堀井On-Line



6075,閑話小題 〜珍獣と珍ころ ―1

2017年10月31日(火)

   * 珍獣と珍ころ
 珍獣とは姉の一人が私につけた嫌みの名称。もう30年になる。数ヶ月前に亡く
なった連合いが元専売公社の事務方だったこともあり、転職、転業のキャリア?
を繰返してきた私を揶揄したあだ名。まあ、面白いと感心し、納得したが、軽蔑
のニュアンスが含まれていた。ジャングルの獣の餌は自前。そこには、命をかけた
スリルとサスペンスが日常になる。考えてみれば人間の本質は、「獣」と「神」
のロープ上を右に左に揺られながら渡るようなもの。そこで「珍獣」の言葉を
逆照射した言葉と、思い浮んだのが「珍ころ」。「コロ」は犬とすると、適当。
 そこに、「珍獣」と「珍ころ」の対話が自然と生じる。
珍ころ: あんたよ、「変わってるな」と皆が言ってるよ。
珍獣: あんたは、家畜の群れと何ら変わらない! 温むには良いだろけど。
珍ころ: 何時も、がつがつ餌探し。それもこれも、群れに適応できないため。
    少し尻尾の振り方を身につければ良いだけなのに。
珍獣: 餌が暫く穫れずに、久しぶりに穫れた時の喜びと味を知らないだろう。
珍ころ: あんたが、何で珍獣と言われるか、知っとるか。雑食だからさ。
珍獣: 雑食も何も、ありゃしない。とにかく群れたくないと心に決めて、直接、
    自然界に触れて、活きた感覚を得たいと、20歳頃に決心したためさ。
    尤も、父親に誘導されたところもあったがね。
珍ころ: お前のような奴が、庭先や、近所でウロウロするのが目障りそのもの。
    見ていると、潮流に流され、成行きでしか生きていないんじゃないか。
珍獣: 何を言いなさる。それだから面白いんじゃないか。だから、あんた達が、
    仲間内に気を使っている分、外界に全神経を使うしかない自分を楽しめる
    じゃないか。
珍ころ: 右上がりでは、その好きなことが出来るのが羨ましかったが、右下がり
    で、時代変化の激しい時代に、己だけの感覚で生きるは長い目でみて、
    リスクが大きすぎるのではないか、それで、弾け出されたじゃないか。
珍獣: だから、長年かけてリスクヘッジを人知れず、したきたんだ。そんなのは、
    幼児の頃から両親に教えらた当然の知恵と体質。とはいえ、脇が甘いのも
    自覚している? 
珍ころ: これ、志村けんと加藤茶のコント「ぼけ老人」のような内容じゃないか。
珍獣: そう、コントだよ。要するに理解しようがない2人が、ひたすら聞いている
    ふうをして、自分の話を垂流しているだけのこと。それが娑婆じゃないか。
珍ころ: なるほど、「馬鹿ちがうねん。アホやんねん」ですか、二人とも。
    ところで、珍獣にみえたオマエさん、行方不明だった、あの珍ころ?

・・・・・・
2016年10月31日(月)
5708,閑話小題 〜今どきの冷凍食品

   * 今どきの冷凍食品
 何度か取上げたテーマだが、最近の冷凍食品が‘妙に’生々しく、美味しい
ので、再び取り上げる。不景気もあるが、ファミレスやサイゼリアなどに卸して
きた冷食メーカーが、コンビニやスーパーに販路を求めた図式である。
これが、今ではメーカーがネット直販が本格化を始めている。
当然、本格的味であり、それが進化している。TVのワイドショーも、最近、
その幾つかを紹介を始めている。このところ、外食の機会が少なくなったのは、
冷蔵庫に買貯めの冷凍食品のため。
 スぺゲッティ、ピラフ、ドリア、ラーメン、ヤキソバ、炒飯、惣菜など、
そのままレンジにかければよい。問題は、完成品がそのまま冷凍してあること。
特にスぺゲッティとピラフの種類が多く、味はイタ飯<サエゼリア>と遜色ない?
最近、目につくのがジャンボサイズ。これが夫婦二人で丁度よい量になる。
これまで、食品売場の片隅に追いやられていたコーナーが、今では大スペースに
なって多くの種類を置くようになっている。共働き家庭の家事の削減に、レンジ
に入れるだけで済むのも良いのだろう。思い立って、「やき上げたステーキ」が
ないか調べたが、ローストビーフはあれど、焼きあげステーキは見当たらなかった。 
 瞬間冷凍の技術とマシーンの小型化がすすめば、料理屋が手作り料理を冷凍
をした直接販売が可能になる。面白いところではリンガーハットのメイン料理の
「長崎チャンポン麺」が店頭に並んでいるし、ネット上で直販されている。
これがけっこう美味い。新聞広告で、一週間分の冷凍宅配弁当をみて、何か不味
そうなイメージだが、これなら大丈夫。『冷凍食品など、不味いに決まってる』
の思い込みを捨てて、頭を軽くしておかないと・・ 何か面白い時代である。
 苦節10年の料理の修行が、むしろ必要としない時代でもある。それは、どんな
に積上げても、次善の味でしかないためである。恐らく、ある料理のタレを、
スマフォのアプリで、その場で、一番近いか、それ以上の、メーカーの供給先に
辿りつける時代が、来ているのかもしれない。それより、『これ不味い!』と?
情報化の時代、『与太郎』を決め込む生き方もある。怠け者はは寝ていた方が?

・・・・・・
2015年10月31日(土)
5343,閑話小題 〜電動アシスト自転車を乗り始めて6年

  * 電動アシスト自転車を乗り始めて6年
 6年前の、この31日分の文章をみると電動自転車のことが書いてあった。
まる6年間乗ったことになる。年間200日×6年=1200日。さらに一回15キロ
として1万8千キロ走ったことになる。地球半周近くになる。2年前に、4年間
乗ったマウンテンバイクから、現在のクロスバイクの乗り換えたが、今では
早朝の日常生活の一部になっている。それまで、殆ど、自転車に乗ることは
なかった。しかし、これを乗りつけると便利な代物。 しかし、何故か街中で
見かけることが思ったより少ない。買換えの時期に来ているママチャリに
電動アシストを家内に勧めても、「近くだから必要ない!」の一言!
試乗を1〜2度しても、いま一つピンとこないようだ。あくまで、スーパー
の買い物の手段としてしか見てないため。乗っていること自体を楽しむ、
着想が持てないため。こうした感動を書き残していると、当時の光景が、
そのまま伝わってくるからよい。
――――
3131,期待どおりの電動自転車
2009年10月31日(土)
 注文をしていた電動自転車が一昨日届き、昨日の朝、さっそく試乗したきた。
自宅は長岡駅裏から歩いて10分ほどにあるが、長岡駅前から歩いて20分の
ところにある大手大橋まで12分で着いた。信濃川を渡ったところにある
ジャスコには15分、ユニ系のSCのアピタまでは20分かかった。
その先にある長岡大橋から駅前近くまで戻って、家に着いたのが45分後。
万歩計をみると、2500歩になっていた。45分というと5500歩、半分
近くこいだことになる。 疲れは、ウォーキングと同じぐらいである。
 これまでは月に一〜二度ママチャリに乗るぐらい。一日一万歩を目指して
歩いているので、自転車にはほとんど乗ることはなかった。だからスポーツ
タイプで、6段切り替えで、かつ一対二のアシストの自転車を乗った驚きは
大きいのは当然のこと。一対二のアシストというと、人が一の動力をかけると
二倍の加速がかかるもの。自転車は発進時の加速と、登り坂に力を要するが、
その時に特にペダルに力が更に二倍加わるから、何か異様な感がする。
線路の下をくぐる地下道の登りとか、信号待ちの後の加速とか、大きな橋まで
の登り坂とか、けっこう起伏がある。そのストレスがゼロで、平らの道路で
ペダルをまわす時の加速も三分の一で済むのだから、非常に楽になる。
電動自転車は、法律でアシスト一対一から、一対二が認められたことで、
爆発的に普及するような気がする。 ただ、通販で注文して送られてきた
電動自転車を組み立ててくれた長男が忠告した「すぐに、盗まれるよ」
というのも分かる。小型のためボックスカーに、そのまま乗せる事が可能
だからである。一年ほど前に、家内に電動自転車を買おうかどうか相談したら、
「友達が買って直ぐに盗まれてしまった。まだ、珍しいからで、あと数年先が
よいんじゃない」といって、買うのを止めた経緯もあった。スーパーや、
駅前などは、当分は置けないが、その時はその時ではあるが。 驚いた!
・・・・・・
2013/09/24
閑話小題 ー 二代目のスポーツ自転車
  * 二代(台)目のスポーツ自転車
 注文していた電動アシストのクロスバイク(自転車)が、一昨日、自転車
専門チェーンの「あさひ」に届いたと連絡があった。4年間乗ったマウンテン
バイクについで二台目のスポーツ自転車になる。 まずスピードマウンテン
より2倍近く出るのがよい。これで何が変わるか楽しみだったが、単純だが、
一時間のポタリングの周遊範囲が自動的にスピードに比例し二倍になった。 
 なるほど人間と同じで、機能に制約されていたのである。人間も知識と情報
により左右されるのと同じ。もっとも乗る前から、コースをどこにしようか
考えてはいたが、実際に走ってみると見えてくる。信濃川の土手の二つの大橋
一周から、土手の下にある河川敷のコースも見つけ走ることにした。
当面は、秋という季節柄、一時間から一時間半から二時間とすると、三倍の
距離、走ることになる。連休と物珍しさもあるが、朝夕、買った当日と昨日、
二時間走ってきた。 乗り心地は、MTB(マウンテンバイク)は、小回りが
きいて、軽く、目線が地面に近いローラースケートという感じだが、クロス
バイクは、ズッシリとして、目線が高く、スピード感がある。今までレース
タイプにスイスイ追い越されていったが、今度は、追い越す方に移行するが、
4年間、MTBを乗ってきた者にとって、大きな違いになる。 
欠点は、一時停車の時、つま先立ちでなること。しかし、スポーツ自転車の
基本は、つま先立ちになるまでサドルを上げることというから、一週間位の
訓練で身に付きそう。こぎ出す前は、男またぎでなく、女またぎがスポーツ
自転車の基本。停車の時は、一度、サドルから前に腰を外し、両脚を地面に
つけるのが基本。そう言われればTVで見ていると、そうである。
 二種類のスポーツ自転車を持ったことで、ポタリストか、ペダリスト?
の仲間入り。一応、自転車愛好家と自認できる。ところで、買う気になって、
スポーツ専門店の売り場に入ったのと、冷やかしとでは、違って見えてくる。 
自転車初心者コースの本を読んだこともあるが、それにしても種類が豊富。
 店舗だと、大たいの店が、メーカー品だと一割引、ネットでは二割引になる。
ネットで買うのと、店舗で説明を受けた一割の差は何か?というと、自転車に
まつわる情報の差であった。そこで、店舗で一割のサービスを受けることに
したが、それだけの情報とサービスはあった。 旧来の自転車屋は、パンクや、
ブレーキの修理を必要とする、土着の商売。地元の長岡では、20〜30年前
まで100軒あった店が20軒に激減したという。自転車本体が、スーパーや、
HCの攻勢で、売れなくなったため。「あさひ」の店頭は、殆どが見本陳列で
取り寄せがベース。 その分、多くの見本がある。 あと冬季間まで二ヶ月、
まずは距離を走らなくては! 元気のうちである。
・・・・・・
2013/07/29
スポーツ自転車の勧め! ー4
              「自転車で痩せた人」高千穂 遙 (著)
   * マウンテンバイク
 私が現在乗っているのがマウンテンバイク。舗装されてない山道などを
走るため、特徴は丈夫かつ軽快さである。ただ値段の安さに惹かれ買ったが、
私の毎朝のコースからみて、これがベスト。小さく軽いのがよい。
  ーそこで、ウィキペディアで調べると、以下のとおりー
《 1970年代後半にアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の
 マリン郡で、ヒッピー達がビーチクルーザーや実用車などに太いタイヤを
つけ、急勾配の山を下りタイムを競った遊びが始まりと言われている。
同時期に北カリフォルニアでも同じ遊びが発生していた。初めは手作りだったが、
一つのジャンルの大量生産で一般に広がっていった。マウンテンバイクの定義は、
【 荒野、山岳地帯等での高速走行、急坂登降、段差越えなどを含む広範囲の
乗用に対応して、軽量化並びに耐衝撃性、走行性能および乗車姿勢の自由度等
の向上を図った構造の自転車のこと。舗装路でも広く利用されており、用途に
よって様々な形態が存在する。】である。 
  マウンテンバイクは、クロスカントリーバイク、
ダートジャンプバイク、ダウンヒルバイク、プレイバイクなどの種類がある。
・クロスカントリーバイク= 山道の長距離走行に特化したバイク。
 軽量なフレームに軽量なサスペンションフォークが組み合わされ
・ダートジャンプバイク= ジャンプスタントに特化した、BMXに近いバイク。
 小さめで取り回し易いフレームが、堅牢なクロモリか、十分な補強を施した
 アルミニウムで作られる
・ダウンヒルバイク= 山を下り降りる事に特化したバイク。
 数メートルの崖を飛び降りるなど過酷な環境に耐える強度が必要。
・プレイバイク= 2010年頃よりジャンルが定着し始めたMTBとBMXを
 ミックスさせたバイク。・・・ 》
▼ 以上だが、MTBはポタリングに手軽な自転車で、軽快さが良い。
 それとママチャリと同じく、普段の生活でも使えるマルチのところがよい。
親が、このタイプを少年用に買うことが多いこともあり、HCの自転車売場
では、丈夫でない見た目だけMTB風のチャリが並んでいる。そのため愛好家
からは「モドキ」とか「ルック車」などと呼んでいて、良いイメージはない。
その見分けはデザインで直ぐ分かる。また「悪路走行禁止」と書いてあるのも
ある。私のようなスポーツ車初心者に向いている。とにかく軽く小回りがきき、
乗りこなしがスムース。次は、クロスバイクにするつもりだが、折畳み式も
捨てがたい。スポーツジムと、家でパソコンか、TVか、読書になりがちな
生活の中で、これはソロで出来る手軽な趣味になる。早朝に加えて午後からの
ポタリングの習性も悪くはない。それと現在、ジムや、図書館への移動に
使うことも考えてよい。 趣味としてポタリングにするとなると、違った
切り口が出来てくる。それより、まず事故に気をつけなくては。
これまで色々なマウンテンバイクを見て、デザインが違うとしか思って
なかったが、実は、使用目的が違っていたのである。


6074,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 〜5

2017年10月30日(月)

   * 恐ろしい身近な現実
 米軍の3つの空母艦隊が太平洋地域に実戦配備され、原爆搭載の爆撃機が常時、
空で投下可能状態で待機する実戦配備につくが、これは冷戦下での配置で、中断
していたのが元に戻っただけと米軍の発表。 3つの空母が日本海に集結するのは、
中東配備の交代が朝鮮半島で交差するためというが… 何故か北は大人しい!  
 もし北が太平洋で水爆実験をしたら、如何なる事態に? その可能性を5割と
すると、朝鮮戦争の勃発が5割あり?ということは、緊急を要する事態である。
 平和ボケした日本。 Jアラート、少し過敏過ぎたのでは?と思っていたが、
訓練も含め考え合せると、丁度よかったのか? 朝鮮戦争勃発ならば、東北震災
と比較できないほどの深刻な事態が起きようとしている? 北の狂った男の判断
一つで生じる可能性がある。米軍・元司令官の勃発の可能性が20〜25%も肯ける。
日々、緊張が高まり危ない事態だが、マスコミも総選挙の結果が出た直後から、
シリアスに、この危機を取上げだし、70%という専門家も。 
 ネットでは、以前から、際どい記事が並ぶ。ソウルには、シェルターや防空壕
の万一の備えが数十年にわたり作られてきた。としても、戦争の事態ともなれば、
非常に危険な事態になる。それに対し日本は、核攻撃に対する備えが全くない。
  
   * 『この馬鹿が!』が、辞世の言葉?
 父が時どき独りつぶやいていた言葉が、「この馬鹿が!」。 私にとって、
この言葉は、重い響きがあった。私には、他者だけでなく自分にも浴びせかける
独り言に多い。限界状況の自問自答で投げかけ、投げかけらる言葉が、これ。
先日みたドラマで、思いもよらない純粋行為に走った男に、ある男が内語で投げ
かけた言葉が、「この馬鹿が!」。 実に重く響いていた。 人間の死は、
「緩慢なる自殺」というが、死際の刹那に、自身に対し投掛ける辞世?の言葉が、
『この馬鹿が、ったく!』あたりですか? 「この馬鹿‘ども’が…」なら、
他者に向けた言葉になる。「他者1、自己3」辺りが丁度良い按配? 馬鹿に
馬鹿というのが本当の馬鹿。 ということは、私は本当の馬鹿なら、充分に納得。 
 実に「くっだらん」早朝の呟き! 外は台風が吹き荒れている。

・・・・・・
5707,閑話小題ー 今週のシネマ 〜『インフェルノ』
2016年10月30日(日)
  * 今週のシネマ〜『インフェルノ』
「今、世界の人口を半分にしないと人類は百年後には滅びると」信じる
悪役のアメリカ資産家と信望者たちと、大学教授との対決の物語。」 
20世紀は、戦争による数百万、数千万単位の大量殺戮が行われたが、
現代では不可能? それなら、細菌兵器で、半分、殺処分してしまえ、
という、随分、粗い理屈をダンテの神曲の中に見立て、信望するとは・・
 フィレンツェの美術館、イズタンブールのアヤソフィアなどを舞台に、
息つかせぬ立まわりが面白い。美術館の天井裏や、抜け道をフンダンに
駆け回るアクションに息をのむ思いで見入った。 〜映画紹介より〜
≪解説: ダン・ブラウン原作の世界的ヒット作『ダ・ヴィンチ・コード』
『天使と悪魔』に続き、トム・ハンクスが三度、ハーバード大学教授の
 ロバート・ラングドンに扮したシリーズ第3弾。
ハーバード大学の宗教象徴学者ラングドン教授は、数日分の記憶を失った
状態で、フィレンツェの病院で目を覚ます。謎の襲撃者に狙われたラングドン
は、美しい女医シエナ・ブルックスに助けられて病院を脱出。何者かから
追われる身となったラングドンとシエナは、生物学者ゾブリストが人類増加
問題の解決策として恐ろしい伝染病を世界に広めようとしていることを知る。
そしてゾブリストが詩人ダンテの叙事詩「神曲」の「地獄篇」になぞらえて
計画を実行していることに気づき、阻止するべく奔走するが……。

 〖今、このスイッチを押せば人類の半分が死ぬ。
  しかし、押さなければ人類は100年後に滅びる。
  全てはお前次第だ−』

▼「このまま科学が進歩を続けていくと、制御不能になり、人類が自滅する」
 という説がある。人工的にブラックホールや、人類を消滅可能な細菌兵器や、
原子炉をつくったり・・等々。急増する人口問題と、温暖化と、科学の飛躍的
進歩に、対応が遅れている。そのことが、現在の世界の混乱を招いている。
面白いが、考えさせる映画でもある。      評価 90点。

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5342,性欲が強すぎて困ります 〜身の下相談
2015年10月30日(金)
      ー身の下相談にお答えします =上野千鶴子
  * 社会学者の人生相談 ー性欲が強すぎて困ります
 男女も、この年頃は大問題。特に、受験勉強は、頭に血が集中するが、
はけ口がないため、そのまま身の下にエネルギーが集中してしまうため、
 悩みは深刻! 情報化で下ネタが幾らでも出回っている現在、大変だろう。
≪ ● 質問: ー性欲が強すぎて困ります相談者中学生男子15歳ー
 15歳の男子中学生です。ぼくの悩みは性欲が強すぎて、今年受験だというのに、
エッチなことばかり考えて勉強が手に付かないことです。単にそれだけであれば、
自分が困るだけなのですが、ぼくの場合は、学校の女子や通りがかりの女性を
襲ってしまいそうなほど、性欲を抑えきれないのです。 小学生時代から異性に
興味はありましたが、性欲の対象というよりは、単純に仲良くしたい程度の
気持ちしかありませんでした。しかし、こ
こ1年ほどで急に仲良くしたいという
興味の対象から、性の対象として意識し始めてしまい、授業中もいてもたっても
いられません。学校内で好きな女の子はいるのですが、その子だけでなく、
ちょっとでもかわいい女の子がいればすぐにムラムラとしてしまい、治まりが
つきません。毎日、自分で処理はしているのですが、どうしても本物の女の子の
体に触れてみたくてたまりません。このままいくと、欲望に負けてしまい、夜道
などで衝動的に女性を襲ってしまわないかと怖いです。こうした行為が犯罪で
あることは自覚しているのですが、自分の処理だけでは満足できません。
どうしたら、この欲望を抑えることができるのでしょうか? 教えてください。 
  ● 回答: 異性と付き合うのはめんどくさいこと
中学生ですか。朝日新聞を読んでいるんですか、しかも「悩みのるつぼ」の
読者ですか、末頼もしいですね。中学生って、アタマのなかがこの方面のこと
でいっぱいの時期ですねえ。むらむら、もやもや、勉強も手につかないって
気持ち、よくわかります。いえ、それがわかるようになったのは大人になって
から、元男の子たちに思春期の性欲について話を聞いたからです。
後になって同じ年代の男の子たちはあんなにはんもん煩悶していたのかと
初めて理解し、そして男って性欲にふりまわされる生きものなんだねえ…と
同情に堪えませんでした。男って謎じゃ。女にはわからないことだらけです。≫
▼ あの頃の性欲は、万人が?尋常ではない。特に試験勉強は、頭の血が、
 そのまま、下半身に直結するらしく? 禁欲は一種、拷問のようだった。
とはいえ、これだけは、どうもこうも! 

・・・・・・
4977,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜
2014年10月30日(木)
  * 人生も旅行もゲームも、難問の解決過程を味わうこと!
 ゲームとは、仮に障害を幾つかつくり、条件と、約束事を決め、
目標達成をすること。ツアーの行先を地区ごとに埋めることをゲーム感覚にし
30年近く、様々な出来事があった。トラベル(旅)の語源がトラブルの難問を
乗り越えるプロセス自体が楽しみになっていく。 創業で、幾つかの難題を障害
と見立て、乗越えてきたことが、旅行にも生かされていた。
ツアーの49回の内わけとして、欧州15回。中東、アフリカ10回。
インド・パキスタンを含めたアジア7回。ハワイなど南太平洋6回。
南北アメリカ11回になるが、それぞれの地域の空白を埋めるのもゲーム感覚。
 一回のツアーには、普段のトラブルの殆どが全て出てきて、楽ではないが、
ゲームで、それを楽しまないと二度と行きたくなってしまう。最近は、家内の
意向で欧州が多い。南米、南アフリカ、パキスタンのシルクロードなどの最果て
の地から日本を見ると、日本は最果ての地。すべからく行先に辿りつくのが
目的でなく、途中に起こる様々の経験全てを味わうことが目的になる。
特に飛行機の行き帰りと、目的先の移動中のバスの車中を楽しめるかがポイント。
アランの幸福論に、「憂鬱の人に言いたいことはただ一つ。
『遠くをごらんなさい』」がある。憂鬱な人が殆どみんな、読みすぎ!人の目
(心)はこんな近距離を長く見ていられるようには出来ていない。広々とした
空間に目(心)を向けてこそ、人間は安らぐのである。夜空の星や水平線を
眺めている時、目(心)は、まったく、くつろいを得ている」がある。
この言葉が遠く旅する目的を言い表している。 贅沢なライフワークだが、
それ一つに絞り、何とか続けられたことが、人生の様々な難問を乗越える支えに
なってきた。人生ゲームというキッズがあるが、難問が高いほど面白いのは、
深淵の意味が含まれている。死んでしまえば、それまでよ!死んで花実が咲く
ものか!である。 大部分を占める世間様という人たちと一線を画すこと、
それには、良い芸術作品、大自然の神秘、良書を浴びなくてはならない。
その前に立ちはだかる難問を乗り越えるゲーム化が、人生のゲーム化である。
・・・・・・
4610, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー2
2013年10月30日(水)
   「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー (著)
 * 雨がもたらす感動 《その時々の感情に合わせて》
    〜私がいったところはどこも一人の詩人が私より先に立ち寄っていた。
                      (シグムンド・フロイト)〜
 この本には俳句が多く引用してある。イメージを簡潔に、生き生きと彷彿
させるに俳句がピッタリだからという。成るほど、雨の日に一人、部屋で読んで
いると、どの俳句も身に染みてくる。冒頭に、「その時の、感情に合わせて」
と、以下の俳句などの一節が書かれていた。
  ー慈悲
 慈悲は強いられ 行なうものではない。慈悲は天から降りそそぐ 
恋みの雨のように大地を閏すもの。 シェークスピア(ヴェニスの商人)
  ー融和する愛
 こんなふうに、夏の雨ぱ私たちの 心にしっかと棲みつく。
だれかの心と鼓動を合わせ打つ生まれ変わった心のように。
             ミュリエル・バリュベル「優雅なハリネズミ」
  ー孤独ー  
秋雨や夕餉の箸の手くらがり      永井荷風
  ー情熱
情熱とは感情的には朝露にとっての雨 水蒸気にとっては水のようなもの  
                  ジョセフ・ジュベール
  ー別れ
白露や 死んでゆく日も帯締めて    三橋鷹女
  ー再会
夕立もやみたる頃の迎へ傘       高橋淡路女
  ー辛さ
五月雨や上野の山も見飽きたり     正岡子規
  ー優しさ
初時雨猿も小蓑をほしげなり      松尾芭蕉
  ー存在の驚き
はるさめの暮れなんとしてけふも有   与謝野蕪村
  ー喜び
タ立が洗っていった茄子をもぐ     種田山頭火  
  ー哀愁
タ時雨蚕ひそみ音に愁う哉       与謝野蕪村
▼ 雨は、どちらかといえば陰鬱的な気持ちに私たちをさそう。
しかし、雨がもたさす憂鬱、退屈、孤独感の中から何にもにも代え難い
感情が湧き出てくる。そして静かにエネルギーが満ちてくる。
童謡《 あめあめふれふれ母さんが ジャノメでお迎えうれしいな、
ピッチピッチ チャップチャップ ラン ランラン。》が、
心の奥から聞こえてきた。
・・・・・・
4235, 雑談ネタ、酒の肴ネタ ー8
2012年10月30日(火)                       
           ー「ルーツ大全」インフォペディア編より
● グレルの語源
<グレルの語源は平安時代の「貝合わせ」という遊びからきている。
ハマグリの貝殻を二つに分け、ピッタリ合うものを探す遊びである。
これが意外と難しくてナカナカあわない。ここから、しっくりこないことを
ハマグリの倒語、ハマ・グリ ー>グリ・ハマとなり、そのうちグレだけ残って
動詞化し「グレル」になった。この言葉、江戸時代には一般に使われていた>
▼ 最近、あまりグレルという言葉を聞かなくなった。ここで知るまで、
 愚連隊のグレからきていると思っていたが、愚連隊の愚連が、グレの当て語
だった。青少年期にグレタの者に、全うな?人生を過ごしたのは少ない。 
人生の基本が出来てないのは、その後で立て直すのは難しい。
10歳で人生の限界が決まってしまう説がある。
     〜〜
● へべれけの語源はギリシャ神話から
 べろんべろんに酔った状態を「へべれけになる」というが、飲みすぎて
正体を無くした状態にピッタシである。一説によるが、ゼウスの娘にちなんだ
へーべ・エリュケーションからきている。エリュケーションは、お酌をする
という意味になっている。オリンポスでは、へーベがお酌をするのが習わしで、
若くて美しい美人。しかも、ゼウスの娘なら、つい杯を重ねてしまう。
神々は前後の境なく酔いつぶれてしまう。「へーべ」「レリュケーション」
すなわち「へべれけ」という言葉が生まれた。他にも、「へ」と「べ」の
区別がつかなくなり、へべれけが生まれたという説がある。
▼「へ」と「べ」の見境がつかない説もよいが、女神へーべの酌で神々が
 泥酔した説も面白い。飲み屋のネタに丁度良い。スナックに行くのは、
へーべを求めて酔いたいためだ。へーべはいないが、へーべ風はいる。
居酒屋で酔った後に行くのは、幻想を求めるため。 
 ・・・・・・
3870, 品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らねぇ!
2011年10月30日(日)
 映画監督の山本晋也の、ある雑誌の手記にあった言葉だが、
言い得て妙である。 〜まずは、その概略を書いてみる。
≪ 小学校1、2年生の頃、友達と「鞍馬天狗」のかかっていた映画が
 見たくて、トイレの窓から友達4人と侵入したが、支配人に捕まった。
「先に入った友達がいるはずと、教えれば許す」という条件を出されたが、
「友達はいません、僕一人です」と言い通した。そのため警察に突き出され、
父親が引き取りにきた帰り道に、引っ叩かれた後に「ろくでもねえことを
しやがって、でも、お前さん、友達を売らなかったてぇのは、偉い。
品行の悪いのは直るけど、品性の悪いのは直らなぇっていうからな。
覚えてけ!」「品行」という言葉の意味は、大人が使っていたので何となく
分かったが、「品性」という言葉の意味は暫くわからなかった。ただ、
その中で、親父が友達を売らなかったことを褒めてくれた雰囲気は伝わった。
自分は成人映画を撮り続けて250本になる。その上に、深夜番組で風俗
レポーターを21年もやったが、一度として歌舞伎町で浮遊したことはない。
それもこれも、親父の、この江戸弁がきいている。 ≫ 
▼ 事業を40年近く携わってきて最後は、この結果に終わった。
 色いろあったが、法律はスピード違反なら10キロオーバーまで。
綺麗ごとだけでは済まされないのが事業だが、その辺のことは守ってきた。
何事も契約は遵守。心にとってやましいことは、やらない信念は持ってきた。
この倒産劇で多く非難をされたと思うが、自分では結果に対し納得している
ので冷静でいられた。確かに品行は良いとはいえないが、品性が悪いとは
思ったことはない。いや、酒癖が悪いから、第三者からみたら最低の品性か。
「国家の品格」、「女性の品格」とかいう類の本では、品性の部分では、ほぼ
カバーをしていた。そこでは自己確立が出来ているかどうかが、問われている。 
人を悪し様に言っている人たち、陰口しか言えない人たちの、劣性などが羅列
してある。もっとも立場変われば、見方が全く違う。誰も自分にはあると
思っているが、実はないのが品性。大たい2ランク上の自己評価をするから、
お笑い。自嘲?それもこれも比較の問題になる・・今さら品性と言われても!
  ・・・・・・・・
3505, フューチャリスト宣言 ー3
2010年10月30日(土)
  「フューチャリスト宣言」梅田 望夫 , 茂木 健一郎 (著)
  * 楽しくてしょうがないというやつしか勝てない
  ー まずは、茂木の日米の教育の基本的考え方の違いから ー
 茂木:日本の教育では基本的に「範囲」があって、『正しい範囲』を
押さえた人が最終的に大学入試に受かる。ところがアメリカの高等教育は違う。
・・アメリカの教育は最初から偶有性(何が起こるか分からない)の海の中に
生徒たちを放り込むしかない。とにか「自分の好きなことを勝手にやりなさい」
と。しかし個々人が好きな方向にとんがるとは言っても、やはり何らかの基準が
ないと困るので、ナショナル.ミニマムとしてSAT(大学進学適性試験)がある。
基本的に放し飼いなので、最低限のベーシックな問題しか出さない。
日本の大学入試みたいに、囲い込まれた世界で人工的な受験技術を磨く必要は
まったくなくて、それぞれが勝手な方向に突き進んでいるので、共通項としては
ミニマムにならざるをえない。ともかく、僕は公式的な正しい範囲なんて本来
ありえないと思っています。だから、日本の教育の本質は「談合」であると思う。
・・(略)つまりアメリカでは、とんがらせる方向というのは人によって異なる。
たとえば人によって、それこそ高校の時から量子力学まで進めるかもしれないし、
歴史を深く掘り下げたいという人もいるかもしれない。それに対し、日本は、
ここまでの範囲しか勉強をしてはダメといって人工的に競争をさせようとする。 
どちらが良いかは、アメリカが良い。・(略)それでも「とんがっていいんだよ」
ということが、最近では感覚として受け容れられてきた気がしてきた。
▼ アメリカの教育システムがベストという訳ではないが、私がミッション系
 の大学に入って感じたことは、小学校、中学校、高校から一貫教育できた
連中の自由闊達さに、まず驚かされた。他の都会育ちもいるが、地方の連中が、
あてがわれた受験勉強(大学進学適正試験)に多くのエネルギーを奪われている
うちに、彼らはジャズバンドに、ゴルフに、服飾に、遊びに、自由の空気を
満喫していたのである。現在考えてみて、その差があまりに大きかった。
当時は、それほど感じなかったが。それで「とんがるように生きてきた」が、
このザマ。先が歪んでいたから?・・ でも、とんがると、娑婆は面白くなる。
その自由闊達が社会に出たとき、そのまま世渡りにプラスになっている。
それぞれ一長一短はあるが、グローバル化は、「とんがり」が求められる。 
実は、心の奥は毎日が面白くて仕方がない? いや、そうでもない? 
「面白くなき世を、面白く」の意味が、歳を重ねていく上でシミジミと
分かりかけてきた、ということ!


6073,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜5

2017年10月29日(日)

   ● 誕生日のパラドックス(の法則)
 一堂に会した23人で50%、41人で90%の確率で、同じ誕生日の人が存在すると
いう法則。これは一見、「40人いれば自分と同じ誕生日がいる」と思いがちだが、
この数値は「40人のうち、誰かしら同じ誕生日の組が存在する確率」のこと。
◎ 50人位のセミナーで講師が、「今月の誕生日の人は手を上げてください!」
 というと。7〜8人の人が手を上げた。12分の1で4人と思いがちだが、2倍になる。
「講師は因縁とは、こういうもの」と、説明していたが、この向きの科学的研究
もあるような。因縁の「因」は直接原因、「縁」は間接原因、この二つがあって
因縁が生まれる。哲学の大命題に「存在論」がある。いま、ここに、存在する
不思議の問題に繋がっていく。 
 ―
   ● 90:9:1の法則
 OSやブラウザ、検索エンジンなどのITサービスにおいて、市場に参入する企業の
シェアが90:9:1の比率になるという「90:9:1の法則」がささやかれています。
・最も人気を獲得し多くの人の支持を得たサービスが市場の9割を独占し、
・2番手が9%を、
・3番手は、1%を確保するのがやっとで、他のサービスは数字上は存在しない
 に等しいという、弱肉強食の世界を指す。
◎「20対80の法則」より、一強に力が集中する現象を示す比率。これは進化速度
 の早いIT産業なればの法則だが、社会的格差にも適応する。優勝劣敗の徹底の中
こそ、進歩が生れるが、残り1%しか99%に行き届かない社会問題に行き当たる。
日本の先をいくアメリカ社会を知るにつけ、日本も同じ道を歩むことになる。
 〜以下の文章は、2ヶ月前のテーマ〜 これが現実。
――
『超一極集中社会アメリカの暴走』 
 2017年8月30日

 図書館から『新潮45・6月号』を借りてきた面白いリポートがあった。
【 世界を呑込む「超一極集中」社会〜アメリカの暴走」を著者が解き明かす―
 上位0.1%の超富裕層がすべての富を牛耳り、ますます金持ちに
 (小林由美)】のレポートがあった。
 〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった〜
  〜ネット検索をすると、ジャーナリストの池上彰の解説があった…
【 アメリカ“強欲資本主義”の現実
 <池上彰が『超一極集中社会アメリカの暴走』(小林由美・著)を読む>    
・アメリカのトランプ大統領による予算教書が五月に提出されました。
アメリカの大統領には予算編成権がありません。予算を編成するのは議会。
そこで大統領は、「こういう予算を組んで欲い」という要望を予算教書として
提出するのです。 トランプ政権は所得税や法人税の大幅減税を打ち出して
います。金持ちほど大幅に税金が戻ってきますが、庶民には恩恵がありません。
その一方で、貧しい家庭に食料を支援したり、低所得者が医療を受けられる
ようにしたりする施策は予算が大幅にカットされます。去年の大統領選挙で
トランプに投票した支持層が打撃を受ける予算案です。金持ちは一段と金持ちに、
低所得者はさらに生活が困窮していく。アメリカの現状を象徴する予算案。
金持ちの一極集中が進むアメリカ。書名通りの事態が進行しています。
・アメリカの所得格差が大きいことは日本でも知れ渡っています。国民のわずか
1%の人が富の大半を所有している。そういう認識を持っている人が多いと思い
ますが、もはやそんな状態ではないと著者の小林由美さんは指摘します。
上位0・01%の2014年の平均年間所得は2009百万ドル(約32億円)という驚く
べき数字です。上位0.1%で見ると平均所得は6百万ドル(約6億6千万円)ですが、
上位1%で見ると、126万ドル(約1億4千万円)に下がります。 過去の歴史を
見ると、1980年代以降、上位0・1%の所得は増え続けているのに、それより
下位はほとんど増えていないという現実があります。
・こんな格差社会で我が子を「勝ち組」にするには、質の高い教育を受けさせる
必要があります。そのためには幼稚園から私立に入れる。ところが私立の幼稚園
の学費は日本円で年間300万円。私立大学の四年間の学費は計3300万円。
いったい誰が払えるというのか。もちろん奨学金制度はありますし、学費ローン
を借る手もありますが、大学卒業と同時に多額のローンの負債を抱えることに
なる若者も少なくありません。「大学を卒業して社会人として第一歩を踏み出す
時には、多くの人が既に多額の借金を負っている。これがアメリカの現実です」
・こんなアメリカで繁栄を謳歌しているのが金融業です。資金を集めて投資する
ファンド。その周辺には、アナリストやトレーダー、ブローカー、投資顧問、
コンサルタントなど数多くの人が群がります。「こうした介在者の増大が金融
サービス従事者を増やし、その人件費と利益が金融サービス業の付加価値として
国内総生産(GDP)に現れ、不動産金融も含めると、金融サービスはGDPの12%
近くを占める主要産業になっています」
・強欲資本主義の支え手である富裕層は、自らの利益のため政治家に接近する。
「民主党は都市の進歩派富裕層やハイテク産業から政治資金を得て、都市部に
集中しているマイノリティを取り込み、共和党は重厚長大産業やエネルギー、
金融界から政治資金を得て、中西部や南部に集中している貧しい白人を取り込んだ」
アメリカという国が分断されるわけです。アメリカという国を分析する著者の筆法
は鋭く、ときにアメリカに対して絶望的な気分になりますが、他方でアメリカの
強さも知ることができるのです。(池上 彰)

▼ トランプ大統領になって以来のアメリカの分断は、この本を読むと、理解
 出来るようだ。10年前に、同じタイトルの本を出している。出だしからして、
<アメリカ人は4種類しかない。超金持ちと、仕事のプロと、貧乏人と、社会的
 落ちこぼれだ--。>である。この現実が社会問題にならないのは、誰もが、
アメリカンドリーム、「いつか私も大成功し… 」の妄想があるため。現在の
日本も、同じ傾向になっている。 情報機器も含め4割が情報関連を占めている
現在、若い人は、何はともあれ上質な情報と知識に対し、敏感であらねば。

・・・・・・ 
5706,マネー・ワールド � 〜資本主義の未来
2016年10月29日(土)

 第3週の「巨大格差のその先に」が、現在の世界を端的に示している。
社会主義圏が消滅してしまった結果、資本主義の弱肉強食の一強総取りが、
ますます強くなり、貧困層が露出し始めている。日本の宗主国のアメリカが
弱体化を始めた現在、日本は、その影響をもろに受けている。
特に地方経済が惨憺たるもの。 〜その辺りより〜
  ☆ 世界的に巨大格差が広がっている
≪・日本では6人に1人が貧困層で、先進国 30ヶ国中、メキシコ、トルコ、
 アメリカに次いで世界四位に、平均は7人に1人になっている。 超富裕層
 に富が集まり続け、もっとも裕福な62人と下位36億人の資産が同じ。
 現在の世界の人口が約70億人なので、世界の人口の半数の人と62人の
 資産が同じという驚愕な内容。36億人の平均年収が5万円、62人の平均が
 3兆円という膨大な差。世界各国で、この巨大格差で資本主義に対して、
 デモが起こっている。
・その中で、「共有型経済」なるシステムが出来上がりつつある。
 日本でも中古の販売が伸びていて、無料で物をやり取りできるスマホ
 アプリなどが人気。当人にとって不用でもほしい人が案外いるので、
 これを推し進めた経済がどのようになっていくか。
・巨大な格差の実例として、米シアトルでは、テントシティーと呼ばれる
 テント村が市内に8か所あり、公的に認められている。ここ数年、不動産
 が高騰し、仕事があるが住むところがない人が多くいる。シアトルに
 テントシティーなどがあるとは。働いていて、家が借りられないのは、
 日本の地方では考えられない。これに対して、富裕層は、“ビリオネアが
 アメリカには500人いる。
・右上がり社会では、‘シャンパンタワーのグラスからしたたり落ちるよう
 に富が下に分配されるが、低成長になると、そのシャンパンタワーの一番
 上のグラスが大きくなり、下には流れない。「シャンパンタワーのように
 上が満たされれば、下が潤ってくる可能性は高いので格差も必要なことだ」
 という主張があるが、シャンパンタワーの一番上のグラスが大きくなると
 富を全部飲み込んでしまうのが現状」との解説は、わかりやすい。
・日本でも一人親の貧困率が50.8%と世界最高レベル。最近は貧困問題が
 話題に出るが、まだ極貧は少ないが、貧困で子供の進路が選択できない話題
 が、最近多く聞くようになった。
・アメリカで新たな動きが始まっている。モリス・パール(元資産運用会社)
 がパトリオティック・ミリオネアという団体を設立して、「富裕層への増税」
 「最低賃金の引き上げ」を掲げて、貧困層を中間層へ引き上げるための活動
 を始めている。
   ☆ 資本主義経済から「共有型経済」
・アダムスミスが唱えた資本主義の感情で重要なものを「利己心」と「共感」
 を上げていて、共感は相手の不利益にも考えを及ぼすことだと言う。
 この時代、この共感が薄れてきているので、格差が広がっているのでは
 ないかということでした。≫
▼ Amazonで購入する本の多くが新中古本。一度、店頭に並んで返品された本
 だが、新品と何らかわらない。電化製品は、ネット上から買えば、2割以上は
 安い。知恵さえ使えば、現座の日本では何とか生きていけるが、今後は如何
 なることやら。資本主義社会では、社会格差が勤労意欲となり、必要悪と
 されるが、一強多弱が過ぎると社会の停滞を引き起こす。

・・・・・・
5341,女はムズムズ、男はムラムラ 〜身の下相談
2015年10月29日(木)
          ー身の下相談にお答えしますー 上野千鶴子
  * 社会学者の人生相談 
       〜性欲が強くて勉強できません
                   相談者浪人生 女子18歳
 生涯独身の社会学者が、身の下相談とはいかに?である。
まず、目に付いた若い女性の性欲に対する答えが軽妙でよい。 
  〜その相談と返答〜
≪ 18歳の女子浪人生です。私は性欲が強いんじゃないかと悩んでいます。
小さい頃から性に関して関心があり、自分でも不思議でした。自慰行為を
しては嫌悪感にさい悩まされました。今は自分の行為を、自分で理解できる
ようになりましたが、情けなくなってしまいます。何より今困るのは、性欲
が強いために勉強ができないということです。自習室にいるときは別ですが、
家にいるとそういう行為に逃げている気がします。 性に関してはこれから大人
になれば、いくらでもそういう機会はあるでしょうが、勉強は一番やらなければ
いけないことですし、私自身も一番やらければいけないことですし、私自身も
勉強が好ぎなので、そのようなことばかり考える時間を持ちたくありません。
 女性も男性のように性に関心を持ったり、性欲が強かったりするのは当り前
だとは思いますが、私はまだ子どもなのにそんなことばかり考えるのは少し
不謹慎だと思ってしまいます。私はまだ性交渉を持ったことはありません。
いたずらに性交渉を持つべきじゃないという思いが性欲が強いこととつながって
いるのでしょうか? 今は時期的に性欲が強いんだろうと思うのですが、どう
うまく自分と付き合っていけばいいのか、同じ女性として上野千鶴子さんに
ご意見、アドバイスいただければと思います。
  ● 回答〜むずむずしたら自分でほぐしましょう
 回答者のご指名を受けて、光栄です。下ネタに強い、と思われたんですね、
アタリです。あなたは性欲が強いとか。どうしてそう思ったんですか?だれか
と比べてみたんですか? だれでも小さいときから性に関心を持っていますし、
その関心はだんだん強くなります。18歳はとうてい「子ども」とは言えません。
他人とくらべてどうかはわかりませんが、おそらく人生のなかでいちばん体力
とともに性欲の強い盛りじゃないでしょうか。男性に聞くと、20歳くらいが
ピークでそれから性欲は衰えるいっぽうだそうですよ。性欲と性交欲とは
ちがいます。性欲は相手がいなくても満たすことができます。
性交欲は対人関係を求める欲望だから、こちらはすこしやっかいですね。
相手が同意しないと成りたちませんから。でもあなたにあるのは性交欲では
なく性欲でしょう?それなら話はかんたんです。むずむずしてきた時は、肩の
こりをほぐすように自分で緊張を解いてあげましょう。 江戸時代には
「自行安味」とも呼ばれていたくらいですから。
 マスターベーションを「自涜」と呼んで撲滅しようとしたのは明治人、
それを「自慰」というやさしいことばに呼びかえたのは大正期の性科学者たち。
青柳有美はマスタベーションを「人工遂情」と訳して「気がはきはきして頭が
すっきりする」と書いています。セックスのよいところは必ずフィニッシュが
あること。それにマスタベーションは妊娠の心配もないし、だれにも迷惑が
かからないため、すっきりしてから勉強に向かうほうが集中できるでしょう。
セックスには2種類あって、マスタベーションは自分の身体とのエロス的な
関係・性交は他人の身体とのエロス的な関係のことです。どちらかがどちらか
の代用をすることはできません。自分の身体のエロス的な使用のしかたを
知らない人が、他人の身体とエロス的な関係を結ぼうなんて、無免許運転みたい
なものでふらちです。自分のエロスのツボをよお〜く学んでおくと、実際に
相手のあるセックスをしたときに、そのセックスのクオリティのよしあしが
よくわかりますからね。己を知り、敵を知らば百戦あやうからず。
あれ?性交は闘いじゃありませんでした。セックスを他人を支配したり
侮辱したりするためにやから使う輩もいるけど、これもふらちですね。≫
▼ シングルを生涯貫いてきた、若いときから著名な社会学者の上野千鶴子が、
 若い女性の性欲の悩みをズバリ回答するのも、面白いもの。

・・・・・・
4976,閑話小題 〜TVドラマのマッサンを見たことがある
2014年10月29日(水)
   * 面白い出会い 
 1967年の学生時代に、軽井沢・万平ホテルのレストランで、
NHK・朝ドラ「マッサン」を見たことがある。軽井沢友愛山荘のヘルパー
をしていたある日の午後、車で5分ほどの万平ホテルにコーヒーを飲みにいった
ところ、品の良さそうな老人が、秘書らしき人とコーヒーを飲んでいた。
近くの人が小声で、「あの人が、ニッカの創業者の竹鶴さんだよ」といって
いるのが聞こえてきた。二人とも黒のスーツにノーネクタイの白ワイシャツ姿。
品が良いが人を寄せ付けない空気が、その席に漂っていた。私の連れの話では、
奥さんがイギリス人で、数年前に亡くなったたという。当時も知名人だった。
まさか、47年後の朝ドラ主人公として、たち現れるとは思いもよらなかったが!
 懐かしい思い出の一コマであった。調べてみると、奥さんリタは1961年に、
マッサンは1979年に亡くなっていた。生まれが1894年というから、当時の年齢
は73歳。当時、かなりの年寄りに思えたのは、私が若かったため? ところで、
当時、親しくしていた友人を軽井沢に連れて行ったが、その後、軽井沢に別荘
を持ったという・・ その友人とは、卒業間際に大喧嘩をして、絶交状態? 
人生、色いろある。 所々にある大きな池と並木道を、山荘の宿泊客や、
同僚のホステラーと、早朝、歩いた良い思い出がある。学生時代には、将来の
手がかりも何もかも無かったが、背中に羽があるかのように飛び回っていた。
   * 家内が、ある会の議事録の筆記を頼まれて
 毎日、文章を十数年来、書いてきたこともあり、文章書には抵抗はないが、
家内にとって、議事録をまとめるのは初めての経験。必死の形相で四苦八苦。 
以前もイタリアのポンペイで迷子になった時の対処の礼に、機内で添乗員に
メモ書きに添えて礼金を渡すことにしたが、その文章が書けないという。
そこで、私が、家内にかわって書いたことがあったが・・ 
また、『どうしたら良いか?』というから、『上手く書こうと思うな。
雛形を探し、とにかく、拙速に書き上げること。問題は、その後の、書直しを、
何度かすること』と、答えた。 こういうのは、一気に書きあげるしかない。
この程度の随想日記でも、前日まで書上げた内容を、60〜90分もかけ添削を
している。 そう簡単に、気持ちの入った文章など出来ようはずがない。
 何事にも、言えることだが。
 


6072,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜4

2017年10月28日(土)

   ● メラビアンの法則
≪ アメリカの心理学者/アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念。
 人物の第一印象は初めて会った時の3〜5秒で決まり、またその情報のほとんど
を「視覚情報」から得ていると言う概念。メラビアンが提唱する概念において、
初対面の人物を認識する割合は、
「見た目/しぐさ/視線等」の視覚情報が55% 、
「声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等」の聴覚情報が38%、
「言葉そのものの意味/話の内容等。」の言語情報が7%と言われている。  ≫
◎‘外観、印象などの非言語情報はメッセージの受け手に大きな影響を与える’
 ということ。異性に対する判断も、飾りたてた外面と性欲に惑わされて大方
(9割)が失敗し人生を終わる。そのことに気づくか否かだが。ベルギー、
スペインなど、それに気付き7割方が離婚に至る。気づかないか、気づかない
ふりをする手もあるが… しかし結婚はしなければ後悔が待つ。すればしたで、
桃色吐息、青色吐息より、『濁色吐息』が待っている。女性がファッションと
化粧にエネルギーを注ぐかが、このことから理解できる。 言語情報が7%とは、
これ如何に。私たちは、上っ面が罷り通る社会に生きている。それが現実世界
と思っている人を「世人」、その集まりを「世間」という。彼らは自然と沈殿、
ヘドロ化する。しかし半径500mの生活範囲なら、これが自然となる。
清水より、ドブ川の方が面白いのが多いのも事実! ナマズ、雷魚、ダガメ、
ボウフラ、フナなど、それぞれ荷物を背負った、共喰いなどの雑食世界。複雑
怪奇な娑婆の味である。少し先には小川が流れているが、水が合わない上に急流
のため適当なエサがない。時に紛込んだ外魚に、そ知らぬふりをし針を刺す。
 また日本的世間様社会の話になってしまった。街を歩けば、それしか見えない
なら、この法則に従いTPOSに合わせればよい。日常生活を省りみるに、TV
とネット情報が、この位の比率だろう。とすれば、発信も、視覚情報を増やして
然るべきではと、思うが。

・・・・・・
5705,マネー・ワールド  � 〜資本主義の未来
2016年10月28日(金)
  今さら経済の話題でもないが、NHKスペシャルの
『マネー・ワールド資本主義の未来』の三回シリーズの録画をみた。
 今世紀に入ってから世界の政治・経済の異常さは、ただならぬものがある。 
 冷戦の終結、1995年のウィンドウズ95の発売、スマートフォンの普及と、
 電子機器の飛躍的進化で、現実社会の上を覆うような別世界が出来上がり、
 フラットになってしまった。その結果、国家、民族、宗教の垣根が低くなり、
 一部の人たちの総取り傾向が、中間層の没落を招いている。それが、マネー
 ・ワールドを変え、人々の生活を激変させている。
  2500年前のギリシャの社会構造が、「3%のトップ、30パーセントの中間層、
 67%の隷属層」。それが、現在でも、言葉を変えて、そのまま続いている。
 3%に従い、社会を主導してきた30%が、ネットや、電子機器の進化で、いま
 まさに隷属層に落ちようとしている。それがマネー世界で端的に表れてきた。 
  何ともシリアスな現象だが、情報化社会の功罪そのものである。
   〜NHKのHPの番組紹介より
◇ 第一回、マネー・ワールド<資本主義の未来(1)世界の成長は続くのか>
≪ 米大統領選挙を左右する大富豪とホームレスの「巨大格差」。
 2500億円の詐欺事件の首謀者が語る「大企業の不正」の内幕…。
 世界中で相次ぐ“お金”をめぐる大異変に、爆笑問題の二人が分かりやすく
 切り込む! いま「マイナス金利」「モノを買わない若者」など、日本でも
 異変が。それは250年続いてきた経済成長の終わりではないか?今後も世界
 は成長を続けられるのか?資本主義のスケールで現代を読み解く新シリーズ。≫
◇ 第二回、マネー・ワールド (2)国家VS.超巨大企業
≪ 私たちの暮らしやお金、格差問題まで、すべてに関わる資本主義。
 シリーズ2回目は、経済を誰がコントロールすればいいのかを考える。
 国境を越えてグローバルに活動する巨大企業が次々と誕生。なかにはビジネス
 に支障が出たとして国家を訴える裁判が多発。財政に深刻な影響の出た国まで
 現れている。国家が企業をコントロールしてきた資本主義。それが今、企業が
 国家を飲み込む事態が起きている。この先に一体何があるのか、考える。≫
◇ 第三回 マネー・ワールド 第3週〜巨大格差のその先に
≪ 近代資本主義250年の歴史の中で、現在は格差が最も広がっていると言われる。
 巨大格差の先には何が待っているか。元米国労働長官のロバート・ライシュ氏や、
“世界一貧しい大統領”と呼ばれたホセ・ムヒカ氏ら知の巨人たちに話を聞く。
 また、自らへの増税を求める米国の富裕層グループの活動や、経営者の報酬を
 10分の1に削って従業員の最低賃金を7万ドルにした企業の社会実験などを通じて、
 格差是正の可能性を探る。≫
▼ まさか事業整理に至るとは、その時に至るまで思ってもいなかった。
 アッという間である。情報化による社会の変化に対応できなかった結果である。
第三回の<巨大格差問題>の特集がシリアス。これは後で取り上げる。現実の
生活で、セブンイレブンで弁当を買い、トヨタの自動車に乗り、ユニクロの
ジャケットとズボンを着て、マイクロ・ソフトのウィンドウズを使い、iPad
とiMacのパソコンを使い日々を過ごす。それぞれが巨大企業の製品である。
更にAIとロボットが、中間層の仕事を奪う事態が進むことになる。 〜続く

・・・・・・
5340,もし上野さんが美人だったら? 〜身の下相談
2015年10月28日(水)
               〜社会学者の身の下相談
  * もし上野さんが美人だったら?
         ー身の下相談にお答えしますー 上野千鶴子 
「私は美人故に読書量が少なかった。そうでない貴女は読書量が多く、知名な
学者になっておられる。その私は、どうしたら、その深みに到達できるのか?」
という辛らつな質問。 何かやらせ?のようだが、それはないという。
  ● 質問: もし上野さんが美人だったら? 相談者主婦60歳
≪ 60歳の主婦です。 愚息たちが独立し、ひとりの時は本ばかり読んで
 過ごしています。が、読んでも読んでも足りないくらい読みたい本が次々と
出てきます。若い時代に「きれい」と言われるような部類に入っていたため、
ちやほやされながら過こしたことが悔やまれます。
 そこで上野千鶴子さんにぜひ質問したいことがあります。
もし上野さんが絶世の美女に生まれついたとしたなら、現在のように、社会
の底辺にまで目をやる社会学の道に進んでいたでしょうか? フエミニズムや
ジエンダーの問題、引きこもり、おひとりさまの考察も、ミソジニー
(女性に対する憎しみや軽侮)のあの深さに到達したのでしょうか。≫
  ● 回答 人生がそんなに単純ならねえ…
≪ アメリカにこんなジョークがあります。
 キャンパスをメークの似合うきれいな女性がパンプスで歩いていたら、
教授秘書。すっびんで、さえない、若くない女性なら、教授、なぜかというと
花のハイスクール時代に、きれいな女の子は男の子にもててデートに忙しく、
勉強どころではないのに、きれいでない女性はこつこつとお勉強して名門大学
へ入り、成果を上げるから、と。かのボーヴォワールも、妹と何かにつけ比較
され、親に「あなたはかわいくないから、お勉強をいっしょうけんめいしなさい」
と言われ続けてきたとカそれならフェミニズムは「ブスの女のルサンチマン」
だという(今か40年も前にオヤジメディアが唱えた説は正しいのでしょうか。
娩曲な言い方ながら、あなたは全く同じことを言っていることになりますね。
あなたの説は容貌人生決定説です。人生がそんなに単純なら、どんなにいいで
しょう。証言しておきますが、ウーマンリブに参加した女たちにはきれいな
女性がたくさんいました。きれいな女性は男にセクハラされ、ストーカーされ、
利用されていましたし、ブスの女性は男に無視され、黙殺され、からかいの対象
になっていました。きれいでもブスでもない、その中間の大多数の女性は男に
つけこまれ、ふりまわされ、あなどられていました。残念ながらそれが40年前
の女性の現実でした。察するにあなたはそこそこ幸福な人生を送ってこられた
ようですね。それを容貌のせい、とお考えでしょうか。「若い時代」と限定が
あるので、女の容貌の価値が賞味期限付きだとは知っておられるのですね。
ということは「若い時代」が幸福のピークで、それからずっと下降線をたどって
きたということでしょうか。察しのとおりわたしは「顔の不自由な」ひとですが
(笑)、これまで生きてきた上で男女を問わず他人と関係をつくるのに、
そのせいで不都合があったことは、一度もありません。弱者に想像力を持つ
ためには、自分自身が弱者でなければならない理由もありません。
この年齢になって読みたい本が次々に出てきたんですって! なんてすてき。
本と読者は出会いもの。若いときに本を読まなかったことを容貌のせいに
してはいけません。容貌は容貌、幸幅は幸幅、知織欲はそれとはまた別、
その間に何の相関もない、っていうことぐらい、本を続めばわかりますよ。≫
▼ 美人カースト制で恵まれた人だった質問者が、それ故に読書の絶対量が
少ない自分を責めている見識そのものが低い。容貌には賞味期限があり、
知識は絶対量が増すほど質に転化する。女性は容貌で大きく人生を左右する。
しかし、そこに品性と教養が伴なって、光の色が変わってくる。 
人生に、「もし」や「たら」は無い。一期一会の積重ねが、その人となり。
「女性のセックスの質量は、容貌に大きく左右される」、統計があるとか。
容貌が崩れる前に、『やりたい時が、やれる時』と知るべし(笑い)。
・・・・・・
2014年10月28日(火)
4975,閑話小題 〜好きなこと、非日常
   * 嫌いなこと、無感動
 酒席での、ある人の一言が気に入った。
『私の好きなことは非日常!嫌いなことは無感動、無反応!』
私の趣味の秘境ツアーは、非日常と感動を求めて海外に出ることにある。
毎日1〜2つはみるTVドラマも、週1度は、通っているシネマも非日常世界の
仮想体験をするため。人生を振り返ってみて、思い出されるのは非日常的のこと
ばかり。しかし本当に大事なのは、その時節の日常。背景があればこその非日常。
したがって、この二つの組合せを知恵で生かせば良い。老いるということは、
日常に埋没し無感動になること。子供の頃の、青春時代の、あのキラキラ
した気持ちは、どこにいったのやら。
  * 塩の話
 サラダは、だいたいが塩がする。このサラダは塩の意味から派生した言葉。
ラテン語で塩のことをサルsalと呼ぶ。このsalから様々な言葉が派生した。
例えばサラーリーマン(salary man)がそれ。サラリーマンは和製英語だが、
そのサラリーsalary(給料)は塩sal。古代ローマでは、兵士の塩代のことを
ラテン語でサルsal(塩)にちなんでsalariumといい、これがsalaryサラリー
(給料)となった。 塩と同じくらい貴重なものという意味で、給料salarium
が使われていた。他にも、例えばsauce(ソース)、sausage(ソーセージ)、
salami(サラミ)、soldier(ソルジャー:兵士:塩をもらう人)がある。
 塩は空気や水とともに、人や動物が生きていく上で欠かせない。
これは生命が海から誕生したことと関係がある。世界で生産される塩の三分の二
が、岩塩を材料としている。岩塩は5億〜2千万年前に地球の地殻変動で海が
陸地に閉じ込められ、水が蒸発後に土砂が堆積してできたもの。
人類は魚介類や獣肉を食べて自然に有機塩を摂取する以外に、塩を意識
しだしたのは5千年前からと推定される。食物の味を高め腐らせない塩は、
古くから霊力を秘めていると崇められ、お清めや、相撲などで土俵にまくなど、
清浄の力で穢れを払う目的がある。「しおらしい」は、「塩を欲しがる」女性の
仕草が由来のようだ。 「塩梅がよい」「塩加減がよい」「敵に塩を送る」
「青菜に塩」「ナメクジに塩」「傷口に塩」など、諺にも多く使われている。
・・・・・・
4608, 孤立無業
2013年10月28日(月)
 朝日新聞の書評に、『孤立無業(SNEP)』 玄田有史〈著〉があった。
ネット検索で調べると、多くのレビューが出てきた。そこで、その幾つかを
まとめてみた。孤立無業から独居老人に、そして孤立死を迎えることになる。
死ぬ時は、誰もが孤立死だが。
《  * 孤立が就労意欲を奪う
 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた東大社会科学研究所の
玄田有史が、新たな分析視角を提唱。ニートが15歳から34歳の無業者を
指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業」は、20歳以上59歳以下の未婚で
無業者のうち(在学中を除く)、ふだんずっと一人でいるか、一緒にいる人が
家族以外にいない人々を指す言葉。孤立無業者は、家族と一緒にいる時間が
ふだんある「家族型孤立無業」と、ずっと一人の「一人型孤立無業」に分類。
その春、ウォール・ストリート・ジャーナルの日本版ウェブサイト『JAPAN
REALTIME』が「孤立無業者『SNEP』が急増中」という記事を掲載したことで、
ネット上で「SNEP」に注目が集まることとなった。玄田教授によると、「SNEP」
のインターネット利用率は41.3%にとどまり、孤立していない無業者に比べる
と20ポイントも少ない(2006年のデータ)。 
 〜玄田教授への質問〜 ―孤立無業と聞いても新しい概念とは思えませんが。  
玄田:孤立無業は、英語でいうSolitary Non―Employed Personsの頭文字を
 取ってSNEP。Solitaryには「ひとりぼっちの」「他人とつきあいのない」
「孤独な」「寂しい」といった意味があるように、無業者の中でもふだん
ずっと 一人か、一緒にいる人が家族以外にはいない人々のことを指します。
   ―ニートや引きこもりとどう違うのですか。
玄田:まず年齢の定義が違います。ニートは15〜34歳の若年無業者を指す一方、
 孤立無業は20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者。仕事をしていない
点ではニートと同じですが、ニートは仕事を探す活動や準備をしていない無業者、
SNEPは友人や知人との交流のない無業者、約9割が6か月以上働いていません。
外出をめったにしない人もいますので、その意味では引きこもりはSNEPに
含まれていると考えていい。 また、過去1年にスポーツや旅行、ボランティア
などの社交活動を一切行っていない割合が高いのが特徴です。
  ――孤立無業者はどのくらいいるのですか。
玄田:総務省統計局の「社会生活基本調査」から導き出したところ、2006年に
112万人いた孤立無業が2000年代に急増し、2011年時点で162万人に達している
ことが分かりました。これは60歳未満の未婚無業者の実に約6割を占めています 》
▼ 老後にも「孤立無業」が待っている。特に男の場合、縦社会に慣らされて
きたため、横社会では、孤立しやすい。それでも160万以上は驚き。 何とか
60歳に辿りついたが、それまでに一つ間違えれば『孤立無業』があった。
倒産は、ほぼ、孤立無業が待っている。事業は船底一枚下が地獄。だから必死に
考え、力と知恵が湧き出る。 最後は挫折で、孤立無業である。特に大都会での
「孤立無業」は厳しい。「独りは良い」というのは、独りでないからこそ 
言えること。人の間にあってこそ、人は人間になる。先日、初老の独り暮らしの
人が、アルバイトで何とか生活している状況をリポートしていたが、鬼気(危機)
迫る深刻なもの。あの時、何もかも放り出し、独り東京の郊外に身を隠し、
年金暮しか、生活保護の道もあった。大部分が、それに近い。そこで寂しさと、
心の傷を癒すため、酒に溺れアル中、そして孤立死・・ としても、一歩も、
かたい岩場の穴に閉じこもった人生より遥かにまともに、思うのだが、
当人は、凍りつく日々。緩んだ方々より凍死? 何か最近、緩んできた?


6071,閑話小題 〜プロ野球ドラフト会議

2017年10月27日(金)

   * ドラフト会議
  〜まずはネットニュースより〜
《ドラフトの目玉だった早実・清宮幸太郎は、高校生では史上最多タイの7球団
1位競合の末、日本ハムが交渉権を獲得。高校通算111本塁打の大砲は、プロ
の世界の入り口に立ち「ここからが勝負」と具体的な目標は明言せず。
「清宮なくして今のチームはない、と言っていただける貢献の仕方ができれば」
と決意表明した。》

▼ 昨日のドラフト会議、今年は高校生の有望の選手が何人かみられたが、抜群
 選手は、やはり「清宮幸太郎」選手。器の大きさが違う。10分の1に野球熱が
冷めた私でも、巨人・清宮を姿を見てみたかった。最近の巨人は、籤運が悪く、
一巡目は、この数年来ほぼ外れ。今回も、有力選手獲得に失敗した。
 清宮本人にとって、将来のメジャー・デビューの基礎固めにはベストのチーム。
やはり強運の持ち主である。投打の大谷選手と、中田選手が抜けそうな日本ハム
にとっても、このスター選手の入団は北海道中が沸き返ったことだろう。 
大谷、ダルビッシュ、中田、斎藤裕と、引当ててきた日本ハムが、今度は清宮を
ひきあてた。逸材を花開かせた球団の指導方針もあるのだろうが… 
 ドラフト会議で若い候補の若さと将来性をみるにつけ、いつの世にも、彗星の
ごとく新しい逸材が飛び出してくる。二代、三代にわたる、親がかりの指導が
天才教育の必要条件。最近の大相撲の日本人の有望力士は、ほぼ全部、親子鷹の
「腕白相撲」あがり。「三つ子の魂」から、育てないと大成しないのが現実!
一度しかない人生、何やしら挑戦し続け大成するも良し、挫折するも良し、一切
の夢を当初から諦め、日々、楽しむも良し。どの道、一瞬の泡。夢幻の刹那。
 最後は、こんな文脈になるが… それにつけ、娑婆は見ているだけで面白い!
何故か、唱歌が脳の奥から聞こえてきた。
< 線路はつづくよ どこまでも野をこえ 山こえ 谷こえてはるかな町まで
 ぼくたちのたのしい 旅の夢 つないでる 線路はうたうよ いつまでも列車の
ひびきを 追いかけてリズムに あわせて ぼくたちもたのしい旅の歌 うたおうよ
ランラ ランラ ランラランラ ランラ ランラランラ >
 アメリカの原曲の歌詞が、「辛い仕事でも必ず終わりが来る、終わりの合図で
仕事を終えて力尽きて死ぬ」の歌。それで、良いんじゃないか。そうじゃない
生き方もある。根赤でなくては生きてはいけないも、思い込み。さてと…

・・・・・・
5704,自分のための人生 〜
2016年10月27日(木)
   ◆これが人生だ!
 幸福であるためには、充実した時間の積み重ねが必要である。
停滞した社会の中で、人生は、日常を暖かく明るく営むことことだ。
 〜以下の一節が良い。
≪ 何よりも大切なことは、彼ら人生の達人が自分自身を愛しているということ。
「成長したい」という願望に促されて彼らは行動する。どちらかを選択せよと
 言わたら、必ず彼らは自分を大切にするほうを選ぶ。自己憐憫や自己否定や
 自己嫌悪に陥る隙を、自分に与えない。彼らは幸福を追い求めたりはしない。
 生きることがすなわち、彼らにとっての幸福である。
  次に引用するのは、これまで述べた<充実した生き方>の要約である。
< 幸福を見つけようとすることが、何よりも幸福から遠ざかってしまうこと
 なのである。 歴史家のウィル・デュラントは、知識の中に幸福を見いだ
 そうとしたが、見つけたものは幻想だったと書いている。
 彼は次に旅行の中に幸福を求めたが、退屈しか見いだせなかった。
 さらに、富の中に求めたが、仲たがいと心配しかなかった。
 著述の中に幸福はないかと探したが、疲労しかなかった。
 ある日彼は、眠っている赤ん坊を抱いた女性がクルマの中で夫を待って
 いるのを見かけた。しばらくすると、夫が列車から降りて近づいた。
 そして、その女性にやさしくキスをし、次に、その赤ん坊にも眠っている
 のを起こさないようにそっとキスをした。
 それから、その家族はクルマで去っていってしまったのだが、後に
 残されたデュラントは、そのとき、はたと幸福の実体に思い当たった。
 むきになって幸福を追求するのをやめてみたら、
「日常生活のすべての営みが幸福を含んでいる」ことに気がついた。
 現在という時を最高に充実させることによって、あなたも、幸福の傍観者
 ではなく、幸福な人間のひとりになれるのである。> ≫
▼「いま、ここ、わたし」の垂直が永遠につながっている。その垂直を大事に
 して生きればよい。そのためには、日常が充実してなくてはならない。
メーテルリンクの夢幻劇。 <貧しいきこりの子の兄妹チルチルとミチルが、
クリスマス・イブの夜、仙女の訪問を受け、その言い付けで「青い鳥」を探し
に出かける。「思い出の国」「夜の宮殿」「未来の王国」などを探しまわるが、
どこにも「青い鳥」は見つからない。ようやく自分たちの家に帰ってきたとき、
すべては夢だったことがわかる。そして「青い鳥」(幸福)は家で飼っていた
キジバトだったことを知る…> 人生も、気持ちの持ちようの日常にある。

・・・・・・
5339,構造主義とポスト構造主義 〜
2015年10月27日(火)
  * ポスト構造主義とは   〜『世界の哲学・思想』小須田健著
 ポスト構造主義とは、現状を追認する保守的思想形態に陥りがちな構造主義を
批判、多様性を認める必要性を説いた。米ソ対立、自民党対社会党の二項対立
から、ソ連崩壊と中国の資本主義化などを経て、現在の、混沌とした社会を
語るに「ポスト構造主義」は、正にうってつけ。 〜その辺りから〜
≪「ポスト」とは、「の後に」という意味です。ですから、ポスト構造主義とは
構造主義の後に登場した思想のことを指します。ただし、「ポスト」構造主義と
いう呼称から想像できるように、実存主義における「実存」や構造主義における
「構造」にあたる明確なキーワードがそこには欠けています。
 これは、もはや現代が一つのキーワードで包括的に語れる時代ではなくなって
しまったことを反映しているのかもしれません。この名称そのものは、八○年代
にデリダを中心としたフランス現代思想を積極的に受容したアメリカで生まれた。
当初は主に文芸批評の領域で用いられていましたが、やがてフランスにも逆輸入
され定着していったようです。
 構造主義は、私たちをとりまく諸制度の中に潜んでいる諸構造の分析に
主眼を置いていました。ただそのために、ややもすると現状を追認する
保守的思想形態に陥りかねない危険性がそこには内在していたのです。
 このような構造主義のあり方に不満を覚えたデリダ、ドゥルーズ、リオタール
らは、西洋の文化形成を根本から疑問視したニーチェやハイデガーといった
思想家の考えを受け継ぐ形で、思索を展開します。この考えの中心は、哲学に
つきものの「同一性の思考」の批判にあります。「それはなんであるか」という
問いのスタイルを特徴とする形而上学は、本質という観点からすべてのものを
一様にとらえる営みです。ここでは本質からはずれたものは、すべて不純物と
して排除されるより他にありません。つまり、本質(A)か本質でないか(非A)と
いう基準だけですべてが選別される。ここに多様性や変化の余地がありません。
 ポスト構造主義は、そうした決めつけが哲学形而上学の常套句だと批判した。
ただし彼らは、対象への正面からの批判や否定を避けました。なぜなら、
このような態度は結局否定すべき対象と同じ土俵にとりこまれてしまうからです。
肝心なのは、Aか非Aかという二項対立的な価値付けにもとづく土俵そのものを
揺さぶることなのです。このため、〇リオタールは、相手の流れに乗りながら
その方向をずらしていく「漂流」というスタイルを、〇デリダは、対象の中に
住み込むことで内側から亀裂をもたらす「脱構築」という方法を、〇ドゥルーズ
は、一カ所への定住を嫌う「ノマド(遊牧民)」的運動という戦略を採ることに
なったのです。また実践面において、後期のフーコーや晩年のサルトルのように、
知と権力の共犯関係を暴くことや、フェミニズムや少数民族の自立運動への
積極的な支援が行なわれました。構造主義からポスト構造主義への移行点を
なした出来事に、1968年にフランスで起こった五月革命(パリを中心に起こった
学生、労働者、市民による反政府運動)があります。この事件は、後に日本にも
飛び火して学生主導で進行する学園紛争を巻き起こしました。この事件は、
もはや学問が大学という隔離された制度の内部では安住できなくなったことを
象徴する出来事でした。今必要なのは、学問を完成したものとして受けとる
のではなく、知が生まれつつある現場に身を置き続けることなのです。
だからポスト構造主義では、生成や出来事がより重要視されるのです。≫
▼ これからすると、現代の世界情勢は、この思想に沿っている。
 世界は「漂流」をし、内側からの亀裂をもたらす「脱構築」になり、 
民族の大移動といわれるシリア難民などの欧州への移動が始まった。
その根は情報化がある。それは生成や出来事が一瞬にして地球の隅々まで
周知される世界である。個々人がスマホという情報機器を持ってしまった。
これは、ポスト構造主義も「新しい?主義」に取って変わる起因になるのか。
・・・・・・
4974,閑話小題 ー韓国が変なわけ
2014年10月27日(月)
   * どうなっている? 韓国の実情
 韓国の「セウォル号沈没事故」「地下鉄事故」「野外コンサート事故」など、
たて続きに、日本では考えられない事件が起きている。その背景には、韓国経済
の崩壊と、歪な社会背景があるようだ。 ーネットで調べた幾つかを羅列するが、
末恐ろしい日本の未来が垣間見れる。 〜これが隣国の現実。
≪ ・大学進学率は日本の54%に比べ90%ある。
(日本の専門学校的なものも含む)しかし就職率は、その半分も満たない。
 その上、全体の7割が非正社員。日本との物価の差はないにかかわらず、
 月収が7万8千円。2011年だが、ニートの数が100万人。ニート率が
 日本の3・7倍。失業率が20%もある。
・年金は、月に一人8400円、老人の自殺は日本の自殺率の4〜5倍。
・サムソンは、実際は外資が54%を握っている。その規模は総企業の4分1。
利益に至っては、韓国の大企業の半分をサムソンが稼ぎ出している。
そのうち携帯関連が7割。中国の企業がとってかわると、韓国経済は、
さらに大きく揺らぐことになる。
・主な銀行の株式を、半数以上が外資が握っており、韓国の上場株式の8割が
外資が握る。そのため大企業は外資の利益のために動くことになり、その結果、
給与が低くおさえられる。経済危機で、IMFが乗り込んできて、アメリカに
完全支配国家になり下がった状態といえる。サムソンは利益の15%しか税金
を納めてなく、安い給料で働かせ、稼ぎ出した利益は外資が持ち出す仕組み。
・ジニ係数が、0・53にもなっていて、これは、暴動が起きるレベル。
ちなみに日本は0.33、危険ラインは、0.4といわれる。
・強盗が日本の二倍。暴行事件が3倍。殺人が5倍。強姦が40倍も発生。
強姦常習者には電子足輪がつけられる。
・何と「韓国民の4人のうち3人が韓国より出て行きたい」といい、
アメリカの4人に1人、豪州の5人に1人が買春婦という。マスコミで流布
されている状況と、あまりにかけ離れている。
・韓国人は、誰も、こんな状況になるとは、望んだことでない。
知らなかったため。
▼ これらから、現在の日本は天国のようだが、韓国の現状は、日本が国家的
 リストラが出来ないままだと、10年内に、似た状況になるとみてよい。
韓国と中国政府は、国家的揺らぎが起こると攻撃対象を日本に向ける。
日本は戦争を憲法で禁じているのだから、これほど都合の良い国はない。
この状況では、韓国の近未来は、更に 厳しい状況になると予測され、
その後を日本は追うことになる。経済不況について、スペインなど南欧の現地
レポートで驚いていたが、韓国も似ている状況になっていた。
日本も、確実に後追いをしているのが現実。
・・・・・・
4607, そして、人生はつづく ー7
2013年10月27日(日)
   * そして、『私』の人生はつづく
「そして、人生はつづく」に、それぞれが、「そして、『私の』人生はつづく」
と、想定するだろう。私の場合、「51歳で母を亡くした時、還暦までに人生の
やりたいことを燃焼する」と、決心した。到達時に心の底で「万歳!」。
そして、人生がつづいて8年近くになる。二年半前に会社整理せざるを得なり、
本来は致命傷だが、軟着陸?もあって、立ちなおりは早い。既に燃焼した人生が
あったこともある。20歳で事業創業の人生を決め、踏み出して45年スパンの
事業人生。その物語の終わりのピリオドが会社整理。誰にでも、何事にも挫折が
必ず待っている。私にとって還暦が区切り。還暦から新たなステージが始まって
第一の区切が65歳時の事業精算。次は死期を覚悟する「余命半年」の宣言時か、
寝たきりになった時、そして最期は、プッツンの前日から数秒前辺り。その時、
全てが夢幻と気づく・・ ところで、一昨日、タクシーに乗って早そう、
50代後半の運転手が、身の上話を始めた。「両親の仲が悪く、離婚。母親に
引き取られ、母一人子一人の母子家庭。生活が厳しく、直ぐに働かざるをえなく、
結局、水商売の世界へ。職場のホステスと結婚したが、カミさんが客と浮気、
離婚。女の子がいたが、裁判の結果、私が引き取り、母親ともに育て上げた。
子供は巣立ち、今は、母と暮らしているが、生活で手一杯。人生何も良いことは
なかった・・」と、数分で彼の人生を物語風に語った。「一限の客に、
よく話しますね!」というと、「ここまでくれば、恥も何もない・・
実は、お客さんを乗せたことがあり、身の上話をしたことがあったんで」と。 
タクシーで、必ず景気とか、収入とか、生活状況を何気なく聞く習慣がある。
以前、何か聞いたのだろうが、色いろな人生がある。人生は一度、歯車が
狂うと、孫子何代、その影響を受けてしまう。順調時から、「まさか」の坂に
備え(シェルター)をつくっておくべきは、身をもって言えること。
助けてくれるのは自分だけ! 「自分だけは、自分の会社だけは、大丈夫!」と、
つい思いがちだが・・ 地球規模から見れば、グローバル化が世界を激変
させている中、各人の「そして、人生がつづく」。 情報化、グローバル化、
まさかの事態(ブラック・スワン)、弱肉強食などがキーワードになる。
特に、グローバル化は、島国の日本にとっては大きなマイナスをもたらす。
それぞれの『私』も、思い込みでしかないが・・


6070,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜3

2017年10月26日(木)

   ● 自然界にある美しいデザインの法則
≪ 身の周りに存在する美しく普遍的なデザイン。そこには美しく感じさせる
 数学的法則「黄金比」の法則がある。この黄金比に基づいた形が最も美しいと
言われています。黄金比=1:1.618の比率がもっとも美しい比率といわれる。
 なぜ黄金比には美しいと感じさせるバランスがあるのでしょう?
一つの解釈としては、『自然界のDNAに組み込まれている比率』のようだ。
黄金比とは、2,000年以上の昔、紀元前3世紀頃に活躍した数学者、ユークリッド
が定義したとされる。この黄金比を自然界に存在する法則として数式化したのは、
イタリアの数学者レオナルド・フィボナッチです。
 バランスのよい縦横比
デザイン的に「見やすい」または「美しい」とされる縦横比。
 ・1 : 1.4 日本建築やハガキ・用紙サイズに用いられる白銀比
 ・1 : 1.6(または5:8)名刺などに用いられる「最も美しい比」とされる比
 ・3 : 2 フィルムカメラで使われる伝統的な縦横比
 ・4:3 PC のディスプレイやアナログテレビの縦横比
 ・16:9 デジタルテレビのハイビジョン映像で使われる縦横比
 ・1:1 正方形  ≫

◎ 正方形、円形、球状など、自然の摂理、バランスの結果だろう。
 認識するかしないかもある… その自然界のことすら殆ど分かってない。
何をしに地球に遊びに来ていることさえも。<で、何しに来たんだ私は?>
――
  
   ●顔の黄金律
 顔の黄金比に必要なポイントのひとつは顔全体のバランス。
 このバランス比率は3つの条件で成り立ちつ。
1.「前髪の生え際から眉間まで」「眉間から鼻の下まで」
「鼻の下からアゴの先まで」 それぞれの比率が1:1:1
2.「目の横幅」の5倍が「顔の横幅」になる
3.「顔の横幅」と「顔の縦の長さ」が1:1.46になる
 
◎ 化ける方も必死。何ごともバランス。そのバランスをとるのが、化粧で
 あり、TPOSでの服飾のバランス。 人は自己満足でしか生きられない動物。
 「自己満足も、ほどほどに」だが、他に手立てはないから始末が悪い!
追)ブログ自体が、そう。 毎日毎日、自己満足で分かったふりをして…
 で、これも偶然、以下の文脈に続いていく。

・・・・・・
5703,つれづれに哲学 〜限界状況 
2016年10月26日(水)
  * ヤスパースの、『限界状況』
 人生には誰もが「山あり谷あり」「晴れの日も、雨の日」もある。
節目には極限を遥かに超えるような事象が嵐のように、押し寄せてくる。
そして、最期に、まさか自分にという『死』が、覆い被さってくる。
それまでの日常では有り得ないような、心の苦悩と、肉体的苦痛が・・ 
その前の猶予期間の極限状況に、孤独と挫折を味わうことになる。 
  〜ネットで、『限界状況』を検索すると〜
≪ハイデッガーの”ライバル”の哲学者に、ドイツのカール・ヤスパース
(1883〜1969年)がいる。精神病理学者・哲学者・政治評論家などの
さまざまな側面があった。 ヤスパースもハイデッガー同様に”ナチス政権” 
に大きく影響された。 妻が”ユダヤ人”であったことや、ナチスに対する 
”反抗”で当時、教鞭をとっていたハイデルベルク大学を追われてしまう・・
その妻が 強制収容所”へ送致されることになり、夫妻は自宅に2人で立て
籠もって抵抗するが、”収容所移送”が決定されてしまい、もはや自殺する
直前まで追い詰められ、その移送予定日が あと数十日程度に迫った1945年
3月30日にアメリカ軍が彼の住むハイデルベルクを 占領したことで収容所
への移送を免れた。この戦争体験が彼の哲学に対して 大きな影響を与えた。
ヤスパースは、この経験から”限界状況”をテーマにした思想を構築した。 
 それは、人間には ”限界状況” というものがある。それは
”死” ・・・ 死んでしまう という状況 
”苦” ・・・ 苦しみの状況・ さまざまなことで 苦悩する状況
”争” ・・・ 争い・闘争・戦争の状況
”責” ・・・ 罪を責めること  ”人間の原罪”を責めること    
 これらは人間の”日常生活”を”粉砕” してしまう”人間の運命”と 
されるもの。これは、人間の力、科学の力で克服できない状況。
 ”限界状況”の典型例が”自己の死”である。
ヤスパースは、「人間は普段、”気晴らしなどにふける”ことによって、
すでに”限界状況”の内にあることを 忘れてしまっている・・」とした。
 人間は、その”現実”を”自覚”すると自分自身の“挫折”と”限界”を悟る。
そして なぜ人間には”限界”があるのか?・・ 等々、深く考えることになる。 
また、この状況を”誰にも頼れない”・・と自覚することになり、
それまで感じたことのない”孤独”と”絶望”に 陥る。
 そして、「人間とは 極めて”弱い存在”」と 自覚することになり、
そこで、「人間を”超えたもの”が存在するのではないか?」と考え始める。
それを”包越者”または”超越者”という表現で 表わそうする。
そして、「人間は、その”超越者”と”交わる”ことで「真実の生き方」
である”実存”に 目覚めてゆく」と主張した。 
さらに”交わる”とは”自己開示”を意味しており、各人が自分自身に、
”閉じこもる”ことなく”他者”へと向かい自己自身の存在に対する意識を 
”反省するべき”とも 説いた。 最終的には・・・
”超越的存在”に面することにより、自らの有限的な存在が”反省”させられ
その”超越的存在”に面している自己自身という自分の存在の”確信”が 
得られる。これを ヤスパースは”絶対的意識”と説いたのです。≫

▼ 「業火に焼かれる」とは、よくいったもの。まさに、限界状況の中で
 味わう苦悩。この苦悩を経て、絶対的意識に到達できる。弱い人間には
宗教が必要になる。死を前にして強い人間なぞは存在しない。人間の原罪を
それぞれが真正面から見つめること、そう、「正 中心 一点 無」で、
見続けることが、業火を少しでも和らげてくれる。人生には、四苦八苦、
四楽八楽、感動、感激、至高体験、激怒、業火の雨など、いろいろある。 
 どこ吹く風の少々の天然?が、現に存在している! 自分も?

・・・・・・
5338,構造主義とポスト構造主義 〜�
2015年10月26日(月)
   * 構造主義とは    〜『世界の哲学・思想』小須田健著
 19C末に亡くなったニーチェの思索が「現代哲学」の土台になっている。
第二次大戦後、サルトルとともに広まっていった実存哲学は哲学を超えた
流行現象になった。レヴィ・ストロースが文化人類学の領域から構造主義を
提起した。これは西洋哲学を根底から揺るがすものだった。社会学を学ぶもの
にとっては、構造主義とポスト構造主義を明確に把握する必要があるため、
ここで取り上げることにした。考えてみれば、社会学とは社会構造と、構成
要素の人間を解明すること。 〜その辺りから〜
≪ 私たちは、自分の意思を伝えるのに日本語という言語を用います。
 言語には特有の文法構造があり、それに即して話さないと何も伝えられない。
つまり私たちは、日本語という言語の構造によってしゃべらされているのです。
初めて英語を学んだとき、兄も弟も「ブラザー」の一語で済ますとは、何と
おおざっぱな言語だと思いませんでしたか? これは、英語が他人をまず同胞
(家族)かどうかという観点で捉えるのに対して、日本語は目上か目下かという
観点を重視するという違いを反映しているのです。 つまり言語が異なれば、
社会構造も異なるのです。 今でこそ私たちは、時代や文化が違えば見方も
異なることを当然だと思っています。しかし、その態度は学生紛争のころなら
日和見だと自己批判を迫られたでしょうし、戦前の日本なら天皇をないがしろ
にする非国民だと弾劾されたかもしれません。このように自分の生きる時代の
価値観としての諸構造からは誰も自由になれないことを教えてくれたのが
「構造主義」です。構造主義は、フランスで生まれた20世紀後半を代表する
思想的潮流です。この思想は当初から、狭義の哲学とは無縁な様々な学問が
集まって展開された点に、大きな特徴があります。
 構造主義の祖はスイスの言語学者フェルディナン・ド・ソシュールであり、
フランスで構造主義のロ火を切ったのは文化人類学者レヴィ・ストロース。
かつて構造主義の四天王と呼ばれた人物を見てみても、精神分析学者である
ジャック・ラカン、文芸批評家のロラン・バルト、マルクス主義者のルイ・
アルチュセール、思想史家のミシェル・フーコーと、哲学者は一人もいない。
 また、一口に構造主義といっても共通の見解や綱領もありません。
ただ彼らの仕事には、共通の特徴があったのです。それまでは、人間の社会的・
文化的営みを考る上で、そうした制度を創った人間が中心に置かれていました。
これに対して、彼らはその活動を根底で規定し方向づける「構造」こそ大きな
意味があると考え、その構造を様々な領域で探究したのです。
 ストロースやラカンは、五〇年代からその探求を開始していましたが、
構造主義そのものが世間的に知られるようになったのは、レヴィ・ストロース
が『野生の思考』(1962年)を出版したのをきっかけに生じたサルトルとの論争
によってでした。『野生の思考』は、それまで非合理とみなされたいわゆる
未開人の神話的思考が、西洋近代の科学的思考に劣るどころか、感性的表現で
世界を組織化する「具体の科学」だと主張して、西洋近代の理性中心主義への
反省と西洋中心的発展史観の解体を促しました。ただ彼の意図は、単に西洋の
論理を相対化することでも、未開の思考を賞賛することでもなく、人類に普遍的
な論理性や心性の構造を探りだすことにありました。レヴィ・ストロースは、
その最終章でサルトルの思想が西洋近代社会の人間像だけをモデルにした理論
構築だと批判しました。西洋近代は、歴史は人間の手で自由に創造されるもので
あり、人類は幾多の困難や矛盾を乗り越えつつ進歩していくという歴史観に
基づいていました。構造主義は、そんな人間主体の全面的自由を疑ったのです。
この論争は反響をよび、実存主義から構造主義への世代交代を印象づけました。
しかし、統一的な学派でなかった構造主義は、七〇年代以降記壕論的探究や
ポスト構造主義へと拡散していくことになります。≫
▼「人々の活動を根底で規定し方向づける『構造』こそ大きな意味がある」と、
 未開人の神話的思考から、欧米の理性中心主義を疑った。これは、それまで
無批判だった欧米主義を根こそぎ、揺らがす出発点になった。その社会構造が、
ネット社会の到来で根こそぎ揺らいでいる。ネット社会の構造とは如何なる
ものか、どの方向に向かうのか? 面白そうだが、先は限られている。 
・・・・・・
4973,閑話小題 ーよい先生とは
2014年10月26日(日)
 * 「数学科」より「子ども科」へ!   
            〜『大丈夫、なんとかなるさ』近藤勝重著より
なかなか、示唆のある内容である。 ーまずは、その辺りから 
≪ 司馬遼太郎さんが学校嫌いで図書館が好きだったことは有名だ。
それは中学1年の英語リーダーで先生にニューヨークの地名の意味を質問した
ことからはじまる。なんと先生は「地名に意味があるか!」と怒声を上げたと
いうのだ。司馬さんは帰り道、市立図書館に寄ってニューヨークの意味を知る。
独学癖がつくようになるそもそもだが、一方で「いい先生につくに越したこと
はない」とエッセーで言い添えている。 いい先生というと、アメリカのある
学校で数学を教えていた先生の話を思い出す。その先生は数学を教えることが
自分の仕事だと思っていたが、ある日、「私の仕事は子供を教えることでは」
と思い直す。つまり科目「数学」から科目「子ども」へのチェンジである。
「数学」を教えていれば子どもに完全な答えを求める。しかし「子ども」を
教えるのだとなると、それは最終の目標ではなくなる。やがて子どもたちも
変わってきて、成績がぐんぐん伸びたエディという子は、答える。
「先生に習うようになってから、自分が好きになったんです」
『こころのチキンスープ』で知った話だが、その先生の言葉をぼくなりに
想像してみた。こんな感じではないか。「エディ正解まであと一歩よ。
公式はちゃんと使えているわ。あなたならきっとできる」 ≫
▼ 学生時代に「人事管理」「キリスト教倫理」「経営学」など、影響を
 受けた教授は、その科目を超えた、「青年学」だったようだ。 授業を通じ、
これからの人生を如何に生きるか、どうあらねばならないか、を教えていた。
そう、専門課程を通してベースになる教養の必要性を教えていたようだ。 
現在の私の学問は、一度、子どもにたち返って、原点から考え直すこと。
自分を子供に見立てた「子ども学」が、私の科目である。純真な気持ちで哲学や
文学を通して、どうしようもない自分を学び直す、学びとすれば、何かが見えて
きそうだ。現実に溺れたまま、この歳まで生きてきた男が、急にガンを宣告され、
それまでの生き方そのまま自分に問われる。そして、それまで生きてきた姿
そのままで、死んでいく。これは、全ての人に当てはまること。この数年来、
死ぬ時に、両親と手をつないで雲の彼方に上っていくイメージを作り上げてある。
とすると、「子供学」を通した「死生学」になる。「もっともっと楽しんで
おけば良かった」と、それでも後悔するはずだから、一日一日を大事にし、
楽しむことが、いま与えられた課題になる。「いま現在、実行している!」
という内なる声は、勘違い! それにしても、毎日が面白いが・・
 まだまだ、楽しみが足りない!ということ。 
・・・・・・
4606, 閑話小題 ージェネリック家電
2013年10月26日(土)
   * ジェネリック家電
 最近、ジェネリック薬品という言葉を聞く。その意味は、「開発した薬が
一定期間を経過したことによって特許切れになった薬品を、他社が格安で製造
販売できるようになった薬」。ところが、昨日の朝のTVのモーニングショーで、
初めて聞く、「ジェネリック家電」を特集していた。 白物家電などで、型落ち
(一世代前)した製品の部品を集め半額から10分1の価格に抑えた専門メーカー
の商品。 取材を受けていたメーカーの売上が、毎年、右上がりに増加している
という。 去年、20年以上使っていた扇風機が二台、同時に寿命にきたため、
家電チェーンの店先には、何と980円、1480円、1980円の扇風機があった。
そこで1480円と1980円のを買い、二シーズン使ったが何も問題がない。
何故、ここまで値段の差があるのか不思議だったが、番組をみて納得。半月前に
5年間使ったデジカメが壊れ、新たに買うことにした。当初からデジカメは
カシオにしている。前のものは「絵画変更機能付きなど多機能」で3万円前後
だったが、今度のは7千円。ベースの機能以外、一切ついてないが、画素が
800万から1600万画素に増加したもの。 2万円以上の多機能付きか迷ったが、
ベース機能以外は殆ど使っていないので、一番安いのを買った。デジカメは、
日常、肌身離さず持ち歩いていて、携帯電話より私にとっては必要な機能。
デジカメは現在、スマートフォンに組み込まれて、瀕死の状態だが、それに
しても安い。20年近く前に、新潟のイタリア家具専門店から居間の応接セット
を買った。百万円以上はするような高級家具が、30万円。そこで、社長に
聞くと、「これは、実は韓国産。木製部分が韓国産で、鞣し革部分をイタリヤ
から輸入したもの。デザインは百万以上の家具を忠実に似せているので、
本物と全く同じです!」と。そして、我家の居間に鎮座をしている。
実際のところ、見た目は良いが、実用的ではない。これは「ジェネリック家具」
の走りだろう。考えてみれば百均も、生活用品を中心にしたジェネリック雑貨。
型落ちや、特許切れで、値段を落とした訳ではないが、使用目的に絞り込んで
トレードオフをしている点では同じ。5百、千円ならいらないが、百円なら・・ 
韓国や中国メーカーの飛躍的成長に、「日本の人材の型落ち?」を取り入れ、
格安の製品開発をしていった背景がある。
中間層の収入が減れば減ったで、こういう知恵が出てくる。 
・・・・・・
4231,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー6
2012年10月26日(金)
ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * コーラは頭痛に効くドリンク剤だった
≪1886年、アメリカの薬剤師ペンバートンが、アフリカ原産の常緑樹「コーラ」
 の種子のエキスにコカの葉や香料を加えて、頭痛薬「コカ・コーラ」として
売り出した。水で薄めて飲めぽ、二日酔いによる頭の痛みなどに効果があった。
ある日、二日酔いの客がペンバートンの薬局にやって来た。店員は、いつもの
ようにその場で水で薄めて客に飲ませようとしたが、あいにく手近なところに
水がなかった。そこで、間に合わせに炭酸水で割ったところ、二日酔いの客は
すっかり元気になり、効き目の早さに大喜びしたのである。これが評判を呼んで、
シュワッと泡の出るコカ・コーラがアメリカ中に広まっていった。
日本には、1919(大正八)年に輸入されたが、当時の日本人には馴染めない味
だったのか、あまり売れず、いったんは発売が中止になった歴史がある。
再度輸入されるようになったのは第二次大戦後になってからだが、当初は占領軍の
兵士や、その家族用で、一般に広く飲まれるようになったのは1961(昭和三六)年に
輸入が自由化されてからのことである。 ≫
   * 緑茶、紅茶、ウーロン茶、どれももとは同じ葉っぱ
≪ お茶といえぽ緑茶、紅茶、ウーロン茶など、さまざまな種類のものがある。 
 しかしルーツは一つなのである。ではこれらのお茶は何が違うのかというと、
製造方法が違うのだ。 製造過程で、葉の発酵具合を変えることで、まったく
違う種類のお茶になるのである。一般的に、緑茶は発酵させず、若葉を蒸して
もんだり妙ったりして作られる。ウーロン茶は半発酵させた茶で、青茶ともいう。
そして充分な発酵を経て作られるのが紅茶である。ウーロン茶や紅茶は発酵
させる過程で、独特の風味や香りが生まれるというわけだ。≫
▼ コーラも、お茶も一種の軽い興奮剤。空腹を誤魔かすに適していた。


6069,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜2

2017年10月25日(水)

  * “2・6・2の法則”
 パレートの法則と似ているが、
これは人間組織に焦点を当てている。
  •優秀な人が2割
 •普通の人が6割
•パッとしない人が2割 
▽ たしかにそうだ…。考えみるに、人間の本質の各要素にも言える。
 さらに、生き方の要素、‘遊び’‘学び’‘働き’の比率にも当てはめる
ことも出来る。その年代により、その比率は変化して当然。20代なら、遊びが
2割、学び6割、働き2割。還暦過ぎれば、遊び6割、学び2割、働き2割とか。
理屈など、どうでもたてられるが… 
――
   * “78対22の法則”
 世の中は、すべて78対22で成り立っていると言う法則。
 古くからユダヤ人の間で伝わる格言。
•空気中の成分は、窒素約78%、酸素・二酸化炭素等その他の気体が22%。
•22%の人が78%の売上をあげている。
•肺呼吸と皮膚呼吸の割合は78対22
•人間の体は、水分78%、その他22%
•地球の海の割合は78%に対して陸地が22%
▽ これもパレートの80:20の法則と、“2・6・2の法則”に似ている。
 “78対22”の比率に、自然界の何かがあるのか。
――
   * ハインリッヒの法則
1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、
その背景には300の異常が存在するというもの。
 重大な事故:1
 軽微な事故:29
 ヒヤリとするような事故:300
▽ 人生一般にも言える。逆に、成功や機会についてもいえる。博打や、事業
 の成功の背景には膨大な失敗がある。まずは量から入り、質を上げていく。
年齢のためか、軽微な事故や失敗について思い出す。その1つでも重大事故に
なっていたら!が、次々…と。とすると、重大事故は、必然だったのか。

・・・・・・
5702,自分のための人生 〜
2016年10月25日(火)
   * 不安に感じるより、まずはやってみる
 20歳で、両親のような「創業」を決意、それ以来、その影に怯えながら、
何とか不安を乗りこえてきた。前向きに暗闇の未知の世界に向かって踏出す
恐怖心は、誰にもある。そこで、「その時は、その時!」の言葉に従い、
その都度、具体化をしなければならない。
 人は、失敗を恐れるあまり、新しいことに挑戦するのをやめてしまうが、
転がってしまえば、じぐざぐでも、前には進む。
「失敗と、成功の経験の積み重ねこそが、成長の土壌」になる。面白いことに、
ドン底にこそ、小さいチャンスの糸が見えてくる。それも準備があればこそ、
糸先が見える。 まずは、不安を乗越えて一歩踏出すこと。これは、事業でも、
秘異境旅行でも言えること。 
 人生は生きている最期までがプロセス。その時点時点で、選択した項目に
全力を出しきること自体が、節目を強くすることになる。『面白かった!』
の実感が、何もかも吹飛ばしてくれる。 畜群には、それが見えない。
 今ではネット・ゲームやマネジメント・ゲームがあるが、自分を博打の駒
にする醍醐味に到底及ばない。 いや、今では、その方が遥かに面白い?
 何れの石ころも、遠目でみれば、カタチと、大きさが大小の違う砂利。
としても、生きていくには砂利なりに前向きでなければ?
 事業も、秘異境旅行も、その都度、不安を乗越えた一歩から始まる。
≪P・200 未知のものを避けているとき、自分のその行為に気づく
 ことが大切だ。その瞬間に自分自身に言い聞かせてみよう。
「人生、必ずしもいつも、自分の行き先がわかっていなくてもかまわない」と。
<型にはまっている>と気づくことが、それを変えていく第一歩である。
 少し冒険をして、型にはまったやり方から抜け出してみよう。
何の予約もせず、地図も持たないで、行き当たりばったりの休暇を過ごすのも
いい。何が起こっても、自分を信頼して事の処理に当たるのだ。
たとえば、新しい仕事の面接を受けてみる。あるいは、「よくわからない」
「理解できない」と言って、これまで避けてきたような人と話してみる。
 自分の偏見を疑問視してみると、そのために自分が何の進歩もなく、
おもしろ味のない人間であることが、すぐにわかる。
自分とは違うタイプの人に多く会えば会うほど、今まで自分がどれほど損を
してきたか、自分の恐怖心がどれほど愚かだったか、よくわかるだろう。
これを見抜くことができれば、未知の世界は避けるべきものではなく、
むしろどんどん探索すべき場所になるだろう。・・ (中略)
覚えておいていただきたい。人間にかかわることは全て、自分と無縁でない。
自分にその気があれば、何にでもなれる。このことをしっかり心に刻み込んで
おき、安全で逃避的な行為に陥ったら、思い出そう。
失敗を恐れる気持ちは、往々にして、他人の反対や嘲笑に対する恐怖心。
 他人には他人の考えがあってけっこう、自分とは関係ない。このように、
自分の行為を他人の言葉ではなく、自分自身の言葉で評価しよう。
自分の能力は優劣で決まるのではなく、ただ他人とは違うというだけである。
            < 『自分のための人生』〜6章 > より ≫ 
▼ 人間は「習慣」で動く生き物。それを利用して、一日の行動スケジュール
 の質量を、数ランク上げれば、それが第二の天性として身についていく。
 新しい時節に新しいことを始めるには充分の準備が必要となる。そして、
 いざ踏み出し繰返すと、思いのほか、スムーズに動き出す。
  畜群をネット辞書で検索すると
【「畜群」- 意味(独)【Herde】「ヘールデ」
 「超人」を理想とするニーチェが指摘した 集団から突出することを恐れる
 人間の特徴。 囲われた群れから孤立することを嫌い、欲望を抑えて、
 利他的に努める性質...】とある。所詮は、何れも石ころは石ころ、砂利で
 しかないが、それを自覚出来ているかどうか? 出来ていれば、石群から
 離れ、急流に身を置き、面白可笑しく転げまわるだろうに。畜群でしかない
 自分の石(人生)小ささを、日々、面白がっているに過ぎないが。
  ところで、畜群の人生、何が悪い? 「和して同ぜず」でなく、
 「和して同じる」のが悪いからか。付和雷同が一番悪い。良しとするのが、
 「畜群」ということか。ネット世界には「ネット畜群」なる生き物もいるが。

・・・・・・
5337,本当に、数字は「ウソ」をつかないのか?
2015年10月25日(日)
              〜『考える練習』 保坂和志著
  * 一面だけの情報なら、それは正確とは言えない
 マスコミの報道は、ニュースという短期間の視聴者の関心を惹きつけるのが
仕事のため、どうしてもオーバーな報道をしたがる、そこに、大きな誤差が出る。
現在問題になっている、2cmの杭の段差問題が、それである。哲学書を読み
続けていると、こういうニュースの欺瞞性が見えてくる。たまたま、図書館で
見つけた、以下の内容が、正に、それを言いあてている。〜その辺りから抜粋〜
≪ 消費税を上げなくてはダメだという理由に、年金問題がある。
 年金は何十年か前は8人で1人を養っていたのが、いまは3人で1人を支える
「騎馬戦状態」だと言われている。 それも2050年頃には1人で1人を支える
「肩車状態」になるという。だから税収を確保しなきゃいけないというんだけど、
でもそれは年金だけを見たときの話でしょう。たとえば70年代は、家族を考えて
みた場合、専業主婦のいる家庭に子ともが1人か2人だったわけだから、1人の
働き手が最低2人養っていた。いまは共稼ぎで子ども1人のところも多いじゃない? 
子どもが2人いても共稼ぎ家庭なら1人で1人を養うことになるし、一人っ子なら
0・5人しか養ってない。うちなんかは、子とも0だ。猫はいるけと。
 そこに年金が肩車状態になったって、1人増えるだけじゃん。それならいけない
はずはない。だからここには考え方の誘導があるんだよ。誘導があると、みんな
その流れの中でしか考えなくなってしまう。いちばんわかりやすいのは、労働
人ロの割合だと思う。全人口に対して労働人口の割合が増えてることだけは
間違いないんだよ。それなのにお金が足りないというのは、一人ひとりの給料が
安いからでしょう。大企業が消費税に賛成している理由は、正社員を減らして
非正規雇用を増やして賃金をもっと減らしたいからと思うんだよ。だから、
消費税増税はいまの人件費削減の流れの後押しになる、ということなんじゃ
ないかと思う。情報を一部分だけ出して、いかにも根拠があるかのように統計
を見せて、「数字はウソをつかない」とかって言っても、一面だけの情報なら、
それは正確とは言えないよね。タバコの発ガン率とか、メタボの人が脳卒中
になる確率とか、運動不足の何とか率とかって.いろいろ出てくるじゃない。
これをしている人はそれが15%上がる、30%上がるってさ。でも、もともと
そういう症状になる人が全体の何%いるかまで出ていない限り、何%増えようが
減ろうが、説得力はないはずだよ。この店で宝くじを買えば当たる率が30%
上がるっていったてじゃあ買おうって人はいないよね。宝くじなんてもともと
当たらないんだから。タバコを吸ったら肺ガンになる確率が30%上がりますよと
言われても、一生のうちに肺ガンになる確率が5%だとしたら、それが30%増え
ようがたいしたことはない。まあ数字自身は「ウソ」をついてはいないのかも
しれないけど。気が利かないだけで。じゃあ、それは厚生年金で、国民年金の
話と混同してる?そうかもしれないけど、国民年金と厚生年金の一体化とかも
言ってるんだからいいんだよ。≫
▼ 自頭で考える訓練をしておかないと、マスコミの、世間の好い加減な
垂流し情報をそのままを信じ込んでしまい溝沼のボウフラに陥る危険がある。
9割以上が、上記のような情報のため、一線を画さなければならない。
・・・・・・
4972,閑話小題 ーツアーゲームの醍醐味 〜�
2014年10月25日(土)
  * ツアーゲームの醍醐味
 ツアーは、ツアーゲームという方が、その本質をついている。
  ーネット辞書によると、
≪ ツアーとは、基本的にはパンフレットやインターネットサイトなどで
 宣伝して旅行者を募集し、旅行代理店で旅行契約を締結し代金の収受を行う。
行程表に従った団体行動で集合場所から解散場所まで全行程に添乗員が同行する
形態が基本であるが、1990年代からは添乗員が同行せずに所定の往復の交通と
宿泊(に加えオプショナルツアー)で構成されるフリープランが台頭し、
旅行者のニーズに合わせて選択できる。
 :利点として
・添乗員が同行するパッケージツアーでは、現地での不安感が少ない。
・比較的多くの観光名所を観光バスなどで短時間に効率よく周遊出来る。
・現地の情報の事前収集がされているので、参加者は、情報収集のエネルギー
 が少なくて済む。
・団体料金が適用されるため、自由旅行や手配旅行より旅行費用が割安な
 ケースが多い。
・旅行業者は3つの責任(旅程管理責任、旅程保証責任、特別保障責任)
 を負うため、手配旅行に比べて安心。
 :欠点としては
・観光ルートが時系列で細かく設定されており、せわしなく感じる場合がある。
 また、自由時間が少ないため観光内容に物足りなさを感じることもある。
・行動の大半を他の参加者と共にするため、煩わしく感じる場合がある。
・近年、格安航空券やホテル代の割引が個人客にも開放されており、自由旅行
 や手配旅行の方が安くなることも少なくない。特に1人参加で1人部屋追加
 料金を支払う場合はかなり高くつく。また、辺境地をチャーター便や
 貸切バスで周遊するツアーも高額になりやすい。
・土産物店や免税店に何回も立ち寄らされることがある。現地での観光を
 放棄する方法もあるが、ツアーによっては認めないものもある
 (土産物店等が旅行会社と契約してマージンを旅行会社に払っている)≫
▼ 以上だが、一般的にツアー旅行は、フリープラン派と、パッケージ派に
 分かれる。49回のツアー経験から、フリープランでの現地代理店との直接
交渉のパックは、旅行代理店の裏づけがないため、現地の ガイドの好い加減な
扱いが多い。少し窮屈でも、私はパック旅行にしている。アフリカとか南米
専門の弱小旅行代理店は、(何度かの経験からみて)やめた方がよい。
マニュアルと、チェックリストが皆無のため、添乗員の劣悪な扱いを受ける
ケースが何度かあった。代理店は、それぞれ客層を絞っている。その時々で、
代理店の浮き沈みが激しい業界である。JTB、日本旅行、近畿ツーリスト、
HIS、阪急旅行社の順に重心が移動している。自分は何を旅行で求めるかで、
その相手先を決めるが、私の場合、値段と行き先の内容になる。
 ツアーゲームは、私にとって最高の遊びであり、別腹の多くの体験と感動
が詰まっている。それぞれのツアーの延長が、TVやブログで見るなどしながら、
今も続いている。その度、新たな経験がある。
・・・・・・
4605, 閑話小題 ー今回は、い〜かな
2013年10月25日(金)
   * 「今回は、い〜かな!」
 一昨日の夜、家内のところに、柏崎の中学同級会の誘いの電話が入った。
その後、家内が言うに、「去年、出席したばかりなので、今年はい〜かな、
とヤンワリと断った」と。そこで、当意即妙に「せっかくだから、『い』
を付けたら!」と言うと、「何のこと?」と、のたまう。「『い』をつければ、
いかないー行かない」だろうと教えても、何かボーとしている。そして暫くして
「あっ、そっか!」 それで、本人は笑ったが、ジョークに鈍い御人は、
こういう言葉の彩の面白さに反応しない。 以前、何処かの居酒屋で、
店主が「今日は、真イカしか、ありません」に、「ま、いいか」と駄洒落を
飛ばしたが、全く反応をしなかった。同席の三人はお愛想笑いをしてくれて、
何とか場は持ったが・・ ま、いいか! 「今回は、い〜かな!」は、巧い
断り方。営業のプロなら、「じゃあ、次回は必ずお願いしますね!」というか。
   * ぽっくりシューズ
 子供の頃、女の子が、ぽっくり下駄を履いていた。ウィキペディアのよると、
『ぽっくり下駄は、日本の町方の子女の履き物。舞妓や半玉、花魁や太夫につく
「かむろ」の履き物でもあり、七五三のお祝い履きにも使われる。』とある。 
 新しい自転車を購入して一ヶ月経つが、一時停車の時、足のツマ先が地面に
ギリギリ。スポーツ自転車の停車の時、サドルの前に腰を出し、女またぎで
両脚をつくのが通例。(そこまでサドルを上げておく)だが、緊急停止の場合、
短身もあり、2〜3センチ足りない。日が経つにつれ、その下り方に慣れては
きたが、やはり不安で、厚底シューズを検索で調べ、アマゾンから購入した。
送料込で3900円。早速、送られてきた現物は、何と、ぽっくり下駄にそっくり、
ウォーキングをスムースにする健康シューズ。つま先の厚さは、普通のシューズ
と変わらないし、踵部分が削られ、中央が膨らんでいる。失敗かなと思いつつ、
履いてみたが、何とか停車時に安定してつき、一応は、合格。
 その後、いつもの通り大手大橋を15分ほどヒキチャリウォーキングをしたが、
姿勢を正して歩かないと不安定になる。 足元が三分の一しか接しないため、
姿勢が良くするしかない。まだ慣れてないため疲れが残るがウォーキングに最適。 
自転車以外は珍妙な型のため、普段は履けない。踵から脚を踏み込み前に重心
移動すると、楕円形のため勢いつき身体が移動しやすい。よく考えたものだが、
自宅の2Fへの階段で、後ろに重心をかけ、げ落ちそうになった。
・・・・・・
4230,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー5
2012年10月25日(木)
ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
  * 特産品を混ぜ合わせて偶然生まれたマヨネーズ
 高校時代の夜食に、冷めたご飯をバターで焼いて、それにマヨネーズと
塩をかけて食べていた。それが、お新香と食べると、やけに美味しかった。
マヨネーズが生まれるに、やはり歴史があったのである。
≪ 日本人に人気の高い調味料の一つ、マヨネーズ。何にでもマヨネーズを
 かけて食べる「マヨラー」という人もいるくらいだ。その起源をたどると、
18世紀まではマヨネーズというソースは存在しなかことが判明している。
マヨネーズが誕生したのは、イギリス海軍の拠点だったメノルカ島の小さな
港町・マオンにフランス軍が攻撃を仕掛けたことがきっかけだ。
フランス軍を率いていたリシュリュー公爵は、終わりの見えない戦いの合間を
縫って、マオンの街角を訪れた。城塞付近の前線では激しい戦闘が行なわれて
いたが、一歩街に入ればそこは平和な田舎町。リシュリューはひとときの安らぎ
を求めたのか、目についた一軒の料理屋に立ち寄った。戸惑う料理人に、
リシュリューは「何かうまいものを食わせてくれ」と注文。
料理人は肉を焼きながら、マオンの特産品であるオリーブオイルとレモン、
ワィンビネガーを使ったソースを作りはじめた。しかし、これだけで公爵が
満足するか不安に思った料理人は、少しでも料理をグレードアップさせたい
との思いから、島の名物・メノルカ鶏の卵をそのソースに加えた。 
マヨネーズがこの世に誕生した瞬間である。そのおいしさに驚いたリシュリュー
がレシピを持ち帰り、マオンのソースという意味の「マオンネーズ」として
マランスに伝え、やがてこれがマヨネーズと呼ばれるようになった。 ≫
▼ マヨネーズといえば、キューピーマヨネーズで、他のマヨネーズは、
 不味く感じて当分の間は舌が受けつけなかった。これとケチャップも、
冷や飯と一緒に炒めて食べていた。チャンハンの具なしというもの。


6068,閑話小題 〜衆院選挙、観劇記…

2017年10月24日(火)

   * 終わってみれば、これが日本
 ☆衆院選挙も、終わってしまえば自民の大勝。たまたま吹いた風で舞上がった
元キャスターの自民党女議員が、思い切った独断で都知事になり、その勢いで、
日本初の女首相へ!の勢いもあったが、一言「排除…」で失落した。選挙のプロ
が側近に少なかったようだ。 昨年の都知事選の際、石原慎太郎元都知事が
「厚化粧の大年増」と小池を侮辱をしたが、翌日、小池は「私は今日は薄化粧で
来ました」とさらっと 言い返した。それが、小池大勝利の結果を導いた。
今回は、それが真逆に出てしまった。当然、都知事を辞任し、自ら立候補をし
先頭に立つべきだった。要するに腰が引けたのである。豊田、山尾、そして地元
の配偶者を宮崎元衆議院議員を持つ金子女史、への辛辣なヤジなど、そうこう
選挙戦をみるにつけ、虚構そのものの代議士だけにはなりたくないと…。
心はズタズタだろう。それでも未来を信じ立向かう姿には恐れ入る。
 ☆半世紀前にもなるが、私がいた学生寮に、自民系の政治志望の先輩たちが、
卒業後も出入りしていた。彼らの頭にあるのは、資金調達のためのネタ探しと、
出身地の地盤の感心のみ。資金も無く、あるのは野心だけの飢えた狼そのもの。
 その影響と、時代背景もあって、私も、何やしら創業を思い立ち、青雲の志に
酔い潰れていた。時は1960年代後半。ディズニ―ランドの頭でっかちの
キャラのように。政界は、得体のしれない野心家がチャンスを求め彷徨う世界。
何が辛いかと言えば、大都会の真中で独りヨレヨレで、「お先真っ暗の上に、
金がないこと」。「死ぬことからみれば、何事もカスリキズでしかない」という
が、死んだ方が楽の世界が存在する。彼女ら3人の後姿に、それが見えていた。
 辛辣にヤジっていた薄汚れた男たちに、どんな哀しい人生があったのか。
仮想インタビュー:

 豊田前議員: 「エテ公、死ね!」
 山尾議員:  「あの方々に、人生など、あろう筈がない。哀しいという
         言葉が汚れます!」
 金子前議員: 「旦那の侮蔑、そのまま、貴方がたにお返しします。まだ、
         ずっと、旦那がまとも。何んで、こんな人が住む地元
         のため、全力投入しなければならないのかしら!
         それにつけても、亭主のヤツ!落ちてしまえば、ただの猿」
 小池都知事: 「あちゃ、ぱー!」

・・・・・・
5701,自分のための人生 〜
2016年10月24日(月)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
   * 幸福の人ほど「知的」になるのはなぜか?
 幸福の人は概して「知的」である。「知的」だからこそ、幸福と言える。
知識とお金の使い方を熟知すれば、身をたすけるが、問題は使い方になる。
 分類される前の中学の同級生の上位2割と、下位2割の成績の人たちの、
その後の幸福度を比較すると、その後の人生で、現象的にみてだが、比例して
拡大している。著者は、「人は自分の望むとおりに頭をよくすることができる。
才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに負うところが大きい。」と、
看破する。  〜その辺りから 〜p74             
≪・自分自身の基準に当てはめて考えれば、自分を知的だと思うこともできる。 
 事実、幸福になればなるほど人は知的になるものだ。例えば代数や書き取り
などの分野が苦手なのは、今までに行ってきた選択の当然の結果として、
そうなったにすぎない。こういう課題のうちどれでもいい、練習に十分な時間
をかけようと決めさえしたら、まちがいなくうまくなる。自分を過小評価して
いるとしたら、それはそういう考えを受け入れてしまったからだ。学校の成績
のように常に変化するものを基準にして自分と他人を比較するからである。
・こんなことを言うとびっくりするかもしれないが、人は自分の望むとおりに
頭をよくすることができる。才能は資質よりも、どれだけ時間をかけるかに
負うところが大きい。
・標準学力検査の成績基準を見てみよう。この基準が示すところによれば、
1年生レベルで優秀な生徒がとる得点を、高学年レベルでは大多数の生徒が
とっている。また、なかに他の生徒よりもかなり早く習得する生徒もいるが、
最終的にはほとんどの生徒が各学習課題を習得する。ところが、ある技能を
完全に習得するには、他人より時間がかかる生徒には、ただそれだけのことで
「不可」というレッテルが貼られてしまう。
・この点に関して、ジョン・キャロルは「学校における学習形態」の一モデル」
という論文の中で次のように述べている。
< 適性とは、学習すべき課題を習得するのに要した時間の総和である。
  この公式的記述が暗に示しているのは、十分な時間が与えられれば、
  どんな生徒でも課題を習得できるという仮説である。 >
十分に時間をかけ、かつ努力すれば、決心次第でほとんどどんな学問上の
技術も習得できるだろう。≫
▼ 一つのことを成すには一万時間の集中した継続が目安になる。その為には、
 好きでなければ続かない。継続は進歩につながっていく。知識の蓄積から
湧き出る知恵が、自然と幸福に導いていく。 
<「えっ!そんな知恵がなくても、充分幸せですよ!」に、
 「両親からいただいた性格だからですよ。他人と比較しないからですよ。
  知らずと幸せな仲間を選んでいるからですよ  それは。」>  
 〜で、以下の内容に脈絡が続く。

・・・・・・
5336,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月24日(土)
   一1人の時間を持て余す者は、二人の時間も持て余すー
 老いの大きな問題に『孤独』がある。特に独身の場合は大きな穴が
 心の中にスッポリと開いているのだろう。そのためには、自分の世界を
 つくり、ダンデゥズムに徹し、孤高に生きるのも人生の一つ。
≪ ◎ 質問 =このまま一人孤独に人生を終えたくはないのです…
 私はこの年になってもまだ結婚をしたことがない50歳の独身です。
仕事を離れるとほとんど人とおしゃべりする機会もありません。
飲みに行ってもほかの客とはあまりしゃべりません。
自分から心を開かなければ相手も私の心を分かってくれないということは
承知しています。会社もあと十年弱で定年ですし、その後の人生はこのまま
孤独に過ぎて、ある日部屋の中でひっそりと終わるのかと思うと不安です。
心を割った話ができる相手、できれば女性を見つけたいと思っています。
でもいままでにそのような出会いはありませんでした。
今後出会いはあるものでしょうか?、(五十歳男性) ≫
≪ ◎ 答え=孤独を孤高にまで高める生き方を目指せ
・シマジ: この前のように三十代の男性からの相談なら「書を捨てて
 女を口説け」、というところだが、五十代となるとそうともいえないな。
仕事以外ではほとんど人とおしゃべりをしない。飲みに行ってもほかの客とは
距離を保つ。おそらく、相談者はずっとそういう生き方をしてきたのだろうし、
他人に自分の領域を侵されるのが苦手で、一定の距離を保つほうが楽だった
のだろうだとしたら、この齢になっていきなり社交的になれといっても、
それは無理な相談。女性に対しても尻込みしてしまうタイプだろうな。
こういう人が人生の晩年を一緒にすごす女性を見つけようと焦ると、下手を
すると結婚詐欺に引っかかりかねない。だから、無理はしないほうがいいね
・シマジ: だからこそ、孤独を恐れる凡人を脱して、相談者には孤高を目指
してほしい。肌のぬくもりやおしゃべりの相手が欲しいなら、猫を飼えばいいん
じゃないか。猫はいいぞ、しみじみと会話ができるからな。俺の知合いの作家
の話だと、飼い猫をあんまり可愛がりすぎるものだから、結婚したばかりの妻が
怒ってね。、「猫と私とどっちが大事なの?」うていう言葉に「そりゃ猫だ」
と答えたものだから、新妻に家を出て行かれたそうだ。人間の女より、猫の
ほうが一緒に暮らしていて心穏やかでいられるというのは否定しがたいね。
・シマジ: 金と時間と情熱を注ぎこんだ一人の時間を豊かにするには、膨大
の情熱と知恵が必要だ。一人で孤独だと思うのではなく、誰にも邪魔されない
自由な時間をどれだけ豊かにしようかと真剣に考えるところから、人生の愉しみ
が広がっていくんだ。まさに人類のステキな時間。心の中に星が降る時間だね。
だから、相談者が仮に本やお酒に興味がないなら、別の手段でもいい。
自分が興味を持っているものをもっと深く探っていく気持ちを持てば一人の時間
を貴重に思えるんじやないかな。それにね一人の時間を愉しめる人でなければ、
二人の時間も愉しめないと思うんだよ。一人をエンジョイできる人間は、二人
になればますます相手と自分を愉しませられる。一人を持て余す人間は二人に
なってもやはり相手と自分を持て余して、退屈な時間を過ごすんじゃないかな。≫
▼ 家にオウム科最小のインコがいる。居間のガラス戸を隔てた先の籠に一匹、
 鎮座しているが、人恋しいため常にピーピーと呼びかけている。時どき、
餌を与えたり、頭を撫ぜてやるが、何か心が癒される。猫を飼うと、異性にも
関心が無くなり、ますます縁遠くなるというが・・ 
・・・・・・
4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造
2014年10月24日(金)
   * 人生を憎めば、人生は憎しみを返す
 「あなたが人生を憎めば、人生は憎しみを返す」。
これを「人生を愛せば、人生はあなたを愛し返す」と言い直すことが出来る。
現在の私の状況は、まさに、この二つの間で揺れ動いていい筈だが、しかし・・
この状況を肯定することで何とか平静を保っている。不幸系の人は、まず憎しみ
を持った受止め方をする。何でマイナーな考えを持つか? よく観察すると、
育った環境が大きく左右している。 まず、親を憎むことが、そのまま自分の
人生を憎むことなる。「相方には、両親に愛され育った上に、運がある人かを
第一にして見分けなさい」という。幼児から20歳代までに、プラス・マイナス
の両極端の世界を垣間見てきた。やはり金持ち喧嘩せず。異性に惹かれるのは、
自分と違った要素を持つ人。しかし、それは短期間だけで、長い目で見れば、
その違いが性格の不一致になる。そこから憎しみが湧き出て、争いが子供に
大きく影響し、その結果、子供は両親を憎むことになる。90%の夫婦間が
実質破綻をしている?というが、子供はたまったものでない! そこで、
「されど、妻(夫)を愛す。人生を愛す!」が、人生を生抜く要諦になる。
   * 飛行機の座席に垣間見える社会構造
 飛行機は、集約された社会構造が、そのまま露出する場所。
見てみないふりしかない。飛行機の座席のランクには、一般的にファースト
クラス、ビジネスクラス、エコノミークラスがある。
  ーその料金体系といえばー  (欧州の場合)
・エコノミー: 12万〜50万(12万は格安、50万は割引の無い
        正規運賃で、サーチャージ込み)
・プレミアムエコノミー: 20万〜50万(本来はエコノミーの正規料金
             を支払っている人に対するサービス)
・ビジネスクラス:   36万〜90万(90万は割引の無い正規料金)
・ ファーストクラス: 150万前後(割引料金は基本的にありません)
▼ 私のような格安パックツアーは、大型機の後部座席が主で、旅行代理店が
 年間契約で3万5千〜7万円の格安で仕入れ契約をする。だから少々、窮屈を
我慢をすれば格安旅行が可能になる。ちなみにホテルも、観光シーズンのピーク
を除けば、三分の一、五分の一の仕入れが可能。 だから、パックツアーに慣れ、
使いこなせば、結構、価値ある旅行が可能になっている。私は格安パックツアー
もあって、エコノミーだが、たまたま満席で、ビジネスクラスを5〜6回、
一度だけラッキーなことにファーストクラスに乗ったことがある。4分1の
確率で、窓側3人席に家内と2人になるが、ほぼビジネスと同じ環境?になる。
露骨な格差を目前で見せつけられても、そこは非日常世界、瞑想には最適な時空。
・・・・・・
4604, 人生で大切なことは雨が教えてくれた ー1
2013年10月24日(木)
   「人生で大切なことは雨が教えてくれた 」ドミニック・ローホー(著)
 このところ、台風の影響もあり雨の日が多い。どうしても雨は憂鬱な気分に
なりがちだが、本列島は地勢的にみて、雨量の多さが豊かさをもたらしている。
著者はフランス生まれのフランス育ち。パリのソルボンヌ大学を出て、日本
在住三〇年。米国のミズリー大学、日本では佛教大学で教鞭を取っている。
彼女は、日本の多湿な雨に、特性を見出している。この本は雨読にはピッタリ
の内容。図書館の借入は、買うほどでない丁度良い本に出会えるから良い。    
  ー内容紹介ーより
 今日、雨はどんな世界に誘ってくれただろうか――
生活のリズムを少し減速して、憂鬱も希望も深く味わう、雨との付き合い方
 雨が好きな人は少ない。でも雨は私たちの精神、感情、人生を隠喩している。
ある時は私たちをエネルギーで満たし、ある時は憂鬱な気分にし、ある時は
希望、または静かな省察の時を与えてくれる。雨は私たちの生活のリズムを
減速させ、内観すること、または精神生活をより豊かに深めようにも働きかける。 
雨には意味、存在感がある。まるで生身の体と声、そして心があるみたいだ。
雨はまさに、ミクロとマクロといった二つの無限の世界が共鳴し合い、合流
する境界に在るのだ。雨を避けては通れない。それならば、いっそのこと
雨を好きになってみては?
 ○雨がもたらす感動 ○雨が奏でる音楽 ○雨の香りとその感触 
   ○自宅で雨を愉しむ ○雨の日の外出 …ほか
  [レビューより]
{ 一言でいえば、雨の愛しみ方について書かれた本。
「降り止まない雨はない」という言い方をされて忌避される雨だが、
この本を読んでみると子供の頃の雨への新鮮な感覚を思い出す。砂利道に降り
始めた雨と土の匂い、雨は何処から降ってくるのかを確かめるために雨天のなか、
天を仰いだこと、夕立の清々しさ、長靴で水たまりを選んで歩いた記憶。
それは私にとっては両親、祖父母に愛されて育った記憶へと繋がり、安らかさ
へと導かれるものだ。この本は「何の変哲もないものに喜びを見出す」
というローホー氏の真髄の一つだろうと思うし、この本を読んで雨の日を
楽しめるようになれば、人生の不自由からまた一つ開放される様に思う。
雨の休日には本棚から取り出して読み返したい本。誰でも人生は自由なのだな
と改めて思った。次回作を心待ちにしている。}
▼ ここで、「雨を好きになり、雨を眺め、雨音に耳を澄ますようになると、
 不思議と一瞬一瞬をより深く、存在意識を持ちながら味わえるようになる。」
と述べているが、やはり老齢期に、独り、昔を思い出しながら、深くため息を
つく味わいが嬉しい。「雨は私たちの内面の自由への扉を開き、詩情、また
「超越」という概念にも気づかせてくれる。雨は現在に生きることの大切さ、
自然の制御できない性格なども分からせてくれる。そう、自然をより美しく、
そして自然を私たちに合わせるのでなく、私たちが自然に合わせるようにと、
雨は私たちに喚起しているのだ。」の、最後の結びの言葉がよい。ーつづく
・・・・・・
4229,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー4
2012年10月24日(水)
「ルーツ大全」インフォペディア編 より
   * 戦国時代の日本にティーバッグがあった!
≪ ティーバッグは、まず紅茶にはじまり、最近では日本茶やウーロン茶など、
 さまざまな種類が発売されている。ティーバッグのはじまりは一〇〇年ほど
前のニューヨークである。トマス・サリハンという紅茶の商人が紅茶葉の
サンプルを絹の袋に入れておいたところ、客の一人が誤ってそれにお湯を注いで
飲んでしまった。それをヒントにして一杯ずつの小分けにして売り出されたのだ。
一方、日本では、早くも戦国時代のころからティーバッグがあった。
もっとも、中身はお茶ではなく薬だったが仕組みは同じで。戦乱の続く当時、
刀や槍で受けた傷を治療する「金創医」と呼ばれる医者たちが活躍していた。
戦場ではのんびり薬を煎じている暇などない。そこで金創医たちは、細かく
刻んだ薬草を配合して布の袋に入れ、熱湯を注ぐだけで短時間のうちに薬が
抽出できるようにしておいた。これは「振り出し薬」と呼ぼれ、携帯にも
便利なので、武士たちも重宝していた。金創医は、平和な時は産科医を
している者が多かった。戦場の傷之お産は、大量の出血を処置するという点
で共通していた。今でも、婦人病の漢方薬に袋に入ったものがよくあるのは、
金創医が処方していた名残である。≫
▼ 必要は発明の母というが、人間は必要に応じて知恵が出てくるもの。
 即席ラーメンが発売された当初、日清のチキンラーメンがあった。お湯を
注ぐだけで三分で手軽に食べることが出来た。しかし、当時ベトナム戦争で、
ベトナム兵や、ゲリラのベトコンの携帯食としておおいに売れたという。
彼らは戦場で、それをカジリ食べていた。学生時代の昼飯として、
よく食べていた。
 ・・・・・・
3864, 嘘みたいな本当の話 −2
2011年10月24日(月)             
 * さかさまな世界-  
        「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」     
 狭い個室のなかで僕は格闘していた。冷や汗が止まらない。段差ぎりぎりに
踏み込む足裏が痛い。右手をそっと後ろへ伸ばす。もっと伸びないものかと、
左手で右肩側方へ押しやる。指先がそいつの先端にやっと触れた。大学に入学
して初めてのバイト先。苛立った僕はその後、事務員の女たちに愚癒をこぼした。
「あそこって不親切なつくりですよね。手を思いっきり後ろへ伸ばさないと
届かないんですもん。ただでさえ洋式のスタイルに慣れきっているので、
和式はたまらなくつらいんですよ」僕の話を一通り聞いたあと、事務員たちは
顔を見合わせる。 ひとりの事務員が切り出した。「あの……トイレヅト
ベーパーなら、後方ではなく前方にあるはずなんですが…ー」京都 サトゲン
  * シンデレラ
 会社帰りに神田駅の西口で、階段につまずいて片方のハイヒールを落として
しまった・・ 拾おうと振り返ると、落ちたはずのハイヒールは私の足元にあり、
次の瞬間、ストン、と私の足に納まっていた。同時に、私の足元でひざまずいて
いた男の人が立ち上がり、去っていくのが見えた。我に返り慌てて振返ったが、
無数のサラリーマンの後ろ姿があるだけでした。 岐阜県 横山奈津子
  * 洗濯バサミ
 我が家は山の上にある。 物干し台の横をいつもトンビがが通り過ぎる。
今朝、洗濯物を干そうとしたら、カゴのなかに、見たこともない洗濯バサミが
ひとつ入っていた。 長崎県 トンビ
▼ 片足のハイヒールを落とした瞬間、手にして足元で履かせるタイミングは、
 一生に一回あるかないか。 こういう思いもかけない偶然は、誰も経験して
いるが誰かに話すチャンスがないだけ。それにしても奇遇である。
「洗濯バサミ」、これもあり得る話。野生の鳥は思いもよらない頭脳を持つ。
そうでなくては、四季の変化のなかで生き抜くことは出来ない。 
こういう話は純真に聞き入れる方だ。

 


6067,閑話小題 〜選挙結果について

2017年10月23日(月)

   * 次は、戦時体制に?
 選挙結果は、安倍首相の目論見とおりに終わった。民進党の解党の結果、
左派の立憲民主党が実質的に残存したことになった。 解党がなかった場合、
立憲民主党の当選数にも及ばなかったはず。これで「憲法改正」が本格的になる。
 隣国に軍事独裁国家が存在する限り、現状の憲法では対処出来ないことは自明。
私は憲法改正賛成、アベノミックスは反対、原子炉現状維持派のため、賛同より、
バランスを考えた上で、それに近い「希望の党」に、家内は「立憲民主党」に?
地方区は野党議員に入れた。一年以内には、朝鮮戦争の可能性が高まる中で、
国民は強固の保守体制を選択したことになる。Jアラートを日常的に鳴らした
効果は大きい。小池のミスジャッジなしで、みごと希望の党の勝利だとしたら、
問題が残るから、この選択は、正しいのだろう。
  そして時局は「戦時体制」に入っていく。
 既に、北工作員のテロ対策、難民収容所基地の準備、負傷者用の緊急病院など
が具体的に作成されているのだろうが…。 恐ろしいが、これが現実。ロシアの
プーチンの思惑どおりに事態が進んでいく。 弱者の戦法で、北朝鮮は長期戦に
持込みたいのだろう。日・米・韓国にはスパイによるテロ戦術になる。そこで、
「何が冬季・平昌オリンピックか、東京オリンピックか」の空気が強くなる。
恐ろしい身近な現実の具現化が始まる。この不安、そのままが、自民党の大勝利
の原因になった。米韓日が勝利するとは限らない。北には30〜40年かけた準備が
あり、そう侮れない国家である。恐ろしいのが、北の国家ぐるみの自暴自棄。

・・・・・・
5700,「現代に求められる知性とは何か」
2016年10月23日(日)
                『知の読書術』佐藤優著  
   *「現代に求められる知性とは何か」
 過去からのフラッシュで人生を振返り、独り赤面することしばしばの日々。
そこに現れるのが己の知性の限界と、品性の問題に行き当たる。良心に反する
ことは、極力しないよう心がけてきたが、一つの判断には+−の様々な要素が
含まれる。その時には気づいてないマイナス面が、重く思い出されてくる。
 戦場の極限で、矛盾が積み重なり、心の底に沈殿、それが心の病として、
何時までも付きまとうという。戦場では知性も、理性も、問題の外になる。
イラクとアフガニスタンに派遣された米兵は200万人。そのうち50万人が帰還後
も心の 病を抱えているという。目前で仲間を失い、敵を殺すという戦闘経験が
心的 外傷後ストレス障害を発症させ、多くが自殺まで至る。その縮小版が、
老いとともに生じてくる。そこに、長年培われた教養が必要とされる。
 グローバル化の中、世界がフラットになり、今までの常識が通じない中で、
「教養の再生」が大きなテーマになる。 これからは、「教養共同体」を再生
が重要と、以下のように、著者は述べる。
≪・「教養共同体とは、自分たちの教養や思想を社会に還元していく
 ような教養人のネットワークのことを言う。資本主義や国家の暴走は、
『給料を上げろ!』『戦争反対!』と声をあげるだけではブレーキをかけられ
ません。 なぜか ―それは戦争を推進するような運動や排外主義的な運動も、
その背後にはどんなに稚拙であれ必ず思想の組立てがあるからです」
・また、「知識人や教養人が思想の組み立てや教養の構築を怠ると、
その空白を縫うように、粗雑な反知性主義者が物語を語り始めます。
そして現代の日本には、政治家やビジネスエリート、運動家に至るまで、
論理の体をなしていない気合主義や自己啓発のような物語が溢れています」
・そして、このように訴える。
「こうした乱暴な思想はやがて人々を動員し、物理的な暴力性となって
秩序を破壊します。排外主義的なヘイトスピーチの登場はその兆候です。
反知性主義的な思想の暴力性に対抗するには、知識人や教養人が連帯して、
別の思想・物語を語らねばなりません。だからこそ知識人・教養人の共同体や
ネットワークが、今の時代にはたいへんな重要性を持っているのです」
 反知性主義がはびこる国家に未来などない。そのためにも、「教養共同体」
が重要になってくる。≫
▼「教養共同体」は、ネット世界で『ネット教養共同体』として容易になる。
 ネットの端末機器の進化は留まることなく進化しているが、情報を教養と
して効果的に身につけるには、基礎教養が必要になる。が、子供の頃からの
ベースがないと、教養共同体の理解と共用は難しい基礎教育格差の問題がある。
米国のトランプ、フィリピン大統領のような反知性的思想の持ち主が、同類の
人たちを扇動し、国家を危機に向かわせる。集団心理は本来、反知性的である。

・・・・・・
5335,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月23日(金)
    ー結婚しなさい。いい相手を俺が紹介してあげようー
 私に今東光が乗移ったら、『サッサと転職をしろよ。次の職場で後悔する
状況に直ぐに陥るから、少しはマトモになるはずじゃ!』というだろうに!
 ≪ ◎ 質問: 信念や主張がなく、すぐ諦める自分がもどかしい
〈 私の悩みは「こだわり」がないことです。そのためか、人にただ流される
 生活をしているような気がします。仕事をするうえでも、周りの人が
「こうするべきだ!」と強く出してくると、「だったらそ札でいいんじゃない」
と迎合しがちで、会議などでもあまり意見はいいません。何かを強く主張を
して揉めるくらいなら、初めから諦めてしまうほうが面倒がなくていいと
思ってしまいます。人材開発・組織開発の仕事をしていますが、この仕事は
すぐ結果が出るような類のものではなく、周囲とのコンフリクトが当然の
ようにあります。それだけに、信念やこだわりがなく、すぐ諦めてしまう
自分がもどかしいです。三十歳を超えて、このままだと仕事は中途半端な
ままで終わりそう、と不安です。(三十歳女性) 〉
  ◎ 答え=人生で最大の罪悪は退屈すること
・シマジ: うーん、難しいな。俺とは全く違うタイプだ。何が原因で自己主張
を諦めるようになったか分からないが、相談者は人生に退屈をしているんじゃ
ないか。主張しない、迎合する、すぐ諦める。これではノッペリした平板な毎日
で退屈で仕方がないだろう。俺は人生で最大の罪悪は退屈をすることだと思うよ。
何だっていい。何か一つのことに十年ものめり込めば、間違いなく自分の世界が
できる。確固とした価値観や美意識が形作られ、オリジナルの主張や、譲れない
一線としうものが生まれる。すぐに諦めることもなくなると思うがな。
・アソシエ: 趣味に打ち込んでみたら変わりますかね。
・シマジ: 実のところ、「たしなむ」レベルではあまり変わらない。結局のところ
「道楽」でもまだ足りず本当は道を極めるところまで行かないと世界は作れない。
つまり「極道」まで行く必要があるんだが一まあ、そこまで要求するのも酷だから、
まずは何か打ち込めそうなものを探してみてはどうかね。空手なんかどうだ。
・アソシエ: いきなり空手ですか。 (略)・・・
・シマジ: 経済力があって頼れるいい男を見つけて結婚すれぽ、相談者は
昔ながらの良妻賢母になり、幸福な結婚生活が送れると思う。何も仕事で成功
するばかりが人生の幸福でほない。自分の意見を強く主張し、周囲と競い合って
仕事で成果を上げるということが向いていない人もいるんだ。そういう人は無理
をして仕事場で「できる女」を目指さなくてもいいと思う。
というわけで、相談者には旦那さん候補としてこ人の男性を紹介しよう。
じつは、いい人がいたら紹介してくれと二人の男から頼まれているんだ。
いま、その男たちの写真を持ってくるよ。
・アソシエ: まっと待って。それは人生相談の範疇を超えているような気が。
・シマジイ: どうしてだね。人生相談というのは相談者の悩みに真剣に対峙
 するものだろう。少なくともシバレン先生、今東光大僧正、開高健文豪は、
相談者に胸襟を開き、自らこれと信じるということを真剣に語った。
人生に正解なんてありはしないんだ。だから人生相談にも正解やあるべき姿
なんてない。語るだけでなく、人助けの実践的サポートまでやる人生相談が
あってもいいじゃないか。俺は、この相談者の幸福は結婚にあると思っている。
そして、良妻賢母になることを確信している。相談者に結婚する気がないなら
無視してくれれぽいいだけだ。もし、その気があるなら、連絡してくれ。≫
▼ こういう人は、男にもいる。学生時代など20歳半ば頃までは、
 経験の絶対量が少なく、まず周囲と同化することに神経がいって当然。
女性なら家庭に入ることで逃避する道があるが、男は、そうはいかない。
人生に正解はないとしても、より良い道は自分でしか切り開けない。
で、知恵を絞り出すしかない。この後の二人の対話が面白いが、止めておく。
・・・・・・
4970,野心のすすめ
2014年10月23日(木)
   * 野心という山登り    〜「野心のすすめ」林真理子著
 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが何故か後悔はない。
野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 
自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。
 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくて
は針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期の絶好の環境があった。
それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。
野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。
何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。
そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、
後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 
ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。  
≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。
 本を読み始めると、自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らない
のはまずいなあとか、この先また別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人
にはいろいろなページが開いてくるんです。反対に、本をまったく読まない人は、
何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら意識下に入ってこない。 
自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食いしばってでも
頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が
どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を
覗いてみると、登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに
群れている。でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。
自分はこの先、あの高いところまで登れるのかという不安を常に抱えながら、
ズルズルと下に落ちたくないから常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いを
してまで山登りを続けられるのでしょうか。それは、必死で登って来た場所から
見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で手に入れて味わう
満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、
もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、
と、さらに上へ上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない
美しい景色、野心を持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。
もちろん辛い試練だって待っているかもしれないけれど、野心という山を登ろう
とする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。チャレンジしたから
こそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。
人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出して
くださる方が、増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫
▼「やってしまった後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの
 後悔は日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、
つくづく思ったことは、山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。
特に、城下町の体質が、人間関係にられ一生を棒にふった人の割合が多い。
それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふったという傷口を洗おうとして
いる姿そのもの」に私には見えていた。しかし、実際に、人生の夕暮れ近くに
なって、それも有り!ということに気づいた。 山登りの景色も、麓の景色も、
大して変わりはしない、ということ。しかし、麓でも何かにチャレンジして
ないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。 ともあれ、何かに挑み、闘い、
変化する中で、人生は面白くなるようだ。せっかく、地球に知的生物として
80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと!
・・・・・・
4603, 閑話小題 ー呆けも大変だけど・・
2013年10月23日(水)
   * 呆けも大変だけど、しっかりしているのも?
 幼馴染と酒を飲んでいた時、何気ない話から、相方には90歳を過ぎた
義母と三人暮らしという。「ボケはあるの?」と聞くと、「全くない!」と。
その時、自然と昔の記憶が湧き出てきた。
{ 私の母親が痴呆症になって5年半で亡くなったが、それは大変だった。
亡くなる半年ぐらい前のこと、元旅館の女将をしていた母の最も親しかった
92歳の友人が、実娘に付き添われて数十年ぶりに訪ねてきた。最期のお別れ
という空気が、そこに漂っていたが、呆けは全くなく元気そのもの。
家内が台所で、こっそりと、「呆けもなく、元気で良いですね」とこぼすと、
さん、「なに言っているのよ、元気は元気で、そりゃ大変! むしろ・・}
 その時の一期一会の二人の姿が、現在でも頭に焼きついている。看護十年は、
される方も、するほうも、大変である。「呆けは老いの苦痛を和らげるため
神が与えし精神状態」という。呆けないで余生を楽しむのも芸のうち、
ということ。
   * 米国のデフォルト危機
 米国のデフォルト、何とか乗り越えたが、その信用失墜は大きい。
計画的世界恐慌、このタイミングがベストに思えたが? まずシリア爆撃に
目先を向け、のドサクサにデフォルトだったのでは?国家戦略からして、
オバマ二期目の二年目。やるべき仕事はデフォルト? 来年の2月7日まで
先延ばしたが、まだまだチャンスは続く。日本と同じく国債増発しか予算が
組めないため、増発をするしかない。がん末期のリンゲル投入と同じで、
死ぬまで続けるか、恐慌を起こし精算しかない。そのプロセスを踏まない限り、
米国債を出し続けるしかない。 水面下では静かなる経済恐慌が既に起きている。
更に深刻なのが日本。特に地方の惨状は、ここで何度も書いている。その上、
世界恐慌が表立ってきたら、どうなるのか。まずハイパーインフレとすると、
年金生活者は?今や何が起きても不思議でない。我が身は自分でしか守れない。
「まさか!」は起こってからでは遅いが備えは可能。「まさか!」が、危ない。
私の「まさか!」は、リーマン。備えてはいたが、現実に起こると「まさか」
が、「まさか」でなくなる。その典型が、「まさか!東京電力が」・・
一万円前後していた株価が、今では500円、これも国家管理になればゼロの
可能性がある。安定株の筆頭だったのに。
・・・・・・
4228,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー3
2012年10月23日(火)
  * 餃子の形の由来
 餃子も、清の銀貨の「馬蹄銀」の形からきているという。まあ、面白いもの。
≪ 中国では、日常のお惣菜としてだけでなく、お正月の三が日にも縁起もの
 として餃子を食べるしきたりがある。 その理由は、あの独特の形にある。
鮫子の形は、清の時代まで中国で流通していた銀貨である「馬蹄銀」の形から
きている。そのため鮫子は「富貴」「多子」の縁起をかついだおめでたい食べも
と考えられてきた。中国では、年の初めに鮫子を食べると一年間お金に困らずに
暮らせ、財をなすことにも通じるといわれている。中国における鮫子は、
まさに日本の「おせち料理」のような存在であるといえるのだ。
それでは鮫子の発祥地はいったい中国のどの辺りなのだろう。じつは比較的
最近の一九六八年、新彊ウイグル自治区のトルファンにあるアスタナ遺跡で、
なんと唐の時代の鮫子の化石らしきものが発見された。この発見により、
このトルファンの地が餃子の起源と考えられている。
この化石は、トルファンに展示されている≫
  * 瓶詰めはナポレオンのアイデア募集から生まれた
≪ 瓶詰めはナポレオンがアイデアを募集し、多くの応募の中から入選した
 のが食品加工業者アぺールの発案した瓶詰めという方法だった。その作り方は、
瓶に調理した食料を詰めて、これをコルク栓と針金で完全密閉する。そのあと
湯せん鍋で沸騰加熱して殺菌するという方法だ。これなら食材を新鮮なまま
持ち運ぶことができる。この瓶詰めは画期的な保存方法として注目され、アペール
は莫大な賞金を手にした。ナポレオンの快進撃を支えた瓶詰めは、ほぼ同時期に
イギリスで発明された缶話めとともに、今でも人々の食卓を支え続けている。≫
▼ 要は、食品のパッケージ化を考えたということ。樽詰めを更に小さく
 個人用パッケーかに詰替えたことになる。最近、コンビニが勢いづいているが、
これも、スーパーの家族用の品ぞろいから、個人用のパッケージ化商品を
中心にしたことが、消費者の支持を受けたことになる。


6066,閑話小題 〜昨夜の同期会にて 

2017年10月22日(日)

   * 少し考えてみたら
 日本人は第二次朝鮮戦争が起こるとは、よもや思っていないようだが、
少し考えてみれば、充分に起こりうること。アメリカのいうレッドラインを
遥かにこえた「水爆実験」と「ミサイル実験」を平然と行い、隣りの大国の
中国やロシア首脳と会談すらしようとしない。直接会談を避けるのは、底の
浅さが読み取られてしまうため。
 肉親や幹部の粛清が、あの方にとっての錯乱原因で、自らの破滅の道を
ひたすらまっしぐら。これでは数百、一千万規模の犠牲者が出る可能性がある。
「米国は核保有のイランの事例からして攻撃してこない」という甘さが見て
取れる。黄色人種の元首から、これだけ罵詈雑言と挑発を続ければ、欧米の
極右が見逃すわけがない。人生の夕暮れ時に、一つ海を越えた朝鮮半島で生々
しい戦争が突発するのか? 

   * つれづれなるままに!
 会社清算に至った現在、後悔が殆どないのが不思議なぐらい。創業に向けて
一歩、踏み出した時から、万一の場合、「われ後悔せず」と決心をしていた
こともある。その上に、思いの外、楽しみが、「差引きゼロ」というより、
80点以上の実感がある。何もしなかった10億、100億より、経験を楽しんだ現状
の方が良かった手ごたえがあるからこそいえること。
『納得出来る行蔵は、何ものにもかえ難い』とでも自己説得でもしないと… 
 どの道、全てが夢幻でしかない。

   * 政治ものコンニャク談義
・ 昨夜、グランド・ホテルで、先ほど行われた中学の同期会の「反省会」
 が、行われた。出席者が15名。余剰資金があったようで、会費は3千円。
二次会は欠席し、21時に帰宅。一次会の後半は、衆院選挙の話題で盛上った
が、意外にも、自民の候補より、野党の女性議員の支持が圧倒的だった。
自宅にも、大平事務所から『前知事に負けそうで、助けてください』と、
悲鳴に近い泣き落とし?の電話が4度もあった。
「新潟市在住?の前知事が、今さら長岡で原発容認の自民党から出馬など、
もってのほか」と言われれば、成るほど肯ける。一般市民に「稼働してない原発
は空箱と同じ、ミサイルを撃ちこまれても、全く問題なし」の情報が意外と
知られてないこともある。で、私は、全国区で「希望の党」、地方区は「泉田」
に投票予定。それとも、国家危機の視点から、全国区が「自民党」、地方区は
「大平」。泉田は「長岡の女たち」を知らなすぎのため大敗の可能性がある。
「無所属で、新潟市地区で立候補すれば、当選の可能性もあったのに…」だが、
比例区で拾われる?今回の選挙結果が楽しみだが、『憲法改正』は必要とする
と、自民党は圧勝して然るべきである。とすると「希望の党」でも良いが…。
二転三転後に、「全国区」が「希望の党」で、地方区は「大平」が結論。

・・・・・・
5699,老老介護の現実
2016年10月22日(土)
  * 姉夫婦と従兄弟が老老介護の年齢に
 先日の通夜に東京から日帰りでやってきた従兄は、老老介護の真只中。
総武線沿線の葛飾と千葉市近郊に、姉夫婦が三組、父方の親戚が三組が住む。
そのうち姉夫婦の一組と、いとこの二組の連れ三人、4分の1が亡くなっている。
そして残る三組は老老介護の真最中。平均年齢が80歳代に入った老老介護は
日々是戦場状態。長寿が果たして幸せかどうかの問題につき当たる。それでも、
近くに親戚と子供たちが住んでいるのが幸い。連れ合いは、生きているだけ
でも老いの身には支えになる。末っ子のため、従兄弟も含めた自分の数歩先の
モデルの人生、山あり谷ありが垣間見える。 さほど多くない市内の従兄弟や、
義兄が、去年から今年にかけて3人も亡くなった。後は誰が先か後かの問題。
<死ぬまでは生きている、死んだ瞬間から無になるから、自分の死はない。>
と思えば気が楽。現実は、「先に逝ったもの勝ち!」「先に呆けたが勝ち!」
 ブログ内検索で『老老介護』を入れたところ、以下の文章があった。
  実にシリアスの内容である。
――
2011/09/14
閑話小題 〜老老介護
  * 老老介護
 先日、近くのチャンコ鍋チェーン店に久々に食事に行ったところ、
案内され小座敷の隣に80歳は超えている老夫婦の先客がいた。
少し妙な直感がしたが、別に気にはとめてなかった。しかし私たちが入店
した時には食事が終わっていたのに、私たちが帰る直前まで、そのまま御茶を
飲みながら周りの客の話を聞いている雰囲気が伝わってきた。それは別に問題
ないが、家内がセルフ・サービスのコーヒーを取りに行ったところ、帰りかけで
入り口にいた御婆さんが、家内に「足が痛くて歩けないんだけど、どうしたら
よいですか?」と話しかけてきたので、家内は戸惑い「私には、どうにもなら
ないんで、店の人に御願いしたらどうですか」と、少し冷たく答えたという。
連れもいるのに見知らずの人に訴えること自体が変で、明らかに痴呆症が半分
入っている風とか。私も腰痛を持っているので、その酷いときの辛さを痛感する
ので(痴呆が入ってなくとも)誰彼なく言いたいのも分かる・・・
長生きは有難いが、そこに精神的、肉体的苦痛の代償を自然は与える。老いた
だけ、無念が増す、ということか。 本気で「来年は存在ない」という思いで、
一日一日を生きる時節になってきた。あの人は誰かに愚痴を聞いて欲しかった?
のか。長生きはしたいが、老いたくない。この矛盾が老いの問題になってくる。 
――
2015/05/17
人生相談という気晴らし! 〜
             『人生、しょせん気晴らし』中島義道著
 さすがの個人主義の哲学者も、老老介護の相談には歯切れが悪い。
介護の世界は複雑で、根深い。極限の場面で、真実を知ったところで、
せめて、気晴らしになるぐらい。最期の最期は、宗教に頼るしかない?
≪ Q:  〜老老介護から人の〈生〉と〈制度〉を問う〜
 私は七十四歳の女性。以前の「死ぬ作法」の記事を読み考えるところが多く、
質問させていただきます。私は現在、九十五歳の母親の介護をしております。
昔であれば一番上の子供が還暦を迎えるころには親は天に旅立ってゆくもの
でしたが、医療の進歩もあり、寝たきりであっても延命治療が続いております。
世間では後期高齢者医療制度が問題になっていますが、むしろ末期の医療現場を
考えていただきたいと思っています。人が生きるとはどういうことであるのか、
死に近い位置から医療をはじめ生きるということを見直すことが必要ではないか
と思っております。哲学のご見地から、寝たきりとなった高齢者の生、死について
何かご示唆いただきたくお願いします。ちなみに私の兄弟三人は皆、病に倒れ
入院生活を送っています。私が倒れたら、どうすればいいものか不安で一杯です。
  A:  〜われわれは「生きている」ことの意味が分からないのです〜
これは大変難しいご質問です。私も大学でここ十年ほど「生命倫理」の講義を
受け持ちましたが、さまざまな学説を紹介することはできても、自分の意見を
言えといわれると、とたんに分からなくなる状態です。 逃げのようですが、
あなたのご質問に対して「哲学の見地から」何の示唆もできない、と言うほか
ありません。哲学は人を救えないものです。正確に言えば、世界とは、私とは、
時間とは、善悪とは、何か分からなくて悩んでいる人をある程度救えますが、
幸福になりたい人を救う能力は皆無だと確信しています。むしろ、哲学とは
不幸になってもいいから真実を知りたいという欲望をもっている人にのみ
開かれている。真実は必ずしも人々に慰めや、平安や幸福を与えるわけでは
なく、逆に不安や不幸を与えるとしても、あえてそれを追究するのですから、
相当ヘンな欲望ですね。そもそも、われわれは「生きている」ことの意味が
分からないのです。ですから、生きているほうが、死んでいることより「いい」
ことを論証できないのです。哲学は「いかに」生きるか「いかに」死ぬかを
教えることはできず(それを安直に言い出す哲学者はニセモノ)、人間が死ぬ
ことの意味そのものを問い続けることができるだけです。私も人間ですから、
直観的に「人を殺してはいけない」とか、「老人を虐待してはいけない」という
ことは理解できますが、さらに「なぜ?」と問うと途方に暮れてしまいます。
まさに、ここに問題を見出す人のみが哲学に突き進むのであり、そんなことは
何の問題でもない、目の前に苦しんでいる人がいれば助けるのがあたりまえ
ではないか、という考えの人は決して哲学の門にはいらないでしょう。・・ ≫
▼ 難しく、深刻な問題だが、決して他人事ではない。人生の最期は、決して
 不幸から逃れることが出来ない現実がある。それに対し、「南無阿弥陀仏」か、
「南無妙法蓮華経」と唱えるしかない。哲学は、「ことの道理」を追求すること
が出来ても、人を救うことは出来ない。ということは、人生相談に、哲学は
向いてないことになる。だから、逆に質問の内容そのものの甘さを指摘して
納得させるのが、ベストになる。『人の心の問題は、ほっとけ!』と。

・・・・・・
5334,島地勝彦の〜柴錬、今東光、開高、乗り移り人生相談〜 ー
2015年10月22日(木)
  元・プレーボーイ編集長の島地に、亡くなった三人がのり移った設定の
人生相談だから、面白くないわけがない。ランダムだが、面白そうな相談から
紹介していく。
   ー大企業で出世する男の見分け方を教えてくださいー
〈 私がつき合っている男性は慶応大学卒の28歳、某大手電機メーカー勤務です。
有名企業ですが、このご時世、サラリーマンの一寸先は闇。彼が出世競争を勝ち
抜ける人かどうかを知りたいのです。私も大手といわれる保険会社勤務ですが、
ずっと仕事を続けるつもりはありません。というか、専業主嫁になりたいです。
ただし、貧乏臭い節約生活は送りたくありません。銀座で気軽にショッピングを
したり、一流のレストランでランチができるくらいの余裕のある生活が希望です。
そのためには、旦那さまにかなりの稼ぎがないことには。かといって、ベンチャー
経営者なんていうのは、蟹産の危険と考中合わせで不安定だからイヤ。大企業で
出世する人がいいのです。そういう人の共通点って何でしょうか。どんなところ
で見分けられるでしょうか。こんな質問をしたら、コメントは欄では非難轟々
かもしれませんが、本音でお蜀きします。(27才女性) 〉
  ーお答えー
〈・シマジ:その慶応卒の彼氏とやらに会って、食事をしながら二時間も話せば、
出世するかどうかをぴったりいい当ててあげるよ。だが、一般論として出世
する男はこうだとはいい難いな。それこそ千差万別だ。だから、会わずに語る
のは無責任だな。無責任だが、これだけはいえる。この男が大企業の中での
競争を勝ち抜き出世するだけの知力と感性の持ち主なら、相談者を一生の伴侶
として選びはしない。すなわち、相談者を妻にするような男なら出世の見込みは
薄く、出世する男なら、いずれ相談者と別れるだろう。
・アソシエ:辛口ですね。
・シマジ:相談者の本音の質問を本音で答えたまでだよ。出世をする人間の
大事な条件の一つが人を見る眼力だ。大きな組織の中でこれぞという先輩や
上司を探り当て、その人に教えを請い、その人を尊敬して命がけでついていく。
あるいは営業マンなら、取引先のキーパーソソを見極め、そこにしっかりと
食い込み、人脈を広げていく。いずれにせよ、そうした人を見る眼力があれば、
女のたくらみも見通してしまうだろう。それにしても、相談者の考えは浅いな。
だってそうだろう。日本の大企業の中で課長に出世をする男には眼力が必要だ。
課長になり、部長になり、ついには役員になったとして、どれほどの生活が
できるというんだ。第一、子供はどうする。子供が二人もできたら、優雅に
お買物にラソチになんていっていられなくなる。しかも、教育に金がかかる。
こういう相談者だから、子供に有名幼稚園や小学校をお受験させるだろう。
そのうえで、有閑マダムよろしくブランド品のショッピングに精を出し、
高級レス.トランでランチ三昧なんてことをしようとしたら、数千万の可処分
所得が必要になる。ということは旦那は税込みで一億円近く稼がなくては
ならず、サラリーマンには到底無理な話だ。〉
▼ 以前、田圃や小川に生息する〈タガメ〉について書いた。蛙や、小魚に
 抱きつき、栄養分を死ぬまだで吸い取る昆虫で、日本の専業主婦に酷似
しているという分析の書籍を、ここで紹介した。 何か、誰かさんみたい?
  〜二年前に取り上げた内容を下にコピー〜


6065,閑話小題 〜割合で理解する法則 〜1

2017年10月21日(土)

 法則ではないが、『世界がもし100人の村だったら』がヒットしたのは、
100という数字は、比率として、簡潔に世界の実態を示してくれる。

世界には63億人の人がいますが
もしそれを100人の村に縮めるとどうなるのでしょう。
100人のうち

52人が女性です
48人が男性です

30人が子どもで
70人が大人です
そのうち7人が
お年寄りです

90人が異性愛者で
10人が同性愛者です

70人が有色人種で
30人が白人です

61人がアジア人です
13人がアフリカ人
13人が南北アメリカ人
12人がヨーロッパ人
あとは南太平洋地域の人です


 ここで、まず思いつくのが、パレートの80:20の法則。 その20を更に、
20:80の4対96に絞り込む「96:4の法則」。「仕事の成果の8割は、費やした
時間全体の2割の時間で生み出している」で考えてみよう。成果の8割は費やした
時間全体の2割の時間で生み出しているかもしれないが、成果へのきっかけ
(コツや、的確なアドバイスなど)になったのは、その2割の時間のなかの
さらに2割。つまり全体を100としたときの4にすぎない。

   * パレートの法則(80対20の法則)
 簡単に言うと、全体の20%の要素が、大きく影響を与えているというもの。
•売り上げの8割は全顧客の2割が生み出している。
•離婚件数の80%を離婚経験者20%が占めている。
•蟻の群れのうち、真面目に働いているのが80%、働かないのが20%。
例えば、あるサービスを利用する「全体の上位20%が利益の8割を占めている」
ということになり、顧客全員の満足度を増やそうと努力するよりも、上位20%
の顧客満足度を上げるよう努力したほうが賢明であるということもできます。
▼ まず受験校に入る。で、20%に。そして早慶、国立一期校で4%が目安に。
 そして一流企業に入り、1%の仲間入り。 逆に下位はヤクザ者か犯罪者に。
義務教育最終年の人達も、この数字のとおりになっている。ノンフィクション
の読書に、これを適応すると、「目次、はじめに、終わりに、一章の冒頭と、
最終章の1ページと、図示・統計ページ」で、8割がた理解できる。

   * 10000時間の法則
 マルコム・グラドウェルが提唱した法則で、偉大な成功を収めた起業家や
世界的に有名なスポーツ選手など、何かの分野で天才と呼ばれるようになる
人達に共通しているのは、10,000時間というこれまでに打ち込んできた時間が
関係しているというもの。では今から新しいことに挑戦したとして、どれくらい
で天才や一流になれるのでしょう。 例えば、マジックをこれから始めて、1日
3時間練習するとしたら、約9年後には一流ということなります(あれ、意外と早い)
▼ この随想日記のエネルギー投入。 6050のバックナンバー×2〜3時間=
 12000〜18000時間になるが、一流など、ほど遠い。せいぜい、珍獣の戯言で
しかないのは、基礎工事が軟弱のため。珍獣でも‘獣は獣の考え方がある’程度。

・・・・・・
5698,閑話小題 〜県知事選の結果に ~
2016年10月21日(金)
   * ドラフト会議
 昨夜、ドラフト会議があった。指名枠にある選手にとって、人生を左右
する運命がクジ引きで選択される場面は、みる者には、たまらなく面白い。
幸運?にもとれた選手が当りか外れは、数年経ってしか判明しない。
翌年から、中軸として活躍するのもいれば、プロ向きでなく、そのまま消えて
いく選手も多い。 大相撲は、本当に強いのは、そのまま、幕内まで、駆け
上がっていくのが通例。何故か怪我が少ない。最近、こういう大物は、白鵬と、
朝青龍以外、存在しない。十両と、幕下に、個性的な力士が数人いるが、大物
というと、どうだろう。 有望力士が多くが怪我で消えていくケースが多い。
高校野球と高校相撲と柔道に数名、超大物がいるが、これらがプロとして
表だってくるには、あと3~4年は要する。
   * 県知事選の結果に ~
 県知事選に、原発再開慎重派の県知事が生まれた。この結果は、地元経済に
とって大打撃になる。柏崎刈羽原発は、世界最大の規模である。その近くで、
二度の大地震が現実に起きている。一つ間違えると、福島原発事故のように、
溶解の可能性もあった。再開に異議をとなえた泉田は、明らかに策略?と、
おぼしき手段で、再選を断念した。三期で充分だが、原発に対する現地民の
危機感を、森元長岡市長は読み違えた。選挙運動の彼の態度には、既に県知事
の風格が滲み出ていた。
 もう一つ、東京都知事選挙に続いての新潟県知事選の自民党の敗退の意味
するところは、利権の塊のような風貌の幹事長の傲慢な態度と、本性を露骨に
表してきた自民党の体質。これが、そのまま、TVや、ネットで流れている。
豊洲市場の談合疑惑や、盛り土の変更問題、明らかに汚職の痕跡が露わである。
更に、富山市の市議の不正受給の問題もある。北方領土の返還交渉成立直後、
アベノミックスの失敗が表立つ前の衆院の解散を目論んでいるが、前回のような
二匹目のドジョウがいるかどうか。改憲には賛成の私には複雑な感がするが。

・・・・・・
5333,ノンセンス辞典 ー
2015年10月21日(水)
       〜BRUTUSの「谷川俊太郎」ーノンセンス辞典〜
≪ ・【思想】= 思いつきの別名。その思いつきが新奇であればなおいい。
  たとえばひとりの子どもが、〈空は青くないよ、空は茶いろだ〉と言えば、
 あの子には思想がある、というふうに用いる。思想を体系化しようと試みたり
 思想に生命を賭けたりすることは、今日では邪道とみなされている。
 ▽ 思想を思いつきとは言い得て妙で、本来、そんな大げさなものでもない。
 カントの〈コペルニクス的大転換の『対象に認識が従うのではなく、
 認識が対象を従える〉も、初めは思いつきだったのだろうか? 
 過去、現在、未来の時間軸を入れると、直感でわかることだが。
・【文化】= 蝿が一匹もいないこと、または蝿が適度にいること、
 または蝿が無数にいてもちっとも気にならぬこと。
 ▽ 蝿がいるのは、それが発生する環境があるから、気にならないのは、
  慣れてしまうこと。それも文化?
・【前むき】=頭部を前方にむかって固定した状態。人によってその頭部が
 やや左へ、或はやや右へ傾くことがあるが、後さえふり返らなければ、
 三六〇度どの方向をとっても、前だと言える利点がある。
 ▽ 「前向き」の人とは、人生を振り返っても、慙愧の念に捉われない人。
  振返ると、そこには後悔することばかり、「今、ここ、私」の垂直の
 瞬間には前向き方が、遥かに楽である。
・【ミクロ・デス】= メガ.デスの反意語。メガ.デスは、他人が大量に死ぬ
 ことを意味するが、ミクロ・デスは、自分がたったひとりで死ぬことを意味する。
 ごく最近の新造語らしく、用例はまだ見当らない。
 ▽ 誰もが最期は独り、ミクロ・デスで終わる。孤独死は万人のもの。
・【わいせつ】= 写真、絵画等に描写された陰毛を、黒インク等によって
 抹消することにより、消滅すると考えられている人間の基本的属性。
 常に快感を伴っているが、快感を不快感とする事実誤認の例も少くない。
 ――
『狂気なしでは、何事も成し遂げられない』ーエヴァ・ペロン
 (アルゼンチンの政治家1919〜52年)の言葉がある。
 ここで思いついたのが、以下のノンセンスな言葉!
【創造】=創造をなす新しい着想は、既存からみたら狂気であり、
それを全身全霊で成す行為は己を凶器にする覚悟がなければ進まない。
〈創造は、狂気の着想を凶器になって体現すること〉というノンセンス
の言葉が成り立つ。その結果、<お前は一体、何をしてきたというのか!>
の後悔の念が苛むこと。一番の苦悩は「何も手ごたえがなかったこと!」
・・・・・・
4968,閑話小題 ー女のカースト制度
2014年10月21日(火)
   * 美人カースト制度
 先日のTVのトークショーで、ある女性タレントが、女世界の
「美人カースト制」の存在を話していた。言われてみれば成るほど! 
『女社会には、美しさの三角形をなしたカースト制があり、美人ほど、
その階層が高く、歴然とした序列が決まっている。美人は同レベルの人
だけで仲間をつくり、それ以外は仲間に入れない。入れると、僻み妬みが
入りバランスが崩れるため。』とか。女という生きものは、自分を引き立たす
ため、少し劣っている人を仲間にすると思っていたが・・ 女性職場の経験
からみて、思い当たる節がある話。特にギャルまでは、美しさが大きな価値
判断になる。それまで育ってきた過程で、彼女らには値踏みが付いてきたし、
自覚がある。美人かどうかは、両親からの問題(親の因果が子に報い)だが、
これは本人には、どうにもならない運命の問題。私の姉4人は美人系だったが、
顔と身体の均整が取れているだけで、それが何?でしかない。が、独身時には
うら若い女性となると、全く違って見えてくる。 初対面の女性同士はまず、
相手の年齢や服装や住所やバッグなどの持ち物から「相手のレベル」を察知、
自分に近いかどうかを判断してから付合い方を決めてくる。  
 女カーストには、他にマンションカースト、ママカースト、
 ヒルズカースト、キャリアカースト制度がある。
◎マンションカーストは、住んでいるマンションと、住んでいる階層で、
◎ママカーストは、旦那の社会的格付けで、
◎ヒルズカーストは、そのヒルズ(丘の上の住民)のレベルで、
◎キャリアカーストは、職場などの、キャリアで格付けされる。
面白いといえば面白いが・・ 逆に超越さえしてしまえば、本当に楽なだが・・
それにしても、美人カーストの存在とは、面白い! で、往年の美女? 
その後、どうなった? 年齢でバランスを崩してしまえば、ただの?? 
だから、コンプレックス広告に引っかかる。バランス修正で世界が一変する
なら、韓国みたいに、どんどん整形すればよい! 即席で、化粧があるが、
見慣れてしまえば、皆、同じ。いや、そうでもないか? 
まあ、娑婆は面白い! 石も集まりゃ、砂利だが。
・・・・・・
4601, 読書という体験  ー3
2013年10月21日(月)
          「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
  * 読書欲のすすめ ――「本をものにする、これは快感だ!」齋藤孝著
 前回の藤原正彦の授業内容がアップダウン方式に対し、斎藤孝は、読む本を
受講者自らが選び、直接、受講生同士が、情報を交換させる方式。一長一短が
あるが、融合も可能。 読書の質量を増やすに非常に効果的である。ーその辺りー
《 私は今、「読書しない人間撲滅運動」を展開している。といっても、
 明大の教職課程の授業での話だが、これがなかなかいい線まで来ている。
読書をしないのは、受講生約四百人中残り五人ほどになってきた。この場合の
読書しない基準は、一週間何も読まなかったというケースだ。一週間ごとに
何冊読んだかをチェックする。週二、三冊読む者も30%を超えるほどになった。
やり方は簡単だ。一週間に読んだ本をコメント付きのリストにして書いてきて
もらい、それを持って教室内を自由に動き回り、学生同士で情報交換をして
もらう。これは効く。教師が本をすすめるだけでなく、学生同士の方がむしろ
刺激が強い場合もある。大いに本を読んでいる人間と出会って話を聞くと、
自然に読書欲がかき立てられる。おすすめ本の情報交換は読書のきっかけづくり
にはもってこいだ。「本を読む読まないは個人の自由だ」と言う学生がいる。
私は、「本を読まない人間には教師になる資格はない」と言い切ることにして
いる。本を読み、勉強し続け、知識を得る喜びを常に味わい続けている者からは、
知識に対する「あこがれ」の熱気が発散される。それが生徒たちの向学心に
火をつけるのだ。私自身が、そうした読書好きの先生たちから多くのいい影響
を受けてきた。授業のはじめに、そのとき読んでいる本の内容を楽しそうに
紹介する先生がいた。本を律疏むことがどれほど楽しいことであるかが、
その話しぶりや表情から伝わってきた。本は買って、線を引きながら読むもの。
本は自分のものにすることが大事。全部読み切れなくても気にすることはない。
途中で倒れても、読んだことにしてしまう。とりあえず読書の目安は文庫百冊。
並行的に何冊も読みすすめる。スポーツと同じ。量が大事だ。人から借りた本
は本気で読めない。本が自分のものにならないと身を入れて読むことができない。
本を自分のものにしてしまうのだ。読んでいるときには微妙な判断力を働かせ
ながら読んでいるものだ。...》
▼ 一週間に読んだ本の学生同士の情報交換方式は、素晴らしい。ネットで、
 この直の方法を兼用すれば、更に良い。その点、私たちの時代より、現在の
方が遥かに知的レベルが上がっているはず? 各自に読書日記専用のブログを
持たせ、イントラバックさせれば良いが、教室内で、手書きで、自由に、直接、
交換するところがミソ。知人のブログは読みやすい、のと同じ。一二年間、
このブログが続いているのは、久々に会う知人が、思いのほか親しげに、評論し、
励ましてくれる要素が大きい。読んだ感想を文章化する効用は非常に大きい。
それも同級生同士はライバル心がある為、本の選定から、読み方、受け止め方、
すべてが変わってくるはず。少ないブログの愛読者の中で、誰かブログを公開
して欲しいが。何とか千回、続ければ病みつきになる。 底の浅さの公開は
勇気がいるが、所詮は、こんなもの、と開き直ればよいだけ。
・・・・・・
4226,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー1
2012年10月21日(日)
 このー「ルーツ大全」、なかなか面白いエピソードで満ちている。
身の回りのあらゆる「モノ」「コト」の由来を、習慣から衣食住の由来を
面白おかしく取り上げている。まずは食品から取り上げてみる。
  * クロワッサンの形は、トルコ国旗の紋章         
             ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
 クロワッサンの形には、国家間の対立による深い経緯があった。面白いもの。
≪ クロワッサンの特徴は、なんといっても、あの三日月形だ。かなり独特の
 形だが、そのルーツは一七世紀のオーストリァとオスマン帝国(トルコ)の
戦争にあると聞けぽ驚くのではなかろうか。あの三日月形はオーストリア軍が
トルコ軍を退けた証である。一六八三年、トルコ軍がオーストリアの首都
ウィーンを取り囲んで攻撃していた時のこと。ウィーンはなかなか陥落せず、
業を煮やしたトルコ軍は、ある日の早朝、密かに地下にトンネルを掘り進めて
侵入をはかった。オーストリア軍は当初これに気づかなかったが、地下から
聞こえる怪しい物音をいち早く察知した人たちがいた。朝早く起きてパンを
焼いていたパン職代たちだ。パン職人の通報によりトルコの急襲を知った
オーストリァ軍は、敵の侵入を未然に防ぎ、ウィーンの町は救われた。
喜んだ皇帝は、パン職人に特別な権益を与えた。おいして、パン職人たちが
その返礼に献上したパンが、トルコの軍旗である三日月パンである。
その形には「トルコを食べる」という意味が込められていた。以後、三日月形
がクロワッサンの定番となっていった。ただし、そのころのクロワッサンは
まだ層状を成しておらず、サクサクとし食感ではなかった。その後、
オーストリアの皇女マリー・アントワネットがフランスへ嫁いだ時に同行した
パン職人によって、クロワッサンはフランスに広まり、一九二〇年代の
パリにおいて今のようなクロワッサンが完成した。≫ 
▼ 隣国が接している欧州では、民族対立による争いは根が深い。
トルコはアジアと欧州の境にあり、国旗の絵柄をパンの形にして、
それを食べるほど忌み嫌っていたことになる。ルーツを探していくと、
歴史に触れることになる。
・・・・・・
3861, スポーツジムの景色 −4
2011年10月21日(金)
  * スポーツジムで見えてくること
スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチングである。 
自分も、その一人だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、何気なく見て
いるだけで面白い。 肥満、血糖値、40肩対策など、それぞれ事情を抱えて
いる人から、私のように健康を兼ねたレジャー目的の人など様々である。 
少し痴呆が入っているお婆さんもいる。 私は午前中の開店直後の10時〜正午
までの二時間、滞在している。 時間帯からして7割が主婦。 明らかに水商売
仲間内のグループもいる。 スポーツクラブは女性がメインで、男は60歳以上
のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や御握り持参で、ロビーで食事をとる
女性仲間の社交界の場的要素もある。といって、男の私が肩身が狭いことはない。 
自分で選択したメニューを独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。
大方の会員の平均滞在時間は、二時間だろうか。
 このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし実情を知って
いたら、10年前から入っていたはず。パソコン教室も、スポーツジムも、
サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話することもなく、自分のコースを
人的気づかいなしに済ますことも出来る。 通勤列車と思えばよい。 
私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時ー金・日、休みー)。
中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。エアロビでは、プロ
のインストラクターが指導するプログラムが多く、若い男のインストラクター
の追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。男の場合、色々の場数を
仕事などでこなしているので、こういう場では、一会員として群れることなく運動
をしているが、高年齢になるほど、自分の社会を背負って、それに拘っている姿が、
(本人には分からないが)私には異様に見えてくる。 要は、田舎ということ。 
とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。3・11の影響が、大きいのは
何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンターのインストラクターの仕事は、
一見華やかに見えるが、給料は安いわりに希望者が多いため、ワーキングプアの
要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見ていると、また違って見えてくる。
ただ、一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している姿は、光ってみえてくる。 
半年少したって、効果はといえば、大有り。足腰が、この数年来衰えたと感じて
いたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を続けると続けないとでは違う。
何事もまずは半年。


6064,閑話小題 〜負と、正のエネルギー

2017年10月20日(金)

  * 負のエネルギーと、正のエネルギー
 何処の社会にも、より「負のエネルギー」を背負った人と、「正のエネルギ―」
を背負った人が存在する。「負のエネルギー」を背負った人は、負に呼応して
近づいてくる。己の負を他の負にチューニングをする技術は高度? 人生一般に
恵まれなかったダークなればこそ…。逆に「正のエネルギー」の強い人が存在する。
 NHKTV「グローズアップ現代」で、3人の高校野球のスラッガーを特集していた。
彼らに見てとれたのが、強力な「正のエネルギー」。〜NHKのブログによると…
【・清原和博の大会最多本塁打記録を塗り替えた広陵高校の中村奨成選手。
・甲子園出場は逃したものの、高校通算最多とされる本塁打数を更新した
 早稲田実業の清宮幸太郎選手と、
・通算65号で清原の記録を超えた履正社・安田尚憲内野手。
3人の超高校級スラッガーたちに見えてきたのは、親がかりの、たぐいまれなる
素質と努力がある。現代高校野球の劇的な「進化」。他に、両親や監督
の連携もあるが、「正のエネルギー」に満ちている。】
 素直で、前向きで、明るく、健康的な心身。「正のアドバンテージ」がベース
にある。 (幸福優位7つの法則ショーン・エイカー著)によると、
【 ハーバード大の優秀な一群への調査で、「ハピネス・アドバンテージ
(幸福優位性)は、「成功が幸せの周りを回るのであって、幸せの周りを成功が
回るのではないことを示すという「ロサダライン」の法則がある。
<心理学者であり、ビジネスコンサルタントであるマルシャル・ロサダが発見した
重要な数字。「2・90対1」。「メンバー間のポジティブな相互作用とネガティブ
な相互作用の比率」が最低でも「約3対1」の割合が必要。このライン以下だと、
チームの仕事ぶりは一気に落ち込む。調査では「6対1」が理想。ポジティブな
フィードバックとやり取りが、職場の生産性を上げ、業績を上げてくれる。】

▼ この生活習慣や行動パターンが、豊かな人生への道になる。通ってるジムで、
 3月に一度は不快な事象で休みたくなる。 その時、内語で「少なくとも3倍は
プラス要素があるはず」と思い考えると、全く、その通り。何か判断を迫られ
たとき、この「3対1の法則」を当てはめると良い。とにかく、決断は先延ばし
にしたくなるが、後になるほど、数倍のエネルギーを要する。
 動物は狩るもの、狩られるものの両面がある。前者は失敗しても、次の機会が
あるが、後者は、そこで終わる。だから負の最悪事態にとらわれる。しかし、
何事も、より正のエネルギーを増やそうとすれば、より多くの負の危険を乗越え
なければ。 歪んだ老人や叔母さんの歪んだヘドロのような視線。自分自身が
積重ねてきた「負の遺産」そのもの。老いるにつれ、この負の遺産であるドブが
溜まってくる。 このドブ掃除には、知らないこと、面白そうなこと、好きな
ことをみつけ、自分の中に注ぎ込み続けなければ。老いるとは悲しいことだが、
宵の独り宴会?も、楽しいもの。現在の私は、スケジュールのお陰で、6対1」
 時々、3月に一度は大揺れ?することもあるが、せいぜい全治10日間。
この程度は、平凡な日々というストレスに、丁度良い按配ですか。
 〜追い書き〜
 これも偶然だが、文脈として去年、一昨年の文章に続いていく。
 面白いもである。そういう私も愚痴をつぶやいているのかもしれない。

・・・・・・
5697,閑話小題 〜愚痴言う老人
2016年10月20日(木)
   * 愚痴言う老人
 とある家の法事に出席する度に、いつも聞こえてくるのが、
 ✖の愚痴と小言。聞いていて不快だったこともあり、その幾つかを
 記憶している。
・まず7~8年近く前、「後期高齢者の名前が気にくわない。」
 「免許証の返納も、私たちには嫌味としか聞こえない。」
  私も、あと4年になると解らないでもないが。
・「最近の若者はなってない。」 
 この言葉、数千年前のエジプトのピラミッドに書いてあった
 人類永遠のテーマの事実を知らないため、平気で人前で言う。
 永遠のテーマといえば、旧約聖書の「カインとアベル」の、長男カインと
 父アダムとの親子対立。最近、飲み会で、「長男と二世帯同居をしたが、
 これが大きな誤りだった。」と愚痴るから、「それ、旧約聖書にも出てくる、
 人類永遠のテーマで、タブーは元もと分かっていたこと。」と諭すと、
 「全く知らなかった!」と宣う。
・「昔は、本当に良かった。それにしても、生きづらい世の中だ。」
 この言葉は、老化状況をはかる物差の言葉、これを言いだしたら、
 認知症の初期?現象。
・今回の通夜の席では、「あの人、リタイアをして威張れなくなったので、
 その怒りを周囲にぶつけている。」これは、一線から退いた万人にいえる
 ため、誰も良い気持ちがしない。 特に私には?
そうこう、書きだしてみると、さほど酷い愚痴でもない? しかし70〜80歳を
超えた愚痴は、毒を含んで生なましく語るためか、聞こえた人の心に黒く残る。
 本を読まないで、「世間話」に明け暮れしてきた人生がうかがえる。
もしかして、ここで書いてきた怒りの籠った内容、こんなものでない?
 老化は日々進んでいく。 問題は、その自覚と対策。今さら遅いか?
つくづく老いて思うことは、長年かけた教養の程度。下は見えても、上は
見えてないから始末が悪い。「・・ったく」と思うことが、あまりに多い。
こうして他者を批判するのは、所詮は、内なる己を語っているにすぎない?
とすると、自分の仮身を語っているに過ぎない。
4年前に、「老いの鬱屈」についての書評があった。
故人の家の法事で、この人の愚痴を聞いたことや、多くの半ボケ老人を
目の当たりにして、以下の本を図書館で見つけて、テーマにしたようだ。
―ー―
2012/06/04
老いの見本帳ーダークサイト −8
       「老いへの不安 歳を取りそこねる人たち 」春日武彦(著)
  * 老いと鬱屈
 私の嫌いな言葉に「世間」がある。日本の社会は、「世間」という言葉と
視線に常に怯えて暮らしている。属している社会が固定化されているほど、
そこには難儀なものを抱えたグロテスクな世界ができている。それで一生
何も出来ないで死を間近にしたときに、その正体に初めて気づくのである。 
その不快な毒を体内に蓄積して、ただれている世間という虫。シラミである。
老化は、否が応でも毒が蓄積されている。そう、世間の一員に陥っていく。
だから、熟年になったら群れてはならない。 
 ー次の箇所は、老いの屈託を巧妙に表現している。
≪老いることは、人生経験を積むことによって「ちょっとやそっとで動じない」
人間になっていくこととは違うのだろうか。難儀なこと、つまり鬱陶しかったり
面倒だったり厄介だったり気を滅入らせたり鼻白む気分にさせたりするような
ことへの免疫を獲得していく過程ではないのか。 難儀なことを解決するのか、
避けるのか、無視するのか、笑い飛ばすのか、それは人によって違うだろうが、
とにかく次第にうろたえなくなり頼もしくなっていくことこそが、老いの
喜ばしい側面ではないかとわたしは思っていたのだった。 
 だが、世の中にはまことに嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々
の感覚はすぐに麻痺してしまうのに、不快なことや苦しいことにはちっとも
馴れが生じない、という法則である。不快なことや苦しい事象は、砒素や重金属
のように体内へ蓄積して害を及ぼすことはあっても耐性はできないものらしい。 
だから老人は欝屈していく。歳を取るほど裏口や楽屋が見えてしまい、なおさら
難儀なものを背負い込んでいく。世間はどんどんグロテスクになっていき、
鈍感な者のみが我が世を謳歌できるシステムとなりつつある。・・・老いても
鬱屈や煩悩は蓄積していくばかり、難儀なことには事欠かない。遅かれ早かれ、
この世界のほうを、さながら迷子みたいに置き去りにしてやれるのである・・≫
▼「嫌な法則がある。嬉しいことや楽しいことに我々の感覚はすぐに麻痺する
 のに、不快なことや苦しいことにはちっとも馴れが生じない、という法則。」
は、正に人間の不幸の起因である。それを打ち消す方法は数多あるが、その毒は
体内に蓄積し、さらに体外に放出する。そして、マイナスの循環で、体内の毒は、
ますます濃くなっていく。この本は、その見本帳でもあるため面白いのである。
これまで見てきた身近な老人に、酷似しているため妙に馴染むのである。
本格的に一歩ずつ仲間入をしていく。それならば老いは鬱屈するものと初め
から割り切って孤立していた方が良い?

・・・・・・
5332,閑話小題 〜人生のリハビリ
2015年10月20日(火)
   * 人生のリハビリ
 会社清算から4年半になるが、現時点の実感は、その結果のリハビリより、
「創業の準備を含めた事業人生45年間で歪んでしまった異型の自分を一度
リセット、本来の人間性に戻すべく、再出発の日々を過ごしている」という
ところか。 資本主義という拝金主義から、一度離れて、地球上の大自然、
身近な自然、文化・文明を見直し、せっかく訪れた地球を改めて見直し、
人生を振り返り、味わうために、現在の自由な時間を与えられていることに
気づくことだ。リセットは、こういうものか。 ある意味、人生で一番、
落ち着いた時である。異型があるから、今がある。
   * ぬるい幸福は人を駄目にする
 「ぬるい幸福は作家を駄目にする」という作家の言葉があるが、これは万人
にも言えること。そのぬるい幸福を私たち凡人が目指しているのだから・・
「そのどこが悪い!」といえば、それまでだが、その人は、そこまで。
人の一生は、常に変化する社会と、時代の中で、「変化、闘い、挑戦」が
間断なく押し寄せてくる。考えてみれば、ぬくい幸福などは束の間の幻想。
今が、その「ぬるい幸福」の時かも。しかし、その一瞬の味わいが、
人生の味になる。 今さら駄目でも何でもよい!ぬるさが一番である。

・・・・・・
4967,閑話小題 ー夜半、4時間の熟睡の後
2014年10月20日(月)
  * 4時間の熟睡後に
 以前から20時半に就寝するようになったが、熟睡後、目が覚めるのが
0時前後。一度トイレに行き、水を飲んで床に就くが、その辺りに家内も就寝。
ところが起床の4時まで、半睡と覚醒が交差するが、この時間を楽しめないかと
長年かけ工夫している。臨床心理士によると、「布団の中の考え事は、たいてい
考えすぎ。とりあえず起きて、トイレや、水を飲んだりして体を動かすと良い」
という。私は既にトイレも、水も飲んでしまっているので、その時間を苦痛と
思わないようにコントロールしている。その一つに、この随想日記のテーマや、
内容を考えたりしているが、マイナーの考えを厳禁にしている。それでも時に
不快いに思うと、煉獄につながれた状態?になる。「このボ〜ッとして状態こそ、
最高!」と、心に言い聞かせていると、そう思えてくるから不思議。週2〜3回
のヨガで、最後の5分間の「死者のポーズ」で、大の字になり全身を脱力をして
横たわるが、その感覚を思い出し、宇宙の一点に独り漂っているイメージを
持つようにする。これを楽しめるかどうかが、問題でもある。
で、このところ一種の瞑想状態になっている。
 もう一つの問題は寝返り。一晩に大体20〜30回、寝返りをうつというが、
寝返りは、その日の身体の動きから生じた歪みを取り除く無意識の体操でもある
という。成るほど、寝返りの多い日は、終日、机やテレビの前でジッとしている。 
仰向けの姿勢が良いとされているが、仏様の入滅の時の右側向きを子供の頃から
とっている。胎児が子宮内にいる時が、この姿勢という。数年前から低反発の
クッションと枕を使い出してから、眠りが深くなったが、これはお勧めである。
・・・・・・
4600, 読書という体験  ー2
2013年10月20日(日)
         「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
  * 教養を培う〜◆  住笋痢崙表颯璽漾廖‘8鏡吃А
 週に一冊、著者の指名の文庫本を読ませ批評文を提出、そして討議する
授業が良い。大学一年時に、このようなゼミを受けたと受けなかったでは、
学生時代、いや人生が大きく変わってくる。これからして、良い大学に入って、
良い教授、良い友人に触れる必要がとってとれる。人生、良い書物を通じて、
時空を超えた人物の魂から学び続けることだ。
  ーその辺りを抜粋する
≪ この危機感で、私は大学で八年前に読書ゼミを始めた。
 主に一年生を対象に週90分、半年間のゼミは、以後毎年開いている。 
学生向けの開講科目便覧にはいつも次のように書く。
【主に明治時代に書かれたものを読む。毎週、一冊の文庫本を読み、それに
関する感想、印象、批評を書き、授業時に提出する。授業時には、その本の
内容について討論を行なう。提出された文章は、添削され、コメントを付され、
翌週の授業時に返却される。ゼミの目的は、読書に親しみ、作文能力を鍛え、
論理的思考力を高めることである。受講条件は、文庫本を週一冊読むだけの
根性、および文庫本を週一冊買うだけの財力。】
 これだけで毎年、定員二十名をはるかに超す受講希望者があり、
コンピューターによる抽選が行なわれる。読書好きの学生が四分の一くらいで、
残りは、これまでほとんど本を読まなかったからこの機会に、という学生。
読書好きはもちろん、読書不足を反省し一念発起した学生も、見込みある学生
といえる。読書などどうでもよいと考えている大半の学生に比べ、かなりレベルは高い。
 学生に読ませる本は私が独断で決める。初期の頃は、私自身の読みたい本を何冊か
入れたが、よく知られた本でもがっかりするようなことがあり、今ではすでに読んで
感銘を受けたものから選ぶ。 ここ数年の定番は、新渡戸稲造『武士道』、
内村鑑三『余は如何にしてキリスト教徒となりし乎』、福沢諭吉『学問のすすめ』
および『福翁自伝』、山川菊栄『武家の女性』、宮本常一『忘れられた日本人』、
無着成恭編『山びこ学校』、日本戦没学生記念会編『きけおだつみのこえ』など。
 定番がどれも岩波文庫であるのは少々不公平で少々シャクでもあるが、
それらがそこにあるのだから仕方ない。良書を集める伝統をつくった、故郷の
大先輩、岩波書店の創業者岩波茂雄の卓見なのだろう。定番の一番バッターは、
決まって『武土道』である。外国人に「日本で宗教教育はしていない」と言った
新渡戸は、「それでは道徳教育はどうしているのですか」と反問され、答えに
窮した。キリスト教を中心に道徳教育を与えられる欧米人に比べ、日本人の
道徳水準はまったく劣っていない。熟考の末に外国人のために英語で著したのが
本書である。 テレビと受験勉強に追われ、コクのある本をほとんど手にした
ことのない学生達は、覚悟の上とはいえ、かなりの苦痛を感ずるようである。》
▼ 人生を振り返り、多くの本と、色いろな体験をしてきたが、つくづく頭の
 硬さを感じ取っている。万人が、馬鹿の壁に囲まれているが、特に自分は硬い
壁に囲まれていると思うと、それが見えてくる。私は、ノートを纏めるのが苦手。
で、やっとたどり着いたのが、これらブログと、10年日記と、ダイアリー。 
それも55歳になってから。学業としての頭が良いかどうかは、ノートの記録と、
活用にあったようだ。その意味で、他人からみたら御苦労なことだと思われる
かもしれないが、私にとって黄金の習慣になっている。 これさえ書けば、
一日ヘラヘラした何事も、それぞれ楽しめる。『私という墓場』は、
そのまま外に出るから恐ろしい!  
・・・・・・
4225, 閑話小題 ー青竹エアロ
2012年10月20日(土)
  * つれづれに ー青竹エアロ
スポーツジムの話。円座に置かれた6台の運動マシーンと、その一台置きにある
ステップ台をインストラクターの誘導で12人が一同にするエアロを連続二回と、
週二回の「スローヨガ」が私のベース。それに時々、ランニング・マシーンと、
ステップ台エアロを加える。 スタジオでは、常に何かプログラムが行われて
いるが、どうも30〜50人の合同でやるのは苦手である。ところが、
先日、何気なくスタジオに目をやると、青竹踏みエアロ?が見えてきた。
ヨガ用マット上に青竹風プラスチック台を置き、音楽に合わせて上がったり
下がったりしている。そこで、どういうものかと参加してみた。これまで何度
か青竹を買ってやってみたが、数ヶ月も続かなかった。このプログラム、まだ
始まって三回目だが、30人の定員は満員。「初めての人は挙手を」に対し、
何と三分のニの人が手を挙げた。 中央に5センチの半円があり、その両側に
一cmのボツボツが50個、その外側に数ミリのボツボツが並んでいる。
その三箇所を交互に音楽に合わせて乗ったり降りたりする。少し痛いが我慢
出来る範囲で、10分もしないうちに汗が吹き出てくる。 終わって数時間
経った後に身体全体が軽く感じてきた。 週に一度参加するにベストのようだ。
 ところでスポーツジムも、日常生活の一部になっている。雰囲気が明るいのが
よい。ジムも競争が激しいようで、改善していないと、他のジムに客を取られる。
私のように皆勤に近いのは、一日、三百円でしかない。 一時間5百円の価値は
充分ある。私は二時間滞在しているので一日につき千円、20日で二万円の価値
の実感がある。ヨガは月に7〜8回は参加しているので、それだけで元が取れる。
会員で殆んど来ない人と、日曜日参加の人が多いので成り立つのだろう。 
その割に軽い腰痛は治らないが、それでも足腰が軽くなっている。 
ところで青竹エアロ、殆どが裸足だが、水虫、感染しない?
・・・・・・
3860, インコの芸
2011年10月20日(木)
 我家にきて8ヶ月になるルリハ・インコが最近、芸をするようになった。
小鳥のストレス解消用に、枝の棒に「小鳥用起き上がりこぶし」を付けて
あるが、時々、狂ったように攻撃する。しかし錘で、その都度、棒を一回転し
元に戻ってしまう。 ところが最近、インコも真似て枝を回転している。
そこで、その都度拍手をして笑いかけていたら、インコを見つめる度に回転する
ようになった。 また籠から離れようとすると、回転を何度もし、傍にいて
欲しい意思表示をする。 今までは鳴声と籠にしがみついて見つめての意思表示
が、棒を回転する芸で注意を引くことが加わった。一年前に飼っていた中型の
コガネインコが、人間的?で個性が強い鳥だったので、今回は、オウム科で最小
(雀ぐらい)の大きさの性格の穏やかなルリハ・インコにした。幼鳥のうちは
大人しかったが、最近になり、その個性を見せ始めてきた。 気を引こうと
何度も何度も枝を回転する姿に愛情がわいてくる。 最初はペットを毛嫌いして
いた家内も、最近、その回転するインコに見入り、頭を撫ぜるようになっている。
コガネ・インコと同じく、頭と喉を撫ぜると喜ぶのは犬猫と同じ。コガネ・
インコは一年余りで、風邪で死なせてしまった。それもあり冬に向かって、
このインコは、死なせる訳にはいかない。改めて雀など野鳥が厳寒の中で越冬
する能力に驚いてしまう。 このインコにとって、鏡の中の自分の姿と、
起き上がりこぶしの小鳥と、家内と私と、時々帰ってくる長男が、インコの世界。
ストレス解消用の玩具を幾つか籠に入れているが、フルに使って遊んで最後は
壊してしまう。それでも、時どきヒステリックを起こし、籠の中を狂ったように
飛び回る。 とにかく、籠の外に出たがる。 また本能的に音に敏感で、
私が車で帰ってくると、感知する。駐車場を一台貸しているが、それには全く
反応しない。「あんたインコやってんだ。私は人間やってんだ」が面白い。


6063,閑話小題 〜「真理とは何?」

2017年10月19日(木)

   * 「真理」? 所詮は「?理」だろうに
「真理とは、事実の中の真実と瞬時に思う言葉」という冗談とも思える言葉が
印象に残っている。 〜ネット検索によると
【真理とは、確実な根拠によって本当であると認められたこと。ありのまま誤り
 なく認識されたことのあり方。真実とも。
真理は、現実や事実と異なり、妨害・障害としての虚偽・誤謬を対義語として
おり、露わさ、明らかさ、隠れなさに重点がある。そのものありのままであり、
あらわであり、その本質が覆われていない、という意義に関しては、哲学的には
本質主義や同一性とも関わりが深い。
西欧哲学において真理論は論理学や認識論においてとりわけ主題化される。
 真理論の歴史は、古代ギリシアに始まる。人間を尺度とする相対的なものの
見方に反論する形で、永遠性・普遍性を有する真理の概念が生まれた。
このような絶対性を内実とする真理概念は独断主義を生み、これに対する防衛・
反抗が懐疑主義を生んだ。 そのどちらにも陥らず、確実な知識の基礎付けを
求めて近代の認識論が始まり、その後、真理の担い手が思惟・観念・判断、命題、
「事物」等のいずれであるか、について議論がなされてきた。
・現代論理学では真理の担い手は命題であるとされ、真と偽を合わせて真理値
 という。
・論理学で、「Pは○か○でないかのいずれかである(○であり、かつ○でない、
 ということはない)」という形をした文は○の内容に関係なく正しいので、
 これは「形式的真理」と呼ばれ、思惟と思惟自身の一致と定義される。
・このような形式的な形相についてではなく、質料について真理が語られるとき
 は「実体的真理」という。
・判断について真理が語られるときを「認識論的真理」といい、
・存在について真理が語られるときを「存在論的真理」という。
現代の真理概念は様々な形で修正を受け、相対的な傾向を強めている。】

▼ ニーチェ『事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』
 現象、事実、真実、真理と掘下げていっても、いずれも解釈だけでしかない。
とはいえ、事実、現象の世界だけにとどまれば、その世界だけの住人になり、
現象に右往左往するしかない。ステップをして右往左往する手もあるか?
哲学の命題の一つの「真理」なんぞ、ここで語り尽くせるものでない。 
 脳の奥から、< お前らのは、「珍理」だろうに! >の声。

・・・・・・
5696,‘我慢内燃説’
2016年10月19日(水)
           <20歳からの人生の考え方ー外山滋比古著>
  * 我慢の善用活用、‘我慢内燃説’
 他の著書の中に、「キズをのり越える努力が、人を大きくする」がある。
<青森で朝市に寄ってリンゴを買った。私が、「キズのあるリンゴの方が甘いん
 ですよね」と言うと、おばあさんが「東京の人のようだけど、よく御存じで。
みんなに 嫌われているキズのついたリンゴ。傷をかばおうとして、力を出す
のであろう。無キズのリンゴよりうまくなる。キズのないリンゴがなまけて
いるわけではないが、少しいたんだ方が、おいしい。>
 人間も似ている。秀才は、傷なしの特上のリンゴ。天才は傷だらけだが、
特質の能力がある。このリンゴから例えると、よく理解が出来る。 
 ここで、「我慢の善用活用、‘我慢内燃説’」を述べる。 〜p-139
≪ 我慢を通せば、病気になるし、我慢をしないと無作法で反社会的になる。
どうしたら、悪玉我慢を善玉我慢に転化できるか考えどこ。長い間、考えた末、
ひとつの解決法を得た。 それを‘我慢内燃説’と勝手に命名した。
我慢のストレスは、ガソリンのようなもの。そのままで不用意に火を近づければ、
引火する恐れがある。我慢をガソリンとすると、そのまま発散すれば、その場限り
になる。じっと我慢すれば、内圧が高まって、ストレス化する。その内圧を燃焼
すれば、恐ろしいほどの力が生まれる。いつまでもストレスをためておくのは
愚かなこと。充分に高まったら、目的のため噴出させる。発噴とは、その内燃
を元に大きなことをうごかせる心的活動だと考えることが出来る。 ≫
▼ リンゴの自然治癒力と、我慢の善用活用、の作用は似ている。
 人生の節目時は、破壊から創造への変化への我慢時。それまでのプラス、
マイナスが、同時に覆い被さってくる『真実の時』。 その時、溜まった
エネルギーが新たな変化を生む。創造にはなくてはならない条件である。
既存の自分を一度、ゼロにして、新たな目標にむかう節目時である。
<順境には枝を、逆境には根を張れ!>という諺がある。リタイア時期を
過ぎても、枝にしがみついて人、例えば森元首相や、石原慎太郎のような人を
みるにつけ、人生の不条理を見る思いになる。人生も見切り万両である。
 でないと、人生にとっての「死に損ない」になる。

・・・・・・
5331,ノンセンス辞典 ー
2015年10月19日(月)

 BRUTUSの「谷川俊太郎」の中の、ノンセンス辞典〜
 の、言葉の解説が面白い。 (▼は、私の意見)
≪ 【生ぎざま】= <生きかた>の商品名。
 <生きかた>を販売する場合には、この商標をつける方がよく売れる。
 但し、最近は投げ売りする者が多いので、先行き不安。 
 ▼「生きざま」というと、「生きかた」を少し生くさくしたもので、
  経験が加味された響きを持つ。
・【偽善】= 二十世紀後半においては、誠実の同意語とみなされているが、
  次のような古典的定義に固執する学者もいる。
  すなわち、偽善ーうそをついていると気づかずにうそをつくこと。
 【誠実】=うそをついていると知っていてうそをつくこと。
 ▼「誠実な人」という言葉に何やら欺瞞が隠されている。
  「偽悪」という私の好きな言葉もある。「露悪と偽悪」の区別も
  つかない連中に、目くらましにするにうってつけ。 
・【土着 】= 自分で自分を鉢植えにしている状態。肥料として人糞を
  用いることは稀。民族的肥料、文化人類学肥料を混用することが多い。
 ▼ 地元から一歩も出ないで、その社会を全世界と信じて疑いを持たず、
  鉢の中で良しとしている人。島国の日本も、鉢とすると、土着国家の
  住民が日本人ということになる。大陸の中国人からしたら日本は
 「小国民」と蔑視をしたくなる。その鉢が城下町となると?
・【知識人】= 知識についてはあらゆる知識をもっているが、知識でない
 ものについては、なんの知識ももっていない人。
 ▼ 境目は、その自覚が出来ているかどうか。知識でないものの一つに、
  「未経験」がある。それに対する姿勢、考え方が大きく、左右する。
・【情報】= 人間が本心をかくすために、まわりに煙幕の如くはりめぐらす
 膨大な量の知識。その量が余りに大きいので、当の人間すらその奥に
 かくされている本心を見失ってしまう。ほんとうの〈知〉と異り、しばしば
 売買や盗難の対象となるところから、商品の一種と推定される。
 ▼ 奥に隠されている本心すら、自分自身が知らないから始末が
  悪い上に、情報を知識化出来ないため始末が悪い。
 ―――
 今度、皮肉たっぷりの「私のノンセンス辞典」でも作ろうか。
・・・・・・
4966,閑話小題 〜ある男の動揺
2014年10月19日(日)
   * 80までは生きれると思っていたけど!
 ある飲み会で一年ぶりに出会った男が出会いがしらに、
「最近、切腹をした。もう長生き出来そうもない。片足、いや両足を
棺おけに入った。80歳までは生きると思っていたけど!」と悲鳴。やり手?
だが、人の弱点を見ると見境なく攻撃をする性格で、三年半前の私の倒産劇
以来、三度の会で、続けて露骨な嫌味を言っていた。三度目の会で、目前の座席。
早速、私への攻撃が始まった。「俺は学が無いので、哲学などは分からないが〜」
と、薄笑い。その言葉には(その様は何だ)との皮肉が込められていた。
それまでの二度は、聞き流していたが、この言葉にはカチッときた。 
 5年程前の話になるが、本人の趣味の茶器づくりが認められ、銀行のロビー
に飾られ本人が有頂天だった頃、その人と親しい知人から、「あの男、私生活も、
茶器づくりりも、仕事もスランプらしい」と聞いていた。たまたまポタリング
をしていると、車が停まり、当人が話しかけてきた。それが偶然、本人の会社前。
「まあ、お茶でも飲んでいけや!」と誘われるまま、事務所に行ったところ、
応接室に茶器が並んでいて、素人としてはナカナカの出来栄え。
「何でもよいから一つくれないか」というと、快諾。その数日後、自慢の豪邸?
に家内と行くことになった。その時の茶器の御礼に何かと考えた時思い出した
のが彼のスランプ。初心者用に噛み砕いた哲学を説く池田昌子の
「14歳からの哲学ー考えるための教科書」を持っていった。それを逆手に
とって、皮肉を言ってきたのである。酒の勢いもあって「茶器は、作者の魂の
顕現そのもの。 あなたが茶器づくりなどでスランプというから、ヒントにと
本をあげたのだ!スランプ解消には『魂そのものが何か』が分からなくては
ならないはず・・ 『魂を叩き込むとは、自分の持っている全てを作品に
叩きつけることだろう。』」と、怒鳴りつけていた。 其処にいた、
ほかの何人かも、私の言葉に同調。その直後、幹事が会の予算が足りないと
当人に資金補助を頼みに来たところ、内ポケットの数万を私の前に投げつけた。
もし金に貧していたら深く傷ついただろうが・・ あまり経験出来ない面白い
遣り取り。それから一年ぶりの再会で、これ。 余命数ヶ月?に感じられた
深刻な様相だったが、それは恐ろしいだろう! 哲学の最大の問題は「死」。 
 余命を突然告げられ、まず考えるのが、 
☆死ぬとは、如何いうこと?
☆自分が本当に消え去るなど有得ない!
☆自分の生き様は、これで良かった? 等々、心は七転八倒。 
 最後の最後は当人の心奥の問題だが。 去年の5月の随想日記、
4429,ー「死ぬのが怖い」とはどういうことか?ー前野 隆司著の
「死の恐怖を克服する七つの登山道とは」を読めば、少し気が休まるだろうに。 
 こういう類は予習しておくしかない。他人事でないのが、この内なるブラック
スワンの死の問題。 先日、ある30人位のデナーの席で、三年前に旦那を
亡くした還暦過ぎの女性と、70歳過ぎのアマチュアカメラマンと、私の家内と
同席をした時の話。還暦過ぎの女性が旦那を見送った具体的話題をして、
本人もガン持ちと告白した。その女性が私に「変な話をして御免なさいね!」
というから、「別に全く問題はないです。この年齢になら言葉として表現するか、
しないかですよ」と、答えた。70過ぎのカメラマンも奥さんを最近見送り、
自分も何時、再発するか分からない、と達観?した様子だったが、内面は
穏やかではなさそう。即興になるが、「男は黙って、サッ、コロ、キエル」。 
そして誰も居なくなる。死の問題、一に準備、二に準備!である。
こういう話は、語りだせばキリがない!
・・・・・・
4599, 閑話小題 ー座りオシッコの話
2013年10月19日(土)
  * 座りシッコの話
 昔は無かったスタイルに、「洋式便器」での男の「座りオシッコ」がある。 
二年ほど前になるが、TVのバラエティーで、「男の洋式便器のオシッコの
使用時に、周辺に撥ねちらす量が思いのほか多く汚い」ことを、テーマに
していた。その飛び散るさまを色付きの水で、同じように放水し、周辺に
飛び散った水滴先を実証してみせていた。それを見た家内が、「今日から、
あなたも始めて!」と強く言われて数回、試みたが、何かオカマ?みたいで、
数回で止めた。でも、注意をしてみると、やはり? 数ヶ月前にみたシネマで、
老妻に先立たれ独り暮らしを始めた主人公が、一度、座ったが、もういい!と、
立ちスタイルで始めた姿が印象的だった。近くのスポーツジムに通い始めて
二年半になるが、盆暮れと祭日を除いて週5日間の昼間、休まず通っているが、
数ヶ月後に気づいたのが、男子更衣室の洋式トイレで、前の人が使ったあとの
下蓋が下りたままが多いこと。 ところが、日が経つにつれ、その頻度が
多くなってきて、今では三分の一。これからすると使用後、上蓋を下げる
人もあるから、半分近くが座りシッコをしていることになる。当初は、
こんなところで、何?をすることもないのに!と思っていたところに、
例の映画をみて成るほど!と気づいた次第。で、最近、家では心掛ける
ことにしたが一週間もすると、当初の抵抗感がなくなるから不思議。 
それも中性化の一つか? 最近の子供は自宅では殆ど?座りスタイル?  
で、私は自宅ではするが、SJで、しないのは、実際にジムでも実施して
いる半数の人と比べ、公共心が劣っていることになる。でも、あそこで、
座る気も起きないが。
  * 二代目・電動アシスト自転車
 ブレーキが前後とも壊れ、来春予定していた電動アシスト自転車を購入して
から、一ヶ月足らずになる。これまではマウンテンバイク(MTB)だったが、
今度ものはクロスバイク。値段は4年間で電動アシストの普及もあり、全体的
にみて3〜4割は値下がりをした。MTBはスポーツチェーン店の通販で買った
中国製。やはり故障続きであった。しかし、電動アシストの楽しさは十二分に
味わうことができ、既に1万キロは走った。冬期を除いた毎朝、一時間、年間
200日は乗るので、一回百円とすると、償却は済んだことになる。
実感としての価値は、300円〜500円はある。で、新しいクロスバイクは、
値段が二倍、一日200円になるが、価値は充分にある。雨の日にスリップして、
転倒したが、車さえ気をつけ注意をすれば、それほど危険でない。毎朝、
10キロ以上は乗って5日に一回の充電で済んでいる。クラッチを最大の重さ
にして、電力を使うパワーにして乗っているが、ロードレーサー並みの速さ。
少しオーバーに表現すると、地上を走る車輪付きのグライダーか、水上を走る
ミニエンジン付きヨットという感覚である。で、兼用して乗るつもりだったが、
一度MTBに乗ったが、もう乗る気がなくなり、昨日、知人に引取って貰った。
・・・・・・
4224, 閑話小題 ー地軸様 
2012年10月19日(金)
   * 地軸様
 何度か書いたことがあるが、30年来、近くの土手を散歩しているうちに橋の
上で呼吸法を取入れた深呼吸をするようになった。大きく息を吐き出しながら
シャガミコム。その時に地球の芯に気を落とすイメージを持つ。
そして、そこから大きな息を吸い上げながら立ち上がり、今度は空に向かって
気を吐き出すイメージで息を出す。それを一回につき7〜8回、続けていた
ところ、擬人化した地球軸に話しかけるようになった。「おはよう!」
「久しぶり!」とか。 ところが何回かするうちに、逆に地軸の方が、
「よう、昨日は散歩に来なかったな!」「より深く呼吸しろよ!」と思いも
よらない切口で呼びかけてくる。 サルトル的にいえば、「対自」と
「即自」の、掛け合いになる。ところが何時もの散歩道のコースに、大規模な
道路拡張工事が始まり通行止。そこで違うコースを迂回して歩いているうち、
電動アシスト自転車を購入した。試しに信濃川の土手を長岡大橋から大手大橋
を一周したところ、この景色と空気に魅されてしまった。三年前のことである。
それをキッカケに早朝ウォーキングがミニ・サイクリングへ変わってしまった。
ところがチャリだけでは、物足りなくなり、大手大橋を渡る時にヒキチャリを
しながら歩くようになった。 暫くすると、その地球軸が再び話しかけてきた。
「久しぶりだね、まあ、下世話なことなど考えてないで、ここを歩いている時
は360度のパノラマを味わえよ!」、「もっと深い呼吸をしな!」
「自分にせっかく出会えたのだから、エネルギーを、もっと吸い上げろ!」、
「何か考える時や、音楽を聞く時には、わたしが同一になったイメージを持つと、
感覚が鋭敏になる!」(ワシにも聴かせろ)とか、なかなか面白い。 
スポーツセンターで、ウォーキングマシーン上でiPodの音楽を聞きながら
運動している時などイメージすると、音楽に集中できる。で、この擬人化した
地球軸に何か名前をつけてやろうと、この数日で考えた名前が、「地軸様」。
知らない人が、これを読んだら、「この男、ついに頭にきたか」と思うだろうが、
私にとっては、20年以上の対話の過程がある。自分の魂を擬人化した「真魂様」
でもよい。常に話相手として擬人化して対話すれば、それで深い自己対話になる。
問題は意識してやるかどうか。アブラハム、キリスト、釈迦などは、
このエネルギーの大元と繋がっていたのでは? 魂とは、内的宇宙=地軸様。


6062,閑話小題 〜小池の誤算

2017年10月18日(水)

   * 大いなる判断ミス
・あと4日で衆院選挙が実施される。安倍首相の疑惑隠しと、民進党の自壊に
つけこんだ解散であることは自明。「希望の党」の設党の勢いからして、
「もしや?」の可能性もあったが、舞上がった小池が大失敗をした。民進党が
自民党一強体制の破壊のため頭を下げ、解党までして合流しようとした矢先、
「左翼と、元・元首を、さらさら入党させるつもりはありません!」の一言
で、自民党大敗の流れが大きく変わった。安倍打倒で結束していた対立軸
がブレタのである。その一言で、私も「小池はダメ!」と変心をした一人。
白け、冷静になったのである。結果論になるが、「まず全て取り込み勝利し、
その後、解党なり、排除すれば良かったのである。
・それに第二次朝鮮戦争の勃発への危機感が日ごと高まりもある。北朝鮮に
とって核弾頭ミサイルの脅しには日本ほど好都合な国はない。やり返せない
のである。開戦ともなれば、首都圏と原発基地近隣の被害は甚大になる。
最も心配していたのが自宅から30キロ先にある柏崎刈羽原発への攻撃だが、
この緊迫した世界情勢の中、大国とわたり合えるのは、安倍首相しかない。
皮肉にも拒否された左翼系のグループの立憲民主党が予想以上の伸び。
私は、まだ誰に投票するか様子見… 安倍首相と小池とれば、「希望」より
政治経験の深い安倍に傾くのは自然の理。となれば「政権交代はない!」。
 <稼働をしてない原発は、空箱と同じ>と知り、安堵。興味本位で言えば、
今回の総選挙ほど物語に満ちた選挙はない。 小池もタレント議員上がりの
都知事の器。それだけでも充分に御立派。今は「万一」に備える時節になる。
 恐ろしいのは戦争の惨劇がリアルに世界中に垂流されること。それと難民!

・・・・・・
5695,閑話小題 〜県知事選の結果に
2016年10月18日(火)
  * 県知事選の結果には驚いた
 先週の木曜日に近くの従兄が亡くなったこともあって、県知事選と、
長岡市長選を全く忘れ、むろん、その結果も知らなかった。翌朝になって、
家内から「森市長が負けた」と聞いて、耳を疑った。 家内も、
「昨夜半、森市長が勝つと思っていたので選挙結果に吃驚した!」という。
 忘れてなかったら、長い目で、森市長に投票と決めていた。その直前まで、
アンチ建設省で米山隆一に投票に決めていたが、改めて自頭で考えてみて、
長岡市長として実績と、安定した業績を考えて比較したところ、森市長が、
県知事に向いていると判断を切替えていた。
 以前、30年間、新潟駅前で事業をしていたこともあり、県知事関係者から
相談を受けた大学ゼミの後輩の「道路アクセスと経済効果」の専門家に、
「停滞する新潟県の発展には何をしたら良いか?」と、相談され、
即座に、「新潟駅から新潟飛行場までの新幹線の延長」を提案した。
そして、有志を集めて、その利点を幾つかあげて議論いるうち、新潟駅と
空港を結ぶ沿線に多くのプロジェクトの絵図が浮かんでいた。
 元建設役人の森市長なら、それを熟知しており、最後の政治生命をかけた
政策としたと推測される。
 米山新知事、新潟が今も昔も、「江戸の天領」が見抜けるか疑問である。
泉田知事は、その重要性に気付いてなかった! 気づいても、プロジェクト
を推進するには実力不足を自覚していた? 僅差でもない結果は、国家として?
原子炉再開に慎重な泉田知事を追い落とした自民党に対する反対とすると、
新潟県民の良識は満更でもないと知った。もし、安倍政権が自滅の道を歩む
とすると、この知事選挙が大きな道しるべになる。17年前に、新潟県知事
を、泉田と、森の何方かを選ぶかの自民党の裁定が、泉田。今から思うに、
森の方が遥かに、新潟県にとって良かったのでは。 
 それからしても、『森県知事』が、『米山県知事』より、良かったはず。
17年前の市長選で、『米山長岡市長』より『森長岡市長』が良かったように。
市長、県知事は、住民にとって未来の選択。 東京都知事選挙のように。 
ただし、米山隆一には県知事としての「大化け」のノビシロを持っている?
《 ★ ー新潟 与党敗北で再稼働困難に 10/17(月) 産経新聞 掲載 ー
 新潟知事選で与党敗北 野党系・米山氏当選 柏崎刈羽の再稼働困難に
 任期満了に伴う新潟県知事選は16日投開票され、無所属新人の医師、
米山隆一(49)=共産、自由、社民推薦=が、前長岡市長の森民夫(67)
=自民、公明推薦=ら無所属新人3人を破り、初当選を果たした。
東京電力柏崎刈羽原発(同県柏崎市など)の再稼働に反対する共産党など
野党の後押しを受けた米山氏の当選で、政府や東電が推進する再稼働が困難に
なる可能性がある。投票率は53・05%で、過去最低だった前回の
43・95%を9・10ポイント上回った。(産経新聞)》

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5330,閑話小題 〜メガネ店に隣接したコンタクト専門店
2015年10月18日(日)
   * メガネ店に隣接したコンタクト店
 あと三ヶ月で自動車免許の書き換え。毎回、問題は眼の検査がギリギリ線上。
その都度、何とか合格してきた。70歳誕生日の免許書換えの法定講習会に
行ってきたが、その検査では今回は無理。レンズの入替えか、コンタクトか、
白内障手術かの判断。で、「メガネスーパー長岡店」に、問い合わせの電話を
入れると、一度、コールセンターにつながり、眼医者が、(週3日だけ待機)
する隣接するコンタクト専門店を紹介された。こうしないと、店単位の判断
のため、コンタクト隣接店の紹介をさせないための対策だろう。
 で、昨日、早速、紹介された店に行ったところ、強度から、メガネでも何とか
合格ラインのレンズにすれば、クリアするという。そこで、コンタクトのコストと、
レンズの値段を聞いたところ、コンタクトなら3分の1という。コンタクトの選択肢
は考えてなかったので 判断は二日後に延ばすことにした。 ちなみに値段は、
一日使い捨ての30個入りのソフトコンタクト(乱視用)で、7千〜8千円。
コンタクトは20歳代に10年間近く使ったことがあるたって抵抗感はないが、
一つ位、クリアするレンズも必要?レンズの入替えか、コンタクトか迷うところ。
現時点ではコンタクトだが? コンタクト専門店で判断予定!
   * やはり原監督が辞意
 昨日のヤクルト対巨人戦は、20分位で他のチャネルに変えてしまった。
巨人の対戦相手を原監督の来年の姿を見たくないため、応援するのも複雑
な気持ち。原の監督年齢が、既に過ぎてしまっていたのは誰の目にも明らか。
今朝のヤフーのニュースに、<負けて決勝に進めなかった結果、辞意を表明>
と載っていたのを今朝になって知った。これで良いのだろう。ドラフトがある
ため、早々、監督の人選になるが、一時的に江川か、正当なら桑田か、巨人の
コーチ陣の中からか、この数日は面白くなった。原監督は、総括として、
歴代の上の部類に入る名監督である! 巨人のGMに留まるか、一度、
すべてを脱ぎ捨て、数年、休むか? やはり、一度、休むがよい!
・・・・・・
4965,閑話小題 ー誇りを持つのはいい、誇ってはいけない
2014年10月18日(土)
   * 誇りを持つのはいい、誇ってはいけない
 誇りの持てない人こそ誇りたがる?それ以前に、誇りとは、どういう意味か。
ネット辞書によると、「その者自身の具体的な長所や美点に対する心理」
「名誉に思えること」 自信がないと、虚勢でそれを現出させがちになる。
隠せばこそ誇りとして、熟成されるが、ついつい、見せて誇ってしまうのが、
人間の性である。他人を見ていると、それが分かるが、自分のことになると!
誇りの逆が卑屈だが、これを、この言葉に当てはめると、
「落ち込むのは仕方がない、卑屈になるな」になる。 
ほおっておけば、老いるほど卑屈になるは!
   * 人と違う生き方は孤独のようだが、実りは大きい
 意識するしないにかかわらず、それぞれが人と違う生き方をしている。
ただ、人を意識しなければの話。スポーツジムのヨガに週2〜3回、二年半、
参加してきたが、少し暗がりの中で毎回のように言われるのが、
「各々のマットは、各々の全世界です。周囲の人を意識しないで、自分だけの
世界に入って下さい!」である。実際に参加していると、殆どの人が、忠実に
自分の世界に入りきっているのが分かる。人と違う生き方は、人を最小に
意識した生き方ということになる。その第一歩が、人と比較しないこと! 
その為には、まずは、自分の好きなことを長年かけて続けること。
それには孤独の世界を大事にしなくては。
・・・・・・
4598, 読書という体験  ー1
2013年10月18日(金)
      「読書という体験」 岩波文庫編集部 (編集)
 読書を体験として捉えるところが面白い。
それも色いろな分野の識者の体験談?だから惹きつけられる。
   ーアマゾンの内容 よりー 
【熱い気持ちで読んだ本で経験したことの方が、実際に経験したことより
 今日の私にとっては何倍も大切な思い出になっているのだ ―香山リカ
 「読書だって“人生経験”」(学者、作家、)ー ジャーナリスト、
 俳優など、三四人の多彩な筆者による、さまざまな読書という体験。】
 まずは、読んだことのある著者から取り上げていくが、
 特に藤原正彦の内容が良い!
   * 教養を培う  ―私の「読書ゼミ」 藤原正彦 
《NHKによる最近の読書調査を見ると、中学生.高校生がいかに本を読まないか、
 あらためて愕然とする。平均読書時間は一日に数分である。一方、テレビに
費やす時間は、平日が約二時間、休日が約四時間である。高校生三人に二人は、
一ヵ月に一冊も読まないという。読書以外に、文学、歴史、思想といった教養を
身につける方法はほとんどないから、このままでは早晩、日本は無教養な人々で
埋めつくされることになる。 教養がなくとも、日常生活をつつがなく送り、
幸せな人生をまっとうすることはできる。その意味で教養とは個人的なもの。 
教養がどうしても必要なのは、長期的視野や大局観を得たいと思う時である。
「長期的視野や大局観を持つとは、時流に流されず、いったん自分を高みに置き、
現象や物事を俯瞰しつつ考察するということ」である。このためには若いうち
から、「現状」を離れ大きな枠の中で人間や社会の本質に迫ることに慣れねば
ならない。そこで、時空を超える唯一の方法、すなわち読書により、古今東西
の偉人賢人の声に耳を傾け、庶民の哀歓に心を震わせる、ということが必要。
このような読書の累積が教養である。長期的視野や大局観は、リーダーとなる人
の絶対条件である。我が国の政治や経済政策がいつまでたってもうまく機能せず、
社会や教育が少しずつ荒廃していくのは、リーダー達の大局観の欠如による。
大局観がないと、常に時流に流され、右顧左眄し、対症療法に走ることになる。
大局観欠如の背景には、かつてあった教養主義の衰退、読書離れがある。
 リーダーだけが教養を積んでいれば、国民一般はどうでもよいかというと、
そうはならない。我が国が民主主義をとっているからである。国民の総意に
基づいて物事を決めるのだから、その国民に判断力がないと大変なことになる。
民主政治は衆愚政治になりはてる。 読書離れは、民主主義を最低の政治
形態にまでおとしめ、日本を滅ぼす。... 》
▼ この危機感から筆者は、大学で八年前に読書ゼミを始めた。主に一年生を
 対象とした週90分、半年間のこのゼミは、以後毎年開いているという。
この内容について次回に取り上げる。 武澤ゼミの武澤教授の指導に似ている。
事例の現象に隠されている本質は、かなりの読書量がなければ、理解不能の
ものばかり。基礎教養が、人格をつくり、それが問題を解決する。
私のゼミの事例研究の前の一年は徹底的に指定された本を読まされるが、私は
二年目からの参加。ひと月もしないうちに、己の絶対量の読書不足を自覚する。
二年目の彼らに全くついていけない。それが時間が経つたびジワジワ効いてくる。
それまでの読書の絶対量の不足。この自覚が武澤ゼミ、学生時代の最大の収穫。
 卒業時には、ノイローゼ気味でコンプレックスの塊になっていた。
特に都会生まれの学生は、読書の必要性を知っていて、絶対量を読んでいる。 
卒業の越年を真剣に悩んだ結果、社会生活に入ってから、毎日、二時間の読書を
 続けることを心に決め、それが現在まで続いている。そのことで、心の個室
を持つことができた。足の踏み場もないが・・ 
・・・・・・
4223, 神は妄想である ー4
2012年10月18日(木)
 神は妄想である ー4                        
  * パスカルの賭け  ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著
 学生時代に読んだパンセの「パスカルの賭け」を読んだとき、いやに納得した
ことを憶えている。と同時に「裸の王様の真の姿に目をつぶって黙っていた方
が得」という、いかがわしさも感じとった。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教
の文明の対立が激しくなる中、無神論も、堂々と主張すべき時期に来ている。
パスカルの賭けも、あまり語られてないが、当然。 ーその辺を抜粋ー
≪ 仏の偉大な数学者ブレーズ・パスカルは、神が存在するという確率がどんな
に小さくとも、神の有無について間違った推測をしたときの報いには、かなり
大きな非対称性が存在すると考えた。< あなたは神を信じた方がいい、
なぜなら、もしあなたが正しければ永遠の幸福という利益を得るが、間違って
いたとしても、いずれにせよ失うものはないだろう。それに対して、もし
あなたが神を信じないとして、それがまちがっていることが判明すれば、
あなたは永遠の苦しみを得ることになるが、正しかったとしても、何の利得
もない。悩む必要がないのは明らかだ。神を信じなさい。 >である。
 けれども、この論証には、はっきりとおかしいところがある。信じるという
のは政治問題とは違って、あなたがどうするか決定できるものではない。
少なくともそれは、自分の意志で決定できるようなものでも、自分の意志で決定
できるようなものではない。私は教会へ行くかどうかを決定できる。
私はニカイア信条を唱えるかどうかを決定できるし、聖書に手を載せて、そこに
書かれているすべての言葉を信じると宣誓するという決定をすることができる。
しかし、これらの行為のどれ一つとして、私が信じていないものを実際に信じ
させることはできない。‘パスカルの賭けは、神を信じているふりをするための
論証でしかありえない’。そして、あなたが信じると主張する神は全知という類
の存在ではない方がいいだろう。さもなければ、神はその偽装を見抜いてしまう
だろうから。「何を信じるか」ということが自分で決定できるものだという馬鹿
げた考えは、ダグラス・アダムズの『ダーク・ジェントリーの全体論的秘密探偵社』
において、みごとにからかわれている。そこにロボットの電子僧侶が登場するが、
それは「あなたにかわって物事を信じてくれる」、労働節約型の装置である。 
 宣伝によれば、デラックス型は、「ソルトレイク・シティ[モルモン教の本拠地」
では信じないようなことを信じさせることができる」というふれ込みの商品だ。
しかしいずれにしてもなぜ私たちは、「神を喜ばせたいならば、しなければ
ならないのは彼を信じることだ」という考えを、そんなに簡単に受け入れて
しまうのだろう? 信じることの何がそれほど特別なのだろう? 神が親切、
寛容、あるいは謙遜、あるいは誠意という報償をくれるだろうというだけのこと
ではないだろうか。≫
▼ 「信じることで、神から親切、寛容、謙遜、誠意という報償を与えられる
 だけで、十分過ぎる」ことも確かである。信仰は自分で自分の首を縛るだけか、
長年の歴史に耐えた教えに『良心』を育て導く道理が入っているため信じるに
足りるか。キリスト教圏だった、自分の子供には無神論より有神論者を
選ばせるのは頷ける。亀井勝一郎の「愛の無情」でも読み返すか。
  ・・・・・・
3858, 幽霊を哲学してみる
2011年10月18日(火)
 先日、ある人と食事をしていた時の話題。
《 最近、自分には学校とか病院の前に屯をしている霊が見えることがある。
貴方のブログに、そういう感覚があると書いているが、このことを如何思うか? 
最近、気晴らしにパワースポットに行くのが趣味になっている。長岡には、
そういうスポットは何処にあるのか?》という内容。〜それに対し私の返事は〜
《 ブログに書いてあるとおり、38年前に父親が亡くなった時から10数年、
 シックス・センスが身についた時期があった。実際に経験してみて、こういう
ものかと思い知った。 子供の頃から両親や姉などが、幽霊の話を真剣な顔を
しているのを聞いて、他愛無い話と子供心に思っていた。ところが、父が亡く
なった直後に「父親の死にたくない不安の気持ちが夢の中で乗り移り、我に
返った時に、父親の魂が自分に乗り移ったような奇妙な経験」をした直後から、
幽体離脱や、奇妙な偶然の一致などが多く続くようになった。 これだけは、
実際に経験してみないと分からないこと。 しかし10数年前から哲学に興味
を持ち読み続けてから、その感覚が薄れてしまった。特にカントを知り、
何度も読み込むうち、霊の正体が理屈で分かりかけてきた。私はカレーを食べる
と汗が人一倍出る。そのためカレーをイメージしただけで汗が出たり、カレーの
臭いさえしてくる。これは、嗅覚がカレーの言葉に刺激されるからである。 
それと、あなたが見える幽霊に似ている。そこに幽霊がいるのではなく、
貴方の中にある幽霊の刷り込みの感覚が働くためである。 それが分かると、
シックス・センスは、その入り口で遮断される。人間の脳は、生物が20億年
かけた生命の歴史が刻まれている。 霊も、その類である。》であった。
霊に関しては、そんな簡単に言い切れるものではない。過去を振り返ると
分かることだが、我々は共同幻想の中にある。人生は幻想の中で浮遊していて
いるだけ。見える人には見えて、見えない人には見えない。そう見えるも
脳の悪戯? ふと考えついたのが「目覚めた状態で見える夢」という言葉。
そうすると、やはり幻覚、幻想になる。 カラオケスナックは、酒で脳を麻痺
させ、映像と歌謡曲で幻想の世界を作り上げる場所。 映画館も、小説も同じ。
 たまたま、二年前の同月同日に「生きる幻想 死ぬ幻想−2」を書いていた。 


6061,閑話小題 〜【猿の惑星― 聖戦記】

2017年10月17日(火)

   *【猿の惑星― 聖戦記】 〜映画観賞録
 先週の金曜日は、【猿の惑星― 聖戦記】を見てきたが、6年前の10月15日に
シリーズモノを見ていたようだ。その間に、シリーズモノを一切見た記憶はない。
今回も同じだったが、猿は野生が残っているため、より残酷になる筈だが、
内容は、いやにおとなしくて優しい。
 白人優位主義者は、有色人種を猿ぐらいに見下げている。欧州はさりげない
差別意識は明確に分かる。猿の方が、優しいのは分からないではないが。白人
優位主義のトランプ大統領、数年先には、数百万の有色人種の駆逐が行われる?
可能性がある。これまで、イラクで、アフガン、ベトナムなどで戦い続けてきた
アメリカ。虐殺に近い事態になると思えるが! 駆除されるのは、アメリカの
可能性もある。戦争だけは絶対避けるべきだが… 数年先に難民が溢る可能性も。
 ―  
   * 秋口から年末にかけて…
 一昨日はTVで、普段は見ないゴルフ中継、「日本オープンゴルフ」を見た。
19歳のアマチュアとプロの一騎打ちになったが、これが面白かった。
最後の最後、一打差でプロの勝利になった…  
 年末にかけて、「全日本相撲選手権」「学生相撲選手権」「空手選手権」
「全日本剣道選手権」、他にもラグビー、サッカーなどが続く。選手にとって、
一生一度の日本一の座を賭けた勝負だからこそ面白い。プロか、アマチュアか、
断念かの、決断のための大きな分岐点になる。

・・・・・・
5694,閑話小題 〜近くの従兄の通夜で
2016年10月17日(月)
  * 東京の下町に住む、万年青年との久々の出会い
 子供の頃、ある従兄が度々、東京から自家に泊まりがてら遊びにきていた。
私より15歳年上の85歳。カメラが趣味。子供の頃に撮ってもらった時々の写真
が何枚か残っている。この写真の存在はメルクマールとして大きな財産である。 
第二次大戦で、一度、長岡に移住し、その時に、私の父が、あれこれ面倒をみて
くれたことと、4人の姉たちの存在もあったようだ。
 会席で故人の父方系は二人だったこともあり、駅の見送りまで御一緒
させてもらった。 出会って、開口一番、
・『私は前立腺ガンで、進行しているが、今のところ小康を保っている。
 家内が5年前に膠原病で倒れ、現在、老老介護の状況の中で何とか参列した。
弟の連れも、やはり膠原病で、二年前に亡くなったが、家内は、お医者さん
の選定が正しかったようで、何とか・・』 と曰く。 
 自営業をしてきて、時々、転業をしていたが、特許をいくつか
持っていたため、常に生活は安定してきた、という。 昔から若々しい
万年青年で、常に躁状態。今回の参列は、命がけのようで、
一期一会の感が強かった。 当人の話は延々とつづく。
・『現在、4kのビデオカメラに凝っていて、4台の機種を持っている。
 この良いのは、ビデオの映像の一番良い一瞬を、後で切取りが可能なこと。
撮った映像を、大型の4kTVのをみて、ベストの一瞬をとらえ切取りが可能。
アマチュアのカメラマンとして、この機能は夢のようである。』と。
通夜の会場と、オトキの席と、長岡駅前の居酒屋の席では、ホボ話しっぱなし。
 まだまだ、話はつづく。
・『あと、10年前に生まれていれば良かった。今世紀に入ってから今までの
 変化を見ると、これから10年間の変化を体験したい・・ しかし後は少ない。
今は、ドローンにカメラをつけた空撮が目標。空からの4kの自分の撮った
画像を見てみたい。 それと、生前葬をしたい。骨拾いの箸を見立てた二本の
杖を両手に持って、顔はペイントをし、死に衣装を着て、参列者の前に現れる。
考えただけで楽しい。・・』と。
 老老介護の現実から解放されて、その抑圧からのハイ状態のよう。
カメラの趣味をメインにし、現在は4kビデオに辿りついた85歳の万年青年。
「干乾びた若き万年老人」の多い地方都市では、こういう人物はできない。
 こういう人と接するにつけ、地方都市の光と影を感じる。

・・・・・・
5329,自由とは幻想でしかない?
2015年10月17日(土)
      ー クオリア再構築 〜島田雅彦:茂木健一郎対談集
   * 自由とは幻想でしかない
 自由に対する脳科学者の「自由とは幻想でしかない」の切口が新鮮である。
現実に、囚人の自由に対する希求が果たして幻想か否か、何かから解放された
時の自由の実感が幻想かどうかは、解釈による。思いもよらない大自然の神秘
に触れて感動に打ち震えた開放感を何度も経験してきたので、その魂の自由も
幻想といわれても、何か納得ができない。 〜その辺りから抜粋〜 
≪ 茂木:今となって、大変シリアスな問題は、「自由」とは何かということ
 だと思うんです。自由競争の自由とは何なのか。そこに恐るべき深淵がある。
単純なことではないですよ、自由って。脳科学の立場からいうと、自由意思と
いうものは幻想としてしか存在しない。むしろ決まっているんです。
何かアクションを起こそうとする前に、無意識のプロセスでは選択肢はすでに
用意されてしまっている。アクションを起こすタイミングも決められている。
決定論的なんだけれど、意識を持っている「私」から見れば、自由意志がある
ように見えるというのが我々の公式的見解。自由というのは幻想なんです。
そこには枯れ尾花しかない。では自由競争、自由資本主義というのは何だろうと。
そもそも概念からして矛盾を含んだ用語です。にもかかわらず、いまだに多く
の人が、特にアメリカでは、自由競争やフリーダムをとても大事にしている。
島田:フリーダムとか個人主義とかね。個人主義はある特定の個人が儲ける
 ためのひとつの前提であり、いびつな原理だと思います。個人の自由が目標
のようにいわれるのは、アングロサクソンの世界観であって、古代の人間や侍の
生き方を振り返ってみれば、そこに個人はありません。個人は主人に捧げる
もので、そもそも個人主義を本当にいい出したら、誰も戦争に行きませんから。≫
▼ <ベルクソンによると、「純粋持続こそが自由の源泉である。通常、自由と
 いえば、選択の自由を意味する。 たとえば、ひとつの道を進んでいると、
その先が二つに枝分かれしている。その分岐点において、どちらかの道を進む
か自分の意志に基づいて選択できる。 そこに自由があるとされる。しかし、
ベルクソンにいわせれば、そのような分岐路を思い浮かべること自体が、
空間化された時間による発想であり、生命の自由な持続に即したものではない。
生命にとっての未来というのは、分岐路のようにあらかじめ存在するものでは
なく、現在において不断かつ連続的に創造されるものであるからだ。
したがって、自由とはこの純粋持続への帰一であり、その発現としての
純粋自我による行為」という>。
 感動、感激、感謝の最たる感情は、つかの間だが、その積み重ねが人生を
深め、豊かにしてくれる。この最たる(純粋)感情の蓄積が、純粋持続への
帰一に向かうことになる。14年以上続けてきた、早朝の、この文章書きも、
早朝の自転車散歩の習慣も、「純粋持続の帰一であり、発現としての純粋自我
による行為」になる。その結果が、自由なソリストとしての(歪な?)私がある。
・・・・・・
4964,閑話小題 ーオ〜〜
2014年10月17日(金)
   * オ〜〜
 驚き、感動の時の言葉である。人生の豊かさは感動の質量のトータルで
決まるといってよい。一瞬、「アッ」と息を呑み、それを吐く時に出るのが
「オ〜〜」。宇宙からの音が「オオ〜ム」というが、これに関係しているかも。 
以前に旅行をした時、ベテラン添乗員が絶景に差し掛かった時に、先導をして
「オオ〜〜」と言い、その後、全員に合唱させて笑いを取っていた。
それを何度か繰り返しているうちに、全員の共同感動の合唱になって、
これが感動を大きく振幅させてていた。 
  ーところで感動詞をネット辞書で調べると、
☆『話し手の感動を表す「ああ」「おお」の類をはじめ、呼びかけを表す
 「おい」「もしもし」の類 や、応答を表す「はい」「いいえ」の類も、
 文法的性質が同じなので、国文法ではこれに 含まれる。』 
☆『感動、応答、呼び掛けを表し、活用がなく、単独で文になり得る 語である。
 主語、述語、修飾語になることも他の語に修飾されることもない。』とある。
☆ 英語で 感動詞は
 Gerat! すごい!     Awesome! すごい!   Wow! わぁすごい!
 Terrific! 最高!     Cool! かっこいい!  Way to go! その調子! 
 Right on! バッチリ!  Good for her(him)! よくやった!
 YEAH! やったー!    Yee ha! やったー!  Alright! やったー!
 YES! よっしゃ!    Goody!! すごーい!!わーい! Whoopee ワーッ!
 Rah フレー!万歳!    Hooray 万歳!やったー!
 Zowie ウワー、ヒャー(大きな喜び)  になる。
ー以上だが、それまでは、「ウワ〜(凄い)!」「何(じゃ)これ!」
 「アア〜(凄い)」だったが、今度は、「オ〜〜」・・ 「Bravo」もいいが!
 感動、感激、歓喜の質量が、その人そのもの!  オ〜〜
・・・・・・
4597, そして、人生はつづく ー6 (そして、ゲームはつづく)
2013年10月17日(木)
   * そして、ゲームはつづく
 川本三郎著の『そして、人生はつづく』にしろ、朝日新聞の「耕論」
小田嶋隆のコラム『生き直すために』にしろ、自由業の物書が、連合いの死や、
断酒による人間関係の喪失で、孤立した生活に入りざるを得なくなった中で、
如何に、耐えていくか。そこで「一人暮しになって静かな一日を送る困難と、
それゆえ幸福を知るようになった」心情を書き連ねる。
一匹狼の良さと辛さこそ、人生の哀歓があるということ。
 私も小さいながらの創業人生を45年かけ生きてきた。そして、三羽のブラック
スワンの出現で、事業整理に至った。そして、人生は続いている。「そして、」
の「、」が、人生の節目の意味がある。 これを境に、森の人生から、サバンナ
の人生に変化したことになる。
 ところで、昨夜、C.Sファイナルステージの巨人・広島戦で、巨人の坂本と
村田が、攻守でチームを救った。自らの悪送球で2点の先行を許した村田が
決定打を放ち、更に最終回にヒット性打球を二人連携のファインプレーで
劇的なゲームセットで汚名を返上した。 坂本は、9・10月は1割7分代と
極端に低迷。それでも原監督は出し続けた。その後、村田の凡ミスで先制された
直後の勝機に、解説者の予測とおりの凡打。しかし、次の打席でHRを放った。
「そして、人生はつづく」の『人生』を『ゲーム』に置換えたようなドラマ。
手痛い凡ミスと、勝機での凡打を全国注目している中だから、地獄から天国と
いった心境だろう。こういう極限の中で、はね返すのが一流の証拠。 
二人にとって、「そして、ゲームはつづく」で、劇的快打とプレー。そして、
お立ち台でインタビュー。 二人にとって、凡ブレーの後、「そして、」の
気持ちの切替が出来るのだろう。しかし、「そして、人生はつづく」には、
孤独な平凡な日々で静かに己を律するしかない。 人生にも、勝負にも、
「、」と「。」と、行(ぎょう)かえが必要ということになる。 
「国敗れて山河あり」 そこは微粒子に満たない小さな小宇宙でしかない。
・・・・・・
4222, つれづれに ー国家危機!
2012年10月17日(水)
    * 生々しく聞こえてきた世情の話
 「赤表紙本」といえば、経済状況を大げさに書きたて、不安を書きたて本を
売る方法に使われる。「読むほうも、書くほうも、割り切って読んでいる、」
のが一般の見方。ところが、どんなにオーバーに書き立てても実際の現象になると、
それを遥かに超えるから恐ろしい。「欧州危機、恐慌と騒いでいるが、今だに
起きてないじゃないか」というが、早いか遅いかの差、間違いなく起こるのは
確か。一昨日も、BS/TVで、こんなことを放送してよいのかと思われるほどの
過激なレポートだった。そのゲストのブログで、現地の惨状の実態を読んでは
いたが、それをTVで流すのだから、一般の人は、驚くはず。 要は、日本円の
預金をドル建てに替えて持つべきとか、日本も、PIIGS並みに数年内になる?
とか・・ ギリシャやスペインの街中で出会った人の生々しい窮状は、日本に
いては分からない。まず一部勝ち組と、大部分の負け組みがいて、その負け組も、
二分される。一年分の生活費の蓄えがある人と、数ヶ月以内に教会の食料配給の
列に並ぶ人に分けられる、とか。歯医者の開業医が、店を閉めたという、
殆どの人が歯医者にかかる金が無いので、経営が成り立たなくなったという。
PIIGSでも、アイルランドのように国が一体になり再建を始めたところと、
ギリシャのように国家がバラバラで、その意欲が全くない国がある。 
 それは日本でも同じこと。家内から聞く世情の話は、一部勝ち組と大部分の
負け組みの段差の内容が、日常のリアルの内容になる。家内の友人の勤め先の話。
「顔が腫れているのに、そのまま。病院に行かないので変と思っていたが、
その人、お金が無いため行けないと、後で知った!でも、いつの間にか腫れが
直ったみたい!」。 国内では預金ゼロ世帯が三割。それなら病院にいく金も
無いに等しい。 失われた20年で中流といわれる大衆は、本当に貧しくなった。 
他人事ではない。 昨夜もNHKの「クローズアップ現代」で、欧州危機を
放送していた。実際に起こったら、どうなるのだろうか? 私の出来る範囲で
恐慌の備えの大方は終わったが、実際になると想像を遥かに超えるはず。
まだ平和ボケの範囲でしかない。まだ火の手は上がってない。
・・・・・・
3857, Macの創業者のジョブス
2011年10月17日(月)
 Macの創業者のジョブスが先日、亡くなった。iMacパソコンを二台、
iPodを二つ、iPhone(現在はドコモの携帯電話に逆戻り)、
iPadと、最近買った端末は、ほぼMacである。
iPhoneは、小さすぎて指入力に戸惑い使い切れなかったが、他は及第。
iPhoneには驚いたが、最近買ったiPadには感動もの。 
デジタリアンと自認しているが、実はジョブス・ファンだったようだ。 
先日、NHKの「クローズアップ現代」で、ジョブスの死を悼んで
『世界を変えた男 スティーブ・ジョブズの素顔』とし報道番組を組んでいた。
ここで孫正義が、《 彼は商品、製品を生み出すのではなく、ジョブスの作品
を生み出している。デジタル端末などの人間化をテーマに、高度のマニアしか
使えないデジタル機器を、普通の人が気楽に使える作品を作り上げてきた。
iMacなどのiは、愛に通じる。もし、彼が20年、30年生きて、最後に
自分が作りたい作品は「iRobot]と、提示するのでは!
彼は、芸術とテクノロジーを両立させた正に現代の天才。
数百年後の人々は、レオナルド・ヴィンチを並び称するだろう。》
とまで、賞賛している。今までのパソコンと比べると、マニアが使いこなして
いたデジタル端末とネット世界を、ごく簡単に、我々一般人が使えるように
なっている。だから、何だと言われれば、それまでだが、知的好奇心が強い
ものにとって、これほど有難いものはない。それにアプリが豊富にあることが、
相乗効果になっている。ジョブスのように明確な形で(身近なモノ)で、世界を
変えてしまうのも、グローバル化の一つ。本人自身、もっと生きたかったはず。
 ー NHKのHPの紹介文から ー
≪ iPhoneやiPadなど時代の一歩先を行く革新的な製品を生み出し、
 IT企業「アップル」のカリスマ経営者として知られたスティーブ・ジョブズ
前最高経営責任者が5日に亡くなった。明確なビジョンと強いリーダシップで
アップルを率いてきたジョブズ。製品の細部にまで妥協を許さない徹底ぶりや、
卓越したプレゼンテーション能力は世界中の多くの人々を魅了してきた。
番組では、ジョブズを身近で知る人々の証言や、ジョブズの言葉、かつて
クローズアップ現代に出演した時の貴重な映像などを通して、IT界の天才と
言われたジョブズ氏の素顔と、次世代へのメッセージを綴る。 
  ゲスト:孫 正義さん(ソフトバンク社長) ≫
 ・・・・・・・
3492, 実践・50歳からの少食長寿法
2010年10月17日(日)
「実践・50歳からの少食長寿法-粗食革命のすすめ 」幕内秀夫著
  ーアマゾンの内容説明からー
 50代から、量を減らして質を高めれば歪んだカラダもすべて治る。 
朝食断食、一日一食法から食材、水、調味料の選び方まで、食卓を「宝食」
に変える知恵と工夫!!貧困から脱却していろいろなものを食べられるように
なった「豊食」くらいで止めればよかったはずです。ところが金にあかせて
食を粗末にする「飽食」が当たり前となってしまったのです。
 しかもそれだけでは済みませんでした。バブル期を迎えた日本人は、
1人当たりの残飯量はアメリカを抜いて世界一ともいわれながら、中身を吟味
しない「泡食」に突き進みました。一方で「粗食」を放棄したために体調を
崩してしまい、いわば「崩食」と呼ばれる食生活を送るようになりました。
さらには、無意味な健康情報に惑わされふり回される「呆食」の時代を迎えて
います。こうした愚かなホウショクを、真にぜいたくな「宝食」に変える。
これこそが天命を待つ50代にふさわしい食生活なのではないでしょうか。
●みそ汁を飲むとがんは防げる?   ●更年期障害になる人、ならない人 
●長寿日本一、岐阜県和良村の秘密  ●4ヵ月で7キロ減の4つの方法    
●朝食断食・一日一食のどちらかで  ●沖縄長寿神話の崩壊
●歩いて旅して3000キロ       ●自己防衛の「食の10ヵ条」  
●フードマイレージという考え方   ●命を与える偉大な発酵食
 〜以上だが、分かりやすく実行しやすいという内容である。
最近、逆に昼飯をサンドイッチなどパン食に切かえたが。
  この中で自己防衛の「食の10ヵ条」が分かりやすい。
1、食事は量より質にこだわる 2、主食は御飯  3、発酵食品を食べる  
4、砂糖、油脂のとり過ぎに注意 5、パンを常食にしない 
6、液体でカロリーをとらない   7、副食は季節の野菜を中心に   
8、動物性食品は魚介類を中心に  9、未精白の御飯に挑戦する       
10、食事はゆっくり、よく噛んで
  要は昔ながらの日本食が健康食になる、ということになる。
御飯は玄米食で、納豆、味噌汁、季節の野菜を、量を少なめにし、
ゆっくり噛んで、食べていれば良いということだが。


6060,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −4

2017年10月16日(月)

   * ハリウッドのB級政治もの化してきた世界
 ハリウッド映画のサブタイトルは、さしずめこうだろう。
   〜老いた金髪の実業家と、狂った殺人鬼のデブ〜
ーB級映画の粗筋とは―
【…スパイ上がりの敵国ロシアのプーチンが、アメリカの泡沫候補をスパイ網を
駆使して大統領に祭り上げ、いまだ朝鮮戦争状態の延長にある北朝鮮の政治経験
の浅い、叔父と腹違いの実兄を殺害した狂った殺人鬼の独裁者を後方支援して
第二次朝鮮戦争に持込もうとする。隣国の中国も新体制が固まらず、バブル崩壊
危機にある現在は力不足。この第二次朝鮮戦争はロシアにとって有利に働く。
 経験不足の漫画的2人を使って戦争に導き、世界のエネルギーの重点を中国、
ロシアのユーラシア大陸圏に移動させるために必要欠くべからざるイベント。
金髪の大統領にとって、「ロシアとの結託疑惑」を搔き消すためには、この戦争は
隠れ蓑になる。東洋人の100万や200万の死者など白人第一主義の大男にとって、
大した問題ではない。そして、事態は際どい戦争に向かってまっしぐらに進む。
その結果、100,200万単位の犠牲者の想定を遥かに超えた惨状が進んでいく… 】
   
   * もし開戦ともなれば…
 検索で「もし第二次朝鮮勃発ならば?」と検索すると…
≪ ホワイトハウス筋が、
「好戦的な北朝鮮指導部と世界第4位規模の在来式軍事力、さらには年々強化
されている核・ミサイル能力は同盟国の脅威になっているばかりか、米本土への
脅威も増している」と述べ、北朝鮮の能力を決して過小評価はしなかった。
 この日、同じく証言に立ったマーク・ミレー陸軍参謀総長に至っては
「我が軍隊は満足できるような、戦争を実行する水準でない。犠牲者、死傷者
が相当出てくる」と驚くべき証言を行っていた。
【・ちなみにクリントン政権下の1994年5月19日、クリントン大統領は対北
 空爆を決断する前にシュリガシュビリ統合参謀本部議長、ラック司令官らと戦争
シミュレーションのブリーフィングを受けたが、その時の予想された米韓連合軍側
の被害は以下のようなものだった。「戦争が勃発すれば、開戦90日間で
● 5万2千人の米軍が被害を受ける
● 韓国軍は49万人の死者を出す
● 南北間の隣接性と大都市戦争の特殊性からして米国人8万〜10万人を
  含む100万人の死者が出る
● 戦争費用は610億ドルを超す」 】

 昨年、スカパロッティ前司令官は金正恩委員長に対して「自身の政権が挑戦を
受けると考えれば、大量殺傷兵器を使うだろう」と言明し、最悪の場合、即ち、
北朝鮮が敗戦寸前に陥った場合「北朝鮮が大量殺傷兵器を使うこともありうる」
と示唆していた。
 米国防相の研究報告書によれば、ソウルに広島級(15キロトン)の核爆弾が
投下されれば、62万人が死亡するとされている。また、2005年に米国防省
傘下の国防脅威減少局(DTRA)は米軍基地のあるソウル竜山に20キロトン
の核爆弾が投下されれば、死傷者は約275万人に及ぶとのシミュレーション結果
を発表している。北朝鮮が9月3日に実験した「水爆」の爆発規模は150〜 ≫
160キロトンだった。 

▼ これをネタに、ドン様、世界を相手に、恐喝するのだから… 
 とはいえ、アメリカ、中国も覚悟を固めなければならない。
 韓国民の7割が移民希望というのも、理解できる。

・・・・・・
5693,『知の読書術』 〜私が電子書籍を使うわけ
2016年10月16日(日)
             『知の読書術』佐藤優著  
  * 私が電子書籍を使うわけ  
 Amazonの電子辞書、『キンドル』の購入を迷っていたが、これを読んで、
購入することにした。<タブレットは多くのアイコンに目がいき、流されるが、
電子書籍は書籍だけの専用が良い」という説には納得させられる。
 電子書籍を使うメリットを、著者は以下のように述べる。 〜p/104
≪・「『教養を身につけるための電子書籍の読書術』として私が勧めたいのは、
『紙の本と同じ本を電子書籍で読む』〜つまり『2冊目』を電子書籍で買うと
いうことです。あくまでも最初は紙で読むことを原則として、紙で読んで
常時携帯しておきたい本、あるいは紙の本は将来的に捨ててしまうかもしれ
ないけれど、持っておいたほうがいいと思う本を電子書籍で買うのです」
 ・また、著者は電子書籍について、
「電子書籍が画期的なのは、今まで物理的に制限のあった持ち歩ける本の量を、
飛躍的に拡大させたことです。紙の本だけしか持てなければ、カバンのなか
には新しい本が優先的に入ってしまう。ところが電子書籍端末では、
千冊以上を持ち歩くことができるので、過去に読んだ本へのアクセスが
圧倒的にしやすくなりました。その利便性を最大限に活用する方法が、
『2冊目』としての読書なのです」
・紙の本でも、電子書籍にしろ、購入するには当然カネがかかる。
著者は「教養にカネを惜しまない」として、
「教養とは生き残るために必要な知恵のことですが、インテリジェンス=教養
ではありません。知性や理解力と訳されるインテリジェンスというのは、極論
すればゴキブリや猫に対しても使える概念です。しかし人間にしか身につかない
知恵は、知識に裏打ちされていなければいけない。 つまり、教養とは
『知識に裏打ちされた知恵』なのです。そして、知識に裏打ちされた知恵を
持つということは、考えを言語化できるということです。インテリとは、
自分のおかれている状況をきちんと理解して、それを言語によって説明できる
人間のことを指します。そのためにはできるだけ質の高い本を深く読み込み、
反復しなければなりません。常に持ち歩くことができる電子書籍は、繰り返し
読むことに秀でた道具ですから、教養を身につける手段としてこれを活用しない
手はないでしょう」≫
――
▼ 初代キンドルを使いだした知人に、『どうですか?』と聞いたところ、
 奇妙な顔をした中途半端な生返事。当時、上記を言いいたかったのでは? 
哲学書を一度、目を通しただけで、理解した気になっているが、読み返す度に、
新鮮な理解があることが多い。これはという本は繰返して読めば良い。それが
安価で可能なら、利用しない手はない。まだまだネットの検索機能を、充分に
使いこなせない。キンドル購入を迷っていたなら、「キンドル 使いかって
感想」など、様々な入力をすれば良かった。としても、シネマに、TVドラマ、
ネットサーフィン、ポタリング、スポーツジム、読書と、多くの入力と出力の
機会の多いこと。何のため、80年の人生を与えられたかを、さらに深耕して
考えた方がよい。それにしても、何もかもが便利で機能的である。

・・・・・・
5328,閑話小題 〜鼻風邪
2015年10月16日(金)
   * 鼻風邪をひいて
 温寒の差が大きいためか、一昨日より鼻風邪でクシャミの連発。
昨夜、家内が殊勝にも薬と栄養ドリンクのパブロンを買ったのを飲んで寝た。
<どうした風の吹き回し?>というと、<うつされるのが嫌だから>とか!
今朝、何とか厚着をして早朝の自転車散歩に出発しようしたと同時に、
クシャミが5回連発。で、急遽、出かけることを断念した。毎食後に
風邪薬を飲んでいるが、ピークは過ぎたようだ。
   * 大手大橋の歩道と車道の防壁の設置
 信濃川の大手大橋の歩道と車道の間に鉄板の防壁壁の工事が始まった。
そこに、書いてあった内容が、< 平成8年に、福岡で酔払い運転で衝突
された車に乗ってた親子3人が、歩道に乗り上げ、手すりを突き破り、川に
転落死をした。その対策のための工事。>とあった。たまたま、九州であった
事故のため、日本中の大橋の防壁工事をするのは、どうみても過剰である。
銀座でヤクザが、渋滞に苛立ち、歩道に乗り上げて通行人を殺傷した事件が
あったが、それで銀座の歩道に柵をつくるか? つくらないだろう。
そのレベルの話。これが日本の公共工事の一端とみてよいが、それにしても、
変と誰も思わなかったのだろうか。 少し違うが、三井住友建設施工の
マンションが杭が違法の短さのため、固い地面に届かなかったため、
手すりが二cmも段差が出来てしまった。 TVで、その部分をクローズ
アップして、画面では20〜30cmに映しだし、住民の不安のメッセイージ
を流していた。 スパンからすれば20〜100mの二cmなら、微差。
ニュースを面白くするための意図的に構成されたもの。 何だろう?
こういうニュースを考えない人たちが、そのまま信じるから、報道サイドは、
その権力を好き勝手に垂流しにする。これから日本中のマンションで、
数限り出てくるが、直接、デジカメで証拠を報道機関に流すため隠蔽は無理。
・・・・・・
4963,閑話小題 ー秋の早朝、思いのまま
2014年10月16日(木)
 台風も騒いでいるほどもなく、無事?通り抜けていった。
何か、いつも狼少年のように騒ぎすぎ? 現場は大変なのだろうが・・・
 三年前の東北大震災以来、ビクビクしすぎのようだが、それで丁度良いかも。
日本人の意識はリスク管理が薄すぎる。 私の事業清算の場合、事業設計段階
からリスク管理を組入れていたのが幸いした。幼児体験で両親の事業を傍で
見ていたことや、金沢の二度目の修行先がドルショックに遭遇し、急激な経営
悪化と、内部混乱に遭遇った最中だった。それらの経験と、初戦の千葉郊外の
事業立上時の出鼻、石油ショックに見舞われた経験があった。そのため、
新潟駅前ー何度も書いてきたが、このシリーズでは、何時でも撤退できる
設計計画を組み込んでいた。  
・家族、親戚は一切、会社に入れず、
・家内名義の給与を別口に与え、銀行口座は別にしておき、
・妻子の連帯保証はしないで、万一に備えておく。
・さらに、自宅の不動産の底地の一部を、家内と子供名義にして
 価値を下げておく(万一の場合、家内が安く買い取れる)
・決算書に出ない、合法的予備資金を積み立てておく、・・ 等々。 
これらの構えは事業設計段階から10年〜40年続けておくべきこと。
で、何とか現在の生活を維持している。で、ふと気づくと、今度は死に支度。 
私の両親は、神経質ぐらいに死に支度をして逝った。 私の場合の大問題は、
会社の清算。考えようで、「これで良かった」と、自己納得している。 
現在の心境は、意外とサバサバしている。これらの体験から、「何事も時間が
解決をしてくれる」ことを実感。喉元過ぎれば熱さ忘れるで、この経験も、
今では「痛気持ちよかった」とさえ思えるから不思議。傍目と、当事者とは、
あまりに違う受け止め方がある。以前、様々なケースを見てきたが、
それぞれの視線が、面白可笑しく見えてくる。犯罪者が、薄ら笑いをし、
ひかれていく映像を見ることがあるが、あれである。自分自身と、それを
見て喜んでいる輩を、その上から冷笑している別口の視線が何とも、
いやらしく、冷たく、可笑しく、哀しいが、こんなに面白い!ものとは
思いもよらなかった。これは経験してみないと理解は出来ないこと。
多くの人は、これを経験しないで死んでいく。 もちろん、こんな経験を
しない方?が良いが。死を直前にした時に「これが一番良かった」と思える
のでは? そう、大自然の景観に感動した響きと同じ、あれである。
その透き通った感覚は酷似している。だから、薄ら笑いになるのである。
・・・・・・
4596, 2050年の世界 ー19  
2013年10月16日(水)
  第六章 宗教はゆっくりと後退する ーのまとめ
・地球上には約一万の宗教があると言われ、2000年の時点では、
 信者25万人以上の宗教は270を数えた。
・世界人口に占めるイスラム教徒の比率も、1900年には12・3%だったが、
 1世紀後には21・1%へと大きく膨らんでいる。この原因はもっぱら、
 イスラム諸国の人口爆発に求められる。
・キリスト教とイスラム教はこの一世紀、世界の各地にある民間信仰、
 土俗宗教の信者を奪って伸長してきた。
・貧しければ貧しいほど宗教に帰依する割合が高くなり、
 豊かになればなるほど、宗教は相対化されていく。
・数の上で、宗教に帰依する者の数が1970年代を境に増えているように見える
 のは、中国政府が国民に宗教を認めるようになったからであり、それは、
 本来宗教を信じていた人たちが、顕在化し見えるようになっただけと言える。
・宗教性の高い国の出生率は高くなる。また同じ国内でも、信仰心に篤い人々
 のグループのほうが無宗教の人々のグループよりも多く子供を産む。
 先進国の中の無宗教の人々のグループはもっとも低い出生率である。
・経済発展の遅れと宗教性の高さには、強い連関がある。貧困と宗教の強い
 結びつきは国内にも存在する。ポスト産業経済に属する各国を見ると、
 最も貧しい階層の宗教性は、最も豊かな階層より約2倍も高い。
・したがって、現在出生率が高く人口の配当を受け経済成長を続ける新興国も、
 先進国化するにしたがって、宗教は相対化され、無宗教者の割合は増えて
 いくことになる。
▼ 宗教は共同幻想の最たるものだが、その共同幻想なくして生きられない
 のが人間。共同幻想は先進国化することで、幻滅になっていき無宗教者の
割合が増えていく。情報が行き交い知識を持った人が多くなった世界で、神様
の存在は、軽くなるのは当然の成り行き。しかし、「自分が、いま、ここ
に存在している不思議」を考えると、神の存在に結びつけるのが手取り早い。
そろそろ、いつ何時、死を宣言され、恐怖のどん底に突落とされる年代。
余命半年を悟った時に慌てふためいても、時、既に遅しである。
神のみもとに帰っていくと心から信じるには、長い信心の時間が必要である。
どの神を信じますか?は、どの共同幻想のイメージを選択しますか?と同じ。
金と神は共同幻想の側面で、似ている部分が多い。で、金に余裕ができれば、
両者の本質も見えてくる。既存の宗教による刷込みの力は、あまりに大きいが、
それ以上に、情報化は、それら刷り込みを破壊する。
ー で、偶然だが、去年、一昨年の以下の文章が丁度良く続いていく。
・・・・・・
4221, 神は妄想である ー3
2012年10月16日(火)
 新約聖書、旧約聖書は、生々しい逸話で満ちている。神仮説は、超人間的、
超自然的な知性=‘ラージX’が存在しているという仮説である。アブラハム
がヤハウェという神をつくりあげた。その神に、現在も何億という民が、
聖地に向けて祈っている。初めてイスラム圏のカイロに泊まった早朝、異様な
「アッラーの祈り」の声。丁度、ラマダンだったこともあり、目を据えた
人々が住む異世界に驚いてしまった。 その祈りは数百年も続いてきた
生活の一部であり、アッラーの神が存在しているのである。
 * 可愛げない神仮説  ー「神は妄想である」リチャード・ドーキンズ著
≪ 神がいるという仮説(神仮説)は、もっとも可愛げのない証拠事例である。
面白みのないキリスト教の顔である「おとなしくて優しい寛大なイエス」にも、
その正否を委ねるべきではない・・ 私は、ヤハウェの、あるいはイエスや
アラー、あるいはゼウス、オーディンなどの他の特別な神の特定の性質を攻撃
しているわけでない。むしろ私は、神仮説をもっと弁護のしようがある形で定義
したいと思う。すなわち、宇宙と人間を含めてその内部にあるすべてのものを
意識的に設計し、創造した超人間的、超自然的な知性が存在するという仮説。
本書でその代案として提唱される考え方は、何かを設計できるだけの十分な
複雑さを備えたいかなる創造的知性も、長期にわたる漸進的進化の単なる最終
産物にすぎないというものである。進化によって生じた創造的知性は、当然の
ことながら、すでにできあがっている宇宙に後から生まれてくるのだから、
その設計に責任をもつことは不可能である。このように定義された意味に
おける神は妄想である。そして、それは有害な妄想なのだ。神仮説は、証拠
よりもむしろ個人的な啓示にもとづく地域的な伝統の上に築かれたものだから、
さまざまな変形版があるとしても驚くにあたらない。宗教史家は、未開部族の
アニミズムから、ギリシア、ローマ、北欧神話の神々のような多神教を経て、
ユダヤ教およびそこから派生したキリスト教やイスラム教といった一神教に
いたる発展過程を認めている。・・ (中略)
 ・・われわれの文化の中心にあって、口に出すのがはぼかられる最大の悪が
一神教である。『旧約聖書』と呼ばれる野蛮な青銅器時代の教典から、三つの
非人道的な宗教が進化してきたーユダヤ教、キリスト教、イスラム教である。 
これらは天空神をもつ宗教である。文字通り家父長的 ー神は全能の父ー 
であるため、この天空神と現世におけるその代理人である男に苦しめられた
国国では、二千年にわたって女性蔑視がつづいている。・・(中略)
 ・・三つのアブラハム宗教のうちでもっとも古く、他の二つの祖先と言って
まちがいないのがユダヤ教である。もともとは、猛烈に不愉快な一つの神をもつ
一部族のカルトにすぎなかった。この神は、性的規制、焼けこげた肉のにおい、
他の神々に対する自らの優越、そして、選ばれた砂漠の民の排他的権利という
ものに病的にとりつかれていた。ローマ人がパレスティナを占領していた
期間に、タルソスのパウロによって、ユダヤ教のそれほど無慈悲ではない
一神教的宗派としてキリスト教が興されたが、これは排他性も薄く、ユダヤ人
の外の世界に目を向けたものだった。数世紀後にムハンマドとその弟子たちは、
もとのユダヤ教の断固とした一神教に回帰したが、その排他性は引き継がず、
新しい聖典『コーラン』にもとつくイスラム教を興し、信仰をひろめるために
軍事的に征服するという強力なイデオロギーを付け加えた。・・・ ≫
▼ 最近、宇宙が一つでなく10の50乗の気が遠くなるほどの数がある
 という説が現れた。その中で、アラブの蛮族から発生した一神教の神は、
アブクでしかないことが分かる。しかし、信心は、そんなもので揺らぐほど
強いのである。人間を人間たらしめている情報伝達手段の言葉が、イメージを
作り上げるようになった。そのイメージは、大自然の神秘と力に神をイメージ
したのが、アニミズムになっていった。それが、部族間の争いを大きくして
いき、現在に至っている。
 


6059,閑話小題 〜人生を変える切っ掛けの書

2017年10月15日(日)

 
   * カズオ・イシグロがノーベル文学賞を
 『日の名残り』を読んで、はや20年以上も経ったことに驚いている。
当時、母親を看取ったばかり51歳。主人公と同年代もあってか、この一節
がそれまでの「生き方」を変えてくれ、ハッピー還暦に導いてくれた個所!

《 なあ、あんた、わしはあんたのいうことが全部理解できているかどうか
 わからん。だが、わしに言わせれば、あんたの態度は間違っとるよ。いいかい、
いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。後ろばかり向いているから、気が
滅入るんだよ。何だって?昔ほどうまく仕事ができない?みんな同じさ。
いつかは休むときが来るんだよ。わしをみてごらん。隠退してから、楽しくて
仕方がない。そりゃ、あんたもわしも、必ずしももう若いとはいえんが、それ
でも前を向き続けなくちゃいかん…
人生、楽しまなくっちゃ。夕方が一日で一番いい時間なんだ。足を伸ばして、
のんびりするのさ。夕方がいちばんいい。わしはそう思う。みんなにも尋ねて
ごらんよ。夕方が一日で一番いい時間だって言うよ。⦆

 そこで『還暦までの9年間で、30年分を圧縮して生きる』を決心する切っ掛け
になっていた。20年近く経過した現在、この決心のお陰で、充実感と、達成感が
残っている。 それもあって、少しハードな着陸?にも、平然としていられる。
  〜ネット検索から〜
≪ ことしのノーベル文学賞に日系イギリス人で世界的ベストセラー作家の
 カズオ・ イシグロが選ばれた。 1989年に出版された「日の名残り」は、
第2次世界大 戦後のイギリスの田園地帯にある邸宅を舞台にした作品で、
そこで働く執事の回顧録風物語。...日本では翌年7月に翻訳出版された作品。
 【あらすじ】
< 時は1956年、アメリカ人の主人の下で屋敷の運営がうまくいかず悩んで
いる執事スティーヴンズのもとに、かつて女中頭であったミス・ケントン
(現在はミセス・ベンになっているが、スティーヴンズにとってはいつまでも
ミス・ケントンなのである)から手紙が届く。彼は行間にミス・ケントンの
復職の願望を読取り、主人のはからいで彼女の住む南西イングランドのコーン
ウォールへの旅に出発する。
執事としての仕事における成功?と、もはや取り戻しようのないはずの元同僚
への想い。そのふたつのことが再び成就するのだろうかという淡い期待。
伝統的でありながらも徐々に翳りつつある英国と重ね合わせ ながらも、独特
の展開は我々を著者のみが知る世界へと引き込む。 ≫

▼ 20歳で、創業を決意し、プログラムに沿って生きてきたが、
 それに匹敵する生き方の節目の切っ掛けになった著書である。
<隠退してから、楽しくて仕方がない。…人生、楽しまなくっちゃ。
 夕方が一日で一番いい時間なんだ。>
6年前のリタイア後、その感がさらに高まっている。
<どれでも前を向かなきゃいかん> が人生に最も重要なこと。
 読書や、TVで名作映画を見ることも。感動する心を育てることが可能。
感激、感動の心を萎めないこと。そのためには、まず孤独を味わうこと。
死の字は ―の下に、タヒと書く。
 〜で、偶然だが、去年の文章に文脈が続いていく。

・・・・・・
5692,近くに住む従兄の死
2016年10月15日(土)
   * 近くに住む従兄の死
・一昨日の夕刻、近くの父方の従兄が早朝に逝去した知らせがあった。去年の盆
にお参りにきた時に、あまりの激瘠せに驚いたが、『ガンの手術で10数キロ
も瘠せた。その後の抗がん剤治療を拒否、自然死を選ぶことにした。』と言って
いたので、余命一年と、推測していた。今年の盆のお参りには奥さんが来られて
お参りをしていったが、あまり詳細を語らず帰っていった。 
 ところで、亡くなられの朝、玄関前を通り過ぎようとしたときに人の気配が
したので見ると、ガラス戸の横に、白い人影が立っていた。よく見ると、錯覚
だったが、今までなかった経験である。因縁めいたこともなし、忘れていたが、
奇妙な偶然としては出来すぎか。何でわが家に?、いや私のところに?
・この夏にも、母の実家を継いでいた従兄が亡くなった。長岡駅前で、『煮込み
専門店・山小屋』を40年間、経営していた。 生涯独身だったが、店には二才
年上の実姉も手伝っていた。店も終った夜半、後かたずけ直後、その場で脳溢血
で倒れ、こと切れていたのを、翌朝、店にきた姉が発見したという。あっさり、
人生を生きとおし、あっさりと亡くなっていった。
・それと、去年の秋に、私の一番上の姉の連添いが、亡くなった。その二年前に
市内に住む従姉も亡くなった。半回り、一回り、上の世代の順番がまわってきて
いるようだ。これが、70歳代に入った風景。
・同期の年代は、既に3割近く亡くなったが、やはり、元気で長生きが望ましい。
これだけの激変する娑婆を生きる経験は、生きるに充分、値する。
 さて、今日の夕刻、『通夜』。明日の昼には、『葬式』に参列予定。

・・・・・・
5327, 孤立のどこが悪い! 〜グー・チョキ・パー
2015年10月15日(木)
   * 孤独、孤立の暗いイメージ
 人が信念に従って生きていくには、自分を閉めて目標達成のための知識と経験、
そのための挑戦、闘いを続け、基礎になる富と技能を洗練しなければならない。
だからまず自分を閉めて孤立も恐れない信念が必要になる。
そして、そこで熟練した技と、エネルギーを一点に集中して新たな創造を成す。
それも時間とともに陳腐化していまう。そこで、いま一度、自分を閉めて
孤立化する。その繰返しで、人は、ここまできた。それが、常に開くことが、
良いことになっている。いつの間にか、洗脳されたのである。だから欧州では
長期休暇をとって何もしないバカンスを取っていた。
「おひとりさま、生涯未婚、無縁社会とか、村八分、一人ぼっち」。
そういうのは、レッテル張りの言葉。孤立についても、本来、人は孤独な存在。
無理に世間に合わせ、社会とつながろうとするから変になる。絵描とか、庭師とか、
大工職人は、その世界に閉じこもった世界に住んでいる。 接客業と、どちらが
良いかは、一概に言えないが、やはり、長年の歴史のある閉めた世界には、
それなりの重みと深さがある。 
 ふと、このことを考えていた時に「グー・チョキ・パー」が思いついた。
グーは、閉めた孤立の状態。パーで開いて放出したエネルギーが尽きようと
するとき、チョキが、それを切りとり終わりにする役割ということ。
<順境には、枝を張れ、逆境には根を張れ>が、「パーと、グー」に似ている。
 事業整理から4年半になるが、あのままの延長だったら、今頃は、パー。
歳を重ねていくと同時に、すべての人は、孤立化した孤独の老人になる。
「その何が悪い!」という開き直りも必要だが、趣味を持って日々を楽しく
過ごせることが必要である。
・・・・・・
4962,閑話小題 −アベノミクスへの疑問、再び!
2014年10月15日(水)
 去年の同月同日のテーマが「アフォミクス」であった。その数ヶ月前にも、
同じテーマが幾つかあった。その後、東京オリンピック誘致に成功したことも
あり、このところ批判の声が低くなっている。デフレ基調の中でのインフレ
の誘導には、必ず無理が出ることは必定。欧米各国は、先行きが不透明の中で、
オリンピック立候補を避けたが、何を血迷ったのか2020年のオリンピックに
立候補、選出された。 国家予算の半分も収入がないボロボロの借金体質の
国家が、これでは、地獄の蓋をあけて自ら飛び込む行為になる。
それも、この惨状の責任者の元首相が二人が、現在の首相と、副首相という
から、お笑い! 日本は、70年近くの実質アメリカ占領政策で、狂った!と、
言わざるをえない。近い将来の国家の行く末は、惨たんたる状態は必定。 
恐ろしいが、これが現実。それを横目で見ながら、私も地上から消え去る頃。
その前に株式の暴落が起こる、それは前触れもなく、ある日、突然に起こる。 
もう一線から退いたため、その先行きが、より鮮明に見える。
 以前、同調した論説は間違いなく正しい! このバブルに乗って泡踊りを
したら、20年前の私のように、大きな失敗を犯すことになる。 アメリカは、
リーマンショック前の3倍、EUは2倍の通貨量になった。 その結果、
ドル為替が半値、3分の1になって然るべきだが、殆ど下落はしていない。
この矛盾は、遅かれ早かれ、必ず、株価か、国債の暴落につながる。
その時、誰が被害を被るか? 弱者である。この、生暖かい空気に迷わされる
ことなく、以下の内容を、いま一度、読み解くことだ・・
・・・・・・
4595, 閑話小題 ーアフォノミクス
2013年10月15日(火)
  * アフォノミックス ーアフォが、三本の矢のミックスといっても!
 安倍内閣の経済政策に否定的で、先行き悲観論の経済学者・浜規子が、
久々にTVに出演、アベノミクスを批判。こんなバブルは直ぐに崩壊するのは
自明のこと。 アベノミクスに対する街のインタビューで、20、30歳代の
17%に対し、40歳以上の74%がバブルを望んでいる結果であった。
バブル経験者の多くが、その恩恵の味が分かって期待するが、未経験の年代層は
いずれ弾けるバブルに期待していない、と冷け気味。
 浜規子は、「1980年後半のバブルは4年数ヶ月つづいたが、今度は、
そこまで続かない。前のバブルは、中産階級の風船が膨んだが、今回は、
その萎んだ風船に再びガスを入れるのでなく、別の風船を膨らませ、萎んだ風船
に紐を加え、空に上げようという代物。全くの見当違い!」と、一刀両断。
これも、当たり前。元女子アスリートが、「周囲が家を買いたいという人が多い
ので、家を買うか、迷っている」に対し、「周りが浮かれ始めた時に何を馬鹿
なことを! 家は投資の一つ。直ぐに弾けるのが目に見えている。
『周りが買うから自分も』という考えが、バブル犠牲者の発想。止めなさい!」
と、ハギレはよい。安倍内閣が発足、現在の日銀総裁が立候補をした時、
「日銀総裁になりたいポチが尾っぽを振っているだけ」と切って捨てた。 
FRBのバーナンキンが無制限に札を刷って、目先のアメリカ経済の崩壊を
引き延ばしたのと、日本とは違う。彼らは世界の制空権を持ち、海軍力も世界一、
言語も世界共通語の英語。その上、基軸通貨の発行国。ドルを幾らでも刷って、
それを米国債で回収するか、暴落に誘導すれば借金はチャラ。それと、
デフォルトの手がある。その米国を真似れば、待っているのは破滅。 
米国予算が議会で否決、デフォルトをすれば、世界経済は大混乱になる。
『ひょっとすると、隠れた世界戦略』で、やってくる可能性が充分ある。
リーマンショックで、世界の金融機関に隠された不良債権ともども、焼き払う
ために?金融の世界大戦と割切ってくる可能性は充分にある。数年内に火の海?
日本は米国債を4〜500兆円も持っている? ・・ 世界が火の海になろう
という時、東京オリンピック誘致に成功!と、浮かれている。景気浮揚より、
国民の目を逸らすため? 阿部の横で、麻生が「アフォ違うねん、パーなんで」
とフザけているパロディのイメージが、浮かんできた。悲しいかなA・B層の
質の低下、特にB層が国を滅ぼす。
ーーー
2013/06/19
アベノミクスへの疑問
 アベノミクスの危なさは、二年前の事業断念に至るプロセスで直接、
肌で感じ取っていた。再び、とんでもない誤りを犯そうとしている。 
「10年後に一人あたりのGDPを150万増加」など、方向は真逆。
それも以前に放り出した元首相二人が恥ずかしげも無くである。
何人かの経済学者が、アベノミクスに批判をしているが、円安、株高の現象の
前に表立ってない。 先日、図書館で借りてきた文藝春秋4月号に、
 ー神谷秀樹のレポートーアベノミクス「危険な熱狂」ーがあった。 
ネットで調べたところ、これを簡略にまとめたブログの内容があった。
★ 〜ブログにゃんとま〜 ー神谷秀樹『アベノミクス「危険な熱狂」』
                  文藝春秋4月号の一部を抜粋ー
≪◎アベノミクスを冷静に分析し「A=アセット(資産)、B=バブル、
 E=エコノミクス」と揶揄している人々がいるが、彼らのほうが正しい
 ことは、いずれ歴史が証明する。いま喜んでいるのは、バブルに乗り
 一儲けしたい投機家ばかり。「持続可能な経済基盤」を構築するものには、
 人口、中産階級の収益力、イノベーション(技術革新)、エネルギー価格、
 政府の健全な財政等々があるが、中央銀行はここに述べた経済成長の
 大きな要因のうち、何一つコントロールできない。
◎安倍政権は「市場にお金が不足している」と考えているようだ。
 だが、これは完璧に間違った認識、市場には金があり余っている。
 企業はもてあますほど現金を持っており、日銀の当座にも銀行が使い
 切れない「ブタ積」が山ほどある。 
◎株価が上がって投機家は喜んでいるが、何も企業の競争力が回復したわけ
 ではない。企業の持つ外貨資産の評価額が上がっているだけの話だ。(中略) 
 外貨建ての資産が評価益を出すということは、裏返せば円建て資産が、
 国際通貨のバスケットで見れば価値が目減りしていることになる。
◎2000年代初めから民主党に政権を譲るまで、自民党政権時に彼らが
  行なった不況対策は、
 *「円安麻薬」で輸出ドライブをかけること、
 *「契約社員化」で賃金を切り下げ、国際競争力を維持することだった。
 しかし、この政策は完璧に破綻。 
「インフレを起こせば賃金が上がる、雇用が増える」というのは、全くの妄想、
「国際的に価格競争力を失ったのは円高のせいだ」というのもの妄想。 
競争力を失った理由は、同じ質の労働に対する賃金が海外に比べ高い、
製品の質の面でも優位に立っていないことだ。
◎「バブル崩壊の対策は新たなバブルの演出で」が正しい処方箋でないのは
「失われた二十年」で学んだ筈だったが、実際には学んでいなかったようだ。
ABEがバブルを大きく膨らませれば膨らますほど、大きな破綻を日本に
もたらし、その時はもう復活不可能な致命傷となるだろう。≫
▼ グローバル化の中では、日本一国の金融緩和でコントロールが出来よう
 はずがない。アベノミクスは、一部の輸出産業と大手の金融機関が目先の
プラスになるだけ。逆にマイナスのエネルギーは、弱者を直撃する。
二ヶ月前の地元の高校の同級会で、当初からのメンバー12〜3名のうち、
この1〜2年で私を含めて6人が倒産、廃業、経営責任の辞任、自殺に追い
込まれた。過半数近くである。そう遠くないある日、中国かアメリカの
投機筋から、売りを浴びせられ株価が暴落するだろう。 
ーーー
013/04/01  
閑話小題 ー要は、アベノミクスとは?
   * 要は、アベノミクスとは!
 アベノミクスと浮かれているが、少し考えれば、こういうこと。
「小泉の中期政権後、毎年、首相が変わってきた。その二人が偶発的に首相と
副首相になって、似たような失敗の拡大版を始めようとしている。再び失敗した
ところで、政敵に殺されたり、刑務所に入れられたりしない。大盤振る舞いの
付けは国民の負担になるだけ。幾ら金を発行しても、銀行を通して国債を
買わせることで周りまわって戻ってくる。一度、ハイパーインフレにし、銀行
閉鎖するなどの荒治療した方が、デフレスパイラルが続く現状より良策。世界は
通貨安比べ、その中で紙幣の供給を増やし銀行閉鎖も含め、一より出直すべし」
ということ。その中で大部分の国民に物価高という負担が架ってくる。
そして、責任を取って辞任。そのパターンが繰り返される。
ーーー
2013/03/07  
閑話小題 ーアフォノミックスとは
  * アベノミクスは、アフォノミックスか
 アベノミクスを揶揄して、「アフォノミックス」とは、よくいったもの。
経済評論家の浜規子が先日、アベノミクスの内容を問われ、「アフォノミックス
そのもの。死に掛けている病人にホルモン剤を投与するようで気持ちが悪い。
今さら経済成長などおかしい!」と切り捨てていた。
 日銀総裁の黒田氏の国会答弁の内容についてどうですかに対して、
「日銀総裁になりたいポチが尻尾を振っているだけ」と、これまた辛らつだが、
当を得たりと納得をした。この事態を招いた戦犯達の主犯格の安部と麻生が、
首相、副首相とは漫画の世界。殆ど、それを知っているから恐ろしい。
7月末の参院選までのミニバブルか、あと二年が限界か。しかし見渡す限り阿部
しかいないのが現実。一度チャラにになるなら、早めに息の根を止めるのも手か。
この付けは、5年、10年後に覆いかぶさってくる。
 ところで韓国経済が特に変のようだ。円安も効いて、あの元気にみえていた
経済も崩壊過程。輸出依存度を見ると、日本14% 、中国26%、アメリカ10%に
対し、韓国は50%。日本は貿易立国と言 われるが、実際には内需大国。
それにしても韓国の輸出比率が異常に高い。欧州危機と中国の経済停滞の影響
を直撃し、急激に悪化。世界的動乱は、国力がある方が有利。資源があり、
海軍と空軍が断然強いアメリカが当分は世界をリードするしかない。
体力を疲弊をした日本は、当分、アメリカの属国として生きていくしかなく、
TPPの参加は当然のこと。 明治維新も、太平洋戦争敗戦も、今回もアメリカに
屈した更なる開国。アメリカにとって、どれも世界戦略の一つでしかない。
韓国、台湾、日本が、アメリカの軍事、経済の中国に対する前線基地。
中国も北朝鮮を庭先の番犬で飼っている。ここにロシアが絡んでくると、
1930年代から太平洋戦争の様相に酷似してくる。そうすると、保守本流の安部と
麻生の出番というのも分からないこともない。「天気晴朗なれど、波高し」。


6058,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −3

2017年10月14日(土)

            ―「不平等社会日本」佐藤俊樹著―
   * 金持ちサラリーマンと、貧乏サラリーマン
・あるサラリーマンの知人の数人から、次のような話を聞いて驚いたことがある。
『サラリーマン社会には役職以外にも格差がある。長男で持ち家などの資産と、
学歴の優劣と、連れあいの優劣と相性。共働きか否か。 これが長年かかって
甚大の格差を作り上げていく。学歴も両親の学力などの資質が大きく左右する。
代々の上司は、これらが揃っていた。情けないが、これは遺憾ともしがたい!>。
 知人に、長男で、土地持ちで、連れあいも正社員で、定年まで共働きで無事に
リタイアをして年金暮らしの人がいる。親会社の役員の何割かよりも収入も預金
が遥かに多い。人生、それだけではないとしても、愚痴の一つも言いたくなる
のも理解できる。 更に家系からくる文化度合も人生を大きく左右している。
・数年前になるが、中学の同期の男と卒業以来、初めて同席をした時、「エッ」
と、思ってしまう話を聞いた。 要約すると… 
『家に余裕がなく、中卒後、地元の大手メーカーに「金の卵」として集団就職。
その殆どの同期が夜間高校に通い、卒業と同時に公務員試験を受けるのが慣わし。
人気の一つが手当が多い消防士。何とか無事勤め上げ年金暮らし。火事場とか、
救急搬送が主なる仕事で、様ざまな家庭の人生模様を多く垣間見ることが出来た。
本当に恵まれていた!』と。「成るほど!」と地に足のついた人生に感じ入った。
  〜Amazonの読者レビューより〜
《…1955年から定期的に行われてきたSSM調査(社会階層と社会移動全国調査)を
 主な資料として本書が明かすのは、「実力でのし上がってきたが故に実力主義
社会を理想としているエリート層こそ、実は親から受け継いだ目には見えない
「財産」によって、しごく当たり前の階層に落ち着いていた」という悲喜劇だ。
そして、高度経済成長期に努力してのし上がっていたと思われがちな団塊世代の
時点において、すでに階層を決定する選抜システムは飽和し、閉鎖性が高まり
だしたと論じている。こうした階層化と階層の閉鎖性を是正させるために著者が
必要性を説くのが、選抜機会の多元化(学歴以外の選抜方法を増やす)と、世代
間での不平等感の緩和である。その例として「カリスマ美容師」を使って著者が
説明している箇所は、今となっては少し時代遅れだがユニークな発想で、詳しく
は本書を手に取ってみてもらいたい。
 そんな中、著者が論ずるのは「機会の平等」をいかに創出するかである。
しかし、議論していくうちに著者は「機会の平等」が、構造的に「後から」に
なってからしかわからない、という事実に気づく。 なぜなら、原因となる
「今の階層分布」と、結果として生まれる「未来の階層分布」の比較衡量が必要
なわけで、哲学的な命題のようだが、今は永遠に「未来」にはならないのだ。
そこで踏みとどまり「わからない」と言い切ったところに、著者の知性を感じる。》

▼ 「三つ子の魂」ではないが、そこで人生のベースが形成されているようだ。
 「この人には適わない人」と何人かクロスしてきたが、当時は何だろうとまで
考えるに至らなかった。「年間数百万かかる慶応幼稚舎からの一貫教育してきた
人と、公立のコースを歩んできた人とは格差が出るのは当然。鼻持ちならないと
しても… ベースの差だけはいかんともし難い現実。 この中で、
《ホワイトカラー上層部分(大企業や官庁の管理職)が団塊世代以降、受験と学歴
を通して閉鎖されるようになった。また「腕に覚えのある」ブルーカラー層の
開業率の低下により学校を経由しない補助的選択ルートが無くなったことも、
大きな変化と指摘している。学校選択ルートの」」・成功者たちは、平等という
競争という外観のために、階級意識なしに階級を構成するようになった。しかも、
これらの成功者たちは選択ゲームの敗者の意欲を削がないために偏差値批判や
学歴批判を行って成功について自己否定をして、同時にエリートの責任解除を
自ら行い続けている。… ⦆
 この結果、ぎらつくエリート意識も権力欲もない社会的上層部分がつくられ、
「一億総中流」の終わりと、経済的弾力性が失われることになる。その結果が、
現在の日本経済と失落原因になっている。3人の義兄が、その典型だったが… 
残る兄と、義兄と、私を含めた三人は、時代の変化についていけず、この結果。
 何れの人生も、<恐ろしい身近な現実>の様相を示すが、それも雷光の一瞬!
【上を見ればきりがない、下を見れば底がない、横を見れば情けない】ですか。

・・・・・・
5691,自分のための人生 〜
2016年10月14日(金)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
   * 「幸福は才能なり」
 『幸福』について、この数年来かけて考えてきた。
以前なら、幼稚な話題として避けていた。当然、会話で話題にすること自体が、
憚れた。それが、老い先短くなればこそ興味が湧いてきた。「私の人生、幸せ
だったのか。」と、冷静に人生を振返るテーマになる。 私自身、幸福系と
思いこんでいる。家内は、私より遥かに幸福系である。両親の愛情を一身に
受け育ったことがある。不幸の事態に多々あってもも、何かの力で、一瞬、
助けられてきた。判断と決断にあたって、純粋な視線と、集中力を持ちえた
ためだろう。傍からみれば、「不幸な大変な人」だろうが、そうでもない。
                    〜p/29〜       
≪・学業が優秀な人、ある種の学問分野にひいでた人が「知的」であると
 思われているが、しかし精神病院には優秀な成績証明書を持っている人も、
持っていない人と同じようにあふれるほどいる。 ・・・(中略)
いわゆる知能を測定するためのよりいっそう確かなバロメーターは、一日一日
を、更に一日のうちの一瞬一瞬を、効果的に幸せに送っているかということ。
その瞬間を費やす価値のあることのため一瞬一瞬を生きているなら、そういう
人こそ知的だといえる。たとえある特殊な問題を解決する能力はなくとも、
幸福な生き方を「選ぶ」ことはできる。最低限、不幸を選ばないということを
わきまえている人は知的である。 ・・・(中略)
・問題を解決する能力によって知能を測定するのではなく、むしろ、問題
そのものは解決しようがしまいが、自分自身は幸せで価値ある人間で要られる
才能を持っているこかどうかで、知能は測定できる。 ・・・(中略)
・金銭、老齢化、病気、死、天災、事故などはすべて、どんな人間にとっても
問題になる事柄であるが、そのようなことが起こったとき、うまく切り抜け失意
や不幸にとらわれない人もいれば、衰弱し、不活発になり、神経衰弱に陥って
しまう人もいる。人間である以上、問題の一つや二つあって当たり前と受け止め、
問題の有無を幸福の基準としない人こそ、我々が知る限り最も知的な人々である。
そしてまた、最もまれな人々でもある。
・「NHK 白熱教室 /考福学(ディーナー博士)」によると、
「幸せは、人を介したネットワークによって伝播していく」
「人とのつながりが、生涯の幸福度を決める」とのこと。幸福な人のもとには、
 幸福な人が集まり、さらに伝播していく性質を持っている。≫
▼「幸福は才能なり」とは、いいえて妙。幸福の人には、不幸の人を近寄せ
ないバリアがある。才能とは、持って生まれた性分と、長年かけてつくられた
能力がある。幸福論によると、<幸せの状況は、マイナス1に対し、プラス
3〜6以上割合で、それらの要素を身につけているかにある>という。
仏教系は、苦を滅することを教え、西欧系は、楽しみを増やすことを勧める。
楽しみは、求めれば幾らでも得ることが出来る。その為には才能が必要になる。
 どちらを選ぶかは、その人の特性で選べばよい。どっちつかずが一番悪い。
5年前の節目時に、少しキツメな一日、一週間の日程を自分に課した。そうでも
しないと、自滅する危険があった。その日程で、充実した日々を過ごしている。

・・・・・・
5326,「ウェブ2・0」はどこへ消えた? ー
2015年10月14日(水)
        ーウェブ2・0」はどこへ消えた?ー古市憲寿
                 『新潮45』〜悪夢の21世紀 より
   * 自撮り写真とブログ
 ブログを自撮り写真と同定するところが面白いが、少し無理がある。
その時どきのベストの媒体のメディアと、当人のエネルギーとが相俟った
能力が時代を動かしていく。それが身近な大学ノートや、手帳だったり、
デジカメやビデオ、今ではパソコンやスマートフォン、ブログやチャット
だったり変化していく。個々の受発信のベースになるブログやチャットは、
写真や録画が大きな位置を占める。それを自録りを可能にするセルカ棒が、
アジア中心に流行しているという。自撮り発信文化が、世界を変えようと
している。ただし、決して明るい未来が待ってはいないと・・
≪ 民主主義社会とは、「みんなの声を尊重する社会である。
 欧州で貴族が政治を支配していた頃、普通選挙を入する際には、
「豚のような民衆に参政権を与えて良いのか」といった批判がき起こった。
その後、日本を含めた近代国家は普通選挙を導入し、誰もが国のトップをも
目指せる民主主義社会が実現された。しかしココでも衆愚問題は消えていない。
事実、自分の想定とは違う選挙結果になった時、インテリたちは「ポピュリズム」
という言葉を使って大衆を馬鹿にする。梅田の言葉を使えぱ、「残念」なのは
ネット空間ではなくて、この社会そのものなのである。確かにそれを技術の力
で変えられるような未来が来るのかも知れない。だがそれはネット空間をどう
こうするという話ではなく、社会を変えるという遠大な作業に他ならない。
新しい技術が社会を変えたと言われることがある。しかし、多くの場合、
それは論者にとって都合の良い出来事が起こった時に、その説明材料として
新メディアが持ち出されただけ、という場合が多い。記憶に新しいところだと、
ツイッターなどソーシャルメディアの力で、アラブの春など民主主義革命が
起こったということになっている。確かに新しい技術が、社会変革に一定の
役割を果たしたことは事実だろう。 しかしそれが「ツイッター」である必然性
はない。たとえば1989年に起こった東欧革命の時は、衛星放送が大きな役割を
果たしたという分析がされた。国境を越えて伝えられる映像の力で民衆による
革命が起こったというのだ。要は、悪政や民衆の不満など様々な革命が起こる
条件が重なった時に、たまたま存在した新技術が「ツイッター」だったという
だけである。また、アラブの春においてより重要な影響力を持ったのは
アルジャジーラだったという分析も多い。 
 佐藤俊樹が『社会は情報化の夢を見る』で述べるように、技術の中身に
関わりなく、新奇なメディアはコミュニケーションを活発にする。しかし、
利用者が増加し、そのメディアの新奇性が消えていけば、人はまた新しい
メディアを探す。その繰り返しである。
 セルカ棒が社会を変えると言っても誰も信じないだろう。しかし、
「インターネット」や「ソーシャルメディア」が社会を変えると言うと、
人は信じてしまうそれは「インターネット」や「ソーシャルメディア」の
ほうが、より未知で、より新しいものに見えるからだろう。だが、それは
人々が実は「インターネット」の内実を何も理解していないことと同義。
「未知」で「新しい」ものに期待できるのは、それをよく「知らない」から。
 本当は、セルカ棒にだって人々のコミュニケーションスタイルを大きく変える
可能性はある。自撮り文化が世界中に浸透、日本人のシャイな性格も変わるかも
知れない。人々は差恥心を捨て、とにかく自分たちの世界を写真に残そうとする。
セルカ棒は、僕たちの性格をも変えてしまう魔法の棒なのだ。
 馬鹿げた妄想だろうか。しかしそれを言うなら、「インターネット」が新しい
社会を作るという楽観論も同じくらい馬鹿げているのである。一番に残念なのは、
「セルカ棒」でも「インターネット」でもなく、新しい技術にただ夢を託して、
のんきな未来語りに一喜一憂してしまう「みんな」自身である。≫
▼ 情報機器が、さほど、世の中を変えないというが、どうだろう。
 私は、そののんきな「みんな」自身の一人で、やはり、技術は、人類の
未来に明るい光を与えると信じている。知りたい情報が、直ぐに、手っ取り
早く入手できる幸せを、一般人が可能になるのは、やはり良いことである。
一言でいえば、「情報のファーストフード化の何が悪い?」ということ。
食事でもフランス料理、中華料理と、それぞれの使い分けをすればよい。
・・・・・・
4961,閑話小題 ー齢は68になって
2014年10月14日(火)
   * 齢は68になって
 何度も何度も書いているが、ふと気づくと、あと三ヶ月で古希である。
まさか自分がである。周りを見渡すと、誰も彼もが年下に見えてくる。
4人に3人以上が年下なら、こんなものだろう。中、高、大学の男たちの
4人に1人の割りで亡くなっている。私も父が亡くなった歳まで、あと二年。
私が20代半ばで、父親が老衰していくのが悲しかったことを憶えている。
あと、せいぜい7〜8年だろうが、やはり身体の衰えは隠せない反面、
世界への関心は、ますます強くなっている。 このところ歩いていて、
20分もすると、腰が痛くて据わりたくなる始末。 何事も面倒になるし、
頭の切替えが以前ほどきかない。人生の多くを、し尽した感があるので、
さほど、老いに対してマイナスの気持ちは少ない。その時々に、やるべき
ことをしてきた実感があるからだ。人生のトータルとして、面白かったし、
楽しかった。嫌のこと一つに、良いこと三つの割合である。そう割り切ると、
老いもまた乗り越えていける。まあ、何事にも興味を持って、感動と感激と
感謝の出来る心の新鮮さを失わないように
したいもの。
   * インコのピーコ
 我家のペットは、30数年来、インコである。私はペット好きだが、
家内が生きものが大嫌い。そこで、何とか小型の小桜インコに妥協し
飼ってきた。 大体が2〜3年で亡くなったり死んだりした6代目の後、
5年前に中型のコガネ・メキシコインコに切替たが、風邪と下痢で一年
余りで死んでしまった。これが、鳥というより犬に近い感覚で、人に懐いて、
その利口さに驚かされた。小桜インコとは格段上に、人の気持ちを読み取り、
言葉を理解でき、クシャミや、鼻水を出し、頭を撫ぜてもらうのが大好き。
しかし、熱暑の最中に、下痢をおこし衰弱をして亡くなってしまった。
そして、現在の、オオム科最小の大きさの「マメ・ルリハインコ」。
コガネインコに比べ、反応は低いが人恋しいため、ベランダのサッシ越しに
常に呼びかけてくる。席を立とうとすると、鳴いて振り返させ、枝を回転
して、「行くな」と自己表現をする。多いときは、50数回も回転する。
必死の呼びかけの「美味しそうな?鳴き声」に、近くのカラスや、スズメ、
渡り鳥などの野鳥が反応し、庭や、ベランダに集まって来ている。
夕暮れ頃に、野鳥が一匹、挨拶に来ているが、そろそろ渡りの時期である。

・・・・・・
4594, そして、人生はつづく ー5
2013年10月14日(月)
 * 生き直すために ー2        
         ー朝日新聞の「耕論」『生き直すために』小田嶋隆
  ー 前回の『生き直すために』の続きから        
《・・生き直すといっても「やめる」こと以外に何もしていない。
 サッカー観戦、自転車、イグアナも、時間を潰すため。酒をやめることで
仕事は上手くいくようになったが、それは結果であって、目標ではない。 
AAで、最初に「私は、自分では何もできない人間であることを認めます」
と言わされる。これは一理あった。自分で人生を立て直せる」と思い込んで
いると、依存症から逃れられない。
 ・・「自分で自分を律する」というのは大きな勘違いで、その意識がある
限り、人生のやり直しはできない。就職のやり直しにしても、結局は運です。
「夢に向かって努力する」では、こだわりでがんじがらめになるだけ。
自分がどの仕事に向いているかは、実際にやってみないと分からない。
人生を途中からやり直そうとするなら、何かを捨てること。捨てた結果、
その空白に強制的に何かが入ってくる。その何かが良いか悪いかは別ですが。
会社を辞めたことも、酒と一緒にそれまでの生活を捨てたことで多くを失い
ましたが、その代わりに膨大な時間を手に入れたものも明らかにある。
あそこでやめてなかったら、今のような人生を歩んでなかった。
どちらが良い人生かわかりませんが。 30歳を過ぎた人間が、自己を改革
するなんて不可能。ただ、何かをやめることはできる。人生をやり直すには、
何かを「目指す」のではなく、「やめる」ことからです。》
▼ 私が嵌ってしまった異境・秘境のツアー参加者に、多く見かけられるのが、
ガンなどで余命が見えて、その克服や人生を改めて見つめ直すために来ている
人が多い。晩年になれば、今さら生き直すことは出来ないが、考えるために、
極限の秘境ツアーは悪くない。被災地視察という名の「ダークツアー」に
似ている。「やめ時」を悟ったら、あとは「前向きに目をつぶって倒れこむ」
しかない。そうすれば、自動的に現象は生き直しになってしまう。
これも一期一会。捨て身でやれば「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあり」になる。
といって、覚悟が必要で、そのための周到な準備が必要。
最期は、「そして、人生は終わり」!「プツン!」。


6057,閑話小題 〜歯科医院、眼科医院の経営事情は…

2017年10月13日(金)

   * 限りなく市内に歯科医院の開業がつづく…
 この数年来、歯医者に2〜3ヶ月に1度の割だったが、半年前からは月に
一度は歯垢とりに通っている。奥歯がはれ、医師に「これ完治はないので、
仲良く付き合っていくしかないですね」と言われ、丹念な歯磨きと、医院での
歯垢取りをしていることもあってか、腫れと痛みがとれている。その効果を
話すと、「丹念に歯垢をとっているため。」という。御隠居の身分で、時間が
あるため毎月通えるが、時間に余裕がなければ遠のくのが人の常。
 市内を車で運転をしていると、新規の歯医者と眼医者が目立つ。歯医者は
景気に大きく左右されるようだ、私の通っている医院も最近、患者数が極端に
減っているようだ。知人の話では、眼医者も次々と開業しているため、患者が
激減したため、看護婦の愛想が良くなったという。 
―― 
   * ふと気づけば、近隣が様変わり
 大よそ20反はあった近隣の農地が、この10年で全て住宅地に変ってしまった。
27万都市の駅から7〜8分の20反の田畑は、開発業者からみれば、最後の狙い目。
駅裏から東バイパスまでの道路拡張工事の進行に合わせて、宅地開発も同時
進行をしていた。住むには好立地の新規開発で、私を含めた古い住人の比率が
少なくなってきたことがベストの好条件。 道路拡張工事、引越してきて50年
にわたる大工事。二つのSCと、車と駅ターミナルに囲まれた上に、バイパス
まで数分の位置すれば、売りだせば即売も肯ける。

・・・・・・
5690,自分のための人生 〜
2016年10月13日(木)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  ★ 自分を愛せない「不幸」  〜2章より
 何処の世界にもいるのが、「不平家」。不平家は、不平家ゆえに不幸に
なっている事実に気づかない。それが、自分に向いているうちは、まだ害が
ないが、周囲の人たちに向くと‘うわさ、陰口になる。曽野綾子のいう、
「泥棒並みの犯罪」を犯していることに気づかない。この内容も、その類の
人種に対する悪口になるから、同類でしかないか。まず、自分を愛せない。
その元を辿ると、両親の不和がある。それが、子供の心を閉ざしてしまう。
 逆にシャワーのように両親から愛された子供は、生涯にわたり幸福である。
自分を愛するには、夢・志を持って、温めること。そして、内語をプラスの
言葉を習慣として持つこと。不平の一つに愚痴がある。これは、自ら注意を
払ってないと、内語で繰返すことになる。 〜その辺りから〜
≪ まず“幸福を得たいと思うのなら自分を愛することを学ばなければならない”
 自分を愛すること、つまり「自己愛」とは、自分を価値ある人間として受け
入れること。 受け入れるということは、不満がないということです。
 “不平は自分に自信のない人の慰め。自分で自分の嫌いな部分について他人に
話したところで、聞かされたほうにしてみれば、たいていはお手上げだ。
せいぜい「そんなことはないでしょう」と否定してあげるのが関の山。
ところが否定してもらってもこちらは信用しない。それで不満な状態が
ずっと続くことになる。このように、他人にグチを言っても何にもならない。
それと同様に、グチを言いに来る人にグチを言わせておいても仕方がない。
 一つ単純な質問をしてやると、たいがい、この無益で不愉快な態度は消える。
「なぜ私にそんな話をするのですか」とか、
「何か、私でお役に立てるようなことがありますか」と尋ねるのだ。
 同じ質問を自分自身に対してしてみると、不平を言うのは最低の愚行だと
いうことがわかってくる。それは時間のムダ遣いである。そんな暇があるならば、
心の中で自分をほめてやるとか、誰かに手を貸して人の役に立つとかするほうが、
よほど自分を大切にすることになる。
「疲れた」「気分がすぐれない」 ―この二つは不平の中ででも最低である。
疲れているなら、それに応じた対処がいくつかあるはずなのに、気の毒にも
グチを聞かされている相手に対して、ひどく失礼なもの言いである。
そうやってグチをこぼしてみたところで疲れが軽くなるわけではない。
「気分がすぐれない」場合でも同じだ。 自分の気持ちを伝えれば、相手に
少しでも力になってもらえそうな場合についてはそうすればよい。今、問題と
しているのは、グチられたところで、ただがまんして聞く以外は何もできない
相手に向かって不平を言うことである。
さらに言えば、本当に自分を愛する気持ちに立ったうえで何らかの苦痛や
不快を感じているなら、誰かに寄りかかって自分の重荷をともに担ってもらう
のではなく、むしろ自分の力で何とかしたいと思うはずである。
自分自身のことで不平を言うのは無益な行為であり、そのおかげで効果的な
生き方ができなくなってしまう。 自分を憐れむだけで、気持ちが凝り固まり、
愛を与えたり受け入れたりする努力ができなくなる。愛情で結ばれたよりよい
関係が生まれる機会も、人間関係が広がる機会も減ってしまう。
不平を言えば人の注意を引くことができるかもしれないが、そうやって
注がれた人の視線という光は、自分自身の幸福の上にくっきりと黒い影を
落とすものなのである。≫
———
▼ 不快な不平家は、10人に1人は存在する。歳を重ねるにつれ、それが
 内幕情報屋に変形し、自らの不平を他者に投影するようになる。その毒で、
お互いを縛ばり、ヘドロ化したのが、ゾンビのような「世間人」という。
自分を愛するには、自分の趣味を持ち、その世界を持続すること。
 で、これも文脈として偶然だが、以下につづく。

・・・・・・
5325,野良猫と、飼い猫、どちらが幸せ?
2015年10月13日(火)
 飼い猫と野良猫、どちらが幸せだろうかを考えるとき、野生ライオンと、
動物園のライオンの、どちらが幸せかを考えれば直ぐ答えが出るだろう。
初めてケニアのサファリ・ツアーで、野生ライオンを見たときの驚きを今でも
鮮明に憶えている。動物園のライオンと全く違ったサバンナの野生ライオンは、
全身張詰めた緊張でオーラが漂ったような空気を張巡らせていた。
動物園のそれは、緊張感のない、虚脱した飼犬のような動物。猫は数千年かけ
野生の猫を、飼い猫に人工的につくられた。そのため、飼い猫と野良猫を比べ、
飼い猫の方が遥かに、長生きするし、適応しやすい。飼い放しの外猫と、
卓上の猫と、どちらが「猫らしい」のか考えると、難しい問題になる。
このことは犬にも言えるが、話が長くなるから止めておく。
 で、人間の生き方を、飼い猫か、野良猫の生き方から考えると面白い。
人間が人間たらしめているのが、「言葉」という情報手段の獲得である。
そして、それを記録する「文字」の発明。これで間接情報を子孫代々に
書き送ることが可能になった。そして、今ではネット時代である。
それが、プラス面だけでなく、マイナス面でも働くため、問題は大きい。
人間は元々野生猿が進化した生き物。野生猿と、文化的側面を持つ人間の
両側面を持つ存在である。結果として、文明・文化を身に付け、本性は野生味
を持って人生を全うする生き方が人間らしい生き方になる。 人+間で人間。
人の間で生きていくしかない。 野良猫の世界では、猫間の自然ルールがある。
飼い猫のように御主人様の顔色を窺がっていればよい世界とは違う。まずは餌!
 新たに会社を立ち上げる創業は、一見、面白そうだが、実は野良猫的要素が
絶対必要条件になる。新規事業や、独立の相談を何度か受けたことがある。
サラリーマン人生の人なら、大方、「飼い犬が野良犬になる覚悟があるかどうか
を何度も自分に問いかけて、その覚悟がありなら、24時間、寝ても覚めても、
目標に邁進すればよいですよ」と進言する。大部分が、野良猫、野良犬の言葉で、
心中、怒ったり、迷いが出る。覚悟がない限り、創業など、大小にかかわらず、
するべきでない。他人の失敗のあげ足取りをしていた方が飼い猫的で無難。
 ある某フラのOB会らしき飲み会の隣席で、その話題の質の低さに、唖然とし
聞いた。 何もしない、できなかった老壮年達の傷の舐めあいも、飼殺しされた
?系の恨み節となると、哀愁を超えた煉獄の地響きそのものになる。
・・・・・・
閑話小題 ー「なんでも鑑定団」の面白さ −4
2014年10月13日(月)
   * 国宝指定は、不利!
 家宝などが国宝に指定されると殆どが不利という。寺などは客寄せになるが、
売買は規制されるし、大した保管料でもないのに盗難や火災などから厳重に保管
しなくてはならない。そのため、よいものほど指定前に深くもぐってしまい
表には出てこない。 相続税も、税務署に把握されているので節税しにくい。
もし美術館が買いにくれば、予算が少ないため大きく買い叩かれる。 
 高校の頃、柏崎の旧家の「蔵出し」に父に連れられていった記憶がある。
蔵出しとは、旧家が金繰りのため蔵の骨董品を放出すること。
10人位の骨董商が、蔵の中で、その家の代々続いた骨董品をセリで落とす。
父も何点か買求めたが、シリアスな空気に驚かされた。骨董品の立場からすれば、
蔵から蔵への住処の移動。それが、部屋に飾られ日の目を見ることは少ない。
美術館で展示されることが、美術品にとって、作者にとっても良いことになる。
保有欲、購買欲は人間の性が分かるが、そのエネルギーを美術館まわりに
向ければ良いと思うのだが・・
 ところで、別番組に、骨董品の競売そのものを、面白おかしくショー化した
番組が、出来てよいのでは? あくまで、バラエティーの範疇だが、やはり
企画が難しい? それぞれの価値観があるのだろう。
 先日も、世界のお宝を見てきたが、その素晴らしさは当然のこと。
ところで、「秘境ツアー」は、「世界の大自然観光お宝鑑定団」の一時参加
ツアーということになる。 その付録の各国を代表する美術館の国宝クラスの
お宝が、どれもこれも感動もの。特に、ロンドン、パリ、マドリッドの美術館は、
往年、世界各国から奪略してきたお宝の宝庫である。最近、見たのがパリの、
ルーブル、オルセイ、オランジュリーなどの美術館。
 これらを決して、欲しいとは思わない。そこに見れば充分である。
所有さえ放棄してしまえば、素晴らしいことに、その数十倍、数百倍、
多くの満足を得ることができる。
・・・・・・
4593, そして、人生はつづく ー4
2013年10月13日(日)
   * 生き直すために!
朝日新聞のオピニオン「耕論」『生き直すために』小田嶋隆ーのコラムが面白い! 
先回の「そして、人生はつづく」は、「生き直し」でもある。この年齢になると、
一年ごとが生き直しの日々。筆者は、生き直しは、「やめる」ことから始まる
という。 やめることは捨てること。最近、断捨離という言葉を聞くが、
その捨てることが難しい。 捨てて捨てて捨て去ることは悲しく辛い。
が、それを前向きにすることで、辛さを軽減出来る。
  ーまず内容の前半の要約をすると・・
《 「人生やり直し」を二度経験している。1980年に大学を卒業して、
 新卒で入った会社を8ヶ月で辞めた。何をするわけでなく、ただ不愉快な
ことがあったから逃げただけ。当時、上場企業の正社員というコースから
一度外れると再チャレンジが難しく、3〜4年アルバイトをしていたが、
バンド仲間の知人からパソコン入門ライターを勧められ、パソコンバブルも
あって、それが当たった。しかし30歳前後から、アル中になり、酒浸り。
酒が切れるとウツ状態になる。自殺をしないためにも酒を飲み続けた。
 それもあり、仕事が減った39歳時に断酒をしたが、5日間、断酒をしたら、
眠れず、幻聴まで出てきた。そこで、心療内科に行くとアルコール依存症と
診断され、「このままだと、40代で酒乱、50代で人格崩壊、60代でアルコール
性痴呆。もう一生飲まないしかない」と宣言された。それまで人と会うのも、
音楽を聴くのも、野球を見るのも、酒を飲みながら。医者に「酒をやめると
いうことは、酒のない人生を新たにつくることだよ」と言われ、慣れ親しんで
いたことを次々やめた。断酒自助グループのアルコホーリクス・アノニマス
で、「棚卸し」というが、いわば人生のリセットをする。酒をやめてみると
膨大の時間が余る。何をしていいのか分からない。サッカー観戦だったり、
自転車を乗り回したり、イグアナを飼ったりして時間を潰した。・・》ーつづく  
▼ 何かを捨てるということは、「空即是色」の現象面の一つ。
「空にしてこそ新たな色が現れてくる」。筆者は、上場企業を8ヶ月で辞め、
犬に例えると宅上犬から野良犬になった。そこで、彷徨い歩いているうち
アル中になり、39歳で断酒。そこで得たのは膨大の時間。自分の能力、弱さを
認めることから出発しないと、アル中から脱出できない。物書きと、創業を
目指した私とは大きな違いがある。目標がハッキリすれば、選択することが
見えて、自然と、「やめる」ことが見えてくる。20歳の頃、創業を決心した
時から、私が捨てたのは「世間体」と世間の常識。そうとはいえ、本当に
捨ててきたかというと、捨てきれる訳がない。決断、決心をする時にまず意識
してきた。これを捨てるには、まず全てを根こそぎ疑うこと。ここでは
「やめる」と言っているが、まず自分の常識を破壊する。人生にやり直しなど
出来ようがない。天を信じて捨るべき時に、捨るべきことを、捨ないと・・ 
捨てることを決断することで、自ずと節目が出来る。
「脱皮できない蛇は死ぬ」 脱皮出来ないゾンビが街を徘徊している。
・・・・・・
4218, 神は妄想である ー1
2012年10月13日(土)
         ー「神は妄想である」 リチャード・ドーキンズ著
 面白い本を図書館で見つけた。無神論の立場を知ることもあるが、
「逆照射で宗教とは、神とは何か?」を知るに最適である。欧米のように、
生まれた時から一神教に染められ、神を信じない人間を否定する環境の中で
育ってない日本人は、神様目線が殆どない。殆んどは「神は妄想」と思って
いるし、神の話など家庭内では皆無。しかし欧米では無神論者は同性愛と
同様か変人扱いにされる。とはいえ、この情報化の中で、原理主義者など
の狂信者を知るにつけ、無神論者が増えてきている。
   まずは、ー背裏表紙の「内容の概要」ーより
≪ なぜ宗教だけが特別扱いをされるのか? 「私は無神論者である」
 と公言することがはばかられる、たとえば現在のアメリカ社会のあり方は、
おかしくはないのか… 『利己的な遺伝子』の著者で、科学啓蒙にも精力的に
携わっている著者は、かねてから宗教への違和感を公言していたが、9・11の
「テロ」の悲劇をきっかけに、このテーマについて1冊の本を書かずにはいられ
なくなった。「もう宗教はいいじゃないか」と。著者は科学者の立場から、
あくまで論理的に考察を重ねながら、神を信仰することについてあらゆる方向
から鋭い批判を加えていく。宗教が社会へ及ぼす実害のあることを訴えるために。 
神の存在という「仮説」を粉砕するために。―古くは創造論者、昨今では
インテリジェント・デザインを自称する、進化論を学校で教えることに
反対する聖書原理主義勢力の伸張など、非合理をよしとする風潮は根強い。
あえて反迷信、反・非合理主義の立場を貫き通す著者の、畳みかけるような
舌鋒が冴える、発売されるや全米ベストセラーとなった超話題作。≫
▼ 無神論は、哲学者などが多く論じているが、『利己的遺伝子』で世界的
 ベストセラーとなったドーキンズだから、なおのこと、注目された内容。 
9・11テロに直面して、書かずにいられなかったという。神は妄想という言葉
に対し、知人から注意があったというが、敢えて、この言葉にしたという。 
欧米社会では無神論を公然と語るのは、変人とみなされる。とはいえ、知識を
持ってしまった人間は、心の奥底で何かすがる絶対的な言葉を欲するもの。
自然以外に、まず、それにアブラハムが気づき、「絶対神」を発明した。
それが数千年を経た現在まで続き、ユダヤ人にはユダヤ教、欧米人には
キリスト教、アラブ人にはイスラム教に分化していった。人種に宗教が複雑
に絡んでいるため、そこに当然、争いが生じるのは至極当然で、その対立は
激しさを増している。 そこで、その神を無神論の立場で妄想と切り捨てる
視点も、よく分かる。「裸の王様」に対し、思い切って誰かが、「王様は裸だ」
と大声でいうことも必要か。どう考えても、人間は、アフリカの猿が進化した
生きもの。動物どうし、猿どうしが、激しい生存競争の中で生き残った人間が、
自然世界の時間をかけた進化などをさせてきた、自然法則を神として
理屈づけたものと、思うのが大方の人。 ーつづく
・・・・・・
3853, シリアスでストイック
2011年10月13日(木)
 最近、目に付くのが「シリアス」と「ストイック」という言葉。
シリアスはコミックなどで度々、目にする。「リアルに近い意味」と
捉えていたが、「本格的なさま、極めて深刻」と辞書にある。コミックでは、
「急に真面目になる」という意味。「真剣になる」というのが一般的である。
ストイックは、「禁欲的な」という意味で、「あの人はストイックだ」という
場合は自分に厳しい人という意味。「今回のヒロインはシリアスでストイック
なキャラなので、アクションも静かな怒りを感じる」というと、
「ヒロインは極めて真剣で、原稿などの締め切りに追われている作家などは、
シリアスで、ストイックの日々を過ごしている事になる。漫画でいえば、
「ゴルゴ13」の主人公が、シリアスでストイックなキャラになる。
そうすると現在の私は、「この変わり目の時節は、シリアスの日々をストイック
に過ごさなければならない」。まさに毎日の生活習慣は、この言葉どおりである。
いや、「ファニー」の一日かもしれない。その対義語ではないが、正反対の
キャラのニュアンスが、「ファニー」である。「おかしな。奇妙な。一風
変わった。」という意味。お笑いタレント、デブタレントが、これに当たる。
サンマ、タモリなどが、このキャラ。
 その目線で人を見ると、また違って見えてくる。すると、私はシリアスで
ストイックというより、ファニーの日々を過ごしている? 誰もが、少し視線を
変えれば、違って見えて当然だが。人生を振り返ると、この3つが混在している。 
私の場合、「リアル」で、かつ「コミック」も加わる。 まともに生きれば
シリアスで、ストイックで、リアルで、コミックの人生になる? 
問題は品性か? 品性というと、シリアス、ストイックには品性が含まれて
いなくては、とすると?・・ 絶句。 誰かはファニーで、コミックだけ?


6056,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実 −2

2017年10月12日(木)


   * 一億総中流の終わりと言われて暫くたつ
 バブル崩壊から10年程経過した2001年の9・11辺りから総中流時代が終わり、
一強多弱になっていた。その結果、豊かだった中流層が総貧困層になった。
そこでネットで「中流の崩壊」で検索をすると、簡潔な内容があった。
≪ 世界の歴史を見れば、「一部の人間に富が集中する社会の成立」と
「その崩壊」が繰り返されているとわかります。ある社会学者はこのように言う。
「世の中には軍人・政治家・富豪・庶民の4種類がいる。
・軍人が過激な政策で国民から人気を集めると国民は圧政で苦しめられ、それを
 解放するために政治家が革命を起こす。
・政治家が人気を集めると国民は豊かになるが、富豪が現れて政治家と癒着し、
 国民は格差で苦しめられる。
・すると富豪を排除するために軍人が過激な政策を言い始めて人気を集め、
 革命が起こる。」この繰り返しだと。

近年で見ると、「金融ユダヤ」として一部の庶民から嫌われたユダヤ人は、
ナチスの過激な政策で虐殺されました。それを反省した西側諸国は、戦後に
「庶民を豊かにする政策」を政治家が行い続け、「共産党が富を独占する国家」
を打ち破ります。
実際にアメリカの所得格差(ジニ係数)は、アメリカが統計を開始した1947年から
1968年まで減少、1970年代も横ばいで推移しましたが、1980年代から格差拡大が
続くようになりました。「日本が一億総中流を目指せたのは、戦後復興のおかげ」
ではなく、「第2次世界大戦(ユダヤ虐殺)という強烈なインパクトが、先進国に
おける格差是正をもたらしたから」です。

繰り返しますが、このような「富の独占と崩壊」は何度も起こっていて、
恐らく今の「富豪の時代」が続けば、また何らかの社会的混乱が起こるでしょう。
実際に欧州では極右政党が出てきていて、移民に対する過激な批判を行って
いますし、日本では中韓に対するヘイトスピーチ問題が見られます。 庶民生活
が困窮していくと、このような誰かを攻撃する過激な政策が人気を集めます。
誰かのせいにしないと自分達の苦しみが緩和されないからです。 現実を見れば
みるほど「なるべく平和的に格差を是正しなければならない」と思います。≫

▼ 自由を重んじた公平を良しとする資本主義社会より、平等を重んじる社会
 主義圏が存在していたため、日本は総平等社会を一時的としても実現する
ことが出来た。それもバブル崩壊で、消滅しつつある。今では情報化社会。
格差の矛盾を大多数の貧者に、その実態を露呈してみせる。アメリカと、北朝鮮
の摩擦も、国家間格差の問題。貧困の最たる軍事独裁国家と、金融ユダヤ国家の
欧米国家の摩擦である。北朝鮮の背後には、イラク、イラン、シリアなど、貧困
に苦しむ国家が存在している。日本も、アメリカの実質は非占領国家でしかない。
そのアメリカもピークを過ぎた焦りで、ロシアのプーチンの謀略もあって、得体
のしれない泡沫候補を大統領に選んでしまった。その結果、第二次朝鮮戦争とも
なれば、国家としての力が落ち、中国、ロシアに重点移動が早まることになる。
とすると、この戦争危機は、差し迫った憂いの強い事態とみるのが妥当。
色いろあった結果、アメリカの前線が韓国だけでなく、日本も… 有り得ること。
「さて、第二次朝鮮戦争の始まり!」と、ならなければいいが。可能性が高いから
始末が悪い。私がプーチンなら、北を装った偽装攻撃をすることに… そこまで
しなくとも、あの二人のオツムを見越し自然発火を待つ。…本当のところ危ない!
総貧困の時代も、国内基準でなく、世界レベルの貧困国家に陥る可能性もある。

・・・・・・
5689,自分のための人生 〜
2016年10月12日(水)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  両親の人生訓を要約すると、
『人生を、仕事を、道として楽しみなさい。仕事を楽しんだカスが、資産と余裕。
取組んだ何ごとも、楽しみになるまで追求する』になる。 人生の王道といえば、
「よく学び、よく働き、よく遊べ」がある。他に加えるなら、「よく楽しめ」
を加えたいが、「よく」の中に、楽しみが入っている? とすると、
「よく休め」が考えられるが。 
   ★ 自分の人生を存分に楽しめ!  〜p−26より
≪ < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 私たちに、いつも決まってついてきて、影のように離れない“お供”がいる。
 それは「自分自身の死」。“この客人を恐れることも、あるいは 自分の
 利益のために利用することもできる。どちらを選ぶかはあなたしだい”と。
“ 死は永遠であり、生は息つく間もないほど短い。そこで自問してみよう。
・「本当にやりたいと思うことをしないでよいのだろうか」
・「自分の人生を他人の望むとおりに送ってよいものだろうか」
・「ものは貯めるに値するほど大切だろうか」
・「やりたいことを先延ばすのが賢明な生き方といえるのだろうか」
 おそらく、その答えはほんの数語にまとめることができよう。
  < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 自分の死を恐れてもかまわないが、それは無益なことだ。
 一方、死を効果的に生きるための助けとすることもできる。
  ロシアの文豪トルストイによって描かれたイワン・イリイチの言葉
  (『イワン・イリイチの死』)に耳を傾けてみよう。
 彼は、ことごとく他人中心に過ごし、体制に適合するために自分の人生を
 自由に生きることを放棄してきた一生に思いをはせながら、万人を平等に
 する死神を待っている。
【 もし私の一生がすべて誤りだったとしたら・・・・」
 以前には到底考えられなかったことが、つまり人生を過ごすべくして
 過ごしてこなかったということが結局のところ真実なのかもしれないと、
 ふと思った。これまで、ほとんど感じとれない程度の衝動は即座に抑え
 つけてきたが、そういう衝動のほうが本物で、それ以外は偽物だった
 のではないか。職責も、生活や家庭の切り盛りも、社会的あるいは職務上
 の関心も、みんな偽物だったのかもしれない。こういうものを一切合財
 しっかり守ろうとした私は、突然自分が守っているもののもろさを感じた。
 守るべきものなど何もなかったのだ。
 自分の人生に積極的に働きかけるべきか、自分自身で選択すべきか
 などと思案し、考えあぐねたときは、こう自問してみることだ。
 「私はいつまで死んだような人生を送るつもりなのだろうか」】 ≫
――
▼ ハイデッガーが、「世間人」が、あまりに『死』から、目を背けて
 いることを指摘。「死の哲学」を真正面から取り上げた。ガンで死の
恐怖を平気で口に出している男に、「死」について薀蓄の話をすると、
近くの世間人が、いわく有り気に、『暗い!』と宣う。 受けを狙った
のだが、顔色からみて、重症病気もちのようだ。だから、聞く耳持たない、
いや、持ちたくないのである。   
「本当に人生でやりたいことがあったのか?」
「他人の顔色を窺い、その価値観に従った生き方を良しとして」
「ものを貯めることに汲々するのが生きる値すると信じ」
「やりたいことを先延ばしをする」を良しとする生き方だろう、お前さんは! 
舟底に牡蠣の貝殻(常識)を一杯つけて身動きが出来ない人たちの一員。 
誰でもない、私自身ではないか! もっと酷いのは、気付いてない貴方か?

・・・・・・
5324,「ウェブ2・0」はどこへ消えた? ー
2015年10月12日(月)
         ーウェブ2・0」はどこへ消えた?ー古市憲寿
   * 「残念」な日本のネット社会
 ネットが普及し、「ウェブはバカと暇人のもの」になってしまったというが、
アラブの春の民主化が正しかったのか、間違っていたのか? を例にとると
分かりやすい。独裁者は、「バカがウエブで繋がった結果」と見ていたのだろう。 
烏合の衆は、所詮、流砂のように掌から零れ落ちていく。ネットの利点は計り
知れないものがある。当然、その影は付いてくるが、それも一つの社会悪と
割切るしかない。問題は、それに慣れてないこと。 〜その辺りから〜
≪ 結局、何でもほどほどのバランスで食べればいいのだろうが、
 ネット上の意見にはとにかく極端なものが多い。深刻に悩んでいる人が多い
からだろうが、癌や妊娠、出産、子育てに関ずる話題にも、トンデモ知識が
溢れている。知り合いの医師も、ネット上での知識を患者が頑なに信じすぎて
いて、「知恵袋ではこう書いてあります」と言って聞かないと愚痴っていた。
 結局、ウェブ2・0は実現したのだろうか。少なくとも『ウェブ進化論』を
書いた梅田望夫自身は、その夢をあきらめてしまったようだ。
 彼は2008年、自身のプログで水村美苗の『日本語が亡びるとき』を好意的に
紹介したが、それに批判的な意見が殺到した。さらに梅田が役員を務める企業
のサービス「はてなブックマーク」も、彼への批判で溢れた。これに対して
梅田は、「はてぶのコメントには、バカが本当に多すぎる」とツイッターで
発言、大炎上した。さらに2009年にはネットメディアでのインタビューで、
日本語圏のネット空間が「残念」であるとコメント、再び炎上。要は、ネット
で発生してしまう「衆愚」問題に梅田は耐えきれなくなってしまったのだろう。
 中川淳一郎が断じるように、インターネットが普及しすぎた結果、
「ウェブはバカと暇人のもの」になってしまったようだ。確かに中川の論じる
ように、ネット上には読解力がなく、ジョークも通じない、「暇人」が多い
ように思う。このーヶ月で3回くらい炎上した僕も、どうしても中川説に賛同
したくなってしまう。しかし、『ウェブ進化論』ではすでに、衆愚の問題に
ついても論じられていた。たとえネットに溢れる情報が玉石混合でもいい。
それを個入に合わせてカスタマイズしてくれる「自動秩序形成システム」に、
梅田は期待をかけていた。実は同じような議論は最近でも続いている。
要は、技術の力でネット空間がよりよいものになるはずという楽観論である。
現在、ネット空間は、PV数(閲覧数)至上主義。だから、とにかくアクセスを
稼こうと、扇情的な見出しや、誰かを傷つけるようなコンテンツが跋扈して
しまう。しかしそれはネット空間が発展途上だからと楽観論者は言う。
 先日収録した「ニッポンのジレンマ」という番組でも、ウェブメディアで
活躍する論者たちが素敵な未来語りをしていた。そのような未来が本当に
実現されるのかはわからない。だが、少なくとも言えることがある。
そうした「情報技術が明るい未来をもたらす」という議論は昔から繰り
返されてきたということ、そして技術の力では、大して社会が変わって
こなかったという残念な事実である。「ニューメディア」「マルチメディア」
「高度情報化社会」、そして「インターネットと形を変え流行してきた。
しかし、衆愚の問題}にとってもそうで、技術の力で社会の形が大きく変わって
きたようには思えない。少なくともウェブ2・0が宣言されてから10年で、
日本社会は大きく変わってない。ネット空間には「バカと暇入」が増えた
だけのように見える。なぜか。答えは簡単で、衆愚とは何もネット空間
だけの問題でなく、この社会の問題である。
▼ 問題は、衆愚の結合である。これまで衆愚を一神教が、結合してきた。
 問題は、その手段としてウェブが使われるのか、それとも、その虚構を
根こそぎ破壊してしまうのか。何せ、相手は2000〜3000年の歴史がある
絶対神のアッラーである。当分の間は、ネットで衆愚を収めるだろう。
残念なのは、日本の衆愚だけでない、世界の衆愚である。バカは世界の
何処にも存在し、底辺ほど直ぐに繋がり結合する。しかし、優秀な者同士も
繋がり、アップスケールの機会が与えられている。情報環境空間がネットで
地球上に広がったのである。
・・・・・・
閑話小題 ー美人の黄金比
2014年10月12日(日)
   * 美人の黄金比
 誰もがその人を美しいと感じる、“美人の法則”が存在するという。
1:目を中心にして、「頭の頂点まで」の長さと「アゴの先まで」
 の長さが同じであること。
2:「目と目の間」の長さと「鼻の幅」が同じであること。
3:「目と目の間」の長さと「目の幅」が同じであること。
4:「口の幅」が「鼻の幅」の1.5倍であること。
5:「顔の横幅」が「鼻の幅」の4倍であること。
 上記5種類の「顔の黄金比」に対して、誤差が「0」に近ければ近いほど良いと
されています。ちなみに、一般的な人の顔の誤差数値は「1.1」〜「1.3」とか。
どうでもよい話? 要は、傍目でみたバランスが上記だと美人ということ? 
それにしても綺麗で優しく温かみがあり、清潔感がある人が、一般的に美人
というのだろう。それに、教養が、まずベースにあることが前提である。
 美人は、顔と全身のバランスでしかない。そのバランスの均整も一時のもの。
身近で、姉達や、同僚などを見てきて、その時期は、わずか5年間でしかない。
だから、それが良いのである。
・・・・・・
2013年10月12日(土)
4592, そして、人生はつづく ー3
  * 「アバウト・シュミット」の『そして人生はつづく』
 5月の連休明けにシネマでみた「アバウト・シュミット」が、まさに
「そして、人生はつづく」をテーマにしている。
   ーその概略をHPでみるとー
《 仕事一筋の平凡な男が、定年退職を機に第2の人生を歩む姿をユーモアと
 ペーソスを織り交ぜて描くヒューマン・ドラマ。人生の終盤を迎えて大きな
転機に直面し孤独と戸惑いを見せる主人公の悲哀を名優ジャック・ニコルソンが
見事に表現。監督は「ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!」の新鋭
アレクサンダー・ペイン。アメリカ中西部オマハ。この日、勤め先の保険会社で
定年退職の日を迎える66歳のウォーレン・シュミット。彼はこれまで妻ヘレンと
今は離れて暮らす娘ジーニーと共に、平凡だが特に不満のない人生を送ってきた。
そして次の日から新たな人生を歩むことになる。しかし、翌朝目覚めてみると、
シュミットは会社中心の生活リズムが染みついていたせいか手持ち無沙汰になる
日々が続いた。そんなある日、妻ヘレンが急死。そして葬儀の準備に追われる
シュミットのもとへ、愛娘ジーニーが婚約者ランドールを伴い戻ってくる
のだった…。》
▼ 一流保険会社で働き、良き同僚や妻と一人娘に恵まれて、自分でも
 それなりの人生を送っていると思っていたが、定年をむかえた直後、妻が
急死、その葬儀も終えたところで、何をしてよいか分からなくなり、離れて住む
娘を車で訪ねるが、何か来て欲しくない様子。ラテン系娘婿の家族は、これまで
接したことのない世界の人たち。その旅で、これまでと違った様々な経験をする。
それが何か無様で、ホロ寂しい姿で、哀愁が漂う。職場と連れ添いの喪失で、
なす術のない男の悲喜劇が、人生の終末期の有り様を浮き上がらせている。
妻に先立たれた寡夫ほど大変なものはない。5月の連休明けに、この映画を
見たが、会社を整理をして二年。主人公の姿に自分が二重写しの部分がある。
また、「そして、人生はつづく」の著者に似ている部分がある。
 10年近く前の話になるが、幼馴染が倒産と同時に離婚。一人アパートで
自閉症になって半年、お金も尽き、辛うじて知人に拾われ、働き出し、営業
で私のところに訪ねてきた。が、風貌は歯が数本抜け、やせ細り、20歳は
老けていた。数年後、年金生活に入ったが、重症のアル中になって県外の
娘夫婦の住宅近くのアパートへ引越した。現在も「そして、人生は続いている」
のだろう。豊かな老後には、十年以上かけたライフワークがあるかどうか・・
・・・・・・
4217, 開国という強迫観念 ー4
2012年10月12日(金)                      
  * 「開国」とは何だろう     
       ー反・幸福論『開国という強迫』ー 京大教授・佐伯啓思 
 「世界標準」とはアメリカの示したルールであり、常に自国に有利に作り
変えることが可能なアメリカに世界は振り回されてきた。TPP(環太平洋戦略的
経済連携協定)も、有利なのはアメリカ。しかし入らないと、競争力が明らかに
不利になるため、従うしかない。属国から離脱など出来ないように囲い込まれて
しまっているのが日本である。  ーその辺りからー
≪ ・・ところで「開国」とは何でしょう。先ほどから、「開国」とは、
「世界の潮流に乗ること」であり、「世界の普遍性に乗ること」だといって
きました。いや、近代以降、日本ではそう考えられていました。しかし、
本当はそうではないでしょう。世界は実は多様です。「開国」とは異質なものに
出会い、世界は多様であることを知ることなのではないでしょうか。
「開国」とは、何よりまず、異質な文化、社会、宗教などに出会うことです。
そして、己の独自性を改めて知ることなのです。特異性ではありません。
独自性です。自国の、自文化の独自性を認識することなのです。もちろん、他
国もまたそれぞれの独自性を持っています。その世界の多様性に触れることが
「開国」ではないでしょうか。決して「普遍的世界」と「特異な日本」ということ
ではない。世界には、西洋もあれば、中国も、インドもイスラム諸国もあるのです。
しかしわれわれは「普遍的な世界」や「グローバル・スタンダード」といった時に、
決してイスラムやインドやアフリカなどを思い浮かべません。「普遍的」や
「標準的」ということで、常に西洋先進国を思い浮かべるのです。
いやもっと端的にいってしまいましょう。少なくとも戦後、我々が「世界」と
いった時に「何か」というと、実は「アメリカ」なのです。「世界標準」とは
アメリカの示したルールなのです。「普遍的な世界」とはアメリカのことです。
「世界に乗り遅れる」というのは実は「アメリカに見捨てられる」という
ことなのでした。 ≫
▼ 軍事的用途で作られたインターネットをアメリカが公開した。
 そしてネット社会が、それまでの世界に張り巡らされ、現実世界を覆って
しまった。そして、タブレットPCとスマートフォンで、世界隅々の個人が
ポケットに持ち歩けるようになった。それで、個人情報の受発信が気楽に、
しかも安価に可能になった。この流れは世界のグローバル化を、より推し
進めることになる。それは、情報をコントロールでき利用できるものと、
出来ない人の格差を大きくする。その最も利益を得ることが可能なのが
アメリカの一部の人たち。日本の中流は、世界から見れば上流の部類に入る。
垣根が低くなれば、世界の中流、そう、現在の日本の水準から見れば下流。
総下流社会である。しかし、大部分がそれなら、言葉として、それが中流と
いうことになる。預金がゼロが三割、借金と相殺すればゼロになる世帯を
入れると、既に国民の過半数を超えているという。失われた20年で、
日本社会は大きき体力を失った。「敗戦で朝鮮のように分割され、
歪にならないで済んでよし」とすべきか? 難しいところ。   


6055,閑話小題 〜スポーツジムに1500回

2017年10月11日(水)



   * 6年半で、スポーツジムに1500回
 先日、SJのフロントで、「1500回記念」と{日・祭日用の無料券」を貰った。
これまで、500、1100、1300回記念で貰っていた。私の契約は「平日会員コース」。
定休の金曜日を除いた、月〜木曜と土曜日の10〜17時まで5日間利用できる。
 盆正月などの特別休暇を含めて120日の休館。旅行、冠婚葬祭などで半月ほど
私用で休むとして、6・5年×230日≒1500回は肯ける。雰囲気が明るく健康的で、
魂が安らぐ。誰とも話さず、目を合わさず、独りの世界を楽しんでいる。運動
マシーンとステップ台が12台、円環状に並ぶ真ん中で、ポップスのBGの中、
スタッフの掛声で2周する「イージーライン」(30分)と、「エアロ・ヨガ」
(45分)をベースに、ランニング・マシーンとかマッサージを含めて2時間ほど
時間を過ごす。これで1日300円は価値がある。地方都市・長岡の駅裏から10分
ほどの所が住居のため、人混みはスーパーとジムぐらい。平日会員の10〜17時
には、様ざまの人達が集う。 
 私のHP内検索に「スポつジム」と入れたところ、50以上の文章があったのに
驚いた。よほど、ネタが少なかったようだが、人間観察には、この上ない。
――――
2011/10/21
スポーツジムの景色 −4
   *スポーツジムから見えてくること
 スポーツジムに行って一番面白いのは人間ウォッチング。自分も、その一人
だが、30歳から80歳以上の老若?男女で、何気なく見ているだけで面白い。 
肥満・血糖値・40肩対策など、それぞれ事情を抱えている人から、私のように
健康を兼ねたレジャー目的など様々である。少し痴呆が入っている80過ぎもいる。 
私は午前中の開店直後の10時〜正午までの二時間、滞在している。時間帯から
して過半数が主婦。 明らかに水商売仲間内のグループもいる。 スポーツクラブ
は女性がメインで、男は60歳以上のリタイヤしたて?の人が目立つ。 弁当や
御握り持参で、ロビーで食事をとる女性仲間の社交界の場的要素もある。
といって、男の私が肩身が狭いことは全くない。自分で選択したメニューを
独りでこなして終わったら帰るという気楽さがある。大方の会員の平均滞在時間は、
二時間だろうか。このようなジムに入会したのは、長い人生で初めてだが、もし
実情を知っていたら、新潟駅前のジムに10年前から入っていただろう。
パソコン教室も、スポーツジムも、サロン的要素が強いが、私のように誰とも会話
することもなく、自分のコースを人的気づかいなしに済ますことも出来る。
通勤列車内と思えばよい。私が行っているのは昼だけコース(平日10〜17時
ー金・日、休みー)。中高年がほぼ八割で、自分の年齢世代が目立つことはない。 
エアロビでは、プロのインストラクターが指導するプログラムが多く、若い男の
インストラクターの追いかけに近い中年オバサンが見ていて微笑ましい。
 男の場合、色々の場数を仕事などでこなしているため、こういう場では、多くは
一会員として群れることなく運動をしている人が多い。高年齢になるほど、自分の
社会を背負って、それに拘っている姿が、(本人には分からないが)異様に見える。 
 要は、田舎ということ。 とはいえ、半年前の盛況ぶりは、現在はない。
3・11の影響が、大きいのは何処も同じ。ネット辞書に、「スポーツセンター
のインストラクターの仕事は、一見華やかに見えるが、給料は安いわりに希望者
が多いため、ワーキングプアの要素が強い」と、あった。その目で、彼らを見て
いると、また違って見えてくる。一人ひとりが個性的で、一生懸命に指導している
姿は、光ってみえてくる。半年少したって、効果はといえば、大有り。足腰が、
この数年来衰えたと感じていたのが半分以上は回復した。毎日キッチリ運動を
続けると続けないとでは違う。まずは半年である。
――――
2011/08/14
スポーツジムの景色 −3
 4ヶ月でのジムの運動効果はどうか? 体重は元もと早朝のウォーキングと、
サイクリングの効果で、適正体重を20年以上は保っていた。そのため、減増は
ないが、頬の弛みは無くなり体調は非常によい。二年前に3〜4年に一度の重い
腰痛になってから、色々の腰痛対策の工夫をしたプラス効果は出ていた。しかし
4月からの午前中のサイクリングを含めた三時間の運動は、これまでの足腰の
関節を鍛えなおすに効果的。この数年来、足腰の関節が固まった感じが、この
ジム通いで半分はとれたようだ。 あと4ヶ月後の年内には、さらに一絞りした
身体が出来ているはず。
 ジムでは、常に各種エアロビックと、イージーライン(インストラクターの
指導下、6つの器械とステップ台で運動を繰りかえし一周する)などプログラム
が開かれている。 別にマッサージルームか、ランニングマシーンか、筋トレ
マシーンで独自に過ごせる。時に昼をマタイダときは、外出も可能。謹慎の身?
にとって、昼間に息抜きできる場所が存在しているのが有難い。
喫茶店替わりである。 これはアメリカで出来上がったサービス業態だろう。 
ースポーツクラブをウィキペディアで検索すると
【 スポーツクラブは、各種の運動施設と専門の指導員を有する施設。
 フィットネスクラブとも呼ばれる。 定義は明確ではないが、たとえば日本
の経済産業省の特定サービス産業実態調査におけるフィットネスクラブの定義は、
「室内プール、トレーニングジム、 スタジオなど室内の運動施設を有し、
インストラクター、トレーナーなどの指導員を配置し、会員にスポーツ、体力
向上などのトレーニング方法などを教授する事業所」とされ、室内プールの他に
室内運動施設を有しない事業所は除外するとされている。】
▼ 私の通っている「ホリデイ」は、これにサウナ、風呂、マッサージルームが
 加わっている。またランニングマシーンはTVつきである。ポイントは施設に
多くの種類の施設を備え会員数を集めること。今月から極端に会員数が減った
ため?、値段を平均一割程度下げてきた。この施設も半年以上もかけて完成した。
しかし完成して僅かで東北大震災の直撃である。大型設備投資の難しさを他山の
石として見ていることになる。 漫画喫茶はモバイル携帯電話と、iPadなどの
タブレット型パソコンが直撃している。いずれにしても恐慌である。
――――
2011/07/26
スポーツジムの景色 −1
 スポーツジムに通い始めて4ヶ月足らずになる。そこには中年女性を中心に、
あとは年代は30歳から80歳半ばまで様々で、平均40歳半ばというところか。 
65歳の私が場違いという感は全くなく、中年女性の二人連れが目立つ。夫婦は
数組である。男女は一対三の割合だが、私の選んだコースが平日中心の10〜17時
までコースで、主婦が中心ということもある。スタッフに客の集中する時間帯を
聞いたところ、夜と、土・日曜日という。それでも私の行っている午前中でも
満杯だった会員が、5月の連休明けから、急減した。ここでも東北大震災が直撃
しているようだ。(二ヶ月先払いのため、その影響は2ヶ月先に出る)
そこで、顔見知りが二人いたが、地元だから当然のこと。場所は自宅から車で
1〜2分(500メートル先)のところにあり、オープンして半年も経ってない。 
ここのオープンは私にとって渡りに舟だが、イメージと実際に通った実感は違う。
一年以上、通ったと通わないとでは、これでは大きな差が出て当然である。
これは是非、勧め。私の場合、オープンの10時に行って、イージーラインの
予約札をとって、30分近くはマッサージ・ルームで過ごす。そして10時半から
25分間のイージーラインに参加する。これは6台のマシーン(腰、肩、脚など)
で、バランス良く配置され、一人のインストラクターが指導するシステムに
なる。それが終わると再び、マッサージ・ルームか、ランニング・マシーンで
30分過ごす。その後、エアロビックスか、再びイージーラインに参加し、
大よそ二時間で終了する。週に一度は外出をして、近くで昼飯をとって午後の
エアロビに一部に参加する。 早朝の、この随想日記の書き上げ、信濃川の土手
のサイクリング、そして、このジムが、昼までの生活習慣の三本柱になっている。
午後からは、本を読んだり、録画を見たり、昼寝をしたり気ままに時間を過ごす。 
頭も身体もフル回転で健康そのもの。昼飯が非常に美味いこと、このうえない。
成るほど、この日々は、平凡で、刺激が少ないが、それでも良い。ギアチェンジ
をしてみて、リタイアをした人は、実際に何をして過ごすのか不思議だったが、
成るほど合点した。殆ど口をきかないとしても、その場にいるだけで孤独感は
少なくなる。レオタードなどを着た女性たちのエネルギーに溢れた場所は、居る
だけで充電になる。
――――
2017/03/08
閑話小題 〜エキサイティング・ジム
  * エキサイティング・ジム
 ジムに通いだして6年、平日の昼会員の枠一杯の月20日も通っているので、
日割りにすると300円の価値は充分にある。インストラクターの指導のもと、
12人のメンバーが交互に置かれたマシーンとステップ台を25分かけて二周する
イージーラインを毎回のベース。それに週4回のヨガエアロと、
ベルト式マッサージと、ランニングマシーンとの組合せで、
大よそ2時間半が平均滞在時間が日課になる。
健康的な明るさと、多くが他者に我関せずのところが良い。
 ところで昨日のモーニングショーで、最近の変り種のジムを紹介していた。
・サンドバックが数十台並んだスタジオで、インストラクターの大きな掛声で、
 グローブで殴りつけるのを主にしたジム。
・取っ手の付いたトランポリンが数十台、その上を合同で跳んだり跳ねたり
 する エクササイズ。
・クラブとエアロを融合したようなジムで、暗闇に光るミラーボールの下、
 踊るエクササイズ。
どもれもこれもスポーツジムのイメージを超えた内容だが、全身運動で、
トリップする仕組み。よく考えたものだ。 ハリウッド映画で、酒や薬物を
飲んで高級クラブでエキサイトをして踊りまくるエキスをエアロに取り入れ、
集団でトリップさせるとは。 メガネ型動画プレイヤーのアプリで、その場面
をつくればよい。独り部屋の中での踊り? 考えただけで気持ちが悪いが、
当人にとっては大して変わりはしない? いや、違うか。
 地元のエアロも、競争が激化しているようで、その対策として、様々な
エアロビックスを用意してあり、内容が日々、進化している。私は参加して
ないが、80人が参加する人気エアロもあるようだ。これを続けているといない
とでは、大きく違ってくると実感する。加老とは、毒素が沈殿が底知れずに
増すこと。運動を如何に遊びに昇華して楽しめるかが、ポイントか。


6054,閑話小題 〜恐ろしい身近な現実

2017年10月10日(火)

  * ますますうキナ臭い状況に…
 何やしら米朝戦争が現実味を帯びてきた。始まれば、100万以上の死者と、
数百万の戦傷者が出ると言われているが… 北朝鮮は、アメリカのいうレッド
ラインを遥かに超えてしまった。もし、大陸間弾道弾を太平洋に打ち込めば、
開戦の可能性が大きくなる。日本にも当然、都心とか、原発基地にミサイルが
打込まれる?と同時に、東海道新幹線の破壊工作を当然してくるのが妥当。
その日本は選挙で仮死状態なら… 私たちも今日からギアが変え、情勢に敏感
になった方が良い。このままで済むわけがないが、どうも実感が沸いてこない。
 早朝のポタリングコースの土手際にある日赤病院の裏側(土手寄り)に、
何時の間に、ヘリポートと格納庫が出来ていた。 開戦ともなれば、朝鮮半島
が現在のイラク、シリア状態になり、日本にも難民が殺到、ゲリラも紛れ込む。
柏崎刈羽原発基地にでも撃ちこまれると、風下40キロの地元も危険地域に。
その「まさか、ここまで」が、あの二人の御決断で! その時はその時と
楽観視できないのが、この現実。ロシア、中国、アメリカの武器商人にとって、
これほど有難いことはない。まずは、中国の国境閉鎖と、アメリカを主とした
間接海上閉鎖が現実的だが… 
 〜以下は、これまでの北朝鮮危機についてのネット内検索の内容だが、
  ますます事態が悪化していくの読み取れる。
 
・・・・・・
4170, 金正日の料理人
2012年08月26日(日)
  * 若きドン様の親の敵討ちは残酷!

・・・・・・
2017/09/08
閑話小題 〜何時の間にか準戦争事態に…
   * 北朝鮮の迷走で…
・尖閣列島の所属問題や、北朝鮮の迷走で、何時の間にか準戦争状態の状況に。
・・・・・・
2017/08/27
閑話小題 〜北のミサイル発射
   * 北のミサイルについて
 昨日、モーニング・ショーで、北朝鮮によるアメリカへの挑発の特集をみて
いたら、日本海にミサイル打ち上げのテロップが流れてきた。番組構成として
ベストタイミングで、‘まさか?’の緊張が走ったが、直ぐに短距離ミサイル
と判明をした。 金王朝の体制維持には、戦争を煽る瀬戸際外交で、近距離の
人質?の生命の交換条件の脅しでしか体制を維出来ないことは、韓国民が熟知。
 韓国の人口が4700万人、ソウルが1000万人で全国民の21%がソウルに集中、
首都圏には2000万人前後。韓国国民の4割がソウル周辺に集中する、まさに
「最重要拠点」である。そこから軍事境界線まで、直線距離で約37K。
大宮から東京駅までの距離でしかない。 韓国民の7割が海外移住を望んで
いるというのも理解できる。潜入したプーチンのスパイが、境界線からソウル
近郊にミサイルを撃ち込んだら、(逆もある)どうなるのでしょう。
 核ミサイルの脅しほど有効な手段はない。その親指人形が、パペット本体の
中国まで、脅し始めたのだから、何をかいわん。儒教の影響の強い国で、叔父
と実兄を殺すのだから、当人は疑心暗鬼で怯え慄いて当然。そ反動が、いつか
核戦争になり、比較的安定していた東アジア(朝鮮、日本、台湾)が、現在の
中東状況になり、難民が大挙して、押し寄せる可能性が強い。悪いことに、
アメリカはトランプで、分断を始めた。「国家統一の手段として、戦争を!」
と、意固地の頭で考えないでもない。側近は次々と辞め、残っているのは
軍人上がりの老人だけ。「数百万の死者としても、やるなら、今のうち!」
で… 恐ろしい限りだが、意外と早い両者の体制崩壊も感じとれる。

・・・・・・
2017/08/18
閑話小題 〜トランプ劇場
   * 事実は小説より奇なり
 国際政治が、ブラックコミックの様相を現してきた。私流に言わせると、
< ソ連崩壊前のKGBの一員が、スパイの手法を活用してロシア大統領に上り
 つめた。政敵を闇のうちに葬るのはお手のもの。それを国政政治でも通用
することを知り尽くしていれば、彼の思惑どおりに世界を操ることが出来る。
そのひとつが、アメリカ大統領選で泡沫候補の白人ファースト主義のトランプ
を国家単位で勝たせること。黒人の大統領と、女の国務長官に長年、不満を持つ
白人主義者は、こぞってトランプを支持した。それを国家単位のスパイ総動員で
後方援助をして思惑どおりに大統領に祭り上げ、国家分断を目論んだ。それが、
アメリカ建国以来の最低、最悪の大統領の下で、ハリウッド映画並みの分断が、
連日のデモ。 ロシアのスパイ上がりプーチンが、北朝鮮に、ミサイルと核の
技術を与えて、米韓日と北朝鮮の戦争をあおっている。 >

 面白いと笑ってはいられない重大な局面であるが… 世界大戦を狙う、
武器商人のシンジケートにとって、これ以上の機会はない。「世界は理性より、
感情で動く」を地でいくフリをしたトランプにとって、北朝鮮戦争は神風か?
中国も然り。北朝鮮は、疲弊した中国経済と、世界進出の隠れ蓑になっている。
 で、私の結論は、「戦争か暗殺」は必然。
クリントン女史の大統領より、トランプが遥かに面白いことは確かだが… 

――――
2017/08/14
閑話小題 〜第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
   * 第二次朝鮮戦争が、あるのだろうか?
 「そう遠くない先に、朝鮮戦争はある」とみるのが、自然である。
第二次朝鮮戦争は、アメリカの力を削ぐに、中国、ロシアにとって非常に
優位になる。その点、トランプ大統領と、金主席は、これ以上ない人材。
まずは、ロシアが大統領選で小細工をして、トランプ大統領を祭り上げ、
次は、中国が…? もってこいの取組になる。しかし、始まれば、数百万単位
の死傷者が出るが、この百年だけでも、数千万単位の死者、餓死者を出してきた。
戦争は、そういうもの。 但し、以前のように、中国、ロシアは、北朝鮮へ、
直接的支援が出来ない。その時、ロシアと中国は、沖縄、北海道を狙う?
「戦争は何でもあり」である。とすると、私の人生は、「第二次世界大戦
直後に生まれ、第二次朝鮮戦争直前の狭間に生きた」ことになる。
 日本にとっても、トランプと、金主席は、偉大?な厄病神に御なりですか。

――――
2017/05/20
『しあわせ仮説』 −8「純粋な悪」を、トランプ大統領にみる
            『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著
   * 諸悪の根源は「純粋な悪」
 哲学的に表現すれば「素朴な実在主義者」の心のありよう、有りていに言えば、
「大人、子供に見られる表層の現象で決め付ける幼稚な精神と知能の持ち主」。 
幼稚な心は、自分たちの世界を破壊されることが「純粋な悪」。誰の心にも
ある「純真な心」でもある。それ故に猛毒を含む。 このフィルターで、
世界を単純に切り取ると、これが面白い。
 ー今回は、アメリカの白人の本音、「白人至上主義」ー
黒人のオバマに対して、2期・8年間、不満を持っていた比較的恵まれない白人層
にターゲットを絞り、ロシアの間接的?援助も加え、まさかの泡沫が当選した。
そ素朴な白人優位主義と、有色人種への偏見を前面にうち立てたトランプ。
全くの政治に素人である。純朴に、白人の優位性を脅かすことを「純粋な悪」
とする彼らの偏見は、グローバリズムに逆行する側面がある。これは、他民族を
受け入れてきたアメリカの理念と逆行する上に、ナチスの思想にあい通じる。
そろそろ、これに気づきだした国民に弾劾され処分されるのは時間の問題… 
 世界は白色、赤色、黄色、黒色の順の人種差別が歴然としている。その露骨に
現われ出ているのがインドのカースト制度。4層が、さらに細かく500層になって
いて、その網目から逃れることが出来ない。何せ3千年かけてつくり上げた階級。
交通事故で、最下層の被害者に対し、日常的に轢逃げが罷り通っているという。
 ISは赤色人種のイスラム原理主義を忠実に守り、それを守らないのは、
「純粋な悪」として殺害か奴隷というから恐ろしい。対する欧米は白色人種を
中心に国力に比例した序列がある。日本は地政学的に、白色(米国)側の、黄色
のポチ。ドス黄色の中国には、島国のため、独自のウス黄色だったため、ポチ
として、庭先の犬小屋に番犬?として、敷地内に飼われている? 白人至上者
から見れば、こんなもの。で、逆オバマ効果で、こんな人物を大統領にした。
 としても、日本は飼主がどうであれ、忠実な犬を装ってないと、エサの配分
が減らされる。門から外に出ようものなら、直ぐにドス黄色・中国の攻撃対象
になる。ふ抜けた日本の「純粋な悪」は、他国からの「侵略と、戦争」。
「平和憲法の改憲」である。何せ72年前に三百万人が亡くなっている。
ポチでも何でも、目立たないように犬小屋で大人しくするしかない。
バナナ(外が黄色で、中が白色)とか、イエローモンキーと言われようが、
ただ大人しく、忠犬を装うしかない。何?としても、大統領の一存で、
「沖縄は中国に、北朝鮮はアメリカに」の取引で、中国に売り飛ばされない
とは限らない。取引を業とするトランプなら、ありえない話ではない。

――――
2017/05/04
『しあわせ仮説』 −3 〜素朴実在論と、純粋悪
           『しあわせ仮説』ジョナサン・ハイト著 
   * 純粋悪
《「純粋悪は、素朴実在論の究極形態である。これが、大半の長期的な
 暴力形態の循環の究極的原因である。無差別殺人など、その犯行動機で
よく言われる、
 貧困のせい、虐待のせい、格差のせい、環境のせい、etc...
そんな外的要因(不純物)が存在しない「悪」。そんなものが無くても

――――
2017/03/13
閑話小題 〜トランプの時代
   * トランプ大統領の選択
 
――――
2017/02/18
緩和小題 〜しまった!  ー 6 トランプ大統領選出は?      
      < しまった! 「失敗の心理」を科学する
                ジョゼフ・T・ハリナン (著) > 
   * トランプ大統領選出は凶か吉か?
・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー1
   * 朝鮮戦争が現実にあるのだろうか
 アメリカのシリア軍への攻撃で、アメリカによる北朝鮮への攻撃が想定
されてきた。もし開戦ともなれば、十万、百万単位の死者が出る可能性もある。

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー2
   * 全面戦争にならないのか(8割の確率で)
 私がアメリカ大統領だったら、今のうちに核施設に全面攻撃を加える。
ましてトランプなら、8割以上の可能性の説に真実味を感じるが、如何だろう。
やはり、日本は平和ボケをしている。習主席がトランプに、「全面攻撃を容認
する代わりに尖閣列島への侵攻を黙認する」裏契約をする可能性も充分ある。
現在でなくとも、来年中には? 週刊誌の売らんがための煽り記事としても、
現実は、全面戦争に向かって動いている。 〜その辺りから〜
≪ ■ 高陽市安全都市課の職員が語る。
「わが市は目と鼻の先が北朝鮮なので、すでに臨戦状態です。市民からの問い
合わせが殺到したため急遽、10万枚のパンフレットを作成して市民に配付した。
それでも市民からの問合わせが日々、大量に来て、生きた心地もしない日々です」
 北朝鮮は4月9日、韓国国内の外国人に対しても、「韓国から至急離れないと
責任は取らない」という警告を発表した。これによって韓国では、ラーメンや
乾パンなどの非常食や、ミネラルウォーターの買い占めが起こっている。
韓国はまさに、「第2次朝鮮戦争開戦前夜」といった緊迫した状況なのである。
 そんな中、ケリー米国務長官が、4月12日から15日まで、韓国、中国、日本と
北朝鮮を取り巻く3ヵ国を回る、東アジア初外遊に出た。
  ■ アメリカ国務省関係者が語る。
「わが国はいままさに、韓国と合同軍事演習の最中で、いつでも実戦に移す
準備はできています。今回のケリー国務長官の3ヵ国訪問で最重要だったのは、
中国訪問でした。新指導者の習近平は、金正恩を救おうとしているのか、
それとも滅ぼそうとしているのかを、しっかり見極めようとしたのです」
これまでの東アジア地図は、日米韓vs.中朝という対立の構図だった。
前世紀末に世界の冷戦構造が崩壊したが、東アジア地域だけはいまだに、
冷戦構造を引きずっているからだ。
  ■ 8割の確率で戦争が起きる
 だがこの伝統の図式に最近、異変が起こっているのが、中国の態度の変化。
習近平政権は、いまの大荒れの北朝鮮をどう見ているか。外交関係者が明かす。
<かつて毛沢東と小平は金日成を、朝鮮戦争を共に戦った"血を分けた誼"
と見なしていた。続く江沢民と胡錦濤は金正日を、兄弟国の"特別な弟分"と
見なしていた。金正日は計7回訪中したが、北京へ来れば必ず中国共産党の
トップ9が全員揃って歓待する習慣があった。だが習近平は金正恩を、単なる
"物騒な若造"としか見ていない。だから、北朝鮮のミサイル実験や核実験を
受けて、いともあっさりと、北朝鮮への重油・食糧・肥料の援助ストップを
決断したのだ。中国にとって絶対に看過できないのは、朝鮮戦争時代の悪夢
である米軍が北朝鮮に侵入してくることだけだ。それさえなければ、いつ
核兵器の矛先をわが国に向けてくるか知れない金正恩という狂った指導者が、
いつ失脚しても構わない。それが習近平新主席のホンネだ>
 4月10日には、中国共産党機関紙『人民日報』が発行する中国最大の国際
情報紙『環球時報』に、中国で最も有名な北朝鮮研究者の張瑰・中国共産党
中央党校教授が、次のような原稿を寄せた。
<朝鮮半島に近く戦争が起こる確率は、7割から8割くらいあるだろう。
北朝鮮にとって武力統一は、昔からの既定路線だからだ。金正恩は、金日成と
金正日が成し遂げられなかった祖国統一を、いまこそ果たそうとしているのだ>
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より ≫
▼ 首都ソウルから北朝鮮の距離は、東京と大宮の距離しかない。そこには
 2500万人が住んでいて、北の脅し文句が「ソウルを火の海にする」である。
それを二分した国家に向かってなら効果があるが、アメリカに向かって、
「大陸間ミサイルで核攻撃で火の海にする」と、実験を繰返せば、交戦好きの
アメリカが見逃すわけがない。白人優先主義を謳って当選した大統領にとって、
東洋人の100万、200万が生きようが死のうが、大した問題ではない。
 在日米軍と、二つの空母艦隊と、多くの原子力潜水艦に囲まれ、いつ何時、
攻撃を仕掛けられない南北朝鮮の人たちと、平和ボケの日本人とは、危機感が
雲泥に違う。それでも、何かしらしら危ないのは分かる。危機の察知の早い
株式市場と、為替の変動の兆候がないので、大丈夫? そうじゃないから…

・・・・・・
閑話小題 〜朝鮮戦争が現実的に ー3
   * 死傷者は400万人
 2500万人が住む首都ソウルに、北朝鮮が核弾頭付でなくとも、ミサイルを
撃ち込めば、百万単位の死者が出るのは周知のこと。北は、それを熟知して恫喝
して何とか体制を維持している。それ故に、韓国は大統領に莫大な権力を集中
せざるを得ないため、汚職をうむ土壌になっている。現在でも破綻している国家
に戦争は更に加速させる結果になること必定。しかし、アメリカには、東洋人の
100万や200万より、己の国家の安全の方が遥かに重要になる。
「第一次、第二次世界大戦から見れば、この程度は大したことがない」と、
考えても不思議ではないのか。     
                〜「週刊現代」2013年4月27日号より
≪ ■ 北の妄想
 北朝鮮の国民は幼少時から、「朝鮮はアメリカと日本に勝利した軍事大国」
と教えられて育っている。 金日成軍事総合大学の軍事関係者は、
「アメリカを倒すのは、掌を返すくらい容易だ」と豪語しているほどだ。
 先日、朝鮮中央テレビは、3日間で韓国を占領するシナリオの映像を流した。
1日目に韓国の重要拠点を占領し、15万人の米兵を捕虜にする。
2日目に韓国の大多数の都市を占領し、
3日目にその他の地域を占領するというものだ。
朝鮮労働党機関紙『労働新聞』は、「朝鮮は世界中でアメリカに対抗できる
唯一の国である」と誇っているほどだ。
まさに皮肉たっぷりの筆致で北朝鮮の「井の中の蛙」ぶりを強調している。
 だが、張教授が述べている「7割から8割の確率で第2次朝鮮戦争が勃発する」
という予想は、すなわち中国政府の見解に他ならない。
 前出の韓国国防部関係者が続ける。
「北朝鮮は、南北の局地戦ならば、米軍は参戦しないと踏んでいるようだ。
だが、実際にはアメリカは、三つの条件さえ整えば、
第2次朝鮮戦争に参戦する可能性が高い。
 第一に北朝鮮の核やミサイルによって自国の脅威が増すこと。
 第二に戦争によって自国の兵士の損失が最小限に抑えられる見通しがつくこと。
 第三に中国の後押し、もしくは少なくとも黙認が得られること」
 前述のような習近平政権の"反金正恩政策"を見ると、金正恩除去に向けて
米中が手を組むというシナリオは、十分考えられるのである。
  ■ 死傷者は400万人


6053,「ナミヤ雑貨店の奇蹟」ー2 

2017年10月09日(月)

   * 「大変な人」たち
 一昨日、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の感想文を書いていて、何か奇妙な感覚に
なっていた。この随想日記を書き続けて16年半年になるが、40年以上前の学生
時代の日記を書き写しながら当時を回顧したり、その時々の読書や映画の感想文
や、旅行紀行や、還暦、古希の節目とか、会社整理とかに、ありのままの気持ち
を正直に書いていた。 早朝、書上げた後に、それまでの同月同日の文章を流し
読みも楽しみの一つ。 映画で、ナミヤ雑貨店の主人が悩み相談を受けた翌日、
牛乳ポストに、その返事を書いて入れておくのと、私のほぼ忘却した過っての
時空を超えた文章との自己対話が何かしら奇妙に似ている。真剣にテーマに
立向かっている瞬間は、垂直にたつ永遠の一点。「ナミヤ雑貨店」のシャッター
の新聞の入口から投げ込まれる相談の手紙が、過って書いた同月同日の文章。
 今は空家の雑貨店に侵入した3人組の青年の一人が勝手口から出て、外側の
シャッターから白紙の便箋を投げ込むが、時空を超えて、その店内の主人に届く。
その白紙に、主人が返答を書き込むが、それは白紙からの再生を促す内容。
早朝、新たな文章を書上げ、過去文を読返し、過っての自分を見つめなおす
のに酷似する。確かに、あの時、私は生きていた。その瞬間は永遠であった。
それを読んでいる時間も永遠だった。この雑記帳のようなテーマ日記は、私に
とっての生れ変りの役割りになってきた。その結果が、この「大変な人」か!
「城下町コスプレの大変な人たち」を31年間、新潟〜長岡間を通い続けたから
こそ確信を持って「ドッチも変」と言える。 「大変な人」が、如何した?
<「大変な人」など、あなたの心象風景。心の歪みじゃないかい! 
 成るほど、変になるわ!>と、内なる声! 
  
・・・・・・
5686,閑話小題 〜父の金銭教育
2016年10月09日(日)
   * 金銭教育と知識管理
 ここで何度か書いてきたが、父親から、姉・兄たちともに、幼児の頃から
<金銭教育>=「質素倹約、贅沢は身を滅ぼす。小銭は、大きくして使え」と
仕込まれていた。その一つが、幼児期から個々の通帳に大晦日に貰った御年玉
を翌日、回収されて、預金をされる。その時だけ通帳の残高を見せられる。
しかし、何時の間に、その残高が年々、増えていくのを見るのが楽しみになる。
溜める楽しみを教えたかったようだ。そして、姉たちには結婚時に、それを元金
にし、『家つき娘』としての新居を建て与えていた。 別立の積立の習慣が、
金銭管理の第一歩の実践と・・ 
 会社整理で、最小の傷で済んだのも、父親の金銭管理の実践あればこそ。 
進学するにつれ、同期の友人の実家がリッチになっていく。ところが、友人
たちの金銭感覚が、細かく、シリアスになっていく共通項があった。
大金は平気に使うが無駄金は一切使わない。お金は命と同様に大事という
教えが入っていた。 
 サラリーマン家庭は、手取りの2割の天引き積立が基本というが、結婚来、
総額の15%の家内名義の給与を支払ってきた。その事業者版が、このシステム。
税務署も、その辺りは難しくいわない。 ところで、家計力の評価として、
・家計安全度(負債が少ないほど高評価)、
・貯蓄パワー(貯蓄割合が高いほど高評価)、
・スケールパワー(純資産が多いほど高評価)、
・コストダウン努力(支出が少ないほど高評価)、
・リスク耐久力(家族1人当たりの資産額が多いほど高評価)
の5項目があるが、最も重視するのは貯蓄パワー。「世帯手取り収入に対し
貯蓄率が21%を超える家庭は、貯金体質にある」という。当時の男子社員に、
父は天引き預金を勧め、それを手堅い『北陸ガス』株の購入をさせていた。
そして姉たち同様、結婚時に値上がりした株式を元に、一部ローンを組ませて、
住宅を購入させていた。 
 プロのトレイダーは、別建ての地道な預金を人知れずしているという。
金銭管理と知識管理、共通点がある。 こつこつと、時にムダ金も必要である。
 知識管理は? どうだろう? 教訓は多く聞いていたが。

・・・・・・
5321,寺院経営の惨状とは
2015年10月09日(金)
  * 貧困は寺院経営に顕著に現れ出る
 寺院の年間収入50万円以下が2割、100万円以下が3割の数字に目を疑った。
その3割の大方(9割)が生活困窮状態?という。 一年ほど前に親戚の
法事に参列したが、その宴席の隣席が午前様。 何気ない会話の中で、
『由緒ありそうなお寺のようですが、墓は幾つあるのですか?』と若い跡継ぎ
の午前様に聞くと、顔色がサッと変わり、『それは、言えません!』と答えた。
後で、「寺院経営の窮状を悟られたくないためか」と、気づいた・・ 
葬式や法事で聞く法話も、情報化の中で、『成るほど!』と心に残る内容は
今では皆無。 ネットで調べた内容は、衝撃的でさえある。
≪ 今年4月、『生活困窮者自立支援法』が施行。生活保護に至る前の自立
 支援が狙いだ。背景には、深刻な生活困窮者の増加がある。6月、厚生労働省
は「今年3月時点での生活保護受給者が217万4331人と過去最高を更新」と発表。
受給世帯数も、前月比3773世帯増の162万2458世帯と、こちらも過去最高。
増加に転じた平成7年時の受給者数は88万2229人。この20年で約2.4倍増えた。
増加の要因は、就労に依る自立困難な高齢者世帯の増加、更にリーマン
ショックや経済低迷の影響となれば、今後も増加傾向は容易に変わらない。
日本の高齢化は進む一方であり、6月19日に衆譲院を通過した労慟者派遣法
改正案は、労働者側からすれば生活を一層不安定にすると懸念されているから。
 ところで、この生活保護を受けられる最低ラインの生活扶助基準とは、
どれくらいか? 世帯数や地域でも変わるが、両親と就学前児童1人の3人家族
の場合では、最も高い東京23区で凡そ月16万円という。年収約200万円だ。
これに住宅扶助等の諸々が加えられる。
 では、この額に比してお寺の現状はどうなのか? 曹洞宗が10年に1度
おこなっている宗勢総合調査(平成17年)の寺院の年間収入は如何だろう? 
 先ず、年間収入50万円以下が何と2割を占め、100万円以下が3割。
確実に最低生活水準を満たしていない寺院が3割もあるのだ。平成21年に
浄土真宗本願寺派が行った宗勢調査の結果だが、こちらも2割近くが年収
100万円未満なのだ。当然、この年収では、いや、全体の半数を占める
300万円未満でも生活は厳しい。現に、本願寺派では300万円未満の寺院の
9割が「全く生活できない」「かなり切り詰めないと生活が成り立たない」
と回答。一般家庭と異なり、寺院には様々な維持管理費が必要。
布教の為の教化費もいる。収入の全てを生活費に充てる訳にはいかない。
実際、同派で300万円未満の寺院の7割が「兼業収入を寺院護持に使っている」
と答えている。 (略)・・・
 過疎や高齢化・家制度の揺らぎ・仏事に対する意識の薄れ等、お寺を取り巻く
環境の変化に依る今後の見通しは極めて厳しい。どの地域にあっても他人事では
ないことは明らかだ。そんな中、檀家の少ないお寺を継ぐことは極論すれば、
将来に“負債”を抱えるようなものという見方もあろう。現に、過疎地寺院の
後継者難が、どの宗派においても深刻な問題になっている。しかし、それでも
実は寺院数が激減していないのは、檀家は勿論、住職や寺族が物心両面で
お寺を支えているからに違いない。・・・ ≫
▼ お寺でも、その規模などによる経営格差がしている。
 大都市一極化、少子化、家制度の激変の中で、仏事に対する考えも変化。
それに伴い収入も激減し、寺院経営は大きな岐路に立たされている。
「長い歴史で、情報基地の役割を果たしてきた寺院のシステムが、情報化
社会の変化に立ち遅れた結果」ということになる。特に過疎地は酷いようだ。

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脳がよろこぶ話 ー2
2014年10月09日(木)
      対談ー小菅正夫『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談
  *「平気で生きている」ことの強さ
 三年前に、めったに出来ない経験をしてみたが、いざとなると意外と平気。
よほど、事業立ち上げの準備期間の15年間の方が厳しい状況であった。
足元が、固まってない不安と、虚無感は、何とも厳しいものがあった。
開き直りもあるが、全力で、し終えた実感があるが、まだ見ぬ計画段階を
独りで、ひたすら具体化をするのは非常に厳しい。あった物を失うことより、
無いものを形にするほうが、何倍、何十倍のエネルギーを要する。
   ーその辺りよりー
≪ ・茂木:共通の幸福の条件ってあるんですかね。
・小菅:先ほど申し上げた通り、まず食べ物を発見したとき、ちゃんと食べ
られたとき。それと繁殖。交尾がちゃんとできた、出産がちゃんとできた、
育児ができた。これだけです。彼らはホントにそぎ落とした生き方しているから。
・茂木:ムダがない。
・小菅:ムダがないというより、余裕がない。生きていくだけで精一杯。
・茂木:もともと野生環境は厳しい。
・小菅:人も日本人を基準に考えたらダメ。僕もこの前ケニアに行っていた
んだけど、ホントにね、痩せた子ども。ハエがたかった子どもが街にいる。
それを抱えているお母さんが物乞いをしている。人ですらそうでしょう。
ましてやチンバン�も死んだ子ども抱えて、ライオンだってごく一部の幸運
な子どもしか育たない。彼らがそういう環募なかで生きているということは、
われわれとちょっと次元が違うと思う。それで満足というよりも、本当に
それしかできない。余裕がない、僕らは食べ物を取ったらその後、何か
楽しみが待っているけど、彼らはそこから、せっかく自分の身体の中に入れた
エネルギーをなるべく長持ちさせるようにゆっくり休んでいる。(中略)・・
・小菅:百何歳の曹洞宗の禅師のインタビューで、「悟りとは何ですか」
という、質問者がたずねた。「平気で死ぬことですか」と。そしたら禅師は、
「平気で生きていることですよ」― あれ、動物と同じだと思った。
動物って平気で生きている。たとえばうちにアサコていうゾウがいました。
六十歳超えていて、最後の臼歯が半分欠けて落ちた。それであまり食べられ
なくなっちゃったんだけど、それでも平気で生きている。気にしない。
 文句言わない。今までとまったく変わらない生き方をしている。
そしてパタッと倒れて死もんでいく。 あの平気さっていうのはね。
宮崎さんという方が「平気で生きていることが悟り」と言うんだったら、
動物はみんな悟っているなと。
・茂木:不思議ですね、そうすると修行を積まれた高僧の方がたどりついた
境地というのは、もっとわれわれの祖先が動物だった時代に持ぞいたもの
かもしれない。われおれは忘れちゃっているだけなんですかね。
そういう蓄があるんだと思う。≫
▼ でも、「平気で死ぬこと」も、動物の大きな特性である。
 人間の最大の問題は、肉体的苦痛と、苦悩への恐れの解決である。
 確かに、底知れぬ苦痛と、苦悩の中、消滅していくのだろうが・・ 

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4589, 2050年の世界 ー17
2013年10月09日(水)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
         〜英『エコノミスト』編集部 (著)
    第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたからである。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって激減
 できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、それは誤って
 いたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする既成
 の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が持ち
 運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を搭載
 できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算を
 回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間、核戦争が起きない方が不思議で、必ず
 起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、再び億単位の
人たちの犠牲も有りうる。今のところ国家間の核攻撃の問題だが、他の科学兵器
を含めた個人の意思による攻撃も充分あり得る。 狂った猿の兵器が、ますます
強大になった結果、人類そのものの存在さえ危くなる。細菌テロなどの科学
兵器が、一国を滅亡させる可能性さえある。追い詰められた弱者の暴動を押さえ
込むシリアの科学兵器攻撃でオバマが激怒したのではなく、それ自体が国家に
よる反乱への弾圧の手段として使用したことに対する歴史的行為であるからだ。
その意味で、中国と、ロシアも、米国の攻撃を阻止した行為は、歴史に残る
愚行として間違いなく残る。そう、細菌などの化学兵器がテロで日常的に使用
される時代が、近い将来の姿である。 

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4214, 開国という強迫観念 ー1
2012年10月09日(火)
 ある雑誌にー反・幸福論『開国という強迫』ー京大教授・佐伯啓思のレポート
があった。TPPの反対論だろうと読んでみたが、なかなか面白い。 私自身、地域
社会に埋没しないことと、両親などの刷り込みによる思い込みなどからの脱却が
人生のテーマにしてきた。自分を開き違った世界を受け入れ、同化することが
人間の成長と信じ、生きてきた。しかし、反面、知らない世界に常に怯え、同化
を拒否していた。これは人間として当然でもある。 ここで著者は、「開国は、
突き詰めればアメリカに対する不利な条件をつけられた開城ではないか?」と、
問題提起をしている。 その辺の論拠を何回かに分け取り上げてみる。  
  ーまずは、その抜粋からー
≪ 丸山真男は、戦国から安土時代へかけてが「第一の開国」、明治維新が
「第二の開国」、そして終戦後が「第三の開国」といいました。また松本健一は、
明治維新が「第一の開国」、終戦後が「第二の開国」、そして1990年代の
グローバリズムを「第三の開国」と呼んでいる。両者を足し合わせれば、すでに
日本は四回開国しており、今回は五回目の「開国」なのです。「開国」の大安
売りで、「開国」、「続開国」、「続々開国」と、いったいどこまで開けばよい
のでしょう。気になるのは、明らかにここにはあるバイアス、もしくは先入見が
あり、それは国を閉ざすことは悪、開くことこそが善、という強力な思い込みが
あるということです。閉所恐怖症ならぬ「閉国恐怖]と「開国強迫観念」がある。
「開国」すなわち「国を開く」ことは国際化を意味し、無条件に歓迎すべきだ、
という思い込みです。TPP賛成の「開国論」は、しばしば、「TPP反対派は外国に
対していわれなき怯えと恐怖をもっている」といいます。しかし逆にいえば、
「TPP推進の開国論は、国を開かなければ世界からは取り残されるという強迫観念
。・・・(中略) その一大典型が、先ほどの「開国論」を唱える丸山真男を
はじめとする戦後進歩的文化人でした。彼らの主張は、何よりまず、戦後日本を
民主化し近代化する、ということでした。ではどうして彼らはそのような主張が
できたのか。それは民主的な近代市民社会を成立させた先進国の立場に自らを
同一化したからです。その上で、民主主義が根付かない後進国である日本を批判
したわけです。日本人部族の大半は閉鎖的で西洋のような先進世界を知らない。
知らないから、自己中心的で、世界には通用しない自分たちの流儀に得々として
いる、というわけです。いわば「部族社会の原理」で生きている、というのです。
このようにいってしまえば、彼らだけ主義が根付き、個人の自由や人権が保障
され、合理的精神、いわゆる市民社会だとことあるごとに強調しました。
しかし、現実は大きく違います。アメリカには今でも根深い差別意識があり、
ヨーロッパには強烈なエリート主義や隠然たる階級意識があります。
古代ローマやギリシャへの敬意は未だに強く(だから、あの「だらしない」
ギリシャをわざわざEUに入れたのです) ≫
▼ 日本周辺の地勢から考えると、強迫観念を持つのは当然。アメリカと
 ロシアと中国に囲まれた現実世界が存在している。もし、開国してなかったら、
アメリカか中国の一部になっている可能性もある。 戦国から安土の開国は、蒙古
襲来があったため。明治維新は、アメリカの開国要求に対して近代国家樹立が
生きる道であった。終戦はアメリカに敗戦したため。グローバリズムは共産圏が
消滅し、世界各国の壁が低くなったためである。しかし著者はここで、
「開国という強迫観念」があった、と主張する。  −つづく



6052,「老人の壁」 〜読書日記 −3

2017年10月08日(日)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 健康診断
 健康診断を国民的行事で行っているのは日本だけのようだが。このお陰で?
世界で1,2番の長寿国になったことも確か。健康保険制度の拡充もあるが…
還暦を過ぎたら、逆に「早いもの勝ち!」の考え方もある。私も、平均健康
年齢をこえつつある。75歳を私の健康寿命とみたてると、あと3年少しになる。
 まだ気持ちだけは若いつもりだが、75歳の後期高齢年齢を超えると、急激
の気も心も衰えるという。 〜その辺りの2人の対話から〜
≪(南)先生は健康診断に行かないんですよね。
(養老)生きません。これはもうはっきりと言ってます。健康診断を受けても
  受けなくとも、平均寿命は変わりないという調査結果がきちんと出ています。
  検査で寿命が分かると言ってますが、神様じゃあるまいし。特に悪いのは
  ガン検診の結果、余命を言う。あと何ヶ月、今、これが段々と下がっている。
  一年と言ったのに、10ヶ月で死なれたら困るので短く言う。
(南)最近はだいたい、ガンじゃなくても「ガンだ」っていう。
  言っておいた方が勝ちなわけ。そうじゃなかったら、「じゃあ、よかった
  じゃないですか」って言える。
(養老)律儀にその通り死ぬ人が多いからね。
(南)日本人は、宣言されたとおりに死んでしまう。
(養老)それを避けるには検診に行かない、病院に行かない、これが一番。≫

▼ ジムなどで、「血圧や血糖値がどうだの…」聞えてくるが、第三者の世間話
 に、「それがどうした?」とも言えず…。 「どの道、助かるのは助かるし、
死ぬのは死ぬ」と、10年程前から、長年続けてきた年一回の検診を止めた。
検診では、ガンモドキの腫瘍を「ガン」など未病まで探られて、「とりあえず
薬を出しておきます」の言葉に惑わされてされて、一服盛られてしまう。
薬は続けて飲んでいると毒薬になる代物。 何種類の毒を定期的に何も疑わずに
飲んでいる姿は、何かしら哀れ? 確かに目先は効くのだろうが。その代表例が
抗鬱剤と称した麻薬。短期的には効果があるが、中長期的には薬漬けに… 
WHOのいう健康寿命は、「平均寿命から”日常的・継続的な医療・介護に依存して
生きる期間”を除いた期間」をいう。平均寿命より男性は約9年、女性は約12年
も短い。とすると、男性が70歳、女性が75歳になるが、身近を知る限り、それぞれ
10年は長い。 寝たきりなど介護を受け10年も生きるなら、健康診断を受けず、
手遅れで、サッサと逝くのも良い。が、いざとなると後悔するのが常のようだ。
週に5日、スポーツジムに通い、4日はエアロ・ヨガに参加しているためか、健康
そのものだが、なだらかな衰えは隠せない。あと3年、楽しめるだけ、遊べるだけ、
食べれるだけ、夕映えを味わうしかない。成るほど、人生は一瞬の稲妻と同じ。

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5685,閑話小題 〜高校生に超大物が
2016年10月08日(土)
   * 女子アマチュアに超大物が
 先日、国内で一番メジャーな女子ゴルフ大会をNHKTVで見た。
アマチュアが優勝することは未だかってなかったが、それも17歳のあどけなさ
残る少女が、最後の一打で優勝をした。ゴルフの試合を見ること少ないが、
「もしかしてアマチュアの少女が奇跡的に優勝か?」と、見入ってしまった。
世界ジュニアで二年連続優勝をしており、往年の名選手・中島が指導してきた
というから、決してフロックではない。
 高校野球では2年生の清武が逸材で知られている。柔道、大相撲も、この世代
に将来性ある逸材が揃っている。 早実の清武の1年後輩にも逸材がいる。
その点では、『東京オリンピック』に向けて頼もしい若者が揃っている。
 共通点は親子鷹。幼児からの特殊別教育が絶対必要条件になる。
盲目の天才ピアニストの辻井伸行がピアノを始めたきっかけは、家族が買い
与えたおもちゃのピアノ。1歳〜3歳 の頃、既に曲を弾いているビデオを見た
ことがある。「3つ子の魂」で、その頃から教え込まないと天才にはなれない。 
盲目となると、聴覚と触覚だけで、あれだけの難曲を数知れず記憶するという
のだから驚きである。 「条件=原因」というが、両親の能力と、理解が
あればこそ。
   * ストレス予防のためのトリップ
 昨日は、週一のシネマの日。スパイモノの『ジェイソン・ボーン』を観た。
シリーズものだが、それが面白い。評価は90点。 毎週のため、内容は、場外
を出たと同時に忘れるが、1100円で気楽に別世界に?トリップ出来るのが良い。
前列三分の一辺りの人の少ない席に、独り座り、意識して、映画の世界に入る
ように努めるのがコツ。 何はあれ、その世界にドップリ浸かり楽しむこと。
 31年間、新潟〜長岡間を通勤し、客商売の事業だったこともあり、リタイア
後に何か強力な刺激を入れないと、穴倉の奥に吸込まれそうな恐怖感がある。
<城下町コスプレ世界の「大変な人」に、自ら甘んじてしまう恐怖>である。
その払しょくのために、「毎朝一時間のサイクリングの信濃川・川辺一周」、
「週一のシネマ観劇」、「年一回の旅行」は、私の必要条件でもある。
何がストレス回避? いや、ストレス予防の方が当たっていますか。

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5320,閑話小題 ー曲線コースと直線コース
2015年10月08日(木)

* TPPが合意されたが
 リタイアの身だが、TPP合意のニュースをみて、日本が今までと全く違った
領域に一歩、踏み込んだ妙な感覚になった。保護されてきた産業にとって
大打撃だろう。 日米を中心にした環太平洋経済圏の世界に入ったということ。
敗者はペルーやチリの貧民と同格の生活に入り、勝者は、アメリカの大金持ち
と同格になる。TPP成立は、さらに競争激化を我々に強いてくる。私たちの
世代の時代背景が、奇跡的に恵まれていたのである。貧富の差も、さらに
拡大し、一部勝組の総取りになる。65対35の総中流から10対90、1対99の
総下流時代が、近未来に待っている。
   * 曲線コースと直線コース
 2日続きのノーベル賞が日本人に決定したが、 
一昨日の朝日新聞の「天声人語」が考えさせられる内容だった。
≪「自然は曲線を創り人間は直線を創る」と書き出す随筆が湯川秀樹博士にある。
 丘陵の輪郭から草木まで自然には直線はない。しかし田の区画や人家の屋根や
壁などは、すべて直線を基調としている。人間はなぜ直線を選ぶのか。
日本初のノーベル賞学者の考察は奥深い。 今年のノーベル医学生理学賞に
決まった大村智さん(80)の来し方に、その短文が浮かんだ。
直線コースを歩んだわけではない。定時制で教え、大学院で学び直し、
微生物を探して土にまみれ――いわば曲線の歩みで大輪の花を咲かせた。
「成功した人は、人より倍も3倍も失敗している」はご自身の体験だろう。
とかく誰もが効率のいい直線を歩きたがるが、曲がったり折れたりの
道端にこそ宝がある。教えられるような受賞の笑顔だった。
 冒頭の湯川博士の随筆は「極微の世界」という著書にあって、人間は
曲線的な自然の外貌にひそむ直線的な法則を発見してきたと続く。そして、
さらに奥へと進めば、いっそう深い自然の神髄に触れるのではないかと語る。
その極微の世界の研究で、昨夜は梶田隆章さん(56)の物理学賞が伝えられた。
素粒子のニュートリノに質量があることを証明した業績は、宇宙の成り立ちを
探る分野での重要な一歩だとされる。
 宇宙間の万物を表して「天地人」などという。ビッグバンから138億年、
大宇宙では微の極みの「人」が自然の神髄を求める知的ロマンに、素人ながら
興味と感動は尽きない。さて、3日続きの興奮はあるか。(10月07日 朝刊)≫
▼ 宇宙の果てから降注ぐトリノ(素粒子)は1僂烹僑毅芦個。それは、
 地球をも通り抜けていくという。 その発見に世界の科学者は必死だが、
それに質量があることを証明したというから、ノーベル賞に値する。
その素粒子は、我々に住む宇宙からではなく、他宇宙?からのモノなら、
話は、当時のコペルニクスの天動説など比べようがない驚愕に値する説。
質量を持った素粒子とは何かは、私でも時間をかければ理解できるのだろうか。
・・・・・・
2050年の世界 ー17
2014年10月08日(水)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第八章 弱者が強者となる戦争の未来 ーのまとめ
・第二次世界大戦後、戦争による死者の数は劇的に減っている。
 それは冷戦期、米ソの対立によって、戦争が逆に管理されていたから。
・その一方で不確実性は高まった。米英も地上兵力を科学技術力によって
 劇減できると考えたが、9・11を皮切りとする非対称的な戦争では、
 それは誤っていたことがわかった。
・技術の拡散によって、不良国家やテロ組織がアメリカに非対称的な戦争を
 しかけられるだけの力を持ってきている。インターネットを基盤とする
 既成の通信手段と暗号化ソフト、安価な精密誘導ミサイルと迫撃砲、人間が
 持ち運びできる新型の防空兵器、対衛星システム、対艦ミサイル、核弾頭を
 搭載できる高精度長距離弾道ミサイルなどの技術である。
・一方、地域間の紛争の危険も高まり、その紛争の原因は宗教を起点として、
 水やエネルギーなどの資源を実利として行なわれる。
・そうした地域間の紛争で、核兵器の使用の懸念がある。米ソ冷戦期に
 おいては、距離的な緩衝材があったために、核戦争は管理され実際には
 起こらなかったが、国境を接する国々ではそうした抑止の力がない。
・イランは確実に核保有国家になるだろう。米国と同盟関係にあるはずの
 アラブ諸国は、米国を信じておらず、米の核抑止力に頼らず、独自に核を
 持とうとするだろう。サウジアラビアとエジプト、そしてイラク、シリア
 などが核を保有しようとする
・現在英米の戦略は、空母打撃群を中心に、短距離飛行の戦闘機を中心に
 組み立てられているが、そうした戦略に危惧をいだく専門家もいる。
 彼らは、B-52のような長距離爆撃機こそ必要だと考えている。
・無人飛行機などの戦争のロボット化は引き続き進む。
・先進国は、高齢化による財政悪化で、かつてほどは防衛費に国家予算
 を回せなくなる。
▼ そうこう考えると、40年の間で、核戦争が起きない方が不思議で、必ず、
何度か起こるはず。20世紀前半では、1億以上の人が犠牲になったが、一桁上
の人たちの犠牲も有りうること。まだ、国家単位の核攻撃の内容だが、他の
科学兵器を含めた使用もある。狂った猿の兵器が、ますます強大になっていく。
・・・・・・
4213, 閑話小題 ー去年は凄い年だった、で今年は?
2012年10月08日(月)
   * 去年は凄い年だった! で、今年は?
 去年は凄い年だった。東北大震災に原発事故、欧州の債務危機、
北アフリカや中東の革命の連鎖、中国の新幹線の脱線事故、タイの大洪水、
ニュージーランド地震、それと北朝鮮の金正日とアップルのジョブスの死など
など。私自身も30年間たずさわった事業を整理をせざるを得なくなった。 
しかし今年は、シリアが内戦激化したことと、中国と尖閣列島の問題が表面化し
中国国内の日本企業が焼き討ちぐらいで、株価暴落や戦争などの大きな
クラッシュはないが、残る三ヶ月間に問題がしわ寄せされた感がある。
去年に発生した問題は全く解決されたわけでなく目先を押さえ込んで、
ここまで引き延ばしただけ。しかし、ひと月で、中国のトップの交代、
アメリカと韓国の大統領選挙、そして日本の政権交代の可能性もある。
更に欧州危機と、中東もイスラエルによるイラン核施設攻撃の危険がある。
世界中は固唾を飲んで、この三ヶ月間は過ごすことになる。
それと、スマートフォンの普及が、世の中の変化を、より推し進める。
これはパソコン機能が携帯電話に入いり、パソコンがポケットに入って
しまったということ。これで大衆への情報は格段に多くなった。
「今年は、まだ小沢か?また小沢か?の年」とも言われた。党を割り新党を
つくったが、再浮上をするかどうか?常識的にみれば無理だが、どうか? 
   * 多人数兄姉の末っ子として
 家族と、その兄弟の立ち位置で、その性格を大きく左右するようだ。 
母一人子一人なら、非常に強いマザコンに、多人数の一番上の長女なら親分肌
になり、とかある。私は八人兄姉の末子としての 立ち位置に生まれ育った。
下から二番目の直ぐ上の兄は、一番下の私の影になり、その虐めは陰湿。
しかし他の兄姉からは比較的愛されたようだ。しかし、常に多くの視線の中で
緊張を強いられていた。一つ間違えると苛められるからだ。それもあり常に
知らないふりをしながら、その場の状況を読み、必要のないことは見ないふり、
陰口などもっての外。10歳位までの私の武器は、大声で泣くこと。 
大家族のためか、自分の主張や欲を少しでも見せてはならない原則があった。 
大家族の特徴は誰に対しても心が開けない、群れの中の孤独がある。 
両親の職業、教養、兄弟の自分の立ち位置と、時代背景などが、自分を
カタチつくっている。振り返ってみて、生まれ育った国と、時代と、
家庭に恵まれていたと、つくづく実感する。それ以上に面白かった。 
これから、そのツケが帰ってくるか、こないか。
 ・・・・・・・
3848, 料理はメディア
2011年10月08日(土)
           ≪「知的な大人へのヒント」林望 著 より≫
   * 料理はメディア、コミュニケーションのツール         
【 食べるときは考えながら食べる。どうしておいしいんだろう、また、
 こんなにまずいのはどういうわけだろうとかね。それはしかし、自分の中で
考えておけばいいわけで得意がってベラベラ言う必要はない。大切なことは
「よく味わう」こと。それがおいしかったら「うまいなあ、実にうまいなあ」
と言って、おいしそうな表情をして、食べる。この「食べる表現」という
ことが肝要です。 料理はメディアです。コミュニケーションのツールです。
 本来は、主である自分がつくって客たる相手をもてなすというのが食べ物を
メディアとする、コミ二ケーションンのあり方です。昔は、人を招いてご馳走
することを「主(あるじ)もうけ」とも言いました。この言葉はそういう機微
ですね。つまり、主人がつくって客をもてなす、で、実際にそういう場合も
多くある。 そのほかに料理屋に行くという形の「主もうけ」もありますね。
 それは、ほんとは自分でつくってもてなしたいけれど、その技術を持って
いないとか、自分よりずっと上手な人がいるというので、その板前さんに委嘱
して、自分のかわりに料理してもらっているわけです。 それが、料理屋で
もてなすという本来の意味です。つまり、なぜ、この店に招いたかというと、
ここの料理が美味しいので、これをぜひ食べて欲しいのに、全然料理の味
なんかそっちのけで、つまらないゴルフの話ばかりしていられたら、
主がわも、またその代理としての板前さんも、がっかりしてしまうでしょう。
 そういうことを考えてもわかるように、料理というのは、コミュニケーション
のための手段、つまりメディアなんです。プロの料理人は料理に命を賭けて
いる人たちですから、いい板前さんは一生懸命考えて、大変な努力をして、
板長になっていく。そういう人が、多くの知恵を結集して、額に汗して
出してきたものを、知らん顔して食べていては、それは仁義にもとる。
薀蓄など語る必要はないのです。「美味しいな〜」だけでいいんです。】
▼ ファミレス、イタメシなどは、その店の個性があり、それに惹かれて
 客は店に行く。その個性が店のメッセージになる。美味しいものを食べつく
してきたので、それほど美味しいものを食べたい欲求は少ない。それより、
店の醸し出す雰囲気が好きで、それを求めていく。それ自体、既にコミュニケ
が始っている。 隣の席で、私が注文した料理の薀蓄を自分の部下の女性に
得々と話している人がいたが、これほど不愉快なことはなかった。 
家内も私も、美味しい料理の場合は、小さな声で、美味い美味いと自然に言う。
それが、更に美味しくなることを知っているからだ。チョットした店構え
の店で、売りにしているものが美味くないわけがない。ビジネスマンは、
その交渉の前後に食事を共にとる。 食事を通してメッセージが幾重にも
伝わる効果があるからだ。


6051,「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 〜シネマ観賞

2017年10月07日(土)

          「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 
               監督、「余命1ヶ月の花嫁」の廣木隆一。
   * リボーン
 昨日のテーマ「老人の壁〜‘生まれ変わる快感’」を書いた当日に、呼び
込まれるように、この映画を観ることになった。時空を超えた魂の交流と再生
をテーマにしている。「老人の壁」で(養老が)〈自分が知らなかったところに
行き着けば、自分が変わり、世界が突然、変わってしまう。「それまでのわたし
は、そのことを知らなかった」という発見です。〉というが、まさに、知らない
ことの恐ろしさ、知ることの大切さを暗示している。  評価:90点
  〜HPの解説より〜
【 東野圭吾の同名ベストセラー小説を、「Hey! Say! JUMP」の山田涼介と、
 西田敏行の共演で実写映画化。過去と現在が繋がる不思議な雑貨店を舞台に、
現実に背を向けて生きてきた青年と悩み相談を請け負う雑貨店主の時空を超えた
交流を描く。2012年。養護施設出身の敦也は、幼なじみの翔太や幸平と悪事を
働いて1軒の廃屋に逃げ込む。そこは、かつて町の人々から悩み相談を受けていた
「ナミヤ雑貨店」だった。現在はもう廃業しているはずの店内で一夜を過ごすこと
に決める3人だったが、深夜、シャッターの郵便受けに何かが投げ込まれたことに
気づく。投げ込まれていたのは1980年に書かれた悩み相談の手紙で、敦也たちは
戸惑いながらも、当時の店主・浪矢雄治に代わって返事を書くことに。やがて、
この雑貨店と浪矢の意外な秘密が明らかになり……。 】
  〜ネット検索による‘あらすじ’
【  第一章 回答は牛乳箱に
 コソ泥をして逃亡中の敦也・翔太・幸平は突然盗んだ車が動かなくなり、仕方
なく以前翔太が見つけた廃屋「ナミヤ雑貨店」に逃込み夜が明けるのを待つことに。
三人が店を物色していると、突然シャッターにある郵便口に手紙が投げ込まれる。
手紙を開けるとそこには、月のウサギと名乗る者からの悩み相談が書かれていた。
店に残っていた雑誌によると、ナミヤ雑貨店はかつて店主が投函された相談に一生
懸命答えてくれる事で有名だった。敦也は放っておこうというが、翔太と幸平は
こんな機会でないと人の相談に乗れないと返事を書く事を決意する。
   第二章 夜更けにハーモニカを
ミュージシャンを目指す克郎は、慰問演奏で児童養護施設「丸光園」を訪れた。
子供達は演奏を楽しく聞いてくれていたが、その中に一人だけ克郎を見ようと
しない女の子が居た。克郎はその子を喜ばそうと様々な曲を演奏するが、全く
効果はなかった。音楽に興味がないんだと諦め演奏会の終わりに必ず演奏する自分
のオリジナル曲を演奏すると突然女の子は興味を示し、克郎に話しかけてきた。
   第三章 シビックで朝まで
 ―以下、カット  】

▼ たて続けに二人の義兄が亡くなったが、6人きょうだいの半数、3人の連れ
合いになる。この年齢になると、70年のスパンの広がりの人生は、それぞれ
広く深い。人生の悩みに、正しい答えなどあろう筈はないが、それでも、助言は
当人にとって大きな助けになる。 少しネタばらしになるが、3人が悪事を働いた
女実業家が何と30年前の相談者。迷う当人に、「バブルと、バブル崩壊、IT化
の潮流を教え、その知識が成功に導く」という、何とも奇抜な設定。
 昨日のテーマ日記と映画の「クロス」は私に何を暗示しているのか? 
< 知ることで、自分の壁を乗越えて、世界を広げ続けるべし!
 世界は広く、深い!無知は罪である> 人は原罪を背負って生きている。

・・・・・・
5684,閑話小題 〜 第四人称について
2016年10月07日(金)
           <「20歳からの人生の考え方」外山滋比古著>
  * 第四人称とは何ぞや
 この本の目次で、「第四人称」という言葉があった。〜その意味とは〜
< 通りを歩いている人が、よその家のケンカをしているのを見たとする。
 実際には犬も喰わないケンカであったりするが、通行人には、わけもなく、
気が惹かれる。家のなかにいるのは、第一人称、第二人称、そこにいない
のが第三人称。通りすがりの人はその第三人称に入らないことに気づいて、
第四人称の範疇をつくった。第一から第三までの人称の世界で起こっている
ことは、局外の第四人称ではまったく別の受け取り方をされる。
当事者が面白くないことも、第四人称の人にとっては、面白く、見える。
その人にそなわっている感性である。p164 >
 〜アマゾンの評論に簡潔に以下の説明があった。
<著者が定義づける「第四人称」は、小説の作者ではなく、また作者の想定
した読者でもない、作者作品読者といったコンテクスト(文脈、状況、背景)
の外にいる”アウトサイダー”。要するに、作品世界の作者を第一人称、
それを読む読者の立場が第三人称、そして≪翻訳≫の立場にある者が第四人称
といったところ。
 傍観者の視点を第4人称と定義し、多種多様な状況に置いて第4人称の果たす
役割を考察している。傍観者であることの効果、傍観者がいることの効果という
切り口で様々な物事を読み解く視点が面白い。>
▼ 40,50歳代に、年2回の割合で、異秘境を中心にしたツアーに参加して
 きた。30,40,50回と、数を重ねるうちに、成田に向かう電車に乗ると、
「ああ、戻ってきた!」という気持ちになる。その先々での非日常の視点が、
旅行の度に、広がっていき、「第4人称」としての自分が確立したような。
それぞれの旅が数珠のように繋がり、別世界を拡大していく感覚になる。
そこは、日本での日常とは全く違った別世界。この良さは、普段、目を
瞑って、思い起こせば、何時でも入っていけること。
 オリンピック個人総合優勝を持つ内村航平選手が、インタビューで、
<自分の脳内に、『小さな自己』がいて、そこから競技の指示をする。>
と語っていたが、これは何人称? 
・・・・・・
5319,不平等を歴史に学ぶ 〜
2015年10月07日(水)
      【『21世紀の資本』トマ・ピケティ を私はこう読んだ 特集】
     〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著(新潮45・2015年3月号)
 * アメリカの格差拡大と、そもそも「“資本”とは何か」
 「アメリカの千分の一世帯が、九割の世帯とほぼ同じ資産を持つ!」という。 
情報化によるグローバル化は、その格差を更に大きくする。TPPで、世界の
GDP40%の環太平洋の経済圏が出来ることになった。関税の垣根が低く
なることは、競争の激化は、アメリカ並みの格差の拡大を意味する。 
 恐ろしいが、この流れは止めようがない。 〜その辺りから
≪ アメリカは、先進国でも別格に富の集中が進んでいる。
 上位1%の所得が国民所得全体に占める割合(所謂“1%占有率”)は、
1986年には9%だったが、2012年には19%にまで増えている。小さい数字に
見えるかもしれないが、日本(2010年の段階で9.5%)やフランス(8%)
と比べるとこの数字は際立っている。資産格差のほうはもっと深刻だ。
『エコノミスト』誌の記事によると、アメリカの上位0.1%に当たる16万世帯
の資産総額は、下位90%の1億5000万世帯の資産総額にほぼ匹敵するという。
『21世紀の資本』は、所得や資産の上位層への集中を示すデータ
(“1%占有率”や“10%占有率”)を用いて、それがなぜ生じたのかを
歴史的・理論的に明らかにする本である。今までのところ、富の集中は
アメリカで顕著に表れているが、本書の議論に従うなら、これはアメリカ
社会に固有の現象ではない。先進国なら今後どこでも生じるだろうと予測。
 今現在、日本ではアメリカほど極端な富の集中は起きていない。
“1%占有率”は1980年代(7%台)から現在(9.5%)までそれほど変わって
いない。だからこれまで日本の格差論争では、富裕層とそれ以外の不平等は
それほど重要視されていなかった。ところが、ピケティ氏らが整備した
『世界高所得データベース』を見ると、上位10%の占有率は日本でも上昇中で
あることがわかる。2010年には40%と、先進国でもアメリカ(48%)に次いで
大きい。因みに、日本の上位10%の平均所得は約900万円である。
日本ではアメリカのような大金持ちは少ないが、“小金持ち”の割合は
着実に増えている。“1%vs99%”の対立はまだ起きていないとしても、
“10%vs90%”の対立なら日本でも既に始まっているのだ。ピケティ氏は
複数のインタビューで、「日本も遠からず上位層への富の集中が激しくなる」
と警告している。では、なぜ富の集中が起きるのか。そこにはどんな
メカニズムがあるのか。 『21世紀の資本』の内容を確認しておこう。
 格差や不平等の説明には、これまで様々な説が存在した。工業化の初期段階
で起きるとする説(クズネッツ仮説)はよく知られているが、それ以外にも
最近では、IT等の新技術の登場に適応した高技能労働者の賃金が上昇している
とする説(賃金プレミアム仮説)や、労働節約型の技術進歩が失業や低賃金を
生んでいるとする説(“機械との競争”仮説)、また金融の規制緩和等政治
と一部の利害団体の結託が不当な利益を生んでいるとする説(政治原因説)等、
様々である。だが、どの仮説も実証的な見地からの反論が多く、決定打に
欠けていた。他方、『21世紀の資本』でピケティ氏が提唱するのはもっと
シンプルな仮説だ。タイトルにもあるように、「“資本”が不平等の
歴史的な推移を説明する有力な変数となる」というものだからである。
「“資本”とは何か」というのは経済学における大問題だが、ピケティ氏は
これをあっさりと「人間以外の資産として所有できて、何らかの市場で取り
引きできるものの総和」と定義している。具体的には、工場等の物的設備・
不動産や住宅・株や債券等の金融資産がそれに当たる。日常的に用いられて
いる用語では、資産とほぼ同じ意味と考えて良い。資産を持つ者が持たない者
に比べて多くの収入を得るのは自明だ。労働による所得に加えて、利子や
配当等資産から発生する収益も得られるからである。・・・ ≫
▼“10%vs90%”の対立は、既に起こっているのは実感する。それが、端的に
 現れ出るのが、現役勝組と、資産を持たないリタイア負組の格差である。
その勝組も、準備不全だと、直ぐに下流老人の仲間入りになる。 水面下で
世界恐慌に入った現在、株価の大暴落を切欠に、我々を直撃する。
他人事ではない。現に私はリーマンショックで、事業清算をしている。
・・・・・・
2050年の世界 ー16  
2014年10月07日(火)
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                   〜英『エコノミスト』編集部 (著)
    第九章 おぼつかない自由の足取り ーのまとめ
・民主主義は、先進国と自由主義国で後退し、後進国と独裁国で前進する。
・中国は、一党独裁国家ならではの脆弱性に直面しなければならないだろう。
 インドは、複数政党制ならではの欠点と挫折に苦しめられるだろう。
・一党独裁の政治体制のもとでは、民主主義という言葉は、人々がウェブ
 などを使って反政府活動をする共通のキャッチフレーズになりうる。
・逆にある程度の民主主義が保証されている国では、複数政党制のなか、
 ロビイストの暗躍や、圧力団体と官僚、政治家との癒着腐敗、政府の巧妙な
 マスコミ操作など、民主主義ゆえの欠点が見えやすくなっている。
・前者を中国、後者をインドに当てはめればわかりやすい。中国では民主主義が
 前進し、逆にインドは、複数政党制ゆえの混乱で民主主義は苦しむことになる。
・民主主義のアキレス腱は二つある。ひとつば金で、ひとつは選挙に対ずる
 さまざまな形のバイアスのかかり方である。
・第一のアキレス腱は、企業や企業の圧力団体が、政治家に献金をし、
 規制当局に圧力をかけるということだ。
・第二のアキレス腱は、民意がマスコミ、等を通じて操作されやすいこと。
 ウェーブの力はそうは言っても限定的で、マスコミはさまざまな形で
 情報操作を受けている。
・こうした民主主義の脆弱性を補う一手段として、法の支配の貫徹がある。
・さらに他人のことを思いやる「公共心」が、この民主主義の欠陥を補う。
・しかし、二〇五〇年までに、すべてを効率と個人の利益に換算して考える
 「経済第一主義」とこの「公共心」が大きな対立事項となり、民主主義を
 揺るがしていくことになる。
▼ 民主主義が果たしてネット社会でベストの政治体制だろうか?という疑問
 が出てくる。ある意味で、法による絶対的な支配も必要になる。特に、この
変動期において考えなければならない問題。世界は、ある一握りの権力者で
支配されているという。実際のところ、そうだろう。自由、平等、博愛が、
民主主義の前提にある。しかしグローバル化には、その前提を受け入れない
世界が無数に存在している。それらが距離の壁が取り払われ、一緒になれば、
そこに争いが出てくるのは当然のこと。自由にも色いろある。しかし、
そこには自ずから、制限があるが、その制限が違うから問題が多く派生する。
それが世界を混乱に陥れることになる。
・・・・・・
4212, 閑話小題 ー旅行仲間の便り
2012年10月07日(日)
   * 旅行仲間から便り
 先日、7年前に北イタリアのツアーで一緒した神戸の夫妻からアイスランド
のビデオ(DVD)が送られてきた。ご主人は元NHKのカメラマン。リタイア後に、
ご夫婦で世界各国を旅行している。当時、私たちがアイスランドに行った
直後で、「そこを勧められたことを思い出して送ることにした」と、手紙に
添えてあった。その直後に手紙で、イングランド南部のツアーに誘われたが、
既にギリシャに決めていたこともあり、次の機会にと、お断りをさせて
もらったいきさつがあった。それもあり、その次の旅行先にイギリス一周
コースを選んだが、ウェールズなど片田舎は何ともいえない歴史の深さの趣き
があり、「あのツアーも良かったはず」と思ったもの。 ビデオは、ご主人が
元プロでカメラ視線が決まっており、奥さんがナレーターをした本格的な内容で。
羨ましい趣味である。ご夫婦は旅行先は欧州が中心だったようだ。
ツアーのキャリア組みには、価値共有の仲間意識が出来ている。自慢するで
なく、互いの行ったところを披瀝し、情報交換の楽しみが共有できる。
イスラエル、パタゴニアも、新羅ウィグル地区からカラコルム・ハイウェーを
抜けアフガン国境のツアーなど、現に行ってきた人の「生の話」を聞いたから
こそ行けたもの。財産として、金か、土地として残すか、「こと=行蔵」として
残すか、その人の考え方による。私は、感動、感激を求める「こと」の方を
選択してきたが、それで良かったと思っている。秘境ツアーなど贅沢の極みだが、
本気になり探すと信じられないほど格安で、内容のあるツアーは幾らでもある。
また、それを探すのが面白く楽しい。現在、隔日ごとに、行った先の世界の旅
番組を見ているが、それぞれの旅行の延長を、そのまましている気持ちになれる。
ツアーとしても、それぞれの旅は、帰ってきてからも続いている。
先も短いこともあり、来年から年一度の旅行を再開したいが、
世相が悪くなる中、いざとなると迷いが出るだろうが?
 ・・・・・
3847, 創造的破壊
2011年10月07日(金)
「創造と破壊」について考えてみる。何か新しいものが創造される時に、
古いものの破壊が、そこにある。新しく創造されたものも、時間と共に古くなり
破壊される運命にある。破壊をマイナスだけで捉えるのではなく、創造のベース
として捉えることが創造的破壊である。 人生での挫折は、新しい自己へ生まれ
かわるための破壊になる。但し、それを糧に生まれ変わった場合だが。 
社会的な立場だけでなく、内面も重ねての人生の再生である。破滅の際だから
こそ変われる。順調に来た人ほど後半になっての挫折は、心に大きい重石となる。
しかし挫折は人生の節目をつくる機会でもある。竹の節は、これがあるから
大風の時に折れない機能として全体のシナヤカさのバネになる。
予定挫折のいう言葉もあるとおり、人生で無くてはならない節目は必要のこと。 
半年前の挫折?で、比較的平然でいられるのは、人生の前半に、多くの節目が
あったためである。 節目時は耐えるしかない。 しかし挫折経験こそ人生を
充実させてくれる。 どちらにしても人生に挫折の2や3つはつきもの。  
創造というと、まず「創造的破壊」が浮かんでくる。 ネットで調べると、
【 創造的破壊とは、オーストリアの経済学者シュンペーターによって
 唱えられた考え方で、非効率な古いものは効率的な新しいものによって駆逐
されていくことで経済発展するという考え方であり、その新陳代謝のプロセスを
そう呼んだ。不況は創造的破壊に必要であり、政府による介入はこれを妨げる
ものとして否定した。 現在ではこれを読み替えて、 企業活動の中で古いもの
を打破し全く新しいものを生み出す行動、という意味合いで使われることが多い。
 ドラッカーは、これに近い意味として体系的廃棄という言葉で述べているが、
組織でも何でも発展にはイノベーションが不可欠。「脱皮できない蛇 は死ぬ」
も、脱皮しおえた蛇はまたその外皮が支えられる体型までは急速に成長するが、
そこまでいくと、退化が始ってくるという意味。 創造と破壊は、対をなして
いるといってよい。・・・ 】
▼ デジタル化、ネット化は、この創造的破壊を加速する。
 情報化とグローバル化は、NO1以外のものを即座に駆逐するため、
創造利益を得るのが一部に限られる。しかし効率性からみて、最良のものが
生き残るシステムも決して否定できない。現在の世界の政治、経済の大混乱も、
ネット世界が現実世界とは別に出来、上位にたってしまった結果生じている
創造的破壊。この中で生き抜くことは至難の技。 全ての技がデジタル化し、
合理化を促すからだ。「面白こわい時代」である。 今回の私の挫折を
創造的破壊とすると、如何いうことか?考えるほど、人生の際(きわ)
が見えてくる!次の段階に踏み込め!ということ?     


6050,「老人の壁」 〜読書日記 −2

2017年10月06日(金)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 生まれ変わる快感!
 人生とは、「生まれ変わる快感」が突き動かしている、といく切口で振り返え
みると、納得する。
・21歳の7月の30日の欧州旅行で、の固定観念の壁が崩れてしまった。
「世界は広く、深い」という実感。あの時に、生まれ変わっていた。
・翌年、武澤ゼミで、現象の中にある真理を科学的に解明する訓練を一年間させ
 られた。いま流行りのオープンハウスに近い25人の寮生活。他者の私生活と
 内面そのままが現われ出る中での、互いの葛藤の経験も生まれ代わりの一つ。
・それから51回の秘異郷を中心とした旅行も、その都度、「生まれ変わって
 帰ってきた」。ロッキー山脈を遠望して、「何、これ! ここは地球?
 これを見ないで死ぬと死なないとは天と地の差。それにしても!」と…  
 40、50歳代に、このような感動を数多く出来たのは、「生まれ変わる快感」
 の味を知ったため。このブログの記述と公開も、日々、生まれ変わるため。
  〜その辺りから抜粋〜
≪(南)真面目な人は、お手本通りにやろうとする、そうするとうまくいかない
  ことがストレスになったりする。いわゆる評価じゃないものが見えてくれば、
  やっている途中も、やっていること自体が楽しい。そういう、自分が楽しむ
  方向を見つけられればいいですね。
(養老)自分が知らなかったところに行き着けば、自分が変わり、世界が突然、
  変わってしまう。「それまでのわたしは、そのことを知らなかった」という
  発見です。世界は広くて、そんなことはたくさんある。それを覚えると、
  年を取らない。だってそうでしょ? しょっちゅう生れ変わってんだもの。
(南)世間で言われる正解というものがあると思うから、つい後ろの解答ページ
  をみてしまう。それをやると、もう楽しくなくなる。僕は「わかった嬉しい」
  と思っていたけど、今までと違う人になることが嬉しいんですね。
(養老)虫なんかしょっつう見ていると「ええ?こんなふうになっているよ!」
  と仰天する。病みつきになって、やめられない。1人でいて、ほっておかれ
  ても何も気にならない。 …
(養老)本当は、勉強や学問ってそういうもので、自分が知らなかったことに、
  気づくという、それだけでなんです。そういう楽しみを持たない人が増えた
  としたら気の毒ですよね。今の親や教師に真面目な人が多いから、その快感
  を教えられる人が少ないんじゃないですか。
(南)それまでちゃんとした答えだけでやってきた人が先生になってしまうと、
  それは教えられないですね。正しい答えじゃなくて、わかった!ってときの
  快感ですもんね。
(養老)案外、古典なんかにちゃんとあって、ゲーテも「死んで生まれ変われ」
  などと書いています。前の自分がいなくなって、新しい自分になるという
  ことです。確かに近代生活の中できちんと生きていたら、そういう楽しみは
  妨害される可能性がかなりたかまる。学んだり発見する喜びは内面にあって
  他者の評価によらないし、それが人を若々しくしたり幸福にするというのは、
  当り前のことなんでしょうけど。 ≫

▼ 書き続けていると、そして、同月同時の過去文を読返していると、当時の
 己と、現在、読返し、時間をおいた自己対話が「自分」ということに気付く
ことになる。そこに年々、生まれ変わっている「自分」が見て取れる。知らない
人からみたら、今でも内面は激しく変わっているのだから、「大変な人」だが、
それが至極当然のこと。穴倉も、岩場の外の、内海も、外海も、大して変わりは
しないとはいえ… 少々、危険でも、外海も出ればこそ、何らしか、想像を
絶した世界が広がっている。 

・・・・・・
5683, 豊洲市場とオリンピック問題の共通項とは
2016年10月06日(木)
   * 豊洲市場とオリンピック工事の陰から見え隠れするのは
 豊洲市場の設計事務所の交代と、盛り土をせず空洞を設けた変更に、
ゼネコン・シンジケートの策謀を感じとったのは、私だけではないはず。
それに東京オリンピックが当初見積もりの4倍に増加というから、空いた
口が閉まらない。ゼネコンと、都庁職員と、政治家が、阿吽の呼吸で仕掛けた
構造汚職の一端と思われる現象である。 これは設計変更が誰の利益になるか
をみれば自明のこと。これが全国各地の公共工事で横行していると推察される。
  〜ネット検索で「盛り土問題」で調べた結果、明確な内容があった。
<(Q)・移転の延期や盛り土の問題が出た経緯は?
(A)・築地市場の豊洲市場への移転は、当初11月7日に予定されていました。
 小池知事は、市場の敷地内の水質調査の結果が出ていないことなどを理由に、
「安全性の確認を最優先に行う必要がある」として、先月31日、移転の延期
を表明しました。そのうえで、水質調査の結果が出る来年1月以降、改めて
移転時期を判断することにしていたさなかに、盛り土が敷地全体では行われて
いなかったことが発覚した。 それまで東京都は、およそ40ヘクタールある
豊洲市場の敷地全体で行われたと説明していました。地下2メートルまでの土壌
をすべて取り除いたうえで、きれいな土で埋め戻し、さらに盛り土を重ねること
で高さ4.5メートルの、きれいな土の層を造成したとしていたんです。
ところが、実際には建物の地下は盛り土をせず、空洞を設けていました。
安全対策の要といえる盛り土がなかった、都民・国民に安全性をアピールする
ため行ってきた説明が事実と違っていた。このことから特に、万全な対策を
信じて移転を決めた市場関係者は裏切られた思いを強めています。
(Q)・なぜ専門家会議の提言に反して、盛り土が行われなかったのですか?
(A)東京都の調査によりますと、土壌汚染対策を担当した都の技術系の職員
たちは、「今後、豊洲市場で新たに土壌汚染が確認された場合、重機などを入れ
対策をとるためのスペースを確保する必要がある」などとして、建物の地下には
盛り土をせずに空洞を設けたと説明しているということです。
(Q)・なぜ盛り土がないと問題なんですか?
(A)・絶対に盛り土がないと問題というわけではありません。
土壌汚染対策法の運用指針では、汚染された土壌は厚さ10センチを超える
コンクリートで覆うことを基準として定めています。豊洲市場の場合、それぞれ
建物の1階の床は厚さ35センチほどのコンクリートで覆われています。
このため東京都は対策自体は行われていると説明しています。対策のしかたには、
さまざまな方法があるというわけです。・・・ >
▼ ゼネコンに有利な?設計変更が、近代国家の首都で堂々と行われていた
 とは驚き? 前の二代の知事だったら、表立たなかった可能性が強いし、
今回の知事選で他の知事だったら、同じだろう。とすると、内部告発が多く
リークされて当然。構造汚職で政財界が根こそぎ大混乱が起きる可能性がある。
ブラジルと何か似ている。 だから、首相が早期解散論をチラツカセ始めた。
アベノミックスの象徴が『東京オリンピック』。それは、公明正大に構造汚職が
罷り通る世界である。 国家破綻への下り坂とは、こういうもの? 
 太平洋戦争は、とっくに終わったのに、復活景気が終わったのに、復活に
従事した政治家の二代目が、親のコピー政策を繰返すしか策がないとは! 

・・・・・・
5318, そもそも教養とは何だろう
2015年10月06日(火)
            〜『世界の哲学・思想』小須賀健著より
  * もっともっと本を読んでおけば良かった
 学生時代の卒業まじかに、「もっと読書量をこなしておくべきだった!」と
気づいたが時が既に遅し、ノイローゼ気味になり留年さえ考えた。しかし、
まず一度社会に出てから考えることにし、その代わり、一日2〜3時間の読書を
自分に課すと決心、それが現在まで40数年続いている。それが学生時代の一番
の収穫だった。 今から振返って、学生時代の砂場には数知れない経験が
詰まっていた。 〜哲学入門的な本の冒頭に以下の内容があった〜
≪ なぜ私たちは、一人前の大人になってから「もう少しまじめに学校の勉強
 をやっておけばよかった…」と反省したりするのでしょうか。 じっさいに
学校にいたときには、「こんな勉強がなんの役に立つのかさっぱりわからず、
まじめにやる気になどなれなかった」という人が(私も含め)ほとんどでしょう。
 では、大人になってから、もう少しまじめにやっておけばと反省するのは、
社会に出て勉強の必要性が身にしみてわかったからなのでしょうか。
どうもそのようには思えません。どんな職業であれ、「自分の仕事に学校の
勉強が役立った」と確信した、などという話はあまり聞いたことがありません。
義務教育で学ぶ勉強が実社会で役に立つはずだ、という思いこみがまったく
幻想であることは、みんな分かっています。社会で要求されるのは、効率よく
仕事をこなすこと、あるいは無駄なく目の前の課題を片づけていくこと。
こうした日々を送っていると、逆に学校時代における学習という行為が、
そのような効率や目的から自由であったことが理解できるはずです。
 古代ギリシアの人々は、人口の二倍にもおよぶ奴隷に基本的な生産労働を
行なわせることで、少なからぬ時間的余裕を謳歌していました。
ただ、彼らはこの余暇の時間を、漫然と過ごしていたわけではありません。
こうした時間を使って、自分を磨く、あるいは教養を高めるといった活動に
励んでいたのです。この「余暇」をギリシア語で「スコレー」といいますが、
この語が英語のスクールの語源であることはなかなか示唆的です。
 おそらく、もともと学ぶという行為は、生産性とか利便性といった功利目的
からは隔絶されたものだったのです。今私たちが、学校時代を振りかえって
ちゃんとやっておけばよかったのにと後悔を覚えるとき、そこでイメージされて
いる勉強もおそらくそのようなもの、つまり功利性とは無縁に過ごせた時間
への郷愁なのではないでしょうか。
 しかし、じつさいの学校における教育はどうでしょう。学校は、社会とは
区別される領域でありながらも、社会への通路でもあるために、社会一般の
価値観がその中に侵入してしまいます。そのため勉強するのはいい大学に入る
ため、あるいは楽な人生を送るためといった功利的な発想がすでに蔓延して
います。私たちが外から夢想するほど、学校での勉強はうらやましいものでは
ありません。たぶん学生のころにもっとちゃんとしていればよかったと振り
かえって後悔する人は、仮に今それが可能になったとしても、同じことを
繰りかえして漫然とときを過ごすだけでしょう。そのときにできなかった人は
今もできないままなのです。それなら振りかえるのはやめて、今からしたい
ように勉強すればいいのです。逆に後悔しても、そのときは勉強できるような
余裕も環境ももてなかったという人もおられるでしょう。そういった人たちも
含めて、何かの役に立つとか、なにかのためにやるとかといった一切の功利性
から離れて、学問(ここでは哲学に限定ざれますが)と向きあってみたいと
思われる方に、すこしでも参考になればと思って書いたのが、この本です。≫
▼ リタイア後から、私レベルだが、読書の質が少しだがアップした感がする。
 学生時代に読んだ本で、社会に出てから自分を支えてくれたのは、効率とか、
創造工学とかいう内容のものより、何かに迷い、吹っ切るために、孫子や、
諸子百家、聖書、仏教書、漱石、鴎外、川端全集などが、面白く没頭して
読んだ本だった。 確かに、ドラッガーの『集中、得手に帆を張れ、内部より
市場に焦点を!』などの知識も、役にたったが・・ で、このザマ。 
 何にも社会経験のない純真なまっさらな時節に、何も捉われることなく
読んだ本こそ、独り彷徨う中で、強い指標になっていた。「逆境に根を、
順境に枝を張れ」というが、その栄養分の元は実体験と培った知識である。
人生の晩秋に枝の葉は枯れても、枝として残る。この年齢で、たわわな
葉っぱを求め、枝を張ることしか知らない人を無知の人という。 
要するに、あのケモノの臭いの強い『世間人』。
・・・・・・
2050年の世界 ー15  
2014年10月06日(月)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   第十章 高齢化社会による国家財政の悪化をどうするか ーのまとめ
・世界的な高齢化によって、年金と健康医療費の増大は、国家財政にとって
 大きな負担になる。
・社会保障費の増大は、防衛費や教育費など国家にとって欠くべからざる
 分野の予算を圧迫してきている。
・先進国のみならず、新興国もインドを除いては、社会保障費の増大に
 ともなう国家財政の悪化の懸念がある。
・しかし、そうした国家財政の悪化は、改革によって防ぐことができるもの。
・年金については、雇用期間の延長、あるいは、富裕層には選択的に
 支払わないなどの措置がすでにとられつつある。
・健康医療費については、オランダのように、貧困層や弱者には、政府が
 援助をし、そうではない部分で、民間の医療保険に市場を開放するなど
 して、費用削減の効果をすでにあげている。
・ベビーブーム世代の年金の受取額は一人ひとりは大幅に減ることになる。
 しかし、それで、一回きりの費用増大のショックをやわらげることが可能。
・開発途上国では、将来の高齢化を見こして余裕のあるうちに、年金の賦課
 方式から積立方式への転換が比較的容易に行なわれるだろうし、そうした
 措置をした国家は、将来に備えることができる。
・政府借入金の急増の余地を残すために債務を低く保つ、戦略的な財政備蓄の
 確保の必要性がある。未来の国庫は、例えば気候変動に伴う極端な気象現象
 による災害に備えての自然災害税など、多数の財源を持つことを要求される。
▼ この問題が、日本の将来の最大のネックになる。富裕層と、有能な若者は、
 日本を見限り移住するだろう。問題は、少子化と高齢化である。そして、
一部の富裕層が富を独占する歪な社会が、世の中を不安定化する。40年でなく、
あと10年もしないうちに、国家財政の破綻と、非常事態宣言が行われる
ことになる。それが、数年先かも知れないのである。
・・・・・・
 4211, 異郷日記 ーアフリカの不思議の力
2012年10月06日(土)
  * ライオンの魂       「異郷日記」西江雅之著
 アフリカ、アメリカ、中国、東南アジアに住んでいた頃の逸話は、生々しく
惹きつけられるものばかり。アフリカでは、今でも魔術が信じられている
ところが多いというが、芯から信じれば、それは現実。ー以下も、その一つー
≪ 不思議な力を持つものには、以前に出会ったことがある。東アフリカで
 生活をしていた頃のこと。村人の話によると、雄のライオンのなかには、
死ぬ瞬間に自分の魂を勢いよく口から吐き出すものがいるという。普通の
姿勢を保っている状態では、ライオンの口は下を向いている。死ぬ瞬間に
吐き出される魂は、地中深く埋まってしまい、人の目に触れるしとはない。
ある猟師はライオンに出くわしてしまって正面から撃った。その瞬間に
ライオンも自らの魂を吐出した。その魂が飛ぶスピードは弾丸並みであった。
そこで、猟師とライオンは相討ちとなり両方とも死んでしまった。
まことしやかに話すというのではない。本気で語っているのである。
東アフリカの多くの地域では、ライオンの魂は貴重品である。
それを家に置いておいたり、携帯していたりすれば、戦争に行っても
弾には当たらない、旅に出ても強盗に襲われない、病魔も近づかない・・
などなど、如何なる災害からも身を護ってくれると信じられている。
ある時、わたしはそのライオンの魂なるものを村人から手に入れた。
直径三インチほどの毛玉のようなものである。わたしの目には、それは
どうやらライオンが食べた動物のうぶ毛が腸のなかで結石のようになった
もののように見えた。とにかくそれを持って町に帰り、嬉しくなって
近所の人にそのことを話したら、なんということか、その後の何日か、
わたしの部屋は狙われ続けて、すベての害から身を護れるはずのものを
手に入れた途端に、それまでは一度もなかった害の恐しさを経験する
ことになったのだ。ライオンの魂は、それほど素晴らしく、安全を求める
人心を惑わすほどどのものなのだと、わたしは納得した。 ≫
▼ 「所有すると、その家に不幸があると言われる高村光雲の像を一時期、
 購入して所有したことがあったが、何故か不幸が続いて気持ちが悪くなり、
売ったことがある・・云々」という逸話を父から聞いた話が妙に記憶に
残っている。私の高校の知人が写真家をしているが、仏像の写真集で写真を
撮っているときに不思議なことの連続だったという話も聞いた。
それと、このライオンの魂の話は少し違うが、こういう話を聞いて信じるか、
信じないかだけである。現在、「神は妄想である」という遺伝学者の本を
読んでいるが、これが面白い! 裸の王様の一神教の信者の愚かさ、
信じる者は救われるか! 逆か?
・・・・・・
3846,‘よい写真を撮る’コツは ?
2011年10月06日(木)
 海外旅行など、つまらない写真を見せつけられて困った経験は誰もある。
それは撮るほうも撮られるほうも構えるからである。私もスナップ写真を中心
に多くの写真を撮り続けてきたが、少しは真っ当な写真が撮れるようになった
のが、デジカメで写し始めてからである。 デジカメはコストを考えないで
済むので、気分に沿ってドンドン撮り、後で気に入ったものを選べばよい。
 観光地などの写真は、幾らでもネットや絵葉書で入手が可能。そこには、
自分が撮ったという現場感覚が入ってなくては面白くない。写すというより、
その場の雰囲気に従って対象から逆に「自分の一番良いところを撮ってくれ」
と、指示された目線で撮るとよい。その為には対象の景色に、まず感動し、
その感動をカメラに収める気持ちが必要である。また小さな花をアップにし、
その背景として撮りたい景色を背景にすれば、大小のコンストラストが現場
の空気を際立たせてくれる。 人物を撮るときに、「撮りますよ」と自分から
構えては良い写真は撮れない。後姿やリラックスの自然体の姿を撮るのが原則。 
その為に、その人の表情が出てくるタイミングを待たなければならない。
だからハイ(雰囲気に酔った)の状態で、その場を撮ると比較的良いのが撮れる。
それは、その場に自分が溶け込んでいるためである。篠山紀信や荒木経惟の
女性などの撮影現場をTVでみたが、徹底的に相手をリラックスさせ、
その個性が湧き出るまで待っている。 その為には、まず撮影していること
自体を忘れさせてしまう。動物も人間も見られると緊張する生き物。 
電信柱にとまっているカラスをジッと見つめると、緊張の反応を示す。
人間も同じでカメラなど構えれば、緊張するなという方が無理。そこで、
撮影を忘れさせ、何気なくカメラを向けると良い。今まで、デジカメは
少しは使いこなせたが、一眼レフを使いこなせたことはない。どうしても、
構えて良い写真を撮ろうと、構図の選択に構えが出てしまうからである。 
対象の真善美を、リラックスした自然状態で、純心に同化することが理想。
その為には、やはり場数と、基本的原則を知っていなければならない。
何ごとも同じ。スナップ写真こそ難しい。 文章も同じことになる。


6049,「老人の壁」 〜読書日記 −1

2017年10月05日(木)

            「老人の壁 :養老孟司 , 南 伸坊 (著) 」
   * 老人の壁を突き抜けて
 「老人、如何に生きるべきか」を、根赤の養老孟司が御隠居で、南伸坊が
 熊さん役が軽く、明るく対話した内容。数年前の葬式で、80歳半ばの従兄が
同席していた。一人は地元商人。いま一人は東京下町の何かしら特許収入を持つ
商人。 前者は痴呆症が少し入っている?と思しき愚痴と悪口を語る。
後者は、一生をカメラ・映像の撮影を趣味とした人で、「老人の壁」をとうの昔に
超えている。 その二人の姿そのままが、このテーマの答えのようだ。年々、
暗くなりがちになる古希を越えた現在、如何に面白可笑しく日々を生きるか。
地方性もあるが、周囲には暗いのが多い。他人事ではない。周りから、一人
ひとり欠けていけば、然もありなんだが!
  〜Amazonの内容説明より〜
《 「明るい老人の本」
大好きな虫採りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西さまざまな「本人」
になっていくつもの人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった
二人が「老人とは何か」「老人はどう生きるべきか」を、科学とユーモアで徹底
討論! 病気になったらどうしよう。死んでしまったらどうしよう。暗い気分に
なってしまうのは、暗い気分になるものしか見ていないからだ。どんなに年を
取っても人生を変える発見がある。死んだ後のことは生きている人にまかせよう。
人間のことより花鳥風月に目を向けよう。養老孟司のエッセンスと、南伸坊の
笑いが炸裂する心が軽くなる対談集。 》
《 人生に“発見”があるかぎり、老後は明るい!心が軽くなる対談集。
 大好きな虫捕りに明け暮れる解剖学者・養老孟司。古今東西の「本人」となって、
数多の人生を送るイラストレーター・南伸坊。ともに老人になった二人が、人生
百年時代をどう生きるべきか、科学とユーモアで徹底討論。 》
 ――  
〜印象に残った個所から… 
(養老)「年をとって自分がなくなってくると、気が楽なんですよね」
(南)「健康で長生きするためにはどうしたらいいですか」
(養老)「だから、健康な間だけ生きてりゃいいんです」
    「ちゃんとした介護なんか、誰にもできないですよ」
(南)「そうですね、それが世間の常識になったらラクなのに」
(養老)「いい老人ってどういう老人だろうね」
(南)「そうですねえ、ゴキゲンな老人でしょうね」
(養老)「にこにこしてりゃいいんですよ」
(養老)「趣味なんか、世の中の役に立たないんです。それでいいんです。修行
   と同じ。修行っていうのは、自分を完成させるための作業。一番いいのは、
  比叡山の千日修行。あんなのをやったって、誰も儲かりません。GDPが増える
 わけでなし。だけど、何が残るかって、「本人が残るですね。それをやった本人
 が残るんです。それが「作品」ということです。 だから、自分が作品である
 ような、作品としての自分を完成させるつもりで、好きなことをやれば、老人
 としての時間を本当に楽しめるんじゃないかな。」
(南)「老人の壁を越えると、作品の自分がいる。」
 ――
▼「まさか、ここまで元気で生きられるとは!」が、実感だが、老いた実感は
 まるでなし。だが、世の中は、そういう鈍感な人にプレッシャーを与える。
そこで、ポタリングで、身近な「風月花鳥」を、PCや、4kTV画面で世界の
「大自然の光景」を楽しむこととにあいなるが、これが素晴らしい! 
 〜偶然だが、また文脈が以下に続いていく。

・・・・・・
5682,瞑想とは 〜3
2016年10月05日(水)
          <ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
                 2016年9月28日(水)午後7時30分>
  * 瞑想の目的は何だろう?
 瞑想とは何か、その目的とは何かについて考えるため、ネットで、
 <瞑想の目的>と検索すると、明快にまとめた内容があった。
≪ 瞑想の目的は、悟るため? いえ、そうではない。悟りたいと思って瞑想
 している限り永遠に悟りなどやってこない。むしろ神経過敏になる分だけ、
ろくなことなどない。 瞑想は、ただ、「気づき」のための時間である。
「気づき」と言うと、何かすばらしいことに気づくための時間と誤解する人も
いるかも知れないが、これまた誤解を招きそうである。言い方を変えてみよう。
英語で言えば"be aware of"、つまり、「〜に気付いている状態」、または
「目覚めている状態」とでも言ったほうが近い。ただひたすら、自分の周りで
起こっていることを、そのまま感じるための時間である。
 「ヴィパッサナ」という瞑想法がある。自分の呼吸を見ることだけに意識を
集中させる。吸う息、吐く息をじっと見つめる。40分間くらい自分の呼吸を
見つめることができるようになれば、とりあえず合格。 しかし、時間を
はかったりすれば、それは呼吸以外のことに意識が行っているわけだから
失格になる。しかし、あまりかたいことを言う必要などない。とりあえず自分
の呼吸を見つめていればよい。「無心」になろうとすることもない。
雑念がわいてきたら、それも悪くはない。そのうち色々と考えることも出るが、
それも無理に止めることもない。
 ただ言えることは、瞑想をするに、最初から何かの具体的な目的は持たない
ほうがよい。目的のない時間を取り戻すことが目的かも知れない。
皮肉なことであるが、瞑想状態のことを言葉で表現しうようとすると、
いつもこうなってしまう。 とりあえず40分間、ヴィパサナができるように
なったら何が起きるのだろうか。 何か良いことがあるのだろうか。
 これには、私はあるともないとも言えない。まずよいことなど何もないと
思っておいたほうが間違いない。少なくとも、瞑想中には99%、何も起きない。
清浄で、「目覚めた時間」を作りだすための稽古の場にすぎない。瞑想では
悟ることなどできない。特に、瞑想で悟りたいと思っているのなら、まず絶対
悟ることはできないだろう。
 もしあなたに何かのお悟りがやってくるとしたら、それはSEXをしているとき
かも知れないし、庭を掃いているときかも知れない。芋を洗っているときかも
知れない。金魚が泳いでいるのを見たときかも知れない。それは私の知った
ことではない。そして、あなたの知ったことでもない。
 Who knows it?  誰にもわからない。しかし、ひょっとしたら何かが起きる
かも知れない。 たぶん、やって損はないとだけ言っておこう。何が起きるかは、
起きたときのお楽しみ。≫
▼ この7年間、早朝のポタリング時に、大手大橋でヒキチャリをしている。
地球の芯に『球芯様』と命名し、橋の途中から、話しかけて対話をする。
幼稚だが、その会話が面白い。 
 <球芯様、おはようございます!>
≪ オウ、お前か。お前を通して、周囲の景色を見るのが一番の楽しみじゃ!
 ジックリと見回してくれ。それが私を呼起した見返りじゃ。それにしても、
ワシに命名し対話を求めるのは御前ぐらいだ。 大体が、人間は、どうでもよい
細かいことに気が向きすぎじゃ。もっと大自然に、道理に、無心になりなさい。≫ 
<それにしても絶景ですな> 
≪ 慣れるとは、恐ろしい。この美しさを、そのまま味わいば良い。
それがワシにとっての解放になる。この川のせせらぎ。飛遊する鳥たちの姿。
遠くの山々。そして、陽光と、雲の織りなす美しさ。こうして御前が、私に
見せてくれるのは有り難い。この見返りは、世界の絶景の場に、お前を導くこと
になるのさ。 ≫ 
 この内語の対話も一種の瞑想。この景色の美しさに気づいたのだから。
世界の絶景を数知れず見てきため、地元の絶景に気づくことが可能になる。
それが次の旅に、誘っていく。あり難いことだ。 あり難いことに気づくこと
こそ瞑想の目的である。感謝、感激、感動の触媒は、幾らも身近に存在している。

・・・・・・
5317,不平等を歴史に学ぶ 〜
2015年10月05日(月)
    【『21世紀の資本』トマ・ピケティを私はこう読んだ 特集】
   〜‘不平等を歴史に学ぶ’柴山桂太著   新潮45・2015年3月号
  * 上位1%や上位10%への富の集中
 中流社会の、三分の二のサラリーマン対、残り下位の構図が崩れた現在、
この本では、“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
ネット社会の到来が、世界をグローバル化を促進させ、一部だけが勝ち組に、
残りは負け組の社会になっていく。この著書で、ピケティは、その点を
クローズアップして我々に問題提示をしている。 〜ここで筆者は
「過去の不平等は戦争や革命により暴力的に解消された、しかし著者の
目論見は、この失敗のスリリングな回避にある」とある。さらに・・
≪ 格差社会という言葉はすっかり日常に定着した感がある。“1億総中流”
 と言われたのも今は昔、最近では社会の二極化が懸念されるようになった。
日本だけではない。不平等の拡大は世界的な傾向である。特に顕著なのが
アメリカ。 “1%vs99%”とも言われるように、人口の1%の富裕層の富が
増加する一方で、大多数の国民の所得は伸びていない。最近では上位1%
どころか0.1%、或いは0.01%の超富裕層の富が急激に増加している事実が
明らかになっている。なぜこれほどの富の集中が起きるのか。
 この問題を考える上で目下大変な注目を集めているのが、
ピケティ氏の『21世紀の資本』である。・・(略)
 本の内容は至極真っ当だ。不平等のデータを過去200年以上に亘って
収集・整理した上で自説を展開するピケティ氏の理論は、類書には無いわかり
やすさと説得力がある。日本の格差論争はこれまで、非正規やワーキングプア
の増加が問題視されてきた。非正規の割合はこの20年で増え続け、現在では
労働人口の35%を超えている。年収が200万円を超えないワーキングプア
(働く貧困層)も、若年層を中心に増加の一途を辿っている。
平均的なサラリーマン(中位層)とそこに入れない貧困層(下位層)の格差が、
従来の格差論争であった。 それに対して『21世紀の資本』が扱うのは、
「上位1%や上位10%の富裕層への富の集中がなぜ生じるのか」という問題。
これまでの格差論争が“65%vs35%”の格差を問題にしてきたとすれば、
こちらは“10%vs90%”又は“1%vs99%”の不平等に焦点を当てている。
この本がアメリカでベストセラーになった理由もここにある。 ・・ ≫
▼ アマゾンのビュアーの『21世紀の資本』を要約によると
《本書の主たる主張はごく簡単に言い表すことができ、何度も繰り返されている。
- 人類の歴史のほとんどの期間において、資本収益率は成長率を上回っている。
(つまりr>g)であると、富は賃金所得や産出を上回って成長し、持てるもの
と持たざるものの格差はどんどん拡大。事実、20世紀以前には一握りの金持ち
と大多数の生活に困窮する庶民で社会が構成されていた。
- 20世紀後半に比較的格差が縮小し、そこそこ裕福な中間層が出現して穏健な
市民社会が実現したのは、2度の世界大戦による富のリセット、インフレ、
各国の格差縮小的な税政策、歴史的に見て例外的な高度成長の継続、などの
要因が重なったためであったが、今や成長の時代は終わりを告げ再び格差拡大
の時代に戻ろうとしている。
- 格差拡大を防ぐためには、高度な国際協力と資本に関する情報開示を基礎と
した累進資本税の導入が最適な解決策である。》と、要約を、まとめている。
・・・・・・
2050年の世界 ー14  
2014年10月05日(日)
  2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
           〜英『エコノミスト』編集部 (著)
  第十一章 新興市場の時代 ーのまとめ、
・四十年前、新興国市場は存在していなかった。�眷小平はまだ追放の身。
 インドの首相インディラ・ガンジーは、銀行を国有化し、大企業を押さえ
 込み、社会主義に転向。チリは社会主義政権で、アジェンデ大統領は
 コンピューターで計画経済ができると信じていた。先進国にとって開発
 途上国という言葉は、政府の腐敗を意味しており、途上国にとって 
 投資は、海外資本による纂奪を意味していた。
・それが変わったのは、開発途上国が資本主義と和解し、その技術、資本、
 インフラをとりいれ、世界の資本市場で、安い労働力をつかって製造工場の
 役割を果たすようになったからだ。
・ゴールドマン・サックスが、BRICsという言葉を使って新興国市場の成長に
 世界の目を向けさせたのは二〇〇三年のことだが、実際はその予測を二倍
 くらい上回る規模にブラジル、ロシア、中国は成長した。
・これは・経済成長が指数関数的に、すなわち規模が増えた分を利用して
 さらに増えるからで、現在の先進国のうち、二〇五〇年までに、経済の世界
 規模で上位七力国に残るのはアメリカのみ。あとは、中国、インド、
 ブラジル、マレーシア、インドネシア、メキシコにも抜かれると予想される。
・ある国の工業化の時期が遅れれば遅れるほど、その速度は速くなる。
 しかし、その速度は、他の要因にも左右される。そのなかでもっとも大きな
 ファクターは、教育である。生産性を向上させるさまざまな手法や技能は、
 教育程度の高い労働人口を持つ国で速く広まる。
・フィリピン、エジプト、メキシコ、インドネシア、バングラデシュ、
 パキスタン、ナイジェリアなどの新興国で、教育年数が二〇五〇年までに
 著しく延びて、生産性の高い労働力をその国に生み出し、経済成長を
 あと押しするだろう。
・中国は二〇二五年を境に急速に高齢化が進み、人々はそれまでに海外にため
 込んだ海外純資産をとりくずし始める。そして中国は労働力不足におちいる。
・今中国は、六五歳以上の人ひとりに対して、就労可能年齢の労働者(つまり、
 二○歳から六四歳までの人)が七・九人いる。二〇五〇年には、わずか
 二・二人。日本は現在の時点で、退職者ひとりを労働者二・六人が支える。
▼ 現在の日本が、このまま衰退していくとは思えないが、極東の陸の孤島
 の日本が、その地政学的な有利さの中で、教育に熱心だったことも含めて、
世界第二位の経済立国に上り詰めた。しかし、これまで。これからはネットが
世界を覆う時代である。インドの貧民窟街の少女にも、ネット上では大きく
チャンスがある。そういうハンデを背負った人たちと競っても、太刀打ち
するには、余程のことがないと難しい。
・・・・・・
4210, 異郷日記 ーサンジバル
2012年10月05日(金)
                  「異郷日記」西江雅之著
     * サンジバルの逸話
 人は家の中に閉じこもっているほど危険なことはない。外界に出て戦い
続けないと人生の自殺者になってしまう。硬い殻に閉じこもり、しがみつく
しかない人生こそ避けなければならない。ーその辺を抜粋してみるー
≪ 東アフリカのタンザニア国。大陸側からの最短距離で約四〇キロほど
 離れた沖に浮かぶザソジバル。平坦な島の中に、幾つかの町と、多くの村が
散る。住民のほとんどは、イスラム教使だ。そこでは目の前に現れる事物の
すべてが、次々に過去を語り出すザンジバルは史実虚構が入り交じる物語に
埋もれた土地なのだ。散歩に出かければ、崩れかけた石造りの建物や、
アラビア数字が消えかけている大小の墓石が目に入る。海に目を向ければ、
緩やかな波のうねりや潮騒が、すでにこの世を去った冒険家、奴隷商人、
奴隷、征服者、イスラム教徒、ヒンドゥー教従、キリスト教の宜教師たちの
声を告げてくる。それらの声には、優しいものあり、人々威嚇するものあり、
高笑いあり、探い嘆きを伝えるものもある。各々の声は複雑に紺み込まれた
歌となって、何こからか聞こえてくるドラムの音の伴奏に乗り、道行く人の
内部にすべり込んでくる。 (・・・中略)
 わたしがアラビア語に接し始めた頃に聞いた話がいつも頭に浮かんでくる。
ある老人が海辺へと通じる道で、一人の青年に出会った。彼は漁から戻った
ばかりなのだろう、漁に使う道具を担いでいる。「アッ・サラーム・アライクム
(汝の身に安らぎあれ)」。若者は老人に言った。「アッ・サラーム.アライクム」。
老人は挨拶を返してから、「ところで、おまえは海が恐ろしくはないのかね? 
お前のおじいさんは、海で命を失った。おまえのお父さんも海で命を落とした。
それでもまだ、おまえは海に出て平気で仕事をする。恐ろしくはないのかね?」
若者は怪訝な表情をして言った。「じいさん、あなたのおじいさんは家で死んだ。
あなたの父さんも家の中で亡くなった。それなのに、よくまあ恐ろしがらずに
平気で家に住んでいられますね」。 妙に頭に残る話なので、わたしは
ザンジバルで、何人もの知人にスワヒリ語で何度も同じ話をした。
「そうなんだ。人はどこかにしがみついて生きているのだ。そのこと自体が
恐ろしいことなんだ」と、わたしの知人の漁師は言った。「どこかにしがみつく。
そして安心する。それにしても、人間は酷い動物ですよ」と、わたしは言う。≫
▼ 目先の安定にしがみき、安心をもとめ人生を棒にふる愚かさを批判し、
 節目時には果然と行動すべしというタンザニアの逸話。何処の道理も同じ。
著者は‘あとがき’に、「私は今も‘異郷の人’である。自分の皮膚の外側は、
すべて異郷と感じている。」と述べている。そうでなくては、流れ者のように
世界中を渡り歩けないだろう。逆にいえば、世界中を渡り歩いたため、皮膚の
外側を、異郷に感じるようになったともいえる。著者からみれば、一般人の
誰もが「どこかにしがみついて、人生を棒に振っている」のである。
 私も、地方の城下町で生まれ、10年間は、外で生きた。それ以外は職場は
新潟、住居は長岡の生活としても、地元に縛られていた。と同時に、しがみつき、
安心していた。リタイア以降は、多くの縛りから解き放され、宙に浮いている
感がする。それでも、まだまだ楽しみが足りない。縛りの残物があるためだが、
それも最期の砦で必要。それを無くすに死ぬしかないが、まだ死にたくはない。


6048,何を許しますか? 〜読書日記 ー1

2017年10月04日(水)

          ―運命を変える質問 ・まつだみひろ著
   * 何を許しますか?
 著者は、「許すということは「誰を許すか」ではなく「相手の何)を許すか」
ということだと述べている。相手を許すことで、拘りを捨て自分を許すことが
出来る。その繰返しの中から軸が出来てくる。 許せない自分に問いかけると、
そこに己の弱さが見えてくる。 〜ネット検索によると
《 ガンジーの墓石には、撃たれた後のガンジー最後につぶやいた言葉だけが
 側面に刻まれている。 「ヘー・ラーム」・・・ おお、神よ!という言葉。
3発のピストルの弾丸を撃ち込まれたとき、ガンディーは自らの額に手を当て、
「あなたを許す」という意味の動作をしたと伝えられる。そして、最後の言葉
がこれだった。ガンジーの 言葉 に『弱い者ほど 相手を許すことができない。
許すということは強さの証だ。』 というのがあります。》
▼ 何かのトラブルで相手と対峙したとき、相手の全人格を否定しがちになる。
 それで人は多くの絆を失う傾向が強い。(特に私にいえるが)そこで、何が
許せないか、を冷静にみれば、些細なことでしかない。弾丸を撃ち込まれた
ガンジーが額に指さし、何を思ったか? 今朝がた、この言葉を思いながら、
額に手を当ててみた。そして浮かんだ言葉が、これまでの「何を許すのか?」。
大家族の末っ子の立ち位置で育ったため、「何処かで必ず許されていた」経験
が根に存在する。 家族の中では「何を」でなく「全人格」が、まず許される。
しかし一歩、外に踏み出せば、そこは何という部分だけでなく、一つの誤りが
全人格まで否定してしまう世界。問題は、それを自分に当てはめてしまうこと。
「‘誰を’というより、誰の‘何を’ゆるすか」の道理を知っているか否かで、
運命は変わっていく。何をしてきたのだろう… 人には両親の絶対愛が必要だ!
様ざまな理由で、その条件が満たされないため、「神の愛」が必要条件になる。

・・・・・・
5681,瞑想とは 〜2
2016年10月04日(火)
          <ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
                 2016年9月28日(水)午後7時30分>
  * 手軽にできる様々な瞑想法
・私は、30数年前に「般若心経」を暗記して、以来、新幹線や、飛行機内の
 暇時間に唱えている。これは、瞑想に似た状態である。
・夜は20時過ぎに早々、寝るため、深夜の0~1時に目が覚める。そして、3~4時間、
 欝々とした時間を過ごしていたが、「ヨガの死者のポーズ」からヒントを得て、
 <夜半の眠れないこの時間を瞑想タイムに切替えよう>と思い立ち実践している。
 過去の面白いフラッシュ楽しんだり、思いたったテーマに集中したり、過去の
 思い出を浮遊したり、このブログ内容を考えるようにした。
これらは訓練さえすれば可能である。朝のTVドラマで、主要メンバーの一人が、
何かを集中して考える時に、『知恵の輪』を外すことに熱中していた。これも
瞑想の一つ。あと、単純作業をしていると、途中から忘我状態になり、奇妙な
悟りの気分に入っていく。これも瞑想状態と酷似している。
 ここで、「手軽にできる様々なめい想法」を紹介している。
 〜NHK/HP〜より
≪「ためしてガッテン」の番組では、目をつぶって行うめい想以外にも、
 Fmシータ波がたくさん出て、めい想の効果が高いと考えられる方法を
専門家から紹介してもらいました。
 1.ダーツ
ダーツは、強い集中力がもとめられるスポーツで、Fmシータ波がたくさん
出ることがわかっています。昼休みや勉強の前などにダーツをすると、
集中力が高まり、めい想の効果が発揮されることが期待できます。
 2.模型製作
脳と情報処理の専門家、東海大学情報理工学部の高雄元晴さんは、模型を作る
ときに極めて強いシータ波が出ることを確かめました。模型を作っていると、
何時間もあっという間に時間が過ぎてしまうほど集中してしまうことが
ありますが、めい想を行ったのと近い効果が期待できます。
 3.まごころめい想
チベットや、オーストラリアのアボリジニの伝統にヒントを得た、祈りに
近いめい想法です。まず、自分が一番リラックスできる場所にいることを
イメージします(自分の部屋や、大自然の中など)。
次に、自分の家族、友人、動物などをイメージし、それらを癒すことを
イメージしてください。自分のあまり好きでない人などの事も、優しく
イメージしてあげるのがポイントです。時間は、アラームなどをセットして、
3〜7分程度をおすすめします。≫
▼ 飛行機内のエコノミーの席で、何もしない状態で、10数時間の拘束状態
 に置かれるが、高速移動の乗物では何故か頭が冴えわたる。それを有効に
使わない手はないと、20回目辺りから気づいた。目の前に据付けられた機器
から流される映画や音楽もフルに使える。人間は脳の2〜3%しか、使ってない
というが、その枠を解放する役割が、瞑想ということになる。その為には、
現在、縛られている役割(枠組)から、ドロップアウトをする手段でもある。
 で、偶然だが、去年の以下の内容に脈絡が続いていく。

・・・・・・
5316,閑話小題 〜本を読まないのはケダモノと同じ
2015年10月04日(日)
     藤原正彦・レポート〜「読書と教養」が大局観を育てる〜
  * 読書と教養が大局観を育てる
 読書をしない人は、直ぐに分かる。これだけは、隠しようがない。
今でも遅くない、学歴、血筋とは関係なく本だけは読まないと! 
 ここで、その読書と教養の必要性を、鋭く簡潔にまとめている。 
≪ 教養を、積極的に身につけていくにはどうすればいいか。
 もちろん、実体験を重ねることは非常に大切です。様々な人間と会い、
話をして、恋をしたり、裏切られたり、騙されたり、喧嘩をしたり、悲しい
別れにあったり、そういった体験すべてが教養になる。それが、後々の選択や
判断にあたって効いてくる。ただ、やはり実体験で得られるものは限られます。
1人の人が一生の間に関わることができる人間の数は限界があります。
ましてや、深く意思疎通をすることができるのは、その中でも一握りだけ。
そうすると、実体験による教養というのは、非常に重要だけれども、
限られたものにならざるを得ない。
 その点、読書を通してなら、古今東西の賢人の言葉に耳を傾ることができます。
あるいは、庶民の哀歓に涙すること、もできる。金持ちの驕り、貧しい人々の
苦しみに触れることもできる。美しいものに感動することもできる。
ありとあらゆる経験をなぞることができるのです。しかも、本には、誰かが
考えた「思考の形」が、まるごと詰まっています。普通の人がふだん喋る話は、
たいてい筋も順序もめちゃくちゃです。でも、本は、どんな本であれ、著者が
読者を説得するために必死になって書いていて、ちゃんと構造というものを
持っている。それを読むと、なるほどへ脳ミソの回転、論理の展開、とは、
こういうふうにするのだということを会得できる。物事をきちんと体系化する
能力、構造を分析する能力が身につくのです。 ・・(略)
 うちの女房の祖父は、今の愛知教育大学の前身の岡崎師範の教頭や時習館
高校の校長をつとめた教育者ですが、彼はいつもこう言っていたそうです。
「1日1ぺージでもいいから、必ず本を読んで寝なさい。1ページも読まないで
寝るのは、けだものと同じだ。けだものと人間との違いは、1ページでも
いいから、本を読むことだ」と。
 だから彼の子どもたちは、寝る前に2〜3へージでも本を読んで、寝ていた
そうです。この教育の効果は絶大で、そうやって育った子どもたちは、皆、
一角の人物になっています。'本を読まない人間というのは、けだものと同じ。
だからこそ、これからの子どもたちにどうやって本を読ませるようにするか、
真剣に考えなければなりません。
 例えば、齋藤孝氏の言うように、小中学校の通信簿の国語に、「読書」
という欄をつけ加えるのもいいでしょう。そうすれは、多くの親が率先
して本を読ませるようになる。子どもの頃に本の面白さに触れれば、
本が好きになる。独創的で素晴らしいアイデアです。
 私が考えるのは、東大の入試で読書を課すという方法です。
例えば定員の1・2倍までは学力一本で判断し、そのあと、定員の1倍まで
しぼる過程では、読書を中心に面接する。入試の3年以上前に課題図書を
100冊くらい挙げて、それについていろいろ聞くのです。そうすれば
きっと、学生は目の色を変えて読むようになるでしょう。東大がやれば、
ほかの国立大学や私立大学も真似をする。そうすると、子どもの時から本
を読むようになるし、読む習悩さえつけば、面白さが段々とわかってくる。
もちろん、「朝の読書」運動が成功したように、他にも方法はいろいろ
あると思います。若い頃に読んだ本というのは、とりわけ感激するものです。
そうした読書体験が失われることのないように、今こそ大局観をもって
この国の出版文化を守っていかなければなりません。≫
▼ 読書の積み重ねのないのは、年を重ねると表立ってくる。
 特に 青年期に読書習慣を身に着けておかないと。しかし、実際は10歳。
とすると、受験に追われ、大学から本気になって読書を始めた私は20年近く
遅かったことになる。その弊害が、今でも続いている。子供の頃から、母親が
常日頃から読書の必要性を説いていたが、その割りに読書をしてこなかった
のは私の素養の低さである。しかし、現在でも、吸い取り紙のように、知識が
入ってくるのは、長年の読書習慣の効果もある。いや、知的余白が有余って
いるためか。これは余白という言葉自体が間違っている! 空即是色である。

・・・・・・
2050年の世界 ー13   
2014年10月04日(土)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
            〜英『エコノミスト』編集部 (著)
   * 第十二章 グローバリゼーションとアジアの世紀 ーのまとめ
・『エコノミスト』誌グループのシンクタンクであるエコノミスト・インテリ
 ジェンス。ユニットは、今後の世界経済をおおまかにいって三つのシナリオ
に分けており、そのうちのひとつ、コントロールされたグローバリゼーション
の状態で進むと考えている。リーマンショックや欧州危機などによって、
市場主義に対する警戒から政府は一定の規制をグローバル化に対して課して
くるが、市場は開かれている状態だ。
・"後戻りするグローバリゼーション"というシナリオでは、不穏な空気の
中で保護主義の気運が高まると見ている。先進世界の大半で、経済の弱体化と
高失業率が不安を生み、保護主義をあおる。これにより、"コントロールされた
グローバリゼーション"という基本予想と比べると、2010年から2030年の世界
の年間成長率は数パーセント削られ、この期間全体では世界の生産高が大きく
落ち込むことになる。
・シナリオの三つ目、"凋落したグローバリゼーション"は、1914年から1945年
の縮小の時代に似ている(グローバリゼーションに背を向ける)。もしこれが
ふたたび起こると、成長に悲惨な結果をもたらすだろう。世界の成長率は年率
約1%にまで低下し、ひいては世界全体のひとりあたりの所得も減少する。
 最も大きな打撃を被るのは新興市場、なかでも最貧国だろう。
・一番蓋然性の高い最初のシナリオで考えると、最も重要な地位を世界経済で
占めでくるのはアジアの経済で、2050年には、半分がアジア経済となる。
・しかし、その中で日本は相対的に、急速にプレゼンスを失っていく。
2010年には、世界経済の5・8パーセントを占めていた日本のGDPは、2030年には、
3・4パーセントになり、2050年には、1・9パーセントになる。経済成長の
スピードも西ヨーロッパを下回り、今後40年を通して、1・1〜1・2パーセント
で推移する。その結果、2010年には、アメリカの七割あった日本のGDPは、
2050年には相対的に58・3パーセントまで低下する。
・今後40年間にひとりあたり実質GDPが最も大きく成長するのはアジアの
発展途上国(4・7パーセント)で、サハラ以南のアフリカ諸国(4・4パーセント)、
中東と北アフリカ(3・9パーセント)がこれに続く。ラテンアメリカ(3・3パー)と
東ヨーロッパ(3・2パーセント)は、新興市場地域の中で最も速く成長する国々
に後れをとる。
▼ 「アジアの人口は現在6割を占めているので、平均に近づくだけ」
 ということができる。それにしても、日本の見通しは悪い。2010年には、
世界経済の5・8パーセントの日本のGDPは、2030年、3・4パーセント、2050年
には、1・9パーセントというから、惨憺たるもの。若者が将来に夢がもてない
のも理解できる。今までが良すぎたと割り切れない問題である。アジア開発銀行
のアジア経済を展望する報告では、中国やインドが順調に成長を続けた場合、
 GDPに占めるアジアの割合は現在の27%から52%へ。中国は20%、インドは
16%。日本は現在の約9%から3%程度に低下するが、アジアの需要を取り込み、
1人あたりGDPは3万ドルから8万ドルに増えると予測している。それも
これも、あくまで予測。3万ドルの半分と思ってしまうのは、悲観的すぎるか!
・・・・・・
4209, アラン 幸福論
2012年10月04日(木)
           『アラン 幸福論』 合田正人著
 アランといえば幸福論で、まず思いつく人。幸福論と言えば、スイスの
ヒルティ、イギリスのラッセル、アランの幸福論など「世界三大幸福論」。
アランのそれは93の断章からなっていて、かみくだいた、「幸福小咄」
「幸福のコラム」といった軽いもの。とはいえ、ちゃん哲学に関するもの。
かれの幸福論は、観念論というより、あくまで日常生活に立脚して
幸福への指標を導き出した文学的にも優れたものとして読まれてきた。
アランは、「人は誰にでも幸福になれる」そして「人生の主役になれ」、
そのために「ダンスのように人と付き合え」、
最後に「幸福になることは義務である」と断言している。 
  ーここで紹介されている断章の一部よりー  〔 解)は、私の主観 〕
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
という言葉のとおり、「哲学は、生についての省察である」という立場から、
幸福は誰かに与えられるものではなく、「自らの意志と行動によって
つくりだすもの」であると説いた。
・不幸になったり不満を覚えたりするのはたやすい。ただじっと座っていれば
いいのだ。人が自分を楽しませてくれるのを待っている王子のように。」 
      解)王子のようにただ待っているだけの人が何と多いことか。
  待つだけでなく、不平不満を言い、人のせいにする大多数のように。
・自分で自分を不幸にし、その不幸を伝染、増大させていく人々こそが
本物の不幸をもっと不幸にしていく」 解)正反対もいえる。
・よい天気をつくり出すのも、悪い天気をつくり出すのも私自身なのだ。
                 解)だから人生は意思の格闘技である。
・快楽を抑制したから人間は幸福になるのではなくて、幸福であるから
快楽を抑制することができる。 解)金持ち、喧嘩せず。
・喜びは行動とともにやってくる。 解)行動の行は決心、判断の意味がある。
 自分の勘を信じて行動をし続けよ、ということ。
・幸福は自分の手作りである。解)時間をかけ、ライフワークを続けることか。
・幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ。 解)自嘲も笑いか?
・未来に幸福が見えているなら、すでに幸福である。 
        解)おもしろそう!楽しそう!と思うことから何事も始まる。
・悲観主義は気分に属し、楽観主義は意志に属する。 
      解)意志が濁ると意地になる。楽観6の悲観4の割合が丁度よい?
▼ アレンではないが、「幸福になる五ヶ条」が目前のパソコンに貼ってある。
「一、今日一日、親切にしようと思う」
「一、今日一日、明るく朗らかにいようと思う」
「一、今日一日、謙虚にしようと思う」
「一、今日一日、素直になろうと思う」
「一、今日一日、感謝をしよと思う」である。
                  これがいざ実行となると難しい。
・・・・・・
3844, 正常性バイアスと同調バイアス
2011年10月04日(火)
 日曜日のNHKスペシャルで「巨大津波 その時ひとはどう動いたか」
が凄い!と家内から聞き、録画を見ることにした。 その内容は、
≪「津波が来るかもしれない」という時、人は何を考えどう行動し、
 何が生死を分けるのか。≫ が テーマ。
ここで正常性バイアスと同調バイアスが、多くの犠牲者を出してしまった
ケースを炙り出していた。そこでネット辞書で調べると
【 正常バイアスとは、外界の強烈すぎる刺激に対して、理知的動物がそれを
 心理で抑制して、慌てないようにしてしまうこと。当然、日常性を保護する
ために必要な措置だが、度が過ぎると「本当の危険」に対しても、「煙はやがて
収まるだろう」とか「今の地震が全てで予震などではなく、もっと大きな地震
などやってこない」とか、暴風雨被害や津波、テロ等々あらゆる事態に対して、
緩い判断をしてしまいかねない。現代は謎を駆逐した明るい社会である。が、
そのために殆ど無感覚者と化し、まさにこれが原因で被害が甚大化している。】
とある。また同調バイアスは、
【大災害のとき、人は大多数の人と同じ行動をとる(ことで判断を誤る)】
▼ ここで、「いざとなった時の人間の判断は、鈍い」ことを浮き彫りにする。 
 そこで気づいたことは、この千年に一度の大地震と津波を察知して直ぐに
逃げる判断は、一般的に難しいという事実である。この大津波から連想される
のが、リーマンショック。これは数百年に一度の経済大震災であり、その本格的
大津波=大恐慌が今年から数年かけて、世界中を大混乱に陥れる大惨事の震災。
その影響は、まずG8の中で一番弱体化している日本の地方にやってきている。 
それが、次に欧米の株式の大暴落がくるのは必定。 日本の大多数の中小企業
と鈍い大衆には、それが他山の石としてしか見えてない。 地球規模の大津波
(ハイパーインフレ)が目先に来ているのが現実とし受けとめることが出来ない。 
何故か? 正常性バイアスと同調バイアスが働いているからだ。
その先取りしてしまったこともあり、それがよく見える。 思わず耳を疑う言動
に唖然とすることしばしば。「御前のところは低地だが、自分のところは上
(業績の見通しは悪くない)、偉そうなことを言っているが、その様は!」と。 
私から見れば「 それは数年の時差でしかない、数キロ先に過ってなかった
大津波が来ているのに、当方の崩壊の立ち話をしているだけ」という単純な
視線が冴えてくる。 色いろなシェルターや近くに裏山があるから、大丈夫の
ようだが・・人は人の智慧がある? 轟音をたてて、そこに来ている事実を、
「正常バイアス」と、鈍い連中間の「同調バイアス」が、動物的直感を狂わす。
 ドルとユーロの暴落は2年ほど前から始っていて、まだ下落の道半ば。 
株式の暴落も始まっている。 リーマンショックの上に半年前の東北大震災。 
この費用は増税で賄うしかない。 その各家庭の預金は、回りまわって、
アメリカ国債と日本国債にいっている。それも暴落することになる。 
ギリシャ国民の、あの鈍感さは察知しても、自国になると!  
偶然だが、以下に、日本の近い将来を暗示する内容が取り上げてある。
韓国ドラマが受けるのも分かる。 以下の状態を経験する以前に、
隣はカルト国家がある。


6047,一億総貧困時代 〜読書日記 −1

2017年10月03日(火)

「前書き、後書き、目次」を図書館で一読して借りてきたが、一つ間違えれば、
私も、この具体例の一員になっていた可能性が充分あった。ネット時代、
情報は一瞬にして世界を駆けめぐり、ベストにエネエルギーが集中するため、
大方は一強多弱の弱者になり、貧富格差は広がるばかり。義務教育の最終年の
中3のクラス・メンバーを想いだすと、玉石混合の社会の縮図であった。 
 ・戦災孤児で、寺男のような生活を…
 ・継母と折り合いが悪く…
 ・居酒屋の店の2Fの6畳の部屋に…
 ・父親が土方で、休日は、その手伝いが日課…
・ 昔・遊郭の真ん中で育ち、やがてヤクザに… それが更に…
その大方が、既に亡くなっているか、看護生活に入っている。
逆に上位数人は… 順調な?人生を歩んでいた。
 〜まず、内容紹介より
≪ … 「え、まさか、今のニッポンでこんなことが…と思ってるあなた。
 これはあなたの明日かも。雨宮さんだからこそ聞き出せた、現代ニッポン
の“棄民"レポート」-----上野千鶴子氏。
 ごく一部の富裕層を除き、多くの人々にとってすでに他人事ではない
「貧困/自己責任大国」日本の現実とその構造を、さまざまな「当事者」たち
への取材を通して、平易な言葉であぶり出す。疲弊する個人と社会に、今、
どんな処方箋がありうるのか。
 貧困問題>を10年以上にわたりさまざまな角度から追ってきた著者による、
いままさに、切実な1冊。超格差・超高齢化社会の中で、今後、必然的に
<弱者>となる多くの私たちは、どう生き抜くことができるのか?
  (「もくじ」より抜粋)
(1)「お父さんの子どもを産みました」─虐待の末、路上に辿り着いた女性/
(2)子どもの虐待と<貧困> ─見えない孤立と声なきSOS、その傍らで/
(3)介護離職から路上へ、そして路上から支援者へ─親の介護から人生が一変し/
(4)「生き残ったのが、父じゃなくて私で良かった」─<利根川一家心中事件>
 裁判傍聴で明らかになったこと/
(5)スーパーグローバルな「おせっかいおばちゃん」─この国で生きる外国人を
 支える人々/
(6)原発避難者の今─「原発はもう安全」というストーリーが生み出す<貧困>/
(7)学生が1600万円以上の借金を背負うシステム
 ─奨学金破産1万人・日本の特殊な現状/
(8)<アリさんマークの引越社>、その「アリ地獄」的実態─剥き出しの悪意と
 人権侵害の企業で闘う/
(9)性産業はセーフティネットたり得るか
 ─「風俗」と「福祉」を繋ぐ<風テラス>の試み/
(10)人の命を財源で語るな──<生存権裁判>が問いかけるもの/
(11)<相模原障害者施設殺傷事件>を受けて
 ─<スーパー猛毒ちんどん>と、ALS患者たちの生きる実践/
(12)<座談会>それでも私たちは生きていく
 ─30代男女に聞く「非正規労働者」の現在・過去・未来
――
▼ 具体的貧困ルポが11本掲載の何れも生々しい。一度、貧困への地雷を
 踏んでしまうと、二度と浮かび上がれない。
・精神を病む母親に生後6ヶ月で捨てられ、父親にレイプされて子供を産む。
・デパートの課長だった男性は、親の介護のため退職したことが路上生活に。
 女性と子供の貧困だ。
読んで実感するのは「恒産あって、恒心あり」である。これは長年かけて
積上げでこそ可能。 唖然としたのは、単身世帯の預金0が、1年間で、
4割(38・9%)から5割(47・6%)に激増したこと。 アパートの一室で、
預金0で、長い夜を過ごす辛さは並大抵でないはずだ。それが単身世帯の半数
とは。 日本の「隠れ難民」でもある。生活レベルが朝鮮半島、中国大陸、
アジア地区に平準化されるのは当然だが。 何か寒々としてきた。

・・・・・・
5680,瞑想とは 〜1
2016年10月03日(月)
 スポーツジムの「ヨガ」に参加を始めて4年半になるが、人気は高まる一方。
当初は週2日、3年目から週3日、最近では週4日は参加している。腰痛の
私にはセルフ・マッサージの効用があり、40年来の万年腰痛が半減している。
さらに50人の集団ヨガで、スタジオ内に満ちたエネルギーの吸収効果もある。
 それに加え、早朝のポタリング(チャリ散歩)による土手の霊気のシャワー
も効果的である。ちょい時間の般若心経の唱えも、瞑想状態である。いつ欝に
なっても不思議でない状況下で、それらは心のマイナス面をカバーするための
必要条件でもある。
 ヨガの目的が瞑想。その瞑想の上位目的は、<脳のクリアー>。 
先日のNHK・TVの『ためしてガッテン』で、「瞑想パワー」の特集をしていた。
ずぶの素人向けだが、内容は簡潔だが、内容は濃い。〜NHK/HPよりコピー〜
≪ * ボケない!脳が若返る「めい想パワー」SP
               2016年9月28日(水)午後7時30分
・ボケを防ぎ、不安やストレスに負けない。そんな若々しい脳を取り戻す方法
として注目されているのが、めい想などの「呼吸法」! めい想というと、
宗教や修行というイメージを持たれる方が多いかもしれませんが、本当の目的
は「脳が持つ本来の力を最大限引き出すこと」です。そのため今では、世界の
一流企業や医療機関が、めい想を積極的に取り入れているほどです。
・番組では今回、様々な方法を駆使して、めい想の世界をひもとくことに挑戦
しました。その結果分かったのは、毎日たった3分間、目をつぶってめい想の
呼吸を行うだけでも、脳の記憶の中枢「海馬」などが活性化、若い頃のような
パフォーマンスを発揮してくれるという。
・いま世界中の科学者から注目され、ぼけやうつ、ストレス対策として果て
しない可能性を持つめい想。ぜひ皆さんも、1日3分の新習慣でスッキリ脳を
手に入れてみてはいかがでしょう? >
▼ 30数年前から、自宅から200M先の栖吉川の土手を一時間ほど、腰痛対策の
 ウォーキングを課してきた。その時間帯を7年前から信濃川の2つの大橋を
チャリで周って帰るコースに切替えた(冬期間の4ヶ月は休止)。その途中、
大手大橋上を1キロほどヒキチャリをして歩いている。その時が私にとって
「1日のピークポイント」にしている。 ヨガ、ポタリング、夜半の睡眠時の
睡眠瞑想は、瞑想と同じような効果がある。宇宙の中で、独り佇む己の確認が
瞑想の真髄である。 真逆の人たちの仮の姿が、IT、あれら、「世間人」。

・・・・・・
5315,投資も人生も長期思考で!
2015年10月03日(土)
     【澤上篤人×出口治明対談=投資も人生も長期思考で!
                           新潮45・3月号】
   * 戦後40年が特別の時代だった
 {戦後からバブル崩壊をするまでの35年間が、地球史上、稀なる高度成長期
にあった。その時代に生まれ出たこと自体が、幸運中の幸運で、現在の長期不況
が当り前と思った方がよい」という論は、充分に実感できる。私の事業立上げが
丁度、天辺だったことになるが、その時は、そのことを知りえようがない。
だから準備期間の15年の方が、実業期間より面白かったのは、右上がりの
経済環境の所為もあったことになる。長期設備投資の事業もあって、長期的
思考を求められたが、見切り時期が最終段階になってからだった。それでも、
表層雪崩の段階で決断したが、甘かったことは間違いない。 〜その辺りより
≪ 出口: 朝起きて、今日も頑張ろう、今日も楽しいなと思っていれば、
 それが最高のライフワークバランスだと思うので。人間にとって何が
 いちばん楽しい人生かといえば、やりたいことをやることです。
澤上: 出口さんが言われたとおり、好きなことをやるのがいちばん面白い。
 今までは日本経済が伸びてきたから、みんな右肩上がりに成長してきた。
 ・・大企業、中企業、小企業、町工場、それぞれが右肩上がりの三角形の
 どこかに乗っかっていた。だから、生きていけたし、落ちこぼれもなかった。
 でもその右肩上がりの三角形はもうないんです。大企業でも潰れるし、
 逆に小さな会社が何回もチャレンジしてのし上がることもある。
出ロ: 二十世紀の後半は、冷戦があったというのがまず大きい。
 世界でいちばん豊かなアメリカが、日本に脛をかじられても怒らなかった。
 僕がサラリーマンだったころ、日本がアメリカの繊維産業を潰したとか、
 次は鉄鋼産業や自動車産業も潰すんじゃないかと。昔だったら戦争です。
 でもアメリヵがなぜ本気で怒らなかったかといえぱ、冷戦という枠組みで、
 日氷の存在が貴重だったから。これはラッキーでした。  ・・・(略)
出口: 高度成長には自分で行動しなくても、みなと同じように働いていれば
 自然に成長するのです。めちゃくちゃ楽ですよ。日本は一九九〇年のバブル
 崩壊まで三十五年間、実質七%成長していました。七%成長というのは、
 十年間で、経済規模が倍になる数字です。給料もそれに近い形で増えます
 から、とんなに幸せなことはないのです。
澤上: それが先ほどから言っている右肩上り三角形です。企業に勤めて、
 真面目に働いて、自分でも頑張っているような気がしている。
 でもよく見てみると三角形に乗っていただけ。その大前提が全部なくなった。
 そうすると一人ひとりが自分で考えて-行動するレかない。でも、それは実は
 経済の原点なんですよ。これだけ幸せな状況が続いたのは日本だけです。
 世界には全く例がない。日本がやっと世界の常識と同じになったんです。
出口: ええ。戦後の日本が特別だというのは、中国の歴史を見ても分かります。
 中国では、平和で成長して、みんなが幸せだった時代を盛世と名付けています。
 漢の文景の治と、唐の貞観の治と開元の治、そして清の康煕帝の時代です。
 四千年の歴史のなかでたった四回しかなくて、しかもそれぞれが平均すると
 二、三十年です。二十年戦争がなくて、経済も良くてというのは、本当に
 世界中を見わたしてもめったにない。だから「あの頃はよかった」とか
 思わずに、戦後は宝くじが五回くらい連続で当たった特別な時代だと思った
 方がいい。今が普通だと。≫
▼ こと人生と、事業の万一の備えは、してきたが、50歳代に、捨身で
 余生30年分を圧縮した生き方をしたのが良かったと実感してる。
両人の言うとおり、奇跡的な良い時代背景に生きてきた。これだけは自分の力
の及ぶ領域でない。この時代に生きただけ充分、結果?何ぞは如何でもよい。
まったく時代背景の豊かさにに鈍いのが多い! で、偶然、以下の文章に続く。
・・・・・・
4950,「嘘みたいな本当の話」
2014年10月03日(金)
  * 「嘘みたいな本当の話」の書き方   
           『嘘みたいな本当の話』 内田樹、高橋源一郎:選者
 この内容に似たテーマの文章を幾つか書いてきた。空中離脱や、ジンバブエの
鉄橋からのバンジージャンプや、意味ある偶然の一致の経験、などなど。
それもあってか、もの足りないが、その軽さと、切口も悪くはない。
≪ 投稿された中での選定の基準のひとつは、「奇妙な後味の残っているもの」
 と、「そういうことってあるよね」感のあるものという。これは随想そのもの
にも言えるが。例えとして、次の古典的なショートショートが良い!
≪「地球最後のの男が、最後に残ったシェルターで、いま死を迎えようとして
いた。すると、ドアをノックする音がした。」 これを選者の内田樹が読んだ
のが、中学校の時で、半世紀も忘れてなかった。そして、いまでも、
「人間とはあらゆる修辞的装飾を剥ぎ取った場合に何ものか」という定義を
試みるとき、この条件設定をしてしまう。それだけこの「奇妙な味」は僕の中に
内面化してしまったことになる。もうひとつ、「そういうことって、あるよね」
と言うのは人間の可能性を押し広げる重要なキーワード。
「成瀬さんて、空中浮揚するらしいよ」「うん、そういうことってあるよね」 
そういう感じで使います。・・ つまり、「奇妙な後味」も「そういうことって、
あるよね」も、どちらも自分が「人間とはこういうものである。世界はこういう
もので成り立っている」とリアルかつクールに考えていることの
「ちょっと外側」を感じさせ、結果的により精密に、かつ奔放に自己観察を
するきっかけになるものだということになる。・・ ≫
▼ ものを考えたり、文章化をする時、この二つの基準が、何が大切かを
 考えさせる。「嘘みたいな本当の話」のネタは、考えれば幾らでもある。
モノゴトをじっくり観察すれば、何事も「嘘みたいな本当の話」になる。
問題は、気づくか気づかないだけ。だから精密に、奔放に観察するしかない。
そこに、奇妙に味わいが出てくる。「本当のような嘘の話」が、小説だが、
その間逆をショートショートで書くのだから、それなりの観察が必要だ。
・・・・・
4583, 2050年の世界 ー12  
2013年10月03日(木)
   「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部(著)
  第十三章 貧富の差は収斂していく ーのまとめーより
・格差は二つの格差を考える必要がある。すなわち、各国間の格差と、
 それぞれの国の中での格差。
・各国間の格差は、一九九〇年代まで開く一方だった。一九世紀の最も富裕な
 十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の六倍にすぎなかったが、二〇世紀
 の最後になると、最も富裕な十ヶ国の一人あたりの所得は、最貧十ヶ国の
 四〇倍を超えるようになった。これは、北米と欧州の経済成長がこの間急激で、
 他の地域が停滞していたからである。
・一九七八年の中国、そして一九九〇年代初期のインドの経済改革の開始が各国
 間の所得格差解消への転機となった。一九九〇年以降、新興経済国の大多数
 がアメリカより急速に成長し、キャッチアップのペースが上がってきている。
・そして今後も、欧米や日本などの国々が高齢化による財政の悪化に苦しみ、
 低成長を余儀なくされることを考えれば、出生率が高く人口の配当が大きい
 アフリカを含む新興経済国との差はますます縮小し、世界的な規模での
 貧富の差は縮小する。
・しかし、一九九〇年代から先進国を中心に起こったのが、国内における
 格差の拡大。アメリカのジ二係数は一九七〇年代中期の○・三一から、
 現在○・三八まで上昇している。ドイツやスウェーデンでも国内の格差は
 広がっている。その理由に共通しているのは富裕層がかってない規模の収入
 を得るようになってきていることだ。
・富裕層の所得が爆発的に増大した理由に、トップ層の職業の収入が
 グローバル化による市場の拡大で増えたこと、そして金融業の異常とも
 いえる肥大化があげられる。
・ただし、こうした国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の途上国の
 経済拡大が起こり、それらの国々に住む人々の所得が増大するので、全体
 としては、世界的な規模で貧富の格差が縮小する。
・全世界の中流階級集団は、現在の五億人未満(世界人口の七%)から、
 二〇三〇年には一一億人超(世界人口の一七%)に膨らみ、二〇五〇年の時点
 でさらに増えているだろう。
▼ 欧米に、それ以外の地域の人々が近づくのはグローバル化の
 プラス面である。現在の先進国のような「上層・3%、中流・30%、その他」
に世界の階層は、変化していく。しかし問題は、その他の67%の人たちが、
三分の一の生活実態が情報化で見えること。3%の上層は、それを和らげる
政策を取りざるを得なって、下流から中流への移動を計るしかないので、
世界は徐々に良くなっていく? それは楽観的見方だが、どうだろう。
移住が比較的簡単になり、豊かな地域に貧しい人たちが移住するため、国家内
格差は大きくなっていく。 国内の貧富の差の拡大を上回る速度で、世界の
途上国の経済拡大が激しくなっていく。それは40年後ではなく、現在、起きて
いる問題である。ドバイの都市建設の労働者がインド、バングラデシュからの
臨時雇用で、現地人との差は大きい。また、北朝鮮の政治体制が、その典型。
弱肉強食が社会の発展の原動力なら、貧富差の収斂は、人類の永遠の課題。


6046,「遊び」の意味合いとは

2017年10月02日(月)

閑話小題 〜「空しさ」ですか ー3

       <意味としての心〜「私」の精神分析用語辞書ー北山修著>
   *「遊び」の意味合いとは
「遊び」については、数多く読み、ここで書いてきた。『夜と霧』の著者、
フランクルの、<人生の要諦は「よく遊び、よく学び、よく働く」にある>
に納得し、また身近では両親の生き様の後ろ姿をみて、バランスをとって
生きてきた。 想い返せば12歳頃までは無心に遊んでいたが、中2後半から
受験勉強に重心を移動、暗い受験生になっていた。
 そして20歳から将来設計を考え、両親に倣って「創業」を目指す人生を
考るようになっていた。その翌年、「30日間・欧州一周旅行ツアー」への参加
で人生観が一変。 当時の海外渡航は20万人。殆どがビジネス関係者の中、
当時の私の精神的体力では極限?であった。一ヶ月で当時の40万、現在で
350万を遊びに費やした経験は甚大。旅行先の大自然、文明、文化との邂逅に、
何度も絶頂体験をしていた。腹の底から笑ったり、感動したのは幼児期以来、
いや初めての経験である。世界は想像を絶した広がりと、深さがあることを
実感した。それまでの世界認識は何だった? 「遊び楽しむこと自体が目的」
の意味合いを僅か1ヶ月で実感してしまった。「絶頂体験を求め、ひたすら
努力し続けること。その為に、「良く学び、働く」こと。その「良く」には、
目的地と、「遊び、学び、働き」のバランスと効率を良くすること。
 年齢を積重ねるにつれ、「より資金を貯めておけば、もっと働いておけば!」
よりも、「もっと遊んでおけば良かった!」と思うのが人間の常。
 つい最近まで、「勤勉・勤労」の反対語が「遊び」の宗教的な意味合いが
強かったが、今では、「健康や創造性の原点」に位置づけられ、
<車のハンドルとタイヤ間の「遊び」のような「ゆとり」「自在さ」「自由」
 な遊びとして認められ、強調されるようになっている。
「ハレ」と「ケ」が、交替するように働いたり、遊びこそ、効率を上げる
楽しい人生の必要条件、絶対条件として… >
 情報化社会の中で、知識と経験は益々膨らんでいく中で、狭い肉体と柵に
縛られ、心は自由を求めて悲鳴を上げている。それを開放してくれるのが、
「至高体験」。この上ない感激、感動体験。これは映画でも、絵画鑑賞でも、
音楽会でも可能。その感受性の鋭敏さは、それらの経験の蓄積から生じてくる。
そのためには、極限に自分を置いて追い求めなければなるまえに…
 真剣に遊ぶのも、ちゃらんぽらんに遊ぶのも、お好みによる。
 
・・・・・・
5679,閑話小題 〜大口病院異物混入事件
2016年10月02日(日)
   * 終末医療病院・大口病院異物混入事件
 ・今年4月に入ってから、大口病院4階ナースステーションを中心に様々な
トラブルが起きていて、7月から9月に至っては4階だけで50名もの患者が亡く
なったとか。終末医療棟としても異常に多い。ところが、この事件が明るみ
に出てからは一人の死者が出てないことを、どのように考えるか。
 ・先日のTVで、で犯罪心理に詳しい目白大学の原田孝之教授が、
『病院に何らかの不満を抱えている人間が、職員から患者を狙った方が病院側
への不満を訴えるメッセージになるとして標的をシフトチェンジした可能性が
ある?』と、コメントをしていた。
・この異物混入事件、ネット上では様々な憶測が飛交っている。
ネットによると、「犯人と噂されている人物」とは、この事件で度々、
マスコミの取材に応じている人物で、この異物混入事件が発覚する前から、
内部事情を訴えていたツイッター上のハンドルネーム『 』と呼ばれる男とか 。
・また他にも、妻が看護士で、夫が病院関係者の某とか、様々な憶測がある。、
無差別テロということになるが、それにしても奇怪である。「胃瘻などで、
無理に生かす医療制度に対するテロ攻撃」の可能性もあるが、如何だろう?
   *「良く学び、よく遊べ」
「良く学び、よく遊べ」とは、<勉強するときはしっかり勉強し、遊ぶときは
よく遊ぶべきだ>、という意味。勉強だけ長くやっていても、かえって効率が
悪いもの。遊ぶ時は徹底的に遊ぶことで、結果とし勉強や仕事の意欲も強くなる。
これに「よく働け」を加えるとフランクルの思想になっていく。 
問題は「よく」である。3つのバランスが「良し」ということか。
「グローバル化の時代、競争激化もありストレスも過剰になる。 その解消には、
ライフワークとしての自分の世界を持つとよい。このブログも、その一つ。
オモロ可笑しく構築しているから続いている。これは私にとっては、遊びであり、
学びであり、働く(傍を楽)ためである。で、想い出すのは「遊び」だけ。

・・・・・・
5314,下流老人 ー◆  漸捨老人への転落
2015年10月02日(金)
 この問題、団塊世代が年金生活に入ったこともあり、マスコミに扱われる
ことが多くなった。更に新幹線内で年金制度に対する抗議の焼身自殺もある。
今では、週に1〜2度は、TVで極貧の『下流老人』をレポートをしている。 
多くの人にとって、他人事ではない問題。私の場合が一歩間違えれば・・
準備期間を入れると45年間心血をそそいだ事業が思いもよらないリーマン
ショックで成立たなくなった。 それでも事業設計の段階から万一の備えを
組み込んでいたこともあり、何とか人並みの生活を維持している。 ところで、
ブログ内検索で調べてみたら、二ヶ月前、「下流老人」のテーマで扱っていた。
(後にコピー)  〜最近みたTVでアンケートでは、
・病気などで、大金の思わない支出
・離婚で、財産が消滅
・転職の失敗(思い上がり)
・年金資金の投資の失敗
・頼れる家族がいないか、その家族がギリギリの年金に頼っている
・手持ちがあったが、気前良く使っているうち底をついてしまった
などなどの事例を生々しく映しだしている。その幾つかが重なった加速が多い。
 手持ち資金が底をついた、あてが国民年金の一人暮らしで6〜7万円では、
家賃で、その大半が消えてしまう。数ヶ月前に、中学校の「古希」の会が
あった。会場が県境の湯沢で、二万円近くの会費のため、出席出来る人は、
限られるため、貯蓄、収入の余裕ある人が中心のため、その実態は見えないが、
身近を知る限り、甘くはない。TVで誰もが口を揃えて、「まさか自分が!」
という。 私のケースでも、夫婦のどちらかが欠ければ、この大きな屋敷の
一人住まいは難しく、小さな家への住替えか、施設の入居の問題が出てくる。
 団塊の世代は、終戦直後の最低の環境から、バブル崩壊まで35年間、
地球史上、稀なる7%の経済成長を続けた。これは奇跡中の奇跡の恵まれた
環境の中、そこで育った人生は幸せだったが、末路の気の毒な結果が、
『下流老人』になる。もっと気の毒なのが、その子供と孫。親の介護に、
職も全財産を注込んで呆然とする姿が、戦後世代間の負の問題を象徴する。
――――
2015/08/03
下流老人 ー
 去年になるが、NHKスペシャル、ー老後破産:長寿という悪夢ー
をみて衝撃を受けた。家内も厚生年金のため、人並みの生活は出来そうだ。
先日、新聞の雑誌広告で、『下流老人』という言葉が目に付いたので、
ネット検索をすると、以下のような厳しい内容が出てきた。
≪ ・ ー下流老人とは、
1、収入がない、2、資産がない、3、社会的ネットワークがない老人をいう。
 総務省の家計調査や、所得統計から貧困ラインから下流範囲を推測するが、
生命保険会社や金融機関では、老後生活の費用は最低ラインで20万円、ゆとり
ある暮らしには30万円超が必要という。ほとんどの老人世帯は最低ラインで、
ゆとりある老人世帯は一握り。(これは金融商品や保険を売るため使われる。)
・2014年の我が国における65歳以上の高齢者人口は3300万人、総人口に占める
割合は25.9%と、共に過去最高を記録しているが、大づかみに言って、そのうち
600〜700万人が「下流老人」と見なされている。内閣府の調査でも(2010年)、
65歳以上の高齢者世帯の「相対的貧困率」が22.0%となっていることから、
この推計は大きく的を外してはいない。老人と若者の間の「世代間格差」
が問題となっているが、老人の間の「世代内格差」も凄まじいものがある。≫
▼ 10年、20年スパンでみると、9割?の老人が「下流老人化」するという。
 老いれば、金を使う場面も少ないから、さほどの問題ではない?と、たかを
括っていられない。死ぬまでは金が要るが、死んだ瞬間から、生活費がゼロ
になるので、当人にとっての持ち金は微妙な問題でもある。 それでも
総世帯の15%が「下流」というから、やはり老人の立場は弱い。本格的
な国家衰退が始まってきたが、そのシワ寄せは、まず弱者に襲いかかる。
ギリシャが問題になっているが、それより、日本が遥かに深刻である。
ひたすら直視しないで、先送りしか手立てがないだけ。その限界の年が、
今年から来年。その矛先が、まずは老人と、母子家族。何がオリンピックか!
目先を凌ぐ、末期患者のリンゲルと同じ。その責任は、選んだ国民にあり。
・・・・・・
・・・・・・
4949,脳がよろこぶ話 ー3
2014年10月02日(木)
      対談ー小菅正夫 『脳がよろこぶ話』茂木健一郎ー5人との対談 
  * 生きて、子どもを育てりゃもう十分
 年齢を重ねたこともあるが、「毎日、淡々と何事もなく、自分がベストと
思ったスケジュールを、こなしていれば十分」と、思うようになった。
リタイアで主夫化したようだが・ 少子化は、右下がりの時代、将来の展望が
開けず、収入が先細りの中では、子どもは最小にするしかない事情がある。
 ーその辺りからー
≪ ・茂木: アメリカでフクロウの研究をしている小西正一先生の研究室に
 留学していた方に聞いたんですが、ある種のフクロウは繁殖させるのが難しい。
なかなか子どもを作ってくれない。小西先生の研究室で飼っているフクロウ
だけは繁殖するというんです。なぜかとみんな聞くけど絶対教えてくれない。
でも、ある時に失敗をして偶然わかったらしいんですが、エサの冷凍ネズミを、
毎回食べ切れる程度与えていたんでは子どもは作らない。あり余るくらい、
お腹いっぱい食べても余るくらいエサをあげると子どもを作るというんですね。
エサが豊富にあるということがシグナルとなって、繁殖行動を始めるらしい。
・小菅: たぶん動物は、自分の子どもが、ちゃんとひとり立ちできる
「見極め」があって初めて子育てをスタートするんだと思う。エサだって、
自分が食べるだけじゃなくて、もう数羽いても生きていける環境があると
わかったから、じゃあ雛もそこで生きていけると判断する部分がどこかある。
命をつないでも大丈夫という安心感がそういう行動を起こさせることかも。
・茂木: 最近の日本の少子化は、安心できていないということですかね。
・小菅: そういうことだと思う。誰に聞いても、「育てていけるか不安だ」
とかね。でもそうじゃない、育てていくんだって。みんな自分を中心に考えて
いるからね。子どもを育てたらあれができない、これができないって。
生き物というのは子どもを産んで育てるために生きている。 
自分が生きていくことを第一に考えているわけではない。だから、娘が結婚
したときに、「今すぐ子ども作れ」と言ったら、「お父さんにそんな.」と
言われる覚えはない」と言われました)。それがやっぱり僕は、親から子へ
渡す言葉としてはね、あの言葉は正しかったと思うんですが、どうでしょう。
・茂木 なんかね、僕は人間って自分が動物だということを忘れて不幸に
 なっていると思う。小菅さんもずっと動物たちを見てきたわけですが、
逆に動物から見て、今の人間社会に対する提言が、ありますか。
・小菅 もうちょっと楽に生きるべきだと思いますね。あれもこれもしようと
 思うから疲れると思う。まずは生きること。基本は。しっかり生きて、子ども
育てて、それが軸なんで、それ以外はプラスα。それができないから人間として
どうなのかとか、そういうふうに考える必要はなんかないんじゃないか。
・茂木: 勉強ができないとか、たいしたことじゃない。生きていればよい・・
 生きていることが一番価値があるということ、それが当たり前。
・小菅: 動物からみたら、何でそんなくだらないことで悩んでいるのと
 思うと思います。「もっと平気で生きなさい」といっていると思います。≫
▼ 人間は、あくまで動物でしかない。それを忘れてしまっている。
 特に、文明国では。もっと楽に、平気で生きるべき、と言うが、それに真に
気づくのは、概して老いてから。しかし知識を持ってしまった現在、それでは
生活に支障をきたす。だから、リタイアを区切りにして、気楽に生きろ!
ということ。そのため、長年の準備が必要になる。人は、動物であると同時に
知的動物でもある。  また偶然だが、下の文に続く!
・・・・・
4582, そして、人生はつづく ー2  
2013年10月02日(水)
                『そして、人生はつづく』 川本三郎著
    ー『あとがき』ーも、良い (ほぼ、全文) 
《「東京人」2010年7月号から2011年11月号まで連載した「東京つれづれ日記」
 を中心に、この間のエッセイを編んでいる。書名はイラン映画、アッバス・
キアロスタミ監督「そして人生はつづく」に倣った。1990年、イラン北部を
襲った大地震の後、監督自身が大きな被害を受けた村を訪ねてゆくドキェメン
タリー風作品。どんなに悲劇に遭ったとしても生き残った者は、昨日と同じよう
に今日も生きてゆかなければならないという切実な思いがこの言葉にはこめられ
ている。家内を癌で亡くしたあと、私にとってもこの言葉は支えになった。
悲しみを大仰に語ることなく、毎日を普通に生きること。なんとかいままで
どおりに暮してゆくと。 3.11の惨劇のあと、現代を代表する俳人、長谷川罹
さんは、「やむにやまれ思い」で、俳句ではなく歌を詠み、『震災歌集』
(中央公論新社、2012)にまとめた。 そのなかに、こんな歌がある。
 「ラーメン屋がラーメンを作るといふことの平安を思ふ大津波ののち」
 悲劇の大きさを知れば知るほど日々の「平安」が大事に思える。物書きである
私にとっては、一人で暮らすことに平安を見出していくことになろうか。
頭のなかにはともかく、暮しのなかには修羅を持ちこまないこと。静かな生活を
心がけること。そうやって家内亡きあとの日々をやり過してきたように思う。
もとより60代も半ばを過ぎた人間にはもう劇的なことも起らない。いまのところ
健康を保っているので、家事もなんとかこなしている。3・11後、「生存罪責感」
という言葉を知った。家族を失い、自分だけが生き残ってしまうと、死者に
申し訳ないという気持が強くなることをさす。生き残ったからにはなんとか
生きてゆかなければならない。そう思う一方で、死んでしまった者に負い目を
感じてしまう。ふたつの気持に引き裂かれながら毎日がある。もともと旅が
好きだったが、一人暮しになってから旅が増えた。といっても家を長く空ける
わけにはゆかないのでせいぜい一、二泊。ほとんどが鉄道の旅。列車の窓から
流れてゆく風景を眺める。あまり大自然には興味はない。人間の営みが感じ
られる町がいい。鉄道の駅があって、駅前には昔ながらの商店街がある。
食堂やそば屋があれば有難い。夏ならビール、寒くなったら燗酒。孤酒は生きる
元気を与える。旅をしていて以前とは違う楽しみも出来た。 好きな町に
出会った時「老後をこの町で暮したら、どんなだろう」と空想すること。
函館、盛岡、小田原、湯河原、松江、長崎など、町を歩きながら、
このマンションに住んで、この居酒屋に通って・・と想像する。 》
▼ 生の切実な声が、ストレートに伝わってくる。「最近の旅は、隠れ里探し
 になってきている」というのも良い。私も、この大きな住宅に何時までも
住むのは無理である。5年が目処になるが、住み心地がベストのことも確か。
それにしても、老後を、「そして、人生はつづく」というのは良い。
連れ添いに先立たれたり、寝たきりや、病が次々と出てくる時節に
「そして、人生はつづく」から、「それでも、人生はつづく」になるのは
致し方ない。その中で、いかに静かに心の平安を保つことの難しさは周囲の
老醜を見れば分かること。 何もかも面倒になり、ただ惰性と安逸の中で、
過去のフラッシュに心が動揺する。その反面、TVの旅番組で、毎日、
行き先の放送している。ドラマも、多くの経験を得た現在、今までと違う
見方で味える。さほど先は無いと思い、あらため世の中を見ると、
知らないこと、未経験のこと、気づかなかったことだらけ。 
 そして、人生はつづく。 されど我らが老後である。
・・・・・・
4207, 親子年表
2012年10月02日(火)
  * 自分目線の100年世界               
 還暦を過ぎた辺りから、その時々年齢の父と当時の自分の年齢を重ねて
みている。更に最近では、「二人の息子の年齢に自分は何をしていたか」も
重ねみるようになった。先日、こういう見方を「親子年表」として存在している
ことを知った。考えることは皆、同じである。父が66歳時に、私は22歳。
父が亡くなった71歳時に27歳。1973年であった。 父の享年まで私は、
あと5年になる。そろそろ最期の身辺整理の時期に入っている。
父は最期の仕事に自分の財産を生前贈与をして亡くなっていった。
それが私の人生を大きく支えてくれた。両親の愛情を物心とも直接、間接的に
受けたことが最大の財産である。その意味で家内も私と同じように恵まれた両親
だった。その相性が良かった悪かったで人生が大きく変わる。これこそ最大の
ツキの善し悪しになる。 それに甘んじて一生、親の世界から抜けられなく
過ごし、死の間際に慌てて生き急いでいる人を秘境ツアーで何人も出会ってきた。 
「ハッとしたら、既に老境。親のいうとおり生きてきたが、自分の人生が何も
無かった。死に病になり、何時死ぬか分からないが、このままでは死ねない。
その何かが世界の果てにくれば少しで分かると思い立ち、参加した!
帰国すれば大きな問題が山積み」という一身上の話を偶然、山道で隣り合わせに
なった60過ぎの一人参加の女性から聞いた。死に直面した時に大きく動揺する
のは、「やりたいことを、してなかったため」という。結果がどうあれ、現在、
心が安定しているのは、60歳までに、前倒しにして遣り尽くした感があるため
だが、これは大きい。これがないと、周囲のマイナス探しで自分を肯定する
しかない晩年になる。ほぼ九割の人のそれは周囲の誰かを具体的に特定すれば
見て取れる。団塊世代と、その子供の世代の特徴を親子年表にし、時代背景から
見ると、その特徴が浮かび上がってくる。その世代間格差が、あまりに大きい。
逆に団塊世代の親の世代をみると、太平洋戦争に大きく翻弄された最も困難な
時代である。それからして終戦直後の団塊世代前後の人が奇跡的に恵まれた
時代に生きたことになる。自分の親と子供を重ねると、100年、150年の
視界が鳥瞰できる。


6045,閑話小題 〜「空しさ」ですか ー2

2017年10月01日(日)

       <意味としての心〜「私」の精神分析用語辞書ー北山修著>
   * 女性性と内的空間 
 子宮を内的空間とは、なかなかシリアスである。
 まずは、〜「女性性と内的空間」から〜
《 女性の場合、子宮の内側にある空洞、いわば<おふくろ>の袋の中に何も
 ない時の潜在的な空しさが、生きがい対象としての子どもを呼び込んで抱える
ときの包容力を高め、完全な献身的育児を実現させる場合があります。
これが、問題の抱え込みにつながる親の吸引力や依存心を増大させ、子供たちが
巣立ったあと親たちが生甲斐対象を失うような「空(から)の巣)症候群」の
母親が多いというのも、女性の身体の内的空間が生甲斐喪失を発生させる基盤の
可能性のあることを教えています。「空女(からおんな)とは、年頃になっても
月経のない女や、子供を出産しない女性をさした軽蔑語です。多かれ少なかれ
誰もが、自らの母親の潜在空間を埋め合わせるために、この世に生れてくるので、
だからこそ、全ての赤ん坊は母親の生甲斐そのものになって、完璧に近い育児を
実現させている。そして、多くの男性にとって、そのような女性たちに男として
求められ、存在の根拠を与えられることも、自らの空虚を充実させる生甲斐に
なるのです。》

▽ 潜在的な「空しさ」の根源を、「女性性の内的空間にあり」とみるとは。
 現在、問題になっている「空家」と似ている。誰も居ない住居に人生の空しさ
を感じとれるが、さらに女性性の内的空間に類推すると一層に納得できる。
成るほど「チャーミング・ポケット」である。「空しくなったら励め!」…か。
 老いても、さほど「空しく」ないのは、励めないための自然の成せる業?
で、以下の1年前のテーマにつながっていく! もちろん、いま気づいたが…
 目前にあるネパールの露店で買ったミニ仏像、改めてみたら慈母観音!
仏壇から何か妖気が漂ってきた。 ところで、いま数えたら書斎を兼用して
仏間に小さな仏像が10数体、屋敷内では20数体はある。これじゃ守られる
わけだが、それにしては… もっと福があってよいもの。徳が足りないか。
――――
5678,閑話小題 〜妖気漂う仏像
2016年10月01日(土)
   * 妖気漂う仏像
 母方の実家の祖母が仏像収集が趣味だったと、先日、知った。店を継いだ
従兄が亡くなったのを契機に、店兼住居を引払うので、仏像の価値を知りたい
ので見て欲しいという従姉の依頼で、長岡駅前に訪ねて行った。その一つに、
何やら妖気?が漂っていたような。左手下に獅子二匹を抑えて、右手は刀と、
その鍔に小鳥が一羽とまっている慈母観音像。 暴れだしそうな獅子を抑え、
右手は戦いのための刀。その柄には小鳥が一羽。 哲学的でさえある。これが
気丈だった祖母の大元だったのか。この仏像を拝み、荒狂う人生を乗り越えて
いたのか? その時、祖母の人なりに出会ったような気がした。
「母親を含めた3人の子供を残して、祖夫が亡くなった後に、男後家と再婚し、
4人の子供を得たが、男後家は徹底して先夫の子供3人を虐め抜いた」と母から
聞いていた。その中で、祖母の心中は如何ばかり? 人知れず、この仏像に
手を合わせていたと推測される。その後、店の相続で、その実家は二分。
男後家の縁者が、十日町駅前に引越していった。
 で、話を戻すが、私の鑑定は三体で100万。家内が反対しなかったら、
50万で交渉したのだろうが。 子供の時に父から聞いた話がある。 
 <ある高村光雲作の像。所有をすると、本人か縁者に不幸が起るという
像を、イワクを知った上で買ったことがあった。しかし、間もなく身辺に不幸
が続き、驚いて手放した。イワク付き古物は、決して寄せ付けてならない> 
この仏像はイワク付きはないが、経緯を知っていたこともあってか、妖気が
漂っていた感がした。妖気は祖母の念だったのか? 
考えてみると、この仏像、母親を通して、私の人格形成に関っている?

・・・・・・
5313,閑話小題 〜飲み会が楽しい理由
2015年10月01日(木)
 4年半前からはスポーツジムとiPad、6年前には電動アシスト自転車、
20年前からはパソコン、30年前からは海外パックツアーの、新たなシステムと
して生活習慣に取り入れた。それは私たちを、マシーン、場を含めた波動が
繋がる‘共愉’へと導いてくれる。‘飲み会’も、数多のシステムの一つ。
これをウィーンの哲学者・イバン・イリイチが「コンビビアル(convivial)
として使った言葉である。 〜ネット検索による説明から・・
◎《 コンビビアルな道具といえば、一言で言えば、「自由」を具体的に
「具体化」するための、たとえば、ハサミなど小物から、自転車、更には
システムも含む。彼が優れているのは、彼が優れているのは、これを
人間関係だけでなく、小物、システム、場に広げたこと。イリイチが
言いたいのは、道具を、媒体を介した峻厳関係である。意味合いとしては、
友愛もしくは歓喜も含まれており、「快楽」が含まれている。「禁欲」とは
意味合いが違っている。そして、ネット社会の浮かんでは消えていく接合と
分離において「コンビビアリティ」が見出されている。》 〜他にも〜
◎《 気心が知れた仲間同士が、和気あいあいと共に円卓を囲み愉しく飲み
食いして宴をしている様子を示す意味合いの日常語。思想家イワン・イリイチ
が説いたconvivialityは"共愉"と訳された。食べるの大好きだけど、一人では
美味しくない。会話があって味わえるもののほうが喜びが大きい。会話の中で、
波動というか周波数というか、そういうのを感じて、しかも互いの波動が合う
瞬間がたまにあります。"なにか"が生まれる瞬間。結論と行き着いた先は、
そのときは形になってない事や立派な成果物じゃないこともあるが、それまで
の間にお互いがお互いを引き出しあっている。会話は産婆術=educationの語源。
たまたまそこにある要素によって全然別の話ができあがったり、色んなものが
引き出されたり、偶然が重なって何か見えたり、狙ってなくてすごい笑える
発言が出たりします。なにかが生まれるまでの共愉が実は、妊娠する=concpet
の語源としているのです。そういえば一人で盛り上るはあんまり無いですよね。
日本フランス料理会におけるソースの名人 Chez Innoのシェフ、井上旭氏。
酔いながら語った中で聞いた言葉があります。「ワイン飲むってのは、
和飲なんです。和飲、是楽(ワイン、これたのし)。」 ワインを飲みながら、
間柄(和)が深まり、ワインを飲み愉しんだ時間を通じて、関係(和)が広がる。》
▼ 飲み会が楽しい理由は、気心が知れた者が共に卓を囲み‘共愉’することで、
「自由」を「具体化」するからである。前の会社で30年、年に4〜5回は宴会を
開いていた。それが陽気な面白い集まりで、社員や、取引先の遊びなれた
宴会部長と大騒ぎをするが、それは手馴れたもの。宴会の酒の失敗は殆どない?
SJのエアロも、国内外のパックツアーも、集団でこそ格安で、気楽に‘共愉’
出来るシステム。結果は、どうであれ、装置産業の利点の有余る時間の中で、
多くの‘共愉’と、今、思いついた逆語、‘独愉’を十分に味わってきた。
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2002/12/03
忘年会
開業の年から毎年行われている会社の名物が忘年会である。
昨夜がその忘年会であった。
社内中心の新年会もあったが6^7年前からは行われてない。
とにかく盛り上がる。大体50人前後が出席する。
若い女子社員を先頭に一次会では座敷ゲームが行われる。
そのゲームでとにかく酒を飲ませるのがミソの様だ。
そこで最高潮になる。
今年のように大不況でも盛り上がりは最高潮だ。
お客さんがだいたい7割を占めるが、ほとんど人が営業か
営業経験者の為、遊び上手でうまく盛り上げてくれる。

昨夜も最高潮に盛り上がった。
毎年その日にボーナスを出すので、社員も気持ちが盛り上がっている。
とにかく若い人のエネルギーがよい。
時代時代により色々な忘年会の思い出がある。
急性アルコールで入院した人もいる。
この忘年会で初めて年末の到来を実感する。
 〜過去に書いた文章をコピーしておきます。
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H0905  宴会好き!
 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。
私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になった!
忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけて
よく飲んだものだ。もともと私の父が宴会好きであった。
酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、
無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。
これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。
今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位
だった。芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返して
いると思うと“三つ子魂”何やらである。
当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。
今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。
酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、
痴呆で亡くなった。
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2002/04/02
新入社員歓迎会

毎年この時期におこなわれ、非常に毎年盛り上がる。
当社の宴会はもともとかなり盛り上がるが、
歓迎会がさらに盛り上がる。
2〜3年に一回はトリック・スターが出るが今年は2人いた。
お陰で例年の数倍の盛り上がりようであった。

まだ酒の飲み方の解らない新人に飲ませるのだから、こちらも責任がある。
その辺を調整しながら、盛り上げる。しかし面白いことこの上ない。
若い人のエネルギーを戴く感じである。若いということは、本当にいいこと。
とにかく明るい! 花が咲いたという例えがピッタシである。
それと時代に左右されている。彼等はとにかく携帯電話世代だ。
意思疎通の早い事が特徴で、感覚が研ぎ澄まされている。
新人類から、宇宙人といってよいのかもしれない。
反面、孤独という一番大切な世界を知らない。

宇宙人といえば、かぐや姫のストーリ何か今の時代になってみると
以前事実に近い事があったのではと、イメージが湧く。
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2005/08/12
1592, 幇間ー太鼓もち

幼稚園の頃から高校を卒業するまで、実家の店では年越しの
宴会が開かれていた。そのため年末が子供ながら楽しみであった。

芸者を何人かよんだり、近くの太鼓もちを呼んだりしていた。
といって長岡あたりではプロの太鼓もちはいない。
近くの酒の好きな漬物屋の親父がセミプロとして呼ばれていた。
通称「八木漬物屋のオヤジ」である。
彼がいないと場がしらけるほど存在感があった。

映画で観る幇間そのもので、芸者の三味線に合わせて色いろな芸があった。
それをキッカケに、他の人の芸が出てくる。家族や従業員・取引先など
50~60人の宴会が何時も盛り上がっていた。
幼稚園の頃から日本酒を判らないようにコッソリと飲んだ記憶がある。

幇間とは、いわゆる太鼓もちのことである。座敷に呼ばれて、芸者と
同じように旦那衆におべっかを使って機嫌をとるのが仕事である。
落語によくでてくるヘラヘラしながら、しかし暖かい雰囲気を醸し出して
いる技を持っている男芸者である。愛嬌があって、人から何か好かれる
魅力がなければならない。そして宴会などを上手く盛り上げる座持ち役である。

人間は誰でも、褒められ威張りたいものである。
太鼓もちは、その辺を熟知しており徹底的に自分を蔑みながらお客を持ち上げる。
これは余程の持って生まれた天性が無ければ勤まらない仕事である。
もう亡くなったが俳優の三木のり平の太鼓もちは絶品であった。
一度でよいから、この太鼓もちをやってみたいが、無理である。

営業のベテランは、その要素を経験から充分持っている人が多い。
話のキッカケは何か褒めることから始る。
それも自然に、いつの間にか持ち上げられてしまう。
現在、プロの太鼓もちは、ほぼ絶滅?
下町の旦那が余興で踊りなどを演じている位という。

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4948, 閑話小題 ー逸ノ城の太腿は92センチ
2014年10月01日(水)
   * 逸ノ城の太腿は92センチ
 どえらい新人が大相撲に入ってきた。白鵬が「俺より強い」といったとか、
双葉山以来の逸材とか。21歳で入門して5場所目の今場所で、一横綱・二大関
を敗った。白鵬まで敗れていたら不甲斐ない、というより大相撲の全面否定にも
なっていたところ。白鵬が何とか勝って面目を保ったが・・ 来場所と、
次の場所に12勝を上げると大関。そうすると、来年中の横綱もありうるが、そ
うは甘くない? 太腿が92センチもあるというから、
少し肥満気味の人の腰周りと同じ。それでいてバランスが取れている。
 初の草牧のゲル育ちというが、こんな体格の男に日本人が敵う訳がない。
既に大相撲は蒙古勢に上位を多く占められ、次の大物二人が上がってきている。 
面白いといえば面白いが・・ 問題は怪我!
   * 人間は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失う
 「人は他人と同じになろうとして、自分の4分の3を失ってしまう」は、
ショーペンハウアーの言葉。何世紀も農耕社会が主だった島国では、まず他人
と同じになることが生活の知恵。 だからこそ「和同の精神=和して同ぜず」
が必要になるのだが、人は自然に流れる。情報社会では、自分の好きな分野を
生かすことが可能になってきたが、反面、情報の大波の中で、最善と思われる
一部の情報に洗脳される傾向が強くなる。 他人と同じになろうとするのは、
自分の頭で考えないから。自分で考えを深めれば、自然、他と同じにならない。
それにしても、本当に考えな人が多い! 石ころが個性個性といっても、
所詮、集めてみれば砂利でしかない。それより、人と比較しないことだ! 
・・・・・・
4581, 2050年の世界 ー11
2013年10月01日(火)
    「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」
                 〜英『エコノミスト』編集部 (著)
  第十四章 経済とビジネス ーのまとめ
・一九五〇年代の統制資本主義の時代にはマイナーな理論とみられた
 シュンペータの理論は、その後の現実の歴史によって、最も影響力のある
 経済理論に押し上げらた。
・一九五六〜八一年までは、『フォーチュン』誌が選ぶ五〇〇社のリスト
 のうち、年平均で二四社が脱落していた。 一九八二〜二〇〇六年には
 脱落組が四〇社に増えいる。
・ことにインターネットの発明・普及によるグローバリゼーションは
 シュンペータの言う創造的破壊のスピードを高めている。想像も
 できない技術革新により、これまでのビジネスのやり方が陳腐化し、
 固執していた企業は淘汰され、新企業が生まれる。
・製造業では、大量生産の方法が開発された一九二〇年代以来の、
 大きな技術革新よってその現場は変貌をとげるであろう。可能性がある
 ひとつの技術として 3D印刷技術があげられる。
・他にも、あらゆる物がネットと常時接続するようになり、そのネット
 ワークがわたしたちの生活を変える。ロボットの技術革新によってこれまで
 人間にできなかった作業ができるようになる。あるいは電子秘書の機能を
 持つ自律型のソフトウェアができることで、仕事の効率化が起きるなど、
 様々な技術革新による経済の変化が予想される。
・先進国にいちはやく追いつきたいという新興国経済の要求も様々な技術革新
 を生むだろう。一気に九〇パーセントものコストを削減するような工程の
 開発によって、先進国の商品市場もがらりと変わる。
・契約型の雇用者が、複数の企業にみずからの技能を売るようになるなど、
 会社の形態もより複雑化する。
・様々な技術革新にともない、グローバル市場においては、知識階級に富が
 偏在するようになり、労働者の勤務はグローバル化でより過酷化する。
・しかし総じて言えば、「資本家の功績というのは、女王にもっと絹の靴下
 を供給することではなく、それを女子工員たちの手が届く場所に持ち込んだ
 ことにある」とのシュンベーターの言葉どおりに、人々は創造的破壊の
 荒波のなか恩恵を受ける。
▼ 工程といえば、隣家のプレハブ住宅工事。まず3〜4Mの杭打ち工事。
 ビルや工場建設などの基礎工事を住宅に応用。ミニ杭の打ち込みから三週間、
一切の工事がなく、その後、床底の部分を小さな重機で二日間で掘り込み、
そこにプレハブの床と杭を結び始めた。ビル工事の小型版である。 
パソコンを手の平に押し込んだスマートフォンの普及で、世界は創造的破壊で
大きく変化を始めた。「まさか、一番かたいビジネスと思っていた事業が、
この結果になるとは!」が、全てのビジネスで生じてくる。情報化は創造と
破壊のサイクルを短くするが、消費者にとってはプラスになる。
・・・・・・
4206, 閑話小題 ーキモカワキャラ
2012年10月01日(月)
   * キモカワキャラ
 TVで石破幹事長を評して「キモカワキャラ」と言っていた。
的確な一言フレーズを作るもの。顔はコワモテだが、一度話し始めると、
ソフトで、そのギャップが可愛らしく見える辺りを凝縮した言葉。
本人が聞いたら傷つくだろう。中年から熟年の何割かのベビーフェイス顔は、
この言葉に当てはまる。この言葉から連想できるのは、「キモバカキャラ」
「イモカワキャラ」「キモカマキャラ」「キモマジキャラ」「キモギャルキャラ」
などある。 角栄は、ギタギタしていて汚職の利権漁りのイメージが強いので
「キモギタキャラ」。 ネット社会のB層には、的確な「一言フレーズ」で
如何に発信するかだが、虐めに使われるから問題になる。 
この一言フレーズで切り捨てられ、切り捨てるのが現代である。  
   * ギリシャ、イタリアは近未来の日本?
 ギリシャ、スペイン、そしてイタリアで起こっている恐慌に近い事態は、
近将来の日本? 5〜6年先の日本の事態。南欧の近未来には、何かのキッカケ
で凄惨な国家破綻になる可能性がある。それでも、国民は国家に頼るしかなく、
急激な締めつけに反発、事態は悪化を辿る。それは日本も同じ。スペインの
25歳までの若年労働者の失業率が過半数を超えているというが、現に日本の
高卒、大卒の三分の一が正規社員の就職が出来ず、就職したとしても三年も
しないうちに三分の一は辞めてしまうため、若者の半分はフリーター状態。
将来の日本が思いやられる。60才以上が預金総額の6割を持ち、40才以下が、
その10分の1の6%しか預金がないため、消費は減る一方。適齢期の女性
の結婚相手の収入希望が6百万。そんな相手は少ないため未婚が増加している。
厳しい時代になった。互いに自己限界の設定をシビアにすればよいものを、
と思っても「たった一度の人生に誰かが何処かで待っている」という洗脳が
なされて抜け出せない。隣国に中国、韓国があり、競争相手は韓国男性、
中国女性になりつつある。2ランク上なら私なら考える。
   * つれづれに
 血圧が、毎日通っているスポーツジムにあるため計る習慣がついている。
毎日、大きくブレルため、高血圧かどうか戸惑っている。また運動する前と
後と、食事の直後では20は違ってくる。120〜160前半、平均すると
135で、高血圧かどうか微妙である。中高年の八割が高血圧というから、
一般からすれば平均だろう。 冬時期を除けば一日三時間も運動をして、
この数値。晩酌を減らせば、直ぐに下がるのは分かっているが・・ 
これも以前に書いたことだが、今、自然に頭に浮かぶことは、こんなこと。

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