愛より淡く
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2002年12月31日(火) ともかくもあなたまかせの年の暮れ

昨夜、大掃除の件で、またまた夫とケンカになった。


そんな感じで、朝から今まで、休みなく大掃除をしていた。
くたびれた。しばし休憩して、これから大掃除第二部に入る。

第一部の途中で、またまたケンカをした。

興奮してぎゃあぎゃあわめいてしまったので、よけい疲れた。

「こんな人と結婚するんやなかった。なかった。なかった。」

と泣きながら、掃除機をかけたり、片付け物をしたりしていた。



ロッカーの中から、その昔夫が私に書いてよこした恋文などもみつかった。

以下抜粋^^。

ぼくは、どうも○○(私の名前)のようなタイプの女の人が好きみたいだ。

○○は、感性が豊かで個性的だ。

好きになるのも当然のような気がする。


中略


自分の理想がこうだから、それ以外の女は、全くだめだとか、愛せないということはないんだ。その人なりの良さもわかるし理解することもできる。


でも、理想が高すぎてだめなようだ。時々疲れてきてめんどうになる、誰でもいいから結婚しようか、なんて考える。
結婚している人を見ると、自分もしなければいけないと感じたりする。まわりがうるさいし。

中略


○○には、正直に話すけれど、自分の人生の目標が何なのか、まだよくわかっていないんです。かっこつけて生きているわけでもないし、ただ自分なりに生きているつもりなんです。○○に会えば、せつなに自分がそこにいる実感があるような気がしている。


○○からもらった手紙の中に、「私のことはあきらめてください」とあった。正直なところあまりショックはなかった。というのも人生そのものに目標がなかったし、人生そのものをあきらめていたところがあったから、どうでもよかったんだ。○○が幸せにくらしていればそれでいいと・・・。



ううむ。
なんだか全然別人が書いた手紙のようにしか思えない。

時の経つのは哀しいもの♪







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ありがとうございました。


よいお年を!!


2002年12月30日(月) 夫の目を盗んで・・・・

今日で、仕事が終わります。三日休んで三日から仕事です。

やれやれ。これから仕事です。

今、夫の目を盗んでこっそり更新しています。

実は、検査をしてはっきりした結果が出るまで

夫からパソコン禁止令が出されてしまったのです。

昨日も、ついついパソコンをのぞいてしまっていますと

ものすごい剣幕で怒られました。こわいよーーーーー。

全然禁止だと、さすがにつらいので、

ほんのほんの少しの間だけパソコンが触(さわ)れることになっています。






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まあしゃあないわね。やはり私もびびっていますし、それ以上
画面を見ると、心なしか、画面がゆがんで見えたりします。

暗示にかかりやすいもので^^。


おっともうこんな時間、


それでは、また出直してきます。




ありがとうございました。






2002年12月29日(日) 二人でいったいどこまでも上りつめればよいの?

昨夜は、動揺して、なかなか寝付けなかった。

まだ病気だと決まったわけではないけど

怖いよーーーーーー。

そのせいだろうか?おもいっきり変な夢を見た。


「さあ宇宙に行ってください」

見知らぬ誰かにそう言われて、

はっと気づくと、私の両足の靴底から火が噴出して

その勢いであれよあれよという間に私は天に上って行った。←鉄腕アトムみたいだった^^。または、人間ロケット?

私は、恐ろしいほどの高さの空間で止まり、しばらく浮いていた。

もしやここは宇宙?

私は、すでに地球を脱出したのか?


などなどと、わけのわからないことを思っていた。

それはいいけど

私の背中に、取材と称して記者と名乗る男がしがみついていることが
気になっていた。どうやら彼は、私にしがみついたまま、ここまでいっしょに飛んできたようだった。ひえーー。すっごい度胸!!


「この人、手離したら、いっかんの終わりやで。

ようやるわ、こんなところまでいっしょについてきて・・・」

とかなんとか思っていたら、また火が噴出して、上へ上へと

上っていった。


急にとてつもなく恐ろしくなった。








↑投票ボタンです。恐れいります。






ありがとうございました。


よいお年を!!



2002年12月28日(土) 恐ろしい警告 動揺する私

朝、コンタクトレンズを入れようと思って、右目のレンズを

水道水にあてた瞬間、パキッと割れた。

コンタクトがなければ運転ができない。

急きょ、夫に乗せていってもらうことにした。

片目だけのレンズで仕事に臨んだ。妙な感じだった。

すっごい不自由。左と右の視力が違いすぎるからだろう。

でも裸眼じゃぼやけて仕事にならない。

乱視がきついので、メガネではカバーしきれないし、運転もできない。

だって道路がゆがんで見えるもだもの。


で、


なんとか午前中の仕事を終えて、

夕方の仕事までの間に、新しいコンタクトを作りに行った。


そこで受けた眼科検診で、恐ろしいことを言われた。

右目の視神経にちょっとした異常が発見されたのだ。

それで視野検査を受けたのだけど、

問題にならないくらい見えていない。という結果が出た。

まあ、初めての検査で慣れていないせいもあるので正確な結果は
出にくいのであまり気にしないようにと、先生にも慰めて?もらったけど。


一ヵ月後に再検査の必要があるとのこと。

とても不安だ。

私は、かなり強度の近視なので、そういう人は、加齢と共に
視神経にかなりの負担がかかっていくとかどうとか。

自覚症状がないので、どんどん進行して

自覚症状が出始めた時には、もう手遅れなのだそうだ。

下手すると、失明することもあるらしい

なんて言われて、とても恐ろしくなった。


夫に相談すると







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たしかに、あまり目にはよくないようだ。疲れるし。

なんだかものすごく混乱している。

どうなるんだろう?私の目。

あああ。
今年は、最後の最後まで、よくないことばかり続く。

くはばらくはばら。

明日も仕事なので、もう寝っぺ。


気休めかもしれないけれど

ブルーベリーヨーグルトとブルーベリーのドライフルーツを大量に買って、大量に食べた。


みなさまも目を大切に。


よいお年を!!



ありがとうございました。












2002年12月27日(金) 夫婦がうまくゆく秘訣

これから仕事です。30日まであともう少し。がんばらないと。

疲れているのに熟睡できない。だからすっきりしない。

もやもやを抱えながら、しぶしぶ起き出す。


昨日、「気分がほぐれるカモミール」のバブを入れて、お風呂でぼんやりしている時、なぜだか、先日「NHKのど自慢」関連のテレビ番組で紹介されていた、ブラジルに永住してブラジルの男性と結婚した日本人女性のことを思い出していた。

その女性が話されていた、「夫婦がうまくゆく秘訣」のようなものを、ふと思い出したのだ。






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ううむ。すばらしい言葉だと思った。


でも私が、その境地に達するのは、まだまだ遠いような気がする。
もしかしたら、一生無理かもしれない。



ではまた後ほど


ありがとうございました。




2002年12月26日(木) ケンカの雪道?追記 出すだけ出したかったって?なにそれ!!

すっごい腹が立って。腹が立って。がおーーーーーー。


今日は、この猛吹雪の中、職場からなんと歩いて帰宅せざるをえなく

なりました。ちなみに自宅から職場まで車で15分少々の距離です。

そこで問題です。

車で15分かかるところを私の足だと何分かかったでしょう?

ちなみにすごい雪で、おまけに凍結していて、その上を普通の靴で歩いていました。







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凍死するかと思いました^^。はは。


いえね。朝から大雪だったのです。朝、雪道の運転は危ないので夫に送ってもらったのです。

で、午前中の仕事を終えて、12時になったら迎えに来てくれることになっていたのです。ちゃんと約束もしていたのです。

てっきり来てくれると思うじゃあーりませんか?

でも来ません。

5分や10分の遅刻くらいならまだ許せたと思います。

30分過ぎても来ません。

夫は、今日は一日中、家にいるはずです。

しかし間が悪く、家に連絡しようにも、今日に限って無一文でした。


いつまでたっても「らちがあかない」ので、歩いて帰ることにしたのです。

動いていたほうが寒さもしのげるというものです。この寒空の中30分も
外でじっと立って待っているよりかは、ましだと思ったのです。


もしや、歩いている途中に、遅れてきた夫に見つけてもらって乗せてもらえるかなという期待もなきにしもあらず。

わかりやすいように道路沿いを歩いていたのです。

無数の車が私の横を通り過ぎました。


足が、めっちゃ冷たかったです。靴は雪まみれ。

おっとその前に全身雪まみれ。車で移動するとばかり思っていたものですから、傘の用意もなし。

吹雪にふきつけられて顔が切れそうでした。

視界が雪でさえぎられて、

見渡す限り「白の世界」

途中何度も滑りかけて、

なんだかみじめでなさけなくて

でも、やっとこさ、我が家にたどりつきました。

完全「雪だるま女状態」で戻りました。

なんだかこんなふうに書いていると比較的穏やかな調子ですよね。

ほんまは違います。

私は、歩いている間中、怒り狂っていました。怒る雪だるま女です。


怒りのターゲットは、もちろん、夫です。

迎えにこられない理由はなんとなくわかっていました。

長年に培われたカンというやつでしょうね。

さては、また例の場所?

私を送って、家に帰らずそのまま例の場所に行ったのに違いない。

そして時の経つのも忘れアレに夢中になっているのに違いない。

うぉーーーーーーーーーーーーー。


こういう目に何度も遭っているので、もううんざりなのです。

私は切れました。宣戦布告です。


普通のどうってことないお天気の日なら、まだしも、今日は大雪
しかもものすごい吹雪です。

そんな日に一時間半も、歩かされてみなさい、あーた。

そりゃ切れまっせ。


私が、怒りの帰宅を果たした、約一時間後に、夫も帰ってきました。

彼は、運がよかった。一時間経っていたので、私の怒りも、ピーク時よりは

やや穏やかになっていたと思います。

これがもし、帰宅直後に家にいようものだったら、夫は、私の怒りの鉄拳をまともにくらうことになったはず。

命びろいしよったな。なんてね^^。

で、夫いわく

「ごめんな。そろそろ迎えに行こうと思ったその時に、急に入りだしたんや
あのチャンスをみすみすみ見逃すわけにはいかんかった。出すだけ出して
お食事休憩の時間を利用して迎えに行こうと思ったけど、この雪道でトロトロしか車が進まなくてさあ、いかん、このままでは、お食事休憩時間を越えてしまう、そうなったら、せっかくためた玉がみんなパーーーになってしまう。」


そこで夫はどうしたかというと、また例の場所に引き返したそうです。

それからついついまた、しばらく続けてパチってしまったらしいです。

は、と気がつき慌てて迎えに行ったら、時すでに遅かった。

というわけです。


やっぱり、例の場所に行っとったんや。
私は今日、例の場所に「お食事休憩時間」というシステムがあることを
初めて知りました。その時間内に戻らないとそれまでためた玉が無効に
なってしまうというシステムらしいです。



夫がようやく現場に着いた時には、私はすでに家に着いていました。


おそいっちゅうねん。おそすぎるっちゅうねん。なにかんがえてんねん。

で、夫は、その後すぐに家に帰らず、何をしていたかというと

となりにあるスーパーで時間つぶしているかもしれんと思って
探していたそうです。



あーなんだかこれだけ書いたら少しスッキリしました。おおきに〜。





ありがとうございました。


2002年12月25日(水) ケンカばっかり(私って血の気多すぎ?)でも貧血症^^

昨日は、ここに来て日記のつづきを書くつもりでしたのに、

ついついテレビの「新・藤岡弘探検シリーズ」

を夢中で観てしまいました。で、そのことで、ちょっと長男といろいろもめまして。

私は、傷つき発作を起こして、夫と二男に背中をさすってもらったりしていましたら、あれよあれよと時間が過ぎて、結局ここには、来られずじまいでした。
それはなぜか?実は、あまりにしょうもなすぎて^^。

夫は、私と長男について






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そうそう昨日の日記のつづきの「超音波視力矯正器」をめぐっての、夫婦の言い争いは、結局、私が過呼吸に陥るほど、ひどいケンカに発展してしまいました。

ひどいケンカといえば、

実は私、例の超美人の親友と20歳の時に、お互いの自尊心をズタズタに引き裂き合うような喧嘩をしてしまって、以来絶縁状態のまま現在に至るのでした。

さすがに最近は、めったに彼女の夢を見なくなりましたがそれでも、ごくごくたまに、いまだに彼女が夢に登場します。

彼女が出てくる夢を見た時は、やはり、今でも、複雑な気持になりますし、しんみりしてしまい、感傷的になります。

彼女の方はどうなのでしょう?もう私のことなんて、すっかり忘れてしまっているでしょう。ね。

5年ほど前、思い切って年賀状を送ったことがあります。

でも、「現在そのような町名も番地も存在しません」とかなんとで、舞い戻ってきてしまいました。うぅぅぅぅ。


「超音波視力治療器」をめぐって、夫とケンカをした時、また彼女とのケンカのことを思い出してしまったのでした。ずきずき。

まとまりなくてすみません。


なんか、気ばかりあせっているようです。

せわしのーて。せわしのーて。


それでは、ひとまずごきげんよう。



ありがとうございました。













2002年12月19日(木) 回想旅行

今まで生きてきて、

待ち人来たらず、というような目に

イヤというほど遭っている。


すれ違ってばかり。



あの時、何時間くらい待ったのだろう

待っても、待っても、来なかったので

そんな目にイヤというほどあってしまっている私は

絶望的な気持ちになっていた


泣きべそかきながら、もう店を出ようと思った時のことだった。


「ごめん。ミーティングが長引いて」って。

息を切らせて店の中に飛び込んできてくれた。

驚いた。

彼は、運転する時だけ、メガネをかける人なのだけど

その時は、メガネのままかけつけてくれたっけ




約束守ってくれてうれしかった。

忘れないでいてくれてうれしかった。




それから

互いの社用車で


目的地目指して走った


けったいなドライブだったね


私の車はずっと彼の車の後をついていった。


あ、もしかして、ツーリング?っていうのかな。


2時間以上かかったような気がする

遠かったよね

2時間。できればいっしょにいたかったよ

助手席に乗せてほしかった





ここからは運転が危険なのでと


ようやく助手席に乗せてもらったのは頂上までの

ほんのわずかな間だけだったね



途中で車を止めて


「ほら記念に撮りなよ」って

写真を撮らせてくれたっけ。



ふたりきり。

誰もいない。



見渡す限り、山、山、山、

緑、緑、緑

だったのに。


寄り添えなかった



なんだったのだろう

あの奇妙な距離



ある意味


密室のような環境だったのにね



頂上についても


岩をひとつ隔てて座ったね



あの時

何を話したんだろう?


そうだ


「ね。言ったとおりの絶景だろう?」


って言われたような気もする。


確かに絶景だったかもしれない


正直、上の空だった




かんじんなこと何も云えなかった。

云ってもらえなかった







最後だったのに


最後だったから?
















。。。









2002年12月12日(木) 永遠の幼な妻 シズコさん

うちの夫の実家の近所に、長年連れ添われているご夫婦が住んでいらっしゃる。

旦那さんのお名前は、サブローさん、奥さんのお名前はシズコさん。

サブローさんは、町内会の年中行事である「春のお花見」のカラオケ大会の

花形スター?で、「おらが町のサブちゃん」と呼ばれているほど歌が上手い。

ご夫婦には、お子さんはいらっしゃらない。ずっとお二人で仲むつまじく暮

らしておられる。

シズコさんの毎朝の日課は、車で出勤されるご主人を、お見送りされることだ。

シズコさんは、

「いってらっしゃーーい。はやくかえってきてね〜」と

まるで、異国に旅立つ船を見送る時みたいに、または、コンサート会場でみ

んながペンライトを振る時みたいに、ゆっくりと、その手を大きく左右に動かして、お見送りされるのだ。

ご主人の車が、完全に見えなくなってしまうまで、それは続く。

ご主人の車が見えなくなってしまっても、シズコさんは、しばらくその場所でたたずんでいる。その後ろ姿は、なんとなく心細そうでさみしそうでもあった。


それが、しばらく夫の実家に同居していた時に私がよく目にした、ご夫婦の朝の光景だった。


実はシズコさんは、ずいぶんと前に交通事故に遭われ、その時頭に強い衝撃を受けたことがもとで、両手足の麻痺という後遺症が残り、精神(知能)も子供の状態に戻ってしまわれているのだった。

事情を知らずに、初めて彼女に会った時、しぐさとか話し方とか妙に幼くて、なんだか不思議な人だなあ、と思ったけれど

義母から事情を聞いて納得した。


「○○ちゃんも(義母の名)おねえちゃん(わたしのこと)も、うちさ、遊びに来らんしょよ」

ある日、シズコさんが、夫の実家に現れて、あさっての方を見な

がら、そう言った。

義母が、適当に「はいはい」と相づちを打っていた。

でも、いつまでたってもシズコさんの家に行くことはなかった。

「あの行かなくていいんですか?」

気になって義母にたずねると、

「ああ、うん、うん、大丈夫」

と、義母はにっこりと笑っていた。


しばらくすると、またシズコさんが現れて


「待っとるよ、はよ、遊びさ、来らんしょよ。チンピラ作ったんだ

うまいチンピラ。食べに来らんしょよ」


左手(だったっけかな)を震わせながら、やはりあさっての方を見ながら

そう言いに来はった。


「キンピラのことをチンピラ」と言う時のシズコさんが、私は
なぜだかすごく好きだった。かわいいと思った。


お見送りする時のシズコさんの後ろ姿も、とても好きだった。


2002年12月11日(水) 「押しかけ女房」その1

「女の人は、相手に惚れられて、のぞまれて、嫁に行った方が大切にされしあわせになれる。」

というようなことを以前の職場の先輩から聞いたことがある。

本当にそうなのだろうか?

どちらかというと、私は、相手にのぞまれて嫁に来たくちだけど・・・・・・・。



以下↓、しばし回想モード。


ある日、今の夫から、事務所に電話がかかってきた。

当時、私は、いつも遅くまで事務所に残っていて、苦手な事務処理を行っていた。残業手当は、一応ついたのだけど、7時くらいになると所長の指示でタイムカードを押して、その後はサービス残業を強いられていたのだった。他の営業の人たちも同じだった。(ほんまは、そういうことをしてはいけなかったのですがね。夜中の11時や12時まで残業手当もつけずに事務所に残るのは、やはり問題があったようです)

このことは、後に労働組合のえらい人の耳に入って、もう大変なことになってしまうのですがね。というのも、ある営業の人の奥さんが、納得いかんと、労働組合に、実態を暴露した直訴状を送りつけてしまったのでした。うちの会社の労働組合は、相当力がありまして。
結果、所長以下マネージャー陣は、厳重処罰されてしまいました。


まあそれはおいておいて^^。


「なんか、仕事も全然ぱっとせんし、ええかげん結婚でもして、会社辞めたいわ。ぶつぶつぶつ」

そんなふうに、ついつい電話で、今の夫に弱音を吐いてしまっていたことがあった。

「ええ、ほんとに〜?」と夫は、急に声が明るくなったようだった。

「うん、ほんまや」

で、なんとなくその後、なんか微妙に話がかみ合わないような気もしていたのだけど

なにしろ疲れてぼんやりしていたこともあって、適当に相づちを打ったりしていた。


すると、その数日後、また、夫から電話があって






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ありがとうございました
祈!景気回復!!






2002年12月10日(火) 切ない恋の物語



「アルジャーノンに花束」を観た。

脳の手術を受けて、飛躍的に知能が発達して
一時は天才になった主人公の知能が、再び低下して、元に戻ってしまった。

彼は、自分が天才だった時のことも、よくわからなくなってしまったようだ。


先生役の菅野美穂さんが、今までのことを回想しながらこらえきれずに
涙する場面で、思わずもらい泣きしてしまった。

なんとも切ない恋の物語だ。うぅぅぅぅぅぅぅぅ。



「人間は、何も知らないほうが本当は、しあわせなのでは、ないだろうか?」

これは中学の卒業文集にある男の子が書いていた一文だ。私は、その子のことが大好きだったから、何度も何度もその子の文章を読んで、覚えてしまった。

卒業の日、私は、その子に手紙を出して、高校受験の前日にその子から便箋10枚にわたる長い返事をもらった。

彼は、信じられないくらいの達筆だった。生まれつき字が上手で、その手紙は、大人みたいに整っていて流れるような美しい文字で綴られていた。

すごくよい手紙だった。

久しぶりに読み返して、また、元気を出そうかしら。

このごろさっぱりよいことないし。





その昔、私は漫画雑誌「りぼん」の愛読者だった。

中でも、池野恋先生の「ときめきトゥナイト」の大ファンだった。

吸血鬼を父に、狼女を母に持つ、魔界から来たヒロイン「江藤蘭世」は、噛み付くと噛み付いた相手に変身できるという特殊能力を持つ。(でもくしゃみをすると元に戻る。)

アニメ化されて、しばらくテレビ放映されたこともあるので、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。私は、毎回テレビの前にちょこんと座って楽しみに観ていました。



ヒロイン「ランゼ」は、ドジでまぬけで失敗ばかりしているけれど、ひたむきに「真壁俊くん」を愛する姿が、いじらしくて、ついつい感情移入して読んでしまっていた。

ランゼの恋がたきでもある、やくざの組長の娘「曜子」もいい味出していて好きだった。よく魔法で犬に変えられてしまったり、ずいぶんと悲惨な目に遭う役まわりだったのだけど。彼女も、いじらしいくらいに、「真壁俊くん」のことを想っていて、でもその思いは、ぜんぜん通じなくて、読んでいて切なくなる時もあった。

プロボクサーを目指す「真壁俊くん」は、ちょっと不良っぽくってぶっきらぼうで、でもいざとなったら女の子を守る、という典型的な英雄二枚目キャラだった。


そういえば、あの頃の私は、「江藤」という苗字の
人と結婚して、女の子ができたら、「蘭世」にしたい、と本気で
考えていた。



2002年12月09日(月) 回想  とびきりのいい男に対する極端な反応?

今朝、カーテンを開くと、窓の向こうは、一面の銀世界でした。

いやあ、ずいぶんと降りました。寒いです。

そういえば、もう、師走なのですね。


今年も、残り少なくなってまいりました。

「シーハ−ハ−」のメンバーのことをいろいろ思い出していたら、次から次へと
楽しかった?エピソードを思い出してしまいました。


当時、うちの事務所には、仕事の関係上、いろんな信販会社の営業の人がよく来られたのですが、その中で、きわだって2枚目の営業マンがいたのです。いわゆる息を飲むくらいの、いい男とでもいうのでしょうか。

それなりに2枚目やかっこいいい人は、社内でもたまに見かけましたが、あそこまできわだっている人は、なかなかお目にかかれるものではなかったかもしれません。で、その人が来る度に、なんか事務所全体が、ソワソワしたりしていたのです。

その中でも、K子ちゃんは、その人が事務所に入ってくるやいなや、いつも茹でダコみたいに真っ赤になってうつむいてしまっていました。そうです彼女は赤面症だったのです。

しかも、それは、自分が極端に意識してしまう人物に対してだけおこる赤面症だったようです。

K子ちゃん、意識せんとこう意識せんとこうと思うとよけい、赤くなってしまうそうです。

「Kちゃんまた赤うなってたな」とYちゃんが、ニヤニヤしてからかうと

「いややわあ、ゆわんといて。私、あかんねん、赤面症やから・・・」

って、本当に困ったように言うのでした。

なんでも、特に自分好みの2枚目を見ると、自然に赤くなってしまうそうなのでした。

なんか、大変ですねえ。







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ありがとうございました



2002年12月08日(日) 「早くしてよね」と言われても・・・



今日は、丸々休みの日。なんかうれしい

見知らぬ太った小学生の男の子の代わりにその子の宿題をやっている夢を見た。

プリント3枚、みんな国語の問題だった。

読んでも読んでもいったい何を書いているのか、さっぱりわからなかった。

時計を見ると8時半で、朝の8時半なのか、夜の8時半なのかもわからなくて、あせりながら一生懸命文章を読もうとしても、活字がすべってすべって全然頭に入ってこないのだった。

男の子は、「早くしてよね」と後ろから、私をせかすのだった。

そんなこと言われても、ああ、わからん、わからん

いったい何が書いてあったのだろう?

できることなら、プリント全部やり遂げてから、目を覚ましたかった。

心残り。



2002年12月07日(土) 官能ビデオ鑑賞会 その3 追記

☆↓のつづきです。


「愛の嵐」は、そこのレンタルビデオ屋さんには置いてなかった。

いささか昔の作品すぎたようだった。

同じような理由で、「エマニエル夫人」も「ラストタンゴインパリ」も「郵便配達は二度ベルを鳴らす」も置いてなかった。

すみません昔すぎ?^^。↑


あまり品数が豊富とはいえない、小さなレンタルビデオ屋さんだったもので、仕方なかったのかもしれない。



不思議だけど、結局、別に借りたその映画の筋のことはほとんど覚えていないのだ。

どうしてそうなのかは、よくわからないけど、全くといってよいほど記憶に残っていない。

主演の男優さんの目つきが妙にエロチックだったことだけは、なんとなく覚えている。

もしかしたら、官能的な場面ばかりを追うのに夢中で、そっちに神経が集中しすぎてしまったせいで、肝心の話の筋がさっぱり把握できなかったのかもしれない。

鑑賞会は、思ったほど盛り上がらず、鼻血を出すほど興奮することもなかった。










K子ちゃんのお好み焼きは、家族代々伝わる秘伝のダシを、山芋のすったのといっしょに粉にまぜて、そこに赤ワインを少々たらして焼くというものだった。

秘伝のダシというのは、舌の加減で微妙に変わるので、一言ではうまく説明できないということだった。

こたつの上にホットプレートを乗せて、K子ちゃんは実に手際よくお好み焼きを焼き始めた。焼いている間に、さささっと台所に行き、(といってもワンルームマンションだったので台所は、すぐ目の前にあったのだけど)K子ちゃんは、使った器をすぐに洗い始めた。

K子ちゃんは、流しに汚れた洗い物を置きっ放しにしておくのが、落ち着かないようだった^^。

できあがったお好み焼きの味そのものは、正直、よく覚えていないのだけど、三人でわいわいと楽しくいただけたので、とてもおいしかったという記憶が今でもくっきりハッキリと残っている。

さて、食事も終わって、いよいよメインイベント?の官能ビデオ鑑賞会を始めようということになった。

その時点で、まだビデオは用意されていなかった。

私たちは、アダルトコーナーではなく、一般コーナーで
借りれらる範囲で可能な限り官能的なビデオを借りてくることにした。

あらかじめ、巷の評判などを参考に吟味して観るビデオを決めてから、借りにゆくことにした。

いくつか候補があがった。

3人それぞれが、思いつくかぎりの官能的な作品の名前をあげていった。

すると突然、K子ちゃんが

「あ。ありました。思い出しました。すっごいの!!」

と、声をあげた。

K子ちゃんいわく、強烈に官能的な映画があったということだった。







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2002年12月06日(金) 官能ビデオ鑑賞会 その2

K子ちゃんの部屋は女性専用のワンルームマンションだった

K子ちゃんは、非常に几帳面で有能な女性だった。

私は、そんな彼女が、いったいどんな部屋に住んでいるのか興味があった。

部屋に通してもらって、本当にびっくりした!!!

全然散らかってないのだ。いや、あまりに片付きすぎていた。

私たちが来るので、特別念入りに片付けてくれていたのかもしれないけれど。

なんというか、雑誌の「収納名人、片付け名人のお部屋紹介」のコーナーなどで紹介されているような、見事に片付けられているお部屋だった。

「私ね、ちょっとでも散らかっているとイライラして落ち着かないんです」

とK子ちゃんは、かねてからよく言っていた。

そういえばK子ちゃんは、飲み会の時、いっつも、かたっぱしからお皿を片付けていたし、テーブルの上に食べものなどがこぼれるたびに、ササっとこぼれた場所へ行き、おしぼりとかでせっせせっせと拭いていたなあということを思い出した。

彼女は、いつも出勤前に、部屋に掃除機をかけて、台所の洗い物もきれいに片付けて、ほぼ完璧に片付いた状態で部屋を出るということだった。

一人暮らしをしていた時の私とは、えらい違いだった。

一人暮らし時代、一度、疲れて帰ってきて、ドアを開けて電気をつけ

て、玄関から見渡せる我が部屋のただならぬ光景を見て

「もしや泥棒?・・・・・」


ちょっと間をおいてから



「ぎゃああああああ」



と一人で大騒ぎしたことがある。

「なんぼなんでもここまで散らかすわけないわ」

と思い込み、これは泥棒に入られたのに違いない、と、しばらく本気で怯えていたのだ。

今思えば、ノイローゼ気味だったのだろう。

目の前に広がっているあまりに悲惨な光景を受け入れることができずに

自己防衛本能が働いて、短絡的に、架空の泥棒のせいにして、現実逃避してしまったようだ。

落ち着きを取り戻してから、ようやく現実を受け入れることができた。

一人暮らしを始めて間もない頃だ。

とにかく朝はバタバタと慌てて部屋を飛び出し、バスに飛び乗っていた。

あの頃はゴミを出す時間もなくて、ベランダに黒いゴミ袋をいくつかためてしまったこともあった。

なさけなかーーーーーー


などなどという思い出が一瞬走馬灯のようによみがえってしまって

思いのままにキーを打ちつけていたら、えらく長くなってしまった。


ビデオ鑑賞会のことをまだ何も書いていないことに、今、気がついた。



2002年12月05日(木) 官能ビデオ鑑賞会

今でもたまに、独身OL時代の女性だけの営業プロジェクト?チーム「シーハーハー」のことを思い出す。

三人ともそれなり真面目に仕事に取り組んでいたけど、なにしろテリトリーが大阪南の繁華街だったもので、ついついサボってウインドウショッピングなどに時間を費やしたりしてしまうことも、よく、あった。

バーゲンのシーズンになると、朝から違う意味で営業レディ総勢5名は気合いが入っていた。あ、ちなみに5名のうちの2名はフロアを隔てた別の出張所の女の子たちだった。(その中の一人鈴木あみ子ちゃん(仮名)と私は、後に同じ相手を好きになるのですがね。まあそれはおいておいて)

朝礼がすむや否やものすごい勢いで「行ってきます」と事務所を出て
目指すは、あっちこっちのデパートのバーゲン会場。ダッシュダッシュダッシュ。

なつかしくて楽しい思い出です。

そんな私たち「シーハーハー」の3人は、ある日ひょんなことから、一人暮らしのK子ちゃんの家に泊まりこんで、わいわいがやがや過ごそうということになった。

発端は

「私の焼くお好み焼きは天下一品ですよ」というK子ちゃんの一言だった。

「それやったら、いっかい私らに食べさせて」

ということになりK子ちゃんの部屋にお邪魔して「K子ちゃん自慢の
特製お好み焼き」をご馳走になることになったのだった。

K子ちゃんの家の近くにレンタルビデオ屋さんがあって、そこから、なるべく官能的な作品を借りてきてみんなで鑑賞して鼻血を出そう(←これは冗談^^)という企画も持ち上がった。


そうは言っても、当時私たちは花も恥らうオクテの三人組だったので、さすがにAVビデオまで借りる度胸はなかった。いやあん、そんなの借りてるの誰かに見られでもしたら、うちらはずかしーてお嫁にいかれへんわ。きゃーーどないしょう。とまあそんな感じ。かな?なあんてね。



2002年12月02日(月) 沈む月曜 

超プラス思考の本を読んでいるのだけれど、確かに読んでいる時は、生きる希望のようなものが沸いてきているような気にもなるのだけれど

本を閉じて、しばらくすると、その希望のようなものは、いつのまにか消えてしまっている。とほほほほ。

どうも日曜の朝から、気分が塞ぎこみがちだ。

「お母さん明日コープに行くので、その時何か食べたいもの買ってきて
あげようか?何かない?」

と昨日の夕飯時に長男が聞くので

「なんで?」

とたずねると

「なんかお母さん元気なさそうなので、好きなものでも食べたら、

元気出るかなあと思って」

と言ってくれた。ああ、なんて優しいことを!!感激した。

特に食べたいものもなかったのだけれど、せっかっく言ってくれたので、「酢こんぶ」と「きな粉棒」と
「ソースかつとんかつ味」が食べたいと言った。

長男は、ニコニコ笑って、わかったと言った。うるうる。

子供にまで気をつかわせてしまってなんか申し訳なかった。

どうも私は、喜怒哀楽がはっきりと顔に出てしまうようでいけません。

気をつけないといけませんね。

なんとも切ないです。




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テキスト庵さん