堀井On-Line



3008,今年も半分が過ぎた

2009年06月30日(火)

 今年も半分が過ぎた。
・新インフルエンザが発生し、パンデミックになったが、
 弱毒性のためかまだ落ち着いている。 問題は第二波のくる秋口である。
・去年の9月15日に起きた金融危機の直撃の影響が身辺にも影響を始めてきた。
 アメリカのGMとクライスラーが倒産。シティなどのアメリカの金融機関が実質国家管理になった。
・1月末にオバマが正式に大統領に就任、その政策転換が具体的に見え出してきた。 
・北朝鮮で、原爆の実験が行われたが国内的に不穏な動きが出てきているようだ。
 毎年の傾向だが、今年も大きな事件は後半に先送りになった。

 去年が、世界的な金融恐慌発生がキーワードなら、今年は新インフルエンザのパンデミック。
要は秋口からの二波で猛毒になるかどうかだが、後進国で猛威をふるった時の医療体制の不備が最大の問題。
この新インフルエンザが、世界的に数百万、数千万の死者が出るパンデミックの初期とみるかどうか。
さらにアメリカ発の金融恐慌を、世界恐慌の初期段階と見るかどうか。 この辺の見極めがポイント。
 歴史的から見ると、悲観的にみる方が正しいようだ。 
去年の9・15が起きた時に、アメリカの恐慌を専門に研究している経済学者が、「今回の恐慌は、20世紀前半の
恐慌とは比べようもないほど規模が大きく、かつ質も悪質である」とコメントしていたのが印象的であった。
 それが雰囲気として、底をついたような楽観的な空気が一部あるが? まだまだ、初期の初期段階でしかない。
明日からの後半は、更に大荒れの歴史的日々が待っている。 近くに自民党が衆院選挙で解党的な敗北が決定的。
民主党が政権を取った後に、本格的な政界の再編成があり、その過程で終戦後の60年の膿が出てくる。
そして、気づいた時には日本は、更に経済的にも、政治的にも大きく縮小している。
 現に10年、20年前に比べると現在が、そうである。 それが顕著になるだけ。
悲観的過ぎる? じゃあ、楽観的というと? 
原子力や、電気自動車などに応用されるユビキタスなどの技術は日本が持っており、
調整段階をこなした後は、日本にチャンスが必ず来る。 特に省エネが世界的テーマになるから、
それは日本のもっとも優れた分野である。 等々・・・ アメリカこければ、日本は重症だろう、やはり。
 まあ、無事なんとか、乗り越えているだけ、良いとしなければ。

・・・・・・・・・
2644, 「無法バブルマネー終わりの始まり」 ー2
 2008年06月30日(月)

 まず第一章の中の小項目
ーゴーストタウン化が始まった!ー P/56を、そのままコピーしてみる。
 ーー
いま、金融機関ばサププライムローンによる融資どころか、プライムローン(なんの延滞もない健全顧客向けのローン)
にまで融資をストップしている。 年収五〇〇〇万円を超えるリッチな顧客向けのジャンボローンですら、
新規融資は止まったままである。 それほど過剰反応している、ということだ。
当然、住宅を販売しようにも売れない。新築住宅の適正在庫期問は四ヵ月なのだが、いまや延びに延びて一〇ヵ月である。
中古住宅マーケットはさらに“塩漬け”状態である。 ロサンゼルスでわたしが見たように、売れない在庫が溜まると、
それはそのまま地域一帯がゴーストタウン化することにもつながっていく。 地域の治安、安全という観点でも、
すぐに解決すべく取り組まなければならない重要な問題であるのだが、手の打ちようがない。
「サブプライムローンの利上げを今後五年問凍結する」とブッシュは発表した(一二月六日)。
残念ながら焼け石に水にすぎない。 債務者の多くは安く買って、高く売る転売時の利ざや稼ぎのために
サブプライムローンを契約したのだ。 よりよい住生活を満喫するためではない。
これだけマーケットが冷え込んでいると、おいそれと住宅を販売したり、転売できるとは考えにくい。
当然、延滞率のさらなる上昇は避けられまい。 元本はもちろん、利息だって支払えない。
仮に一〇年凍結されたとしても、効果は薄い。 それよりも融資した資金が回収できなければ、
金融機関(=住専)はどうなるのか? もちろん、すべてが不良債権化し、破綻してしまうことになる。
シティがとりわけ大幅な損失を被っているのは、この債務担保証券(CDO)について、自己投資分)のほか、
投資家向けの販売在庫を抱えているため、予想外にロスが膨らんでしまったからである。
CDOは価格変動が激しいうえに、相対取引(一対一の取引)のため、価格形成過程も不透明きわまりない。
「本当の価値を評価できる人は少数」(銀行関係者)といわれるほどで、アメリカの金融機関では、
ほとんど格付け会社の信用格付けをべースに価格を計算しているにすぎなかったのである。
メリルの巨額損失を皮切りに、大手格付け機関のムーデイーズ・インベスターズ・サービスが大量のCDOを格下げしたことが、
じつはシティの評価損をさらに膨張させることになった。いわば、CDOの格下げが金融機関の評価損を拡大し、評価損の拡大が
経営を圧迫し、経営の圧迫がさらにCDOの格下げを招いてしまう、という負の連鎖(悪循環)が欧米の金融機関を襲ったのである。
さらにシティの場合、懸念すべきことが一つある。それはオフバランス(簿外)の
SIV(ストラクチャード・インベストメント・ビークル)という運用会社が大量の住宅関連証券を抱えている場合、
当局(アメリカ証券取引委員会)はこれを銀行本体の財務から切り離さず、連結対象にするかもしれない、という問題だ。
もしそうなったら、資産が数百億ドル(数兆円)という規模で増えることになるから、自己資本の積み増しが必要になってくる。
今後、これらの証券についてどういう判断をするか、政府介入による救済となるか(おそらく、口先だけの介入)、
シティならずとも固唾を飲んで注目しているのが現在の金融機関の実情であろう。
 ーー
 (解)このページの中に、多くの示唆がある。格付け機関そのものが怪しいことも、その一つである。
   殆ど根拠なしに、ただ「シティが発行するから大丈夫だろう」レベルで格付けしているに過ぎない。
   考えてみれば、その混合の中味を彼らは知る由がない。毒の入った饅頭は、混合した少しはマトモの債権も含めて
   不良債権になるのである。それを、格付け機関のラッピングを包めば、誰も信用する。
  アメリカの最貧民が、3800万人も存在するという。およそ15?になる。
  その人々に見境なく貸付て、その債権を混ぜて世界中にばら撒いたのだから、世界はオカシクなるはずだ。

・・・・・・・・・
2007年06月30日(土)
2279, 今年の半年の総括 (2)
            ☆^(*・ω・)ノ~~~オハヨウ!

 もう半年が過ぎてしまった。比較的、穏やかな前半といってよい。
 それでも、振り返ってみると色いろなことがあった。
*プライベートでは
 ・次男がめでたく結婚(3月3日)
 ・実家にあたる兄の会社が倒産(5月15)
 ・両親を含めて最後の叔母堀内リツさんと、母の従兄弟の元市長の内山由蔵さんが死去(1月下旬)
 ・ゴールデンウィークに大學の友人の川崎整治さんを静岡に訪ねる
 ・高校の同級生二人が癌で入院、手術
*会社では
 ・新潟駅立体工事が正式に着工
 ・会社のホテル業の底打ちと、右上がりが始まった
*政治・経済・社会面では
 海外も国内も大きな変動はなく、比較的穏やかな半年であった。地方統一選挙も大きな波乱はなかった。
 社会面では、相変わらず陰惨な殺人事件が毎日のように続いている。
 経済面では、少し経済が持ち直しているようだが、あくまでも一時的なもの。大嵐の前の微風が吹いているに過ぎない。
*本で印象的だったのは
 カズオ・イシグロの 「日の名残り」  中村うさぎの 一連の本
 藤田東吾の 「耐震偽装」  佐藤優の 「獄中記」
 高橋敏夫 「人生のことは、小説が教えてくれた」
 野口悠紀雄 「日本経済は本当に復活したのか」あたりが印象に残っている。
*健康面では「半日人間ドック」で、全く問題なし。
 後半は、かなり政治も経済も含めて大荒れの予兆がしている。
               ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
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2006年06月30日(金)
1914, スペイン画家・堀越千秋?5
              おっ w(゚Д゚)w ハァョ?

この本を読んでいると、ところどころで日本の文化との違いに「そうか?!」と唸ってしまう。
アンダルシアに行ったとき、日本人女性の名前の墓を見たことがある。
百年以上前のものだった。「何の因縁でそこまで行ったのだろうか?」
人の世の深遠を見たような、感動があった。その女性の寂しさが直に伝わってくるようだった。
南アフリカでも、古い女性の墓を見たことがある。
またケープタウンの日本人女性の現地ガイドの話が生々しく印象的だ。
「東京のイギリスの商社に勤めているとき知り合った英国男性と結婚。
イギリスに行った後、南アフリカのケープタウンに来た。
若い時は外国暮らしは良いが、歳をとってくると厳しい。
もし旦那が死んで、子供が独立をしたら天涯孤独になってしまう。
わたしの生きた証を子供の名前につけようとするが、旦那も同じように考えていて、
子供の名前を日本的な名前にするかどうかで揉めた。出来ることなら日本に住んでいたかった」と。
著者の堀越は、この本で国際人の特徴をあげている。「国際人とは、長年の孤独になれたものである」
スペインの墓地のことが書いてあった。 何ともスペインらしい!
    ーー
スペインの墓地というものは、横浜の外人墓地のようにロマンチックでない。
あたかも一戸建ての邸宅にたとえられる横浜のそれに比べ、こなたは丁度団地である。
7Fの、頭をこちらにむけた棺の入る室がずらり、ロッカーのように並んでいる。
死人たちは焼かれもせず、棺おけごと生のままロッカーに収められ、ドアのかわりにしっくいとレンガで固められてしまう。
その表面の大理石の墓碑版を張りつけるという次第。
しかし死人も永眠というわけにいかず7年経ってその先墓場代を払い続ける。
遺族がいなくなると、入り口をこわして中を暴き、永眠のつもりで寝ているものを棒でかき出して、
つまり棺おけの残骸だの白骨だの衣服だのの一切を、墓の隅に掘られている大きな穴に捨ててしまう。
ロッカーの方は当然新しい死人が入居する。穴の方は惨憺たる墓穴である。
何しろ掻き出したままを、そのままゴミのように放り出したぐらいの状態にしておくのだから。
スペインのお墓には行かないほうがよい。  南無三宝。
  ーー
以上だが、辛口のスペイン文化の紹介が、何ともユニークである。
これでもスペインに移住したと思う人がいたら・・・ それはそれで、良いと思うが!               
                 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! 
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2005年06月30日(木)
1549, 宇野千代

宇野千代が代表作「おはん」を書き終えた後に、一行も書けなくなってしまった。
そこへ中村天風が「今度ね、自分の頭の中に舞台をこしらえて、その中でいろいろ、
あの女とこの男とひっつけよう、この男とこの男とこうしようというふうに躍らせながらそいつを
書いていったらいいだろう」「出来ないと思うものはできない。出来ると信念することは、どんなことでも出来る」
と言った。「いい事聞いた!」宇野千代は、それいらいスランプを脱し、書く文章も変ったという逸話がある。
この天風の言葉を、スットンと脳に入れてしまう彼女が凄い。彼女は中村天風の弟子であり、その教えの実践者である。
天風の言葉が、彼女の中で血肉になって明るく具体的に噛み砕いているところがよい。
ー「私は不幸に対してはなかなか凹まない自信がある。どんなところからでも、
私流に幸福を見つける自信がある。私は、勿論不幸は好きではない。
…自分を不幸だと思うことの方が、もっと好きではない。…」
ー「何事をするにも、それをするのが好き、という振りをすることである。
それは、単なるまねでよい。すると、この世の中も、嫌いな人がいなくなる。
このことは決して偽善ではない。自分自身を救う最上の方法である。」
ー「私たち人間は、何時でも、ものの考え方の方向を、絶対に明るい方にもっていきたいものです。
明るいところには元気が、暗いところには病気が必ず宿っているのです。」など、
まさに、天風の言葉が彼女の体験を通して具体的に諭しているようだ。
また、彼女の「私、なんだか死なないような気がするんですよ。」という言葉もよい。 
90歳半ば頃に発した言葉である。本心から出ているからよいのだ。
「人生はいつだって、今が最高の時なのです。」と語っている彼女の顔が目の前に浮かぶようだ。
人生を最大限に生きた人は、サッパリとして清清しい。
                    ーつづく
・・・・・・・
2004年06月30日(水)
1184, ‘私は幸せ’
 
あるホームページをみていたら、福田純子さんの講演が載っていた。
この人の本を読んだこともあって、さっそく読んだが、奥の深い内容であった。そういえば母の口癖に、
「わたしの幼児期に亡くなった父が、自分の守護霊で、いつも私を見守っていてくれていて、
時に助けてくれている。だから何があっても大丈夫なの」があった。
そう信じていれば、潜在意識の中で父親が自分をコントロールしてくれるのだろう。
まあコピーしておきます、ご覧あれ!
ーーー
始めての方に“私は幸せ”って話を一つだけさせて下さい。よろしいですか、10分だけ 山岸さんの時間を頂きます。
名古屋から博多に帰る時です。新幹線で指定席を探して歩いていると向こうからキラっと光る奥様がいてとても気になったんです。
“オー素敵”気になった奥様の隣りの席が私の席だったんです。会釈をして座りました。20分ほど無言状態です。
 (以下、字数の関係上カット08年6月30日)

・・・・・・・
2003年06月30日(月)
817、「神話の力 」 2
                早川書房
ー私の感想
この本は、私にとって過去に読んだ本の中でベスト5に入る本である。
随想日記でも何回か取り上げてきた。自分とは何かを考える時、神話に大きいヒントが隠されている。
日本のような島国の神話は「中空」思想が物語の中に隠されている。
左右に相対立するものを配置して中央に中抜きの存在を置いて、ガス抜きの役割をさせている。
今も天皇制が中空としての役割として存在しているのが面白い。
西部劇もそうだ。ある町にふらりと現れた主人公が、そこの悪役と対決して苦難の上に、
倒して英雄になり、何処かに帰っていく。これが神話のストーリーと同じである。
男は無意識のうちに英雄願望を持っており、女は誰もがシンデレラ姫コンプレックスを
持っているという。結婚して10年も経った姉が「今でもシンデレラコンプレックスある。
白馬に乗った王子様が何時か迎えに来てほしいという」と私にうちあけたことがあった。
人間なんてのはそんなものだろうが、これも無意識の中の刻印があるためだろう。
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ーレビュー
神話はわれわれに何を語ろうとしているのか。
神話が人間の精神に及ぼす見えない影響を明らかにし、
全米に神話学ブームを巻き起こしたベストセラー。
・・・
<いま生きているという経験>
  神話は人間生活の精神的な可能性を探る鍵である。「人々はよく生きることの意味を探していると言いますが、
人間が本当に探求しているのは<いま生きているという経験>です。」この本は、神話学の世界的な権威である
ジョーゼフ・キャンベルが、世界各地の詩人や賢者の言葉を使い、私たちに「人生は素晴らしいことだ!」
ということを伝えてくれる。
古代の神話が失われつつある現代において、今求められている神話がどういうものか、そしてその中で生きる
私たちはどのように生きるべきかを導いてくれる本である。宗教学や神話学に興味のない人であっても、
必ず彼の言葉には自分と共通する物語が探せるはずである。
   (以下、字数の関係でカット2008年6月30日)

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2002年06月30日(日)
453,世界で一番に貴方の味方

「大都会の超高級クラブの裏側」というドキュメントがあった。
-お水の青春ー女心の裏表ーが副題であった。
印象順に順不同で書いてみると
・大都会のクラブの「ママとナンバーワンホステスとタイとフィリピンの
 混血のホステスの3人」の内側レポート。
・会員制でお客の情報がパソコンで完璧に把握されている。
 その相手のホステスも決まっており、 気配りを徹底的にしてある。
・指名ナンバーワンーベストスリーを発表、お互い競わせる。
・ナンバー1の女性が店が終わった後、必ずその夜のうちにその日のことを
 ノートにきめ細かく書き込むー書く事でいろいろな気づきとか、話題を記憶にとどめる。
 その人の話題書き留めるーそのうち重要な事を情報はパソコンに打ち込む。
 ポイントはその日のうちにやることだという。
・メールと電話をする。 食事に誘う。事前の準備をきめ細かくしておく。
・銀座などの高級クラブのシステムは世界で日本しかないシステムである。
・男は夜の世界でー嘘と誠の世界を楽しむホステスは自分総てをかけて男女の際どいゲームを楽しむ
ホステス教育で其処のママが言っていた、「自分のお客に、世界で一番に貴方の味方と自分を認識して下さい」
「一番大事なことは人格であるーそれを磨く事」 なるほどと思った、そういう店が有ったら
行ってみたいものと思った。一晩10万以上も払ってけして高いと思わせない何かがあるから行くのだろう。
その一片を見たようだった。
以前にも書いたが、銀座ホステスの対談を読んで驚いたことがあった、15年ほど前か。
要旨はー店に出る前に準備を完璧にまで終えている。孫子の兵法そのものを実行しているだけだ。
 あと男は威張りたい動物だそうだ。

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2001年06月30日(土)
[69] 夢について?1

夢分析も非常に奥行きの深いテーマだ。年に一?二回熊に追われている夢を見る。
熊に追われて二階‐三階の部屋に逃げるが、どこまでも追いかけてくる。そこで目がさめるという内容である。
熊は現実の問題の変形、逃げているのは恐怖心・不安である。誰もが経験ある夢である。
一度凄い夢を見た。10年以上前に社内報に書いた文章をコピーしてみる。
霊的体験‐                      
        平成4年 7月
二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。自身実感できたのだと思う。
父が‘なんだ自分はこうして生きているではないか’という内的実感。
夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。恐らく経験した人間ではないとわからない。
また死後二?三日後の夢も強烈な夢(?)であった。 何か強烈な恐怖感がおそってきた。
その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。


3007,誰が電気自動車を殺したか?

2009年06月29日(月)


 昨日の午前、何気なくWOWOWに回すと、「誰が電気自動車を殺したか?」という
ドキュメント映画を放映していたが、時が時だけに、その内容に引き込まれてしまった。
GMの倒産を暗示している内容で、映画の題名が良い。
19年前に画期的な電気自動車をGMが発表し、レンタルで貸し出した。 
しかし電力モーターの普及に不利になる多くの業界の圧力の中で、何時の間にか消えていった。 
その犯人を追及する内容。 犯人を自動車メーカーGM、石油メジャー、アメリカ政府、
消費者、マスコミ、州環境保存局、などと設定して、具体的に探っていく。 
 ーその映画内容の紹介のHPからー
  「誰が電気自動車を殺したか?」(クリス・ペイン監督)。2006年
 舞台はロスを中心としたカリフォルニア州。米自動車大手のGMが1990年に発表した
画期的な電気自動車「EV1」がさまざまな理由で、この世から葬り去られるまでを克明に描いている。
当初、高性能で環境にも優しいEV1は羨望の的だった。 
「とにかくスピードが速いから、反則切符切られるよ!」(俳優トム・ハンクス)も大絶賛。
ところが石油業界から「石炭火力発電だって大気汚染の原因」との声が上がってから風向きが変わってくる。
低公害車の販売を義務づける法律も骨抜きに。トラブルも重なり、GMはリース中のEV1を回収し始める。
もともと販売はなくリースだけで市場に出回ったEV1は2005年3月、同州から完全に姿を消した。
そのころGMが大々的に販売していた車の一つが大排気量の装甲車のハマーというのが皮肉だ。
ちなみに、そのハマーで環境問題を訴える催しに颯爽と登場するのがシュワルツェネッガー同州知事。
まるで笑い。 そのEV1自体にもトラブルがあったり、技術的に未熟な面があったが、
作品は地球温暖化の恐ろしさを訴えた「不都合な真実」(2006年)に勝るとも劣らぬ衝撃的な内容。
 ―
 現在のアメリカの恐慌の原因を、その事例として、急遽つくられた錯覚するような、
アメリカの社会の歪みを炙りだした内容で、三年前に作られていたというのが救い。
現在、車一台あたりの部品が3万だが、電気自動車になると一万で済むという。
ということは、部品メーカーが半分から3分の一に減り、組み立ても同じことになる。
既存のメーカーは規模が大きいところほど、今後の転換が難しくなるのである。

・・・・・・・・・・
2643, 戦略+夢・ノート
2008年06月29日(日)

大学ノートサイズのノートを、文庫本版と、バイブル版のサイズに変えた。
文庫版に統一するのが本当なのだろうが、あと一月で結論を出すつもりだ。
サイズを小さくすることで、携帯に便利ということで、これだけ変えるとは思わなかった。
文庫版の薄いものなら常に持ち運びが出来る。 常に携帯できるのが、私にとってのポイントだった。
早速、日常の思いを書く「随想日記」「哲学ノート」と、5年?10年先を考える「戦略+夢ノート」を作った。
特に「戦略+夢ノート」が面白い。 5年を基点とした中期長期ノートとしたら、どんどん書きこめるのである。
そこに「7つの習慣」の「ベストの敵はベターである」を、副題として書き込んでみた。
5年後(?10年後)を考えるということは、5年前(?10年前)を振り返ることになる。
ノートを開き5年先を想定することは、「潮流とは何か」を考えることになる。
長期の装置投資を事業するものにとって、この程度の専用ノートを書き続けるべきであった。
一度気がつくと、前から、こういうノートを専用に作っておかなかったことが悔やまれる。
ただし、これが何時まで続くか自分でも楽しみである。(数ヶ月で自然消滅の可能性もある)
「モーニングページ」(毎日思いのまま書き込むノート)は、会社にきてからの「ランチページ」
として続いている。朝はこの随想日記を完成し、アップすることと、ウォーキングを優先している。
昨日、書き込んだことといえば、
「金の価格は5年前は現在の半額である。金より大きく跳ねる金鉱山関係の株は3分の一であった。
これは金が上がったのではなく、ドルと円の価値が下がったのである。アメリカと日本の双子の赤字と、
サブプライムローンの破綻を考えれば当然の成り行き。そして、その崩壊が表面化した深刻な世界経済を考えると、
これからの5年間のドルと円の崩壊は拡大する。ということは金の価格は更に上がる」 と、書き込んだ。 
更に、スタグフレーションが深刻な国内外の経済と社会をもたらしているだろうから・・・・
少しテーマから離れたが、夢とか、明るい素材を加えていかないと。この辺がミソだろうが。

・・・・・・・・・・
2007年06月29日(金)
2278, あと半年の命!と告げられた人の言葉  ?2
            才ノヽ∋?_φ(゚▽゚*)♪
   
 ガン告知と、末期がんの死期の告知とは違う。 その辺が曖昧になっているから、
医療現場では残酷な問題が生じる。「あと半年!」と言われて、果たして抗しきるというのだろうか。
この女性は、正直にその辺の気持ちを吐露している。その瞬間から、砂漠の真っ只中の炎天の中に
置かれたようになるという。それまで生きてきた分の人生を、その期間の僅かの間に生きるのである。
だから死ぬ時は、その人が生きてきたように死んでいくのである。
 ー以下は昨日の、続きー
  ーーー
我がことながら、いまもってその行為(祈り)の意味、内容を言葉で説くことはできません。
最初は確かにわかりやすかった。「助けて」「治して」といった懇願でした。
が、いつの間にか意味不明、質、量もつかめぬままあいまいな時間に変わってしまいます。
いわば、からっぽ。・・・・中略  私の住む京都は数え切れぬほどの宗派が密集しています。
そこで多くの宗教的なる行事、儀式に参集し、指導されるまま念じたり、動いたりしてきた。
そこで何となしにつかめたのが、炎、音、匂い、金銀極彩色、像、言葉、
残酷な修行のいずれも、からっぽになる為の巧みな装置であるということでした。
それらを駆使して何処かに導くのが、僧侶、宗派の教祖であるようで、彼らは演出家といっていい。
人の祈りにさらされ、磨かれた回数、機会が多い宗派ほど、その演出、導きの巧みさが際立っているのは
言うまでもありません。それを理解してなお、告知されて後の恐怖のリアルをとりあえず騙す、
目くらまし剤は今考えても、どうさぐってもあの、からっぽへと導く行為の蓄積以外にはなかったと思います。
それにしてもテレビなどで紹介されると必ず数十通の手紙が局に届き、数人がわが家を訪れます。
ほとんどが健康食品と宗派への勧誘です。そこで語られ、展開される論旨、勧誘の説得法、術はどれもきわめて似ています。
訪間者の全員が確信を瞳に浮かべ、強引に部屋に進入し、笑顔を湛えています。
これで貴女は救われますと断じます。彼らの確信する「やさしさと善良さ」を如何拒めばよいのか? 
形も効果もない空っぽだけが私を支えうる、と善男善女に伝える術を今だ見つけられず、戸惑うばかりです。 
                      ーおわり
・・・・
ー死は誰にとっても永遠なる闇の空洞。その空洞はその大きさ、質感、彩など具体的に知るうる
 捉えきれないゆえに言いしれぬ恐怖を誘います。想像力のなかに位置するブラックホール。
 何ひとつ手がかりのない闇といささかなる音、気配のない空洞を方向も理解できず誰も傍らにいないまま歩む旅路。
ーこの言葉の中の何と恐ろしい、虚空を独り彷徨ってきた彼女の咆哮が言葉に裂けている。
 その救いの装置が、結局、神社仏閣の長年つくりあげてきた神と仏に祈る行為の積み重ねの中から、
 その時その時の目くらましをするしかない!という。それほど人間は弱い存在でしかないのを自ら告白している。
 私は末期ガンは告げるべきでないと思っていた。この告白を読んでますます、そう確信を持つようになった。
 家内とは互いに末期の場合は、絶対に隠すようにと、話がついている。
 父の末期を一年間、自宅で一緒に過ごした経験からして、その灼熱地獄のような死の恐怖との闘いを目の当たりにした。
 その時、エピクロスの「死は存在しない。死んだ瞬間、自分は無いんだから。在るのは他人の死だけ。
 しかしその当人にとっては既に自分で無いから死はない、とある本に書いてあったよ」と、何気なく言った時、
 ハッとした父の顔を覚えている。「死の意味が、この歳になって初めて解った」と、正直に答えてくれた。
 父の口癖は「死んでしまえば、それまでよ!」だった。傍観者の言葉でしかないことを、その時に理解したのだろか?           
                                 さいなら!(゚▽゚*)♪ノ
・・・・・・・・
2006年06月29日(木)
1913, くちなしの花
    \(^▽^*)おはようございます!(*^▽^)/

  一昨日の日経新聞の「私の履歴書」ー遠藤実ー の中にあった詩である。
  深い純粋な思いが直接伝わってきて、思わず息を呑んでしまった。
   俺の言葉に泣いた奴が一人
   俺を恨んでいる奴が一人
   それでも本當に俺を忘れないでいてくれる奴が一人
   俺が死んだらくちなしの花を飾ってくれる奴が一人
   みんな併せてたった一人
  私が20代後半に流行った、渡哲也の「くちなしの花」(遠藤実・作曲)の元になった詩。
  カラオケでよく唄う歌である。慶応大学出身の十三期飛行予備学生・宅嶋徳光少尉の遺稿集
 「くちなしの花」の一節が背後にあったと初めて知った。
   「たった一人」とは出征に当たり「手向けの花にくちなしを」と約束した恋人。
    戦時中のこと、好きだと直接言えないので(くちなし)と言わざるをえなかった。
    それ故に、若い兵士の深い気持ちがもの悲しい。
ーー
インターネットで調べたら、
HP-「戦争と日記」の第十章 戦争で死んだ若者たちの日記の中のー「きけわだつみのこえ」の世代 ー
に取り上げてあった。 彼の死は、戦死ではく、事故死だったという。
    ??
   宅嶋徳光(1921?1945)の出征以降の日記は、恋人の津村八重子と後に見せ合うことを約束した交換日記であり、
(以下、字数の関係でカット2008年6月29日)  
         (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! 
・・・・・・・・
2005年06月29日(水)
1548, 私の酒中日記?11  金沢ー7
                  1972年7月20日
明日で、金沢を去る。 一番上の姉・正子さんから電話があり、京都に行く途中に金沢に寄るという。
そのため今夜、金沢で酒を飲むことになった。片町から少し歩いた犀川大橋の先にある、ごり料理の有名店に行く。

「ごり」とは金沢を流れる浅野川などに生息するハゼのような川魚だが、昔から金沢料理に使われる名物である。
川のほとりに建ち、「ごり」を中心にした加賀料理の店である。二階の一室に通されるが、なかなか趣がある。
ワラビのヌタや、ごりの佃煮と揚げ物が出た。夕景の中での料亭も風情があってよいものだ。
ごりは、小さな川魚でゴツゴツした形である。金沢で初めて食したが、良い思いでになった。
その後、金沢の郊外にある「ホワイト・ハウス」という有名レストランに案内をする。
金沢市内を一望できる有名店だ。同僚と一度いったことことを思い出して案内した。その後、都ホテルに姉を送る。
金沢の夜も今日で最終になった。一年半近くいたが、五年もいたような気分であった。
会社が揺れていたこともあるが、中味の凝縮された日々である。気分的には屈辱の日々であった。
金沢は見方によれば、露骨な差別社会で、そと者の社員は人間扱いはされない。
金沢で特に感じたことは、加賀百万石の文化の深さである。
自分の故郷も元長岡藩だが、その歴史の深さがまるで違う。金沢は、派手なのだ。
背後には能登半島、福井、富山、高山を控えた観光地である。
対極にある長岡は、それに対して地味の世界である。比べること自体が問題であるが。
幕末に長岡藩家老の河井継之助が「贅沢禁止令」を出した文化が、今でも脈々と続いている世界である。
それと江戸末期に官軍に敗れたことが、どこか卑屈になっている。金沢に住んで、このことがよくわかった。
長岡は、金持ちが「めかけー愛人」を持つことは悪口の対象になる。金沢では、それは羨望であり、ほめ言葉である。
男女の?も非常に大らかで、自由な雰囲気が満ちていた。日本の中のスウェーデンと内々で自認している世界。
また、男は今でも自分のことを「わし」という。相手を呼ぶ時は「お前」か、「貴様」という。
店では、男は絶対に掃除はさせないのだ。箒を持ったら誰か女性がきて、取り上げられてしまう。
とにかく、加賀百万石の異様な?世界であった。外者にとって、長くは住みたいとも思わない世界である。
でも三年住むと、それも無くなるという。
                        さらば!金沢。
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2004年06月29日(火)
1183, ショーペンハウエルー哲学について-12

 ショーペンハウエルは、カントの思想を修正して完成をさせたドイツの哲学者で、
主著は「意志と表象としての世界」である。 (一七八八?一八六〇)に生き、
その思想はカント・ショウペンハウエルというものをつくりあげた。
彼はあくまでカントを自分の理論の前提条件とした。その意味で彼の哲学の出発点は「カント哲学批判」だった。
「真の実在は盲目的な生存意志であるとし、個々の人間の中に意志として現れ、
盲目的意志の衝突が相継ぐ結果、苦痛に満ちた人生を送らざるを得ないという厭世哲学」を主張した。
 
 この苦痛から解脱する道は、
・芸術活動に専心して個体の意志を克服するか、
・個体はすべて同一の形而上学的本質をもつ意志であると自覚し、
 他人の苦痛への同情を根拠として倫理的に解脱するか、のどちらかであると論じた。
絶え間ない望みと恐怖を伴う欲望の渦に身をゆだねるかぎり、永遠の幸福と平和は手に入らない、と説いた。
 
 カントは、物自体の世界にやどる意志の働きによって、人間の体は「自由」な運動をすることができると主張した。
それに対して、ショーペンハウエルは、それは不可能でとして、意志の働きとそれに関する体の働きは、
本当は同じ一つの出来事が二つの側面からとれえられているいるだけと考えた。
一つは内側から経験されているもの、もう一つは外から経験されているものだ。
このことを、彼は「動機とは内側から経験される原因である」という有名な言葉でいいあらわしている。
人の倫理観の源になっているのは「同情心」であってカントが信じている理性ではないと論じた。
彼によればこの同情心こそ愛と倫理が生まれてくる基盤と考えた。
彼まで、西洋では東洋哲学は全く知られてなかった。
その東洋哲学はこの時期に西洋哲学と同じ結論に達していたのだ。これを知った彼は、この発見を書にあらわした。 
 ショーペンハウエルは、人間が閉じ込められているこの世界の地下牢からのつかの間の
解放される方法を一つだけ示している。それが芸術であった。
人は絵、劇、彫刻、とくに音楽を聴いているとき、一生逃れることができない欲望から自分を解き放つことができるといった。
その瞬間、経験世界の外にある、異なる次元の存在に触れることができると。
 学生時代にショーウペンハウエルを知った時に何ともいえない神秘的なイメージを持った記憶が生々しい。
ワーグナーやフロイトやトルストイの人生の大きな影響を与えた哲学者として読んでおきたい人という想いがあった。
多くの偉大な芸術家や作家の若き日の人生の転機のきっかけをつくったのだ。その36年後の今になって再会した
神秘的な哲学者、というのが正直な気持ちである。そのショーペンハウエルを深く知るためには、カントを
いま一度読みなおす必要がある。彼の後に登場した哲学者のニーチェも、
彼の本を読んで哲学者になる決意をしたというから、よほどの文章力があったのだろう。
 彼が幅広い分野にわたって影響があった理由として「人のおかれた状況を見通す、
 たぐいまれなる洞察力と文章家としての才能を合わせ持っていた」 からだ。
 
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2003年06月29日(日)
816、『80対20の法則』ー読書日記
 リチャード・コッチ著  仁平和夫訳 

ー私の解説ー 
 数年前になるが、この本を読んだ時はショックであった。
約100年前のイタリアの経済学者パレートは、19世紀のイギリスにおける所得と資産の分布を
調査した結果、所得と資産が一部の人達に集中していることを発見し、2つの奇妙な事実に気が付いた。
「わずか20%の人達に資産総額の80%が集中していた」という数理的事実を発見した。
以前からABC 分析や戦略論などがあったが、この本は非常にわかり易い内容であった。
この法則を知っているかどうかで、数倍も人生を濃く生きる事が可能になる。
7つの法則ー最優先事項ーに、要約すると似ているところがある。
人は無意識的に「如何でもよい方の80」を選択しているように思えて仕方がない。 
どの要因の20%が結果の80%を決定するのかを、つねに自分に問いかけてみる習慣をつけるかだが。 
ー 以下は幾つかのホームページから抜粋したものである。 
■この本の内容
・80対20の法則とは、たとえば、あなたが成し遂げる仕事の80%は、費やした時間の20%から生まれる。
・あるいは、本の価値の80%は、ページ数にして20%以下の中 にみつけることができることなどをいう。
但し、80対20というのは目安にすぎず、 不均衡がもっと大きくなる場合もあれば、小さくなる場合もある。
★目に見えない20%、水面下に隠れている20%をみつけ、求めよ。
★80対20の思考の目的は、行動はひとまず忘れ、しずかに考え、心の闇の中に光を 見いだし、
それから行動を起こすことにある。そして、行動を起こすときは、目標をふ るいにかけ、
いちばん大切なものに的を絞り、必要最小限のエネルギーと資源で最大限 の結果を出すために全力をあげる。
★戦略的ということは、重要なこと、他人にとって以上に自分にとって重要なことに力 を集中し、
計画を立て、断固とした決意で粘り強く、その計画を実行していくことである。
★80対20思考は、経験と思索と想像力に訴えるものなので、線形ロジックの罠から
抜け出すことができる。自分は今不幸だと感じているとしたら、その原因をあれこれ考 えては
いけない。幸せだった日々を思い出し、それと同じような状況をつくり出そうと考えたほうがいい。
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   (字数の関係でカット09年06月29日)
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2002年06月29日(土)
452,「まあだだよ」

昨夜TVで見た黒澤明作品である、これで見るのが3回目だ。見れば見るほどその味わいが深くなる。
内田百聞とその門下生だった男達の心あたたまる物語である。 その内容は省くが、見るたびに新しい
味わいを感じる百聞の記念式典で花の贈り物を持ってきた生徒の孫に、思わず説教をする。
もちろん小学生低学年でその意味が解るはずがない。その内容は普段私が本当に実感している事である。
「自分の好きな事を見つけなさい。そして周囲に惑わされる事なくやりなさい!
自分の持っている範囲で最大限やりなさい!」私の見る範囲では90?以上の人がそれができなかった人だ。
黒澤作品で目立たない作品ほど味がある。「夢」という作品もあまり評価は高くなかったが、
私の気に入っている作品だ。黒澤明の隠れテーマは「人間」である事に昨夜見ていて初めて気づいた。
昨夜の百聞の映画の最後の夢がよい、「子供の時の田舎の田圃でのカクレンボで、
ーもういいかいー まあだだよーという思い出の夢」の内容である。
  ー黒澤はやはり世界的映画監督である。


3006,戒名を自分で付けてみた ー2

2009年06月28日(日)

 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著    ー読書日記

 歳が歳だけに戒名を自分で考えると、何か神妙な気持ちになる。
思い立ったが吉日、軽い気持ちで考えると良い。 40歳が目安だろう。
あの世の名前を、自分が生きてきた生き様を元にネーミングする作業だから、これほど面白いことはない。
当時は坊様以外に、その能力を持った人が少なかったこともあるが、今は違う。
 家の仏壇には回出位牌が二つある。回転式の祖先の過去帳である。
明治半ばからの当家の祖先の戒名と俗名と亡くなった日が記録してある。
八角形の筒状になった書き込み式位牌で、中が回転する。 
私が実家に住んでいるので、仏壇を守っていることになる。 この仏壇の中に祖先の魂が入っていると考えてもよい。
 この文を書くにあたりメモをとったが、一人ひとりの人生が何かを語りかけているようである。
俗名も法名も、一人の人間のミニ物語である。 そして亡くなった年齢も命日も、その人だけの物語の記念日。
嘆き悲しむ親や親族がいて、坊様も、それを踏まえて法名を捻り出したのである。 
本人も死に怯えたかもしれない。 それさえ無かったのかもしれない。 
戒名も、位牌も決しておろそかにしてはならないのである。 だから、自分の戒名を自分で作るのも、
永遠の自分を残すという意味で大事な作業かもしれない。 坊様から命名してもらうも、それはそれで良い。
自分で命名するのが邪道なら、自称戒名、として別につくっておくのも良いだろう。
俗名は親が作るなら、あの世の名前は自作でつくるのも理屈である。
 
 ところで、家の回出位牌に書かれていた法名とは、以下の通りである。
       父、堀井誠作 の法名は 池行院釈誠道 72歳没 昭和48年6月30日没
       母   志摩      報寿院釈尼信華 88歳没 平成4年9月23日   
    一番上の兄、運一 の法名は 釈足心 23歳没     昭和27年3月15日
    二番目の兄、進 の法名は、釈証盆  24歳没       29年8月11日
    三番目の兄 誠 の法名は、釈淨誠   5歳没       11年6月4日
   祖父の多吉は、釈淨信         62歳没        2年7月22日
   祖母のツルは 釈尼妙証        55歳没     大正12年10月
  父には幼児の頃に亡くなった兄がいて 修作 5歳没     明治31年8月29日
  明治29年に亡くなった父の姉のヒサ 42年に亡くなったフミの名前がある。
  
 そうこう考えると仏壇を守る立場として、自分の戒名を勝手に付けて良いものか、疑問もある。
 下手をすると罰当たりになるか?  それぞれの命日には、心を込めて般若心経をあげないと・・・。
 ところで両親を除くと、誰も彼も私より年齢が下である。 
 父親は、「先祖供養だけは、しっかりしておけ」が口癖だった。
  
 ところで自分で考えるのが面倒? なら、 俗名を○と×のところに入れておけばよい。
 たとえば、著者のように。 面白みはないが。 
   あの世の名前も、事前につけておくのもオツである。   合掌!

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2642, 郵便ポストが赤いのも、みんな娑婆が悪いのよ!
2008年06月28日(土)

昨日の産経新聞の一面のコラム、
 曽野綾子の「小さな親切、大きなお世話」
   ー弱点を武器にする弱者たちー  が、的を得た論評であった。
ー要旨といえばー
秋葉の男を通した、現代の腑抜けの若者と負け組みと称して何もしない人たちへの批判である。
戦後教育の最悪の集大成が秋葉無差別殺人である。曽野綾子は、彼は弱点を武器にする弱者でしかない、と批判。
短大を出た環境に育ったこと、派遣会社でも勤めることができること、五体満足の体と健康があること、
それだけで充分という。 アフリカや南米の貧困層と比べれば、全く恵まれている。
それを「負け組」意識、弱者の僻みで根が歪んでしまっていると指摘する。
彼らは「弱者は弱い」のだから、援助しろ、イタワルのが当然という、開き直りを武器にしている、と。
 − 以上だが、
 団塊ジュニアの弱者の事例が周辺に幾らでも転がっている。彼らは、それなりの間接的な脅しをしてくる。
「死ぬしかない!とか、「弱者になっていまったのは親や社会の責任だ」とか。 
 時代が下降すると、頭と尻尾が腐るというが。 何が平和憲法か、笑わせる。 
 アメリカの去勢をモクロンダ枠組をそのまま大事にして、この様である。 この事件は序曲でしかない。
彼女の最後の閉めの言葉
「戦後の日本は心身を強くすることは軍事力の象徴で平和の敵とみなしてきたが、それは間違いだ。
 強くなって耐える力を持ち、自発的に不運な人のために金か労力か、心か時間を差し出せる人を
 目的に教育すべきである」が、教育の背骨になければならない。
「郵便ポストが赤いのも、電信柱が高いのも、みんなアナタが悪いのよ!娑婆娑婆 」ではね?。

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2007年06月28日(木)
2277, あと半年の命!と告げられた人の言葉  ?1
               |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ

   何げなく読んだ言葉の重みに、すくんでしまった。その一言一言の重みと、
   末期ガンと宣告された経験者しか知らない、虚空を目の前にした不思議な体験の言葉。   
   ノンフィクション作家の柳原和子の「からっぽの演出と装置」の文章である。
ーー
三年半前、医療から末期を告げられました。なぜか今も生存しています。
告知された私が三年半かけて自覚したのは、告知人が医師であれ、占い師であれ、裁判官であれ、
死の期限を切られると人は(わたしは)「その言葉にとことん支配されてしまう、修正がきかない、」という
他人からみれば愚かしいまでの単純な事実でした。
実のところ死は虚構です。誰ひとり体験し、蘇り、それを聞かせたり、した人は一人もいません。
にもかかわらず、誰もが死を語ります。その殆どは身内や友人の死の目撃談、
または別離でしかありません。死そのものではありません。当事者がいないのに目撃者だけがいる。
画像に映り込んだ数えきれない幾つもの黒い影を論拠として提示されながら、
「あと半年の確実な死」を告げられるのはかって経験したことのない不思議な体験でした。
  ・・・・中略
死は誰にとっても永遠なる闇の空洞です。しかも空洞の大きさ、質感、彩りなど知りうるすべてが
捉えきれないがゆえに言いしれぬ恐怖を誘います。想像力のなかに位置するブラックホールとでも
言いえるかも知れません。「あなたは6ヶ月後にそこに入っていくのです、」との告知は不思議でした。
震えながら、ひとり、を実感しました。なにひとつ手がかりのない闇といささかなる音、
気配もない空洞を方向も理解できず、誰も傍らにいないままに歩む旅路。・・・・中略
ガンはいまだミステリーなのです。だからこそ古今の研究者、医師、小説家、哲学者の限りない探求、
征服の野望をかき立てるにちがいなく、またそれを得た患者としての時間も限りなく幻惑される日々となるわけです。
死とガンという二つの幻が混在する、しかも決して読みきれぬ私という幻が歩んでいく日々。
恐いもの見たさ。虜になるのを防ぎきれませんでした。 闇の空洞は悪魔的な魅力を放っていますが、
しかし、そこを歩く恐怖に抗して日々を凌ぐ胆力と精神の蓄積を私は持っていません。
そこで、それ以上か以下かは判然としませんが、より不可解なる何かをひきよせることで、
とりあえずの支えにしようとします。 祈る、という行為にそれは凝縮されます。
朝陽に祈り、木々に祈り、なき両親に祈り、路傍の石や草木に祈り、お地蔵や神社仏閣にたちこめる人々が
営々と祈りつづけてきたからに違いない。 その蓄積が源泉であるに違いないある種の空気に祈り、残照を祈る。
 ーー                            ーつづく
 死に関しては色いろある。私の知人は両養子で、義父の亡くなって数年もしないうちに
80歳半ばの義母も亡くなった。その死の間際に義母は知人に向かって眼を見開いて
「(あなたは)嘘! みんなあげる! 面白かった!」と言ったそうな! これまた、凄い言葉である。
                        ホナナァ☆ |∀・`@)ノ|Ю
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2006年06月28日(水)
1912, スペイン画家・堀越千秋?4
  「スペインうやむや日記」?3  ー読書日記ー
          
 その9 ーむかつく (P-90)が面白い!
 ーー
プラド美術館のそばに何ヶ月か住んでいる知り合いの日本の女の子が、まだプラド美術館を見てないというから、
『え~見てないの。せっかくそばに住んでいるのだから、損だよ、そりゃ見なくてちゃ』といった。
この言い方あるいは内容が、何か先方に劇的な感情を起こすかもしれないと。
ところが、何と彼女は、にわかにわめきましたです。
「それってむかつくっ!」「・・・・・はい?」「む・か・つ・く!」
同席していた、もう1人の女の子(両方とも20代)が説明してくれた。
こういう「あたまごなし」の「先生みたい」な「一方的」なものの言いようは、「おしけがましく」て「むかつく」のだそうだ。 
ニャニィ 【君はъака】\_(・ω・`)ココ重要! あのな、ふざけんなよばかやろう。   
だが私は分別のあるインテリの国際人であるから、私の言葉のどこがそれに相当するか、静かに問うた。
しかし、むかついた女の子Aはソッポを向いているし、女の子Bは私が悪いという。
そもそも私は下心なしに安いレストランで不味い夕飯をおごり、そのあとアルメンドロのカフェで
コーヒーまでおごっているところである。 全く無罪である。それが何故??
「世代の差」と女の子Bはぬかした。ヾ(。??∀??)ノ??
私の目の前にいるのはタヌキか、虫か、ナマズか、火星人か? 頭ごなしでいったのではないし、
先生みたいでもないし、先生でもない。 ただの親切だ、ということです。
その情けない論理にすがって、言い方の言い訳をいうのに二時間も要した。
時計を見ると午前三時である。この馬鹿どもの相手に、あたしゃつかれた。;;(≧ω≦;)
  ーーーーー
以上だが、そのときの場面が目に浮かぶようだ!こういう馬鹿女が、何も知らないでスペインにきているのだ。
とくに欧州に行くと、日本人女は舞い上がってしまう。日本とは、女の扱いが全く違うのだ。
レディファーストに徹しているから、それが土地柄ということが判らないのだ。
旅行先で何時も辟易させられている。頼むから食事の席では、そばに来ないでと・・・
この三十数年間、新入社員の入社前教育が、ほぼこういう経験である。
詳細は書かないが・・・ 家庭教育が全く入ってないのだ。それと学校でも社会規範を教えてない。  
ニャニィである。そして、1?2年すると、解ったような顔をして それも・・まあ、ここでやめてこ!
他人事ではない、自分の最も身近の誰々さん、まさか家内とも言えないが、
「もっと、 ひ・ど・い・・・・・」殺される??  消せ消せここ!何か堀越が乗りうつった?感じか。         
                     。゜+.゜ヽ(●´ω`●)ノ。         
わたし、プラドを見てまわった時の感動今でも忘れることが出来ません。
これだけの絵が何と無造作に彼方此方で、見れるのである。確かに、ルーブルも凄いがプラドはまた違った感動がある。
近くに住んでいて見てない!など・・・それも画家に言われて何を・・・である。
これを書いている現在、ワールドカップのフランス対スペインをみている。
フランスが後半に一点を入れたところ。 スペイン人はフランスを嫌いのようだ。
フランスは嫌いじゃないが、フランス人が嫌いだと!試合そのものは面白いこの上ない。
自国の場合、こうも冷静に楽しめない!と書いていたら、ジダンが三点目をいれた!
(註)ープラド美術館ー
スペインを、いや世界を代表する美術館の一つがプラド美術館。絵画館としては世界一という声もある。
ボスの『快楽の園』、ベラスケスの『ラス・メニーナス』、ゴヤの『裸のマハ』『着衣のマハ』、
ルーベンスの『三美神』…… 「オランダ絵画やフランドル絵画を研究しようとすればプラドを訪れなければならないが、
スペイン絵画を研究するには プラドを出る必要はない」という言葉があるほどだ。
                                         ー つづく
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2005年06月28日(火)
1547, エホバの証人ー2

彼らの世界に一度踏み入ると、多くの規則に従しなくてはならない。
信者は教会活動に全身全霊を捧げることを強要?される。
・献血の拒否
・偶像崇拝の禁止
・国の祝祭日の否定
・特定の学校行事への不参加
・長時間の伝道の義務(多いもので月に140時間、少ないもので60時間、
 『ものみの塔』と『目ざめよ』の両誌を手にして家をまわる)
・毎週5つの集会の出席
 以上のような義務を果たそうとすると、家庭はもとより、職場や学校から次第に離れるようになっていく。
そこが、彼らの狙いがあるのだ。 それゆえ、「社会に背を向けた宗教集団」
「真理外の人々と社交をまじわるのは危険という独特な集団」として、外部から敬遠される。
それが、ますます信者同士を強める結果となり、家族との隔離をうんで、その結果がトラブルになってしまう。
彼らの説では1914年と、1942年と、1975年にハルマゲドンの大戦があるはずが何も起きないことが、
マイナスのイメージを強めている。これらから考えてみても、典型的なカルト?と見られても仕方がない。
この教義を信じて教団に入っていれば、楽しいであろうが。少なくとも疎外感とか、悩みはホボ解決されるからである。
検索でHPをみると、洗脳された人と、その家族とのトラブルが深刻である。
どこにもあるカルト対家族との対立構造が見てとれる。
このシステムに取り込まれたら、本人の自力では脱出はまず不可能だろう。
あのカルトの「オウム教」との共通点があるが、信者の財産を根こそぎ奪い取らないからまだましか。
年間、三万数千の自殺者が出ている現在、カルトを一方的には既存宗教も批難できない。
カルトも、その人達が金にならないことも知っている。 難しいところだが。
経済が右下がりの時代、カルトにとっては草刈場の場面である。

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2004年06月28日(月)
1182, 秘境・異郷ツアーレッスン ?3

いま一つ面白いのは、添乗員と現地ガイドである。旅行の3分の1は添乗員の質できまってくる。
そして、質とは我々をいかに楽しませてくれるかである。
結局、自分でその仕事を積極的に楽しんでいるかどうかである。
そして自分の仕事の役割を理解しているかどうかだ。どんな仕事でも、それは共通している。
そこには、その人の素材としての質と会社の教育が重なって出てくる。
ツアー客の、代理店に対する評価は辛辣であり、それに耐え得なくては存立し得ない
厳しい世界である。見ていて本当に激務の仕事である。
次から次に起きてくる予期せぬトラブルを、一つずつ確実に処理をしていく。
ベテランなら解るが、まだ20代の女性の場合見ているほうが辛くなることが多い。
トラブルを処理をしてくれるのから、ツアーは非常に楽といえば楽である。
北スペインの時の女性はまだ忘れることができない。 20代半ばなのに、30分前に閉館した博物館を日本から
ワザワザ来たと談じ込んで開けさせたのには驚いてしまった。「私は不可能を可能にする女」と自分でいっていた。
そして最後まで、その姿勢を崩さなかった。最後は泣きながら大きなトラブルを処理をしていた。
仕事の辛さという面で、究極の場面が次々と出てくる。やはり南スペインのアンダルシアの時の女添乗員もすばらしい。
スペインが大好きという本人の気持ちが全員に伝わっていた。
スペインのカセットを持ち込んで、バスの中ではその地方地方の音楽を流してくれた。
まあ、人生の何であるかを教えてもらったようだ。
厳しい中でも、その環境を楽しむこと、それだけでなく世界を知る努力の必要性である。
                            つづく
ー以前書いた文章をコピーしておきます。
[90] 人生のコツ   2001/12/21
 (字数の関係でカット09年6月28日
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2003年06月28日(土)
815, たそがれ清兵衛

 構想十年、山田監督が藤沢周平の時代劇を選び映画化した話題の作。
中年男性が目に涙をいっぱいためて映画館から出てくるという。
昨年、行きそびれてしまい、DVDレンタルがでたら借りようと待っていた。
4月に貸し出し開始の予告の張り出し広告が、レンタルショップに出た。
しかし店頭には中々でなかったが、やっと3週間前に出た。
ところがいつも貸し出し中。それがやっと昨日借りることができた。
 藤沢作品は表題作を始め、どの短編もいじらしく人間くさい主人公と、
普段は見せぬがいざというときに出てくるあざやかな剣さばきの対比が素晴らしい。
作者が晩年に達したといわれるユーモアとペーソスをさわやかに織り成しながら、
剣客小説としての凄絶さも失われないのがよい。彼の多くの小説の共通点がある。
地方の名も知れぬ小さな藩の中の、風変わりな主人公が、それゆえに周囲から
あざ笑われている。しかしそこで、お家騒動がおこり巻き込まれていく。
そして・・・ 早速、映画をみて驚いた。小説と映画は全くといってよいほど違っていた。
ー映画のあらすじは
 (字数の関係でカット09年6月28日)

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2002年06月28日(金)
451,星野富弘ー詩画展

先日、新潟近郊の豊栄の公会堂で彼の詩画展に行ってきた。
数百人が来ていて,何ともいえない熱気に包まれていた。
ー彼の概略は
・私と同じ年の1946年生まれ。
 24歳のとき教師をしていたクラブ活動で、首の骨を骨折して手足の自由を失う。
・入院の2年目より口に筆をくわえて文や絵を書き始める。
・9年後の退院の年に前橋で絵画展を開く。
・その後国内やアメリカ各地で花の詩画展を開く。
・1991年に生地の群馬県勢多郡東村で村立富弘美術館を開く。 毎年40万人が訪れるという。
彼のことを知ったのは十数年前の「到知」という雑誌である。
対談だったと思うが、その中で「傷口よりあなたの優しさが沁みこむ」という文が忘れられない。
早速詩画集を買って絵を繰り返し見た。口で、これだけの絵を書くエネルギーに別世界を感じ取った。
今回の豊栄の「花の詩画展」で彼の絵を同じ目線で直接見て、自分が彼そのものになって、
自分の絵を見ているような気持ちになってしまった。
何か悲しい、底から突き上げてくるような暖かさを感じとった。更に動けない自分と花が一体化したような。
花も星野という一つの生き物が自分と一体になっていることを喜んでいる感覚。見方によって不自然な絵でもある。
これまで一人の人間に見つめられた花が過去にあっただろうか?
愛情と言葉とエネルギーに包まれ一体化して、絵として表現されたことが。絵の世界ではあったのか知れないが。
決して幸せでない、動けない自分に対する苛立ち、諦め,怒り、そして愛がそのまま絵と文を通して迫ってきた。
地方の女性が一生、因縁に縛られ他の世界を知ることなく終えようとしている。
そういう人にとって、その絵と文は今はやりの癒しとなるのだろう。

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2001年06月28日(木)
[67] 月次決算

20年前の創業時より月次決算と毎月監査を実施している。そしてその報告書を銀行に提出している。
都銀の担当者がいうに県内で大手も含めて殆どなかったという。
不況に入り今になってその実施を慌てて地銀が要求始めていると聞く。
これをきっちりしてあるから権限の委譲ができる。 安心して海外旅行もできた。


3005,戒名を自分で付けてみた

2009年06月27日(土)

 「戒名は自分で付けよう」 高林院釈俊信居士著    ー読書日記

以前から「戒名は自分で生前に付けられないものか」と、思っていたら図書館で
「戒名は自分で付けよう」という本を見つけた。 早速、借りて読んでみたが、面白い。
戒名は一字10万、9字で90万あたりが相場という。 坊様が葬式のドサクサに故人の苗字と名前を元に
名前を捻りだすので、まあいい加減で噴出すモノでしかない。
それなら自分でルールを踏まえたうえで考え出した方が、遺族としても心の深くに響くというもの。
ネットで調べると、自分で付けるのは「邪道」と坊様はのたまっているが、口から出まかせレベル。 
 宗派により、それぞれルールは違うが、 
浄土真宗(私の家の宗派)は、 ○○院釈△△居士(女性は○○院尼△△大姉)が基本 
 ○○は仕事とか(会計士なら懐慶院とか)、精神的・宗教的な言葉を入れるケースが多い。
精神の本籍的な位置づけになる。それに対して△△の部分は本人の名前に一字を入れるケースが多い。
それに本人が好きな言葉、例えば誠、信、真、愛、とかを入れればよいのである。
(最終決定でないとしても、こういうのが後で振り返っても良いことが多い)
この本を一通り目を通して10分間で、自分と、家内と、二人の息子の戒名を即興でつくってみた。 
 これも縁である。
私 =堀井八郎    志誠院釈八楽居士  (志は母の名前の一字、誠は父の名前の一字)
家内=堀井恵子    慈愛院釈尼恵光
長男 =堀井大    霊覚院釈大道居士
次男=堀井崇史    自然院釈崇駿居士
 まあ、決して悪くはない出来栄?である  80ー90点?。
訳もわからない戒名を坊様にドサクサでつくって貰うよりは良いはず。
 浄土宗なら、○○院×誉△△居士 (×は自分の一生の誉れ、例えば絵、歌など・・・)
 臨済宗は、基本として浄土真宗と同じ。 
だから、亡くなる前に自分で付けて紙に書いて仏壇に置いておけば、後は仏具屋か葬式屋にお願いすればよい。
「本人の希望で、戒名は故人が自分で決めてあります」といえば、欲深でも「邪道」など言わないだろう。
ところで、改めて両親の位牌を仏壇から持ってきて見てみた
父=堀井誠作   池行院釈誠道
母=  志麻   報寿院釈尼信華
 合格点だが、父の池行の行を蓮にして 池蓮院釈誠道 にする。
ネットでも1万9千で戒名を付けくれるのがあったが、私は居酒屋で一杯で結構。丁度良い酒の肴になる。
 酒楽院釈酩酊居士 の戒名か?
・・・・・・・・・
2641, 今年前半の総括
2008年06月27日(金)

毎年、大事件は後半に起きる傾向にあるが、今年は前半に続いた。
ー海外では
・アメリカのサブ・プライム問題で、株の暴落と、ドル安
・石油が暴騰、さらに穀物など世界同時インフレが始った
・ミャンマーのサイクロンで十数万人が死亡
・中国のチベットで暴動、全国的にも波及
・中国の四川省で大地震で9万人近くが死亡・行方不明
ー国内では
・岩手・宮城大地震
・秋葉原などで、無差別殺人事件がつづいた
・アメリカのサブ・プライムによる余波で日本も株価の暴落
・石油や穀物が一挙に暴騰、インフレ状況になった
・この半年で更に景気が冷え込んでしまい、特に地方は最悪といってよい状況
特に秋葉原の無差別殺人は、戦後教育の集大成といってよいような最悪の事件だった。
これで日本中が否が応でも、若者達の冷え切った心の奥の一端を見せ付けらてしまった。
ー個人的にみると、
・長男がUターンをして職さがし。仕事が落ちつくまでは、自分まで落ちつかず。
・両親の兄弟(姉妹)の最後の一人の叔父が亡くなる。(連れ合いも全て亡くなった)
 これで親戚関係の付き合いが大きく変わる。
・パソコンをMacのデスク型に変えた為に、パソコン環境が劇的に良くなった。
 iPodを購入し、常に携帯するようになったのも大きい。
・酒を飲んでフラフラ歩いていて車にも跳ねられたし、呼び込み二人強引に
  ピンクに引き込まれそうになって警察まで行った騒動もあった。 
・本は、何冊か面白いものに行き当たった。こんど書くつもり。
ー会社は、
・昨年の10月半ばより長期の団体が5月末まで入っていたので、2月末の決算は好調。
 今期の見通しの数字はたったが、不景気の影は迫っている。
 後半も大きな波乱要素が多くある。山より大きな猪はいない、というから、
  その中で面白おかしく日々を過ごすしかない。

・・・・・・・・
2007年06月27日(水)
2276, 天才論 ー1  ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]  ー読書日記

「天才論」
ーダ・ヴィンチに学ぶ「総合力」の秘訣ー 茂木健一郎著を読んだが、成る程と思う箇所が多くあった。
この本はダ・ヴィンチの作品を通して、「天才」について論じている。
ダ・ヴィンチの絵については、「モナリザの微笑み」が有名だが、「モナリザ」はダ・ヴィンチの自画像だった
とも言われてきた。ダ・ヴィンチの芸術家としての根幹に「正式に結婚していない両親から生まれた婚外子
ということも含めて、自分のアイデンティティに深い懐疑を抱いていた印象がある。・・誰にでもある、
ある種のコンプレックスをダ・ヴィンチも持っており彼の作品に少なからず影響を及ぼしているように思えた」
というところが印象的である。
「万能の天才」が誰も持っている「でこぼこ」(プラス・マイナス面)を、ダヴィンチに当てはめるとしたら
何なんだろうか?モーツアルトが、あれだけ素晴らしい音楽が作れるのに、字がへたであったことと同様に、
ダ・ヴィンチにもいくつかの「でこぼこ」があるはずとの著者の指摘。
ダ・ヴィンチは絵については評価は高いが、彫刻にしても、手稿として残されたものに書かれてある
「機械」についても疑問点をあげている。その辺に「でこぼこ」のマイナスのヒントを見ている。
 レオナルドは「脳」における視覚の成り立ちが二つあるとして、
・外から入る刺激が徐々に処理されていく「ボトムアップ」と
・部屋のようすを目を閉じて想像する「トップダウン」と分類。
天才といわれる人は、トップダウンの働きの傾向が強く、頭の中に「具体的な何か」をハッキリと思い浮かべてしまうよう。
アインシュタイン、モーツアルト、ニーチェなど天才と言われるひとたちには、「トップダウン」の働きが強いが、
レオナルドは「ボトムアップ」「トップダウン」の両方の要素を持っていたと著者は指摘。
彼の書いた絵について他の作家の絵画作品との違いに触れて、レオナルドを語る上で重要な部分とみている。
それはキャンバス(背景図)に描かれた部分に秘密が含まれており、それを読み解くことを見る人に
問いかけていると指摘している。

ー天才についての著者は以下のように指摘している。
「この章の冒頭で、天才はみんな、潜在的に万能である、と書きました。
それはどういうことかというと、人間や世界の根本への深い理解は、あらゆる分野の卓越した業績につながり得る、
ということです。多方面に天才的な能力を発揮した人物というのは、現実には見当たりませんが、天才はだれでも、
どの方面にでも能力を示すことのできる素地をもっている、と言えるのではないでしょうか。」と。
 また、他の箇所でも「大事なことは総合的な知性を蓄わえた上で、ある特定の分野に集中することです。
そうでなければいろいろなものに手をだしたあげく、結局はどの業績も一流ではなかったという、
器用貧乏に終わってしまうでしょう」と指摘。またレオナルドを通して「生きていること」に言及しながら、
著者は「・・・生きていることは、そもそも根本的に恐ろしいことです。
生命は、ほかの生命の犠牲なしに生きていくことはできません。・・中略  
いわゆる生きものだけではありません。宇宙空間でも、同じようなことが起こっています。
・・中略・・つまり、われわれの生は、星が死んだことではじめて、可能になったわけです。
それは、なんと壮大な「die and let live」でしょう。・・(死ぬ、そして生きさせよ)
天才は、このような「die and let live」の連鎖のなかで、人類が生き延びるために編み出した
さまざまな技術が、ひとりの人間のなかに高い水準で実現した生命現象です。
レオナルドとは、そのような人だったのではないでしょうか。」と、述べている。          
 ーーー
 深い穴を掘るのに、周辺を広く掘らなければならない!ということを 著者は言いたいのだろう。
それは天才論という分野だけではない。 人生に基礎教養が必要!ということと同じである。 
                        ?つづく           
                              ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・・
2006年06月27日(火)
1911, スペイン画家・堀越千秋?3
         (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ? ヨウ
「スペインうやむや日記」?2     ー 読書日記
 ースペイン人の特質ー

この本は読んでも読んでも飽きない。いや読むほどに堀越スペインの世界に引き込まてしまう。
同じ世代で、身近に感じ取れとられることもあるが・・・・
堀越の自在から滲み出ている人間の味が、葡萄酒のように漂ってくる。
28歳でスペインに渡って30年の実感を「国際人とは、長年の孤独に慣れた者のことなのである」
といっているが、海外の流浪者の哀感がそのまま伝わってくる言葉である。
流浪の民の著者の言葉だからこそ、言葉の重みがそのまま迫ってくる。
ースペインの特徴を、いたって解りやすく説明してくれるー
・行方不明者はタチマチ『死んだ』か、『刑務所入り』にされてしまうような国。
 何でも断定と、言い張ることは、スペインの特技。
・女性に対しては、『誰に許されて、彼女らはあんなに威張っており、わがままであり、傍若無人であり、
 支離滅裂であり、没論理的であり、没個性的であり、保守的であり、ヒステリックであり、お行儀が悪いのか』
・頭の中には、サッカーと闘牛しかない男たち。
 ーー
だいたい、これで著者のスペイン人についての思い・描写の部分を抜粋した。
下手な作家より、どうしてこうも画家の方が描写が上手いのだろう。
やはりスペイン在住日本人で、何よりスペイン人が好きだからだろう。     
             つづく (⌒▽⌒)/"”バイバイ!
・・・・・・・
2005年06月27日(月)
1546, 人生の最後に後悔すること

アメリカの90代の男女1万人の質問、「90年も生きてきた人生の中で、最も後悔していることは何ですか?」
の答えは、「もっと、いろんなことにチャレンジすれば良かった・・」ということだという。
おそらく今後未来永劫?同じ答えになるだろう。
一度しかない人生、やりたいことをどんどん見つけ存分生きることこそ、人生が私たち問いかけている問題である。
この人生の問いかけを、人生の全てをかけて答えを探すことこそ、後悔をしない生き方になる。
中村天風のいう「積極一貫」を、人生を通して徹することである。
何故、色んなことに頑なに目を向けなかったのだろうか? 知識がなかった、現状に満足しきっていた、
余裕がなかった、人生を真剣に考えなかった、等々、いろいろあるだろうが。
豊かなアメリカの90代の人々が「もっと多くのことをチャレンジすれば良かった」という切実な後悔は、
何を意味しているしているのか? 旧共産圏や後進国では、こういう問いかけは少ないはずだ。
それを言えるだけの豊かさという環境があるからこそいえるのだ。 ということは、
「余裕が出来たら可能なかぎり色いろなことにチャレンジしてみるべきだ」という答えが自動的に返ってくる。
教養とは、
・家庭や社会から縛られた先入観や馬鹿の壁を、 広く深い知識と経験持つことによって知ることをいう。また、
・『人生は可能ながぎり多くのことことにチャレンジすべし』を知る経験と知識である。
 しかし、一つのことを突きつめた人に、この問いかけは無かったはずだ。
精一杯生きてきたからだ。それしかないし、他は考えられないからだ。
それでも、あるのが人間であるが。「もっと多くのことにチャレンジしておけばよかった!」
この半年間、人生の直線コーナーに入る前である、もっと深く問い詰めてみよう!
父が死期を悟った時に、私に預金通帳を見せて「この中味は、自分にとって単なる数字の羅列でしかない!」
と言ったことを思い出す。 中味も大事であるが、といって死んでしまえばそれまでだ。
人間を支配している不安と恐怖が、新しいチャレンジを阻害するのだろう。
そして貯金をすることで解消しようとする。それに支配される状態が、老いている状態である。
今度、不安について哲学的に問い詰めてみよう。90歳の人がいうから問題がクローズアップする。
20歳の人でも同じ問いかけが必要である。周りを見渡せば幾らでもチャレンジの対象がある。
見えてないのだ。それも足元にあるのに。

・・・・・・・・
2004年06月27日(日)
1181, カント ー 哲学についてー11

カントは、一般的にギリシャ以降の哲学の世界に登場した最大の思想家とみなされている。
ドイツのケーニヒスブルクの貧しい馬の蹄鉄屋の家に生まれます。 因果なことに、“ せむし ”で、
背中にコブがあり、身体がゆがんで胸が小さく、生まれついての喘息もちだった。
脈はいつも120をこえ、いつもゼイゼイと今にも 死にそうな子供であったのだそうです。
毎日毎日苦しみながら、それでも17歳を迎えたとき、 父親はカントを「 駄目でモトモト 」
と半ばあきらめつつ、年に数回巡ってくる有名な医者のところへ連れて行く。
そうするとこの医者は、じっとカントの様子を見てからこう言います。
「 あなたは本当に気の毒な身体をしている。辛かろう、苦しかろう。それは医者として見ただけでわかる。
しかし、それは身体だけのことだ。身体は確かに気の毒な状態だけれど、心はどうでもなかろう。
心までも“ せむし ”みたいにゆがんで、息苦しくてゼイゼイしているのならともかく、あなたの言うことも
心もしっかりしている。身体のことで辛い、苦しい、といくら騒いでも、父さんや 母さんやみんなが辛いだけで
何にもならない。それよりも、心のしっかりしていることに感謝しなくては。
死なずにいるのはそのおかげなんだよ。そのことを喜びと感謝にしていけば、身体の方も次第に軽くなって
良くなっていくものなんだ。このことがよくわからないようだったらお前は本当に不幸なんだよ。」
カントは、家に帰ってからこの言葉をじっと考えます。人間というのは、 身体あってのものだろうか、
心あってのものだろうか・・・。 そしてついにカントは、世界が誇る大哲学者への道を歩み始めた。
終生独身だった彼の生活は、平凡で真面目いっぽうにみえた。
毎日きまった時間に散歩をする姿を見て、街の人は時計の時間を修正をしたという。
しかし彼は、聡明で闊達な楽しい人物だったという。気に入った人と時間を過ごすことを好み、
昼飯はかならず人を招待をしていた。講義のすばらしさも、今も伝説になっている。
中世以降、哲学を教えることを職業にした初めての人物であり、彼以降は高名な哲学者が大学教授に
なるのが珍しくなくなった。 彼は*経験論と合理論の統一*をして観念論をうちたてた。
それは、一言で言えば人間に知りうることと知りえないことを明らかにすること、
言い換えれば「経験」つまり「認識」の成り立つ条件を原理的に究明することによって、
認識能力の範囲と限界を明らかにしようとすることである。
ー難しいようだが、人間の持っている五感の機能の範囲でしか世界のことを理解できない。
盲人に自然の美しさは理解できない。舌のない人にあの美味しい料理の味を味あうことはできない。
 反面、5感では感知できない他の世界があるはずである。
カントは
デカルトやスピノザの合理主義にも、ロックやバークリやヒュームの経験主義を超えていた。
・合理論を唱えた人々は「あらゆる認識の基礎ははじめから意識の中にある」と考えた。
 理性を重視し、認識の源泉は理性にあるとする。 つまり理性だけを信頼し、経験を軽視していた。
・それに対して、経験を通して確実な知識を手に入れようとした経験主義者たちは、
 感覚によって認識できるものしか存在しないと考え、経験を超えたものは何も存在しないと唱えたのである。
 カントは経験論、合理論ともに否定している。哲学史上、カントはこの2つの思想を批判統合し、
さらに啓蒙思想を加え、批判哲学を確立したと位置付けられている。
(2008年6月27日字数制限の為カット)

・・・・・・
2003年06月27日(金)
814, 「ありがとう」の言葉 ?6

 昨日、現地見学ということで千葉の越谷に行ったが、どうしても現地の場所がわからない。
たまたま通りがかりの自転車に乗った女の人に聞いたら、そっちに行くから案内をしてくれる
という。ところがなかなか現地のその場所がわからない。普通なら、途中で「誰かに聞いてください!」
というのが当たり前なのに、30分近くも一緒にさがしてくれた。
人品のよい、かなりの人というのは勘でわかったが、こういう時の親切は本当に嬉しいものだ。
最後にお礼を言おうとしたが、逃げるように帰って行った。
その時ハッとしたのが、「ありがとう」という言葉が心から出ていたことだった。
さがしている間に何回も何回も「ありがとうございます」といっていたのだ。
「ありがとう」といい続けていれば有り難いことがよってくる。
先日から「ありがとう」の言葉を繰りかえしていたために、ありがたい気持ちが伝わったのだ。
もちろん、その人がそれなりの人品の人という前提があったが。
「ありがとう」を口ずさむ習慣を身につけて、実感として自分が一番足りなかったのが、
「ありがとう」という気持ではなかったかということだ。
私の場合は特に亡くなった両親に一日千回いったとしても、足りない。
まして恩師や上司や先輩に対して考えてみると、数千回いっても足りない位だ。
そういう視点で周囲を見渡すと、幸不幸は「ありがたい」という気持ちをどれ位持てるか
どうかで決まってくるのが歴然としている。何か修身みたいな話だが、やはり歳をとった為なのか?
「やれる親切は可能な限りする」というのが信条なのだが、見知らぬ地で見知らぬ人に困り
果てた時にあってみて、親切心は、教養という面で身に付けておきたいものだと思い知らされた。

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2002年06月27日(木)
450,吉村作治-宗教・教えー3
(2008年6月28日字数制限の為カット)

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2001年06月27日(水)
[66] ソフト変更

昨日よりこのコーナーのソフトが変わった。今までのものは70日で書いた内容が自動的に消される。
これは写真も貼れる。そうなると写真日記とダブルという問題もでてくる。
お笑いも分類のコーナーをつくり、見やすくした。
まだ分類の移行ができてないが、徐々にしていくつもりだ。
昨日は3Dホームページソフトの打ち合わせと、このホームページの変更の
打ち合わをしたが、だんだん形が見えてきた。


3004,そう考えない人はどうかしている

2009年06月26日(金)

 「世界は感情で動く」 ー5         読書日記
 ー 行動経済学からみる脳のトラップー

21章 「そう考えない人はどうかしている−フォールス・コンセンサス効果」
  
まずはーフォールス・コンセンサス効果ーとは、
【 自分と他者の間に共有されている「合意性(コンセンサス)」を過度に見積もる認知的バイアスをいう。
 つまり、人はある状況における自分の判断や行動は一般的なものであり、適切であるとみているので、
 他者も普通なら自分と同じように判断し、行動すると考えるのである。そして、もしそれを逸脱した他者に出会うと、
 その他者が特別なのか、あるいは変わった存在だとみなしてしまう。】

  このトラップも陥りやすい思い込みである。 自分の考えが周囲の皆の考えと同じものであることは、
 ごく当たり前のことであると思い、そのことに疑いを持つようなことはしない。
 しかし一たびその前提が崩れ、「自分と違う」人が現れると、その人に何か欠陥があるのではというレッテルをはり、
 自らの「常識」に固執するようになる。 その辺の町内に居るオバちゃん達の噂話が典型。
 世間の目線で少しの差異を見つけ出して非難する「あれ」である。これは世界一般のことだが。
  しかし「あれ」と同じ思考形態をしている自分を見逃している。
 考えてみると我われの思考形態は、それに縛られていることに気づかされる。
 思い込みの強すぎる私など、全くの偏見の塊と自認する。
 おかしな新興宗教に教祖様が羊タイプの人を集めて洗脳するに、教義を「そう考えない人はどうか
している」まで叩き込む。自分の偏見を定説と喚きたてていた変な教祖様が話題になったことがあった。
 これを自分に向けると、良くいうと信念。  悪くいうと独断・偏狭になってしまう。 
 松下教も、紙一重の社内では似たようなようなもの。 共同幻想もハサミも使いようということ。
 それもこれも、人間は何時の間にか偏見の塊になっている。 で、その偏見で、偏見を解釈しているのだから、
 ますます、歪んでいくのである。 まあ、それが自分という壁を作っているとすると、私は何?
 この随想日記も、「私の偏見日記」ということになる。 
  他人の偏見は鮮明に見えて、自分のそれは見えないから、唯我独尊になる。 まあ、それが人間か〜。
    (後記 その視線で下の文章を読んでみると、なるほど!「偏見日記」である。下手に説得力が
        あるから面白いのだろうが、偏見も自覚が必要ということ)

 ・・・・・・・・・・
2640, ブランド品 ー2
2008年06月26日(木)

ブランドものに、何故も女性や若者は執着するのだろうか。哲学者にとっても社会学者にとっても、
これは面白い対象である。もともとブランドが一般の人に言われだしたのは1960年代という。
それまでは、嗜好品としてマニアへの専門メーカーでしかなかった。
それがブランドといわれて世界中に知れ渡ったのは40?50年前からでしかない。
特に日本人が、その旅行ブームで貢献したのである。ブランド品を欲しがるのは、それを持つに相応しい人たちで
はないのが悲しい。それにつりあわない若者とか、そのランクから何段か下の人たちである。
ありたい自分になれない人が、それを持つことで、持てない人への格差意識と、持っている者同士の、
自己顕示の小道具でしかない。 勿論彼女等は、そのことは知らない。
それは自己愛の変形であり、ブラン品の購買そのことで心の空洞を埋めようという行為でしかない。
またブランド品で、「他者との差別化」を図ろうとする欲望がはたらいている。 
知性の低い、コンプレックスの強い人の自己愛を満たそうという試みである。
人は不特定多数の欲するモノを、自分も欲しくなる。 それを差別化し、記号化したのが、ブランドである。
フランスのボードリヤールは、それを記号の消費といったのである。それは階級コードではないのである。
それをもつに相応しい人より、その階級に憧れを持つ人のブランド愛であるという。
だから、銀座のブランドショップで買い物をする人は、それを買うに相応しい人ではない。
成金か、その家族か、自分に自信を持てない、その階層?の人たちである。
「中村うさぎ」がブランド品偏執狂と自認しているが、カタチは色いろあるが、ああいう人たちがメインの客である。
考えれば直ぐに分かるだろう、ファッション関係の人は、ブランド品は身につけない。
付けていたら、その人はファッションセンスが疑われてよいはず。
頭の軽いタレントや成金の類が、それを飾り立てた姿をみれば解るだろう。
ぶっちゃけた話、家内が、旅行に行く度に一品は買う。 見ているだけで腹が立つが、
喧嘩をすることもないが、常に誰かを想定して自慢をするのが見え見えである。
それも・・・まあ、止めておこう。
 ―――
2001/12/19 261,ブランド品 ー1
2001年12月06日(木)

ブランド品の定義ー
1、アフリカの土人の酋長と一族が身に着けたがるもの。
  それも不釣合いのノーコーデネート。 一品豪華主義の典型
2、それなりの金持ちが、社会的体裁の為に飾り立てる小道具。
3、キャリアのブスの中年女がこれ見よがしに身に付けたがる。
  ?野村監督の奥様。スナックなどでも時時いる金ぴか女? ブランド痴呆女というところか!
4、自分のセンスに自信がない人の印籠代わりの小道具。
5、家具から、身に着けているも全てコーデネートして初めて意味のあるもの。
  したがって大金持ちの贅沢遊び! 収入が年間何億のレベルの人種のステータスシンボル。
  したがって一般の人が買うことは、金持ちコンプレックスの低脳を披瀝していることと同じ。
 一時凝っていた家内が突然買うのを止めた。その意味が解ったのだろう。
 アジアの黄色人種が身に付ければ、エテコウのお笑い!それが旅行を重ねているうちに気づいたようだ。
 飛行場とか、ツアーで連れて行くショップのブランド物は2?3年か、それ以前の「投げ捨て商品」。
 その筋のシンジケートから「売価の一?二割の原価」のしろもの。ハワイの飛行場で確か売上の
 6割か7割の家賃を取っていることでそれが公になった。 その事は20年以上前から、知っていた。
 大手の代理店がそれを熟知、一時かなり稼いでいた。黄色のエテが群がっている姿は、西欧人の軽蔑の対象であった。

・・・・・・・・・
2007年06月26日(火)
2275, 希望格差
        (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪

 本屋に「希望格差」という本があったので、概要を知りたいと「検索」をした。
会社を安易に辞めていく若い人を見ていて、「この方々は下流格差を自ら希望の人たちでは?」
と思っていたので、彼らの下流志向のことを書いていると思っていた。 しかし、その意味は
・将来に希望を持って取り組める人たちと、
・将来に希望を持てない人たち、 との格差であった。そうすると、当社は将来に希望を持てないと思われたのだろうか?
(そうだ、そうだ!と聞こえてきそうだが。それでは希望の持てる会社って、
 何処なのか?あったとしも、ミスマッチで受け入れるところは無い?
希望のある会社だって選ぶ権利がある!いや、あるのかもしれない?
その辺を間違うとフリーターへの分岐点になる?)
 (以下は字数の関係でカット2008年06月26日)
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2006年06月26日(月)
1910, スペイン画家・堀越千秋?       
    「スペインうやむや日記」?1   読書日記

 先日、図書館で何げなく手にした本が「スペインうやむや日記」 ?堀越千秋ー集英社 であった。
文章は、10年以上前のものだが、現地に長年住んでなくては書けないことばかり。
さっそく著者が最近出版したばかりの『スペイン七千夜一夜』ー集英社文庫ーをネットで取り寄せた。
(まだ読んでないが・・・)
画家のためか、言葉の一言一言が深く胸に突き刺さる。読んでいると飾らない著者の言葉が、
「自分より自分自身の存在が彼のなかにある」というような錯覚になってしまう。
それと、文章の書き方を教わった。 結局は人は自問自答をしているのである。とくに随想日記は独り言で良いはずだ。
著者に、こう言われているようだ。「何を改まってないで、もっと自分に語りかけるように書きなよ!
ブツブツとさ。だいたい頭の中で繰り返している言葉からして何だよ。 そうつまらないよ。言葉を変えなよ。
ヘラヘラしてさ。いいじゃない、それで。アンタなら、そう書いても誰も何とも思わないよ。」
そこで単純だから、素直に少し文体を変えることにした。直ぐに元に戻ってしまうかどうか、楽しみ。もどるだろう。
ただ、短文に、簡単な言葉にはなるだろうな?・・ 「うやむや日記」の =第一章 スペインの黒い雨=から、
スペインの世界の引き込まれてしまう!まずは、ご覧あれ!これで何も感じなかったら、脳が少し鈍感になっている、
と思ってもよい?
 ーー 
私は画家である。従って、ものの美醜や、もののうまいまずいなどに通じており、さぞ大酒飲みで貧乏であろう、
と人は皆思うらしいが、そうではない。ARTというものは、ものの美醜の彼方にあり、ましてやもののうまいまずいなどは
とっくの昔に解脱しており、酒はオホホと笑ってたしなむ程度、マットレスのクッションは札束、というのが私の実情。
が、そんなことを吹聴していたのでは、六日間着たままのシャツが「着こなし」に見えなくなってしまうし、高級料亭に
お招ばれされるべきところを「実はおいしいギョーザ屋があるんですよ」となってしまうし、
貧乏な友達にはたかられてしまうであろう。それでも、長いスペイン暮しで、いやおうなくワインやシェリー酒は
飲みつづけているから、金曜日だけが安ワインの日、という普通のジャパニーズよりはワインの味は分かるかもしれない。
だから、たまに日本でのお招ばれでフランス料理なんぞをゴチになったりすると、先方がせっかく張り込んでシャブリ
だのボルドーだのと開けてくれても、こっちは値段を知らぬものだから、平気で正直に首を傾げて「うーむ」
などと言ってしまう。 あとできくところによると、そういうものはまあレストランにもよるが
一万円以上するらしい。そんな高価なものを口に含んで「うーむ」と唸る当方が、さぞかしワイン通にみえるのは、
東京の金曜日の安ワインファンにはやむをえまい。 でもまずいんだから仕方ないよ。そもそもフランスのワインなんぞ
というものが、どういうクワセモノであるかは、先頃一九九五年のシラク大統領の南太平洋における核実験再開をみても
察しがつこうではないか。いや何も私は、このごろになってそんなことを言っているのじゃない。
シラクがパリ市長だったころから、右翼的で尊大で野心的で人種差別主義者的なこの男の顔が私は大嫌いだった。
この手のツラは、スペインにもちらほら、いやこのごろはぞろぞろいる。 特に一九九二年のバルセロナ・オリンピック以後。
スペインは今(一九九五年)、銀行家や警視総監や政府首脳を含む一大汚職にまみれており、そやつら、
亡国的売国的利己的な連中の顔が、スペインの湿った裏庭パリにもいた。 それがシラクである。
  (以下は字数の関係でカット2009年06月26日)
               (*^ワ^*)i バイ
・・・・・・・
2005年06月26日(日)
1545, エホバの証人ー1

誰もが年に数回は、街角などで二人連れで本をかざして立っている姿や、自宅への訪問伝道で、彼らの姿をみているはず。
といって、「エホバの証人」で知っていることといえば、献血拒否で時々新聞に載る位のことである。
学生時代の友人が入ったが、みるみるうちに異様な男に変容していった。
(しかし、自力で脱会してきたが)中学校の同級生が自宅に訪問伝道にきたり、
前の会社の元部下が街角に立っている姿をみたりしていた。
貰ったパンフレットなどは馬鹿馬鹿しいのでみたことがなかった。
街角に立っていた元部下に偶然、10年ぶりに会った時の話。
「抜けることができるのか?」と聞いたら、「もう無理でしょうね!」と答えた。
「あれだけ本を読んでおけと言ったのに!読まなかったのだろう。
だから洗脳されて抜けだせないんだ!自業自得さ。」と冷たく言ってしまったが、
それはそれで仕方がないのか。基礎教養が少ないと、こういうものを盲信してしまうのだ。
ある本に彼らの概要が解りやすく書いてあった。成る程、こういうことーシステムーだったのかと、
納得できるものだった。典型的なカルト?の異常集団である。しかし、教徒を盲信させる教えや、
洗脳システムは凄いとしか言いようがない。
ーこの教団の要点をまとめてみた。ー
・エホバの証人は19世紀半ばにチャールズ・ラッセルによって始められた
アメリカ生まれのキリスト教の一派である。
(以下は字数の関係でカット2008年06月26日)

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2004年06月26日(土)
1180, 秘境・異郷ツアーレッスン ー2

このツアーで出会う人が素晴らしい?私の過去に出会った人の中でも「特A」?の人と出会えることである。
それも、濃厚な空間で共通の趣味ということもあって互いの気持ちを開く。
金を出してまで南米やアフリカやインド・パキスタンなどのシルクロードに危険を
冒してまでくるのだから、よほど好きか、そこに何かすばらしい体験がまっているのを知っている人である。
旅行をし尽くしたか、大きな人生の忘れ物を捜しにやってくるか、何らかの理由でその地域に興味がある人か、
人生の癒しを求めに来ている人である。 また写真や絵や小説の題材を探している人とか様々である。
職業は役人、先生、商店主、会社役員、主婦、等々いろいろある。年齢は中高年が多いが、若い人も少なくない。
その人たちと同じ目的で濃厚な時間と空間を供にする。そこでは普段聞けない面白い話や人生を垣間見ることができる。
一回の旅行で、本や周辺の人では絶対に聞けない濃厚な話が聞ける。
遠藤周作の小説「遠い河」のような、それぞれのおもい人生を背負った人の集団と赤裸々な日々を過ごすことにもなる。
もう二度と会わないから、本音の話になる。そこでは、それぞれの旅行経験の情報交換の場になる。
旅行回数と情報の質は、ほぼ正比例をする。旅行をしていて気がついたことは大まかに
・自然派と遺跡派と欧州派
・アフリカ派とインド派と南米派と中国派 に分類することができる。
                       ーつづく
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2003年06月26日(木)
813, 日暮里界隈

一度、日暮里に行きたい思っていたが、念願かなって知人に夜の日暮里を案内してもらった。
谷中銀座と日暮里駅の中間を少し入り込んだところに、時代から取り残されたような場末の飲食街があった。
それが何ともレトロ調で映画のセットの中に入ってしまったよう感覚である。
知人の会社の東京事務所があったため、よく通ったという店があった。
沖縄出身の60歳位の女将がやっている7~8人位しか入れない沖縄料理の小さい店であった。
店の名前は『あさと』といって、本人の名字の安里をそのままつけていた。
石垣島出身で、具志堅用高もわざわざ訪ねてきたという。何とも沖縄料理がおいしい。
豆腐よう、ほしぶどう、ゴーヤーの炒め物、そして泡盛が絶品であった。
そういえばこの数ヶ月、泡盛を晩酌で飲んでいる。スーパーで売っているが、ブレンドされた泡盛がいやにおいしい。
店の中の全員がお互いの話を旧知のように話し合える感じがよい。それこそ若い人は皆無という雰囲気がまたよいのだ。
たまたま若い女性が一人入ってきて飲んでいた。話しかけると「2~3日うちに石垣島に亭主と行く」とのことで、
女将に知り合いの店を紹介してもらっていた。何か楽しくなって、下の息子を呼びだして一緒に呑むことになった。 
本人も目をクリクリさせて、「今時、凄いところがあるものだ!」と驚いていた。 
その後にもう一軒、谷中銀座の中にある居酒屋にいったが、ここも印象深い店であった。
大きいメンチカツが何とも美味しい!

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2002年06月26日(水)
449,吉村作治ーピラミッドは王様の墓ではない!ー2

「歴史」ー岩波文庫
に書いてあるが、紀元前ギリシャのヘロドトスがピラミッドを見たときに、
近くにいた老いた神官が「これは何か?」の問いに「王の墓ではないか」
と答えたという。ただそれをヘロドトスが歴史書に書いただけで、数千年それが信じられてきただけだという。
最近になってピラミッドを造った人達の街が見つかった。墓や出勤簿が出てきたという。
それまでは奴隷が造ったと信じられてきた。出勤簿には欠勤の理由が書き込まれていたという。
二日酔い、兄の結婚式等々。発掘で事実がまったく変わってしまう。日本では中ぐらいの川が3000本あるという。
エジプトはナイル川一本だけ。しかしエジプトの農耕地は日本の面積分が今もあるという。
ピラミッドは公共事業という説がある。それも無用の長物だから意味があるという。収穫の50?が王様、25?が地主、
25?が農民が取った。する仕事がない時に王様が25?をその公共事業のために放出したという。
一回だけ200年かけて4,500年前に運河を作った、しかしそれが王様の利益と判ると二度とそれをやらなくなった。 
その後神殿造りに変わっていった。今地球上で61億人中45億の人間が神がいると信じているという。
当時のエジプトで神について以下のように考えた
・一番良いのは、神などいる訳がないと理解した上でいた方がよいという考え
・二番目に良いのは、神が本当いると信じること
・三番目は神はいないと思うこと
・最低なのは神がいてもいなくてもどうでもよいと思うこと{これが今回一番面白い内容であったー現代人と変わってない}
日本は古い国と思っているのは日本が世界を知らないだけでしかない。新しい国だ。
AC3世紀にはもうエジプトは終わっていた。エジプト中には83のピラミッドがあるという。
ほかに50はあるといわれているが、まだ発掘されてない。王様にも最大5個のピラミッドを持つ者や、
ゼロのものもいる。今は3年に一個の割合で発見されている。最終出るまでに後200年かかるといわれている。

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2001年06月26日(火)
[64] おまいり

毎日の散歩のユーターンの地蔵様に祈っている言葉がある。もう4〜5年続けている。
「あの世のお父さんお母さん、運さん(長兄)進さん(次兄)誠さん(次次兄)、
祖父さん祖母さん、親戚の人たち、ご先祖様、そして総ての霊が安らかお眠りください。
仏様有難うございます。そしてご苦労様です。お父さんお母さん有難うございます。
そしてこの世の総ての人達がより良くありますように。特に大変な人こそより良くありますように。
かさねてお父さんお母さん有難うございます。今日一日精一杯活きます。そして笑って暮らします。」
大変な人は、今周辺で大きい問題に突き当たっている人の具体名をあげる。
これを続けているせいか、精神のバランスが崩れることはない。


3003、アルコール依存症

2009年06月25日(木)

  これまで何度か酒の失敗について書いてきた。
 飲む、打つ、買うのうち、一つは癖の悪さがあるというが、私は酒。
 といって私から酒の癖の悪さを取ったら、これほどツマラナイ人間はいないだろう?と、
 一人うそぶき飲み続けている。 少なくとも10年は命を削っている。
 人間関係も10倍、いや100倍は広がっていただろう。
 1年間に次の7項目のうちの3つ以上あれば、アルコール依存症という。(但し国際基準)
・1番目は、アルコールに対する「耐性」。
 切り上げのタイミングの意志が弱くなってきて、1杯や2杯で十分満足していたのが満足できない。
 つまり、耐性が形成されたということです。              ー適応
・2番目は、酒を飲むのを急にやめたり量を減らしたりすると、離脱症状(禁断症状)が出るかどうかです。 ー不適応
 手が震える、幻聴がある、幻視がある、発熱をする、落ち着かない、イライラする、不安感が出てくるなど、幅が広い。
・3番目は、「8時でやめるつもり」「3杯でやめるつもり」「ビールだけにしとくつもり」    ー適応
 「帰る前に家族に電話をするつもり」などさまざまな「つもり」で飲みはじめるが、結果的にこのつもりが守れない。
・4番目は、何度か酒をやめよう、減らそうと試みるがうまくいかない。  ー半適応
・5番目に、酒を手に入れるための努力や、酔いから覚めるためにかかる時間が長くなってきた。 ー不適応
・6番目が、飲酒のために遊びや仕事など、他のことをやらなくなってきた。     ー不適応
・7番目が、酒に酔っていろいろ不利なことが起きているにもかかわらず、まだ飲んでいる。 ー適応
  これからすると私は、軽いアルコール依存症ということになる。特に三番目が、問題である。少し厳しい?ようだが、
 半分の3・5が適応するから、軽いアルコール依存症というところか。また国際基準というから。
  少し話は変わるが、日本の自殺数は先進国でトップで、44歳までの男性の死因でも自殺がトップ。
 年間3万3000人の自殺者が出ているが、その15%がアルコール依存だから、5千人が死んでいる。
 過度の酒は緩慢な自殺の一つである。多くの失敗もしたが、面白かったことは、その100倍だから止められない。
 しかし軽度とはいえ、アルコール依存症とは自覚していなかった?が、身に覚えはある。
 私の場合は切り上げの意志である。 財布の金を二軒分にすれば良いだけ。 酒が不味そうだが、慣れれば同じか!。
  解ってか、父の日の息子二人のプレゼントは紹興酒二本と、ワインであった。

 ・・・・・・・・・
2639, 世界の原子力発電の実情はどうか?
2008年06月25日(水)

このところの原油高で、世界の原子力発電所の建設計画は活発になっている。
更に、石油が環境に与える影響の大きさから、原子炉のエネルギーが見直されている。
地震のリスクを大きく抱えている日本も、綺麗ごとをいってはいられない事態である
今後、アメリカ、中国が大量に原子力発電所の建設に入るようだ。
一時、知識人の原発反対が一つのコンセンサスだったが、今では殆ど影を潜めている。
 そこで、世界の原子力発電はどうなっているか?を調べてみた。
 ーー
世界の原子力発電所の数は、2006年12月末の時点で、 運転中が429基(約3億8705万kW)、 
建設中が35基(約2940万kW)、計画中が47基(約5217万kW)とされる(日本原子力産業協会の発表資料による)。
国別の設備容量では
アメリカ合衆国が最大で、06年12月末では約1億476万kW、103基となっており、
フランス(約6602万kW、59基)、 日本(約4958万kW、55基)、 ロシア連邦(約2319万kW、27基)、
ドイツ(約2137万kW、17基)、 韓国(約1772万kW、20基)の順につづく。
日本の原子炉はすべて商業用の原子力発電所である。
日本の総発電量(自家発電をのぞく)に占める原子力発電量は1987年度(昭和62年度)に30%をこえ、
2006年度(平成18年度)では総発電量約1兆1611億kWhの約26%にあたる3034億kWhを占めている。
 ーーー
情勢とは面白いものである、世界の大きな流れであった原発反対の気運が一挙に消えた。
それでも、この石油高の中で比較的冷静であるのは、代替エネルギーの比率を大きくしてきたから。
それでも、日本は危機状態といってよいから、必要悪としてもなくてはならない。

 ―――
2007/08/06
2316, 日本の原発依存度って、どうなっている?
                        ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning
今回の地震による柏崎刈羽原発の火災などで、
殆ど意識してなかった原発に対する依存度に少し関心が向いた。
 インターネットで早速しらべてみた。  
  ーーー
世界の電力の16%は原子力で、日本国内の原子力依存度は、約3分の1強の37パーセント。
世界全体として原子力の依存度が高まる傾向にある。
現在の日本では、石油危機当時と比べ、エネルギー消費に占める石油依存度が大幅に低下。
日本と同様に石油資源を持たないスウェーデンでは、70年の77%から95年の43%へと着実に石油依存度を削減 、
スウェーデンのエネルギーシステムの中で原子力発電は重要な位置を占めている。
石油危機当時の73年度には77.4%だったエネルギー消費に占める石油依存度は、2001年度に50%になった。
(エネルギー消費と発電の石油依存度は違う) 現在の日本には、53基の原発があり、発電量で37%を占め、
これを50?まで戦略上持っていきたいというが政府の意向。 電力10社では原発31%、石炭火力26%、LNG・LPG火力24%と
構成が異なるものの、いずれも原発依存度は30%台と高い。日本の原子力発電所は17カ所、53基が稼動中。
その数は米国、フランスについで3番目になっている。国内総発電量の37%の日本に対し、アメリカは20?でしかない。
ここまで原発への依存度が高くなると撤去するわけにもいかない。
地球温暖化対策として化石燃料を増やせない現在、日本では原発でカバーせざるを得ないのが実情。
刈羽原発を筆頭として、日本列島はどこでも地震が起こり得る。
今度の地震も新たな活断層が動いたというが、日本で活断層を避けることは難しい。
今回のように地震が起こって初めて分かるのが現状である。
資源の乏しい日本では、エネルギーを確保、維持していくことは国の盛衰に関わる。
といって、数年来の原発事故や安全性隠しで原発に対する不信感は非常に強い。
敦賀周辺や東海周辺の原発の地下には活断層がある可能性があり、一つ間違えば、
大都市が近くに多くあるため、数十万、数百万単位で死者が出る可能性がある。
この問題は、日本にとって今後ますます大きく問われることになる。
                                 byebyeヽ(o・ω・o)ノ゛
・・・・・・・・・
007年06月25日(月)
2274, 現在とは何か?
                 (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。*ぉはょぅ
「現在」とは何だろうか? 
歳を重ねれば重ねるほど、その意味の深さを直感する。その意味の奥に一歩でも立ち入ってみたいと思っていた。
ところが面白いもので、そう思っていると丁度知りたいと思った分の知識が、目の前に現れるから不思議である。 
決して哲学的に難しい理屈ではない。何時も直面している「いま、ここ」、「現在」の意味である。
文芸春秋の特別版「一冊の本が人生を変える」の中で、?ハインペル『人間とその現在』訳者である阿部謹也氏
(一橋大学名誉教授)の「ハインペルとの出会い」という文章の中で、この本をあげている。
難しい本を優しくまとめてある文章のため、中味の濃い内容になっていた。
 ーその内容の一部を抜粋してみるー
ー私が大学三年のとき、歴史というものを自分の外の世界で起こっている出来事の流れだと思っていた。
その出来事が確固とした流れをなしており、その過去から現在までの流れを観察することが歴史学と思っていた。
しかし本書を読んで私のそのような印象は全く崩れ去ってしまった
 ハインベルによると「現在」は4つの層から成り立っている。
一、まず、そのときそのときの現在が問題になる。
 私が子供の時のある日の出来事に刻まれている現在。 それは過ぎ去ったものとして過去に属するが、
 そのときの「今」という意識は生き残っている。青年期にも中年期にも老年期にも、その時その時の現在がある。
 その時の現在はいつから始まるかといえば幸せな結婚生活を送っている人にとっては結婚以後が現在になる。・・・
 かってはロシア(ソ連)の現在は1917年のロシア革命に始まっていた。しかし、現在のロシアはソ連邦の崩壊以後
 ということになる。破局と大革命、強制力のある理念などが現在を現出していることになる。
二、次に、持続する現在がある。
 私たちの意識の下層は過去を残している。
 言葉と習慣と食べ物などは正にそのような過去のものが現在に生きている姿である。
 ひとたび創りだされたものが生きつづける姿もまた持続する現在の姿である。
 秘蹟の中にキリストが現在する形でミサも営まれている。
三、一回限りの現在がある。
 それはひとたび生まれて死ぬ人間の運命である。子供はたしかに成長する過程にあるが、
 完結した全的人間でもある。戦渦の中で飢えている人には一切れのパンが現在であり、
 孤独なものには援助の手が現在になる。一回限りの現在は時代の脅威の中で幸福を享受することでもある。
四、最後に決断の領域がある。
 私たち自身の行動によって人と人とが感謝で結ばれていくことである。
 要するに、歴史に対して私たちは自己を主体として対するのであり、時間も客観的に流れていくのではなく、
 自分が捉えることによってはじめて生きてくるということが解ったのです。
 すべての歴史的出来事を現代という視点で捉えるということは、自分の目で歴史を見るということであり、
 そのためには自分の内面に対応する歴史を発見しなければならないのである。
 私の若い頃の日本の歴史学にはこのような時間論は無かった。古代、中世、近代という
 時代区分が確立しているとされ、それぞれの時代のなかに幾つもの現在があるなど思いもよらなかったのである。
 現代世界にも様ざまな現在があるように、古代にも中世にも様ざまな現在があり、
 それらを意識していた人々の暮らしと思想を見出さなければならないのだと、思い知ったのである。
 私は自分が生きている空間としての周囲の世界を見ることから始めたのである。
 当時、安保騒動のさなかにあり、私の周りでもデモや議論が渦巻いていた。
 私もその議論の中にいた。しかし私はその中で自分の目で見、確認したことから出発しようとしていた。
 私は一つの地域を選び、その地域の歴史料から、その地域の歴史を起こしていくことを
 考えた。それは外国史を対象としているものにとってとてつもないことであった。
 ーー
ー以上が概要であるが、なかなか難しいようだが、それでも解りやすくもある。
・その時どきの現在があり、それは大きな革命や、出来事が現在を現出しており、
・現在は、私たちの意識の下層に過去を有しており、
・現在は、一回限りであり(一期一会)、
・現在は決断という領域を有していて、自己と対峙して自分が捉えることによって、はじめて生きてくる。
 現在は、自分の主体的に世界を捉え、自分の内面と対応した実感として考えたときに、その中に意味を見出すことが出来る、
 ということである。「現在」という問題も、結局は「いま、ここの現在」の自分との対峙ということになる。
般若心教を唱えているときの、五蘊皆空の直感に似ている。
          (ノ ゜口゜)ノさらばじゃあ
・・・・・・・・
2006年06月25日(日)
1909, スペイン画家・堀越千秋?1
            ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★ブエノス ディアス!

以前NHK・BS でー遠くにありて にっぽん人 ーを、シリーズで放送していた。
世界各地の国に溶け込んで活躍している日本人の芸術家や、技術者や、経営者などを紹介する番組である。
強烈な個性的人物が、日本人のアイディンテティーを守りながら、活躍している姿を放送していた。
その中で選ばれた人を、日本のスタジオに呼び寄せて紹介する特集があった。
その中でも特に、堀越千秋さんが印象的であった。題名は「フラメンコの心を描く?スペイン 堀越千秋?」
              furaヽ(∀`●ヽ)!(ノ●´∀)ノmennko。 ゚+.ヽ(●´∀`●)ノ。+.゚ イェイ♪
そこで彼が1枚の絵を描きあがるプロセスを数日にわたって撮影した場面があった。
大きなキャンパスに茶色の背景を塗りたくり、数時間もジッと見ているだけ、
そしておもむろに描きたしていく。自分の潜在意識から滲みだしてくる抽象画である。
キャンパスに全身全霊を叩きつけて、スペインの情熱を自分を通して放射させるのだ。      
 (2009年6月25日カット)
 ・・・・・・
2005年06月25日(土)
1544, 私の酒中日記?10   
       金沢ー6   ー1972年3月某日

武蔵店の店次長と最近飲むようになった。店長の愚痴をよく言うが、私が口が堅いことを見抜いているからだ。
これで二人目の店次長だが、二人とも現在の店長の悪口を平気で言う。何時ものように居酒屋に飲みに行こうと
歩いていると、目の前に店の女子がいる。丁度よいから誘うと、嬉しそうについてきた。
ところで、店次長の今日の話が面白い。金沢でよく言われている裏話があるという。
その地区でしか聞けない面白い話しである。「能登と福井の女は止めておけ、嫁を貰うなら富山がよい。
自分の出身が能登だから、間違いはない!潮風と海に囲まれているのが良くない。
富山は山が背景にある。豊富な水が人間性まで豊かしている。
一番は金沢市、二番が石川県内、三番が富山、四番が福井、能登だけは止めておけ。
自分が能登出身だから間違いがない!潮風が土地を枯らし、人間性まで枯らしてしまう」
その同僚女子は金沢周辺の出身で問題はなかったが。そういえば、前の会社に居たときに伊勢出身
の女性が良いと聞いたことがある。神社のあるところは、湧き水が特に良いからだという。
人間も米も水しだいというが、こと結婚相手の女性は湧き水の綺麗なところがよい。
今日は居酒屋から、スナックに行く。以前から飲みに誘われていた女性だったので、これでよかった。
二年先輩の彼女だが、サッパリしていて好きなタイプだ。去年の暮れに二日間、金沢の郊外で一緒に
売り出しのダイレクトメール配りをしたことがあった。下手なデートよりズット面白かったが。
彼氏のいる女性は安心して遊べるし、複数なら問題はない。三人で、かなり盛り上がった。
ところで、先日会社の私的な集まりがあった。40人位の若手の男社員が集められていた。
西友ストアの資本提携に対する反対総会のようであった。西武系の東大出の嫌味な人事部長と、
慶応出のキザな総務課長が乗り込んできたが、あまりも見下すような気持ちが露出していた。
その爆発なのだろうが、明らかに社長が裏で動いているのが解った。
その直後、西武から来ていた10人ぐらいの社員が一せいに引き上げた。重大な局面にあるようだ。
会社は弱者の立場に多ってはならないケースとして、しっかり見ておかなくては!

・・・・・・・・・
2004年06月25日(金)
1179, 哲学についてー10
ー現在の哲学

現在の哲学はどうなっているのだろう。現在の哲学を考える時、「構造」主義の概念がベースになっている。
この「構造」とは「構造化されたシステム」をいうのではなく、無意識であり、自己の限界を次々に乗りこえていく
根源的生命力のことをいう。構造主義とは[さまざまに変化していく諸現象の背後に隠された深層的で不変な「構造」
(無意識)を探求する]と、いうことである。解りやすく大雑把にいえば
「哲学であれ何であれ、あらゆる種類の言説は言語の構造であり、それがすべてである」
その構造主義を唱えたのはソシュールである。彼は、人間は言語を持つことによって人間になった、
「人間は言葉だ」と主張。構造として「主体の発見があり、言葉は真の創造者だ」とした。
このような構造主義や、脱構造主義が出てきた背景には情報化社会の到来がある。
情報化はデジタル社会といわれ、すべてを情報量で記述する記号社会のことである。
情報化はコトバを持たない人、自在に駆使できない人やシステムが敗北をする社会といってよい。
その意味で哲学は個々人にとって真正面から取り組みざるを得なくなっている。
哲学は日常実世界には一見無用にみえるが、人生そのものにとって非常に重要になってきている。
自分のホームページを持ち、そこに自分のコトバで主張することの重要性をあらためて確認した。
「哲学について考える」を書いてきた効用か、いままでとは何か違った目で「哲学」の本を読めるようになった。 
 この程度でだ。
ところで、本棚には哲学に関する本が何冊かある。何冊か書いてみると
「哲学のカフェ」 ノーラ・K  「ソフィーの世界」ヨースタイン・ゴルデル 
「哲学を知ると何が変わるか」鷲田小弥太  「哲学がわかった!」鷲田小弥太
「哲学のコテン101物語」木田元  「新哲学入門」三木清
「ツァラトゥストラかくかたりき」ニーチェ  「ユング」コリー・ウイルソンなどなど、
30?40冊以上はあるが、それを理解しているかといえば話は別である。
ー哲学書かどうかファジーの本が何冊かあるので30?40とした。
哲学者が子供か大衆向けにやさしく書いた本ほど、本質を突いている場合が多い。
難しいことをシンプルに、シンプルのことを深く、深いことを面白くである。
哲学の世界にいつの間にか引き込まれ、難しいことでも解ってくる。
ーまったくの粗い内容であったが、哲学についての概論を終了する。
今度は思いついた順に、哲学者や[実存主義」とかの概念をテーマにして書くつもりである。
次回はデ・カン・ショか、ニーチェあたりか。

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2003年06月25日(水)
812, 変な人が書いた成功法則  ー 読書日記
(2008年6月25日字数の関係でカット)
・・・・・・・
2002年06月25日(火)
448,吉村作治ー考古学について ?1

 昨日、彼の講演があったので聞いてきた。
 エジプトなど遺跡が好きであった事と彼の本を読んでいたため、一言一言が非常に興味をもてた。
 講演内容を時系列にそのまま書いてみる
・考古学は人間学である。 骨董屋とは違う
・掘ること自体が面白いー好きにやれと好きに掘らせておくと60日経つと虜になる
・自分だけの史料を見つけることができる
・歴史学は批判学であるー歴史上言い伝えられていることは真っ当な事はない非難とは違う
 ーそれを検証する事である
・考古学はない史料を探すこと  図書館の片隅の史料を探す事も発掘という
・一回の発掘のクルーはー60日*20人・現地人100?150人・2000万の費用ーが目安  
 今までない史料探し、それを今までの史料と検証する。
  (字数の関係でカット2008年6月25日)           ー 続くー

・・・・・・・・
2001年06月25日(月)
[63] 秘境ツアーコーナー故障中

3Dホームページ作成中故障発生?明日中に直ります。
ホームページ面白いがメンテとランニング大変!
好きだからやってるが、そうでなくては無理。
                    ーつづく


3002、新潟駅前・闇金女子事務員殺害事件

2009年06月24日(水)


 昨日の昼前に事務所に訪ねてきた知人が興奮した面持ちで、
「闇金の事務所の至近距離にあるホテルの美容室に勤務している娘が昨夜帰ってきて泣きながら、
殺された女性が二年前から担当になり、二日前の土曜日に美容室でセットした」という。
特異な事件だけに思わず身を乗り出して聞き入ってしまった。
新聞では金は置いてなかったとあったが、昨日のTVのニュースでは100万円以上が盗まれたと報じていた。
闇金なので金は無かったとしか言えなかったのだろう。 それにしても、事務所内は血の海で、血の足跡が
外まで続いていたというから、凄惨な殺し方のようだ。 月曜日の朝一の9時前に危なそうな闇金からみて、
極道系の人間と推察される。 監視カメラの無い逃走道路を前もって決めておいて逃げたのだろう。
犯人逮捕は簡単ではないだろうが、リピーターの可能性もあるから、どうだろう。
女子事務員は、両親と三人住まいで48歳の独身、黒崎の寿司屋の夜は勤めていたというから、
大した給料ではなかったようだ。
 そういえば現場から200メートル先で、7〜8年前に金券ショップの店主が殺害された事件があった。
殺された店主の隣人が、万代の町内会長で飲み会で月に一度は顔を合わせていた人。
町内会長には警察からその詳細の内容が入るとかで、その会で微に入り細に入り聞いた記憶がある。
この時は怨恨で犯人は捕まったが金券か何かの縺れから、事件を起こし服役。
服役中は「ただ復習しか考えてなかった」という。 恐ろしいことである。
 ところで、新潟駅前にはサラ金が多く見かける。
貸しビルの1Fは大手が入り、上階にいくにつれて際どいサラ金になっている。
会社の人の話によると、毎日、集金をして銀行に行っていると、店主と自然に顔見知りになり、
一言二言話をすることがあるが、かなり危なそうな人。 毎日の記帳が一冊になるという。
ということは、通帳には600段あるから5ー600人の振込みがあることになる。
せいぜい2〜3千円としても膨大な金額。 娑婆には私らの知らない世界がある。

・・・・・・・・・
2638, 娘に贈る12の言葉  ?5
2008年06月24日(火)

投資家ジム・ロジャーズの言葉 ?読書日記
 
 ー8、汝自らを知ること。ー
・自分自身をよく知ってほしい
 ソクラテスは「自分の無知を自覚して自分の魂を育んでいくよう」という 倫理的要求として、
 自らの行動上の標語としたと言われている。もともとはスパルタのキロンの言葉といわれ「身の程を知れ」
 という意味だった。 投資で成功するには何をさておき、自分というものを解っていなくてはならない。
 どんな時にも、冷静な判断をしなくてはならない。そういう状況に自分がパニックになるかを知っている
 ことが重要である。 人は自分の好きなことについてはうまくやることができる。
 自分が最も好きなことを続けなさい。そうすれば成功をすることが出来る。
・人は群集心理にかられやすい
 群衆から離れて冷静に状況を判断すべきである。
・パニックを起こしてはならない。心理学を学ぶべき。
 マーケットで起こりやしヒステリック状況を冷静に判断すべきである。
解)命と同じぐらい大事な金を賭けるのだから、顕わな自分と直面する。命を摩り減らすのは自明である。
 投機と投資を間違わないことだ。幾ら投機で損をしたことか!中国のバブル崩壊のパニックが何時起こるかである。
 ヘッジもしておかなければならないことも確かだが。
  ーー
 ー9、変化を捉え、そして受け入れなさい。ー
・すべては変化していく。
 世界は時とともに変化をしていき、それが重なったのが歴史である。
 あるものにとっては開かれていくプロセスであり、あるものにとって閉ざされていくプロセスになる。
 変化は触媒になりうる。大きな変化こそ大事なのである。大きな変化は十年単位、百年単位でおこるもの。
・需給の原理を覆したものはいない。
 共産主義は需給に頑強に逆らってきた。需給の原理は経済の教科書の一ページにかいてある。
 これに逆らったからソ連は崩壊した。
  *上司と食事に出かける健全な理由などないし、ましてやのみに出かける理由など存在しない。
  *毎晩のように同僚と飲みに出かけるのは辞めたほうがいい。君の上司はそんなことしない。
   だからこそ、彼は上司なのだ。
解)現在の変化は、地球上の半数を占めるアジア人、その中でも中国に火がついたことと、
  情報化の大波が世界を揺るがしている!と言ってよいだろう。
  ナチ、ソ連など独裁国家がオリンピックを開催すると何年後に体制が崩壊する。
  中国も、一度解体するのだろうか。 見ものである。
  
・・・・・・・・・
2007年06月24日(日)
2273, 霊長類オンナ科図鑑 ?1
  (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。
                  中村うさぎ著  角川書店
    
 またまた、 中村うさぎである。図書館で手に取ると、ついつい借りて読んでしまう。
この本は、「こんなオンナはイヤだ!」と、女達への悪口の連続!の内容である。
女の職場で、いやというほど色いろな女族を見てきたが、でも可愛いのが女である。
それにしても中村うさぎが、よくぞ冷淡に女の生態を書きあらわしている。
だから同性に嫌われるのだろうが、若い鼻持ちのならないバカ女!達よ、
少しはこの本を読んで、自分の姿を省みなよ!と心底、言いたくなる本である。
しかし、男の立場で見ても、笑ってはいられない。男と女とかいう境を越えて、人間の滑稽さや、
自己盲目の露わな姿は身に覚えがあることばかりで、自分が笑われているようでもある。
勘違い女に、男の前でだけはしゃぐ女、キティ好き女に、お母さんな女、嘘吐き女、おねだり女、自慢女、
オカルト女、英語自慢女、エコ女、マスコット願望女、媚び女、ボディータッチ女、露出女、謎めきたがる女、
カマトト女・・・などなど、「珍奇なオンナ」という生き物を、うさぎが小気味良く斬りすてている! 
これら等をふくめ、怒涛の悪口も36連発もある
その中から印象的なバカ女の図鑑から幾つか拾ってみよう。まずは一番初めに出てきたー勘違い女ーが抱腹絶倒である。
 ーーーー
 =勘違い女= 
(字数の関係で中間カット 09年6月24日)
ーー
解) 本当に、こういう女を数多く見てきた、数え切れないほどである。
特に、自意識過剰な女子短大出の中途半端な無教養女!(誰のかみさん?)
女って、殆どこういう要素持っているではないか??。メス猿がキーキー「セクハラ~」と言っても、
書いているのが中村うさぎ!だから、文句あるまい。周囲は「この自意識過剰女め!」と不快感を隠しているのに
知ってか知らずか、鼻声で自分だけが女よ?って、面をして。オンナとは、こうも業の深い生き物でしかないのか。
男の愛すべき性質やはかなさもそれはそれで良さはあるが、知れば知るほど良くも悪くも女の方がずっと奥が深いと、
著者は言う。あまりに深すぎるから、大して美人でない女ほど「あたしって美人」と言い放つから奇妙な展開になってしまう。
でも再びいうが、それでも素直で、明るい、品性の良い女性は良い!
                 (○´ω`○)ノ**SeeYou**
・・・・・・・・
2006年06月24日(土)
1908, 地方経済(新潟)の実態
        おっ w(゚Д゚)w ハァョ?

先日、佐渡出身の人から聞いた話。「佐渡の人口が、自分が高校を卒業した40年前に比べて14万→7万人以下に半減。
観光客も、120万→60万人に激減した」という。40年前(学生時代)に、大學の友人と遊びに行ったことがあるが、
何の印象も残っていない。 「二度と来るところではない島」という印象が残っただけだった。
「ドサ周り」の語源が、佐渡と土佐から来ていると聞いたことがある。
先日の知人の話によると「あの小さな島で200?300の建設業者がいる」という。10〜20でも驚きなのに。
仕事柄か、佐渡だけでなく新潟県の衰退を肌で感じている。冬季オリンピックが終わった時、
長野県が大きな転換期を向かえたが、新潟県も、戦後から続いた公共投資も底をつき、農業保護政策も転換。 
急激に衰退し始めている。これは全国レベルでいえることだが、新潟が特にいちじるしい。
・新潟県の総建設費が10年前の1996年に比べて40?減。
・公共工事にいたっては10年前の60?減という。
・談合への締め付けで発注工事の平均落札率の90?まで落ち込み、
 今年の1~3月の落札率は80?という。橋梁工事にいたっては60~80?にいたっているという。
地元最大手の福田組は去年の12月期の決算で、156億円の純損失を出したが、
先日の地元新聞によると「新潟市の官制談合の排除勧告を受け入れ」と報じていた。
これは、もう談合をしませんという誓約書になり、もしこれを破れば、公共事業の締め出しを食らうことになる。
二年間、不服を言いたてていた背後には、認めれば談合を自主廃止をしなくては!という背景と、
さらに多額の談合で儲けたお金の一部返済もある。 公共事業が10年で60?減とは、危機ラインを超えている。
本来は、全県の総力で極東向けー環日本海都市宣言をして、物流の拠点を20年~50年スパンで造って
こなくてはならないはず。目先だけの公共事業に頼り、時代を見越した都市構想もなく道路や橋だけにエネルギーを
分散をしてきたツケが廻ってきたのだ。あと五?十年もしないうちに、更に大きな衰退が待っている。
 そのレベルの政治家レベルしか持ちえなかった新潟県民の責任は大きい!
                                    (*^ワ^*)iバイ
・・・・・・・・
2005年06月24日(金)
1543, 新宿・歌舞伎町の変容

歌舞伎町といえば、1~2年前までは風俗無法地帯であった。 しかし石原知事が『歌舞伎町浄化作戦』
を展開させてから昨年の4月から半年間で、風俗関係を162店、人数にして500人、
暴力団員が200人、それから不法外国人が7百人が検挙されて歌舞伎町の街が一変しているという。
それまでは、日本暴力団とチャイナ・マフィアが仕切る無法地帯に近い状態。
そこで石原都知事が元広島県警本部長の竹花豊を副知事に任命。彼は、「NYはここ10年間で犯罪は減ったが、
歌舞伎町は犯罪が増加傾向にあり、その原因は違法風俗店が増え、その資金が暴力団に流れている」と宣言し、
本格的に浄化作戦に出た。アジア最大の歓楽街と言われる歌舞伎町を、「親子で歩ける健全な街に戻そう」
という動きが本格化した。警察などの取り締まり強化で怪しげなネオンが消え、飲食店舗ビルの看板は虫食い状態。
違法風俗店が続々と摘発され、キャバクラやクラブなどの店舗も相次いで閉店。
歌舞伎町の町内会では、監視カメラを据付てビデオで録画などの警察と共同作戦が効を奏し、売春婦、呼び込み、
前科者、ヤクザ、不法滞在者などが消えてしまった。以前なら客引きに付きまとわれたが、
今では飲食店を含む客引きは一切規制され、ピンクビラは配布するだけでなく、配布用に持っているのも禁止。
「路上のたむろ」さえ規制の対象された。この三月に、北池袋の東横インに宿泊したが、
以前のような怪しげな店や、呼び込みの姿は殆ど見られなかった。
このため、ピンク対象の飲食ビルなどのテナント撤退が進み、不動産の相場が暴落したという。
2007年問題(現在工事中の高層ビルが一斉に完成すると、中小ビルから高層ビルへの移転がさらに進み、
地価暴落の大きな要素になる)が控えていて、どの要素をみても、地価に対してはマイナスである。
それにしても、あの桃源郷?といわれた歌舞伎町が健全の街になるとは!
そして地価が暴落するとは数年前までは考えられないことであった。政治の力は絶大である。

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2004年06月24日(木)
1178, 哲学についてー9
ー現代の哲学?2

実存主義の大きい影響を受けたサルトルは、たんに優れた著述家としてだけでなく、
劇作家・小説家としても名を知らしめていた。彼はハイデッガーを研究し、最初の戯曲を発表。
また1943年には哲学上の著作として重要な「存在と無」を書き上げた。
彼の言葉に「精いっぱい生きること」がある。「社会が課す規制や規則に反発するのは若者であり、
誰でも『自己についてのあらゆる選択権』をもっている」という、彼の言葉に当時の若者が飛びついた。
現代の哲学を考えると、アメリカのプラグマティズムをあげなくてはならない。
「知識を実践的な活動としてとらえる」考え方である。18世紀後半アメリカが国家として独立すると、
アメリカ特有の新しい文化や思想が生まれるようになる。その後100年かかって優秀な哲学者が
ハーバード大学などからでてきた。バース、ジェームス。そしてディーイである。
バースはプラグマティズムを「言葉に表れた意味を確認する手法、意味論である」と主張した。
彼の一主張で「知ることはひとつの行為」であるというのが印象的だ。
20世紀には分析哲学が飛躍的にのびた時代でもある。哲学者の多くは学者や科学者ばかりという背景もあった。
論理分析や言語分析などは歴史的に見ても飛躍的といってよいものであった。
人間の知識の本質に対する徹底的な再検討と分析である。 そして構造主義がうまれてくる。

・・・・・・・
2003年06月24日(火)
811, 「最良」の敵は「良」である

ある本の冒頭に出ていた見出しである。
ー以下に書き写してみるー

「重要事項を優先すること」は、人生の核心に関する問題といえる。ほとんどの人は、「やりたいこと」や
「やらなくてはならないこと」がありすぎて疲れ果てている。 自分の時間を最大限に使い果たすために、
そのときどき、あるいは一瞬一瞬、行動を決定することは大変なことである。
「良」か「悪」を見分けることは簡単だ。無駄な時間や愚かな時間の時間の使い方なら誰にもすぐに分る。
「良」か「最良」かを見分ることが難しいのだ。「最良』の敵は「良」であることが多いからだ。
あなたにとっての「最良」とは何だろうか。「最良」のために時間を使うことを妨げているのは何だろうか。
それは意外なことに、あまりに多い「良」が邪魔をしている。数多くの「良」に邪魔をされて、
最優先事項を優先できなかったことを、ほとんどの人が後悔するのである。 
 ・・・・・・
ー以上であるが、「無意識的に小事に取り組んでいるのは、意識的に大事に取り組まないのと同じだ」
と次の項目にあった。 小事が「良」大事が「最良」と考えてみると小事が最大の敵というのが解る。
小事も大事であるが、それにとらわれて大事を見逃すことが致命傷になる。
目先の緊急を処理することが、いっけん大事そうだが、これが敵である。
「最良」を明確にして、真北(北極点)に向かって常に磁石の針を「最優先事項」に向けていなくてはならない。
 何かハッとする言葉である。イトーヨーカドウで「ヘドロー売れ筋外れ商品」の仕入れ原因を調査した。
ーそれがなんと売れ筋商品の品切れをカバーする為に仕入れた類似商品だったー売れ筋を
最良とみて、次善の商品を入れたつもりが、最悪の事態を呼び寄せてしまった。
少し意味がそれたか?人生そのものであると同時に、すべてに当てはまることといってよい。
今の日本の姿といってもよいだろう。自民党旧守派が常に「足して二で割る」政策をしてきたことが、この「良」といえる。
日本をここまで追い込んだのは醜悪集団が「良」の選択をしてきた結果である。
単なる利権集団屋さえ気がつかない低俗国民に問題ありだが。最良の「敵」が「良」とは、もっと早く気がついているべき!
気がついているほうであったが、それは「良?」の人に比べてか。 最良じゃない自分がいう権利はないか?
しかし真北の選択という面で最良は選ぶことはできたはずだ。その都度真北を見てきたつもりであったが、どうであろうか。
私が意識的にー敵(良)としてきたことは俗に言う「世間様」である。
それでも一言で「『最良』の敵は『良』である』とずばりいってのけるとは!

・・・・・・・
2002年06月24日(月)
447,内面処理の仕方ー心の自己処理

昔から自我の強い性格「プライドの高い性格=コンプレックスの強い性格」でいろいろ行き詰まりなどあった?
それなりに乗り越えてきたのは「最後は一人」ということが実感で解っていることもある。
行き詰まりとかトラブルがあった時の気持ちの処し方で
・一番手っ取りはやいのは、辛らつにその内容を紙に書く。自分の気持ちと事象を、とことん書き連ねる。
・それでもどんどん出てくる気持ちの混乱、それをとことん書く。
・脳内に出てきた言葉を全部、書き出す。もう出てこなくなるまで書く。
・その内容を読み返す、そして更に書く。これを繰り返すと、幾らでも出てくる、それを書き尽くす。
・それをきっちりまとめて、最後は破って捨てる。
・そしてその全てを袋に入れて紐で縛りつけ、心の奥にしまっておくイメージを繰り返す。
その時は残るが、時間が経つと全く内面から消滅する。「割り切」を合理的にしていることになる。
それを中途半端にすると後に残ってしまう。 あとは時間が全て洗い流してくれる事を信じる。
その時間の見積もりをする、これは一年、三ヶ月と、最近は誤差がない。一番辛いという、連れ添いの死も三年という。
般若心教を暗記してあるのも良い。全ては宇宙の出来事の些細な出来事でしかないことが自己確認できる。
般若心教は憶えておいた方がよい、心の保険としても。

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2001年06月24日(日)
[62] あと2週間

あと2週間で北欧ロシア旅行だ。まだ実感がわかないが、かなりハードな旅行になりそうだ。
南アフリカやシルクロードからみれば、半分ぐらいだろう。このコースはやはり外せないコースだ。
ペルーにいった時、同行の人に「旅行道という言葉があるならインドは絶対外せない」
と言われて、インドに行ってみて納得したが、このコースもそれに近い何かを直感した。
それが当たっているかどうか?「12日で5カ国、バスあり飛行機あり船ありだ」毎日が面白そ


3001、ハロー効果

2009年06月23日(火)

「世界は感情で動く」 ー4                読書日記
   ー 行動経済学からみる脳のトラップー
 
 * ハロー効果の意味とは?

 ーネットの百科事典『ウィキペディア』によると、
【 ハロー効果とは心理的効果の一つ。 ある対象を評価をするときに顕著な特徴に引きずられて他の特徴についての
評価が歪められる現象のこと。認知バイアス(偏見)の一種である。一般にポジティブな方向への歪みを指すことが多いが、
ネガティブな方向へのハロー効果も存在する。ハローとは、「後光が差す」というときの後光、聖像の光背や光輪のことで、
後光効果、光背効果とも呼ばれる。 例として、ある人が難関大学卒であった場合、その人が学力においてだけでなく、
人格的にも優れてると思い込んでしまうケースが挙げられる。また、有名人やタレントを通じたCMや広告がその商品や
サービスを実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。
それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。 経験則として古くから気づかれていた現象であるが、
実証的な研究は心理学者のソーンダイクによるものとされている。】
 ーー
 世の中は「ハロー効果」だらけといっても良い。スターや大相撲の横綱が、その典型。
周囲を弟子に囲まれ、これから大一番に向かう冬時など熱気が冬の冷気と相まってオーラのようにとり囲むことがあるという。
といって、それと品格とは違う問題。 馬鹿な大男に「品格が良さそうに振舞え」というだけのこと。
ハロー効果は何時の間に自惚れもたらす。 この認知バイアスを利用しようとカリスマを演じている人もいるが、
ほぼお笑い。(気づいてないのは本人だけ)だから面白いのである。 皇室も似たようなもの。 
目隠しをしてペプシとコカコーラを飲むと、7割はペプシが美味いと答えるという。
宣伝による洗脳効果の「スカッと爽やかコカコーラ」が刷り込まれていて、味まで変わってくる。
そうそう、日本の代議士が、典型である。立候補の時のイメージ作戦。彼らは当選するために理想的人物を演じるのである。 
そして、そのギャップがスキャンダルとして、白日にさらけ出された時に段差に唖然とする。
世の中、元もと集団幻想であり、個々は、他幻想に、自己幻想でしかないのだから、ハロー効果を狙うのは当然のこと。
そうこう見ると、人生を何をアクセク生きてきたのか、馬鹿馬鹿しくなってきている日々であります。
‘ 達磨さん こちら向かんせ 世の中は 月雪花に 酒と三味線 ’ で、良いんじゃないかい。
                                           で、少しアル中気味!
 後記) 足利免罪事件、あれは初期のDNA鑑定がハロー効果になり、誰も疑わなかったことによる。

・・・・・・・・
2637, ロードサービス、初体験!
2008年06月23日(月)
                   ○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっは!
  ー半ドアでバッテリーが上がるー
昨日、車を乗ろうとしたら車が半ドア。そしてエンジンを入れようとしたところ反応がない。
バッテリーが上がっていた。二週間、車に乗らないので気がつかなかった。そこで、その対応策として。 
・まずは兄に電話をしたら、前日に義姉が車の事故で大破。もう使えない状態という。 
 前なら行きつけのガソリンスタンドの電話をして来てもらうが、こういうご時勢、一円でも安いガソリンスタンドを、
そのつど見つけて行っているので、気楽に頼めない。
・車のコンビ二に電話をすれば、5千円?は取られるだろう。それこそ、ばかばかしい。
・そこで、カードのサービスにロードサービスがあったことを思い出した。
 OMCのロードサービスである。 しかしロードサービスが自宅の自動車のバッテリー上がりに
 くるわけがないと独り言を言っていると、家内が駄目もとと、電話を入れた。
 ところが「もちろんOKです」という返事。 駄目もとで何でもやってみるものである。
 さっそく、業者の人が20分もしないうちに来て、充電は10分で終了をした。
  カードのロードサービスは、それぞれの地区の自動車修理の業者と契約をしていて、 
 電話をすると、20?30分で駆けつけるシステムになっているようだ。
 今回、観察をして解ったことだ。 電話をしたしたところ、「○○自動車修理というところが、
 20分後に伺います」と言う返事であったことから、理解したこと。
 宅配便も地区によっては、地元の小さな運輸会社と似たようなシステムをとっているのだろう。
 それにしても、ベンリである。地域密着型のガソリンスタンドが、大型のGSに取って代わられようという昨今、
 これらを一手に受けているのがカーコンビニだが、カード会社のロードサービスもナカナカよいものである。 
バッテリーが上がったのは20年ぶりのことだ。 その時は、行きつけのGSの人に来てもらった。
                        ゚Д゚*)ノ⌒バイ!                 
・・・・・・・
2007年06月23日(土)
2272, 漢字は、一字で、詩やねん
        (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ ヨ♯
 ー 榊莫山 の名言ー

漢字は、一字で、詩やねん。
字というものは、そもそも絵画的でっしゃろ。
山、川、木、森、すでに、字そのものに、絵と言葉の合体がある。
室生犀星がな、どんな人でも死が訪れる頃には、ええ字が書ける、と言うてます。
それに、中途半端に風流そうに見せた字より、読む人のことを考えて、丁寧にわかりやすく書いてある字のほうが、
なんぼか感じがええもんですよ。 真っすぐ前ばかり見とっても、 何も見えてこんで。 ...
 ーー
「漢字は、一字で、詩やねん。字というものは、そもそも絵画的でっしゃろ。・・・」 いい言葉である!
「人の名前は、それだけで、その人の一生の物語」という言葉を思い出したが、
この言葉を重ねると何とも言いえて妙である。 その物語のテーマという名前を両親が
愛と願いを込めてつけて、ストーリーは本人が一生をかけて演じるもの!
「人の名は、それだけで、詩やねん。」という言葉が成立するが、これも含蓄がある。
墓の横の姓名と年月日をみると、つくづく消えし過去の物語を感じるのは、そのせいだろう。
 一人一人物語と深い経験を持っている。
そうすると、私の場合ー 堀井八郎ー一生をかけて八つの井戸を掘る男!
私の場合、小さなビルを増築も含め八つ造った?それとも、八つの大きな出来事に出会った?
八は中国でお金のことというが、金がついてまわったという実感はない!理屈はどうにでもつく、ということか!
                     o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪
・・・・・・・・
2006年06月23日(金)
1907, エピソードで読む西洋哲学史ー2
   。・∀・)ノ゙オハヨウ!
               ー読書日記                      
この本の中にフランスの教育事情があった。
日本との違いに驚いたが、これでは不法移民が暴動を起こすのも解らないでもない。
自由・平等・博愛を標榜している仏国をエリート教育システムからみると、徹底的な差別国家とも受け取ることができる。
(エリートは、選抜された人である。その背後には振り落とされた人が多く存在している)    
自由、平等、博愛はエリート社会の仲良しクラブ内だけの合言葉でしかないのか?
「有得ないからせめて努力しましょう」ということだ。北朝鮮のように、漫画的な奴隷制度が残存している国から
みればまだよいが。優秀な人を選んで徹底的に教育しなければ国は成り立たないのも事実。
ーー
 P・310
高等師範学校(エコール・ノルマル・シュぺリウール)、
これがフランスの知識人世界を理解するキーワードの一つである。
フランスの高校生は大学に進学しよう思えば、
・バカロレアと呼ばれる全国統一テストを受ける。
・これに合格すると大学入学の資格を得て、基本的にどの大學にも進学できる。
・フランスでは大學の授業料はタダ、無料である。
現在のデータでは、ソルボンヌ大學の場合、年間二万円少しの「登録料]]を払えばよい。
基本的には欧州の大學は、フランスでもドイツでも、授業料はタダ。
この点がアメリカとは基本的に違う。(アメリカは年間250万円が相場)
欧州は大學授業料がタダなので、私立大学は殆ど存在しない。
しかし、フランスのエリート高校生は大学には進学しない。
ソルボンヌ大學なんか行かない。 何処に行くか?
高等専門学校(グランゼコール)を目指すのである。高等専門学校には様々なものがあるが、
パリの「高等師範学校」は超エリートコースなのである。フランスの高名な学者の多くは、たいていここの出身である。
哲学や文学だけでなく、物理、生物、化学、数学、情報科学などのコースもある。
しかし大學と違って、高等師範には入学試験がある。昔のエリート度はアメリカのハーヴァード、
イギリスのオックスフォードを問題にしないほどであったと言われている。
フランスは「自由・平等・博愛」というが、(それとも、そのためか)徹底したエリートコース支配の社会であり、
官僚支配国家である。高等師範、国立行政学院、理工科学校といったエリート専門学校の卒業生がフランスの政界、
財界、学界を仕切っている。そういうわけで、卒業生のネットワークがとても強固である。
イディオロギーに関係なく、お互いに助け合うということになる。
当然、高等師範の入学試験は難しい。超難関である。普通に勉強しても受からない。
そこで優秀な高校生は高等師範のための特別クラスに入り、二年ほど勉強をする。その中のごく少数が入学できるのである。
高等師範の授業料はタダである。タダどころではない。そこの学生は公務員待遇で、月に20万円の給料が
4年にわたって支給される。もっとも、高等師範の学生の大半は、上流階級の子弟である。
彼らは、特にサルトルなどはソルボンヌ大學の学生や教師などを見下していた。
サルトルは、「彼らは完全な人間ではない」と思っていたと、告白している。
どこであっても、つねに特別扱いされる、またそれを当然と受け取る、それがフランスのエリートの世界。
    ーーー
これを読んでいるだけ腹が立ってくるが、日本でも霞ヶ関では、そのままの世界が存在している。
東大、京大、慶応、早稲田と色分けをして、高級官僚のエリートの世界で選抜されて、
特別扱いをされて、本人達も当然として受け取って。 利権を貪って。
日本では、フランスほど露骨でないだけ! 天皇制とは、そういうことだ。
官僚からみたら、こんな都合のよいシステムはない。
しかし情報化社会は、それらを含め根こそぎ破壊し始めている。
               i*^ワ^*)iバンザイ
         つづく
・・・・・・・
2005年06月23日(木)
1542, バージン島にオフショア会社設立?

一昨日、取引先の保険会社の社長が、「面白い人を連れて行くから会ってくれないか」という電話が入った。
何回か、その面白い人?の話を聞いていたので、気楽に会うことにした。
菊池ファイナンシャルグループ代表の菊池重喜氏という人である。持ってきたパンフレットによると1966年にカナダ移住。
現地で、伊藤忠商事カナダ、サンライフ生命保険を経て、1980年に保険会社の菊池ファイナンシャルを創立、
2000年には現在の菊池ファイナンシャルグループを創立をしたという。
彼の話の要点は、
・日本そのものが危ない状態に入った、
・AAA格付けのカナダ国債・アメリカ国債をオフショア金融センターで購入しておけば資産が安全に育ちますよ!
そのお手伝いが、彼の仕事である。今までは、海外のオフショア会社の設立など、全く別世界に思えていたが
手軽につくれるという。このサービスは、日本にいながらにして、国際的オフショア金融センターである
英国領のバージン諸島において、オフショア会社の設立が可能となるという。
それにより、法人・個人の合法的節税対策に有効な手立てをこうじることが可能になるとのこと。
その設立費用は3000ドル、年間会計監査費用として、1500ドル必要とのこと。
最低ロットが2500万円という。決して胡散臭くはなさそうだが、解ったような解らないような話ではあった。
私の感想として、彼はアメリカが絶対に大丈夫といっているが、その前提の上でアメリカ国債の買いを勧めている。
果して「今後10年~20年以上、アメリカが大丈夫!」かに対して、非常に疑問を感じる。5年すら疑問である!
彼があげていたアメリカが大丈夫という理由
1、軍事力が絶対的に優位
2、ドルが主軸通貨
3、英語が世界共通語である
4、金の保有量を世界で25パーセント保有
これが果たして絶対的な理由になるだろうか?奇麗事の言葉の羅列でしかない!という仮説をたてると、
同じくらいの反対理由が成り立つ。信じるかどうかだが、私は信じない!
半分恐喝的に、アメリカの国債を日本政府が買わされているのは、周知の事実である。
それを肯定することと一緒である。それと同じことを奇麗事で個人に勧めているに過ぎないのではないか?
彼が勧めているはカナダ国債だから、少し話は変わるが。ただ、オフショア会社の設立をして、その利益を
プールしておくのは、日本の個人国債を買うことから比べたら、リスクは少ないし大きなヘッジになる。
金融のグローバル化をまさに地でいっている事例としてみれば参考にはなる。
金(きん)を買って、銀行の貸し金庫に入れないで(銀行閉鎖の場合、金庫も閉鎖されるという)、
民間の貸し金庫に入れておけばよい話だ。自己責任とは、恐ろしい時代である! 紙幣も国債みたいなものだが? 
金融のクローバル化の一現象!
まだ私の頭が固いのか、それとも? それほどの余裕がないから、どうでもよいことだが!

・・・・・・・・
2004年06月23日(水)
1177, 「物語の主人公になる方法」ー読書日記

人生は一冊の小説のようなものというが、図書館でいつも見ているコーナーに
新たに新刊本が追加されてあった。さっそく借りてきて読んだが、実行しやすい手順が書いてあった。
若い人が読みやすい内容だ。人生ではそろそろ残された人生劇場の幕間もいくつかしか残っていない現在,
物語にどう落ちを入れていくかという面を考えていたので非常に参考になった?
以前、ミッション・ステートメントで粗筋は書いてはあるが。
誰も人生において自分の人生の主人公であるが、「物語を作家になってつくって、その主人公を自ら演じる」ことを勧める
自己啓発的な本であり、岡本太郎のように「生活はアートだ!」と唱える人生設計本である。
あまり考えずに日々を暮らして、その結果に対してストーリーを自分の都合の良いように修正するのが一般的だろう。
 具体的手順として
1、まずは作家の誕生?あなたの内なる作家を呼び覚ます。
2、そして作家としての心構えをこと細かく書いておく。
 ー駆け出し作家が決して忘れてはならないことや、空想世界の番人であることなどをー
3、作家はそれまでの過去と訣別する?  それにとらわれと平凡な物語になってしまう。
4、暗示の影響力を意識をして構想を立てる。
第一の診断?主人公の現状を把握する
第二の診断?お望みの主人公をイメージする
第三の診断?主人公の十二大特性をチェックする
第四の診断?不良プログラムを削除する
 物語の主人公になるヒントは3つある。
・1つ目は、「自分のライフスタイル、その判断は良し悪しではなく、自分が満足すること」
       それが、スターティングポイントであると。
・2つ目は、「家族や周りの言うがままの人生、受動的なライフスタイルでは面白くないこと」
・3つ目は、「人生はひとつの物語です。自分の物語を作って、その中で主人公を作って、
       自分の日々の満足度をパーセンテージを出すこと」
人生は自作自演の人生劇場であり、特に大事なのは自分の中の作家としての能力である。
そこで忘れてならないものは、人生に何が必要かという冷徹な目。人生が自分に何を求めているかに気がつくことだ。
この本の著者は、そこまで到達していないが人生設計を構想するには解りやすい内容である。
  ーーーー
「物語の主人公になる方法 」
著者/訳者名 : パトリス・ジュリアン/著 長岡中央図書館 2004年06・21日
         
・・・・・・・
2003年06月23日(月)
810, 「ありがとう」の言葉ー5

 最近は殆んど見られなくなったが石油スタンドが完全自由化になる以前は、まだ石油の価格が暗黙のうちに
規制されていた。その際の、ガソリンスタンドの差別化として、お客の車に対して深深と頭を下げるのが
流行っていた時期があった。
 30年前に千葉市の千城台で「養老の滝」を始めたとき教えられたのが、
「お客の後姿に頭を下げろ」であった。帰ったお客ではなく、店内のお客に対して見せる為だ。
 (字数の関係でカット09年06月23日)
 
・・・・・・・・・・
2002年06月23日(日)
446,喧嘩のコツ

・まずは先手必勝、なんでもそうだが ? 王手・飛車より、先手が怖い
・相打ちを狙う。 ー但し、相手よりより力を込め、弱点を狙う
 自分が傷つくことを恐れて腰が引ける、やるなら相打ち
・逃げ道をつくっておくー 引き際を見つける 相手の逃げ道もつくるー窮鼠猫を噛む
・短期決戦ーこれも鉄則
・大義をつくっておく
・時には捨て身でも
・長期に喧嘩か短期で戦法を変えるー見際めをする
  ー長期戦は江戸の敵を長崎で討つ方式
 こういう奴の在庫がいっぱいある、男社会は仕方ないが。その前に殆んど自滅していくが。
 喧嘩はしない事だ、但し仕方ない時は全力ですべきだ。
事業は見方を変えれば喧嘩そのものだ。事業は弱い相手を探して叩けばいいが。
子狐がけっこう喧嘩を売ってくる、仲間内に自慢か話題つくりか箔付けの為に。
その場合けっこう面白がってやる。生理的に楽しくかつラインが作れるからだ。
エネルギーのロスだが、長期戦にすぐ切り替える。長期戦の相手は徹底的に蔑視する,内面から消滅するまで。
おかげで人間関係で悩むことは少ない、割り切れるからだ。

・・・・・・・・・
2001年06月23日(土)
[61] 小泉総理メルマガの紹介  らいおんはーと ? 小泉総理のメッセージ]
[大臣のほんねとーく] 
● 私がタケノコ医者であったころ(坂口厚生労働大臣)
 藪医者に至らない医者のことをタケノコ医者という。私が大学院の在学中で、
衛生学を学びながら一方で小児科臨床を1年半ばかり研鑽したある日、上司の助教授に呼ばれた。
 「宮川村は三重県一の短命村、その調査に一年ばかり行ってはどうか。」行ってはどうか、は「行ってきたまえ」
の命令に等しい。 平均寿命35歳の短命村へ、結婚間もない私でしたが、妻を残したまま、赴任した。


3000、3000回か〜

2009年06月22日(月)

この随想日記が3000回になった。1000回、2000回の時ほどの感慨がない。
書き続けることに慣れてきたのだろう。 誰に頼まれたわけじゃなし、ただ習慣だから続けているだけ。
確かに、続けているとプラスにはなる。 考えざるを得ないからである。 それと、常に何か書くことがないか
注意を周囲に向けるようになった。 その現場で、キーワード探しと、その組み合わせをするようになっている。
書くことを職業にしている人は、考えることを職にしていることになるが、
紺屋の白袴で・・・・?
ところで、千回、二千回の時に何を書いていたか、調べてみた。 なるほど、今回も同じような気持ちである。
ふと、気づいたが、自分とは時間の経過と同時に広がっているということ。それと、心の底の変わらない‘X’が魂ということになる。

・・・・・・・
2006/09/24  
2000, 継父
                  (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ?          
今日は母の命日で、亡くなってまる十年経った。この随想日記2000回と重なるところが不思議である。
早かったのか遅かったのかというと、大昔のような気がする。
5年半の間、痴呆症になっていたが死に際の入院までオシメをすることがなかった。
痴呆症を切れ掛かった蛍光灯に例えると分かりやすい。始めは時々切れてはつくが、その回数が増えてくる。
マダラボケがジワジワと悪化すると被害妄想や、抑えていた悪口・陰口が始まる。心が腐っていくのが手に取るように解る。
マダラボケは一緒に生活をいていると疲れるものである。
亡くなって一月後になって、「人様はなんて楽な日常を過ごしているのだろう!」と、驚いてしまった。
両親の一生をみると、人生の深さを思い知る。 戦争は全ての国民に深い傷と重石を担がせる。
第二次大戦直後に生まれたが、あと十数年早く生まれていたら戦争にとられて・・・
ところで母の命日なので供養として、母の幼少時の、絵に描いたような地獄絵の世界を話してみよう。
そして、それが長男・次男の死の間接的な死の原因になってしまう。
この話を故人になったが教育学者の森信三さんが間接的に聞いて、「自分の主催している会で話して欲しい」依頼があったが、
断ってしまった。20年前で母が生存中なことと、それを多くのセレブの前で話すには自分が出来てなかった。
その時、是非話しておけばと悔いが残っている。母が幼児の頃、父親が母の兄と姉を残して亡くなってしまった。
(奇しくも昨日 TVのWOWOWで「世界で不幸な物語」という映画を観た。3人の資産家の孤児が、里親に命を狙われ
転々とする筋書きであった)家が商売をしていたので残った母の母ー祖母は男後家をもらうしかなった。
そして祖母と男後家との間に4人の子供が生まれた。 そこで何が起こるだろうか? この設定は、言わずもがなの結果になる。
義父による実子との差別と、徹底的な虐めである。3人の末であった母に、特に虐めがいったという。
それが母のトラウマになってしまった。                     ーつづく
                      さて墓参りだ!
・・・・・・・・・
1000, \(~o~)/千日の随想日記!
2003年12月30日(火)

 1昨年の5月2日から今日の12月30日までは973日である。更に旅行をしていて休んだ一回分の日を加えると
約35〜40が合わない。調べてみると206ー222とか250,251辺りとか何箇所かがぬけている。
しかし小説風の「宗親日記」が大体その位の数を書いているので、合わせて一千回の到着日とすることにした。
あくまで自分ひとりの記念でしかない。
 子孫への永久保存版としてー「子供や孫に見せるように」と、また「遺言」のつもりで書いてきた
(書き始めて一年位経ってからだが)だから続いたのだろう。自分の父親や、祖父がこのような文章を残していたら、
実際のところ面白いだろう。いま考えてみると、私にとって随想日記を書き始めた日を境に自分が
間違いなく変った。一日一日が本当に充実したのだ。
会社のネットを含めると50人位の人に毎日読まれていると思うと誰かに
見守られているような感覚になる。作家などの物書きが必死になって書くのも解るような気がする。
 死ぬ前に全てを消し去っていくのもよいし、また書き残すもよいのだろう。
いずれにしても50年以上は残らないのだろう。いや死んだと同時に消滅してしまうか。
そうすると生前葬の遺言みたい、いや墓みたいなものだ。
 ところで実感としていうと一番勉強になり良いのが、自分であることだ。
・テーマ探しに46時中頭が1杯
・そして構成に苦労して
・書き上げた後に、何回か書き直し
・誤字と矛盾をさがす
このプロセスで内容を練り上げることが、思考を練ることになるからだ。といってこの程度の内容であるが。
 スッと書ける日はよいが、全く書けない日がある。
それでも何とか書くからよいのだ。書きつづけていると、自分自身が変っていくのが良く解る。
書くということは、考えるということであり、考えを纏めることになる。書き続けることは、書き重ねることになる。
書き重ねて、それを読み返すことは内面の深層に入り込むことになる。
深層の自分は、ユングではないが万人にあい通じる部分が出てくる。
その共通面と、違う面を自分で見つめることが可能となる。少し難しくなってきたが。
 来年からは「閑話休題」や「あはははは」とか、ソフトな内容を挿んだり、土日を休むとかして、今のエネルギーを
半分にしようと思っている?このまま続けると、ある日突然「や?めた!」ということになりそうだ。
千回千回と思いながら、書き続けてきたのだから、やはり転換期だ。
来年は待ったなしにリストラー事業構造の転換の年、頭を仕事に切り替え集中しなくてはならない。
 それとも、「2千回2千回!」と唱えなおそうか? どうなるか?自分でもわかりません。
 ー本当に読んでいただいて有り難うございました!


2999,百貨店の衰退について

2009年06月21日(日)

今さらの話になるが、百貨店の衰退が激しい。
先日の昼休みのランチ時に読んだ喫茶店の週刊誌に載っていた大前研一のレポートによると
・12年連続マイナスで、売上高が22年前の水準になっており
・10年前の調査では、若い女性は通勤用、デート・レジャー用、結婚式やパーティー用と、
 シーンを三場面に分けて、一万、二万、数万円の予算だった。
 ところが5年前ほど前から、通勤とデート・レジャー用を兼ねた提案のメーカー、ショップに
 お客が移動するようになった。 更に最近は、全身で1万円でコーディネートできる H&Mや、
 ユニクロなどに殺到するようになった。その上に、LA発のカジュアルファッションチェーンの
「フォーエバー21」などが次々に進出してきた。
 百貨店は、20年以上も衰退傾向にあったが、若い女性のファッションで凌いできたが、
 それも時代の変化についていけなくなってしまった。
・大前研一は、「もし百貨店の建て直しを依頼されたら、大家との契約を解除をして値段を下げてもらい、
 テナントにユニクロ、H&Mなどのテナントか、アウトレットのテナントに入れ替える作戦に出る」
 と提案をしている。
 
 家具はニトリや東京家具、電器製品は山田デンキやビッグカメラ、紳士服は青山、アオキになどに
 侵食され、最後の砦も欧米の格安のファッション店に攻撃され、瀕死の状態。
 その前の40年間は、ジャスコやヨーカ堂などの総合量販店に叩かれてきている。
 そのジャスコやヨーカ堂も、専門チェーン店に侵食されて衰退傾向に入ってしまった。  
 日経新聞も、地方百貨店の減収を取り上げていたが、総じて10〜20パーセント減で深刻な現状。 
 本来の百貨店の役割はファッションなどの情報の先取りを売りにしていたが、
 情報化社会ではネットやTVで、安易に収集が可能になってしまった。
  自己存在の意義が無くなったしまったということ。
 大丸が松坂屋を、伊勢丹が三越を、高島屋が阪急と阪神を、ヨーカ堂が西武とソゴウを救済合併。
 目先を凌いでいるが、この合併効果も何時まで続くかである。 
  全ての業種で根こそぎ、存在意義を問われている。 正体は本格的情報化社会の到来。
 既存の価値観、そして体制が適応出来なくなってきたのである。  動乱の世である。 

・・・・・・・・・・
2635, 娘に贈る12の言葉  ~4
 投資家ジム・ロジャーズの言葉 ー読書日記
 
ー 5、哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい。ー
  ・通念や慣習が人々の思考能力を奪っている。
   哲学とは「自分の頭で、どのように考えるか」という技術。
   「考える力をつける方法は何か」→ひとつの方法は通念や慣習からして「絶対にそうだ」
   と考えられていて間違っていたことを、振り返ることである。
   その時、多数に従わない少数者は何を考えていたかをシッカリ調べて欲しい。
  ・誰も考えないことを探す。
   →多くの投資家が考えないことは何だろうか。
   →「どこが弱気(ベア)か」を探している。ほとんどの投資家は強気(ブル)を探す。
   →弱気相場は誰も気にかけないが、素晴らしい投資先であることもある。
  ・こんなふうに考えてごらん
   歴史的にみて、あと十年は商品の時代が続く。 商品と株の価格は逆に動く
  解)この数年、哲学に関しての本を読み続けている。
    経験の裏づけができた為だろうが、それにしても面白い。
    特にカントを多くの入門書レベルの本の中で、少しずつ学び続けている。
    先日から「子どものためのカント」(フィリートレンダー)を読んでいるが、それが難しい。
    哲学語を殆ど使わないで書いている。こんど、ここでも取り上げてみるが。

ー 6、中国の時代・中国語を身に付けてください。ー
  ・君の世代では英語についで重要な言語となる。
   ソ連が 74年間の共産主義だったが、中国は厳密の共産主義は30年間だけであった。
  ・中国株を買おう。中国株を買わないことで有名だったウォーレン・パフェットまでが、
   2003年にペトロチャイナの株を買って、その後も保有比率を増やしている。
  解)20世紀初頭のアメリカが、現在の中国に似ているのではないだろうか著者は述べている。
    成るほど、北京や上海の林立しているビル群をみると、肯けるが。 僅か20年もしないうちである。

ー 7、歴史を勉強しなさい。ー
  ・大局をつかむこと
    歴史を学ぶことを通じて大きな視点で世界の変化を捉える。
   「歴史は繰り返し、人類は常に変わらない。」
  ・一見、目新しいこと それは歴史の中で繰りかえし起こっている。
    今までに世界で何が起こって、何が起こらなかったか、しっかりと学ぶべき。
  解)パール・バックの「大地」を学生時代に読んだことを思い出した。
     中国の王一族の何代もの栄枯盛衰の壮大な物語である。
     中国には、数千年の歴史が背後にあるから、その底力は計り知れないのは解る。

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2007年06月21日(木)
2270, 東北6県の平均収入が、東京の半分だと!
                 ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)
    
 先日、昼休みに大型書店のジュンク堂で本を見ていたところ、最近出版の『ワーキング・プア』
という本に、「東北6県の一人当たりの収入・241万に対して、東京が456万円」とあった。
二倍じゃないかい!と、地域格差の大きさに目を疑った。東京に対し新潟八割、長岡7割と最近聞いたばかり。
東北6県平均とはいえ収入が半分だというから、若者は東京志向になるわけである。
感覚として首都圏は物価は2割高いとしても、地域格差は予想外だった。
地方の場合、地価が安く家持比率が高いので、そのまま生活レベルが半分とは言えないが・・
東北6県の人口が1200万人というから、東京都の人口と同数である。
それが、これから28年間で23?減になるが、東京都は微増。東北地方以外の全国の他の地域も似たような傾向。
首都圏には全国の人口の三分の一近くが住むことになるが、この28年間に関東から東海地区にかけては、
大地震がおこる可能性が80?以上! 神様は微妙なリスクを置いている。その辺が何とも可笑しい!
  まずはーasahi.com の記事からー
 ーーー
2035年、45道府県で人口減少 秋田は65歳以上が4割 =2007年05月29日
(字数制限のためカット 09年06月21日)

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2006年06月21日(水)
1905, グーグル Google ー10                 
    おっ w(゚Д゚)w ハァョ?         ー読書日記

   この本の一番重要な章は、この5章ではないだろうか。それほど、キーワード広告の意味は深いのである。
   早速、グーグルのアドセンスにキーワード広告を投入してみたがアクセスがない!
   お客の立場からのセンスが無いのだろうか?
   この辺になると、21世紀の世界がハッキリ見えてくる。五章の要点を抜粋してみる。
   ーーーー
第五章 最大の価値基準となる「アテンション」

 以前は検索エンジンは、ヤフーやAOL、MSNなどの総合ホームページのおまけツールとしてしか認識されてなかった。
 だからGoogleも当初は「今さら検索エンジンじゃ、儲かるわけがない」とみられていた。
 ところがグロスという男が、検索に使われるキーワードに大変な価値に気が付いたのである。
 そしてこの価値をキーワード広告という広告モデルに昇華させたのである。
 このキーワード広告はそれまでのダメなインターネット広告を一掃し、「良質な広告」としてクライアント、
 ユーザーの双方から絶賛され、受け入れられた。そしてグロスのキーワード広告はこっそりとグーグルによって真似られ、
 アドワーズという広告としてスタートした。アドワーズはやはり巨大な収益を上げるようになって、
 一時の苦境から完全に脱し、マイクロソフトやヤフー、インテルなどと肩を並べる巨大IT企業へと変貌した。 
 そしてアドワーズで急成長したグーグルは、2003年には新たに広告サービス「アドセンス」を投入した。
「アドセンス」は、個人のHPなどに広告を配信するサービスだ。
 HPを持っている人がアドセンスに申し込むと、広告がグーグルから送られてくる。
 その広告を自分のHPに貼り付けるように設定しておくだけで、広告は新しいものに自動的に更新される。
 画面の端に比較的小さな文字で、「動画配信サービス」「クリエーターのお仕事情報」
 といった広告が表示されている。これがアドセンスである。
 こんな小さな広告が効果あるのかというが、これにグーグルの驚くべきノウハウがふんだんに使われている。
 HPのコンテンツにあわせて、その内容と関連の高い広告を表示する仕組みになっている。
 例えば、自動車について書かれたブログであれば、自動車のディーラーや自動車用品店の広告が表示される。
 アジアンリゾートについての旅行マニアが書いたHPなら、バリやブーケットの格安ツアーの広告が表示されるわけだ。
 この関連付けはグーグル得意の計算式によって全て行われて、人間の手は一切介してない。
   驚くべきことに、この小さなアドセンス広告も圧倒的な広告効果を生み出した。
   そして膨大な収益を、グーグルにもたらしたのである。
   アドセンスは、アドワーズに近い売上高をあげているとみられる。
                つづく
                    (*^ワ^*)iバイ       
・・・・・・・
2005年06月21日(火)
1540, 「人を動かす」ー2       ー読書日記
         
 この本を読んで実行した感想は、少しのことで人間は変わりうるということである。
人間関係という一番初歩的な基本を身に着ければよい。
会話や対話で、まず相手の話を把握した後で自分の意見を返すという基本がある。  
(世の中には、この基本を全く知らないで一生を終える人がいる。
 数知れずみてきたが、それを自覚してないから始末が悪い!もしかしたら、自分も?)
誠意を持って相手の話を聞くことは、「人からして欲しいことを、まず自らなせ」
の実践である。少しまともな営業屋なら当然身につけている。
接客業の飲み屋のママやホステスなどは初期段階で叩き込まれるものばかりだ。
 まずは、ふり(演技)から実践してみると面白い。人間なぞ他愛のないものに思えてくる。
それだけ、自分のことを認めて欲いし、話したいのだ。
しかし、小手先で身につけると、「ただ感じのよい人になってしまう」ことにもなりかねない。
会社の入社前教育で、まず訓練するのは「対話訓練」である。新人は会話術は身につけていても、
対話術は身につけていない。 この「人を動かす」は、会話術より対話術に属する? 会話術としても使うと、
誠実さに欠けたり底の浅さを露呈してしまう。 しかし、それを知っているといないとでは違いが出てくる。
 人の話を真剣に聞くことは、並大抵のことではない。
ー以下のカーネギーの原則は、対話術というより会話術に近いが。
  ーーー
ーあるHPより抜粋ー
 人を説得する12原則
1.議論に勝つ唯一の方法として、議論をさける。
・議論はほとんど例外無く、双方に自説をますます正しいと確信させて終わるものだ。
 議論に勝つことは不可能だ。たとえ勝ったにしてもやはり負けている。
 相手は劣等感を持ち、自尊心を傷付けられ、憤慨するだろう。・・・議論に負けてもその人の意志は変わらない。
・意見の不一致を歓迎せよ。いつも意見が一致するなら、そのうち一人はいなくてもいい人間だ。
 思い及ばなかった点を指摘してくれる人がいたら感謝しなければいけない。
・最初に頭をもたげる自己防衛本能に押し流されてはいけない。
 ・・・不快な状況の時、まず現れてくるのは、自分の立場を守ろうとする本能だ。
 冷静に構え、最初の反応を警戒する必要がある。
 あなたの最悪の人柄が突出し、最善の人柄がかくれてしまうかも知れないのだ。
・腹を立ててはいけない・・何に腹を立てるか、それ次第で人間の大きさが決る。
・まず相手のことばに耳を傾けよ・・・相手に意見を述べさせ最後まで聞く。
 逆らったり、自己弁護したり、争論したりすれば、相手との間に障壁が高まるばかりだ。
 相互理解の橋を架ける努力こそ大切で、誤解の障壁をかさ上げするなど、愚の骨頂である。
・意見が一致する点を探せ・・・相手の主張を聞き終わったら、まず賛成できる点を取り上げる。
・率直であれ・・・自分が間違っていると思う点を探し、率直にそれを認めてあやまる。
 それで相手の武装が解け、防衛の姿勢がゆるむ。
・相手が反対するのは関心があるからで、多いに感謝すべきだ。
 だから、相手はあなたの手助けをしたいと願っているのだと考えよ。
 そうすれば論敵を味方に変えることができる。
・早まった行動を避け、双方がじっくり考え直す時間を置け。
ーー
2.相手の意見に敬意を払い、誤りを指摘しない。
・人に物を教えることはできない。自ら気づく手助けができるだけだ。(ガリレオ)
・相手が間違っていると思った時の切り出しの言葉はおそらく私の間違いでしょう。
 わたしはよく間違えます。ひとつ事実を良く考えてみましょう。
 これで議論が収まり、相手も寛大で公正な態度をとりたいと思うようになり、
 自分も間違っているかもしれないと反省する。
ーー
3.自分の誤りをただちにこころよく認める。
・自分が悪いと思ったら、相手にやっつけられる前に自分で自分を
やっつけておいた方がはるかに愉快ではないか。相手の言うことを自分で言ってしまうのだ。
そうすれば相手は言うことが無くなり、寛容になり、こちらの誤りを許す態度に出るだろう。
ーー
(以下、字数の関係でカット2008年6月21日)

・・・・・・・・・
2004年06月21日(月)
1175, 哲学について ?7
ードイツ哲学の時代

イギリスの経験主義哲学につづいて、ドイツ哲学の時代がくる。
18?19世紀にかけて古代ギリシャに匹敵するほどの哲学がドイツを中心に発展する。
その先がけがカントで、それまでの合理主義哲学と経験主義哲学を統一させた。
「人が経験することができるのは、身体的なあり方によって枠組みをされており、
その枠組みのなかでしか、個々のものごとの存在を想像することができない」と説いた。
盲人にとって、見ることを理解することができない、嗅覚のない人も臭いについて理解するのは不可能である。
人間の理解は、その持っている機能の範囲内に限られる。
カントの文章は非常に深遠で難解で、理解することが非常にむずかしい。
カントの思想はショーペンファウアーによって受け継がれ、さらに豊かなものになっていく。
ヘーゲルは絶対的な観念論をうみだした。彼は「現実世界のすべてとその歴史を、精神的なものが発展していく姿」
と考え、世界と現実は自己認識に到達するための歴史的プロセスと考えた。
その過程は「正、反、合」の三つのプロセスを繰りかえし、すべての変化の理由とした。
マルクスはヘーゲル哲学を基礎として観念論から唯物論を導き出した。
ニーチェはあらゆる既存の道徳を攻撃した。彼は「神が死んだ」という有名な言葉を残した。
当時の価値観はギリシャ哲学とユダヤ教徒キリスト教の教えが土台になっていた。
しかし当時は、その信仰心が薄れていて、自らの価値観を求められていた。
その土壌の上で、多くの偉大な哲学者が輩出したのである。
この頃の哲学者が生み出した思想は現代哲学に大きく影響している。そして現代の哲学が現れてくる。

・・・・・・・・・
2003年06月21日(土)
808, 大丈夫

一休が死ぬ間際に、自分が死んだ後もし如何にもならなくなった時に開くようにと一通の封筒を残した。
そして残されたものが、如何にもならなくなった時がきた時に封筒を開いた。 その中味には「何とかなる!」
と書いてあったという話が残っている。本当かどうか解らないが、一休らしい逸話である。
 先日、本屋で立ち読みをしていたら、ある本の目次に「女に持てる法」という項目があった。
さてと心トキメイテそこをみて驚いた。 常に「大丈夫!」といい続けることだと。
何か肩透かしを食らったようであったが、納得した。 言葉だけでも、誰もが「大丈夫!」といって欲しいのが心理である。 
それも女性なら尚のことである。 最悪の「死」を考えてみても、死んだ瞬間には本人にとって死ではなくなる。
あるのは「死」に対する恐怖である。だから何事も「大丈夫!」といえるのだ。
何事も90数?が、あくまでも不安という恐怖心でしかない。
 話はそれるが「女にもてる法」といえば、九州の学生時代の友人が新潟に遊びに来たときの話である。
彼は長崎で飲食店を数軒経営しているのだが、女性が大好きだという。
そして、女にもてる話が始まった。実際にもてるのだろう、なかなか含蓄があった。
ー我われ中年はそうでなくても若い人から見たら脂ぎっている。
それを自覚して「演技でよいからポヨーンとして、女には全く興味がない
ようにしていなくてはならない。それで普通の状態に見られる。」
 なるほど一理があるが、勝手に持てているのは自分だけ信じているのが面白い。
経験的にみると「お前は女に持てるだろう!」というと、殆んどの男が舞い上がってしまう。
そして「如何に自分が持てているか」の自慢話が始まる。誰かに実験してみたらよい、罪のないジョークとして。
少しアルコールの入っている状態で、誠意を込めていえば大部分の男は舞い上がってしまう。
挙句に「お前はもてないだろう。ケチで口が悪い上に・・・」と始まる。
ほっとけバカと思うのだが「もてるのもてないは苦労の結果だろう」というのが持論だ。
もてない男のいい訳か。これも男の永遠の課題だろう。
テーマが変わってしまった。この不況の中、今度は「ありがとう」だけでなく、
「大丈夫」を呪文のように唱えるか。  今さら、どうでもよいか?

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2002年06月21日(金)
444,面白い話ー本??
 http://www.melonpan.net/tatsu/yatta/index.html  「やった。」坂本達著

図書館の海外旅行のコーナーで面白い本を見つけた。 なかなか面白い。
子供服の「ミキハウス」に勤め数年、何処でもある話で自己逃避も含めて
「海外旅行に出たい」という気持ちが出る。辞表を書く段階で社長の耳に入る。
オーナー社長がそれを宣伝材料?とみて、有給休暇を条件に引きとめる。
そして夢のような4年3ヶ月の旅行記。なかなか面白い内容であったー本もホームページも。
そして社長の思惑どうり?帰国後その体験をホームページに書き込み、さらに講演を続けている。
それなりに面白い内容である。 少なくとも自分でしたいができなかった事だ。
こういう社会もあるということで目を通してもいいのでは? またこういうことがあっても、良いのではと思った。
http://www.nikon.co.jp/main/jpn/society/sakamoto/
http://www.melonpan.net/tatsu/  http://www.melonpan.net/tatsu/report/index.php

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2001年06月21日(木)
[59] 3D-ホームページー三回目打ち合わせ

富士総業の小竹さんより3dのホームページのモニターという
話に乗ったがちょっとしたプロジェクトだ。当たればおお化けする可能性がある。
デジタル文化の1現象を目の当たりにしている。7月1日を楽しみにしているが凄い世界に入ったものだ。


2998,他人に厳しく、自分に甘く

2009年06月20日(土)

 「世界は感情で動く」 ー3           読書日記
 ー 行動経済学からみる脳のトラップー
   * 他人に厳しく、自分に甘く

 我われは「感情のトラップ」にはまっていることは自覚をしていたが、それを一つずつ解明している本である。
 前に「ピーク・エンドの法則」を取り上げてみたが、今回は「帰属のエラー」について取り上げてみる。
17章の「他人には辛く、自分には甘い?帰属のエラー」である。
ーまずは帰属のエラーとはー
まわりに起きる社会的事象や、自分や他人の行動の原因を推理・推論することを「帰属」あるいは「原因の帰属」という。
  それを理論化したものが「帰属理論」。 下記のような、色いろなエラー、ゆがみなどを「帰属のエラー」という。
1. 知覚的に目立った情報・刺激に左右されること。
2. 他者の行動に対しては性格・個性などの内面的要因を重視する。
3. 自分の行動に対しては極めてポピュラーで普通の反応であり、
   普通とは違ったとすれば状況、なわち外的要因が異なったと思い込むこと。
4. 自分が成功すると、自分の内面に理由があり、失敗すると外部に要因を求めること。
 こうしたバランスの取れない判断は、とても奇妙な結果を生むこともある。
2,3に関しては誰でも身に覚えがあるだろうし、他人の失敗は、元々あいつは、そういう奴だと非難するが、
  自分が失敗をするとタマタマ失敗しただけと、自分に言い含めてしまう傾向がある。
   「期限を守る」ということにかけては、自分の能力に信頼を置いているし、「期限を守る」他人の能力は高く評価する。
 でも、自分が期限が守れなかった場合は、「めったにないほど大変な事情があったからだ」と言い訳をしたりする。
  しかしながらその事情とやらは、距離を置いて眺めたり、他の人に当てはめたりしてみれば、少しも例外的なものでなく、
  どこにでもあることだとわかる。 かくして、「期限を常習的に守らない人の言うことは信用するなかれ」
   という帰属のエラーにひっかかる。
   --
 「世界は感情で動く」というより、「世界は気分で動く」という題名の方が適切ではないかと読み込むほど思ってしまう。
  気分で90パーセントは動いているのだろう,
人間は。だから、それを如何に隠すか、目立たないように勤めなければ
  ならないのである。 人生をふり返ってみた時に、そのことが鮮明に見えてくる。 
  それほど人間は理性的ではないのである。 特に人間は他人に厳しく、自分に甘くなる。
  そういう人は、評論家に向いている。特に引退した野球の選手に、それが露出して見える。
  思わず、「それほどの選手だったの?」と言いたくなる評論が度々である。

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2634, 娘に贈る12の言葉  ?3
2008年06月20日(金)

ー 2、大好きなことに情熱の全てを注ぎなさい。ー
・何かを始めるのに年齢なんて関係ない。好きな道を歩みなさい。
・素晴らしい人生を歩むためには「お金をもらえなくても、やりたいことをやるべきだ」。
・細部に注意を払えるかどうかが成功と失敗を分ける。
 →大半の人が成功できないのは、限られた範囲の、不十分な調査しかしていないからだ。
 →徹底的に調べる。それによって初めて他人よりも多くの知識を得ることが出来る。
 →大変な労力を要するが、そのステップこそが人に差をつけられるところだ。
 →情熱を傾けられることに打ち込みなさい。
 私は中国に価値があると「思っている」のではなく、中国に価値があることを「知っている」のだ。
 I thinkではなく I know なのだ。
 ーー
解)「好きこそモノの上手けれ」
  「好きと嫌いじゃ どれほど違う 命ただやる ほど違う」
   自分が好きなことを、早めに見つけること。
 ーー
ー 3、常識はそれほど常識ではない。 ー
・ほとんどの常識は間違っている。
 危険な場所には誰も行きたがらないし、投資もしない。
 →だから全てのものが非常に安い。
・新聞だって、そのまま信じてはいけない。
 →時にはジャーナリズムが大衆をミスリードすることもある。
 人口の半数以上の知性は平均以下だということを覚えておきなさい。
 ??
 解)そのことをどれだけ知っているかどうかである。
   大衆と違った視点で投資先を探せ! ということ。
   ことあるごとに「定説」を連発していた教祖様がいたが。
 ーー
ー 4、世界を自分で見ておいで。 ー
・「イギリスだけしか知らないものに、イギリスが本当に理解できるはずがない。」
 →他を知ることで、他から眺めてみることで観察は深まる。
  世界を視野に入れなさい 世界市民になってくれ。
・BRICsの重要性を理解するんだ。ブラジル、ロシア、印度、中国などだ。その中で、特に中国が重要。
 解)知れば知るほど、自分が何も知らないことを知るからだ。  それと自分の世界の小ささを。

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2007年06月20日(水)
2269, 家は大事である
              *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!
隣家が4年ほど前に新築に建てかえたが、日毎に家庭が明るくなっているのが、
手に取るようにわかる。 「家は大事」とつくづく感じる。何か家によって家族のあり方が変化するようだ。
「人間の器は育った家の器に大きく左右される」と聞いたことがあるが、その通りである。
家はその天井の高さと、居間の広さがポイントになる。更に大事なのが、「風通し」と「太陽」と「湿気」の三つである。
家には家相があり不幸が続く家があるが、実はさっきの三つが起因している。太陽が当たりにくく、風通しが悪いため、
湿気がたまり、さらにトイレも一番目立たないように作るため、健康に良くない家になり、それが不幸を招いてしまう。
怪しげな宗教家が勿体なぶって、家をみて家相を講釈をするが答えは簡単。
日当たりと風通しと、天井の高さと便所と排水を見れば誰でも分ること。(知らないから、彼らの餌になるのもある)
短期間にマンションに住むのは仕方ない場合もあるだろう。しかし、風通しのよい、日当たりの良い、
大きなリビングのある一軒屋に住むのがベスト。怪しげなマンション屋のマンションなど、住むこと自体が緩慢な自殺である。
新築の場合、素材から出る毒は人体に良いわけがない。できれば、日本が長年つくり上げてきた数奇屋づくりの家が理想。
面白いもので、家をつくりかえると不幸が続くケースが多い。
身体が、家に馴染まないために健康を害するというが、あれ建材などが発する毒素が原因じゃないか?
家は肉体に似ていて、住む人の魂の器といえる。 乗り換えがきくか、きかないかの差があるが。
                           グッ。・:*:☆w(´・з・`)バァイ
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2006年06月20日(火)
1904, グーグル Google -9
                ー読書日記
            おっ w(゜Д゜)w ハァョ?
「ロングテール」に関しては、『ウエブ進化論』の中に詳細があったが、大事なキーワードである。
情報の劇的なチープ化と、検索社会の象徴的な現象である。 私自身も図書館で気にいった本で、
既に廃刊されている本をアマゾン・コムから数分の一で買ったことがある。 以前なら有得ないことである。
   この書の、めっき工場や羽田の駐車場は、ロングテールのアマゾン以外の卑近の事例として参考になる。 
ーー
第四章 めっき工場が見つけた「ロングテール」

パレートの法則という理論があり、広くマーケッテングに応用されてきた。
「20対80の法則」という名でしられている。20?の商品群が、80?の売り上げをつくっているとか、
20?の富裕層が、世界の80?の富を独占しているという法則だ。
最近になってオンライン書店の「アマゾン」が、この法則を覆してしまった。
アメリカのアマゾン・コムの売り上げの半分以上が、販売部数ランキングの
4万から230万位までの本の売り上げをあげるようになったのだ。
リアル書店では在庫をもてない「売れない本」でも、インターネット上に
リスティングするコストはほぼゼロだから、230万点の書籍を扱えるのだ。
しかも売れない本は競争が無いから、利幅も大きいという良いことずくめである。
このロングテール現象は、特にデジタルコンテンツのネット流通において
顕著に現れる。アップルのiTMSでの音楽ダウンロード総数が3億曲を
越えたが、取り扱っている百万曲以上のうち一回もダウンロードされなかった
曲は無いらしい。ここでもロングテールは長くなっており、
大ヒット依存のリアル世界とは全く異なる経済原則で事業モデルが成立し始めている。
これと同じことをメッキ工場がはじめたのである。
ネットから、大手のメーカーから、携帯電話のパーツのメッキの仕事が
舞い込んできた。また「個人メッキ市場」という尻尾を見つけた。
一般消費者向けのメッキサービスをスタートを始めた。
それ専用のHpを開設したのである。その名を「必殺めっき職人」という。
羽田の民間駐車場や、このメッキ工場のようなニッチな顧客と、
キーワードで簡単に広告が打てるようになった。これが世の中を根底から変えようとしている。
              つづく  (*^ワ^*)i バイ
・・・・・・・・
2005年06月20日(月)
1539, 秘境探検家の「幸福論」?2

この二人の会話には抽象的でない「実感としての幸福感」が伝わってくる。
真・善・美とは何か? 人間は如何あるべきか? 人間は何が可能か? など難しい話はない。
大自然の中で、ただ自然の中で生き、死んでいく未開の地の人々の純粋な生き様のなかに、
人間としての原点の共通点を見つめている。
ーーー
ー関野
・・・ほとんどの日本人は、本当は景気が悪くて困っているんじゃないよ。
経済という唯一の価値観にがんじがらめに縛られて困っている。
苦しんでいる。景気がよくなったからって解決する問題ではない。
人間が生きていて嬉しい瞬間って、美味しいものを食べたとか、子供が成長を実感したとか、
差別されてないとか、好きなところに住めるとか、他人の誤解が解けたとか、そんなところにある。
人類が生まれた時からこれはズット同じである。ところが、そんな喜びがみんな経済に取り込まれてしまった。
効率よくお金を儲けたら、こんなことみんな上手くいくと思い込んでしまった。
ーーー
ー長倉
「生きている実感がない」という人がいますね。 そういう人は間近で懸命に生きている人を見ていないんじゃないか。
生を実感するということは、自分自身を知ることにつながってくる。 自分を知れば生きる喜びをつかみやすく
  なるんじゃないか。アマゾンのアユトン・クレナックは「人はたった一人の存在だからこそ、人と出会うことに意味がある」
と話していたけど、これは人が在ることの意味をストレートに言い当てている。
ー関野
アマゾンのマチゲンガ族の村にもう30年も通っているんだ。
父親を「トウチャン」、母親を「カアチャン」と呼んでいるんだけれど。
そのトウチャンが死んでしまった。カアチャンは元気なんだけれど、何というかな、静かに、植物みたいに生きている。
要するに、目的がない。ただ、生きている。 彼らは、「何のために生きているのか」なんて愚問は受け付けない。
「何いってるの」って感じで、質問の意味が理解できない。 どこに行きたい、この先どうしたい、将来こうなりたい、
  何を求めなくてはとか、考えたこともないだろうね。 でも今を楽しんでいる。 この人たちには敵わないと思うよ。

ーーーーーー
西欧的な幸福感に縛られている世界観を一度、冷静に見直してみる時期にあるのではないだろうか」
という二人の問いかけが深く問いかけてくる。それぞれの価値観は、それぞれの地域の土壌の中から生まれてくる。
その土壌の中から、根っこが生まれてくる。しかし、その土壌を冷静に見てみることも必要だろう。
グローバル化すればするほど、それぞれの地区の特性が求められる。
それぞれの異質なものを、異質として認めることが要求される。そして自分が異質に気づくことも重要なことである。
数年前の立川談志のTV旅行ドキュメントが印象的であった。
彼が癌に襲われて殆どの仕事を中止した直後、ベネゼイラのギアナ高地へ行った内容である。
全くすることがない彼は、そこで何と落語の稽古を始めた。
挙句のはて、現地のオカアサンをつかまえて、「お前、暇で仕方ないだろう!」という愚問をはっした。
それに対するオカアサンの返事が良い! 「暇とはどういう意味?」
暇という言葉が無いのだ。「それじゃあ、何もしないと面白くないだろう!」と、談志が訊ねると。
「いや、毎日が楽しい、チャンとすることがあるし、丁度よい自然もある」談志は、その返事に何も答えられなかった。
私のギアナ高地の実感と彼のそれの違いがあまりに違っていた。
私はギアナの大自然にただ呆然、一場面一場面に感動感動の連続であった。
談志は「死に対する恐怖感」のため、自然を見る余裕がなかったのだろう。

・・・・・・・・・
2004年06月20日(日)
1174, 哲学についてー6
ー経験主義哲学ー

合理主義に対してイギリスとアイルランドから経験主義哲学が生まれた。
合理主義の「理性をとおしてのみ知識が得られる」という主張に対して、
「現実世界の知識は感覚器官をとおして得られる」という論である。
感覚による経験を絶対視する考え方は、合理主義に対してあまりにも対極にあるが、
アメリカとイギリスなどの英語圏では現在の主流になっている。
ジョン・ロックがいみじくも残した言葉がある、「いかなる人にとって知識もその人の経験を超えることはできない」
経験主義は「人間は物体の観察可能な性質と運動しか観察できないのだから、それを理解する為には
  その性質をとおす以外ない」というロックの認識論が基本になっている。
「現実世界についての理解は感覚をとおした経験から導き出される」というのが経験主義の中心になった。
彼は自由主義的な民主主義の基礎づくりに貢献した思想家であった。
ロックは、アメリカ独立運動とフランスの革命に、大きな影響を与えた貢献は大きい。
アイルランド出身のバークリーも経験主義者として、大きな位置を占めている。
「意識の内容は、その意識の主体にとって、経験されることのすべてである」それ以外のことは、
  存在していることさえわからないという、いまでは当たり前のことを合理主義に対する一番いたいところをついた。
経験主義の哲学者としては何といってもヒュームである。 彼は人間を「感覚の束」としてとらえている。
彼はロックと同じく現実世界についての知識は、自分自身についても、他人についての経験も、実際の経験を通して
  しか得られないと主張した。我々が内省をするとき、頭に出てくるのは、感覚をとおして得た経験や思索、感情、記憶。
「私とは感覚の束である」という彼の言葉あまりに有名である。心理学でいう観念連合ということである。
私たちの行動は欲望や情念によって目的が決められる。理性が介入してくるのは、目的を達成する為の手段を選び、
  適応する段階になってからである。 「理性は情念の奴隷」も、ヒュームが残した言葉である。
そして18世紀末から、ドイツ圏において古代ギリシャの時代に匹敵する哲学が開花していくのである。
                     つづく
・・・・・・・・・
2003年06月20日(金)
807, 心の構造進化ー書き続けるということ

 少し難しい話をすると、社会学者のレビィ・ストロースは、人間社会の基本形を
「時計仕掛け型」と「蒸気機関型」に分けた。
・「時計仕掛け型」の社会は実質的に歴史を持たず、構造変化をしない社会
 ー南アメリカのアマゾン奥の部族の人達やアフリカのマサイや・・・・・
・「蒸気機関型」は我々の社会のように進化をしていく社会をいう
 この両者の違いを、ストローは「書く」ことによるとしている。
 ーといって「どちらが文化的に優れているかというとむしろ『時計仕掛け型』ではないか!」といえるが、
   この問題は違う時に考えてみる。社会だけでなく私たちの心も言葉にして書かない限り「時計仕掛け型」である。
内語を書きとどめることによって、人間の心も言葉との相互作用によって、構造進化を始める。
 二年間書き続けてつくづくそれを実感する。
 この随想日記を書き始めて、何かが大きく変わっているのを実感する。
毎日書いていて解るのだが、大体が過去の話である。ということは、過去のことしか書けないのだ。
未来のことも書けるが、結局は過去の前提の上での未来でしかない。せめて夢か予定の一部だけでしかない。
書くことで、過去の自分を見つめ直すことによって、心の構造進化をしている。
 もし、過去を無理してふりかえないようにしているなら、心に蓋をしていることになる。
 このように書き出すことによって、心の中の曇りやその奥にある光に気がつく。
 その意味では、二年以上毎日書き続けたおかげで自分を見つめなおすことができた。
 心がどんどん構造進化ー私の場合は構造変化だがーをしているのを実感する。
 そして書くこと自体が面白くなる?! 毎日が一語一会になったしまう。
しかし、いつもネタさがしにキュウキュウとしているが。仏国生まれの文化人類学者(1908-まだ生きている)。
(字数の関係でカット 09年06月20日)
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2002年06月20日(木)
443, 見せ金ーブランド志向心理

ヤクザが1万円札を財布にビッシリ入れ見せびらかす。詐欺の手口の応用である。俗にいう見せ金である。
中学の同級会で久々に出てきた男がまったく同じ事をしていた。 普段金に困っているから、
  逆に故郷に帰ってきたときぐらい金を持っている振りをしたくなるのがミエミエである。 可愛いものだが。
銀座で永くクラブのマネジャーをしていた人の「人の見分け方」の話。
「高価な服装、靴、時計で身を固めている人が一番危ない!ツケはできない」という。
外見が金持ちに見える人は、成金とかバブルの成り上がりの人が多い。
実用本位の質素の服装をしている人が一番信用できるという。何回か会社を潰した人が再び会社を興し、
  少しうまくいくとベンツに髭に皮ジャンに高級クラブ、お決まりのコース。
そして数年後夜逃げ、身辺でいくらでもある。すぐに逆上せ上ってしまう。
結局は事業はそれをしたかったための手段でしかなかったのだ。
それと同じ事が、スナックで見かけるやり手ブスの中年女。ブランド品を上から下まで飾りつけ、
  香水の匂いを撒き散らす姿は喜劇。 コンプレックスの裸の王様そのもので、?心理は見せ金と一緒。
それに気がつかないから世の中面白いのだろう。日本人のブランド好きは上記のやり手ブスの心理そのもの。
それが人間の全ての集約した姿だ、自分の見えない姿でもある。

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2001年06月20日(水)
[58] 一六会について

毎月の16日に第二新館近くの大橋ー料理屋で開かれる平均7?8人集まる会である。
もともと花園のマルヒロ不動産の後藤会長が開いていた会で、会長が元気な4年前までは20人以上集まっていた会であった。
  亡くなった後も続いていること自体不思議なことで、やはり後藤会長の人柄だったのではないかと思われる。
  ただ酒を飲んで騒ぐだけなのだが、全く利害のない集まりで好きなことを言っても喧嘩にもならないのが良い。
ただ流れているのはやはり後藤会長の好きな連中の集まりというコンセプトだと思われる。
なんの気を使わず騒げる場もそうはない。平均年齢が65?70歳と少し高いが、それが何ともいえない味を出している。


2997、定年か〜  ー2

2009年06月19日(金)


 「うれしい定年 さびしい定年」ー 55歳からの賢い生き方ー   北 連一 (著)  

 私が会社から離れて家庭だけの生活になったとしたら、まず「家内との日中の折り合い」が大問題になるのは解る。
定年直前に「定年後は、私の管轄下よ!」と、旦那に一括を入れていたのをドラマで見たことがあったが、
深い男の悲哀を感じ取ったことがある。 実際の似た場面も立ち会ったことがあったが・・・
私など三連休になると、家内に顔をまじまじと見られ大きく溜息をつかれ嫌味が始るのが常。 
「妻への詫び状」という、妻に白旗を揚げた、だらしのない男たちの見本帳のような本を取り上げている。
人口問題研究所の統計だと、離婚した夫婦の男の平均寿命は、死別した人や配属者のある人に比べて10年ほど短いとか。
だから離婚も耐えなければならないのである。 ある生保の調査によると、女性の1割以上が
「夫と同じ墓には入りたくない」と答えている。 更に、ここで取り上げている30年前の『定年後』の内容が凄い。 
その著者は妻のことを「古猛妻」と命名している。
その妻に定年前に、「五箇条の御誓文」の提出を求められている。
一、午前中は一歩も書斎を出ないこと
二、小遣は現在の2万5千円
三、食事の内容には一切要求をつきつけない
四、仕事の上でやむを得ないと認める以外は外出を禁じる
五、これらを不服として大声を発することをしない
 これは実録小説といっているが、大筋は事実だろう。
ここで著者は「定年に先立って、その後に来るものを詳細周到に予測していたが、女房の支配権の無差別な
拡大という致命的な問題をぬかしていた」と、予期せぬ事態に戸惑う。
「定年で自由の身になったと思ったのは春の日の蜻蛉に過ぎない。時間単位で公私を区切る近代的雇用とは
比べようもない、運命共同体的な四六時中の関係に女房がいた」と。まあ、大変なことである。
離婚をして独り暮らしをしている同年輩の人が実際に何人かいる。 やはり10歳は老け込んでしまっている。
 ここで一句 「 うれしくも 悲しくもあり 独り味 」 「 笑えるうち 笑っておけと 涙目で 」 
そう遠くない日が待っているが、その時は、その時であるとしか、いいようがない。 死んでしまえば同じこと!

・・・・・・・・・・
2633, 娘に贈る12の言葉  ー2
2008年06月19日(木)

 第一の言葉から要点を抜粋してみる。
 一言一言が、肯ける内容ばかりである。過去に上手くいったことを省みると、そのとおりである。
 考え抜き、調べつくして確信できたこと以外は失敗した。オリジナルはなく、周りの流れに従ったときである。
  ーー
1、他者に流されてはいけない
ー他者に流されず、自分の頭で考えることー

・君には「君」という優秀なブレーンがいる。自分自身で調べ、考え、確信できることを見つけなさい。
 他人に、たいていの問題に関しては、自分のうちに問題を解決する能力をもっているものだ。
 自分の考えに従って行動することだ。
・君のアイデアが笑われたら、それは成功へのサインだ。→大勢に従って、成功した人間は誰一人いない。
 以前、中国は投資するに値しない国だ、と言われていた。しかし、1990年代に
 投資対象と気づいたのだ。実際の中国を調べると、13億の人たちが懸命に働いていた。
 その上に、貯蓄率が35?もあり、それを投資に向けていた。そんな国が成長しないわけがない。 
 ところがアメリカはどうだろう。、1990年頃の貯蓄率を4?で、今ではたったの2?である。
 しかも深刻な借金を抱えている。他の人が常識に従っているうちに、中国に投資をした。
 おかげで、700?のリターンを得ることが出来た。
 世間の常識を疑ってきたからこそ儲けられた。 →世間の常識は疑うこと。
・オリジナルな「自分でいること」。色んな分野で成功してきた人は、誰のコピーをしていないだろう?
 ソニーをごらん、ソニーは周りとは違う。彼らは常に周囲と違うことをしてきた。
 誰も歩まない道を行くからこそ成功をすることが出来る。
・私に従わなくて良い、ただモラルだけは守って欲しい。
 自分の頭で考えて正しいと判断したことなら、思ったとおりするがよい。
 自分が絶対に間違ってないと自信がもてるほどてっていてきに調べてからでないといけない。
・常に質の良いものを買うように。質の良いものは長持ちするし、より価値が高い。

・・・・・・・・・・
2007年06月19日(火)
2268, 今年のミス・ユニバースって美人?
        ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning
   
TVで日本人のミス・ユニバースの女性を見て、違和感を感じていたら、
夕刊フジのブログと、毎日新聞の文化欄の「〈現在〉を読む」に論評が載っていた。
誰も考えることは一緒である。 「少し可愛いいが、決して美人ではない。
生意気そうなところがマイナスで、差し引きゼロ。それ以上でも、それ以下でもない。
実際のところ、ミス・ユニバースの判断基準は理解できません?」というのが、両者の論評の概略である。
 ー以下は夕刊フジのブログの概要である。
 ーー
07年ミス・ユニバース世界大会で、森理世さん(20)が優勝し話題になっている。
日本人としては48年ぶりの快挙。昨年も、知花くらら(25)さんが2位となった。
日本も世界が認める“美人”輩出国となったかの騒ぎだが、テレビなどを見て、「可愛いが、決して美人ではない」
と思った方も多いだろう。果たして美人の世界基準は変わったのか。 専門家らが徹底討論した。
 【違和感】
「森さんは鼻がツンと上を向いている。日本人の(美人の)感覚とは違ってコケティッシュ系ですよね。
化粧をすると、昨年の知花さんと変わらない。スポーツ紙が、韓国代表と間違えて写真を掲載するくらい
見分けがつかなくなっている」 テレビや新聞で伝えられた森さんの顔を見て、女性を美しくするプロの
 たかの友梨さんも、「顔立ちは際だってきれいというわけではない。
おちょぼ口や色白など日本人の良さとは違って肌は白くない。(日本の美人というより)
アジアンビューティー的ですね。 日本人から見ると、アイシャドーはあんなに濃くなくてもいいのにと思う」
と指摘する。 漫画家のやくみつる氏は“美人ではない”と違和感を覚えた一人だ。
やく氏は、日本と外国の美の基準にも、「かなりズレがある。芸能人で、(森さんより)きれいな人はいると思う。
昨年も思いましたが、バチバチの派手な顔より、愛嬌のある顔が外国に受けるのかな」と、大きな違いを感じている。      
(字数の関係でカット2008年6月19日)
 
・・・・・・・・
2006年06月19日(月)
1903, 感動と感激についてー2 
        オハ (´・ω・`)(ω・`)(・`)( )(´・)(´・ω)(´・ω・`)ヨ? 
ー感動と失望ー   
 感動・感激の反対語は何だろうか?
 期待以下の大きなマイナスギャップ、    
 期待>実感 → 落胆・失望  ということになる。
「大きな期待を持っていったが、何も感動することがなかった。がっかりした。」である。 
 西アフリカの旅がそうであった。期待が大きかったからだ。失望を少なくするには、まず期待を小さくすればよい。
  失望・落胆も、振り返った時に心と魂に多く残るが、人の脳は無意識のうちに、記憶から排除をしてしまう。

感動・感激とは驚きである。驚きは、そのまま考えるヒントを与えることになる。
驚きはギャップに対して起こる心の動きである。ギャップを埋めるための知識集積が自動的に生じて、
それが考えることになる。従って、人間の能力は感動・感激と、失望につながっているといえる。
今年のワールドカップ・サッカー、日本チームに対しては過剰期待である。
今回の過剰の期待と落胆は、貧困層の広がりが原因という見方がある。
冷静にみるより負けるまでせめて夢みたいという気持ちの表れは、貧困層の考え方?である。
WBC(ワールド・ベースボール・カップ)で日本が優勝した時、期待を誰もしてなかった上に、
イチロウなど日本人選手と王監督の健気な姿に感動が生まれた。
誰もがまさか優勝するとは思っていなかったから、驚きと感動が生まれた。
この期待をサッカーのワールドカップに当てはめようとしたが無理な話である。
いかに多くの感動・感激・感謝を積み重ねるか、反対に失望・落胆を少なくするかが、人生にとってのポイントになる。
    
これは意識をすれば、出来ることである。一流のものを見続けることである。
一流の人と多く接し続けることである。そこには、一流の人の波動が出ている。
そのシャワーを浴びればよい。

ー話は少し違うが、先日の産経新聞の産経抄の論評がよい。
 
 ーーー
ー産経抄ー
「勝てば官軍、負ければ賊軍」とはよく言ったものだ。
頼みもしないのに受信料をとりにくるテレビを筆頭に、
各メディアがサッカーW杯に出場した「青きサムライたち」をこれでもかと持ち上げ、
膨らみきったジーコ・ジャパンへの期待は初戦の完敗でみるみるしぼんだ。
 
 ▼にわかファンたちが口角泡を飛ばす居酒屋談議では、梅雨で曇り空が続くのも、
株価が乱高下するのも、少子化に歯止めがかからないのも、みんな下手な采配(さいはい)
をしたジーコのせいだ、と言わんばかりの勢いで批判の矛先が監督に向いている。
 ▼もしあのまま1?0で逃げ切っていたら、同点にされたあと、
駒野が相手ゴール付近で倒されたときに主審がPKをとっていれば、ジーコは勝利を呼びこむ
「サッカーの神様」として褒めそやされていただろう。勝負ごとはやっぱり勝たねばならない。
 ▼サッカーと戦争を比べるのは不謹慎極まりないことぐらい百も承知の上だが、
敗戦がどれほどみじめかはサッカーファンならずとも身にしみる。
戦後60年以上たっても、首相が靖国に参るだけで他国から悪罵を投げつけられている。
 ▼中国や韓国が「軍国主義の復活」と言い続けるのは両国の国内事情もあろう。
それより理解できないのは他国に迎合して、無宗教の追悼施設をつくるため首相の靖国公式参拝を
「憲法違反の疑義がある」と明記した中間報告をまとめた
「国立追悼施設を考える会」の議員たちだ。
 ▼このヒトたちには、「靖国で会おう」と国や家族を守るため心ならずも散華した人々への
 感謝の念があるのだろうか。会長は下半身スキャンダルで週刊誌をたびたびにぎわしたセンセイである。
 少なくとも小欄は、こういう人物に靖国問題について指図は受けたくない。                  
                        (。・ω・)ノ☆゜+.バイ!
・・・・・・・・
2005年06月19日(日)
1538, 銀座24時-女たちの戦い

昨夜のTVスペシャル ードスペ!「欲望の巨大街・銀座24時-女たちの戦い」
銀座の象徴・“高級クラブ”の舞台ウラにカメラが潜入!!ー
というTV番組の見出しにつられてみた感想である。二時間という時間がアッという間に過ぎ去った。
次から次へと、多くのケースを映し出したからだ。 人間観察という面で、
人間社会を赤裸々に見せてくれる世界である。
[高級クラブ・内幕もの」は随想日記でも何回も取り上げたが、見ている分には面白い。
この不景気で銀座のクラブの多くが淘汰されたが、その中にあってしぶとく生き残っている店があるのだ。

まず一番印象に残ったのが ー30歳新人ママ…涙の生き残り大作戦であるー
昨年11月にオープンしたクラブに半年間密着したもの。
その店を仕切るのは、同じグループ店のナンバー1ホステス。
一般ホステスと、ママの立場の違いを開店前から映し出していたオープン時は、
彼女を目当てに客が押し寄せる。しかし高級クラブ業界では、開店3カ月までは"ご祝儀黒字"。
それ以降に店の真の評価が分かるものだ。
正念場を迎えた新ママに、ホステス同士の内紛というトラブルが降り掛かる。
さらに、黒服といわれるスタッフ役の男達とホステス達とのトラブルが発生。
黒服の長であるマネジャーといわれる立場は、オーナーである会社側にある。
雇われママはホステスと黒服との間で苦闘する。
それらの多くの障害を一つずつ乗り超えながら、店を切り盛りする。そして、一人前のママに育っていく。
一晩で、数百万をつかっている生の現場をカメラは正直にとらえている。
数万もするドンペリが、どんどん注文される。果ては百万のドンペリを注文した場面もあった。
また、誕生日に100万の指輪に10万の花を添えてホステスの贈る場面も。
 あるホステスが給料明細も公開した。時給4万円、それに指名料が加算される。
24歳のホステスと、27歳のモデルのお客の奪い合いの実態を冷酷に追っていた。
黒服が辞めたホステスの客を、二人のホステスに競わせるのだ。
銀座クラブの掟として、店では客の馴染みホステスが決まると「永久」に固定化される。
しかしホステスが辞めた場合、客に指名権が与えられる。店として、それを争わせる。
そのプロセスをお客に楽しませるのだろう。そこで、あらゆる手段で指名権を得ようと店の外で女の争いが始る。
結局は、新しく入った27歳のモデルが勝ちを収める。下手なドラマよりズット迫力があった。
TVでは取り上げることの出来ない「下ネタ」が、背後にあるのだろうが、まさか茶の間には出せない。
実際は凄いのだろう?エログロ番組になってしまう。早朝から、こんなことを書いている自分が面白い? 
いや、馬鹿か!

・・・・・・・・
2004年06月19日(土)
1173, つれづれなるままに

・先日、競売物件の新聞公示欄を見ていたら、近くのホテルが売りにでていた。
富士銀行が80億の金を出したホテルで何と3億1500万の値段であった。
金に余裕があったら買いたいぐらいだが、色いろ権利が入り組んでいて力に余裕
がないと手を出せないのが残念だ。バブルの大きな傷を残した一つの事例である。
それにしても、この差額は実際誰が損をこうむるのだろう。間接的に国ー国民なんだろう。
二年前に、このまん前のホテルも20数億が3億5千万で、競売が落とされた。
・最近、昼飯を食べにいってもお客の少ない。そういえば、私も昼飯の単価が2?3割も下がっている。
近くに牛丼の「松屋」ができ、他がランチの値段を下げた為だ。。
・一昨日は、宅建主任者の3年に一度の講習会。 長岡郊外のハイブ長岡であった。
大きな会場で500人位が受講していた。初めて時計を持たずに行ったのが正解で、あっという間に時間が過ぎた。
危険物取扱者の受講もそうであったが、真面目に講義を聞くのがポイントである。
せっかく時間を過ごすなら、その時その時のテーマの中心から目をそむけないのがよい。
宅建の内容は聴いていて面白い。 法律の改正の変化が世相を現している。
何事も、まともに聴いているとなかなか面白いものだ。大學時代がそうであった、
授業とは面白くないという概念が根本から崩れた。特に専門コースに入ってから面白くなった。

・・・・・・・
2003年06月19日(木)
806, 『自分様と馬の骨』 読書日記
 ?なぜ認められたいか? ?

「ぶざまな人生」「わたしを認めよ!」「まれに見るバカ」等、彼の文章のタッチの面白さに、
次々に買って読んだ。 人間の一番の本音をあまりにもシビアに書いている。
先日、図書館でこの本を見つけたときは、しめたと内心叫んだ。早速読んでみるとやはり面白い。
「わたしを認めよ!」の続編であり、何ともいえない力がこもっていた。
彼のいっていることは別に難しいことをいっているのではない。
・自分を持して一生懸命に生きればよい、
・ダメならまた自分を立て直してやり直せばよい。たとえそれがぶざまな人生であっても。
「懸命に生きる」とは「自分ひとりの関係」である。それが自分様であり、自己が自分になっていくことだといっている。
人間は自分はとるに足りない馬の骨と思うことに耐えられないのだ。特に比較において。友人との年収の差、学歴の差、
同業他社との利益の差、性経験の差において、馬の骨として、耐えられないのが人間であると主張。
 創業を経験すると、人間観が変わるーこれは私だけでないと思う。自分の骨の髄のエゴイズムを知ることになるからだ。
その骨の髄のエゴイズムから、出発をしなくてはならない。それを嫌というほど、自分に対して思い知ることになる。
表層で生きている人は、創業のそのリアルな姿を見て冷笑する。
しかし、自分がその立場になれば全く同じ利己主義に落ちざるを得ないことに気がついていないのだ。
また環境がそこまで追い詰めない。
創業は自分ひとりになって、その一人の内語から出発をする。自己から自分へのプロセスの始まりである。
馬の骨からおれ様への本質的な転換を事業で始めることだ。
ー「自己」と「自分」のちがいについて書いてあるのを少し抜粋してみるー
「自己」とは匿名的個人のことである。それゆえに、一人ひとりの「自己」は同等の存在価値を持つ。
世界の人口の数だけ「自己」がいる。他方、「自分」とは何々の某という名前を持った、世界のなかでただ一人
の、この自分のことである。この「自分」に価値がある。
・「あなた」も「わたし」もおなじ個人だから、おたがい大切というのが「自己」
・「おまえ」は「わたし」でないから、「おまえ」がどうなっても知ったこたない
 というのが「自分」 この二重性を生きているのが人間である。
 ー以上である。
何故ここであえてこの問題を出すかというと、「他人とは何か」を知ることが
生きていくうえの一大事である。それが自分を知ることになる。
その自分の骨の髄はエゴイズムー利己主義でしかない。
そこのところを知らないと、自分の中の悪魔と神と出会うことがない。

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『自分様と馬の骨』
 勢古浩爾 著 長岡中央図書館 2003年6月15日

・・・・・・・
2001年06月19日(火)
[57] 3D-ホームページ

今日は午前、午後パソコンずけだ。 午前はインテリア山下の南雲さんと、富士総業の小竹さんと
3d開発の増嶋さんだ。 そして夕方はパソコン教室だ。 パソコンはやはり凄い世界だ。
このホームページの作成だけでも、背後に多くのエネルギーが入っている。
何気なく見過ごしている中に、情報がびっしりつまっているのだ。 情報革命は時代を大きく変えるだろう


2996,定年か〜  ー1

2009年06月18日(木)

 「うれしい定年 さびしい定年」ー 55歳からの賢い生き方ー
                   北 連一 (著)      読書日記

 還暦を過ぎてからの年賀葉書に、「無事定年を向かえ、悠々自適の毎日を過ごしています」とか、
地元のスナックなどで偶然あった高校時代の顔見知りに「いや〜サンデー毎日も疲れるよ」と言われ、
その意味も最初は分からず、解釈してもらって分かる次第。特にサラリーマンを無事平穏に過ごしてきた人は
定年後の日々を切り替えるのは大変だろうと察する。 私の知人は、殆どが現役なので、
深刻な話はまだ聞こえては来ないが、従兄弟などの親戚からは戸惑いが伝わってくる。 
群れから離れて、奥さん1人相手か、独りで生活せざるを得ない厳しい現実が起こる。
そして、まずは「老人性うつ病」が襲ってくる。 これは抉らすと危ない。
現在の私も少し「うつ病」気味である?、とにかくムカツクのである。いや、恐慌下の売上不振なだけか。
 
 そんな折、先日図書館で、この本を見つけたが、切実さが直に伝わってくる内容。
具体的に定年後の人間関係、それも一番の難敵の奥さんとの力関係を取り上げている。
ヤット、会社の人間関係から解放されたと同時に、今度は小さな家の中での息の詰まるような関係。
「定年退職後初めて人間になった」「毎日が正月」と喜ぶ人がいる一方。「定年葬」と悲観に暮れる人もいる。 
この本は「定年退職前後はこういうもの」と、飲み屋でグチを聞いているようで、いやに納得する。 
【 定年前に‘やっておいてよかったことは’、料理ができるようになっていた,遊び仲間がいる,
 ローンが終わっていた,書斎と書庫を持っていた,娘たちを追い出したことだと吐露する。
  ‘やっておけばよかったことは’,会社離れをする前に,定年後のシミュレーションをやっておく,
 妻とのコミュニケーションをとっておく,熱中できる趣味を持つこと、だという 】
こういう人生もあるのかというような内容だが、「定年の敵は女房だ!」という人のケースなど、
深刻な内容も赤裸々に取り上げている。  8人兄姉の末っ子だったことや、親戚に多くの従兄弟たちの
生き様がみえる立ち位置に居たことからみてきて、「人生の敵(ミカタ)は女房」というのは深く肯けるが。 
その辺は、受け止め方の問題ということ。 孤独に対する訓練を長年かけて訓練をしてきたかどうかが、
最大の問題ということ。 それと、家庭菜園や読書などの独り遊びが出来るかどうかである。
 それと「ハッピーエンドなど、妄想でしかないと、割り切ること」である。

・・・・・・・
2632, 娘に贈る12の言葉
2008年06月18日(水)

「人生と投資で成功するために  娘に贈る12の言葉」 ジム ロジャーズ (著)
              b(’0’)d おっ w(゚Д゚)w ハァ?
   ある本に紹介されていたジム・ロジャーズの「中国の時代」「娘に贈る12の言葉」を
   アマゾンで取りよせて、読んでいる。成るほど面白い。二年ほど前に、ロジャーズの本を
   二冊読んだが、なかなか面白かった。 それに劣らない力作である。
  「ビジネスマンの父から息子へ送る手紙」を彷彿する題目だが、内容は全く違う。
ー まずは、その12の言葉
・他人に流されてはいけない
・大好きな事には情熱のすべてを注ぎなさい
・常識はそれほど常識でない
・世界は自分で見ておいで
・哲学を、つまり「考える」ということを学びなさい
・中国の時代 中国語を身につけて欲しい
・歴史を勉強しなさい
・汝自らを知ること
・変化をとらえ、そして受け入れなさい
・未来を見つめなさい
・大衆に逆らいなさい
・幸運の女神は努力を続けたものに微笑む
   ーー
   ジム・ロジャーは一貫して、他人に流されないこと、好きで情熱を傾けられることをすること、
   徹底的に歴史、哲学、経済を学ぶことを推奨している。
   ジム・ロジャーズが生まれてしばらくして、この本の訳者が我が子に伝えたいことは何かと
   尋ねたところ、彼の答えは「自立した考え方をする」「疑問を持つ」だった。
   また、投資家にとって大切なことは何かを聞いたら、
  「大きな流れを見ること。ビッグチェンジがあるところに、ビッグチャンスがある。
   それを見極めるためには、自立した考え方をし、疑問を持つことだ」というものだった。
   投機家を意味するスペキュレーターhw、もともと「突っ込んで考える人」という意味だそうだ。
   その為には哲学を学び、思考することを学ばなければならない。
      次回から、12の言葉の幾つかを取り上げて考えてみる。
                                ゚Д゚*)ノ⌒【さいなら】
・・・・・・・・・
2007年06月18日(月)
 2267, 「遊び」
                (゚∇^*)オハヨ♪
 遊びの重要性は、両親をみていたり、学生時代などの経験から「働き」と「学び」と同じくらいに
 位置づけてきた。その三つのバランスを如何に組み合わせるかが人生の豊かさと信じて、
 年、月、週の計画に組み込んでいた。人生で最後残るのは、特に「遊び」の中の充実感である。              
 「遊び」をネット百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』調べてみた。
  ーーーーwww**ww*w(/⌒∇⌒)/?∞**www***w ーーーー
楽しむ、娯楽、休養、リラックス、ストレス (生体)解消などの目的で生物がする行動の総称。
普通は生命活動を維持するのに直接必要な食事、睡眠や、自ら望んで行われない労働などは含まれない。
 また、工学などにおいて作られる、ある一定のたゆみ、ゆるみ、余白のこと。
これを作ることを「遊びを持たせる」という。ハンドル等、機械で人間が操作する部分の遊びは、
不覚筋動を機械の動きに反映させないという効果遊びとは、楽しむ、娯楽、休養、リラックス、
ストレス解消などの目的で生物がする行動の総称とされます。どのような時代においても遊びは存在し、
太古の昔から現代まで私達の心を楽しませてくれています。
人間以外で、動物は遊びの中で狩りやコミュニケーションの方法を学んでゆく。
ヒトは成熟後も遊びを行なうのが一般的である一方、ヒト以外の動物は成熟するとあまり遊ばなくなるが、
ペット化(家畜化)された犬や猫などの動物は成熟後も遊びたがる傾向があるようであり、
野生動物でもカラスには、成熟した個体に遊びと思われる行動が見られる。
フランスの思想家、ロジェ・カイヨワはホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」
に影響を受け、「遊びと人間」を執筆した。その中でカイヨワは遊びを次の4つに分類している。
・アゴン(競争):運動や格闘技、子供のかけっこ・アレア(偶然)、くじ(宝くじなど)、ギャンブル(競馬など)
・ミミクリ(模倣):演劇、物真似、ままごと
・イリンクス(めまい):メリーゴーランド、ブランコ
 カイヨワの説は遊びはこれらの4つの区分に分けられるとしたものであったが、
 遊びは必ずしもこれらの単一の要素からなるものではなく、複数の要素を含むものも多いとする説もある。
 ーーーー  (^Q^)/゛ d(o^v^o)b !!(^Q^)/゛ \(^o^)/!! ^^*)ノ \(^^@)/ \^o^/ d(^_^o)
 なるほど、と思うが・・・

「遊び」については、今まで何回か取り上げてきた。人は良く遊び、良く働き、良く学ぶことが、良く生きることになる。
そのどれも必要なことであり、それぞれにとって、背後に二つを必要とする。
何ごとも楽しみになるまで追求すれば、しめたものである。私の場合、ゲーム化が楽しみへ持ち上げるポイントであった。
ゲーム化に対しては批判もあるだろうが、何ごともやりかたである。到達地点を設定して、その間の障害を乗り越えながら
プロセスを楽しめば、遊びへ転換する。ゲームは、勝ち負けを争う遊戯、競技もしくは賭博として一般的に認められているが、
日本では、「ゲーム」という言葉を使う場合、漠然とした「遊び」と比べ、「パッケージ化された遊戯の一形態」
という印象を与える。学び、働きに対して、遊びが一番充実していた!ようだ。 
遊びは他の二つと違って、他者との対比の必要はない。一番好き嫌いの主観的要素が生かせるからよい。
同じ人生、楽しまなくては! 何ごとも「遊び」まで持ち上がるまで集中すべし!ということか。
 ー以前、カラスの遊びについて書いた部分を抜粋してみるー
 (字数の関係でカット、09年06月18日)
 ・・・・・・・
2006年06月18日(日)
1902, 感動と感激について             
        才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)

感動・感激・感謝は、人生の豊かさという面で大きなキーワードである。
感謝は「ありがとう」というキーワードで多く書いてきたので、今回は感動と感激について焦点をあててみる。
まず「感激と感動の違い」についてである。感激は人の言葉や物事に心が感応することで、
感動は大自然や音楽などに魂が感応することである。
感激は、その気持ちが対象に向かうのに対して、感動は自分の内側深くに向かう。
どちらも、対象の波動に自分の心・魂が共鳴することである。
 期待 <実感 → 感動・感激
期待と実感のギャップが大きいほど感動、感激、感謝が大きい感情になる。
その為には期待を小さくして、実感を大きくして、そのギャップを大きくすれば、
感動を大きくすることが出来る。反対に期待が大きすぎた時に感動は小さくなる。
秘境・異郷旅行は、正しく感動を求めるもの。厳しいところほど感動が大きい対象に出会える。
そこへ到達するまでの苦労が大きいほど、感動が大きくなる。そこでは魂の根底を大きく揺さぶるものがある。
この感動と出会うまでの人生と、その後の人生と、分ける位のインパクトになる。そこに慣れてくると感動は小さくなるが、
それで良い。それは自分が対象に同化したことになるからだ。冷静に対象を見つめることが出来るようになる。
感動・感激・感謝の経験の質量が、心の豊かさといえる。
人生を振り返った時に、自分の心に残っているのは感動と感激と感謝、そして後悔の念である。
一般的に感動・感激は年齢を重ねると同時に少なくなっていく。 ある調査によると、毎月一度以上感激・感動する人は
10〜20歳代で50?だが、30~40歳代になると30?に減るという。私の場合、歳を重ねるに従って、感動・感激の
場面が増加している。感動はその蓄積が、その質・量に比例して心の壁を低くし、さらに感動に対する磁力を強くする。
親の責任の一つとして子供に「感動・感激のシャワーを多く浴びさせること」がある。 
それは自分自身に対してもである。ある質・量を超えると、その人間の質のアップ・スケールが生じる。
一番の効果は、内面に自信が出てくることである。それと自由の意味も解ってくる世間とかいう奴にも迷わされないようになる。
感動は意識して自分に与えなくてはならない滋養である。
そのためには自分を太鼓に喩えていうと、常に手入れをして、その革を張り詰めていなくては共振はしない。
                 i (ω・`) bai         
・・・・・・・
2005年06月18日(土)
1537, 「これから5年・地価は半値になる」?2
             ー読書日記
ー対談方式だが、概略をまとめてみた。 {??}は私の意見である。
40年前の山の手線内の駅の数が、多くの地下鉄などの開発によって、現在では三倍以上に増えたという。
山の手線内では殆んどの場所から5分以内に、何処かの駅に歩いていけるようになった。
それが地価の高騰を招いたのであって、山の手内の地価の高騰はバブルではなかった。
それにつられて上がったところが、バブルになったと看破している? {それにしても、あの高騰はバブルである!}
最近目立ち始めた高層ビルも、2000年頃から建ち始めたもの。
2003年には都内の大型オフィスビルが面積換算で、例年の倍以上も完成。
1999年には36万?大型オフィスビルが、2003年には218万?と4年で6倍に増えてしまった。
そのオーナーも森ビル、三菱地所、三井不動産と大手が目立っている。
ところが、そのビルにはチャンとテナントがはいっているから不思議。需要の多いビルには法則があり、
『新・近・群・大』である。駅に至近で、新しく、複合かつ多くのビルが群れていて、大きい。
それに最近では、地価の下落後のため、安い家賃のビルが出て来ている。安いもプラスされている。
なぜ坪10000円の中小ビルから、30000円もする大型ビルに移動するかというと、
ワンフロアーに子会社や部門を集約して、効率化を図ったのだ。
超高層ビルなどを『親ビル』、中小のビルを『子ビル』と表現すると、親ビルが子ビルのテントを
ドンドン吸収している。その子ビルが『孫ビル』の小さなビルのテナントを吸収する図式が出てきている。
『孫ビル』とは、新宿や池袋などにあるペンシルビルである。
最近では更に『親ビル』同士の闘いが始まって、大小入り乱れての大乱戦の状態になっている。 
これが地価の崩壊を更にすすめる。 先ずは親ビルが玉突き状態で『子ビル、孫ビル、ひ孫ビル』と
崩壊させ倒産させている。それが周辺の地価を引き下げているのである。
特に、銀行への金融庁に対する引き締めが強まれば強まるほど、中小のビル経営が崩壊、
これが社会現象を悪化させ、更に二等地の地価を引き下げるというマイナスの循環が出ている。
{こういう事態から5年~10年先を考えると、先行きは真っ暗闇といえる。
 一強多弱の世界が、不動産の世界にも明確に現れてきている}   
                      つづく
・・・・・・・・・・
2004年06月18日(金)
1172, ビューポイント

学習曲線というものがあって、自転車の乗り方や勉強や企業経営も同じである。
新しいことを学ぶということは,S字を横にしたようなパターンをたどる。
初めはゆっくりだが、次第にペースが上がり、ピークに達してから穏やかに下降するパターンである。
エントロピーは学習パターンがピークを過ぎたころにみられるエネルギーの喪失を意味している。
山道を車で走っていると、何処にもビューポイントがある。大体が8?9合目の辺りで、それまでの急勾配から
緩やかな坂に変わるところだ。下界と遠景が遥かかなたに見え、その前後は今までいた道がよく見える。
そこでは駐車場になっていたり、土産物屋や休憩所になっていたりする。
そして、どういうわけか道の枝分かれをしているところが多い。そこで立ち止まって、自分の歩いてきた道を
観察する必要がある。そこでは一歩後退をして見ることも重要である。 大きな分岐点になるからだ。
人生においても、事業においても全く同じことがいえる。ジョージ・ランドが「展望点ービューポイント」を
喩えている論法が面白い。頂上への8?9合目辺りで坂が緩やかになるポイントで、サーファーが波の衰えを感じて、
崩れる前に新しい波に乗り換えるのと同じポイントである。新しい学習曲線への波に乗り換えるポイントになる。
自分がビューポイントに達したかどうかは簡単に解るわけがない。しかし注意をしていれば兆候を見つけることができる。
それが過ぎてから初めてわかるケースが多い。波が最終局面になって、初めて気がつくケースが多いことも事実だ。
とくに事業はそうだ、他人事でない。その時はブラックジョークではないが、再生のプログラムになるが。
それぞれの人生にとってのビューポイントで違う波に乗り換えることも必要だろう。
乗り換えた波がより合わない波の場合が多いから難しいのだ。

・・・・・・・・
2003年06月18日(水)
805, 「ありがとう」の言葉ー4

一週間「ありがとう」を、一日おおよそ500回を言った実感を書いてみる。まずは、気持ちが落ち着いた。
特に夜半2時半に目が覚め、この経済の異常事態や事業のことをあれこれ考えてしまう。
ベッドの中では考えない訓練はしてあるのだが、今の状況は過去になかった異常な事態である。
会社も日本経済もだが。しかし、その時しめたと「ありがとう」を繰り返すと、あれこれ考えないで済むのだ。
また新幹線の中や散歩やふとした空白時間に繰り返していると、結果的に否定的な考えが激減している。
不思議といえば不思議である。単純に思えるかもしれないが、何か否定的な感情を消す作用があるみたいだ。
それと、意識をしていると結構細かい時間が多くあることに驚く。マイナスな時代に、否定的な言葉の毒消し作業がよい。
 死ぬ時に、周囲に対して心の底から「ありがとう」と言っていけたら、残った人に対して
最高の癒しになる。と同時に自分の死に方としても最高の死に方になる。
その為には「ありがとう」を数万回、数十万回、脳の中に叩き込んでおくというのも理屈に合っている。
以下はインターネットで調べた、50年以上「ありがとう」を言いつづけて2億回言っている人を書いた内容をコピーした。
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(字数の関係でカット2008年6月18日)

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2002年06月18日(火)
441,時間持ち

「金持ちがあるなら、時間持ちという言葉もあってよい」というのを本で読んだ事がある。
若いときから時間だけは多くあった。時間のブルジョアといってよい。現在もそうである。
初めは持て余していたが、今は充分?に有効利用をしている?
現在も装置産業を選んでしまった為、時間だけはたっぷりある。
初めの数年は本当のところ、どうしてよいか戸惑った。小人閑居して不善をなす」というところもあった、今もか。
経営セミナーに出るか本を読むか??しかなかった。 お金と同じである。人がお金を持て余さないのは、
お金を自分のために使おうとしている為である。「主体的」に使えるから、お金は幾らあっても持て余さない。
お金は自由の塊そのもの。時間があるということは、自分で使える自由があるということだ。
時間を持て余すことは、その自由を使いこなせない事。もう十数年も前の事になるが、ある長岡の不動産屋の社長が
毎日が日曜日のくらい暇な日程の私の姿を見ていて笑っていた。
3月のある日、年度替りで不動産屋が一番忙しい時だった。奥さんと二人パニックに近い状態に。
その後二人で喫茶店に行った。本人自慢げに「イヤー忙しいくってね?」
私「その仕事何パーセント、500円のパートのできる仕事?」不動「99パーセント」
私「ふーん、あんたの時給はいくら?」不動「一万円あたりかな!」
私「時給一万が、500円(当時)の仕事をして喜んでいるんだ」その後、本人はすぐ一切の雑務をしなくなった。
話しは外れたが、時間もち(金持ち)とは、主体を持って使いこなしているかどうかだ。

・・・・・・・・・
2001年06月18日(月)
[56] 母のアルバム

昨日母のアルバムを見ていたら、若かりしころの父とその兄弟達の写真があった。
そこでパソコンのアルバムに取り入れようスキャンしたところ、上部が細くなる写真に映し出された。
何回やってもそうなるので、ひっくり返してやってみてもおなじように上部が細くなる。
怪奇現象化と薄気味悪くなりっていると、TVのBSデジタルラジオから
‘故郷’曲(ウサギ追いしかの川ーーー)が流れてきた。
遇然の一致は解っているがなにか不思議な感覚にになってきた。
仕方がないので隣にならんであった、母の見合い用と聞いていた写真をスキャンする。
何回やっても歪む、かなり小姑に虐められた話を聞いていたので‘あの世でも上手くいってないのでは’
と心配になってきた。 思い出の写真コーナーに載せてある。


2995、 ピーク・エンドの法則

2009年06月17日(水)

 ピーク・エンドの法則とは、ダニエル・カーネマンが1999年に発表した、
「あらゆる経験の快苦の記憶は、ほぼ完全にピーク時と終了時の快苦の度合いで決まる」という法則である。
映画で、強く記憶に残るのは、最高の見せ場のシーンと、最後のラストシーンになる。 
「終わりよければすべてよし」 というのも当てはまる。
経験の記憶は主観によって変えられ、その出来事の長さには関係ないという特徴がある。
人間の記憶は、自分で都合の良いように捏造するところがある。人間は全てを逐一記憶できないので、
ピーク時と最後あたりの記憶が、その経験の快苦を決めてしまう性格を持っているのである。 

 家内と30数回の秘境を中心にして旅行に出ているが、後半になるほどに、この旅行は良かったと
互いに阿吽の呼吸で言うことにしている。 間違っても良くない話はしない。
帰ってきてからも、同じこと。せっかく行ったのだから、楽しい思い出にしてしまう。 
どちらにしても、それがよいのである。  自分の人生のあらゆる場面でも、そうすればよい。
学生時代、色いろな事業の立ち上げ、そして人間関係もである。 
 エンドも同じこと。 人生も晩節を汚さずで、最後が重要になる。しかし、その最後が難しいのである。 
人生では死に際になる。情けない姿を身近で多く見せつけられてきたが、他人事ではない。
人間は歳をとると、肉体だけでなく、精神も老いて晩節を汚してしまうのである。
大手の代理店のツアーで、最後の宿泊日には、その中では一番良いホテルに泊めるケースが多い。
また、文章でも同じことである。最後の一行が肝心。 で、いつも落ちに気を使う。
 落ちがつかないと、何か落ちつかない? 短いほど起承転結、そして落ちが必要となるが・・・。

・・・・・・・・・・
2631, 無法バブルマネー終わりの始まり −1
2008年06月17日(火)

「無法バブルマネー終わりの始まり」 松藤民輔:著
この本は「世界バブル経済終わりの始まり」の続編である。
これによると、「日本の金融機関は労せずして、欧米の金融機関に《不戦勝》してしまったに等しい。」
という。なるほど、そういう見方ができる。どこもかしこも、毒饅頭をタップリ抱え込んでいるが、
日本は、その余裕がなかったことが幸いして、最小の傷で済んだのである。
さらに、資源のない国だから、1974年、1978年のオイルショックをを経験してきた御蔭で、日本は世界で
一番エネルギー効率の良い国になっていたのである。 それは、政治家ではなく、国民一人ひとりが、
そして企業が生き残りをかけて闘ってきた結果である。この本には、エネルギー効率国際比較表がある。
弱みを克服しているうちに強みをつくってしまったのである。
それによると、EUの1・7倍、アメリカの2倍、韓国の3・2倍、中国の8.7倍、ロシアの18倍である。
ロシアや中東のような、資源大国が使い放題の浪費経済から抜け出れないうちに、とうの昔に省エネルギー、
「省資源型経済」を実現していたのである。 また、東京から大阪までの新幹線の二時間半の間に、 
本社が8割も集中した国を創りあげてしまったのである。 この十数年、日本がのた打ち回ってきたが、
これからは、アメリカと中国、ロシアの番である。 それが本格的に表面化するのは私の予測では、
今年の秋口から年末にかけてだろう。中国のオリンピックが終わり、アメリカの大統領選挙の終了時点あたりか。
その前に、ブッシュが共和党政権を守るためにイランあたりに戦争を仕掛ける可能性もある。
いずれにしても、今年の前半にチベットの騒乱、四川省の大地震、ミャンマーのサイクロン、
アメリカのサブプライム問題等、大きな事件が続いたが、後半も何か大事件が続きそうである。、  
その中で日本人は堅実で一般国民は「現金・預金」の50・5佑如◆岾式、債券は20夕紂廖
欧米とは比較がならないほど堅実である。
現金・預金はアメリカは13・2諭▲ぅリス25諭▲疋ぅ帖Ε侫薀鵐垢32〜3佑任靴ない。   
また自動車のエンジンの開発、太陽熱の利用、原子炉のノウハウの蓄積等、日本独自の開発が
資源小国ゆえにある。弱点も多い反面、強みもある。
   次回は、面白そうな部分を抜粋して考えてみる。  
                          −つづく
・・・・・・・・
2007年06月17日 2266, 欧米のビール圏とワイン圏
       * ̄0 ̄)ノ[才八∃一]
       
ヨーロッパの国々や、その植民地に行って気づいたことは、ビール圏とワイン圏が、
大まかだが分かれていることである。 ドイツやベルギー、イギリスはビール圏。^_^)/q□☆□p\(^_^ )
フランスやスペイン、イタリアはワイン圏。 ドイツでも南はワインで、北はビール圏になるが・・・
ビール圏は工業国が多く、勤勉で真面目なタイプで食事の時間が早い。
ワイン圏は農業国が多く、人生は楽しむものという国民性で、自分のプライベート・タイムや家族との交流を
大切にし飲食の時間が長い。料理はワイン圏の方が圧倒的に美味しいものが多く、ビール圏はそこに比べると
かなり落ちるようである。
日本はドイツの教育制度を取り入れたことと、武家社会だったこともあり、ビール圏に近いが、最近になって
ワイン圏の考え方が急速に入ってきている。アメリカもイギリス系植民地だったこともあり、ビール圏である。
アル中はワイン圏の方が多く、人生は楽しむものという考え方が、酒量を多くさせてしまうようだ。      
         ∪ヽ(●-`Д´-)ノ彡☆ 酒持ッテコーイ   ヽ(#`Д´)ノ┌┛〃∩AhーAhー
とはいえ、日本のサラリーマンのように仕事仲間内で飲む習慣は少ない。
         ( ^_^)/q□☆□p\(^_^ ) カンパァーイ  (  ゜Д゜)⊃旦 もう一杯酒飲め !
美味しい世界各地の酒と肴を飲んできた。 中国には紹興酒、ロシアにはウォッカ、メキシコにはテキーラ、
イギリスにはスコッチなど、世界にはその風土から生まれてきた酒があり、酒の肴を合せて飲むのが楽しみだ。
その中でやはり日本人のためか日本酒が一番好きである。 その中でも新潟の吟醸酒が最上である。
それも駅のメーカー直販の店で、ワンカップで280~500円位で売っているのが美味い。
酒メーカーは戦略上、駅への酒の出荷は車内販売も含めて良い酒を出すからだ。
ビールは最近になって、好みもあるが日本のものが一番といってよいほど美味しい。
40年前に初めて欧州に行ったときのビールとワインの美味しさをハッキリ憶えている。
ワインなどポートワイン以外飲んだことも無かったこともあるが・・               
           (´・з・`)グッ。・:*:☆w(´・з・`)バァイ    
・・・・・・・・・
2006年06月17日(土)
1901, 半年の総括
                才八∋ウ_〆(∀`●)
少し早いが「今年の半年の総括」をしてみる。
・まずは読書で印象に残ったのは、
 *「ウェブ進化論」
 *「グーグル Google」
 *「ズットやりたかったことを、やりなさい」
 *「ローマから日本が見える」
 *「ジム・ロジャーズ世界を行く」どの一冊をとっても、衝撃的な内容であった。
 その中でも「ウェブ進化論」は、今後のネット社会の方向が解りやすく書いてあり、衝撃的であった。
 Web2.0には・・・
 また「ずっとやりたかったことを、やりなさい」を読んで、
 毎朝、思いのままをノート3Pに書き出すモーニング・ページの習慣がついた。
 これも時間を重ねるほど、その重みを実感する。
・プライベートでは、
   *息子がフィアンセを(紹介のため)自宅に連れてきたこと。
   *静岡の大学時代の友人が遊びに来たこと。
   *やはり学生時代のゼミの友人と、「新潟県活性化のための会」を開いたこと。
   *それと還暦をむかえたこと。  個人として、大きい転機の時期なのだろう。
・事業面では、
 *新潟駅再開発の(三つの道路拡張工事の)認可が正式に決定したことである(実質的に再開発事業が始まった)
 *4月初旬から、一段と新潟県の景気がホテル・タクシー・飲食店を中心として落ち込んでしまったことである。
 以上は、私に直接関係ある総括である。 あまり刺激的でないのが・・・・
・潮流からみると、
  * 冬季オリンピックと、ワールドカップ(サッカー)が開催されたこと。
    WBCは日本がタマタマ優勝したから盛り上がっただけ。
  * 石油の不気味な値上がりなど、インフレの陰が見えてきた。
  * 反面、子供に対する異常な事件が次々起こった。
    2~3年前までは、子供同士が外で遊んでいる風景があったが、今では全く見られなくなってしまった。
 大きな事件は毎年、不思議なことに年の後半が多い。天気晴朗なれど、波高し!というところか?
                      (。・∀・)バイ
・・・・・・・・
2005年06月17日(金)
1536, 「これから5年・地価は半値になる」
             −読書日記ー

数日前から書店で立ち読みをしていたが、少し眉唾の「売らんかな」の題名の本と疑心暗鬼であった。
しかし、気になったので買って読んでみた。
東京の不動産・事務所ビル・マンション事情が解りやすく、三人の対談方式なので読みやすい。
内容は業界関係なら周知している事実であろうが、地方では疎い情報を具体的に教えてくれている。
「都内の勝ち組立地の大型の物件以外は5年後に半値」というのも決してオーバーではないようだ。
現在、高層の億ションのいくつかの売れ残りが始まっているとか。
大都市圏の一部での地価下げ止まりと上昇は、海外有力ブランドの出店ラッシュと
都市基盤整備による一時的カンフル剤をうったにすぎない。
・既に高級マンションの値引き合戦がおきていること、
・都心以外はビル賃料のダンピングで地価が下落していること、
・5年後の半値は銀座や青山ではなく、東京の十字架ゾーンを外れた場所とか、
 地方の値崩れが激しく総体では半値になるだろう
・十字架ゾーンから外れた郊外住宅やマンション、ニュータウンは既に暴落している。
・千葉の某団地は、都心マンションの頭金ほどの価格で購入できる。
・右肩上がり時代ではなく何時リストラされるか分からない時代はムリしてローンを
 組むと破産者になるだけと警告している。
・さらに日本人の「持家信仰」からの脱却を奨めている。
 持家の広い家が必要なのは「子どもが高校を卒業するまでの18年間」だけと、看破している。
等々が、印象に残った。 そういえば先日、都心から一時間のところに住む姉が法事で帰ってきた時、
 現在住むマンションの近くに、「値段の下がりきったマンションを娘のために買った」といっていた。

−以下、要点を抜粋してみるー
ー井上
40年前までの東京の地下鉄は、銀座線、丸の内線、日比谷線、都営浅草線ぐらいしかなかった。
ところが現在では、地下鉄網が完備してきて、山手線の内側なら、地下鉄駅から、どこでも歩いて
五分以内に行けるという。そこで地下鉄、東京メトロ、都営地下鉄の総数を数えてみたら、
40年前の3倍強になっている。こんな都市は世界中に東京しかないのではないか?
となると、東京の高度成長期の地価上昇も、インフラ整備が主因といえるのかもと。
この十数年の東京の地価の値下がりは、インフラ整備の終息による結果かも知れない。
考えようによっては、東京都の地価上昇は、バブルではなかったともいえます。
東京地区の上昇につれて上昇した他の価格は、バブルと見るべきでしょうが。
{なるほど、山の手線内はバブルでなかったという井上氏の見方は正しいのかも} 
                       ーつづく
 −−−−
「これから5年・地価は半値になる」
副題 プロ不動産のウオッチャーがそっと教える
   「ほんとうの話」
著者 井上明義 三友システムアプレイザル代表取締役
  
・・・・・・・
2004年06月17日(木)
1171, 哲学についてー5
ー合理主義ー 

近代科学と同時に、近代哲学の芽吹きが始まってきた。
「世界は理性で理解できる」という「合理主義」の考え方である。
初めて合理主義哲学を提唱したのはデカルトである。
16世紀末にフランスに生まれた聡明な学者だった彼は、志願将校としてヨーロッパを
見てまわって、人間の世界が書物の世界より多様性に富んでいることに気がつく。
そして次第に、「人間が芯に確信できるもの、確実に知ることができることがあるのだろうか」
  と思うようになる。人間の思考というものを、哲学、数学、科学の分野から研究を始めた。
出発点に戻って思考する「私は何を知ることができるか」である。
そしてかの有名な「われ思う、ゆえにわれ在り」という結論に達する。
彼は「人間の究極は精神である」という結論から現実世界は精神と物質という
二つの要素から構成されるという考え方を導き出した。
このように自然界を精神と物質、主体と客体、観察する人される人の2種類に分ける考え方は、
西洋人の考え方に組み込まれていく。今日まで哲学者の間で「デカルト的二元論」といわれてきた。
デカルトは、このシリーズで取り上げなくてはならない一人である。
その時は、より詳しくその思想の内容をマトメテみたい。彼から後、多くの合理主義哲学の一派があらわれる。
彼らの基本理念は「現実世界の知識は理性をとおして得られるのである、知覚することによって
得られた情報は本質的に信頼できず、知識になるどころか、間違いの原因になる」というものである。
デカルトの後にはスピノザやライプニッツのなどが出てくる。
デカルトやスピノザは天才的な数学者であり、この二人にとって数学は
「真に確実な知識を手に入れるための理想的な手本」であった。 彼らは数学者が使っている手法を、
現実世界を理解する為に利用できるなら、あらゆることが解明できると考えた。
我々が何気なく考えていることや、言葉などが先人によって考え出された上のことでしかない。
そう考えると、自分とは何ぞやと考えること自体ばかばかしくなってくる。                      
                           −つづく
・・・・・・・・・・
2003年06月17日(火)
804, 50歳の頃ー2

ー50歳といえば1996年、平成8年である。今から見れば、まだ景気の先行きに明るさがあった。
・村山から橋本に首相が変わり。
・狂牛病の0−157が社会的な大問題になっていた。
・携帯電話やパソコン・インターネットがが普及を始め
・この頃から『援助交際』とか『ルーズソックス』が流行りだした。
・アトランタオリンピックが開かれ、マラソンでは有本が銅、柔道では
 野村、恵本が金、田村が銅メダルをとった。
・ロシアではエリツィン、アメリカではクリントンが大統領に再選された。
・国内のベストセラーでは春山茂雄『脳内革命』野口悠紀雄の『超勉強法』がベストセラーになっていた。
個人的には
・母が亡くなった年である。海外旅行はエジプト、インカ・ペルーと南アフリカに行った。
 会社のほうは第三の増築をして、客室が合計500室になった。
こう当時を振り返ってみると、時代背景が個人も会社にも大きく関わっている
ことが解る。また刻一刻と時代が変化している。 個人的にも色いろの出来事があった。
その殆んどが忘却のかなたになっているが、それだかこそ生きていけるのだろう。
これからは60,70,80歳の坂を乗り越えていかなくてはならない。 現在とは過去から見たら最長老であり、
未来から見たら最年少といえる。 こうして文章を書いているとつくづく実感する。

・・・・・・・
2002年06月17日(月)
440,自己不一致の人

誰でも持っている要素である。 組織も対象の人とも合わない、
突き詰めてみると自分と合わない人だ。 自分の事といってよい。
・今所属している組織か職業と自己一致しているかである。
・夫婦間の問題
・両親の仲が良かったか
中学時の問題児は両親の不一致である場合が多い。不幸にしているのは本人にその意識がないことだ。
あと舅・姑の関係も絡んでくる。家庭内が安定しているかどうかであるし、やはり家系も関係している。
夫婦間を見ていると、いろいろな問題がある。それがそのまま子供に反映してくる。あるいは自分に反映する。
その蓄積が自己不一致を深めていく。そしてそれが対象に不満という形で向けられる、
実際は自分の問題なのに。誰もが多かれ少なかれ抱えている問題である。
会社が両親が離婚をしている人を入れたがらないのは、多くの人の中で経験的にそれを知っているからである。 
  何事も例外はあるだろうが。言葉を持ってしまった人間が無限の欲を持ってしまった。
  アダムとイブが蛇に勧められて食べてしまったりんごである。しかしそれは有限である。そこに不平が出てくる。
  仏様はその欲の対処の仕方を教えた、それが仏教である。ただ自己不一致も捉え方によっては必要なことがある。
理想主義による不一致、それを埋めるための視点であるからである。
あるいは経営にとって、計画の不一致のフィードバックとして必要な事だ。
前向きな建設的な自己不一致ならむしろエネルギーにもなる。コンプレックスもそうなのかもしれない。

・・・・・・・・・
2001年06月17日(日)
[55] ジョーク集について

面白いジョークは意外と少ない。これだけの‘一応面白いジョーク?’を、集めるのは大変といえば大変だったが。
好きだからできた。一応半分は吐き出した?このままいくと一~二カ月ごに在庫が尽きる。  
一応分類をして週1〜2追加していく方式に変わっていくだろう。
ちょっとした本一冊分になる。二十~三十秒のショートエンターテナーである。
超ミニノートに分類ごとに題目を書いて鞄に入れて持ち歩いている!
そして何もしないとき眺める。 月に一~二回みる。 何回みても思わず笑ってしまう。 
 他人が見たら薄気味悪いだろう。 暗いといえば暗いか!     


2994、筆談ホステス

2009年06月16日(火)

「スナック」という写真集を借りてきて、ママの姿と顔をジックリとみていて気づいたことは、
ママには「美人系」と、「癒し系」があることに気づいた。 それに「笑い系」もあるが。
先週の日曜日に朝の番組で、銀座のナンバーワン?と言われている「筆談ホステス」を取り上げていた。
本人が本を出版したところ良く売れた為にマスコミの目にとまったのだろう。
聴覚障害で喋れないので筆談で御客とヤリトリするのが、心に響いて売れっ子になったという。 
私も毎日、この随想日記を書いているので書くことの魔力の一端を知っている。
クラブなどで言葉の替わりに筆談で御客を惹きつけるのだから大変なことである。
その大変な中から本人は言葉の持つ魔力と、不思議さを、体験の中で知ったのである。
お客にしても、筆談などの経験は殆どないだろうし、私もない。もし近くにあるなら 「行ってみようか」
と誘われれば行くだろう。  アマゾンのHPに、この本の紹介文がある。
 ― 「筆談ホステス」 斉藤里恵著 ー
 「内容紹介 ー聴覚障害を持つ青森一の不良娘が独自に編み出した“筆談術”だけで
 銀座NO.1ホステスに成り上がる苦闘のすべてを描いた感涙必至の青春ストーリーです。
青森の厳格な家庭に生まれ育った里恵さんは現在25歳。幼少時の病気が原因で聴力を完全に失いました。
聴覚障害に端を発したトラブルなどからしだいに落ちこぼれ、酒、タバコ、盗みとおきまりの転落コースを
たどった彼女が見つけた生き抜くための職業、それが“筆談を駆使した”ホステスの仕事です。
かたわらに常備したメモ帳とペンを巧みに使い、数々の夜の世界のワナをすりぬけ、健常者以上の売り上げをうみ出す
「筆談ホステス」と呼ばれるようになるのに、そう時間はかかりませんでした。
そんな里恵さんの“紙とペンを使った接客だからこそできる繊細な表現”や、“お客さんたちとの筆談のやり取りの中で
実際に登場した名言集”は愛の言葉のシャワーとなりすべての人々に癒しを届けます。
彼女が培った独自のコミュニケーション術はこのギスギスした時代にいちばん必要とされるスキルのはずです。
また、勤務している銀座のクラブでの実際の接客風景のカラーグラビア写真や直筆の筆談語録もふんだんに収録。」
  ー以上だが、言葉を話せないギャップは想像を絶するだろう。それが銀座のクラブのホステスで
ナンバーワン・ホステスになるには、言葉の奥にある心のヒダを知り尽くしてないと。
随想日記を書き続けていて気づいたことだが、頭の中にあることを書き出してみると、それは違う存在になってしまう、
ということだ。 声に出して話していることと、それを紙に書いたことは似て非なることになる。
恐らく、お客の何人かは、互いに話したメモを欲しいということも本人は知っている。
だから、それを意識して書いている。だから言葉の持つ力を知り、かつ客や本などから吸収していく。
彼女にとって頭を使うことは、筆記することであり、筆記する言葉が自分自身であることを知り尽くしている。
 そうこう考えると、毎日書いている私は何にもなってないのは、心根の問題ということ?

・・・・・・・・・・
2630, 閑話小題 
2008年06月16日(月)

 *台風と地震が何で土.日曜日に多い?
統計的にみれば、違うのだろうが災害の起こるのが土日に多いのは何故だろう。
特に台風は決まったように週末である。  最近では地震まで御付き合いのようだ。
中越地震が土曜日、去年の能登地震と中越沖地震が日曜日、そして今回の地震が土曜日である。
(中国の四川地震とミャンマーのサイクロンは月曜日だったが、外国である)
偶然なのだろうが、不思議といえば不思議である。
  ーー
 *ワーキング・プアのテロ?
アキバの大量殺人事件、ワーキングプアの若者のテロ?と思った。
テロは政治的、宗教的な原理的信念のもとで行われるから、これはテロではない。
挫折と孤独と、厳しすぎる父親や、希望のない職場への暴発である。 ネット劇場型犯罪である。 
職場を転々としているうちに、滑り台を降りるように歯止めのない絶望感が育っていったのだ。
彼の優秀な弟も、挫折をして高校中退しているというから、ゆとり教育の敗者の姿といえる。
それが僅かではなく、若者の多くの傾向というから大きな問題である。
一度滑り台に乗ってしまった人は、元に戻ることは難しい時代になっている。
  ーー
 *「ヤミ金に元本返済不要」と最高裁が判断
先日、最高裁が、ヤミ金元本も返済不要とは、思い切った判断をしたものだ。
「ヤミ金は反倫理行為の手段として、違法行為として貸したのだから返す必要がない」とは、
最近の裁判所としては、英断である。 これで、ヤミ金は危ない犯罪として大幅に減るのか、
それとも、更に巧妙に成るのか。ただ借りる方からすればヤミ金も無くなり犯罪に走るケースが増える?
これも過去に遡って適応すれば、ヤミの連中は震え上がるだろう。 ただ、得体の知れない死体が
東京湾に多く浮かぶことになる可能性もあるが。

・・・・・・・・・
2007年06月16日(土)
2265, 動物が家畜化されると、どうなる?  *´・ω・)ノはよー!
 
 動物学者・小原秀雄によると ー人間は、代を重ねて自分で自分を飼育し、家畜化して、
 文化(檻ーおり)を発展させてきた不思議な生き物という。
 ー家畜化した動物の特徴は
・体毛が部分的に長くなる傾向があり、毛深かった体毛が部分的に残って、しかも長くなる。
 人間をチンパンジーと比べると、頭髪、眉毛、髭、陰毛・・など、明かに人間は部分的に長毛化している。
・もう一つの家畜化した特徴は、発情期間が長くなる。   >(^┰^;)ゞ
 例えば、野生に羊は年に一回しか発情しないが、ウール用に飼育されたメリノ種は、ほぼ一年中発情する。
 人間も、コンクリート・ジャングルの‘うさぎ小屋’に住んで、会社という‘イヌ小屋'に通いながら、
 胃潰瘍、糖尿、自律神経障害などの数々のストレスと闘いながら、一年中発情している。
・また、うまく飼育されると、一部の動物は寿命が延びる。
 野生のネズミなど、広い場所に飼われると、寿命が4倍も延びた例がある。
・家畜には、幼児的な形質が長く残る傾向がある。その分、寿命も延びていく。
・人が失った最大の能力は、体温の温もり、なめる感触、匂い、声の響き・・・
 言葉以外のコミュニケーションである。 人間は、言葉に頼りすぎている。 ーという。
   ----
 成る程、肯けることだが、人間は自分を家畜化する動物とは言いえて妙である。
 動物は自然環境の変化に対して、自分を変えて生き延びてきた。
 それに対して人間は、自然を人工の物に置き換えて、文化(檻)を発展してきた。
 自然を切り開き、人工の家を建て、村をつくり、町をつくり、都市化し、その中に自分を押し込んで家畜化してきた。
 その結果、頭髪や陰毛がのび、年中発情をし、幼児化して、長生きをするようになったが、言葉のお陰で、
 五感が退化して頭がおかしくなってしまったのである。そして、文化という檻をますます、堅固につくって、
 最後はそれで滅びていく憐れな生き物ということになる。 全くその通りだから、恐ろしい。   
 論語を読んで、つくづく不自然な何かを感じていた。
 あれって、王侯貴族のための大衆の家畜化のマニュアルじゃないのかい?と!
「互いの立場に立って互いを思いやりましょう」ということは、いいが。 一つの大きな基準は必要だろうが・・
  ところで、私は家内の家畜化された哀れな亭主!!じゃないかい?
(*^_^*)!!o(”>_<)っ( ̄(●●) ̄)  と気づいた次第であります!
 (--; ξ\(・_・)
                    *´・ω・)ばあい?!
・・・・・・・・・
2006年06月16日(金)
1900, グーグルアースが凄い!
             おはよ?!(*^ワ^*)i

数日前にグーグルアースがバージョンアップした。
・画面鮮度が3~4倍のアップ、
・さらに飛行機ゲームの操縦装置が付き、水平の角度も簡単に変えることができる。
 そのため、地球上を簡単に移動できる上に、街の上空150mを自由に操縦して飛びまわれるようになった。
 実際に入り込んでしまうと、異次元にタイムスリップしたような気分になってしまう。
 二ヶ月間、何度か使っているうちに、「画面がより鮮明になり、移動もスムースになれば面白いだろう」
 と思っていたら、バージョンアップ版がタイミングよく目の前に差し出されたようだ。
 5~6年前、ある本に、インターネットは奈良時代に下りてきたジェット・ヘリコプターのようなもの。
使うか、遠から眺めるか、どちらかである。」とあった。グーグルアースは、それをそのまま実感させてくれる。
最近、自分と同年代の人を見分ける規準が、インターネットを使いこなしているか、いないかである。
「麻呂や、今日の気分はいかがじゃ」と言っている奈良時代も楽しいが!
ジェット・ヘリコプターに乗ってみるのもよい。別に知らなくてもよいが・・
インドのカースト制度の下層階級の子供達に、中古のパソコンを与え、教えようという運動がある。
知らしめることが幸せか不幸せなのかは別問題だろうが。 「麻呂よ、どうじゃ!」
        (。・ω・)ノバイ 
  ーー           
 以前、グーグルアース書いたものをコピーしました。
(字数の関係でカット二〇〇八年六月一六日)
 ーー
2006/04/07
1830, あちら側の世界 ?8
          (’0’)d おっ w(゜Д゜)w ハァ?

「ウェブ進化論」の中で、「グーグルアース」を紹介していた。地球地図・映像検索である。
早速、グーグルのHPよりソフトをダウンロードをして使ってみた。ただただ驚きである。
月の視線の位置から地球に近づいて、見たい場所に降りていって、家や車や木まで見えるところまで接近できる。
もちろん首相官邸や皇居の中もみえる。これで世界中の都市を見ていると、雲の絨毯で下界を飛回っているような錯覚になる。
殆んどの大都市の衛星写真が貼り付けてあり、家の屋上や木や池まで識別ができる。使ってみると、リアルな感覚になる。
「グーグルアース」と、グーグルの検索に入れたところ、皇居や首相官邸、インド沖の大津波の写真、アメリカの本土の
ステルス(飛行機)まで紹介されていた。数日前の新聞に、「インド政府がグーグルアースの写真公開に抗議!」
という記事が載っていたが、これでは問題になるだろう。世界中の政府が衝撃を受け戸惑っているというが、当然である。
北朝鮮など、嫌味か?、かなり詳細の平城の写真があった。 原子炉?らしき写真もあった。
大都市圏以外は地形認識までしかできないが、有名観光地にはクリックをすると、その情報の入った小さな箱が貼り付けてある。
検索で「グーグルアース」のキーワードを入れソフトをダウンロードをすれば、誰でも無料で見ることができる。
この大本の「グーグルマップス」のAPIを公開しているが、リクルートの不動産関連のHPに、
マップで日本中の都市圏の場所に矢印を当てると、地図がアップででてきて、周辺不動産物件の詳細を
紹介をするサービスがある。 現在は地図だが、近い将来は写真になるのだろう。
アフガンやイラクでは、アメリカ軍がこれを多用して勝利に導いたが、実際は顔の認識まで可能という。
最近の映画のスパイモノに出てくる衛星利用のSFもどき内容が、実際に個々人で使えるようになったのである。  
「ウェブ進化論」を毎日、繰り返し読んでいるが読むほどに情報化社会の実態がおぼろげながら見えてくる。
  ー以下は、あるHPにあった内容だが解りやすく紹介してあったので、貼り付けておきますー
 ーー
このソフトを開発した米キーホール社のジョン・ハンケ最高経営責任者(CEO)は
「グーグル・アースは、いわば地球を眺めるブラウザーを作ることを目指している。
(われわれの使命は)グーグル・アースを地球の仮想モデルにすべく最大限の努力をすることだ」と語る。
 こうした目的を達成する最善の方法は、ソフトウェアのプログラマーが考えもしなかったような場所や建物に、
ユーザーが無数の標識を付けてデータベースに収めてくれることだとグーグル社が考えているのは明らかだ。
 ユーザーはここ数ヵ月、米国のほぼすべての場所の地図を素早く簡単に検索できる
『グーグル・マップス』に夢中だった。このサービスでとくに人気があるのは、衛星写真を眺められる機能で、
家並みや市街の詳細な画像が閲覧できる。また、オープン・アーキテクチャーを採用しているので、ユーザーは、
グーグル・マップスと『クレイグズリスト』のようなサードパーティーのサービスを組み合わせた想像力豊かな
工夫(日本語版記事)を加えられる。 グーグル・アースは、グーグル・マップスの強化版だ。 
グーグル社はまた誰でも詳細な情報を追加できるようにすることで、工夫の要素をグーグル・アースに組み込んでいる。
 グーグル社が昨年、衛星写真を提供するキーホール社を買収した際に獲得した多数の技術的工夫やタグが、
グーグル・アースにはすでに組み込まれている。キーホール社はユーザーのコミュニティーに世界中の場所や
建物について知っているデータを投稿するよう勧めていた。ある工夫では、地図情報とコロラド州ボールダーの
路線バス・システムのデータを組み合わせ、ボールダーを走るバスの位置を3次元地図上にリアルタイムで表示する。 
他にもたくさんの楽しみ方がある。米国の灯台を巡る旅、カリフォルニア州マリン郡のおすすめハイキングスポット、
ヨセミテ国立公園の特選キャンプ地、ポーランドのグダニスクにある中世の建造物。
                                 ー°)バイバイ!
ーーー
2005年06月16日(木)
1535, 秘境探検家の「幸福論」ー1
(字数の関係でカット2009年6月16日)

・・・・・・・・・
2004年06月16日(水)
1170, 哲学についてー4

ー近代科学の芽吹き近代科学が16~17世紀にかけて登場してきた。
新しい科学がそれまでの世界観を根本的に変えようとした。まずはポルトガルのコペルニクスである。
宇宙はこの大地にあるのではなく太陽であるとすると仮定したら、数学的に解明できなかった問題が多く解決できると
指摘をした。地動説である。それまで教会が主張してきたことを、聖書に書いてあったことを根本的に否定することになった。
そしてガリレオ・ガリレイが時の権力者と地動説で真っ向から対立をする。
キリスト教の教義と対立をするため宗教裁判にかけられてしまう。結局は自分の地動説を放棄させられてしまう。
しかし彼は有名な言葉をつぶやく「それでも地球は回っている」と。次に、史上最高の科学者アイザック・ニュートンが
あらわれる。1666年に自分の庭でリンゴが木から落ちるのを見て、引力の意味に気がついた。
彼はそこでリンゴを落下させるために働いている力は、月を地球に引きつけている力、
地球を回らせている力と同じであると気がつく。近代科学の登場で思想に対する教会の影響力が
薄まってくると、哲学の分野でも合理主義の芽吹きが出てきた。
                                   つづく
・・・・・・・・・・
2003年06月16日(月)
803、50歳の頃ー1

 ー60歳までの人生
曽野綾子の本で『人生の良いところは60歳まで』という文章があった。丁度私が50歳の時であった。
50歳で、母親を見送り(亡くなり)人生の損益分岐点を超えたという思いがあった。
あとの人生を如何生きようかという自分への問いかけをしていた。その翌年、下の子供と家内と3人で
南米のギアナ高地に出かけた。テーブル・マウンテンのキャンプ場で、夕陽を見ながら息子と日本酒を
飲みながらふと思った、「ああ自分の人生の元は充分にとった」と。
その時に考えたのは、「曽野綾子の『人生60歳までがよいところ』なら、それ以降の人生を
60歳までに詰め込んで生きよう!『人生の純益』を60歳までにとってしまおう」であった。
・海外旅行をそれまでに50回行くこと-不景気で難しく?なってきたが
・人の目を気にしない生き方を更に徹しよう
・好きな事を可能な限りしよう  等、生き方を変えようであった。
しかし曽野綾子は60歳少し前の文章である。母の行き方を見ていたので、この人はまだまだ解っていないと思った。
本当に「良いのは60歳から」というのを母の生き様から教わっていたからだ。
しかし「60歳以降の前倒しをしてしまおうという決心』は良いのではと解釈した。 
 その翌年にネパールに行ったとき、67歳の初老の人が人生の秘訣を教えてくれた。
「私は43歳までに必ず死ぬ家系であった。それを前提にして、そこまでに人生のすべてをし尽くした。
その一つに日本を全てを家内と娘と3人で回り尽くした。その後は世界にチャレンジしてほぼ全てをまわり尽して今も
こうして生きている。短命の家系という前提それがなかったら人生をここまで味わいつくせなかった」
かなり深い人生の示唆であった。「60歳までに人生の全ての前倒し」を自分の生き方に取り入れた直後であったから、
尚のこと心に響いた。 あと2年半で、その60歳に近づきつつある。「それでは60歳以降如何いう生き方をするのか?」。
元を取ってしまったので、逆にあとは一日一日をじっくりと味わって生きることができるのではないだろうか。
そして、それまで経験をしたことのない分野を探し出しチャレンジすることである。
その意味では、逆に広い世界に飛び出せるのではないかと考えている。
 最近になり、景気後退ー恐慌一歩手前になってきたり、SARSやテロなどでアフリカや中近東には
以前ほど気楽に行けなくなってきた。この時勢に優雅に海外旅行などともいっていられなくなってきた。
あの時点にやはりギアチェンジをしていて良かったと思っている。

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2002年06月16日(日)
439,随想日記の不思議

毎日書いていて不思議な気がする事がある。 気の置けない友人か家内に話す内容を、そのまま正直に書いている。 
それが何か非常に気持ちが安定するのだ。心の中の自分との対話を常に書き込んでいるのである。悪趣味?といえば、
そうかも知れないが、見られていることを意識して書いている事で一応修正はしてある。
書いた翌日一番で書き直すことは度々だ。書き続けていて不思議な感覚がどんどん深くなる。
色々の人の日記を見ていても、やはり「ソフィーの世界」のような不思議な感覚を受ける事がある。
ある意味で開き直っている自分とコントロールしている自分がいる。もっと面白いのは、過去の自分の文章である。
読み返した時に、空の上から自分を見ている自分の視点が何とも不思議である。 書き続けている事で、その日その時間の
心のメルクマールになる。過去に日記を書いておけばよかった。反面忘れる事も大事である、書かなかった良さもある。
学生時代の卒業間じか半年分は書いたのがあるが、その時の心情が赤裸々に書いてある。
書くという事は排泄と感じることもあるし、昇華ということもある? メルクマールでもあるし、呼吸でもあるし、
発散でもある。一度書けばコピーをして、その書き足しもできる。思考の再深耕が容易になる。
ビルの上からの視線でその方向も見えてくる。

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2001年06月16日(土)
[54] つれづれに

朝20000歩歩く。前日の飲み会のアルコールを抜く為だ。
更に風呂でほぼ完璧!二日酔いなし。ホームページを開いてから、毎日が楽しい。
パソコンの先生のように、故郷の友人がお互いにホームページを覗きあいコミニケをしているという。
女性だからできるのだろうが、ある意味で理想に近いコミニヶだろう。
もし知人が私にようなホームページを開いたら毎日か、一日おきに見るだろう。
自分の居間の開放をしたうえで、かつサテライトスタジオを開いたようなものだ。


2993,アトムの七つの力

2009年06月15日(月)

 鉄腕アトムは1951年に登場したというから私が5歳の時。美空ひばりの歌が聞こえてきたのと同じ頃である。
最近、アトムが再び見直されてきている。 その手塚治も現在のIT化をみたら、驚くはずである。
ーウィキペディアによると、
 電子頭脳(CPU)の記憶容量は15兆8千億ビット(約1844ギガバイト)。
身長135センチ、体重30キログラム。ちなみに電子頭脳は頭部ではなく胴体内上部に設置されていて、
頭部は単なる飾りとされた(透視図では頭部にセンサー類が集中しているようだが、作中では頭部が外れてしまったり、
無しでも活動可能な描写があり、胴体にもセンサー類は搭載されているようだ。 彼が登場した時代は、2003年。
まさに現在である。 最近、色いろのロボットが出始めてきているが、自分で考えたり、心も持つまでには至っていない。 
しかし、彼には、七つの特別な能力があり、1963年、1980年、2003年と、その能力は変わっている。
 * 1963年アニメ第1作(モノクロ版)
1、どんな計算も1秒でできる電子頭脳。 2、60か国語を話せる人工声帯。
3、普通の1000倍も聞こえる耳。2000万ヘルツの超音波を聞き取りが可能。
4、サーチライトの目。      5、10万馬力の原子力モーター。
6、足のジェットエンジン。    7、お尻からマシンガン。1秒間に500発撃てる。
 * 次の1980年アニメ第2作になると
1、胸の中に電子頭脳セット。60か国語を同時通訳ができる。  2、耳は音を1000倍に聞ける。
3、サーチライトの目。   4、10万馬力の力。重水素燃料による核融合エネルギー。
5、腕と足はジェットで空を飛べる。 6、腰の中にマシンガン。1分間に600発撃てる。7、レーザーブラストの手。
 * 2003年ASTROBOY版
1、高度な人工頭脳。  2、人間の1万倍の聴力。  3、透視能力を持つ目。  4、10万馬力の力。
5、足のジェットで空を飛べる。  6、指にフィンガービーム。  7、腕にアームキャノン砲。
 ーー
 以上だが、個々を分解をすれば60ヶ国を話せる人工声帯以外、現在では実現をされている。
ロボットとして飛べないが、グーグル・アースで世界の空を何処へでも飛ぶことも可能になった。
またインターネットでテーマを設定すれば興味があるもの同士が話をすることも可能になった。
アトムに近いロボットが出現してないとしても、ほぼ似たような機能が、我われの近辺に出現しだしてきた。
パソコンのインターネットと検索機能、携帯電話、iPod、ナビ、など、一昔からしたら想像を絶する機能である。
 手塚治は60年近く前から、現在が見えていたのである。 
現在から60年後は、どうなっているのだろうか? 実際に人類が果たして存続しているかどうか?
いや、情報化などで情報、知識がいきわたり、よりクールな、そしてウォームハートな世界が出来ている?
  恐らく、後者だろう。私にしては楽観的であるが、
 それだけ情報化社会は可能性がある!ということである。

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2629, 世界バブル経済終わりの始まり ー3
2008年06月15日(日)

第二章は、投資の最近の基本的な常識が項目ごとに書いてある。
 まずは第一章のように、項目の言葉をつなげてみた。
「大金持ちの投資家以外は、何かに集中しなければならない。それもまだ脚光を浴びてない
将来性のあるものを探し出すこと。ただし焦っての駆け込み投資はさけること。
独り自分の確信を持てたものを長期的に保持し、儲けることである。 
ヘッジファンドは、投資先をブロイラーとしてしかみない。 太らせて目先利潤を得ればよい。
アナリストの予測は、ホボ当たらないもの、自分の目で調べ探し出すこと。」
 目次に感想を入れてみた。
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第二章 いまはすべてを手仕舞って備えるとき!
*いったんすべての投資を手仕舞え         
 ・「分散投資」は 金持ちのためのもの  =一般の数千万そこらの小金持ちは、一点集中するしか
   利益は得ることが出来ない。当たり前といえば当たり前だが。            
 ・日陰の銘柄でなければ儲からない =まだ脚光を浴びてない株を自分で探す当てなければ。
 ・ 割高で売り、割安で買い戻す     
 ・マーケットは、上がっても下がっても儲かる 
 ・駆け込み乗車禁止 次のバスを待て =人の儲けを見て、自分もでは遅い。自分で探し当てて仕込むしかない。
 ・データーやチャートより企業のトップを見る =トップを見抜くには、それなりの識見がないと。
 ・情報は現場で直に入手する =自分の使っている商品や、因縁ある人の関連していて、見込みあるかどうか。
 ・赤信号は一人で渡る   =皆が一緒にでは儲からない。
 ・ゼロ金利の国は経済力がある 
 ・どこにでも「インチキ」が溢れている = だから難しいのである。
 ・「儲かるかどうかか」こそモラル  =相撲でも勝ってこそ、弱ければモラルも何もない。
 ・へッジファンドは、未来に興味ない =だから恐ろしいのである。
 ・三角合併は外資企業のために
 ・会社は、もはや、ブロイヤーと同じ =目先、太らせて売りぬくしか考えてない。
 ・アナリストの予想は七?八割誤る   =たまたま当たったのをオバーに騒ぎ立てているだけ。
 ・金利が上がると株価は上がる  

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2007年06月15日(金)
2264, 閑話小題
              (*´・ω・)ノはよー
 ー都銀の地方攻勢が始まったー
都銀が数年前から地方に本格的攻勢をかけてきて、その玉突き現象が地銀以下の銀行に起きている。
金融庁から中小企業への貸し出しを指導されたことも背景にあり、都銀が地銀のリストラにあった
管理職を採用、彼らのテリトリーへの優良取引先を狙い撃ち、貸し出しを切り替えている。
そのため地銀が信金などの顧客に攻勢をかけ、玉突き現象が露わになっているようだ。
床柱意識から抜け出てない上に、合理化が進んでいない体質が自己存在の意義を問われ出したのだ。
  〜〜
 ーまた、中学校の同級会ー
一昨日、長岡のホテルのビア・ガーデンで中学校の同期の面々の同期会に出席した。
新潟で3ヶ月ほど前「中学校の同級生とランチするから出てこない!」というメールをもらい、
2時間近く世間話をしてきた。先月も幹事になって、「病のY君を励ます会」を開いたばかり。
その時は高校のメンバーが中心だったが、今度は中学校が中心である。三ヶ月続けてということになる。
家内は結婚して以来、一切そういう会に出たことがない人。「アンタがた、変なんじゃない?」と怪訝な顔。
同級会・同期会は、なるべく出席するのをモットーにしている。仕事関係や、ライオンズ、商工会議所、
商業会など一切でないので、学校関係ぐらい出ないと地方では行く場所がなくなることもある。
それでも構わないが、年齢を立場を忘れてタイムスリップするのが面白い。
  〜〜
ーサプリメント依存症ー
依存症に「サプリメント依存症」というのもある。私の場合、数種類のサプリメントを飲んでいる。
20年以上続けているのが、「ハイ・ゲンキ」(粒状の玄米酵素)と、「ヤクルト」をベースに、
他に一種類を意識的に替えて飲んでいる。今は「酵素元」、その前がアガリスク、そしてプロポリスなど。
次は、もう買ってあるが、サントリーの「セサミン」で二周り目。
したがって、常に三種類のサプリメントを飲んでいることになる。
サプリメントを飲む習慣も一種の依存症になるのだろうが、確かに体内の毒消しになっている。
普段、節制ある食生活を送っていれば別に飲む必要はないが・・・
                  ☆w(´・з・`)バァイ
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2006年06月15日(木)
1899, 結婚の三条件ー2
              ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★
反対に結婚してはいけない三高条件と三低条件を体験から考えてみる。
こういう場合は、ごく身近な人のマイナス面を観察すればよい。
ドキッ! 私の主観が入りすぎているが?
 ーまずは三高とは?
・高コスト   ー金のかかる女 (稼いでくれれば、まだよいが)
・高プライド  ープライドのみ高い女(中味の薄さを、身近の人の批判でカバーしようとする)
・高依存症の人 ー常に判断を相手に求め結果のマイナスを攻撃する人(高コストと重なるが、高ブランド依存症である)
 早くいうと教養のない人?
 ー三低とは?
 ・低い品性       ?親の躾と生活情報が入っているかどうか・・
 ・低い夢しか持てない人 ?現実に溺れすぎている人
 ・低い趣味       ?本当に好きなことを求めてきたか・・    
  さらに低い知能もあるが・・・
誰も?大部分が当てはまるから、これ以上書くと問題になるか?いや、それよりも自分の姿が重なる?
人生は、選択した職業と、連れ添いと、ライフワークとしての趣味の質量、で決まってくる。
職業は生活の為とか、工夫によって何とか適応できるが、結婚だけは10年20年経ってみないと、分からない。
だから、せめて前提条件を見定める必要がある。両親をみれば半分は分かるが、あとは神のみぞ知るである。
神は一番相性の悪い相手を与えて、人生のレッスンをさせるらしい!毎日、よいレッスンをさせて頂いてます。
                  ゝд・) ノ バイ バイ! 
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2005年06月15日(水)
1534, わたしの酒中日記ー8
ーミニ能登旅行
 1972年4月某日

今朝、急に思いたって観光バスで「能登一周コース」を、まわってきた。
50人乗りのバスに、乗客が12~3人位。車内がゆったりしていたこともあり、楽しい一日であった。
金沢駅から出発、金沢港近くを通ってしばらく経った後、海岸線に出る。
何と波の打ち寄せる際の砂浜をバスが走るのだ。今まで、海岸線が道になっているのは初めてである。
こんなのが、日本にあるとは全く知らなかった。「千里浜なぎさドライブウエー」というが、能登の情緒がそのまま出ている。
しばらく走ると海の家の前に止まり、そこで「サザエのつぼ焼き」が出された。その景色の中で食べる味が何とも良い。
ビールを一本買って飲んだが、その美味しい。まだ4月のためか風は寒く波が荒いが、天気が良いこともあって風情があった。
数ヶ所名所を観た後に、輪島に到着。そこでは有名な「朝市」を覘いてみる。
昼近くに着いたが、殆どの店はまだ開いていた。風情のあるオバサン・オバアチャンが、それぞれの個性を売りにしている。
帰りは、逆に富山寄りのコースになっている。七尾と数箇所を観て、最後は金沢駅で解散。
観光バスは気楽に最短のコースをまわってくれるからよい。その後、駅の地下のおでん屋に寄る。いつも帰省する時に寄る店で、
何げないオデン屋だが有名店である。ここの土手焼きとオデンとハンペンが絶品で、また焼き蛤が美味しい!
何ともこたえられない店である。そのあと香林坊まで移動、そこで一人飲むことにした。初めて入る店で、
少し高級そうなスナックである。靴を脱いで入る店だ。中は幌馬車内をモチーフにしてある。
初めてみる異様な雰囲気を漂わせている面白い店だ。ママとホステスは、ウエスタン・スタイルで、何か西部の田舎町に
来ているような錯覚をしてしまう。薄暗いカウンター内に、赤い顔文字のネオンが印象的だった。
アメリカのウエスタンの片田舎にいる!という感覚になる。今度、誰かを連れてこよう!とにかく金沢は何処もあか抜けている。
今日は一日としては、充実をした時間を過ごせた。こういう急に思いたって一人でする旅は、自分を開放してくれる。
小さな籠から飛び出し、小さな自由を満喫して、再び籠に舞い戻った鳥のようだ。
来月は金沢市内の観光バスに乗ってみよう。面白そうだ。まだまだ、市内で知らない場所が観光ガイドに多くあった。
金沢は、富山に福井に能登に加賀温泉、そして金沢市内に多くの観光資源が豊富にある。
そういえば、一昨年も四日市にいた時に紀伊半島を一泊旅行をした。尾鷲に一泊した列車旅だった。 
まだまだ、学生時代を背負っていた。また四日市を去るとき、同期の連中と尾鷲と伊勢に「お別れドライブ」をした。
急に変なことを思い出した。渡辺、西尾、桜井、私に、女性が二人いた。
その一人と西尾が結婚したと、桜井から聞いた。彼らは一番初めに配属された職場の連中だった。
いろいろあった。昔を思い出すには、まだまだ早い!明日は、結婚で辞める藤井さんの送別会だ。

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2004年06月15日(火)
1169, 秘境・異郷ツアーレッスン ー1

過去にいろいろ秘境・異境ツアーを書いてきた。
この随想日記の引き出しのコーナに「秘境・異境コーナ」をつくる予定だ。
そのための前段として、このテーマで書いてみる。このツアーから学んだものは、あまりにも多い。
今まで書いてきた文章を読み返してみると、想像をはるかに超えた自然や遺跡や文明に出会い、
感動をしてきた痕跡が記録してあった。実際にこの目で見て肌で感じ取ったことは心の奥底に残るもの。
「うあ?、何じゃこりゃ!、この地球上にこんな世界が実際にあるんだ、知らなかった!」と何度も何度も思ったことか。
そこで何よりも感じたのは、世界の広さと、自分の小さな世界である。
自分の満足や不満のことなど、この広い世界からみれば些細なことでしかないと実感できる。
世界では人間の占める立場が、いかにささやかなものであるかをつくづく悟らされる。
旅行は人間を謙虚にさせてくれる。10日から半月の旅行でも、秘境に行くには莫大のエネルギーをつかう。
一回の旅行の経験ごとに、間違いなく自分が成長していくのがわかる。
自分の世界が広がり、それだけ内面が深耕していくのがよく解るのだ。
そこの大自然に感動するのは、自分がそこに同化したことであり、自然の中にある
霊性と自分の霊性がつながることになるのだ。それが精神の若返りの秘薬になる。
多くの旅に出かけたところで人生観が変わっても、人格は変るわけではないが。
「世界は一冊の本と喩えると、旅をしないものはその本を一頁しか読めない」
という。まだまだ、これから先のページが多く残っている。旅をするのは到着するためではなく、
そのプロセスこそ意味がある。そのすべて楽しみに引き上げることだ。人生と同じである。
秘境旅行という本を1ページごと読み続けている限り、連続線の旅行をしていることになる。
それだけ、私にとって強烈な体験でもある。 成田で、飛行機に乗ると逆に「ああ旅行に帰ってきた!」
と思ってしまう。 それだけ私にとってインパクトの強い経験である。
 ー10年前の文章をコピーしておきます。
 この時16回と書いてあるから、現在41回とすると、10年で25回も旅行したことになる。
 ーー
  H0603 海外旅行について
二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。
さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。私の大きな趣味の一つといってよい。
海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。
それぞれ全てがすばらしい。違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、
その広がりと深さの味わいは旅行し、現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。
初めて旅行したのは昭和四十二年、たしか海外旅行が自由化された翌年だった。
大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。
当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、
オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、
英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。
欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。帰国して数ケ月はただ呆然としていた。
二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば人生の一大転機のきっかけになった。
それだけ感激とショックは大きかった。

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2003年06月15日(日)
802, サッカー観戦記

先日、知人からサッカーの招待券を貰った。アルビレックス新潟とサガン鳥栖の対戦である。
こういうチャンスはめったにない、行くことにした。昨日ー6月14日、場所は新潟市の駅裏から数キロ先である。
去年のワールドカップの為につくった新潟スタジアム、一度見てみたかったから丁度よかった。雨が気になったが終了後、
車に乗ったと同時に降ってきた。もっとも雨よけがあったが。キックオフが14時、その30分前に着くように出かけたが、
車の渋滞で開始後30分後席に着く。初回は一時間前につく予定を立てるべきであった。
やっとたどり着くと会場から、唸りのような歓声が聞こえてきた。
観客席に座った時には、アルビレックスがすでに一点を取られていた。
何とも会場の大きなウネリのような歓声が凄い。 その世界に一瞬に吸い込まれてしまった。 
招待席は相手チームの席、といってほとんどが地元の人たちであった。
若い人ばかりかと思っていたが、年代層は広い。3万4千人の入場者と場内放送でいっていた。
 試合は一点リードされていた新潟が後半に逆転、2対1で勝った。
攻めまくった新潟がなかなか点が入らず会場が苛立っていたが。
それでも試合の後半に新潟が2点を入れて逆転、非常に面白い内容であった。
これで引き分けを挟んで四連勝である。サポータが熱くなるのも解るような気がした。
あの熱気の世界も一度経験しておくと良い。最近は何事も経験と、チャンスがあれば何でも参加するよう心がけている。
今度は後楽園で巨人戦にいってみたいと思っている。

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002年06月15日(土)
438, 因縁についてー与三八さん

私の仲人の名前である。私が八郎ー兄が三郎。兄は男で3番目、私が兄姉の8番目で八郎になった。
多くて最後の方は面倒だったのか、戦時戦後のドサクサでじっくり考えている余裕がなかったのだろうか? 
シンプルだ。兄も私も嫁さんを与三八が紹介してくれた「仲人」である。
三八に与えるで与三八である。そのことに気づいたのは、結婚して数年経ってからである。
本人に「自分の名を宿命と考えてか、ブラックジョークと考え意識して紹介したのか」と聞いた。
本人はエヘヘと笑って答えをはぐらかした。 まあ面白いものだ。
話が変わるが、最近はあまり行かなくなったが7?8年までは、よく経営セミナーに行った。
会場の席とか食事等で隣席の人と話すと何処かで因縁がある事が多い。
またかと思うほど何処かで繋がっている。確率から考えて異常に多い。何かがあるのでは?目に見えない??
あるセミナーで聞いたが、「集まりで同じ姓名の人が集まる確率が、理屈ぬきで多い」という。
また誕生日も月単位で同じ人が集まるという。会社も斎藤だったら斎藤が集まるという。 
以前プロ野球で国鉄で、「田」のつく人が異常に多くて話題になったことがある。金田投手のいた頃だ。
自分の名前は大事だ。名前で無意識で縛られている事が多い。

・・・・・・・
2001年06月15日(金)
[53] 北欧ロシアに決定!

朝スイスに決まっていた旅行、急遽‘北欧・ロシア’に変更。
理由は「迷った場合は今先に行っていたほうがよいほう選定基準にする」である。
スイスも捨てがたかったが‘モスクワとサンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館’と
‘北欧の大自然’が捨てがたかった為だ!ぎりぎり迷い判断するから、後で後悔が少なくて済む。
ぎりぎり迷うのも旅行前の楽しみの一つだそれだけ多くの情報を真剣に探し、その世界に入るからだ。
あと三週間今からが呼吸を整える時期になる。
たまたま朝、決断後書いた文章で、一度ホームページに載せた後削除した内容である。


2992,転機を迎えた受験ビジネス

2009年06月14日(日)

 
 * 先日の産経新聞のトップ記事に時代の変化をみた。

早稲田大学が、関西に中・高校一貫校を開校しようと新規に募集したところ、
245人の高校に対して35人に留まり合格者が28人。中学も140人に対して170人の受験者しかなかったという。
中学では三次の募集を賭けたが、結局は合格者は定員の半分に満たない63人だという。
私立の中・高一貫校は加熱する中学校受験ブームの中核だったのに、早稲田の不人気ぶりに受験の環境の一端を
示すことになった。 来年度からは男子だけを男女共学にし、寮も取り入れ全国からの募集に切り替えるという。 
早稲田のブランドが落ちたのか、不景気なのか? 早稲田当局からみたら、横面を殴られたような気分だろう。
 また日本の大学より直接、アメリカのハーバードに受験する事例もあげていたが、私の知人の息子が直接、
アイルランドや、オーストラリア、カナダなどに留学している。
それも本人が、そうしたいというから行かしているという。 まあ、良いことである。
 H20年度で、私立大学の47パーセントが定員割れになり、3分の1の34パーセントが赤字の倒産の危機に瀕している。 
 少子化、不景気、価値観の多様化などで大学経営も、いずこも厳しい時代になったのである。
昨年の11月に駒沢大学が、財テクの失敗で154億円の損失を出したと、大々的に報じられた。
慶応大学もH21年・3月期で保有有価証券の含み損が366億円という。
そんなところで、果たして経営学を教えてよいのかと疑問が出るが、時代が変わったのである。
 しかし、少なくとも3倍位はあって然るべきなのに、驚きである。

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2628, 日本経済、どん底への転落
2008年06月14日(土)

 連日、日本経済の悲観論の本。本屋で見かけたが、買うほどではないが
読んでみたいとおもっていた。それが、長岡の図書館で先日借りて読んだ。 
 まずは、この本の紹介文と、目次からー
 ー「日本経済、どん底への転落」 著者・水谷研治/著   ー読書日記
 ーー
いますぐ借金経営と訣別しないと、日本は「もの不足」=悪性インフレに突入する!
日本経済の実態を明らかにし、痛みを伴なう本格的な改革の断行を提言する。
これまで日本経済は世界に卓越した「ものづくり」による強力な供給力に基づく経済力で、
敗戦後の焼け野原から奇跡の成長を遂げ、黒字を蓄えてきた。しかし、財政赤字の放置と、
成長後の日本人の国民性の変質は、この国の経済を「赤字体質」へと変えてしまい、
かつてあった勤勉な国民性を失った今、「ものづくり」ができない「品質の劣化」した経済に至らせた。
このあとに待ち受けるのは、悪性インフレの到来による「もの不足」の世の中であると著者は言う。
そこまでに残されている時間も5ー10年と、次の世代にとっては大変過酷な状況にある。
本書は、今こそ、増税を含む社会の大改革なくして、この危機は乗り切れないとする警世の経済書。
 (目次)
第1章 明るさが見えない低迷
第2章 変換を迫られる経済政策
第3章 下落する経済の恐怖
第4章 「もの余り」社会から「もの不足」社会への転換
第5章 国際収支の赤字と資金の不足
第6章 悪性インフレへの転落
第7章 少子高齢化が加速する下落
第8章 再発展を目指して
第9章 日本の将来のために
 ――
解)
「日本経済インフレの危機」(2007年) 
「銀行の錯覚?いまこそ正道に立ち返れ」(2006年)
「耐乏なくして再生なし?日本経済・復活のシナリオ」 などで何度も今からでも思い切った支出の削減と、
消費税のアップを主張。それが出来ないと、日本経済は、どん底へ転落すると繰り返してきた。
そして、そのトドメのような内容である。
私が見る限り、現在の日本は著者の警告のような舵は切れない!
恐慌というプロセスを経た5?10年後には現在から想像も出来ない事態だろう。
それも現在の政治家の質をみればわかること。そして、最下層の若者の質もである。
そして、社会の階層化がより露骨に表面化している。それに伴ない劇場型の犯罪が日常化するだろう。
アキバの無差別殺人は、その序曲に過ぎない。 まあ、いやな予測だが、現在の能天気の国民と政治家を
見るにつけ、悲観的になってしまう。 

・・・・・・・・・
2007年06月14日(木)
2263, 人生の真価の問われる10年とは
                   ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)

 人生の真価が問われる時期といえば、50歳代の10年間である。
30歳代までは、仕事や家庭の問題にただガムシャラの時期であり
40歳代は、ある程度の余裕ができ、基礎が確立できる時期。
50歳代が、その全てが熟成された結果ができて、自在に出来る時期になる。
自分の過去を振り返ってみて、充実という意味では一番安定していた時期であった。
 そういえば、父親も亡くなる前に、50代が一番良かったと回顧していた!
私の場合、
20歳代までの三十年は、がむしゃら
30歳代は、自分の力の出し方がわかりかけてきた時期
40歳代は、色いろな部分で矛盾や失敗の揺り戻しがあり
50歳代は、もう一度、それまでの人生を見直しをしながら自己修正の時期
60歳代は、徹底的に足元を見つめなおす時期   というのが、現在の心境である
 ところで人生は全て過去に覆われていて、その窓は「いま、ここ」だけである。
過去は打ち消すことが出来ない。過去の構造が「いま、ここ」をベースにする。
未来への意思は「いま、ここ」の中で、頑丈なものにする。
真価を問われた50代を過ぎた、60歳から80歳すぎは、無防備に過ごしてきた人にとっては大変な時期。
性欲も、食欲も減退し、体力は落ちる一方で、分ひとりで切り開いていかなければならない時期に、
それまでの生き方が問われる。その為、何十年かけて、その準備をしなくてはならない。
ただ生きている人生ほどつまらないものはないからである。準備。この成果が重要というより、
前向きに生きる姿勢こそ、真価といえる。    50歳代か?!  面白かった! 
                   ヾ(´Д`、)マタネ
・・・・・・・・
2006年06月14日(水)
 1898, 結婚の三条件
     \(^▽^*)おはようございます!
                    (*^▽^)/
息子も結婚の適齢年齢になってきたが、最近の結婚条件が以前の三高から3Cに変化してきたという。
ーその3Cとは、
Comfortable(快適な)   - 今の生活水準を落とさない十分な収入。
Communicative(理解しあえる、通じ合える)  - 価値観やライフスタイルが一緒。
Cooperative(協力的)           - 家事や育児に協力的。
バブル期の「三高」(高学歴、高収入、高身長)と比較すると、「高収入」は変わってないが他の条件が
「個人的な快適さや満足感」に変わっている。
女性が「自慢できる夫」という見栄より、「ラクさせてくれる結婚相手」を欲しがるようになった。
自分の満足を追求する時代の風潮であろう。 それに加え、最近では「三低」が求められるという。
「三低」とは、
・低姿勢   ーレディーファースト
・低リスク  ーリスクの低い安定した職業(公務員、資格保持者など)
・低依存   ー束縛しない、お互いの生活を尊重の男性         
これは男性に対して言えることではなく、女性に対しても要求されることである。
こういうことが情報化社会で知られると、男女の結婚難の原因になる。
そんな男女何処にいるの?と考えてみたら、共働きなら、そうせざるをえないか、前提条件になる?
それでは、自分は如何であろうか?三高なら適応しないが、3Cと三低なら、大筋は合致している?いやしていないか!
低姿勢は、三十数年の間に躾けられた?結果でしかない・・・
低リスクは最近怪しくなってきたか? 低依存は、ただ無視されているだけか!
ー結婚を迷っている人に告ぐ!
 鏡をジックリみて、 自分の履歴書をみて、自分の両親をみて、冷静に自分を判断しなさい!
 貴方は特別な存在ではないのです。自分を評価しすぎるな!ただそれだけである。但し 卑下することもない!
                 (自分のこともだが)                 (。・∀・)ノ゙バイ!
・・・・・・
2005年06月14日(火)
1533, タイソンの終焉

一昨日の昼、タイソンとマクブライトとの(ノンタイトルだが)、ボクシング・ヘビー級の一戦がwowowで放映された。
6回終了後、試合放棄でタイソンが敗れたが、試合後のインタビューでは涙を流して、「もう気力が出てこない!」
と言ったのが印象的であった。一時代を築いた男も、これで終わり。
相手のマクブライトは、明らかに2流選手。肉体は贅肉でブヨブヨ、2メートルの巨体で出来る戦術は
小柄のタイソンに覆いかぶさって肉体的な疲れを待つだけ。それに引っかかった平凡な試合であった。
あの肉体に突き刺すようなフックやパンチは影を潜めていた。 終わりはこんなものだろう。
あと数日で39歳というから丁度引退時期。20年前の野獣のような試合も、今は昔の話。
解説者のコメント「野獣が人間に戻ってしまった!」が、言いえて妙である。
日本での、まさかのKO負けや、イベンダー・ホリフィルドの激戦を思い出す。
あるHPに歴代のヘビー級の強さのランキングがあった。もちろん時代が違うので、主観なのだろうが。
タイソンと、ロッキー・マルシャーノが入れ替えれば、こんなものである。
やはりモハメッド・アリは一番である!そういえば、この試合の前座でアリの娘が女子ヘビー級の試合をしていた。
娘が勝ったが、アリ本人も会場にいた。このHPのランキングの殆どの選手を子供の頃から知っていた。
当時は、ボクシングと野球と相撲ぐらいしか、スポーツはなかった。丁度、白黒TVが出はじめた頃に、
ジョー・ルイスや、ロッキー・マルシアノなどの過去の映像が流されていた。
 現在は、歴代に残るようなスター選手はヘビー級にはいない。
 ーーーー
ー歴代ヘビー級ランキングー
 1位   モハメド・アリ
 2位   ジョー・ルイス
 3位   マイク・タイソン
 4位   ジャック・デンプシー
 5位   ジョージ・フォアマン
 6位   ジョー・フレイジャー
 7位   ジャック・ジョンソン
 8位   ロッキー・マルシアノ
 9位   ラリー・ホームズ 
10位   イベンダー・ホリフィールド
ーマイク・タイソンー
スーパースターの光と影。スポットライトを浴びる量が増えれば増える程、影もまた大きくなっていく。
マイク・タイソンほどその影の部分が強調されるボクサーもいないだろう。
マイケル・ジェラルド・タイソンの世界デビューはセンセーショナルだった。
86年11月トレバー・バービックを鮮やかな2回TKOに下し、WBC世界ヘビー級王座へ。
20歳4ヶ月の史上最年少ヘビー級王者が誕生した。アリ・ボクシングに欠けていたもの?
パワーと迫力を再びヘビー級に持ち込んだタイソンの登場は、時代の潮流として必然だったのかもしれない。
87年にはWBA王者ジェームズ・スミス、IBF王者トニー・タッカーを破り3団体の王座を統一。
90年2月、”世紀の番狂わせ”でジェームズ・ダグラスに10回KO負けで王座を失った。
私生活の乱れから、ボクシングにも狂いが生じたのだった。
ついには婦女暴行罪で収監され、4年間のブランクまで作ってしまう。
95年に復活したタイソンは、翌年3月フランク・ブルーノを3回TKOで破りWBC王座にカムバック。
半年後にはブルース・セルドンに1回TKO勝ち、WBA王座も手に入れた。
そして11月ホリフィールドの執念の前に番狂わせの11回TKO負けを喫する。
97年の再戦では有名な”耳噛み事件”で失格負け。ライセンスもサスペンドされた。
99年のカムバック後、順調に白星を積み重ねルイス挑戦も視界に捉える位置に上がって来た。
しかし、ここに来てまた私生活のお騒がせが増えている。
ルイス戦の勝敗の行方は、タイソンの”自らとの戦い”の如何によると言ってもいいだろう。
ー52戦48勝(42KO)4敗1NC。

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2004年06月14日(月)
1168, 笑いについてー2

笑いについて、度々この随想日記で書いている。動物のなかで笑うことができるのは、人間だけである。
人間はちょっと工夫すれば、いつでも笑うことができるし、笑いの習慣化も可能である。
とくに、自分を笑うことができれば、その効果が倍増する。自分を深刻に考えている時ほど、
可笑しいことはない。深刻な出来事も10年も経ってしまえば、どうでもよい出来事でしかない。
いや、むしろ滑稽とさえ思える事だ。笑いは陽気な客観化をしてくれるし、自分自身の癒しになる。
また笑いは周囲の笑いを引き出すことができる。自分が笑っていれば周囲にも笑いが広がる。
笑いは神が与えてくれた最大の贈り物である。 私の場合以前にも書いたことがあるが、日曜日を笑いの日にしている。
特にTVのお笑い番組みを効率よく使っている。「新婚さん、いらっしゃい」 「笑点」「からくりTV]前日に録画した
「BS笑点」である。笑ってやろうと、待ち構えていると倍は笑える。笑うから、可笑しいということが実感できるのだ。
笑えば心が軽くなるし、消化もよくなる。同じ時間を過ごすなら、楽しい時間を過ごした方がよい。
とくに笑っている時間は人生で最も貴重な時間帯の一つである。
「笑え、笑え、もっと笑え!」笑ってさえいれば、肩に背負った重荷は半減をする。
すべての悩みは、いずれは時間が解決をしてくれる。どこの国でも「ジョーク」がある。日本では落語があったし、
川柳もあった。これは笑いを国民レベルで創作をしていたのだ。この随想日記にも「ジョーク」のコーナーがある。
最近は書き込みが少ないが。まあ一番の笑いは、いい歳をして「お笑い」を見て大笑いしている自分だろう。

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2003年06月14日(土)
801, 一期一会 「一語一会」?2

「一期一会」それは元来、お茶の世界のこころとして「すべての客を一生に一度の出会いとして、
悔いのないようにもてなしなさい」という意味である。 私が酒を人と飲む時に常に「一期一会」で飲むことにしている。 
そうすると、飲み方が変わるのだ。ある会が面白かった、といってそれはそのTPOS がたまたま良かっただけと割り切るのだ。
一回ごと徹底的に割り切って飲む。店でもそうだ、一回こっきりと常に割り切って楽しむ。
そうすると酒の味も、その場の感じ方が全く違ってくる。
スナックなどでボトルを入れる人の気持も解らないでもはないが、私は絶対に入れない。
あまり飲み屋のママにはいい顔をされないが、明日から二度と来ないかもしれない、という緊張感が良いのだ。
 そういえば一期一会の酒を数限りなく飲んできた。そして、その全てが思いで深い、よい酒であった。
桜と同じである。一回性だからこそよいのだ。年齢を重ねてくると、この意味が今更のように思い知らされる。
「べき時に、べく事を、べくすべし」を常に意識してことがよかった。これは酒席だけの事を言っているのではない。
言語学者の西江雅之のー「ことば」の課外授業ーという本に「ことば」はその場、その時、一回限りである、
という趣旨のことがあった。
 ー以下に少し書きうつしてみるー
現実の場では、人はことばを二度と同じようには言えない。すべての発言は「一回限り」である。
たとえば「これは何ですか」と、同じ調子で二回言ったら、二回目はくどいと思われます。怒鳴っていったり、
これも当然違ってきます。また何か言う場合には、必ず前後関係があります。それによって嫌味になったり、
単なる質問でしかなかったり、・・・・・・・・・
 以上のとおり、ことばも一期一会である。もじれば「一語一会」といえる。
その意味では「ことば」にもっと注意をして話さなければならなかったと反省している。
それと感銘した「ことば」こそ一語一会と言える。 その意味でー事業百訓というカタチで、
その時々に書き残してきたことも一語一会を記録してきた事になる。この随想日記もそういうことになる。

・・・・・・・・
2002年06月14日(金)
437,地球に気が満ちている

朝散歩をしていて、今までにない全身に気が満ちていて驚いた。何故だろうか、そうだサッカーのせいだ。
一球に地球上の多くの人の気が集まっている、それを毎日見ている為だ。
ワールドカップはサッカーを通した国家間の戦争ともいえる。
オリンピックは多くの競技で行われるが、サッカーはその時間帯では一試合か二試合である。
それも自国の試合だけでなく、他の国も微妙に関係してくる。
少しのミスが取り返しのきかない致命傷になったりする。数億いや10億人以上が全神経を集中してみている。
庶民レベルでは、今地球上のイベントでは最大の催事といってよいだろう。
地元で行われることにより、私のようなあまり興味のない人間でも俄かファンになってしまう。
その為か見ている自分にまでも、そのエネルギーが流れてくる。
地球上がこの期間、人の気で満ち溢れる。これからは勝ち進んでいく国にそれが集中していくのだろう。
フランスが前回優勝した時のフランスの気は、満ち満ちていただろう。
これとオリンピックが隔年で行われるのだから、丁度よいバランスである。

・・・・・・・
2001年06月14日(木)
[52] つれづれに

情報化社会がもたらしている時代の変化をつくずく感じる。
共産社会‐ソ連も東側ベルリンの壁も、遅くなったが自民党ー経政会?も壊してしてしまった。
情報端末の究極は携帯TV電話だという。これが普及はじめる3?4年先は想像不能だ!
この秋玩具メーカーから7?8万円で撮影機のついた移動式ロボットが売り出されるという。
これだとTV携帯電話に連動すれば家の移動式防犯カメラになり、警備会社の存亡の危機になりかねない。
ホームページに連動して個人や情報の公開や、お店なども家にいながら観て回れる。あらゆる場所に固定して置いて、
自由に公開しておけば世界のあらゆる場所に、視界と言う意味で自由に何処でも飛べるようになる。


2991,スナック・ママ の写真集

2009年06月13日(土)

 

  写真集『スナック』 山田なおこ

 写真集! の日本のスナック 、164店177人のママを収録したもの。
スナックといえば、ちょっと話を聞いてくれる場所であり、男にとってはグチをこぼしたり、
仕事帰りに立ち寄ると、いつものママが迎えてくれる。
10年の歳月をかけ、北は札幌から南は石垣島まで、列島中のスナックを訪ね歩いて撮影した写真家・山田なおこ、
のデビュー作という写真集である。 近くの図書館で見つけたものだが、まだ去年の暮れに出たばかりのもの。 
さっそく借りてきたが、ジックリとみると、ナカナカ一人一人の上半身のカラー写真が味がある。
スナックといえば40数年間、彼方此方で通ったものとして興味がひかれる。
 アルバイトでスナックに勤めながら、北海道から沖縄まで10年かけて、ママの顔だけ写してきたエネルギーが、
この写真集にタップリと入っている。 時間を巻き戻せるなら、飲みにいく時にカメラ片手に、このような写真を
撮っておけば良かったと、この写真集をみて後悔している。 ほぼ全てが忘却の彼方。
 この写真集は、女性が女性を写しているので表情がリアルで、気取りがないところが良い。
何処かの駅前の繁華街の裏手のスナックのドアを開けると、この中の一人にソックリなママがチラリと品定めをして、
愛想よく迎えてくれる。そして何気なく身元を聞きながらお愛想を言って、共通の話題をさぐるのである。 
 全国色いろな地域のママの土着的雰囲気が何とも良い。 土地が顔を作っているのが、読み取れる。
それぞれ地区で、それぞれに人生を背負い、色いろな御客を相手に生き抜いてきた一国一城の主である。
優しさの向こうに、生きる逞しさを蓄え、店のコンセプトを大事にして、自分の城を大事に守っている顔である。
居酒屋、小料理屋、そしてスナックには、ありあまるほどの思い出がある。 
ここでも何度も取り上げてきたが、スナックについては、あまり書いてなかった。
 「うちのママより、店のママ」というが・・・ ドチラも、ママならぬ、というところ!                         

・・・・・・・・・
2627, 世界バブル経済終わりの始まり ー2
2008年06月13日(金)

第一章の小項目をコピーして、その文をつなげるだけで、
その言わんとする大筋になる。その合間に私の言葉をつなげて文脈を作ってみた。
 ーー
真のNYダウ暴落への序曲が始った。 これは世界的なバブル崩壊へと続いていく。
悲惨なサブプライムローン債券が次に出てくる。これは今度波状的に世界経済を破壊する。
その原因として1996年から2006年までゼロ金利で世界にバブルを輸出した日本の存在があった。
しかし、それが終わりつつある現在、アメリカから資金の大移動が始まった。
アメリカの低所得者までサブプライムローンで住宅を担保に極限まで借金を重ねてきた。
の不動産バブル張本人の退職金が何と六〇億円という。本人はさっさと逃げてしまっている。
サブプライムローンの差し押さえで、新しいゴーストタウンがアメリカ中に急増、
そこは差し押さえ物件の街と化しているのである。
FRBが金利を下げるとき、NYダウは暴落する。アメリカ国民はNYダウと一蓮托生だから、
アメリカの消費は一挙に冷え込むのは必然である。骨の髄まで借金体質で、日本とは全く違うのである。
そこで各国はアメリカから距離を置き始めた。 その中で日本の生きる道は技術大国として、その特徴を活かすしかない。
NYダウの適正値は七〇〇〇?八000ドルであるが、アメリカは株価急落防止チームを発足させ維持に懸命。
しかし、それは乱高下を重ねながら落ちていくだろう。それと同時にアメリカ国債も暴落する。
日本は500兆円も持たされているから、日本経済は大打撃を受ける。しかし、アメリカは紙切れでしかない。
中国はバブル崩壊、ロシアは資源価格下落で弱体するだろう。株価乱高下がバブル崩壊、大暴落のシグナル。
それは歴史は常にくり返すということで、過去のケースを見ればわかるだろう。
 −−
 一年前としては、なかなか鋭い内容になる。この文脈からみると、現在の原油・穀物の暴騰=バブルも、
この数年で弾けることになる。大小にかかわらず、その金融大動乱の中生き抜くことが最優先しなければならない時代。
 ーー
   ー目次ー       2007年6月5日発行
  第一章 世界同時株安は、世界的バブルの終わりの始まり
    (以下字数の関係でカット09年06月13日)
・・・・・・・・・
2007年06月13日(水)
2262, 「正しいスーツの定義」
                   (゚∇^*)オハヨ♪
図書館で借りてきた本の中に、もう亡くなったファッション・プロデューサーの石津謙介がビジネスの場の「正しいスーツ」
の定義をしていた。今さらスーツの定義ではなかろうが、ビジネスのベースとして知っていていいだろ。
クールビズも、それを猛暑の1?2月間は崩そうではないか!という面ではよいが、あくまでもフォーマルではない。
あの政治家の場違い!を見れば解る。といって、この定義はビジネスのベースで、TPOSで変えてもよい。
 ーー
  *石津の定義の部分を抜粋すると、
ービジネスの場の「正しいスーツ」の定義たったひとつ。
目立ってはいけない。これです。ビジネスの服装に、個性は不要です。
不要というより、あってはいけない。個性は服にではなく、その人の仕事にこそ表されるべきです。
スーツの色は濃厚か、中間色以上の濃いグレー。ようするにドブネズミ。オフィスでは緑や茶系は通用しません。
デザインは伝統的なイギリス調か、落着いた都会的なアメリカ風。
前ボタンは2~3つ。長すぎない袖で、シャツがのぞくように。ネクタイは4本しかいりません。
2?3色の細めに斜めに入ったもの、いわゆるレジタル・ストライブ。 
無地のニットタイ。ちょっとしたパーティにも通用する細かい小紋柄。あとは、余裕があれば色を少しそろえる。
ソックスは意外と目立つものですよ。できれば無地。柄なら伝統のもの。
色はスーツに合わせる。ベルト。穴は3?5個つと決まってます。キラキラの大きなものは関心しません。
濃紺やネズミのスーツに似合うのは、黒い靴です。底はゴム製が最上。革底など意味ないですよ。
 ーー
私が学生時代にアイビー・ルックを流行らせた人がいう言葉だから重みがあるし、
丸の内でのサラリーマンの背広は濃紺、黒で、上記の姿である。
現在では当たり前だが。ビジネスには相手に意識させない服装を!ということ。
クールビズで半袖もいいが、基本はやはり背広である。

  *他のファッション関係の本には、
「スーツの基本は濃紺無地。生地はサージ。非常に良質なものは、着たときに品がよくなるもの。
いいものを少なくてもよいから大事に着るのが基本。ワイシャツは実用的な木綿。中でもアイリッシュ綿がいい。
色は白がいいが、他の色に対する臆病さが表れているようで、もうひとつ冴えない。
紺のスーツには青系の、茶のジャケットにはベージュといった濃淡を合わせるといい。
ネクタイは、服と同色系、服と反対色、この段階を通り過ぎて、勝手な組み合わせができるようになった時、
意外と着こなしも身についている。
 ーー
「カジュアルの基本は濃紺のブレザーと、濃紺かグレーのズボン」と、ファッション関係の本で読んだことがある。
厚めより、四季に着れるもので、少し値段の張った良いものをベースに。
シャツやポロを季節に合わせて変えるといいようだ。服装は、第二の皮膚というくらい大事なものである。
特に歳を重ねれば重ねるほど、気をつけなければなるまい。
                                  ☆^(*≧ω≦)ノ~~~βyё
・・・・・・・・・
2006年06月13日(火)
1897, 治安悪化
              おはよ?!(*^ワ^*)i
先日、スナックで飲んでいたら一見客の入店を断っていた。最近、周辺のスナックで泥棒が頻繁に入るという。
その前に必ず新規の客として下見に来るので、一見客に、どの店も神経を尖らせているという。
長岡地震後にヨソモノが多くなり、比例して泥棒が増えているという。
よく行く居酒屋も一年ほど前に入られたが、金銭は置かないので被害は無かったとのこと。
  (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
(字数の関係でカット2008年06月13日)

・・・・・・・
2005年06月13日(月)
1532, 「おばさん」の定義

図書館で何気なく見た本に「おばさんとは?」という、チェックポイントがあった。
私の一番嫌いな人種といえば、教養のないオバサンである。
「オバサン」の私のイメージでいうと、以下の通りである。
  1.傲慢で緊張感が全くない
  2.自己中心的かつ利己的で
  3.他人の噂話が日々の潤いになっている
  4.他人の行動が気になり節介をやきたがり
  5.服装が世帯じみていて、アンバランス
  6.知性が全く感じられない
「お前こそ、オジサンそのものじゃないか?」と言われると返す言葉もないが。
しかし「何がオジサン・オバサンか」は、自覚をしておかなくてはならない。
その本を目を通しただけでも「なるほど!」という内容が幾つかあった。
服装研究家のようであったが、男の私でも合点がいった。「過去を背負っている感じが出ている人」と、まずあった。
時間とともに人間は変わっていくが、気を許すと年齢の変化についていけないで、アンバランスになってしまう。
その過去の蓄積度の露出が、オバサン度を高くするという。その年齢にあった着こなしをしなくてはならないが、
放漫のため 気がまわらなくなるのだ。まずは「クローゼットの大整理を、常にしておくべし!」と。
「オバサンにならないためには服装や化粧は気をつけて、年齢だからと諦めては駄目!」ということを
聞いたことがある。諦めたと同時にオバサンに転落するのだ。心のクローゼットも整理をしなくてはならないが。
 姉をみていても、オバサン化をしているかどうかは五分五分である。
常に何かを求めて、世界に自分を晒している環境にいるかどうで左右する。
新幹線にオバサンのグループが入ってくると、異物がチン入してきた雰囲気になる。
新幹線の車内は社会の集約された場である。そこに全く緊張感のない変な集団が入ってくると・・・?
ゾロリ・ゾロリ軍団という弛緩の塊が異様に目立つのだ! 懐かしのメロディーで、昔のアイドル歌手が出てくるが、
その外形の変容や、「普通のオバサン以下になっている弛緩の姿」を見ると、悲しく哀れになる。
一番大事な時期に基礎教養を蓄積しなかった無残な姿が、そのまま露出している。
中尾ミエなどの三人トリオや、天地真理などが典型である。今日も、スーパーの近くで「凄いオバサン」を見た。
ブラジャーなしで、アパパーを着て、頭はボウボウで、だいたい想像がつきそう?
「エ~、何処かのカアチャンの家の中の姿?」そこまで、言うな!家の中は弛緩の場だから?

・・・・・・・
2004年06月13日(日)
1167, 哲学についてー3

 哲学の歴史については、いまさら哲学の授業ではないので大まかに述べると
 ・紀元前6?4世紀にギリシャに始まる、それもソクラテス以前と、以後の分けることができる
  ソクラテス以前は最初に登場した特徴は
 ・宗教や権威や伝統とは関係ない、論理で現実や世界を理解しようとした。
  これは、それまでとは全く違った画期的なものであった。
 ・他の人にも自分の力で考えるように説いたことも、それまでに無かったことだ。
  そして、「宇宙とは何からできているのか」「何が大地をまっすぐにささえているのか」「万物は何からできているのか」
  という根本的な問いかけを突詰めて考えていったのが、最初の思想家のタレスであった。
   またヘラクレイトスが「万物は流転する」という有名な言葉をのこしている。この頃ピュタゴラスが、天才的な能力で
  「ピュタゴラスの定理」で、数学の  幾何学的概念を考え出した。「平方」や「立法」である。  
  ソクラテス以後は、まずソクラテスが哲学的対話を求めて問答法を生み出していった。
  彼は「友情とは何か」「勇気とは何か」「敬虔とは何か」 とくに「正義と何か」を問いかけたとき、
  いろいろな人間や判断や法律などの 取り決めに対して、その何らかの真実を探り出そうとした。
  彼はすべてを疑えと人びとに教え、権力や権威あるという人びとの無知を 徹底的に暴いていった。
  彼がここまで哲学の代名詞のようにいわれるのは基本的概念を徹底して疑うことを初めて説いたからである。
  ソクラテスは誠実であることこそ、何よりも大切であるとして、神や法に対する義務より自分自身への義務こそ
  最も優先にすべしと説いた。  そしてプラトン、アリストテレスへと現在への西洋哲学の基礎がカタチつくられていった。
 ・その後、哲学でいう暗黒の時代が1000年も続くことになる。 これは、キリスト教会の影響が大である。
  キリスト教と矛盾するものは、排除すべきものとして、徹底的に吟味された。あくまでも哲学としては、
  キリスト教との結合の範疇でしかなかった。トマス・アクィナスがその思想体系を世界観をつくりあげただけであった。
  そして、中世になってやっと近代科学がはじまったのである。          
                ーつづく
・・・・・・・・
2003年06月13日(金)
800,「ありがとう」の言葉?3
「幸せの宇宙構造」ー七つの言葉「祝福神」ーより
 
自分が最も得をする生き方はどういうものでしょうか。何よりも大事なのは笑って愉快に生活すること。
そのために私たちが発すべき言葉は・うれしい・楽しい・幸せ・愛している・大好き・ありがとう・ついてる
の七つ(これを七福神ならぬ「祝福神」と呼んでいます)です。
そうすれば健康になるし、つまりは自分の人生にとって大変得になるということになります。
人間は自分の発した言葉で自分の人生をつくります。 私の周囲の環境や、自分が立たされた状況は
すべて自分の発した言葉によって形成されていきます。ですから、朝から晩までうれしい、楽しい、幸せ、
愛している、大好き、ありがとう、ついてる、と言い続けると、この言葉しか言いたくなくなる人生に囲まれてしまう。
私の周りの多くの人がそうなってしまいました。  私には最近、次のようなメッセージが届いています。
七つの「祝福神」を年間、五千回唱える人はその言葉を再び言いたくなるような現象が来年、五千回降ってくる。
逆に嫌だ、嫌だ、疲れたという否定的な恨み言葉を五千回発すると、その言葉を言いたくなるような現象が、
来年五千回降ってくると。 五万回発すれば五万回、十万回発すれば十万回降ってくるというという意味です。
私は自分や仲間たちの身の回りに起こる現象を知れば知るほど、このメッセージが正しいと納得せざるを得ません。
 損得勘定で七つの「祝福神」を繰り返し口にしてきました。
でもいつのまにか夕焼けを見ては「きれいだなあ、楽しいな」と感動し、お茶一杯飲むのでも「ああ、幸せだ。ありがたい」
と心から喜べるようになっていることに気づきました。口先だけだったありがとうを何万回、何十万回と繰返すうちに、
身の回りのありとあらゆることが本当にありがたいと思えるようになりました。
損得勘定でやってきたら、最後には一つひとつのありがとうの言葉に真心がこもるようになりました。
そして、いま本当に幸せを実感しています。 宇宙に対してありがとうの言葉を投げかけていると、
誰が一番豊かになり得をするのか。それは自分です。このことに改めて思いをめぐらしていただきたい。
宇宙の方程式はシンプルですが、やればやるほどその深さに驚くことでしょう。
・・・・・
ー感想文ー
当たり前のことだが、その当たり前のことがこういう時代になればこそ、失われそうになる。
戦場の真っ只中でこうは言ってられないのも事実だ。大不況の中で、どうしても暗い風潮に流されやすいからこそ、
言葉ー心のコントロールが必要である。その意味で一番大事な言葉『ありがとう』を含めた七福神の言葉をセットして
おくことは重要である。20年近く前に般若心教を憶えて数万回唱えてきた。その効果は絶大あった。
二人の子供と会社の正社員全員も含めて三桁近い人がこのお経を暗記してくれた事が最大の成果であった。
「ありがとう」を数万回数十万回いうことはそれに匹敵すると直感をした。特に良いのは細切れ時間をつかえることだ。
もし若い人がこれを実行したら、人間的な暖かさがプラスされ若さの輝きを更に増すだろう。
この小林正観氏の本を、この本を含めて他の著書と供に3冊注文をした。
web上の書店にはなく、直接出版社に電話で宅配にしてもらった。他の二冊も面白かったら読書日記として書くつもりだが、
初回だから面白かったのかもしれない。いずれにしてもシンプルで解りやすい習慣だ。

・・・・・・・・
2002年06月13日(木)
436,凄い時代ー光ファイバーの時代

ADSLを自宅に入れようと思っていたところ、パソコンの先生に9月まで待ったほうがよいと言われた。
光ファイバーが各家庭やオフィスに入るという。会社の方の切り替えも考えて早速NTTにきてもらって話を聞いた。
契約後、導入に3ヶ月位かかるが9月より新潟でも可能という。 そのパンフレットを見て驚いた、インターネットを
通さずに直接メールやチャットが映像でやり取り出来るようになる。あるペットの好きな人が、映像でチャットで話している。
そこの席が空いていればそこに入り,お互いの顔を見ながら話ができる。驚きである。
またホームページ内で映像も編集しておけば、いつでもそれをみる事ができる。
今まではスイスの写真を見る事ができたが、今度は映像をみる事ができる。
メールも映像を送れるしTV電話もできる。ホームページも個人サテライトスタジオになってしまう。
3~4年前では考えられない現象がいまや現実になろうとしている。携帯TV電話の時代に、これなど当たり前の事かもしれない。
インターネットとホームページに集中しているが、それを超えた?時代の変化がきている。
光ファイバーの家庭への導入は3年先と考えていたのが、あと数ヶ月と現実になってきている。
出張が減るのは間違いないだろう。1000倍~2000倍の大量の情報量が安価になりTV会議や営業活動も
一般的になる。面白い反面、ナンバーワンしか生存できない競争社会の到来だ。

・・・・・・・・・
2001年06月13日(水)
[51] 無駄な事なし

人生ふりかえってみて感じる事は無駄な事は全くないという事である。
もっともある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが!全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、
一番重要なポイントだったようだ。皮肉と言えば皮肉だ。 ポイントはぼろを羽織ってくるのだろう。
老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖「自分の人生これでよかったのだろうか?」
という問いかけだそうだ。ある本に自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉を残していたと、
姉より死後聞いてが立ち上がれないほどショックを受けたという内容が書いてあったが。
無駄な事だらけという人生もあるのかもしれない。人生にやはり意味を求めていないと、失敗だった?
という気持ちになってしまうのだろう。


2990、1ドルを競りにかけると

2009年06月12日(金)

 「世界は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ著   ー読書日記

 * 一ドル競りゲームから見えてくること

 ゲームで、「1ドルの競りゲーム」がある。 小人数のパーティの余興に面白いというが、
そのゲームの中に、深い示唆が含まれている。 もちろん、三人以上が参加するようにしておいて、
1人に50セントまで値段がつくまで買いにまわってもらえばなお良い。 このゲームでは、最後に競り負けた人が、
その金額を払わなければならないルールを前もって言っておく。5、10セントから始って、15、20、そして30セントと。
そして50セントで、頼んでいた人は降りてもらってよい。 競り人は、そこで二人から50セントずつ貰えるから、
元は取れる。 しかし1ドルを越えたところで、二人とも1ドルを失いたくないため、1ドルを越えても、
どんどん競りあがっていく。3倍の3ドルとか4ドルに。 そしてどちらも競ってせり上げた分の損をする。 
最後に勝ったほうも、大損をしてしまう。 少し酒が入っていたほうが、冷静さを失うので効果がある。
 実のところ、これと同じことを我われはしているのである。 事業や商売でも、株でも同じである。
コンコルドという超高速旅客機が、そうだった。 完成させたがよいが、どこからみても採算が合わない上に、
大きな危険が伴うことが分かったが、それまで開発してきたエネルギーと資金からみて、中断できなくなった。
しかし、その結果として、事故があり、大赤字を重ねた上に止めざるを得なくなったのである。
株で見切りが出来ないのと同じである。 このゲームは、剥き出しの一ドルを、競っても理性を失うのである。
 株屋の本質は、これである。 巧妙に仕掛けて競り上げる。 
 ところで、百戦錬磨の女が自分を売りつける時も似たようなものか? 相手を多く集めて競って売りつける。
買わされた方は、一生棒をふる。 何か何処かで見たような? 誰かが似たような経験をしている?ような!

 ・・・・・・・・・
2626, 世界バブル経済終わりの始まり ー1
2008年06月12日(木)
                     (。・∀・)ノ゛おっは?
              ー読書日記ー    
「世界バブル経済終わりの始まり」 松藤民輔著

一年前に発刊された本だが、現在の状況を、見事当てている。 バブル時期には著者は日興証券、
メルリリンチ、ソロモン・ブラザーズなどで年収2億円の凄腕セールスで知られていた。
ソロモン・ブラザーズの時代に日本のバブル崩壊を読みきって、投資商品の主役が「ペーパーマネー」から
「金実物」の時代に以降すると予見し、独立。1995年に株式会社ジパングを設立。
2005年にアメリカ・ネバダ州の金鉱山を買収、日本第三位の金鉱オーナーになる。
この本の出版の少し前に、『アメリカ経済の終わりの始まり』を書いた。
  今回は印象に残ったポイントをマトメテみた。
        次回は、この目次をコピーして、考えてみる。
  ーー
*この本では、アメリカの現在は日本のバブル崩壊の前後に酷似していると指摘している。
 著者は、それを予見して、金の世界に移行したから、尚のことわかるのだろう。
 当時の日本の金融機関も、不動産業界に多額の金を貸し付けて日本経済の息の根を止め、
 かつ自分の首を絞めた。現在のアメリカのサブプライムローンと似ている。
*今回、アメリカの「バブルの塔」を、ここまで高めたのは日本にある。
 長期にわたるゼロ金利政策こそ、全ての元凶だった。
 1999年から、2006年7月までに解除されるまで7年間、実質ゼロの金が向かったのが
 アメリカの国債であり、NYダウである。 このオイシイ金利に、金儲けに聡いファンドマネーが
 目を付けないわけがない。日米の金利差を利用して、高金利のマーケットで運用する。
 これこそ「円キャリートレード」である。5000億とも1兆ドルと言われている。
 日本のゼロ金利が、結果的に世界にバブルを輸出してきたのである。
 2001年9月11日のテロ以来、イラク戦争をはさんで、腰折れをしないで済んだのも、日本資金の御蔭。
 ずばり日本の政府は日本国民を蔑ろにしてアメリカ国民に尽くしてきたのである。
 バブルが崩れだした現在、NYダウ以外の投資先を探して、淡々と大移動を始めたのである。
 それが石油高、穀物高の原因である。 だから大恐慌まで発展する可能性を大きく含んでいる。
*いったんすべての投資を手仕舞って備えるとき!
 誰の目から見ても、危ない局面であることは確かである。
 それも、ただごとではなく、世界大恐慌に近い事態になるかどうかの瀬戸際である。
 今さらジタバタしても、如何にもならないこと。 それだけ深刻である。
 投資を手仕舞って、潮流をやり過ごすしかないが・・・やり過ごせるかどうかが問題である。
 一目散に高台に逃げるしかない。 金などの実物に紙切れを交換しておくしかない。
次回は、第一章から、目次ごとの項目に、書き込みながら考えてみよう。
                           (゚Д゚*)ノ⌒ 【さようなら!】
・・・・・・・・・・
2007年06月12日(火)
2261, 「アンラーン」について
                      (。・ω´・)っノ 【才ノヽ∋?】
「アンラーン」という面白い言葉に出会った。
 味と深みのある言葉である早速、検索で調べてみると次のようにあった。
ーー
鶴見俊輔の言葉の中で ー戦前、私はニューヨークでヘレン・ケラーに会った。
 私が大学生であると知ると、「私は大学でたくさんのことをまなんだが、そのあとたくさん、
まなびほぐさなければならなかった」といった。まなび(ラーン)後に まなびほぐす(アンラーン)。
「アンラーン」ということばは初めて聞いたが、意味はわかった。 型通りにセーターを編み、
ほどいて元の毛糸に戻して、再び自分の体に合わせて編みなおすという情景が想像された。
   ー
成る程、一度編み上げたセーターを、解きほどき、もう一度変化した自分の
身体に合わせるように編みなおすという喩えが、解りやすい。 また他にも
 ー
ドラッカーが『創造する経営者』の中でも、「知識は消え去りやすいものである。
したがって始終、再確認(リコンファーム)し、学び直し(リラーン)、
習練(プラクティス)し直さなければならない」と知識の扱い方を述べている。 
さらに同書で、「知識が知識であるためには、進歩しなければならない」と。
知識は最も腐りやすい、そのため絶えずリニューアルすべきことについては、「知識をラーン(学習)し、
リラーン(再学習)し、アンラーン(脱学習)が、知識管理の大前提である」と述べている。
ーー
アンラーン(unlearn)すなわち“離脱学習”は、日本の弓道の「守・破・離」の「離」に酷似し、
仏教の「諦め」という言葉にも通じる。 知識から知恵への転換ということだ。
自分も含めて知恵の無い人が多いが、知恵に転換するまで知識に対しては貪欲に求め続け、
かつ掘り下げなければならない、ということだ。満60歳という歳は、人生の「アンラーン」の時期かもしれない。
一度、編み上げたセーターを解きほぐし、改めて新しいセーターを編み上げる転換期、
競馬でいう第四コーナーを回っているところだ。 少し息が上がってきた?・・・ 
そんなことはない、直線も面白そうだ!アンラーンか?! 「一生、一書生」という言葉もあるが。
「社会的な形式にこだわっているには人生は短すぎる!」「アンラーン!」
             byebyeヽ(o・ω・o)ノ゛
・・・・・・・
2006年06月12日(月)
1896, ダ・ヴィンチ・コード
           ー映画日記
                     才八∋ウ_〆(∀`●)
何時も、映画はWOWOWかレンタルDVDで観ているので、久々の映画館は新鮮である。
レンタルDVDの店が会社の近くに出来てから、映画館に行く回数が減ってしまった。
昨日、話題の映画「ダ・ヴィンチ・コード」を観てきた。全世界で5千万部、日本で五百万部売れた本の映画化である。
ダ・ヴィンチの深い暗示が「最後の晩餐」の絵の中にあるのかと思っていたが、あくまで漫画的な奇抜な内容の域を
出ていない内容。難しく考えないで、推理小説の映画化と割り切って観ればよいが。

「最後の晩餐」の中の13使徒の一人の男が、よく見ると女で、それも娼婦だった
マグダラのマリアという設定。 マグダリのマリアといえば重度の生理の売春婦で、
よいイメージを持たれてない。何故、ダ・ヴィンチが彼女を「最後の晩餐」の中に入れたのだろうか?
という疑問の謎解きストーリー。マグダリのマリアがキリストの子供を宿していて、ヒロインがその血筋という
設定になっている。キリスト教徒にとって、大問題になっても不思議ではないが、娯楽小説と無視しているようだ。
ストーリーでは、「マグダラのマリアがキリストの子供を宿した事実が二千年の間秘密にされ、
その事実と血筋を消し去ろうという勢力と、守り抜こうとする二つの勢力が、秘密裏の戦いを繰り広げられてきた」
という設定。『聖杯』の意味は実をいうと、「キリストの直系の女性の血筋」という着想が面白い。
キリスト教に関係ない世界の人にとって、「それが如何した!」というレベルでしかない。
敬虔なるキリスト教の信者にとって許しがたい内容で、ノーカットは日本とインドと、あと数カ国という。

ところで、「キリストは存在していたのだろうか?」という原初的な問いを、
イスラエルの旅の由緒ある寺院でたててみたことがあった。一瞬、周りにいた数人に凍り付いた雰囲気が漂った。
隣にいた無口の教養のありそうな人が、おもむろに低い声で「当時のローマ帝国の古文書の中に、
キリストと思しき人の処罰の問い合わせが有る。間違いなく存在していた」と答えてくれた。  
近年、発見された古文書(20世紀最大の発見といわれている)に「キリストは存在してなかったのではないか?」
という疑問の文章があったという。バチカンが、これを封印して現在に至っても、その内容が発表されてないという。
元々あったキリストの御伽話を、パウロが創作したに過ぎないと言われてきたが、信仰だけは事実の枠を超えた
 (字数の関係でカット09年06月12日)
 
・・・・・・・
2005年06月12日(日)
1531,わたしの酒中日記ー7

 2005年6月10日
ーバイアグラ飲めず!

今日は、高校の同級会があった。三年ぶりの同級会、久々のせいか21人も集まった。
担任の先生が41年ぶりに、この会に出席してくれた。16歳年上だが、もっとふけた男が?何人かいた。
全く若い! 20年来、毎年続いていたが、仕切りをしていた?スーパーツチダ社長の土田君が亡くなってしまい、
この三年間は休会状態であった。久々に電話があって、急遽開くことになったのは、この8月2日の長岡花火に
「還暦祝いの花火」をあげるための寄付金集めと疑っていた。ところが、ある男が反対と気炎を上げて、隣に座った私も同調。
その勢いのためか、その意を受けていた?幹事が言いそびれてしまった?。結局、根回しが足りないのが問題だった。
その男が言うには、「あれは同期の主流派の主張したもの、このクラス会は反主流派。
ボイコットだ~!」何時ものように、子供の遊びの世界に戻って大盛り上がり。
20人のマトマリも考えてみたら大きな勢力で、顔を立て損なったようだ。
その日たまたま欠席した男達は、すべて主流派にされてしまった。
それをネタに笑いを取っていただけだが、ほぼ今日の話の内容は主流派に流れるだろう、また嫌われるか。
この会は地元の二代目が殆ど、このHPをみたら袋叩きにあうのは間違いない。
いつも二代目の悪口を書いているからだが、この会の反主流派は明らかに私だ。
笑いを取るため「自分はこの会の反主流派だ!」というと、すかさず「お前はただのアウトサイダーだ!」
という突込みが入った。 アウトサイダーでしかないのか。今度、アウトサイダーについて考えてみよう。
「人生のアウトサイダー」がよいだろう。60歳になろうする男どもが子供にかえった会で、よく20年以上も続いたものだ。
その後、二次会三次会と流れて、午前0時過ぎに帰路についた。
最後の店で、ある男が「近々にアメリカに行くのでお前の着ているジャケットをくれ」という。
スナックの勘定を払ってもらう交換条件で、脱いで渡してきた。私にしては高いもので気に入っていたものだが、これも縁。
しかし他の男から貰ったバイアグラが、その胸ポケットに入っていた。
一度飲んでみたいと思っていたが、残念である。  即効というが。               
                                 終わり!
・・・・・・・
2004年06月12日(土)
1166, 豊かな時間

「貧しい時間」とはなんだろうかを考えてから、「豊かな時間」を考えてみる。
貧しい時間
・虚飾と虚栄に満ちた時間のなかで空虚に過ごすとき
・好きでないことを、状況から嫌々しているとき
等、思い浮かぶが、虚飾と虚栄の時間のなかで空虚?に過ごすことが豊かな時間の人もいるし、
群れていることが真に充実している人もいるし、刑務所にいるのが一番の充実している人もいるというから、複雑だ。
まあ質の問題になるが。豊かな時間、贅沢な時間についてソローの言葉がよい。
「生活がいくら惨めであろうとも、そこから顔をそむけずに、ありのままに生きることだ。
自分の生活を避けたり罵倒してはいけない。生活は、諸君が一番富んでいるときに一番貧しくみえるものだ。
粗捜し屋は天国にだって粗を見つける。貧しくても、生活を愛しなさい。
救貧院に入っていたとしても、楽しくて胸のときめく、素晴らしい時間はあるだろう。
落日は金持ちの邸宅の窓だけでなく養老院の窓からも、おなじようにあかあかと照りかえる。
春が来れば雪は同じように早々とドアの前で溶ける。おだやかなこころの持ち主なら、そういう場所に住んでいても、
宮殿にいると変わらない満足感や、ひとを奮立たせる思想をいだきながら生きていけるだろう」 自分の本当の時間、
自分の真に充実できた時間こそ豊かな時間という。ありのままに生きることが、そのまま簡素な生活を生きることである。
金や名声よりも、精神を高く、そして真理をもとめる生活がより大事であり、その時間こそ豊かな時間といえるのではないか。 
自然の美しさや音楽を聞いていて感動したり、心の底から笑うのも豊かな時間といえる。
そのためには、やはり孤独の時間を自分の生活のなかに確保しなくてはならない。孤独の時間とは内面へ向かう時間といってよい。
  ー孤独、感動、感謝、自然、真理の追究、笑い、等がキーワードー
私にとって散歩が最も孤独であり、孤高な充実した時間になっている。そういえば、この随想日記を書いているときもそうだ。
そう考えると、本当に豊かな日々を過ごしていることになるが、不景気で経営の悩みが丁度よいくらいマイナスになっている。
  まあ人生とはそういうものだ。

・・・・・・・・・
2003年06月12日(木)
799, 「ありがとう」の言葉?2
「幸せの宇宙構造」 小林正観著 弘園社刊
 
(昨日の続き)
 ・・・ある講演会に『ありがとうの実践会』の人が200人ほどいらっしゃったとのことでした。
『私は60万回』『俺は70万回』『今はまだ97万回』というような人が次々に現れ、私は驚きました。
5万、10万回という人は結構多かったのですが。
『ありがとう』の回数が5万回あたりで、奇蹟が起こるモードが第一段階がくるらしい。
10万回あたりで、第二モードがくるらしい。50万回あたりで第三モードに入り、
100万回を越えたあたりで第四モードに入り、1000万回を越えたあたりで第五モードに入り、
一億回を越えたあたりでは第六モードに入るらしい、というものです。
その『ありがとう実践会』の中に癌の人がいて、20人くらいの仲間がみんなでその人を囲んで、
朝から晩までただひたすら「ありがとう」を言い続けたところ、その人の癌細胞が無くなってしまった、
という例も(以下字数の関係で中略カット2008年06月12日)
・・・・
とりあえず、毎日500回を一ヶ月続けてみよう。
そうすると二ヶ月で3万回になるが、私の場合は到達する前に、
不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句を数百回言ってしまうから、
涙が溢れることはない。いったという事実は事実である。
毎朝、両親と仏様には5?6回は言っていたのだが、まだまだ甘いことが解った。
数ヶ月後には仏様みたいになっているか(笑い)。
                      ーつづくー
・・・・・・・・・
2002年06月12日(水)
435, 酒の話ー2      
?酒飲みの作法ー

女か酒か博打どれか一つは、癖の悪いものがあるものだ?私の場合それが酒だ。
かなり危ないことが多くあった。警察沙汰にならなかったっことが不思議なくらいだ。
それでも最近は2年に一度は?? 酒で失敗したことで、かなり自分の人生で失ったことが多い。
しかし全然後悔していないのも、それだけ酒が好きということだろう。
更に失った以上に、失ったことで逆に得ていることのほうが多い??
子狐との喧嘩はむしろ??、いやしないほうがいいか?!
酒席はお茶の世界と同じで、一会一期で飲んでいる。ボトルを入れる人の気持ちが解らない。
従って、非常に楽しい思い出が山ほどある。ただ飲みすぎて身体を壊さないように自己ルール化をしてある。
ー30数年の痛飲からの知恵である
タブーとしてー自己規制
・一人酒 a 一人で気にった店を探して入るプロセスを楽しむ酒
     b なじみの店に一人通う酒-
・自宅での日本酒の晩酌  ?これが一番危ない、蓄積される 。
     自宅で飲んで二日酔いしてる馬?がいるーその代替として7~8年前より紹興酒に切り替えた
・誘い酒ー こちらから誘わない
・二日続けての酒席ー どうしても重なるが
・自棄酒ー面白くない時の憂さ晴らしの酒 ?不快さがより深くなる
・子狐との同席ー最近これだけは十分気をつけているつもりだが・・
・人の噂、悪口を話題にしないー 子狐どもの子狐たらしめているもの
・女性と2人だけで飲むことー家内は除くーよった勢いで???
・23時を目途とする
このルールを憶えるまでに数千万の金と、あわや???のリスクを負った。好きとは、こういうことだ。
実際の酒乱はこんなもんじゃないと聞く。 軽症と思っているが。一応許容範囲か???
記憶が全く無くなるという、はじめは言い訳と思っていたが。実際経験してみて、嘘でないことが解った。
「酒飲まずタバコを吸わず100まで生きた馬鹿がいる!」というが、どうであろうか?

・・・・・・・・・
2001年06月12日(火)
[50] 日本のプロ野球がつまらない!

どうして? もちろん理由は解っている。
野球もいっきょにグローバルになってしまった為で、またイチロウ効果だ!
いい意味で野球馬鹿の長島監督、もちろん監督としての裸の王様を、彼も含め皆で遊んでいた!
でもそれが自分の姿をと解っていながら!アメリカの隷属国家の日本の微笑ましさ!アメリカは多民族社会の実力社会。
野球に関してとくに土壌が違う!ここまで日本のプロ野球を駄目にした読売新聞の痴呆老人の渡辺某! 老醜の判断ミス!
正しく認可民放の象徴たる日本テレビの壊滅の姿が、あのミスターのジャイアントである。
スター気取りの巨人選手がグローバルで見た時、もう言葉でいわないほうがいい
‘巨人大鵬卵焼き’の自分がここまで変わるとは。



2989,歩く木

2009年06月11日(木)


 歩く樹木があるという、その名は”ウォークパーム”。
アマゾンに生息しており、太陽の光を求めたり、成長するための空間を確保するために、
根をタコ足のように伸ばして年に10数センチも移動する。アマゾンの中でも樹木の争いがある。 
光の当たる方に根を伸ばし、陰になったほうが腐ってくのだそうだ。
50年で5〜6メートルも移動するのだから大変なものだ。 (人間でも、それさえできないのがいる?)
そういえば、ネパールの森林深く入った処でみたのは、根を持たないで隣の木に抱きついて栄養を吸い上げ、
涸れると次の樹木に移動する木を見たことがある。 その時に何か女性を連想してしまった。まあ、いいか。
直径一メートルの樹木が巻きついている様相は何か不気味な感がしたが、移動する方も不気味である。 
木は根を持って、大地に張り付いているものと思い込んでしまっているから、その意外性に驚かされるが。 

 昆虫を食べる花とか、他の鳥の巣に卵を産みつけ育てさせるカッコウがいる。
羽根の付いた飛び魚もいるし、飛べない鳥もいるし、もっと凄いのは
「考えることを放棄している人間もいる?」(あなたのことではありません) 
世界は、私たちの想像を絶する自然現象が多く存在をしている。 
知っていること以外は無知、いや未知ということ。その知っていること自体が怪しいから、どうもこうも。

・・・・・・・・
2008年06月11日(水)
『いのち楽しみ給え』吉川英明編  (講談社)

 まずは、 第二章 人間の本質 から抜粋してみる
 ーー
 理想のない漂泊者、感謝のない孤独、それは乞食の生涯だ。
 西行法師と乞食とのちがいは、心にそれがあるかないかの違いでしかない。
   評)理想ある漂流者、感謝のある孤独か?詩は心だからである。 (『宮本武蔵』火の巻) 
  ー 
 今の足の向き方ひとつで生涯大きな違いが生じるのだ。 必然こうなるものだと
 決定された人生などがあろうとは考えられない。偶然にまかせて歩くよりほか仕方がない。
   評)必然と偶然、哲学の話になる。               (『宮本武蔵』火の蓋)
  ー
 一個の人生にしたところで、余り気まま暮しな人間や、物に困らないものが、却って、
 幸福でない例を見ても、総括した民心というものにも、艱難する時代と、共栄謳歌する時代と、
 こもごもの起伏があっていい。なければ却って、民心は倦む。   「新誉太閤記」
  ー
 生きようとすれば、あがきの爪が、何かをつかむ。         (『「本太平記」みなかみ帖)
   評)最近の若者の大多数?は、あがきもしない。
   ー
 どんな大難も、一過を待てば、おのずから雲間に晴天を見せてくれる。(『「本太平記」帝獄帖)
  ー
「なべて眼のあたりのことは、うこかし難い、また、変るなき鉄則に見えますが、
 どんな現実というものも、じつは間断なく変っています、変るなと願っても、
 推移せずにはおりませぬ。人の境遇も、人お互いの心も」(麻鳥)  (「新・平家物語』静の巻)
  ー
 人と人との応接は、要するに鏡のようなものである。 驕慢は驕慢を映し、謙遜は謙遜を映す。
 人の無礼に怒るのは、自分の反映へ怒っているようなものといえよう。(「三国志」 望蜀の巻)
   評)人を恨めば穴二つ、ということか。
   ー
  はたらいた俺にはあるぞ夕涼み 「書簡・詩歌集」     評)はたらかぬ俺にはあるぞ閑の味
  老けて行く春を化粧の瓶の数  「書簡・詩歌集」     評)老けていく春をサプリの殻の瓶
  どん底の人に不思議な顔の光沢(つや)「書簡・詩歌集」  評)去年、癌で亡くなった人の顔
--------
 評)は無かった方が良かったが、これを書かぬと味気ない。
    後で読み返した時の(いま・ここ)の自分のマーキングである。
                            ーつづく
・・・・・・・・・
2007年06月11日(月)
2260, ミスター・ドーナツの原価?       
           (っ´Ι`)っ { おはよう
先日、新幹線で学生が二人話しているのが聞こえてきた。「ミスター・ドーナツでバイトをしているが、原価が6〜7円。
手間がかかる分、荒利が大きい。」との二人の話。  そうすると原材料費が大よそ20分の1ということになる。
まあ、空気を食べているようなものである。 要はお客を如何に呼び込める!かである。何でも同じだが。
ミスター・ドーナツの繁華街店の入れ替わりが多いと聞いているが、新潟市と長岡市に関しては粘り強く生き残っている。
過去にフランチャイジー料が、ベラボウに高く問題になってことがある。
実際フランチャイジー店を経営していた人の話を二人から聞いたことがある。
「あれは儲からない!」と。 しかし長岡の「ミスタードーナツ」は、順調のようである。
ちなみに、コーヒー専門店の売価と原価の割合に似ている。
コーヒー豆によるが砂糖、ミルクを入れた原価は30~50円で、似たようなものである。 
ウドンもソバも似たような原価。うどん粉や蕎麦粉代など、10円もしない。
だから、あまりお客が入っていない店が何故か営業を続けていられる。
話が変わるが、家賃は飲食の場合、売り上げの10?。飲食店主の感覚は、5?か、三日間の売り上げが目安。
ちなみに人件費は、荒利の35?40?である。TVとかラジオなど製造の場合は、それぞれ違うだろうが、
工場出しの出荷の原価が30?35?。 ただ何ごとも例外があるが。
                  ヾ(´Д`、)マタ
・・・・・・・・
2006年06月11日(日)
1895, 閑話小題
                   おっ w(゚Д゚)w ハァョ?
ー長岡スーパー戦争が面白そう!ー
倒産したスーパーツチダの旧店舗を新潟市を本拠を置くウオロクが引き継ぐことになったと、昨日の新聞に載っていた。
ウオロクもあまり芳しくない話を聞いていたが・・他に引き受けてが無かったのだろう。
関係者の話によると、「地元のスーパー原信と感情的になっているほど、商売上の叩きあいが凄い」と聞いていた。
これで長岡市内で両者の叩きあいが始まるが結果として原信が勝つだろう。正攻法の原信と、我流が目に付くウオロクでは、
最終的な結果は明らかである。ウオロクに大手の資本?が云々と、考えてしまうが。 私の推測でしない。
原信も、来春のユニ系のアピタのオープンも控えていて、その対応もあり安閑としていられない事態であろう。
ウオロクが大手の支配化に入った時・・他の心配するなら、自分の心配をしろ!という声が心の奥から聞こえてきた・・全く!

ー最近、いやに本が面白い!ー
  最近いやに本が面白いと感じるようになった。
  どういうことか考えてみたが、「面白い本を見つけ出せるようになった」ということである。
  今年になって「ウェブ進化論」「グーグルGoogle」「ローマから日本が見える」
   「ずっとやりたかったことを、やりなさい」「ジム・ロジャーズの世界を行く」
   「不良のための文章術」等々、とびっきり面白い本に行き当たった。
  この殆どがグローバル化ならではの本でもある。情報化時代のグローバルの見方が面白く書いてある本である。
「不良のための文章術」は、自分の思いではなく、他人が見て面白い文章の書き方の本である。
  最近、本が面白くなってきたのは、物書きというプロの書き手でなく色いろの分野の人が、
  それぞれの世界の潮流を、外の人に解りやすく伝える時代になってきているからだろう。
  ブログが世界を根底から変えようとしている。書店を定期周遊をしていると、
  難しい内容を図解や漫画などで解りやすく書いてある本に出くわすことが多くなってきた。
  難しい問題が解りやすく書いてあると面白く感じるものだ。
          ヾ(^ω^*) ジャ、また! 
・・・・・・
2005年06月11日(土)
1530, わたしの酒中日記?6
金沢ー4   ー1972年3月末日

大学時代の友人の島村君が訪ねてくる。年賀葉書に金沢にいると書いたためだ。
何か金沢というと、東京では憧れがあるようだ。会社の同期の桜井君が訪ねてきた。
寮には社外の宿泊禁止規定があるが,こっそりと泊める。
これだけうるさい会社で、二回も規定違反をするのだからスリルがある。
二人とも、寮に泊めてもらうつもりで来ているから。
夜に落ち合って、香林坊で飲む。金沢の独特の雰囲気にのまれ、行く先々に興奮気味だった。
私の現状はこれ以下ない惨めさである!観光気分の立場とは全く違うのだ。
それにしても、大学を卒業して激しい環境にいたのを島村君と対比して実感する。丸善石油の総務にいて、
ほとんど苦労していないみたいだ。それに引き替え私は、あまりにも惨めな気持ちである。
居酒屋にしてもスナックにしても、東京の世界とは全く違う。
ただただ目を白黒している。直感的に金沢の異質な世界がわかるようだ。
最後はホテルの最上階のスカイラウンジに連れて行く。
金沢の街が一望に見えるバーカウンターで、学生時代を懐かしむ。
しかし懐かしむほど、惨めな気分になる。サラリーマンは気楽で良いものだ。
「私は独立を目指してここにいる」という気持ちが、現在の自分を支えているだけだ。

・・・・・・・
2004年06月11日(金)
1165, 哲学について?2

 「私は何をすることができるか」の「形而上学」は事物の本質、
 存在の根本原理を思惟や直観によって研究する学問であるが、
 ーアリストテレスにおいては存在一般を考察する存在論、また超越的なものを探究する学問であった。
 ーカントは純粋理性からの認識論をめざした。
 ーヘーゲルは反弁証法的思考を形而上学的と呼んだ。
 我々の住む世界の特徴は、空間(三次元)と時間(一次元)から成り立っているが、
その「空間とは、時間とは、そもそも何ぞや」という疑問から、その問いに対する答えを
探そうとする。そこでは信仰にすりかえたり、権威にすりかえることは許されない。
哲学といえば、さきほど述べた形而上学には二つの基本課題がある。
・「存在するものは何か」
・「もし何かを知ることができるとしたら、それはどのようにして可能か」である。「存在論」と「認識論」である。
この何が存在し、何を知ることができるかという課題は哲学で探求される問題の大前提である。
哲学を芸術と宗教と科学の違いから見てみると
ー宗教は理より信仰がまずあり、宗教心を育てることに重きを置く。
ー芸術は哲学とものごとの底流にある真実をもとめ、人間を理解しようとするが、
 その手段が絵画や音楽などの作品を通して直接的な感にうったえる。
ー科学もしかりである。真実を追究するが、実験や観察によって答えが出せる問題に限られる。
 物質的な問題が主になる。
フォイエルバッハではないが、「宗教にとっては、神聖なるもののみが真実である。哲学にとっては、
真実なるもののみが神聖である。」というが、芸術は、さしずめ作品そのものの感動が真実である。
これらはけっして相反するものではなくどれも宇宙や社会や人間の存在という
不思議を深く理解しようとするものである。また、直感と批判をどれもが必要としている。
                           ーつづく
・・・・・・・・・
2003年06月11日(水)
798,「ありがとう」の言葉  ?1

長年生きてきてつくづく感じるのが「幸せ系の人」と「不幸系の人」がはっきり分かれていることである。
家柄、結婚の相方との相性、本人の品性等いろいろの要素がある。 多くの人を見てきて、不幸系の人に
感謝の念が足りない人ー特に両親に対する感謝が少ない人ーが多いことに気づいた。
両親に対する不信感ーが本人を不幸にしていることに気がついてないのが、
更に不幸を拡大している。その不信感が人間観になってしまうからである。
夫婦間のトラブルー権力争いーが子供を傷つけ、子供が恨みで感謝を忘れてしまうことも起因している。
人間には感謝はしないが感謝される事を求める傾向がある。
昨日図書館で何げなく借りてきた本を読んでいたら、あるページに目が釘つけになった。
 以下に書き写してみる。
ー不思議なことに、心を込めない「ありがとう」でよいから2万5千回ほど言うと、涙が出てきます。
呪文のように言っておくと、その累計が2万5千回を越えたあたりで、突然涙がどっとあふれてくるということが、
多くの人にあるようです。その涙というのは、短い人で1時間、長い人で3時間、平均2時間ほどで、
とにかく止まらないのです。こんなに自分の体から涙が出てくるものと思うほど激しく流れ続けます。
この涙が出終わって、そこからまた続けて「ありがとう」と言おうとすると、今度は心の底から感謝の念がわいてきて、
体中が温かい思いに満たされ、本当に有り難くて「ありがとう」という言葉が出てくるようです。
 さらに、心を込めた「ありがとう」が湧いたところから、2万5千回ほど
心を込めて「ありがとう」を言い続けると、なぜか突然「私」にとって奇蹟と思えることが起こる
ようになります。この話をあちこちでしていて、「実際言ったが、そんな涙出てこない!」という質問を受けました。
私はその人達に同じ質問をしました。「2万5千回に到達する前に、不平不満、愚痴、泣き言、悪口、
文句を言わなかったですね」と。その答えはすべて「言ってました」でした。
「それを言った瞬間、チ~ンという音がして、『ありがとう』の回数がゼロになったのだと思いますよ」
と答えています。・・・
ー続くー
・・・・・・・・
2002年06月11日(火)
434,創業の勧め??

過去に創業を何回か繰り返してきた。好きで自分で望んだ事だから、そう苦ではなかった。
しかしそう甘くもなかった。その時は、のるか反るかの大勝負を賭けている。
やはり脳は全開、見えない相手を考え尽くした上で一つづつ判断していかなくてはならない。
ゼロからの出発である。表面には出してないが、しかし色で出ているだろうが、キーワードは「発狂」である。
まったく存在してない自分の主張を、実際のカタチに創り上げていく工程を踏んでいるのだから。
部外者の人は狂っているという。そうでなくては実際新しい創造は不可能だ。
基本に忠実にゼロから一人で、一日一日孤独の行為の積み重ねである。
その時、見えるのは人間の浅ましさと嫌らしさである。これは自分の事でもある、人間の底である。
・人間はエゴであるー生命の発展はそれぞれのエゴイズムが原点である。
・それがどうしたというのかーその当然の行為を始めたのだ。・その積み重ねが事業の出発点である。
・馬鹿二代目が冷笑している、結構である。むしろそれが正しい事を証明してくれている。
・赤裸々な莚旗を立てた赤裸々な姿、それが創業である。
・事業に関していえば、まずは金そして金そして金・・・・
  ・・・・・金である。
それを命を賭けて投資するのである。なけなしの金と銀行から借りた資金を合わせて、
その「思い込みの対象」に対する命を賭けた博打である。 
それが面白いといえば面白いが、それは結果がよければの話しである。
いま世の中の風潮で創業の勧めがあるが、そう甘いものではない。
コツがあるとすれば、時間をかけた準備、準備、準備、計画の練り上げしかない。
500?の成功確立の見通しになるまで練り上げるしかない。それで実際のところ50?しかうまくいかないだろう。
実際のところ事業を始める時、自分の心に約束した全て失っても後悔はしないと。創業は勉強になる!それでこの程度!

・・・・・・・
2001年06月11日(月)
「49」一期は夢 ただ狂え

 世の中はチロルにすぐる チロリチロリ
 何ともなやなう 何ともなやなう  浮世は風波の一葉よ
 何ともなやなう 何ともなやなう  人生70古代稀なリ
 ただ何事もかごとも  夢幻や水の泡
 笹の葉に置く露の間に あじきなの世や 夢幻や南無三宝
 燻む人は見られぬ 夢の夢の夢の世を 現がおして
 何しょうぞ くずんで 一期は夢よ ただ狂へ
                       ー 閑吟抄ー
470〜480年位前、富士山の近くに庵を開いていた名も知らぬ男が古今集をまねてつくった歌の一つ。
‘人生など一瞬でしかない。なら狂ったようにしたいことをして生きたいものだ’と言う内容である。
今年の年賀状にこの一節を載せたほど、感じろところがあった内容だ。500年前この無名の男の人生
‐過去に何があったのだろうか? 今500年の時空を越えて、激しく共感するのはなぜか!


2988、「平均」顔は美しい

2009年06月10日(水)


 「世界は感情で動く」 マッテオ・モッテルリーニ著   読書日記

 * 面白い実験 ー「平均」顔は美しいー
 
 世の中には面白い実験をする研究があるものだ。目・鼻・口・額などの部分を、それぞれ平均して
合成した顔が、その中の誰よりも美しい顔になったという。 考えさせられる結果である。
国民の裁判制度が始った現在、特に考えさせられること?。 アメリカで長年にわたって
取り入れられてきた裁判員制度だから、裁判長の1人の判断より公平かつ、信頼度の結果があるからだ。
それと平均顔の方が美しいと同じと考えるのも何だが、裁判員制度も悪くはないような気がする。 
秋葉原のワシントン・ホテルで若い女性の幽霊の顔が浮かんでいるのを見たことがあるが、
これを読んでいて、あれは数千人、いや数万人の平均顔に思えてきた。ノッペラした何の特徴もない顔だった。
 ー まず、その部分を書き写してみる ー  P-185
 テキサス大学の心理学者ラングロイスとログマンは一九九〇年、「平均的な」男女の顔は、
その「平均的な」顔をつくるのに使った個々の人びとの顔の誰よりも美しいと判断される、という結論に達した。
二人はこの実験のために、336人の男子学生と214人の女子学生の顔写真を集めることからはじめた。
その後、男女それぞれのグループから無作為に96枚を選び、そこからさらに32枚から成る部分集合をつくった
(男子の集合が3つと女子の集合が3つ)。これをもとにして「平均的な」顔をつくるのは簡単だった。
リタッチのプログラムを呼び出し、いくつかの写真をクリックし、それぞれのピクセルに数値を与え、
さまざまな写真から詳細部分の平均を引き出す。
 二人の研究者はおおよそこのようなやり方で、女性の平均的な顔を3つ、男性のそれを3つ作りあげた。
それから80人ばかりの人に、「平均的」人相を作るのに使ったほかの写真と比較してもらった。
すると男性の「平均的な」顔も女性のそれも、合成するのに使ったほとんどすべての本物の顔より美しいと
判断されたのである。  なんともうるわしい結果であろうか。
しかし、これは「合成した顔がすべて個々の顔より美しいのは、多数の人の平均的顔には、
一つ一つの表情を傷つける様々の欠点が見えてこないからである」と結論づけている。
集団の「平均的」判断としてまとめられるてしまうと、個々の間違いや偏見がチャラにされるからである。
  〜〜
 以上だが、美はバランスである。 目や鼻や口の形もバランスー均整がとれているのが良いということ。
バランスか〜、 バランスでしかないのか〜、 服装、化粧は、そのバランスを直すことこと。
人間の持つ幻想は、そのバランスに惑わされやすい、ただ、それだけのことなのか? 
クレオパトラは、大した美人ではないが、幻想を活用することを知っていただけ!と言うが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2624, いのち楽しみ給え ー1
2008年06月10日(火)

   図書館で借りてきて、直ぐにアマゾンで注文をした本である。
   長男が吉川英治の本の中から、人生の言葉を選んだもの。
   なかなか、味わいのある言葉が並んでいる。
   吉川英治といえば「宮本武蔵」「三国志」「新書太閤記」を読んだが、
   これだけ、多くの「心に残る言葉」に再び出会えて良かったが、
   当時読んでも、その深さが解らないものも多かった。やはり人生の経験を多くしてみないと
   理解できないこともある。。
「いつもの時代でも、亡ぶ者が、かならず抱いている滑稽な信念は、(おれは亡ぶ者ではない)という錯覚である」
  『新書太閤記』が、新鮮に聞こえてくる。

    『いのち楽しみ給え』 吉川英明編(講談社) ー読書日記ー
  
 まずは、第一章 生きるということ より
  ????

花は、散る支度をし始めるときが、花の一生のうちでもいちばん美しいし、盛りも見える。」
                                「新・平家物語」
??
幸福とは その人の心の手のひらがそれを持つか持たないかだけのはなしである。
       幸福とはじつにそんな平凡で無味ににたようなものだ 「草思堂随筆」
??
円(まる) 円   
いくら見ていても、円い線はどこまでも円い。 果てなく、屈折なく、究極なく、迷いなく円い。
この円を、乾坤にひろげてみると、そのまま天地。 この円を縮めてみると、そこに自己の一点がある。
自己も円、天地も円。 ふたつの物ではあり得ない。 一つである。
                                「宮本武蔵」円明の巻
??
無為の苦しさは、無為を悶える者でなければ分らない。
安楽は皆 人の願うところだが、安楽安心の境地とは大いにちがう。
なさんとして、何もできないのである。
                                「宮本武蔵」円明の巻
??
平常の取捨は、熟慮のいとまもあるが、生涯の大運は、突として来る。
(右か? 左かり?)は、多くは急場に迫って来るものである。
                                「新書太閤記一
??
 むすめに与ふ
         昭和三十六年夏軽井沢にて
                   或る雨の夜
倖せ何とひと問はば  むすめはなにと答ふらん
珠になれとはいのらねど  あくたとなるな町なかの
よしや三坪の庭とても  たのしみもてば草々に
人生植ゑるものは多かり       「書簡・川柳・緋句・詩歌集」
??

朝の来ない夜はない           座右銘
??

「なべて眼のあたりのことは、うこかし難い、また、変るなき鉄則に見えますが、
どんな現実というものも、じつは間断なく変っています、変るなと願っても、
推移せずにはおりませぬ。人の境遇も、入お互いの心も」 (麻鳥)
                               「新・平家物語』静の巻
                  ーつづく
 ・・・・・・・・・
2007年06月10日(日)
2259, 今日、ホームレスになった ?2
      (。・∀・)ノ゛おっは?よう!

 ホームレスにも二種類ある。辛うじて簡易ホテルや、深夜喫茶、ネットカフェに泊まっている人と、
 ダンボールや、テントの住人である。
  駅の構内のダンボールの住人は毎日のように見かけるが、暗い虚ろな表情が何とも悲しそうだ。
  コスプレの可愛い動物の帽子を被った若い女性が一年以上、新潟駅構内にいるが、服装がドンドン汚れて、
  今では毛布一枚を持って歩いている姿が痛々しい。 若い女性というだけで気の毒なのに。   
 この本の中の、ホームレスの悲鳴に似た叫びの言葉を幾つか抜粋してみよう。言葉の中に深い響きが聞こえてくる。
   ???
*エリート系サラリーマンの誤算*
(字数の関係でカット2008年6月10日)

・・・・・・・・・
2006年06月10日(土)
1894, 不良のための読書術ー2
      おっ w(゚Д゚)w ハァョ?

「本は見た目だと!」という声も、心の奥から聞こえている。
 文庫本は幾多出版された中で、単行本として生き残ったではないか。
「文庫本の中にこそ良い本が残っているのに、表装が良い本がよい本を
 勧めるのはオカシイではないか?」というのも肯ける。
   この本は若者向け、初心者向けの本として割り切ってみないと・・・
   だからこそ鋭い切り口になっている。

=その面白そうなところを、筆者の方法で拾い書きをしてみた=
   
   ・ゴダール式読書法の基本とは
    本を手に入れたら、適当のページを開いて、
    20~30ページを読む。ただそれだけである。
    読むページ数は決まってない。
    小説の場合はやや長めに一章まるごととか。
    短編だと一編丸ごと読む。
    それで解らないのは著者か編集者が悪いと思う。
    ここで一番難しいのは、その本の何処を読むかである。
    どんな本も本文の一ページに力が入っているという法則がある。
    これを「ツカミの法則」という。それと、実用書などでは、
    巻末の索引から、関心のあるキーワードを探し出す。
    30~40ページも読めば良い、くれぐれも全部読もうとは初めから思わないこと!

・本はタッチ・アンド・バイである。良いと思ったら買いである。
 そんな時、本の値段を他のものと置き換えてみればよい。
 コーヒー一杯500円と、文庫本。
 居酒屋の突き出しとビールと、単行本。
 専門書なら、ジーパンかウィスキー。
 そう思えば、良書は安いものである。
    ・良い本は見てくれでわかる。
     良い本は見た瞬間グッとくるものなのである。
     本は見てくれでないと言うが、本は見てくれなのである。
     よくない本に見てくれを良くしようとするわけが無い。
・読書は悦楽の狩猟と宝探しと思えば良い!
    ・本は全て辞書と思えば良い。
     適当に見たいところを見ればよい。
・筆者が生み出した「擬似速読術」
 *小説やエッセイを読むときには
 「  」内の会話だけを読んで、他の文を無視する。
  これは高校や大学入試のテクニックにも応用されているらしい。
 *専門書や実用書を読むとき、
  キーワードとなるような漢字とカタカナだけを拾い読みする。
  1P全体を見ると何度も出てくる言葉である。それがキーワードである。
 *一つの行の上のほうの10文字だけとか、まんなかへんの10文字だけを読んでいくもの。
  これはどんな本にも応用できる。
   ーー
  一箇所に拘らないで、まずは鳥瞰せよ!ということ。
鷲になって獲物を探すように本をみればよい!
              i (ω・`) bai
・・・・・・・
2005年06月10日(金)
1529, 「人を動かす」?1
      ー読後38年目の読書日記

この本は思い出深い。学生時代に出会い、この原則を忠実に実行してみた。
その結果、数ヶ月もしないうちに、私の周囲に多くの人が群れだした。
丁度、都会の生活にも慣れ、脱皮の時期であった時に書店で見つけて読みながら一つずつ実行したのだ。
成る程、
・自分の言いたいことを我慢して相手の話を聞き、かつ認めてやるのは難しい。
・それも相手が自分自身を重要人物と納得するように誘導するのだから。
・人を非難するかわりに、相手を理解するように努め、
・相手の話に興味を持って聞いてやることこそ万人の求めていることなのだ。
 人は他人の親が死ぬことより、自分の歯が痛いことの方が問題である。
心がけていると、身に付くものである。その時から、一人一人と友人が増えていった。
この本の冒頭に社員を300人以上解雇した男の例をあげている。
部下に褒め言葉一つも言わない、いやな上司の典型だが、カーネギーの講義を受け
「けっして批判したり、責めたり、文句を言ったりしない」という
原則を実行すると、その男は「314人の敵を314人の友に」変え、
それまでなかった部下の忠誠心を高め、増益を出したという。
それだけでなく、家族がさらに彼を愛するようになったし、人生観ががらりと変わった」という。
「人間は誰も重要な存在になりたい」という大きな欲求がある。
この認められたいという渇望を理解している人こそ、ひとを幸福にする方法を知っているのだ。

過去に、世界42ヶ国で2000万冊以上も売れた本である。
<あるHPに、この本の原理原則がマトメてあった>抜粋してみる。

ー人を動かす三原則ー
(字数の関係でカット2009年6月10日)

・・・・・・・・・
2004年06月10日(木)
1164, 哲学について ?1

哲学について、いつか書いてみたいと思っていた。といって、これは簡単に書けるテーマではない。
知識の浅さがそのまま露呈してしまうゴマカシがきかないテーマであるからだ。
そうとわかっていても自分のために、まとめてみたいという誘惑にかられる。
挑戦をしてみるが、知識や経験の浅さを露呈しても今更と割りきるが、しかし恐ろしい。

今まで哲学書で、一番納得したのは末広渉の「新哲学入門」である。
「従来の物的世界像から事的世界観への転回をはかって、認識、存在、実践の三つの側面から、
私たちを捉えている近代的世界観の根底的批判を展開し、新しい知の枠組への案内を試みている」と、
説明文に書いてあったが。
 ーーー
日常におわれていて、ふと日常のおなじパターンを繰りかえしていることに疑問を感じ、
「このことに何の意味があるのだろうか」と疑念を持つことから哲学が始まる。
この随想日記で「世間さま」を茶化して書いてきたが、これも哲学の初歩的なものだ。
「我々が住む世界の基本的な概念と原理に疑問に持つこと」が哲学の始まりである。
前提そのものを先ず把握して、それを疑ってかかることが哲学の始まりだ。過去の歴史的な偉大な哲学者が
2千数百年にわたり,いろいろな概念を思索して根本的なことを解明しようとしてきた。
いまさら根本問題を深く考えても仕方がないが、といって避けては通れない問題でもある。

ー哲学そのものについては
 カントの哲学の定義が分かりやすい。
 (一)私は何をすることができるか。
 (二)私は何を為すべきであるか。
 (三)私は何を希望してよいか。
 (四)人間とは何であるか。
誰もが、漠然と常に考えている問題である。
 第一の問いに答えるのは形而上学であり、
 第二の問いには道徳、
 第三の問いには宗教、
 第四の問いには人間論が答える。
  人間論に含ませてしまえば哲学も簡単であるが。
学生時代、自分というものに目覚めた時、そして社会を目の前にしたとき
まず直面するのが、この問いである。そしてわからないまま、とりあえず社会に飛び出していく。
そして晩年になって過去を振り返り、ふたたび後悔という意味で結果論として問い直す。
 (一)私は他に何をすることができたのではないか。
 (二)私は何を為すべきであったのか。
 (三)私は何を希望すればよかったか。
 (四)人間とは何だったのか。
そして、後悔と、自己満足の間をゆれる。
哲学はなけっして難しい問題ではない、身近な問いかけでしかない。
                          ー つづく
  ーーーーーーー
 書いていて、恐ろしくなってきた。
 何もわかってないのに、解ったような気になって適当の文章を書いているのだから。
 目的は、それぞれの有名な哲学者の言葉・思想を何人かまとめておきたい
 前段として、この恐ろしいテーマに挑戦する。やめておいた方がよさそうだが。
 「ショーペンファウアーについて」等のテーマを、何冊かの本からまとめた内容を、冷静にみるのも面白そうだ。
 ダイジェストの本はいくらでもあるが、「哲学について」のテーマで10以上書いたら、
 やはり世界観が変わってくるだろう?  何処まで続くか?
 
 ・・・・・・・
2003年06月10日(火)
797, 流通業界よりみた時代の変化ー

流通業界の事は度々書いているが、10年前の状態と今を比べると段差に驚かされる。

ー10年前は、
・ダイエーの中内功は、まだ他の会社の建て直しをしていた。
・西武グループの堤清二もバブルの後始末に入ったところであった。
・マイカルーニチイも創業者の一人小林某が、マイカルシティーとかいう、
 アメニティーなど入れた複合の施設をつくっていた。
・長崎屋も駅前型から郊外にその重点を移そうと必死であった。
・ヤオハンは香港に本部を置き中国に出店を始めていた。
・ソゴーも大型店を破竹の勢いで出店していた。
その全てが潰れてしまったか解体である!時代の変化の激しさを痛感する。
すべて多角化によるエネルギーの分散による競争力の低下で自滅したパターンである。
当時チェーンストアのコンサルタントの渥美俊一は現状に近くなる事を予言していた。
今だに元気のよいのが、イトーヨーカ堂とジャスコ、それと十数年前に一時潰れそうになったユニー。
今後10年後はどうなっているか?というと、想像すらつかないのが流通の世界である。
もっとも日本そのものがどうなっているのかも想像を絶するが!
経済的大変動に90?以上は襲われているはずだ。愚民の選んだ自民党と官僚の利権維持の為である。
それとアメリカの毒饅頭をタップリ食べさせられたことも背後にある。
若い人は本当に大変だと思う。大激動時代を生きていかなくてはならないからだ。
話しをもとに戻すと、この情報革命と、グローバル化により想像もできない流通形態になっいるだろう。
ビジネスの宿泊が3分に1に僅か2~3年で激減する時代である。当面始まるのが東京周辺の百貨店の淘汰。
高島屋、東急、松坂屋とか株価欄を見ればいくらでも候補がある。
まだ高島屋みたいに表面化してないところもあるが。

・・・・・・・・
2002年06月10日(月)
433,自由ほど不自由なものはなし!

自由ほど不自由なものはなし!誰もが経験がある事だと思うが。
 ー至近の例で、
サラリーマン生活をしてきて、待っていた定年がきた時ただ呆然。
こんな筈でなかった、何もできない自分に直面する。あれだけ求めていた自由に躊躇してしまう。
今まで束縛されていた組織からの自由を求めているだけ。
「自らに由る」という言葉の意味さえ考える余裕も無かった自分に直面する。
如何してよいか判らない。仕方がないので、それまでの行動をとるしかない。会社の近くに同じ時間に出勤。
今まで行っていた喫茶店やスナックなどの溜まり場に行きざるをえなくなる。
目の見えない首輪がそのまま付いたままなのだ、紐まで付いたまま。
そして紐付き首輪を付けて、それまで出たことのない同級会に出たりする。
「元・・などの肩書き」はそこでは何も通用しない事をそこで思い知らされる。
そして他の軽く軽蔑してきた人と同じレベルまで引き摺り下ろされる。
いや彼らの中味のほうがズット詰まっていることに初めて気が付く。
自らに由るとは何か?自ら判断し責任をとることだ。
ただ群れて、その群れと同じ行動をして、何も考えず判断をしてこなかった自分に初めて直面する。
自由とは本当に厳しいことだ。人に甘く自分に厳しさが基本になくてはならない。
普通、人間は逆になってしまう、自分に甘く人に厳しく。
自由、平等、博愛のフランス革命の精神。 自由に重きを置いたのが資本主義社会。
平等に重きを置いたのが社会主義である。 自由は平等ではなく公平を求められる。
それまでの平等の意識が根底から崩される。もう誰も相手にしてくれない小さな自分にはじめて気づく。
公平?社会がすぐに冷たく圧し掛かってくる。
自由はそれに適応できる人には優しく、出来ない人には厳しく反応してくる。

・・・・・・・・
2001年06月10日(日)
[48] 同じ人生を

全く同じ人生を生きたい!
私の常識的判断では、90%以上の人は‘とんでもない!’と即座に答えそうだが。
しかし生きていく上で、全く同じ人生を生きたい!と思える人生を生きることこそ必要な事と、
ある人生論の本に書いてあった。 そういえば父がガンで死を悟ったとき、母に何回も
「もう一度生まれ変わって全く同じ人生を生きなおしたい」と言ったと聞いた。
その時はやはりとんでもない!と自問自答したことを憶えている。最近そうおもえるようになってきた。



2987,縁は異なもの ー4

2009年06月09日(火)

 河合隼雄が取り上げている次の青山二郎の言葉が熾烈である。
「魂というものが本当にあるものなら、陶器に外形の形の上に現われずにはおかない」とは、
これは美術全般に言えることである。いや、商売にしても、演劇にしても何事にもいえること。
さらに、「精神は認めたが、精神的なものは認めない」とは、グサリと来る言葉である。
 ーその河合の語っている部分をコピーしてみるー
【 憶憬や心酔、それは一面的な「主観」の世界なのである。
そんなのは、没個性的客観と同様に「何物も生みはしないのである」。
主観と客観、現実と虚妄などと、一般に区別されるものの皮膜の間に、確かな「存在」がある。
それを私は「たましい」と呼んでいる。 私は「美」とは無縁と言っていいほどの生き方をしてきたが、
心理療法という仕事をしていると、たましいの真実に触れる体験をする。あるいは、そうせざるを得ないことになる。
そのようなところから、白洲さんの作品のなかの「美」への理解が、少しずつひろがってきたと思っている。
 たましいと言えば、白洲さんの『いまなぜ青山ニ郎なのか』には次のような印象的な言葉がある。
青山二郎は陶器の鑑定においては天才的と言っていい人であった。 その青山ニ郎について白洲さんは
「青山さんが偉いのは、『写真で見れば解る』鑑賞陶器から、『写真で見ても解らない』陶器の真髄、
いわば形の中にある魂を求めたことにある」と言う。  
そして、「人間でも、陶器でも、たしかに魂は見えないところにかくれているが、もし本当に存在するものならば、
それは外側の形の上に現われずにはおかない。それが青山ニ郎の信仰であった。」 これに続いて、青山二郎は
「精神は尊重したが、『精神的』なものは認めなかった。 意味も、精神も、すべて形に現われる。
現われなければそんなものは空な言葉に過ぎないと信じていたからだ。」という烈しい言葉が語られる。
『精神的』なもの言いが「精神」そのものを覆い隠してしまうのである。 我われ心理学者はなどといわれる人間は、
「心理的」や「心」そのものを見えなくしているのではないか、と反省させられる。】
〜〜以上だが、
 世界の主だった美術館で有名な作品の前で思わず竦むことがある。作家の魂が直に伝わってくるからである。
直近では、ロンドンの美術館でゴッホの「ひまわり」の前で、独りで5分位、立ちすくんでしまった。
絵を通して、ゴッホの燃え上がるようなエネルギー(魂)が直接伝わってくるのである。
だから世界の名だたる美術館に人は押し寄せるのである。 「お宝鑑定団」で、陶器の鑑定で映像を通しても
本物と偽者は一目で大体わかる。(そっくり真似た‘写し’は無理だが)これは子供の頃より父と古物商で
数限りの陶器を見てきたからである。 色・形に品格が出ていて、見た瞬間に分かるのである。

・・・・・・・・・
2623, 『12の口癖』 成功者たちの幸運を呼び込む言葉。 ?2
2008年06月09日(月)
                 ー読書日記
 それでは ?「失敗者たちの不幸を呼び込む言葉ー『12の口癖』」?を書いてみよう
   ー私をマイナスにする『12の口癖』ー
* 第1の口癖 「そんなこと出来っこないよ」『とりあえず、後で」
* 第2の口癖 「自分は駄目だから」「馬鹿だから」「どうせ自分なんか」
* 第3の口癖 「神経症だから」
* 第4の口癖 「もし失敗したら、どうなんだろう」
* 第5の口癖 「全然やる気が起きない」「面倒くさい」
* 第6の口癖 「世の中がマイナーだから、何をしても上手くはいかないよ」
* 第7の口癖 「自分は悪くはない、たまたま今まで出会った相手や会社が悪かっただけ」
* 第8の口癖 「自分はツイテナイ、不運だ」」「何で自分ばかり良いことがないのだろう」
* 第9の口癖 「大学を出てないから」「二流大学だから」
* 第10の口癖 「時間がないから」「忙しいから出来ない」「定年後にしよう」
* 第11の口癖 「あの時、逆のことをしておけば。大失敗だった」
* 第12の口癖 「あの馬鹿め」「死ね」「きもい」「あれほど酷い奴はいないよ」
  他には、      
  「べつに」「ビミョー」「どっちでもいい」 「もうダメ」「これで努力が無になった」
  「だって、それは‥‥」「でも、それは‥‥」「何をしてよいのか 自分でも解らない」
  後ろ向きで、出てくる言葉は他人や会社の悪口、そして愚痴である。
  3c主義の逆を地でいっている人である。(*3c=チャレンジ、コンペティション、チェンジ)
  失敗するからマイナスの言葉が出てしまうのではなくて、マイナスをマイナスと受けとめるから
  マイナスになるのである。
  失敗を重ねる度に、受け止める言葉をプラスにすれば、それがプラスの経験になるのである。
  成功・失敗も重ねる度にプラスの言葉が積み重なるのだから、それがツキを呼び込むのである。
  ーーー
 そこで再び成功者の『12の口癖』を見る。
* 第1の口癖「とりあえず、やってみよう」 * 第2の口癖「あなたに任せるよ」
* 第3の口癖「大丈夫だよ」         * 第4の口癖「あせっちゃダメだよ」
* 第5の口癖「気にしない気にしない」    * 第6の口癖「幸せだなあ」
* 第7の口癖「一から教えてください」    * 第8の口癖「ツイてるなあ」
* 第9の口癖「一緒にやろうよ」       * 第10の口癖「それ、おもしろいね」
* 第11の口癖「明日のために負けよう」   * 第12の口癖「信じているよ」
 やはり、幸せになった人は、それなりの前向きの言葉が出る。
   失敗者は「貧すれば鈍する」、 成功者は「馬子にも衣装(言葉)」になる。
 それにしても、失敗者の言葉はスラスラ出る。あまりに愚痴を言う人がが多いからだ。
   それとも、何時も口にしているから? そういえば、最近、どれもこれも口癖になっている。
   全く! しかしプラスも、毎日ノートに三回ずつ書いている。
  「ありがとう、うれしい、たのしい、しあわせ、ついている、だいじょうぶ、ゆるしなさい、
  積極一貫、いま・ここ、なんとかなる、ついている」  書いている割にマイナス内語が多い。

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2007年06月09日(土)
2258, 今日、ホームレスになった -1
            o(*'▽'*)/☆゜’ おはよ????♪                        
                      ー読書日記
 「今日、ホームレスになった」増田明利著 新風舎

   自らの身に置き換えて考えざるを得ないようなリアリティな内容で、13人のホームレスの過去と
   現状が綴られている。路上で暮らす「かつての企業戦士たち」のルポルタージュといってよい。
   実際のところ、フナ板一枚下は地獄であるのが誰も置かれた状態である。 
   彼らのホームレスに至るプロセスを克明に生生しく追っている。
   この本で何人かが「まさか自分がホームレスになるとは!」と述べているが、
   他人ごとに思えない迫力がある。過去を振り返って、あの時もし反対の舵を切っていたら危なかった!
   という経験を何度かしてきた。 人生どこに落とし穴があるかわからない。
   通勤途中に彼らの姿を見かけるので尚のこと切実に感じる内容である。
(字数の関係でカット2009年6月9日)

 ーーー
 2006年06月09日(金)
1893, 不良のための読書術?1
  おはよ?!(*^ワ^*)i  ちくま文庫 永江朗著 
                          ー 読書日記ー

「不良のための文章術」を図書館から借りてきて、あまりの面白さのためネットで買うことにした。
ところが送料無料の1500円には少し足りない。そこで、同じ読者が書いた「不良(プロ)のための読書術」
を買うことにした。既に文庫本になっているので半額である。
「20対80の法則を、違う言葉で言い替えたのだろう」と思っていたが、正にその通りのものであった。
ゴダール式読書法と言い替えていた。 ゴタールという作家の映画の見方がユニークという。
三十分観るとさっさと次の映画館に行ってしまうという。原作を読んでいれば、それで充分なのだろう。
著者はその言葉からピンと来てゴダール式読書法と名づけたという。 それでも面白いのである。
若い人向けの本だが、基本中の基本が書いてある。
「本こそ、外見の見てくれで選べ!」と、誰が書くだろうか? それを、平気で書いてある。
老練の詐欺師が「女は見た目だよ!」と、ある本に書いてあったが、当たらずとも遠からず?である。
数十年本屋に通っていて、見てくれを意識したことは無かった。本は見てくれではない!と思うのが常識である。
しかし、良くないものに出版社が「見てくれ」を良くして売ろうとはしないのも事実である。
見てくれだけを良くして売ろうとするのは、若い娘か、薄っぺらの教養のない男である。
本人は見てくれを良くしているつもりが、どこかバランスがとれてない。
銀座で闊歩する夜の蝶ー蛾を見れば、一目瞭然である。

若いときに、姉に女性の見分け方を教えてもらった。「服装と化粧のセンスは頭の良しあしと比例している。
  センスが良いとはバランス感覚が良いということ。決して良いものを着ているからバランスが取れてるとは限らない。
  バランス感覚が頭の良しあしといってよい」と。なるほど、その後四十数年みてきて、そうであった?80p%は当たっていた。     
出版社がマトモで、金をかけた表装をしてあれば内容も良い確率は高い。図書館で写真集などのコーナーが大きくとってある。
盗まれないように(読書コーナーに行こうとするとき)チェックをされる。
それが嫌で、この数年は行かなくなった。しかし、数千~数万もする写真集が図書館全体の4分の1
のスペースを占めていて、あまり人が入っていない。見た目からいって見た目は徳上のものばかりである。
  そうである、あのコーナーにもっと行かなくては!アチラをジックリまわってみる必要がある。
  単純な、しかし解りやすい理屈である!

ー 次回は、さらにユニークな面白いところを拾ってみる。
            ヾ(^ω^*) バイ! 
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2005年06月09日(木)
1528, 生きて死んでいく重み

最近、中島義道の哲学書をよく読んでいる。そして、この日記にも何度か取り上げてきた。
同年齢ということもあって身近に感じられ、似た考え方だから次々と図書館で借りてくることになる。
特に還暦を八ヶ月後に控えていることもあり、「人生とは何だったのか?」という人生の総括が頭をよぎる。
その時、中島がストレートに著書の中で答えてくれる。 大体は本を借りてくると、
まずは目次と最後の10ページの中の要所を探す。 そして遇った、彼が真剣にいっている箇所が。
 ー抜粋してみるー
オリンピックで金メダルをとっても、どんなに災害撲滅を見出しても、せいぜい二番目に重要なことだと思います。
では、一番目に重要なことは何かというと「生きている」ことでしょう。 生きて死んでいくことでしょう。
 この絶対的な重みは、忘れてはならないと思います。有名人が死ぬと、その人が何をしたということばかりが
報じられますけれど、そのすべては、ハッキリいいまして幻想です。何故かというと,全体を見ていないからです。
100億年もすれば全部なくなるわけです。 そうすると、多分一回きりだと思いますけど、
自分の人生を、見ないようにして、仕事に逃れていくというのは、もったいないのではないかと思うのです。
つまり、自分の持っている不適正、欠点をしっかり見ていくことです。 私は理不尽に人生を与えられしまった、
  その中でよいことをしようということでなくて、それをごまかさないで見よう、そういうことです。
つまり、世間的には何も貢献しない、場合によってはマイナスのことをしてきたかもしれない。
でも、その人の生きてきた重みは、立派な建設をしたとか、トンネルを掘ったり、という全てをもっても
代えられないものだ、と実感するんです。私にとっては、生きる仕事以上の仕事はないわけですから、
どんなに世間的に立派な仕事でも、そんなに感動しないわけです。
働いて生きがいを感じ生き生きと生きる人生を、私は批判しませんし、そういう人を批判しません。
働くことが嫌でしようがない、あるいは働いても働いても報われないということを、ごまかさないで
徹底的にみてみると、そこから新しい視点が出てくるのではないかと思います。
ーーー
以上だが、これは私にとって考え直さなくてはならない見方・視点である。
自分の中で、観ないふりをしていた自分の欠点や、自分を鼓舞するために否定してきた考え方を含めて、
「もう一度人生観を見直してみる必要のある問いかけ」をしている。
身近な人の死を経験した時、まず実感するのは「人生は生きているうちが花!金持ちとか、
肩書きとかいう社会的属性などは二次的なもの!生きていることが、生きてきたことが、最も大事。
この人は(亡くなった人)好きなことをどれだけしてきたのか?
その総量こそが人生である!人生は生きているうちである。そして最後はたった独りで死んでいくのだ!
人生などはかない。 常に死を思え!そして生きていること、生きてきたことを味わえ!」である。
中途半端に生きてきた人や、他人の批判だけが特性の人を徹底的に嫌い、傍によらないようにしてきた。
しかし身近な人の死で実感することは生きること、生きていることが人生の第一の仕事ということだ。
「長く生きればよいということではない!」ではない。「生きて死んでいくことそのことが、人生である!」
人の人生を勝手に判断すべきではない。 当たり前のことだが、それぞれの人生があるのだ。
誰もが光の中を生きてきたのである。そして、光の元に戻るのである。社会的属性や、行蔵も二の次でしかない。
しかし、小学生や中学生が、こんなことを親から学んで老成していたら、おかしいんじゃないか? 
気の小さい優等生哲学者の戯言でしかない?それとも、哲学病者の戯言じゃないか? とも思うが、
その疑問自体が彼に哲学を誘導されていることになる。
今朝の新聞の週刊誌広告の見出しに亡くなった二子山と二人の息子の確執が出ていた。
彼が何をしたかというより、家庭の揉め事も含めて全てが生きてきたことである。
揉め事結構! 部屋を繁栄させたことも結構! それが生きてきたことであり、亡くなった時に
その重みの一端が顕れただけである。
一人一人を見れば、誰もが人生の荷物を抱えている。そして、それを抱えてこの世から消えていく。

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2004年06月09日(水)
1163, JRー駅なか商店街
(字数の関係でカット2008年6月9日)
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2003年06月09日(月)
796, 至高体験ー読書日記ー2

「歓喜 ー>  理智 ー> 意志 ー> 気  ー>肉体」
至高体験=歓喜の体験、それを知った理智、そして意志にかわる、それが気になり、
肉体に反応する。たとえると野球で9回の裏逆転のホームランを打った。
そして歓喜する、その体験が理智になる、さらなるよい選手・バッターになる
意志を固める、それが気(気合)に変わり、練習をして積み重ねるようになり一流選手なっていく。
 他には薬草や苔類を使う場合と、アルコールを使う場合や、禅などの修業で到達する場合などがある。
教祖様やシャーマンは、この歓喜体験を通して自己より解脱をして理智を得る。
好きなことを見つけ一生かけて続けるプロセスで、この歓喜体験をするケースがある。
女性の千人切りも好きな人には、歓喜体験ー至高体験を多くする事になるのだろう。
 音楽会の会場が歓喜に包まれ、アンコールの嵐をTVなどで見かけるが、
至高体験をしている。この瞬間を味あう以前と以後位に感動するのだろう。
そういえば初めてロッキーに行った時も、旅行に行く以前と以後位に感動をした。

ー昨日とは別のホームページよりコピーしてみた。    
◆至高体験  
(以下字数の関係でカット2008年6月9日)

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2002年06月09日(日)
432, スイス旅行
   スイス旅行日程 ー7月3日(水)?12日(金) 
             新日本トラベル
http://www2.plala.or.jp/dontak/Swiss-AlCont.htm
http://www2.plala.or.jp/dontak/map01.html

1日目、 日本航空でチューリッヒへ。  ?チューリッヒ泊
2日目、 リヒテンシュタインの首都ファドーツ散策と
 「アルプスの少女ハイジ」の舞台マイエンフェルトでミニハイキングを楽しんだ後、サンモリッツへ。
   夕食は郷土料理ビュントナー・ゲルステンズッペ。?サンモリッツ泊
 http://www2.plala.or.jp/dontak/heidi-01.htm
3日目、 神秘的な白い湖を眺める”もうひとつの氷河特急”ベルニナ特急とディアボレッツァ登頂観光の旅。
    夕食はマス料理。 http://www2.plala.or.jp/dontak/glacier1.html ?サンモリッツ泊
4日目、スイスの観光列車の中でも最も人気のある氷河特急で
 ツェルマットへ。夕食はチーズ料理ラクレット。     ?ツェルマット泊
 http://www2.plala.or.jp/dontak/mthr01.htm
5日目、登山電車でゴルナグラードへ登り”
 ピラミッド”の愛称をもつマッターホルン(希望者は高原ハイキング)。
 下山後モンブラン山麓のシャモニーへ。
   http://www2.plala.or.jp/dontak/dan04.htm    ?シャモニー泊
6日目、 ロープウェーでエギーユ・デュ・ミディへ上がりモンブラン観光。 昼食はサヴォア料理。
 午後、美しいシヨン城を観光しながらモントルーへ。
   夕食はレマン湖産の魚料理とヴォー州産ワイン。  ?モントルー泊
7日目、 風景の美しさで有名なパノラマ特急と”山峡の宝石”
   と謳われてエッシネン湖観光を満喫後グリンデルワルドへ。
   夕食はミートフォンデュ。         ?グリンデルワルド泊
8日目、 登山電車で名峰ユウグフランヨッホ登頂観光
 (希望者はアルプス高原ハイキング)。
   下山後、中世都市ルッツェルン小観光。夕食はゲシュネッツェルテス。 ールッツェルン泊
 http://www2.plala.or.jp/dontak/Jungfr01.htm
9日目、チューリッヒへ。 チューリッヒ発日本航空で帰国の途へ。  ?機内泊
10日目 成田到着

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2001年06月09日(土)
[47] シンクロ二シテ-

これは普通では考えられない遇然の一致を言う。 意味ある遇然の一致と心理学で言う
   ‐特にユングが深く研究ー 私も非常に多い経験してきた。
  人間個人を考えれば、今生きている事こそ奇跡‐遇然の一致の積み重ねである。
・ある自死をした元の部下の所に行ったとき起きた、不思議な遇然の一致の重なり
・柏崎の義父の葬式の帰り、そち峠で7回の‘虹の下’を通りすぎた考えられない出来事!
・従兄弟が自死をした時の納棺のおり、突風が吹き桜吹雪が舞い散った光景!
・大学を卒業して1年ぶりに池袋の本屋に行ったとき、学生時代の親友だった男が目の前を歩いていた。
・家内の実家で展示会があり、いっしゅのお祭りで地元の道具やが出店を出していた。 
 そこの象 牙の仏像が気になり、帰ってから電話でそれを買いもとめた。
 4?5日経ってから送られてきて、底をみたら家内と同じ銘で恵子と彫ってあったこと。
    ‐その時全身鳥肌が立った!  等々書けばきりがない。
 遠藤周作などは、イギリスにある作家に興味があり、その地を訪ねた折ホテルのエレベーターで
 ぶつかった相手がその作家だった。葬式とか、自分が行きずっまってヒステリック状態の時とか、
 気持ちが異常に近いときに 考えてみるとおき易い。


2986,友愛思想

2009年06月08日(月)

民主党党首の鳩山が「友愛」の必要性について語ったところ、自民党などに失笑をかってしまった。
隣に「北朝鮮」というテロ国家があるのに、何が「友愛」だと等々・・・。
私が学生時代に住んでいた寮の先輩が軽井沢の「友愛山荘」のペアレント(管理人)をしていたこともあり、
何度かホステラーのアルバイトに行っていた。 そこが鳩山一族の政治団体「友愛の会」の経営する山荘で、
友愛思想について、何度か聞いたことがある。クーデンホフ・カレルギーの友愛思想は現在のEC(欧州連合共同体)
の根本思想で、自由と平等と博愛を目指す考え方である。フランス革命の自由・平等・博愛思想がバックにある。
ーネット辞書のウィキペデアによるとー
【『自由と人生』著者 クーデンホフ・カレルギー 1938 年刊 訳者 鳩山一郎 】に 友愛とは、上記「自由と人生」に
記されている友愛思想、友愛革命、友愛社会に則る考え方であるが、要は、自由と平等との対立を解消し、
克服するのが友愛主義であると記し、友愛の基本をフランス革命の友愛に依拠していると説明している。 
友愛という考え方は、宗教では、隣人愛、自愛、即他愛、等、広く一般的に知られておりますが、カレルギーは
「フランス革命は、自由、平等、友愛を目標として起こりましたが、そこには自由の革命はありましたが
平等と友愛の革命はなく、しかも自由と平等は対立関係のままにされ、その上経済的平等は誰しも望むところですが
自由が存在しなければ全く価値のないもの」と、述べている。
 さらに自由放任の社会は経済的不平等、富の偏在、貧困の差をより大きくし、如何にして自由と平等の対立関係を
調和せしめるのか、カレルギーはこの対立解消のベースに友愛主義を提唱し、人々の間に具体的に浸透する方途として
友愛革命を掲げました。革命という言葉はともすればテロを想像されるかも知れませんが、カレルギーの説く革命は
力による革命でなく、人間一人ひとりの心の中における革命です。人々の心の中に友愛をうえつけ、或は人間本来の持つ
人類愛そのものを喚起することにより友愛は達成される革命である。 そして人の心の革命は暴力や強制力でなく、
相互に人間が人間としての人格の尊厳を尊重することであり、人間の生まれながらにして持つ権利であると説き、
その権利は国家や社会のすべての制度に優越するものだと説明しています。従って社会の政治や経済の諸制度も
この考え方をベースにしなければなりませんし、このような考え方に基づく友愛社会は友愛主義の理想であり、
心の革命のそれぞれの段階に従って少しずつ改善されて行くべきものであるという。
 ーー
以上だが、ネットで調べながら、学生時代を思い出した。 40年前のことだが懐かしい思い出である。
2度、パーティーの壁フラワーとして数人来て欲しいと言われて、酒に惹かれて音羽御殿に行ったことがある。
音羽の高台に中腹にある古めかしい屋敷で、鳩山薫(現在の鳩山兄弟の祖母)の姿を見たことがある。
当時は、偉いとか雲の上の人とかいう見上げる気持ちも無かったし、ああ、いる位であった。
要は、「一人ひとりが紳士淑女たれ。人類愛を持つ、互いを思いやる尊厳を大事にすること」である。
欧米的な近代思想の典型とも思われるが、均衡縮小していくには丁度良い思想かもしれない。

・・・・・・・・・
2622, 『12の口癖』 成功者たちの幸運を呼び込む言葉
2008年06月08日(日)
                 ー読書日記
ーまずは、「まえがき?人は言葉で評価される」よりー
 
銀座ママが見た日本のエリート1万人の秘密!!
「銀座という場所柄、お店にはいわゆる成功者」といわれる方々が数多くいらっしゃいます。
経営者、政治家、スポーツ選手、作家…その数は一万人を優に超え、どなたも溢れる魅力をお持ちです。
そして、その魅力が一番輝きを放つのは、口をついて出てくる言葉でした。 (中略)とくに、
何気なく話しているときに耳に残る口癖は、私を励まし、支えになってくれました。
そして、私はこの口癖こそが成功の秘密だと気づいたのです。」            
ー次に、その『12の口癖』
* 第1の口癖「とりあえず、やってみよう」
* 第2の口癖「あなたに任せるよ」
* 第3の口癖「大丈夫だよ」
* 第4の口癖「あせっちゃダメだよ」
* 第5の口癖「気にしない気にしない」
* 第6の口癖「幸せだなあ」
* 第7の口癖「一から教えてください」
* 第8の口癖「ツイてるなあ」
* 第9の口癖「一緒にやろうよ」
* 第10の口癖「それ、おもしろいね」
* 第11の口癖「明日のために負けよう」
* 第12の口癖「信じているよ」
* あとがき  成功する前は誰でも普通の人
 ーーー
この本の、印象的な部分を抜粋してみた。
 (字数の関係でカット2009年6月8日)

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 2007年06月08日(金)
2257, ビョーキな人々探訪記 ?4
                 |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は
   最近エステが大流行だが、いまいちその理由が解らなかった。
 しかし、エステ依存症の横森理香と、同じ経験者の中村うさぎの対談で、その意味の一端が解ったような気がした。
 奇麗になりたい!という心理は解るのだが、それが度を越して罠にハマってしまうのは、少々理解しがたかったが・・
 綺麗はバランス。 バランスを直すのがエステなら、やはりインプットとアウトプットのバランスをとることである。
 エステ依存症の横森が行き着いたのは、地味飯の玄米食である。
 外形を治すのに、逆に依存症という病気を抱え込んでしまうのは、本末顛倒ということになる。
 外形は内側の歪みが大きな原因であり、それを治すのがエステの目的であるなら、精神科が範疇でもよい。     
 サプリメントもエステに似たようなところもある。「私のサプリメント」でも書こうか! 結論はわかっている。
 玄米食と自然食品がベスト。それが出来ないから、サプリを飲んでるんだよ!という内面の声。
    (字数の関係でカット2008年6月8日)
 ーー
孤独になれない、??な女が陥る罠ということ?
                    ホンジャ ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・
2006年06月08日(木)
1892, 酔生夢中
                才八∋ウ_〆(∀`●)
一昨日は、面白い人と酒を飲んだ。いま話題の南極越冬隊の高倉健が演じた菊池徹氏が父親という。
4月半ばに84歳で亡くなられたといっていた。カナダのバンクーバー在住で、保険業とカナダ国債の日本国内での販売が業務。
知人が菊池さんと親友ということで、「新潟で飲むので一緒に飲まないか」との、お誘いを受けた。
国際金融のプロフェッショナルで、日本人の金融音痴を嘆いていた。
この数年は年の半分以上は、日本中を「国際金融」などの講演をしているとか。
16歳で、父親とバンクーバーに移住したので、思考は殆ど英語という。
ハワイでは日本人二世や三世を「バナナ」と言うらしい。
(外見は黄色で中味が白色)食べ物は、やはり日本が絶対的に美味しいとか。
日本に、来ている動機の半分は、日本酒と魚を日本国中、食べ歩けるからだという。
十数年前に、カナダだけにいるのに飽きてしまい、日本全国を食べ歩きの旅をしながら商売になることを考えたそうだ。
そして、世界有数の安全なカナダ国債を売り歩くか、講演をしてまわることを思いついたという。
こういう考え方は、成功の基本中の基本である。 羨ましい限りである!
そこで南極越冬隊という検索を入れたら、菊池さんのお父さんのことが出てきた。
最近「南極物語」が、アメリカ版でリメイクされた。 お父さんも、その映画に関わっていたとか。
ーーーー
ー菊池徹氏(元第1次南極観測隊員)が多臓器不全のため死去ー
菊池徹氏(きくち・とおる=元第1次南極観測隊員)
(字数の関係でカット2008年6月08日)
                 !(*^ワ^*)i バイ
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2005年06月08日(水)
1527, わたしの酒中日記?5
    金沢ー3
  ー1972年3月某日
とにかく部外者の目でみると、金沢は特異の街である。
加賀百万石の数百年の重みが詰まっている。それが酒場に集約しているから、
あちこちと探して歩くだけの価値が充分にある。 それと人間味も面白い。
今日は会社の島君に酒を誘われる。同期の男なのだが、現在所属している武蔵店に配送センターから
配属になったばかりの男だ。いい男なのだが、全く彼女ができないという。
何かオドオドしていて頼りがなさそうでモテナイ典型である。
店では日常的に、月に1度は飲みに誘われるが、一~二度喫茶店に行っただけで「自分の彼」にされてしまった。
噂が流れた瞬間から、他の誰も口を利かなくなるから女の職場は難しい。 その後は注意はしているが。
島君に、その話をしても信じない。今まで男だけの配送センターにいたためだろう。すべて需給のバランスである。
彼氏がいる女性ほど気楽に飲みに誘ってくる。「オイ!彼氏にいいのか?」というと、決まった返事が帰ってくる。
「彼は彼、私は私、別に悪いことをするわけじゃない。酒を一緒に飲んで何処が悪い?
あっちはあっちで適当にやっているわ!」である。 女というものは?!お互い、その方が上手くいくのだろう。
しかし一つ間違えば当て馬の一匹だ。いや、一頭か。もっとも、その方が面白いが、常に試されているようだ。
彼女達は女子寮で話し合っている? 「誘ったが駄目だった、今度あんた誘ってみたら?」と。
女性の職場は監視がキツイ!半面、個々人は面白い人が多い。
例外はいるが。女を使えれば天下を取れるという。使えなくてもよいから仲良くしたいが。
二人で、帰りのバスで香林坊を降りて、よく行く店に行く。
寮の近くの居酒屋が香林坊に引っ越した店。金沢大学の学生がよく出入りしていたが、同じ顔ぶれがいた。
その店を出て、一月前に行った大和の隣のスナック行く。前回の空約束を忘れていたが、彼女は憶えていた。
数日前に友人の車でドライブをしていた姿を見たそうだ。 もちろん冗談だろうが、
「今度私をドライブで東尋坊に連れてって!」と、誘われる。「今度な!」というと、「お願いします!」で、終わり。
前回の「期待を持たせる!」という二人の会話が下地にあることと、「スナックの言葉のお遊び」を島さんは知らないようだ。
彼女が席を離れて隙に「どうしたの??」「おれ生まれて一度も女性に誘われたことがないのに!」種は明かさなかった。
彼女達は約束をしても絶対来ないし、言葉遊びをしているから面白のだ。 島さんは、まだ純朴だ。
帰りに会社の(他店だが)知り合いの女性にであう。寮の近くに「茶道」を習いに行っているが、そこを紹介してくれた人だ。
何かお礼をと思っていたので、スナックに誘う。夜見ると、なかなか濃艶な近づきがたい雰囲気が漂っている。
助平根性が出そうになるが、あとが面倒だ。 今夜は島さんと大人しく帰る。
帰り道、島さん曰く「こんな楽しい夜は初めてだ。なんで??」 「場数、場数!」とはいったが、実際面白い夜だった。
最悪の職場環境の立場ほど、反面おもろいことが多い。 人生で一番辛い?時ほど。
この会社は西友の子会社化になっているが、社員は惨めだ。とにかく会社は強者の立場に置いておかなくては。
人生は弱者の立場に立ってはならないことを痛感する。  明日は「売り出し」で忙しい!

・・・・・・・・
2004年06月08日(火)
1162,「金融資産が狙われている」
 
ー日本の恐ろしい未来ー   ビジネス社 ー長岡中央図書館 2004年0606

高橋乗宣の最新の書が面白い!
ー 概略を書いてみるとー
「2004年・日本経済」で9月以降の経済の後退と国債暴落と、
日銀による国債の直接引き受けによる日本経済の破綻の危険性の増大を指摘しているが、
 この書では、9月以降ドル暴落の見込みが高まっていることを指摘し、現在デフレのど真ん中にあり
地方から疲弊した日本経済もより深刻な状態が予想されると一歩踏み込んだ言い方をしている。
これからの日本では、個人個人が自己防衛しなければならない。
双子の赤字が限界に達し、ブッシュの大減税により無理やり上昇させた
アメリカ経済は9月以降必ず失速し、ドルの暴落を呼び、アメリカ経済は縮小していくだろうとしている。
グローバル市場を管理することは不可能であり市場の実勢に任せざるを得ない。
日本経済がデフレから脱出するためには、実質を伴った財政出動と、適切な規制緩和が必要であり、
適切な規制緩和は新しい市場を作り出す。
・今の日本の僅かな株高は、アメリカの演出したもの? あと半年で終了ー大統領選挙まで 
 アメリカの景気は幽霊景気であり、ドル安、株安、国債安というカタチで崩れていく。
 まもなくアメリカ経済の大規模な減税効果は剥げ落ちる
・日本の地方の空洞化は一段と激しさを増す 地方経済はますます土砂降りがつづく
・深刻なデフレ経済はますます激しくなる
・いまの地価の下げ止まりは一部の地区でしかない
・デフレもリストラも激しさを増す人員や設備の過剰感は消えていない
・ドル安基調が本格的になるだろう円が80円をこえる場面もありうる
・国債の発行が続いていくと、株価の暴落をまねく株価は7000円割れも考えられる
・地域金融のショックがアチコチで生じて、中央に逆流の可能性あり
ー感想
経済ファッショの足音が聞こえてきたといってよい。
なし崩し的に国民の金融資産を「収奪」「劣化」させようとする政策に切り替えてきているようだ。
国民一人一人が自己防衛をしなくてはならない時代に入ってきたようだ。
「職業を持っていること自体がステータスになる時代になる」というが、そこまで本当にいくのか。
景気悲観論者でバブル期から景気の先行きに警告を発してきたが、流れとしてみていて彼のいっていることは間違いない。
徳川幕府から明治政府への転換期、第二次大戦の終戦時期、と比べて今回の方がはるかに大きい転換期であると考えれば、
彼がここで述べていることはけっして誇張ではない。情報化と、それと伴う経済現象としてのデフレのインパクトは
社会の根本を変えようとしている。情報格差による弱肉強食はますます激しい時代になってきている。
面白いといえば面白いが、大部分の弱者にとっては厳しい時代だろう。
現に、政府系金融機関がかりに融資しても、その資金が大手銀行への債務の支払いへと
還流する仕組みが出来上がっている。大手銀行にしてみても、地価が下がっている以上、
‘貸し剥がし'をせざるを得ない。そうしないと不良債権になりかねない構図になっている。
地方経済は目詰まりを起こし、壊死をしているのが現状だ。 これがデフレの恐ろしいところである。

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2003年06月08日(日)
795, 至高体験ー読書日記 -1

 数年前に買って読んだが、人に貸したまま帰ってこない本である。
当時コリン・ウイルソンの文章の巧さもあって、その面白さに夢中になって読んだ。
インターネットで調べた内容を後でコピーしておくが、至高体験の内容に対して詳細に情報が載っている。
 私の知人で精神症の人が、鬱の治療薬を飲んで一回だけ歓喜の体験談を話始めた。
「それは至高体験といい、薬物を使わなくとも経験できる。またその体質を持った人にはたびたびおこる現象」
と説明したところ、その人は怒り出した。「絶対に度々経験ができるはずがない!」と。
「じゃあ長島茂雄はどうなんだ。あの人は過去に他人の体験できない歓喜を数百倍経験しているだろう」といったら、
本人は納得をした。その直前に巨人が10・6?の劇的逆転優勝をしていたからだ。
 この本は19世紀から現在までの精神分析の流れが書いてある。
フロイトやユングなどはマイナスの精神病の患者からの切り口で精神分析をしてきた。
これに対してマズローが精神分析を健康人に対して、自己実現などの視点で前向きにとらえた。
 多くの普通人が「至高体験」を経験していることに注目をした。
そしてそれを真正面に分析して解ったことは、超人とか成功をしているほどこの「至高体験」を多く経験しているのだ。
成功体験などもそうだろう。一時巨人の9連覇した選手が多くのチームの監督になったのも、
至高体験者の原動力と成功手順の経験を求められた為だろう。
私がいそいそと秘境旅行に出かけるのも、そこで大自然の何かに打たれて「至高体験」を経験するからだ。
三桁以上は軽くある。 酒を飲んで騒ぐのも、ミニ至高体験を求めるからだ?少し違うか。
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「至高体験?自己実現のための心理学 」河出文庫
コリン ウィルソン (著), Colin Wilson

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2002年06月08日(土)
431,モテル男

世の中に、自称持てる男が多くいる。 そういう男をからかうのが好きだ。
「貴方持てるでしょう!」大体がこれに引っかかる。 そしてレクチャーが始まる。
・まずは[貴方は持てないでしょう。けちで努力もしなくては持てるわけがない。]
(??)心の言葉
 (ほってけ!馬鹿!うっせいこの女貧乏!勝手にそう思っているだけだろう。
  貴方が持てたいと思っている相手など傍にいるだけで反吐が?)
・「自分等中年はそうでもないのに脂ぎっている、それを如何に隠すかが勝負!」(それは当たっている)
・「とりあえず自分から絶対に積極的にいってはならない」 (ふんふん・・・・)
・「服装と言葉には十分気を配る」 (へーそうか、苦労してるんだ)
日夜それだけを考え努力しているという事だ。ちやほやされている状態が趣味という事。(負け惜しみ)
逆に持てないという事は、そういう努力もしないで、表面だけを見て持てたいと思っているということか。
ギラギラした欲をそのまま出してしまう男? ところでゴッド姉ちゃんが4人もいた立場で育った環境。
いっぱい教訓をいただいている。今度書いてみる。 もてる人(但しここでいうのは自称の人)は職場とか
家庭環境に女性が少ない人か、母親とか女姉妹がいない環境の人。心の奥に常に女性に対する渇望があるからだろう。 
こういう人は奥さんが離婚か自殺など早死にしている人が多い。 クリントンあたりなら、少しは羨ましいが?? 
くだらない話、しかし人間の一番の本質の話か。女性もそうだが、そういう人は小まめに、積極的、気配りを欠かさない。
   ーどれもないなー??!
関係ないことだがー 昔から,好きなタイプの女性には共通点があった
・身長が162cm当たり ・血液A型 ・長女 ・お嬢様タイプ ・美人?清そ ・知的
学生時代よりそうだった、自分が好きのせいもあるが。 56歳の男の書く内容でないが。

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2001年06月08日(金)
[46] ユニクロのホームページ

ユニクロのホームページがよい。そこで何点か商品を買ってみた。またパンフレットも取り寄せてみた。
ズボンの裾上げもサイズをうちこむと直され送ってくる。一度注文するとメールで週末その日の特売情報を知らせてくる。
衣料の小売りで私の知っている限り、ネット販売でこれほど買いやすいサイトはない。
サイズ、色、形、管理が大変だと思うが、そこがコンピューター管理の得意なところ!200メートル先に店があるが、
どーも中年で行くのがおっくうな気分の時に注文する。
こういう部分を一つとってみても、ユニクロのシステムの凄さを感じる。けっこうネット販売売れているのでは。


2985,腰痛持ちの皆さんに

2009年06月07日(日)

 家内も、ついに腰痛もちになってしまった。
私の腰痛は昭和38年度の豪雪の時に高校の屋根の除雪作業でギックリ腰になって以来、45年間の付き合いである。
表日本に住んでいた8年間には腰痛はホボでなかったので、地域の湿気の問題などもある。
現在でも年に平均3〜4回は軽い腰痛になる。5月と11月初旬の連休辺りの気候の変わり目に出ることが多いが、
一度も医者に行ったことは無い。 以前のような脂汗が出るような重症の腰痛は無くなった半面、
いつも腰に重い疲労感と少しの痛みが残っている。 特に長時間の座った姿勢のパソコンが良くない。
 半年ぐらい前に(腰痛の私にとって)最高のマッサージ機器を見つけたことは、ここでも書いた。
台がバイブレーターになっており、その上に座ったり乗ったりするもの。
これがウォーキングの次の最高の腰痛対策になっていて、一日数回は使っている。
これに最近、電動ステッパー(7600円)が加わり、一m四方のトレーニングコーナーになっている。
 ところがニヶ月前に、長岡の郊外の家電チェーンの健康機器売り場で「長細い座布団状のクッション」を見つけた。
幅が40、長さ75センチ、厚さが10センチ位のもの。 腰に当てて電気を入れると、7分間、色いろな叩きと、
バイブレーションが手を変え品を変えて続く。 また首から背中に当てると肩こりに良い。
マッサージ師が一通りのコースをこなすのと同じである。 それがロボットマッサージ師のようで何とも面白い。
 迷った末にネットで注文した「リズム・マッサージャー・パッション」が先日届いた。
早速使ってみて、7分間で、腰の重みが8割がた消えてしまった。 特に叩きが強烈である。
ビッグカメラや、ジョウシンの店頭の値段は39800円。 少し高いと思ったが、何度か店頭で使っているうちに、
欲しくなったのである。 そこでネットで調べると、税・送料込み25,500円である。(メーカー希望7万8千円)
去年の年末調整の残りの「ヘソクリ」を使うことで自己納得をして買うことにした。
以上、リズム・マッサージャーと、電動ステッパーと、縦型バイブレーション三点で、48,000円で、
家庭内腰痛対策の完成というところ。 で、どれが一番良いか? 値段に正比例ということで、先日買ったもの。

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2621, 消費社会から格差社会へ ?4
2008年06月07日(土)

ー「負け犬女」対「下流男」ー
   
「負け犬女」というキーワードは、数年前からTVのドラマで何度か聞いたことがある。
それに対して、男は負け犬という言葉自体が負けを認めることになり、言葉として抑圧されている。
そのこと自体は、自分の挫折経験からして痛いほど解る。 社会学者は、その辺の造語は適格である。
現在の男女の結婚年齢が32歳と29歳なら過半数に近い比率で当てはまってしまう。
それほど、当人は気にしてないから、流行語になるという面白い現象である。
 ーその部分を抜粋してみる。
 ーー
三浦: 彼らはパソコンの前に座っているんじゃないですか。ある住宅メーカーが調査したら一日五時間ぐらい
 一人暮らしの男性は、パソコンの前に座っているんです。
上野: この人たちが、ネットのヘビーユーザーですね。あなたの「下流社会』でよくわかったのは、
 下流の人たちにパソコンのヘビーユーザーが多いということ。今パソコンは一番安直で低価格の娯楽だから。
 その反対にアウトドア系は著しく少ないとあったので、なるほどと思いました。
三浦: 自転車みたいにおカネがかからないアウトドアでも、「上」の人の方が多いんです。
 下流の人はまったく体を動かさない。女性もそうなんです。「おうち」でじつとしている(笑)。
上野: それを支えている強力なインフラが、コンビニなんですね、男女ともにね。
三浦: そうですね。あと高級スーパーの「成城石井」とかでね。一人でもおしゃれな惣菜を買って帰って、
 エンヤを聴きながらカモミールティーでも飲んで、「まあいいかー」みたいな(笑)。
 それとネットショッピング。ひきこもっていても、暮らしていける。
 コンビニすら面倒くさくて行かなくなる説もある。・・・・・・・
  ーー
三浦: 「負け犬」という表現にある諧謔が読めてない。裏返して書えぱ、彼女たちの対極にいるはずの、
 彼女たちと同じ年齢層の結婚していない男たちは、自らを「負け犬」と呼ぶことすら抑圧している、
 それくらい男の負け感が強い。自分の負けを認めることさえ、抑圧の対象となるほどの状況にいる男の立場と、
 負けをさっさと認めて競争から降りる女の戦略とでは、男の抑圧の方が強いでしょう。
 そういう意味では、「負け犬」の男に与えられた称号が、「下流」だったかもしれない。
上野: うん、男は負け犬とは呼ばないですね。なるほど、「負け犬女」対「下流男」か(笑)。
 ただし同じ年齢層で「負け犬女」と「下流」を比べると、経済階層では「負け犬」の方が高いでしょう?
三浦: そうですね。
上野: 次の世代は、「下流男」対「負け犬女」になるかもしれませんね。
三浦 その「負け犬女」と「下流男」が、どっちも「おうちタイプ」だから出会わないわけです(笑)。
 調査をすると、けっこうおもしろい結果が出ていて、階層意識は低いけど生活に満足している人は、
 男性にはいますね。「下流」とは言っても、三〇代の前半で年収は三〇〇万円くらいあるんです。
上野 へえ…「下流」と言ってもけっこうあるんだ。 一人なら暮らせますね。でも結婚できない際どいラインですね。
「負け犬女」は、年収三〇〇万の男は相手にしないでしょう。
「負け犬女」」と「下流男」が出会わないのは両方「おうち系」だからだけではなくて、出会ってもすれ違いに終わる。
 ーー
 中学校の同級生をみていると、最下位5?6人の成績の男達の殆どは結婚してないか、しても離婚をしている。
 そして上位は、それなりの社会的な立場になり、離婚の話は聞いていない。 育った家庭環境の為だろう。
 「べきことを、べきときに、べくすべし」の積み重ねをしていたかどうかだろう。

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2007年06月07日(木)
2256, 定年後の生活費は幾ら?   
                おはよー(((。・-・)从(・-・。)・          
私の年代が定年に突入をはじめた。そこで、その後の平均値はどうなっているのだろうか、調べてみたら、
平成16年度の総務省家計調査で、世帯主が60歳以上の無職世帯(二人以上の世帯)の
・実支出の月額は28万。
・公的年金を含めた平均現金収入は、22万円。ということは差額の6万円は下げるしかないということになる。
 下げるためには、小さな家に引っ越すとか、車に乗らないとか、食費を斬る詰めるとか、
 義理を欠くとか、それぞれ割り切るしかない。でも「括り」そのものを捨てるには腹をくるしかない。
それに対して、(財団法人の「生命保険センター」の統計では)夫婦で「ゆとりある生活」をするためには、
月額38万円が必要としている。 それにしても「ゆとりある生活」をおくるには、あまりに大きな差がある。
だったら「ゆとりある生活」とやらの幻想を捨てて、22万円以下の生活に甘んじ楽しむようにするしかない。
反対に、定年生活者は将来の不安から、3割は貯蓄にまわすという日本的な国民性があるという。
余裕があるからいえるのだろう。 しかし、老後の不安とやらの心理が、自分の楽しみの壁になる。
もう子供も巣立ちをしているし、健康のために粗食も求めらるから、
切り詰めた生活に不満も持たないで貯蓄に励む滑稽な存在が垣間見られる。
子供や連れ添いにとって、これほど有難いことはないが、アフォバカな哀れな姿でしかない。
一年前のある意識調査で1?が上流、74?が中流、25?が下流と自認しているというから、
まだまだ日本は健全の国。 大部分が中流意識を持っているのは、世界の奇跡?である。
まあ、60歳も過ぎれば食べるものも決まってくるし、車も軽自動車で充分。 いいようになっている。
収入と支出だけが豊かさではない。しかし、それは最低限が保証された人間が言うこと!でしかないのも事実。
昨日、ネットで注文していた「今日、ホームレスになった」という本が届いた。
毎日のように新潟駅構内で、彼らを目にする。一人のホームレスの背後に大きなドラマを、想定していたが、
その一端が見えるのだろう。まあ、いずれ死が清算するのだろうが・・極限に真実が見えてくるから、
ついついこういう本を買ってしまう。 2?3日で読み終わるので、何時でも貸しますよ。  
ところで、取引先の社長、行詰ると寝袋を持って新宿のホームレスのところに行って泊まってくるという。
何があったかわからないが? 娑婆は面白いところだ!ツクヅク思う。 
 「定年後の生活費」から話がかけ離れたが、定年になったらギアを思い切って変えなければならない!ということか。
                  (○´ω`○)ノ**SeeYou**
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2006年06月07日(水)
1891, 村上ファンド崩壊の衝撃?2
           おはよ?!(*^ワ^*)i

(以下、字数の関係でカット2009年6月7日)
 ・・・・・・・
2005年06月07日(火)
1526, ディープ・フロート判明

あのウォーターゲート事件(72年)の情報源が米連邦捜査局(FBI)の元副長官、マーク・フェルト氏とは驚きだ。
情報源については、諸説紛々であったが、その一人とも目されていたFBI副長官であったとは。
外部からのFBI長官の招聘に対して、第一候補であった副長官の恨みが、当のニクソンを失脚をさせたことになる。
後任の長官に自分が指名されることを期待していたが、実際に任命されたのはニクソン大統領側近のグレー司法次官補。
このような因果関係から、フェルト氏が情報提供に協力する背景にあったのだ。
彼はFBI退職から6年後の1979年に著書「FBIピラミッドの内部」を発表し、
その中では「ディープスロート」ではないと否定していた。
たった一人の怨念が世界を揺るがす大事件になったのだ。非常に興味が持たれた真相も、この程度のことであった。
ミステリーのままの方が良かったのだろう。彼の名前も挙がっていたが、キッシンジャーやブッシュ大統領の
父親の名前も挙がっていた。 それにしても、フェルト氏も命がけであったと同時に、
ニクソンが窮地に立たされていくのをみていて快感であっただろう。
ー以下は、あるHPからコピーしたニュースの内容であるー
(以下、字数の関係でカット2008年6月7日)
 
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2004年06月07日(月)
1161, 衛星授業

アメリカのデンバーのあるコロラド州は校内で銃乱射があったところで、学校に通わせたくない親が極端に増えているという。
そこでインターネット・ハイスクールが注目されてきており、生徒数がアメリカ全体で、もう10数?になっているという。
ところが、その方が教育効果が遥かに高いということがわかりはじめ、まてよということになっているとか。
実際インターネット・ハイスクール出身の学力は普通の高校よりはるかに高くなっているという。
そこでは非常にユニークな教えかたをする。 重要なキーワード出てくると手元にあるパソコンに、
「それを調べてみてみてください」という指示がくるそうだ。 生徒は指示されたと同時に検索で調べる。 
そこで、さらに専門的なキーワードを調べるようにという指示がくる。そしてドンドン深く問題を掘り下げていくという。
十年もしないうちに過半数を超えるのではなかろうか。そして日本も似たような状態になることは間違いはないだろう。
予備校や専門学校もインターネット授業が本格的になったきた。代々木ゼミとか東進ゼミが取り入れている。英会話もそうだ。
講義中心なら、それで充分である。いやむしろ一流の先生の授業を聴いたほうが効率がよいはずだ。
考えてみたら、高校受験は受験雑誌や参考書を中心に勉強をしていたし、大学受験は、
それに加えてラジオ講座が中心に変わった。それが、パソコンや衛星TVによる映像に変わっただけだ。
  面白い時代になってきたものだ。

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2003年06月07日(土)
794, 夢とイメージ

 学生時代に3番目の姉が結婚をして、家を建てた時の話である。
その姉は節目ごとに私にノウハウを教えてくれていた。
(小学校5年時の勉強のコツ、中学2年時に具体的な目標のたて方と挑戦の仕方を教えてくれた)
「実を言うとね、この家と庭と旦那とのこの生活、ずっと願って心にイメージをしていたの。
それがね、このままいま現実にあるんだよね。夢を持って、イメージまで高めなさい。そうすると叶うんだから。
本当に驚いているんだから」と教えてくれた。
今ではポール・マイヤーとか、ナポレオン・ヒルとかの本に詳細にそのノウハウが本に書いてあるが、当時は新鮮な情報であった。
「なるほど夢を持ち、それを目標に変えて、具体的にイメージ化をして実行していけば夢が夢でなくなる」と解釈した。
建物なら平面図を描き、次にビルのイメージ画を先に書いてしまうのだ。 女性なら好きな女性のイメージを頭に描くのだ。
しかし世の中には自分の想像を超えた理想の女性がいることを現実に知った、高嶺の花でしかなかったが。
好きなタイプをイメージ化した為、早めの判断をしないで済んだ。(ダブルデートで、もう一組が何人も結婚していった)
当時、簡単に一生の伴侶を決めてしまうのが不思議であった。いま考えると、自分の未来を考えてない人が大部分であった為だ。
私の勝手の見方だったのかもしれないが。 夢のイメージの類の本を小ばかにして拒否している人がいたら、とんでもないことだ。
夢の実現の方法論として、高度のシステムとして体系化してあるからだ。
特に若い時に、この知識・情報を持っていると人生を効率よく生きることができる。
全く知らないのと知っているとでは天地の差が出る事は間違いない。
偉人などの自伝を読み、その中で自分を投影して夢を創っていくのが一般的であるが。
もっと割り切った時の方法論である。末っ子は、つらい反面けっこうノウハウを貰っていたことになる。

・・・・・・・・・
2002年06月07日(金)
430,自分の居場所

誰もが自分の居場所を持っている。逆に居場所がすくないということは、非常に厳しい状態の時である。
自宅の自分の場所、会社の自分の場所、通勤の自分の場所、日祭日の自分の居場所、全て時間と同時に変わっていく。
20代のある時、ある姉にいわれた。「あなたはすぐ自分の居場所を作り始める。
まず部屋の中に本と椅子と机に本棚に手帳を配置する。そうすると、そこにあなたの居場所ができあがる。
座ると何気なく自分の物を机の上などに配置する。いつの間にあなたの場所ができている。」
その時代だけでなく何時もそうだった。私だけでなく人間すべてがその筈だ。
 居場所とは、
・自分が一人でいても寂しくないところ
・何かをしていて、自分が生き生きしてるところ
・すわり心地の良いところ
そうすると趣味など、そういえるかもしれない。それをしている時、それが心の居場所だ。
毎朝あげるお経もそうかもしれない。引っ越したら、別に住まいだけでなく、まずは居酒屋、
そして昼飯を食べる店と自分の座る席。猫でもそれを本能的にあるはずだ、テリトリーとして。

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2001年06月07日(木)
[45] 創業の話

27歳、千葉の千城台で千城ビル建設と養老の滝1122号店の立上げをやった。
準備1年4カ月かかった。その間に一緒に計画に携わった父も亡くなった。
今も忘れられない1973年5月30日であった。11月07日、店の立上げとビルの完成でパニックの頂点をむかえた。 
地獄!・・・・・
その頃写真を撮っているいる余裕などない、写真日記のそれは千城台を引き揚げたあと、
懐かしく行った時に撮った写真である。全く知らない千葉で我ながらよくやったと思う。
この地獄の中で創業のノウハウしっかり身につけることができたと思う。
自らを空にして、おきて来た問題を一つずつ解決していくしかない。その時本能的に相手に両手で拝んでいた。
どういうわけか拝まれると人間引き受けてくれるものだと感じた事を憶えている。
軽い気持ちで拝むポーズを時々みると,張りたおしたくなるのそのせいだ。
当時のことを記した文章があるのでコピーをしておく。また写真も写真日記にコピーしておきます。
ーーーー
ーH0907 養老の瀧1122号店、店長の日々ー
 両親の創業を幼児の時みていて、その厳しさを知っていたつもりであったが、いざ自分がその立場に立って、
その認識の甘さをつくづく思い知らされた。千葉の新興住宅地(五万人)の十字路に“貸ビルの建築”と
“養老の瀧オ?プン”と“結婚”という、人生の初体験を同時に始めた。丁度石油ショックにより高度成長期が弾け、
ビルの前の数千世帯のマンション計画が中止となり、最悪の出発となってしまたった。
そしてオ?プン...!完全にパニック状態!オ?プン人気も含めお客の列!
しかし、こちらは全くの素人である。ビル建築等、他に諸々が重なり、地獄のような日になってしまった。
辛くて、恐ろしくて、一日一日が精一杯、今考えても、よく持ちこたえたと思う。当初の、2?3ヶ月は朝8時より
夜半の1時までの激務であった。指導員と私とアシスタントの3人の激しい日々であった。
“勤め人”と自営業の立場の大転換がその時おこった。 それまでは8時間プラス2?3時間、という立場が、
“24時間(休んでいても仕事のうちという)仕事”という立場になった。
サラリ?マンが事業をおこして大部分失敗するのは前者より脱皮できない為である。
大手ス?パ?の創業期に入社、異常に近い厳しい世界に3年近くいたが...。
その厳しさが全く違うのだ。はじめの数ヶ月は、今日辞めるか明日辞めるかという位、厳しいものであった。
あの空ビルをテナントで埋めなければ、私の立場が無くなる!という前提があった為乗り越えられたと思うが。
でも不思議なもので、真っ正面より立ち向かっていると、いつの間にか辛さが辛さでなくなってくる、
適応能力が自然についてくるのだ。ヤクザ、土方、得体の知れない人間に“気違い水=酒”を飲ませているのだ。
それと兎にも角にも全くの無警察状態に近いのだ。 そこで自分1人で店を衛らなくてはならない。
酒を飲んだ人間の本当の恐ろしさをそれまで、ほとんど知らなかったためだろう、命が幾つあっても足らない位の
事件が月に一度はおきた。恐怖の中で1人トイレの中で(他の人にはわからないように)震えた事があった。
そこで、大きく唸った。そしてお客に対処したところ腹が据わったのだろう、お客が逆に竦んでしまった。
“これだ!”と直感した。また店の従業員に前もって、うちあわせをしておき、お客に怒鳴る変わりに
従業員を怒鳴りつけ竦ませたり、土壇場に立つと知恵がついてくる。
ただフランチャイズのシステムは今でも素晴らしいものであったと思う。
標準化、単純化、マニュアル化がきっちりできあがっていた。
創業時の勉強という点で、このシステムは自らに非常に有効に働いたと振り返って思えるようになった。
                 創業は辛い! 1973.11.07?


2984、閑話小題

2009年06月06日(土)


 * 資産家夫婦の惨殺事件
少し前の話になるが、資産家夫婦の惨殺事件があった。 月の小遣いが300万という。
ポケットに百万単位の金を入れていて、飲み屋で他のお客に驕っていたという。
世の中には、まだ、こういう人もいるのである。 その辺のヤクザ者に狙われるのは当然。
銀行を信用しないで家にお金を置いておいたというし、周囲の人もそのことを知っていたようだ。
起こるべくして起きた事件である。 
  〜〜〜
 * インフルエンザの第二波、第三波は?
この10月から新インフルエンザの第二波、三波が始る。
その時の第二波は毒性が強くなり猛威をふるう可能性が大という。
実際に毒性の強いのが発生した時にはどうなるのか? 
自分や家族のことだけでなく、日本中の経済が大打撃にもなる。
特に客商売をしているところは、凍りつくことになる。考えただけでも恐ろしい。
新インフルエンザ用のワクチンが年内の2千万人分を製造するという新聞が報じていた。
6人に1人に行き当たるようだから、何とかいけそうだが。
  〜〜〜
 * 昨夜は長岡で飲み会
昨夜は、恒例の長岡で飲み会。新潟駅前は不景気風が吹いていて居酒屋が少ない客の取り合いをしている。 
二時間で三千円で飲み放題は当たり前で、そこに値打ち感を持たせるかが大きなポイントになっているようだ。
ところで長岡は、そこそこ人は出ていたようだ。 そういえば、去年の今日、車に撥ねられた日だった。(コピー)
それを思い出しのだ、早々帰ってきた。 
  〜〜〜
 * 先が思いやられる、この一週間の不入り
6月の第一週は、毎年のように青ざめるほどホテルが不入りになる。 恒例としてもあまりに悪い。
駅前で居酒屋の店員が割引のチラシを持って客引きをしているのは当たり前の景色。
客の方も週に一度は三千円?で飲み放題の店で仲間同士で憂さ晴らしをしないと、鬱憤が晴れないのだろう。

 ・・・・・・・・
2008年06月06日(金)
2620, あわや大事故!

まったく、この男、よく変な事件を起こすよ!というのが、起きざまの実感!

昨夜、長岡で飲み会。 普通は第一金曜日だが、上さんの都合で一日早めた。
長岡の飲食街、道路には人っ子一人も居ない。 それだけでない、タクシーも一台も並んでいない。
平日のためだろう。 丁度0時頃、タクシーを拾うとして旧八号線にいっても車自体走ってない。
そこで信号を超えて川沿いの道を歩いていたら、左折をしてきた乗用車と出会いがしら撥ねられる。
ガソリンスタンドの角で見通しがよい筈。 かなりの衝撃であった。
ところが、左に担いでいた革鞄が振り向きざまで身体を防御してくれた。
右腕と左足の脛の右を痛打しただけで済んだ。運転手は若い男で、青い顔をして平謝り。
大きい衝撃の為、かなりの人身事故と勘違いをしたようだ。
車に乗って病院に向かったが、触ってみたがそれほどではない。しかし、後遺症が出る可能性がある。
事故届けに長岡駅前交番に進路を変える。 しかし、交番は電気が消えて誰も居ない。
そこで、電話をして本署からか来てもらう。 そして現場で事故の詳しい聴取。それも運転手のみ。
駅でパトカーが来るまで、「私は、問題を大きくするつもりはない、ただ、事実を正直に言ってください。
下手に自分の都合のよいことを言うと、貴方は不利になりますよ。私は後遺症の時に、保険の問題などで
公にしておきたいだけです。」と言い含めていた。 そのためか、処理は20分ほどで済んだ。
やはり、これを書いている現在、足の脛が痛み出した。 しかし病院にいくほどではないようだ。
全く何が起きるか分からないものだ! 九死に一生とは。 それが突然に自分にとは!
やはり人生、したいことをして、悔いのないように生きなければ、それにしても警察沙汰が二度も続けて起きるとは! 
(二ヶ月前に呼び込みに強引に店に連れ込まれそうになり、大騒動になった。)
これまで、個人として警察沙汰は一度もなかったが・・(普通なら当たり前だが)
 その運転手に、「こんな時間に、何してるの?」と聞いたら、 「スナックをしています!」という。 
 生きているうち、健康のうち、元気なうち、そして若いうち! 人生は!

・・・・・・・・・・
2007年06月06日(水)
2255, まあ、いいか!
            ヽ(★>з<)。o○ オ?ハヨ 
この随想日記の中に数十回以上?も「まあ、いいか!」といっている。
そこで、検索に「まあ、いいか」と入れたら、その題名の本が数冊も出版されていた。
自分を慰める言葉で、私の常用語「あ?あ!」の言葉の裏に含まれている。
「あ、しまった!」の「あ!」とは、仏教語で「許し」が入っているという。
それを延ばしたのが「あ?あ」か、これは屁理屈である。
「まあ、いいか!」は、「私は私のままで、仕方がないだろう」ということになる。 ゜≫q(´I`●) マアマア!
「まあ、いいか!」の前後の言葉として、「しょうがない」「なんとかなる」「こんなものか」が出てくる。
イライラしたり、落ち込むようなミスをした時、目を瞑って十回ほど心込めて「まあ、いいか! それがどうした」
と唱えれば、7割かたは気持ちが軽くなる。「あ?あ」「で、どうした」「まあ、いいか」は、
瞬間の癒しのの三言である。        ♪? ヽ(´π`)ノ まあ、どうでもいいや! 
しかし、ものごとを突き詰めた後に使っている分にはよいが、最初から、この言葉が先に立つのも問題である。
「中途半端な、あの人」になってしまう。金沢に「まあ、いいや男」というアダナの先輩がいた・・・・
バカ?の常套語にも成りえる言葉でもある。 何でも使う人間次第だが、この言葉は特にそうである。

ーあるHPに、このような詩があったー
 *まあ いいか

まったくもー、しょーがないヤツだなぁ まあ いいか。
俺も どーしよーもないヤツだし
まったくもー、しょーがないヤツだなぁ
とりあえず 俺のほうから謝るよ 傷ついたのは おたがいさまだし
もし君が 俺をまだ許してなくて
謝ったとき 素っ気ない態度をとっても 俺は一人つぶやくんだろう
「まったくもー、しょーがないヤツだなぁ」 ク?(”>_<)っ★(
 ーー
 他に「まあ、いいか」に対して次ぎの言葉があった。

  成長は悩まなくなることではない。
  成長すればするほど悩みはむしろ深刻化していく。
  しかしうまく共存できるようになっていく。
  光を知れば知るほど闇も深くなっていくのだ。
  しかしどんなに深い闇でも、
  一筋の光さえあればやっていけることを知るだろう。    ( ̄ω ̄;)!!
  ーー
  暗い闇にこそ「まあ、いいか」という一筋の光の言葉が輝くのだろう。
  「ところで、私の人生とは何だったのだろうか?」
  「まあ、いいか! 今さらしょうがないもんな?! あ?a!」
                    バイ☆(^∀^)ノ~~
・・・・・・・・
2006年06月06日(火)
1890, 村上ファンド崩壊の衝撃
                   おはよ?!(*^ワ^*)i
ライブドアの堀江の逮捕時に「最終ターゲットは村上」とスポーツ紙が報じていた。
当時はまさか村上ファンドが、そんなドジを踏むわけがないと思った。 日本的株式市場というイケスに
「食肉魚」を入れ活性化することも、株主の立場を軽くみてきた日本市場には必要だった。
積極的出資者といわれるオリックスの宮内社長、どのように言い逃れをするか見ものである。
高利貸しは高利貸しでしかないが・・・・時代の寵児だった堀江と村上が小菅の住人になるとは、
半年前までは誰も思ってはいなかったはずである。広告料を貰っている大新聞やTVや月刊誌などは、
大手銀行や証券会社の不正を積極的に書けない関係にある。そこで少し危なげな?スポーツ新聞に隠された情報が流れやすい。
村上もインサイダー取引で逮捕は必至ということで、シンガポールに会社と住居を移動したのだろうが、
生命の危機も感じたのだろう。新聞によると「5?以上の株の買占め情報を元に株を購入すると、インサイダー取引になる」
と知っていたが、「まさかライブドアの堀江が、それ以上を買う力があるとは思ってもいなかった」
と苦しい弁明をしていたが、何を今さら見えすえた嘘を!である。 合法的な恐喝ならよい! というユダヤ商法を
日本の社会が認めるかどうかの試金石の問題である。それも仕方ないと諦めるかどうか?難しいところだ。
この村上逮捕で村上ファンドは完全に崩壊した。あっさりしたものである。恐らく有罪になって執行猶予はつくだろうが
手元の金は、損害を被った株主からの訴訟でほぼ失うかどうか? そこでシンガポールに資産を移動したとみてよい。  
したたかな男である。 ところで、村上の記者会見の白々しく、よくぞ言えたものだ。
裁判用につくり上げた嘘のストーリーの構成は私でも見抜ける代物である。
「たまたまライブドアの堀江と宮内の話を聞いていたのがインサイダーだった」と、お涙頂戴の嘘?を
並び立てている姿は哀れである! マスコミが、その嘘を一つずつ裸にするであろう。
時代の寵児に弔辞!を全員で楽しむ風潮が恐ろしい!が、アメリカ資本とその一派が背後で金を出して、
合法的な恐喝をしていたのは間違いない事実である。 こういう問題が次から次へと出てくるであろう。
大手??機関は、この数年にわたり多かれ少なかれ強引な?・・間違いなく数年以内に多くの大問題が噴出する!
法すれすれの、いや・・ことをしてきた事実が、山のように存在している。  間違いなく火がつく!
               (*^ワ^*)i バイ
・・・・・・・
2005年06月06日(月)
1525, わたしの酒中日記?4
  金沢編?2
       1972年2月某日
武蔵が辻の職場からバスで、20分位のところに寮がある。 その中間点にある繁華街の香林坊で降りて、
老舗風の飲み屋を探す。今夜は片町の大和百貨店の裏にある飲食店のおでん屋に飛込みで入る。
人品の良い美人の母娘がいた。聞いたら、三代も続いている店だという。 隣の客が話しかけてくる。
「言葉が違うようだが、観光客か?」「いや、勤めの関係で、一年います」地元の人からすると微妙な立場のようだ。
とにかく、金沢の人は人なつこいのが特徴だ。それと金沢べんの言葉が心を優しくする。
言葉の最後に(?じ)をつける。「?だよね~」という意味である。 それと「?しまっし」という言葉もよい。 
「~しなさい」という意味である。そのアクセントが何ともよいのだ。特に女性がいうと「あ~金沢」になる。
それとおいしい店が多い。ここの土手焼きが美味い。それと次に頼んだスジ肉の煮込みも絶品である。
おでん屋のおいしい店を彼方此方で食べたが、この店はまた格別である。立て込んできたので、その店を出る。
このまま帰るのは、惜しいので大和百貨店の隣の飲食ビルに入る。安そうなスナックに入って、カウンターに座る。
まだ8時なので、お客は誰もいない。素人っぽい20代半ばの店の女性が話しかけてきた。
まだ金沢に来て2ヶ月で、1〜2年いたら、何処かに流れていくとか。若いうちに、彼方此方にいって転々としたいという。
こういう生き方もあるのか、驚いてしまった。「この仕事の接客のポイントは何か?」と聞いたところ、
「期待を持たせること」とか。 まさか「何の期待?」とも聞けないし。「それじゃ?、何か期待してよいか?」と聞くと、
「今度、兼六園を案内してくれる?」というから、「今度ね!」と、空約束をして?店を出る。
バスの定期あるが、歩いて帰ることにした。浅野川の橋を渡って、20分ぐらいはかかったが酔いを冷ますのに丁度よい。
まあ、一人で飲むのも悪くはないが、それにしても金沢には美人が多い。それと金沢の文化と風情がよい。
金沢には、3年間が目安だ。能登半島や、金沢の街を貪欲に知っておかなくては。 もっと一人旅をしなくては。
加賀100万石の城下町の歴史が観光だけではなく、飲み屋や喫茶店などに色濃く残っている。
ここは地元の人には非常に厳しいコントロールがある。 反面、部外者には優しいのだ。
この文化的な特徴は数年住んでみなくては知りようがないが。明日は同期入社の連中との飲み会だ!
ーー
また偶然の一致か、去年の今日も金沢関連のことが書いてあった。

・・・・・・・・
2004年06月06日(日)
1160, 「武士の家計簿」?2

いまの時代にタイミングよく出版された、時の書といってよい。
現在の日本は、第二次大戦の終戦時や、江戸末期から明治維新の時期より大きい大転換期にある。
この時期に江戸末期の武士がどのような暮らし向きをしていたのか、どう対処していったかが、彼らの家計簿から
大きなヒントを得ることができる。彼ら猪山家の人たちが語りかけてくる言葉から「過去の人との対話」が可能になる。
 「あとがき」の最後の文章が印象的である。
ー大きな社会変動期には「いまある組織の外に出ても、必要な技術や能力をもっているか」
が死活を分ける。家柄を誇った士族達の大部分は、その時点で社会から外れていったのだ。
現状を嘆くより、自分の現行を嘆いて、社会に役立つ技術を身につけようとした士族には、
未来が来たのである。私は歴史家として、激動を生きたこの家族の物語を書き終えて、
自分にも、このことだけは確信をもって静かにいえる。まっとうなことをすれば、よいのである・・・・・。
ーー
転換期にある日本人にとって、いや自分にとって、この作家の努力によって彼ら猪山家の人たちより「深いメッセージ」
を与えられたといってよい。「まっとうなことは、一日一日の努力の積み重ねしかない。」
いま問題になっているのは、個人的にも国家的にも、過去のまっとうでなかった(バブル狂奔)シワ寄せである。
それを一つずつ引っ張り上げて、将来の姿を想定して、まっとうな姿に変えていくしか方法はない。
 ー
「武士の家計簿」 磯田道史著  新潮社

・・・・・・・・
2003年06月06日(金)
793, 起業についてー2

 起業について実感のキーワードは「発狂」である。精神の爆発といってもよい。
よし!やろうと決めた瞬間から、もう全てはプロジェクトの完遂をイメージして突き進むだけである。
よほどの粘りと信念がないと突き抜けることはできない。当然の事だが、簡単には事業を興して軌道に乗せることは不可能。
可能にするのは「的」が間違ってない事と、周到な準備と、信念だけである。
 いまの事業を興した時は500?の成功確率という確信があった。
失敗は許されないし、初めの一歩の重要さを知っていたため、考えられるだけのことは考え抜いていた。
それと、それまでの成功体験の裏付けがあった。何事にもいえるが一番大事なことは、成功体験である。
それが実績ということだ。 それと育ってきた家庭環境が大事ではなかろうか。
10歳位までに,両親の立ち上げをみた経験がなければ、計画も準備も甘くなっていた。
また20歳で起業をするという決心をして準備していた事もある。
その瞬間から女性に対しては、気を許さなくなった?どちらを取るかといえば、迷いなく事業の立ち上げであった。
若い時の最大の難関はまずは女性である、創業以外の事を割り切ることであった。
つまらない男になっていた!それが陰になっていた?ようだ。
 事業を始めるとき、まずは自分の心の問うたことがある。「経営資源として金を含めた資産を全て『博打の札ー事業』
に変えるが、全てを失っても後悔しないと自分に誓えるか? そして事業を本当にしたいのか???したい!!」
一人の誓いである!今更だが、それだけ勇気と覚悟が必要だった。おそらく大小にかかわらず誰もが、その位の自問自答は
しているのだろう。いろいろな危機があったが、最後はいつもこの言葉を繰り返していた。
結局は事業経営は博打でしかない!当たり続ける事はない。最後は裸になる覚悟は出来ている?のが強みである。
 しかし、まだ憶えているが、事業の準備をしていたときのことである。
何か一人でTVを見ているとき、急に不安になり「屋上の手すりの上に立っている
ような末恐ろしい感覚」になったのを憶えている。確か借金を初めてしたときである。
この意識下に隠れた不安が意外と経営の原動力になっているのだろう。
立ち上げで判断を迫られるとき、夜半の2時35分が一番冷静な思考になっている。
しかしこの大津波ー大不況に対して、まだそこまで意識がいってないのは、どういうことだろう?!これからか?

・・・・・・・・
2002年06月06日(木)
429,両親の死

両親が亡くなった時、一緒に住んでいた。 そしてその死に様から「生きるとはどういうことか」を学んだ。
死ぬとは如何に大変な事を知った。今ひとつ、死の視点から生を見るということを。
世間とか、娑婆の事を徹底的に割り切って見れるのも、両親の死から、それがいかに幻想である事を学んだからだ。
結局,残るのは「子供と愛情」だけ。それと‘生きてきた事’ー乗り越えてきた「行蔵」それだけだ。
意味とは最後の自己慰めかー心の印ということか? 死を自覚した瞬間の人間の「生に対する渇望」のすざましさに、身震いした。
その瞬間?死を覚悟した瞬間‘砂漠の真ん中に立たされる残酷さ’を直感した。‘心’は「主体」と「イメージ」で成立している。
心を失っている状態は、「主体をなくして何も考えられない状態」と考えれば逆に解かる?
何で‘心’が両親の死の話しから出てくるかと言うと、両親が死と直面した時に「主体」と「イメージ」が
湧き出てくる事実を見たからだ。それは死の恐怖感からくるものである?特に「主体」が凄い。
人生の全てのことは自分の戯曲でしかない。それに満足できるか、できないかだ。死ぬ事はそう簡単のことではない。
昨日の朝、隣の主人が亡くなられた。 今夜通夜、明日葬式に出る予定!

・・・・・・・・・・
2001年06月06日(水)
[44] 何の為のホームページ

何でわざわざ個人のホームページを立ち上げ、公開するのか?
 まずはこの疑問
 1・わざわざ写真を撮って入れたり、
 2.貧しい内面の公開をしたり
 3.せっかくとった最重要情報?の公開をわざわざしたり
 4.とにかくエネルギーを使わなくてはならない
でもそんなこと、この巨大情報空間から見ればどうでもよい事。
むしろさらす事により、リンクの可能性が大きくなる。
インターネットとは考えてみてば、ホームページ間のネットである。
基本はホームページである。その拠点を個人や会社で持つことは、情報空間に自分の基地を持つ事になる。
この時代あたりまえと言えばあたりまえである。ウエブ上に拠点を持つことにより、他のホームページと相互関係になる。
その事をホームページ持ったことで実感できた。もしホームページを持つまでもないと考えるなら、
‘お気に入り’の集積と、その分類を自分のパソコンにきっちりしておくべきだ。
そうした場合どうしても自分拠点を持ちたくなる。それは自分のパソコン内でいいのだが。
公開してもかまわない場合ホームページがよい。  巨大情報空間にさ迷い出た子羊というところか。


2983,超円高社会ー 6

2009年06月05日(金)


 現在の年金問題の大きな問題は誰が起こしたのか、そして、その問題点とは何かを簡潔に書いてあった。 
 これによると、田中角栄である。 考える方も考える方だが。 彼の功と罪は、あまりに大きい。
 最後は消費税とは別に、「年金税」という直接税で賄うしかないのだろう。
 ーまずは、その部分を要約して書いてみたー
 
  * 孫代にツケを回す年金制度の犯人は角栄
【 自分が積み立て、増やしたお金を老後に受け取るという制度は、当初のように続いていたら、
これは公平な制度である。「制度を越えた支え合い」などという政府のマヤカシで洗脳される余地はなかった。
では何時、世代間で極端に不公平な賦課方式に替わったのだろうか。実は、あの詐欺師のような男、角栄である。
田中角栄時代に、日本はハイパーインフレに襲われた。当然年金は目減りをする。年金を引き上げれば喜ばれる。
しかし、下げれば嫌われる。そこで角栄は考えたのである。日本の制度は大福帳会計である。個人個人の会計の
口座の中味を把握できる仕組みになっていない。そこで、年金制度を賦課方式に切り替えれば、年金を掛け金を
値上げすることなく、当面の年金額だけを大幅に増やせるぞ、と。 この決定こそ、身勝手に国民の財産を
奪い取る、悪魔の決定であった。 それを解りやすく説明をすると、若いXさんの積み立てた財産を勝手に奪い取り、
老後期にあるYさんに勝手にばら撒くという案なのだ。自分の積み立てた金は現在の老人に支払われてしまい、
老後は、その時の若い人から支払えばよい、という考えである。負担を後世代に回すことで票を買うという
背信的な政策だったのである。 当時、角栄の熱狂的に支持した層が、現在、老後の世代になっており、
この歪んだ制度の最大の受益者になっている。 彼等こそ角栄超円高社会ー 5の共犯者なのである。
積み立て方式を賦課方式に替え、そして自ら払った金額より大幅に超える年金を受給し、今の若者に
尻拭いを押し付けたのである。角栄は「今太閤」と呼ばれ人気者になって、票を取り、私腹を肥やして、
あの世に逃げていったが、残された国民はいい面の皮である。こうして角栄の手で年金はネズミ講の
システムに切り替えられたのである。このネズミ講の破綻を避けるには、より多くの金を集め、被害者の
数を多く集めて、誰かが尻拭いをしなければならないのである。そのためには人口が増え続けなければならない。】
ーー
以上だが、私たちの年代は、その恩恵を受けるが、その後を考えると大変な負担になる。
これと同じようなことを、自民党が大量国債発行を続けてきた。
更に、この金融恐慌をキッカケに大量に積み増している。 もう手が付けられない手負い獅子。
この総選挙で抹殺されるか、生き延びるか? 自民党を選択してきた国民の民度が一番の問題。

・・・・・・・・・
2008年06月05日(木)
2619, 消費社会から格差社会へ ー3
                      ー読書日記ー
ー若い人は一人旅は流行らないー

 この本によると、10年ぐらい前までは、「深夜特急」とかいう本に啓発されて若者がパックを背負って
 世界を旅するのが流行っていた。 が、今では全くといってよいほど見られないという。
 いつの間にか時代は変化していたのである。
  まずは、その部分を抜粋してみる。
 ーー
以前、ある研究会で旅行関係の仕事をしたんです。聞くところによると最近の若い子が海外旅行に行かなくなったと。
まあお金もないし、頻繁に海外旅行しなくなったと。でもお金の問題だけじゃなくて、どうもコミュニケーションカが
非常に低くなっているんじゃないか、と。 七〇年代初期に 「団体旅行なんてカッコ悪いぜ、デイパック背負って
行く旅がいいじゃん」っていう、「地球の歩き直的なムーブメントがあったけれど、今は「若者だから一人で旅をしろ」
って言っても、もう行かないんです。早大の探検部は今や存亡の危機だそうです。
しかも部長は東京理科大の女子学生らしい。 なぜかというと親が止めちゃう。「今度こんな所に行くんだけど」って
息子が言うと、親が「危ないからよせ」って言う。 それで探検が成り立たなくなったそうです。
日本以外にもっとおもしろい世界があるぞ、なんていう期待も持ってない。
じゃあ、どうやったら海外旅行をしてもらえるか、という研究をして、一つ出た結論が「新・団体旅行」なんです。
一昔前の「農協パック」みたいな団体旅行でいいんじゃないかと。なにしろ郊外の「下流」の若者は「新しい農民」だから。
ただ、まったくの団体旅行ではだめだから「みんなと一緒に行く自分らしい旅」みたいなコンセプトがいいんじゃないかと。
つまり「島宇宙」を用意してあげるわけね。
  ーー
  若い人の大半が、金もない、覇気もない、夢もない、ということ。 時代の背景に直接反映している
  インターネットや衛星TVをみれば、世界の映像が直ぐに飛び込んでくる。
  しかし実際に行って感じるのとでは雲泥の差があるのが、わからないのである。
  さらに傾向として結婚からも逃避し出している、ともいう。
  若者はノイズに弱いというが、結婚ほど連れ合いや、子供のノイズは煩いものはない。
  中国は「一人っ子政策」のプラス面がある。 両親が、一人っ子に集中して教育をするからである。
  特に主流を占める貧困層こそ、その脱出手段として、将来を子供にかける。だから底辺の底上げになるのである。
  その若者が、そろそろ社会の中核に出てき始めた。 それに日本の若者が太刀打ち出来るわけがない。
  衰退の最も深刻な現象が、若者たちの無力感である。 ある意味、政治の怠慢の犠牲者である。
                              ーつづく
・・・・・・・・・
2007年06月05日(火)
2254, ビョーキな人々探訪記 ?3
                  o(゜∀゜)o オッハヨウ
*鬱病について
依存症とは違うが、これも大変な病である。作家の原田宗典と中村うさぎの対談も絶妙である。
原田宗典は数冊読んだことがあったが、彼が鬱病とは驚きだ!
笑いとか軽妙な文章を書く人だったのに、心の奥は解らないものである。
知人(数年前にガンで亡くなった)が、重い躁うつ病になってしまった。
医者よりも私の言葉が薬になったようで、欝への対処に絶対的な信頼を寄せていた。
亡くなるまで彼を20年近く支えていた。後半は自分で病院に行って、自分で入院するようになっていた。
あの原因は夫婦関係にあったのは周囲の一致するところだったが・・・ 私が精神病理に興味があり、
その系統の本を多く読んでいたこともあるが、青年期に何度か精神的危機を一人で乗り越えた経験があったためだ。
 (字数の関係でカット09年06月05日)
・・・・・・・・
2006年06月05日(月)
1889, 閑話小題
            おはよ?!(*^ワ^*)i              
ーインフレの足音ー
 家内の話では、
「スーパーの特価のトイレットペーパーが売り出し直後に売り切れる。
 主婦レベルの買いだめが始まっているようだ」とのこと。
 値上がりを見越して、主婦レベルでのささやかな生活防衛が始まったようだ。
 原油の値上がりからみて当然の現象である。インフレはまだ先のことと思っていたが、
 悪性インフレが徐々に姿を現してきた。2008年から2010年辺りに世界的な大変動があると見てよい。
ーサッカーのドサクサにー
 サッカーのワールドカップのドサクサを狙って政治的な大事件が起こる可能性がある。
 冷静に、それが何だか見てみ極める必要がある。その一つが村上の逮捕か?
 それとも、あの大銀行の手入れか。アメリカの株価の大暴落か。
 アメリカの大手??会社の倒産か。大きなテロも可能性がある。無ければ無いでよいが。
ー自殺が8年連続で3万人超ー
 3万人超の自殺が8年連続とは、異常の数字である。
 ホテルで自殺者が出ると当事者として、その詳細が警察から知らされる。
「おん宿 かわせみ」という時代小説があったが、自殺者だけに限らず、
(長期宿泊者などの事情を聞くと)色いろな人生を垣間見ることができる。
 例えば
・12平米のツウィン・ルームに男女二人が5?6年近く宿泊して(暮らして)いたとか。
・子供連れの女性が二年近くシングル・ルームに住んでいたとか。
・怪しげな若い男が、明らかに純情そうな素人娘のヒモとして、ピンサロで働かせていたとか。
・最近は見られなくなったが、流れのピンサロ嬢も時期になると宿泊するという。
 当ホテルは方針上、絶対に売春などの宿泊は厳禁をしているが、時代のせいか、
 デルヘル嬢を他のホテルは殆んど認めているという。 書けばつきない・・・・
 そういう危ない人が必ず数人は宿泊しているが、必ず警察がチャックをしていて本人の大筋が見えてくる。
 自殺で一番憐れだったのが、窓から飛び降り自殺をした人である。警察が調べたところ、
 最近に同居していた女性が亡くなって、その身元もわからない上に、本人の身元も解らないという。
 何か深い事情があったようだが、身元不明で処理するしかないとのこと。
 誰も好んで自殺するはずがない、死ぬなりの深い理由があるのだろう。
 考えてみれば、20代までは死にたいと何度思ったことか?
 最近は、死にたい!でなくて、もっともっと生きたい!と思うのは老化の現象か?
ー駐禁民間委託についてー
 これは大きな問題となるだろう。今までのように15分の猶予をすべきだった。
 これでは数ヶ月で民意の反対運動で潰されるだろう。 一番影響を受けるのはダウンタウンの商店街や、
 路面のラーメン店などは商売があがったりになる。これでは大反対の合唱になるのは当然で、役人の甘さが露呈する。
 一番嫌われる法的処置である。アメリカでは、通用している処置でも日本では通用しないことがある。
 まあ、結果がどうなるか?
                   。.@(-ェ-)@ノ~~~バイ?
・・・・・・・・
2005年06月05日(日)
1524, わたしの酒中日記ー3
   金沢編ー1

ー1971年10月某日
会社の寮から50?のところに「トラちゃん」というホルモン焼屋がある。
まわりカウンターの中で、小太りのトラちゃんというに相応しい小母ちゃんがやっている店である。
この店には月に1~2度位、ブラリ入る。寮に近いわりには、会社関係の人はこない。
香林坊には、いくらでも面白そうな店があるので、こんなところでは飲まないし、彼女が大体いるためか、
一人で飲む奴などいない。 香林坊からバスで10分のところにあるが、何時ものようにモツの炒め物を注文して
一人飲んでいると、寮の2年先輩が嬉しそうな顔をして入ってきた。 「おお一人か!実をいうと、
今日は競馬で大穴を当てたんだ。一杯奢るから俺について来な!」断る理由など一切無し、タクシーで香林坊の
少し路地に入った店に乗りつけた。 看板には「平家 落人焼き」とある。店に入ってビックリした。
油で店の中が黒光りしてギトギトである。威勢のよい40歳がらみの親父と、女将が愛想良くむかえてくれた。
カウンターの中に大きな1m四方の鉄板に、魚や肉を野菜と一緒に焼いて出してくれる。
メニューは鉄板焼きだけのシンプルなメニューだけである。
ツマミは、手で千切ったキャベツが大きなバケツから手掴みで、皿に入れられて出される。
それを食塩を振りかけて前菜にする。平家の落人が、山に隠れて兜を逆さました中で、山菜や猪の肉などを
焼いて食べていたという由来から名づけたのだろう。ここの名物は何といっても「夫婦喧嘩」とタクシーの中で聞いていた。 
ストレスの溜まったオカアチャンが、いい加減なオトウチャンに切れる。見ていても迫力があるという。
そして何時もの通りに夫婦喧嘩が始まった。両親の赤裸々な夫婦喧嘩もなかったので、その夫婦の迫力に驚いてしまった。
しかし、一戦が終わった後は何事も無かったように穏やかになった。
オカアチャンが休みの日など、一人しょんぼりとしているという。その親爺が、今度は会社の先輩の絡み始めた。
「お客さんには悪いけど、今日は最高の日のように見えるが、実際は最悪の日なんだよ!
博打で当たった味が結局は深みにはまり込むんだ。その意味で今日は最悪の日だよ!気の毒になー!」
聞いていてイヤに納得のいく言葉であった。

・・・・・・・・・
2004年06月05日(土)
1159, 「武士の家計簿」

いま話題になっている本に、この「武士の家計簿」がある。
激動の時代が、武士の家計簿でリアルに浮き彫りにされている。
現在我々が直面している金融破綻や地価の下落、利権と収賄等々の問題が、
150年前に金沢で全部経験ずみなのが面白い。
・仕事は経理ー加賀藩御算用者(おさんようもの)(経理係)、
・小遣い6千円
・幕末の武士は年収の二倍の借金に苦しんでいた。
 禄高(ろくだか)では江戸と金沢との二重生活をまかない切れなかった。
 わが子に英才教育を施し、早くから出仕して禄をもらうことを考える。
 他の部署と違って御算用者は経理等の能力がなければ採用されないので、猪山家も必死だ。
 そのかいあって、息子の成之も早く採用されて俸禄は親子で二倍の収入になる。
 幕末の加賀藩士の家計簿を見つけた慶大非常勤講師の磯田道史氏が、地道に書き上げた本である。
平成13年の夏、彼が現金を16万円を持って神田神保町の古本屋に駆け込み買い込んだのが始まりである。
これが猪山直之・成之親子が三十七年間にわたってつけた入払(いりばらい)帳(家計簿)である。
この史料から金沢城下の下級武士の詳細な暮らしぶりが分かるほか、明治維新後に海軍主計として活躍した
猪山一族の隆盛から加賀藩士が日本の近代化に大きな役割を果したことが解る。
漠然としか知られていなかった武家の生活を、家計簿から読み解いたものである。
 天保十三(一八四二)年、高金利に耐えられなくなった猪山家は家財を売り払い、借金を完済。
「もう二度と借金を背負わない」という決心から饅頭一個を買っても記録する”完ぺきな家計簿”をつけ始めた。
以来、明治十二(一八七九)年まで親子二代が克明な記録を続けた。
 家計簿からは、武家の婚礼、出産、葬儀などの儀式に伴う出費のほか、
習字やそろばんなど子どもの教育に多くの費用が必要だったことが分かる。
金沢の直之から江戸(東京)で暮らす成之への手紙も含まれており、「犀川の土手でドジョウを焼いて売る士族が出現」
「裕福な商人に武家の娘が嫁ぐ縁組が流行」など明治維新後の激変ぶりが記されている。
 維新後、成之が優秀な経理マンとしての手腕を発揮し、海軍省で出世していくことについて、
著者は「当時、金沢の理数教育は非常に水準が高く、それが明治の近代化に大きく貢献した」とみている。
 猪山家が加賀百万石のそろばん係(財政担当)をしていたことで、数字に細かく、なおかつ収入よりも
支出が多い借金で破産しかかっていたことが当時の生々しい生活や社会の実態を記録したことになる。
 興味深いのは、江戸時代の武士が結構離婚が多かったこと。
これは、妻の側の財産は独立していたことや,婚家よりも実家とのきずなが強いためのようだ。
この文書でも、夫が妻に借金を申し込み借用書を書いたり、という事情が記されている。
冠婚葬祭や病気見舞い、昇進祝いなど、親戚や同僚との義理を欠けない
付き合いが、出世とともに増えていった。そして 交際費がかさんでいった。
武家社会特有の通過儀礼や年中行事もあった。ある年、猪山家が費用を支出した儀礼と行事は合計二十二回を数た。
真っ先に何を削ったかといえば、当主の小遣いだ。また家財を売り払い、借金返済や利息に充てたりしていた場面もある。
主人の使いに出ては、あちこちから祝儀をもらった家来の懐の方が温かだったのではと著者は推測している。
猪山家は加賀藩では下級武士で、その上御算用者という身分は他の武士身分からは一つ下にみられた。
しかし数字に強いという猪山家の能力が認められる時代が来た。明治維新である。以後、猪山成之は海軍に勤め出世する。
著者は、この家計簿から当時の社会を分析しているが、この切口が新鮮である。
「事実は小説より奇なり」ではないが、人間の生活や社会は、いつの世もたいして変わらない部分を垣間見た思いである。

・・・・・・・・
2003年06月05日(木)
792,起業とは?1

 現在アントレブルナー(起業家)という言葉がキーワードになっている。
国家が支援金まで援助して新しい事業を興すことを勧めている。
ベンチャーだけでなく、企業に属している人やすべての社会人にこのマインドが求められるようになった。
しかしアイデアや着想を練り上げて、プロジェクトを立ち上げ、業績をあげて、拡大し、
次世代にひき継ぐのは至難の業である。うまくいっても大体が25?30年で、その生命を終了する。
営業ー不動産などで「千三つ」といわれることがある。千に三つしか成功しないからだ。
これは2分の1の確立で10回当たった数字である。起業で成功する確率も同じ事がいえる。無から有を生み出すのだから、
想像を絶する苦痛を伴なう。コンサルタントの林さんも産能大学での講座では、本当は「起業論」をやりたかったといっていた。
 考えてみたら、小さいながらも27歳から事業の立ち上げを数回経験してきた。
決心をしてから半独立ー27歳、そして完全独立ー34歳、と階段を上るように一歩づつ独立をしていった。
私の知人友人に起業をした人が数人いるが、見ていても壮絶である。想定が甘かったり、少しいうまくいくと
拡大ではなく膨張をしてしまう。自己能力の限界の設定が甘くなってしまうのだ。 他人事ではないが。
 私も何回か立ち上げをしてみて大変であったが、両親の創業を見ていたので、その苦労の数分の一でしかない
ことをわきまえていた。時代の変化の中で、それまでとは違った業態を新たに創りあげるのだから簡単なはずがないが、
しかし手順は一緒である。今までの常識を否定して、仕掛けとして違う切り口で組立てをするのだから、
覚悟とエネルギーが要るのは当然である。

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2002年06月05日(水)
428, おしっこをしながら、水を飲む

「おしっこをしながら、水を飲むとそのまま飲んだ水が垂直に排出された感じになる。
 宇宙が身体に流れ込む感じ」という本を読んで、昨日3回も実行してみた。
・まず感じたことは、「こんなことを実際やってみる人は、
 この本を読んだごく僅かな単細胞の人だろうな?」という気持ち。
・世界広しといえども、こんな経験をした人は殆どいない事をしてみた自分の可笑しさ。
・現実にはそうでないが、飲んだ水がじかにそのまま排出されるという
 実感が愉快であった。そこには胃も腸もないそのまま出て行く実感である。
ところでそれがどうしたの?と聞かれても答えようがないが、新鮮な気分と、誰もやったことない体験をしてみた!
という可笑しさで,気分が一新しただけでも価値があった。 何事も経験です!! 貴方も経験してみたら??!
 
・・・・・・・・・・・
2001年06月05日(火)
[43] オークションサイトについて

今日インテリア山下の社長が来社して、下取りのダンツーの絨毯を1円でネットオークションに出してみた’
と言われたので早速オークションに1000円で入札をしてみた。
またネット上の新しい世界を垣間見た思いだ(e?ビジネスの新しい可能性の一部を)。
これこそ新しい社会の1つの可能性を現している。
ホームページにしろインターネットで毎日が新しい発見の連続である。
確かにネットバブルの部分があることは否定できないが、といってネット社会の方向は事実である。
是非このサイト見てみる事を薦めます。前の頑張ってます!はパソコン教室の練習です。
記念の為残してきます。        http://auction.excite.co.jp/


2982,超円高社会ー 5

2009年06月04日(木)


* 食料自給率40%は本当か?

 第7章 市場を毛嫌いする官僚システムの罪と罰 ー『食料自給率40%の世論誘導』には驚きである。
 ーその概要をまとめると・・・
著者は、食料自給率40%は農水省が都合よく作りあげたマヤカシの数字という。
農水省の言い分だと自動車の自給率は1%ということになる。 自動車は原料の重量比によって計算をしない。
自動車は出荷額や付加価値で考える。それと全く同じように食料も出荷金額ベースで自給率を計算することこそが、
世界で広く通用している食料自給率なのである。その世界通用自給率で計算すると何と66%なのである。 
日本国内では、カロリーが低く、しかし付加価値の高い商品作物を多く造っている。
だが、カロリーベースで計算すると、故意に無視していることになる。
カロリーベースで自給率を算出しているのは世界で韓国と日本だけである。例えばキノコはカロリーゼロである。
『自給率が低いー>これは大変ー>自給率を上げよう』のパターンである。
しかし、この三段論法の二段目が抜け落ちている。自給率が何故高くなければならないか、が抜けているのである。
去年7月の漁船のストは、魚価を上げることが目的ではなく、補助金だったのである。
ある業界だけが何故、特定の補助金が出たのか、不思議な現象である。
GDPとは『付加価値』の合計額のことなのである。豚の子どもを親に育てて、豚の付加価値を与えたものが
農業の仕事の筈が、そのところは一切考慮に入れない計算方式である。 
国内で生まれ、大きくなるまで育てた豚の肉でも「エサの90%以上が輸入品だ」という理由で国産にカウントされない。
そのために9・7%になってしまう。それに輸入豚47%を加えると、僅かに5%にカウントされるのである。 
そうこうあらゆる手段で、役人が66%の自給率を40%にするために、あらゆるところで数字の改竄を行っている。 
米の自給率は、実際は108%なのに、この8年連続でジャスト100%ということになっている。
8パーセントは、元々なかったとして切り捨てている。
 ーー
 こんなことを知らされると、読む前まで信じていた「グローバルの時代の自国の食料戦略」とやらも、
何か役人に世論誘導されている実態に、侘しくなってくる。この方式だと、自動車の原材料自給率は1%という。

 ーーー
2618, 消費社会から格差社会へ ?2
2008年06月04日(水)
                        ー読書日記ー
  ークルマが社会に与えた影響ー
   車が社会に与えた影響について書いてあるが、若い女性が新幹線や電車の中で鏡を出し化粧をしている
   理由が、車の中と混同していることが解った。 新幹線といえば毎年の4月の恒例の姿がある。
   新社会人の女性が平気で待ち行列で「うんち座り」をしている姿である。
   学校の校内の習慣を続けているに過ぎないが、若い女性はひときわ目立つ。
   半年で流石に止めるが、それでも半年は続けるのである。これとは関係ないが。
   乗用車に電子レンジと冷蔵庫が付く時代になったということである。内と外の境目が曖昧になっている。
   そのこと自体がホームレス化ということではないか。
   ーー
上野 もう30年も前のことですが、滋賀県の大津の西武百貨店の駐車場で、車から降りてくる人の
 調査をしてことがある。履物の大部分が{つっかけサンダル}ということがわかった。夏ということではなかった。
 私領域の顔で降りてくる。車は長距離を移動しても私空間を出前する乗り物だということがわかった。
三浦 クルマが人々の潜在心理に与えた影響はすごく大きいですよ。あまりそれを指摘する人はいませんが、
 クルマで育ってしまうと、電車に乗っても化粧をする。「クルマに乗ってると、なんで電車でやっちゃいけないの?」
 っていうことだと思うんですね。 僕もクルマの調査したら、若い男の子がカップラーメンを食いながら
 運転していたし(笑)。 あと信号待ちでマンガ読んでいるんですけど、信号が青になると、
 読みながらそのままブーンって出すんで驚いてしまいました。
上野 怖え?(笑)。
三浦 もう、なんでもやってますよ。実際、ロサンゼルスの通勤サラリーマンは、朝ご飯を食べ暇がなくて、
 クルマに電子レンジ積んで、テレビディナーを食べながら通勤するらしいですよ(笑)。
 トヨタの「エスティマハイブリッド」っていう車種も、コンセントがついていて電子レンジを搭載できるらしいですから。
山野 ええっ、ホント?
三浦 ですから、電子レンジと冷蔵庫をクルマに完備してあげれば、今の若い子はもう大喜びですよ。
 コンビニが走っているようなものですから(笑)。
上野 "ゴーイング・マイホーム"、つまり「走るわが家」ね。
三浦 そのうち仕事がなくなって、トレーラーハウスに住むようになってね。
 最近、犯罪を起こして人を新聞で見ていると、住所不定・無職でクルマにズットすんでいる人がけっこいる。
  ーー
   アメリカが、既にトレーラー・カーに住み込むプアーが多く見られるという。
  日本の地方は車がないと生活が非常に不便で、一家に一台から、一人の一台の時代に入っている。
  これは車がモバイル・ルーム化したともいえる。
  携帯電話にワンセグの機能と、ステレオ機能が付いていれば、充分満足のいく空間になる。
  さらに、コンセントまでついていれば・・・ 家庭など消滅するのは当然のことである。
                     ?つづく
  ・・・・・・・・・・
2007年06月04日(月)
2253, 倒産にも色いろあるようだ!

              ヾ(´∀`o)+。才ノヽ
一昨日、兄夫妻が倒産以来、初めて報告を兼ねて遊びにきた。内面は複雑だろうが、
金に追われた困窮の日々から開放され、さっぱりしたようだ。
倒産のマイナス・エネルギーだけは経験した本人しか解らないこと。
傍で見ていて解ったことだが、倒産にも良質か悪質かどうかがある。
 ーまずは悲惨な例からー
幼馴染の兄弟の倒産と、その後の成り行きを数年に渡り身近で見聞きした。
倒産直後に弟が建設関係の営業で私のところに訪ねてきた時、20歳以上も老けた70代半ばの風貌になっていた。
想像を絶した経験をしたのだろうが、それそのままが顔に出ていた。自覚していたかどうかは別だが営業手法として
「倒産ネタ」を使っていた。そのネタなら、どのトップも自ら聞いてくれる、トップにとって明日は我が身だからだ。
しかし本人はつらかっただろう!彼の話によると、兄の会社の借金の保証人になり、連鎖倒産をしたという。そして離婚。
その後、半年間の引きこもりなど死線を彷徨った後、知り合いの会社の社長に声をかけられ、営業をしていた。
その後、年金年齢になり、働いていた会社を辞めると同時に酒びたり、そしてアル中に近い状態。
一人暮らで際どい日々を送っているという。厚生年金が入るので、生活は成り立っているというが・・

二十年近く前、婿取りの姉夫婦が経営していた会社が倒産。それも私と同敷地内の家に住んでいたのでプロセスがまる見え!
生々しい迫力があった。一度??保証人の封筒を持ってきたが・・「貧すれば鈍する」のが、倒産である。 
そのときは母と金を出し合って、整理専門のコンサルタントの先生に頼んで、後始末をしてもらったが・・
その時に姉夫婦の友人・知人の借金の明細のコピーをみたが、億以上であった。
致命傷ではなかったが、母もやられていた・・・人徳というか、長岡的というか、よく貸すよ?である。
私など誰一人として貸してはくれないし、借りる気などさらさらない。
それより、驚いたのは????である。 亡き姉への悪口になるか!  人生色いろある!
ー良質か悪質かは、以下がラインとなるー
・親戚への請け判、借金があるかどうか。
・高利貸から借金があるかどうか。
・痴呆名士様の世界から脱皮しているか。
・手形を出しているか。
・夫婦関係が崩壊をしているかどうか。
・アルコール依存症か女性依存症になっているかどうか。
・事業をしている場合、厚生年金に二人とも入っているか。
・倒産資金の150万が用意できるかどうかー弁護士費用。
今回の兄夫婦の場合は、全てをクリアー?していたから、良質倒産?である。
二人とも厚生年金に入っていて、義姉は二年後に到達、それまで凌げばよい。
厚生年金は法律で守られているから、普通より恵まれた年金生活が保障されている。
今回、聞いて驚いたのが、悪質でない限り法律で手厚く守られていることだ。
あとは城下町の陰湿な目を割り切れば、何ということはない。 そんなものアフリカや南米の土人部落と同じと、
割り切っていればよいだけ!「あちらの方が実際のところ文化度が高い?」 
それもこれも如何でもよいことであるが、一つ間違えば、明日は我が身である。
兄夫婦の件から学んだことは、ー如何にもならなくなったら良質の倒産をすればよい!ー
私の事業の場合、任意整理はあっても、倒産はない。銀行の借財がホボ全てだからだ。当面は大丈夫だが!
今の世界は、そして日本は何があっても不思議でない状況であるが、
それが面白い!といっていられるのは、まだ世界同時株安とかが、起きてないからである。
               (*・ω)ノβψε★βψε
・・・・・・・・・
2006年06月04日(日)
1888, 井村雅代
              才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)
シンクロナイズド・スイミングのコーチ「井村雅代」という存在を、ある本で知った。
あまりの型破りの指導のため組織から追放され、練習場も失い、選手に次々とさられた。
そのどん底の中から立ち上がり次々と名選手を育て上げていった人の言葉は深い振動を感じとることができる。
それは成功体験というより、失敗体験の挫折の味を知り尽くした者の振動。

ー彼女の言葉をまず紹介してみよう。そこには決して奇麗事でない指導者の本音があるー
シンクロは、選手の身体を借りてはいますが、私の表現方法を具体化するものです。
演技をするのは選手ですが、私の思いが伝わってこそ、選手それぞれの個性が発揮できるのです。
本番が始まったら、私は何もしてあげられない。選手自身が解決して乗り越えなければならない。
でも、それまでは、私の思いをすべて伝えてあげたい。生きていればこそ、心動かされる場面に対面できます。
それも、いろんな伝わり方で、いろんな感動の受け方で・・。人間の一生なんて自然界から見れば、
わずかな時間なんでしょう。でも、一人一人の一生には、それぞれ、密に体験がつまっています。
一人の、私だけでとぎれるのではなく、遺伝子を通じて、父母以前からうけた感性や、
子や孫に伝わっていくであろう感性を思うと、自分一人だけの命とは思えません。
でも泥沼やからええやね。しんどいけれどチャレンジできる、立ち向かっている、そう思える時って、
人間一番幸せではないですか。何もかもうまくいってすることがない、平和そのもの。
そんな時って充実感、ないですもの。もがいているいまが一番やないかと思います。
ーー
何ごともそうだが、捨て身でなければ一流になれない。捨て身とは全身全霊をかけることであり、
そこから自我の昇華になる。底から這い上がってこそ捨て身になれる、そこから真の能力は出てくる。
彼女の言葉から、それを感じ取ることができる。通り一遍の指導では、一流の選手が育つわけがない。
                  (。・ω・)ノ☆゚+ホンジャ!
・・・・・・・・
2005年06月04日(土)
1523, わたしの酒中日記?2
    ー長岡殿町         2005年5月31日

今日は父の33回忌の法事である。 法要の席を長岡駅前の『田村』で開く。坊様がまた例の調子で・・・・?
その席で、数年前に亡くなった姉に似ているママのスナックがあるという。
今朝、千葉から来た姉と亡き姉の墓参りをしてきたこともあり、その店に行くことになった。 
姉と兄夫婦と、私たち夫婦5人で行く。 18時なのに既に3人も来ている。
ママは期待していたほどは似てはいないが、まさか亡くなる直前の姉に似ているとも言えない。
30分もしないうちにお客で満席である。 一時間ほどいて、そこを出る。
千葉に帰る姉を駅に送りながら、次の店「ヒロ」に行く。
そこで3時間ほど、全員で歌うが、かなり盛り上がる。年に3~4回ほど兄夫婦と飲むが、いつも盛り上がる。
その後、10年ぶりに一月ほど前に行った「禮」という名のスナックに行く。
私以外、初めての店なので冗談で「ここは、オカマバーだよ!」というと、全員が信じる。 
少したって気がついたことだが、ママの機嫌が悪い。他の全員が「オカマバー」ということを信じていたからだ。
帰るまでママに徹底的に無視をされてしまった。家内は何でママが機嫌が悪い理由がわからなかったようだ。
そりゃ怒るだろう! とにかく兄夫婦と飲むと盛り上がる。 丁度0時に帰る。

・・・・・・・
2004年06月04日(金)
1158, 年金の話

これだけ不景気になってくると気になるのが老後である。そのためか、年金がここにきてクローズアップされてきている。
今年から、58歳を過ぎると年金の予測の数字を希望者に郵送される。半月前にその内容が送ってきた。
こういう時代、明日何がおきても不思議ではない。とくに事業をしている立場上、不安の要素があまりにも多い。
ある日ハイパーインフレがおきて金利が2倍にあがる可能性がある。また、上越新幹線でテロの爆発がおきても不思議でない。
(新潟駅の新幹線のホームでは、各階段に警察官が二人ずつ合計10人近く張り付いている)
新潟にアルカイダーの幹部が一年半潜伏していたとかいう情報があったことと関係しているのだろう。
ハイパーインフレやテロで、会社は一瞬で倒産してしまう可能性を含んでいる。
経営者は何も保証されてない立場にあるから、万一のことがあれば明日からの生活に事欠くことになる。
倒産をした最悪の人を何人も現に見てきているから、時々凍りつくような不安に落ちいることがある。 
それが逆にエネルギー源にもなっているが。社会保険センターから送ってきた年金の数字を見て少しホッとした事も事実である。
年金支給が63歳と思っていたが、今回の郵送で60からでももらえることを初めて知った。
・1年7ヶ月経つと(60歳)全く他に収入がない場合で、190万円の年金支給。・4年7ヶ月で(63歳)で、260万円。
・6年経つと、家内の分を加算すると3?0万位という。ー何とか人並み?に生きていけそうな金額である。
家内に説明をすると「丁度よいようになっているのね!」セフティーネットとして、あるとないとでは全く違う。 
こういう年齢になったのだ。

・・・・・・・・
2003年06月04日(水)
791, 鎌倉がよかった

 林さんに大学の授業が終わった後、鎌倉を案内をしてもらった。家内と私にとって素晴らしい思い出になった。
鎌倉は父方の親戚が駅前で古美術(堀井古美術)の店を開いて、法事などで数回行っていた。
しかし鎌倉の大仏以外は全く未知の世界であった。
 今回初めて解ったことだが、鎌倉にも五山があった。鎌倉時代に中国の五山制度にならって、
鎌倉の禅寺に設けられた五大寺をいう。室町初期には鎌倉・京都それぞれに五山が定められた。
その後たびたびの改定を経て、足利義満のとき、五山の上に南禅寺がおかれ、
・京五山として天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺、
・鎌倉五山として第一位 建長寺 第二位 円覚寺 第三位 寿福寺 第四位 浄智寺 第五位 浄妙寺 がおかれた。
 それぞれに深い歴史があることがはじめて解った。
私達が案内されたのが、第一の建長寺と第二位の円覚寺、それと長谷寺と‘あじさい寺’の名で親しまれている名月院である。
全て印象的であった。 その中で名月院を書いてみるとー北条時宗が建てた禅興寺の塔頭の一つだったが、のちに足利氏満の
命令で上杉憲方が時宗の父、時頼の墓所として中興した。1394年上杉憲方の没後、上杉憲方の法名 をとって明月院となった。
アジサイだけでなく スイセン、ボケ、モクレンなど草花の種類も 多い寺である。
それぞれが、味わいのある素晴らしいお寺であった。鎌倉がこれほど良いとは実際のところ知らなかった! 
 昼飯を御馳走になった老舗の中華料理店がよかった。横浜の中華街にある中華料理店の支店として60年前から
営業をしているという。由緒ある別荘がそのまま店になっている高級料亭風であった。中華料理も絶品の味であった。
林さんとでなければ、間違っても入れない店である。 話は変わるが鎌倉でタクシーに乗った運転手が「景気が悪い!」
といっていた。特に今年に入ってから、かなり悪いとか。鎌倉の一人当たりの地元に落とす金は平均700円?
と冗談で林さんが教えてくれた。ウォーキングスタイルにリュックを背負いコンビニで弁当を買ってベンチで
食べるのが鎌倉の一日観光のスタイルとか。 母校の講義と鎌倉の散策、一期一会の素晴らしい二日間であった。
 
・・・・・・・・・
2002年06月04日(火)
427,世間とはー3

世間に住む人々を喩え話で挙げてみると面白い! 娑婆の集約の姿であろう。
・まずはーどぶに浮くボウフラ!!
・そしてチンドンヤー自己宣伝に全て注ぎ込んでいる倒産寸前の!!!
 ーとくに地方は?痴呆になってしまうのだろう!!
 小さい世間の中で如何によい地位をつくるかという幻想に血眼ー痴呆症か。
・太鼓もちー芸者と組み合わせ!!!
 -夫婦で、低脳の痴呆名士に対して夫婦漫才をして売り込む!!
 あの角栄の組織を乗っ取った竹ちゃんも!! ただただ太鼓もちの世間士???
・鳶ー不動屋やマイナス情報を探し回るあの男。
・ガマカエルー王様カエル ノータリンクラブとかに入って偉くなったつもりの人
・宅上犬ー??
世間という心の壁は、自分と他者の問題になってくる。あいまいな甘えの世界ともいえるし、
自分を持ち得ない群集の世界ともいえる。 島国のような固定化社会では、その甘さがお互いのクッションの働きになる。
必要悪だからさらに性質が?!若い母親のまず社会の第一歩、そう公園の砂場デビュウー。 音羽で幼児殺人があったが、
インタビューされた若い同じ立場の母親が「動機がいたいほど解る」と何人も言っていた。あれが世間という世界、
日本的カースト制度の差別の世界。 あれも範疇だろう。細かくランク付けされた立場の小さい視点!
しかし情報化社会において、その根本が崩壊してきている。この情報化が根底から社会を変えようとしている。
日本的世間(社会)主義の崩壊である。 しかし新しいネット世間ができている、空間を越えて。
この位の割り切った眼で見てないと、世間様のゆで蛙になってしまう。

・・・・・・・
2001年06月04日(月)
[41] 20年の通勤

新潟と長岡を20年通勤している。1年に250日*20年=5000
5000*2800円平均=1400万円になる。マンションの一つも買える。
2つの地方都市の30分の新幹線の通勤も悪くない。仕事と私生活をきっちり分ける事が、より可能になるからだ。
長岡と新潟の気質がまるで違う事も見えてくる。あくまで対比の話だが新潟は鷹揚だ。そして明るい。かつクールだ。
反面こと商売という意味の仕事は甘い。反面長岡はマクロという意味で仕事がいいかげんだ。
人間関係‐付き合いとかなにかで誤魔化してしまう。 長岡で住んで仕事をしていると、陸の孤島の住人の感覚と
なってしまって当然だ。特に中年から老年に至ったとき毒(ストレスのヘドロ化)がとっぷりたまらないかと?
それなりに知恵で解毒しているはずだが。5?6年前までに4回新幹線を乗り過ごした。3回湯沢で泊まった。
それぞれにミニドラマがあった。飲んだ勢いで湯沢でも飲むからだ。


2981,超円高社会 ー4

2009年06月03日(水)

 

2981,超円高社会 ー4
2009年06月03日(水)

日本国家の財政が破綻しているのは「短式簿記方式のため」という論は知ってはいたが、
この書に明快に表現してあるので、改めて考えてみよう。  
ーまずは、その辺の部分をコピーしてみたー  

*日本国家が借金漬けの元凶は単式簿記のため

今の政権=自民党+公明党に多額の借金を貸し込んでいるのが、我われ国民である。
この政府が抱える本質的な欠陥は、会計に単式簿記を採用していることである。
大福町会計あるいは家計簿方式といってよい。この元では、税収と借り入れを区別することなく
【歳入】と一括りに計上する。国債の利子支払いを、元金の償還と区別も出来ず、
国民に対する社会保障の支払いや公共事業などと一括して【歳出】の一言でまとめてしまう。
そういう把握しか出来ない法人なのである。何故今でも行われているか。
理由は簡単。明治政府が発足した時には、日本では複式簿記を知らなかっただけ。
何故に、それを改定しようとしないのか。その方が政権を持っているほうが都合がよいからである。
社会保険庁の帳簿の改竄も、原理的に見抜くことが出来なかったのは、それゆえである。
中部国際空港を作ったのは、トヨタである。 これまでは巨大公共事業は、
予算も目標期日もオーバーするのは当然と思われていた。今の大福帳会計の政権法人が行う限り、
ほぼ全ての公共事業が、必ず予算も期日もオーバーする。ところが、トヨタが引き受けた中部国際空港は、
驚くべきことに、目標よりも実際の開港が一ヶ月も早く前倒しされた。しかも予算は7680億円に対して、
実に1000億円も下回り、国民の負担を節約されたのである。 関西国際空港の惨状を見れば、
トヨタの凄腕はいっそう明らかである。関西空港は当初予算1兆676億円に対して、1兆4582億円と、
実に37パーセントもオーバーしていた。理由は他にも多くあるだろが、最大の理由は、
民間企業が複式簿記を採用しており、赤字と黒字の理由を把握する能力が備わったいた点に
求められるのではないか。 
ーー
国家とは、この程度のものなのか? 代議士たちが、その方が都合がよいと、
この制度を守ってきた?自分達に都合の良い実態が明るみに出るのが恐ろしいのか? 
この論だけでは判断できないが、もし本当なら、この国は根から腐っている。 
民主党が政権能力がある無しではない、交代で前政権の不正を叩き壊すことに意味がある。
そのシステムをつくらない限り、明治来の官僚体質も変わらない。

.........
2617, 消費社会から格差社会へ −1
2008年06月03日(火)

「消費社会から格差社会へ―中流団塊と下流ジュニアの未来」
            三浦 展 (著), 上野 千鶴子 (著)

  とにかく面白い本である。社会学部出身ということもあり、その系統の本を40数年読み続けてきたことも
  あるが、最近の格差社会については、非常に興味があった。「下流社会」の著者が対談の一人で、
  かつ上野千鶴子は私が20代の頃から、本を目にしていた。この二人の対談なら面白くないわけがない。
  面白そうなところを抜粋して、感想を書いてみる。

・上野が(今の「下流」と言われるコミュニケーション能力の低い、ノイズに弱い若者が出てきたことに対して)
「『日本の保守本流が望んだとおりの国民形成を、あなたたちは3世代に渡って達成したじゃありませんか。
 これこそあなたたちが望んだ結果ですよ』って、『教育基本法改正』なんて言っている自民党のオジサンたちに
 言ってやりたい気分ですよ」
  〜感想ー強烈な皮肉が政治家と現代の若者、それも下流社会の若者に対して言いあてている。
 反面、ノイズの向こう側には彼らの好む音楽などの世界もある。
 これで対人恐怖症とか、トラウマとかいって、社会の面倒な世界を拒否する。
  
・団塊が中流で、団塊ジュニアは下流。
  〜感想ー これもまた、大方三分の二が団塊世代が中流、そのジュニアが下流である。
 何故、そうなったか、時代がそうさせただけである。

・三浦 「堤清二が破滅型経営者で、西武破綻は起こるべくして起こった。
  〜感想  堤義明は、どうだったか? 似たようなものか。

・{ 中村うさぎ何故ショッピング中毒になるかというと、何ものでもない自分が、女王様になれるから。
 うさぎが、自分のことを『女王様』といったのは象徴的でしたね。ショッピングも、そのものを買った瞬間、
 ガラクタになってしまう。アルコール依存症や薬物依存症と同じ一種の病気として『消費』は「もっと刺激を」
 とエスカレートしていくわけ。渋谷の「109」が「表参道」、「ユニクロ」が「プラダ」になり、
 「エルメス」になっていくのです。消費によって人は王様になれるのです。でも、誰からも感謝されない。
 存在としては必要とされない。それが消費の限界です。 それに気づいた人が、消費以外の何かを探し求めた。
 それが自分探しである。}−上野
  〜~感想ー 突き詰めると、記号の消費でしかないのでは?という見方が面白い。
 「ブランド」というマーク=記号を消費し、王様気分になっている幼稚さ、精神症は、言いえて妙である。

・国家の安楽死説ーグローバリズムで外国人が来てもらわなくてよいようにするには、
 景気を悪くすれば良い。不況になれば潮を引くように自然に居なくなりますよ。逆に言えば、
 外国人が来ている間は、その社会が経済的に魅力があるということです。 そういう豊かな社会で
 育った子供達が競争力を無くすのを別に抵抗することは無い。{平和に滅びていってくれれば」
 というのが私の説です。ー上野
  〜感想ー ここまで書くだけ社会が変になっているのだろう。情報化に適応できないからである。
 
                         つづく
・・・・・・・・・・
2007年06月03日(日)
2252, ビョーキな人々探訪記 −2
       o(゚∀゚)o オッ ヽ(゚∀゚)ノ ハー

恋愛依存症の人といえば、過去に多く見てきた。 私の知る限り10〜20人に、
若いときは5〜10人に1人というところか? いや実際は、もっと多いのかもしれない。
恋愛依存症とは聞こえが良いだけ、色気違いじゃないかい?
でも、ある時期誰もなってしまうから、他人を責めることは出来ない。これに絞るのも人生、楽しいのだろう。

美人に人間性が良いのが多いのは、女性の職場で確認済み。
例外は何処にもいるが、バランスー平衡感覚は顔に現れるということ?か。
とにもかくにも「色気違い」を「恋愛依存症」とは面白い。
ヤリマン、アゲマンの凄いのは、何処にでもいるが、いざ自分が出会ったら腰?が引ける。
腰から下はコントロールが効かないから困ったものだ。 しかし出来ないヤツほど、解ったことを言う!

   恋愛依存症など、憧れてしまう! まったく!
 何ごとも巧くこなせれば、楽しいものだ。負け犬の遠吠えか、悔しいが!

*恋愛依存症の女*
  ::*゚(愛´3`愛)/゚*;;。
ー出会った瞬間に、頭の中で鐘が鳴るー キンコンカン ドッキン(?∀?)ドッキン

島村洋子;恋愛の快感はさ、全肯定の快感なの。もう大好き!何をしても好き!
 ダメなところも好き!君のその汚い部屋も好き!みたいな。  ┣¨キ(*゚д゚*)┣¨キ
中村;言われたことないな。部屋はかたずけろ!とは言われるけど。
島村;それはダメ。相手のすべてを肯定しなくては。あった瞬間に ポッ♪(っω\●)£оvё
 全肯定のドアがバーッと一気に全開する・・・それが恋愛の醍醐味さ!
中村;しかし肯定できない部分があるでしょ。どんな男にも、鼻毛が出てたり。
島村;そんなの、全然。私が切ってあげるわ、その鼻毛ー!
中村:すげぇー、でもさ、人間、恋愛の場数を踏むと、男に対する幻想も
 薄れるんじゃないの。
島村;うすれないね。だって、それが恋なんだもの!恋は幻想だから。
 相手は王子様だよ。          愛してるょハニー(●≧3≦)王子様
中村;どんな王子様だよ。
島村;私の王子様よ!男って「俺像」を大切にする生きものじゃない?
 その「俺像」の幻想を、私も共有してあげるの。凄い凄い、あなたは凄いと。
中村:つけ上がるんじゃない、男が。
島村;いや、いい男になっていくよ、これが。6段しか跳べない跳び箱も、7段跳べるようになるよ。 
 あげまん効果よ。そうやって男は良くなるし、こちらも幸せだし。 いいことずくめでしょう?
(字数の関係でカット09年06月03日)

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2006年06月03日(土)
1887, 100曲CD
           ォ'`ョ━━(。・∀・)ノ゙━━ゥ★
最近、100曲CDをたて続けに買っている。3千円前後というのが気楽で良い。
還暦の時に祝いで2セット貰ったものを含めて7セットになる。
事務所の数軒先にある石丸電気のソフト館に100曲CDの特設売り場があり、
そこが買うか、Web上のアマゾンで買う。
    一年前に(私にとって)高価のコンポを買ってから、就寝時は必ず聞きながら寝入る習慣になった。
    コンポの横にセットを置いて順番に聞いているが、寝入り時のクラシックは気持ちを豊かにさせてくれる。
    土日は居間に移動してTVの合間にBGMとして聞いている。 クラシックのある生活というところか。
丁度その折、この毎日新聞/文化欄の What’new が正に自分にとってピッタリの内容の記事があった。
小市民的の典型だが・・・ この値段(一曲30円)だからこそクラシック・ビジターでも聴いてみる気になる。
この記事を見て、さっそく6月の21日発売予定の「スウィング100」を買う気になってしまった。

  ー以下は、その記事をネットでコピーしてみたー
   ほわっつにゅう?:100曲CD競争、過熱 各社が発売、伸び続ける売り上げ
  <最新エンタメ事情 What’s new?>
  −−   
 レコード店に入って昨年来気になるのが、大きく「100」「200」
など数字がプリントされたCDボックスセットのコーナー。
東芝EMIが6枚組3000円で発売した「ベスト・クラシック100」で
火がついた廉価CDセットは、他社・他ジャンルにまで広がり、
レコード店の大きなスペースを取るまでになった。その裏側は……。
                           【川崎浩】
 ★昨年の「ベスクラ」から火
(以下、字数の関係でカットー2008年6月03日)

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2005年06月03日(金)
1522, 将来の不安

将来に対して誰もが漠然とした不安感を持っている。
特に激動期において、大きな不安が曇り空のように横たわって見える。
ある哲学書に面白いことが書いてあった。「将来の大きな不安は、現在が不安定である投影でしかない。
このことに気がついてないことが大きな判断ミスを犯してしまう。
将来のことは、現在考えている予測や不安とは全く違うものだ。
いや、明日のことでさえ。問題は現在の不安定が前向きかどうかである。
将来の不安は、今の問題の不適合(目をそらしている)でしかない」という主旨である。

準備を含めると、26歳の時から新事業を幾つか立ち上げてきた経験から、
不安に対しては自分を上手くコントロールをしてきた(せざるを得なかった)。
最善を尽くしたつもりの計画を実行するにあたっても、不安はつきものである。
その不安感を、逆にエネルギーの元にするしかない。一人震えていても仕方がない。
事前に考えていることと実際は違うが、その違いに出会った場面でフィード・バックするしかない。
いま一つは目標と目的が明確でないことも不安要素になるが、その信念への揺さぶりと考えるしかなかった。
不安になったら、最悪を想定して紙に書き出してみた。
そのプロセスで問題に対して冷静に考えることになる上に、客観視を持つことになる。

これはマイナス思考のようだが、実際はプラス思考になる。
問題の中心点にマイナスの視点から突き詰めることになるからだ。
とことんマイナスを考えれば、漠然とした不安を具体的に想定することになる。
その過程で、プラスの視点が自動的に出てくる。それをしないから中途半端のところを行ったりきたりする。
そこまで考えてないから不安が出てくる。 
プラス思考と軽く言うが、マイナス思考を背後に持ってないプラス思考は中味は薄い。
だから不安感が付きまとうのだろう。

将来への不安感は、現在の変化への不適合の自己逃避がもたらすものである。
変化への不適合が将来の不安の問題に摩り替わってしまう自分の
心理を全く気がつかないのが、自滅というカタチに自らを導いていく。
将来が不安であればあるほど、現在の問題の中心点にエネルギーを
集中しなくてはならない。 むしろ人によっては自滅も必要な時もあるが。

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2004年06月03日(木)
1157, 60対10の法則

1昨日、NHKのTVを見ていたらニューヨークの市警が
取り入れた「60対10」の法則の取り締まり方法を紹介していた。
「10佑涼篭茲鮟乎罎靴銅茲蠶まれば,60佑糧蛤瓩鯡ち海頬匹阿海箸できる」
という法則を使って、ニューヨークの犯罪を激減させた事例を紹介していた。
 これは「80対20の法則」の応用であろう。
20佑陵彭世80佑陵彖任集中しているというのを、もう一ひねりをして
10佑陵彭世60佑陵彖任集中しているという原理だろう。
20佑糧省の10%で60佑覆里世ら、さらに効率的になる。

本でいうと、「目次」と「前書き」と「終わり」と、太字と図と箇条書きの
ところが20佑陵彭世箸垢襪覆蕁◆崛綾颪」と「終わりに」と箇条書き
部分が半分の10佑箸靴討澆襪覆蕁△修海60佑含まれているという見方だろう。
その本によって、使い分ければよいことになるが。

犯罪のように80佑茲蝓60佑遼蛭箸諒が現実的なケースの方が良い場合がある。
100融箸錣覆てはならないケースもあり、ケースバイケースである。
80対20という法則だけでなく、60対10の法則もあるということを頭にあればよいが。
200佑韮隠娃悪佑慮率の場合が必要な場合もあるから念のために!
仕事や受験などのように効率を求められている場合、平気でこれをする場合がある。
人生はこの場合の方が多いから困ったものだ。
経営もマイナス10にエネルギーを集中して気がつかないから、本当に困ったものだ。
誰だそのバカは? 自分のこと?

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2003年06月03日(火)
790, 産能大学講義

何事も経験と、会社のコンサルトをしてもらっている林さんの産業能率大学の授業の臨時講師を受ける事にした。
授業70分のうちの60分が持ち時間であった。
場所は新宿より箱根に向かう小田急電鉄で一時間のところにある伊勢原である。

 気楽な気持ちであったが、二日前に講義をいている夢をみた。
あまりにも力みすぎ空回りをして一人芝居をしている夢であった。何処かで緊張していたのだろう。
ゆっくり話すのがコツというが、力みを抜く事を忘れてしまって空回りをしてしまった夢だ。

 ところが当日は緊張感はゼロであった。「相手は学生で、実体験をそのまま実感で話せば問題はないだろう」
という気持ちと十分の準備があった為だ。いざ壇上に上がって驚いた、学生のほうが緊張をしているようであった!?
抽象的な話しばかりの授業が多い中、具体的な異様な?話に逆に興味を持ってくれたようだ。
まあ実務家の話は聞いたことがないから、珍獣でも見ている気分ではなかろうか。

 出席者は50人位で、女学生が半分近くいた。
私語をする学生はゼロ、少し居眠りをしている学生が2名いた。
講義は先日のレジメどおりに進めたが、カタチ、心観学術態、好きな事を
今のうちに見つけて職業にしなさい、ダンスと歩行、般若心教を暗記しなさい等を
話している時は全員の目が光っていた。「私の人生で得たエキスを誰か一人でも理解してくれればよい」
という気持ちが少しは伝わったようだ。しかし禁止用語も使っていたようだ。
また大学で講義など変わった貴重な経験を一つしてみた。そして面白い経験であった。

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2002年06月03日(月)
426,富豪の館

昨日ラーメン屋で見た週刊誌に、マリナーズのイチローの新しい屋敷が
載っていた。2億5千万にしてはプールはなかったが、豪華な建物だった。
南ベトナムに行った時、サイゴンの元南ベトナム大統領府が公開されていた。
やはり広大で豪華なものだった。 その時の説明で、豪邸の条件の話しが面白かった。
 1、映画館を備えている事ーいつでも見たい映画をすぐ見れる状態
 2、プールがあること
 3、バーがある事ーホームパーテーが開ける事
さらにヘリコプターの離発着の機能がついていれば、さらによしという。
大統領府にその条件が揃っていた。ホームバーと映画館は一般の家庭に形を変えて入りこみつつある。
TVのホームシアターでいつでも見たい映画を取り込める時代の到来だ。 プールだけは無理のようだ。
以前の日本では大きい庭と池と茶室、法事や正月に親戚が集まった大きい部屋だ。
こんなものより自由に世界を飛び廻っているほうが好きというのも、
「物より事の時代」のせいか!

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2001年06月03日(日)

昨日ホームセンターのムサシの外食部門のやき肉の店の‘赤大門’に行った。
‐大ジョッキーの生ビールとカルビ定食とカルビとロース四品で2100円。
二人だから一人1000円あまり!安いと思った。
長岡の郊外に焼肉の店がここで増えた。日本人は誰かがやるとそれに集中してしまう。

焼肉は5〜10年前までは3000円以上だった。
それが合理化により半額ちかくなってきたため、新しい客層が増えてきた。
目安のカルビ680〜780円が350〜500円に下がってきた。
焼肉や同士の闘いは高額の店をますます追い詰めていく。
‐写真日記に撮ってあります。
−2004年6月3日記ー
先日いったら、その店はもう潰れていた。狂牛病騒ぎでお客が激減したのだろう。


2980,超円高社会  ー3

2009年06月02日(火)

                      「超円高社会」 水澤潤著 ー読書日記
* 危篤状態の日本の実態

《第5章 政府が破綻しても日本は生き残る》の ー危篤状態に陥った日本政府ー
    が現在の実態を捉えるに解りやすい例え話である。
国民もマスコミも、その深刻な事態の実感が薄いようである。
NHKが毎週のように土曜日などのゴールデンタイムに、特番を組んで報道しているが・・・。
頭の軽い、その辺の人が?「マスコミは騒ぎすぎだから消費が冷え込む」とかいうが、そんな事態とは違う。  
明治維新で幕藩体制が終わり、日本という国家ができた、あの節目より大きな変わり目である。
現在の日本は危篤状態の重病人。 そこに急に大嵐が来た中で重病人に、火事場の馬鹿力を出せという。 
そうしないと死にますよという。 しかし、この20年近く、もう力を使い尽くして、重体になっている身。
 その辺を、上手い例え話で説明しているのである。 ( P-112ー )
【 ブライマリーバランスという意味不明の言葉を、おそらく多くの人が耳にしたことがあると思う。
日本政府が「2011年度に回復する」ことを公約として掲げてきていたこの言葉だが、いったいそれが回復すれば、
どんな良いことがあるのだろうか。 国債の発行や支払というのは日本の国家予算の中でも巨額なのだが、
これをとりあえず無視して、税収と歳出のバランス取れる状態をプライマリーバランスがとれていると言う。
だが、こんな説明では、まだほとんど理解不能だろう。 そこで、不謹慎を承知で人間の症状に喩えて説明してみよう。 
重体の患者がいて、下血が止まらないとする。 輸血(新規国債発行)を行いながら、下血を止めようとしても、
下血の勢いが強いと体内の血液量がどんどん減っていく。このまま行けば、ほどなく臨終を迎えることになる。
そこで、親族を呼ぶように指示をするはずだ。危篤状態である。日本政府は今、まさに危篤状態に陥っているのである。 
医師団の緊急治療がいちおう成功して、下血をある程度抑え、輸血量と下血量とが釣り合うようになる状態が、
最初の目標となるだろう。この目標を達成できたら、医師団はホッと息ついて、患者の家族に
「ひとまず危篤状態を脱出できた」と言うはずだ。もちろん依然として輸血は必要だし、監視の目を緩めることは
一瞬たりともできないが、体内の血液量は一定状態を維持できる容態となったのである。
つまりこれがブライマリーバランスが回復された状態なのだ。 ブライマリーバランスの回復を目指すというのは、
危篤からの脱出を目指すということなのである。 輸血と下血が釣り合った状態を目指すことなのだ。
今の日本政府は依然としてプライマリーバランスを取り戻すこともできず、枕元に親族が集まって涙をこらえながら、
「がんばってねアナタ」と呼びかけ続けている状態なのである。
できれば2011年度までには、なんとか危篤状態から脱出したいものですねえ、と医師団は言っていたわけだ。
2011年度に健康体を取り戻そうというわけではない。 退院はおろか、輸血をやめる日すら、まったくメドが立たない。
とにかく三年で危篤から脱出したいと言っているだけである。】ー
 実際は、こんなものではないほど、痛んでいる。 この一現象が1〜3月期の▲15・2パーセントのGDPである。

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2616, サルトルを考えてみる ?3
2008年06月02日(月)

 ーまずは、あるサルトル入門書に書いてあった、
 サルトル批判と人気衰退の理由の箇所を抜粋してみよう。

*サルトルへの批判と、忘却の原因とは*

サルトルの影響力は、サルトルの死後急速に低下したが、それは「構造主葉」という新しい思想が現れたことが大きい。
構造主義は、スイスの言語学者ソシュールの言語学と文化人類学などが結びつき、1960年代に作られた新しい思想である。
レヴィ・ストロース、ジャック・ラカン、ミシェル・フーコー、アルチュセールらがその代表者とされた。
構造主義は、モノではなく関係を重視するところに特徴がある。
またこの思想は、主体(私)としての人間に、たとえば言語のような、関係の網の目としての構造が先立っている、と考える。
構造主義は、西欧近代哲学全体を、主体としての人間を中心とする人間主義(ヒュー・マニズム)として批判した。
またそれは、人間を作るのは歴史ではなく構造だとして、マルクス主義に代表される進歩的歴史主義を批判した。
サルトルの思想は、実存における選択を強調する点で「主体主義」「ヒューマニズム」の哲学とみなされ、
またマルクス主義を評価していた点で「歴史主義」の哲学ともみなされた。
要するに、サルトルは、それまでの古い西欧哲学の代表としてやり玉にあげられたわけである。
構造主義の後には、ジャツク・デリダやジル・ドゥルーズらの「ポスト構造主義」が話題となったが、
サルトルはしだいに批判されるというよりも忘れ去られるようになっていった。
デカルトやヘーゲルの哲学は西欧近代哲学を代表するものであり、批判されながらも古典として今も読まれ続けている。
ところが、サルトル哲学は、古典にもなりえない二流のものとされてしまい、ほとんと読む人がいなくなってしまった。
サルトルは、もう時代遅れの思想家なのだろうか、そして本当にサルトルを乗り越えたのだろうか、
この二つが、サルトルを見直した後の疑問である。 サルトルは「偽の知識人」を徹底的に批判した。
「偽の知識人」は普遍性の番人を自称し、高みから大衆を導く気になっているが、個別的などの戦争を停止させようとせずに
ただ一般的な平和の望む、などという。 彼らは植民地の人たちを人間以下のものとして排除することで成り立っている。
こういう知識人の問題は、我々の問題である。 閉じた場所の外へ、世界へ関係するとき私たちは真の知識人になるのである。
 ーー
以上だが、この批判を読むと、サルトルは時代遅れの鼻持ちならないフランス人と切り捨てられるのも解る。
人間を作るのは歴史ではなく構造だと主張し、西欧近代主義=白人中心主義自体ということを
看破したした構造主義の土台になったことも見逃すことはできない。
 現フランス大統領サルコジが、サルトルのマイナスの現象とみることも出来る。
 30数年ぶりに、サルトル入門書を数冊読んでみたが、現代にも十分通じるところがある。
果たして、サルトルを現代社会は乗り越えたのであろうか? NO!であることだけは事実のようだ。 
  構造主義と、ポスト構造主義について、今度取り上げてみたい。

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2007年06月02日(土)  
2251, ビョーキな人々探訪記  ー1    才ノヽ∋?_φ(≧ω≦*)♪
             ー読書日記ー
 「変? ビョーキな人々探訪記」 著者・中村うさぎ・扶桑社
 
またまた「中村うさぎ」である。買い物依存症の中村が、他の依存症の人と語る、際どい話である。
この変な人が、それに劣らないほどの変な人の病巣を浮き上がらせる。やはり両親、特に父親との愛情不足の問題がある。
色いろ反省することが多い。両親から愛情をたっぷり注がれたわりに子供には?等々・・・
ーまずは、その目次からー
*私たちって「変」ですか?うさぎと語る12人
ー目次
和田秀樹?「買い物依存症」になって考えた。人間はなぜ、心の病に罹るのか?
原田宗典?躁鬱病VS依存症。どっちがバカで、どっちが辛いか?ま、いい勝負だが。
本橋信宏?覚醒剤やめますか、人間やめますか?それとも人間やめたくて覚醒剤をやるんですか?
(字数の関係でカット09年06月02日)
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2006年06月02日(金)
1886, 友、遠方より来るー2
              (。・ω・)ノ☆゚+.オハヨゥゥゥ

訪ねてきた友人と話していて、37年ぶりの忘れていた昔のエピソードの中に、
若い時の自分の姿が垣間見ることができた。若いときは神経質で、プライドだけは高くピリピリしていた。
振り返ってみると、家庭環境が大きく自分を支配していたのが解る。自由になるということは、
家庭環境などに植えつけられた価値観や思い込みから解き放たれることである。
一生かかって、その壁を乗り越えるのが人生である。前にも書いたが、中学の担任の先生が停年退職の祝いの
同級会の二次会で、私に悩みを打ち明けたことがあった。 「俺には、俺の人生がなかった!」と。
昔の学生時代の友人とのエピソードの中に、当時はまだ支配されていた両親の価値観や躾などから発する喜怒哀楽などに、
その壁を見ることができる。私の記憶には全く残ってないが、その友人が言うには、「欧州旅行時に、船の甲板で
セーターを私から借りた。そして返そうと手渡したら、烈火のごとく怒った。‘たたんであったセーターを返す時は、
たたんで返すのがスジだろう。それを、そのまま返すのは失礼じゃないか!」 と。
今なら、まあいいや!位にしか思わないが、10才位までの家庭環境が10人の大家族のうえに、
従業員が7~8名が住み込みでいた。そのため人に対する気配りを幼児の時から仕込まれていて、金の貸し借りは厳禁、
ものの貸し借りも非常に厳しく制限されていた影響が残っていたのだろう。
当時も25人の寮生活をしていて、他人に対する気遣いが要求されていた。合気道というクラブにも入っていた。
当の本人(友人)は集団生活などしたこともなく、友人から怒鳴られたこと無かった。
「その時、初めて相手に対する気づかいを教えられた」という。
それ依頼、現在でも他人に対する気遣いの教訓にしてきたという。「ふーん、昔から怒りっぽいかったのだ。
それと、躾がチャンと身についていて、知らないうちに友人に押し付けていた」と、改めて思い知った。
しかし当時、島田の彼の家に泊めてもらった時のこと。朝食を食べている時に、箸を持った手で
味噌汁の御椀を持ったら「何で、そんなミットモナイことをするのだ」と怒鳴られたことがあった。
私の家では、箸での引き膳などに対して注意されることはなかった。それぞれの家庭文化があるのだ。
それは結婚した時に、互いに実感することであるが。寮生活でも、全国から集まっている多種の人と共同生活をしていると、
それぞれの人の背後にある家庭まで見えてくる。そして異種の人との軋轢が、現在になって勉強になっていたと恩い知らされる。
その点で軍隊生活の経験も必要ではないだろうか。 変な洗脳がなければ、の話だが。
        (o´・ェ・`o)ノ♪ バイバイ!

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2005年06月02日(木)
1521, お人よしニッポン

昨日の産経新聞4面の「北京春秋」というコラムーお人よしニッポンーというコラムが、
言いえて妙で面白い内容であった。日中関係の悪化のおり、この紹介してあった小話が
「日本人のお人よし」を旨くあらわしている。
先日書いた、『知らないことを知らない恐ろしさ』に内容は通じるが!
 その内容とは。
ー小話ー1
「・アメリカ人は殴りたい奴を殴る。
 ・イギリス人は殴られている奴を殴る。
 ・ロシア人は殴られたら殴り変えす。
 ・中国人は殴られたら抗議する。
 ・日本人は殴られても愛してしまう。 
 中国人は殴られなくとも抗議するというところか」
ー小話ー2
「六ヶ国協議で日本人がトイレに立った後の会話。
・中国「日本を本気で怒らせようと思っても難しい。潜水艦で領海を侵犯してもおこらない
・韓国「独島を占拠しても怒らない。」
・ロシア「北方領土を占拠し続けても怒らない。
・北朝鮮「なら俺がミサイルを撃ち込んでみようか。」
・アメリカ「よせ、もう60年前に原爆をうちこんでみた。」
 まあ強烈な皮肉の小話だが、今の日本の弱腰の外交を そのまま言い表しているようだ。
 まずはアメリカの属国であることを直視すること。
 そして今後も属国であり続けるのか、真の独立を図るのか? 前者を選択をしているのが現状である。
  現在の事態では真の独立は無理?!

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2004年06月02日(水)
1156, 世間とは?4

「世間さま」という、我々を取り囲んでいる妄想について何回も書いてきた。
世間とは、いつの間にか自分で作りあげてきた「バカの壁」でもある。
といって、日本のような島国では、どうしてもお互いに気を使いながら
「世間さま」から自分を守らねばならない悲しい国民性も仕方がない。
藤沢周平の「海鳴り」の中で、ある商人の世間に対する気持が正直に書いてあった。
作家は、世間というものを鋭く観察するものと感心をした。
私の世間感とほぼ一緒である。それぞれの世界では、世間の妄想とはこんなものだろう。
ーたしかに世間には善意の人もいれば、悪意の人もいた。
世間は時には悪意をむき出しにして襲いかかってきたが、稀には救いの手を差しのべても来たのである。
渡る世間は鬼ばかりではなく、世間は善意と悪意の巨大な混合物だった。
だが善意の人も、一たん利害が対立すると、手のひらを返したように悪意に満ちた中傷をばら撒いたり
することもめずらしくなかった。 つまり、と新兵衛はそのころ思ったものだ。
無償の善意などというものを世間に期待するのは馬鹿げていて、この世はむしろ悪意に満ちていて、
隙があれば足元をすくおうとしていると覚悟をしていた方がいい。
それが、どうにか自分の才覚でまわりと折り合いをつけ、自分自身も人の足をすくうような真似をして、
きわどく世を渡っているうちに。 商人である小野屋新兵衛の身についたようなものだった。
その中で得た一番の教訓は、人に弱味を見せてはならないということだった。
世間に侮られず、憎まれず世間を渡るということは難しいことだった。
だがかりに憎まれても、根性さえしっかりしていれば、商いが潰れるようなことはない。
同業に憎まれながら大きくなった須川屋嘉助のような例もある。 須川屋は人の思惑など屁とも思わず、
憎まれれば反発をしてコワモテの商いをして、ついには誰も手がつけられない大物になった。
だが、人に弱味をにぎられ、侮られるようになると、商いもお終いだった。
人の弱味をにぎり、侮る側に回ったときの世間が、いかに残酷に振舞うかをみてきている。

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2003年06月02日(月)
789, 東京見物

この二日間、東京と鎌倉に行ってきた。まずは初日の東京見物の話。
さっき帰ってきたところだが、「新潟と地球の僻地」を行ったり来たりしていた世界とは少し違う。
一泊二日で約16000円の東京宿泊パックである。新幹線とホテルのパックで、ホテル代が無料ということになる。
指定された列車で、二人以上という条件がつくが安い。
日曜日の8時45分の新幹線で出発する。家内は上野で降りて、息子に会いに行く。
私は東京駅近くの八重洲ブックセンターに行く。13時の待ち合わせまで、アッという間に時間が過ぎる。
よくぞこれだけ面白そうな本があるものと驚く。その後、家内と丸ビルに行く。思ったより落ち着いた、
奇をてらってないのがよかった。そこの和食のランチが1800円と高いが、それを感じさせない店であった。
そして日本橋の三越本店に行く。 店員の多いのと、催事場の人の多さに驚く。
それと年配ー60歳から80歳が8割がたであった。17時半より、はとバスに乗る。20数年ぶりのハトバスである。
新宿の高層ビルの54階での食事と、お台場をまわるコースで7500円である。
50人以上の定員に12名の乗客である。世界の刺激の強いところばかり行っていた為か喩えると、薄いコーヒーを
クリープをタップリ入れて飲んだ感覚であった。お台場も雨上がりの為、何ともいえない趣があったが!
それより、新宿のパックの指定されたホテルが見つからず、危なそうな場所をさ迷ったほうが刺激的であった。
ポイントを効率的に回った!のがよかった。

・・・・・・・・・
2002年06月02日(日)
425,父・堀井誠作のことー2

・女性の噂の全くない非常に真面目の人であった。家庭人としてこれが一番の基本である。
・非常にシャイなところがあった。
・商売では非常に厳しし反面、それを離れるとやさしいところがあった。
 これは自分で心がけているが、営業を狙ってくるタイプはその隙を狙ってくる。
 年内にその整理に入る!!!!ーこれは自分の話しか!
・その時々の時代に合わせて仕事を変えていったのは、最も学ぶ事であった。
・仕事も私生活も、楽しむ事が基本にあった。これも両親からの最大の教えである。
・宗教に関しては、ごく普通の仏教徒であった。 特に法事などの仏事に関しては非常に大事にしていた。
 これを疎かにすると家が傾くと本当に信じているようだった。集り坊主の丁度いいお客様であった。
 所詮はレジャーでしかないのにーこれは私の主観。
・お金に関して父なりの金銭哲学があった。
   ー何を奇麗事を言っても、お金に関しては赤裸々な欲がある。
   ーあまりに露骨の欲の塊が金、それをちゃんと見据えろ。
   ー金は仕事の楽しみのカス、自分でその楽しみを見つけるべし。
・若い時に肋膜炎になり、戦争に行かないですんだ。
 これがコンプレックスと幸運の両方で人生観の背後にあったようだ。
・どちらかというと、母が男のように芯の強いところがあり、逆に父はシャイなところがあった。
・母から聞いた話だが、人間的に面白いエピソードがある。
 ?戦前に一年に一商売をすると、一年間一家が生活できるだけの利益があったという。その商売が成立すると、
  50銭ー今でいうと5000?10000円の硬貨を耳に挟んで、嬉しそうに一人で夜食事に行ったという。
 ー5円なら解るが,50銭というところが自分に似ている。


2979、不況景色 ー11

2009年06月01日(月)


* 今日、GMが倒産というが

・日ごと不景気が深まっている。今日、世界最大の売り上げを70年以上続けてきたGMが倒産する。
 GMといえばスローンである。 GMの社長として、20世紀において最も大きな影響力を発揮した経営者の一人。
 経営者としての在任期間で、最大の競争相手であるフォードを打ち負かし、GMを世界最大の自動車会社に育て上げた。
 この辺のことはスローンの「GMとともに」という著書に書いてある。学生時代に読んだが、
 ドラッガーの著書の中でも彼は何度も取り上げられている。そのGMが瞬く間に倒産というから感慨無量。
 アメリカの大手金融機関の大部分が実質、国家管理というし、クライスラーも倒産している。
・昨日の朝のニュースでは、新潟市の万代橋の近くのマンションが完成直前の5月29日に会社更生法を申請した。
 一部上場のジョイント・コーポレーションだが、140室の24Fの目だつマンションである。建設業者は奥村組。 
 現在、政府が緊急融資など目先の金融緩和で一時的に凌いでいるが、それも何時まで維持できるかわからない。 
 金曜日の19時過ぎに長岡駅裏にある全国チェーンの居酒屋・庄屋の前を通ったが、50人位入るフロアーに
 お客が一組しか入ったなかった。 給料後の月末の金曜日である。
・NHKで土曜日の朝10時に、これまで「アーカイブス」で放送された、この20年間分の幾つか放送していた。 
 更に、夜は8時からは「追いつめられた中小企業と地方銀行の姿を追う 「追跡 AtoZ倒産危機、
 銀行の決断ー融資を巡る攻防に密着、貸すか貸さないか」という、土曜日のゴールデンタイムに放送するに
 そぐわないシビアなドキュメントを放送していた。 それだけ景気が深刻なのである。
 日本経済の全体の30パーセントがダウン、失業者が【雇用調整助成金対象者数】253万人は
 本来なら失業者にカウントされるべき人数。これを加えると何と失業率は8%になる。
 これに秋口に再び始るパンデミックを考えると、気持ちは暗くなる。
 100年に一度の経済恐慌と一口に言うが、その実態が具体的に、これから10年にかけて姿を現してくる。
 それが、誰も直前になるまでわからないから、社会不安が大きくなる。 サバイバルの時代である。

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2615, 東京湾 漂流死体は語る 2
2008年06月01日(日)
  
「東京湾 漂流死体は語る」?読書日記
                   海上保安庁 岸善朗著
 漂流死体の身元や、死因を調べていくうちに、あまりに悲しい気の毒な理由を知る。
世の中は、一度道を踏み外すと過酷な人生が待っている。その中で最も悲惨なケースを抜粋してみた。
アルコールとギャンブルで狂った男の犠牲者の母娘のケースである。正視できないとは、こういうことか。
ーー
巡視艇が死体で揚収した女性は生前、荒川の上流にある土木工事現場の飯場で働いていた。
粗末なプレハブの寮で、十九歳になる娘と共に住み込みの賄い婦をしていた。
亭主がどうしようもなギャンブル狂で、競輪にうつつを抜かし、当時山谷と呼ばれたというところに寝泊まりをして、
ほとんど妻や娘のもとに寄りつかない。 しかも、競輪で金をすっては、すってんてんになりにっちもさっちも
いかなくなると決まって妻のところに舞い戻って来た。 そして、駄々っ子のように金を無心。
酒に酔っては妻と娘は、そんな男から逃げ回るように関東近辺の飯場を転々と渡り歩いていた。
そして、幾多の流浪の果てに、辿り着いたのがこの飯場だった。二人にとってここは束の間の安住の地であった。
しかし、二人はすぐに男に居場所を突き止められ、探し当てられてしまう。そのたびに男は妻と娘に金を無心し、
それが叶えられないと容赦なく暴力をふるった。 娘は十九歳で精神障害者。
母親が飯場の賄いの仕事だけで稼ぐ金はたかが知れている。娘はやがて寮の近くの精神障害者の人ばかりを雇う
縫製工場で働き始めた。その娘が稼いで入るなにがしかのお金と、飯場の賄いで得る僅かな賃金とが、
二人の母子の唯一の生活の糧だった。妻と娘は最低限、雨露をしのぐ場所を与えられ、飯場では男たちに混じって
自分たちの食事も一緒に食べさせてもらうような、そういう困窮の生活を続けていた。

その夜も男はやって来た。世間からは今や相手にされず、酒を呑んでは金を無心し、どうしようもなくなると
妻の髪の毛を引っ張り回すなど暴力を振るった。ギャア、ギャア、と悲鳴をあげながら逃げ回る母を、
追いかけては殴る蹴るの乱暴をはたらく父を、娘はどんな思いで見ていたのだろう。
飯場の同じ屋根の下に暮らす住み込みの管理人の老婆だけがその光景を目撃している。
その夜、母と娘はどんな思いで飯場の寮を出て、どんな思いで川辺までの道を歩いていったのだろう。
生きる望みもなく、夢もなく希望もなく、どんな言葉を二人は交わしながら川辺の道を進んでいったのだろう。
妻は、もうこれ以上、男から逃げきれないと観念したのだろうか。
娘には心を動かす好いた男の一人もいなかったのか。母と娘はどんな気持ちで冷たい川の中へと入っていったのだろう
(二人の死体からは、一切の薬物反応も検出されていない)。 それを思うと、この母と娘が不憫でならない。
川辺には二人の靴と、娘のクリーム色の色槌せたビニール製の鞄とが残されていた。
数日後、地元の警察が、二人の靴と娘の鞄とを発見した。
鞄の中には、娘の勤務する町工場の給料の明細書が印刷された茶封筒が入っていた。
娘の遺体は、荒川の上流の岸辺に引っ掛かっているところを発見され、警察に揚収されたが、
母の遺体は娘のもとを離れ、荒川から東京湾へと流れ出て、はるか川崎の沖まで漂流していたのだった。
ーー
心中したことを、この亭主に言っても、ただ頷くだけで無反応だったという。
 ただただ、人間の性の奥底の暗闇が恐ろしく心に響いてくる。 ただ、二人の母娘に合掌である。

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2007年06月01日(金)
2250, 耐震偽装 ?6
            (@⌒ー⌒@)ノおはよ?♪
            
検察の権力への傾斜は仕方がないが、「見せ金」で逮捕は異常である。
それも権力者擁護の露骨な尻尾振りの姿は、自らの存在意義を忘れた憐れな哀愁さえも感じとれる。
税務署員が自らの成績を上げるための、あの醜悪な行為に酷似している。
この一連の常軌を逸した行為は、歴史に残るスキャンダルである。 安部は間違いなく短期で消滅する! 
憲法など、おこがましい!  最近は死語になっているが「チャンチャラおかしい!」が、ピッタリの言葉である。 
小泉の政策は大筋で果して正しかったのか?  それとも間違っていたのか?
ーー
Pー420
僕を担当した上島検事にお聞きしたい。「アパの物件の構造計算書が改竄され、地震力が低減している。
大規模な地震が来たら倒壊の可能性がある。ヒューザーの場合と同じだ。
それを、国土交通省は、意図をしてやったと証明できないなら偽装とはいえない。
よって発表しない、といっている。でも、意図しようが、しまいが。
改竄も偽装も同じ。低減は低減、犯した罪はゆるされないんじゃないですか?
それに、そもそも意図したとか、しなかったとか、誰が判断できるのですか?国土省のコメントは正しいのですか」

今、この日本で、アパの偽装物件を糾弾するのは、イーホームズが消えた中、もう僕個人しかいないのかもしれない。
僕はイーホームズの創業者として、その代表として、スタッフが発見したアパの不正を伝える。
同時にアパの不正を隠蔽しようと、力を出す者たちを炙り出したい。ヒューザーとまったく同じ偽装の状況であるにかかわらず、
この事実を社会に公表しないで、入居済みのアパマンションやホテルに、多くの人間が家族と暮らしたり、利用していることを。
より厳密に語りたい、「耐震偽装事件」は、偽装されてしまう構造計算プログラムの運用プロセスを認定した国の責任であり、
悪用した設計者の責任である。この「耐震偽装隠蔽事件」は、ロッキードやリクルート事件とは次元が違う。
お金だけの問題ではない。*国民の命の危険を隠蔽しようとする者がリーダーになる国を、誰が「美しい国」と呼ぶだろうか。
このリーダーたるものが、何を恐れて隠蔽を図るのだろうか。
   解)阿部への憎しみが出ている文章である。 あの男の自壊は始まっている!間違いなく。
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Pー434
ヒ発表をしたューザーの時は1~2ヶ月でほぼすべての物件の調査が終えた。アパに関しては、僕らが2月から8ヶ月が経つ。
この不公平の処置はが、元谷代表が安晋会の副会長を務めている功績だとしたら、
この国は取り返しのつかないのではないか。 僕は憔悴しきっていた。そこで賢人に相談をした。
賢人は一言、「アパとプリンス(安部)は繋がっている。プリンスを守る力は今は止めることは難しい」といった。
それは誰ですときいても、賢人は、「それより身辺に気をつけろ。今やられたらすべてがお終いだ」
と語るだけだった。そして、「東吾が踏み込んだ藪には、想像を超えた`蜂の巣’があったんだ」と、付け加えた。
ーーーー
 解)ここまできたら、もうアフリカレベルの独裁国家である。あれはプリンスではない。 隷属国家の・・・・
               SeeYou**( ̄∀ ̄*)ノ
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2006年06月01日(木)
1885, 友、遠方より来る
            おっ w(゚Д゚)w ハァョ?  
一昨日、静岡の島田市から学生時代の友人が遊びに来て一泊していった。
37年ぶりにジックリとそれまでの人生を話あったが学生時代の友人はよいものだ。
午後は新津のフラワーガーデンと、北方博物館、福島潟を案内、夜は新潟駅前と古町で一時過ぎまで飲む。
昨日は車で弥彦まわりで長岡までドライブをしたが、親会社の重役が亡くなったと電話が入り、早々帰っていった。
来年のゴールデンウィークに、今度は私が島田に遊びに行く約束をした。
あの辺りは、東海道53次の幾つかがあり見所があるようだ。39年前に欧州に同じグループで行って知り合った友人。
一ヶ月の共同生活は、数年間の下宿生活と同じ位の親しみをおぼえる。
トヨタ系の部品の関連会社の子会社の社長をしている。やはり欧州友達の深井氏が10年前に亡くなったことを知らなかった。
彼が言うには、東京から名古屋までの東海ベルトラインは好景気という。
その地域を除いた地方は酷い状態ということが一つピンとこないようだった。
実際に飲み歩いた店に殆んど客が入ってないのをみて少しは理解したようだ。
現在考えてみても、多彩な友人に恵まれていた学生時代だった。丁度、昭和40年代前半で高度経済成長期の真っ只中であった。
「学生時代の自由な時間の中で何をどれだけ学んだか、そして多くの人と議論できたかどうかで、人生は決まる」。
人生を振り返って高度成長期に青春真っ只中に重なったことは幸運であった。
島田の友人と会ってみて、つくづくそのことを実感する。この再会も一期一会である。50歳を過ぎてから何ごとも、
そのの気持ちできたが・・ 彼を見ていて、「人生にはつきがあり、ついている人はどこまでもついてまわるもの」と思った。
何代も続いた環境から身についた人間性と、情報と、生活環境が、運をつくる。
できうることなら、つきのある人間とだけ付きあうべきだ。ツキのある人間になれるか?般若心教を暗記するとよい!というが・・
それか「自分はついている!」を口癖にするとよいというが・・・
親は子供の鋳型というが、鋳型の悪いのはどうしようもない?   (*^ワ^*)iバイ

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2005年06月01日(水)
1520, わたしの酒中日記ー1

「酒中日記」という、色いろな文筆家の飲酒に関わる切口の随想を読んで、わたしの酒中日記を書いてみたくなった。
過去のある日を飲酒を切り口として振り返って、その時々の背景を見るのも面白そうだ。
そのカジュアルな酒場の思い出の中に、その時々の心情が思い出される。
前後の脈絡なしで、ただ思いつたまま書くので、過去の時空を気楽に飛び回ることができそうで、
書いていても面白くなりそうだ。 振り返ってみて、酒席で多くの失敗を重ねてきた。
私の人生はその繰り返しといってもよい。それでも、致命傷を負わなかったのは?不幸中の幸いである。
といって、アル中だったわけではない?
 ところで、何処から書くか迷ってしまう。あまりに、美味い酒とホロ苦い酒を多く飲んできた。
いや面白い、楽しい酒を飲んできた。一期一会と思って飲んできたから、美味い酒だったのだろう。
年代を入れ、月日は某月某日で書くつもりである 。 まずは、直近から。
ーー

ー長岡殿町
2005年4月某日

今日は月の恒例になっている酒友との飲み会である。長岡の飲み屋街では、ほぼ行く店は決まっている。
まず一軒目は『山葵』という店。粋な女将が一人、男のようなスタイルで頭にはバンダナを巻いている。
マンガ本に出てくる女板前の姿である。60歳は過ぎているが?見た目には50歳位にしかみえない。
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)
ー後記ー
このテーマは当分続くが、何が出てくるか自分でも解らない。 酒場は人生の縮図である。

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2004年06月01日(火)
1155, 「しつけ」の話

一昨日は父の命日であった。 今から思うと、父は厳しい人であった。
特に、共同生活と金銭の卑しさに対しては異常なほど神経質であった。昔は何処の家でも、多くの厳しいしつけがあった。
毎日の生活は「しつけ」という言葉の刷り込みで、ほとんど決められていた。
それが良いのか悪いのかは別として、多神教の宗教の日本にとって、宗教的戒律が曖昧であるから、
生活規範があったのだろう。欧米では躾をこどもの時に徹底的に叩き込むという。日本でも以前はそうであった。
中学・高校野球部の優秀な監督が、新任して先ずやることは「躾の徹底」である。
新入社員教育をしていて、タダタダ驚くばかりである。しつけが殆ど入っていない。
それでも、それを隠して入り込んでくるから敵もさるものである。両親が躾ができないのだ。
学校も、親の家庭教育が全くなってないことを知り尽くしているため、初めから躾を入れようとしない。
社会常識や躾をする役割が今では会社の場になっている。しつけの言葉が色いろあった。
まっとうの家庭なら、当たり前に親が子に教え込んでいるはずなのだが。それが全くされてないから困ったものだ。
・弱いもの虐めをするな!       ・ご飯粒を残しては農家の人に失礼だ。
・嘘はつくな
・自分の事は自分でしなさい      ・大人の話しには口を出すな
・玄関の履物は揃えなさい       ・早起きは三文の得
・敷居を踏んではならない       ・他人の陰口はいうな
・贅沢はするな            ・見栄を張るな    
  等々書けばいくらでもある。

・・・・・・・・・
2003年06月01日(日)
788, 産能大学ー講義レジメ
  
  ー来週の産業能率大学ー講義のレジメと一部内容である。
1、ペガサスの軽い説明と、チェーンストアの現状
2、現事業の立ち上げの戦略とプロセス
3、創業とは、創造とは
4、もし私が、今あなた方であったら、最優先で何をするだろうか
5、現在の景気について
  ー「ペガサスクラブ」について
チェーンストアを束ねているコンサルタント会社である。
40年前に、日本にも新しい流通経路をつくる為にアメリカのチェーンストアに学ぼうとしていた。
ジャスコやヨーカ堂やダイエーの創業者達が、読売新聞の記者をしていた渥美俊一のもとに勉強会を作った。
それが発展して、コンサルタント会社の「ペガサスクラブ」が出来上がった。
私自身、設立の年にジャスコに入ったが、一年で辞めて産能大学の二部に籍を置いていたことがある。
その後金沢の衣料チェーンの「いとはん」という会社に一年半在社した。その会社もジャスコの偶然だが傘下に入った。
そういう経験を含めて、チェーンの内部からそのシステムを見てきた。また会社設立から「ペガサスクラブ」に入会した。
 ー現事業の立ち上げについてー戦略とプロセス
・スペシャリティーホテルを当時、日本で初めて創った。
 オールシングル  統一料金  ロープライス
ー創業ー創造について
 カタチつくり (カ・カタ・カタチ)
 カー神・発想  ター田・型  チー血・エネルギー・道
ーもし私が、今あなた方であったら、何をするだろうか
 人生のトータルデザインを創る  ホームページを作成する
 資格を取る           哲学を学ぶ
 世界を旅をする
ー現在の景気について
 もうよくなることはない  軟着陸をどういうカタチでするかのレベル

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2002年06月01日(土)
424, 父・堀井誠作のこと -1

一昨日は父が亡くなってまる29年経つ。早いといえば早いし、永いといえば永い年月だ。
父の供養も含めて少し父のことを書いてみよう。
・典型的な明治人で長岡商人であった。
・私が父の44歳の時の子供であり、父に間接的だが溺愛されていた。
・数代続いた骨董品屋の2代目で、父が跡を継いだ時7万ぐらいの資産があったと母から聞いた。
 当時の長岡では3?5万が一応資産家の目安だったというから、 もともと裕福な家だった?
 私のお祖父さんが貧乏で、お金に苦労した。 その為必至に資産をつくり上げたようだ。
・父の代で戦前、それをかなりの資産に増やした。 しかし戦災で大部分失ってしまった。
・戦前は山本五十六とか津上退助とか野本互尊翁等の人に贔屓にされ、かなりの骨董品の商売をしていたという。
・戦時中は仏壇で食いつないだという。
・戦後は長岡の大手通の4つかどの土地を手にいれ喫茶店を少しやり、
 古着屋に転業、そして衣料量販店で全国的にも知れるほどだった。

以前父のことを書いた文をコピーしておきます。
ーーーーーーーー
ーH0505小説のような本当の話!ー
 (字数の関係で中間カット09年06月01日)

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2001年06月01日(金)
言葉の トリック

宗教家とか占い師そして政治家がつかう言葉のトリックに次のような方法がある。
宜保愛子がこの方法を多用していた。
1.あなたは悩んでいますね。
2.あなたは転換期にありますね。
3.???ははしゃいだ後落ち込んでいますね。
4.小さな動物を殺した事がありますね。
5.近くに水がありますね。ーーーー花が近くにありますね。
6.恋愛に悩んでますね。?若い女性にすべて当てはまるからだ。
これを三十?四十位使いこなせば占い師か宗教家になれる。こういう笑い話がある。
占い師がある男に子供が2人いますね?と聞くと、‘いや3人だ’と答えると‘そうあなたが思っているだけです!’
人間は自分自身の言葉のトリックに身動きできなくなっていることが多い。 宜保愛子があるTV番組で。
・玄関に花か花の絵がありますね?
・右に回ると居間で左が仏間か物置になっていて、居間の左が台所でーーと延々と続く。間違えると首をひねりごまかす。
ほぼ私の自宅と一緒であったのに笑ってしまった。
これに私立の探偵かスタッフに外観か玄関を覗き見れば当たって当然。さすがに最近は出なくなった。
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