堀井On-Line



2766, こころと脳の対話 −2

2008年10月31日(金)


「 こころと脳の対話 」  潮出版社
                  河合隼雄 茂木健一郎
 第二回 箱庭と夢と無意識 
    《箱庭のなかの「生」と「死」》の要点からー

 京都にある河合隼雄の研究室で、「20数年ぶり」という箱庭づくりを終えた茂木健一朗。
  ー茂木の箱庭を見ながらの二人の対話のポイントをまとめてみたー 
 ーーー
 河合隼雄はまず「意識と無意識の関係」を提示する。 箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る。
ここですでに、アイテム(意識)の背後にその人の無意識ーとば口ーが関わってくる。
「たとえば、ニワトリならニワトリが、心のなかに残っているわけですね。で、帰ろうと思ったら、本屋でニワトリの本が
パッと目に映ったりするとか。必ず買って読もうと。 それが、ユングのいう「シンクロニシティ」です」(P・102~103)。
この時、箱庭で選んだニワトリと本屋で見つけたニワトリとは因果関係はないです。大切なのは、自分の無意識と外のものとが
呼応するというほうです。 なぜか知らないけれど、箱庭の前に立ったらニワトリというアイテムを手にしてしまった。
そして、帰りに本屋に寄ったら、ニワトリの本にパッと目がとまって買ってしまった。
私のなかになぜかニワトリというかたちで無意識が働き出して、それがニワトリの本と呼応した。これが「シンクロニシティ」。
「意味ある偶然の一致」です。 ここには科学的な因果関係はまったくありません。でもこころにとって「意味」があるんです。
「この非因果的ということがものすごく大事なんです」と。
河合はこの無意識の非因果的連関のなかに、臨床の中でクライエント(患者)の生きる「意味」と「可能性」を探りだしてゆく。
「とくに近代科学以後は、因果関係を知るというのはすごく便利なことで、役に立つことでしょう。
因果関係がわかったら、こちらの意図で操作できるわけですから。
だからそっちへ行きすぎて、非因果的連関を見る態度を失ったんじゃないかと、僕らは思っているんですね。・・・・ 
僕なんかは、この非因果的連関のほうをけっこうおもしろがって見ているわけですね。 もちろん因果的にはつながらないんですよ。
ただ、ミーニング(意味)はあるわけだから、そのミーニングを知ろうというわけですね」。
(箱庭の世界は)「わからない。わからないのが大事なんです。だから、それが「可能性」なんです。だからこれを続けると、
その可能性が活躍したりするんですよ。 可能性がもう出てきてる。自分でもわからない可能性があって、そのへんが活躍しだす」
ーー                                                (本書より)。
解)
以上だが、「箱庭で、ニワトリなりゴリラなどのアイテムを手に取る、その背後に既に無意識ーとば口ーが関わってくる。
 それが既にシンクロニシティーの強力な引力になっている」というのが、この本の一番の要点である。
 たまたま本屋で、ニワトリの本を見つけたことと、因果関係はないということがものすごく大事というのが、面白い。
 その本屋になくても違うところで、違うニワトリの本を見つけるんじゃないか、それはそれで、意味ある偶然の一致になる。 
 人との出会いも似たようなもの。 ここでも、述べているが、全てがシンクロニシィテーである。
 たまたま何かのアイテムにエネルギーが集中しているから、その対象に意味ある偶然の一致が現れてくるだけ! なるほど。
                                          −つづく
・・・・
2007年10月31日(水)
2402, 独りでしていて唯一惨めでない行為
              才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
    
  以下は、林まり子の「読書はじめ」というエッセーであるプロは同じ文章でも、読んでいて読者を引きつける力が違う。
  ここまで書けるには、この随想日記を一万は書かなければならないだろう。
  すなわち現在は2400であるから、差し引き7600÷365日=21年以上はかかる。
  いやあと10年、いや5年はかかる。文章力は何をさておき、まずは絶対量である。
  林まり子と比べること自体が無理があるか? しかし、血の濃さは段違い此方が?? まあ、相手が女である。
  本の世界は読めば読むほど、その引き出しの中身の深さと引き出しの多さに茫然とさせられてしまう。
  もっともっと、読んでおけば良かったと悔やまれる。自分の無知蒙昧に知れば知るだけ読書量が増えているということである。
  林まり子は、家内がファンである。というと、私は読む気がしなくなる?ときどき手にするが血は濃い。
  もちろん女と男の差があるが。 現在の私の読書に対する気持ちに酷似している。 ・・まずは彼女の文章から・・
 
ー『読書はじめ』 2007年ベスト・エッセー集よりー  
「あなたのおかげよ。ありがとう」友人から礼を言われた。彼女の長男が、この冬中学受験をすることになった。
しかし下町の小学校なので、中学受験をする子はほとんどいない。塾通いが知れてから、学校で仲間はずれになってしまった。
休み時間、たったひとりで過ごさなくてはならなくなった息子に、彼女は私のエッセイを読ませたという。
そこには、こんな一節があった。「本をよく読むからといって、そう頭がよくなるわけでも、立派な人になるわけでもない。
  しかし読書というのは、ひとりでしていて唯一みじめでない行為だ」(中略)
ー以下字数の関係でカット2008年10月31日ー
 −−−−−
解) 人間の知識量など、たかが知れたものだ。ソクラテスのように、それを真に知っているかどうかというと疑問である。
しかし、知識は‘金銭や財産の質量’から見たら遥かに大きい絶対量の差が出る。 桁が全く違ってくるから恐ろしい。 
また、それが情報社会の凄みである。「ひとりでする行為で惨めでない唯一の行為」というが、ウォーキングや、
昼飯を独りで食べていくのも、夜に居酒屋に独りいくのも、図書館や本屋に本を探しに行くのも、何も惨めではない。
読書の効用を言いたかったのだろう。また、読書は著者やカメラマンなど作品の世界に入っているのだから、
惨めの逆の世界である。 まあ、理屈は止めておくか!
              グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・
2006年10月31日(火)
2037, 躁鬱病について −5
                才八∋ウ_〆(∀`●
 「夫はうつ、妻はがん」―夫婦で苦境を踏み越えて ー ◆  小川 宏 著  
ー主観をこめた概要であるー
・31年前に糖尿病になり、ストレスなどが重なり15年前の平成3年に「うつ病」になった。
 癌と同様に、糖尿病は普通の人の三倍も「うつ病」になる可能性が高くなる。 その伏線がそれである。
・当時、彼はモーニングショーなど活躍したアナウンサーだったが、自分の事務所を任せていた弟がお金を使い込んだ
 トラブルが「うつ病」の 直接のキッカケだったという。
・うつ病になった直後の平成3年に電車へ投身自殺をしようとした一瞬、
「自殺は愚か者の結論なり」という言葉がよぎり自殺をとどまった。
・その事情を知った妻に病院に連れて行かれて、本診の前の、問診で「親戚で神経系の病気をされた方はいますか?」いわれ、
「はい、その昔、叔父が神経衰弱と言われました」と答えた。 本診の結果、その場で入院を命じられる。
(帰りに自殺を決行の危険がありと診断) その 三ヶ月後に退院。 {うつ病に遺伝があるとはね〜}
・入院直後の医者の注意が印象的である。「うつ病だけは自分の意志で直そうとしないでください。
 ですからこの病に関しては‘闘病’という言葉は当たりません。上手く付き合えば‘心の風邪’のようなもので個人差はあっても、
 完全に直ります」 この言葉で心が励まされたという。
 ーー
ー以下字数の関係でカット2007年10月31日ー
            (*^_^*)\          ー つづく
・・・・・・・・・
2005年10月31日(月)
1672, 聖荊の奇跡

パスカルといえば、「パスカルの賭け」ー後記ーがよく知られているが、それと同じくらい有名なエピソードがある。
(日本ではあまり知られてないが) ー[聖荊の奇跡]である。この奇跡を見たパスカルが[パンセ]を書く大きな動機になる。
姉の娘マルグリットが、目の病気になってしまう。多くの医者をまわっても誰も治せない状態で、症状はますます悪くなる。
その間に、姉のジルベットは修道院に娘を寄宿させる。しかし目の腫れ物が肥大して、膿がでて、鼻骨も侵されてしまう。
ある日、修道院に展示されていた聖荊(キリストが磔にされたときに、頭につけていたとされる荊の冠)
の一部がにマルグリッドの患部が触れると、たちまち腫れ物は消え、完全に病気が治ってしまう。
これは宗教裁判所からも、奇跡として公認されている。この出来事を身近に見ていたパスカルは、信仰が揺るぎないものになる。
彼は、この出来事を契機として人間の回心を願い[パンセ]の執筆に入った。
ところで、私に奇跡を貴方は信じますか?と問われれば、信じる方を選ぶ。
手品もどき宗教のトリックでなく、「人知のはるか及ばない出来事はありうる」という意味で、だ。
全く、穢れてない少女が純粋に信じ念じたことが、何かのキッカケで細胞レベルからの変容も不思議ではない。
‘パスカルの賭け’
「神を信じて、本当に神が存在すれば天国に行き、もし存在しなければ天国も地獄もない。神を信じないで、もし神が存在すれば
地獄へ行き、存在しなければ天国も地獄もない。ゆえに、神の存否が分からない時は、神を信じたほうがよい」  (パンセ) 
 ダメもと、の信仰論がおもしろい

・・・・・・・
2004年10月31日(日)
1307, 一冊のアルバム

地震に明け暮れているので、話題を変えてみる。事務所の移動で、秘境ツアーなどのアルバムを整理していたら、
未使用の小さなアルバムが出たきた。一面一枚の20枚しか貼れないが、台紙のあるチャンとしたアルバムである。
買っておいて忘れたのだろう。そこで、「さてどう使おうか?」と考えてみた。
その結論として、「過去の旅行のベスト20枚」を貼り付けることにした。そして、それが良かった。何度みても飽きない。
私にとって、どんなものより素晴らしい宝物である。「これは!」という写真は、一回の旅行に数枚はある。
それを更に、20枚に集約したのだ。開けば、それだけでハイになる。 アルバムはそうそう開いて見ない。
いちいちアルバムを開くのが面倒だからだ。 それなら数千枚の写真を、二十枚に纏めればよいのだ。 
そして、常にカバンに入れておくことにした。詩も、言葉の中に全てを集約して残すのだから、究極の凝縮のカタチである。
母が多くの道楽の末に行きついたのが「詩」であった。

事業にしても、お金にしても、不動産にしても、写真にしても、古道具にしても、後継者にしても、残るのは、
生きてきた実感としての「真実としての言葉」と「写真」「信頼」そして「子供」だけである。
話しが大きく逸れてしまったが、貼ってある順に紹介してみる。
・パキスタンの桃源郷といわれているフンザ近郊の小高い崖の上で一人で、足を開いて片手を上げているショット
・パキスタンのカラコルム・ハイウエーのがけ崩れの落石の中、現地人に手を引かれ走り抜けているショット
・機上から、天山山脈を撮ったショット
・タンザニアの大晦日の現地運転手の特別招待のパーテーで、多くの運転手たちと 0時を過ぎた瞬間の写真
・フィンランドの登山列車で、トンネルの合間のビューポイントの滝で、一時停車をして写真を撮っていた。
 ところが、 急に音楽が鳴り出して遠くの滝の岩間で赤いドレスの女が踊りだしたショット(列車のお客に見せる為のショー)
・スイスの山頂の氷河に着いたが、霧で視界はゼロだった。その時、霧が急に風で飛ばされ、氷河が自らの姿を現した。
 家内と二人、感動で呆然として氷河の美しさに見とれていた。 
 ー帰国後、同行の人が、そのショットを上から撮っていてくれていて、送ってくれた一枚
・スイス・マッターホルンでの凧揚げのショットと、マッターホルン
・モロッコ・マラケシュの「ジャマ・エル・フナ広場」の夕景
・モロッコのサバクで撮った、朝日が写しでした「私たちの砂上の影絵」幻想的な極上の写真
・ヨルダンのぺトラの前でのショット
・シナイ山の山上でのショット
・フィジーでパラ・セーリング(モーターボートでパラシュートを引っ張り空を飛ぶ)で、
 空から撮った写真と、地上からそのショットを撮った写真
・リオのカーニバル
・北スペインのパンプローナの牛追い祭り。最終日のファイナル・ギャザリングで、大衆が踊り歌っているショット
・ギアナ高地でボートからテーブル・マウンテンを写したショット。 それと機上から撮ったテーブル・マウンテン
・メキシコのテオティワカン遺跡の、「月のピラミット」の頂上からのショット
・パルミラ(シリア)列柱通り
・ケニアのヌーの河渡りを見たあとの帰り道、夕陽と雲の織りなす夕景
・ワニとシマウマの死闘のあと、最後にシマウマが陸に逃げ切った瞬間のショット (私の人生の最高の一枚である)
・ネパールのカトマンズ近郊の山から、ヒマラヤ山脈を望む
・イスラエルのマサダの砦の山頂からのショット。ユダヤ人1000人が自害した時の闘いの生々しさが、今も残っている
・そして、最後はブラジルのイグアスの滝をヘリから撮ったショットである
  以上だが、恐らく死ぬ時、この一冊を抱きしめているだろう。

・・・・・・・・
2003年10月31日(金)
940, ゲーム理論ー2

「ミニマックス理論」と「囚人のジレンマ」はゲーム理論の大きい柱になる。
「囚人のジレンマ」は「自分が一番得をしたいと思って選んだ選択肢が、
結果として最適でないものでなくなっている」、それを互いにゲームで競う。
ーそれでは「囚人のジレンマ」とは?
 泥棒の嫌疑がかかっている二人が警察に逮捕され、独房に入れられている。
ただし、物証がないため証言だけが頼り。 そこで警察側は2人に次のような条件を提示した。
1)・2人とも黙秘すれば、証拠不十分で両方が懲役一年
2)・2人とも自白すれば、両方が懲役2年
3)・1人が自白をし、1人が黙秘をすれば、自白側は無罪、黙秘側は懲役3年                 
ー以下は字数の関係でカットー2007年10月31日ー
                     ーつづく
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566、 2002年10月31日(木)
1968年9月22日 ーセミナーハウス二日目ー

8時10分前に起床、同室者はまだ二人とも寝ている。 朝食後、セミナー開始。
 ーケーススタデー
討論開始、いい加減なことをいって恥ずかしい! もっと深く考える必要があった。ほかの人がよく学んでいるのが判った。
考え方もベースができているのに今更の感がする。昼食後、全員で相模湖へ行く。私と大島君と東レの研修員3人と同乗する。
ー君は一年後輩、呼び捨ては同期、さん付けは東レの研修派遣の人ーで使い分けているー
東レの野村さんの女性論が面白い。冗談と真実の紙一重の話がさすが大手の人事部の人はセンスが違うと感心した。
車が逸れるが、現地で落ち合う。 早速、釣りをする・・帰りは高木の車でセミナーハウスへ帰る。 高木の人間的魅力の深さに驚く。
再び「愛」について討論、最後に国家愛に行き着く。印象的だったのが「所詮バケツいっぱいの精液が、愛でしかない!」
が印象的だった。 終了後、焼き鳥とビールで夜半の12時過ぎまで語り合う。

ーある時間の断面 −
                 1968年 9月23日  
 ーセミナーハウス三日目ー
8時10分前起床、食後、討論に入る。「将来の日本」についてのパネルデスカッション。
パネラーは田口、石川、小島、鳥山、高嶋さんであった。小島君の安保、自衛隊の批判に反論が出る。 
かなり白熱した内容であった。昼食後一時に解散。高木の車で帰路に着く、東名高速は初めて乗ってみたが
名神より車が多く外国に行っているような錯覚におちいった。帰寮後、夕飯に出ると大学の知人にばったり会う。
ITAという海外旅行研究会の部長で、昨年欧州行きで知り合った。
寮の近くにバイトに来ているという。奇遇であった。私の部屋で話をする。アメリカに留学するという。
何か考えていることや話している内容がスケールの違いを感じた。 圧迫を受けてしまった。
彼を見ていると自分にもその力がある筈なのに、どうしてこうも違うのだろうか?同じ力がある筈なのに。
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感想ー
 段々と社会に出る切迫感がこれからの日記に出てくる。 かなり無理をしている自分がそのまま書いてある。
 自分の子供を見ているようでもある。丁度息子の歳ごろだ。 でも行動的であったのに驚いてもいる。
 ............
2001年10月31日 [204] 霊体質ー3

 今まで起きた実際の事実を書く!信じようが信じまいがその人の判断だ。
 シンクロニシテー(意味ある、乃至考えられないような遇然の一致)と重なっている。
1、5〜6年前柏崎の義父の葬式の帰り、峠で行く先々で7〜8回虹ができその下を通った。
  100回以上そこを通ったが虹が出たことは初めて。かつ虹の下なぞ通ったのも初めての経験である。
2、近くの堀井といううちの分家にあたる従兄弟が、7〜8年前「自死」をしたときの事。
  丁度通夜の日、ジャイアンツの二軍が悠久山で試合があった。 それで天侯を憶えていたが、
  午後3時過ぎに突風がふくと天気予報がいっていた。3時に納棺であったが、その時突風がふき桜の花が納棺の最中吹荒れた。
  終わったと同時にピタッと止んだ。彼は毎年桜の花を写真に撮るのを趣味としていた。
  その年は桜の当たり年で、私もかなり多くをとった。彼もそれを覚悟で多くの写真を撮っていた。
3、母の葬式の日、‘おとき’のかえり天気なのに突然雨が降ってきた。涙雨といってよくあるそうだ。その時初めて知った。
4、昨年東京の叔母の葬式の時、丁度焼き場に遺体が行っていて、式場で家族以外が待っている時、急に気分が悪くなった。
  ハッとした、今叔母が私の処にきているのが解った。横を見ると鏡のついた柱があった。「鏡は霊を呼ぶのかーと思った」
  ということは、10年前に抜けた霊体質がまだ残っているのかもしれない。また以前の文をコピ−しておきます。
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  S6201霊的体験 2001/10/31
 私には少し強めな霊的感覚があります。今回より数回シリーズで実体験を公開する。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいった。
その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になり、そこで彼の供養も含めてお経をとなえた。
その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみた。そして何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっていた。
やはり車中で“C子”さんの話をしていた。“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせた。そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社した。
そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一の確立で彼女の家の前に車がとまったのだ。
十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのだ。私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまった。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、その時は最後まで信じられないという風だった。
私自身またかというのが実感だった。その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていたという何かを感じとった。


2765, こころと脳の対話 −1

2008年10月30日(木)

「 こころと脳の対話 」
       河合隼雄 茂木健一郎 著  (潮出版社 )             
ー概要ー
  月刊誌上の3度の対談を再構成した本である。
  脳科学者・茂木健一郎が作る「箱庭」をユング派分析家・河合隼雄が分析。
  脳科学と心理療法は現代人の苦悩を救えるなどを議論している。
第1回 こころと脳の不思議(ユングは人間の何を見ようとしたか
   ;学生時代の箱庭体験;安易に「言語化」することの怖さ ほか);
第2回 箱庭と夢と無意識(箱庭のなかの「生」と「死」
   ;「わからない」ことを大事にする;ニワトリが牛耳る不思議な世界 ほか);
第3回 「魂」を救う対話(脳治療の倫理的課題;脳科学に限界はあるか
   ;夢のなかで「意味」がつながるとき ほか)
  −−
 
 まずは第一回「こころと脳の不思議」の《夢の意味を自分で考えてみる》から・・ 箱庭の解釈が印象的である。
 私も時々、前夜みた夢を雑記帳に書きだすが、後で読み返すと非常に面白い。
 これは箱庭の話だが、箱庭は意識と無意識の、少し意識よりの世界を表現するという。
 私の事務所の部屋の横に、秘境ツアーで買って来た小さな人形がある。
 それだけでなく、母が旅先で買ったものや、子供が小さな頃に買ったものもある。
 考えてみたら、この棚そのものが、箱庭ではないか、脈絡は有って無いような。
 母、私、そして息子の三代の小さな人形が百個位詰まっている。
 そこで時々、気の向くまま7〜8個、白い用紙の上に並べてみようかと思っている。
 そして、ジッと見ているうちに何か不思議な世界に、入り込んでしまうような気がする。
 それはそうだろう、南アフリカの喜望峰で買ったサイの像と、ケニアのマサイ族と、子供が買ってきた
 ディズニーランドのミッキーマウスなどが、白紙の上で並べば、そこに深層の何かが見えてきて当然である。
ーP・19
茂木 僕がやった箱庭は、いまでも覚えてますけれど、やっばリ砂でした。僕はそのころ、内向的というか、
  知らない人としゃべりがあまりできなくて。 あるとき、箱庭で、村でお祭りをやっていて、
  山にサルが一匹いて、木の上からそのお祭りを見ている、というのをつくったんです。
茂木 どういうことか、と聞かれたので.「僕はこのサルで、そのお祭りのなかにまでは行きたくないんだけど、でも一人で、
  こうやって楽しそうな様子を見ているのが好きなんだ」というようなことをいって。そのころの心象風景だったんですね。
河合 その、祭りを見ているサルですね。それは、客観的に祭リを観察している自分というのと、
  それから、サルで典型的なのは孫悟空ですね。将来、大活躍する可能性とか、
  あるいは仏道に入っていくような宗教性や精神性とか、そういうものを全部もっている存在として
  そこにいるんですよ。それで、いたたずらもするしね。それって、すごくおもしろいですね。
茂木  なるほど、その「サル」というところがポイントなんですね。
 ーP・23
河合 わかりやすくいうと、僕らが生きているということ自体、ものすごく無理をしているわけでしょう。
  それを無理しているだけではもたないかち、寝たときに調整するわけです、全体性のなかに。
  その全体性のなかに調整する動きを、脳のなかで視覚的に把握したものが夢ではないかと、僕はそう思ってるんです.
   だから夢を見るということ自体が.ものすごい大事なことなんですね。
  それは解釈しなくてもええぐらいなんだけれど、解釈したほうがおもしろいと。
  いろいろ役にも立つし。夢をつぶしたら、だんだんおかしくなってきますね。
  だから夢というものは.生きていくために必要なものだと僕は思っているわけです。
  それは一種の調整作用みたいなもの。 だからその人にとっては、ある程度盲点みたいなことを
  見せられることが多いので、夢を見た本人にはわからない場合が多い。自分ではね。
河合 だからおもしろいんですよ。人の夢はわかるんですけれど、自分の夢はわかりにくいです、やっぱり。
茂木 それはちょっと、目からウロコですね。じゃあ、夢分析というのは、他人がやらないとだめだということですね。
河合 自分ではわかりにくい。だから、明恵は天才ですね。すごい天才やと思います。
  本当に、世界に誇るぐらいの。遊木自分を外から見るという視点も、同時にもちえた。
河合 ええ。あるいは、それを誰かにしゃべっていたのかもわかりませんね。
  ユングもいってますけれど、やっぱり誰かにしゃべったほうがいい。ただし、信頼できる人。
  で、その人はなにもいうてくれなくていいと・じっくり聞いてくれたちいいんやといってますね。
  ユンクにも聞き役の、信頼できる女性がいたし、フロイトの場合もちゃんと相手がいたわけですね。
  そういうふうに、やっぱり誰か他人の目が入らないと、自分だけではむずかしいですよ。
  ただ、僕らは長いあいだやってるから、もうだいぷできますけどね。自分の夢でもある程度はわかります。
茂木 その盲点というのは、どういうことなんですか。 たとえば、私は最近、イギリススに留学していたときの夢を見て、
    そして目が覚めたときの感覚というのは「最近、なんだかちょっと日本の社会と付き合いすぎてて、疲れてるんだ」
  ーーー
 解)「生きていること自体が、ものすごく無理をしている」そのことを理解すれば、遊びと、学びと、仕事と、真空、
    のバランスが必要ということが分かる。その一日単位の調整が夢というのも面白い。 
        7年前の同日、夢について書いてあった。(「203」夢 2001年10月30日)
                                         ーつづく
・・・・・・・・・・
2007年10月30日(火)
2401, こころの旅 ー5
                 ('-'*)オハヨ♪
  ―カリール・ジブラン『預言者』
   「子供について」       −読書日記

赤ん坊を抱いたひとりの女が言った どうぞ子どもたちの話をして下さい

(それで予言者は言った)
あなたがたの子どもたちは あなたがたのものではない 彼らは生命そのものの あこがれの息子や娘である

彼らはあなたがたを通して生まれてくるけれども あなたがたから生じたものではない

あなたがたは彼らに愛情を与えうるが  あなたがたの考えを与えることはできない
なぜなら彼らは自分自身の考えを持っているから。

あなたがたは彼らのからだを宿すことはできるが 彼らの魂を宿すことはできない
なぜなら彼らの魂は 明日の家に住んでいるから。

あなたがたは彼らのようになろうと努めうるが 彼らに自分のようにならせようとしてはならない
なぜなら生命はうしろへ退くことはなく いつでも昨日のところに うろうろ ぐずぐずしてはいないのだ

あなたがたは弓のようなもの その弓からあなたがたの子どもたちは
生きた矢のように射られて 前へ放たれる 射る者は永遠の道の上に的をみさだめて
力いっぱいあなたがたの身をしなわせ その矢が速く遠くとび行くように力をつくす
射る者の手によって 身をしなわせられることをよろこびなさい
射る者はとび行く矢を愛するのと同じように じっとしている弓を愛しているのだから
 
ーーー
解)
この詩は深い意味がある。 子供に対して全ての親が理解しておかなければならない基本の姿勢である。
子供に対する責任があるが、それはあくまで自立に対するトレーナーであるべきで、相互依存のためではない。
ペット的に扱ったり、自分の私物とするのは言語道断。自分たちを通して子供は生まれてきただけで、自分ではない。
愛情を与えることは出来ても、考えは与えることは出来ない。出来るのは考える、そして自立できるように導いてやるだけ。
カナダでは、大学に入ると殆ど全ての学費は夏休み、冬休みのアルバイトで稼ぐという。
それが首相や財閥の子供であっても関係なく、もし、親が学費を出していたら、
軽蔑の最たる対象の人間と見做されるという。学生生活から、既に自立への訓練になっている。 
親子を弓と矢の関係に例えるのは面白い、親と子供のあるべき関係を述べている。
しかし、これでは弓の的を決めるのは、射るのは、誰になるのか?という疑問がでる。
的は「自立」がということ? 己から遠くに飛ばす、自立させる考え方としては良いだろう。
それにしても、あの親亀(亀田)のエゴなんだろうか? その結果があの子亀達ということか? 
ここで書くことではないが、あまりにも宮沢リエ的?な内容である。             
                                (ゝ∀・`*)ノ))バイ゚
・・・・・・・・
2006年10月30日(月)
2036, 躁鬱病について −4
       (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜

   一昨日、図書館の棚を眺めていると、たまたま小川宏の「夫はうつ、妻はがん」という本があった。
   丁度、うつ病について書いていたのでさっそく借りてきた。経験者が在りのままを書いているので、一言一言が深い。
   きっかけは軽重あるが、そう簡単に「うつ病」になるものではない、それぞれの人生の積み重ねの結果に生じるのが病。
   この本を読んでいると、うつ病になるべくしてなったのが理解できる。 病気になりかけたら、体験者の本が一番よいが、
   そういう人は、その余裕や意欲が無い人が多い。
 まずは彼の談から・・・
 −−
「夫はうつ、妻はがん」 ―夫婦で苦境を踏み越えて   小川 宏 (著)
 
 *「うつ病」完治は家族の絆あればこそ
 
 平成3年、私は不意に全身の倦怠(けんたい)感に襲われました。
 原因がわからず苦しい日々が続いたある日、ついに自殺未遂を起こしてしまいます。
 そして「うつ病」が発覚、3カ月の入院生活を余儀なくされました。
 その体験をテレビ番組で公表したところ思いがけず大きな反響を呼び、同じように悩んでいる方が
 全国に多くいることを知りました。 元々私は、30年来の糖尿病とそれに伴う糖尿病性網膜症をはじめ、
 腎臓結石、気管支拡張病など病気とは縁の切れない生活をしてきました。
 そこにうつ病です。ストレス社会の現在、うつ病は“心の風邪”とも言われ、誰がかかっても、
 おかしくない病となりましたが、社会の偏見を恐れて病院にかかることをためらう人は今でも少なくないようです。
 本書では、そんな方やご家族に向けて「うつ」を防ぐ方法や、かかった場合の対処法などを私自身の体験と
 取材を含めて書かせていただきました。
 私がうつ病にかかったとき、家族をはじめ医療関係の方々など多くの人に助けられ、
 人は決して一人で生きているのではないという思いを噛(か)みしめました。
 病気は生活上の苦しみであって、人生の挫折ではありません。
 妻も子宮頸(けい)がんに加え うつ病に……つらい日々はありましたが、
 そんな経験があったからこそ、いま生きる喜びを感じることができるのだと思います。
 うつ病は必ず完治します。私がその証しです。 この本を読んで、うつで悩んでいる方や
 そのご家族をはじめとする皆様に、希望を見いだすヒントとなれば幸いです。
 モーニングショーの司会者だったこともあり、内容は読者の目をひきつけるような話題で一杯の本だ。
 まあ次回を・・・・ 
                   −つづく
 ・・・・・・・・
2005年10月30日(日)
1671, 「全ての装備を 知恵に置き換えること」−2

「全ての装備を 知恵に置き換えること」は考えるほどに深い言葉である。
‘ハードを、ソフトに置き換える’‘色即是空、空即是色などが直ぐ思い浮かぶ!

ーさらに、この本のポイントになる文章を抜粋する。
「レベルの高い難しいクライミングをいくつもこなした後、何がしたいかを問われたある男は言ったそうだ。 
歩きたい、と。道の方角へずっといつまでも歩いていたい、そういったんだ。」
この言葉が彼のこれまでの人生を築き上げてきた哲学のように思えた。
実践からくる彼の言葉は一言一言重く深く響いてくる。禅坊主の、シンプルと似ている。

ー著者の言わんとする一節があったー
人類がアフリカで誕生して以来、先祖は移動を繰り返してきた。 山を登り、川を越え、海を渡り、
空を駆け、厚さにも寒さにも適応し、今ではジャングルや沙漠、氷河にさえも人の息吹がある。
人間はあらゆる環境に生き延びる野生を持ち、その土地を生き抜く強い生命力を備えている。
あるき続けることによって、肉体も精神も変化をし続け、その過程であらゆるものはそぎ落とされて、
最後には本当に必要な知恵だけが残る。 人は旅の中で見て、聞いて、考える。
厳しいフィールドに身を置いている時に感じる幸せも、異文化の中で生活している時に感じる幸せも、
それは変化を求められることへの喜びなのかも知れない。 自分はまだまだ歩き続ける。
自分にとって、生きるということは旅をすることだ。 それは揺るぎない。

 ーーーー
「全ての装備を知恵に置き換えること」
            石川 直樹 (著)       
石川 直樹
1977年東京生まれ。
高校時代にインドを一人旅して以来、世界中を旅するようになる。
北極から南極までを人力で踏破する地球縦断プロジェクト「POLE TO POLE」、世界7大陸最高峰登頂の達成など
極限を目指すとともに、人類学、民俗学などの領域に関心をもち、行為の経験としての移動、
旅などをテーマに文章・写真作品を発表している

・・・・・・
2004年10月30日(土)
 1306, 究極の観光旅行
  (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日)

・・・・・・・
2003年10月30日(木)
939, ゲーム理論 −1

 一昨夜、コンサルタントの林さんと酒を飲んで「ゲーム理論」の話題が出た。
ほとんど忘れたこともあり、「ゲーム理論」をインターネットで検索して調べてみた。
また本を読み直してみた。 なるほど勉強になる面白い理論である。
一般的にゲームというと、「目標を決め、途中に難関を置き、それを乗り越えながら達成するプロセスを、
第三者か自分自身と競う事を楽しむこと」であるが「ゲーム理論」というと少し違ってくる。

ー要点を書いてみるとー
「『勝つ』ためには‘損切り’をして『負け』をへらす!」が一番のポイントと思われる。
ゲームと仕事に勝つための4原則は
・『勝利』より『損切り』を重視する
・裏切りによる勝利は長続きしないことを知る
・相手も自分と同様に利益を求めていると知る
・あらゆることが起こり得ることを知る である。

ーゲーム理論では「相手の存在』が不可欠である。 ゲーム理論は数学理論をもとにしている。 
その大前提は、『自分』と『相手』がいて、それぞれが「合理的・利己的」に「最適な状態」を目指すことにある。
かけひき上手を競うのが「ゲーム理論といってよい。
 ゲーム理論で考えられる世界は、100人が100通りの答えを持ち、相手の存在と立場を見ながら戦略的に手を打つ。
「生き残り」という至上命題のための戦略、科学体系がこの理論である。
 ーゼロサム社会では勝者以外は全て「敗者」である。 いまのような不況は「ゼロサム社会」とよばれる。
ジャンケンのように誰かが勝つと誰かが負けるという二つの和がゼロになる条件下のゲームを指す。
 ゼロサム社会での特徴は、現状の均衡点どちらにふれても誰かが損をする。
別名、利益の再配分の逆の「損の再配分」といえる。 この結果は「社会の硬直化」だ。
ものごとが決着しなくなり、社会が保守化し、誰も自分の既得権益のみを守ろうとする。

 ゲームに勝とうとするには、「負けを減らす」ことだ。
勝つのではなく、負けた場合の損失を減らすのは消極的に見えるがゲーム理論では最も重要なことである。
「ミニマックス戦略」というこの戦略はこの時代最も重要である。株式の世界では「損切り」といわれる手法だ。
 ギャンブルがうまい人は、自分の利益が出たときだけ、大穴勝負をする。
それも勝ちの一部だけを賭ける。大穴はほとんど外れる。 それでも利益があがる。
一般的には、負けが込んで追い込まれて最後の勝負を確率の低い大穴にすべてを賭けてしまう。 すべてを失ってしまうのだ。
 人生は一つの大きなゲームである。そして事業もだ。 人生の利益とは何であるか、愛か、知識か、力か、
お金か、誠実性か? 事業もしかりである。 拡大か、利益か、社会貢献か?
事業を創業することは、まさしくゲームである。 ゲーム以外の何ものでない。
                   −つづく
・・・・・・・・・
565,、ある逸話ーインドで見たこと
- 2002年10月30日(水)

インドの空港で帰国の時である。修行僧のいでたちの男、杖一本をつきながらやって来た。
素足で身に付けているののはパンツ一枚である。それで飛行機に乗ろうというらしい。
急を聞きつけた警察が数十名が周りを取り囲んだが誰も手を出せない。
空港の制服の女の人が間に立って説明をしているが、どうしても折り合わないのだ。
パスポートも持たないでパンツ一枚で国際線に乗ろうとしているのだ。
恐らくカースト制で身分が高いのだろう、素裸の男の態度がでかい。大声で入国査察官を怒鳴りつけているのだ。
恐らく「神の指示で乗れといわれたのに何故乗せぬ」と言っているようであった。
最後の結末をみないで飛行機に乗ったが、インドの社会を最後まで見せ付けられた出来事であった。
インドは普通の感覚では考えられない身分社会なのだ。牛が堂々と街を我が物顔で歩いているのだ。 
宗教上で神聖な生き物なのだ。以前にも書いたが、20佑里△覲級は餞民で人間とみなされないのだ。
交通事故死でも警察が取り合わないという、牛なら騒ぎになるが。
実際その経験談を読んだ事がある。一度はこういう社会を見てみるのも必要な事だ。
  −4年前に書いた文章をコピーしておきます。
   −−−−−−−−−
10/11  インド旅行記 ー私のみた北インド 
“ インドとは...”など滞在一週間のツア−では表現できない。
 面白いほど多様な国である。まず印象を列記してみよう。
     (以下、字数の関係でカット、2008年10月30日)

・・・・・・
「203」夢ー11  2001/10/30
 
 五〜六年前にみた夢で忘れられないのが、自分の葬式の祭壇を見たことだ。
学生時代住んでいた部屋であった。久しぶりに寮の自分のいた部屋を覗くと、それがあった。
恐らくもう‘あの時の自分がもう終わってしまった’というシグナルだったのではなかろかうか。 
何か変な奇妙な印象が残っている。 どんどん変わっていく中で変わらないのが過去だけだ、しかし夢でさえ、
もうあの時の自分は消滅したといってくる。 それから一年に一度位見ていた寮の夢をほとんどみなくなった。
 ーまたこんな夢もみた。
中東?の兵隊の自分が絞首刑になる夢である。7〜8年前か。それを当人になっている自分と、それを上から見ている自分がいた。
その瞬間もう一人の違う自分に移り、やはり絞首刑を経験する夢である。
いやに茶色の埃っぽいイメージが残っている。その前に確か廃墟の建物を訓練で数人と昇っていた。
 非常にリアルな、前世の自分の過去霊をが夢に出てきた?感覚であった。
これとは全く違うと思うが、瞑想をしていると、突如「タジータジーダ」という人の名前?が突如出てきた。
「なんだこれは?」と今でもそれが何かわからない。情報のシャワーの中で、脳が勝手にある単語を吐き出したのだと思われる。


2764 ,ウォール街の魔女

2008年10月29日(水)




  【産経抄】の10月25日のコラムが強烈である!
  関西で「がめついヤツ」とかいう三益愛子が主演していた演劇があったが、
 そのウォール街版である。 ここまで徹すれば、これまた御立派である。
 
  ーまずは、そのコピーから
 1世紀ばかり前の米国に「ウォール街の魔女」と呼ばれる女性がいた。へティ・グリーンという。
 父親の遺産をもとに株や債券、不動産に投資を続け、1916年に81歳で亡くなったとき、
 当時の金で1億ドルの財産を残した。 今のレートで100億円近い。
 ▼作家、ジェイ・ナッシュの『世界変人型録』という本によれば、彼女は金銭に関する第六感のようなものを持っていた。
  銀行の破綻(はたん)や金融恐慌を巧みにかぎとりながら、稼ぎまくった。
  さらに、大富豪にしては「常軌を逸した締まり屋」でもあったという。
 ▼20年間、同じ服を着てウォール街を歩き回り、決して車には乗らなかった。食事は安いレストランですまし、
  安下宿を転々とし週5ドル以上の家賃は払わなかった。読んだ新聞は息子に売りにいかせ、
  その息子がケガをしたときは、治療代をケチり片足を切断させられた。
 ▼モノを作って売るわけではない。「金」だけを信じ、投機と吝嗇(りんしょく)とで巨万の富を築く。
 「魔女」的な部分を除けば彼女もこの街の典型的な住人だったのだろう。そのウォール街が今、集中砲火を浴びている。
  言うまでもなく世界の金融危機の発信地としてである。
 ▼特に株など買ったことがなく、毎日コツコツ働いているだけという米国人の反発は強い。
 「何で税金で奴(やつ)らの失敗の尻ぬぐいを」となるからだ。
  そこらの空気を察して、投票日が迫った大統領選の両候補ともウォール街を「強欲」と非難しているそうだ。
 ▼国際的にも金融市場の改革を求める声が強い。
  だがへティの時代から投資家たちの「強欲」が世界の経済を動かしてきたのも事実だ。
  それを封じては世界経済そのものが破綻する。問題は投資する側とされる側との信頼をどう取り戻すかなのだろう。
  ーーー                                 (産経新聞 10月25日)
  ジェイ・ナッシュという女性を笑うことは出来ない。資本主義の原型そのもの。
 事業の出発点は似たようなことを強いられる。 まずは種銭を大事に扱わないと失敗する。
 アメリカ資本主義帝国の崩壊の原点をみるのに、丁度よい人物を取り上げている。
 それにしても上手い文章を書くものだ! そして、面白い人物がいるものだ。
  先日観たDVDの「天国の門」の娼婦の館の御婦人に似ていた。
 「言葉を除けば、あと残るのは愛情? それとも金? 空気と同じで無いと死んでしまうのはドチラ?」
 彼女なら、こう言っただろう! 自由も、平等(差別)も、愛情も、9割は金で買える(替える)から、狂うのである。
  成るほど、人間は狂った猿というが・・・

 ・・・・・・・・・
2007年10月29日(月)
2400, こころの旅 ー4
                (* ̄0 ̄)ノ 才八∃一 gozaimasu!
 *まわり道*
   神谷八重子の「こころの旅」ー第六章の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。
    同じようなことが、立花隆の文章にあった。
   「青年期の10年は潜伏期間、そこで何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。
   誰もが直線的な人生より、まわり道をする。 が、問題はその道で如何に自分を培養するかである。 
   行ったきりの人生もあるが・・・  精神喪失(精神病)や自殺は、その極端な事例。 
   一つや二つは、迷路の迷い込み七転八倒した経験は人知れず持つのが人生である。
   お伽噺や神話は、その理想の物語として我々に提示される。 まわり道こそ、物語なのである。 
   その時は辛く、激しく、情けなく、悲しいが、しかし真実と夢があった!
   
    逆にまわり道のない人生は、そこに何の味わいがないだろう。 中学校の担任が定年の祝いの同級会の二次会で、
   「オレの人生はなかった!両親が先生で、今も90歳近いのに矍鑠としている。そして二人のコントロール下にある」 
    という言葉が重く聞こえた。   
   ーp.121ー
  ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。
 「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、意外にもそこから本来の道へ行く糸口が
 あらわれてくることもある。あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。
 けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。
 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって必ずしも損失ではなく、
 たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、それが後半生で充分生かされることが少なくない。
 人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 落伍者のようにみえた青年の中から、のちにどれだけ
 個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも多くの風景にせっし、
 多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと「わが道」にたどりついたとき、
 すらすらと一直線でそこに来た人よりも独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・」
   ーー
   人生60年余生きてきて、無駄なことは無かった!と実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だった。
  「順境は枝を張れ、逆境は(枝葉を切って)根を張れ」というが。佐藤優の文章が心を打つのは、
   決して奇麗事を書いているからではない、留置所の中で差し入れられた本を読み、考え、言葉を練りまわしていたからである。   
   そこを「勉強の場」として、割り切ったからである。 まわり道の中でこそ、個性ができるのである。
                                       honnja ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・
2006年10月29日(日)
2035, 躁鬱病について −3
      (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ

 世界には躁鬱病状態で芸術活動をつづけた人が多くいる。ドイツの作家のゲーテが、その代表例である。
・18歳から亡くなる83歳まで、躁状態が八回、鬱状態が五回あった。当然、そう状態のときに創作活動が活発に行われた。
・ロシアの作家のトルストイも、82年間の人生の最後の30年間は、躁鬱を繰り返していた。
 鬱状態のときに、構想を練り、躁状態のときに、一挙に書き上げるというのが創作活動に必要なことかも知れない。
  そういえば、一番危ないのが「初老性うつ病」がある。60歳直後あたりにくる「うつ病」である。
 「自分の人生、果してこれでよかったのか?」という疑念と、老齢への体質の変わり目が、重なることが原因である。
 特に何も考えず、ただ平々凡々と生きてきた反動である。神様が「そういう人には、厳しくあたる」のも至極当然である。
 この時期に、それまでの無理がたたって、胃潰瘍、高血圧、癌、糖尿病など体内のホルモンや神経系が乱れる時期と重なり、
 それらが意欲の低下や、不眠症も加わり、うつ病になりやすくなる。 特に癌からなりやすくなり、四分の一にのぼるという。
 昔は、うつ病は「神経衰弱」と言われていた。見るところ、資産家など恵まれた環境に人はうつ病になる人は少ない。
 その対極にある、頭を使わない末端労働者の二種類の人種も少ない。
 我がままを許される階層と、末端で生存欲求さえ満たされればよい階層は、ノイローゼなど関係ないのである。  
 その意味で中途半端な人や、生真面目の人がなりやすい。 居直ってしまえばよいが、その居直ることが出来ない。
 それと女性が男性の二倍の確率になるのも特徴の一つ。 発散する機会が半分以下?と、身体の構造の違いもある。
 「一人遊び」の出来る人は、ノイローゼになりにくい。独りの世界で、ストレスを解消できるからである。
 それがライフワークであれば尚のこと良い。ライフワークという自分の世界と、現実の世界を二つ以上もって、
 その一つが上手くいかないときは、他の世界に比重を移動させるバランス感覚を常に意識しておけばよいが、
 それが出来ないから病気になってしまう。 心の風邪だから、そういう人の傍に寄らないことだ。
 それも慢性ときているから、自分がかかったと思ったら近寄らない気の使いも必要だ。
                               ー つづく
               (+●∀●)ノさいなら!
・・・・・・・・
2005年10月29日(土)
1670, 「全ての装備を知恵に置き換えること」−1
                     −読書日記
「全ての装備を 知恵に置き換えること」図書館で何げなく借りてきた旅行記である。
  著者は、まだ28歳の芸大の大学院生だ。
・高校の時にインドを旅して以来、世界中を旅するようになった。
・そして現在は、芸大の籍を置いて旅行中。
・北極から南極までを人力で踏破する地球縦断プロジェクト「POLE TO ROLE]の旅をしたり、
・世界7大陸最高峰登頂を目指すとともに、
・大学院では人類学、民俗学などの領域に関心を持つ。
 プロとしての旅行探検家である。旅を続けるために大學に行き、大学院に行き、本を出版している。
秘境旅行をしていると、このような一人旅をしている男に必ず出会う。
共通点は禅僧のような顔をして、優しく、悲しそうな顔をしている。 日本の高僧?のあの??からみると、数段よい顔である。 
当然であるが!この本の集約は 「はじめに」の「全ての装備を知恵に置き換えること」の章中の冒険旅行の恩師
イヴォン・シュイナードというカルフォルニア生まれの男との対話といってよい。(この本によると今年亡くなったとあった。)
このような著者のような男には、先生が何人かいるものだ。
その一番の先生であるイヴォン・シュイナードは、パタゴニアという登山用品などを売っている創業者。
その彼が著者の質問の答の言葉がよい。 冒険に対する質問の答えが、人生の答えにもなっている。
  ー幾つか書き写してみる
  (以下は字数の関係でカットー2007年10月29日)

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 2004年10月29日(金)
 1305, まさか、地元で大地震!−6

昨日、地震以来初めて新潟の会社に出社する。 新幹線が不通の為、久々に車出勤である。
高速道路は長岡〜月夜野間が不通のため、新潟方面はガラガラだが長岡方面は工事関係のトラックなどで異常な多さだった。
昨夜は新潟に泊まったが、地震は殆んどなかったようだ。
気象庁の発表によると、一昨日の余震で、さらに岩盤が動いたため大きな余震の確率が大きくなっているという。
 今日から三日以内の余震の確率は
M 6 以上 (ところによって震度6)確率が20諭 7日以内は40
M 5・5 以上(        5強)   40諭       60
M 5 以上 (         5)    80諭       90
この数字を見る限り、非常事態である。 恐ろしいことだ。
地元ゼネコンの特需(道路復旧などの公共事業の大幅予算の追加)を除けば、新潟県の経済は大打撃である。
最悪の不況が更に悪化することは間違いない。先行きを考えると、すえ恐ろしい。
ー地元ゼネコンの株が急騰しているというから現金なものだ。

東京から2時間圏内の駅前型ホテルが、この数年で不況業種に入ったが、復興の為の宿泊が当面増える。
また、新幹線の不通で、2時間圏内が当分6時間圏になるから日帰りは無理になる。
この事態は当分はプラスにはたらくが、それも目先のことだろう。
緊急融資が特別枠で追加される可能性も大きい?から、プラスプラスに考えるしかないないか!

・・・・・・・・
2003年10月29日(水)
938, 「ライフ・レッスン」ー読書日記

 各レッスンの内容が愛と真実に包まれている。「死ぬ瞬間」シリーズは世界的ロングセラーで多くの人に癒しを与えてきた。
ロスの本は何冊も読んだ。終末期医療から死にいく人々から学んだ数々を説いている。 すべてを終えたとき、「生」と「死」
の本当の姿があらわれるのだ。 彼女がマザーテレサに亡くなる数ヶ月前に会ったとき、ロスに、
「生きることがとてもたいせつと考えているからこそ死にいく人達と一緒にいることを最大の使命としているのだ」
また「生は一つの達成であり、死はその達成の成果です」と言われたという。 大部分の人は死を達成とみていないだけでなく、
生も達成とみていない・・死の淵にいる人は、そのことをよく知っている。 ロスは生そのものの大切さについて教えてくれる。
彼女の本を読んでいると、暗い?内容なのだが、暖かい愛に包まれた気持ちになる。

  ーまずは、この本の抜粋からはじめたいー
・一生と呼ばれる時間のあいだに学ぶべきレッスンは色々ある。特に死に直面している人々と一緒にいるときにはとりわけ多い。
 死に行く人々は人生の終わりに多くを学ぶが、通常は学んだ教訓を生かすための時間が残されていない。
 1995年にアリゾナに引っ越した私は、ある年の母の日に脳卒中で倒れ、麻痺状態になった。
 その後数年間は死の入り口にいた。時には数週間で死ぬのだと覚悟をした。そして幾度も訪れてこないことに失望した。
 準備は完了していたからである。しかし、死ななかった理由は、私にはまだ学ぶべきレッスン、最後のレッスンがあったからです。
 そのレッスンの多くは人の生についての究極の真実であり、命そのものの秘密である。私はもう一冊本を書きたいと思った。
 今度は「死」そのものではなく「生」についてである。
・人には誰でもガンジーとヒットラーが住んでいる。象徴的な意味であることは当然である。ガンジーは人の中のベストなもの、
 もっとも慈悲ふかいものをあらわし、一方のヒットラーは最悪のもの、人の持つ否定性と卑小性をあらわしているのだ。
 人生における人ノレッスンとはおのれの卑小性に働きかけ、否定性をなくして、己のなかにも他人の中にもあるベストなものを
 見つけ出す作業である。人生の暴風に似たそのレッスンは、人をして本来の人に戻してくれる。人間が地球上にいるのは、
 互いに癒しあうためである。これは身体的不具合を癒すだけでなく、はるかに深いレベルでの癒しである。精神と魂の癒しである。
・人がこういった人生のレッスンについて語るとき、人は完結していない
 気がかりな問題の解決について語っている。完結していない気になる問題とは死についての問題ではなく、生についての問題である。
 '確かに私は豊かな暮らしを実現した。しかし、本当に生きるために時間を使ってきただろうか?'というように最も大切な問題である。
 多くの人々は確かに存在はしてきたが、本当に生きてはこなかった。それらの人々は完結していない気になる問題に蓋をするために、
 膨大なエネルギーを費やしてきた。
・完結していない気になる問題は人生最大級の問題であるから、死に直面したとき焦眉の急の課題になる。
 大多数の人々は完結していない気になる問題の多くを未解決のままで終わる。 問題の一部しか解決できない人も多い。
・人生には学ぶべきレッスンがあまりにも多い。一度だけの人生では習得不可能であろう。
 でも、学べば学ぶほど未完結の問題が少なくなり、それだけ充実した人生になり、本当に人生をおくることができる。 
 いつ死ぬかは不明であるが、死ぬときには、'オーイ神様、私は生きました'と言えることになる。  
                            「ライフレッスン」 エリザベス キューブラー・ロス (著),
・・・・・・・・
564, 一点集中主義−2
    - 2002年10月29日(火)

少ない資源を最大に生かすには集中しかない。 例えで解りやすいのが「錐の論法」だ。
一点にエネルギーを集中することで穴をあける事が可能になる。 それと前回書いた虫眼鏡も然りである。
集中はその中で更に核爆発をも起こす。 集中は潜在能力への穴である。人間は無限の潜在能力があるといわれているが、
その秘密のトンネルが一点集中である。マクドナルドのハンバーグや、キューピーのマヨネーズ、味の素など幾らでも事例はある。
分散も必要だ、一点に集中したものを分散する例としてセブンイレブンがいえる。
50坪の店を一万店出店することで、三越や本体のイトーヨーカ堂を追い抜いてしまった。
資源が少ないのに、その少ない資源を更に分散をしてしまう。淘汰されるのは淘汰されるべくしてされているのだ。
何かを始めようとしたら、それまでのやっていた事を全てをいったん止めてしまう事だ。それか人に任せてしまうかだ。
空即是色である。人間可能な事は、目前の努力だけだ、それも一点への。以前書いた一点豪華主義をコピーしておこう。
ーーーーー
2001年12月12日(水) 
 267,一点豪華主義

一点豪華主義(一点豪華主義)趣味でも、仕事でも、人生でも総てにいえる事だが、これだけは特別というものに金をかける、
人生の総てをかけることが重要だ。 反面それがアンバランスでもいいかという問題が残るが。それでもいいかどうかは、
やはり本人の問題でもある。金も、暇も、能力もない人間でもこれは可能だ。好きな何かを見つけ一点集中的にエネルギーを注ぐ。
それを続けていれば、それについてプロの領域にたっする。私のそれは、ご存知のとおり秘境ツアーだ。
他人の評価など全く関係ない、それが好きでたまらないからだ。パソコンもあと2〜3年経つと、それに近い存在になるかもしれない。
旅行のネタをインターネットに載せるのも理にかなってる。「絵の好きな人が旅行先で景色を書いている」のを見ると、
人生の一番の奥義を見ているようだ。 一番好きな旅行で好きな絵を描ける幸せは何も変えられないだろう。 
ピアノも一曲だけを練習すれば、弾けるようになるという。 今度ピアノの先生について一曲おぼえてみようかと思うが、無理か?
 ーーーーー

H0511妙な夢―(機   
2001/10/29

 ある夜半、自宅のどこかで音が聞こえた。泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ
一周してもどってきて布団に入る。 ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になるという夢?である。これが夢か幽体離脱七日まだわからない。
また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて(そのまま水平にいて)
下をみると自分の肉体が下にみえる!直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。
かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
こんな事もあった、これは夢ではないが屁の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
初めは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみたが、夢ではなかった。
 ところで当社の関係先の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。


2763, 閑話小題

2008年10月28日(火)

*金融危機が止まらない

9月半ばから始った金融危機、予想通り恐慌の様相を呈してきた。
その時点で、この随想日記で「世界恐慌に入ったようだ」と書いた。他の人は如何であれ、そう信じて状況をみると、
恐慌の発火に思えたからである。 何人かの知人に、「これは既に恐慌だ!と思い込んで世界の状況を見ると、
見えないことが見えてくる」と、言ってきた。 そして、あれよあれよと、一万、9千、8千、そして5年半前の
7607円割れを先週末にしたと思ったら、昨日は7162円でひけた。この数字は、26年ぶりの最安値。 
あと少しで7000円割れになるところだ。 大方の経済評論家は7000円が底値とみているが、
近々に6000円前半もあるかもしれない。この上に円だけが独歩高。 輸出立国の日本はダブルパンチになる。 
年末から来年にかけて体力のない企業から倒産が始る。 不動産、建築関連、そして中小金融機関辺りからか。
それだけではない、大手銀行も痛んでいて、五千億〜一兆円の増資をするとか、銀行保有の株式を政府が買取るとか、
何でも有りになってきた。世界に目を転じれば、アイスランドに続き、フィリッピン、ブラジル、そしてロシアと、
株式市場の閉鎖などの金融危機が切羽詰ってきた。
世界の株式市場の時価が一年前の半額の三千兆円が消失、それがさらに実体経済を凍りつけている。
11月の15日に、G8と、中国・インドなど新興国が緊急に集まるというが、
そこで何が決定されるのだろう? 最近、グリンスパンなどが、これは世界を覆う大津波といっていた。
先月半ばの一連の金融危機は私の人生で一番の世界的な大事件と、何度も書いてきた。
この恐ろしさは、短期的に収まるような問題ではない。アメリカが世界中に毒をばら撒いてしまったのである。 
それもタチの悪い、簡単に回収できない毒。 その中で、ただ生き抜くしかない時代になってしまった。
  ーー
*WBCの監督問題

面白いから、WBCの監督に誰がよいか頭の体操をしてみる。
北京オリンピックで現役監督から遠ざかっていた星野は難しかったのは、誰の目にも明らかだった。
そのことを本人は自覚していると思いきや、どうも最近の彼の言動からして違うようだ。
やはり優勝チームの監督がやるのが自然だろう。 
エネルギーを使い切るためにハンデキャップになるので腰が引けるようだが、決まっていれば割り切れる。
しかし早々に西武ライオンズの監督が辞退の意向発言をしたため、原監督に依頼があったようだ。
前回のWBCは異常な雰囲気の中で奇跡的に勝っただけ、今度はアメリカもキューバも本気になってくるから、
惨敗を覚悟をすべきである。その意味で、少し嫌われても、今回だけは辞退するのが最善だろう。
特に原監督は、監督としては首を傾げる場面が多すぎる人物。惨敗をして袋叩きは、火をみるより明らかな姿。
 読売のトップの命令だろうが、気の毒といえ気の毒な役回りである。

・・・・・・・・・・
2007年10月28日(日)
2399, 世間に踊らされた「悪役」

                オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
  荻野アンナが読売新聞に『亀田一家の問題』を軽妙に書いていた。
  彼女は現在、慶応の教授をしているが、よくTVで見かける人である。
  ジョークのセンスがよいので、なかなか話が面白い。亀田の親父は面白いといえば面白い。
  チンピラの後ろには親チンピラがいるもの、それよりヒール(悪役)を演じる一家4人の姿は劇画的で、
  コミックだった。 おそらく一家して、コミックしか本は読んでなかったのだろう。
  虚構が暴露してしまえば、もう存在価値がなくなり商品価値は暴落をした。
  4人の子供を置いて出た母親は、どんな気持ちで彼らを見ているのだろう。
  親父の暗い、攻撃的な姿がウラ悲しい。彼女はボクシングジムに通っていて
  ライセンスを持っているため、なかなか熱が入っている。
   ーまずは、その彼女のレポートから
ーーー
亀田(次男)の試合は初めてで、彼の愛称が「ナニワの弁慶」と知らなかった。
私は、金髪の弁慶姿で花道を練り歩く大毅にコケた。この段階で、明らかにジャンルが違う。
寿司屋で握りを頼んだらステーキが出てきた、という感じ。
試合は内藤がボクシング、亀田が「亀田スタイル」で、2人の動きはバラバラだった。
ボクシングの基本は、フトワーク・ジャブ・ストレート。「亀田スタイル」は、がぶり寄り・頭突・フック&目つぶし。
最終ラウンドは亀田はスープレックス(プロレス技す)をキメた。
 (以下字数の関係でカット2008年10月28日)
               ヾ(TωT)Byeヾ(TωT)Bye
・・・・・・・・・
2006年10月28日(土)
2034, 躁鬱病について −2
     おはよ〜!(*^ワ^*)i ~O~)ふぁ・・
                
鬱病経験者といえば、アナウンサーの小川宏と、俳優の高島忠男、作家の北杜夫などが知られている。
彼らの体験記を読んでみると、その病状はすざましい。
ストレスによる睡眠不足が大かたの原因だが、躁からの反動の鬱も山(躁)が高い分だけ谷(欝)も深くなる。
「うつ病」の定義は世界中どこも同じである。 倦怠感、不眠症、食欲不振、体重の減少、焦燥感、
興味の喪失、自殺の願望、集中力の欠如、嫌悪感などが5つ以上あると鬱病といわれる。
人間は誰もが、このうち2〜3つは持っているものだが・・。 どういう訳か私には一つも無い。
普通の生活をおくっていれば無いはずだが・・・  こういうのが一番危ないのかも知れない。
最近は治療は比較的簡単になって、薬を中心とした治療で、8割以上の人が2-3週間 で回復するという。
殆どの人が治療さえすれば、うつ病は大した病気ではないことになる 。
ただ問題なのが、うつ病の半分以上が治療を受けていないことだという。

うつ病になりやすいのは真面目で責任感の強い人が多く、自分の問題は自分で解決しようという
傾向が強いのもその一つ。 周囲の人も、心の問題は医療の対象ではないと考えてしまうので、
治療が遅れたり、病状が進行してしまうケースが多い。義?がうつ病にかかった時に、一晩で治ったことがあった。
不動産のトラブルを抱えていたので、あるコンサルタントを紹介して、その問題を全て一任して貰った。
ところが驚くなかれ、その翌日「うつ病は全快しました」との連絡が入った。
一年近く鬱々として半病人状態になり、私に「会社を引き継いで欲しい」と、
頼まれたが、一晩で治ってしまうのだから・・その義?も亡くなって10年近くになる。
 
心もからだと同じく病気になる。早く医者に行って直すのが一番だろうが、行きづらいのも確かである。
アメリカなどカウンセラーがいて、悩みなどを聞きながら治療する。
日本では、まだなじみが少ない。新興宗教が「おいで、おいで」と待っている。
それと癒しとかいう商売もはびこるのだ。 「癒し」か、今度書いてみよう。
人間の心は、そんなに強いものではない、常に手入れをしてないと、肌と同じで荒れてくる。
言葉、言葉。日常使っている言葉に気をつけろということだろう。
毎朝、モーニングページに幾つかの言葉を写経のように書き続けているが、それでも荒れてくる! 
カサカサの暗い顔をしたのが、同じ場所に集まる!
癒し?をもとめて。また検索で「自殺」とでも入れれば真っ暗な世界が出現する。
                                ーつづく
        (+>∀<+)ノ サイナラ!
・・・・・・・・・
2005年10月28日(金)
1669, おい、どうすんだ、定年後!−3

 葬式に参列した故人の写真に自分の姿をイメージをして、 そこから「故人としての自分から、生前の自分への言葉」
 とは、こんなものだろう。 心の底の真実の声である? 背後から迫ってくる自分の声でる。
  ーー
 おい、何やってんだ!まだ娑婆の縛りに囚われているのか?
 この写真に入ってしまえば解ることだが、好きなことを可能なかぎり求めるとよい!
 死んでしまえば、無である。お前なんぞ、一年もしないうちに忘れ去られるのだ。
 いや数ヶ月だ。 好きなことを早く見つけろ! そして、それをさっさと一つずつやれ!何を、ためらっているのだ!
 今夜、美味いものを食べろ! といっているのではない。死ぬのは何時か解らないから、したいことを見つけろ!
 といっているのだ。俺は、実際にこんなに早く死ぬとは思っていなかった!そして、やり残したことに後悔しているのだ。 
 だから後悔する生き方をするな! といいたいのだ。呆けっとしている周囲の顔など見るな! 自分の内面を見ろ!
 
 色いろなことに、もっと目を向けろ、せっかく地球にいるのだから!
 この奇妙な惑星を自分の目でもっと見ろ、そして多くのことを経験しろ!
 葬式の写真に入った今、あれもこれも経験しておけばよかったと後悔しているのだ!
 人の評価など、どうでもよいことだ、とにかく生きろ!生きろ!そして活きろ!
 未知に向かってどんどん歩け! それしか人生はないのだ!
 その為には、俺の言葉を真剣に聴け! 生きているうちだぞ、娑婆は! 呆けに惑わされるな!
 いや、お前が呆けているのだ! それにに気がつけばよいのだ。 自由になれ、その壁に気がついてないのか!
 ーー
 自分の潜在からの声が、死者たちからの声に聞こえてきた。{メメント・モリ}ー死をおもえ、ということか。
 
 ・・・・・・・ 
 2004年10月28日(木)
1304, まさか、地元で大地震!−5

昨日の、余震には驚いた。震度4以上の余震がいつまでも続いているのが、中越地震の特徴だ。
今年の台風と一緒で、そのしつこさは今までなかったことである。世界規模で起こっている異常気象の一つの現象であろう。
それと、余震の中のレスキュー隊による、奇跡の行方不明の母子の救済のTV中継も迫真であった。
二歳の幼児一人だが助かったが、母親の愛情の結果であろう。
何か私たちに解からない人間の深い何かがあるのだろう。不可思議としか思えない、奇跡である。
今回の地震は新幹線の脱線、奇跡に近い子供の救出劇、大きな余震が異常に続いていること、
長岡市の4分の1が避難所にいること、そして、身近で起きていることが特徴である。

ところで昨夜、夕食のため長岡駅前の居酒屋に行った。長岡駅はニュースで言っていたとおり閉鎖されていた。
駅前の店は殆ど休業をしていたが、全国チェーンの店が数軒開いていた。
プロパンガスを使っているので営業が出来たのだろう。6時前だが、ほぼ満席であった。
私たちの両側の席は、やはり応援部隊の人たちであった。

その帰り、避難所になっている阪の上小学校を覗いてみたが、近所の人がいた。館内放送で「配給は、おにぎり一個に、
飲料ボトル一個、それに子供にミタラシ団子一個の配給だけになります」といっていた。
昨日も、刺激的な一日であった。 今日は、新潟行きに再挑戦だ。
 ー日常の「生もの」を書いている日記のコーナー
 「バードウォッチング」の数日分を以下にコピーしておきます。

ーーー−−−
メルクマール
 10月27日
・今日はもう大丈夫と思って、10時前に新潟の会社に向かう。見附のバイパス脇にあるディスカウントで給油をして、
三条への交通事情を若い女従業員に聞いているところで、いきなり揺れがきた。 彼女は車のドアに掴まって、
しゃがみこんでしまった。私が、「これは5強位ですね」と言うと「そんなものですね。それでも出発直前で良ったですね」と、
もう彼女は冷静になっていた。 怖いので「このまま5分、停車していますから」と言って、様子を見ていた。
さて新潟に行くか、長岡に帰ろうかの判断をしなくてはと考え、直ぐに自宅に電話を入れるが、不通。
それではと、新潟の会社の人に電話を入れると、中越地区は震度6とのこと。給油所の電機が消えて、さらに目の前にある信号が、
停電で消えている。月末の支払いの判の仕事は29日まで大丈夫なことを確認して、長岡の自宅に帰ることにした。
 バイパスの長岡まで20分位の帰路、事故が起こってないかと見ていたが、一台の事故車は無かった。
ただ、道路わきの建物は停電の為か、電機のついている店や建物が無い。
‘これを書いている現在も、推定4の揺れがあった’まさにくライブである。
自宅の近くにある長岡大手高校(昨日、小泉首相が慰問に来た高校)の前を通ると、グランドや校門や道路に避難をしている人が、
100人以上出ていた。 家は、門の下のセメンが少し剥がれていた。それと食器が数個、壊れていた程度だ。
電機と水道は大丈夫であった。こういう時は、大人しくしておくべきとつくづく感じている。もう、大丈夫と思ったのだが。

 追文 14時40分
たまたま、TVをつけたところ、NHKで小千谷の母子三人の救出が生中継で映し出されている。
最近では久々に見る感動的な場面である。それにしても、誰も生きているとは思っていなかったのだろう。
状況から見て、99・9融猖瓦隼廚Δ里賄然であろう。 危ないとしても、一人でもよいから、
車に近づくべきであったのではないだろうか。あの巨岩の中で、よくぞ生きていたのが不思議でしかない。
祖父が生きていてほしいと祈っている姿があったが。まさか生きているとは。あと母親と子供一人の救出がどうなることか。

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メルクマール
 10月26日
・今朝方の深夜の三時ごろ、震度三位の地震があった。昨日の午後から、地震の間隔が少なくなっている。
しかし、今朝の新聞によると、新幹線の復旧に一ヶ月以上かかるという。
冗談でない、宿泊が半減は覚悟をしなくてはならない。そうでもなくても、不景気の為大変であるのに。
しかし、昨日は月末の月曜日にしては、良い数字であった。長岡の住民か、災害関係者が泊まっているのだろうか。
長岡など中越地区は宿泊は特需である。 新潟市はないだろう。

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メルクマール  堀井
10月25日
・ヘリコプターが相変わらず、とびっぱなしだ。殆ど自衛隊のヘリのようだ。
新幹線の脱線のため、ホテルはキャンセルの電話だけだという。
仕方ないが。・この新潟県の中越地区は全国で一番不景気の地区である。
そこが地震とは、因果なものだ。そういうものだ。といって、火災が起きたわけでないし、
建設が大きく特需というわけでもない。せいぜい庭師の石灯篭の建て直しぐらいだ。 いや、建設の土木が神風だ。

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メルクマール 堀井
 10月24日
 (以下字数の関係でカット2008年10月28日)

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2003年10月28日(火)
937, ダイエー優勝
字数の関係でカット(2007年10月28日)
 
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563、一点集中主義
2002年10月28日(月)

人生の体験の中で私が得た最大の教訓がこれだ。 若いときより知っていたらヨリ豊かな人生を過ごせたのにと今更思うが。
イロイロの挫折の中で自分の能力の限界を思い知らされていたから、戦略的にしか生きる道はない事は知っていたが、
その要諦が一点集中であった。人間の能力とレンズは似ている。太陽から、人間から、歴史から、エネルギーを集め一点に集中する。
その為には自分が虫眼鏡のレンズになる事だ。レンズは濁っていては駄目だ。
常にきれいな磨かれた状態でなくてはならない。 その意味で「自分が神になる」といってよい。
それと一点に集中すべき対象の選定だ。これに近い言葉に一点豪華主義がある。
集中していれば自然にこれになってしまう。私の場合は秘境旅行だ。今はこの随想テーマ日記だ。
それにウオーキングに読書にあと???だ。 一点集中は言葉では簡単に思えるが、実際は大変である。
捨てるべきものをドンドン創らなくてはならないからだ。 そうそう集中できるものではない。

事業では[シングルルームのデスカウント]である。それも新潟駅前の花園地区。4棟に分散をしたのが甘さで残っている。
他に学生服やカラオケはエネルギーの分散であった。百貨店のソゴウのように駅前に超大型店をつくり、その大きさが限界を超えて
しまった失敗の例もある。 ロスだけで済まないのが分散である。 主体のチャンスロスが一番のロスになる。 
若い時から自分の無能を自覚していたから、集中しかないのはすんなりと受け入れる事ができた。
一点集中のポイントは、一点に向かいその真正面から中心点に総てのエネルギーを集中する事である。
自分そのものがその中心点になる事である。それが正中心一点無である。
いま一つがこれを継続する事でであるが、これは今度書く。

・・・・・・・・
[201] 霊体質ー1
2001年10月28日
 作家の佐藤愛子が月刊誌の「新潮45」に連載で、霊体質に52歳になってしまった体験を書いている。
図書館でトビトビ読んでいるので全て読んだわけでないが、今まで8回シリーズになっている。
その連載はまだ続いているが面白い。北海道で買った別荘に霊がついており、そこでかなり激しい霊現象が起こるそうだ。
それがさすが作家、きめ細かく書かれている。 実際経験したことのない人にとって、考えられない妄想にしか思えない。
私も父の死の直後から起きた怪現象から、霊体質になった。 (後で昔書いたその時の文章のコピーを貼り付け)
この10年は元に戻り、ほとんど身辺でなくなったが、私の27歳の時だった。 
約20年はその体質だったことになる。 かなり共通の部分があるが、家付きの霊というところが違う。
それと私の場合、身体から自分の霊が抜け対するところが彼女にはない。
同じところは、ラップが聞こえたり、動物の何かが被さってくるところだ。
それが起こるまでは全く信じてなかった。              ーつづく
 ーーーー
H0407霊的体験 ー見聞皆師より
 二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。死後一週間後に妙な夢をみた。
私自身父の気持になり“死にたくない。もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。 私自身父になってしまった。
いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に“念”が自身実感できたのだと思う。
それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になったという不思議な実感。
恐らく経験した人間ではないとわからないはずだ。 また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。
何か強烈な恐怖感がおそってきた。その時、父のベットで寝ていたが “おやじ助けて!”と言ってしまった。 
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。 
全身汗びっしょりであった。 まだまだ不思議な事がいっぱいある…。 最近は少なくなったが、それから幽体離脱とか、
妙な霊的体験が多くなった。 佐藤愛子ではないが「霊体質」になってしまったのだろう。
 


2762, 半歩遅れの読書術 

2008年10月27日(月)


   日経新聞に連載中の書評4年分をまとめたもの。新刊書ではなく、刊行後1-2年経た本を主な対象にしている。
  30名が読書にまつわる思いを書いている中身の濃い本である。
  冒頭に出てきた荒川洋治のー基本という「本」−僕のジャンル別の『書き方』−の次の一節が面白い。
 ーP-22
M・j・アドラー、C・V・ドーレンの『入門本を読む本』(外山滋比占、一九九七)は本を読む人のための、本だ。
「文学書」を読むときの心得は、「文学の影響力に抵抗してはならない」。たとえぱバリが舞台の小説を読みながら、
ロンドンだったらいいのにね、などと思わないこと。流れに身をまかせよ。それが読者の経験となる。
「文学の中に名辞、命題、論証を求めてはならない」。いうにいわれぬ「何か」を求めることだ、と。
またテレビやラジオなど外側の情報源は「突っかい俸にすぎない」。だから本を手放してはならないと、
「自分の中に精神的貯えをもたなければ、知的にも、道徳的にも、精神的にも、われわれの成長は止まってしまう。
 そのとき、われわれの死がはじまる」。現代人への、警告である。・・・(中略)
さて、ぼくは読みかたではなく、書きかた、主に書くときの気持ちのもちかたをジャンル別に整理してみた。
「簡潔」を旨としたい。 
《小説》自分がその件について書けることをすべて書く。
 「自分がかかえている問題」が、いちばん重要な問題なのだと思って、つきすすむ。
《エッセイ》自分がその件について知ることをすべて破棄する。知識、情報、数字を出さない。
  できあがったら子供や年下の人に見せて、意見をきく。「これでいいかなあ」
《評論》誰もが考えもしない視点をもちだし、「聞い」を突き出す。発表まで、決して人に見せてはならない。
《詩》自分のなかにある「権力」をゼロにする。言葉をも追い払う気持ちで書き、死後に託す。
  生きている人の評価に耳を貸してはならない。
《短歌》五七五七七のうしろの七七にすべてをかける。自己の感情の充足を第一とすると、いい歌?になる。
《俳句》五七五のあとにまだ七七があるつもりで、しかし、途中でぶったぎる。意味が生まれては俳句ではない。
 本当にこうなのかは、どうでもいい。「文学書」不況の時代には、基本的な事柄について、熱く議論することだ。
そうすれば目がさめる。ぼくもわたしも。 基本の中に、「本」がある。
 ーー
−以上だが、何とも迫力がある。
《エッセイ》で、自分の知ることをすべて破棄する!とは、凄い言葉である。
 私など知ることを精一杯書いているだけでしかないから分かるのである。限界の先を書くから人を引き付ける。
また、ここで荒川は知り合った「学ぶ」学生5人組に共通点を挙げていた。
<彼らは雑記長を持ちある> <いつも本屋にいる> <風邪をひかない」の三つという。
風邪を引くのは甘いと思う!という言葉も重く響く。 何事もプロの世界は質量が違うということ。

・・・・・・・・・
2007年10月27日(土)
2398, 20歳代 海外旅行離れのワケ

     オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪        
   先日の日経流通新聞のトップ記事の見出しが「20歳代海外旅行離れのワケ」であった。
   時代の流れが、その時々の若者の気持ちを決めてしまう一つの事例である。
   逆にいえば、この不景気の中、国家存亡の時期に20歳代に6割も海外に行っていること事態がおかしい!のである。
   それと、やはり情報化が、この10年間に進んだこともある。 TVで世界中の映像を、こと細かく放送をしていれば、
   未知への憧れも薄れてしまう。 さらにインターネットや携帯やゲームなど、旅行より面白そうなものが
   手軽に手に入るようになったのも大きい要因だろう。

 ーまずは、その要旨をまとめてみるー
・二十代の海外旅行は過去最大であった10年前の6割に落ち込んだ。
・20代の75佑過去一年間に海外旅行に出かけていない。また、一度も出かけてない人が40佑任△辰拭
 その理由として、言葉が心配が14諭何となく心配が10諭
・一回の旅行代が25万で、「高い料金を支払った上に想定外の嫌な思いをしたくない」のが心の奥にあるという。 
 また3割が学生時代に旅行に行った経験がある。 仕事が忙しいが3割になっている。 
「リラックスをするのが目的なのに、海外旅行は長期の休みを取りにくく、せわしなく行きたくない」という。
・それより「リムジンを借りて遊んだり、ホテルで仲間内でパーティーを開いたりして楽しんだ方がよい」という。
 また沖縄や軽井沢などを何度も訪ねているうち、「見知らぬ海外より、身近な土地をより深く知りたい」という。
 最近の若い人は知的好奇心が減少しているのが特徴。 特に男に海外より温泉と預金という人がふえていて、
 海外旅行は一度行けば充分! という風潮もあるという。
 −−
  以上が概要だが、時代がプアーになってきているのを若者は察知して、「高額+不快」な海外より、身近な「温泉・預金」
 に目がいっている風潮。私のように、趣味の大きな柱にしているものにとって「若いうちに可能な限り世界を知っておくべき」
 と思うが。 生活の重視が当面の問題という社会情勢からみたら、それも解る気がする。
 この島国で年間1750万人、15%も海外旅行にいくこと自体が多すぎる。 それだけ良いから行くのだろうが、
 若者の内向けの姿勢にも時代の変化を感じる。それより、日本が高すぎ! まだまだ、デフレで絞りこまないと!
    特にサービス産業は! それとゼネコン!
                  ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・・・・
2006年10月27日(金)
 2033, 躁鬱病について −1
             (。^0^。)ノオッ(*^○^*)ノハ〜 ヨウ! ウジウジしてる?

鬱病について、マスコミで取り上げられることが多くなった。
そもそも人間は軽い躁鬱症であり、迷ったり(分裂)、気分の浮き沈み(軽い躁鬱)は誰でもあることだ。
それがコントロール出来なくなって日常生活に影響を示すから問題である。
数年前に亡くなったが、ある取引先の営業をしていた人が躁鬱病で、十数年にわたり私のところに頼ってきていて助言を与えていた。 
私の経験から、逆療法で辛らつに状況を本人に説明。 いつの間にか病院の先生よりも私のいうことを聞くようになり、
病気が出始めると私のところに先に来るようになっていた。
しかし逆に躁の時はなかなか来ない。他の知人から様子がおかしいと連絡が入り、しばらくすると奥さんから
電話がかかってきて、「本人を私のところに行くように説得しましたから、お願いします。
とにかく医者よりも貴方の助言を信頼しています」・・・
彼の場合、躁鬱が定期的に2〜3年に一度は起き、5年に一度は入院するほど重くなる。
初めは躁になり、その後必ず鬱になるパターンである。しかし、よくぞ会社を首にならなかったものだ。
経験を重ねているうちに、まずは私のところに来て相談。重い場合は、自分から即入院のパターンになっていた。
その人も二年前に癌で亡くなってしまった。 亡くなるまで、「もし貴方の助言がいなかったら、
とっくの昔に会社を首になっていて、間違いなく病院の中だった」と・・・ 本来は書くべきことではないが。
という訳で、躁鬱に関しては身近に見続けてきたこともあり、熟知するようになった。
何度かの浪人生活を経験してたが、その時は鬱状態である。
その都度、色いろの挫折経験によるストレスが原因で安眠ができない鬱々とした状態が半年はつづく。 
心はバラバラ、真っ暗闇である。その中で独りもがき苦しみ、心や精神療法の本や宗教書を手がかりに、暗闇の穴倉から
這いずり上がってきた経験を何度かしてきた。 腰痛もそうだが、「鬱」に関しても「独りで直してきた」強みがある。
「孤独」を受け入れ、世間とかいう奴を却下に見えるまで苦しんで昇華しないと、独力で「鬱状況」から脱却はできない。
「正中止一点無」ー何が問題で、その中心は何であろうか?を、とことん突詰めるのが、私の療法である。
放っておくと、間違いなく菌が入り膿み、腐っていく。 身体と何ら変わらないのが心である。
ところで老人の心は「うつ病」に酷似しているという。いや、それが当たり前だからこそ、病気とはいわない。60歳直後に
おこる初老性鬱病は最後に病気として扱われるが、70歳過ぎれば当たり前の老人の精神状況としてしか扱ってもらえない。
 まあ、去年の同日の日記に丁度つながるが・・
「その人たちのために、初老性欝病があるんだから、恐れ群れてないでしっかりなるべきじゃないか、その病気に!」
 病気は神からの贈り物である。効果は、その人の質によるが・・無理か!あれじゃ!

         まあ、まあ モーニングコーヒーでも!
   ーつづく      ( ^-^)_且~~~       
・・・・・・・・
2005年10月27日(木)
1668, おい、どうすんだ、定年後!−2

 定年になったら「囲碁とか、絵画教室、パソコン教室などに行けば!」と考えてしまう。
が、もちろん彼らは何回か行くが続かない。彼らは元仕事人間が多く、仕事の合間の自由の過ごし方は知っていても、
自由そのものの扱い方を知らないのだ。会社という縦社会の住人だったため、
心の鎧が自分を閉じ込めて裸の自分を曝け出せないのだ。 趣味の会などの横社会には全く馴染めない。

しかし人間であるかぎり、共同体に入ってないと自分を保てない悲しいのが人間。
共鳴してくれる相手を必要とするが、もはや誰とも波長を合わせることが出来ない。
そういう人達が、大都会のベッドタウンに溢れている。
2007年から団塊の世代が大量に定年をむかえる。高度成長期時代の騎士たちである。
右ならえ!という生き方しかしてこなかった、彼らこそ定年後のすごし方を知らない世代だ。

家では粗大ゴミ扱いされて、外の世界の生き方のノウハウが全くない。
電車の乗ると、働いていない自分が許せないのだ。サラリーマン時代の価値観から全く抜けきれないのだ。
群れているだけで、真の孤独を経験していなかったからである。
 ーー
ー以上が月刊誌の概略である。

定年直後は首輪をはめた飼い犬が、家から放り出されて行くあてがなくウロウロしているようなものである。
そこで元の会社の肩書きなど、何の役にも立たないことを初めて思い知る。
だからライフワークを長年かけて構築しておかなくてはならないのだ。
その暇がなかった大部分の都会サラリーマンにとって深刻である。 一から何か趣味を見つけチャレンジ出来る人は、
ほぼ限られている。 理想的にいえば、一から始める方が良いのかもしれないが。
私の場合、この問題について51歳時が大きな節目の年になった。(この随想日記で、何回か取り上げたが)母親を前年に見送り、
下の子供が大學に入り仕事も一段落ついた。 さあ、これからの人生を如何生きたらよいかと考えていた。

その頃、海外秘境旅行に年2~3回出ていた。秘境旅行に参加する人は、人生の究極を求めてきている人が多い。
一期一会の出会いの中から、彼らから「人生のあり方」の多くを学んだ。その一つに「人生先まわしで生きろ!」である。
そして、考えた結果として
・「60歳までの9年間で、80歳までの30年間分を詰め込んでしまう!」という生き方である。ー余白も行間も埋めてしまう。
・その為に社会的に如何でもよいことは可能なかぎり切りすててしまう。
そう決めると、旅行の行き先がアフリカや南米などになってくる。とにかく、先回しをして選定するのだから。
結果として、これを実行してきて本当によかった。この随想日記も早くいえば自分史の一環でもある。
55歳の時から始めて、思いはほぼ書き尽くした?感はある。60歳になったら、どうするのか?
余白は書きつくしたのだから、赤ペンで上書きをしていけばよい、
ポストイットに書き足して貼り付ければよい、ノートを買いたせばよい。とにかく、何ごとも準備と先まわしである。
 まずは自分を曝け出す訓練をしないと、誰も相手にしてくれない。 それも、どうでもよいことだが。       
                                つづく
・・・・・・・・
2004年10月27日(水)
1303, まさか、地元で大地震!−4

地震から、既に四日目をむかえている。あらためて周囲を見渡すと、思っていたより被害は大きい。
昨夜、一昨夜と、近所の家の電気が全くついてなかったのをみると、ほとんどの住人が避難していたのだろう。
近所では、あまり大きな被害は無いようだが、二軒先の家の玄関先が壊れていた。
やはり一番のショックは、新幹線の脱線事故である。200キロでよく大事故にならなかったものだ。本当に奇跡である。
これで、新幹線の安全神話が壊れてしまった。反面、40年間も死亡ゼロというのが、奇跡に近いといってよい。
これだけ全国に新幹線が張り巡らされていて、走行中に大地震にあわなかったものだ。そう震度6の地震も無いだろうが。

あれだけ大きい石灯篭が倒れるなら、墓石も倒れているのではと寺に行ったが、見た範囲で倒れている墓は一つも無かった。
どうして墓石は倒れないのだろうか不思議である。数百年の知恵が入っているのだろう。
昨日、何時ものコースを散歩をした範囲では
・土手の大小の橋の全てに亀裂が入っていた。橋の交通止めは一箇所(段差が30cmのズレ)、
 注意書きがあったのが数箇所、アスファルトで臨時に修正してあるところが三箇所もあった。
・道路は所々に亀裂が入っており、地震の大きさを物語っていた。
・家は、少し壊れているのが目立つ位で大きな崩壊の家は無かった。
・近所のソフト・ハウスでは、ガレージに事務所内の壊れた棚や机などを出して、修理をしていた。
今回の地震は全ての家庭、事務所の内部が破壊されたのが特徴である。
家内の数人の友人の家は、全てひどい状態。新潟のマンションに住む知人の家は殆ど被害は無かった。

近くにある坂之上小学校の避難所はどうなっているのか、散歩のついでに行ってみた。
受付で名前を書いて、横に積んである毛布をもらって、体育館の空きスペースに座る。
何か花見の場所取りをしているようである。 夜になると人で満杯になっるという。
受付の人に「まだ余裕はあるのか?]、と聞いたら、「ある}と言っていた。
昨夜から今朝にかけて2度、震度2〜3の地震があったようだ。
今日は、新潟に行く予定だが、どうなる事やら。高速バスは2〜3時間かかるという。

ー随想では、こういう内容を「生もの」という。
もっと具体的に、気持ちを正直に書いておくべきなのだろう。 めったにない体験なのだから。

・・・・・・・・
2003年10月27日(月)
936, 角栄の怨念 ーこの選挙の面白さ!
 −字数の関係でカットー2007年10月28日
  
・・・・・・・
562, ある時間の断片ー7
- 2002年10月27日(日)
1968年 9月21日

9時起床。11時に図書館に行く。13時にコモンルームでゼミのフルメンバー16名が集合する。
そして八王子のセミナーハウスへ。 近年できたセミナー専用のコテージ付のセミナーハウスだ。
思っていたより敷地が広く建物が近代的なのに驚く。 メインの建物が逆三角形で、異様な感じだ。
宿泊は二人で一部屋のツウィンだ。それぞれのコテージが違うデザインで何か異界に入ったようだ。
空には飛行機が飛び交いまるで欧州にいるようだ。
夜から早速議論をはじめる。 課題は「遊び」だ。「見返りのない、何の目的のない遊びこそが遊びだ」
「創造の為に、その背景としてそれは必要でないか」私の言ったのは「4つの1つとしての位置付けの遊び
ー「愛、創造、知性、そして遊び」であった。何かポイントが外れているようだった。
 終了後、レストランで石川とゼミの一年後輩の大島君と飲んでいると、武澤先生がこられる。
  その後夜半の12時半に寝る。
ー感想ー
日記を書き写していて、当時の日々がありありと思い出されてきた。
背景にベトナム戦争、大学紛争、そして高度成長期の真っ最中でもあった。歌も二度とこういう時期は
来ないというほど名曲が生まれていた。 その背景を持って誰もが緊張と希望に揺れていた。
夏休みは卒論の流通革命論を書く為に一ヶ月、大阪のメリヤス問屋に行ってきた。
その後新潟県の六日町の「雲頓庵」という禅寺に一ヶ月にも行っていた。そして自宅に帰った後の日記である。

学生時代の十数年間の総括の時期であり、また新しい世界への旅たちの直前であった。
この卒業の直前一年は人生で一番良かったときかも知れない。色いろの人との邂逅と喧嘩と別れの時期でもあった。
寝ずに人生について話し合ったのが記録として日記に残っていた。 そういう意味で大学時代に恵まれていた、
当時はその事に気が付いてなかった。寮に、ゼミに、教授に、クラブに、友人に恵まれていた。
赤面する場面は当然カットして写している。 大学で学んだ事は、本を読む事、他人の話を聞きとること、議論をする事、
自分の壁を取り去る事、何事も勇敢にチャレンジする事、戦略的思考をする事など数えればきりがない。
人生で一番良かった時期といえば、やはり大学生活であった。馬小屋のような汚い寮であったが、いや長屋であった。
 ー友人の間でもこの寮が凄いと話題になっていたー
父が5月に来て、翌月から仕送りを2倍にしてくれた、あまりの凄さに同情したのだ。でも楽しい生活であった。
友人が吹き付けるようによって来た。一人になれないのが悩みでもあった。
あの孤独の都会生活で最後には友人が吹き付けるように集まったのは、本当に良い青春の思い出の財産だ。

・・・・・・・・
[200] 月刊ー文芸春秋  2001/10/27

 今月の‘文芸春秋’の内容があった。
イスラエル旅行から帰ってきら、毎月読んでいた‘文芸春秋と週間誌’を買わなくなった。嘘みたいだが本当の話である。
‘図書館で読めばいい’に変わった。あまりにも旧約聖書の世界が生々しいのだ。今更そんなえげつない現象など
如何でもいい、軽い話でしかないに変わってしまった。 2〜3月に一回買うか買わないかである。
しかし今回は違った!テロの特集で、内容はかなり悲観的に書いてあったが、買う価値は充分ある。
新聞で、インターネットで、TV でその意味はとらえていたつもりであった、かなりシビアにその意味が書かれていた。
第一次世界大戦に似ている、始まりは(皇太子の暗殺)誰もそこまでいかないと
思っていたが、それは大戦の始まりでしかなかった。アメリカの中心の世界貿易センターが壊滅した大事件だ。
イラクやアフガン北朝鮮?は攻撃対象になる!当然考えらないテロも更に行われるだろう,日本も当然巻き込まれる。
それも仕方がない、当然と受け止めていいだろう。少し本題とそれたが、今回は700円の価値が充分ある。

これからが本題。新聞と週刊誌と月刊誌の関係が時代によって、どんどん変わっている。
これに進化したデジタルTVとインターネットと携帯電話の情報手段が加わってきた。
まず新聞は週刊誌の分野を侵す、週刊誌は月刊誌の分野を。 月刊誌は小説等の分野か、専門雑誌の分野により進化、
深化していくパターンになっていく。例をとると、新聞は週刊誌のやっている、「特集もの、解説、カラー写真、連続小説」
などの付加価値につけないと、部数が減っていく。 週刊誌は月刊誌のある専門分野のスペシャリストの手記や、
各種の専門分野を深く入り込んだ記事に入っていく。月刊誌はそれぞれの特化した専門雑誌に変身していく。

それぞれ勝ち組と負け組みが、はっきりしている。週刊誌では「週刊文春」、月刊誌では「文芸春秋」が勝ち組。
あとは年代層に特化した「週刊ポスト」、「週刊現代」あたり。月刊誌では「新潮45」あたりがまあまあといったところ。
あとは専門雑誌の細分化が進む。


2761, 金融危機・中国からの視点

2008年10月26日(日)


産経新聞の【ちゃいな.com】という
産経新聞・中国総局長・伊藤正のコラムが、面白い。
中国も、社会主義が抱えている汚職と、一党独裁の矛盾が噴出。更に米国の金融危機の余波を受けている。
やはり米国同様に、これから10年間は動乱になる可能性がある。
 その中国の置かれた現状が先週の産経新聞の一面に掲載されていた。まずは、その内容から・・・・
  ーーー    
 中国が毛沢東の革命路線から改革・開放路線へ転じ、経済発展へスタートを切ったのは1978年12月。
この歴史的転換の主役、トウ小平副首相(当時)は翌1月、外交関係を正常化した直後の米国を訪問した。
トウ氏は経済発展には対外開放が不可欠で、そのかぎは対米関係にあると考えていた。
 トウ氏の外交顧問で訪米に同行した中国の米国研究の権威、李慎之・元社会科学院副院長が、
なぜ対米関係が重要なのか問うと、トウ氏は明快に答えた。「米国についていった国はみな富強になったではないか」
 このエピソードは、先に連載した「トウ小平秘録」でも紹介したが、このとき、トウ氏の頭にあったのは、
米国市場で巨額のドルを手にした日本だったろう。 実際、過去30年間、中国は米国を最重要の経済パートナーに、
対外貿易を振興、急成長を続けてきた。
 中国式発展方式の特徴は、安価な労働力を武器に外資を導入、「世界の工場」として輸出で外貨を獲得することにある。
特に対米貿易は米側統計では数年来、年2千億ドル超の出超を続け、世界一の外貨準備高(約1兆8千億ドル)
に大きく寄与している。
 中国の非公式統計によると、中国の国内総生産(GDP)に占める対外貿易依存度は約70%と異常な高さで、
今般の米国発金融危機の影響をまともに受けそうなものだが、「直接的影響は小さい」と指導者も専門家も冷静だ。
 香港の中国系紙「大公報」は「地球的(金融の)嵐の中で、中国はまれな楽土、安全島」と評し、
「英米の自由放任金融方式の終わり」「米国の金融覇権の没落」によって、中国の発展に「世紀のチャンスが訪れた」
と勇ましい。  どんなチャンスなのか。
 中国は日本と並ぶ5千億ドル余の米国債はじめ1兆ドル超の対米債券を保有する。今後予想される米国債追加引き受けを含め、
中国は米国に対する発言力強化をバックに、米国の各種の「理不尽な要求」をはねつけることが一つ。
その中には台湾問題や人権問題も含まれる。中国では、米国式の市場経済が貧富の拡大などさまざまな矛盾を拡大していることを批判、
米国依存からの離脱を主張するグループが発言力を強めており、彼らは今回の危機を「資本主義の終焉(しゅうえん)」として、
発展方式の全面転換を主張している。この背景には、対外貿易で利益を上げているのは外資であり、国内の民族系企業は低迷、
低賃金労働を放置してきたことがあった。 中国外務省傘下の国際問題専門誌「世界知識」最新号は、
金融・経済専門家3人の座談形式で21ページの大特集を組み、金融危機を多角的に分析。その中で、バブル崩壊を経験した
日本の金融界の企業買収などでの素早い動きを評価し、中国が不足している人材の獲得・育成に取り組む必要が説かれる。
 この特集では、米政府の金融機関への公的資金投入を「社会主義」と皮肉る発言がある。中国への影響が当面限定的なのは、
金融市場の自由化をせず、中央政府によるさまざまな規制があるためにほかならないが、社会主義体制下の市場経済という
中国のシステムを誇っているかにみえる。
 しかし、中国が抱える問題の多くは、社会主義の政治体制の欠陥に起因している。しかも世界経済の先行きが不透明な中、
中国式発展方式が試練に直面するのはこれからだろう。 先の座談会のタイトルは「不確定な時代」だった。
 ーーー
 以上だが、米国同様に中国も5〜10年は大混乱は、避けられないが、その後の世界の中心は中国になる。
そのときの日本の役割は、蓄積された経営ノウハウと、技術。 いずれにしても、両国に挟まれ国力は消耗するだろう。

・・・・・・・・
2007年10月26日(金)
2397, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー4
                        (*´・ω・)ノはよー
ここで彼が述べていることを野生動物のファミリーとみれば理解しやすい。
父親の役割は子供をつくり、餌を取ってきて、メスと子供を外敵から守る。
これは全ての動物の自然の姿である。 万物の霊長たる人間様は動物とは違う!というが、
その万物の霊長とかいうこと自体、自惚れではないのでは?と、吾身や社会を省みて思わざるをえない。
それと歴史・・・ 父親は父性、母親は母性の役割があるる! 変態と知能指数の低いのは 別だが・・・
これは世界の何処の社会でも同じことである。一番おかしくなっているのがアメリカと日本!
 戸塚宏の次の内容は、現代日本の家庭崩壊の根本問題を指摘している。
当たり前のことが当たり前でなくなっているところに問題の深さがある。
 −−−−−
*父性と母性*

こうした小学校時代の教育には、父親の力が不可欠である。
父親が家の方針を決め、母親がそれを補佐する形が理想だ。この形を維持すれば、
子供は父親の言うことを聞くようになる。実はヨットスクールに来る子供たちの
家庭は例外なく父性が弱い。酒鬼薔薇聖斗事件でも西鉄バスジャック事件でも、
犯人の家庭では、父親が弱かった。男女どちらが優れているという話ではない。
役割が違うのだ。「家庭内での男女同権」を唱える人がいるが、家庭で母親が父親
並みの権力を持って何かいいことがありましたか、と問うてみたい。
 無論、何もいいことはないのである。
私は、父親がなすべきことは四つあると考えている。
一つは、子供をつくること。
二つ目は、餌を取ってくること。
三つ目は家族を物理的に守ること。
四つ目は、国を守ることだ。
いきなり愛国心とは、面食らうかもしれないが、父親に愛国心がないと子供は
不安になるのである。自分の数々の経験からこれは間違いない。

人間は群れをなす動物で、男は時として群れのために命を投げ出すことがある。
これは男の本能だ。男は強くなろうとするが、それは自分のためだけではなく、
群れを守るためでもある。群れを守ろうとする気持ちが強い人は、父親が強いのである。
子供たちも己を捨ててチームや社会、国のために働くヒーローが好きだ。
漫画やテレビなどでもそういうヒーローものにひきつけられる。男の子は本能的にそれを知っているのだ。

いまの日本は、男性が女性化して守ってもらう側になっていることも珍しくない。
群れを守るどころではない。これも教育の悪影響だ。
戦後、男に与えられていた責任感が激減したから、強くなれなくなってしまった。
女は本能的に保護を求める性だが、男が頼りなければ、女が強くなっていくしかない。
しかし、母親はよほど自覚的にならない限り、子どもを強く育てることはできない。
たいていは子供が素直で勉強ができれば、満足してしまう。
それではひ弱な偏差値秀才ができるだけだ。少なくとも群れを守ろうとするような男の子は育てられない。
そろそろ男の論理を家庭にも社会にも取り戻さなければならない。

もっとも子供の教育に関して、家庭でできることはそんなに多くない。人間教育について親がやれることは限られている。
親は、子供に安心して帰れる場所を作って、外に送り出しさえすればいい。
外で子供は人間性を高めるトレーニングをしてくる。しかしトレーニングというのは厳しい。まいってしまうことだってある。
そのときに帰って安らげる場所、安心できる場所としての家庭を作ってやることだ。
子供はそこで安定する。それには母親とともに、強い父親が必要なのだ。

進歩とは、自分の価値があがることである。価値を獲得すれば、
本能的感情としての喜びが生じ、この喜びから理性的感情の幸福、感謝が生まれる。
感謝は人から与えられたときに生じるが、幸福は自分で獲得したときの感情である。
だから幸福になるには、自分の力でするしかない。子供たちを幸福にすることとは、
進歩させる力を教育によって身につけさせることである。いまの教育は、
その根本を間違えている。進歩させる力を育てるどころか、奪っているのである。
ーーーー

家庭がシッカリしているということは、それぞれの役割分担が、あるべき姿であるということである。
父親や、母親になってない両親の子供は、欠陥が出て当然である。
それぞれが違う家庭文化を携えて新たな家庭をつくるのは、簡単なことではない。
何処かに歪みが出て当然、しかし、こと子供教育は最低の知識と常識が求められる。
「こころの旅」や、この戸塚宏の本などが「そういう子供」をつくらないためにも
お勧めである。      「エッ!もう、遅い」 失礼しました。 
                SeeYou**(○´ω`○)ノ
・・・・・・・・
2006年10月26日(木)
2032, 「私」のための現代思想  −16  
      おはよ〜!(~O~)ふぁ・・ さむい!

*以下の部分には深く考えさせられた
ー私たちのあらゆる行為や価値は、《私》によって支えられるものでしかなく、
さらに《私》は<他者>によって支えられています。そうされることで、
この世界で確実なものになります。<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生する。
また《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、<世界>を構築していく上での基本的な要素であるという。
    
    ・「私」が、<他者>に「呼びかける」ことによって、その<他者>において、《私》の存在の引き受け」が発生。
    ・また「他者」の呼びかけに応じることは、相手を引き受けることになる。
    ・<他者>を‘もてなす’ことによって世界は広がっていく。 人に呼びかけ、呼びかけに応じ、
     そして他者をもてなすこと、これが世界を大きくすることということだが・・

何か一番私にかけていたような気がするが、呼びかけ、呼びかけに応じることが、私の世界を大きくするということが・・・
対象にもよるが、ライオンズ、ロータリーにでも入ることも世界を広める意味で重要?
その置かれた環境と状況の中で、それぞれの目的が自分に適うなら、それが自分の世界として適正な選択になるということか。 
他者にも色いろある。 世界の大自然も他者である。自分が関係する事物、人物すべて他者である。
情報を取るプロセスで、対象からの呼びかけに応じていくのであるから。

 ーーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −
  ー<世界>をつくるー
 *<世界>を引き受ける者として生きる

前にも述べたが、私たちのあらゆる行為や価値は《私》によって支えられるものでしかなく、
さらに《私》は<他者>によって支えられています。そうされることで、この世界で確実なものになります。
この場合の引き受けられ方には、愛するものとして、子供として、友人だけでなく、敵として、憎悪の対象としてなど様々です。
ここで<他者>による引き受けは、呼びかけによって発生するということを思い出してください。「私」の存在(=《私》)は、
<他者>による呼びかけによって確実なものとなりますが、「呼びかけられた」側の「私」も、
必ず<他者>に対して呼びかけているはずです。 つまり、ここで「私」は、<他者>の存在を引き受けているということです。
こうした《私》と<他者>の相互の引き受けあいが、<世界>を構築していく上での基本的な要素です。
    その一方で、「私」を道具としてしか扱わない<他者>も存在します。この場合、
    「了解不可能な<他者>としてのあなたの存在」を引き受けないというだけでなく、
    単に道具や装飾品や遊具としての認識しているだけの状態が現れます。
    出会う人がすべて、充分に《私》の存在を引き受ける<他者>となるわけではありません。
    存在の引き受けには強度が存在し、強弱があります。
    《私》の存在が希薄であるとき、<私>の「超越確実言明」も希薄になります。
    それは、《私》という「基盤」を失うからです。私たちは「共存の場」において、役割演技を行います。
    そして、役割は「相互関係秩序」によって規定されます。 そのとき、その場にいる人たちを、
    その役割によってのみ認識するのではなく、「了解不可能な他者」として認識することが出来るかどうかが、重要になる。
    役割によってのみ認識されるとき、私たちは「主人」になり「奴隷」になるのです。
    そのいずれもが、私たちにおける「《私》の存在」を危うくします。
*信じる力
(以下は字数の関係でカットー2007年10月26日)
  *^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye  

・・・・・・・・・
2005年10月26日(水)
1667, おい、どうすんだ、定年後!−1

ー「友達づくりサークル」に集う寂しい定年男たちー
私たちの世代も、そろそろ定年に入ってきた。そして耳に入ってくる話は、全く気力を失ってしまった男達の話である。   
20年近く参加している、ある会に出席したところ、その会員の数名がシンポジュウムを開くパンフレットを配っていた。
何か私には積極的に勧めてはいなかったようだ。私にとって今さらの内容ということを知っているからだろう。
「定年後の生き方、過ごし方」がテーマだったが、彼らは何を言おうというのか?
ところで先週の土曜日、図書館である月刊誌をみると
ー「友達づくりサークル」に集う寂しい定年男たちー というレポートがあった。なかなか面白い切実な問題だった。

ーその内容といえば、
あるビルの一Fの焼き鳥屋に午後5時を過ぎると、20人ほどの男たちが焼き鳥を分け合いながら酒を飲んでいる。
「船橋市時活村」のメンバーだ。地元の友達のいない、熱中できる趣味のない、ボランティアをするでもない、
行くあてのない定年退職者が、居場所と仲間を求めて集う。1996年から9年経つという。 村民は現在、280名を数える。
地元に根っこのない、ベッドタウンを中心に住んでいる連中だ。会社を辞めたあと、家の中でゴロゴロしている人達である。
年代は50代後半から70歳位まで。そこでは自己紹介をする時、どこどこに住んでいる誰さん位しか紹介しない。
二時間もしないうちにお開きなる。 一人平均1500円だった。
・入村料は一万円、年会費5000円(二年目からは3000円)
・昼は20種類位あるゲームの何かをするスポーツ関係が多い。 ウォーキング、親父の料理講習会・・・
・夕方になると、焼き鳥屋に集って酒を飲む
・ほぼ毎日おこなわれている
・退会者は現在のところいない
                 −つづく
・・・・・・・・
2004年10月26日(火)
1302, まさか、地元で大地震!−3

その時は、「震度6の地震とは、こういうことか!」という思いと、
「神戸ほどでないな!」、「性質(たち)の悪い地震ではない!」と考えた。
それと同時に「「新幹線大事故の可能性が大きい」と、心配になった。

新幹線の不通は会社(ホテル)の経営に直ぐ跳ね返ってくる。震源の近くを200キロで走っていれば、当然大惨事になる。
時間から考えると、当然可能性がある。(私が乗っている新幹線の時間帯からみて、その辺にいるはずであった)
下りの‘とき’が震源地を200キロで走っていたと、その後知った。脱線で済んで本当に良かったというのが実感。
大事故なら数ヶ月は復旧しないだろうから、経営にとって大問題になる。
もしかしたら、一週間程度で済まない可能性もある。

専門家の話では、「この程度で済んだのは奇跡に近かった」とか。
百数十人の生命が奇跡的に助かったのだ。あと数分ずれていたら、対向車の新幹線が衝突した可能性もあったという。
当分は、この地震のほとぼりが済むまで新幹線の乗客は激減するだろう。 昨日の株価が下がったのも、景気に台風と
地震が景気に少なからず影響を与えると読んだからだ。本当に他人事ではない、今週の宿泊は半減するだろう。

話は変わるが、母が亡くなって初めて、たまたま仏壇周りの両親の写真と、
遺品を整理した日に大地震が起こるのも何か因縁めいている。
「その時間に、引きつけられて整理をしたのだろうか?」と考えてしまった。
葬式用?の大きなロウソクも、ついでに倉庫にしまった。
それが、その日のうちに必要になるのも因縁めいている、面白いものだ。
仏壇の中のモノが(地震で)全て外に投げ出され、石灯篭が全て倒れるのだから、
因果に結びつければ、亡くなった両親が怒ったと思ってしまうのも仕方がないか。

歩いて数分の長岡高校と、長岡大手高校の前には多くの自動車が停車をしていた。
避難をするために駐車しているのだが、何か非現実的な思いである。
私も自宅に電気が通じてなければ、近くの避難所に行っているか、
新潟のホテルで過ごしているであろう。 やはり危ない事態なのだろう。
数時間前の深夜、震度3〜4の地震があった。まだまだ予断は許せない事態である。

・・・・・・
2003年10月26日(日)
935,『年収300万時代を生き抜く経済学』  森永卓郎著 (光文社) 
(字数の関係でカット、08年10月26日)

・・・・・・・・
561, ある時間の断片ー6
−2002年10月26日(土)
   1968年 9月18日
8時10分前に起床、すぐに学校に行く。夏休みあけ後久しぶりだ。
事務管理を聴講後、石川、奥野など5人と池袋の駅近くの喫茶ウイーンで話をする。
それぞれが自分の道や将来を模索している姿が自分と重ねって、独自性が逆に見えて面白い。
その後いったん寮に帰る。6時半に新宿の紀伊国屋で待ち合わせる。
歌舞伎町のB&Bで飲む。3人で6000円で高いが気分が高揚をして面白い。
その後三浦というスナックに行く。以前と変わってないが家庭的雰囲気である。
何とかという以前店で顔見知りの女性と踊る。ここも面白い、3人で3000円であった。
奥野が気分が悪くなり、急遽自分の部屋で3人で泊まることになる。私は帰省中の佐々木さんの部屋で泊まる。
  ーーー
  1968年 9月19日
翌日も三人で午後の3時までいろいろの事を話をする。
何か今日も予定どうり卒論が書けない。頭の中に最近熱中して読んだ、精神論の言葉が駆け巡る。
言っていることと、やっていることと違いが大きすぎる。ファイトファイト、自分の潜在の力よ!!

    9月20日
8時10分前に起床、8時15分に学校に行く。
人事管理の授業後、奥野と兼子と食事、その後図書館で卒論のまとめをする。
15時にゼミに出席、我々の就職先の説明をゼミの全員に報告する。
ゼミ終了後、武澤先生と4年生全員と話し合う。内容は夏休みのこととか、各々の性格のことを話し合う。
その後近くで食事後、帰寮後再び食事に出る。そこで寮の先輩で代議士の秘書をしている永田さんと出会う。
唯我独尊の彼独特の考え方があまりに独善的だ。 自分で自分の枠をはめている。
それと原因を常に自分以外に求めているが疑問だ。 寮に帰ると、新橋シノダ寿司の息子でヨーロッパで
親しくなった深井が遊びにくる。一時間ぐらい話し合って帰っていく。
スカイラインのGTだ。何かツマラナソウナ顔をしていた。不安でたまらない感じだった。夜半の一時に寝る。

・・・・・・・・
[199] トレード.オフ  2001/10/26

トレードとは野球のトレードである。5名トレードすれば、5名首を切らなくてはならない。これがオフである。
ビジネスホテルのもっと合理化できる業態を考えた。カットできるもの、和室、会議室、ツウィンである。
そのぶんシングルの部屋数をとる。これがトレードオフである。
ホット商品を早くコストカットして、安く、大量に生産、売り抜ける。
その時まずやるのが、トレードオフである。まずはこれが基本である。
 (字数の関係でカット、08年10月26日)


2760, 閑話小題 

2008年10月25日(土)


*毎日が薄氷の上

9月の半ばから、恐慌前夜の重い雰囲気である。
日経平均も、三ヶ月で40%以上も暴落、何と7600円まで下がってしまった。
ドルが95円、ユーロが120円。 世界はパニック寸前か、パニックに入っているのだろう。
この結果どうなるのか? 倒産の続出と、失業者の増加、そしてハイパーインフレと、食品の高騰である。
それで済めばよいが、数年以内に大小の半分以上の事業所が倒産、廃業だろう。
何か考えただけでゾッとする。それにしても、大津波、世界中を押し流しそうな勢いである。
ー以下は、一年前と現在の比較である。これからみると、まだまだ経済破壊は序盤ということが分かる。
 (2008年 10月22日現在)      
      2007年10月24日       2008年10月22日
ドル円         114.10             97.70
ユーロドル       1.42              1.27
ユーロ円       162.80            124.70
NYダウ       13,675            8,519
米国債(10年もの)  4.3%              3.5%
原油         87.10             67.48
金          757ドル            724ドル
日経         16000            8500
 ーーー

*アクアラインが1000円に

私のゼミの一年後輩の松下さんが、《道路経済学》とかいう本を出版。その中で川崎市と木更津市を結ぶ、
アクアラインの通過費を1000円とか、2000円に値下げをする運動を起こしていた。
ところが、数日前の新聞で自民党が景気喚起のため、1000円に値下げを決めたと報じていた。
三年ほど前に、彼から電話があり、「新潟市を活性するには如何したらよいか?」と相談して、
新幹線を日本海の海辺にある飛行場まで延長させて云々から、大和総研と共に会を開いた人である。
私が、案までで、それ以上深入りを拒否して、そのままになっていたが・・・
三ヶ月ほど前に彼から電話があり、民主党から参院の調査会に呼ばれ、意見を述べてきたと、
嬉しそうな声で話をしていたが、でも彼も良かっただろう。
 −−−

*台風の来ない年は珍しい

今年は、ほぼ日本の本土には台風が来なかった。 私が知る限り、あまりないことだ。
その代わり、金融崩壊と、それによる大津波が来つつあるのは皮肉だが。
これまで一度もなかった猪が近所に出没したり、この夏は庭でセミの声を聞かなかった。
(知人の庭では例年通り鳴いていたというが・・・・)

・・・・・・・・・・
2007年10月25日(木)
 2396, 白い壁とドア
                オハヨォ…
「生」と「死」のイメージを詩的に書いてみた。
  −−
私の生のイメージ、それは白い四角の立方体の壁に囲まれている空間。
十数年前に一度、そのイメージをリアルに持ったことがあった。
おそらくは、この白い箱の中の壁の何処かに見えないドアがあって、ある刹那に、その外に放り出されるのである。
白い立方体は生に囲まれた日常である。
その意識下の見えない死へのドアがあって、一度出てしまったら、二度と箱の中には戻ることは出来ない。
白い箱の外は、無。 大きな黒い無限の中で、小さな箱はチリのような存在。
いつか、その白い壁が開いて、その虚無の真っ只中に放り出される。
それがスグ明日かも知れない、それとも20年、30年先かもしれない。
その一瞬、白い壁と黒い虚無の狭間で永遠を見るのだろうか? それは歓喜だろうか、それともただ寝入る瞬間のようだろうか?
そういえば寝入る瞬間を感じ取ったことがある。「アッ!」という間の一瞬であった。
それを言葉でいうと、数千秒の一のプツンという刹那のよう。
ーー
以上だが、このイメージにピッタリの詩を見つけた。
死の際にたった魂の叫びが詩の奥から聞こえてくる。
ドアの前に立つと、こんな声が聞こえてくるのだろか!
それとも「おらは死んじまった」の歌声か。
中島義道ではないが、いずれ誰もが直ぐにドアの前に立たされる。

ーー

暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
息をひそめて
私をよぶ無数の声に耳をすまそう
地の果てから空の彼方から
遠い過去からほのかな未来から
夜の闇にこだまする無言のさけび
あれはみんなお前の仲間達
暗やみを一人さまよう者達の声
沈黙に一人耐える者達の声
声も出さずに涙する者達の声
                
ー ブッシュ 孝子 (30年前に28歳で逝った女性の詩である。)
            o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪
・・・・・・・・・
2006年10月25日(水)
2031, 「私」のための現代思想  −15
       (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
 前・評)
人間は「生きること自体が『緩慢なる自殺』である」と言ってしまえば、それまでだが、
戦争もある意味では集団自殺ともいえる。 いや集団殺戮の方が正しいか?

   《私》にとっての「超越確実言明」を守るために死ぬことも、
    時にとって必要なのかも知れない。
    人間の最後に残された自由へのジャンプとしての自殺もある。

自殺にも正しい自殺と、正しくない自殺があるという。
自分であるために死ぬ、それもイスラエルのマサダの砦の集団自殺のように、
自殺厳禁のユダヤ教徒の自殺なのだから意味も深い。
この場合の自殺を正しくないとは言い切れるだろうか。

    誰の目にも明らかな自殺に「子供の道づれ心中」がある。 子供を自分の所有物と思いこんでいるから、暴挙にでるのだ。
    自殺をするには、それなりの理由があるが、やはり「自殺は決して許されるものではない!」
    のは、道理である。 それが永遠の自由のためにといっても!

ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −
 *正しくない自殺*

正しい、正しくない自殺というのも変なものだが、それでも「正しくない自殺」は、誰の目にもハッキリしている。
それを象徴するのがインターネットで知らないもの同士を募り、複数の者達が一度に命を絶つ「集団自殺」である。
彼らは「死ねば楽になる」という「誤論理」で揺らいでいるので、その揺れを止め、
自殺を遂行するために、<他者>による引き受けを必要としている。

    この場合、普通の他者の共振を受けることもできるが、集団自殺志願者は その人たちの《私》を嫌います。
    その人たちの《私》は自らの「超越確実言明」を守る方向に走るからです。
    そのような呼びかけに答えてくるのは、同じく「死ねば楽になる」と感じ、死を決意している人たちということになる。
    それはお互いの《私》の「非存在=存在の否定」を引き受けあうのだから。

「《私》の存在を引き受けてもらう」はずの行為が、「《私》の存在を否定すること」を通して行われるからです。
存在の引き受けは、「存在しつづけることを引き受ける」ことであるはず。
しかし集団自殺は、「ともに存在しなくなること」を引き受けあうになってしまうからです。

   {解}死に際まで独りでは不安なので一緒に行こうという弱者の論理もなるほどと思わないでもないが・・・
   「死にたいやつは死なせておけばよい」と同じ意味で彼らは「死にたいのだから勝手に死なせて」というレベル。
    壊れたラジオは自分地震で自らを直すことが出来ない・・この本を読むまで、自殺について考えたことがなかった。
    しかし考えれば考えるほど、自殺を否定できなくなった。 自殺を否定したのは、
   「支配階級が最下層の働き手のロスを最小にするためにつくり上げた価値観でしかない」という論もある。
    ーー
*正しい自殺*

正しい自殺とは、一回性の人生で、闘いぬき、他の物語を時間の許す限り試し、
その結果としてギリギリの判断において、
「死ぬことによってしか、<私>が<私>でありつづけることができない」
と考えるとき、それは「正しい自殺」となるということです。
これは「名誉のための死」とか、「誰かのための死」を称揚するのではなく、
あくまでも「<私>でありつづけるために死ぬ」ということである。

  ーーー
後評) 正しい自殺かどうか判断できないが、
イスラエルで初めて知った「マサダの砦の集団自殺」である。
マサダ砦は、死海の西南にある要塞。ヘロデ王の建てた離宮だったが、70年のローマに対する反乱時、
過激派のユダヤ教徒が最後の砦として篭城したが、ローマ軍によって落とされ、その後2000年間、
ユダヤ人は流浪の民となった縁の地である。ケーブルカーで頂上まで上がるとヘロデ王の宮殿、サウナなどが残っている。
一世紀、ここを要塞にして戦ったユダヤ教徒約1000人は2年の篭城の後、ローマ軍に侵入される直前に集団自殺を遂げた。
下を見下ろすとローマ軍の陣地となった場所がくっきりと見え、攻撃のため砦に向かって積み上げられた人工の山が残っている。
その完成の前日、女子子供数人を残して集団自殺を決行した。「奴隷になるよりも死んで自由を」という言葉が、有名である
現在イスラエルの新兵の入隊式はここで行われるという。
この集団自殺が正しいかどうかは、歴史が判断するのだろうが、意味の無い集団自殺ではない。
肉体的な苦痛から逃れる自殺も、ある意味で容認されてよい。肉体の死によって、肉体の耐えられない苦痛からの避難になる。
現在の社会は、その死を認めていないのは明らかに誤りである。苦痛の緩和の体制ができていて、その上での話なら別。
  自殺の是非も含めて、全て根本より疑うことも必要なことだ。
                               \(^▽^*)バイ!
・・・・・・
2005年10月25日(火)
1666, 日本のこれから 今どきの若者たち

先週の土曜日のNHKで、ゴールデンタイム19時半〜22時半まで三時間にわたって「日本のこれから 今どきの若者たち」 
の討論がおこなわれた。 若い人は、何を考えているのだろうと興味を持って最後までみた。
私の場合、三十年以上も若い人を身近でみてきたこともあって、こんなものだろうという諦念があった。
若者、中年、芸能人、社長など多彩なタイプの人を集めたのが良かった。
一番印象的だったのは、ハンガリーの若い女性の意見であった。
「私は社会主義国だったハンガリーの出身。アメリカの学校を出て、日本に来た。
この国は社会主義国よりも社会主義的です。そして好きな国です。
あなた達は国の責任とか社会の責任のいうが、自己責任をもっと問うべき。
甘えすぎではないか」それに誰も反論できなかった。
彼女は会場の議論をあきれていたようで、その後何も言わなくなった。

 ーこの討論の私の印象と意見を書いてみる。

日本経済の大転換期、若者たちの将来に明るさが見えない。
また、携帯やパソコンやTVなどから情報が溢れるほど入ってくる。
その中で、自由を与えられても基礎教養が希弱な若者は、何をもとめてよいか価値を見出せない。
(高度成長期は右ならえをしていればよかった)そこで、その同類が携帯電話などで集っているが、
そこには表面的な付き合いしか存在しない。

企業も、一部の選ばれし者以外はアルバイトやパートタイムに切り替えている。
競争経済社会では、そうしなくては生き残れない。
ドロップアウトしたものは将来に明るさを殆ど見出せないまま、フラストレーションだけが蓄積している。
少し注意されただけで切れてしまい、一生を左右する重大なミスをおかしてしまう。 
彼らは自分で如何したらよいのかの答えを見出すのは非常に難しい。
自分で答えを出すしかないが、情報化社会は価値の多様化でもある。
基礎が出来てない彼らに価値観を追求しろといっても無理の話。目先の欲望の追求が価値と思い込んでいる。

高度経済社会では、大量生産、大量消費の画一の価値に従えばよかった。
ドロップアウトをしても、それを拾うだけのエネルギーがあった。
しかし、このような社会は全ての場面で競争が激しい。もし私がこの時代の若者だったら、
やはり呆然としてしまうだろう。「今どきの若者は!」の批難が、右上がりの兆候が隠されていればよいが、
現在は明らかに急激な右下がりの兆候であるから、問題は深刻だ。
さらに彼らが激変している社会に対して不信を持っていることが、さらに問題を深くしている。

・・・・・・・
2004年10月25日(月)
1301, まさか、地元で大地震!−2

この文章を書き出したと同時に、再び大きな揺れである。震度5強と予測して、TVを見たら5弱であった。
まだ、震度に対する体感には誤差がある。既に36時間も経っているのに、今も地震が現在進行形というのが
驚きであり、不気味である。 今朝の地震では、電気と水道が止まらなかったのが救いである。
一昨夜の二回目の地震は、揺れると同時に、電気が消えた。
真っ暗になったので、まず仏壇前にあったロウソクを皿に数本立て明かりをとる。
地震が少し落ち着いた後、もう一皿に移動用のろうそくを立てた。
今日仏壇周りを整理して倉庫にしまった,大きなロウソク二本を取ってきて更に大きな明かりの確保をする。

その後、懐中電灯を探すがナカナカ見つからない。次に携帯ラジオを探す。
両方ともあったが、今度は電池が見つからない。それでも、やっと見つけ取りあえず居間の整理を始める。
現在から考えてみても、冷静に対処していたようだ。 鉄骨の二階で、かつ座っている場所の空間に、
危ないものが無いから冷静でいられるのだろう。こう書いている現在また震度3の地震がおきている。
慌てて、水の確保を思い立ち、鍋にポットに水を入れる。
(ゆれると同時に、サイドボードの前にいってドアを押さえている)
その合間に、この文章を書いている。 面白い体験である。

電気、水道と、ガスが全て止まると、全く普段の生活がストップしてしまう。
まず、水である。 トイレが使えない(風呂の水が当面使えたが)
飲料水がない。(ジュースが5〜6本と、ノンアルコールのビールが10本あった)
TVからの情報が途絶えた(携帯ラジオがあった) 食料はスナックが代用できた。
感覚的には、一週間は代用で持ちそうだ。 近くの24時間スーパーに行ったら、閉鎖していたが、
隣のドラッグストアーは店内散乱の中で営業を始めていた。 それでよいのだ、緊急時は。
食品と、飲料水が飛ぶように売れていた。 40人位がレジに並んでいた。

地震から一時間もしないうちにヘリコプターの音がした。 報道か自衛隊か解からないが、
発生と同時に準備をしなくては、その時間に飛んでこれないから、その瞬時体制は凄いものである。
昨夜は市民の4分の1の4万数千人が、避難所に夜を明かしたという。
電気も、ガスも、水道も確保出来ないのだから、それも当然だろう。
近くに住む兄が昨日の午後、訪ねてきたが、やはり家の中は足場も無いほど倒れたモノが散乱しているとか。
また、庭にある石灯篭も二つ倒れ、隣の家に入り込んでいるという。
                     つづく
・・・・・・・・・
2003年10月25日(土)
934, 成果についてードラッカー

 ドラッカーの言葉の中に「成果」という言葉が頻繁に出てくる。
努力そのものでなく、成果をあげることの重要性を説いている。
経営は理屈ではない、結果をいかに出すかだ。 成果能力を問われるのだ。
成果とは長期にわたって業績をもたらし続けることである。
ドラッカーは人生の生き方を経営学を通して教えてくれる。
ーこの成果について、ドラッカーの本より抜粋してみるー
・「成果が自己実現の前提になる」
ー成果をあげる者は、社会にとって不可欠な存在である。 同時に、成果をあげることは、
 新入社員であろうと中堅社員であろうと、本人にとって自己実現の前提である。
・「自らの最高のものを引き出す」
ーまず果たすべき責任は、自らのために最高のものを引き出すことである。
 人は自らの持つものでしか仕事ができない。
 しかも、人に信頼され協力を得るには、自らが最高の成果をあげていくしかない。
・「成果をあげることは習慣である」
ー成果をあがることは一つの習慣である。実践的な能力の積み重ねある。
 実践的な能力は、習得をすることができる。それは単純である。あきれるほど単純である。
・「成果をあげるための五つの能力」
ー成果をあがるための実践的な能力は五つある。
第一に、何に自分は時間をとられているかを知り、残された時間を体系的に管理をする。
第二に、外部の世界に対する貢献に焦点を合わせる。
第三に、強みを中心にそえる。
第四に、優先順位を決定し、優れた仕事が際立った成果をあげる領域に力を集中する。
第五に、成果をあげるように意思決定をする。

 ー以下は字数の関係でカット(2007年10月25日)

・・・・・・・・
560, ある時間の断片 −5 
- 2002年10月25日(金)
 1968年ー9月15日

朝7時半に起床、食事の後に東京の寮に帰る支度をする。
裏の家で姉の正子さんと、帰省中の3番目の姉の優子さんと、甥の宗彦ームーチャンと写真を撮る。
12時5分発の第三佐渡に乗る。いやに長く感じられる4時間だった。青雲寮につく、懐かしいわが部屋だ。
市川さんが飼っているミケに子猫が2匹生まれていた。苦手だった先輩の河路さん、欧州行きが延びてまだ寮にいるようだ。
夕食後漫然とTVを見て過ごす。またマンネリとした寮生活が始まるが、もう残された学生時代の時間はない。
最後はちゃんとして卒業しなくては。
 ー現在の感想ー
日記を書く習慣を持っていればよかった。それと写真をもっと多く撮っておけばよかった。
大学を卒業する前年の8月31日から翌年の2月半ばまでに半年間、気分が高揚としていたのだろう、
日記が残っていた。たまたま6年前に倉庫を整理していたら、その当時の教科書の一番下に隠すようにあった。
机の引き出しに入れて、読み返している、そして折々にこの随想日記に書いている。
一種の躁の状態の自分の気持ちがそのまま残っている。懐かしい本当に懐かしい!
タイムマシンに乗って当時に帰ったような感がする。何も変わっていない自分が
そのままいるのが奇妙といえば奇妙だ。社会に出るにあたり不安と希望に揺れているのが懐かしい。
結局私にとって学生時代が人生の縮図であったようだ。口泡を飛ばして議論をしていた青い時代があった。

・・・・・・・・・・・・
[198] 天の広さ  2001年10月25日                
 井の中の蛙,大海の広さ知らず,

この言葉の後の言葉をもじって‘井の中の蛙大海を知らず!されど天の広さを知る’
この後の「されど天の広さを知る」がいい。世間知らずの学者が考えたか?
「世間知りの、天命知らず」とも考えられる深い味のある言葉だ。 しかし両方でなくては
(大海ー世間も天も知らなくては)所詮井戸から見た天しか知る事が出来ないのは当然の事だ。
それもこれも全て独り言でしかない、世間のことは自分の想像でしかないのだから。
 ーー
ーつれずれに

今更当たり前のことかもしらないが、おかしい! 不況のうえに、
このテロから急に何かおかしくなってきたと感じるのは、客商売をしている為か。
恐ろしいのは、これが序曲ではないかということだ。全く9月11日から変わった。
かなり多くの人があれーテロをTVで見ていたことだ。 あまりに劇的過ぎた。
アメリカだけでなく、日本も準戦争国になってしまった。どう考えても簡単に解決はしない問題だ。
新潟駅前の飲食街は9時を過ぎると、ゴーストタウンみたいに人っ子一人歩いてない。
いるのは呼び込みと怪しげな女性だけだ。他人事みたいだがどうなるのだろう?


2759, ソロスは警告する −3

2008年10月24日(金)

 ー要点をまとめると、以下の通りになるー

 この書でソロスは現代金融理論そのものに疑問を投げかける。
*「金融市場のさまざまな変数は均衡値に向かって収斂する傾向がある」という経済学上のパラダイムは偽りでしかないと、
 ソロス自身の哲学を築き上げるが、カール・ポパーの『開かれた社会とその敵』に影響されたとしている。
 ポパーは"開かれた社会"を「人間は究極の真理には到達し得ず、異なった考え方や利害を抱えた成員同士の
              平和共存を可能にする制度が必要であると認めているような社会」であると定義している。
*これからソロスは彼独自の哲学を育てた。 彼のキーワードは、「再帰性」と「可謬性」。
 ・「再帰性」とは 【人は世界の一部であるために、世界を完全に理解し得ない。 世界に対し操作を加えたとき、
  観測される世界はさっきまであった世界とは異なっているからである。 さらに、究極の真理あるいは確実な情報は
  人間の手の届かぬところにあるという前提を踏まえたうえで、「誤解」がいかにして歴史を動かすのかを探求する理論。】
 ・「可謬性」とは、【人は常に間違っている可能性がある。確実なものなど存在しない。 】
  これを行動経済学の観点から解釈し応用していった。 彼は、誤謬の可能性ではなく、人間は間違うもの!と断定している。
*現在の経済は1929年の大恐慌以来最悪の状態になりつつあり、ドルを国際基軸通貨とした信用膨張時代が
 終焉を迎えている。(中略)  ソロスの分析では、この超バブルには他のすべてのバブルと同じく、
 人々が誤った投資行動を続ける原因になった「支配的なトレンド」と「支配的な誤謬」が存在した、という。
 「支配的なトレンド」とは信用膨張、つまり信用マネーの肥大化であり、
 「支配的な誤謬」とは、十九世紀には自由放任と呼ばれた、市場には一切規制を加えるべきではないという市場原理主義である。
*ソロスは、サブプライムはトリガー(状態変化の引きがね、となる信号)に過ぎず、「信用マネー」と「市場原理主義」という、
 信仰といっても良いほどの巨大な"誤り"が、そのメッキを剥がされつつあり、臨界点に達したとき、四半世紀以上にわたって
 成長してきた超バブルがはじける、と警告している。
  
ーP-53 の以下の部分が再帰性について、解りやすく説明してあるー
●ー人間の誤解は社会に大きな影響を与えるー
「再帰性」は、参加者の見方と、事象そのもののありようとの間に成り立つ、一種の循環性、両者の間の双方向的なフィードバックが
生み出す円環だと見ることが可能である。 人は、直面する状況そのものをもとに決断を下すわけではなく、その状況の認識あるいは
解釈にもとついて決断をくだす。 彼らの決断は状況に影響を与え(操作機能)、状況の変化は参加者の認識も変える(認知機能)。
二つの機能には前後関係はなく、同時に作用する。フィードバックに前後性があれば、事実から認識へ、新しい事実から
新しい認識へという、一定の事象の連なりが生み出されるだろう。 だが、認知機能と操作機能は同時に発生する。
その結果、参加者の認識も、実際の状況の展開も不確定的になるのだ。 後に見るように、「再帰性」の概念は、
金融市場の動きを理解するうえで特に重要だ。その性質を循環性と呼ぽうと、フィードバック.メカニズムと呼ぼうと大した違いはない。 
だが、双方向的な作用は本物である。 循環性は解釈の違いなどではない。 循環性の否定こそが間違っているのであり、
「再帰性」の理論は、その誤りを正そうとするものなのである。 社会の参加者は社会的現実に影響を与えることが出来る未来は、
彼らの決断によって形づくられていくが、彼らは確たる知識にもとついて決断を下すことは出来ない。 
現実社会の参加者たちは社会について何らかの見方を打ち出さなくてはならない。だが、その見方が現実と一対一で対応することは
ありえないのだ。現実社会の参加者がそのことをきちんと把握しているか否かはともかく、彼らが現実に根ざしていない信念、
いわば"思い込み"によって行動しなくてはならないことは、はっきりしている。
現実の誤った解釈をはじめとする誤解は、社会的現実がどのように動くかを決めるうえで、通常理解されているよりも、
はるかに重要な役割を果たしている。 「再帰性」の理論の本質はまさにここにある。 
現在の金融危機は、その説得力に富んだ実例として使えるはずだ。
 ーーー
 解) 世界は『豊満な誤謬』で成り立っているのです。 次回は、その豊満な誤謬について書いてみる。

・・・・・・・・・
2007年10月24日(水)
2395, 恥をかかせろ、いじめはなくすな ー3

             *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
   戸塚の幼児・少年期の教育論は、自分の経験を省みると一つ一つが、よく解る。
   そのプロセスを飛ばした部分は青年期になってから、その数倍も跳ね返ってきた。
   反面、彼のいう躾や見えない指導は両親からシッカリと仕込まれてきた。
   片親の場合や、父親が軟弱の場合に指導チェックが行われない可能性が大きい。
   やはり理想をいえば小学校時代までは、両親の深い愛情と、躾が必要である。
   両親から5〜6歳の時、こっ酷く殴られたことが何回あった。 但しそれ以降は一切なかった。 
   さすがと思ったのは、大學に入ると同時に一人前として、人格の尊重をするようになった。 
   多くの子供を育てて経験からの知識であろう。神谷 美恵子の本にあった人生の諸段階にそって導いていたことになる。
   道理にそれほど差がある訳がない。 子供がまともに育てるには、それなりのステップが必要ということになる。
  「出来ちゃった婚」など、生まれ出る子供からしたら「ふざけるな!」である。その時点で・・、これ以上書かない方が良いか?
 ー彼の幼児期の教育論の部分を抜粋してみる。 
  ーーー
 *体罰は三歳から小学生いっぱい*

  では、子供たちのどの時期に何をすればいいのか。 それが善でも、もちろん施すにはそれぞれ時期がある。
  年齢に応じたやり方があり、それを超えると虐待になつてしまう。
・三歳までは、完全に保護された状態で肉体と精神が成長していくのが望ましい。
 それこそ包むように育てる。母親が愛情を目一杯注いで、百パーセント保護してやる。
 そうやって体と脳をしっかり作れるようにしなければいけない。
・三歳を過ぎたら、体罰を与え始める。第一次反抗期を迎えてからだ。
 三歳までは成長だが、それ以降は、成長に、進歩という要素が加わってくる。
 成長は目的をもっていないが、進歩には目的がある。だからそこからは接し方を変えなくてはならない。
・三歳から五歳ごろまでに体罰をきちんとあたえておけば、その後、必要はなくなる。
 親子の上下関係がはっきりすると、子供は親が自分より圧倒的に強いものだと理解し、
 それゆえ親は自分を守ってくれるとわかるからだ。こういう子供は安定している。
(以下、字数の関係でカット08年10月24日)
ーーー
携帯電話が子供に与える影響はプラス・マイナスがある。小中学生に、どのように導いてやるか大問題であろう。
 また、なるべくしてなったのが引きこもりである」 でも、どこかが欠けているのが人間でもある。
                    バイヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・・
2006年10月24日(火)
 2030, カラスの話
        (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
20年間にわたり散歩の途上、色いろの鳥を観察してきたが、特にカラスが面白い。
低空で飛んできて糞を落とされることがあったが、あれは狙ったのではないか?と、今でも思っている。 
時々からからかったりしていたからだ。また私の散歩の時は黒ずくめのためカラスは敵と見るらしく、近くを通るとき威嚇される。
雀、セキレイ、百舌鳥などを襲っているのを何回か見かけたことがある。日本のカラスは生きた成鳥は襲わないと言われているが、
時には襲うようだ。ある日、思いもつかない不思議な場面に出会うことがあった。
小雨の中、近くの高校のグランドの地べたに数百羽のカラスが舞い降りて、ただならぬ雰囲気で情報交換しているような場景があった。
また電線に千羽以上もとまっていることもあった。あれは何かの集会ではないだろうか?

カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、動物学者の研究観察から認められている。
その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。
 ・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、
 ・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で仲間と遊んだり、
 ・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、
 ・くちばしでレールに小石を並べる行為も、電車が石をはじくのが面白くて始めた“遊び”といわれる。
  そのように無駄な行動を楽しむことをみても、彼らが知的動物であるといえる。
  「無駄」なような行動も、「ラグビー行為は、オオタカなどの猛禽(もうきん)類に襲われた場合に備えての
  チームプレーの訓練」という見方もあるが、それを遊びにすることが、高度な知的行為である。
 遊びのほかにも、面白いが観察がされている。取ってきた木の実を土に埋めて隠しても、その場所を正確に記憶している。
 驚くべきことは「百箇所以上に埋めた場所と、それぞれの賞味期限も知っていて丁度良い時期に掘り出して食べていた」
 という観察もある。 その瞬時に記憶する能力は人間以上とさえいわれている。
  イギリスの動物学者のエメリーの研究によると、一度隠した木の実を、別の場所に移し替えたので観察をしていたところ、
  過去に自分が隠した木の実を盗られたカラスに見られたときだった、というから人間並みの知能といえよう。
  ハイエナが自分の巣穴を覚られそうになった時、子を違う巣穴に移すのに似ている。
 他にも、銭箱から小銭を盗ってきて、鳩の餌を売っている自動販売機にその盗んだコインをくちばしで投入、餌を得たり、
 また胡桃を空高くから落として割る行為もよく知られている。街中で生きる内に知恵がついたのだろうが・・・
  「羽の生えた類人猿」とは、言いえて妙である。逆のカラスの立場から見れば、人間は「羽の無いカラス」といえる。
   弱っている動物をみると、それだけで攻撃する習性など、そっくりである。  
   自然世界には、面白く不思議なことが満ちている。 ただ、見てないだけである。いや、見ても観えてないのだろう!             
                     \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年10月24日(月)
1665, 中越地震から一年!
昨年の「バードウォッチング」をまず、コピーしてみる。

ー10月23日ー
 去年の丁度今頃に地震がおこった。早夕食が終わった直後であったが、あまり恐怖心はなかった。
秘境旅行を続けてきたのが一番の理由であろう。一回の旅行で、圧縮されたトラブルがほとんどでる。
創業を何回もしてきたこともあるし、仕事の関係で常に現場では何かが起こっている。
真っ暗の中、一つずついま出来る手順をふめばよい。 身の危険が無かったこともあるが、
「この程度でなんで騒ぐの?」が、実感であった。それぞれの建物事情もあるのだろうが。
刺激の濃い日々だったのか。現在も同じ? 丁度花火が打ち上げられている。  黙祷!!
 ーー
以上であるが、実際は凄かった?喉元過ぎればか。
近くの高校と小学校が避難所になっていて、一週間は近所のほとんどの家は(避難をしていて)真っ暗であった。
その瞬間からは、毎日ライブでこの随想日記に書いてある。危機になればなるほど面白がる、楽しむ悪癖がある。 
良くいえば余裕がある? 悪くいえば性格が歪んでいることになる。 やはり場数を踏んでいることか。
ただ、山古志などの全壊した村で避難所に住んでいる人が一万人近くいるのも厳然たる事実である。
車で10分もしない所に、避難所で生活している人がいる。時々近くを通るが、彼らが普段の生活に戻ることを祈る。
そういえば、自宅内の貸家に被災者が住んでいる。彼らが自宅の裏の貸家を見にきた時の姿が目に焼きついている。
その一年前に、水害にあってやっと落ち着き始めたところ再度、地震にあったという。
一家して、疲れきった肩を落とした姿が印象的だった。

・・・・・・
2004年10月24日(日)
1300, まさか、地元で大地震!

10分ほど前に、電気が復旧する。長岡の市民の4分の1が、学校などの施設に避難しているとラジオで言っていた。
電気とガスが切断されていれば仕方ないのだろうが。仕方がないので17時前に郊外にファミリーレストランを
探しに行くが、一軒だけ和風の地元のファミレスの電気がついていた。そこで食事後、家に帰ってきて18時半に就寝。 
直ぐ熟睡。 電気が今日中に復帰とラジオで言っていたので、電気のスイッチをいれていた。
それが23時半に復旧。何がともあれ飛び起きて、この随想日記を書いている。
地震がおきた時は、丁度早夕食を終えようとしていた時であった。
普段、土曜日は家内と居酒屋か、近くのサエゼリアなどで食事をすることになっている。
たまたま、長岡近郊の小千谷市のスーパー・センターにドライブをかねて買い物に行き、
惣菜を買ったために、家で珍しく食事をしていた。殆ど、前ぶりもなく激しい地震がおきた。
サイドボードに、コーヒーカップや、茶碗や、皿が多く詰め込まれている。
その半分ほどが、揺れで外に飛び出して割れてしまった。大きな地震が4回、他に小さな地震が10回前後も揺れ続いた。
一時間ほどかと、時計を見ると2時間半も経っていたのには驚いた。
一度なら、それほど驚かないが4度も大きな地震には恐ろしいより、笑ってしまった。 
と同時に、そこが私の面白いところ!「これは県内で、二桁の前半の死者の数が出るだろう」と、
地震の最中に家内に言っていた。 現在起きていることに対しても、解説的な自分が可笑しい。                              ーつづく
ああ〜、0時一分前、このソフト今日中でなくては翌日の日付になってしまう。
  ギリギリ間に合った! それにしても余震が絶え間なく起こっている!                             
・・・・・・・・・
2003年10月24日(金)
933, 強みに焦点をあわせよ(集中せよ) ー2

ドラッカーの過去の書物の中から「強み」について、抜粋していた本の項目から書き写してみた。
この中で印象的な言葉として、「無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも遙かに多くのエネルギーと
努力を必要とする」である。これは人に対しても、自分の中の能力に対してもいえることだ。
自分の不得手を直すより、得意分野に努力を集中すべきということだ。不得手を直すのは、むしろ害になることもある。
そこに気持ちの集中がいってしまうからだ。「得手に帆を揚げ」という言葉が日本にもある。プラス思考にもつながってくる。
 大組織のサラリーマンに嫁いだ姉たちを見ていると、マイナス思考になってしまっているのが分かる。
まずはマイナスをお互い指摘しあう世界であるからだ。それがまず必要なこともわかるが、
マイナスのカバーに神経を研ぎ減らしている。
 ー抜粋ー
・自分の強みはわかりにくい
 ー誰もが、自分の強みをよくわかっていると思う。
 しかし、たいていは間違っている。 わかっているのは、せいぜい弱みである。
・不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。
 ー自分の強みに集中すべきだ。 無能を並みの水準にするには、
 一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。
・いまさら自分を変えられない
 ー今さら自分を変えようとしてはならない。うまくいくわけがない。
 自分の得意とする仕事のやり方を向上させることに、力を入れるべきである。

   ー以下は、字数の関係でカット(2007年10月24日)
・・・・・・・・
559, ある逸話-外地のガイド
- 2002年10月24日(木)

海外の現地の日本人ガイドにはあまりプライバシーを詳しく聞くなといわれている。
日本で訳ありの経緯できている人が多いという。
イスラエルや南アフリカなど日本人の殆ど行かない所では、寂しいのだろう、自分で全てを話してくれた。
南アフリカでの話は今でもハッキリと憶えている。50歳ぐらいの女性であった。
日本の商社に勤めていて、英国人と恋愛結婚して初めは英国本土に行ったが、平凡な生き方に嫌気をさした
旦那の意向で南アフリカに十数年前にきたという。
ケープタウンに日本人は二十人前後しかいないと言っていた。日本人同士の付き合いは殆どないとか。
日本人の墓は女性名で一つしかなく、その墓を見てきたが冷えつく思いだったという。
子供ができた時に子供の名前を日本名にするか、英国名にするか大モメだったという。
女性の場合、自分が死んだときに生きてきた自分の証明が残るのは日本名の
子供の名前だけになる。自分という存在が完全消滅してしまうような不安にかられるという。
外人と結婚して外地暮らしは若いうちは良いが、歳をとった時に辛いと言われているが、自分はそれを知らなかった!
と言っていた。聞いていても身に沁みる話であった。人生いろいろあるものだ。
10年近く前、ニュージーランドに行った時も70歳近い女の老添乗員が悲鳴をあげていっていた。
「40数年前に豊かさを求めてこの地に来たが、この地より日本が遙かに豊かになってしまった。大誤算だった!」
現在は日本も事情が変わり、そうでもないだろうが??! 全ての事は±ゼロである。

・・・・・・・
[196] 本格的チェーン店の出現
  2001/10/24

日本にもやっと国内資本系のチェーン店で本物が出始めてきた。 ユニクロ、家具のニトリ、しまむら、
イタリヤ料理のサエゼリア、100円ショップ、無印良品、全国居酒屋チェーンの一部、 そしてーーーー
上記の店は今の日本において本格的なチェーンといっていい。ホット商品を廉価で提供しているからである。
チェーン理論のコンサルタント渥美俊一が三十年以上前から、口酸っぱく言っていた。
「普段の生活を豊かに!日本の物価は高すぎる。それはチェーンの形態しかできない。」業態というカタチしか、
出来てなかったそれが最近になってやっと出来てきたようだ。 デフレとグローバル化の追い風に乗って。
皮革張りのイタリヤ家具で、皮はイタリア製で木工と製造が韓国製の応接セットがある。
韓国は昔から木工の家具の得意なところ、イタリヤから皮革を輸入して、木工と人件費の安さと合わせた
韓国製イタリヤ家具が完成する。実をいうと自宅の家具がそうなのだが、ブランド家具の150万相当の家具が30万で買えた。
五分の一である。グローバルとはそういうことが可能となる。100円ショップの原価は27円? ほぼ中国・東南アジア製。
100円ショップの凄いところは300円〜1000円なら要らないが、100円なら買うというところに目をつけてところ。
チェーン店はそれがより可能になる。サエゼリアでもワインなど船一隻丸ごと?
運ぶことが可能となる。イタリヤ料理の材料を直接運ぶことが可能だ。
近くの地方スパーの原信の惣菜より安く、もちろんずっと美味く提供が可能になる。
客として不思議にさえ感じる。。知らない客にとって見えないマジックそのものだ。
マクドナルドはそれを65円ハンバーグで、実現してみせた。
今の海外ツアーと国内ツアーみたいなものだ。 3倍〜5倍の価値の商品が同額だからだ。


2758, 仏文学者が、この一連の「金融恐慌」を書くと!

2008年10月23日(木)

仏文学者の鹿島茂が毎日新聞の文化欄に、
 「株価暴落ー最悪は次の最悪の前兆ー1929年の再来か」と題して書いていた。
経済学者でもなく金融関係者でもない文学者が書くと、‘凄いこと’を文学調にアッサリと書き上げる。
1929年の金融恐慌では株価の下げは波状的に、最悪は次の最悪の前兆として押し寄せ、それが三年に及んでいる。
結果として株価は八分の一になってしまった。 それよりフロント係の 「窓ですか、ベッドですか?」は、絶妙。
「窓ですか、バスタブに睡眠薬、丈夫な紐の、ドチラですか?」は、実際に・・・・?
  −−−
【 「この数日は、大暴落の期間中でまちがいなく最も陰欝な日々であった。組織的な買い支えはとうに姿を消し、
 この頃には組織的な気休め発言も放棄されている。となれば、せいぜい皮肉なユーモアにでも紛らわすしかない。
  (中略)ダウンタウンのホテルのフロント係は、ベッドをご利用ですか、それとも窓ですか、と客に尋ねたそうな」
                             (ジョン・K・ガルブレイス『大暴落1929』日経) 】
 この九月二九日に日本を発ってパリに到着したら、テレビも新聞も米下院で公的資金投入法案が否決されたため
ウォール街で記録的な大暴落というニュースで持ちきりだった。・・・・
さて、長らく世界中の人が恐れていた「起こるべきこと」がついに「起こってしまった」。 
今回のウォール街大暴落が一九二九年に似ているのか、それとも一九八七年のブラックマンデーに似ているのか?
と問われたら、私は間違いなく前者だと答えるろう。
なぜなら、暴落は市場の自動的調節などではく、雇用不安という死に至る病の兆候を示しているからである。
一九二九年の悪夢は確実に現実化し、一九三〇年の大恐慌を再び到来させるにちがいない。 
 
以下、ガルプレイスの本を参考にして、今回の大暴落に続くであろう展開を占ってみよう。
後にブラック・サーズデーと呼ばれることになる一九二九年一〇月二四日の木曜日、大暴落は前場に始まった。
十一時には市場はすさまじい狼狽売り一色となり、追い証を払えなくなった人の担保株は売り払われた。
十一時半には、完全なパニックとなった。しかしあまり知られてないが、ブラック・サーズデーは後場では回復しているのである。
昼休みの間にJP・モルガンの事務所で大手銀行家たちの会合が開かれ、株の買い支えを決定したというニュースが伝わったため、
相場は猛スピードで回復し、結局、タイムズ平均の終わり値は一ニドル下げに止まった。 金曜、土曜と相場は安定した動きを
見せたので、投資家は一安心した。悪夢は終わったかに思われた。 だが、終わってなどいなかったのである。
 一〇月二八日月曜日、相場」は記録的な下げ幅を示した指数が、火曜日には最悪の様相を呈し始めた。
出来高はブラック・サーズデーを大きく上回り、前日の月曜日に匹敵した。
市場はいずれの日にも劣らぬ強い不安感と先行き不透明感で覆われた。
 街には銀行家グループは買い支えどころか大口の売り注文を出しているという噂が流れたが、これは後に事実だったと判明。
ここから数週間、椙易は薄商いの中、突如暴落するというパターンを繰り返し、十一月の中旬にようやく
下げとまったかのように見えた。タイムズ乎周は九月の最高値四五ニドルから半値の二二四ドルに下落したが、
これを底値にゆるやかな反転を示したからだ。株式暴落が実体経済にまで影響しだしたことに気づいたフーバi大統領は
無関心な態度をかなぐり捨て、「考え得るあらゆる方策」を用いる決意を固めた。、
 だが、歴史はここがフィナーレではなかったことを教えている。一九三〇年の三月に回復したかに見えた相場は
四月に入るともう立ち直る力を失っていた。下落は三二年六月まで続いた。本当に底打ちしたときには、大暴落当時の最安値
二二四ドルが懐かしく感じられるほどになっていた。三二年七月八日のタイムズ平均は五八ドルだったのである。

 というわけで、最後はガルブレイスの次の言葉で締めることにしよう。
「一九二九年の大暴落の際立った特徴は、最悪の事態がじつは最悪でなく、さらに悪化し続けたことである。
 今日こそこれで終わりだと思われたことが、次の日には、あれは始まりに過ぎなかったのだとわかるのだった。
苦しみを深め、引き延ばし、できるだけ大勢を残酷な運命から逃れられないようにする仕掛けというものがあるとしたら、
あれほど巧妙な仕掛けはあるまい」この悪夢を日本人はバプル崩壊で経験したはずなのに、教訓とはならなかったようである。
 −−
 大統領選挙の終了直後、前回のG7のサミットが一月前に開催したばかりなのに緊急に開催されるということは、
想像を超えた異常事態に陥っていることだけは確か。世界中の銀行を一時的に閉鎖するのか、米国が債務不履行を宣言するか、
などの思い切った措置が行われる可能性も考えておかなければ・・・・。 

・・・・・・・・・
2007年10月23日(火)
2394, 恥はかかせろ、いじめはなくすな −2

 戸塚宏も、何人かの人を死なせて6年間刑務所の中で過ごしてきた男である。
もちろん死なせた自責の念も常に自分の良心の呵責もあるだろう。
そして檻の中で、教育とは何か身体を張って考えたはずである。だから、これだけのことが言えるのである。
早くいえば、終戦時に日本を骨抜きにしようと、腰抜け憲法をアメリカが押し付けた。
そして、今日までそれを大事に大事にしてきた。国民の去勢化である。そして、その完成が、あの「ゆとり教育」である。
その結果が現在の、公立の小中学校の先生と生徒の様である。 さらにニートとかいう完成品である。 
そして人生を投げてしまった奇妙な人たちである。彼は教育の最終目的は、子供たちを『独立』させることだという。 
だから独立にいいものは善で、悪いものは悪。ハッキリさせている。だから体罰は善。いじめも善。 
褒めるより叱るが善に決まっている断言する。学校にカウンセラーなどトンデモナイものを導入した。
 これ自体がおかしいという。
 −戸塚の文を抜粋しながら考えてみる。
 ーーーーー
*体罰もいじめも善である*

   恥ありて且つ格(ただ)し  恥を知るは勇に近し
 前者は論語で、後者は中庸の一説である。恥をかくことが人間を進歩させることを昔の人はちゃん、とわかっている。 
それなのに先生は叱らない。みんなの前で叱るようなことはまずしない。 公衆の面前でやれば、それだけ恥は大きく、
相手の進歩に役立つ。 それがわかっていない。 体罰もいじめも善である
 体罰というのも、相手の進歩を目的にするものである。だから体罰も善だ。もちろん世の中には目的を考えずに
体罰をする人もいる。ヒステリーを起こして、無茶な罰をして怪我をさせたりすることがある。
そういう人は自分のためにやっている。強くならなかった人がそういうことをする。
ヒステリーになるのは、自分の中で情報が満杯になってその処理ができない人だ。弱いから、相手のことを考えられない。
だが本来、体罰はそれを受ける子供の利益になるようにするものなのだ。
 いじめだって同じことだ。いじめも善なる目的を持っている。相手のためにいじめる。弱いものを強くしようとしているのだ。
ヨットスクールでは、いじめはいいことだと断言している。ただし、いじめ方次第とも言っている。正しいいじめというのがある。
それは、相手の行動についていじめることだ。 走るのが遅いとかヨットの扱いが下手くそだとか皆でやる仕事で足手まといだとか、
わがままだとか。そういう相手の行動について言う。 そうすると、その行動が直ったときに、いじめは収まる。
行動が正しくなったとき、いじめは終わる。そこから抜け出す出口があるのだ。
 社会で問題になっているのは、存在を否定するいじめだ。 これには終わりがないし、出口もない。
ストレス発散のためや、金を取ったり、パシリをやらせたり。 自分のためにする。それはいじめる奴が弱いからだ。
力を正しく使っていない。そういういじめはもちろん悪い。 だが、それとは違う正しいいじめがあるのだ。
 精神を進歩させるには何を行えばいいのかがまったくわかっていない。
それはそもそも精神がどういうものか理解していないからだ。戦後の民主主義教育では精神は限りなく自由で尊重されるべきもの、
というような認識でしかない。 理性もそうだが、これは西洋合理主義から考えもなしに取り入れた借り物である。
 少し前にテレビで売春している中学生が出てきたのを見たことがある。
彼女は開き直って、誰にも迷惑をかけてないじゃない、それって私の権利じゃないの、と言っていた。
 理性や自由尊重の教育がこういう子供を生み出したのだ。これに対し、番組の出演者の誰一人として言い返せなかった。
大人も子供もこのザマだ。みんな理性も自由も権利もその意味を知らない。権利を日本語として考えているから分からない。
権利は訳語で、英語ならright。rightは正しいって意味。 権利には正しいという意味が付されている。
だいたい、江戸末期に西周が作った誤訳だ。 権利というのは、能動的な力だが、rightのほうは、正しいから他から干渉されない、
あなたが四の五の言うな、といった受動的な意味合いだ。 だから売春する権利なんてないのだ。
 自由だってそうだ。正しいことをする自由しかない。そもそも人間に初めから理性が備わっているわけがないのだ。
初めから理性があるというのは西洋だけだ。それは神が人間を作ったからだ。 神が作った人間だから、
生まれたときから完成している。当然、生まれながらに理性がある。そしてそれは西洋の合理主義につながる。
でもそれは日本にはなじまない。それに基づいて教育してしまつたから、この有様なのである。
 −−−−
解)獲得した真の民主主義ではなく、与えられたシステムの弊害である。
その後改良に改良を重ねてとは思えない。それが、この有様になっている。
情報革命の大断層も見たが、それに加え戦後民主主義のプラスとマイナスも人生の中でシッカリと見せてもらった。

・・・・・・・・・
2006年10月23日(月)
2029, 中越地震から今日で二年
       (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!

中越地震から今日で丸二年になる。今では私の周辺では「中越地震」の話題をする人は一人もいない。
もう一年以上、地震の話をしたことは無い。大きな地震の確率は他の地域より少なくなったし、世界の刺激的ニュースが、
身近な出来事など忘れさせてしまう。臍が曲がっているためか、当時、その事態を楽しんでいる自分に呆れていた。
数百メートルの小学校には夜になると殆んど避難。一月ぐらいは自宅周辺の殆んどの家には灯りがついていなかったし、
毎日のように余震が続いていた。その最中余震が起こる度に家内と震度当てをしていた。
地震発生の一週間後に、新潟に行こうと車で出たところ20分もしないうちに、高速道路に入る直前で震度5の余震が発生、
そのまま引き返してきた。 さらに、その数日後に新幹線で通勤途上に震度4の地震にもあった。
でも、ああまたか〜位にしか感じなかった。秘境旅行を三十数回行っていて神経が麻痺しているのだろう。
また仕事がホテル業ということもあり、緊急事態になるほど冷静さが要求されるためか?
「この程度で騒ぎすぎ」と独り呟いていたのも事実である。

夜半に余震が連日あったが、家の倒壊の心配がないので冷静でいれたが、古い家の人で、危ない経験の少ない人の不安感は
遥かに大きいかったのだろう。 隣の家から女の子のひきつけの悲鳴が聞こえてきた。
わが家の被害が比較的に少なかったが、隣同士でも被害は全く違う。また2キロ先の山の麓の住宅地は悲惨な状態であった。
その一月もしないうちに、自宅の裏にある空家に被災民の一家が引っ越してきた。
(あと一週間の今月一杯で、新築の家へ引っ越していくが・・) 下見に来たときに立ち会ったが、その前年に大雨の洪水と
たて続きの被災で、肩を落とした一家の姿は気の毒で正視できなかった。 300m先の長岡高校のグランドで、
被災民を山古志村からヘリコプターで数ヶ月にわたり運んでいたが、何か現実からほど遠い出来事のようであった。
山古志村の被災者の3割はもう地元には住みたくないと、街中に留まることを希望しているというが、何か解るような気がする。
因縁を取り払えば7〜8割の人が帰りたくないのだろう。二年前の随想日記、数日後から連載してあるので、これを見たついでに
二年前の同月同日の日記を眺めてください。
                      (。^0^。)ノサイナラ!
・・・・・・・・・
2005年10月23日(日)
1664, ウィリアム・ブレイクの詩
  ー字数の関係でカットー2007年10月23日

 ・・・・・・・・
 2004年10月23日(土)
1299, 「23歳の日記」

 事務所の移転で、部屋の整理をしていて、一冊の見た事のある小さな鍵付のノートが出てきた。
開いてみると日記帳である。「22歳の日記」の続編である。その続編があるとは、思ってもいなかった。
おそらく、「22歳の日記」とセットで、何処かにしまっていたのだろう。
 もっとも、入社したてで激務のせいか、8ヶ月で17日分しか書いてなかった。
−3月5日から11月初旬の間であるー
かなり刺激的な内容もあって、肉体的にも精神的にも極限状態が手に取るように解かる。読んでいて戸惑ってしまっている。
三重県の四日市から、神戸に転勤するまでの心の軌跡や、具体的な日々の有様が、そのまま書いてあった。
 小さな会社が三社合併をした年で、その交流の1弾として方々に転勤させられていた。今から考えてみても、
異常な日常の連続であった。まあ良い体験をしたのだろうが、当時の流通は今でいう3K そのものであった。
 流通革命の旗手と上手く煽てられて、合併の最前線の駒に使われていた。 一番立場の強い会社に入社したため、
惨めな目には会わなかったが、それでも、一日一日が変化の激しい体験の連続であった。まあ、それは40歳近くまで続いたが。
 研修が終わり、現場に配属された初日の事や、卒業式に出席する為に一度東京に帰ってきた2日間のこと。
(当時は卒業前の3月1日に仮入社するところがあった)悩んで、学生時代に通った禅寺に行ったことや、神戸の日々のことなど、
その時々の気持ちが書いてあった。
 スーパーの店頭での「瀬戸物の叩き売り」は、映画に出てくる「男はつらいよ」の寅さんの口上とほぼ同じである。
当時の関西のスーパーの肉屋や魚屋の職人には・・?それだけでない、スーパーの店員なんぞは下の下という風潮があった。
何が流通革命の旗手かと、ただただ驚きであった。 汚い寮に住んでいたとはいえ、学生時代のアカデミーな世界とは一変、
地獄の底に突き落とされたというのが、その時の偽ざる実感であった。もし、この文章を読み返さなかったら無意識で、
当時の記憶の消去を頑なにしていただろう。それだけあまり思い出したくない日々であった。誰もが入社したての頃はそうだろうが。
 書き残すということは非常に長い目でみても有益なことである。「猿人類と人間の差は魂を持っているかどうかの差である。
魂とは、言葉を持つことによって得ることが出来る。」という猿人類学者の言葉を、このような日記を読み返すと実感する。
言葉で書き残してなければ、当時の心の叫びは残ってない。おりおり、配属の日の日記とか、卒業式の光景、そして神戸の日々とか、
禅寺の一日を書き写してみるつもりだ。 ただし五日間のみにする。あまり当時を直視したくない。
心情を書き残すということは魂を書き残すことと実感する。 今このような日記を書けといっても書くことは出来ない。

ーーーー
S5709事業百訓 
 ー1982年7月9日記(社内報)より
 何かの偶然で私自身全く貴重な経験をしてみた。 修業という事で、三重県のA社に勤め、考えるところがあり再び学校へ入り、
その後石川県のB社に再就職をし、
  ー以下は字数の関係でカットー2007年10月23日
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2003年10月23日(木)
932, ある旅行代理店の廃業

 ツアー大好き人間として、旅行代理店遍歴を多くしてきた。
ー以下は字数の関係でカットー2008年10月23日

・・・・・・
558, 仕事と性格形成
- 2002年10月23日(水)

知らないうちに人間の考え方は、自分が実際に携わっている仕事に影響されているのを最近強く感じる。
私のような大商圏を相手にする仕事の場合、どうしても小商圏を相手に仕事をする人との考え方が正反対になる。
気が合う相手は大商圏の仕事や、大手相手の事業をしている人だ。 小商圏といえば、お互いの目を気にして「世間様」
を第一にしなくてはならない。お付き合いとかの人間関係の中から情報やビジネスチャンスを捉える事が重要となる。
大商圏を相手にしていると、逆にそれが邪魔になることが多い。
近目と遠目のちがいである。遠視になってしまい近くのことが見えなくなる、逆に小商圏は近視的視点になってしまう。
この違いの乖離が最近特に大きくなってきている。最近それを指摘されるが、といって今更変えようとも思わない、
また指摘する人は小商圏相手の仕事をしている人だ。 もっともそのことすら理解できない人だ。
数年前から間隔をおいているが、そうすると大部分の人になってしまう。
最小限の人とのいきちがいは仕方がないと割り切っている。 銀行も政府系や都銀との付き合いに傾く。
人間関係もどうしても地元でない人が多くなる。地元の人と一切付き合わないで済むから、地元では異様に思われているだろう。
大商圏的生き方として当然の事と受け止めている。特に父親はこの傾向が強かったモデルがいるから更にそれで良いと思ってしまう。
気が付いたら一人というと頑固爺の末路だろうが、その辺の変身は早い。 ある中国出身の作家がいっていた。
「地元で商売をするな、因縁がらみで何も見えなくなる。 他所なら全く関係なく、ビジネスとして割り切れるから。」
全くそのとおりである、ブラックジョーク以下の現象がビジネスで日常になってしまう。 地方の景気が最近悪いのは、
これに近い原因である事はいうまでもない。 情報化でグローバルの時代になってきた為だ。
これからの時代ますます大商圏的生き方の流れになる。 手前勝手か??

・・・・・・・・
[195] 宗教戦争ー6−  2001/10/23
 -イスラム原理主義とはー
   ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違い

原理過激派はイスラム教を母体としたカルト教と思えば簡単である。
ややこしいのがイスラムが母体という事である。 モハメッドは一人考えた!
「何故アラブ人に偉大なる神がないのか、預言者がいないからだ。
そうだそれを考えている自分が預言者になればいい」と考えたのだろう。
まずは「コーラン」をユダヤ教の「タルムード」の代わりと考えた。そんなもの、宗教とは。

宗教学者ひろさちあ氏が月刊誌に、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教の違いを解りやすく書いていた。
ユダヤ教は・・・・「旧約聖書」プラス「タルムード」
キリスト教は・・・「旧約聖書」プラス「新約聖書」
イスラム教は・・・・旧約聖書プラス「コーラン」
まずベースが旧約聖書である。  三宗教のうち、
・父親的な立場がユダヤ教、その父親から長男のキリスト教が誕生、次男のイスラム教が誕生した。
・ユダヤ教では、ーアブラハムが神ヤーヴェと契約を結んだ。
 その契約は、人間のほうからは、あなた以外の神と絶対に拝みませんと誓い、その契約にもとずいて
 神は人間にあれこれと命令する。その命令が律法だ。 したがってユダヤ教は本質的にー契約宗教です。

ー以下は字数の関係でカットー2007年10月23日


2757, 今後のノーベル賞の有力候補は?

2008年10月22日(水)

  
 一昨日の産経新聞 【正論】の 
  ー ノーベル賞で「銀メダル」の日本 ー  が、面白い! 
 その中で、今後の日本のノーベル賞の候補を何人か挙げていた。
 アメリカの国力を感じるが、日本も満更ではないことが窺える。
  ーーー
 ●≪政府の50年目標も有望≫
 アカデミーが南部陽一郎、小林誠、益川敏英の3氏の日本人に2008年のノーベル物理学賞を授与すると発表し、
翌日には同化学賞を下村脩氏に贈ると発表した。日本人がノーベル賞を受賞するのは、2002年の田中耕一氏(化学賞)と
小柴昌俊氏(物理学賞)以来6年ぶりで、同じ分野の賞を3人で共同受賞するのは初の快挙である。
この結果、自然科学系のノーベル賞を受賞した日本人は13人となった。
今回の快挙を含めて、最近ノーベル賞での日本人の進出が目立つ。 化学賞は2000年から白川英樹、野依良治、田中耕一
の3氏が3年連続で受賞しているから、下村脩氏で4人目となる。
物理学賞についても小柴昌俊氏と今回の3氏を合わせると4人が受賞。9年間で8人の日本人科学者が受賞したことになる。
 1901年に創設されたノーベル賞を20世紀に受賞した日本人科学者は物理学賞が湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈の3氏、
化学賞は福井謙一氏と白川英樹氏、医学・生理学賞が利根川進氏の計6人だった。
それが21世紀に入ってわずか8年なのに、すでに7人が受賞した。100年分を8年で超えてしまったのだから驚異的といえる。
日本政府は科学技術基本計画で「50年間で30人以上の自然科学系のノーベル賞受賞者」という数値目標を掲げたが、
このペースでいくと可能性がある。
  ●≪医学・生理学賞も圏内≫
 これまでの自然科学系受賞者の国別ランキングをみると、トップは224人の米国、次いで75人の英国、68人のドイツ、
29人のフランス、16人のスウェーデン、15人のスイスが続き、13人の日本はロシア、オランダと並んで7位である。
ところが、今世紀に入ってのランキングは、30人の米国は別格であるが、7人の日本は何と英国と並んで2位を占める。
21世紀の自然科学系のノーベル賞争いで現在、日本は銀メダルという素晴らしい成績である。
 さらに、今年の医学・生理学賞は日本人の日沼頼夫氏が受賞する可能性があった。 中略・・・
  ●≪他分野でも世界が注目≫
 これからもノーベル賞のラッシュが続く予感がする。物理学では青色発光ダイオードの中村修二氏、カーボンナノチューブの飯島澄男氏、
巨大磁気抵抗効果の十倉好紀氏、光ファイバーの中沢正隆氏、化学では鈴木・宮浦カップリングの鈴木章氏、炭素繊維の遠藤守信氏、
医学ではiPS細胞の山中伸弥氏、抗コレステロール剤スタチンの遠藤章氏、先天免疫の審良静男氏、ニューロサイエンスの菅乃武男氏
と多士済々である。・・・・・
 最近の日本人の活躍は自然科学者だけではない。2003年には宮崎駿監督が『千と千尋の神隠し』でアカデミー賞の長編アニメーション賞
を受賞し、漫画でも『ドラゴンボール』『ポケモン』『ナルト』が世界を席巻した。 日本の文化が国際的に認められているのだ。
戦前の日本は米国や英国と肩を並べる軍事大国となり、戦後は米国に次ぐ経済大国となった。 これからの日本が目指すべきは、
かつての軍事大国や経済大国への道ではなく、文化大国という新たな挑戦ではないかと思われる。 (なかはら ひでおみ)
 ーーー
 これとて文化勲章と同じワッペンでしかない、ワッペンはワッペンだが、一緒に喜ぶことが大事! ただ、それだけのこと。

・・・・・・・・・・
2007年10月22日(月)
2393, 恥はかかせろ、いじめはなくすな

   戸塚宏が、「新潮45」6月号に寄稿していた文章が考えさせられた。
   彼は自分の戸塚ヨットスクールで、生徒を何人か死なせた責任で6年の実刑を終えて、
    再びヨットスクールで指導をしている。石原慎太郎も弁護者で彼を支持している。
    ーまず彼の論の概要をまとめてみるー
 
  *力は悪か、いや善である。
・6年経って出所して、子供たちは良くなったかといえば、ますますオカシクなっている。
 生気がなくなり、得体の知れない無力感を漂わせ、一方で些細なことで直ぐに自殺する子供が増えている。
・暴れる子供はまだよいが、無気力で何も行動を起こさない子供は直しにくいし、完全に直らない。 
 登校拒否とか、引きこもりやニートといった、社会に反発する力のない子供たち。彼らは幸福を感じる能力もないし、
 幸福になろうと行動もしない。人類始まって以来の、最も奇妙な生きものが出来上がってしまった。
・明らかに戦後教育が間違っていた。戦後教育は「力は悪なり」と教え込んでいた。
 教育者も親も、その信者で子供を強くすることは悪だと思い込んでいた。 そして子供たちを弱く弱く育ててきた。 
 しかし、力は善に決まっている。弱ければ役に立たない。海で溺れている子供を、腕におぼえのある人が助けて、
 子供は一命を取りとめることができる。 力があればこそ助けられるのである。 強いからこそ、行動ができるのである。 
 それをどこで、どう間違ったのか、「悪」としてきたのが、戦後教育なのだ。
・子供を教育するに当たって、「褒めて育てる」ということがまかり通っている。
 「叱るより褒める方が正しい」と親も先生も思い込んでいる。だが「褒めるより叱る方が正しい」に決まっている。 
 褒めて褒めて、みんな駄目にしてきたのである。 叱ることを、罰のひとつとしてみよう。 罰は世界中にある。
 だから人間の本能である。 本能は種族保存を目的としているから善、当然、罰は善である。
 駄目な奴、失敗した奴を罰しようというのは、善なる目的を持っている。 それは、 相手の進歩でもある。 
 罰は相手のためを思ってやることなのだ。叱ることも同様で、相手を考えて叱ってやるのだ。
・いまは何でも気に入らないこと、悪いことは人のせいにするような若者が増えている。
 自分が幸福でないのは、あいつが悪い、社会が悪いという具合に。
 自分の責任を棚上げしてしまう。だから自分の責任として考えなければ、その人の責任はない。
・叱って、自分のやったことは自分の責任だと、その責任を明確にしてやる。
 そうして初めて己がよくわかるものなのだ。 自分より上の人がわかってくる。
 そうするとそこに出てくるものは何か。 恥である。恥は怒りを導き、人間を進歩させようとする意志と行動を生む。
 つまり、恥をかく能力は自分を進歩させる能力なのだ。だから私はいつも、いかに恥を出してやるか、に心を砕いている。
    ーーー
    ヤンキー先生とかいう、わかったようなことを言っている男をTVでみかける。
    まあ、それなりに若者を理解して指導をして効果を上げているのだろう?
    しかし、何か若者に媚びているだけに思えて良い印象はなかった。半年ほど前に戸塚宏と、ヤンキー先生が議論をした。
    数分でヤンキーの化けの皮が吹っ飛んでしまった。見ていても気の毒で、哀れな無様な姿が、そこにあった。
    私の見方が歪んでいたのか、自省しながらみていたが、そうではなかった。
    不良のエネルギーの方向を変えることと、引きこもりの心に火を点ける視点は違うが。
   戸塚の「叱って『恥だし』をして、怒りを導き出し、意志と行動を生み出させること」これはやる気を引き出す基本。
    それにしても、9割の若者たちは酷い、あまりに酷い! 自ら気づいてないからなお恐ろしい。
                             ーつづく
 ・・・・・・・・
 2006年10月22日(日)
2028, ネット空間「セカンドライフ」
                          才八∋ウ_〆(∀`●)
最近のネットには、日々驚かされることばかりである。
 ー朝日新聞の文化欄の記事(10月19日)ー
  :現実に溶け込む仮想世界「もうひとつの世界」で起きたメディアの地殻変動:には、驚かされてしまった。

   「ネット上の仮想世界で建物を作ったり、売ったお金で現実に住居を手にいれた」
    というような夢のような話が起きている。今月中にも日本語版サービスが始まる予定という。
    この3D仮想空間は最近では「メタバース」と呼ばれ、ネットを全く変えてしまうのでは、という見方も多い。
 
 ーここまできたか!という内容の概要をまとめてみたー
・舞台は「セカンドライフ(SL)」というオンラインサービス。
・全米で始まり90ヶ国を越える国から参加者を集う仮想空間。現実の経済や学術とも融合する空間として注目を浴びている。
・ユーザーは登録すれば無料で遊べるが、10ドル支払うと土地を所有する権利を与えられる。
 従来のゲームのようにあらかじめ提供された世界の中で遊ぶのではなく、
 ツールを元に自らあらゆるものを作り出したり、クリエイターから買ったりする究極のCGM。
・個人・法人を問わず、自ら作り出したものには著作権が与えられ、売買する権利もある。
・取引に利用される架空の通貨リンデン・ドルは現実のドルとの換金が可能で、このバーチャル空間で
 実際に生活をする人も現れている。いまや新たなマーケティングツールとして活用する企業が急増中。
・ユーザーにはTシャツとジーンズ姿のシンプルな「アバター」が与えられるだけ。
 ほしいものがあれば、洋服であれ、建物であれ、提供されたツールを元に自分で作るか、
 誰かから購入するかしかない。与えられるのは、白いキャンバスを提供されているだけ。
・ゲームとの最大の違いは、仮想世界を構成するCGなどを作れ、現金に交換できる点だ。
 都市や、建物、衣服、映画などの表現作品まで、すべて参加者が専用ソフトでつくる。そうした物の売買に使われる
 リンデンドルという[通貨」は米ドルとの交換が認められているため、現金化する道が開かれている。
・現実にSL内で、「妻がファッションデザイナーとして稼ぎ、夫は都市づくりに半年従事。その建物などを売り、
 二人は現実の住居を手に入れた」「SL内のゲーム『トリンゴ』が任天堂の携帯ゲームに使われヒットした」
「人気アバターがアメリカビジネス誌の表紙を飾った」というケースが出ている。
 (以下、字数の関係でカット2008年10月22日)
           (+●∀●)ノ さいなら! さいなら!
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2005年10月22日(土)
1663, 「人生の実りの言葉」−3
    ー独創?

・この章ー独創?ーの冒頭の「ゲェテとの対話」ーエッケルマンを抜粋してみる。
「世の人はつねに独創(オリジナリテート)の話をするが、どういう意味だろう。
 生まれるとすぐ世界は影響しはじめ、そして死ぬまでつゞく。一体エネルギイと力と意志と以外に自分のものがあるか。
 若し私が偉大な先駆者や同時代の人に負うた点を一々あげることができたら、残る所はきはめて僅かだろう。」
・更に、この章の一番のさわりの文を抜粋する 
 (以下、字数の関係でカット2008年10月22日)

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2004年10月22日(金)
1298, 2000年前のポンペイ −2

 図書館で何気なく歴史コーナーを見ていたら、「『ポンペイ』完全復活、2000年前の古代都市」というグラビア集があった。
一ケ月位前にTVで『ポンペイ』を特集していたのをDVDに録って、その面白さに繰り返し見た後なので、思わす時間を忘れて、
その場で見入ってしまった。もちろん、借りてきて見ているがTVよりさらに深い内容である。
本は、映像では表現できない違う役割がある。 AC/79年8月24日、ヴェスヴィオス山の大爆発で火山灰で埋没したこの街は、
その18世紀半ばからの発掘によって、古代ローマを知る上で大発見になった。それまで、古代ローマの遺跡といえば、
ローマ市郊外の遺跡であったり、地中海沿岸の都市であった。ローマ帝国は、このような街が数千もあって支えられていた。 
しかし、それらはその後の追加工事などで、当時の原型を殆ど留めていないものばかり。
これだけ、完璧に残って発見されたのは歴史上初めてである。 
街そのものを、石膏(火砕流)を流し込んで、そのまま保存したようなものである。
 ーそのグラビアの内容とはー
・街全体の航空写真と、それを元につくられた街の復元の絵
・それで解ったポンペイの都市計画図 そして街の構成と築造技術
・給水システムと下水システム
・共同墓地と体育場と円形闘技場、そしてスタビア浴場
・娼婦の館の写真と、そのレイアウト。 そして、そこに描かれていた男女交合の絵
・完全に残っているパン屋と、内部の工場と、パン原型 そして、それをもとに作られたパン屋の想像図
・複合劇場施設の航空写真と、その図面と、想像図
・音楽堂と、そこに描かれていた壁画と、残されていたタンバリンと、ブロンズ製のパンパイプ
・街の心臓部になっていた、市民広場 そこでは、街の住人や、郊外の豊かな農民、
 商人、遊び人など様々な人たちが集っていた。そこでは選挙もおこなわれていた。
・公衆トイレもあり、入ると控えの間があり、外からは見えないようになっていた。
 そこを入ると便座があり、排水溝があって常に水が勢いよく流れていた。
こう見ると、現代の都市と大して変わりがないといってもよい。               
                     ーつづく
・・・・・・・
2003年10月22日(水)
931, 強みに焦点をあわせよ

「強みに焦点をあわせる」経営学者のドラッカーの一番好きな言葉である。
企業にしても人間にしても当てはまることだ。強者は強みを最大限いかすから強者になり、
弱者は弱みのうえに自己を置くから弱者になるのだ。まずは自分の強みとは何かを探さなくてはならない。
過去の中でうまくいった事、埋もれている潜在的な何かを自分で探すしかない。 企業もしかりである。 
その強みを活かしていくと、それが違いになってくるのだ。 それを個性というが。 強みを探すとき、
「他との違いを探す」方法もある。 違いの中に強みがあることが多い。弱点に見える中に、強みがある場合も多い。
 一例をあげると、柔道の棟田という重量級にしては、極端に背が低い選手がいる。
彼は外国の背の高い選手に強いのだ。重心の位置が低い利点を活かして、相手を投げ飛ばす。
 強みを活かし続けると、そこに独自性が生まれてくる。
強みに焦点を合わすと合わさないとでは、時間の中で大きな差が生まれてくる。
ついつい弱点の矯正に気が回って、いつの間にか重心がそこにいってしまう。
弱点を修正することより、強みを活かすことに全力をあげる事だ。 人を使う場合もそうだ。
ついつい弱点に眼がいってしまう。意識的にその人の強みを探し出して使うことだ。
 私を例にとるとーまた露出だが、
・8人兄姉の末っ子 ・両親とも商家の出で商売大好き人間 ・私の幼児期は敗戦の真っ只中で、転業の創業期  
・末っ子の知恵 ・人を内側から多くみている ・負けず嫌い  これは強みでもあり、弱点にもなる。
 少なくとも勤め人より、商売系が向いている。それも時代の変化に対しての創業系ー転業を活かすのに向いている。
 弱点は自制がきかないで突っ走ってしまう危険がある。

・・・・・・・
557, 基調色-着こなしのコツ −2
2002年10月22日(火)

ある洋服屋だった社長から聞いた話である
ー昔の大金持ちの旦那衆は、目立たない高級呉服を似た柄で何枚も持っていて毎日着替えていた。
よほどの目が利く人でないと、その違いが判らない。無頓着にいつも同じ服を着ていると思わせていたという。
チョットした柄の違いのもので、羽織や帯や足袋をかえていた。そういう粋な着方が本当のお洒落だとかー
基調色を決めておくというのに合い通じる内容だ。たったこれだけの話の中に多くの教訓が入っている。
シンプル、スタンダード、スペシャリテー、セグメントのチェーン理論のドライ主義が全て入っている。 
一番主義と集中主義である。目立たないーシンプル、スタンダードー似た柄で、高価なースペシャリテー、
何枚もーセグメントである。何代も続く家柄という長い時間の中で、体得した知恵なのだろう。
日本も洋服を着るようになって、まだ日が浅い。 着こなしでは当然欧米人に比べ落ちるのは仕方がない。 
しかし和服ではチャンと着合わせが出来ていた。 色というと7色が基本となる。どうしても私などは単色と思いがちだ。
しかし赤一つとっても数千種類もあるという。理屈からいえば無限のはずだが。 江戸時代はその色の違いを楽しんでいた。
そして自分の好きな赤を決めていたという。 本当にイロイロあるものだ。

・・・・・・・・
至高体験-1 2001/10/22

もう10年前に読んだコリン・ウイルソンの‘至高体験’が面白かった。
フロイトは‘性’で、ユングは‘聖’で、アドラーは‘権力’の視点で精神分析を深めていった。
しかし彼ら心理学者は精神症・精神病の患者の医者の立場だ。 これに対して‘非常に健康的な人’
の持っている性格的特性とかを調べた。 そしてその共通点を探したところ、普通の人に対して‘至高体験’
が多いという事だった。至高体験とはこれ以上ない感激の極み、絶頂の幸福感をいう。
インドを旅行した時、ツアーで一緒だった女性に「20年前にインドに来たとき、ハシシー麻薬を吸ったことがある」
と言ったので「どういう気分になるのか?」聞いた。 「とにかく楽しくって、笑いが止まらなくなった」とのこと。
しかし薬物は中毒になる。死ぬときの痛め止めの薬物の楽しみに取っておくとよい。 ある姉が嬉しそうな顔をして、
「極致の喜びを味わったことがある?」と数年前か私に聞いた。少し躁鬱の気がある人で、近くにいた義兄がハッとした。
「まさかオルガニズムの事でも言い出すのでは?」と私もその瞬間思った。
「それでは貴女はあるのか?」と聞いたら、「一度ある」という。
もちろん私がそういう系統ー精神分析とか、心理学が好きということは解らないようだった。
そちら(セックス系)の内容でなかったが、「私は三桁は軽くある」、と答えると全く信じられない反応であった。
「そんな事絶対あるわけはない」という。「それでは長島が昨年(7〜8年前)セリーグで10月6日に大逆転優勝をした時に、
至高体験したのでは。長島は三桁は至高経験をしているのでは?」といった時、やっと納得した。
私の場合では、海外旅行で数十回はある。また事業で一仕事終えた時、緊張感の極めの合間の一瞬の弛緩の時、
あるいは会社の忘年会とかに絶対的幸福感になる。 (それだけ盛り上がる)上げれば限がない。
これはある程度の訓練も必要だ。会社で昼休みに30分、アルファー波の発生器に‘聴く麻薬の音楽’
(アルファー系音楽)を繋げて、もう10年以上聞いている。(アルバム日記に写真あり)
それを毎日している為か酒を飲んだ時など、直ぐブロックが外れそれに近い状態になる。
少しきわどい内容になるが、コリー・ウイルソンのその本に、「ロシアンルーレットがその状態になりやすい」
と書いてあったことをおもいだした。ピストルに弾一発を入れ、弾そうを回すやつだ。そして引き金を引く。
6分の1で死ぬやつだ。死の緊張感と助かるのを楽しむ。
そして相手と自分が死ぬまでやるやつだ。助かった時の幸福感は至高体験に近いらしい。
家内が不思議そうな顔をして、何人もの友人が「自分を不幸と信じているみたい?」という。
少しは勉強すれば?と思う。 生きているそれだけで素晴らしいのに!


2756, 何か変な世界の空気!

2008年10月21日(火)


 *AIG、当初借り入れ8・4兆円の融資枠、ほぼ使う!
株は九千円を回復したが世界経済の実態は火が燃え盛っているようだ。。 
 昨日の日経新聞に何気なく
「AIGが、FRBからの当初借入総額850億ドルのうち829億ドルをほぼ使い切って、残りはわずか21億ドル。
6日には緊急融資枠として378億ドルが追加され、現時点では融資枠総額が1,228億ドルになってしまった」
とあった。 近々に、この1,200億ドル(円換算で12兆円余り)を使いきるだろう。
既に単純計算でも三千億の利息が発生しており、このままの状態が続くと、FRBは重大な決断を迫られる。
恐ろしいことだ。 AIGだけでなく何処の火薬庫の火が点火するかの問題になってきた。
リーマンの負債の毒だけでも大きな火種である。それにGM/フォード、シティー、まだ表面化してない
大手金融機関、大手企業が何時表面化するか分からない事態である。
 −−
 *北朝鮮が変
北朝鮮の金正日に重大事態があったのは事実。 それが死亡か、政変なのか分からない。
産経新聞に北朝鮮の外国などの官公舎に「禁足令」が出ているとか、軍部の動きが変だとか、
アメリカ軍が異常な動きをしているとか、何だろか?  CIAが何かを仕掛けたとか。
共和党系の軍部が大統領選挙対策で?・・・ 何かおかしい。 
 ーー
 *オバマが、このままでは勝利の勢いだが、
このままだと、オバマが勝ちそうだが、共和党のマケインの最後の望みは「ブラッドリー効果」。
1982年の選挙で絶対有利と思われていたカリフォルニア知事選挙で、絶対有利と思われた黒人のブラッドリーが、
黒人ゆえに落選したことに起因している。 白人は建前ではブラッドリーを支持していたが、いざ投票では・・・
もしかしてブッシュが選挙対策で、北朝鮮に攻撃を仕掛けるか、謀略をしかける可能性もある。
 ーー
 *衆院選挙は?
自民党の悩みが手に取るようにわかる。選挙を延ばすほど自民党の当選の数が減るし、
もう当分は政権は戻ってこないだろうし、権力の味は少しでも味わっていたいし、というジレンマ。
国益からすれば、民主党が政権を取ってから、民主党内から造反が出て、政界再編製を早くやることだ。
時間がないといっても、仕方がないだろう。この国のサイズを小さくするために。それが、世界の潮流でもある。
戦後、アメリカと共に肥大化してきたのだから、ダウンサイズするしかない。

・・・・・・・・・
2007年10月21日(日)
2392, 人生で出会いしもの
                φ(* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]ヘ

   10月02日(火) の {「2373, 人は60歳で何をしたか」−2} の読書日記で、作家の新井満が寄稿していた
  「60歳以降に何をすべきか」について書いた。ところが、その中で彼の奥さんとの出会いの話が非常に印象的だった。
   人の出会いの不思議さをつくづく感じる内容である。20歳代に何回かダブル・デートで、片方が結婚したケースがあった。
   私は相性のあう相手がいなかったか?ためか、簡単に一生の伴侶を決めてしまう彼らを見て、
  「何でもっと色いろな人を見てからの方が?」と、不思議でならなかった。
  「本当に決めなければならない時は、それなりの人と出会うもの」と、信じて疑わなかった。
   更に、常に4人の姉と比べて、それ以下?は妥協できない! あとは両親に対して自信を持って紹介できる人?
   という無意識の判断があったのだろう。ところで、姉と上さんドッチが?? まあ、それはそれで・・・
   色いろあって、新井満の、こういう出会いに驚いてしまった。もう少し、色いろな女性と付き合ってから
   という生き方もあろうに? というのも、相手次第ということか! それにしても幸せな人だ。
 ーその一部を抜粋してみるー
   −−−
 *人生最悪のコンディションで出会った運命の人は誰だったか

人にはそれぞれ、運命的な出会いというものがあります。 私にとっては妻との出会いがそうでした。
19歳の大学生のときに、郷里の新潟から上野行き特急の座席指定車に乗ったら、隣の席に座っていたのが、たまたま彼女だった。
以前から、おふくろには「東京の女には気をつけろ」とよくいわれていました。
見るともなしに見ると、どう考えても典型的な東京の女性。ベレー帽かぶって、その上にミニスカートです。
だから列車が出発して2時間ぐらいは一言もしゃべらなかった。清水トンネルを越えたあたりから、ちょっとお腹が減ってきたので、
ポストンバッグの中から、おみやげの笹団子を出して食べようとしたんです。 すると、どうも団子を持った手に熱い視線を感じる。
新潟を出て2時間も経っていて、私も空腹を感じているんだから、きっと隣の彼女もそうだろう、とそのとき思った。
で、どうしようかと一瞬迷ったんです。おふくろからの注意もあるから、そのまま放っておいてもいいわけですからね。
だけど、身近にお腹を空かしている人がいるのに、それを見て見ぬふりをするのは、やはり温かくないですよね。
で、一種の人類愛みたいなもので(笑)、ジーッと熱い視線を笹団子に注いでいる彼女に
「よかったらこの笹団子、一つ食べてみませんか」と差し出した。 
普通、見ず知らずの男から食べ物を進められたら、たいていの女性の反応は決まっています。
多少気持ちが動いたとしても「いえいえ、とんでもない」と一応は遠慮するものです。
  ーー
  *人を疑わない態度にひかれて自然と会話がはずんでいった*
 ・ 以下は字数の関係で中間カット(2007年10月21日)・
  ーーーーー
最終の学校時代に出会った人が最適の人と出会う確率が高いというから、
彼は彼なりに最高の人と出会ったのだろう。
               ババ━━━( ´ _っ`)ノシ━━━イッ!!!
・・・・・・・・
2006年10月21日(土)
2027, 「私」のための現代思想  −14
        おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

ーこの章の一番のポイントは次の部分であるー
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
それでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。また、構築されていた《私》も消滅しません。
    ーー    
 何度も何度も、この部分を考えてみた。納得できるような、釈然としないような深い内容である。
 《私》が死なないのは、ソクラテスの《私》がプラトンによって記録されて、永遠に生きていることをみても解ることだ。
 《私》は消滅しないということが哲学的にみて正しいとすれば「いま生きている瞬間」を全てを丁寧に、そして人生そのものを、
 あらためて考え直さなければならない。 {<私>と《私》は消滅しない}という言葉を「超越確実言明」としていれば、
 過去の人生は変わっていた!「死んでしまえば、それまでよ!」を{超越確実言明」としてきたが、
 そうではないということだ。 ブログなどで自分を語り、公開する時代なら尚のこと顕わになる。
その意味で、この本は難しい内容だが、根本から人生観を考えさせられる。「私」のことだから、根本問題である。
<身体>が消滅しても、<私>と《私》は消滅しないというカルトみたいなことが論理的にもいえるとは・・・
もう一度、本当に納得できるものか振り返ってみたが、矛盾は無い。 <身体>も<私>も《私》を大事にしなくては!
ーー
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −
    ー 正しく死ぬ・正しく生きる ー
    
 *<私>は「死」によっては消滅しない*
「《私》は、<他者>によって引き受けられている」<身体>が消滅しても、<私>は存在しつづける。決してカルトではない。
ある個人の「死」とは、<身体>に属する要素が存在しなくなることを指す。
死によって、<身体>が消滅し、<身体>の属している「声」も消失します。
しかしそれでも、<私>を構成する要素である「超越確実言明」は消滅しません。また、構築されていた《私》も消滅しません。
さらには、<声>によって共振することはできないものの、<他者>も消滅しません。
   <身体>が無くなり、「声」への応答がなくなったことによって、<他者>は直接的に「糧」を得ようと
   《私》や<私>に接近し、それによって、<他者>が共振を受け取ることができます。
   一方、死によって発生するのは、「もはや『糧』を得ることのできない私」であり、「受益を放棄した私」です。
   死んだ後に残るのは「<他者>によって引き受けることのない生」としての《私》と「超越確実言明」の束としての<私>。

 *「死ねば楽になる」は正しいのか?*
「死ねば楽になる」は、「死ぬ」−>「辛さから逃れる」と変換できる。
そこでの「辛さ」とは、束縛から逃れられないときに<私>が発生する信号である。
それは「私」が「逃れる物語」を遂行中であり、かつ、そこにおいて「自由が失われている」
ことを指している。「辛さ」とは、<私>において発生し、<私>に含まれる概念であるということです。
したがって、まず「どの物語が『辛さ』を発生させているのか」を考えるのが、論理的な思考であるはずです。
それがわかれば、それを放棄すればよいだけですが『生きること自体が辛い』という場合は、自ら死を選ぶことになっていまいます。
[<身体>の消滅]−>[辛さから逃れる]は正しくありません。なぜなら、[辛さ]とは<身体>に属する概念ではないからだ。
但し、[<身体>の消滅]→[痛みから逃れる] は、可能です。 痛みは身体が発している信号なので、<身体>が消滅する
ことによって発生しなくなります。[<私>の消滅]−>[辛さから逃れる]という図式を考えなくてはなりません。
これが[死ねば楽になる]という表現の意味です。 末期ガンの患者が望むそれ?

   <私>の思考は、すべて「超越確実言明」という基盤を支えとして、その上に構築されています。
   そして「超越確実言明の束」とは<私>そのものです。それに、論理は自己言及できないということを考え合わせると、
   <私>という基盤の上に構築された論理が、<私>を否定するという構造は、矛盾していることになる。そして、
   その結果として「<私>の否定」を意味する「死ねば楽になる」という考えは誤りであり、成立しないことがわかります。
   −−
  以上だが、死ねば楽になるのは、身体の苦痛とそれに伴う絶望だけ。 精神の歪みが「死ねば楽になる」と妄想させる。 
 それでも、死にたくなるのは解るけど! だから、死後に天国のイメージを作りあげたのだろうが・・  
 その一つが音楽、そして絵画であろう。毎晩、クラシックを聞きながら「ア〜よい一日だった!」と思いながら寝入っているが・・
 それでも夜半にマイナスの気持ちが襲ってくる。 それが人間じゃない?
 死ぬしかない時、「死ねば楽になる」と思えたら実際のところよいが、理屈は違うのです・・ まあまあ!
                Good.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye
・・・・・・・・・
2005年10月21日(金)
1662, 「人生の実りの言葉」−2
ー運命
 この章『運命』冒頭のモンテーニュの「エッセー」の一節がよい。

ー運命はわれわれに幸福も不幸も与えない。ただその素材と種子を提供するだけだ。
それを、それよりも強いわれわれの心が好きなように変えたり、用いる。
われわれの心がそれを幸福にも不幸にもする唯一の原因であり、支配者なのである。ー
自分の人生で、いつも何時もこの心の葛藤があった。そして、いつも何事も修行と思えば気分まで卑屈になることはなかった?
何事も、その対処をするに如何考えるかである。 高見順がガンによる死の前にこういう詩を作った

    電車の窓の外は   光にみち
    喜びにみち     いきいきといきづいている
    この世ともうお別れかと思うと
    見なれた景色が    急に新鮮に見えてきた

    この世が        人間も自然も
    幸福にみちみちている  だのに私は死ななければならぬ
    だのにこの世は実にしあわせそうだ
    それが私の心を悲しませないで  かえって私の悲しみを慰めてくれる
    私の胸に感動があふれ    胸がつまって涙が出そうになる
                                
       高見順『詩集 死の淵より』
  ーーー
 死に切迫した人間の、ぎりぎりの葛藤から生まれる孤独の詩である。
誰もが身近な人の死に直面した経験があるはずだ。
・・・・・
  以下は字数の関係でカット(2007年10月21日)・・
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2004年10月21日(木)
1297, 原価は一人170万円

毎日新聞の『外国人事件の実情』という、シリーズものの記事によると、
「フィリッピンパブや、外人パブや、性産業に売られる女性の値段は一人当たりの原価が170万円前後。
女は原価の3倍の500万を返すまでは逃げられない」という。 その筋の男の話によると、
「タイの女性なら、シンガポールやブルネイに寄らせて、その国の偽造パスポートで日本に入国させる。
両国は、日本入国にビザが必要ないからだ。 現地からブローカーが付き添い、
例えば上野のホテルで170万円と引き換えで引き渡す。タイ、フィリッピン、台湾、コロンビア・・・。
女性の国籍はさまざまだが、値段の原価は一緒である。取締りの厳しい時は、品不足になり、高くなる。
売春の値段は大体、泊まりで3万が相場で、早い娘で3ヶ月で返す娘もいる。その後は儲けになるから、悲壮感は無い」とか。 
一方で、「同じ地域の出身者を一箇所に集め、逃げたり通報した場合、どの家の娘か分るようにして、
ブローカーから家族から取り立て出来るようになっている」という。

バブル華やかな頃、何回かフィッリピン・パブに行ったことがあった。
そこは、ただ遊びに行くコースと、口説いて店の外で売春をするコースがあると聞いていた。ただ会話が面白く、
陽気で、何ともいえない異国情緒が良かった。それと、一生懸命、接客してくれるのが良かった記憶がある。
ところが最近になって、殆んど暴力団が背後にあると知った。 彼女等は、こういう値段で仕入れられていたとは、
また日常的に売春がおこなわれていたことも、この記事を読むまで知らなかった。バブルの崩壊とともに、
そういう店が激減したようだが。こういう記事が出れば出るほど、こういう店は激減するだろう。いや、しないか?

・・・・・・・・
2003年10月21日(火)
930, 自己責任の時代

 今日、ある見積もりの結果を見たら、77万円と240万の二つの結果であった。
工事関係は素人が餌食でしかないのだろうか。当事者が解ってやっているのか、どうかも問題であるが。
今のホテルを創めるとき、客室掃除の下請けの見積もりをとった。
五社から見積りをとったが、最低が月67万で最高が280万。
凄い世界を垣間見た思いをした。建設業界は業界そのものが、こういう恐ろしい世界である。
 いま道路公団総裁が首を切られそうなり、自民党の癒着の暴露を脅しにして、情けない醜態を見せている。
今までの官僚社会主義世界の暴露と、自民党の利権汚職構造を露呈してをしてくれるから!、面白いといえば面白い。
奇麗事で人間信頼の経営などというと、こういう手あいが工事で入り込む。社員もだが。
ホテルの創業時には二代目の??ビル管理の専務が、二倍の見積もりを持ってきた。小ばかにしたような面をしていた。
世間様の世界に、だまさて二倍の経費をかけるか、シビアにやるか?当然後者でやるべきである。
いや前者だというのが、いまだ地方世界でまかり通っている。地方ー痴呆の崩壊は当分続いて当たり前である。
 いま、マンションをつくらせ、「入居保障の殺し文句」で詐欺に近い商法をしている会社があるが。
「つりの計画書」も素人騙しそのものである。倒産した「ジュエリーをいつでも買い戻すといって販売道具にして倒産した」
詐欺宝石会社より性質が悪い。 「断言してよいのか?」と思われるかもしれないが、事実だから問題はない。
ある人がマンションビル計画の提案に「入居保障が不可能の場合はどういうケースですか?」の問いに、
「当社が倒産した時」と答えたと言う。こんな営業保障は、当然行き詰るに決まっている。
 株式の四季報でみると減資をしたり、内容が滅茶苦茶!月に一度は自宅に営業から電話がかかってくる。 
義弟にも電話があるという。それもしつこく何回もあるという。ジュエリーの詐欺販売の世界と全く同じである。
これだけもっともらしく広告を出して、よくやるよ!という世界である。素人に、この手あいを見抜くには限界があるはずである。
「マルコー」という会社が以前、違う形で詐欺的商法? でマンション販売をして倒産。
その会社が成長真っ盛りの時に、周囲に「あれは詐欺世界!」と言たが、誰も「まさか!」という顔をしていた!

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556、一秒一円の価値
- 2002年10月21日(月)

[時は金なり]というが、人生という意味でわかり易く考えてみよう。
一秒一円で一生を80年とすると何と25億円になる。 時給1000円のアルバイトとすると、
一生で換算すると7億円だ。時間をお金に置き換えるのはおかしいが、わかり易く考えるに丁度よい。
高利貸しや銀行はその事を一番知っており、借りる方はその事を一番解ってない。
海外旅行は大体の目安が一日3〜4万、実質滞在日が4〜5万円である。
一年を一秒に圧縮すると、一年前が3153万年前になる。
数年前に恐竜がいたことになる。150年前が地球誕生、400年前がビッグバンになる。
人生を考える時に一日に圧縮して考える事がある。昼の12時ですでに40歳で、60歳で夕刻の6時である。
そうすると私は17時半あたりになる。このテーマとは関係ない事だ。
製品もグラムあたりで値段を読む事がある。鉄が安い象徴で、パソコンの半導体が高単価である。
人生で感動の場面は金かプラチナの価値、平凡な日々を銅か鉛と例えると、可能な限りそういう場面を
求めていった方がよい事になる。芸術や大自然に可能な限り触れ感動のシャワーを浴びる事だ。

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「193」 まだ生きている! ー漂流
 2001/10/21 
もう古い?話になったが、数ヶ月前に「33日の漂流の後、奇跡的に助かった漁船の船長」がTVに出ていた。
「スイカが流れてこないかなーとか、おや今日も生きているとか、なかなか死なないもんだとか、ぼーと考えていた」
このような一つづつが奇跡の原因らしい。スイカが流れてこないかなーはプラス発想、なかなか死なないもんだは生に執着しない、
今日も生きているのかというは、事故(自己)の客観化、一人者で、一人船長で待っている家族もないのも諦念にあったのだろう。
10年位前ののヨットレースの佐野某の漂流記を読んだことを思い出した。 鴎をを捕まえて食べていたらしいが、
一種の死の瞬間の倒錯?がすごい。「乗っているボートごと垂直に数百メートル昇っていった」という。
「それは夢でもない事実としかいえない出来事だった」という。かれは手記で今でも絶対に事実と信じていると強調していた。
 ユングがそれに似た経験をしている。瞑想をしていてそのまま天に上るくだりである。
インドの上空をどんどん昇っていく、インドの国の地形,青い海,そして地球が見えたという。
それがそのずっと後,宇宙飛行士が見た光景と同じであった。
中世では人肉を食べた内容が克明に残っていたりした。子供の時読んだジョン・万次郎を思い出した。


2755, 閑話小題

2008年10月20日(月)

 *一昨日は高校の同級会
高校の同級会が一昨日あったが、25年間ほぼ毎年開かれている。
大体、20人位があつまるが、この10年近くで4人が亡くなった。
他のクラスの人が参加をしたりの入れ替わりはあるが、7割は固定メンバーで、
和気藹々と時間を忘れる一ときになる。最近の話題は年金と、病気と、不景気と、孫と定年の話が中心になる。
「今回は年末は金融恐慌のため深刻になるだろうから、早く開いた」と冗談ともいえない幹事の挨拶があった。
ギリギリまで出席しようか止めておこうか迷ったが、この年齢になれば一年後に無事でいられるかどうか、
目先のことは積極的に参加することと出席した。 まあ、面白かった!

 *今年の旅行は?
さてと、今年の旅行と思った途端に、この金融恐慌である。
何があっても一度は海外に行くと決めているが、歴史的な重大な状況に気合が入らない。
最後にとっておいたアメリカ西海岸の国立公園巡りか、英国辺りかの最終判断の段階。
この20年近く憑かれたように旅行に行ってきたが、今後10年の大不況を考えると良かった。
数年後からはロングステーも考えていたが、どうなることか!

 *我が家の庭
最近、早朝のウォーキングの帰宅後に我が家の庭で時間を過ごす習慣がついたが、そこで庭が生きていることに気づいた。 
両親が魂を入れた庭が、二人とも亡くなっても、そのまま生きているのである。それも時間とともに変化している。
父が石と木、母が花を入れたが、それが四季と共に変化をし、段々と深みを増しているのである。
それに気づきだしたのは両親が庭をつくった年頃に、私が到達したということか。
母が亡くなった時に、この家を処分をして新潟市に移動しようかと考えたが、決断できなかった。
このまま家にいて本当に良かったと思えるようになった。 春夏秋と、両親が植えた草木の花が、何処かで咲いている。
家には、それぞれ家霊がいるというが、庭をみていると合点がいく。

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2007年10月20日(土)
 2391, 哲学と心の病
                   (っ´Ι`)っ { おはよう
    図書館から度々、月刊誌「新潮45」を借りてくる。 月刊誌としては人気があって、
   最近の本は殆どが貸し出されているが、時にタイミング良く借りることが出来ることもある。
   お目当ては中島義道「哲学者というならず者がいる」のコーナーと、ご存知、中村うさぎ「セックスという教養」。
   これに、あと一つ中味が濃い特集などの中に面白い記事が必ずある。
   たまに読むには良いが、毎月というと毒が強すぎる。今回の中島義道のテーマ「哲学と心の病」が、これまた面白い!
   いま問題になっている「ひきこもり」の問題の根本を鋭く解いている。
   
  ー面白そうな部分をコピーをしてみる
 ーー
「哲学と心の病」というテーマで講演会の講師をしたおりのこと。
・・・初老の紳士が手を挙げた。引きこもっている息子に対する相談である。
「どうしたら生きがいを見つけてやれるのでしょうか?」という質問であった。私は「生きがいなんて、みな嘘っぱちです。
人生は凄まじい修羅場ですし、そのあげく、どうせ死んでしまうんですから」と思わず叫んでいたが、こういう父親にこそ、
言いたいことが山のようにある。 彼は知的で温厚そうな紳士であり、自分のごまかしを、汚さを、
ずるさを微塵も恥じている風には見えなかった。 そこが問題なのである。
その言いようもない鈍感さに、息子は全身で抗議しているのである。
・社会のルールに従って、仕事において評価され、結婚して家庭を守ることが そんなに立派なことなのか?  
 それがあんたの「生きがい」なのか?それに何の恥も覚えないのか!
・想像力をたくましくして、自分は極悪人かもしれない、と思うことが
 入生において一隣でもなかったのか! それほどあんたはおめでたいのか!
 そのえらい顔を引っさげてこの俺を「導きたい」のか! 息子が思っているのはこのことである。
私は誤解しては困るが、こういう青年達が掛け値なしに「正しい」と、思っているわけではない。
哲学に身体の芯までボロボロに侵食された者が、単純きわまる人生観をもっているはずがない。
私は、そういう両親を攻撃している息子もまたずるいと思う。
そんな、反吐が出るほど軽蔑する奴の庇護の下にひきこもっているのだから、同じ穴の狢である。
そう叫んで家を出、放浪の旅に出てこそ、彼の言葉は輝いてくる。 だが、ひきこもりの青年はそうしない。 
勇気がないのか? それだけではない。 ひきこもりとは両親に対する復讐にほかならないからだ。
両親がおろおろすればするほどおもしろい。 途方にくれるほど、喜びがくみ上げてくる。
彼は、じわじわと相手のの心身を滅ぼしていく復讐の喜びをもって、人間として最も卑怯な輩に転落したのだ。・・・
ーー
   中島自身のことを書いているから、この辺の洞察は鋭い!彼の文を読んでいると、決して家庭円満ではない。
   息子の、そして自分の、その辺の狡さをチャンと見ているから、これだけ抉るように書けるのである。
   引きこもりの息子など叩き出せばよいだけなのである。ただ、それが出来ない弱点を息子が見抜いているだけでしかない。
   マイナスの循環の時は、そう理屈のようにならないものだが。
   浪人生活をすると、逆に独りで部屋に引き込まなければならない。
   自分が招いた日陰の身である。引きこもりは社会に適応できないのが理由。
   そこで如何に意欲を持ちえるかどうかだろうが・・・
   敵が身近な人の場合は、それを打ち破るのは膨大なエネルギーを要する。
   いずれにしても生きるのは大変なことです。はい! 
 それを肌で体験させる戸塚スクールの肯定派です。それが無理なら、せめて見学でもさせろ!親子して!                   
                     (。´・ェ・`。)Bye            ーつづく
・・・・・・・・・
2006年10月20日(金)
2026, 戦後生まれが 80夕紊
                  (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
「戦後生まれが80諭廚反景垢砲△辰拭
私より年上は全体からみて二割弱しか存在してないことになる。 世界からみれば一割もいないということだ。
私が終戦の半年後に生まれたので、戦後生まれの境目の年代になる。
10年の区切りごとに「戦後生まれが何諭廚犯表されるので、それがそのまま、自分より歳下の比率になる。

ある統計値を調べてみたら
ー私より歳下が
 10歳時点で  25
 20歳で    40
 30歳で    50
 48歳で    66諭併以の二)
 60歳の現在は 78
 75歳で    90佑歳下になる。
それにしては地方のせいか、老年が多く目立つ。 齢を重ねるとともに、当然のことながら年上の人が少なくなり、
そして自分も消滅していく順番になる、それが人生というもの。現在の平均年齢は38歳という。
新幹線で通勤していても、背広を着ている同年輩は少なくなった。いつの間にか、歳を重ねてしまっている。
歳を重ねるにしたがい、世の中が澄んで見える反面、新鮮な感覚が少なくなっているのに気づく。
人生二度無いと何時も口癖にして、その時々にやれることを 最大限実行してきたつもりだが、
まだまだやり残していることが無限にある。 誰もだろうが・・・
                    \(^▽^*)バイ!
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2005年10月20日(木)
1661, 腰痛ー3

過去に何回か腰痛について書いたことを思い出し、
HP内の検索で調べたら一昨年と三年前に書いてあった。
家内からは、去年の10月に腰痛になっていたといわれたので、
毎年一度は腰痛になっていることになる。例年、5月の連休前後か11月になる。

今年は、イタリア旅行でなってしまった。軽い時で、二週間。
重い時は一ヶ月近くかかる。今回の腰痛は全治三週間である。
痛みのピークは一昨日で、昨日の夕方から反転して時間ごとに良くなり始めた。
しかし、油断をすると直ぐに元に戻る。腰痛はきつい、そして気力が失われる。
季節要因と内臓の問題もある。特に寒さに弱い。

そういえば5〜6年前に、思いで深い腰痛があった。横になっても立っても何をしても痛いのだ。
脂汗が滲み出て、うなっているしかない。一回も医者にいったことが無いのが、腰痛に対する私の態度である。
しかし、その時だけは一人で救急車を呼ぼうとした。
ホッカイロを腰に当てて、時間を稼げば半月もすれば直る経験則がある。だから、ただ耐えるしかない。

ーーー
2003/11/13
953, 腰痛ー2

腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。
いつも季節の変わり目に出るが、私の場合は寒さで体を冷やしてしまうのが一番の原因である。
いま一つは、パソコンを座って打っていると腰に負担がかかる。
今のところ時間をかけて暖めるしか方法はない。
間接的には、パソコンと寒さがあるが散歩の後、屈伸とストレッチをしたのが悪かったようだ。
腰痛について書こうと思って過去の随想日記を調べたら、去年の連休後に書いていた。
五月の連休後も例年腰痛が出るのだが、今年はどういうわけかなかったが
腰痛になると何もする気が起きなくなる。また一回一回ごの痛みの内容が微妙に違う。
しかし今まで一回も医者がかりはない。経験上、暖めていると長くて10日で大体直ってしまう。
その治療法を40年近くしている。 インターネットで調べたら、腰痛にも色いろある。
デスクワークの人や、お産や生理が原因であったり、内臓の負担からくるものや、運動のやりすぎ、等々ある。
今朝おきたら3分の1位に痛みが減っていた。全治四日の予測が当たっていたようだが、どうなることやら。

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401, 腰痛 - 1   
2002年05月09日(木)

昭和38年の三八豪雪の時、長岡高校の屋根の雪落としをしていて、腰痛になってしまった。
母が腰痛もちで、よく腰が左右に曲がっていたのを見たが、それがそのまま遺伝したようだ。
腰の骨が本当に左右にずれるのである。その時の痛みは言葉に言いがたく、脂汗がにじみ出る。
大体が季節の変わり目に出る。
その対策として15年前から散歩を始めたが、今は腰痛対策というより、
精神的肉体的両面の健康のすべての対策になっている。 散歩も一日30000歩を超えると、逆に腰痛になる。
人間の今の身体の構造は、歩く前提で出来ているという。 何かあったら歩くのが一番自然だ。

腰痛は猿が人間に進化する過程で、腰に不自然な力がかかるようになった。
その結果、人類共通の持病になってしまった。歩行がその対策によいことは、15年続けての実績で解る。
しかし完治はしない。腰痛が出はじめたら、ホッカイロをその部分に当てるのが一番効果がある。
(母の対策を見て知ったことだが)それで4~5日で直るからだ。
医者には一度もかかったことはない。あとは腰痛と仲良くしていくしかない。

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2004年10月20日(水)
1296, 新潟市官製談合

昨日の全国紙が数社、一面トップで「『新潟市官製談合』で強制調査」を取りあげていた。
今朝の新聞では「新潟市役所の幹部を逮捕!」と出ていた。
やらないよりよいが、今さら何をやっているのかの感がする。
自民党の(土建たかり派閥の)衰退が背景にあるのだろう。
このコーナーで、当初より何度か、政治家を含めた国家的犯罪を指摘してきた。
かなり、偏った見方ではないかと思われた人が多かっただろうが、こうして、スコミに出る様になった。

現在の日本は、自民党の土建族の議員を金目とした、
ゼネコン・マフィアシステムが全国津々浦々まで張り巡らされいるのだ。
巧く見積もりを出したつもりでも、設備屋とか、鉄骨業者から全てが筒抜けになる。
彼等は薄ら笑いしながら、談合をしているのだ。 ちなみに仕切りは新潟県では、
・箱物は大成建設、
・土木は鹿島建設 というのは、その筋では公然の秘密?である。
末端の市の幹部本人にとって、マフィア・システムに沿って前の上司の談合汚職の手順を、ただ受け継いだだけだ。
そこで今までの流れに反することをすれば、直に左遷される。
それなら自分にとっても利益になる談合システムに誰が逆らえるだろうか。
全国の市役所で、恒例的におこなわれているのは誰の目にも明らかだ。
恒例で彼ら土建担当が定年退職をすると、第二の職場としてゼネコンの「名刺部長」と採用され、元部下に談合を半強要する。
担当者も定年退職後の職場として想定しているので従いざるをえない。
お互い、一石二鳥の構造汚職システムとして利益になる。 全く面白い国である。
「その何処が悪いのだ!という、感覚が面白い」のだ。グローバル・スタンダードのよいところが、こういう部分で出ている。
地元最大手の??組の社長と、土建派閥の故竹?の娘が確か結婚をしていたようだが。
 ーーー
以前書いた談合についての文章をコピーしておきます、
 2001/12/21
[242] ゼネコンー2
同じ見積もりでも、3〜4割の値段が違ってくる。平気で目の前で2000万・3000万、いや数億の値引きをする。
普通の感覚の世界とはかなり違った世界である。今の不況の原因をつくったのは、ゼネコンの存在が大きいといってよい。
ー以下字数の関係でカットー2007年10月20日

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2001/12/21
ゼネコンの世界-1

26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。その業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。
まずは「談合世界」が基本にある。それと業界の情報網がある。
国家が認める?犯?システムである。こんな事を書いていいのか?もちろんよい。誰も告発は出来ないからだ。
全員が解かっていながら薄ら笑いをしながら、集っているからだ。イタリヤのマフィアの日本的国家版だからだ。
私ら素人?が如何あがいても、どうにもならない世界である。新潟県のその大本は「大成建設」という話を聞いた事がある。
ヤクザの世界にそっくりだ、いやそのものだ。普通の素人は、その世界に入ってきた子羊一匹といったところ。
その中で自分が出来る最大の抵抗を試みるだけだ。
 ー以下字数の関係でカット2007年10月20日ー

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2003年10月20日(月)
929, 忘れられない「悲しい話」

 昨夜は知人の父親が亡くなり、その通夜であった。
87歳の大往生であったが、親の死は傍目で見ているよりずっときつい。 死は直視できない。
死に関しての悲しい話を書いてみる。我家の分家は二軒ある。父が長男で、弟が二人いたためである。
長岡にその一軒がある。
母の7回忌にオバが来てくれた。86歳で影が薄かったのが印象的であった。
その半年後にあっさり亡くなってしまった。母の法事で「こういう会に出れるのは最期では」というのが、もの悲しい。

 その時の酒席で、「人生で色いろ多くのことがあった!」と言っていた。
その数年前に溺愛していた長男が自死をしていた。そして、その数年前には近くに嫁いだ長女が癌で亡くなっていた。
そのうえに、長男の葬式を取り仕切っていた長女の亭主も数ヵ月後に自死してしまった。
その時「自死する気持ちが良くわかる!」といっていたのが気になっていた。
また叔父は40年前に亡くなっていた。 そのことは触れず、ある子供の死のことを打ち明けていた。
「赤ちゃんを病気で死なせてしまった。今の技術では助かっていたのだが、当時は仕方がなかった。
病院から死んだ子供を家に一人で背負って帰るとき、段々子供が冷たくなって死後硬直をしていくのが
背中を通して感じた時は、本当に悲しかった!」とシミジミ言っていた。

 最後、私にその悲しみを言い残しておきたいのだろうと思った。
聞いているだけで、その時の悲しみが、そのまま直に伝わってくるようだった。
 叔母は天理教の熱心な信者になることで、その苦しみの数々を乗り切った。
最期の最期は、宗教しか人間の苦しみを救うことが出来ないのだろう。
「神はあるかないかでなく、あらねばならない」という言葉が、こういう話を聞くと納得できる。

・・・・・・
555, 針と糸
        2002年10月20日(日)

先日、25年来の知人と酒を飲んだ。
大手の支店長をしていたが、請われて奥さんの実家の専務に3年前に納まった。地元の中堅の会社である。
義弟が社長で大変だろというと、糸と針の喩えで自分が糸に割り切ってしまえば問題がないといっていた。
面白く、ずばり本質をついた喩えにいやに納得をした。 社長業を針というのも上手い喩えだ。
時代に対して一点集中で鋭く縫いこむのが社長業だ。何か耳が痛いが、もっと痛い人が今は多いだろう。
この針と糸の喩えを社長専務の関係だけでなくいくらでも云える。
このテーマ随想日記もそうだ。テーマが針、それに対しての随想記が糸である。
なかなか良い針が見つからない。糸なら経験がたっぷりあるから?いくらでも材料はある。
戦略と戦術の関係もそうだし、頭脳と心の関係も、夫婦の関係もいえるだろう。
夫婦では最近はどっちが針か糸かハッキリしないが。それを使い分けるのはあくまで主体の自己ある。
最近は布ー服の流行が激しく変わっていくので大変だ。デザインの選定と工賃も厳しくなっているし、本当!

・・・・・・・・・・・
「192」 種銭ー2
         2001/10/20

物覚えのついた4〜5歳のころから、年末の31日にお年玉を姉兄揃って貰った。
それが楽しみだった事を思い出す。 一旦渡しておいて、次の日に全額取り上げられるのだ。
そして貯金通帳に入れられてしまう。高校になるまでそれが続いた。
そして高校に入って暫くすると、なにか株を自分で考えて決めろと言う。
そしてある株を買った。その日から株式のコナーを目を凝らしてみるようになった。

子供のころから、両親に玩具を一回も買って貰った憶えがない。友達の家に行くと、箱に玩具が一杯入っているのを見て、
信じられなかった事を今でもありありと憶えている。 といってお年玉は自分で稼いだ金でないことも確かだ。
株の上達の本を読んだとき、「まずは種銭をつくれ、それも強い金でなくてはならない。
それは自分が汗水を流した芯のある金でなくてはならない。そういう金でなくては株で利益は絶対にあげることは不可能だ」
これは事業でも当たり前だ。しかしこの強い金を創るのが一番大変なのである。 父は子供たちに、我慢をしてまず種銭つくりを
教えたかったのだ。お金に対してシビアなのは、実際のこういう教育があったからだ。
実際のところ、金に対してみるところあまりにも甘い。


2754, 世間とは、一人ひとりの人間の繋がり

2008年10月19日(日)


「世間」については何度も「身近な数人の縛り付けられた小さな常識の網でしかないと!」と、否定的な意味で扱ってきた。  
 それでは「世間」とはいったい何か?を、
 岸田国士が「恐怖なき生活について」で、次のように書いている。
【「社会」という概念とは一致しないが、その道徳と習慣と、特に群集心理によって支配される意志表示とを重くみた考え方で、
 それはまた、自己保存のほかなんらの理想をもたず、非情ともいうべき形式的な掟の上にたち、
 すぺての異分子的存在を排撃する本能のきわめて目立つ、地域的、時代的に限られた一社会を指すものと思われる。】
 と・・・、 簡潔で分かりやすい。≪世間=非自由≫と割り切って、沈み込まないように意識をしてきた。
 しかし、次の 佐野洋子の「私の猫たち許してほしい」の文章に出会い衝撃を受けた。

【 ある時、通りの下から二人の女の声が聞こえた。一人は相手をたしなめているようだった。
 もう一人はその人よりも若いらしく、とぎれがちにいいわけをしているようだった。
 ずいぶん長い間、ひそひそと立ち話をしているけれど、ことばは聞こえなかった。
 あるいは二十歳の私には、水商売の女の人たちの話に興味がなかったのかもしれない。
「あなたそんなことをしていると、世間が狭くなるよ」ということばだけがはっきり聞こえた。
 そしてあとは静かになってしまった。 私は、「世間が狭くなる」ということばを初めて聞いた。
「世間」ということばが、私の知っている「世間」ではない様子をして、ありありと私に見えてきた。
 私には、「世間」というものは、目に見えないものであった。漠然と私をとりまいているものであり、
 少し古めかしい、少し私を束縛するものであり、とりはらいたいものであった。 その時はじめて、
 私は‘世間というものが、一人ひとりの生きている人間のつながりである’ということを理解した。】
  が具体的で分かりやすい。
  
  これからすると、世間を否定することは人間を否定することになる。
 もしかしたら、一番大事な要を間違えていたのでは?と、少し不安になってきた。
 母が度々、気の短い私にを諌めて「自分からわざわざ世間を小さくするようなことをするな」と注意されていた。
 人の一生は、それほど多くの人と縁があるわけでない、せっかくの繋がりは大事にしなければなるまい。
 もっと、世間(=つながり)を大事にすべきだった、ということだ!
 世間とは他人である。「他人」については哲学書を読み込んできたつもりだが、世間=つながり、
 という初歩的な意味すら理解してなかったとは、驚きである。 
 当たり前のことのはずだが!

・・・・・・・・・
2007年10月19日(金)
2390, インターネット社会の凄み
                 オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪

連日のようにインターネットを介在したサイト犯罪が話題になっている。
自殺サイトの自殺依頼による殺人、見知らずの男がサイトを介在して集まっての殺人事件、
円天というネズミ講の応用の詐欺もサイトを巧妙に利用したものである。
「フラッシュ・モブ」という新しい現象も起きている。インターネットを通じて広く呼びかけられた群集が公共の場に終結し、
あらかじめ申し合わせた行動を取る即興の集会。 狭義には、2003年5月にニューヨークで企画された集会と、
その後これを真似て世界各地で企画されるようになった一連の集会のことをいう。
 それに関して、産経新聞の記事の中に面白い内容があった。
ーその概要とはー
 昨年冬のこと。北京の繁華街・王府井の一角で、数十人の若者がいきなり集まったかと思うと、
おもむろに風船を取り出してふくらまし、一斉にそれを空に飛ばして「安全はコンドームから」と叫んで、
つむじ風のように逃げ去った。 いったい何事か、と多くの通行人がぽかんとしていた。
それが、世界エイズデーにあわせたフラッシュ・モブ(中国語で快閃族)と呼ばれる行動と知ったのは、
その様子がインターネットに動画サイトにアップされて話題になった後である。 元々、日本では2チャンネルで
「大規模オフ会」など、インターネットを通じて呼びかける集会はそれぞれ独立に考案され、広く行なわれていた。

更にスマートモブズ(賢い群衆)という言葉も出てきた。『バーチャル・リアリティ』などの
著者・ワード・ラインゴールドが、最新の著作『スマートモブズ』で使った言葉である。
ーネットワークでつながった新しいタイプの群衆のことを言い。
ラインゴールドによれば「人々は、ケータイやインターネット上でテキストをやり取りし、
何か1つものを作り上げようと協力する活動が目立ってきている。この協調活動こそが
スマートモブズ(Smart Mobs;賢い群衆)である」という。ネットワークは人々に協調する力を与えた。
その力を使いこなすのが、スマートモブズというわけである。
ーーーーーー
以上が記事の内容であるが、人間が人間たる由縁は、言葉と、道具と、火を使ったことから始まった。
その中で言葉が一番の重要な位置を占めている。しかし、その言葉を文字に置き換え記録にしたことは、
それに劣らないほど意味は深い。そして文字といえば記録する対象が問題になる。
・初めは岩とか大地に絵や言葉に近いもの刻み、
・次に木とか、亀の甲、動物の骨になり、
・そしてバルプなどの植物の乾いたものに記録した。 紙である。
・ここにきて、それがネットという画面に記録されるようになった。
 この特徴はデジタルで、コピーや書き換えが容易に出来るようになった。
 これは革命的といってよい。さらに個々が自分のステーションを持って、
 書き込むようになったから、20万年に一度の革命といってよい。
 プラスもあればマイナスも出てくる。それは当然社会を根底から変えている。
 あと5年〜10年後の社会や情報機器は想像すら不可能である。
                    ΒΥΕ.._〆('Д'*⊂⌒`
・・・・・・・・
2006年10月19日(木)
2025, 「私」のための現代思想  −13
              オッ(*^○^*)ハ〜

個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」によって《私》となり、最初の「超越確実言明」
を行うということです。簡単に言えばー「私}を認める者の存在ーを通して《私》になる。
その一番最初は、普通は母である。 初めの他者が母である。
両親によってタップリ愛情を注がれた子は、初めの出会いで、その存在基盤が強固になるのである。
その基盤の上に「超越確実言明」が成立し、《私》は強固になっていくのです。
両親の愛、特に母親の愛は《私》の基盤を決定する。「ごうの虎」の年に生まれた人は気が強い!という言葉を
聞かされて育った女性が、それが「超越確実言明」になってしまえば、気が強くなってしまうのも当然である。
代々婿取の家系での長女で、A型で、ごうの虎年生まれで、男子高校を卒業で、中途半端な短大卒で、
両親にタップリ愛情を注がれて育った、ときた分には、亭主としてたまったものでない。   
 誰の話??、何の話?? 強固の《私》の基盤の人の実例の話です。
 −−−
第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味−
*「共振」のエネルギー −

私たちにとって<他者>とは、私たちが<出会い>を経験したすべての人たちです。
私たちが出会い、その存在を知りえた相手は、それがたとえ直接には顔を見たことのない人であっても、
既に亡くなっている人であれ、「私」にとっての<他者>であり、この「私」の存在を引き受ける者となりえます。
    
    出会いのあるところ、多かれ少なかれ、必ず共振が発生します。
    そして、それによって《私》にエネルギーが与えられます。
    このエネルギーは、消費されない時は、「私」の内部に滞留し、消費された時には、
   「外部への振動」となってあらわれます。人は、生きている限り、共振しつづける存在です。

*「私」が《私》となる瞬間 −

初めて母親の声を聞いたとき、「私」が個体としてこの世界に生まれてきて初めて「私」=《私》は
「私は私が母の声を聞いたことを知っている」という「超越確実言明」を行います。

    これは、言明の正しさの基礎となる「超越確実言明」のうちで最初に発生するのが、
   「私が存在する」ではなく、「ある他者が存在する」であることを意味しています。
    そしてこのとき同時に、《私》の存在の基盤が与えられます。それは、「私」が《私》になる瞬間です。

個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」です。
個体としての、物質としての「私」は、「存在を引き受ける者」によって《私》となり、
最初の「超越確実言明」を行うということです。

    「超越確実言明」の強度は、論理的な正しさによるものではなく、
    「《私》の存在」の強度に支えられています。そして「《私》の存在」
     の強度は「<他者>による引き受け」によってその力を増していきます。

頑健な「超越確実言明」の上には、堅牢な「論理」を構築することができます。
そのようなとき、その論理によって構築される<言葉><価値><物語><世界>は、
頑強な「個別の正しさ」を持つことになります。

*弱い「超越確実性言明」−
逆に、<他者>によって「厚く引き受けられない」とき、「《私》の存在」は強度を弱め、
「超越確実言明」も弱いものとなっていきます。そうすると「超越確実言明」を基盤として、
その上に<価値>や物語>をつくり上げることが難しくなってしまいます。
前に書いた、「仮面」を思い出してみてください。仮面と、その下の顔の関係です。
「仮面」が役割であり、「その下の顔」が「私は〜である」という形式の「超越確実言明」です。

    芝居を上手く演じるには、ある程度その「舞台」、つまりは<世界>に
    没入しないと上手くいきません。「没入できる」ということは「戻ることができる」
    ということが前提です。それは、「私が〜である」という「超越確実言明」に
    しっかり支えられている状態であれば、役割から降りることもできるし、
    役割に没入しても、「仮面の下の私」を無くしたりしません。
             
 ーーー
 仮面を見極め、仮面を演じる、これを趣味にするのも 面白いだろうが、
 傍から見れば下手な三文役者の姿がみえみえである。
 「超越確実言明」がしっかりして、役を演じているのが、あの代議士たち。
 ちゃうちゃう、絶対違います!と、天の声が聞こえてくるが!
 最近は「超越確実言明」の出来てないのが、多くなっている。
 元々いたが、目立たなかっただけか?           (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
             
・・・・・・・・
2005年10月19日(水)
1660, 「人生の実りの言葉」−1
               読書日記
「中野孝次」著の「人生の実りの言葉」がよい。その冒頭の「愛」についての言葉が胸に突き刺さる。
愛について、これだけ解りやすくストレートに語っている言葉も珍しい。 
 まずは、その一説を書いてみる。
 
ーーーー
1、愛について

 わたしの誕生を司った天使が言った
 喜びと笑みをもって形作られた小さな命よ
 行きて愛せ、地上にいかなる者の助けがなくとも
                ウィリアム・ブレイク 
 わたしがこの詩句を知ったのは、ドイツの作家H・E・ノサックの小説『盗まれたメロディー』を訳しているときだった。
小説の中ではこれは流行歌の歌詞としてさりげなく出されていたのだが、わたしはただちにこの言葉の魅力にとらえられた。
こんなに直戟に愛というものの性質を示した言葉があるだろうか、とおもった。
 この詩句の要である”Go Love”という二つの単語を一つにしたところに、この詩のすごさがあるのである。
一方的な、自発的な、無限の無償の行為としての愛の性質が、そのことによってくっきりと描き出された。

ノサックはこの詩句の背後にはこんな思いが潜んでいるのではないかとして、
『絶望のむこう側にだけ、ひょっとすると、他人を助ける可能性があるかもしれぬ。』
という章句を書いているが、たしかにそういう冷えきった荒涼たる背景の中から
このほとばしるような命令「行きて愛せ」が発せられたような気がする。
 ブレイクは愛の詩人と言っていい。

 ひとの悩みを見て
 自分も悲しまずに おれようか?
 ひとの嘆きを見ながら
 いたわり 慰めずに すまされるか? 「ひとの悲しみを」寿岳文章訳

そういうブレイクの生涯の思いを圧縮した言葉が、ここに引用した”Go Love”だとわたしはおもう。
こういう言葉は一度心につきささると忘れられないものになる。
そして折々に心のうちに浮かびあがって、われわれの人生をみちびく。それが真なる言葉の力だ。

ーーーー
以上だが、この「行きて愛せ」という言葉は実に力強い。
ひさびさに素晴らしい言葉に出会った。 いま一度復唱してみようわたしの誕生を司った天使がいった
喜びと笑みをもって形作られた小さな命よ行きて愛せ、地上にいかなる者の助けがなくとも

・・・・・・・
2004年10月19日(火)
1295, 地球交響曲 第四番 ー1

先日、BS/TVで、第四番を放映していた。地球交響曲第一〜第三番は、知人の紹介で(自主公演を)新潟、
長岡などの公共施設の会場で見ていた。TVでの放映は殆どされてないようだ。
このシリーズで言わんとしていることを要約すると、ー地球は、それ自体が大きな生命体であり、全ての生命、空気、
水、土などが有機的につながって生きている。これをGAIAというが、そのテーマを背景に、この地球の素晴らしさ
を紹介していると同時に、環境破壊の実情を提示している。

第四番では、霊性について、以下の4人を通して、地球の賛歌を歌っている。
・ガイア理論の提唱者のジェームズ・ラブロック、
・沖縄の版画家の名嘉 睦稔
・タンザニアでチンパンジーの研究家の ジェーン・グドール
・そして、ハワイのさーふぁー ジェリー・ロペス である。
第四番(いや、このシリーズで)の内容を要約すると、
ー21世紀は、人類にとって“霊性”(スピリチュアリティ)が求められる時代になる。
“霊性”を持たない人類の営みが、我々人類だけでなく、この地球の全生命の未来を危うくしている。
彼ら4人は、霊性に対して謙虚になるべきと説いている。彼らの言う“霊性”とは、「自分は、母なる星ー地球(ガイア)
の大きな生命の一部分として、今ここに生かされている」力のことである。
(字数の関係でカット2008年10月19日)

・・・・・・・
2003年10月19日(日)
928, 介護関係の現状

 介護関係の施設や法律を調べ始めて二ヶ月経つ。一日一日が新鮮な情報が、どんどん入ってくる。
その情報の一つ一つがパズルゲームを解くようだ。開発担当のSさんの母親が現在進行中の介護の状態である。
私も亡くなった母親が軽い老人性痴呆症になり、5年間半の介護経験を持っている。
この分野には事業チャンスがあるが、立ち上げに時間がかかる上に法律関係が各省ごとに絡んでいて躊躇する。
ホテル業に重なるところが多いので、類推が可能なことが利点である。 箱物ー建物と設備とソフトが一体になっている。
そこを一つずつ解きほぐしていけば、意外と簡単なのだろう。 まだまだ全体把握に時間がかかる。
・老齢者専門のアパート・一DKマンション・マンション
・上記の一階に介護業者と食事サービス業者をテナントで入れるもの
・本格的に介護業者を建物の中心に入れて介護を重点にするもの
・3ヶ月までは臨時に介護をするーショートステーのサービスをするもの
・昼だけをみるーデーサービス
・重度の痴呆の老人を収容する特別老人ホーム などなどである。
この二ヶ月間、そのタイプの殆どの施設を見てまわってみた。難しく考えないで簡単に考えないと、頭が混乱してしまう。
ホテルの視点の切口で、参入できるかの見極めがポイントになる。判断には最低半年から一年近くの情報収集が必要であろう。

 一昨日、柏崎で「結婚式場業者がショートステーに事業転換をする」という新聞記事を読んで、
柏崎の知人の紹介で見てきた。ブライダルの売り上げが数分の一に激減したため、転業せざるを得なかったようだ。
それでも、決断は素晴らしい。 社長が付きっ切りで説明してくれた。 本格的なもので3億の投資といっていた。
創業社長だから思い切った切り替えが出来たのだろう。いろいろ勉強になった。売り上げの激減に驚いてしまった。
当方の落ち込みなど可愛いものだ。いま世の中は私の想像を超えた変化が起っていると、
この二ヶ月でつくづく思い知った。景気の落ち込みと既成の事業の本格的崩壊だ。
 捨て身で、狂ったようにリストラー事業構造の転換ーをしないと、即死をしてしまう事態といってよい。
本気にならなくては生きていけない時代である。「今更何をいっているのか!」という声が聞こえてきそうだが。

・・・・・・・
554, 人生に目的はあるだろか?−2
- 2002年10月19日(土)

ある雑誌に、たまたま数日前に書いた「人生の目的」について書いてあった。まさに偶然の一致であった。
京セラの会長の稲盛和夫氏の[[何のために生きるか」の一文である。
ーー人生の目的とは、心を高めることです。心を純化する。 心を浄化する。人間性を高める。人格を高める。
これが人生の目的です。波乱万丈の現象に遭遇しながら、その現象に対処しながら、自分の魂を磨いていくこと。
それが人生の目的です。これを具体的に言い換えると、世のため人のため尽くすことです。
世のため人のため尽くすことが人生の目的と考えてきたが、心を高めることが、人生の目的であった。
そのために仏教の六波羅蜜の修行をしなくてはならない。 一生懸命に働くことが、利他の心を持つことが、
そのまま人生の目的になる。仏教的な人生の目的というところか。
果たしてそうだろうか?奇麗事でしか思えないが。別に心など磨かなくても、知らずに磨かれているいるものだ。
心の純化などいうことは、汚れているから言いたくなるのではないか。
汚れのない若い乙女に人生の目的など必要ないことになる。もっとも磨かなければ汚れた小母ちゃんになってしまうか。
今日死ぬ明日死ぬのギリギリの人がこれを読んだら、そうだそうだといわない筈だ。
戦争で逃げ回っている人もそうだ。「なにを甘ったるい事を言っていやがる」と思うであろう。
苦しい時に心の修行と思えるのは素晴らしいが。 けっして心の純化だけが目的でないはずだ。

・・・・・・・
 [191] 種銭   2001/10/19

事業を興そうとした時、まず問題になるのが事業資金である。俗に言う種銭である!これが硬くないと芯にならない。
資金の芯が甘くなると、事業そのものが甘くなる。二代目とか婿養子が事業で失敗するのが、解ってないケースが多い。
松下幸之助しても、中内功も出発点でそれなりに財産があった。
全くなかったのは私がしっている範囲では、山種証券を興した山崎種三と、
国際興業を興した小佐野賢治と、ニュー大谷の大谷某ぐらいだ。
そのくらい種銭をつくるのが大変で時間がかかる。20歳の頃読んだ山崎種三の自伝がおもしろかった。

「米屋小僧をしていた時、鼠を捕まえて警察に持っていくと僅かな報奨金が
もらえた。米屋なのでいくらでも鼠がいる、毎日鼠とりで捕まえ警察に持って行った。
親方の許可を得て、その金でヒヨコを買った。落ちている米をヒヨコにやり育て、
鶏から卵をとって、それを金に変えこつこつ貯めた。それを元手で成長しそうな株を買った。
そうしてそれを拡大して株師になり株の取引会社までつくった」
それをよんだ時、ハッとした。父親が恐らくその話を知っていたのではと思ったからだ。


2753, ジム・ロジャーズの金融危機インタビュー

2008年10月18日(土)

 
ライダーの投資家で知られてる、ジム・ロジャーズが、この金融危機についてインタビューしていた。
この人の本は四冊読んでいるが、その行動力と眼識には目を見張るものがある。 ここで、
ー「今回のバブルはおそらく世界史上、最悪の借金バブルだった。今後10年は第2次世界大戦以来、
  最悪の景気後退になると思う」 金融機関の公的救済についても否定的ですね。.
 「救済は間違いだ。わずか数千人の金融村の人たちを救うために、3億人のアメリカ人が害を被る。ー
 と、語っている。 これから10年は、世界にとって際どい日々になる。
               金融危機インタビューより  朝日新聞(08年10月17日)
 *ドル失落は始っている   
ーソロス氏と創設したファンドが10年で運用利回りが4千%を超えたことは有名です。
原油など商贔市場の高騰を早くから指摘していた一方で、ドルの暴落をずいぶん前から予想していますね。
「私は米ドルも、投資銀行も売り続けている。バーナンキ(米連邦準備制度理事会議長)は4年間、宅市場には
問題がないと言い続けてきた.が大間違いだった。彼は経.も市場も通貨も何も分かっていないと思う。
知っているのはお金を刷り続けることだけだ」 ドルの基舳通貨体制は崩れるのでしょうか。
「米ドルは今、すでにその地位を失いつつあり、今後数年でドルの価値は大きく失われると思う。
10年前は世界の外貨準備の7割はドルだったと思うが、いまは63%だ。中東湾岸の米国の友好国でさえ、
ドルでなく別の通貨での決済を議論し始めている。こういうことは最初はゆっくり.起こる。
それが次第に速度を増し、最後にはドルからの逃避が起こる」ー米国の投資銀行心、政府系住宅金融
「ファニーメイ」や「フレディーマック」が大きな問題を抱えていると、数年前から指摘していましたね。
「市場は狂乱状態にあり、あまりに過熱していた。仕事を始めたはかりの29歳の若者が、高級車『マセラッティ』
を乗り回し、年に1500万ドル(約15億円)も稼ぎ、『僕は頭がいいから当然だ』といさにう顔をしていた。
正気の沙汰じゃない。狂ったような巨大なバプルが発生していた」「無職の人が、頭金なしで、
四つも五つも家を買えるなんてことは歴史上なかった。あり得ないことが起こっていた。
金融や歴史、市場を少しでも学んだものなら、すぐに分かる」1危機対応として大幅に金融緩和を続けると、
どんな影響が考えられますか。「さらなるインフレ、ドルの価値下落、高い金利だ。
はんそうこうを重ねれば重ねるほど、経済は長期低迷する。欧州もお金を刷り続け、日本は超低金利、
これはすでにひどい問題を引き起こしてい.る。ガソリン、教育費、娯楽費だって過去2、3年でみな値段が上がっている」
「今回のバブルはおそらく世界史上、最悪の借金バブルだった。今後10年は第2次世界大戦以来、最悪の景気後退
になると思う」ー破綻の連鎖を避けるために米政府が実施するという、金融機関の公的救済についても否定的ですね。.
「救済は間違いだ。わずか数千人の金融村の人たちを救うために、3億人のアメリカ人が害を被る。
世界全体にとっても良くない。だめな会社を積み上げた政府債務は半年前はざっと5兆ドル(約500兆円)ゆそれが、
ファニーとフレディーを抱え込んだことで、たった1週間で6兆ドル増え、2倍になつてしまつた。
2社の負債だけで6兆ドルあるからだ。一部は戻ると強調する人たちもいるが、私には分からない。
さらに、2社には簿外の金融派生商品が数兆ドルあり、負債はさらに膨らむだろう。なのに、かなり少額で、
済むかのようにしか説明しないバーナンキやポールソン..(米財務畏官).はうそをついているというよりも、
愚かなのではないかと思う」      (出張先で日課の運動を終えたはかりの同氏にインタビュー)
ーー以上だが、
 ともかくも、現在のアメリカのヘッドが交代しないと!

・・・・・・・・・・
2007年10月18日(木) 2389, こころの旅  −3

         c⌒っ *・∀・)φ【才八∋ゥ♪】
   「こころの旅」神谷 美恵子 (著)

 第一章、人生の出発点の中の
 −人生の諸段階ーの説で、
 八段階の半分の四段階が11歳までに区分されている。
更にいえば、5歳までに三段階が終わっているのである。
これからみると、小学校で既に勝負がついているのである。
いや、もっと厳密にいえば、小学校入学時に質として、もう範疇に分けられていたのである。

以前、最終区分前の中学校の成績順が、そのまま人生を決めていると書いたが、エリクソンによると、
小学校でホボついていることになる。 そう小学校も、中学校と同じことが言える。
一番、二番、三番、四番とその後の消息を聞くと、そのまま拡大した人生である。
私は4番位であったが、男で7番以内で地元に帰ってきたのは私だけである。 
といって兄弟でもえらく違うから、一概にはいえないのだろうが。 大學の時に当時の親友だった男に、
「お前は竹のようなヤツだ。遊ぶが、ある所までいくと元に戻って自分の姿勢は崩さない」と言われたが、
それが子供の時からの親の生きる姿勢を見てきたからである。
それでも自分の殻を必死に破ろうとしてきたが、これでこのザマである。

以下は、その人生の諸段階の部分である。意味は深い!
ーーー
人生をいくつかの段階に分けて考えることは昔から多くの人が試みてきた。
成人までの発達段階についてはフロイトの図式が長い間君臨してきたが、
最近はピアジュの長年の実証的研究による図式がつねにこれと比較対照されるようになった。
全人生の分析としては、シャーロッテ・ビューラーの「生活曲線」が興味ぶかい試みである。
最近ではエリック・エリクソンの「ヒトの八年代」が注目をひいている。
その年齢的区分だけを示すと、次の通りである。
‘児期。二〜三歳。四〜五歳。は-十一歳。ソ銃鵝歃夙歳。
成人早期。中年期。老年期。
 この各年代にそれぞれの課題と危機があるが、それがうまく乗り越えられたときには
生きて行く上で大切な力が身にそなわる。その力とは「徳」である。
エリクソンは原語(ラテン語)の意味で使っているのだ、とわざわざことわっている。
つまり道徳的な価値判断のニュアンスを加えたくないのであろう。
しかも人間の生を支える力は、そのまま「徳」でもあるわけだから、それでこのことばを使うのだという。

たとえばエリクソンの考えるところでは、乳児期の課題とは「基本的信頼感」
を形成することで、これがうまく果たされると「希望」という力あるいは徳が人にそなわるという。 

   次は彼のルッター研究からの一節である。
 (以下、字数の関係でカット2008年10月18日)
ーー
解) 高校か、大学を卒業するまでは親の責任がある。
特に10歳になるまでは、大事な時期である。
「二回生まれ」とは面白い説である。
「全く同じ人生を過ごしたい」と、思えるかどうかだろう!
両親と、連れ合いの相性が良いかどうかが基準だろう。それと、自分か!
                      ヾ(´_`●)ノ ノヾィ♪
・・・・・・・・・
2006年10月18日(水)
2024, ある煉獄の中にて
               才八∋ウ_〆(∀`●)
これからの内容は本人の同意を得て書いている。
(もし本人の同意なくして書いたとしたら、
 本人を著しく傷つけことになる上に、裏切り行為になる。
 本人曰く「母の苦労を多くの人に知ってもらえるから、書いてもよいです!」・・)

    そこには誰も悪人はいない、存在するのは人類最大の問題(嫁・小姑など家に存在する)不条理である。
    Aさんの話を聞くうちに浮かび上がってきた奥行きの深い話である。
    どこの家にも、このような問題はあるが、あまりにも複雑な構図である。
    それを背景としてAさんの一人間としての素晴らしさが浮かび上がってくる。
          〔註〕煉獄とは、地獄と娑婆ー現世の中間にあるところ

ー女性Aさん(25歳)の視点で書くー (以下、敬称は略す)

・Aの母親F(48歳)が夫と離婚、Aと弟を引き取り中越地区にある実家に出戻った。

    ・実家にはFの両親B・C(80歳前後)と、Bさんの未婚の姉のD(80歳代前半)がいる。 
     家は、それほど大きな家ではない。

・Aの母親Fは、AとAの弟E(21歳)を育てるため身を粉にして働いた。
 そしてAは女子短大を卒業、新潟に就職して5年目になる。
 弟Bはコンピューター専門学校を卒業、今年から首都圏のソフト会社に就職した。

    ・ところが母親は立ち仕事で人一倍働いたため、腰痛が悪化。
     去年から働きに出れなくなり収入も途絶えた。

・そのため元々折り合いが良くなかった同居の叔母Dとの人間関係のバランスが崩れてしまった。
 子供二人が家を出ていってしまったことと、母親Fが働けないため収入が途絶えたことで、
 弱い立場の陥り、その結果として鬱病になりかけている。

    ・Aにとっては、そんな実家には帰りたくないが、
     そのままにしていたら母は重度の鬱病になり廃人になってしまう。
     A一人の収入では母親を引き取れない。
     そこが地獄絵図の世界としても、その狭い家に帰らないと
     母は間違いなく潰れてしまう。
     −−
              という内容である。 
  露骨に言ってしまえば、
 ・「行かず後家」と、
 ・その実家に「出戻ってきた母」と、
 ・嫁の立場の「お祖母さん」と、
 ・その間でシドロモドロする「お祖父さん」が、織り成す小さな世界の蓄積された‘葛藤ドラマ’ということになる。
Aは華やかではないが、キリッとした美形で、浮いた話は全く無い。
この実家の4人の関係が、それぞれの立場が「針のむしろ」であることは明らか。

・「叔母E」にしても、頼るのは弟のBしかいない、
・「家長B」も連れ合いのCと、姉Dと、娘Fとの間で神経をすり減らし
・「嫁の立場C」も、小姑Dとの同居自体が地獄である上に、
  旦那Bと娘Fとの間に立って神経はボロボロのはず。
  小姑Dが生きている限り、80歳近くになっても嫁の立場は変わらない。
・母親Fは家をでて、娘か息子の元にいくと、お婆ちゃんCと小姑Dのバランスが崩れる。

    聞いているだけで、小説のような深い世界が見えてくる。
    おまけに、「長生きの家系で年寄り三人は10年は最低生きそうだ」という。
    更に、Bは‘独身?で外にいる息子’を呼び寄せるつもりだという。

結局は、本人Aは会社を辞め、新潟を引き上げ実家に帰って働く決断をした。
感心するのは、本人はアパートで質素な生活をしながら、母親に仕送りして、
短大時代の奨学金を5年かけて全て返したことだ。 赤貧の生活だったのではなかろうか?

    その上に、その実家に母親を助けるために帰るという心情である。
    若い女性でなければ手を貸してやりたい位である。現在彼女にとって必要なのは、「白馬の騎士」である。
    その姿勢を貫いていれば、必ず現れるはずだが・・田舎に引っ込んでしまうとチャンスは狭まるだろう・・・

私が当人だったら、どうするだろうか? 生きの良いうち?に、理解してくれる伴侶を探すだろう・・必ずいるはずだ!
「今どき家に縛られるのはどうか?」などとかいう問題ではない。
それか難しいだろうが、母親の結婚相手を探すのも一案である。
先日、一家を惨殺して投身自殺をした主婦の事件があったが、永年の蓄積したドロドロしたものがガス爆発したのだろう?

あまりにも気の毒なFさんに心をこめて、「明るく生き抜いて欲しい」と願うばかりである。
この状況で明るく生きるのは難しいだろうが・・ それより、「生きているだけでも幸せである」ことに気がついて欲しい。

   どこの家庭にも、このような話は親戚筋の中に幾つかあるが、あまりに設定が・・・・
   そのために宗教がある。「生長の家」「天理教」あたりを勧める。
   天の理や、仏教の教えを噛み砕いて教えてくれるからだ。苦しみが深いほど、救いも大きくなる。
   こういう場合に、「何で既存の仏教の寺は勧められないのだろう?」 坊様には、それが解ってない!
                (*^ワ^*)i バイバイ
・・・・・・・・・
2005年10月18日(火)
1659, 北イタリア旅行記−8
ー旅行雑感−1

  旅行中に、色いろな思いや出来事に行き会うことが多い。
 ただ、文章にするには如何書いてよいものかと、切り捨てている場合が多い。
 しかし、むしろ面白いのは、知りたいのは、思い出として取っておきたいのは、その方が多いだろう。

・一人、50代半ばの女性が参加していた。百回近くは、旅行しているという。
 娘の就職を有利にする為に、娘の学生時代に年13回も一緒に旅行に出たという。
 プロテニスや、プロ野球、スケートなどの何ママとかパパは聞いたことがある。
(松井や、イチロウ。テニスの・・・・)
 一流旅行代理店に入社させるために、旅行に徹底的に連れて出たという話は初めてである。
 その努力が実って、めでたく大手航空会社に就職が叶ったという。
 本人が、旅行代理店に勤めたかったので、娘にその夢を託したという。
・今回の旅行は、ヴェニスで雨がドリャブリ。その寒さの為か腰痛になってしまった。
 そして帰国後も、その腰痛がさらに悪化してしまった。もう10日近く経つのに、全然よくならない。
・「欧州の豊かさは日本のゆたかさとは雲泥の差がある」とバブル只中、当時の東京相互銀行の長田頭取の手記にあった。
 イタリアで感じたことは、3000年の歴史の蓄積の豊かさを実感した。
 街の教会にしても、公園、家にしても、数百年も経っている。 それがすべて長年かけた先祖からの遺産である。
・どの国もそうだが、北が豊かで、南が貧しい色分けになっている。
 イタリアも同じであった。イタリア人は、自分の出身をイタリアとほとんどいわない。
 シチリアとか、トスカーナとか、ローマという。彼等は数百年もそれぞれの地区が独立国だったためだ。

・・・・・・
2004年10月18日(月)
1294, 県知事選挙ーつれづれ

昨日は県知事選挙。 実のところ、ギリギリまで誰に入れたら良いか焦った。
家内と誰を入れたらよいか消去法をしたところ、全てが消えてしまった。共産党、社民党、泡沫、泡沫、自民党。
まず自民党を消去、次に社民党、そして共産党、そして泡沫、そして塗れ雑巾の元??、誰もいないのだ。
今の「公務員型・現状維持・最?知事」で県民は白けている。そのため、最悪の知事選びの選挙であった。
長野県のように、実際思い切った手術のできる体質とは新潟県は違うのだろうか。

最終的には、まだましな?自民党推薦の候補に結論を出す。
・全国最年少の42歳と若いこと。
・駅前再開発に対して、マイナスにはならないだろうこと。
・大化けの可能性もあると、儚い期待があること。  が理由である。
そして最終的に、その泉田という候補が当選した。まあ、決まれば妥当ということか。

・・・・・・・
2003年10月18日(土)
927, 「楽しく生きるには」−読書日記

 学生時代の日記帳を見ていて気がついたことは、「人生楽しく」をそのまま実行していたことだ。
その点では今と変わりはない。 よく読むと、議論をしているか、本を読んでいるか、遊んでいるか、
酒を飲んでいるかだ。これは遊びのセンスと個人主義に関係しているようにも思える。
遊びと勉強の重要性が、この日記の中から読み取ることが出来る。
遊んでいなくては精神のバランスを保つことが出来なかった。
今の楽しい気持ちとは違うようだ。不安と期待と焦りが大きく背後にあった。
「楽しく生きるは」は誰にとっても、生きるうえで大きなキーワードだろう。
それでは、如何したらそれが出来るかを書いた本があるかというとほとんどない。
小さな既成概念に縛られて、その縄の存在すら気がつかずにストレスになる。
そして中年になって大きな挫折感を味わうのだ。
 
 楽しく生きるといっても、「絶望や諦めの中で孤独に向き合い、真の自分の求めているものを見つけ出し、
それを追求するプロセスを楽しむこと」をいっているのだ。ーインターネットで「楽しく生きる」と検索をしたら、
何冊かあったうちの一冊が詳細に書いてあった。詳細に書いてあったから逆に取り上げたといってよい。
これまで何回も、これに近いことを書いてきた。
 ーーーーーーーーーー

 以下恥数の関係でカットー2008年10月18日
  (3〜24)
より詳細は「分類・引き出し」のコーナーの「読書日記」に書いてあります。
ー文字数制限でここまでです。分類コーナーの検索に「楽しく生きるには」を打ち込んでください。

・・・・・・
553, 基調色
- 2002年10月18日(金)

私に着こなしの事を語る資格はない。しかし、実質的合理的な着方なら話せる。
背広やブレザーは自分の基調色を決めておく。背広は細かいストライブの濃紺である。
ブレザーは茶か紺で今は紺だけだ。 背広は7~8年前から、同じに見えるものにしている。
古くなってきたら上下を換えても第三者には解らない。実際は換えてきたことはないが,昨年は同じ背広を2着買った。
カジュアルのジャンパーやセーターも黒か紺に決めている、白やネズ色とも合わせられるからだ。

海外旅行ではあまりみっともない着合わせはできない。ある程度はチャンとした服装でなくてはならない。
欧米人は白と黒を基調にして、あまり派手な色は着てない。 パーテーや外食の時は着飾っているが、
昼のカジュアルは質素でシンプルである。日本人の団体をみると、チンドン屋の集団だ。
自分の基調色の必要性に気づくのに30数年かかった。 基調色を決めておけば、靴下やネクタイや鞄も色を絞るれる。
若いうちは何でも似合うからよいが。歳を重ねたら、みっともない格好だけは避けたい。それが色の組み合わせで出てしまう。

最近気がついたが、ネクタイと靴下の色の組み合わせが重要とのことだ。濃紺なら黒でよいと思っていたが、
ネクタイの色に合わせてもよい。 ネズの靴下を葬式やお歳暮などで貰って履いていたが、
ネクタイを知らないうちにネズの入ってものにしていた。これは無意識であった。
おしゃれとは本来自分の欠点をカバーするのが目的という。若い時は長所を引き出すと良い。

・・・・・・・
「182]」偽悪
2001・10・18

この言葉を聴いたとき、‘へーえこんな言葉もあるんだ!’と驚いた。 また言葉のもつ深さと魅力もその時感じた。
しかしその時はそれ以上深く考えなかった。そこでその意味を考えてみた。この言葉から考えられる言葉は露悪、偽善、
露善というところか。善悪はそれぞれの価値のプラスマイナスの表現でしかない。
偽善もしかり、うけるイメージはその価値観のプラスを演じること、いや実際はマイナスだがプラスに
表面を見せておこうという時に使う。 偽悪はその対極にある場合に使う。
その価値観に捉われないために、むしろマイナスを演じる事をいう。
それを意識して演じて、その価値観がいかにつまらない事をジェスチャーして見せる為にする行為か。


2752, サブプライム問題の6つの波とは

2008年10月17日(金)

 株の相場に興味のない人でも、今回の金融危機のタダならぬことに気づき始めてきたようだ。
今年の年末から数年にわたり、過って経験したことのない現象に遭遇することになる。
恐らく半数近くの事業所が閉鎖され、失業者が10パーセント以上、ハイパーインフレが襲い、食糧危機が襲うなど、
想像外の事態にジワジワ追い込まれる。 既に秋葉原の無差別殺人や、親の子殺し、などの予兆はあったが・・・
 リーマンブラザーズの倒産以来わずか一ヶ月で起きた一連の金融崩壊と、フォードとGMが倒産でもしたら
アメリカ炎上といっても過言でない。 歴史的大事件を毎日、目撃していることになる。
 この影響を一番被るのが、やはり日本。 それがハッキリするのが年末から来年の5月にかけてである。
まずは倒産ラッシュだろう。 この十数年で淘汰されるべきところはされたが、しかし、今度の津波は根こそぎ
私たちの生活を破壊するほど強烈になる。まずは衰弱の激しい地方の企業と地銀から問題が発生する。
銀行は金を貸さなくなり、売り上げは、平均30%は落ちる。 それで立ちいかなければ、消え去るしかない。
あれだけの思い切った資本注入を発表して、二日間しか相場が回復しなかった。 目先のカンフル剤になるはずだが? それさえもである。
GMが倒産した場面で6千円台をつける可能性がある。日本の生保・銀行の含み益が大きくマイナスに転じ体力を消耗する。

今回のサブプライム危機をステージとして、次の六段階になる。(参考ー日経、10月5日ーサブプライム危機ーより)
1、去年の8月のフランスのパリバショックである。
  −金あまりを背景とした欧米での信用膨張が瓦解を始めた瞬間ともいえた。銀行間の取引こ疑心暗鬼が広がり、
   中央銀行による多額の流動性供給など当局も緊急対策姿勢を強めた。
2、次に来たヤマ場は2008年2月、米証券大手ベアー・スターンズが資金繰りに行き詰まり実質的な破綻状態になったこと。
  円相場は一時=95円台に上昇、日経平均株価は12000円を割った。
3、三つ目のヤマ場となったのは7月。今度は米国の連邦住宅抵当公社(ファニーメイ)など、住宅公社二杜の経営悪化問題が浮上した。
  金融不安は現実の金融危磯に発展、
4、9月15日に米証券大手リーマン・ブラザーズが破綻したのである。
  米証券大手メリルリンチは米大手銀行パンク・オブ・アメリカへの身売りを決めた。
  リーマンは救済されるとの観測が大勢だっただけに市場では大きなサプライズと受け止められた。
  これを機に欧米の金融機関同士の疑心暗鬼は一段と強まり、各国中央銀行が大規模なドル資金供給を続けたものの、
  銀行間金利は上昇を続けた。
5、米大手投資銀行の経営不安が急速に高まるなかで、当局は公的資金を使った不艮資巌の買い取りに動き出す。
  これが5つ目のヤマ場だ。この局面では米金融安定化法案が下院でいったん、予想外の否決となるなど、
  政治の迷走も市場の一段の混迷につながった。 
6、なお政策が不十分と、市場は金融機関への資本注入を求める催促相場の様相を強め始める。
  サブプライム危機の6つ目のヤマ場に差し掛かった。「日米ダブル一万割れ」である。 現在は8千円割れを窺っている。
 −以上が、サブプライム危機の、これまでの6つの波である。
 
次の波は金融機関以外の大手の倒産のなるのか?。まずは、GMとフォードあたり?。
これで世界は、恐慌が起きたことを認識するだろう。これで7千円割れになるだろう。
来年の半ば辺りでは?と、思っていた大暴落を、あっさり経験することになる?。
既に世界の株式総額6千兆が、3千兆円に半減した。いくらバブルだったとしても恐ろしいことだ。

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2007年10月17日(水)
2388, こころの旅  −2
   「こころの旅」神谷 美恵子 (著)

第一章 人生の出発点
      の心の琴線に触れた部分を取りあげて考えてみる。
 ーー ーP.22
 天井からぷらさがったガラガラの動きに赤ん坊がよろこんでさらに手足を勤かすと、ガラガラはいっそういきおいよく
動いて音をたてる。これを何度もくりかえしているうちに「条件づけ」ができて、赤ん坊には何となく自分の動きと
ガラガラの動きとの間の因果関係がわかってくる。この感覚運動的知脳が発達してくると、今度は紐のついていない、
動かないガラガラをみると、自発的にひもを探し出す。これは「般化」という知能発達の始まりである。
その過程のこまかい分析はピアジェの名著「知能の心理学」にゆずろう。
ガラガラの操作をおぼえた赤ん坊はひとり遊びができる。もはや彼は孤独ではない。
彼をとりまく世界は彼の動きに応えてくれるし、彼みずからの動きは世界の状況を変えられる。
自分の生へのたしかな手ごたえを感じて赤ん坊は声をたてて笑う。
 
 この笑いやほほえみという現象は人間特有のものらしい。
ケロッグやケーラーがチンパンジーのあそびを観察して乳児のあそびと比較してみた結果、両者のあそびかたは
よく似ているにもかかわらず、重要なちがいがみとめられるという。 赤ん坊はあそびながらしばしば「驚き」と
「ようろびにみちた笑いやほほえみ」を示すが、チンパージは終始きわめてまじめなのだ。 
真の遊びとは、直接に利害関係のないことに対して注意と興味を示すことから始まる。
動物にその萌芽がみとめられると、それは萌芽にとどまる。
人聞の赤ん坊は早いうちから知覚の対象とある距離を保ち、事物の意味と可能性を発見して行こうという自発性を示す。

 主体から環境へ、環境から主体へ。この二つの方向の「循環」、すなわち交互作用こそヒトのこころを発達させる
必須条件であると思われる。そのさい、やりとりされる刺激の質も量も適当でなくてはならない。
「ホスピタリズム」が形成される場合はこの双方に問題があるのであろう。
 ピアジェの考えでは右にいうような交互作用こそ適応ということばの真の内容なのだという。
すなわち「生活体の環境に対する活動と、その反対の活動、すなわち環境の生活体に対する活動とのバランス」
が適応なのであって、「生物は環境に対して単に受動的に従属するのではなく、かえって環境に働きかけて
これを変更し、環境に一定の独自の構造をおしつける」のである。
以後適応ということばを用いるとき私どももこのような内容を持たせたい。
 ーーー
解)
両親の愛情の温もりが直に伝わってくる人がいる。特に幼児期に両親や周囲の愛情をシャワーのように受けた人である。
深い愛情を受けると、人は笑顔になり周囲に対して積極的になるものだ。そして、それが性格の基礎としてカタチつくられる。
如何に幼児期の愛情が大切か身近の人を見ていると実感する。人間は絶対量で既に一生は決まっているといって過言ではない。
簡単にいえば温かみのある人で人品が良いともいえる。こういう人は本当に強いし、弾力性があり、不幸の方が弾き飛ばされるようだ。
反対に全くそれを感じない人がいる。 そういう人は直に解る。貧すれば鈍するでないが、両親の不仲の環境に育った人である。
自意識過剰で、自分を過大に勝手に評価、直に手の裏を返す。自分の顔に責任を持て!というが、顔と目に出るから恐ろしい!
                       \(^▽^*)バイ!
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2006年10月17日(火) 2023,
「私」のための現代思想  −12
        (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜    ー読書日記

 ーまずは五章の「生きる意味は何か?」の概略をまとめてみるー

 私たちが「生きる」ということは<他者>との関係を基点として、《私》がつくり上げた論理の基盤=
 「超越確実言明」を通して居場所を確保していくことである。 <社会>の中で「自分の居場所をつくる」
 ための闘いは、同時に<私>が正しくありつづけるための場所を確保するための闘いです。
「超越確実言明」は《私》によって支えられているが、その《私》というと、「他者」によって引き受けられています。
 他者による《声》が「私」に届いたとき、そこに「共振」が発生します。
《私》の存在を支えているのは、<他者>でしかないからです「共振」は伝播し、その「不完全性」を緩やかに補うことができる。
「不完全性」は少しずつ補正していくことができます。「真の正しさ」ではなく「より正しい」方向へ世界を変化させていくのが、
「生命体」というシステム全体の方向性です。それが「生きる」ということです。
 ーー
 第五章 「私」が「生きる/死ぬ」ということの意味 −
      ー「ともに闘う」ということー

   *−ドゥルーズの「あいだにおけるー闘い」ー
    <他者>との関係は、私たちの存在の基盤であり、また、私たちが束縛から逃れるための「基点」である、ということです。
    私たちの居場所は闘うことによって、《私》の価値と《他人》の価値とが衝突することによってしか
    居場所を作ることはできません。 これが「あいだのおけるー闘い」である。

   *−「外部における闘い」と「内部における闘い」−
    「あいだにおけるー闘い」に対して、「外部における闘い」とは、<私>の内部の<価値>の変化をもたらさない闘いです。
   (それは同時に《私》が構築した<価値>である)そして「外部における闘い」を回避することは可能であり、
    それも「闘い」の一つの形態です。しかし外部の戦いでも出会っても、《私》は《私》との「あいだにおけるー闘い」
    を行っているはずです。私が「外部において処理をする」と推測する「闘い」は、必ず<私>の内部に取り込まれます。
      (字数の関係でカット2008年10月17日)
・・・・・・・・・ 
2005年10月17日(月)
1658, 北イタリア旅行記−7

ツアーの楽しみの一つに、普段なら会えない人と会えることがある。一度会ったら二度と会わないから、気楽に何でも話せる。
共通点は旅行愛好家ということで互いの情報交換が気楽にできる。その中で色いろな人生が、それぞれ垣間見ることができる。
また、私たちも彼らから同じ視点から見られているのだろう。

今回は、北イタリアという場所ということもあり欧州派がそろった。
アフリカとか南米とかシルクロードなど殆ど誰もいったことがない。
反面、欧州には隅々まで行っている人達ばかりで、殆ど話がかみ合わなかった。
特に、イタリア愛好家が何人かいて、イタリアへの深い愛情を感じた。
好きなものは好きなのだ。イタリアに行けば、その理由はよく解る。
ローマ帝国から続いている長い文化が味わいがある。どの街を見ても深い文化と歴史を感じることができる。
イタリアとは関係ないが、面白い人がいた。趣味として、デジタルビデオを番組風に編集してしまうのだ。
元映像カメラマンの人で、編集には熟知しているから可能だという。
過去に30本以上も番組として完成して、DVDに収めてあるという。

5~6枚この旅行に持ってきて、ミニDVDデスクで見せてもらった。
奥さんが劇団にいた人で、ナレーターをして共同制作をしている。
NHKなどで放映している海外ものの番組の内容と同レベル?である。まず映像を編集して、ナレーションの内容を考え、
バック音楽を選定し、45分位にまとめ上げなくてはならない。集中して三週間はかかるという。

それにしても、旅行者として羨ましい限りである。そのテープを旅行代理店のツアー説明会に提供しているようだ。
代理店にとって、宣伝用の番組をつくるのには数百万円は最低かかるからそれを借りることができれば便利である。
「一人位、ツアーに半額位値引きしてでも?」と、考えるのは私の卑しい考えになる。
何よりも、つくっている本人が一番楽しいだろう。一度つくれば、コピーは簡単である。
ボランティアとしても、誰からも喜ばれる。今回も、希望者に送ると全員から住所を聞いていた。
同行のツアー仲間にしてみれば、夫婦のビデオカメラマンを引き連れていったと同じ。
この夫妻にとって、最高のものを与えることで喜ばれ繋がりができる。
自分も楽しみ、そしてそれが因縁のある人達に最高に喜ばれる。
人生の最高の楽しみになるはずだ。世の中は広いし、人生の達人がいる。

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2004年10月17日(日)
1293, 「閑」のある生き方ー読書日記 −3

「今ここに」を、更に考えてみる。
 ー前回では 「空」を時の上から解釈して、「即今」、 平たくいえば、ーただいまーと解釈した。
 「空」がわかるというのは、その「ただいま」がわかるということである。
 
 この「ただいま」を手に入れなくてはならぬ。この「ただいま」を無限そのものだと悟るとき、零すなわち見元の式が成立する。
「今ココニ」を丸ごと心で把握するなら、そこには、あとに残る過去も先に待つ未来もなく永遠の今があるだけということに気づく。
 空と時を合わせて「一念」というほうがよい。 hereーnow が、それである。ーを抜粋し、そして感想を書いた。
 今回は、その即今の凝縮した瞬間はどういう時か考えてみる。 感動、感激、至高体験、歓喜、感謝の時といえよう。
 その瞬間が「今ここ」を実感する時である。その瞬間を経験した時、それが永遠に通じている感覚がする。それが「永遠の今」である。
 
 感動の時、その瞬間は自分の中に永遠に残る切り取られた時である。
 この経験をするため、この瞬間を経験するために、生まれてきたといってよい。
 それまでの全てを超えた体験する飛躍の時である。 その「今ここ」は、悟りの世界でもある。
 この中に、感激、至高体験、歓喜、感謝が含まれる。 いや、これらの言葉の中に、それぞれが含まれる。
 「今ここ」は、決してプラスの時だけでない。 挫折をした時、死を宣告された時、絶望を味わった時、
 身近の人の死の時、 等々、あげることが出来る。 意識の深くに陥ってしまう時といってよい。
 その時は意識は研ぎ澄まされ鋭く自分を切り裂く。
 「今ここに」を意識している時は、宇宙の中心に立っている時であり、宇宙と直接つながっている瞬間である。 
 
・・・・・・・・・
2003年10月17日(金)
926, 180円ラーメン

 新潟市内で目についた180円ラーメン店に入ってみた。180円のラーメンと、色いろなトッピングを付けたラーメンと、
餃子とチャーハンのセットがメニューの基本であった。 ー何処のラーメン屋もそうだが。
 特別美味いわけでもないし、といって不味いわけでもない。ただちょっと食欲の無いときや昼飯に食べるのに丁度良い店である。
近所にあって欲しい店でもある。ポイントは何といっても値段の安さである。
美味しさの追求が今までのラーメン屋の課題であった。しかし気楽に食べられる値段に対しての盲点が出来ていた。
不味くもない廉いラーメンを腹を足すだけの目的で食べたい時の方が実際のところ多い。
現在ラーメンは500円が相場である。それが3分の1である。価格破壊の波にさらされてなかったのがラーメン屋である。
このラーメン店をBSTVで一ヶ月前に紹介していたのを見たことがあった。関西系で「ラーメン一番」という名前である。
 要約をすると
・目標は1千〜千四百店。
・ラーメンのマクドナルドをモデルにしている。
・この値段で提供しようとしたら、徹底的な機械化と大量出店が必要。
・「金鉱を掘り当てたようなもの」との社長のコメント。 全国は無店地帯  等々であった。
 そういえば何処かの讃岐うどんの店の関係者が「100円」の讃岐うどんをメニューに目玉商品として取り入れたら、
20佑稜笋蠑紊殴▲奪廚砲覆辰燭範辰靴討い拭このラーメン屋があちこちに出来たら一般消費者は既存のラーメン
の値段に疑問を持ち始めるだろう!いま新規に開店する店は、スーパーセンターやドラックストアなど価格破壊の店ばかり。

・・・・・・
552, 人生に目的はあるのだろうか?
- 2002年10月17日(木)

この年になると人生の仮決算期に入ってくる。「自分の人生はハタシテこれでよかったのだろうか?」
「人生に意味などがあるのだろうか? 有るとすればなんだろうか?」そういう話が最近面白くなってきた。 
 人生の目的とは漠然と考えてみるとー
・真にしたい事を見出して一生をかけてやりとおす事。
・そして全エネルギーをかけ一瞬一瞬を生き抜く。
・家庭をつくり、子供を育てあげるなど基本的な人生を生き抜くこと?
・誰かが困っている事を事業やボランテアを通して救うこと。
・歓喜を何度か経験して「この生を受けて本当に良かった!」と全身で感じ取ること。
・死ぬ時、本当に良い人生を過ごせたと思える生き方。
意味ある人生とは、こういうこと? 知ること、行動する事、創ること、そして愛すること??
これが絶対だというものは無いだろう。 一番良くないのは、人生を生きてきて最後に後悔すること?
倒産や挫折で最後に号泣すること?それも人生である。 飯喰て、糞して、ただ死ねばよいか!
意味などクドクド考えるな!この馬鹿! 所詮は自己正当化か!? これが落ち! いや違う??

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2001/10/17 
「189」ツアーのプラスとマイナスを考えてみる

ーマイナス面ー
・添乗員、エージェンシーの意図のまま飛行場に集まり、そのまま機上の人となる。
・そのうち外国の街に着く。そこに当地のガイドが待っており、そのグループは
 外国のエージェンシーのガイドにわたされる。そしてお膳立てされたホテルにバスで行く。
・翌日から予定表どおり、市内観光に博物館に繁華街に公園へとぞろぞろと行列。
・ホテルでお仕着せの食事をして、そして飛行場まで無事送ってもらい 成田に帰ってくる。
「ツアーで旅行する人は主体も無いし、知性もなにも感じられない」
 あるもの書きの本の冒頭に書いてあった内容であった。その人は自称ー知性の塊と自認している人である。
 慶応の大学院を出て、ケンブリッジの客員教授をしていたそうだ。日本の一応知性人と自認しているらしい。
 ツアーをほとんどしたことがないと思われる。時間をまとまって取れる立場にいるから、それぞれの立場が理解できない。
ープラス面ー    
・10数年前よりツアーの利用の仕方が全く変わった、進化したのだ。
 ツアーでなくてはできない事、行けないところに行くように変化した。
・使い分けをするようになった。添乗員なしで当地のガイドと空港で会い、そして翌日から手配どうりに動くパッケージもある。
・アフリカのサファリキャンプは普通の人はツアーでしか危険でいけない。
 ナイロビなどは単独では、数十回の旅行をしていても危険である。
 こういうところは4〜5名でも全く知らないもの同士でサファリができるのだ。
 外国に行ったことがない人でも、ケニアでキャンプができるのである。
・考えられないほど安い金額で内容は詰まっているのである。
・環境からいって一般の人は2週間が、日本から離れられる限度だ。
 その中に如何に安く、価値ある商品パッケージを出せるかが、エジェンシーの役割になっている。

 私はツアーが大好きだ。 ある目的地に行きたいという主旨のもと、
 全国からあらゆる人が集まる。 そしてその縁のもと一緒に時を共有し、
 また別れていくのがよいのだ。個人では絶対に行けない、かつ行く気もしない地に、
 同じ思いの人と行けるからだ。 一日あたりの旅費をみると、国内旅行と大して変わらない。


2751, 米国大統領は激戦区の白人の黒人観で決まる?

2008年10月16日(木)


アメリカ大統領は、このままではオバマで決まりそうだが、実は結果を待たないと分らないという。
アメリカの黒人差別は根強いものがあると昨日の 毎日新聞の「記者の目」 の論説員のレポートは説得ある。
今回の正副大統領候補は、黒人、女、そして老人の組み合わせで、壮年の白人は一人もいない。
 ーーまずは、その辺をコピーしてみたーー

ずっと気になっている。これまで来国では白人男しか大統領にならなかった。
さて、今年、黒人あるいは老人を大統領として、そして女住を副大統領とて受け入れる用意が米国にあるだろうか。
そうした個人の属性は人の意思では変えられい。そこに優劣や価値をつけ、反対票の理由にする。
そんな人がどれぐらい多いか、という問題だ。投票まで3週間を切った大統領選挙の最大の政策課題はもちろん経済だ。
しかし、票の争点にはならないので気づきにくいが、今年、米国人の投票行助を左右する争点が三つあると思う。
 それがへ人種、年齢、男女の性差だ。
米国においては、この3点を根拠に、他人を差別してはならない。黒人、高齢、あるいは女性であることを
理由に、特定突を公然と批判すれは、発言者自身が厳しく非難される。
皮膚の色や年齢の衰えや性差は、目に見えていても見ないことにする。それが社会の建前だ。
保守とりベラルという政治的立場の二分法を超えた合意だ。「すべて人間は平等で自由と幸福追求の権利を持つ」。
独立宣言書のこの理念を守るためには差別を認めてはならないからだ。60年代の公民運動の成栗でもある。
だが、日本人もそうだが、人間には自分では気づかない、あるいは認めたくない偏見がある。
大統領選挙でそんな傭見はどう表現されるだろうか。勝敗に最も響くのは人種だ。
人類史上初の黒人候補である民主党のバラク・オパマ上院議員がどうみられるか、でもある。
米国で6年間暮らしたが、自人の住宅地で黒人はまず見かけなかった。 職場で一緒でも、住むのは別々だ。
白人と黒人の夫需は41万組で全ほの0。7%しかないへ04年)。先月の世諭調査では、「乱暴」「不満をいう」など
黒人に否定的なイメージを持つ白人は、民主党支持者でさえ3分の1もいる。意外に多い。
東京で何人かの米国人に「黒人差別はまだあるか」と尋ねると「そんなものは乗り越えた。
黒人が大続領候禰になったのが証拠だ」と笑いながら教えてくれるのは、たまたまみな白人だ。 ・・・中略    
 そもそも、世論調査で正直に答えない白人がいる。 黒人候補支持と答えておいて、実際は白人候補に投票する。
「プラッドリー効果」と呼ぶ。 82年のカリフォルニア州知事選で世論調査が逆転して敗北した黒人候補の名前だ。
自分は黒人差別主義者ではないと白人回答者は認識しているし、調査員に疑われてもいけないという心理もある。
それぼど、平等は社会の強い規範であり、差別は個人の内部に潜む。
隠された偏見は「誤解されたオバマ氏」を生む。米紙コラムニストのニコラス・クリストフ氏が
「宗教の偏見が人種偏見の代用となっている」というのは正しい解釈だろう。
「黒人は嫌だ」と答えないから代わりに「典型的な米国人ではない」と勝手に決めてしまう。
ブッシュ大統領に人気がなく、民主党が有利な選挙だ。それなのにオバマ氏が敗れると、敗因は
「黒人だから」と解釈される可能性は高い。多文化社会の統合は後退する。分裂や差別が魚点になる。
黒人の失望感は強まる。世界の米国への見方も違ってくるのではないか。」
オパマ氏に投票しなくてすむ理由、それも黒人以外の理由を見つけたい。もやもやした心理で投票場に行く白人はいるだろう。
そんな白人が5%、いや3%いれば激戦区の結果はひっくり返り、マケインの当選である。
00年は537票の差の勝利がブッシュ大統領を生み、今の世界を形作った。 04年は、12州が得票差5%以下だった。
米国と世界の明日は、激戦区に住むミドルCの白人の黒人観で左右される。 それが実は、今年の選挙だと位置づける。
 ーー
そうとはいえ、今回は黒人のオバマだろう? 老人と経験不測の女性よりはよい! これも偏見か?

・・・・・・・・・
2007年10月16日(火)
2387, 新潟経済は今
          *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ
 先週の金曜に取引先の地銀の担当が「判子・仕事」で事務所に来た。
 そこで最近の地元経済の状況を聞いてみたところ、担当が浮かぬ顔をして言うには、
 ・地元は一部自動車部品メーカーを除いて中越沖地震を境に悪化
 ・特にマンションや一般住宅が売れなくなり、露骨な値引きが始まっている
  さらに建設中や予定のマンションが十数棟もある
 ・風評のためホテルや飲食店の売り上げが減少、回復の兆しがない
 ・不動産の動きも芳しくないという。
 中越沖地震が地元経済にとって甚大な影響を与えている。さらに手取り収入の減少、年金問題の不安感の増大、
 農家の実質収入の激減など、多くのマイナス要素が重なっているためだという。

そういえば先週の金曜日に長岡で飲んだが、お客の数は少ない。
客単価を上げようと店の方は必死。それはそれでよいが、健康も含めた対策として飲む回数を減らす。 
地方は、特に新潟県は、ますます疲弊しているのが実情である。
しかし、地方の疲弊は前ぶれ、関東・東海地区にも遅かれ早かれ波がくることは必定。
3〜5年後を考えると何か恐ろしい雰囲気である。ただ当方は目先は大口の団体が半年にわたって入ったのと、
駅の再開発が始まったので、一応目途は立っているが。ただ全体の地盤沈下はいただけない。

昨日、都銀の担当がやはり「判子・仕事」で事務所に来たおりに、
同じく地場の景気の状況を聞いてみたが、内容はホボ地銀の担当と同じ。
・中越沖地震が大きなキッカケで、デフレスパイラルの様相。
・コストは上がるが、それを売価に転換できない矛盾が全ての業界に出ている。
・地震が二つ続いたことで設備投資に対して、県内外の会社は及び腰で、その影響は大きい。
 それらが複合的にジワジワ経済に影響して地域の地盤沈下を大きくしている。
今日で丁度柏崎沖地震から3ヶ月、その影響は地元にとって一過性の問題ではない。
三年もたたないうちに二度起きたことは、県内外の企業の設備投資に冷や水をかけた。
さらに年金の不安も重なり、住宅の買い替えなどは躊躇するのは当然である。
さらに大きな問題がある、北陸新幹線の開通で環日本海都市が金沢になることだ。
歴代の政治家に新幹線を日本海(飛行場)まで、10キロ延ばさなかった重大な過失がある。
延ばしておけば、そこに野球場や、サッカー場、物流基地、そして飛行場の拡張などが集積し、
環日本海の関東の拠点としての機能が集積していたはずだからだ。今更、開通しても遅いが・・
これも県の民度といえば、それまでである。 駄目になるには訳がある!
それにしても金沢は富山、福井県と能登半島、岐阜高山を至近に控え、
東京と大阪の距離のバランスも良い。どっちにしても新潟より金沢である。
                                   ☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・
2006年10月16日(月)
2022, 「ちょい悪」の一考察
     (。^0^。)ノ オッ(*^○^*)ハ〜 ヨウ
  「ちょい悪親父」の「ちょい悪」 =不良= の意味を考えてみよう。

子供の頃「不良」という言葉には、不気味な響きがあった。ヤクザモノというか、前科者か、その予備軍という意味があった。
徒党を組んで同級生弱い者虐めや万引きをするゴミのような連中で、誰の目にも卑劣の負け犬ということが歴然としていた。

   そういう人間は中学校を卒業して以来、身近にいなかった。そういう場に近づかなかったこと、近づけなかったこともあるが。
   街中の割には、それほどの札付きの男は居なかった。私が知る限り「不良」という言葉は、近年になって死語になってしまった。
   最近の「不良」の意味あいは、「付和雷同の世間体を大事にする良い人・真面目な人」に対して、
   「不真面目な人」に使われているようだ。

この大多数の真面目?の人たちは、既にその子供によって馬鹿にされ、それすら気づいていない哀れな存在?
と見られるようになった。もっと露骨に言えば「毒にも薬にもならない凡くら」それも人生だが・・
「ちょい悪親父」の悪は、毒である。「ちょい毒」を持っている親父をいう。
その「毒」を使い分けることができる、ということである。 「ちょい悪」と「おやじ」という言葉、何かフィットする。
イメージとして、戦中・戦後生まれの団塊までの55歳から65歳で、高度経済成長期の真っ只中で生きてきて、
何か真面目でも、不真面目ともいえない、その辺の居酒屋でクダをまいている男・・・というイメージである。
というと私のこと?と同年代の人は思うだろうが、正に私も含めてピッタリ当てはまる。

   「若いうち論語とか、諸子百家あたりを読んでいるのはよいが、歳をとってから急に目覚めている低脳親父。
    何じゃい?今頃になって『師のたまう?』だと、この馬鹿野郎!
    黙って、部屋で読んでいる分には良いが、般若心経を読んだり、写経している分にはよいが、
    今さら孔子・仏でも無いだろう。」と、捨て身になって言える親父が 「ちょい悪親父」である。

私の酒飲み仲間に、多くの「ちょい悪」がいた。いや、いるか?際どいところにいながら、崩れていない人?のことだ。
酒を飲みすぎて死んでしまった人や、??の秘密を持っている人、 ど助平の人、しかし、何か男の色気がある、
自分の毒を上手く薬に変えている人? 自分の好きな趣味を持っていて、こだわりのある人をいう。

  大多数?の真面目で面白くない人の共通点がある。
   ・安易な人生を過ごし、読書の習慣の無い人である。
   ・まじめで良い人で、
   ・努力をしない人で、何か白けていて、
   ・趣味のない人で、
   ・他人を否定することで自らを見出すしかない人 である。 そう、「貴方のこと」である。
   冗談、冗談!そういう人は、このHPなど見ていません。
   何処かの会に出て、「汁のでそうな連中」同士が奇麗事をいっているから、決して貴方ではありません。

ところで「汁のでそうな人」を書いてみようか! 
書いたあと、「自分のことだった」と一人赤面したりする可能性ありだが・・・
「ちょい悪」から面白い造語ができそうだ。 次回は、「ちょい悪造語を創ってみました」か?              
       まあ、まあ、まあ、コーヒーいかが?  (*^ー^)/C□~~                 
                                バイバイ!
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2005年10月16日(日)
1657, 世界の絵画50

今回の北イタリア旅行でも、フィレンツェのウフィツ美術館で素晴らしい絵画を多く見ることができた。
実物を見ないかぎり、その絵画の背後にある意味を知ろうするには余程のキッカケがない限りできないものだ。
「知識を持って絵をみること」これを知ったのは、15年前にスペイン・マドリッドにあるプラド美術館で、
日本人のガイドの説明を聞きながら絵を見た時である。 絵の中には、さまざまなドラマが詰まっている。
その画家の技法、思い込み、性格を知ることで、絵が全く違ってみえる。
ピカソの「ゲルニカ」、ベラスケスの「ラス・メニーナス」、そしてゴヤの「裸のマハ」「カルロス4世の家族」
スペイン独立戦争を描いた「1808年5月3日」など、絵の中にある多くの背景と、隠されているドラマを聴きながら、
初めて知識を持って絵を見ることの醍醐味を経験した。

名画は、画家たちの精神や思索の凝縮したものである。それが絵画というカタチで、私たちの前に提示されている。
いかなる技法で描かれたか、あるいは画家が作品に込めた思いや、その人となりを知ることで、はじめて鮮明に
私たちの目の前に立ち現れてくる。それまでは、絵の力や精気から感動を得るだけであったが、この日以来、
絵の見方が全く変わってしまった。 その意味で、この本は初心者にとって理想的な本である。この歳になって、
やっと知りえることがあまりにも多い。年齢を重ねることは、前を向いているかぎり堰が切れたように好奇心が旺盛になる。
自分を鳥瞰できるようになるからだ。
ー目次
1 誰の何という絵か言えないと恥ずかしい名画
2 見る者を神話・宗教の世界へいざなう名画
3 美術史のターニング・ポイントとなった名画
4 歴史と人間の営みをいきいきと表現した名画
5 画家の心象風景がリアルに伝わってくる名画
6 独創的な色づかいとフォルムに圧倒される名画

著者名:佐藤 晃子  出版社 :河出書房新社

・・・・・・・
2004年10月16日(土)
1292, 随想について

 随想日記を書き続けていると色いろな事に気が付く。
 結局は、随想とは自分自身のこと、それも自分でしか書けないことを表現する、自分の物語である。
 もともと日記と随想は違うもの。 日記の対象は自分であり、日常の出来事や気持ちを書き残すものであり、
 随想は第三者を想定して、それに合わせて書き下ろすものである。
 その二つを重ねた随想日記とは、矛盾している。 実際は「毎日書く随想、あれこれ」という意味である。
 いや、日記にテーマをつけて書いていたのが、随想的になっただけである。
 日記としては、この随想日記に書いてある「22歳の日記」が、理想に近い。
 時系列に、その日の出来事と気持ちを正直に書いている。当時はただ、自分をコントローズをする為に
 本能的に書いていた。友人と議論した内容や、ちょっとした社会現象に対する意見や、
 読んだ小説や本の感想が書いて置けばよかった。 当時、何故書いたか、その動機を憶えていない。
 
 それに対して随想は、第三者に向かって自分を表現する物語である。
 読んでいるほうは、実際こんなに面白いものはないだろう。ふつう経験できない個人の心の奥底に入り込めるからだ。
 文章は飾り立てても、その飾り立てている姿が出てしまう。正直に書くしかないし、そうでなければつづかない。
 飾り立てても今更というのが、書き手の立場である。 毎日テーマをたてて脳の奥底を書くかというと、
「未来の自分という読者と、まだこの世に存在しない子孫をも意識している」
 からである。そう思って書いていると、魂が入る。「今ここで」が、そのまま入魂になるからである。
 
・・・・・・・
2003年10月16日(木)
 925、「おん宿かわせみ」

 ホテルのフロントにたっていると、色いろな人生垣間見みれるという一宿一飯のサービスと部屋貸しの商売である。
色いろな人が泊まっているのは当然である。7割がリピータで、何らかのカタチでその人の事情が見えている。
 年に2~3回は、当ホテルの通報で犯罪者が逮捕される。フロント内に指名手配の写真が数枚張ってあるのだ。
その功績で表彰状と金一封ー5千円を貰ったことがある。

 一月ほど前は広島の詐欺師で、通報をしたら7~8人の刑事が来て連行していった。 
ホテルからの通報ということを知らさない為か、違う捜査で各部屋を調べているように装って、
偶然みつけたようにしていた。お礼で3千円ほどのケーキを貰ったが。
 
 ロシア人を捕まえようとしたら、一瞬の差で窓から逃走してしまったこともあった。
大体が、通報があった場合、外に出てくるのを待って逮捕する。
こういう時代のため、最近は得体の知れない人が10人前後はいる。
どう見ても泥棒としか思えない人もいるという。あまり派手なたちまわりはない。
誰もそうだが、自分の居場所では大人しくしているものである。

 三日前には、5月2日より長期で泊まっていた老人が部屋で亡くなっていた。
偽名で泊まっていたが、警察が所持品で調べたら身元が分ったという。
家出をしていたらしく、親戚が三人駆けつけてきた。
最近になり身体全体が浮腫みはじめていて、コンビニに一日一度出かけるのも大変そうだったという。
推測するには、癌か何かの宣告を受けて死を覚悟で家出をしたのではと?
どういう気持ちで泊まっていたのだろうか。 死は直視することはできない!

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551、「エッ、嘘だろう!」−2  
- 2002年10月16日(水)

 本当かいな???「ビジネス客数56邑此」「観光白書」の宿泊数の激減の実体をみて驚いた。
2001年度の国内宿泊は前年に比べて「マイナス17諭廖その中のビジネス宿泊は何と「マイナス56諭廖
ビジネスの宿泊が、一昨年の1億5700万人から6800万人に激減、正しく壊滅と言ってよいだろう。
今年度も減少が続いている。 そうすると3分の1以下である。
現場からは、「この数年背広を着たお客が激減をしており、数分の1以下」
という話しを聞いていたが、白書で実際の数字を聞いて現場の話しが裏づけられた。

 その代わり関東圏を中心とした建設関係の現場の作業員の小団体や、得体の知れないセールスグループが
多く泊まっているという。 新潟市内は現在のところ再開発やSCの工事が多い。
下請けは今や地元より全国レベルで集めてくる。その団体が泊まってくれるのだ。今や作業現場では泊まらない。
当方は勝ち組みで、昨年は2佑慮困悩僂鵑澄しかし全国的の実際の数字は、マイナス56佑寮こΔ任△辰拭
チホウ銀行の態度が全く変わったのは、あくまでもその一員と見た為であった。
その不自然の態度が昨日の情報でやっと解った「なるほど!!!」日本の経済が壊滅の状態というのも
決してオーバーの表現でない。負け組みなら前年比マイナス70~80邑困寮こΔ世蹐Α

 こういう情報はマスコミには載らない。戦略の一つにコスト力が最大の課題になっている。
当社の強さはコスト力である。 こうなった時に強さを発揮できるのが救いである。
今日のテーマ「エー、嘘だろう?」が、これから多く出てくるのではないか?

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「188]」愛犬、コロー 2001/10/16

 犬ー子供のころのペットは懐かしい。 猫がいて猿がいて、犬のコロがいた。
初代コロである。白と茶と黒の混ざった雑種のムクイヌみたいな犬であった。
一番のおもちゃと同時に友達みたいであった。初めて出会ったころは私の6歳の頃か。
少し頭が悪く、人がいい?ところがあった、当時は放し飼いで、時たま行方不明になったりした。
近くの高砂園というお茶屋の犬がライバルで、喧嘩ばかりしていた。家族にも従業員にもお客にも、愛されていた。
最後は病気で死んだが、ペットといえば一番印象に残っているのがこのコロである。

 次のコロは、長岡駅駅裏に10歳の頃住んでた時、前の家主の飼っていた犬。
九州に引っ越した為、そのまま飼っていた。細い茶色の猟犬のメス犬で、家付きの犬のせいか陰のある犬であった。
猟犬のため鼠をよく獲っていた。この犬はよく子供を産んでいたが、捨てにいった後一晩中啼いていたのを思い出す。
4年後に交通事故で死んだ。

 よくしたもので、その直後小さな柴犬が紛れ込んできた。恐らく逃げ出したのだろうが、 愛想ががよくそのまま居つき、
10数年後行方不明になった。学生時代、夏休み等の長期休暇の暇つぶしに、石灯籠に飛び乗る芸当を教え込んだ。
その犬を散歩に連れて行ったら、橋の欄干に自分で飛び乗った。そのまま彼女の芸になった。
結婚後は家内がペットが嫌いで飼ってない。


2750, 閑話小題

2008年10月15日(水)


 *株価は反騰しているが

株価が昨日、久々に大きく反騰したが、今月末か来月にかけて再び大きな暴落の場面がやってくるだろう。
今回、世界の主要な各国が株の暴落を防ぐために公的資金注入を協調するというが、それも目先の処理でしかない。
この事態は、詐欺同様のサブプライムの債権処理でも回復に最低10年は要する。 しかし、それだけでなく、
健全な?プライム債権、消費者ローン債権、不動産債権、各国の国債、他もろもろの債権の信用崩壊も始ったのである。
これが、今日・明日に解決できるわけがないのは自明のこと。 さらに情報化で各国の指導者の知らないことまで、
一般の大衆の方が知りうる社会になってしまった現実がある。 実際に、今回の日本の大臣の中には、誰がみても、
その資格のない能力の人が任命されている。 今回の金融危機も、あれだけのエリート?が真面目な顔をして
「ここまで深刻な問題になろうとは!」と、いっている。
まだ冷静に眺める余裕はあるが、実際の大津波が目の前にして、そのことの重大さに唖然としている。
具体的には、まずはハイパーインフレなのか、それとも現在の事業に直接に覆いかぶさってくるのか? 
人類が過って経験をしたことのない事態。 予測不能である。 
ブッシュが戦後最低いやアメリカ史上最低の大統領ではなく、数千年レベルの歴史に残る
最悪な大統領として名をなすだろう。 ローマを焼き払ったネロのような人物として・・
ネロはローマだが、ブッシュは世界を炎上させたのだから・・・
   ーー
 *衆院選挙とアメリカ大統領選挙、どうなった?

恐慌前夜の様相の事態の中、日米の選挙の影が薄れてしまった。
どっちらが勝つかが、日本にとってもアメリカにとっても大問題なのに・・・
流れからいって日米とも民主党が勝利の形勢だが、問題は、その後である。
イラクからの撤退が早まり、北朝鮮との戦争も不景気のため回避するか、逆にやるか?だ。
来年一月の大統領の交代までは世界は、麻痺の状態が続くしかない。 
   ーー
 *新潟駅前で大の男が拉致未遂?

先週の話しだが、新潟駅前の駐車場で地元の大手の三幸製菓の社長が二人連れの男にスタンガンで襲われ、
ワンボックスカーで拉致されそうになったという事件があった。拉致未遂事件が身近で起こるとは、物騒なことだ。
たまたま狙われたのか、それとも何か狙われる理由があったのか?不明だが。
最近、長岡でも新潟でも気楽に歩けなくなってきたのは事実。
4月初旬に、長岡で客引き防止法が出来たのに拘わらず二人の客引きに、強引に何処かの店に連れて行かれそうになった。
大騒ぎをしたため逃げたが・・・ 最近は朝鮮人や中国人の客引きが多いので、一つ間違えば何をされるかわからない。
それ以来、タクシーで帰宅するようにしている。
拉致といえば、20年前から 会社も自宅も電話で現金を振り込むよう電話があったら、「ある言葉」を何気なく二回いう。
その場合、直ぐに警察に電話をするようにというと決めてある。 

・・・・・・・・・
2007年10月15日(月)
 2386, ビジネスマン退職後の誇りある生き方19章

「ビジネスマン退職後の誇りある生き方19章」 
          G.キングスレイ ウォード (著),飛鳥新社

題名だけをみると軽そうだが、ある本に推奨してあったので買って読んでみた。
(とにかくアマゾンで、中古本を安く手軽に買えるのがよい)
以前、書店で平積みになっていた「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」の著者の書いた本である。
私自身、サラリーマンの経験が少ないので、組織の束縛と逆に気楽さは最小であった。
そのためか当たり前と思える部分が多いが、一般的には定年で組織から離れるのは、大きな節目になる。
この本では長寿社会の中で、人生の果てへのまだ遠い道のりの中、
プラス思考で身近な人たちと親密な関係を保って、旅行や趣味を広げるように勧めている。

私の両親が商売人で42歳と38歳時の子供だったので、若い時から、その晩年のすごし方、
死に様を身近に見ることができた。そして色いろな人生訓を特に母親から教えてもらった。
そのお陰で比較的豊かな人生?を享受できたと自認している。 (アホ!)
そして、ここで書いてあることは、当たり前の事として理解することができた。

問題は、周辺にいる八割の人生の何たるかを知らない「妨害者」と著者が呼んでいる人たちである。 
世間様のいう俗説や、常識とかいう世界が全てと思い、そこから一歩も出ようとしない「あの方々」のことである。
そういう自分こそ「あの方々」ではないかと自嘲している日々だが。
それから日々脱皮するのが生きるということ、いや学ぶということだろう。
 
 こういう箇所を直に見つけ出してしまう癖がある。
  ーまずは、そこから・・
 ーー
私が40歳で小型飛行機の操縦を習おうとした時に聞かされた、「いい歳をしてもっと安全なことを探したらどうか」と忠告を受けた。
それと同じようなことを妻も同じような人種「妨害者」から
「何ですって、もういい歳ですよ。今更そんなことをしてどうなるのですか」というのでした。
自分が止められないので、他人の努力をあしらわないでいられない。
「くだらないことを言わないでちょうだい」と妻は心のなかで冷静な判断を下しました。
妻にはまだ、十年も、二十年も、もしかしたらそれ以上の人生があります。
実現したい夢もたくさんあります。この友人についても同じことが言えますし、
彼自身もそのことは十分に理解していました。彼こそは将来を危険にさらす愚か者です。
しかし私の妻は違います。妻の煙草をやめる決意は揺るぎませんでした。
生まれつきの性格か、あるいは後天的な習性のせいか、同じコップを見ても、
もう半分空だと感じる人と、まだ半分あると感じる入がいます。

いまお話ししている「妨害者」は、人生に喜びや希望やユーモアを見出せない人たち。
宿命と憂鬱が彼らの親友で、古い格言にもあるように「不幸は社交好き」なので、「妨害者」はことあるごとに
不幸をまき散らします。何かの行事に顔を出さなければ、家族で旅行でもしていたのか、とは聞かないで、
病気だったのか、と聞くのでしょう。 足を挫けば、一生正常に歩けなくなる可能性を説明し、
身体のどこかが痛むと言えば、腫瘍学の権威に診てもらえと忠告するでしょう。
ただ、いい天気だね、と言っても、彼らはきっと、長くは続かないだろう、と言うのです。彼らはまた、
知ったかぶりで、助言がしたくてたまらない人たちです。彼らの助言を受け入れてはいけません。
彼らのいじけた心で汚れた、つまらない助言に決まっています。同じ人間として、
彼らも私たちの仲間であることに違いはありませんが、ときには私も彼らを避けたいと思います。
(以下字数の関係でカット、2008年10月15日)
ーーー
ドキッとするかも知れないが、彼らなりの世界があるから、その世界で群れていれば良い、それが彼らの人生であるからだ。
しかし彼らの暗示に引っかからないことである。私の知人の一人が、一歩も自分の世界から出れなかった人である。
しかし考えてみれば、自分も同じでしかない!気がついているかどうか?の問題だが、考えてみたら対比の問題でしかない!
要は、自分こそ自分の妨害者ということである。それを一番知っているから、直ぐに本の中でそういう箇所を見つけるのである。
「嵐が丘」を書いたエミリー・ブロンテは英国・ヨークシャーの片田舎で外面的にはあまり変化のない日常生活を送りながら、
深い激情的の小説を書いている。その人によるということか! という訳で、いま一度、よーく読み直すことにしました。はい!
                      byebyeヽ(o・ω・o)ノ゛ニャーンw           
・・・・・・・・
2006年10月15日(日)
2021, 「新潟ワシントンホテル」が撤退
       おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ さむい
                
一昨日の地元の新聞に「新潟ワシントンホテル」の撤退が報じられていた。
12年前のピーク時の50涌焚爾貿笋蠑紊欧激減、三年前から赤字に転落。
同社の支配人が「市内ホテルの供給過剰や、施設の供給過剰で、飲食や宿泊客が減った上に、
プラーカ(専門店街)の閉鎖が大きな打撃になった」とコメントしていた。
同業者の立場からみえてくるのは
・直接原因は「東横イン」のオープンと、プラーカの閉鎖、
・間接原因は首都圏からのビジネス宿泊の激減−4分の1、
 この十年で新幹線の朝晩には多く乗っているが、日帰りが定着してしまった。
・企業が経費節減のため、2時間圏内の宿泊を禁止したことと、
・地方経済の低迷、
・さらにインターネットやイントラネット、携帯電話の普及も大きな原因にあげられる。
 大型のホテルの撤退は初めてであるため、やはりショックは大きい。
 駅の連絡路から直接ホテルに入ることができ、戦略的にこれ以上の好立地の場所は無い。
 10年位前までは、「他は悪くてもワシントンだけは安定している」というのが通り相場であったが、ついにである。
 という当方も、12年前の三分の二まで売り上げが減り、リストラなどで辛うじて黒字は保っているが・・・
 大手のホテル納入業者の専務の話によると、「県内、特に新潟市内の99佑離曠謄襪論峪!」    
 実際のビジネス客の宿泊は、実感として10年前に比べ四分の一に激減しているようだ。
 そこに他業種の参入もあり、中途半端な地方の地方都市型ホテル(飲食・会議室・結婚式)の業態の終焉の結果である。  
 駅再開発工事が来年から本格的に始まり、その工事関係者の宿泊が期待できるので、何とか頑張っている・・
(朱鷺メッセや、東横イン入居の再開発ビル工事の時の数字の裏づけがあるが・・・)
 たまたま、同日に地元大手ゼネコンの植木組社長のインタビュー記事が地元紙に載っていた。
 「公共工事がピーク時の7年前の4分の1に激減。 何とかこの二年間は中越大地震の特需で持ちこたえたが、
 それも終わった現在非常に厳しい局面を向かえている」という内容であった。 関東・東海ベルトラインを除いた地方経済は
 瀕死の状態である!無責任と思われるだろうが、それもまた面白いといえば面白い!
    ・・本当に? そう思わないと、知恵もエネルギーも出てきはしない!
追記)「新潟ワシントン撤退」と、検索をかけたら金沢の片町のワシントンホテル(200室)の
撤退のニュースも出てきた。 撤退できるのは、まだ健全ともいえるが・・・契約期間もあるのだろう。
                  (+●∀●)ノ さいなら!
・・・・・・・・・
2005年10月15日(土)
1656, 吹き来る風が私に云う

 帰 郷     中原中也

  柱も庭も乾いてゐる
   今日は好い天気だ
       縁の下では蜘蛛の巣が
心細そうに揺れている
  山では枯木も息を吐く
    あゝ今日は好い天気だ
       路傍(ばた)の草影が
       あどけない愁みをする
  これが私の故里(ふるさと)だ
    さやかに風も吹いてゐる
       心置きなく泣かれよと
       年増婦(としま)の低い声もする
  あゝおまへはなにをして来たのだと・・・・・
  吹き来る風が私に云ふ

生まれ故郷に帰った中也が、自分に向かってつくった歌である。
何か万人の心の声といってよいだろう! ほんとうに、オイお前なにをして来たのか?
自分の人生を生きてきたというのか? これでよかったのか?
だれもが、この気持ちを持っているだろう。 私など、何回思ったことだろう。
そして、次の言葉で、その言葉を打ち消す。 ー仕方がないじゃないか、精一杯やったじゃないか。
これしかできないのも自分。 まあ、いいや。 と。中原中也の詩は、悲しい。 しかし、悲しみを慰めてくれる。

・・・・・・・
2004年10月15日(金)
1291, 「元気の出る言葉」ー5
ーどん底からはい上がるコトバー2

■やりもせんで、できんというな。(by 堀之内九一郎)
 一言 〜若いうちはね〜
■見返りを求めるな、そうすれば行動は制限されない。
 一言 〜解からない
■打ちのめされるような人生の経験は、もっとも豊かな報いをもたらし得る。
 一言 〜「           」
■自分について知ることは貴重であり、欠かせないことです。
 それは、危険な楽観主義とともに、陥りやすい失望を避けさせます。
■機会を待て。だがけっして時を待つな。(by ヴィルヘルム・ミュラー)
 一言 〜何々、何々?何々!チャンス?呼吸?
■自分の中に奇跡をおこせ。 (by 大越俊夫)
 一言 〜まあ、いいか!何おかいわん
■行動は感情に従うように思われているが、実際には行動と感情は同時に働くのである。
 意思の力でより直接的に支配されている行動を規制することによって、意思に支配されにくい
 感情をも規制することができる。つまり、快活さを失った時、他人に頼らず自発的に快活さを取り戻す秘訣は、
 いかにも楽しそうな様子で動き回ったり、しゃべったりしながら、すでに快活さを取り戻したように振舞うことである。
                                (by ウィリアム・ジェームズ)
■一貫したものは環境においてでなく、自分みずからのうちに求めよ。(by ゲーテ)
■高尚な目的をもたぬ魂は、舵のない船のようなもの。(by アイリーン・キャディ)
■転んだ人を笑うな、彼らは歩こうとしていたんだ。 (by 米倉誠一郎)
 一言 〜笑っている人は、歩けない自分に苦笑していることに気が付いてないんだから! それが自分の姿でもある。 
■成功は目的にではなくその過程にあります。 楽しみの半分はそこに行き着くまでにあります。(by ギタ・ベリン)
 一言 〜旅と旅行の差をいっているだけじゃない?
■それまでに経験した失敗は、人生観を見出すための月謝と思えば、安いものだ。 (by 堤康次郎)
 一言 〜それが人生の最終に来るから、安いといえなんだよ!
■雨だれが石を穿(うが)つのは、激しく落ちるからではなく、何度も落ちるからだ。(by ルクレティウス)
■勝つは負ける日の初め、負けるはやがて勝つ日の初め。(by 吉川英治)
 一言 〜 ・・・・・・・
■これからを信じれば、今の過ちは許せる。
 一言 〜これで禁酒、禁煙を失敗するんじゃない?
■いちいち、「うそ」や「まちがい」をほじくりだして、無視できないひとがいるが、
 成功のためにそれは無駄なようである。 (by 船井幸雄)
 一言 〜この人へのコメントを敢えて書く フニャ〜!
   
  ・・・・・・・・・
  2003年10月15日(水)
 924, アイスランド旅行記ー4
   ーつれづれに雑記

・ツアー仲間の話は書いていて面白い反面、物悲しいことが多い。 今回は同じバスではなかったが、
痴呆症?の65歳位の女性の話である。アイスランド最終日に初めて気がついてのだが、そのバスの同行者数人が
面倒を見ていることに気がついたのだ。 それから注意してみていると、全ておかしいのだ。
目が虚ろ、いつも誰かに質問をしているのだが、その結果が違うことをしている。
羽田に着いて、モノレールに乗る時も質問をしながら、結果として違う行為をしていた。
まあ人生そのものだが。帰りの列車で、独り考えてみたら凄い人であったということだ。
軽い痴呆症の人?が独りツアーに参加をして、ちゃんと帰っていったのだ。 決して軽蔑をして言っているのではない!
意志があれば何事も可能ということである。 そこに、その人の人生が全て現れているのだ。

 前回の添乗員がある話をしてくれた。
車椅子の人を家族の人が連れてきて、たった一言「お願いします!」といって、逃げるようにして帰っていったという。
結果としてツアー仲間が最後まで全員が協力しあって無事帰ってきたという。痴呆症のオバアチャンもあったという。
これも全員が最後までみたという。今回は隣のバスで明らかに同じケースであった?!。
 
・色いろツアーに参加したが、添乗員の面白い人に出会う。
「ヌーの河渡り」の添乗員が、自分がホモと酒を飲んで告白したハプニングがあったり、
 元大手銀行員の経歴の持ち主であったり。  今回の添乗員が飛びっきり面白い人であった。
 若い女性なのだが、お嬢様なのか、ただバカなのか? 全て自分のレンズを通してクドクド説明をして話すのだ。
 お客は親位の年齢で、こういうツアーに参加しているレベル。何でも解っている相手ということが解らないらしい。
 まず結論を言って、その結論に沿って、その説明をするのが添乗員の当たり前の世界と思っていたが、
 初めから最後までその逆をしているのだ。 全員がイライラしているのが解る。
 そして全て自分本位を、そのままお客に知らずに出してしまっているのだ。
 しかし良い点もある。「何々でございまーす!」と最後に歌うように鼻声をはりあげるのだ。
 そしていつも現地ガイドと大声で笑って話しているのだ。イライラもその声で、ガックリして怒りを忘れてしまう。
 まあしようがないかという諦めを押し付けてしまうのだ。これはノウハウであろう。
  旅行は普段会えない人に会えるのがよい。 いやな人もいるが!

 ・・・・・・・・・
 550, ビールの飲み方
 - 2002年10月15日(火)

ベトナムに行った時の話だが、朝から晩まで中華系料理。昼飯も、どうしてもビールが必要になる。
一本なら良いが、異常な暑さの為どうしても二本飲みたくなる。
もちろん350mlだが、脂系の食事のため二本を飲むと腹の心配になる。
そこで考えたのが、コップに一口分(5分の1)をついで、ゆっくり味わって飲む事だった。
それが美味しいのだ。少ないビールを味わって飲んだからだ。その後は全くその事を忘れていた。
先日、図書館で池波正太郎の「男の作法」という随筆集を借りた。
その中でビールの飲み方が書いてあった。「一口づつ、その都度ついでイッキに飲むこと」
なるほどと納得をした。それと酒飲みの底の深さを改めて知った。
私の場合はそれさえもユックリと飲む事だが。量の制限がない時も、少量を一気に飲むのも悪くない。
その都度接ぐのが面倒だが、そこを習慣をしてしまえばいい。ケチクサク見えるだろうが,美味く粋にのむ為だ。
日本酒をお猪口をひっくり返して底についで飲むのが安くて酔うのは知っていたが。

 ・・・・・・
「187]」強い人  2001/10/15

 私の周辺に非常に強い人がいる。何を持って強いのかと難しいことは横において、そういう人を観察してみると、
10歳位までに両親の愛情をたっぷり注がれている。逆に弱い人はその時期、両親の不和とかで愛情が中途半端な人が多い。
精神の柱が愛情で出来ているのではと思われる。そういう人は、明るい、暖かい、さっぱりしているが反面,我侭だ。
人生の何かを教えられる。そこで自身は如何であろうか。少なくとも10歳までは、多くの人にたっぷりそそがれたことに氣づいた。
両親からはベタベタしたそれでなく、間接的な絹木綿的な感覚の愛情であったようだ。
やはり直接しっかりとじかに愛情を受けた人は違う。 愛情のなかで親の愛情ほど、強いものはない。
一番の自我愛だからだろう。だからその子は我侭になってしまうのだろう。子供にとって両親の不和ほど不幸の事はない。
子供に対しては絶対愛と夫婦愛の両輪が必要という事か。



2749, ソロスは警告する −2

2008年10月14日(火)

 「ソロスは警告する」 ジョージ・ソロス著  講談社
                         ー読書日記ー

『アメリカ経済の終わりの始まり』などの著者の松藤民輔の解説の中の次の文章が、
欧米のエリートの意識感覚を言い表している。これがアメリカのエリートだけでなく、日本の官僚や、
エリートの偽らざる意識である。 所詮そんな意識とて、猿回しの芸を仕込まれたエテコウが一方的に
大衆をブタと決め付けているだけのこと。そのエテコウの舞い上がった演技で最悪の犯罪を犯したのが、
このサブプライム問題。 しかし彼らから学ぶことは「哲学と歴史を学び続けること」である。
歴史と哲学は最も重要な基本的な教養であるからだ。といって所詮あんなものかと、冷笑して学ばなければ、
ブタと言われた時に認めざるを得なくなってしまう。
 まあ、面白いから、一度は知っておくべき彼らの意識構造である。 世の中は差別で出来ているのです、
 −−−
ー松藤民輔(解説文)よりー
「オックスブリッジ」の歴史学科を出ているその人物は、 私たちに平然と
「歴史を勉強していなかったら、ブタだ(人間じゃない)よ」と言い放った。
特定の人間を愚弄した言葉ではなく、ごく普通に口から出た言葉のように思えた。
これが世界の政治経済を牛耳るトップの感覚なんだなと、その時、私は痛感したものだ。
現実に、彼らエリートには彼らだけの標準である「共通言語」や「共通認識」がある。
そうした共通言語をもち、真のエリートたちのクインナーサークルに入れるごく一部の者だけが、
世界の大企業のトップとなって数十億円の年収をもらい、プライベートジェットでスイスのダボス会議に参加し、
「次の金儲けのテーマは「金融」から「エコ一にしよう」などという、地球の新しいルール作りにたずさわる資格をもつ。
欧米、特にヨーロッパでは、エリートになるための教養知性として哲学や歴史学は必須科目なのだ。
実際、どちらも彼らが己の理想や世界観を自分の言葉で語るのに不可欠な学問だと思う。・・・・・
一見、現実的な政治と観念的な哲学とはあまりにもかけ離れているようにも思えるが、実は、そうではないのだ。
あくまで私見だが、「私のようになりたかったら、哲学を勉強しろ。私のように考え、歴史から学べ。
そうすれば世界の政治経済に参加出来るエリートになれるチャンスがあるぞ」といったソロスなりのメッセージが、
この本には込められているのだと思う。だからこそ、彼の本は、欧米で、、明日のエリートの仲間入りを夢見る
多くの人々に読まれるのだろう。  さて、ここでまた一つ、厳しいことを言わなければならない。
それは「日本には真の意味で世界の"インナーサークル"に入れるエリートがいない」という現実だ。
これは戦後の日本がひたすら大衆国家の道を歩んできたこととも深く関係している。残念ながら、今の日本には、
数十億円もの年収をもらい、ダボス会議で世界のエリートたちから相手にされるような経営者はいない。
それは、これまでの日本の政治家、経営者に、世界のエリートからサークルの会員として認められるような
資格を備えた人がほとんどいないからである。
(哲学や歴史を学び、世界で起こっている出来事と関連づけて考え、さらには、その世界観を自分の言葉で語ることが出来る」。
それがエリートの道へのパスポートなのだ。 私がこの本を勧める第二の理由は
「ソロスのような欧米型知的エリートの思考法を身につけるのに格好の本」は、以上の背景による。

おそらくソロスは、市場の微妙な動きやデータを、彼の長年にわたる経験や独特の直感から「認知」と「操作」とに分類し、
瞬時に頭の中で判断しているのではないか。これは論理的というよりも、心理学で言うところの「内観」的ー自分の意識や
その状態を自ら観察することなどの発想法に近いと私は思う。本書でも明らかなとおり、若き日のソロスが熱心に学んだのは
一経済学『というよワも一哲学一や「歴史学」だった。哲学で知り得た膨大な知見を金融市場に応用し、
常に考.義けていくことで、彼は独自の直感を磨いていったのだと思われ、おそらく、ソロスの言動や発想や思考は、
ソロスの境地に到達しないと分からないし、短期間の学習ですぐに習得出来る類のものでもないだろう。
だが、たとえソろスでなくとも・ソロスのような「頭」をつくるためのトレーニングは出来るはずだ。
私が冒頭で、「ソロスのような天才投資家に不可欠な、"市場を読み解くための技を体得するために本書は最適の教材である」
と断言したのは、まさにこのことを言っている。 ソロスの本が欧米のエリート志願者に読まれる理由も一つである。
本を読んで非常に強く感じたのが、「エリート」としてのソロスの自負である。
 −−−
 以上である。アメリカ国民の大半が、金融機関の救済に反発するのは、この文章からも理解できる。
1929年の大恐慌のときは、千数百人を逮捕したというが、今回は無理だろう。
今回の大統領選挙で、それを選挙公約をした方が勝つだろうが、資金の出所が、そこだから絶対に無理 !

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2007年10月14日(日)
2385, 私の嫌いな10の人びと −3

「私の嫌いな10の人びと」 中島 義道 (著)  ー読書日記

2章の「常に感謝の気持を忘れない人」が中島らしく面白い。
少し歯切れは悪いが、それでもただ無闇に感謝する日本人の感覚に疑問を持つのも、ご尤もである。 
感謝を売りにして一財産をなした小林正観という人もいる。この人の本を何冊も何度も読んだが、
一度ひいてみれば、所詮は「感謝という言葉を売りにして、一財産を築いた男」でしかない。
英語で、まず憶えるのはイエス、ノーの次にサンキューであるから、大事なのだろう。
営業の場合、この人の本を読んで心から感謝をする訓練をすれば、営業ギアは一桁は間違いなく上がるだろう。
といって熱くなり過ぎも問題。 何か宿泊施設がある会があるようだが、集まるのは羊たち。
隠れ狼からみたら、これほど美味しい集団はないだろう。 少しは哲学の本を読め!ちゅうの。
手っ取り早く、効果を求めるものではない! 「このウマシカ!」と言ってやりたいが!
しかし、感謝の念が足り無すぎる人があまりに多いが・・・。それより無知の方が問題じゃないのか?
いや、自分が無知ということを自覚すること!それが哲学だろう! 自分のことだから!よーく解るの。
      
ーまずは、その一節を書き出してみるー
おうおうにして現代の日本は、これを知能指数ならぬ「人間性指数」とかみなし、全ての人に高飛車に強制し、
これが欠如している者、希薄な人を欠陥人間とみなす風潮がある。 そこには、身動きの出来ない定型化があって、
一種の魔女裁判のような糾弾の姿勢に対して、疑問をなげかける。
一見平和の日本では、この感謝の念の足りない人に対する異端裁判が日々行われている社会である。 
何かをしてもらった時に、感謝したい気持になる時と、感謝をしたくない時がある。 
それは、相手が自分に何を期待しているかによる。何も期待してないとき、われわれには自然と感謝の念が湧き上がる。
しかし背後に、相手の自己利益や、計算高さ、自己愛、放漫さ、自分に対する軽蔑、恩着せがましさや、
見返り・・・などが透けて見えるとき、とっさに感謝の言葉を呑み込んでしまうのです。
 常に感謝の念を忘れない人は、困ったことに、自分が心がけているように、
それを人類の普遍的法則のように、全ての人に要求します。そして裁きます。
しかも、絶対に表向きでなく、じろっと白い目を向けて、感謝のない人を裁きます。
現代では、現代の日本では、感謝を忘れない人がうじゃうじゃ生息していて気味が悪い。
とくに私が生理的に受け付けないのが、女性に多いのですが、頼みもしないのに、色いろ世話をやく人。
ここまでは、まあいいです。気心がしれてない、膨大の人は、私がちょっとでも恩恵を受けると、
全身を耳にして私が感謝の言葉を発するのを期待するのです。私のように世の大多数と信念や趣味が
ずれていると、他人から受けた普通の好意に感謝の念が沸いてくることはないです。
 −−−
感謝は大事であるが、感謝を意識しすぎると、他人にまで無意識に強要してしまう害を言いたいのだろう。 
感謝、感動、感激、驚き、歓喜は最も大事な心の働きで、常に忘れないことである。
それは自分の心の奥で培養すべきこと。三波春夫の「ありがたや節」として呟いていればよいもの。 
何ごとも中庸、中庸!       感謝ヽ(´∀`*)ノ感激ヽ(;´Д`)ノ雨ヽ(@´з`@)ノ 嵐♪
                               ┌(。Д。)┐ あは
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2006年10月14日(土)
2020, 13日の金曜日恐怖症               
    (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ

昨日は「13日の金曜日」であった。日本では、あまり騒がれないが、西欧社会では「13日の金曜日恐怖症」がある位、
この重なりの日は自重をしている人が多いようだ。さっそくネットの検索で調べてみたが、
インターネットは手軽に調べることができるから便利である。
古代から、13という数字が不吉というのは、初めて知ったが金曜日との重なりを嫌うのは週末もあるのだろうか?
数年に一度しかないので、この機会に知っておくのもよい。
 まずは、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』のー13日の金曜日ーから抜粋してみた。
     −−−
    ・キリストの最後の晩餐に13人の人がいたことから、13は不吉な数とされた。
    ・またキリストが金曜日に磔刑に処せられたとされていることから、13日の金曜日が不吉であるとされた。
    ・一説には、イヴによるアダムの誘惑も大洪水からノアが脱出したのもバベルの塔が壊されたのも
     13日の金曜日だと言われるが、聖書にそのような記述はなく迷信の域を出ない。
    
    (中間、字数の関係でカット2008年10月14日)
ーリアルの例としては、
オーストリアの作曲家シェーンベルクが有名である。彼は1874年9月13日に生まれた。
13は縁起の悪い数とされており、7と6をたすと13になるから彼は76歳で死ぬと思い込んでいた。
1951年、76歳になった年の7月13日の金曜日。その日が来ると彼は用心してベットから一歩も外に出なかった。
そしてその日がいよいよ終わろうとする午後11時47分、彼は死亡した。
   −−−−
  まあ、13日の金曜日は皆で、このような話を楽しむ日ということか?
               (。^0^。)ノホンジャ、マタ!
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2005年10月14日(金)
1655, 北イタリア旅行記−6
 イタリア三大巨匠 ーダ・ヴィンチとミケランジェロ、そしてラッファエロー

このイタリア旅行まではフィレンツェの「ウッフィッツェ美術館」の存在を知らなかった。
この美術館にはイタリア美術史に燦然と輝く名画が勢揃いしてあり、馴染みのある絵画を次々とみることができた。
 ・ボッティチェッリの「春」「ヴィーナスの誕生」
 ・ミケランジェロの「聖家族」
 ・レオナルド・ダ・ヴィンチの「東方三博士の礼拝」「受胎告知」
 ・ラッファエロの「ヒワの聖母」
 ・フィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」 などなどである。
特に印象的だったのが、ダ・ヴィンチの「東方三博士の礼拝」である。
この絵は下書きの未完のものだが、「モナリザ」「最後の晩餐」に匹敵するもである。
また、ボッティチェッリの「春」と「ヴィーナスの誕生」が素晴らしい。
「春」を壁紙のHPよりコピーして一ヶ月位パソコンの背景画にしていたので身近な感覚で観ることができた。
地元の女性ガイドが絵画の説明の中で、同時代に生きたダ・ヴィンチとミケランジェロ、
そしてラッファエローの三人の関係を解りやすく説明してくれた。
特に、ダ・ヴィンチとミケランジェロの人間臭い対立のエピソードが面白い。
それぞれの絵画の中の意味を知れば知るほど、その奥行きの深さが伝わってくる。
きしくも、三巨匠にボッテェチェリーなどが同時代にいたことが不思議である。
「旅は肯定である!」と、何かの旅についての随想にあった。
ー旅は、肯定するためにある。ときにおこなう否定もまた、肯定の一種なのだ。
人間は、存在そのものが「!」であり、肯定なのだ。−
  全くそのとおりであり、人生にも通じることである。如何なる場合でも人生は前向きにあらねばならない。
  憎むためでなく、愛するためにある。苦しむためにあるのではない、楽しむためにある。
  疲れたら、休めばよい。 急ぐことはない。 旅行は、そのことに気をつかせてくれる。
             つづく
・・・・・・・
2004年10月14日(木)
1290, ダイエーが再生機構活用!

一昨夜、自宅の近くにあるダイエーの紳士売り場と、靴売り場を見て驚いた。
売り場に商品が、あまりに少ない。債権が焦げ付く可能性があれば、メーカーや問屋が商品の納入はしない。
まさに末期現象と思っていた。ところが、昨夜のTVのテロップで、「ダイエーが再生機構を受け入れる」と
臨時ニュースを流していた。これで、解体、売却の手順が踏まれることになる。
一つの時代の終わりの象徴といってよい。学生時代、ダイエーが流通革命の旗手として飛躍を始めていた。
チェーンストア理論を売りにしていたペガサスクラブの優等生であった。
グループとして、解体過程に入っていたが、これで本体も売却か、解体に入る。
ジャスコ、ヨーカ堂が生き残り、ダイエー、西武流通グループ、マイカル、長崎屋、ヤオハン、九州の雄の寿や、
などが消滅することになる。多角化を経営方針にした会社が、消滅していったのが印象的である。

話は逸れるが、この文章の下地を書いている19時のNHKのニュースで西武鉄道の堤義明オーナーが、
全てのグループの役員を辞任、プロ野球の西武のオーナーも降りるという。
巨人のオーナーが辞めたので、堤が辞めれば更にプロ野球は一変する。
リストラこそ大事な時に、肥満の方向に逆流するのだから、±プラスマイナスの両方ではなく、
マイナスである事は間違いない。 西武も売却の可能性がでてきた?勝ち組、負け組みとか
いっていられない時代になってきた。堤義明の場合、逮捕されるかどうかの瀬戸際の大問題になる可能性がある?
そうじゃなくては、全てのグループの役職を降りるということはないからだ?
グループで上場廃止になる会社が幾つかある。大問題である。いずこも大変な時代である。

・・・・・・・・
2003年10月14日(火)
923, アイスランド旅行記ー3

 ーオーロラハントー
 数年前に、ノルウエーのトロムソにオーロラハントに行ったことがあった。その時は「何だこんなものか」
という程度で、期待とは全く違うものであった。薄い雲がスジ状に光っているだけであった。
だだ行きの飛行機から見たオーロラがカーテン状に広く光っていたが。
今回も5日間で一日しか見えるチャンスが無かった。夜になると寒くなる為か曇ってしまうのだ。
感動するような大きなオーロラのはそうそう見ることができないのだ。
そしてたった一回だけの私にとって一生もののオーロラが出たのだ。
天空に展開した時の感激は、想像をしていたより遙かに神秘的かつ荘厳であった。
写真など撮っている余裕など無く、ただ呆然と見とれるだけであった。
これをどう言葉で表現したらよいのだろうかと考えていた。

 天空の黒をキャンパスに、滝が降るように頭上の両側に壁になり揺らぐ青白光の波がこの世のものと思えない、
神秘的なものであった。あとは「・・・」である。 取材できていた共同通信社のカメラマンが、
「このオーロラをどう東京の友人に説明したらよいか解らない」と私に話しかけてきた。
「これは実際、この目で見るしか理解はできないでしょうね」と答えるしかなかった。その時、涙が出そうになっていた。
以前ツアー仲間から、この体験談を聞いたことが何回もあったが。
「もういつ死んでもよいと思った!」「聞くと見ると大違い、実際見なくては!言葉で表現できない」
それを聞いて、「ちょっとオーバーではないか?」としか思ってなかった。
しかし、この言葉の意味が実際見て初めて解った気がした。
 あと一度見たら、アフリカの大地のように完全にハマってしまうだろう!
 
 ・・・・・・・
 549,「宣戦布告」
 - 2002年10月14日(月)

 先日、映画の「宣戦布告」を見てきた。 北朝鮮の拉致事件の帰国も迫っていることもあり、
迫力と現実味のある面白い内容だった。「日本海沿岸の海に,一隻の国籍不明の潜水艦が海岸近くで座礁した。
浮上した潜水艦からは、戦闘服に身を包んだ男たちが出現、夜の闇の中に姿を消していった。
−そんな中からかって無かった未曾有の緊急事態に見舞われる。 今の法律では北朝鮮の戦闘員に発砲すら許されない。
追い詰めるが、一方的に射殺されていく。そして全面戦争への危機に発展していく姿」をまねいている。

 この危機状況は、現実に起きても不思議でない状況である。
スターリン時代のソ連が、プチの状態で存在しているのが北朝鮮である。
その現実と平和ボケの日本をこの映画はいいたいのだろう。日本も北朝鮮に似ているのが皮肉だ。
日本の官僚は北朝鮮のそれと全く同じといってよい。巧くカバーしているだけだが?
今の経済危機の状況にも酷似しているのが不思議でもある。相手はアメリカでしかないが?!
非常事態にも、その危機状況に気がついてない政府と官僚の姿がそこにあった。
明日にも拉致をされた5人が帰ってくる。そのうちの3人が新潟県で拉致をされた人だ。
その姿を見て世論が沸くだろうが、景気にマイナスにならないかと心配だ。そこにある危機を実感するからだ。

・・・・・・・・
[186] 野村と円楽  2001/10/14

 10年前の話になるが、新潟の大蔵ホテルで野村と円楽の講演会があった。
メインが円楽で前座が野村であった。もちろん私も円楽がまず面白そうで、野村も面白いのではと期待していった。
まず野村が出てきた、そして黙って会場を見渡し、ニヤッと笑い、「大部分は女性ですね、私の話なぞ如何でもよい
と思っているんしょう。円楽の刺身のツマぐらいと思ってるのでしょう」実際そうでだったから、ザワツイテイタ会場は
シーンとなってしまった。その瞬間に野村のペースに聞き手をのせてしまった。
ー要点はー
・自分は投手の練習用のキャチャー「壁」として採用され
・数年後解雇を言い渡された・丁度その時父親が癌になっていた
・直接上司と掛け合い絶対に辞めないと粘りかろうじて首を免れた
・そのぎりぎりのところでどうしたら一流になれるか考えた
・一流の選手は持って生まれた天性ある、努力だけでは埋めがたい差がある
・そこでぎりぎりのところで、どうしたら一流になるための方法を考えたー頭を使ったー
等々、底から這い上がってきただけに、一言一言が経験のうらずけがあるため説得力があった。
また彼も浪人の真っ最中の状態で、話に力が入っていた。 今までー王、広岡、森と講演を聞いたが、
野村だけは底から這い上げって来たためか、ずば抜けた内容があった。
その日の円楽の話も力が入っていたが、所詮噺家の内容はしれたもの、しらけた会場の空気が漂っていた 。
さすがキャチャー、瞬間その場を雰囲気をとらえ、自分のペースに捉える術。今でもありありと憶えている。
キャッチャーは9人の選手のうち、一人だけ逆方向を見ているのだから。


2748,  ソロスは警告する −1

2008年10月13日(月)

 「ソロスは警告する」 ジョージ・ソロス著  講談社
                  ー読書日記ー

 まずは、この本の背裏のジョージ・ソロスの紹介文からして面白い!
生き馬の目を抜く世界でトップのクラスの利益を出しているのだから、余程の知識と哲学がなければ勝ち抜けない。 
10年前から哲学に興味を持って継続して学んできたが? つくづく今まで何をしてきたか考えさせられる。
歴史も哲学同様に学ぶべきである。権力者の都合のよいように作り変えられるとしても、生の人間の足跡がある。
ソロスという人物はマスコミでは知っていたが、実際に読んでみると、その骨組みが見えてくる。
哲学と歴史を徹底して学んで、それを長期投資に振り替えていることだ。
  まずはアマゾンの、この本の紹介からコピーしてみる。
  −−
人物紹介: 金融投資家。ソロス・ファンド・マネジメント会長。
  1930年ハンガリーに生まれる。 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス卒。
  1956年、アメリカに移住後、証券会社勤務を経て、投資会社(後のクォンタム・ファンド)を設立。
   以後、世界一ともいわれる運用実績を上げ、今日までに1兆3000億円ともいわれる莫大な資産を築き上げる。
  1992年には、ポンド危機に乗じて100億ドル以上のポンドを空売りし、莫大な利益を得たために、
  「イングランド銀行を破産させた男」としても有名になった。 自ら設立した財団を通じての慈善事業や、
  巨額の資金を投じた政治活動にも積極的に取り組んでいる。 著書『ソロスの錬金術』『グローバル資本主義の危機』
  『ブッシュへの宣戦布告』『世界秩序の崩壊』はいずれも世界的なベストセラーとなった。
 ー以下は、あるブログの内容紹介文であるが、簡潔にまとめてある。
・2008年5月5日に発売されたジョージ・ソロスの「The New Paradigm for Financial Markets」の日本語訳である。
 本書は、ジョージ・ソロスが2008年以降の激動の世界経済・金融について書いたものであり、
 恐慌論でおなじみの松藤民輔氏が解説をしている。
・内容としては、ソロスの「再帰性」の理論について多くがさかれているが、かなり難解で難しい。
 解説で松藤氏も書かれているが、ソロスの現状認識と未来予測はカンタンにまとめるなら以下のとおりである。
 ー現状は、ドルを国際基軸通貨とした信用膨張の時代が終わりを迎えつつあり、未来は、サブプライム・バブルとは別の、
 さらに大きな『超バブル』が崩壊寸前で、その規模は、あの大恐慌以来のものになるだろう」というもである。
・ソロスは、欧米などの先進国は「売り」、中国、インド、中東諸国を「買い」としているが、
 素直に未来についてはよくわからないとしている。 経済問題が政治に飛び火し、それがさらに世界経済へ影響を
 与えるといった事態になるかもしれないし、そうはならないかもしれない。
 ただ、政治的にも経済的にも不安定な時代に入ろうとしていることだけは正しいのだろう。
 CDS市場の巨大さとそれがデフォルトした時の影響と中東のドルペッグ制である。
 ソロスはロシアには悲観的であるが、中国には楽観的である。中国を楽観視している理由がよくわからなかった。

ー他のブログである、これも簡潔でよい!
 1: 現在の景気後退は、単なる「アメリカの住宅バブル崩壊」以上のものである。
 2: 現在のサブプライムバブルは、はるかに大きな「超バブル」のわずか一部分に過ぎない。
 3: 今年末までに、一九二九年の大恐慌と比肩するほどの「超バブル」が崩壊するであろう。
 4: アメリカ・ドルを国際基軸通貨とした信用膨張の時代が終焉を迎えようとしている。
 5: この「超バブル」は、これまでの信用膨張の飽くなき肥大化(支配的なトレンド)と、
   市場原理主義という支配的な誤謬とによって生み出され、強化されてきた。
 6: 長年にわたって筆者が主張してきた「再帰性理論」を用いれば、
   現在のバブル崩壊の過程を有る程度まで正しく認識することが可能である。
 7: 「経済エンジン」としてのアメリカは間違いなく衰退化する。
  新しいエンジンとして中国・インドおよび中東が期待される。
   彼は「2008年中に巨大バブルが弾け大恐慌の危機が来る」と見事に予告している。
他に
 ・サブプライム危機は巨大なバブルの一部にすぎない
 ・このバブルは信用マネー取引の膨張と市場原理主義によって生み出された
 ・ドルの下落は今後も進んで行く。
 ・CDS市場に大きな問題が発生するであろうが、もし、そうなったら、それがヘッジファンド 
  の連鎖破綻を引き起こし、資金提供元である大手金融機関をも直撃する大変な事態に至る。
   と見事なまでに、現在進行中の金融危機を的中させている事は驚くべきことである。
  なお、これらのソロスの予告の後の数年間、一体、どうなって行くのかに興味のある方には
  副島隆彦著「恐慌前夜」、ラビ・バトラ著「2010年資本主義大爆裂! 緊急近未来10の予測」と
  「資本主義最後の5年」、藤原直哉著「世界同時株大暴落」そして恐慌論の名著ガルブレイスの「大暴落1929」を是非、
  読んでいただきたいと思う。それぞれの本についてもレビューを書かせていただいたので、ご一読いただければ幸いである。
  −−−
  本を買ったら、「まえがき」と「おわりに」と「目次」を読んで、その後、ネットで検索をしてから
 本文を読むようにしている。それも飛ばし読みである。そうでもしないと、短時間で、読みこなせるほど軽くはない。
 この本の冒頭に松藤氏が、解説をしているが、この文章も簡潔に、そのものズバリにまとめてある。お勧めの本である。

・・・・・・・・・・
2007年10月13日(土)
2384, こころの旅  −1  
 「こころの旅」神谷 美恵子 (著)

藤原治著の「人は60歳で何をしたか」に紹介してあった本である。 さっそくアマゾンで取り寄せ、読んでみて、
もっと早い時期に読んでおきたかったと思わせる本であった。 最近に、こういう本に出会うことが多くなった。
一冊の本に魂を入れることが出来るのである。本とは本来そういうものだろう。 それとも自身が著者の魂を
感じることが出来るようになったのだろうか。人生の旅路には、常に越えなければならないいくつもの峠がある。
この本は「こころの峠」の、それぞれの年代に焦点を当てて優しく語りかけている。

この本のどの部分を読んでも、深い魂から呼びかけてくる声が聞こえるようである。
この本は十章から構成されているが、一章ごとに過去を振り返りながら読める。
人が死ぬのは肉体だけで、「こころ」は何時までも残る、と感じさせる本である。 
人生で何か一番大事な部分から目を離していたのかもしれない。 この本の最終章に、この本の要約が書いてあった。
一番感じたことは「こころ」に「よろこび」が必要ということである。 アホかと思われるかもしれないが、
「こころ」に喜びはシャワーのように浴びせてきた。それが人生を振り返り、一番良かったと言えることである。

ーまずは、その中から一部をコピーしてみる
 ーー
からだにとって空気や水や食べ物が必要なのと同様に、「こころは生きる喜びが必要である」ことは一生を通じて
変わらないことであった。 幼児期のホスピタリズムは、これを証明するもっとも早期の例であったが、
その後も「生きるよろこび」欠乏のために神経症、犯罪、自殺企画、自殺そのものが各時期におこりえたはずである。
ことに大きな危機は青年期と向老期であることは見てきたとおりである。
日本では老人の自殺率がいつも世界で一、二を争うほど高いという。
老人をめぐる社会的環境の悪さのために、老年期もまたこころの旅にとって一つの危機なのだろう。
社会的次元のことは社会全体の努力と工夫によって、かなりのていどまで改められるはずである。
老人にもこころのよろこびを、というのがその目標でなくてはならない。

人間のこころのよろこびがどんなものかは、幼いころから次第に明らかになっていった。
愛し愛されること、あそび、美しいものに接すること、学ぶこと、考えること、生み出すこと。
こうしたよろこびが宇宙の中でどれほどの意味を持つかはわからない。
パスカルに言わせればみな「気散じ」の中に入れられてしまうかも知れない。

 しかし、人間は弱く、だれもが死や無限の宇宙の恐怖に直面してパスカルのように遁世できるわけでもない。
思索を使命とする人にはそういう生きかたがふさわしいのであろうが、ふつうの人間としては、
どの側面からでもこころのよろこびを求めて行くのが自然であり、素直でもある。
真にこころをよろこぼすものに一身を投げかけてこれを深めて行くとき、そこに時空を超えたものを、瞬間的にでも
畏敬の念をもって垣間みることもあるだろう。これに支えられて人は時々「我を忘れる」ことも許されるはずだと思う。
生にはほとんど必然的に苦しみが伴うが、これを乗り越えるためにも、人間には時折「自己対自己」の世界の息ぐるしさ
から解放されて、野の花のように素朴に天を仰いで、ただ立っている、というよろこびと安らぎが必要らしい。
それは植物や他の動物と同様に、人間もまた大自然の中に「生かされている」からなのだろう。
こころのよろこびのあるかぎり人は存続するだろう。たとえ廃嘘の中からでも新しい生活と文化を築いて行くことだろう。

 生命の流れの上に浮かぶ「うたかた」にすぎなくても、ちょうど大海原を航海する船と船とがすれちがうとき、
互いに挨拶のしらべを交わすように、人間も生きているあいだ、様ざまな人と出会い、互いにこころのよろこびをわかち合い、
しかもあとから来る者にこれを伝えて行くように出来ているのではなかろうか。じつはこのことこそ真の「愛」というもので、
それがこころの旅のゆたかさにとっていちばん大切な要素だと思うのだが。
あまり大切なことは、ことばで多く語るべきことではないように思われる。
それでこれはヒトのこころの旅がかなでる音楽の余韻のようなものにとどめておくことにしたい。

・・・・・・・・・
2006年10月13日(金)
2019, 「私」のための現代思想  −11
    (。^0^。)ノ オッ (*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ

我われは顔を露出することによって呼びかけている。多くの場合、「顔」を合わせることが「呼びかけ」になる。
「呼びかけ」は、常に同時に発生するが「先に呼びかけられた」と感じる奇妙な性質を人は持っている。
「自分の居場所がない」ということに人は非常に敏感である。居場所は、他者の存在によって支えられている。
《私》を支えているのが<他者>だから、<他者>が存在しなくなれば、《私》の存在そのものも危うくなります。
    <他者>の「呼びかけ」に応答し、その存在を望むことが、すなわち「<他者>をもてなす」ということです。
    そしてこの他者をもてなすことが、すなわち「《私》の居場所をつくる」ということであり、それは《私》の
    存在を確かなものにする」ということ、そのものです。それがお互いにとって「ともに生きる」ということです。
ーー
第四章「私」にとって「他者」とは何か  −
    =「ともに生きる」ということ=
 −なぜ人は顔を露出するのかー
<他者>が《私》に呼びかけるということは、音声による呼びかけだけを指しているだけではありません。
実は、私たちは顔を露出することによって呼びかけています。「呼びかけ」は一方からのみ行うものではありません。
つまり、<他者>が《私》に呼びかけるということは、《私》が<他者>に対して「呼びかけ」を行ったことの帰結です。
そして多くの場合「顔」によって行われます。ここでいう「呼びかけ」は、常に同時に発生し、両者とも常に
「先に呼びかけられた」と感じる奇妙な性質を持っています。 このような現象を、私たちが「顔を露出し、
顔によって呼びかけている」ことによって発生します。人は常に「存在している」ことを前提として生きています。
「ともに生きる」こと、そして「呼びかけ」「呼びかけられる」ことを前提として、人は顔を露出しているのです。

(字数の関係上カット2008ねん10月13日)
  
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2005年10月13日(木)
1654, 北イタリア旅行記−5 
 
 ーチンクエテッレー
この意味は、「5つの島」という。海岸線に突き出た小さな島が5つあり、その小高いところに張り付くように
家が建てられており、その家々にカラフルな色が塗ってある。漁民が船で帰ってきた時に、自分の家を識別できるように
好みの色を塗りつけてあり、それが何ともいえない風情がある。 その岩場に細い散歩道が百数十キロ続いていて、
ウォーキングができるようになっている。 その近くを、やはり列車が通っていて5つの村に駅がある。
(字数の関係上カット2008ねん10月13日)
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2004年10月13日(水)
1289, 「元気の出る言葉」ー4
ーどん底からはい上がるコトバー1

どれだけ、どん底で先人の一言で励まされたことだろうか。 「元気の出る言葉」シリーズの中で、やはり胸を打つ言葉が多い。 
読んでいて思った事は、実際あの時、果たしてどん底だったのだろうか?今回の一言は、特に気持ちをこめた。
正反合の反という意味で、後で読んだときの思いが合になる。 第三者の視点も合になる。
  ーー
■心配すんな、どうせ死ぬんだ。 (by 軌保博光)
 一言〜それが解かってないから心配するんじゃ! でも、死ぬことを常に忘れるな、
 そこから自分の人生を見つめよという点で良い言葉だ。
■自分だけは自分の潜在能力を信じてあげろ。 (by 高橋がなり)
一言〜現在という瞬間の継続が、潜在への入り口だ 。
■時間が迫ってきて、追いこまれて、「もうできるとかできないとか、そういう問題じゃねえ、とりあえずやるしかねえ」
 って決心した途端に、一件目が決まる。  (by 高橋歩)
一言〜本当?
■「わくわく」センサーに従って、進路をズバッと決めてしまうこと。 (by 高橋歩)
■今がんばらなければ、いつがんばる。(by 藤田晋)
■ぐちだけは、言わんとこうな。
一言〜愚痴か〜 、一人で布団の中で泣くのとどっちがよいのかな〜
■人生は10段変速の自転車のようなもの。
 自分が持っているものの大半は使ってない。(by チャールズ・シュルツ)
一言〜一段だけの人もいるんだよな〜
■なんのために生まれてきたのか。答えは1つ。 生まれ変わるため。(by 中谷彰宏)
一言〜うん〜〜〜?!
■乗らないと損だと思える提案をせよ。(by 神田昌典)
■自己実現とは、今の生活を最大限に充実させて満足を感じる能力だ。
(by アブラハムマスロー)
■努力した人ほど運が良かったと言い、努力が足りなかった人ほど運が悪かったという。
 一言〜そういうものだ!
■強いって事は泣かないことじゃない。 泣いてもまた笑えること。
 一言〜泣き笑いが一番
■どうにもならない事って、きっとどうでもいい事なんだよ。
 一言〜そう思うのが一番
■しっかりした知識より、土壇場での経験値のほうが役にたつ。
一言〜これも何ともいえない!しっかりした知識も大事
■自分で思うほどダメじゃない。(by 中谷彰宏)
一言〜自分って、自分が思っているよりダメなのかもしれない!
■やれなかった、やらなかったどっちかな。(by 相田みつを)
一言〜両方
■最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。
 唯一生き残るのは、変化できる者である。(by ダーウィン)
■それが何と書いてあるのか何が言いたいのか。もちろんそれも大切だけれども、それよりも大切なことは、
 それを読んで 自分が何を感じ、どう思ったか、どんな風に考えたかなんだよ。
 一言〜それで、これを書いているが、バカ丸出しになっているんだよな〜。
■自分の欲しいものが何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることができない。(by 村上龍)
 一言〜何いっているのかナ〜この男! わかんな〜い。
■与えられているのは時間ではない。それは瞬間である。与えられている瞬間で時間を作るのはわれわれである。(by G・プーレ)
 一言〜ホント?嘘だろ!!
 一期一会、今ここに、と納得しながら何か酒乱の失敗の経験があるからな〜!

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 2003年10月13日(月)
 922, アイスランド旅行記−2
  ーアイスランドを印象順に書いてみるー
 字数の関係上、カットしました。(2007年10月13日)

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548,予定挫折
- 2002年10月13日(日)

ミスマッチの組み合わせの言葉である。挫折は途中で断念してしまう事で、予定していれば挫折でない。
この組み合わせの意味は、挫折時期を予想しておいてその準備をしておく事である。
私の場合、大学受験失敗や他の挫折を人生の前半に重ねた為、挫折の痛みと、反面その必要性を実感をしていた。
必ず生きていくうえで変化と転進の必要性がある。大体が7年である。その時期を読み、変化を積極的に自分で
創らなければならない。その時にそれまで続けてきた事を止める、これが予定挫折である。
スキーを子供のとき滑って失速した時、自分から前向きに倒れるコツを覚えた事があった。
その方が大事にならないで済むことを繰り返しの中で知った。柔道や合気道で、まず訓練をされるのが受け身や倒れ方である。
予定挫折を初めから組み込み、その時期がきたら割り切ってしまう事が必要である。節を予定して積極的に創っていく事だ。
ある甥が大手の会社に7年在職後、さっさと辞めて漫画家になった。 有名らしいが漫画を見たことがない。
曰く「入社前から、そう予定していた!デザインで社長賞を貰ったし、もうやり残した事はない。漫画家は自分がなりたかった仕事。
それで生きていけそうだし楽しい!」

私事だが、29歳の時に成り行きで実家の商売をみる事になった。 五年を目安とその時の勘で思った。勿論そう宣言をしていた。
3年も経てば兄弟が一つ舟の舵取りは無理!と実感。 予定どおりに5年で今の事業に転進したが、少しは挫折感があった。
これが予定挫折というのかと苦笑をした。 しかしすぐに次の仕事がたっぷり待っていた。
挫折時期はある程度読めるものだ。 定年退職やリストラとかで、無知の為に中年クライシスになってしまうのは、
ただ流されて生きているからだ。 準備をする時間はあった筈である、たっぷりと!!

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[184] 基本  
2001/10/13

この20数年春になると、ほぼ毎年のように新入社員の入社前教育をしている。
以前はまる三日、最近はまる一日になった。真っ白な若い人に教育する楽しみも以前ほど無くなってきた。
結局家庭のやるべき躾や言葉使いを、基本から教え直すことから始めなくてはならない。本当にどうなっているのかと、
開いた口がふさがらない事が多いが、もうなんとも思わなくなった。対話形式で基本的な会話・対話の仕方から教えていく!
それはここではどうでもよい話だが、教えるべき要点は
1、本を読むこと
2、日記を書くこと
3、相手の話をきっちり聞き取る事
4、自分の言うべきことを明確にする事
5、メモをとること
6、給料を貰う立場になった事(買い手から売り手の立場の逆転)
7、同質社会ー学校から異質社会に変わった事
8、その会社の制服を着たと同時に、  個人はその制服の配役になってしまう事 等々おしえる。
 しかし一番勉強になるのが、自分自身である。 毎年春先にこれを真っ白な新卒に教えていると、
自分自身にそのまま教える事になるからだ。 全てが大事な事だ。
読書にしろ日記にしろ今でも続けているのは、これを毎年反駁しているからだ。
本当にこれをきっちりやっている人間の少ない事は、今更言うまでも無い。
それでもこのレベルの文章しかかけないのだから、別に如何という事がないのか。


2747, 仙台視察の二日間ツアー? に参加して

2008年10月12日(日)


 商店連合会の仙台市の商業事情の視察バスツアーに参加してきた。
これまで地元の名士様と群れるのをタブーにしてきたが、全て無料と、仙台が一極化で顧客を集めているのを
ニュースで見ていたこともあり、有難い誘いと参加してきた。 時系列に日程と概要を書いてみると・・・

 28人乗りの中型観光バスで、総員17名で、まずは牛タンの専門店で昼飯を食べ、仙台の商工会議所に訪問。
仙台の実情を聞いた後に、駅周辺の繁華街を見て周り、一度ホテルに戻って、18時から宴会。
2時間飲んだあとは、30分ほど飲食ビル街を散策後、国分町のトアル店に入る。少し高級そうで
6千円位の店と思ったが、「うちは飲み放題で4500円よ!」と言われ安心して、ダブルの氷割りを5〜6杯を飲む。
客種は背広族のエライさんみたいな人たちばかり、二時間ほどいたが、一ゲンの客二人に最後までママが相手をしてくれた。
仙台の夜の雰囲気を味わってホテルに戻り、ベッドで熟睡。 翌日は一次会・二次会と飲んだ割りに二日酔いはない。
バスは運動量が多いからアルコールを吸収・消化しているのだろう。

 翌朝は仙台駅から飛行場への直通アクセスの電車に乗る。20分あまりで便利でよい。
その後、一月前に出来たばかりのアウトレットの専門店が120軒集まっているSCへ行く。
あか抜けをしたセンスのよいSCである。 何気なくみている内に、ビジネス鞄と柄物のシャツを衝動買い。
鞄は6万円の半額だが、一目みて気に入って購入。 少し高そうなジャケットも買いそうになったが、止めた。
昼飯は昼飯代と貰った1000円で、マグロ丼を食べたが、丼の中身の半分がマグロの刺身でビックリ、中トロが多くて大満足。 
帰りのバスでは、一番前の座席に座って缶ビールを三本飲んでしまった。 新潟に泊まろうと思ったが、
缶ビールのお陰で?里心がつき、真っ直ぐ帰る。 これが、今回のアラスジ。
 土産など買ったことがないが、今回は、仙台の『萩の月』を買って帰る。

 仙台は東北6県の首都化のため、土地が大きく値上がりしていることは聞いていたが、駅近くの商店街も、
周辺からの顧客で賑わっていた。 仙台の町内会の連合会の会長の鼻息に、なるほどと感心した。
しかし、バブルの反動と、いずこも同じ郊外の大型SCの影響は、いずくも同じである。
町内会の会合や、連合の寄り合いには参加したことがないので、旦那様的な雰囲気の中で、ただただ大人しく?していた。 
一言一言が、私の常識からかけ離れた言葉の中、40年前の世界にタイムスリップした感覚。 
それはそれで立派と感心してしまった。
今回、iPhoneを持っていって、株の暴落をリアルタイムで知ることが出来、ベンリなものだと再認識した。
それより、頭は世界恐慌になるかどうかの瀬戸際、視察より、そのニュースが気になった二日間であった。


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2007年10月12日(金)
2383, 私の嫌いな10の人びと −2

中島 義道 (著) ー読書日記

まずは、この本をダイジェスト的に書いてある最終章をコピーしてみる。
「世間の感受性に漠然と合わせて、無批判的に従っている人が嫌いで、自分の固有の特性に基づいて
考え抜き鍛え抜いているかが決め手」というが、哲学者じゃあるまいし、殆どの人間は目の前、生きることに精一杯のはず。
この哲学者にかかったら、世の中の大部分の人は嫌われる対象になる。
しかし、その辺の「世間人」を見ると、そうだそうだ!と肯いてしまう。
自分の弱さをしりつくしている我が身は、大多数の中で自分だけは違う!
と心の奥で呟いているだけでしかない。 好き嫌いはその人の固有の問題だから気にすることはない。

ーー
私は本書では、むしろ大部分の現代日本人が好きな人、そういう人のみを「嫌い」のターゲットにしたのです。
それは、さしあたり物事をよく感じない人、よく考えない人と言うことができましょう。
「よく」とは自分固有の感受性をもって、自分固有の思考で、という意味であり、ですから世間の感受性に漠然と合わせている、
世間の考え方に無批判的に従っているような人は嫌いだということ。すぐさま反論が出そうですので、さらに説明しますと、
・感受性において、思考において怠惰であって、勤勉でない人、
・「そんなこと考えたこともない」とか「そういう感じ方もあるんですねえ」と言って平然としている人、
・他人の感受性を漠然と自分と同じようなものと決め込んで、それに何の疑いももっていない人、
・他人が何を望んでいるか正確に見きわめずに「こうだ」と思い込んでしまう人です。そのさい、その人の喋る言葉が鍵となる。
・定型的な言葉を使って何の疑問も感じない人。
・自分の信念を正確に表現する労力を払わない人。
・周囲から発せられるその時々のサインを尊重せず、自分の殻(安全地帯)の中に小さく閉じこもってしまう入。

( 字数の関係上、カットします−2008年10月12日)
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2006年10月12日(木)
2018、「私」のための現代思想  −10
                           
「『孤独』とともに『自由』が発生する」の極みは一人旅であろう。
そういえば自由は孤独の極みにあった。過去を振り返ってみて、孤独の極みのときに一人旅に出ていた。
そして結婚と同時に自由は狭まり、孤独(感)も激減した。互いに首輪をつけて紐を握られ、握ってしまったからだ。
「自由になりたい」というが、自由ほど厳しいものはない。自由にはまず「個の確立」が要求されるからだ。
   <他者>了解不可能性というが、これは同時に<自己>了解不可能性になる。
   「誰も自分を理解してくれない」と、悩んでいるとしたら、それは悩んでいること自体が、無知からきている。
    もし誰かに「理解してもらっている」と思ったら、一時的な妄想を抱いているだけのこと。
いい歳をした男どもが、群れているのをみると気の毒になる。程度と比較の問題で、誰もが群れなければ
生きてはいけないことも事実・・  それも人生だが!孤独の人ほど、それが人間の自然の姿である。
孤独とは、他者と一線を画すこと、「自らの分」を他者と画すことである。
和して同ぜずの精神である。 和して同じたとき自由が狭まる。

 −−−
第四章 「私」にとって「他者」とは何か−
     ー孤独と自由ー

「存在する」が「存在者」という「かたち」をとることによって、何が発生するか、レヴィナスは「孤独」が発生すると言います。
「私」は<他者>の「声」の存在を通して「境界」の存在を察知するのみです。 その境界の中で芯としての《私》に気づきます。
自分の外部が存在し、そこに<他者>が存在するのですが、それは<他者の了解不可能性」のよって推測されているに過ぎない。 
このとき《私》は、入り口も窓も無い「閉ざされた部屋」の中にいることを知ります。 これがレヴィナスのいう「孤独」です。

    その部屋の中で、《私》はいろいろな概念をつくります。 なに不自由なく暮らすことができます。
    しかし、親も子供も、友人も恋人も、そこに「存在しているように」見えるのですが、
    それは単なる「映像」でしかありません。彼らは全て<他者>であり、
    それは恐らく壁の向こうに側にあるだろうとしか思えません。

境界が発生することによって、「孤独」とともに「自由」が発生します。
「存在する」ということを「液体である」という状態にたとえるなら、そこには「自由」は存在しません。
なぜなら、それは「全にして一」の存在であり、動きは取れない状態。どのような場合に「自由」が存在するのでしょうか。
それは境界によって他と仕切られた状態になった時です。

それは「孤独」の別名でもあります。その時《私》は居場所を決めることができるのです。
つまり、自由とは「個別である」を前提としているということです。
このイメージは、「存在」という海の中で、結晶化した「存在者」が、孤独に浮かんでいるというようなものです。

    境界を「外側から」規定するのが<他者>であり、「内側から」規定するのが「超越確実言明」ということになる。
    この境界の範囲が「自我の範囲」であり、それを内側から支える行動(言語行為)によって維持されています。

ー《私》による「境界」の維持ー
 境界は《私》によって維持される必要があります。《私》は「正しい居場所」を求めてこの世界を移動しますが、
 そのとき境界は、積極的に守られる必要があるということです。
 それを達成するのが、ウィゲンシュタインの「超越確実性言明」です。
 境界を「外側から」規定するのが<他者>であり、「内側から」規定するのが「超越確実性言明」になります。

   ー<他者>了解不可能性ー
    私たちは<言葉>によって他人を認識するわけですが、その際の認識とは他人を制御するという目的のもとで行われます。
    私たちは<言葉>という道具によって、ある人の像を自分の内部に写しとりますが、写し取られた時点で、
    それは《私》がつくり出した像」となり、他者とは違ったものになります。

それは、制御するという目的の元で「認識」した像だからです。それは「他なるもの」ではなく<私>に属するもんです。
<他者>と<他人>とは違うものです。私たちは<他者>を直接的に認識することはできません。
これを<他者>認識了解不可能性」と呼びます。

   ー死者を「なでる」という行為が意味するものー
    私たちが生きる「一回性」の人生は(一回しか発生しえないという意味で)「奇跡の連続」ですが、
    最後には「必ず繰り返される現象」が存在しています。それが「死」です。
    一回性の人生を生きるということと、必ず繰り返される死の間には、整合性が存在しません。
    したがって、人は「死が必ずくること」を棚上げにしていく他はない存在である。
    私たちは「死を領海することができない」ことによる「回避的処置」です。

 私たちは、身体を持たされて、この世界に投げ出されている存在ですが、
 その「向こう」にある何かを感じることも、知ることもできません。
 自分の愛する者に死が訪れても、その「身体」は、物質として、まだそのままそこに存在しています。
 しかし、「死」に遭遇しても、 その「何か」(=<他者>)の不在を、私たちは知覚できません。

    撫でればそこに存在していることを何度も確認しながら、そこに「存在する」
    何かの「不在」を次第に受け入れていくしか他ないのです。
    私たちは、それに届こうと努力します。それが「なでる」という行為です。
    とても切ない行為です。なぜなら、「決して到達しえないものに到達しようとすることであり、
    決して了解しえないものを了解しようという行為である」からです。
 ーー
後記)亡くなった旦那や親を、火葬場の最後の場面で撫でている場面を何度も見てきた。
深い本人も知らない何かが、あることは解っていたが、その意味の一端を知らされた。
愛する人の最後の最後の別れである。その別れは自分自身との別れでもある。 
                   Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye       
 ・・・・・・  
 2005年10月12日(水)
1653, 北イタリア旅行記−4
字数の関係上、カットします−2007年10月12日

 ・・・・・・・
 2004年10月12日(火)
1288, 「閑」のある生き方ー読書日記 −2

11章の「今ココに」の心得が含蓄が深いので抜粋して、そして考えてみる。
  ーー
・ー現在只今の自分を全肯定できること、これが人間として達しうる究極の境地である。
 そこに達すれば現世の中で翻弄されている最中でも平然としていられるのだ。
・「今ココニ」は過ぎ去っていくのではなく、自分が生きている事実がつづくかぎり同一のものとしてあり、
 しかもそれがただち永遠につながっていることが、次第にわかってくる。
 それは心の時間というべき状態である。 鈴木大拙はそれを「零=無限」として、こう言う。
 
 「空」は空間の義に思い違えられるおそれがある。それで仏教者はいつも
 その弁明に悩まされるが、存在といえば、いつも空間の存在の義に考えられ、時間を入れない。
 しかし実際は空と時とを分けるわけにはいかないのである。空と時を合わせて「一念」というほうがよい。
 hereーnow が、それである。(略)とにかく、「空」を時の上から解釈して、「即今」という。平たくいえば、
 ーただいまーである。 「空」がわかるというのは、その「ただいま」がわかるという意味である。
 「ただいま」を手に入れなくてはならぬ。この「ただいま」を無限そのものだと悟るとき、零すなわち見元の式が成立する。
 アッというこの一瞬が直ちに無限の時間そのものであると気のつくとき、東洋思想の根底にふれることができる。
                   鈴木大拙「東洋的な見方」岩波文庫
 「今ココニ」を丸ごと心で把握するなら、そこにはあとに残る過去も先に待つ未来もなく、
 ただ永遠の今があるだけということに気づく。空間が時間であり、時間が空間であり、
 その空間とも時間とも名付けられぬ絶対の現在がある。それが生きている場である。
 そこから見れば、物差しのような時間観念はただ外にある人工的尺度にすぎない。
 我々にあるのが「今ココニ」だけであると同様、二千年前に生きたセネカやエピクロスにも在るのは「今ココニ」だけである。
 だから現在の自分とセネカは「今ココニ」というところで一つになる。これが人間の生きる時間の面白いところで、
 過ぎ去っていく時間という観念から自由になれば、人は永遠の時の中に行き始めるのだ。
 −−−
 以上であるが、この随想日記の過去分を読んでみると数年分の同月同日の「今ココニ」に、毎日出会っていることになる。
 いや36年前の日記の自分の今ココニとも同じことだ。その意味で感情を文章に込めて書くことの重要性の意味が納得できる。
 気持ちを込める、魂を込めるということは、現在の今ココニに現世を 超越した永遠の世界に入っている事になる。
 「茶道」の世界に「一期一会」も、「今ココニ」の世界である。 その瞬間こそ、自分に生きていることになる。
 ーーー
 ー「閑」のある生き方ー
    著者 中野孝次 発行元 新潮社
      2004年10月3日長岡中央図書館

・・・・・・
003年10月12日(日)
921, アイスランド旅行記−1
 ー2003年 10月4日〜10日 
  ーアイスランドという国とは ー
直行便がアイスランドに初めて出発するという新聞広告をみて、急に思い立ってアイスランドのツアーに参加をしてきた。
行って解ったことだが、今年から捕鯨を開始をしたアイスランドに対して欧米の観光の予約のキャンセル相次いだという。
その穴埋めということで国をあげての企画であった。9月27日、10月4日、10月11日とそれぞれ240名、
合計720名の満員の大盛況。何か秘境?に行った感はほとんどなかった。
もちろん直行便はよいが、乗り継ぎで現地の人の間に好奇の目にさらされて行くから
面白いのだが。乗り継ぎのエネルギーも大変なものだから贅沢は言ってられない。

 アイスランドと聞けば「氷と火の島」というのが印象である。 一般的には『それってどこにあるんだ』ってことである。
この国の位置はイギリスと北極点の丁度中間に位置している。
大きさは北海道と四国を足した大きさになる。 そこに人口僅か28万人、首都レイキャビックに
18万人が住んでいる。 イメージは極寒の地であるが、実際はそうではない。
・火山の国である為、地熱で温泉があちこちに沸いている。
・更にメキシコ暖流が周辺の海に流れ込んでいる。
・また氷河によって永い年月で出来上がった小さなテーブルマウンテンが
 多くあり、それが北極の冷たい風を防いでくれる。そのため北極圏にしては暖かく、住めば都のようだ。 

 人口の50佑漁業関係に従事している。
また地熱を利用したビニールハウスで野菜や果物ートマトやバナナやメロンなどが栽培されているのだ。
家も92佑地熱のお湯で暖房されており、地熱利用の発電所も多くある。
  ー日本人の若い女性現地ガイドが面白い内情を話してくれた。
・一見豊かさそうに見えるが、習慣としてローンを組む国民性があり、
 借金でどの家庭も火の車という。一般的には手取りで20万足らず、物価が高い為夫婦共働きだという。
 反面社会保障が充実しているため、将来の不安は少ないという。
 医療費は大病の場合は無料とか。島国根性で見栄っ張り、外見を飾りたいとか。
ー何処かの国に似ている。
・自殺の割合が、十代ではヨーロッパで一番多いという。 −これは一日八時間の日照時間に関係している。
・消費税が24佑發△蝓更に小国のこともあり食料以外の殆どが輸入品である。
 そのために物価が非常に高いのが特徴。 だいたい日本の物価の1・5倍である。 いかに高いか解るだろう。
・犯罪はほとんど無く、殺人は三年に一度あるかないかという。 大統府も小さなオフィスのようであった。
・どの人も何処かで人間関係が繋がっているという。 したがってあまり目立ったことができないとか。
                     −続くー
・・・・・・・・
547, 人生で一番よい時
- 2002年10月12日(土)
 
母から聞いた話である。
母が堀井に嫁いで数年たった時、多くいる小姑との折り合いがうまくいかず、
離婚を覚悟に実家に帰った時の祖母の励ましの話が良かった。
「一番苦しい時は人生で一番いい時なのよ!」 私の一番苦しい時に聞いた言葉であった為か、
強い印象が残っている。小姑とイロイロあったと聞いていたが、こういう話しを聞くと納得するものである。
祖母もその経験があるから?その瞬間、その言葉が出たのだと思う。人生の深淵のある言葉である。
「苦しいときは逃げては絶対に駄目、前向きに生きなさい」という気持ちの意味が背後にある。

人生から逃げ回っている人が本当に多い。逃げても、その自分が何処までもついて来るのさえ気づかない。
そしていつも逃げ回ろうとしている。このような人には「人生のいい時は来ない!」来ても気がつかない。
「苦しみを通り抜けて歓喜に!」というベートーベンの言葉がある。
苦しむから歓喜があるのだ。 マゾはそれをセックスプレーで楽しむのだろう。
 最後の一言は必要ない?! 硬い話を最後で落とす為です?


2746, 閑話小題

2008年10月11日(土)

*7日間で3000円の下落

 株式が7日間で3000円の下落した。それにしてもテンポが速い!
フリーターなどの弱い部分に直ぐ影響が出てくる。その結果、暴発したした事件が続くことになる。
昨日、大和生命が倒産したが、この数年間は倒産のニュースが続くだろう。 
他人事ではないから・・・全ての会社、個人にとって、最善を尽くして結果を待つしかない。

 歴史的な経済崩壊の日々を生生しいく記録するのも、後年のため良いだろうと思いつつ 
連日、同じようなことを書いている。
それにしても中越地震、中越沖地震と大きな事件を経験した直後に、
歴史的なアメリカ発、世界恐慌?を目の当たりにするとは。
 それから発生する不安定が、さらに世界戦争レベルの事件を引き起こす可能性がある! 
 6年前の同日に、奇しくも8200円割れになったことを書いていた。
この後に7600円まで下げているが、当時と、どちらが厳しい状況だろうか?
株式も考えてみたら、共同幻想で成り立っている。それが崩壊してしまえば、下げは下げを呼ぶ。
 
*「仙台視察」の感想記

仙台は何度か行ってるが、町内の副会長に「一人ドタキャンが出たので、
仙台視察のツアーに参加しないか」と誘われて、参加してきた。
仙台の町内会連合の偉いさんや、商工会議所の担当のレクチャで驚いたのは、
東北六県の一極集中化からくる、景気の良さと強気である。
しかし、不動産バブルが崩壊直後という感があり、10年間は、その影響で苦しむことになるだろう。
三井不動産が開発したアウトレットのSCが、ナカナカ面白い。 まだオープンをして一ヶ月だが、大成功のようだ。
10月の16日に、やはり郊外に三菱が同じようなアウトレットのSCをオープンさせる。 
これが大きく仙台駅周辺の商店街に影響を示すだろう。 何処も同じ様な現象である。 

・・・・・・・・・
2007年10月11日(木)
2382, 私の嫌いな10の人びと −1

「私の嫌いな10の人びと」 中島 義道 (著)
             ー読書日記
          。っω-)..。oо○オハヨウ
この本の要点は「『いい人』の鈍感さが我慢できない」に言い尽くしてある。
なるほど、言いえて妙であるが、『いい人』にも色いろある。
中島の嫌う『いい人』というのは世間的な「いい人」である。
それに対し『良い人』とはカントのいう『良心』を持った人ということである。
生活していると、積もり積もってゆく世間の重圧がある。
それらに押しつぶされている人達は、良心を足蹴りにしても世間的慣習を優先する。
笑顔を強制されたり、感謝を要求したり、善意を押し付けたり、前向きにさせたり、
けじめを教えこんだり、世間的「いい人」であらねばならないという脅迫観念に、
全神経をすり減らしている。

この本の目次を、そのまま書いても、その「世間的いい人の型」が見えてくる。
「何時も笑顔を絶やさないで、感謝の気持ちを忘れないこと。そして周囲を喜ばせ、
何ごとも前向きに、自分の仕事に誇りを持ち、けじめを大事にして、
喧嘩をする人がいたら宥めて、人の嫌がることは言わないようにして、
卑下することなく、悔いないように生きていくこと、それが人生の目指す姿である。」
まあ、何処でもいる人格円満を演じている市会議員か、地方名士の仮面の姿である。
自分自身からして笑顔と感謝の心は心がけているし、前向きに生きようとしている。
更に、『人生に悔いなし』と自分の生き方を正当化しようとしている。
問題は、それが自分の生きてきた中で練られ、良心から出ているどうか、
人格円満結構、それが仮面かどうかである。 
仮面でも必要なこともあるが! (必要なら、ふりをしろ、ふりを!)
                エッ、そんなのいつもしているって!

 まずはー目次ーから・・・
1 笑顔の絶えない人
2 常に感謝の気持ちを忘れない人
3 みんなの喜ぶ顔が見たい人
4 いつも前向きに生きている人
5 自分の仕事に「誇り」をもっている人
6 「けじめ」を大切にする人
7 喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
8 物事をはっきり言わない人
9 「おれ、バカだから」と言う人
10「わが人生に悔いはない」と思っている人
   ーーーー

この本のーみんなが喜ぶ顔が見たい人ーの中で、
著者は夜回り先生の水谷氏に、まずは疑問を呈する。
水谷氏は、夜の世界で薬物、売春などでずたずたになっている若者に、
昼の世界に行くことを勧める。 まじめに学校へ行く、働く、家族を大切にする
というような昼の世界が幸福を与えてくれることを、水谷氏は信じているようだ。
しかし著者から見れば、それは当然のことではないという。 
著者のもとにやって来る若者たちは、昼の世界に幸福を見出していない人、
愛されたことのない子供時代の絶望の体験を持つ人、
仕事を失って家族を養うことができない親の焦燥感を持ったことのある人、、
病気や障害を持った家族を持つ人、
そして将来への不安を体験した人は、
平凡な幸福というものを、普通ということに
「それじゃ、やはりつまらないんじゃないのかな」と呟いてしまう。
彼らは実はこの呟きから出発している。
そのつまらなさを知った人に、それでは何も答えを出してないことになる。
中島は次のように述べている
「私は自分の頭で考えることができず、自分を内省的に振り返ることもせず、
 自分の生き方を人に押し付けるようなタイプの人間が嫌いだ」と。
「悔いのない人生」に対しては、両親の晩年を身近で暮らし看取って、
人生を燃焼しきった後姿から得た生きかたである。
しかし目指すのは良いが、最後まで思わないことを言いたいのだろう。
次は、気になる「常に感謝の気持ちを忘れない人」を取上げてみる。
                          つづく
                 w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・・
2006年10月11日(水)
2017, 北朝鮮の核実験について
             才八∋ウ_〆(∀`●)

「ついにきたか!」というのが、このニュースを聞いた時の実感である。
朝鮮半島の情勢が、そのままつづくとは思えなかったが・・・
いざ動き始めると、日本にとって事態は深刻である。

   「アメリカの空爆」か、「海上臨検」か、何が起きるか解らない事態である。
    最後のカードの原爆を道具に国際社会を脅してきたから、
    中国・ロシアも隣国として黙っていられなくなった。

「北朝鮮に対する強行路線」を売りにしてきた阿部首相、
早速その実行をせざるを得なくなり、かなり際どい場面が出てくるのは必至。
日本へのテロも考えられし、暴発の危険が大になった。
これを区切りに日本海周辺は様変わり、中東なみの事態になった。

    北朝鮮も土壇場まで追い詰められているのは周知の事実。
    アメリカがアフガンとイラクにエネルギーをとられ、イランの核開発の問題で
    攻撃をしてこないだろう踏んだのだろうが・・・
    アメリカが、いや世界が黙っているはずもなく、最終の事態になる。

それにしても韓国のノ・ムヒョンという大統領!、ありゃ何?
選んだ韓国民の現在のレベルーをそのまま現している。
あんなのをよく大統領にしたものだ。 北朝鮮に対して『太陽政策』だと!、まったく。
これで韓国名物の軍事クーデターの可能性も出てきた。

    5年前の9・11事件の事件の流れとして、アフガン・イラクに続いて
    アメリカにとって次の標的に丁度よいタイミングである。
    ただ国力をあまりに消耗しすぎたのが大問題である。

今度は対岸の火事とは、いっていられない戦後60年来の初めての非常に深刻な事態である。
日が経つにつれて深刻度が増していくのは目に見えている。
「やれるものなら、やってみな!」と、言っていられないくなってきた。
                 モーニングコーヒーでも!( ^-^)_且~~~
・・・・・・・・
2005年10月11日(火)
1652, 北イタリア旅行記−3

昨日の午前、午後にかけてタイミングよくNHK総合で
『世界遺産イタリア縦断1200繊α軆己圈戮鯤映していた。
今回の旅行前(8月と9月)にBSで放送したものだが、
行く前と行った後では、見る目も違ってくる。
今回行ったところではシエナと、チンクエレッテがあった。

とにかく石の文化は残るからよい。
一度つくってしまえば、数百年も先祖代々住みつづけることができる。
やはり、日本とは歴史の深さからくる民度が圧倒的に違う。
またイタリアも北と南との豊かさの格差が大きい。

ーフィレンツェー
ルネッサンス発祥の地”フィレンツェ”。
フィレンツェ歴史地区はフィレンツェの中心部であり、
ユネスコの世界遺産(文化遺産) に登録されている。

歴史的な町並みが広範囲かつ集中的に保存されていて、
ルネッサンスの芸術や文化を感じることができた。
イタリア統一後、短期間イタリア王国の首都がおかれていた。
(1865年-1871年)。
フィレンツェは長期にわたりメディチ家の支配下にあった。
中世からルネサンス期にヨーロッパにおいて、商業および金融の重要な中心地であり、
文化の中心地域としても発達し、美術、建築の傑作が数多く残されている。
黄金期のミケランジェロやレオナルド・ダ・ヴィンチなどの作品が残り、
街全体が美術館のような佇まいになっている。

ーその幾つかの概要を書いてみる
・大聖堂
フィレンツェといえば、その象徴とも言える大聖堂である。
別名「サンタ・マリア・デル・フィオレ(花の聖母寺院)」と呼ばれ、
白・緑・ピンクの色大理石を巧みに使った優美な外観を持つ。
量感と均衡に満ちた、イタリア独特のゴシック建築である。

着工は1296年カンピオによって始められ、その後ルネッサンスの建築家ブルネレスキが
14年の歳月をかけて大円蓋(クーポラ)を架け終ったのが1436年のことである
(頂上のランタン部分は1461年に完成)400段以上ある石の階段を上ったが、
その屋上から見る中世を思わせる町並みの景観はすばらしい。

外側の3つの扉にはレリーフがほどこされている。
その中の一つ東側の扉は、ギベルティが1425年〜1452年まで27年かかって完成させた傑作で、
50年後にミケランジェロが「天国の扉」と称えた程である。

・ミケランジョロ広場
アルノ川南岸の小高い丘の上にあるミケランジェロ広場の夜景もよい。 
ここからは、花の都フィレンツェがパノラマのように見渡せ、
特にアルノ川とヴェッキオ橋が美しい。
中央にはミケランジェロの彫刻「ダヴィデ」のレプリカが置かれていた。

・ウフィッツィ美術館
ヴェッキオ宮殿のすぐ先に位置する華麗なルネッサンス様式の建物で、ウフィッツィ宮殿内にある。
「ウフィッツィ」とは英語で「オフィス」を意味している。
当時はメディチ家の事務所として使用されていた。
3階建ての宮殿は、現在美術館として一般公開されている。 名実ともに世界第一級の美術館である。
 収蔵品は、
古代ギリシア、ローマ彫刻、フランドル絵画と幅広いが、
ダ・ヴィンチ、 ミケランジェロ、ボッティチェリ
等のルネッサンス期の巨匠の作品群がすばらしい。
 
ー主な所蔵品として、
*ボッティチェリ:  <春>,  <ヴィーナスの誕生>
レオナルド・ダ・ヴィンチ <東方三博士の礼拝>,  <受胎告知>
ミケランジェロ   <聖家族(Tondo Doni)>
ラファエロ     <ひわの聖母>
ティツィアーノ   <フローラ>,  <ウルビーノのヴィーナス>
カラヴァッジオ   <イサクの犠牲>

などが絶品である。現地日本人ガイドの要約した、
それぞれの絵画に背後にある説明を聞きながらの鑑賞がよい。
レオナルド・ダビンチとミケランジェロの人間臭い葛藤も幾つか聞いた。

ーーーーー
2004年10月11日(月)
1287、「閑」のある生き方ー読書日記−1

そろそろ定年をむかえる団塊世代を意識した内容だ。
 現代人は忙しいが、忙しさに流されたままでは充実した人生が送れない、
その中にあって「閑」のある生活が、不可欠である。 
内なる自分を優先して生きる為に、生活を単純化して、 自分の ハートを大事にして、
自分の納得した生き方を勧めをしている。

著者は「風の良寛」「老年の愉しみ」「自分を生かす”気”の思想」を読んで、
質素な老いの生き方に同調、「老いの生き方」の準備の必要性を説いている。
そこには多くの引用があった。
良寛の詩集であったり、吉田兼好の「徒然草」、加島祥造訳の「老子」の詩句、
セネカの「人生の短さについて」、尾崎一雄の「まぼろしの記・虫も樹も」、
そしてローマ時代の「エピクテートス」の話があった。

40代を迎えた「甥っ子」に、老いに向ってどう生きていくべきか諭すカタチで進んでいく。
物の時代、消費する時代、金本位の時代、経済成長率のあるのが当たり前の時代、
自己中心主義の時代の、(いい大学、いい企業、出世、名誉を重んずる時代の)
どっぷりと浸かった、「甥っ子」世代に対しての警鐘が淡々とつづく。

55歳を過ぎ、定年に近い団塊世代に対する書であり、
彼らに定年後の生活に入る心構えを作っておくべきと勧めている。
老後の準備をしておくか、おかないかで、ーがっくりした悲しい末路になるか、
ー老年を自由の時として楽しめるかの、生き方に分かれるのだ。

 以下は字数の関係上カット・2008年10月11日
 
・・・・・・・
2003年10月11日(土)
920, ある時間の断面ー41
11月18日 1968年

・11時起床
15時過ぎまで試験の勉強をする。その後、試験のため大学へ行く。

試験終了後、学食で酒向と偶然会う。川崎君と三人で「嵯峨」で一杯飲み、その後パブ「エリート」へ行く。
そこで同級の雨宮と角田などに会う。 その後21時過ぎに帰寮。

TVでボクシングの世界タイトルの西城戦がある。 大逆転で西城が勝つ。 面白い内容だった。

その直後、寮内の揉め事の仲裁である。女性がらみの感情的なものだ。
仕方がないが、色いろ絡まっていてどうなっているのか解らない。
佐藤も好きな彼女ができデートをしていながら、まだ寮内の女性が忘れられないようだ。
この辺になると複雑な感情になる。 出来ることはしなくてはならない、馬鹿馬鹿しいが。

ー2003 10月10日記ー
毎日も飽きもせず、35年前の日記を書いている。

( 以下は字数の関係上カット・2008年10月11日 )

・・・・・・・
546、株下がるー非常事態?
- 2002年10月11日(金)

株価が一時だが8200円を割った。8500円までは下がるといっていたが、軽く割ってしまった。
今度は8000円を割り込むかのポイントになってきている。7500円を割る可能性もでてきた。
8000円を割るということは殆どいわれてなかった。
「どうなるんでしょうか?」と聞いても、誰も経験してないのでコメントのしようのないのが実情だろう。

銀行に金を借りるとき、持合でその銀行株を持たされるケースが多い。
痛むのが銀行だけでなく、持合の会社も足を引っ張られるのが多い。
数年前に地元のスーパーがそれで数億引っかかったことがある。 長銀だった?

今はすでに恐慌スパイラルに入っているのか??
今朝のNHKニュースで、企業への銀行貸付の審査の厳格化を更に徹底するといっていた。
本当に悪いなら仕方がないが、こちらまで問題会社にされかねない。

小泉は半年か一年以内に頓挫する! 先日までは支持していたが、ここで評価は変わった。
政変が起きる、間違いなく!!!

不況感が更に深った! マスコミが悲鳴をあげるように大不況を取り上げ出した。
今更という感もないが、どれにしても末期癌患者のモルヒネの
量が足りないというレベルだ。

この十年の繰り返しの大合唱が始まった。現場レベルの生の声は本当に生々しい話が多い。
地元の会社の倒産や廃業ニュースや噂で、お前もかと呆れる。

昨年の9・11以来、更に時代が変わったのに、アメリカの株の暴落とイラク攻撃の切迫で、
追い討ちをかけて不況感がましてきた。ワールドサッカーで隠れていた部分が露骨に表面化してきた。
さらに9月の半期決算の悪化の発表が近づいている。

政府も不良債権処理を本気で処理をしようと腰をあげてきた。
死体の企業の処理に本格的に入るということである。
 
当方は売上は微弱、利益は10月で前年をクリアーする?たまたまプラス要素が幾つか重なっただけだ。

・・・・・
[181] テロの影響  
2001/10/11

 昨日、月刊誌の「現代」と「文芸春秋」を買ってきて、テロの特集を読んだ。
そして今までのの週刊誌と新聞の切り抜きに目を通して、改めて戦慄をおぼえた。
‘日本は恐慌、世界は?必至の状態’は間違いないようだ!
やはり初め直感したとおり、9月11日以前と以後といえる位の段差のある出来事だ。
その重大さが日ごと増していくことを私のみならず感じているはずだ。

 成田空港はガラガラ、昨日TVで相撲の元横綱の曙がハワイの観光地の宣伝を
していた。40パーセントの客が減ったそうだ。 実際そんなものですんでないと思われる。
実際古町にしても駅前の飲食店も、20〜30パーセントの売り上げが減るだろう。
そうでもなくても死に掛けているのだから、本当に死活問題であろう。

10日まえに古町にいったとき、ほぼ毎日お茶引き(客が一人も来ないこと)で、
廃業直前とある店のママが言っていた。
当ホテルの第二が飲食客の流れの宿泊が多いが、端的にその減少が見えてきた。
新幹線に警官の姿は年に2〜3日しか見なかったのが、数人車内の中を覗き見ている。

 それにしても、あの国会議員の質疑内容のひどい事!日本が6000人殺されても、黙っていろというのか。
国連に提訴して、その判断に従えというのか!アメリカがその相手を探し出し殺してくれるというのか?
あれが国会で議論されているー実際馬鹿馬鹿しく見てないが見なくとも解る!
国の態をなしてない!どうしてこうなったのだろう?

 アメリカの隷属国家に安住しているためだろう。自民党と社会党(社民党)の  
今の姿がそのまま現状を表している。「文芸春秋」は内容があった。「現代」はひどい。


2745.サブプライム問題と「ファウスト」 −2

2008年10月10日(金)

サブプライム問題と「ファウスト」 −2

  *メフィストフェレスのモデルはジョン・ロウ

ゲーテが第二幕のこの場面で、「紙幣」の創造を語ったのは、単なる思い付きではなかった。
それは、「ファウスト」という作品そのものの制作動機と深くかかわっている。
つまり、「紙幣」の創造に象徴される「錬金術」こそが、この不滅の名作のテーマなのである。 
 南ドイツのフライブルクに近いシユタウフェンという町に、こんにちでも獅子亭という宿屋が残っている。
その外壁には「一五三九年、黒魔術師ファウスト博士、獅子亭に死す」という碑文が刻まれており、ゲーテの戯曲の主人公、
「ファウスト」は、この実在の黒魔術師がモデルだといわれている。「黒魔術」とはほかでもない、「錬金術」の別名である。
「火」、「土」、「水」、「空気」の四つの要素に、「哲学者の石」という「フィフス・エレメント(第五の要素が加われば、
「鉛」のような価値の低い金属を、「金」に変える魔法のカが生み出されるという「錬金術」の思想が誕生した古代エジプトでは、
「ケム」と呼ばれる黒い土が簸金術に用いられていた。 ゲーテは、ジョン・ロウをモデルにしていたのである。

ーまずは、ジョン・ロウたる人物を分かりやすく欠いてあるブログから抜粋してみるー
1715年に太陽王という異名をとったフランスのルイ14世が亡くなっています。この当時のフランスは、
度重なる戦争の影響で深刻な財政破綻に瀕していたのです。新しい王となったのはルイ15世ですが、わずか5歳の幼少であったため、
オルレアン公フィリップが摂政を行うことになったのです。 フィリップは遊び人で、たびたびパリのカジノに出没していたが、
そこでジョン・ローなるスコットランド人と知り合い意気投合。
 このジョン・ローなる人物は大変の頭の良い男であり、とくに経済理論に通じていたのです。後に英国の新古典派の
経済学を代表するアルフレッド・マーシャルやあのカール・マルクスは、彼のことを次のように批評しています。
  ――――――――――――――
 ◎アルフレッド・マーシャル :向こう見ずでバランス欠如だが、実に魅力的な天才である
 ◎カール・マルクス     :詐欺師と予言者の性格を持つ面白い人格的な混合物である
  ――――――――――――――
 もちろん良い評判ではないですが、これらの著名な大経済学者があえてローについて言及したのは、
彼の経済に関する考え方がユニークであったことによります。 カジノでオルレアン公フィリップと知り合ったローは、
早速宮廷にフィリップを訪れて、あるレポートを渡したのです。それはフランスの経済の建て直しの提案だったのです。
それは、とてもカジノの博打打ちとは思えない立派な内容の提案だったのです。 ローの論文を要約するとこうなります。
まず、フランスの経済が深刻なのは通貨が不足しているからであると原因を指摘したのです。
金貨だけに頼っていたのでは、到底フランスの経済的要請を満たすことはできないというわけです。
 それではそれをどのように解決するか――それは紙幣の発行以外には考えられないというのです。
何しろ当時は金貨中心の時代ですから、紙切れの紙幣など信用されないという反論に対しては英国とオランダを例に出して
紙幣の利点を強調し、巧妙なる信用理論を駆使して、土地を担保にして紙幣を発行することで、フランスの経済に活力を
与えることができると説いているのです。そして具体的には次の2つのことを提案しています。
   ――――――――――――――
  1.自分が王家の財産と収入を管理する銀行を設立する
  2.その収入と土地を担保にして銀行券を発行すること
   ――――――――――――――
 このローの提案を見ると、まるでケインズ理論そのものでありそのため、ジョン・ローのことを「最初のケインジアン」
と呼んでも差支えないほどに、その内容は現代の管理通貨制度とよく似ていたのです。
 フィリップはローの提案を取り入れ、1716年に「バンク・ドゥ・フランス」が設立されたのです。
ローは、続いて設立された「ミシシッピ」という会社を通して、金と兌換しない不換紙幣の発行に乗り出したのです。
西欧世界はじめてのことです。 このローの政策によって、フランスの景気は上向きになり、通商は活発になって、
税収は急速に増大したのです。 金融活動も盛んになり、フランス経済は急速に拡大しはじめたのです。 
本当に最初の3年間は、まさにローのいうよう通りになったのです。そしてローは一躍フランス中の尊敬を集める存在になった。
 しかし、1720年に金融機関で取り付け騒ぎが起こると、それをきっかけにフランス経済は音を立てて崩れた。
それはヨーロッパ全体の経済危機にまで発展することになります。 金の裏付けを持たない紙幣の発行は、
どうしても加熱することになるのです。 株取引は劇的に増加し、市場はまさに熱狂状態となったのです。
 ーーー
以上だが、その紙幣と「サブプライム」とが、酷似しているのである。

・・・・・・・・
2007年10月10日(水)
2381, 下流社会 第二章

産経新聞・土曜版の産経書房というコーナーの
  「下流社会 第二章」 ーなぜ男は女に負けたのかー
の書評が、面白い! 買って読むほどではないが?
前書の「下流社会」を読んでいたので、尚のこと面白い内容だった。
 まずは、そこの部分をコピーしてみる。
 ーー
ー「女性と国家にすがりたい!」が、下流社会の男の本音ー

「品格」の名のつくミリオンセラー2冊を当てこすったわけではありませんが、
これが今の下流男性たちのホンネです。その「心」を問う前に、そもそも下流とは何かについて、
簡単におさらいしておきましょう。 格差論争に「火に油を注いだ」と著者自ら振り返る前著『下流社会』
は80万部を記録し、ネットを中心に物議も醸しました。一躍時代のキーワードとなった「下流」とは、
単に所得が低いだけでなく、総じて人生への意欲が低く、だらだら生へきている人たちを意味します。
 
2年ぶりの続編となる本書は、前著で提案されたいくつかの仮説を検証すべく、全国男性一万人対象の
大規模アンケート調査を新たに実施、分析したものです。 その結果、数々の意外な発見がありました。
ここで冒頭の一文に戻ると、彼らは今や「正社員には夢がない」と嘆息し、「妻にも年収3OO万円以上稼いでほしい」
と切望する一方で、強い政治家、強い日本を志向しているからなのか石原慎太郎都知事を支持し、
「オリンピックやサッカー、ワールドカップで日本を心かすら応援する」というのです。
 
すがられる側の女性はどうでしょうか? 著者の分析は 既婚性/未婚、子あり/なし、
正社員/非正社員など、さまざまな軸を用意して
 「女30歳の勝ちパターンはどれか?」と虫の目で迫ります。
すると.「未婚で非正社員で一人暮らし」が希望にあふれている。
つまり、会社と男性と親に束縛されない女性が幸せ」なのです。
男女の意識は、かくまですれ違っているのです。
本書は、人生選択に、ビジネスに、政治改革に、多くのヒントが含まれています。
 ーー

書評は以上だが、「女30歳の勝ちパターンはどれか?」と虫の目で迫った結果、
「未婚で非正社員で一人暮らし」が希望にあふれている。
 つまり、会社と男性と親に束縛されない女性が幸せ」
というから驚きである。考えてみたら、それが当然なのかもしれない。
ただし、心の中は別なのだろうが。
すぐ辞めていく若い社員を見ていると、実際のところ似たようなパターンが多い。
ただ、長い目で見たときに、それは不自然であり、何らかのカタチで自分に
跳ね返ってくるのが解らないのだろう。その基礎教養すら持ち得ない
「ゆとり教育の落とし子」と見ると理解できる。競争社会では、一部の人を
除けば夫婦で働かなければ生活できない。
そこで共働きというが、ゆとり教育で育った女性は、家庭、会社、両親に束縛されたくない。
それは解る、しかし、その先にあるのは、その誰にも相手にされない未来がある?
その時は、やはりミスマッチの男はゴロゴロしているから、選りどりみどりか!
          オマチシマース.:☆。:ヾ(´Д`、)  マタネ !

・・・・・・・・・
2006年10月10日(火)
2016, 「私」のための現代思想  −9
             (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!

*まずは第四章の内容を大まかに書いてみる
 この章では、「私」にとって「他者」とは何かを掘り下げている。
 「他人」と「他者」の違いと、
 「他者」は「私」にとってどういう位置づけなのか?
 その意味と位置づけが、この章を読んでいると少しずつ解ってくる。
「私」は<他者>の「声」の存在を通して「境界」の存在を察知する。
 その境界の中で、芯としての《私》に気づきます。
 他者との境界が、内なる《私》をつくっていく。

    他者は時間とともに変わり、消滅しても「境界」と、内なる《私》は残る。
    この汝らとの境界が発生することによって、それまで未分化だった「私」は、
    明確な「形」をもつようになります。 これが《私》の発生です。
    《私》は、他者の「声」に触発されて発生する「私の核」である。
    それがいつの間にか、私の境界を守るようになる。
    それが孤独を発生させ、「固別であること」の自由を得ることになる。
    
その《私》は「他者」を自分の都合の良いように認識する、その姿が「他人」となる。
「他人」の姿は、《私》が自分の物語のためにつくり上げた「他者」の像でしかないのか?
そう考えると、全くその通りでしかない!

ー以下は、要点を抜粋した内容であるー
 ーーー
第四章 「私」にとって「他者」とは何か −

この章では、私たちの存在の核である、《私》の成り立ちを
明らかにすることによって、<私><身体>を所有することを考えていく。
他者と他人は異なる概念であるということに注意すること。
<他者>が、<私>によって認識されたとき、その認識された像を「他人」という。
ここでは、まず「<他者>とは何か」ということから考えはじめる。

    ところで、<物語>と<世界>を所有した人間は、その物語を遂行する際や、
    世界認識において、<他者>と対立します。
    <社会>とは、異なる物語を生きる者たちの集合体なので、そこに行き違いが発生する。
    行き違いを調整して同じものを目指そうとする必要がありません。
    <他者>の了解不可能性を認識し、闘い、共振することを目指すだけで、
    <社会>を所有することができます。<他者>の存在を想定することによって、
    <社会>を所有することができるのです。

ーレヴィナスの<他者>−

(以下、字数の関係でカット2008年10月11日)

                 モーニングコーヒーでも!( ^-^)_且~~~
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2005年10月10日(月)
1651, 北イタリア旅行記−2
   ードロミテ渓谷ー

オーストリアと国境を接するドロミテ渓谷。
アルプスの雄大な山々と奇峰の間の道をバスで通りながらみる光景は感動の連続であった。
オーストリアからの抜け道的な道路は、第一次、第二次大戦の時の軍事道路として開発され、
その後その景観の美しさから山岳リゾート地として知られるようになった。
イメージとしてスイスに酷似しているが、210舛砲錣燭詁始からみる景観は
今回の旅行のハイライトであった。
その中で、やはりボルドイ峠にみるカレッツァ湖の美しさが感動的であった。
石灰岩の岩肌がむき出しのノコギリ状の山々が次から次と雄姿を現していた。
山と空は、その地域特性をそのまま露出して見せてくれる。
観光初日で、既に感動のピークになってしまった。
山の美しさは、何故これほどまでに人の心をうつのだろう。
カナダのロッキーが広大の大地を背景にした山の美しさなら、
ドロミテは奇景の山並みの間からみる美しさである。

ーべネツアー
べネツア観光当日の雨は残念であった。
この日が快晴ならば、この旅行は最高級の旅行の分類に入ったのだが。
ベニスが西暦800年から1800年までの1000年間も独立国していたことを、
今回はじめて知った。ローマ帝国と、トルコの間にあって、このような小国が独立を
保てたのは奇跡に近い。海に突き出た島々に位置し、攻めるには膨大な海軍力が要するからだ。

海に突き出た島も入り組んだ細い川?が道路のようにあり、水上バスや水上タクシーが
移動手段として使われている。メイン道路が川で、側道が歩道になっているところが風情がある。
ベニスは日帰りではなく数日の間滞在してじっくりするところ。天候が良いという前提だが。
結局、自分が実際に目で見たことと、経験したことが自分を構成してしまう。
だから自分の壁は、経験と見聞を広げるしか乗り越えることができない。
旅行は、そのことをよーく教えてくれる。
雨のベニスもすばらしいが、この日の雨はかえすがえす残念であった。

                   ー つづく
・・・・・・・・
2004年10月10日(日)
1286, 内部告発ーもう一つの情報化

UFJが刑事告発をされたが、発覚は一本の電話だったという。
「UFJ東京本部の3F会議室に、金融庁に説明をした
ものとは別に資料が隠されている」という電話が去年の10月9日に入った。
これがUFJ銀行を三菱東京銀行に統合されるまでに追い詰められる契機になった瞬間であった。
そこで金融庁の検査官が入って見たものが100個のダンボールの箱だった。
これが内部の隠語で「やばファイル」である。

常務以下の三人の役員などが告発を受けたが、
当時の社長や副社長や専務などが知らないはずがない。
早速、副社長宅が捜査に入られたが、それにしても恐ろしい事である。
誰が電話をしたのか、そのあたりの事情を調べていくと一冊の小説になる。
いまはデジタルカメラや、カメラつき携帯電話がある。

脱税で上げられるのは殆ど内部告発という。
数十年も前の話だが、私の知人の会社に税務局が入った。
何と社長の自宅の隠し金庫に、税務暑の担当が直行したという。
私が、「おかしいと思わないのか、内部の告発だよ!」というと、ハタと考え込んでしまった。
そこは、家族しか知らない?はずだが。何か複雑な情念の凄さを感じ取った。
厳しい時代になったものだ。
4大大手銀行が、内部告発の一本の電話であえなく消えてなくなるのだ。

・・・・・・・・
2003年10月10日(金)
ある時間の断片ー40
  11月15日  1968年

・8時過ぎ学校へ出発。「人事管理」の授業に出席。
終了後。先生と顔を合わせるが、緊張をしてしまった。
自分に自信がないためか。全て見抜かれているようだ。
授業終了後、高木の車で寮近くまで送ってもらう。
再び、ゼミに出席のため、大学にいく。
15時から17時まで教授と同期の3人と「東レの派遣学生」4人と
議論をする。特に田島が教授に対して好戦的な議論を仕掛ける。
大した神経の持ち主である。そして自信も凄い。
その後、田島と二人で学食で夕食後喫茶店へいく。
カナダに行きたいといっていたが断念をしたと告白した。
その理由を話した。
・カナダの叔父さんから手紙で、甘さを指摘された。
・母から家庭に事情で行かないで欲しいと哀願された。
・アルバイトをしていて、世間の事情がわかってきたこと
・兄夫婦を見ていて、実直に生きる必要性を感じた
・遠くを見つめすぎた、夢のようなことばかり言っていられない等々理由を挙げた。
20時過ぎに帰寮。22時から机に向かう。

ーーー
11月16日 1968年

・朝10時半起床。大学の書籍部へ行く。
どういうわけか今日は誰も会わずじまいだ。こういう日もあるのだ。
米林の部屋でお茶を飲んで、その後風呂に行く。
その後、間中の部屋で米林と3人で話しをしていると、
大妻女子大の宮本さんが松本さんと遊びに来る。松本さんの眼に驚く。
眼のきれいな人はアマリみたことがないからだ。色いろな美しさがあるものだ。
その後、食事をして川崎に電話をする。21時から夜半の2時過ぎまで卒論のマトメに入る。

今日、そういえば先日紹介してもらった飯野さんに電話の約束をしていたが、
しなかった。悪いことをした。いつもそうだが、どうもいざとなると面倒に
なる。また探そうといっている間に卒業だ。それでもいいが。

11月17日 日曜日
・10時起床。
あまり勉強をすることなく一日を過ごす。夕方座禅みたいなことをする。
夜、佐々木さんと市川さんと瓜生と話をしていると、佐藤がデートから帰ってくる。
彼はデート、私は余裕がなく電話しずまい。
これでよいのか考えたが、いまの自分はやらなくてはならない事が山積だ。
惨めな侘しさが襲ってくるが、仕方がないことだ。

・・・・・・
545, 物書きの凄み
- 2002年10月10日(木)

このホームページで素人レベルで毎日文章を書いているが、
プロは凄いとつくづく思う。
毎日文章を書いているから、それが解るだけの話しだ。
作家の椎名誠が週刊文春に、「赤マント」という連載を書いている。
5年位前に、たまたま買った内容にただただ驚いた。
「新宿駅で、お腹がおかしくなり、トイレに駆けこもうとしたが、
間に合わなかった具体的な事情」を詳しく書いているのだ。

誰もが「あわや!」ということがあるはずだ。
「くそったれ」「クソ!」というとおり、日本人の一番の恥でもある。
「デモノ・ハレモノー出物、腫物ところ嫌わず」というが、
これは「大便、生理」の掛け合わせの言葉だということを最近解った。
アメリカのクソという同意語は「ファック」だ。
海外旅行の心配は、これが最大の事だが。
誰もが過去に失敗の一つや二つや危機一髪はある筈である?

それをネタにして、読者をひきつける凄みはやはりプロでしか出来ない。
その後の「赤マント」に、この文章が大反響をしたと書いていた。
瀬戸内寂聴が「作家は大通りの真ん中で、素っ裸で大文字で
寝ているようなもの」と書いていたが、その凄みを垣間見た思いだった!

露悪趣味と捉えるか、人間的側面の原点の表現と見るかだ。
私など偽悪趣味でしかない??!!偽善もあるが!

・・・・・・・・・
179、創造について-2
 2001/10/10

創造とは‘カタチ’ にすることである。
言葉を‘か’と‘かた’と‘かたち’にわけて考えると

・‘カ’ は ー神のカー神示ー 発想ーアイデアーインスピレーションであり
・‘カタ’は  −型,形ー  枠組みにする、 システムを作るということになる。
 ( アイデアの実現の計画化ともいえる) 田は字のとうり枠組みであり、
 ‘か’と‘た’をつけて形になる。
・‘カタチ’ −カタに血(エネルギー)をいれ、カタチにする。
創造について、システム工学の城功氏の本に書いてあった内容であった。
なるほどと唸ったものである。これはアイデアが出た後、これを実現化していく
内容を簡便に分解したもので、非常にわかりやすい内容であった。
カレーライスを例に取ると、急にカレーが食べたくなったとする。
これがカである。冷蔵庫の材料を頭に浮かべ、スーパーにいって足りない食材を買い、
仕込む、これが形作りである。そして煮込むこれが血である。
これが国作りでも、会社でも、ビルでもみな一緒である。
かー>かたー>かたちー>これを知らないうちに何らかの形でしている。
もちろんこの文章も、そうである。まずはテーマ次に枠組みを考え、時間を
かけて修正、そして一挙に書き上げである。


2744, 劇的な毎日が刺激的だが、凄惨な日々が待つ?

2008年10月09日(木)


*東証が1万円割れ、NY株も一万ドル割れ

株式がジワジワ下げてきたが、二日前に日米ともに一万割れになり、現在は9200円近くに下がり続けている。
次は前回の下げの7600円が目安になる。 状況からいえば4000円でも不思議でない。
10月中は一万台は持つだろうと思っていたので、驚きである。 
9月15日から始った金融恐慌の波は日ごと大きくなってきている。 
東証株価は去年の同時期からみると45%の株価の下げになる。企業も、個人投資家にとっても大きな痛手になる。
ホテルは景気に直接影響を受ける商売。小団体が何組か入っているので現在のところは数字は出来ているが、
それを除くとマイナスである。駅前の飲食街も、このところ立て続けに長岡の飲み屋街に行っているが、
どこもホボ客は皆無。深刻をとおりこした状態である。 
事業所のある新潟駅周辺の飲食街も殆ど歩いていない状態! なるほど、これが恐慌前夜の状況かと・・・

心の底ではアメリカの金融崩壊に拍手を送りたいが、他人事でないのが米国属国の悲しさ。
まずは欧州に飛び火をして大きな影響を出ているようだが本格的な危機は、これからである。
あのGMの倒産確率が95%、そして次の金融機関のターゲットはシティー・バンクだが、最近のニュースでは
バンカメの株が26%暴落し$23になっており、一気に経営危機が表面化し、近々に$20を割り込み、
$10をも割り込む暴落状態の可能性があるという。
もし、シティーとバンカメが消滅したら、世界は最大級のパニックになる。
ソ連の崩壊を目の当たりにして驚いたが、今度はアメリカの崩壊過程を連日目にしているのである。
色いろのブログの中の生々しいレポートによると、アメリカはパニックで金融恐慌の話題一色という。

一ヶ月も経ってないのに、連日飽きもせず金融危機のニュースが飛び込んでくる。
それが日ごと深刻な内容になる。十月から十一月にかけて、更に大荒れになるだろうが、
金融危機は、我われの生活に直接に影響してくるから深刻である。
現在進行中の一連の出来事は、私が生を受けて最大の事件である。
家内がTVで誰かが『日本は破滅だ〜』と言っていたとか、NHKのニュースで急遽上場を延期した会社社長が、
「台風と、サイクロンと、大地震が一度に襲ってきたような状況の中で不安で延期するのが当然のこと」
と言っていたが・・・・ 恐ろしいことは、アメリカの大統領選挙でアメリカの頭脳が麻痺していることだ。
大統領の交代時期が来年の一月というから、一番重要な時期に手を打つべきことが最小になることだ。
現在の日本にも同じことがいえる。 それでも十数年間にわたり金融に関しては合理化をしてきたので
金融バブルは最小だったようだが?  恐慌は数年間で大小の会社の半分は消滅するというから、
せめて自分のところだけは生き延びないと! サバイバルの世界に入ったということだ。
イラクは早々にアメリカ軍は撤退だろうし、北朝鮮も金が回らなくなって政変間近になったし、中国も荒れるだろう。
恐慌は国際間の緊張を呼び込み世界戦争への道を作っていく作用がある。 恐ろしい状況である。

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2007年10月09日(火)
2380, ハンモックのある生活

           才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
「ハンモックを二つ買った」ということは、他のコーナーで写真付で書いた。
一つは2Fの居間の隣のベランダ用に、一つは室内用のハンモック・チェアーである。
この三連休、非常に有効に使っていた。このハンモックの脚に古い靴下を履かせ、本を読む時、TVを見る時と、
居間の中を気楽に移動できるようにした。その為、居間がこれ一台で様変わり、もう数年もあったかのように鎮座している。

我々は座っている時、寝ている時、身体にベッドや椅子の接触面に重圧がかかる。
そして、それが当然のことと思い込んでいる。寝ている時に何度も寝返りをうつのは、それに耐えられないからである。
ところがハンモックは、その接触面が網のため重圧が最小になる。 さらにブランコのように揺れる。
それが不思議な感覚になるのである。 その妙な経験すれば、その浮遊感の虜になるだろう。 コンパクト・ハンモックは、
「網で出来た揺れるベッド」ハンモック・チェアーは「網のブランコ」という感覚であり、網が身体を包み込む感覚と浮遊感が、
異次元世界の入った気分にさせてくれる。

ハンモックといえば、木と木の間に網を吊るして寝るもので、日常の生活とは無関係の存在であったが、
吊るす木の替わりに鉄パイプを組み立てて(コンパクトにすることで)何処にでも設置したのは知恵の産物である。
家内は新しいものを拒否するタイプ、当然居間の中に異物が入ったため、この事態をどのように判断してよいのか、
戸惑っているようだ。常に一週間は文句をいって、その後は黙する。 
Xチェアーのデザインが居間とフィットしているので、時間の経過で、その拒否反応は解決するはずだ。
ますます、カウチポテト族か 馬鹿になる!いまさらか。
(参考のために、コンパクト・ハンモック=5000円、Xチェアー=16800円。税送料込み)
             ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ フウ〜
・・・・・・・・・
2006年10月09日(月)
 2015, ゴミ少女 −2
          (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜 ヨウ
この写真とゴミ少女に対して論議を呼びおこし、多くの意見が寄せられたという。
そんな中に写真家は、ある日一通の気になるメールを受け取った。
25歳の元・ゴミ少女からで、読んでいても説得力がある。
その彼女にあって藤原新也はインタビューするのだが、彼女たちの心の深層を見事に浮かび上がらせていた。
  
 ーまずは彼女のメールの内容であるー
私は、吉野さやか(仮名)といいます。25歳です。サイトで貴方の原稿を拝見しました。
で何かいいたくて打っています。私は彼女たちと地続きの人間です。
地べたに座っているときは、無敵でした。毎日、楽しくなさそうに働いている大人を馬鹿にしていました。
ギャルはギャルでないすべての者を見下しています。そうすることでしか、自分の存在意義を見出せないからです。
「ゴミ化」という言葉を使われていましたね。当初、藤原さんに否定されたと落ち込みました。
しかし、徐々に、確かにそうじゃないかと思い始めました。 独特の化粧をして、大きな声でしゃべって、
社会に反抗して、でも親は怖い。・・・援交をしていなくとも、その身なりから「公衆便所」のように見られます。
彼女たちは、自己を過大評価して強くなるしかないんだと思います。
弱さの裏返しで、他人の足元をみて虚勢をはるしかありません。 25歳ぐらいで、ようやく「自分が何者でもない」
ことに気づくはずです。・・・よい子が「よい子」になろうと頑張るように、いわゆる駄目な子も
「ダメな子」像に自分を当てはめようと必死なのだと思います。
その後彼女とのインタビューとの中で、その彼女のゴミ化した原因を鋭く捉えている。
    
ーその中で幾つかを抜粋してみるー
「母は私そのものを見ていませんでした。自分の理想だと考える「ぬいぐるみのお人形」
を私に着せて、それを見ていたんだと思います。私はそのぬいぐるみの暗闇の中で、いつも孤独だったんです。
その光の射さない中でじっと胎児のようにうずくまり本当の愛に飢えていたんだと思います。
母が見つめれば見つめるほど、私はぬいぐるみだけの自分になってしまうのです。
それは子供の存在がないネグレクト(無視)と一体どこが違うのでしょうか」

「私をぬいぐるみにしている母は偽者の母で、ある時からそんな偽者の母を、ただのぬいぐるみにしか見えなくなったんです。
何かぬいぐるみ同士が向かい合っている感覚っていうか。その母の着ているものを殺してあげたかった。
殺せばそのぬいぐるみの中から、胎児の中から本当の母が生まれるんじゃないかって。
そして私を閉じ込めているぬいぐるみの中から、胎児のままの私を取り出してくれるんじゃないかって。
母を殺せばそこで母が自分のものになり、自分の本当の母に戻ってくれるんじゃないかって、不思議な錯覚に陥っていたんです。
ぬいぐるみの母がこの世から居なくならない限り、自分の存在は永遠に消えたままじゃないかって、
そんな気持ちが渦巻いていたんです」
  −−
評)
非常に深い彼女の暗闇からの叫びである。母親の強力なエネルギーに押しつぶれされた娘の悲鳴である。
親が自分の都合でつくり上げた「あるべき姿」というぬいぐるみに押し込まれて、真の自分が暗闇に落とされてしまい、
死ぬほど辛い格闘が歪んだカタチに出ているのが、「ゴミ少女」たちの姿である。
私の中学校の担任の定年祝いを兼ねた同級会での、二次会のスナックの深刻な打ち明け話
「おい堀井!俺の悩みを聞いてくれ。定年を向かえた現在になり後悔しているのは、『自分の人生が無かった』ことだ。
両親が二人とも教師で現在も健在。ずっと同居してきた。もう90歳近い。そのため、二人の世界から一歩も出れなかった。
『自分の人生が無かった』と、この歳で後悔するほど辛いものはない・・・」

先生の言いたかった事は、この女性のぬいぐるみに押し込まれた状態と同じである。
もっと悲惨なのかもしれない。そのぬいぐるみを一生のあいだ着せられてきた人生。
そういう私も、両親のぬいぐるみを着ている。少し違うのは、他のぬいぐるみを幾つか見たり着たりしてきたことだ。
そして、ぬいぐるみを作ったこと。しかし、同じじゃないかい、どっちにしても。
といって、後悔してはいない!そのぬいぐるみが好きだったからだ。
    
 自由とは、このぬいぐるみからの脱皮であろう・・ 脱皮できないなら、
 演じきるしかない!大根役者で。    ただ後悔あとに立たず!であるが。
                  \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年10月09日(日)
1650, 北イタリア旅行記−1

9月30日〜10月8日まで北イタリアのツアーに行ってきた。 ミラノ、ドロミテ街道、べニス、ピサ、
フィレンツェ、シエナ、チンクエテッレ、サンタマルガリーリグレなどである。
何回にかけて書くが、今日は総括の感想を書いてみる。
実質、7日間の滞在中2日、雨になった。ドロミテの二日目と、ベニスの観光の日である。
特にベニスは期待していただけに残念であった。山や海は、荒れたら悲惨である。
ベニスはもし快晴であったら、すばらしいはずである。土砂降りでも、あれだけよいのだから。

イタリアは世界遺産の宝庫といわれ、39ヶ所もあり世界最多を誇っている。
3千年の時が遺跡という形で、そのまま残こっている。
いかにローマ帝國が偉大なものであったか、現在でも巨大な遺跡建造物からうかがい知ることができる。
今回は遺跡は殆どみることはなかったが。オーストリアと国境を接するドロミテは峻険な山々の間を・・・
また美しいリビエラ海岸のチンクエレッテは・・・ これは明日書くので止めておきます。

それにしても、イタリア男は女性を見ると誰もかしこも、直ぐに口説きにはいるには驚いてしまった。 
女性の添乗員が、『イタリア男は、誰もかしこも女性とみれば口説きに入ります。
それは年齢とか、美貌に関係ありません。充分に気をつけてください。それがマナーと思っているようです。
イタリア男は、そのことしか考えていません』と言っていたが、なるほどその通りであった。
このところスイス、オーストリア、北イタリアと欧州が続いたが文明国は、このあたりで当分やめて秘境に切り替えである。
一年以上も海外に出なかったのは20数年来であるが、海外旅行はストレスの解消になる。
                   ー つづく                  
・・・・・・・・
2004年10月09日(土)
1285, 「北朝鮮人権法」

先日、何気なくニュースを見ていたら、アメリカで中国・北朝鮮に厳しい
「北朝鮮人権法」が法案が可決、今後アメリカの政策はそれに従うという。
アメリカの法律を他国に適用しようという、アメリカの強引の内容であると、
解説で言っていた。これは北朝鮮にとって、宣戦布告を受けたと同じようなものである。
内容は
・脱北者の保護を中国に要求する
・アメリカ系「自由アジア放送」を一日4時間を12時間にする
・拉致された日本人・北朝鮮人の情報公示、彼等の本国への無条件帰還を認めなくければ、経済援助を認めない
・北朝鮮の人権回復のために働く団体に年間200万ドルの資金提供、等々かなり刺激的なものだ。
 これでは、北朝鮮にとって大打撃になることは必定である。もっとも、当然といえば当然のことである。
日本も、これで今までの北朝鮮軟化政策を根本的に変えざるを得なくなるだろう。 今回の外務大臣の交代も、
かなり強硬派に変えたのも肯けた。先日の北朝鮮の「ミサイル威嚇」も、この法案に対するサインであった。
最近、北で大きな大爆発があったが、北の内部では何かが起こり始めているのは間違いない事実である。
これをキッカケとして、日本の世論も強行になっていくだろう。
それに対して、北が暴発する可能性もある。日本に対するテロや、ミサイルの再度上空に飛ばす可能性もある。
アメリカも、大統領選挙に対して有利にする為に、北に対して何かしてくる可能性もある。

・・・・・・・
2003年10月09日(木)
ある時間の断片ー39

 11月13日 水曜日  1968年
8時起床。9時に友愛バザーの手伝いで文京区役所に行くが、実際は10時であった。
一時間近くを散歩をして時間を潰す。売り始めたが、さっぱり売れない。
仕方がないので寮の駒村を呼び出す。彼が来てから、俄然と売れ出す。
という事は私に問題があったからだ。如何して売れないかを考えなかったからだ。
16時に帰寮、20時から26時までゼミの予習をして就寝。
 11月14日
・9時起床。
9時半に大学に出発。 到着後、掲示板を見ていると川崎とバッタリと会う。
学生証を忘れてきたので、丁度良いので借りて学食で食事。
図書館に行くと雨宮君がいる。一時間近く話す。彼も面白い人間だ。去年新潟の自宅に二泊していった男だ。
典型的な都会っ子だ。進路を迷っているようだ。昼飯を川崎と食べる。その時、川崎に私の毒舌を指摘される。
彼に対して「隙と甘え」があったようだ。「価格理論」の授業に出席後、石川譲治と「ウエスト・サイド」
へいく。彼はいま私と感情のもつれがあり上手くいってない。かなり混乱しているようだ。
少し覚せい剤を飲んでいて、時々おかしなことをいうが。彼からは多くのことを教えられた。

・・・・・・
544, 「シャムネコという店」
- 2002年10月09日(水)

10年前にある不動産を買った時のオ-ナーに紹介された店に「シャムネコ」という店がある。
 一年に1〜2回位行っている店で、知人などを新潟の古町に案内する時に連れて行くと喜ばれる店だ。
 一昨日に一年ぶりに行ってきた。この店の特性が面白いのだ。
・シャム猫が3匹いて、この猫が接客をする。この三匹に序列があり、社長、専務、常務と言われている。ママは従業員という。
・店に入ると社長が挨拶に来て接客をする。自分の役割を知っているのが面白い。帰る時は必ず外のエレベーターまで見送る。
・つまみ等を口に持っていっても絶対に食べない。
・社長が疲れると専務が交代に出てくる、そして常務が最後に出てくる。序列が出来るまで、死闘がおこなわれたという。
・その店のいま一つの特性は整理をしない店の雰囲気を売っている。 雑然としているのだ。10〜15年前のビデオテープが
 置いてあったりする。阪神の掛布のテープがあったりして見れる。夏なのにコタツがそのままあったりする。
・とにかくそこに行くと休まる。自然体の不思議な雰囲気の店である。今はないが、ドアに一見お断りの張り紙があって、
 紹介される前に前を通り「変な店がある」という記憶がある。 その時は恐ろしくて入らなかったが。
・15〜6席あるカウンターが5〜6人も座れないほど昔の変なもので溢れている。
 計算ずくで逆転の発想で売っている店である。一年に一二度行くに良い店だ。

・・・・・・・・・
[180] 創造ー1(心観学術態)
 2001/10/09

会社を作るときまずは
1、理念、 2、何をやるか  3、何をモデルとするか 4、どうしてそのモデルをカタチ化していくか、の手順を踏む。
 別の例をとれば医者の例がある。医者に子供の頃助けてもらって、自分も医者になりたいと誓いを立てるーこれが心、
 そしてその為に良い進学校に入らなくてはと考えるーこれが視点・観点である。
 そして勉強をするーこれが学である。そのうち成績もトップクラスのノウハウを身につけ、そして医者の卵インターになり、
 学び続け医者の技術を身につけるーこれがーこれが術である。そして医者になるこれが態である。
・心ー目的、中心点、目指すところ。  (芯・真・親・信・神・心・新・信・深・針・深
・観ー観点、視点  (感・観・勘・感・歓・完・歓・幹・肝・幹・
・学ーその視点から学ぶ  (楽・学・愕
・術ー学んだ結果身につく、熟練する  (術
・態ーそれがカタチとしてみえている  (態・体・諦
  −−−
心観学術態は、カタチ作りのシステムそのものといってよい。
・ 心ー会社の理念、個人の信念、国の国是−ー芯というところか!
・ 観ー心からの視点、見方といってよい(ある商社の部長が部下の女社員に手をだして妊娠させてしまった。
  帰りのの電車から、20数件の産婦人科のネオンが見えたという) たとえが悪いが、解りやすい!
・学ー観からの情報収集とか、経験から学ぶ。
・術ー学からくる、体質化、業態化、熟練化
・態ーカタチ 逆もある。業態−現象から学・観・心を観ていく


2743, サブプライム問題と「ファウスト」 −1

2008年10月08日(水)

  
 「資本主義は嫌いですか」
     ―それでもマネーは世界を動かすー 竹森 俊平 (著)

 現在進行中のサブプライム問題、何処かで聞いたような感じをしていたが、この本で、気がついた。
ゲーテの「ファースト」の場面の悪魔の囁きー提案と瓜二つなのである。
アメリカは「ただの紙切れ」を刷って、世界中にばら撒いていたのである。
ドルや国債だけで事足りず、毒入り饅頭を売っていたのである。 
恐ろしいほど酷似した次の場面、サブプライム問題をキッカケとした恐慌とセットに歴史に残るだろう。

 *ゲーテ「ファウスト」の狙い
P-151
「バブルの勢いに乗った世界経済の急成長」に対する弔辞(オビチュアリー)を捧げよう。
それについては、世界的な文豪に登場してもらって、その名文で結びたいと思う。
第一部は、「ペテン師か、天才か」いまでも議論が分かれているミシシッピー・バブルの仕掛け人、ジョン・ロウから話が始まった。
実は、ロウには、大経済学者ヨゼフ・シュンペーター以外にも、有名人のファンがいる。ほかでもない。
ドイツのワイマール公国枢密顧問官としてその行政に長年にわたって携わり、科学、経済、法律など学問全般に無類の博識を誇った
ドイッの文豪ヨハン・ヴオルフガング・ゲーテ(一七四九-一八三二)である。
 ゲーテが晩年に書いた戯曲「ファウスト」は、代表作として知られている。
 あらすじを簡単に説明すると、
老齢に達した学者ファウストは、悪魔メフィストフェレスとの間で、魂をかけた賭けをする。
もしファウストが「時よ、とどまれ、お前はじつに美しい」という言葉を口にしたなら、ファウストはその瞬間に魂を失うという賭け。
メフィストは、さまざまな崇高な瞬間をファウストに味わわせて、ファウストの口からこの言葉を引き出そうとする。
ファウストはいかに甘美な体験にも、この言葉を口にするほどの陶酔は許されない。
 ーー
第二幕の冒頭で.二人はひとつの王国を訪れる。その王国の財政は、ルイ一四世治下のフランスと同様に完全に破綻している。
「帝国の金庫は空っぼ」で、「寝床の枕も担保に入っている」という状態である。皇帝を囲んで、宰相、大蔵卿などお歴々が
国の行く末を思い悩み、嘆き悲しんでいるところに、道化に化けたメフィストがひょっこり現れて、
王国の財政問題を一気に解決する妙案を持ちかける。 身動きの取れない状態に追い込まれていた皇帝やその臣下たちは、
メフィストのような悪魔の怪しげな提案にも乗らざるを得ない。しかしさすがは悪魔。彼の力で、この国の財政問題は解決する。
それは少し後の場面である。宰相が出てきて、その「良いニュース」を告げる。
(宰想)この歳になって、こんなよろこびを味わうとは思ってもみませんでした。
    ごらんください。すべての災いを福に転じた幸福の文章であります。
   「知りたいと望むすべての者に告げる。この紙片は干クローネの価値がある。
    皇帝領内に埋もれた無尽蔵の宝が保障する。直ぐにでも掘り出して兌換に当てる用意がある」
(皇帝)途方もないイカサマだ! だれが皇帝の著名をした? 罰しないでおくものか!
(大蔵卿)お忘れですか?その手で著名なさいました。
   皇帝自身がイカサマと思うような政策。皇帝領内に埋もた(?)無尽蔵の(?)宝(?)により保障することによって、
  「ただの紙切れ」を貨幣として流通させるという途方もない考えが、この国の財政立て直しのためにメフィストが
   ひねり出した妙案だった。
   しかし、このことによってこの国の財政は見事に立ち直る。しかも立ち直ったのは、財政だけではなかった。
  「過剰流動性」の力で、沈滞に喘いでいたこの国の経済は、みるみるうちに息を吹き返してきたのである。
   このケインズ経済学的処方箋の効能を、ゲーテは「大蔵卿」の口を通じてこう語らせる。
(大蔵卿) さっそく署名をいただきましたので、昨夜のうちに彫り師に刻ませ、どっさり刷り上げたのに印を捺しました。
   ほかに十クローネ。三十クローネ。五十クローネ。百クローネの紙幣にいたしました。国をあげて喜びにむせんでおります。
   町をごらんください。ひっそり死んであったようなのが生き返り、わき返っています。
   −−
  以上だが、
  皇帝がアメリカ大統領のブッシュか、メフィストはアメリカを支配しているユダヤ資本家か、はたまたロスチャイルドか?
  しかし、最後は、それ故に自壊していく姿は、喜劇になる。いや、壮大な悲劇である。 

・・・・・・・・・・
2007年10月08日(月)
2379, 人は60歳で何をしたか −5
            (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪                 
  「人は60歳で何をしたか」 藤原治・著
 
まずはー大江健三郎『燃えあがる緑の木』ーから、印象的な部分を抜粋してみる。
ここでは、 大江健三郎の魂に対するイメージを鮮明に言葉にしている。「亡くなった人が、生まれる前から割り当てられていた、
森の樹木の根っこに戻っていく」 自分の両親は、どの木に戻っていったのだろうか?もし両親に、「この木と思う!」
と言われていたとしたら、 墓より意味は深いはずである。「自分の木を見つけておきなさい!」という言葉に
ハッとしたことがあったが・・ 今度は本気になって、自分の木を探すことにした。

知人の別荘?に、大きな大きな藤の木がある。多くの花が咲いた写真を見せてもらったが、祖先が集って咲いているのだろう。
そして、そこの根元に自分たち家族も行くと思うと心が安らぐはずだ。そこには会いたくない人もいるのかもしれない?が・・
多くの先祖が集っていると思いながら手入れをすれば、楽しいだろう! 自宅にも藤の花がある。
あれが母で、梅の木が父と思うと何か庭が違って見えてくる。 そうだ私達の木を植えよう?  
あまりそういうことを考えると、ここから出れなくなる!

ーP・50
「家庭おける環境が持っている『癒し』の力から、私は核時代の病んだ社会に対する、被爆者の『癒し』の力を考るにいたりました。
すくなくともいま広島.長崎で核兵器廃絶のために発言し、活動している被爆者たちに(略)社会全体あるいは惑星の人間全体に対する
『癒と』への積極的なねがいを見てとらぬわけにはゆきません」無視するには心苦しい大江は、還暦の頃どんなものを
書いていたのだろかと、ある種の郷愁を持って訪ねてみた。そうすると、『燃えあがる緑の木』三部作にたどり着いた。
しかも、大江は95年のノーベル文学賞発表の際、この『燃えあがる緑の木』三部作を最後に、創作活動を終え、
その後の執筆再開の予定もないと宣言していたのである。

これほど、本稿に相応しいシチュエーションはないと、本屋に走った。
だが待てよ、と思った。『燃えあがる緑の木』というタイトルから内容を、何も想像できない。
この本を読んでもまた、大江のことを何も理解できないかもしれない。 そこで、文庫本コーナーで
『私という小説家の作り方』も合わせて買い、読んでみてようやくわかった。
今まで、都会育ちの僕がわからないのも無理はなかったのだ。 『私という小説家の作り方』には、
今まで理解できなかった彼のキーワードが解説してあった。例えば「森」。
「森」は彼の出自と刷り込みを表しているという。『燃えあがる緑の木』にも、同様のキーワードが点在する。
「屋敷」「在」「十畳敷」「森の会」百草園」などだ。そんなキーワードは『私という小説家の作り方』を
読んだ後だったので支にはならなかった。それに主題はたぶん、次の言葉に尽きるのだ。

「私は魂のことをしたいと思います」

そうなのだ。魂のことを仕事にしたら、もうその先は何もないのだ。
それを大江は知っていて、『燃えあがる緑の木』を最後の著作にしようとした。
その「魂は、谷間や『在』の民家にらに体を残して浮ぴ上る。
そして、グルグル旋回しながら上昇して、生まれる前から自分に割りてられている
森の樹木の根方におさまる・・」とし、魂とキーワードとの関連を主題としていのだ。
しかも、随所に、僕の親しみを持つ人たちの名前がちりばめられている。
ドストエフスキー、ンテ、プラトン、ランボオ……。 そして、こう結論づける。

「自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか?
そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮ぶのはね、幾つかの、一瞬よりは いくらか長く続く
間の光景なのじゃないか? そうすればね、カジ、きみがたとえ十四年間しか生きないとしても、そのような人生と、
永遠マイナスn年の人生とはさ、本質的には違わないのじゃないだろうか?」

息子の作曲家、光さんも登場させている。 
「ヒカリさんは、これから自分で作曲してゆく音楽が森の高みから聴えてくる感じで歩いていたよ」
つまり、大江の最後を飾るのに相応しい筋立てなのである。
ーーーー
解)
大江健三郎の魂についての言葉に少し衝撃を受け、そして納得?させられた。
何度も何度も次のイメージを繰り返しながら考えてみた。「魂は、谷間や『在』の民家に体を残して浮ぴ上る。
そして、グルグル旋回しながら上昇して、生まれる前から自分に割りてられている森の樹木の根方におさまる・・」
その「魂のことをしたいと思います」というのだから・・ 60代以降は「魂のことをする」ということを念頭に生きる時期? 
魂のこととは何? 魂に触れること? それでは魂とは何? 当然のことながら解るわけがない。
ヘーゲルも「魂を語るに天使の舌が必要である」と。理性では語りつくせないということだ。
だから、それぞれのイメージを書くしかない。それを大江は鮮明に表現したから、衝撃を受けたのである。
      クルクルクル ε=ε=ε 森=[木] スッポ ≧∇≦)ノ~~ バイバーイ♪
      
・・・・・・・・・
2006年10月08日(日)
2014, ゴミ少女 −1
         おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・
                     
図書館で「新潮45」の1月号を何気なくページを捲っていると、ある一枚の写真に眼が吸い寄せられた。
電車の中で、女子学生が超ミニスカートで電車内で座り込んでいる姿があった。
その写真と手記を書いているのが、インドやネパールなどの写真で知られている写真家の藤原新也なのである。
文庫版の彼の写真集を二冊買っているので、何で「こんな写真」と「クソ女」という過激な文章を書いているのかと、
さっそく借りてきて読んだ。
特別寄稿のテーマはータリウム事件に見る、「殺さねば出会えない母」に関する一考察ー【藤原 新也】である。
話は変わるが、長岡の駅裏で通勤途上、超ミニの女子学生30人位がバス待ちをしている姿を毎日見ている。
本当にパンツが見えそうなほどで、目のやり場に困ってしまうほどである。
そうそう、地元のラジオで新潟県の女学生のスカート短さが日本で一位と言っていたが・・

   数年前のことになるが、女子学生数人が駅の専門店街の中二階で、股を広げスカートをパンツを   
   隠すスタイルで座っていた。そして下から上がってくる男達の目線を笑いながら見ていた。
   私も一瞬、眼のやり場に困り、次の瞬間、その娘達の真意を読み取った。
  「このクソ女!ガキども」と、思ったことを、この藤原新也の文で思い出した。

恐らく多くの大人が同じような経験をしているのだろうが、このレポートは、その代弁をしているような内容である。
ーその書き出しのところを書き出してみる。
 −−
[ゴミ少女]

 ネットで話題になった一枚の写真がある。JRの車内。女子高校生の通学風景である。
K駅から乗り込んで向かい合わせのシートに座り一息ついたとき、前方を見てギョッとした。
これまでにも挙動の乱れた女子高校生を何度も目にしているし、昨今そのような風景を目にすることは珍しいわけではない。
しかし、その日の景色は一味違っていた。それはなぜか昔見た『ソドムの市』という映画の奴隷船のシーンを思い出させるほど
恐ろしく弛緩している。 携帯していた簡易なデジタルカメラを取り出し、座ったままひとつシャッターを押す。
立ち上がって構図を決めず、そのままの姿で撮ったのは乗客の視線を維持したかったからだ。 
 ー
  (字数の関係でカット2008年10月8日)                                                          ーつづく
後記)それにしてもが、以前書いたが画家や写真家の文章は鋭い! 一瞬の現象の本質を捉えるからだ。
 この写真、このHPの‘バードウオッチ’のコーナーにリンクしてあります。http://ore.gonna.jp/blog/archives/000273.php

・・・・・・・・
2005年10月08日(土)
1649.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・8
8・うちの商法ー3

宗親
昼も定食を一品だけ出してるんだ、日替わりでね。月曜はマグロ刺し定食、火曜日はマグロハンバーグ、
水曜日はマグロブツトロロがけ定食、とかしてね。すべて700円で100食限定でね。もちろん完売だね。
特に金曜日はトロ定食980円で出すの。 行列になるよ。 普通だったら原価割れ寸前のはず。
いや実際の価値は3000円以上だよ。一本おろすからできるんだ。お客は知っているの、その事を。
うちの店の厨房は、一歩入ると機械だらけなの。マグロのメイン以外は手をかけないの。
ご飯、味噌汁、コーヒー、スープ、オニギリなんか手をかけないように器械化がしてあるんだ。今の器械化は凄いよ。
それと生野菜の真空パック技術なんか信じられないぐらい凄いよ。
手を抜くところは、徹底的に抜くんだ。その反面、入れるところは徹底的に入れるんだ。
初めはね、中の上の商品を中の下で売れってねコンサルタントの先生に教えられたの。
それを忠実にやっていたの。そしたら疑問がでてね。上の下の商品を下の上の値段にすべきじゃないかってね。
それをやるにどうしたらよいかってね。仕入れを変えるしかないってね。それには生産現地に行くしかないって考えたの。
そして、焼津に3日泊り込みで行ったの。 同業者のところに毎日通ったね。
                Date: 2002/03/28/07:16:42 [29]
・・・・・・
2003年10月08日(水)
ある時間の断片ー38
 
 ー11月11日  1968年
昼過ぎに佐藤のところに行くと「多恵ちゃん」から、電話で大妻祭に招待される。毎日忙しいことだ。
これもアマリ気が乗らずに、佐藤のお供で行ったようなものだ。講堂で「森山良子のリサイタル」があった。
さすがに彼女の歌は上手い!一曲一曲が心にしみる歌であった。 しかし腹がへって貧血気味になる。
多恵ちゃんの友人の飯野貞子さんを紹介してもらい、4人で食事をする。 ブラブラ4人と寮の近くまで送る。
飯野さんと話しながら帰るが、真面目そうな面白い子だ。といって、それ以上の何も感じなかったが。
23時から24時までゼミの予習をして、その後佐藤と明け方まで酒を飲んで寝る。
 ー11月12日
・明方まで酒を飲んでいたせいか、10時過ぎまで寝ていると、電話がかかってくる。
先輩の永田さんから、文京区役所でバザーの手伝いの依頼だ。毎日毎日お呼びが良くかかるものだ。
タクシーで駆けつける。電動歯ブラシの販売である。これは売れそうだと思いきや、殆ど売れない。
隣で30過ぎのオバサンと話をする。宝石のデザイナーで、渋谷の専門学校で色彩学を教えているとか。
西銀座で宝石店を持っているとか。彼女の友人の銀座の「モンブラン」のバーのマダムも、バザーの手伝いに来る。
販売よりも、この二人と話している方がずっと面白い。結局、二人と知人が買ってくれたのを含め都合6つしか売れなかった。
がっくりしたが仕方がない。帰寮後、風呂に行き、食事をして、21時から25時までゼミ関係の本を読んで就寝。
ー後記ー
最近、急速に武沢ゼミに影響されている。先生とゼミ同期の4人だ。
非常に個性的である。その4人に段々感化を受けているようだ。
それと教授の影響がここにきて大きい。気を緩めると、潰されてしまう位厳しい。

・・・・・・・・・・
543, [エッ嘘だろう!!]
 - 2002年10月08日(火)
 
「エッ嘘だろう!!」と思わず叫んでしまった。
・自己資本は資本金の2倍以上で、創業時の償却勘定でマイナスになった以外は黒字の優良会社と思っていたのに、
 会社の借入金がある銀行の不良債権の可能性があったという。
・政府系銀行の借入れの都合で個人名義で買った「2箇所の駐車場の土地」の資金を会社から借入をした。
 その役員貸付金が自己資本と同額であった。その事情は銀行が解っているのに?金融庁の検査で問題になっているとか。
・金融庁の監査の担当がいうには「個人と会社は別物で、その事情は関係ない」 という。
「自己資本と役員貸付金は相殺するのが筋で、そうすれば 実質資本金はゼロで、健全会社といえない」とか。
 たまたま節税のため、個人の2物件を会社に売却をする報告に銀行にいって、その話を聞いて呆然ー足し算引き算も
 出来ないのが現状なのだ。 金融庁と地方銀行の審査レベルの混乱がこういう現象を生んでいる。
・これがグローバルスタンダード?という事なのだろう。考えてみれば個人と会社を一体で見るということ自体おかしな話。
 銀行にしても、金融庁にしても「売却をして相殺しなさい!」ともいえない。
 こちらが判断をするしかないのか。 とんでもない誤解?で、不良会社になっていたのだろう。
 かなりこういう混乱が全国で起きているのだろう。今の日本の自滅のある現象だ。社会主義世界の崩壊のある断面だろう。

・・・・・・・・・・
[178] 忘れられない店ー4(金沢)
ー平家ー鉄板焼き   2001/10/08

金沢にいた時期によく行った店である。もう30年も前の話である。
4〜5年前に行った時まだっその店があったが、しかし個性的な親父は死んで
しまっていた。その店のかみさんがそのままいた。高級化して二店になっていた。
落人焼きといって、何でも鉄板で焼く鉄板焼きやで‘平家’というだ名前の店だ。
今でもちょっとないかわった店だ。食塩の箱入りとともに、キャベツが山盛りでツマミにでる。
大きい鉄板の上で魚や肉や野菜や豆腐を焼くのだ。その為店が油でギトギトで真っ黒で、またそれがいい。
親父が遊び人風の個性の塊のような親父で、その話を聞いているだけでよかった。
当然お母ちゃんがいて、人間味あふれた夫婦であった。2時間ぐらいいるうち、必ず大喧嘩をするのが名物で、
皆それが始まるのを待っている節があった。

「マダ喧嘩始まらないの?」と聞く人まで出る始末。そしてすざましい喧嘩である。
たまに奥さんが休みの日、一人ショボンとしているところがまた可愛い。 何回も家に電話しているのだ。
たまたま初めて行ったのは、会社の先輩が競馬で大あてをして連れていってもらったのだが、
「お前の人生は今日で終わりだ、大穴を当てた味を知ってしまったのだからだ!」
と先輩に説教が始まった。それがいやに説得があって面白かった事を思い出す。


 


2742, サブプライムの本質とは?

2008年10月07日(火)

 「資本主義は嫌いですか
  ―それでもマネーは世界を動かす 」ー 竹森 俊平 (著)


サブプライム・ローンの分析については、分かりやすい文章である。 喩えで言えば、
債務不履行という債権入りの毒饅頭をアメリカの格付け機関の保障付きで世界中にばら撒いてしまったのである。
そのため他の健全な住宅ローン債権まで売買ができなくなったのだから、問題は大きい。
その上に、アメリカのドルや債権まで不信感を持たれるようになったのである。
アメリカの一極支配のドル体制が崩壊をしたのである。 それだけ、この激震は大きいことを何度も書いてきた。
ーまずは、その部分から。
 ーー
P−27 
 サブプライムについては、日経新聞だと「信用力の低い個人向け住宅融資」という注釈が必ず付くことになっている
(筆者も日経の紙面に書いた時に経験したので間違いない。)
筆者はひそかにこの注釈がなくなるXデイを楽しみにしている。これだけ毎日、新聞に顔を出す単語なのに、
いつまで注釈が必要なのか。 ともかく、このローンは審査基準が非常に甘い住宅ローンである。
普通のプライムローンは、連邦政府による与信審査のガイドラインがあり、金融機関は厳格な与信審査をしなければならないのに、
サププライムは、このガイドラインに従わないからである。 だから、「特殊」な住宅ローンというわけだ。
 サブブライムが連邦政府のガイドラインに従わないのは、それを供紹する金融機関、すなわち住宅ローン業昔が、
連邦政府の監督下に置かれていない場合が多いからである。 実際、住宅ローン業者全体の半分だけが連邦政府の監督下にあり、
残りの半分はよリルーズだといわれる州政府の監督を受けている。
さて、日経のサブプライムについての注釈は「信用力の低い個人向け」ということだが、何もサブプライムの供給者が、
「うちは信用力の低い個人を相手にしている」と宣伝しているわけでない。
プライムローンを申請しても、承認される見込みのない「信用力の低い個人」が、そのローンを借りに行くのである。
 サブブヲイムローンの審査は本当にいいかげんらしい。 「所得なし」「審査なし」「資産なし」でも審査に通る。
住宅ローンの場合、住宅が抵当に取られているから、最低限の安全性は確保されているという判断があるのかもしれないが、
それにしてもなぜ、こんなに危険な住宅ローンが罷り通るのだろうか。  理由はおそらく政治である。
クリントン政権、ブッシュ政権と続く歴代のアメリカの政治は、普通のローンの審査には通らない低所得者が、
特殊なルートであっても持ち家を持てるようにすることが政治的に有利と判断した。それに加えて、クリントン政権とか、
ブッシュ政権の「オーナーシップ・ソサエティー」の哲学とかも、「サブブライム」の存在を正当化する根拠になっている。
 2004年末において、アメリカにおける住宅ローンの60%は証券化されていた。 当時EUの証券化は15%でしかなかった。
「住宅ローン抵当証券」は、最初は普通の住宅ローンについて開発されたが、90年代半ばから政治的空気に押されて
サブプライム・ローンの証券化が開発された。 普通のローンもサブプライムも、証券化をする原理はかわりないからだ。
 それが諸悪の根源になったのである。
サブプライムの歴史がなかったことと、住宅が右上がりに上がりだしたこともあり、サブプライムの危険性が見落された。
さらにサブプライムの市場では連邦政府の規制や、監督が不十分なため、モラル・ハザードが起こりやすくなった。
更に、このサブプライムの毒性を隠す現代錬金術として、投資適格性を審査するムーディーズやS&Pなどの主要格付け機関は、
それにトリプルAという最上の格付けを与えてしまった。 格付け機関が有毒廃棄物にお墨付きを与えてしまった。
 −−−

世界の景気を主導してきたのは、アメリカの住宅バブルと言ってよい。 住宅産業は、産業のあらゆる要素が含まれている。
国内景気を維持するためにドルを刷って、アメリカ国内の「信用の少ない人たち」に、ほぼ無審査で貸し出していたのである。 
ヘリコプターから貧民街に金をバラマクようにである。その毒入債権を保証書付きで撒いたのだから根は深い。


・・・・・・・・・・
2378, 邪視の思想 −2
            (。・∀・)ノ゛おっは〜

我々は、人を褒めてあげなさいと教えられるが、イスラム圏ではむしろ、あんたの子供は可愛くないと、
わざわざ言う場合もあるという。邪視の思想の原型は、イスラム教よりずっと以前の古代ローマやインドなどで
信じられてきたもので、東アジアを除けば世界的に昔からあったという。 瞳を覗き込むと、黒い部分に相手の姿が
小さく写っているのが見えるが、昔の人にとって、これが不思議に見えて、それを怖れたという説もある。

インドでは王や聖職者など位の高いものが持っているとされ、反対に、
エチオピアなどでは身分が低いものが邪視を持つと思われたという。
特に、国を持たないジプシーと軽蔑されたロマは誰もが邪視を持っていると欧州では思われてきたようだ。
だから欧州では人をジロジロ見ないのである。パキスタンのカラコルム・ハイウエーをバスで駆け抜けた時のこと、
フンザの近くの村に差し向かったときに、「絶対に村民を見ないでください。
ここは見られることに異常に敏感なところで、殺されることもあります」
と言われ、全員が硬直して前を見据えていたことがあったが、邪視の思想の名残りでったのだろう。

欧米、特にアメリカや日本などは、相手をみたら良いところを見つけ褒めてやるのがエチケットと推奨されるが、
元々は褒めるということは、逆に恨みや嫉みの元と考えて嫌がるのが本来の考え方だったのである。
世界では、これだけの違いがあるのである。エジプトなどでは、子供の名前を雑巾という悪い意味の名前をつける
親もいるという。だからエジプトなどでは、日本みたいに「お子さんは何人ですか?」
という質問ができないという。 子供が多くいると羨ましがられるから、聞くのはマナーに反するという。

動物学者の畑ムツゴロウが、「動物は、視線に関して人間が想像する数倍も敏感である」
と言っていた。 試しに電線にとまっているカラスをジッと見るとソワソワする。
若い時に視線恐怖症や赤面症になるのも動物の名残りなのであろうか。
東アジアでは視線に関しては無頓着で、邪視の思想は殆どないのは、アジアは大らかということだろう。 
一歩外に出ると、今まで持っていた常識とやらは通用しないということだ。
 島国日本の常識は、世界の非常識と思ったらよい。
                  (○´ω`○)ノ**SeeYou**
・・・・・・・・・・
2006年10月07日(土)
2013, 居酒屋離れ
             (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
先日の新聞記事によると、居酒屋が、この十数年で30涌幣紊眷笋蠑紊欧減ったという。
(1992年の1兆6千億に対し、2004年度で1兆1千億)しかも今年になっての飲食業の研究機関の調査で
 ‘団塊の世代’が、「居酒屋をほとんど利用しない」と46佑皺鹽、「料理がどこも同じ」「うるさい」
  という答えが理由の上位を占めている。
    団塊世代の飲酒頻度は「だいたい毎日」というから、自宅か、家族で週末にレストラン辺りで飲むのだろう。
    月の酒代は50代で3万円弱、20代で2万円弱だという。
    居酒屋も、団塊の世代が定年を向かえる2,007年を控えて危機が迫っている。
    彼ら企業戦士たちが居酒屋からも大量に‘卒業’するからだ。
    少なくとも連れ立ったオジサンたちの姿は激減するだろう。
   私自身を振り返ってみると、以前に比べて半分以下になっている。
その理由は、
・このHPをもったお陰で日々が充実したことと、
・大型TVとDVDレコーダーを4年前に購入、店で酒を飲んでも家で飲んでも
 大して変わらなくなってしまった。
・さらに一年ほど前に晩酌の時間に、同じ目線で居酒屋で飲む番組を放映。
 家で缶ビールを飲みながらみていると、ほとんど一緒に飲んでいる錯覚になる。
 といって、60歳を過ぎた現在も週一は‘会’で飲んでいる。
 さらに家内とは、ほぼ毎週のように駅周辺の居酒屋チェーンか、
 自宅の至近にあるイタ飯チェーンの「サエゼリア」で食事をしている。家族二人だから、行けるのだろうが。
社会人になってから、居酒屋に行く機会が多くなった。しかし、今から考えてみると回数が多くなったのは、
現在の仕事を始めてからで、それまでは居酒屋は、出張と家族と旅行にでたとき位であった。
私の場合、少なくとも10〜20年は命を縮めた。 緩慢なる自殺である。
  最近の居酒屋の流れは、
   ・個室化、個性化をしていて、
   ・ハモとか、湯葉とか、専門料理店が出している料理を格安に、
   ・メニューの内容を流動化していて、
   ・客単価が3000円以下で
   ・駅至近距離で目立たないところ。  
  女将が独りの小料理屋や、夫婦でやっているような旧来の個人店は大苦戦中で、死滅?直前の状態である。
  それにしても、よく飲んだものである。
               \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年10月07日(金)
1648.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・7
7・うちの商法ー2

宗親
こちとら月に一度は、その産地に行ってさセリに一緒出たりさして、いろいろやっているのが解らないんだ。
それと築地に一日おきに行くの。マグロの部分買いもしているんだ。
それと見せ商品も買ってさ。マグロ以外は絶対に手をかけないのがミソだ。
マグロだけだらさ、それだけ集中しているから安く買えるんだ。
店の開店までさ、彼らの数倍の知恵と時間を使っているんだ。もう店が開いた時は、勝負がついているのさ。
酒もさ、新潟の酒のメーカーから直接仕入れるんだ。一社だけだね、これは通でも素人でもわかる美味しさだ。
ほぼ越の寒梅と同じかそれ以上だ。〆張り鶴という酒なの。蔵元が一緒といっていたが、事実かどうか解らないがね。

つきだしにトロを少しだけど出すんだ。 これもこれだけで1000円はするの。
240円しかもらってないの。ビールの大ジョッキーと日本酒の小と付きだしで960円。
うちは税込みだから、1000円でおつりつくの。これにマグロの焼き鳥で
1時間という人が3分の一もいるんだ。 内じゃ「1200円セット」といってるの。

何処にもこの価値は出せないね。火曜日は酒類を半額にするの、平日の1,5倍の客数が来るから荒利は一緒なんだ。
ビールは生ビールしか出さないの。ビンの半額に近いからね。
それを特大ジョッキーで出すの、480円でね。1リッターに見えるけど、実際は700mlなんだ。
これに新潟の酒を出すんだ。絶対に大瓶で出さない。 酒を味わってもらわなくてはね。
それと「日本酒5本以上は出しません」といってあるの。価値のある酒だからね。結構日本酒儲かるんだ。

それとビンごと売るんだ。その店で一応出してね一合だけね。あとは持って帰ってもらうの。
これだと国税から文句来ないの。一回来たが理屈を言ったらそのまま帰ったね。
それらしき人がきて、しつこく封を切れず売れといったがね。
これはまもらなくて法律違反になってしまうからね。 それでも結構売れるんだ。
3800円でね。それにしても十分価値があるの。原価が2400円もするんだからね。
酒は一合でも実際使うのは7勺も使わないんだ。それで60涌幣紊旅嗟取れるんだ。バックマージンあるしね。

・・・・・・・
2004年10月07日(木)
1283, 原油高騰の不安

原油が、あれよあれよいう間もなく高騰を続けている。
昨日の段階で51ドルで、このまま行けば、11月以降61ドルもあり得るという。
イラク戦争後、原油供給国の政情不安を引き金に始った暴騰に歯止めがかかっていない。
産油国はフル生産をしているが追いつかないという。 この高騰には、イラク戦争の政情不安だけでなく、
中国経済の原油消費が「底なし沼」のためという。既に、日本を抜いてアメリカに次いで世界第二位の消費国になった。
 これに
・ベネゼイラの政情不安
・ロシアの石油大手ユコス社の輸出大幅減
・メキシコ湾を襲ったハリケーンによる影響による精製施設の稼働率のダウン などが重なった為である。
これを材料にヘッジファンドが、巨大な資金をつぎ込んで先物取引市場をあおる。
いわゆる「ペーパー取引」は9月、実需の2.5倍もあったという。ユダヤ資本が動いているのだろう。
いずれにしても、日本経済にとってはボディ・ブローになるのは時間の問題である。
デフレという前門のトラ、インフレ懸念という後門の狼の気配がしてきた。
原子炉に対して多くの批判があるが、(必要悪としても)日本にとって造っておいて良かったことになる。
中国は世界にとって、大きな波乱要素になりつつある。

・・・・・・・・
2003年10月07日(火)
ある時間の断片 

1968年11時9日     
・10時起床。
瓜生のところで、30分お茶を飲む。その後、洗面をして、今度は佐藤の部屋でコーヒーを飲む。
そこで、大妻女子大祭に行くからこないかと誘われ、尾形と佐藤と3人で行く。
知っている人が居ないし、一人で途中で帰ってくる。 その後米林が部屋に遊びに来る。
風呂に行き帰ってくると、再び米林が来る。早稲田の二年であるが、哲学や文学などかなり突詰めている。
その後。駒村の部屋でTVデ「ハニーを銃を取れ」をみる。なかなか面白い。明日はハイキング、どうなることやら!
11月10日 
・6時半起床。 長瀞にハイキング。 お相手は「文化服装学院」。あまり乗り気がしない。
池袋から、東上線で寄居から長瀞へ行く。電車の中で少し気分が悪くなる。
長瀞駅で引き返すつもりであったが、持ち直す。 ロープウエーで山頂に行き食事。
その後ゲームなどをして、13時半に山を降りる。途中で半々に分かれて、16時まで長瀞駅で待つことにする。
駅裏の川辺が何ともいえない景色。絵に描いたような自然が何とも素晴らしい景観であった。
いつかどこかで見たようなイメージであった。16時14分の電車に乗る。
佐々木さんと、相手がたの女子大生4人、他のグループと分かれる。
気が乗らず、新宿で3人と分れ帰寮する。まだ誰も帰ってない、24時まで佐藤とビールを飲む。

・・・・・
542, K−1が面白い
- 2002年10月07日(月)

1昨夜のK−1が面白い。これは10年近く前から始まった総合格闘技である。
寝技を認めてないのが、プライドという格闘技と少し違うところだ。
キックと空手とカンフーの頭文字のKの字を取ってK−1にしたものだ。異種の格闘技だから、たまらなく面白い。
最近はプロレスとの対抗戦やプライドや極真空手との対抗戦があって、エキサイテングの多い内容が多い。
極真空手も最近は苦戦をしている。 (最近は世界最強の格闘技と言わなくなった)
この10年間のK−1のトップクラスの選手が全盛期を超えてしまった。
その上に世界には幾らでも強い選手はいる。昨夜もk−1のナンバーワンの選手が、格闘技を始めたばかりのパンチさえ
まともにうてないアメリカン・フットボールの元選手に軽く負けてしまった。 見方によってはk−1の全面否定でもある。
相手は筋肉の塊の2メートル、170キロの選手でただ力任せにパンチを振るストリー・ファイター。
それに負けてしまうのだから面白い。前回は反対に、プロレスの実戦派の強豪が軽くK−1の選手に負けてしまった。
最近は金網の中で、噛み付きと急所の攻撃以外なんでもありの総合格闘技の放映を始めた。
もちろんアメリカ本土の内容だが、寝技が中心になっていて、内容は凄惨過ぎる。
最近は月に一〜二度は、面白いボクシングかk−1が見られるのがよい。

・・・・・・・
[177] 世間様ー2  2001/10/07

あまりに程度の低い言葉なので書きたくないが、実感している言葉として、その言葉を多用している‘痴呆症(病)の無恥蒙昧’
(自身も含め)に捧げるためにかく。しかしこの言葉の被害者になったり、加害者になったりしているからことは重大だ!
それこそ「みな皆いっている」これが‘世間というやつ’の正体の、いや現象の表皮の世界の(俗に言う世間の)
テクニックとして通用しているからことは重大だ。ある話を聞いてこれは面白い!利用してやろうという時、
「皆言っている!」と知的レベル? 低い人間を探していう。 あるいは相手を混乱させる目的に言う。
  それでは「皆言っている」にどのようなが含まれているか?
1、誰も言わなくとも自分の主張強調するために使う。
2、一人に聞いたとき、誰かに話を強調するために使う。
3、噂の場合につかう。
4、聞くほうは実際どうか解らないが、それをまた人に使うに都合よい。
5、相手を実際やりこめる場合の言葉のテクニックとして有効。


2741, 賦課方式の年金制度は公営ねずみ講

2008年10月06日(月)

 「資本主義は嫌いですか
   ―それでもマネーは世界を動かす 」 竹森 俊平 (著)

我われが、信じ、40年近くも払い続けてきた年金、あれ「ねずみ講」ごときシステムで、
もしかしたら国家単位のマヤカシだとしたら、何を信じてよいのだろうか?
   ーまずは、その部分からー
 * 賦課方式の年金制度は公営ねずみ講

P−83 「賦課方式の公的年金制度」とは、まさに国家が運営する「ねずみ講」なのである。
 しかも、これは経済理論的に考えてそうだというばかりではない。 賦課方式の公的年金制度が発足した時には、
 政治家はまさにこの制度がそのような性格を持つものと認識した上で、この制度を発足させたのである。
 以下に引用する、アメリカにおける賦課方式の公的年金制度が設立された時のブレインの一人であった
 ポール・サミュエルソンが、一九六七年に書いた文章を読めば、そのことが分かるだろう。
  「社会保障制度の素晴らしさは、それが年金数理的な会計上は収支が均衡せず破綻しているという、まさにその点にある。
 引退する年齢に達したものは誰でも、自分がこれまでに払い込んだ額をはるかに上回る金額に相当する社会保障制度の
 便益を受け取れる。(略) 一体、どうしてこんなことが可能なのだろうか? その理由は、国民所得が複利的に成長し、
 しかも可能な限りの将来にわたって、その成長が持続するという事実にある。
 人口が増加する国では、若年者の数は高齢者の数を必ず上回る。さらに重要なことは次の点である。
 実質所得が年三%で成長する限りは、社会保障制度の毎年の支出を賄う課税ベースからの収入が、
 退職者が現役中に社会保障のために払い込んだ税額を大幅に上回るのだ。
 成長する経済とは、かって構想された中で最も壮大な『ねずみ講』である」
 −−−−
解)
「引退する年齢に達したものは誰でも、自分がこれまでに払い込んだ額をはるかに上回る金額に相当する社会保障制度の
便益を受け取れる。(略) 一体、どうしてこんなことが可能なのだろうか?  その理由は、国民所得が複利的に成長し、
しかも可能な限りの将来にわたって、その成長が持続するという事実にある」と、いうとおり、
年金の前提は、経済が成長し続けることと、人口が増加することを前提としている。
それは、正にバブルを前提ということであり、「ねずみ講」そのものである。
資本主義そのものが成長する経済とするなら、ねずみ講・資本主義という名にすればよい。
紙切れ通貨制度自体が、既にバブルだからだ。 いや一万年前の農業・牧畜を始めて人間圏を拡大してきたことが、
既にバブルだからだ。 ということは、その限界点に達してしまった人間圏の自爆の一つとみると、理に合う。
異常気象の原因と同じなのである。 そうすると、これは5年、10年レベルではなく、数百年、数千年単位の問題である。
アブラハムが創ったラージX自体は人間の神でしかない。それ自体を否定する大自然の人間に対する反撃の一つと見ればよい。 
人間を越えた生命体の視点からの仮説は、「燃えろ、燃えろ、もっと燃えろ」となるのではないか!
  
  我われの子孫からの視点からしても、同じじゃないか。 「とんでもないマイナスをつくった現代人にに丁度良い」 と!
 「燃えろ、燃えろ、もっと燃えろ!」という、生命圏の全ての生物を代表した「?」の立場からの雄叫びを書いてみようか!
  人類史上最大規模の大津波襲来を前に、何を馬鹿なことを!だが・・・
  とにかく、アメリカで震度7クラスの地震が発生、世界中に大津波が・・・ これだけは間違いない事実
 社会保険庁の、ずさんな体質は、彼ら自身が、詐欺団体ということを自覚していたからだろう。
 だから、非難されても、その国民の方が無知蒙昧に過ぎないと確信しているだけなのである。
 国家単位の「ねずみ講」でしかないのだから。
  
・・・・・・・・・
2007年10月06日(土)
2377, 邪視の思想 −1
          ヽ(。ゝω・)ノ☆;:*おはよう*:;☆

今回の旅行先のエジプトやギリシャで、「邪視」という言葉を何度か聞いた。
10年ほど前に、初めてエジプトに行ったとき、現地の日本女性の若いガイドに、
「とにかく、この国に入ったら、全ての常識を捨ててください。
あらゆることが西欧文明の常識とは違います。ここはイスラム圏です。
車で人が轢かれても、それは運転手ではなく轢かれた人が悪いのです。
人を褒めないでください、子供は勿論、女性など、それが奥さんを褒めると大変なことになります。
それは、イコール欲しいということになるのです。
彼らの世界は、むしろ褒められたより貶されたほうが人間関係が巧くいく場合が多いのです。
何かを店で買ったら、まともに釣銭はきません。惚けて返さない方が多いのです。
それらを一々目くじらを立てないで下さい、立てるほうが問題なのです」
といわれた。 文明の相克とは、起こるべくして起きているのである。

ーまずは「邪視」をネット辞書・ウィキペディアで調べてみるー

邪視(じゃし)は、世界の広範囲に分布する民間伝承、迷信の一つ。 悪意を持って相手を睨みつける事によって、
対象となった相手に呪いを掛ける事が出来る。 邪眼(じゃがん)、魔眼(まがん)とも言われる。
様々な人種の間で邪視に対する信仰はエジプトの時代より形成されている。
また、邪視、邪眼はしばしば魔女とされる女性が持つ特徴とされ、その視線は様々な呪いを犠牲者にもたらす。
一方で邪視は不吉なパワーを秘めていると信じられている。
邪視によって人が病気になり衰弱していき、ついには死に至る事さえあるという。
イスラムなどの文化では、「邪視」は人々が何気なく目を向けた物に不運を与える
ジンクスとされる。 他方ではそれは、妬みの眼差しが不運をもたらすと信じられた。
南ヨーロッパそして中東では、青い瞳を持つ人間には邪視によって故意に、あるいは故意ではなく
呪いを人々にかける力があるとして恐れられた。 中東では、邪視に対抗するアミュレットとして青い円の内側に
黒い円の描かれた塗られたボール (または円盤)が用いられた。 地中海沿岸が最も邪視の信仰が強い。
邪視を防ぐ伝統的な方法として地中海沿岸の船の舳先に大きな目が描かれているのをしばしば目にする。
また邪視の信仰は北ヨーロッパ、特にケルトの圏内へ広まった。古代ローマでは(陽根の魔よけ)が対邪視に有効とされた。

ーーーーー
何処で買ったか忘れたが、自宅の玄関に邪視を防ぐという御まじないの置物がある。
マジナイの意味を、この旅行先で初めて知ったが、それは目玉の模様のついた
青いガラスの円盤のようなもので、直径7cm位の大きさである。
これは人の幸せや持っているものを嫉んで見る視線から、身を守る目である。
イスラム教徒の女性がベールで身を覆うのは、この邪視から身を守るためだという。
また中東の家は、外から中が見えにくく外は地味であるが、一歩中に入ると、
そこは大きく、立派だったりする。 邪視も、この辺からきているのだろう。

                ヾ[・c_,-●]ババィ
・・・・・・・・・・
2006年10月06日(金)
2012, 裸の王様を、「裸!」と言った少年か〜
      (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ

去年の暮れに学生時代のゼミの後輩からの「新潟を活性化するには、如何したらよいでしょうか?」
という一本の電話から始まった数回の「新潟県活性化の会」の効果?が、表立ってきたようだ?(私の一方的な解釈だが)
昨日の地元紙・新潟日報の二面のトップに、新潟商工会議所会頭の何某が県知事に「新幹線の新潟空港への乗り入れの要望書」
を手渡している写真と記事が載っていた。 「活性化の会」の議事録を県知事も見ていたようだから? 手順もあるのだろう。

しかし、「今頃、何をノンビリしたことを!」「2015年までに、新潟駅再開発工事に便乗して、
新幹線を空港まで開通させなければならないの!」というのが、みた率直の実感である。
「まずは、在来線を新潟空港まで通して、その様子見をしてから」と、馬鹿も休み休みに言いなさい!である。
でも、このノンビリした茹で蛙の地方柄から見て、大いなる進歩ともいえようが・・

    私のHPを見続けている人は解るだろうが、表面化した瞬間に私たちの「新潟県活性化の会」の存在は消されてしまうのは、
    娑婆経験から当初から解っている。「裸の王様」に対して「裸だ!」と言って誰もが認めれば、それで少年の役は終わり。
    当たり前のことに誰も声を出さなかっただけだから・・

  立派な、いや立派過ぎる達磨があるのに、「めん玉」が入ってなかったの!
  その「めん玉」は、環日本海への窓としての「首都東京駅から新潟空港・登場口直接乗り入れ」なの!
   もう一度言おうか・・止めとくが、いや言う!「めん玉は、新潟空港への新幹線直接乗り入れなの!」
   
   めん玉だけを見るな!達磨を冷静に見て見なさいよ! 数兆円も、いや、数十兆かもしれない・・ 達磨に使っておいて、
   なぜ目玉を入れないの? 不思議で不思議で・・  仙台空港の現在行っているアクセス工事知っているの?・・
   わざわざ造っているじゃないの・・

このことは「真っ当な人」なら誰もが解っていること。 その真っ当な人間が、政治家や地元の商工業者には皆無であった!
という事実は現状からみれば解ること。 裸の王様は誰だ?そう、目先のことしか見えない県会議員と市会議員と、
地元の代議士と、新潟財界人である。 金と票にならなかったのだろうか!?

    だから私が呼びかけた地元商工業者の人たちは、新潟空港への新幹線乗り入れを当たり前のことと受けとめ、
    諸手をあげて賛同してくれた。 「政治家も、大物?商工業者も、目先のことしか見えなかった」と、
    さすがに言ってはいないが、しかし・・・環日本海時代の到来に無頓着であった!のは間違いのない事実である。
    北越新幹線の開通を目前にして、新潟県の置かれている危機の重大さに気づいた。

*私が何ゆえに、冷静にみることが出来るのか?といえば

・新潟駅前でホテル業を25年間、営業していることと、
・全国を渡り歩いていること、
・25年間にわたり長岡〜新潟間を新幹線通勤していること、
・私のスタンスが「アウトサイダー」で、社会的な利害関係が皆無のこと、
・20年間以上、成田に年二回通い続け、飛行場と駅(特に首都)へののアクセスの重要性を実感していること、
 もあり、「新幹線の飛行場駅の乗り入れ」を客観視できたこと、 などである。

    25年前に、新幹線を飛行場まで通していたら、新潟は今や「環日本海都市」として、全く違う都市になっていた!
    飛行場周辺にサッカー場・野球場や、佐渡汽船の乗り場を移動するとか・・
    新潟駅周辺の商業集積の機能と結びつき、「独特の面白い都市」になったはずである。
    何もしなくとも、それが特区になっていたのだ。一本、新潟島への橋かトンネルの投資を新幹線に向ければ良かったのだ。
    ただ大手ゼネコンの利益にならなかっただけだ。

改めて新潟県をみると、環日本海時代に本当に恵まれた立地にある。
「あと僅かの投資で、東京駅から飛行場の登場口まで直結でき、それが首都圏からみたら、非常に魅力があるに決まっている!」
ということが何故解らないのでしょうか ?? 「地元住民にとって、本当にプラスでしょうか?」だと?
「ボケ!」と言ってしまえばお終いだが・・ 「新潟経済が発展して、初めて地元住民もプラスになるの!」
  心して聞け!全く・・
  この文章、 県知事と地元代議士、そして県会議員、あとは市会議員と、市長。   
  何度も何度読んで、県の行く末を真剣に考えてもらえれば・・・
  それにしては、文章の格調が低いか? 忙しすぎて見やしないか・・・何が忙しいの??
    ところで 解るの?
 (後記)
めん玉は新幹線の空港への乗り入れとすると、顔が新潟、身体は首都圏と喩えると、なお解りやすい!!
目はアジア(中国と朝鮮)とシベリア大陸に対する視線になる。
 
 これを実行しようとしたら、県知事は政治生命をかけてやらなくては!
 歴代の県知事、何をしてきたの?知事として何をしてきたの?
 特に前の知事!いや20数年前の知事!誰だっけ、君??
           Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye     

・・・・・・・・・
2005年10月06日(木)
1647.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・6

6・うちの商法−1
宗親
飲食業界も今は一段と不景気だね。その中で一応、いややっと生き抜いている状態さ。
昔から常連のお客にコンサルタントの人がいてさ。教えてくれるんだ、商売のイロハをね。
それを忠実に実行してるんだ。コツとはね、一点集中という事。 自分がレンズになってしまうんさ。
商品もマグロを中心に出してね、8割はマグロさ。 後は見せ商品なの。
見せ商品とは、手のかからない3〜4品で売れきれにしちまう商品。
それは殆ど儲けないの。すぐ売れ切れてしまうから、それでいいんだ。

商品の荒利を55パーセントにして、酒類は63パーセントにしておくの。
それで58パーセントの荒利にするの。 それだけでは駄目だね。
全ての商品を240円と480円の値段にしておくんだ。
ああそれと980円を少しね。これは見せ商品。でもそれが売り上げを稼ぐんだ。
荒利30佑杷笋襪鵑澄お客も解っているんだ、自分も言うしね。マグロもいいマグロを可能な限り使うの。
このぐらいの大きさの店で繁盛さえさせとけばマグロの一本買いができるの。もちろん本場の??から、直接買うの。
それとカマー頭だけを一本につき10個安く買うの。大体それを毎日送ってもらうんだ。

それをさばいて、240円、480円、980円に商品を創っていくんだ。
そうすると、ほとんどがよその店の倍の価値の商品になるんだ。
980円のトロなんて、他所じゃ3千から6千円の価値は十分あるんだ。
240円は普通の店じゃ捨てるところを、丁寧に切り出してさ。
焼き鳥風串焼きやハンバーグ風にしたりするの。カマも結構使えるんだ。3分の1は980円で出せるんだ。
同業者も首をひねっているんだ。  Date: 2002/03/24/11:18:39

・・・・・・・・
2004年10月06日(水)
1282, 「元気の出る言葉」−2
  一歩踏み出そうと思う言葉−2
  (字数の関係でカット08年10月06日)

・・・・・・・・・
2003年10月06日(月)
 ある時間の断片ー35.36
   11月8日 −前半

・7時50分起床。 人事管理の授業に出席。 今回こそ試験と思っていたが違った。
授業終了後、朝飯と昼飯を兼ねて食事。11時にゼミで、それぞれの車で石川島播磨造船所に向かう。
一時過ぎに到着。 そのスケールの大きさに腰を抜かさんばかりの驚きであった。
30万トンの巨大タンカーの大きさに、たたただ呆然とした。数百人が蟻のように張り付いて働いていた。
組織の意味を教授が教えたかったのだろう。私は小さなボートに乗っているほうが合っていると思った。
凄いものを目の当たりに見せ付けられた。工場内のオートマチックの流れも驚きであった。
そこの課長との質疑も面白内容であった。帰りは教授の車に乗せてもらう。
田島君や小島君は議論が大好きだ。彼らについていけず一人蚊帳の外という感じであった。
途中渋谷の喫茶店に入り話し合う。教授の思想について聞いたり、女性論を話し合った。
教授に「社会に出ると良い相手はなかなか居ないから、学生時代に探しておいたほうがよい」と言われた。
そうならそうと解っていたら、去年にチャンスが集中してあったが。「さっきの話で、堀井君は女性は打算的といっていたが、
自分と比べて言っているのか、それとも自分が打算的であるが故に女性に対しても打算的に見えてしまっているのではないか?」
と鋭い指摘をされた。 私の全性格を見抜かれているようで恐ろしい思いがした。
教授の女性遍歴を少し話された。昔同棲していた女性のこと。そしていまの奥さんとの出会いのことを話された。
教授の思想はアメリカナイズされた極端の個人主義と自分で言っていた。
教授自身、自分の思想にしろ理念をハッキリ言って持ち得ない!とのこと。分析能力は自信がある。
しかし、それを一つの思考形態の統合するのには、分析で物事が見えすぎる為に躊躇をしてしまうとの事。
経営学の野田一夫教授は、直感的に思想を持ちえるし、当たっている。
しかし分析に関しては、全く甘いと指摘されていた。ピーター・F・ドラッガーの受け売りでしかないとか。
しかし、生徒に対する影響度は野田教授の方が上だとも言っていた。奇麗事は言うが、汚れ役は必ず避けて通る人だとも。

武沢先生は教務部長、野田一夫教授は課長でしかない。同じ年齢でライバルだが、大学では武沢先生のほうが上だ。
人事管理を専門にしているせいか、流れのままの刹那的なところがみられた。
人事管理哲学があるなら、それこそ先生の哲学になってしまっているといって良いのではないか。

・・・・・・・・
2002年10月06日(日)
541,幸福と本当の仕事

何気なく本を読んでいて、自分が事業を通して得た実感が、ずばり書いてあることがある。
そのうちの一つが下記である。山本周五郎の「青べが日記」の一節である。
ー幸運を望むものよ、お前は3つの事しか為さないのに10の結果を望んでいる間は、幸運は来ない。
幸運を望む男よ、お前が2つの結果を得る為に、10の事をしたら必ず、幸運は来るぞ。
貧乏をしても、出世していく友に遅れても、本当の仕事(為事)をこつこつやっているこの力強さ。
白蟻が大黒柱を如何にしてガランドウにするか己が知っているー

事業をしていると、この闘いだ。2の結果を得る為に10の努力をしてもマイナスになるのが事業の恐ろしさだ。
「しない方がずっと良かった」という結果との闘いである。「本当の仕事」をしているつもりが、虚の仕事をしてしまう。
「本当の仕事」をきっちり見つけなくてはなるまい。 知識と情報と経験不足から、それらは起因する。
新しい事態に対する判断を、常に不足状態の能力の中で求められる。経営は相撲の喩えでいうと「14勝1敗より、8勝7休」
でなくてはならない世界であり、一敗は致命傷になることが多い。
情報と方向が正しいなら、1の努力でで10の結果を得る事が可能な時代でもある。
情報化社会でその傾向がより強くなっている。現代の不幸は最小の努力で最大の成果
ー効率を求められることである。人間の気持ちまでも効率を求めてしまう事が、不幸にしてしまう。
好きということは最大の努力に対して、それ自身が楽しいことだ。 
好きという事と有利という事を混同してしまうことが、人間を不幸にする。好きの事を有利にする事は可能だが。

・・・・・・・・
「176」 [自己能力の限界の設定]
 2001/10/06

この言葉は30年前になるが金沢にいた会社の浅野という人事部長の言葉だった。
何か強烈なインパクトのある言葉だった。‘自己能力の限界点’から自分の足すべき能力をプラスして
いく事と解釈した。10数年前の講演会でヤクルトの野村監督が(彼の浪人時代)全く同じことを言っていた。
「自分は三流選手、一流になるために何をプラスすべきかを、ぎりぎりのところで考え実行してた」
要するに三流をわきまえたため、戦略戦術をたてることが出来た。それゆえに一流の成績を残す事ができた。
戦術戦略を立てるときに、自己把握なしにたてることは自殺行為でかつ空論でしかない。自己能力の棚卸という事だろう。
自己能力の限界の設定は逆の面でも言える。勝手にマイナスに設定して、それを理由に何もしないで留まってしまう事だ。


2740, 貨幣経済は「ねずみ講」

2008年10月05日(日)


      「資本主義は嫌いですか    
          ―それでもマネーは世界を動かす 」 −2  
                             竹森 俊平 (著)
 紙幣は「ねずみ講」の札と同じ!と言われれば 「エッ!」と思うだろう。 しかし直感的に納得する事実である。
アメリカのドル一極基軸体制だった数年前まで、正に、それに近い感覚を持っていた。
それをズバリ「ねずみ講」とはね!。
 ーP74ーにそのことをズバリと書いてある。
《「ねずみ講」というのは、【親」の会員が「子」の会員から利益をもらい、「子」の会員は「親」の会員から利益をもらい、
といった連鎖を繰り返していくことにより、会員全暴利益を享受するとをねらったものである。何のことはない、この仕組みは、
より先の世代の会員たちが受け取る利益の「つけ」全部を、連鎖の最後の世代に回しているに過ぎない。
しかし、もし「ねずみ講」連鎖が永遠に続くならば、「つけ」を回される連鎖の最後の世代の存在は無限時点の彼方に消滅する。
それゆえ、この場合には「ねずみ講」に参加する会員全員が利益を受けるという奇跡が起るのである。
ここでは、何も有益な生産活動が行われているわけではなく、単に「つけ」のたら回しがされているだけなのだが、
それでも会員全部が利益を受ける。それは無から有を生じる「錬金術」のような奇跡である。
ただし会員全部が利益を受けるといっても、誰もがまったく同じだけ利益を受けるわけではない」
「ねずみ講」の第一世代、つまり「親」は、自分自身は他人に利益を与えることなしに、自分だけが利益を受けるのだから、
受ける利益は人一倍である。これは「貨幣経済」についてもいえる。胴元や、始めたものが貰い得なのが、「貨幣経済」である。》
ーー 
  以上だが、犯罪としての「ねずみ講」を主催していた連中は、そのことを熟知していたはずだ。
  そして、アメリカの金融システムの支配者達もである。 ねずみ講も、それが拡大しているうちは問題にならない。
  しかし、一度それが行き止まった瞬間に破綻をする。 それと同じことが「紙切れ通貨制度」にも言える。
  次回にとりあげるが、著者は現在世界の各国が取り入れている「賦課方式の年金制度」を「公営ねずみ講」と看破している。
  私の過去40年近く、2000万以上も支払ってきた年金、前の世代が使ってきただけで我われの将来のために保全はされてない。
  これでは、権力者による公営詐欺である。 国債も未来に対する先取り詐欺と同じである。 
  今回の「サブプライム問題」については、資本主義体制の中の「紙切れ通貨」そのものから起因しているから根は深い。
  さて、この大混乱の行く末は、やはり戦争だろう。 民族間か、宗教間か、世代間か、国家間か・・・淘汰されるのは弱者!
   潮流は、情報化社会からくる既成体制の崩壊の本格化である。 それらが直接、個々人に影響してくる。
今回のサブプライム問題では当然、ねずみ講の親は結果として被害最小になる。 最大の被害者は、日本と中国になる。
   金と情報が絡まっているから、ことは重大である。   
                               つづく (次回は年金制度は公営「ねずみ講」?)
・・・・・・・・・
2007年10月05日(金)
2376, 人は60歳で何をしたか −4    ー読書日記
  
 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著
            |* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ
この本の中で古今東西44人の「60歳時の本や作曲などの作品」を紹介しているが、その中で、神谷美恵子「こころの旅」が
一番印象的だった。 図書館から借りたような記憶があるが、見れど見えず!だったということか? 
この本は人間の生から死までを「こころ」というキーワードを使って分析している。
それは目次からみれば解ることだが、自分を省みる時の案内役になる。さっそく中古本だがアマゾンで、この本を発注した。
(何と値段が1円、発送料が300円=301円で、新本の5分の1である)

 まずは、彼女の著書の目次をコピーしてみる、
第1章 人生への出発  第2章 人間らしさの獲得  第3章 三つ子の魂  第4章 ホモ・ディスケンス 第5章 人間性の開花  
第6章 人生本番への関所  第7章 はたらきざかり 第8章 人生の秋  第9章 病について 第10章 旅の終り
 著者の藤原治は、中でも三章 「三つ子の魂」に感激、そしてここを再読、あらためて、その意味の深さに考えさせられ、
さらに 第8章の「人生の秋」が、気になったという。著者は、そこを抜粋してながら60歳の心象風景をみている。
 ーー
「社会的に無用者となった、という意識は否応なしに老化した自己の全体像をこころの中に浮きぼりにする。
じつは向老期ではふつうまだ真の無用者ではないはずだが、少なくとも覚悟として、
この新しい自己像を受け入れるがこの時期の困難な課題である」
「老いて引退した人問の最大の問題の一つは、こうした『社会的時間』の枠がしだいに外されて行くところにある。
(略)このことをよく覚悟して、向老期のころから、自主的に自分なりのペースで『生きる時間』の用いかた、配分のしかたを考え、
また時間そのものについても洞察をふかめ、『超時間的に』時間を観ずることができるようになるのが望ましい。
そうすれば自分の一生の時間も、悠久たる永遠の時間から切りとられた、ごく小さな一部分にすぎないことに気づくであろう」

「どんな一生を送ってきた人でも、人生の終りに過去の旅路をみはたすとき、こころというものの変幻自在な
ふしぎさに感嘆しないではいられないはずである。 宝積経にはこころの詩ともいうべき長い部分があるが、
この中でこころはじつに多くのものにたとえられている。 幻の像・いなずま・虚空・猿・画家、王、怨敵、
砂ででつくった家、盗賊、などなど。一生のあいだ、私どものこころもこれらの比喩に該当するような、
まざまな姿をとってきたときがあった、と思いあたるとことが多い」神谷の著作に最初に接したのは、
『生きがいについて』だった。 多分、何かの原因で、かなり落ち込んでいた時に読んだのだと思う。
「生きがいを感じている人は他人に対して恨みや妬みを感じにくく、寛容でありやすい。
それはマックス・シェラーが言っているように、自分より幸福な人々に対する密かな憎しみ
の念が入り込む余地がないからであろう」というこの本の記述が、僕を励ましてくれた。

この人は、どんな生き方をしてきた人なのだろう。 ハンセン病との献身的かかわりを思い、「キリスト者だな」
と推測したが、当たっていた。クエーカー的キリスト信者である。「育ちもいいはず」と思ったが、これもずばりだった。
父親は内務省職員のエリート官僚であり、後に国際労働機関(ILO)に勤務したり、朝日新聞論説委員にもなった。
戦後すぐに成立した内閣では文部大臣にも抜擢されている。彼女も、そんな父の関係でスイスやアメリカで教育を受けている。
医学への志は、叔父とともにハンセン病患者の施設を訪れた際、患者の病状に強い衝撃を受けたためという。
後に彼女は、この時に自分が身を捧げる生涯の目的がはっきりとした、と語っている。
猛反対だった父を説き伏せコロンビア大学や東京女子医専(現東京女子医大)で医学を学び、30歳で精神科医になった。
結婚したのは32歳だった。
 ーーー
こういう文章を読むと、宗教の偉大な力を感じとることが出来る。 それと、自分の小さな世界の歪な姿がリアルに
感じとることが出来る。 こういう人は、60歳の時の心は安定した安らぎで満ちていて当然である。
明日あたりに送ってくるはずである。歳を重ねると見えなかったモノゴトが、雲の彼方から一つずつ現れてくるようだ。
                                    ヾ(=・ω・=)o☆ばいばい!
・・・・・・・・・
2006年10月05日(木)
2011、「私」のための現代思想  −8
          (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜

私たちを束縛しているものから自由になるには、束縛している対象を理解しなくてはなりません。
第一章では、その束縛するものの正体を論じたが、いま一度それを取り上げ、それから逃れるには如何すべきかを論じているのが、
この章である。「私」を束縛するものとは、 <言葉>と<価値><社会><世界><物語>などがあります。
束縛から逃れるためには「所有」が必要になる。所有者になることによって、主体者になるのです。
所有することも捨てることもできるのが主体的ということである。 この随想日記を毎日書き続けることは、
その範囲で「言葉」を所有していることになり、自由に考えを述べていることになり、開放されている。
「<価値>の主体者は、<価値>を生み出す側ではなく、それ<価値>を「受益する者」であるということです。」
当然といえば当然だが、私たちはその反対と思いがちである。「消費者本位」というのは、今では当たり前になっているが、
提供者の方は、それを一番忘れてしまうのです。言葉も相手の受け止め方で、救われもするし、加害もする。            
                                       ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
ーー
第三章 「私」とは何か
ー束縛から逃れるー :<言葉>と<価値>の束縛から逃れる

 〇笋燭舛<言葉>の束縛から逃れるためには、「<言葉>を所有すること」が必要になる。
 「言葉による束縛」とは、「自分が使った言葉が、新しい意味を帯びる」ということを認識しない
 ことによって発生する。また、「自分が受け取った言葉に自分が新しい意味を付与することによって、
 それを認識している」ということに気づかないことによって発生する。
   これを換言するならば、
  それは「私がある時点で使った単語は、常に新しい意味で用いられている」と認識し、
  また「他者から発せられた言葉も同様である」と認識することです。
  私たちは、厳密な意味で同じ単語を同じ意味で使うことができません。
  言葉による意思疎通が(不完全であれ)可能となるのは、「了解不可能な他者を了解しようとする意思」
  によって発生するものでしかなく、ある言語体系よって適切に語を使用することで発生するものではありません。
  私たちは、何らかの概念を伝達しようとする時、「この単語は、この程度の意味に使われていたはず」と推測し、
  それに「近似した」新しい意味を付与しつつ発語している。そのとき、言葉の主体者は<私>です。
◆ 祺礎諭笋梁縛から逃れるためには、<価値>を所有するしかありません。しかし、ここで注意しなくてはならないのは、
  <価値>の主体者は、<価値>を生み出す側ではなく、それ<価値>を「受益する者」であるということです。
  <言葉>と<価値>の束縛から逃れるためには、この二つの本性を理解するだけで充分である。逆にいえば、ー<言葉>とは言語体系のこと、
  そして<価値>は、それを発生する側が主体者である、と考えていることによって、それらによる束縛が発生します。
  その両方が「誤りである」ということを認識するだけで、私たちはその束縛から逃れることができるのです。
<物語>と<世界>の束縛から逃れるためにはそれを所有しなければなりません。
  そのとき<物語>所有する主体者は、いうまでもなく<私>です。私達は<物語>も<世界>をつくることも捨てることもできます。
  その状態が「所有」であり、そのときそれらの束縛から逃れることができるのです。
    ーー
 ここで、<私>と《私》について、もう一度整理をしてみる。
 <私>は、
     仝斥佞鰺僂い涜仂櫺修気譴拭峪笋料」
    ◆崢怯朿亮太言明(つまり言葉)」の束、もしくはそれに支えられている「自己の像」
    「私」の「論理的」な側面(言葉によって認識・構築された「私」)の意味を持っています。
     これに対し、《私》は、
     禹>の中核にあり、<私>の存在を支えているもの
    <身体>の中核部分にあり、<身体>(=対象化された身体)を支えているもの
    「生そのもの」としての「私の存在」
   サルトルに「対自」「即自」「対他」というキーワードがあるが、それに《私》を関連付けると、さらに面白くなる。
        ホンジャヽ(●´ω`●)ノ。バイ!                 

・・・・・・・・・
2005年10月05日(水)
 1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・5
   
 5・ゴールドクラブ
宗親
酒はこの商売をしていて、つくづく気違い水と思うね。 まあみんなこの世智辛い世の中、
気でも狂わなくてはやってられないのは判るけどね。
陽気な酒、喧嘩っぽくなる酒、助平になる酒、理屈っぽくなる酒といろいろあるね。
まあ気違い水を売って此方も食べてるんだから、なにも言えねんだがね。
本当のところ、素面で酔っ払いを見ていると面白いよ。気違い水を脳に叩き込むんだら。
その中で特に面白いのは、シラケ酒って言う奴さ。独り浮いてしまって、暗い自分の殻に入ってしまう奴。
オールドミス、いや〜ああなるとゴールドミスさ。グランドオールドで、G,OLD、ミスって奴さ。
独りでいつもある時間が来ると泣き出す。皆もそれを知っていて、待っている。
普段イライラを周囲にぶつけているんで、皆心の中は喝采さ!でもそれがバレタラ、あとで数倍も陰湿に 
それもあるけど最近は女も恐ろしいよ。 自分で誘っておいてさ、都合が悪くなるとセクハラという奴。
見ているとおとこの方が馬鹿だね。もてない男ほど、すぐ引っかかるね。 あまり慣れてないから、引き際が判らないんだよね。
こうやって色色見ていると人生いや人間なんて結局さ、その人間が実際行動した全体だと思うようになってきたよ。
それから一歩も大きくもないしさ、小さくもないしさ。 これが意外と判ってないんじゃないかな。

・・・・・・・・・
2003年10月05日(日)
ある時間の断片ー34  11月7日 −1968年

・10時半起床。12時に池袋に出発。掲示板をみていると川崎と出会う。
「ヤタロー」で食事。その後、「価格理論」の授業を聴講。12月5日に試験とか。
産業関係論が11月21日に試験と帰りに寄った掲示板に書いてあった。
明日のゼミの工場見学の資料を取りに武沢教授の部屋に行くが、助手の横浜さんが居ない。
川崎君と一時間位喫茶店で話す。磯部嬢とバッタリ会う。石川とは上手くいってないみたいだ?
数ヶ月前に行ってきた欧州旅行のことを話したいみたいだ。  17時に帰寮。

・・・・・・
540,お経
2002年10月05日(土)

お経は「般若心教」「観音経」「歎異抄ー第一章」「生長の家」の経を暗記してある。別に生長の家の信者ではないが、
お経の内容は良い。お参りとかの時にそれを使い分けている。「お経を暗記してると何なんになるんだ?」というが、
逆に暗記してない事を考えてみると、その効果は絶大という事が解る。少なくとも、夜寝れない時の眠り薬になる。
般若心教は「憶える前とその後」といえる位な内面の変化がみられる。心のベース基地ができる感覚である。
南無阿弥陀仏やアーメンの中に「オーム」という響きが入っている。オームは宇宙からのある波長と同じという。
暇な時間に「オームオームオーム」とゆっくりと繰り返して100回位唱えてみると、気持ちが落ち着いて宇宙と
一体感になっているような気になる。8年前に書いた文章をコピーしておきます。
 −−
 ーH0605般若心経のすすめ ー
十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で般若心経のすばらしさを聞いて
一ケ月がかりで丸暗記をした。今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。
十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた   ⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている            ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき 自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬にキリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した
“絶対無”を観た」のではないかと言っている。 それは般若心経をくりかえしの中で少しでも近づける様な気がする。

・・・・・・・
[175] 忘れられない店ー3
2001/10/05 11:25 NoName

衣料のデスカウント店で、産地直結の仕入れで大量仕入れ大量販売のはしりで、全国的に有名な店であった。
大阪、岐阜、岡山、広島の産地に直接仕入れをしていた。また大手商社からも直接仕入れをしていた。
全国的に超繁盛店で有名にもなっていた。20年間位は店にはお客が殺到していた。
大家族のため両親からの干渉は一切なく放任そのものであった。各自が自分ひとり生きていくのが精一杯の状態。
−当時は商売をしているところは、大方そうでなかったかと思われる。
そのプロセスで大光無尽の駒形重吉とかいう男の‘金貸し’の勃興とか、三条の香具師か露天商の渡辺とかいう
人の興こした‘丸大’とか、十日町の衣料品店の市村とか言う人の興した‘イチムラ’とか、‘内山商店’とか、
大手通りを見ているだけで激しい流れがあった。 私の実家は(特に父は)戦前、津上製作所の津上退助とか、
互尊翁といわれた野本某とか、山本五十六とかに可愛がられ、茶人としてもかなりのレベルの人であったようだ。
怪しげな金貸しの駒形某など馬鹿にしきっていた。反面羨ましそうの面もあったが。
そういえばこの本家すじの山形の元家老の事業家が、私のところに来たことがあった。
10歳までの10年間は遠い彼方の異次元の世界に思える。
 ーーーー 
今回旅行はベトナム  2001/10/05
(11月8日〜14日ー7日間)に決定! ー近畿ツーリストー 16.8万ー
ガラパゴスかマダガスカル島かベトナムか迷っていた次回旅行がベトナムに決定。
このニューヨークのテロで本命のマダガスカルが成立せず、ガラパゴスもどうも出発も怪しげで、
今回は自粛も含めてベトナムに決定した。旅行仲間からベトナムのよさは聞いていて2〜3年先の計画に入れていた。
あまり今回のテロの影響の少ないベトナムが手ごろと判断した。行くなら今のうちがベトナムの合言葉になっていた。
あと10年も経てば今のタイや中国みたいに、西洋社会に染められるからである。
今年はメキシコとロシヤ・北欧と今回のべとなむと刺激の少ないところだった。
来年は西アフリカ、ガラパゴス、スイスアルプスの予定だ、いければの話だが。何があっても行くのが趣味の世界だ。


2739, 何故、こんなに多くのバブルを経験するのか?

2008年10月04日(土)

 「資本主義は嫌いですか
   ―それでもマネーは世界を動かす 」−1  竹森 俊平 (著)

この本は私の知人からメールで「面白い本がある」と紹介され早速買って読んだが、成るほど面白い!
世界恐慌の様相を示してきている米国発の金融システム崩壊の原因は住宅バブルの崩壊によるもの。 
そのバブルが何故起きるかを解りやすく書いてあった。
  ーまずは、その部分からー
なぜ、われわれは、こんなに数多くのバブルを経験するのだろうか。
その結論を要約すれば、「バブルの頻発」は世界経済全体の高い成長率を維持するために、
経済システムの「自動制御装置」が働いた結果であった。 高成長の維持が難しくなる局面に来ると、民間(とくに金融機関)や
政府が、さまざまな手段を動員して高成長の維持を図る。 そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。 
あまりにも単純なルールに従って動く「自動制御装置」は、システムの安定をもたらさないこともある。
特定の要因だけを重視して制御する結果、制御されない他の要因によって、かえってシステムの安定が乱される可能性があるからだ。
今回のサブプライム危機も、「自動制御装置」が「高い経済成長率」という一つの要因にあまりに重点を置いてきた結果と
いえるかもしれない。 「サブブライム危機」を契機に、今後は「自動制御装置」も根本的に調整し直されるだろう。
バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。
その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。その代わり、世界経済の成長率は低下する。これが結論。
 −−−−
解)これが現在の金融恐慌の原因のバブル発生のあら筋である。 バブルの収縮を繰り返しをしながら、経済は動いていく。
日本の2002年以来の、景気の好調も、著者は、その原因をただせば、「小泉改革」ではなくアメリカの「住宅バブル」という。 
それが崩壊したと言うから、日本は大不況に入ること必定である。 バブル、通貨危機、投機ファンド、市場原理主義、デフレ、
インフレ、など多くの問題が発生する「紙切れ通貨制度」の功罪はあるが、それでも、この管理通貨制度以外に方策は見出せない。
紙幣そのものが、既にバブルそのものである。 そのことは、次回に取り上げる。 
これから最低でも10年は、この通貨制度の危機がつづく。
 著者は「序文」で、シカゴ大学の経済学者フランク・ナイトの
・発生確率が予測できる危険を「リスク」といい、
・そのリスクを予測できない危険を「不確実性」という、
  考え方を取り上げている。
【ナイトは熾烈な市場において、「不確実性」の領域に踏み込むことによってしか、利益を得ることができないと述べている。
なぜなら、事業にかかわる危険が、確率予測できる「リスク」だけなら、事業についての収入と生産費の期待値が計算できるからだ。
そうだとすると、収入の期待値が生産費の期待値を上回り、平均的には「利潤」がその事業に見込まれている場合には、
熾烈な競争が継続するだろうから、その結果、収入の期待値は生産費の期待値まで下がって、平均的には「利潤」消滅せざるをえない。】
という。これ全ての事業にも言えることである。
  著者は序文の中で、
【近年の金融業界の「金融工学」という膨大なデーターによって、確率予測の上で投資戦略を展開してきた。
しかし、考えてみれば、金融業界はあくまでも「リスク」の領域でビジネスを続けてきたはずで、「不確実性」の領域に
大々的に入り込んでいたという主張がおかしいと看破する。 なぜ2007年の夏までは、業界全体が「高利潤」を謳歌できたか。
どこかに欺瞞が潜んでいたと言わざるをえない。 要するに「根本問題」は、「熾烈な競争」「高利潤」「計算のできる危険」という、
同時に成立不可能な三つを、同時に成立させようとした無理な要求そのものにある。「サブプライム危機」とは、その「根本問題」が
生んだ結果に過ぎない。】  まあ、その辺の事情を非常に解りやすく説明している。「根本問題」そのものではない。
しかし、彼らは実は「不確実性」の領域に大々的に踏み込んでいたのである。 「サブプライム」そのものこそ、
「不確実性」そのものである。それを「リスク」と偽り、その「リスク」の領域でのみ経済理論的に認められる
操作を行って、「安全な割りに収益の高い資産」という宣伝文句をつけて売りまくったのである。

以上だが、「高成長を維持するための経済システムの「自動制御装置」が働くが、市場がマイナスに転じなければならない場面でも、
高成長をするために様々な手段を用いて維持を図ろうとする。その結果、システムが偏重をきたし、過剰なバブルになる。
その発生に歯止めをかけようとするが、それがバブルをストップさせるが、世界は低成長になる。」と、
「リスクと不確実性を取り違えてしまった」ことが、要点である。

・・・・・・・・・
2007年10月04日(木)
2375, コシヒカリが売れない!
             (* ̄0 ̄)ノ[才八∃一]

先日のニュースで{最近になって「コシヒカリ」が売れない}と、ミニ特集をしていた。
去年だけでも、県内で3万トンの余剰米が出たという。事態はかなり深刻のようである。
先週の土曜日、東京の息子に魚沼産コシヒカリを送ったばかりだったので、注目をしてみた。
ところが、その時買った自宅の米といえば、聞いたことのないブランドの安い米。
金には困ってないのに、これは家内の貧乏性?から、これには他に理由はない!
しかし、ここは新潟、不味い米はまずはない前提がある。私自身、米の味に対して、よほど不味い外国産でない限り、
美味しい米に対するこだわりはない。それでも以前は秋口の新米は一度は買っていたが最近はそれすら食べなくなってしまった。 
酒はすぐに判るので少し拘るが・・・ ただし、県外で御飯を食べると、あまりの不味さに辟易とすることがある。
地元での外食では一度も、そういう経験はない。
  ニュースで採り上げていた売れない理由とは
・コシヒカリのベタベタしすぎた口触りが嫌がられた。
・他のブランドより割高感が強い。
・他に多くのブランド米ができ、それらの美味しさを知った。
・品種改良などで、米の味そのものに、あまり差がなくなった。
・不景気で、ブランドより、とにかく値段の安いものを選ぶ傾向になっている。
 等々あげていたが、風評による影響とは言ってなかった。
中越沖地震のとき、ある全国区の銀行の担当者が、「他の県の原発事故のときに、その地区の酒、米、魚、野菜まで数年間は
大きく影響した」と言っていた。それもあるのだろうが、不安心理を煽るので理由の一つにあげなかったのかもしれない。
ところで、南魚沼郡のコシヒカリが生産量の90倍も販売されているという話は、今でもよく聞くことである。
真実かどうかは別として、そういう風評もコシヒカリのブランドに対して不信になっていることもある。
それより手取り収入の減少と、中産階級の減少と、不景気が最大の原因である。                    
                                      サラバ(o´c_`o)―☆              
ーーーーーーー
2006年10月04日(水)
2010, 「私」のための現代思想 −7
     おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・ ねむ・・さむ

ここのー「私」とは何かーという文は非常に難解であるが、一番の触りでもある。
「独我論」-唯我独尊の独りよがりの論法ーで生きている人は何処の世界にもいる。
究極的には全ての人にいえるだろうが(<特に私は強い!>・・と、思ったほうがよい)
しかし、それ(独我論)では、長い時間の中で自然と淘汰されていく。
言葉は「言語という制度」に従わなければならないが、その「言語という制度」に従って使用することが思考である。 
そして思考する主体が「私」である。 言葉の意味とは、その使用であり、「言語制度に従って言葉を使用すること」が
「言葉に命を与えている原因」であるならば、思考の「主体」は「言語制度」ということになる。
つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、言語制度に従って言葉を使用している状態を「私の思考」
と呼んでいるだけ、ということになってしまいます。 しかし、それだけでないと誰でも考えます。 
それでは・・・それが以下に述べられている。 話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。
その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。
随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。
《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・
 過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ??

−−−−−
第三章 「私」とは何か −
ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」−

私たちの脳裏に発生している思考は、言語によって表現されます。
言語以外の方法で表現された自分の思考を、認識することはできません。
原稿を書いている私は、キーボードの打ちすぎで右手が少ししびれてきたが、
それもしびれてきた」と言葉にしてみるまでは気づかなかったことです。
「眠いかも知れない」と感じたことも、言葉にするまで気づかなかったことです。
脳裏で言葉になった瞬間に「感じた」であり、それまでは「思っても見なかった」ことだと言えます。

    そういう私は、本当に主体者なのだろうか?「私」の営みは、純粋な意味で全て「私」に帰属しているといえるだろうか。
    この問題を詳細に検討したのが、ウィトゲンシュタインである。
    彼は、「もし主体者が私であるならば、私だけの世界というものを考えることができなければならない」
    と考えました。極端に言えば、それは、「私の意識の内部の世界のみが<世界>そのものであり、
    それ以外<私の意識の外側>は考える必要は無い」ということであり、それを「独我論」と呼びます。

そしてさらに、もしも「私の意識の外部を考える必要がない」のであれば、
「私だけが理解できる言語」というものが存在するはずだと考えを進め、それを「私的言語」とした。
言葉の持っている基本な機能に「命名」があります。私的言語が可能であれば、当然「私的命名」が可能である。
しかし、「私的命名」とは結局は「自分だけに通じる何らかの名前を想定する」ことです。
(字数の関係でカット2008年10月04日) 
                \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年10月04日(火)
1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・4
 4、超一流の人   宗親

 どうしてもこういう商売をしているとね、人間の悪い面だけが見えてしまってね。
でもいいことも多いよ。絶対にこういう仕事でないと会えない人と直接話ができる事だね。
芸術家で日本国宝の人とか、超一流の奴。やはり普通じゃないよ。
一流になる人は違うね。そう信念ね、持っているね。「酒をの飲むなら男とのみゃれ、10年かけたる読書に勝る」あれだね。
一生を一つの事にかけている奴は違うよ。ひと言ひと言が、にじみ出てくるんだよな。
教わる事は、「真剣に」ということさ。その人の周囲はピーンと張り詰め空気が漂ってるんだよな。
 あの空気というか雰囲気は、実際会ってみなくては解らないよ。自分の仕事と何も違うところはないよ。
ただ真剣、純粋そして高貴というか後光が漂っているね。人間こういう人は、1000人に一人いるんだよ。
まず50人に1人、別格のがいるんだ。その50人のなかから20分の一選ばるんだよな〜。
そのへんの人は、自分で考える能力があるんだ。物真似を超えて自分の何かを作り上げたやつさ。
50人に1人は物真似レベル。そのなかで20人に1人自分のものを作れるやつが出てくるんだ。
これ私の客商売で人を見た中で感じたことさ。

・・・・・・・
2004年10月04日(月)
1280, 「乾杯!」を考えてみる

 乾杯といえば、忘年会などの酒席や、祝いの席には欠かせない。
家内や知人と飲む時も、グラスをぶつけあって乾杯をしている。「乾杯」は、そもそもは日本古来のものではなく、
その起源は古代ギリシャ、ローマ時代に遡る。 『世界大百科事典』(平凡社)には、「古代に神または死者のために
神酒を飲んだ宗教的儀式が起源とみられ、ギリシャ、ローマでは食事中に神酒を神にささげ、公の宴会では列席者
ならびに死者のために乾杯した。…それがいつのまにか生きた人間の健康を祝福する乾杯となった」とある。
古代ギリシャ人の間では、「酒を飲むと、一緒に魔物が入ってくる」と考えられ、飲む前にグラスをぶつけ合うことで
悪魔を払ったといわれている。 悪魔は大きな音や騒がしい音が嫌い!特にグラスの鳴る音を嫌がったらしい。  
 
その一方ではもう少し生々しい説もある。「紀元前6世紀、ギリシャ人の間には主人が友人の健康を祝って乾杯をする習慣があった。
当時、敵を殺害するため、ワインに毒を入れることがよくあったため、まず、主人がワインを飲み、客はそれを見て安全を
確認してから自分のグラスのワインを飲んだ」というのだ。互いにグラスを勢いよくぶつけたり(酒が混じる)、
一斉に飲みほす…… というのも、毒殺対策がいわれというわけである。

飲みほすことについては、杯に底が平らでない貝殻や獣角が使われており、飲みほさないと傾いてしまう
(こぼれてしまう)ためともいわれる。記録によると、毒殺の盛んだった中世ヨーロッパでも、グラスをぶつけ合い、
互いの酒を入れ合うことで、毒が入っているかどうかを確かめていたという。
時の王様は自身の権力をライバル達に知らしめるために、大勢のお客を呼んで夜ごと、豪華な晩餐パーティを開いていたが、
しかしライバル達を暗殺する絶好の場だった。 そこで乾杯をして、毒など入っていない事を証明し合う行為だった。

乾杯は世界中、どこにでもある習慣だ。スペイン南部の結婚式で行われる風習とは、乾杯で新郎新婦が乾杯酒を飲み干し、
そのグラスを地面にたたきつけて割るというもの。「これには独身時代には色々な事があったけど、
全てきれいさっぱり捨てて、今ここから新たなるスタートとしよう!」という意味が込められている。
大学の卒業式の後、学食で学部の全員が集まり、パーテーがあった後、乾杯してグラスを割った記憶が生々しい。
これで学生時代とお別れという節目としての粋な計らいであった。

・・・・・・・・・
2003年10月04日(土)
ある時間の断片ー33
11月6日 ー1968年
・10時起床。
風邪で頭が痛かったが、少し良くなってきた。12時、佐藤君のところでお茶を飲む。その後本を読む。
夕方、飯を炊き、刺身を二人前買ってきて食事をする。 風邪を回復するための滋養だ。
食べ過ぎのせいか逆に気分が悪くなる。21時にレポート用紙を買いに出ると、市川氏と高橋君に会う。
近くの行きつけの「サンキスト」へ飲みにいく。となりの30過ぎの女性と話す。一人で楽しんでいるみたい。
私を田舎の坊ちゃんとか、結婚する典型的タイプとか、気取っているとか、貶されているのか、褒められているのか解らない。
これが自分の姿なのだろう。市川さんのおごりだ!その後3時間、勉強をして寝ようとすると、佐藤のところで駒村、
ブーちゃんと3人で飲んでいる。私も加わり、どうでもよいような議論が始まる。
どうも攻撃的で、間中のブーちゃんを責める。他人事でないのに、何を言っているのか後悔する。酔っ払いでしかない。
もう少し勉強に集中しなくては、ダメだ。 卒業まで時間がないのに。周囲に動かされすぎだ。
いまの勉強は、自分を納得させるためにしているに過ぎない。

・・・・・・
539,至高体験−2
- 2002年10月04日(金)

「この経験をしただけでも、この世に生まれてきた価値が充分にある。
この瞬間を経験する為に生まれてきたとといって良い」という感覚である。
精神病は精神のマイナスの偏りの病だが、プラスの人(何をしてもうまくいく人)は、至高体験を異常に多く重ねているとか。
私の至高体験具体的に書いてみる(恋愛・下ネタはないのが少し残念だが?)
 ー旅行先でのそれが多い
・初めて海外旅行ーヨーロッパに行った時、生まれて初めて腹の底から笑った、何回も! 確かイギリスのパブで、
 それとオーストリアのワイン居酒屋で、それとミュンヘンのビアホールで。感動と歓喜の毎日であった。
 その旅行で私の固い頭を(固定観念を)叩き壊されたのが最大の収穫であった。
 中学高校時代は腹の底から笑う事は本当に少なかった。またそれだけ刺激の強い事は、それまで全く無った。
・あとは20数年前、実家の会社にいた時30人近くを引き連れてハワイに行った。その時も、至高といっていい位ぐらい
 ハワイの総てに感激した。 世界に名だたる観光地、ショーにしても、洗練された内容が次々出てきた。
・カナダのロッキーも感動感動の連続であった。「一回しかチャンスが無いが、何処に行ったらよいか?」といわれたら、
 カナダのロッキーだ。多くの旅行経験者はそう言う!地球でなくどこかの星に行ったような錯覚に陥る。
「ロッキーでの旅行の感激は、「自分の家を売ってでも経験する価値がある」であった。
 この日を境にして、この経験をする前と後という感じだった。
・9年前に震えながらいったケニアもそうだ。 アフリカの大地の広大のサバンナを見たときの驚きと感動!
 遙か彼方にシマウマとヌーが数十頭走っている姿を始めてみた時の 感動も強烈な思い出だ。
・事業でもそうだ。初めて千葉で千城ビルを立ち上げ仕事も軌道にのり、ふとそのビルを見上げた時の
 何ともいえない絶頂感も良かった。誰もがその瞬間を持っているはずだ。
・会社の忘年会や竣工式の後の宴会でも、それに近い気持ちになる。成功経験を重ねる人は、至高体験を重ね
 続けることの出来る人だ。 巨人の長島は至高体験を普通の人の数百倍、いや数千倍経験している。
 それがますます至高体験を呼び寄せる。自分を良くしようとしたら、至高体験を重ねる事だ。

・・・・・・・・
2001年10月04日(木)
「随想日記について」

新たに考えた事より、殆どが過去に日記帳などに書いた内容が多い。それをむしろ再度まとめ直しているといってよい。
具体的文章と、抽象的文章と、その中間の文章を意識して分けて書いた。 かなり刺激的な文章もあるが、
これも迷ったが思い切って載せた。この随想日記と事業百訓などの20年の文章は私の潜在意識かもしれない。
潜在意識の顕在化のプロセスを、毎日実施していることになる。
よくテーマが出てくると感心する。一週に一回ぐらいの割りに全く何を書いて、いいか解らなくなることがあるが、
しかしいつの間にかテーマが出てくる。‘しかかり文章’を先に2〜3作っておくことがポイントである。
そうしておかないと、常に不安感が付きまとう。仕掛かりとしての文章は余裕を持って気楽に書ける。
土日曜日に、3〜4つ仕掛かりの文を書き溜めておく。 どろどろした経験でたまった原始言語の概念化か。


2738, フォードが4ドル、GMが9ドルだと!

2008年10月03日(金)


 アメリカ株式市場で史上最大の暴落で金融恐慌の様相を示してきた。この影響で世界中の株価が暴落を始めている。
それにしても、火の手のまわりが早いのに驚かされる。 今回のサブプライム問題は1〜2年で収束するほど生易しくない。
火の手が早まれば銀行閉鎖など何が起こるか分からなくなる。アメリカは、この火消しにドルの輪転機をフル回転すしかない。
その結果、金融破綻というハイパーインフレが待っている。
欧州では、次から次へと銀行の国有化が始ったというし、取り付けが静かに進んでいる。
金融システムの崩壊は、まず弱者に皺寄せがくる。 一波として大量の倒産が数ヶ月後に始る。
身一つで山の上に逃げなくてはならない具体的な行動とは、金を買うぐらいのことしか思いつかない。
情報化社会は以前のような情報コントロールが不可能になる。

 今年に入って、悲観的な本を何冊か読み、資産防衛セミナーで知ったことは、あまりに危ない世界経済の実態。
この半月だけでも、劇的な世界の銀行の破綻と、再編成が生じている。 これは既に金融恐慌である。
世界恐慌に入ってしまったと仮説をたてて、現在の動きをみると、一連の動きが違って見えてくる。
これまでは金融機関の破綻に眼が行っているが、アメリカの大企業を見てみると、GM の株価が9ドル、
フォードにいたっては4ドルである。一時期の1割の株価である。
そして9月の全米の車販売数が、去年の25%オフである。目先、米政府が資金援助をするようだが、焼け石に水。
更に数年前まで、世界の企業の最優良企業と言われていたGEが次の危ない会社と見られ、急遽増資を発表した。
こういうニュースが、今後とも休憩を入れて続いていくのである。 歴史の残る出来事を連日、目撃することになる。
そして、ある日、その火の手が、自分達の世界にも押し寄せる。 
戦争でも、家に赤紙が届いたり、爆撃がくるまでは、普段の静かな生活は変わらないという。
 −−−

*大相撲の場外乱闘が面白い!

 本場所が終わったと同時に、ロシア三人組の騒動が再開した。
特に若の鵬が「旅の恥は掻き捨てとばかりに八百長や大麻疑惑の暴露を始めた。ここで俄然面白くなってきた。
脅しをかければ屈するだろうと、必死になればなるほどエスカレートしてくる。
朝青龍の八百長事件が報じられてから、勝率が80預罎ら50預罎僕遒舛燭判鬼誌の見出しに出ていた。
若の鵬に対して、「直接話があり、金を強引に渡された」と記者会見で言っていた。あの男ならやりかねない。
玉春日が、まだ引退をするほど負けこんでないのに、千秋楽直前に引退届けを出した。
少し穿った見方をすると、これも? その親方の巨砲も親方を辞めてしまったが、これまた不自然。
所詮は、芸能スポーツの世界のこと、これも見世物と割り切ったほうがよい。
白鵬もアメリカ巡業でのリファナ疑惑が出てきた。 何でもあり!ということである。
それより若の鵬が変な事故か、自殺のようなカタチで抹殺されはしないかと・・
その筋の関係者がタニマチが多いからだ。それより国外退去ということか。
「共同幻想」は、あまり壊さない方がよい。

・・・・・・・・
2007年10月03日(水)
2374, 人は60歳で何をしたか −3                 
                 ー読書日記
  「人は60歳で何をしたか」藤原治・著

著者・藤原が60歳の時に「人は60歳で何をしたか」の本の準備をしてことになり、それ自体がユーモアに聞こえてくるし、
本人が一番勉強になったはずである。それにしても、選りすぐった人たちとはいえ、そのエネルギーは強い。
彼らに一致しているのは、この時期は「起承転結」の「結」の時期ではなく、起承転々の「転」である。 
最後まで転げまわるのも良いものである。この本では、古今東西の大家の「60歳の時点」の創作を具体的に提示して、
そのプロセスで、その人となりの精神を現わそうとしている。 著者は私と同じ年齢になるが、比べようもない
知識の広さと深さに大きく溜息をつきながら読んでいる。 それよりも紹介されている人たちに驚かされる。
比較しようということ自体が、おこがましいのは解っているが、それでもである。

殆どの本がそうだが、「まえがき」に多くの著者が言わんとすることが凝縮してある。
その中に「定年退職する人には、職探しの前に自分探しをする人が多いという。
企業を離れたとたん、個人としてのアイデンティティの確認に苦しむという話をよく耳にする」とあったが、
何か解るような気がする。会社という制服を着てきた人間が、それを脱いだ時に初めて自分に直面する。
自分=「私」は哲学的にいうと、過去のトータルの「・・」である。
それが制服を脱いだと同時に自己喪失感にとらわれ、個人としてのアイデンティティの確認を求めざるを
得ないのは当然のことである。 その辺のことを、この本の中では解りやすく説明している。

ーーー
P・7
それまでの自分は、会社の規範の中で生きてきた。異動や転勤があり、人生の生き甲斐も家庭の悲喜も、
会社の意思で決定された。そのような企業組織に対する依存度が高い人ほど、人生が変わってしまうのが定年。
会社の出世コースを外れた人ほど、第二の人生を生き生きしているという。 そこで生き甲斐を見出せないためか、
会社以外に自分探しをしているためである。還暦とは、稀有な長生きの先に、僥倖として新しい人生が開けたという考え方だ。
60歳まで無事生きれたのだか、これを契機に新しい人生を生き直してやれというから、哲学的な概念である。
定年はそれまでの縛りがなくなることだが、還暦は新しい人生を生き直すことである。
なら積極的に新しい人生を探してみて、第二の人生を深くしていって方が良いに決まっている。

ーP・8
精神科医の中沢正夫は、その著書『人生が二度ある』の中で、
第二の人生計画を練るにあたっての原則を次のようにまとめでいる。
1、第一の人生のなかでの自分とは、自分にとって何であったのか、見きわめること
2、何をしたいのかは徹底的に個人主義的に考えること、配偶者にもそうしてもらうこと
3、計画は終了・完成を目標としないこと
4、道草・浮気の旅を心がけよう
5、働くこと、社会参加することを中心に
6、世にはばかるパワフル・シルバーに
7、挑戦を一つ入れること
8、記録をのこそう
9、早めに計画をたてる
10、もう遅いという人へ
これに加えて自分探しの要諦について、評論家の佐高信は「会社への『離塁感覚』を持て」といっている。 
作家の堺屋太一も「職縁から離れる時だ」といっている。 
この離塁感覚というのは、以前の組織にいた時の自分を引きずるなということだろう。
あくまで自分の頭で自由に決めることを前提に、自分探しをすべしということであろう。
考えてみれば会社を去るわけだから、束縛されるものはもう何もない。 時間の過ごし方も、考え方も、
自己を規制するルールもまったくないのである。ある意味で、こんな幸せなことはない。
とはいえ、具体的にどうすれば自分探しができるのか。初めての経験だから、途方に暮れる人も多かろう。
僕は気に入っている作家の60歳の著作を書斎で探してみた。文豪といわれた人たちが、60歳という人生の切れ目で
なにをしたかを調べたくなったのである。通常、著作の是非は内容で諭じるもので、60歳という視点で各分野の作品を
斬ることは、おそらく誰も試みたことがないように思う。その還暦調査を手掛ける前に、実はふたつの予感があった。
一つは、巨匠たちが節目ということを意識して、 自分の代表作をものにしているのではないかという予感。
二つ目は、この調査が新しく第二の人生を模索する人たちの、参考資料になるのでは
 という予感。そして、調べていくうちに、二つの予感が正しかったことを確信した。
 ーーーー
 以上だが、過去に何回も書いてきたが、座卓犬が突然、首輪をとられ家の外に放り出されるようなもの。 
 家の外は、誰も見向きもしないし、何処の犬だったなど通用しない。そうすると放り出された野犬の群れに入るか、
 他の家の屋外犬として軒先に入るしかない。それともさっさと一匹狼として、街の外に出て自然の中の餌を探すか。
 逆に考えれば、そのまま老いた座卓犬でいるより、余程よいかも?

・・・・・・・
2006年10月03日(火)
2009, ドイツ病に学べ
    (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ

「毎日新聞」の日曜日(10月01日)の、ー本と出会う=批評と評論ー の「ドイツ病に学べ 」の評論がよい。
「日本に次いでGDP世界第三位を誇ったドイツが、EUのお荷物となっている」
 というニュースは何度か目にしてきた。その詳細が現地に住んでいた著者の眼で書かかれている。
*その惨状といえば、19佑両暖饑如⊆村腺隠境佑箸い高失業率、リストラ、旧東独の苦闘、
 高い給料と強すぎる労働組合、旧東欧諸国に逃げ出す企業、年金制度、等々 問題が山積みである。
「まだまだ日本は、ドイツに比べたら恵まれている?」とさえ思えてくる。
しかし、現在の日本に酷似しているから驚きである。それにしても、東西冷戦時代の優等生だった
ドイツと日本の凋落は激しい! ソ連とアメリカの冷戦の一番の恩恵を受けていた日独が、
終戦と同時に凋落するのは当然だが、共産圏の垣根が掃われた直撃の影響は想像を遥かに超えている。
さらに、これからはアメリカの凋落が待っているから先行きは楽観できない。

これに対して、中国とインドは紆余曲折があろうとも強大になっていく。
さらにロシアも社会基盤ができてくればその後に続くのは明らかである。
地球上の繁栄の軸は欧州から米国へ移動したが、これからはアジア・シベリア大陸に移動していく。
ドイツ車が本国で人気失墜をしたことを、まだ日本人が知ってない?
ホンダと、トヨタ車があるのに、まだベンツ神話の人が多いときている・・
フォード、ゼネラル・モーターにつづいて、次はベンツの危機か?
 −−−

ー記事全文 ー
伊東光晴・評 『ドイツ病に学べ』=熊谷徹・著(新潮選書)
 ◇ユーロ圏拡大と裏腹の閉塞感

 ヨーロッパの経済の優等生を長く続けたドイツ経済がゆらいでいることは、日本でもよく知られている。
失業率が一〇%程度という高さを続け、いっこう改善されないのが第一である。第二は、EU統合にさいして、
ドイツが強く主張した「ユーロ安定基準」−その核ともいえる「各国はその財政赤字をGDP(国内総生産)
の三%未満に抑えねばならない」という財政赤字比率を実現できなくなったことである。
なぜこのようなことになったのか。この本は元NHK記者で、一九九〇年からドイツに在住している
ジャーナリストの目で、その答えを具体的に示してくれる。

 第一の答えは、経済のグローバル化にともなう、製造工業の空洞化である。
賃金の安い発展途上国に工場が移り、産業の空洞化と失業者が増大する−
−この先進国一様の問題だけではない。当初、政府は賃金の安い旧東ドイツへの工場立地が進むと予想した。
だがこの期待ははずれた。より賃金の安い国へ、である。日本などとの違いは、それが中国、アジアだけでなく、
ユーロに加わる隣国だったことである。著者によるとチェコの賃金はドイツの四分の一、ポーランドは八分の一である。
空洞化が、ユーロ圏拡大とともに、ドイツで拡大したことがよくわかる。

 第二の点について、この本で重要なのは、東ドイツとの統一は政治的には成功であったが、
経済政策のうえでは失敗だったことである。 統一後の政府による旧東ドイツへの集中的投資が、
日本の八〇年代末のようなバブルを生み、しかもそれが企業誘致に失敗し、建設バブルの崩壊となる。
不況と財政の破綻はそこからはじまっていく。

 ドイツ産業の競争力の低下も進んでいる。著者はドイツでの乗用車の顧客満足度調査を引いている。
一位はトヨタ、以下七位までが日本車、ドイツ車はBMWが一〇位、フォルクスワーゲンは三一位、
ベンツは三二位にすぎない。ドイツ車は電気系統が弱い。 二十数年前の私の経験でも、
来日したドイツ人教師のベンツの調子が悪く、また、友人ももてあましたドイツ車を日本車に変えた。
一時代を画したフォルクスワーゲンも、すでに時代おくれになっていた。

(以下は字数の関係でカット08年10月3日)

・・・・・・・・・・
2004年10月03日(日)
1279、イチロウの大記録

それにしても、イチロウの記録には驚いた。絶対無理といわれていた257本のヒットの記録をついに破った。
これで、歴史に残るスーパー・スターになった。
相手チームの選手も祝福してくれるのだから、それだけ凄い記録ということだ。
これほどの歴史の残る大記録を、日本からの輸出品(完成品)で通用したことは、驚くべきことである。
生のドラマを、劇場的雰囲気で見れるのだから素晴らしい。
昨日は、この試合を初めから終わりまで見た。野球の試合をフルに見たのは、数年来初めてである。
イチロウが初めて打率を日本でトップをとった20歳の頃、
森・元監督が、あるセミナーで「王や長島より数段上の天才バッター」
といっていたことが頭によぎる。しかし、ここまでの大選手とは思ってもいなかった。

以前にも書いたが、彼のある言葉に注目をした。
ートップクラスの投手の一番得意の決め玉を待つ、他の選手は得意球を避けて甘い玉の来るのを待っているが、自分は違うー
超一流の投手なら、驚くだろう。「奴は俺の得意玉を待っている、挑戦をしようというのか?」
「それなら、受けて立とう!」といかないのが、人間である。今だかって、その経験がないからだ。
相手が、得意の玉以外を待っているから、得意球が効果を上がるのだ。
マジックショーのネタを相手が知っているのだから。見ている方からしたら、こんな面白いショーはない。
彼は、手持ち時間は常にストレッチをしている。超一流選手は、どういう訳か怪我が少ない。
常に鍛え、集中しているからだ。

ー以前書いた内容をコピーしておきます。
ーーーーーーー

2001/12/21
[233] イチロウ

「将棋、囲碁など今の天才と言われる新人類は、みんなコンピューター付きマシーンを使っている」
と、美輪明宏がTVで言っていた。 何か練習に工夫をしているのではないかとは思っていたが、
昨日のBS・NHKのイチロウ特集で、その秘密の一部を知る事が出来た。
それは何か!「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。それで230舛離謄縫好棔璽襪鯏蠅温み、
スピードに対し、目を作ることと、反射の訓練をしていたのだ。これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。

実際に球がきた時に、緩く見えるまで訓練するのである。
そこに赤と黒で数字が書いてあった。それが見えるまで訓練するのだろう。
バッテングと守備の捕球に対して、球の見極めができるようになるまで訓練をしている。
子供の時から、そのマシーンを使っていたのではなかろうか。脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。
もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に努力を人一倍重ねたのだろう。
努力は誰もできる、要は、人と違った手法を如何見つけるかだ。イチロウは自分の練習を人に見られるのを
極端に嫌っていた。他にも彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。 数年前に森監督の講演を聞いた時、
「イチロウは王・長島とは格違いのレベル」と言っていた。 そのとうりになってきた。

・・・・・・・・
2003年10月03日(金)
912, 開発部門ーベンチャー

 人間も組織も、自然に任せておけば、「最良」を避けて「良」だけをする。いや良だけでなく、悪をする。
そこで「組織にとって最良とは何かを考え実行する部隊」となる職種とはなんだろうと考えたら、開発部隊であろう。
それも3年〜10年後の新しい事業の開発行為を専門に動く職種である。
これを組織的に創るとしたら、「経営・戦略開発室」いや「経営企画室」である。
ラインやサービスとは独立をして「情報と経営・戦略の立案」に専従する職種だ。組織的ベンチャー部門ということ。
この激変の時代、常にその変化に対して自己革新を続けなければ、すぐに陳腐化をしてしまう。
そのこと自体も判らなくなるのが組織いや人間というものである。

 ところで、8月21日から開発専門を一人独立をさせた。毎日、情報とりを開始をした。勿論、ラインの仕事を一切なし。
新プロジェクトの開始である。 二年前と三年前に一ヶ月間だけ期限を切って、二人に開発休暇を与えた。
期限を切れば、ラインの視点を超えることができないことに当時は全く気がつかなかった。
悪く言えば、本気にはなれなかったのも当然である。開発の必要性に気づきだしたのに、あと一歩であった。
問題の大部分は組織図にあるというが、その通りだ。
人間そのものの素質という面もあるが、システムー仕組みの問題点として問題点を捉えてみるべきだということだ。

 開発行為は『外』に対する働きかけて新しい事業チャンスを模索することだ。
自分の庭の中には地表深く掘り下げれば多くの金塊があるかもしれない。それに気づくためにも、一度外に働きかけなければ。
少なくとも事業に関しては、庭の中にいては何も見えてこない。 小さい会社は社長そのものが一番の仕事になるのだが。
 金物屋はホームセンターには変身不可能である。それまでの常識がバカの壁になってしまうからである。

・・・・・・・
[170] 忘れられないお店ー2   
           2001/10/03
 
その店(池津屋)で10年生活した事になる。すざましい日々だっだ。
その後長岡駅裏の台町の今の‘父ちゃんラーメン’のところに、高校を卒業するまでの8年住むことになるが。
衣料のデスカウントハウスのはしりで、全国的にも有名な店であった。‘1Fが店’‘2Fが荷捌きと倉庫と事務所’
‘3Fが住居’‘4Fが直しと女子寮’になっており、全宇宙が圧縮されているようであった。
ネコのタマとサルのタローと犬のコロが同居していた。
そのビルと大手通りが私の遊び場であった。かなりマセタ餓鬼だったと思うが、誰にも可愛がってもらった。
 特に綺麗な女社員が入ってくると、ぴったしくっついていた。競合店が出来ると子供心に心配で一人偵察に行った。
毎日の売り上げが気になり、必ずレジを覗いていた。 両親が従業員の評価をしていると聞き耳を立てて聞いていた。
倒産夜逃げはごく当たり前の日常の話題であった。今でも年に2〜3回はその頃の夢をみる。
でもクリスマスといえば皆でツリーを作ったり、正月は家族と従業員全員集まりご馳走を食べたりして年越しをしていた。


2737, 1929年の世界恐慌とは?

2008年10月02日(木)

  昨日の毎日新聞の 「なるほどドリ」質問、 というコーナーの記事が
  1929年の大恐慌と、今回の金融危機を対比して説明している。
  これによると全米の銀行の半分が倒産、それにともない企業も倒産ラッシュで、
  三年で失業者が4人に1人の割合になり、これが世界第二次大戦につながっていった。
 この「世界恐慌」に酷似している、というから恐ろしい。 ともにバブル崩壊が引き金!という。
  29年の世界恐慌に詳しいアメリアの学者がインタビューで
 「今回の方が遥かに規模が大きく性質が悪い」とコメントしていた。
 〜〜〜〜
なるほどドリ  株価が大変なことになっているね。
記者 先月29日の米ニューヨーク市場のダウ工業株30種平均は前週末比777泌下落し、
  史上最大の下げ幅でした。 グリーンスパン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長は
 「100年に1度の危機」と言い、1929年の「世界恐慌」に状況が似てきたとの懸念も出ています。
Q 世界恐慌って歴史の教科書で読んだことはあるけれど。
A 世界全体の経済が破綻してパニックに陥ることです。1929年10月のニューヨーク市場にした世界の金融危機と、
  その後の長期的な不況を指しています。
Q 今と似てるの?
A バブルの崩壊がきっかけという点が共通しています。世界恐慌の時には、第一次世界大戦後の特需や
  工業化による空前の好景気でダウ平均は直前の5年間で3倍に急伸しました。
  今回もダウ平均は過去3年で2割以上、住宅価格は5年で倍に上昇しています。
 「株と住宅は上がり続ける」と過剰な投資を膨らませた金融機関が、急落によって巨額の損失を抱えたのです。
Q 恐慌でどうなったの?
A 不安に駆られた預金者の取り付け騒ぎに発展して銀行が相次いで破綻し、米国内の銀行の数は約半分に減りました。
  融資が受けられなくなった企業の倒産も粗次ざ、3年後には米国の全労働者の4分のーが失業しました。
  影響は世界に及び、失業者の増加による社会不安はドイツ、イタリア、日本でファシズムの台頭も招きました。
Q 怖いね。世界経済はこれからどうなっちゃうの?
A まずは金融危機を止めることです。日米欧の中央銀行は銀行の資金繰りを支えるため、
 29日に35兆円の追加資金供給をしました。金本位制で金融政策の自由度が低く、国際協調の枠組みも
 不十分だった29年当時とは違い、危機を未然に防ぐ仕組みは整っています。
 「暗黒の月曜日(プラックマンデー)」と言われた87年10月の大暴落は大量の資金供給で危機を抑え込みました。
Q 安心していいのかな。
A 米国は大統領選挙中で、日本も総選挙が予想されています。
 「政治的空白」で有効な手が打てなければ、 さらに混乱する可能性があります。
  〜〜〜
  現在進行中の金融危機は、歴史的事件として記録される出来事の序盤が始っただけ。
  朝起きると、欧米発のニュースで「マサカ」の事件が待っている。
   出来ることなら、楽観的なレベルで終わって欲しいが、そうはいかないだろう。
   まずは、弱いところから大きな影響が出る。

・・・・・・・・
2007年10月02日(火)
2373, 人は60歳で何をしたか −2

 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著   ー読書日記

ある月刊誌が贈呈として昨日、会社に送ってきた。
そこに作家の新井満が寄稿していた文章が「60歳以降に何をすべきか」というテーマ。
よくある偶然の一致であるが、それにしても不思議である。
 
ーまずは、その内容をコピーしてみようー (百楽ーケイアイ出版)

*以前、禅宗の高僧と対談をしたとき「座右の銘は何ですか」ときかれ、お互いに色紙に書くことになった。
お坊さんは、たしか「誠」だった。で、私は「余命7日と想え 何をなして何をなさざるべきか」と書きました。
余命10年と思うと、まだ余裕があるから、死と生について真剣に考えるのはもう少し先にしよう、となってしまうが、
余命7日と想うと、本当にすべきことと、する必要でないことを区別せざるを得なくなるでしょう。そうすると生き方も
変わってくる。「死を考えることは、生を考えること」だというのは、このことなんです。(中略・・・)
私は若い頃から死と隣り合わせで生きてきましたから、死から生を考えるというのは当然のことなんです。
今年の春に自由訳の『老子」という本を出しました。 60歳になったら、どう生きるべきかという内容です。
老子という人物は2500年前の伝説的な哲学者ですが、その思想は難解中の難解といわれています。
私はその思想を、無謀と知りつつ4つに分類しました。1つ無欲、二つ目は謙虚、三つ目は不浄の徳、つまり争わないこと。
4つ目は貢献の徳、社会貢献です。 老子で有名なのは「上善如水」。
水のように生きるのが最高のライフスタイルだといっています。水ほど自己主張しないものはない。
丸い器に入れれば丸くなり、四角い器に入れれば四角くなる。こんな町に従順で弱々しいのに最終的には岩をも砕いてしまう。
万物を潤し、万物に恵みを与えながら、決して威張ることなく、常に謙虚だ。
人間はこの水のように生きるべきだ、というのが老子の基本的な考え方です。この水の生き方はとても参考になります。
それに基いづ明いて、私は人生3期説を考えました。人生、90歳まで生きるとしましょうか。それを30年ずつで区切ってみる。
・最初の30年は、自分探しの時代。
・30歳から60歳までは探した自分を実現する自己実現の時代。
・60歳以降は、自分や家族以外の人間、あるいは人間以外の命のために何が出来るか考える時代。つまり老子の分類でいえば、
 人生の晩年は社会貢献の徳を実現しようという提案です。 これは、あくまで理想論ですがね。
 ーーーーーー
以上であるが、三期説にしても、5期説にても、その説を立てる論で幾らでも理屈はつく。
5期説とするなら〜20歳、40歳、60歳、80歳、80歳以上の五期に分けることができるが、三期説の方が解りやすい。
三期説で考えると、一番大切な時期は三期目ということになる。人生の収穫期ということになり、一番に充実した日々になる。
一番良くないのは、何も考えないことである。 何も考えないと、どうなるのか? 
あの8〜9割の方の群れている老人達。 表面は楽しそうだが、心の空虚は群れていては埋めることはできない。 
ところで、「人は60歳で何をしたか」藤原治・著で取上げている人たちは、その後も、二期を続けた人たちである、
そうすると荒井満とは少し違ってくる。 片方は世に、それなりのことを達成した人と、凡人は分けて考えるべきか?
ただ生き方を考える上では、藤原治の方が参考になるが。

・・・・・・・・
2006年10月02日(月)
2008, 「私」のための現代思想  −6
          (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜

 ー 先に概要を説明しておくと、
 明治以降、日本人が信じてきた価値観がここにきて大きく崩壊している。
ポストモダニズムが日本にも浸透してきたのである。「一流大学を卒業して、一流企業に勤め、そして家を建て・・」
という価値観が根こそぎ信じられなくなってきた現状の原因を、解りやすく説明してある。
現在は、自分で「小さな物語」を創作していく時代である。「小さな物語」は「大きな物語」の裏づけがあればこそだが、
それが無くなった中で創作していくのは並大抵のことではない。
各自がそれぞれの「捨てられない物語」を受けとめて、能動的に生きることが自分の「小さな物語」を究極的に生きることになる。
 ーーー      
第二章 「私」はどこで、どのように生きているのか −2
 ーリオタールの[大きな物語への不信]ー
  *人とは、[物語駆動装置]である
 我われは[何らかの物語]を遂行する生物体です。物語の遂行を止めたとき、私たちは[死]という物語を遂行し始めます。
 この物語は、長い時間をかけて遂行されるものばかりではありません。[次の試験で、良い成績をとる]というのも物語ですし、
[明日の試合に勝つ]というのも物語です。すなわち、生きること自体が、物語を遂行することと同義語です。
 少し前までの社会には「大きな物語」が存在していた。この時代の大多数の人間が採用していた物語のことをいいます。
 たとえば、[一生懸命勉強をして、よい大学に入り、よい会社に入って、高い給料をもらい、結婚して、子供を育て、家を買い・・」
 ということを大部分の人間が望んでいた時代も過去のものになりました。この時代の[尻尾]は、現在でもかすかに残っています。
  (以下、字数の関係上中間カット08年10月2日)
 ーーーー
 評)ほんの数年前まであった誰もが信じていた[大きな物語]がいつの間にか消え去ってしまった。 
 現在の日本は正にその混乱の真っ只中にある。その一つにグローバル化と、情報化社会の本格的な到来がある。
 大きな物語など虚構でしかないことが情報化のために露呈してしまった。
 といって、小さな物語は自分で創作しなくてはならない厄介なもの。
[ポストモダニズム]は情報化社会の結果である。特に数年前からのインターネットの「ブログ」が、
 ポストモダニズムをさらに加速させるだろう。 明治以降、日本人は大きな物語を信じ生きてきたが、
 もうそんなものは小説か映画の中でしかない。 それまでの大きな物語は、お笑いでしかない。
 自分自身を考えてみても、元々信じてはいなかった?が、さらに50歳の頃から小さな物語を大切にするようになった。
 そして「大きな物語」の価値体系が残っている自分の構図が見えてきた。この本も、それに気づかせてくれる内容である。
                                 モーニングコーヒーでも!( ^-^)_且~~~  
・・・・・・・・・・
2005年10月02日(日)
1643.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・2
 ー 人間勉強 ー
こういう商売をしていると、社会の裏側をストレートで見せつけらる。人間社会は複雑怪奇で難しね。
こちらからすると、カウンターの向こう側はどのお客も一緒よ。 いや基準はどれだけ気持ちよく飲んでくれるかだけさ。
しかし当人は違う。唯一の威張れる場所なんだ。 どの客も大して変わらない。ところが当人たちは違う。
それぞれが全く違う世界に生きているかね。そしてそれぞれが他の世界を知らない。特にそれが激しいのが「先生」と名の付く人種。
よくいえば純粋、悪くいえば社会音痴。あれがよく先生と呼ばれると感心するね。 あとは社長といわれる連中。
この不景気ほとんどの社長は元気が無いね。 それと教養が無いのが多いね。自分たちでさえも売り上げを上げるため、
必死に毎日知恵を絞っているのに。彼らはただ毎日の売り上げの事しか頭がないんだよな。それは営業課長の仕事じゃないか。
営業課長の仕事だけをやっていて社長業を全くしてないと、銀行の「偉いサン」がいつもこぼしているよ。
まあ彼らのトップも似たようなもんだがね。

・・・・・・・・
2004年10月02日(土)
1278, 人生(時間)のセイムスケール−2

このHPにあった「アンソロジのコーナー」の内容が濃い。「死の瞬間に何人も悟るだろう。
--人生の目的なるものが、いかにばかばかしいことであったかを」(山田風太郎)などは、
虚無の境に立ったときに「人生の目的とやら」が、卑小なことと直感するのだろう。
人間の本音が、あまりに辛辣に次々と書いてあるが、それでいて、何かホッとするから不思議である。
★「人生は日常の反復である。だが、いつのまにかずれが入りこみ、
 同じ行為が変質してしまう。反復とずれ、それが人生の時間の意味だ」(吉田喜重)
★「神は人間を、賢愚において不平等に生み、善悪において不公平に殺す」(山田風太郎)
★「人はだれでも可能性を持っている。自分の中にある埋蔵資源をできるだけ発掘して、
 それに形を与えていく。 それが生きるということの意味です」(鶴見和子)
★「私の人生は失敗の連続だったが、その都度、全力を出して失敗してきた。
 失敗も全力を出せば満足に変わるのである」 (佐藤愛子)
★ 「絶望は人生の通過点に過ぎない」 (梁石日)
★「線路を走る列車のように、人生は見えないレールの上を走っていく。そして、終着駅が近いと知ったとき、
 〈別の人生もありえたのでは〉と夢を見る。 しかし、列車を乗り換えることはできない」(田中 誠)
★「我が命は地球より重い。他人の命は犬より軽い」(山田風太郎)
★「人は生まれ、苦しんで死ぬ。人生の要点はそれでつきている」(正宗白鳥)
★「みんないう。いつか死ぬことはわかっている。しかし、「今」死にたくないのだ」(山田風太郎)
★「幸福な人々の死だけ悼もう。つまりごく少数の人々だけを」(フロベール)
★「---いろいろあったが、死んでみりゃ、なんてこった、はじめから居なかったのとおんなじじゃないか、みなの衆」
                                       (山田風太郎)
★「雪はげし書き遺すこと何ぞ多き」(橋本多佳子)
★「死が生にいう。〈おれはお前がわかっている。しかし、お前にはおれがわかっていない〉」(山田風太郎)
(以下、字数の関係上カット08年10月2日)

・・・・・・・
2003年10月02日(木)
911, 恥ずかしい話

 誰も長く生きていれば、他人に言えない恥ずかしい話は幾つかあるものだ。
露悪趣味的なところが、この随想日記の特徴の一つでもある。そこでまずは自分の経験談を幾つか書いてみる。
・早速、昨日の朝のJRの改札での失敗談だ。新幹線の回数券数枚を背広の胸ポケットに入れておいて、
改札の直前にとり出すのが習慣になっている。昨日そのチケットを出したら、改札の駅員が奇妙な顔をした。
今までなかったことだ。よく見たら名刺であった。妙な顔をするのも当然である。
前日に名刺交換をした名刺を回数券と一緒に、胸ポケットに入れていたのだ。
回数券は名刺と同じに作られている。普断は乗車券しか入れないが、それを忘れていた。
そういえば数ヶ月前、無人改札機に名刺を入れたことがあったが。
・男の人は度々経験するのが、ズボンのチャックの閉め忘れである。特に朝、慌ただしく出てきたときなどに多い。
学生時代、都内をズボンのチャックをしめ忘れて半日、いやにすれ違う人が自分の顔を見ていることに
不自然さを感じた事があった。そして、その原因を知った時の恥ずかしさは今でも憶えている。
・紙が顔についていた。ハンカチを忘れた時に、パッケージのチッシュで汗を拭いていた。
トイレで鏡を見たら、チッシュの紙が顔についていた。 紙を顔に付けて歩いていた! ー露悪主義?ハイ!
・法事で靴下に大きな穴が開いていて、全員の前で姉に大声で注意されたこと。
などなど、数えればキリがない。忘れることができるから、生きていけるのだろう。
選挙に出て落選するのも、傍で見ているより本人は (;一_一)(+_+)(^^ゞ(-_-;)という。
 以前にも書いた事があるが、インドのデリーで長蛇の車のラッシュの中、ツアー仲間の中年の女性客がお腹?を壊し、
公衆の面前で上半身が見える中、用を足したことがあった。本当にはずかしい思いだったろう。
 作家の椎名誠が週刊誌の連載で、新宿駅でトイレに間に合わなく・・・
その前後の詳しい内容を書いていたが、さすが作家だと感心した。大好評だったそうだ。
 心の傷にならないためには笑い飛ばすしかない。それを重ねているうち、面の皮が厚くなるのだろう。
 しかし羞恥心も人間にとって一番大事なことだ。 品位にかかわってくるからだ!
 
・・・・・・・
537, 緩慢なる自殺
- 2002年10月02日(水)

 十数年前の東京の経営セミナーで、漢方の薬局を経営している人から聞いた話で、今でもその忠告を守っている。
  ーその内容は
・白砂糖は毒そのもの、絶対に口にしないこと! ーコヒーに入れて飲むのが一番悪い。
・缶ジュースも毒そのものー冷やすと甘味が薄れる為、甘味料を異常に入れてある。特にコーラは要注意、
 どうしても仕方なく飲みたいときは スポーツ飲料にすること
・インスタント物も可能か限り口にしないこと、やむをえない時は冷凍食品にする事。
・内臓ものも口にしないことー焼き鳥とか、レバ焼き。
 ラーメンもたまに食べるのはいいが、常食にしないこと−中華そばの汁は骨とかでダシをとってある。
・マヨネーズも危ない。今は動物性から植物性に変わっているが、ドレッシングがよい。
今考えてみて、それを実行してつくづくよかったと思う。今の人を土葬にしても骨が腐らないためにそのまま残るという。
防腐剤のためだ。 長岡のあるホテルの人から聞いた話だが「裁判調停の為長期で泊っていた母と子が数ヶ月間、
3食カップヌードルを食べていた」と聞いたことがある。 聞いただけでゾッとした。
農家は農薬を使っている現状を知っている為、自分達の口に入れる作物は無農薬しか口にしない
という話を聞いたことがある。こうなるとエログロの話だが実際のところそれに近いのだろう。
今になって狂牛病が大問題になっているが、知る人ぞしる話である。
「それでも世界で一番長寿なのだから心配することはない」というのは見当違いで、それは今のお年寄りの話。
そういう食品を若いときに口にしてない。今の30~40歳以下の人はその保障はない。
「インスタント物」「缶物」「砂糖などの糖分」は口に入れないことだ。そうしないと緩慢なる自殺になる。

・・・・・・・
[168] 忘れられないあのお店−1
 2001/10/02
 このキーワードを聞いただけでも、ある年齢を超えた人なら深い思いに駆られる。
初めてのデ-トで入った店とか、初めて一人で入った店とかのことだ。
これをキーワードに過去をさかのぼると、無限に近い記憶が戻ってくる。
考えていたら予想を超えて、全く違う思いが底より湧き出してきた。
それが意外と?長岡の大手通りの‘生家の池津屋’という店だ。
要するに幼児体験の自身のアイデンデテーに立ち返るということだった。

 私が3歳の時に両親が当時ビルを建設をはじめた。その時に仮店輔で木造の家を、厚生会館(前は公会堂)の前に引越した。
家の下に、丸たんぼうを入れて移動したのだ。個人の申請として全国で初めてのビル建設だったという。
 昭和24〜25年の頃で、その時のことをハッキリと覚えている。ビルの完成、そして引越し、仮ネグラの二階の奥の記憶!

 今の緊張感の数倍あった!当時の方が圧縮された生々しさが有った。
あの白壁の匂い!そして三階への引越し。四階に従業員のねぐらと倉庫。
子供ながら色いろあった。それが(トップページの倉蔵の写真)の中にある。
考えてみても、異常体験だった。でも刺激的で悲しくもあり、楽しい毎日であった。
10人の家族と20人以上の従業員の戦場のような毎日!そのまま描写したら、面白い小説になるような日々の連続であった。                                 −つづくー
もし高いというなら、古本屋かブックオフで買えばよい。それでも高いというなら、図書館がある。
主知主義ではないが人間として生まれてきたからには、知る事が最も優先されべき権利であり義務でもある。
知れば知るほど知らない事が増えてくる。 知っただけその周囲の未知の部分が増えるからだ。


2736, 正直こそ、最大の正当防衛

2008年10月01日(水)


    議論に絶対負けない法 −4  
                      読書日記

  学生時代に、「青雲寮」(25人)という名の寮に4年間いた。 三日前にも40年ぶりに訪ねた夢をみた。
  寮も部屋も40年前のままだったが、古くて瓦解する寸前の汚い風景であった。。
  そこで初めて知ったのが、自分の見たことのない世界があった。
  今回は夢がテーマではないので詳細は書かないが、北は秋田から南は福岡までの人種を知った。
  そこでまず驚いたのがウソを平気で言う何人かの人である。
  8人兄姉の末っ子のため、ウソなど必ず見抜かれることを体験上知っていた。
  しかし、それは私だけの話し大体、15%の割りでいた。(もちろん、ウソを付く程度のレベルで言っている。
  人を陥れるために付くウソを平然と言うと人種のことである)
  正直であること、それが一番の自然体ということは、特に母から常日頃いい聞かされてきた。
  だから、それが当たり前ということは、圧縮された異種の人間の集合体ではベースではないことを、そこで知った。
  しかし、長い人生を歩いてきて、正直こそ一番の力になることを知った。
  反面、正直とウソさえ知らない人種がいる。 それは無知の人間である。 ただ親の価値観を引き継いで、
  その価値観の中で生きていて、その価値を疑ったこともない人たちが大部分だろう。 自分もそうなのだろう。 
  その価値観に従うことが正直なのだろうから何がなんだか分からなくなる。
   −次の箇所が、そのあたりの人間の歪みを、言い表している。
  
 p−93
私たちは子供のころから本当のことを言いなさいと諭され、人生のさまざまな場面において「正直は最良の策」だと
確信するようになった。 だが、一生のあいだに、真実を語る事に、ほとんど上達しない。
おかしなことに、私たちの社会は正直であることを奨励しない。 大学に「真実を語る法」と題する講座はない。
「うそつき自主治療協会」など、というものもない。 真実を語る人だと自称する人には一度もお目にかかったことはないし、
もし自分の言うことは全部本当のことだという人がいたら、私はくるりと向きを変えて逃げ出すだろう。
私たちは幼いころの経験から本当のことを言うとたいていは罰を受けると学んだ。
本当のこと書うと、負けるか、拒否されるか、追い出されるかだ。 
悪いことをして、それを正直に告白すると、たとえ悪気がなく些細なことでも、たいがいは罰を受ける。 
自分が怖いと思ってることを正直に言うと、馬鹿にされる。
自分があこがれていることを正直に話すと、からかわれる。 
愛情を告白すると、時には拒絶される。 気に入らないことをはっきりと言うと、村八分にされる。
怒りをあらわにすると、相手は怒りをもつて反撃してくる。
私たちは真実を話さないようにすることを学ぷ。 真実に近い話を作り上げる。
まぶしすぎて目をくらませるような作り話を創造する。 ひどい発疹を避けるように真実を避ける。
私たちは正直者は単純でおめでたい馬鹿者だと教えられてきた。 真実という言葉は嫌な言葉になってしまった。
神よ、我らを真実から救いたまえ。とりわけ、自分自身に関する真実から!
私たちは真実を語らないことを身につけてきたが、私たちは誰でも、自分の心の服を脱がなければならない。
だが、あなた方を説得して心の服を脱がせるためには、まず私が自分の服を脱ぐことが必要だ。
この隠喩を実行したら、私が服を脱いでさらけ出すのは、たるんだ腹に、誰も羨ましがらない生白い胸、そのほか、
あれこれ見せるに値しないようなものではないか、と心配なのは確かだ。
だがそれでも、私たちは「裸でいるかのように話さなければならないレと私は主張する。
  −−
  著者は裁判の駆け引きの中で、やはり真実が力を持つことを経験上、知ったのだろう。 
  といって正直過ぎるのも、相手を傷つける。 せめて出来ることは、自分に正直になるように努めることだ。 
  そして誠実であろうと努めることだ。 口先の議論は、所詮はそれでしかない。 
  そこに流れている真実を見るように勤めることである。 

 ・・・・・・・・・・
2007年10月01日(月)
2372, 人は60歳で何をしたか
                 ー読書日記
 「人は60歳で何をしたか」藤原治・著 文芸春秋

何度もここで書いたことだが、50歳になった時、はたと今後如何に生きようか?
一年考えた末に、「この十年で、60歳以降も含めた全ての人生を生きよう」という結論に達した。
そして、そのつもりで生きてきた。現在に至って、このコンセプトは正解だったと自己満足をしている。
これは他人が評価する問題ではない、自分自身のことである。

昨年の一月に還暦を迎えた時に、「この10年間の生き方は満足できたが、次の10年をどのように生きようか?
そのコンセプトを一年間考えよう」と決めた。 正直にいうと、その満足できる結論は出ていない。
しかし大よそ考えたのは「この十年生きてきた中で、やり残したことが幾らでもあったはず、
それを追求だけで幾らでもあるはず、それを探せばよいだけ」である。
「やり残しを探し、一つずつ潰していく」しかし50代のコンセプトからみると、何か攻撃的ではない。

50代のそれは、好きな世界秘境ツアーを可能な限り行けばよいし、
嫌なこと、嫌な人間のいるところに、一切顔を出さなければよかった。
秘境・異郷旅行を徹した?上に、このHPの文章を遺言と思いを書き足せば良かった。
他に身体に害にならない程度に美味い酒を楽しめばよかった。
これまで読みたかった本は幾らでもあったが、それを読めばよかった。

その結果、60歳になった現在、何か張りが無くなってしまった。
この10年の間、少し無理してきたこともあり、唯我独尊の生き方でもあった。
50歳で人生の元は取った実感があったし、60歳で人生の余白も埋めた実感を持てた。
そこで、他の同じような年代の人は如何なのか、気になりだした??
(いや、それより60歳代のコンセプトを満足してなかった!からだ)

ところが面白いもので、丁度良い本を図書館で見つけたのが、これである。
それを読むと、60歳の地点で色いろな人生の立ち向かい方があるのに驚かされた。
意外に老成している内容が多いのには驚いたが、えり抜かれた人は当然ながら、
それぞれの人生に最大限の努力をしている。この本を読んでみて、
小さな世界に満足していた自分の卑小さが合わせ鏡のように見えてくる。
生きてきたようにしか、その後も生きられない。それでも真摯に生きてきた人は、
その後の人生でも枯れるのではなく、むしろ成長しているのが解る。

次回からは、その印象的なところを抜粋しながら考えてみる。、
同じ歳とはいえ、比べようもない相手ではあるが、自分が情けないような、
悲しいような気がする。これは生まれた天分だから、仕方ないとしてもである。
二度とない人生、一日一生の思いを更に深くすれば良いのだが!

ーーーーーーー
2006年10月01日(日)
2007、「私」のための現代思想 −5  
                 おはよ〜!(*^ワ^*)i
  第二章 「私」はどこで、どのように生きているのか

私たちは<世界>に投げ出され、その<世界>の中で何らかの<物語>を遂行しながら
生きていく存在である。私たちは<言葉>と<価値>によって<世界>を認識し、
<物語>をつくります。ここでの物語とは、私たち一人一人が持っている、
自分が生きていく上での「脚本」のことです。
そして<世界>とは、そのそれぞれの<物語>が上演される「舞台」のことです。
 
 ーハイデッガーの「世界劇場」− 私たちは「役割」を演じている

   ハイデッガーは「世界劇場」という概念を通して「人間の生」を把握しようと試みた。
   彼はまず私たちの「存在そのものー現存在」と「役柄」は異なっている、
   ということから考える。「役柄」は、人間は「この世界で何らかの
   役柄を演じている存在である」ということを表す概念である。学校においては学生を、
   家では息子を演じ、また友人や恋人を演じたりしている。
   これらを心理学では「ペルソナ」と呼ぶこともある。

これら仮面は、あらかじめこの世界に用意してあったもの。
少なくとも、その役割の性格から大きく離れたりすることはない。
つまり、私たちはこの世界に突然投げ出され、自らの意志によって、
その世界に予め用意されていた仮面のうちから幾つかを選び出して、それを演じています。

    このように「この世界に投げ出されること」をハイデッガーは「企投」と呼んだ。
    またその「役割」に没入している状態を「耽落」と呼んだ。
    私たちは、この「仮面を被った自分」を「本来の自分」と勘違いしている。
    仮面を被った状態の自己を「対象化された自己」という。
    被ってない状態の自己を「現存在」と呼んだ。

学生である男と、先生である自分がであったとする。
そのお互いの立場ー役割を一瞬で把握して「相互関係的な役割演技」をすることを、
「原初的な出会い」という。その前段階としての「存在の認識」がある。
それは果して存在しえるのだろうか?という問題がある。
しかし、「役割のみが存在している」のであれば、私たちは、
いきなり役割を認識できるわけです。しかしそうではありません。
少なくとも短時間で「役割を持たない誰か」が認識され、
その上でその人の役割が想起されるという段階を通っているはずだ。

    ハイデッガーは、我われが人生という劇場で役割をこなすためには、
   「役割を演じている役者である自己を自覚すること」であるという解決を薦める。
    それをもっと自覚的にするためには「役者を辞めることを決意しつつ、役者を続ける」
    ということです。そうすると大根役者と言われても、
    それは、「役割上のことでしかないのだ」と考えることができます。

「芝居が下手だ」とか、「華がない」と言われようが、そんなことは気にならなくなる。
うまく演じることにどんな意味があるのだろうかと考えれば、
うまく演じられないことにマイナスの意味を見出すことには、それこそ意味のない。
なぜなら「どうせ芝居でしかない」からです。
   −−−−
    評) 
   もっと辛辣にいえば、人生などお笑い劇場でしかない。
   真面目に演じれば演じるほど喜劇の道化になっていく。
   それに早く気がつけばよいのだが・・・
   人を笑わせることは難しいが、こと人生にかけて簡単だ。
   演じていることを自覚しなければよい。それがお笑いになる。
   没頭することは最も大事である。
  反面、どこかで没頭している自分をみている自身の時間が必要である。
  アウトサイダーと、インサイダーの両者の眼が。
   ・自分の人生という物語のシナリオと、
   ・そのシナリオに従って演じている自分と、
   ・その背景となる世界(劇場)を観ている観客と、
   ・観客を意識しながら見守っている監督、
   を意識して生きる!ということだ。
   そのためには、自分の人生の役を愛することだ。
   そして、その背景となる世界と、観客と監督を愛することだ。
   そう考えると、やはり宗教と倫理は必要ということ??
この第二章 のー「私」はどこで、どのように生きているのかーの答えー総括ーは、
「私」は「世界劇場」で、私の「役割り」を果たして生きている。
ハイデッガーは、我われが人生という劇場で役割をこなすためには、
「役割を演じている役者である自己を自覚すること」であるという解決を薦める。
それをもっと自覚的にするためには「役者を辞めることを決意しつつ、役者を続ける」
ということです。そうすると大根役者と言われても、
それは、「役割上のことでしかないのだ」と考えることができます。 −である。

   それぞれの人生劇場は二度とない!
   だから一瞬たりとも無駄にはできないのが人生である。
   自分の役を愛し演じとおすしかない!
   「私」と、私の「世界」は日々刻々腐っていく。生ものだから。
   汚れていくなんて甘いものではない!腐っていくのだ。
   腐っていくのは仕方がないことだ。腐っていくことを自覚するしかないのである。
   そして、それを自分で笑えればよい! いや笑うしかないのだ。

他人のことは解るのだが、自分のことは解らない。だから生きていけるのである。
せめて心が腐らないようにしたいが・・・
そのためには、学び続けなければならないというが、今さら何じゃい!という、腐った声が聞こえてくる。
                        ー 以上である。
                 ーつづく  \(^▽^*)バイ!           
・・・・・・・・
2005年10月01日(土)
1642.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・1
 1, 人生を見せてもらいました!  
                宗親
居酒屋を二十数年も経営をしていると、社会の裏表が見える。
人生を人の数十倍、いや数百倍も見たように思える。
・数年前まで羽振りの良かった人が、今は乞食をしているとか。
・あのお客が会社の金を使い込んでいたとか。
・がんで亡くなったとか。
・かけ落ちをしたとか。
・実の娘に手を出し、子供ができたとか。
・遠くの親戚から、思わず数億の遺産が転がり込んだとか。
ここで書けないような犯罪の話の内容を聞いた。
それらを中心にボチボチ書いていくつもりだ。
まあ人間は酒が入ると、人間性が丸出しになるし、幼稚になるからね!

・・・・・・・
2004年10月01日(金)
1277, [人生の目的]ー五木寛之著ー読書録

 数年前に話題になった本だが、当時あまり興味を示さなかった。
先日、たまたま図書館にあったので借りてきて読んでみた。
幼児期のころから、かなり厳しい生活体験をしている為、書いてあることは暗いが、しかし重い。
彼のーあとがきにかえてーの一文が、全てこの本を伝えている。

ーー「人生に決められた目的はない、と私は思う。
しかし、目的のない人生はさびしい。寂しいだけでなくて、むなしい。
むなしい人生は、なにか大きな困難にぶつかったときに、つづかない。
人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことである。
自分ひとりの目的、世界中の誰ともちがう自分だけの「生きる意味」を見出すことである。
変な言いかたになるが、「自分の人生の目的を見つけるのが、人生の目的である」と言ってよい。
そのためには、生きなくてはならない。生きつづけてこそ、目的も明らかになるのである。
「我あり、ゆえにわれ求む」というのがわたしの立場だ。
  (字数の関係でカット08年10月01日)

この本に、前回借りた人が書いた、メモが挟んであった。
達筆な年配の人のような字だ。 それを書き写してみる。
「他力の信は義なきを義とす。生きている限り生老病死の影は、私たちにさしつづける。
 このことは、わがはからいにあらず 災難に会うときは会うがよろし 死ぬる時は死ぬがよろし 
 人生は暗夜の山中行である 人は彼方の灯火に勇気づけられる それを他力本願という」
 
・・・・・・・・・
2003年10月01日(水)
910, 人生の縮図

 先日、ある世界を垣間見た。といって書くには、あまりにシビアな世界であった。
しかし、それを書くのが随想日記の真骨頂である。
ある売り物の物件を見にいった時の人生模様である。生々しい状態であった。
「あるリゾートホテルをどう転用したらよいか見てほしい」と頼まれた。
半年前に経営委託を受けた人が、支払いができないで逃げた直後。オーナーが嫌気をさして混乱しているという。

 現場に行くと数日前まで営業をしていたのが、ありあり。
給料2か月分をまだ貰えない行き場のないマネジャーや従業員が3人いた。
彼等はそこで働き出して半年、派遣会社の身分で、保障は全くないという。
現在の日本の姿が、そのまま現れている状況であった。

 これ以上の景観がない位の場所にあり、オーナーが半分趣味で建てた素晴らしいリゾートホテルである。
(字数の関係でカット08年10月01日)

・・・・・・・
デフレと対策  2002/10/01

現在上手くいっている店を見ていると、やはりデスカウントの業態の店である。
それも思い切って、20年前か25年前のプライスを打ち出しながら、現在の嗜好を取り入れた店や会社だ。
衣料品は20年前の半値以下の商品が多くなってきた。自転車も、半値か四分の一だ。 電気商品もしかりだ。
落ちないのが公共料金だけである。ホテルの値段もその様相になった。
ラーメンの値段も落ちてない。過去の三次産業の異端は価格破壊である。そうすると落ちてないのが狙い目である。
TVで180円のラーメンチェーンを紹介していた。 マクドナルドのように徹底した機械化を厨房で図っていた。
吉野家や松屋の牛丼も400円を280円に下げた。そうすると他の甘いラーメン屋とか何でもや食堂のお客が流れてくる。

先日に法事で帰ってきた姉が、面白い温泉旅館にいってきたと教えてくれた。
関東圏の温泉旅館で、4名以上で一泊二食で4500円という。
予約をすると東京周辺のJR駅の近くの三箇所の指定した場所、にマイクロバスで迎えにきてくれるという。
更に食事のときは従業員が即興の演劇をしてくれたり、とにかく飽きさせないようにしてあるとか。
社長はつなぎを着て陣頭指揮にあたっているという。先ずは安く、そして価値があればお客は殺到する。
「もうそういう時代だよ!」とつくづく言っていた。

何かどこかで聞いたことがある話だと思ったら、そうアメリカの航空業界の異端児で大不況の中、飛躍的に伸ばしている
サウスウエスト航空を温泉旅館版に換えただけの話である。斜陽産業の温泉旅館が良くぞ考えたものと驚いてしまった!!
(こういうのをベスト・プラクテスという)
客の立場にたてば,全く違った設定ができるのである。淘汰されている所は、ただ仲間内で傷を舐めあっているだけだ。
発狂してベスト・プラクテスをするか、廃業するかどちらかだ。今更発狂はできないか??!!
(発狂とは、出来ない人の目から見たベスト・プラクテスのプロセスを踏んでる姿)

[167] 読書について
                2001/10/01
 読書ー書物はすべての人の学校である、いや大学といっていい。どこの学校に入ったとしても
学べる事はしれている。学校を出てから学び続けるしかない。本を読み続けるしかない。
 大学を出ているかは関係ない、生涯、本という大学に通い続けなくてはならない。
もちろんセミナーや新聞やTVや、実際の仕事の上で学ぶべることが多い。
しかし読書という分母の上でそれらをやると効率が違う。 初対面の人でも書物の大学に
どの程度通い詰めたかどうか直ぐわかる。私も反対に見られているのだろう。
本は安い500円から2000円で、あれだけの情報・知識を買えるのだから。

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