ふつうっぽい日記
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2014年12月08日(月) 声援は嬉しいものだ

先月、ある研修を受けた。
休職中(求職中)であるが、だからこそ、有意義な話が聞けた。
何よりも、たまたま会場で近くに座った方と数分程度であるが歓談できたこと。
名前も知らない方。
そういう方々でも、同じ目的を持って、研修を受けに来られた方。

「それは、大変でしょう」と、簡単に言われた。
休職がというのではなくて、ざっと語ったかつての現場での役回り。

やっぱり、大変であったのだ、と実感。

話すことって、大切やな。

「頑張ってくださいね(頑張りすぎないようにね)」の言葉も嬉しかったな。

なぜ、気づかなかったのか。
かけてきた言葉、気持ち。
私も掛けられていいのだ。
それが続いたから、ちょっと照れ隠しみたいになっていたのかな。

思い出す、Aちゃん。
照れ隠しの表情をしていたAちゃん。

Aちゃんに似ていたんだなって思った。
ちょっぴり懐かしく思えた。

でも、ここで使命感は出さないよ。
Aちゃんが教えてくれたこと。

活かすためには、違うステージに立つ必要があるんだ。
それはAちゃんもきっと同じ。

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1年くらい休むつもりで、ゆるりと過ごそう。
わさわさしている気持ちも、時に盛り上がるが、
「今、ここ」この時間は、深呼吸程度で気持ちだって替えられる。
空気だってかきまぜると、動きが変わってくる。

一つの言葉で、身体の動きも変わるのだ。

自分自身をコントロールしているこの感覚。
これが大切だったのだ。
コントロールされたその状態自体は、どうでもよいのだ。
たまたまその状態であるだけで。
数分、数時間という時間の単位は、多くの人たちと共通なのだ。
ただ、数分、数時間という単位が、多くの人たちと違うだけで。

あら。矛盾?
いや、多分、これがニュートラル。


2014年12月06日(土)

「もう、結構前からこうだったと思いますよ」

「このあたり、腐食が進んでいます」


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洗面台の寿命。

シャワー部分が劣化して、亀裂が入って水が漏れだしていたのだ。
ここ1週間で、やっと気づいた。

気づきは、表にしみ出てきた水が知らせてくれた。
真夏で、室内の水分が渇きやすい時期だったら気づくのはもっと遅れていたであろう。


人間の身体の不具合と重ねてしまった、

沈黙の臓器の声は、本当に沈黙なのである。


KAZU |MAIL