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に
吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。
ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間に
ライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは弾丸並みであった。
そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。
まことしやかに話すというのではない。本気で語っているのである。
東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。
それを家に置いておいたり、携帯していたりすれば、戦争に行っても
弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・
などなど、如何なる災害からも身を護ってくれると信じられている。
ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。
直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それは
どうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで結石のようになった
もののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって
近所の人にそのことを話したら、なんということか、その後の何日か、
わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを
手に入れた途端に、それまでは一度もなかった害の恐しさを経験する
ことになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める
人心を惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫
▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、
 購入して所有したことがあったが、何故か不幸が続いて気持ちが悪くなり、
売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に
残っている。私の高校の知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を
撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。
それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、
信じないかだけである。現在、「神は妄想である」という遺伝学者の本を
読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、
信じる者は救われるか! 逆か?
・・・・・・
6050,「老人の壁」 〜読書日記 −2
2017年10月06日(金)
            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 生まれ変わる快感!
 人生とは、「生まれ変わる快感」が突き動かしている、という切口で
 振り返えみると、納得する。
・21歳の7月の30日の欧州旅行で、それまでの固定観念の壁が崩れてしまった。
  「世界は広く、深い」という実感。あの時に、生まれ変わっていた。
・翌年、武澤ゼミで、現象の中にある真理を科学的に解明する訓練を一年間させ
 られた。 いま流行りのオープンハウスに近い25人の寮生活。他者の私生活と
 内面そのままが現われ出る中での、互いの葛藤の経験も生まれ代わりの一つ。
・それから51回の秘異郷を中心とした旅行も、その都度、「生まれ変わって
 帰ってきた」。ロッキー山脈を遠望して、「何、これ! ここは地球?
 これを見ないで死ぬと死なないとは天と地の差。それにしても!」と…  
 40、50歳代に、このような感動を数多く出来たのは、「生まれ変わる快感」
 の味を知ったため。このブログの記述と公開も、日々、生まれ変わるため。
  〜その辺りから抜粋〜
≪(南)真面目な人は、お手本通りにやろうとする、そうするとうまくいかない
  ことがストレスになったりする。いわゆる評価じゃないものが見えてくれば、
  やっている途中も、やっていること自体が楽しい。そういう、自分が楽しむ
  方向を見つけられればいいですね。
(養老)自分が知らなかったところに行き着けば、自分が変わり、世界が突然、
  変わってしまう。「それまでのわたしは、そのことを知らなかった」という
  発見です。世界は広くて、そんなことはたくさんある。それを覚えると、
  年を取らない。だってそうでしょ? しょっちゅう生れ変わってんだもの。
(南)世間で言われる正解というものがあると思うから、つい後ろの解答ページ
  をみてしまう。それをやると、もう楽しくなくなる。僕は「わかった嬉しい」
  と思っていたけど、今までと違う人になることが嬉しいんですね。
(養老)虫なんかしょっつう見ていると「ええ?こんなふうになっているよ!」
  と仰天する。病みつきになって、やめられない。1人でいて、ほっておかれ
  ても何も気にならない。 …
(養老)本当は、勉強や学問ってそういうもので、自分が知らなかったことに、
  気づくという、それだけでなんです。そういう楽しみを持たない人が増えた
  としたら気の毒ですよね。今の親や教師に真面目な人が多いから、その快感
  を教えられる人が少ないんじゃないですか。
(南)それまでちゃんとした答えだけでやってきた人が先生になってしまうと、
  それは教えられないですね。正しい答えじゃなくて、わかった!ってときの
  快感ですもんね。
(養老)案外、古典なんかにちゃんとあって、ゲーテも「死んで生まれ変われ」
  などと書いています。前の自分がいなくなって、新しい自分になるという
  ことです。確かに近代生活の中できちんと生きていたら、そういう楽しみは
  妨害される可能性がかなりたかまる。学んだり発見する喜びは内面にあって
  他者の評価によらないし、それが人を若々しくしたり幸福にするというのは、
  当り前のことなんでしょうけど。 ≫

▼ 書き続けていると、そして、同月同時の過去文を読返していると、当時の
 己と、現在、読返し、時間をおいた自己対話が「自分」ということに気付く
ことになる。そこに年々、生まれ変わっている「自分」が見て取れる。知らない
人からみたら、今でも内面は激しく変わっているのだから、「大変な人」だが、
それが至極当然のこと。穴倉も、岩場の外の、内海も、外海も、大して変わりは
しないとはいえ… 少々、危険でも、外海も出ればこそ、何らしか、想像を
絶した世界が広がっている。 


6414,閑話小題 〜巨人の次期監督は

2018年10月05日(金)


    * 高橋監督辞任で…
 巨人の高橋監督が辞任を表明、受理された。 球団の内部環境が悪いのは
分かるが、巨人の純粋培養のスター選手の監督選定に問題がある。
座卓犬は監督にそぐわないのは自明。二度の原監督の失敗?に懲りず3度め? 
同じ轍を踏まないと思うが、ギャラリーとしては、俄然、面白くなってきた。
・内部昇格とすれば、安倍と、元投手の斎藤が考えられるが、同じ穴の貉。
 やはり、外の水を飲んだ、松井秀喜、桑田、江川、中畑などが、頭によぎる。
・現実的なのが、桑田監督。次期監督含みで松井副監督、江川バッテリーコーチが
 面白い。松井も、江川も監督以外は断るだろうが… 今さら晩節を汚さないと。
・変わったところで、野村監督の息子が如何だろう。黒子としての親父と一体と
 するには、無理があるか。親父が許さないだろうが。
・もう一つ、インテリジェンス(地頭)が良いイチロウが面白い! 
 世界ブランドが汚れるから、断るだろうが…
・ネットニュースで、『後任に原辰徳が4年ぶりに指揮を執るのが有力(報知)』
 とあるが、あまりに新鮮味がない。
等々かんがみ観ると、ヘッドコーチに川相の桑田佳祐が、的を得ている?… 
ドン様に実権があるなら、江川になるが、その辺の事情はどうだか?
優勝争いなど、如何でもよいなら、イチロウ監督、江川ヘッドコーチが絵になる。
 
★ 他チームの監督が最も薄気味悪くなるのは、篠塚、川相、安倍。 
 取組み易いのは采配データー豊富の原元監督。 …まさか、ないと思うが?

・・・・・・
5682,瞑想とは 〜3
2016年10月05日(水)
          <ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
                 2016年9月28日(水)午後7時30分>
  * 瞑想の目的は何だろう?
 瞑想とは何か、その目的とは何かについて考えるため、ネットで、
 <瞑想の目的>と検索すると、明快にまとめた内容があった。
≪ 瞑想の目的は、悟るため? いえ、そうではない。悟りたいと思って瞑想
 している限り永遠に悟りなどやってこない。むしろ神経過敏になる分だけ、
ろくなことなどない。 瞑想は、ただ、「気づき」のための時間である。
「気づき」と言うと、何かすばらしいことに気づくための時間と誤解する人も
いるかも知れないが、これまた誤解を招きそうである。言い方を変えてみよう。
英語で言えば"be aware of"、つまり、「〜に気付いている状態」、または
「目覚めている状態」とでも言ったほうが近い。ただひたすら、自分の周りで
起こっていることを、そのまま感じるための時間である。
 「ヴィパッサナ」という瞑想法がある。自分の呼吸を見ることだけに意識を
集中させる。吸う息、吐く息をじっと見つめる。40分間くらい自分の呼吸を
見つめることができるようになれば、とりあえず合格。 しかし、時間を
はかったりすれば、それは呼吸以外のことに意識が行っているわけだから
失格になる。しかし、あまりかたいことを言う必要などない。とりあえず自分
の呼吸を見つめていればよい。「無心」になろうとすることもない。
雑念がわいてきたら、それも悪くはない。そのうち色々と考えることも出るが、
それも無理に止めることもない。
 ただ言えることは、瞑想をするに、最初から何かの具体的な目的は持たない
ほうがよい。目的のない時間を取り戻すことが目的かも知れない。
皮肉なことであるが、瞑想状態のことを言葉で表現しうようとすると、
いつもこうなってしまう。 とりあえず40分間、ヴィパサナができるように
なったら何が起きるのだろうか。 何か良いことがあるのだろうか。
 これには、私はあるともないとも言えない。まずよいことなど何もないと
思っておいたほうが間違いない。少なくとも、瞑想中には99%、何も起きない。
清浄で、「目覚めた時間」を作りだすための稽古の場にすぎない。瞑想では
悟ることなどできない。特に、瞑想で悟りたいと思っているのなら、まず絶対
悟ることはできないだろう。
 もしあなたに何かのお悟りがやってくるとしたら、それはSEXをしているとき
かも知れないし、庭を掃いているときかも知れない。芋を洗っているときかも
知れない。金魚が泳いでいるのを見たときかも知れない。それは私の知った
ことではない。そして、あなたの知ったことでもない。
 Who knows it?  誰にもわからない。しかし、ひょっとしたら何かが起きる
かも知れない。 たぶん、やって損はないとだけ言っておこう。何が起きるかは、
起きたときのお楽しみ。≫
▼ この7年間、早朝のポタリング時に、大手大橋でヒキチャリをしている。
地球の芯に『球芯様』と命名し、橋の途中から、話しかけて対話をする。
幼稚だが、その会話が面白い。 
 <球芯様、おはようございます!>
≪ オウ、お前か。お前を通して、周囲の景色を見るのが一番の楽しみじゃ!
 ジックリと見回してくれ。それが私を呼起した見返りじゃ。それにしても、
ワシに命名し対話を求めるのは御前ぐらいだ。 大体が、人間は、どうでもよい
細かいことに気が向きすぎじゃ。もっと大自然に、道理に、無心になりなさい。≫ 
<それにしても絶景ですな> 
≪ 慣れるとは、恐ろしい。この美しさを、そのまま味わいば良い。
それがワシにとっての解放になる。この川のせせらぎ。飛遊する鳥たちの姿。
遠くの山々。そして、陽光と、雲の織りなす美しさ。こうして御前が、私に
見せてくれるのは有り難い。この見返りは、世界の絶景の場に、お前を導くこと
になるのさ。 ≫ 
 この内語の対話も一種の瞑想。この景色の美しさに気づいたのだから。
世界の絶景を数知れず見てきため、地元の絶景に気づくことが可能になる。
それが次の旅に、誘っていく。あり難いことだ。 あり難いことに気づくこと
こそ瞑想の目的である。感謝、感激、感動の触媒は、幾らも身近に存在している。

・・・・・・
4210, 異郷日記 ーサンジバル
2012年10月05日(金)
                  「異郷日記」西江雅之著
     * サンジバルの逸話
 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い
続けないと人生の自殺者になってしまう。硬い殻に閉じこもり、しがみつく
しかない人生こそ避けなければならない。ーその辺を抜粋してみるー
≪ 東アフリカのタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど
 離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、多くの村が
散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物の
すべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは史実虚構が入り交じる物語に
埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、
アラビア数字が消えかけている大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、
緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、
奴隷、征服者、イスラム教徒、ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの
声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、
高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた
歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、道行く人の
内部にすべり込んでくる。 (・・・中略)
 わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。
ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻った
ばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。「アッ・サラーム・アライクム
(汝の身に安らぎあれ)」。若者は老人に言った。「アッ・サラーム.アライクム」。
老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? 
お前のおじいさんは、海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。
それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」
若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。
あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、よくまあ恐ろしがらずに
平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしは
ザンジバルで、何人もの知人にスワヒリ語で何度も同じ話をした。
「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が
恐ろしいことなんだ」と、わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。
そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫
▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、
 節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。何処の道理も同じ。
著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、
すべて異郷と感じている。」と述べている。そうでなくては、流れ者のように
世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の
外側を、異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の
誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。
 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。それ以外は職場は
新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。と同時に、しがみつき、
安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている
感がする。それでも、まだまだ楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、
それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。

・・・・・・
6049,「老人の壁」 〜読書日記 −1
2017年10月05日(木)
            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 老人の壁を突き抜けて
 「老人、如何に生きるべきか」を、根赤の養老孟司が御隠居で、南伸坊が
 熊さん役が軽く、明るく対話した内容。数年前の葬式で、80歳半ばの従兄が
同席していた。一人は地元商人。いま一人は東京下町の何かしら特許収入を持つ
商人。 前者は痴呆症が少し入っている?と思しき愚痴と悪口を語る。
後者は、一生をカメラ・映像の撮影を趣味とした人で、「老人の壁」をとうの昔に
超えている。 その二人の姿そのままが、このテーマの答えのようだ。年々、
暗くなりがちになる古希を越えた現在、如何に面白可笑しく日々を生きるか。
地方性もあるが、周囲には暗いのが多い。他人事ではない。周りから、一人
ひとり欠けていけば、然もありなんだが!
  〜Amazonの内容説明より〜
《 「明るい老人の本」
大好きな虫採りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西さまざまな「本人」
になっていくつもの人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった
二人が「老人とは何か」「老人はどう生きるべきか」を、科学とユーモアで徹底
討論! 病気になったらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。暗い気分に
なってしまうのは、暗い気分になるものしか見ていないからだ。どんなに年を
取っても人生を変える発見がある。死んだ後のことは生きている人にまかせよう。
人間のことより花鳥風月に目を向けよう。養老孟司のエッセンスと、南伸坊の
笑いが炸裂する心が軽くなる対談集。 》
《 人生に“発見”があるかぎり、老後は明るい!心が軽くなる対談集。
 大好きな虫捕りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西の「本人」となって、
数多の人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった二人が、人生
百年時代をどう生きるべきか、科学とユーモアで徹底討論。 》
 ――  
〜印象に残った個所から… 
(養老)「年をとって自分がなくなってくると、気が楽なんですよね」
(南)「健康で長生きするためにはどうしたらいいですか」
(養老)「だから、健康な間だけ生きてりゃいいんです」
    「ちゃんとした介護なんか、誰にもできないですよ」
(南)「そうですね、それが世間の常識になったらラクなのに」
(養老)「いい老人ってどういう老人だろうね」
(南)「そうですねえ、ゴキゲンな老人でしょうね」
(養老)「にこにこしてりゃいいんですよ」
(養老)「趣味なんか、世の中の役に立たないんです。それでいいんです。修行
   と同じ。修行っていうのは、自分を完成させるための作業。一番いいのは、
  比叡山の千日修行。あんなのをやったって、誰も儲かりません。GDPが増える
 わけでなし。だけど、何が残るかって、「本人が残るですね。それをやった本人
 が残るんです。それが「作品」ということです。 だから、自分が作品である
 ような、作品としての自分を完成させるつもりで、好きなことをやれば、老人
 としての時間を本当に楽しめるんじゃないかな。」
(南)「老人の壁を越えると、作品の自分がいる。」
 ――
▼「まさか、ここまで元気で生きられるとは!」が、実感だが、老いた実感は
 まるでなし。だが、世の中は、そういう鈍感な人にプレッシャーを与える。
そこで、ポタリングで、身近な「風月花鳥」を、PCや、4kTV画面で世界の
「大自然の光景」を楽しむこととにあいなるが、これが素晴らしい! 
 〜偶然だが、また文脈が以下に続いていく。

・・・・・・
5317,不平等を歴史に学ぶ 〜
2015年10月05日(月)
    【『21世紀の資本』トマ・ピケティを私はこう読んだ 特集】
   〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著   新潮45・2015年3月号
  * 上位1%や上位10%への富の集中
 中流社会の、三分の二のサラリーマン対、残り下位の構図が崩れた現在、
この本では、“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
ネット社会の到来が、世界をグローバル化を促進させ、一部だけが勝ち組に、
残りは負け組の社会になっていく。この著書で、ピケティは、その点を
クローズアップして我々に問題提示をしている。 〜ここで筆者は
「過去の不平等は戦争や革命により暴力的に解消された、しかし著者の
目論見は、この失敗のスリリングな回避にある」とある。さらに・・
≪ 格差社会という言葉はすっかり日常に定着した感がある。“1億総中流”
 と言われたのも今は昔、最近では社会の二極化が懸念されるようになった。
日本だけではない。不平等の拡大は世界的な傾向である。特に顕著なのが
アメリカ。 “1%vs99%”とも言われるように、人口の1%の富裕層の富が
増加する一方で、大多数の国民の所得は伸びていない。最近では上位1%
どころか0.1%、或いは0.01%の超富裕層の富が急激に増加している事実が
明らかになっている。なぜこれほどの富の集中が起きるのか。
 この問題を考える上で目下大変な注目を集めているのが、
ピケティ氏の『21世紀の資本』である。・・(略)
 本の内容は至極真っ当だ。不平等のデータを過去200年以上に亘って
収集・整理した上で自説を展開するピケティ氏の理論は、類書には無いわかり
やすさと説得力がある。日本の格差論争はこれまで、非正規やワーキングプア
の増加が問題視されてきた。非正規の割合はこの20年で増え続け、現在では
労働人口の35%を超えている。年収が200万円を超えないワーキングプア
(働く貧困層)も、若年層を中心に増加の一途を辿っている。
平均的なサラリーマン(中位層)とそこに入れない貧困層(下位層)の格差が、
従来の格差論争であった。 それに対して『21世紀の資本』が扱うのは、
「上位1%や上位10%の富裕層への富の集中がなぜ生じるのか」という問題。
これまでの格差論争が“65%vs35%”の格差を問題にしてきたとすれば、
こちらは“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
この本がアメリカでベストセラーになった理由もここにある。 ・・ ≫
▼ アマゾンのビュアーの『21世紀の資本』を要約によると
《本書の主たる主張はごく簡単に言い表すことができ、何度も繰り返されている。
- 人類の歴史のほとんどの期間において、資本収益率は成長率を上回っている。
(つまりr>g)であると、富は賃金所得や産出を上回って成長し、持てるもの
と持たざるものの格差はどんどん拡大。事実、20世紀以前には一握りの金持ち
と大多数の生活に困窮する庶民で社会が構成されていた。
- 20世紀後半に比較的格差が縮小し、そこそこ裕福な中間層が出現して穏健な
市民社会が実現したのは、2度の世界大戦による富のリセット、インフレ、
各国の格差縮小的な税政策、歴史的に見て例外的な高度成長の継続、などの
要因が重なったためであったが、今や成長の時代は終わりを告げ再び格差拡大
の時代に戻ろうとしている。
- 格差拡大を防ぐためには、高度な国際協力と資本に関する情報開示を基礎と
した累進資本税の導入が最適な解決策である。》と、要約を、まとめている。
・・・・・・
2050年の世界 ー14  
2014年10月05日(日)
  2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
           〜英『エコノミスト』編集部 (著)
  第十一章 新興市場の時代 ーのまとめ、
・四十年前、新興国市場は存在していなかった。�眷小平はまだ追放の身。
 インドの首相インディラ・ガンジーは、銀行を国有化し、大企業を押さえ
 込み、社会主義に転向。チリは社会主義政権で、アジェンデ大統領は
 コンピューターで計画経済ができると信じていた。先進国にとって開発
 途上国という言葉は、政府の腐敗を意味しており、途上国にとって 
 投資は、海外資本による纂奪を意味していた。
・それが変わったのは、開発途上国が資本主義と和解し、その技術、資本、
 インフラをとりいれ、世界の資本市場で、安い労働力をつかって製造工場の
 役割を果たすようになったからだ。
・ゴールドマン・サックスが、BRICsという言葉を使って新興国市場の成長に
 世界の目を向けさせたのは二〇〇三年のことだが、実際はその予測を二倍
 くらい上回る規模にブラジル、ロシア、中国は成長した。
・これは・経済成長が指数関数的に、すなわち規模が増えた分を利用して
 さらに増えるからで、現在の先進国のうち、二〇五〇年までに、経済の世界
 規模で上位七力国に残るのはアメリカのみ。あとは、中国、インド、
 ブラジル、マレーシア、インドネシア、メキシコにも抜かれると予想される。
・ある国の工業化の時期が遅れれば遅れるほど、その速度は速くなる。
 しかし、その速度は、他の要因にも左右される。そのなかでもっとも大きな
 ファクターは、教育である。生産性を向上させるさまざまな手法や技能は、
 教育程度の高い労働人口を持つ国で速く広まる。
・フィリピン、エジプト、メキシコ、インドネシア、バングラデシュ、
 パキスタン、ナイジェリアなどの新興国で、教育年数が二〇五〇年までに
 著しく延びて、生産性の高い労働力をその国に生み出し、経済成長を
 あと押しするだろう。
・中国は二〇二五年を境に急速に高齢化が進み、人々はそれまでに海外にため
 込んだ海外純資産をとりくずし始める。そして中国は労働力不足におちいる。
・今中国は、六五歳以上の人ひとりに対して、就労可能年齢の労働者(つまり、
 二○歳から六四歳までの人)が七・九人いる。二〇五〇年には、わずか
 二・二人。日本は現在の時点で、退職者ひとりを労働者二・六人が支える。
▼ 現在の日本が、このまま衰退していくとは思えないが、極東の陸の孤島
 の日本が、その地政学的な有利さの中で、教育に熱心だったことも含めて、
世界第二位の経済立国に上り詰めた。しかし、これまで。これからはネットが
世界を覆う時代である。インドの貧民窟街の少女にも、ネット上では大きく
チャンスがある。そういうハンデを背負った人たちと競っても、太刀打ち
するには、余程のことがないと難しい。


6413,読書日記 〜人生の黄金律

2018年10月04日(木)

          『砂漠と鼠とあんかけ蕎麦』 山折哲雄:五味太郎・対談
    * 「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」
 なかなか面白い対談集である。 
 まずAmazonの紹介内容からして惹きつけられる
< 考えることの面白さを思い出させてくれる、過激でキュートな対談集!
 ここまで言ってしまって、いいのだろうか?
絵本作家と宗教学者が、「神さま」について、延べ30時間にわたり、
とことん語りあった白熱の対談。
 ・そもそも「神さま」って、何?
 ・日本人は宗教を「感じる」民族
 ・「祟り」は日本のお家芸
 ・グローバリズム=「ノアの箱舟」戦略
 ・海とキリストと親鸞
 ・エコロジーと言うなら、間伐材で火葬せよ
 ・滅びる覚悟を持て=「無常」戦略…etc. >
 ――
カスタマー・レビューが簡潔に要点を書いている。
< 絵本作家の五味太郎と宗教学者の山折哲雄の不思議な組合わせの対談集。
 対談のきっかけは、1995年の某TV番組での司馬遼太郎と山折哲雄の対談。
「神道とはどういう宗教なんですか?」と司馬が質問すると、
「あれは宗教ではありません、生活の礼節ですよ」と山折が軽く答えるのを
五味太郎が見て(この人はすごい!)とその瞬間から恋に落ちたらしい。
五味は早速「神って、いったい何ですか?」と聞いてみたくて山折に対談を
申し込んだ。という経緯で成立した、延べ30時間にわたる対談をまとめた
モノがこれ。
五味の素朴な疑問に対して、古今東西の知識を縦横無尽に駆使して答えを探す
山折のやり取りが見物です。ホントに山折先生、博識です。
一神教と多神教、その成立の背景は風土の違いによる、という指摘には納得
させられた。>

▼ 実を言うと、前回のテーマの『閑話小題 〜まず聞いてやること!』
 の‘ユング心理学の真髄’のネタは、この本である。ここで、(そもそも
「神さま」ってなに?)の素朴な質問を、哲学宗教学者がアッサリと答える。
安易なればこそ、奥行きが深くなる。山折は、日本の近代にとって、20世紀
は夏目漱石の時代だったいう。 唐突に、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」
という、いわば人類的な黄金律を破り続けてきたのが人間という、強烈な認識
を文学作品にあらわした、これが漱石という。
 ところが、21世の現在、これらが真に問われる問題に直面している。 
北朝鮮の金様は、実権把握のため、恩人の叔父、実兄、身近な幹部を処刑。
ロシアのプーチンも、スパイ上りの昔とった杵柄で、対抗馬を処分。アメリカ
のトランプは、次つぎ露呈するスキャンダルに平気で嘘を重ねる。
「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」の真逆、「殺し」「盗み」「嘘の上塗り」
を地にいっている。まだ憶えているが、中二の頃、隣の席に平気で嘘をいう
男がいた。この頃は危ない御年頃、少年から青年に一歩足を踏み込む時節。
フランスでは授業に哲学を取入れて、考える基礎を叩き込む。多人数家族で、
末っ子もあって、「他人の陰口と嘘は、絶対タブー」の暗黙の了解があった。
それは、子供の世界でも同じ。捻じれていても、嘘はつけない、つかないのが
当り前だったが、こういうのが、居るんだと。それと印刷屋の子供が、映画
の入場券を家から盗んで、ばら蒔いているのもいた。振り分け前なればこその
世界だからである。奇妙なことに、アンハッピー組は、ほぼ亡くなっている。
改めて、「殺すな」「盗むな」「嘘つくな」は、黄金律だが、悪口、陰口で、
「間接的殺人?」をし、「知恵は盗む」し、「尾ひれはひれの嘘話」を酒の
肴にしているのが常。それが全世界に近い人が、三分の二? その下位の
三分の一の約二割に、マイナーの八割が集中することに気づかない。
上辺の社会的役割に関係ないのは、金、トラ、プー、習の顔ぶれで分かること。
「何を偉そうに!」と思うのは当然だが… じゃあ、ヒトラー、スターリン、
毛、ムッソリーニの悪行と比較して、遥かに低いと見てとれるでしょうが… 

 いや、話の飛躍すぎ? 10の500乗の他宇宙の存在など知識が、
そう言わせているんじゃないですか? 

・・・・・・
3844, 正常性バイアスと同調バイアス
2011年10月04日(火)
 日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」
が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、
≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、
 何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。
ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまった
ケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると
【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを
 心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。当然、日常性を保護する
ために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて
収まるだろう」とか「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震
などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、
緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、
そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で被害が甚大化している。】
とある。また同調バイアスは、
【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】
▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにする。 
 そこで気づいたことは、この千年に一度の大地震と津波を察知して直ぐに
逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。この大津波から連想される
のが、リーマンショック。これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的
大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。
その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 
それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業
と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波
(ハイパーインフレ)が目先に来ているのが現実とし受けとめることが出来ない。 
何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。
その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動
に唖然とすることしばしば。「御前のところは低地だが、自分のところは上
(業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 
私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった
大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」という単純な
視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫の
ようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、
「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わす。
 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 
株式の暴落も始まっている。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 
この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、
アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 
ギリシャ国民の、あの鈍感さは察知しても、自国になると!  
偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。
韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、
隣はカルト国家がある。

・・・・・・
5316,閑話小題 〜本を読まないのはケダモノと同じ
2015年10月04日(日)
     藤原正彦・レポート〜「読書と教養」が大局観を育てる〜
  * 読書と教養が大局観を育てる
 読書をしない人は、直ぐに分かる。これだけは、隠しようがない。
今でも遅くない、学歴、血筋とは関係なく本だけは読まないと! 
 ここで、その読書と教養の必要性を、鋭く簡潔にまとめている。 
≪ 教養を、積極的に身につけていくにはどうすればいいか。
 もちろん、実体験を重ねることは非常に大切です。様々な人間と会い、
話をして、恋をしたり、裏切られたり、騙されたり、喧嘩をしたり、悲しい
別れにあったり、そういった体験すべてが教養になる。それが、後々の選択や
判断にあたって効いてくる。ただ、やはり実体験で得られるものは限られます。
1人の人が一生の間に関わることができる人間の数は限界があります。
ましてや、深く意思疎通をすることができるのは、その中でも一握りだけ。
そうすると、実体験による教養というのは、非常に重要だけれども、
限られたものにならざるを得ない。
 その点、読書を通してなら、古今東西の賢人の言葉に耳を傾ることができます。
あるいは、庶民の哀歓に涙すること、もできる。金持ちの驕り、貧しい人々の
苦しみに触れることもできる。美しいものに感動することもできる。
ありとあらゆる経験をなぞることができるのです。しかも、本には、誰かが
考えた「思考の形」が、まるごと詰まっています。普通の人がふだん喋る話は、
たいてい筋も順序もめちゃくちゃです。でも、本は、どんな本であれ、著者が
読者を説得するために必死になって書いていて、ちゃんと構造というものを
持っている。それを読むと、なるほどへ脳ミソの回転、論理の展開、とは、
こういうふうにするのだということを会得できる。物事をきちんと体系化する
能力、構造を分析する能力が身につくのです。 ・・(略)
 うちの女房の祖父は、今の愛知教育大学の前身の岡崎師範の教頭や時習館
高校の校長をつとめた教育者ですが、彼はいつもこう言っていたそうです。
「1日1ぺージでもいいから、必ず本を読んで寝なさい。1ページも読まないで
寝るのは、けだものと同じだ。けだものと人間との違いは、1ページでも
いいから、本を読むことだ」と。
 だから彼の子どもたちは、寝る前に2〜3へージでも本を読んで、寝ていた
そうです。この教育の効果は絶大で、そうやって育った子どもたちは、皆、
一角の人物になっています。'本を読まない人間というのは、けだものと同じ。
だからこそ、これからの子どもたちにどうやって本を読ませるようにするか、
真剣に考えなければなりません。
 例えば、齋藤孝氏の言うように、小中学校の通信簿の国語に、「読書」
という欄をつけ加えるのもいいでしょう。そうすれは、多くの親が率先
して本を読ませるようになる。子どもの頃に本の面白さに触れれば、
本が好きになる。独創的で素晴らしいアイデアです。
 私が考えるのは、東大の入試で読書を課すという方法です。
例えば定員の1・2倍までは学力一本で判断し、そのあと、定員の1倍まで
しぼる過程では、読書を中心に面接する。入試の3年以上前に課題図書を
100冊くらい挙げて、それについていろいろ聞くのです。そうすれば
きっと、学生は目の色を変えて読むようになるでしょう。東大がやれば、
ほかの国立大学や私立大学も真似をする。そうすると、子どもの時から本
を読むようになるし、読む習悩さえつけば、面白さが段々とわかってくる。
もちろん、「朝の読書」運動が成功したように、他にも方法はいろいろ
あると思います。若い頃に読んだ本というのは、とりわけ感激するものです。
そうした読書体験が失われることのないように、今こそ大局観をもって
この国の出版文化を守っていかなければなりません。≫
▼ 読書の積み重ねのないのは、年を重ねると表立ってくる。
 特に 青年期に読書習慣を身に着けておかないと。しかし、実際は10歳。
とすると、受験に追われ、大学から本気になって読書を始めた私は20年近く
遅かったことになる。その弊害が、今でも続いている。子供の頃から、母親が
常日頃から読書の必要性を説いていたが、その割りに読書をしてこなかった
のは私の素養の低さである。しかし、現在でも、吸い取り紙のように、知識が
入ってくるのは、長年の読書習慣の効果もある。いや、知的余白が有余って
いるためか。これは余白という言葉自体が間違っている! 空即是色である。

・・・・・・
2050年の世界 ー13   
2014年10月04日(土)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
            〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   * 第十二章 グローバリゼーションとアジアの世紀 ーのまとめ
・『エコノミスト』誌グループのシンクタンクであるエコノミスト・インテリ
 ジェンス。ユニットは、今後の世界経済をおおまかにいって三つのシナリオ
に分けており、そのうちのひとつ、コントロールされたグローバリゼーション
の状態で進むと考えている。リーマンショックや欧州危機などによって、
市場主義に対する警戒から政府は一定の規制をグローバル化に対して課して
くるが、市場は開かれている状態だ。
・"後戻りするグローバリゼーション"というシナリオでは、不穏な空気の
中で保護主義の気運が高まると見ている。先進世界の大半で、経済の弱体化と
高失業率が不安を生み、保護主義をあおる。これにより、"コントロールされた
グローバリゼーション"という基本予想と比べると、2010年から2030年の世界
の年間成長率は数パーセント削られ、この期間全体では世界の生産高が大きく
落ち込むことになる。
・シナリオの三つ目、"凋落したグローバリゼーション"は、1914年から1945年
の縮小の時代に似ている(グローバリゼーションに背を向ける)。もしこれが
ふたたび起こると、成長に悲惨な結果をもたらすだろう。世界の成長率は年率
約1%にまで低下し、ひいては世界全体のひとりあたりの所得も減少する。
 最も大きな打撃を被るのは新興市場、なかでも最貧国だろう。
・一番蓋然性の高い最初のシナリオで考えると、最も重要な地位を世界経済で
占めでくるのはアジアの経済で、2050年には、半分がアジア経済となる。
・しかし、その中で日本は相対的に、急速にプレゼンスを失っていく。
2010年には、世界経済の5・8パーセントを占めていた日本のGDPは、2030年には、
3・4パーセントになり、2050年には、1・9パーセントになる。経済成長の
スピードも西ヨーロッパを下回り、今後40年を通して、1・1〜1・2パーセント
で推移する。その結果、2010年には、アメリカの七割あった日本のGDPは、
2050年には相対的に58・3パーセントまで低下する。
・今後40年間にひとりあたり実質GDPが最も大きく成長するのはアジアの
発展途上国(4・7パーセント)で、サハラ以南のアフリカ諸国(4・4パーセント)、
中東と北アフリカ(3・9パーセント)がこれに続く。ラテンアメリカ(3・3パー)と
東ヨーロッパ(3・2パーセント)は、新興市場地域の中で最も速く成長する国々
に後れをとる。
▼ 「アジアの人口は現在6割を占めているので、平均に近づくだけ」
 ということができる。それにしても、日本の見通しは悪い。2010年には、
世界経済の5・8パーセントの日本のGDPは、2030年、3・4パーセント、2050年
には、1・9パーセントというから、惨憺たるもの。若者が将来に夢がもてない
のも理解できる。今までが良すぎたと割り切れない問題である。アジア開発銀行
のアジア経済を展望する報告では、中国やインドが順調に成長を続けた場合、
 GDPに占めるアジアの割合は現在の27%から52%へ。中国は20%、インドは
16%。日本は現在の約9%から3%程度に低下するが、アジアの需要を取り込み、
1人あたりGDPは3万ドルから8万ドルに増えると予測している。それも
これも、あくまで予測。3万ドルの半分と思ってしまうのは、悲観的すぎるか!
・・・・・・
4209, アラン 幸福論
2012年10月04日(木)
           『アラン 幸福論』 合田正人著
 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスの
ヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など「世界三大幸福論」。
アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」
「幸福のコラム」といった軽いもの。とはいえ、ちゃん哲学に関するもの。
かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して
幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。
アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして「人生の主役になれ」、
そのために「ダンスのように人と付き合え」、
最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 
  ーここで紹介されている断章の一部よりー  〔 解)は、私の主観 〕
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」という立場から、
幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によって
つくりだすもの」であると説いた。
・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていれば
いいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 
      解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。
  待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。
・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが
本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
                 解)だから人生は意思の格闘技である。
・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから
快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。
・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。
 自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。
・幸福は自分の手作りである。解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。
・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか?
・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 
        解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。
・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 
      解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい?
▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。
「一、今日一日、親切にしようと思う」
「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」
「一、今日一日、謙虚にしようと思う」
「一、今日一日、素直になろうと思う」
「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。
                  これがいざ実行となると難しい。


6412,閑話小題 〜まず聞いてやること!

2018年10月03日(水)

   * ユング心理学の真髄
 17年半の間、休むことなく、一日一テーマのレポートを書いてきた。
その日に書き残しておきたいこと、未来の自分に、親しい友人に、語りかける
ように、その為には、まず自分が理解し、納得した情報、知識を刻印するつもり
で書き続けてきた。およそ集中した1万5千〜2万時間を入れてきた。
 ある本に、
<ユング心理学の神髄は「聞く人間がいないと必ず狂気を発する、不安定になる。
 それがさまざまな犯罪を発生させる原因になっている。>の言葉に、ハッとした。 
カーネギーの6原則の一つ、このテーマ日記、何かしら心に残った知識情報を物語
にし、誰かに知らしめることで、毎日、生じては消えていくワダカマリの毒消し
になっている… 刑務所内で人知れずに犯してきた犯罪者が、つい仲間に話して
しまうのは、己の良心の呵責の狂気に陥いることから、逃れる為ではないか、と。
 ―
 ほぼ犯罪に近いと思われる内幕情報屋は何処の社会に存在する。彼らは、
その類稀なる嗅覚で、それぞれが持っている傷を何食わぬ顔で、聴き出し、
静かに触れまわることを業とする。問題は、その醜態の己に気づかないこと。
対話の基本は、まず相手の話を聞くこと。その後に、自分の話を語ることが、
基本。とすると、‘聞き手は相手に話す時を与えることになる’ 誰もが、自分
の話を聞いて欲しいのである。で、私は、毎日、3時間かけて、一テーマを物語に
して静聴して貰っていることになる。成るほど、感謝しなくてはならない。
少々、馬鹿丸出しでも、聞いてもらえる、読んでもらえるだけで充分。
 
 デール・カーネギー著『人を動かす』に「人を好かれる六原則」がある。
1.心から関心を寄せる
  a.人は自分のことばかり考えている
  b.相手に関心を引くのではなく、自分から関心を寄せる
2.笑顔: 非言語コミュニケーションは嘘をつかない
3.名前を憶える: 名前が言葉で一番心地よく重要
4.良い聞き手になる。相手が自分のことを話すように促す
  a.話し手を満足させる
b.相談されたら聞き役に徹する
5.相手の興味があることについて話す
6.褒める: 相手が自分のことを重要だと思えるようにする
a.初対面で褒める
b.とにかく褒め

 以上だが、この中で最も重要なのは、まず「良い聞き役になること」。
内幕情報屋は、この人間の持っている弱点を利用する。噂話は自らを最も
卑しめる犯罪的行為。どれだけ魂の殺傷行為を繰返したか、それが分からない。
「悪い聞き役」である。 ネット社会は、それが瞬時に拡大するから恐ろしい。
ある意味で、私も「ネット内幕情報屋」に成り下がっているのかも…
自他の、魂と心の境界を超え、語りかけるためもある。毎日、聞いていただける
だけでも、救われるが、<多くの人を傷つけていることを自覚しろ!>と、兄に
忠告された。自らの心の傷の血を、知らずに、誰かの傷口に擦りつけている。
現代人、とりわけ、都会人の心の内は『孤独の群衆』。求めているのは、他人
の温もり。それも{不幸の味は蜜の味」の温みを。だから、あのようなのが、
闊歩できる。誰の心にも「内幕情報屋」がヘドロ化して住みこんでいる。 
 本来は、「男は黙ってサッポロビール」だが… 

・・・・・・
4950,「嘘みたいな本当の話」
2014年10月03日(金)
  * 「嘘みたいな本当の話」の書き方   
           『嘘みたいな本当の話』内田樹、高橋源一郎:選者
 この内容に似たテーマの文章を幾つか書いてきた。空中離脱や、ジンバブエ
の鉄橋からのバンジージャンプや、意味ある偶然の一致の経験、などなど。
それもあってか、もの足りないが、その軽さと、切口も悪くはない。
≪ 投稿された中での選定の基準のひとつは、「奇妙な後味の残っているもの」
 と、「そういうことってあるよね」感のあるものという。これは随想そのもの
にも言えるが。例えとして、次の古典的なショートショートが良い!
≪「地球最後のの男が、最後に残ったシェルターで、いま死を迎えようとして
いた。すると、ドアをノックする音がした。」 これを選者の内田樹が読んだ
のが、中学校の時で、半世紀も忘れてなかった。そして、いまでも、
「人間とはあらゆる修辞的装飾を剥ぎ取った場合に何ものか」という定義を
試みるとき、この条件設定をしてしまう。それだけこの「奇妙な味」は僕の中に
内面化してしまったことになる。もうひとつ、「そういうことって、あるよね」
と言うのは人間の可能性を押し広げる重要なキーワード。
「成瀬さんて、空中浮揚するらしいよ」「うん、そういうことってあるよね」 
そういう感じで使います。・・ つまり、「奇妙な後味」も「そういうことって、
あるよね」も、どちらも自分が「人間とはこういうものである。世界はこういう
もので成り立っている」とリアルかつクールに考えていることの
「ちょっと外側」を感じさせ、結果的により精密に、かつ奔放に自己観察を
するきっかけになるものだということになる。・・ ≫
▼ ものを考えたり、文章化をする時、この二つの基準が、何が大切かを
 考えさせる。「嘘みたいな本当の話」のネタは、考えれば幾らでもある。
モノゴトをじっくり観察すれば、何事も「嘘みたいな本当の話」になる。
問題は、気づくか気づかないだけ。だから精密に、奔放に観察するしかない。
そこに、奇妙に味わいが出てくる。「本当のような嘘の話」が、小説だが、
その間逆をショートショートで書くのだから、それなりの観察が必要だ。
・・・・・・
5315,投資も人生も長期思考で!
2015年10月03日(土)
     【澤上篤人×出口治明対談=投資も人生も長期思考で!
                           新潮45・3月号】
   * 戦後40年が特別の時代だった
 {戦後からバブル崩壊をするまでの35年間が、地球史上、稀なる高度成長期
にあった。その時代に生まれ出たこと自体が、幸運中の幸運で、現在の長期不況
が当り前と思った方がよい」という論は、充分に実感できる。私の事業立上げが
丁度、天辺だったことになるが、その時は、そのことを知りえようがない。
だから準備期間の15年の方が、実業期間より面白かったのは、右上がりの
経済環境の所為もあったことになる。長期設備投資の事業もあって、長期的
思考を求められたが、見切り時期が最終段階になってからだった。それでも、
表層雪崩の段階で決断したが、甘かったことは間違いない。 〜その辺りより
≪ 出口: 朝起きて、今日も頑張ろう、今日も楽しいなと思っていれば、
 それが最高のライフワークバランスだと思うので。人間にとって何が
 いちばん楽しい人生かといえば、やりたいことをやることです。
澤上: 出口さんが言われたとおり、好きなことをやるのがいちばん面白い。
 今までは日本経済が伸びてきたから、みんな右肩上がりに成長してきた。
 ・・大企業、中企業、小企業、町工場、それぞれが右肩上がりの三角形の
 どこかに乗っかっていた。だから、生きていけたし、落ちこぼれもなかった。
 でもその右肩上がりの三角形はもうないんです。大企業でも潰れるし、
 逆に小さな会社が何回もチャレンジしてのし上がることもある。
出ロ: 二十世紀の後半は、冷戦があったというのがまず大きい。
 世界でいちばん豊かなアメリカが、日本に脛をかじられても怒らなかった。
 僕がサラリーマンだったころ、日本がアメリカの繊維産業を潰したとか、
 次は鉄鋼産業や自動車産業も潰すんじゃないかと。昔だったら戦争です。
 でもアメリヵがなぜ本気で怒らなかったかといえぱ、冷戦という枠組みで、
 日氷の存在が貴重だったから。これはラッキーでした。  ・・・(略)
出口: 高度成長には自分で行動しなくても、みなと同じように働いていれば
 自然に成長するのです。めちゃくちゃ楽ですよ。日本は一九九〇年のバブル
 崩壊まで三十五年間、実質七%成長していました。七%成長というのは、
 十年間で、経済規模が倍になる数字です。給料もそれに近い形で増えます
 から、とんなに幸せなことはないのです。
澤上: それが先ほどから言っている右肩上り三角形です。企業に勤めて、
 真面目に働いて、自分でも頑張っているような気がしている。
 でもよく見てみると三角形に乗っていただけ。その大前提が全部なくなった。
 そうすると一人ひとりが自分で考えて-行動するレかない。でも、それは実は
 経済の原点なんですよ。これだけ幸せな状況が続いたのは日本だけです。
 世界には全く例がない。日本がやっと世界の常識と同じになったんです。
出口: ええ。戦後の日本が特別だというのは、中国の歴史を見ても分かります。
 中国では、平和で成長して、みんなが幸せだった時代を盛世と名付けています。
 漢の文景の治と、唐の貞観の治と開元の治、そして清の康煕帝の時代です。
 四千年の歴史のなかでたった四回しかなくて、しかもそれぞれが平均すると
 二、三十年です。二十年戦争がなくて、経済も良くてというのは、本当に
 世界中を見わたしてもめったにない。だから「あの頃はよかった」とか
 思わずに、戦後は宝くじが五回くらい連続で当たった特別な時代だと思った
 方がいい。今が普通だと。≫
▼ こと人生と、事業の万一の備えは、してきたが、50歳代に、捨身で
 余生30年分を圧縮した生き方をしたのが良かったと実感してる。
両人の言うとおり、奇跡的な良い時代背景に生きてきた。これだけは自分の力
の及ぶ領域でない。この時代に生きただけ充分、結果?何ぞは如何でもよい。
まったく時代背景の豊かさにに鈍いのが多い! で、偶然、以下の文章に続く。
・・・・・・
6047,一億総貧困時代 〜読書日記 −1
2017年10月03日(火)
「前書き、後書き、目次」を図書館で一読して借りてきたが、一つ間違えれば、
私も、この具体例の一員になっていた可能性が充分あった。ネット時代、
情報は一瞬にして世界を駆けめぐり、ベストにエネエルギーが集中するため、
大方は一強多弱の弱者になり、貧富格差は広がるばかり。義務教育の最終年の
中3のクラス・メンバーを想いだすと、玉石混合の社会の縮図であった。 
 ・戦災孤児で、寺男のような生活を…
 ・継母と折り合いが悪く…
 ・居酒屋の店の2Fの6畳の部屋に…
 ・父親が土方で、休日は、その手伝いが日課…
・ 昔・遊郭の真ん中で育ち、やがてヤクザに… それが更に…
その大方が、既に亡くなっているか、看護生活に入っている。
逆に上位数人は… 順調な?人生を歩んでいた。
 〜まず、内容紹介より
≪ … 「え、まさか、今のニッポンでこんなことが…と思ってるあなた。
 これはあなたの明日かも。雨宮さんだからこそ聞き出せた、現代ニッポン
の“棄民"レポート」-----上野千鶴子氏。
 ごく一部の富裕層を除き、多くの人々にとってすでに他人事ではない
「貧困/自己責任大国」日本の現実とその構造を、さまざまな「当事者」たち
への取材を通して、平易な言葉であぶり出す。疲弊する個人と社会に、今、
どんな処方箋がありうるのか。
 貧困問題>を10年以上にわたりさまざまな角度から追ってきた著者による、
いままさに、切実な1冊。超格差・超高齢化社会の中で、今後、必然的に
<弱者>となる多くの私たちは、どう生き抜くことができるのか?
  (「もくじ」より抜粋)
(1)「お父さんの子どもを産みました」─虐待の末、路上に辿り着いた女性/
(2)子どもの虐待と<貧困> ─見えない孤立と声なきSOS、その傍らで/
(3)介護離職から路上へ、そして路上から支援者へ─親の介護から人生が一変し/
(4)「生き残ったのが、父じゃなくて私で良かった」─<利根川一家心中事件>
 裁判傍聴で明らかになったこと/
(5)スーパーグローバルな「おせっかいおばちゃん」─この国で生きる外国人を
 支える人々/
(6)原発避難者の今─「原発はもう安全」というストーリーが生み出す<貧困>/
(7)学生が1600万円以上の借金を背負うシステム
 ─奨学金破産1万人・日本の特殊な現状/
(8)<アリさんマークの引越社>、その「アリ地獄」的実態─剥き出しの悪意と
 人権侵害の企業で闘う/
(9)性産業はセーフティネットたり得るか
 ─「風俗」と「福祉」を繋ぐ<風テラス>の試み/
(10)人の命を財源で語るな──<生存権裁判>が問いかけるもの/
(11)<相模原障害者施設殺傷事件>を受けて
 ─<スーパー猛毒ちんどん>と、ALS患者たちの生きる実践/
(12)<座談会>それでも私たちは生きていく
 ─30代男女に聞く「非正規労働者」の現在・過去・未来
――
▼ 具体的貧困ルポが11本掲載の何れも生々しい。一度、貧困への地雷を
 踏んでしまうと、二度と浮かび上がれない。
・精神を病む母親に生後6ヶ月で捨てられ、父親にレイプされて子供を産む。
・デパートの課長だった男性は、親の介護のため退職したことが路上生活に。
読んで実感するのは「恒産あって、恒心あり」である。これは長年かけて
積上げでこそ可能。 唖然としたのは、単身世帯の預金0が、1年間で、
4割(38・9%)から5割(47・6%)に激増したこと。 アパートの一室で、
預金0で、長い夜を過ごす辛さは並大抵でないはずだ。それが単身世帯の半数
とは。 日本の「隠れ難民」でもある。生活レベルが朝鮮半島、中国大陸、
アジア地区に平準化されるのは当然だが。 何か寒々としてきた。
・・・・・・
5680,瞑想とは 〜1
2016年10月03日(月)
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。
・・・・・
4583, 2050年の世界 ー12  
2013年10月03日(木)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部(著)
  第十三章 貧富の差は収斂していく ーのまとめーより
・格差は二つの格差を考える必要がある。すなわち、各国間の格差と、
 それぞれの国の中での格差。
・各国間の格差は、一九九〇年代まで開く一方だった。一九世紀の最も富裕な
 十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の六倍にすぎなかったが、二〇世紀
 の最後になると、最も富裕な十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の
 四〇倍を超えるようになった。これは、北米と欧州の経済成長がこの間急激で、
 他の地域が停滞していたからである。
・一九七八年の中国、そして一九九〇年代初期のインドの経済改革の開始が各国
 間の所得格差解消への転機となった。一九九〇年以降、新興経済国の大多数
 がアメリカより急速に成長し、キャッチアップのペースが上がってきている。
・そして今後も、欧米や日本などの国々が高齢化による財政の悪化に苦しみ、
 低成長を余儀なくされることを考えれば、出生率が高く人口の配当が大きい
 アフリカを含む新興経済国との差はますます縮小し、世界的な規模での
 貧富の差は縮小する。
・しかし、一九九〇年代から先進国を中心に起こったのが、国内における
 格差の拡大。アメリカのジ二係数は一九七〇年代中期の○・三一から、
 現在○・三八まで上昇している。ドイツやスウェーデンでも国内の格差は
 広がっている。その理由に共通しているのは富裕層がかってない規模の収入
 を得るようになってきていることだ。
・富裕層の所得が爆発的に増大した理由に、トップ層の職業の収入が
 グローバル化による市場の拡大で増えたこと、そして金融業の異常とも
 いえる肥大化があげられる。
・ただし、こうした国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の途上国の
 経済拡大が起こり、それらの国々に住む人々の所得が増大するので、全体
 としては、世界的な規模で貧富の格差が縮小する。
・全世界の中流階級集団は、現在の五億人未満(世界人口の七%)から、
 二〇三〇年には一一億人超(世界人口の一七%)に膨らみ、二〇五〇年の時点
 でさらに増えているだろう。
▼ 欧米に、それ以外の地域の人々が近づくのはグローバル化の
 プラス面である。現在の先進国のような「上層・3%、中流・30%、その他」
に世界の階層は、変化していく。しかし問題は、その他の67%の人たちが、
三分の一の生活実態が情報化で見えること。3%の上層は、それを和らげる
政策を取りざるを得なって、下流から中流への移動を計るしかないので、
世界は徐々に良くなっていく? それは楽観的見方だが、どうだろう。
移住が比較的簡単になり、豊かな地域に貧しい人たちが移住するため、国家内
格差は大きくなっていく。 国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の
途上国の経済拡大が激しくなっていく。それは40年後ではなく、現在、起きて
いる問題である。ドバイの都市建設の労働者がインド、バングラデシュからの
臨時雇用で、現地人との差は大きい。また、北朝鮮の政治体制が、その典型。
弱肉強食が社会の発展の原動力なら、貧富差の収斂は、人類の永遠の課題。


6411,閑話小題 〜久々のYouTube! ー2

2018年10月02日(火)

    * 直に思いついた動画とは
 YouTubeの映像も一年もしない内に、新たな内容に入れ替わる。
直接投稿の人気順もあって、迫力のある画面に出合う機会が多い。
「事実は小説より奇なり」を実写で見られることになる。
準備無しでも、強烈な印象の映像が次々と想い浮かぶ。
新聞、TV、雑誌などのマスコミを通したら必ずカットされた内容ばかり。
最近、それらの動画集を紹介する番組も多く見られるようになった。

…ISが、捕虜を生きたまま焼き殺す場面や、
 斬り落とした異教徒の幾つかの生首を串刺にして柵に並べたものとか、 
…街中の闘牛で、突刺された場面だけを特集したTVバラエティとか、
…鳴き叫ぶ水牛を、ライオンの群れが生きたまま食す場面とか、
…水牛とライオンのドックファイトとか、1対1の血みどろの死闘や、
…重量級ボクシング、異種格闘技、大相撲の迫力が圧倒的に増した。
…世界各地の絶景をドローンで空撮したドキュメントや、ドローンの
 空中レースを、ゲーマーのゴーグル・カメラ目線で撮影したもの、
…ムササビ・スーツの滑空に失敗し、地面に叩きつけられた場面集や、
…数m四方の30?の水深の水たまりに、10mの高さから飛込む場面とか、
…高度7600mの飛行機上から、パラシュート無しで地上に設置された
 30m四方のスペースのネット上に着地するとか、
…パンツ一枚の裸で機上から飛び降りた人を、モモンガ・スーツの滑空した
 人が、空中で拾って密着、最後はパラシュートで無事着地する場面とか、
…白頭鷲が赤ちゃんの入った手提籠ごと、連れ去ろうとし失敗した場面、
…大鷹が、崖の中腹にいる家族?の少年を落下させようと襲った場面とか、
  等々、過って見る機会がなかった迫力ある映像に出くわす。

 今では、ドローンが加わったため、多種多彩な場面を垣間見れる。
例えば、プール付きの豪邸の中を、小型ドローンで鮮明に撮影した
映像や、ライブの築地市場で、マグロを解体しているとか… 
買ってきたゴーグルの箱を開き、実際に装着し、その映像そのままを
ドラマ風に仕上げたリアルものも、面白い。大型4k・TVもあった。
 若者は、YouTubeに限らず、ゲーム、SNSなどを駆使して楽しんでいるが、
羨ましい限り。嫌なこともあるのだろうが。
 今日の午前中は、『タイソンKO特集』『異種格闘技』でも見ようか!

後記: こういうことでもね書き残し、晒すという行為の習慣は、数知れない
 マイナスもあるが、何か、底知れないプラス効果を、読返すごとに実感する。
 日常の流れの中で、実感を書き残すことは、垂直にフックを残すような、
 働きがある。言葉にし、さらに起承転結の物語化から沸き立つ刻印といえば、
 少し大げさだが、後から振り返ると、確かに魂の刻印という感覚である。
――――
5801,閑話小題 〜4k8kテレビの世界  ―1
2017年02月01日(水)
  * 冥途の土産に
・一昨年の暮れ、寝室にWoWoWの二台目契約をしたのと同時に、ブルーレイの
録画機を設置して一年。次は6年半経過したTVを思いきって買換え、はや一ヶ月
経過。居間から寝室にシェルター内の居場所の重点移動になる。一切、家内に
秘密で、新潟駅前の家電チェーンを含めて10軒近く、見て聞いた後、買換え
の結論を出した。少しでも家内に気づかれれば、瞬時に潰されるのは自明。
決めて納入までの罵声の嵐は覚悟の上だが、全身での罵声は覚悟としても、
やはり堪えた。敵は、この機会とばかりに普段の鬱憤を怒りこめてくる。
奥の間は、外界からの雑音が皆無ということも含め、そこは異世界である。
これをベッドでみた後、廊下を隔てた仏間のパソコン前と、居間に向かう時、
何か夢の世界から現実社会に、引き戻されつつ歩んでいる感覚になる。 
・20年以上、年末のNHKの紅白歌合戦を見ることがなかったが、早速、初めから
終わりまで、一睡もすることなく見てしまった。背景がデジタル映像を主体に
した世界に変っていた。
・更に大相撲初場所も、幕下上位から、打上げまで、ほぼ見ていた。 
最近に知ったが、これが8kの試験放送。いやに生々しいはず! 映し出される
力士だけでなく、観客の姿が立体的に鮮明に映し出される。服装、表情を見て
いるだけで飽きはしない。より立体的に、力士も行事も、砂被りの観客も、見る
ことが出来る。4kと8kの違いは、より鮮明に立体的に浮かび上がる画像の差。
・店頭の中年店員が「他は800万画素だが、これは2000万画素の異世界の映像
を映し出している」というのも実感できる。4k8kTVの情報は、東京の従兄が、
葬式で地元に来た時の通夜の席で、「別次元の明るさがあり、鮮明で、臨場感が
違う」と聞いた情報。
・そこで【長岡花火 2016】とYouTubeに入力すると… 過って見たことの映像
世界が次々と出てきた。見方によれば、現場で見るより、華やかさという面では
圧倒的に?まさっている。「4k・8k映像世界とは、これ」と現出された内容。
「人間の視力、聴力をデジタル技術で遥かに超える世界が、TV映像にも出てきた」
ということ。3Ⅾが最近、話題に上がらなくなったのは、対象が立体的になった
ためという。
・グーグルが、ストリートビューを美術館内の芸術作品で始めた。まだ出だし
だが、世界の名画が、パソコン、TVで本物よりも本物らしく映し出される時代
になった。8kの次世代の画面の段階に研究は進んでいるという。あまり長生き
をしたいと思わなかったが、ここで、少し気持ちが変化をしてきている。

――――
5804,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −2
2017年02月04日(土)
  * 鮮烈荘厳で神秘に満ちた粟粒の光景
たまたま、7年前の写真家・白川義員の文章があった。
4k8kTVで、YouTubeサイト、『世界の秘境 高画質』などで検索すると、
次々と息をのむ光景が出てくる。それも現場で見るのと遜色ない神々しい
シーンなら… 何おか言わんである。4k8kのビデオカメラから映し
出された世界中の秘異境の高画質のものなら、感動しないわけがない。
間違いなく旅先で神秘的な光景を見ることが出来るとは言えない。絶妙な
天候などで、外れる可能性を含んだ上で、その神々しい光景との一期一会の
出会いが感動を高めてくれる。 『長岡花火 フェニックス』と、音声入力
をすると、現場の裸眼で見るのとは違った高性能カメラが映しだす信じがたい
色彩の花火が息もつかさず現れ出てくる。 以下の文章にある、
<スゴイ景色との出会い>が、現場とは違ったカタチで、TV画面を通して、
気楽に見れる。 毎日、その画面を見て、独り溜息をついている。
秘異境での光景との出会いが沈殿してあることもあるが。 
それもこれも、高質な『キーワード』に順じて写真、映像が出てくる。
経験があればこその『キーワード』であり、映像である。これが、プロだけで
なく、一般人が高性能のデジカメを持てる時代の産物である。 例えば国際線の
機長が、機上で目にした下界の光輝く景観の写真集を、図書館で見つけたことが
あった。機長しか見れない光景だからこそ素晴らしいのである。
 娑婆に執りこまれていては、見ても見えず。そちらから、娑婆を新たに
見れば、内幕情報とか何とかなど、何おかいわんになって然るべきになる。 

――――
5833,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −3
2017年03月05日(日)
   * 現在も驚愕の日々が続く 〜ドローンで空撮
 昨年の秋に東京の葛飾に住む一回り年上のカメラマニアの従兄から、
「4kTVと、ビデオカメラが如何に素晴らしいか」を教えてもらい、寝室の
6年半使用のTVを少し早めに買換えた。当然、さほど余裕がない立場の身、
家内からの激しいバッシングを受けることに相成った。 従兄が語った
「私は進行ガンで老老介護の日々。生まれるのが10年早かった。ドローンに
8kカメラをつけて、名所の自然を空中から撮ってみたかった!」という悲鳴
に近い口惜しさが直に伝わっていた。そこで一月かけて、4kTVとは如何なる
ものか、家電店を10回近く見て回った。特に「ソニーの‘ブラビア’は別次元
の世界に誘う。4kだが実際は8kに近いしろもの」という殺し文句を数人の担当者
から聞くことができた。 人間の視覚を遥かに超えた4k・8kの画面は、現地
で見るより数倍に視覚能力を持つ。 TV検索によるネットサーフィンで昨日、
行きついたのが、
<ハネムーンに400日! BBCも取り上げた日本人夫婦の仰天新婚生活>の映像。
 そういえば、去年の暮れに話題になりワイドショーで取上げていた。
  〜ネット検索によると〜
【 「一生分の夫婦の話題づくりをしよう」
 そんな一言から、ある夫婦の壮大な旅路が始まった。関西国際空港から飛び
立った2人は400日をかけて地球を一周、48か国を巡った。2人は自分たちのこと
を「ハネムーントラベラー」と呼ぶ。400日間の世界一周旅行は彼らにとっての
新婚旅行だったのだ。新婚旅行で世界一周というのもユニークだが、彼らの旅
にはもうひとつ独特な試みがあった。行く先々でドローンを飛ばし、世界各地の
名所の空撮映像をSNSで公開していたのだ。これをイギリスの国営テレビ局BBCが
報じたことによって、2人はいちやく有名人になった。千貴さんがネット上に
アップした一連の動画の合計再生数はいまや1000万回を超えるという。
400日間もの旅路は夫婦に何をもたらしたのか、そして夫婦を旅にいざなった
ものは何だったのか。2016年8月に日本に戻った。新たな生活を営み始めた2人に
話を聞いた。<ドローンから撮影した絶景はこちら> 】
▼ 従兄も、これを見たのだろうが、写真マニアなら実に無念のはず。
 私が50年かけて51回、合計延べ500日間、予算が3500万円。 
この二人は、予算500万で、400日。家賃3万円のアパートに暮らし、徹底した
節約生活を送り、2年でこの大金を貯めたという。それにドローンに4kビデオ。
何とも羨ましい限り。プログラマ―のため、仕事で路頭に迷うことがないという。
2人の行先の多くが重なる… 毎日、真昼間から寝室に籠り、異世界に入り込む
のも、変といえば変だが、それでも精神は異世界で羽ばたいている。
 〜で、再び、文脈が、去年の同月同日の内容に続く。

ー―――
5834,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −4
2017年03月06日(月)
   * 世界の絶景をドローンで空撮
 新婚旅行で行き先の絶景をドローンで空撮をしながらYouTubeに進行形で投稿
した録画の新鮮さが、バズって世界中で大ヒットした。ごく普通の人が、2年間、
節約した金で世界各地の絶景を空撮した切口と、絶景録画が何とも素晴らしい。
 数日前に、かつて録画していた世界絶景紀行のボリビアのウユニ湖の紀行モノ
をみた。ここで現地ガイドが、サービスの一つとしてドローンで空撮をした画面
をタブレットで、見せていた… 南米の僻地でも、時代の先端をいっている。
その録画から見える絶景が美しかったのに驚いた。YouTubeで検索で、出てきた
星座群と、湖面に映しだされた輝きはTVでも感動もの。4kビデオ+ドローンの
空撮は、空中からの自撮りも、空中探索も可能になる。
  〜2人のネット記事から〜 
【 ● 彼らの旅を彩ったのが、ドローンによる空撮だ。
 いまや旅人が自身の写真や動画をとり、SNSに投稿する行為は珍しくないが、
これほど大掛かりなガジェットを使うケースはなかなか稀有。ーなぜドローン
だったのかー 夫の千貴さん曰く、それは「たまたまだった」という。
「もともと考えていたのは、2人一緒に並んだ写真をいっぱい撮ろうということ。
世界の観光地の写真は綺麗なものがネット上にいっぱいあります。でも2人の
写真は僕たちにしか撮れないから、自分たちのために残したかった。でも旅行が
近づいたある日、YouTubeですごく格好いいドローンの空撮映像を観たんです。
それで、2人の記念撮影とドローンを組み合わせたいと思いました」
いまYouTubeに「ハネムーントラベラー」と打ち込むと、千貴さんと真理子さん
が撮影した数多くの映像を視聴できる。映像の始まりは、どれも仲睦まじく並ぶ
2人の姿から。ドローンが空高く上昇するにつれて2人は小さくなり、やがて息を
のむような絶景があらわになる。千貴さんは「正直なところ、行く先々で撮影した
映像をネットに投稿していればバズるかなー、なんて気持ちもありましたけど、
BBCにとりあげられて、世界中の人に見ていただけるなんて想定外」とはにかむ。
  ● 2人が旅から得たものは?
 ドローンを持参したことで、確かに2人の旅はより実りあるものになった。
例えば、通常の視点では気付けない風景を知ることができたという。…(略)
上空から見ると、二つの川の水の色がぜんぜん違うのです。些細なことですけど、
すごく得した気分。また、ドバイの人工島を空撮した時のことも忘れられません。
パームとはヤシの木のこと。この島はヤシの木の形をしていることで知られて
いるのですが、自分の目でそれを確認することができました。上空から見ない
とわからないことって、意外とあるんだなと気付けたんです」
 また、ドローンを通じて、地元の人々と交流を深められたことも貴重な体験
だった。ドローンの映像には、さまざまな人々に囲まれる2人の笑顔が映っている。
千貴さんは「地域によってはドローンを見るのも初めてという人もいて、撮影を
していると珍しがってくれました。ドローンのコントローラーには空撮している
映像をリアルタイムで確認できるディスプレイがついているのですが、
『自分たちが住んでいる場所を初めて空から見た!』と喜んでくれたんです」と。
 そして、ドローンを使った一連の経験は、千貴さんに新たなキャリアを提示
している。BBCにとりあげられて以来、世界中から映像作家としての仕事の
オファーが舞い込むようになった。ニューカレドニア、タイ、南極、日本国内と、
最近の仕事だけでも多岐に渡る地域を股にかけている。記者が取材した当日も、
「明後日からまた海外に出発です」ととても忙しそうだった。

▼ ドローンの空撮も、4kビデオも、カメラもデジタル技術の飛躍的進化の
 結果である。ますます空撮などの面白いのが世の中に溢れることになる。
この5〜6年、週一度はシネマ館に通っているが、これも特撮などデジタルの
進化で圧倒的に面白くなっている。それを最大限に利用して楽しめるのも時代
からの贈物。ハリウッドの連続モノドラマ『CSI』に、サイバー犯罪シリーズ
があるが、近未来の世界の先取りで面白い。 長年かけ培ってきた感謝、感動の
受信能力がデジタル技術で拡幅してくれる時代! それこそ有難いことだ。
〜 で、偶然、「黄金の時間をデジタル化して伝える」という文脈として続く。

ー―――
5835,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −5
2017年03月07日(火)    
     < 体感!グレートネイチャー!「奇跡のビッグウェーブを追え!
           〜アメリカ ハワイ〜」(BSプレミアム)2月25日21:00
  * ビックウェーブのド迫力
 映し出される映像の圧倒的迫力に魅入って自分に、「いい歳をして、何を
しているのか?」の内なる言葉は軽く打ち砕かれる。ムササビスーツを着て、
頭の先にビデオカメラを装着してムササビのように滑空する録画や、大津波で
流される街の衝撃的映像を見るにつけ、魔物に憑かれたように冷静に見ている
自分に驚かされること屡々である。
 大空に展開されるオーロラや、アフリカのサバンナの野生動物の生死をかけて
生きる姿は、現地でないと分からない。 が、現在のデジタル技術は、それを
カバーするところがある。その一つが高さ20mのハワイの巨大サーフィン! 
色々な撮影手法で迫力ある波間の一瞬を映しだす。ハワイには、様ざまな要素
が重ねって神秘的な大波が打ち寄せる!
  〜NHKの説明では〜    
≪・ハワイ・オアフ島ノースショア。真冬になると巨大波が押し寄せる海岸線。
 20mもの波はエメラルド色の分厚い壁。重低音を響かせて白砂のビーチで
砕け散る。取材班は熟練のサーファーとともに、巨大波を追跡。目の当たりに
したのは高さ15m、5階建てのビルに匹敵する巨大な波。キラキラと輝きながら
刻々と形を変え、まるで生きたガラス彫刻のようにうごめく。 
 波の先端が丸まって円柱型のトンネルが形作られる「パイプライン」。
その内側の世界を熟練サーファーに取り付けた小型カメラで写し取る。
・なぜノースショアには大きな波が到来するのか?ハワイ諸島の空と海を縦横
無尽に探索し、たどり着いたのはホットスポット型噴火によって点々と並んだ
ハワイ4島の絶妙な位置関係。日本の嵐に端を発した波が、巨大波となって
たどり着く奇跡的なメカニズムだった。今までのグレートネイチャーとは一線
を画す、清涼感あふれるエンターテインメント大作。巨大波が放つ圧倒的な
自然美をたっぷりと体感する。≫
――
▼ サーフィンに魅入られ移住してきた父親と息子。父がパイプラインの中を
 サーフィンする一瞬を撮影する。本人の頭にはカメラがある。その迫力ある
映像の世界は見ている者にも共同体験の錯覚をもたらす。去年あたりから、
メガネ型動画プレイヤー が家電店頭に並ぶようになったが、これが次世代の
バーチャルの世界? あと10年、生きたくなってきたが… 3年間に圧縮可能?
 もっとも、今どきのハリウッド映画の世界は、バーチャルそのもの。
「達磨さん、ちょいとこっち向け、世の中は、月雪花に酒に女だ」の禅言葉が
あるが、毎週、異次元世界を見ているのに、今さら何を? 
 …で、次は「パンプローナの牛追い祭」 その次は、「リオのカーニバル」
「イグアスの滝」「グトルフォスの滝」「イスラエル巡礼の旅」。 …行って
見てないが、「メッカ巡礼」の集団礼拝が面白そう。 
  <行ったつもりの世界異境の旅>のテーマがコンセプト?

――――
5837,閑話小題 〜4k8kテレビの世界 −6
2017年03月09日(木)
   *「感激・感動・感謝」は一つの能力?
 最近、考えたことは、<「感激・感動・感謝」は、至高体験などの積み重ねで
つくられる‘能力’ではないか>という内なる問いかけ。感情の豊かさとは触媒に
より立ち起ったこれらの感情の蓄積で培われた情念の質量ではないかと。
 恋愛感情も、そうかもしれない。 毎日、飽きずにTVをみて、読書をして、
ネットサーフィンをし、毎週、シネマ館の映像に感激、感動する。これも知らず
と感情を豊かにしているのでは?…と。今ではWowowなどで映画が無尽蔵に流され、
知らぬ間に大きく影響を受けてしまう。しかし、あくまで受動態でしかない…
 人生を、この3つの感情の視点で振り返ると、如何に多く至ったことか。
どの場面で、それに至ったか? そこに、人生の秘儀があったような。汗と涙が、
そこにあった。これに至る前には、まずは「驚き」がある。いや、この感情の後
にもある? その結果、「これは何だろうという問いが立つ」ことになる。 
触媒により「感激・感動・感謝」の激情が立り上り、触媒に対する「問い」の
積み重ねが、人生を前向きにし、豊かにする。それが18歳までに作られた壁に
気づき、乗越える原動力になっていく。 その壁の厚さの程度が「世間人指数」
の高い人。日常に圧し潰され、常識をそのまま信じて、疑いもせず一生を終える。
これを壊すのは、「感激・感謝・感謝」の積重ね。 これが脳をクリアーにして、
「バカの壁」の存在に気づく切っ掛けとなる。今では、TV画面を通しての触媒が
中心だが、それでも探しただけ、無尽蔵に『本当かよ!』が現れ出てくる。
 この程度でも… まだまだ日々が面白い。明日のシネマ館は何をみるか? 
カミさんは数日前に??で「○○ショー」で、私は寝室でTV…。家庭内格差は
広がるばかり。「山は向こうから来ない、歩いていくしかない」のは分かって
いるが、腰痛持ちの身の私は… ああそう、長年かけた4k8k並みの「感激・感動


6410,閑話小題 〜久々のYouTube! ー1

2018年10月01日(月)

    * TVのYouTube三昧
・Youtubeといえば、2年程前に寝室のTVを買い替えた時をキッカケに本格的に
見るようになった。それまでPCで見ていたが、4k・8kを記録するビデオ撮影と、
一桁以上、画面が鮮明になった大型TVとでは、面白さ、迫力が全く違う。
大型TVとPCとでは、シネマ館とTVの差と同じ位の差。 当初から、
その生々しさに嵌ってしまったが、今では月に1〜2度になっている。
次々に放映さる映画、ドラマ、大自然の景観ドキュメントと、数年の間を
かけた録画にエネルギーをとられているためもある。

・まずは街中の闘牛祭りが面白い。放たれた闘牛に命をかけて立ち向う男たち
と共に街中のギャラリーが楽しむ祭りが圧巻。幾つかの国々で行われているが、
これが見ていてハラハラの連続。プロたちが招待され参加しているのもある。
年々、ビデオ撮影機が良くなったためか、迫力が増している。今までは聞こえ
なかった興奮した闘牛のうめき声と息遣いを拾いだすのが最近の特徴。
ギャラリー受けを狙った生死の際(きわ)を愉しむ遊びが故に面白い…

・映画、ドラマの合間の気分転換や、気分が塞いだ時に丁度良い。TVも考えて
みたら、情報機器の最たるもの。スマートフォン、タブレットPCと共に、進化の
速度は止まらない。 年内に、4k・8k専門チャネルが開局するが、これを境に
映像世界は大きく変化する。 暇な人間なればこそ、激しく面白い時代である。
                     
後記) YoutubeとHP内検索をすると、何やしら如何でもよいことを真剣に
 書いている自分がいる。これだけの画面の鮮明さと、思いもよらない場面と
毎日のように、遭遇すれば、興奮するのは仕方がないと、日々口実?になる。
しかし、今さら気どっても致し方がない。面白いものは面白いのである。
他人様の感性は分からないが、信じられるのは、自分の感性だけ。何ごとも、
決めつけないで、純真に、映像としても向き合うことしかと思うが…          
 黄昏の時節、もっともっと、「馬鹿の壁」を乗越えたかった!
< 上を見れば、キリがない。下を見れば、底(其処)がない。
 横をみれば情けない。 > 
その「情けない!さえ、自覚できない奴ばかり? 無知なるが故に、
人は生きていける! まあ、他人様のことじゃなくて、私自身のこと! 
                         〜つづく
――――
2017/06/17
閑話小題 〜話題の「4k、8kTV」とは 
   * 2k、4k、8kTV
 家電チェーンのチラシ広告で目につくのが大型薄型TV、とりわけ4kTV。
その上に、4k有機TVである。去年暮れ、寝室に、その4kTVを購入して、
視覚世界が一変して現在に至っている。居間中心だった生活が、寝室に移動し
てしまった。「2k、4k、8kTV」とは何か、その「k」とは何かを検索して
デジカメで画面に使われている解析度「千」の省略用語「k」と、知った。
 〜ネット検索で調べると〜
≪ 現在、我々がみているデジタル放送は、フルハイビジョンといわれる規格で、
 解像度は1920×1080ピクセルで約200万画素相当。今、次世代の規格として注目
されている4K映像は解像度3840×2160ピクセル、約800万画素相当で、フルハイ
ビジョンの4倍の画素数からなり横方向の画素数が約4000ということから4Kと
呼ばれている。実はこの4Kのさらに先をいく、スーパーハイビジョンと呼ばれる
8K映像の研究が現在進められている。8Kは、現在のフルハイビジョンの16倍に
あたる7680×4320ピクセル、約3300万画素という超高精細な映像を実現します。
フルハイビジョンのテレビは、画面の近くに寄ると液晶のドットを視認すること
ができますが、8Kの超高精細なディスプレイではどれだけ画面に近づいても
液晶のドットがわからないほど精細です。そのためそこに映し出される映像が
あまりにリアルに見えてしまい、画面に映った映像と認識できないほどです。≫
 ―
▼ 7年前に購入したTVは、ハイビジョンだったので100万画素とすると、
 寝室の新たなのものは800万画素+40%アップしたもの。とすると、居間の
TVの10倍は鮮明な画面になる。これでは手放しで感動して当然である。
同級会で、それを説明すると、「その結果、何が如何、違って見えるのか?」
と、素朴な疑問。直感的に答えたのが、「大相撲のTV観戦を例にとると、
これまでは、土俵上の力士と行司だけにピントが合っていて、土俵周りまで
関心がいかなかったのが、観客のファッションとか、所作まで鮮明に見えて、
今日は、どんな人が、どんなファッションで、どんな連れと同伴しているか
などを見るようになった。個々が浮き上がって鮮明にみえる」と答えると、
納得したようだ。スマートフォンのカメラ機能で、画素の違いは判るだろう。
8kTVの一般の普及は、7〜8年先のようだ。ところが、今度は「4k有機TV」
が出てきた。8k並みの4kTVと、有機TVの話題は次回に… 

後記:確か、これまで何回かテーマにしていた?と、HP内検索をすると、
あるある! 閑というか、おバカというか… 両方! 
ツアー御宅、カウチポテト御宅、ブログ御宅、ポタリング御宅、居酒屋御宅に、
晩酌御宅に、瞑想御宅…  まあ、お寂しいことで。
――――
2017/09/02
閑話小題 〜またまた、4kTVの話題 
   * 4kTVを入替えて8ヶ月
 去年暮れに、寝室のTVを7年ぶりに入替えた感想を何度か書いてきた。
その1年前に、ブルーレイを入れ、WoWoWの2台目契約をして、1年分の
映画、ドラマ、海外旅番組など、私専用の300本を録画していたこともあって、
毎日が面白さが格段、上がった。その上、TV画面がフルハイビジョン以前の
100万画素から1100万画素にアップ。0・3の視力が3・0になっと同じようなもの。
更に、ネット配信で、YouTubeなどの映像が自由にみることが可能になった。
これは、生のリアル社会より、虚構のドラマや、旅人の代行をするレポーター
の映像に埋没する「オタク」に陥ってしまう。 まだ、スポーツジムと、
早朝のポタリングと、図書館と、随想日記で自己主張の外出が組んであるため、
平衡感覚を保てるが。
 5〜7年スパンで、TVを入替えてきたが、7年前に入替えた時の驚きも大きく、
日常のTV生活が大きく変わってしまった。地上波の全ての番組を自動録画を
28時間分してくれる。ゴールデンタイム19〜24時まで設定すると、約5日分を
録画をしつつ、過ぎた分を消していく。これでゴールデンタイムの気になる
番組から開放される。その分、録画したドラマや、BSの番組を見れる上に、
録画機能が内蔵されているのが、意外と便利。イチイチ録画機を立ち上げる
ことなく録画を呼出せるのが、便利になっていた。ところが、今度の4kは… 
 ということで、ますますオタクバカになっている。
〜HP内検索をすると、よくぞ!と感心するほど、詳細に書いていた。
 余程、閑とみえる。
  
――――
2017/06/06
閑話小題 〜居間のTVが寿命に
  * 居間のTVが寿命に
 去年暮れに7年以上使った寝室のTVを入れ替えた。4Kのアンドロイド機能の
ついたものだが、異次元の世界に迷い込んだと錯覚をするほどで、評価は100点。
ソニーのTV画面、最高の出来というだけはある。
居間は旧来のもので、それぞれ3〜4時間は見ているが、新しいTVと旧式の画面が、
覚醒前と覚醒後の精神世界の違いは、かくありと、その都度、考えてしまう。
 まだ発売されてないが、8KTVとなると、如何なるものか。寝室の旧式TVは
7年以上使ったが、2年前にブルーレイビデオを購入したと同時に、WoWoW
の複数契約をして、映画・ドラマ、ドキュメントなど300本を限度一杯の録り
溜をしてきた。面白そうな順にみているが、自分がセレクトした内容もあって、
どれも面白い。これにYouTubeの映像を見ると、寝室で一般放送を寝室で見る
ことは、ほぼない。アンドロイド機能で、Amazon、蔦屋、グーグルなどの、
レンタル映像は、ネット経由。ということは、既存の電波の経由は、あまり
見ないことになる。既存放映の受動選択が、ネット経由の能動選択に様変わり
ということになる。それにしても、半年前までは想像もできなかった、驚き
の日々である。
 〜5ヶ月前に、書いてあった内容より〜
≪ 閑話小題 〜シェルター内事情 2017/01/05
   * 居間から寝室へ重点移動
★ 一昨年の11月に寝室のTVにWoWoWの二台目契約をした上で、ブルーレイ
 を入れて13ヶ月、経過した。 居間では外界の音が入ってくるが、寝室は、
ほぼ無音状態。この間の録画数が300本を超え、限界状況の表示が出てきた。
今では録画する都度、優先的に何かを見るか、消しているが、これは、
『録りだめしても、二度と見ないのでは?』の対策がある。映画に飽きた気分
転換に、小まめに録画一覧を見て、頭部分だけを見るのもよい。
 習慣的に見ていると、これ自体が面白くなる。 また再び続きから見るのも、
連続ものを見るようで抵抗がなくなる。 面白いものは、何があれ面白い。
★ 年末年始の一週間、面白い番組が目白押しのためベッドにクギ付け状態。
 それに飽きると、廊下を挟んだ仏間の一角のパソコン前に移動するか、居間
まで出張をし、お茶を飲む生活。その寝正月も、昨日からはスポーツジム通い
が始まり、TV漬け生活も終わった。といっても、図書館と、スーパーの酒と、
ツマミの買出し、が加わるだけだが。 6年続けてきた、週一のシネマ通いは、
今年から減らす予定。ベッドで映画を連日見れば、二週に一度で充分?だが、
実際はどうなるか。『こんな生活、飽きない?』という声が聞こえてきそうだが、
そうでもないから困ったもの。雪国の冬場は「晴耕雨(雪)読」で、シェルター
に閉じ籠りを楽しむしかない。
<50歳代の還暦までの10年間に、30年分を圧縮して生きる>が、実際に、
そこまで出来たかどうかは別としても、この年齢になると、気持ちを穏やかに
させてくれる。老いの愚痴、怒りは、世間的制約で、出来なかったこと、実践
できなかった、不燃焼が起因している。で、攻撃は、弱者や、社会そのものに
向かう。次々と立ちあらわれるフラッシュに、独りごとを呟く自分がいる。≫

▼ そうこうみると、高齢者の7割が自宅引き籠り、そのままになる。人間は、
 直ぐに適応する。日々が新鮮で、かつ面白ければ、これで良いじゃないかと。
居間のTV、何か相性が良くて、いや、良すぎて、家内と時間配分をして、一日、
10時間?は見ていた。7年余りでガタがくるのは当然。で、私は、おバカに。
今更だが。 で、居間のTVは? 可能な限り持たせて、次世代の到来を待つ?
脳の奥から、『黄昏に、TVや、こんなのを書いてないで、古典などをジックリ
と読み込んだら!』の声。

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2016/12/27
閑話小題 〜ウィングスーツ
   * ムササビスーツの飛降り映像がリアルに
 TVやYouTubeの映像で最も興奮してみたのが、ムササビスーツを着て崖から
飛び降りる映像。小型ビデオカメラを頭に付け飛降りる映像は見る者にも、
臨場感を与える。時々TVでも放映されるが、これが迫力満点。着陸失敗の激突
映像が今でも目に焼き付いている。最のシネマに、これを使ったシーンがあった。
 それにしてもムササビからよくぞ思いついたものである。
  〜ウィングスーツで検索すると
≪・ウイングスーツは、1990年代中頃にフランス人スカイダイバーのガヤルドン
によって考案された、手と足の間に布を張った滑空用特殊ジャンプスーツである。
ムササビスーツと呼ばれることもある。
 1999年にはフィンランドのBIRDMAN社から世界初の市販ウイングスーツが発売。
また飛行機の翼のようなタイプは「ウイングパック」と呼ばれ、カーボン
ファイバーなどで出来た硬い翼を身に着けて滑空する。
ウイングスーツで飛ぶことを、“スカイフライング” と呼び、
ウイングスーツで飛ぶ人のことを、“ウイングスーツ・パイロット”、
“ウイングスーター”“スカイフライヤー” と呼ぶ。
・スカイダイビングのように飛行機やヘリコプターにより上空からや、高い崖
からの “BASEジャンピング” により飛び降り滑空する。空気抵抗を増やす
だけでなく、揚力も発生するようになっている。
翼タイプの「ウイングパック」ではジェットエンジンなどの推進器を付けるなど
して速度、飛行時間を増大させている。また軍事目的としても開発されている。
最高時速は200km以上に達し、着陸の際は、事前にパラシュートを開いて減速し
着地する。
・2011年5月28日、米国カリフォルニア州にて、伊藤慎一がウイングスーツ世界
最長飛行の自己記録を更新。高度32,000ft (9,754m) から降下し、23.1kmを時間
5分22秒で飛行した。同時に、ウイングスーツでの最高水平速度世界記録363km/h
も達成する。 2012年5月26日には、ウイングスーツ水平飛行距離26.9km。
総合飛行距離28.7kmを飛行し自己記録を更新、通算5回の世界記録を達成する。≫
▼ ミスがそのまま死につながるから恐ろしい。バンジージャンプでも、
 あれだけ恐ろしかったのに。そこで思い立つのが「メガネ型動画プレイヤー」 。
これで見たら気絶するのでは? 最近では有機画面の生々しいのもある。
「生きているうちに、こんな経験するとはおもってもみなかった!」と、体験
直後の中年女性がインタビューに答えていたが。 さもありなん……

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2016/12/19
閑話小題 〜何だ何だ?
   * ユーチュブが変わっていた
・久しぶりにYouTubewoをみたが、様変わり。ネット社会は日進月歩である。
ドローンに搭載した4Kカメラによる空からの映像が壮観。また野生動物に
近づいて揶揄う映面も迫力がある。玩具の小型ドローンで、家庭の犬猫を
揶揄う画面が面白い。
・グーグル・グラスの映像も以前とは違っている。 興味のある電化製品の
商品説明を売場担当がコト詳しくする説明をする映像もある。これは売場で
聞くのと遜色ない。 
・他にはソニーとパナソニックのアンドロイドTVが面白い。これはパソコン
機能をTVに融合したもの。YouTubeに、「4K・築地」と入力すると、4K
で録画した築地のマグロ解体の場が出てくる。やはり、長生きをせねば。
    

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