恋愛日記



 誤認。



「貴方は、」
リノリウムの床に、
刺々しい言の葉が叩き付けられては割れる。
先刻から少年は目の前の人物を一度たりとも正視しない。
鋭利に尖った欠片は白い床に浸透していくのか、
悪戯に足の体温を奪った。
裸足で出てきたのがいけなかった。と、今更思う。
「余程僕の事をお知りのようだ」





此処に自分の生活記録を書くのは久し振りだと想う。
しかし、いま思ったのだが、この配色は踏み締められていない新雪の中、鮮血が飛び散ったような素敵なものだと感じた。
他に言い表すならば椿か。
其方の方が印象は大分良いだろう。
けれど私の思考は何の迷いも無く、前者の方へと直結したのだから仕様が無い。

掌に収まるサイズの精密機械が、けたたましく鳴ったと思えば、其れが目覚めの瞬間なのだから最悪である。
もっと情緒あるような起き方が出来ないものか。
例えば、鳥の囀りとか。
否、そんな微かな音では起きる筈が無いのだから、飼い猫に餌を強請られて已む無く起こされる、というのが関の山だろう。
夜更けまで観ていたヴィデヲの所為もあって、布団から出るのが辛い。
温い。
更に今日は剣道の授業まである。それも昼食前の四限目に、だ。
此処まで条件が揃ってしまったら遣る事は一つだろう、と寝返りを打った。
欠伸を噛み殺すまでもなく深い眠りに落ちればいい。
勿論、学校はサボる。

妹の夢を見た。
一箇月程前から共同生活の輪から抜け出た彼女のスペィスは、消える事も狭まる事も無く、そのままだった。
彼女が居ない事で得られる開放感も、其の幾つかの調度品によって払拭され、適度な圧迫感が与えられた。

再び瞼を開ければ行動開始。疾うに剣道の授業は終っている。
今から登校すればきっと六限には間に合って、滞り無く部活に出れるだろう。
あの忌々しいコォチさえ居なければ、其れはもう快適なのだ。
三十路に近づくにつれて後退して行く彼の髪の毛、中年肥りを知らしめている弛んだ腹部の肉の塊りを思い出してしまった後、今日二度目の行動変更。
文化祭準備の手伝いをしよう。

余りに時季外れな、殆どの学校が試験真最中な中、我が校の文化祭は行われるのである。しかも哀しいかな、呆雑誌にワーストワンと書かれて反論する余地も無い程、つまらないらしい。
其れでも矢張り、行事と云う物は楽しい物だ。
全くもって纏まらないクラスに困り果て、頭を悩ませていた実行委員の相談に乗り、安請け合いをしてしまったのが間違いなのか(いや、後悔はしていない)室内の飾りつけ、遊戯、買い出し、商品の仕入れ、はたまたシフト組みまで仕切らなければならない立場に置かれてしまっていた。
忙しいのは嫌いでは無いし、寧ろ憧れの先輩との交流も増えるという、友人曰く餌もあって、なんとか切り抜けている。
それもこれも、所属している部活の新人戦が文化祭当日と見事に重なっている為、事前の手伝いしか出来ないから、と云う理由が不可ない。
そう、帰宅途中に愚痴を零すのは何時もの事で。此の不満と、発散しきっていない微かな興奮が数多の星に変わったとしてもお天道様は文句を謂うまい。

そして今日も、新しく借りたヴィデヲとCDを手に、一人部屋となった二人部屋へと階段を上る。


昨日と今日と明日で、何処が違うかというならば、精密機械に溜まる履歴とメールの数だけ。





2002年10月30日(水)



 願。





其の事だけを考えていられたら、
僕は倖せ。



夢はいつでも温かい。
理想と現実を取り違えて、
恰も本人と思っている己の浅はかさに
自嘲の嗤みが。

嗚呼、触れれば
貴方だと認識るのだろうか。
其の聲を聴けば
貴方の元へ往けるのだろうか。
何時でも笑顔で境界線をするりと引く
とても器用な、
貴方が憎い。

僕は空気が震える度に
姿を探してしまうのに。
貴方は、
僕の糸を巻き取ったら
厭きてしまうのか。



いっそ、
数多の星に願いを掛けよう。
僕が恐れるものなら只一つ、
貴方が怖い。





2002年10月28日(月)



 愚。





な ん て 愚 か な 。





人形は僕を見て居る。
只強請るだけの、努力もしない僕を見て居る。
僕は子供だ。
子供だと、
そう自分を表現する事で、
自己暗示を掛け束の間の安堵感を得る。
子供だと、言い張る事で、
全てを許して貰おうとする。
武装しているのか、防波堤なのか。



僕は逃げる。
(何から?)
僕は逃げる。
(何処へ?)

繭へ、帰化する。



そうやって耳を塞いで
目を閉じて蹲っているうちに
一体どれだけの事を僕は見逃すのか。
そんな事を考えたとしても、
結局僕の天秤は
支柱からして曲がっているから
樂な方へと傾いてしまうのだけど。



誰か誰か。
支柱を直しておくれ、
繭を解いておくれ、
僕の傍に、居ておくれ。



他力本願な我が侭王子は
被害妄想に陶酔して
悲劇のヒロインになりきっているけれど。
自虐的になっている事に気付きもせず
自らの思考で自分を追い詰めているだけ。

滑稽な道化師は道化師のまま。
王子は幾ら愉快であっても王子なのだ。
もう得意となったものだ、
逃げるのも。
今では僕を誰も知らない。
全てから逃げて、
全てから忘れられて。
生きているのかも判らない。
全く、存在感が希薄だ。

そんな中、人形は僕を見て居る。
居なくなった僕を見て居る。
口の端を吊り上げて、

笑った。







2002年10月22日(火)



 刹那。




もう無理かな、と。
呟く。

かさりと渇いた音がした。










まるで僕と君は酷似していた。
それでいて真逆でも在った。
似ていたからこそ、明らかに異なった。
互いに同じ時間を共用する事は滅多に無く、
気が付けば何時も、
正反対で在った。

もし思ったとしても、
太陽と月だなんて陳腐な言葉は口にしない。

嗚呼、君は、
僕の手の届かない處へ行ってしまった。
きっと其れは、
砂時計の様に元へと戻るのだろうけれど。
籠から開放されたなら、
其の殻が破れたなら、
外の世界を見ておいで。
僕が止める権利はこれっぽっちも有りはしない。
僕が所要っている物とすれば、
浅ましい嫉みと、鞄の中のチョコレィト。

さぁ見ておいで、
羽ばたいておくれ僕の分も。
目隠しをしている僕の目に、
晄が戻る其の時まで。
決して手綱を離したりはしないよ。
君は僕が目を醒ました瞬間に、
十二時の鐘を聞くのだから。










かさりと渇いた音がした。



其 れ は 僕 の 心 臓 。





2002年10月18日(金)



 祈。


フィルターをかけて、白と黒を逆転させた世界を見よう。
ホラ、今よりもっと汚い。









季節的鬱病ってのが在るらしく、
例に漏れずあたしはソレらしい。
だって今年もこの時期から、また不安定になりだした。
勘弁してよ。

部活がまた、変な感じ。
いや、今年はあたし関係してません。
只、あたしがガッコに行く目的は部活だから。
ケッコーキツイ。
だってあんな学校、普通に行ってても進学率も就職率も低い。
何か拠り所が無きゃ、行く理由なんて無いでしょう。
去年もそう。
部活が。
また、同じパターンになるんでしょうか。
はやく、はやく、
(お願いだから)
れんしゅうをさいかいしてください。
(あたしの為に)
選手達は休みがあって嬉しいかもだけど、
あたしは無理。
休みなんて、何して良いのか解かんないよ。
厭な事を考えないように、ワザと忙しくして周りを見なかったから。
勉強して部活出てバイトして疲れてるけど一応進学出来ないと後で自分が困るから授業中も寝ないでノートとって他のマネージャーは部活中に呑気にプリクラ帳見て笑ってるからムカツキながら仕事全部こなして学生さんはお金が無い(笑)から部活帰りにバイト直行愛想笑いで「いらっしゃいませ・こんばんわー」
休みなんて、どう過ごすのか解からない。
遊びたいとも思わないし。
あーけどソレじゃあ折角買った秋物が着れないなー…。

あたしはワザと自分を追い詰めてる。
そうする事で他の事考えないように目と耳塞いで。
時間的な余裕を与えずに疲労を蓄積させる事で、
あたしは頑張ってるんだって悦に入って、自己満。
馬鹿じゃないの?
他の事を考えないようにって、
じゃあ何を恐れているんだあたしは。
何を、
恐れる必要があるというの。
全てがどうでもいいと思っているのに。

風船みたいね。
嗚呼、前にも或る人が言っていた。
そう、自分で膨らます分には平気なのよ。
結構な空気を入れても耐え切れる自信はあるの。
自分ではね。
けど、
針は駄目。
他人から圧力を掛けられると直ぐに破裂してしまう。
コップ一杯に注いだ水と同じ。
微かな振動で溢れてしまう、飽和状態。
いつまで持つか。
此れはアソビ。
此れはゲェム。

けどね、聞いて。
心臓が痛いの。
淋しいの。
ソロソロ無理かも。









お願いだから、
どうか。


あたしに日常をください。



2002年10月03日(木)
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