見つめる日々

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2006年04月25日(火) 
 私が時間を飛ばしている間に、アネモネや花韮、ラナンキュラスだけじゃなく、ミヤマホタルカヅラまでが花を咲かせていた。ミヤマホタルカヅラ、この花の蒼はなんて美しい蒼なのだろう。いつまでもいつまでも見つめていたくなる。これっぽっちの私の指先よりも小さいくらいの花だというのに、この蒼は世界に広がってゆく。私は、小さな小さな花びらから薄く漂って世界に広がってゆくような蒼の気配を見つめているのがとても好きだ。殆ど世話もできず、幾つかの薔薇の挿し木が枯れてしまうなかで、ミヤマホタルカヅラ、君はしぶとく今年も咲いてくれた。ありがとう。もう少し待っててほしい、今、一瞬一瞬を越えるだけで、私は精一杯だから、君の世話をまだまだできないと思う。でも、きっとその時を手にするから、それまで、待っててほしい。
 久しぶりにテレビを見た。桃井かおりが主演するというそれだけの理由で見たのだけれども、以来、何度も録画したビデオを見返してる。一年しかない、ではなく、まだ一年ある。自分の死を受け容れられるようになるまでは、生きることにしがみついていたい、と。死神にとりつかれないように生き急いでいる…。
 ドラマの中にちりばめられているいろんな言葉が、今の私には、とても響いた。今も響いている。多分当分、これらの言葉は私の中で囁きのように小さな声で木霊するのだろう。
 主治医から再び入院を勧められている。乖離症状がひどすぎるためだ。パニックやフラッシュバックの頻度も、自分から見ても多くなってきているように感じる。でも、今は無理だ。新入生になって新しい世界に飛び込んでいった娘を私は今見守っていたい。今あの娘をしっかり見守らなくて一体どうする? 見守らなくちゃ私は私を赦せない。じゃぁいつ入院し、治療をすればいいんだろう。夏休み? それも、難しいかもしれない。でもいい。死神が私におんぶしてきてるわけじゃない。単にPTSDの症状が悪化してるだけの話だ。大丈夫。そのくらいの荷物なんて、つきあって生き延びていける。

 誰の為でもない。私は私の為に生きる。何処までも何処までも生き延びてみせる。そうしていつか死神におんぶされる時がきたら、「あぁ、もう充分生きた」と笑って死神に向かって思いっきりの笑顔でそう言い切って死にたい。そんなことを最近よく思うのは、多分、娘にそれを伝えたいからなんだろう。私の背中を見て育つあの娘に、言葉にせずとも、伝えられるように。
 話が飛ぶが、今、私は天然石をつかってブレスレットを作っている。商品とする品だ。知り合いのヒーラーさんに浄化してもらったものを、一粒ずつ繋いでゆく。心の中で、これを受け取ってくれた人の、これっぽっちでもいいから、何処かで支えになりますようにと願いながら。
 役に立つと、いいのだけれども。それらを手にしてくれる人が、何処かにいて、そして、それがその人の小さな小さなでいいから、支えになってくれたらいい、と。

 こんなことを、強く意識しながら生きてるのはきっと、怖いからだ。正直にはっきり言う。怖くて怖くてたまらないからだ。今だってちょっと気を抜くと、山のように溜まった薬を全部この身体に放り込みたくなるし、でなけりゃ包丁で自分の左腕をざっくり切り落として死んでやりたくなる。
 でもそれだけは、しちゃいけない。私の人生がどんなものであろうと、私は生き延びなくちゃいけない。生き残らなくちゃいけない。それは娘のためではなく、いや、もちろん娘の存在が私を生かしてはいる、けれどそうじゃなくて、生き残ること、最期まで生き延びることは、私の義務だからだ。私の仕事、私の役目だからだ。
 だから踏ん張る。
 今年も咲いてくれたミヤマホタルカヅラのように、今年も蕾を膨らましてくれている白薔薇の樹のように。
 今、外では雷が鳴り響いている。雨が横殴りに降り付けて。この雨が降っている間だけでも、声を上げて泣いたっていいよね。今だけひとりで声上げて。


2006年04月20日(木) 
 そろそろいい加減に春まきの種をまかなくてはと、気持ちだけはあるのだけれども、一日一日を乗り越えるので正直精一杯なこの頃。
 毎日学校からは連絡帳が、学童からもこれまた連絡帳が。そしてその二冊にそれぞれ、親宛のプリントが数枚はさまれており、これをしっかり読んでおかないと、娘に迷惑がかかってしまう。だから活字を凝視し、必死に文章を読解しようとするのだけれども、なかなかできない。じきに目が疲れて気持ちも疲れて、プリントをそっとテーブルの上に置く。少し時間を置いたら、今度はちゃんと読めるかもしれないと思って。
 時期を遅らせて植えた白と赤のグラデーションのアネモネが、可憐な花びらを微風に揺らしている。全体が白で、花芯が赤。少し寂しげな色合いだけれども、先日からそのアネモネの周りに花韮が花をつけ始めた。薄い薄い青地に濃い青の線が入ったものだ。涼しげなそんな色合いのせいか、特にこの二つのプランターは、優しくて儚げで、それでいて真っ直ぐな微風を呼んでくれる。
 花が生活の中にある、というのは、どれほど人の心をやわらげるものなのか、痛感する。うどん粉病におかされながらもしっかりした蕾を二、三個つけだした白薔薇の樹。オレンジやら黄色やら赤やら、私だけの庭だったなら在り得ない色が、娘のおかげで今年はベランダの一部を飾っている。こうやって見てみると、こんな明るい色もいいものだな、と思う。
 学校と学童という新しい生活が始まったせいなのか、寝る時間になると娘が甘えてくる。ママァ、こっち来てー、足あっためてー。彼女の隣に横になり彼女の足を太ももではさんでやると、どう比べても娘の足の方があったかいのに、彼女は頑として違うという。「ママの足の方があったかいの、あったかくないと寝れないの!」。
 母子家庭をやっていて、毎日のように反省するのが、娘の話を充分に聞いてやれないことだ。学校でどんなことあったの? 誰か新しいお友達できた? 学童と学校とどっちが楽しい? へぇ学童では毎日公園に遊びに行くのか、いいねぇ、よかったねぇ。話せる時間も私の精神的余裕も正直限界で、こんな簡単な問いさえできないことが多くなってしまう。私から、問えないということは彼女が私に話したいことがあってもなかなか話せない、ということでもある。そのためにも、早くこの状況から抜け出したい。心底そう思う。
 似通った体験を経てPTSDを背負ってる友人たちと食事をする折、時々聞いてみる。食後の薬飲んだ? え?私朝と夜だけなんだよ。あ、そうなのか…。私はもうあの事件から十年以上たつのに、いまだに朝も昼も夜も寝る前も、二、三粒以上の薬を常に飲んでいる。他に頓服もあるから、一体どのくらいの量を一日に飲んでいるんだろう。ここで一番最初に肝臓やられて倒れるのは私かしらん?なんて、馬鹿げた想像をし、小さく苦笑する。そう、笑ってでもいないとやってられない。薬の量を比べるなんてくだらなすぎる。その人その人にあった薬を医者が処方しているだけの話なのだから。そして、可能な限り私は生き延びて、自分の死を全うすることが、私の一つの、もしかしたら第一の目標なのだから。

「…精神的な支えをなくし、とくに将来を支えにすることができなくなって心理的に落ち込むと、身体的にも衰えてしまう…。…そうした心の治療について第一に重要なのは、いうまでもなく、精神的な支え(ハルト)を与えること、生きていることに内容(インハルト)につまり意味を与ることでした。ニーチェの言葉を思い出すと、かつて彼は「生きることに内容、つまり理由がある人は、ほとんどどのような状況にも耐えることができる」といいました。
 …つまり、そうした心の治療は、生き延びようという意志を奮い起こしてほしい人に、そもそもとにかくまず、生き延びることが義務であり、生き延びることに意味があることを示すように努めなければならなかったのです。…
 「ところで、…生きることそれ自体に意味があるだけでなく、苦悩することにも意味、しかも絶対の意味があります。
 ・・・そういうわけで、生きる意味に加えて、苦悩する、無駄に苦悩する意味を、いいえ、それ以上に、死ぬ意味をも示さなければならなかった…。「死を自分のものにすること」が大切だというリルケのことばにあるような意味だけでしょう。私たちにとって大切ったといういうリルケのことばにあるような意味死を自分のものにする」が大切だったのです。
 私たちは、この死ぬという課題に対して、生きるという課題に対してと同じように責任があるのです。…この究極的な問題は、最終的にはひとりひとりが自分で決定しなければならないのではないでしょうか。
 …この点について私がいいたいのは、人間の苦悩は比べられないものだということです。ほんとうに苦悩するとき、人間の心は、苦悩でいっぱいになてしまいます。苦悩で完全に占めつくされてしまいます。
 …戦闘の中では無に直面します。死がせまってくるのを直視しなければなりません。それに対して、収容所の中では自分が無になってしまっていたのです。生きながら死んでいたのです。私たちはなにものでもなかったのです。私たちはたんに無を見たのではなく、無だったのです。…私たちの死には光輪はありませんでしたが、虚構もありませんでした。…
 …なんといっても、人間の苦悩は比較できないのです。…苦悩がその人の苦悩であることが、苦悩の本質に属しているからなのです。…つまりその人次第で決まるものなのです。ひとりひとりの人間が唯一で一回的な存在であるのと同じように、ひとりひとりの人間の孤独な苦悩も唯一で一回的なものなのです。
(V.E.フランクル)





 えらそうなことを言うようだが、私自身の苦悩というもの、死というものに対しては、私は私なりにそれなりの覚悟もあるし、おのずと受け容れてもいる。いつの頃からか死は私の身近にたくさんころがっていたし、自分の苦悩は今でこそ友人たちに時折吐露するが、二十代になるまで、自分から吐露することもなかった。自分の中にしか私に心底納得できる答えはないと、私は思っていた。
 じゃぁ何が今私にとって問題なのかと言えば、消滅したい、というマグマがどくどくと、私の内奥から音を立てて暴れ始めていることだ。
 それは比較的、他人に、周囲の人々にどうしようもないような迷惑をかけることは少ない。その代償を私が何処で払ってるかといえば、多分、何処までも何処までも、自分を責め続ける、或いは苛め続ける、そうした行為で、だ。
 でもそれでは何もうまれない。だから、今だけ吐露してしまおう。認めてしまおう。
 ここでなら赦されるだろうか。ほんの少しだけ。
 私は疲れてる。どうしようもなく疲れてる。死にたいなんてものなどとうの昔にとおりこして。
 家事も掃除もだんだんこなせなくなってきて、娘を入浴させるのさえしんどくなってきて。
 昨夜、何度も、親しい友人にSOSを出しかけた。でも、娘に確かめると今日は火曜日。私の友達たちはみんな総じて毎日を懸命に生きてる。だから、彼女たちの電話番号を見つめながら、こんなんでまだSOSなんて早すぎる、大丈夫、何とかなる。
 脳味噌が覚醒して眠れなくて、だから遣り残している仕事をやっているうちに、床にころんと転がったようで、朝起きたら、机のすぐそばに転がっていた。そうだ、この程度ならまだやれる。医者に入院を勧められても、今娘は新しい生活に入ったばかり。入院をもし現実にするとしても、夏過ぎ。
 だったら、夏までに何とかしてやる。父親もいないくて母もいないなんてそんな状況、作らない。絶対自分で自分と折り合いをつける。
 さぁ今日も仕事だ。踏ん張って出掛けよう。


2006年04月13日(木) 
 アネモネがそろそろ終わりを告げる。それでも精一杯ひろげる花や葉たちに降り注ぐのは、薄曇からさらさらと降りてくる陽光。
 白や赤のグラデーション、紫によく似た蒼、薔薇の赤とは似ても似つかぬやわい赤。お疲れ様。私はそんな花たちに小さく声をかける。今年の秋にも必ず君らを植えるから、そうしたら来年また、その姿を私にちゃんと見せて。
 小さいながら花韮が花を広げ始めた。母が、白ではなく青筋の入った花韮が欲しいと言ったからわざわざ育てているというのに、当の母は「え? 私、そんなこと言ったっけ?」。全くお気楽な人である。 

 死にたい、と、たとえ幾百幾億回書いてみたって、私は死にやしない。死んでやる、死ぬ、殺してくれ、さようなら。死にダイブする人たちの心の中には、その瞬間、どんな言葉がどんな想いが浮かぶのだろう。
 私は。その余裕があるのなら、大声で、ありがとう!と叫んで死にたい。

 死にたい、わけじゃぁない。疲れたのだ。疲れているのだ、多分、今、わたしは。
 それもそうだろう、頭の中で幾つもの声が、てんでばらばらに喋り続けているのだから。もしかしたら私がひとつひとつに耳を傾けてあげれば、この声たちは治まるかもしれない。だから私なりに耳を傾けてみる。だが、頭が混乱するばかり。涙がでそうになる。もちろん泣くなんて悔しいから泣きやしないけど。
 それに、そもそも私の「死にたい」や「死んでしまいたい」は、辞書にはのっていない。私だけの辞書にはしっかり載っている。私がつい使ってしまう「死にたい」は、多分、一般的な辞書で探したならそれは、「消滅したい」だ。でもそのためには、私が関わった人全ての人の中から私の記憶を消去しなくてはならない。それができなきゃ、私は無責任だ。無責任どころか、人として為してはいけないことなのだ、それは。
 だから、ここに書いておこう。気が済むまで書いておこう。
 死にてぇ、死んじまいたい、死んでやる、今すぐ死んでやる。…と、今書いてみたものの、たいした言葉、ないもんだなと痛感した。思わず笑ってしまった。そんなもんか、と。やっぱり私には、「消滅しちまいたい」っていう言葉が、一番しっくり来るのかもしれない。ああ、こんなもん、弱音だ、弱音以外の何者でもない。でもたまには、弱音のひとつくらい言ってみたって、そのくらいなら赦されるさ。
 それとまた、そう簡単に「消滅」なんてできやしないことも知ってる。
 だから、私は生き延びる。何処までも何処までも生き延びて、生き残って、どんな重たい荷物でもしっかり自分の背中で背負って、思い切り笑って死んでやる。
 ここまで生き伸びたのだから、何処までも。あと三十年、五十年くらいだろ、私に死が訪れてくれるのは。そのくらいだったら踏ん張れる。踏ん張ってみせる。
 
 「…自分の運命に対するこのような無関心はますます進んでいきます。…はじめの二三日は、部外者には想像できないような、ありとあらゆるおぞましいことに満ち満ちた大量の印象に対して、恐怖や憤激、吐き気というような感情が起こるのですが、こうした感情はついに弱まっていって、情緒そのものが最小限に減ってしまうのです。そうなると、ひたすら、その日一日をなんとか生き延びることにだけ全力が注がれるようになります。心的生活はひたすらこの唯一の関心だけに、いわば遮光されるのです。…心はそうやって自分を守るのです。そうやって、流れ込んでくる出来事の圧倒的な力から身を守り、均衡を保とうとするのです。無関心になって自分を救い出そうとするのです。
 …つまり、人間は、強制収容所にいるからといって、心の中も、分裂病質の「典型的な収容所囚人」になってしまうように、外から強制されているわけではけっしてないのです。人間には、自由があります。自分の運命に、自分の環境に自分なりの態度をとるという人間としての自由があるのです。「自分なりに」ということがあったのです。
 …仮に他のすべてのものはとりあげることができても、そして事実は他のすべてのものは取り上げても、内面的な能力、人間としての本当の自由は、囚人から取り上げることができなかったのです。その自由は残っていたのです。」
(V.E.フランクル)

 私の中にも、その能力は、自由は、残っているはず。目で見ることはできないけれども信じることはできる。だから私は信じる。
 とことんまで私は私を生き延び、そして最後、笑って眠るように死ぬのだ、と。


2006年04月11日(火) 
 登校班の集合場所に、一本の桜の樹がある。相当な老木であろうと思われるのだけれども、去年も今年も、枝の全てに夥しいほどの花をつけた。そして今、桜の花びらはひたすらに舞い散る。樹の根元はもちろん、十字路のアスファルトの上にも、排水溝の蓋の上にも。絨毯のように広がり道々を飾る落ちた花びらは、やがて人々の靴底に踏まれ、あるものはちぎれ、あるものはよじれ、そうしてやがて、この場所から消えてゆくのだろう。
 「ほら、もうあと五分しか時間ないよ!」「ママ、おしっこ!」「さっさと行ってらっしゃい!!」。入学式翌日から、私たちの朝は一段と賑やかになった。いや、賑やかと言っていいのかどうかよく分からないが、私が急かし、彼女がばたばたと部屋を走り回る、という具合。
 それでも、彼女が靴をはき、玄関を飛び出してゆくときの「いってきます!」という言葉は、わたしに安心と心配と、その両方を同じ分量だけくれる。今日はどんな友達と遊んでいるのだろう、どんな友達と喧嘩しているのだろう、学童では何をしてるだろう。考え始めるときりがない。
 強風が吹き荒れたり、朝プランターにたっぷりやった水をいとも簡単に乾涸びさせたり、この頃の天気は実に忙しい。今の部屋は私が生まれた前後に立てられたマンションだから、当然浴室に乾燥機なんてついているわけもなく、仕方がないから、照る照る坊主を作っては物干し竿の端っこに結わえている。夕方になるとその照る照る坊主は一体何処に遊びに行ってしまったのか、ベランダの何処にも見つからなくて、だから、多分天気の神様が「まったくしょうがない人間どもだな」とでもぼやきながら持って帰ってくれたのかしらなんてことを考えてみたりする。

 ベランダのアネモネは、この風にやられてみんなあっちこっちそっぽを向いている。かぜがなければ真っ直ぐに天に向かって開く花だというのに。
 その隣では、ラナンキュラスの蕾がぷくぷく膨らみだしている。が、これも強風で何本か花開く前に折れてしまった。哀しくなって、ガラスのコップにいけてみる。コップの中で花が咲くのかどうか分からないから、娘にはまだ何も告げていない。無事に、ほんのちょっとでも開いてくれると嬉しいのだけれども。

 私にとって近しい友から、或いはしばらく会っていなかった友から、娘へ入学祝が届く。こんな嬉しいことは、最近全くなかった。娘よ、ちゃんとお礼の手紙を書くんだぞ。
 
 かなり頭が、いや、脳味噌が混乱しているのを、主治医に指摘されずとも感じられるようになってしまった。それでもリストカットもオーバードーズもしない。しないと決めた。するときは、もうこの世にさようならをするときだ。
 
 だんだん現実と幻との境が曖昧になってゆく。傍らに友がいてくれるときは、友が指摘してくれるから、しばし首を傾げた後、あ、そうだった、と気づくことも出来る。が、これがクライアント相手だったらどうなる? それを想像すると、もうそれだけで、家の外に出ることが恐怖以外の何者でもなくなる。突拍子もなく、恐らくは現実には在り得ないであろう話をぺらぺらと喋る私に、「それ違う」と、言ってくれる友人は一体今何人いるんだろう。私の最近の状況を踏まえた上で、「それ違う、在り得ない。それは幻覚か幻聴だ」と苦笑して私を安心させてくれる友人たち。
 それでも不安は増殖してゆく。

 そんな私の上にも、そんな友の上にも娘の上にも、平等に空は広がり、色づいてゆく。風はさらりと渡り、太陽の光が花々の上に降り注ぐ。
 平凡でいいんです。どこまでも平凡でいいんです。私はただ、自分の死を自分で受け入れ全うするまで、生き延びていたいだけなのです。
 神様なんて信じない。だから、夜闇に手を合わせて呟く。どうか明日もまた一日、生き延びることができますように、と。


2006年04月05日(水) 
 あまりにも強い風が連日吹きすさぶ。ようやく天に向かって花広げたアネモネはだから、次々に倒れ、或いは折れ、無残な姿を晒す。そんな彼らの姿を見、もちろん私の胸は痛むけれども、それ以上、私は何もしない。部屋の中にとりこんでやる、という方法があることは知っている。けれど、アネモネだけを部屋に入れてやるのはあまりに不公平だ。白薔薇の樹たちだって、ようやっと新芽を芽吹かせ、さあこれからだと枝を葉を伸ばしているところ。ラナンキュラスもようやく小さな蕾を葉と葉の間に忍ばせているところ。全員を部屋に隔離してやれないのなら、どれかひとつだけ隔離するのは、私にはできそうにない。だから、窓辺にじっと立って、彼らを見つめる。
 近所の川には、両側に桜の樹が延々と並んでいる。今その川面は、小さな薄桃色の花びらでびっしりと埋め尽くされている。風が吹いていなくてもひらひらと川面に落ちてくる花びらたち。この季節で私が一番愛する景色は、この景色だ。咲き誇った夥しい数の花たちが、ひらりひらりと落ちてくる。アスファルトの上に落ちればそれは、風によってくるくると踊り、今目の前にあるように水面に落ちたなら水面のさざめきのまま漂う。ぐるりと世界を見回せば、桜の舞い散る気配がそこいらじゅうに溢れている。その気配に耳を澄ましていると、様々な声が聴こえてくる。囁くような声が。精一杯花開き、そしてあっさりと舞い落ちる。その様は、「死も意味をもつこと、「自分の死」を死ぬことが意味のあるものであり得ること」、そのことを、私に痛いほど教えてくれるのだ。

「…社会の役に立つということは、人間存在を測ることができる唯一のものさしでは絶対にない…。家にいて、ほとんど歩けず、窓ぎわの肘掛いすに座って、うつらうつらしているおばあさんは、たいへん非生産的な生活を送っています。それでもやっぱり、子どもや孫の愛情に囲まれ包まれています。このような愛情に包まれてこそ、うちのおばあちゃんなのです。うちのおばあちゃんである彼女は、このような愛情に包まれて、代理不可能でかけがえのない存在なのです。まだ職業をもって仕事をしている人が、共同体に関与する行ないで、代理不可能でかけがえのない存在になるのとまったく同じことなのです。
 …ひとりひとりの人間が唯一であり一回きりであることがその人の価値だということをお話しました。また、その価値は共同体に関与していなければならず、唯一であることは「共同体にとって」価値があることをお話しました。そのとき主に念頭にあったのは、共同体のためになにかを行なうということでした。ここではっきりすることですが、第二の方法があって、その方法でも、人間は、唯一で一回きりの存在として認められます。その方法でも、その人の人格価値が実現され、その人の個人としての具体的な生きる意味が実現されます。それは、愛という方法です。愛されるという方法といったほうがいいでしょう。
 それは、いわば受け身の方法です。…「自分でなにかをつけ加えないでも」、いわば向こうからおのずと与えられてくるのです。このように、愛されるという方法では、行ないによって功績としてかち取らなければならないものが、なんら功績がなくても手に入るのです。それどころか、愛を自分の功績で手に入れることはできないのです。そもそも、愛は功績ではなく、恵み(グナーデ)なのです。それで、愛を通っていくことによって、「恵みの道で」、他の場合には働いて得なければならないもの、活動によって手に入れなければならないものが与えられるのです。つまりそれぞれが唯一であり一回きりであることが実現されるのです。
 …愛することによって、自分が愛する人がまさに唯一であり世界でただひとりだということが気づかれるということが、愛の本質なのです。」
「生きていることに無条件の意味があり、したがってまた生きる意味に対するゆるぎない信念を持つことができる…。
 まず、生きる意味があることが示され、ついで、苦悩も意味に含まれること、生きる意味に関与することが明らかになりました。さらにそこから、死も意味をもつこと、「自分の死」を死ぬことが意味のあるものであり得ることがはっきりしました。…生きているとは、問われているということだということです。そして、生きる意味を問題にするのは間違っているということです。…人生「という」問いは、ただいつも「自分の」人生に責任をもって応答することで答えることができる…」
(V.E.フランクル)

 文字を読むことがまだ困難で、未読の本が日々山積みになってゆく中、せめて何か一冊、せめて数ページでも、と本を開く。私には昔から本を読みながら鉛筆で線を引く癖がある。上に引用したのは、過日私が線を引いた部分。
 線を引いたその時のことは、たいてい忘れてしまう。自分で線を引いておきながら何とも無責任な話だが、でも、忘れてしまうのだ。でもそれは、表面的にというか、意識上で忘れてしまうというだけで、私の無意識の深森の中にはしんしんと堆積されていく。たいした秩序もなく無意識の層に堆積されたそれらは、それまでばらばらなピースだったところが、やがて繫がりあい、枝葉を伸ばす。それが無意識の層を突き破った時、私はおのずと気づかされる。あぁそういうことだったのか、と。だから心に引っかかって私はわざわざ線を引いたのだな、と。
 もちろん、気づいただけではまだまだカタチにはならない。私が気づいて初めて、それらは私の内に存在するものとなり、そして、それを私が昇華したときようやっと、小さな花が咲く。そうして開いた花は、めいめいに涼やかな声で歌うのだ。めいめいの存在を、私に知らせようと。

 雨が降っている。車が行き来するたび、独特な雨音が大きく響く。ベランダではもうそろそろ終わりを告げそうなアネモネたちの隣で、ラナンキュラスが蕾を膨らませ始めている。そして白薔薇の樹は。しんと黙って、まだ赤味の残る新芽を空に向けて広げている。
 明日は、晴れるといい。もちろん雨の日も好きだけれど。


遠藤みちる HOMEMAIL

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