あの飛行機が行方不明になってから、あっという間の1年。 どこへ行ったんだかね・・・・ なんだか、気になります。
去年3月は、弟の入所が決まってうろうろ、ついでに担当医が移動というので、何とか胃ろうを抜いてもらおうと。 一昨年は、いつまでもここにいないで・・といわれて、弟の部屋を探して、そこからの短期入所ということにしようと、奔走していた。 その前の3月は、胃ろうを入れたがために、入れてもらえる施設がなくて、 しかし、病院のバカ担当医fukuiにゃもう改善はないから、早く行くところを決めろと言われ。 しかし 改善はあった、食べられるようになって、fukuiが入れろ入れろ、といって入れた胃ろうを抜いた。あの病院のfukui、食べられるようにならないと言い張ったナゴヤという療法士、ソーシャルワーカ、看護師長に見せてやりたい。 リハビリだって、何とか食べさせたいという気迫だって、移動した○○園がすごかった、同じグループなのに、どうしてあんなに違うんだろうか.それが不思議だ。 この情熱のおかげで、弟は今食べられている。 ありがたし。 なんて、晴れた空見ながら、思い出していた。
この数年の3月を振り返ると、今年が一番穏やかだ。 よく乗り越えてきたなあ、と思ったりして。
穏やかな晴れ、地震雲は昨日ほどではない。
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