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2003年09月12日(金) レニ・リーフェンシュタールが亡くなった。

●大詰めである。だから、ひたすらに、仕事している。
 特に語ることはない。わたしはわたしの仕事をしている。

●帰国した恋人と、2,3日に一度は会い(もちろん深夜だが)、話をする。語ることはたくさんある。
 誰に話そうとしても、「ただただ働いている」としか報告しにくい毎日が、彼が相手だと、心揺れるたくさんの話題の宝庫になる。
 少しくらい飲み過ぎて、眠りが足りなくなっても、それでわたしは救われている。

●レニ・リーフェンシュタールが亡くなった。
 わたしにとって、同じ女として、その人がこの同じ世界に生きていると思い出すだけで、活力が戻ってくる存在だった。
 天才バレリーナとして刮目され、怪我でバレエを諦めて女優になり、山岳映画で一躍人気女優になり、女優に飽きたらず、映画を撮りはじめ、ヒトラーに気に入られ、画期的なアングルで歴史的人物を記録映画におさめ、ベルリンオリンピックを「民族の祭典」「美の祭典」という映画史に残る2本のフィルムにおさめ、栄光を手にした。戦後は、ヒトラーとの関係で裁判にかけられ、投獄され、釈放されてからも、長らく表社会に出ることはなかった。それが、アフリカに渡り、未開の地の民族と共に住み、生命力溢れる人間とその魂の写真を撮り始めた。それを映画に撮ろうとしたが、挫折。次に彼女が挑んだのは、海だ。世界最高齢でダイビングライセンスを取得し、50ほども年齢の違うダイバーの夫を得て、美しすぎる海中写真を発表した。

 彼女のことを思うだけで、自分が生きているという事実に、胸が熱くなる。

 この、恋人にしか自らを晒さず、ただただ働き続けるだけのつまらないわたしの、このところの、最も大きな出来事が、これだった。
 ……レニ・リーフェンシュタールが、死んだ。この世から、いなくなった。


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