世界お遍路 千夜一夜旅日記

2010年11月03日(水) 英語教育と無縁社会

NHKラジオを聞きながら、仕事していた。
特集が英語教育と無縁社会。
どっちも、明るくない話題だわ。
英語やる前に、日本語だ!
が私の結論だけどね。
無縁社会、改めて問う、1人で看取りなしに他界することってそんなに悲しくて惨めなこと??
部屋でテレビをみながら、ぽろんと死ぬって、私的には幸せかも、と思う。
ただ、見つけられないと腐敗で部屋を汚す、それは迷惑だろうけど、まあ、死んで魂が抜け出てしまえばこっちのものだ。
あとはよろしく。
でも、ラジオを聞いていると、今や親孝行って死語みたいなさびしくて悲しい話が多い。
やがて行く道・・なのにねえ。
それが悲しい。
いくら忙しくて、仕事がアップアップでも、電話1本とかかけられるでしょ、独り暮しの親に。
と思うが。
ただ気になることは、今電話1本もらえない親達は若いときに、同じことをしていなかったか?
因果応報というし。
はてさて。
子どもがあるっていうのは、ないより厄介かもしれないなあ。
私が思うのは、生きてあることへの思い、死の意味ををとらえないさなくては行けない時代かも、ということだ。
改めて死百%の人にやって来るということ。
たとえば臓器移植は、これは神に逆らってまでの生への固執かな、と思う。
あまりこの問題で突っ込むと、無情になってしまうからいえないのだが、生きることにのみ価値を置きすぎて、死を無価値ととらえ、忌み嫌いすぎてはいないか。
生と同等に死も意味がある。
なぜ人は生まれてくるか、この稀有な天体に肉体を持って生まれてくるのか。
肉体を持つことで魂磨きをしている、「あちら」に帰る時はこの世でやることは終わったのだから生に固執しないでとっとと帰ろうということ。独りで帰るのは当然でしょ。
なんていうのが、ラジオ聞きながら心でつぶやいた私感。

それにしても弟がいないのはさびしい。
秋がくるとそればかり、つい思うこのごろ。



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