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堀井On-Line
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2007年11月30日(金)
ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。 「ネット君臨」−毎日新聞取材班ー(出版・毎日新聞社) −読書日記 この本を図書館で見つけ、読んで驚いてしまった。この春先に毎日新聞が 連載したものを本にしたものだが、この連載は大きな社会問題を提起、 幾つかの規制の法案ができるキッカケになった。 私も政治や、ゼネコンなどの談合に批判を書いているが? 言い方には気をつけなければと自戒させられた。 マイナーの人?いや色いろな考えの人が見ているのである。 それにしても、ネットによる虐めの陰湿さには驚いてしまう。 特に「2ちゃんねる」上における、匿名による誹謗・中傷の内容は、 人を死に至らしめるほどの内容に満ちている。 毎日新聞の連載をまとめた本だが、ネットのマイナス面に絞っているのも、 ネット社会の規制を考える面で、良いことである。 ーー *まずはアマゾンの、この本の紹介文から ー内容紹介ー 匿名社会の恐怖、拡大するネット犯罪…。 ネット社会の急速な進展は、我々の生活 に便利さや効率をもたらす一方、 さまざまな負の部分を生み出している。ネットは我々をどう変えるのだろうか。 また我々はネット社会をどう築けばいいのか。 ネット社会に警鐘を鳴らした毎日新聞取材班の大反響連載「ネット君臨」の書籍化。
本書では、国内最大のネット掲示板「2ちゃんねる」に代表される匿名による 誹謗・中傷が人々の暮らしに深刻な影響を与えている実態を現場から報告。 「2ちゃんねる」の管理人ひろゆき(西村博之)氏にインタビューしている。 さらに国の政策がインフラ整備に偏り、企業や個人のマネーゲームを生んでいる実態や 米国、韓国、中国のネット犯罪の現場をルポ。 ー概要ー マスコミがこれまで殆ど触れてこなかったネットの問題点に真正面から切り込んでいる。 難病(拘束型心筋症)の上田さくらちゃん(四歳)がアメリカでの心臓移植をうける 費用(約一億三六〇〇万円)を賄うために「さくらちゃんを救う会」が結成され、 ボランティアによる募金活動が開始された。 だが2ちゃんねる上でさまざまな中傷記事が書き込まれた。 第一に、両親がともにNHKの職員であって高給を得ているうえ、 東京近郊に土地と建物を所有していることが伏せられていたということ。 そしてこの募金活動をしている非営利組織の運営が不透明であり、 過去に行われた同様の臓器移植募金に関して、余剰金などがどう処理されたのか がまったく情報公開されていないということ。 こうした情報公開を行わずに募金を行い、しかもそこで集められた浄財の行方が 明確にされていないというのは、「死ぬ死ぬ」と騒いで金を集める一種の 詐欺行為ではないか−−というのが、批判者たちの主張だった。 *次に2ちゃんねる の書き込みの部分を抜粋してみた。 −−− ーP・22 インターネット掲示板で「また死ね死ね詐欺ですかw」。「w」は笑いの意味。 NHK勤務の父昌広さん(54)と母和子さん(45)が記者会見で職業を 「団体職員」と公表したことも災いした。後でNHKと答えたが、手遅れだった。 「NHKキタ−−−(゜∀゜)−−−!!!!」と顔文字を付け、はやし立てる。 「高給取りを隠して同情を買おうなんて詐欺だな」 両親が借金などでねん出した3000万円の自己負担を公表しても攻撃はやまない。 ローンが残る住宅しかないのに「十数億円の資産がある大地主」と虚偽の情報が 書き込まれた。自宅の登記簿や写真もネット上にさらされた。 「だまされて募金したので返してほしい」。救う会にはメールや電話が続いた。 「裸で歩いているような恐ろしさ。眠れない時もありました」。 和子さんは家の前で携帯電話のカメラを構えた人影を忘れられない。 「親ですから娘が救われるのなら構いません。 でも支えてくれる人たちが疲れていくのを見るとつらい」。目が潤んでいた。 ーーーー
以上だが、 この本を読んでいて、2ちゃんねる などのネット攻撃の酷さの事例を あげているが、よくぞここまで酷い中傷をと呆れ返ってしまった。 情報化は±両面で、社会を変えている。 (^^)/
・・・・・・・・・ 2006年11月30日(木) 2067, あたりまえなことばかり −18 (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
人生には、それぞれに相応しい時期がある。 その年齢ごとに新しい経験を織り込んでいくのが人生である。 私の中学校のクラスは卒業後も非常に仲がよくて、節目ごとにクラス会を開いていた。 地元にボス的な女性がいて、その都度声を掛け合って20人は集まっていた。 卒業後15年ほどしてからは1〜2年ごとにクラス会を開いていた。 担任の先生の停年の年には(18年ほど前)、湯沢に一泊した翌日、長岡に帰ってきて、 延々と夜半まで三〇数時間も一緒に飲み続けた。 最近までは毎年のように理由をつけては会を開いていた。
そこで見えてくるのは、「歳をとるから老いる」ということではないことである。 経験を自分の人生の中で織り込んでしまえば、生きるということ、老いることも、 むしろ面白く、味わいが深くなる。人生など大したことがないものである。 深刻に考えるだけ馬鹿馬鹿しい。気楽に考えて、その時々を真正面から 生きていさえすれば、それでいいんじゃないか! ということである。 ( ^3)〜♪よ〜よ〜それが一番、難しいんじゃないかい! ーーーーーーーーーー 老いは個人の生を超え −�◆� ーーーーーーーーーー
老いるほど人生は面白くなるという言い方は、確かに可能である。 その歳まで、いったい何をしてきたのかと訝りたくなるような老人が多い。 おそらく、何もしてこなかった。摂食、生殖、快楽の追及以外何もしてこなかった。 刺激に反応して、反応したら忘れるといった動物的生存の日々、そういう人々は、 したがって老いることを拒む。
動物的生存に価値がある限り、肉体の衰えは価値の喪失以外ではないからだ。 老いた自分に価値が認められない。「老醜」とは正確には自虐的に使われる。
逆に、内省を知っている人は美しい。 鏡を内側に持っているからだ。 外に映る鏡の姿が崩れているにしても、ともに崩れる必要がない。 若年からの内省の習慣、老いるほどにその姿は違って見える。 内省すること、心の姿を整えること、それが魂の世話をする意味である。
歳を重ねると、内省と回顧が判然としなくなるが、面白いのは、 このとき回顧されているのが自分の人生ではなくなっているということだ。 自分の人生を振り返ってその視野に、自分の人生としての人類の人生、 すなわち「歴史」が、当たり前のように入ってくるようになる。 内に鏡を所有して生きることの面白さは、その現在の鏡に過去が映っているからだ。 過去とは現在以外ではなく、歴史とは自分以外のものでなかった、と気づかされるのだ。 それが鏡が鏡であることの秘密である。「歴史は鑑である」とは、本来その意味であった。 ーー 母親が80歳の時に、「私の生きた5〜6倍前に家康や秀吉が生きていたと思うと、 大して昔じゃなかったのね!」という言葉は、 歴史が鑑であるという意味ではないが、ハッとする言葉であった。 自分の生きた時間と家康の生きていた時代を対比して感じ取った言葉だからだ。 田中角栄がどうした!と、今では確信を持っていえる自分がいる。 それは自分の人生とは比べようもない実力を持った人も、過ぎ去ってしまえば、 ただの悪名高き犯罪者でしかなかった政治家。 その男が活躍していた時、私は学生で、雲の上の人とみていた。 いまは、「何じゃい!戦後バブルの波に浮かんだ泡以上でも以下でもない男。 そしてまだ、その娘が馬鹿丸出しで恥をさらしているだけ」としか思えないのも、 自分が生きてきた時間の中で、自虐の自分を鑑にしてみるからだろう。 (-"-;) これも長年生きた歪みが、この言葉であるということだ。 あと十年経てば70歳、20年経てば80歳である。 これは生きていればの話で、もしそこまで生きていて加齢した自分を 自虐していたとしたら、全く何もしていなかった人生を嘆いているだけになる。 それは現時点でも言えることである。 (ノ≧ロ)ノ<いまさら何をいってんだ、ばかやろぉ〜〜〜!!! (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月30日(水) 1702, 中学校還暦同期会 −2 nemu(ρ_-) 先日 「中学校の還暦同期会とはこんなものだった」という概略を書いた。 今回は還暦から人生を振り返って、感じたことを書く。 人生の60代に入り、40数年ぶりの幼馴染に会い感じたことは 「人生の成功とか、失敗は大して変わりはしない」 ということだ。 (いや、あるか!?) ( ) (・ω・`。) ? ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ♪〜♪〜 *上手くいったという人はそれでよし、 *上手くいかなかったが、それも自分の責任、悔いはなし、というのもそれでよし。 要は、自分の人生の受けとめかたである。 人生の成功・失敗とは何だろうか?改めて考えてみる必要がある。 どういう人生であっても、明るくニコニコしていれば それで良いのではないだろうか。 (≧▽≦) (本当に、本当か?) 誰にでも悔いがあるのが人生である。 それに対し、でも生まれてきてよかった! と、心から思えれば良いのではないか?
そうすると、笑いと感謝さえ失わなけれ、 「『ありがとう』を一日、千回いって、 その結果として、自然の笑いが出てくればよい」ということになる。 ♪〜(=^ε^= ) 出席している人は、比較的に恵まれている人?のためか、 全体として、明るい人が多かった。 めでたい席で暗い顔もしていられないのだろうが。 私が、彼らの気持ちを代弁していうと、 「ここまで、人生の良いところを生きてこられて良かった!」 というのが、偽らざる気持ちだったろう。 年齢に気持ちがついてきてないのが本当のところだろう。 人生は短い! (-ω-*) 還暦は逆成人式ということだ! (^_^)/~~baybay ・・・・・・ 2004年11月30日(火) 1337, 「自分を活かす極意] 」 ー読書日記 −1 齋藤スタイル―自分を活かす極意 齋藤 孝 (著) 書店のエンドでよく斎藤孝の本を見かけたが手にとるだけで買わなかった。 いや一度、この著者の本を図書館から借りてきたが、読まずに返したことがあった。 先日、図書館でこの本を見かけ借りてきて速読をしたところ、内容が濃厚である。
斉藤孝の多角的世界を集大成してある。 日本語、身体、能力、読書、教育、子ども…。 多彩なテーマを独自のスタイルで語たりかけていて、 斎藤ワールドのダイジェストといえる。 対談という形を通して著名な人の意見と議論がより深みを持っている。
特に「三色ボールペンで読む日本語」のダイジェストの章がよい。 赤ペンチェックの言葉が多い。 「図化と文章化」 「具体的かつ本質的」 「エネルギーを出し続けているが故に、技も必然的に磨かれていく」などもよい。 著者は、「勉強でもスポーツ仕事でも、自分が体験し学んだことは、 自分のスタイルとして練り上げ、技化しなければならない」といっている。 齋藤氏の「スタイル」と、ノウハウの集約書である。
ー今回は、まずは三色ペンについて書いてみる。 数年前に、「三色ボールペンで読む日本語」を図書館から借りてきて目を通したが、 ほとんど読まないで返してしまった。 おそらく他に面白い本があったのだろう。
しかし先週の土曜日に、この本を借りてきて再度「三色ペン」の効用を読んで、 4色ペンを買ってきた。ー著者の勧めの青、緑、赤だけの三色ペンが無く、 これに黒の入った4色ペンしかなかったー まずは買うことによって、実際の効果を確かめたかったのである。
この本では、三色ペンで読書をしながら ・重要な部分を「赤」の線、 ・少し重要な部分は「青」の線、 ・面白いところを「緑」の線、 で色分けをすることを勧めている。
これは取りも直さず20対80法則の、20の区分けをしていることになる。 メモにもこの三色を使い分けることが可能だ。 さらに、速読法に三色ペンを使うのだ。 読む前に、速読をしながら色分けをしてしまうのだ。 私のあみ出したページ折込と同じか、それ以上の効果がありそうだ。
この歳になって、こういう初歩的なノウハウの発見があまりにも多い。 数年前に、このノウハウを読んでいて全く心が動かなかったのは、 どうしてだろうか?考えてしまった。 会社の大矢さんに聞いたら、彼は「4色のペン」を常時もっていて、 メモで、個人と、会社と、家族と、子供に分けて使っているという。
私の場合は、今のところ斉藤孝氏の三色の使い分けの他に 黒を、感動か新しい発見・知識にしようかと思っている。 あるいは書き込みもよい。 この数ヶ月間の訓練で、思わない発見がでてくるだろう。 ーつづく ・・・・・・・・ 2003年11月30日(日) 970, 「遺言川柳」
UFJ信託銀行が11月25日に単行本「遺言川柳」を発売をした、 と新聞やTVで話題になった。 当銀行が「遺言川柳」を募集したところ、約1万2000人から 5万通以上の作品が寄せられたという。 せいぜい2000〜3000作品」と見込んでいたUFJ信託銀行にとって うれしい誤算だった。そこで急きょ、出版社からの申し出で「敬老の日」 を狙った作品集の発行が決まるなど、「遺言川柳」がちょっとしたブームに なっているという。 遺言といえば、両親とも、私にとって「有利な遺言」を書いて亡くなった。 遺言は残された子供にとって、その後の人生を左右するほど大きい要素になる。 母が亡くなったときは、さすがに4人の姉に「恨み辛み」をいわれた。 それだけ、両親は「家」というものを重んじていたのだ。 両親が亡くなるとき、同居をしていたため情が移っている部分と、 末っ子という特殊要因もあった。
相続は、それぞれの子供に連れ合いがいるから複雑になる。 日常でおこる争いの一番の原因になる。 そして生々しい。
ー以下の遺言川柳は一つ一つの意味の深さを十二分に実感できる。 −−−−−−−
ー特選ー 1作品 ・遺書書いて 腕立て伏せを 二十回 (64歳・男性) ーーーー ー入選ー 5作品
・遺言も 開けてみるまで 宝くじ (25歳・女性) ・情よりも 法が出しゃばる 遺産分け (63歳・女性) ・書き替える たびに痩せゆく 遺産額 (70歳・男性) ・通夜の席 銀行マンが 勢揃い (55歳・不明) ・遺言を 地球が書いて いるらしい (46歳・男性) ーーーー 以下は、字数の関係でカット 2007年11月30日
・・・・・・・・・・ 2002年11月30日(土) (2) 596, スーパー床屋は席貸業 -
最近、新潟でも目立つようになってきたスーパー床屋の実体が面白い。 日経流通新聞の広告でフランチャイジーの募集の内容に興味を 持った。「経営は理髪師の免許がなくても可能です」 どうして?と思うのは当然である。 既存の理髪業も今の日本の旧体質の典型?である。 若い人が既存の店で修行と称してタダ働きに近い状態?を 強いられていた職人の世界である。
そのプロセスを踏まないと新規の出店の時に想像を絶する嫌がらせに会うと聞いていた。 誰もが知っているあの日本的馬鹿いや愚かの世界である。 関西人がそこに目をつけ、チェーン化を始めた。 場所貸し業と捉えたのである。 スーパー床屋のシステムはその席貸し業に組み替えたシステムである。
この辺の話しは良く解る。オーナーは不動産業なのである。 最適な立地の不動産のオーナーと理髪のフランチャイザーが組む。 フランチャイジーはマニュアルどおりにやればよい、タダそれだけでしかない。 席を借りた人は働いただけお金になるのだ。
札幌のススキノで飲んで帰るタクシーの運転手さんの話が今でも忘れられない。 深夜のタクシーは倒産した人の最後の砦の世界という。 とりあえず、お金がほしい自分達の必至の金稼ぎの世界である。
タクシー会社も深夜の高い人件費を考えると、そのままタクシーを 丸投げで貸したほうが良いという。 その応用がこのスーパー床屋の世界なのである。 場所貸しで割り切った若い人が必至に働いてもらった方がいい。
若い人で4〜50万稼ぐ人がいるとか。 都会の既存の床屋はここにきて大きな落ち込みが始まり、 また新規開店がげきげんしたとか。床屋の世界おまえもか!である。
そういえば宅配便の運転手はもっとシビアの世界だ。 そのベンチマーキングの結果の美容・理容の世界でしかない。 全国チェーンもあるところまでいくといきずまるだろうが!
商売は全てがシステム7割、商品3割である。 そのシステムが根こそぎ変わろうとしている。
・・・・・・・・ [243] 大相撲 2001年11月30日
4〜5才の頃、住んでいた実家の店の屋上で、 地方巡業の大相撲のやぐら太鼓をうっていた。 戦災で大きいビルは他になかったためだ。 その貸賃かでタダ券が入ったのだろう, 父親からいつも相撲を見に連れてもらっていた。 吉葉山とか、千代の山、鏡里、三根山そして栃錦を憶えている。
考えてみれば10年〜20年前までは、 巨人と大相撲とボクシングぐらいしか楽しみがなかった。 好きでTVでみ続けているが、「大相撲も終わってしまった」感がある。 どうしてそうなったのか?やはり八百長と古い体質と真剣さが薄れたためだ。 ハングリーさが感じられないのも、その結果の為だ。
この50年近くで一番面白かった時期は、栃若時代と柏鵬時代と三八トリオ (小錦・大乃国・保志など)が下から上がってきた時期だ。 もうそういう時代は来ないだろう。その世界の老人たちとその一派が、 今のプロ野球と同じくその世界を壊していくのは、自民党の橋本派と同じだ。 プロレスのショーと同じ、出来合いがばれてしまったのだ。
初めは嘘だろうと思っていたが、要所の一番はショーと信じている。 そう判断すれば、見るのが馬鹿馬鹿しい。
・・・・・・・・ 11月30日(土曜日) 1968年
・11時起床。 昨日はかなり寝る前に深く考えた。 ・学校へ行こうと30分以上バスを待つがこない。 仕方なくタクシーで学校へ向かう。 260円のロスが出た。 ・図書館で川崎と会う。彼と食事後、図書館で彼の帳面をうつす。 ・その後、ゼミの武沢教授と卒論指導で会う。 やっと切り抜ける。厳しい。 しかし、年内に下書きを書き上げることを約束をする。 ・帰寮後、風呂に行き、20時から3時まで卒論と中間試験の勉強をする。
自分なりに学生時代を精一杯過ごしてきたが、高校までの読書習慣がなかった為、 ここにきて基礎が足りないことを実感する。
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| 2430, <おばあちゃん> 『いのちの書』ーより |
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2007年11月29日(木)
「ちくま哲学の森」シリーズの第2巻の『いのちの書』 という生死の関する22人の内容が驚く内容の連続である。 死刑の立ち会いの詳細、実際に拷問にあった本人の手記、臨終のこととか。 死に関しては、日常の中では、誰もが見てみないふりをする。 しかし書き手が言葉として書き連ねると、それ自体が物語になるだけの深みを持つ。
この本の冒頭の金子光晴の詩がよい。
ーーー <おばあちゃん> 金子光晴
『若葉』のおばあちゃんは もう二十年近くもねてゐる。 すべり台のやうな傾斜のベッドに 首にギプスをして上むいたまま。
はじめはふしぎそうだったが いまでは、おばあちゃんときくと すぐ<ねんね>とこたえる『若葉』。
なんにもできないおばあちゃんを どうやら赤ん坊と思ってゐるらしく サブレや飴玉を口にさしこみにゆく。
むかしは、蝶々のやふにへんぺんと 香水の匂ふそらをとびまはった おばあちゃんの追憶は涯なく、ひろがる
そしておばあちゃんは考える。 おもひのこりのない花の人生を 『若葉』の手をとって教へてやりたいと。
ダンディズムのおばあちゃんは 若い日身につけた宝石や毛皮を みんな、『若葉』にのこしたいと。
できるならば、老いの醜さや、 病みほけたみじめなおばあちゃんを 『若葉』のおもいでにのこすまいと。
おばあちゃんのねむっている眼頭に じんわりと涙がわき 枕にころがる。 願ひがみなむりとわかってゐるからだ。
ーー ある伯母が晩年に「歳をとることは、無念なこと」 と言っていたとを、聞いたことがある。 偶然に去年、老いを取上げていた! ・・・・・・・・・ 2006年11月29日(水) 2066, あたりまえなことばかり −17 おふぁ ファ〜
そろそろ、死に支度モードに入らなくては、と思っていたが。 チョッと待てよ!死なないのだから、そんな準備などする必要はない。 が、しかし歳相応にギアを変える必要はある。 還暦を過ぎたのだから・・・ 両親の死に際に、二人とも同居していた。 そして「老いる」姿と、肉体的終末を看取って、 決して歳をとるのも悪くはないと実感した経験がある。 さらに老いた色いろな人と人生を多く語り合った。 だからこそ、老いることはまんざらでもないことを知っている。 一つだけ「死は存在しない」ことを、彼らが知らなかったのを除けば。 「死は観念でしかない」ことが、解るはずはないのは当然である。
母親が、痴呆になっても学ぼうとする姿勢が見えた。 これである、魂は永遠の学びをしていく。 ただし、それなりの人生を活きてこそ、だが・・
ーーーーーーーーーー 老いは個人の生を超え ーーーーーーーーーー
人は、老いるという存在の現象を、なかなか素直に認めることができない。 それを否定的に感じてしまうのは、若さという経験を先にしてしまうからだ。 やがて人は、例外なく順番に40,50歳と年齢を重ね、老いるという 現実を肉体の事実として知ることになる。 老いることは死と違って逃れようもない現実である。
生きられてしまった事柄とは、端的にかこである。それは動かせない事実である。 過去は動かせないと知るということは、自分の人生がそのようであったと、 それ以外ではあり得なかった、このとき、人は人生の一回性の秘密に 触れているのだが、多くの場合それは、それぞれの感情や感傷によって 覆い隠されてしまう。記憶に苦痛の伴わない人は幸福である。 過去は動かせない、しかし動かせる未来もない。 なぜ自分の人生はこのようでしかあり得なかったという、存在への問いが、 溜息に等しいような老いの時間は哀しい。
生きるということを、物理的肉体の生存と定義するなら、 老いていく過程として生きていくのは、肉体を失っていく過程である。 しかし、我われの直感は、決してそんなふうに感じてない。 老いていくことによって、得ているものはたしかにある。 何かが確実に増えていくと感じるもの、それは何か。 精神というより、むしろ魂である。成熟するのは魂である。 魂は成熟する。
「ソウル・メイキング」と呼ばれるもの。現代風の言い回しも、 ソクラテスふうには「魂の世話」となる。経験と時間を織り込みながら、 魂であるところの人生を織り上げていくと、いった意味合いらしい。 縦糸に時間を、横糸に経験を、織り込みことで織り込まれつつ、 魂が自身を織り上げていく行程は、刻々老いてゆく肉体の老いとは 反比例して豊かである。 いや、肉体の老いとは、それ自体が新たな経験の他ならないのだから。 それすらも、織り込みつつ色はその深さを増すのではなかろうか。
人生とは、生死の間に存在する時間である。なるほど論理的には、人生には生と死、 すなわち一とゼロしか存在しない。 したがって、時間もまた存在しない。 しかし、現実には、人生は一とゼロの間に存在するもの、すなわち無限である。 有と無の間で生成する質である。質は論理でない。論理が指示する、論理自身の影である。
論理的には存在しない死を、しかし現実には存在するとして生きているという、 このこと自体が人生の不思議である。その存在しない死が近づいてくる老いの 時間とは、いよいよ玄妙なものになっていくはずである。 かって老いたことのないわれわれにとって、それは未だ知らない質である。 老いるという未知の経験、未知の質を、味あうことなく拒むのは、 死ぬのを待たずに既に生きることを拒んでいるようなものである。 ーー 死か〜 まあ、麻薬をタップリ楽しんで、消えていくのも悪くないが・・ やはり、朝いつの間にか死んでいるほうがよい。魂の成熟か〜 無限の宇宙に浮かぶ 未知の質か〜 人生は! (+>∀<+)ノ バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月29日(火) 1701, ほめ芸王 ー2
以前、一度借りてきた「ほめ芸王」を、再び借りてきた。 前に読んで、チャンスがあったら可能な限り褒めるように勤めようと思っていたが、 これが難しい。家内を対象に褒めるように勤めているが、馬鹿馬鹿しい。 というわけで、いま一度借りてきてジックリ読んでみた。 funn~(。_。)q 以前借りてきた時に印象的だったのは、 ・褒めるのは芸・技であるから、自分流のノウハウを確立すべし、 ・褒めれば、神の心になれるだった。褒められれば、舞い上がってしまうのに、 人に対しては気楽に褒めようとはしない。ー必然性が無かったからだろうが。 ‖┓ (( ♪〜(=^ε^= ) (_) 匚P ━┻ ♪〜♪〜 だいたい酒席で、酒を注ぐときは自分が注いで欲しい時だ。 自分が褒めて欲しい時に、人を褒める。 お犬様の散歩の時の女性の、犬自慢がそうだと聞いたことがある。 自分の犬を褒めて欲しいと、相手の犬を褒めるという。 相手もそれを周知して、すかさず相手の犬を褒めるのが社交マナーとか。 ヽ(・ω・ゞヵゎィィ゚+ ヽ(*・ω・)ノ゚+. 超ヵヮィィ♪ 人間は自分のことが「傍から如何みられているか」気になる動物だ。 つねに自分に対しての評価は甘い。 誰も評価してくれないなら、自分で数段上に評価するしかない。 したがって微妙な2ランク位上に評価してやれば、本人も納得する。 カラオケは、褒めて欲しいから一生懸命練習し、そして熱唱する。 子供の頃、小中学校時代に先生の褒められたことなど、現在も鮮明に憶えている。 それだけ褒められることは記憶に残る。 !(∀`)iうほ♪ 私のように殆ど褒めないと、たまに褒めると効果絶大という利点もあるが。 軽々しく褒めちぎるのも納得しないが、『美点凝視』の心がけは絶対必要条件のはずだ! (◎゚ω゚)ノ^ジャ、マタ!! ・・・・・・・ 2004/04/04 「ほめ芸王」−1 ー読書日記 字数の関係でカット(2007年11月29日)
・・・・・・・・ 2004年11月29日(月) 1336, 2000年前のポンペイー5
一昨日のNHKスペシャルで「ポンペイ」を特集していた。 落書きを切り口に番組みを構成していたのが、新鮮であった。 たまたまポンペイについて書いていたので、その偶然の一致が奇妙な気分である。 2000年前の生々しい人間の心が、落書きの中に出ていた。 - 話は少し逸れるが、エジプトのルクソール神殿の遺跡の壁にあったレリーフに 兵隊の絵があった。同じ絵が多く描かれていたが、現地の日本人の女ガイドの説明が面白い。 その兵隊うちの一人だけが、ところどころ逆向きに向いているのだ。 当時の多くの職人の一人が、命をかけて?わざっと逆向きに彫ったという。 いつの時代でも、そのような遊びがあった。 それよりも、数千年の時空を超えた男の生身の人間的なジョークを伝えているのがよい。
ーその番組みで紹介していためポンペイのメモには ・〔私と貴方が一緒に踊ったことを憶えていて、訪ねてきてくれてラブレターを 置いていってくれた〕返事が壁に書かれていた。 ・隣近所のお知らせー人々は回覧板かわりに壁を使ってコミュニケーションをしていた。 ・現在の通りの商店看板と殆ど同じものが、当時のポンペイの街にもあった。 ・ポンペイの街には400軒の店があった。 24時間営業の居酒屋があった。 その居酒屋の奥の部屋でゲームと会話をしている絵が残されていた。 ・食料品店の壁には、掛け売りのメモが書きこまれていた。家計簿的なメモもあった。 ・果物屋には桃が売られていたメモがあった。 等々である。
メモから、当時の変化がうかがい知ることが出来るという。 当時のローマ帝国の政策の大きなものとして、 パンと、サーカス (街には必ず円形劇場がつくられていた)を庶民に与えることであった。 AD・54に17歳で皇帝になったネロが、その政策を更にエスカレートさせていった。 そのためか、贅沢の限りをつくす考えが一般にまで浸透を始めていた。
その頃のメモに〔今を楽しめ〕というのがあった。 それがエスカレートしたのかタブーのメモもあった。 ・下品の言葉を慎むように ・他人の妻には手を出さないこと ・食事をしていて、着物を汚さないように 宴会場の壁には、酔っ払いの落書きに〔とことん飲むぞ!〕というものもあった。
富める者と貧しいものとの格差が鮮明になり始めてきていた。 そして、貧しい者の荒んだ心がそのまま落書きになっていた。 「あの男に災いあれ!」 当時の円形闘技場の落書きの中に「闘技場の外で多くの人同士が剣をもって争う 姿」があった。試合を見ていた同士が喧嘩になって殺しあう事件が起こったのだ。 普段の生活が、火山で時がそのまま密封され生々しい世界が奇跡的に今に多くを語りかけている。 −このポンペイのシリーズはまだまだ続くー ・・・・・・・ 2003年11月29日(土) 969, 幽霊店舗
昨日、初めて聞いた言葉である。 それが「幽霊店舗」である。 一瞬何のことか解らなかったが、次の瞬間に直ぐに理解した。
「経営者が夜逃げか破産をした店で、店舗のオーナーか銀行が、 既存の従業員にそのまま営業をさせて、間接管理をしている店」でないかと。 次の店が決まるまでの店舗の劣化を防ぐ為である。 実際のところ聞いてないので真偽は解らないが、間違いがないだろう。
興味があったので、その幽霊店舗に行ってみたら、何事もないように営業をしていた。 たまたま知人が以前に勤めていた店であった。 「幽霊店舗」という言葉とその実体をみて、今の時代の典型的な事例に思える。 この店の直前に見た店は、数ヶ月前に夜逃げをした店であった。 30年近く前から郊外のポイントの立地に店を出して、評判の良い店だったという。 三店目が失敗、全国チェーン店の攻勢の追い討ちで倒産のパターンである。 この二ヶ月間、真っ白な目で郊外型飲食店をみてまわって不思議であった。 車社会のなか不景気でも、信じられないほどの店舗が存在していることだった。 それが更にドンドン開店をしている、それも若い立地に。 どこかに必ず歪があるはずだと思っていた。 日進月歩、常に変り続けていける店以外は、淘汰されて当然である。
ところで、幽霊店舗があれば幽霊会社もあるのは当然である。 「幽霊会社」とは、どういう会社をいえばよいのであろうか。 銀行管理会社? 債務超過の会社? 実質社長業放棄の社長の会社? ドキッ!
・・・・・・・・ [242] ゼネコンー2 - 2001年11月29日(木)
同じ見積もりでも、3〜4割の値段が違ってくる。 平気で目の前で2000万・3000万、いや数億の値引きをする。 普通の感覚の世界とはかなり違った世界である。 今の不況の原因をつくったのは、ゼネコンの存在が大きいといってよい。
日本的特質がそのまま現代的に残っている。 この30年近くはゼネコンの付合いを欠かせたことがなかった。 社会勉強をその世界を知る事で,たっぷりさせてもらった。
悲劇、喜劇の渦巻く世界でもある。しかし男の世界でもある。 新しい創造に携わるからだ。よしやるか!という決断から、彼等との付合いが始まる。 彼らのシステムに現場主任(現場代人)と言う責任者が、殆どの権限を与えられる。 その能力次第で完成のレベルが違ってくる。
システムを含め、やはり大手の会社はしっかりしている。 何年か経つとそれがわかってくる。またフォローの体制が大手ほどいい。 大手と準大手では総て含め、建築費に5〜7パーセントの差があっても、 それだけの出来上がりの差がある。その業界が現在大きい危機に瀕している。 供給過剰なのである。それは20年前から言われていた。しかし減ったというより、 むしろその数は増えている。
ある売り上げの量が、役所のその格づけの大きい判断材料にされる。 その為原価割れでも、請け負う事がある。その反面その役所から談合で元を取るのだ。 今でも公然である。そのつけは国民にきているのだが、誰も知って知らぬふりだ。 この体質の結果が今の危機になっている。
工事には「箱物」といはれるビルと土木がある。それと民間と公共にわけられている。 公共は今はどうか?解からないが、100�傭鵡隋�である。 民間の工事もかなりの確率で談合と云われている。 設計事務所も設備とか建材とかで、メーカー指定をしてそこからはねる? こちらもそれを解かっているから、見積もりを出す時指定外でもよいと いって渡す。そういう関係・因縁がびっちり詰まっている世界である。
・・・・・・・・・・ ある時間の断片 11月29日 ー1968年
10時前に起床。 12時に学校に向け出発。川崎の約束を破ってしまった。 昼飯後、ゼミに出席。一回も口を開かなかった。どうしても自信がもてなかった。 それか、傷をつきたくない為か。 17時に終了。 帰寮後、食事をする。 21時から一時間、本を読む。 その後佐藤のところで酒を飲む。 一年後輩の間中のブーちゃんと議論伯仲する。 かなりいい加減なことをいっていたようだ。 明方の3時過ぎに就寝。
ー「今日のゼミについて」で考えたことー ゼミで、個人主義と集団主義について、各自の意見を出し合って議論をした。 ホワイトのいう集団主義は「個人」を決して働かせない。 それは個人の創造性と個性と本質を見失う可能性が高い。 グループ活動は個人の水準を引き下げる効果が大である。 大勢順応を強要し、個人を否定し、創造的活動を破滅させる。 一般的にいえば、人間活動を妨げる制約を持っている、という意見がある。 個人主義においても、集団という環境に合わせて目標に向かっていく条件は必ずある。
反面、集団主義は集団であるがゆえに不可能を可能にする側面を持っている。 言葉の捉え方のニュアンスの差があった。 集団で鍛えられたものと、そうでないものとの差は大きいのは事実である。 それは個人の能力の差もあるし、個人の分析能力や統合能力によるだろう。 私も人間関係主義?によって流されて、自分の本質を見失っていた部分が大だ。 しかし今やその段階はすぎたようだ?
利己主義ー>集団主義ー>個人主義とである。 個人主義とは、帰属を決して集団に置かないことではないか。 個人に帰属を置くことである。自己の中に生きることである。 その時おきる集団との格闘により自己を獲得していくことだ。 そして集団に対しては協調をすることだ。「友人に対しても、相対する相手」に対してもだ。 それは寂しく、辛いものである。その葛藤の中でこそ個人は生長するものだ。 人間関係に捉われて自己の創造性や個性を否定することだけは、やってはダメだ。 その葛藤の中に本当の知識が現れてくるのだ。 ーーーーーー −2003年11月28日記ー ーこの35年前の日記を読んでー
あくまでも「今の自分」と「過去の自分」の話しだが、 いま読んでいても、真っ当なことを考えていたこと?に驚いている。 いまの自分よりよほど筋が通っている。ゼミと武澤先生の影響があったためだろうか。 多くの友人と口泡を飛ばして議論を毎晩していたせいだろうか。 それとも一生の分岐点に立っていたためであろうか。
この日記がなければ全ては忘却の彼方である。 「忘却の彼方にいる自分の姿」に驚いている。 現在の方が、体験と知識量が数十倍いや数百倍も多いはずなのに。 決して現在の自分に劣っていない当時の自分がそこにいるのに驚きである。 当時は、経験量に対してのコンプレックスは全くなかった。 それだけの自信を全員持っていた。 裏付けもあったのだ。
その後も挫折を数多く繰り返す中で、自己喪失感の強い体験を何度もした。 全くの無能感、それも痴呆症的な感覚の呆然感である。 その中で、遙か彼方の自分が、これだけの文章を書いていたことに驚いている。 他人からみれば馬鹿みたいかもしれないが。
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2007年11月28日(水)
(p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪ 大よそ半世紀少しを20世紀に生き、世界の色いろな変化を見てきたが、 明治・大正生まれの人は、その感慨は更に深いだろう。 この20数年間、憑かれたように秘境ツアーで地球の果て?を見てきて、 自分の庭とは言わないが、デズィニーランドのように世界の文明と自然を見る ことができたのが最大の収穫である。
21世紀になって、携帯電話やパソコンによる情報革命の大きな変動を見るにつけ、 何と恵まれためぐり合わせが良かったと、信じられない思いである。 情報化が良いか悪いかは二の次に置いて、これだけの知識・情報が世界を駆け巡る事態は SFの世界に迷い出た思いである。 20世紀と対比できるから言えるのだろうが。 恐らく、数百年、いや数千年の経験を60年余りの時間の中で味わったのである。 その不思議である。 21世紀は、やはり違う世界である。それも想像を遥かに超えた。
その結果だろうか?、この数年から哲学が面白くなってきたのである。 この地球の大自然の由来は、宇宙の果ては、130数億年前のビッグバンは何故おきたのか、 それ以前は何があったのか、人間の6千年の文明史はどのようになっているのか、等々、 疑問が噴出してからである。
地球を見てまわり、少なからず人生経験を積み、人類の遺産の文化や文明を見てきた。 そして、知れば知るほど、知らないことの多さと不思議の多さに呆然とする。 それらを考えること(哲学をすること)で、少しずつ理解できると哲学者は言う。 「死んでしまえば、それが何だった」としてもである。 少し地球に存在し、少し認識したということか? それが存在の不思議を問う存在論になり、認識の意味を問う認識論になる。 我われは地球に、遊びに、働きに、そして学びに来ているのである。 「よく遊び、学び、学べ」とは、よく言ったものである。 (((。・-・)从ホンジャ ・・・・・・・・・ 2006年11月28日(火) 2065, あたりまえなことばかり −16 b(^o^)d おっ W(^O^)W はよー! ー♪
この女哲学者よりも、私のほうが「心の中で生きているとは、どういう意味か」 という内容に関しては、深い経験をしているように思えたが、どうであろうか? 両親が亡くなったときに、あくまで夢?であるが、色いろな体験をしているからだ。 父の場合、父の方の心理そのものになったり、母親も最近まで夢の中に出てきたからだ。
{全過去の記憶を現在として保有する「心」とは、その意味で存在そのものではなかろうか。 記憶は、「心の中」に存在するのではない。記憶こそが存在する現在である。 逆に、我われが現在生きるとは、存在の記憶を生きることである。}
「記憶をなくした男」の映画を観たことがあるが、まさに上記のとおりである。 「自分が何者かわからない」ほど、恐ろしいものはないと、 寒気がしたのを憶えている。ただ、虚無が自分を取り囲んでいるだけだろう。 本人がどうしてよいか解らない心理が、その映画で出いていた。 「過去を消したい」と思うのは、都合の悪い過去を消したいだけである。 「いま、ここ」は、全過去があるからこそ、垂直に立ち上がる。
ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー�� ーーーーーーーーーーーー
*心の中で生きているとは、どういう意味なのか? 肉体として存在しないけれど、 記憶として存在する他者は、その限り、「存在する」。この存在の意味を考えてみよう。
死んだ人が心の中で生きている、しかし、先に我われは、 死んだ人はあの世にいると納得したのではなかったか。 心の中にいながら、あの世にいるその人は、すると、どこにいることになるのか。 彼は「今」どこにいるというのか。生きていたのは誰なのか。という、 かなりの程度奇妙な問いが、押えがたく立ち上がってくるのが、ここである。 更には、「生きている」ということすら、 肉体の所有と消滅で理解できるような自明な何かなのか。
肉体として消滅してなお、死者は生者の記憶として存在する。 死者の記憶を心に抱いて、生者もまた死者になる。 それなら、その人が存在したということはなかったことになるだろうか。 そんなことはあり得ない。存在したことは、存在する。すなわち過去は現在である。 全過去はこの現在に存在しているということだ。
全過去の記憶を現在として保有する「心」とは、その意味で、存在そのものではなかろうか。 記憶は、「心の中」存在するのではない。 記憶こそが存在する現在である。 逆に、我われが現在生きるとは、存在の記憶を生きることである。
死者の記憶が存在の一風景なら、 現在に自身を生きていると思っている生者にとってそうだろう。 自身の生の記憶を抱いて、生者も死者になる。 このように自覚する時、生きているか、死んでいるかは、 もはや存在の記憶として明滅する我われの、仮の衣装にすぎなくなる。 さらには、生者の記憶にその姿で存在している死者も、 別の衣装をきて何処にか存在するだろう。 存在しないということはないからである。 ここで時系列の逆の側、すなわち未来の意味が現れる。 したがって、未来もまた存在の記憶と言えよう。
生きてきたのは誰なのか。裏返し、生きているのは誰なのか。 にもかかわらず、明らかに、他の誰かでない彼であるところのその人は、存在した。 ある時そこに生きていた。 言葉の正確な意味で「唯一無二の」その人を喪って、喪った人はその人の死を悲しむ。 やがては、時間が心を癒すだろう。 彼の存在を、無限的存在のひとつの風景として 見ることができるようになった時、「一期一会」、この奇跡的出来事への感謝の感情が、 地上にあることの悲しみの感情に、代われるのではないか。 −−− 現在、こうしてあること、そして考えている自分を、 あらためて振り返ると、本当の不思議そのものである。 大いなる孤独が、宇宙に浮いているという感覚になる。 └(=^O^=) バイバイ! ・・・・・・・・・ 2005年11月28日(月) 1700, 人生の価値についてー2 (*´o)*ゞふぁぁ
このHPの維持も、「退屈と不安の解消が目的か?」と、 問われれば、「目的ではないが、手段である」が答えになる。 退屈に対して、これだけ赤裸々に抉っているのも珍しい。 「小人閑居して不善をなす」というが、閑居に対する姿勢が小人かどうかを決めるのだろう。 閑居は何か悪いように錯覚するが、逆に最も大事なことである。 アラブの遊牧民は、閑居を第三の時間ー瞑想 ( ̄^ ̄) (仕事と遊びと、そして休みの時間)として、一番大事にしている。 第104節の「人生の退屈そして不安 」でさらに、生きるとは何かをさらに掘り下げている。 何ヶ所か抜粋してみる。 φ(・_・) ードストエフスキーはシベリアの徒刑地で、 懲役の労働が囚人達に苛酷なのは、仕事の内容のつらさではないという。 つらさという点では農民の方がよほど苛酷なはずだ。 しかし、農民には自分のために働いているという目的がある。 だが懲役の労働には目的も意味もない。 それが刑罰の刑罰たるゆえんである。 ー彼は囚人達が「意味の無い労働」でない、 例えば家を建てる仕事を与えられると、 にわかに夢中になり、生き生きしてくるさまを伝えている。 強制労働で立派な家を建てても、賞金がもらえるわけではないし、 刑期が短くなるわけでもない。 それでも囚人達は少しでも具合よく、良い家を仕上げようと 一生懸命になるという彼の深い観察のうちに、人間の生きる目的 ということの秘密が宿っているのではないだろうか。」 この節で、人間の日々の行動に何らかの目的があることの重要性が説かれている。 ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ードストエフスキーは次のようにいう。 「もしも囚人に、一つの手桶の水を他の手桶にあけ、 それをまた逆に始めの手桶にあけたり、砂を搗いたり、あるいはまた、 土の山を一つの場所から他の場所へ移し、それをまた元へ戻す というようなことをさせたら・・・・ 囚人はきっと四、五日も経ったら首を吊るか、 でなければむしろ死んでそんな侮辱や苦痛から逃れようと思って どんな罪でも犯すだろうと思う」 ヽ(゚Д゚;)ノ!! ーわれわれの暮らしや仕事もまた、つきつめて考えると 「一つの手桶の水を他の手桶にあける」 作業の繰り返しのようなものだと自嘲せずにいられぬ一面をも具えている。 しかしそれを刑罰とも感じないし、苦痛とも感じないのは、 我々が鈍感だからということもあるが、毎日の活動の中に、 なにか物を作る行為にも似た行為によって自分で自分を生かす目的なり 意味なりをいつの間にか黙って自ずと見出して、その日その日の自分を 無言のうちに支えているからだともいえるであろう。」 以上からみて 人間が生きるということは、 ・死を直視するのを避けられる生活で ・「時間を短く過ごす」事の出来るような行動を求めて ・その中に意味や価値を見いだせる行動と思い込んでいるに過ぎない ということになるが、人生をかけたライフワークの裏面は、 そんなところかもしれない。 (^┰^;)ゞ ・・・・・・・ 2004年11月28日(日) 1335, 「おカネの発想法」 ー読書日記−2 ー前回に続いて、印象的なところを抜粋してみるー
ーおカネが本物かニセモノかという点は、実は本質論ではないのです。 そのおカネが受け取ってもらえるのか、それとももらえないのか、 というところに、おカネであるか否かを峻別する本質があるという その性質がおカネにとって最も重要な「一般受容性」なのです。 おカネが増えるとしたら、それはそのおカネを使ってビジネスをする人が いるから増えるのです
ー株式会社の株式を所有していると、万が一倒産したときに投資がパーに なってしまうということを「リスク」と呼んでいるのであれば、 株式会社に勤めることはもっと大きな「リスク」である。 おカネの発想法に基づく株式投資 ・どの株式会社がうまくいくかわからないから、 いろいろな株式会社に分散投資することによって、 全部が全部ダメになるということのないようにしよう ・二〇銘柄に分散→「転職してみたい会社の株式」がお勧め 株式投資における究極の目的は、おカネを儲けることではないのです。 株式投資の究極の目的は、人を動かすパワーを手に入れるということ。
ーおカネというツールに頼らないコミュニケーション能力を持っている人は おカネが要らないということなのです。 おカネがなくとも、他人を動かせる人には、おカネは不要なのです。 おカネに頼らなくとも、自分の好きなモノが手に入る人には、おカネは要らない。 めざすべき究極の姿は、「自分自身がおカネになる」ということ。
コミュニティとか、仲間とか、人望とか、信頼性とか、信用というモノはカネと同じなのです。 そういうおカネをどういうふうに獲得していくのかが極めて重要なのです。 おカネは、インフレで価値が減ってしまいますが、コミュニティとか、仲間とか、 人望とか、信頼性とか、信用というモノは、インフレによって影響を受けません。 逆に、そういうときこそ、真価が発揮されるに違いありません。 『金持ち父さん貧乏父さん』の教えには反してしまいますが、 まずは仕事をしておカネを稼ぎながら、自らを鍛えなければなりません。 何も他のことは考えずに一二〇%の力を現在の仕事に注ぎ込むべきである。
節約ができる人は、意志が強い人です。 自分の行動を自分でコントロールできる人です。 外部の雑音や他人の行動に惑わされることなく、自分の意志を貫ける人です。 そして、意志が強いということは、財産形成で成功するために不可欠の要素なのです。 複利を味方につけられるかどうかが、あなたの財産形成の成否を決定づける。
財産形成のメインエンジンは、仕事からの収入→最も重要な投資は自己投資。 財産形成のスピードをアップするためには、 仕事で成功することが一番重要(中略)株式を売買する前に、 まずは自分を磨く――それが財産形成の王道です。
ーーー ー以上が抜粋である。 書き写すに(前回分を含めて)2時間近くかかったが、戒めのためだ。
日本にバブルを起こさせたのも、アメリカの強引な景気浮揚と称して 大幅な日銀発行を押し付けためである。 そして、株価の操作で日本株の暴落を図ったり、連銀のドル操作などで 日本を骨抜きにしたのもアメリカの操作である。
さらに自国に都合の良い格付け機関をつくって、日本の株価を叩き落していった。 そして、その美味しいところを買いあさっている。 我われの国庫から、アメリカの国債を買わされて、その国債の価値を落とすのだから、 「インチキ・ルーレットで胴元が操作をして全て巻き上げている」ことと、 どこが違うというのか。
アメリカの従属国家として、第二次大戦後に恩恵を受けてきたことも事実である。 日本が二分割されて北朝鮮のようになっていたことを考えれば、 これでも仕方がないのか?という、日本独特の諦念がある。 アラブが怒るのもわかる。世界の石油の決済の殆ど全てがドルでおこなわれている。 アメリカの紙切れで、石油が全て持ち出されているのだから。 彼等の質の悪さ?も手伝って、それをモノの再生産に投資できない事情もある。
その対極の日本も、稼いだ金をドルとアメリカ国債に半強制的に替えられているに すぎない。アラブの人たちと大して変わりはないのだ。ユダの世界戦略の一環でしかない。
ー以上であるが、80対20の法則でいう殆どの要点はここに書いた。 あとは、本屋の立ち読みで充分である。但し、その意味を噛み砕いての話だが。
--------------- 2003年11月28日(金) 968, 「企業の人間的側面」
以下は字数の関係でカット この後は、分類のコーナーの検索に「X理論とY理論」と入れてください。 ー2007年11月28日ー削除
・・・・・・・・・ 594, パソコンの恩恵 - 2002年11月28日(木)
毎日飽きずに、こうも書けるか種明かしをしよう。パソコンのおかげである。 会社の机の上と、自宅の居間のパソコンの存在のおかげで、 パソコンが無かったら絶対に不可能である。
何か思いついたときパソコン内のメモ帳に書きこむ。 それに気楽に書き足していくのである。最後に適当にテーマを書いて保存しておく。 反対にテーマを思いついたら、まずはテーマと思いついたことを2〜3でも書いておく。 特に一番リラックスしている夕食前後に面白いテーマやキーワードが出てくる。 10秒もしないうちに書ける休止状態にしておき、遊び感覚で打ち込む。 これで飛躍的に文章力と量が増えたのだ。 その場が一瞬に書斎に変わるのだ。
更にパソコンのよいことは修正と追加が軽くできることだ。 順序も考えないで、思いついた事が打ち込めるのだ。 後で順序を並べ替えればよい。そのプロセスは思考である。 そうするとパソコンは思考機械になる。これが紙に書くとそれ自体で気分が重くなる。 さらに書きなぐっていると、頭が混乱してくるのだ。勿論大切な事だが。
ポイントはテーマなどは後で面白おかしく書き換える事だ。 毎日書き続けて解ったことは推敲の回数を重ねるほど文章は良くなって いくことだ。文章上達はそれしかないといってよい。 それがパソコンの場合簡単にできるのである。
話しは変わるが随想日記の最大の読み手は実をいうと私なのだ。 数ヶ月前のある日の随想日記を突然ランダムに呼び出して、毎日のように 読んでいる。その都度、こんなことを書いていたのかという驚きがある。 これは自己対話をしていることである。あるいは自分を深耕していることにもなる。 これもパソコンだからできる。書斎に移動して読む必要はない。 我が家には書斎はない、いや必要ないのだ??
この一年半で、自分の文章力が飛躍的に向上した。 これは毎日文章を書き続けたことと推敲を毎日重ねたおかげである。 その最大の武器がこのパソコンである。 それとホームページのおかげだ。 誰かとつながっているという動機づけがあったからである。 パソコンは知的玩具です。 痴的にもなるが?!
---------------- [241] 健康法 - 2001年11月28日(水)
1、私の健康法の基本はウオーキングである。年平均15000歩である。 実際大変であるが、習慣化をしてしまえがそうでもない。 2、次は毎朝の風呂と、そこでやる足マッサージ。 右(左)の手の指で、左(右)の足の指の間を合掌し絞り上げるが、 かなり刺激的で、呼吸をしながらやる。次がコメカミと目の周囲のマッサージ。 3、夕食前のヤクルトと、健康食品(胚芽米の酵素と、パイウオーターにプロポリスを 入れたドリンク)それと、基本として肉料理より魚料理を食べるよう心がけている。 4、砂糖とカンジュースを飲まないようにしている。 5、ものごとをあまりクヨクヨ考えない。 6、合わない人とか、いやな事は極力避ける。 7、昼に30分アルファーはの出る音楽を聴く。 8、あと海外旅行が精神によい。年2〜3回行っていると、毒を吐き出る。 ただお腹九分目目まで食べないときが済まないのが悪い癖だ。 毎日アルコールを飲む事も良くない。
そういえば川柳を思い出した [健康法 人に説いて 先に逝き] ---------- 昨日はカミサンと長岡の居酒屋・笑笑で飲む。三日続けて 飲んだ。この連休どこも行かないし、いいじゃないかと理屈をつけて。 一昨日は前日0時まで飲んでいたため、酔い止めの薬を薬局で 飲んだ、かつ二軒目以降は梅割を飲んでいたため無事。 もし早死にするなら、私の場合の飲みすぎだ。
・・・・・・・・ 11月28日 1968年
午後「人事管理」の試験、まるで解らない。 論文形式の方は、書くのが億劫になり、いい加減な文章を書いて提出をする。 その後喫茶店に行った後、川崎と「嵯峨」で酒を飲む。 話題が寮のことになり、寮生の同期の佐藤と飲むことを約束をする。 対照的な二人の間で飲むのも面白そうだ。
帰寮後、明日のゼミの課題のマクレガーの「企業の人間的側面」を明方の4時まで読む。 両親の従業員に対する人間観はX論に当てはまることに気がつく。 Y論は自分自身にあてはめ、X論は従業員に当てはめるということ?
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| 2428, 自分を理解するため他者・コンピューター −2 |
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2007年11月27日(火)
才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪ 人間と動物とが共通に有している能力よりも、知的・理性的側面が、 人間固有の特徴として逆照射されたが、今度は特有の特徴を凝縮したコンピュータから 人間に向けて照射したら何が浮かび出るのだろうか。 この数日、コンピューターから人間を照射した、動物と人間の差異は何か?を 自分の頭で色いろ考えてみた。 ・喜怒哀楽の激しい感情、 ・欲望の過大性、 ・自らの知恵で環境を変える能力、 ・考えることを考えるー哲学をする能力、 ・新たな他者としてのコンピューターを使い、支配する能力、 ・言葉を持ち、それを書き写す能力、 ・自らの意思を持つ能力、 ・自らの神を創造する能力、 を持ち、それ故に自ら自然界を道連れに消滅する宿命を持った動物である。 まだまだ幾らでもあるが、私が今考えた「動物と人間の境い目」である。 そうこう考えると、やはり動物とは違う存在である。 更に人間は、この新たな他者を爆発的に発展させ、自らの周辺の環境に 融合しだした。これが良いにつけ悪いにつけ、次の大きな問題になってきた。 世界が一変しだしたのである。 −前回のレポートの続きである。 ーー *現実感を変えるバーチャル・リアリ一アイ ーコンピューター 黒崎政男(哲学者) そして、今日では、コンピューターと哲学をめぐる聞題群はさらに広がっている。 1980年代から始まったコンピューターのパーソナル化は、予想を超えた速度で進行し、 コンピューターはあっという間に個人的生活の内部にまで浸透した。 コンピューターは、もはや、われわれに脅威を与える他者という遠い距離に留まるのではなく、 完全に環境としてわれわれを取り巻くようになった。 そしてさらに、コンピューターと われわれの関係はさらに密接になっていき、〈われわれの外部としてのコンピューター〉 という性格さえ危ういものとなっていく可能性が出てきた。 つまり、現在さまざまな形で間題となっている〈バーチャル・リアリティ〉である。 われわれわれは、今やそれをわれわれの身体の一部として、あるいは頭脳に一部として 組み込もうとしているわけである。
その意味で、人問とコンピューターとの結びつきは、もしかしたら、 着実に進行しているのだろう。それは、脳に直接機械を埋め込むという、 ミンスキー教授が言うような原始的な方法によってではないかもしれない。 われわれの環境が、電子的に媒介された映像などで満たされていくとき、そして、 人々のコミュニケーションがほとんど電子的な媒介によって営まれるようになったとき、 われわれの現実感の変容という形で、それは進行していく。
コンピューターは、人間とはなにか、を逆照射してくれるあらたな他者として、 今日、きわめて意味深い存在者なのであるが、今後、人間は自己規定をどのように遂行 していくのだろうか。 あくまで、人間性にこだわっていくのか、それとも、 そんな課題は放棄してしまうのか。 興昧は尽きないのである。 −−
10年先、いや5年先さえ、想像すらつかない変容が待ち受けている。 それを見るだけでも現代に生まれた良かったと思っている。 ヽ(。・c_,・。)ノ バイ ・・・・・・・・・ 2006年11月27日(月) 2064, あたりまえなことばかり −15 o( `▽´ )Ψオハヨウ! 7歳の頃、一番上の兄が死んだ時に姉に「死んで兄ちゃん、どこに行ったの?」と聞いた。 そのときの姉の答えは、「白い馬になって、空の上の昇っていたいったのよ」であった。 数日後、兄が白い馬になって空に昇って行った夢をみた。 子供ながらに、その時の両親と兄・姉の悲しみは敏感に感じ取っていたのだろう。 こういう経験を重ねて、死は怖いもの悲しいものという先入観が植え付けられたのだ。 亡くなってから何度か「どこかに行っていた兄が帰ってきた夢」をみた。 空の彼方からというより、そのつど事情が変わっていた。 兵隊から帰ってきたり、旅行より帰ってきたり・・・ 人は元気で長生きをしなくてはならない。 世界も、自分も変わっていく。それは遥かに予測や想像をこえている。 いま、ここは全てである、しかしその全ての背後に得体の知れない世界がある。 それを知りえるには、変化していく自分の世界と経験の蓄積の範囲でしかない。 ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー�� ーーーーーーーーーーーー
言語と論理に即して考える限り、「死は存在していない」。 自分の死は言うに及ばず、他人の死すら「見つからない」。 しかし、だからこそ、「他者が死ぬ」とはいったいどういうことか、 悩ましいなぞとなる。死は存在しないが、死体は存在する。 他者の死体の存在によって、現実の出来事になる。
死の境によって動いていた体が動かなくなる。 この変化の意味、これが理解できない。 理解できないまま、死体は然るべき手順で処理され、無くなる。 死体として存在していたものが、もう触れることも出来なくなる。 我われが他者の死を理解したと思うのは、やはり物理的肉体の消滅、 その確認ということだ。逆にいえば、物理的確認がなければ、 我われは「その人が死んだ」ということを、どこまでも理解できないことになる。
人類における葬式、葬送の儀式とは、この、理解できない他者の死を、 理解しようとするための方策に他ならない。 文化的社会的なけじめを与えるのでなければ、我われは「その人が死んだ」といえない。 繰り返しになるが、死は存在せず、死は言葉としてしか存在していないからである。
子供が、他者の死を理解できないで、たとえば 「オジイチャンどうしたの?」と聞いたときの答えが 親「死んだのよ!」 子「死ぬってどういうこと?」 親「いなくなることよ」 子「今どこにいるの?」 親「お空よ!」OR「天国よ!」 おそらく多くの子供が、この答えに納得する。何かが腑に落ちるのである。 無になることが理解できない存在者としての我われにとって、 このような回答は何かが自然なのである。
これが大人になったときにも、基本的に変わらず「彼岸」もしくは「あの世」と 名を変えて無自覚的に変わってないのである。 「死者への語りかけ」、しかし、 多くの我われにとって他者の死を「他者の死」として一般化することは出来ないだろう。
「一人称の死」「二人称の死」「三人称の死」とは、フィリップ・アリエスによる 卓越な分類だが、ふつうに我われにとって問題となり得るのは、 「二人称の死」としての他者の死であって、「三人称の死」としてのそれではない。 通りすがりに見知らない人の死は、人は泣くものではない。 泣くのは見知っている人である。
我が死んだ子、記憶の中の死んだ子は、決して成長することはない。 肉体として存在せず、しかし、記億としてありありと存在する子供と、 生成する関係を共に生きることができずに、人は悲しむ。 悲しみとは、子供の死というより、むしろ記憶の所有だろう。 その人の肉体の消滅とともに、なぜその人の記億もまた消滅してはくれないのか。 −− 「お空の彼方」ー良い言葉である!お空の彼方からきて、お空の彼方へ行くのだろう。 熟睡も「お空の彼方」なのだろう。 たまに、帰ってきたくなくなることもあるが! いやないか? ここがお空の彼方だものな〜 (*^_^*)\バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月27日(日) 1699, 人生の価値について −1 −読書日記 『人生の価値について』 西尾幹二著 新潮選書 (-_ゞnemu (~O~)ふぁ この本では、どうしたら人生に成功するかという、いわゆる人生での成功の秘訣や、 いかに生きがいを見つけるかといったことは書かれておらず、 生きがいとは何か、成功は価値に等しいのか、が述べられている。 成功失敗、幸福も不幸も、希望も絶望も、生も死も、 結局は同じものの二面性にすぎないという。 「人生は偶然に支配され、何が起こるか分らないからこそ、 生きるに値する」という、宿命を認めているところは 本人の人生体験を重ねて深いところを見据えている。 104節からなる各々の文章が、どれを読んでも解りやすい文章で 読者を深いところで納得させている。♪〜♪〜 (( 匚P ー90節の「希望について 」が、心に残った。 重病患者ばかりが入っている病棟に入院したときの著者の記述が鋭い。 著者がそこで不思議に思えたのは、明日にも死ぬかも知れない 人々にも「社会生活」があることである。 余命幾ばくもない患者たちが、日常のささいなことに心をとらわれていることである。 明日の命も知れぬ人が、ナイター中継に夢中になっていたり、 同じ病室の人に悪く思われないように気をもんでいたりすることなど、 「死」という大きくて困難な問題を直視しないようにしていることを知る。 Σ(゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァァァ?!! 死にたくない! このような経験から感じたのは 日々の小さな出来事に敏感になることで、 困難で恐ろしい(死)を考えないですむようにする人間のたくましい実態である。 パスカルはこんなふうに言っている。「人間と言うものは、どんなに悲しみに満ちていても、 もし人が彼をなにか気を紛らわすことへの引き込みに成功してくれさえすれば、 そのあいだだけ幸福になれるものである」 Σヽ|゚Д゚|ノ┌┛☆死 また102節の「人生の長さについて」もよい。 「人生は快楽や楽しみごとや不安や緊張や困難で、いっぱいに満たされているのが通例である。 だから時間は素早く過ぎていく。しかしそういう物を何かの偶然で突如欠いてしまうと、 時間はとたんにだらだらと怠惰に流れ、退屈という新しい苦痛が発生するのである。 時間はそのさなかではむやみに長く感じられる。」 (′O`)hima〜 「今過ごしつつある時間を長く感じることを人間は一途に嫌悪し、 これを避けようとするのだ。できるだけ時間を短く過ごすことが 生の確証であり、生きがいの充足をしていると思っている。」 著者は「あらゆる人間の行動はすべてその人の暇つぶしである」 と述べている。この人間の行動というものの中には仕事や家事、 学術的な研究まで含まれる。暇であるという状態は、 その人に自己の生の無意味感を与える。それを感じたくないがために、 我々は何かを行っていなくては生きていけないのである。 何かこの辺を読むと人生とは何ぞやとか真面目に考えるのが馬鹿馬鹿しくなる。 ・・・・・・・・ 2004年11月27日(土) 1334, 「おカネの発想法」ー読書日記
父が末期ガンで死期を悟った時、私に意味深のことを言ったことを思い出す。 「紙に一千万と書いて、この一千万と通帳の一千万と自分にとって何が違うだろうか。 今さら一千万の現金を手にとって使おうとしても何に使えない」 と。
死を目前にした父にとって、いくら現金があろうが、それが何にもならない。 お金も、元気なうちに使わなくては価値がない。 「使えるから価値があるので、使えないのは価値がないのと同じである!」 と言いたかったのだろう。好きな事業をしてきて、地方としては戦前・戦後と二つの時代に 渡って成功をしてきた人である。そして、道楽も幾つか持ち人の数倍も人生を楽しんでいた。
「全く同じ人生を、いま一度生まれてきた繰り返したい!」 が、父の最期の口ぐせになっていた。 父は事業の恐ろしさを知り尽くしていたので、最悪のヘッジとして 不動産や、証券や、古道具や、現金にして溜め込んでいた。 しかし死を目前にして、何だったのか疑問を持ってしまったようだ。
反面、事業をしていると、資金は命の次に大事であるとを思い知る。会社の血液である。 「ある日突然、思いもよらない時代の激変が起こって裸になってしまう!」 ことが、経営の宿命である。 そのため、経営はそれに備えて置かなくてはならない。 しかし、あるところまで生きてきたら、生き方そのものを転換をしなくては ならないことを、その時に父から教えてもらった。 ーーー
ーーこの本の印象に残ったところを抜粋してみる。
ーあなたは、おカネである金貨を大きな袋に詰め込んで船に乗り込んでいます。 ところが、乗っていた船が激しい嵐に襲われて、船を捨てて避難しなくては ならなくなりました。そこであなたは、金貨の袋を腰にくくりつけて、 海にとびこみました。海底に沈んでいきながら、あなたは人生を振り返りこう思い悩みます。 私はお金を所有していたのか、それとも、お金が自分を所有していたのだろうか、・・・と。 お金は所有するものであって、所有されるものではありません。 お金に振り回されないためにも、お金を所有することの向こうにあるはずの リアルなコミュニティの重要性に気づくべきです。 ーー ーヤップ島の石のおカネの話と我われの通貨とどこが違うというのか。 ヤップ島には、車輪のついた乗り物がなかった。したがって、道路も整備されていなかった。 そこで、、1898年にドイツ政府がコロリン諸島をスペイン政府から買取り、 所有権を引き継いだ時、荒れ果てた道を修繕するように通達を出しました。 ところが、全然修繕が進みません。 そこで、ヤップ島の通貨として指定したドイツマルクで金を取ろうしたが、 島民達は、笑うだけで自ら修繕しようとしません。 そこで一計を案じました。 通達を出した村や町に役人を送ると、価値ありそうな現地の通貨の 「フェイ」に「×印」をつけて、政府所有にしたのです。 この政策がウソのように効果をあげ、ドイツマルクに対して、 何とも思わなかった島民は「フェイ」を失ったことを悲観して、ひっしに働きだした。 修繕が終わると、政府は「フェイ」に書かれた「×印」を消して回りました。 島民たちは、自分達の財産が戻ってきたことを心から喜んだという。 ヤップ島のひとを笑うのは自由だが、本当に笑えるだろうか。 というのは、私達がお金と信じている預金通帳のデーターも、 本質的には「フェイ」に書かれた「×印」と大同小異だからだ。
・・・・・ 2003年11月27日(木) 967, PDPテレビをいれて一年、の感想
一年前の随想日記を振り返って読んでみて、PDPテレビをいれて一年経った ことに気づいた。丁度その頃、会社の近くにDVDのレンタルショップが 開店したため毎週のように借りて見ていた。 オーバーにいえば、そこの見たい映画を殆ど見てしまった、といってよい。 普通のTVがハイビジョン並みの画面である。それと画面の大きさが一番のポイント。 映画館にいっているようで、綺麗で迫力がある。 その為、劇場中継や音楽番組や自然紀行などの番組がすばらしい。
次の世代は「実際見るよりより綺麗な画像」になる可能性があるという。 人間の眼よりも世界を鮮明にとらえてしまうのだ。 プロの使うカメラの世界は、ずっと前にその段階まで入ってしまっている。 これからは映像の世界がそうなるというから、想像を超えた世界になるだろう。 PDPの値下がり幅がもっと進むと思っていたが、それほど下がってない。 しかし「カタ落ち」では1インチ一万円(50インチー50万)に近づいている。 価値はあるかと問われれば、「充分ある」というのが答えである。
「36インチのブラウン管のハイビジョンと変わらないのでは?」といえば、 そうではない、それなりの価値はある。来年から爆発的に売れ出すであろう。 3年後、1インチ5千円あたりが落ち着きどころだろう。 それよりも一緒に買ったDVDがよい。 ハードに録画を貯めておくのが非常に便利である。 DVDに録るということは皆無である。 どんどん録って、見て面白くないのは消去できるからだ。 あのビデオの物理的な煩わしさから開放されたのが良い。
・・・・・・ 593, 八ちゃんの時代 - 2002年11月27日(水)
八ちゃんという言葉が私のアイデンティーである。 8人兄姉の末っ子で、父親の42歳の子供であった。 両親と兄姉と従業員の中で可愛がられ育った。
特に父親に溺愛されていた。 但し物理的には何も与えられなかった。当時は誰もがそうであったが。 今も人好きなのは三つ子の魂いつまでもである。
今でも姉が憎憎しく「あの八ちゃんは何処にいったの?」という。 「しょうがないだろう、あれから五十年経ったのだから」これが私の答えである。 今考えてみても刺激の強い幼児期だった。映画のような世界であった。 刺激は強く貧しいが、明るく豊かな世界だった。 今も鮮烈に当時の記憶が残っている。子供心に当時の出来事を全て受け止めていた
・無尽上がりの??相互銀行のKが成り上がってきたとか。 ・十日町のイチムラが近くに百貨店をオープンした。 ・同じく三条の香具師が百貨店を開いたとか。 ・母の従兄の内山由蔵さんが市長になった。 ・北越銀行の頭取が何処かの未亡人に熱を上げて通っているとか。 見ていても、聞いていても刺激の強い世界であった。 自殺、夜逃げ・妾の話が子供ながらに面白くワクワクして聞いていた。
・・・・・・・・・・ [240] 土日.祭日のすごし方 - 2001年11月27日(火)
土日.祭日は ・5〜6時起床。パソコンに30分向かう。 ・6時前にウォーキング、8時前に帰る。 ・風呂に入り、食事、新聞・TVと続く。 午前はこれにパソコンいじりが加わる。 ・午後はTV(愛の貧乏脱出大作戦、新婚さんいらっしゃい、ETC) 図書館、スーパー、読書、ショッピングセンターか何処かにいく。 ・夕方は散歩をかねての居酒屋か、郊外の飲食店で食事。 更にウオーキング、 ・そして夜はTVかパソコン、これで一日が過ぎる。 単純だがこれが私にとって楽しい。 1〜2月に一回は柏崎の家内の実家に行く。 BSハイビジョン放送が始まって以来、TV が面白い。 あと数年たったら50インチの液晶TVを買うのを楽しみにしている。 50万くらいになったら、今は100万する。 (この前石丸電気で見たら、そのままそこに入っていけそうな別世界があった。) 一週間で今が一番楽しい時間だ。土曜日,散歩と風呂の後、TV を見ながら パソコンと美味しいコーヒーを飲んでいる時だ。
・・・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月27日
10時10分に学校。川崎と会いノートを返す。 彼と食事をして、独りで図書館で勉強をして帰寮。 部屋で、明日の中間試験の勉強。その後に風呂にいく。 夕食後、瓜生君が部屋に遊びに来る。そこに米林君も来る。 彼をからかうと、かなり怒り心頭のようであった。 独り大声を発した。そして佐藤嬢のところに行ったようだ。 この男、イヤな奴だ。卑しい奴と言ってよいだろう。 友人では、こういう男と純粋を保っている男に二分される。いや2割がこういう男だ。 寮で来るなといえないので仕方がないが、普通は傍に寄せ付けない。 夜半の3時まで試験勉強。 洗濯後、就寝。
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2007年11月26日(月)
(。・ω´・)っノXXXXXXXXXX>C【才ノヽ∋―】 人生を振り返ると、全てが自分自身に「なる」ためのプロセスのような気がする。 先日、小学校の同期会があったが、それぞれの生き方をしてきたとしても、 突きつめてみれば「自分らしく生きてきたかどうか」である。 人生の質でも濃さでもない。 そんなことは生きてきた、生きていることからみれば、些細なことである。 死線を何回か乗り越えてきた人、北アフリカとフランスに十年住んでいた人など、 色いろな人生を背負った、それぞれの人生を垣間みて、 「人生で何をしたかより、その人らしい生き方をしたかどうか」 こそ、振り返った時に問題になる。 残るのは「本人らしさ」だけである。
以下は、『哲学の教科書』・中島義道ー の中の文章である。 −−− ここに、最高の自己表現、誰にでも適性があり、 かつ人生の最高目標に据えるにふさわしいことが一つ残されています。 それこそ、はじめに触れました(自分自身になる」というとです。 全ての人は個人なのだから、そのまま何もしなくとも人生の最高目標をもう達成している と考えるなら、そんな甘いものではない。 マザー・テレサは、視線を絶えず苦しんでいる人達に向けながら、 このうえなく「自分自身になる」ことを実現している。 あるいは自分のよい個性を伸ばす事も「自分自身になる」である。 特別世間的には偉くなくとも、その人のそばにいるとホッとするような人や 安心するような人はどこにでもいるものです。
しかし「自分自身になる」ことは、必ずしも世のため人の為になることを含意してはいません。 この言葉には「よいこと・悪いこと」といった枠を越えたもっと根本的な意味があります。 それは、「生きること」そのことを目標にする「生きること」そのことを 問題にすると必ず「死ぬこと」が影のようについてまわる。 前に紹介した禅の坊さんたちの修行の目標は、例えば白隠の「いつかは生死を離るべき」 のように、あるいは道元の,「生をあきらめ死をあきらめるは仏家一大事の因縁なりのように、 「生死の区別」そのものを幻と自覚するようなところにあるようです。 最終的にはこうしたことに収斂することは認めながらも、しかし多くの若い人々は 必ずしもつねに,「生」、や「死」そのものに悩んでいるのではなくー すでに見たように一就職とか結婚、あるいは自分の肉体とか性格など目前の 具体的なことに悩んでいるのではないでしょうか。
そこで、次にこうした悩みについて考えてみます。 私はいかなる(いわゆる)些細な悩みであれ、本人がそれを悩むかぎりは、 彼〔女)にとって悩む理由はあると思っております。 いやむしろ、(いわゆる)些細な悩みであればあるほど、誰もそれを真剣に取り扱って くれないゆえに、本人の内部でいつまでもくすぶり続けるのです。 では、どうしたらよいか。ある欠点に悩む人はその欠点を消去ないし改善するのではなく、 それをー変な言い方ですがー「伸ばす」ことです。 ーー
著者の事例が良い、「長谷川町子からサザエさんを、美空ひばりから演歌を取ったとしても、 本人が生きたことから見れば些細なことでしかない。」 それを死期を悟った時に、本人が一番気づいたはずである。 著者は、これまでの価値観を根本的に揺らぐようなことを平気で述べる。 それだけ生きるということ自体が価値があるということだ。 少し考えれば、当たり前のことだが、その当たり前のことに気づかない!だけである。 *´・ω・)ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年11月26日(日) 2063, 親戚の交通事故
一昨日の夜20時過ぎに家内が柏崎の実家の近くに住む妹に電話をしたところ、 彼女の連れ添いが交通事故にあったという。 「入院中の義母が、数日前から具合が悪い」という連絡が数日前に義妹から入り、 私と見舞いに行く打ち合わせの電話をした時に、その知らせを聞いた。 「数時間前に亭主が交通事故にあい、病院で手術中」という。
昨日の朝さっそく病院に行き、集中治療室に入っていた本人と話したが、 身近の人の重傷の交通事故の人は初めてである。 顔は倍近く腫れあがり、脚は二箇所骨折、来週ふたたび手術という。 首の骨も折れているという。 たまたま、義妹と家族が買い物に出ていたが、頭はしっかりしていて、 見舞いのお礼をいっていたが、正視できない姿であった。
オートバイで直進していたところ、交差点で右折の軽自動車と激突。 意識不明のまま、救急車で運ばれたという。 タバコも吸わず、酒ものまず、「家業の自転車屋と、社会保険労務士と、 貸家、貸し駐車場を経営、真面目を絵に書いたような人である。 今まで事故も一切起こしたこともなく性格どおり平穏な人生であった。 人生何が起こるか解らない。来週の手術次第で、どうなるかは今のところ解らないとか。 私が同じ状況なら、誰もが、「ヤツも、やっと罰が当たった!ざまをみろ」と、 異口同音言われるだろうし、それも肯けるが・・
交通事故は車を運転している限り、一生のうちに、平均すると重傷の人身事故 (軽傷から死亡事故までを均すと)に出合うという。 車や、オートバイで人を殺傷してしまったという話は、 何度か聞いたことがあったが、本人が重傷のケースは初めてである。
二十年ほど前に、日光街道で‘ありがとう右折’で、 止まってくれた車の後ろから直進してきたきたオートバイを撥ねたことがあった。 撥ねた瞬間、その場面がスローモーションのように展開したのが脳裏に鮮明に残っている。 ボンネットにライダーが宙返りをして、バッタと、かぶさった影像である。 たまたま人身事故にはならず、オートバイの損害保険程度で済んだが・・・
一期一会は、 決して感激・感動・感謝の場面だけではない。 家内がいった、 「事故の前に時間を引き戻したいでしょうね!」という言葉が、印象的である。
・・・・・・・・ 2005年11月26日(土) 1698, 辺境へ −3
この本の内容とは、少し違うが私が行った辺境を印象深い順にあげてみる。 (辺境というよりむしろ、異境ー‘Σq|゚Д゚|p ワオォ ’という意味である。)
1、やはり一番は 中国ウィグル地区のタクマカラン沙漠の インド側のホータン〜カジュカル〜パキスタン国境のクンジュラフ峠 〜カラコルムハイウエー〜フンザ〜アフガン国境のペシャワール~イスラマバード。 2、アルゼンチンとチリーパタゴニア地方 3、南米のベネゼイラのギアナ高地 4、タンザニア 5、イスラエル 6、北インド 7、アイスランド 8、ケニアのヌーの河渡り 9、ネパール 10、シリア・レバノン・ヨルダン 11、エジプト 12、モロッコ 13、桂林 (~O~)ふぁ・・ 14、ペルー 15、ブラジルのカーニバルと、イグアスの滝 16、カナダのロッキー山 17、アラスカ 18、南アフリカ 19、スイス・アルプス 20、北スペイン 21、フィジー 22、西アフリカ 23、南スペインーアンダルシア地方 24、ベトナム 25、ニュージィランド 26、メキシコ 27、北欧4カ国 ーノルウェー・デンマーク・スエーデン・ロシア 28、ノルウェーのトロムソ の順であろうか。 特に10辺りまでは、どこが一番と いいづらい。
ツアーとはいえ、注ぎこんだエネルギーは膨大であった。 生命の危機の場面は無かった?が、一回の旅行に何らかのカタチのトラブルは全て出る。 それに対していかに対処するかにある。 トラブルを楽しむことだ。 どうして楽しむかというと、トラブルは当然あるもの、 あくまでも楽しみの塩コショウで、丁度良いバランスに 直面しているだけと割り切ってしまう。 あとで振り返ると全てが、その範疇でしかない。 人生と同じである。 (◎-◎;)!! 一番辛かったのは、生理現象である。( ̄ω ̄;)!! 時差と食べ物の関係で2〜3日 体調を崩す。 それを恐れていては、何処にもいけるものではない。 ただどういうわけか、強盗・窃盗にはあったことはない。 ツアーの良いところだろう。 大自然や異文化から受ける大きな感動や驚きからみれば、 その前に立ちふさがる壁は踏み石でしかない。 それだけ、素晴らしい景色と感動が待ち受けていた。 できる時に、できる事を、できるだけしておいて 本当に良かったのが、実感である。 ヾ(^-^)ゞ ・・・・・・・・ 2004年11月26日(金) 1333, 2000年前のポンペイ −4
遺跡の中でポンペイの遺跡は、奇跡に近い状態で 当時の世界をそのまま閉じ込めて現在に提示してくれている。 この世界のグラビアの本を開いているだけで、 気持ちが2000年の時空を飛び越えてローマの時代にはまりこんでしまう。
この小プリニウスの手紙には、大きな衝撃を受ける。 この青年の知性にも、驚きざるをえない。 それと、大プリニウスの行動にも当時の知的レベルの高さを知ることができる。 この内容が、2000年前の事実がそのままドキュメント風に記載されているから 迫力があるのだ。人間の変わらない感動、恐怖、そして生活がそのまま伝わってくる。
街全体が、当時のまま残っているから、更にこの手紙の内容が生々しい。 18世紀の初頭まで人々の記憶から忘れ去られたことが、当時のままの姿を残すことにもなった。
35年前の日記を昨日のように感じるのは何ら不思議ではない。 全て昨日のようなものである。 数ヶ月前に放映されたTVドキュメントは、この手紙を忠実に映像化をしていた。 そして、爆発が起きてからポンペイが埋まるまでの19時間も、当時の遺体の様子から 想像をしたドキュメントが生々しく時系列で構成されていた。。
ー6月20日の手紙ー 字数の関係で、カット。あとは、分類の検索に載っています。 (2007年11月26日) ーー 以上が私の身に起こった出来事です。 歴史に残すにはふさわしくないつまらない話ですから、お読みになっても 貴兄の著作に書き入れる気にはなれないでしょう。 また、もしこれが手紙の名にさえ値しないとしたら、 私に頼んだ貴兄自身を責められるべきです。 では。
・・・・・・・ 2003年11月26日(水) 966, 悪口についての一考察 −2
どんなに憎んでも、面と向かって言ってはいけない言葉がある。 だから、その人の居ないところでいう悪口は楽しいのである。 これが人間の悲しい性である。
4~5年前にある泥酔の高校の同級生二人に呼び出されたことがあった。 片っ端から知人の悪口を言っていたが、私を呼び出す前までは 私の悪口を言っていたのがミエミエであった。 そして「人の悪口は楽しい!」といっている姿に唖然とした。 そう、こう書いているこの文章も、彼らの悪口である。
私の場合、こと人間の真髄に関しては何を話しても悪口になってしまう。 虚飾などどうでもよい? 見えるのは裸の猿の狂った姿である。 大学のたまたま入った学部が社会学部であった。早くいえば人間学である。 人間関係の網の構造を瞬時に洞察する訓練を受けているから始末が悪い。
さらに、こういう社会学的な本が好きで40年近くも読み続けているから 知らないうちに外語化しているのだろう。 表面的な付き合いの人間には、全てが悪口に聞こえるはずだ。 同級生のスナックのママに説教をされたが、その道のアマチュア? ということは知らないようだ。
ところで悪口という概念は、なんの思想も持ち得ない。 ー怒れば、ストレス解消・精神衛生などという隠れみので、 自己のプライドなど微塵もみせず?に罵詈雑言をいい続ける。
ー気分の良い時は調子よく聖句などを持ち出してきて、「悪口はいけません」とのたまう。 この二面性を持っているのが人間の姿である。 悪口の後で「仕方ないさ、人間だもの」と繰りかえす。
ー悪口をいま思い出せる言葉を羅列してみるとー 「服のセンスが悪い」「だらしがない」「カスが人間をまとっているような奴」 「子狐のような奴」「屑どもめ」「仕事が出来ない」「気がきかない」「痴呆迷死」 「ミス何々ー失敗ばかりする女」「ダニ」「自民党のような奴」「たかり」 「くそったれ」「共同便所のような女」「東京ガス」 悪口はまるで無尽蔵である。
嫉妬心・怒り・敵意・ねたみ・憎しみ・優越感・軽薄など心の底に渦巻いている ドブから発するガスである。
・・・・・・・・・ 592,ーこころにのこった詩ー2 - 2002年11月26日(火) ー兄弟ー びーと たけし
兄ちゃんが、僕を上野に映画を見につれていってくれた 初めて見た外国の映画は何か悲しかった ラーメンを食べ、喫茶店でアイスコーヒーを飲んだ 兄ちゃんが、後で入ってきた、タバコを吸っている人達に 殴られて、お金をとられた 帰りのバス代が一人分しかなく 兄ちゃんがおりた 僕はバスから飛び降りた 兄ちゃんと歩いて帰った 先を歩く兄ちゃんの背中がゆれていた 僕も泣きながら歩いた −−
これを読んで子供のころの出来事を思い出した 詩的に書いてみるー
小学校の低学年の頃、兄と歩いていた 兄が急に頭に手を当てた
帽子を取ると頭が血だらけだった 兄はそれを見て泣き出した 帽子に穴があいていた
すぐに誰かが空気銃を撃ったのが解った 近くに不良の中校生がいた 彼だろうと思った
兄の手をひいて帰った その問題は大きくはならなかった それから10年経ってその少年は殺人事件をおこした
ざまみろと思った −− この文章を考えて寝たため昨日の朝、ビートたけしの兄弟の夢をみた。 夢の中の対談で私が司会者だった。 たけしが兄にふざけて昔貸した200円を返せという。 また二人で読んでいる新聞を取り合いをしている。 兄弟でいつの間にコントをしている。それがこの詩のように仲がよいのだ。
何か失われた家族を見ているようであった。 また自分の脳の想像力の凄さ単純さに驚かされる。 自分でいっているのだから間違いがない。
・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月26日 9時15分に起床。10時半に学校へむかう。 川崎と待ち合わせて、ノートを借りる。食事後川崎と「サルビア」へ行き話す。 「昔の彼女に会って婚約を知り、再び結婚を前提で付き合いたい」と いったという。聞いていて馬鹿馬鹿しくなってきた。 「身勝手もいい加減にしろ」と思ったが、口には出さなかった。
試験勉強をする為に、独りで図書館に行き、その後再び川崎と食事をする。 帰寮後、川崎に借りた本をうつしていると、駒村が来る。 少し彼と話す。 その後、炊事場で米林から、南波嬢と蒲生が何とやらと聞く。 本当かどうか解らないが、もしそうなら南波嬢もその程度の人かと 失望をする。佐藤に知られなければ良いのにと心配だ。 佐藤は気が多い男だからだ。
その後、大妻の宮本さんがくる。彼女から、その女性が「清田」さんと聞かされる。 何回か会ったことがあるが、別に何とも思ってなかったが。 確かにスゴイ美人である。しかし、それを鼻にかけているのが気になる。 逃げる理由も無いが、追いかける理由も無い。
宮本さんも面白い人だ。 間中君の「自他とも認める何」だから気楽に傍に寄せているが。 彼女が帰った後に、食事に行く。 その後、集中して勉強。 夜半0時に米林がくる。 佐藤嬢とのノロケを聞かされる。彼は今は女性のことしか頭がないみたいだ。 不安なのだろう。 それにしても、シモの具体的なことを何故言いたがるのか理解できない。
後記 2003年11月26日 書き写していると当時をアリアリと思い出すものだ。 そして、よくもまあ、色いろのことがあったものだ。 何事も忘れるから生きていけるのだろう。 日記に書いてなければほぼ全てを、忘れていることだ。 過去を振り向かないことを自分に課してきたが、このように思い出すのも 面白いものである。
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2007年11月25日(日)
|* ̄o ̄|お|* ̄O ̄|は|* ̄。 ̄|よ
朝日新聞の「生活」のページのーひとときーという欄に切実な投稿があった。 家内が読んで、「もう直ぐこういう経験をするかもね!」と教えてくれたのである。 一年ほど前に山の手線で偶然にシルバーシートの前に立ったことがあった。 若い人が座っていたが、その時に「もしかしたら、席を譲られるのでは」 という不安感に陥ってしまった。結果として譲られなかったが、 次の駅が来るまで頼むから譲らないでと願った経験がある。
少し意味が違うが、駅のスーパーの中の魚屋の兄ちゃんに、 『そこのオトウサン、これ安くするから持っていってよ』と言われて、睨みつけたことがある。 『お前に、そこのオトウサンなど言われる筋合いはないわい』と思いつつ。 少しその場から離れて小声だが、『おっかねえ!』と聞えてきたが。 初めて就職をした時のスーパーの売り場に立った初日のこと、 『そこの店員さん』と客に言われた時の衝撃は今でも憶えている。 『そうか!自分は店員になったのだ』と、初めて社会に放り出されたことを知った。
−−−− *「おばあさん」初体験*
孫たちと川遊びに出かけた時のことだ。 釣りに興じる孫たちを見ながらひと休みしていると、 「おはあさん、おはあさん」と誰かを呼ぶ声が聞こえる。 振り向くと、私より年上と思われるじいさんが、なんと、私を呼んでいるではないか。 思わず「私のこと?」と聞いてしまった。 このごろ、とみに老け顔になっているのは承知していたが、まさに「ひええっ」という思い。 わが人生初体験のことだった。だが第二弾はすぐに来た。 上野の宝物館で入場券を買おうと値段を尋ねた時だ。 私の顔を見た女の人は「600円です。けれど70歳以上は無料です」。 その時は気づかなかったが、歩き出してふと、そうかわざわざ70歳以上と言ったのは、 私がその年に見えたからか、と気づいた。日ごろ体力に自信ありの私だけど、 見目かたちは年相応でしかないのか。 わかった。私は妙にすとんと納得した。と同時に、すぐ決心した。 形だけでも颯爽としたばあさんになろう、と。 そのためには着やすい服はバツだ。薄いストッキングとスーツにバンプス。 リュックもやめ。小ぶりのバッグだ。 「年寄りの冷や水」というけれど、こうなったらやせ我慢だ。 背筋を伸ばして歩こう。 無理しないと限りなくだめになっちゃう年代だぞと鼻息荒いこのごろなのである。 (川崎市 神林英子 主婦 68歳) −−−− 投稿の女性は、かなりのショックのようだったが、 遠くない将来、私も同じような経験をするのだろう。 最近、知人から「私も遂にオジイチャンになってしまった」という声を聞く。 ( ̄∠  ̄ )ノ バイ! ・・・・・・・・ 2006年11月25日(土) 2062, モーニング・ページその後! (~Q~;) おはよう〜〜 ファ〜
今年の3月半ばから始めた「モーニング・ページ」を相変わらず続けている。 今年に入って新たに加わった習慣である。 何も難しいことはない、ただ起きざまに大学ノートに思いのまま書く。 ポイントは、毎日必ず書くことである。(以前にもかいたが)
書き始めて8ヶ月、改善を重ねた結果、曼荼羅図のように 中央にハートの絵を書いて、周辺に9つの円を描いた中に書き込んでいく。 健康コーナーや、 随想日記のヒントコーナー、 読書コーナー、 つれづれにのコーナー等々、 だいたい位置が決まってきた。
大学ノートを横にして上下のページを朝一番に書き、昼や夜に思いついたことを、 その上に書き込む。内容が一人歩きするのかと期待したが、脳の排水レベルで留まっている。 書き連ねているうちに、思ったままのことをスラスラかけるようになったのが一番の収穫だ。 それと毎日ほぼ同じことを書いている自分に驚いてしまう。 MP(モーニング・ページ)の習慣を40年前に、いや10年前に身につけていたら、 もっともっと豊かな人生をおくれただろう。随想日記のように蓄積されていくうちに、 知らずに何かが生まれてくる可能性を秘めている。 起きて、真っ白の状態そのままで書くのが良いのだろう。 一種の座禅、瞑想である。
頭に浮かんだことを文に書き出すと、浮かんでは消えている雑事を掬い取るのと同じになる ー脳の排水を小まめにしていることになる。 その排水の中に時には砂金が入っていることもあるが・・ 夜半みた夢と、前日読んだ本の印象に残った書き込みがよい。
この一日一文と、モーニング・ページは私にとっての生き甲斐?になっている。 それと( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪も (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月25日(金) 1697, 哲学マップ -読書日記 「哲学マップ」(貫成人 ちくま新書)が面白い。
哲学とはどんなもので,他の哲学とどういう関係を持っているかの 地図を示そうというもので、切り口を変えた哲学史ともいえよう。 最近、哲学がますます面白くなっている。 極限の自己対話の本音の部分と、過去の哲学者の自己対話との重なりに、 自分の練りを今という瞬間に突きつめる。 それが日常の足下を掘り起こし、日常の外に出ようとすることになる。 ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ だから哲学は、常に日常の中でおこなわれなくてはならない。 自分が鵜呑みをしてきたことが、どんな哲学の範疇であるか、 そして、他の哲学からみたら、どういう関係にあるかしれば、 その思い込みから自由になることができる。
ーこの本の大筋はー φ(・ω・〃) ♪ 哲学の発想法といえば, 1.全体を問題にする, 2.日常性から出る, 3.形式的である, 4.方法についても慎重であるべきである、 の4つである。 また哲学的な「問い」を次のように立てている・・ (1) 「〜とは何か」という問い (イデア:現実の二項対立でとらえる プラトン) (2)「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」という問い (自我/対象、主観/客観の二項対立でとらえる デカルト) (3)第一と第二の問い組み合わせ カテゴリーが人の認識メカニズムにアプリオリ-先天的-に組み込まれている、 と考える(「経験に先立つ本質」 カント) (4)「なぜそれを問うのか」という問い 価値を差異に還元して考えるニーチェである。(虚構、流動性 ニーチェ) 簡単に言えば、 (一)は「真理」への希求に関する問いであり、 (二)は、人の「認識」についての問いといったところか。 (三)については、「経験に先立つ本質」についての問い (四)は「超越的実体を否定し、すべての差異が諸力のせめぎ合いに よって生まれる流動性を肯定する」と書かれていることから、 「流動性」(不確実性?)がキーワードになる。 20世紀の哲学は, (*´o)*ゞふぁぁ… 現象学, 言語分析, 言説分析, 精神分析, 実存分析, 構造分析 などの道具を使って行われている。大雑把すぎるが、この本の大きな柱になっている。 (^┰^)ゞ ・・・・・・・ 2004年11月25日(木) 1332, 23歳の日記−4 1969年 3月29日 ー四日市にて
勤めて、まだ一ヶ月も経ってないのに、既に壁に当たっている。 後方部隊の管理部は総員37名、そのうち30名が若い女性だ。 今年配属された男子4名の他に、課長と係長と肩書きのない古手の男子2名が男だ。 それにしても、肉体的の限界の激務である。 寮で同室の堀田君は本店から離れている郊外の食品スーパーに配属されているが、 話からみると、仕事の厳しさは本店の管理部は彼よりも数倍厳しいようだ。 部屋に帰ってきて、布団にバタッと倒れる状態である。
それでも、既に数回同期の4人と三回も居酒屋に行っている。 同期の仲間は西尾、桜井、渡辺、そして私の4人だ。酒好きというのが共通点である。 いずれも地方の大學出身のせいか純粋であり、温厚である。 学生時代の寮の連中からみれば、地方大学出身の為かすれてないのがよい。
上司の松又さんは九州出身の純朴な好青年である。 高卒で8年目だが仕事が出来る。我われ四人に、非常に気を使っているのが解る。
今の課題は、同僚としての女性に対してどう接してよいのか解らないことだ。 純朴な地方の擦れてない若い娘達の同僚としての対応の仕方である。 傷つきやすい敏感な年頃である。 全く難しい。 自分としても、どう気持を開いてよいのか解らない。 やはり、自分を取り払わないとわかっているが。 それと、寝る時間の前に本を読む癖だけはつけておかないと。
本店には、300人ほどの女子店員がいるが、息を呑むような美人が7〜8人はいる。 働く女性の姿が輝いている姿を身近にみるのは初めてである。 小説を見ているようだ。 それにしても良く働く、いや働かされている。 ーーーーーーー
4月2日 どうも、若い女性を扱うのは難しい。 他の三人は結構上手く、楽しそうなのに自分は駄目なのだ。 まず彼女らを人間として認めなくてはならないのだ。何か焦りを自分に感じている。
取りあえず、問屋の名前を一つずつ憶えてみよう。 次に店内の配置図を頭に入れてしまおう。そしてコード名を憶えよう。 何か一日一日に追われているだけだ。
統一伝票の合理的なシステムには驚かされる。 4枚綴りの複写で、それが本部用、店用、取引先分類、そして最後の一枚は、 受領書として相手方に送り返される。 この伝票システムが、仕様書発注として内容がこと細かくないようが 伝票にギッシリ書かれるのだ。 凄いと思わざるを得ない。
--------- 2003年11月25日(火) 965, 悪口についての一考察 −1
悪口については、随想日記の中では何回も書いている。 しかしテーマにしたことは無い、一番イヤなテーマであるからだ。 昨日、新聞を見ていたら‘メジャー’ヤンキ−スの松井は中学校二年生以来、 悪口を言ったことがないという。 (所詮は勝ち組が言っているから注目している部分もあるが) それでは「私の場合は如何だろうか?」と考えてみた。 本音でいうと 可能な限り言わないようにしている。 その為には嫌いな人のいる場には極力行かないようにしている。 例えば、ライオンズとか商工会議所などである。 痴呆名士志向の子狐的人間である。 地方で頑張っている人はこういう傾向が強いから始末が悪い。 自分より肩書きや収入が多い人間には媚びへつらい、下の人間には尊大な人だ。 まあ仕方ないのは解っているが。「お前の姿でもある」といえば、そうかもしれない。 人間にとって自分は善人であり他人は悪人なのである。 自分を理解しろと必死になるが、嫌な人を理解しようとはしない。 それは、怠惰という無精者に過ぎないことに気づいていないからだ。 辞典には ー悪口は「他人について、劣っていると(事実に反し、また実際以上に)いう言葉」 とある。 ー陰口は「その人のいないところで、いう悪口」と書いている。 悪口とは事実に反してと書いている。 週刊誌などは、それで持っているいるようなものだ。 大衆の一番弱いところを狙っているのだ。 辞書のとおりならば、悪口の経験のある人は虚言罪で天国の門は間違っても 叩かれないことになる。 思いつくまま「悪口」について頭に浮かんだことを書いてみる。
・「悪口はドロボーより悪い!」と曽野綾子の本にあったが、まったく 曽野(その)とおりである。ドロボーは人を殺さない、しかし悪口は時に人を殺す。 ・悪口は結局は、自分の事をいっているに過ぎない。 したがって根は深い。ただ自分で気がついてないのだ。 悪口はその人の歪んだ心象風景といってよい。 ・悪口にも色いろある。 本人に面と向かっていう悪口と 陰でいう悪口がある。 ・宗親(居酒屋おやじ)「馬鹿野郎!これで俺等居酒屋が、 商売でもっているんだ!でも酷いもんだよ! サラリーマンの悪口は耳を塞ぎたくなるより、 『その対象の奴より、言っている本人を張り倒したくなるよ!! まあ、そうでもしなくては精神のバランスが保てないのだろうがね』 ー続く −−−− 591, ある時間の断片ー13 - 2002年11月25日(月) ー 1968年 10月3日ー 9時半起床。 10時40分学校へ出発。 12時に図書館に行く。途中で石川と会う。 図書館で数人の人と話ばかりで、試験勉強が身に入らない。 試験は予想どおりで、簡単であった。 必死になったのが馬鹿みたいである。
帰寮後、床屋に行く。 夕食後TVを見る。 今の自分が何かあるべき自分とのギャップが大きい。 どうかしているのではないか? 石川に今日言われた。 「かなりいいかげんだ!」と。 そうだ、新潟の六日町の禅寺の雲洞庵にいこう! これで遅れた分が取り戻せるだろう。このままだと、その半分以下だろう。
この7日か8日にいこう。 そこで集中して卒論の大筋をまとめあげよう! 同時に人生の将来図ー目標とか理想をつくりあげよう。 イメージにまでにしてしまおう。
ーーーー 11月25日(火曜日) 1968年
朝10時起床。 卒論のマトメをしたが中途半端であった。 部屋に米林がくる。 彼もかなりクールのようだが。 佐藤嬢との、あけすけな話をする。 他人にいうことでないのに、馬鹿な奴だ。 それより、他人のことに気を向けている時間が無い。 夜半の2時まで集中したが、まだまだだ。 時間が足りない。
ところで冗談で言ったことが独り歩きをした。 今は、外に気がいってはならない時期だ。 仕方がないが、軽く考えて深入りしないことだ。 取ってつけたような相手捜しは止めにした方がよい。 何を焦っているいるのか。 試験に、卒論に、ゼミに、会社のレポートに、山積みなのに馬鹿な事をいった。
自分は会社を創りたいのだ。 そして二年勤めて、その後違う大学の三年に編入して四年後に創業をしたいのだ。 流通か、貸しビル業が面白そうだ。
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| 2425, 自分を理解するための他者・コンピューター −1 |
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2007年11月24日(土)
ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ] ーまずは、私の感想文からー 人間は自分の弱さをカバーするため、そして知識を持ったために神をつくった。 それは他の生物から見たら、人間にとって都合の良い空想の産物でしかない。 ある雑誌に載っていたレポートを読んで考えさせられてしまった。 19世紀に始まる進化論が人間は動物でしかないと主張、それまでの人間理解を根本から 大混乱させてしまった。そこで人間と動物の違いが問題になった。 動物の中の人間を浮き上がらせている諸特性ーたとえば、計算合理性、言語能力、 抽象化能力などが浮かび上がらせて、我われ人間の根拠となり始めたのである。 しかし20世紀半ばから出現したコンピューターは、動物とは違う、人間を理解する 新たな<他者>になったのである。それが、人間たらしめている特性を凝縮したもの ときているから問題は更に人間とは何かを考える問題提起になってきた。 動物とは逆の立場のコンピューターから人間が照射されて、 動物と人間の差異を見ると、そこに浮かび上がるのは何だろうか? さらに、人間とコンピューターが融合してきたため、人間とコンピューターとの 差異も見えにくくなってきている。 その意味で現在の人間は哲学的に見ても大きな曲がり角に来ているのである。 さらにコンピューターは人間の能力の概念を変えようとしている。
ーー 「人間とは何かを逆照射する新たな他者 ーコンピューター」 黒崎政男(哲学者) *自分を理解するために他者が必要*
いま見てきたことからも明らかなように、現代科学技術の最先端を意味する〈コンピューター〉 と、古代ギリシャ以来、古色蒼然と続いてきた〈哲学〉との関係を論じることは、 決して突飛な思いつきでも奇妙なことでもないことは明らかである。 哲学者たちが長い間考えてきたことを知ることは、人工知能にとって決して無駄ではないし、 また、現代科学技術の最先端で、何が問題になっているかを知ることは、 新たな発想のきっかけとなるだろう。 さて、それにしても、コンビューターという機械の研究と、人間の知識の研究が、 かくもリンクするのはなぜだろうか。 それは、コンビューダーが、人間とは何かの問題を逆照射してくれる存在だからである。 われわれは自分を理解するために、他者を必要とする。 だから、19世紀から始まる〈進化論〉の主張が、 人間の自己理解に大きな混乱と変動を引き起こすことになったのは当然である。 自分とは、動物ではないものであったはずなのに、自分は動物だった、と知ったら、自己を 浮かび上がらせるべき他者(つまり、自己を確定すべき境界線)が消失することになるからだ。 そこで、通常動物には欠けていると考えられる諸特性因たとえば、計算合理性、言語能力、 抽象化能力などが、われわれ人間のアイデンティティの根拠となりはじめたのである。 そして20世紀の半ばに出現してきたコンピューターは、 人間を理解するための新たな<他者>となったのである。 人間ではないものが動物だったときには、人間と動物とが共通に有している能力よりも、 知的・理性的側面が、人間固有の特徴として逆照射されていた。 しかし、コンピユーターは、この「論理的能力」を特化した存在であるので、今日では、 人間とは何か、を考える場合、その知的・論理的能力は、人間固有の特徴として クローズアップされにくくなってきている。 むしろ、動物と共通する能力のほうが、逆照射されはじめている、といえるだろう。 だが、コンピューターと動物という二つの〈他者〉から、同時に自己を隈界づけ、 確定しようとすると、この両者に挟まれて人間の自己理解は深い困難を抱えこまざるをえない。 動物という<他者>によってわれわれを逆煕射しようとすると、コンピューターと我われとの 差異が見えないし、コンピューターという<他者>によって動物とわれわれとの差異が 見えにくくなるからである。 ○(´・ω・)ノ ホン ヂャァネッ ・・・・・・・ 2006年11月24日(金) 2061, 虐めについて (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
‘虐め問題’の解決などあるはずがない、家庭内の不和が原因にあるからである。 自分にかかった血を学校の弱者に塗りつけるのが虐める方の理由である。 情報化により弱肉強食社会の傾向が強くなればなるほど、 家庭内へストレスが持ち込まれざるを得ない。 総下流社会化の傾向の中で、そのストレスの捌け口が弱者に向かうのも当然である。
振り返ってみれば、小学校、中学校で酷い虐めがあった。 虐めっ子は家庭内が壊れていたためか、その後の人生をみると不遇の人が多い。 逆に虐められていた方が、まともになっている方が多いのは面白い現象だ。 ただ潰されないことが前提だが。 こういう時代になったら、「ギブアップ・システム」をつくり、 虐められっ子の転校をしやすい環境をつくってやることも必要だ。
数年前のことだが、中学校時代に殺してやりたいほど憎んだ男が、 40数年ぶりの同窓会で隣の席に座った。 隣に座るまで「殺してやりたいほどの憎しみ」を忘れていたから、 大したことはなかったのだろうが・・・ 酔った勢いで、「お前は中学校時代に理不尽なことで頭を殴っただろう。 小中学校時代で殺してやりたいほどの男の7人のうちの一人だ」と言ったところ、 「あの当時、両親の不和で自分でも大荒れで、誰見境なく喧嘩をうっていた。 野球部でも、俺がいたため何人も辞めていってしまった。 ところで7人のうちの何番目?」とのこと。 {三番目!」 他のクラスだったが、そのネジレの酷さは私の耳にも入ってきた。 今さら指摘されることもないという風であった。
集団社会に住んでいれば、何処でも相性の合わない人が一人や二人はいるもの。 四苦八苦の中にも「怨み憎む人と出会う苦しみ(怨憎会苦)」があり、 娑婆にいる限り避けて通ることはできない。 だから、小中学校時の虐めも、娑婆ー社会に出たときの火の出るような虐めに対する 予行演習でもあるといえるが・・・ 袋叩きにしたいのあまりにも多い。 誰も加害者であり、被害者でもあるのが娑婆である。
でも人生は、嫌なことの数百倍、よいことがある。探し求めればだが! −− ところで、朝日新聞の一面に〈いじめられている君へ〉 「すばらしい瞬間必ず来る」が連載されている、なかなかよい。 短い人生論のようでもある。 その一つをコピーしておこう。 ーあさのあつこ さん 2006年11月14日ー 「おれはおまえの文章が好きだ。才能があるぞ」。 中学校のとき、先生は私の作文をそんなふうにほめてくれました。 作文の内容は忘れましたが、先生の言葉の内容だけはよく覚えています。 何となく「もの書き」になりたいと思っていた私は、「夢を捨てなくていいんだ」と、 自信を持つことができました。
そのころの私は、勉強も運動も真ん中の下くらい。 「ほかの人とちがう人でありたい」と考えているのに、 「ちがいを出すにはどうすればいいの」と迷っていました。 「あまりちがいすぎてもこわいな」とも思っていて、 「だれか答えを教えて」という気持ちでした。 先生がほめてくれたのは、そんなときです。
もし前日に私がいなくなっていたら、こんなすばらしい瞬間に出会えませんでした。 こうした瞬間が来るのは明日かもしれないし、10年後かもしれません。 でも、君たちより何十年も長く生きてきた大人として、これだけは言えます。 「すばらしい瞬間は必ず来ます」
中学野球が舞台の小説「バッテリー」を読んだ若者から手紙をたくさん 受け取りました。「元気が出た」「明日、学校へ行ってみます」。 そんな手紙を受け取ると「自分がだれかを支えている」と、 とてもほこらしく感じました。 「もし、私がいなかったら、その人を元気づけるものが一つ減っていた」と。
人は生きていれば必ず、だれかに支えられるだけでなく、だれかを支えています。 もし、あなたがいなくなれば、あなたに支えられるはずだった大勢の人を 悲しませることになるのですから。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月24日(木) 1696, 辺境へ −2
この本で紹介している星野道夫の「人を通して風景を見る」という言葉がよい。 写真も、同じことがいえる。 やはり現地人の入った写真は背景をひきたてる。 そのことに最近になって、やっと気がついた。 人生も同じである。 全く、今まで何をしていたのか? ヽ(゚Д゚;)ノ!! 旅行記はおおよそ、飾らない真実の言葉で綴られている。 写真と共に読むと、その場に吸い込まれてしまう。 OO ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ((φ(-ω-)カキカキ 最後の章の[忘れえぬ人々ーあとがきにかえて]の中の、著者の言葉がよい。 ー 世界をあちこち歩いたことで、たくさんの経験を積み、 さまざまなことを考えさせられる機会を得た。 しかしなんといっても、ヒマラヤを旅をする中で得られたもの、 ひと言では表現できない「気」のようなものが自分の中に、 あるいは取り囲まれるように存在するのを感じる。 ヒマラヤの高みは天に近く、心安らかになり、容易に俗世間を思うことが出来る。 麓にはその山を敬う人々が暮らし、心優しくたくましい。 そんな世界を歩き、体験した中で、とてもいい[気]を感じる。 下界では絶対に出会えない心洗われる風景、永遠なる宇宙の時間の流れ、 すべてを許すことのできる大きな心、世界には多くの宗教があるが、 それらの底にある根源が少しだけ実感できたようだ。 自分の目で見て、体で感じた自然や秘境の大きさは、 いかに人間が小さく儚いかを教えてくれて、地球にいる自分の姿勢を正してくれる。 シ──(-ω-)(-ω-)(-ω-)──ン ひと言ひと言が、ズシリと胸の奥に響いてくる。 この言葉の数分の一を味あうために、旅行に出ている。 秘境の地に行けほど、人々が優しく、文明の地ほど、人がけばけばしいのは、 如何いうことか? 都会は、その典型として現出している。 人類は何をしてきたのだろう。 (^_^)/~~ ・・・・・・・・ 2004年11月24日(水) 1331, 相撲に思う
数年前までは、 ・学生相撲 対 序の口からの叩上げ相撲の対戦であったが、 現在では ・外国勢士 対 日本勢、 ー異種格闘技化 ・古参力士 対 新鋭力士 対戦を見ていると、その分類に7割は入る。
無双山が引退に追い込まれたが、現在の大関と元大関のほぼ全員が 一〜二年後には引退に追い込まれているだろう。 魁皇が横綱挑戦というが、相撲の世界に存在しているかどうかである。
モンゴルなど元ソ連圏の力士が、小さな相撲業界を占拠はじめた。 相撲を、日本的ルールの多国籍の格闘技としてみると違って見える。 相撲は八百長が当たり前の旧態依然の世界であった。 談合を確認するために、それぞれの親方が土俵の周りに居座っているとも 解釈することもできた。それにしても、新鋭力士の台頭が新鮮にうつる。 今年になっての新入幕力士は10人もいる。 昨日のワインの話ではないが、今年はワイン同様あたり年である。
以前、昭和38年生まれが台頭した大当たりの年もあった。 今は、それが外国勢のハングリー精神旺盛な若者というのが特徴だ。 外国人を相撲に開放するのは問題というが、もし彼らがいなかったら 全くつまらないものになっていた。これも時代である。 それにしても、お客があまりにも少ないのが気になる。 平日で3~4割も入っているかどうかである。 それも年に一度の地方場所でだ。 大型TVの普及もあるのだろうが。 世界各国にTVの放映すればよい。
・・・・・・ 2003年11月24日(月) 964,「アルビレックスの優勝」
今日13時から新潟で、地元のアルビレックス新潟と大宮アルデージャの 一戦が行われた。アルビレックスが1−0で勝ってJ2の優勝を決めて、 サッカーのJリーグの一部昇格を決めた。 TVで見ていたが、息をのむ緊迫した盛りあがった試合であった。 勝った瞬間のスタジアムの熱気がTVでも感じることができた。 一年で再び2部に落ちないことを望むが。
夏に招待券を貰って新潟スタジアムに初めて行ってみた。やはり現場に行くと迫力は違う。 これで来年は一部昇格で、新潟もサッカー人気で盛り上がり、景気には少しは良い材料に なるだろう。新潟は公共事業の削減で、北海道・長野に続いて落ち込みの厳しい地域である。 来年は長岡を中心にして更に落ち込みが厳しいだろう。 その意味では、少しは明るい材料になればよいが。
サッカーは、あまり興味が無かったが、去年のワールドカップが新潟で開催を されたこともあって少し関心が向いてきた。そしてJ.1に昇格である。 来年はこれを契機に、今の二倍の感心が向くのではなかろうか。 オリンピックの年ということもあり、面白い年になりそうである。
去年新潟で一軒だけあった「サッカーファンに絞り込んだパブ」に行った。 大きなTVプロジェクターにサッカーの試合の場面が映し出されていた。 店内は新潟アルビレックスの旗が飾られていた。しかし、近く閉店をするといっていた。 ファンはお金の無い層で成り立たなかったとか。 その前が、夜のホステスを対象にした店で、23時から朝の8時まで営業をしていたという。 バブルがはじけてホステスが来なくなって「サッカー専門パブ」に変えたが、 やはり駄目だったとか。 色いろあるものだ。
・・・・・・・ 590, 愚か者と馬鹿者 - 2002年11月24日(日)
宗教学者の対談の中で、愚か者と馬鹿者の定義をしていた。 ・愚か者とは社会一般の常識しか知らない者。 ・馬鹿者とは一般社会を離れて見ている者。 そう見ると、世間様は愚か者の世界そのものだ。
見るところ80�佑�愚か者? 愚か者の目で見たら、 超越している人は正しく馬を鹿という文字どうり馬鹿者だろう。 「馬鹿になれ!」とかいうのは愚か者に対する宗教者の視点である。 教養はその視点を時間をかけて積み上げた経験と知識をいうのか。 私などは愚か者に馬鹿が加わった馬鹿愚者である。 それすら気が付かない愚か者よりマシなのか、それ以下なのか??
社会常識を元々知らない事と、知った上で離れてみる視点を持つことは別だが。 愚か者はその識別さえできない。 私の知人のある匂いを持った愚者の群れは一番嫌う人種だ。 嫌うという事は、自分もその匂いを持っているという事だ。 何か誰にもいえることだから、誰もが考えてしまう問題だ。 「男はつらいよ」の映画のある場面に印象的な場面があった。 ある地方の少し頭の軽い男に誰かが「この馬鹿!」といった。 言われた男が「馬鹿に馬鹿というのが一番馬鹿だ!と母ちゃんが言っていたぞ!」 よく考えてみたら、自分が一番愚者だった!!?? 気がついているか、いないかの差だろうが!
・・・・・・・ 11月24日 (日曜日) 1968年 10時に起床。 ある部屋で、朝っぱらからダンスの模擬講習会をしていた。 面白そうなので早速参加をする。ジルバとルンバとブルースを一通りマスターはする。 15時に市川さんが部屋に来る。その話をすると「自分にもダンスを教えてくれ!」 ということで、今度は私の部屋で講習会みたいになる。
そういえば昨日スナックで飲んでいたとき、三年の植本くんが 「(同じゼミの同期の)田島さんが、私について評価をしていた」 といっていたと教えてくれた。 「堀井はいつも人を冷静に見て平等に公平に評価をしてくれる」といっていたという。 また反面「自分が傷つくのが恐くって構えている。それが堀井の壁になっている」 ともいっていたとか。 なるほど鋭いものだ。
そういえば深井にも同じようなことを言われた。 「絶対にわき道にそれることはない。ノロノロと中速の速さで、 事故も無く、一定の速さで進む。しかし高速道路を見つけ得ないだろう」と言われた。 一年・年下の駒村孝道にも 「ものごとを考えすぎだ。若いのに考えて判断できる歳ではないのに。 行動をした後に考えるべきだ」とも言われた。なるほど一理がある。 高木の言うとおり「なすがまま、その場におぼれること」も重要だ。
−− ー卒論について 11月になって、風邪をひいたり、ハイキングとか試験で全く進まなかった。 他のゼミの同期が卒論に対して全く進んでないことを言い訳にしている。 それを言い訳にして遊びすぎである。他の人に流されるとは。 寮生とアマリにも付き合いすぎる。一人の時間を見つけなくてはならない。 彼らと群れることで自己逃避をしているのか。 独りの中心点の神秘な部分を大事にしなくては。
卒論は12月10日まで、下書きを書き終えること。 せっかく新潟の六日町の雲頓庵に2週間も篭ったのだから。 11月28日、12月2日、5日が中間試験だ。そして6日がゼミと続く。 この間が卒論の勉強は無理である。いや両立をさせなくてならない。
ゼミと人事管理は27日と28日までに。 26日には「価格理論」を。ということは明日しかないということだ。 そうすると明日の予定は中止か。約束はしているが、可能な限りやらなくては。
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2007年11月23日(金)
(ヾ(´・ω・`)ノオハヨウ(o´-ω-)o) 一年ほど前に、新しいブログ「四四太郎の日記」をつくってみた。 すぐネタが尽きたのと、幼稚に思えたことで一年間、放っておいた。 先日、バードウォッチのコーナーに久々に悪戯の貼りつけがあったのを機会に、 新しいブログに切り替えようと思いたった。 そこで多くのブログを実際に立ち上げてみた結果、去年開設したブログが (私にとって)ベストと判断、ブログ名を「四四太郎の日記」から 「バードウォッチ」に変えて、再スタートを切ることにした。
全く記憶から消えてしまった自分の書いたブログを、第三者の目で読んでみた。 読後感として、それほど幼稚でもなく400年前からみた現代の現象が書いてあり、 本当に?祖先様が語りかけている感覚になってしまった。 {「私」の中の<私>の中核の《私》}とコンタクトしているからだろう。 「チロリ、チロリ、チンチンチロリ」ではないが、週に一度、曜日でも決めて、 この御先祖様に出てもらうのも悪くは無い。 このブログの内容は記憶から全く消えていたが、四四太郎に最近?亡くなった 縁者を連れてきてもらい、実際に?話し合うのも面白い。 何か神がかりになりそうだが、恐らく面白い出会いと、意外な対話になるだろう。 書くということは、 不思議なことである。
ーー ところで、いま、その「四四太郎」が語りかけてきた。 *宗親(ペンネーム) 【おい、宗親よ、何で一年間も放っておいたのだ。 せっかくワシという先祖のブログを立ち上げていながら! 亡くなった縁者と出会えたのに、何で無視をしようというのか? お前のように400年前の先祖の霊ブログをつくろうというヤツはいない。 せっかく面白い視点を与えてやろうとしたのに。 少なくとも週に一度ワシの魂を使って現代を透してみるのも面白かったではなかったか。 まあ、再び、このブログを再開しようというのも何かの縁じゃ。 魂というのは、言葉じゃ、それもワシのような霊の言の葉は、その中核じゃろう。 魂の入った古典も、歴史家を通した偉人の言葉も残るのじゃ。 決して何も不思議なことではない。その人が生きたそのまま、全てが刻印されるのじゃ。 そして、生きているときに思ったこと、考えたこと、そして経験は魂として 何時までも、「ある」のじゃ。だから私を借りて語ることは、お主が一人で語ることと、 全く意味が違ってくるのである。 それと、お前は一年前にワシが連れてきた父親と あまり深く話そうとしなかっただろう。 父親は多くを語りたかったのをお主は知らなかったのだ。 お主は、父親が亡くなった時に父の魂が夢を通してお主の魂に入っただろう。 それを父親は、言いたかったのだ。 もっともっと世界を見ろ!知れ!何でもやってみろ!ということだ。 今度は、金曜日の午後と土曜日の朝にワシを呼び出すのじゃ。 わかったか! 11月23日 5時45分 ヾ( ̄(●●) ̄)ノ さらばじゃ! ・・・・・・・ 2006年11月23日(木) 2060, あたりまえなことばかり −14 (o_△_)oゴロン(o_ _)o.。o○グーオハヨ〜 {人が死を見るのは「死体」であって、「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。 しかし、多くの人は、この両者を混同する。 死体を見たことによって、死を見たと思うのである。 見たことで、死を理解したと思い込む。こうして、自分の死の観念を、 他者の死体という現実で、現実のものと思い込む。}
恐らく人類の一番の思い込みが、死であろう。 無を言語化したのと、死を言語化して、それに恐れおののいているのに酷似している。 尽きる間際の混乱を恐らく恐れているのだろうが。 「生など一瞬の稲妻でしかない」と、思いつつ恐怖のどん底のパニックなりつつ、 ヨタヨタと消えていくのだろう。 面白そうだが・・せめて極上のモルヒネで最高の気分で **** Ψ( `▽´ )Ψケケケケ♪ ココハドコ (/∀)/アタシハダアレ? ーーーーーーーーーーーー 他者の死はなぜ悲しいのかー�� ーーーーーーーーーーーー
死は観念である。 人が、自分の死をいう観念を、現実のものと思い込むに至る経過について 考えてみたい。 死ぬことを知らない人は死なない。 レトリックではない。 「意識そのもの」とは、「存在すること」に他ならないからである。 「存在しないこと」としての死は、意識そのものには存在しない。 「存在しないこと」という観念が存在するのでなくては、 人には、死ぬということはないのである。
言葉の抽象度が高すぎるので、いくらか具体的に考えてみたい。 生まれて初めて人の死に出合うのは、誰か他者の死である。 自分の死に出合うことはありえないから、人は他者の死に出合う以外ない。 おそらく、幼少の頃、誰か身近の人の死を見る。 「死を、見る」 ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪ しかし、ここでは細心の注意をはらって考えたい。 人が死を見るのは「死体」であって、決して「死」そのものではない。 「存在しないこと」であるところの死が、目に見えるわけがない。 見えるのは物質としての「死体」なのである。 しかし、多くの人は、この両者を混同する。 死体を見たことによって、死を見たと思うのである。 (~Q^(^┰^;)ゞ 当然である。「存在しないもの」としての死が、 存在するものとして見つかるわけがない。 こう考えると、自分の死だけでなく、他者の「死」もまた「存在しない」。 そもそも存在しない死に対し「死」と名づけたことにより、 死は存在していることになったというのが真相なのである。 死(0_0)〜† 死っし "ゞ(`') 死とは言葉以外の何ものでもないのである。 死が存在すると信じ、死への恐怖に追われて生きてきた我われにとって、 こんな、その意味で馬鹿げた事態は納得できないかもしれない。 しかし、「無」を言語化した刹那、あたかもそれでは、 無が存在するかのようになるではないか! 我われの日常は、事の初めから、存在と言語の共犯的奸計に巻き込まれて進行している。 ふとそのことに気づき、存在と言語の外へ出る道はないことも悟った時、 逆に人はそれを自覚的に生きようと構えを変えるはずである。 わかりきったと思い込んでいた生と死の日常が、いかに摩訶不思議なものであったか。 その意味でそれは新たな誕生、生の再生になるのではなかろうか。 (*⌒ヮ⌒*)ゞ バイ! ・・・・・・・・ 2005年11月23日(水) 1695, 辺境へ −1 ー 読書日記
素人の身として辺境へは、ツアーでしかいけないが、 「辺境・秘境」をキーワードにして、この十数年近く アフリカ、南米、シルクロードなどを家内と共に行ってきた。┐(´ー`)┌ 図書館にあった、「辺境へ」−大谷映芳著ーはもう5~6回以上借りてきて読んだ。 そして、ついにインターネットで新・中古本だが、買ってしまった。 写真も、文章も体験をそのまま書いてあるので、心に直に迫ってくる。 この本で、著者が一番思いの深いの7ヶ所を紹介している。 チベット・ヒマラヤを除いた5ヶ所訪れているので、 私にとって非常に魅力のある内容で、何回読んでも飽きることはない。 (( 匚P まず著者の大谷映芳の「内容紹介文」をコピーしてみる。 ーーー ー「ニュースステーション」で、高視聴率を獲得した“秘境ドキュメント”。 ブータン、ギアナ高地、ドルポ、アフリカ大陸グレート・リフト・バレーなど、 その取材は、全世界の秘境と言われた地域に及ぶ。 今は亡き冒険家の植村直己や夭折した写真家・星野道夫、 そしてグレートジャーニーの関野吉晴氏らとの旅の思い出とともに、 こうした世界の秘境エリアをレポートしてきた著者が綴る 紀行と貴重な写真を多数掲載した写文集。 ー
この本の7ヶ所とは、 w((´ω`))wワオッ!! ヒマラヤの王国ブータン/ 南米大陸のギアナ高地/ 南米パタゴニア/ 西ネパールのドルポ/ アフリカ大陸のグレート・リフト・バレー/ 北極圏のグリーンランド/東チベットのヤルツァンポで、写真とともに紹介している。 その写真が素晴らしい。また人々との出会いなどが中心に書かれているのも特徴。 現地で出会った人々の話や、亡くなった冒険家の植村直己さん、 写真家・星野道夫君、探検家の関野吉晴さん等の話も面白い。 ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ ー彼のこの本に対するコメントも良いー 「地球上にこういう素晴らしい所がある事を知ってもらいたいし、 そういう場所が冒されつつあるということは人類にとっては 非常に危機的状況であると思うんです。 そしてこういう本を書くと改めて日本の事を思うんですね。 比較というんですかね。 ∩゙ヽ(。・ω・。)へぇ〜 日本も昔は同じようにいい自然が残っていたし、お互いに優しくしたり、助け合ったり、 もちろん家族もおじいちゃんおばあちゃんが一緒に暮らしていてという時代があったわけで、 それが今は全く無くなりつつあるんですね。 それを元に戻すっていうのは難しいかもしれないけども、極端に言えば自然を破壊した力が あれば、現代の科学技術で再生させる力もあるんじゃないかなと思いますね。 川にダムを造ったり、港湾工事をしたのをもう一度元に戻しちゃうとか、 ゴルフ場を元の森に戻すとかね。 そういう事って今の技術をもってすれば可能じゃないかなと思うんですよ。 だからもう一回日本の国を開発して、作り替えて日本列島を改造してもらいたいなと思います。 自然が欲しい所は自然を作り直して人が住む所は人が効率良く住めるようにしたり。 今、日本ってグシャグシャですよね。だからもっと上手く自然を取り戻そう、 作り直そうと計画的にやれば日本ももっと住みやすくなるんじゃないかと思いますね。」 つづく (^_^)/~~ ・・・・・・・ 2004年11月23日(火) 1330, ワインの話
昨夜は、兄夫婦に誘われて、ボジョレー・ヌーボを家内共々飲みにいった。 兄の友人が金欠病でドロップ・アウトの代理に誘われたのだ。 盆と正月以外、あまり飲む機会がないので丁度よい機会であった。 しかし空きっ腹のためか、かなり泥酔をした、いつものことだが。
ワインといえば、海外旅行の機内で無料の極上のワインが飲み放題。 そのためワインにはうるさい? 月に3〜4回、自宅の至近距離のイタ飯チェーン店の 『サエゼリア』のワインを飲んでいる。 これが安い割りは美味しい。 さらに2Lのワインのパックを今年になってから冷蔵庫に入れてある、月に一本の割合だが。
世界各国のワインを飲んでみたが、ワインといえばオーストリアである。 十一月十日は、ウィーンで最も“古い酒”を飲む日である。 ボジョレー・ヌーボは新酒だが、ウィーンは古酒だ。 その古酒とは、前年の秋に収穫されたブドウで造ったワインをいう。 翌日の十一日からは新たに収穫されたブドウで造ったワインが出回る。 この新酒のことを「ホイリゲ」といい、こうしたワインを出す居酒屋も同じ名で 『ホイレゲ』と呼んでいる。
「ホイリゲ」の歴史は結構古い。一七八四年、皇帝ヨーゼフ二世がウィーンの ワイン農家に「年間三百日を限度として、自家製ワインを売ってもよろしい」 というお触れを出したのが始まりとされる。 毎年、十一月十一日の聖マルティン祭の日に樽(たる)を開封し、 向こう一年間、その年のホイリゲとして飲む習慣だ。
ベートーベンが長く住み、交響曲「田園」などを書いたウィーン郊外に、 ホイリゲは点在する。 店で「ホイリゲ」を注文すると、たいていビールジョッキを 小さくしたようなコップに入った白ワインが出てくる。味は酸味が強く、こくはない。 しかし、サラミやハム、ウィーン風カツレツなどをつまみに飲むとうまい。 炭酸水で割る飲み方もあるようだが、これはあまり美味くない。
八割以上のホイリゲが家族だけで経営している。 すべて自家製ワインだから、各店とも独自の味を持っている。 店ごとの、ワインの味比べもホイリゲの楽しみの一つだ。 そこで弾き語りの歌を聞きながらワインを飲むのだ。
そういえば、、学生時代に友人数人と『ホイレゲ』に行ったことを思い出した。 それまで、ワインといえば「ポートワイン」しか飲んだ経験が無かったため、 その美味しさに、グラスで7〜8杯も飲んで全員腰が立たなくなり、 タクシーに這うようにして乗って帰ってきた。 さらに、部屋で買ってきたボトルを飲んで目茶苦茶。 今考えてみると酒癖が悪くなった原点が、そこにあったようだ。 この8月末にも行ったが、当時と殆ど変ってなかった。 弾き語りが何ともいえない雰囲気をかもしだしていた。
話は変わるが、ブランデーのできた由来が面白い。 輸出用に一度水分を抜いて、濃度を高めて輸出していた。 ところが、それをそのまま飲むのが流行ってブランデーという 飲み物ができたという。
-------------- 2003年11月23日(日) 963, 「コーリング」ー映画日記 字数の関係でカット(2007年11月23日)
・・・・・・・・ 589, 癒しについて - 2002年11月23日(土)
癒しはヒーリングの訳語だ。 ヒーリングの意味は「本来備わっている自然治癒を引き出す事」 をいう。そうすると癒しの意味はそれを妨げているものを取り除く事になる。 人間の中の元々ある力を導きだす事だ。気安く癒しを求める事がおかしい。 安易に傷を治したいというからだ。甘い生き方を更に甘さで埋めようということだ。 垂直に自分を突きつめないでー軽く傷を治そうというのがみえみえだ。 更にゴッドマザーやゴッドファザーが出てきて治そうとするから傷が深くなるのだ。
このホームページに癒しのコーナーがあるのはいかなる事か? 笑って時間をやり過ごす為だー 傷ついた時や疲れたときの居酒屋の自分のコーナーのつもりだ。 生きていれば傷つくのは仕方がないことだ。 消毒をしっかりしてバイキンよけの薬を塗って時間を待つしかない。
感謝が足りないのが傷口を大きくしている。 縦の自分の関係が浅くなっているから、横の関係に惑わされるのだ。 垂直に自分を掘り下げるチャンスにすればよい。 深いところで変わらなくては、傷が治るわけがない。
・・・・・・・・・ ある時間の断片 1968年 11月23日(土曜日) 10時起床。洗面後、OB会に行く準備をする。 駒村のところに「多恵ちゃん」と、飯野さんが来ている。 佐藤のことだが、何か割りきりがつかない。 先日の件で陰険な抵抗にあっているようだ。 飯野さんは別に約束を破った私が悪いが、まあいいか。 佐藤とはこれで完全に気持が離れてしまったようだ。
ゼミのOB会の出席のため、高輪ホテルにいく。 14時半に始まる。17時半に終了。 空腹に油系を食べたためか、気分が悪くなる。 先輩は組織人という感じで、魅力のある個性的な人はいない、仕方がないが。 その後、高輪プリンスに行き、コーヒを飲んでくつろぐ。 そこで、ゼミの同期で親しかった石川がしつこくからんでくる。 最近無視をしていることに対する怒りだろう。 いま石川と妥協したら、お互いマイナスだ。腹を立てないことだ。
その後、高木と三年生の三人と5人で、武蔵小山の 「なつめ」というスナックに飲みに行く。そのママさんが面白い。 千田敏さんという名のホステスもなかなか面白い。 非常に面白い時間を過ごす。 ホステスどうしの争いの大変に見えた。
0時過ぎに店を出る。1時に帰寮、2時に就寝。いろいろあった一日であった。
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2007年11月22日(木)
Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning 週刊誌を何気なく読んでいたら面白い話があったので、紹介しよう。 作家の高橋三千綱のミニ・エッセーだが、引き込まれる内容である。 こういうことが実際にあるのだろうし、また逆のこともあるはずだ。 その分岐点は、その人が持っている人間性である。 ーまずは、その部分から ーー 南カリフォルニアのラ.コスタに滞在していた、ある年の夏のことである。 ・・ホテルのラウンジバーで飲んでいると、いつのまにか人の輪の中に紛れ込んでいた。 話題がラスベガスの話になったので、その頃人気のあったマジックショーを見たいものと 私が言った。そうするとニューヨークから来たという初対面の大男が、ではおれが便宜を 計ってやろうと言って電話をかけだした。
時刻は午前一時を回っていた。どうやらホテルのマネージャーを呼び出しているらしい。 相当酔っているな、と私はあきれていたのだが、四日後にはラスベガス空港に降り立っていて、 しかもリムジンが待っていた。それから私は、夢のような3日間を過ごした。 部屋はスイートで寝室がふたつあり、バーも広い談話室もついていた。 最前列で見るマジッグショーは迫力満点で、目の前で巨大な像が消えた。
ホテルでは私専用の女性秘書をつけてくれて、あらゆる用事を彼女がやってくれた。 その全でが大男の招待だった。カジノでも私はつきについた。一体、あの男は何者なのだ、 と秘書に訊くと、ニューヨークの大富豪で、有名なプロデューサーでもあるという。 何も知らなかったの?と驚く彼女を見ながら、こんな話をしても誰も信じないだろうな、 と私は思っていた。 ーー 大金持の酔っ払い世界に紛れ込んだということだ。 その大男からみたら「気分が良かったのでしてあげた」だけのこと。 2〜300万の宝クジに当たったレベルの話でしかないが、それでも 庶民感覚とは、かけ離れた世界の一端を、垣間みた話である。 ☆bye-bye☆ε(*゜ω^*)
・・・・・・・・ 2006年11月22日(水) 2059, あたりまえなことばかり −13 (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
ここでは、深い哲学のサワリを解りやすく書いてある。 我われは「観念としての死」に、今まで取り付かれてきた。 そして物理的な時間軸を生から死へと一直線の前方に向け生きてきた。 ところがそれは違うというから、面食らってしまう。 「永遠として直感される瞬間とは、それ自体で生死を越えて、生死を飲み込んで 今ーこの瞬間に立ち上がる!」ということは、人生の深い経験をしてこそ実感できるのである。 経験の裏づけがないと、言葉の言い回し位としてしか理解できないだろう。 いや、鋭いのは解るか?その瞬間の「永遠」は、死後にあるのではない、 生の真っ只中に垂直に立ち上がる。(感動、歓喜の中で)著者の池田晶子の、 その瞬間が以下の文章に立ち上がっている。 仏教でいう、悟り、覚醒感がそのまま伝わってくる内容だ。 −−−−−−−−ーーーー *死ぬのは不幸なことなのか ー�� −−−−−−−−−−−−
死は、恐るべき避けるべき事柄と、深く思い込んでいる。 転倒した生存本能としての死の恐怖は、人生の孝、不幸を量るわかりやすい 目安とも化し、観念と現実からも判然としないまま、今も岩のように人類を縛り付けている。 死は、恐れるべきものではなく、あるいは祝福すべきこと、喜ばしきことなのかも知れない、 という可能性である。これは死は恐ろしいもの、と言う可能性と同じく、その論拠は無い。 それを恐れとして、喜びとしての「死後」を提示することで答えようとする 宗教とは哲学は違う。あくまでも、「死後」を語っているのは、生きている人だけである。
永遠として直感される瞬間とは、そのこと自体で生死を越えている。 あるいは、すべての生死を飲み込んで、今である。 考える精神として、一直線に前方へと流れる物理的時間塾から垂直に立ち上がる時、 人は、自分が肉体として生き死ぬ自分でない存在であることを知る。 生きているか死んでいるかが、なぜ今さら問題であり得るのだろうか。 すべては永遠に存在し、永遠に生成する。 今この瞬間に直感されるそれは、したがって、「死後」ではない。 死後などない。死後は死後に存在するのではない。 生の真っ只中においてこそ、それは永遠の時間として知られるものなのである。
ギリシャ人たちが、肉体を墓場であると呼んだことの背後には、このような確信が存在している。 精神でありながら、同時に肉体である我われが、永遠の存在であると同時に死するべき存在である。 しかし、死への恐怖に衝き動かされながら、直線時間軸上をよろめきながら、歩いているという 惨めな表象が錯覚であるとしたら,逆に肉体こそ死後であろう。 したがって、肉体が死ぬと いうことは、本来の「生」、すなわち永遠的存在への開放に他ならない。
死ぬということは、精神の再びの誕生として、祝福すべきことでなかろうか。 だからと言って、死すべき肉体を粗末に扱うということにはならない。 摂食、生殖、快楽の意味、幸福の源泉であることで不幸の源泉でもあるところの 肉体を、精神がどのように扱うか、それが肉体によるこの生を、 われわれが経験していることの意味だからである。 この生で幸福になるのでなければ、どの生で幸福になることができるのだろう。
じっさい、このような言い方は可能なのだが、生きながら死んでいる、 かの「永遠」を想うその時間、思考の切っ先が幽明の境に溶け出していくような、 自分が誰で何であるか、およそ知りえないことすら快いような、それはその意味で 至福の時間なのである。いや、時間ではない。形而上には時間はないのだから、 「存在」と触れ合ったその刹那、全方位に底が抜ける万象の光景というべきだ。
今ここに(生きて)在ることの奇跡、とは、正確にはこのような自体をいうのだろう。 死なずに生きていることが奇跡ではない。 存在が存在していること、 そのなぞに驚いていること自分が存在していること、そのことが奇跡なのだ。 すなわち、謎なのだ。謎を見てしまった者にとっての幸福とは、何か、 謎と心中することと似ているだろう。観念にすぎない死を恐れ、 観念にすぎない死後を空想することの、不幸は、真正の形而上学を経ることで、 何がしかの甘味な困惑へと変容するはずである。 ーーーー 身体は、生の墓場か? はたまた、糞袋か?それとも、 手、足、頭という機能付き道具? 考えれば、いくらでも挙げられる。 割り切って、それぞれを使うべし!ということである。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・ 2005年11月22日(火) 1694, 「官から民への流れ」の一現象
選挙の自民大勝を受けて本格的に 小さな政府に向けての動きが本格的になってきた。 まずは政府系の金融機関の大鉈がふるわれることになった。 中小・零細企業は大きな岐路に立たされる。 (X_X;) ところで身近でも、面白い動きが出てきた。 求人を出していたところ、 『財団法人・雇用能力開発機構センター』という所より連絡が入った。 国から、雇用を促進するために委託をうけた独立行政法人という。 ・雇用保険を受けている人で、ある職業を希望している人の仕事を ・三ヶ月間、希望先で実習・訓練して、互いに合格すれば入社をする。 お互いに不一致でも、本人の職業訓練になる。 ・その期間、求人側は採用不採用に関わらず約2万5千円を補助してもらえる。 求職者も雇用保険を貰いながら、一日500円の日当が支払われる。 ・パート、準社員の求人でも雇用保険と社会保険が支払われれば適用範囲になる。 ( ) ‖┓ (( (_) 匚P ━┻ 解りやすくいえば、今までの丸抱えの職業訓練を、「一日500円払うから、 就職の適正を互いに見合うという条件で現場で教えてくれないか」という仕組みである。 よく考えたものだ。採用する方も三ヶ月という期間、雇用保険も社会保険を支払わないで 済むというメリットがある。 三者両得という理屈に合った仕組みである。 ?¬_¬)nannjai 現在、職安に行くと30台ほどのパソコンが並んでいて、 求職者で満杯で、一昔前の様子と様変わりという。 全く、求人する方も求職する方も、世知辛い世の中になったものである。 しかし、考えてみれば当たり前のことでしかない! フウ〜 ( ̄ω ̄;)!! ーつづく ・・・・・・・・ 2004年11月22日(月) 1329, 教養と自由とバカの壁
「教養とは自由になるためのアーツ(芸術・芸)」と、昨日の読書日記で書いた。 そういえば「自由」について以前書いたことがあった。 (後に、コピー)
そこでは、自由について ・積極的な自由とは、自分の真にしたいことを見つけて追求すること、 ・消極的な自由とは、束縛されていることから解放されること、 の二つに分類した。
教養とは、「真に自分がやりたいことを見つけ実施していくために 蓄積し、知識、経験を芸にまで高めておくこと」である。 また自己を束縛していることから、いかに解放するかのアーツ(芸術)といえる。 「話が通じない時、情報を遮断しているもの」を養老孟司が、 「バカの壁」と名づけたが、情報を遮断している小さな固定観念を一つずつ クリアーしていくことが、経験を芸に昇華していくことになる。 自由とは、選択の自由である。多くの選択肢の中から、一つの選択をしなくてはならない。 これは非常に難しいことである。そこには決定という自己責任と結果が生まれてきて、 その不安に常に付きまとわれる。 そこに哲学が必要になってくる。 教養としての哲学は、取り囲んでいる壁に対して自覚することから始り、 その壁を土台にすること、そして乗り越えるのに必要になる。
話は少し変わるが、「英語をマスターすることも教養のうちか?」と、 問われれば勿論教養のうちだ。 英語を話せる分、読める分、それだけ自由の枠が広がる。 特に英語は、現在世界の標準語になっているから。
ーーーー 2004/05/17 1140, 自由についてー1
学生時代より『自由とは何』を考えてきた。そして自分の自由を優先して生きてきた? しかし、よく考えてみたら、自由は自分のしたいことをみつけ、 それを追及することであった。自らの自己実現に対して忠実に生きることであった。 字のとおり「自らに由り、生きること」である。 そして自由な生き方ー周囲の因縁や世間といわれている束縛から解放されている 状態を理想としてきた。
調べてみると、自由には多くの意味やとらえ方があるようだ。 手の自由といっても、所詮は人間の体の一部としての腕の範囲内の自由でしかない。 といって使い方は自由である。また自由には、当然の責任がともなってくる。 アイザリア・バーリンは自由を「消極的自由」と「積極的自由」の2つに分類した。
ー「消極的自由」とは「他者からの強制・干渉を受けずに 自分のしたいことができるという意味での自由」であり、
ー「積極的自由は自己が自己を支配している状態」と捉えられる。 例えばカントは、恣意に従うのではなく「理性」に従う状態が自由であると主張している。 また、ハンナ・アレントは政治活動を通じての自己実現こそ自由の本質と看做している。 これは「より高次の自己」を獲得するための手段・条件として捉えられる。 このような積極的自由は「個人主義的積極的自由」ととらえられる。
キリスト教世界においては、人間存在の根源的価値を「自由」としている。 ルソーは、その著書「社会契約論」で「人間は自由なものとして生まれた」と述べたが、 「全ての人間が社会において等しく自由である」という事は絶対に不可能である。 かつてホッブズは、各自が己の自由を守る為には「万人の万人に対する闘争」に陥る。 と指摘した。 キリスト教世界において、人間が自由であり続ける為には、 戦い続けなければならない。
「自由」という言葉には、英語では2つの単語が存在します。 「Liberty」と「Freedom」である。 「Liberty」とは「束縛からの自由」を意味し、 束縛から逃れる為には、 戦わなくてはならない。 一方、「Freedom」は束縛から解放された結果 もたらされた自由であり、「自由な状態」を指します。 そして自由な状態が脅かされる時には、やはり戦わなくてはならない。
哲学者のホッパーは自由を文化的粉飾から自由になることが大事だとしている。 日本的にいえば、世間の常識に縛られないということだ。 日本は自由という言葉は明治初期まで無かったという。 欧州から入ってきた「Liberty」と「Freedom」を西周が「自由」と訳した。 それまでの封建社会では自由の意味もまったく無かったのだ。
鈴木大拙は自由に相当する言葉を自然(じねん)と看破した。 自らを然らしむ、自由自在に自分を伸ばす、自分で自分の納得する境地を拓くという内容である。
この「自然」の然は、もとは「燃」という説もある。 「人間は燃えているときに仏性をもつ。醒めた人間は悪魔だ」という。 「自由とは道理」という解釈も面白く納得できる。 自由ー自然ー道理と考えると、なるほど納得できる。
「家内の束縛から自由になりたい」と思ったら、 「家内の束縛から自然になりたい」ということになる。 束縛を束縛ではなく、それが自然と考えればよいのか? 束縛に対し、自らを納得させるということになる。 束縛が道理であると諦めるということと考えると、解るような気がする。 まあ、あまりに日本的だが。 「不自由を恐れるなかれ、無意味な自由を恐れよ」 と、この文章を書いていて思いついたが、そのとおりだ!逆もいえる 「自由を恐れるなかれ、無意味な不自由を恐れよ」の方が、理にかなっているか。
ーーーーー 2004/05/19 1142, 自由について −2
(字数の関係でカット 2007年11月22日) ーーーーーーーー ある時間の断片 11月22日(金) ー1968年
・8時起床 今日は人事管理に出席。 ゼミの同期の外山君と食事。 彼は新潟の三条市の同郷だ。おとなしく誠実な男だ。 彼と行きつけの喫茶店の‘ウイーン’に行く。 田島のグループがいる。 彼らと口泡を飛ばして話し合う。 奥野君も来る、彼は先日突然部屋に訪ねてきた男だ。
・13時にゼミに参加。 ゼミの先輩で社会人になっている人が二人がきて、社会人になった実感を語る。 その後マクレガー「企業の人間的側面」という本の内容について、 読後感を各自発表する。 15時に終了。 その後、16時まで明日のゼミのOB会のネームのバッジつくりをする。 ・帰寮後、大妻大の宮本さんから電話で昨日の件で1人いい人を紹介するという。 かなりの美人だとか。 冗談だったのに、まあいいや、なるようになるだろう。 ・その後、市川さんと飲みにいく。 夜半の2時に就寝する。
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2007年11月21日(水)
(*´・ω・)ノはよー 前回の記事の続きを読むと、この問題は裾野が広いのが解る。 日本でもビルなどの不動産の証券化した債権が一般の投資家に対して 売り込まれている。 これはアメリカだけの問題ではないのである。 その意味で、今年の暮れから来年にかけては日本でも問題が発生しかねない。 更に駅周辺に怪しげなマンションが、奇麗な歌い文句で売られている。 これも不動産債権と大同小異のもの、直接、跳ね返るのが買った本人になる。 それさえ気がつかないから深刻といえば深刻である。 ー前回のつづきの記事も解りやすいー −− 株価の値下がりは一般的にはサブプライム問題と言われているが、症状の一つに過ぎない。 根本問題は、アメリカ経済が既に一年前から不況期に入っていることにある。 そのことは工業品出荷の推移からもハッキリと現れている。 昨年6月をピークとして急速に落ち込み、昨年10月には前年比マイナスの水準になってしまった。 アメリカが不況になったからこそ、住宅価格が下落に転じ、その結果差プライムが 火を噴いたのである。 サプライム問題を考える時、日本人は日本の住宅ローンを考えるが、 これはアメリカとは違うのである。 日本では、ローンで買った住宅が大きく値下がりした時に 家を売却をしても借金が残る場合がある。 この時に、借りた人間は律儀に残債を返すのが当然と思うことは当然と考える。 しかし、アメリカはそうではなく、家を引渡せば、それで済むのである。
更に問題を大きくしたのは、「不動産の証券化という先進技術の落とし穴」である。 その証券化された債権の格付けが、大きな問題になってきたのである。 つまり本物のAAA格債券というのは「お宝債券」なのである。 そこでサブプライム担保で組成したAAA格債券の登場である。 「高格付けの債券を買いたいけど、値段が高いのは困る」などとムチャな要求をする 投資家に対して、盛大に売り込まれていったのだ。 さて、サブプライムローンを一山集めて、その中から絶対焦げつかない部分を 取り除いたら、あとには、焦げつく可能性の高い部分が山のように残される。 そこでこれらの部分を宝くじ感覚の投資商品に編成して割引値段で売りに出す。 もしもローンの焦げつきが予想以下で済めば、投機家は大儲けできるだろう。 まさに一撰干金。 夢見る投機家が喜んで飛びついたというわけだ。
信用度に問題がある客を相手にして住宅ローンを貸す商売が成り立つのは、 ローンを全部まとめて投資家に売り払い、すばやく現金化できるようになった為である。 証券化という先進技術の恩恵だ、と誰もが考えたことだろう。 だがここには、あきらかに重大な落とし穴がある。 ローンの証券化を行うためには、 大前提として事前にサブプライムローンが焦げつく可能性が見積もられていなければならない。 もちろん見積もるための数字は存在する。 だがその数字は、不動産価格が右肩上がりだった過去の数字だ。 予想を超えて不況になり、予想を超えて不動産価格が下落してしまうと、 予想を超えて焦げつきが発生する。そして損の範囲は「絶対安全なはず」と 予想されていた部分にまで食い込んでしまうのだ。
実際に今、格付け機関が「絶対安全な債券」の格付けを下げ始めている。 ギャンブルをしていた人間が、賭け金を残らず失ってもギャンブラーの自己責任だ。 だが絶対安全な債券という触れ込みで買った代物が焦げつくかも知れないとなれば 「こんな危ないものは持ってられない。叩き売れ」ということになり、相場は大暴落する。 損を覚悟で叩き売った以上、売った金融機関には赤字が発生する。 売らずに持ち続けている金融機関にも評価損が発生する。 金融機関の利益が激減すれば、その金融機関の株価も大暴落する。 なら、ギャンブル型の金融商品の価値は、限りなくゼロになった可能性もある。 そんな紙屑を手放すこともできず、黙って抱え込んでいる会社が、どれだけあるか、 誰にもわからないという状況なのだ・・
この構図が誰の目にも明らかに見え始てきた時、株価は暴落への道を始めたのである。 サブプライム問題は、アメリカの不況を原因とする一つの症状にすぎない。 だが激しい咳が患者の体力を急速に奪うように、 サブプライム問題が株式市場への不安を加速しているのも事実なのだ。 インフルエンザの症状には発熱もあれば下痢もある。 咳だけが症状ではないのと同様に、不況を原因として、あらたな症状が噴出す可能性も 否定できない。アメリカという巨大消費市場あっての中国だから、 アメリカの不浅が直撃すれば中国株も大暴落するかもしれない。 ーー
以上だが、アメリカはどの様にして、このサブプライム問題を解決するのか。 アメリカの資本がユダヤに支配されているとすれば、先に石油や金などを買い込み、 その値上がりを図るのは当然のことである。更にアメリカの債権を半ば強制的に 買わされ、そのツケを払わされるのは日本などである。 隷属国家とは、悲しいものである。 βyё♪ βyё♪ ・・・・・・・・ 2006年11月21日(火) 2058, あたりまえなことばかり −12 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*)ノ ハ〜 ヨウ
死は他者の死しか知ることができない。 そして他者のごく身近な人の悲しみの表情をみて、 死=悲しい、という構図を長年人間は描いてきた。 象も死んだ子供や仲間の死を悲しむというが、それも、その象の表情を見て、 勝手に思っているだけである。虚無になる恐怖感と言えども、「無になる」とは 他者の死体を見たイメージでしかない。
人生ー生死が何ものか解らないのに意味など果してあるのだろうか? という、疑問が成り立つ。せいぜい、年寄りの老化現象でしかないのか。 といって、意味の意味が、「価値」とするなら、「人生の価値は無い!」 と切り捨てることも出来まい。
−−−−−−−−−−−− *死ぬことは不幸のことなのか −�� −−−−−−ーーーーーー
「どうせ人は死ぬ」と人はいう。「だから人生に意味は無い」と。 「死ぬ」ということと、人生の意味のあるなしは、どうして関係しているのだろうか。 「どうせ」という言い方によって、死ぬことが既に否定的な意味として捉えられている。 しかし、死ぬことが既に有意味か無意味か、生きていることにおいて言及できない以上、 「死ぬ」ということと、「生きる」すなわち「人生」の意味の有無とは関係しないはずである。
文字通りの「観念」としてしかあり得ないところの「死後」の観念によって、 この現実を意味づけようとする、それこそが悪しきニヒリズムなのだと、 ニーチェは指摘した。生に意味があるのは、この生自身に意味があるからだ。 この生、この瞬間がそれ自身で意味があるのでなければ、 どうして人生に意味などあり得よう。目を覚ませ、見よ、この現在、 この瞬間にこそ、この永遠は実現しているではないか!
一般的に、早逝した人のことを不幸だと人は言い、 「生きていれば、もっと良いことがあったのに」という仕方でその死を哀しむ。 しかし、「生きていればもっと悪いこともあったのに」とも言えるのだから、 じつは何をいったこともなっていない。他人の死をどちらかと言えば不幸と感じるのは、 残された人の悲しみを思い、それをそのまま死んだ人の痛恨だとしている場合も多い。 死んだ人が不幸と思うのは、明白に観念でしかない。
他人の死を不幸と感じるのは、どういうことか? 「悔いを残す、残さない」という言い方によって、人は孝、不幸の感覚を述べようとする。 そのとき、生に悔いを残さないことがその生の幸福であるとされている。 これを言及できない死の側から言えば「成仏できる、できない」ということになる。
生の幸福の成就のための経験もしくは努力の断絶、これを不幸だと感じて生きている われわれは、死そのものを恐れているのではなく、実は生の不幸を恐れているのだろう。 不幸で死ぬのは不幸だ、だから「まだ死にたくない」であり、裏返せば「もう死にたい」 となり、逆に幸福の絶頂においては、「もう死んでよい」ということになる。 しかし「死んでも良い」も、死はやはり否定性として捉えられている。 死はかくまで深く生の意味の源泉になっている。 ーーー
私の60歳の実感の一つとして「60歳の人生に悔いない」が偽らざる気持ちである。 やり遂げたという悔いは無い、ということではない、その時点時点で、 精一杯であったという意味でしかない。その「悔いが無い」というのも、 人生の孝・不幸で、孝の要素が多かったと、自分自身に説得しているに過ぎない ことになる。 「死」が、直線上に存在していると思っているからだ。 しかし、そうとはいえ、やはり悔いがないのは実感であるが。 (*^ワ^*)i バイバイ! ・・・・・・・・ 2005年11月21日(月) 1693, 中学校還暦同期会
あと二ヶ月で還暦になる。 (O_O;)Shock!! 中学校の還暦同期会は、考えようによっては面白い。 卒業してから45年という歳月と、義務教育の分別?される前の、 危ない場の中学の還暦はそれぞれ思いは深い。 w((´ω`))w !! 同期会ということもあって、45年ぶりの再開の人が多い。 それも、もう恐らく二度と会うことはない人だ。 一昨日が、その中学校の還暦同期会があった。 来るべき時が来た!というのが、実感!。 そして興奮と感激の連続であった。koufun (+`ω´+)∩・・・ 驚いたのが、学年の三分の一の108人が集まったことだ。 (私のいたクラスは一番まとまりのあるクラスだが、五分の一だった。) 長岡の一流?の料亭の鴨川別館で、会費が写真込みで一万円。 幹事は大変だったはずだ。 ase ∩(+`ω´+)∩・・・キュゥ 二次会はフロアーを変えた別会場で設定してあった。 ほぼ8割が出席していた。(別料金) 不景気、料亭も考えるものである。 これでは、スナックは大変だ。 ヽ(゚Д゚;)ノ!! 還暦に神社で御祓いの習慣があることをはじめて知った。 わざわざカジュアルの服装で行ったが、男の8割が背広であった。 還暦とは、成人式と同じ感覚なのだろう。 還暦が過ぎると、「生老病死」の問題がシビアに出てくる。 反面60歳代が人生で一番面白いとか? 準備してきたかどうかで決まるだろうが。(O.O;)(oo;) (^_^)/~~ ・・・・・・・・ 2004年11月21日(日) 1328, 「哲学者たちは何を知りたかったの?」−1 −読書日記 ー教養は何故必要か?−
ふと本屋で立ち読みをしていたら、 ー教養とは自由になるために必要なアーツー という文章にいきあたった。。 早速買ってきて読んだが、なかなか読み応えのする本であった。 特に教養に対して、ズバリその本質をついている。
ー「日本で教養というと、大学の教養課程やその延長線上で身につけるものと 受けとめられがちだが、本来教養とは、人間が自由(リベラル)になるために 必要な(アーツ)だったのです。ですから、教養としての哲学、教養を持てば、 それがガイドやパイロット、あるいは乗り物となっているので、 脳空間の中を自由に飛躍でき、さまざまな世界をのぞき見ることが可能になる。 人間は、神のもとから自由な空間に解放され、そのために多くの不安や悩みを もつようになりましたが、教養としの哲学を持つことで人間として生きていくことの 素晴らしさを味あうことができ、それがまた、不安や悩みの解消につながり、 「幸せ」を招来してくれることも確かです。ーー −以上だが、なるほどそのとおりである。 生まれでたと同時に、多くの刷り込みが行なわれるが、 教養とは、それを乗りこえる為のパーツの総量ともいえる。 教養といえば、字のとおり「教え養われたもの」であるが、 それでは、「それが何のため?」といわれると、言葉に窮してしまう。
一流の職人が 「おれ中学しか出てないけど、大学を出ているのと、あまり変わらないと思うんだが?」 という素朴な言葉の中に、多くの問いかけと答えが含まれている。 現象が全てなのだから、それはそれで仕方がない。 彼は言葉の中に含まれる意味の世界とは全く無縁であるから、 目の見えない人に視覚が解らないのと同じことである。 しかし、その分他の感覚が研ぎ澄まされるようになったから、一流になれたのだ。
宇宙から見れば人間の存在などチリ以下、いや地球の存在自体チリ以下で あることを考えれば、その知識の差、教養の差など些細なことでしかない。 しかし、せっかくこの世に生を受けたからは、この宇宙のこと、地球のこと、 自然のこと、人間のことなど、可能な限り知り体験することは大事なことだ。
人間という拘束された存在を自覚して、少なくとも刷り込みの拘束から 自由になることが最も重要である。 私が最も嫌っている、「教養のないオバちゃん」「小狐のような男」とは、 現象が全てと信じて疑わない世間という世界の住人をいう。 束縛されている自分に全く気が付いてない存在である。
人間である限り全ての人に、その要素が殆どを占めている。 それを、最小にしていくのが人間の一生の課題といってよい。 読み応えのある本であるが、この随想日記でシリーズで 哲学について書いたベースがあったので、興味を持って読むことが出来た。 しかし、刺激的な内容でもある。「飛岡健が哲学を書くと、こういう風なのか」 という視点を持てるのも、そのベースがあったためである。 教養は、積極的自由を得んがための知識の総量ということか!
ーーー 「哲学者たちは何を知りたかったの?」 ―はたして、彼らは“答え”を見つけられたのかー (河出書房新社)飛岡 健【著】 ソクラテス、プラトン、カント、ニーチェ…。 “哲学者”とよばれる彼らは、つまるところ何に悩み、どう解決したのか? その思索からいまを生きる我々が学ぶべきものとは? 「人と世の中の見え方」が一変するやさしくて刺激的な“知”の実践本。
------------- 2003年11月21日(金) 961, 「いらっしゃませ〜!ぽんぽこぽん〜」
昼は、毎日のように新潟の郊外に色いろなレストランやファーストフードに通っている。 昨日はイタリヤン・レストラン、今日はお好み焼屋、その前は讃岐うどん屋、 180円ラーメン屋などなど。 ダウンタウンの昔ながらの古い商売を、郊外型の レストラン方式にするのが流れのようである。 その中で一番驚いたのは、讃岐うどんのカフェテラス方式の業態だ。
今日、初めて郊外型の「お好み焼屋」に入って驚いてしまった。 入ったと同時に『いらっしゃいませ〜!ぽんぽこ、ぽんぽこ、ぽんぽこぽん』である。 中年が入るには、お客としてはミスマッチの店である。少し気が引けて?、入った瞬間、 『いらっしゃいませ!ぽんぽこぽん・・・』と、全員が山彦のように繰りかえすのだ。 たったこれだけで、お客の心を掴んでしまうのだ。特に子供の心を掴まえてしまうだろう。 こういうバカバカしい?のが大好きである。 キャラクターの漫画がタヌキで、メニューなどに書いてあった。 鉄板焼きということで『かちかち山のタヌキ』を連想させる為だろう。 居酒屋で注文をした時、『喜んで!』と言われたとき以来の新鮮さである。 何回か聞き慣れてしまえば、奇異でなくなってくるのが不思議だ。 お好み焼屋は開店をして、まだ一週間だった。
長岡の郊外で数店見かけたが、如何してこんな店が郊外に存在をしているか不思議であった。 しかし考えてみれば家族客にとって気楽に入れる店である。 12時過ぎであったが、私たちを除いて全員ヤングママで、満席であった。 昨日もイタメシ屋に入ったが、やはりヤングママで盛況であった。
・・・・・・・・ 587, 方針について - 2002年11月21日(木)
ある経営セミナーでなるほどとイヤに納得をした事があった。 「経営方針とは何々をするというのではなく、何々は絶対にしないという事である」
非常に解りやすいし、ずばり本質をついている。 枠をハッキリ明示して、エネルギーの分散を避けることだ。 何かをする為には何々を守るためには何々はやらないという事を明示しておく事だ。 家訓などはそういえばそうだ。 住友の家訓は「浮利を追わず」がその典型だろう。
父は「無借金経営」であった。 家訓は ・請け判はするな ・実力以上のことをするな ・質実剛健ー贅沢するな ・肩書きを求めるな−ライオンズやノータリンクラブにはいるな! 2代目が家を潰してしまうのは、家訓をふみはずてしまうケースが多い。 家訓に縛られて何もしないのも問題だが。 老舗や名家は代々続いたその家訓が光り輝いている。
・・・・・・・・・ [234] ゼネコンの世界-1 - 2001年11月21日(水)
26歳から増築2回も含め八回工事を経験したことになる。 その業界の深さ、得体の知れない不気味さを書いてみよう。 まずは「談合世界」が基本にある。それと業界の情報網がある。 国家が認める?犯?システムである。 こんな事を書いていいのか? もちろんよい。 誰も告発は出来ないからだ。
全員が解かっていながら薄ら笑いをしながら、集っているからだ。 イタリヤのマフィアの日本的国家版だからだ。 私ら素人?が如何あがいても、どうにもならない世界である。 新潟県のその大本は「大成建設」という話を聞いた事がある。 ヤクザの世界にそっくりだ、いやそのものだ。
普通の素人は、その世界に入ってきた子羊一匹といったところ。 その中で自分が出来る最大の抵抗を試みるだけだ。 考えてみれば、出来上がりの製品を買うわけでないし、 設計事務所を100パーセント信用してよいわけがない。 甘ければ甘いだけ商品の価値を下げた建物を造ってくる。
その噂を聞くと、色いろな因縁を作って業者が寄ってくる。 もし親戚とか同級生の業者を入れたとしたら、そこはノーチェックとなる。 それがあるから彼らは因縁があるほど有利になる。 もしそれが成立すれば‘いただき!’である。
そんな善意(利害をを目指した因縁)は金を屋上よりばら撒く以下だ。 その連中(騙す奴と騙される奴)がいるから、世の中が成り立っているのだ。 こんな事を書いているだけ、私が純粋か低脳だからだ。 暗黙知を形式知にかえるバラシを楽しんでいる。
建物を創るほうから見れば、命を懸けた塊だ! もちろんそれを受けるほうもそうだ。だから談合もあるのだろう。 情報化で、このダニどもが、陽ー情報にあてられのたうちまわり始めてきた。
・・・・・・・ ある時間の断片 −11月21日 1968年
11時過ぎ起床。 12時に登校、学食で食事後、「価格理論」に出席をする。 16時から寮の駒村君のところで過ごす。 18時に、大妻女子大の宮本さんと、その友人が間中君のところに来る。 宮本さんに「誰か可愛い人を紹介してよ!」と冗談を言うと、話がこじれてしまった。 二人を侮辱してしまったようだ。 二人は可愛くないといっているようなものだった。 後味が悪い事になってしまった。 どうも最近、無神経すぎる。 唯我独尊の自分が知らないうちに周囲を傷つけてしまう、困ったものだ。
ー2003年11月20日記 何かこういう文章を見ると、今と全く変っていない。 知らないうちに人を傷つけている。 全く、もう!と思う。 この性格はどうも昔から蒲鉾ー板についているーのようだ。
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2007年11月20日(火)
ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…
*携帯電話・パソコンが変えたこと
最近、携帯電話などの情報機器が身近の景色を変えてしまった。 まずは駅の見送りである。 数年ほど前から、ほぼ見かけなくなった。 見送った直後の車内でも携帯電話で連絡とれるから、別れの情緒がなくなってしまった。 解りやすい例をとして、会いたいが会えないという寂しさと性欲を起因とするイメージのダンスの恋愛は、 H系のサイトを見ればそんなイメージも情緒も起きにくくなる。 いや、更に肥大するか???! 情報化は情報の希少が与えるイメージの誤解のプラス面を減少してしまった。 エジプト女王のクレオパトラは男を狂わすのに、そのイメージの演出が絶大で、 実際は大した美人ではなかったという説がある。 「誤解で結婚して、理解して離婚する」のが世間一般の成り立ちである。 それも、結婚して初めて気づくこと。 そして一生をお互いに忍耐をして過ごすか離婚。 「愛することは耐えること」とはよくいったものだ! −− *写真集が良くなっている
前のテーマと関連した話になるが、最近の「写真集」が良くなっている。 書店の写真コーナーでは、時間を忘れてしまうほどである。 旅行に行った先の写真が、あまりにも綺麗に撮れていてドッキとする。 それが次から次へと出てくるから驚きである。 それも最近は、どうぞ座って見てください!と椅子まで置いてある。 現場に行っているから感激が倍増するのだろうが、 天候や見る角度などで違って見えてくる。 カメラが人間の視覚より機能が上ということもある。 これも情報化の一つである。 ーー *閑散の会場の大相撲本場所
大相撲の九州場所をTVで見ると、初日三〜四割、平日には二割しか入っていない。 相撲関係者の宿泊や、夜の世界人たちや、タニマチだけでも年一回の本墓所、 もっと入ってよいはずだが。 相撲などは会場などの熱気を差し引いても、 家で大型TVで観るのも同じレベル?か、それ以上になってしまったことも ある。 それと格闘技のアナザー・ワンになったこともある。 こんどのリンチ殺人事件と、朝青龍の問題も大きな要因だろう。 それよりも来年の初場所、皇室が観戦に来るかどうかの方が興味がある。 ホナナァ☆ |∀・`@)ノ|Ю
・・・・・・・・ 2006年11月20日(月) 2057, あたりまえなことばかり −11 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! −読書日記
「死と生」は、考えるほど不思議で尽きない。 この無限の宇宙の中で、何で此処に自分が存在しているのだろう。
60年生きてきたが、「自分にとって死はない」というし、 永遠は「いま、ここ」にしかないというし、 人間しか持ち得ない「観念」によって、動物のように十全に生きられないというし、 人間しか持ち得ない精神の思考によって、生物体としての死の恐怖を看破し得るという。 先入観ー馬鹿の壁ーがビッシリと脳にこびり付いていた自分の人生に、 ここで気づいている愚かさ! そして、周囲を見て、まあいいか、と思っている愚かさ!
自分にとっての時間は生まれ死ぬまでの時間ではない。 永遠は、「いま、ここ」に、垂直に、立ち上がる! なるほど、その通りである。 我を忘れるほどの感動の、あの瞬間! 縦に立ち上がっていた! 永遠に今も続いている。
薬物でもできそうだが・・・ それは、末期の時の一服の楽しみとして、とっておこう! **** Ψ( `▽´ )Ψ ケケケケ♪ ーー *死ぬことは不幸なことか −��
人間のみが自殺する生物であるのは、人間においてのみ、死が観念として 対象化されているという事実を端的に示している。 観念でない現実の死。とは、どういうことなのか。 多くの人が、人間は死に向かう存在なのだと長く教えられてきた我われが、 そのまま長く思い込んできた、未だ気づかない間違いが、ここにある。 考えてみれば、観念でない現実の死を考えるとする正にそのことによって、 死は常に観念となるという事実。 観念でない現実の死など、観念としてしか存在しない。
しかし人は死ぬではないか、と人はいう。確かに現実に人は死ぬ。 しかし、死ぬのは常に他人であるという事実について考えてみる。 他人の死は自分の死ではない、そこにも自分の死は、存在してない。 人は、他人が死ぬのを見て、死を観念として対象化し、それを自分に類推して、 自分の死が現実に存在すると、思い込んでいるに過ぎない。ここでもあくまで観念でしかない。 笑うべきことだが、自分の死を考えようとして与えられている思考の真空、 自分がいないとということを、考えている当の自分に、 どうして考えることができるのだろうか!かくして、哲学が誕生することになる。
精神は思考することによって、生物体としての死の恐怖、その錯覚を看破し得る、 だから、考えることこそが、善く生きるということなのだ。 おそらく、生物に存在するのは生存本能であって、死の恐怖ではない。 生きようとするために死を避けるのであって、死を避けるために生きている わけではない。人間という生物においてのみそこが転倒しているのは、 自ら課した観念による錯覚のためで、人間は動物のように、 十全には生きてはいない。それ自体で転倒している死への恐怖を逆手に取り、 再び大きく転倒させるものが宗教である。 あるいは、宗教は、考えられないものとしての自分の死、思考の真空地帯の そこに、「死後」の絵を画く。あたかもそれが、生の続きのように。
しかし、「生の続き」としての「死後」とは、どのようなことでありえようか。 自分の死が観念としかあり得ないのだから、その「死後」というのも、 文字通り観念としかあり得ないのは自明なことだ。 死が観念なら死後も観念である。ふと気づけば当たり前のことである。 人が死と対になった「死後」という観念から離れられないのは、 真空への恐怖だけでなく、時間の一直線に前方に流れるものという、 時間認識の錯誤にもよるのではなかろうか。 時間は一直線に前方に流れるという人々の表象の原型となっているのは、 人は誕生から死へと向かう存在であるという人生の表象である。 人は、物理的肉体として生まれ、育ち、次第に老いて、次に死ぬ。 時間は、そのような物理的現在、物理的瞬間の重なりとして表象されているのである。
しかし、この時間表象によっては、決して表象されないときがある。 それが、それらを表象している正にこの現在、時間は一直線に前方に流れるものだと 表象しているこの瞬間である。「瞬間」など、どこにもない。捉えられるものではない。 なぜなら物質ではないからだ。すると、時間を物質によって表象し、 肉体の生死に等しく一直線に前方へ流れる ものとのみ思うのは、誤りであることになる。 これは、自分の死はあり得ないという例の事実を裏から支持する。 物理的時間のうちに存在しない自分とは、物理的肉体ではない。 すなわち、自分は生きて死ぬこの肉体ではないということに他ならないからである。
死なない存在に死後はない。宗教が「死後」に言及することによって多く誤るのは、 あたかもそれが時間的前後であるように聞こえてしまうことによる。 「死後、永遠の生命を得る」。しかし、「永遠」とは「死なない」ということ以外の いかなる意味であり得ようか。 永遠が死後にあるとは、既に破綻している。 我われの言語の構造が、物理的時間とは異なる時間のありように言及することを拒んでいる。 宗教が誤るのは、一直線に前方に流れ、死へ崩落していくと思われているこの人生に、 「意味」を語ろうとしているところにあるだろう。 −− 自分は生きて死ぬこの肉体ではない、というが・・・ まあ、わからないでよいが、しかし考え続ける必要はある。 それしかないのだろう。 (*^ワ^*)i バイバイ
・・・・・・・・ 2005年11月20日(日) 1692, 二つのトッテ
「ものごとにはすべて、二つのトッテがある」という諺がよい。 (人`∀´)ィヒッ♪ 何ごとも両面がある(今さらだが、例えとして判りやすい) プラス面の取っ手を掴む癖をつけるかどうかで人生変わってくる。 私のみるところ、意識をしてプラスを掴むようにしている人は1割も満たない。 平気でマイナスの取っ手を掴んでいる人をみると、その異様さに唖然とする。 家内にいわせると、おばさん系の地味な服装の人に多いという。 話題に暗い話をするのが恒例になっていて、マイナスの話に快感を覚えているという。 ン・・ ヘロヘロ α〜(´`d)ぱぁぁんちぃ 「この人!マイナスのトッテを意識的に掴んでいるのではないか?」と 確信してしまう人が多い。他人事ではないか? 弱者ほど、その傾向が強い。 必ず対象のマイナスに気持ちがいっている 反面、「このプラスに隠れているマイナス面は何だろうか」を何度か自問しないと、 とんでもない落とし穴にはまる危険があることも確かだが。 (゚o゚(○==⊂(゚(工)゚ )⊃o クマストレートォ 「良い言葉は、良い人生に導く」結局、上手くいってない人生の人は、 内語に知らないうちにマイナストッテー言葉をつかっている。 baka!( ^ω^)ノビュゥゥゥゥ ξξ ((((o+ω+)o ヒィ 運命は我われに条件を与えているが、それをどう使うかで幸・不幸が分かれてくる。 トルネード!( ^ω^)ノ シタネ〜 ・・・・・・・ 2004年11月20日(土) 1327, まさか、地元で大地震が!ー14
今回の損害は、おおよそ3兆円と発表された。 ・インフラー高速道路、山間部の斜面などで、一兆二千億 ・民間家屋、7000億 ・商工関係、3000億 ・他 8000億 という。 阪神大震災が兵庫県だけで9兆9000億というから、その三分の一の損害規模になる。 阪神大震災が都市型であるのに対して、中越地震は山間型地震の典型だ。
損壊した家屋が4万8千戸。そのうち全壊とほぼ全壊で2300戸という。 現時点で、解雇が50社で420人。この地震での事業への影響は、目先プラスであるが、 当面の復興の為の応援が収まったときのことを考えると背筋が寒くなる。 長期的にみたら、この大震災は新潟県にとって大きなマイナスである。 目先の資金の確保は非常に楽になるが、消費マインドが冷え込む。
ことの深刻さは、日が経つにつれて深くなってくる。 本当の問題が出てくるのは、これからである。 ただ年内に新幹線が全面開通の見通しが経ったのが救いである。
・・・・・・・ 2003年11月20日(木) 960, バードウオッチングの面々−3 字数の関係でカット(2007年11月19日)
・・・・・・・・ 586, 不気味 - 2002年11月20日(水)
株が連日底割れをしている。 日経平均8千円割れも目前になってきた。 さらに悪いのは銀行株の連日の下げである。 UFJとみずほ銀行が50円額面で100円を割ってしまった。 UFJが年内、みずほが来年そうそう国家管理になるという噂も、 現実味をおびてきた。
昨日一日早く週刊朝日が手に入り、木村毅の銀行トップ批判の 記事を読んだ。 日本経済の実情は一般のマスコミが言っている以上に悲惨だ。
団塊年代の世代交代期と情報化による時代の変化が重なっている。 これが今の日本の悲劇的のところだ。 先日もその世代の宿泊客の自殺未遂が自社ホテルであった。
しかし不良会社の清算はしなくてはならない。 イラク戦争のドサクサでやってしまうのが政府の狙いだろう。 次の朝鮮戦争?が控えているから、やはり先倒しで?整理は しておいた方が良い。イヤやるべきだ!
装置産業の当事者として他人事ではない。 悲壮な話しだが暴風は覚悟はしなくてはならない。 今までが良い時代だったと割り切った方が良い。 実際のところ来年は想像するのも恐ろしい。事業も社会情勢も。
ーーーーーーー 「233]」イチロウ - 2001年11月20日(火)
「今の天才と言われる新人類は,皆コンピューター付きマシーンを使っている」 とメケメケの美輪?が言っていた。 バッテングマシーンに,何か工夫をしているのではないかとは思っていた。
それが昨日のBSNHKのイチロウ特集で、その秘密の一部を知る事が出来た。 それは何か! 「テニスボールを投げ込むマシーン」であった。 それで230�舛離謄縫好棔璽襪鯏蠅温�み、スピードに対し目を作ることと、 反射の訓練をしていたのだ。これが彼の秘密のかなり本質の部分と直感した。
スピードに目を慣らすのだ。実際に球がきた時に、緩く見えるまで訓練するのである。 そこに赤と黒で数字が書いてあった。 それが見えるまで訓練するのだろう。 バッテングと守備の捕球に対して、球の見極めができるよう訓練をしていた。 子供の時から、そのマシーンを使っていたのではなかろうか。
脳と身体のサイボーグ化をしていたのだ。脳作業もしっかりしていた。 もちろんそれだけでは、あれだけのプレーはできない!その上に 努力を人一倍重ねたのだろう。努力は誰もできる、ようはその方法を如何見つけるかだ。
イチロウは自分の練習を人に見られるのを極端に嫌っていた。他にも 彼なりの科学的方法を積み重ねていたのだろう。 3年前に森監督の講演を聞いた時、「イチロウは王・長島とは格違いの レベル」と言っていた。そのとうりになってきた。
・・・・・・・・ ある時間の断片 ー1968年11月20日(水曜日)
11時過ぎ起床。 14時に市川さんがくる、休みのようだ。 彼は早稲田を卒業をして、この春より医薬品メーカーに勤めている。 MEという職種で、お医者さん病院まわりが仕事だという。 この8ヶ月でまるで人が変わってしまった。お医者さんのオモリだそうだ。 勤めると彼のようになると思うと複雑な気持である。 すごく自分と性格が合うが、理工系で生真面目な人である。
その後、風呂に行き、Tvを見て食事をしたりしてすごす。 22時から夜半の2時まで卒論のまとめをする。 もう市川さんのように社会に出なくてはならないのだ。 最後の学生生活をもっと有意義に過ごさなくてはならない。 いい加減な生活だ。あと4ヶ月でジャスコオカダヤに就職だ。 三重の四日市に行く事になるだろう。
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2007年11月19日(月)
新聞広告につられ年に2〜3度しか買わない週刊誌を先日買って読んでみたが、 なかなか面白い内容であった。 大体が週刊誌は期待した半分も中身がないが、 週刊文春の11月22日の発行の「50年に一度の『株価クラッシュ』が始まった!」 の特集は、どれも考えさせられるものばかりであった その中のアメリカのサブプライムの問題はもしかしたら大恐慌の引き金になるほど、 根が深いようである。 「住宅の借り入れ金の範囲しか責任がない(借金を返せなくなったら、 その物件を銀行などの債権者にひき渡せば、それで済む)のがアメリカのノンリコール制度。 この制度のおかげで、不良債権化した物件や債権を引き渡された銀行は、 担保割れの物件の山になる。まだ住宅の相場良いうちは問題は生じないが、 相場が崩れると、強気で貸し付けてきた銀行の損失になってしまった。 それが数十兆円、百兆以上?もあるというから尋常でない」 これでは大恐慌になっても何ら不思議ではない。 どうなることか? これに石油高騰と穀物高が重なったのだから・・・ 来年は、更に荒れる年になるのは必定! (*´_⊃`)ノ゜*。・・+。゜*゜【gOOd morning】 ーーー *まずは週間文春の一部を紹介してみよう* 日本人はつい日本の住宅ローンの常識によって物事を判断してしまう。 だがこれは大きな誤りだ。日本では、ローンを組んで買った住宅が大きく値下がりした場合、 家を売却してもなお借金が残ることがある。この時、借りた人間は律儀に残債を返すのが 当然だと私たちは思う。 だからこそ日本では不況が恐慌に発展せずに済んだのだが、 同時に十年以上も延々と不況が続いたのだとも言えるだろう。
日本の住宅ローンとは異なりつアメリカで一般的な住宅ローンはノンリコースローンである。 借金を返せなくなった場合には、担保、に入れていた住宅をお金の貸し主に渡してしまえば、 それだけで借金から解放されるという契約なのだ。 日本の常識から見ると、アメリカの住宅ローンは、経営方針が大甘のカジノみのたいである。 金も持たずにやって来た客に対しても、喜んで賭け儲け金を貸してくれるという大甘の カジノである。 客が勝てば(=買った住宅が値上がりすれば)勝った差額を自由に持って 帰ることができる。客が負けたら、手元に残った残金だけ返せば (=担保となった不動産を引き渡せば)それ以上は責任を追及しないというカジノである。 こんな大甘カジノなら、客は殺到するだろう。 大繁盛すること(=住宅の価格が高騰すること)間違いなしだ。 だがカジノが繁盛していることと、カジノが儲かっていることとは、まったく別のことなのだ。 住宅への需要が水膨れすれば、価格が高騰するのも当然であろう。 だが、どう転んでも客が損しないサブプライムローンの仕組みが成立するためには、 住宅価格が右肩上が滑りで、今日よりも明日にはさらに高い値段になる必要がある。
ところがアメリカは昨年末には不況入りした。当然、住宅需要は減ってくる。 みんな、一斉に勝ち逃げしようと考える。住宅の売り物が増えてくる。価格は下落に転ずる。 そうすると、サブプライムローンで住宅という賭け札を買うてギャンブルに参加した人たちは、 もはや手元の賭け札を高値で転売することができなか。つまり賭けは失敗したわけだ。 だがこれではローンの貸し手が困ってしまう。住宅価格は下がっているのだ。 自分たちの手元の担保流れの住宅を叩き売れば、住宅相場はさらに下落する。 貸金の回収がますます困難になる一方だ。 ーつづく −−−−
これでは、裾野の広い住宅関連から大不況が飛び火するのは、火を見るより明らか。 この続きは、明日載せるが、今週の文春は買う価値あり? サョォォ━。゚(゚´Д`●゚)゚。ナラァァ━ッ!!!! ・・・・・・・・ 2006年11月19日(日) 2056, あたりまえなことばかり −10 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
内語は、声を出すと独り言になるが、 独り旅で内語というカタチでブツブツ言っている自分に気づくことがある。 毎朝のウォーキングも内語が活発化している。 内語といえば、この随想日記の同月同日の数年分を読み直しているとき、 そうか、そうか、と読みながら独り発語しているのは内語の究極と思える。 まあ、このHPも内語そのものと言えよう。 そう、今年の3月から始めたモーニング・ページ(起きざまに白紙のノートに 思いつくまま書き出す)も、自己対話の形式の内語である。 この良さは、頭で考えていることは、ほぼ些細な事と鳥瞰できることだ。 まあ、砂金がたまに見つかるのが・・・ この自己対話で質問者と回答者の対立が深まると、分裂症状になるが。 近くの居酒屋の親父、厨房で頭に浮かんだまま声に出している。 私のことを一度「あいつ、俺には合わないんだよな〜」と、言っていたか・・ ブログなど、内語だった地声?を、そのまま公開することである。 内語は考えるほど面白い形式だが・・
ー孤独とは苦しいものなのか −�� *「内語」と「孤独」について
「思う」とはどういうことだろうか。 何かを思うとき、思っているのは自分だが、思われているのは自分ではない。 これは、よくよく不思議なことでなかろうか。 「思う」というこれだけの出来事で、自他の区別はまったく不明瞭なのである。 あるいは逆に、「思う」ことによって、自他がそこで出合うのである。 孤独なもの思いにおいてこそ、人は世界へと開かれることができるという逆説、 孤独な思索者の内なる饗宴である。
「内語」という現象にそれは極まるだろう。 自分が自分に語りかけると、普通にわれわれは思っている。 しかし、自分が自分に語りかけるとは、一体どういうことであろうか。 もしも自分が自分として完結しているば、そこに語りかけるという行為は 発生しないはずである。語りかけるとは、問い尋ねる、確認する、疑念を発する、 同意を求める等、本来的に他者へと向けられる行為である。
しかし、語りかけているそこには、目に見える他者など、存在していない。 すると、そこに語りかけているのは誰だろうか。なるほど「自分に」だと言うしかない。 だからこそ、他者として、語りかけ語りかけられているのは自分とは、 自分にとって自分なのだろうか、他者なのだろうかという問いが、 いよいよ悩ましいものとして立ち上がることになる。 自分である、他者であるということは、自分であるという正にそのことにおいて、 いかにしても自明のことではあり得ないのだが、この場面において人は、 目に見えるもののみ信じすぎる。
他者とは目に見えるその個人であり、自分もまた目に見えるこの個人であると 思い込んでいるのである。そして、個人と個人はしょせん個人である。 ここで個人は孤独であると嘆くことにもなるが、じつは人は孤独であることなど できはしないのだ。厳密をきするほど、自他の境は溶解し、何が自分であり、 何が他者であるとは言えなくなるのである。この奇妙で当たり前の事実に気づくのに、 内省する、自己観察するという習慣以外ないだろう。 個人主義は科学的世界観なしにはあり得なかった。しかし、それとてこの 数百年のことである。それ以前は、われわれにとって自分はそれほど自明のことで なかった。自分であるということは、そのことだけで、何か神々や霊魂めいたものと 重なっていたことを知っていたからである。 われわれ日常とは、心の日常である。あらためて思うと、何と当たり前のことである。 そして、心は「人間」ではない。愛着や憎悪や嫉妬、それ自体が「人間である」とは 無意味であろう。「心のはたらき」は、人間ではない。それは「何」の働きなのだろうか。 目に見える「人間」を認めないとき、逆に関係性そのものとしてとしかあり得ない世界の ありようが見えてくる。そのことによって、各人の個性が個性でなくなるわけではない。 個性すなわち、性格の現れとか感情の訪れなどは、そもそもが「個人」の出来事ではない。 いや、個人などというものは、この世界のどこにもない。 まずは、そう思ってみてみたらどうか、世界の相貌は劇的に変わるはずである。 そうすると、関係性としてしかあり得ないそのような世界で、 孤独はどのようにして可能だろうか。 言葉は個人の発明ではなく、個人の所有でもない。言葉は個人のものではない。 しかし、人は多く言葉は個人のものであり、言葉を話すのが自分であると思っている。 しかし、もしも言葉を話すのが自分であるなら、なぜ他者と話す言葉との間に、 「会話」が成立するのだろうか。あの人は話が合わないというためには、 あらかじめ話の意味が理解されていなければならない。 理解されている言葉の意味は、自他の区別より先に存在するのである。 ある言葉を選択し、そのように使用する、そこに各人の個性が現れるのであって、 その逆ではない。「人間の側」こそが、言葉の個性のために使われる「口」なのだ。 論理に孤独の影はない。それは、すべての人に理解され、また理解されるべきものとして、 思考の光源に輝くものだ。論理から離れ、遠ざかるにつれて、言葉の影は濃く長くなる。 それは各人の心の陰影として、さまざまな角度から理解されることを拒まないものだ。 あるいは、そもそも理解されることを拒むものだ。 理解している、そう言われれば、いや理解などされたくない、そう感じる部分はあるのは どういうわけか。他人には理解できない秘めたる部分が自分にはあるのだ、 そう思うことによって心のどこかで悦ぶのは、心は日の光に広く暴かれることを必ずしも 望まない、心はじつは自分の影を好むからである。 心は、その孤独が自分自身にとっての一種の滋養であることを知っている。 心は孤独を味わい食べながら、その陰影をさらに深くする。 ヒダのひとつひとつには、そのように味わわれた世界がそのつど織り込まれてゆく。 友情が、魂にとって必要なのは、お互いに相手を信頼しているからである。 信頼するとは、相手の孤独を尊重することに他ならない。 孤独は尊重されるべき価値だということを、成熟した魂は知っているのだ。 そうでなくては、言外の含みへと互いに想像を巡らす、 そのことで信頼を深める友情が、どうして可能になるのだろうか。 深く孤独であるほどに、さらに関係しあえるのだから、魂は。 魂は、自分であるほど他者になれるのだ。 じっさい、われわれは誰も、その見た目やその言葉の背後に、それよりはるかに広大で 複雑な領域を所有している。この当たり前の事実を、他人にも自分にも認めるとき、 孤独であるということは、それ自体で非常に豊かであると知るはずである。 ある意味で、魂は、想像力そのものとして世界に関わり、世界そのものの宇宙の内実と 化すことのできる魔法である。 魂の孤独こそが、この喧騒の地上における、唯一の楽土としてあり得るものだが。 (*^○^*)ノ ホンジャ!また ・・・・・・・・・ 2005年11月19日(土) 1691, ザ・マインドマップ−4 ーマインドマップのメリットといえば、 (字数の関係でカットー2007年11月19日)
。。。。。。。。。〆(∀`*) 2004年11月19日(金) 1326, 海外旅行ー履歴
今までいった旅行履歴である。あらためて、よく行ったと自分でも感心する。 60歳まで50回という目標は無理であるが、年二回のペースなら63歳に達成する。 この不況の中、年二回のペースを守れるかどうかだが? 70歳まで、年二回のペースを守ると65回になる。 このくらい行けば、心の大きな財産になり、人生に対する悔いは残らないだろう。
ある地区に偏らないで、まんべんなく行っていた。 「オーストラリア、アメリカのグランドキャニオン、東欧、モンゴル インドネシアの辺りが空いている」が、今のところあまり行きたいとも思わない。 「43」北イタリア −2005・10 「42」オーストリア ー2004・08 「41」アイスランド ー2003・10
「40」アラスカ 2003・07 「39」パタゴニア ー2002・12 「38」スイス 2002・07 「37」西アフリカーコート−ジボアール ・ガーナ・ベナン・トーゴ 2002・03 「36」ベトナム ー2001・11
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ 2001・06 「34」メキシコ 2001.01 「33]モッロコ ー2000.11 「32」パキスタン・中国 2000・06 「31」シリア・ヨルダン・レバノン 2000・04
「30」ノルウエー・トロムソ ー1999・12 「29」ケニア・ヌー ・08 「28」イスラエル ・04 「27」ネパール ・02 「26」北インド ー1998・10
「25」 北スペイン パンプローナ ・07 「24」タンザニア(ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原)ー1997・12 「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地) ・08 「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖) ー1996・06 「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット) ・02
「20] 南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)ー1995・10 「19」ニュージーランド (クウィーンズタウン・ バンジージャンップ・ミルフォードサウン)・05 「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝) 「17」ケニヤ(ナクル湖・マサイマラ・アンボセリ ) ー1994・06 「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道) ー1993・12
「15」フィジー(コマ島・ ) ー1992・11 −−− 「14」スペイン1周の旅 (アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛) ー1991・08 「13」カナダ・ロッキーの旅 ー会社 ・05 「12」香港クルージング ー1990・07 「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ) ・04 「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 ー1989・12 「9」 中国(北京・けいりん・上海) ー1988.09 「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス ・06 「7」カナダ・ナイアガラの旅 ー個人 ー1987・08 「6」香港の旅 ー1986・10 「5」ハワイの旅 ー1983・08 「4」ハワイの旅 ー1980・08 「3」ハワイの旅 ー1978・08 「2」アメリカ・商業界 ー1976・07 「1」欧州30日一周 ー1967・07
・・・・・・・ 585, ある時間の断片ー12 - 2002年11月19日(火) 1968年 10月1日
9時半に起床、11時までボーと過ごす。 その後学校に行く。石川と入れ違いに兼子がくる。 一緒にコピーをとりに校外にでる。そこでフェステバルの行進にであう。 かれの食事に付き合うーそれまで私は終えていたが。 彼も自分に対して自信を持ち始めたようだ。 女性に対してかなり発展しているとか−同棲をしているとか。 彼とボーリング場に行くが満員で時間待ちということそのまま帰る。
帰寮後、風呂に行き試験勉強を1時間半する。 キックボクシングを見た後、石川へ電話のため電話ボックスにいく。 9時半より夜半の一時まで試験勉強。 精神がまだ甘いとつくづくおもう。 就寝。 ・・・・ 1968年 10月2日 10時起床、11時に学校に向かう。 食後図書館に行く。石川と隣り合わせで試験勉強をする。 途中に同級の雨宮がくる。彼と話をするが、外国に行きたいとのこと。 必死に将来を考えているようだ。兼子も来る。
図書館の私が座っている場所が溜まり場みたいになっている。 今日の試験はまるで簡単であった。まじめにやりすぎたのが馬鹿みたいだった。 帰寮後、先輩の佐々木さんと高橋君と食事、その後後輩の 駒村君と米林君と話す。駒村がのろける。自分がもてるのに驚いているという。
そういえば今日昼の12時半に深井と会う。 彼が今度の土曜日に聖心女子大の彼女等と会うという。 私も行くことになるが、その前に小作とどこか女性と遊びに行く予定がドタキャンになる。 そう考えていると偶然の一致に彼と出会う。 面白いものだ。彼の誘いを断る。
・・・・・・・・・・ 「232」人生の三つの坂 2001/11/19
人生に三つの坂があるという、 「上り坂」「下り坂」「まさか!」 である。 この最後の「まさかこんなことが!」は誰でも起こるはずである。 問題は、その時の対処の仕方である。 どうそれを受け止め受容していくかが問題になる。
特に人生の後半には、遅かれ早かれ誰にも否応なく起こってくる。 という事は、これは[まさか]ではない必然ということか? 「上り坂」も「下り坂」も直接原因で生ずるケースが多いが、 「まさか」は間接原因のケースが多い。あるいは突発のケースだ。
悄然とそれを受け止めることは、ほぼ不可能だ。 少なくともそうなった時、今まで好きな事をやれたのが救いだ! という生き方が必要ではないか。 誰もが持っている心理として、自分だけは大丈夫という、 そして特別という甘さがある。それがあるから生きられるのかもしれないが。
それが「まさか」という冷徹な事実に木っ端みじんに砕かれてしまう。 「まさか」の坂を一歩踏み違えると、「まっさかさま」に転げ落ちる
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2007年11月18日(日)
*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ! 『楽天主義』ーヘレン・ケラー著 ー読書日記 この本を図書館で見つけ、数ページ読んで、その行間から溢れ出てくる 光のようなメッセージに驚いてしまった。 三重苦を乗りこえた偉大な人物ということは周知のことだが、 実際に彼女の本を手にするのは初めてであった。 それも何と彼女の処女作で、100ページ足らずの読みやすい本である。 この一冊を、20歳前に読んでいたら人生が変わっていただろう。 三重苦の中で、言葉の持つ意味を深く理解したのである。 もしかしたら、今年の最高の本といってよい本だろう。 この本はもう廃刊になっていて、中古本で二倍の値がついていた。
ーその概要といえばー この本は、ヘレン・ケラーが1903年、大学在学中に初めて書いた処女作である。 ヘレンは三重苦の身でありながら、88歳の生涯を障害者の救済のために力強く生きた。 彼女は生後19ヶ月の時に熱病に罹り、聴力と視力を失い、三重苦の生活を強いられた。 サリバンという女先生と出会い、読み書きを覚え、大学を卒業後、世界各地で講演したり 福祉活動を行い「奇跡の人」と呼ばれた女性。 ここで彼女は「楽天主義者とは、善を信じ、輝かしい未来の到来を確信し、 明日を今日より美しいものにするための努力を重ねる生き方」と述べている。 楽天主義者は、信じ、試み、そして目標を成し遂げる。楽天主義こそいっさいを 成功に導く信念である。 希望がなければ何ごとも成就するものではない。
人生の目的は何か、などと堅苦しく考える必要はない。 楽しく生きて、この世を去るときに、「生まれてきてよかった。幸福な人生だった」 と振り返ることができたら、その人は人生を楽天主義者として過ごした成功者である。 将来に希望をもって努力することで幸せは得られるものである。 逆に、悲観的な考え方のクセがある人は、幸せになりにくく、不幸になりやすい。 幸せになるためには、悲観的な(不幸になる)考え方をストップし、 意図的に楽観的な考え方をできるだけ心がけたほうがよいのである。
ー彼女は、ここで次にように述べている。 「幸福は心の持ち方の問題で、外見から他人が判断できるものではない。 私は、盲・聾・唖の障害者でも、世間の常識に反して自分は幸福である、 という考え方を信条としている。 どんなに幸せそうに見えても、 本人が幸せと思っていなければ、その人は幸せではありません。 どんなに不幸に見えても、本人が自分は幸せと思っていれば、その人は幸せである。 『自分は幸福であるという考え方を信条としている』という強い意志と、 意図的楽観主義こそが自分である。」
ー評論家の小林秀雄は彼女を評して以下のように書いている。 「人生の深淵を覗いて、ニーチェは大声で喚めき、ランボーは静か に引き返した」(ニーチェはドイツの哲学者、ランボーはフランス の天才詩人。ともに人間の悪徳をのろい、生を受けたことの悲劇を説く) もしヘレンだったら、こう述べたであろう。 「人生の深淵を覗き、さらにその奥深く、神の善の世界があることを知り、 幸福と歓喜に打ち震えた」と。 ー
未来に用意された、光に包まれたバラ色の善の世界。 その存在を確信するゆえに、ヘレンはその人生は幸福に満たされて精一林に生き、 その希望を人々に与えて生涯を送ったのである。 ー目次ー 第1章 私の楽天思想 (私の幸福;思想の輝き;現実に立つ;善の世界;働く喜び;信じること) 第2章 楽天主義の世界 (哲学との出会い;心の支え;神の世界で;楽天主義の根拠;教育の進歩;寛容の精神) 第3章 楽天主義の実践 (厭世主義者;楽天主義の力;楽天主義の文学;神からの贈り物; 光明を招く;キリストの福音;未来への確信;私の信条) ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・・ 2006年11月18日(土) 2055, あたりまえなことばかり −9 読書日記 (~Q~;) おはよう〜〜 自分とは何、これは考えても考えても尽きぬ問である。 孤独という実感の先にある「宇宙の真っ只中に浮いている意識」が真我であるのか? 以前も書いたが、「禅」の字は「単を示す」と、新井石龍禅師が語っていた。 「宇宙に誰もいない、ただ一つの生命」これを実感するのは死期を悟った時。 これが苦しいのか、苦しくないのか経験したことが無いので今のところ解らない。 恐らく、あのバンジージャンプの板の上に立った実感が近いのだろうが・・ しかし、あの落ちていく瞬間の覚醒の意識が最後の見納めとして周囲を見渡す時の それなのであろうか。 私の場合の「私」は、このHPそのものである。 このHPの先にいる得体の知らない「これ」である。 デカルトのいう「考えている、『!』『?』」である。 たしかコギトと表現していたが・・・ 考えている、思っている、思い出している、想像している、 これであるー> ( ̄ω ̄;)!!エッ `s(・'・;)エ-トォ? .. (^┰^;)ゞオレ馬鹿 ?(゜_。)?(。_゜)? (>△<‖)ワカラネ〜 (−◇ー;)!! ソウカ(・_・ゞ−☆ (/--)/ ドウデモ
ー孤独とは苦しいものなのか −��
*自分とは何であろうか
たとえば、自分とは自我でなく、この肉体でもないとしたら、 同じ理由によって、他者とは誰のことであろうか。 他者もまた、その自我でもその肉体でもないとしたら、 孤独の癒しとして求められるような他者とは、それほど自明なものだろうか。 孤独であることは、苦しいことと感じられるほど確かなものであり得るのだろうか。
自分とは「何であるか」、他人や社会によって知ることができないと知ったとき、 人は、自我の向こうに自己をもとめて、船出することになる。 実際に、対社会的形式もしくは機能としての自我など、それ以上のものでも、 それ以下のものでもない。「私は誰の某です」そう言って挨拶する、そのようなもの。 しかし、自分とはその姓名以上のものである、そう感じる時、 人はそれとは知らず、魂としての自己、その内実に触れているのだ。 このとき、これを観察し、探索するという「孤独な」作業、これをきらって、 安直に他者をもとめに出向かわないことだろう。
魂としての自己、不可解であるという意味において豊かな内実は、それを知ろうという 態度にしか開かれないものである。その探索を「船出」と言いたくなるほど、 なるほど魂としての自己は海に似ている。 広い、深い、底が知れない。 自我による「自分探し」の空虚さを、玉ねぎの皮むきにたとえる言い方があるが、 それとは対照的に、出合うもの全てが自己であると言いたくなるほど、また、 じじつ言いえてしまうことの面白さがそこにはある。孤独であるということは、 隠棲して自己を見るということは、本来きわめて上等な楽しみ、 一種の甘味な悦びであるはずだ。 −− *性格とはそれ自体何であろうか?
自分で好ましくない、そうありたくないと感じるにもかかわらず、 そのようでしかあり得ないという当の事実によって、じつは性格とは、 それ自体で自律した存在、自分からは独立した他者ではなかろうか? 自分の性格とは、自分にとっての他者なのではなかろうか。 あるいは、それぞれの性格が、それぞれの魂であるということも可能だろう。 自己は複数の魂から成ると見る視点は、自分の性格がこれこれである、 自分はこれこれの者であると自分で決めつけることから、 自分を自由にしてくれるはずだ。 −− *「好き嫌い」とは何であろうか
誰かや何かに対する「好き嫌い」、これもこれ自体で不思議である。 「なぜ」好きなのか、「なぜ」嫌いなのか、理屈による説明は、 常にどこかしら後講釈の感じがする。好き嫌いの感情もまた、 自分から独立した他者ではあるまいか。にもかかわらず、好き嫌いの感情ほど 自分に親密で、自分を偽ることができないものはない。 すると、この感情とは、いったい自分なのだろうか、自分でないのだろうか。 感情とはそもそも自分にとってなんだろうか。 ーー 勘定!エンジン、ガソリン? ホンジャ(;^_^A また! ーつづく ・・・・・・・・ 2005年11月18日(金) 1690, 僕が最後に言い残したかったこと ー読書日記 「銭道」などのシリーズで売れっ子漫画家の 青木雄二の本を手にしたら、彼の遺書代わりの本であった。 死を直前に書いた本で迫力がそのまま伝わってくる。 (二年前に死亡) 図書館で何度か、この人の本を手に取ったが借りる気はしなかった。 金に関して素人向きの内容だからだ。 現に、この本もそうだが、死を前にお金と人生の関係を シビアに表現しているところが面白い。 私は、両親からお金について幼児の頃から話を聞いていた。 耳年増であるが、特に父の死の直前に教わったことは ШШ 現在の私の金銭哲学になっている、 § d^^b ┃ ^namu Э ∬∨∬ (^┰^;)ゞ ┃(〜∞〜) ┃( 人 ) ・お金は自分で稼いでこそ価値がある ノ ハ ・使う楽しみを知らなくては稼いだ価値がない ・あの世には持っていけないもの、 使うべき時に使うからこそ金の価値がある ・自分で事業をみつけ、それを楽しめ。 そのカスがお金として残ってくる。 ・:*:`☆、。・:*:`★ ーこの本でなるほどと感じたところを書き出してみた。
ー最後にこれだけは言っておく。金は貯めるために存在するんじゃないで。 時間を有意義に使うために金はあるんやで。そう、金は使うために存在するんや。 死んでしまってからは使えんのやからな。それが僕の偽らざる実感や。 ー忘れてならないのは、お金自身に価値があるのではない。 お金を「真に価値あるもの」と交換することが大事だということや。 ♪〜(=^ε^= ) ーサラリーマンの人たちは、定年後を考えて現役のうちから人生設計を考えておくことや。 とにかく「自分のやりたいことをやることや」趣味でもよいし、アルバイトでもよい。 大きな器をつくるには、時間がかかるんや。 定年では遅すぎるんや。 では、何をやるか。それはあなたが考えることや。 特に奥さんとの仲を良好にしておきなさい。 (o;´=ω=)o)) ドキッ! ーある人が一千万円の資産を持っていたとしても、 厳密な意味で、「持っている」というわけではない。 一千万という資産が、ある人間を「自らの管理者」として雇っている、 といっても論理的に矛盾はありません。 実際に、その人が死ねば、その一千万円の資産は自分の管理者を変える。 ただそれだけのことや。 (◎-◎;)!! 人間はいずれ死にますが、お金はこの世から無くなることはない。 ーこれから先もお金は大切であることに間違いはありませんが、 社会の主人公は、人間でなくてはならないのです。 お金や物の所有が一時のかりそめのものである以上、 人間が完全に勝ち取ることができる所有物は 知恵ということになるでしょう ヾ(^-^)ゞbaibai ・・・・・・・ 2004年11月18日(木) 1325, 小型のヒト
以下は、10月末に一斉にマスコミに流された内容である。 「新種」のヒト化石を発見、 インドネシア東部フロレス島 2004.10.28 - CNN/REUTERS/AP
シドニー──現代人が分類されるヒト科ヒト属の新種とみられる化石が、 インドネシア東部のフロレス島で発見された。 身長1メートル弱の女性らしい化石で、少なくとも約1万8000年前まで 生存していたと見られる。オーストラリアとインドネシアの科学者が、 28日付の英科学誌ネイチャーに発表した。
フロレス島西部にあるリアン・ブア洞窟(どうくつ)から見つかったのは、 女性と見られるほぼ全身大の化石のほか、別個体7人分の骨や歯など。 頭蓋(ずがい)骨の大きさは現代人のものより小さく、 脳の大きさは約3分の1程度。 あごと歯が残っていた。 発見場所にちなんで、「ホモ・フロレシエンシス」と名付けられた。
化石の近くには石器のほか、コモドオオトカゲや、今は絶滅した小型ゾウのステゴドン、 鳥類、魚類の骨も見つかった。 これら骨の一部は炭化しており、 ホモ・フロレシエンシスが調理した可能性があるという。
ヒト科は約700万年前に、チンパンジーと共通の祖先から分かれたと考えられている。 その後、約150万年前に、北京原人やジャワ原人などが含まれるホモ・エレクトスが分岐した。 ホモ・フロレシエンシスは、このホモ・エレクトスの子孫だと見られている。
ホモ・エレクトスは進化に伴い、身長や脳容積が大型化したが、 今回見つかったホモ・フロレシエンシスは、いずれも小さい。 これは、外敵や食料が少ない孤島で進化したため、小型化したもとの考えられる。 ホモ・フロレシエンシスはこの地域に、約9万5000年前から 約1万2000年前まで生存したと考えられ、ヒトの祖先である ホモ・サピエンスと同時代を生きていたことになる。
研究者らは今後、この化石のDNAを調査し、種族間の関係を調べたいとしている。 毎日新聞の社説に『小型のヒト』という題名で記事が出ていた。 最近、この発見のニュースを新聞で見ていたが「アジアのどこかで、 一�丹未両�型の人類が発見された」という位しか印象には残ってなかった。 それを解りやすく、面白く解説をしてあった。 数年前までは全くといってよいほど知られてなかった事実である。
ーーーーーー 記者の筆は一つの記事を元に、このような(後記)内容に発展させて書く。 特に、ー生物の小型化は孤立した島でしばしば起きる。 資源が少ないことが一因で、いわば「省エネ型」への進化だ。 生き延びたのが私たちではなく省エネ型人類だったら、 エネルギー問題や食糧難は生じていないかもしれない。 環境破壊の度合いも違ったのではないか。 彼らが現代まで生きながらえ、我々と遭遇したら、と想像するのも 興味深い。現代人の祖先は、数万年前に各地で原人を滅ぼして 今に至ったと考えられる。その「好戦性」が健在であることは 各地の紛争から明らかだ。ー のくだりの文章は、現在の人類・文明に対する批判にもなっている。 一つの発見から、考えを発展させる良い見本の文章である。
・・・・・・・・・ 584, ーこころのかぜをひいたら - 2002年11月18日(月) ー宗親ー そうかい こころのかぜをひいたのかい こころのかぜは からだのかぜとおなじだよ こじらせると はいえん まんびょうになってしまうんだ
そのときは おいらの いざかやにおいてよ ぶるーの こーなーにおすわり そこはかぜをひいたひとの せんもんこーなーなんだ
そこで たまござけ のむといいよ そして にんにくのまるあげを ちゅうもんするのさ かえりに もうひとつ にんにくあめを おみやげにあげるよ
そしたらすぐに へやにまっすぐおかえり へやをあっためて そうそう ねることさ
こころのかぜは さむさに とくにゆわいんだ ひえたこころを まずあっためてやらなくてはね そして つかれをとることさ
こころのかぜは からだより びみょうなんだ とくにさむさにね
だれにも あわないほうがいいよ ひとにうつしてしまうからね
ひとり ふとんのなかで なんにも かんがえないで ゆっくり ねることさ ゆっくり つかれをとることさ そして あせをたっぷりかくといいよ はやく なおそうとしないのが こつなんだ
こころのかぜは こころのかぜは こうねつになるからね きをつけたほうがいいよ
こころのかぜは かみさまのさいん うすぎを しているよという さいんだよ わるいばしょに いるという さいんだよ
・・・・・・・・・ [231] ベトナム旅行記ー3 −偽100ドル事件ー 2001/11/18
今回の旅行で面白い事件に出くわした。 明らかに観光客を狙った偽100ドル詐欺事件だ。 日本では大事件だが、ベトナムでは日常に行われているのだろう。 三日目になるが、写真に載っているハロン湾で食事を終えた頃、 ベトナムの刺繍を売りに来た。
私達はもちろん買うわけでなし、しかし何人かが買っていた。 4人席の目の前の同行の2人の老女がそこで買い物をしていた。 確かその場面の写真を撮っていた。 現地の金とドルの交換を頼まれ、親切心で替えてやったのだ。 それも人の良さそうな老女を狙ったのだ。
そして最終日の帰る日に、その目の前の年寄りの一人がデパート で100ドル札の引き取りを拒否された。 それを添乗員が偽札と疑い銀行で偽札と判断した。
添乗員が言うにはカラーコピーの幼稚なシロモノ。観光客の老人を狙ったのだ。 日本では大事件だが、ベトナムでは単なる日常の軽い詐欺なのだ。
現地の代理店の責任で、その100ドル札は彼女に本物と取り替えられたが。 日本とベトナムの差を垣間見た。何人かがその詐欺の女の写真を撮って いたため恐らく警察にマークがされるだろうが、日本ではありえない事件である。
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2007年11月17日(土)
才ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪
宗教の問題も、それぞれの人間にとって大きな問題である。 日本人が平気で外人に「私は無宗教」と言うと、腰を抜かさんばかりに驚くとか。 多神教の風土が無宗教と言わしめるのだろうが。 しかし著者の次の内容は、宗教の必要性を解りやすく説いている。 私達は大いなる根源から送り出され、そして根源に帰って行くのだ。 その道筋は、それぞれ違っても行きつくところは同じであろう。 その違った宗教観を持った人の集まりが社会である。 宗教観と社会観を理解してないと、よく生きることは出来ない。
その部分を、「まえがき」の部分から抜粋してみる。 −−− (3)さて、人は自己を実現して自分の存在を確保し、他者との交わりによって 愛の喜びを味わっも、挫折、病気、老化、死という関門が待ち構えています。 この問題について本格的な態度を持ちえなければ、真の安らぎには至りえないでしょう。 それが第三の論点、すなわち宗教の問題です。 この問題は一言でいえば、私たちと私たちの存在の根源、言い換えれば、 宇宙のすべての存在者の根源との関わりの問題です。この根源は、人類の中で、 存在、神、絶対者、道、天、空、ヤーヴェ、仏、アラー、ブラフマンなどなど、 いろいろな名前で呼ばれてきました。 要するに、私たち個々の存在者はこの根源から送り出され、死を通しての根源へと 帰るのです。このとき、この根源を善意に満ちた親と考え、優しい親元へと帰るのだと 信じることができれば、私たちには安らぎが生れるでしょう。 それはすべての存在者を生み出した根源ですから、 そ二では自分と他老の区別が意味をなさなくなるでしょう。 それが自他不二の世界であり、絶対者の懐に抱かれて万人が肯定される世界です。 ところで宗教的人間は、一般に特定の宗教に献身していますが、 人類の歴史を血まみれにした宗教戦争の惨禍を乗り越えるためには、 各人が自己絶対化を捨てなければならないでしょう。 多者共存が人類共生の不可避の前提となった現代においては、それゆえ、 すべての偉大な宗教がそれぞれ異なる道を通って共通の根源へと向かっていると 考えるべきでしょう。普遍的な霊性が肝要なのです。
(4)そして最後に、第四点として、社会の問題があります。 人間は本性的に社会の中で生きる存在者ですから、どのような社会を作るかは 人間の幸福にとって死活の問題です。人類は、おしなべて初めは王制から社会を作り始め、 やがて貴族制へと移行し、それらの劣化した形態である独裁制、寡頭制を経て、 現在ではデモクラシ喜最良の社会形態として是認しつつあります。 これは、すべての人間が自由で平等な存在者ですから、誰か特定の人間や種族が、 支配権力を独占することは許されないという認識にもとついて成立した社会なのです。 この原理にもとついて、統治構造の問題、経済活動の問題、福祉制度の問題、 一言で言えば正義の問題についてさまざまな工夫がこらされていますが、 自由と平等はもはや揺らぐことのない人間社会の究極理念です。 この理念は、やがて、民族という生物的な枠に囚われていた人類を世界市民へと解放し、 国境のない自由で平和な世界へと私たちを導くでしょう。 それは、現在では夢のまた夢ですが、哲学はユートピアを語らなければならないのです。 −−−
一生懸命、自分の求めることを追求していけば、どの努力したレベレの人と邂逅できる。 それは本の中での過去の人を含めてだが。 また、生老病死を知った人間は人生の不条理も知ることになった。 そこで自らの神に縋るしかない。一生をかけて神の御魂に帰る準備も必要。 また、我われが住んでいる社会に対しても良くするように努力しなければならない。 よき人生か〜 ゚★βyёヾ(*゚∇゚*)ノβyё ・・・・・・・ 2006年11月17日(金) 2054, あたりまえのことばかりー8 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪
団塊の世代が本格的に60歳を向えようとしている。 その中でサラリーマン生活を過ごしてきた人達が、 大量に定年を向えようとしているが、彼等にとっての大問題が第二の人生である。
常に集団社会の中で、「孤独」の確立が出来てない人が大部分である。 「どうしてよいのか解らない」のが、本当のところだろう。 せいぜい、前の会社のOB会の集まるスナック・居酒屋とか、 ゴルフ会とか、町内会の会に出るぐらいしか知恵が出てこない。 この問題を、著者は「孤独」の意味を探りながら論じている。
彼らこそ、群から離れて「隠棲」に入ることが、 サラリーマン社会に生きてきた人ほど必要であろう。 隠棲といっても、ブログで繋がる便利さもできているから、 それほど深い寂寞感はないだろう。 しかし、孤独は生やさしいものでないことも事実である。 ーーー ー孤独は苦しいものなのか ー��
隠棲するということは、静かで豊かな魂のありようのために、 意志的に選ばれる行為だったはずである。 それが、「引きこもり」という言い方によって、何らか心理的に問題のある 一種の症候群に目されるようになったのはなぜだろう。
自宅や自室に引きこもって、長時間にわたって社会と全く接触を持たない 若者が、30万人はいるという。 家族とさえ打ち解けず、家族でさえその理由は解らない。 本人たちは、非常に苦しいものらしい。 孤独を欲していて、実は孤独を欲してないのだろう。 本人は人と関わりたいと思っているが、うまく関われない、無力感、 挫折感、自己嫌悪感の泥沼の長期化、恐らくそういうことなのだろう。
一方で、携帯電話やメールなどで常に「つながって」いなければ気がすまない 若者たち、彼等もやはり孤独であることを恐れている。 彼らは何ゆえに孤独を恐れているのだろうか? 孤独であるということは、文字通りには、独りであること、 独りで自分であることである。これは、これ以上疑いのない現事実である。 それが耐えられないということが事実なら、自分であるということの、 何でそれほど耐え切れないことなのであろうか。
自分が自分であることを自分で証明することは不可能であるか、無意味である。 そこで彼らは、その証明のため他人や社会といった外的契機を求めることになる。 しかし、社会や他人によって証明されたと思われるような自分は、 まさにその理由によって、他人や社会と代替えのきくものということになる。 あるいは、他人や社会によってしか、自分であることが出来ない。 自分の何たることか自分によって証明できないという事実に変わりはない。 孤独は空虚なままである。
おそらく、孤独を恐れているのは、この「空虚である」ということ。 そのような他人や社会によっての空虚は、実は当たり前のことであって、 対社会的な、文字通りの「形式」にすぎないからである。 誰の某という「姓名」、 どこそこの社員という「肩書」、それ以上でないのは、当たり前のことである。 「私は誰の某である」と発語する時の「私」、その「私」は何であるか、 これが、自我の向こうの自己への問いである。
人が、自分を自我と同一とするとき、空虚であるか、絶えられないと 感じるのは、自我というものがその本性上、世界と自分とを対立するか、 別のものと捉えるための形式である。 世界、すなわち、さまざまな人格としての他者たち、変転してやまない諸現象、 あるいは雄大なる天地と自然、そういった世界の内実としてのすべてを、 「自分ではないもの」「自分とは別もの」とすることによって、 自分であるような自我は、したがって、「孤独である」。自分以外「何もない」。
その本性が否定的であるところの自我としてのみ居ることは、 苦しいことに違いはない。内実のない自我は、内実を得ようと世界に関わるが、 しかしその関わるということが、やはり世界を否定するという仕方でしか あり得ないのである。関わりたいが関われないという、若者たちの矛盾した ありようは、自我という矛盾した存在のありようを、そのまま示している。
自我と世界とを対立するものと捉えるのは、近代の特有の世界観である。 この世界観で、自然科学は進歩を遂げたが、もともと目には見えない捉えがたい 自己、こちらの側を探索する作業は怠られたようである。 自分を自我として、自我をこの肉体とすることで、人は納得しようとしたが、 納得できない綻びが、彼方此方に生じてきている。 バイー♪(^_^)/~~ ・・・・・・・ 2005年11月17日(木) 1689, 今日という日は誰もが素人だ!
「今日という日は誰もが素人だ!」 三浦綾子の本にあった言葉だ。つくづく良い言葉と思う。 ~~■P_o(δ-δo) COFFEE 誰も今日という日は初めてで、何に出会うかもしれない日である。 その気持ちを忘れてしまうから、素人の持っている新鮮さを失ってしまう。 茶道に『一期一会』という言葉がある。 その言葉の真髄に ヽ(δ◇δ)ノ エーーー! 「今日(今)という日(瞬間)は二度とない、 誰も初めての経験であり、最後の経験になる」がある。
それを意識をすれば、全ての出来事に「驚き」が出てくるはずである。 生きるということは驚きであり、感動であり、感激である。 その気持ちは、素人だからこそ生まれてくる。 Σ(δOδ*)ハッ 今日という日は、昨日までの自分の積み重ねがあったからこそ 存在することも事実である。 今日という日に素人になるには、 昨日の玄人であるほど良いのも事実である。 (*δ-δ)ノ彡☆゜・。・゜☆ バイバイ ・・・・・・・・・ 2004年11月17日(水) 1324, ライオンの柵内に男が侵入
10日ほど前のTvのワイド・ショーの衝撃映像が面白い。 台湾の動物園のライオンの柵内に、男が入り込んでいる映像が流れた。 思わず息を止めて見入ってしまった。 寝ていたペアの雄ライオンが立ち上がリ、その男に突進していった。 そして、男の腕にかぶりついたが、あくまでも威嚇をしているようだった。
その男は恐れる風でもなく、振りほどくと後ずさりをして岩の上に上がった。 次に、ライオンは前足で男の体に数回爪を立ててパンチのような攻撃をした。 それを三回ほどした後に、攻撃を止めてしまった。 相手に敵意がないと思ったのか、これ以上攻撃をするとマズイと本能的に思ったのか。 ライオンのみぞ知るである。 元にいた場所に戻って、全く無視をして寝てしまった。
その後の映像では、かぶりつかれた腕や、体全体に咬み傷や引っ掻き傷が アチコチ映し出されていた。しかし命に別状はなかった。 みている方も、思わず悲鳴を上げそうな緊迫をした内容であった。 Tvでは、餌を食べた直後であったのが幸いをしたといっていた。
私の解釈を加えると、 ・この男が後ろ向きにならなかったことと、 ・恐怖心がなかったこと、 ・動物園の野生を失っている飼育ライオンであり、 人間の中で育ったため、自分のテリトリーの中に入っても、 それほどの怒りではなかったのだろう。
その男は、キリスト教の狂信的な信者で、 その愛を確かめる為に自分の身をかけて、実験をしたという。 動物的な、躊躇する何かが体全体から出ていたのだろう。 キリストの愛は、ライオンにも通じたということか。
そういえば、中村天風の話しを思い出した。 「サーカスのライオンの檻に入ったが、気合いでライオンが襲ってこなかった」という。 これも考えてみたら、飼育と訓練が入っていて攻撃しないように躾けられていた ライオンにすぎなかっただけだ。
・・・・・・・ 2003年11月17日(月) 957, ナレッジマネジメント −1
「図解、解る!ナレッジマネジメント」の本から、 ナレッジマネジメントの意味と本質を考えてみる。
数年前に、「ナレッジマネジメント」という言葉がしきりにいわれた。 ナレッジは言葉の通り「知識」である。 この場合はむしろ「知恵」に近い意味と考えてよい。 「人、物、金、情報」の経営資源に対して、変化の激しい情報化社会では、 「情報」が最も重要になる。 この情報をコントロールした変化対応が、生き残りがポイントになる。 それを活用する「知識」活用がナレッジマネジメントである。 「第5の重要な経営資源が、ナレッジー知識(知恵)である」
まずは現場社員が持つ「知的資産」の活用が求められている。 知とは「組織経営、企業活動に価値ある全ての情報」である。 ナレッジ経営の第一目標は顧客満足にあり、顧客志向が鮮明でない企業は 生き残れない。その為の「組織知」の拡大と、「個人知」の共有が必要である。 ナレッジマネジメントの目的は、顧客サービスの向上である。
ある事業の立ち上げをしようとすると ・「情報」収集がまず第一歩になる。 ・次にその情報の蓄積が「知識」になってくる。 ・その集積と熟成が「知恵」に変わってくる。 その「知恵」で「情報と金とモノと人の組み合わせ」を再編成をして、企業目的を遂行していく。 情報化の時代に、知恵をまず第一の資源としてエネルギーの集中が必要とされる。
事業を創めるとき、「目的を持って人を集めるのでなく、優秀な人を集めて 事業の目的を決める」という今までの逆の発想も重要になってきている。 「まずは知恵のある人間を集めて、目的・目標をさがす」。 目標を決めて、その手段として人材を集めるのは、あくまで道具を集めるにすぎない。 道具は道具の知恵を遣って「馬鹿の壁」をつくっていまう。道具は道具以上の力を出すことが無い。
今までリ・エンジニアリングからベンチマーキング、そしてナレッジマネジメントと 色いろな技法が開発されてきた。事業のベストプラクティスから、小さな業務上のコツまで、 さまざまに収集、蓄積できれば、間違いなく会社の有力な財産となるはずである。 ナレッジは知識というよりは知恵に近いものである。 ーつづく ・・・・・ 583, 風邪のひき方-こころにのこった詩 - 2002年11月17日(日)
なかなか良い詩があったのでの載せておきます。 明日は「かぜをひいたら」という人生で初めてつくった詩を載せます。 散歩で即興でつくってみたので今日一日で何回か修正してみたいと思っている。
辻征夫 かぜのひきかた
こころぼそい ときは こころが とおく うすくたなびいていて びふうになびいていて みだれて きえて しまいそうになっている
こころぼそい ひとはだから まどをしめて あたたかく していて これはかぜを ひいているひととおなじだから ひとは かるく かぜかい? とたずねる
それはかぜではないのだが とにかくかぜでないのだが こころぼそい ときの こころぼそい ひとは こころにあがらう げんきもなく かぜです と つぶやいてしまう
すると ごらん さびしさと かなしさがいっしゅんに さようして こころぼそい ひとのにくたいは すでにたかいねつを りっぱに きちんと かぜをひいたのである
・・・・・・ [230] 抽象概念と具体概念 2001/11/17
抽象概念と具体概念を、ある本に書いてあったのをまとめてみた。 −少し硬い表現だがー ・それ(抽象・具体概念)以前は「非言語的原始概念」−原始記憶の集合や組み合わせを、 頭の中でこねくりまわしている状態を言い、あと一歩で言葉になる状態をいう。 頭の中のヴィジュアルな素朴な原始記憶を「非言語的原始概念」という。 言葉にまとめておかないと、この原始記憶のジャングルのままになってしまう。 ー毎日このような文章かをしていると、なにか毒だしをしているようだ。 宿便を毎日吐き出しているいるようでもある。ほとんどが以前文章化したことがある。 一日7〜9万回考えていた一部でしかない。 それを概念として、まとめる事が最大の収穫でもある。
文章化とは原始記憶の集合や組み合わせを、 頭中でこねくり回した状態を概念化していることになる。 ‘経験を素朴な言語化をして置いておいた原始記憶’の蓄積があるから毎日かけるのだ。
抽象的言語と具体言語とそのミックスしたものを概念化として吐き出す。 これが慣れてくると面白い、こうなればしめたものだ。 毎日飽きずに書いているのは、実際のところ面白い。 何かわけのわからないことを書いている! 抽象概念も具体概念も、所詮は・・・ わけが解らなくなってきた。 あまり理解していないためだ。 しかし、キーワードの抽象・具体概念とその以前の「非言語的原始概念」 について少しは理解したか。
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2007年11月16日(金)
´・ω・)ノはよー −読書日記ー この数日の間、この4つの問題を私の経験を照らして考えてみた。 自分は本当に「 よく生きてきたのか? 」という自問自答である。 やはり、根本的なところが欠けていたいたようである。 「万人が、そのはず? 気がつくかつかない人もあろうが」 と自己弁解をしながらだが。 無神論に近いが、やはり最期は「絶対者の元へ帰っていく」 という確信は必要ではなかろうか? 生きてきた過程で現在、こう在らしめている何か=Xを、 神として心の底に置かなければならなかったのでは?という自問自答である。 真面目に、健全に、前向きに生きていれば良いだけだが・・・
まずは、4つの問題の二つの要点をーはじめにーの中から 抜粋してみる。 −− ーはじめにー
旧友のクリトンが「無実の罪なのだから逃亡すべきだ」と脱獄をすすめにきた時に、 語られた言葉です。ソクラテスが言うには、私たちは長いあいだ哲学してきたが、 その哲学の原則は 「もっとも大切にしなければならないことは、生きることではなくて、 善く生きることである」(『クリトン』48B) というのではなかったか、と。 ただ生きること、なにがなんでも生にしがみつくこと、何の理想も意味づけもなしに、 動物のように生存欲のままに生きつづけることが人間の生なのであろうか。 それとも「人間の生」は「人間らしい生」でなければならず、 それが「善く生きる」ということではないのか。
ソクラテスの弟子の端くれと思い込んでいる私は、この小著で、 この問いに正面から取り組みました。 以下に展開する私の論点は、次の四点です。
(1)幸福とは第一に、自己実現です。 人間はまず、自分自身の力で、やりたいことをやって生きなければなりません。 それが、「人間が自由で自律的な存在者である」ということの基本的な意味です。 それだから、自分で自分を支えられないような人生、他人に命令されるがままの 奴隷的な人生であってはなりません。 幸福とは、道徳的に優れていることを核としながら、各人が素質的に持っている 優れた能力を、可能な限り十全に発揮することです。 人間の存在が根本的に自分自身の存在の維持拡張である以上、この思想に異議を唱える ことは誰にもできないでしょう。 しかし各人が自己実現に励む社会は、必然的に競争社会になります。 たしかに、人間は競争することによって能力を向上させ、文明を発展させ、 社会を活性化させます。だから、学問的にせよ、経済的にせよ、政治的にせよ、 能力を自由に発揮させ、競争させることが、人類の進歩のためには必要でしょう。 しかし他方、人間には生まれつきのゆえに、あるいは生存条件のゆえに能力上の差異が ありますから、競争社会には.否応なしに勝者と敗老が生れます。 どれほど社会福祉政策を徹底して社会的格差の減少に努めても、能力の差異がある以上、 社会の階層的格差がなくなることはないのです。 そこで、あらためて、 人は何のために生きているのか、を問わなければならなくなります。
(2)私の考えの第二点は、自己実現は人間が生きるための条件であって、 その意味ではないという点にあります。 人の本当の喜びは、実は自己実現のうちにあるのではなくて、 他者との交わりのうちにあるのです。 他者とは自分の自由にできない者、自分のうちに取り込めない者、 自分を否定しうる者、そういう意味で無限に高い者です。そういう他者に対しては、 私は一方的に善意を捧げ、ひたすら仕えることができるだけです。 もし私が他者に命令し、暴力を振るい、服従させて、他者を支配下においたならば、 そこには、すでに他者は存在せず、肥大化したエゴイズムが置き去りにされているだけ なのです。私がエゴイストとして暴力を振るう時、その瞬間に、他者は退去します。 どこへ。「存在のかなた」へ。それだから、私の善意の奉献に他者が応答してくれたとき、 この応答は想像を絶する喜びをもたらすのです。なぜなら、私が自由にできない者、 私が自分のうちに取り込めない者、私が支配できない者が、かれの自由の深淵から 私に善意を贈ってくれたからなのです。それは奇蹟です。それが愛であり、交わりです。 愛は、強者が力で獲得するものではなく、弱者が祈りながら待つものなのです。
ー字数の関係で第三と第四は次回になりますー 他者との邂逅は、決して徒党を組むことではない。 他者が善意の奉献に対して応答してくれた時、かれの自由の深遠から善意を 贈ってくれた時に自己実現の意味がでてくるのである。 o(*・ー・)〇"ぐっ♪o(*・▽・)ノ"ばーい♪ ・・・・・・・・ 2006年11月16日(木) 2053, たとえ他人の過ちが90�佑任△辰討� 才八∋ウ_〆(∀`●) いいですか、たとえその人のあやまちが90�佑任△蝓� あなたのあやまちが10�佑任△襪砲靴討癲� あなたは90�佑里海箸鮃佑┐襪海箸茲蟆燭眛世襪海箸呂任�ません。 何故かと言うと、あなたはそのことをどうすることもできないからです。 ところが10�佑�らは、とても大事なことを学ぶことができるでしょう。 (ユング) ーー ある本に引用されていたユングの言葉が心に残った。 ユングはフロイトの理論に共鳴して精神分析を始め、 フロイトも自分の後継者をユングと期待していた。 しかし途中から二人の意見の食い違いが大きくなり決別してしまった。 そこでユングが考えたのは、 「互いの理論の誤りは人間のタイプの違いによるのではなかろうか」ということである。
同じ現象でも、感情によって判断する人と、理性によって判断する人は、 受けとめ方も違ってくる。それぞれが、それぞれの理由や合理性があるはずである。 かりにどっちかが間違っていたとしても、相手の考えを変えることが出来なくとも、 自分の考えを変えることは出来る。 理論の対立だけでなく、我われの日常のことでも使えることだ。 隣の人が教えてくれるような忠告だが、深い内容である。
この理屈を少しでも実践すれば、家内などとの些細な事などに いちいち対立することも激減していただろうに・・・ 些細なことなど、相手に従いなさいということになる。 「他者不可知論」と同時に、深く考えなければなるまい!
熟年期を向かえて何の準備の出来ていない同年代の群れの悲哀の姿が、 あまりに生々しい。・・それも他人の90�佑慮蹐蠅隼廚す�んでいるでしかない。 それぞれのタイプがあるのだから。
家内相手に、これを実践したら毎日の生活では隷属することになるんじゃないかい? 夫婦間で超然としているわけいかないだろう? 心の奥で思っていればよいことか! (;´-`).。oO (ぇ・・マジ!) (。^0^。)ノサイナラ! ・・・・・・・・ 2005年11月16日(水) 1688, アメリカ資本主義 "実体は巨大な政府"
数日前の読売新聞のトップページの「地球を読む」というコーナーに時々、 アメリカの未来学者のトフラー夫妻が寄稿をしている。
今回のテーマが何と「アメリカ資本主義”実体は巨大な政府”」であった。 目を疑い内容をジックリと読んだが、 間違いなくそのテーマを論証するものであった。 「/ ̄V7 (( (__丿 匸P ー以下はその概要であるー ドイツやフィンランドの細々した規制社会とは違い、 アメリカは規制の少ない警官も少ない国というイメージとは全く違った内容である。 ほかの国と違うのは、「アメリカだけが、規制の少ない自由の国として 紹介されていることだけ」という論旨である。 (o ・д・)ツ⌒□ 号外!!号外!! アメリカの公的資金の使い方をみても、驚くべき数字がある。 米国内総生産の年間11兆ドルを越すアメリカ経済の中で、 ほぼ3分の1の4兆ドルが連邦政府と州と 地方を含む政府系機関が支出している実態がある。 これはアメリカ経済に対して政府支出の影響が巨大ということである。 ‖┓ (( (_) 匚P アメリカの国防予算も、全米を大きく潤している。 シアトル市の予算の54�佑�米政府の防衛・宇宙関連計画からもたらされている。 さらに社会保障に使われる金額も他の西欧諸国より少ないという想定も、正確でない。
これだけ自由といわれながら、規制がきめ細かく張りめぐらされていて、 アメリカの競争力を低下させている。 みた目には自由市場のようだが、実体は別物である。 その例の一つをみると、自動車所有者には、損害賠償保険の加入が義務つけられている。 これだけで膨大(770億ドル)なお金が流れ込む。 他にも、排気ガス規制、シートベルト設置とか、赤ちゃんを乗せる場合 特別な安全装置が要求される。 ーー ┐(´ー`)┌ 以上だが 日本がグローバル化のため、小さな政府の必要性を言われているが、 アメリカの謀略に載せられているだけではないのか? 疑惑を持つのは当然であろう。 但し現在の日本の公務員の削減は日本経済の縮小に伴う処置であるから、 当然のことであるが! . \\\\\☆ * \\\★ (^_^)/~~ バイバイ ・・・・・・・・ 2004年11月16日(火) 1323, まさか、地元で大地震!ー13 Σヽ|゜Д゜|ノ┌┛☆ 【びっくら!】 やっと収まったと思いきや、昨日も震度三の地震があった。 しかし三週間以上も余震とは、全くシツコイ。 道路などの公共施設の損害が約2000億円と発表されたが、 まだ膨れあがるだろう。学校や役場なども酷い状態とか。 民間を含めたら、その倍だろう。 「被災地の多くの家の躯体は大丈夫だが、内部が目茶目茶で使えない」 というのが実体だという。 屋根瓦が雪国用に厚く作られている為、重量がかかって押しつぶされている。 青いシートが多く屋根にかかっているのでよく分る。特に長岡の悠久山よりの住宅に多い。
新幹線も、「トンネル内部などの損傷が激しく実体を発表できない状態」 との話も洩れ聞こえてきた。 1〜2年、いや数年、という事も考えられるが、これだけは予測が付かない。 まだ高速道路が通るから救いがあるが、何といても新幹線の影響は大きい。 長岡、新潟駅の専門店など如何なるのだろうか。 いや他人事ではない。
------- メルクマール 堀井 11月12日 ・今朝方はAM2時半位に震度1〜2の地震あり。 何だこの程度か、せっかくなら、せめて3~4位になれと!思う余裕も出てきた。 これは被災の大きい人達に悪いと、考え直したり。 それでも一時であるが大雨が降ってきた。あのダムの土石流は大丈夫か心配になる。 ・東京に出張を控えていた人達が、そろそろ出張に行きはじめた。 長岡を新幹線で朝6時40分に出たら、10時に東京に着いたとか。 来週、仕事で東京に行くとか。バスが一番手ごろのようだ。 それにしても、駅は可哀想なぐらい人が少ない。 毎日のように長岡駅の専門店に通勤の帰り道によって、 大幅値引きの弁当や酒の肴を買っている。
売れないため、スーパーの半額以下。いや、もっと安い。 せめての贅沢?である。可愛いものだ!
ーーー 11月11日
・2〜3日続いた夜半の余震が無かった。 寝ているところを突然揺れると、少しは動揺する。 ・幼児の頃、よく両親に連れて行ってもらっていた成願寺温泉ホテルが、 この地震で倒産と新聞に出ていた。 子供の頃、すぐ上の兄と姉と三人で遠足に行ったことを思い出す。 およそ片道5^6キロの道を2~3時間以上もかけての遠足だった。 モルモットがいたのが印象に残っている。 130年以上続いた湯治場の旅館だったという。 ・新幹線は相変わらず人が極端に少ない。 年末まで開通が、JRの本音だろうが。 年末の帰省者も躊躇するだろう。 新聞に数千億規模の復興投資がおこなわれるとあった。 阪神大震災は九千億、普賢岳の時は、1000億というから、まちがいないだろう。 既に、県内の職人の数が足りないという話も出ている。
・・・・・・・・ 2003年11月16日(日) 956, ハイビジョン超特急
昨日の昼、NHKハイビジョンで過去3年間の「ハイビジョン番組」 90本を5分以内にまとめて、4時間ぶっとうしで放送をした。 デジタルだから可能なのだろう。 様々なジャンルの番組を繋げて放送するもので、息をつかせない内容であった。 未来の一部を垣間見たような時間であった。 そして、至福に近い4時間であった。
元々ハイビジョンの内容は、選りすぐりのものが多い。 その二時間を5分にまとめて、次々に放送するのだから一瞬も目を離せない。 年末に再放送をする予告編も兼ねていた。 音楽スーパーライブ、美の回路、お祭り、サッカーなどのスポーツ番組、 動物、自然、宝塚、歌舞伎、遺跡などなど次から次へと出てくる。 7割は見た番組だったからこそ、更に面白かったのだ。 これからは、こういう番組が多くなるのだろう。
ワールドカップのサッカーも5分にまとめてあるのだから、目が離せないのも当然だ。 スポーツ、遺跡など、それだけを集めて5分にまとめて放送する番組も出てくるだろう。
印象的なものとして、 「長野オリンピック」「源氏物語・絵巻師との対話」「エチオピア」 「イグアスの滝」「ベネチアの仮面祭り」「ワールドカップ」 「謎の深海大峡谷アメリカ西海岸・モントレーの神秘」「ミレニアム・オリンピック」 「リオのカーニバル」「青森ねぶた祭り」「天空への道」「南極大紀行」 「大砂漠ラクダキャラバンーテネレ砂漠」「永平寺」「九さい溝」「リビア」
どれ一つとっても非常に興味をひかれる内容である。 ハイビジョンの良さは遠くの背景がしっかりと見て取れることだ。 すごい時代である。
・・・・・・・・・・ 582, NTTと日本の現状 - 2002年11月16日(土)
このところ光ファイバーを会社や自宅に導入して、NTTの現状を垣間見ることができた。 自社ホテルの電話の使用売上が10年前の十分の一以下に落ちている。 携帯電話に変わった為だ。 各家庭や会社はホームベースとしての据え置きの電話があるが、 使用回数が激減しているのは間違いはない。
そうするとあの電信柱から引き込まれている数兆とか十数兆の 設備投資の価値が激減していることになる。 NTTの知人が「電電公社に入り、こういう目-肩たたき-にあうとは 思ってもみなかった」と言っていた。
この現象が今の日本の大不況と酷似している。 新しい流れに転換できないでいるのが日本だ。 すでに電信柱からデジタルの携帯電話や光りファアイバーの 変わろうとしているが、転換できないでのた打ち回っている。 不良会社の整理も当然しなくてはならない。 電信柱に例えられる旧体制がまだ抵抗している。
有線放送とかいろいろな関連会社も、その脱皮についていけないで。 駄目の者は駄目なのに。その代表が自民党の橋本派である。 実際に利権を握っている為現実が見えてないのだ。 NTTもNTTドコモがあるから救われるが、 今の日本には殆ど見当たらないのが恐ろしい。
・・・・・・・・ 2001/11/16 [222] ベトナム旅行記−1 1、 −オートバイ社会ー 驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。 一家に一台の普及率で、50CCまでは免許がいらない。それに 2〜4人が乗っており、フルスピードで街を駆け巡る。 よく事故がおきないと思えるほど危ない。おまけに殆ど信号がない のに、平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。 やはり、いや当然事故が異常に多いという。 ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。 今もそうか!? 2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。 ドイモイ政策で7パーセントの経済成長。 これでかなり物質的に豊かになった。 国民がアメリカ、日本に目がいっているという。 3、80パーセントが農業人口で占められとおり、 貧しい中でも何か最低限の生活が保障されているのが解かる。 4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。 5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。 6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。 学校制度は5、4、3,4年制だ。 7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、 中国風ベトナム料理、フランス風べトナム料理があり評判どうり美味しい。 8、地方の風景は、日本のそれに似ている、 水牛とアヒルが多くみられるのが特徴といってよい。
印象をそのまま書くと ・まじめな、仏教徒国、 ・農業が80パーセントの縦に長い国 ・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期 ・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事 ・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。 ・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。 ・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。
今回の旅行での出来事 ・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう ・ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替 ーもちろん意図的につかまされる。
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2007年11月15日(木)
゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆゚・:*☆
池田晶子と陸田真志との対話集の中で、ソクラテスの {ただ「生きる」のではなく、「善く生きる」べきである。} という問いが語られていた。 何か解りやすい本がないかと図書館で調べたら、 やはりあった。 哲学者の 岩田靖夫著「よく生きる」−ちくま新書 である。 目を通すと、「はじめに」に、要約が解りやすくあった。 これで充分といえるほど簡潔で、知りたい全てがそこにあった。 それを要約をすると、 1、幸福とは、自己実現することである。 2、その自己実現は目的ではなく、条件であるが、その意味ではない。 目的は自己実現したレベルでの他者との邂逅である。 3、その中でも、挫折、病気、死などが待ち受けている。 それを解決できるのは宗教しかない。 それぞれの神という根源の元に帰るという確信こそ、人の求める究極である。 4、我われは、そういう人々の社会の中で生きている。 そこでは自由と平等が求められる。その仮想がユートピアだが、 理想として追求するのが求めるべき人間の姿勢である。 さらに表紙裏の説明文が更に簡潔であった。
ーまずは表紙裏ー 「よく生きる]これは、時と所を問わず、人間にとって究極の問いである。 人は強くて、同時に弱くなければならない。人は強くなければ自分の存在を守れない。 しかし、それは動物としての生存の維持である。人は弱くなったとき、他者の心を理解し、 他者と真の交わりに入り、存在の根源に帰入する。それが人の幸せである。 古今東西の哲学、宗教、文学を通して、人間のこの真実を明らかにする。 ー次に表紙の下に書いてあった文ー 動物のように生存欲のままに生きっづけることが人間の生なのであろうか。 それとも「人間の生」は「人間らしい生」でなければならず、それが「善く生きる」 ということではないのか。目前に迫った死刑執行という切迫した時間の中で、 ソクラテヌはクリトンを相手に「人間にとってのこの究極の問い」を再度問うのです。 ーーーー
本当に良い本は、「簡潔に簡潔に書こう」という著者の気持ちが伝わってくる。 簡潔になればなるほど、中心点に近づいていくからである。 真理を追究していれば、その中心に向かっていくしかない。 だから、より簡潔にしていく中で、真理のより深いエネルギーが湧き出てくるのである。 「人は強くて、同時に弱くなければならない」という言葉が良い! ホンジャヾ(。´・ェ・`。) Bye! つづく ・・・・・・・・・ 2006年11月15日(水) 2052, 新潟は今・・ (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
このHPを見ていれば解るように地方経済は重苦しい状態がつづいている。 首都圏のような明るさの気配は全くない。 駅前ホテルと飲食店、そしてタクシーは特に地方の景気に敏感である。 目立たないが、飲食店の廃業の話が連日のように入ってくる。 一ヶ月ほど前には新潟駅から直通のワシントンホテル(300室)の撤退のニュースである。 シーズンが変わる度に、夜の繁華街の人通りが少なくなっている。
もう誰も不景気とボヤク人もいなくなった。その中で一部だけ良い店があるからだ。 今風にして、ほんま物を廉価にして、互いの姿を見えないようにした隠れ居酒屋は、 それなりに入っているからだ。 それが出来ないところは自然消滅しかない。
ところで、新潟市内のタクシー業界では来春から一斉に完全歩合給に入るという。 もし事実なら、タクシーの運転手も暇で仕方がないとぼやいてはいられない。 長岡でも新潟でも給料の話すると「固定給12〜3万+歩合給=15~6万円で、 手取り13〜4万。それに、家内のパートで8万円、合計20万で親子3人で暮らしてますよ。 今さら働くところも無いし、辞めても直ぐに誰かが入ってくるし・・」という返事が返ってくる。 それが来春から完全歩合給になるというから、運転手も目の色が変わりざるをえない。 「個人タクシーが成り立っているのだから、完全歩合給も成り立つはず」という 理屈も成り立つが・・・
15年ほど前に、札幌でタクシーに0時ごろに乗ったとき、 運転手に「深夜の勤務は幾らほど出るのか?」と聞いたところ、 その返事に一瞬にして酔いが醒めてしまったことがあった。 「札幌はね~、最悪の景気なの。私も問屋を倒産させてしまってね〜 最後の生き残りをかけて運転手をしているの。といって今さら正社員じゃ無理なの。 夜のタクシーは、殆ど私と同じ立場の中途半端の中年が小金を稼ぐため、 タクシー会社と契約して夜間だけ車を借りているの。 客を拾えなければ収入はゼロだから必死。 何処で客を拾うか、ハンターと一緒で勘が頼りなの。 とにかく生きていかなくてはならないからね〜 辛いよ!」
今でも、その時の情景をリアルに憶えている。 完全歩合制は、それと同じ状態に全ての運転手がおかれることである。 固定給のベースを割る車が出始めてきているのだろう。 数年前から始まったタクシー自由化と、不景気が背景にあるのだろうが。
私自身を考えてみても、タクシーを乗らなくなった。 飲んでも、酔いさましのため、酔いの勢いを借りて歩いて帰ってくる。 十年ほど前から、特に古町の飲食街に行かなくなってしまった。 高いし、以前ほどホステスのプロも少なくなったし、タクシー代はかかるし、 機会そのものも少なくなった。 新潟駅前で一軒の店に3時間ほど粘って帰るのが殆んどである。 まあ、燃やせば骨も残らないほど飲んでしまったし・・・ (。^0^。)ノサイナラ! ・・・・・・・・・ 2005年11月15日(火) 1687, 新潟県 「2010年問題」
最近、新潟県でも「2010年問題」がささやかれだした。 新聞で断片的に取り扱われていたが、朝日新聞新潟版・土曜特集に報道していた。 ーポイントはまとめてみると φ(・ω・ )
・北陸新幹線の金沢までの開通が、2014年、富山までの開通は、2010年。 [2010年問題]といわれるのは、2010年の方が、[呼びやすい]という説もあるが、 富山までの開通でも新潟県に甚大な影響が予測されるためだ。 (=_=;) ・この開通で、北陸新幹線が幹になり、上越新幹線が枝になってしまう可能性が大である。 ・上越市経由のため新潟県上越地区が新潟県から分断され、金沢・富山圏に組み込まれてしまう。 北陸自動車道の開通と重なっているから事は重大だ。 ・金沢市と富山市と福井市が至近距離にあり、新潟県と後背人口と観光資源が圧倒的に違う。 ┐(´ー`)┌ このことは新潟県にとって大問題にあり、 新潟が間違いなく横丁になってしまうことを意味している。 これに対して、新潟県が出来ることといえば 新潟駅の連続立体交差事業位しか手がうたれてない。 日銀の新潟支店長を前県知事に選んだ、県民の致命的ミスの結果である。 県知事に日銀支店長を選ぶセンスが最低であるが、今さら何をいっても仕方がない。 ( ̄ω ̄;)!! 30数年前になるが金沢に一年半ほど住んだ経験があるので、 新潟と金沢の民度と後背人口と観光資源の差が格段に違うのを実感している。 間違いなく、幹から枝になるだろう。 裏日本の裏横丁ということか! ""(_ _,)/~~" 新幹線の新潟飛行場への乗り入れが、大きなポイントであろう。 日本で新幹線の飛行場乗り入れは新潟しかできない。 新潟駅〜飛行場間は単線でもよい。飛行場乗り入れは世界でも初のケースになる。 佐渡や中国への飛行場にも、上手くアクセスすれば面白い。 さらに新潟駅立体工事も前倒しをすべきである。 それにしても、前の県知事は何をしていたのか? 誰も最?の政治家だったことさえ気がついてないから始末が悪い。 優先順位が、まず飛行場乗り入れだったのだ。 それと駅の工事である。 (^_^)/ パーか? ・・・・・・・・ 2004年11月15日(月) 1322, PDPTV −2
2年前の今日、PDPTVについて書いていた。 そこで、この2年間の感想と実感を書いてみる。
値段の値崩れが、思ったより少ない。 50インチで年15〜20�猷爾�っていれば、40〜50万円位のはずである。 今でも型落ち(新商品が出た為、在庫処分品)で60〜70万である。 それでは機能が飛躍的に良くなっているのかというと、少し画質がよくなった程度である。 結論からいうと、少し早めに買いすぎたのかと思ったが、タイミング的に丁度良い タイミングだった。しかし来年から各メーカーが大量生産体制に入って値崩れがおこるから、 機種や時期の選定は難しくなる。
使った実感として、「素晴らしい!」というのが感想である。 特に、映画と大自然のドキュメントがよい。 会社の近くにDVD のレンタル店が出来たこともあって、それ以来は 月に10本以上は借りている。そのペースは今も落ちていない。 何回も同じDVDを借りようとして、レンタル店の人に注意された。 (レジが、一度借りたDVDを知らせてくれるシステムになっている) 一本、100円・200円、新作300円だから価値は充分ある。
番組内容のボタンを押すと、詳細の情報が流れる。それと、BSラジオがよい。 20以上の番組みがあって、それに合わせて風景やイラストが流れる、違う画面に変わっていく。 今ヒットしている音楽や、むかし流行したポップスや、クラシックなどの専門番組みが多い。 画面の大きさと部屋とのバランスもあるが、最低で42インチ、出来たら50インチが望ましい。 日本のように、小さい家屋やマンションには薄型TVは丁度良い。 特に右下がりの時代には、もってこいである。 ますます、バカになるが。
どのメーカーと機種を選んだら良いのか?これは、店に足繁く通うしかない。 その時間が無いとしたら、どうしたらよいか? まず、インターネットの価格.comで最低値段を調べて、コジマとヤマダ電機に行って、 その事実を述べて交渉することだ。 そして安い方から買えばよい。 取り付け、故障を考えたら、やはり近くにある店が良い。 その程度のことは、誰も知っている? 商売は大変な時代に入った。
・・・・・・・ 2003年11月15日(土) 955, 自分づくりの文章術 ー読書日記
毎日、随想日記というカタチで書き続けていると自分の中の、 見えない自分や忘れてしまった過去に愕然とすることがある。
暗黙知を形式知に置き換える作業を毎日コツコツしていると、 それが暗黙知の中にある自分を引き出し、直視することになる。 その点で書くことが無くなるまで?書き続ける効果は絶大である。 書くことが無くなるまで書くと、そこから暗黙知の中の本筋が出始めるからだ。
いまひとつは、分類コーナーに投げ込んだ文章を改めて読み返していると、 何気なく書いている文章の蓄積が、違ったものとして存在をしているように感じる。 もう一人の自分が、独立をして存在していて、自分の知らない自分を見ている感覚になる。 分ければ資源、いやその蓄積が資源になるのだ。
以下の本は、1000近く随想日記を書き続けて、文章に対して言いたいことの 全て、いやその数十倍のことが書いてある。その遙か多くの文章を書いているからだ。 アマチュアとプロの差は、如何にもならないのだ。 いや素人とプロの差だ。 ホームページを立ち上げ、毎日「テーマ随想日記」を書き出して二年半経つが、 「自分づくり」というのが、ズバリ言い当てている。 毎日毎日、コツコツと自分をつくっている、いや自分の世界を広げている 感覚である。その手ごたえが無ければ続かなかっだろう。
・・・・・・・・ 「自分づくりの文章術」 清水良典/[著]出版社:筑摩書房 (要旨)文章を書くのは正直しんどい。さまざまな約束ごとがうるさいし、 自分の内面や教養までがもろに評価されかねないのは相当の重圧だ。 …それでも、迷ったり悩んだりしながら、結果的に書けたときの歓びは格別である。 なぜか?それは、文章を書くことが、とりもなおさず「自分」をつくることだから。 旧来の窮屈な文章観を駆逐し、自分にしか書けないことを楽しみながら 書くコツを手ほどきする革命的な文章読本。
ー抜粋ー ・・・・人が生きていくということは、そのまま「文」なのである。 ・・だとすれば、文章を自分らしく創り出すこと、いいかえれば 文章によって自分づくりをする力を持つことは、どんな処世術や ビジネス戦術にも増して、生きるうえでの有利なツールであろう。
ー思考は断片だ 論旨のエッセンスとなるような直感とか、ハイライト部分の‘決め’になるような フレーズを思いついたときに「これは書ける」なんてわくわくして思い立つのである。 つまり、思いついたものは、ばらばらな断片と大まかな展望に他ならない。 そのピンポイントの断片と他の断片との間を、スムーズな説得力のある流れになるように 継ぎ足していく作業が「書く」という仕事である。 ・・・・ひとは書こうとしたことをきちんと書けるわけではなくて、 むしろ積み木のように書き足しているうちに、最初は書こうとおもわなかった ことを知らず知らずのうちに書いてしまうものである。 そのくせ書いてしまうと「そうか、自分はこういうことを考えていたのか」 などと思えてくるから不思議だ。
私たちの意識は、言葉とイメージの網の目をふわふわ漂っているような ものである。それが言葉や文章に定着したとき、「考え」というものになる。 言葉を抜きにして「考え」は存在しない。 順序として「考え」がもともとあったから言葉が出てくると思いがちだが、 逆に言葉が出てきて初めて「考え」がハッキリするものである。
・・・・・・・・ この抜粋の最後の、 ー言葉を抜きにして「考え」は存在しない。 順序として「考え」がもともとあったから言葉が出てくると思いがちだが、 逆に言葉が出てきて初めて「考え」がハッキリするものである。
これが、随想日記を書き続ける一番の利点である。 知り合いの具体的な10数人の顔を思い浮かべながら、言葉の羅列をして いると逆に「考え」がまとまってくる。 大学の先生などは、これを環境の中でしているのだろう。 作家も、そうだろう。 自分の愛読者と否定的批判者などを、頭に浮かべながら言葉の収集と羅列換えを しているのだろう。 いや、それは素人の考えることだろう。
・・・・・・ 581, PDPTV - 2002年11月15日(金)
PDPーTVを先週に居間に入れて6日が経つ。 設置に3人で5時間以上もかかった。パイオニア製で50インチだ。 それにソニーの音響システムを組み合わせて税込みで76万円だった。 あと半年で3割は下がるだろう。 半額はローンにした。
さすがに迫力が違う。 相撲などは音響も含めて会場にいる気分になる。 まだじっくりと見る時間はないが、今週末から見るつもりである。 コンサートや歌謡番組を夜電気を消して見ていると、その価値を充分感じ取ることができる。
あと15万を出すとソニー製の新型を買えたが、値崩れを起こし始めたパイオニアにした。 ますますお宅になりそうだ。 何か凄く豊かになったような気分だ。 あと数年がたつと、PDPや液晶から有機TVが出てくるそうだ。 ソニーはそれに絞って商品開発をしているという。
こういう時代に、遠出をしないでカウチポテト族になっているのに丁度よい代物だ。 それとこのパソコンが。 つまらないスナックで飲んでいるより居間の方が刺激的だ。
ただ集中度が高まるので疲れるのも事実だ。 お勧めはあと半年経つと1インチ1万円に下がった時だろう。 それも部屋によっては42インチあたりでよいのでは。 車を小型や軽にしてTVやパソコンにシフトしていく時代だ。
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「222」ベトナム旅行記−1 2001/11/15 1、−オートバイ社会ー 驚いたのは街にオートバイがあふれている事である。 一家に一台の普及率で、50CCまでは免許がいらない。 それに 2〜4人が乗っており、フルスピードで街を駆け巡る。 よく事故がおきないと思えるほど危ない。おまけに殆ど信号がないのに、 平気で十字路をお互い横切る,曲芸だ。 やはり、いや当然事故が異常に多いという。 ー今から10年前の中国が自転車社会であったが。 今もそうか!? 2、活気に満ちてるのも、自由経済の導入の為か。ドイモイ政策で7パーセントの経済成長。 これでかなり物質的に豊かになった。 国民がアメリカ、日本に目がいっているという。 3、80パーセントが農業人口で占められとおり、 貧しい中でも何か最低限の生活が保障されているのが解かる。 4、昭和30年頃の日本に都会は似ている。 5、貧富の差があまり感じないのは、好感が持てる。 6、人口は7800万、文盲率は20パーセント、給料は2万円とか。 仏教が60パーセント、イスラムは6万人とか。 学校制度は5、4、3,4年制だ。 7、ベトナム料理は美味しいことで知れているが、 中国風ベトナム料理、フランス風べトナム料理があり、評判どうり美味しい。 8、地方の風景は、日本のそれに似ている、水牛とアヒルが多くみられるのが特徴といってよい。
ー印象をそのまま書くと ・まじめな、仏教徒国、 ・農業が80パーセントの縦に長い国 ・失業率が17パーセントー社会主義から自由経済の過渡期にあっての混乱期 ・大体の国民は5時に起床、7時半より17時まで仕事 ・過去は数百年は中国、19世紀半ばより1954年までフランスに支配される。 ・そしてその後アメリカとベトナム戦争。100万人が死亡、200万人が不傷。 ・今は石油が発掘。輸出の1位を占めている。小さくまとまった国。 今回の旅行での出来事 ・中間あたりでーダナン。ハイホンで台風にあう ・ハロン湾で連れの人が目の前で、100ドル札の偽札の両替 ーもちろん意図的につかまされる。
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| 2416, 世界の「富」は、人口の2%が過半数以上所有だと |
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2007年11月14日(水)
才ノヽ∋―_φ(゚▽゚*)♪ 一月ほどの新聞記事だが、 国連の研究機関が発表した調査によると ー世界の「富」は、人口の2%が半分以上所有ーという。 これを解りやすくまとめると ・世界の成人人口の2%が、家計全体の「富」の半分以上を所有。 ・逆に貧しい方からみると、人口の50�佑�所有する富は1パーセント。 ・最も豊かな層に属し、成人人口の1%に相当する人々が所有する富は、 世界の4割に相当。 「上位1%」に居住している国別に分類すると、 米国が最多の37%、日本は2番目に多い27%で、 日米だけで上位1%の3分の2近くを占めていることになる。 ・一人当たりの世界の富の平均が、2600ドル。 日本は18万1000ドル、アメリカは14万4000ドル、 中国は2600ドル、インドは1100ドルだった。 ・富の分配の格差を示す「ジニ係数」も国別に算出。 値が一に近づくほど格差が大きくなるが、世界の平均値が0.89に対して、 アメリカは0.8に対して、日本は0.55で格差は比較的小さい。 まだまだ、日本は健全にみえるが、この数年で大きく変わってきた。 2000年の統計値を使ってまとめたもので、 預貯金や不動産などの資産から負債を引いたものを「富」と定義したという。 ーー 以上が大方の数字だが、 20年近く前に中国に行ったときの一人当たりの格差が100倍だったが、 現在は50倍というから、中国は20年で2倍も豊かになったということだ。 「世界の富の80%は、世界の20%の富裕層が所有している」というが、 日本は最後の余力を食べつくしながらも20%の立場を保っている。 ところで先日の新聞発表で、国内の一億円以上の預金者は大よそ人口の一�佑箸いΑ� 一家族三人として、30数軒に1軒の割合になるが、地方では到底考えられない数字である。 それでも知人を見ていると数人はいるが、まあ他人の懐具合は、如何でもよいか! ヾ(´_`○)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・ 2006年11月14日(火) 2051, あたりまえなことばかり −7 才八∋ウ_〆(∀`●)
幸福論も、あるところまでいくと、生死の問題に深く関わることになる。 しかし生死がわかるはずが無いことは、前に論じてきた。 観念としての幸福を、いくら説いてもラッキョウの皮を剥くようなもの。 といって、人生の中で「自分ほど不幸ものはいない」と、思ってしまうのが人間の性。 不幸という観念に捉われない為にも、孝・不幸は真正面から論じてみる必要がある。 前に読んだー「私」のための現代思想ーもそうだが、 過去の知識の総点検をしているような感覚である。 知っただけ、経験しただけ生きてきたことになる。 知識として知らないことがあまりにも多すぎた! これが現在の心境である。 ーー 「あたりまえなことばかり」 �検Α々�福はどこにあるのか ー ��
我われの幸福の観念は、生死についての観念に分かちかたく結びついている。 「死後」もしくは「来世」の観念の有無で、人の幸福感は劇的に変わるのである。 人類においては、「人生を、この世に限定しないほうが長かった」。 「私」という観念が、それと等しく漠としたものであったために、 彼らの幸福はもっと大きくて広い、何か天地自然のありようといったものに近かったようだ。 しかし、「科学主義的的死生観」が、われわれの観念のほとんどを規定している 現代のような時代では「私」が存在するのは一方的に前進する時間軸にごく限られる。 その限られた時間の枠内で、私はなんとか幸福にならなければならないのだから、 現代人の幸福は、常に脅迫的なのだ。
何が脅迫的といっても、「私は幸福にならなければならない」というこの観念以上に、 脅迫的なものは無いだろう。人はなぜ幸福でなければならないのだろうか。 「幸福」という観念を持つと同時に人は不幸も所有する。 「幸福」は言語、「私」もまた言語、おそらくは、言語以前の何らかそのように、 とりあえずソット添えられていた名札のようなものが、言語以上の何かを指示すると 思い込んだ時、それらはその反対物をも指示することになった。 したがって「人は思うことによって幸福にも不幸にもなり得る」という言い方は、 その意味で正確である。思うのはその人でしかないからである。
一般的に人は、生きていることを幸福といい、死ぬことを不幸という。 しかし人は、その生きるために労働することに不平を言い、 生きるためには食べなければならないという。 しかし、本当に生きていること自体を幸福と思っていれば、 その生きるために労働することも幸福であるはずだ。 そうすると、生きていること自体は、あるいは不幸と思っているのかもしれない。 だとしたら、なぜ人はこれほど、死を厭い、避けようとして生きているのだろうか。 生きることが不幸なら、死ぬことは幸福であるはずである。 生存していること自体は、幸福なのだろうか不幸なのだろうか。
生死それ自体と、孝・不幸とは、実は全く関係ない。 生死という形式は、それ自体単純な事実だが、孝・不幸とは、 それに付与されるところの観念だからである。 したがって、生存していることによって発生する様々な肉体的苦痛も 身体の苦痛という事実の中では、不幸であるという観念ではない。 もしそれが不幸であるなら、それはその人が不幸という観念それに 付与しているに過ぎない。
身体の苦痛は、多く、人の心を不幸にする。苦痛は苦痛として明瞭にすぎる。 だからこそ、身体の苦痛は心の不幸ではないという単純な事実を知ることが、 われわれの幸福の新たの端緒となるのではなかろうか。 ーー 何事もそうだが、身体の苦痛だけではない、目先の苦痛や悩みは 大きな流れの一つでしかない、直ぐに次の現象が洗い流してしまう泡である。 全てが地球への旅の経験でしかない。楽しみも哀しみも全て面白い経験である。 それも至高の!何で、そんなことに拘っているの? 何で、そんな人と群れているの? 孤独、孤独、それがキーワード! それがキチット出来てないから、否定でしか社会や世界に関われないの! 孤独をキチッと確立してないのが群れたがるから、ゴミの山になるんじゃない。 (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月14日(月) 1686, 「ひとを嫌うということ」−2 嫌いに対して、よくぞここまで書けるものと感心する。 といって日常生きている上で、好き嫌いの感情はつきまとうものだ。 だから、世の中が面白いものとして現前する。 この本の印象的なところを抜粋した。 ー「嫌い」の結晶化作用ー `(`´)” スタンダールは恋愛における2重の「結晶化作用」について論じている。(′O`)
・第一の結晶化作用とは次のもの。 ザルツブルグの塩坑で寒さのために落葉した1本の小枝を廃坑の奥に投げ込んでやる。 2,3ヶ月もして取出してみると、それは輝かしい結晶で覆われている。 一番小さな枝、せいぜい山雀の足くらいの枝までが、 まばゆいばかりに揺れて閃く無数のダイヤモンドで飾られているのだ。 もとの小枝はもう認められない。 私が結晶化作用と呼ぶものは、目に触れ耳に触れる一切のものから、 愛する相手が新しい美点をもつことを発見する心の働きである。 なんとなく気に食わなかった人があるとき当然「結晶化作用」により 大嫌いになることは誰でも知っています。 )`ε´(
・そして恋愛における第二の結晶化作用とは、 相手が自分を愛していることの確信へと向かう結晶化作用であり、 疑惑と確信との間を揺れ続ける「交互作用」です。 恋する男は15分ごとに呟く。「そうだ、彼女は私を愛している」と。 そして結晶化作用は一転して新たな魅力を発見することに向かう。 と、ものすごい目をした疑惑が彼をとらえ、にわかに彼を引き止める。 胸は呼吸を忘れる。彼は自問する。「だが、彼女は私を愛しているのだろうか」 痛ましくもまた甘いこうした相互作用の最中で、哀れな恋人は痛感する、 「やっぱり彼女は私に与えてくれるにちがいない、 世界中で彼女だけが与えることのできる喜びを」と。 どうも「嫌い」の場合はこうした交互作用はあまり一般的ではない。 キラ。゚(゚´Д`゚)゚━イ!!! ー「嫌い」の8つの原因ー この8つの原因は、私なりによくよく考えたもので 「嫌い」の原因を網羅していると自負できます。 ほとんどのケースは1.が基盤となり,3,4へと移行してゆき、 最終的には8.へと発展していって「嫌い」は完成される。 「嫌い」の8つの原因 (#`皿´)<嫌嫌嫌嫌嫌!! (1)相手が自分の期待に応えてくれないこと (2)相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがあるこ (3)相手に対する嫉妬 (4)相手に対する軽蔑 (5)相手が自分を「軽蔑している」という感じがすること (6)相手が自分を「嫌っている」という感じがすること (7)相手に対する絶対的無関心 (8)相手に対する生理的・観念的な拒絶反応 −− ー評 「あまり人を嫌うと、その嫌った分だけ自分が汚れる」から、 あるところまで嫌ったら、気持ちの中から消去してきた。 消去するとは、意識的に頭に浮かばないようにする訓練をすればよい。 いつの間にか、消えるから不思議なものだ。それより、側に寄らないことだ! それか、嫌悪まで持っていけばよい、そして消去すればよい。 それが不可能なら、好きになればよい。そのために、美点凝視という言葉がある。 嫌いということは、背後に好きがあるはずだ。 ゴッドファザーの映画のなかに、 [敵を憎むな、計算が狂ってしまう]という名セリフがある。 「嫌うな、エネルギーのロスになる」より、 [嫌いな人のため祈りなさい]がよいか? でも不自然? 嫌いの人に使うエネルギーほどロスは他にない! (^┰^;)ゞbaibai ・・・・・・ 2004年11月14日(日) 1321, 西武鉄道の上場廃止 ー時代の変遷の象徴
堤義明のオーナー会社・西武鉄道グループは、この不況下でも安定をした 会社と思われていた。それが突然、不正が発覚、株式が上場廃止という。 関連会社が西武鉄道の株を担保に借金をしている為、一挙に担保割れの事態になる。
日本の影のドンの一人といわれ、「総理大臣が誕生する度に3億円の祝儀を払い続けてきた」 と囁かれていた堤義明もついに逮捕?の可能性がでてきた。 世の中どう変わるか解らないものである。ーもっとも、コネにて一件落着の可能性があるが。
十年位前まで、西武株といえば5000〜6000円はした。 最近は、株価と連動して1500円まで下がっていたが、この数年間は不動であった。 それが400円近くまで下がってしまった。 上場廃止は、10分の1まで下がるといわれるから150円まで下がる可能性もある。 西武鉄道クループそのものの存続も問われかねない事態になった?
一時は、西武流通グループの堤清二と、張り合っていた時代もあった。 その流通グループも解体され、清二も追放された。 今度は義明の番になった。 「エレベーターの待合を、お連れが一般客を制止して天皇・首相並の扱いで 乗り込んだ」「飛行場でビップ待遇の専門通路から乗り込んだ」とか、とかく噂は聞いていた。 今は、その彼も逮捕におびえている日々である。 もし、あの人の逮捕姿をみるとしたら、複雑な心境な人が多いだろう! これも情報化、大衆民主主義化の一つだろう。 以前は黙認されていたことが、今では全く通らなくなったのだ。
・・・・・・・・ 2003年11月14日(金) 954, 「意味」の意味を考える
言葉や言語を考える時、重要な事として、すぐに「意味」が出てくる。 「人生の意味」とか、「意味がないよ」とか、「このことにどういう意味があるか」 とか、言葉と意味は一体である。 考えるとは、言葉の羅列の繰り返しをしているといってよいが、 それは羅列によって意味を幾とおりも置き返していることである。 といって「意味」の意味を考えると何が何だか解らなくなってしまう。 「意味」の意味を考えるとは、半分ジョークみたいな話だ。
言語学者の西江雅之氏の本に、「意味は『価値』である」に注目をした。 「意味がない!」などと1人で解ったような気になるのは、 「自分の価値観とは違う」とっていることでしかないのだ。 「人生の意味」も「人生の価値観を何処においておくか」の問題でしかないことになる。 言語学者の西江雅之の「『言葉』の課外授業」ー洋泉社ー という本の中(p78)に「意味」の意味を簡潔にまとめてあった。
・一つ目は「意味」とは「価値」である。 世界のほとんどの言語では「意味」というのは、「価値」のことを言っている。 「あの人の話は意味深い」とか「あの人の話は意味がない」とか、「面白い」とか 「つまらない」とかは、受けての「価値判断」のあり方を「意味」と呼んでいるのだ。 ・二つ目は、「意味」というのは、出された例の、別の表現への「置き換え」なんです。 たとえば「『椅子』とは何か」と言ったら、「それは『人が座る道具』 である」と。この置き換えが、ある種の「意味」になる。 「置き換え」の二番目は、別の言葉に置き換えると言うことです。 「‘desk’の意味は何だ」というと、辞書に「机」と書いてある。 「あ、意味がわかった。この単語の意味は‘机’なんだ」となるような、 別の言葉への置き換えである。 ・三つ目は、「世界の創り変え」である。 現状から出発して新たに見出そうとする意味である。 現状を否定して、いっそう本物を求めようという場合の、「求めるもの」と言ってよい。 日常生活で「意味を問う」などというのは、現状を疑い、現状を変革させることなんです。
意味には「分析的」なものと、「連想的」なものがある。 「分析的」は欧州風科学で考えるもので、「連想的」は 「ひらめき」や「インスピュレーション」などの科学で扱わない部分である。
ー以上が抜粋であるー ・ 一つ目の ー「意味」とは「価値」であるーについて考えてみよう。 ある出来事を、結果として意味付けをしたがるが、それは「自分の価値観 に対して無意識的に押し込もうという働き」と見ると理解ができる。 そうすると、意味を考えることは価値を考えることなる。 そういう知識のない人が、 必死になって「意味づけの演説?」をしているのを聞いたことがある。 その時「この男、馬鹿じゃないか?」と聞いていて思ったことがある。 「結局は、自分の価値観、意味づけを言っているだけじゃないか」と聞いていた ことを思い出して納得をした。まあ、同じことを自分もしているのだろうが。 ・ 二つ目の「置き換え」は、少し解りづらい。 意味というのは、同じことを置き換えているに過ぎないというと解りやすい。 「deskは机だ」という言葉の置き換えがよい例だ。 もっとわかりやすい場面が、 夏休みにNHKの「子供ラジオ電話質問コーナー」がある。 こどもの単純な質問に窮した回答者が苦し紛れに、ただ言葉の置き換えで 説明をしてしまうことがある。「死ぬってどういうことですか?」という哲学者でも 答えられない問題を一言で片付けなくてはならない時に、言葉の置き換えで誤魔化すケースだ。 ・ 三つ目は「世界の創りかえ」である。 良い意味でも悪い意味でも、宗教家が使う手法である。 経営も政治も、考えてみれば「世界の創りかえ」である。 その時、背後には大きな意味がなくてはならない。 その点では、「意味」や「価値」は最重要事項である。
「ところで、このホームページって何の意味があるの?」と問われたらと、考えてみた。 何回も書いているが、「公開の日記と魂の記録」といってよいが。
・・・・・・・ 580,中国の陰と光 - 2002年11月14日(木)
昨日は三井住友銀行の講演会とパーテーがあった。 常務がパーテーでの挨拶がかなり深刻な内容であった。 ここまできたらハードランニングしかないし、後は自助努力しかないという。 初めて聞いたが三井住友銀行も持ち株会社をつくって、 本体はそこに残し、後は子会社化していくといいう。 この数年間続くであろう暴風を前にした決起式みたいでもあった。
本題の講演は「現在の中国について」であった。 ・「中国脅威論は的外れ」というのが結論であった。 今開かれている中国共産党大会で、これから20年で経済規模を4倍にするという。 もしそうしなくては中国の未来はないとまで言っている。 ・その為には年率7�佑寮個垢鯊海韻覆�てはならない。しかし絶望的の数字である。 もし発表された数字が成長7�佑覆薺�偽の数字とみたらよい。 ・汚職、農村問題、私的企業の認可等の問題が山積みだという。
こういう問題が共産党の統治メカニズムを弱体化させていく。 孫文が「中国国民は砂のようなもの」と喩えた。 極端な個人主義を言いたかったのだろう。 その為に強烈な統治が必要で共産主義の統治は今までは 有効に働いたが、これからはその解体過程にあるのは納得できる。 中国内部でも地域間賃金格差は十数倍あり、これが8000万人の流浪の民をつくっている。 現在、中国の内部の矛盾が大きく内部に膨らみだしてる。あまり日本のマスコミでは 言われてないが今までなかったような情報が多いとか、暴動とかストなど。
いずれにしてもあまり過大評価をしない事だ。 今は光の部分しかみえてないが、背後の影が見すえなくては。 これが結論であった。 国内も世界も今まで経験したことのない時代に一歩踏み出したようだ。
・・・・・・・ [221] ただいま帰りました - 2001年11月14日(水)
今朝、成田に7時半に帰ってきました。 午後は疲れか熟睡し、さっき起床しました。 明日から出社予定です。旅行記は改めて書くつもりですが、印象を書いてみます。 1、成田は意外とピリピリしたところはなく、少し警官が多いと感じでした。 シーズンオフを含めガラガラでした。 2、ベトナムは思ったより、西欧かされていました。 3、やはりアフリカや中東やインド・パキスタンなどに行き続けたためか、 刺激という面で今ひとつでした。 4、その中で、イロイロな見聞がありました。 5、ベトナムも観光や、輸出などでテロの影響が出ているようでした。 疲れは殆ど残ってないようです。
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2007年11月13日(火)
才ノヽ──d(∀`d*)─(*b´∀)b──
*古着の処分*
今まで、古い背広を思い切って処分をした記憶がない。 いや、数年前にしたつもりであったが、よく見たらまだ?着もあった。 全てが以前まで事務所の近くにあった「花菱」というチェーン店のもの。 (ここは一度サイズをとると、生地の選択で注文服が買えるシステムの店) 中途半端な値段のものばかりで、比較的高いものは使い尽くしているので残ってない。 中途半端のものは中途半端の使い方のため、納戸に吊るされたまま残っていた。 私の癖の「安物買いの銭失い!」が、20数年の背広の姿に現れていた。 花菱だけを使っていたことの弊害もあるが・・・ 現在の背広は、ほぼ無地の濃紺か黒で、素材も、軽く、地がシッカリしたものが主流。 それまでの二度と着ないと確信したものを思い切って古着屋に持っていった。 コートも含めてガソリン代になるかならないかであったが、少しでも金になっただけもよい。
今回、公害型の古着屋に売りに行ったのは初めだが、彼らの買い入れのシステムが面白い。 「店頭で売れる商品と、どうにもならない商品を分けて、売れないものは一�聴豈澆箸いΑ� 全部で1500円だったが、まだまだ物理的に使えるものを‘一応売った’という、 気持ちの安らぎになる。 しかし、あまりの安さに防寒コートを一枚持ち帰ってきた。 処分するにつけ実感したのは、良いものを丁寧に使うことだった。 この三年、背広を買ってないので買わなければならなが、 それでも、以前の背広でも、まだことたりるが・・・ −− *始めての共産党(推薦)への投票*
箱物行政を批判して当選した市長が三選された。 本来は地方首長は二選で身を引くべきである。 建設業者を代表にした業者に取りこまれるからである。 前市長の箱物行政を批判をして当選しながら、今度は平然と手の裏を返す姿は、 呆れる以前の話である。 共産党以外誰も立候補をしない地元長岡は、貧すれば鈍する最低の事態である。 誰も分かっているが、何も言えないほど地元経済は最悪の状態ということである。 新潟駅の再開発も実際のところは必要はない。 しかし、当方はそれが命戦なら感謝するしかないのも事実である。 ΒΥΕ.._〆(´U_`*) モフフッ !
・・・・・・・・ 2006年11月13日(月) 2050, あたりまえなことばかり −6 \(≧ロ≦\)オハヨウ! サン
著者の幸福論もシンプルで解りやすい。 幸福など観念でしかない、観念をカタチに求めるから ‘こんなはずではなかった’という結果になってしまうのである。 それはあれ等、軽いタレント同士の結婚の破局をみれば分かることだ。 家庭内を含めると半数以上の夫婦間が破局するのも、このような無知からきている。 まあ、相性もあるが・・・ 幸福論は、格言以外あまりまともには読まないが、 ‘付随してくる感情か、自分を納得させるための方便’にしか考えてなかった。 この著では、タレントとか有名人の表層の幸福のカタチは、動物レベル?になるが・・ コミックとしてしか誰も観ていないか、いやまともに見ているから恐ろしいのか! ーー 「あたりまえなことばかり」 �検Α々�福はどこにあるのか ー ��
何ものでもない心の状態としての幸福というものを、 ほとんどの人は物質に似たものとして人は思い込んでしまう。 人は「思い込みの動物」である。 動物存在として「カタチあるもの」をのみ 幸福と思い込むのは自然である。そのレベルでは、目に見え、触れるもののみが存在する。 生存するために存在する。 しかし動物は、そのような自身のありように自身のありようを問わないであろう。 人間のみが、その生存において、自身の孝・不幸を問う。 このとき、その理由によって孝・不幸は一つの思い込みになる。
カタチあるものを、カタチない孝・不幸と同じように、 カタチないものを、カタチあるものに孝・不幸を求めてしまう。 カタチなきものを、カタチあるように思い込む、 その思い込まれる思い込みを、通常は「観念」という。 孝・不幸もその意味で観念である。
幸福とは何がしかカタチないものと予感しながら、 カタチ無いままにさせておくことが出来ず、 何がしかのカタチあるものとして捉えては、捉われる。とか「、 例えば、カタチなきものであるはずの「愛情」を求めようとして、 人は結婚や家庭というカタチを求める。 あるいは、カタチなどあろうはずが無い「自由」を求めようとして、 「自由」「自己実現」というカタチを求める。
はたして幸福でない心に、幸福な生活があり得るだろうか。 心は、いわば分母の一のようなもの。 心が不幸であれば、いかなる分子も不幸であろう。 分母が幸福であれば、いかなる分子も幸福であろう。 あれこれの生活のありようなど、所詮は分子的な存在でしかない。
ここで問題のなるのは、「私」とは、では誰のことなのか。 他人と比べての孝・不幸であるところの「私」とは誰なのかの問題になってくる。 「私は私である」「私は個人である」とは、 「私とは誰なのか」という問いを止めてしまった我われの思い込みである。 この限り「私」とは、一つの観念なのである。
人は自分を「個人」と思い込むことによって「幸福を個人の領域」に押し込んでしまう。 財産や地位など有形のものも等しく「個人の所有」とみなして、その所有を幸福と思う。 したがって、このとき「私」と「幸福」との間に、定義に大きな懸隔があることになる。 所有者は所有物ではないからだ。 主体の「私」は、客体の「幸福」ではない。 「『私』は『幸福』でない」、つまり「私は幸福ではない」のことになる。 個人がそれを所有するという仕方で人は幸福であり得ないのが、 幸福は所有物でない理由よりも、むしろ「私」は個人であるという理由によっている。
もっと言うならば「私」というものは「ない」。 「ない」ものが何かを所有することなどできない。 その理由で、人は「私は幸福になりたい」という仕方では幸福になることはできない。 「私は私である」「私は個人である」「私は存在する」という「私」をめぐる長い思い込みは、 さらに「私は死ぬ」「人生は一度きりである」、「だから私は幸福でなければならない」 などの観念へと分岐し、いよいよ我をかきたてる。 「死後、幸福なる」という奇妙な観念は、その一種といえよう。 ーー 字数の関係で、次回になるが、内容は仏教の滅私の世界になってくる。 まあ哲学も、宗教も重なりはあって当然だが、「私」を考えると尽きることはない。 {「私は私である」「私は個人である」とは、「私とは誰なのか」という問いを止めて しまった我われの思い込みである。この限り「私」とは、一つの観念なのである。} の部分も深く考えてみる必要がある。 超越確実言明の「私は私、他人は他人」は、思い込みでしかなかった、ということ? これに気づいた時、誰もが慄然とするのだろうが、誰も気が付かないうちに 生前に戻ってしまう? (。^0^。)ノ サイナラ! ・・・・・・・・ 2005年11月13日(日) 1685, ザ・マインドマップ−3 −読書日記 (~O~)ふぁ・・ ー技術的ルールとして、 1、強調 ・中心イメージを置く ・絵を使う ・中心イメージには3つ以上の色をつかう ・イメージと言葉を立体的にする ・感覚にうったえる−視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など ・字、線、イメージの大きさに変化をつける ・スペースを整理して使う ・適当な余白を残す (ρ_-) 2、連想 ・色を使う ・矢印→をつかう枝の中で、あるいは枝を越えて連結させる時など ・記号を使う (-_ゞ 3、わかりやすく ( ̄□ ̄)!! ・一本の線にキーワードを一つだけにする ・文字はきれいに、はっきりと書く ・キーワードを線上に描く 言葉を肉とすると、線は「骨」である。 線はマインドマップの構造をつくり、 見た目を整えて、わかりやすく、記憶しやすいものとなる。 「線」を加えることで、連想がさらに広がることになる。 ・単語と線を同じ長さにする単語同士を近くに配置するのは、連想を促すルールである。 ・線は、中心イメージから伸びる大きな枝や他の枝から伸ばす マインドマップ上の線をつなげることは、 脳の中の思考を結びつけることになる。 線は、矢印、曲線、輪、円、楕円、△などに変形してもよい。 ・中央ラインを太くする ♪〜(=^ε^= ) 中央ラインが強調されると、脳の中心にあるアイデアが重要だという 信号をすぐに受け取る。この作業を続けていくうちに、実は、 周辺のアイデアの方が重要だったと気づくことがあったとき、 そのアイデアを太くかこむだけでよい。有機的な線が、視覚的面白さを生む。 ・イメージはできるだけ解りやすく描く ・紙は自分の前に水平に置く横長のマインドマップの方が、 縦長よりも、自由と空間が多く、みやすい。 ・文字はできるだけ、水平に書く (~O~)ふぁ・・ 4、自分のスタイルを発展させる ・以前よりプラス一を心がける ーーー 以上であるが、 何回か実行しては、いつも元に戻ってしまうのは 本や新聞・雑誌がほぼ過去のパターンで、 知らないうちに引き戻されてしまうからだ。 それより本当にわかっていないからか? (◎-◎;)!! さよなら ヾ(^-^)ゞ ーーーーーーー 2004年11月13日(土) 1320, 2000年前のポンペイ −3 小プリニウスの「手紙」−1
ポンペイについて書いた直後に地元の新潟中越地区に大地震がおきた。 何かの偶然の一致だろう。ポンペイの遺跡から当時の情報が多く知ることができた。 歴史から忘れられたポンペイの遺跡が発見され、発掘が始ったのが18世紀の半ば。 そして現在に至るまで250年にわたって発掘が続いている。 まだ発掘してないところが多くあるという。 歴史家のタキツゥスが、書の中で当時のある若い青年の手紙を残していた。 当時まだ17歳だった青年の2通の手紙が当時の模様をこと細かく整然と後世に伝えていた。 その文章を読んでいると、その一言一言が身に沁みる。
その青年とは、当時、地中海艦隊の司令官としてナポリ湾岸の町ミセヌムに 駐在していた大プリニウスの甥、小プリニウス(61年頃〜112年頃)である。 歴史家タキトゥスの求めに応えて書いたこの手紙は、 ローマ帝国内の美しい都市に起きた大惨事の貴重な目撃談となっている。 この手紙を読んでいて、彼の驚きと当時の若い彼の興奮がそのまま、 2000年の時空を超えて伝わってくる。 「言葉を持つことは魂を持つこと」という言葉の重みを実感する。 発掘された遺跡の姿そのものが、そのまま人間の変わらない生活と真実を伝えている。
ーー 小プリニウスの「手紙」 ー6月16日の手紙
伯父の死をできるだけ正確に後世に伝えるため、あなたに手紙を書くように とのご依頼を受け、私はとても嬉しく感じました。 というのは、伯父の死があなたによって書き留められることで、 彼に不滅の栄光が与えられると考えたからです。
恐ろしい災厄によって死んだために、伯父の死は、他の被害にあった住民や 美しい町とともに永遠に記憶されるでしょう。 また、伯父自身、後世に残るであろう多くの作品を書いています。 しかし、それに加えてあなたの著書に書き留められるとすれば 伯父の歴史上の記憶は、より確かな、永遠のものになるはずです。
私は思うのですが、歴史に残るようなことを行うか、 あるい、は価直のある文章を書く能力を神から与えられた人は恵まれた人であり、 しかもこの能力を2つとも与えられた人は、最も幸せな人です。 私の伯父は、彼自身の著書とあなたの御著書とによって、 そのような恵まれた人物の一人となるでしょう。 というわけで、私はあなたの御依頼をお引き受けいたします。 いや、むしろこちらから進んで手紙を書かせて頂きます。
伯父はミセヌムにいて、船団の指揮をとっていました。 異様な形の巨大な雲が現れたことを母が伯父に知らせたのは、 9月の第1日より9日前(8月24日)の第7時(午後1時)頃のことでした。 伯父は日光浴と冷水浴をしてから軽い食事をとった後で、ちょうど仕事の最中でした。 ///字数の制限の関係上、あとは、分類か、当日分を見てください − つづく ・・・・・・・・ 2003年11月13日(木) 953, 腰痛ー2
腰痛のことは以前にも書いたが、一昨日の朝、例年どおり腰痛が出た。 いつも季節の変わり目に出るが、私は寒さで体を冷やしてしまうのが一番の原因である。 いま一つは、パソコンを座って打っていると腰に負担がかかる。 今のところ時間をかけて暖めるしか方法はない。 間接的には、パソコンと寒さがあるが散歩の後、屈伸とストレッチをしたのが悪かったようだ。 腰痛について書こうと思って過去の随想日記を調べたら、去年の連休後に 書いていた。五月の連休後も例年腰痛が出るのだが、今年はどういうわけかなかったが。
腰痛になると何もする気が起きなくなる。また一回一回ごの痛みの内容が微妙に違う。 しかし今まで一回も医者がかりはない。経験上、暖めていると長くて10日で大体 直ってしまうからだ。 その治療法を40年近くしている。 インターネットで調べたら、腰痛にも色いろある。 デスクワークの人や、お産や生理が原因であったり、内臓の負担からくるものや、 運動のやりすぎ、等々ある。 今朝おきたら3分の1位に痛みが減っていた。 全治四日の予測が当たっていたようだが、どうなることやら。
ーーーーーーー 401, 腰痛 - 1 2002年05月09日(木)
昭和38年の三八豪雪の時、長岡高校の屋根の雪落しをしていて腰痛になってしまった。 母が腰痛もちで、よく腰が左右に曲がっていたのを見たが、それがそのまま遺伝したようだ。 腰の骨が本当に左右にずれるのである。その時の痛みは言葉に言いがたく脂汗がにじみ出る。 大体が季節の変わり目に出る。
その対策として15年前から散歩を始めたが、今は腰痛対策というより、 精神的肉体的両面の健康のすべての対策になっている。 散歩も一日30000歩を超えると、逆に腰痛になる。 人間の今の身体の構造は、歩く前提で出来ているという。 何かあったら歩くのが一番自然だ。 腰痛は猿が人間に進化する過程で、腰に不自然な力がかかるようになった。 その結果、人類共通の持病になってしまった。 歩行がその対策によいことは、 15年続けての実績で解る。 しかし完治はしない。
腰痛が出はじめたら、ホッカイロをその部分に当てるのが一番効果がある。 (母の対策を見て知ったことだが)それで4~5日で直るからだ。 医者には一度もかかったことはない。 あとは腰痛と仲良くしていくしかない。
・・・・・・・ 579,ある時間の断片ー11 - 2002年11月13日(水) 1968年 9月29日ー日曜
8時起床、午前中は部屋と寮の大掃除。気持ちもすっきりした。 午後は3時間、明日のための準備の読書だ。 そういえば最近寮の他の人との距離が出てきたようだ。 仕方がないのかもしれないが、あまり開放をしていると自分の世界が保てない。 彼らは彼らの価値観があるのだ。 当然のことだが、20数年お互いに違う道を 歩いてきたのだから仕方がないことだ。これからもまったく違う道をお互い歩くのだから。 そのことを考えれば今の疑問が少しは晴れるだろう。
1968年 9月30日ー月曜
8時10分前起床、学校に出発をする。 武澤ゼミに参加する。 武澤先生に皮肉を言われたー少なくとも私のいい加減さを指摘されたと感じた −気持ちだけは積極的になっているが、その実はやっていることはいい加減だということだ。 ゼミ終了後、図書館で卒論のまとめをする。 気持ちが落ち着かず中途半端であった。
校庭であった奥野と中野と話をする。 試験がその後あった、ここは出ないと思っていたところが出てしまった。 もっと駄目押しをしておけばよかった。70点ぐらいだろう。 兼子と池袋駅まで一緒であった。 バスで帰るがこの風景もあと半年で終わりだ。 帰寮後夕食に行くと、寮の佐藤嬢がいる。 少しの時間だが食事をして話をする。
何か毎日が矛盾だらけだ、今日の先生の皮肉が聞いたのか気持ちの動揺が残っている。 現在の自分はゼミと卒論に気持ちが集中している。 それと就職のことがーこのまま就職してよいのだろか? 今の寮生とあまりに気持ちが違っている、これも仕方がないか?
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| 2414, 反転 ー闇社会の守護神と呼ばれて −2 |
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2007年11月12日(月)
オハヨウ (▼皿▼#) ! この本の中には検事の職業の裏と表を、あますことなく書いてあるが、 次の言葉が解りやすく象徴的である。。 「検事を含め法曹界におけるわれわれの仕事は、しょせんその「ドブ掃除」にすぎない。 正義を振り立て、人をリードする職業などではない。人間のやった後始末をするだけだ。 それも人間のいちばん汚い部分の後始末である。」 それゆえに、ヤメ検は裏社会に適応するのだろう。
ー前回の続きの部分をコピーしてみるー
こうした特捜部の経済事件捜査を何年か続けているうちに、 検事の仕事に対する考えが変わってきた。 着任したところはそれまで扱ってきた事件とはかなり違う部署であった。 切った張ったや衝動殺人のような激情事犯は動機や心情が単純で、どこか人間臭く、 純粋な部分を感じることさえあった。 が、経済事件は違う。 被疑者はすべて計画的。いかに相手を騙すか、いかに自分だけが得をするか、 そのためにいかに相手を裏切るか、というのがパターンだ。 人間のズルさが全面的に発露された犯罪だともいえる。 金が絡んだときの人間の汚い部分である。 最も人間を狂わせるのは金、そういうことなのだろう。
人間社会には、汚い世界がある。必然的にドブを生む。 犯罪者は、そうしたドブのエキスを吸いながら、罪を犯すのである。 検事を含め法曹界におけるわれわれの仕事は、しょせんその「ドブ掃除」にすぎない。 正義を振り立て、人をリードする職業などではない。 人間のやったことの後始末をするだけだ。それも人間のいちばん汚い部分の後始末である。 犯罪者にペナルティを科し、ドブを多少なりとも掃除するのが検事の仕事。 検事や弁護士のバッジを光らせて傲慢な顔で闊歩するほどの仕事ではない。 いつしか、そう思うようになっていった。 プールのきれいな水でしか泳げないエリートには、ドブの世界がどんなものかわからない。 しかし、俺は生まれてこのかたドブばかりを泳いできた。 だから、犯罪とはどんなものか、その本質がわかる、という勝手な自負もあった。
*ウキィペディアで彼を検索してみた。 (。-`ω´-) ーー 検察時代は、エリート検事の集まる東京地検特捜部に所属して数々の汚職事件などを担当。 その後弁護士へ転身。いわゆるヤメ検弁護士の一人である。 暴力団幹部や仕手筋など、いわゆる裏社会の人間の顧問弁護士を多く務め、 「闇社会の守護神」「闇社会の代理人」などと呼ばれている。 −− 1987年12月 検事退官、弁護士となる。 その後、山口組若頭宅見勝、アイチ森下安道、イトマン元常務伊藤寿永光、 コスモポリタン池田保次などの顧問弁護士を務めた。 許永中とも懇意だった(ただし、許永中の顧問弁護士に就任したことはない)。 2000年3月 石橋産業手形詐欺事件で逮捕される。 2006年1月31日に石橋産業手形詐欺事件で懲役3年の実刑判決を受け、最高裁判所へ上告。 ーー 所詮、この男はヤクザ・犯罪集団の悪徳弁護士でしかない。 この生き方から、「人間いかに生きなければならないか?」を学ぶことが出来る。 悪徳は悪徳でしかない。 犯罪者専用の弁護士は彼らと何ら変わらない。 検察の世界でドブさらいをしているうちに、何かが狂ってしまったのである。 裏から見た表社会は、表裏一体としてみると同じく感じるのだろう。 その辺から、狂いが生じたのである。 「一期は夢、ただ狂え!」というが、ヤクザの専用のヤメ検の弁護士は、 何もいっても弁解の余地はないが、 ドブを曝してくれたという面では面白い本である。 "o(▼皿▼メそれじゃ、バイバイ! ーーーーーーー 2006年11月12日(日) 2049, あたりまえなことばかり −5 オッハ ∠_(o ̄∇ ̄o) {「私」のための現代思想 }の読書日記を17回にわたり書いたが、 ここでの著者の「私」についての、解釈も面白い。 「私」については、知れば知るほど面白い。 ソクラテスの「汝自身を知れ」ではないが、汝が居てはじめて「私」が存在する。 複数の汝によって、「私」は社会の存在者として表出する。 �掘\犬�ているとはどういうことか −��
科学的世界観時代のドクマとして、自分は肉体であると思い込むに至る。 しかし自分は肉体であるとは、どういうことなのか。 それを極言すれば、自分とは脳であると、現代人は9割がたの人が疑ってない。 「私」という言葉で、精神、感情、心とかいったことも含めるんでしょうが、 精神的なことも脳波を測定したりしていますが、「私]]は果して脳なのでしょうか。 脳には触れることができるとしても、考えそのものには触れることはできません。 感情だって、同じである。
「私」という存在にもっとも驚いたのは近代哲学の デカルトである。なんだこれは。考えている「これ」です。 「精神」「コギト」と彼は言いましたが、非物質の精神の存在、コギト。 彼はそこで失敗したのは、それに「私」という名を持ってきてしまったことだ。 そこに「私という名を持ってくると、どうもそこに私が存在するようになる。 問いとしてあべこべになってしまう。 つまり考えている「これ」に「私」という名前を当てたに過ぎないのであって、 「私」というものが予めてあるのではない。何かにあてられた一人称代名詞。 これも名前に過ぎないということに気がつきます。 この一人称代名詞「私」は一体、何を代名しているのか。
最近「自分探し」というのが巷で流行っているそうですが、 これは方向としてあべこべで「私」という何かが何処かに在ると思っている。 たぶんそれは社会的なアイデンティテーが欲しいということなんでしょうが。 それは正しい問い方ではない。「私なんてものは、無いんですから。 無いにもかかわらず、考えている何かがある。それは何か、ですから。
「何が私という名前で呼ばれているか」これが哲学的な問いです。 どうも「私」は物質ではないらしい。非物質。 それと「私」は死なない。 死が無いから、「死後」は問えない。 死後が在るか無いかという問いの間違いは、死が存在するとして時間が 前方に直線的に流れているという誤った表象に基づきます。 この誤りに気がつけば、すべては、今ここにすべて存在する、ということに 必ず気がつきます。「私」が死なないという意味であって、 死後にも生きているということではない。 なぜだか、全ては今ここに存在すると知っているこの何者かは誰なのか、 これが正当な謎として立ち現れてくる。
このような不思議な存在に対して、「魂」と言いたくなる。 しかし魂という言葉はつかい方が非常に難しくなる。 何か実体があるような、そういうものが生まれかわりするようなイメージに なりがちです。実体的イメージ。しかし、すべてが今ここに存在しているのだから、 前世来世を問うのはナンセンスです。だからと言ってそういうものが無いというものでもない。
とはいっても、「私は私である」「私は個人である」とは、 「私とは誰なのか」という問いを止めてしまった我われの思い込みである。 ーーー ー死後が在るか無いかという問いの間違いは、死が存在するとして時間が 前方に直線的に流れているという誤った表象に基づきます。ー ここがポイントではないか? 「死があると信じて時間が直線的に流れている」と、思ってきたが 少なくとも私は死なないのである。「すべては、今ここに存在する」と、 「死は無い」とが、 深く結びついているのである。 「永遠の今ここ、そして永遠の、《私》」ということか・・ 死(0_0)〜† しっし "ゞ(`') 死ぬわけ無いじゃん、わたすは私だから(*^ワ^*)i ホンジャ バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月12日(土) 1684, ザ・マインドマップ−2
いままで読んできたブザンの本を開くと、どの本も 「絶対肯定の部屋」のドアが開き、アルファー波が飛び出てくるような、 世界が光り輝いているような開放感になる。 絶対的な可能性が簡単に手に入るような気持ちにさせてくれるからだ。 思考を直線的一次元から、平面的二次元、そして放射的な拡大で 三次元、多次元の世界への世界を直感させる。
この効果として、要点をまとめやすくなり、 それぞれの関連をすばやく明確に理解しやすくなる。 頭に中にある「!」を、言葉にするための中間段階としての役割を果たしてくれる。 考えていることを、書くことへの移行段階が成否を決するのだ。 ほとんどの人が、この段階で失敗してしまうのだ。 多くの知識を溜め込めば溜め込むほど、その詳細をまとめることができなくなる。 学生時代に卒論で四苦八苦した経験があるが、この方法論が解っていたら エネルギーは10分の一済んだろうに。
ー要点をまとめてみたー
マインドマップの目的といえば 1、思考を発展させる新しいコンセプトを知るー放射思考 2、これで人生のあらゆる場面で最大限に利用するために革新的ツールをしる −マインドマップ 3、思考プロセスの仕組みや発展はコントロールできること、 創造思考能力は理論的に無限であることを知り、脳の能力を大きく開放する。 4、放射思考を体験して、知的技術や知性の水準を向上させる。 5、新しい世界を学ぶことで、興奮と発見の喜びを知ることができる。
マインドマップの特徴として、 A,中心イメージを描くことによって、関心の対象を明確にする。 B,中心イメージから主要テーマを枝のように放射状に広げる。 C,枝には関連する重要なイメージや言葉をつなげる。 D,あまり重要でないイメージや言葉も、より重要なものに付随する形で 加える。枝は、節をつなぐ形で伸ばす。 これに、色、絵、記号、立体化などを加えることで、 面白さや美しさや個性などが出てくる。
このプロセスで「連想」が出てくる。この連想が多くの無限の力を引き出してくる。 天才は、そのことを知っており、多くの業績を残していった。
マインドマップは、言葉よりイメージ(絵)を中心におくことでさらに 威力を発揮する。言葉とイメージを結びつけることによって、 脳の力を倍増させていく。 つづく ^^^^^ 以上の文章を マインドマップ的に、 『島』にしてみた。 ^^^^^(^_^)/
いままで読んできたブザンの本を開くと、 「絶対肯定の部屋」のドアが開き、 アルファー波が飛び出てくるような、 世界が光り輝いているような開放感になる。 絶対的な可能性が簡単に手に入るような 気持ちにさせてくれるからだ。 ( ̄〜 ̄)ξ 思考を直線的一次元から、 平面的二次元、 そして放射的な拡大で 三次元、多次元の世界への世界を直感させる。 (`´)ゞ この効果として、 要点をまとめやすくなり、 それぞれの関連をすばやく明確に理解しやすくなる。 頭に中にある「!」を、言葉にするための中間段階としての役割を果たしてくれる。 考えていることを、書くことへの移行段階が成否を決するのだ。 ほとんどの人が、この段階で失敗してしまうのだ。 (;´Д`) 多くの知識を溜め込めば溜め込むほど、 その詳細をまとめることができなくなる。 学生時代に卒論で四苦八苦した経験があるが、 この方法論が解っていたらエネルギーは10分の一済んだろうに。 w((´ω`))wワオッ!! ━─━─━─━─━─━ ー要点をまとめてみた
” マインドマップの目的といえば” 1、思考を 発展させる新しい コンセプトを知る ー放射思考 2、これで人生のあらゆる場面で 最大限に利用するために 革新的ツールをしる −マインドマップ 3、思考プロセスの仕組みや 発展はコントロールできること、 創造思考能力は理論的に無限であることを知り、 脳の能力を大きく開放する。 4、放射思考を体験して、 知的技術や知性の水準を向上させる。 5、新しい世界を学ぶことで、興奮と発見の喜びを知ることができる。
φ(._. )カキカキ ”マインドマップの特徴として”
A,中心イメージを描くことによって、 関心の対象を明確にする。 B,中心イメージから 主要テーマを枝のように 放射状に広げる。 C,枝には関連する重要なイメージや 言葉をつなげる。 D,あまり重要でないイメージや言葉も、 より重要なものに付随する形で加える。 枝は、節をつなぐ形で伸ばす。 これに、 色、 絵、 記号、 立体化 などを加えることで、 面白さや美しさや個性などが出てくる。 "φ(・ェ・o)~メモメモ
ー☆⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒☆-
このプロセスで「連想」が出てくる。 この連想が多くの無限の力を引き出してくる。 天才は、そのことを知っており、多くの業績を残していった。 マインドマップは、 言葉よりイメージ(絵)を中心におくことでさらに威力を発揮する。 言葉とイメージを結びつけることによって、脳の力を倍増させていく。 (^_^)/~~ ー つづく ・・・・・・・・ 2004年11月12日(金) 1319, スリッパの原則
新聞広告の欄を見ていたら、新刊本で『スリッパの法則』という文字が 目に入ってきた。事務所でスリッパを履き替えさせる会社は要注意という。 以前から、このことは言われていたことだが、本の題名になるのは初めてである。 当社もメンテを考えて、移転する前の事務所からスリッパに履き替えていた。 たまたま一週間前から、来客は土足にしたばかりだった。
数年前に若い銀行マンがはじめて来て、何か万引きを見つけたような顔をしていた のが印象的であった。その時、真剣に土足にしようか考えたが・・・。 早速、本屋で立ち読みをしてきたが、買うほどの本ではない。 そこでインターネットのパソコンで検索をした内容とは。
ー2、600億円を運用したとかで「カリスマ・ファンドマネージャー」 と呼ばれた著者が、延べ3、000社を超える企業を訪問し、調査をした過程で、 良い会社かどうかの以下の一定の法則性を帯びていることに気づいた。
「人の話を聞かない社長のいる会社」 「社長室の豪華さとその会社の成長性は反比例する」 「スリッパに履きかえる会社に投資しても儲からない」 「極端に美人の受付嬢がいる会社には問題がある」 「相談役のいる会社は成長性が少ない」 「ラジオ体操を強要している」 などを上げていた。 これでほぼ全てを言い尽くしているだけで、後はなんの内容もない。 そういえば、むかし仕入れで関西や広島の問屋やメーカーをまわっていた時、 玄関で靴を履き替える問屋・メーカーは旧態以前で、社員の平均年齢も高かった。
当たらすとも遠からず、ということだ。
・・・・・・ 2003年11月12日(水) 952, 「殴られ屋」ー読書日記
http://www.rosetta.jp/hareruya/back.html サロンのコーナーに貼り付けてある。
世の中には、想像を絶した生き方があるものだ。 「殴られ屋」の存在は「ホームレス作家」を読んだ時に、そのレフリーのアルバイトを した内容が詳細に書いてあったので知っていた。 その本を図書館で偶然見つけた しかし借りてきて暫くの間は、手に取ることができなかった。 気の毒で正視できない思いが先立ったからだ。 しかし、読んでみてサッパリした体育会系の生の必死さが伝わってきて 好感の持てる内容であった。 人間死んだ気になれば、何でもできるものである。 そして、その凄みが周囲の人に感動を与えていく様は素晴らしい。 それはものごとから逃げないという信念が直に伝わってくるからである。
ヤクザにショバ代を要求された時、殴られることで支払おうとした。 それを親分が見にきて「馬鹿野郎、殴られて商売をする奴から金を取れるか!」 と子分を叱ったというのが、よい。
お客は素人と思っていたが、プロの挌闘家が多いという。 まさに命がけである。
本は買う必要が無いが、是非ホームページを見てください。 破産せずに、毎日、殴られ屋をやって「借金の全額返済」を目指している 姿を、いまの政治家や役人に是非見てほしいと思う。 いや自分のことか!ほんと。 今の時代これがジョークでなくなるから恐ろしい。
・・・・・・・・・・ 『殴られ屋』 晴留屋明著、古川書房
■借金1億5千万の男
殴られ屋をご存知だろうか?奴はいつも歌舞伎町に立っている。 ボクシング・グローブ、ぼろぼろのヘッドギア、スウェットの上下という 出で立ちで、夜になると商売を始める。 「さあ、だれか私を殴ってください!」 殴られ屋は一分間千円で、客に好きなだけ殴らせる。 蹴りや投げなどは無く、拳による攻撃だけだ。しかし、殴られるだけでは たまったもんじゃないからパンチを避けるわけだが、これが見事なまでに 当たらない。たまに一二発当たってもクリーンヒットはほとんど無い (もちろん反撃はしない)。 モハメド・アリのようにヒラヒラと攻撃をかわすさまは、自らが 『世界一のディフェンス技術』とうそぶく程だか、あながち嘘とも言いがたい。 その男の名は晴留屋明という。 彼は借金1億5千万を返すために、今日も歌舞伎町に立ち続ける。
■いい人なんだなぁ〜
■あと3日で止めろ。さもなきゃ死ぬぞ!
以下は字数の関係でカット(11月11日)
・・・・・・・・ 578, 読書について - 2002年11月12日(火)
以前「本を読むときのポイントは何か?」と不意打ちに聞かれて、 瞬時に出た言葉が「読みたいところを探して読む」であった。 小説や本の構造が大事の場合が多いから、すべての本にはいえないが。 「一冊の本からその真髄を一つを掴め!多くのものを得ようとするな!」 そう割り切ってそのノウハウを身につけた時、本屋や図書館は 知識の宝庫に変わる。立ち読みでも多くの知識を得る事が出来る。
勿論(^^ゞしいー自嘲の話しだが,今まで本を読んで一つでも本当に モノにしてきただろうかというと疑問だ。 「要するに一番のポイントは、結論は何なんだ?」 「読み終わった後に、この本はこういう事がポイントだった」 とまとめていただろうか?何回も自省してみる必要があるのに。 読書の一番の要諦はこれしかないのに。
多くのものを得ようとして何も得る事ができなかったのでは? また自分の壁がそれを不可能にしていたのでは? このことを考えてみても、内部の壁が如何に大きく自分を取り囲んで いるかが解る。自分でこの随想日記を書き続けて、作家や記者などの 物書きの凄さが解ってきた。
文章の中に込められたエネルギーや魂が感じ取れるようになった。 本屋や図書館はエネルギーのルツボである事も。 そこに行きなれない人が行くと便意をもよおすのは、 人間の脳の中枢を刺激されるからだ。
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| 2413, 反転 ー闇社会の守護神と呼ばれて −1 |
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2007年11月11日(日)
(ォ'`ョゥ) この本を読んで俗にいう娑婆のことを多く学ぶことができた。 バブル当時まで、元の住友銀行が大阪検察の幹部との定期的な会を開いていたことは 周知の事実である。 これは検察が定年退職をして弁護士になる時に、銀行の取引先を 紹介してもらう見返りに、その銀行に対して逮捕者は出さない取り決めだという。 かなり強引な手法も検察がついているから好き放題できたと、この本にもあった。 やはり本当だったようだ。 地検も法務省の一機関でしかないということだ。 それにしても、恐ろしいことだ。 人間がいるところ仕方がないのか? ーその部分を抜粋してみる。
「反転」 田中森一著 ー地検特捜の恐ろしさー ーP、178〜179ー 平和相銀事件の本質は、岸組による恐喝事件だったはずだ。 それが銀行側の特別背任にすりかわった。本来、被害者が加害者になったようなものだ。 その事件が、住銀の首都圏侵攻に大きく貢献したのは間違いない。 結果的に、われわれ検事は、都心の店舗をタダ同然で住銀に買い取らせるために捜査を したようにも見えた。伊坂はすでに亡くなっているが、古巣の検察にこんな騙し討ち のようなことをやられて、死ぬに死に切れなかったのではないだろうか。 この平和相銀事件を体験し、私は東京地検特捜部の恐ろしさを知った。 事件がどのようにしてつくられるか。いかに検察の思いどおりになるものか、と。 捜査に主観はつきものだが、それが最も顕著に表れるのが、東京地検特捜部である。 特捜部では、まず捜査に着手する前に、主要な被疑者や関係者を任意で何回か調べ、部長、 副部長、主任が事件の筋書きをつくる。そして、その筋書きを本省である法務省に送る。 東京の特捜事件は、そのほとんどが国会の質問事項になるため、 本省は事前にその中身を把握しておく必要があるからだ。 特捜部と法務省の間でこのやりとりを経て、初めてその筋書きに基づいて捜査をはじめる。 むろんいくら事前に調べても、事件の真相は実際に捜査してみなければわからない。 実際に捜査をはじめてみると思いもしない事実が出てくるものだ。 だが、特捜部では、それを許さない。筋書きと実際の捜査とてくると、 部長、副部長、主任の評価が地に堕ちるからだ。 だから、筋書きどおりの捜査をやって事件を組み立てていくのである。 暑からタガをはめて・現実の捜査段階でタガと違う事実が出てきても、 それを伏せ、タガどおりの事件にしてしまう、平和相銀事件がまさにそれだった。 岸組の恐喝という予期せぬ事実が出ても、それを無視し、筋書きどおりの 平和相銀幹部の特別背任で押しとおした。 こうして筋書きどおりに事件を組み立てていくためには、かなりの無理も生じる。 調書ひとつとるにも、個々の検事が自由に事情聴取できない。 筋書きと大幅に異なったり、筋書きを否定するような供述は調書に取れない。 調書には、作成段階で副部長や主任の手が入り、実際の供述とは違ったもの になることも多い。だから・上司の意図に沿わない調書をつくっても、必ずボツにされる。 なにより、まずは筋書きありき。検事たちは尋問する際も、筋書きどおりの供述になるよう、 テクニックを弄して誘導していく。こんなことは大阪の特捜部では経験したことがなかった。 私も手練手管を弄して、自分の描いた筋書きに被疑者を強引に追い込んでいたが、 それはあくまで現場の捜査検事の見立てである。それが違うとなれば、 いくらでも軌道修正してきた。東京のように、尋問もしてない上役の検事が、 事実関係について手を入れるなどありえない。こうなると、もはや捜査ではない。 よく検事調書は作文だといわれるが、こんなことをやっていたら、 そう批判されても仕方ないだろう。冤罪をでっち上げることにもなりかねない。 だから、私は東京地検特捜部にいても、このシステムには従わなかった。 −−−−−
検察組織は、必要悪の国家権力で国民を裁くところである。 そこでの彼らの筋書き捜査の恐ろしさが生々しい。 ○´・ω・]ノヂャァネッ ・・・・・・・・・ 2006年11月11日(土) 2048, あたりまえなことばかり −4 b(^o^)dおっ W(^O^)Wはー♪ ー 読書日記 「生死を問う?ー何のためにいきるのか」は哲学上の大テーマである。 このコーナーでも何回も取りあげてきたが、私が一番好きなのは、フランクルである。 「人生に何を求めるか?ではなく、人生が何を私に求めているか?を問うてみよ」である。 せっかく地球に生まれたからには、「良く遊び、良く学び、そして良く働くこと」 シンプルに言えば、これに尽きる。 彼女ー池田晶子の生死については解ったような解らないような・・ さわりの部分にこうある、「生死に対する、これはという答えなどないが、 人は言語を所有するために、存在するしかない存在についての意味や目的を 問うてしまう。言語のせいです。動物は言語を所有していないので、 ただ生まれたから生きている。言語を持ってしまったから、問えない問いを問う不幸、 十全には生きられない。問いを持ってしまったのだから、問うしかないから、 問わざるをえない。『何のために生きるのか』」
生を考えるとき、その対極にある『死』を知らなくてはならない。 しかし、死など解るはずがない。 −− 「あたりまえなことばかり」 �掘\犬�ているとはどういうことか −��
「なぜ生きるのか」と問うても、「生きていることはどういうことか」とは、 人はあまり問わない。意味、目的を問う前に、まずは生きているとはどういうことか知りたい。 このことを知った上で、そこから初めて生存の意味や目的を問うべきである。
生存を知る前に、死を知っていなくてはならないが、死とは生きていることじゃない! と答えるしかない。死を知らないくせに、そのくせ知ったつもりでいる。 普通、死は恐い、恐怖、不安であり、いずれは死ぬという前提で人生を送っている。 他人の死ぬのをみて自分に当てはめて類推しているに過ぎない。 自分が死ぬという経験は絶対にありえない。
もう一つの勘違いは、死体を見て、それで死を見たと思うんですね。 ここが大事なことですが、死体は死ではないことに気づくと色いろなことがわかってくる。 死体は物質ですが、死そのものは物質ではない。 それでは「死とは何か」の一般的な答えは、「無になる」ことです。
そこで納得するが、ここも大事なところですが、無というものは無いから無なわけです。 無は存在しない。存在しか存在しない。 したがって、「死ぬことは無になること」という言い方によって、 そこで言われている無というものは無い。 すなわち死はない、ということになります。
にもかかわらず、なぜ無い死を在ると思って人は生きていくのか。 その視点を手に入れると、死があると思って生きているこの世の光景が、 可笑しく見えてくる。無いものを在ると思っているのですから。 思い込みですね。世の中のすべてが、錯覚の上で動いている、これは面白い。 ですから、死が存在しないと気がつきますと、「人生」という言葉の意味するところが まるっきし変わってくる。やがて死ぬ、どうせ死ぬとは言えなくなる。 なぜなら死は無いのだから、人生の意味はまるっきし変わってくる。
理屈はそうかもしれないが、でも毎日人は死ぬではないか、と反論するでしょう。 確かに毎日、人は死んでいきます。でも、死ぬのは常に他人です。 だれも自分が死んだことは無い。死は他人の死しか経験できない。 それが現実である。これに気づくと非常に不思議な気になる。
生きる死ぬ、人は便宜的にそう言っているに過ぎないらしいと気づく。 つまり、動いているものを生と呼び、動かないものを死と名づけているに過ぎないと。 生き死には言語的な名づけ、つまり言葉に過ぎない。 実体ではない。無としての死なんてこの世に何処にも存在していない。 一種のカラクリみたいなもの<存在のカラクリ>と私は呼んでいる。 無は存在しないかぎり、すべては存在しているわけです。 存在しか存在できないという事実に気づくわけです。
例えば論理的に死なないということに気がついたら、じゃあ死なない自分とは誰なのか。 ふだん自分であると思っている、その自分は実は自分ではないんじゃないか。 そういう問いが現れてきます。
世の中ほとんどが生死のカラクリにだまされて動いている。 例えば脳死の問題。あれは議論として不可能なことを議論している。 死がどこからかということを決められると思っている。 しかし、無いものをどうして決められるのですか。
また時間の概念も変わります。死に向かって直線的に流れると、 漠然と思っているが、だけど、その死が存在しないとなると、 時間はどう流れるのか。 死に向かって生きているわけではないんです。
「生きる」という意味も変わってきます。 「死というものがわからない」ということがわかる限り、 生というものもわからないわけです。 つまり、生死というのは現象に対する相対的な名づけに過ぎないと気づきます。 ーーー
内容はダンダン面白くなっているが、字数の関係でここで切る。 エピクロスは、「人が生きているかぎり死は存在しないし、 死が存在するときには人は存在しない」と看破した。 言葉を持った人間が死という言葉を持ったために、 死という言葉の影に脅えているに過ぎないということを よくよく納得しないと、生きかたを間違ってしまう。 でも、言葉でわかったつもりでも、「生きているうち、死んでしまえば、それまでよ!」 と思ってしまうから困ったものだ。 しかし、死ぬという言葉自体が生きている人間が死体をみて、 いや抜け殻を見て名づけた言葉である。 しかし仏教では「生老病死」というんじゃないか? でも、あれ宗教じゃないか! いや元々は宗教ではなかった。 死という字がよい、一の下に夕ヒである。 夕陽が地平線の下に消えるのが人生の終わり!何ともロマンッチクである。 この辺に答えがあるのじゃないか?いや、一は生きている方が勝手に思っていること? 当人は、その線の一は無い! のか? 空即是色、 色(!)即是空( ) (0) (一) (・)(・) オッパイにしか見えないけど! 目が点? 自分のこと?ー( )が自他の境で、点が真我 それとも生と死?ー点が生で、( )が世界 その程度のもの?生死とは。 (人・・)(・・人)い〜みな〜い〜ん! 元々あるわけ無いんじゃ・・ まあまあ ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
・・・・・・・・・ 2005年11月11日(金) 1683, ザ・マインドマップ−1 −読書日記 ブザンのマインドマップに関しては、「頭の良くなる本」「自分が天才に思える本」 「人生に奇跡を起こすノート術」―マインド・マップ放射思考などを読んでいた。 特に初めて「人生に奇跡を起こすノート術」を読んだ時は大きな衝撃を受けた。
その前に、「インスピレーション」というソフトを買って使っていたにかかわらず。 これをノートに切り替えるという、着想がわかなかっただけのことだが。 しかし、絵入り、手書きという部分が違っていたが。
学生時代の頭のよい人は何らかの形で、こういうノウハウを身につけていただけ。 知らないのは、私たち凡人の95�佑世韻箸いΔ海箸�。
今からでも遅くはない是非一読をすることを勧めます。これに近いノウハウとして、 民俗学の川喜多二郎がフィールドから得た資料を元に新しい発想をえる方法論を書いた 「発想法」である。色いろな資料のキーワードを小さな紙に書き、 その似たものをそれぞれの島に分けていく方法論である。 しかし、放射状に発展させていくところは一緒だが、情報をシールに書き込み、 貼り付けるところや、カラーペンや絵をふんだんに書き入れるところが違う。
ブザンは天才のノートをヒントにノートの取り方を根底から変えてしまった。 この書によると現在では、この人のマッピングのシリーズが1000万冊以上売れ、 2億5千万人以上が学んでおり、韓国ではマッピングが義務教育に取り入れられている。
またロンドンの貧しい地区に住む少年の話が良い。 ー彼は教師から無能と評されていた、また彼も自分自身をそう思っていた。 著者のブサンが、彼に「しあわせ」マインドマップの練習をやってもらった。 彼が選んだ10個の言葉のどれでもいいから、 さらに思いつく言葉を書いてみるように言った。 少年は、しばらく考えた後、二つの言葉を書いた。 そして目を光らせていった。「これをまだ続けてよいの」「もちろん」と答えた。 少年は、まるで海に入るようにこわごわと言葉を書き足していったが、突然、 言葉と連想のうねりに襲われたようだった。 そして、嬉しそうに、熱心にページを埋めながら、「僕は頭が良いんだ」と叫んでいた。 その通りである、かれに足りなかったのは教育だったのだ。 ーー
私が今まで信じてきたノートの取り方を根底から否定している。 アナログからデジタルへの変更に近い。 この本は以前読んだ本より、さらに読みやすく、かつ詳細の内容である。 「実践するということは、行動マッピングである」ということに気づいた。 中央は目標・志である。 ーつづく ・・・・・・・ 2004年11月11日(木) 1318, ベスト・エッセイ集ー2
橋本元首相が、数年前に大手術をしたことは、ニュースで知っていた。 この本の中に、その時の生々しい心情や、具体的な日々が書いてあった。 何かキザな鼻持ちのならない男と見ていた存在が、 急に身近な一人の人間に思えてくるから不思議である。
またTV「お宝鑑定団」に出ている中島誠之助のエッセイもあった。 普段あまり知ることのできない骨董品の世界を覗き見ることが出来た。 骨董の世界は本物、偽者が混合している世界。 本物の中でも、価値が大きくわかれている深い世界である。
ー中島のエッセイの印象に残ったところを抜粋してみる。 「骨董の世界では、初めから人をだますために作られたものを、 偽者にもおよばない最下級におき、『嫌物(いやぶつ)』と呼んで下げすんでいる。 嫌物は、それをこしらえた人化身であるために、そのもの自体に罪がある。 それに対して偽者は、その人が作りあげたもので、品物自体に罪はないといえる」
著名の作家の書く文章は、何気ない日常の描写が鋭く、しかし、 それを思わせないタッチがプロの凄みである。 一流の人は何気ないことでも、その文のタッチで改めて対象を 見つめさせてくれる。それが一流の一流たる所以である。 一流の役者が端役を演じると、その役そのものが端役でなくなってしまう から不思議である。何ごとも魂を込めるからであろう。 このエッセイ集に選ばれることが、著名なもの書きや、政治家や、 エッセイストの大きな名誉となっているという。
この数年分の「ベスト・エッセイ集」をジックリ読んで勉強してみようか。 ・・・・・・・ 2003年11月11日(火) 951, 衆議院総選挙の結果を考える
終わってしまえば、こんなものだろうというのが選挙の結果である。 もう少し、投票率がアップするのではと思っていたが、それにしても低すぎる。 総括として「二大政党のカタチが、でき始めた選挙」であった。 小沢一郎の捨て身の合併劇で、マニフェストー選挙公約を争う機運ができた。 小選挙区制度の良さがここでやっと出てきた。 自民党保守派の社会主義者が、中選挙区制度の復活を言っても誰も相手にしなくなった。
「もう一歩で民主党が勝てたかもしれない」という期待が少しあったことと、 「自民党よ、そう甘い顔はしていられないよ」という忠告が相まっている。 しかし、もう少し民主党に勝って欲しかった。 190議席あたりが理想的であった。
やはり若い人の選挙に対する無関心が、その壁になった。 結局は自分で自分の首を絞めていることになるのが解らないのだ。 無知の彼等の未来から借金をして、生き延びようというのが旧守派だろう。 自民党の恥元派と官僚だろう。その彼等に間接的に手助けをしているのが 解らないのだ。これも若年層の質の低下の現象と見てよいだろう。
ソ連と中共と北朝鮮からの資金援助をしてもらっていた社会党の残党の 社民党が、そこから金が入らなくなったら消滅するのは当然である。 共産党は今更、何もいうことがない。この残物整理という点でもこの選挙は意味があった。
ー毎日新聞の記事をweb毎日からコピーした。 2003年11月8日 以下字数の関係でカット(2007年11月10日) ・・・・・・・ 577, 一人旅 - 2002年11月11日(月)
20代前半に北海道と九州に二回一人旅をした。 他には勤めていた会社にいたころ、近くの半島に旅行をした。 紀州半島と能登半島だ。これは一泊二日だったが。 一歩家を出れば、あとは旅行代理店とつくった日程どおり にこなしていけばよい。結構楽しい旅であった。
写真を多く撮っておけばよかったが、そのアルバムも不明だ。 傷心旅行だったり、学生時代の最後の休みの旅行だった。 一人頭の中でブツブツ独り言を言っていた思い出がある。 それがよいのだろう。
一種のロマンチズムで、有り余るエネルギーの捌け口だった。 ただ記憶が鮮明に残っているのが不思議といえば不思議である。 今考えてみれば、一人で外国に出てみるのもよかったが、 あの当時の社会情勢からも、自分の性格からいっても無理だった?? 一人旅は一歩踏み出せば、なかなか味がある。
「深夜特急」という沢木耕太郎のドキュメンタリー風の小説がある。 世界の一人旅を目指している若い人の手引書になっている。 7〜8年前にTVでもドラマ風に仕立てられて数回に渡って 放映された。この出来もなかなかよかった事を憶えている。 といって親しい人との旅行と比較すれば、やはり一人旅より良い。 TPOSによるが。
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2007年11月10日(土)
○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪
また、九州で暴力団の素人を巻き込んだ殺人事件があった。 こうなったら、「暴力団対策庁」を「警察庁」から独立して設立すべきである。 暴対法が出来てまる15年、その社説が先日の産経新聞に出ていたが、 この法律が出来てから見るからに暴力団風の男の宿泊は激減した。 またクラシックなパターンのホテルへのカツアゲも殆どなくなった。 開業以来ほぼ強請り取られた経験はないが、それでも現場は常に緊張感に包まれている。 地元の暴力団は比較的に大人しいが、それでも数年に一度はニアミスを起こしそうになる。 「ホテルは警察が常に出入りをしている場所」ということを彼らは知っているので、 無理難題は言ってこない。 脇を固めていれば、付け込まれることはない。 実感として暴対法以来、弱体化していることは確かである。 数年前に内輪もめのイザコザで組長と幹部が逮捕されたが、以前のような勢いはない。 マフィア化したのかもしれない。
その記事によると ・暴対法の実施から、構成員の半分が準構成員になってしまった。 警察の目から隠してしまい、マフィア化が進んでいった。 昨年末で構成員4万1千に対して準構成員が4万3千と準構成員の数が上回った。 シノギも不景気で厳しくなり、ファジーのパート化?分社化していった。 ・警察も暴力団との癒着を恐れ、接触を避けるようになり、 暴力団も組織の情報統制を図り、対決姿勢を露わにしだした。 ・中小の暴力団は弱体化が進み、地回りなどの収入が激減、多くが消滅していった。 反面、山口組が、その中で過半数を占める寡占化が進んだ。
以前は、構成員は普通のスナックではあまり見かけなかったが、 最近は得体の知れない怪しげな風体の男を彼方此方で見かけるようになった、 そのため繁華街には以前のように気楽に歩けなくなってきた。 素人(チンピラ)のアマチュア化、プロ(ヤクザ)のセミプロ化ということか。 堂々と犯罪組織が看板を上げているのは世界広しといえども日本だけというのは、 如何いうことだろう? ヾ(・д・。)バイバイ ・・・・・・・・・ 2006年11月10日(金) 2047, あたりまえなことばかり −3 オッ(*^○^*)ハ〜 ー 読書日記 難しいことを、わかりやすく書いてあってよい。 考えることは数多ある娯楽の中で一番面白いと・・ 如何にわかってないかをわかること、無知の知の自覚こそ哲学の原点という。 そして「きちっと考えれば悩まなくなる」というが、そのとおりである。 自由への道を一歩一歩、考えながら歩むことになる。
ーーー 「あたりまえなことばかり」 �供Α々佑┐襪箸呂匹ΔいΔ海箸� ー�◆�
ソクラテスもこう言ってます。 「何も考えても何の得にはならない、しかしわからないことをわかろうと考え始めて、 如何にわからないかということをはっきりわかることができる」 彼はこれを無知の知という言い方をしました。つまりはパラドックスの自覚です。 このソクラテスの無知の知という自覚は、哲学の原点です。考えてもわからないから、 なお考えるのです。 逆に、考えるということはそこから始まるのです。 この「考える」ということは、世の中にある他の面白さなど大したことはない、 というふうになります。他の娯楽が多くあるが、直に飽きます。 それはその面白さが大したことがないからです。 考えることがなぜ飽きないかというと、いくら考えても先があるからです。 もう少し実用的な言い方をすると、きちんと考えていると、悩まなくなります。 考えることが自分から始まって宇宙まで広がると、 その開放感とか自由感は凄いものなのです。 なぜなら、非常に大きなところから自分を見る視点を獲得するからです。 相対的な視点が獲得できると、我われは日常のべったり張り付いている 場所に居ながら、また宇宙大の視点から見ることができるから、 非常に自由になれるわけです。
今が日常のすべてと思い込んでいる人が、こういう目を持つことができれば、 あれこれ悩んだり喧嘩したりすることから開放されるのです。 死体が残って、死が何処にもなければ、人は当然、 魂という発想を持つわけですが、これを上手く語る言葉がない。 また魂を語るといって、これは死後を語るということではないのです。 死後とは、これこれであると言ってしまえば、それは宗教になってしまいます。 死後は誰もわかっていないのです。 ですから、古代の人の死生観が如何に自然であったか気づくわけです。 どうやら人が自分を自分と思っている自分は、それほど明確なものではないらしい。 自分と宇宙、自分と他人というものをうまく分けられない。 万物は流転しているようだとだんだん気づいてきます。そうすると再び、 今ここに居て何かをしている自分は何か、という問いに戻ってきます。
我われがこの地球に存在したことの意味と目的というのは、 考えることによって、その不思議さを自覚することによって、 自由になることにあると思います。 我われは考えないことによって、要らないことにいっぱいこだわって、 不自由になっているいるわけですから、考えることによって、 それから一つ一つ自由になっていく。 また本来すべての我われが自由であったということに、 考えることによって人は必ず気づくはずです。 謎を自覚することは、自由である他になりません。 だからこそ人は、じっくり考える必要がある。 考えて、自覚すること、自分が自分であることの謎を自覚することこそ、 この時代の人生を生きることの意味は尽きていると考えます。 ーー 以上が「考がるとはどういうことか」の主旨である。 「人間の最上の快楽は考えることである」というのは、少しは納得できた。 秘境旅行に行って、サッパリして帰ってくるのと酷似しているから尚のことだ。 最果ての地で直感した開放感と自由感は、その離れたところからの大きい視点を 得ることによって、確実な心の基点を裏づけとして、何時までも残る。 それが、哲学することー考えることと酷似ているということである。
哲学も、秘境旅行も、その蓄積により自分の中の自由を大きく切り開いてくれる。 我われは、よく考え、よく生きることによって、よき自分の物語を持つことができる。 自分の中に自分の物語と、歴史の物語を重ねることによって、 お互いのプリズムを照らし合わせて輝かしい人生にすることが、 哲学をすることに求められるのではなかろうか。 ・・・・・・・・・ 2005年11月10日(木) 1682, 「ひとを嫌うということ」−1 −読書日記 学生時代や、勤めていた時代に多くのタイプの人と接する機会があった。 また、多人数の兄姉の末っ子ということもあり、かなりきつい虐めにあった。 学生時代の寮やクラブの先輩や、勤めているときに合わない先輩との確執も多々あった。 人間であるかぎり必然である。 仏教でも四苦八苦の中で、怨み憎む人と出会う苦しみ(怨憎会苦)を説いている。 ここで取りあげるのは、こういう「程度の高い?」憎しみではなく、 普段どこでもあるような嫌いについてであるが。
ひとを好きになることについては多くの本があるが、 その反対の「嫌う」という問題を、真正面に捉えている非常に面白い本である。 ひとを好きになれ、しかし嫌いになるなというのは、 食べてもいいが決して排泄するなといっていると同じで、どだい無理である。
著者の中島義道は、とことん他人から嫌われてきて、そしてやたら嫌ってきたが、 ある日を境に、人生の大問題になってしまった。 何となく嫌われていた妻子から、ウィーンで大喧嘩をして・・・ そして徹底して嫌われるようになった。
冒頭の「はじめに」から、すざましい内容になっている。 ー「思えば、母は父を嫌って死の直前の40年間、彼に罵倒に近い言葉を 浴びせつづけていた。その同じほとんど言葉を、今や妻の口から出てくる。 そして、私もまた父を死ぬまで嫌っていた。いや、死んでからもなお嫌っている。 息子が、また私をはっきり嫌っている。 これは一体何なのだ! 私はみずから生きていくために「嫌い」を研究するしかないと悟った。 つまり、私は自分を納得させるために本書を書いたのです」 本書で私がつかんだことは、それは「嫌い」という感情は自然であること、 そして理不尽であること、しかもこの理不尽こそが人生であり、 それを誤魔化してはならないということです。 − この本の初めから終わりまで、このような文章が延々と続く。 自分の心を代弁し、そして深く納得する。 だから面白くて面白くて一人不気味な笑いを浮かべながら、 中島義道の世界に引き込まれてしまう自分をみてしまう。 嫌うということは、食欲や性欲のようなもの。 その自然の欲求を、社会に生きているということで割り切って コントロールすればよいと切って捨てている。 自他に対する嫌いをヒリヒリするほど感じることも時に必要であると。
私事になるが、私もこのことをジックリ考えたことが多々ある。 それも20歳の頃から。 そして、割り切ってしまった。 「嫌われることも、嫌うことも避けて通れないなら気にしないことだ。 受けとめかたとして、好き嫌いを二の次にする。 他人の思惑も大事だが、自分の受けとめ方のほうがもっと大事。 人は何時も自分がどう思われているか気にしている、それはそれでよい! そんな感情など情念のひとつでしかない」と。 あと27歳の時、自分で事業を立ち上げた時も、割り切る機会になった。
「一神教」のキリスト教やユダヤ教の信者は、内面に共通の価値観がある。 しかし、多神教の日本人は如何しても周りの顔色をみるしかない。 自分のなかに絶対という信念を持てないからである。だから、嫌われることが恐ろしくなる。 人間関係に悩み傷ついている人は、この本を読めば大きく癒されるはずだ。 この男を見ろ、憎悪を持つ前に、嫌いを訓練すればよいと納得するだろう。
そういえば、歳を重ねるほど憎悪など持たなくなる。 気持ちの処し方が出来てしまったのだろう。 憎悪する前に、気持ちの中で抹殺してしまうから?
・・・・・・・・ 2004年11月10日(水) 1317, ベスト・エッセイ集−1
’03年度版ベスト・エッセイ集「うらやましい人」がなかなか面白い。 何冊か図書館で借りてきた本の一冊で、殆んど読まないで返そうとした本である。 この地震で図書館が閉館していた為に返しそこねて手元にあった。 何となく新幹線の中で目を通したところ、それぞれが面白い。
そこで、後書きをよく読むと、毎年、日本エッセイスト・クラブと日本文藝家協会が、 前年の日本の雑誌に掲載された膨大な数のエッセイのなかから、 それぞれ「ベストエッセイ」を選び、単行本化しているものであった。 エッセイ好きを大いに楽しませている本で、20年間も毎年刊行されているとか。 なるほど、面白く味わい深いのは当然である。 もっと早く知っていれば、必ず毎年ごとに購入したと思わせる内容である。
作家のみならず、多くの分野の専門家や素人の作品まで掲載してあって ミックス感覚で飽きないのも良い。 著名な作家や経営者や政治家が並び、文章のプロとしての充実感や 多くの分野の深い内容が書いてあったで読み応えがある。
このベスト・エッセイ集のおもしろさは、エッセイという切り口から、 色いろな人の心が浮き上がってくることだ。 まとまった作品群を読んでいると、 それぞれの世界が、それぞれの内側からわかってくるような錯覚に陥ってしまう。
この本に掲載された文のなかから、たびたび国語の入試問題が 出題されていて、教育関係者では知らない人はない本でもある。 60〜70編のエッセイが収録されており、多くの世界を味あうことができる。 '04年版も刊行されているので、早速図書館で探してみる。 まだ半分しか読んでないので、その後になるが。
もののプロセスが見えにくい時代の中で、エッセイは、日頃見えないプロセスや 人の感情の機微や揺れを描き、隠れた世界をかい間みることができる。 短文が心に残るのは、それぞれの世界を凝縮して見せてくれるためだ。 続く ---------- 2003年11月10日(月) 950、「泣いて笑ってハッケヨイ」
昨日より大相撲が始まった。そういえば先日、再放送であったが、 NHKの人間ドキュメント「泣いて笑ってハッケヨイ」が良かった。 今年の春場所に入った新弟子の何人かを追っていく内容である。
中学を出たばかりの子供が、わずか数ヶ月の中で全く違った顔に変わっていく。 もし自分の子供であったら、涙が止まらないだろう。 気の弱い登校拒否の子が、相撲の中で克服していく姿が生々しく映し出されていた。 大きな志と小さな自信をもって相撲に取り組んでいく姿がそこにあった。
「体に痛さを慣れさせないと恐怖心に勝つことが出来ない」 という兄弟子の言葉が印象的であった。 そして稽古で痛さを体に憶えさせて行く場面は、 人生の根底の要点であった。 まずは自分の恐怖心を乗り越えなくてはならない。
勝つことによって、だんだん意欲が出てくる姿が初々しくてよい。 いま大相撲が面白くなくなってきたが、こうして一人一人が自分の人生を背負って 闘っている姿をみると、じっくりと見直してみる必要がある。 今場所は、横綱の武蔵丸が引退かどうかが一番の注目されている。 実際は無理だろうが、相撲の世界はわけの解らないところがあるからどうなることか? −過去に書いた大相撲の随想日記をコピーします。
・・・・・・・ 相撲を考える 2003年9月22日 ー字数の関係でカット(2007年11月10日) ・・・・・・・・ 2003年03月12日(水) 707, モンゴル大相撲 −字数の関係でカット ・・・・・・ 2002年09月22日(日) 527, 大相撲ー頑張れ武蔵丸!
まさか貴乃花が千秋楽で同点決勝に持ち込めるとは思ってなかった。 もし優勝をしたら大騒ぎになるだろう。こういう時に勝つのが大スターであるが、 彼はそれを持っている。 しかし心情からみたら武蔵丸の勝利が望ましい。 前回あまりにも貴乃花が劇的すぎた!武蔵丸のその時の姿がリアルにある記事に書いてあった。 おまけにその為に貴乃花を大怪我をさせてしまい、彼が負けると場内に座布団が荒れ飛ぶ。
この一年余り、独り横綱も大変であったろう。 それが7場所も休んだ主役に優勝をさらわれたら、余りに気の毒である。 もし彼が勝ったら、盛り上がった今場所に水を差すことになる。
貴乃花が勝ったら、一応彼の人生の大きな節目になるのではないだろうか。 大横綱の道を歩く為には、今日は負けた方がよいだろう。 大鵬の30回の優勝に向けて、身体を作り直すチャンスだ。 勝てば他の力士に焦点を当てられてしまう。
それにしてもスターの要素を持った若手がいない。 このままでは、ますます人気の陰りが増すだろう。 幕下と十両に元学生横綱の個性派と外人が数人いるが、輝いているかというとどうか? 他の格闘技で面白のが、どんどん放映されているから八百長体質があるなら、 相撲人気はますます落ちていくだろう。
・・・・・・・・・ 576, ある時間の断面ー10 2002年11月10日(日)
ー1968年 9月27日 7時半起床、8時55分に受講するがプリントをもらい損ねる。 受講後、川崎と池永とタッカーホールで話し合う。 石川をチョット無視をする。 たまには薬になるだろう。 図書館で合気道の同期の助川と久々に会う。 昼食を一緒にとり、今後のことを聞く。 彼も大変のようだ。
その後ゼミに出席する。体調が悪いせいか議論では絶不調だ。 石川が今日は絶好調だ。彼に独壇場を許してしまった。 どうしたことか?疲れているようだ。 ー1968年 9月28日 9時起床、また寝すぎたようだ。10時20分に川崎と待ち合わせの場所に行く。 しかし彼はこない、図書館に直行して、卒論のまとめをしていると、石川がくる。 12時頃再び待ち合わせのところに行くが彼はこない。図書館にいるとやっと川崎がくる。
石川と深井と川崎と松村の家に車で行くが、凄い家だ。山の手の家に入るのは初めてだ。 (いや鳩山御殿に、ある会合で映画でいうその他のエキストラで行ったことがあった) その後松村の家を出て、石川と深井と3人で[[赤と黒」というスナックへ行く。 それぞれの性格について話あう。 23時に帰寮後、服を着たまま寝てしまう。 夜半の2時に隣の部屋に先輩の川路さん、満田さんがきて騒いでいた。 それっきり眠れない。
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2007年11月09日(金)
(☆-v-)。o○《Gооd Мояйiиg》 「からだのままに」 ー読書日記ー 南木けいし著 文藝春秋社 数年前、レンタルDVDでみた「阿弥陀堂だより」が非常に印象的であった。 図書館で見つけた本だが、その著者の随想なら読む価値は充分にある。 2004年から2006年にかけて種々の媒体に発表された随想である。 臨床医師として、文学界新人賞、芥川賞と受賞した医師だが、終末医療に携わる中で ストレス障害から体調を崩し38歳の時にパニック障害から欝病になる。 書くことも読むことも出来ない中で、生かされている自分を見つけ出し、 医師として、また作家として復帰する。 映画も、この随想からも、何ともいえない人間としての深みを感じ取れる人である。 私よりも6歳も下の人とは驚きである。 本人が深い病気を経験したり、 多くの患者を看取ってきた経験と教養の深さだろう。 こういう人を知るにつけて、己は何をしてきたのだろうか?と、・・・。 ーまずは特に印象に残った部分を抜粋してみる。
*業の深さ pー106
末期がんの患者さんを常に数人担当していたから、こんな精神状態では、 患者さんを楽にするためより、自分が早く肩の荷を降ろしたくなって モルヒネを大量に使ってしまうのではないかと心底恐ろしくなり、 上司に懇願して、外来診療のみを担当して、16年経った。 小説を書き始めたのは、医師になって二年目あたりで、 人の死を扱うこの仕事のとんでもない「あぶなさ」に気づいたからだった。 危険を外部に分散するために書いていたつもりだったが、 それは内に向かって毒を凝縮する剣呑な作業でもあった。
*病んで出合った『流れとよどみ』 p−110
その後、医学の教科書に不定愁訴として記されているすべての症状にみまわれ、 とりあえず死なないでいるのが精一杯の状況がかなり長く続いた。 書くことはもちろんできず、活字を読む気力もなかった。 不安、焦燥感にあおられる日々から逃れるためなら、と自裁を想いつく 己の思考回路が恐ろしかったが、その回路のスイッチを切るために 向こう側の世界へと誘い、そっと背を押す見えない力のほうがあとで 冷静になってみればはるかに怖かった。こういう根源の恐怖を体験してしまうと、 世俗の価値の調整などどうでもよくなって、とにかく死なないでいることの 大事さのみを考えるようになる。 九十歳をすぎた老人患者さんの、 「これでねえ、死なないでいるてのも大変な仕事だよ」とのため息に深くうなずく。
症状がいくらか軽くなってきたある朝、新聞で大森荘蔵のエッセイを読んだ。 人は大いなる自然の一点景でしかなく、人の感情も天地の有情に左右される ばかりのものにすぎない、との一見ありふれた内容で、こういう説を 押し付けがましい難文で読まされたら即座に反発していたところだが、 老いた哲学者の文章はどこまでも明晰で澄みわたっていた。 書かれたものが身の奥にしみてくる実感があった。 心身ともに弱くなると、読む者を思考停止に陥れる安易な言い切り文に頼りたくなり、 あとで大いに後悔するのが常だが、大森荘蔵の文章は何度読み返しても新鮮さを失わない。 それはおそらく、永年積み重ねられた精緻な哲学的思考が、分かりやすさを最終目的とした 「試論」として提出されているからなのだろう。 『流れとよどみ』(産業図書)は 一九八一年初版のエッセイ集だが、内容が古びて感じられるものは一篇もない。 なかでも「真実の百面相」と題された章は今日に至るまで最も多く読み返した達文である。 ー以下は、その一部であるー 「本当は」親切な男が働いた不親切な行為は嘘の行為だといえようか。 その状況においてはそういう不親切を示すのも親切男の「本当の」人柄ではなかったか。 人が状況によって、また相手によって、様々に振るまうことは当然である。 部下には親切だが上役には不親切、男には嘘をつくが女にはつかない、 会社では陽気だが家へ帰るとむっつりする、こういった斑模様の振る舞いかたが 自然なのであって、親切一色や陽気一色の方が人間離れしていよう。 もししいて「本当の人柄」を云々するのならば、こうして状況や相手次第で千変万化 する行動様式が織りなす斑なパターンこそを「本当の人柄」というべきであろう。 そのそれぞれの行為のすべてがその人間の本当の人柄の表現なのである。 ノヾィ♪ヾ(´_`●)ノ ノヾィ♪ ・・・・・・・・ 2006年11月09日(木) 2046, 教養について −2 (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
数ヶ月前に、同じテーマで書いたが、再び書く。 <前回の要旨>は、 ・「教養」の概念は、英語では「文化」を意味するculture、 ドイツ語では「形成」を意味するBildungに対応していていて、 豊かな人間性の形成のための素養としての知識・経験をいう。 ・「いかに生きるか」という問いが教養の始まりであった。 古代ギリシア人にとって教育の目的とは、一人一人が教養を身につけることであり、 市民としてよりよく生きるための知恵の獲得を意味した。 ・「世間」とは、建前の無教養に重なり、世間には、当然と思われる価値観が厳然としてある。 しかし、それは地域差別のコントローラーとして機能しており、 そのことを客観視できる素材が教養である。 ・なぜ人生の後半になってから、そのことに気づくかというと、 「何が大切で、何が大切でないかが、経験を通して見えてくるからある。 * 私にとっての教養とは、 「感動すること、感激すること、感謝すること、 その響きを可能な限り大きくするための知識・経験を蓄積すること」 「知ること、愛すること、創造すること、それらを楽しむこと、 このために必要な知識・経験」である。 『親や、育った環境から与えられた先入観から自由になるための知識・経験』 というのが、結論である。 ーー 先日の朝日新聞の紙面のトークショーの内容が、「今、教養とは」であった。 なかなか納得しやすい言葉で、各自が語っていた。 印象的な発言を集約してみる。 ー日本画家の千住博の講演がユニークである。 {サルにとって、進化するための教養が壁画だった}という説が面白い。
西欧州の300ある洞窟の壁画のうち、新しいものの一つにアリタミラの壁画がある。 約1万5千年前、時代は氷河期であった。 その時期、氷河を前に旧石器人は洞窟に引きこもるしかなかった。 そこでやることはなく、絵を描いたのです。 絵は洞窟の奥ほど古く、出口ほど新しく次第にリアルになっていった。 (数千年かけて書き継がれていた)これはなかなか良いとか、こう描けば良いとか、 といったコミュニケーションが生まれていった。
彼らは絵を描くという行為によって一歩ずつ人間に近づいていった。 その過程で、イマジネーションや観察力、知識、理解力、コミュニケーションが、 当時の旧石器人に芽生えた。つまり芸術がサルをヒトにした。 それがアルタミラの壁画の持っている意味です。 サルにとって、進化するための教養が壁画だった。
芸術を料理にたとえてみる。 つくり手が材料から、美味しい料理を作ろうというイマジネーションが、 他人に食べてもらおうという、コミュニケーションになります。 芸術とは作り手が、自分のイマジネーションを、何とかして他人に伝えたいと思う心です。 「俺の叫びを聞いてくれ」「私の歌を聴いてくれ」と思うのが芸術なのです。 私はこの芸術的発想が人類の発生と同時に存在していながら、 こうした考えが弱まる時代は非常に危険だと思います。 だからこそ、 芸術がサルを人間に引っ張り出したという歴史を考えてみる必要があります。 相手が伝えようとしていることに対して、まずは相手の話を聞く。 こんなことをしたらどうなるのだろう、と考えてみる。 たったこれだけのことがこの時代にどれだけ大切なことか。 この発想が、教養という考え方の柱になると思っている。
−− 以上だが、現代の教養は書物はさることながら、 インターネットとブログという手段を使いきれるかどうかが、 その人の教養度を大きく左右するだろう。 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・ 2005年11月09日(水) 1681, うそつき−4
「うそつき」の話になると、いくらでも面白い話が思いつく。 筒井康隆の『嘘と法螺』という随想に、子供の嘘がある。
ーある人が、下駄を片方なくして帰ってきた子を叱った。 するとその子は、泥棒が持って逃げたのだと言い訳をした。 泥棒が持って逃げるのをみて、どうしてお巡りさん言わなかったのかと訊ねると、 子供は、下駄を持って逃げた泥棒は、実はお巡りさんだという。 お巡りさんが下駄の片方を持って逃げても、何の役にもたたないだろうというと、 そのお巡りさん片足だったという。ー このような話だったと記憶しているが、こうなると瞬間芸としての 子供の創作力に感心をしてしまう。ー
次の『嘘』についての話も面白い。 ー昔、法螺話をする男がいて、村人からも面白いので好かれていた。 その男は毎朝、村から出て行き夕方になると帰ってきて、 仕事を終えた村の働き手が仕事を終えた後に、彼が今日見たという話を楽しみに聞いていた。 ある日のこと『今日は何をみてきたか教えてくれ』というので、その男は次の話をしたという。 「森のなかで笛を吹いている牧神をみたよ。その音につれて、小さな妖精が、踊っていた」 『もっと話してくれ、ほかに何をみた?』 「海岸にいってみると、波うちぎわで人魚が金の櫛で髪をとかしていたよ」 ところがある日、海岸に行くと人魚が金の櫛で髪をとかしていた。 そして、その後歩き続けて、森に行くと、牧神が笛を吹いて妖精たちが踊っていた。 しかし、その夜、帰ってきて村人に『今日も話して欲しい、何があったんだ』ときくと、 彼は何もないような顔をして、「きょうは何も見なかったよ!」 ーー 見てきたような嘘だから、男にとってよいのであって、 現実なら面白くも可笑しくもない、ということだ。 嘘といえば、化粧も、動物の擬態も、政治家の公約もある。
・・・・・・・・ 2004年11月09日(火) 1316, まさか、地震が地元で!ー12
昨日の月曜日、ホテルの今週予約が如何なっているのか、実のところ心配であった。 新幹線と在来線の不通の事態なら、普段の客数の五分の一か、十分の一である。 実際、下越の観光ホテル・旅館でさえも殆んどがキャンセルである。 中越地区はゼロは情況から見れば、今さらいうこともない。
新幹線がストップなら、駅前型のホテルも同じ情況で当然だが、復興の為の手伝や、 役所が全国から当分は集まって来ていて、差し引してもプラスになっている。 イベントも殆どキャンセルになっている。 お客様のほとんどが、作業服を着た被災救援の関係者。 今のところ、復興部隊の人の宿泊でカバーしてくれるが、 新潟県の経済は大打撃を受けたことは間違いのない事実だ。 建設・土木関係は当面、神風がふいた状態だろうが。
何処まで続くかわからない事態の余震が、まだまだ収まりそうもない。 昨日も震度4〜5の余震があった。 通勤の帰路にある長岡駅裏のダイエーが、地下の食品売り場を除いて閉鎖をしていた。 今朝の4時前に震度4弱の余震があった。 余震がいつまでも続いている。 今では余震の度に、震度の当てあいをしている。
メルクマールの日記内容である。 ーーー メルクマール 堀井 ー11月08日 ・今日、会社に来ると、国土省の延べ400人の予約が入っていた。 これからも震災関係も入ってくるから、予測していた動きが、でてきたようだ。 殆んどが事務方だ。長岡では宿がとれないためだ。 といって、これは一時的なことでしかない。 東京〜長岡間は4時間15分〜5時間半はかかる。 高速道バスで6時間だから、値段から考えたら、バスが多くなる。 新幹線の脱線の工事は、11月10日からというから、当分開通はないが。 しかし亀裂をおこした立柱は、もう工事に入っているだろう?から、 年内は無理としても最短年越し直後辺りではないか。 長岡の奥座敷といわれた、蓬平温泉の「イズミヤ」など、 三つのホテルの従業員全員−100人あまりーが解雇されたと、新聞に出ていた。 失業保険で急場をしのいで、一年後に再開するのか? いずれにしても、経済は生きるか死ぬかの大打撃であることは間違いのないことである。 ー11月7日 ・朝8時過ぎに、また震度3の余震があった。 ドッスンという縦揺れのドキッとする地震だった。当分はこの状態が続くだろう。 ・「男はつらいよ」DVDを借りてきた。 こういう時は、これにかぎる。
・・・・・・・・ 2003年11月09日(日) 949, 流通大戦争
長岡と隣接している見附市の今町に5000坪のスーパーセンター 「PLANT5」が開店をした。10月29日に開店をしたがチラシを まかなかったのでオープンをしている事に気がつかなかった。 規模もさることながら、それぞれのアイテムの多さと値段の安さに驚いた。 エブリデー・ロープライスをそのまま実践をしていた。 お客の立場からみればアイテム数が多く、廉価であることが第一である。 ただただ「安い、アイテムが多い!」と驚いてしまった。 新潟の郊外にも聖篭の長崎屋の後に入っているが、その一回り大きいものだ。 47台のレジがフル回転をしていた。チラシをまかないで、これだけ入っているのだから凄い。 今月末には同じバイパスの反対側の小千谷市の郊外に「ベイシア」がオーペンする。 これで長岡はSSM(スーパー・スーパーマーケット)のウオロクも含めた 三箇所のポイントが、この数ヶ月でおさえられた事になる。 合計で200億である。 20�涌幣紂�の売上げがいっきょに奪われたことになる。
一番の影響を受けるのが、勝ち組のジャスコと、スーパー原信と、 HC(ホームセンター)のコメリとムサシである。 中越地区が無店地帯であったことが、これで証明された。 流通は車社会になって、いちだんと競争が激しくなった。 確かに今の私の商売は厳しいが、流通の厳しさからみれば全く軽い。 ただ真綿で首絞めのところもあるが?! といって、このディスカウントが本物かというと、5〜10年スパンで終わりで あることも間違いはない。それにしても圧倒的な廉さには驚いた。 http://www.palge.com/news/h15/5/plant20030509.htm 以前書いた流通関係の文章をコピーする。
ーーーーー 797, 流通業界よりみた時代の変化ー - 2003年06月10日(火)
字数の関係でカットー2007年11月9日 ーーーーーー 648, 流通業界を考える - 2003年01月16日(木)
実家も勤務も前業も流通業界の出身の為か業界のウネリに興味がある。 一般小売店と地方百貨店はほぼ壊滅。その流れが都心の百貨店にきている。 そごう百貨店の倒産、西武流通グループの解体と西武百貨店の再生法。 東急もしかり。三越の不祥事の連続の事態。 これからは高島屋の隠れた問題が吹き出るはずである。 字数の関係でカット(2007年11月9日) ーーーーーー 516,デフレと流通大乱 - 2002年09月11日(水)
夏季の土日・祭日の午後の散歩はダイエーに行く。 店内を3〜40分歩いて帰ってくると、1時間の散歩コースに 丁度よいからだ。 クーラーもきいているし面白いし。
それにしてもお客が少ない。 商品はそんなに悪くはない。 ただこれはという商品はヨーカ堂と比べると少ない。 ニーズ商品は悪くはないが、ホット商品が少ない。 でも安いし、面白い事は確かだ。 家内もダイエーとヨーカ堂と専門店の特売を使い分けている。 それにしても消費物価が信じられないくらい安いのに驚く。 300円、500円クラスで面白いぐらい良い商品がある。 これでは洗濯屋が悪くなるはずである、洗濯代の方が高くつくのだ。 誰もわかっていることだ。
「バーミアン」というスカイラークが展開を始めた中華料理屋も、 ここに来てやっと本物になり始めてきた。 イタリヤ料理の「サエゼリア」の価値に近づいている。 とにかく安い、味はまあまあだが価値は充分感じる。 チェーン店評論家?として、この2つと、マクドナルド、家具のニトリ、 ユニクロ、無印良品、100円ショップ、しまむら、吉野屋、 居酒屋の一部に、日本にも本物が出始めてきた。 デフレに強い業態で、ロアーポピュラープライス専門店グループだ。
それにしても大手GMSのチェーンの盛衰が凄い。 ・西武流通、ダイエーグループの実質解体。 ・長崎屋、マイカルーニチイ、ヤオハン、九州最大の寿やの倒産。 百貨店だが,そごうの倒産。
総合店が苦戦している構造になっている。 本来GMS(ゼネラル・マーチャンダイジング・ストア) は専門部門を束ねたものであるはずだが、組織がそれについていけないのだろう。
アメリカでは、10年前の雄であったK−マートが倒産。今はウオールマートの時代だ。 西武流通グループから西友を買い取って日本に乗り込んでくる。 ジャスコとイトーヨーカ堂が合併しても太刀打ちできない相手だ。 ジャスコは、この3年間荒利をこのままにして人件費を20�邑困蕕� という。正社員は3年間殆んど入れないという。 それも可能かどうか???実際は不可のはずだが??
ところが下げたとしても、20�涌幣綽遊鑒颪糧耄┐�ウオールマートより高いという。 創業者の元会長が「あと3年で準備ができないときはジャスコも危ない」と警告を発している。 流通は渦中でなく、横でウオッチングしていると面白いが、渦中で働く人は阿修羅の世界だろう。 デフレが更にこれに拍車をかけているからだ。 時代の変わり目だ!!
・・・・・・・・ 575, つれづれに学生時代のこと ー2 - 2002年11月09日(土)
現在、学生時代の日記を書き写していることは意味のあることだ。 ユングは「人生に午前の人生と午後の人生がある」といっている。 その価値観はまるで違う物差しになる。 今の私は午後の人生の学生期にある。それで敢えて「学生時代の日記を書くことで、 これからの午後の人生の設計の基礎を考えようとしている」事になる。 若い時には仕事や家庭創りや物質など外に見出そうとした。 午後はその時に見出されなかった事や、人生全体の何かを自分の中に見出していく時期だ。
そのことは「夜と霧」を書いた心理学者のフランクルもいっている。 「コペルニクス的視点の大逆転、『人生に何を求めるのでなく、人生が何を求めているか』 の追求」である。 人生の意味の完成というと難しいのかもしれない。 午後の人生を余白でなく、新しいページの書き込みの過程として捉えると解る。
その意味で学生時代を省みるのは理のある行為である。可能な限り行動し、 知り、新しいものを開拓していく設計図の再構築が必要ということだ。 その下敷きとして学生時代の日記を見てみると違う視点が生まれる。 別に難しい事をいっていない。 両親がそれをしっかりやって死んでいったモデルがある。
・・・・・・・ 2001年11月9日 ーベトナム旅行中
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2007年11月08日(木)
金子みすず の「不思議」という素晴らしい詩がある。 ーーー *不思議
わたしは不思議でたまらない 黒い雲から降る雨が 銀に光っていることが
わたしは不思議でたまらない 青いクワの葉食べている 蚕が白くなることが
わたしは不思議でたまらない たれもいじらぬ夕顔が 一人でパラリと開くのが
わたしは不思議でたまらない たれに聞いても笑ってて あたりまえだということが
ーーー
我われは、いとも簡単に「あたりまえ」と思っていることでも、 少し考えてみれば、不思議なことばかりである。 自分が現に存在していること自体が、「あたりまえ」ではない。 偶然の一致の重なりで現在の自分が存在している。 その現在の自分が存在している宇宙そのものが不思議である。 それに気づくかどうかである。 不思議な体験を何度もしてきたが、 それよりもっと不思議なこと、「いま、ここにある 自分」こそ、不思議そのもの。
その不思議をじっくり考えないから、せっかく不思議な宇宙、そして地球、 自分の深さに気づかないのである。 そのためには「あたりまえ」のことに驚かなくてはならないのである。 感謝、感激、感動を周辺の全てから感じ取らなければならない。
最近、とくに感じるのは「いま、ここにある 自分」である。 これほど不思議な瞬間はないのである。 こうなると哲学になってくる。あたりまえのことに、驚きを立てることである。
偶然、去年、池田の「あたりまえのことばかり」の書評が書いてあった。 面白いものだが、彼女の「あたりまえ」のことは、普通の人のいう「あたりまえ」とは 全く違う。「あたりまえ」と思っている全ては「あたりまえじゃない」ということ、 それを全て疑いないなさいということが、「あたりまえ」ということを言っている。 少し、ややこしいが・・・
・・・・・・・ 2006年11月08日(水) 2045, あたりまえなことばかり −2 「 あたりまえなことばかり」 池田晶子著 ー 読書日記 (。^0^。)オッハ〜 この本の面白そうな項目から取りあげてみると「考えるとはどういうことか」になる。 「考える」とは、実際のところなんだろうか? 言葉の羅列?それとも、思いつき?、 それともそれらを対比し、その差異と同定をしながら掘り下げること? まずは、この本の面白そうなところを抜粋しながら「考えて」みる。 我慢して最後まで読んでください。 それも何度も!! 当たり前のことに何の疑問を感じなくなってしまっている、 自分の感覚を呼び戻すためにも・・ ーー �供々佑┐襪箸呂匹ΔいΔ海箸� ー� �
*私が日がな何を考えているかといえば、 考え始めたはじまりにまで遡ってみると、一言で言えば人生についてです。 人生というと一言で敢えて具体的にいえば「生まれてきて、死ぬことです」 あるいは「誰もが自分である」ということです。 この当たり前のことが、不思議ではないですか? そんなのは当たり前といいますが、本当に当たり前と言われるが、 それでは如何いうことか、解るのですか? 生きることも、死ぬことも 誰も知らないのに、どういうわけか皆知ったふりをして、毎日を生きているわけ。
*キリストの言葉というものをよく読んでみると、私を信じろとはいってませんね。 あなたの内なる神を信じよ、といっているのです。 ところが、生命とか宇宙とかの不思議が本来もうどうしようもない謎を 忘れた人たちにとっては、キリストそのものが信仰の対象になってしまうのです。 キリストだって分りませんよ、そんなこと。ところが自分がわからないといことを 忘れているから、ただの権力闘争になってしまう。本末転倒なわけです。
*どう考えるかという問いにあえて答えるとしたら、 一言「驚け!」です。驚くしかない、驚けばそこから必ず考え始める。 なぜなら、知りたいからです。アリストレスも最初から言っている。 哲学は驚きから始まるうる、と。驚きの無いところから、 知りたいという動きは始まらない。考えることで、誤解されていることは、 何かを悩むことだと思われているが、これは正反対のことです。 考えることは、決して悩むことではありません。 きちっと考えてないので、ぐずぐず悩むのです。
そもそも考えることの始まりは、自分があることや生命の不思議を知りたい ということであって、それをどうこうしたいということではありません。 考えてわかったところで何も変わりません。 自分が生きて死ぬことも、自分が自分であることも何も変わっていません。 だから考えてどうなるかと言われても、どうにもならないということです。 けれども、ひとつ決定的に違うことがあります。 {自分が生きて死ぬということがどういうことか、 ということがハッキリ自覚できるということです。 この日常の不思議さを自覚しながら生きるということは、納得と確信を 手に入れることができるのです。そうすると、生きる姿勢が全く変わります。 当たり前の日常を自覚的に生きるのとそうでないのとでは、 全く構えが逆になります。つまり、強く生きられる。そのことが、 考えて何の得になるのかと問われれば、あえて得の部分だという答えです 無用の用という言い方における、用ですね。} ーー 「考えるとはどういうことか 」の抜粋は次回も続くが、 字数の関係上、まずは以上のことから考察してみよう 「日常の当たり前のこと、すなわち生死など人生のことや、 宇宙の不思議さを自覚しながら生きると、納得と確信を手に入れることができる。 そうすると生きる姿勢が変わり、構えが変わってくる。 決して、考えることは無用の用ではない」という論は説得力がある。 「よく考えることは、よく生きることと同じである」のは、 よく考えるということは、人生の構えー姿勢が変わってくるということになる。 先日、ネアンデルタール人と、クロマニョン人の混血人の骨が発見されたという ニュースの中に、なぜクロマニョン人が取って代わったかのか?という疑問に、 言葉系ー考えが上だったという研究結果だった、とあった。 \(^▽^*)バイ! ・・・・・・・・ 2005年11月08日(火) 1680, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−4 ー「メタモルフォーゼ」ー �� <意識の変容>
一万年続いていた農耕社会の重心が、 工業化社会から情報化社会に移動しようとしている現在、 狩猟社会の本能が再び目覚めようとしている?のか。 北極圏のインディアンに残っている狩猟社会の個人主義は、 農業社会が作りあげた差別社会を否定する。 メタモルフォーゼは、情報化社会になればなるほど問われることになるだろう。 以下は「メタモルフォーゼ」ー<意識の変容>の中の文章の抜粋である。 ーーー 直立歩行を始めてサル類から分岐した人類の先祖たちは、 死肉あさりという屈辱的な低い生態的地位を経た後、 大よそ20万年前から狩猟生活を始め、平等な個人同士の対等な 関係を基本とする小グループを形づくってきた。
カナダ北西部の北極圏地域に住むインディアン狩猟民について、 文化人類学者の原ひろ子は「老若男女それぞれが、自分が主だと思っている。 命令口調でものを言う人間や、忠告めいたことを言う人間を極度に嫌い、馬鹿にする。 酋長といった部族全体を統率するリーダーはいない」と報告している。 彼女は「ヘアー・インディアンとその世界」という著で、 さらに狩猟民族の`個人主義’について示唆を多くしている。 特に興味をおぼえたのは、彼らの生活が 「働く」「遊ぶ」「休む」の三つにわけられ、 そのうち「休む」が最も重要と考えられている、ということだ。
「休む」とは無為に寝転がっているということではなく、各人がそれぞれの 自分だけの守護霊(部族と家族とも共通でない)と相対する時間のことである。 他人との関係からはなれて、ひとり静かに自分自身と、つまり自分の無意識と対話するのだが、 守護霊は雪の山野の親しい生物から選ばれるのだから、それは自然の声でもあろう。
そんな平等な個人を基本とする生き方が、農耕時代に入って、 身分制社会の不平等生活へと一変したことは事実だ。 まるで高等サル類の不平等な群社会に戻ったかのように、ひたすら優位者の機嫌を窺い、 身辺の人間関係に意識の大半を費やし、一族の、村の、国の共同の神をそろって拝む。 だが農耕社会はわずか数千年来のこと。 それに比べてわれわれは本格的な狩猟民として、 最も短く見積もっても5万年もの経験を持っている。
20世紀の後半になって、農業人口が激減して、巨大な村に過ぎなかった 木造的都会が、鉱物的な現代都市に変貌するにつけて、狩猟民時代の記憶が 意識の底から徐々に蘇り始めてきているように思えてならない。
ーー 以上であるが、現在の時代に大きなヒントが隠されている。 エスキモーの生活が「働く」「遊ぶ」「休む」の三つに分けられ、 その中で「休む」が最も重要に考えられているというのは、大きな示唆がある。 ゴロゴロ寝ているのではなく、各人がそれぞれの自分だけの守護霊 (部族と家族とも共通でない)と相対する時間というのがよい。 意識の変容は、本来の自分に戻る状態といえる。 自分の守護霊と対じして、深く自らを見つめることで魂そのものと出会う。
・・・・・・・ 2004年11月08日(月) 1315, ビーズ・クッション
数年前、パソコンショップで椅子と腰の間に置く「ビーズ・クッション」を見つた。 早速買って使ったところ非常に良い。そこで海外旅行に持っていって、 飛行機やバスの席の腰に当てて使っている。 空気枕代わりにも使える。 長時間同じ姿勢をしていると、この有難みが増す。 数ヶ月前に、ホームセンターで大きな枕位の「ビーズ・クッション」を見つけた。 TVの前でごろ寝をする時に腰に当てると、これも非常に快適である。
家具屋のソファー・コーナーをブラブラしていると、 今度はソファー大の「ビーズ・クッション」があった。 何種類かあったが値段は3〜6万円もする。 いつかは買うだろうが、とにかく高いので買わなかった。 一ヶ月ほど前に、長岡駅にあるセゾンの「無印良品」店で、 手頃の大きさの「ビーズ・クッション」があった。 居間のTVの前で、座るのに丁度よい。 値段は16000円である。 家具屋の値段から見てもそう高くない。
そこで、インターネットで「無印良品」とキーワードで検索をして HPの「ビーズ・クッション」を調べたところ、 この商品の開発プロセスが図入りで詳しく紹介をしていた。 これでは失敗は無いだろうと、ネットショップで発注した。 使いだして一週間、非常に快適である。 姿勢に合わせて、クッションのカタチが変わる感覚である。 それと、座ると包みこむように沈み込むようで、 昔の王様が豪華なソファーに座ったようである。
これに液晶TV付きパソコンがあれば、部屋は快適空間になるのだろう。 これも、ローテク?のなせるワザである。 ますます、お宅の世界か!
・・・・・・・ 2003年11月08日(土) 948, ユーモアのセンス
このホームページにもユーモア・小話のコーナーを設けてあるが、世の中には、 面白い小話、ダジャレ、ユーモアは多くあるものだ。といって本当に面白いものは少ない。 以前もユーモアについて書いたが、当時は小話を100近く集めて知人に話した。 それが、ここの癒し系のコーナーに書いてある。 ユーモアについては、全く通じない人が多い。 「どうして?」と共通項を考えてみたが、本を読んでない人にその傾向が強い。 言葉の中にある微妙な面白いイメージが全く湧いてこないのだ。 それと、身構えて冷笑してしてしまう。 早くいえば教養のない人であるが、それをいってはお終いだが。。 「じゃあ、あなたは自分の教養があると思っているのか?」と言われると答えようがない。
全くつまらないと思うか思わないかのテストをしてみる、 ー身の上相談ー アメリカのラジオ番組で、ある女性の回答が評判であった。 あるとき、小学校のこどもが相談の電話をかけてきた。 「うちのママは、毎日、毎日、 朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい よく勉強をしなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい と言って、うるさくて、うるさくてしかたがありません。 ボク、どうしたらよいのでしょうか」 それに回答者が答えた。 「朝は早くおきなさい よく手を洗いなさい TVをいつまでも見てはいけません 夜は早く寝なさい 以上、サヨウナラ」
この何が面白いのかと疑問に思ったら、 少し考えた方がよいのでは、と思うのは少し厳しすぎるだろか? 「子供の期待する答えと、全く正反対の言葉を斬って返すセンス」が 面白いのだ。隣の席の女に気がいっていてはダメだ。
ーまた他の話で ある男が片腕を失って、将軍から銀の勲章を貰った。 男は将軍にもう一方の腕を失くしたら金が貰えますかときくと、 将軍は「もちろん、あげますよ」と答えた。 それを聞いたその男やおら剣を抜くと、もう片方の手を切り落としてしまった。 この話、何にも面白い内容ではない。 ところが少し考えると、あることに気がつくはずである。 もし気がつかないなら、一日考えてください。 これが解らないと 「言葉に対するセンスがない」といわれても仕方がない?
ー説明すると、いややめておく。 引き出しのコーナーの、この文章の最後に書いておきます。
ー江戸の小話でも似たのがあった。 「後家さんになると綺麗になると聞いた熊さん、 『俺のカカアも早く後家さんになってほしい!』」
・・・・・・ 574, つれづれに-学生時代のこと - 2002年11月08日(金)
学生時代の最後の半年間の日記を「ある時間の断片」という題で書き写している。 そのときは34年の時空を飛び越えて青春真っ只中の自分に立ち返っている。 記憶もそのときのことが走馬灯のように立ち返ってくる。 変わらない自分と全く変わってしまった自分がそこに見える。 今時に悠長なことを思い出しているものだとも考えてもしまう。 学生時代は、 ・そこで住んでいた青雲寮の生活 ・武澤ゼミと卒論 ・欧州の一ヶ月の旅行 ・影響を受けた大学の先生と授業 ・クラブの先輩同僚などの思い出 ・軽井沢の友愛山荘のアルバイトの思い出 ・合コンや合宿などなど
結構多くの構成が重なっている。この4年間が人生の圧縮であった。 物理的には馬小屋のような部屋に住んでいたが、 出来事は数え切れないほどのことがあった。 脱皮脱皮の連続線上にあった。20代30代は誰でもそうだが 私の場合創業を目指していたこともあり、刺激の強い20年間であった。 武澤ゼミ、欧州旅行、青雲寮、軽井沢友愛山荘、個性的な教授と 結構恵まれていたのは時代の背景もあったようだ。 高度成長期で日本がアップスケールの真只中だった。
毎日日記の中で色々な友人と語っている内容は、これからどういう生き方を しようかという内容と、その批判である。未来が光り輝いていた。 ・自分は留学しようと思う。 ・いや大手の会社に勤めようと思う。 ・大学に残ろうと思う。 ・自分で事業を起こしてやろう。 そういえば結婚をしようという人は誰もいなかった。 如何しようか?という人は多かったが。 自分が何か使命を持って社会に期待されているようであった。 何かやっと自分の出番が回ってきたようでもあった
・・・・・・・・ [220] 実感の言葉 - 2001年11月08日(木) 「自分の人生の今までの実感を、幾つかの言葉で表現してみたら?」と聞かれたら 1、まずは「恵まれていた」これが全てと言ってよぐらいだ。(時代、両親、恩師・・) 2、次は、「ついていた、運が良かった」 3、第三は、「面白く楽しかった」 4、第四が、「有難う」ー感謝・感謝・感謝である。 5、そして、「愛こそ全て」愛情の大切さである。 6、「もう一度全く同じ人生を!」ー 「ありがとう、面白かった、悔いはなし」 実際のところ、うそ偽りなしの気持ちである。 ーなんか遺言みたいだー −−−−−−− ーいざベトナムへ!ー こういう時代、一回一回が最後のチャンスと考え旅行をしなくてはならない。 行く方も必死だ、ベトナム航空でベトナムなら大丈夫だろうと決定した。 いざベトナムを決めて情報をとると、サイゴン(ホーチミン)や ハノイはかなりスサンだ状態だそうだ。かなり危ないらしい。 しかし地方は良さそうだ。 一週間で、近いということで殆ど緊張感がない。 18時に成田発だ。
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2007年11月07日(水)
ヾ(@⌒ー⌒@)ノおはよ〜♪ 神谷八重子の「こころの旅」ー第六章 の中に青年期の「まわり道」について書いてあった。 同じようなことが、立花隆の文章にもあった。 「青年期の10年は潜伏期間で何を蓄積するかで人生が決まってくる」と。 そういえば、私のカラオケの18番が「遠くへ行きたい」である。 「まわり道」の先で歌ってたせいか、心の歌になってしまった。 一番の究極の時こそ一番のプラスとマイナスの経験をする。 人生には、色いろな道を通らねばならない。 「のぼり坂、くだり坂、そしてまさか」という道。 迷い道、けもの道、なみだ道、散歩道、行き止まり道、 分かれ道?など、 多くの道を歩いた先にあるものは? 火葬場? 天国? ーーー ーp.121 ・・・しかし人生はまだ長い。これですべてが決定されてしまったわけではない。 「運命」と当面のしごとが要求することを忠実にはたしているうちに、 意外にもそこから本来の道へ行く糸口があらわれてくることもある。 あるいはまったく思いがけない人がみていて、本道へとつれ出してくれることもある。 けなげに目前の仕事に励んでいる者は長い間見捨てられているわけではない。 いずれにせよ、青年期にまわり道をすることは一生のこころの旅の内容にとって 必ずしも損失ではなく、たとえもし青年期を病の中ですごしたとしても、 それが後半生で充分生かされることが少なくない。 人間は「ただではころばない」という芸当もできるのである。 落伍者のようにみえた青年の中から、 のちにどれだけ個性豊かな人生を送る人がうまれたことであろう。 それは彼のこころの道中で、順調に行った人よりも多くの風景に接し、 多くの思いに心が肥沃にされ、深くたがやされたためであろう。 そのためにやっと「わが道」にたどりついた時、すらすらと一直線でそこに来た人よりも 独特なふくらみを持った、人のこころにせまる仕事をすることができるだろう。・・・
ーー 人生60年余生きてきて、本当に無駄なことは無かったと実感する。 それも順境の時より、逆境の時の方が有益だったように思える。 「順境は枝を張れ、逆境は枝葉を切り取って根を張れ」という。 私が現在、文章を思ったままスラスラ書けるのは、三回の浪人期に、 自分を支えるため本を読み、文章を書いたため。その残存が、これである。 外務省の佐藤優の文章が心を打つのは、決して奇麗事を書いているからではない、 留置所の中で考え、そして言葉を練りまわしていたからである。 また、そこを「勉強の場」として、本を徹底的に読んだからである。 留置場こそ使い方によっては学びの部屋のようだが・・・ 留置場への道もあるか・・・
・・・・・・・・・ 2006年11月07日(火) 2044, 読書週間に読書習慣を考える (+>∀<+)ノ おぁはは〜ようさん!
先週は、「読書週間」で読書について幾つかの新聞で特集を組んでいた。 驚いたのは、「この一ヶ月間で何冊本を読んだか?」の質問で、 一冊も読んでない人が半数近くもいたことだ。(雑誌を除く) ・男女はほぼ同じ、女性が50�諭�男性が48�佑任△辰拭� 読まなかった人は、この10年間はほぼ変わらなかった。 ・20年前に比べると20代では、20年前(22�諭砲鉾罎戮襪函� 二倍以上も増えていることだ。 娯楽が本以外のメディアなどに多様化したことが原因である。 ・これに対して、30〜60歳代では「読まなかった」人の割合が減少。 とりわけ前年調査より50歳代、60歳代では6〜10�佑盡困辰討い襦� ・読む理由として、面白いからが38�諭�知識や教養を高めるためが36�諭� 趣味を生かすためが24�佑僚腓世辰拭� ・本を選ぶきっかけは、「ベルトセラーなどの話題」が27�佑念谿漫� 「新聞・雑誌などの広告をみて」が26�諭◆嵜景垢僚馼召鮓�て」が24�諭� 「周囲の人の話を聞いて」が22�佑箸いΑ� ・好きな作家は、司馬遼太郎、赤川次郎、宮部みゆき、村上春樹とつづく。 −− −以上が、読売新聞の世論調査の内容である。 もう少し読んでいるのではないかと思っていたが、案外であった。 大学卒業近くになって「読書の絶対量の不足」に気がついて、 社会に出てからは二時間は読書の時間を取ることを自分に課してきた。 40年近くなるが、平均読書時間は2〜3時間は維持してきた。 大学時代を入れると40年間×365×2〜3≒3〜4万時間は 読書をしてきたことになるが、それにしては教養の浅さは何たることか? (ー'`ー;) 当時、色いろの大學や、地域の人のいる寮や、大學のゼミの中では 「この程度のことを知らないのか?」という雰囲気があった。 今から考えてみれば、それぞれが知っていることを披瀝しているだけで、 それほどの教養は無かったのでは?と思うが、 当時は知的コンプレックスの塊そのものであったため、そのまま受けとめていた。 それが、大學の最大の収穫といえば収穫であった。 読書は、その知的コンプレックスを小さくしてくれる道であった。
社会に出てからジックリと読んでいない人は、直にわかるから恐ろしい。 それも殆ど読んでない人は、会話(対話ではない)が成立しない。 「勉強会と称する会合?」で、一人白けてしまうことが何度かあった。 テーマが解れば、1時間もインターネットの検索で調べた内容が、 議論の余地を残さない位の情報を得ることができる。 インターネットの検索は、質量とも膨大な情報を与えてくれる。 それも質の高い順に並んでいるから・・・・ m(。^_^。)m 反面、どこかの旅行で最下位に位置して、独り呆然としていることも度々である。 ┗(・o・)┛ナハ┗(・o・)┛ナハ 対比しないことだが上を見れば限がない 下を見れば底がない 横を見れば情けない! (どっちが?) (* ̄0 ̄*) ということ! 読書の力は、「物凄い!」 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ! ・・・・・・・ 2005年11月07日(月) 1679, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−3 ー「メタモルフォーゼ」ー �� <意識の変容> 「意識の変容」といえば、夢であろう。 夢は裸の自分に出会うところである。 夢について今まで多く書いてきた。 そして、その本質について深く考えてきたと思っていたが、 この文章を読んで疑問を持ってしまった。 ユングやフロイトを読み、実際に不思議な多く体験をして 意識の変容としての夢を冷静にみていたつもりであったが。 まずは、「自薦エッセイ集 魂の光景」 ー『メタモルフォーゼ』 の章のポイントを書き写してみる。 この著者は深く難しいことを何気なく表現するのがよい。 ジャーナリスト出身だからだろう。 ーーー "夢の形で何が現れるのか。 少年時代からぼんやりと感じ、30歳代になってかなり意識したのは、 自分の内部に人気のない山奥の古い沼のようなものがあり、 そのエメラルド・グリーンの静まり返った水面下に、自分の体験だけでなく、 両親とその先祖たちの何十代、何百年前にわたる同じ一族としての、同じ民族としての、 同じ人類としての経験だけでなく、哺乳類から爬虫類、両生類、魚類、海中微生物時代の 経験までが、深々と薄暗く沈みこんでいるらしい、ということだった。 そしてたぶん私の場合、他のまともな多くの人たちに比べて、その沼の水面の表面張力、 つまり意識と無意識との境の膜が、極度に薄くって弱いらしい、ということも。
”ロックフェラー大学のジョナサン・ウィンソン教授の説によると、 夢を見るということは、 「昼間の体験の無数の知覚情報を脳内に蓄えられた長期記憶と照合して、 生存に必要な情報か否かを『海馬』にて選別する作業」であるらしい。」 だから、 「夢が常に視覚光景の、しばしばきわめて非論理的な展開の形なのも、 日々の知覚情報と照合される古い脳幹や大脳辺縁系の記憶が、 言語機能発生以前の、言葉を知らない記憶だから、と考えれば納得がゆく」。”
”霊長類の大脳新皮質の異例な進化を促してきたのは、 古い皮質の本能的情動の闇から抜け出ようとする光への憧憬だったのではないか、 とも思えてならない。世界の形と筋道を意味をより広く眺め渡すこと、 とりわけ自分自身を内部から突き動かしている暗い力を意識化することである”
”家庭が貧しすぎて小学校にも行けなかった一女性が、 老年になって自ら読み書きを習って本を読み、 自分でも文章を書くようになってから、こう語ったという。 「夕日がこんなにきれいだとは知りませんでした」”
”解剖学者の養老孟司は、本来全く別々の経路だった 聴覚系の神経機能と視覚系の神経機能が重なり合った結果として、 人間の言語活動が可能になったのだろう、と推測している。(「唯脳論」) ・・・つまりわれわれの祖先が言語を欲したからではなく、 後頭葉の第一次視覚野と側頭葉の第一次聴覚野から、それぞれ同心円状に広がる 情報処理の波がちょうどうまくぶつかり合ったところに、視覚性言語中枢と 聴覚性言語中枢が生じた。 この二つの言語中枢は互いに連結しながら、さらに前頭前野の運動性言語中枢と結びついて、 言語の構造化、発語と書字という言語行動が出現した。”
ー評ー ーノルウェーの同じ街とおもわれるところで、私も全く同じ体験をした。 貿易港の街を歩いている時、自分ではない誰かが以前からそこにいて、 自分を包み込んでしまうような何かを! 柏崎の極楽寺に行ったときも、同じ感覚になったことがある。
・・・・・・・ 2004年11月07日(日) 1314, まさか、地元で大地震!ー11
ウォーキングで、彼方此方みるうちに地震の大きさに驚いている。 近くに避難所があることと、自宅の裏の空家に被災者一家が入居してきたことと、 一昨日の殿町の飲食街で、具体的な被害を見てきたこともある。 お客は閑散、店と客のボトルは殆ど棚から落ちて割れたとか。次々に廃業をしているという。
30分ほど歩いた所にSCがあるが、ゲームセンターは閉鎖のまま、 隣接している玩具のチェーン店「トイラザス」もやはり閉鎖のまま。 ジョウシンという家電の全国チェーンも、痛々しいほど店の商品はスカスカ。 駐車場の一角に大きなテントを張って、壊れた商品を一時保管していたのをみても 多くの商品が破損したのだろう。 近くのパチンコ店も閉鎖のままである。遊技場など行く雰囲気でもないが。
道路は、陥没のまま手がつけられてない状態。 アルファルトで応急処理をしてある道路も、余震で再び陥没していたところが多い。 この地震で家の崩壊や死傷者が少なかったのは、建物が雪国用に頑丈に 作られていたことと、過疎地で人口の密度が低かったことなどで、 第二次災害が最小であったためだ。
これだけの災害でよくぞ三十数人の死者ですんだのは、不幸中の幸いである。 新幹線も、雪国用の特別仕様のため大事故をまぬがれた。 この地震の特徴は余震が異常に多く、現在も続いていて、 余震の地域が更に広域に広がっていることだ。
昨日のメルクマールでも書いたが、散歩途中で聞こえてきた農家の人の立ち話が印象的だった。 「丁度良い時期に、地震が起きてくれた。早ければ、稲刈りや農作物の取り入れに影響をしたし、 遅ければ寒さや雪で大変であった。 水害の跡片付けも丁度終わった頃だし」 なるほど、その通りである。大きなマイナスの出来事の中にも、必ずプラスがあるものだ。 これからの被災者の大きな問題は、普段の生活に戻れないことだろう。 一番変化に対応しにくい人達?だからだ。
・・・・・・・ 2003年11月07日(金) 947, 女の視線
「田中真紀子は選挙になると、一番汚い服を着る」という噂が専らであるとか。 なるほど,その同年代の女の視線を、彼女には解らないのだろう。 所詮は票乞食にならなくてはならないのが代議士だろう。 もっとも選挙運動に綺麗な外行きの服も着ることができないだろうが。 しかしパフォーマンスで着ているかどうかは女の目には誤魔化せない。 目白御殿に住み、何不自由なく生きてきて、今更庶民派もないだろう。
真紀子パフォーマンスも前回で終わったのか。あまりマスコミも取り上げないのも、 新鮮味が無いことと、彼女への風が吹いてないということだろう。 橋本が破れたのは、彼女の力もあったが橋本が悪すぎたのだ。 外務大臣のときの、大臣芸者としての役者ぷっりがひど過ぎた。 もっと風が吹くと思ったが、パフォーマンスは前回の一度で終わりか。 結局は「親の看板と地盤とカバン」しかないのが彼女の本質である。
この人から誠意のひとかけらも感じられないのが、彼女の本質を突いている。 国をどうするとかの理念が全くないのは言うまでもない。 でも、この選挙には勝つだろうが。 選挙は最後の最後まで何がおきるか解らないが、大勢に影響はないだろう。 困ったものだ。
・・・・・・・ 573, 健康機器 - 2002年11月07日(木)
以前ある人に「ニギニギ」を紹介されてから、散歩の時は必ず持ち歩き、 握ぎ握ぎをしながら歩いている。肩こりや目などに非常に良い。 数種類を持っていてその時々に使い分けている。 海外旅行の時など飛行機や移動のバスの中では、必ず手で握り締めている。 ボチボチや突起物が付いており、それが手のツボを刺激をする。 足と目と手にツボが集中しており、手が気楽に一番やりやすい。 100円ショップに多くの種類が売っており、7〜8種類を持っている。
2週間ほど前に会社の近くの家電の量販店をブラブラしていると、 磁気付きのニギニギがあったので早速買ってみた。 使ってみるとなかなか良い。 また自宅の近くのダイエーをブラブラしていると、店頭で磁気付きブレスレッドの 定価8千円のものが1千円で売っていた。 迷わず買って腕にした。 その夜何か寝ていても気分がよく良い夢を見た、そして翌夜も。気のせいもあるだろうが。
更に再び同じ家電の売り場に再び行くと、アイマスクの磁気入りの物を売っていた。 これを早速買って夜付けて寝ると頭がすっきりした。 今度はヨドバシカメラに行くと、頭に掛けるイヤホーンの形の コメカミに磁気を当てる物があった。これも良い。付けて本やTVを見ると疲れないのだ。 従ってこの二週間で頭や目や肩が非常に楽になった。 腕にブレスレッド、頭にイヤホーン、手にニギニギ、寝室ではアイマスクをしている。 まあ馬鹿みたいだが? 肩こり、目の疲れに間違いなく良い!
・・・・・・ [219] 無駄な事なし - 2001年11月07日(水)
人生ふりかえってみて感じる事は[無駄な事は全くない]という事である。 ある程度燃焼してきたから、言えるのかもしれないが! 全く無駄にみえる事ほどふりかえってみた時、一番重要なポインだったようだ。 皮肉と言えば皮肉だ。重要な事はボロを羽織ってくるのだろう。 老年にさしかっかた時、死と同じくらいの恐怖 「自分の人生これでよかったのだろうか?」という問いかけだそうだ。
ある本に‘自分の母が死ぬ時「私の人生失敗だった!」という言葉を残していたと 姉より死後に聞いて、立ち上がれないほどショックを受けた’ という内容が書いてあった。なにか非常に悲しい響きが残っている。 母に「人生の元をとった?」と聞いたことがある。 「とったとった十分とった!」と嬉しそうに言っていた! 人によって「無駄な事だらけ」という人生もあるのかもしれない。
人生にやはり意味を求めていないと、そうして精一杯生きてないと、 失敗だった?という気持ちになってしまうのだろう。 無駄とはどういう事だろう? ある事業に失敗したとする、それをどういうように解釈するか? 自分の解釈で意味ずけをするかだ。 無駄にみえても、意味があると解釈するかどうかだ。
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2007年11月06日(火)
(*´・ω・)ノはよー 読書日記 ー本当の不幸な人とは−
印象的な人ー講師の話を抜粋しながら、この本の要点を書いてみよう。 まずは、内館牧子の「本当に不幸な女」には驚いてしまった。 4人の姉がいたことと、女の職場にいたので、色いろの女性の時々の多くの生き様を 見ることができた。 特に結婚や恋愛の姿をみていると、心の中が手に取るように 見えることがある。100�曜�足をして結婚する女性は皆無に近い?!。 当然のことながら、妥協か成り行きである。そして最期は、諦めになっていくのは、 キュープラー・ロスの本にあった末期ガンを宣言されて、 その受容に落着くまでの患者の諦念への過程に似ている。 最期の最期まで白馬の王子様を待っているが、そんな人は現れるわけがない。 結婚詐欺師は、その心に付け込み理想的物語の世界に誘うのである。 それはそれでよいが、シナリオライターの眼は、もっと深いところをみているのである。 ーまずはその部分を抜粋してみよう!ー 私は悪いことでも、つらいことでも、苦しいことでも、あった方か幸せだと思っています。 テレビは反響がすごいからそういうことをドラマで書くと、「内館さんはテレビの中 で、『悪いことでもあった方が幸せだ』と言わせているけれども冗談じゃない。 私のように悪いことだらけの人はどうしてくれるのだ」という手紙がすぐに来ます(笑)。 でも、一番つらいのは、いいこともなければ悪いこともない人間なのです。 私自身、自分は ずっとオール3の人間で、オール3の暮らしをずっとやってきたという思いがありました。 周辺も全部、いいこともなければ悪いこともない人たちの集まりだったのです。 ですから、その中で彼ら彼女たちがどうやって生きていくかということが、 私のドラマのべースになっています。
今NHKのテレビ小説で「私の青空」というのを書いていますが、 未婚で子どもを産むという女の話です。 未婚の母というのは、もしかしたらいいことでないかもしれない。 実家の親には怒られるわ、世の中は生きにくいわ、すごい大変。 だけども、未婚の母になることさえできないで、恋人もいないで、セックスもできないで、 という女たちがいっぱいいるわけです。 その人たちの方がもっとつらい。 よく「男にだまされて貢いで捨てられて…」みたいなことを書いた手紙が来て、 ドラマにして下さいと言われるのですが、ほとんど興味がわきません。 というのは、「男に貢いで捨てられて妊娠して、その子どもが死産で……」 っていうすごい事故みたいなことがあったとき、それは逆に男運がいいということです。 そういう男と出会うことはめったにない。 それを男運が悪いと言っていじけているのはむしろ陶酔なのです。 私は、そうでなくて本当に男運の悪い女たちをいっぱい見てきているわけです。 それは何かというと、男がいないのです。 全然いない。 好きも嫌いもない。 通り過ぎることさえない(笑)。 おそらく世の中の人たちが考えているよりも、 恋人や恋愛というものが実生活の中にない若い人たち、二十代、三十代が結構 いるのではないかという気がします。 現実にずいぶん見てきました。 だから、例えばふられて泣くなどというのは恵まれた話なのです。 「つらいことでもあった方がいいよな」というのは、そういうことです。 ーーー
この文章を読むまで、ドラマとは、男に捨てられた立場の女を描くものと思っていた。 しかし、それでは心をうつドラマにはならない。何処にでも転がって話でしかない。 もっと辛いのは、それさえない女である。 全く、その通りである。 出会ってきた多くの人は、そうだった。 それさえなかった人である。 そういう意味で、こういうことは場数を踏んだシナリオライターでなければ、 言えない言葉である。 人生とは、そういうことなのかもしれない。 たまたま偶然知り合った男が積極的にアタックしてきただけの相手でしかなかった?? その人と結婚に成り行きでなったが、本当に良いのか。もっといい人のはずだったのに。 という疑問を持って流されていく。しかし、何も無い人生かもしれないが、 その細部の中に何かを見つけていくことこそ、人生の味わいがあるはず。 燃焼してこそ人生であるが、不燃焼の燃えカスも大事な人生の一部である。 誰かが、「僕は、欲求不満女性のオタスケマン」といっていたが。 それでも、良いのかもしれない。 需要と供給の関係だから。 ホナナァ☆ |∀・`@)ノ|Ю ・・・・・・・・・ 2006年11月06日(月) 2043, 「私」のための現代思想 −17 才八∋ウ_〆(∀`●) ーこの本の‘まとめ’になるー 今年は「面白い本」の当たり年であった。 この本は「面白い」という面で、ベスト3に入る本である。 ( ̄∇ ̄ ||| 私たちは考えごとをする時に、略しているかどうかは別として、 《私》という言葉を常に使っている。意識しないのを含めれば一日数百、 いや数千回は使っている。そして、取巻いている世界からは、 他人の《私》の「超越確実言明」を聞く。 人間関係の軋轢の中で都合よく自分勝手な理屈をつくり上げ、 その歪みに全く気づかないのが人間である。 さらに悪いことには他人の歪みには敏感に気づくときているから始末が悪い。 近代哲学などで多く「私」について扱われてきたが、 「<私>について何か解りやすい理論がないものか?」 と考えていた矢先に、この書に出会った。
{「他者」と「他人」の違い}も解りやすい。「他人の知らない部分を他者」と思っていた。 自分自身の知らない一面をみてもゾッとすることが度々あるから、自分の中にも他者が いることになる。ユングの「意味ある偶然の一途」の経験など、まさに未知なる自己である。
「自分の物語」の中で、他者を勝手な配役に振り分け、俺様は主役。 主役の俺様にとって、他者へ役割が「他人」になる。 自分の人生劇場の登場人物として都合の良い役割を決めつけてしまうのだ。 その都合よい物語の中で他者を端役として位置づけ、 都合の悪い相手は悪役にしたて、都合に良い相手は善役にする。 自意識過剰な軽い女子学生が唯我独尊の独り芝居をしている「あれ」である。 数年前に亡くなってしまった同級生が、チンドン屋のような独演をいていたが。 まあ、人生は全ての人が多かれ少なかれ、同じようなものだろうが。U(^(ェ)^)U 自分のことさえよく解らないのに、他者のことなど解るはずがない。 他人は、自分の妄想でしかないことを自覚すべきである。 他者不可知論も肯ける。 いずれにしても、我われは露出しないにしても、何らかのカタチで、 《私》と<他者>の軋轢の中で生きていかなくてはならない。 <私>の核の《私》が他者の積み重ねの中から出来ているという指摘には驚いた。 考えてみれば、そうなのかもしれない。 簡単に言えばー「私」を認める者の存在ーを通して《私》になる。 その一番最初は、普通は母である。 初めの他者が母である。
「《私》と、その<世界>は腐っていく」というのも、 戸惑ったが、実際周辺をみていると解る。 多選の県知事汚職が、そのよい事例になる。 w(☆o◎)w 県知事も、その周辺も腐っていくのが当然である。 こと自分自身について考えると、あまりにも辛辣に聞こえてくるが・・・ 気が付くかつかないの差である!身体も、《私》も日々腐っていくのである。 柿の実と同じである。 ( ゜o゜)ハッ まあ、まあ、まあ、コーヒーいかが? (*^ー^)/C□~~ おわり! バイバイ! ・・・・・・・・ 2005年11月06日(日) 1678, 読書について
「読書とは他人にものを考えてもらうことである。 1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失ってゆく。」 ショウペンハウエル(1788‐1860)の寸言である。 読書には、プラスもマイナスもある。 自分自身で世界を観察し、考え、そこに不変の法則をみつけることこそが重要である。 自分で見つけた知識だけが自分のものになり、初めて世界は部分的としても理解される。
人生を振り返ってみて、「自分とは、過去の行蔵の総量である」と実感する。 だから、その蔵の中には良いものにしておかなくてはならない。 「言葉によって表現されていることを直感的に理解するには、 その表現されていることを既に知覚していなければならない」。 いや、そのベースの上に書き加えられるという方が正しい。
カントではないが、盲人には『空は青い』は理解できない。 視覚という機能があってはじめて空を知覚できる。 自分で体験しないことにはよくわからない(経験主義)。 また人間の理解は、その脳機能の範囲を出ることができない。
思考も言葉で考えを表現して見せたところで、それを考えたことのない人間には通じない。 考えを伝達するのは、その考えを知っている人間に対してはその考えを想起させ、 知らない人間に対してはそれを考えるきっかけを与えるに過ぎないのである。
読書についてショウペンハウエルは、読書についての中で 「読書は、言ってみれば、自分の頭でなく、他人の頭で考えることである。 絶えず読書を続けていけば、仮借することなく他人の思想が我われの頭脳に 流れ込んでくる。」 また「読書は思索の代用品にすぎない」と言っている。
しかし読書も、その行蔵のお宝のコーナーの重要な位置づけになる。 考えるということは、言葉によって初めて可能になる。 その言葉と、見方、考え方、思考法を学ぶのは読書が中心になる。 異質の人との議論といる方法もあるが、範囲が狭まれてしまう。 それにしても、読書をしない人が多い。問題は、読書をしない人は、 読書の効用をほとんど理解できないことだ。
書物には、活字の奥に無限の空間がある。 そこには、未知という名の圧縮された世界が存在する。 星座の世界に例えると、宇宙の星座と違い、書物の世界の中にある星座は たやすく得ることができ、人間形成に大きな役目を果たす。
教養とは、自由を獲得するためー生まれた時から縛られてきた先入観からの開放ー に必要な知識、経験である。 その一番身近なのが読書である。 それにしても、教養が無い自分に今さら唖然とする。 知らないことが、知らなかったことがあまりにも多い。
人生の次の最大のテーマは、全く経験しなかった分野に目を向けること、 [未知への道を歩き続ける]ことである。
・・・・・・・ 2004年11月06日(土) 1313, まさか、地元で大地震!ー10 ー経済に与える影響は
この地震による家財などの破損などで一般消費は目先は家具や家電などは売れるだろう。 しかし一般的には災害地以外も含めて大打撃になると予測される。 被害の殆どない新潟市でも飲食店、ホテル、タクシーに大きく影響が出始めている。 新潟では、タクシーは一晩に一組の客が取れかどうかという。 飲食店でも学校、企業関係の宴会が殆んどキャンセルされている。 新潟駅前など、新幹線と関越自動車道の不通で、普段の賑わいの 半分以下である。それでなくとも数年来、駅周辺も人出が減っていた。
この一ヶ月で、個人飲食店の閉店が目立ち始めてきた。 新潟の事務所の100m以内で、三店も閉鎖した。 長岡だけでなく、新潟もこの冬で多くの飲食店が閉鎖されるだろう。 当社の長期滞在型アパートメントで、フロアー貸しをしている自動車教習所の 話しによると、東京からの「宿泊の教習生」が、殆んどいなくなった。 あらゆる分野で影響が出始めてきた。
反面、長岡ではホテルとタクシーは目先特需という。 長岡駅裏のタクシーの待合に、一台しか止まってなかったし、 ホテルは今月半ばまで全て満室状態という。 それも長くは続かないだろうが。 JRの在来線と新幹線と、関越自動車道がストップしているのだから、如何にもならない。
昨夜、長岡の殿町の飲食街に飲みに行ってきた。いずこも殆ど客が入ってなかった。 最後に、馴染みの自宅近くの居酒屋に行ったが、 近くの避難所に来ていた山古志村の被災民が一人で飲みにきていた。 あまり詳しくは話さなかったが、自宅は壊滅といっていた。 この居酒屋も年内で閉店する。
この下書きをしている現在も余震が続いている。 夜半も、かなり大きな震度3〜4?の余震が二回あった。 どこまでつづくのだろう。
-------------- 2003年11月06日(木) 946, 22世紀への伝言ー読書日記
この人の本は図書館に2ヶ月に一度ぐらいの割合で追加される。 やはり「幸せの宇宙構造」が何ともいって一番である。 しかし他の本も決してまけてはいない内容である。 平易の文章の中にキラリと光る内容がふんだん含まれている。 難しいことを易しくアッサリと言ってのけているのがよい。幾つかを書き出してみる。
ーパワー充電法ー パワーの充電法として別の方法を三つ、教えておきましょう。 ・その一。 人間そのものもパワーをくれるものです。 元気な人、若い娘、よく働く人、動き回る子供、大声で笑う人、 考え方が前向きな人、建設的、肯定的で明るい人、 それに、気力・体力・精神力・意志力などを強く感じさせる人。 そういう人の傍にいるだけで元気になります。 喫茶店やレストランで席を決めるとき、友人もそういう人の近くになるべく近づくべきです。 ・そのニ。 室内で充電する方法です。 コンセントから5センチほど(手を広げて)離し、出ている電気を取り込みます。 同時に、「気」が体に流れ込んでいるようにイメージしてください。 ・その三。 空中に「栄養の塊」「エネルギーの塊」があるようにイメージし、それを 木の実を採るように空中から手で掴み取り、口に入れます。 実際にゴクリと飲み込んでください。 −−−−−−− 以下は字数の関係でカット(2007年11月06日) 「22世紀への伝言 」 イライラせず、心穏やかで温かく、幸せで満ち足りているときに、 自分の中の眠っている潜在能力が花開きます。 では、どうすれば“心おだやか”でいられるのか。その方法と実践の為の手引き書。
・・・・・・・・・・・ 572, ある時間の断面ー9 - 2002年11月06日(水)
1968年 9月24日 8時前に市川さんが起こしにくる、そのまま寝てしまう。 9時半に目がさめる。 川崎との待ち合わせに間に合わない。 顔を洗い寮を飛び出る。タクシーで校庭の通称 4丁目の交差ベンチに行く。 5分の遅れだが、待っていてくれた。その直前に綾部嬢とバッタリ出くわす。
ヨーロッパに行ってきたという。 「すごく良かった、ITAの主催の旅行で行って良かった」と言っていた。 そういえば私が紹介したんだっけ? 石川のガールフレンドだったが、今は上手くいってないと彼が言っていた。 まだお嬢さんだが気持ちのよい人だ。吉田嬢にも出会う。 アメリカに行ってきたという、去年欧州旅行のグループの一員だった。
川崎と喫茶店に行く。かなり溜まっていた話を一人話していた。松村に腹を立てていた。 彼の言い分はよく解るが、そう言っていたら人とは付き合えない。 川崎もこの一年で成長したようだが、人間に影がなく好きだ。 帰寮後TVを見て、風呂に行く。さて洗濯だ。
9月25日ー水曜日
また寝過ごしだ。全く何たることだ。流されているのだ。 小学生や中学生以下でないか。自分の中の力があるはずなのに何故流される。 この時期一瞬でも大事なはずなのに。大学の図書館で3時間卒論の本をまとめをする。 その後、小作と石川とウエストサイドで話す。 帰寮後、3時間卒論のまとめをして、就寝。
9月26日ー木曜日
朝9時に学校に向け出発。 産関論を30分受講、食事の後掲示板を見るためにタッカーホールに 行くと、ゼミの武澤先生に会う。 「学館の問題」でタッカーホールで説明会があるから是非聞くよう 言われた。偶然深井と会ったので、ホールに聞きに行く。 途中で出て、図書館で卒論のまとめ、その後深井と早稲田の本屋へ行く。 彼の求めていた本がなく、途中で分かれて寮に帰ってくる。 深井もここで変わってきた。卒業間じかのせいか友人が皆練れて男臭くなってきたようだ。 19時頃に大妻女子大の人が尾形君のところに来るが、いないので私の部屋で一時間位待つ。 結構面白い子だが、その後市川さんと食事に行く。 一時間本を読んで夜半の一時に寝る。
・・・・・・・・・ [217] 夫婦別姓 - 2001年11月06日(火)
夫婦別姓について、あるいは行き過ぎた女性の社会参加についても、 如何でもいいとも言ってられなくなった。そうでもないか? かなりの思い切った男性優位論を掲げた、ユング系の教授のホーページが面白い。 http://www09.u-page.so-net.ne.jp/ka2/rindou/contents.html
アメリカに与えられた民主主義で、消化されてない女性の異常な権利 の主張が日本の特質になっているが、それのみならず家庭を崩壊始めている。 誰も男の立場で何も言わなかったが、正々と論陣をはった彼に敬意を表する。 すっきりするが、今の日本男子の哀れな姿を彼が教えてくれている。 今の原理主義も全く肯定できないが、今の日本の一部の馬?女を見て いると、そのとうりと言いたくなる。その連中(テロ)の前でこの馬? 女ーどもに「銃を持って戦ってみろ!」と言いたくなる。 これは旧約聖書の原理の解釈の戦いだ。
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2007年11月05日(月)
○´ω`○)ノ**c⌒っ *・∀・)φ【才八∋ゥ♪】 この本は、ところどころに見逃すことの出来ない「人生の道理」 の内容で満ちている。それを知っているといないとでは、人生が全く違ってくるだろう。 その意味では、この本は常に身近において読んで置いてよい本である。 ・一歳半〜五歳位の間におきる脱中心化=自己客体として自分の身体を客観化する転換期、 ・思春期におきる超時間的な抽象的時間の概念をもつようになる転換期、 ・熟年時におこる宇宙時間の実感化への転換期、 と、人生に三回のコペルニクス的転回を指摘している。 私は宇宙的時間の実感化はおこり始めているが・・・ まずは、その部分を抜粋して考えてみる。 −−−−− *人生の三回のコペルニクス的転回
・第一の転換期については、ピアジュは子どもの研究において、一歳半ぐらいまでの幼児は すべてを自己中心に考えているけれども、一歳半ごろから自分の活動を自分のからだから 「脱中心化」し、自分のからだをほかの客体の中の一つとして見ることを始める。 これは四歳ごろから顕著となり、五、六歳ごろには本格的なものとなる。 つまり、空間における自分のからだを客観的に見ることができるようになり、 ものを抽象的に考えることができるようになる。これが第一の転換期という。
・さらに思春期ごろから第二の「コペルニクス的転回」が起こる。 青年は時計の「物理的時間」は便宜上のものにすぎないということがわかって来て、 超時間的な、抽象的な時間概念をも持ちうるようになるという。 つまり時間というものは極めて不思議な、哲学的な問題であって、 青年期にこの問題に思いをひそめる人は必ずしも少なくない。 この時期に充分に発達した意識を持って自己のからだと心に対面し、 世界と社会の中における自己の位置と役割をシカと見定めるところにある。 自己と自己のと分化は人だけに見られることである。
・向老期の頃から、他人が自分をどう見るかは大した問題ではなくなる。 その他人もまた死んで行くのだから。 それより自分こそ、自分の一生が決して完全無欠なものではないことを知っている。 ましてや、もっと大きな眼からみれば、自分の一生などなんとおかしな、こっけいな、 あわれむべきものであろうか。 それにもかかわらず今まで人間として生きることを許され、 多くの力や人によって生かされてきた。 生きる苦しみもあったが、また美しい自然やすぐれた人びとに出会う喜びも味わわされた。 そしてこれからも死ぬときまで許され、支えられて行くのだろう。 ひとは眠っているときにも支えられているのだから、これからも 自分が意識するとしないとにかかわりなく支えられて行くのだろう。 永遠の時間は自分の生まれる前にもあったように、自分が死んだあとにもあるのだ。 人類が死にたえても、地球がなくなっても、この「宇宙的時間」はつづくのだろう。 自分はもともとその「宇宙的時間」に属していたのだ。 だからその時間は自分の生きている間も自分の存在を貫き、これに浸透していたのだ。 げんに一生のうち、その「永遠の今」を瞬間的にでも与えられた人もある。
時間を川の流れにたとえるのは、岸辺にあってその流れ見ている観察者を想定しなければ 成り立たない比喩だ、という意味のことをメルロー・ボンティーは言った。 厳密な意味では人間は観察者なりえない。 人間は流れそのものだから。 だから観察しているとしたらそれは「神」か、何らかの超越者だろう。 この観察者をペルソナとして考えがちなのは人間らしいことであり、 同時に人間の精神の限界を示すものであると思われる。(ペルソナ=仮面) こういう宇宙的時間の永遠性に対する感覚が生まれてくるに従って「コペルニクス的転回」 は深められ、ついには青年期に垣間みられた第二の転回よりはるかに徹底した 第三の転回に行きつくのだろう。 それに従って、老いつつある人間にも死を越える未来が開けるだろう。 すべてはその永遠の時間に合一するための歩みと感じられてくるであろう。 そのとき、人間はどれだけのしごとを果たしたか、ということよりも、 おかれたところに素直に存在する「ありかた」のほうが重要性を帯びてくるだろう。 ーーー
以上だが、「永遠の時間に合一するための歩み」に近い感覚は、 遺跡にたった時に感じる奇妙な感覚に少し似ているだろう。 それと、南米のテーブル・マウンテンで感じた数千万年、数億年の時間感覚に。 ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ ・・・・・・・ 2006年11月05日(日) 2042, 田舎に泊まろう! 。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ
「田舎に泊まろう!」を見ながら、この文章を書いている。(11月4日9時半) 地上放送で土曜日の9時25分に、夜はBS/TVで、20時に放送しているが、 最近はどちらかを必ず見ている。(地上放送は二週遅れの内容である)
内容といえば行き先も何も知らされないまま、全国各地に飛ばされた芸能人が 田舎を歩きながら地元の人に声をかけ、『今晩泊めて!!』と頼む。 そこで色いろなふれあいが生じる。だいたい7〜8軒は断わられるが、 面白いのは自分でネタを探し、小さな物語を創っていくことにある。 泊めるほうも家の内情を映されるから躊躇するが、 一生に一度あるかないかのチャンスだろう。一種のオープン・ソース?でもある。
声をかけられたら地元の人は、この番組の存在を殆んど知っている。 すんなり泊めてもらえるより、悪戦苦闘の末に泊まった方が内容が濃くなる。 知らない家に泊めてもらうプロセスで、芸能人の性格が露わになる。 そして泊まった家庭の事情と、その地域性も見えてくる。 覗き見の性を充分満足させるてくれる内容である。
私も来るわけがないのに間違って迷い込んできた時、 断るかどうかを家内と議論している。 私は「積極的に泊めよう」という意見であるが、家内は「絶対にいや」という。 番組の中でも「来たら泊めると決めていた」と答えた家も何軒かあった。 見ていて迫力があリ、自分が泊めてもらっているような気持になる。 地方のためか、時間がゆったり流れているのが良い。
タレントの底の浅さや、深さが見えかくれする。 「何でドサまわりをしなければならないのか?」と、不満たらたらの気持ちが 露骨に出ていた坂上二郎や、中条ひろし、のような人もいれば、 直ぐに旧知の仲のようになる人もいる。 翌日、帰り際も泣きが入り、一期一会の出会いの妙が在りのままにでる。 谷村新二のような普段から直接人と接している人は、直ぐに相手の家族と親しくなれる。
泊めてもらった家で、登校拒否の中学校の男の子に、 お笑いタレントが諭す場面が印象的だった。 「チャンと学校に行ってないと、職業など自分のしたいことの巾が狭められてしまう。 上の学校ほどタレントなどしたいことが広がるが、中学校の中退はごく限られる。 嫌なのは解るが、やはり行かなくては!」という言葉がよかった。 家人が「何をいっても、この子は聞かない」といっていた子供の心が開いているのが、 そのまま画面に出ていた。品の良い老夫婦が、実は何処かのお嬢様と駆け落ちをして、 ここでひっそり住んでいるという隠された事情を打ち明けた場面もあった。 人生は深く広いものである・・ (*^ワ^*)i バイバイ! ・・・・・・・・・・ 2005年11月05日(土) 1677, うそつき−3
子供の頃、「うそはついてはいけない」と信じていた。 当時の子供社会は、まだまだ純朴な時代背景があった。 中学生になって、クラスの隣の席の男が平気でうそをつくのに驚いた。 それまで、うそを平気でつく人間はほぼいなかったからだ。 それから年齢を重ねると同時に、うそを平気でつく人間を多く知るようになる。 また裏切りも多く出会った。うそに対しては、誰も一言も二言も言いたいことがあるはず。
父が癌であと一年と宣告された時(本人には隠されていた)、 亡くなるまでの一年の間、自宅で父と暮らした。私が26歳の時であった。 死に病を隠すために時々父にうそをつかなくてはならない場面が多々あった。 そしてあと三ヶ月と宣言された時、父に隠れて葬式用の黒服を作りにいった。 何かを察した父は、しつこく『何処に行ってきたのか』と聞いた。 その瞬間のうそほどつらいものはなかった。 その時、「うそも訓練していなくては!」と、思い知った。
そして、私に思わぬ出来事があった。セミナーで、東京に泊まったときのことである。 ホテルの近くの居酒屋で会社の人と酒を飲んで、何処かのスナックに入った。 そこで上機嫌で飲んだことは憶えているが、その後のことは全く忘れてしまった。
二日酔いの私に連れが翌日、「前日のことを忘れてしまったでしょう」と言われた。 「そういえば、全く記憶にない!」と答えると、思ってもない内容であった。 人格豹変というのか、全く違う自分がそこにいた。 「自分は、数ヶ月前に離婚をして現在は、その心の傷でしょぼくれている。」 そして、悲しそうな顔をして肩を落としていたという。 恐らく、よった勢いで二度とくることはないのだから 「しょぼくれた男を演じてやれ!」と、思ったのだろう。 酔いが醒めたこともあり、深い自己嫌悪に陥ってしまった。 酒癖の悪い男の一場面でしかないが。 ところで知人に「うそつき」の典型的な男がいる。 本人は自覚してないようだが。 自分の行動や、その結果の責任に対して正当化して、その裏にある欲求や、 能力といった真の姿を自分や他人から隠そうとする。しかし、それがバレバレなのだ。 その度合いが強いだけで、誰の中にも存在するものだが、 それを自分のノウハウにしているから問題である。 攻撃相手のある断片をとらえて、自分のつくった虚偽の事実を混ぜてストーリーを つくりあげて、あちこちで言いふらす癖の営業屋である。女の腐ったような男という奴だ。 そういえば、流通革命を旗に掲げたコンサルタントも、その癖が強かったが。 うそは、真実の間にミックスするから効果があることは誰も経験があるだろう。 [うそも方便]とは、よく言ったものだ。
以前書いたことがあるが、フランスで詐欺師の実際にあったと言いわれる話しがある。 まだ無知の田舎者がほとんどであった17世紀。 自分の年齢は2千歳、 キリストも知っているとほらをついてまわって詐欺をしていた男がいた。 その従者に「本当にご主人は2千歳なのか?」と、こっそり聞いたら、 従者[私は3百年しか生きてないのでわかりません]
・・・・・・・・ 2004年11月05日(金) 1312, まさか、地元で大地震!ー9
この地震シリーズを書くのも終りのはずであった。 書くのも飽きてきたし、面白くない内容だ。昨日は普通の生活パターンに戻る初日。 ところが新幹線が長岡駅を発車して7分後に、再び余震があるとは思ってもいなかった。 震度は4で、ユサユサという感じの揺れであった。 災害以後の、通勤初日の新幹線でまた余震にあうとは。
今年の台風と同じで、どこまでも続くのが不気味である。 地球規模の大気圏と地層で、何か起り始めているのではないのか?と考えざるを得ない。 観光旅館は、県内は壊滅状態という。中越地区は、ほぼ100�佑�キャンセル。 他の地域でも80�佑�キャンセルをしているという。本当に深刻である。
これは典型的な業種であるが、ほぼ全ての経済は壊滅だろう。困ったものである。 長岡駅と新潟駅の専門街は殆どお客は見当たらない状態である。 旅行をしていると、この数年どこにいっても、 「地球温暖化の影響で、この数年異常気象が起きている。 生態系のバランスが崩れて色いろの分野で大きな問題がおきています」 という。神(大自然)が怒っているのだろうか。
ーーー 昨日、出社の直後書いた「メルクマール」の日記の内容である。 ー11月4日ー 「冗談じゃない!」 11日ぶりの新幹線、やっと平常に戻れたと思いながら外を見ていた。 ところが発車して7分ほどして、新幹線が急停車。その後10秒程度?揺れていた。 「これは地震で震度4~5位だが、もっと大きいかもしれない。 当分、新幹線の車内から出ることが出来ない!下手すると、数時間はかかるだろう。 それにしても、危ない場面に出くわしてしまったのだ」と思い、 自宅に携帯電話をするが不通である。 そこで新潟に電話をして状況を聞くと、中越地区が震度5強の地震という。
しかし30分後に発車、長岡を出発して1時間後に新潟に着いたことになる。 これで当分警戒期間が延びることになる。 災害地は、昨日の大雨で地盤が緩んでいたはず、二次三次災害がないといいが。 先週の水曜日の余震5の時も、やはり三条と長岡の中間地点にいた。 今回の地震では、一回目の地震の三時間前に震源地に近い小千谷のスー・パー・センターに 行っていた。何か巡り合わせが悪い。 少し、それを意識しなくてはなるまい。 帰りの新幹線は長岡まで果して開通するのだろうか。 ・・・・・・・・ 2003年11月05日(水) 945, 瀬戸内寂聴
先日たまたまBS・11にチャンネルをまわしたら、瀬戸内寂聴の講演で、 「四苦八苦」の仏話を、面白おかしく話していた。 その時の概要が「笑うこと、合掌すること、そして鏡を見ること」であった。 この番組の後半の滝田栄と寂聴の対談が面白い内容であった。 「人の命は甘美なものだ!」と釈迦が言ったという寂聴の言葉が印象的だ。 そして「慈悲が真髄だ」というのが彼女の実感として迫ってきた。 「笑わすことが重要だ」「渇愛こそ最も大事な愛だ」「自分を慎め!」 「51歳で出家して、一つだけ守っているのはセックスだけだ。あとは守ってない」 「出家といっても、カタチからキチンと入ることが大事である。 もし髪を下ろさなかったら、煩悩に負けてしまっていただろう」 「髪を下ろすことを絶対に勧めます」「仏像を彫りなさい!」 等々、印象的な言葉がドンドン出てきた。
作家である為か、難しい仏教の真理を簡単にしてしまうのが彼女の特性と 自覚しているのがよい。「笑うこと、合掌すること、そして鏡を見ること」 という言葉もよいが「書くこと、与えること、そして夢をみること」もよいのではないか。 ・・・・・・ 571、ひしょひしょ話 −2002年11月05日(火)
-組織づくりのポイントー 会社を始めるにしても、組織を創るとき一番大事なのは まず秘書を採用すべき事だ。次に経理そしてその次に オペレーションー運営責任者のマネジャーになる。
これは逆に考えてしまいがちだが、冷静に考えれば当たり前の事だ。 これが意外と盲点である。これを読んでハッとする人が多いはずだ。 最近は日本もスカウトなどで会社を移動する場合、秘書を連れて行くケースが多くなった。 それだけ秘書の役割は大きい。
秘書は大学教授の助手の役割と同じである。的確に指示を出す手助けとー雑務の代行だ。 アメリカの映画を見ていると、会社の大小に関係なく会社といえば 先ず秘書が出てくることを考えれば解ることだ。
その次に大事なのが経理課長だ。 ラインのマネジャーは最も大事だが、 まず充実すべきは秘書の機能である。 一人の部下を持つ場合まず秘書としての訓練をしてその機能を入れることだ。 次にお金の管理ー経理課長を訓練をする。 運営は最後だ、運営はまずトップの自分がしなくてはならない。
家業で奥さんと一緒に仕事をする場合は、自分がトップと運営責任者のマネジャーを 兼ねるケースが多い。 最近はこの逆のケースの場合も多いが。 出来たら奥さんと仕事をしない方が良い。 一番大事な秘書機能が逆にはたらく?!更にトップの舵取りを奥さんが口出しをする。 それだけでなく変化を嫌う。女の社長が少ないのはこの為だ。 この見極めがお互いしっかり分けてないと大きい失敗に繋がる。
家業でも職能を明確にしておかなければならない。 もう遅いか??!!
ーーーーーーーー [216] クルージング - 2001年11月05日(月)
10数年前になるが、3分の1の値段でいいから、クルージングのツアーに 参加しないかと、当時のある大手の旅行代理店の支店長から話があった。 定員を大きく割っているので、得意客を優先的にディスカウントをするという。 もちろん二つ返事でOK!当時第二新館の土地の買収先のオナー夫妻と参加した。 クルージングが4泊5日で香港2泊の一週間で10万円だった。 こういうレジャーもあるものかと感激した。
毎食がバイキングで、これ以上おいしい料理がないくらいの美味しさ。 かつ夜10時から朝6時くらいの睡眠以外、船内のあちこちをブラブラしている。 それがまた楽しい。船上で甲羅干しで寝ているか、ウオーキングをしたり、 ライフルを撃ったりする。 船内ではヨガ教室に参加したり、英会話、 ダンスの講習、などイロイロあり、その好きなやつをして過ごす。 それが気ままにどれに参加してもいいのが楽しい。
金持ちはイロイロな楽しみ考えるものだ。贅沢な遊びの最高に属するものだ。 三ヶ月で数百万するものがたまに見ることがある。 ここで面白い社会構造を見た。船会社と船員がイギリス人、コックが中国人、 メイドや下働きがフィリッピン人であった。それに客が日本人であった。
夜がカラオケにパーテーやカジノの時間だ。これが毎日続く。気分的に最高であった。 そして飽きた頃にフィリッピンに上陸である。 マニラとミンダナオ島であった。 正式な上陸でなく警察つきの仮上陸の為、パトカーのサイレンを鳴らしながらの ビップ待遇である。えらい?代議士がその気になるのが解かった。 60歳を過ぎて余裕ができたら、地中海のクルージングに参加したと思うが。
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2007年11月04日(日)
○( ̄ ̄ ̄ ̄o ̄ ̄ ̄ ̄)○ おっ W( ̄ ̄ ̄ ̄∇ ̄ ̄ ̄ ̄)W は〜♪
「カラスの話」でもテーマにしようかと思いたった。 ところが、そういえば一年ほど前に書いたような気がしたので調べたら (Hp内の検索)やはりあった! 一年近くに書いてあった。
先月の10月23日のこと、中越地震三周年の花火が通勤の帰路に(亡くなった人の数?) 打ち上げられて、その音と地響きが聞こえてきた。 その時、彼方此方からカラスの鳴き声が聞こえてきたが、 「恐怖の叫びと、互いに安全の確認」と推測できた。
「カラス語」で検索してみたところ、仏の鳥類学者デュポンのカラスの研究があった。 彼の長年の研究の結果、カラス語が幾つか解るようになった。 ・カラス語は25の語数からなっていて、ほぼ全ての意思を伝えることでき、 ・「クラ、クララ、クラオ、クラオ、クロア、クロネ・・・」とある。 フランス人は日本のように「カ〜カ〜」の音ではなく、「ク〜ク」の 「ク」の音階で聞こえるという。それぞれ ーここ、そこ、前、うしろ、人間、 寒い、暖かい、というようなことを話しているという。
この数日のウォーキングの道すがらカラスの鳴き声に耳を澄ませているが、 成る程、意思交換をしている。 カ〜カ〜カ〜という長い声と、カッカッカッという短い声、 音程の上下、回数、などが微妙に違っている。それと、朝晩の集会での意思交換をしている。
話は少し変わるが、先日のこと、カラスが宅上犬をからかっている場面に出くわした。 宅上犬の歩いている先の橋の欄干にとまって挑発をしていた。 その可愛いい犬が吠えても逃げようとしないでカ〜カ〜と鳴きかえしていた。 飼い主は面白がって、その犬とカラスの攻防をなすがままに任せていた。 それをまた、私も見ていたのだから・・・ カラスが子犬を馬鹿にし、からかっているのが何とも人間的であった。 数分のやり取りの後に、電線に飛んでいった。 カラスは、一番身近な野生を感じさせられる動物である。 もう少し姿、形が良かったら、もっと身近に感じるのだろうが! グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ ーーー 2006/10/24 2030, カラスの話 20年間にわたり散歩の途上、色いろの鳥を観察してきたが、特にカラスが面白い。 低空で飛んできて糞を落とされることがあったが、あれは狙ったのではないか?と、 今でも思っている。時々からからかったりしていたからだ。 また私の散歩の時は黒ずくめのためカラスは敵と見るらしく、近くを通るとき威嚇される。 雀や、セキレイや、百舌鳥などを襲っているのを何回か見かけたことがある。 日本のカラスは生きた成鳥は襲わないと言われているが、時には襲うようだ。
ある日、思いもつかない不思議な場面に出会うことがあった。 小雨の中、近くの高校のグランドの地べたに数百羽のカラスが舞い降りて、 ただならぬ雰囲気で情報交換しているような場景があった。 また電線に千羽以上もとまっていることもあった。あれは何かの集会ではないだろうか?
カラスは「羽の生えた類人猿」というほどの高い知能が、動物学者の研究観察から 認められている。その一つに人間と同じような“遊び”の感覚があることである。 ・目的もなく電線の巻いてあるテープをはがしたり、 ・空中でゴルフボールや小枝を落として奪い合うラグビーのような行動で仲間と遊んだり、 ・滑り台で、人間の子供のように滑り降りたり、 ・くちばしでレールに小石を並べる行為も、 電車が石をはじくのが面白くて始めた“遊び”といわれる。 ー以下は、字数の関係でカットー2007年11月04日
・・・・・・・・ 2006年11月04日(土) 2041, プロ野球の「記者の順位予測」 才八∋ウ_〆(∀`●) ープロ野球の「記者の順位予測」と結果ー
毎日新聞の「記者の目」のコーナーで毎年、プロ野球の開幕前に セ・パ両ーリーグの順位を12人のスポーツ記者が予測する。 そしてシーズンが終わると、それぞれの記者が「反省の弁」を、 実際の「予測順位」と「実績」の下に書く。 《私はセリーグは巨人、パリーグはソフトバンクと予測したが、 みごと外れてしまった。》 ー記者の結果を見ると、 ・セ/パ両リーグとも、1〜6位の順位を当てた記者は一人もいなかった。 ・セリーグに関して、1〜4位まで当てた記者が一人だけいた。 1位に中日を予測した人が6人中3人いたことと、 巨人を4位予測が3人いたのは、さすがであった。 それと、一位を6点、2位を5点というふうに点数をつけた 順位がセリーグは1〜6位まで、記者の予測通りになったのには驚いた。 ・パリーグにいたっては6人中5人の記者が、 日本一位の日本ハムを5位と予測、全くの予測外れであった。 総括として日本ハムが「新庄選手効果」の大きな緊迫感をエネルギーに変えて、 「楽しむ力」にしたのが勝利の要因と結論付けていた。 ところで、これを「12球団の順位当てトトカルチョ」として、 面白おかし売り出せば面白いだろうに・・・ モーニングコーヒーでも! ( ^-^)_且~~~ ・・・・・・・・ 2005年11月04日(金) 1676, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−2
深く考えさせられる内容である。 まずは、この文章を! ー「イルカは跳んだーある感触」−
男はイルカのことを考え続けている。 イルカ一般のことではなく、1960年代の末ごろのハワイの海洋研究所に 飼われていた一頭のメスイルカのことを。このメスイルカは研究所の訓練者が呼子を吹くと ある動作たとえば水面に跳び出て尾びれで水面を叩くという芸をみせて、餌をもらうように 仕込まれていた。その研究所に来る見学者にその芸をみせるのである。
ところがある日、その芸をしても餌はもらえない。 2時間休んで次のショーの時も餌をもらえない。 当然イルカは当惑して混乱して苛立つ。 そうして数日後14回の苛酷な、虚しい演技が終わったあと休憩時間に、 イルカは明らかに興奮した嬉しそうな顔をする。 そして15回目の舞台で、いきなりこれまでみせたことのない 4種類の演技を含む8種類の違った演技を、次々とやってのけたのである。 そして、やっと餌をもらえたのである。
それまでの毎回同じ演技をすれば餌をもらえる、という条件反射的行動から、 一回ごとに違った動作をしなくては餌をもらえないという複雑な一段上のルールを認識したのだ。 このイルカの話を、男(日野)はグレゴリー・ペイトソンの本の中で読んだ。 「ここでイルカはひとつの跳躍を、論理階型間のギャップのとび越えを やってのけたである」とベイトソンは書いている。
このイルカのことを、男(日野)は考え続けている。 14回までの彼女の苦悩と不安を、14回目の後の休憩時間に起こった 劇的なひらめきを、そして15回目に実現した彼女の論理階型の新生を。
べトソンは ・初めのイルカの段階つまり単純な条件反射的行動を「学習�機廚箸覆困韻襦� ・それに対して、様々に起こる出来事、つぎつぎと置かれる事態の間に コンテクト(文脈・脈絡)を見出して、それに従って行動する(適宜修正しながら) 段階を「学習�供廚般召鼎韻襦� 人間の場合は、幼児教育を終えると原則的に「学習�供廚涼奮�に到着する。 教育とか、しつけはすべてこの「学習�供廚龍�化でしかない。 家庭の躾、学校教育、社員教育、勤務時間が終了した後の先輩達の新人のしつけなど。
さらにベイトソンの学習理論の独自さは、バートランド・ラッセルの「論理階型」 の考え方を導入して、「学習�機廚離瓮織譽戰襪箸靴討痢岾惱��供廚両紊法� そのまたメタレベルとしての「学習�掘廖� さらにそのメタレベルとして「学習�検廚泙覗枋蠅靴燭海箸澄� ただし「学習�検廚蓮∀斥�的には要請できても、現在の進化レベルでは 「地球上に生きる生物がこのレベルの変化に生きつくことはないと思われる」としている。 −ー 著者は、この後の文章で、自分人生を振り返ってみて、学習�兇鉢靴隆屬� レベルの狭間に宙ぶらりんになっているだけの自分を振り返るのだ。
ーさらに男(日野)の文章がつづく。 いま男が透視できないもの。 男は一応社会生活を続けてきたのだから、 学習�兇離譽戰襪里發蹐發蹐離襦璽襪鮨箸砲弔韻討い襪箸い辰討いい錣韻如� 従っていま男を苦しめているのは。学習�靴離譽戰襪慮�えないコンテクト(脈絡)に他ならない。 ベイトソンがよく使う比喩だと、地面(学習�汽譽戰襦砲紡个垢訝録沺奮惱��供法� そのまた上だと、「地図の地図」ということになる。 もはや、それは地図とはいえない何かだろう。
ーこれからは私の評論になる。 「はたして自分は『学習�掘戮縫譽戰襯▲奪廚任�たのだろうか?」 という自問自答が誰の中にもあるだろう。 イルカが到達した一段上のレベルへの飛躍はあったのだろうか?
ベイトソンは、イルカを人間の潜在能力の例えにして解りやすく 学習�靴悗糧�躍と、学習�犬硫椎柔�を説いている。 イルカが、それまでの指示通りの行為に何ら餌をもらえなくなって、 大混乱をしたとき、新しい脈絡を見出した。 これは、ギリギリになって出てくる飛躍ー知恵である。 男(日野)は、はたして自分は飛躍をしていたのだろうかと、自分の奥深くに問いただしている。
見方によっては、ベイトソンの問いかけも不自然といえる。 「イルカに対して、見世物としての飛躍を要求したに過ぎない」 イルカの調教は全く不自然な行為でしかないという見方である。 『何が、イルカが跳んだ』か、である。 解りやすい事例として果たして人間の能力の例えになるだろうか?、と。 でも、イルカが混乱の中から飛躍した答えを見出したのだ。 自分の中のイルカを想定して学習する(自己啓発)のも、面白いだろう。 自分は跳んだことがあるのだろうか?誰も突きつけられる人生の大問題である。 そしてまた跳ぶ必要は果たしてあるのだろうか?
・・・・・・・・ 2004年11月04日(木) 1311, まさか、地元で大地震!ー8
昨日の朝、何時もの散歩道を歩いていたところ、一軒の家が全壊していた。 母屋の隣にある小さな二階建ての元住宅で、今は駐車場兼倉庫に使っていたようだ。 倒壊で車が押しつぶされていた。「サロンのコーナー」に写真を貼り付けてあるが、 小千谷など震源地に近い古い住宅は、同じように多く倒れているのだろう。
我家の自宅裏の空いていた貸家に、家が半壊した一家が昨日より引越のため荷物を運び始めた。 数日前に不動産屋からの紹介で、台風による洪水と中越地震のダブル被災の 長岡近郊の浦瀬の一家が入居することになった。殆ど生活用の家具は使えなくなったという。 台風でやっと立ち直りかけた後なので、かなり深刻のようで、もう避難所生活も限界だという。 しかし、JAへ夫婦共々勤めている内福の一家のようだが。 全壊は300万、半壊は100万円の支援金がでるというが、やはり厳しいだろう。
新幹線は今日から長岡〜新潟間が開通するので、普段に戻ることになる。 近くでは、長岡大手高校の前と、青少年センターの駐車場にテントに囲まれた 臨時浴場が現れた。中が電気で影が見えるのが生々しい。 被害は全てにくるのではなく、マダラになっている。 地盤や古い住宅など、物理的に弱い所がやられるようだ。人間の体もそうだが。 今朝の明け方も、叩きつけるような雨が降っていたが、 避難所にいる人は本当に大変だろう。
・・・・・・・ 2003年11月04日(火) 944, 「創業者からの遺言」
佐川急便の創業者の佐川清の「創業者からの遺言」というタイトルの本が 図書館で目についたので借りてきた。 タイトルと目次をパラパラと読んで印象的であったのが「月一億の小遣い」であった。
それでも通帳の中は何時も空であったとか。 数千万の外車を馬鹿タレントにくれてやったとか、3億の無心に ある有名タレントがきたとか、この男の馬鹿丸出しが可愛いと思ってしまった。 そういえば何処かの県知事が、その選挙資金を佐川清に無心したことが 問題になり、刑事事件になった。 新潟県前知事の金子某とかいった奴だ。 もっとも、いまの知事よりは政治家としてはマシだが? この人も55年体制の認可を金で買って太ってきた??でしかないのが 哀れである。この人に集った政治家とか役者は、その蠅である。
そういう面で、「田中角栄の功罪」の罪という面では深いものだ。 とんでもない政治的致命傷を日本に与えたといえる。 それと中曽根も、とんでもない男である。 国鉄解体で、NTT株を野村證券と組んで国民を騙した犯罪を隠したつもりで あったのだろうが。 小泉は思い切ってこの老!!の首を切ったことは良い!! しかし政治家とは「功罪重ね持って国を変えていくもの」だが。
ーーーーーー 「創業者からの遺言」 創業以来45年、沈黙を破って凄烈な経営論を解禁。 「企業の真の存在価値は社会や人(社員)の秘めたる夢の実現に最大限貢献する ことである」 創業以来45年。佐川急便社主が、沈黙を破って凄烈な経営論を解禁。
・・・・・・ 570, 仕事と性格形成−2 - 2002年11月04日(月)
以前習っていたパソコンの先生が直前まで教員をしていた。 結婚で辞めた後に「人に無性に何か教えたくて仕方なかった」と言っていた。 警察官は私生活の中でも常に犯罪を探してしまうという。 「できたら子供は警察官とは結婚させるな!」と父が口癖で言っていた。 私生活でも常にあら捜しをしている為、家庭が暗くなるという。 料理屋も絶対に嫁にはやるなとも言っていた、これはいわずもがだが。 ーこれは今回の内容と違う。
私の親戚に元大蔵省の査察をしていた人がいる。仕事が面白くて仕方がなかったという。 仲間内で飲むと功績の内容の自慢と脱税の手口の情報交換という。 実直の塊のような人である。小説家は全てが小説のねたにするのが商売だ。 その為に恋愛もし、乞食もする露出狂とも云える。
私など飲食店にしても、スーパーや専門店に入ると、店員の動きや レジや店の規模や客層を常に見てしまう。それと順調かどうかをも。 そしていつの間にその聞き取りをしてしまう。 前は近くで開店ををすると、一番客になるのが習性だった。
面白いのは母は常に話の内容を1・5倍にして話していたが、 衣料量販をしていた時に、仕入れの1・5倍の値付けの癖が話しの 内容に出たものだ。最近になってそれに気が付いた。
本人が本来もっている要素とそれがあいまって性格形成になる。 人間は生物の持っている環境の支配を抜ける事が出来ない猿だ。 言葉をもってしまった狂った猿!
・・・・・・・・ [215] オカマバーー2 - 2001年11月04日(日)
前回書いた初めて連れて行ってもらった時の事、カウンターで若い女性が二人飲んでいた。 「へー、若い女がこういう処にのも来るのかなー」と見ていたところ、 一人の女性が「社長!こんな処に来るのですか!」と話かけてきた。 よく見るとうちの会社の社員。「お前こそ、なんでこんなところに!」 と逆にこちらがビックリした。それぞれ世界があるものだと感心した。
毎年行われている長岡高校の同級会を新潟でやってくれと、私の幹事の番に言われた。 そしてその日の3次会で残った4〜5人でその店に行った時、0時を過ぎていた。 確か二人の女性が踊りながら、我々を見てホモの集団を見ているような目つきで見た。 その時「これが引き時かなー」とそれから行かなくなった。
丁度その頃、古町で(Zoo)という店がオープン、値段が7700円でかなりの話題に なっていた。女装している店で、筋肉隆隆のコミックのうりの面白い女?か、 あれは切ったとか、いやに女っぽい女?を憶えている。 別世界の驚きがあった。
二回行ったが、そのホステス(ホスト?)が中学の同級会に女装で行った時、 担任の先生の驚いた表情の話が、印象的であった。 その世界の素人?に、その世界を面白おかしく見せたり話すのが 「彼らの売り」であったようだ。「笑われて何ぼ」という世界のようだ。 ただエログロの面白さ一見の価値はあった?
学生の時、歌舞伎町で女装のオカマの店の前で、お客を見送っている姿を 見た時のことを急に思い出した。その時は如何いうことか全く解らなかったのだから、 かなりオクテだったのだろう。
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2007年11月03日(土)
(@⌒ー⌒@)ノおはよ〜♪
三ヶ月ほど前に、「100円ショップ」で耳栓を見つけ購入した。 そして使い出したところ、耳栓なしには寝れなくなってしまった。 あくまで主観だが、80�佑硫擦�遮断される。 寝室でアイマスクと耳栓をすると、隣で家内がTVを見ていても平気で眠れる。 寝ついた後の四時間は熟睡状態になる。 そのためにか、その後は逆に眠れない。 私の住まいは住宅が密集していないため、殆ど雑音は聞こえてこないが、 耳栓をして初めて、それでも雑音に囲まれていたことに気づいた次第である。
翌日は忘れているが、消防車や救急車、そして猫の鳴き声、 家内の部屋の出入りだったり、周囲の騒音が実は多かったのである。 耳栓は飛行機内で一〜二回つけただけで、家でつけて寝る発想自体がなかった。 夜半に猫の鳴き声に悩まされた時など、枕元において付ければよかったのである。 見た目は圧縮されたスポンジのようである。
先日借りてきた月刊誌「新潮45」の表紙の裏に広告が一面に載っていた。 「新素材で、音をシャットダウン」という謳い文句で、二個組みで280円であった。 売れるから載せているのだろう。 売れるということは良いということである。
以前にも書いたことがあるが、ラジウム石付きアイマスクがよい。 夏の間は、眼の周囲に汗をかくので付けないが、それ以外のシーズンはつけている。 耳栓に、アイマスク、これをしたと同時に違う世界に入った気分になる。 おそらく、その布も、そういう系統の素材で出来ているのだろう。 調べてみたら、炭が縫いこまれたものもあった。 でどうした? チョッとした工夫で睡眠の世界が一変するということ! バイヾ(・ω・`)ノバイ ・・・・・・・・ 2006年11月03日(金) 2040, 「あたりまえなことばかり」 −1 (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ 読書日記 著者の池田晶子は、専門知識や用語に頼ることなく、 日常の言葉によって「哲学」を語ることで多くの読者から支持を受けている。 自分の考え、自分の言葉で、存在と宇宙について思考をしている。
彼女は、日本で気をつけなければならない話題が三つあるという。 1、死、 2、宗教、3、国家とは何か、である。 生きているとはどういうことかを問わずに死は分かるはずもない。 死は無と考えてきたが、どうもそうでもないようだ。 これらの命題を「考える」ことが、まずは哲学することになる。 「死」「宗教」「国家」とは何かと考えることは避けて通ることのできない道である。 以前、営業のプロから「宗教と、政治と、家族の私的なこと」は、 話題に出されても、あまり深く話さないことだと言われたことがある。 欧州では、パーティーや晩餐会の席上、これらを如何に上手く話題に できるかが、その人の評価になるという。
・「感情は感じるもので、精神は考えるものだ。移ろい変る感じや思いについて、 動かずに観察、分析して、そのことがどういうことなのか考えて知るのが、 精神というものの働きだ」(心は、どこにある) ・「人間には命より、なお大事なものがある。それが精神だ。 精神の正しさ、美しさ、その高さだ。 命が大事なものであり得るのは、精神が大事なものであると 自覚して生きるからでしかあり得ない。」 (品格と名誉) ・「書き言葉より優れ、かつ力強い言葉とは何か。 それは、語るべき人には語り、黙すべき人には口を噤むすべを知っている言葉、 すなわち、語り言葉だ。 「考え(ロゴス)」が最も生き生きと、かつ正確に、自分を現すことができるのは、 僕らの対話の言葉なのだ。(帰ってきたソクラテス ーあとがきー) ・「夫が真理を騙れば、妻が現実を嗤う」 「ソクラテスという人は、哲学なのですから、死にません。 死んだと思っても、じつは生きていたり、すぐに生き返って また生き始めたりします。(さよならソクラテスーあとがき) ・「人を殺して何が悪いのか、体を売って何が悪いのか、あなたは答えられますか?」 「人が悩むのはきちんと考えていないからにほかならず、 きちんと考えることができるなら、人が悩むということなどじつは あり得ないのである。 (残酷人生論 ーまえがき)
ー次回から、項目の「面白そうな所」を抜粋しながら考え見る。 次回は、「考えるとはどういうことか」を取りあげてみる。 なかなか面白い!! (*^ワ^*)iバイバイ! ・・・・・・・・ 2005年11月03日(木) 1675, 「自薦エッセイ集 魂の光景」−1 −読書日記
「創造する心 日野啓三対談集」につづいて、図書館から 日野啓三著「自薦エッセイ集 魂の光景」を借りてきた。 読めば読むほど、日野啓三の深い洞察に驚きざるを得ない。 数年前に亡くなったが、1990年代、60歳代に入ってから大きな手術をし、 死と向き合うことによって、一段と深い所に達したようだ。
心の奥底に、先祖たちの、生物のあらゆる記憶の存在を感じている。 神秘思想に非常に近いところにいる。 しかし同時に心の奥底に、 神秘思想のところがありながら、「意識は脳の働きである」という意識を 明確に持ったまま、心の奥深い世界を描写している。 印象に深い章から抜粋しながら考えてみる。
ー「書くことの秘儀」ー ”小説を書くってことは、なにひとつ実在しないところから、 リアリティを生み出すことだ、” ”だが死は恐怖であると同時に、生をより自覚的に劇的に物語的に、 悲壮の輝かしく喜ばしいものと痛感させる条件ではなかっただろうか。 死者を弔い。祖霊、神霊への祈り、祭り。 それに伴う様々な建築物、道具、装備品の洗練。 歌と壁画。 食って寝て性交をして子供を育てる以上の膨大な事柄が、 われわれの生を満たすようになったのだ、意識と言葉の進化によって。 一口に言語といっても、他人とのコミュニケーションのための話し言葉と、 ひとり物思い思考しその過程と結論を刻みつける書き言葉とは、 ほとんど異質なものである。 新人を、その抽象的・象徴的能力を特徴づけるのは、書き言葉とその洗練である。
”「書くことは、話し言葉の領域とは違う領域からやってくる」 「当人は口をきかない、別の人格の言葉なのだ」 本当に、このことはとても微妙で重要だ。 <「別の人格」とは何のことか>ユングは「神話的元型」といった。 インディアンの祈祷師マツゥスは「沈黙の知」といった。”
”自分自身の言葉で自分自身の想念、思考、予感、物語を書く人は、 よく知っているはずだ―文章を書き進んで自然にふしぎな加速度がついて、 自分の内部がどんどんめくれ上がって、何者かに乗り移られたような状態に なる瞬間があることを。 以後、自分はいわば巫女のように、自動筆記機械のように、 その正体不明の何者かの、言葉以前の暗い想念のエネルギーのゆらぎを言葉に 翻訳するような具合になることを。”
”少し落ち着いて考えてみれば、”自分の言葉”などないのだ。 何万何十万年の間に数え切れぬ人々の体験と感情と思考が折り重なり、 まといつき、溶けてはまた固まってでき上がってきた言葉の連なりのシステムがある。 ただしとても曖昧で重層的なシステムだ。”
”より自分に近く言葉を使う人の方が、もの言わぬ「別の人格」あるいは 「沈黙の知」に、つまり自分を超える何者かに近づき触れることができるということ。 あるいは心ならずも近づき触れて、その無言者の代弁ないし通訳になってしまうということ。”
”自覚的に書く人―書く前からわかっていることを他人に伝えるためにではなく、 書くことによって自分の奥の、あるいは夜の果ての何かを呼び出して、自分を、 世界を少しでも意識化しようとして書く人、すなわち職業的にではなく運命的に ”書く人”である人=作家にとって、書くという事態はそういうことである。 神秘的とまで言わないにしても、逆説的、背理的な異様なことである。 彼あるいは彼女を駆り立て支えるものは、そのように<自分のために書くことが (特定の読者層に向かって書く作家より)、より普遍的な声に至るであろう> という信念というより信仰に近いものだ。”
”少なくとも結果の保証のない賭け。 賭け金は自分でもよく分からない自分の生涯の体験の闇の奥行と自己判定不能の才能。 確実に失われるのは、保証された人生の幾つもの現実、その安定と安心。” ー 読んでいるといつの間にか、深い心の底に導かれてしまっている。 [深いことを書くこと]は、読者を深いところに導くことになる。
・・・・・・・ 2004年11月03日(水) 1310, 23歳の日記−3 ー卒業式の思い出ー
大学の卒業式の写真が数枚残っているが、その前後の事や詳細の記憶は殆ど無かった。 ところが、この日記で当日の記憶が鮮明に蘇ってきた。 最終の学校の卒業は、人生の大きな境い目である その記念日の記憶は、大事なことと読んでいて実感する、それも年齢を重ねれば 重ねるほど。幼稚園、小学校、中学校、高校とその日のことは憶えている。
その日の父親の気持ちが、今あらためて振り返ってみると少しは解かってくる。 写真も大事だが、気持ちの記録はもっと大事である。 それにもっと早く気がついていれば、日記を書き続けておくべきだった。
読み返していて感じることは、「若いということは、若いというだけで光り輝いている」 ことだ。不安定で、歪がまだあっても、あらゆる可能性があるのが若い時の特徴である。 それが悩みになるが、その悩むということがよいのだ。それも振り返ってみて初めて気がつく。
ー1969年 3月24日ー 卒業式に出席する為に、8時半に起床、10時半に四日市から東京に向け出発する。 15時前に東京駅に到着する。大学時代の友人の川崎のところに電話を入れる。 一科目、追試が残っていて、それが及第しないと卒業できないのだが、 大丈夫だった。絶対に大丈夫と思っていたが、本当に良かった。 万一の時は、就職もオジャンになってしまうのだから。
その足で、寮に行く。佐藤君は居なかったが、残してあった荷物は娯楽室にあった。 その荷物を持って、千葉の検見川にある(三番目の姉)優子さんの家に泊めてもらう ために向かう。父が私の卒業式の為、来ている。何か父も嬉しそうだ。 恐らく、最後の子供を無事卒業させたという安堵感だろう。 父に言ってはならないことをズケズケといってしまった。 「このままの仕事では、必ず淘汰されるのでは!」とか。 父は何か悲しそうな顔をした。本当に何をやっているのか、自分を怒鳴りつけたい。 それも自分の卒業式にわざわざ出てきてくれたのに。 「親父よ、私はまだまだ未熟なのだ。ご免なさい!」 本当に恥ずかしい。
ー3月25日ー 7時半に起床。 今日は卒業式だ。8時過ぎに近くに住んでいる(4女)姉の礼子さんがくる。 父と私に会う為だ。私は寮に行かなくてはならないので、父より一歩先に家を出る。 寮で大家の奥さんに挨拶をする。
丁度その時、佐藤君とバッタリ会う。 最後の握手をする。初めは親しかったが、途中から行き違いが出た。 しかし、気持を何時も通じていた。良い寮での同僚であった。 佐藤よ、ありがとう。これで壊れた関係を元に戻せたようだ。 これで恐らく会うこともないと思うが、良い友人に恵まれた。
さて、その後父と待ち合わせて、大学に行く。 これが本当に、本当に最後の最後の行事になってしまった。 まずは深井に会う。新橋しのだ寿司の御曹司で、無神経だったが 何ともいえない暖かさがあった。彼も興奮気味であった。 その後、武澤先生に会う。父を紹介した後、父ともども記念写真を撮る。 武澤先生には、言いたいだけいい、その結論を出さずしまいであった。
その後、河村、外山、石川、奥野、兼古、広瀬、皆が居た。 本当に最後ということで涙を浮かべて最後の握手をする。 彼らとも、もう二度と会えないのだろう。 思い出の深い校庭である。 ここが日本かと思われるような何ともいえないアメリカ的な雰囲気があった。 父が、あまりに私のところに多くの友人が次々挨拶に来るので唖然としてみている。 父は何か取り残されているようだった。しかし、それより全ての友人に 挨拶をする方が先である。 卒業式は、一人一人が壇上に上がって,総長から直接卒業証書を手渡された。 その後、全員で校歌を歌い無事終了した。 そして、学食に集まり、ビールで乾杯をして、コップを床に叩きつける。 これで学生時代とお別れという儀式である。
そして学校を後にする。ところが面白い現象がおきた。 ふと見ると、歩いているのが、入学当時のグループの兼古と奥野と 広瀬の4人なのだ。最後はそこに収まったということだ。 兼古は千葉の方向ということで、駅前の喫茶サルビアで思い出話と、 今後の人生について話し合う。そして電車で千葉の検見川まで一緒に帰ってくる。 これで、完全に学生時代は終わってしまった。 良い学生時代であった。そして、良い卒業式であった。 これだけ、素晴らしい!と思えるというのは、一生の宝になるだろう。 明日から再び現実が待っている。
・・・・・・・・・ 2003年11月03日(月) 943, トンネル怖い
先週TVを見ていたら、磐梯山から紅葉の景色の生中継をしていた。 「今年は紅葉の時期が例年に比べてかなり早い」と現地の人がいっていた。 その言葉の中に「11月初旬の連休には終わってしまって残念である」という 気持ちが読み取れた。
ところが会社の大矢さんが、その時行っていたという。 それが「素晴らしい紅葉」であったと教えてくれた。 昨日、思い立って磐梯山に行ってきた。 しかし最後の盛りは、やはり先週であったようだ。
ゴールデンラインのコースの木々の大部分の葉っぱが落ちていた。 それでも低い山には紅葉が十分残っていて、快晴に恵まれたこともあって 素晴らしい磐梯の秋の景色を楽しむことが出来た。
ところで10年位前から、高速道路の一車線のトンネルが恐ろしくなった。 誰もがそうだろうが、特に緊張をしてしてしまうのだ。 不安になり他の車はみるところ80キロは出しているのに65キロが精一杯。 手には汗ビッショリ、気持ちが悪くなるのだ。 高速道路にほとんど乗ることないのが理由なのだろうが。 神経症の可能性もある。 トンネル内の事故は死亡のケースが多いこともあり、なおのこと焦るのだ。
一般道に下りればよいのだろうが、時間を節約しなくてはという気持ちが それをさせない。帰りは高速の入る直前にある事故用?の空間に車を止めて、 後続車を追いやった後にユックリ走るようにしたが。 歳をとったということか。若いうちに家族と日本中を車でいっていて本当に よかったとつくづく思った。 今度からはバスツアーにきりかえなくては。 いや日本はもう京都を除けば行くことはないか? それとも、泊り込みで一般道をのんびりいくかだ!
・・・・・・・・ 569、ケーススタデー ー2 - 2002年 11月03日(日)
1968年 毎週金曜日の15時か16時より2時間開かれる。 ゼミが終わると太陽が黄色に見える位疲れていた。 知的訓練など全くしたことがなかったためか?
二年間コースで初めの一年は課題の本を読んで、それの感想と議論。 二年目の前半は事例研究で、後半は各自が自分で事例を創り、 当事者として2時間ゼミの全員に質問と追及を受け、その結果を討論 する内容だった。私は途中二年目からの編入であったが。
他の人を聞き取る場合は刑事のような内容追及がリアルで面白いが、 自分の場合は追求されて、瞬時に物語を創っていかなければならない。 今でもその全て憶えている。
このケーススタデーは「見聞皆師」にあてはめて考える事が出来る。 現象ー事象の中から真理を探し学ぶ方法にもなった 。 また人間関係だけでなく、営業や経営のベストプラクテス− ベンチマーキングにも酷似している。
ゼネコンの営業の社内研修でも、これに似たケースでOFF−JT が行われていると大手のゼネコンの営業の人から聞いたことがある。 流通やサービス業の他店見学も似ている。 サラリーマンの足の引っ張り合いは善意を装ってくる陰険版か?
現象とあるべき姿の格差を埋める作業だ。少し違うが、帰納法に似ている。 現象の中の真理の内容を検討して結論に導くという点で??
新しい車が発売されると工場ですべて解体して、 それぞれのパーツで業者やその部門の人達が集まってチェックする のはどこのメーカーでもやっていたという。 今はコンピューター処理でインターネットをフルに利用しているのだろう。 これの人事管理版が武澤ゼミのケーススタデー?! 管理されるという事はあまり気持ちのいいものではない。 でも組織体としては、それは必要欠くべからざるものである。
ここでいま一つ学んだ事は、 当たり前のことー自分の能力は自分で創りあげるものという事だ。 最後は独りの自覚で自分造りをしなくてはならない。 習慣づくりといってよい。 問題が逸れたが? 私の辛辣さは、露悪ー露善(偽悪ー偽善)を自分や他人の中で すぐ直感してその原因を構造化するためだろ ー父もそうだったから、その理論的訓練を受けた事になる。
それよりその結果として自分の無知蒙昧をいやというほど知らされた。
・・・・・・・・・ [214] オカマバー - 2001年11月03日(土)
14〜5年ぶりに新潟駅前にある、オカマバーにいってきた。 オカマバーの面白いのはその話術である。 変わった飲み屋がないかと言われて、当時よく知人を連れて行ったものだ。 始めは近くの大原簿記の理事長が近くにビルを創りたいが、 この辺の情報を知りたいとので一献と、どう云うわけか奥さんと娘と行ったのが きっかけであった。
やはり初回は異様な感じで、カウンターに男同士の絡みの置物の像には 驚いた。しかし知人に話をすると殆どの人が連れていげという。 喜ぶが二度と行こうとは誰も言わない。 奥にやはりもう一軒あるそうで、そこはその気のあるホモのタマリ場という。 男同士はあまり猥談は言わないが、かなり際どい下ネタをあっさり言う。
以前姉達が新潟に来た時つれていったが、その時私の手をとって人先指をふき始めた。 そして目をツブレと言うつぶった瞬間その指をシャブラレタ!ぞっとした。 もしホモの味を知ってしまったら、抜けられないとその時思ったが、 それより気持ちが悪いほうが先であった。 悲鳴をあげたが、1人の姉が私にもやってみてという。真面目を絵に書いたような人 で、皆凝視の中シャブラレタが「何ともないわ、それより真面目な顔でやってる ほうが面白いは!」と言ったのに驚いた。
私の知り合いが、子供を連れてサウナに行ったららそのママがいたと言う。 子供を盾に下半身を隠しホウホウのていで出てきた時のシグサガの話が 面白かった事を思い出した
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2007年11月02日(金)
゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ 図書館で面白い本を見つけた。 電子書店の紹介文をコピーしておきますが、 これを読んだだけで如何に面白い内容か理解できるだろう。 12回で24万円の講座に120人も集まり、一年にわたって開催されたもので、 一人一人の講師がまた多彩である。 それを一冊に纏めてあるから凄い本になって当然である。 この一冊でシナリオライターの世界を深く垣間見ることが出来る。 そこには色いろな人間観や、哲学、道理が深く含まれている。 シナリオライター塾というより、人間塾といった方がよいぐらい深い人間洞察が 含まれている本である。シナリオライターは、時代の人間の本質の深いところを、 面白おかしく提示しなければならない。 現場は血みどろにならなくては 感動が生まれるわけがない。 一人一人の講師の話が生々しく言葉が深い。 さっそく、アマゾンの中古本を発注した。
ーーー 久世光彦/著 大石静/著 内館牧子/著 竹山洋/著 青柳祐美子/著 糸井重里/著 山元清多/著 金子 −− 出版社名 平凡社 2007年2月 「21世紀の向田邦子を作ろう」というキャッチフレーズのもと開講された シナリオライター養成講座『久世塾』。 一流講師陣による特別講義録。 [目次] 朝礼 先生ではなく、久世さんと呼んでください。(久世光彦); 1限目 人生には必ず波がやって来るときがあります。(大石静×久世光彦); 2限目 どん底であるほど、ていねいに生きることです。(内館牧子); 3限目 正直でわがままな人だけが生き残るのです。(竹山洋); 4限目 転んだらとりあえず「おいしい」と思う。(青柳祐美子); 休み時間 みんな本当は今の時代に不自由しているんです。(糸井重里); 5限目 真理というのは関係性のなかにあります。(山元清多); 6限目 自分を騙した相手のいじましさに惚れることです。(金子成人); 7限目 人を「感心」ではなく「感動」させることです(小林亜星); 放課後 僕は人の傷痕に突っ込んでいくのが大好きなんです(糸井重里×久世光彦); 久世塾とはなんだったのか?(南川泰三)
[出版社商品紹介] 演出家・久世光彦と、親交の深かった一流講師陣による 「脚本家の仕事とはなにか」。 「ものづくり」に関わる全ての人に必携の1冊。 「がんばるだけじゃだめだ、賢くがんばりなさい」。 演出家・久世光彦と、一流講師陣が語る「脚本家の仕事とはなにか」。 「ものづくり」に関わる全ての人に必携の一冊。
ーーー 軽いといえば軽いが、鋭く深く、生々しい、 ドキッとする言葉が次から次へ続いている。 Byeヾ(。´・ェ・`。)Bye ・・・・・・・・・ 2006年11月02日(木) 2039, 猫撃退法 1∧11∧ (ΦωΦ) ニャ〜ン
隣に「猫のブリーダー」が引っ越してきて5〜6年経つ。 それ以来、我家の庭やベランダが近所の猫の集会所になっている。 水をかけたり石を投げても、全く効果が無い。 ブリーダーが知人の同級生ということもあり、露骨に文句も言えない。 そういう人には知恵があり、近所の陰口屋に上手く取り入ってしまう強かさがある。
そこでインターネットで猫撃退法を調べてみた。 「ペットボトルやコヒーかすなどの猫よけ策のほとんどは殆んど効果なく、 センサーで鳴るブザーやスプレーなども一時的な効果しかない。 目先の一時的なものは直に『猫にも見透かされる』」 というのがHPに書いてある大たいの結論である。 (=^・w・^=) モロヘイヤの入った水を好み、それは猫にとって猛毒!。 たっぷり飲ませて間接的な殺害を勧めているのもあった。 水の入ったペットボトルで殴りつける!というのが、闘いに敗れた答えである。 電波を発して撃退するのも(1万3千円位)宣伝文句にチャンと 『90�佑稜�への効果はあるが、10�佑聾�果ありません!』と逃げ道を用意している。 そして、その通りに大して効果ないと多くのHPに書き込みがあった。
といって、そのままにしておくわけにいかないので、 ペットボトルをベランダの通り道に一月前から10本ほど並べてみた。 週に2〜3回はベランダを平然と歩いていた猫も、それ以来は見ていない。 =・ω・= 直ぐ行くにゃ〜 昨日も2Fへの外階段の脇の塀の上から「ニャ〜オ」とわざわざ挨拶された。 私自身、犬・猫は好きだが、家内が大嫌い、いつも追い払う役を仰せつかる。 恐らく、あと一ヶ月も経てばまた彼らも姿を現すのではないか? その時は、一番原始的に画鋲を一缶、並べることにしている。 その次は、コーヒーの出がらし、そして次はネズミ捕りの接着剤のついたもの。 要は楽しんでやってれば、何時か根負けをするだろう。(どっちが??)
ブリーダーの隣の家の玄関口に大型の犬がいるが、 あまり吠えたのを聞いていない。 犬も一日中、吠えていられないのだろう。 0∧ ∧ [^ェ^] 00( ω ω ) 彡 X ∧ サイニャン (・x・) ・・・・・・・・・ 2005年11月02日(水) 1674, うそつき−2
面白そうな所を書き写してみた。 何げない言葉の中に鋭い深い意味が入っている。 私の評論も入れてみた。 −ー ・人は自分にうそをつくために他人にうそをつく。 (評)−他人に巧妙にうそを仕掛けるために、まず自分にまず巧妙にうそをつく。 もう亡くなったが、身近の人の実演を見たことがあるが、迫真の演技だった。 のっけから騙そうと筋書きを書いて、そのとおり演じ、その演技に自分が 酔いしれてしまう。そうでもしなければ金を騙し取ることはできないが。 これは他人を騙すために自分をまず騙すケースか? ・人は自負心を保つために自分にうそをつく。 (評)ーこれもどこでもあるうそである。特に女のそれは凄い。 ・人間は、自分のいうことを自分で『信じている』ときに、より効果的なうそをつく。 (評−効果的なうそを言うために、信じるまで自分に言い聞かせている人間を何度見た。 ・うそをつく人間とつかれる人間の両者が共謀して事実を歪曲する。 (評)−会社の責任の擦りあいなど典型だろう。 ・うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである。 (評)−なら女性などには、うそを言い続けなくてはなるまい。 また、それが一番よいのだろう。 ・人が真実のなかに求めているのは『いいニュース』だけ。 正真正銘の真実を聞かされて我慢できる人間はそうはいないものである。 (評)−そうか、自分は真実をいいすぎて嫌われているのか。 ・うそを語る特権なしには、文学をはじめとして芸術の世界は存在しない。 ・自分にうそをつくのが下手な人は、うつ病になりやすい。 (評)−鬱病者は、自分に正直すぎるんだ。 寝る前に、今日は楽しかった!と、100回自分にうそ?を言えば良いのに! ・人間の語る身の上話などというものは、いかに筋が通り、一見もっともらしいように 思われるものでも、その人の過去の歴史的事実など重要でない。 (評)−渡りのホステスなど、聞いていて?? ・人はうそをつく能力は高いが、うそを見破る能力は低い。 (評)−私の場合は、逆のようだ? 採用面接で、ほぼ騙されている!? ・警官、税関検査官などのうそを見破る能力は、一般人となんら変わらない。 (評)−ただ場数を踏んでいる! ・権力を求める政治家には自己愛的な人が多く、その人格特性がうそを助長する。 (評)−庶民も、騙されることを望んでいるから始末が悪い。 ・病的なうそつきは、脳の機能不全と関連のあることが多い。 ・うそが非道徳的とされているのは、権力構造の維持に役立つからである。 ・集団内で相互に強化される自己欺まんが、最も恐ろしい問題をひきおこす。 (評)−集団自殺か、集団自滅!新興宗教の自滅は典型か! 今では、既成宗教にもいえるが! ・うそは人間関係の調整、不安や苦痛への対処、種としての存続、 そして個人として栄えるために不可欠の要素である。 (評)−浮気がばれるのは、少しつかれると、ばか正直に言うからだと? ・真実やうそというものは、それ自体では道徳的なものでも 非道徳的なものでもなく、単なるコミニュケーションの形態に過ぎない。 その道徳的価値が判断されるのは、他者との関係においてそれが いかに用いられるによってである。 (評)−夫婦間では特に、その通りだと思われる。
・・・・・・・・ 2004年11月02日(火) 1309, 23歳の日記 −2 ー社員教育が終了して、現場初日の日記である。
当時の澄んだ視点と、不安一杯の気持がそのまま出ている。 それと、冷静に見ているところが面白い。当時は、高度成長期の真っ盛り。 大卒の新入社員を確実に確保する為、一ヶ月前の3月1日に新人教育に入っていた。 卒業式の休暇はもらえたが、その辺のことも日記に書いてあった。 遥か彼方の記憶へタイムマシーンにのって、当時に、よみ返ったような気分である。 全てが新鮮で、毎日がドキドキ・ワクワクの連続であった。 しかし、激務と変化の連続で、限界を遥かに超えていたようだ。 とにかく気持を書きのこすという事は、何か深い意味があるようだ。
ー1969年3月5日ー 現在、四日市市内の駅裏から歩いて10分位の男子寮にいる。 同室は、「魚職人の寡黙の男の人」と、 「同志社卒の一年アメリカに遊学してきた大人しそうな堀田という人」だ。 この人とは、いやに気が合う。 虚無的な、それでいて一言一言が哲学的な味のある男である。 一人でワインを買ってきて、フランスパンを食べている。何かホッとした。
今朝は、8時に起床をして、寮での食事後、会社へ出発。初仕事である。 始めは主任会議に出席して紹介される。その後、全社員の前で辞令を交付される。 自分でも驚くほど緊張をしてしまった。午前中は、本店店長の説明がある。 午後は、管理係長の説明、その後の15時半より実施訓練。 全神経を使ったためか、疲れてミスを重ねる。 直接の上司の松又さんという人は温厚で面倒見が良い。 初めから良い人に当たり幸運だ。 しかし、それに甘えないことだ。
湯の山の研修にしても、昨晩にしても最低の失敗をしてしまった。 何か自信が無いのか背伸びをしているようだ。 関大出の倉谷という同期に帰りの喫茶店で批難される。 「お前は、硬く考えすぎだ、そしてコチンコチンだ」と。 まあそうだろう。 敵を作らないことだ
・・・・・・・ 2003年11月02日(日) 942, ドウデモいいことだが!
ー昨夜「長島ジャパン代表」と 「王プロ野球選抜」の対戦をみながら書いた文章であるー TVで「長島ジャパン代表」と「王プロ野球選抜」の対戦を 放映している。もちろんプロ選抜は二流どころだ。 それでも王選抜が八百長をしない限り勝つのは当然である。 金で超一流を集めて、監督としては?!の長島が選定したチーム。 真剣勝負から遠ざかっていた感覚と勘で勝つわけがない。 まあ、お祭りだから仕方がないが。 東尾が解説で「日本選抜がつよいに決まっている」といっているが、 そのことをまさか解説ではいえないだろう。
二流でも監督の質と今の状況をみても、王のチームが勝つに決まっている。 結果論を言っているのではないことを証明する為にこの文章を 「引き出しのコーナー」に貼り付けておく。今「プロ野球選抜」が逆転をしてしまった。 「日本野球の文化を守る為に闘う」といか長島がコメントをしていたが、 何を言っているのかこの人、自分でも解ってない。 「日本野球を駄目にしたのが、貴方と読売の渡辺恒夫だろう」 これではアジア予選で終わってしまう可能性がある! 皮肉でなく本当だ。いまの自民党と同じである。
負けた場合を考えて、日本のプロ野球が完全に否定されないことを考えて、 長島をたてたのだろうが。「まあ長島なら仕方がないか」でごまかせるためだ。 ドウデモいいことだが! 20時35分
・・・・・・・・・ 568,ペイオフー断末魔 - 2002年11月02日(土)
現在竹中大臣と銀行の国家管理」?を主張している 元大蔵官僚の木村剛氏の書いた話題の小説の「ペイオフ」がシビアである。
一連の大蔵官僚と政治家の実体が辛らつに書いてある。 まだ半分しか読んでないが、この小説はすでに2年前 に書かれた「通貨が堕落する時」という単行本の文庫版だ。 多くに人に見てもらうために早めに文庫版にしたという。
この二年の時間を経った今、更に悪化して小説の内容の同じように 壊滅に?向かっている。それでも政治家と金融関係者は自分の権益を 守ろうとしている姿は末期の現象そのものである。 もう手遅れかもしれない。あの地銀の不思議な一連の動きが解ってきた。 実情は隠れた不良資産の在庫が多く残っている。 それを処理する為に取れるところから阿修羅のように引き剥がさざるを 得ないのだ。それと金融監督庁が大蔵省ー財務省から独立して銀行に 手心を加えなくなった事もある。なるほどと1人合点がいった。
これから辛らつな貸しはがしが露骨になる。 それと倒産ラッシュが吹きまくるが仕方がないことだ。 どうにもならない時代だ、悲観でない。あのゼネコンが次々と潰れるのだ。 株価100円以下の企業はどれが先にいくかの世界だ。 そうすると銀行の幾つかが国家管理になる事は必定。
政変が起こるが、といって受け皿はもっと悪くなる。 それを繰り返しながらハードランデングしていく。 気の小さい国民性か、アメリカにより精神の中枢をやられた戦後日本の つけがここで清算の時期にきた。情けないと他人事にいっていられなくなってきた。 このレベルが日本なのだろう。 「皆で渡れば怖くない!ここは地獄の三丁目、よいよい」とジョークも飛ばしたなる。
是非「ペイオフ」を読んでみる事を薦める。 もう本屋に平積みをしてあるはずだ。 一日一日舵取りをしていくのが今の日本の姿だ。 日本的社会主義者の大元の末期としてみると面白い。
・・・・・・・・・ [213] ーゲゼルシャフトとゲマインシャフトー - 2001年11月02日(金)
・ゲゼルシャフトー会社とか公務員の契約社会・組織をいう。 ・ゲマインシャフトー血族とか趣味とかの同好家の集団・仲間をいう。 これが解ってないと同属会社などの弊害が出てくる。 その中間の中途半端な組織ができてしまう。 中間のケースも勿論あるだろうが、その場合は 「ゲゼルシャフトを基礎においたゲマインシャフトか、 ゲマインシャフトを基礎においたゲゼルシャフトなのか」明確にしておかないといけない。
これを明確にしておくと、社会組織の構造の一端が見えてくる。 大組織でも、鹿島建設など同属会社も例外的にあることはある。 ゲゼルシャフトの会社に、サークル的なそれ(ゲマインシャフト) を求めている二代目や甘い経営者を時たま見るが、恐らくこの知識がないのだろう。
学生の時に得た知識を述べているにすぎないが、組織論の基本でもある。 カナダの観光地で若い人の働き手は、学生アルバイトだ。 カナダは親の務めは大学の入学まで。あとは首相の息子であろうが、 働きながら卒業するそうだ。それも社会契約だ。少し違うか?
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2007年11月01日(木)
(゚▽゚*)♪ ('-'*)オハヨ♪ ある本に「恩送り」という言葉があった。 よい言葉である。 もともと江戸時代にあった言葉で、儒教的、仏教的な味わいがある。 それが明治以降西欧的な考え方が入り、死語になってしまった。 親が子供にしてやったことは、子供もまた順繰りに子孫代々受け継いでいくもの。 それが血統であり家系として引き継がれていくものである。 最近は「家」そのものが崩壊傾向にあり、個人に重きを置くようになったが、 それでも個人として「恩送り」を必要ということである。 最近「Web 2・0」で、情報公開が大きな流れになっているが、 これも類似したものである。 ー電子辞書のウキィペディアによるとー 「恩送り」をとは、自分が誰かから受けた親切・善意・思いやりなどを、 与えてくれた人へ直接返すかわりに、別の、必要としている人達に送る事である。 又、それにより善意が社会を巡り、様々な善き連鎖が社会全体へと広がってゆく事も指す。 これに似た言葉として、「恩返し」があるが、それは字の通り恩を受けた人に 直接に恩を返すことが、これだと二人の閉鎖的な関係で終わるが、 「恩送り」という考え方・実践ならば、返す相手が限定されていないので、 親切を送り出す相手や、親切の内容は、自在に無理なく選ぶ事が出来る。従って 比較的短い期間・時間の間に、具体的に親切をこの世に"現実化"させる事が出来る。 人々が「恩返し」にこだわらず「恩送り」も選択肢とする事で、社会全体としては、 "現実化" し "流通" する親切の量が、圧倒的に多くなるのである。 これは1人1人の視点でも、日常的に自分が出会う親切の量が増える事を意味する。
井上ひさしはNHKの番組『井上ひさし福祉都市を語る〜イタリア・ボローニャの共生社会』 において以下のような主旨の事を語っている。 ー 江戸時代に、「ご恩送り」という言葉がありました。 ご恩返しは、贈り物を送ったり返したりで、関係は2人しかないわけです。 ご恩送りは、誰かから親切を受けたら、これを親切を受けた誰かに返すのではなくて、 他の人に渡していくんですね。そうすると、江戸に100万人いるとしますよね。 1日に一度ぐらいは親切を受けることはありますよね、 一瞬のうちに江戸の町に100万の恩というものがバーッといくわけです。 それをお互いに回すわけですよね。 ・・・(中略)最近ではある程度の年齢の人たちだけでなく、学生などにも このような考え方が広がってきている。特に旅好きの青年、ボランティア活動に熱心な 青年などには顕著にこのような考え方を持ち、日々実践している者も多々見られる。ー −−−
−以上だが、それでは「恩」とは、どういう意味なのだろうか? 漢和辞典を引くと (1)めぐみ・なさけ・いつくしみ・あわれ・ありがたく思う (2)「心」と「因」を合わせたもの。因とは、わけ・もと・おこり。 (3)恩は心をよせること。人に対していたむ心。 (4)大は人で、人が囲いの中にいることによって、安心していられる。 (5)人がふとんに寝ている形で、安心・やすらぎの意。 要約すると「人に対して慈しみの心を持つこと」である。 そうすると「恩送り」とは、それぞれが慈しみの心を持てば、 互いに安らぐことが出来るということになる。 私の場合、特に両親から大きな恩を受けたが、それを如何に自分の子供に「恩送り」を するかがこれからの大きな課題になるのだが。 連れ合いが入るから難しい問題もある。 生きている限り何らかのカタチで社会から恩を受けている。 だから、できる範囲のチャンスには可能な限り「恩送り」をするように務めればよい。 しかし恩送りをした相手に期待はしないことだ。 したと同時に、その価値は激減する。 ホンジャ バイ!(゚▽゚*)ノ~~ ・・・・・・・・ 2006年11月01日(水) 2038, 躁鬱病について −6 オッ(*^○^*)ハ〜ヨウサン! 「夫はうつ、妻はがん」 ―夫婦で苦境を踏み越えて ー �� 小川 宏 著
この本で有名人で「うつ病」から脱出した人や、亡くなってしまった人を何人かあげている。 脚本家の倉本聰、俳優の木の実ナナ、高島忠夫、気象士の倉嶋厚などである。 皇太子妃の「適応障害」も、専門家の話によると「うつ病」という。 世界を股にかけたキャリアの女外交官が小さな籠に入れられ、 男児が生まれない重圧の中で、ノイローゼになるのは当然のこと・・
倉本聰とラジオの対談で病気の話を聞く機会があった。 それによると20歳代から欝を繰り返し、さらに二十数年前、 北海道の富良野に居を移してからは、毎日のように自殺を考えていたという。 その地に適応するまでの苦闘が思い知れる。
自殺で亡くなった人は、桂枝雀、ポール牧、嵐寛寿郎などがいる。 精神科医の大原健士郎氏との対談で、 「小川さん、自殺未遂者が息を吹き返した時の第一声の言葉かわかりますか?」 と訊ねられて、 「多分生きていて良かったと言うんじゃないですか?」の答えに、 先生曰く、 「そういう人はわずかで・・・ほとんどの人は、助けて!といいます。」 自ら命を断とうとした人が、助けて!とは矛盾しているが、 先生は「誰でも命への執着があるので、そういう言葉を発するのです」という。
最近のアメリカの研究では、成人の糖尿患者のうち20�佑�「うつ病」になると 報告されている。日本では糖尿患者は普通の人の三倍の確率になる統計がある。 またガン患者の25�佑癲屬Δ追臓廚砲覆襪箸いΔ�ら、気が滅入る状態になった時は、 気分の転換が必要、生真面目もほどほどに!ということだ。
10年ほど前になるが、近くに住む私の従兄弟が「うつ病」で自殺した。 見ていて残された者にとって、これほど不幸なことはない! 深い心の傷で、一生の哀しみになる。 自分独りで自分の傷口を治療するしかないが、無理と解ったら医者に行くのが一番良い。 それができるようだったら、ノイローゼにはならないだろうが・・・ そういえば、ノイローゼという言葉を最近聞かなくなった。 自律神経失調症という言葉に変えられたのか! 「正中心一点無」という言葉を少しは理解していれば、 心の負担は軽くなるのに・・・・般若心教につながるが ー自殺から生還した人の話を聞いたことがある。 「地獄の苦しみ」という、肉体的にも神経的にも・・・ 地獄の底から這い上がってくるのだから、そうだろう! (*^ワ^*)i バイバイ ・・・・・・・・・ 2005年11月01日(火) 1673, うそつき −1 ー 読書日記 「うそつき」 ―うそと自己欺まんの心理学 チャールズ・V. フォード (著) この本は面白い!自分の心理の底奥深く食いこんでくる。 「人は誰しもうそをつく」という解りきったことを、あらためて突きつけられると、 ひるんでしまう。それほど、「うそ」は誰も扱いがむずかしいテーマである。 実際、夫婦でも友人でも「うそ」を上手に織り込んでいないと、その関係は崩壊してしまう。 要は真実を語り、その中に適当にうそを織り込むからこそ人間関係は上手くいく。 「うその基本的技法は相手の聞きたがっていることを語ることである」 という言葉に、結婚詐欺師と宝石屋の営業マンが思い浮ぶ。 ただ、相手のシンデレラ・コンプレックスを満たしてくれる王子様を 演じればよいのだ。餌は、理想的な結婚と宝石という石ころである。 私は、可能限りうそは言わないことをモットーとしてきた。この本を読みながら、 「うそを言わないことで多くの他人を傷つけてきたのではないか?」という疑念が出てきている。 ー以下は、本書の概要であるー 精神科医である著者はあらゆる角度から「うそ」の実体を探りだそうとする。 哲学的にも含蓄に富んだ書物である。うそはよくないと知りつつ誰もがうそをつく。 儀礼的なうそから病的なうそまで、心理学・脳科学・生理学などで検証した 「うそ学入門書」といえよう。
この本は、うそというものに対して道徳上の判断を持ち込んでいない。 うそは「人生の主要部分、おそらくは中心部分をすらなすもの」で、 それが善か悪かは、あくまで他者との関係において決定される。
うそを覚えるのは、人間の成長上重要なプロセスであり、 対人関係を円滑に運ぶためにもうそが不可欠だという。 自負心や精神の平衡を保つには自己欺瞞(ぎまん)が必要で、 多くのうつ病患者は、自分自身にうそをつくことが苦手だと。
その危険性についてもじっくり検証、 慢性的にうそをつく子どもは将来犯罪に結びつきやすいとか、 うそつきには遺伝的傾向が見られるといった、深刻な研究結果も披露している。
われわれの生活は数えきれないほどのうそに囲まれている。 そのひとつひとつが人間を知る手がかりなのだ。 友人や家族のうそを責める前に、もう一度相手のことを見つめなおしてみるとよい。 ー自分の心は自己欺瞞で成り立っているかもしれない。 だから狂わないでいられる?
ーーー 人間においては「うそ」は普遍的に見られる行動である。 そして、ある一定の自己欺瞞は健康な精神状態を保つためには むしろ必要なものであるという、あまり認めたくないような現実がある。 一読して深く考えさせられる見解が多い。 「過去の記憶」が多分に誘導で変わる危険性がある、という指摘が鋭い。 次回には、この本の印象的・刺激的な文章を抜粋してみる。 ー つづく ・・・・・・・ 2004年11月01日(月) 1308, まさか、地元で大地震!ー7
先週の金曜日、新潟に一泊のあと自宅の近くに帰ってきたところ、 200m先にある、長岡高校と長岡大手高校の周辺が、自衛隊や マスコミの車で、ものものしい雰囲気に一変していた。
一昨日(土曜日)の朝、散歩をしていたら自衛隊の大型ヘリが住民を搬送している のが見えた。長岡高校のグランドが、ヘリの基地になっていた。 近くの大手高校が山古志村の避難場所になっているようで、自衛隊が朝晩、運んでいるようだ。
長岡も被災地であるが、自宅近くの倒壊の家はない。 生命の危機は全くなかったし、秘境旅行を十数年してきた為か、目の前の 死の恐怖以外は不感症になっている。 しかし彼等のヘリで運ばれている姿をみて、 被災地の真っ只中にいるという実感が少しわいてきた。 こういう経験は感じ方(受けとめ方)で、全く違ってくる。 昨日の夕方、同じコースを歩いてみたら、もう終わった雰囲気であった。
人生一度のあるかどうかの出来事であるが、 何か実感がまだ湧いてこないのは如何してだろうか。 新幹線が長岡〜新潟間を開通すれば、ほぼ元の生活に戻ることもある。 個人的には30〜40万位の損失か。 石灯篭の復旧に15万の見積もりが、 とりあえず確定したものだが。 今朝方も、震度4ぐらいの地震があった。 まだ予断が許されないが、間隔は空いてはきている。
・・・・・・・・ 2003年11月01日(土) 941, 何事もない日の日記
はっきりいって今日は何も書くことがない。何事も書くことがないときは、 何もないことを書くのも面白いと考えて、それをテーマにして書いてみる。 テーマがまったく見当たらないことは月に一〜二度位ある。 そういう時は、中途半端で終わっているパソコン内のメモ帳の中から 引っ張りだして書き足す作業をする。 その場合は書いているうちに、違うテーマが出てくる。
何もないといっても、周囲を見渡せば幾らでもテーマがあるはずだが、 毎日だとやはり全く浮かばない日が出てくる。大体が前日荒筋を書いて、 翌朝の5時半にパソコンに向かい30分近くかけ書き直しをする。 その後一時間近く散歩をした後、風呂に入りその後いま一度見直して ホームページに貼り付ける。それでも後でふりかえると誤字・当て字がある。 しかし貼り付けた後の達成感は格別である。
常に頭の中は記者モードになっていて、何か明日書くネタはないかという目ができている。 「これは文になる」と勘が働いた瞬間、文章の起承転結の構築を始めている。 私の場合、文章化をすることが自分の人生に深く生命を与えることになっている。 自分の文章を読み返すということは、過去の自分の生命と会話をしていると いうことが実感で解る。毎日1年前、2年前の随想日記を一緒に貼り付けているが、 その時は真剣に読み返すことにしている。 それが内省にもなっている。
・・・・・・ 567、ケーススタデー ー1 ー 2002年11月01日(金)
前回書いた学生時代のゼミの内容を書いてみる。 人生で、このゼミの訓練が非常にプラスに働いた。 人事管理の具体的事例研究で、討論でその本質を探る手法ー 各部所で起きたトラブルの問題点の原因と解決を考える内容である。 ・一週間前に翌週分の「トラブルの現象」の問題のプリントを渡される。 ・それを次のゼミで各自が自分の意見を述べる。 ・それにしたがって議論を始めるのだ。 ・それが終わった時に、そのベストの原因追求と解決案の内容を 示されるのだ。そしてゼミの結論との誤差を話し合う。
幼児期から両親の自営していた生の会社のケースを見ていた事と、 8人兄姉の末っ子で常に状況を冷静に見ていた為か、自分の意見があたるのだ。 寮生活でイロイロのトラブルもみていたのもあった。 その為か自分のゼミにおける立場が確立さていた。 それよりも、現象の中にその骨組みをさがして、 自分なりの組み立てをする面白さを知った。
これは後で事業を起こすときに非常に役に立った。人間関係に対して、 直感的に論理だって構図になって瞬間に出てくるのが最大の武器になった。 良質な上司には可愛がられるが、逆のケースの場合は大変な事態になってくる。 この男は何を考えているのかを不安になるらしい。 自分はサラリーマンは絶対に無理と社会に入って直感した。
・・・・・・ 「205」春画 ー2001年11月01日(木)
子供の時から、一番上の姉より家に春画があることは聞いていた。 それが寝室を改装した2年前に隠し??より出てきた。 かなりの価値ものかと色めきたったが、カタカナが混じっていた。 明治以降のものだろうから、期待は全く出来ない。 税務署対策用だったようで、 金庫に入れておき、踏み込まれた時に、何気なく見せるものだったとか。 ー効果は充分あったそうだ。
今はそんなものは、ポルノとインターネットに打ち込めばいくらでも出てくるが、 昔は珍しいものだったらしい。姉からは結婚前に見せられたとは聞いていないが、 昔はこういうのが一家に一冊あって、結婚前にこっそり見せてたと聞いた事がある。 絵とすればかなり綺麗でいいものだ。浮世絵で歌舞伎役者の顔を表情豊かにかいてある。 写楽は春画にヒントを得たのでは?とも考えてみたが、如何であろうか? 全然いやらしく感じないのは、私の歳のせいか。
そうそう、学生時代にヨーロッパを旅行した時、スウェーデンでポルノ雑誌を 友人と買い込み、お互いの雑誌をホテルの部屋で見たことがあった。 ポルノそのものよりも、北欧の女性の美しさに驚ろいた。 世界に誇る日本のポルノのサイトを、立花隆のインターネットの本に書いてあった。 確か「東京トップレス」とか、股つまらないことを書いてしまった。
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