堀井On-Line



[36] 初めてのパソコン教室

2001年05月30日(水)


今日初めてのパソコン教室に来ています。自宅から3分のところで非常に便利です。長岡でその人に合わせた指導を求めている人は 31−2466 長岡コムネットに電話してください。2時間で3500円です。ここの写真ヲ撮って写真日記に入れておきます。


[35] 一人暮らしのあの頃

2001年05月29日(火)


今日は終日長男(堀井大)のアパート探し!
よくあれだけ部屋があるものだとビックリ!
部屋の中にある人生を感じた。
一人部屋にある何ともいえない哀愁を!
私にもあった一人生活の侘しさと緊張感。
いつも鏡を机の上に置き、独り言を言っていた侘しさ。
でも自由のよさ。何かタイムマシーンで三十数年前に戻った感覚であった。


[34] 糸井重里サイトを見て感じた事

2001年05月28日(月)


糸井重里の「ほぼ日刊糸井重里新聞」を二年前にホームペジを開き、

現在1日二十数万のアクセスがあるという。

ちょっとした新聞社なみだ。開いてみたがなるほど面白い!

ホームページ作りより、自分自身のインターネットに対する感覚が変わってきている

事がわかる。考えてみたら1度ホームページに載せたら、

そのデータは半永久的に残る。

ホームページは墓場と言っていたが、そのとうりである。

その意味で永久に残るデータベースである。

糸井重里本人が不思議な感覚と言っていたがわかるような気がする。



[33] デフレ実感

2001年05月27日(日)


家内が初めてマックの半額のチーズバーガー2個とマックシェ―ク1個を買って300円で

お釣りがきたという。息子とインスタントコーヒーを出し、チーズバーガーを1つとシェ―クを

半分ずつ飲んで信じられない感覚だったという。1人150円でインスタントコーヒーをいれて

170円、デフレを実感したという。

うかつであった。買った事がなかったのだ。

100円ショップ、家具のニトリ、サエゼリア、ユニクロ大きい共通点がある。物価の

グローバル化を戦略的にめざしている。100円ショップの原価は平均28円だそうだ。

300円から3000円のプライスの商品をトレードオフして、中国などの国で10〜35円

で作らせて持ってくればいい。100円ショップは当分は伸びる。2000〜3000円した旅

行用空気枕を100円ショップで買って結構良いのに驚いた。

デフレとこの不況まだまだ入り口だ!デノミのタイミングもそろそろだろう。


[32] 34年ぶりの文章化

2001年05月26日(土)

欧州1周旅行(印象記)欧州1周 ー 1967・07〜
   デンマーク(コペンハーゲン)・スエーデン・イギリス・ドイツ・フランス・スイス・イ   タリア・オーストリア・タイ・・・ 
今より34年前の立大三年ー大学の海外旅行研究会が募集した旅行会が募集した欧州1周旅行に参加した。期間 は30日間ー1967年7月01−30日ー総勢 40名  団長 高木豊 添乗員 玉井 氏であった。 −深井・川崎・酒向・池永・堀井八郎・・
内側(内面。国内)ばかり見てきたそれまでの世界観が一変、地球の広がりを肌で感じた
当時年間20万人しか海外旅行者はなかった。カルチャーショックで、人生観が全く変わってしまった。自分の世界の狭さを知る人生の一大転機でもあった。それまでの総てが粉々になってしまった。人生でこれだけの楽しみも初めてといってよかった。その時の印象に残っている事は、1.まず自分は東洋人ということであった。白人の世界で初めてそのことを自覚をしたのだ。それと露骨な人種差別の視線を。2、欧州の豊かさも想像をはるかに超えていた。3、また文化の深さに驚愕した。毎日毎日見るものふれるものが、全て新鮮で興奮の連続であった。全く事前の知識を入れてなっかったのが逆に良かった。4.若さにありがちなコンプレックスの塊の自分に初めて自信がついたー行動としては初めてといってよい。
A.まず機内ーー飛行機で食べたヒレステーキーこんなにおいしい牛肉は生まれて初めて!
国内では聞いた事のない他の乗客の会話!憧れの日航のスチュウワーデス!
B.デンマークの街並みの清潔かつ美しさ!一人で路面電車に乗ったとき嬉しさと不安!郊外にあったお城からみた緑と空の色!当時日本では殆どなっかったコッテジ風ホテル
C.スウエーデンでみた金髪美人の美しさと着こなし!それが北欧の街並みにぴったり!そこの
バイキングの食事―バイキング方式の食事の存在をそこで初めて知った。
D・ロンドンの王宮そしてビッグベン。イギリスではパブが印象に残っている。軽くスタンドでビールを飲める感じであった。
E.ドイツはミュンヘンのビヤホールの大きく豪華なこと。確か2000人位の客がステージの楽団にあわせてホール全体が一つになり楽しんでいのるのが不思議に思えた。なるほどヒットラーが出るわけだと思った。また古い街並みと古城のよいハイデルブルグそしてライン下りで見た田舎ドイツの何とも言えない深みのある景色。
F.スイスアルプスの登山列車から見る山並み。    
G・オーストリアで飲んだ地酒のワインと生ハムの美味しい味。 
H・パリで見た凱旋門とシャンゼリデ通りそしてルーブル博物館のモナリザの絵とミロのビーナス。そしてヴェルサエル宮殿とその鏡の間。そして庭。
I.ローマの遺跡の数々。コロセウム
闘技場にトレビの泉。284本の円柱が囲む楕円形のサンピエトロ広場と寺院そこで見たピエタの像。地中海のカプリ島。幻想的だったコモ湖。
J.帰りに立ち寄ったタイのバンコク―その何ともいえない素朴な景色。寺院もどこもかしこも仏教の影響の為か純粋な東南アジアの良さがにじみでていた。
この旅行から帰ってきて2〜3ヶ月呆然自失であった。もし神様が人生で1ヵ月時間を戻してくれるとしたら、迷わずこの一ヶ月を選ぶだろう。
ー34年ぶりの文章化である。意外と憶えているものだー


[31] 写真日記コーナー開設!

2001年05月25日(金)


ウイークリーマンションの司の社長の写真日記
ーこれはノートにその日あった人のインスタント写真を張りつけていく 
ものだが、ーいつか実行したいと思っていた。
そしてホームページで 是非実現してやろうと思いつき今日開設した。
ソフトが不備で思いどうりにならず、苦戦していたが何とか間に合った。
しかし途中挫折しなければよいが?
慣れてくれば、習慣化してしまえばしめたものだが。
どういう展開なるか自分でも解らない。
小さな世界がますます露呈されていくが、しかたあるまい。
だんだんホームページに関わる時間を短縮していかなけれと思っているが、
今はとりあえず時間だけはいれなくては!
今日も午前中南雲氏とこのコーナーの準備。ビルつくりに似て慣れてくると
面白い部分が見えてくる。


ホームページを開いて3週の実感

2001年05月24日(木)

ホームページを開いて3週の実感
今週末に‘写真日記のコーナー’ができると一応ホームページの骨格が完成だ。
パソコンを何のため使っているのかな?使い切っているのかな?と疑問を持っていた矢先
ホームページの開設を思い立ち、そのプロセスの中で他のホームページの構造とユニット
をつかむ事が出来た。
  自分のデータベース造り、及びその蓄積になっていくと同時にそれがそのまま外界にリンクしていくサテライトスタジオ機能を持つことと言える。グローバルに対する自己の開放である。ホームページはその表紙を語源とする。ということは大項目のデザインということになる。この数ヶ月かなり追加と変更が予測できる。
  今年の新年の誓いはパソコンとインターネットとホームページをものにする事であった。
特にホームページは思ったより収穫になりそうだ。
 開設の5月2日以前と以後と言うくらいのそこに大きい段差を感じる。

人生のコツ
末っ子は虐めと言う意味できついが,
反面学ぶ事が多い。
冷静に一人一人を観察しているのだ。
そうしなければすぐ虐めがくるからだ。鷲頭設計ー社長の話で
彼も大人数の末っ子だそうだが、
社長職にその立場は丁度当てはまるそうだ。
それぞれの環境立場がその人の個性をつくる。
秘境の旅行は色々な個性的な人と出会う機会がふえる。
人生の達人である。
初めは旅行に付き物と割り切ってみていたが、
とんでもない‘人生のコツの宝のやま’である。
プラス・マイナス両面である。
ネパール行ったときのある67歳の人の話で、
「身内の殆どが40代で死ぬ家系と言う。
自分も覚悟をしてそれを前提にして、その年まで総てやりたい事の
すべてをやり尽くす生き方をしてきた。ところが今もこうして生きている。
それまで(40歳)に国内を総て旅行して回った。
その後世界を殆ど回ったがまだ死なない。
それより学んだことは、何事も前回しやってしまう、
そして時間を切ること」だそうだ。
もう1つのコツは、朝食にキャベツを半分微塵切りにして
シソドッレシングをかけて食べる事だそうだ。
夕食も老人食の宅配食を食べてるという。
一期一会、徹して配慮をして生きることと言う事か。

青雲寮(わが青春)
私が学生時代過ごした寮ー青雲寮のことを書いてみよう 。
場所は飯田橋から都電で新宿への中間 、新宿の牛込柳町にあり
早稲田南町のバス停にも近い住宅地であった。
早稲田大学の理事の自宅の庭にあり牛小屋のような造りで、
古くきたないL字型の24〜5室の寮であった。
早稲田の学生が3分の1,あとは各大学の在学生で占められていた。
そこからは代議士(渡部恒三)や県会議員が数人ずつ出ており、
汚い棲家でもけっこう皆プライドはもっていた。
全国からの出身者のため個性的な人間の集まりであった。
今でも年数回、そこに今でも住んでいる夢を見る。
月に数回は10人位集まり酒を買ってきて飲んでいた。
誰か必ず部屋に遊びに来ている状態で、あまり勉強に良い環境とは言えないが
人間勉強という意味で非常に良かった。
自民党の総裁の鳩山一郎系のいきがかかっていた。
思いもよらない先輩がいて、よく赤坂とかあの頃の学生では行けない所に
飲みにつれてもらったりした。音羽の鳩山御殿も数回行った憶えがある。
その関係で軽井沢の友愛山荘に長期の休みにアルバイトに行ったりしていた。
そこで学生時代の大きい財産になった欧州旅行のきっかけもできた。
その寮は一緒に生活をしている事もあってか、とにかく癖が強い人間が多かった。
私生活がお互い丸見え、どうしてもアラが見えてしまう、と同時にサル山と同じ
勢力争いがあって結構それが面白かった。
ホモあり、女狂い有り、哲学専攻でいつも一人ニヤニヤぶつぶつ言っている先輩あり。
クソ真面目のいやみな先輩あり、学生運動の闘士有り、今考えてみてもかなり
おもしろい寮であった。
学生時代はこの寮と武澤ゼミと欧州旅行とクラブを除いては考えられないが、
いい経験をした寮であった。私の大学の友人の間でも、この寮の存在―
特に汚い馬小屋風の寮で珍しがられていた。  
父がこの寮に卒業の八ヵ月前にきて、翌月から仕送りを二倍に上げてくれた事で、 
いかに凄いか想像出来るのでは。           (昭和40〜44年)



お笑いコーナーの開設

2001年05月23日(水)


スナックジョーカー
去年シルクロードを旅行した時、同行者がかなり知的レベルの高い人達であった。旅行中非常に厳しい環境の中で、いつも軽いジョークを飛ばしていた。それがいやみも無く気持ちを和らげてくれた。その経験から軽いジョークは厳しい人生で軽い安定剤になるものだと、つくずく考えさせられた。そのとき日本に帰ったら必ずそのセンスをつけてやろう心に決めた。そして数ヶ月間ジョークと駄洒落の本10冊以上を買い求めた。初心者のジョーク収集家になってしまった。一人手帳に書いて楽しんでいたが、公開も面白いとこのコーナーを開設することにした。笑いはその人により
千差万別経験により違う。可笑しかったら笑ってください。  いつものとうり以前書いた文章をコピーしておきます。
    −H1209"笑い"について ー
 笑いというと人生におけるアクセサリーのように考えられるが、実際は人間として生きるうえで、もっと根本的な問題を含んでいる。苦悩は人間の本質的一大問題である。仏様は、それを"四苦八苦"に分解してみせ、その根本的解決策を八正道とした。しかし人間はそのずっと以前に"笑い"を発見していた。そして苦悩をやわらげていた。人生は本来、思い通りにいかない、馬鹿げている、いやな事が多い。本来あるべき姿との闘争といってよい。これが苦悩となって負担となる!そこでユーモア・ジョークを創りあげ、笑いで中和していた。苦悩より生ずる精神のこわばり、このこわばりにおかしさが出てくる。これをスピーディーに指摘する。人間はスピーディーに不一致を指摘されると、おかしく笑い出す。笑いは笑う側から言えば優越感、笑われる側からいえば、その価値の下落、及至無化と関係している。われわれは優者に同一化する事により敗者を笑う。これが皮肉、悪口による嘲笑でもある。しかしこれは品性の最も低レベルの露出になる。皮肉は孤高な笑いでもある。皮肉屋は自らを高くして、自らを神の立場にして、愚者を笑う。反対にこの人間の弱さ愚かさに直面しても、これを憎まず受け入れる態度をユーモアという。笑われる対照が実はわれわれ自身でもある。ユーモアが与える心あたたまる連帯性の源は、この共犯性にある。すべって、ころんで怪我をして泣いているのが悲劇であり、その姿を第三者が可笑しくみえ、笑ってしまうのが喜劇である。同じ局面でもその立場で全く違ってくる。しかし喜劇的側面は少なくとも客観的であり、ロングショットの視点である。悲劇的視点はその苦しみしか見えなくなっている。という事は苦悩を逆に自ら笑ってしまう事のほうがプラスになる。"いつか笑える日がくるさ"とつぶやく事を忘れないなら、その日は駆け足でやってくる。笑うから楽しいのである。泣くから悲しいのである。笑いは自ら創りあげるものである。この三ヶ月間でジョークを一〇〇、駄洒落を二〇〇、頭の中にセットした。しかし、これで相手を笑わせるとなると話が違ってくる。難しいのである。当然の事ながら一つの話でも一人の人にとって可笑しいが、もう一人には全く馬鹿げている事が多い。その為にはTPOSでネタを変えなくてはならないし、それと失敗した時のフォローも考えておかなくてはならない。一つのジョークでも一つの"生き物"として自らの中で手入れをしておかなければ相手は笑ってはくれない。ユーモアは笑いを目的とせず、雰囲気を良くする事を目指し、ジョークは最後の一ひねりに、吹き出し笑いを目指す。駄洒落は聞き手に優越感の笑い(話し手を少し馬鹿にさせる)を目指すという。この違いだけでもわかっていると笑いに対する知識が全く違ってくるはずだ。


チャレンジ100

2001年05月22日(火)


60歳までに50回 外側―異境秘境をメインに旅行の目標を数年前にたてた。
ねん3回ずつ最終年4回で達成だ。今まで34回面白かったし、エネルギーも
つかった。この分だけ人生に上乗せという感だ。年三回というと家内の分も含め
ると2百万余かかる。ゴルフはやらず、居酒屋スナックは4000円以下、
もちろん国内旅行は一切行かず、更に日本に居たとしての生活代がかからない事
を考えると、それだけでプラマイゼロである。数年前かいた履歴を一昨日書き加え
た。好きでない人間には金まで払って何をやってんだと思うだろう。 
「35」北欧ーロシア-スカンジナビァ           ・06
「34」メキシコ                    2001.01
「33]モッロコ                     2000.11 
「32」パキスタン・中国                 2000・06     
「31」シリア・ヨルダン・レバノン                ・04  
「30」ノルウエー                   1999・12 
「29」ケニア                          ・08   
「28」イスラエル                        ・04     
「27」ネパール                          ・02
「26」北インド                     1998・10   
「25」 北スペイン                        ・07  
「24」タンザニア・ウンゴロウンゴロ・セレゲッテイ高原) 1997・12   
「23」 べネゼイラ・(ギアナ高地)                ・08
「22」 ペルー・(マチュピチ・チチカカ湖)        1996・06    
「21」エジプト・トルコ(カルナック神殿・ ピラミット)     ・02   
「20]南アフリカ(ビクトリアの滝・チョベ国立公園・喜望峰)1995・10   
「19」ニュージイランド(クウーンズタウン・ バンジー
             ジャンップ・ミルフォードサウン)     05    
「18」ブラジル(リオのカーニバル・イグアスの滝)・
「17」ケニヤ(ナクル湖・       )        1994・06 
「16」ドイツ・パリ(ライン川下り・ロマンチック街道)  1993・12 
「15」フィジー(コマ島・ )              1992・11
「14」スペイン1周の旅(アンダルシア・アルハンブラ宮殿・闘牛)
                           1991・08  
「13」カナダ・ロッキーの旅                  ・05
「12」香港クルージング                1990・07 
「11」アメリカ・ペガサス(ボストン・アトランタ)       ・04     
「10」スペイン・イタリア・パリ・ヘルシンキの旅 1989・12   
「9」 中国(北京・けいりん・上海)  1988.09    
「8」アメリカ西海岸SC・ペガサス      ・06
「7」カナダ・ナイアガラの旅     1987・08    
「6」香港の旅            1986・10          
「5」ハワイの旅           1983・08
「4」ハワイの旅           1980・08 
「3」ハワイの旅           1978・08  
「2」アメリカ・商業界        1976・07
「1」欧州30日一周          1967・07


つれずれに

2001年05月21日(月)


今日3時半に目が覚める。4時半に散歩にでる。この時間でもけっこう歩いている人がいる。
土手を朝日をうけて歩くとこの上なく気分がよい。このところ5時間も寝ると目が覚める。
爆睡しているせいか、寝不足に感じない。最近CS−TVの癒し系の番組268チャネルを申し込んで音楽を聞いているが映像もいい。何回も書いているが、このソニーのBSハイビジョンTVはいい。映像つきラジオ番組472チャネル―マザーアースもいい。


随想日記―テーマ日記

2001年05月20日(日)


8年前より随想日記―テーマ日記に切り換えた。其のためこのような風変わりな
日記となっている。毎日よくネタがあると思うが何年かんの訓練と、パソコンの中の材料
を使っているにすぎない。6年まえの文章をコピーしてみる。日記お宅になってしまいそうだ。                                    
テーマ日記 H0701
二年前より日記を“テーマ日記”方式に切り換えた。なれるまでは大変だったが今ではけっこう面白い。この文も去年の一月七日の“テーマ日記”が下敷きになっている。思いつくまま“テーマ”書き、それをもとに内容を書く。前日みた“TVドラマ”がテーマであったり。前夜みた“夢”の内容であったり、“父の思い出”“年記”(年末に日記風に一年をまとめた内容)、“読書感”であったり。あとでふり返って読んでも面白い。いかに普段あまり深く考えてない事と、その時点の自分の興味の変化がわかる。“日記”より雑記に近いが…。(随想、随筆の難しさがよくわかる。)


どうも不調

2001年05月19日(土)


昨日1日このがサイトがひらけなかった。きのう23時に帰ってきて、文章を書いたが記載出来なかった。これから散歩に行く。


バーチャルで日銀ツアー

2001年05月18日(金)


産経新聞でこの記事をみて早速覗いてみた。やはり少しかたいが日銀内部はこんなものかという意味では面白い。日銀のホームページ内の新コーナーだがお堅い日銀にしては上出来か。
http://www.boj.or.jp/


ドッグファイト

2001年05月17日(木)


ドッグファイト
3月末いつもの土手を散歩をしていると、顔見知りの人が今年もツバメが今日来てますよと声をかけてきた。バイパスの下のトンネルの蛍光灯の上に7〜8個ツバメの巣がある。、十数年来この時期になるとやってくる。そして春の到来を実感する。なるほど十羽ほどが飛びまわっていた。なにか異様な雰囲気によく見ると、ツバメと雀が入り乱れて飛んでいる。数羽の雀がツバメを追いまわしているのだ。もちろんその速さが違う、またそれが可笑しいのだ。巣のほうを見るとツバメが巣の中の雀と戦っている最中。しばらくすると中の雀がそのツバメをおいかける。そのくり返しのようだ。近くに10羽くらいの雀がきて時たまその争いに加わる。しばらく見ていたらツバメがいなくなった。雀が勝ったのだ。毎年雀のツガイが、その並んである巣の隅に住んでいたのは解っていた。よくこんな近くで住めるものだと感心していたが、今年は雀が反撃に出たのだ。その2−3日後一度やはり同じような事があったが、今年はそれっきりツバメの姿を見ることはなかった。その後1ヶ月位2羽がトンネル両側で見張りをしていた。10年来もちろん初めてのことである。誰かにそのことを話したら英語でドッグファイトというらしい。異種間の群れ同士の争いは何処でもある話でそう言うらしい。以前NHKスペシャルでライオンの群れとリカオンの群れの死闘のドキュメントを見たが、今でも鮮明に記憶でのっこっている。最後は後者のボスが若い雄ライオンに殺されてライオンの群れが勝ったが。


書いている本人が不思議な世界―畑山さんに

2001年05月16日(水)

早速の感想有難うございます。暇というのが実際のところ。自分を不思議な世界に投げ入れたような変な感覚です。‘ソフィーの世界,の少女の感じです。是非貴方もホームページを開いて,つれずれ日記を書いて見てください。毎日か2日おきに私の場合必ず見にいくと思います。そして誰かが
感想をくれたら、不思議な感覚になると思います。HP−ホームページは不思議な世界が実感です


赤面―自嘲―入力ミス

2001年05月15日(火)


日記の文章で文面に2日に一度は入力ミスがある。
1度見直せばこんなに多くないのはずなのだが。
2〜3日前より一度パソコン内のメモ帳上に書いた上で、コピーして
載せるように切りかえた。ブラインドタッチの訓練をかねている為、
余裕が無かったとことと、日記帳という気楽さという言い訳は公開した以上
成り立たない。書き直す方法は明後日にパソコンの先生の授業課題なので
土日に直すつもりだ。毎日は書かなかった日記を公開すると同時に欠かさず
書き始めるのも自身が可笑しい。ーーー5月10日の立花隆のサイトは初めのhttp://ttbooks.com/
が正しいアドレスでした。一人混乱していたようです。


つれずれに‐変化の中で

2001年05月14日(月)


つれずれに
数年ぶりにここにきての‐連休明けー客数の極端の減少で感じた事を書いてみよう。
あまりこの(当社ホテル)辺りは、露骨な客引きや売春婦はいなかったが、
急にここにきて増えてきたという。売上ダウンで撤退したあとの店にあらて
の風俗系の店が入れ替わった結果であろう。自身も飲むときは決まった店で
恒例の会か、10年20年飲んでいる気のおけない飲み仲間としか行かなくなった。
そしてその時は1期1会 徹底的に楽しむ。要するに安くいかに楽しむか、断るか。
中途半っぱの飲み会は出ない。でもこれは私だけでない傾向のようだ。
TVもインターネットもますます面白くなってきているし、1日の中身がより濃くなっている。
大相撲も野球の巨人戦も全くつまらなくなった。格闘のk−1とかアメリカでの野茂や一郎
の大リーガ‐戦等の為である。時代が変わってきたのだ。情報化が今までの感覚を知らぬ間に
変えてしまったのだろう。この変化を面白いと言っていられないのが今の日本であり、
我々各人の当面の課題である。


図書館通い

2001年05月13日(日)


毎週土日に一〜2回は必ず図書館にかよっている。大体好きなコーナーの好みの本は読んでしまった。ただ好みが偏っているのが良くわかる。自分の空間の1部になってしまっている。
1回に10冊かりる事ができるのが良い。その内1^2冊あたればよい。
その当たった本の中で買えばよいのだ。図書館も慣れてくるとなかなか良い空間である。
散歩に図書館に居酒屋に通勤の新幹線、そして会社のパソコンの前と自宅のTVが私の空間の殆どを占めている!図書館は読もうかどうかのファジーの本を気楽に借りられるのが最大の利点だ。これからでかけるところだ。


新潟木鶏クラブ

2001年05月12日(土)


新潟木鶏クラブを創立13周年経った。1・この会は‘到知’という月刊誌の愛読者が隔月ごとに会合を開いている。2・奇数月の第二土曜日(16  時〜19時) 大体10人前後出席。ー会員は20人位ですー  3・共通の雰囲気があり、身近の因縁を超えた接点ー業種・職業をこえた視点の多様性ーが持てる事が最大の利点である。4・利害を超えた友人がほしい人とか、あたらしい視点世界を求めている人にぴったりです。5・場所はシングルイン新潟の予約センターです。全国に支部があり新潟県には新潟、長岡、柏崎,上越にあります。会社社長、コンサルタント、僧師、学校の先生、気功の先生、サラリーマン等々異色の人が来ています。年れいは30〜70歳まで幅があります。女性常時2〜3名は出席しています。   1時間もしないうちにアルコールも出て、かなり伯仲した議論になります。13*6=78回開かれ1度も中断した事はありません。続けているとけっこう面白い知識を得る事が出来ます。5年を目安にはじめたのが気がずいた時13年たっていました。到知という雑誌と木鶏クラブから本当に13年得る事が多かったつくずく思います。到知という雑誌も読んでいるハッとする事が度々だ。


連休あけの顧客動向

2001年05月11日(金)


連休あけの出だしはその期の売上ー景気動向を図る意味でおおきい目安になる。
悪い!先行き不安の出だしである。どうなっているのだろう?今期と来期は競馬と
サッカーで一応目安はたつているが、それにしても今週は悪い。ここで各会社が益々
経費節減を徹底してきたのだろう。新幹線も今週はひっそりしていた。ここで大型
倒産が出るだろうと思っていたが出なかったのも無気味だ。


お勧めホームページサイト

2001年05月10日(木)


お勧めサイト
まずナンバー1は野口悠紀雄氏のhttp://www.noguchi.co.jp/である。
次が久垣啓一のhttp://www.hisatune.netである
三番目は立花隆の本の世界―http://ttbooks.com/である。
この3つの世界がインターネットとホームページに対して全く新しい
世界と可能性にきがついたきっかけとなった。‘インターネット超活用法―野口悠紀男’
と、‘自分を高めるインターネット勉強法―久垣啓一’ヲ読んで さっそく覗いてその便利かつ素晴らしい内容に感化された。ぜひぜひごらんください。野口悠紀雄氏のアクセスナンバーは私か斎藤副支配人に連絡ください。ここで書いてもし訴えられたら事ですので。


BSTVについて

2001年05月08日(火)


BSハイビジョンTVを入れて5ヶ月、その鮮明さに驚いている。
8年前にハイビジョンTVを入れた当時その鮮明さに驚いたが、
今は一般放送が前のハイビジョンなみになり、今のBS放送は
格段に良くなった。映画を見ると劇場にちかい感覚といってよい。
白黒TVとカラーTVが1000万台普及するのに10年かっかた
がBSTVがそれを超えるのに4〜5年といわれているのがうなずける。
それとBS放送の局がそれぞれ特化しており、選びやすいのも良い。
それとBSラジオもよい!それぞれのキーワードで放送がなされている。
音楽がまた素晴らしく、それにあわせて映像が流される。
茶の間生活が一変した。これにCSハイビジョンが流され、光ファイバー
通じると今の情報量の1000〜3000倍が家庭に流れてくるという。
それも4〜5年以内に。今からわくわくしている。


ユニクロが面白い

2001年05月07日(月)


半年前に自宅の一^二分のところできたユニクロがますます面白い。
とにかく体形にフィットするー着心地がよい。それと安い。
土日曜は開店から閉店まで客のとぎれることはない。’服は服装のパーツ
である’という考えのもとの品揃えがはっきりしているのだ。
あそこまで客に支持されるのは、普段着と重ね着のサブに徹している
為もある。今まで腰まわりだけのサイズのズボンしかなっかた。
今は股下のサイズもヨウイしてある。ウエスト79のサイズの股下80と
70とでは当然形が当然形が違ってくる。今まではそれだけ種類が増え在庫が増えてしまうという
川上の論法ででつくられなっかったが、売れ筋を 絞り込む事と在庫管理の徹底で用意すれば
安いコストでそれぞれの人が着やすい品を提供できる事が彼らに解ったのだ。本当の意味での顧客サイドの商品つくりがおこなわれていなっかたのだ。その意味で当分ユニクロの一人勝ちは当分つつくだろう。−以前書いた私の文をコピーしておく。
H1211事業百訓−ユニクロ現象について−
自宅の一〇〇m先にショッピングセンターがオープン。予想通り便利という面で生活が一変した!その中にユニクロが出店。二ヶ月以上たった今でも土・日は人が入りきれないほど繁盛している。そこで私の好きな店舗・商品分析の為、毎週通っている。 まず|羶寛然並咾一〇〇〇〜二〇〇〇円、¬誼亙、カジュアル、そ鼎傭紊離汽屬里澆佑蕕Α↓ッ羚饑修九〇%、Ε妊競ぅ鵑漏姐颪琉賣デザイナーに日本人の体形にあわせてデザイン、Щ藩冖榲は顧客にえらばせる、縫製は国内産以上、等々。もちろん見るだけでなく、ズエット・スーツ一九〇〇円とフリースを一二〇〇円で室内用に買い、無地のコーディロイのボタン、ダウンシャツ九八〇円を重ね着用に二枚買ってみた。 何といつのまにスエットスーツが室内着、兼パジャマに、フリースがガウンがわりになっていた。朝・夕のちょっとした外出時はスエットスーツに外出着を羽織るようになっていた。恐らく、若い人は以前より、このような使い方をしていたのだろうが...。デザインも、コーディネートも一応さまになっており、フィットしている。そういえば、四〜五年前、スエットスーツを買って少し着たが体形に合わず、タンスに入っているのをひっぱりだしてみた。ユニクロのそれと全く違うのだ。 着やすさ、デザイン、色、肌合い等々。それも二倍以上も高いのだ。ユニクロは日本人向けに、一流デザイナーにデザインをさせ、中国で(縫製は厳格に)大量生産させ、カラーは顧客のニーズに合わせ、毎週のように追加・変更しているという。九八〇円のコーディロイのシャツも今回の海外旅行に外着のあわせに持っていったが、体形にフィットしており、着やすく、何の問題もなかった。 ユニクロは"衣料のマクドナルド"を目指しているというが、一人の消費者としてすばらしいと断言できる。今回、ツアーで西欧人のツアー団体をみて、さて我々の団体を見ると冷や汗が出る思いであった。彼等は無地の白と黒の上下のカジュアルのみ(それ以外は無地のベージュの人が二〜三人いたくらい)。但しデザインはセンスがよくさわやかなのである。 我々日本人団体はカラフルだがバラバラ、デザインも個々をみると、まともに見えるが、集団でみると色気違い!先日十年分のスーツをハンガーにならべてみたが(そしてほとんどズボンを残して捨てたが)、私にとって思いきって、高く買った濃紺のスーツ以外は、よくぞこんなスーツを!と赤面してしまった。無地の濃紺のスーツ一着も着こなせないのに、グリーン、グレー、茶系とよく着ていたものだ。カジュアルウェアーの着こなしの基本は紺のブレザーの着こなしだそうだ。 少し考えれば当たり前だ。ブレザーのデザイン、素材、さらにズボンの種類、ポロ、セーターのあわせだけで何十いや何百も変わってくる。西洋人は何百年の洋服の歴史でとっくに常識になっているのだろう。その事をユニクロも気付いていると思われる。一番気付いていないのは、ブランドを追いかけている無知な、中年のオバサンではなかろうか。


ホームページの可能性

2001年05月06日(日)


ホームページを開設して感じた事は自身の大きな変化の予感である。貧しい?内面と過去の公開といってよい。特に日記の公開のこのコーナーは恐くおもしろそうだ。もしHP−ホームページの改良を重ねていくと、数年後はおそらく最後にコピーした久垣啓一氏の実感に近ずくのではなかろうか。個人の発信というのがこれからのキーワードなってくるだろう。これに映像が加われば今の常識で考えられない世界が広がってくるだろう。どうなっていくか楽しみだ。−>−>−>−>−>−> ホームページとは(久垣啓一)2001. 5. 415:35 ホームページは、重層的な関係の中に浮かぶ開かれた自分そのものである。 ホームページは、情報への感度を飛躍的に高める。 ホームページは、豊かな時間を演出してくれる。 ホームページは、コミュニケーション能力を高めてくれる。 ホームページは、出会いと感動の宝庫である。 ホームページは、巨大なデータベースである。 ホームページは、巨大な渦巻きの中心である。 ホームページは、どらえもんの「どこでもドア」である。 ホームページは、生きる喜びを与えてくれる。 ホームページは、家族の関係を豊かにする。


連休はパソコン・ウオーキング・TV・外食三昧

2001年05月05日(土)


もっとも連休でなくても、そうであるのが可笑しい!
大型連休はほとんどそうだ。以前は会社の自分の部屋までわざわざ行っていたが今は自宅で過ごす。特にパソコンとBSーTVが暇を充分満たしてくれるためだ。1ヶ月後に秘境ツアー
に出かける為、極力節約する。1日1回居酒屋かファミリーレストランからーめん屋に出かけける事と図書館に行く事がリズムヲつくるみそである。ここでインターネットとホームぺージが特に面白くなったのも、さらに連休の過ごし方を快適にしてくれる。


{ 一番上の白抜きが 「各月のテーマの目次」になっています }

2001年05月04日(金)

 ウオーキングについて
7〜8年前より 1日平均 15000歩、歩ている。土日曜祭日は23000歩 は歩く。気功、屈伸、地蔵様へのおまえリ、瞑想、太陽視、呼吸法、肯定思考訓練など全部取り入れてある。趣味をとうりすぎてライフワークになってしまった。酒を多く飲みすぎた時など毒素が抜けていくのがよくわかる。日経新聞のコラムで1日7〜8万歩も歩いている人の文章を読んだ事があるが、上には上があるものだ。10年前に書いた文章をコピーしてみる。−>−>                    最近私が造った言葉で“夜明けのリゾート・タイム”がある。(江藤淳の“夜の紅茶”をもじったものだが)�早朝(4時半〜5時半)起床�近くを一時間散歩�テレビ体操�瞑想�家族全員のお祈り�食事�風呂と続く。特に散歩が非常により。山の彼方をみながら複式呼吸をして歩く。季節ごとの草花や鳥をみながら川のせせらぎを聞き、時々に般若心経をとなえる。この散歩に全てが含まれても過言ではないという“気”にもなる。

 これを実施して4年、副産物としてアフター・ファイブに出あるく事と、酒量が激減した事だ。健康食品を口にする事も加えて七kgも体重が減った。時々不節制が続くと散歩していると身体がだるく重くなるのがはっきり判る。また朝の風呂も非常によい。当初は疲れが残ったがなれると気分爽快になる。早朝型のきっかけは松下電器の山下俊彦元社長の講演を聞き感激して自ら挑戦してみた事だ。彼は登山がライフ・ワークであり、その訓練も含め毎朝3時半起床。1時間半10km歩くという。そして読書とシャワーをあびるとの事。夜は定時がくるとすぐ帰宅。夜のつきあいは一切断っている。これが逆に考える時間と、心の余裕をつくったのでないか。山下跳び(飛躍的出世)の秘密もこれがポイントではないか。平成3年 5 月

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