水野の図書室
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皆さま体調に気を付けて今日も良い一日でありますように。


2004年09月30日(木) 五木寛之『夜の角笛』

長編小説のイメージが強い五木寛之なので、興味津々で短編『夜の角笛』に。
短くても、作品に漂う悲哀に重みがあって、改めて思うのは、小説は長さじゃない
んです。読みながら、主人公と一緒に気持ちの整理をしていけるのは、作家の
力量ですねー。(← わお!生意気なこと言ってすみません)

『夜の角笛』──ある男の再生の物語。
音楽の仕事に疲れて、逃げるように温泉町に来た男が、戦争で喇叭(ラッパ)を
吹いていた初老の男と出会い、トランペットヘの情熱を取り戻していきます。
昔の軍隊で喇叭が第一種兵器だったなんて、知ってました?火災警報も喇叭
だったなんて、知ってました?初老の男のせつせつとした話し方に、じーーん。

自分を駆り立ててくれるものを持っているのは、とても幸せなこと。そう思います。


奇しくも、今日9月30日は五木寛之氏のお誕生日。おめでとうございます。
石原慎太郎都知事も今日、お誕生日で、おふたりとも72歳!若く見えます〜。


2004年09月23日(木) 宮本輝『暑い道』

良かったです。キュイーンと胸が鳴るくらい。

質素なたたずまいながら、極上のステーキを食べさせてくれる店で、幼馴染の
男がふたり、少年時代を回想します。20数年前の大阪のスラム街、遊郭で生きる
男と女の姿を眺めていた4人の少年たちは、自転車屋に養女としてやってきた
はじめて見る日米ハーフの美少女に憧れますが──。

ひとりの少女をめぐって、仲良しだった4人が、詮索したり牽制したり嫉妬したり。
中学生だった4人は、少女を不良たちから守ろうと誓い合い、努力を払うのに、
少女はいろんな男たちとつきあうなんて、なんだか、せつないです。
やがて、進学・就職── 少年たちの心身に疼くものは、純愛であり独占欲で
あり叶わぬ思いで、大人でも子供でもない危い季節のはかない夢のようなもの。

ラストで、この食堂とステーキ肉の謎解きもあり、ぐいぐい引き込まれました。

少年(少女)の頃のひたむきさは、時々思い出すべきものなのね。
いつも明日の予定、来月の予定、と、先々ばかり気にしている毎日を少し反省
しました。時には、10代だったときのことを思い出す時間も必要ですよ。
暑さなんて、なんとも思わなかったあの頃がなつかしいです。憧れる気持ちも。


2004年09月17日(金) 三浦哲郎『川べり』

川べりの道を見下ろす家から、毎朝、外の景色を眺める主人公の前を過ぎていく
男は、留守中に妻子に無理心中され……。

自殺・心中という文字を見るだけでも、嫌悪感なのに、心中の理由を事細かに
説明する主人公の妻に・・・・・・・ため息が零れます。本当の理由なんて、、、
他人にわかるわけないですよ。それより、子供を道連れにした心中だなんて、、
やりきれません。道連れじゃなくて、先に子供の命を奪ってから、責任逃れの
自殺じゃないですか!!ラストで、もっともらしい正当性?みたいなフォローが
とってつけたようにあるのも、うーむ、どんどん袋小路に追い詰められていくようで
息苦しいです。フッー。

その一方で、
しっとりと描かれた情景、靴音に語らせるのは素晴らしい!
文章の向こうから届く音に耳を澄ます瞬間はたまりません。
靴音作家(今考えました・笑)ベスト3に入れたいです。他に伊集院静と・・・・・・
もうひとりは・・有栖川有栖。靴音じゃないけど、深夜、土を掘る音にドッキドキです。
靴音というより、聴覚刺激作家ベスト3かな。きわめて個人的感想ですけど。


2004年09月16日(木) 遠藤周作『アデンまで』

厚生労働省の人口動態によると、2002年に婚姻届を出したカップルのうち、
20組に1組が国際結婚でした──お相手の 国籍は中国・フィリピン・韓国が
多いようですが、一昨年、友人はアメリカ人と結婚しましたし、まわりを見ると、
兄弟姉妹の結婚相手がドイツ人だったり、イギリス人だったり、、あ、タイの
人と結婚した先生も!と、いつのまにか国際結婚はそう珍しくはなくなって
きたような気がします。最近じゃ、お相手が外国人と聞いても、あまり驚かなく
なってきてます。ついでに言うと、高齢初婚にも慣れました。離婚を聞いても、
そーなの〜大変だったのね〜、、で、エエー!どーして!?じゃなくなってます。
結婚をめぐる諸々のハードルは年々低くなっているのではないでしょうか。

国際結婚のことから話したのは、『アデンまで』を読んで、日本人をふと意識した
から。普段の生活では、自分が日本人であることなんて考えませんもの。
『アデンまで』の主人公は日本人であること、というより、黄色人種であることに
強い劣等感をいだいているんです。フランスでの暮らしとフランス人の恋人に
別れを告げ、マルセイユから船に乗り、ヨーロッパを離れる主人公は、船内で
黒人の女が病気で横たわっているのを目にします。白人・黒人・黄色人種・・
白は神聖で黒は罪?黄色は醜い?・・どうしてそんなふうに自虐的になるのか
わかりません。『アデンまで』が発表されたのが、1954年だと知って、50年前!
なら無理もないかな、、なんて寄り添ってみたい気持ちにもなりましたが。。

50年で日本人は大きく変わりました。地域や親戚、学校、会社内で外国人と
付き合う一方で、老後は海外に移住だとか、生活の源泉は日本のままで海外の
1ヵ所に旅行より長く滞在するロングステイという生き方を選ぶ人もいます。
「アデン」についても、今の子供たちはゲームを連想するでしょうね。
アラビア半島南岸のアデン湾に臨む港湾都市アデンではなく。


2004年09月09日(木) 『猿籠の牡丹』、水上勉さん ご冥福をお祈りいたします。

宮本輝が選んだわかれをテーマにしたアンソロジー「わかれの船」(光文社文庫)
の悼尾を飾るのが、水上勉の『猿籠の牡丹』(さるごのぼたん)です。

奥飛騨の庄川渓谷上流の部落が舞台で、渓谷につり橋もなく、部落に入る手段は
猿籠と呼ばれるケーブルのようなものだけ。部落の特産物である山繭織の生地と
南天を白川郷を通って売りに来る安吉と高岡の繊維問屋で働く足の悪い、とめは
互いに心惹かれあい、結婚します。電気もない辺鄙な部落での暮らしに飛び込んだ
とめは懸命に努め、ようやく馴染みはじめた頃、安吉は戦争に──。

初出は1964年の「オール読物」ですから、『霧と影』『雁の寺』『飢餓海峡』などで、すでに
直木賞作家として不動の地位を確立していた頃の作品で、宿命を受け入れる人間の
強さと弱さが胸に迫ります。召集令状という名の紙切れ一枚の元に私事の幸福を捨て
なければならない哀しみ、猿籠に乗って嫁いだときの決心を踏みにじられる哀しみは、
どうしようもなく深くつらく、「薄幸」の一言で済ますことはできません。
季節のうつろいの中での南天の美しさに、とめの姿が柔らかく重なりました。


水上勉さん、心よりご冥福をお祈りいたします。


2004年09月02日(木) 吉行淳之介『鳥獣虫魚』

吉行淳之介というと、わたしの中では、孤高な作家というイメージで、どこか
近づき難いところがあり、読むとき妙に構えてしまいます。構えているからか、
読解力不足だからか、読んでいても居心地が定まらず、読み終えても、ピンと
くるものがなく……。それなら、すぐに忘れるのかと思えば、記憶に深く刻まれる
難しい漢字のひとつひとつが快感で、その存在感の大きさを知るのです。

『鳥獣虫魚』── 町の風物が石膏色に見える男にとって、路上ですれ違う人も
石膏色の見慣れないモノで、それぞれが何かの鳥や獣や虫や魚の形に似ては
いるのですが、はっきりと見定めのつかないモノでした。石膏色のかたまりから
人の形に見えていく唯一のときは……。

・・・・・・・・うーん、よくわかりません。
石膏色の景色じゃ、主人公は幸せじゃないのね。と、思うのはあまりに短絡的。
嬉しいときは、空の色もきれいに見える凡人とは、一緒にしないでほしいと
言われていたようなのに、一転、ある女を愛したことで変化が生じるあたりは
救われます。

随所に見られる漢字のこだわりは、興味深く、やはり吉行淳之介は孤高な作家
だと確信したのでした。ふりがながついていて助かりました。笑
あなたにとって、窓の外はどんなふうに見えますか?


水野はるか |MAIL
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