| 2005年05月08日(日) |
新入社員研修 3日目 |
3日目です。
今日は「営業訓」という、昨日渡された営業10ヶ条を審査官に審査してもらう「だけ」と思われた日です。
思われた、そう、ホント思ってたんでしょうね。
昨日帰ってから、睡眠時間削って、丸暗記して。
朝起きてもスラスラ出てくる。
普通のテストなら100点取れてると思います。
でも、そうじゃなかった。
一応審査の手順を �.離奪�をして審査室に入る。 ��一礼して「失礼します」 どうぞと言われたら所定の位置まで移動して一礼。 ��「3班○○○○です。○○社営業10ヶ条、審査宜しくお願いします」と言って一礼。 �い匹Δ召噺世錣譴燭蕋隠哀�条を審査官に審査してもらう。 �ス臠殀縦蠅慮紂屬△蠅�とうございました」と言って一礼し、入り口に戻る。 �Α崋採蕕靴泙后廚噺世辰動賣蕁�どうぞと言われたら退室する。
たったこれだけです。
簡単に思われた審査ですが、一回目の審査で�△鉢�の声の調子が違ったのを見抜かれて帰らされたことで、激甘い考えだったと思い知るのでした。
回を重ねる毎に俺の評価は上がっていきました。
声も出るし、目線を泳がすこともないし、もう少し、何かが足りないだけ、でも、その何かが判らないといった状況で。
合格者も他の斑から出始め、ウチの斑からも出して空気変えようと思って、今、もう一歩だなと思う人を優先で順番回していきました。
狙い通り合格者は出たけど、俺は答えを見つけられないまま、不合格を繰り返してました。
研修の講師から不合格の人たちに「必死」という言葉をかけられました。
行動した後、必ず死ぬくらいやる。
そんな気持ちで取り組んでいるのか?と言われました。
それを聞いてヒントを得た人たちは次々と合格していったのですが、俺はその意味を履き違えたままでした。
10回目の審査で、この研修を統括している部署のリーダーから「何が自分に足りないか判るか?」と聞かれ「判りません」と答えると「目の力もあるし、声も大きいが、何も伝わってこない」と言われ、愕然として泣いてしまいました。
自分では一生懸命やっている。
でも、それではイケナイ。
一生懸命というのは、本来第三者、営業会社ならお客さまが判断すること。
自分の110%でも120%でも、自分以上を出して初めて認めて貰えるのだと思い知らされました。
納期の18時を過ぎて、1/3程合格していない人の中に俺は居ました。
その後も不合格を重ね、14回目。
はっきりいって、途中で間違ったところを指摘されるほどスムーズに10ヶ条を言えてない状況で、持ち時間も有に過ぎて、でも、俺は審査官に伝えたかった。 目をしっかり見据えて、潰れた声を、それでも最大限振り絞って出して、決められた位置よりも前に進み出て、全身を奮い立たせて、10ヶ条の「気持ち」を伝えたかった。 伝え終わった後、自然と涙が溢れそうになった。 審査官は、目を逸らさない。 俺も目を逸らさない。 審査時間は既に終わっていて、社内全体が静まりかえっていた時、審査官から「合格」と言い渡された。
もう、全て出し切った俺が出来ることは、ただ泣いて喜ぶことしかなかった。
「君はやっと何が大切なのかわかってきた。まだまだやれることは多いと思うけど、期待を込めて合格にした。これから同志として、大いに期待しています。おめでとう」と言われ、ガッチリ両手で握手をして、仲間の待つ部屋に戻った。
控え室に戻ると、直ぐ、研修の講師に合格した事を告げ、ガッチリと握手をした。
朝から全力で俺たちを全員合格させるために本気で取り組んでくれていた講師の先生から、合格した事をマイクで告げられ、控え室にいた全員から「おめでとう」と言われながら、くじけそうになった俺を支えてくれた班員の元にダッシュして帰った。
全員が抱きしめてくれた。
俺はぐちゃぐちゃになりながら、伝えきった満足感と、達成感を味わった。
後は、残った人たちを合格させるだけ。
次が最後のチャンスとなった審査は、今まで不合格だった人を、合格した二人の仲間がサポートする形で行うことになった。
俺は、仲間を助けたい気持ちと、力が全く無くなってしまった不甲斐なさに挟まれていた。
俺が今仲間の為に出来ることは、練習相手になることだけだった。
仲間達を握手と言葉で送り出し、結果を出してくることを祈って待つ。
自分がやる時よりも「合格して欲しい。気持ちを伝えて欲しい」と思った。
結果的に、最後の一人まで全員合格という、最高のエンディングとなった。
今まで、宗教的だの軍隊のようだの言っていた部分というのは、根本的な甘えだったと思い知り、一見簡単で、実は困難な事に立ち向かい、やり抜く意志とやり抜いた事実、そして達成感を味わうこととなった。
よく、「出来る・出来ないではなくて、やる」と言ってましたが、自分には本当の意味での心構えというか、覚悟が出来てなかった。
そう思い知らされた一日だったと思う。
(5/10 記)
|