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| 2003年05月24日(土) |
三文恋愛物語。その渦中にあって。●オイル |
●目が覚めると、久しぶりにいいお天気。求める資料台本が見つからぬまま、わたしの探索整理作業はベランダに鎮座まします物置へ発展。 引っ越してから2年間、何処に何があるやら把握しないままに暮らしていたすべてを洗いざらいベランダに放り出して、質量を半分に減らす。捨てる喜び。 作業半ばで目指す資料を見つけてほっとすると同時に、開けてしまった以上は途中でやめられぬ作業を、忘却の彼方にあった写真だの書籍だのに気を取られながらも、遂行。 とても一人では簡単に進まない作業を、A氏が手伝ってくれる。すぐに「休憩!」と一人言い放ち、日差しを浴びながら喫煙を楽しむわたしの尻をたたきながら、汗をかいて作業を進めるA氏に、「この人とだったら生活できるかもしれない……」などと考えるわたしがいる。なんと短絡的な、と思いつつも、こういう直感に従うべきか……とも思ったり。 開けず触れずの空間にすべて手をいれ、持ち物が半分になる。うーん、素晴らしい。 A氏は、わたしを自分の人生に取り込むための運動に余念がない。そしてまた、その愛情は一生変わらないであろうと信じさせる純粋さがある。
●千穐楽を明日にひかえて、ぱんぱんに入っているだろう野田秀樹氏の「オイル」。知り合いのプロデューサーに電話をかけてコネを使っても、やっと立ち見で入れる勢い。 80年に駒場ではじめて観て以来、特に最近の作品はずっと追っかけて観てきたが、今回は、氏の転換期か?と思われるような異色作品。テーマがなんともストレートに表れ過ぎて、わたしはひたすらに戸惑う。彼の、他者にはなかなか手の届かなかった遊びの部分がそぎ落とされてしまって、実に正攻法。ほとんどの観客はそのストレートさを手放しで受け入れているような感じだったが、如何なものか。わたしには、想像力の喚起される要素が少なく、抒情にも欠けるものに見えてしまったのだが。 でも、それが転換期であるのなら、彼の選んだ成熟の方向なら、いつまでだって見続けようと思わせる力は、ある。まだまだ、ある。もちろん、ある。
●A氏と会うと、必ずそのあと、自分の気持ちを確かめるようにして、恋人と会うことを選ぶわたしがいる。終演後、2時間喫茶店で本を読みつつ待って、一緒に深夜の食事。彼は疲れ切っていて、会った直後は、わたしといることなどまるで気にも留めぬように、仕事のことを考えている。上の空。 それが、時間が進むにつれ、次第に溶けていき、視界にわたしが入ってくる。分かれる頃には、誰も入り込む隙のない恋人どうしに戻っているような気がしてしまう。 三者三様、皆それぞれに全力で生きるタイプなので、もう、わたしが何を選ぼうがどうでもいいような気がしてくる。もちろんそんなことはあり得なくて、そこにまさに、この先のわたしの人生がかかっているのだけれど。 三文恋愛物語は、こうしてまだ続いていくのか?
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