堀井On-Line



2341, 「私」とは何か?

2007年08月31日(金)

            〔● ォ'`ョゥ○〕ヽ(・д・`●)
  「狂人三歩手前」−中島 義道 (著)
                    −読書日記
ー「私」とは何か?ー

「私」について、その構造について、過ってこの読書日記で書いたことがある。
成る程と合点がいったが・・・
常に考える時、「私」は何々・・・と一日、数百回も自問自答しているのに、
その「私」とは何ぞや?と、考えたことがない。
それをキチッと知っていると、いないとでは、思考の根本が違ってくる。

    ー「私」が無になることー
     のコーナーの「私」についての説明が解りやすい。
     ある哲学書で「私」についての説明があった。
    {「いま・ここ」の主観を私とは言わない。
     土手を歩いていて振り返った時、さっきの橋を歩いていた主観が
    「私」として飛び出してくる。云々}と。
     成る程と思いつつ、解ったようでもう一つ理解できない
     モヤモヤが残っていた。
    (過去を振り返った時に「私」が初めて発生するということ?
     垂直に縦にある「いま・ここ」の主観は、
     まだ私になってないということ?

    ところが彼は、この本の中で、
    その「私」を噛み砕いて解りやすく説明をしている。
 ーー
−p.86
「いま・ここ」に存在するものを「私」だと思い込んでいるのだ。
だが、そうであろうか? いま両肩から下に頭部を欠いた独特の身体が広がっているが、
なぜこれが「私の」身体なのだろうか?そこに独特の感じがするから?だが、
なぜその独特の感じが「私の」感じなのだろうか? こう問いつめていくと、
この方向に答えは見いだせないことがわかる。

「私」とは知覚とは別の独特の作用によって端的にとらえられるものではないか?
いや、そんな独特の作用など見いだせない。「私」とは知覚しているときに、
同時にそこに感じられるものではないか? 
いや、胃がきりきり痛い時にそれと並んで独特の「私」という感じなどない。
そもそも「私」とは作用の対象ではなく、作用の絶対的主体なのではないのか?
多くの哲学者はそう考えた。
そして、それを「純粋自我」とか「超越論的統覚」とか名付けた。
だが、人間としての「私」がそんな抽象的な発光点のようなものであるはずがない。
あれもこれも否定して、振り出しに戻ったわけである。

ここで、別の視点から反省してみるに、「私」とははじめから異なった時間における
同一なものと了解されている。
「私」とは過去のあの時も同一の「私であった」者である。
しかも、その同一性は二つの対象を見比べて判定するのではなく、
現在の側から一方的に過去のあの者を「私であった」者と判定するのである。

「私」は、過去と現在との関係において登場してくるのだから、
現在の世界を隈なく探しても見いだせないのは当然である。
過去自体はすでに消えている。過去の記憶だけが残っているのだ。
現在の知覚される世界ではなく、過去の想起される世界を探究することによって
はじめて「私」は身を現わすのである。
ここにきわめて重要なことは、過去のあの時に私が不在であっても
「私」の同一性は保たれるということだ。

夢の場合で考えてみよう。夢を見ているあいだ「私」は自覚されていない。
「私」は、夢から覚め「私は夢を見た」と過去形で語る時にはじめて自覚される。
まさにその時、あれが「私の」夢であったことが忽然と了解され、
遡ってあの時「私が」夢を見ていたことになるのである。

夢ばかりではない。この構造は広く普遍化できる。
「私」は仕事に没頭している時や、夢中でボールを追いかけている時や、
ぼんやりもの思いに耽っている時など、いわば消えている。
しかし、あとから「私は〜していた」と語れる限り、その時「私」は存在していた
ことになるのだ。夢中で小説を読んでいた。
ふと気がつくとあたりが薄暗く、電気をつけてみるともう三時間も経っている。
私は小説の内容を細部に至るまでありありと覚えている。
一体誰が読んでいたのか?ほかならぬこの「私」である。
ーーー

    夢を例にした説明が、理解しやすい。
    夢見ているうちは「私」は成立してない。
    じゃあ、夢の中で私は何々、云々といっているのは何だろうか?
    ただ夢の中で過去のことを考えただけで何の問題は無いか!
    まだ夢の中で成立してない純粋何とかいう未成立の?が、
    夢の中で成立した「私」として過去からの流れの何かを考えていた!
    ということになる、ただそれだけだ。
    そういえば、また夜半にリアルな夢をみた。
              グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・・
2006年08月31日(木)
1976, 充実した人生
  おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・  時差ぼけだ〜

先日の新聞広告の「男の品格」という紹介文で
「自分の一生が幸福だったかどうかは、男にとっては大した問題ではない。
だが充実していたかどうかは大きな問題だ」という内容があった。

    ところで私の場合はどうか、考えてしまった。
    幸福度は70~80点? 充実度は、どうだろう?
    どうしても知人との比較対象になってしまう。
    その充実度は外的なものになってしまう。
    それでも、やはり80点か?

幸福度は気持ちの問題だから、その本人次第だが充実度は?
やはり過去の人生の密度に関係してくる・・・
密度は濃かった?、それとも淡白だった?のだろうか・・・

    ところで「充実したか」と、「幸福」を置き換えて、
   「人生は充実していたかどうかは大して問題ではない、
    だが、幸福と思えるかどうかは大きな問題だ」という理屈も、成り立つのでは?
    充実をした人生を送ってない人も多いから、その見方も大事じゃないかと??  
                               ( ̄ω ̄;)!!
全て解釈ー受け止め方、そう言葉・言葉でしかない。
どう考えても充実した人生を送ってない人が、
自分は充実した人生を送ったと勝手に思い込んでいる人もいるし、
充実した人生を送ってきた人が、
自分は充実した人生を送ってこなかったと思い込んでいる人もいる。
だからよいのだろう!人生は。
   充実した人生か〜 やはり大事なのだろう!
ところで充実した人生とは?
・感動・感激・感謝の詰まった人生
・自分の夢を追い求め、そのプロセスで自分の力を出し切った人生
・自分の好きなことをやり遂げた人生
・燃焼しきった人生
・よく遊び、よく学び、よく働いた人生  というところか!!
                ( ̄▽ ̄)■]~~~ 珈琲TIME♪
    美味い酒を飲んで、美味い飯食べて、上さんで満足して、
    ニコニコしていて、充実した人生のことなど我関せずで
    人生を終えるのも良いのだが・・・
ところで充実している時って充実感など意識してないものである。
食べている時満腹感がないのと同じこと。
感動・感激、そして達成感などが、溜まった状態をいうからだ。
不幸のときに充実感はない!しかし充電をしているのだから、空の状態。
下手に充実感など持たないほうがよほどよいのでは?とも考えられる。まあ、いいか!
この旅行の直後のためかイヤニ充実感がある!
気功をすれば、 早朝の散歩も、 気の充実はできる。
それで充分といえば、それまでだが・・・            
          
              ホンジャ(。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
・・・・・・・
2005年08月31日(水)
1611, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−2

著者の斉藤孝は、日本人の持っているエネルギーは「自己肯定力」と看破している。
日本人が忘れかけている独自的な自己肯定力を、次の6つの特質としてあげている。

前回も書いたが、その6つを少し詳しく繰り返しみてみる、
1、日本人とは「上機嫌文化」をもっており、毎日の労働の中でも
 楽しむことを忘れず、仕事の辛さを軽減する智慧があった。
2、日本人は本当に子供を可愛がる民族であり、子供っぽさを慈しんできた。
 その子供っぽさが、新しい文明を取り込む積極性のもとになっていた。
3、日本は湿度の高い国であるから、「とにかく水に流す」ことが好き、
 変わり身が早く、ストレスを溜め込めない民族であった。
4、かって日本人は「身体から入る」ことの重要性をわかっていた。
 経験から勉強する伝統があった。だから向学心が高いレベルで維持できた。
5、私たちの意識は「気づかいを育てる日本語」に大きく影響されており、
 言葉に出さなくともお互いに気を使うことを求められてきた。
6、桜に対する愛情でもわかるように、日本人は「はかなさを愛でる」民族であり、
 その感受性は繊細な心で支えられている。
 そうした細かさを持つ日本人は、心の容量が大きく強い心を持っていた。

上機嫌化プロジェクトといえば、自分がそうだ。
「毎日欠かさず、面白可笑しく生きる」ことを、自分に課している。
土・日は、特に「お笑いの日」にして、お笑い番組を4~5本は観ている。
毎朝の散歩では、肯定語を繰り返し口の中で呟くようにしている。
トイレには「絶対肯定・積極一貫」の中村天風の本が置いてある。

同級会で同じ歳の連中を見ると、ほぼ全員が不機嫌そうな顔をしている。
如何してそんな顔をするか、そして胡散臭そうな顔をするのか、不思議である。
「楽観は意志、悲観は感情」というが、上機嫌も意志でつくり上げることが可能である。

私の知人に、万年躁の人がいる。
何か不自然な感じがするが、それはそれでよいのかもしれない。
「そう」演じているのかもしれないが。 しかし、かなりの遊び人。
やはり性格なのだろう。 歌でいえば「チャンチキオケサ」のような人だ。
この歌、上機嫌の最たる歌である。

・・・・・・・・・
2004年08月31日(火)
1246, オーストリア旅行記 −1

 8月22日〜29日までオーストリアのツアーに参加してきた。
最近、文化圏の国に行ってきたのは久しぶりである。
オーストリア一周というから、自然系の旅行かと思って行ったが、
チロル・アルプスの景観を見る機会は殆ど無かった。

チロルといっても、ザルツブルクやグラーツやインスルブルクなどの
都市の教会やお城を見る内容であった。

それよりも、ヨーロッパ文化の底知れぬ深さに驚いてしまった。
何ごともそうだが、実際何ごとも経験したことしか、
自分の世界が広がらないことを毎回実感する。 知識も然りである。
生きるということは、自分の世界を少しでも広げることでもある。

学生時代の欧州一周旅行でウィーンに来たことを思い出したが、ほぼ記憶に
残っていないのには驚いた。

オーストリアの概略を書いてみる
・オーストリアの面積は、北海道とほぼ同じ。
・人口は800万人、そのうち170万人がウィーンに住んでいる。
・国土の65%が山岳地区。
・欧州の中央にあり、北の異民族の防波堤的役割があった。
・ハプスブルク家が何といっても有名である。

日本の人口の15分の1しかないのに、これだけの存在感がある。
やはり文化の深さと広さが、それを成しているのだろう。

                      ーつづく
 ・・・・・・・・・
 2003年08月31日(日)
879, 敗戦の時 ー有事の時代に突入
『会社と個人の資産防衛セミナー』
2003年8月27日 池袋・かんぽ会館12時30分〜17時
             講師清水洋  −中央会ー主催

東京で先日『会社と個人の資産防衛セミナー』に参加してきた。
以前この随想日記に、この講師の本の感想文を書いたことがあるが、
実際のところどうなっているか聞いてみる時期にきていた。

講師の清水洋の本を二冊読んでいたが、実際参加してみて日本の現状の酷さに驚かされた。
彼は税理士をしていると同時に、会社の再建・再生・債務対策などの指導に奔走している。
その生々しい一言一言がドラマで面白くさえあった。
40人ぐらいの参加者全員が食い入るように聞き入っていた。
そのためか、講師も熱が入っていた。

ー要点を印象順に書くとー
・近い将来、間違いなく国債の暴落・金利上昇・ハイパーインフレになる。
 それに備えてヘッジをしておくべきである。
  動産ー金ーなどに換えておくべきだ。 銀行は預金封鎖もあり得る。
 戦前の預金閉鎖の法律が残っており、閣議決定だけで可能である。

・年間1万9千社が倒産といっているが、実際は転廃業を含めると
 22万社が消滅している。これは関東大震災が目に見えないカタチで
 毎年おきている以上のことだ。

・今年140兆、来年が150兆、再来年が170兆円の国債発行の予定。
 −という事は、一家の借金にすると毎年500万円の借金が増えている
 ことになる。破綻をはるかに超えている状態である。

・それをカバーするのは国債しかない。
 そろそろ銀行が、その買取に難色をはじめてきた。
 次の手段として小口にして国民に売り始めた。
 歴史的にみて、そうせざるを得なくなった時は国家財政の破綻の時期。
 第二次世界大戦の敗戦直前に、戦時国債が多発された。
 それを信じ買い取った国民は財産を失った。
 金やドルに換えていた人もいたという。そういう人が大資産家にとって
 かわった。いま無知蒙昧な国民がこぞって買い始めている。

・現在は大清算時代の有事の時だ、今までの考え方では自己防衛は不可能だ。
 今までの常識を全て捨てることだ。

・不動産はまだまだ値下がりが続く。
 良質の不動産と、それ以外の不動産の価値の差がますますつく。

・借り入れは可能な限り返し少なくすること。

・政治家の旧守派と官僚と財界の利権のトライアングルが国家を破綻に導いている。
 国民がその自民党を支持している。
 この程度の政党の嘘に騙されている国民そのものが悪いのだ。
 
・日本政府は世界最大の金融機関である。
 郵貯に、年金、多すぎる税金をかき集め、政治家と官僚が好き放題使っている。
 道路に橋に第三者機関によるホテルや体育館などなど。 すべて採算割れ。 
                     ーつづく
・・・・・・・
2002年08月31日
(土) 505, 独り言

最近、自宅近くで自転車に乗ったり、歩きながら独り言をいっている人に
たて続き4人にすれ違った。 別に精神に異常をきたしているとは思えなかった。
60歳位の男の人は怒りながら歩いていた。家内は何回もそれを目撃しているという。
時代がそれだけ世知辛くしているという事か。

今まで見てきた独り言をいっている人は、明らかに精神の異常な人であった。
独り言は聞いていると本当に内容が重いことが多い。
考えてみれば、この随想日記を公開しているのも独り言といってよい。

25年前になるが、岐阜に向かう丁度通勤列車に乗った。
突如何処かで男が独り言を大声で話し出した。
初めは何気なく聞いていたが、過去に北海道に旅行した具体的内容であった。
それが結構面白く内容なあるものだったことを今でも憶えている。
列車に全員が咳払い一つしないで聞いていた。

知らないうちに頭で思っていることが溢れ出ている状態を
いうんだろう。聞いている方は非常に不気味だ。
50年近く前に長岡駅の周辺に頭のおかしな「たるまのゆき」
という女の浮浪者がいた。独りでぶつぶつ笑いながら歩いていた。

なかなかのインテリで学校の先生をしていたという?
以前に都会である中年の女性が通り向かって怒鳴っていた事もあった。

・・・・・・・・・
2001年08月31日(金)
[127] 特異点

‘自分自身’宇宙の特異点である。
もちろんこの地域も、職場も、友人も特異点である。
この当たり前?のことがきずかない。
考えてみればそれぞれの経験の世界以外知ることができないし、
その人にとって、その世界は特異点でなく普遍の世界にみえる。

総ては特異点の集まりであり、「普遍」はそう見えているだけだ。
従がって、もしその世界に埋没したり、停滞すると全てが「普遍」に見えてくる。
私が嫌うのが、`中高年の教養のないおばさん'である。それこそ特異点そのものである。

「現象が真実と信じている点」である。真実とは何かも考えたことがない。
俗にいう噂とか社会現象にドップリ浸かっている。
それぞれが特異ということが解らない。
そして対象に集中して相手の特異を見つけると、
あたかも、とんでもない欠点と思い込んでしまう哀れな存在である。
これはおばさんだけではないが。


2340, さっきみた幻想的、かつリアルな夢

2007年08月30日(木)

  -v-)。o○《Gооd Мояйiиg》○o。(-v-★)

これだけ、ハッキリと憶えている夢は珍しい。
毎朝書いているモーニング・ページに夜半にみた夢を書いているが、殆ど忘れている。
それでも、五日に一度位は大筋は書いているだろうか。
夢から醒めた直後は、忘れないように反駁をしているが、
しかし殆どは反駁したことだけしか憶えていない。

ところが、どういうわけかリアルに殆ど憶えているのである。
夢見た直後に、リアルに、詳細に書けば、読んでいても面白いだろうから、
あえて書き出してみる。 まずは、私の夢の世界を、ご覧あれ。
私の潜在意識の公開である!

ーーー
近所を散歩していると、面白そうな家が目に付いた。
家の向かって右の方に、子供のための遊び場がつくってある。
そこで主人らしき人が手作りで何かを作っている。
声をかけると、中に入ってもよいという。
そこに入っていくと右が廊下のようになっていて、手作りの小さな部屋が5つ位ある。
その中に子山羊がいたり、こどもの遊び場があったり、遊び道具が入っている。
その廊下の奥に少し広い空間があり、カヤックやカヌーなどが置いてある。
家の右全体が自分たちの遊び場として、その主人・松尾という人が自分で手作りで
作ったという。 そういえば去年、大学の学生時代の友人がカヤックを持ってきて
新潟の阿賀野川の河口で大水の中、二時間ぐらい遊んだことがある、と言うと、
急に打ち解けてくる。 

そして、居間に案内をする。
そこには、彼の友人が4〜5人遊びに来ていた。毎週のように週末は仲間が集まるという。
そこで奥の方の部屋に行き、そこで松尾さんと話をする。
薄っすらとした髭をはやした五十歳位の人で、自由業のようだ。
名刺をだそうとしたが、出さない方がよいと判断、自分の姓だけをいう。
急に睡魔が押し寄せてきたが、そこに10歳位の彼の息子が来て、正座をして挨拶をする。
私も挨拶をしようとしたが、眠くてできない。 その松尾さんに、
「あなたは自由業でしょう。弁護士か、医者か、会計事務所の先生とか」
というと、その通りだと答える。
そうじゃなければ、このような好きなことを好きなまま、できないはずだ。

ところが、この夢には次の場面がある。
翌日、何と家内を連れて、その松尾さんの家に行ったのだ。
そして、家内は松尾さんの奥さんと話をしている。半分お互いに知っていたようだ。
二人で世間話を始める。まあ、せっかくのところに何で家内か、と思っているうちに、
帰ることになった。
ところが、何か騒がしいので行ってみると、この家の老いたお手伝いさんが前日亡くなり、
そのお参りに近所の人が来ていたのだ。 そこで私も、仏壇の前でお参りをする。
身寄りではないが、お手伝いとして面倒を見ていた人という。
聞いていて涙が出てくる。

その後、一人で自宅の前に帰ってくると、宅配の人が玄関口にいる。
その前にも宅配の人がきていたようで、不在の紙があった。
そして、家に入ろうとすると、何か人の気配がする。
二人の息子と、二匹の犬が一Fの部屋にいる。
庭から部屋の中を見るとまだ高校生の彼らである。 その辺りで眼が覚める。
何か不思議な、リアルな夢である。心象風景ということか?

他人の夢を垣間見るのも面白い?というより、珍しいか!
私も直後にこれだけ、鮮明に文章化したのは初めてである!  ネムイ!

                :(,, ・∀・)ノ゛ マタネー.:+:
・・・・・・・・・
2006年08月30日(水)
1975, 写真家はインドをめざす
                 \(^▽^*)おは!
              ー読書日記
インドを精通する写真家14人が描いたフォトエッセイが、
この1冊に凝縮してあり、読んでいて魂まで吸い込まれるようだ。
この本、この数年で5〜6回は図書館で借りてきては返している。
読めば読むほどに何とも魅力のある本である。
いや本が魅力があるというより、インドの地と、
そこに住む人々の混在した多様性にひかれる。

    カルカッタのマザー・テレサの建てた「死を待つ家」。
    路傍でまるでゴミのように死んでいく身よりの無い人々が、
    せめて屋根のある家で死んでいけるように建てた家の死を待っている
    老人達の写真を冷静に撮ってあるもの。
    ・物乞いのライ病患者や、駅の隅で転がっている少女の死体?
    ・河の辺で焼かれている燃え上がっている死体。

インドをドック・アイの視線でカメラマンの目は鋭く一瞬を抉り撮っている。
白黒の写真が、むしろピッタリである。
一人当たり7〜8頁の文章と、10枚位の白黒写真がその文章の後にある。
画家や写真家のエッセイは何故、ここまで優しく鋭く人の心を捉えるのだろうか?
恐らく、一瞬の被写体の中にある本質を見抜く感性が私たちの
心の奥の共感を呼び起こすからだろう。


  この本のトップの日比野宏の出だしの文章から、対象を鮮明に表現する。
   ーー
   チャイ屋で一服するのが、インドの楽しみである。
   土蔵のような店の天井に吊り下げられた扇風機が、
   湿気の無いヒンヤリした風を送ってくる。何げなく帳場をみると、
   ゴキブリが油で揚げた菓子の上を通過し、ネズミが茶碗の周りを這いずり回る。
   隣の男が茶碗にハエが入っていると怒ったら、店の主人が平然とした態度で、
   スプーンで取り除いた。ハエや蚊は空気の成分と同じだという感覚が、
   この土地で生活する条件の一つかも知れない。
  インドに入国してから一週間も経ってない私だが、その状況に少しずつ慣れていった。
 −
という具合で、もう自分がインドの茶屋で、お茶を飲んでいるような錯覚に陥ってしまう。

また7人目の「インドに想う」−鎌澤久也
の写真も、文も素晴らしい。
 −
    カルカッタといわずインドは楽しかった。
    人と動物が一体となり、平等な姿で共存するインド、
    大通りに牛が寝そべり、交通の妨げになっても、
    決して文句を言わないインド人、ヒンドゥー教においては、
    牛は神聖視されているからなのだろう。

しかし、乞食に堂々とした態度で、お金をくれといわれたのには
ビックリした。いまだに残っているカースト制度に起因をしているのだろうが、
君はお金を持っているのだから、持っていない自分にお金をくれる義務があり、
自分は貰う権利がある。確かに理は通っているが、が、いまひとつ納得がいかない。
・・それはそうと、ある夜、デリーの安宿で、屋上から街灯で浮かび上がる街並みや、
華やかな通りを眺めていると、見るからに長期旅行者といった、20代後半の男性から、
[[人生とは何でしょうか?」と、突然話しかけられた。
ウ〜ンと私はうなってしまった。
  ーーーー
「写真家はインドをめざす」青弓社 (共同 著書)
なぜインドを撮るのか。混沌、喧騒、氾濫――。
人々は渦を巻き、聖なる河はすべてのものを飲み込む。
写真家というフィルターを通して切り取った凝縮のインド、悠々の営み。
(カバーのコピーより)
 ▼目次
1 インド合掌  日比野宏
2 旅と写真とその理由  青柳健二
3 インドへ、その向こうへ  富張佳子
4 サドゥ  石川梵
5 マルチサーカス  三浦麻旅子
6 ドッグズ・アイの旅  小野寺誠
7 インドに想う  鎌澤久也

                 (。・ω・)ノ☆゚+.バイ!
・・・・・・
2005年08月30日(火)
1610, 閑話小題

ーダイエー長岡店閉鎖ー
ダイエーの長岡店に一昨日の日曜日、最後の見納めで行ってきた。
あと閉鎖まで三日ということで、殆んど商品がない状態。
最後の残りの商品にハゲタカかハイエナが集るように客が、右往左往していた。
本来は閉店といえば、問屋が売れ残り商品をドサクサに紛れて売るのだが、
その元気もないようだった。ダイエー出店で長崎屋が閉鎖に追い込まれ、
今度は郊外のSCやスーパーセンターに敗れ去る姿は現実の厳しさを
そのまま露出していた。

ー今度の選挙は自民大勝かー
解散時から、この選挙は自民大勝と思っていたが、
そろそろ新聞や週刊誌で、その事実を認めはじめてきた。
民主の小沢など、もう次の次の選挙を前提で戦略を練っている。
反自民という意味で民主党支持の私が、自民支持になったのだから。
だれもあの郵政利権屋どもの汚い顔を見れば・・・・・

ー綿貫代表で国民新党の名前はブラック・ジョークー
郵政利権派の綿貫と亀井が新党を結成をしたが、
その名前が「国民新党」という実態の正反対の名前をつけた。
どんなブラック・ジョークより冗談がきつい名前である。
「利権族旧守党」と、ズバリつけるわけもいかないが。
それを知っているので、郵政反対派の大部分は無所属で出るという。
この連中を1人ずつ、確実に潰してしまうべきだ。
刺客作戦は当然のことで、判断は国民がすべきことである。

この炙りだされたブラックの利権の化け者、
郵貯の既得権を守ろうとしているだけの輩でしかない。
「日本の将来など考える必要なし、現在の既得権を守るためなら何でもする」
という連中である。彼らが奇麗事をいえばいうほど、それが露呈していまう。
裸の王様の自分が見えてない。 時代が変わってしまったのだ。
「終わってしまった郵便局」の票と金を既得権として守りたいだけという姿が
露呈しているのが解らないのだ。欲呆けというところか。
「大きな政府、それでけっこう何がわるい」と、正々堂々と言っている。

現在の日本は、国家収入の増加と支出の削減が待ったなしである。
民社党と哀れな政策ミスは致命傷である。
昨夜のお笑い番組「たけしのTV」では、みごとな位に郵政反対派を攻撃していた。
あの元社民党の法政教授の田島嬢?までもが、郵政改革賛成にまわっていた。

・・・・・・・・・
2004年08月30日(月)
1245, オリンピックが終了

オリンピックが、昨夜(日本時間では今朝方)終わった。
期間は8月12日から29日までの17日間であった。
結局は金メダルが16個。
前回の三倍、東京オリンピックと同数、であるから大成功だった。
復興委員会が数年前に打ち立てた戦略の結果であった。

私の印象の強い順に書くと
・金メダルを16個取ったこと
・女子マラソンで野口が優勝したこと
 (丁度ツアーで、ウィーンのホテルでチェックインをした直後にゴールを見た)
・柔道が8個の金メダルを取ったこと
 ー野村が三試合連続金メダル、谷亮子が女子でニ連勝、
 優勝最有力視されていた井上康生が一回戦で破れたことなど
・水泳では、男子の岡島が金を二個、女子ではあまり目立たなかった
 選手が優勝をしたこと
・体操の団体優勝の緊迫した内容と優勝
・優勝選手のドーピングで、銀であったハンマー投げの室伏選手の逆転優勝
・優勝をめざしていた野球が銅に終わったこと
 −日本のプロ野球の威信をかけたが、この程度の実力ということが判明したことと
 これで、一リーグ制に加速がつくだろう
   以上、誰もが同じ印象であろう。

ところで、過去に日本が強かった卓球、体操、レスリングなどを、中国と北朝鮮が
冷戦時代に戦略的に集中して強化して狙いうちをしていた。
そしていつの間にか彼らの得意競技になっていた。
それを一部とりかえしたといってよい。いずれにしても、
日本復興委員会をつくって本気になって金メダルを狙いにいった結果だった。
まあ素晴らしいことだ!

・・・・・・・・・
2003年08月30日(土)
878,「何故なれない富士山が世界遺産に!」

 先日のNHKTVの「クローズアップ現代」をみていて驚いた。
「富士山が世界遺産の指定から外れてしまった」と真面目に取り上げていた。
「馬鹿たれ、ユネスコの世界遺産とは何ぞや知っているのか!」
こんなものはフランスの一部の利権屋の既得権のワッペンの世界でしかない。
そのことを西アフリカのツアーで嫌というほど知らされた実感である。
 
 そのツアーの謳い文句が、「世界遺産を見てまわる旅」であった。
ところが、その世界遺産というのが見るに耐えない塵以下の代物だった。
殆ど意味のない、小さな小屋が世界遺産という。これは詐欺以下の世界である。
添乗員曰く
「これは詐欺の世界で、世界遺産はそういう西欧のラベルーワッペンの代物でしかない!」
「うっせい、この野郎!それを謳い文句でパンフレットに載せて、つれてきたのは
どこのどいつだ!」と心の中で思ってもすでに遅かった。

 NHKの番組で「何故、富士山が世界遺産から外された?」と真面目に取り上げていたのだ。
このことを解ってNHKも放送しているのだろうが、
まさか「天下のユネスコの世界遺産とはその程度のものだ」とも放送できないのだ。
何の意味がない世界遺産をタップリ時間と金をかけて行って、ゴミ?を見せつけられた
経験がいわせているのだ。

 この文章をみて「私の偏見で決めつけているいるのではないか?!」
と考えるかも知れないが、実体験でこの目で見た事実である。
どうしても西欧の価値観で決められるのだ。
自分たちが過去に統治していて、今も関係の深い観光資源に甘くなる。
「こんなもので遺産はおかしいし、まだ富士山が選ばれてない」と、
その時も添乗員が言っていた

 ノーベル賞も、「もっと質が悪いもの」と考えると世界が違って見えてくる。
あくまで欧米の政治的価値観のレベルでしかない。
馬鹿みたいなのが、この表象世界である。
しかしそこに住んでいるのが人間でもあるのも事実であるが。
特に閉ざされた国の日本人は、世界遺産とかノーベル賞という言葉だけで
信じてしまう傾向があまりにも強い。
更に地方にいると、こういう視点を持つこと自体が変人扱いをされてしまう。

「他の星の住人の視点」をこういうグローバルの時代こそ必要ではあるまいか!
フランスでは大統領に当選すると、まず大統領マニュアルを徹底的に叩き込まれるという。
その中に「地球儀を数メートル離れたところからみる習慣化の訓練」があるという。
それを知ったときは、なるほどと納得したものだ。
自宅では、TV の横に100円ショップで買った地球儀が置いてある。
会社では、机の横に子供が使っていたボロボロの地球儀が置いてある。
時たま稀有壮大のことを考えるのは、そのせいだ。

100円ショップというところが自分でも(^<^)!(^^)!(^'^)(^^♪(~o~)(^・^)(^o^)丿!
週に数回は地球の旅の番組をTVで見るときに手にとって見るが、非常に便利である。

・・・・・・・・
2002年08月30日(金)
504, 男時と女時

5年ほど前か、何かの雑誌で「男時と女時」の特集をしていた。
国の勢いにしても、会社にしても、個人としても
その時がある。それに反したことをしないで従うこと。
今の日本は正しく女時である。30数年前の高度成長期は男時であった。
人間もその人により、その時々がある。

駄目ー女時のときは、ただじっとして本を読むか、来るべき時の為の
準備期間と割り切ったほうがよい。
「風車、風の吹く間の昼寝かな」と誰かが、うたっていたが。
「枝葉を切って根を養う」時期と心得てジタバタしないことだ。

男時の時は、全エネルギーを出し切って葉と枝を精一杯張ることだ。
それぞれの立場や職業があるだろうが、大体が10~20歳代は女時として、
知識、経験を蓄え,30~40歳代に男時として、枝葉を張る時期だ。
ラクダの時−30歳まで、ライオンの時−30〜60歳、
そして子供の時ー60歳以上があるが。

今の世界ー先進国は女時に入っているのではないだろうか。
一日のなかでもある。10時から16時辺りが、男時か。
[5時から男]はアフター5からだろうが。

・・・・・・・・・
2001年08月30日(木)
[126] まだ生きている!

33日の漂流の後奇跡的に助かった、漁船の船長が昨日TVに出ていた。
「スイカが流れてこないかなーとか、おや今日も生きているとか、なかなか
死なないもんだとかぼーと考えていた」このようなひとつづつが奇跡の原因らしい。
・スイカが流れてこないかなーはプラス発想、
・おや今日も生きているのかというは、事故(自己)の客観化というらしい。
10年位前ののヨットレースの佐野某の漂流記を読んだことを思い出した。
鴎をを捕まえて食べていたらしいが、一種の死の瞬間の倒錯がすごい。
今乗っているボートごと垂直に数百メートル昇っていった。
それは夢でもなんにでもない事実としかいえない出来事だったという。

ユングがそれに似た経験をしている。瞑想をしていてそのまま天に上るくだりである。
インドの上空をどんどん昇っていく、
インドの国の地形とか青い海そして地球が見えたという。
それがそのずっと後宇宙飛行士が見た光景と同じであった。
中世では人肉を食べた内容が克明に残っていたりした。


2339, 意志について

2007年08月29日(水)

       ・ω・)ノはよー
 「狂人三歩手前」 ー中島義道著
 −哲学などしないようにー

哲学は、全て根こそぎ疑い、そして疑いの中から真実を見つけようとする。
哲学は曖昧な言葉をミキサーのように砕いてしまう。
意志についても哲学者は、その言葉に含まれている前提を見逃さない。
殺人者は、殺そうという意志があって成り立つ。(衝動もあるが)
一般的に意志は初めから「善いもの」という前提がある。
その前提を見逃さないのが哲学である。だから、嫌われるのである。
といって、曖昧な考えは、判断を狂わしてしまう。
真理をさけて通ることは、さけて通ったという事実が残る。

ーー                  P−174
世の中で信じて疑わないことのほとんどが眉唾ものである。
とは、10歳の頃から直感していたが、ーそれを一つ一つ
「やっぱり」と納得していく過程が私の人生であった
「ある」とは何か、「いま」とは何か、「私」とは何か、「善い」とは何か、
人生経験を積めば積むほど夜中に森の中をさまようようにわからなくなっていく。

とりわけ、このごろ「意志」と呼ばれているものは、
ただの社会的取り決めにすぎないのだ、という思いが強くなってきている。
私はすべてにおいて優柔不断であり、何かを選んだ瞬間に後悔することはざらにある。
「タンメン」と注文した瞬間に、「味噌ラーメン」にすればよかったと後悔する。
だが、すぐ取り消すのは恥ずかしいし、もう作り始めているかもしれないし、
とあれこれ考えて、ぐっとこらえるのだ。
現実社会は、「タンメン!」と叫んだことは私の意志だとして、
それを固定化しようとする。
なぜなら、注文を取った直後に次々にくるくる訂正が入ると、
商売ができなくなるからである。すべての約束について、
守るまで約束遵守の意志があるとみなされるのも同じこと。
意志とは、かように実際的な要求から生まれたものにすぎないのではないだろうか。
何がこの行為を生じさせたのか、何があの行為を生じさせなかったのか、こう問うと、
実のところめまいのするほど膨大な「原因」を考慮せねばならず、皆目わからなくなる。
だが、わからないと、社会生活上不便なので「意志」という架空物をとらえてて、
錯綜する原因をごく少数に整理整頓し、それらが「引き起こした」というお話しを
でっちあげているだけである。

そして、このインチキ芝居も、われわれが大きな禍に直面したり、
あるいは他人に大きな禍を及ぼすとき、化けの皮が剥がれ落ちる。
われわれは「意志」などというチャチな贋造物など投げ捨てて、
「なぜこうなってしまって、ああならなかったのだろうか」と全身で後悔するのである。
後悔は、意志とは論理的に両立しない。
なぜなら、後悔とは、私が意志したことを、同じ私がまさにそのとき
「ほかの意志もできたはずだ」という前提のもとに悔やみ続けるのであるから。
だが、それは矛盾だといくら言ってもわれわれは後悔をやめない。
そういう場合は一般に、論理より実際の行いのほうが「正しい」のである。
なお、後悔はこういうタイプのものぼかりでほない。
われわれは、試験会場であのヒントに気づかなかった自分の不注意にも、寝過ごして、
ハレー彗星を見損なった自分の怠惰にも、後悔する。

では、こんなにも嘘臭い意志がなぜ「ほんとうにある」かのように思われるのであろうか。
答えは存外簡単である。意志には、(時代や地域によってそのありょうは多少異なるが)
「意志の強い人」という理想的人間像がぴったり貼り付いているからである。
「意志の強い人」とはどんな人であろうか。
それは、「正しい」と信じたことをいかなる障害にもめげずにやり遂げる人である。
ここで、(何が正しいかはともかく)「正しい」ことという限定が付いていることが
重要である。いかなる脅迫を受けようとも、黒人解放運動に身を捧げる人は、
意志の強い人である。血の出るような修行のすえ悟りを開く人は意志の強い人である。
脅されると、すぐに解放運動を降りてしまう人、修行が辛くて夜逃げする人は
意志の弱い人である。ここまではスムーズに話が進む。

だが、両親の涙ながらの懇願にも、警察の説得にも耳をかさず、子供を殺してしまう
誘拐犯は意志の強い人だろうか?「そうだ、俺は間違っていた」
と反省して子供を返す人は意志の弱い人だろうか?
こう問うと、違和感があることがわかるであろう。
つまり、意志ははじめから「善いもの」とされており、その限り、
どんなに脅迫されても意志を変えない人、どんな窮地に陥っても意志を貫く人、
が世間では賞賛される。
だから、みなそういう善い強い意志が自らの「うち」にあるかのように思い込んで、
がんぼろうと励むのである。 だが、こういうことは反社会的である。
みんな一致団結して、意志という捏造物を(半信半疑であるからこそ)
必死に守ろうと誓い合っているときに、 哲学者という「ならず者」は
「それはフィクションですよ、そこには勝手な取り決め以上のものはありませんよ」
というのだから。社会がガラガラ崩れてしまうなどなんともない、
所詮「ならず者」なのだからしかたない。
だから、世間はーまことに賢いことに-太古の昔から、哲学者を殺したり、礫にしたり、
追放したり、精神病棟に閉じ込めたりして、社会の安寧を守ってきた

ーーーー
そういうこと! 哲学など徹底的に割り切って鳥瞰していないと、
社会を混乱させるに過ぎないだけである。
                   ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・・
2006年08月29日(火)
1974, 東京駅の一瞬の出来事!
Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning (~O~)ふぁ・時差ぼけ!

    ケニア旅行の帰路、最終の新幹線に間に合わないので日暮里に泊まった。
    翌朝、東京駅の新幹線改札口の近くに行ったところ、
    突如顔色を変えた黒服の背広の10人位が走ってきて通行をストップした。
    一瞬、テロ爆弾の予告電話が入り閉鎖を始めたのかと思った。
    しかし、その直後冷静にみると何か違う。
黒服の男達は改札口の両側にロープを張って、その中に人を入れないようにしている。
「はは~、超ビップの新幹線の乗り込みのための警戒のための何か?」と直感。
逃げかけた家内を呼び止め「超ビッグのための警戒。面白そう見てみよう!」
    次の瞬間に、カメラを出してと、家内がいう。
    近くにいた人がやはり携帯電話のカメラを出した。
    私も一瞬迷ったが、バックにデジタルカメラを有ることを思い出した。
    そのときは、皇室??を忘れて写真を撮っていた。
近くのSPが嫌な顔をしたのが一瞬わかった。
それをさせないのが、SPの技術のなのだろう。
そして、一枚撮って、その後ビデオに切り替えた。
しかし、それは写って無かった。東京駅では日常だろうが・・
    天皇・皇后様が新幹線に乗るときの状況を直に見るのも面白い。
    新幹線に乗るときに数分間の一瞬の間しか交通止めしかできない。
    もし閉鎖で乗り遅れたら、国民の反感を間違いなく受ける。
    我われの目線は天皇であろうが、何であろうが同じである。
                     \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・
2005年08月29日(月)
1609, 愛とは何か −1

この歳になって、いまさら「愛とは何か」でもないが、
この年齢でなればこそ、愛が人間の心の背骨と実感する。
ある愛の定義が納得のいくものである。
「愛は、自分自身や他者に対して
 共感的にあるがままに受け入れることと 尊重することである」
これから考えてみると、愛することとは、自分を自分として、
他人を他人として受け入れることになる。
まずは自分と他人を尊重することである。他人を愛するということは、
よかれと思い、その道を一緒に探し求めることである。
判断や批判なしに受け入れることが、愛の第一歩である。

飯田史彦著「愛の論理」の「愛」の定義が面白い。
その一部を抜粋してみると、
ー愛の定義 p.334

愛とは、自分という存在の価値認識と成長意欲から生まれるものであり、
相手がただ存在してくれていることへの感謝ゆえに決断し、
永続的な意志と洗練された能力によって実行しようと努力する、
相手の幸福を願い成長を支援する行為である。

p.374
私たちは、愛の実行力からみた人間としての成熟度に応じて、
現在の自分に可能な範囲で精一杯の愛を実行すればよい。
なぜなら、成熟度を大きく超える愛の実行を試みても、そこには必ず無理が生じて、
自分自身を痛めつけたらり、相手をも巻きぞえにして傷つけてしまう結果になる
からである。
ただし、私たちは、自分の成熟度を高めるための努力を、つねに怠ってはならない。
なぜなら、私たちは、愛の実行のみによってゆるされるのではなく、
より高度な愛を実行しようと挑戦することによって、ゆるされるからである。
したがって、私たちは、はるか彼方にそびえる「愛の山頂」にあこがれながらも、
いま目の前で踏みおろすべき「次なる愛の一歩」を、見きわめなければならない。
そして、まだ山のふもとや中腹を歩んでいることを自覚しながらも、
着実に山頂を目指して登ろうと努力する時、その勇気と成長によって、
私たちはゆるされるのである。

ーまた谷川俊太郎の詩がよい
  あい    谷川俊太郎

あい 口で言うのはかんたんだ
愛  文字で書くのもむずかしくない

あい 気持ちはだれでも知っている
愛  悲しいくらい好きになること

あい いつでもそばにいたいこと
愛  いつまでも生きてほしいと願うこと

あい それは愛ということばじゃない
愛  それは気持ちだけでもない

あい はるかな過去を忘れないこと
愛  見えない未来を信じること

あい くりかえしくりかえし考えること
愛  いのちをかけて生きること

 −−
 宗教の愛についての教えも深い。
愛について聖書にはこう書かれています。
「愛は寛容で、情け深く、ねたむことをしない。高ぶらず、誇らず、
無作法をしない。自分の利益を求めない。いらだたない。恨まない。
不義を喜ばないで真理を喜ぶ。すべてを忍び、信じ、望み、耐える。」
また仏教では、「無縁の慈悲」を究極の愛の姿としています。
つまり、私が誰かに何かをしてやるということを全く意識しないで、
他者を幸せにすることです。

・・・・・・
2004年08月29日(日)
1244.お笑いコーナー 今日のお笑い 

いろんな国の男が、象について本を書いていた。
ドイツ人は脚注がたくさん付いた三巻本を書いた。
その表題は「象研究序説」
フランス人は薄く軽妙な本を書いた。
その表題は「象とその性生活」
イギリス人は挿絵の豊富な旅行案内を書いた。
その表題は「アフリカ奥地の象狩り」
アメリカ人は広告用小冊子を書いた。
その表題は「裏庭での趣味と実益をかねた象の飼育法」
ユダヤ人は戦闘的なパンフレットを書いた。
その表題は「象と反ユダヤ主義」

ーーーーーーー
ブッシュ大統領がイメージアップと人気増進のために
PRキャンペーンを行うことにした。
彼は小学校を訪れて子供達に彼の政策について分かり易く説明することに決めた。
大統領による説明が終わった後、彼は子供達に向かって「何か質問がありますか?」
と尋ねた。
スティーブという生徒が手を挙げて 「大統領、僕は三つ質問があるんです。
 1.どうして大統領選挙では総投票数が少なかったのに、
   あなたは大統領になれたのですか?
 2.はっきりした動機もないのに、なぜあなたはイラクを攻撃したのですか?
 3.歴史上最大のテロリスト攻撃は広島への原爆攻撃だと、あなたは思いませんか?」

ちょうど質問が終わった時に休憩のベルが鳴ったので、子供達は校庭に遊びに出た。
休み時間が終わって子供達が教室に戻るとブッシュ大統領は彼等にまだ何か質問が
あるか、と尋ねた。エディが手を挙げて尋ねた。
「大統領、僕は五つ質問があるんです。
 1.どうして大統領選挙では総投票数が少なかったのに、大統領になれたのですか?
 2.はっきりした動機もないのに、なぜあなたはイラクを攻撃したのですか?
 3.歴史上最大のテロリスト攻撃は広島への原爆攻撃だと、あなたは思いませんか?
 4.どうして今日はいつもより20分早く休憩のベルが鳴ったのですか?
 5.僕の友達のスティーブはどこに消えちゃったのですか?」

ーーーーーー
2003年08月29日(金)
877, 女の盛り時ー女とオバサンの境い目

十数年前に、第一生命の叩上げの財務の人と飲んだ時期があった。
女性を知り尽くしている人という感じであった。
こと女性に関しての一言一言が相通じるものがあった。
私も姉が4人もいたり、女性の職場にいたため、
女性の裏表を知っているつもりであった。
しかし体を張って保険をとってくる女性を管理してきた人の言葉は、
全く違う響きがあった。

・保険勧誘はギリギリのところの女性を動機付けていなくてはならない。
 部下とは塀の上に一緒に立って(男女の中という意味)いないと仕事にならない。
 その危なさが何とも面白い。
・女性の盛りは40歳からの数年である。丁度人生の曲がり角で一番危ない時である。
 その危なさが微妙に女性の魅力になっている時期である。
 オバサンになるか、今一度最後の花を咲かせるかの境い目が何とも良い。
 
なるほどと思って、その視点で見つめなおすと全くその通りである。
高峰秀子が何かの本で「女性は45歳が境い目で、急激に坂道を転げ落ちるように
変わっていく」と実感で書いていた。
何か第一生命の人の言葉と相通じるものがあった。
女としての最後の輝きが全身から出てくるのだろう。
その時期に、私の姉たちと従姉が葬式で同席した。
その年齢の境い目の前後の姿を、そのまま目の当たりに見てしまった。

 しかし、チャンと身奇麗にしていれば、その年齢の魅力は出てくるものだ。
年齢を重ねれば重ねるほど、自己管理が必要ということだろう。
それは男女に関係なくだが。
内面がそのまま表に出るから恐ろしいのが歳の蓄積である。
昨夜も同級会の幹事会で悪臭を撒いていた「おれは中卒だ!」が口癖の
漫画に出てくるような職人がいたが。
同級の女性達も、年齢の割りにちゃんとした魅力を保っていた。
長年の品位が魅力になってくるのだろう。

ーーーーーーー
2002年08月29日(木)
503,「10,4,2,1の法則 」-2

我々は何時の間にかこの逆をやってしまうことがある。
一つことをやって上手くいかないと次のことを始める。
それはそれでよいが、やめてから次のことをすべきである。
やめないで、次から次に始める。
上手くいって舞い上がって始めるケースも多いが。
力の分散である。飲食店の場合、見ていると本当に多い。

東京TVの「愛の貧乏大作戦」を見ていると面白い。
追い詰められた商店主の店を建て直す番組。
主力の商品がお客に受け入れられなくなり廃業直前になる。
メインの商品の落ち込みを他の商品を広げて逃げてしまう。
更に主力商品の力が落ちる。そのことすらも気づいていない。

上手くいっている店は、商品の絞込みがしっかりしてある。
その店で修行する番組なのだが、その段差が漫画的ですらある。
いろいろな失敗の中でそれに気づいている店主と、
全く気がついてない店主の差が歴然としている。

マクドナルドはハンバーグだけであれだけ大きくなった。
ただハンバーグでは大きくなれない、あとはシステムの構築だ。
それも数十年かけた。
街の大衆食堂は、何でもあるが全て中途半端だ。
その道のプロならまだよいが、素人が中途半端で始めると目が当てられない。
近くの飲食店で死にかけている店がやはり同じことをしている。
拡散はメインの商品の質の低下を引き起こす。

自分がレンズになり、メイン商品に焦点を当て続ける事だ。
そうすれば、そこにはエネルギーが集まる。自戒も込めて書いている。
私の場合は、客室プライスの価格破壊の徹底と、
それでも利益を出せる仕組みつくりだ。

話はそれたが、時代の変化に対して変化し続けることは難しい。
一つの事を止めて、次の商品の開発は大事なことだ。
商品も事業もだが、メインの深耕を本当にしてからだ。

ーーーーーーー
2001年08月29日(水)
[125] 目には目を歯に歯を

この意味をイスラエルに旅行するまで全く知らなかった。
実際の意味はその正反対の意味であった。
それまでは目をヤラレタラら殺す、歯をヤラレタラ目をやる。
それをヤラレタ範囲で仕返しをやる、というむしろ優しい掟であった。
それだけ激しい条件の世界であった。
旧約聖書でいつの間に当たり前と思っていたことが、
そこで始めて規制されていた。

ホモもしかり、それまで当然の世界で何もおかしい世界でなかった。
その倫理をただ旧約聖書が規定したから悪いことでしかないのだ。
そのことをイスラエルではじめて知った。
5000年前にアブラハムという部族長が神の声を聞いてその声に従って、
イスラエルに向かった。そのアラーの神に今も世界が支配されている。

キリスト教の神もそのラージXでしかないのだ。
イスラムののアラーの神も然りである。考えてみればあの裸の王様でしかない。
皆解っていながらそう考えておいたほうが、良いから信じてしまえと鼻声で
Xを神にして祈っている。

確かに人間の人知に及ばない何かがあることは当然だが、
それを単純に神に集約するのはおかしい。
しかし神の名の元に基準は必要であり、
言葉を待ってしまった人間ー過剰な欲を持ってしまった人間ー
に宗教しか救いを見出せないのも致し方ないのか。


2338, ホッファー −4

2007年08月28日(火)

   (*'▽'*)/☆゜’ほっふぁー ようさん〜〜〜〜♪
         (;-""-);'↑

ー更にHPにあったホファー「波止場日記」の中から言葉を拾ってみるー
            ー 〜〜 ー は感想です。

<たびたび感銘を受けるのだが、すぐれた人々、性格がやさしく内面的にも
 優雅さをもった人々が、波止場にたくさんいる。この前の仕事でアーニーとマックと
 しばらく一緒になったが、ふと気付くと、この二人はなんと立派な、寛大で、有能で、
 聡明な人間だろうと考えていた。 じっと見ていると、彼らは賢明なばかりではなく
 驚くほど独創的なやり方で仕事にとりくんでいた。
 しかも、いつもまるで遊んでいるように仕事をするのである>
  ー人間の価値とは何か?最近、解らなくなってきた。
   誠実であるということ、そして努力をし続けること、他人と比較しないこと、
   知恵を出す術を知っていること、他人ことを気遣いすること、
   他人に笑顔を浮かべること、迷惑をかけないこと。その基準で図れば解るはずだがー
 
<労働者としても、また人間としても比類ないニグロが幾人か波止場にいるのを知っている。
 この人たちは柔和で、誠実で、非常に有能である>
  ー結局は、アメリカこそヒンズー教のような差別・階級社会である。
   これだけは、仕方がないと割りきるしかない。
   おうおうにして下の人の中に、柔和で、誠実で、有能な人がいるのも解る。
   ただミス・フィットなだけだー
   
<知識人は自己の有用性と価値とに自信がもてないために、とてもプライドなしには
 立っていけないのであり、普通は国家とか教会とか党とかいった
 ‘ある緊密なグループと自己を一体化してプライドの根拠としている’のである>
  ーロータリー、青年会議所、銀行の主催した会とか、色いろあって名刺に
   ベタベタ書いている立派な方がいる。
   誰も面と向かってアフォと言わないのが日本的で良いが、それにしてもね〜。

<自分自身の幸福とか、将来にとって不可欠なものとかが全く念頭にないことに気付くと、
 うれしくなる。いつも感じているのだが、自己にとらわれるのは不健全である>
  ー不健全の何処が悪い?という声が聞こえそうだが。でも、健全に越したことはないー
  
<全般的に見て、教育のある人間より大衆の方が、人類についてよい見解をもっている。
   ・・・教育はやさしい心を育みはしない>
  ーその人の性格によるが、概してそうみてもよいか?−

<人は、充実した2,3分の間に、数ケ月にわたる努力以上のことを なしとげられるものだ>
  ーそれじゃ、努力した数ヶ月はどうなるの?
   そういうこともある!というのが本当じゃないか!ー

<私は欠点や欠陥にみちた社会に生きている。
 しかし、この社会は全ての人に好きなことをさせる十分のゆとりをもった社会である。
 ・・・干渉されることなく自己の能力と才能を発揮したい人にとっては、
 この国(アメリカ)は理想的な国である>
  −そう思うから、良いんじゃないのですか? 違う?ー

<人間のつくり出した実用的な諸道具は、大部分非実用的なものの追求のなかから
 得た洞察や技術を応用したものである>
  ーインターネットを代表として、軍事産業から民間の転用に多く見られるのが
   良いのか悪いのか?それと昔の王侯貴族の贅沢品?もあるかー

<二十世紀最大の犯罪は、金銭欲にかられた資本家たちによってではなく、
 献身的な理想主義者たちによって犯された。
 レーニン、スターリン、ヒトラーは、金銭を軽蔑した。
 十九世紀から二十世紀への移行は、金銭尊重から権力尊重への移行であった、
 金は諸悪の根源だというきまり文句のなんという単純さ>
  ー金銭って何?という、基本的な概念が問われなければ、何も解決しないだろう。−
 
<仕事に行く気がしなかった。ほとんど一日中買い物をしてすごした。
 エリックに大きなトラを、そしてリリーにはお盆。25ドルばかりかかった。
 昼、株価のひどい暴落を告げる新聞の見出しに気づいた。大変愉快になった。
 ずいぶん意地の悪い見方だが、私がほくそえむにはそれなりの理由があった。
 株価の上昇はしばしば物価一般の上昇を意味してきた。
 賃金や預金の実質価格の低下は数千人のギャンブラーたちの破産よりも
 影響が大きく、不幸な災難となるのである>
  ーこれ以上、落ちようがない立場の真骨頂であるがー
  
<自由に適さない人々、自由であってもたいしたことのできぬ人々、
 そうした人々が権力を渇望するということが重要な点である。
 ・・・ もしもヒトラーが才能と真の芸術家の気質を持っていたなら、
 もしもスターリンが一流の理論家になる能力を持っていたなら、
 もしもナポレオンが偉大な詩人あるいは哲学者の資質をもっていたなら、
 彼らは絶対的な権力にすべてを焼きつくすような欲望をいだかなかっただろう。
 ・・・自由という大気の中にあって多くを達成する能力の欠けている人々は
 権力を渇望する> −権力って最高の自由って見方は出来ないのか?−

 彼が愛読したモンテーニュの「エセー」の言葉
<ベッドで死ぬよりも馬の背で死ぬべきだと思う。
 自分の家を去り、縁者たちから遠く離れて死ぬべきだと思う。
 友人たちと愉快に生きよう。しかし、死ぬときは見知らぬ人々の中で死のう>
    ーこれに向かって生きたのがホッファーである。
    孤独を守るこそ人生の核心である。言葉では幾らでも言える。
    しかし、彼は人生を通して彼は守り通したところに彼の生き方があるー
              ○´・ω・]ノ ヂャァネッ !
 ・・・・・・・・・
 2006年08月28日(月)
1973, 三回目のケニヤ旅行 −1

ケニアに行ってきた。
家に着いてまだ二時間だが、現実に帰る前に書いている。
これでタンザニアに行った時に通過したことも含めて4回目になる。
旅行をしていて気づいたことは、三回で充分。
タンザニアのセレンゲッテーか、南アフリカのオカバンゴにすべきであった。
といってもケニアの大地は、そこにいるだけでも精気を充電でき、
バカンスとしては十分に満足できた。

今回のハイライトを印象度から書いてみると
,泙砂蘰のサンブルのサファリでみた、豹のペアリングである。
 これは、プロのカメラマンでも、ほぼ見ることが出来ないもの。
 これだけでも、今回の元をとってしまったといってよい。
 (しかし、初日に何枚か撮った写真を間違えて全て消去してしまった。)
 仲間内のSDカードをコピーしてもらったので、何とか・・・
 
▲泪汽ぁΕ泪蕕陵七覆睥匹った。
 あとで写真を掲載するが、マサイの夕陽は何ともいえない哀愁がある。
 そういえば以前のヌーの河渡りのウォッチングの帰り道の夕景の
 小高い丘の光景を思い出した。
 一匹取り残された足の折れたヌーが怯えて、神経質に周りを見渡していた姿。
 夕景は死の間近を暗示、 足の折れた姿は病気を、一匹取り残された姿は孤独を、
 人間の死期を悟った時の心象風景そのものである。
 夕陽の赤に近いオレンジ色は、朝日の色にも似ている。
 死と生は酷似しているのだろう! 今回の夕景は 2~3日うちに掲載予定。
 
いつも感動するのが、ナイロビからマサイマラに向かう
 道路からみる大地講帯の広大な風景である。
 それも、どんどん変わっていく風景が素晴らしい。
 これも見ているだけでも心が洗われる。
 
ぅ▲弌璽妊アのサファリで見た、小さな川での二匹の象の水場での争いも
 印象的であった。一匹の象が水を飲んでいるのを後できた象が待機していた。
 やおら飲み終えて帰ろうとしたのを見はらかって、
 待機をしていた象が歩き出した姿を見て、帰るのを止めて後ずさりをして
 その象を頭で押し返してしまった。さらにその河水飲み場に糞をして嫌がらせをした。 
 何か人間の浅ましい姿に似ていた。
 
 ゥ汽鵐屮襪任痢∧僂錣辰親以が次から次へと見れたことだ。
  特に印象的であったのは、網目キリンと、オリックス、ディクディク、
  ゲレヌクなどが印象的であった。
 
 前回の、ヌーの河渡りの時も、そうだったが
 アフリカに来る人は癒しを求めてやってくる。
 あの大地は、そこにいるだけで心が洗われる思いになる。
 今回も、充分過ぎるぐらいの精気をいただいた思いである。

・・・・・・・・
2005年08月28日(日)
1608, 日本人「上機嫌化」プロジェクト−1

またまた斉藤孝だが、文藝春秋・7月号
<日本人「上機嫌化」プロジェクト>が面白い。
鬱々とした空気の現在の日本で、読めばみるみる元気になる方法を書いている。
少しふざけた文章なのだが、なるほどと合点がいく。

戦後、日本はバブル崩壊までずっと右上がりの経済成長の環境を背景に、
前向きな熱気の中で生きてきた。
それが、失われた10年、いや15年とかいう右下がりの時代になって、
全員が自信を失い、前途に明かりを見出せないでいる。

著者は、この文章で、日本人の本来持っているエッセンスを抽出して、
社会全体で確認しなおす必要性をといている。
そのエッセンスとして次の6つをあげている。、
「上機嫌文化」「子供文化」「とにかく流す」「身体からはいる」
「気づかいを育てる日本語」「はかなさを愛でる」である。
その中で特に面白のは、「上機嫌文化」である。
最近は世界でも有数な欝病気質だといわれる。
不景気のせいだが、これは本来の日本の姿だろうか。

私の過去を振り返ってみても、著者のいう「上機嫌文化」が背景にあった。
高度経済成長期は特にその傾向が強かった。
彼はこの文章の中で、19世紀末に日本に来た外国人作家などの旅行記に
描かれている日本人の姿を紹介している。

ーその文章を抜粋してみる
19世紀後半、日本に1ヶ月ほど滞在してフランスのボーヴォワールは
こんな光景を目にしている。
<たいへんお茶のみで、煙草とおしゃべりが大好きな日本人は、
この火鉢を前に一日を過ごす。・・・我われの入ったどの店でも、
我われの国では見られないような丁重さと、人を引き付ける愛想のよさをもって応対した>
また同時期に東アジアを旅したオーストリアの軍人グスタフ・クライトナーは
こんな光景をみた。
<荷物を担いでいる人たちは、裸に近い恰好だった。
肩に竹の支柱をつけ、それにたいへん重い運搬籠を載せているので、
その重みで支柱の竹が今にも割れそうだった・・・・
しかし難儀な仕事をしているにかかわらず、この人たちは上機嫌で、
気持ちのよい挨拶をしてくれた。彼らは歩きながらも、締めつけられた
胸の奥から仕事の歌を口ずさんでいた。>
日本人はかって、このようにストレスの解消の手段が非常に多く用意されていた。
まずは、上機嫌を取り戻すことだが、この不景気という環境にとりあえず慣れることか。
              
                   ーつづく
・・・・・・・・・
2003年08月28日(木)
876, 「2003年、日本国破産<対策編> 」
  ーYEN(円)と国債が紙クズとなる日が近づいている !?

この内容も前回の本に劣らないほどショッキングである。

・まずは2003年に前兆があらわれる(4年前の文章)
 ー金利上昇、円安、デフレの終了
・2005~7年にはかなりの事があらわれる
 ーインフレのスタートなどのスタート
・2010年ー国家破綻などが私たちの前に重大な脅威として本来の姿を現す。
 国の借金が雪ダルマ式にふえていき、
 20誘瓩ぅぅ鵐侫譴嚢駝雲験茲暴殿腓紛式劼生じ始める。
・2010~2015年 日本がIMF管理下に入る可能性もある。
 (ハイパーインフレと経済の大混乱)
・2025年ー国家破産と老人大国化で政府そのものがぼろぼろに。
 インフレ以外は現在の日本は既にその状態であるといっても過言でない。
そして著者が書いている2003年になっても、大した対策を立ててない。
そうすると、この本の通り最悪を想定しなくてはならない。
最近になって、事業をこの規模にとどめていて良かったと思うようになった。
いややり過ぎだったのかもしれない。
昨日以前読書日記に書いた「財産をなくす人財産を残せる人」
の著者・清水洋のセミナーに東京まで行ってきた。
内容を明日書くが絶望的な見解であった。

・・・・・・・・
2002年08月28日(水)
502, 40才の禁酒ー隠れ酒の味

30歳になった記念で、10年間の喫煙を止めた。
大変だったが、それから体調がかなり良くなった。
そして40歳の年に禁酒に挑戦をしてみた。

約半年で頓挫をした。宣言をした翌日が義弟の結婚式だった。
結婚式場で隣の人に「何馬鹿を言っている!明日からにしなさい!」
と出鼻をくじかれ飲まされた。まずは幸先が悪かった。

自分を律する手段で周囲の人に宣言をした。
しかし一ヶ月もしないうちに、禁断症状が出た。
そして台所にある料理酒を、皆が寝静まった後に飲み始めた。
その後、水を入れて誤魔化すのだが。
だんだんその酒が薄くなり、家内が気がついたのか首をかしげていた。

そして半年たって、人に勧められて一寸一口飲んでから、
だんだんエスカレートして、最終的には元に戻ってしまった。
約束をしたメイン銀行の支店長が都合の悪いことに?
転勤でいなくなってしまった事もある。
その後その反動で、より痛飲をするようになったのだから始末が悪い。

最終的には、「一人酒をやらない、自宅で日本酒は飲まない、
自分から人を誘わない、自棄酒は飲まない」というルールをつくり
自己規制をしている。隠れ酒の酒のうまさは格別であった。

---------------
2001年08月28日(火)
[124] 酒乱-

酒飲みの悩みの一つに酒乱がある。私も酒乱のけがある。
酒による失敗は数あげれば限がない、命を失いかけた事も何度もある。
ある限度を越すと、スケベイになるか喧嘩だ。
最近は笑いだ。とりあえず笑いの種を探す。
5年前に毎年やっているいる高校と小学校の同級会が同じ日にあった。
5年に一回の小学校の同級会に出た。
二次会に行くと10人位の暗い集団がいた。高校の同級会の二次会に遇然鉢合わせたのだ。
その時本当に嬉しかった事を思い出す。その中の一人が
「おい堀井!こっちの会にに出てこいや、お前がいねえと葬式だいや!」
その時これだな!と思った。愉快な酒これほど楽しい事はない。
今は明るい酒乱!になっている。

---------------
H0905 宴会好き!

 創業来16年、当社の宴会が110回以上という。
私も宴会が好きな上に支配人がさらに好きというのがこの回数になったのだろう!。
忘新年会、工事関係の祝賀会、海外旅行の出発、帰国、理由をつけてよく飲んだものだ。
もともと私の父が宴会好きであった。
酒はあまり飲めなかったが、その雰囲気が好きで年に2回ぐらい、
無礼講で家族と従業員と取引先数人を集めて50〜60人の会を開いていた。

これが私の4〜5歳の時からで、親の目を盗んで日本酒を飲んでいた。
今考えてみても相当の盛り上がりで、これほど楽しい思い出はない位だった。
芸者や幇間や素人芸人を呼んで“粋”な会でもあった。
丁度、父が私と同じ位の年齢で親子がカタチを変え同じ事をくり返していると思うと
“三つ子魂”何やらである。当時の貧しい時代のハレとケのハレであったのであろう。

今でも忘れられない芸の一つがある。畳の上に一本の紐をおき、
その上をあたかもサ−カスの綱渡りのマネをする芸であった。
酔っているその姿が危なく面白おかしいのだ。その人も10年位前、痴呆で亡くなった。


2337, 郵便配達夫シュバルの理想宮  −1

2007年08月27日(月)

                ゚∇^*)オハヨ♪
 「郵便配達夫シュバルの理想宮 」−河出書房ー岡谷公二著

図書館の返却コーナーで見つけ一昨夜読んだが、とにかく面白い!
以下は、シュバルの理想宮の概要であるが、私好みである。
最近は、普通の成功話など何とも感動などしないが、
こういう馬鹿と気違いの紙一重の話には興味をそそられる。
それもユング的な世界を、そのまま理想宮という形で33年間もかけて、
コツコツと創りつづけるなど、何と感動ものである。

ーまずは、その概要というとー
 −−
1879年、フランス南部の片田舎のドローム県オートリーブの郵便配達夫
フェルディナン・シュヴァルがソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまづく。
その時にその石から何らかのインスピレーションを得たシュヴァルは、それ以降、
配達の途上色いろな石を仕事が終わると拾いにいき、自宅の庭先に積み上げていく。
そしてそれから33年の月日を経て宮殿の「建設」は完了する。

村人達からは気違いざたとして白眼視されたが、マスコミに取り上げられ、
見物客が訪れるようになった。シュヴァル自身は、この宮殿には居住しなかった。
そこの地下に墓所を造り、 家族と一緒に「エジプトのファラオ」のように
埋葬されることを望んでいたが、 教会や村人たちの反対で断念した。
そこで村営墓地に、理想宮に似た小規模な墓所を造った。

彼の没後、シュールレアリスムの詩人アンドレ・ブルトンが「宮殿」を称賛、詩を作成。
その後は、フランス政府により国の重要建造物に指定され、修復も行われている。

彼はしがない田舎の郵便配達夫で、石工、建築の知識は全く持ち合わせていなかった。
徒歩で配達をしながら、時折、配達物の中に見られる絵葉書から、配達の道々、
頭の中で夢の宮殿を建てては壊していた。
彼にとって、それは夢であり、それが現実になろうとは思っていなかった。
しかし躓いた奇妙な石をみてシュヴァルは、自然がこんなものを作り出せるのなら、
自分にもできるはず、と考え現実のものへと変えるきっかけをつかんだ。
石につまづくことは誰にでもある。
しかし、彼はその「つまづきの石」を掘り起こし天啓を受けたと思い込んだところが違う。

この宮殿の素晴らしさは、図面などを頼らずに、夢などの潜在意識の導きに従い
創られていったことである。生の欲求のままつくられたから、意味があり、
ユング的な深い意識の地下から湧き出た建設だから、心打たれるのである。
著者の岡谷公二は画家のルソーと彼の類似をみている。
新しい絵画や、一切の理論に煩わされないで、ひたすら自分の生の井戸から
水を汲み続けたルソーと同じ無垢を、このシュバルに感じたようだ。

この時代に村の人から「気違い」扱いされながら、ただひたすら独り石を集め、
宮殿を創りつづけた男の魂の迸りに感動したのである。 それにしても、
この奇妙な宮殿を国の重要建造物に指定するフランスも、素晴らしい国である。 
日本でもマスコミに度々取上げられたそうだが、私はこの本を手にするまで
知らなかった。 「見ても見えず」だったのかも知れない?いや見てはいない!
一度、この建物をみたいものである。
                        byebyeヽ(o・ω・o)ノ
ーーーーーーー
2006年08月27日(日)
1972、 事業百訓ー1996年(10) H0801 新年にあたり

ずばり今年のキーワードは“今年は特に面白い!”である。
現在の日本そして世界の大混迷の起因は一九八九年の冷戦終了であるが、
その背景には情報化社会の潮流の到来である。
これは一万年前の農業革命以来の変革であるという事は今さら書くまでもない。
今年はじっくりと一歩さがって、その正体を観察したい。
これだけでも地球に遊びに来ただけの価値は十二分にある。
まさか冷戦の終了、ベルリンの壁の崩壊、ソ連の解体が見れるとは思わなかった。
これだけでも充分価値があった。さらに去年よりの日本の国内での“大乱”である。

今年も“見せ場”になるのではないかという要素が多くある。
米国大統領選挙、日本の小選挙区制度下での衆院選挙、オリンピック、
金融社会主義の崩壊等々をきっかけとした大変動である。

また、身近でも酒屋、米屋、給油所、化粧品店、スーパー、一般小売店、
飲食店等の規制撤廃よりくる大競争の本格化がはっきり表面化してくる年である。
この変化にむしろビジネスチャンスを自らの手で創造していく事こそ直面した問題となる。
その切迫感こそ“面白い!”のである。 もう一度言おう“今年こそ特に面白い年である!!”


H0805 エジプト、トルコ感激の旅  ーエジプト編ー 

 まさにタイム・スリップして数千年前の古代を旅している日々であった。
まず最初に訪ねたのがカルナック神殿であった。
“まさしく驚愕!”直径が二mの石の大列柱が百数十本並ぶ神殿。
これが三千数百年に本当に!周辺の王侯貴族を驚かす為に造られたというが、
今まさに自分が、目を丸くして驚いているのだ。
歴史が私という小さな存在を見下ろしているのだ。

 日本ではまだ縄文の時代、これを造りあげた高度の技術があったのだ。
そして壁に刻みこまれたレリーフ、古代文字、
現地のまだ若い日本人女性ガイドの熱心な説明も手伝って
古代文明の世界にタイムスリップした気分になってしまった。
空に天を指すオペリスクとラムセス鏡い覆匹硫Δ篆世料の数々、
今まで何度か海外旅行をしていながら、
何故ここにもっと早く来なかったのだろうか?と考えてしまったほどだ。
 
 次に行った“王家の谷”。ここは何代の王様の墓が、
 かくれるように数々掘られている集団墓地だ。
この中で英国の考古学者カーターの執念でつきとめられた
ツタンカーメンの墓室にも入ってみた。
 
 また、夕日の長い影を落としていたハトシェプスト女王の壮麗な葬祭殿と、
そこにやはり刻まれていたレリーフの数々。
その帰りにたちよったネクロポリスの麗に立つメムノンの二体の巨像
の神秘的な光景も印象的であった。
 
 その翌日行ったアブジンベルの大神殿、小神殿、のラムセス凝の
巨大な立像も実際そこに立ってみて古代歴史の深さを実感する事ができた。
またアスワンのナイル川で乗ったのんびりした“ファルーカ”という
小さな帆かけ舟の夕日の中での“ひととき”も、
一瞬の中に永遠を感じる事ができるようだった。

 旅の後半になってカイロに入ったが、ナポレオンが言ったという
“四千年が諸君を見下ろしている!”という、
まさに異様なイスラム社会が大きなカルチャーショックになった。
丁度、ラマダン(一ケ月間の日の出から日の入りの断食の行)という事もあり、
異様さがさらに目立ち、我々日本人は西欧社会に感化されているのが対比する事ができた。
 
 早朝、街中とどろくアラーラの祈りのスピーカーの音も異様そのものだった。
我々の目からみると、接するエジプト人全員が金に特に汚い詐欺師そのもの、
“騙すより騙されるのが悪い!”“車は轢かれるほうが悪い!”とか、
それがイスラム教という。

 カイロ郊外にある二百五十万個の巨石を積みあげたピラミッドも
本当にすばらしいの一言。
考古博物館のツタンカーメンの黄金のマスクと財宝をみた瞬間、
ゾクゾク身ぶるいをしてしまった。
まだ今にも起きあがりそうなラムネス兇鬚呂犬瓩箸垢訖堯垢離潺ぅ蕕
数千年をこえて、不死への激しい希求を魂に語りかけてくるようであった。

H0805 エジプト、トルコ感激の旅  −トルコ編 ー

 トルコといえばキノコ岩等の奇岩の群れのあるカッパドキアが有名である。
トルコ中央に位置しているアンカラの南東に広がる高原地帯にある。
中世にイスラム教徒の圧迫により逃れ逃れたキリスト教がたどりつき、
奇岩をくり抜き洞窟教会や住居をつくりあげた聖地である。
まさにSF映画やアニメ漫画に出てくるような現実ばなれした奇景そのもの。
“本当にここは地球上?”と息をのんでしまうほどだ。

 その近くにあった地下都市・カイマルクも異教徒からの目から逃れる為の秘密地下都市群。
あちこちに蟻の巣穴のように縦横に掘られており、地下のマンションと形容できた。
一万人以上が何世紀にわたり隠れ住んでいたという、信仰の深淵さをみた思いであった。
そして、その帰りのバスの中より夕景の“大きな 丸い真赤の月光”も
生まれて始めてみる生涯忘れられない光景であった。
 
 イスタンブールの地下宮殿と呼ばれている
地下水道の貯水池“イエレバタン・サライ”も非常に印象的なものであった。
十二列×八mの列柱が三百三十六本整然と並んでおり、その一本の柱の下に
神話に出てくる女神、メンドーサの石首が土台になっているのが神秘的だ。
バック・グランド・ミュージックにベートーヴェンの第九が厳かに流されていたが、
その場の雰囲気にぴったりであった。

 トプカプ宮殿では、かのオスマントルコ帝国が、
何世紀にわたって世界中より集めた秘宝がところ狭しく展示してあった。
リンゴ大の四十数カラットのダイヤモンドや純金の椅子には驚いた。
宮殿もその絢爛たる宮廷生活をしのばせ、
四〇〇年間のスルタン(皇帝)の日々が目に浮かぶようだ。
 
 また、イスラム寺院のブルーモスクやアヤソフィアも、
その荘厳な内部も圧倒された。私自身、気功をやっている為か、
右手がいたくなるほど、しびれがきたのには驚いた。

 これだけの深い歴史の国に四日間だけで、ほんの一部しか触れる事はできなかったが、
この国の“光”の一部はしっかり見たつもりである。
 
 最後に行った巨大市場、スークも面白かった。
五千の貴金属、みやげ物を売っているが、ほとんど偽物の金銀の貴金属商品という。
そういう目でみると逆に面白いものばかりであった。
殺人的なスケジュールの十日間の旅であったが、
中味の濃い感動・感動そして感激の日々であった。(H 8年.1月30日〜2月8日)

H0807  インカ帝国<夢の旅> ーマチュピチュの遺跡編   

 ペルーはインカ帝国がスペインに滅ぼされるまで文字が一切ないという
不思議な文明の国であった。その為かプレインカ(インカ帝国以前の文明)と、
インカ帝国がより神秘的にナゾめいて来る。その圧巻がマチュピチュの遺跡である。
高度三千三百mのインカの首都であったクスコよりバス、登山列車、登山バスを
乗り継いで四時間あまりの行程。
四千〜五千mの山々の谷間に、突然小さな(といっても二千三百m)山が見えてきた。

 そこに空中都市といわれるマチュピチュの遺跡が、
霊界のように造られていた。まさに地上世界ではなく「あの世」を思わせる
神秘的、霊的、宇宙的な別世界である。
エジプトのカルナック神殿をみた時の驚き!と同じか、
それ以上の驚嘆に一瞬につつまれてしまった。
あれだけTVドキュメントと写真でみていたのに、“現実にみると全く違う!”
神秘的あまりにも神秘的、いや霊的神性という言葉が、ぴったりとする!
本当に地球は広いそして深い!とあらためて実感した。

 この空中都市は、インカの人々がスペイン人より逃れる為と
復習の為の作戦都市といわれている。
そして突然、この都市を焼き払い奥地へと消えていき、
まだ発見されてない地に伝説のそして幻のビルカバンバの都市を建設したという。
マチュピチュを去る決意をした人々は老人と“太陽の処女”たちを殺し、
その一角の墓地に葬った。この遺体がこの遺跡が発見された時に一緒に発見されたという。
私もこれだけの異界文明の“すごみ”を経験するのは生涯で初めてであった。
まさにSF小説の地を夢で浮遊しているようであった。

H0807インカ帝国<夢の旅> −ナスカの地上絵編ー 

 AC百〜六百年の昔、海岸から三百八十kmの乾燥地帯に一つの文化が栄えていた。
謎の地上絵で知られるナスカ文化である。
彼等は何を思ってか九百k屬砲錣燭觜大な大平原に直接、
三角形の図形と線の動物、虫、植物、宇宙人(?)の絵を描いた。
(その絵と同じものが当時の土器に描かれているので、
彼等の時代に描いたのが判明できたという。)

 その地上絵は飛行機ではじめて発見、判明された。それが何を意味しているのか、
宇宙人説、空飛ぶ人間説、星座をあらわすカレンダー説などあるという。
灰色の土地を十cmも削ると黄色の地面が出てくる。
それを三十cmの巾で十〜三百mにおよぶ絵をえがいている。
その数がペルー全土で二百以上あるという。
そしてその多くがナスカに集中している。
 
 セスナ機で二十分位飛んだ大平原にあちこち見えてきた。
本当に宇宙人にみせる為としか思えない。“UFO”のまさに世界である。
少なくとも、このフライトの間は宇宙人は本当に存在しているのでは?
と確信したくなる光景であった。
ハチドリ、クモ、コンドル、サル、宇宙人の絵と、
その背後に何キロにわたる縦横に描かれた直線は、
誰に見せる為のものであろうか不思議そのものである。
 
 編みあげの髪の毛のインデォのおばちゃん、アンディスの山脈、
チチカカ湖にすむ原住民の素朴な生活。
そして世界の七不思議といわれる巨石建設の技術等に、
強烈なペルーの魅力的な世界が今でも脳裏にやきついてはなれない。
高山病に悩まされ死ぬ思いであったが、そんな事は些細に思わせるほどの
聖なる不思議な日々であった。
(次の南米はペルーの反対側にあるキアナ高原にある世界最後の秘境、
                          テーブル・マウンテン)
                 ーH08年6月6日〜
H0809 大地の果て南アフリカ 

 はじめに南アフリカに注目した時、何と遠い国かと思ったが、
英国・ジンバブエ・ボツナワと飛行機を乗り継いで
本当に“遠くへ来たものだ!”と実感した。
わずか十一日の間にこれだけ多くの見聞と感激と驚きを経験できるとは…。

 ツアーの同行者十名が二十〜五十回以上のリピーターが大部分で、
トラベルにつきもののトラブルを全員で逆に楽しむ強者ばかり。
そのためかストレスが最小に済んだ事もあって、非常に楽しく味わい深い旅行であった。

一番の圧巻はジンバブエにある世界三大瀑布の一つのビクトリア滝であった。
 リビングストンの発見したこの滝は幅千七百m、落差百五mあり、
 まさにあのイグアスの滝に匹敵する壮大かつ豪快な男性的な景観であった。
 またそこでの超恐怖体験のバンジージャンプは、
 この旅行のすべての記憶を消しさる位の強烈な体験であった。

また次に行ったボツナワ共和国のチョベ国立公園でのサンセット・サファリと、
  翌朝のポート・サファリもケニア・サファリと違った味わい深いものであった。
  野生の象がハトやスズメのように街の中へ入りこみ、木の葉を食べているのには
  腰を抜かさんばかり驚いた。そしてロッジに帰ってくるとホテルの柵の入り口に、
  やはり五〜六頭、  木の葉を食べていた。ケニアの殺気だった緊張感がまるでなく、
  田舎の、のんびりしたアフリカ…という感覚であった。
  ここでは象があまりに増えすぎ間引をしているという。

喜望峰も感激の連続であった。
  大地の果ての峰の左にインド洋、右に大西洋という。
  ここでしか見られない高台で海をみとれていると、
  何と!クジラが泳いでいるのが見えたのだ!
  これこそ喜望峰での最高の見ものであった。
  また喜望峰に来る途中でたち寄ったミニ・クルーズでの、
  数千頭のオットセイの群れの岩場も印象に残った。
  帰路にたち寄った小さな湾の野生ペンギンの群れに
  一〜二m近くまで近づき顔をつきあわせたのも、
  自分が人間である事を一瞬忘れてしまいそうであった。

南アフリカといっても、ヨハネスブルクは一千万人近い
  ロスアンゼルスを思わせる大都会であった。
  ケープ・タウンも人口百三十万人の高速道路、
  高層ビルがたちならぶ超近代都市であった。
  反面、地方の大部分が超貧困層の黒人が占めており、
  まだ深刻な人種対立が根が深いようだった。
  現地の年配の英国人妻の日本人ガイドの視点よりみる、
  人種間の対立の話を聞くうち、あくまで我々は生活者でなく、
  旅行者(通行人)でしかない事を思い知った。
  まだまだほとんど書けないほど多様な旅行であったが、
  どこに行っても人間の普遍性とそれぞれの文化の多用性、特殊を
  見ることができるのが旅行の最大の収穫でもあった。
                  H 7.10/27〜11/6
H0809 愛と憎しみと価値判断

「“愛”の反対語は“憎しみ”ではなく、“価値判断を下すこと”」
という言葉に接して、その深い含蓄ある意味を私なりに考えてみた。
この事よりまず愛の一面の意味として“価値判断を下ださずに、
1歩さがって見守る”という事になる。

“憎しみ”とは“価値判断を下す事”それより生じる壁を相手との間につくる事、
それはとりもなおさず自分の壁をつくる事につながる。
そしてそれはその壁を越えてくる(相手)、事象の拒否感情といえるのではないか。
この壁の内側は長い間の価値判断のくり返しにより、ますます卑小化していく。
そしてマイナス思考回路の習慣化と、その結果としての病気の誘発を供う。

価値判断を下さない事はそれでは可能なのだろうか!?
という疑問も残るが、対象を“あるがままの姿でみる
(きれいとみるでなく、きたないとみるのではなく、そのままみる目)が必要となる。

H0811  人生の楽しみ方

遊びの定義とは“自分の好きな事をして、それを楽しむ”というらしい。
人生五十年の実感として全く苦労した感が少ないのは、自分で目標をたて、
そのプロセスを楽しんだ為とハタッと思った。

 もっとも“自分の目標をたて、それを楽しむ”までの準備期間と、
そのエネルギ−は大変であったが。両親がこの達人であった。
仕事も趣味も本当に楽しみつくしていた。
“お金”とは楽しみの滓と父は常々いっていた。
母もありとあらゆる趣味を持っていた。そのほとんどが一流の域に達していた。

 そのポイントを聞いた事があるが、“好きになれるかどうか、
そして自分のモノになれるかどうか始める前に見きわめる事、
そして手をつけたら死んでもその域にいくまであきらめない。
そしてライバルをみつけて、その人についていく事”という。

 何事も遊びにまで昇華していく事がその主旨のようだ。
制約等でワクをはめられて“好きな事”ができないなら、“好きになる事”だ。
好きになれないのは自分の“主観”の固さでしかない。ある新興の大手企業で社是として
“おもしろ、おかしく”にしているのを知って驚いたが、単純だが奥ゆきの深さを感じる


2336, ホッファー  −3

2007年08月26日(日)


        (★>з<)。o○[ォハヨ]○o。
一昨日、アマゾンで注文をしていた中古本の、ホッファーの自伝が送って来た。
一昨夜半、二時間かけて読破したが期待したどおりの内容であった。
ミス・フィットや港湾労働者の立場で、何故独学であらゆる分野の知的好奇心を
持ち続けることが出来たのだろうか、まず疑問を持った。
それは7〜15歳までの盲目体験である。そして、彼の父親がやはり労働者に係わらず、
読書好きの教養人だったことが彼の勤勉性を培ったようだ。

さすらいのホームレスから見た、ミス・フィットの人たちの生態も克明に書かれていて、
時空を越えた当時の生身の生活が垣間見れ、彼と一緒に20世紀前半のアメリカを
彷徨っているような気持ちになってしまった。
  ホッファーの言葉を幾つかのHPから拾ってみた。
  なかなか含蓄の深い言葉ばかりである。
             (ー 〜〜 ー は私の内語である。)
  ーーーー
  
<世界で生じている問題の根源は自己愛にではなく、自己嫌悪にある。>
 ー自己嫌悪を無くすには、他人への愛が必要ということ!
  自己愛は、人への慈愛から育てるのが近道。それが出来ないのが人間か〜
  でも、半々と割り切ってしまうしかないか、自己愛と自己嫌悪!
  他人が嫌ってくれているのに、自分まで同調することもないだろうにー
  
<驚くべきことに、われわれは自分を愛するように隣人を愛する。
 自分自身にすることを他人に対して行う。自分自身を憎むとき、他人も憎む。
 自分に寛大なとき、他人にも寛大になる。自分を許すとき、他人も許す。
 自分を犠牲にする覚悟があるとき、他人を犠牲にしがちである>
 ー{これはホッファーの「思いやり」についての最も深い部} というが、
  自己犠牲という奴ほど、自己というエゴがヘバリツイテイルということに
  注意しないと、軽い?人間のボランティアになってしまう。解る?その意味ー
  
<私の言う知識人とは、自分は教育のある少数派の一員であり世の中のできごとに
 方向と形を与える教授の権利を持っていると思っている人たちである。
 知識人であるためには、良い教育を受けているとか特に知的であるとかの必要はない。
 教育のあるエリートの一員だという感情こそが問題なのである>
 ーそういうこと!「教育のあるエリートの一員」か〜? 
 エリートなんぞ対比の問題でしかないのが解らないのは、単なる馬鹿!
 ある本を読んでいたら、何処かの大学の教授が自らを日本を代表する教養人と
 のたまっていた。 まあ、可愛いいから許せるか?−

<必要なものにあくせくしているあいだは、人間はまだ動物なのである。
 不必要なものや途方もないものを求める時、人間は、人間という独自な存在になる>
 ー不必要なものと、不必要でないものって誰が決めるの?
 世間一般の基準でいうそれなんだろうが。
 図書館で、先日、これまた卒倒するほど? 面白い本を見つけた。
 不必要、この上ないことを32年間、気違いといわれながらやり通した
 フランスの郵便配達夫の話、ピンときた人もいるでしょうが・・・−
 
<私の知るかぎりでは、人生は偶然の十字路であるゆえにすばらしい>
 −カントの何にあったが、全てが偶然か、それとも運命づけられているのか?

<他人と分かちあうことをしぶる魂は、概して、それ自体、多くを持っていないのだ>
 28歳からの10年を季節労働者として過ごす間に出会った農場主のクンゼは、
 ホッファーに向って言った。
「あんたのことは理解できない。将来のことを考えたことはないのかい。
 どうして 知性あふれる人間が安心感なしで生きられるんだろう」
 私は真面目に答えた。
「信じられないでしょうが、私の将来はあなたの将来よりずっと安全です
 あなたは農場が安全な生活を保障してくれると考えています。
 でも革命が起こったら農場はなくなりますよ。
 一方、私は季節労働者ですから、何も心配することはありません。 
 通貨と社会体制に何が起ころうが、種まきと取り入れは続くでしょうから、
 私は必要とされます。 絶対的な安定が欲しいなら道楽者になって、
 季節労働者として生計を立てる方法を学ぶべきでしょうね」
  よくできた冗談のように思え、二人とも笑った。
 ―まあ、そういうこと!何も持たない人は、何も失うことはないのです。
  持ったとしても、所詮そんなもの持ったという錯覚でしかない。
  その錯覚のために一番大事なことを見失うのであるー
                     バイヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・・
2006年08月26日(土)
1971.事業百訓 ー1995年(9)
 H0701新年にあたり

 景気に対して超悲観的である。
冷戦の後の数年のこの文章はほぼ同じ悲観的見通しであったし、当然その通りになった。
逆張り投資の当社にとってこの時期こそ機会到来である。
十五年間かけて地道に積み重ねてきたモア・スペシャル、
モア・ディスカウントのホテルフォーマットが主流と認知されてきている為である。
ここであらためて原点にたちかえり
十〜二十年スパンの長期経営構想を深耕する年になる。
ー字数の関係上カット(2007年08月25日)

H0701  事業百訓  

446 “ドーナツの穴”、あれこそ色即是空です。
  ああそれと小沢昭一がいった“色っぽい事をすると空しくなる。
 ”あれも、まさにその意味をいいあてている。 −永六輔
  447 業態とは損益分岐点である。−ヨーカ堂、鈴木社長
  448 「自分なりに」を禁句とせよ!
   自分を限界づけて、その範囲内という意味におちいってしまう。−田舞徳太郎
  449 ほうたいをまいてやるなら、他人の傷にふれてはならない。−ヘッセ
  450 人の痛いのは三年でも我慢する。−ことわざ
  451 好きな事より、してよっかったと後で思える事をせよ。−ドバル
  452 真理はしばしば矛盾の中にある。
  453 釈迦については、人類史上最初に人間の肉体と人生より
  “精神”というものを抽出し、凝視し、よき作用を見、悪しき作用の機能を指摘した。
   さらに悪しき作用を押さえこむ処方まで与えた。 それが仏教であるといえる。
  この凝視と方法に医学が気付くのに十九世紀末のフロイトまでまたねばならなかった。
                               −司馬遼太郎
  454 「泥棒と悪口を言うのと、どちらが悪いか」
   私の教会の牧師は「悪口のほうが罪が深い」といわれました。
   大事なものは取られても生活を根底より覆されるような被害ではない限り、
   いつか忘れる。それで自殺した話は聞かない。
   しかし悪口を言われて死んだ老人の話や子供の話はよく聞きます。
   それは人をおいやり子供を精神薄弱にする力がある。
   ...私達は二つの尺度を持っている。
  「自分のする事は、そう悪くない」「人のする事は大変悪い」
   自分の過失を咎める尺度とは、全く違う。
   ...自分の未来を勝手に決めないで下さい。
   こんな未来しか持ってないと、わかった顔をしないで下さい。
   紙の書かれるシナリオと貴方の書かれるシナリオは全く違うのです。
   ...ドイツのことわざに“共に喜ぶのは二倍の喜び、
   ともに苦しむのは半分の苦しみ”があります。−三浦綾子

H0701  テーマ日記

 二年前より日記を“テーマ日記”方式に切り換えた。
なれるまでは大変だったが今ではけっこう面白い。
この文も去年の一月七日の“テーマ日記”が下敷きになっている。
思いつくまま“テーマ”書き、それをもとに内容を書く。
前日みた“TVドラマ”がテーマであったり。
前夜みた“夢”の内容であったり、“父の思い出”“年記”
(年末に日記風に一年をまとめた内容)、“読書感”であったり。
あとでふり返って読んでも面白い。
いかに普段あまり深く考えてない事と、その時点の自分の興味の変化がわかる。
“日記”より雑記に近いが…。(随想、随筆の難しさがよくわかる。)

H0703 事業百訓

455 行動の動機が、行動の本当の判断基準である。
 みかけ上は同じような行動を千人がする。
 本当はその動機が違えば、みな違うものである。
<なぜなら行動とは意志のことだからである。>しかし意志は行動と同じではない。
<行動せずに考えたり、意志したりすることは、
そこにチャンスが存在するとしても“壺”の中の炎や、砂にまかれた種と
同じである。燃えずに消え、芽を出さずに死んでしまう。>
仏教徒と同じようにスウェデンボルグは、
人間とはその人の意志した行動の総和だと断言する。
<人間の霊的肉体とは彼が自分の意志によってした行動以外の何ものでもない。>
そして<天国への道は、この世の外にあるのではなく、この世にある。>
(スウェデンボルグ伝より)
456 自分の“木”をみつけるべし。さがしつづければ、
 ある日その木はどれだと判るはず。(山尾三省)
457 (a)七千万年前に原始ザルが生まれ、
  (b)二千年前に霊長類が生まれ、
  (c)七百〜八百万年前に今の人類の原型が生まれた。
  (d)一万二千年前に農耕がはじまり、
   地球上に三百〜四百万人の人類が存在した。
   人類は“森林”の中で天敵がなかった。
   その為自らのうちに敵を持つシステムをつくっていった。
                      ―河合雅雄―
H0703 ブラジル旅行記

“行って吃驚!玉手箱”主観をこめて現地の実感を書いてみる。
カーニバルはリオディジャネロだけでなく、全国津々浦々の都市で行われており、
四日間全国がお祭りの為休みとなる。
その最も有名で世界的に知られているのがリオのそれなのである。
リオのカーニバルのランクがA・B・Cとなっており
Aランクが9チーム、
Bランクが15〜16チーム、
Cランクは数十チームとなっている。
AとBチームが特設スタジオのメーン、ストリー800mを
80分の持時間で踊りながら行進する。

そこは六万人の観客席があり、審判席で厳格に審査され、
その年の優勝等順位があらそわれる。
そのチケットは一般の人はほとんど入手不可能である。
TV新聞等で目にするのはCチームが街頭で行進するものでしかなかった。

チームは四千名が1チームで構成されており、
それが約500名×8チームに細分化され統一のコンセプトのもとに
仮装が華やかにつくられている。
音楽も各チームごとに毎年新しいコンセプトのもとに有名作曲家が名誉をかけてつくる。
その作曲も採点の大きなポイントになるという。

一日6〜8チームが夜の七時より翌朝の七時まで延々と踊りの行進が続く。
観客席もその行進曲にあわせて半数以上が踊っている。
音響もすさまじく隣の人の声は全く聞こえない。
上位数チームが翌週の土曜日に優勝をかけて再び行進がおこなわれて、
優勝チームは10億以上の賞金がつき、かつ翌年に向けてのよいスポンサーが約束される。
その年の山車とか衣装は翌年に持ちこさずすべて破棄するという。

カーニバルをみていて“気”とか“色即是空”とか“禅の悟り”が、すべて含まれている。
東洋的なこのような言葉が小さくみすばらしくさえ思えるくらいだ。
ブラジルの印象を書くと、“サッカー”と、“サンバ”(カーニバル)と、“森林”と、
“イグアスの滝”そして“汚職まみれの国”である。さらに加えるなら“まずしさ”である。

H0705 バンジージャンプ

 ナイアガラの二倍の落差のビクトリア大瀑布に息をのみ、そのまま進むと、
ジンバブエとザンビアの国境を結ぶ小説等で有名な鉄橋がみえてきた。
よくみるとバンジー・ジャンプで丁度人がとびおりたところであった。
思わず“私もやりたい!”
今年の五月にニュージランドで43mの高さを挑戦! 今度はその二倍あるという。

現地案内人の黒人女性も、私の気迫におされてOKの返事!
一度国境を出てまったく無国籍の橋の上へ。国境警備員も本当かと何回も念を押した。
そして……。
飛び込み台に立って気がついた高さと恐怖心は正比例である事に!
氷つくような恐怖心!後ろをふりむいて“やっぱりやめた!”
という一瞬の気の迷いを振りほどいてジャンプ!
何と次の瞬間思いもよらない脳の奥より声!“目をあけてみてみろ!”
何とそこには高速道路で170劼離好圈璽匹納屬鬚呂靴辰浸の世界と、
同じような空をとんでいるような感覚。
いやに緑の木々の印象の強い光の中をつきぬけていく風景がみえてきた。
さらに恐ろしいのは50m位の中間で何分か宙づりになり、
橋まで再びひきあげられるまでの恐怖であった。
(次はヘリコプターよりのジャンプ!?)

ーニュージーランドのバンジージャンプー
 字数の関係上カット(2007年08月25日)

H0705 事業百訓

458 “才能とは自分で決めること、そして人として最も大切な事は
   他人とは何かを考える事。”(山川方夫)
459  競争対策とは“差別化”のことです。
   それはより徹することでのみ勝者となります。
   徹することは、より例外を少なくすることです。
   換言すれば“標準化”の徹底ということですが、
   それは内容を“単純化”しないと一向にすすまないものです(3S主ギ)―渥美俊一
460 「いや、あの世があるかどうか私にも判らない。 ただ死ぬ瞬間に
   “これからいいところにいける”と思って死ぬのと、
   “これから荒涼たる荒野を生ぐさい風と一緒に永久にさまよう”
     と考えるのと、
   “なにもかも虚無だ”と考えるのと、
   この三つを並べて考えると
  “楽しいところへ行ける”と考えるほうがよい。
   そこで死ぬ瞬間に、それが信じられるように“想像力”で、 
   一生かかってあの世は極楽だというイメージを頭の中につくりあげている。
   それがカトリックというものです。 −「上智大学のホイベルス神父」
                  ―(井上はじめ、司馬遼太郎対談より)
461 “私の経験からすると、(夢)というのはまさに人間の魂そのものだと思います。
  夢を持っていない人間は、本当に魂がなくなってしまいます。
  カリブ海には一種の魔法使いがいるとされています。
  そして人の魂を奪ってしまうことがあると。
  そのぬけがらが映画になったゾンビ。
  目が大きくなって中をみると何もない…”
462 アインシュタインでの(相対性理論)もう一つの重要な意義は
  “物質とエネルギーは交換することができる”という認識である。
  物質は一つのエネルギーの形態にすぎない。
  またエネルギーの減速している状態、または結晶化したものにすぎない。
  私たちは肉体もエネルギー体そのものである。…(光の手…)
463 個人レベルでは、現代心理学や精神開発の世界により深くかかわっていくと、
  either/or(どちらかが)の古い形が、both/andの形に
  とけこんでいくのが判る。そこにはもはや善や悪が存在しない。
  誰かを憎むとか愛しているかでなく、もっと自身の中に広大な能力に気ずく。
  同じ人間に対して愛と憎しみを感じ、その中間にある総ての感情を感じられるようになる。
464 人(他人)を指さす時、他の指はすべて自分の方をむいている。
 (人を批判する時、その大部分は自分にあてはまる)
465 みんな(自分にとって)自分が主役!
466 欧米等のキリスト教、イスラム教にとっての神は、
  大文字のX(エックス)であるが、
  日本人にとっての神は小文字のxのn乗(神々達)である。
  従って同じ目線で議論は無駄であり…
467 あなたの事情よりチャンスを考えるのではなく、
  チャンスよりあなたの事情を考える事だ!
468 「それにしても一体何が残るのだろうか?
   よく判らぬが私は“想い”が残るとあえている。
  “想い”の“深さ”が残る。“想い”をつめると幽霊になるという。
   だから幽霊がいたとしても少しも不思議ではない。」(葉山照葉)

H0707 事業百訓

469 “永遠”とは今後の時間ではない。
  永遠は長い時間でさえない。永遠は時間とは無関係です。
  永遠は時間領域内のあらゆる思考が切り離している<いまここ>の次元です。
  ここで永遠を永遠ととらえない限り他のどんなところでも
  永遠はとらえられません。とにかく万物すべてにおいて永遠を経験すること、
  それが生命の機能なのです。(キャンベル)
470 “たとえ雷に打たれたとしても決して否定的な考えをするべきではない”
  (バートランド・ラッセル)
  −否定語にとりつかれた病的人間の臭い
  −“人間は一日大体九万位の事を考えるそうで、
   悲しい事に大部分が否定的な事だという。
471 “人の世は虚空(生前)と虚空(死後)の折り返し地点”
472 成功の“功”は「ねりあげる」という意味。
  したがって成功はねりあげ成す事をいう。
  成功しないのは(計画準備)ねりあげがたりない為です。
473 出来るまでやってみる事です。
  やれないのは(できるまで)やってみないからです。(中村久子の母親あやの言葉)
 「お念仏なさいませ。一切は仏様におまかせすることです。
  どんなときも仏様は私たち衆生を抱きかかえて下さいます。
  お念仏させていただきましょう」 この深い意味が久子にはわかった。

H0709 事業百訓

474 “人にはやさしくやさしくおなりなさい。
  その為にあなたは強く強くならなければなりません。”(宮城まり子)
475 “怒りは無智、泣くは修業、笑いは悟り”60才になってはじめて、
  この味がわかってきた。(金語楼)
476 人生つらい事を探せば、つらい事ばかり!。
  いやな事を探せばいやな事ばかり!。
  うれしい事を探せば、うれしい事ばかり!。
  ありがたい事を探せば、ありがたい事ばかり!。(山本紹之介)
477 .Ε修鬚弔な ¬鸞を守れ フェアであれ じ朕佑鯊砂鼎擦
   スゴ饋瓦鯔困譴襪福淵蓮璽譟璽瀬咼奪肇愁鷁馗后Ε螢奪繊Ε妊アルング)
478 「半年先に会社を辞めることになって、
  自分の仕事を引き継ぐ人間がいないと想定してみる。
  そして組織をみなおし、自分のしている仕事を部下に任せてみる。
  それから、どうしたら事業に新たな価値を付加する事ができるか考える。
  この過程を引退するまで何度でもくり返す」(トム・ピータース)
479 人を愛し、賞賛するほど大量のエネルギーが自分の中に流れ込む。
  人を愛し、エネルギーを与える事が自分の為にできる最上のことだ。
  (聖なる予言−ジェームス・レッドフォード)

H0711 旅について

 “旅は人生である。”この意味をあまり深く考えた事がなかったが、
人生50年近く生き、その味を知るほどその深さが見えてくる。
旅は道づれに、そして宿で色々な人々と出会い、そして別れていく。
別れがあるから新しい出会いも生まれてくる。

ある国に行く、そしてその国の歴史にふれ、風景にふれ、芸術にふれていると、
その国民になってしまったような深い親しみを感じる。
大きな鳥の背中にのり、異境の地に行く昔話の冒険とまさに同じようだ。
まさに自分が主役で劇場がその対象の地であるようだ。
その地に実際に行って全身を持って五感で感じ、
それが知識より認識へと転換する一瞬!“ああ、自分は生きている。

この地で、この空気を吸い、臭いをかぎ、360度の視界のすばらしい景色を
みている!一回の旅行に何度か、この感慨にひたる。
まさに旅行の一日は平凡な日々の百日にあたるというが全くその通りだ。
観光とはまさにその国の光を観る事というが実感できる。
旅行先でどんなに多くの写真をとっても多すぎた事は一度もない。
思い出の為に必ず当地でミニ日記を書く事も重要だ。
その場の光景が後で鮮明にみえてくるからだ。

H0711 事実とイメージ

字数の関係上カット(2007年08月25日)


2335, どうせ死んでしまう

2007年08月25日(土)

        ノヽ∋―_φ(≧ω≦*)♪

   「狂人三歩手前」ー中島義道著 −1
    ーどうせ死んでしまうー

この本は月刊誌「新潮45」の連載で、時々、このコーナーを図書館で読んでいた。
その連載をまとめたのが、この本である。本の題名が「狂人三歩手前」というのが良い。
この本の冒頭からして、 ーどうせ死んでしまうーである。
いずれプッツンするのは解っているが、生きているうちは、
せめて「いま・ここ」に集中して面白おかしく生きたいと思っているが・・・。
{いずれ死ぬのなら、何で「いま・ここ」に集中して生きる必要などあろうか?}
という投げかけの言葉も道理である! 生死の問いかけになる。
「死んでしまえば、それまでよ!」も、生き残った此岸から彼岸へいった死体に対する、
思い込みでしかない。まあ、哲学は哲学でも、この人はあまりに嫌世過ぎる。
でも、甘ったるい人生論より余程面白いし、考えさせられる。
心の奥に、「所詮は死んでしまう!ケセラセラ」という、中空を持っていないと、
現実に振り回されてしまう。
「飯喰って、糞して、死ぬだけ、人生は!・・所詮死ぬのだから」
 
ーP・11
生きていく理由はないと思う。いかに懸命に生きても、いずれ死んでしまうのだから。
他人のために尽くしても、その人も死んでしまうのだから。日本のため、世界のため、
地球のために尽力しても、やがて入類も地球もなくなるのに、なぜ「いま」
生きなければならないのか。なぜ「いま」死んではならないのか。
私にはどうしてもわからない。私が死ぬと周りの人々が悲しむから?でも、
それも相対的なものである。そういう人々もまたじきに死んでゆくのだ。
そして、この理屈は、誰も私の死を悲しまないとき、私は死んでもかまわない
という結論を導く。

強制収容所から必死の思いで生還しても、どうせ死ぬのだ。
広島で被爆しながら生きながらえても、どうせ死ぬのだ。テロリストを撲滅しても、
どうせ死ぬのだ。構造改革を断行しても、どうせ死ぬのだ。ひきこもりから抜け出しても、
どうせ死ぬのだ。自殺を思いとどまっても、どうせ死ぬのだ。
六歳のころ、私は自分がやがて死んでしまうことをフッと身体の底から直観して
大ショックを受け・しばらく精神状態がおかしくなった。あれから、もう五十年近く
「大変なことだ、大変なことだ……」と岐きつつ暮らしている。
瞬間的に自分をごまかしても、「どうせ死んでしまう」という声が、
どこからともなく聞こえてくる。私がもうじき死ぬこと、すべての人もやがて死ぬこと、
そして数十億年後宇宙が終焉すること、これらのことを数に入れずには、
どうしても私には「いまここ」の現実が見えてこない。
こうした背筋が寒くなるような未来を数に入れてはじめて、
すぺての問題は私にとって「現実的な問題」になるのである。

・・・成熟するとは「どうせ死んでしまうのに、なぜ生きるのか」という
問いを忘れることであるのに、50代の半ばにして、この問いにからめとられている。
同年代の人たちは、さしあたり「絶対消滅」を忘れて(忘れたふりをして)
眼の前の仕事に携わっている。このたしなみが心底嫌になってきた。

ーーー
解)まあ、そういうこと! 
そこから出発をしないと、人間をやっていて面白くはない!
と言って、逃れることの出来ない事実の前で、それに囚われるのも癪である!
せめて束の間の一時を馬鹿踊りをするのも良いかどうかは、その人の性格による。
馬鹿踊りが嫌なら、地球という稀有な存在の大気圏の中を、しっかり見るのも良い。
絶対的消滅?そりゃ、消滅したヤツのこと、消滅してない限り消滅など関係ございません!
と、絶対的存在の束の間を味あえば良い! ゴチャゴチャいおうが、楽しみつくそうが、
泣いて喚こうが、絶対的消滅の前では同じこと。 いずれ、どうせ消滅するのだから。
輪廻の思想は、その点では巧く不安心理を緩和する。
逆に、そんなものに囚われてしまって何しているの?
所詮は洗脳された羊じゃないかい?と、こっけいでもある。
結局は、哲学では死の不安は解消出来ないということか?
それとも、神様に頼るしかないか? それとも、自分が神になるか。
神は、この宇宙の外の存在だから矛盾するか? 

                 ☆―サラバ(o´c_`o) ジャ!
・・・・・・・・
2006年08月25日(金)
1970.事業百訓 ・・・  ー1994年
H0601新年にあたり

(目先の流れを間違わないように!)潮流は大不況である。
一時期必ずよくなるが、その時にそれが一現象でしかない事に気づかなくなる。
その後の大きな落ち込みが一種の恐慌となる。これが恐ろしい。
今年の末か来年の春先の可能性五五%であろう。
税金の直間比率の見直しや規制見直しも四〜五年先には“十”になるが
短期的には何をやっても効果は薄い。
  −以下、字数の関係でカット(2007年08月25日)

H0603 海外旅行
 
二年前まで五年つづけて年二回ずつ海外旅行に行った。
さすがこの二年は一回ずつだったが合計十六回になる。
私の趣味の一つといってよい。
海外旅行より得た感激は私の人生を非常に豊かにしてくれた。
それぞれ全てがすばらしい。
違う“とき”が流れていて、その中にはまりこむ、
その広がりと深さの味わいは旅行し、
現実にその場に立ち感激しなければ理解できない。
初めて旅行したのは昭和四十二年、海外旅行が自由化された翌年だった。
大学の海外旅行研究会が募集した三〇日間世界一周というコースであった。
当時はまだ年間二十万人しか旅行者はおらず、
旅行先で日本人と出会う事はほとんどなく、
オーストリアなどでは見ず知らずの日本人を平気で自宅に招待してくれたり、
英国では留学生が日本人が恋しいのだろう、どこまでも市内を案内してくれた。
また欧州の文化文明に大きなカルチャーショックを受けた。
帰国して数ケ月はただ呆然としていた。
二十才という年齢もあろうがオーバーに言えば、
人生の一大転機のきっかけになった。
それだけ感激とショックは大きかった。

H0603ゴネ社会のカラス達

 ラジオで鳥学者の「カラスの習性」という話題の中で印象的な話があった。
“牛の出産時に、ただ対象が弱味を見せている、というだけでおそいかかり、
時には牛が出血で死んでしまうケースが多々ある。
”この新潟駅前花園地区近辺は、ゼネコン関係者の間でも鬼門になっている位、
そのカラス的習性人種のたまり場で有名の地区という。
飲食関係者とかミニオーナー達が自分達も、
何かゴネ社会でチャンスがあればタカってやろうとうごめいている。
全く関係のないところまで出向き、口を出し?をせびる。
その為にそのカラス達は飲食組合や、町内会の役員をまずねらうという。
考えてみれば今の小物代議士(政治業界のたかり屋)と全く同じ手口だ。
今回の工事でもその代表的カラスが何匹かさわぎかけた。
但し今回は比較的うまう納まったが。
第二増築工事の時は、近隣のオーナーに停年退職期のウサを
すべて工事妨害にたたきつけられてしまった。
(店子にあいさつに行きオーナーになかったという理由で)
隣地の工事等の妨害は相手は数十倍いや数百倍こたえる。
当然その怒りは形を変えて数倍も攻撃する事となった。
隣地の攻撃は後ほど有利になるのだ。
これがわかってないから目前の相手を攻撃してしまうのだ。
“隣地境界は絶対に攻撃してはならない”
あたり前の事がどうしてわからないのか。
人間の心の中にサド的なものが悪魔が秘んでいると、
工事の度に思いしらされる。

H0605 般若心経のすすめ

 十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”という講演で、
般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。
今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると
ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり、
 結果として“運=無意識の判断”を左右する
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき、
 自己の中にその中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、等々限りない。
 
 立花隆と宇宙飛行士との対話の中で
「彼等は地球をはなれた体験の中の一瞬に、
キリストや仏等の教祖が苦難の上で直感した“絶対無”を観た」
のではないかと言っている。
それは般若心経をくりかえしの中で、少しでも近づける様な気がする。

H0605 事業百訓

432 長い人生において、誰しも受け入れ難いことに遭遇するときがある。
  真正面よりたち向い頑張ろうとしても、のり超えられないときもある。
  そんなときは「こうあらねばならない」というタテマエを取りのけて、
  あるがままの自分を受容しないと挫折してしまう。
  涙というものは、頑張りをはずし、無理のない自然な自分を再生させる。
  そんなエネルギーを持つものかもしれない。
  −吉村はそんな事を考えたものだった。 (涙による再生−柳田邦男)
433 “日本はトルコ以東において西洋人に侵略されなかった唯一の国である”という。
  外国政府に対して日本人が他のアジア人と違い異常な緊張力を持っている。
  内陸戦争になれば、こういう無数の侍と戦わねばならぬと、
  まず第一に物憂く思った。(司馬遼太郎)
434 以来40数年僕の一応の答は「人間は不自然な動物である」、
  つまり普通、動物は自然に適応する為に自らを変化させてきた。
  ところが人間は自然のほうを変えて文化文明という反自然的な
  環境をつくり上げてきた。(河合隼雄) 上記より考えてみると、
  数千年か数万年スパンで人類のつくりあげた不自然な文化文明は、
  すべて消滅する運命にあると考えるのが自然である。

435 ある日突然“進化論”に関する本を読んでいた時、
 ある活字が矢のようにとびこんできた。
 私達を形作る宇宙の原子の数は10の80乗と見積もられているが、
 宇宙のはじまりより現在までの時間は、秒単位で10の80乗と
 推定される結果、原子の配列と時間の配置に同じものは絶対に起こりえない。
 −私は気の遠くなる孤独感におそわれた。
 自分と同じ生きものは過去150億年にはいなかったし、
 今後50億年をすぎ、太陽が爆発しても同じ生きものはあらわれない…
 (脚本家−橋本忍−時の流れ−より)
436 たまるべきは何か?それはただ一つ、現在の努力のみである。
 それが主観的価値の基準である。
437 セックスとは相手を介ざいしたマスターベーションである−
 (“エスの論理”より 1991/11/末 読売新)
438 一遍という人は、川の流れのように下へ下へ下っていった人ですから
 軽いですね。人間は重いうちはまだ駄目です。
 軽くならないと。彼は最初のうちは重いです。
 松山を出るうちはまだ重い。
 それがすてて捨ててるうちにだんだん軽くなるのです。
 −彼は“南無阿弥 仏決定住生六十万人”
 という浄土行きのパスポートを配って歩いた(板村真民)
439 魂は出来事を経験に高める。
 …“精神は山の頂上に、魂は谷に”たとえる事ができる。
440 第一生命サラリーマン川柳
    1993年入選作より−(注)(1)→一位
    ・つれこむな私は急に泊まれない(1)
    ・OLの口につけた万歩計(2)
    ・耐えてきたそういう妻に耐えてきた(4)
    ・休暇とれ五時には帰れ仕事しろ(5)
441 人間の最大の悪は何であるか?―鈍感である。
442  子供叱るな、来た道じゃ
    年寄り笑うな 往く道じゃ
    来た道、往く道、一人道
    みんな来た道、往く道じゃ
    これから通る、今日の道
    通り直しのきかぬ道
    いまやらねば、いつ出来る
    わしがやらねば、誰がやる (平櫛田中)
443  八笑七敗(負けても笑える心を持つ事)
444  腹たたば 鏡を出して 顔をみよ、鬼の姿が ただでみられる
445 僕は(+)(−)をはずして生きるという事を、
  若い時よりやっていたと思います。
  常識でいえば(−)と考えられる事も、
  体験の大きさでは(+)(−)も同じ。
 (+)3と(−)300なら、マイナスが損と思うが
 (+)(−)の符号をとれば…(日野啓三)

H0607  ケニア・サファリ紀行 (機

 前知識はほとんどなし、
「何がおきるのか出たとこ勝負の旅」というのが率直な気持であった。
ところが秘境の旅というイメージで行ったところ、
そこは欧州の高級リゾート地であった。
三十年前まで英国領であった為、欧米のサファリを目的とした
リゾート地として区画整備されてあった。
広大な動物保護区及び国立公園と一般の土地はわけられており、
前者は天国、後者は貧困そのものであった。
サファリ(動物ウォッチング・ドライブ・ゲーム旅行)は生まれて初めて、
一日一日、一シーン、一シーンが鮮明な感激として脳裏に焼きついている。

強烈な印象の順に列記してみると、
夕方、五十頭の象の群れが一列になり、
  右手にキリマンジェロをみながら林の方に帰っていく、
 (TVでこのシーンを見た事があるが、
  まさか初日にこれをみれるとは思わなかった)
ライオン二匹がペアリングしている横で一頭がシマウマを食べているシーン、
チーターが二百m先に一匹のガゼルをねらいを定めて木影で
  スキをねらっているシーン、
二十頭位の象の群れに三m位近ずいたシーン、
湖でカバの群れに近ずいたところ一頭が我々のボートを
  追いかけてきたシーン(一ケ月前にその群れに漁師が殺されたとか)、
数千〜数万頭のヌーの大移動、
マサイ・マラ族の村の中での異様な雰囲気、
気球の船上よりのアフリカの大地の景色、
四〇〜五〇頭の水牛の群れの真只中にサファリーカーでつっこんだシーン、
キリマンジェロの遠景、等々書けばきりがない。
 過去十七回の海外旅行の中でも最も刺激的印象的なものであった。
 欧州では“アフリカの毒”という言葉があるとか。
 その毒(魅力)にあたり、ウワ言のようにアフリカ、アフリカと
 言うそうで、今の私はまさに毒にあたっている状態です。(1994.7/10 〜18 )

H0609 歩行とダンス

 丸山圭一郎と黒鉄ひろしの対談集で
“歩行とダンス”という二人の対話が面白かった。
“ドアにむかって歩いていくのが歩行、これは手段である。
ダンスはドアに向かわないし、その行為そのものが目的である。
それではドアに向かってダンスをおどって行く事はありうるか!?
ありうる!”という。
非常に含蓄のある面白い内容である。

人生、仕事、学問すべてにあてはまる内容である。
今回の仕事(第二新館増築)の最中にこれをよみ、
“よしこの仕事とチーク・ダンスをして、ドアまでいってやれ”と、一人笑った。
私の学生時代の大手商社に勤めている友人と、酒をのみながら右の話をした。
本人いわく “私はさしずめ、それはホーク・ダンスだな!。
好きな奴もいやな奴も次々と仕事仲間でまわってくる。
それも楽しそうな顔をしながら手に手をとっておどる妙味!”当意即妙であった。
ドアに向かっての歩行なら誰でもできるが、
それをダンスとしてリズムをとりながらパターンをマスターし、
かつ楽しみまで高めてドアに向かう事となると誰にでもできない。
ついついドアを忘れたり、ダンスを忘れてしまう。
ダンスを忘れある年令に達して愚痴を言っている人が何と多い事か。
そしてその反対に逆の人も。

H0609 至福の時

 母が八十六才になり、年相応?の初期の痴呆症があらわれて三年、
年を重ねるという事は大変な事と思いしらされる。
痴呆とは脳の回線が時々はずれたり、夢の世界に入りこみ、
現実との境界がつかなくなったり昼夜の別がつかなくなったりする。

はじめは周囲の私達の気が動転、本人の症状にふりまわされたが、
今ではほとんど、それぞれの現象にそれぞれの原因がわかるようになり、
あまり動じなくなった。(それには二年以上経過したが)
しかし回線がはずれている時は、なれている私達でも背スジがゾーッとする事がある。

本人にも喜怒哀楽はあるし、外部環境の把握をそれなりにしてある。
夜半の半錯乱の翌朝、すべてを忘れている本人にその話をすると
“それでは私はどうしたらよいのか?”と逆に聞かれて返事に窮する事もあった。
この春より母を早朝、公園へ一時間位リハビリも含めてドライブ+散歩に行くが、
誰一人いない公園で母と二人いると幽界か霊界にいるような気になる事がある。
その時の母のうれしそうな顔をみると、この時が人生の“至福の時”かもと感じられる。

H0609 ゲームと人生

 ハーバード著の“思考の原理”という書物の、
「人生ゲーム化」という内容が面白く印象に残った。
要旨は “ゲームとは、
目標を設定し、そこに障害と自由を与えて、
互いに(あるいは自分自身)競わせる。重要なのは障害である。
自由配慮の中で障害をのりこえさせて、目標に到達させる。
この三つのバランスをとりながら競争するのがゲームである。

人生をこのゲームにたとえると、人生の障害も自由そのものも
余裕を持って客観視ができるし、楽しむ事ができる”という内容であった。
人生をゲームにたとえると妙味が違ってくるように思える。
人生にとってのその人の目標は、つきつめて考えると、その人の精神とも考えられる。
その達成において当然目標が大きければ大きいほど障害が大きく、
多くなるし自由度合も大きく、多くなってくる。
その障害を楽しんでとり組む自由な心(とらわれない視野が“自由”というのかも)
こそ人生のゲーム化といえる。

H0609 ケニア・サファリ紀行(供法

国立公園よりナイロビへの帰り道(雨あがりの泥々のいなか道)を
 命がけで四時間、つきぬけた、その時の赤茶色の大地と緑の森の
 コントラストのすばらしさと、
 数十km先までみえた広大な地平線も生まれて初めて見る光景だった。
 そして小学校の近くを走っている時みた、
 子供達のあどけない愛嬌のある目と顔も忘れる事ができない。
野生動物も、今まで動物園でみたのと全く違うものだった。
 毛色の光沢、目のかがやき、悠然たる動きが、あの大地を背景として
 自然と一体となり絵になっているのだ
A當の牧場の乗馬もよかった。 新鮮な空気と草の臭い!
 その帰りの車で、前方に10人あまりの若い男達が必死な形相で走っている。
 その後を、一頭のバッファローが追かけている。我々の車が間に入って
 その場は収まったが・・。離れバッファローは非常に危険だとか!
ささ紊茲蠍たアフリカの広大な草原。
 下を見るとシマウマの群、他に目を向けると、気球に驚いて逃げている
 二頭のライオン。そして、気球を降りての食事。
 乗客三人に対して、10人のスタッフ。そして一応、機長もいる。
 360度の展望の中での食事が、格別美味しい。
シ,知て小屋のイメージだったロッジが、実際は高級ホテルであった。
 食事も高級レストラン並。 夜半聞こえてくる不気味なハイエナの声!

 ケニア人の90涌幣紊蓮一生の間で野生のライオン、キリンを見ないという。
それだけ一般大衆は貧しいという。首都ナイロビでホテルから一歩外に出ると、
物乞いと、物売りが瞬時に寄ってくる。現地の女の日本人ガイドが、
その貧しさに涙を溜めて訴えていた。日本人の観光客は、年間に一万人に満たないという。
その点で超穴場といえよう。
実感として、一試合で二本のホームランを打った感じ!であった。


2334, 離人症体験

2007年08月24日(金)

       オハ…YΘ!!。_゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+

ある本の中の「離人症」の経験者の話に目が釘付けになった。
私の最も好きな内容だからである。そこでネット辞書で調べてみた。
 ーー
「離人症とは、自分が自分の精神過程または身体から離れて外部の観察者に
 なったかのような自己の知覚または体験の変化」と定義される。
・離人感は深刻な感覚の歪みがあらわれる。
 例えば、世界が霧か煙を通すようにぼやけて見えるとか、
 声がくぐもって遠方からのように聞こえます。
 ガラスの檻に閉じ込められ、それにより「現実の」世界から切り離されている感覚。
 具体的には、自分が存在する実感がない、自分が見知らぬ人間であるように感じる、
 自分が生きている感じがしない、などがある。

・身体に関する訴えとして、自分の体が死体・ロボットのように感じる、
 自分の体の実感がない、自分の体が大きく・小さく感じる、などがある。
・また、行動する自我とそれを観察する自我の分離があり、
 自分の行動を離れたところから自分が観察するという感覚がしばしば起きる。
 このような分離は、心の中での果てしない自問自答、堂々めぐりと体験されたり、
 自分の体から自分が抜け出す経験(体外離脱体験)と感じられることもある。
 トランス状態にあるような様相を呈することもある。
・自分以外の人間は自分の体験を真剣に取り上げてくれないと嘆き、
 これらは心的外傷に深い関連があり、自傷行為や自殺企図もある。
 ーー

以上だが、その中で体外離脱体験もあるようだ。。
私自身、色いろな体外離脱や、パニックに陥ったことが度々あった。
この「離人症経験」とは違うプロセスで体外離脱体験になったのである。
人生の大きな変わり目とか、厳しい秘境旅行の帰りの飛行機の中とか、
大きなストレス状態の時などに生じるところが似ている。

過去の随想日記に、そのことを幾つか書いてきたが、離人体験とは少し違う。
(後記の数年前の文章を貼り付けた中に、偶然に夢について書いてあった。)

一番近いのが、ある旅行からの帰りの飛行機の中での恐怖パニック体験。
(何度か書いたことがあるが・・・)
秘境旅行の帰り、ホッとして眠っていたところ夢をみた。
自分が地上からフワフワと風船のように浮遊して、空に舞い上がっていく。
みるみる電信柱を越え、空に上がっていく。
「これは危ない、地上に戻らないと!」と、本能的に夢から我に帰ったところ、
そこは地上ではなく空中を飛行中。戻るはずの地べたがないのである。
空中から地上に帰ったはずの自分が、逆に更に高い空中を飛んでいるのである。
それも自分が1000キロの速度で飛んでいる実感がしたのである。
飛行機も、周囲の人も消えて、独り空を超高速で飛んでいるのである。
恐怖で失神?なんてものではない! 
このような特異の恐怖体験をした人は世界広といえ、殆どいないだろうと、
パニックが収まった時に頭に浮かんだ。(実際は多くいるだろうが、特異という意味で・・・)
バンジージャンプで二回飛び降りているが、落下時の恐怖より恐ろしい?瞬間であった。
その落下としても垂直に空中を飛んだ経験があるから、その時に実感できたのだろう。
数分は続いただろうから、よく心臓が止まらなかったものである。

離人体験の恐怖を語っているブログがあったが。
その類の知識のない子供が、自分が自分から抜け出た感覚は
本当に恐ろしいのは解るような気がする。
 
 離人症という病があるとは、知らなかったが、
欝になり、落ち込んでいる心理状態は、正にこれじゃないか?
「ものみのとう」とかいう、あのカルト集団、あれも集団離人症候群じゃないかい?
{娑婆を「物見の塔」から見下して、あの集団で修行すれば、千年後に奇跡があらわれ、
キリスト様と出会い・・・} それも、幸せな集団離人症ということ?

             ホンジャ(´_`○)ノ ノヾィ♪
・・・・・・・・・・
2006年08月24日(木)
1969.事業百訓・・・
  事業百訓ー1993年(7)
H0503事業百訓
  413 比喩は意味よりも深くしみいる。
    比喩は心象風景の点描である。比喩は意識の下の世界感である。
  414 (インディアンの教えより)・・・・
  415 敵を憎んではいけない…計算が狂ってしまう。(ゴッドファザー掘
  416 海の色はその陽ざしによって変る。
  417 量の“ゆらぎ”はエネルギーを生む。(高村光太郎)
  418 みずのたたえのふかければ おもてにさわぐ なみもなし 
   ひとも なげきのふかければ いよいよ おもてぞ しずかなる(高橋元吉)
  419 果実によって、その木のなんたるかが知られる(キエルケゴール)
  420 “善意の小悪党”→周辺に本当に多い輩。
   善意を道具に相手に近づき、結果として必ず相手を食い物にし、
   おとし入れる。それに対して、本人は全く気づいていない?
   相手が気をゆるすのを待ち、相手の一番の秘密をつかむと、
   手の裏をかえし内幕情報屋に変身する業(ごう)とする輩でもある。
  421 哲理の中で生きる(みる)
    仝る…内性的に(見る)    ∋襪襦塚性的に(視る)
    4僂襦津学・原理的に(観る) じ海襦沈弧薪に体験して(験る)
                         (中村天風)
  422 ・積極一貫(生命の原理)
    ・“心の積極性”−陽性・積極性・プラス思考→肯定・肯定・絶対肯定の世界
    ・“言葉の積極性”
     −言葉は思考を造る。言葉の重要性を知る。
     積極的言葉を“グリーンのスイッチ” 否定的言葉を“黒のスイッチ”とし…
    ・“行動の積極化”……“いたわり”“おもいやり”を積極的になげかける。
  423 笑って暮そう、ハンカチーフ。

H0503 核本業
 “本業に徹する事”の重要さを失敗より書いてみる。
“徹しない”場合の生ずる最大の事は、
本業で生じているチャンス・ロスに全く気づかない事にある。
学生ショップという衰退産業にまきこまれ、しかし一億の利益をあげたが
その数倍いや、数十倍ののチャンス・ロスが発生していた。
と同時にその心のスキが株投資という株屋の食い物にされ、
その分をすっかりロスしてしまった。
本業以外に本当の利益を出す事があり得ないし、出せたとしても、
その数倍のロスが発生している。
その時はそれは見えない。あとでふり返った時に初めて気づく。
当社の本当の御客様は誰なのか!そしてそのお客様に対して何ができるか!
それに対して、総てのエネルギーを集中し続ける事こそ核本業ではありまいか!
“客室のモア・スペシャル、モア・ディスカウント”の提供が核本業であったはずだ!
それを続けた時に会社の成長があった。 他に目を向けた時、停滞がはじまった。
その責任は誰にある。私である!

H0503 万歩計

“万歩計”をつけてから約一年が経過する。
冬期八千歩・それ以外が一万三千歩・平均して歩いた。
一年で四百二十万歩、一歩五十センチとして、二千km歩いた事になる。
江戸時代の人は平均二万歩近く歩いたという。
ある調査によると会社の営業系の人は七千歩!事務系六千歩!
管理職が五千歩!トップは四千歩が平均歩数との事。
また人間の身体の構造は本来、歩くようにできているそうです。
 
私の場合必ず手帳に歩数をメモにとり一週と一ケ月の平均歩数を出します。
これを実施していて雨の日の休日でも傘をさしてでも散歩に出るか、
天気予報を見ながら“歩き溜め”をしたりする様になりました。
私の知人も数名万歩計をつける様になりました。
今では、万歩計をつけ忘れても大体、歩数はわかるようになりました。
参考の為に、万歩計は薬局かドラッグストアに二千円位で売っています。

H0503 “死”について
・ 自宅の両隣の御主人や息子さんも含めて近所で五軒も葬式があった。
  六年程前に“いとこ”がやはり四人、たて続きに亡くなった。
  私の年令の風景の一つなのか?
・ 人間の死亡率は百%!
・ 人間の恐ろしいのは、“死”より“死に際”じゃないか?
・ 親の死は、子供に対する最大のプレゼント
・ “我々が生きている間は死はこない。
  死が来た時にはわれわれはもはや生きていない”(エビクロス)
・ 死んでしまえば塵である。(伊藤栄樹)
・ 死んで三日もたてば三百年前に死んだと同じ事。
・ “苦”は生きているうち。それが死への苦しみであっても!
・ “いろいろ、あったが死んでしまえば何ってこたあない!
   はじめから無かったと同じじゃないか!皆の衆”(山田風太郎)
・ “ああ、自分が消滅した後、空も地上も全く同じとは何たる怪事!
・ 死とは人生における最後の挑戦である。(ハイデッカー)
・ 死はお浄土への単身赴任である……極楽世界があるかないかではないのです。
  あるべきなのです。いや、あらねばならないのです。(さち・ひろや)
・ 死も人生というドラマの一部分、それも最後の仕上げという。
・ 死に直面した時“さようなら、たださようなら、さようなら!”
  これこそ、死の苦しみにとらわれない妙薬。
・ 人間は死ぬ事を、ひそかに望んだので戦争をしたのだ。
  自己保存の要求はきわめて強いかもしれないが“死”への欲情はさらに深い。
・ “死の準備”は大別して“自分の心の覚悟”と“自分の愛する者達への配慮”
  にわけられる。死は根本的には“無”である。“無”にはいかなる準備のしようがない。
  “無”になる事に覚悟せよと言ったって、いかなる覚悟も“無”であり“無”になる。
  死はどうであれ“無の世界”=“無”も自覚も存在のない世界へ運び去るのだ。
・ “父母によばれてこの世に遊びに来て、用が済んだら、はいさようなら”(一休和尚)
・ “自分の死”に対して、どれ位時間をかけたか?やっぱりかかった時間と比例します。
  だから死について考え続けるより他にありません。
  自分の心を明確にする事。それをやっていると毎日が濃縮されて、
  いつ死んでもいいと思う程、充実してきます!(曽野綾子)
・ 死は暗闇ではなく光明と考えられるかどうか、もどって来た人はいないのだから。
・ 他人(ひと)は先、我は後!

H0505 小説のような本当の話!

 十数年前のこと、父の七回忌の早朝、母と花を持ち墓にお参りに行きました。
ところがすでに墓がきれいに磨かれており、花が飾られていました。
生前仲のよかった“父のいとこ”が、すでに来てくれたと母と語らい、
お参りをしていると、見知らぬ老人が話しかけてきました。
その寺の近所に住んでいるという本人がしみじみ語るには
“自分の子供の高校の入学時に、金がなくコートを買ってやれずに、
店にいた父に正直に事情を話したところ、全く見知らずの自分に分割払いをしてくれた。
それが本当にうれしくてうれしくて!それで父が亡くなった時以来、
必ず命日にこうして掃除をして、花を供えている。”との事。
聞いていて本当に父のすばらしさの一面を知らされた思いでした。
その時、果たして私の七回忌にこんな事がありうるだろうか。
そういう“生き方”を自分はしてきただろうかと、考えさせられる出来事でした。
父の名前は誠作という事もあり、それが本人のコンセプトになっていたのだろうか?
当時、丁度今の会社の理念を考えていた矢先、
それが大きなきっかけとなり“誠心誠意”に決めました。

H0509 人間関係で最も大事な事
自身八人姉兄の末っ子の身を守る知恵の為か?
学生時代の寮生活での経験の為か?
“一つの原則を本能的に身につけてしまった。
”他人の陰口にしろ、よくない情報の媒体者の名前と情報源をあかさない事と、
口どめされた情報は他に絶対流さない!
ところが世の中これがかなり教養のある人でも、
この原則の重要性を気づいていない。
逆にこれこそ自分の特性として人間関係に利用している。

学生時代に、たしか“孤独の群集”(リースマン)という
都市社会を分析した書物を読んだ記憶があるが(内幕情報屋人間こそ都会人の特性とか)
この文章を読んでいて自分の事を書かれているのではと思うはずである。
それ位、ほとんどの人は人間関係の基本的原則が判っていない。

 この傾向の強い人は当然の事ながら不幸な人生を送っている。
これが善意という“カタチ”で実行されるから始末がさらに悪い。
以前いた会社の部下の女性にこの典型的なタイプがいた。
頭がよく、美人なのだが誰もいやがる。
今でも悪い意味で忘れられない人だ。本人には悪気は全くない。
ただそれが趣味なだけだが。周辺の人は大変だ。当然ながら現在不遇である。
本人はその原因を判ってはないが、周囲の人間はそれを全員知っている。

H0511 高級化と高度化

・ ペガサス・Cで印象的な言葉で“高級化と高度化を勘違いするな!”がある。
 バブルでは、この勘違いで多くの業界が大ヤケドを負った。
 ペガサスの会員はほとんど、大きいケガがなかったのは渥美先生が
 当時よりこれを、くり返していた。
 システム・科学等を駆使して高級風にみせる。
 それも低コスト・低プライスで、これこそ高度化だ!
 新潟のホテル業界でも漫画みたいな話が本当にあった。
 高級ビジネスホテルが、それもアメリカのホテル・システムで
 駅南で計画があった。
 (一泊一万円)それに対して、周辺住民が大反対であった。
 その理由が計画者よりスジが通っていたのだ。
・“こんな馬鹿な計画はおかしい。必ず失敗する!
 そうすればラブホテルに転用しなければならなくなる。
 だから反対だと!”そして中止となった。
 その会社は住民運動のお陰で助かったのだが、
 しかし今はつぶれかかって??。
 百貨店業界も、この程度の原則さえ判っていなかった
 無知業界(渥美先生)というのが、今や現実にさらされている。
 古町に“ネクスト・21”という高度?の建物、“新潟ふるさと村”
 “ロシア村”古くは“プラーカ”  誰があれをやったのか!
 一発屋のイベント屋と組んだ政治屋の詐欺行為の結果が無残に残っている。

H0511 51対49

 学生時代、進路に迷いゼミの武沢教授に相談に行ったところ、
“君自身の気持ちは数学では何対何ですか?”といわれた。
その時の答が51対49であった。
“それならば51のそのほうを選択すべきです!”と一言!
自滅も含め49の道をえらびざるを得なかったのだが。
しかし、この51対49という数字と気持ちの混沌を
数字で表現する事が非常に参考となった。
物事を51対49とみると意外とわかりやすい!
好き・嫌い51好きで49嫌い差引き2がより好きと!
正しい間違い差引き2と!でも考えてみれば何事も、そうかもしれない。

大体、一般には自分が99%正しい、いや100%正しいと思うから、
相手がゆるせないのだ。
自分が51正しいか、もしかしたら49かな位に考えてればよいのだが?
そうはいかないのが人間感情であるが。
仮にある嫌いなタイプがいて、いやな部分が目についたとする。
しかしこの考えでいれば、あと49必ずよい部分があるはずだと
幅をもって相手をみる余裕ができてくる。
また、ある商品をすすめられたとしても、
必ず49の何かが必ずあるはずだと一瞬の間を置く事ができる。
(但しあくまで考え方一つである。)

H0511 無駄飯(浪人生活)

 私ほど浪人生活の回数を多く経験した人間も少ないのでは?と、
馬鹿な自慢をしてみる。
大学浪人(18才)・社会浪人(24才)・事業浪人(26才と34才時)
等々。浪人生活は本当につらい!魂の芯まで氷つくようである。
私の姉がいった
“ボクサーが三分たたかって一分休んでいるようだ!横でみていてもつかれる”
すぐ上の秋に最近妙な事をいった。
“お前は若い時、いっぱい遊ばせてもらった。
末っ子だったからできたと思う。あれが羨ましい。”

たしかに、これほど戦略的にみてよい事はなかった。
一生懸命やっていると、すばらしい事をやっている錯覚に落ちいってしまう。
結局それが何の為かを忘れてしまう。その事が浪人の立場にいるとみえてくる。
一生懸命やりすぎたのがこの様だ。
最重要のAをはずしてB・Cの事ばかりやりすぎて、
そしてD(浪人)になってしまったこの様が、いやっという程身にしみる。
ところが、その立場に立っているのにそこより逃避しようと
ジタバタしてEFGとさらに落ちていく人を身近で何人もみた。
それも、中年期を過ぎた人が。私がこの経験より学んだ事は
“何が自らにとって「A」であるか、それをじっくりみすえる事、
そしてその努力を人知れず、一人でこつこつ努力をする。
世間とは周辺の馬鹿な現実にどっぷりつかりきっている四〜五人の事だ。
彼等こそ反面教師だ!”という事だった。
定年退職期や事業の失敗等ではじめてそれに気ずく人が、
私がみている範囲で95%以上だ。要するに“節目”をつくるという事だ。
そしてそこをうつという事だった。

H0511 妙な夢―
(機砲△詭詒勝⊆宅のどこかで音が聞こえた。
泥棒ではないかと起きようとするが半睡眠状態で身体が動かない!
起きよう起きようとしているうちにスーッと身体が起きて廊下に出て、
居間に行き、台所を通り、寝ていた部屋へ一周してもどってきて布団に入る。
ところが、ところがである。自分の肉体は反対側の向きでねている。
まずいと思い反対側にねがいって自身の肉体と一緒になる, という夢(?)である。
これが単なる夢か幽体離脱七日まだわからない。
 
また、こんな夢(?)もみた、明け方、自分の身体が1.8m位浮いて
(そのまま水平にいて)下をみると自分の肉体が下にみえる!
直観的にまずいと思い下にもどろうとするがもどれない。
かなりうなされていたと思うが?何年か後に誰かにきいたが、
霊現象の一つで、よくある事だそうだ。
こんな事もあった、これは夢ではない。
部屋の天井や床の下四ケ所で次々と音がする。
はじめは気のせいか夢かと思い、じっくりと観察を数夜してみた。
しかし夢ではなかった。
ところで当社の税務事務所の応接間でも同じ現象があるそうです。

H0511
妙な夢―(供暴葉原のワシントンホテルに泊まった時の事。
夜半、何かのケハイに横を見ると女の人の顔が浮いている。
夢だろうと腕をつねったが痛い。これは面白いとメガネをかけじっくりとみた。
全体が白光色の黒髪の27〜28才位の、のっぺらした美人であった。
別に恐ろしいという事もなかったが顔ははっきりと憶えている。
ところが何年か後に会社のある人にその話をしたところ、
“それってみんな同じ顔をしているんだよね!”といわれた時はじめてゾーッとした。
 またこんな夢もある。
夜半目がさめて寝むれないので、般若心経をとなえてウトウトした頃、
急に別空間にひきずりこまれそうな感覚になり、まずいと中断した。
あの別空間は“別宇宙”“ブラックホール”的イメージであった。
その前後の夜半に夢で宇宙船みたいなものが近くおり、乗れという。
これも乗ったら危険と直観し去けた夢である。
あれに乗ったらどんな景色がみえたのだろうか?
単なる夢とかたずけられない妙な内容であった。


2333, ホッファー  −2

2007年08月23日(木)

               *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!

この特異な哲人ホッファーの存在が、今日のように我々に知られるに至ったのは、
マーガレット・アンダーソンという「コモン・グラウンド」編集長である。
「たった一人、彼女が東海岸で自分の原稿を待っているのだと思えることが、
  自分の思索を持続させた」と、ホッファーは書いている。

世に出た著書は、好評だったが、爆発的に売れたわけではない。
あくまでも彼は本の“著者”にすぎない状態だった。
1964年にカリフォルニア大学のバークレー校で週に一度の学生たちとの
講義も担当するようになったときも話題をよんだわけではなかった。
ホッファーのような変わった人物を講師にするのは、バークレーのやり方である。
しかし、ホッファーはひとつの感慨をもつ。
「人にはこのように、世界のどこかでそれを待っているところが、
          少なくとも一カ所はあるものなのだ」ということを。

以下は、ある本からの抜粋である。
  −−
ホッファーが人気をもつきっかけは、テレビであった。
1967年、エリック・セヴァリードとの対談がCBSで放映され、大反響になった。
それから一年に一度、ホッファーはテレビ対談に登場する。
かれ自身はつねに目立たない存在を望んだが、どんな評価も名声もホッファーの生活を
豊かにすることも、その精神を危機から脱出させることもなかった。
社会や世間のほうがホッファーのような“例外者”を必要とした。
こういうホッファー・フィーバーのなかで、彼はまったく変わらなかった。
 
沖仲仕をやめて著述に専念するようになるのは六十五歳をすぎてから。
八十一歳で死ぬ(一九八三)まで、本を書きつづけ主要な著作は十一冊をかぞえる。
うち六冊は日本でも邦訳が出たが、現在も入手可能なものは一冊しかない。
これほど数奇な人生があろうかと思わせるほど波乱に富んでいるが、
これ以上に面白いのが、彼がいろんなところで出会った、
数々の特異な社会的不適応者たちの語る自分の人生である。

この自伝には、そのような忘れがたい人々との忘れがたい出会いがつまっている。
その一つ一つが、まるで短篇小説以上の仕上がりになっている。
こういった出会いのすべてが彼の哲学的思索のナマの素材になっているのである。

自分自身がそのような不適応者の一人であり、その不適応者にまじって
生きつづける中で、「人間社会における不適応者の特異な役割」という、
彼の生涯を通じての思索のテーマ発見する。
「人間の独自性とは何か」ということを考えつめていくうちに、
「人間という種においては、他の生物とは対照的に、
 弱者が生き残るだけでなく、時として強者に勝利する」ということと思いあたる。
つまり、「弱者が演じる特異な役割こそが、人類に独自性を与えている」のである。
そしてアメリカを作った開拓者たちというのも、実は、社会的不適応者が故に、
家を捨て荒野に向かわざるをえなかった放浪者たち(弱者)だったのであり、
それがアメりカ社会の独特の特質をもたらしているという考察にも導かれていく。
  ーー  ー「ぼくの血となり肉となった500冊」立花隆著よりー

ホファーの思想の根幹を成しているのは「思いやり」である。
不適応者に対する温かい眼差しと理解である。
不適応といえば、誰もが他人事ではない。
誰もが思い当たる自分自身へのレッテルである。
自己不一致こそ、本来もっている近代社会の中の特質である。
それぞれが情報化の中でも孤立しているから、
誰もが不適応の弱者と思い込んで自己嫌悪に落ち込んでいるのである。
組織内では、歯車の一つとして自分の自己存在の意識の希薄さに、
孤独感にさい悩まされる「自己疎外」に陥っているのである。
それぞれが孤立している中で、それぞれが自己認識を深め、その中で他人を、
弱者を思いやることこそ、アメリカ社会の特質と考えたのである。
 ボランティア運動も、このような思想の中から生まれてきた。
アメリカの開拓者は、実はそれぞれの国を追われたミス・フィットの人たち
放浪者だった!という説は、なるほど説得力がある!
逆に、ミス・フィットでない適応者?とやらが、哀れに思えてくる本である。           
      
      ホンジャ ミス・フィット紳士淑女諸君 ヾ(´Д`、)マタネ
                         −つづく              
・・・・・・・・・・
2006年08月23日(水)
1968.事業百訓・・・ −1991・1992年(6)
  H0301新年を迎えて!!

 今年は当社にとて第三の節目の年となります。
第一は創業期(十年前)であり、第二は6〜7年前の64室→275室に増加した時期。
昨年より五百室へ向けプロジェクトが動きはじめ、今年いよいよ着工の予定です。
 
まず第三シングル・インの増築より開始されます。
66室より135室増築の予定で総事業費は5億5千万です。
当社によって好景気より不景気時の設備投資が効果的であり、
その面でこれからが当社にとって好ましい環境といえます。
それにしてもこの1〜2年の変化の激しさに本当に驚かされます。
私の実感として大不況の入口にさしかかっていると思います。
 
特にこの三月より現象面で冷えこみが激しくなりそうです。
その中にあって“より強い業態づくり”こそ当社にとって最優先となります。

ーH0303事業百訓ー
 第一シングル・インの創業以来、丁度十年、自己採点で八十点。
(財テクに走ってしまった事と、
 枝葉の学生ショップに力の分散をしてしまった事がマイナス二十点)。
“コンセプト”を明確にし、それを前提とした目標をはっきりさせておけば、
今の客室の150%か200%まで伸ばせたのではないかと欲も出てくる。
それにしても交通体系の変化と、客室のモア・スペシャル、
モア・ディスカウントを結びつけ波に乗れた事も事実であった。

まさか十年間、3,980円を維持できるとは夢にも思っていなかった。
これが我々の社会的価値でもあった。大変な事も多々あったが“
箱づくり”(建物)が好きであった事がすべての汗を心地よいものにしてくれた。
かつ一仕事をやる度に“一人では何にも出来ない事が”身にしみる。
自分はただ旗をふっているだけ。
それと十年かかって大きな息を一呼吸したという実感も残る。
そして空気は我々を助けてくれた取引業者、社員、そしてお客様であった。
私個人として本当に面白い楽しい悔いのない十年間と断言できる。
反独善的な十年間でもあった。さてこれから十年何をするのか?楽しみだ!!

ーH0305事業百訓ー
 376、(危)業 (気)業 (輝)業 (起)業
   (基)業 (旗)業 (企)業 (機)業
  377 、神よ!出切きない事を諦める能力を与えたまえ、
    そして出来る事をやる能力を与えたまえ、
    そして出来ない事と出来る事をみきわめる能力を与えたまえ!
   (ドイツ軍本部に書いてあった言葉)
  378 、私は目がよくみえた時にはよくつまずいたものだ(リア王―シェークスピア)
  379、 人間という奴は敵を口に流し込んで脳まで盗ませてしまう(オセロ−シェークスピア)
  380、 悩んでいる時は動けない!動いている時は悩まない!
  381 、??
  382 、??
  383 、 時流はー
    ディスカウンティング(競争の激化)
    イノベーションターゲット
    複合化   郊外化(本格的車社会)
  384、 人は、これでよいと思った瞬間その人間は利口でなくなる。
    えらいと思った瞬間えらくなくなる。
    自分はこれでよいと思った瞬間、その人はくさったも同然である。

ーH0307事業百訓 ー
 今より20年前、人間には周期(波動)があるのではないかと気がついた。
九年が一周期で前半が陰・後半が陽である。
(マイナス3才〜5才) (6才〜14才) (15才〜23才) (24〜32)
(33〜41) (42〜50才)(51〜59)(60〜68才)(69〜77)……。
そして周期の変わり目が厄年となり 人にとって非常に危険・不安定の年となる。
これは決して人の論理の借物ではなく私自身の周期であるが、
昔より数え年で24・33・42才と厄年と丁度一致する。

中高年の当社の応募の人の履歴書をみていると、
大体厄年をきっかけに何か失敗しているケースをしばしば見うける。
厄年は、丁度肉体的に精神的にも節目の年ではないかと考えられる。
現在の私は今年までが陰で来年が転換の年となり1993年より陽転になっていく。
偶然の一致か事業計画も丁度それにあわせて立ててある。
過去を振り返ってみると全て陰陽はかったように明確になっており、一年の狂いもない。

少し運命論的な書き方になったがそうではなく、
いかにその“節目”をみつけ“運”という波動(勢い)に乗るかである。
“陰”の時は“陽”の為の内的エネルギーの充実をはかる時になる。
これを書いていてマイナス3才(生まれる前の3年)とは、
どういう意味なのか非常に興味がわいてきた。
私の兄が三才年上という年まわりに関係あるのだろうか? それとも……

ーH0309事業百訓ー
 二年前の東欧の大変革、去年のイラクのクェート侵攻、
今年のソ連の八月革命等、世界が予測をはるかに超えた激しい変化にある。
この一連の大変革の根底にあるのは、
七百年間にわたってのロシア帝国の拡大の終えんの現象といえる。
これはフランス革命より歴史的にみて大きな出来事と言える。
そのドラマを我々は連日まのあたりに見ている事になる。
当初は誰もが20世紀における共産主義のそう大な実験と失敗と見ていた。
しかし世界の人々はそれがソ連邦の崩壊の事実も知りはじめると同時に、
これが700年間拡大され続けてきたロシア帝国の崩壊と気づいた。
共産主義はその過渡期の手段として最も有用に働いた。
その思想が故に(史的唯物論)反革命分子の抹殺を大義名分として
植民地制作の敵となる者をすべて消し去った。
その犠牲者は少なくみても死者だけで2000万人とみられる。
この数年いや数十年にわたったその実態が次々と公表されていくだろうが、
実際知りたくはない。しかし歴史にたちあったものとして直視していかなくてはならない。
これが始まったばかりだが、次に中国の崩壊に至るプロセスの足音が聞こえつつある。

ーH0311事業百訓ー
 最近私が造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。
(江藤淳の“夜明けの紅茶”をもじったものだが)
〜當(4時半〜5時半)起床  近くの土手を一時間散歩
テレビ体操 も堊曄´ゲ搬価完のお祈り 食事風呂と続く。
特に散歩が非常によい。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。
季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経をとなえる。
この散歩に全てが含まれても過言ではないという“気”にもなる。
 これを実施して4年、
副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、
酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。
時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。
また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。
早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して、
自ら挑戦してみた事だ。
彼は登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。
1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。
夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。
これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。
山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。

ーーーーーーーー
事業百訓ー1992年(11)
H0401新年を迎えて!!
 字数の関係でカット

ーH0403事業百訓ー
 385 、否定は結論であって、探究を中止する事だ。
  正しい結論は自ら体験をして、あらゆる角度から探究をして、
  疑問を解明してこそ出るものだ。
  根拠のない否定は自らを否定する事になる。(高橋信次)
  386、負けた時、すぐ反省することは一番良くない。反省するのは2番目でよい。
   反省というのは、まじめにものを考えすぎてしまうからです。
   そこには笑いがありません。
   趣味や道楽でもそうですが、とにかく無心になる、これが一番です。
   そして心底で笑うことです。
  “商売にうまくいく”“勝負に勝つ”すべてに共通している事は、 
   無心になり笑うことです。
   それが幸せになれる最大の条件です。(米長邦雄)
  387 つきつめよ!あいまいにするな!先に伸ばすな!(渥美俊一)
  388 “人間の奇妙な特質の一つは他人の欠点はすぐみつけるが、
   失敗の原因となるような己の特質には気付かないという点である。
  ”この問題は人間に限らず企業にもあてはまるもので、
   危機管理における重要な課題を示している。
  389 「人間の真価は、その人が死んだとき、何をなしたかで決まるのではなく、
   彼が生きていた時何をなそうとしたかである。」(ユング)

ーH0405事業百訓ー
  390 “阿弥陀仏”“十万億仏土”“極楽浄土”は“空”の別名であり、
   彼等(法然・親鸞・一遍)にとっての“空”の解釈であった。
   “空”こそさびしいものでなく、“光明”であり、
   極楽・阿弥陀如来のモチーフを借りた(司馬遼太郎)
  391 (一)十一年前に“統一料金×ロープライス×オールシングル
     =(業態の創造”をコンセプトに創業
    (二)(それより三年後)より“規模(量・シェア)の追求
     =300室規模・体制の確立”を次のコンセプトに、
    (三)二年前より次のコンセプトを目指して……
  392 “私は書物を人にはすすめない。
    その人にとって本は買うまでが勝負である。
    本屋でこの本を自分が買うと決めるその一瞬こそ最も大事なのだ。”
   (第一生命・桜井社長・“NHKトップインタヴュー”より)
  393 夫婦というものはおたがいの悪行を果しなく吸いこんでしまう、
    不気味な沼のようでもある。(川端康成“山の音”)
  394 人生は、ただ向こうから与えられるものではない。
   自ら創ってゆくものである。
   自ら創ってゆくには、やはり三つの人生の段階が必要なのだ。
   ラクダの人生とライオンの人生と小児の人生。
   いいかえれば忍耐の人生と勇気の人生、そして創造の人生。
             (梅原猛“学問のすすめ”)
ーH0407事業百訓ー
  395 ~402,字数の関係でカット
ーH0407高野山へ旅してー
 十年前より行きたいと願っていた高野山へ二泊三日の旅(ドライブ)をしてきた。
初日は比叡山の延暦寺へ寄り、“根本中堂”へ、二度目だがその荘厳さに圧倒された。
また新しくできた国宝堂の国宝・重要文化財の仏像・仏画等も
延暦寺ならではのものであった。
翌日の高野山、特に“奥の院”への老杉に囲まれた参道は
神秘的で左右の墓石群に千年の歴史の深さを感じた。
何げなくみた墓が上杉謙信、明智光秀、浅野内匠・伊達政宗
・前田利長・豊臣秀吉等の墓であった。
三十人位の白装束の集団がすわりこみ“般若心経”を、
あげていたのが武田信玄の墓であった。
県内では村上藩、長岡藩、新発田藩などがあった。
他にも代々の天皇家の墓や松下(電器)家の墓等も印象的であった。
この終点にある灯竜堂も灯竜の灯火が天井等に無数にならび、
形容しがたい感動的なものである。
その奥にある弘法大師の御廟所も信者がそれぞれ“お経”をあげており、
奥の院そのものという感じであった。
秀吉が母の菩提を弔うために建てた金剛峯寺も剛荘な構えで、
“柳の間”(関白秀次が切腹させられた間)がそれとは知らず、
突然目の前に歴史を見せつけられたようであった。
高野山へ登る途中の林海の深さに感動、千百年も前に
よくぞこの場所をみつけたものと不思議であった。

ーH0407城下街小唄 ー
 私の出身地の長岡はかつて“長岡藩”の城下街であった。
その大手通りのほとんど真中に生まれ育った事もあり、その長所・短所がよくわかる。
その特質は閉鎖性・固定的、商人的であり、
“城下街曼陀羅”がきっちりできており漫画的ですらある。

彼等の社会は“ウワサ社会”で構成されている。
特に長岡財界とかいう社会が存在(?)しており、
彼等の出す“ウワサ”がその社会を大きく左右する。
それが事実であろうがなかろうが“マンダラ”の中心に近い人間が言った事こそ絶対?
(“ウワサ”として)彼等の社会をみていて、維持型の人間こそ“一級”と評価される。
固定社会が故に何もしない(何もできない)事こそがベストなのだ。

“非能動的二代目+婿取り娘サロン社会”と言える。
先日もいやな“ウワサ”を聞いた、今は下火になったのだが、
新興の各業界の癸韻亮卍垢聞くに耐えない“ウワサ”を流された。
“一種の集団いじめ”なのだが、そのストーリーが陰湿でリアリテーにとんでいる。
冷静に考えればほとんどが尾鰭のついたウソである。
それがおもしろおかしくて集団ヒステリック的につくりあげられており、
自らの名が出るかどうか怯えている。
“参加型変態うわさゲーム”を全員で楽しんでいる“痴呆社会”そのもの。

ーH0407霊的体験ー
二十年近く前になるが、父の死後四九日の終わるまで何度か不思議な体験をしてみた。
死後一週間後位か妙な夢をみた。私自身父の気持になり“死にたくない。
もっと生きたい、生きたい”という“念”になってしまった夢である。
そして夢よりさめた時の妙な気持。私自身父になってしまった。
いや私自身(父自身)生きている!という妙な不思議な感覚である。
夢の“念”は父そのものであるし、父と一年身近で苦しんだ為に
“念”が実感できたのだと思う。
それが夢よりさめた自分の魂が“父の魂”と一緒になった!という不思議な実感。
経験した人間ではないとわからないはずだ。

また死後二〜三日後の夢も強烈な夢(?)であった。何か強烈な恐怖感がおそってきた。
その時、父のベットで寝ていたが“おやじ助けて!”と言ってしまった。
と同時に廊下の向こうにある仏間より本当に強烈な“引力”が足をひっぱった。
そのひきずりこまれた瞬間ベットにしがみついたが、
その時隣に寝ていた母がスクッと立ちあがりトイレに行った。
全身汗びっしょりであった。まだまだ不思議な事がいっぱいある…。
あれ以来最近は少なくなったが幽体離脱とか、妙な霊的体験が多くなった。

ーH0407禁断の秘密 ー
「近年の分子レベルの系統進化学は、神学者や哲学者によって
数千年守られ続けてきた禁断の秘密を一気に暴露してしまった。
DNA(遺伝子)の構造上の相違量を測ると、ヒトと二種のチンパンジーは
1.6%であり、一方我々に近縁なもう一つの類人猿ゴリラは、
人とも二種のチンパンジーとも2.3%異なっていた。
この結果はゴリラがチンパンジーと人類が分枝する少し前にわれわれより分枝した。
となるとチンパンジーにとって最も近縁な動物はゴリラではなくヒトであり、
チンパンジーは実は“チンパン人”だった。……せいぜい六万年前まで
「単なる大型ほ乳類の一種あるいは、ちょっと変わったチンパンジーにすぎなかった。」
“7/14読売新聞” 東大、動物行動学 助教授・長谷川寿一

霊長類ヒト科ヒト属ヒト、これが我々の今までの分類上信じられており、
人類だけが高み立って勝手に分類していた事になる。
ヒトも含めた三種のチンパンジーの一種でしかなかった。
本当に刺激的“禁断の秘密”


2332, ホッファー −1

2007年08月22日(水)

             オノヽ∋―_φ(゚▽゚*)
アメリカの社会哲学者というより、哲人・ホッファー。
彼の文章を読むと、深い魂を呼び起こす熱が伝わってくる。
彼は自分の生きかたを通して人生の何たるかを考え続けている。

知識として、やっと彼まで行き着いか!というのが感想である。
日本でいうと中村天風のような人物である。
「ホッファー」で検索をして、日本で現在一冊だけ出版してある本を見つけ、
中古本だがアマゾンから発注をした。
「エリック・ホファー自伝 構想された真実」だが、
今から読むのが楽しみである。

HPに彼に関する書き込みが多いのに驚いた。
これからみても彼の哲人ぶりを垣間見れる。
生きていく上で真の「学び・学習」とは何かを深く考えさせられる。

まずは、検索で調べた哲人・ホファーの人生の概略図である。
 ーーー
・ホッファーは(1902年7月25日〜1983年5月20日)は、独学の社会哲学者。 
 ドイツ系移民の子としてニューヨーク、ブロンクスに生まれる。
・7歳のときに母と視力を一緒に失った。
・8年にわたる失明ののち奇15歳で跡的に視力を回復。
・生涯孤独を貫き、学校にも行かず渡りの日雇い労働者としてただ働き、
 時間ができると読書に没頭して思索を深めた。
 学校はまったく出てないかわり一日10時間、いや12時間、本を読みつづけ、
 綿花摘みから、鉱夫、ウェイターなど ありとあらゆる仕事を体験。
 1941年から、サンフランシスコで沖仲士として働いたことから、
「沖仲士の哲学者」とも呼ばれる。
・20歳前後で父が死に、長らく養育役を買って出てくれたマーサ・バウアーが
 ドイツに帰っていくと、本当の天涯孤独になった。
・残った300ドルをもってバスでロスに行き、「スラム」に入った。
 「まるで幼稚園から、いきなり貧民窟に入ったようなものだった」。
 1930年、28歳までスキッド・ロウでその日暮らしを続けた。
 死んでみようかと思ったがそれはならず、ロスを出てカリフォルニア中を
 動きまわった。
・1934年の冬、こういう自分がいったい社会の中の何にあたるのか、やっと思い知った。
「ミス・フィット」(不適格者)という階層に属するということだったのだ。
 ミス・フィットは白人とか黒人とか、富裕者とか賃金労働者とはべつに、
 ひとつの階層をつくっていた。それがアメリカという社会だった。
 今でいうフリーターである。
・その後、農業労働に近い仕事を転々としながら、またまた読書に没入していった。
 あるとき砂金掘りに出掛けるときにモンテーニュをかばんの中に持って行ったのが、
 ホッファーを変えた。「モンテーニュは自分のことを書いている!」と思えたのだ。
・自分の活動に方針をもったホッファーは軍隊に入ろうとするが、ヘルニアで失格、
 その後はサンフランシスコで沖仲仕の仕事をしつづける。
・「家系はみな短命で、五十歳以上生きた者は一人もいない。
  将来のことなんか心配することないのよ、エリック。
  お前の寿命は四十歳までなんだから」
  養育役のマーサのこの言葉は私の奥深くに刻み込まれ、そのおかげで季節
  労働者をしていたときも、あれこれ先々のことを思い悩まずにすんだ。
 
 ーーー
 老年になるまで、ミス・フィットと沖仲士を続け、決して高ぶらず底辺の人たちから
 学び続けた哲人の姿に全米の人たちから激賞を受けた。
 その言葉の一言一言が重い。       − つづく                  
                      マタネ! |ω‘●)ノ               
 ・・・・・・・・・
 2006年08月22日(火)
1967.事業百訓・・・
     ー1989・1990年 (5)
ーH0101事業百訓ー
  313 生物はあきらかに“物”の領域である事を認識しなくてはならない。
  ……人間の“心”は社会現象によってつくられたものかも。
  あれだけ誰もが信じて疑わなかった天動説が地動説にとって変るように、
  心の存在そのものも……
  314 気分は悲観、楽観は意志である。(宇野収・東洋紡会長)
  315 父母によばれてこの世に客に来て、用が済んだらはいさようなら
       ー 一休和尚 −
  316 われわれは法則を守り、法則は吾を譲るのである。
    われは法則に従ひ、法則は吾にに従う−神示より−
  317 達磨さん、ちょいとこちむけ世の中は月花雪に酒に女だ。
  318 「人間この世に何しにきた?」−カリアッパ−
    「人間はこの世に宇宙本来の面目である進歩と向上に順応するべく、
    出てきた人だと思います。」−中村天風−
    「自分は今まで肉体だと思ったが、そうじゃなかった。
    心だと思ったがそうじゃなかった。見えない積極的な気体、
    いわゆる霊魂、これが俺なんだ。」
  319 これからの時代は規格大量の時代を卒業して、個性あるもの、
   好みを満たすものでなくてはならない。
   それには有利と、好きということを勘違いしないことです。
   好きな事をやれば必ず必ず熱心にできます。
   自分が何が好きかを考える事が基本となる時代です。

ーH0103ホテル事業についてー
 操業九年(準備一年)、ホテル業へ気楽に参入した後、
 強気強気でここまで時間がきてしまった。
 客室という単品を二十年以上にわたって周囲の変化の中で、
売りつづけていかなければならない事を本当に分かっていたら、
この事業をやっていただろうか……等々考える事がよくある。

当初二七五室×二〇年×(六五〜七〇%)=一四〇万室を売れると
判断して土地を買い、建物をたて客室をつくった。
それは資金というフローを土地建物というストックに固めて
長期的事業判断を五年・一〇年・二〇年にしていく装置産業であった。
どんなに稼働率が良く、目先の利益をあげても、土地の値上りがなければ、
そしてインフレになり借金が目減りしなくては何の意味もない。
目先の利益が全く上がらなくても土地が値上がりすれば、
それだけで充分採算があってしまう。
反面ホテル経営をやろうという事業者をみていると考えさせられる現象に、
何回も出会った。
自己資金比率の多少により、その事業計画のレベルが決定してしまう事だ。
多いほど甘くなってしまう。
十年前の、毎日が切った、はったの衣料量販店経営より、
二十年にわたり一スパンで単品を売っていくホテル経営を経験してみて、
両極端の中より事業の本質を教えていただいた気がする。

ーH0105ー 事業百訓  
 320 あの世で神様が
  「あなたの一生の中で、一日だけ、もう一度生かせてあげます」
   と言ったら、どの一日をあなた選びますか?
  321 文学とは、もの言わぬ神の意志に言葉を与える事だ!(芹沢光次郎)
  322 我々にとって、出来ない事より、出来る事のいかに多い事か。
   出来ない事のみに目をやり、何故何もしないのか、出来る事に目を向けよう。
   そして一つずつ確実に実行していこう。
   それが我々の人間としての自然の営みのはずである。
  (学生時代の日記より)
  323 彼は自分の能力・経験など全く信じていない。
   従って彼は、すぐに「事」のそばに行き、手で何回もくり返しさわり、
   確かめようとする。(アラン)
  324 彼は決心した!とは良い言葉だ。
   一言で決心と解決という二つの意味を示している。
  325 私は、最善を選ぶ事はできない。最善が、私の選ぶのだ!(タゴール)
  326 神様は、あなたに欲しいものは何でも与えています。
   与えられていないのは、あなたにその準備ができてない為です。
  327 激しく生きただけ、深い眠りつく事が出来る。
  328 「昇君、一番大事な事は、人に相談するなよ!」(正力松太郎より五島昇へ)

ーH0107ー 事業百訓

  329 今ここ一升マスがあるとしよう。
   この中に栗を一升入れたら何にも入らないだろうか。決してそんな事はない。
   その栗の間に豆粒を入れればまだかなり入る余地がある。
   あとはもう入れられないかというと粟粒なら大分入る。
   それに水を入れればまだ入るだろう。
   このように時間の活用には上には上がある。(嘉納治五郎)
  330 明日為すべき事は今日これを為せ!(先まわし!)
  331 異質のものの組合せでしか新しいものは生まれない
  332 偉い人にならなくともよい、優れた人にならなくてもよい、
   人に役立つ人間になりなさい!(西田天香)
  333 “こころ”=念(こころ)=思い→想い→念い→空(念)即是色
  334 人生とは“人との出会いの歴史”である。それは自分史彩る知的財産である。
  335 商業半世紀の方向は\深造幣η筬∨/祐覿伐臭2然頁鵬であった。
   (創業も同じ道理を含む)
  336 ほめるとは
    (a) 祝う事・たたえる事
    (b) 美点擬視より自然発生
    (c) 言葉による親切である
    (d) 3ケ所×3回を実施できたらホメプロ!
    (e) 心のこもらないほめ言葉は品性のないお世辞おだて!

ーH0109事業百訓ー
  337 我社の社会的役割(事業としての存在理由)は、
   ホテルとしてのシングル・ルームの品質がよく、しかも安いという
   第三のテーゼの実現であった。
   そしてその事が新潟市内のプライスの下おさえとなり、
   他の大都市に比べ二割の平均プライスのダウンをさせている事である。
  338 事業経営にとっての“戦略”とは資産・資金・人材・組織等の
   経営資源の蓄積である。
   そしてこれとは全く違って“経営戦略”がある。
   これはその時流にあわせて乗りものを変えていく事である。
   時流にあわせて事業内容をガラリと変える事である。
   一般にこの二つ区分がつかず混同しているケースが多にある。
   非常な低レベルのトップでその下位にある営業戦略を“戦略”と思いこみ、
   レバー・ワーカー・レベルの人員不足と資金繰り不足を平気で口にしている。
   そして経営戦略(事業内容の変革)は全く考えている余裕すらなく、
   自らの舟が重大な危機にある事すら見えなくなっている。
  339 その事業内容が社会悪ならば、その努力すべては徒労であり
   悪の補佐としての罰を受けなくてはならない!
  340 不平家とは、その環境の不一致というより
   自分自身との不一致である事が多い。
   そしてその事に本人が気づいていない事が本人を不幸にしている。

ーH0111事業百訓 ー
341  a 21Cに向けての“コンセプトの明確化としぼりこみ”
    b イノベーション・ターゲットのしぼりこみ
    c “核本業”へ徹する→我社の社会的役割(存在基盤)
    d 戦略として確立
342 生きるとは“愛する事”“望む事”“感動する事”そして“身ぶるいする事”
343 企業とは解決すべき問題の集合体であり、
 経営者の仕事はその問題をみつける事である。
 問題さえみつければそれぞれの専門化にまかせればよい。(松下幸之助)
344 世界を引っ張ってゆく秘訣はただ一つしかない。
 それは強くある事だ。
 なぜなら“力”には誤診もなく錯覚もないからだ。
 力に裸にされた真実だかR(ナポレオン)
345 “因縁”と“果報”を分解すると
 “因”は直接原因であり“縁”は間接原因をいう。
 “果”は直接結果をいい、“報”は間接結果をいう。
 (因→果)(縁→報)
346 …心を究めよ!しかしてその心をつくせ!
  物質の足りざるは心で補うことができるが、
  心の足りざるは物質では補うことはできない!(亀山閣−長末秀道)
347 春は人夢み、
  夏は人と集う、
  秋は人と語り、
  冬は人と囲む (遠野物語)

ーーーーーーー
事業百訓ー1990年 
H0201 新年の御挨拶に代えて
 新年にあたり、

 昨年の東欧の想像をはるかに越えた激動をみて、
確実に潮流が変わりつつある事を感じとった。
これは何なのか?と考えた結論は“情報社会の本格的到来”である。
中世のルネサンス以来の潮流の変化、というより以上の人類にとっての
大変革期に思える。
今回の大変動は新しい潮流が東欧の大変革をもたらしたといえる。
昨年の一連の大変革は我々にとって、その事実を認識させられる出来事と言えよう。
事も含め我々の想像をこえるスケールでこの数年、
大変革の現象が生じて来る事は間違いない。
百年単位の世紀末というより千年期の世紀末の現象が生じて来るのではなかろうか。
地球規模の現象だけではなく、
私個人の数年来の日常生活の変化をみても
.咼妊(録画 レンタル)と衛星放送が生活様式に入りこみ
通勤に新幹線か高速道路を利用し、
Gに2回の海外旅行に出かけ
ご愿豬にはセミナー等で隔月には必ず出かけ
コ峽遒瓦箸僕Чゥ機璽ルを開き
γ羈悄高校の同窓会・及び父方の“いとこ会”を毎年開催、
 等々その変化をあげればきりがない。
そしてその変化に対してほとんど無意識のうちに適応している。
マクロ・ミクロ両面で激変している真只中にいる
幸福をかみしめている。

H0205 事業百訓

  348 翔ぶ前には縮め!
  349 夢は天才である(黒沢明)
  350 “貧乏を直すな!貧乏で直せ!”
   “病気を直すな!病気で直せ!”
    …(結果をなおすのではなく原因をなおせ)
    “もともとこの世に死んだ人間は一人もいないはずだ”
  351 経済的価値の創造
   他者の価格のメッセージ
   私にとって仕事とは何か
   現代の要請 
    自己実現の為の所為(創造こそ人生)
 
  352 毎日新聞の十二万首の川柳より選ばれたサラリーマンの川柳…
    無理させて、無理をすなと無理をいい(特選)
    粗大ゴミ、毎朝出すのに、夜戻り
    エム・エム・シー、余裕あらへん、イマイマシー
    過労死のニュースの時だけ妻やさし
    このカネ(給料)で24時間働けますか?
    露天風呂、化粧おとして、トドの群れ
    オバタリアン、選挙時だけマドンナに
  353 “過去が咲いている今、未来の蕾で一杯な今”河井寛次郎
  354 死ぬまで百倍!

H0207
事業百訓

  355 生きる最終目的を、私の(人間の)自己表現と思っていたが
    “神の自己実現”とは思っていもいなかった。
     (宗教書をよんで気づく)
  356 “それもそうだろう、この世には死んだ人間は一人もいない”
    “死とは何ですか?…死とは死んでから考えてもおそくない!
     今日一日が大切である”−中村天風−
  357 “自分の行動をもっとも身近な展望で、
     つまり今日的なもので決定する人間はもっと力弱い人間である。
     (マカレンコーソ連の教育者)
  358 ディスカウント+郊外+規模=好調という図式!流れ。
  359 意識はそれを持ち続ける事により無意識になる。
  360 肉体  気  意志  理智 歓喜  
  361 “気”とは
    ・全身呼吸(足芯呼吸)より生ずる
    ・“ゆるみ”が大事
    ・自然とのコミュニケーション
     ・“志”より生ず
    ・“今”(常に)
    ・宙遊
H0210
事業百訓
 
 362 〕体離脱
    ▲肇鵐優訛慮
    2岷狢慮
    じの存在ー愛や慈悲を感じる
    ジの存在に案内されて亡くなった親や友人に会う
    κ匹箍呂嚢圓止まる
    Г修海膿誉犬鯣疹覆気擦蕕譴
    ┐前は早いと言われて戻ってくる。
    (臨死体験−一度死んだ状態より生きかえる事をいう。  
          ―カール・ベッカー筑波大学教授)
  363 愛とは立ちどまる事だ!ある一人の前にしばしたちどまる事なく、
   時間を使う事まく愛を交わす事はできない。(ピカート)
  364 末期癌の自然退縮の研究で医者に完全に匙を投げられた患者が
   ときとして自然に治ってしまう。
   十数年前までは十万人に一人といわれていたのが
   五百〜一千人に一人あるそうです。
   そのうち69名を集めてわかった重大な事は
   人間の「実存的転換」という事です。
   自分の生命はいただいたものであり、
  “生かされて生きている”のであり、また自分という存在は
   他者からのサポートなしにはありえない(持ちつ持たれつ)
   という自己ルーツへの目覚め(実存的転換)がそれである。
      ―池見酉次郎−

  365 ワニ(爬虫類)と
    ウマ(下等哺乳類)と
    ヒト(後期哺乳類)
    が同居している人間の脳の矛盾。
H0211
事業百訓
  366 世の中で最も未開なところは
    アフリカや南極・北極ではなくあなたの帽子の下だ。
  367 モノ知りの馬鹿は、無学の馬鹿より馬鹿だ!(モリエール)
  368 “ニセモノ”にひっかかるのは、その人が“ニセモノ”であるからだ!
  369 賢い人は患者が賢者から学ぶより多いことを愚者より学びとる(カトー)
  370 “人間の知識は基礎的資源である”との洞察こそ
    近代日本が高度の成長に成功した原因である。−ドラッガ−
  371 最も有効な教育手段は仕事である。
    ……その中で多くの事を少しずつやるな、
    物事を処理する優先順位をきめて努力を集中化する事が
    目的の達成と仕事の効率的な遂行との秘訣である。
  372 うっかりすると賞めてくださる人のすばらしさに気づかない事がある。
  373 出来ない事としない事を混同してはならない。
  374 人生80年と考えて、1時間1円とすると70万円、
    1万円と考えると70億になります。
    ところで私にとっていくらになるのか考えてみると……。
  375 “夢貯金”
    自分の夢をどんどん想定し将来実現まで貯めていく事をいう


2331, 「ぼくの血となり肉となった500冊」ー2

2007年08月21日(火)

      (*'▽'*)/☆゜'Good☆Morning
                    −読書日記
              
「ハエとハエとり壺」は、哲学の意味の説明に解りやすい喩えである。
道理さえ解れば何とことがないが、知らない当人にとっては道理の存在がある
ことすら解らない。
還暦過ぎたり、死の間際になって気づくことも、若いときに少し考えれば解ることばかり。
それが教養ということなのだろうが、若いときは人生経験が浅いので
如何してもディズニーランドのキャラクターのように頭でっかちになってしまう。
しかし、それでもよいから教養を身につけることこそ必要である。     
              
ーヴェド・メータ著『ハエとハエとり壼』ーの斬新さ

立花隆
 ある日、何かの用事で「諸君!」の編集部に行ったところ、田中さんがちょうど外から、
帰ってきたところでした。いきなり「お前、ウィトゲンシュタインって知ってるか?」
と聞いてきた。「知ってるも何も、いま大学の授業でやっていますよ」
と答えると、「じゃ、『ハエとハエとり壺』知ってるか?」
と、この本の話をもちだしてきた。
 ハエとハエとり壼というのは、ウィトゲンシュタインの有名な哲学の定義、
「哲学というのは、ハエ取り壷にはまってしまったハエに、ハエ取り壺からどうすれば出られ
 かを教えてやるようなものだ」 (『哲学的探求』産業図書)から出ています。、

 ここでいうハエ取り壺は日本のハエ取り器とはちょっとちがいます。
当時ヨーロッパで使われていたもので、大きなガラスビンを伏せたような形状をしていて、
下からは出入り自由です。
ガラスビンの下のほうに置かれたエサにつられてそこにとまったハエが、
そこから飛び立つと、ガラスピンにトラップされて逃げられなくなるというものです。
ハエは本能的に上に飛ばうとするからガラスビンにトラップされてしまうのであって、
一回下に飛んで、ガラスビンの下のフチをまわれば逃げられるのですが、
ハエはハエの本能に従って上に飛ぼうとするので、どうしてもつそれと同じように、
哲学的難問はすべて、人間の知が構造的にかかえこんでしまっている弱点によって
作り出されたニセの問題(ハエと同じように逃げ道が発見できればたやすく逃げられるのに、
普通に頭を働かせている限り逃げ道を発見できない)だというのが、
ウィトゲンシュタインの立場です。

本当はそこに問題そのものが存在していないということに気がつけば、
すべての哲学上の問題は解決されるというより消えてなくなる、
というのがウィトゲンシュタインの哲学のエッセンスです。
それを端的に表現したのが、ハエとハエとり壺・のエピソードのわけです。
ーーーーー

解)
この喩えに近いのに、勝海舟の蝿取り器?がある。
甘い餌を欲に喩え、それに群がり逃れられなくなった蝿を大衆に喩えている。         
人間は死ぬもの、なら死ぬという目で人生を180度ひっくり返してみれば
何をすべきか、何を優先しなくてはならないのか解るはずだ。
それは、このハエとり壺と同じで一度、娑婆を醒めた目でジックリと
見つめなおさないと、その辺の娑婆人達の世間とやらいうガラスに頭をぶつけてしまう! 

方向を一度変えて下向きに飛んでみれば、ガラスから逃れでることが出来ように! 
だから哲学が必要なのである。 哲学って何かって? 
それは、死んでしまえばお終いよ!
じゃあ、生きているうちに何をしておいた方がよいか?
何を知っておくべきか? そして何処まで望むべきか?
せっかくの地球旅行に、旅行先で小さな水溜まりでチャポチャポしてないで、
彼方此方に行って何もかも経験して、感動して、見るべきものをみて、
知るべきことを知って、もういいや!と、嫌になる位のことをしないと!
その為には考えて考えて考えること、それが哲学!ということ。 違う?

水でチャボチャボも良いけどね! でも地球は広いし、せっかく
地球に数千億の人間が来て何かを残していったのに、その跡を見るほうが
帰る時に良いんじゃない?それだけじゃない他の動物も多く遊びに来ているし・・・
 でも、水でチャボチャボもしないで、出歩いていて良いのか?
まあ、こんにゃく問答になってしまった!           
               ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・・
2006年08月21日(月)
1966.事業百訓・・・
事業百訓ー1987年・1988年(4)
 ーS6201新年をむかえて

 私の予測として今年より三年間が大激変の時と位置づけられます。
その初年度として今年をみています。世界経済が本格的に衰退期に入り、
その風が日本に本格的にふきはじめる年です。
その現象として、アメリカが日本に対して本格的に政治経済面で
攻撃をしかけてくるのは間違いありません。
 また、国内的には間接税が来年より実施されれば、
内部留保の厚い企業をのぞいて整理統合がはじまります。
 その中で企業として生きぬくためには、
,茲蠹阿靴紳傘彿岐点の引き下げと
△茲蠧嘆修靴神鑪の徹底がますます必要です。

ーS6201霊的体験ー
私には少し強めな霊的感覚があります。
今回より数回シリーズで実体験を公開します。
“A”さんが数年前になくなった時の事です。
同じ会社仲間だった“B”さんと十日町の彼の家へおまいりにいきました。
その途中の車中で“B”さんと般若心経の話になりました。
そこで彼の供養も含めてお経をとなえました。
その後、Aさんの家の確認のため車をとめ地図をみました。
何げなく“B”さんの顔をみると、彼の顔がまっ青になっているのです。
やはり車中で“C子”さんの話をしていたのです。
“A”さんが入社試験にやってきた時、彼(A)が優秀という事であり、
同じ十日町出身の美人C子さんにお茶を出させ、郷里の話をさせたのです。
そのせいかどうか彼は私の思いどおり入社したのです。
そのおもい出話をした事であったのか数万分の一、いや数十万分の一
の確立で彼女の家の前に車がとまったのです。
十日町に出店をした時、彼女の家の前を“B”さんが通って知っていたのです。
私がそこに“偶然”(?)車をとめてしまったのです。
“B”さんはあまり霊的な事を信じない人ですが、
その時は最後まで信じられないという風でした。
私自身またかというのが実感でした。
その日一日“A”さんがニコニコ私達を見守っていた、
という何かを感じとりました。

ーS6203事業百訓 ー
224 偉大な人間とは自分の理想(像)の演出者をいう。
       −ニーチェ−
225 苦しいときは人生で一番すばらしい時期―真正面に−
226 本気になったら自分が変ってくる。
   変ってこなかったらまだ本気になってない証拠。
227 本当にわかってない事が解る事が本当にわかること。
228 お金にも“強い金”と“弱い金”とがある。
  強い金とは自分が苦労を重ねて貯めた金。弱い金とは浮利で得た金。
  (事業にも株も強い金を使う事)
229 非常に健康的な人の共通点として“至高体験”がある。
  (非常にうきうきした絶対的な幸福感)
   我々が至高体験をたびたび持つ事ができないのは
  “わき見”をしているため。
230 ともかく具体的に動いてみる。具体的に動けば具体的な答が出るから。
   (相田)
231 アノネ、がんばんなくてもいいからさ、具体的に動くことだね。
    −相田みつお−
232 この世で一番重要なことは他人の表情に最大のほほえみをうかべること。
    −コーラン−
233 好かれる事は好く一面でしかない。

ーS6205事業百訓ー
 234  母親の体内で30億年間の生命の進化の命をくり返して
    初めて人間になって生まれてくる。
    十ケ月の間に30億年の生命の変化−つまり魚になったり等々(平沢興)
 235  常に備えよ!(ボーイスカウト万国共通標語)
 236  会社というものは何をやるにしてもまず儲からねば間違い。
    利益が上がるようでないと仕事ではない。(西 順一郎 )
 237  頭で考える人は勝てない。
 238  昔の築城主が城を築くのは今の建築家が家を造るの比ではなかった。
    城を築けば、秘密を知る唯一の人として生命を召される事をしりながら
    城を築いて徒容と切腹……。
 239  流水先を争わず。
 240  成功とは九十九パーセント失敗に支えられた、一パーセントである。      
 250 お経の中に仏様がすんでいます。
   毎朝お経をあげるとすっきりするのは、
   仏様が頭の中を掃除してくれるためです。
 251 (a)一歩は一円、
   (b)一mは一円、
   (c)一ページは一円、
   (d)一聞一円、
   (e)一礼一円
 252  ヘッドオフィスの考え方。
 253  現実の自分が、もしかしたらなれたかもしれない自分に、
   悲しげに挨拶する。

ーS6207事業百訓ー
  254 世間一般の仕事の八割は中学生でもできるといわれる。
  (何故その分類ができないか、中学生でもできる八割の仕事ばかりしたがるのか?)
  255 人生、いいように考える事がコツですね。人生を渡るコツです。
   ……ニューヨークの大通りを観光バスに乗って見学していたら、
   私の近くの若い女がきれいに化粧をしてね、
   花飾りのいっぱいついた帽子をかぶって、満顔に笑みをたたえ、
   みるからに幸福でたまらないという顔をしている。
   よくみると両手から肩まですっぽり切り落とされたようになっているんです。
   …「こんなに天気で気持がよいのに、両手がない位のことで、
   この私が幸福になってはいけない、とでも…。
   人間は誰でも幸福になる権利があるんじゃないでしょうか」
   とでもいっているようにほほえんでいる。
   あれだと思いました。(宇野千代)
  256 アウシュヴィッツの強制所で絶望の余り自殺を決心した二人の囚人と
   語ったところ二人の共通点は、
   二人とも「もはや人生から何も期待できない」という感情であった。
   この時、コペルニクス的転回を、すなわち
   「人生が何を彼等に期待するか?」を説いてきかせる事が重要であった。
    一人は彼を待つ家族のもとに必ず帰る事がどうしても必要であった。(フランクル)

ーS6209事業百訓ー
“宇宙と地球と人類”を大雑握にとらえまとめてみると−
  我々の宇宙は百二〇〜百五〇億年前に
   ラグビーボール大の素粒子がビック・バン(大爆発)により生じた。
  そのひろがりは(a)二千億の太陽で一つの宇宙(銀河系)を形成
          (b)その銀河が百億存在しているところまで確認され
  地球誕生は四十五億年前であり、太陽のまわりの細かい隕石が
   ぶつかりあって拡大して生じたもの。
  三十億年前に生命が地上に誕生
  数百数万年前、猿が誕生
  五万年前にホモ・サピエンス(今の人類)が出現
  文明は五〜六千年前以前にはじめてうまれた。
  宗教(仏教、キリスト教)がおよそ二千   五百年にうまれ
  現在の地上の人類は五十億人であり、過去人類として出現した数は、
   およそ八百億人という。
  その人間も五十兆の細胞で構成されており、脳細胞は百三十億である。
 
 以上の背景を持っておよそ八十年間の寿命を全うする。
 子供の頃、胸にワッペン、片手にお菓子をもって、好きな女の子をおいまわす。
 女の子は大人をまねたママゴト。
 それを少し拡大した事を一生を通じて、何等不思議ともおもわずくり返す。

事業百訓ー1986年(5)
ーS6101新年にあたりー

 第二ベンクーガーホテルの増築の完成にあたり、
現在の位置づけを明記しておきます。
第一B・Hのオープン(S56.3)及びその後の内部固めの二年半が、
 現在及び今後の四年間の時期と同じと見るべきです。
 文章作法の“起承転結”を過去五年間にあてはめると次のように解釈できます。
 第一B・Hが“起”にあたり、

“承”が内部がために終始した二年半、第二B・H、第三B・Hが“転”、
第四(第二の増築)が“結”にあたります。
(第一B・Hの創業の二年半の中にも起承転結はありましたが…)
そして、この五年間を“起”の時と圧縮して考えてみると、
今年より四年間は“承”の時にたとえられます。
今から過去五年間を考えてみて、一番地味であった“承”の時が
最も重要であったと思います。
その意味で今年よりこの四年間は本当に本当に重要な年に入った事を
自覚しなければなりません。それが充実すればするほど必ずやすばらしい
“転”“結”を生みだす原動力になるはずです。

ーS6103事業百訓ー
193 ・性相近
   ・習相遠(人間はうまれた時は能力に差はないが、
        努力の積み重ねでその差は無限となる)
194 今なる時はなかりけり。“い”の時くれば“ま”の時は去る。
195 べきときにべくる事をべきすべき。
196 創造とは伏従行為である。耳をすましてきこえない声を聞く。
197 生のほうから死をみると暗いが、死のほうから生をみると明るい。
198 五年あるいは五億が一つの壁、この壁をこえなくては
   並の中小企業か倒産かどちらかである。
199 今年はごまかしごまかしやってきた高度成長期の遺物が、
   かたずけられるといった程度の年。
200 感謝をすれば感謝のできる事が近よってくる。
201 現在の絶対的方向
  (1) 国際化が進む事
  (2) すべての面で自由化が進む
  (3) 都市の集中化が進行
  (4) 人工の老齢化が進む
  (5) 科学技術の想像を絶した発展
202 “美”の本質を追求していくと秩序を内在している。
203 “美”とは誰がみても美しい不思議。
204 古今の名作はわかりやすい。(難しさはきえやすい)

ーS6107事業百訓ー
205 他人によってキズつけられるのは自分のエゴイズムだけである。
206 善き人におきる事は必ず善き事である。
  (善き人には悪いことはおきない。)
207 みじめなということは低きところにおる人ではなくて、
   進むことのできなくなった人です。(八木重吉)
208 私みずからであること、それのみ絶対である。
   私みずからより大きい必要もない、
   私みずからである時のみ神をかんずる。
209 禅を通じて得たことは“徹すること”“こだわらぬこと”である。
   この二つがそのまま勝に通ずる。−川上哲治−
210 打破漆桶底(性の根底にある無明その底をぶち破る。
   その底がわれて仏とひとつづきになること)
211 もとはこちら、そのままけっこう
   (そのままけっこうがこの世の極楽である)
212 一日は一生の縮図です。
   それをさとって粛然たる思いがした時初めて人生の真実の一端に
   ふれたようなものです。
213 人の幸福をともに喜び、ひとの不幸をともにかなしむ

 ーーーーーーー
事業百訓ー1988年ーS6303 
  魂の色は何色
 5才の時、一年間牧師が毎週家庭に説教に来ていた時の事である。
牧師の質問が“魂の色は何色ですか?”であった。
姉兄等は当然答えられず、最後に私のところにきた。
一瞬考えた後の私の答が“魂の色は顔色”であった。
牧師と両親のその時の驚きを、今でもはっきり記憶しています。
そこであの時の牧師の用意していた答は何だったのか、
T氏と酒をのみながら話し合った事があるのですが、結論はでずじまいでした。
その時のT氏は“白光色”。私はおそらく“虹色”ではないかという意見だったようです。
もちろんこの話にはオチがつきます。
五才の子供にこの言葉の意味がわかる訳がなく、
肌色という意味で顔色という単語がでたのがそのタネあかしです。
しかし絶妙のタイミングで、絶妙な答であった事は事実でした。
今の私にこれ以上の“答”をだす事は不可能です。
せいぜい“目の色”“音色(ねいろ)”“夢色”“十人十色”です。
 でも本当にすばらしい答は“肌色”かもしれません。

ーS6305ー 新井石龍禅師に学んだ事 ー1
 学生時代に、父と禅師が親交があり、実家泊りに来ていただいた事等の因縁で、
六日町の禅寺“雲頓庵”に読書を兼ね春・夏休みになると滞在させていただいていた。
度々なので自然と禅師と話をさせていただく機会が多々あった。
無知と若さの為平気で生意気な質問をした私にいつも笑顔で答えていただいた事が、
今では懐しい思い出になっています。

(私) −禅とは一言で言うと何ですか?
 (禅師) −字の通り天地宇宙に己の単(一人)である事を示す(気づく)事。
社会に出て半年あまりで気負いすぎで早くも行き詰まり、
  五日間の夏休みでの雲頓庵の禅師との対話
(私) −世間と理屈は違う。
     理屈どおりに世の中いかなという事がつくづくわかりました。
(禅師) −あなたの理屈がおかしいだけ、世の中は厳しくも甘くもない。
  世間も理屈もあるものか!
 (厳しく感じたのは自分自身そのものが甘いだけ)。
 
後者の時は頭を真二ツにわられてしまったというのが実感でした。
頭で物事を考えていた私が、“自分が”前に出ていた私が、
その時点でたたきこわされ、
社会人の一員にやっと一歩踏み入った瞬間でした。

ーS6307ー 人生は雷光なり
 二人で二百才になろうという人の対談の中で、
過去百年をふりかえり、実感として“人生は雷光のようなものだ”
との内容に驚かされました。宇宙時間という観点で人間の一生は、
雷光のように一瞬である事はうなずけますが、
自身の事となるとまだまだ実感としてピンときません。
そこでマンダラで図解をしてみました。
・・・・

ーS6307ー 新井石龍禅師に学んだ事 −2
夜十時頃、一人で本堂より三百m先に入った禅堂で
 坐禅のマネ事をしていた時の事。
我慢で時おり襲ってくる恐怖感に耐え、そろそろ本日の終了と思った矢先。
誰もいるはずのない堂内に何かの気配!
雲水に因縁めいた話を聞いた事も手伝い恐怖のどん底に落とされました。
私の人生で二回の超恐怖体験の一つでした。
大声を出し、逃げ出したいのをこらえ震える足で本堂にたどりつきました。
雲水と“医者の卵”と“弁護士の卵”と四人で、懐中電灯と棒を各々持ち、
恐々禅堂にその正体をたしかめに行ったところ、
猫位の大きさの獣物だったのです。
逃げられないように禅堂の戸閉まりをして翌朝に持ちこみました。

再び四人で棒を持ってその獣物の正体をたしかめに行ったところ、
何と“モモンガ”だったのです。
そこで“生け取り”と追いかけ回したのですが、
途中から反対に歯をむき追いかけられる仕末。
その時騒ぎを聞きつけた老師が我々の一人の棒をとりあげるや、
一撃でモモンガをたたき殺してしまいました。
その気合のすごさに本当に驚いてしまいました。
二十才そこそこの大の男が四人逃げまわっているのに、
九十近くの禅師が何のためらいもなくただの一撃!
私自身その時、合気道を三年近くやり、少し逆せていた時だけに、
その迫力にショックをうけてしまいました。
結局武道も禅よりみると枝葉でしかないのか?等々。
禅師の一面をみた事件でした。


2330, 「ぼくの血となり肉となった500冊」 

2007年08月20日(月)

ー読書日記
         (`・ω・。)っノXXXXXXX>C 才ノヽ∋―

「ぼくの血となり肉となった500冊そして
       血にも肉にもならなかった100冊」ー著者 立花隆

昨日の「株価暴落の意味するもの」で引用したが、
この一ヶ月は隙間時間があると、この本を読んでいる。
彼の猫ビルにある3万5千冊の中から選んだ数百冊の本のミニ・ダイジェスト。
数行から数十行の内容がキラリと光っているものばかりである。
ランダムに面白そうな部分を抜粋しながら考えるに丁度良い。
『思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた』の続刊的な本である。

この本がキッカケで、彼の著書「エーゲ 永遠回帰の海」を買って読んで、
今年の旅行ははギリシャと決定した。更にウィトゲンシュタインの
「90分でわかるウィトゲンシュタイン」を買った。
彼の本は、読書のナビゲーターとして割り切って読んでいる。
まずは、彼の彼たる所以である特徴の部分から抜粋してみる。

 −−−
*フィクションからリアル世界へ
(P−64 )
立花: 小説などフィクションの世界は、ぼくにとってリアルな世界の外に
あるものなんです。
幻の世界は人間がいつでも作ったり消したりできる仮象の世界です。
しかし、リアルな人間社会の存在物のほうは勝手に消去できないじゃないですか。
そういう意味において、前者はもちろん後者も、「神様が作った被造物の世界」
のほうに属しているとぼくは思っています。
つまり二つの「リアルな世界」(自然世界とヴィーコ的人間社会の産物)は、どちらも
神様が作った世界、人間が完全コントロールできない世界といっていいと思うんです。
神様の構想力と想像力は、いい意味でも悪い意味でも
人間の構想力と想像力をはるかにこえた高みに達しているということです。

リアルな世界を取材して書くという仕事をつづけていると、取材が深まるにつれて、
前にはとても見えなかったすごい世界が見えてきます。
リアルな世界の極限部分は、あらゆる意味において通常の人間の想像力を
はるかにこえたところにあります。
ぼくの取材仕事の半分くらいは、科学技術の世界にありますが、
その世界でも同じことがいえます。極限部分は人間の想像力をこえます。
人間的世界の悪の世界においても、人間精神の高貴さの点においても、
あるいは数多の自然科学的世界の自然現象のパラメータにおいても、
あるいは人間が作った工学的世界のパラメータにおいても、途方もないものが、
この世の中に存在するというのが、リアルな世界の面白いところです。
極限世界を見る経験が積み重なるにつれて、ぼくの中で自然に、
フィクションの世界とノンフィクションの世界の間の価値の逆転が起きました。

 ーそれはいつ頃の話ですか。
立花: その逆転がいつどこで起きたのか自分でもはっきりしないのですが、
かつては、将来いつかフィクションの傑作を書いてやろうと思っていたのに、
あるときからそのようなことを夢想することが全くなくなりました。
いまは、作りものの世界より、リアルな世界のほうが何層倍も面白いと思っています。
しかし文春を辞めたばかりの頃は、寺山が書いてくれたオビに
「てっきり小説を書くのだろうと思った」とあるように、確かにぼくの心は、
フィクションとノンフィクションの間でゆれていたんです。
というよりは、むしろその間にあるもう一つ別の軸、先に述べたような、
「哲学的な新しい世界認識を得ることの誘惑」の間でゆれていたんです。

 ーしかし、ヴィーコなんていう妙な人のことをよく知っていましたね。
立花: ここで、なんでヴィーコの話が飛びだしてきたかというと、
この時期ぼくには次々に、もう一つの哲学的認識軸をめぐって
起きた新しい思想家との出会いがあったということを語りたいからなんです。
出会いのたびに、心をゆさぶられたというより、頭をゆさぶられる経験が
連続して起きたということです。
それはあるときは書物との出会いであり、またあるときは人との出会いでもありました。

ーーー

彼ほどの知識を得ると、小説などの創作ものの限界を見てしまうのも解る。
世界には途方もないものが、存在するという面白さを知ってしまったら、
哲学的な新しい基軸から物事をみるようになるのだろう。
知識だけは、それぞれが無限につけることができ、
かつその桁を幾らでもあげることが可能である。
3万5千冊の本と、3千5百冊の本の読書量は、その知識の広がりと深さをみれば、
桁が100倍、いやもっと違ってくる。
それは決して外面からは窺い知れないから恐ろしい。
   
   ところで、私は地球に何しにきたのだろうか?
   解ってないから、日々流されているのだろうか?
                
              (○´ω`○)ノ**SeeYou Again!  

・・・・・・・・・
 2006年08月20日(日)
 1965.事業百訓・・・
  事業百訓ー1985年・1986年(3)
   S6001新年にあたり
  
今年度完成する第二ベンクーガー増築(全室283室)と、
ワシントンホテルのオープン(約330室)の意味を記します。
まず駅前というより市内のホテル戦争の開始と“四核”の完成の年です。
(駅周辺は“三核”)。

プライスゾーンにおいて、
“千円以上をオークラ・H、
∀酸蕁組千円を東急イン、
8淦蕁創酸藐淺官澆鬟錺轡鵐肇鵝Γ函
せ誉藐淺官澎焚爾鬟戰鵐ーガー・Hが
 核として40〜50%以上を占めてしまう事です。

次に立地面も
 ̄愾虻限Δ鯏豕泪ぅ鵝
駅前右側をベンクーガー・H、
1愼遒鬟錺轡鵐肇鵝Γ箸痢罰法匹完成をします。
これは、すでに戦う前に戦闘の終了を意味しています。
生き残るのは、この“三核”あるいは“四核”であり、
その他は消滅の方向を意味しています。

立地面においても駅前の完全勝利が、この3〜5年以内に明確になります。
(新潟島の完全敗退です)。
そして駅前での“三核”の本格的な戦いの開始にもなります。
どこが三核で一番有利かは、時流からみてあえて記す必要はありません。
当社は今年は非常に大事な年です。
当社の本当の敵は、第一ホテルでもターミナルホテルでもありません。
ワシントンホテルです。その意味で非常に面白い年になります。
ワシントン・Hを越すことが、全国に飛躍する“ふみ台”になるからです。

ーS6001事業百訓ー
 中間点にきたので“ひと休み”という事で、
最近“本物”に出会った事を書いてみます。
それは万代にできた“シネモールビル”です。
三年先の飲食業界の姿がそのまま存在しているといって過言ではありません。
その中の4Fの“あいうえお”と“ロイヤル館”
(同一経営・厨房が一緒)は私自身“本当”におどろいてしまいました。
^譽侫蹈一五〇坪を2業態の店で使用している。
◆反瀚次匹鯑鷆搬屬療垢濃箸い錣韻討い觧 
プライスが低プライスに徹している事 
て眩に非常に力点を入れている事 
ト震粍貎妖りのスペースが最小限度におさえられている事 
ξ鼠も値段の割に良い事 
Ъ勸の訓練が“徹”している事(マニュアルの完成)等です。
 
 以上まとめると、
  (一) 顧客ニーズより出発している
  (二) 徹底した合理化(パートタイマー化、システム化)
  (三) スペース徹底有効利用
  (四) コスト削減に徹している
  (五) 規模メリット(一フロアのスペース確保)→周辺一番店の確立
 
 第二B・H増築に対して、まだ迷いがあった時点(12・20)にこの店に入って、
迷いが一度になくなってしまった。
この店内で“決断”がついたといってよいのです。
飲食に関係している人ならば、
一度は“見学”なされることをお奨めします。

ーS6004事業百訓ー
『人間思いあがったらもうおしまい。そこから先は何も進歩しない。運も同じ、
ああ自分はついていると感謝している間は、運も上昇線をたどってくれるが、
それがあたりまえと思ったり、自力だと過信したとたんに運もストップする。……』

『……自分が運が悪いという人間にかぎって何も努力をしていない。
レベルを上げると、自分をとりかこむ環境もレベルアップする。
それによって自分にみがきがかかり、さらにレベルアップする。
すると運にめぐりあえる機会がふえるのです。
そのとっかかりは何か。競争相手との紙一重の差がはじまりなんだ。
ところがこの紙一重の差、プロの勝負師にとって、天地ほどの差なのだ。…』

『…一生けん命何かをやる。運とはその一生けん命さに対して天が与えてくれる
ご褒美なのだ。だから最初より褒美をねだったり、あてにしてはいけない。
それより一生懸命やる事が大事です。人間つくるのは鍛錬だけなのです。』
(将棋九段 芹沢博文)

ーS6007事業百訓 ー
  151 彼は何も知らないのに何か知っていると信じている。これに反して
  私は何も知りはしないが、知っているとも思っていない。(ソクラテス)
  152 序、破、急
  153 暇を利用しない人は常に暇なし。
  154 芸術とは、破壊の集積である。−ピカソー
  155 三十才までで人生の大部分が決定する。
    それも二十才より二十五才までが人生の縮図と断定してよい。
  156 “ひらめき”は集中力のきわみ。
  157 万事を得んとすれば一事に専心すべし。
  158 個性、個性といって、一つの石ころが他の石ころと違うことを
    得意になってもお前さんがたを大勢一緒にあつめたら、
    ただの「砂利」ではないか。 −広津和郎−
  159 集中力とは、問題に対して注意を一点に集める能力。
  160 問題解決の方法は「理ずめに考える−論理的に考える」
   「比喩−たとえ××」の二つの方法しかない。

ーS6008事業百訓ー
  161 ライバルは他社ではなく変化そのものだ。−イトーヨーカ堂−
  162 一番危険な事は多少とも知っていることだ。
  163 質の向上が自然と量の拡大になる。(質の追及は量をともなってくる。)
  164 一つの成功は次の成功の入場券を手に入れたにすぎない。
    −キッシンジャー−
  165 “旅立ちは夜あけ前に!”
  166 “常住戦場”“常住不況”
  167 D・D・S(Deep・Discount・Store)
    今までのディスカウント・ストアよりももっと安さを追求した店で、
    アメリカ流通業界の新しい業態の店。
  168 怒らず、恐れず、悲しまず。
  169 経験をしない者は、知ることができない。
  170 人間は神様によって生かされている存在である。
    この認識の上に立つといろいろな事がみえてくる。
    運にめぐまれ隆盛している人物がいる。
    彼は神につかわれているのである。
    別の言葉でいうと、この状態はツイている状態である。
    ……こうもいえる天地自然の法則にそって
    自然の流れに適応していく事が神様につかわれることである。
     −伊藤昌哉−

ーS6010事業百訓ー
  171 欧米社会の原型は“父性社会”であり、日本は“母性原理の社会”である。
    (グレート・マザの潜在意識の中の存在・マザコン社会)
  172 悩むのはお前の勝手!
    自分が悩むのは自分を“神”より見せてもらっているのだ。
  173 “情報化”とは“自由化”を意味する。(逆に“自由化”は“情報化”を意味する)
  174 時代の流れで“高度化”と“高級化”を間違わぬよう。
  175 順境は逆境のシグナル(逆境は順境のシグナル)
  176 生徒(我々)と先生(お客様)はむかいあうのではなく
    同じ方向に向いていなくてはならない。
  177 一日十通の手紙を出す事を自分に課した七万通を既に出した人の話。
  178 “商い”と“経営”のあたりまえの条件とは
    「一人一人のお客様がきちんとみえること」
    「一品一品の動きがきちんとみえること」
  179 店や企業にとってのチャンスは外にはない。我うちにある。
  180 真の価値は体質が生みだす。
    お客様の選択は表面的なものでなく体質そのものにむけられているはずだ。
  181 キューピーマヨネーズはマヨネーズだけであれだけ大きくなった。
  182 店の「心」がときめいているか。そのときめきをお客様につたえるのだ。

ーS6012事業百訓ー
  183 企業内にあるのはコストセンターのみ。プロフィットセンターは外部にある。
  184 経営の根幹は、
      第一に徹底したプレーン・ストーミング。
      第二にそれによる明快な戦略の確立。
      第三に軍隊的な実行。
      第四に公正な事業評価である。
  185 一棟規模を思いきって大きく投資する事が経営のポイントである。
  186 プライス力 四割 規模力 三割 駐車力 三割
  187 企業の「三力」 「知力」「体力」「魅力」
  188 予定挫折(人生マニアル化)
  189 葉書の達人たるべし(葉書の活用いかんでその人の人生の充足度がわかる。)
  190 人はこの世に神より封書をもたされておくり出されている。
    35才を中心とする小十年の間にあけてみるべし。
  191 “必要は発明の母”の時代より“発明は必要の母”の時代へ。
  192 地方における最大の害悪は、
    農民感覚をマイナス面に作用させてしまう事である。
    (毎年同じ作業をくり返す事がよい事であり変化は悪である。
    城下町はその典型。)

ーーーーーーー
事業百訓ー1986年
ーS6101新年にあたり

 第二ベンクーガーホテルの増築の完成にあたり、
現在の位置づけを明記しておきます。
第一B・Hのオープン(S56.3)及びその後の内部固めの二年半が、
 現在及び今後の四年間の時期と同じと見るべきです。
 文章作法の“起承転結”を過去五年間にあてはめると次のように解釈できます。
 第一B・Hが“起”にあたり、

“承”が内部がために終始した二年半、
第二B・H、第三B・Hが“転”、
第四(第二の増築)が“結”にあたります。
(第一B・Hの創業の二年半の中にも起承転結はありましたが…)
そして、この五年間を“起”の時と圧縮して考えてみると、
今年より四年間は“承”の時にたとえられます。
今から過去五年間を考えてみて、一番地味であった“承”の時が
最も重要であったと思います。

その意味で今年よりこの四年間は本当に本当に重要な年に入った事を
自覚しなければなりません。それが充実すればするほど必ずやすばらしい
“転”“結”を生みだす原動力になるはずです。

ーS6103事業百訓 ー
193 ・性相近
   ・習相遠(人間はうまれた時は能力に差はないが、
        努力の積み重ねでその差は無限となる)
194 今なる時はなかりけり。“い”の時くれば“ま”の時は去る。
195 べきときにべくる事をべきすべき。
196 創造とは伏従行為である。耳をすましてきこえない声を聞く。
197 生のほうから死をみると暗いが、死のほうから生をみると明るい。
198 五年あるいは五億が一つの壁、この壁をこえなくては
   並の中小企業か倒産かどちらかである。
199 今年はごまかしごまかしやってきた高度成長期の遺物が、
   かたずけられるといった程度の年。
200 感謝をすれば感謝のできる事が近よってくる。
201 現在の絶対的方向
  (1) 国際化が進む事
  (2) すべての面で自由化が進む
  (3) 都市の集中化が進行
  (4) 人工の老齢化が進む
  (5) 科学技術の想像を絶した発展
202 “美”の本質を追求していくと秩序を内在している。
203 “美”とは誰がみても美しい不思議。
204 古今の名作はわかりやすい。(難しさはきえやすい)

ーS6107事業百訓ー
205 他人によってキズつけられるのは自分のエゴイズムだけである。
206 善き人におきる事は必ず善き事である。
  (善き人には悪いことはおきない。)
207 みじめなということは低きところにおる人ではなくて、
   進むことのできなくなった人です。(八木重吉)
208 私みずからであること、それのみ絶対である。
   私みずからより大きい必要もない、私みずからである時のみ神をかんずる。
209 禅を通じて得たことは“徹すること”“こだわらぬこと”である。
   この二つがそのまま勝に通ずる。−川上哲治−
210 打破漆桶底(性の根底にある無明その底をぶち破る。
   その底がわれて仏とひとつづきになること)
211 もとはこちら、そのままけっこう(そのままけっこうがこの世の極楽である)
212 一日は一生の縮図です。それをさとって粛然たる思いがした時初めて
  人生の真実の一端にふれたようなものです。
213 人の幸福をともに喜び、ひとの不幸をともにかなしむ

ーS6109事業百訓ー
214 悟りということは
   「如何なる場合にも平気で死ぬ事かと思っていたのは間違いで、
    悟りとは如何なる場合でも平気で生きて居ること」であった。
     −正岡子規−病 六尺
215 平家を滅ぼすものは平家なり、鎌倉を亡ぼすものは鎌倉なり −徳川家康−
216 プライス戦争が最終的に勝てる条件である−そのための体質づくり−
217 大きくなるまでは専業できなくてはならない。
218 “量”の拡大は“質”の向上をうながす。
  (質が向上しなくて量の拡大を維持できなくなる)
219 “量”が70%、“質”が30%(量稽古を体験せずして、技術の向上なし…)
220 一流の結果を二流の選手が出しただけのこと
  (−野村元捕手の講演より−その為にあらゆる手段、頭を使いきった)
221 人間限界を知るようになると
   〔槁犬茲蠍充造鬚澆襪茲Δ砲覆
   ▲離Ε魯Δはっきりみえる
   Fをつかう必要性を知る。 (野村選手)
222 明確な他社との差別化こそ戦略のテーマ
   (→それは他社との闘いよりで得られるものでなく、
   自社のお客様との闘いの中より勝ちとる事である)
223 人材とはある一面がすぐれている人をいう。
   人物とは一つ一つはたいした事はないが、
  トータルとして重量感があり魅力・能力のある人のことをいう。


ーS61 12ー  今年度をふりかえって                         
今年は次の二点がポイントであった。
(一) 第二ベンクーガー増築
(a) 七十室→一五十室規模
(b) 全棟二百室→二百八十室
(二) 業革進む
(a) メイク、ナイト・フロント外注より直接運営へ切替へ
(b) プライスを一年半ぶり3980円へ(3500円より)
(c) コンピューター導入

 今年は創業以来の“大変”時な年でした。
−五年前の創業時と同じ位の大変なエネルギーを使った年でした。
 創業時を“陽”のエネルギーとするなら“陰”のエネルギーを
 必要とした年であったといえます。
 今では戦略として“ゲリラ戦法”であったのが今年の増築で
“正規軍”の戦略すなわち正攻法への戦略転換になった事です。
 全棟の客室の床、カベの手なおし、第一BHのボイラー交換、
 コンピューター導入、金利下げの交渉、燃費の引き下げ等々です。
 第2、第3、第2の増築の累積償却赤字分がその効果か、
 今年一年ですべて消えてしまう予定です。
 2〜3年先にと考えていただけに非常にうれしい誤算にもなっています。
 しかし来年度より確実に毎年5%の稼働率の低下は確定事実といってよい。
 “業革”を地道に進めなくてはなりません。


2329, この株価暴落の意味するもの

2007年08月19日(日)

                   ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!
この一ヶ月足らずで、株価が3000円近く、大よそ15佑硫爾欧蓮△笋呂蟲い砲覆襦
アメリカの低所得者のローンの破綻や、アメリカ経済の疲弊、自民党の参院の大敗、
近々に予測される衆院選挙と、その結果の混乱を先読みした結果である。
参院選挙以降から株価がジワジワ下がり始めて、ついに一昨日800円の暴落になった。

ところで立花隆の「ぼくの血となり肉となった500冊」で紹介されていた
スティーブン.ローチ著『超大国の破綻』(中央公論新社)の内容が、
アメリカ経済の破綻が始まったのではないかと不安になる。
立花隆の本からの抜粋をしてみると・・・

−−−
目次には、
「もはやアメリカ経済は世界経済を支えられない」
「ドルの暴落は必然的に起る」
「激突の道を走る世界経済/グローバリゼーションが生み出した世界的供給過剰/
 資産バブル破裂/かくてデフレは生じ、今後も続く」
「情報革命は『失敗に終わった革命』」
「幻想をばらまく"ばら色のシナリオ」
「景気二番底の危機に直面するアメリカ経済」がならぶ。

アメリカの経常赤字が、世界がかって見たこともないような規模にまでふくれ上がり
(二〇〇三年第一・四半期だけで五千四百五十億ドル)、
これはアメリカのGDPの5・1%にあたり、毎日・二十億ドル以上の資本流入がなければ
埋め合わせがつかない。これまでは、アメリカ経済に幻想を持った、
あるいはアメリカ経済に頼る以外に行き所を失った、ヨーロッパあるいはアジア、
中近東の資本が流れこんできてそれをまかなってきた
(アメリカにとってはフりー・ランチ=ただメシ食い放題経済)。
しかし、このメカニズムは破綻寸前であり、破綻すると、世界経済のトータルな
再調整が避けられない。

それは必然的に為替の再調整(すなわちドル大暴落)という形をとるということが
説得力あるデータをもって示される。
(ただし、破綻がいつ起るかはわからない。日本の大地震と同じで、
そう遠くない将来に起るのは確実だが、いつになるかはわからない)。
情報革命に関するくだりは、クールな筆が乱れて個人的な体験を
いろいろ書きつらねているが、ここがまた妙に生々しくて、
アメリカ型情報社会の現実を知らせてくれるという意味でも面白い。
日本経済と中国経済もそれぞれ一章をさいて鋭利な分析をしてくれている。
−−ー

等々、読んでいると、もしかしたら、この株安と円高=ドル安は、
その先駆けではないだろうかと考えてしまう。
現在の世界は、経済も、テロも、天災も、政局も何があっても不思議ではない事態。
身近で大地震が二度あり、今度は馬ウィルスで書き入れ時に売り上げが激減!
これで世界同時株安が進んだら不景気になる。特に地方は最初に影響を受ける。
この仕事は、それが直接敏感に影響してくるから、恐ろしいのである。

  自民党をここまで延命させてきた国民の民度が低すぎたということか!
                   
                   ヾ(・ω・`)ノバイ
・・・・・・・・・
2006年08月19日(土)
 1964.事業百訓・・・
事業百訓ー1983年・1984年 (2)
 S5801新年にあたり 激動の年

 今年はあらゆる面での激変の年となりそうです。
本格的新幹線の年に入ると同時に高速道路の開通等による首都圏化が、
ますます明確になって時間的距離だけでなく、主観距離が数分の一になってしまいそうだ。
我々の身近にも世界的不況が一刻一刻と近づいてくるのがわかります。
と同時に超LSI等のマイコン革命が社会生活の中に顕著にあらわれ出しています。
当ホテルをみても(決してオーバーな表現ではなく)
機械の中に部屋がある機械の中にショップがあるといってよいほど
メカニズムが入ってきています。
 また、新幹線の影響により今まで平日(月〜金)で空室が出る事は、
二ヶ月に一日あるかないかというのが、(年末という事もあったのですが)
一ヶ月に3〜4日も出たりしています。
その反面、平日の火〜木曜日までの満室断りのTELが今までより、
多くなったりしています。
学生ショップをみても、人事院の給与凍結の発表と同時に
昨対50%以上つづいた売上の伸びが20%の伸びにおちこんでしまったり、
予測もできない現象が生じています。
今年からはこの様な予測外の事が(というより予測不可能な事が)
次々と出てくる事を前提に変化を見ていた方がよいかとも思われます。
今まで比較的環境条件のよかった当社も、今年はあらゆる点で
大きい節目である事は事実です。
その中で一人一人が会社理念の“誠心誠意”と“七大方針”をもとに、
一体となり変化に対応していかなければ、競争環境の中生きぬく事は不可能です。
ーー

ーS5801事業百訓
51 会社経営のコツ=平均年令を常にひき下げる事
52 事業の鉄則=2分の余裕を常にもつこと
53 案に一案、二案、三案、常にもつべし
54 三倍の法則は生きていた
  =赤穂浪士は3人1組のグループで1人の敵に集中攻撃
55 もうける前に損失を回避すべし
56 第一次産品をさけるべし
57 事業の基本は占有率にあり
58 他人の利益を図らずして、自己の利益はありえない
59 “まず出ずるを制して、入るを図る”べし!
  今や“入るをはかって出ずるを制する”時代は終わった
60 売上げ(小売業)の50%の不動産資産を持つべし
61 男子正社員一人あたり五千万円の資産も一つの目安
62 小売業は“空間的架け橋業”である
63 とにかく“変化し続ける事”が基本
64 未来投資の金額はその二乗に比例する
65 在庫高と純利益は反比例する
66 “運”とは“勘”であり“勘”とは“決断力の連続線”を言う
67 知恵とは広さ(知識)と深さ(思考力)と強さ(決断力)等を総合化した多面体である。
68 庭石は深く埋めよ!
(石というものは、土の中に入っている量が多いほど、どっしり見える )
69 商売をした時には絶対金を貯めては駄目。そうすると元手以上の事はできなくなる
70 すぐれたリーダーは後ろを決してふり返らず


ーS5803事業百訓
71 今までの労働の中心はOA、FAに大部分がとって変わり、
 “イマジネーション”“クリエーテブ”が中心となる。
72 ボロ会社は「内部管理」に焦点をあわせ、
  優秀会社は「経済的成果」に焦点をあわせる。
73 市場の地位こそ企業存続の基本条件である。
74 “運”とは動きなり。事にあたれば動きが出る。
  “十”にすれば運がよし、“一”にすれば運わるし(勘=判断力)
75 業界の組合せの時代(単一業界にすむ危険をしれ)
76 情報化社会の“能力”の最大基準はその人脈のネットワークの数で判断できる。
77 いい会社とか悪い会社はない。あるのは“いい社長”と“悪い社長”である。
78 仕入でもうけで販売で損をしろ!
79 商売とは“Show 売なり”
80 小説を気楽に書こう!
81 力(チカラ)は知空(チカラ)・血空(チカラ)なり。
82 労働の九割はOA・FAにおきかえ可能
83 本屋の一時間は読書の一日にまさる。

ーS5805事業百訓
84 ホテル事業の本質は“日貸アパート”と考えると、+αのサービス面がみえてくる。
85 ホテルは“償却産業”なり
86 ホテル経営者の部屋の位置はその経営的素材に正比例する
87 具体的問題は抽象化して、(抽象的問題は具体化して)考えるべし
88 “ビジネスホテル”という単語ほど顧客無視の表現はない
89 “求めよさらば与えられん”与えよさらば得られん”“ギブ アンド ギブ”の方向へ
90 人をもちいる時は鞍馬天狗より丹下左膳がよい!
91 競争こそ最高の師!
92 “望む事と決意することに加えて献身すること、
  つまり自分をささげること”が、成功への早道だ!
93 手を広げるな!一つのものを徹して一番に仕立てあげろ
 (一番店的発想をつきぬけオンリーワンまで到達せよ)
94 五年後のビジョンに関係あることのみやるべし
95 大多数の消費者に気にいることのみやるべし。
  少数客は悪魔のさそい
96 考える能力とは
 (1)数字で勘をみがく事
 (2)論理の組立(くみくずし)を簡単にする能力
97 人間の“不足”と“不在”は別
98 人事管理の急所…使うと思うな!
  育てる、勉強させると考えるべし、すべてが変わる!

ーS5807事業百訓ー
99 Keep it Simple,Stupid!
 (単純簡素にしろ!このバカ)
100 氷河時代の認識!
  基本姿勢=利益の極限化、資産の再活用・極限活用、
       卓越性、洗練された

−おわりに−
この数年間、セミナー・実務書等で私の勘にピンときたメモを
手帳より抜粋し、時系列にランダムに書いてみた。
その中には2割は自分の実体験より生まれた戦術・戦略も書き加えた。
27相手の心臓を鋭いナイフで下よりつきあげる、それも全身(捨身)で。
50創業は発狂(に似たり)なり。
45ホテルの方向は、高級(高性能)小型自動車に類推して考えていくと
“答”がある等々である。
“おわり”を書くにあたって、百訓の中より7項目を選び、特に再確認と選んでみた。
しかしその時点ごとに“金言”と信じたものばかりで、それは不可能であった。
視野の狭さを公表する様ではばかるが、“私の趣味とは何か”と一度考えた事がある。
そしてそれは歴史上の“人物”あるいは、現在一線に立って活躍している
実務家の行蔵より“宝”をいただく事であった。
世の中は広く、深い“蔵”を持ち、信じがたい“宝”を持っている人物の何と多い事かと。
この年令でやっとわかりかけてきた。
“棒ほど願えば針ほどかなう”ということわざのように、
彼等より少しでも“宝”をいただき、小さなみすぼらしい“蔵”の内容を
少しでもみたす様今後ともメモにはげむつもりです。

ーS5809見聞皆師 
  “面接について”
過去の面接の経験で、そしてその判断に対する誤差等々で、一つ基準ができてしまった。

(1)まず真面目である事
(2)その環境の変化節目をみる
(3)面接時の“必死さ”は絶対信用しない事
(4)両親に注目特に職業
(5)“ルーズ”と“甘え”と“言い訳”を身につけているか(この部分は非常にむずかしい)
(6)夢をきく
(7)後姿のあかるい人
(8)学生時代に一つの事を貫いたかどうか
(9)受験の動機
(10)中学・高校中位以上の成績である事
(11)対話の中で話に一貫性があるかどうか等である。

3〜4時間の試験と、一時間位の面接では、
その人間の歩いてきた時間の経験よりの質の判断は非常にむずかしい。
消極的な表現かもしれないが、こういう人物がほしいというより、
こういう人物は絶対入れないという事の方が重要のようです。

ーS5811見聞皆師 <その2> ー
 「“場所”は建物や商品といった“モノ”で決まるものでなく、
そこにどんな“オモヒ”をこめたいか、お客様にどのような“行動”を
とらせたいか、とらせ得るかで決まる。
そこが“位置”ではなく、“場所”であると考えたとたん、
その場所を生かす要素は“モノ”及び“お客様の行動”であることは確かである」
−(ナンダ「何んだ」物語―城功著より)

 この文章より考えてみると
事業とは(商業)そこをいかに位置(立地)より“場所”に変えていくか。
顧客ニーズに適応した場所づくり(ストーリーづくり)に設備投資をすること、
と考えられる。

新潟駅新幹線改札口に“忠犬タマ”、長岡駅の“良寛”の像も、
その“オモヒ”づくり“場所づくり”という面を充分に考えたものといえよう。
この観点より考えてみると“お店”とは、“オモヒ”をいかに顧客に提供するかである。
従って“お店”とは「お魅せ」であり、
         「お味せ」であり、
         「お身せ」であり、
         「お見せ」である。
そのオモヒ=コンセプトは概念のそれであったら、
その中身(魅、味、身、見)何も出てこない。
それはそこでハタラク(他楽)人間の血(霊、道)の中より生じてくる。

ーーーーーーーー
事業百訓ー1984年 
 S5901新年にあたり

 この二年間に地道につみ上げてきた開発準備が、
今年第2、第3ベンクーガーホテルという“カタチ”で完成します。
創業三周年に記念すべき丁度よい“花”ともいえます。
過去三年間は、外的環境が一段と厳しさを増し、
かつ今後もその傾向が増す事は目にみえています。
この中で第2、第3ホテルのオープンは非常に厳しい状況です。
ホテル業界において、今後の絶対的事実として、
小割の面内で相互のつぶし合の中での、生存の確保のみしかありません。
“つぶし合”とは、価格競争における相手資本の弱体化及び破壊です。
一滴たりとも顧客を相手にもらさない戦略戦術です。
その徹底化こそ、今年我社に与えられた最大課題です。
原価低減をはかりながらお客様に
“モア・スペシャル、モア・ディスカウントのシングル・ルーム”の提供を図る事です。
 
 時流の方向として、マクロ(大局的)にみて、我々のやろうとしている方向は、
一分たりとも間違っていません。
“我々は、真にお客様の為にそのニーズを満たすべく努力する。
そしてその過程に喜びをみいだす”という働く事及び事業の目的があります。
その目的に向かって最大限にたちむかう限り、難局はすべて我々にとってのチ
ャンスとして姿を変えていくと確信しています。

ーS5903見聞皆師 <その3>ー
 経営に関する書物や中国・日本の歴史上の戦略家等の書物で
戦略と戦術、戦法は明確に理解していたつもりであった。
しかし、最近講演や書物で出会った城野宏氏、
そしてランチェスターの法則の田岡信男氏により、いかに私の理解の浅さ、
甘さに自ら反省するところ大であった。
城野宏氏は、30歳前後にすでに満州国の司令官になり、
30万の軍隊をひきいて、毛沢東と闘った経歴の持主である。
彼は今だ第一線での講演等活躍しており、次の事を経験上重要視しています。
(1) 戦略と戦術の明確化(戦略と思っていた事が戦術であったり、
  戦術と思っていた事が戦略であったり、その混同をはっきり整理すべし)。
(2) 立場、観点の整理。
(3) 原因と条件の明確化
(4) 人間の思考の変化は手と口と足の動きを変える事である。
(5) 事実を明確に把握せよ。
(6) あらゆる事になるべく経験すべし…等である。
  その整理ができてないのが現状であり、それをはっきりさせて、
  その方向へ全力をあげれば、脳力は十数倍に伸びると断言しています。
  田岡氏は“戦略”とは“常識”そのものであると言いきっており、
  やはり戦略の必要性、重要性を説いている。

ーS5905事業百訓ー
101 創造とは準備なり!
102 責任とはおこる前に負うもの
103 一人のうしろに二百人!
104 教育→“教”→ロジック(スジ)“育”→体験
  (教えてやらせてみる!やらせて、おしえる!)
105 知識→その応用(知識→一のものは一 応用→一のものを百にする。)
106 振込資本金の2年に1度、50〜100%増加主義が理想
107 名前をおぼえよ!中味までわかるようになる。
108 儲けるよりは損をするな!
109 “零”は何もない事だが、その零により数は無限に増えていく。
110 事前の一策は事後の百策にまさる。


ーS5907事業百訓 ー
111 販売とは奪いあいである。
112 販売とは釣師の心!
113 “商品は売れなくてあたりまえ”が商売(販売)の原点、
  そこから販売の工夫が生まれる。
114 勝利とは勝とうという努力のつみ重ね…
115 勝たなければ勝ち方はわからない→勝ち続ける事により勝ち方を覚える。
116 戦略の要請は集中!(集中=|楼莉乎罩⊂ι淵▲ぅ謄爐僚乎
               B仂蘗顧客の集中げ礎佑僚乎罅
117 分断と集中の差(。横阿裡仮茵瓧苅娃亜↓■韻裡仮茵棕隠垢裡仮茵瓧械僑押
     5の2乗+15の2乗=250、ぃ隠阿裡仮茵棕隠阿裡仮茵瓧横娃亜
118 分断せよ。そして弱い方へ集中攻撃せよ!
119 攻撃相手と競争相手をわける事
120 経営チェックのポイント→ミクロでチェック、マクロで対策をたてる。
121 事の軽重、大小の判断に留意し、仕事は部下にまかせなさい。
  部下には役割を申しつけ処理させ、結果をよく聞きなさい。

ーS5909事業百訓 ー
122 遠くおもんばかる時は近きに憂なし
123 足らぬものは余り、余るものは足りぬ。
124 という字は買い字に十一を加ふるなり、十分一の利を得れば満足せよ。
   小利は大利のもと(小利は勝利につながる)
125 利は元にあり、利は売りにあり
126 元手をいかにふやすかが商売の原点
127 もうからないのは(うまくいかないのは)やり方がまずいからだ!!
128 頭と尻尾はくれてやれ!!
129 自分の勢が七〜八分と覚った時はそこでやめておくべし
130 鈍力(どんとう)骨をきる。
   自分の能力を自覚して、努力すれば鋭い刀で満足している人間をこえる。
131 ボロをまとった情報にこそ価値がある。
132 商売は人べんである。
133 睡眠は情報を整理する
134 資金回転の速さが経営の原点
135 何がうりものか明確にすること
136 初歩的なことが繁盛のコツである
137 生まれつきで能力は育っていくものではない。
  みんな自分が自分を育てるのだ。お前の左手は右手におとっている。
  遊ばせておいたからだ。
  同じお前の左右の手でさえ、ふだんから訓練しているほうと、
  しなかったほうとはこうも違う。
  お前自身も、その右手のように毎日訓練すれば、
  力が生まれ感覚がそだち能力が育ってくる
   ……(ある音楽家の手記)

ーS5912事業百訓ー
138 戦略とは占拠率そのもの
139 マーケッティングでは60%が戦略の領域、40%が戦術の領域。
140 戦略として敵を軽視し、戦術として敵をおそれよ!
141 王手、小手より先手がこわい。
142 戦闘の要訣は先制と集中と機動力。
143 計画の為についやされた時間がもっとも生産的である。
144 ビジョンとは夢でもよい。今とは全く違うものであるべし。
145 準備は集中の要。
146 六十年代は“本気”が“やめる”か二つに一つ。


2328, 近視矯正手術

2007年08月18日(土)


                 'Good☆Morning 。っω-)..。

私の周辺で最近「近視矯正手術」をする人が目だってきた。
先日の葬式時に、幼馴染みの同級生が眼鏡を外していたので「コンタクト?」と聞いてみた。
しかし彼の答えは「白内障の手術時に眼球の中に近視レンズを入れた」であった。
さらに彼の三人の娘も手術をしたという。(三人のうち二人が片眼だけの手術)
本人の話だと「とにかく楽になった、眼の重さがかなり軽減した。それで娘も決意した」という。

ところで私も、この春に手術をしようと決意をしたところ、ある知人が
「15年前に白内障の手術と一緒にレンズを入れた経験からみて、やらない方がよい。
それでもどうしてもしたいなら、片眼をやってから様子をみたほうがよい。
白内障など已むを得ない場合を除いたら、やるべきでない!」と強く諭された。
その瞬間、あれだけ強い決意も、一年間時間を置いてから判断することにした。
「出来ることなら眼球にメスを入れるのは避けるべき」というのも道理であるし、
15年間の経験の言葉は貴重である。

それにしても、ここにきて急激に手術をする人が増えているようだ。
眼球にメスをいれる矯正も、日が経ってないのに大丈夫なのだろうか?
今から十年前にアメリカで近視矯正手術が爆発的に普及した時は、
毎年2〜3倍の確率で伸びたとインターネットに出あった。今の日本と同じだったのだろう。
近視矯正手術にはレンズを眼球に入れるケースと、角膜を削るケースがあるようだが。

眼は最も重要な器官であるから、慎重に慎重を重ねないと!
でも、あれだけ楽になった爽やかな顔をみるにつけ、少し迷いが出てきた。

                 ヾ(・д・。)バイバイ
・・・・・・・
2006年08月18日(金)
1963.事業百訓・・・
事業百訓ー1981年・1982年ー (1)
 S5606創刊に際し! 
   堀井八郎

 総員十名前後の会社で、“社内報”?。大げさな!と受けとめられそうです。
しかし、三人以上のグループになった時、何はとりあえず自己表現の場の一つとして
絶対不可欠の“事”のはずです。
当社の方針として内的情報はすべて“ガラスバリ”で公表する事を基本としています。
“内的よどみ”をなくし“外”にむかいオープンにする。と同時に
外との交流を積極的にはかり“知識の集積化を企業単位として個人として図る体”
をつくる方針です。
 
その一つの媒体としてこの社内報をフルに活用していく事が必要です。
社内報は社内だけではなく、取引先、お客様等にくばる事を前提としています。
従って社内の実情等はすべて裸のまま公開されるので、会社及び個人として
“社風”をそして“営業内容”を良好に保っていなければ“悪臭”を
外に向かって放出する事になりかねません。
また文章化されたものはどういう訳か絶対にごまかしはできないのも事実です。
それと同時に後々までも残るので非常に注意をしてかからねばならないのです。
全員がこの社内報をみるのが楽しみなものにしていってほしいと思います。
 
次に文章の書き方としてのポイントを私なりに書いてみると 
まず単文に 
次に単文と単文をつなぎ合わせる
ありのままにきどらずに
必ず何回か書き直しをする事
最後のしめの文章を強烈な印象のものにする
カクテルより“ドブロク”的である事
(他人のものの混合より自然発生的アルコール)
普段より書くクセをつけていく事、等です。
 何か参考になればと思います。
最後に発行するからには必ずつづけて途中休刊にならないように!
恐らくいずれの会社、グループでも半年1年は後、
80〜90%は休刊か廃刊のはずです。必ず続く事をいのります。

ーS5606ホテル開業にあたり!ー
○ S54. 6 → 市内ホテル調査の結論が出る
○ S54.10 → その結果を約4カ月の“あたため”
 の後に当ホテル開業の最終意志決定。
○ S55. 3 → ホテル運営会社“株式会社池津屋興産”
 (資本金壱千万円)を設立。
○ S55. 9 → 着工
○ S56. 3 → 完成
 
調査の結果、ビジネスホテル業界について
 私なりに感じた事を書いてみると

理論体系が全くない
固定観念の非常に強い大名商売である
企画段階で、90%以上の結果が出てしまう等々です。
 
その対応として、次の特性を戦略にすれば、
 充分な勝因なるという結論がたった訳です。
(1) オールシングル
(2) ロープライス統一料金
(3) 徹底下請け
(4) 立地要因(駅より100m)を生かす
(5) 学生ショップとの兼業(レンガ張り)
(6) チェーン理論の導入
(7) 自己資本の高比率化

オープン後、現在前記の要因によりすべてが順調です。
しかしそのすべてのものは、オープンと同時に、
無限への陳腐化の方向に向かうという事を前提に、
次の戦略を自らに課さねばならないと思います。

S5608事業百訓

私の手帳にメモしてある仕事百訓を、この機会をかりて紹介してみよう。
これは過去にうけた講習会や書物より抜粋したもので、
私自身一日一回は必ず読むようにしており、
私にとっての“お経”みたいなものです。

  1 商品価値↑=素材×商品特性×タイムリー/プライス↓
  2 組織は単純に、目標は明確に。
  3 発想→素人であれ。実行→玄人たれ!
  (若者には感覚を!熟年者には手法を!)
  4 現場にすべての秘密をとく鍵がある。
  5 玄人の意見をまずききまくれ!特に玄人の考える理想像を!
  6 商品30%、システム70%(考え方の基本として)
  7 物事をやる前に考えて考えて考えろ!
  考えすぎた事は未だかって一度もなし。
  8 満足はアルコールみたいなもの!
  9 経営とは経営術なり。
  10 分析の一歩であり、三の分類の細分類化が基本なり。

S5610事業百訓

  11 戦って勝つのではなくて、勝ちを確認する為に戦う。
  (作ったものを売るのではなく、売るために作る)
  12 時流=低価格、郊外、駐車場。
  13 同額の経費の場合は、迷わず機械化、外注化。
  14 事業とは、常に二倍への挑戦に徹すべき!
   (一+一+二+三+五+六……)
  15 “徹する”“離れる”“工夫する”
  16 着眼大局、着手小局。
  17 l=−log pi(ピットの法則)
  18 自己能力の限界の設定。
  19 人に聞くよりよりよい知恵はない。
  20 まず模倣も徹せよ。模倣しつくしたところより
   新しい創造の芽が出始める。

S5612

事業百訓  
  21 売る商品を考えて(比重三割)
   売る場所を考えて(比重四割)
   売り方を考える(比重三割)
   以上三つを(顧客に向かって)考えて考えて考える事。
  22 事業の出発点はまず“不動産業”と
   “マンパワー育成業”徹しわりきる事。
  23 勝ちをおさめる為には常に敵全体の重心を目ざし、
   全力を集中して突進せよ。
  24 創業は独裁的に、維持は民主的に。
  25 “中の上の商品”を中の下の値段で!
  26 熟慮断行!断行熟慮!
  27 相手の /澗,髻´△垢襪匹ぁ´ナイフで 
       げ爾茲蝓´イ弔あげる。それも 捨身で!
    ( 畫蠎蠅亮舂肋ι福↓◆瓮廛薀ぅ垢里靴椶蠅海漾
    =当方の主力商品、ぁ當礇廛薀ぅ垢如
    ァ畚電製乎羲腟繊↓Α甼搬屬量棲硫宗
  28 “節目をうつ!”
  29 “心”“観”“学”“術”“態”の明確化
  30 値打ちは、売価で表現すべし!

ーーーーーーーー
事業百訓ー1982年ー
ーS5702事業百訓
書物講習会よりのめもより抜粋

31 顧客の要求(欲求)のある部分に限定(集中)し、
  その中で顧客の多様な要求を満たす。
  それも事業の成長という部分に限定して……
32 すべての事業の目安として、まず不動産業としての収益の計算をする。
   ”堝飴困了価の10%が第一の目安。
   ∪長企業は13%であるべき。
33 紙一重(差)そこより無限の差が生ずる。
34 独自の“きまり技”の創造。 
35  異業種に学べ!
36  事業は逆算!(売上−経費=利益という考え方より
          利益=マイナス経費プラス売上高という自覚)
37  性悪説のレールを敷き、性善説で突っ走れ!
38  損益(利益)と資金繰りの二つが経営の神髄
39  資金運用が変われば、バランスシートが変わる
40  利益分析(1)時流益、(2)経営力、システム力、(3)社内努力益

ーS5704事業百訓

41 直感精読=まずひらめきを重視する。それから読みを入れる。
42 (1)まず何を本当にやりたいのか 
   (2)何故やりたいのか
   (3)今、何をやっているのか
   (4)何故そのようにやっているのか
43 まず第一に経営者は経営せよ。
   管理者は管理せよ。社員は仕事に従事せよ。
44 教育の方向は、
  (A)主体性の尊重、推進 
  (B)創造性の発揮 の2点にしぼってよい。
45 ホテルの方向は=高級小型自動車に類推して考えると答えがある。
46  “働く事”“学ぶ事”“遊ぶ事(楽しむ事)”
   の一体化が<仕事の人間化>が理想。
47  部分は全体を含んでおり、全体は部分にあらわれる。
48  (一人一職務)より(一チーム一仕事)へ
49  (1)順境には技をはれ。逆境には根をはれ。
   (2)大樹深根。
   (3)枝葉をきって根を養え。
50  真の創業とは発狂なり。

ーS5706事業百訓

 丁度前回でメモ帳より“百訓”も半分をすぎたので、
 ここで一息ついて好調企業の分析を具体的に“ケーススタディ”
 という形でクリニックを進めてみよう。

 当ホテルと業務提携の学生服メーカー“螢戰鵐ーガー”
 より私の七年間の観察結果のポイントを列記してみよう。
 (当企業は創業10年にも満たない若い会社ですが、
  常に売上対比税前純利益を10%以上あげ急激な伸びを示しています。)
(1) 企画開発メーカーに徹する。
  (直営工場を一切もたず、すべて下請け及至外注。
   企画、開発、商品管理、販売等一番重要な所のみ重点運営)
(2) 創業当初よりコンピューターによる商品管理等を図る。
(3) 学生服及びその関連商品のみ扱う。(それ以外はカット)
(4) “入学用制服”よりも“買替用学生服”にポイントをしぼる。
  (単一企画をいやがる中二、中三の年令に的をしぼる)
   反面伸びなやみのメーカーは新入生用学生服よりぬけきれず。
(5) 学生服をトータルファッションとしてとらえ、その品揃えに重点をおく。
(6) ブランド・イメージの確立に全エネルギーを投入。
(7) 地域戦略に徹する。(一つ一つの地域の寡占化による企業規模の拡大)
(8) 問屋機能を一切使わず小売店へ直売方式。
(9) 現金取引の厳守(対小売店)
(10) 自社商品に対する最終責任の明確化
   (うれ残り消費に対する責任体制の確立)
(11) 拠点地域でのアンテナショップの設置主義
(12) 無借金経営を大前提としている。
(13) 製品仕上りの他メーカーとの絶対的格差
   (商品のレベル・アップに不断の努力をしている)
(14) 社員に対する高給優遇及び能力主義の徹底。
(15) 危機意識の自己創造
 以上です。決して誇張した表現ではなく、
    そのままを文章として写生しただけです。
 それをまとめると
 ・戦略志向的である事(商品戦略・地域戦略等)
 ・ 内備攻撃的である(人的・資金的等)
 ・ 人的能力の最大活用に強い関心をもち、人材育成に力を入れている。
  に集約することができる。

ーS5709事業百訓ー

 何かの偶然で私自身全く貴重な経験をしてみた。
修業という事で三重県のA社に勤め、考えるところがあり再び学校へ入り、
その後石川県のB社に再就職をし、その後独立したが、
私がB社を去った3年後、A社がB社を吸収合併をしてしまった。
別に系列下にあったわけでもなく全くの偶然の一致であった。
 
私自身修業という事で入ったのですが、戦略・戦術という面での
社長の決定的違いを一兵卒の立場よりケース・スタディという面で、
非常に勉強させてもらった。
資金の使い方、人間の使い方、立地戦略、モラル・教養、
全くの本質的な違いであった。その決定的な違いをみると、
(1) 非生産的過大固定投資の失敗
  (女子寮マンションの建設及び、時期早尚の配送センターの建設)
(2) 点作戦の失敗(地方都市にありながら、面戦略より点戦略をとり、
  結果として、他社よりねらいうちにあい全店舗がいきづまりをみせた。
(3) 人材の育成・成長を持っていなかった。
  (教育・マニュアルの不備よりくる)=教育重視の戦略の甘さ。
  中途採用者グループ間の派閥争いで“子飼社員”が育つ前に失望退社のパターン。
(4) 長期・中期経営計画のつめの甘さ等である(以下次号)

ーS5711事業百訓ー
 A社は当時地方の一スーパーでありながら、
 S44頃内部留保数十億もあり
(現在の百五十〜二百億円)非常に内容がよく、
 市内でカジュアル関係の衣料の70〜80%近くもおさえていた。

 しかし、将来を考え三社対等合併にふみきり、業界のドギモを抜いた。
社長の決断であり、それが現在の業界三位の地位をしめたその出発点である。
企業もその環境にあわや自己脱皮をはかりつづけなければ、
その生命もすぐつきてしまう。その事例としてB社を経験した。

“企業は大きいから強いのではなく、強いから、大きくなる”
“小さいから弱いのではなく、弱いから小さいのだ”
“弱いから強いのに食べられる!”
という事実を二社の企業体験として骨のずいまで実感した。
 
 内容のよい上り調子の会社は、それだけで社員の気持が一つになり、
かつ非常に働きがいがあるものであり、内容が悪化し互いの足の
ひっぱりあいが常態の会社は、それだけで人間がくさりはじめていくものである。
それは決して、社員の責任でなくすべて社長の責任である。
時流にあわせながら自己脱皮をはかりつつ内部体制をかため、
強い体質を作っていく事がすべての優先されねばならない。


2327, ベナレス −2

2007年08月17日(金)

            。っω-)..。oо○(゚+。ぉレ£∋ぅ゚+。)

インドは強烈な印象の国であった。
帰路の飛行場に着いたとき、本当のところホッとした。
聞きしに勝るインドという国の文化に、良きにつけ、悪きにつけショックであった。
ヒンズー教とカースト制度、貧しさと豊かさ、タージ・マハールなどの霊廟や城、
ガンジス川とベナレス、そして古代から現代までが入り混じった社会。
日本の日常とは全てちがっていた。

その中でもべナレスの街とガンジス川の沐浴と、舟からみた二ヶ所の火葬場。
そしてガンジス川からみた日の出。ガンジスの火葬場周辺にいる修行僧の顔と眼。
そして我が物顔で歩いている牛。そしてライ病の集団の物乞い。幼女の乞食。

この本ではベナレスの「死を待つ館」の数家族がありのままを映しだしている。
生も死、貧しさも豊かさ、差別も、その全てがリアルにそのまま露出されている。
それが日本とは対照的なのである。
人生の折り返し地点を越えベナレスに引っ越してきた老夫婦や、
老齢になったことで自らべナレスの僧院などにやってきた人びとなど、
死期を間近に感じる前に移り住む人もいる。

この街は「死を受け入れる街」として永年をかけて奥行きを広げ、深さを増している。
インド各地から運ばれてくる死体は多い時で100体になる。
また家族や、死者の灰をガンジスに流すために訪れる人も毎日数千人もいる。
なかには郵便で灰が送られてくるケースさえあるという。
ここは死者の為の街であり、その準備の為の街である。

ここの「死を待つ館」の人に、「死ぬのは恐くないですか」と聞いても、
「どうして怖いことがあるのか。ここは寺院もあり、ガンジス川もある。
この街が私を呼んだのだ」と答えて、平然としている。
彼らにとって、ここでの死は誇らしいものであり、ここに連れてこられること、
その家族にとっては、連れてくることが喜びなのである。
 死が喜びとは!素晴らしいではないか!
                     ☆ァディオス☆(`・ω・´)ノ
・・・・・・・
2006年08月17日(木)
1962, 「事業百訓」を読み直してみて
  おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・ ねむ!

二十五年前から書いてきた社内報の事業百訓を、
明日から十数回のシリーズで振り返ってみる。

    このHPのコーナーにあるものだが、書いた私自身、
    この数年殆んど読み返してない。
    丁度良い機会なので、纏めつつ回顧しながら読んでみる。
    必死に書いたのだろうが、まあ真面目なものだ。
    「そのわりには現在の貴様は何じゃい!」と赤面してしまう。

読みかえしていると、大きな変化がわかる。特に50歳前後が大きな転換期のようだ。
母を見送り、下の子供も大学に入学。 事業も、目標の500室を新潟駅前で完成。
さて、これから如何生きようか?と、深く考えていた時である。
    
    そして、出した結論は、
  『60歳過ぎの人生を全て(30数年)を、10年間の50代で生きてしまおう!』
   である。実際にそれが出来たかどうか疑問だが、その時に結論を出して、
   色濃く?生きてきたのは事実である。
                (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
その時期の文章は、どれも気持ちの入ったものが多い。
それまではインプットした内容を列挙したものが多かったが、
その時期から自分の気持ち・経験等のアウトプットのものが多くなっている。
また、外に向かっていたエネルギーが、内面に転換したことが、
読み返してみると解る。面白いものだ。

    哲学的になったことと、文章化の面白さに目覚めたようだ。
    この数年後にHPを開いたのは、この時期と、それまでの貯めが原動力だった。
    それと事業百訓から、人生百訓に何時の間にか転換していた。
    
5年前の、このHPの開設も大きな転換期であった。
それも含め、5年ごとに大きな内面の転換がみてとれる。
アップ・スケールしたのか、ダウン・スケールしたのか?

    時流が読めないと、破滅する時代である。
    デフレに関して、あまり深く書いてない。
    もっと、書いていてよい筈だ。
    インフレの時代から、デフレの時代に転換、
    これからは悪性インフレ?、
       
 鍵は、9・11のテロ。
 経済とテロは違うのでは?というが、密接に関連している!
    
 100年?戦争が始ったのだ。
 白、赤、そして黄色の人種間の戦争が、
 宗教という衣はつけているが・・・
 入り組んでいるから、複雑だが・・・
 ますます、この様相は濃くなっていく!
                  バイヾ( ̄ー ̄ヾ))))  
・・・・・・・
2005年08月17日(水)
1597, ひらがな思考術 −2

ーまずは第一章のほどくの内容の概略をまとめてみた。
この本は、読めば読むほど深い。
難しいことばを、簡単な優しいことばに置き換える以前に
ひらがなことばで考える習慣をつけてしまえということか。

それにしても、若いときの自分を振り返ってみると何をしていたのか。
わざわざ難しいことばを並べ立てて、解ったふりをしていたのではないか。
つま先だって考えていたのではないか。 現在もそうか?

ーまずは第一章のポイントを抜粋してみる。

第一章 ほどく
 まず、解きほぐしてみる

その問題に無縁の時は、物事は単純だとおもえた。
すべてを大胆に、言い切ることができた。
ところが少し、それに対して知識が増えてくると何がなんだか解らなくなっていく。
何も考えてない時は、解らないということにきづいていない。
解らなくて悩むということはないのです。 ところが突き詰めて考えると、
その問題がよく解ってないという事実に気づきます。
そしてゆきどまります。 ここが実はふんばりどころである。

こころの中の冷静な審判官がことばの矛盾に対して
「これは違う」というシグナルをだすのが、行き止まりの状態である。
これは、頭で考えていることと こころで考えていることのずれがあるからである。
そこで、考えたことや書いたことを簡単なひらがなのことばで表現しなおすと
あたらしいメッセージが浮上してくる。

あたまだけで仕上げた案に対して、こころから納得できる案は単純明快で力強いものだ。
ひらがなことばを道しるべにすると、あたまとこころは寄り添いながら、
考えをすすめることができます。
ひらがなには、あたまとこころを分離させない根源性といったものがある。

ー漢字に逃げていないか?
漢字が多い文章や、英語などの外国後を多用した文章はこみいった筋になってしまい
がちになる。文章の中の漢字や外国語の見直しをすることから始めると良い。

ー漢字とひらがなの関係
この国は、文字をはじめは持っていなかったといわれている。
そこで漢字が入ってきて、漢字だけを使うのは面倒だと、簡略化したカタカナと
ひらがなが生まれたといわれます。
といって、漢字をなくすと、わたし達の思考も論理もなりたたなくなります。
ひらがなで考えようというのは、漢字を退けようというのではなく、
ひらがなで表されることばを元に考えようということです。
ひらがなで骨組みをつくれるところまでつくってみようということです。

ひらがなで書いて、ほどけていく感じが自覚できたらすばらしい。
考えるためには、自分のありようをほぐしていくことが大切であるということだ。
節々のこわばりを取って、ふっわとゆるめてみる。
すると、あたまとこころが寄り添ってきます。
                        つづく
・・・・・・・・・
2004年08月17日(火)
1232, 「こころ」の出家 -読書日記

この年齢になると周囲が、定年、病、倒産、子供の自立、連れ添いの死、
老父母の死、等、何らかの大きな転換期に直面してくる。
情報化社会に翻弄されて深刻な危機に何らか陥っているケースが多い。
この本は現代中高年論であるが、なかなか味わいのある内容だ。
人生の後半にとって、「真に豊かな時間とはなにか」を問いかけている。
特に、自分の内側に向けての豊かさが問われる時期になってくる。

*ふと書いていて気がついたが、この随想日記は内に向かって問いかけていることになる。
自らの経験と思索を、そのまま書き綴っていることは、豊かな時間ということだが?
書けば書くほど、自分の深層の階段を一歩一歩降りている。
今のところ、まだ地下2〜3Fだが、書き続けているうちに地下10Fまでいく
可能性がある。ユングや横尾忠則の世界に近づくかもしれない。いや、それは無いか!

この本の最後のまとめになっている
「第5章ー もう一つの座標軸―豊かな時間を求めて」がよい。
その中の気に入った部分を抜粋してみる。
自分の好きな映画の「男はつらいよ」の寅さんへの気持がそのまま書いてあった。

ー27年間に48作、多くの人が寅さんとともに充足をした至福の時間を共有してきた。
寄せられた手紙の一つ一つが、映画「寅さん」がわたしたちに残してくれたものの
重さを物語っている。「寅さん」という存在は、その自由な生き方への共感と
憧れの対象でなるのみにとどまらず、わたしたちが失ってしまった大事なものを
発見させてくれるものであった。
ここでわたしは、いま一人の俳優をふれなくてはならない。
渥美清の死より3年前、1993年に亡くなった笠知衆のことである。.......
さらにある人は、笠さんに、私的な悲しみと同時に、もっと普遍的なものを見ている。
人々が感じた悲しみは、そこに、<時代の終わり>を見たからだ。
笠さんが演じてきた「古き良い時代」「不器用で、朴訥な」、でも「愛すべき」人々は、
現代ではつい忘れられ、切り捨てられてきたのではない。

以下は、この本の概要である。
ーーーーーー
―中高年の心の危機に
    (ちくま新書)立元 幸治 (著)

経済不況による停滞感、そこから生じる社会不安が、中高年の価値観を根底から
揺るがせている。かつての経済的繁栄を支えた中高年は、「時代の転換期」と
「人生の転換期」という二つの節目を同時に迎え、逃れようのない不透明感と
逼塞感を感じつつ、深刻な「心の危機」に直面している。大きな変革の潮流のなかで、
“癒し”“スローライフ”“ヒーリング”などのキーワードが溢れる現在、
真に「豊かな時間」とはなにかを問い直し、充足した「生」を取り戻すための
座標軸を探る。

ー解説
ユングは、人生の午後に、人生の午前に劣らぬ価値を認めている。
人生の午前と午後は、その優劣を比較するものではなく、全く違う意味と価値を
持つものだという。
若いころの「発達中心のライフサイクル観」を否定し、もう一つの座標軸の模索を
勧めるユングの考え方を、著者が、ある種の「出家」ととらえるのは自然である。
放浪の俳人、種田山頭火にとって人生とは、「歩く、飲む、句を作る」ことだったと
書いていることは、著者の考える『「こころ」の出家』の一つの イメージとして
印象的である。本書は、具体的な行動より、心の持ち方を中心に考察しているのが
特徴である。本書によって、先哲も『「こころ」の出家』のような生き方を、
一つのまともな生き方として、以前から主張していたことが分かる。
元NHKチーフプロデューサーで、今大学でメディア論を講ずる著者の筆は手堅い。
なお、ユング、ソローの名前は、必ずしも広く知られているとは思えず、
「スイスの精神医学者」「米国の随筆家」といった肩書きをつけてほしかった。

・・・・・・・・・・ 
2003年08月17日(日)
865, 同級会−2

 昨夜は中学の同級会いや同期会があった。
小学校は一学年の同期が100人足らずのため、5年に一度の同期会に
なっている。中学校の同期会は今回が初めてであった。

 クラスで親しい男が卒業して以来初めて出席していた。
名刺を見たら「日本レコード協会」の専務理事の肩書きであった。
ということは、日本の歌の世界の隠れたドンだ。
ビクターの取締役になり、その後関連会社の設立に参加。
その後今の仕事をしているという。かなり重い仕事と言っていた。
早稲田を卒業後、ビクターに入社。
初めの仕事が、桜田順子など3人娘の教育係だったという。
森進一など有名人は殆ど旧知の仲とか。
「自分ほど面白い経験をした人間は少ないのではないか」としみじみいっていた。

 中学だけをみてみると、その時の成績順で人生が決まってしまっている。
ちなみに一番だった男が慶応大学の教授(数年前に死亡)、二番がこの人、
三番が自衛隊のえらいさんになっている。後は保険会社の支店長、学校の先生など。
成績の悪い人はあまり恵まれた人生ではないようだ。恐ろしいものだ。
「何を持って恵まれた人生か?」という疑問があるが、あくまでも表面的な
ことだ。あと二年で60歳、皆その歳を目安に生きてきたようで心境は複雑のようだ。
しかし会えば、心は今だ中学生だ。クラスでは50人中既に7人亡くなっている。
そのうち男は5人で2割になる。 最近亡くなった人の殆どが癌だ。
 
 地元に住んでいると、小学校、中学校、高校の同級会に出席する機会が多くなる。
30歳すぎから仕事や子育てに余裕が出るためか、それぞれ頻繁に開かれる
ようになってくる。私も30歳前後に地元に帰ってきてからは出席をするようにしている。
学生から社会人に脱皮の20代は、学生時代の人間関係から一度離れることが人間形成で
必要である。その為に30代辺りから自然に開かれるのだろう。
同級会は40歳が社会的に最前線に立っているときであり、
担任の先生の定年時期も含めて一番良い時である。
クラスによって全く開かれないか、頻繁に開いているかどちらかだ。
地元にまとめ役がいるかどうかで決まるようだ。
前も書いたが、私の従姉は地元で中学の同級生13名が3ヶ月に一度も欠かさず
50年近く開いている例もある。 こうなると賞賛すべきかどうか迷ってしまう。

 小学校は5年に一度、中学と高校は毎年のように開いている。
ほとんど出るようにしているが、年齢を重ねるとともに段々子供時代に帰っていく。
最近感じてことは、50歳を超えたら間隔を置くほうがよい。
特に学歴が上がっていくにつれて間隔が開けたほうがよい。
家庭や会社の変動がおきてくる時期で不安定になるからだ。
大学の10年に一度の大学主催の同期会がよい。
500人ほどが出席。教会でお祈りをした後、大食堂で立食パーテー。
その後に記念写真を撮る。集合時間の2時間前に行き友人と会い近況のなどの情報交換。
2次会はあるグループ、3次会は違うグループとハシゴをする。 それが楽しいのだ。

 以前この随想日記で書いたものをコピーしておきます。
まあ真面目に書いたいるものだが、読みなおしてみると、
殆ど同じことを書いている。歳をとったという事か。

・・・・・・・・・・
同級会 −1

この20年間は、同級会にはなるべく出るようにしてきた。
但し同窓会はでないようにしていた。
同窓会は高校と大学だけだが、知らない人間が年上というだけで
気を使わなくてはならないのが嫌だからだ。

・小学校が5年に一度、中学と高校は毎年開いていた。
・中学は3年前仕切っていたマドンナが事故で大怪我をして休会状態だ。
 今年から復活する?
・大学はゼミの同窓会が毎年おこなわれていたが、5年前に教授が
 亡くなられて今は出席していない。
 大学は10年単位で学年ごとに学校が主催で会を開いている。
 これが素晴らしい。
我を忘れて数十年前のことを思い出すのもよいものである。

中学高校を毎年開いている話を知人が聞いて、
「毎年同級会を開くなんて変態だ!」と驚いていた。
知人は最近同級会を始めたが、それまでは殆んど開いてなかったという。

先日の法事で7歳年上の長岡に住む従妹が、
年4回欠かさず開いていると聞いて吃驚仰天した。
世の中上には上があるもので、それも13人だという。

面白いもので、小、中、高、大学と物理的にも知識情報にも、
上に行くほど明確に世界が広くなっている。
「学校をでたら、10〜20年は学校の友人とは付き合わない方が
よい」と聞いたことがある。人間としてアップスケール出来なくからだ。

大学を出て10年ぶりに友人の結婚式に出たとき、学生時代の知人の
グループに出くわして驚いてしまった。当時と何も変わってないのだ。
すぐに家業を継ぎ友人関係もそのまま、同じ地域にいて・・・・。
それが良いかどうか解らないが、いやに奇妙な感じだった。

地方には長男長女が多い。それ以下はどうしても外に出るケースが多い。
不景気になってくると、全体に暗い会になりがちである。
高校の同級会は年毎に少なく、暗くなる。
地元じゃ大手の会社に勤めているか社長だ。
それまで胸を張っていたような人ほど元気がない。
また出席は10年前の半数以下になっている。

倒産、倒産直前、リストラ、早期退職など暗い話だけだ。
日本で現在長岡が一番不景気だともいわれている。
毎月のように廃業、倒産がおきている。
次は何処が噂のネタになっている。

同級会は40前後が一番良いといわれている。
社会的にも絶頂で、先生も定年近くで、女性も子供の手が離れる時期だ。
50歳過ぎると、お互いに我侭が出てくるし遠ざかる時期でもある。
それと死亡が目立ってくる時期だ、5年ぶりの小学校で100人の同期で
5~6人も亡くなっていた。その年になったということだ!

・・・・・・・・・
2002年08月17日(土)
490, 随想テーマ日記の効用

毎日一テーマで、その日思いついたことを書き続けて一年数ヶ月が過ぎた。
何か毎日が、そのために追い立てられている感がする。
多くのエネルギーが、その為に取られていることは事実だ。
しかし、エネルギー対効果比率から考えても充分その価値がある。
「何のために毎日こうも書き続けているのか?」という疑問があると思う。

・それは簡単だ、自分の為に書いている。
・公開することで、あらゆる人に見られていることを意識、
 その為に客観化が必要になるからだ。
・毎日、その都度思いついたことを書き続けることにより、
 過去に考えたことを、一づつ引っ張り出し、外部化をしていく作業が
 記憶と行蔵の整理になる。
・またその時その時の自分の気持ちや心境のメルクマール化が可能になる。
・その時点のホットな情報の中期記憶化・デジタル化をしていることになる。
 デジタル化をする事で、あとで組換えの時大テーマの要素の構成部分の
 パーツとしてつかえる。
・書きつづけることで、外部の情報に対する感覚が鋭くなってきている。
・心や内面の公開が、結果的に自分を積極的に主張出来る。
・これをチップに記憶させておけば、数十年先数百年先に見てもらえる。
 結局は波動の蓄積という事かもしれないが、死んだあとも残る。
 
 とりあえず3年1000のユニットを書き続けることが目標だ。
 実際、世界が毎日激変?している。内部の入れ替えがおきていることだ。

・・・・・・・・・
2001年08月17日(金)
[111] 数ヶ月ぶりの古町

数ヶ月ぶりに古町に出る。
16日の為か店は半分ほど休んでいて、飲み客も少ない状態であった。
昨年の暮れ行った店で‘安寿’という店で、「人生楽しく!」が本人と
店のコンセプトということをこの笑い顔を見て今思い出した。

このように笑えるのは大きい財産であろう。
「楽しいから笑うのでなく、笑うから楽しい」
ということを本人がよく知っているのだ。
笑いは訓練でできる能力だ。古町は少し高いがやはり面白い。
私のミニノートにジョークと駄洒落の索引がかいてある。

いつも鞄かポケットにいれてある。
開いたと同時にアルファー波が出てくる。


2326, 被災地・柏崎の現在の事情

2007年08月16日(木)

才ノヽ∋ ー ヾ(^ω^*)

今日で「柏崎沖地震」から丁度一月になる。
昨日、家内の実家の墓参りに柏崎に行ってきたが、
中心地に行くほど倒壊している家が目立った。
ダウンタウンの本町辺りの商店街の通りを中心として倒壊した民家と商店が生々しく現れてきた。
そして(住んではいけない)赤紙と、(住居注意の)青紙が半数以上の家に張られていた。
地方局のアナウンサーのTVのクルーが撮影している姿が、更にリアルさを増していた。

家内の実家の近所は特に酷い状態であった。
家内の両親(故人)の住んでいた住宅は傾き、隣の倉庫の壁を突き破っていた。
特に内部は目茶目茶という。そこは無人だったので人災は無かったが。
義弟の話によると「始めの揺れで立っていられず腰を落とした瞬間、
次の揺れで身体が横に吹っ飛んでしまった」という。
車で商店街を通っていると、自衛隊とパトカーが次々とすれ違い、次々と
倒壊の家をみるにつけ、映画のロケ地にいるようで現実感がなかった。

義弟に「この地震は、即死するかもしれない事態だった!」といっても、
キョトンとしていた。そんなことを考えている余裕が無いのだろう。
「柏崎刈羽原発の再開は無い!と思いませんか?そうなれば柏崎経済は
壊滅的になるので、目先の復興景気を勘違いしないように!」と忠告したが、
私が感じた角栄への怒りなど、ほど遠い話のようだ。

一月経ったためか、道路等思ったより傷んではいなかったが、
やはり東電の原発の爆発まで至らなかったことが救いであった。
以上が私の柏崎市の現状レポートでした。


・・・・・・・・
2006年08月16日(水)
1961, 今日はお盆−3
  つれづれに、〜お盆〜          
                 才八∋ウ_〆(∀`●)
昨日は、終戦記念日!もう敗戦後、61年になる。
あれから米ソの冷戦などを経て現在に至っているが、
最近は宗教戦争の様相になっている。
それも無差別テロが世界中に日常化してきた。

大規模のイギリスでの無差別飛行機テロ、今回は未然に防げたが、
死ぬ気の連中を阻止することは絶望的だ。
無差別のテロは正当化できるものではない。

    終戦直前にアメリカが日本で原爆を二発投下、
    一般住民を殺戮した事実と、イスラムのテロと、どこが違うというのだろうか?
    それだけアメリカは日本に対して悪いことをしたのだ。
    人類に対してといってよい。

アメリカが広島と長崎の原爆で一般人の大量殺戮をしたことを忘れてしまったのか?
日本人よ!スターリンと、毛沢東が数千万の自国の国民を殺戮したことを考えれば、
大したことがないと許されて良いのだろうか?

ーところで盆について調べてみたー

正しくは「盂蘭盆会(うらぼんえ)」のことで、略してお盆という。 
盂蘭盆とは、サンスクリット語の"ウラバンナ"を音訳したもので、
「地獄や餓鬼道に落ちて、逆さづりにされ苦しんでいる」という意味で、
そのために供養を営むのが、盂蘭盆会なのです。 

    釈尊の弟子の一人、目連尊者という人が、神通力で亡き母の姿を見たところ、
    母親は、餓鬼道に落ちて苦しんでいました。 
    何とかして救いたいと、釈尊に尋ねると、
   「七月十五日に、過去七世の亡き先祖や父母たちのために、御馳走を作り、
    僧侶たちに与え、その飲食をもって、供養するように」と、教えてくれた。
    教えの通りにすると、目連の母親は餓鬼道の苦をのがれ、
    無事成仏することができたそうだ。
    この故事が、盂蘭盆会の始まりといわれている。 

お盆(盂蘭盆会)は、先祖や亡くなった人たちが苦しむことなく、
成仏してくれるようにと、私たち子孫が、報恩の供養をする時なのです。
毎年、七月十五日を中心に、十三日を迎え盆、十六日を送り盆といい、
十三日から十六日までの四日間を、お盆の期間とします。
仏教の行事だったお盆が、盆休みをこの時期にとり、故郷のある人は帰り、
我われの生活に根ざしている習慣になって、夏の季節の節目となっている。

    盆は、先祖や亡くなった人たちの精霊(しょうりょう)が
    灯かりを頼りに帰ってくるといわれ、十三日の夕刻に、
    仏壇や精霊棚(しょうりょうだな)の前に盆提灯(ぼんちょうちん)や
    盆灯籠(ぼんとうろう)を灯し、庭先や門口で迎え火として麻幹(おがら)
    をた焚きます。それが「迎え火」です。

十四日、十五日は、精霊は家にとどまり、十六日の夜、家を去り、帰っていくという。
迎え火と同じところに、今度は送り火をたき、帰り道を照らして、霊を送り出す。
これを、「送り火」という。  
ー                  お茶どうぞ ( ^-^)_且~~~
   こんなところだが、
   現在では、お寺の稼ぎ時のイベントとしか、思えないが・・。
                   \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・
2005年08月16日(火)
1596, 概念とは

随想日記を(旅行以外は)必ず書き続けると決心して4年3ヶ月経つ。
その日以来、一日単位の柱がこの随想日記を書き上げることになった。
散歩をしていても、寝ていても、全てこの日記を書き上げることが中心である。
膨大な集中力とエネルギーを使う。
そこまでして何で書き続けるのか?
充実感があるからだ。また、ギリギリのところが面白い。

随想日記とは何かと考えてみると、ミニ物語を創りあげることである。
そのミニ物語も語り続けると、その連続が物語になっていく。

概念は、単語ー> 単文ー> 複文ー> 段落ー> 文章ー> 物語ー>
思想ー>となっていく。
論理的構造をつくることが、概念化ということになる。
過去の歴史上膨大な数の言葉の構造化がなされてきた。

言葉は、空間の存在や事象を命名しただけでなく、
時間の流れについても識別し、過去、現在、未来と命名した。
そして、未来に死に死にゆく存在である事実に気づき、
それが不安や悩みを持つようになる。
これが実存の不安である。
この不安が人間の不幸を生み出す原因になる。
仏教でいうところの煩悩であり、聖書の中でいう、
アダムとイブが禁断の実を食べてしまったことになる。

毎日ミニ物語を創っていると、言葉の構造化の作業がいかに大事かよく解る。
またテーマの選定が難しい。それさえできれば、あとは言葉の構造化の作業になる。
人間は、人生をかけて自分の物語を創りあげていく。
自分の夢、そして目標を追い求めるプロセスを通して物語の創作をする。

夢と志ー意志・意思こそ、人間の根本であり、
言葉の構造化のテーマに、例えることができる。
思いは、言葉の構造とイメージからできている。

・・・・・・・・
2004年08月16日(月)
1231, エピクロスー哲学についてー29

エピクロスといえば、快楽主義者として「エピクロスの園」の酒池肉林が思い浮かぶ。
次に印象に残っているのは、「人間にとって死は存在しない、死んだと同時に存在が
無くなるのだから,本人にとっての死は存在しない」という言葉である。

ー父が死期を悟り、その恐怖に恐れおののいている時に、この言葉を教えた。
父は、「死の意味が初めて解った!」と言ったことを思い出す。
言葉の力を思い知った出来事であった。

エピクロスは、人生は良く生きることである、その為には良く考えるべきだと説いた。
快楽を幸福な生の始め(アルファ)にして、終わり(テロス)であると断言した。
しかし、一般的に誤解されている、官能の享楽ではない。 いや逆に、
肉体的な欲望を否定した魂の平安こそが、エピクロスのいう「快楽」なのだ。
官能の快楽は、その数十倍も煩わしさをもたらす。
真の快楽とは、自由をもたらすものでなくてはならない。
すなわち、官能の享楽「自足」である。みずから足れりとすることだ。
つまり際限ない欲望から開放されることである。
豪華な食事や家に住んで、心がかき乱されているより、
貧しい生活でも魂が安らかにあるほうがはるかに好ましい。
その為に、思慮を深めることと説いた。
ソクラテスやプラトンは「よく考えることが、よく生きること」と、
説いたが、逆に「よく生きるために、よく考える」という人生哲学を主張した。

驚かされるのは、20世紀に登場した人文主義者と非常に似ていることである。
そして現代に広く受け止められている人生観が、紀元前4〜5世紀のエピクロスの哲学に
おいて説かれていたのだ。
また、仏教の教えにも相通じるところがある。

エピクロスの面白いところは、デモクリトスの原子論を受けついで,この物質界には
原子と空虚以外に何も存在しないと考えているところだ。
何も無いところから原子が現われたり、それが無に帰することなどありえないので、
原子は永遠不滅といえる。しかし、原子の運動は予測がつかず、原子的組み合わさったのも
永遠に存在することはない。
つまり物質的なものは,つかの間の存在なのだ。

短い人生を、目の前の雑事におわれることなく、充実した人生を送ること。
その為に、静かな魂の満ち足りた時間をつくるべきという人生哲学が
2400年前の哲学者がすでに考えていたのである。

ーその為には以下の、ミッション・ステートメントを実行すべしということか。

・・・・・・・・
2003年08月16日(土)
864, ミッション・ステートメント
          ー改訂版
 死ぬ時に、「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
 恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」
 と心から感謝していえる人生を生きる。
 
 ーイメージとしてー
 80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリを
 している。陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな絶頂にいる。
  海外旅行も行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。
 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで昔を
 懐かしみながら好きな歌を歌っている。

=そのために以下の憲法を制定する=
  ー堀井八郎の憲法ー
1、健康であること
 (1)食べ物に注意すること
  ・肉食や揚げ物はなるべくさけ魚食に心がける
  ・砂糖・甘味類、インスタント類はさける事
  ・腹八文目に
 (2)定期的に健康食品を飲むこと
 (3)運動を一定量とること
   ウオーキングを一日平均14000~15000歩を確保すること
 (4)ストレスをなくすこと
    ー精神的な健康に勤めること 
  ・一日千回「ありがとう」を言い続ける 
  ・毎朝仏壇に「お経」を唱える
  ・頭の固い人には近寄らない
  ・笑いを生活の中に取り入れること
   ー日曜日を笑いの日にする
  TVで「お笑い番組」を3本以上必ず見る
  ・好きな「秘境・異境ドキュメントTV」や、レンタルDVD
   で映画を週数本はみること。
  ・布団の中ではマイナス思考はしないこと。
   
2、家庭生活を大事にする
 (1)家内には自分の伴侶として生きてきたことに満足感を
  もってもらうよう勤める。
 (2)子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」
  と自信を持っていえるような人間になるー人生を送る。
     子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、
     私のところに来てくれるような人間になる。。
 (3)家内とは時間の許す限り一緒の時間を楽しむ
   
3、会社の繁栄維持のために全力を注ぐ
 (1)常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を保つことを誓う。
   存続は社長としての第一の義務であり、その為には常に新しい知識を導入して
   いかなくてはならない。
 (2)65歳を引退の時期とみなす。そのための準備をいまから始める。
 (3)会社を良くしておく事は経済的自由を得る為の絶対条件である。
    全力をあげて集中しなくてはならない。

4、自分が自分の人生の創り手であることを認識し、
  自分だけに与えられた役割を果たす。そのためには
 (1)経済的に自由であること。
  ・合理的な生活を図る
    贅沢・無駄を廃した生活をおくる
    特に出費に気をつける
  ・最悪に備えた準備は常にしておく
 (2)信頼に足る人間を目指す。
  ・人から信頼されるように勤める
   ー信頼に足りない人間は排除する
    人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることに
    するが,卑しい人間は身辺に近づけない。これはよりシビアに徹底する
   ー約束は守る
   ー正直である
   −自分の範囲で可能な限り人助けをする
   −悪口・中傷・批判等は言わない。またそれを生活の糧に
    している人は排除する
 (3)自分の天性を大切にする。
  ・アイデアをどんどん積み上げる
  ・新しいことを常に学び続ける
   −常に新しい変化に注意を向けることとする
  ・倫理的・論理的であること
  ・明るさを大事にする
  
5、何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って
  気楽に 変化を受け止めていける人間になる。 
  (1)何事も「一期一会」と真摯に向き合う。
  (2)いついかなるときも「積極的な態度とユーモアと誠実さ」をもつ。
  (3)心の声に従って自分の価値観や信念によって行動しよう。
   それに対する批判・悪口は全く無視する。
 
6、自分の趣味の世界を深めていくこと。
 (1)海外秘境・異境旅行を年2~3回は可能限り行くこと。
    ー年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける
     60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう
   最大限努力する。70歳までに70回を次の目標とする。
 (2)ウオーキングは毎日続けること。
 (3)話題の映画やDVDを見続ける。
 (4)随想日記を書き続けること。
   ーホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、
    情報の蓄積倉庫でもある。その維持発展に努めなくてはならない。
    特に、随想日記は大きな発信媒体かつ蓄積倉庫でもある。
 (5)読書を幅広く読むこと。
 (6)気の置けない人との居酒屋通いを続けること。
 (7)常に何事にも興味を持って面白おかしく追求する。
   ー新しい変化に注意を向けることとする。
   デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置くこととする。
   ーーーーーーー

以上が先回書いたミッション・ステートメントを叩き台にして書き換えたものだ。
前回より解りやすく一段良くなったようだが、まだ何か足りないような気がする。
実際、いま実行しているのが倫理的事項以外が、大部分のような気がするからだ。
この改訂にやはり3時間の集中時間がかかったが、今一度書き直すべきか。

・・・・・・・・・
2002年08月16日(金)
489,送り火ー母への追悼文

今日はお盆の送り火ーご先祖様があの世に帰っていく日だ。
6年前に亡くなった母の通夜の挨拶の下書き文を書いてみた。
もうあと一ヶ月で7回忌だ。机の中から偶然出てきた文を書いておく。

  −通夜挨拶ー         
  平成8年9月25日20時

本日は母の通夜にお忙しい中,遠方よりご列席いただき
有難うございました。母も心より喜んでいると思います。

この7月半ばまで浮腫で入院していましたが、昨日の9月24日の
12時51分に帰らぬ人となりました。

当初は三週間の入院予定で順調に回復しているように見えましたが、
まさかこれだけ早く亡くなろうとは・・・。
88歳6ヶ月の命でした。

母は生前、今夜飾られている写真を自分で用意して‘私の葬儀に
必ず飾るように!’との遺言でした。本人が一番気に入っていた写真です。
また通夜は明るく華やかに!とのことでした。

私自身29歳の時から21年間、母と同居、
母に手を取られて今日まできたというのが実感でした。
自分でいうのは何ですが、本当に偉大な母でした。
母の死で自分も初めて一人立ちができそうです。

七年前に脳梗塞がでて以来、大木がゆっくり倒れていくように・・・。
そして今日に至りました。その中で一人の人間の「生老病死」
のすざましさを身近で見せてもらいました。
私も死ぬ時は母のように死にたいと思います。

母とは二年前より、早朝長岡ニュータウンの広場までドライブに行き、
誰もいない散歩コースを20~30分、車椅子で一周するのが日課となっていました。
そして途中のベンチで一本の缶ジュースを半分ずつ飲むのが・・・。
正に霊界を二人で宙遊しているようでした。
そして一回ごとに、これが最後かと、これが至福の時かと実感していました。

今夜は通夜参列いただきありがとうございました。
明るい話をするつもりが涙が出てしまいました。
重ねて、参列有難うございました。

 ・・・・・・・・
 2001年08月16日(木)
 [109] 偽坊主
  [110] 正中心一点無

[109] 偽坊主

今の仏教界ーいや仏教業界よりましな話!

10年ぐらい前か、ー男はつらいよ(風てんの寅)を見ていたとき、
ふと哲学的になってしまった。
内容というと「世話になったお寺の和尚が風邪をひいたとき、法事に坊主に成りすまし、
口からデマカセの法事で無事代役を終える役(偽坊主)を、トラが演じていたー
そのとき奇妙な感覚になった。

まず本人ーこれを
1・能作がまづあり
2・本人の苗字があり
3・俳優の渥美清
4・寅さん
5・偽坊主ーと重なりがある。

能作?が2345を演じていることにきずいたのだ。
このような場面は私も何回も経験をした事がある。

仕事も役割もこの重なり合いといってよい。
この重なりを名優はこれを簡単にやってしまうのだろう。
渥美清もそのときその重なりを感じたと思う。

[110] 正中心一点無

15年前か、経営セミナーで栗山奉行という思想家?の話を聞いた。
あまりに奇抜で面白かったので、その人の本を買い求めた。
そこにこの正中心一点無という言葉があった。
見る人が見たらこの意味はお解かりだろう。

問題解決の時などこの言葉を唱えていると、その答えが自然出てくる。
その中心点を無心にになって見つめて(もとめて)いると自然解決してくる。
それが難解であればあるほど、この効果が出てくる。
この言葉で今まで、どれだけ知恵が出てきたことか。知恵の袋の穴と言ってよい.


2325, ベナレス −1

2007年08月15日(水)

                
                  ー読書日記ー

図書館から何げなく借りてきた本だが、一時間もしないうちに読んでしまった。
写真が半分以上だったこともあるが、死の世界が剥き出しになっている。
この本はTVの放送内容を本にしたもので、TVの映像を切り取った写真と
文章を中心に構成されている。実は数年前に、この番組をみていたのである。
本を読み終わってから思い出したのだから自分でも呆れてしまった。
早く読めたのも、その下地があったからである。
 ーー
著書もTVも、「NHKスペシャル アジア古都物語」
 ―ベナレス 生と死の聖地 ーである。
 
<その内容の一部を抜粋してみる>
 −−−
インド各地から遺体が運ばれてくるガンジス河中流域、
ヒンドゥーの聖都ベナレスのレポートである。
その中で、ガンジス川で沐浴をする誰もが言う。
「ベナレスで荼毘に付されれば必ず天界に行ける…」と。

全国から車やトラクターで運ばれてきた遺体は、路地を抜けるために
屋根から降ろされ、人びとの手によって担がれ火葬場へと向かう。
「ラーム・ナーム・サティヤ・へー、ラーム・ナーム・サティヤ・ヘー」
(神様だけが真実である、神様だけが真実である…)
担ぎ手たちはこの言葉を繰り返し口にする。こうして冥福を祈られながら、
やがて遺体はマニカルニカー・ガートと呼ばれる火葬場に到着する。

聖地ベナレスでもっとも聖なる場所の一つであるマニカルニカー・ガートは
ガンジス河をのぞみ、街の中心部に位置する。
その歴史は数千年におよぶと伝えられている。河に面して横長に伸び、
その広さは五十メートルx二十メートルほどであろうか。
焼き場は何もないスペースがあるだけで、多い時にはここで十数体の遺体が
いちどきに焼かれる。

ベナレスには二つの有名な火葬場があり、
・一つは街の南にあるハリシュチャンドラ・ガートという火葬場で、
・もう一つが、ガートが連なる河岸のちょうど真中あたりに位置する、
 このマニカルニカー・ガートである。
運び込まれてきた遺体は、まず、火葬場の中ほどにあるガンジス河へとつながる
階段を下り、ガンジスの水に浸される。そして組み上げられた薪の上に安置され、
そのたび油が注がれる。茶毘は伝統的な方法で行われる。
亡くなった人にもっとも近い親族の男性が喪主を務め、
基本的に女性は火葬場に立ち入ることはできない。
喪主は、マニカルニカー・ガートにある床屋で髪の毛やひげをそり、
白い装束を身に付け身を清めた後、
自分の父親や母親の亡骸に最初の火を自らの手で灯すのだ。

遺体が燃え尽きるまでの時間は、おおよそ二時間。
その間遺族は、焼かれて行く遺体から五、六メートルほど離れた場所で
肉体が消滅して行く姿をじっと見守り続ける。目の前にはガンジス河が流れ、
煙は何物にも遮られることなく空へと昇って行く。
聞こえてくるのは薪がはぜる音、人びとのささやかな声、
そして、遺体がまた運び込まれたことを告げる
「ラーム・ナーム・サティヤ・へーレ」という声である。

しかし、なぜこの街には、インド各地から遺体が運び込まれてくるのだろうか。
この疑問に対して誰もが"何故、そんなわかりきったことを聞くのだというような
顔をして「この街で茶毘に付されれば必ず天界にゆける。そう信じているからだ」
とこたえてくれた。
ヒンドゥー教では、人生は「生老病死」といった苦しみに満ちていると考えられ、
そして生まれ変わるたびに、その苦しみを味わわなければならないとされている。
この考え方は、仏教にも影響を与えた「輪廻」という思想である。
この「輪廻」の輪から抜け出ない限り魂の平安は未来永劫に訪れない。
こうした考えを信じる人びとにとって、ベナレスは生きることの苦しみから
抜け出させてくれる救いの場所なのである。
遺体が焼かれた後、遺灰は目の前のガンジス河に流される。
最後に喪主の手で残された遺灰にガンジス河の水がかけられる。
こうして死者との別れの儀式は終わる。

   ーーーー
   以上のような文章と、写真が半々位で本が成り立っている。
   しかし、読んでいても暗さがない。
   いや、あるが、その先に明るさを感じるのである。
   本の写真に死ぬ直前の人や、死んだ人の顔が次から次と出てきても、
   何故か静かに見ることができるのである。
   死を、ことさら大げさに見ることの方が寧ろおかしいのである。

           つづく
・・・・・・
2006年08月15日(火)
1960, 人生を物語るとは? −2
            (。^0^。)ノ オッ(*^○^*) ハ〜 ヨウ

    「自分の人生の意味づけ」が、
    自分の物語の作成ということになる。
    意味づけで、必死に内面を支えようとする心の自浄作業である。
    
    意味とは価値のことである。
    自分の価値を明確にして、それに従って生きることが
    意味ある人生であり、価値実現のプロセスが物語になる。

大人が子供に「大きくなったら何になる?」
と、質問する光景はいまも昔も変わらないが、
これは既に大人が子供に人生の物語を聞いていることになる。
子供の方は、何を言えば目前の大人が喜ぶかを、瞬時判断して答える。
従って、その質問自体が洗脳作業になっている。

    ブログで趣味などを自分の価値観で起承転結で
    まとめ上げているのは、一人物語っていることになる。
    ところで、成功が何だというのだろうか?
    挫折物語は成功物語に対する反対語か?
    堕落物語は??
    幸運は果たして棚ぼた餅のことをいうのか?
  
      
 それもこれも、この世に生きているという輝かしい事実の前では、
 如何でもよいことである。
 地球に今・現にあるという輝かしい日々の前においては、
 それらのことは些細なことでしかない!
 
 お盆で里帰りをしている祖先の霊が一番いいたいことは、
 そのことである。
      『そうでしょう? ご先祖様!』
     
    ーご先祖様ー
      『全くそのとおりじゃ!
       死ぬ直前になってやっと気づくのじゃ、娑婆の連中は!
       日々を輝いて生きるとは、平穏な日々の輝きに気づくことじゃ。
       しかし困難に直面をし、乗り越えようと必死になっている
       日々も大事である。
       その中に深い物語の意味ー価値がでてくるのじゃ!
       まあ、味がでてくると言ったほうが解りやすいか。
       生きているうち、
       元気なうち、
       そして愛し愛されているうちじゃ、
       娑婆は!
       此方から見ていると、
       そのことがよく解るのだよ!』
 
            ホンジャ UvU/  バイバイ!  
・・・・・・・・
2005年08月15日(月)
1595, 自民郵政解散の攻防−5

今度の衆院選、旧守派と民主党の負け戦?の様相になってきた。
この流れは余程のことがないと変わらないだろう。

自民党の郵政改革の是非を問う二者択一が国民の立場からみたら解りやすい。
これだけハッキリした選択を問うという選挙も珍しい。
民主と旧守派の利権擁護は誰の目にもハッキリしている。
ゴマカソウと詭弁を弄していて姿がそのままTVの映像にそのまま映し出されている。
壊滅して当然という雰囲気ができてしまった。

一昨日、民主党党首がモーニングショーに出てきて持論を述べた直後に、
携帯電話によるアンケートをしたところ、逆に郵政改革の支持が80佑膨靴余紊った。
岡田の訴えに対し完全否定したことになる。
ここまで、否定をされては如何にもならない。
この直後に、民主党も郵政改革を前面に打ち出す方針に大転換をした。
しかし、付け刃でしかないのが漫画的である。
民主党は簡易郵便局と労働組合の利権票に縛られているから矛盾だらけになる。

民主党支持の私が、郵政改革に対して民主党に嫌悪を感じるのは大問題を含んでいる。
所詮は、寄せ集めのゴマカシ政党でしかないのだ。
これでは、旧守派を炙り出し叩き出した自民党のほうが真っ当になる。
結局は大きな政府の輩の集団でしかないイメージがついてしまった。
民主党にとって全く不本位な選挙をしいられる。
といって、自民党の延命にも疑問も残る。

郵便局の使命が終わったことは誰の目にも明らかである。
インターネットと携帯電話の時代に、郵便局の存続を真面目な顔をして擁護しても、
それが詭弁である事を映像がハッキリと映し出してしまう。

ー現在の世論の大筋は以下のようだ。

・小泉でなくては郵政の改革は不可能。
 小泉のライフワークといってよい。その彼でなくては改革は不可能。
・法案に見直し条項が入っている。
 次善としても、この法案は通さなくては。
・いまも続いている元田中派ー建設・郵政の利権構造の破壊が小泉の狙い
 ーこれが自民を潰すという意味で、戦後の政治的残物の大掃除。
・もう待ったなし、捨て身で日本の戦後構造を破壊しなくてはならない。
 それが、目先大きな痛みを伴っても致し方ない。
・民主党の郵政改革は全く聞くに値しない。 
 
 ・・・・・・・・・・・ 
 2004年08月15日(日)
1230, 広松渉(4)−哲学についてー28

価値観について、学生時代から興味を持っていたが、真正面から取り上げている
本は少ない。これだけ理路整然と書いてある文章は初めてお目にかかる。
文章自体難解なのだが、数回読むうちに少しずつ解りかけてきた。

ー大雑把にまとめてみると
・価値は、主観的感情でしかない!
 それに対して、いや客観的存在を認める立場がある
・価値絶対説と価値相対説を対立させて、価値の立場を明確にしていく
 価値観は時代、地域などのTPOSによって変わるという相対説と、
 どんな時代でも、変わらない絶対説がある。
・価値観は期待される行動と、サンクション(賞・罰)によってカタチつくられる。
  
 ー第二節の実践と価値評価の要点を抜粋するー

第三章 実践するとはどういうことか
 第二節 実践と価値評価
ー概略ー
哲学的価値論は、戦後の哲学界においては余り流行らなかったが、ひと昔前までは
「哲学とは即ち価値哲学である」というほどであって、価値は哲学上の
一大テーマなのです。哲学のいう「価値」は広汎もわたるので、ここでは
行為についての正当・不当評価を論軸とする。

・価値」なるものにおいて、二大陣営の対立がある。
 一方は価値という客観的存在を認める立場であり
 いま一方は価値とは主観感情にすぎないと見做す立場である

 客観的存立性を認める立場においても、「価値そのもの」と、
「価値を付帯・内具しているもの・ごと」とを区別をし、後者を「財」と呼びます。
「美そのもの」「善そのもの」等が「価値」とされ、「美人」「善い行い」「良い酒」
等が「財」になる。

価値そのものの特質を見てみると、哲学者は「価値」と「存在」とを区別をし、
「価値判断」と「事実判断」を度々区別します。
価値は、真・偽、善・悪、美・醜、聖・俗・・・というように、必ず正価値と
反価値とが対になっているのが特徴である。

・価値について価値絶対説と価値相対説とがある。
絶対説は超歴史的に文化圏にかかわりなく価値は存立すると主張
相対説は歴史的・文化的に価値は相対的にすぎないと主張する

解りやすくいえば「美」という価値は超歴史的であり、いつの時代にも
「美人」と評価される女性が存在をした。しかし、ある時代に存在した
美人は違う時代、違う地区では美人と認められるかというと、そうではない。

マリリン・モンローはインドネシアでは全く認められなかったというし、
楊貴妃は。現在のパリでは、全くの不美人に評価されるという。
実質的価値認定は相対的である。

ー期待される行動とサンクション(賞・罰)ー

人類は動物学的に見るとき早産である謂れ、かなり長期間にわたって手厚い養育
を受けてはじめて生育できる未熟児とも言われる。
動物である以上、人も呼吸・摂食・排泄をおこないますが、その仕方さえ、
本能のままでなく、文化的様式化されます。

総じて、親が子に対して、上位者が下位者に対して、等々、立場上・役柄上、
自覚的に賞罰行動をおこなうケースは、現実に賞罰効果をもつ行動の極々
一部にすぎないといえましょう。

それにもかかわらず、人々の「共演」的行動は、大抵が、意図せざる
賞罰的な効果を対他的対自的にもつのであり、そのため、日常不断の行動を
通じて、行動様態の「賞罰的」誘導規制、そのことによる行動の
間主体的同調化、ひいては、行動様態についての当為的価値評価の
共同主観的斉同化が現に成立する次第になります。
--------

偶然の一致か、去年の今日に「タイムクエスト」の本で
価値観について取り上げていた。今年の価値観は哲学として取り上げた
内容であるが、それにしても偶然と言うのも面白いものである。

・・・・・・・・
2003年08月15日(金)
863, 「タイムクエスト」ー読書日記 (2)

ベンジャミン・フランクリンの13価値観を自分にどの程度
実施しているか,100点満点で主観で自己採点をしてみた。

1、節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
      ー40点   
2、沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
      −50点
3、規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。  
      ー75点
4、決断  なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
      −80点
5、節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
      −90点 
6、勤勉  時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。
      無用の行いはすべて断つべし。
      −85点
7、誠実  いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
      口に出すこともまたしかるべし
      −80点
8、正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を
      及ぼすべからず。
      −75点
9、中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、
      激怒を慎むべし。
      −60点
10、清潔  身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。
      −70点
11、平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
      −90点
12、純潔  成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて
      頭脳を鈍らせ、身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるが
      ごときことあるべからず。
      −65点
13、謙譲  イエス及びソクラテスに見習うべし。
      ー??50点

ー以上の平均は70点である。

「馬鹿め、傍目では全て50点以下!謙譲など零点かマイナスだ!」
という声が聞こえてきそうだが、これはあくまで自己評価だ。
平均点70点というのが自分でも 面白いが。
しかし3〜11はこんなものと思っているが、実際どうだろうか?
それにしてもアメリカ大統領になろうという人は、若いときから心構えを
自分で創ってしまうのだから。
それも今でもそのまま使えるのがすごい。
子供の時に伝記を読めというが理解できる。
いま「世界旅行記101」という古今東西の迫真の体験のダイジェスト集を
読んでいるが、これがまた面白い。
一人一人の個性と奇伝・異聞が次次とでてくる。
その中からいろいろな著者のミッション・ステーツメントが聞こえてくる。
二十歳の頃から、生きるということに対して設計図を書いていた為、
これに近い事を考えていたが、今から考えてみると文章化をすべきだった。
まあいいか!

・・・・・・・・・・
2002年08月15日(木)
488, 毎日が刺激的−2

先日のアメリカ第六位のUS航空が倒産した。
ところが、アメリカン航空と並んで世界最大規模のユナイテッド航空が、
やはり倒産寸前という。自動車でいうGMかフォードクラスの会社だ。
アメリカン航空と供に20誘瓩の前年対比の落ち込みだという。
アメリカ全体では−11佑蚤膽蠅曚漂鯒の9.11の落ち込みは激しい。
パン・アメリカン航空など吸収したりしていた10数年前の姿は今や
昔の話。

昨日のニュースで、この一年でアメリカン航空が20佑凌涌と、
客席の9佑虜鏝困箸、生々しい内容の合理化案が出ていた。

特にアメリカン航空が狙われており、9・11以前にテロリストが
アメリカン航空の株の空売りをしていたと噂されている。
その前からサウスウエスト航空などの安売りに体力を奪われていた。

ある日突然思いもよらない事がおきる時代である。
来年はイラク戦争があり、さらに客足は減るだろう。
US航空だけで3万5千というから、ユナイテッドの場合は
どうなることか。組合が強すぎて賃下げなどの合理化が遅れたという。

たった20人のテロリストにより、とんでもない事が起きえる。
これが21世紀ということか。

・・・・・・・・・
2001年08月15日(水)

108] 夢について-7
2001/08/14 07:45

毎朝地蔵様に‘あの世で安らかにお眠りください’とお参りしているためか、
今年に入って母の夢を見る事が少なくなったが、昨日の朝久々に母の夢を見た。
いつもそうなのだが自宅での生々しい夢である。痴呆状態のしかし姿は幼児の母である。

今回は玄関の辺りで何かしている、よく見ると仏像にお参りをしている夢である。
盆にピッタシの夢である。母が自分の中に生きているとか言うが、私の場合夢の中で
自由奔放生きている。

---------
今朝 見かけた鴨。一時200羽いた事があったが河川工事で
少なくなった。丁度真ん中あたり。


2324, 嘘でしか語れない真実もある!

2007年08月14日(火)


                 (。・・)ノぉはょぅ♪

芥川龍之介に「人生には嘘でしか語れない真実がある」という言葉がある。
その典型的なものが旧訳・新訳聖書である。
あのような奇跡などあるわけがないが、
あの話を通して事実では語りえない真実を語っている。

末期がんの患者に、「あなたは助かりませんよ」と知らしめることが、いいのか?
死ぬ直前まで嘘で固めて、気づかないようにしてやる方がいいのか?
これは誰も判断の出来ないことである。
日本には「嘘も方便」「嘘からでたマコト」という言葉があるが、
時には嘘も大事なこともある。女性の化粧など、嘘で固めた外形?ではないか。
いや、真実を引き出す行為か?

プロの物書きは、まずは真実を伝えるためなら平気で嘘を書きなさい!と教える。
読み手は些細なことが事実かどうかより、真実を伝えてくれることを望んでいる。
「正直に拘ると、人生あまりに窮屈で面白くなくなります」
という言葉が浮かんできた。 何処かの小説で誰かが言っていそうである。
詐欺師など、嘘のプロが普通の人を如何みているのだろうか?
少なくとも、言葉の効用を知り尽くしている。

嘘にも色いろある。相手を陥れる嘘や自利のための嘘は結局は自分に跳ね返ってくる。
相手のためになる嘘は、それがプラスになり生きてくるものである。
嘘でしか語れない真実?といえば小説などが、その典型?

背理法という言葉がある。
数学の証明の方法の一つで、俗に「ユニコーン(空想の動物〜 一角獣)証明」
と呼ばれる。「ユニコーンが存在したとしたら〜」などとあり得ない仮定をし、
続けてその夢想から導き出される現実との矛盾を指摘し、最終的に
「ユニコーンは初めから存在しなかった」と結論付ける方法である。
不合理な仮説を否定することで、真実を導き出す方法である。

嘘を言ってしまったが、言い続けているうちに自分でも嘘が事実のように
思い込んでしまうのが人間の記憶。
長期の裁判で度々死刑囚が無罪になることがある。
間違いなく有罪のはずの被告がである。

嘘と、話をオーバーに表現するのと、何処が違うのだろうか?
現象、事実、真実。そして、それらを言葉に換えたとき嘘になる?
 言葉は嘘の器?それとも真実を伝える器? 両方か!

                (○´ω`○)ノ**SeeYou**
・・・・・・・・・
2006年08月14日(月)
1959, 人生を物語るとは? −1
           (。^0^。)オッ(*^○^*)ハ〜
人生を物語るとは?
 自分の人生を振り返り、
 現在への筋道をたどって、
 その意味を考えるという、
 人生の総括である。

悪く言えば自分の人生を絶対肯定化、正当化しようということだ。
自信が無いからか? 
はたまたドブ沼のドロさらい?
いや宝探し?
                
   自分の人生を物語ることが、
   自分の人生の意味づけなら、
  「物語の意味は何か?」を、
   考えてみる必要がある。

哲学者のリクールは『時間と物語』の中で、
「物語」の本質は「筋」の存在にあり、
「筋」とは不調和なものを調和の中に組み込み、
そのことによって不調和なものを理解可能 なものとし、
感情の上でも受容できるようにするのだと論じている。

   成る程!そういえばそうだ。
   哲学者は上手く真理をつくものだ。
   「物語」とは「筋」に 沿って配列された出来事の連鎖ということになる。
   
たどってきた過去を振り返り、
現在という到達点に至った道のりの要所ごとの出来事を
再編成していく作業が、その人の物語になる。

ーある本に「物語」について解りやすく書いてあった。
 先ず、それを紹介してみようー

 自分の人生を回想的に語るとき、
・第一に、
  私たちは人生において 経験したことのすべてを語ることはできなし、
  語ろうとも思わない。「語るに値すること」「語ってもよいこと」
 「語るべきこと」といったフィルターを通過した出来事のみが語られる。
  回想とは模写ではなく、
  抽象である。

・第二に、
   私たちは人生において経験したことを、
   たんに時間の順序に従って語るわけではない。
   一見、そう見えるかもしれないが、実は、出来事間の因果関係、
   起承転結というものがそこでは意識されている。
   語り手は、「人生上の出来事を因果の連鎖によって結びつけることによって、
   自分がかくかくしかじかの人生を歩み、別の人生を 歩まなかったのはなぜか
   ということを説明しようとしている」のである。

・第三に、
 私たちはそうした 因果関係の連鎖として語られる自分の人生に対して、
「幸せな人生だった」とか「つらい人生だった」
 とか―実際の評価はもっと複雑であろうが、何らかの評価を下している。
 このように個人が自分の人生を回想的に語る(抽象し、説明し、評価する)
 とき、そこには「人生の物語」のパターンが 先行的に存在している。
 だからこそ私たちは、それほど苦労することなしに
 自分の人生を語ることができるのである。

     また「人生の物語」のパターンは、人生を回想的に語る場合だけではなく、
     これからの人生を どのように生きていこうかと考える場合にも役に立つ。
     子供は「人生の物語」と出会うことによって、
     「人生」に対して自覚的(目的論的)になる。
     日常生活を構成する諸々の活動が「人生」として 組織化されてゆくのだ。

「人生の物語」には四の類型に分けられる。
 ・まずは努力と上昇を二大要素とする
  「成功の物語」
 ・そして「幸運の物語」
 ・「挫折の物語」
 ・「堕落の物語」

    「幸運の物語」とは「努力せずに上昇する(棚からぼた餅)」 物語であり、
    「挫折の物語」とは「努力はしたが上昇できなかった」物語であり、
    「堕落の物語」 とは「努力せずに下降していく」物語である。
    「成功の物語」こそが近代社会における「人生の物語」の正本であり、
     他は正本の正統性を際立たせる ための異本である。
     とくに「堕落の物語」は反面教師として「成功の物語」と
     ワンセットで取り上げられることが多い。。
 ー以上である。
  実際の人生の総括とは、混沌としたドブ沼からこれらの要素を探し出して、
  ドロ(成功・失敗・挫折・幸福)を抜き出していく作業である。
  成功とか、挫折とか、堕落とか、幸福とかは、二次的なものでしかない!

                       つづく
 ・・・・・・・・・
 2005年08月14日(日)
1594, 犬の散歩

毎朝、ウォーキングをしていると、犬の散歩の人と行き会う。
行き会う人の半数近い。
何時も思うのは、犬と飼い主が似ていることである。
特に年配の人と犬は、長年の付き合いのせいか、そっくりである。
顔つきや体型が似てしまうのは同じ環境にいるためだろう。

以前も、散歩の犬に関して少し書いたことがあるが、
時代時代に犬の流行があるようだ。
ハスキーが多い時期があったり、
ラブラトール・リトリーバーやゴールデン・リトリーバーだったり、
最近はポメラニアンやミニチュア・ダックスフンドなどの小型卓上犬が目立つ。

実家では、必ず犬を飼っていた。
そして、それぞれの犬の思い出が多くある。
まぎれこんだり、拾ってきた犬で、雄雌関係なく「コロ」という名前であった。
しかし結婚をしてからは、家内が犬が大嫌いで「飼うこと相成らぬ」である。
もし人生に幾つか悔いが残るとしたら、その一つが
「犬が飼えなかったこと」である? といって、いま現在では躊躇する。
そういえば、最近「雑種」をあまり見かけなくなった。
どういうことだろう?恐らく放し飼いが全く無くなって、チャンス?が無いのだろう。

ところで、雑種を三匹連れているオジサンが、いつも口笛をふきながら歩いているが、
その口笛が聞きほれるほど上手い。その三匹の犬、飼い主に似てか?
すれ違う犬に大きく吠え掛かる。口笛と犬の吠え声で、その存在がわかる。

ところであるベストエッセイ集に「犬に似る」というエッセイが微笑ましい。
そしてプロの文章はすばらしい。
 
 最後の文章を抜粋してみる。
 −−
 ー犬に似る
 ・・・・・・・・。 
 ついでだが、犬と飼い主はたいていの場合、そっくりである。
ずんぐりした人はずんぐりした犬をつれているし、
短足胴長の犬の飼い主は短足で腹が太い。

 それでは、いつの間にか名前が平仮名の「そら」に落ち着いたわが家の犬はどうか。
しばらく前まで、スマートで端正な犬だとうぬぼれていたが、このところ、
目の青色は薄くなり、鼻の頭は白く乾いている。
猫やカラスを追いかけるとすぐに息を切らす。
息を切らすと、はあはあと長く舌を出し、腹を大きく波打たせる。
どったと寝転がっていることも多い。

 そのそらのようすは私にそっくりらしい。いや、私がそらに近づいたのだろう。
先日、家の前を通っている二人連れの会話が聞こえた。
「ここの犬、この家のご主人とそっくりよ。毛の色も一緒だし、体格もうりふたつ」
「へえ、じゃ、どっちが犬かわからないわね」 私は思わず吠えそうになった。
               (坪内稔典 俳人)
最後の一文がきまっている。

・・・・・・・・・・
2004年08月14日(土)
1229, 死亡欄

この数年、新聞を見ていると死亡欄に目がいってしまう。
それも自分より年齢の下の数をさがしてしまう。
傾向として40歳台から死ぬ人がおおくなる。
反面90歳後半や100歳という人も結構多い。
時々、子供や20歳そこそこの死亡も目に付く。

やはり女性は80歳台、男性は70歳台が多い。それぞれ一行の名前と年齢の中に、
膨大の人生が詰まっていると思うと人生の深さを感じる。

中学や高校の同級生では、大よそ15佑亡くなっている。
特に、50歳を過ぎてから多くなってきている。そういう年齢になってきたのだ。

同級生のある葬式で、「もう、死んでも何で死んだと言わなくなったものな〜」
というコトバが印象的であった。
最近は会うごとに同級生が老けていくようだ。
まさか自分が、この連中と同じ歳と思いつつ、トイレでつくづく鏡を見て、
そうかそういう歳と納得する。

ところで、ほんの30〜40年前まで人の寿命は50歳と相場が決まっていた。
それが一挙に80歳近くまで延びた。あと50年もしないうちに、なんと100歳になる。
100年もしないうちに2倍になる。それが良いかどうかは何ともいえないが、
人生50年より80年の方が良いから100歳の方が良い。

確かに、人生が50年としたら短い。50歳の時に、こんなものかと思ったから、
間違いはない。ところが80年なら長いと思うだろう。
シェークスピアは、人の一生を「束の間の灯火」と言った。
 今日は盆だ。

・・・・・・・・・ 
2003年08月14日(木)
862、「財産を無くす人、財産を残せる人 」

 ーデフレ経済下21世紀の日本型蓄財術-           
           ー読書日記
清水洋/著
ー私のマトメタ内容ですー
 時代を見極めよ、そして早く決断を!

その為に日本の現在をどういう時代かを整理してみると
・「デフレ基調」に変わった。
・官僚型社会主義システムの崩壊過程にある。
・市場原理が支配する自由競争になるー競争の激化。
・レース型競争社会からゲーム型競争社会になる。
・圧倒的な「勝ち組」とその他大勢の「負け組」と分けられる。
・これから5年間は「最悪期」に入る。
・国債の暴落とハイパーインフレの可能性が大である。
その結果
 ・不動産価格は5分の〜10分の1
 ・株式は5分の1から20分の1
 ・ゴルフ会員権は5分の1から1000分の1
 ・失業率は15~20
 ・消費税は15~20諭,砲覆襦

以上はITなどの情報化や、それに伴うグローバル化が起因としている。
更にこの動きは拍車がかかるだろう。

企業としては、この流れに対して
・総資産の圧縮と借入金の圧縮
・知的集約の企業形態に変身
・固定資産を手持ち流動資金への変換
 ー手元キャッシュフローの流動性を高める。
・不良部門を徹底的に切り捨て、優良部門に集中する
・公的部門の民営化時代に先手を打つ
等への変身への決断をしなくてはならない。

以上であるが、以前この人の経営セミナーのパンフレットをみて
さっそく取り寄せて読んだ本である。
これを元に会社を変身しないと遅かれ早かれ消滅してしまう運命にある。

以前書いた随想日記をコピーしておきます。

ーーーーーー
2003年01月17日(金)
649, 損切り

ある経営セミナーの案内のパンフレットが送ってきた。
題目が 「会社と個人の資産防衛策」
副題が ーいま「損切り」してこそ新しいチャンスがつかめるー
その内容がなかなか面白い。
このパンフレットに殆ど90佑含まれている?
  その概要を書くと以下のとおりである。

・大清算時代ー含み損を吐き出してしまえ!
〜以下は字数の関係上、カットしてます。

・・・・・・・・・・
2002年08月14日(水)
487,アメリカンインデアン

以前‘アメリカンインデアン’について書いてある本を読んで仰天した。
口伝で代々受け継がれてきた内容が3万年以前のものだたりする。
その内容がどうも正確なのだ。

特に「一万年前にシベリアを通ってベーリング海峡を渡る」
の内容もあるという。
一万年前は氷河期で、海面の水位低くて、海峡は陸路渡れた。
その時の具体的な内容が口伝で詳しく語り継がれている。
その時の渡った員数が55人だったということまで伝えられている。

イロコイ族という種族で、その決まりは今のアメリカ憲法の原案に影響したいう。
大地震に襲われ各地をさまっよった末に、未開の大地の話を聞いて
シベリアの大地からベーリング海峡を渡る話は、一万年前の話としても
リアルのものだ。インデアンというと、未開の野蛮人というイメージがあるが、
彼らの世界に、3万年以上の祖先の歴史が延々と語られてきた事実がある。

更にアメリカに渡った後の物語が延々と続いているという。
彼らの口伝ー物語の全体は「一族が学んできた`知恵’の物語」として構成されている。
「人は力をあわせれば、できない事も可能になる」とか
「判断は迅速に」とか現代でも、いや現代こそ学ぶべき事が多い。
今一度彼らの教えをじっくり学ぶ時期に人類はきている。
奇麗事で言っているのではない、まさしくその時期である。

・・・・・・・・・
2001年08月14日(火)
[107] 「私の死亡記事

「私の死亡記事」‐文芸春秋

図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!
各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」
そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。
よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。

まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。
どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては
意外と自己正当化しているのが可笑しい。 

−私も書き始めたが侘しくなってきた。死亡時期‐父と同じ71歳
(そうすると後16年の時間)
・死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。
・生前の業績ー書くに値せず。
・葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの遺言の為に音楽葬
                         ただし身内のみで。
 近じか真面目に書いてみよう。


2323, 面構え

2007年08月13日(月)

                 ゚+.(ノ*・ω・)ノ*.オハヨオォォ☆

つらだましい『面魂』 ーとは、強くはげしい性格や精神が表れている顔つきをいう。
先日の葬式で同級生の何人かに会って、それぞれの顔をみると昔の面影をのこしているが、
やはり人生の風雪に鍛えられた経験が顔ににじみ出ていた。
私が見るところ、その人の顔が出来てくるのは50代に入ってからである。

『面魂』に似た言葉に「面構え」がある。
「面構え」とは、むしろ長い年月をかけて出来上がった顔のことである。

片岡球子という画家が「面構」をテーマとして、
色んな人の肖像画を書き続けている大作シリーズがある。
その中の第1作「足利尊氏」など、あまりにも味のある漫画的顔で、
頭に描いていたイメージとはまるで違う。
画伯が京都の等持院を訪れたとき,足利尊氏の像を見て,今までの感じてきた
尊氏とはまったく異なるものに、あるめぐり合わせを感じたという。
尊氏の中に人間を愛する度量の深さを感じ取り、そこで、
歴史上の人物を、自分の印象を通して書いてみようと決心。

「面構」シリーズでは足利尊氏,足利義満,足利義政を始め戦国武将や,
葛飾北斎,安藤広重,平賀源内,滝沢馬琴,雪舟,一休などがある。
人間的な味のある面魂が溢れている顔が何ともいえない!
 これは片岡球子のライフワークとなっている。

面構という視点で改めて現代の日本人をみると面白い。
役者では三国連太郎、政治家では佐藤栄作、力士では双葉山の面構えがよい。
大女優では、往年の京マチ子がいい面魂をしていた。
そういえば、最近の歴代の首相で面魂のよい人は一人もいない。
 どういうことなのだろうか? 

そういえば、悪党面を見かけなくなった。
あえていえば、共産党の宮本顕治か、ヤクザ上がりのハマコーこと浜田幸一か?
スターリンも、数千万人も虐殺しただけ、顔に面魂が溢れている。
善人には面構が無いのは、如何いうことなのか?
 羅漢の像には、なかなか味のある面構えのある顔が、揃っている。
その辺の百姓こそ、飢饉や水害など自然の風雪に鍛え抜かれるのだろう。

          (((o(´・з・`)グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・・
2006年08月13日(日)
1958, 今日はお盆ー2
                \(^▽^*)おはよう
「今日はお盆」というテーマで書こうと思ったが、
この日に、そのテーマで書いてないわけがないと振り返ってみたら、
4年前にチャンと書いてあった。(あとにコピーしてあります)
気がついてないで書いていたら、80佑脇韻呼睛討世辰燭蹐Α
4年も経って、大して成長していない?自分の脳が見えてくる。
まあ、後退しないだけでも有難いと思わなくてはならないか?
         
\(∀\)ココハドコ? 娑婆娑婆♭♯♪〜
    (/∀)/アタシハダアレ?   ユー レイ♪ノ(^-'o)♪☆(o^-^)\ 
                     
    レジャーの無かった時代の盆・暮れという里帰りのシステム、
    当時の長期?休暇だったのだろう。考えてみれば良い文化である。
    一年に1~2度、田舎に帰り家族や幼馴染に会ったりするのも良い。

先日、学生時代のゼミの後輩と酒を飲んで聞いた話だが・・
ーM氏は東京の中野に住んでいるが、小学校の同級会を開こうと思い立って
同級生と三人と名簿を調べたら、63人の同級生が他に一人しか見つからなかったという。
都会は、それだから良い!と思うのか? いや寂しいと思うのか?やはり後者だろう。
               
オバケダョ〃∋(`∇´∋〃 〜(m ̄ ̄m) 〜〜(m´ρ`)m 〜(m~ー~)m
       ヘ(^ヘ^)(^ノ^)ノ (/_ _ )/♪へ(-。-へ)♪(/_ _ )/

    田舎は、スローライフという意味では住みやすいが、刺激が少ない。
    そこでセカンドハウスを出身地に持とう!という運動が起きている。
    生家をセカンドハウスにして、地方で働き時々都会生活をするパターンだ。
    しかし、それだけの余裕が持てる人が何人いるのだろうか?

さっき、デジタル・カメラの写真を整理していたら、高校の同級生の
個人の墓の写真が偶然出てきた。今年になって三度、散歩の途中に立ち寄っていたが、
今日の特別のコースで行って見るか? 今年は、その故人の会社も潰れたし・・・

    お盆の「懐かしのメロディー」を聴きながら下書きの、
    この文章を書いているが、まあお盆!に良い番組である。
    これを見ていると、年々歳をとっている自分に気づかされる。
  さてと、墓参りに行こうか!
                       ( −」)φ~~
          バイ! ヾ( ̄ー ̄ヾ))))      
・・・・・・・・
2005年08月13日(土)
1593, ひらがな思考術 −1  −読書日記
        
図書館から借りてきた本だが、目から鱗の本である。
著者はコピーライター、シンクタンク社長、コミュニケーション学部教授、
という三つの経歴を持つから言葉に説得力がある。
ひらがなでわざわざ文章を書いてみたら、なるほどドンドンかけるのだ。
いままで何をしていたのだろうと、驚いてしまった。
とくに ひらがな三語 日記は面白い。
 
 ー今日の三語日記というと
たかしかえる おぼん おおあめがたたきつけている 

これで今日の大方がわかる。
ーこの本の概要というとー

「ひらがなで考えてみないか」それが、この本のメッセージで、
「ひらがなで表す言葉が、骨太で人の心を掴むのに適している」
というのが大筋である。

漢字や英語が多用される専門語に寄りかからないで、
手持ちのことばをかみしめ、ゆっくりと味わっていくと、
いま抱えている問題を考える方向性がうっすらと見えてくる。
そうすれば受身ではなく、こちらから打ってでることができる。

ひらがなで考えることは、
「現状打破」
「情報収集」
「創造的発想」
「効果的表現」
「自己変革」に役立つ。

ひらがなでは ごまかしがききにくい。
意味を考えるには考えの筋道が必要である。
ひらがなだと、それができるし、内側にはたっぷりとメッセージが含まれる。

日本語で書かれているのに、難しくてわからない時に
ひらがなを交えてわかりやすい文章に直したら、読みやすい言葉として、
人の心に訴えかけてくる。

そのため、ひらがなで考えてみる練習をするといい。
難しい文章に出会ったら、簡単な言葉に置き換えるとよい。

著者がコピーライターの仕事をしていてコピーが一行も出てこなかった時に、
書店で偶然手にした詩集の一行一行がしみとおっていったという。
ひらがなで考えをつきつめていく思考術を著者が身につけたのは、
これがキッカケという。

もっと ひらがなで考えるようにして、
ゆっくり思考をめぐらす時間を持ってみることを勧めている。
幼児がよく使う擬音語、擬態語、ユラユラ、ガサガサ、ヨタヨタなどは、
動作そのものの様子をよく表している。

考えてみたら内語や発想は、ひらがなでしているようなものだ。
難しい言葉もいちど、ひらがなに翻訳してみるとよい。

言葉は飾れば飾るほど伝わらないものである。
ひらがなは心の壁をつくらない働きがある。

この随想日記も、可能なかぎり難しい問題をやさしく噛み砕いて、
自分の脳に入れ込むために書いている。
やさしくとは、噛み砕くとは、「ひらがな」にすればよいのだ。
脳は幼児に例えると解りやすいという。
やさしい言葉で、繰り返し、愉しく続ければ無限の能力を発揮する。
ひらがな言葉は、無限の可能性の入り口になる。

私の、この随想日記も、文体がこれで大きく変わるだろう。
ひらがな言葉が多くなる?
              つづく
ーーーーーーーー
ポプラ社  関沢 英彦【著】
ー目次は、
第一章 ほどく   まず、解きほぐしてみる
第二章 かんじる  五感のストレッチをしよう
第三章 つなげる  発想はひらがなでしている
第四章 あらわす  難しくいわないと表せないのか
第五章 くつろぐ  ひらがなでゆったりと考える

●なぜ、話が伝わらないのか?
●なぜアイデアが出ないのか?
●なぜ企画書がうまく書けないのか?
●なぜ行き詰まるのか?

・・・・・・・・・
2004年08月13日(金)
1228, 広松渉(3) 哲学についてー27

ー人生舞台の役・割について

「実践するとはどういうことか」の(「行為の存立構造」の人生劇場))
の概略を前回書いたが、
行為の存立構造をなしている「役・割」について、私の説を書いてみる。

「役・割」が一番鮮明で解りやすいのが嫁姑の関係である。
永遠の人生の課題といってよい。
結婚は二人だけの関係と思っていたのが、その取り巻く複雑な人間関係がついてくる。
それに舅・小姑が絡んでくるから、その役・割をこなす事は並大抵ではない。
離婚は互いの相性もあるが、この複雑に入り組んだ関係もある。
演技者も「外面・内面」を使い分けなくては、下手な役者になってしまう。

長い年月かけて育て上げた息子が、バカ嫁に結婚を機会に取られてしまうのだから、
コトは複雑である。
嫁の立場からすれば亭主の母子関係も、べたべたしたマザコンにみえてしまう。
その母親は、いつまでも子離れをしない嫌な存在になる。
家という制度が強い時代ならまだしも、今のように個人が主体という時代では、
嫁姑の関係はこじれるケースが多い。
正に人生劇場における集約された「役・割」で、お互いにぶつかる場面になる。

地方のような固定社会では、なおさら役・割が固定化するから、
行為の存立構造は露わになるケースが多い。

・小さな世界が全世界と信じて疑わない「子狐」のミニ・テリトリーの
 因習の世界で因果関係の芝居が演じられる
・「おれは田舎のプレスリー」的存在の地方(?呆)名士役
・必死になって小さな世界で肩肘を張って自己宣伝に終始している
 「チンドン屋」役と、それについて回っている「茶坊主」や「芸者」役
・ドブの中に発生する「ぼうふら」の群れー噂世界に浮く幼虫?役

人生舞台も、このようにしてみると面白いものである。
といって突き詰めれば、どの役も大同小異の存在でしかない。
石が個性個性といったところで、所詮は砂利でしかないが。

石ころそれぞれが、自分の正義を持ち、それに従って価値観を持って
自分の舞台で役・割を演じることが、人生を生きることである。
ところで、いま書いてきた役は、私の勝手に創りあげた主観の世界?

「あまりにも偏見でしかないだろうか?」と疑問を自分で投げかけてみる。
社会、世間としても、それぞれの汗と涙で出来上がっている。
それを、面白おかしく創りあげた私の心象風景でしかないのではないか。
蛇には蛇(その地に縛られている象徴)の生き方、存在理由があるはずだ。
そんなものは対比の問題でしかないのでは、と。 その通りである。
  それぞれの役を、面白おかしく演じていればよいのである。

イタリアのベニスのカーニバルで、仮面を被って練り歩く。
自分とは違った仮面の人を演じていると、面白い心理状況になるという。
また逆に、イスラム教徒の女性がベールを被ると、自分という存在が
消えてしまった空気のような、透明人間になったような妙な気分になるという。
面白いものだ。

・・・・・・・・
2003年08月13日(水)
861, プライドー2

 プライドは失意のどん底の時とかマイナスの状態の時に出てくる膿でもある。
その状態が逆にエネルギーになる場合もある。
その為には、常に本を読み続けなくてはならない。
心の膿がたまっている状態が「子狐」にしてしまうのだ。
したがって子狐は本を読まない人ともいえる。

「プライドを捨てるだけのプライドを持て!」と、
ある飲食チェーンの創業オーナーが言っていた。
「表面的な面子などのプライドを捨て、
心の奥の芯ー真ーの自己尊厳としてのプライドを持て」
「捨てて捨てて捨てて、最後に残るプライドを持て」という意味だ。
自信のない人、失敗ばかりしている人ほどプライドが高いのは、
捨てられるだけの実績と自信がないからだ。

 捨てられない典型としては二代目とか、中途半端なインテリに多い。
何でプライド?と考えたら、彼等は表面的繕いとしてのそれしかないからである。
といって表面的繕いのプライドを捨てられないのが人間の人間たる由縁であるが。
表面的繕いとしてのプライドと真のプライドとの隔離が若い頃の特徴である。
それを一生続けて死ぬときに「自分の人生は何だったのだろうか!」と悔やむ人がいる。
それが失敗の人生である。

 「そういうお前こそ、その歪んだプライドが尻尾に出ているぞ!」と誰かに看破されている
のかもしれない。自分の姿は見えないし、私も相対で言っているだけだからだ。
「最後の拠りどころのプライドを持つのがどこが悪いのか、それを否定したら人間
生きていけないのではないか?」という声が聞こえてくる。
最後の最後、表面的繕いのそれしかないのだから、それで仕方がないともいえるが!
「夢」「志」を持てなかった人は、それでもよいのだろう。
 「おいプライド!  たかがプライド! されどプライド! あ~あプライド!」
 
・・・・・・・・ 
2002年08月13日(火)
486, 今日はお盆

13日のお盆の朝の夢は面白い夢を見る。
両親の夢が多いが、祖先の霊の夢を見ることもある。
祖先の霊が、仏壇から居間の仏像のほうに数人浮いて流れていく夢とかだ。
毎年、早朝お参りにいつも行くから、その緊張感が夢を誘発するのだろう。
今朝も少し見たがあまり印象に残ってない。
明日の朝あたりが面白そうな夢が出てきそうだが。

13日の朝はいつも3箇所のお寺にお参りに行く。
両親の墓と母親の実家の墓だ。その中でいま一箇所の墓参りの話しをしてみる。

幼児のときから、父が叔父叔母だけで毎年お盆近くに法事をしていた。
父が言うには、「戦前ある土地を買った時その地主から、父が生きている間に、
自分たちの墓参りする約束をした」とのこと。全く親戚縁者がいなかったのだ。

どういう訳か解らないが、いつも姉兄の間でいつも私だけが出席していた。
その時のご馳走が楽しみであった。 当時は法事とか葬式はお祭りでもあった。
母が元気なうちは、母といつもお参りをしていた。
母が言うに「永代経のお金を払ってあるから、私が死んだらお参りを
しなくてもよい」とのことであった。

しかしお盆の時になると、どうしてもお参りに立ち寄ってしまう。
この世では私以外誰もお参りに来ないのだ。
やはりその人の念が60年~70年たっても通っていることになる。
長岡の千住の浄福寺で、名前は福原兵?さん、
明治25年と墓に書いてあった。

今日のサロンでその墓の写真を貼り付けておく。

・・・・・・・・・
 2001年08月13日(月)
[107] 「私の死亡記事

図書館で何気なく借りてきた本だが、これが面白い!
各分野の有名人に「物故者の解説を、当の本人執筆という点である。」
そのお願いの文章が、前書きになっているところがまた面白い。
よくこれだけの有名人が真面目に、あるいはふざけて書いているのがいい。

まず自分の死亡時期の設定、そして死亡原因、生前の業績を当の本人が書くのだから。
どちらにしても真剣に書いてあることは文面よりわかる。特に生前の業績に対しては
意外と自己正当化しているのが可笑しい。 

 −私も書き始めたが侘しくなってきた。
 死亡時期‐父と同じ71歳(そうすると後16年の時間)

・死亡原因‐酒の飲みすぎによるショック死。
・生前の業績ー書くに値せず。
・葬式方法は葬式坊主に一円の金も払わないようにとの
 遺言の為に音楽葬、ただし身内のみで。
 近じか真面目に書いてみよう。


2322, 政治家の家族とは・・ −3

2007年08月12日(日)


        (o´・ェ・`o)♪。o.+゜。*ぉはょぅ☆♪

*銀座のママと政治家の共通点*

彼女自身気づいているかどうか解らないが、銀座のママという職業にとって、
政治家の家庭で育った環境が大きくプラスになっている。
夜の水商売は虚飾の世界である。
前に書いたが、政治家も「あるべき理想的政治家」という仮面を被る世界。
社会を選挙民という票田と捉え、人の集まりには可能な限り顔を出し、
理想像を飾り票に結びつけていく。 そこには、本人個人の顔は無い。
議員として相応しい人物としての演出された顔である。

夜の虚飾も高級?な社交場の演出と提供である。
愛?と社交を求めて集まってくる「社用族ータカリ族」や、
「成り上がり族」を相手にホステスと自分との愛のゲーム
(仮の自由恋愛の駆け引きの遊び)を夜ごと提供する。
お世辞と奇麗事と作り笑いに一晩の遊びと癒しを求めてくる男達を遊ばせ、
笑わせ、満足させてナンボの仕事である。
遊ぶ方も、遊ばせる方も、全て解っていながら気違い水(アルコール)で酔い、
歌い、憂さをはらす。サカリのついた狸と、それを遊ばせる狐の化かし愛?
の世界というと、チョッといいすぎか?

政治家も、やりもしない、できもしない公約を掲げ有権者に夢を売る。
選挙が終われば、選挙民は公約など忘れてしまうことなど、お見通し。
政治の政は、祭りごとである。(政治ー政を治める)
祭りごとなど、年に数度の祝い事を難なくこなすことでしかない。
その祭りには酒と女は欠かせない。
だから酒を飲むことも、男にとっては一つの祭りごとである。
古代ギリシャの政に出てくる巫女は売春を兼ねていた。
それも社会的身分が高いというから・・・

クラブのママは冷徹に名刺というカードを集める。
それが個人の財産であり、カードの蓄積を持っていれば、どの店でも渡り歩ける。
ところでママの髪型が店の格をあらわすという。
髪の高さが値段を現し、前への出っ張りが店の格を現すという。
笑ってばかりはいられないか!

売春もしないのに女性が横につき接待するクラブのシステムは、世界で日本だけ。
ホステスという職業はお金を稼ぐために割り切っている女性が多い。
ママとかグランドボーイが、こっそりと、その落としどころを教えてくれる?
酒飲みの男には、だいたい二種類の酒のみのタイプがいる。
酒とカラオケなど、その雰囲気が好きな部類と、酒場で女を求める部類と。
後者はフィリピン・パブなど、別コースの中間地帯が用意してある。
蛇の道は蛇ということか? 暴力団が後ろについて、すんなりとコースがあるとか。

政治家も何でも、プロの道は厳しいものである。
どこかで醒めた眼が必要である。そのためには、逆に熱中してないと・・・

          o(*′з`)o"グッ☆o(*′▽`)〇))"バァァイ☆
・・・・・・・・
2006年08月12日(土)
1957, 片づけられない女ー2
             \(^▽^*)おは!

検索に「片づけられない女」と入れたところ、
「片づけられない女」サリ ソルデン著 という本が出てきた。
    現代病の典型的な病で、これまでにもTVで多く扱われていた。
    ダラシない性格の女というわけではなかった。

ーまずは、その本の説明文ーから
 自分の部屋を片づけることができず、
 ゴミの中に埋もれるようにして暮らす女性について、
 多くのマスコミは半ばおもしろがって取り上げる。
 本書はその原因が本人のだらしない性格にあるのではなく、
 神経系の障害である可能性を唱え、全米でベストセラーとなった。

     この神経系の障害は、ADD(注意欠陥障害)と呼ばれる。
     幼いころから兆候が現れていても、見落とされることが多く、
     大人になるまで本人が気づかないことも少なくないという。

 さらに、散らかす、なくす、忘れるといった特有の症状は、
 社会が女性に期待する女性像とのギャップが大きく、
「片づけられない女」というレッテルを貼ることで、解決されてしまいがちだ。

     カウンセラーであり、自らADDである著者は、
     本書でADD女性が直面する困難に触れながら、
     ADDを持ちながら充実した人生を送るための意識改革の必要性を説き、
     同じ悩みを持つ女性たちにエールを送っている。

ー内容ー
持ちものが片づけられず、部屋が片づけられず、頭の中の考えさえも片づけられず、
毎日の生活に苦労をしている女たちがたくさんいる。
彼女たちは、雑用の山に圧倒され、すっかり落ちこみ、不安と戦っている。
人間関係がうまくいかない人、潜在能力はあるのに、
学業や仕事で力が発揮できない人も少なくない。
プロのセラピストが、新たな心の病として日本でも注目されている
ADHD(注意欠陥多動性障害)、ADD(注意欠陥障害)を
現代に生きる女性をベースにわかりやすく解説した初の書。

    ーーーーー
    以上だが、この説明書きを読むまでは、
    「片づけられない女は、分別ゴミなどの分類や、
    それぞれのゴミだしの日のチェックまで、
    神経が回らなくなってしまったのだろう。」
    と思っていた。これはレキッとした病気なのである。

時々、TVで自分の庭にゴミの山をつくってしまい、
近所からの苦情で、強制執行の撤去の様子が出ることがある。
これも一種のADHDの変形なのだろう。
まだゴミの部屋は誰に迷惑をかけるわけでない。
                 ○=(≧Σ≦)へっくし!
         
   ー次も、あるHPから拾ったチェックリストである。
    これによると片づけ方を知らない人には2つのタイプがある。
     10問のチェックリストで、どちらのタイプか分類出来るという。

 −片付けられないタイプチェックリストー
1,賞味期限切れの食品がたくさんある
2,カタログショッピングが好きで、つい買ってしまう
3,年賀状を整理しようと思いながら、1年経過した
4,洗剤やティッシュなど買い置きしていないと落ち着かない
5,キレイな包装紙や紙袋はとっておく
               (o_o ;)
6,片づけや掃除は定期的にやらず、時々、一気にやる
7,毎日使う食器は、水切りかごに入りっぱなし
8,写真のネガや郵便物がテーブルの上に放置さている
9,ソファやイスには、いつも脱いだ服がかかっている
10,「つめ切りはどこ?」と聞かれても即答できない
                ー_ー’
    1から5番目の質問は、「物を処分できないタイプ」の特徴を、
    6から10番目の質問は「整理能力がないタイプ」の特徴を示している。
    それぞれの項目で4個以上YESがあるとそのタイプに分類される。

「処分ができないタイプ」の人は、
 片づけられない原因として“物が捨てられない”事が考えられる。
 処分ができないタイプの人は、物を捨てるための基準を作ればよい。
 例えば、1年間着なかった衣類は、体型や趣味に合わなくなっている事が
 多いため思い切って処分する。
 CDや本は棚の容量を超えたら優先順位を付けて処分する。
 などなど・・・
 
 人の心の中と、その人の部屋の中は似ている・・・
 人間は何らかのカタチで、幾つかの精神症を持っているという。
 精神病と精神症のチガイ解る?
    精神病は周囲に危害や大きな迷惑をかける精神的欠陥。
    精神症は迷惑をかけない範疇内でとどまっている精神的欠陥。
                           (′O`)〜3
  人間である限り、幾つかの精神症を持っている。
  軽いか重いだけの問題だが、その危ない上でコントロールしているだけに過ぎない。 
                        @(-。-) ハフゥ〜
    だから遊ばないと、それも全てを忘れて遊ばないと!
    バランスが崩れてしまうのです。狂うよりよいのです。
    
  さて、と!・・・・・・・ o(^-'o)♪☆(o^-^)o〜♪
             (oェゥ)o キャアキャア♪(ー'`ー;) バカ!   
  Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.bye  

 ・・・・・・・・・
 2005年08月12日(金)
1592, 幇間ー太鼓もち

幼稚園の頃から高校を卒業するまで、実家の店では年越しの宴会をしていた。
そのため年末が子供ながら楽しみであった。

芸者を何人かよんだり、近くの太鼓もちを呼んだりしていた。
といって長岡あたりではプロの太鼓もちはいない。
近くの酒の好きな漬物屋の親父がセミプロとして呼ばれていた。
通称「八木漬物屋のオヤジ」である。
彼がいないと場がしらけるほど存在感があった。

映画で観る幇間そのもので、芸者の三味線に合わせて色いろな芸をしていた。
それをキッカケに、他の人の芸が出てくる。
家族や従業員・取引先など50~60人の宴会が何時も盛り上がっていた。
幼稚園の頃から日本酒を判らないようにコッソリと飲んだ記憶がある。

幇間とは、いわゆる太鼓もちのことである。
座敷に呼ばれて、芸者と同じように旦那衆におべっかを使って機嫌をとるのが仕事である。
落語によくでてくるヘラヘラしながら、しかし暖かい雰囲気を醸し出している技を持っている
男芸者である。愛嬌があって、人から何か好かれる魅力がなければならない。
そして宴会などを上手く盛り上げる座持ち役である。

人間は誰でも、褒められ威張りたいものである。
太鼓もちは、その辺を熟知しており徹底的に自分を蔑みながらお客を持ち上げる。
これは余程の持って生まれた天性が無ければ勤まらない仕事である。
もう亡くなったが俳優の三木のり平の太鼓もちは絶品であった。
一度でよいから、この太鼓もちをやってみたいが、無理である。

営業のベテランは、その要素を経験から充分持っている人が多い。
話のキッカケは何か褒めることから始る。
それも自然に、いつの間にか持ち上げられてしまう。
現在、プロの太鼓もちは、ほぼ絶滅?
下町の旦那が余興で踊りなどを演じている位という。

・・・・・・・・・
2004年08月12日(木)
1227, 新潟駅前ランチ事情

新潟駅前のランチ事情も変わってきた。
この1〜2年で、横浜軒、松屋、ロイヤルホスト、すき家、
などのナショナル・チェーン店が進出してきた。
それまでは、居酒屋やラーメン屋などがランチ定食を出していた。
売上不振のフグ割烹の専門店までも昼飯を出し始めていた。

大体680円が相場であったが、最近は300〜500円の店が増えてきた。
私も、そのプライスの店に行くようになった。
朝食はウォーキングの後ということもあって、しっかりと食べる為か、
昼飯はジャンクション食と割り切っているので、手軽で済ませたいし、安い方がよい。
500円以下の店は混んでおり、700円以上のプライスの店はお客は少ない。

先日、事務所の近くに「定食の専門店」が出た。
チェーン店ではないが、とにかく安くて、自分で好きな惣菜をチョイスできるのがよい。
大体400円〜500円で済む。

私の場合、週一単位で店を使い分けている。
回転寿司、蕎麦専門店、居酒屋、牛丼(豚丼)専門店、定食屋、うどん専門店
など10軒の店を、その日の気分で決めている。

駅前のサラリーマンにとって、昼飯を食べるのは大変である。
12時直後に、どこも満席になってしまうからである。
最近は、昼飯を抜くか、牛乳ですますケースが多いという。
小遣いが節約ができるからである。

ランチの世界も、デフレの影響がモロに出ている。

・・・・・・・・
2003年08月12日(火)
860, プライド -1

プライドについて考えてみる。
プライドとか自負心を自分で意識する時は、「逆境の時」とか、
「あまり自分の意にそわない時期」に多い。
プライドー自己尊厳ーとは程遠いと思われる人ほど、プライドが高いのに
驚いた経験をしたのは私だけでないだろう。
新潟では長岡人を「異常な位プライドが高く、閉鎖的で彼らだけで群れたがる」
と評している。常に小さい世界で誰かを意識せざるを得ないからだ。
まあ地元の悪口になるから、長岡人の話はやめておく。

 プライドが何故マイナスの状態の時とか、マイナスの人の心の状態に
現れてくるのか考えてみる。
「自分の子供がよい会社にいるのを誇りに思う」とか
「自分のやってきたことに誇りを持っている」とかに表現される。
それは誰かとか、何かに対しての満足感を表す言葉である。
その背後には、他と比べて、
・自分の収入は誰より多い
・誰よりも名声がある
・学歴は誰誰よりも高い
等々、常に比較の世界に生きている人の言葉である。

 自分の価値観をしっかり把握していれば、そんなことは如何でもよいことだ。
私が嫌っている「子狐」世界は、その比較の世界に生きているからである。
その小さい世界しか知らない無知の住人だからだ。
そういう人ほど表面的利害を求めて彷徨っている。
それも隠しプライドー子狐の尻尾ーをたれ下げながら。
彼らには本当の深い喜び、満足感、充足感はない。

 比較の世界に生きている人間に、自分の心の奥の芯の歓喜があろうはずがない。
彼らは、そのプライド故に嫉妬、羨望、憎しみが異常発生してくるのだ。
比較の世界では、上から見下ろすだけでなく、下からの歪んだプライドも出て来る。
ある会など、見ても無残な歪んだプライドの世界である。
常に誰かの悪口、中傷の歪んだ暗い比較の世界である。
真の価値観を持ち得ない人が、他者に対して持つ歪みが変形した世界になっている。
自己宣伝に精を出しているチンドンヤ、噂を餌に営業をしている
??、太鼓持ちなど多士済々で面白いといえば面白いが。
それも如何でもよいことだが。
                                             
・・・・・・・・・
2002年08月12日(月)
485, 「我思う故に我あり」-1

デカルトの「我思う故に我あり」という言葉は
あまりに有名だが、フランスの‘生’の開祖と言われている
ビランが「我意欲す故に我あり」と、デカルトを否定して定義した。

「キリストの求めよさらば与えられん」もこのことだ。
どこかの女子大の哲学の教授の「我笑う故に我あり」という本があるが、
あまり面白い本ではなかった。
前回家内と「何で私らだけこれだけ感動に多く出会えるのだろ?」
と話し合った。その時の答えは「求めたからさ!」
たったこれだけを殆どの人がしてない。

そこで自分で何か面白いものはないか考えてみた。
「我 実践す 故に我あり」
「我 行動す 故に我あり」
「我 祈る  故に我あり」
「我 感動す 故に我あり」
「我 愛する 故に我あり」
「我 夢みる 故に我あり」
「我 美食する 故に我あり」
「我 セックスする 故に我あり」
「我 読書する 故に我あり」
「我 前進する 故に我あり」
「我 遊ぶ 故に我あり」
「我 闘う 故に我あり」
「我 歌う 故に我あり」

幾らでも出てくる。
「我ーーーーー故に我あり」
自分にとってのそれは何か幾つか考え明確にしておくとよい。
それが自分ともi云える。

・・・・・・・・
2001年08月12日(日)
[106] 坂之上小学校ー同級会

昨日小学校同級会、場所はかもがわ別館。 25人参加。
かなり盛大であった。二次会は全員参加。 楽しいひと時であった。
3クラス合同の会で100人強のうち4ぶんの1あつまったことになる。
5^6人が亡くなったようだ、それもこの2〜3年で。

そういう時期になってきたと言う事か。5年に一回の会で丁度いい感じだ。
どうしても女性が多いのは、当然の事だろう。 出席してよかった。


2321, デジカメを使った文字スキャナー

2007年08月11日(土)

              o(*'▽'*)/☆゜’おはよう〜♪
 
毎日、随想日記を書くのは、かなりのエネルギーを要する。
ネタぎれになるので、どうしても「読書日記」が多くなる。
そこで、面白そうな箇所の紹介や、引用するのが一番手っ取りはやいが、
本を書き写すエネルギーが膨大になる。
中途半端なブラインドタッチしかできないこともあるが・・・
5年ほど前にハンド式のスキャナーを買ったが、
読み取るのが難しく何度か使ったが、途中で諦めてしまった。
しかし、このハイテクの時代に、よいスキャナーが必ずあるはず。

そこで本気になって検索で調べてみた。
問題は「何」をキーワードにするかである。
「文字の取り込み」「文字の入力ソフト」「文字スキャナー」等々入れて、
やっと面白いソフトを探し出した。
しかし、これだけは実際買い取って使ってみないと当たりか外れは分らない。
4千円ほどしたが、思い切って購入をした。

それはデジカメをスキャナーにする代物である(デジカメOCRe.)
デジカメで写したページの文字を読み込んでデジタルに転換、
それをパソコンのメモか、ワードに落とし込む方法である。 
よくぞ考えたものである。慣れてくると、数分で書き込みが終了してしまう。
これで6年近く、苦労して書き写していた作業が激減をした。
苦労して書き写すことも大事なことだが、ハイテクの時代、マシーンで
出来ることなら、それに超したことはない。

しかし、これがクセのあるソフトでナカナカ難しい。
知人のフリーのSEの‘H’さんに手伝ってもらって、辛うじてマスターをした。
これまで1時間かかって打ち込んでいた手間が、時間的には五分の一になった。
これは「大きな武器」である。

このプロセスで気が付いたことは、
面白い記事をデジカメに撮って記録媒体か、
パソコンの分類したファイルに直接落とし込んでおけばよい。
とくに画素が1千万以上なら、新聞一枚分をカメラに撮っても、
拡大をすれば、見えないということは無いだろう。
しかし、二度とみないだろうが?
             SeeYou**(○´ω`○)ノ 〜〜〜〜♪
・・・・・・・
2006年08月11日(金)
1956, 人生と学問              
        おはよ〜!(*^ワ^*)i (~O~)ふぁ・・

   昨日の日経新聞のスポーツ欄の連続のコラム
   ーチェンジアップーで、
   往年の大打者で野球解説者の豊田泰光が
   「学歴についてのコンプレックスの心情」について書いていた。
   大打者だったプライドもあろうに、思い切った心の奥の吐露をしていた。

ー先ずは、その内容を書き写してみる。

 引退したとき、まだ35歳だった私は「やり残していることがある」
と妻に相談した。「大学に行きたいんだ」。
妻は理解してくれたが、私は幼い子供と実家の母らを面倒をみなくては
ならなかった。無収入の学生生活というわけにはいかず、断念をした。

 学の無いことは寂しいことだ。
解説者として記事を書き始めたが、漢字がわからなかった。
家で書き取りの練習。おやじになってからの漢字練習はつらい。

     悔しい思いをしたのは引退後に限らない。
    プロ野球界の学歴信仰にも閉口をした。
    高校出の監督・コーチもいるけれど、同程度の野球の成績なら
    大卒が有利だった。
    大卒の球団経営者は現場の大卒組と組んで事を運ぶ傾向があった。
    球界の‘大卒’はチャンと単位を取った人ばかりでなく、
    しょせんは勉強しない者同士で作る学歴社会である。
    それだけに余計タチが悪いといえた。

 サンケイ(現ヤクルト)のとき、東京六大學から入団した同僚から
「単位が足りないままプロに入った。
もう少しで大學から除籍になるがどうしよう」と相談を受けたことがある。
私はすかさず「そりゃ、絶対に単位をとるべきだよ」と言った。
彼は単位をとり、卒業をした。
何よりもけじめをつけたことが、その後のためになったと思う。

     先ごろのスポーツ新聞の記事によれば巨人の桑田が引退後、
    大學で勉強をしたいという意向を示したという。
    いいことだ。桑田は「順序が逆になるけれど」といったそうだが、
    勉強をしたいと思ったときが学業の適齢期だ。

 広島のホプキンスという選手が練習の合間に肩にタオルをかけて
医学書を読んでいるのをみかけた。そのときはご苦労なことだと
思うばかりであった。しかし帰国後彼が外科医になったと聞いた時、
ふと思った。家計を支えねばならないから勉強ができない、
というのは私の甘えでかもしれない、と。

    あれこれ経験を積んだ今だからこそ「人生に順序なし」と実感できるが、
    その真実に気づいたときには残り時間はわずか。
       皮肉なものだ。
ーー
 何も飾りのない赤裸々な真実の声である。
そういえば同じような話を姉から聞いた。

一番上の姉が癌になり、一年足らずで亡くなった。
手術の数ヶ月後、家に来て最後に多く語っていった。

その中で、
「私は高卒が一番のコンプレックスだった。
基礎教養を若いとき培ってなかったのが一生のハンデキャップだった」
と、ポツリといったのが印象的であった。
長岡城下街の価値観に一生振り回された人生を後悔しているようだった・・

     私の周辺で、高卒にかかわらずサラリーマン社会で勝ち抜いてきた人や、
    教養にみちている人が数多くいる。
    共通点として、人知れず本を多く読みつづけて基礎教養という土台があり、
    また、ライフワークを持っている。
    一流大学?を出たにもかかわらず、全くの無知蒙昧の人も多く知っている。
    要は社会に出てから、どれだけ学んだかが、問題なのだ。

    御前はどうか?他人にいえるザマか?と、すぐに声が飛んできそうだが。

 また反面、高校しか出てないからと諦めてしまい、
全く本を読もうとしないで、「世間」とやらを、
全世界と思い込んでいる人ー子狐ーもいる。
そういう人ほど、捩れて歪んでいる内面が露出してしまっている。
人間多かれ少なかれ、誰もそうだが・・
 心の底から学びたいと思った時が、学業適齢期という言葉はよい。
「べき時に、べく事を、べくすべし」というが、

「一生学び通すことこそ教養」
 ではないだろうか?

・・・・・・・・
2005年08月11日(木)
1591, 外務省・ラスプーチンの記憶術

何気なく月刊誌をみていたら、鈴木宗男とともに逮捕され起訴された
元外務省の佐藤優の手記が載っていた。
内容は、彼のソ連時代の外交官としての活動の詳細であった。
その内容も面白いが、それより彼の記憶術とその引き出し方に興味を覚えた。
非常に深い示唆に富む内容である。
やはり映像と結びつけるのだ。

その一部を書き写してみる。
ーー
拘置所の減灯は午後9時、起床は午前7時なので、睡眠時間は10時間もある。
私はもともと睡眠時間が短く、3~4時間で済む。
この長時間睡眠制が拘置所規則では何よりも苦痛であった。
筆記道具は自殺に使われる「凶器」に使われるのであつけられない。

そこで、この時期に私は記憶力の強化を図った。
私の記憶術は映像方式で、特定の映像と出来事を結びつける。
誰かに教わったのではなく、モスクワでメモをとれない状況でロシア人から
話を聞き、それを大使館で暗号電報にして送る作業を続けているうちに
自ずから身につけた癖だ。

ある時この記憶術を陸軍の中野学校出身の某氏に話したことがある。
「佐藤君。それは甲賀の忍者の記憶術じゃ。
中野学校では甲賀忍法を応用した記憶術があった。
文字や地図、写真は比較的正確に再現できるが、表の数字は出てこない。」
このやり方は、数字にはあまり適さない。

イスラエル政府に記憶力の抜群の友人がいた。
「数字をどう記憶に定着させたらよいか」と尋ねたら、この友人は
「僕の場合も基本は映像記憶だ。数字は見ただけでは記憶は難しいが、
一回、口に出して唱えると、映像の中にいる自分がその数字を唱えている映像が
音とともに甦ってくるので、試してみるとよい」と言われた。
実践してみたが、確かに効果がある。

獄中のノートやメモは検閲されることがあるので、取調べについて重要なことは書けない。
従って記憶に頼る比率が高くなる。稗田阿礼は文字を知らなかったが、
古事記を暗唱をしていたわけだから、日本人の潜在的な記億は大きいはずだと思い
巡らしながら、取調べ状況を正確に努力をした。
そうすると取り調べ以外に多くの記憶が甦ってくる。
その中でよく思い出したのがソ連崩壊の前後の出来事だ。
特に人間の生き死にに関わる映像がとても正確に浮かんでくる。
6・6平米の空間が時空を超えて無限に広がっていくような感じがする。
ーーー

以上だが、なかなか深い内容である。
私が最近色いろな事を思索するのに使うのは、
夜寝入る時に、理想的な数ランク上の自分に入り込んだイメージを持つ。
そして、翌朝に夢か新しい何かヒントが浮かぶのを待つ。
大したヒントは浮かばないが、それでも私の限界を超えた新しい視点をえることが
可能になる。脳は言葉とイメージが大きな機能である。
その二つと、潜在的な能力を呼び起こすのが脳を生かすコツになる。

・・・・・・・
2004年08月11日(水)
1226, ダイエー 最終局面へ

ダイエーの再建??に向けてのUFJ、みずほ、三井住友銀行が
最終調整に入ったと新聞が一斉に報じ始めた。
・不振の衣料・住居用品から撤退して食品スーパーに特化
・3〜4千億で金融支援を実施して店舗の土地建物の含み損を処理
 再生機構が新設する不動産会社に移し
・一兆円の銀行借入を3〜4千億にへらし、
・大手流通業の支援で早期再建を目指す

ジャスコか丸紅が受け皿になるようだが、恐らくジャスコだろう。
ジャスコは、八百半、マイカルに続いて、再建で大きな収益を上げることになる。
三年前に始まった、オーナー中内功の追放、そしてグループの解体の最終
局面を向かえることになった。

解体過程も、シビアにおこなわれきた。
・コンビニの「ローソン」の売却
・リクルートの売却
・神戸のオリエンタルホテルなどの売却
・銀座プランタンの売却
・今年になって、福岡ドームと、その隣接のホテルの売却
等、すざましいほどであった。
そして最終局面で、再建機構に移管をして、ジャスコか丸紅に投げ売りをするのだ。

自宅の近くに店舗があるため30年来、定点観測をしているが、この数年は
気の毒なくらい商品力が落ちている。マイカルの最終局面に似ている。
折りたたみ傘を買おうとしても、まともな商品が皆無だ。買っても、粗悪品に近かった。
あるメーカーの人に聞いたが、「ダイエーに収めているだけで、その問屋には
商品を卸さない」と言っていた。 死に体であるのは誰の目にもハッキリしている。

ダイエーの華やかな成長過程を見てきたこともあり、
その凋落の姿は何とも寂しいものである。

・・・・・・・
2003年08月11日(月)
859, 「タイムクエスト」
                      ー読書日記−1
ーベンジャミン・フランクリンの13価値観ー
 
この本は一年位前に読んだ本である。
「7つの習慣ー最重要事項」のさらに具体的内容を掘り下げている本である。
『ミッション・ステートメント』に焦点を合わせてある内容である。
先日本棚を見ていて、読んだことに気がついた。中途半端に読みぱっなしということか。
この本と『7つの習慣』を二年前に読んでいて、「ミッション・ステートメント」
を創ってなかったのだからいい加減なものだ。

何かの「良」がこの「最良」を阻んでいたのだろう。

この本の中のベンジャミン・フランクリンの13価値観が面白い。
これを元に著者のハイラム・W・スミス が自分の憲法を創っているが、
それは次回に書く。それと13の価値に対する自己評価もチェックしてみる。

ーそのフランクリンの13価値のところを書き写してみる。
 
 ベンジャミン・フランクリンが22歳のときに自問自答した。
「私の人生で大事なことは何だろうか?」
この時から、彼は12の価値観と考えを進めていく。

 そしてその一つ一つに説明を加えていく。その結果次のようなものが出来上がった。
初めは謙遜がなかったが、あるクエーカー教徒の友人に見せたところ、その友人は
最後に謙遜がないことを告げた。

 フランクリンに対して彼は親切にも彼が、高慢な人間だと一般に思われていることを
教えてくれた。いくつかの例を彼はいちいち例を挙げて説明してくれ納得した。
そして、最後に英語でわずかに4語の説明文を加えている。
「イエスおよびソクラテスに見習うべし」
(ImitateJesus and Socrates)
彼は自分の生活を13週に分けて、一週ごとに13ある価値観の一つずつ焦点をあてて、
自分の行動が価値観にあったものになるよう努力したという。

 78歳のとき、彼は回顧録にこう書いている。
全体的に言えば、かねてから願っていた完璧さには到達できず、それより
はるか下にとどまってしまったが、どの努力をしない私と比べれば、より善良な人物になる
ことができた」

「謙遜」については、率直にこう言っている、
「私はこれを体得したと自信を持って言えはしないが、
         その見かけがそれなりにできたと思う」

ーベンジャミン・フランクリン13価値観
1、節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。
2、沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。
3、規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。
4、決断  なすべきことをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。
5、節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。
6、勤勉  時間を浪費するなかれ。つねに何か益あることにしたがうべし。
      無用の行いはすべて断つべし。
7、誠実  いつわりを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。
      口に出すこともまたしかるべし
8、正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与えうべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。
9、中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、
      激怒を慎むべし。
10、清潔  身体、衣服、住居に不潔を許すべからず。
11、平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。
12、純潔  成功はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、
  身体を弱め、また自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。
13、謙譲  イエス及びソクラテスに見習うべし。

 ・・・・・・・・・・・・

「TQ―心の安らぎを発見する時間管理の探究」
ハイラム・W. スミス (著), Hyrum W. Smith (原著),
ーレビュー
ユタ州でコンサルティング会社のCEOを務める著者のハイラム・W. スミスは、
ベンジャミン・フランクリンから強い影響を受けた人物で、アメリカ社会の時間管理に関する
洞察に満ちた見解を本書で展開している。
「生活の慌しさは日々増していくばかりである。
単調な日常業務に急き立てられ、私たちは一心不乱に走ることを余儀なくされるが、
結局は一つ所に留まっているに過ぎない」。
時間と出来事の、ひいては生活のコントロールを取り戻すために著者が行う提案は非常に
興味深く、目標の設定、計画的行動、そして安心領域からの脱出について示唆を与える。
著者の鋭く焦点を絞った管理についての複合概念は、
「心の安らぎ、すなわち充足や幸福が最高潮に達した感覚」
に到達することを目的とした「出来事管理」を実現するための素材ともなっている。
因みに、著者が経営する会社のセミナーや製品の推奨文句は不要であろう。
内容(「BOOK」データベースより)
本書の大きな特長は、時間管理を出来事管理と捉えることにより、生活のコントロール度合を
高める点にあります。
そして、人間の行動を基本的な欲求のレベルまで掘り下げ、単なる効率だけを考えた
時間管理では決して味わうことのできない、永続的な「心の安らぎ」を獲得することが
できるとしたのです。

・・・・・・・・・
2002年08月11日(日)
484, 思い出のメロデー

お盆近くの土曜日になると毎年恒例の「思い出のメロデー」である。
34回というから、私が20歳代前半からになる。

初めからチャンスがあれば必ず見ていた。
幼児の頃から街のど真中で育ったせいか流行歌が常にあった。
その為その歌ごとに思い出が深い。

生番組の素晴らしさは、歌手も失敗を許されない真剣さと今という共時性がある。
この生番組の中にそれぞれの人が自分の歴史ー自分史を見ているのだろう。
昨日は前半は昭和40年代のポップスが中心であった。
丁度自分の青春時代の歌で感慨が深かった。

40年代はポップスの全盛時代で、もうこれだけの名曲が出ることはないと
いわれている。時代が高度成長期でその雰囲気がその歌をつくりだした。
歌を聴きながら、本当によい時代に生きることが出来たと感謝している。

自分の人生を一言だけでいうと、「恵まれていた」である。
特に時代背景がよかったことを歌を聴いていてつくづく思った。
今回見ていて、いつもの常連が多く出ていなかった。
時代の変化なのだろう。

・・・・・・・・
2001年08月11日(土)
[105] 写真コーナーが移転

不調だった今までのコーナーを廃止、あたらしいソフトで再出発することになりました。
デジタルは便利の反面、今までの苦労が一瞬で消えうせるという恐さがある。
あれだけデジタルカメラを持ち歩きうつした写真が、全て跡形なく消え去ってしまった。
まだ出始めで総数が少なかったが、一年も経った後だったら大変な事だった。
写真コーナーが壊れてからアクセスが半減してしまった。
ーーーー
二時間散歩、夜半大雨のためか花が綺麗だ。
これも土手で誰かが趣味で育てた花だ。
二時間の間にそのような場所が10カ所以上ある。
あと一月経つとコスモスのトンネルが出来る場所に花が咲く。


2320, 「朝青龍」問題について −2

2007年08月10日(金)

               ・д・)ノ〔● ォ'`ョゥ○〕
これほど、単純だが困った問題はないだろう!
朝青龍は大相撲の世界で5年間も君臨してきた。
一人横綱を張っていたこともあり、その実績から少々の我侭も見逃されてきた。
ところが、情報化には彼も勝てなかった。
仮病疑惑のサッカーの映像が放送されたからには言い逃れができない。
また相撲協会も彼を庇うことはできない事態になってしまった。

相手は世論である。そして実質の引退勧告をしてしまった。
これで本人は土俵に立つことも、他の力士に合わせる顔がない。
このまま大相撲に残ったとしても、全ての力士から
 「引退勧告されて無様にも出てきたモンゴル野郎」
でしかない存在に凋落したのだから、ノイローゼになって当然である。

辞めてしまった力士など日本では誰も相手にしない。
辞めるに辞められないが、残っても「無様な恥さらし野郎というレッテル」は、
もう取ることはできない。 悩むだろうし、死にたくなるだろう。
モンゴルの英雄も日本で大横綱と言われいればこそ成り立つので、
これで辞めれば英雄も、単なる国辱ものでしかない。

ー彼の心の内といえばー

「一人横綱を利用して今まで何度も仮病で同じことをしたのに、今回は何で?
 あの映像が、拙かった!あれさえなければ!畜生め、あれさえ出なければ・・」

「俺のやってきた結果は、こんなことで全てフイになってしまったのか?
 それにしても俺も好き放題してきた!強ければ全てが許されると信じてきたが、
 どうも今回は、それまでのツケが一挙にきた、それも取り返しがつかない事態だ」

「辞めればいいだろう!と思っていたが。いざ窮地になると、辞めてしまえば
 自分には何もない。妻さえ呆れかえって国に帰ってしまった。どうにもならない!」

「いろいろと回転木馬のように頭の中を走っている。 解決などない、
 あるのは時間である。ならば、この状態を続けるしかない。
 モンゴルに帰るには引退しかない。 ただジッとしているしかない!」
 というところだろう。

 実際のところ、どうしたらよいのか?
誰かが、この男に、こう忠言すればよいか?
「『悟るとは、平気で死ぬことではない、実は平気で生きることである』
と、恥を恥として割り切って、嘲笑の中で勇気を奮って、
相撲を取れるだけ取るしかない。それが大横綱への試練である。
人生の中で多かれ少なかれ誰でも経験すること。それが早く来たと割り切ること。
ここで辞めれば、ここまでの男でしかない!時間が全てを解決する」
高度過ぎて、無理か!この程度の男には。
 ある精神科医が『心の全身骨折』と言っていたが、
  本当に言いえて妙である! 
下手をすると、立ち直れないかもしれない危険もある。

          バ━━ヾ(●′ω`)ノ━━イ
・・・・・・・・・
2006年08月10日(木)
1955, 片づけられない女−1
             \(^▽^*)おはよう
昨日、昼休み何げなくTVをつけると、
「TV史上一番の片づけられない女」
    というタイトルが出てきた。

ある30代の女性の部屋をレポートするもの。
チャンネルを切り替えようとしたが、
どれほど酷いものか見ることにした。

    1DKのドアを開けて一歩踏み込んで見て、
    驚いたなんでものじゃない。
    部屋が足の踏み場の無いゴミ箱である。  (/\)
    玄関のすぐ右に台所があるが、流台の高さまでゴミが積みあがっている。
    かろうじて、冷蔵庫を掻き分けるようにして開けると、
    4年前の食品が、そのままある。
    冷蔵庫の上の生卵は、一年前のもの。

奥の8畳位の洋間に行く通路はゴミで、うず高く埋まっていて、
1mごとに足の踏み場の空間があり、そこをジャンプしながら部屋まで行く。
   (∵)
00/││\  
  < │
部屋は、中央に布団が敷いてあり、布団の半分はゴミで隠れている。
部屋はゴミの山で埋もれている。
その殆どが、食べた後のゴミを丸めたスーパーの袋で埋まっている。
4年間、一度も掃除をしてないという。
                    (>_<)                       
    臭い感知器で測ったところ
    その部屋は425の臭さ(普通の部屋で25)。
    ラッキョウは125で、腐った豆腐が500である。
    ほぼ腐った豆腐の臭さで、本人は慣れてしまい平気である。
    部屋の窓は2年間、一度も開けたことが無いという。

本人は「仕事のストレスなどで全く片付ける意欲がわかない」という。
精神科の医師がインタビューで、
「最近の20・30歳代のキャリア・ウーマンに多い」と言っていた。
ストレスが原因で、ゴミが更にストレスを加速させているが、
これが病気だから手の打ちようがない・・

    そこで、TV局が呼んだ‘片づけのプロのオバサン’がやってきた。
    しかし、そのあまりの酷さに唖然とした。
    先ずはゴミの搬出、その量が何と二トントラック一杯。
    お手伝いオバサンが4人加わって、掃除と後片づけをするのに
    10時間もかかった。

    以前、行きつけの店のママの紹介で、
    ある女性が店を出したいと相談を受けたことがある。
    ところが、偶然にその人を知っている人がいて、
   「あの女が店を出す!冗談でない。
    自分の行きつけの店のママが部屋に行って、
    その部屋の汚さに開いた口が閉まらなかった。
    そんな人間が店を出して上手くいくわけがない!」
    と吐き捨てるように言った。

「絶対に出すべきでない。
一軒の店を出すのに、最低で10年をかけなくては駄目!
そう甘いものではない!」と、忠告をした。
しかし、本人その気になり開店準備を始めたが、
開店前に頓挫をして・・、
その後は行方不明と聞いている。

       それにしても、昨日のあれは 
       ひ・ど・い!
       他人のことを、いってられないか?
       多かれ少なかれ、潔癖症の人以外は、
       何らか似ているところがあるだろうが。

我が家は、二人の持ち場を決めていて、
その範囲は、自分が片づけをしている。
(掃き掃除・拭き掃除は家内だが)
・居間と、寝室半分と、仏間と、風呂場と、倉庫は私の持分!
・台所と、玄関、元・子供部屋・二室(現・物置?)と、化粧部屋と、
 家の外回りは家内である。そこは??

    何時も家内と喧嘩の原因は、掃除である。
    お互いに共通しているのは、生まれて結婚するまで、
    お手伝いがいたこと。
    自宅は、常にチリ一つ無かった。
    私の独り暮らしの経験は10年、
    部屋は清潔に保っていた。
    
 昨日のTV欄をみたら、「片づけられない女」とタイトルにあったから、
 その内容に自信があったのだろう!
 恐らく、数百万の家庭で夕飯の団欒の話題になっただろう。
 「うちの部屋は綺麗に片づいている」と。
 
 居間が、これまでと違い、凄く清潔に見えてきた。
              −つづく               
                    \(^▽^*)バイ!
・・・・・・・・
2005年08月10日(水)
1590, 自民郵政解散の攻防−4

昨日の全ての大新聞の一面で、各社政治部長が郵政解散の論評をしていた。
なるほど、それぞれ一理ある。思ったより小泉首相に厳しい内容が多かった。
賛成反対の両者を配慮しなければならないためか、思い切って書けなかった
こともあったようだ。

小泉の前の談合的な政治手法では思い切った改革は不可能に近い。
独裁的な政治手法しか改革を断行できないのも事実としてある。
また小泉首相のアメリカ大統領型の選挙で直接国民に問う手法は時代に合っている。
自民党をぶっ潰すだけでも、この解散はよいが、果たしてどうなることか。
あと一ヵ月後に歴史的場面?に立ち会うことができる。

それにしても、民主党が政権とるつもりでいるらしい。
反自民党という意味で、本来は民主党支持なのだが、
今回のように敵失を待って自らの郵政改革案も出さないのは実におかしい。
消去法からいっても民主党は論外とすると、やはり小泉自民党は有利になる。

「新党」構想も早くも失速?始めたという。
自民党の郵政民営化造反組の間でささやかれていた「新党」構想が、早くも失速。
解散前までは「同憂の士で新しい流れを作る」(平沼赳夫)などと威勢が良かったが、
ふたを開けると、「公認されないなら無所属で」の声ばかり。
小泉政権の終息も見越して、いつでも復帰できるように身軽にしておきたい、
という情けない有様である。

衆院本会議で反対票を投じた衆院議員37人と参院採決で反対した参院議員22人を
加え新党を作れば、60人近い勢力になる。
新党結成で、新政権作りのキャスチングボートを握る戦略をとればよい。

ところが解散・総選挙が決まると、
・綿貫が「あくまでも自民党を愛している。このまま自民党で頑張っていきたい」
・野田聖子元郵政相も「『自民党の野田聖子』を自負している。
 公認してもらう努力はしたいが、(だめなら)無所属で出る」
・「自民党が嫌で別の道を歩もうというのではない」(亀井久興元国土庁長官)
・亀井静香元政調会長まで
「新党にすぐ飛びつくことはしない。自民党公認で選挙をやりたい」という様だ。
 それだけのタマはいないと改革派にバカにされていたが、その言葉通りである。
 
選挙結果次第では小泉が退陣に追い込まれる可能性もあり、簡単に新党はつくれない
事情もある。
来年9月には小泉首相の党総裁としての任期が切れるため、
「小泉が降りれば、また一緒にやれる。政党にしてしまうとやっかいになる」
というから、哀れを越えて惨めに見えてくる。
無所属で隠れて上手くいけば当選しようという魂胆である。
実質、負け戦を自ら認めた結果である。

昨日の昼のワイドショーで、藤井と小林とかいう反対派の(元)代議士が
猪瀬氏に質問攻めにあい、必死に弁明をしていたのが哀れであった。
TVは真実をそのまま映像に映し出す。

ーーーーーーーー
昨日の産経新聞の「産経抄」がよい。
 −−
ー産経抄ー

今回の解散をなんと名づければよいのか。
参議院での「郵政民営化法案」の否決が引き金となったのだから常識的には
「郵政解散」だろう。反小泉陣営からは「腹いせ解散」「自爆解散」といった
呼び名も聞こえてくる。

▼確かに、法案に反対した議員を公認しない姿勢を崩さなければ、
自民党は分裂選挙を迫られる。それでなくても、平成十五年の総選挙の比例代表、
昨年の参院選では民主党に敗れている。
怒りにかられて、討ち死にを選んだ「狂気の沙汰(さた)」と見えなくもない。

▼それでも、あえて首相の胸中を推し量れば、「勝機がある」とみているのではないか。
現状のまま自民党が政権を維持しても、もはや構造改革の継続は不可能である。
むしろ、反対派を振り落として、「古い自民党をぶっ壊す」ことを国民に
アピールするほうが得策、と考えたのかもしれない。

▼首相に甘い見方との批判もあるだろう。
ただ、総選挙の争点が小泉改革か、反小泉か、という図式になれば郵政民営化問題で、
洞ケ峠を決め込んだ民主党の存在感が薄まる可能性は十分ある。

▼首相が、戦国時代の既得権益のしがらみを打破した革命児、織田信長に、
自らを重ね合わせていることはよく知られている。
解散の署名を拒否した島村農水相を罷免して兼任するという、史上例のないやりかたは、
信長の延暦寺焼き打ちを思い出させもする。

▼首相にとって、九月十一日に投票を迎える総選挙とは信長が
「人間五十年、下天の内を比ぶれば夢幻のごとくなり」と
幸若舞(こうわかまい)を舞って出陣した「桶狭間の戦い」か、
身内の謀反で倒れた「本能寺の変」か。
平成の天下分け目の戦いは、戦後六十年、自民党結党五十年の節目の年に
起こるべくして起こったともいえる。

・・・・・・・・・・
2004年08月10日(火)
1225, つれづれなるままに

・先日、インターネットの[アマゾン]で中古本で買おうとした。
フッと思いついて、近くの図書館のHPを検索にかけたところ、その本が有った。
図書館で、買った本を、時々見かけることが何度かあった。
その時、「インターネットで調べることが可能なはずだが」と思ったのだろう。
お金は少し注意すれば使わないで済む。情報化は、無駄を省いてくれる一例である。
不景気になるはずだ。

・宿泊で、駅から一番離れて不振であった第三シングル・インが最近よくなってきた。
インターネットで見て、泊まるお客が増えたからである。
地理的に少し離れた第三を割り引いているからだ。
ーインターネット上では、各ホテルは割引価格を出しているのを、
お客はそれを知っている。
インターネットを使いこなせるかどうかの情報ギャップがますます大きくなっている。
もう数年で、携帯電話やモバイル・パソコンで生中継の野球を見る時代が来る。

・心の帆
「得手に帆を上げよ!」という言葉がある。
人間の運命を決めるのは 心に張られた帆である。
それも得意の帆を立てることだ。
しかし、我々を動かすのは、決して帆だけではない。
「時代の風」である。
風はその時代ごとに、向きも場所も変わる。
今は情報化と、デフレと、グローバル化いう風が吹いている。

・・・・・・・・
2003年08月10日(日)
858, 縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ

 一昨夜、飲んだ相手は今年になって一生に一回有るか無いかの大きい事件が
二件たて続きに起きた。そういうものだ。
あと一回は覚悟しておいた方がよいのではと忠告をした。

ホテルの立ち上げを創めると、必ずといってよいほど普段なら起きない事件が次々に
身辺におきる。本当に不思議なものだが、波動が高くなっている為だろう。
「縦揺れ、横揺れ、斜め揺れ」となずけて、その波乗りを楽しむ位でないと
神経をやられてしまう。創めたからには突き抜けなくてはならない。
その三つが同時にくることがあるが、これは縦、それは横、あれは斜めと冷静にみれば、
こういうものだと腹が据わるものだ。

縦揺れは仕事の中の揺れ、横揺れはプライベートの何か、斜め揺れはそれ以外の中でおきる。
こんなもんだろうと、直視しながら一つずつこなしていくしかない。
それも一つ一つが極限の出来事である。

 そしてピークの出来事が重ねてやってくる。それは経験を重ねると見極めがつく。
それは「もう駄目だ!」という限界につきあたった時である。
同時に「ああ今回はこの程度か!」と心の奥の声がする。
遵って仕事をいかなる場合でも楽しもうという意志がなければならない。
これは仕事だけでなく、人生一般にもいえる事である。

一昨夜は以上の話をした。それまでは順調な人生を歩いてきた人だ。
神様は必ず平等に試練を与えるものだと最後は説教調になってしまった。

・・・・・・・・・・・
 2002年08月10日(土)
483, 経営セミナーにて  −2 

30~40代にかけて県外のセミナーに100回近くいった。
それでこのレベルだから、大して有効に働かなかったが。

しかし人生訓にしろ、いろいろ勉強になった。
2000万?はつかった。
しかし土地を二回転がし,すぐ元はとった。
そういう事だけはクールだ。

ある時解った、これはレジャーだと。
レジャーと割り切っていたほうが逆に情報を受け取る事ができる。
副産物として井の中の蛙の自分を確認できることだ。
地方にいるとどうしても王様蛙になってしまう。

結構面白い人に多く会えるのも収穫だった。
全国各地では、その地方では名士様がくる、それがよい。
地方にいると、そういう人を仰ぎ見るが、別にどおって事ががない。
自分のテリトリーの狭さがよく判る。
常に意識をメジャー(全国区)において置かないと、経営判断が鈍ってしまう。
トノサマガエルはマイナー世界を自覚できない人の喩えだ。

情報の宝庫だが、それを噛み砕き自分の知恵に変えなくては全く
価値はない。どうしても噛み砕けず頭でっかちになってしまう。
それでここ3年は行ってないが。

・・・・・・・・・
2001年08月10日(金)
[104] 自己不認識

いま感じているのは自分自身への目のミスキャストである。
同年の人と会うとお前も年をとったなー、と言ってくる。
ところがその二倍の言葉を返したいほど、その相手も老けている。
その人の自己認識が全くないことが解るから、そのことを言えない。
ブラックジョークである。

こういう人に(自己客観かのできない人)
「貴方は女性にもてるでしょう」と言うと、得意満面で女性遍歴を話し出す。
女性にもてるとは、解りやすい事例でいうと、
女性環境に恵まれないからスナックに行って、ママかホステスに必死に尽くした結果、
チヤホヤされる。それを表面だけ見ていた人が誤解すること?

知人に何人かその結果(離婚とか自殺)、家庭内が目茶目茶最悪の事態に陥って、
今もそのプロセスを踏んでいる男がいる。
男の何人に一人は、ある時期こういう事態を経験しているのだろうが。

ある往年の大女優が随想で「45歳を境に急な坂を転げ落ちていくように、
美容も肉体もおちていく」と書いていた。
女性の場合自覚するが?男の場合,気がつかないから恐い。
  まあ、どうでもよい話だが。


2319, 5次元世界が存在する?

2007年08月09日(木)



   ヽ(★>з<)。o○[ォハヨ]○o。(>ε<☆)ノ
        
何かSF的な話か、新興宗教の本に出てくる異次元の話が、
たまたま見ていたNHK・TVで放送していた。
「エッ、何?」と注目してみた。
あと数年もしないうちに「『5次元の世界』が発見される可能性がある」という。
来日中の理論物理学者のリサ・ランドールがNHKのアナウンサーと、
朝から異次元を語っていれば、私でなくても誰でも驚くであろう。

彼女は、いま全米が注目する物理学会のニューヒロインで、5次元世界の提唱者。
加速器を使った粒子の衝突の実験で、消えてなくなる素粒子が存在することから、
その理由を探しているうちに5番目の次元に移動するのでは?と、思い至ったという。
5次元の世界は私達が触ったり、感じたりはできないが、物理的には必ず存在するという。

3次元空間の中にスライスされた2次元の平面(膜)が無数にあって、
その膜のひとつに私達や銀河が張り付いているようなイメージという。
これは「超弦理論」の「M理論」に非常に似ている。 M理論とは、
「プレーンとプレーンの間は唯一重力が伝播されていて、あるときプレーンとプレーンが
何かの要因で接触すると莫大なエネルギーが解放されてビッグバンが起こり、
新たな宇宙(プレーン)が発生するメカニズムを理論化したもの」
M理論は11次元の超重力理論であり、ランドール博士の5次元宇宙と何処が違うか
私の知識内では理解できない・・

ランドールは子供向けに数式を使わずに「ワープトパッセージ」という本を書いていて、
全米の科学分野でベストセラーになっているという。

20年位前に、NHKがシリーズで壮大な「宇宙」についての番組を放送していた。
その中で、「ブラック・ホールが周囲の星など何もかも吸い込んでしまうが、
その宇宙の歪みからできた穴の行き先は、この宇宙とは違う宇宙に通じている。」
という説を紹介していたが、それにも通じるのかも知れない。
その時、その別宇宙への目に見えない管が我々周辺にも満ちている、と。

それにしても、数年以内に5次元世界の存在が証明される?
現実的には信じがたいことである。
発見されれば、科学にとって、いや人類にとって衝撃的ニュースになる!
別宇宙の空間が我々の周辺に満ちている?そんなバカな!
                          (≧∇≦)ノ~~~マタネー
・・・・・・・・・
2006年08月09日(水)
1954, ある首斬り役人の日記 −1
           (\ Y /)(\ Y /)オハヨウ!         
                     −読書日記
 ある首切り役人の日記
       フランツ・シュミット/ 訳・藤代幸一  白水社
 −そろそろ、お盆! 少し背筋が凍りつく内容もよいだろう!ー

何気なく図書館で借りてきた本。
少し気味悪いが、人間の極限における生々しい姿が書かれている・・・
初めは事務的に時系列の処刑の記述が、時間が経つにつれて具体的に
リアルになっていくのがわかる。 
しかし汚職とか、政治闘争の結果の死刑は見当たらない。

    16世紀に実在した、死刑執行人の日記で、自分の仕事内容を記録したもの。
    16世紀末から17世紀初頭にかけて、ドイツで刑の執行を行った親の代からの
    首切り役人フランツ親方の日記で、剣と綱で生涯に361人の処刑をした。
    他にも鞭打ち・指切りなど死刑以外に、彼の手にかかった処刑者は345名である。

彼は日記を書くにあたり、極力個人的感情を入れないようにしている。
だから真に迫ってくる。1~298まで、それぞれの犯罪と死刑の方法を書いている。
そして年末に、その年に処刑した合計数が書いてある。
日記と言うよりは記録の書といってよい。

    ・犯罪の種類として、追い剥ぎ、泥棒、殺人、嬰児殺人、同性愛、
     近親相姦、詐欺、教会からの窃盗(罪が重い)・・・ 。
    ・刑は、
     打ち首、絞首刑、車刑、火刑から、追放刑、むち打ち、腕の切断、
     指の切断、耳の切断等々、現代からみれば残酷のものが多い。
     当時はこれは当たり前の処刑であった。
     権力者の見せしめの意味が大きかったのだろう。
     
 死刑の中で、首切りは苦しまないで瞬時に絶命するので一番望ましいものだった。
 お慈悲により首切りの刑に処したと、ところどころにある。
 犯罪も、どこの町や村に住む人が、いったん暗転をしたとき、
 こうなるに違いないドラマを、そこにみることが出来る。

    この原書は、首切り役人・フランツ親方の日記である。
    散逸してしまったものを掘り出して公にしたのが、
    同じニュルンベルクに生まれた法学者のフリードリヒ・フォン・エンターである。
    かれは1764年生まれ、1789年に法学博士となり、弁護士を開業している。
    この書により、当時の社会の庶民の姿が垣間見れる。
    グリム兄弟などの当時の作家が、この本を見て幾つかの作品のヒントにしている。

話は変わるが、吉田松陰の処刑の逸話がある。
それまで悟り済ましていた松陰が、いざ首切りの時に、
恐怖で転げまわったりして抵抗したあげく押さえつけられ、
やっとのこと首を落とされたという。
人間的でよいが・・・
 ーー        
‘何故、わざわざ気味の悪い本を読むのか?’ですかって。
400年前の、ドイツの生々しい人間の叫びと、
庶民の哀しみの姿が垣間見ることが出来るからだ。
またフランツ親分の首切り人生を通して、
一人の男の背後に控える膨大な闇が見えてくる。   
次回は、その日記の幾つかを抜粋してみる。      
                     ーつづく
         ヾ('c_'ヽ,,)*.:      
・・・・・・・・・
2005年08月09日(火)
1589,自民郵政解散の攻防−3

ついに郵政解散が決まった。戦後60年の最後の総決算の選挙になる。
亀井派と元橋本派の一部が、自民党から出て新党を創りざるを得なくなった。
まあ、良いことである。

今度の選挙は、自民党が前の数字に近い当選で勝利するだろう。
その勝利の勢いで郵政の法案を通すのが望ましいが、予測不能である。
歴史に残る選挙になる。民主党も、現状維持が精一杯だろう。

新党を結成した旧守派の多くは世論の攻撃で消滅していくだろう。
その意味で、今回の結果はむしろ小泉にプラスになる。
もともと、消滅しているはずの自民党が、
小泉の「改革というお題目」で存在していただけである。
その本丸の郵政改革を潰してしまえば、自民は消滅するのが当然である。
但し、反対派を民主党と旧守派を敵対にすれば存続しえるはずだ。

それに、道路公団などの談合などが大きな追い風になる。
情報化は、根本から世の中を変えてしまったのだ。
予想以上の自民党大勝か、民主党への政権移行か?
民主党は、郵便局の労働組合に縛られて正論がはけないのが致命傷だ。
あの党首、首相の器?

・・・・・・・・
2004年08月09日(月)
1224, 広松渉ー哲学について −26

広松渉の「新哲学入門」を私が理解したレベルで書いてみるが、内容はかなり難しい。
しかし、これを理解しないかぎり現代の哲学を語ることができない。
簡単に加工可能なデジタル社会の現在、存在・認識・実践そのものを
根底から考えなければならない時代になっている。

荘子の[胡蝶の夢]で、蝶になった夢から醒めた男が
「醒めた自分こそ蝶が夢をみているのではないか」。
「蝶が人間になった夢が現実」とすると、見えている事実は脳内の作用でしかない?
TVドラマの世界に入り込んでしまい、現実をむしろ虚構と思い込んでしまう可能も
ある時代である。

この書は、認識、存在、実践の近代的世界観を根底から批判しているが、
最後の章の
「実践するとはどういうことか」から、感想と印象的な文章を書きだしてみる。
  −−−−−−−−
  
 第三章 実践するとはどういうことか
   第一節 行為の存立構造
 
 行為の存立構造の、糸口として、演劇(芝居)を喩えのモデルとしてすると
構図が見えやすくなる。社会学では、役割行為論がスポーツ・モデルが展開
するケースが多く見られるが、演劇モデルを取り上げる。
                           *ー私の感想である
 ー人生劇場の舞台
人生劇には、舞台的場所や道具的与件があり、総じて幕場的状況がまずある。
−−神といった超越的「劇作家」の存在を考える立場もありますが、
これは暫く括弧に収め、[即興劇]ということにしましょう。

人生劇では[舞台]が大変に広く、観客席や楽屋までが舞台であり、
観衆や裏方も俳優に導入される。
舞台的場面は、自然的環境と社会・文化的環境とに二分して考えるのがふつうである。

*人生を徹底的に、舞台劇場として自分を醒めた目で書き出してみると、
全く違った見方ができるだろう。長期的将来の計画をたてるのは「劇作家」の
存在の視点であろうし、現在は過去の自分という劇作家の結果ともいえる。
何も考えず惰性に流されて生きている人もいるが。

ー行為の共演性と役割存在
行為という時、一個人だけで自己完結的であるように扱われるのが常套です。
いわゆる集団の行為といえども、個々人的行動の代数和のように扱われがちです。
確かに単独行為があるが、舞台的・道具的条件なるものからして、他人たちの
介在によって初めて成り立ちます。・・・・・・・・・

今、例えば、農夫が孤独に畑を耕しているとします。
畑は彼自身が拓いたものではなく、農具も彼自身が作ったものでなく、
農耕動作も彼自身が案出したものでありません。いずれ他人が作ったものです。
行為は、本質的には、協演的存立構造にあるものと看じます。

行為の協演性とは、行為が役割分担ということです。
・・たとえば、[ハムレット]という劇は、先王役、新王役、ハムレット役、といった
まさに「役・割」によって成り立っています。・・・・・

人々は幕場的情況に相応しい仕方で、余程の場合以外は、期待された行動以外は
「ナチュラル」に遂行する態勢を形成しており、共演者どうしはおたがいに相手を
「当方の期待する所作を当然体現する筈のもの」と覚識する。

*劇である限り、何らかの形で行為の協演性がある。行為が役割分担になっている。
それはそれぞれのお互いに期待された役を演じるということだ。
しかし、その中でも、それぞれの個性ー主体がある。

ー役割行動と「内自的主体」

・あれこれの[役柄]衣裳を脱・着する本体的主体とは、いかなる存在でしょうか。
さしあたり、[役割]を身にひきうけて所定の様式行動を演じる[俳優]本人です。
しかし、、芝居の俳優には舞台外の生活があるが、人生劇場の「俳優」
には[舞台外生活]はない。全てが[舞台生活]ですから話が厄介になる。
裸の当の固体は、単なる肉体的・物質的固体ではなく、‘魂’を内在せしめている
いる個体と認めるべきかもしれません。が、しかし、‘魂'とやらを認めても、
直接的な外部観察では当人の‘魂’の個性的な特徴は見えません。
他の諸固体と区別をする特質を‘魂’とやらに求めるわけにはいきません。

役割的行動とは、図式化していえば、おのおの内自的特質を具えた人格的主体が、
幕場的情況の場において、終局情景的目標を設定して手段的行動様態をつくりつつ
[決意的起動]を遂行するが、当の目標行為は、ただ単なる対自的な
[目的合理的行動]ではなく、[共演者たち]によって期待されている行動
[対他的「役割行動」]でもあるのが現実です。
そもそも[内自的に個性的な人格]とは何であるか、その人格性とは何であるか。

*要するに、期待に対する役割行動の中には演じる俳優が存在しているが、人生の場合は
それが同一の自分である。
それ故に、多くの問題が提示される。
俳優個人を‘魂’とやら、いうのか?
といって、その俳優を‘魂’とみれば、その個性ー固体を区別ができなくなる。

ーー以上が、行為の存立構造の概略である。

人生を、人生舞台に例えて、そこで演じる自分の役割と舞台における幕場(シーン)で
人間の実践における行為を解りやすく、説明をしている。
女の人生をみても、
幼女、少女、若い女、妻、中年、老女と、その時々変わっていく。
そして役割(学生、ギャル、妻、母、祖母)も、その都度、変化をしていく。
そして、同時に共演者も変化をしていく。 それが人生である。

この[新哲学入門]を読んでいると、覚せい剤を飲んだような?
意識が覚醒してくるような気分になる。
  次は、[実践と価値評価]についてである。

・・・・・・・
2003年08月09日(土)
857, 閑吟集-チロリチロリチンチロリ

 よのなかはちろりに過ぐる ちろりちろり (49)
 何ともなやのう 何ともなやのう うき世は風波の一葉よ (50)
 何ともなやのう 何ともなやのう 人生七十古来稀なり(51)
 ただ何事もかごとも 夢幻や水の泡 笹の葉に置く露の間に あじきなき世や(52)
 夢幻や 南無三宝 (53)
 くすむ人は見られぬ 夢の夢の夢の世を うつつ顔して (54)
 何せうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ (55)

 ー 大意ー
世の中は、ちらっと、瞬く間に過ぎる ちろり、ちろりと。
浮き世は「風波の一葉」でいいじゃないか。古希まで生きられる人間が「古来まれ」
でもかまわない。「水の泡」「露の間」のようなはかない「夢幻」の世。
「夢の夢の夢の」ような世間だからこそ、すべてを肯定して「狂へ」ばいい。

ー数年前にこの「閑吟集」の一節を読んで、この歌の中に流れている諦念と
反面、強烈なエネルギーにショックを受けた。
その翌年の年賀葉書に書いて出したりもした。
またコピーをして、知人に配ったり、手帳にはさんで、この一節を暗記をした。、
そして数ヶ月間近くいつも口ずさんでいた。
たまたまモロッコ旅行の飛行機やバス移動の中で一人口ずさんでいた。
その時の自分の気持ちをそのまま歌にまとめてあるようだった。

 一種の無常観を歌っているし、「ちろりちろり」には茶化したユーモラスな
感じが漂っているのがよい。「ちろりちろり」と人生はあっという間に過ぎて
いくものよと、諦念混じりに笑っているのが心の琴線に触れてくる。

 反面、強烈な現世肯定の歌にもとれた。
「狂う」とは常軌をいっした行動ととれるし、、ある物事に集中する意味にもとれる。
びくびくと、したり顔をしてつまらない一生を送るより、ただひたすらに「狂う」
ように集中して生きろと。この世の儚さをそのままに受け止め、一期の夢と見切る
覚悟があればこそ、人は「狂う」ことが出来るのだ。
読み人知らずの作者が5百年近くの時間を越えて語りかけているようだ。
 
「世間」を「男女の仲」の意味もあり、そう解釈するとまた意味が違って来る。
「ちろり」は、昔、酒を暖めるのに使った、「銚釐(ちろり)」という道具を
連想すると、男女の交わりを暗示していることになる。

=あるホームページの感想文をコーピーした=
ー宇羅道彦の「春風録」
断言命題/現代状況構造分析*「閑吟集」より

 なにしょうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂え  「閑吟集」より             
詩を書いていた若い頃、万葉集から芭蕉までの歌を新潮社の
日本古典文学大系を買い込んで一気に読んだことがあった。          
以来、閑吟集の上記の歌が心に残り、時として口ずさむ。      
最近の世情を見るにつけても、古人のこの歌の心が思われる。    

これを刹那主義と見ては誤るだろう。               
文学者にも、時代背景からして明日をも知れぬ大衆の退廃的刹那主義とする見方もあるが、
くすんだ学者らしい愚かで浅はかな見解である。 
退廃的刹那主義を生きるものに「一期は夢よ」という自覚があろうはずがない。                            
厳しい社会状況において人が見ることを強いられるのは、
平時には日常性の中に隠されている人の生の本質である。            
ここに歌われているのは、苛酷な人生に正面から立ち向かう大衆の心情である。                           
ニーチェはその永劫回帰の思想を「これが人生か、さればもう一度!」
と語ることであらゆる苦悩を含めた人の生の全体を肯定してみせた。 
この歌もまたニヒリズムの地平を突き抜けたところで歌われている。 
「ただ狂え」という言葉はそこにおいて初めて発せられるものだ。  

過ぎた日々や失ったものに執着しこだわるとき人はくすむ。     
ぬかるみを生きる湿った感性である。だ狂うためには振り返らず、
今だけを見つめて生きるあくまで乾いた感性が求められよう。      
ニーチェはこの精神をツァラツストラのなかで<軽みの霊>といった。

・・・・・・・・・
2002年08月09日(金)
482, 毎日が刺激的

下の息子に一昨日、電話をしたら自分の会社が買収されてIBMになるという。
Pwc−プライスウオーターハウスという、世界最大のコンサルタント会社で、
ナンバー2を2倍以上引き離している優良会社。
まさかと思って知人に聞いたら、日経新聞に8月1日に出ていたそうだ。

アメリカ最大の倒産のエンロンに関連して、あのアンダーセンが消滅寸前。
会計部門とコンサルテング部門の二つの部門を持ってることが、
今回のエンロンの事件を引き起こした。
その轍を踏まないように、コンサルテング部門をIBMに売却するという。

全世界に12万人の従業員を抱え、IBMより上と見ていたのに。
二分割して吸収される。入社2年目で本人には全く影響はないだろうが。
外資系は劇的なことを平気でする。初めからIBMに入社したと思えばよい。
しかしあくまで吸収先という事実は変えることはできない。

しかしまたゼロから再教育は最低必要条件である。
本人は長い目でみたら、よい勉強になる。
外資を短期間で二つも経験できるのだから、最大の教育だ。
考え方一つだ!直接本社か、子会社か、関連会社か。
今回IBMのホームページを見て、初めて知ったが
100予仍颪子会社で、関連会社は出資比率で書いてあった。

・・・・・・・・・
2001年08月09日(木)
[103] センチュリーベーカリー

−昭和50年3月〜8月31日ー

ほとんど他人に話した事がないが、焼きたてのベーカリを立ち上げた事がある。
千葉千城台のビルと養老の滝1122号店を立上げ一年、空きビルを埋めるべく
何がいいかみた時、当時団地では全くなっかった‘焼きたてのベーカリー’
に目をつけた。冷凍生地を主体とした焼き立てパン屋である。
商社の東レの子会社の蝶理という会社が、このフランチャイズをやると
いう新聞記事をみて早速やることにした。

東十条にある関連のパン屋に朝4時に起きて、二カ月オープン!
何時ものように、パニックそしてーーー。
素人は初めは良いがある時期がくると、応用が利かない弱点が出てくる。

その時期、長岡の実家で問題が生じ帰ることになった。
第三者の経営委託に切り換え急遽長岡へ。
恐らくあのままやっていたら3〜4年で行き詰まったのではないかと思われる。
しかし若さか今考えてみると良くやったと思う。
苦し紛れで‘開発型委託経営ビル’を造った事になった。

考えてみれば、ジャスコ、いとはん(北陸ジャスコ)、
ビル開発(飲食フランチャイズ+ベーカリー立上げ)、
実家の衣料デスカウント・ハウスと12年近く、
全く未経験の体験の自己配転していたことになる 。


2318, 岸洋子の世界

2007年08月08日(水)

           
            おはよー (((。・-・)从(・-・。) さん!
            
一昨夜、何げなくまわしたチャンネルNHK・BSで、懐かしい岸洋子が歌っていた。
彼女は十数年前(1992年)に亡くなったが、今でも強い印象が残っている歌手である。
番組は丁度半分過ぎていたが、後半だけでも充分に見ごたえのある内容であった。
早速インターネットで調べてみた。後に、その番組の紹介内容をコピーしてある。
波乱に富んだ人生を紹介しながら彼女の、その時々の歌の録画を構成していた。

そのエピソードを聞きながら岸洋子の歌を聞いていると、涙が溢れてきた。
その歌の合間の石井好子と菅原洋一のコメントが好い。
菅原洋一をして「全ての面で、彼女の歌は私の上です。彼女には敵いません!」
と言わせている。 菅原は私の大好きな心の歌を多く歌っている。
最盛期の彼の歌は絶品であり、魂から迸る叫びを感じた。

菅原洋一のコメントを聞いて、彼女の一曲一曲を改めて魂を込めて聞いてみると、
なるほど彼より上、というのも謙遜と思えなくなる。
彼女が死の病を抱えて開いたステージの歌があった。
命を賭けた魂の歌とは、このことか!と、思い知らされた歌であった。
石井好子の彼女への言葉、
「一流の歌い手とは、歌に命を賭けています。命を賭けた歌は、声がかすれようが、
その心は相手に伝わるものです。彼女の歌は、それを感じます!」が好い。

好きな人と別れ、その人がパリに行く。
その後、彼女は一日だけパリに立ち寄ったが、彼と会わずに帰ってきた。
パリのタクシーの中で聞こえてきた歌を、日本に帰ってきて自分のものにして
涙ながら歌っている場面があった。 たしか「恋心」だったが・・・
一人の誰かを思い浮かべ感情を込めて囁きかけていたようだ。
その囁きは全ての人にも通じ、奥深く振動する。
そのナレーターの話を聞いた後に、彼女の歌を聞けば誰でも涙が出る。

世の中は、人生は、感動で満ちている。
感じ取れないのは「日常の牡蠣の貝殻」が、コビリツイテいるから。
 たしか、それがバカの壁になってしまうとか?
横に流れている時間に、縦に立つ時間(魂の入った、感動した時間・・)
がクロスする時に人間は活きているのである。
そして、そこに永遠が立ちあがっているのである。
この人の歌を聞いていた時に、永遠を感じていたようであった。

「感動を、子供にシャワーのように浴びせてあげなさい!
それが親の一番の努めです」という。
大人になったら、自分に常に感動のシャワーをかけ続けないと・・
それが自分への一番の勤めです。
                     
                 ~~~ヾ(*'▽'*)o マタネー♪
  ーーーー
{BSエンターテインメント
  歌伝説 岸洋子の世界
 8月6日(月)BS2 午後7:45〜9:15}
日本の歌謡界に大きな足跡を刻んだ歌手の魅力に迫る歌伝説シリーズ第6弾。
本格的クラシックの世界から転身し、日本のシャンソン界に独自の世界を築きあげた歌手、
岸洋子。オペラ界のプリマドンナを目指しながら病に倒れ、病気と二人三脚の歌手人生を
歩み、その卓越した歌唱力で人々を魅了した。人生の哀しみ、痛み、辛さなども歌い、
大人の女を表現できる味わい深い歌唱は、根強い人気を集めていた。

岸洋子のスケールの大きさは、日本人歌手の中でも群を抜いていたといえる。
そんな彼女の人間味あふれる歌手人生を丹念に紐解いて行く。
 岸洋子の、波乱万丈だった歌手人生の足跡を辿りながら、その人間的魅力なども含め、
縁のある方々の証言とともに歌唱VTRで構成。NHKアーカイブに保存されていなかった、
彼女のNHK番組出演映像30時間分をあらたに発掘、生き生きとした彼女を紹介する。
【代表曲】 「夜明けのうた」「希望」「恋心」「今宵あなたが聞く歌は」
「黒い鷲」「ラストダンスは私と」 「枯葉」「群衆」「わかっているの」
「想いでのソレンツァーラ」 など (※紅白出場7回)
       
 ーーーーーーー
 
2006年08月08日(火)
1953, ローマから日本が見える−22
        Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
                    ー読書日記ー
第九章 ローマから日本が見える −2
ー「ゲルマニア撤退」を決意 ー

アウグストゥスの政策の中で唯一の失敗は、ゲルマニア地方への遠征であった。
カエサルの定めたローマの基本防衛はライン川であった。
しかし、彼はその基本ラインをライン川より更に東にあるエルベ河に移そうとする。
    アウグストゥスがカエサル暗殺後の内戦に勝ち続けることができたのは、
    生前カエサルがつけてくれた優秀な副官アグリッパのお陰であった。
    彼が長生きしていたら、ゲルマニアの遠征は行われなかっただろう。
    カエサルでさえも、「ゲルマニア」は短期の征服はできても、
    長期の征服は無理と見た土地である。
    長年軍事を任せていたアグリッパを失った彼は、現地の状況を充分知らないまま
    遠征プランを立てて実行に移してしまった。

そのままローマがこの地で戦いを続けていたら、帝国はどうなっていたか解りません。
ところがローマ帝国はやはり違った。
アウグストゥスの次の、第二代皇帝ティベリウスによってAC17年、
ゲルマニアからの撤退を決めてしまう。
前任者の方針を破棄するのは難しい、それが創業者であれば尚のこと。
ところがティベリウスは、思い切って転換してしまう。

ーなぜローマ人は法を求めたのかー

ローマ人の「システムとは絶えず補修、改定していくものである」
という思想の表れているのが、法律に対する彼らの態度である。
著者は「ローマ人の物語ー機 廚如⊆,里茲Δ暴颪い討い襦
「人間の行動原理の正し手を、宗教に求めたユダヤ人。哲学に求めたギリシャ人。
法律に求めたローマ人。この一事だけでも、これらの三民族の特質が浮かび上がってくる
くらいである。」

   「行動原理の正し手」とは、わかりやすく言えば、
    何をもって善悪の判断基準にするか、ということ。
    ユダヤ人は昔からの唯一絶対神を信じるコミュニティを出ようとしなかった。
    ギリシャ人はその哲学の象徴的思考を理解し問題意識を共有できる
    都市国家の枠を出ようとしなかった。

ローマ人が宗教でも哲学でもなく、法によってみずからの行動を
律しようとしたのは、ローマ人特有のメンタリティである
敗者も同化するという特質に大いに関係ある。
    ユダヤやギリシャ人に対して、法は違う。
    同じ信仰を持っていなくても、同じ知的レベルでなくても、
    法といういう同じルールを守っていれば一緒に暮らしていける。
    王政の時代から、ローマ人は様々の民族や部族をローマの町に招き入れた。
ーー
私見になるが、
現在のアメリカの強さは、移民をどんどん受け入れて法律で束ねている
ところにあるのではないか?
日本も、島国の特性を活かすために、このまま移民を極力入れないでいくか、
それとも、法律の下、どんどん入れていくのか、決断の時である。
このインターネットの時代、前者を選ぶことは国家の破滅になるだろう。
ローマ帝国の歩んだ道を選ぶしかないが、あまりにも体質にあわない!
日本の未来は厳しい!
私たちの生きた時代が、日本にとって一番良い時代だったのだろうか?                                 ( ^-^)_且~~~

・・・・・・・
2005年08月08日(月)
1588, 自民郵政解散の攻防−2

郵政改革法案で、今日一日は大きなドラマになるだろう。
昨日の日曜日の生のサンデープロジェクトなどのモーニングショーは、
今後の流れに大きく左右する。各局は、ほぼ郵政改革を支持していた。

やはり予測していたとおり、旧守派への弾劾になっていた。
今までの大きな政府か、小さな政府か、の選択である。
民間が血の出る思いでリストラをしているのに、政府はそのままなど
許されるわけがない。いくら国民の民度が低い?といっても、
この程度の判断を国民ができないと思っているのだろうか。

日経新聞をはじめ、大新聞も郵政改革賛成である。
もし否決されたら、小泉首相は選挙で直接国民の真意を問うべきである。
政治空白が問題などいっていられない。
利権を守ろうとしている旧守派の哀れな姿は滑稽でさえある。
衆院の反対派が、逆に必死になって参院の反対票を潰している?可能性がある。
彼らには、そこの浅い利権の政治屋のエゴしかみえてこない。

政治の世界に対して興味は持たないほうだが、今回だけは違う。
もう改革は待ったなし、否決されたら衆院は即刻解散しかない。
それにしても、緊迫した面白い一日になる。
戦後体制の総決算の選挙といってよい。
旧守派の整理の丁度よいタイミングになる。

・・・・・・・・・・
2004年08月08日(日)
1223, 思い出のメロデー

お盆前のこの時期は、NHKの歌謡番組の「思い出のメロデー」である。
毎年必ず見ることにしているが、生の番組みの迫力がよい。
今年は、例年より長い時間(19時30分〜23時30分)まで放映をしていた。
どういうわけか全員、熱が入っていたようで、圧倒されみていた。
「歌は世につれ」というが、その時代を反映をしている。
次から次へとでてくる懐かしい歌にやはり長い年月を感じる。

歌は過去に向かって歌うものというが、「思い出のメロデー」はまさにタイトルどおり
である。思い出の歌は魂の故郷である、お盆の里帰りのようなもの。
それぞれの人が、それぞれの思い出の中に帰っていく。
終戦直後の戦災の焼け跡に生まれたこともあって、当時流れていた歌が特に懐かしい。
そして、戦後50年間は日本にとっての黄金期であったことを、改めて思い知った。
本当に良い時代に生きてきてよかった。

繁華街の真ん中の店で、10歳まで暮らしていたこともあり、いつもラジオから流行歌が
流れていた。当時の歌を聞くと、感無量になる。
それと学生時代の歌謡曲黄金期のポップスも、思い出が深い。
時代は、どんどん変わっていく。だからこそ、思い出の歌が必要なのだ。

・・・・・・・・・
2003年08月08日(金)
856, 経済評論家ー高橋乗宣の本

 高橋乗宣の『日本経済、価値革命のうねり』と『日本経済の破断界』
とたて続けに読んでみて、日本経済の悲観論者の論とはいえ背筋が寒くなる。
彼はバブルの最中から今の日本は大恐慌になると警鐘をならしていた。
そしてあまりの悲観主義ゆえか三菱総研の理事からおろされてしまった。
しかし大筋として彼の言ったとおりになってきている。
「数年前は地獄の釜の蓋が開いた!」と言っていたが、
今は「地獄の釜の熱湯が溢れ出てきた!」といいたいだろう。

「日本経済の破断界」によれば今頃は恐慌でパニックに陥っているはずだが。
彼はむしろ早くパニックになるか、一時銀行を国家管理をすべきと言っている。
地方の私の事業の立場からみても、明らかにデフレスパイラルに入ってしまった
と実感する。総事業費の3分の2近く返済をしているのに、借入金は借入当時
より重くなった感じがする。デフレスパイラルの直撃を受けているためだ。
なす術がないとも言っていられないのが事業である。
銀行の露骨な貸し剥がしなど水面下でおこなわれている。
このお盆は、経済の先行きをじっくり考えようと思う。

以前書いたものと、検索で調べたものを以下にコピーしておきます。
・・・・・・・・ 
『日本経済、価値革命のうねり』
―恐慌の地響きと収縮する国の姿
    高橋 乗宣 (著)
ーレビュー
この国が、完全に収縮を始めるまでにあと3年、時間がない!
未曾有の恐慌を受けて立つ、あなたの備えは万全か。日本経済が直面している
まやかしの改革を抉り出し、新しい経済のパラダイムの導出を試みる。
ー 目次
 序章 実行なき政権の罪
第1章 悪貨の時代が始まる
第2章 インフレ待望論という幻
第3章 いま財政に何が求められているか
第4章 収縮を続ける「この国の姿」
第5章 戦争に揺れる世界経済
最終章 経済恐慌とその活路
・・・・・・・
『日本経済の破断界』
  ―資本主義は崩壊し市場主義の専制が..
 
純金と直接的にも間接的にもリンクしない、いわば「新しい資本主義」
のひとつの形である「市場主義」。資本主義にかわる次の経済原理が求められて
いる今、市場主義を始めとする、知っておきたい経済の常識を解説する。
 
なすすべもなく日米欧同時景気後退の波にのみ込まれつつある世界を俯瞰しながら、
日本の先行きを展望する経済時評。
「この先、内需主導でデフレから抜け出せる」という楽観論を論破。
その根拠である在庫調整の一巡が、米国の「テロ特需」頼りだったことを指摘する
一方で、政府のデフレ対策の無策ぶりを告発する。デフレの大病巣である銀行への
「信用デフレ」と、その根っこに横たわる不良債権問題を早急に治療しなければ
2003年3月に日本経済はクラッシュすると警告。
・・・・・・・・・・・・・・
2003年01月28日(火)
664, 「日本経済の破断界」

十数年前から日本経済の破滅を言い切ってきた元三菱総研専務ー高橋乗宣の
本のタイトルである。
去年の秋に新潟の紀伊国屋で買おうかどうか迷って買わなかった本を
図書館で先日借りてきた。
 ー要約を書くとー
・日本経済が凋落した原因を、「ニクソン・ショック」としている。 
 今になって世界機軸通貨のドルが暴落して騒いでいるが、ニクソン・ショック
 の時点で終わっていた。
・アメリカがIMF体制をつくった当初、世界の金保有量の66佑鯤殕していた。
 アメリカは35ドル1トロイオンスの金の交換ルートでIMF体制をつくった。
 その体制の前にどこの国もドルを欲しがった。それを利用してドルをばら撒いた。
 ドルをばら撒く事がプラスに働いた。ドルが機軸である限り必ずアメリカへ戻ってきた。
・ところがドルを手にしてもアメリカ製品を必ずしも買わなくなった。
 日本やドイツが製品をより良く安く売り出したためだ。
 それが日本やドイツを中心に溜まりだした。
 それと同時にベトナム戦争でつかったドルが更にヨーロッパやアジアに流れていった。
 それが外国に山のように溜まり、アメリカの公的準備金が激減しだした。
 ヨーロッパやアジアの国は金を持ちたがる傾向にある。
 アメリカの金が減りだし、発行した金の交換量をはるかに超えてしまった。 
 それがドル危機である。たび重なるドル危機で1971年に金とドルの交換を
 停止する宣言をする。これの意味が深いのだ。
・資本主義は、金を通貨の基準でなり立っている。
 その瞬間、ヨーロッパ諸国は固定的な為替関係を放棄した。
 しかし日本だけは一週間にわたり、一ドル360円のレートを守ろうとした。
 大失態だった。すぐに固定相場を放棄せざるを得なかった。
 ヨーロッパとくにイギリスのサッチャーはロンドンのシティーを開放し、
 金融のウインブルドン化を行った。
 日本は10年かけて金利の自由化を図ったが、市場にゆだねるための規制撤廃
 は一切行わなかった。いまだに当座預金のペイオフすら延期するような幼稚な
 レベルで留まっている。最悪である。市場主義の流れさえ全く理解してない国民
 と政治家のレベルを露呈してしまった。
・過去の資本主義の最終段階に入っているが、日本は小手先の自民党の最終漫才
 の自己逃避に国民もなすすべもない。自民党はその寄生ー規制で潤っている
 業界から献金を受けている為、規制撤廃ができないのだ。
 なすべき決断を下さず、実行せず、もう大丈夫、もう大丈夫と繰り返していると、
 市場はある日突然、暴力的になる。市場の「自己矯正メカニジム」が働く。
 この先送りのツケが必ず来る。
 シートベルトをしっかり締めつけ、下げた頭を両手で抱えるー飛行機のハード
 ランニングが始まる。まずは2003年の3月がどうなる事か??
 先延ばしの典型のダイエーが最終の失敗の露呈を始めた。
 ーーーーー
以上が大体の私がまとめた本の要旨だ。

ほぼ大筋は外れてはいない。まずはこの3月がどうなる事か。
イラク戦争と朝鮮戦争をどうこなしていくかが問題だ。
この国の民度ー自民党のあのパフォーマンスー自己逃避をしているレベルを
民度というのだ。

それも仕方がないのか奴隷国家ー西アフリカの奴隷国家以下の現状。
自民党は歴史に残る劣悪政党だ!その猿芝居を信じているのが今の日本だ。
あの歴史的国辱の彼等が
「我々自民の主流派の定義は国家の行き先を真に考えているかどうかにある。
我々は先行きを真剣に考えている故に主流派という」とのたまっている。

万死にあたいする劣悪集団が、こうも脳が狂ってのたまう。
彼らはいう「自分たちは、こういう劇場政治にとっての生贄だ」
ゴミのー盗人の最後の泣き言だ。「盗人に三分の利?」いい加減にしろと言いたい。

おそらくこの文章は、私のまだ見ぬ孫や曾孫が見ると思うが
「私の時代にこの劣悪集団と子狐どもが貴方の時代と同じようにいたと、
タイムマシーンのように時空を超えて伝えたかった」という事だ。
如何でもよいことだが。

・・・・・・・・・
2002年08月08日(木)
481, ある信条 -経営セミナーにて

30歳代は数多くセミナーに行った。
一番何でも頭に入る時期であった。それと焦りがあった。
700人の席の一番前の真ん中にいつも座って聞いていた。
この豪華の第一線の学者や経営者は自分一人の為に、
講義にきてくれているのだと、思うように聴いていた。
見ていると、日銀の総裁のような面の皮の厚くみえる人でも震えている。

テーマを話しながら結構自分の信条とか信念をいう。
これがなかなか面白い。今でもハキッリ憶えているのがある。
香港の財閥家と結婚して、今はその財閥のトップになっていた
日本女性の話であった。その信条がよかった。「他人には優しく、自分に厳しく。
いつもニコニコ、人によかれと思って生きる」を常に自分に言い聞かせているとのこと。
なるほどな!と思った事を憶えている。

ー人間は、そのままだと
 自分に甘く、他人に厳しく。
 何か人の不幸がないかと考えて、いつもブッスとしている。
 教養のないあの子狐がその集約された姿だが。考えてみれば、自分でもある。

ところで何時も書いている子狐のモデルは誰?と聞かれる。
もちろんいるが80佑合致している、いや90佑。
実際は過去に見てきた卑小の人間の複合体である。

しかし、誰もが持っている要素である。
だからあれは自分の事ー影と言っている。
先日も「自分が言われているみたい?」と言われたが。
その%の濃いか薄いかである。

話しがそれたが、そこで感じた事は皆明るい事!だった。
それでも多くの人が逮捕されたり、倒産したり、失脚している。
電電公社の会長、地産の会長、フットワークの社長、100円ライターの
東海??の社長とか。そう甘くはない。

・・・・・・・・
2001年08月08日(水)
[102] 夢について−6

これまで夢について書いてきたが‘天女二人とセックスをした夢’の事を書こう。
20年近くなるが私の元部下の大森という人が亡くなって、
暫くして大森さんしのぶ会が開かれた。
彼の人柄もあって4〜50人が集まりスナックで盛大におこなわれた。
非常に気持ちの良い会でもあり、かなり酒も入った。

その夜天女二人とセックスをした夢を見たみたのだ。
翌朝目を覚ました時、これは彼なりの方法でのお礼なのだと確信をした。
(今から考えると、勝手な解釈かもしれないが)
この話をすると年配の男の人にうける、思い当たるふしがあるのだろう。
夢としても感覚にしても、これ以上ないことは誰もわかることだが。
夢は面白い!

学生時代の寮の友人に、夢コントロールのできるという男がいた。
夢の中で寮の中を歩く事ができるという。吉永小百合とも寝る事が出来るとも言っていた。

少し内容が露わか?


2317, 「朝青龍」問題について

2007年08月07日(火)

         オッ☆ o(≧▽≦)o ハァ〜

ここで扱う問題ではないが、「戦後最強?の横綱」が「ノイローゼ」一歩手前が
テーマとして面白そうなので取りあげてみる。
幼少のときから父親に大相撲が地方巡業で来ると何度も連れて行って貰ったこともあり、
ラジオの大相撲放送を聞いたり新聞記事をみていた。私がみてきた
50数年間の力士の中で「朝青龍は戦後最強の力士」として認めている。
他に強いのがいなかったこともあるが、それだけでない、あれは強い!

外国人に大相撲を開放した時に、協会は文化の違いによる騒動は覚悟をしていたはず。
それも一人横綱ということで、朝青龍を協会の親方衆は極限まで我慢をしてきた。
しかし白鵬という二人目の横綱が出来たことで状況は変わった。
それまでの彼への我慢が爆発をしたのである。いや正論を言えるようになったのである。

あの気力と、瞬発力と、抜群の筋肉は日本人とは違う体質である。
その上に、ハングリー精神は現在の日本の環境では出来るわけがない。
 強いのは強いのである。 
それはさておき、入門時に相撲道の精神を徹底的に教えなかった協会に問題がある。
「大相撲は神事」が前提であり、その前提を守らなければ追放すればよい!
今回は追放が当然である。 迷っている方がおかしい。
個人的には、戦後最強の横綱には悪役としてでも残って欲しいし、
若手力士の前に立ちはだかって欲しいが、ここまでの好き放題は
「神事としての相撲道にとって百害があって一利なし」である。

北の湖理事長の人間としての未熟さが、そのまま協会としての態度を甘くした。
さらに元朝潮の高砂親方が輪をかけて甘い。
いずれにしても、引退は避けられない事態である。
何事もなかったように処理することこそが問題だが・・・
日本の部数トップ誌の読売新聞の一面トップ記事で「引退勧告」と書かれて、
誰が土俵に上がることができようか?外国人なら過去の因縁が無いからありうるか?

横綱審議会とかいう「(大)変な集まり」が、この場面の出番じゃない?のか。
保身で生きてきた各界トップの教養人達は、こういう時は沈黙を保つものだ。
何度も「辞めさせるべき行い」があった時に、殆ど口出しをしなかった。
今回は即刻「理事長と高砂親方の辞任と、朝青龍の追放を進言した上で、
彼ら全員が辞任すべきである。」それが、当たり前。
何のために存在しているか、それすらも考えられないレベル? どうなの??

しかし現在彼が辞めたら、つまらなくなる!
あの相撲にかける気合は、人間離れした稀有な存在であり、
相撲にかける情熱は尋常ではない。
辞めるに辞められない、辞めさせるに辞めさせられない、ってのは
何処かの首相と同じじゃない?これも文化・文明の違いによる相克か!
おふたりの心の葛藤が直に伝わってくる・・・
  一番好いときこそ魔がさすが・・・
二人の共通点は進言する人物がいないことだ!
帝王学など有ろうはずは無いが、
あるなら孤独にならないと!モンゴルに帰りたい??
帰ったら、辞めてから。
いや辞めれば、全てスッキリする。
                   
                 ばいばい☆ヾ(=・ω・=)o
・・・・・・・
2006年08月07日(月)
1952, ローマから日本が見える−21
            ー読書日記ー
第九章 ローマから日本が見える −1

    さて、最終項である。この読書日記を書いていて、
    自民党を中心としてきた戦前からの官僚システムが、
    共和制に酷似していることに唖然とした。
    それも二代目・三代目が恰も共和制度の破壊者という顔をして、
    そのじつ国民を欺いている現状を鳥瞰できる。
    小沢一郎も同じ穴のムジナだが、
    しかし本気で壊そうとしているだけマトモということか?
    
ー「リストラの」名人たち ー
BC753年の建国から始まっておよそ8Cにわたるローマの歴史が
この本の主旨であったが、ローマ人は「リストラ」に長けていた民族であった。
事業縮小や、撤退、人員の削減といった消極的な改良ではなく、
本当の意味でのリストラクチャリング、すなわち再編成なり再構築に
何度も成功したからこそ、ローマは千年の歴史を持つことができた。
本書の中で取り上げた中でも大きなものだけで、数えて三回あった。

  ・最初は、王政から共和制への移行です。
    BC509年、ルキウス・ユニウス・ブルータスによって
    第七代王「尊大な王タルクィニウス」が追放され、
    以降は一人の王に代わって、執行官が毎年二人ずつ選出された、
    この二人が国の政治の最高責任者になった。
  ・二度目の改革は、
    BC390年に起こった、「ケルト・ショック」を機に行われた
    共和制体部の改革である。
    貴族と平民との階級闘争も終わり、ローマの再興を果たすため、 
    政府の要職を平民に開放する決断もこの時に行われた。
  ・そして三度目の改革は、帝政の移行であった。
    カイサルがその設計図を引いて、アウグストゥスが
    そのとおりに石を積み上げていくことであった。

  ローマの改革は、もちろんここで取り上げた三つだけではない。
・BC494年から始まった護民官制度、ポエニ戦役ごの
 「混迷の時代」にグラックス兄弟やマリウスやスッラが行った
 諸改革は、数えればきりがない。
 ローマ人にとっての政治システムは、ローマ軍の補修と同じく
「メンテナンスすべきもの」であったということ。
    
・哲学的思考によって真理を追い求めようとするギリシャ人とも、
・一神教の絶対神を信じるユダヤ教やキリスト教の信者とも違って、
     ローマ人はこの種の「絶対」は馴染まない。
 どれだけ優れたシステムであっても、人間が作るいじょう、
 かならず欠陥を隠し持つという現実的な感覚を、彼らは持ち続けた。
 
     ある意味で、ローマ帝国史における経験は、
     人類にとっての大きな遺産の宝庫である。
     多民族が入り乱れる欧州で1000年以上も帝国を存続させたシステムは、
     現代でも、いや現代こそ、経験則として学ぶべきである。
                            −つづく             
                     (*^▽^)/ ホンジャ!
・・・・・・・
2005年08月07日(日)
1587, NHK 受信料不払い問題

NHKの不払いが、その後どうなっているのかと思っていたら、
毎日新聞の社説に丁度良いタイミングで、
不払いの深刻な事態についての解説があった。
現時点で900万件の未契約があるというから、
今年の契約数3660万からみると2割が受信料を払ってないことになる。
不払いの理由は、一連の不祥事に対する怒りや抗議から始まったが、
最近それが変質して、払わなくて済むものならという層が増えた。
この流れは、不景気も含めて当分終わることがないだろうから、
NHKにとって、大問題である。

以前『NHK不払い』について、この日記に書いたことがあったが、
そのキーワードの検索で、NHK関係の人が?、このHPを覗いていた。
大相撲を除いて殆んどNHKは観てないので、不払いをしたいのだが。
30佑魃曚┐燭蘓新に考えるつもりである。

不払いに対する罰則が無い限り、歯止めは難しいだろう。
有料制度にしたら、半分以下になるのは私でも判断できる。いや3分の一か。
罰則が無いのに、今まで殆んどの人が払ってきたのは日本人の真面目さだろうが、
これからはそうはいかない!深刻な存続の危機である。

時代は、民営化の時代である。
早めに思い切った民営化への方向転換が必要だろう。
情報は、携帯電話やパソコンやTVから無尽蔵に入ってくる。
NHKも、この情報化の大波で漂流を始めた。恐ろしい時代になった。

この問題と郵政を重ね合わせると、
NHKの問題は郵政民営化に対して酷似している立場になる。
国営放送の時代ではない、完全民営化の変身しかない。
公務員?は現在の十分の一でよい!!

ー以前書いた文章をコピーしておきます。
ーーー
2005/01/31
1399, NHKと朝日新聞

昨日の朝日新聞の天声人語が時期が時期だけに、少し際どい?内容であった。
(後でコピー)
「政治的圧力の有無の報道の件」は、誰がみても朝日新聞の方が正しい。
予算承認という伝家の宝刀を自民党が持っていて、
その時の権力者が口を出すのは当たり前。

しかし、今は時代が変わってしまった。
自民党の権力ボケどもが陰で左右しようとしても、今回のようなことになる。
政治屋どもは国民の直接の批判がアキレス腱である。
あの??の二人が介入してないわけがない。

日本人は甘い。私もそのうちの一人だが。
不払いが数佑△泙蠅靴ないのが合点がいかない。
2〜3割が不払いになるのが自然である。
知人の銀行員が、「不払いの手続きに多くの客が来ている」
と言っていたが、それでこ僅か1佑任△襦

NHKの歴代の会長の半分以上が不祥事の責任をとって辞めている。
島ゲジとかいわれた前の会長も不祥事で辞めている。

以前、何処かの秘境旅行で、NHKの偉いさんが夫婦で一緒だったが、
鼻持ちのならないエリート意識が漂っていた。

・・・・・・・
■《天声人語》 01月30日付
 「クレームが来るのではないかと予想はしていたが、こんなに大きな波とは」。
 NHK前会長らの顧問辞任を発表する会見で、橋本元一会長は見通しの甘さを認めた。
 NHKという巨大な船のデッキに立った新船長が、さざ波程度を予想していたとは
 思えないが、うねりぐらいならかわせると踏んでいたのだろうか。

  波は、時に予想を超える振る舞いをする。その一つが「一発大波」だ。
  気象エッセイストの倉嶋厚さんの「お天気衛星」にはこうある。
  普通、人が海岸に立って感じる波の平均の高さは、その時に現れた波を高い順に並べて、
  上位3分の1までの高さを平均した値に近い。
  天気予報の波の高さもこれだ。
  しかし千波に一つは約2倍の大波になって、人や船を襲う。

  波に関する幾つかの本によると、世界で観測された最も高い波は、
  10階建てのビル並みの37メートルだ。1933年2月、大荒れの太平洋上で、
  米海軍のタンカー「ラマポ」が報告している。

  巨船「NHK」は、これまでにないような高い波に囲まれている。
  視聴者の目は厳しく、操船を誤った船長の交代だけでは波は鎮まらない。
  前船長や取り巻きの口出しを許さない、本当の意味での新しい船出が必要だ。

  この船は不沈船とも言われてきた。受信料という、他の船には無い永久固定燃料の供給が
  あったからだ。今度の波は、燃料供給の方法の見直しも求めているようだ。

  視聴者から見て、民放では得られない価値のある放送・報道がどれだけできるのか。
  かじ取り次第では「一発大波」を何発もかぶりかねない。

・・・・・・・・・
1222, 今まで見たことがないほどのバス
2004年8月7日

長岡祭りの花火で、メインは信濃川の駅から見て手前側であった。
この数年川向こうにも、観覧席が出来はじめたときいていた。
それが、家内の知人の話によると、信濃川河川敷跡の空き地に
「今まで見たこともない位の多くの観光バスが止まっていて、近畿ツーリストの
シールが貼ってあった」とか。

この20数年来、長岡に泊まれない花火客が新潟まで来て泊まって8月2日は満室だった。
それが突然、半減をして如何したことかと不思議であったが、なるほど納得をした。
バスパックなら、新幹線の交通費片道の半額で、目的地まで行ける。
帰りも朝一で帰ってこれるのだから、お客にとって合理的である。
その上宿泊代は浮くし、わざわざ新潟まで新幹線をつかって行くこともない。

京都の花見のパック旅行のようなもの。
前日の22時に新潟を出発、早朝に京都に着いて、花見をして夕方に京都を出発。
やはり、22時に新潟に到着。
車中は睡眠に丁度よい。
それで一万円なのだから、価値は充分にある。
その花火版ということである。

サッカーも、最近バス・パックができた。
会場まで来て、遅い試合でもバスで帰ってしまう。
それで入場料を含めて新幹線の料金の半額で済む。

趣味の「秘境旅行」でも、このパックを使うから安く、安心をして行けるのだ。
最近は、各社が共同をして、飛行機を貸切で、乗り継ぎをなくして直接、
秘境?の地(アイスランド、アラスカ、グリーンランド)に乗り付けるパックも
出始めてきた。
        時代は、サービス化である。

・・・・・・・・
2003年08月07日(木)
855, 「借りた金は返すな!」ー読書日記

 本屋の平台に最近山積みになっていている。題目からして刺激的である。
中小の経営者の知人が、この本を読んで目が洗われる思いだったといっていた。
潮流が恐慌状況の為、ベストセラーになっていると家内も言っていた。
その人から借りようかと思っていたが、最近会うチャンスがなかった。
webのアマゾンからある本を発注する時に偶然この本を見つけた。

中古本もあり半額以下で買える。迷ったが買ってみた。
読んでみて、中小精細企業の経営者なら、会社の良し悪しに関わりなく読む価値があると思った。
ここに書いてあるようなことをやらなければならない事態に陥らないようにすることが、
もっとも大事であると思えた。
新幹線で読んでいたら、隣席の人の冷たい視線を感じた。
公衆の面前で読む本ではないのだ。
 
 20~30年の長期の投資物件を事業としている為、計画段階で最悪を想定して
資金調達をする。余裕があっても抵当枠一杯の借り入れをして、資金余裕を
十分すぎるくらい持つ。それだけ用心をしても結果的に丁度よいか足りないぐらいになる。
時代がどんどん変化していくためだ。
この本でも、会社を傾ける人は資金に対してあまりにも甘いと指摘している。

 連帯保証人など青酸カリを飲むと同じことと思っていたが、その知識のない人は平気で
判を押してしまう。連帯保証は銀行にとって都合がよいが借りる方にとって、
これほど冷酷な制度はない。先進国では日本だけだという。
江戸時代の隣組の制度を銀行が悪用しているためだ。
その連帯保証の断り方まで書いてある。

私は子供の時から両親に数百回も「保証人の請け判だけはするな!」
「手形は切るな」と言われてきた。
この本に「親からの遺言で保証人にだけはなるな」を口実に使え!と書いてあったのに驚いた。
「宗教上の教えで絶対にダメ」というのもあった。
「父か親戚が請け判をして倒産したのでこれだけはしないことにしている」でもよい。

実際に身近の人が何人か頼ってきた事があった。
上手いもので、まずは断れないような状況をつくる。
次に一瞬、封筒の連帯保証書を置いて気楽な感じで押させそうとする。
詐欺の手口とほぼ同じである。それも・・・・・・・・・?
 
あるチェーン店の社長などは銀行の支店長との飲み会を設定して、借入の話を持ち出し
間接的に保証人の話に持ち込もうとしたりもした。
いつも姑息の手を使うので有名な人だが。その支店長もぐるかと疑ってしまった。
金に切羽詰った人間は何でもするものだ。

 誰もが、いつその立場に陥るかわからない時代になってきた。
『借りた金は忘れろ』という続編の本も出ている。
いずれにしても前向きの本ではないが、街金融に手を出すような愚行を避ける為にも
読んでおく必要がある。

・・・・・・・・・
2001年08月07日(火)
[101] 倒影ー2

人の悪口は倒影の最たるものだ。「あまり悪口をいうな、その指摘部分が自己に移るから」
という理屈は子供のときから分かっていたが。
「人を指差すときあとの指は自身を指している。」という戒めの言葉もそういえばあった。
「人を呪わば穴二つ」という諺もあった。

「ある自信過剰の男、周りの人間かったぱしから、弱点を見つけて倒影を続け一人満足を
していた。ふときずいた時、何にもしないで歳をとっていた。」こういう人間の本当に多いこと。

これで一番本人にマイナスになるのはマイナス視点が本人に身につくことである。
親戚に結婚もしない、仕事もほとんどしない「俺はでかいことを考えている、
2〜3年後に実行するつもり」といい続けて40年近く、言うのは人の噂と成功した人間悪口、
自身の影におわれているのだ。
もう60になって法事であったらまったく同じことを言っていた。

こう言っている自分もこの男の中にある自身の影倒しか。


2316, 日本の原発依存度って、どうなっている?

2007年08月06日(月)


      ファァ(*つ●-*)*.;'Good☆Morning

    今回の地震による柏崎刈羽原発の火災などで、
    殆ど意識してなかった原発に対する依存度に少し関心が向いた。
    インターネットで早速しらべてみた。
 それによると・・・
世界の電力の16%は原子力で、日本国内の原子力依存度は、約3分の1強の37諭
世界全体として原子力の依存度が高まる傾向にある。
現在の日本では、石油危機当時と比べ、エネルギー消費に占める石油依存度が大幅に低下。
日本と同様に石油資源を持たないスウェーデンでは、70年の77%から95年の43%へと
着実に石油依存度を削減 、スウェーデンのエネルギーシステムの中で原子力発電は
重要な位置を占めている。

石油危機当時の73年度には77.4%だったエネルギー消費に占める石油依存度は、
2001年度に50%になった。(エネルギー消費と発電の石油依存度は違う)
現在の日本には、53基の原発があり、発電量で37%を占め、
これを50佑泙農鑪上持っていきたいというが政府の意向。
電力10社では原発31%、石炭火力26%、LNG・LPG火力24%と構成が異なるものの、
いずれも原発依存度は30%台と高い。

日本の原子力発電所は17カ所、53基が稼動中。
その数は米国、フランスについで3番目になっている。
国内総発電量の37%の日本に対し、アメリカは20佑任靴ない。
ここまで原発への依存度が高くなると撤去するわけにもいかない。

地球温暖化対策として化石燃料を増やせない現在、
日本では原発でカバーせざるを得ないのが実情。
刈羽原発を筆頭として、日本列島はどこでも地震が起こり得る。
今度の地震も新たな活断層が動いたというが、日本で活断層を避けることは難しい。
今回のように地震が起こって初めて分かるのが現状である。

   資源の乏しい日本では、エネルギーを確保、維持していくことは国の盛衰に関わる。
   といって、数年来の原発事故や安全性隠しで原発に対する不信感は非常に強い。
   敦賀周辺や東海周辺の原発の地下には活断層がある可能性があり、一つ間違えば、
   大都市が近くに多くあるため、数十万、数百万単位で死者が出る可能性がある。
   この問題は、日本にとって今後ますます大きく問われることになる。

                    byebyeヽ(o・ω・o)ノ゛
・・・・・・・
2006年08月06日(日)
1951, ローマから日本が見えるー20
              \(^▽^*)おはよう
        ー読書日記ー
第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −3
    ーローマ軍団のリストラ

皇帝アウグストゥスは税制を整理・再構成をすることによって、
以後のローマ帝国の財政面の基盤を確立した。彼は限られた財源をもとに、
あるゆる知恵を使い「パクス・ロマーナ」を実現していった。

  アントニウスとの内戦が終結した時点のローマは、50万人の膨大な兵力を抱えていた。
  オクタヴィアヌスとアントニウス双方がそれぞれに軍団を抱えていたから、
  これだけに達していた。これをアントニウスは何と三分の一に削減する。

下手に削減すると人気に影を投げかける。
彼は私財を投げ出して、退職金をあてることにした。
その軍団を常備軍へと改組する。

    広大なローマ帝国を限られた兵力で守るために如何したらよいか?
    彼が考えついたのは、属州民の活用であった。
    彼は属州民からの志願者による「補助兵」からなる部隊を編成する。

その数は軍団兵と同数の15万人。
軍団兵と属州軍の合計30万人があればローマ帝国の防衛線は
守りきることが可能と読んだ。

    属州軍の待遇は、さすがに軍団兵と同じにはできない。
    そこで、属州軍には補助兵としての25年の満期除隊を迎えると、
    自動的にローマ市民権が与えられることになった。

ローマ市民権を得れば、属収税は払わなくてよい。
この場合の市民権は世襲の権利ですから、子々孫々まで恩恵にあずかることができる。
 
   それを考えると、多少兵役期間が長かろうが、給与が低くとも、
   属州民にとって「旨み」があったのだ。

ーローマ防衛体制の構築ー

30万人を長い国境に沿って薄く均等に貼り付けていたのでは、意味が無い。
外敵が侵入してきたとき、そこに兵力を集中してこそ撃退できるというもの。
そこでアウグストゥスは軍団兵を主戦力として活用できるようにして、
補助兵はその補助や警戒任務につけることにした。

   ・国境に沿って配置された見張り用の要塞では、地元で採用された補助兵が
    警戒に当たり、

   ・敵の襲来が発見されれば、ただちに狼煙を上げるか、
    馬を飛ばして近くの補助部隊基地に知らせます。

   ・補助部隊基地はただちに援軍を派遣すると同時に、軍団基地にその情報を
    もたさせて、主力である軍団兵の派遣を要請するというのが手順である。

つまり、敵襲はとりあえず補助兵で何とか食い止めて、
本格的撃退は軍団でというわけである。
ここでカギとなるのが、スピードである。

そこで役に立ったのが、ローマ人が共和制度の頃から営々と築きあげてきた
街道網である。これが、古代の高速道路としてカバーしていたおかげで、
ローマ騎兵は一日で百キロ近く、歩兵で時速5キロで移動できた。

    このローマ防衛体制のアイデアは、
    現代の国々の軍にもそのまま受け継がれている。

    最前線の基地には最小限の兵を配置するだけにとどめ、
    有事の際には機動部隊が海や空を移動して援軍に当たるというやりかたが、
    二千年昔にローマ人が考え出していた。
                   (*^ー^)/C□~~ コーヒーいかが?
                      バイバイ!
・・・・・・・・
2005年08月06日(土)
1586, 日本経済恐ろしい未来
      ー 読書日記
「日本経済 恐ろしい未来」

この本を図書館から、何回か借りてきた。
そして読み返しながら、日本経済の行方の参考にしている。
全ての問題を先送りにしようとする日本の将来に大きく警鐘をしている。
冷戦が終了しアメリカの特待生であった日本が、アメリカなどに政治的に
利用するだけされても、まだ体質を変えることができない事態。

この本が書かれて3年経っているが、その後に何ら改善されていない。
いやマスマス悪化しているのが実情である。
目先、中国のバブルによって、日本からの輸出が増えて一見景気が良さそうだが。
さらに改革の大元の郵政法案が揺らいでいる。
  あるHPから、この本の概略をコピーしておきます。
ーーーー
-借金経済の行く末は国家破綻(2003/02/18)

 「日本経済 恐ろしい未来」-借金経済の行く末は国家破綻
  水谷研治著 東洋経済新報社 2003/1 p227 1,500円(本体)
   1.奇跡の経済発展
   2.右肩下がりへの転換
   3.慢性化する異常な経済
   4.「恵まれた環境」の終わり
[梗概]貿易黒字が続き、179兆円もの対外純資産を持つ日本。
今後10年間は経済の低迷が続いても、いまの平穏で豊かな暮らしを続けることが
できよう。しかし、日本経済の将来を展望すると、恐ろしい未来が見えてくる。
20年後までに、日本経済の破綻が表面化し、悪性インフレへの奈落に落ち込むであろう。
その時の最大の問題は、長年の財政赤字で膨らんだ国の膨大な借金である。
デフレがインフレへと変った時には、もはや打つ手がない。
それまでに問題を解決しなければならない。国の借金の速やかな返済が第一である。
 だが、税収は減り続け、歳出の削減では焼け石に水である。
消費税など大幅な増税しか解決の方法はない。それは、国民に犠牲を強いることになる。
政治家もメディアも、国民に犠牲を強いることにはあからさまに同意できないであろう。
国民がそのことを自覚し、日本の将来を考えるほかに道はない。
豊かさを満喫してきたわれわれに課せられた責任である。

 ---------------
 客観的にみて、日本はきわめて豊かである。社会は安定しており、治安状態も良い。
国内総生産は、世界第三位のドイツを大きく引き離し、一人当たりの国内総生産は事実上
世界最高に近い。上昇したとはいっても、失業率は5%台でヨーロッパの半分程度にすぎない。
国民は豊かさを満喫している。
この豊かさを維持しようと、長年にわたり国家財政に無理を強い、
目先の繁栄を続けてきたというのが真実であろう。それでもまだまだ体力は残っている。
内輪に見積もっても、10年間は問題なく過ごすことができると考えられる。

 わが国の経済力がこのまま低下し続けると、やがては限界を迎えると思われる
かもしれないが、実際にはそれが限界とはならない。
目の前に迫った危機を回避することに努力を向けていれば、これまでの豊かな
経済情勢はかなりのあいだ続くであろう。

 だが、この間に経済の体質はますます悪くなり、やがて最終的な限界が現れる。
それは何をきっかけにするかは分からないが、多分日本経済の強大さが単なる
幻想にすぎないことが、世界の人々に知られた時に一挙に起こる可能性がある。
 その後は、一気呵成に経済水準が下がっていき、異常な事態へと突き進む。

 戦後半世紀以上にわたってわが国は平和を謳歌してきた。世界中の多くの国が
戦乱に巻き込まれていたこの間、わが国は直接戦火に見舞われることもなく、
幸運にも経済に勢力を集中することができた。
冷戦のおかげで、日本はアメリカの同盟国として経済復興を遂げることができ、
そしていつのまにか自分の国を守らねばならないという意識がなくなってしまった。
そのようなことを意識せずとも、国は繁栄し、われわれ国民の生活は豊かに
なっていった。いまのままでよいと考える国民は多いに違いない。

 しかしその背景には、国が国民のために犠牲になってきた。
それは一時的には可能でも、いつまでも続けられることではない。
  (字数の関係上、あとの文章は「引き出し」の読書日記のコーナーに
   貼り付けてあります。)
 
・・・・・・・・
2004年08月06日(金)
1221, 運について−2

何回か「運について」(後にコピーしてある)を書いてきたが、再び書いてみる。
運にも二種類ある。 受身の運と、積極的に自分からつかみとる運である。

・受身の運は、「結果として何時も運がついている運」
性格とか、親の愛情が本人に染み付いているとか、宗教的な環境の中で
育っていて良い結果をもたらす運である。
ー性格の明るく良い人。良家の子女(躾がゆきとどいている人)。

・積極的な運は、「何事にもポイントがある、それを見逃さないよう努力を
する。意志こそ運の原動力、原因」という運である。

ここで取りあげる運は、両者を重ねもつ運である。
両方が揃って初めて開ける運である。

私の周辺の女性に、美人で、性格が明るくて、一生懸命に生きているが、
そのわりには、状況が不幸せの人が何人もいる。
やっと幸せを手に入れたと思ったら、すぐに不幸のどん底に落ちてしまう。
よく見ていると、両親が不仲だったり等、色いろの理由がハッキリみえる。
「ある程度耐える」という家系からくる知識・体質を持ってない。

「ありがとう」を繰り返し言いつづけることは、耐えることの呪文である。
運が上向く以前に、耐えることが出来ない習慣を変える作用がある。

いま一つ、言葉の重要性を知らない。
「自分は、ついている(運がある)」と、毎日こころの底から思っていれば、
そして、「ついている」と現に言葉に出していれば、ツキが回ってくるに。

「俺はついてない」「どうしようもない」「世の中が悪い」
「あいつのせいで、こうなった。あの畜生め」と、あけてもさめても
唱えていれば、不運しかこないのは当然である。
もし幸運がきても、それが見えなくなってしまっている。。
世の中の八割そうだから、それで良いのかもしれないが。
チョッとしたことなのに、せっかくの人生、あまりにも勿体ない。

運は因縁と似ている。因は直接の原因、縁は間接原因をいう。
これが重なって結果がきまってくる。
多くの因縁の中で、良いものを選択するのも本人である。
やはり良い本、良い人、良い芸術、大自然にシャワーのように浴びるしかないのか。
 
ーーーー
265, 運について -1
2001年12月10日(月)

運がいい、悪いというが運とは何か考えてみよう。
「ある事をやった結果がたまたま上手くいった、失敗した」
というのが一般的にいう運の意味である。
運は結果論でもある。そうするとその「決定」が関ってくる。
ある決定の段階で、情報の受けかたと判断が重要になってくる。

そう考えると運のいい人とは、「無意識の判断」が適切・正しいということだ。
運のいい人とは適切な判断家ということになる。適切な判断の連続線が運と言ってよい。

曇りのない心で情報、情勢を見る目が大事だということだ。
以前、情報工学の中山正和氏の講演を聴いた。科学者に似合わない内容だった。
その内容は後でコピーしておく。この文章もそれが土台になっている。
ついている人がいる。そういう人は本当に、どこまでもついているという。
もって生まれた運勢があるという。

その共通点をみると。
明るく、楽天的で、勘が鋭いという。
(これは私の追加の感想ー>)それと努力家で夢がある人である。

ーこういう問題を自分で提起しておいて、逆に疑問を投げかけてみるー
運なんてあるのだろうか?「能力」の別名でしかないのではないか?
何も努力をしないで、なにも学ばないで「俺は運がない」と呟いている人を
何人も見たからだ。そして他人の努力の結果を運にしか見えない人間の浅さを。

運は字のとうり「はこぶ」である。努力と判断力で結果を呼び寄せるものだ。
多くの人と接していると、その人の将来まで解かる。少しオーバーか?
運の悪い人に多いのは「甘さと狡猾さ」を持った人である。それなら私だけなく、
別に誰でもその人間の将来を見通せる、何故なら誰もそれをもっているからだ。

その逆を重ねていくということか。
ーーーーーーーーーーー
H0605般若心経のすすめ  

十年前に創造工学の中山正和氏の“運のつくり方”
という講演で般若心経のすばらしさを聞いて一ケ月がかりで丸暗記をした。

その内容は
ー運を良くしたいと思うなら「般若心教」を暗記して、コトあるごとに
言っていなさい、そうすれば運が自然とつきますよーということ。

今まで何万回唱えただろうか。当社では入社教育で丸暗記が必須となっている。
二人の子供ま毎朝の仏壇での私のお経の為か丸暗記をしてしまった。

十年間の経験より(私の実体験より)直観した事を列記すると

ー分サイズの時空を超えた一つの視点をえた
⊃澗_擦貿板垢あっている(リズム)
α波がくみこまれている
ぁ版亜匹この中に入っている
イ寺・神社等で唱えるとTPOとして、その場のイメージが鮮明に残る
情報雑念等を切断、整理をする働きがあり結果として“運=無意識の判断”
を左右する。
Г海譴鬚り返しているとベースとして“空”がつみ重ねられてゆき自己の中に
その中空がつくられる
夢の中で“空”を直感するイメージを得られた、
等々限りない

・・・・・・・・
2003年08月06日(水)
854, 閑話休題

 全くテーマが浮かばず如何してよいか解らない日がある。
まあほとんど毎日だが。そこが面白い面もあるが。
それでも強引に書いた文章ほど後で読むとよいから不思議なものだ。
そうこう考えていたら、あるホームページに「閑話休題」というテーマがあった。
これから無理にテーマを決めないで、時々「閑話休題」で書きはじめることにした。
書いた後でテーマを書き換えればよいし、そのまま閑話休題としてもよい。

 野口悠起雄の「超文章法」の中で、テーマの探し方に
「窓から飛び降りそうなくらい大変なものである、考え尽くしてひねり出すしかない」
と書いてあったが、それを読んで学者でもそうかとほっとした。
それと「文章上達は量をこなして、校正と推敲を重ねるしかない」と本音で書いていた。
結局は努力努力努力しかない。

 一見なにげなく書いてある文章に、それだけのエネルギーと時間が入っている。
逆にいえば、プロほど想像を絶するほどの絶対量と、その校正と推敲を重ねているのだ。
これはすべての分野にいえることで、プロの世界はそうそう甘くはない。
気楽な「閑話休題」を、時たま挟み込むのも本音がでて面白いだろう。
いまもテーマを意識しないためか次々とキーが動いてくる。

 話は変わるが、昨日隣家で建前があった。
100坪の敷地に二階建てで延べ50坪位の結構大きい家だ。
夕方帰宅したら、屋根の下地も含めて建前が終わっていた。
家内が言うには「20~30人が蟻のように取り付いていた」とか。
夕方には子供たちを集めて、上棟の祝いで何かをばら撒いていたという。
大きいクレーン車が次々と加工された材木を吊り上げ、鳶が組み立てていく。
いま流行の何とか工法という奴で遠くの工場で加工して持ってくるのだろう。

 新しい家は、その人たちにとって仮の天国の世界の創造である。
本人達はいまが一番嬉しい時期だ。
いままでは隣家に広い庭の空間があったが、これからは光が少なくなる。
仕方がないが。

・・・・・・・・・
2002年08月06日(火)
479, 楽観と意志

「楽観は意志、悲観は感情」
この言葉と出会って、「楽観の意味」が始めて理解できたようなきがした。
そういえば若い時ー理想に燃えていた時、その背後には悲観という不安が
大きな口を開けて足元にあった。

若い時期の楽観はあくまでも虚構のような夢の世界であった。
その正体が意志であった事がこの言葉を知るまで解ってなかった。
それだけ強烈な言葉であった。
悲観はただ流されている喜怒哀楽でしかない。
そういう悲観に占められていた時期の自分は、ただ感情的世界でしかなかった。
鬱の自分はそう感情の世界にドップリつかっている意志喪失の自己の世界である。

常に鬱の人は教養のない感情に支配されている人が多い。
また非行動的の人が多い。行動の、行は仏教語で判断という。
動はあくまで動物の動きでしかない。行動は意志が入った動きだ。
行動的ということは楽観が勝っている状態と云える。

私の周辺の80佑凌佑枠甦囘な感情に支配されている人だ。
また非行動的の人が多い。
行動的かつ楽観的の人はその背後に強烈な意志が隠されている。
楽しかった過去を思い出し楽しみ、将来の楽しみの計画をたてている
今。それに過去の計画を実践している今。

それが楽観であり、意志である。

・・・・・・・・・・
2001年08月06日(月)
[100] あら!たのし

難しいことをやさしく!
やさしいことを深く!
深いことを愉快に!
    (井上やすし)

井上やすしの本を読んでいて納得して、彼のように紙に書いて机の電気スタンドに
張ってある。
彼の言葉じゃなくて誰かの言葉を彼なりに変えた言葉だが。
コツとか要領を旨くついている。

天才はそれぞれこの方法を子供の時より造りあげていた。
考えている対象の文章化とか、ゲーム化とか絵画化とかして。
楽しみまで高めるのはそう簡単ではないが、でもやってやれないことはない。
「四S主義 = シンプリフィケーション  スタンダーディゼーション 
スペシャリゼーション  セグメンテーション 」
というチェーン理論のベースになる教えも、これに近い。 


2315, 風評で県外観光客が10分の1!ですと

2007年08月05日(日)

              ・。*ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!
先日の読売新聞によると、
「・・県によると、7月16日の地震発生以降、県内での旅館やホテルのキャンセルは、
約5万件に上り、県外からの観光客は例年の10分の1以下にとどまっている。
地震の被害がほとんどなかった佐渡や妙高高原、越後湯沢温泉でも観光客が激減し、
原発の被災などによる風評被害が深刻化している。」(2007年8月2日 読売新聞)

当社にとって、あまり関係ないと思っていた風評も、日ごと影響が出始めている。
今のところ10佑曚匹世、県外の観光客が10分の1とは尋常ではない。
特に一年で一番の稼ぎ時のリゾートホテル・旅館は致命的である。
地元民も自粛をして、飲食や温泉などに出ないから堪ったものではない。
三年前の地震からやっと立ち上がろうとした矢先である。
天災だから、何処に不満の矢先を持って行きようがない。
新潟市内の居酒屋屋スナックも、その日を境に売り上げが激減して、
全く回復の兆しがないという。

この長岡祭りの名物の花火も、私が見るところ昨年の人出の6割。
この十年間、信濃川の土手のある場所に行くが、20時過ぎると当然のことながら、
座る場所がない。人の流れに沿いながら見てきたが、今年は自由席が半分以上も
空いていた。新潟から長岡への17時過ぎの新幹線も、例年の混雑のやはり6掛け。
8月の2日からの10日間は当方にとっても稼ぎ時だが、少しだが影響が出ている。
2〜3割ダウンではないからまだよいが、それでもこの時期のダウンは痛手である。
この影響は当分の間は続きそうである。

寺泊に先週の土曜日に行ってきたが、さすがにゴーストタウンほどではなかったが、
駐車場は三分の一は空いていた。一年の一番のピーク時からみたら数分の一だろう。
ここは県外の観光客が多いので死活問題の事態である。
2~3年は生き残りをかけた状態が続くだろう。全く他人事ではない。
日にちが経つほど、深刻度が深くなる。
連続二回と、原発の直下型と火災はイメージがあまりに悪い。

柏崎市内の土地が大きく下落を始めたと親戚から情報が入ってきた。
外部の人は誰も買わないし、原発再開が無いとしたら、柏崎経済は壊滅。
もし再開すれば、即死の怯えて生きていかなくてはならない。
どちらにしても下がるのは当たり前である。その影響は長岡も遅かれ受けるであろう。

ところで、日本の原子力の依存度はどうなっているのか、調べてみようか。
インターネットは、思いついたことが気楽に調べることが出来るから便利である。
                   グッ。・:*:・゚☆w(´・з・`)バァイ
・・・・・・・・
2006年08月05日(土)
1950, 第四回新潟県活性化の会ー概要        
        (+>∀<+)ノおぁはは〜よう!

7月の28日に行われた「新潟県活性化の会」の概要を、私の主観でマトメてみた。
 ーー
*「環日本海拠点都市宣言」をする。
 
 −冷戦終了後、中国とロシアが自由経済を取り入れ成長。 
  この十数年で、環日本海の重要度が全く変わってしまった。
  これからは環日本海の時代である。
  首都圏から新幹線2時間圏の新潟は非常に恵まれ有利な立地にある。
  それを高らかに宣言し、全エネルギーを集中すべきである。
  このままでは、北陸新幹線開通を機に、
  金沢、富山、福井(北陸地区)が環日本海の拠点都市になる。

*日本海時代の象徴として、
 首都東京から新幹線の新潟空港への直接乗り入れを
 全県総力をあげて実現をする。

*新潟空港までの新幹線延長工事が、
 55億の投資で延長工事が可能かどうか? 
 
 それを可能にする構想案を一般募集をする。
 採用の際には、その案に対して500~1千万円の懸賞を出す。
 
「新潟国際空港への新幹線直接乗入れゴーゴー(55)作戦」
  というネーミングにする。

*まず公共事業ありきではなく、
 民間が主導をとって環日本海拠点都市としての機能
 ー流通情報基地などーの充実をはかる。

*新幹線延長工事に合わせて、
 特区構想を、幾つか立ち上げる。
 (高層ビル特区、流通特区、チャイナ特区、朝鮮特区・・・)
 高層ビル特区は、あらかじめ土地を沿線に買っておき、
 二倍〜三倍の値段で売りぬけ、工事代金に振り向ける。

*新潟駅再開発と合わせて2015年の完成を厳守すること。

ーーーーーー
以上であるが、一つの目標(新潟県活性化)に向かって知恵を出し合って
議論するのも、面白いものである。それぞれの個性が意見として出てくるのと、
「模擬・県議会小委員会」の議論のようでもある。

・・・・・・・・
2005年08月05日(金)
1585, 自民郵政解散の攻防

いま現在、自民党が下野の恐れが出てきた。
そのため衆院で反対票を投じた連中が慌てだした。流れからいって、
一般の国民から不支持をされることは間違いがないからだ。再選はホボ絶望になる。
これで衆院を解散すれば、郵政改革阻止の犯人探しになって血祭りに間違いなく
されてしまう。旧守派は、その現実的な可能性に震える事態になってしまった。

参院本会議で否決されれば2時間後に、解散の為の臨時閣議が開かれて
衆議院本会場で万歳が待っている。その瞬間から代議士ではなくなるのだ。
一度、解散をして抵抗勢力をマトメテ処分するに良いチャンスになる。
その意味で郵政民営化は賛成だが、参院での否決も賛成である。

この事態に、もっと恐れているのは民主党であろう。
彼等は本来は改革派のはずだが、小泉首相に改革というキーワードを奪われてしまった。
この郵政の民営化は避けて通れない問題であるが、いまさら賛成にまわれない。
このイメージを選挙に使われたら、負け戦になってしまう。

昨夜から、急に自民党内で解散回避の大きな動きが出てきた。
自民党下野の可能が現実味を帯びたからだ。
日曜日朝のTVモーニングショーが旧守派への弾劾になる可能性がある。
そうなったら、否決ができなくなる?
みている方も、この緊迫感を充分に感じ取れる事態である。
これで可決したら、小泉首相は歴史の残る業績を残すことになる。
政治はやったら止められないという、なるほど!

・・・・・・・・
2004年08月05日(木)
1220, 日記について

このホームページで随想日記と、
日々の出来事を書いているバードウォッチングを公開しているが、
その他に手書きで「10行日記を」つけている。
ところが、最近はマンネリぎみである。

そこで以前買った「4行日記」と、荒川洋治の「日記をつける」と、
阿久悠の「日記力」を読みかえしてみた。
・その日付けと曜日と天気を書き
 時系列に書くのもよいー特に天気はその日の自然環境であるから重要だという。
 「今日は快晴で、うだるような暑さであった」とか
・身辺の出来事を書いて、会った人の会話の内容、食事の内容、夢の内容等を 
 具体的に書くー時間も書いておくとよい
・その日読んだ本、TVのドラマの感想
・今日の新聞記事の気になったスポーツとか、政治等の感想を書く。

それ位のことなら幾らでも身辺に転がっている。
雑事として、あまり書かなかった内容こそ、後で読んでみると大事が多い。
日記は、「その日でしか書けないこと」を書くことが重要だという。
ホテルの客室と同じで、その日に売らなくては、単なる空間でしかないのだ。
その日の雑事・出来事を書いてこそ、意味があるのだという。

通勤の新幹線の中での観察とか、知人のこととか、その日の新聞ネタとか、
立ち寄った本屋の印象とか幾らでもあった。
手書きの日記までテーマ日記主義を通そうとしていたのだ。
勝手に枠を決めて、幾らでも書くべき当日の日常を書かなかった。
Web上の日記では、書いてはいけないこともある。
それが、そのまま手書きの未公開の日記と混同してしまっていたのだ。
単純なものだが。

そういえば「22歳の日記」は、時系列に、正直にその日の出来事が書いて
あった。何時に起き、食事をして、何時に学校に行き、誰々と会って話をして、
何時に寮に帰ってきて、誰々の部屋に遊びに行って、何時に寝たとか。
今から読み返してみて、もっと具体的内容を書いておけばよかったと思う。
本を読んだでなく、その本の名前を書き記すとか、感想を書くとか。
ならば、そのパターンを真似て、具体的な内容を書き加えればよいのだが。

随想日記や、身辺のことを書いているバードウォッチングも、これから
少しずつ変わっていくだろう。より具体的に、日常的に。
書き続けることは、自分を掘り下げることになる。

・・・・・・・・
2003年08月05日(火)
853, 熊の世界

 昨夜のゴールデンタイムのNHKスペシャルで岩合光昭の
「北極熊」を放映していた。そういえば先月行ったアラスカのツアーで、
ガイドの伊藤さんから熊の生態の話を多く聞いた。
熊は他の動物と違い、仲間内の共食いが日常当たり前の世界。
子供が生まれて8割から9割が途中で殺され、
その大部分が他の熊に食べられてしまうという。
雄熊が実の子供を食べてしまうだけでなく、メスも度々食べられてしまう。
そういえば20年位前に週刊誌に、北海道の動物園の熊牧場で1頭の熊が
他の全部の熊に食べられてしまう顛末の連続写真が載っていた。
人間の常識をはるかに超えた世界がそこにあるという。

 動物写真家の星野道夫も熊に最後に食べられてしまった。
襲われた瞬間の熊の顔のクローズアップの写真が最後の彼の遺作になった。
動物写真家は原野に何日も一人じっと潜み、カメラを構えシャッターチャンスを待つ。
その間彼等はいろいろな言葉をくり返し暖めるという。
写真も言葉も深くなるのも当然である。
グリスベアーのテリトリーに入ったブラックべアーはすべて殺されるという。
そのため棲息がクロスすることは絶対にないという。

 話はそれるが、人間の夢に出てくる熊は現実の恐怖の変形という。
長い歴史の中で熊の恐ろしさが脳の遺伝子が残っているためだろう。
過去に多く熊に襲われる夢を多くみた。
 あるホームページに熊の夢のエッセーが載っていた。
面白いのでコピーした。熊を不安の無意識の象徴として読むと面白い。
これにほぼ同じ夢を何度もみた。

・・・・・・・・・・・・・
「熊よ、何故?」

ああ、また見てしまった。
熊が出て来る夢である。
それはときに、ヒグマだったりツキノワグマだったりする。
いつだったか、グリズリーだったこともある。
高校生の頃からだと思うが、
ボクは、熊に襲われる夢をたびたび見る。
無論、見たくて見るわけではない。

夜中にフトンの上で、
「どうか、熊が出て来ませんように。」
とお祈りしてから寝ることすらある。
そんな祈りも空しく、熊のヤツ、出るときは出るのである。
「夢なんだから、いいじゃん。」とのたまう諸氏、夢を侮ってはいけない。
ボクは、熊に襲われる夢を「熊夢(クマユメ)」と呼んでいるが、
熊夢にうなされて目覚めた朝は、最悪な気分である。

なぜ夢の中で怯えなければならないのか、
もう腹立たしいやら、やるせないやらで、
気分は、ブルーを通り越して焦げ茶色になってしまう。
しかも最近、この熊夢のヴァリエーションが多様化してきている。

・・・・・・・
2002年08月05日(月)
478,  100円ショップ

以前も他のテーマの中で書いたことがあるが、100円ショップについて書いてみる。
初めは泡沫に見えた100円ショップも社会的認知を得たといってよい。
結構便利で使え勝手のよいものが多い。

今でも月に一回は必ずいく。先回は、センスを買った。
私の場合、なくす確率が8割である、いや100佑任△襦
それなら割り切って、100円ショップのセンスを買ってみた。
悪くはない、ワンシーズン持てば充分である。
3本買ったが、恐らくあと二ヶ月で二本は壊すか無くすだろう。
でも200円でしかない。

旅行用で便利なものも多い。
飛行機やバスで使う空気枕。
小物をいれる網でできている子袋。
健康機器、ハンカチ、食料いろいろある。

この良いところは、トレードオフの商品が多い。
一つの機能の他は全て殺ぎ落としているのがよい。
初めは、無印良品がそうであった。
しかし、今やユニクロと100円ショップにとって変わろうとしている。

壊れても、欠陥があっても腹のたたない値段が100円だという。
これこそ消費者主体の商品つくりである。また楽しいのだ。
ダイソーの社長が100円で楽しめるデズニーランドといってた。
「商売は少し馬鹿にされるのが一番よい時」と丸井の創業社長がいっていた。
月賦が認知されだしたときから旨みが無くなったと。

今まで100点ぐらい買ったと思うが、1万円でしかない。
30回位いったとして、楽しみを入れたら十分お釣りがくる。
十数年前アメリカのチェーン店の視察に行った時、
99魅轡腑奪廚帽圓辰燭箸誰も見向きもしなかった。
まさか100円ショップがこれだけ伸びるとは誰も想像できなかった。

時代の変化なのだろう。いく度に商品の内容が良くなっていくのもよい。
100円だからこそ買える商品だからこそ、その存在価値がある。

・・・・・・・・・
2001年08月05日(日)
[99] 現地日本人ガイド −2

南アフリカの50歳の女ガイド。
日本の商社で知り合ったイギリス人と結婚。いろいろあってその旦那とケープタウン
に住んでいるという。不安はないかと聞くとその心情の一端を話してくれた。
子供の名前の件で真剣に日本名にするか、それとも英国名にするか戦いになるらしい。
自分が死んだ場合残るのは子供の名前だけらしい。
自分の存在がそれこそ瞬間虚無になってしまうという不安らしい。
最近までケープタウンに一つだけしか日本名の墓はなかったという。
移住は若いときはいいが、老年になるときいてくるという。
子供が独立し亭主が亡くなった時がきついと言っていた。一つしかない墓の名前が女の
名前でそれを見たとき、芯から不安を感じたという。
聞いているだけで肌が寒くなってきた。


2314, 今日が今までの人生で一番幸せな日

2007年08月04日(土)

            (p≧w≦q)オッ☆ o(≧▽≦)o ハァァァァァァ♪
「今日が今まで一番幸せな日」と思って生きることが出来たら、
これほど素晴らしいことはないだろう。
ある人がインタビューで話していた言葉である。
この意味を考えれば考えるほど深い。
「一日、一生」「今、ここ」「一期一会」にも通じていく言葉である。
これを自分の「人生の言葉」にして、常に意識をしていたら、
「ありがとうございました」という言葉に匹敵する。
幸せの選択基準がハッキリと見えてくるからだ。

一日を疎かにできないし、何が大事で何が大事でないか見えてくるはず。
「今日一日は、人生で一番大事な日であるし、幸せな日である」
ことは、紛れもない事実である。 気がつかないのは日常に慣れてしまった自分。
その視線で周囲を見れば素晴らしいことが多くあることに気づくはずである。 
心の底から今日が一番素晴らしい思えるようになれば、
過去の一番幸せだった日々を常に意識し、その気持ちが蘇ることになる。
その気持ちは、周囲の幸せを引き寄せる磁石になってくる。

そうは言っていても、それは暗示でしかないじゃないか? と思うようならば、
「今日が人生で一番幸せな日に‘なりますように!’」という‘願い’にすればよい。
願えば叶うからである。 
もし本心に、そう思えるようになってしまえば、後は簡単。
「昨日と同じか、それより少し今日が幸せ!」と思えればよい。

「もしも身内や親しい人が亡くなって『今日が人生で一番不幸の日』の場合は?
そうは思えないだろう? 如何なものか?」
そういう時は、そういうことを考えないの!ただ、最悪の日を最悪に過ごせばよいだけ。
今日が人生で一番幸せ!と思える日がきっと来る!と、思えたら思えばよい。
『幸せ』の言葉の替わりに『素晴らしい』でも、『最高』でもよい。
日々の中の何気ないことの中にこそ、多くの幸せのタネが含まれているということだ。
そして、それが開花しているのが「いま・ここ」であり、「今日」である。
       というところで、幸せに! ☆^(*・ω・)ノ~~~βyё βyё♪
・・・・・・・・
2006年08月04日(金)
1949, 長岡の花火         
*第一日目(8月2日)  おはよ〜!(*^ワ^*)i(~O~)ふぁ・・

以前は、取引先の小さなビルの屋上で見ていたが・・・
最近は、信濃川の土手まで行って見るのは三年に一度位。
自宅近くの土手から、遠方の花火も風情があると決め込んでいた。

去年の震災復興記念花火で超大型花火・フェニックスが打ち上げられたが、
居酒屋でオヤジ相手に飲んでいた。
こういうイベントに乗るのが嫌いで、わざわざ人ごみの中にいくのが
面倒でもあった。しかし兄嫁と共に行った家内の話によると
「フェニックスが凄くよかった!」という。
    ということで45分かけて、信濃川の土手まで歩いていった。
    さすがに土手で見ると、迫力がある。
    しかし一時間もしないうちに眠くなり帰ろうとすると、
    家内が「最後のフェニックスは見るべき」という。
    そこで、あと30分我慢することにした。    
            (-_ゞ (~O~)ふぁ (~O~)
そして打ち上げ、 過去に見た花火の中で断トツのNO・1である。
10個のスタマインが同時に横1・6舛砲錣燭蠶競錺ぅ疋好リーンのように打ちあげられた。
フィナーレは薄オレンジ色に統一されているため、
幅1・6舛錣燭覯峅个一つの花火のように感じられる大パノラマ。
息を飲んで見入ってしまった。
なるほど去年、多くの人が涙をしたというのも解るような気がする。
そういうわけで今日もまた、見に行くことにした。

    ところで、昔から長岡花火で地方的な面白いことがある。
    花火のパンフレットが新聞の折込に挟まってくる。
    花火の提供者の企業名簿が、長岡のその時のステータスになる。
    あのスーパーがスタマインを例年提供していたのに、
    今年は出てないのは、他のスーパーに・・とか、
    あの小さな企業が出せるようになった・・とか、
    それが、花火会場のお喋りのネタになる。まあ、地方的な風情だが。
 ー花火の華?といえば、
・ミラクル・スタマインー幾重にも重なる華やかなXの線を描く
・ワイド・スタマインー5色の色で彩られる華やかなスタマインで、
           5台の打ち上げ台から同時に打ち上げられる。
・正三尺玉    ー長岡の名物花火、しかし最近では近郊の片貝が4尺玉を
          売りにしているので、少し影が薄れた。
・ナイアガラの滝  −ナイアガラの滝を思わせるような花火、
           長生橋から流れ落ちるように花火が舞い降りる
・フェニックス   −横に広く10個のスタマインが同時に打ち上げられる豪華な花火。
           ワイドスタマインの大きいもの・・ 等々である。
 ーーー  
*第二日目(8月3日)
                 \(~o~) n(0 ̄)        
初日のフェニックスが良かったので、また行くことにした。
二日続けていくのは、10年いや20年に一度である。
前日より少し遅めに出かけ、20時15分に土手に着いた。
土手には多くの人が行き来している。
少しでも立ち止まるとガードマンが執拗に注意する。
前日もそうだが、土手の席の通路ぎりぎりの端のところにシャガム。
ガードマンが注意しそうに近くに来るが、何くわない顔をしていると、
前日のようにブツブツ行って通り過ぎる。
    ところが、前の席の人が「どうぞ!」と、席の一部を譲ってくれた。
    こういう時は有難く好意に甘んじることにする。
    家内が「何時から席取りをしているのですか?」と聞くと、
    「午前の9時から」という。
    二日にかけて、苦労して席をとったギリギリの境に新聞を敷いて、
    ガードマンの嫌な視線の中で花火見物・・・
    他人の軒先を借りてズルをしていたことになる。

初日が、久々に土手で見たことも加味しても、二日目はかなりダウン。
辛うじて、フェニックスが前日と同様良かった!
他は??、 二日続けて大当たりは期待するほうが無理!ということ。
                    
60歳代のテーマは「ミーちゃん、ハーちゃん、になること」
元々そのレベルだから、ミーちゃんハーちゃんに徹するということか!
  今まで、イベントには、あまり興味を示さなかったが、
  何でも観てやろう、聴いてやろう、してやろう、読んでやろう、の心がけである。
  自分の今までの垣根を一度、鳥瞰した上で、  大きなイベントには参加したりして、
  垣根を取り払うのも面白そうだ・・・
  やはり自分に向いてない!と思わないようにして・・
                    ヽ(●´ω`●)ノ。バイ!
・・・・・・・
2005年08月04日(木)
1584, 2005年分路線価が公表

先日、2005年分路線価が公表された。
その要約は
・東京都が13年ぶりに上昇。
 山手線外側にも値上がりが波及しだした。
・反面、全国平均は−3.4佑如■隠廓連続下げ。

都内では2割近く上昇する地点がある一方、上野や新宿の歌舞伎町など下落点ものこった。
利用価値で二極化が広がった。値上がりの背景には不動産ファンド浸透も背景にあるという。
東京以外にも横浜、京都、大阪の最も高い路線化が上昇に転じた。
反対に地方の衰退が更に進んでいる。甲府では25佑皺射遏▲圈璽時の12佑泙罵遒舛拭
新潟市の最高路線価は14佑硫射遒如△泙世泙斥遒疎海韻討い襦

東京の値上がりも、一部大型マンション建設のあおりを受けている一時的現象でしかない。
地方の下落は、地方にあった機能が東京に集中した結果のもので、
値下がりはまだまだ続きそうである。
この最高路線価は、その地域の実質的価値をあらわしている。シビアな算定である。

数年後に、東京の勝ち組といわれている土地の暴落も確実と言われている。
不動産の価格は「世につれ人につれ!」である。 面白いものだ!
以下は、ある新聞社のHPの記事のコピーです。
 −−
路線価、下げ幅93年以降最少の3.4%・東京は13年ぶり上昇。
国税庁は1日、2005年分の相続税や贈与税の算定基準となる路線価
(1月1日現在)
を全国の国税局、税務署で公表した。

全国約41万地点の標準宅地の平均路線価は、
1平方メートル当たり11万2000円で、13年連続の下落。
しかし下げ幅は3.4%にとどまり、下げに転じた1993年以降最小なうえ、
東京都では13年ぶりに0.4%の上昇に転じた。
バブル崩壊以降の地価下落傾向から、都市部を中心に脱却しつつあることが鮮明になった。

 圏域別で04年分からの下落幅の縮小ぶりをみると、
愛知万博などで活気づく名古屋圏が3.9ポイントで最大、
大阪圏で3.2ポイント、東京圏1.9ポイント、地方圏も4年ぶりに1.1ポイントの縮小となった。

・・・・・・・・・
2004年08月04日(水)
1219, 「君のためにできること」−2 

20年来、年に10回は酒を飲んていた友人が末期癌になり、
終末医療の病院のビハーラに入院している。
本人が言うには、「24時間が拷問である」
見舞いに行くたびに衰弱をしていくのが、わか解るから辛い。

丁度その時に、この文章を読んだこともあって身に沁みる内容であった。
お盆は20年近くも、古町を飲むのが恒例になっていた。
そして、今年もその時期が目前になっているが、もう無理である。
何か寂しいお盆になる。

ー以下は、作家・大崎善生の奥さんの
高橋和の「第24回 言葉にできない」のエッセーであるー
 (サロンのコーナーに、HPが貼り付けてある) 
  ーーー
あれはもう15年以上も前の話になるのだろうか。
将棋道場へ行った日だから土曜日のことだ。
夕飯の匂いが辺りに漂い始めたころ、友人から電話がかかってきた。
 「ワガセンが死んじゃった……」
 ワガセンは小学校時代にお世話になった先生だった。
私を見つけると「おーい、やまとー」と言いながら髪の毛がくしゃくしゃに
なるまで撫で、最後にニッと笑って去っていく。
風貌はライオン丸、でもその目は穏やかで優しく、大好きな先生だった。

 ワガセンが亡くなったことを聞いた私は無意識に足がガクガクと震え、
初めて自分が悲しんでいるということに気がついた。
物心ついてからそれまで「人が死ぬ」ということに直面したことがなかったので、
これが大切な人を失う喪失感なのだと理解した。しかし、頭で理解するのと感情は違う。
もう15年以上経っているというのに、顔も忘れかけているというのに、
あのワガセンの瞳だけは記憶よりも鮮明に心に焼き付いている。
『あなたに会えて ほんとうによかった 嬉しくて 嬉しくて 言葉にできない』
 小田和正さんの名曲「言葉にできない」。
言葉にしようとしても、それが見つからないというこの歌は、
聴いた人それぞれにそれぞれの思いを抱かせる不思議な力をもった曲だ。
それはおそらく、誰しもがそういう出会いと別れを経験してきたからなのだろう。
その中でも特にもう二度と会えない人との別れには、
深い後悔と感謝の気持ちが入り混じる。
  ーー
「息子のためにサインを書いてもらいたい」。
そんなメールをいただいたのはちょうど3カ月前のことだった。
インターネットという顔の見えないところでの話だったので、半分は信用し、
半分は疑いの目を持っていたことは事実だが、とにかく本人に手紙を書かせて
ください、と私は返事をした。

 彼は10歳の男の子だった。どこで知ったのかは分からないが、私が子供たちに
将棋を教えているのを知り、とてもうらやましい、自分も教えてもらいたいのだが、
体調があまり良くないので行けない――といったことが綺麗な字で書かれてあった。

少年がくれたクマのぬいぐるみ。
「2つあるので1つあげる」――そんな優しい心の持ち主だった(撮影・高橋和)
「おとうさんから高橋先生もこどものときにこうつうじこで大けがをして
たいへんだったことをききました。
まだいたいですか。いたくならないようにおいのりしています」。

 私は10歳の子がこんなに心配してくれるなどとは思ってもみなかったこと
だったので、なんだかとても嬉しい気持ちになり、お礼の手紙と一緒に色紙と
使い古しの扇子を送った。
そして彼からまたそのお礼の手紙が来て、その返事を私が出して……
という具合に手紙をやりとりするようになっていった。
 どんなことが好き? 夢はあるの?

 手紙の内容はそのようなものだった。しかし彼の手紙は必ず
「せんせいのあしがいたくならないようにおいのりしています」
という言葉で締めくくられていた。

 私が“異変”に気付いたのは2カ月ほど経ったころ、彼の手紙の文字を見た時だった。
今まで上手に書かれていた文字はだんだんと大きくなり、そして少しゆがみ始める。

 この時、彼は既に病魔に襲われていた。
震える手を抑え、必死に書いた手紙は、身体中に管を巻きつけられ、痛さに
震えながら書いたもの。後に彼のお父さんからのメールで、
「お医者さんに話をしたら、今の状態で手紙を書くのは奇跡のようなものだ」
と言われたくらいに書くことなど無理な状態でのものだった。
 しかし、そのような中でも、
彼は「せんせいのあしがいたくならないようにおいのりしています」と書き続け、
実際に亡くなる前日まで毎日祈りを捧げてくれていたという。

 普段私たちが軽く口にする「優しさ」というものがいかに傲慢で、
独りよがりで、優しさでも何でもないことを痛感させられた。
人は人を深く思いやることができることを10歳の少年の方がよく分かっているのだ。
彼はもうこの世にはいない。
しかし、彼の優しさは私の胸の中でいつまでも生き続けることだろう。

ー感想
「死は直視できない太陽のようだ」というが、この子の肉体的苦痛は、
想像を絶したものであることを見つめてやらなくてはならない。
(字数の関係でカットしています)
・・・・・・・・
2003年08月04日(月)
852, 孤独について −3

 『人は人、我は我、されど仲良く』と武者小路実篤がいっていたが、
それこそそれぞれの 「独」を認め、かつ自分の「独」を大事にする言葉である。
『和して同ぜず』も母校の長岡高校の校是であるが、意味がほぼ同じだ。

 孤独を特に感じるのは、一人旅であろう。
若い人のバックパッカーの聖書になっている沢木耕太郎の『深夜特急』という小説に、
「独り言をブツブツ言いながら一人、旅をしていた」と書いてあった。
サルトルのいう「即自」と「対自」の会話である。青年期によく国内だが一人旅をした。
一人旅に出なくては精神のバランスが崩れてしまいそうであった。
帰ってくると何か大きなものによって満たされる感じがよかった。
旅行の最中は寂しいということは全く無かった。
誰かと対話をしていたのだろう。旅は孤独のプラスの異次元の世界に浸れる。
いま振りかってみて、「旅日記を克明につけておけばよかったのに」と悔やまれる。
「孤独」というキーワードで検索をしていたら、
脳性麻痺の青年のホームページが出てきた。
「孤独などと軽がるしく使うな!」とどやされたようだった。
口がきけない人や、盲目の人の孤独感は想像すら出来ない。
私の強みは「孤独に強い」と思っていたが、とんでもないことと思い知った。
「孤独は人を殺さないが、絶望は人を殺す」
という言葉をアンドレ・マルローがいっているが、
孤独の中の絶望に潰されてしまうのが問題なのだ。
その時こそ愛読書が一番自分を癒してくれる。
大いなる孤独ー作家の心ーとの出会いが本を通じて可能になる。
孤独であればあるほどその邂逅が大きくなる。

 いま一つの孤独で考えさせられるのが老人の孤独であろう。
結婚後、母と同居をしている時にトラブルが何回かあったときに、
母が「独り暮らしの孤独の知人がいっぱいいる。彼等はどんなにトラブルがあっても、
子供から離れてはならないとシミジミ言っている。我慢をしなくては」
とポツリと言った事があった。知人に数人家庭内離婚者がいる。
ほとんどが浮気がきっかけだ。それでも離婚をして一人暮らしよりましの為だろうか。
一番嫌いなのは、孤独と孤立の違いも解らない輩だ。群れたがる内なる羊である。

・・・・・・・・・・
 2002年08月04日(日)
477, 人口問題と今後の日本

先日平均寿命が発表された。女85歳、男78歳。
女性の半分以上が88歳の米寿を祝う事ができるという。
童謡で「今年60の爺さんの・・・」と歌っていたが、
いまや爺さんは80歳か90歳である。

100年前の日本の人口は4400万人で、現在までに約3倍になった。
これから100年後は丁度半分の6000万前後になるという。
100年で3倍になり、これから100年で半分になる。
人口のピークは2006年で、翌年から60万人が毎年減っていくという。

100年前65歳以上が5佑任△辰燭里、後10年後には28佑砲覆蝓
50年後は37佑鯆兇┐襪箸いΑ9佑┐燭蘿惷擇寒くなる。
周辺は年寄りだらけになる。
よくぞ100年で人口が3倍になったものだ、それも第二次大戦をのりこえて。
更に国民一人当たりの所得が世界のトップクラスになったのだから。
この100年のシステムは奇跡的な効率であった。
そのシステムがもう終わってしまったことは、誰の目にも明らかである。

中世でヨーロッパの人口が飛躍的に伸びたのは、南米から芋などの穀物の種が
流入したことと、アフリカから椰子の実から取れた石鹸の流入という。
高地で旱魃に強い芋などが飢饉を避ける事が出来るようなった。
石鹸は疫病を激減させた。

日本のそれは工業化と儒教と天皇制度が有効に働いた為である。
今後思い切ったシステムを作らなくては衰退の一途になるだろう。
それよりシステムの均衡縮小をバランスをとりながら目指すのが筋である。

今の若い人たちはこれから大変である。少し硬い話になったが。
デフレはますます進むし、中国の世界への仲間入りで間接的に生活の圧迫が
厳しくなる。これでもまだ90夕蠅弔ずで背後に控えているという。
中国の人件費のアップは今後無いという。

中国の人件費は日本の100分の1、その中間あたりが落としどころとして、
今の10分の1に無限に近づいていくのが自然である。
子供は一人っ子になっていきざるをえない。
  国内需要の右上がりは夢の夢だ。

・・・・・・・・
2001年08月04日(土)
[98] 現地日本人ガイド

旅行シリーズもそろそろ終わりに近づいてきた。
考えると話題はいくらでもある。現地日本人ガイドのことである。
彼らによって印象が全く違ってくる。

添乗員から聞いた話だが、彼らが言い出さない限りあまり聞かないほうがいいらしい。
彼らは考えてみれば、色々な事情でそこでガイドをやっていて当然である。
でもそれなりに見えてくる。ここで数回に分けて事情を書いてみよう。

ーイスラエルのガイドの話。
63歳の独り者の男性のガイド。イスラエルに来て10年以上とか。
日本の客は本当に少ないらしい。滞在中一回しかシスターの数人連れしか会わなかった。
本人も久しぶりの日本人の為、うれしくて仕方がないらしい。
マイク口からはなさず、喋りっぱなし。
一年前癌の手術をして、放射線にかかっているっらしい。
神学生崩れらしくて、神学のイスラエルの大学を卒業しているという。

旧約聖書にしても、新約聖書にしても博識だ。
ただいつ死がくるかもしれない不安と、外地で虚無になってしまうかも
しれない不安がそのまま伝わってくる。
それがイスラエルの地で聖書の話をすると迫力がありぴったしなのだ。
あまりに面白いのでメモをとりいっぱなしであった。


2313, 政治家の家族とは・・ −2

2007年08月03日(金)

         ー焼き尽くす季節にー  ー2
                  ますいさくら
  〜〜〜〜〜 (前日のつつき・・)
 
 でも、わたしは、いつか、自分が叫びだしてしまうことを知っていて、
その前になんとかしなくては、と思いながらも、周りに理解されたいとは、
全然思わなくて、逆に、自分のことなんて易々と他人にわかられてたまるものか
と思っていました。

 一方で、わたしは、この家から逃げ出そとしていたのです。
理由は、ゆるやかにやってきた体の変化でした。
思春期の体は成長していき、どす黒い癒と傷をいくつも背負う醜いさなぎも、
動けない羽を持ちあわせた蝶へと変身していったのです。
「兄さんの、わたしの体を見る目が怖い」何度も相談したのに、両親は耳を貸しません。
わたしは、ついに、父の選挙期間中に、通っていた中学校に火を放ちます。
どこか、わからない、どこかへ行きたかったのかもしれません。
いえ、実際は、わざわざ放火しなくても、よかったのかもしれないのです。
しなくてもよいことばかりしてしまう。だけど、なにかしていないと、
いてもたってもいられない、やっかいな季節を迎えていたのです。

 校庭の裏庭から火は回り、火の粉は空中を這う,煙道'を作り、
天空に立ち昇る陽炎となりました。 なのに、大船という土地柄、
松竹撮影所の映画ロケかと思ったみたいで、消火活動が大幅に遅れたのです。
そして、わたしは、だらしなく、酸欠で倒れているところを発見されました。
まるで、自分の激しさが、わたし自身を、焼き尽くしてしまうかのように。

 事件後-両親は、わたしを引取りに警察へ来てはくれませんでした。
選挙期聞中だったからかもしれないし、わたしという存在自体を
なくしてしまいたかったのかもしれません。
結局、わたしを守ってくれたのは、少年法という法律だけでした。
暴力を受けること、口を封印されること、それが生まれたときから、
すでに決定されていた事柄なら、自分でひっくり返して、踏みつけて、
蹴散らして、何がいけないの?

 兄みたいに、父親の輝かしい学歴や経歴に押しつぶされ精神に異常をきたすより、
わたしの方が、よっぽど健康的なんだから。
だって、わたしたち家族は、まるで表面は無傷で綺麗なフルーツに見えたでしょ。
でも世間なんてアホだから、その中身が、どんなに虫に喰い荒らされ腐っていようが、
量ろうともしない。指でつけられたへこみしか見つけられないじゃないって、
そう思っていましたから。

 でも、時間の経過とともに、その気持ちは曖昧になり、不安なものへと
変わっていきました。わたしは、行き場所を探していたし、
自らがその答えを出さなければならないことも知りました。
兄にどんな目に遭わされても流したことのなかった、涙も顔を伝わるようになりました。
そんな時に、生きる術を教えてくれたのが谷川俊太邸の本だったのです。

   ーーー
   現役の銀座ママが、よくぞここまで書けるものである。
   父親も健在のようだし、火宅の内情をそのまま書いてよいのだろうかと、
   考えるのは、まだ書き手として甘いのだろうか?
   こういう背景があったから、銀座で双子のママの一人として生きていけるのだろう。
   
   私が学生時代に入っていた寮が、早稲田大学の理事の自宅の庭にあり、
   24室ばかりの馬小屋みたいな平屋の建物だった。
   そこに政治家志望の学生が数人いた。 
   さらにOBも卒業しても、酒を持って世間の憂さ晴らしにきていた。
   
   そのOBの中の兄弟と親しくなりと(弟は学生で在寮)、
   その兄の政治家秘書と酒を飲みながら政治家の裏話を聞いていた。
   本人は県会議員になるのが夢だった。(その後、結果としてなったと風のうわさで聞いた)
   彼の政治家像の話が、‘ますいさくら’の両親の政治家の姿と酷似している。
   「政治家は、あるべき理想の姿をデッサンして、それを演じるのが仕事だ。
   自分が、ああだこうだは、存在しない。
   それも長年かけて、その虚像を創り上げ票に結び付けなくてはならない。
   それと、大物政治家のコネとネットを張っていくのが仕事である。」
   等々、聞いていて、その道のりは遠くて険しいものだと思った。

   彼女は、政治家とは、そういうものという知識が無かったのだろう。
   あったとしても、受け入れることが出来なかったのかもしれない。
   これだけ、内と外面が違う人種はいないからだ。
   まずは世間を受け入れ、それに合わせて演技をするのが彼らの仕事である。
   そういえば、世の中の全ての仕事は、そうなるが。
   政治家は、世の中を良くしていく体裁が求められる!
   政治家だけは、なりたくないし、なれない!
   
・・・・・・・
2006年08月03日(木)
1948, ローマから日本が見えるー19  
                 \(^▽^*)おは!              
           ー読書日記ー
第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −2
     ー皇帝への「5枚のカード」ー

彼は気づかれないように皇帝になるため、一枚ずつカードを集めていった。
カードゲームで、一つ一つはつまらない手札なのに、5枚揃うと「最強の手」
ができるのに似ている。
    その5枚とは、
   1、アウグストゥスとカエサルの名
   2、「第一人者」の称号
   3、インペラトール
     のちの「エンペラー」の語源になる名だが、戦の勝者をいう。
     これもこの時点では単なる称号に過ぎない。
   4、全軍最高司令官
   5、護民官特権
    −護民官とは貴族階級に対して平民階級の政治的権利を
     守るために生まれたもの。
     彼は、貴族のカエサルの養子だったので、
     平民だけがなれる護民官にはなれない。
     しかし、一年限り「護民官特権」を貸して欲しいと頼んで
     元老院から了解を得た。しかし彼は死ぬまで、この特権を放さなかった。

この5つを得ることで権力基盤を絶対的なものとした。
すなわち、初代の「皇帝」が誕生した。といって、無冠の帝王であった。
皇帝になった彼は具体的にローマを、いかにすれば安定路線へと導けるか考えた。
その答えは「平和ーパクス」の確立しかない、と考えた。
  そこで考えたのが税体系の確立である。
    相続税を発明、 関税、売上税、 奴隷解放税、 等々、
    シンプルで解りやすい5つの税体系にまとめ上げた。
  
               (。・ω・)ノ☆゜+.バイ!            
・・・・・・・・・
2005年08月03日(水)
1583, 郵政民営化法案について

明後日に、この法案が否決されたら政局は一挙に流動化する。
現在の日本は誰の目から見ても、大胆な歳出削減と増税という痛みは避けられない。
そのために、大きな改革エネルギーは必要である。

その本丸が崩れれば、構造改革が失速するだけでなく根本から崩れ去る。
この結果に対して、直ぐに先を読む金融・資本市場が反応をするだろう。
特に外資が売りに入ってくるのは必然である。
亀井とか綿貫は何を考えているのだろう?
私利私欲の姿があまりにもリアルである。
郵便局の存在価値はとっくの昔に無くなっている。
現在利権を得ているあの連中か、それを守ろうとしているだけだ。
国鉄の民営化みれば、郵便局の民営も当然ことである。
隠れ利権を守ろうと必死なのは解るが、
といって官は最小にというのが流れである。

郵政利権保持者に縛られて、政治的な必然の流れをみようともしない。
そのこと位、国民が見落とすと思っているのだろうか?
もし参院で否決されるなら、参院そのものの存在価値を疑われる。
警察官僚上がりの亀井と、トナミのオーナーの綿貫は許せるわけがない!
おまけに永岡議員が、自殺に追い込まれてしまったのは誰にせいか自明である。
でも、この亀からの援助で代議士になったのは運が無かったのだ。
世論がここで彼らに鉄槌を下すだろう。
いや国民はあまりに鈍いか!

ーーーーー
2004年08月03日(火)
1218、「君のためにできること」 −1

1昨日の日経新聞の最終ページの「文化」の欄のエッセーがよかった。
悲しい、純真な恋?に思わず涙がこぼれてしまった。

ーweb日経で調べてコピーをと思ったが、記載されてなかった。
ならば、書き手の名前「大崎善生」で検索をしたところ、
彼の奥さん(女流将棋棋士の高橋和)のエッセーが出てきた。
そこに「第24回 言葉にできない」というテーマで載っていた。
−−
ー新聞の書き出しをまず、書き写してみるー
  題名は 「君のためにできること」
             大崎善生
ー我が家に天使のような10歳の少年が舞い込んできたのは、
今年のまだ寒い頃のことだった。舞い込んできたといっても、
彼とは一度もあったことはない。

私の妻が手紙のやり取りを始めたのだ。
ーで、はじまっている。

 最後のほうは、
ー「痛いです。苦しいです」と書かれている手紙に何と答えればよいのだろう。
少年は末期がんの苦しみの中で、必死の手紙を書きしたためているのだ。
「お手紙うれしかったです。いつまでもいつまでもおともだちでいてくさい」
とまるで泣き叫ぶような字で書かれている。
いつまでも、いつまでもお友達でいてください、その純粋なゆえ、自分のことより
人の足の痛みを思いやれる少年の優しい心に。何もしてやれない悔しさもあったが、
少年が懸命に思い与えてくれるものの大きさに、胸が締め付けられる思いがした。

危篤に近い状態にあると聞いたとき、妻は自分が好きな音楽を集めてCDを作って
送っていたが、それが少年に届くことはなかった。
「あまりにかわいそうに思った神様が、息子に、最後の最後の恋をさせてやって
くれたのだと思います。」と父親から妻あてに手紙が届いた。
そして「病気の苦しさをどれくらい紛らわしてくれたことか」と
感謝の気持が綴られてあった。
少年から手紙をもらって僅か三ヶ月。少年は前日まで、妻の足が痛くなくなるよう
祈っていてくれたそうだ。少年がくれたテディベアは、リビングの出窓に座り、
今も私たちの生活を静かに見守り続けている。−
  で終わっている。
                      ーつづく
・・・・・・
2003年08月03日(日)
851、 いま政治が面白い

 私は政治嫌いであるが、今の日本の現状を見ると、そうはいっていられない。
自由党と民主党が合併決定、この秋に向けて政治が面白くなってきた。
小沢は首相にさせたい一人であるが、ここで彼の身を捨てた合併はさすがである。
管代表独りでは看板として頼りないが、小沢と二人となると全く違ってくる。
米英並みに選挙公約と閣僚予定者を並べて政策による選択を直接国民に訴えて
くるだろうから、今までの手法や感覚では選挙に勝てない時代である。

自民党も趨勢として小泉首相を下ろしたいが、万一旧守派が自民党総裁選挙で
勝った場合、民意に反しているという理由で総選挙は惨敗するのは明らかだ。
その方がむしろお国のためになる。
小泉もそのことを解っているので橋本派などを挑発しているのが漫画的である。

官僚政治家の亀井がいまさらのように出てきて、公共事業のばら撒きを餌に
甘言を並び立てているのは哀れな今の日本を代表している。
疲弊している地方経剤の利権屋の支持を求めているのだろうが、
いまさら彼等の力は一般の声に反するために大きなマイナスになる。

今の日本は思い切った構造改革をしないと、10年以内に国が壊滅してしまう。
それでも利権のためには構造改革したくないのが自民党議員の本音である。
自民党解体のためには一番手っ取り早く、橋本派推薦の新しい総裁の元で
国民の真意を問うべきだ。

 選挙になると自民党の特に橋本派から多くの偽改革派ー月光仮面のオジサンが出る。
それを演じるためには総裁選挙で小泉指示に回る可能性がある。
そのために橋本派の一本化は無理だろう。どうみても小泉は有利である。
新潟県は反小泉で決定した。私の意に反しているので今度の衆議院選挙では民社党に
入れることにした。これは恐らく私だけでないだろう。今度は、地域としても
「個人より公約を優先するだけ民度が高いか低いか」が問われるのだ。

 政治は何がおきるか解らない、盆明けから目が離せない動きが出てくるだろう。
政治も情報化で利権屋政治家の姿をリアルに映し出してしまう。
北朝鮮の緊迫した動きが本格的になってくるだろうから、
それに合わせて最適な指導者を選ばなくてはならない。

 ・・・・・・
 2002年08月03日(土)
476、ある老女の遺書ー2

25歳で子供が生まれ、子供のために安全で幸福な家庭をきずき、
30歳の女性になり、子供の成長も早く、永遠に続く絆で互いに結ばれ、
40歳の時若い息子たちは成長し、巣立つ日も近く、
50歳の時、再び、私のヒザの上で幼子が遊びたわむれ、
 もう一度私を愛する子供達と私は理解しあう。
夫が死に暗い日が続き、未来を見つめ、恐怖に身震いする。
若い者達はみな子育てに忙しく、私は昔を、愛し合った日々を思う。

私は年老いた女。自然は残酷だ。
老年が私をおろかにみせる。
私の体から優雅さは打ち砕かれた。
活気はなくなり、かって熱く燃えた心も今は石のよう!
しかしこの古い身体の中に、若い少女は住み続けている。

そして今も再び心がときめく喜びの日々を、また苦しかった日々を思い出し、
私の人生を愛し続け、過ぎ去った日々を再びたどる。
永遠に続くものは何もないという厳しい事実だけを残し、
あまりにも短い、あまりにも早く過ぎ去った年月の事を思う。

さあ看護婦さん、あなたの目を開きなさい。
目を開いて私を見つめて、もっとそばによって、
気難しい老女でない、‘私を知って!’

ーーーーー
この文は6年前に読んで非常に感動した本だ。
一人の人間の心の叫びがそのまま伝わってくる。
これを何時か書こうと思っていたが、その時がきたようだ。
いや久々に検査の為、病院に行ったのがきっかけでしかないが。

たったこれだけの文章の中に人生の全てを言い尽くしている。
これは詩である、人生を言い尽くした。 必ず誰も思う道だ。

・・・・・・・
2001年08月03日(金)
[97] NoSubject

数日前小学校の同級会の幹事会を今やってるが出てこいとの連絡あり。
15分前まで殿町で飲んでいたが再びユーターン。
東京の友人の会とどっちにしようか迷って、
返事の期限を10日以上も出してなかった。
出る出ないはどうでもいい。
返事を出すのが筋!こってり絞られた。

幼稚園、小学校、中学、高校と13年同窓の高木と山崎に頭が上がらず。
結局出席になった。 8月11日鴨川本館。
その日はかなり盛り上がり、同級会を終えてしまった感あり。


2312, 政治家の家族とは・・ −1

2007年08月02日(木)

       *ヾ(´∀`o)+。才ノヽ…YΘ!!

 あの双子の銀座ママの妹の‘ますいさくら’が、ある雑誌に寄稿していた文章である。
図書館で借りた「銀座ママが教える『できる男』『できない男』の見分け方」を
読んでいた。それによると、彼女はシングルマザーで、
そのことで子供が虐めにあわないようにアメリカに留学させていることと、
銀座で合理的システムで値段を思い切って格安にしたことも。

    「ああ、例のママが書いているのか」と気楽に読み始めたら、
    内容は「政治家の家族の火宅の実情」である。
    政治家の火宅の例としては山村新二郎がいる。
    よど号ハイジャック事件で 人質交換の時によど号に乗りこんだ政治家だが、
    最後は自分の娘に殺されてしまった。その家庭を彷彿させる内容である。

 政治家は「井戸塀」(政治家は最後は井戸と塀しか残らない)といわれるほど、
家(庭)を犠牲にしないと成り立たない世界である。 
火宅といえば、私自身が物心がついた頃から少年期にかけて家は火宅そのものであった。
事業も政治業も同じ世界である。毎日が闘いの世界で、次々と問題が押し寄せてきて、
子供にも直接・間接にエネルギーがかかってくる。
終戦から五ヶ月後に産まれで、両親が焼け跡から事業を再度立ち上げる最中であった。

     8人兄・姉だったが、そのプロセスで長兄・次兄が亡くなってしまった。
    そのショックで母はノイローゼになり、心不全で死の一歩手前までいった。
    子供ながらに、そのエネルギーを直接感じていた。
    隣の部屋で「死のうか〜、死にたい!」という両親の話を聞いていた。
    事業家とか、政治家とか、一見格好よくみえるが、実情は火宅といってよい。
    いや、火宅など当たり前で、それを何とも思わないと、それが面白いとでも
    思わないと長期的にはやれない。 だから好きになるしかない。

丁度、参院選挙が終わった後、政治家の家族を内側から見るのも面白いだろう。
 ーー
ー焼き尽くす季節にー
   谷川俊太郎『ビリー・ザ・キッド』
            ますいさくら

俺は殺すことで人をそして俺自身をたしかめようとした
しかし他人の血で青空は塗り潰せない
俺は自らの血をもとめた 今日俺はそれを得た
俺は自分の血が青空を昏くし やがて地へ帰ってゆくのをたしかめた
俺は俺の地の匂いをかぎ 今は俺が地になるのを待つ
俺の上を風が流れるもう 俺は風をうらやまない もうすぐ俺は風になれる
もうすぐ俺は青空を知らずに青空の中に棲む 俺はひとつの星になる
すべての夜を知り すべての真昼を知り なおめぐりつづける星になる 
         谷川俊太郎「ビリイ・ザ・キッド」

 谷川俊太郎を初めて読んだのは、小学校の国語の教科書に載っていた
「ことばあそびでした」でした。そのときは、その「超平和主義」に、
ついていけませんでした。
なにしろ、当時は、父親が神奈川県で連続当選を遭進中の県会議員、
母親の実家は、鎌倉で大きな病院を経営する一族。
一期四年の任期を、二期、三期と続けていくうちに、
わたしは幼稚園の頃からすでに「優秀な政治家の家族(らしい雰囲)」
を演じる術を身につけていたのです。
「選挙事務所という戦場が遊び場の幼き戦士」、いえ
「ペテン師が悲哀を演出するために連れている子供」といった存在だったのです。

 両親は、「子供たちの明るい未来」を唱える政治理念とは裏腹の、
すさまじい家庭内暴力をふるい続ける長男を、病院にも連れていかず、
世間から隠し続けていたのです。たとえ父の腕がへし折られ、母の顔の骨が砕かれ、
わたしに痣や傷跡が絶えなかろうとも…。
「本当のことを話したら、選挙に落ちてしまうのよ。ごはん、食べられなくなるのよ」

 両親に戒められている口を、制服の胸のスカーフが風で舞い上がって隠してくれたなら、
マスコミが期待する上出来な返答を、有権者が望むべき、こうであって欲しいと思う
家族像を、暗記した九九のように、すらすらとお話しできるのに……。
中学生にあがった頃には、周りが政治家一家に望む夢や理想を担う、
 立派な共謀者になっていました。

 でも、わたしは、いつか、自分が叫びだしてしまうことを知っていて、
その前になんとかしなくては、と思いながらも、周りに理解されたいとは、
全然思わなくて、逆に、自分のことなんて易々と他人にわかられてたまるものか
と思っていました。
                      ーつづく
  { ますいさくら(1968年10月6日〜、神奈川県鎌倉市北鎌倉出身)は、
  銀座のクラブのママ兼作家。血液型A型。父は、桝井祐三(神奈川県議会議員)。
  シングルマザーで、一女の母。
  片親で母親が水商売だと日本では肩身が狭いだろうという配慮から、
  娘をイギリスの寄宿学校に通わせている。}
  
                      ヾ(o・(ェ)・o)ノβyё
 ・・・・・・・・・
 2006年08月02日(水)
1947, ローマから日本が見えるー18
         (≧∇≦)オハヨウ~ゴザイマス!               
             ー読書日記ー
第八章 「パクス・ロマーナ」への道 −1
  ーローマ史最大の名優オクタヴィアヌス登場

カエサルは、
「大きくなりすぎたローマを守るためには、既に共和制度のシステムは無理であり、
住民共同体の利益を守るためには強力な権力集中の皇帝を中心としたシステムに
変えなくてはならない」ことを知っていた。
ローマ領の中に住む人々全体の利益を最大限にするのが覇権ローマの使命であり、
その役割は元老院にはもはや果たせないと考えた。
  
    ブルータスはもとより、カエサルの知性を高く理解していた歴史家キケロさえ、
    カエサルがやろうとしていた意味が理解できなかった。
    そのカエサルの真意を完璧に理解していた男が、一人だけいた。
    それがオクタヴィアヌス、後の初代ローマ皇帝アウグストゥスだけであった。
    カエサルの死後、公開された遺言状には、自分の後継者として、
    当時僅か18歳の甥のガイウス・オクタヴィアヌスを指名し、
    この若者を自分の養子として、カエサルの姓を継ぐように指示していた。

この頃、カエサルは自分が暗殺をされるとは、夢だに思っていなかった。
あと十年後に彼は30歳になるだろう、その時の後継者ぐらいとしてしかみてなかった。
しかし、僅か18歳の少年に将来の指導者を見出したカエサルの眼力は、
やはりスゴかったと言うしかない。
オクタヴィアヌスはカエサルほどの知力や軍事の能力は無かったものの、
こと政治感覚はカエサルに匹敵するほどの才能の持ち主であった。
この男は、自分の設定した目的を達成するためには、
いかなる「演技」であろうと辞さない強い意志を持っていた。

    彼は元老院を欺いても、帝政を実現していくと覚悟を固めた。
    公共の利益のためには善を装うのは良いと割り切った。
    この意味で、オクタヴィアヌスはローマ史上、空前にして絶後の名優であった。
    この人物は元老院議員たちを全て満足をさせつつ、元老院体制を否定する
    帝政に移行するという離れ業を成し遂げた。

遺言により、後継者に指名されたあと、カエサルの副官であったアントニウスと、
その妻であるエジプトの女王クレオパトラを相手に戦をして勝って終止符をうった。
そして、事実上でもローマの最高権力者になった時、オクタヴィアヌスは
元老院の議場で、驚くべき宣言をする。
  その内容とは・・・
                      ーつづく
    ーーー\(∂∇∂)/ーーーバイバイ!
*随想日記の「読書日記」は、自分の頭に入れるため
(後日の自分が読み直して解りやすいように)
本の要所を繋ぎ合わせたりしたもの、である。

・・・・・・・・
2005年08月02日(火)
1582, 変化について

「変化、挑戦、戦い」が生物の成長のサイクルである。
環境の変化に対して、自らを変えることが成長ともいえる。
また自のサイクルに変化を見つけだすことも必要になってくる。

我われが直面している激変の現在、自分もその変化に合わせて変わっていかなければ、
変化そのものに自らが抹殺されてしまう。現代はインターネットなどの情報化の技術や、
グローバル化で変化のスピードが益々加速している。

ところが変化することは、非常に難しい。とにかく人間は変化を嫌う。
現状を根こそぎ否定しなくてはならないからだ。
それが出来なくなった時、脱皮できない蛇のように死ぬしかない。
自分の過去を振り返ってみると、その節々に大きな変化をしている。
その変化が止まった時に停滞が始まっていた。

起きた現象に対して、逃げずに直面して戦うことから
挑戦の第一歩が始まる。その中から変化が生じてくる。
特に激変の時代には、ただ変わればよいわけではない。
激変にあわせてより大きく変身しなくては何の意味も無い。

激変の時は、真似をしていては変化に追いつかない。
自らの脳で考えなくてはならない。
組織内では、とにかく配転しか能力をのばすことが出来ない。
出世コースは配転を繰り返し、キャリアを重ねさせる。
本人にとって重圧かもしれないが、行蔵として蓄積される。
変化は結果として竹の節のように自らを支える役割も果たす。
そのため、節は打たなくてはならない。

世界が、日本が大きな節目にきている。
情報化が根こそぎ世界を変えようとしている。

・・・・・・・・
2004年08月02日(月)
1217, 広松渉ー哲学について-25

広松渉の「新哲学入門」を読んで非常に難しいが、
今までの常識が、根底から崩されてしまった。
その後、「哲学入門一歩前」を取り寄せて読んだが、
むしろ「新哲学入門」のあとで読んでよかった。

広松渉は「もの」から「こと」の世界へのパラダイムチェンジを主張した。
「物的世界像」から「事的世界像」への転換である。

・旧来の世界像は
「世界、存在界をモノから成り立っているとみなす。
 まず独立に存在する実体があって、それら実体が諸々の性格持って
 お互いに関係する」
・これにたいして、「『事的世界像』は、関係規定態こそ第一次存在とみる。
 実体は、関係規定性の存在論的には独立自存体ではない。
 要するに関係があってこそ、存在がある」と考えた。

 広松は、日常意識で当たり前と思ってきたことを疑い、それは根底から違うという。
彼は近代哲学者が思索を重ねてきた疑い得ない「基盤」を、根底から崩そうとする。
「私たちが見ている現象が果たして真実なのだろうか。
 善悪の判断基準は何なのだろうか。 美しいと思い込んでいるだけではないだろうか。
 等、今まで信じられてきた『真・善・美』とは、果たして何だ?」

今の時代は、幸福とか消費を基本的に、「もの」の充実とか消費だけでなく、
フィーリングとかサービスとかいう価値観でもとらえている。
別荘を持つことより、リゾートホテルの会員権を持つ時代である。
家を建てるより、旅行をしてまわるほうに価値をおく時代である。
そのサービスとかフィーリングに生活に必要なものと認知してしまっている。
この情報化の社会では、ますます広松哲学を知っておくべきである。

実際のところ、次代から次次代のTVは、実際の生の目でみた対象より
鮮明に映し出すという。カメラでは、その域に到達しているというが。
こういう時代には、近代哲学者がたてた哲学を根本から考え直さなくては
ならない時代になっている。 それが「事的世界像」への転換というのだ。
                       つづく
・・・・・・・・
2003年08月02日(土)
850, ミッション・ステートメントー自分の憲法
  ー原案ー

・死ぬ時に「すべきことは大方してきた、見るべきものは見てきた、
 恵まれていたし、面白かったし、幸せな一生であった」
 と心から感謝できる人生を生きる。
・自分が自分の人生の創り手であることを認識し、自分だけの役割を果す。
・いついかなるときも、「積極的な姿勢とユーモアと誠実さ」を保つこと。
・私の隠された能力は人を癒すことだ、その能力をより磨きをかけることで 
 社会と周囲の人に貢献していく。
・何事にも囚われた生き方ではなく、自然の流れに沿って気楽に変化を
 受け止めていく人間になる。 また何事も「一期一会」と真摯に向き合う。
・心の声に従って自分の価値観や信念によって行動する。
 それに対する批判・悪口は全く無視する。
・子供や孫たちから「これが私の父です。おじいちゃんです」と
 自信を持っていってもらえる人間になるー人生を送る。
 子供が「愛情と慰めと理解」を求めて、私のところにやって来てくれる
 ような人間になる。
 家内には私の伴侶として生きてきたことに満足をもてるように勤める。
・会社に対しては、常に長期的視点に立って改革改善に努め、利益体質を保つ
 ように努力をする。 存続は社長としての第一の義務であり、
 その為には常に新しい知識を導入するよう努力をする。
・健康には十分気をつけて80歳を大きい目標にする。
   
  ー 具体的には −
1、ホームページは、これからの時代の最低必要な発信基地であり、
 情報の蓄積倉庫でもある。その維持発展に努める。
 見ていて自他共に面白く魅力に満ちた内容にする。
 特に、随想日記は重要な発信媒体かつ蓄積倉庫としていく。
1、毎朝の散歩は一日のスケジュールで欠かせてはならない健康習慣
 として必ず実行する。1万4千~5千は維持する。
1、年2〜3回の海外旅行は可能な限り続ける。
 60歳までに50回の目標はこだわらないが、近づけるよう最大限努力する。 
 70歳までに70回を次の目標とする。
1、事業は65歳を大きい目安とする。
 そのための後進の育成を考えていく。
 デフレの中、借入金の圧縮に勤める。
1、常に新しい変化に注意を向ける。
 デジタル機器なども可能な限り新しいものを身近に置く。
1、人間関係はこれから大事ネットとして、広く深く創ることにする。
 但し卑しい人間は絶対に近づけない。
 我が内なる卑しさを判断材料にする。これはもっとシビアに徹底する。
1、純粋に助けを求めてきた時は、自分の力の範囲で答えることにする。
1、教養娯楽面では、読書や映画をレンタルやBS・TVを通して可能な限り吸収する。
1、80歳の誕生日にケニヤの高級ホテルで二人の子供と孫たちとサファリをしている。
 陽の沈むサバンナでシャンペンを掲げて家内と二人幸せな絶頂にいる。
 丁度海外旅行も100回目で、行きたいところはすべて行った満足感で満ちている。
 その後日本に帰ってきて酒飲み友達と銀座のスナックで、
 昔を懐かしみながら好きな歌を歌っている。

 ーーーーーーー
 以上であるが、やはり大きな手直しが必要に思われる。
 現在の延長線上でしかないからだ。

・・・・・・・・・・
2002年08月02日(金)
475, ある老女の遺書−1

この文は「心に残るとっておきの話」第五集
に載っていた話で、そのまま写し書きしてみる。
ー老人ホームで孤独に死んでいったある老女のロッカーの中から
見つかった詩、書き置きです。

「何がわかっているのです!看護婦さん、あなたは何わかっているの?
さほど賢くもない年老いた気難しい女、ぼんやりとした目付きをして
行動力も緩慢で、食ものをボロボロこぼしても返事をしない。
(努力して、やってみて欲しいの!}とあなたが大声でいっても、
そんな事少しも気にかけない様子で、靴下や靴はいつもなくしたまま、
何も逆らわず、何をしようというわけでなく、長い一日を入浴と食事で
埋めている。そんなふうにあなたには思え、そんなふうにあなたは
私のことを考えているの?

もしそうなら、看護婦さん、目を開いて、私を見つめてごらん。
あなたのいうままに、あなたにしたがって食事をし、私がじっと
静かにここに座っている間に、私のことを話しましょう。
私が十歳の子供の時、父と母が一緒に暮らし、兄弟姉妹は互いに愛し合い、
十六の若い少女のときはウキウキして、もうすぐ愛する人に巡り会えることを
夢み、やがて二十歳になろうとする時、花嫁になり心は踊り、
永遠に守ると約束した誓いの言葉。
                 ー続く
・・・・・・・・
2001年08月02日(木)
[96] 旅行で出会ったー普段会えない人ー

・大手情報機器メーカーをリストラされ傷心の60前後の人
・三條の67歳位の夫婦ー自在で何もおくさない人ーそのまんま!−
 イグアスの滝でゴミ袋の底に穴をあけ首を通して雨具にしていた。
・一度も結婚したことがないという70歳半ばの品の良いおばあさん
・ヌー河渡りを見たいばっかりに日本興業銀行を辞め、
 外資の銀行に勤め始めたのをまた辞めてきた30代半ばの女性
・30数年前、ある当時?の代議士の娘、自由時間にパリ野郎に誘惑され朝帰り。
 青い顔をして皆が心配しているのをしり目に、ピンク色の頬、うつろな目


2311, カント ー世界の限界は経験可能か?−1

2007年08月01日(水)


                (*´・ω・)ノはよー  
  『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著
                   ー読書日記ー
  
    カントは難しい。ここでも何回か書いてきたが・・・
   トルストイをして「何度読んでみても、サッパリ解らない」
   と言わせしめるほどである。
   「それまでの哲学をカントで哲学を収れんし、
   その後の哲学は、カントから始まる」と言われている。
   
   亀のようでも良いから少しずつでも理解してやろうと5年ほど前に決意。
   ことあるごとに、噛み砕いてあるカントの本や、各種の哲学書の中の
   カントの章を読んでいるが、それでもサッパリ解らない。

私が、カントの属性(クル病とか、生活の規則正しさとか・・)でなく、
哲学のエッセンスで解りえたのは、
・合理主義を経験主義を統合したこと
・「し・な・の」と憶え、
  『人は何処まで‘知り’えるのか』
  『人は‘何を成すべき’か』
  『何処まで‘望みえる’のか』という人間の根本を追及していた。
・カントを説明する上で、ある哲学書が一枚の絵を紹介していた。
 −雨上がりの草原に小さな二人の姉妹がいて、
 マンドリンのような楽器を盲目の一人が弾いている。
 その逆側の娘が盲目の娘の肩越しに、雨上がりの草原の虹の景色をみているー
 この絵は、雨上がりの草原で若草の匂いの中、好きな楽器を弾いているが、
 眼がみえないため、虹と草原の美しさを知ることができない。
 人間は、その機能の範囲でしか対象を認識できない!ということである。
 世界の限界を経験しても、その限界を超えることは出来ないということだ。
・現象は、それぞれカラーのサングラスをかけてしか見えないし、その色に
 限定されるということである。
 −−−等々である
 以上の簡単なことを知るのに、悪い脳で必死に取り組んだ結果である。
 
    先日借りてきた『カントー世界の限界を経験することは可能かー」熊野純彦著
    ーNHK出版ーが、シンプルにカントのエッセンスを抜き出してあった。
    110頁ほどの本だが、視覚的にスウ~ッと入っていける?
    読んでいると、何か何面体かの球状鏡に色いろな意味が照り返しているような
    気持ちになる内容である。
    一度借りてきたことがあったが殆ど読まないで返してしまった。
    今回が、もう一つカントを理解するうえで、丁度良いタイミングなのだろう。
    それとノロマながら、先ほどのことを、さらに一歩解りかけてきた。

 次回から、少し手間がかかるが、私の知的レベルに下げて、
 這いずりながらも意味を掘り下げてみたい。
 その為に、中古本だが注文をして読み始めた。
 何度も何度も繰り返し書き込みを入れないと、とうてい歯が立たない。
 哲学は、脳の中枢の情報えり分けや、吸収の根幹に関わるので、
 避けて通ることはできない。 考えること、それが哲学である。
 そして考えること、それが人間としての姿だからだ。
 
 「なに考えてんだ?自分は!」「なに考えてるんだ?あなたは!」と、
 何時も自分に、他人に問いかけているわりに考えるということを考えてない。
   そして、晩期になって、「自分は何をしてきたのだろうか?」
   と、悶絶をする。  もう始めている? 本当にご苦労様です。
 
                ホナナァ☆ |・∀・`@)ノ|Ю  
 ・・・・・・・・・
 2006年08月01日(火)
  1946, 満水の阿賀野川河口でカヌーに乗る−2

            Good☆':.*^ヾ('c_'ヽ,,)*.:'☆Morning
その日(7月29日)の夜、松下さんと長岡市の駅近くの
「一心堂」というスナックで飲んだ。そこで、
「阿賀野川の河口で帆付きのカヌーで向う岸に渡ってきた」と、
酔っ払いの自慢話。ところが、マスターとスタッフが、そこをよく知っていて、 
「大きな川の河口は恐ろしいところで、あそこではエンジン付きの舟以外は
誰も乗らない。知らないだけで、とんでもないこと。
何も知らない子供が、寝ている虎の背中に乗って遊んでいるようなもの。
少しでも川の流れが変化したら、どうなったことか・・・」と、呆れていた。

    翌日、会社で近くに住む人に話たところ、もっと厳しい指摘。
   「あそこは海の波と川の波がぶつかり合っていて、
    いつどういう波が来るか分らないところ。
    毎年何人か死んでいる。そのため誰も泳ぐ人もいない危険地帯。
    この豪雨の翌日にカヌー遊びなど危険とかいう問題ではない。」

流木が多く流れていて危なそうだと思ったが。
誰も泳いだり、ボートなどに乗ってないはずである。
松下さんは海が主流で川では乗らないといっていた。
さらに大きな川や、その河口も初めてと言っていた。
知らぬが仏だったのか。
たまたま、そのような幸運なTPOSを遭遇したのか。

    カヌーも経験すればするほど深い世界であり、のめり込んでしまうという。
    一人でカヌーを持って海・川に行き、組み立て、そこで遊び、
    また解体して車に積み込み、一人で帰ってくるのが良いという。
    こういう趣味を持っているのは羨ましい限りである。
    おまけに、河口湖に別荘を持っていて、そこでカヌー遊びなど・・・
    人は人、我は我だが・・・
    こういう人の趣味などで羨ましいと思った時、
    自分の趣味を持っていると余裕を持てるからよい・・・

 「趣味は、その人をそのまま現す」というが、そのとおりである。
  永年かけて一人で自分の世界を作り上げていくプロセスを楽しむもの・・
  人がとやかくいう世界とは別物。

*(ところで、一心堂というスナック開業70年という店。
  私の母とマスターの母が同級生。
  その上、私の兄とマスターも同級生ときている。
  こういう老舗が地方都市には多いが、最近どんどん廃業している。
  このテーマと関係ないが)
                 バイヾ( ̄ー ̄ヾ))))
・・・・・・・・
2005年08月01日(月)
1581, 「これから5年・地価は半値になる」−4

この本に、「都心の大型マンションの暴落が引き金になって土地の下落は、
更に進む」と、あった。
そのままの記事が、五月号の「ヨミウリウィークリー」にあった。
(昨日、図書館でみつけたものだが)


いま人気の「品川」に、価格破壊タワーマンションが1〜2年先に売り出されるとか。
70年の定期借地権つき高層マンションで、80平米が3600万という。
この値段は定借付でなければ、東京駅から30キロ以上離れたところの相場と
同じ値段になるという。

品川駅から8分のところの高層マンションが、この値段というは不動産業界にとって、
いかに衝撃的な価格ということがわかる。
こういうものが、これからドンドン売り出されると都内の十字架ゾーンから
離れた不動産の価格がますます下がるのは当然である。
このような物件は初めてかというと、そうではないとか。
平成16年、去年の春、横浜の港北ニュータウンで分離された「タンタタウン」がある。
678室の大規模マンションで、82平方の3LDKが2180万などで売られた。

この記事を読むかぎり、この本の内容がオーバーでないことになる。
従来の50年の借地権つき物件、それも数年前に完成し、今は中古として取引される
定借マンションに最近、人気が出ている。
この数年は負け組みの土地の値段が下がり続けるのは間違いはないだろう。
まだ土地本位制度から抜けきれない銀行の体質から見て、日本経済の悪化は
続くと見なければならないのか。

ー追記
この文章を書き終わって気づいたことだが、この本をベースに一つの
事例として肉付けした記事だったのかもしれない。

・・・・・・・・
2004年08月01日(日)
1216, 直立して歩くサル

先日のニュースで、ある動物園で直立をして歩くサルを報じていた。
人間のように背筋を伸ばして歩いていた。
インフルエンザで高熱を出した後、直立で歩きだしたという。
何かサルの惑星の世界のような不思議な感覚に陥ってしまった。

・風邪で脳の何処かをやられてしまったのか。
・サルの歴史の中で直立で歩いていた時期があったのか。
・人間が歩き出したのは、脳をやられたサルが歩き出したのかもしれない。
 等、考えてみたが。

一般にはサルが木にブラ下っているうちに背筋が伸びて、直立の骨型ができた。
その後に、草原に獲物を獲るために出て行くうちに、直立歩行になっていったと、
信じていたが、サル学者はこの現象を如何みるのだろう?
進化論で、「脳内突然変異作用」の説があっただろうか。

人間でも老人性痴呆症になった人が抑制がとれて突然、絵画の特殊才能が出た
という例もあるという。脳はまだまだ未知の領域である。

それが注目をされた時は、悪化をしている時である。
そう考えると、脳が最近になって注目をされているというのは
人類は少し脳がおかしくなってきているせいだ。
それとも電脳といわれるコンピューターのせいだろうか。

・・・・・・・・・
2003年08月01日(金)
849, ありがとうの話ー7

「幸せの宇宙構造」を読んで、「ありがとう」を一日500〜1000回
いい続けて50日が経つ。日が経つほどに、驚くほど気持ちが安定するようになった。
もともと気持の安定化は般若心教などで訓練していたが、
「ありがとう」効果は即効性がある。
簡単に「瞑想と同じ状態」になるため、細切れ瞑想が手軽にできるからだ。

『言葉はレストランのオーダーのごとし』というが、
言い続けていると注文どおりの料理が運ばれてくる。
「ありがとう」といっていると「ありがたいこと」がどんどん運ばれてくる。

「ありがとう」を歳の数×1万回をいうとその辺から、それまでと違う現象が
どんどん出てくるという。私の場合57万回になるが一日千回として、
一年半以上かかる事になる。

「ありがとう」を言い続けているうちに、言葉と一体化して無我になった状態が、
仏教でいう悟りに近い状態ではなかろうか。
宇宙の特異点の「正中心一点無」の状態である。
その無からエネルギーが湧き出てくる感じだ。

私の場合、マイナス思考が出てきたとき、自動的に「ありがとう」を言うことに
している。現時点ではこれが一番自分にとってプラスになっている。
人間は一日7~8万回考え、その大部分がマイナス言葉というから、
これは非常にプラスである。

この随想日記を読んでいる人に「ありがとう」シリーズは好評で多くの人が
「ありがとう」をいい始めるようになった。 ありがたいことだ。
「ありがとう」のとうは「十」と「当」の意味が含まれているという。
ありが十は「十に一つしかないこと」
ありが当は「めったにないに当たること」という。
なるほどと思う。

・・・・・・・・・
2002年08月01日(木)
474, ある小学6年生の作文

[僕の夢は一流のプロ野球選手になることです。
 そのためには中学、高校と全国たいかいに出て活躍しなくては
なりません。活躍できるようになるためには練習が必要です。
僕は三歳のときから練習を始めています。三歳から七歳までは
半年くらいはやっていましたが、三年生の時からいままでは
365日中360日は激しい練習をやってます。
 だから、一週間で友達と遊べる時間は5~6時間です。
そんなに練習をやっているのだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。
その球団は中日ドラゴンズか、西武ライオンズです。
ドラフト入団で契約金は一億円以上が目標です。
僕が自信があるのは投手か打撃です。

去年の夏、僕たちは全国大会に行きました。そして、
ほとんどの投手を見てきましたが自分が大会のナンバーワン
選手と確信でき、打撃では県大会四試合のうちホームラン3本を
打ちました。そして全体を通した打率は5割8分3厘でした。

このように自分でも納得いく成績でした。
そして自分たちは一年間負けを知らずに野球ができました。
だから、この調子でこれからも頑張ります。
 そして、僕が一流の選手になって試合に出られるようになったら、
お世話になった人に招待券を配って応援してもらうのも夢のひとつです。
とにかく一番大きな夢は野球選手になることです」

この文章はイチロウの子供時代の作文である。−「致知」という雑誌より
「夢」と「意思」と「実績からくる自信」が現れている。
それと父親の指導がこの作文の文章からうかがいしれる。

・・・・・・・・・
2001年08月01日(水)
[94] 倒影について−1

投影といえば対象の中に自身の姿を見るとか,自身を相手に映し出すときに
つかわれる。
これに対し私が創ったか実際あった言葉か忘れてしまったが、‘倒影’という心理がある。
これが人間にとって曲者!
ずるい批評家とかコンサルタントや新興宗教の教祖が多用する。
他人の悪口はこの心理より発せられる。

‘心の中の影’を自身の中より、対象の中に見てけだし否定する。
ずる賢いやつはそういう対象に近づき、否定すべきことを探しある時期がきたら手の裏を返す。
誰もが持っている哀れな姿である。新興宗教の教祖がそれをやる。
ダライラマとかに500万とか1000万の金を献金。
会見したようにして会い、あたかも同格のように写真をとる。
そのうちいつのまに教徒にそれ以上と洗脳をする道具に使う。
オウム教とかこの前詐欺でつかっまった足もみの教団はその典型だ。

女子短大レベルの若い女が表面的知識を得た時、まずおぼえるのがこの否定である。
それであとは何にも見えなくなってしまう。それで同格かそれ以上と錯覚してしまう。
何事も三分一は影があるが、その影探しだけに精を出す。

 < 過去  INDEX  未来 >


horii86 [HOMEPAGE]