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| 2003年05月15日(木) |
双子が分かれざるをえないように。 |
●双子の物語は、大きく括って二通りに分けることができる。 双子が一緒に過ごす時間を描くもの。 双子が別々に過ごすもの。 ……そして、そのどちらに属していようと、離別の時というのが、大きなドラマとして描かれる。
今読んでいる、いしい氏の物語。全体のボリュームの半分にいかないうちに、双子は別離の時を迎えている。わたしの心臓は、水にあげられた魚の心臓のように泡立ってしまう。 双子の物語に弱い、それはすなわち、双子の別離に弱いということなのだ。 自らのかたわれ、自らの一部、自らの写し、自らの鏡、自らの愛憎のすべて。 それを、どうしようもなく失う時。敢えて捨てる時。分かれることを余儀なくされる時。 そんなこんなの、双子につきまとうメタファーやレトリックに弱いということは、これまたすなわち、わたしはいつまでたっても「自分」と格闘し続ける、未成熟な人間であるということだろう。
●久しぶりに、午後までゆっくりと眠る。目覚めると雨が降っているので、あっさりと外出予定を取り下げ、家で乱読の時間を過ごす。夜には仕事で疲弊した恋人と会い食事とお酒。静かに語らい、少しだけ彼を鼓舞する。 昨年、結婚の約束までしながら断ってしまったA氏からは、もうすぐパリに行ってしまう恋人を批判し、「おまえを幸せにできるのは俺だけだろう」と告げる、長い手紙が届いた。 A氏の無償の愛情に心はもちろん揺れる。でも。欠落だらけの恋人を、わたしの鏡としての恋人を、慰撫しあわない伴走者としての恋人を、自分の人生から切り取ってしまうことはできない。どう考えてもできない。 穏やかさと激しさの狭間で、わたしはまだ、激しさに寄っていく。
双子のかたわれとしての恋人と、わたしはこれからどうなっていくのか?
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